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家族のつながりの再構築に向けた新たな動き
3 第 第1章●家族のつながり 節 家族のつながりの再構築に向けた新たな動き 第2節までに見てきたように、家族の存在を何よりも大切だと思う人は、むしろかつてに比べ ても格段に増えており、人々は家族のつながりを重視している。にもかかわらず、家族の一人一 人が個別に行動する時間や機会が多くなり、離れて暮らす家族が増えていることなど、そのよう な尺度から見た家族のつながりは弱まっていると考えられる。そして、家族と一緒に過ごす時間 や、家族とのコミュニケーションの機会を十分に確保できないことから、人々にやすらぎを与え る、親が将来を担う子どもに対して十分に教育を行うなどといった、家族に期待される役割が十 分に果たせなくなっている。 では、いかにすれば、人々が家族とのつながりを深め、家族に求められる役割を果たすことが できるのであろうか。解決の方向性としては、 ①家族と過ごす時間や機会を増やす取組を行うこと ②地域や社会の支援によって、家族に期待されている機能を高めること ③家族としてのきずなや一体感を高める取組を積極的に行うこと の三つが考えられる。 本節では、この三つの解決の方向性に沿って、家族のつながりの再構築に向けた新しい事例や 取組を紹介していくこととする。 1.家族と過ごす機会や時間を増やす取組 第1節で指摘したように、家族と過ごす時間や機会を確保できない要因としては、家族が一緒 にいられないことと、家族が一緒にいても別々に行動していることの二つがある。ここでは、こ の二つの要因に対処することにより、家族と過ごす時間や機会を増やす取組を紹介したい。 第一の要因である、家族が一緒にいられないことについては、男性の長時間労働など仕事が多 忙であることが影響している。これを改善する取組としては、ワーク・ライフ・バランス(仕事 と生活の調和)を推進する企業の取組がある。また、別居によっても、家族が一緒に過ごす機会 は減少するが、親世代と子世代が近所に住まう近居という形で、適度に親密な付き合いを実現し ている家族がある。さらに、ITを利用することにより、時間や場所の制約自体を解消し、家族 内のコミュニケーションを深める取組もある。第二の要因である、一緒に家にいても家族と過ご さない状況を解消する方策としては、自然に家族と触れ合えるように家づくりを工夫している取 組もある。 このように、以下では、家族と過ごす機会や時間を増やす取組として、ワーク・ライフ・バラ ンスの推進、近居、ITを活用した交流、家づくりの工夫を紹介したい。 ワーク・ライフ・バランスの推進 第3章で後述するように、仕事と生活の調和、つまりワーク・ライフ・バランスを実現した生 活を多くの人が希望しているものの、現実には、特に男性において、仕事優先の生活を送ってい る人が多い(後掲第3−4−1図) 。 50 第3節●家族のつながりの再構築に向けた新たな動き 国民生活モニターからは、「仕事にメリハリをつけて、毎日が遅くならないように早く帰る日 を作る」(40代男性)、「ほとんど休みなしで仕事しているので、少しでも仕事のやりくりをして 家にいる時間を作っている」(30代男性)との、家族との時間を捻出する努力も報告されたが、 このような個人の努力だけでは限界があると考えられる。 このような状況下で、家族と過ごす時間を作る一つの方策として、有給休暇の積極的な取得が 考えられるが、厚生労働省「就労総合条件調査」によれば、年間の有給休暇取得日数は、10年前 の1996年には9.4日であったものが、2006年には8.4日となり、近年減少傾向にある。しかしながら、 こうした中でも、企業の中には、有給休暇の取得を促進することにより、社員が家族と過ごす時 間を大切にし、気持ち良く働くことのできる環境づくりに積極的に取り組む企業もある。 神戸に本社を置くある化学工業薬品メーカーでは、有給休暇の取得促進の観点から「アニバー 第 1 章 サリー休暇制度」 、 「リフレッシュ休暇制度」 、 「永年勤続休暇制度」などの独自の休暇制度を設け ている。「アニバーサリー休暇制度」とは、同社社長の提案により2001年度から導入された、社 員が結婚記念日や誕生日の前後15日間に必ず1日有給休暇を取得するという制度である。家族に とって重要な記念日に休暇を取ることによって、家庭や自己を改めて見直し、創造的で生産性の 高い働き方と充実した自由時間を組み合わせたメリハリのある生活を実現することを目的として 家 族 の つ な が り いる。制度は社員にも好評で、取得率は9割にも達している。次に「リフレッシュ休暇制度」と は、34歳から5年ごとに有給休暇5日を計画的に取得させ、休暇中の費用については、領収書が あれば一定金額まで支給する制度である。