Comments
Description
Transcript
東京スカイツリーのデザインを通じた、 新しい照明
**市町村アカデミー 特別講演** 東京スカイツリーのデザインを通じた、 新しい照明デザインと技術開発について 照明デザイナー・照明コンサルタント・一級建築士 (有)シリウス ライティング オフィス代表取締役 今日は、照明デザインの醍醐味や、光の素晴し さについて少しでも気づいていただければ、非常 にうれしく思います。 スカイツリーの照明デザインは、LEDを用いて 非常に新しい挑戦をしたプロジェクトですが、こ こから次にどういう照明デザインが広がっていく かという展望までお話ししたいと思います。 スカイツリーの照明コンセプト 東京スカイツリーは高さ634mで、現時点では世 界一高い自立式電波塔になります。ランドマーク として重要なのですが、同時に立地が重要な部分 もあります。 建っているのは東京・墨田区で、東京では下町 と言われているところです。下町は実は徳川家康 が江戸幕府を開いた時の、初期の繁華街なのです。 新宿、渋谷、池袋、六本木という現在の繁華街 に比べると、この下町と呼ばれる地域は寂れてし まっていて、高層ビルがあまり建っていないため に、スカイツリーは、逆に周りからよく見えます。 結果的にランドマークとして恵まれた位置に建っ ています。 もう一つのスカイツリーの特徴は、一番下の部 分は正三角形をしていますが、展望台から上は円 錐、または円筒形で構成されていることです。 それから、下の三角形のところですが、1つの 角はほぼ真北を向いています。 スカイツリーのデザインにとって、この事実は 東京での道しるべとして重要なポイントです。後 からご説明する「雅」というデザイン・コンセプ トは、この真北を向いていることに着目してつく られています。 照明デザインは、コンセプトがとても重要です。 プロジェクトの最初は、やはり何をつくるのか、 どこに目標をおくのかというゴールがとても重要 になってきます。 私は、スカイツリーは東京を代表する姿でなけ ればならないと漠然と考えながら、もう一つ大き 26 vol.106 戸恒 浩人 なことを言っていました。 それは、永遠に続く江戸の心を光で表現し、過 去100年、未来100年、皆の心に届く光をデザイン すること。流行り廃りで決めるデザインではなく、 たぶんどんな時代の人がみても、 「あっ、きれい だ」とか「すてきだね」と思える光の表現を目指 したということです。 私は東京出身ですが、あまり江戸を理解してい ないと思い、数日は図書館にこもり、片っ端から 江戸と名のつくものを見ていきました。そこで キーワードを、書いては消し、書いては消しとい う作業をする中で、捨てられない2つのキーワー ドがあると考えるようになりました。 「心意気」と「美意識」というキーワード その2つのキーワードとは、 「心意気」と「美意 識」です。 「心意気」というのは、 「ちゃきちゃき の江戸っ子」という言葉があるように、何かすが すがしい感じ、隠すのが苦手で飾るのが苦手、そ ういうきっぷの良さを感じさせます。 そして東京らしさである洗練美を求める気分。 それが「美意識」で、これも大事だと思います。 アートとかデザインとかファッションでも、東京 は一番意識の高い街です。 これらは江戸の町民文化から出てきました。浮 世絵、錦絵、美人画、歌舞伎役者の絵が多く生ま れてきています。 そういうものを考えたとき、私はこの「心意気」 と「美意識」を表現する─という考えに落ち着 きました。 なぜ、キーワードが2つなのか。実は、最初は キーワードを1つにしぼることを目指したのです。 この2つのキーワードはそれぞれ最終的に、 「粋」 と「雅」になるのですが、このどちらも気に入っ ていました。 でも2つを足してみると、すごく格好が悪い。 逆にどちらかを捨てるとなると、何か江戸らしさ の表現としてはバランスを欠くということで悩み 戸恒 浩人(とつね ひろひと) 【略 歴】 1975年生まれ。東京都出身 1997年 東京大学工学部建築学科卒 1997 ∼ 2004年 株式会社 ライティングプランナーズ アソシエーツ 2005年 有限会社 シリウス ライティング オフィス設立 2007年 照明学会照明デザイン賞受賞 建築・環境照明そして都市計画に至る豊富な経験を生かし、演出性の高い照 明デザインから、バランスの取れた光環境のデザインまで、幅広い領域で照明 のコンサルティングを行っている。 近年は、東京スカイツリーの照明を担当した。