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明日の医療経営を考える TEAM APPROACH No.12 すべて読む

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明日の医療経営を考える TEAM APPROACH No.12 すべて読む
総論
general remarks
患者安全体制確保に向けて
∼中小医療機関における医療の質を担保する∼
1 はじめに
同じころ、米国の医学研究所(IOM)
平成 11年を長尾能雅氏(京都大学
が、報告書(邦訳:人は誰でも間違える.
附属病院医療安全管理室長)は“日
医学ジャーナリスト協会訳 . 日本評論社)を
本の医療安全のビッグバン”と言って
出しました。この報告書では、米国で
います。ご存知のように、この年以降、
も同じような状況にあることが報告さ
特定機能病院や公的病院において
れており、
その対策として、
“人間はミス
重大な医療事故が発生していること
を犯すものであり、個人の努力に頼ら
が、新聞等のマスコミに大きくとりあ
ず事故防止のためのシステム作りが
げられるようになりました。当時のマ
重要である”と述べています。この考
スコミの論調は、医療者の注意不足
え方は、
今は、
一般的になっています。
や倫理観のなさを責めるものでした。
平成 13 年に、厚生労働省医政局
【資料1】
医療法 第1章 総則
第1条
この法律は、医療を受ける者による医療に関
する適切な選択を支援するために必要な事
項、医療の安全を確保するために必要な事
項、病院、診療所及び助産所の開設及び管理
に関し必要な事項並びにこれらの施設の整
備並びに医療提供施設相互間の機能の分担
及び業務の連携を推進するために必要な事
項を定めること等により、医療を受ける者の
利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率
的に提供する体制の確保を図り、もつて国民
の健康の保持に寄与することを目的とする。
【資料2】
医療法 第 3 章 医療の安全の確保
(平成19年4月1日施行)
第6条の9
国並びに都道府県、保健所を設置する市及
び特別区は、医療の安全に関する情報の提
供、研修の実施、意識の啓発その他の医療の
安全の確保に関し必要な措置を講ずるよう
努めなければならない。
《追加》平18法084
第6条の10
病院、診療所又は助産所の管理者は、厚生労
働省令で定めるところにより、医療の安全を
確保するための指針の策定、従業者に対す
る研修の実施その他の当該病院、診療所又
は助産所における医療の安全を確保するた
めの措置を講じなければならない。
《追加》平18法084
嶋森 好子
Yoshiko Shimamori
総務課に
“医療安全推進室”が設け
ける者の利益の保護、良質かつ適切
られ、厚生行政として
“医療安全を所
な医療を効率的に提供する体制の確
管する部署”が設置されました。その
保を図って、国民の健康の保持に寄
後、医療安全確保のための様々な検
与するために、①患者の選択の支援、
討が行われてきました。平成 17年に
②医療の安全確保、③病院、診療所、
は、
「今後の医療安全対策についての
助産所の開設と管理を適切に行い相
検討会(座長:高久史麿氏)」が報告
互の機能分担と連携を推進すること、
書を出し、今後の医療安全のための
の3点に関連した事項を定めるとして
課題を示しました。平成19年3月には、
います。
「医療安全管理者の業務指針と養成
特に医療の安全確保に関しては、
研修プログラム作成指針(部会長:福
章(第3章)を設けて(資料2)、①国
永秀俊氏)」が出されるなど、医療安
並びに都道府県等の行政には、医療
全確保のための対策についての基本
の安全に関する情報の提供、研修の
的な考え方や方策が示されました。そ
実施、意識の啓 発その他の医療の
れらの試行錯誤の総括として、平成
安全の確保に関し必要な措置を講
19 年 4月1日に新しく改正された医療
ずるよう努めること
(努力義務化)を、
法が施行されました。
②病院、診療所又は助産所の管理者
2 第5次医療法改正によって
求められるもの
第6条の11
都道府県、保健所を設置する市及び特別区
(以下この条及び次条において
「都道府県等」
という。)は、第6条の9に規定する措置を講
ずるため、次に掲げる事務を実施する施設
(以下「医療安全支援センター」
という。)を設
けるよう努めなければならない。
慶應義塾大学看護医療学部
教 授
には、医療の安全を確保するための
指針の策定、従業者に対する研修の
1)
医療法が目指すものと