ほとんどの社員が家族旅行などで心身のリフレッシュ を図り、取得率は9割を超えている。また、「永年勤続休暇制度」とは、勤続10年ごとに社員に 表彰金と有給休暇の取得権を与える制度である。特徴的なのは、休暇中には旅行をしなければな らず、しかも休暇終了後には報告書の提出が求められていることである。本制度も対象者の7、 8割が利用している。同社の休暇制度の取得率が高い理由には、社内で休暇を取得できることを 対象者に通知し、休暇の予定、さらには結果を報告させるなど、取得状況の把握に努めているこ とが挙げられる。こうした休暇制度により、普段は業務が多忙な社員も、有給休暇が取得しやす くなり、家族との旅行や思い出作りなど、家族との時間を持つことができ、また、休暇後は新鮮 な気持ちで仕事に取り組めるという。 このように、企業が仕事と生活の調和を意識した取組を進めていけば、仕事の生産性を高めな がら、家族と過ごす時間や機会を増やしていくことが可能になると考えられる。 近居による新しい交流の形 結婚した人が親と別居する割合が増加し続ける一方で、若い世代を中心として自分や配偶者の 親の近くに住む、いわゆる「近居」が増えている。94年と2007年を比べてみると、既婚者が親世 代と二世帯住宅や同じ敷地内に住んでいる割合は3.4%から8.5%へ、1時間以内の距離に住んで いる割合は51.6%から67.5%へとそれぞれ高まっている(第1−3−1図) 。 この傾向は、若年層で特に強く見られ、20代既婚者の「敷地内別居」 、 「親世代の距離が1時間 以内」を合わせた割合は78.4%、30代既婚者では82.2%にも達している12。 実際に近居についてどのように感じているかを、国民生活モニターに尋ねたところ、「娘夫婦 は共働きなので、娘の帰りが遅くなる時はメールしてもらう。自分は食事を作っておいて、(娘 夫婦に)食べに来てもらうようにしている」(50代女性)、「二世帯住宅なので、庭の手入れや病 12 内閣府「国民生活選好度調査」(2007年)による。 51 第1-3-1図 増える親世代との近居 親世代との住まいの距離 (年) 敷地内 1994 1時間以内 5.2 2007 58.7 8.5 0 1時間以上 36.1 67.5 10 20 30 40 24.0 50 60 70 80 90 100 (%) (1994年、2007年)により作成。 (備考) 1.内閣府「国民生活選好度調査」 2.対象は20歳以上の既婚者で、 自分または配偶者の親が別居している者。 3.自分または配偶者の親のうち、最も近くに住んでいる者の距離別割合を示したもの。 4.回答者は、1994年は2,345人、2007年は2,365人。 気の際の看護の他、家族の誕生日やお盆の祭りなど、諸行事を一緒に行っている」(60代女性)、 「食事を作って取りに来てもらったり届けたりと家を行ったり来たりしている」 (60代女性) 、 「ス ープの冷めない距離に住んでいるので何かと理由を付けて1ヶ月に一度以上皆で集まってお茶や 食事をしている」 (60代女性)など、家族とのつながりを深めている様子が報告された。 このように近居により、親世代と適度な距離感とプライバシーを保ちながらも、困った時には 助け合ったり、機会があるごとに一緒に行事を楽しんだりするような関係が構築されている。ど の家族でも近居することが可能なわけではないが、それぞれの生活を楽しみながら、家族のきず なも大切にしたいと考える人々の意識に合ったつながりの形であると考えられる。 ITの活用によって家族のつながりを深める 仕事が多忙である、あるいは、離れて暮らしているなど、家族との交流を阻む時間的、空間的 制約を、ITの利用により取り除き、家族とのコミュニケーションを深める動きも見られる。 携帯電話・PHSやインターネットを使うようになってからの生活の変化について尋ねてみる と(複数回答)、友人との連絡が容易になったと回答する割合が最も高かったが、家族との関係 についても、「他の家族の行動が把握できるようになった」が22.3%、 「家族の信頼関係が深まっ た」が10.5%と、携帯電話などの利用により、家族とつながりを深めていることがうかがえる回 答もあった。ただし、「自分の部屋で過ごす時間が長くなった」、「家族に内緒の話ができた」な ど、逆に行動の個別化の原因となっていることがうかがえる回答もあったが、いずれもその割合 は1割未満にとどまっている(第1−3−2図) 。 国民生活モニターからも、 「家族が揃う時間が少ないのでメールなどを利用している」 (70代男 性)など、多忙な生活の中で、メールなどの使用により、家族との交流を図っている事例が寄せ られている。このようにITを活用することにより、時間や場所の制約があっても、家族間でコ ミュニケーションを取り合うことが可能になっている。 