その照明コンセプトは和の2 色を基調にしたもので、江戸っ子の心意気を表す淡いブルーの《粋》と、江戸 文化に流れる洗練美をイメージした江戸紫の《雅》として広く知られている。 【主なプロジェクト】 サッポロビール園 情緒障害児短期治療施設 ホテル日航東京チャペル“ルーチェ・マーレ” 浜離宮恩賜庭園ライトアップ“中秋の名月と灯り遊び” 日本経済新聞社東京本社ビル 他多数 に悩みました。最後は結局、 「双子が生まれたん だ」と開き直り、この「粋」と「雅」をコンセプ トにして、2つで1つというプレゼンテーションを しました。 「心意気」と「美意識」という言葉では、目指す ことはわかるとしても、具体的なビジュアル・イ メージが浮かびません。そのとき、漢字が意味を 持てることに着目したのです。 「心意気」は「粋」 、 「美意識」は「雅」でもっと鮮明になるのではない かと。 先入観もあると思いますが、漢字には、意味を 封じこめる「器」があると思うのです。だから、実 際に照明を見た時に、確かに「粋」だな、 「雅」だ なと思ったら、確実にその人には、スカイツリーと 漢字がセットで記憶されてしまうはずです。 完成後、私がこの「粋」と「雅」という言葉を 言い出したということが、さまざまな方から評価 をいただきました。 「粋」と「雅」という言葉でデ ザインを表現することを考えたのはすごいと。 コンセプトは、1つに絞れず2つになりました。 でも合点の行く説明がつき、きちんとストーリー を構成できれば、2つであっても、かえってお互 いが引き立て合う場合もあるのです。これはコロ ンブスの卵でした。常識に隠れているだけの方法 があるのです。自分の中でどこか2割ぐらいは、 自分を壊す部分をつくりながら今後もデザインし ていかなければいけないということを実感しまし た。 次に、この「粋」と「雅」をどう登場させよう かと考えた時、できるだけシンプルにしたいと考 えました。そこで考えたアイディアが「粋」と 「雅」を1日交代で出すというものです。ヒントは、 昼にお弁当を買いに行った時、 「日替わり弁当」が ありまして、 「日替わり」が日本人にすごく根付い ている言葉だと気付いたのです。 何か新しいことをする時に、 「日替わり」のよ うになじみのある言葉を用意してあげることで、 人を引きつける力が高まるのではないかと思いま す。 「粋と雅のデザイン」 「粋」と「雅」のポイントを説明します。まず 「粋」は、はっぴを着た男性のイメージからスター トしています。すみだの周りには隅田川があり、 昔は海が近かった。つまり海辺です。 そういうみずみずしいイメージをつくりたいと 考えました。同時に「ぱしっとした力強さ」を出 したいと注目したのが、スカイツリーの真ん中に 焼き鳥の串のように刺さる心柱と呼ばれる構造体 です。 そこの周りを水色で照らそうとしました。この 光を中から透かせるように見せる。そうすると、 どこかはっぴを着た裸の男のイメージに見えませ んか。何か透けた、あけっぴろげな感じを求めた のが、この「粋」です。 「雅」は、もうちょっとやわらかいイメージです。 スカイツリーの心柱の外側を覆っている細い鉄骨 でできた複雑な形を見せています。 おなかが出ているようにも見え、背中を反って いるようにも見えます。そういう特殊な形をした 鉄骨全体を着物に見立てたのです。女性的な和服 を着た人が南を向いている姿にちょっと見えませ んか? 背中に当たる北側部分を江戸紫で照らし、 裾の部分を強調しました。 基本的に全部外側だけ照らし、あとは鉄骨の交 点のところできらきらと光るものを足しています。 和服の着物の金箔がきらきら光っているイメージ を持たせたのが、 「雅」です。 「雅」について、もう一つ、高速道路の常磐道や 東北道を利用し、都心に向かって車を走らせると 最初は、だんだんスカイツリーの紫が迫ってくる ように見えます。 さらにスカイツリーを超えて都心に入ってくる と、紫の向きがどんどん回転していく。都心に向 かう道は交通渋滞が多いのですが、 「雅」の変化を 見ているのが退屈しのぎになるらしくそれがいい vol.106 27 みたいです。 男性の方は、カーナビがなくとも、スカイツ リーの紫を見ているだけで走れると聞きました。 つまり、スカイツリーの「雅」の江戸紫が真北を 指していることを知っていると、 「雅」の見え方だ けで自分の位置が頭の中でマッピングできるので す。 回転する光に求められた適正な動き スカイツリーが実際に完成し、予想以上にイン パクトがあった光がありました。それは2つある 展望台の上にある光がくるくると回る光です。 