具体的に義務づけられたもの
実施その他の医療の安全を確保す
平成 19 年 4月1日に施行された医
を、③都道府県、保健所を設置する市
療法の第1条(資料1)
には、
医療を受
及び特別区には「医療安全支援セン
るための措置を講ずること(義務化)
総論▶ 患者安全体制確保に向けて 3
ター」を設けるよう(努力義務化)定め
所に義務化されている事項について、
行われた病院への立ち入り検査の結
ています。
各診療所等が備えておくべき業務指
果が公表されています。その結果をみ
2)
医療安全確保のために
診療所等に義務化された事項
針等の例が紹介されていますが、念
ると、適合率の低い項目として、安全
のためにここで述べておきます。
管理指針の整備が 92.8%、事故の報
既に多くの方がご存知のように、日
資料 3 に示すように、医療法の施
告等の改善策が 94.3%、安全管理の
本医師会のホームページでは、医療
行規則では、医療法第3章
“安全の確
ための職員研修が 94.5%、委員会の
安全対策マニュアルを公開して、診療
保”
の章を受けて、病院・診療所・助産
開催が最も多くて97.6% という結果
所等に義務化されて事項が定められ
です。何れも90%を超えていますが、
ています。
医療法に基づく立ち入り検査であり、
まず、医療の安全管理と感染防止
適合していない施設に対しては何ら
対策として、
それぞれに関して、
次の4
かの指導がなされることを考えると、
点が義務化されました。①安全管理
適合していない施設があること自体
及び感染防止対策のための指針を作
が問題であるといえます。
成すること、②安全管理及び感染防
しかし、診療所等ではもっと適合
止対策のための委員会を開催するこ
率が低いことが考えられます。平成 21
と
(病院、患者を入院させるための施
年度にY市が行った市内にある全有
設を有する診療所及び入所施設を有
床診療所に対するアンケート調査
(監
する助産所に限る)
、③医療に係る安
視ではありません)によると、行政が
全管理及び感染防止対策のための
行った調査であるにもかかわらず、医
職員研修を実施すること、④事故報
療安全管理指針を作成していると答
告等の医療に係る安全の確保を目的
えたのは、全有床診療所の72.8%でし
とした改善のための方策及び感染症
た。
また、
院内感染対策職員研修を年
の発生状況の報告その他の院内感
2 回程度開催している施設は 39.7%
染対策の推進を目的とした改善のた
しかありません。また、医薬品の安全
めの方策を講ずること、
です。
管理者を決めている施設は 80%です
また、新たに、医薬品の安全管理と
が、医薬品の安全管理のための業務
医療機器の安全な使用に関しては、
手順書は45.6%の施設でしか作成し
それぞれ ①管理責任者を決めるこ
ていないとの回答です。医療機器の
と、②安全使用のための手順書や保
安全管理についても、責任者は決め
守点検の手順書及び計画書等を作成
ているにもかかわらず、手順書の作成
して実施すること、
③安全使用に関す
や研修の実施、保守点検等に関して
る職員研修を行うこと、④安全使用
は 60%に満たない状況です。
のために情報を収集分析して改善策
記憶に新しい事例ですが、鎮痛剤
を講ずる体制を整備することが求め
を作り置きして使用したことで、セラ
られています。
チア菌による敗血症となって患者が
【資料3】
医療法施行規則 第一章の二
医療の安全の確保
第一条の 11
病院等の管理者は、法第六条の十の規定に
基づき、次に掲げる安全管理のための体制
を確保しなければならない(ただし、第二号
については、病院、患者を入院させるための
施設を有する診療所及び入所施設を有する
助産所に限る。
)
。
一 医療に係る安全管理のための指針を整備
すること。
二 医療に係る安全管理のための委員会を開
催すること。
三 医療に係る安全管理のための職員研修を
実施すること。
四 医療機関内における事故報告等の医療に
係る安全の確保を目的とした改善のため
の方策を講ずること。
2 病院等の管理者は、前項各号に掲げる
体制の確保に当たっては、次に掲げる
措置を講じなければならない。
一 院内感染対策のための体制の確保に係る
措置として次に掲げるもの(ただし、ロに
ついては、病院、患者を入院させるため
の施設を有する診療所及び入所施設を
有する助産所に限る。)
イ 院内感染対策のための指針の策定
ロ 院内感染対策のための委員会の開催
ハ 従業者に対する院内感染対策のための研
修の実施
ニ 当該病院等における感染症の発生状況の
報告その他の院内感染対策の推進を目
的とした改善のための方策の実施
二 医薬品に係る安全管理のための体制の確