52 第3節●家族のつながりの再構築に向けた新たな動き 第1-3-2図 IT機器は家族のつながりを深める一方で、行動の個別化を促進する 可能性もある IT機器の使用による変化 (複数回答) 時間を気にせず友人と連絡を 取れるようになった 36.8 他の家族を気にせず、友人と連絡を 取れるようになった 第 1 章 28.9 他の家族の行動が 把握できるようになった 22.3 家族の信頼関係が深まった 10.5 けんかの仲直りがメールで簡単に 切り出せるようになった 家 族 の つ な が り 9.0 自分の部屋で過ごす時間が 長くなった 他の家族の交友関係が よくわからなくなった 7.5 6.4 家族に内緒の話ができた(増えた) 6.3 家族団らんの時間が減った 4.2 家族よりも友人中心に 行動するようになった 4.0 家族と直接会話する時間が減った 3.8 0 5 10 15 20 25 30 35 40 (%) (2007年)により作成。 (備考) 1.内閣府「国民生活選好度調査」 2.「携帯電話・PHSやインターネットを使うようになってから、以下の変化はあなたご自身にあてはまりますか。あて はまるものすべてに○をつけてください。 (○はいくつでも)」という問に対する回答の割合。 3.回答者は、全国の15歳以上80歳未満の男女3,383人。 家族SNSを利用した家族とのコミュニケーション さらに、国民生活モニターからは、ITを利用して家族とのコミュニケーションを促進する工 夫として、ホームページやブログ13に家族の話題や日常の出来事を書き込んだり、家族の写真を 掲載することにより、家族内で情報を共有する取組が寄せられた。例えば「家族でブログを作成 している」(40代女性)、「家族のホームページを作って出張の多い夫にも子どもの顔を見られる ようにしている」 (30代女性) 、 「ネット上に共有フォルダを作り家族間だけで写真の公開をする」 (50代女性)などである。 しかしながら、ホームページやブログの場合は、他人も閲覧することが可能であるため、家族 内のプライベートな話題などについては、自由に書き込むことが難しいこともあろう。そこで、 家族や親戚限定で利用でき、家族のプライバシーを確保しながら、情報共有や情報交換ができる 新しい仕組みとして注目されるのが、「家族SNS」と呼ばれるサービスである。SNS(ソー 13 ブログとは「個人や数人のグループで運営され日々更新される日記的なウェブサイトのことで、内容は、 個人の趣味、雑記等を含め多種多様なものとなっている。 」(総務省「情報通信白書」(2006年版)より)。 53 シャル・ネットワーキング・サービス)14とは、近年我が国でも急速に普及しているインターネ ット上の会員制コミュニティーサービスであるが、このSNSを家族向けに応用したものが「家 族SNS」である。ある企業が提供する「家族SNS」では、家族同士で日記を書いたり、連絡 事項を書き込む「伝言板」機能、写真を掲載し、家族や親戚同士で見ることができる「アルバム」 機能、家族の誕生日や結婚記念日、入学式などを登録しておき、予定を共有できる「カレンダー」 機能などがある。 これらの機能を活用することにより、時間がすれ違っても、離れて暮らしていても、家族が何 をしていたか、どんなことに興味を持っているのかなどが把握でき、久しぶりに会ったときにも 会話が弾むなど、家族のコミュニケーションが深まると考えられる。このサービスを実際に利用 したユーザーからは、「単身赴任などで遠くに住んでいたり、忙しくて時間が合わない場合など でも、写真やブログなどを共有できることで、話題が増えた」 、 「離れて住んでいても皆が大きな 家族の一員であると実感できた」といった感想が寄せられているという。 このように、家族SNSを始めとしたITを活用したサービスは、時間的・空間的制約を取り 払い、家族のコミュニケーションを深める仕組みとして注目される。 家族が触れ合う家づくりの工夫 第1節で、家族と過ごす時間や機会が十分でない要因としては、若者を中心に、家の中にいて も家族と過ごさない人がいることを指摘した。こうした状況を克服するために、家族が個室にこ もらず、自然に触れ合えるように、家づくりや間取りを工夫している家族や住宅メーカーがある。 国民生活モニターに、家族のつながりを深めるための家づくりや間取りの工夫について尋ねた ところ、例えば、 「リビングを家の中心に据え個室に行く際には必ず通過する構造にした」 (50代 女性)、「テレビやパソコンをリビングに置き、自然と家族が集まるような工夫している」(40代 男性)など、リビングに家族が集まるようにする取組や、「間仕切りを設けない」(70代女性)、 「個室のドアを開け放すことにより家族の気配をいつも感じられるようにする」 (40代女性)など、 完全な個室状態を作らない取組が報告された。いずれも家族が個室にこもらずに一緒に過ごすこ とができるような家づくりの工夫である。 