多少天候が悪くとも15km離れた私の事務所から も見えます。この光には、永遠性を封じ込めてい ます。江戸から今につながり、おじいちゃん、自 分、それから将来の孫につながって今がある。そ ういう永遠性を、スカイツリーに埋め込みたいと 考えたのです。 その表現としてふさわしいのは何かと考えたら、 時間だろうと思いました。一定の間隔で光を回転 させるということです。 最初、分かりやすく1秒で1回転させようとし ました。しかし、最終的には2.1秒で1回転にしま した。どうか、これを覚えておいてください。 LEDになって、光が自由に制御できるようにな り動かすことも簡単になりました。そのとき、ど のくらいの速さがいいのかという点が大事になっ てきます。 実は、1秒で1回転は速すぎました。ちょっと ドキドキしてしまいます。では、3秒で1回転は どうか。試してみると、イライラするんですね。 自分が急いでいるときに、目の前をゆっくり歩い ている人が道をふさいでいると、イライラするよ うな感覚です。 やはり、動くものには適正値があるのです。ス カイツリーの場合、2.1秒で1回転が見ていて一番 気持がいい。実は2.5秒で1回転など、すごく細か いテストもやったのですが、2.1秒がスカイツリー の最適解でした。 最後にあまり知られていないことを教えます。 この回転する光は夜だけ点燈しているものではあ りません。昼間もずっとついています。万一、消 えていることに気付いたら、ご一報ください。そ れは故障です。 (笑) 上から照らし下げる光の面白さ スカイツリーの照明デザインの隠れコンセプト についてお話したいと思います。 江戸時代の浮世絵や日本画を見ていくと、かな 28 vol.106 りの絵師が富士山を江戸の景色の中に描いていま す。最たるものが、葛飾北斎の富嶽三十六景です。 たぶん江戸時代の人にとって富士山というのは、 雪をかぶった姿で江戸を遠くから見守っている、 そういう存在だったんだろうと思いました。ある とき、はっと思い当たりました。富士山もスカイ ツリーも末広がりだと。 富士山が江戸の原風景だとすれば、スカイツ リーがそれをイメージさせるように夜空に浮かべ ば、きっと東京の街にしっくりくるのではないか とひらめいたのです。夜になるとスカイツリーは 東京の街を見守るように、夜空に優しく浮かんで 見守っている印象をつくるべきだと思いました。 そしてこれは提案した時の絵です。東京はビル がたくさんあって、実は下のほうははっきり見え ることが少ない。でも上半分はよく見えます。そ の夜のスカイツリーの姿は、夜の富士山のように 見えるべきだと提案したのです。 このイメージを実現したのは珍しいライトの当 て方です。スカイツリーの場合、上から下を照ら しています。しかし普通は、 「ライトアップ」とい う言葉があるように、光源を下に置いて上に光を 向けることが多いのです。 アンテナ塔のつけ根のところに人が歩ける平場 があるのですが、そこから下に向かって照らし下 げています。光は自然と減衰しますから、地面に 向かって消えていくような雰囲気と風情が出てき ます。 それからゲイン塔と呼ばれるデジタルアンテナ を照らす光源があります。白い光で下からゲイン 塔のてっぺんだけを照らしています。スカイツ リーの上半分は雪をかぶった富士山のように白く 見えますね。富士山をきゅっとスリムにした、そ んなイメージを重ねているのです。 LED活用で省エネでも最先端を行く 私がスカイツリーに関わり始めたのは2007年の ことです。この年の夏に、 「デザイン提案をしてみ ないか」と声がかかりました。 そのときは、LEDはまだ一般的に普及していな い時代です。それまで、スカイツリーのような大 型の土木建造物を照らそうとする場合、放電灯と 呼ばれる街灯とか体育館で使われている大型ラン プを使うのが一般的でした。 我々も当初、LEDを使おうとは全然考えていな かったのですが、プロジェクトとしては環境問題、 例えば、地球温暖化のCO2の問題もありましたか ら、できるだけ少ないエネルギーでデザインする ことも考えてくださいという指摘が要項にありま した。 私たち日本人は、ハードウエア的な省エネとい うのは、すごくイメージしやすいのか、頑張れま す。しかしそういう技術だって進んでいくと、い つかは伸びしろがなくなってくる時が来る。 とても伸びしろがあるのに、 「なんでやらないの だろう」と思っていたのが照明のソフト面、つま りデザイン面でした。 震災前の日本では、とにかく明るいことが正義 でした。