保に係る措置として次に掲げるもの
イ 医薬品の使用に係る安全な管理(以下こ
の条において
「安全使用」
という。)のため
の責任者の配置
ロ 従業者に対する医薬品の安全使用のため
の研修の実施
ハ 医薬品の安全使用のための業務に関する
手順書の作成及び当該手順書に基づく業
務の実施
ニ 医薬品の安全使用のために必要となる情
報の収集その他の医薬品の安全使用を目
的とした改善のための方策の実施
三 医療機器に係る安全管理のための体制の
確保に係る措置として次に掲げるもの
イ 医療機器の安全使用のための責任者の配置
ロ 従業者に対する医療機器の安全使用のた
めの研修の実施
ハ 医療機器の保守点検に関する計画の策定
及び保守点検の適切な実施
ニ 医療機器の安全使用のために必要となる情
報の収集その他の医療機器の安全使用を目
的とした改善のための方策の実施
4
患者の安心を育む「医療安全」
3 医療法で義務化された事項の
遵守率と課題
死亡するという事例がありました。ま
平成 19 年度に、医療法に基づいて
毒・管理を行わなかったことによって、
た、眼科の診療所で機器の適切な消
【図】
小規模医療機関のタイプ分類
(平成20・21年厚生科研小規模医療機関の安全確保のための研修プログラムの考え方)
小規模(有床)
・ハイリスク:
フルオプション・安全、感染、
薬剤、機器、全て遂行
小規模(無床)
・ハイリスク:基本プログラム+オプション
・施設の特性に応じた体制作り ・業務マニュアルの作成
・施設長のみならず担当者 ・スタッフ教育が必要
・行政、保健所により実施状況がモニターされる
入院患者(+)
・マンパワー(+)
Type A
(有床 or スタッフ20名以上)
:
(12.5%)
Type B
(無床 or スタッフ20名未満)
:侵襲的医療行為・危険薬剤使用・高度機器使用
のいずれかがある
(31.3%)
Type C
(無床 or スタッフ20名未満)
:侵襲的医療行為・危険薬剤使用・高度機器使用
のいずれもない
(56.2%)
小規模(無床)
・ローリスク:基本プログラム
・施設長が定期的に医療安全教育を受け、適切な体制作りを遂行すべき
・行政、保健所により実施状況がモニターされる
事項の整備とそれを日々の診療業務
の中に落とし込んで実践すること、②
求められている事項について正しく
理解するための研修を計画的に実施
すること、③その施設の診療内容とリ
スクに応じた、リスク回避のための知
識や技術に関する研修を計画的に行
うことです。
また、院長などの管理者になる医
療者は、可能な限り、保健医療科学院
や医師会・医療関連団体等が実施し
ている施設長向けの医療安全の研修
を受けることが望ましいと考えます。
失明の恐れのある患者が発生した事
安全管理体制が整いつつあります。
それは、前述した職員向けの研修の
例も報道されました。何れも中小の診
しかし、数の多い有床・無床診療所等
結果や日々の職員の態度や実践内容
療所で、安全管理体制や感染防止対
では十分な安全管理体制を整えない
を評価して、医療の安全確保のため
策が不十分であり、医薬品や医療機
まま前述のような事故が発生してい
に行うべきことが確実に実施されて
器の使用に関する安全対策が取られ
るのではないかと危惧されます。
効果をあげているかを評価して、問題
ていなかった施設でした。
平成 20 年度の聞き取り調査やアン
があれば解決をしていく責任が施設
特に、
感染管理に対する研修は、
前
ケート調査によって幾つかの点が明
長には求められているからです。地域
述のアンケート結果でも40%を下回る
らかになりました。
1つは、有床・無床
医療の根幹を支える診療所等の中小
施設でしか、行われていません。この
の診療所の医療安全体制整備を適
医療機関の安全確保体制が整ったと
ような状況は、平成 19 年の医療法の
切に行っている診療所等の院長の姿
きに、日本の医療の安全確保体制整
改正が目指している、良質な医療を
勢が同じであることです。様々な理由
備ができたと評価されるのではない
効果的で安全に提供するという理念
がありますが、何れも、安全を優先す
かと考えます。
に程遠い状況であります。
る態度が明確でした。
それ故に、安全
平成 19 年の改正医療法が示した
確保のために必要なことは、きちんと
目的(理念)を見失うことなく、安全・
行うという態度で、その施設には安全
安心な医療の提供のために各現場で
文化が育っていると認識されました。
の安全行動の実践が期待されていま
筆者は、平成 20 ∼ 21年に厚生労
2つ目は、診療所と言っても、図の
す。
働科学研究として、
「医療機関の規模
通り、規模ばかりでなく、診療内容が