その他にも、「家族が作った切り絵、手芸品や家族が獲得したトロフィーなどを並べ思い出を 語り合う」(70代女性)、「リビングに百科事典や地球儀などを置いて家族で調べたりしながら交 流を深める」 (40代女性)という事例もあった。さらには、 「物事の加減が分かる人間になって欲 しい」との思いから、「家を新築した際あえて薪の焚き風呂にし、子どもの仕事として薪割りを 手伝わせていたところ、子どもが大人になり独立した今でも薪割りを手伝いに来てくれるなど、 親子のつながりの接点になっている」 (50代女性)といった事例も寄せられた。 また、ある住宅メーカーでは、これから本格的な子育て期に入る団塊ジュニア世代向けに、家 族のきずなや家族の一体感をコンセプトとした住宅を販売している。同社では、家族と一緒に過 ごす時間を大切に育む空間提案として、300のプランを用意し、例えば、家族が多目的に利用で きる土間のような半屋外の空間や、リビングを吹き抜けにすることにより家族の気配を常に感じ ることができる開放的な空間などを提案している。また、最初から子ども部屋をあえて設けず、 子どもが小さい時には間仕切の壁のない大きな空間の中で子どもを遊ばせたり、親と子どもが同 14 54 SNSとは「友人知人等の社会的ネットワークをオンラインで提供することを目的とするコミュニティ型の インターネットサービスである。」「SNSの特徴としては、〔1〕会員制、〔2〕登録者の非匿名性、〔3〕各 種コミュニケーションツールの充実、の3点がある。」(総務省「情報通信白書」 (2006年版)より)。 第3節●家族のつながりの再構築に向けた新たな動き 一の空間で過ごせるようにし、子どもの成長に応じて個室が必要になれば、間仕切収納家具を利 用して個室を作る、といった家族の状況に合わせて柔軟に間取りを変更できるような提案もなさ れている。購入者からは「家族団らんの場がにぎやかで一人一人の様子がよく分かる」などとい う声が寄せられている。 このように、家づくりを工夫することにより、家族がばらばらに行動することが避けられ、自 然にお互いに触れ合う機会がもたらされると考えられる。特に、第2節でも指摘したように、親 子のコミュニケーションは子どもの成長にも大きな影響を与えると考えられる。家づくりの工夫 によって、家の中で自然と親子がコミュニケーションを図り、子どものコミュニケーション能力 や学力の向上が促されることも期待される。 2.地域の支援により、家族の機能を高める取組 子どもを生み育てることや、介護を始めとした高齢者の生活支援は、従来は、おおむね家族に より担われていた。しかしながら、少子化や高齢化が進展する中では、家族の負担が過重になら ないように、地域や社会で支えていくことも必要である。 第 1 章 家 族 の つ な が り ここでは、子育てや高齢者の生活支援といった、従来家族中心で担っていた機能を、地域や社 会が支援する動きとして、子育てを支援するNPOの活動と高齢者の一人暮らしを家族と地域で 支えるサービスの事例を紹介する。 子育てを支援するNPOの取組 第2節では、子育てについて協力・支援が必要な場合、自分あるいは配偶者の親にまず頼る人 が多く、その次にはファミリー・サポート・センターなど公的な子育てサービスやベビーシッタ ーなどの有料の子育て支援サービスなどの外部サービスに頼る人も相当数いることが指摘され た。別居化が進む中では、親の手助けを誰でもいつでも得られるわけではなく、子育てを支援す る外部サービスの充実が求められている。こうしたことから、地域の中では、育児期の親が気軽 に利用できる子育て支援サービス活動も見られる。 宮城県にあるNPOでは、地域の子育て環境の改善と家族の支援を目的として、市の指定管理 者として育児支援施設の運営や育児相談、厚生労働省の委託の緊急サポートネットワーク事業、 子育て支援サポーターの人材バンク事業等、様々な子育て支援活動を展開している。 育児支援施設では、親子が好きなときに来て遊べるだけでなく、同世代の親子同士で友達にな ったり、スタッフに日頃の育児の悩みについて相談をすることができる。この施設では、親の用 事の内容を問わない、安価な料金での一時保育も実施しており、専業主婦であっても気軽に子ど もを預けることが可能になっている。また、働く母親の急な残業・出張に対して、NPOが実施 している講座などで養成されたサポートスタッフが、有料での一時預かりや送迎をする緊急サポ ートネットワーク事業も実施している。さらに人材バンク事業では、子育て経験や子育て支援経 験のあるサポーターを登録し、支援を望む利用者との仲介を行っている。 このように、地域のNPOにより、多様な親のニーズに応えるサービスが提供されており、祖 父母などと離れて暮らしていても、母親が子育て負担を一人で背負わなくて済むようになってい る。今後、このような支援サービスが各地で充実し、子育てしやすい環境が醸成されることが期 待される。 55