ライトアップといえば、全部どんどん照 らすイメージがありました。それも格好がいいし、 実際としてきれいなのですが、最初から最大限に 一番多い光量を使うというスタンスでもありまし た。 私は照明デザイナーとして、そうではない見せ 方、つまり影を上手に使ってみたいといつも考え ていました。しかしながら暗くて寂しいという結 果は望んでいなくて、プロとして光と影をうまく コントロールすることで、50の量でも100点を取る 方法があるのではないか。少なくともそういう姿 勢が大切だろうと考えました。 スカイツリーは東京タワーに比べて倍近い高さ がありますが、省エネという視点で見ると、光の 量としては逆に少ないぐらいでできています。 かつての日本人は、明暗のコントロールに優れ ていたと思います。昔の日本の建築は、 「陰影礼 賛」という言葉があるように、庭に落ちた日光を 障子に集めて、その障子が光って中に光を引き込 んでいく、そういうものだったのです。なんとな くじんわりした光が拡散して届いていって美しく 見える、そういう空間が多かったのです。 和風建築の素材である金箔、珪藻土、畳、漆に 塗られた蒔絵など、白日のもとにさらすより、か すかな光を拾ったときに見せる表情、一瞬きらっ とするとか。そういう素材感は、日本の得意な分 野だったのです。 0から100%までのグレーゾーン、境がどこかわ からないけどきれいな濃淡がついていて全体像が できる。そうした光を、皆に「そういうものもい いね」と思っていただけたらとデザインしていま した。 不幸にも東日本大震災が発生して、東京も電気 の使用について規制がかかり、街も一時期とても 暗くなりました。その中でもスカイツリーが、デ ザインを変えずに点灯させていただけたのは、や はりこれだけ少ない光で成立させようという、プ ロジェクト全体の意思があったからだと思います。 問題としては当時のLEDがまだ正直、住宅の明 かりとしても満足に照らせないぐらい質の悪いも のだったのです。 では従来の照明である放電灯を使おうとすると、 ランプ自体が大きいので、その大きさに合わせた 反射板も大きくなってしまう。ところがスカイツ リーは一種のジャングルジムのようなもので、置 き場所がものすごく限られます。 メンテナンスの問題もありました。放電灯は、 半年から1年で切れてしまうんです。そのため1 個3万円ぐらいするランプの交換が必要になる。 さらに、そこにかかる人件費、さらに落とした時 のリスクもあります。そうしたスカイツリー特有 の問題を考えた時、当時の光源はそれに応えられ なかったのです。 もう一つ、照明デザイナーにとって大きな問題 だったのは、発色なんですね。江戸紫の紫色がう まく出ないのです。 太陽光に紫のフィルターを通すと、しっかり紫 が出ます。けれども人工照明というのは、人間が つくる物ですから、人間の目が感じやすい緑色前 後を多く含ませています。そうするのが効率的だ からです。 可視光線というのをご存じだと思うのですが、 人工の光は、赤から青まである可視領域の真ん中 にある緑色をたくさん含ませて、明るくしている のです。 人工的に紫をつくる場合は普通、赤と青の光だ けを通す紫色のフィルターを使います。しかし、 400ワットというものすごく明るい白い放電灯に紫 色のフィルターを着けても、緑の光は通りません から、かすかな青と赤の光しか透過しなくてふた をしたみたいに真っ暗になってしまう。実験して みてこれでは紫が実現しないと、すごく打ちのめ されました。 その直後、あるメーカーさんから、 「ちょっと紫 色のLEDをつくったので見てください」と、試作 品を見せてくれた。それがすごくきれいな紫色で、 さらにとても明るかったのです。 これは使えると思いました。それも4.5ワットで す。4.5ワットのLED が400ワットの放電灯に勝っ たんです。これがLEDの正体なのだと悟りました。 LEDというのは、少ないワット数で明るくきれ いな光を出せるのは当然として、自分で絵の具を 混ぜるように、好きな色を指定できるものなので す。しかも、フィルター方式より、明るい光が得 られます。 それではもうLEDで全部やってしまった方がい いのではないか、ということになり、一時期プロ ジェクトはLED化プロジェクトになりました。 もちろん、技術的な問題はありました。当時、 vol.106 29 「住宅一つLEDで照らせないで苦労している」とい う状況の時に、一気に634mを照らしてくれという わけですから、当然メーカーさんは及び腰でした。 