や特徴に応じた職員研修の具体的で
様々で、大病院に匹敵する危険度の
Prof ile
効果的なカリキュラムの作成と実際
高い診療内容を行っている施設もあ
の活用と普及」に関する研究を行いま
るということでした。このような規模
した。
と診療内容によって、安全確保と感
規模の大きな医療機関では、医療
染防止のために日々行うべき業務の
法改定による事故報告の義務化な
整理や職員研修について求められる
ど、体制整備も厳しく求められており、
視点は、①医療法で求められている
4 中小医療機関の患者の
安全確保のための、研修の
考え方について
嶋森 好子(しまもり・よしこ)
神奈川県立看護専門学校公衆衛生看護学科、女子栄養大
学、放送大学卒業。病院看護師、看護学校専任教員等を経
て、1990 年 8 月 東京都済 生会 向島 病 院 看護部長、1999
年 6 月 日本看護協会常任理事、2002 年 4 月 京都大学医
学部附属病院看護部長・院長補佐、2007 年 4 月 慶應義塾
大学 看護医療学部教 授。東京都 看護協会 会長、日本 糖尿
病教育看護学会理事長、日本臨床看護マネジメント学会理
事長、医療の質・安全学会理事。著書に『医療安全対策ガイ
ドライン』
(編著)じほう社(2007 年)、
『マネジメントツール
としての看護必要度』
(共同編著)中山書店
(2007 年)、
『事
故事例から学ぶリスクマネジメント』
(共同編著)学習研究社
(2007 年)などがある。
総論▶ 患者安全体制確保に向けて 5
Case
Study
Report
1
地方独立行政法人神奈川県立病院機構 神奈川県立循環器呼吸器病センター(神奈川県・横浜市)
医療安全対策の実施状況をチェック・指導する
各種安全ラウンドが高度な専門医療をサポート
循環器疾患、呼吸器疾患の治療では、県内でもトップクラスといわれる神奈川県立循環器呼吸器病センター。心温まる
医療の提供を理念とする同センターでは、
「基本方針」
に医療安全への取り組みを謳っていない。
「当然のことだから」と、
所長の廣瀬好文氏は説明する。
同センターの高度医療を支える医療安全への取り組みを紹介する。
Check Point!
院長が考える、医療安全推進の基本
テーマ別の抜き打ち安全ラウンドで、日常的に注意を
喚起
● 頻回に院内研修・勉強会を開催し、
対策の習熟や最新情
報の共有に努める
● 患者に迷惑をかけない事故対応を全職員に徹底
● いざというときに役立つ最重要情報を載せたポケット版
「医療安全ハンドブック」
の作成と活用
医療安全管理者が、まずやるべきは
自分のいる医療機関の実態を知ること
●
「08 年、専従の医療安全管理者として県から辞令を受
け、院内異動で医療安全推進室(以下、推進室)に配属と
なりましたが、
かなり戸惑いはありました」
神奈川県立循環器呼吸器病センターに赴任する以前の
10 年間は、看護学校で教育に携わっていたという医療安
全管理者の丹下純子氏は、
当時を振り返る。
「2 年間、久しぶりの現場で看護科
良質な医療を提供するために
医療安全への取り組みは当然
当センターの理念の根幹は、「心
温まる医療の提供」です。心温まる
医療の実現に必要なことは、2 つあ
ると考えます。
ひとつは、「良質な医療の追求と
提供体制の構築」です。そのために、
所長
いろいろな努力をしています。その
廣瀬 好文 氏
成果として、最終的には職員が当セ
ンターで働くことに誇りをもつに
至れば、患者本位の医療の提供が可能となるでしょう。職員は笑
顔と自信に溢れ、患者さんに心温かく接することができると思い
ます。
もうひとつは、良質な医療と表裏一体なのですが、
「医療安全の
追求と予防体制の構築」です。つまり良質な医療の追求に、医療安
全の追求は含まれていると考えています。従って基本方針の中に、
医療安全については謳っていません。基本理念にある「心温まる医
療」に含まれている、取り組むべき当然のことなのです。当然の取
り組みとして、
今後一層のレベルアップが望まれます。
当センターでは、良質な医療提供のための取り組みのすべてに、
医療安全への取り組みが有機的に作用する仕組みとなっていま
す。それは、県立病院という性格から、単に一医療機関だけの在り
ようではなく、神奈川県立の全 9 医療機関が共有する体制であり、
その上で各医療機関がその特性に合わせ、具体的に機能させてい
るもので、
全県域に対する良質な医療提供の一貫でもあります。
長として勤務したところでの異動で
した。もっと病棟や当センターのこ
とを知りたいと思っていた時期なの
で、私に務まるのか不安でした」
県立病院という性格から、県の指
導を受け、9 つある県立病院が同様
医療安全管理者