P社をはじめ、他社にもいろいろ回ってお願いし ました。日本は狭いと感じたのは、そういう情報 は何故かお互い回る。 (笑)そうすると、 「今のう ちに、ちょっとやってみよう」という会社が現れ る。すると、勝手にどんどん各社の開発が進むこ とになりました。 最終的には、3社ぐらいに、スカイツリーを担 当できるぐらいのすばらしいLED光源を1年かけ て、つくっていただきました。 その過程では本当に多くの技術者の方々の協力 をいただきました。 「これは損得抜きにやりたい」 という姿勢で、このプロジェクトに向かっていた だいた結果、LEDがスカイツリーに間に合ったの です。 LEDでどのくらい省エネになっているかという 点ですが、2008年に放電灯で設計したときの電力 使用量が粋・雅それぞれ268kW、133kWでした。 それが、オールLED化を実現したときの電力使 用量として、2008年のテストより約40%も、削減 することができました。ちなみに最終的なLEDの 器具としての台数は1995台です。 ところで、このLEDによる照明は1日当たり6 時間ぐらいつけることになりますが、電気代とし てだいたいどのくらいかかると思いますか。 実は、答えは1万5,000円から2万円です。 人を幸せにする、豊かな光をきちんと手をかけ てつくったら、少ない電力でもいいものが残せる。 そういう可能性があることを、今日はぜひ知って いただきたいと思います。 スカイツリーは上の展望台まで行こうとすると、 3,000円かかります。そうすると、10人展望台に上 がってもらうと、電気代は十分元が取れるのです。 (笑) 今日ご参加の皆さんはまちづくりに係わられて いる方がほとんどだと思いますが、照明に関して いうと、適切な考え方を元にきちんとつくってい くと、かなりプラス効果をもたらすことができる 性質があるのです。 制約の多さからCGシミュレーション生かす 我々が今回この仕事を進める上で、設計技術と して進歩したものが一つありました。それが、CG (コンピュータ・グラフィック)シミュレーション です。スカイツリーは、ほとんどが鉄骨でできて います。実は、鉄骨が工場で溶接される前に同時 に照明の位置を決めなければならないという制約 30 vol.106 条件があったのです。 なんと、その締切は照明デザイナーが私と決 まってからほんの2か月後でした。しかし、この 時点では、どこに光源を置いたらどこに光が到達 するか、図面を見ただけでは皆目わからないわけ です。 単純な円筒形なら何となくイメージできますが、 3次元の立体であり、中もごちゃごちゃに鉄骨が 入り組んでいるので、もうこれはお手上げだと思 い、観念してCGを使うことにしました。 CGの中に光源を1個置いてレンダリング(デー タとして与えられた情報を計算することで、画像 化すること)をかけてみると、 「ああ、ここに光が 当たるんだな、ここに置いたらすぐ鉄骨に蹴られ て遠くまで光が飛ばないな」ということが色々わ かりました。 それを千数百個分の光源についてやりきりまし た。CGが発表された時点で、実は照明デザインは すべて完成していたのです。 スカイツリーは私たちにとって、ある意味で厳 しい現場だったということをお話したいと思いま す。何が厳しいかというと、そこに実物があるの に照明の実験をさせてくれないのです。普通は、 構造物が立ち上がってきてどこかで実験します。 でもスカイツリーでの実験は大ごとになってしま います。東京の人はスカイツリーの動向を見てい ますから。そこにどんどん建っているのに一切、 現場で実験できないプロジェクトだったのです。 CGのレンダリングそのものは信じられるとして も、もし何かしら人的ミスが含まれていたらどう しようもありません。そのため、2010年に1回だ け試作品を使用して実験を行い、データをとりま した。 話はそれますが、この実験は極秘で進んでいた はずなのに、どこかから情報がもれていたようで す。 私は何もしらずに、午後7時に実験開始という ことで現場に出てきてみると、なんと敷地を取り 囲むように1万人の人たちが、道という道にあふ れているのです。 さらに午後7時に点灯することはわかっていた みたいで、7時直前になると、周りの皆さんが勝 手にカウントダウンを始め、私たちも現場の雰囲 気に飲まれて、そのタイミングで点灯しました。 (笑) 私たちにとってみれば、色々な意味ですごく感 動した1日でした。CGがどのくらい信用できるか を確かめることもできました。 一つ重要なのは、光源の施工精度です。スカイ ツリーは、最終的に0.5度きざみの角度でコント ロールしています。0.5度なんて誤差の範囲だと思 うでしょう。だけど、350m離れると、0.5度の違い で10mぐらい光の中心は動いてしまいます。 実は照明器具に関しては、角度調整ができる機 構をつけることが許されていなかったのです。高 所は風が強いので、動いてしまうリスクをとれな かったのです。つまりは光を見ながら角度調整が できない、据付けたらそれで終りのプロジェクト でした。 そこでお願いしたのは、施工者であるO社には、 照明器具を置く場所については完全な水平をつ くってもらうとともに、P社には、電子分度器で精 度を管理した0.5度きざみの角度をつけた器具を千 数百台つくってもらい、水平面に留めていっても らいました。 初めて照明を全点灯したのが、2011年のクリス マス・年末のライトアップです。我々にとっては 全点灯テストという大きな意味がありました。 スカイツリーの多様な魅力 天気が悪い日にはスカイツリーと雲が生み出す コラボレーションに注目してください。何がすご いかというと、普段は見えていない光が雲に当た ると、目に見える光景です。 その姿から高度な技術が使われていることが はっきりと伺えます。それがすごく美しい。この 光は配光2度の光で、とても細い光です。下に向 かって照らす光も1本1本けっこう細いことが分 かるでしょう。 雲、つまり蒸気の塊ですがそこに光が当たると ハープ(弓を使わず手ではじく弦楽器)のような 表情を見せます。 私は自然はすごいと思います。雲に当たる光を 関係者と見ていて、皆感動しました。あまりに天 候が悪いと見えませんが、ぜひ天気がちょっと悪 いときに観察してみてください。 照明デザインの近未来はどうなる まずパワードバイLEDということで、当面は LEDを使いきる、使い倒す、そういう方向で5年 ぐらいは進んでいくだろうと思います。 また、私がやってみて良いと思ったのは、心地 よく感じる光の動き。ラウンジだったら、わから ない程度にそよいでいる光をどこか壁に入れると かです。 無自覚なのに、場をすごく心地よく感じさせる 動的な光はあると思います。しばらくは今まで実 現できなかった繊細な時間的変化を持つ光のデザ インが、いろいろな仮説を持ってつくられてくる のではないかと思います。 それから、LEDになって色が繊細にコントロー ルできるようなりました。日本の伝統的な色合い、 はっきりしていないが美しい色、そういう色も光 でつくれるようになりました。 スカイツリーで出せた「粋」の淡い水のような 透明感ある色、 「雅」の紫という難しいけれどもき れいな色が、まずは東京の街で見ていただけるよ うになりました。 たぶん、これは皆さんに、気づいてくれると思 うのです。 「光の色の表現って、コンセプトと合え ば、けっこう素敵なものがつくれる」と。した がって、これからは、夜の照明の色合いも、しば らく多様性を帯びてくるでしょう。 さらに、だんだん東京らしさとか、大阪らしさ とか、そういう地方色というものが出てくるかも しれません。 それから、こういうことを丁寧にやっていく延 長として、建物のライトアップがだんだん人間っ ぽくなるのではと思います。 人が来ると、ふっとつくとか、街を歩いている 人にささやくように光が動いたりとか、何かする わけです。 夜、建物をどういう性格にするか、こういう キャラクターにしようというプロジェクトが増えて いくと、だんだん街と人間が近づいてくる。そう いう時代にいつかはなるのではないかと思います。 最後にとっておきの写真をお見せしたいと思い ます。実は私はすごく高所恐怖症なんですが、こ れはスカイツリー 634mから撮影した写真です。 雨が上がった直後だったのですが、東京に水蒸 気がいっぱい残っていて、まるでミルクを浸した ような感動的な光景でした。ちょっと拡大すると、 左奥に東京タワーが水墨画的な姿で見えます。こ の写真には光の陰影の芸術がたくさん含まれてい ます。 私達照明デザイナーとしては、皆さんにまず街 を好きになってほしい、街と人間とどういうふう につなげていくかをよく考えていただきたいと 願っています。まちづくりは、私たち人の暮らし のためにあるからです。 光だけでもこれだけ深さがあり、いろいろな テーマがあるのです。 本日は照明や光の話をしましたが、こういう話 も参考にしていただき、今日をきっかけに皆さん が自分の街をより良くすることにつながってくれ たらというのが、今日の私の願いでございます。 ご清聴ありがとうございました。 vol.106 31