丹下 純子 氏
の安全対策に取り組むが、そのうち7 病院は専門病院であ
る。そのため画一的な対策だけでは十分でなく、各病院の
特性を生かした安全対策の取り組みが、同センターにおい
ても重要であった。
神奈川県の県立病院を統括する県立病院課が「ここま
でやっている自治体病院は少ない」と自負するほど、県の
医療安全への取り組みが、非常に高いレベルにあることを
知っていた丹下氏は、
「自分は何をしなければならないか」
を考える。
それはまず、もっと同センターの「現状を知る」と
いう原点に立ち返ることだった。
「幸い当センターは、ほぼ全職員の顔がわかる規模です。
コミュニケーションもとりやすく、情報収集あるいは伝達事
項の周知でも、皆が協力的なので助かりました」
6
患者の安心を育む「医療安全」
Case Study Report 1
【表1】2009年5月 インシデント・アクシデント総括
○ 総報告件数 43件
区分
同センターではインシデント・アクシデント・レポートの活
の課題があった。
インシデント
長の廣瀬好文氏によると、レポートの提出には当初、2 つ
(上段:代表事例概要、
下段:再発防止策)
代表的な事例と再発防止策
〈抗がん剤投与に関する連絡不足〉
点滴投与前の検温結果で、心電図の検査結果を
見てから点滴開始することになった。
リーダーよ
り指示待ちの送りを受けたが、外回りの看護師に
指示を伝え忘れていた。ルート確保されていた
レベル0 1件 が薬剤投与前にリーダーが発見した。
レベル区分はアクシデントであっても
微妙なものはレポートにできない
用と対策は、
03 年から行われていた(表1)。同センター所
件数
「ひとつは、賞罰に使われるのではないかという、職員の
外回りにすぐ報告する。
不明な点は必ず確認をとる。声に出していく。
自分のメモの取りかたを工夫する。
(言われた事
をすぐメモにとるようにする。目につくところに、
わかりやすくメモをとる。赤丸で強調する。
)
廣瀬氏が副所長時代のこと。リスクマネージャー会議
〈義歯洗浄剤の誤飲〉
食後、義歯清浄し洗浄剤につけておいた。30分
後 に 訪 室 すると義 歯 洗 浄 剤 を 溶 解した 水 が
レベル1 40件 100mlほど減っている。義歯の容器を片付けよう
とすると、
まだ飲むと言う。
を立ち上げて、現場のインシデント・アクシデントの報告体
予測は難しい事例、義歯容器の置き場所を検討する。
制を作ったものの、レポート提出が「当事者を責めるもの
〈転倒〉
他患者の対応をしていた時、
ドスンという音がし
て訪室すると、ポータブルトイレと平行に仰向け
レベル2 2件 で倒れている患者を発見。排尿のため起きたと
(軽度)
ころ、ポータブルトイレの脇で転倒。
危惧の払拭です」
ある」ということが理解されていなかった。それは、現場の
スタッフだけではなかった。実権者サイドにも、そうした考
えの人はいたという。報告されたレポートを見て、
「呼び出し
アクシデント
ではく、良質な医療の提供のための改善点の洗い出しで
離床を知らせるセンサーを装着しておく。転倒ア
セスメントスコアの評価をきちんと行う。
※レベル3∼5は報告件数ゼロ。
て、注意しないとダメじゃないですか」
という発言もあった。
そんなことをしたら、報告しなくなる。
隠蔽されるほうが、
よほど怖いと、廣瀬氏はレポート提出の意義について、根
く、合併症ではないだろうか」といったケースもある。微妙
気強く、
その周知に奔走する。
なものは、
レポートにできないと廣瀬氏は考える。
そのかわ
「もうひとつは、
『改善のためだから、正直に出しなさい』
り、
「必ず報告をすること」
とした。
といっても、
すべてレポートにできるのか、
という問題です」
県の指導で 06 年、推進室が設置される。第五次医療
レベル区分ではアクシデントであっても、
「医療事故でな
法改正の前年だが、専従の医療安全管理者が配置され、
「指差し確認」と「ダブルチェック」は
ミス防止の基本。 注意喚起を徹底しています
ME や放射線科技師だけでなく
現場の協力も得て管理しています
医療機器は、
単に古くなったからという理
朝はチーム全員で、注意事項を唱
由だけで更新できるものではありません。
和します。
「一処置ごと、一患者さん
高額医療機器の購入は病院経営に直結
ごとに手洗いをしよう !!」、「リスト
するだけに、できるだけ延命して使わなけ
バンドの確認よし !!」などです。また
ればならないのが現状です。しかも安全で
実際に、処置をする時など、指差し
なければいけない。メーカーによるメンテ
呼称を実行しています。
ナンスは、年に 2 ∼ 3 回は必ず実施します
が、ある程度使っていると不具合もでてき
医療機器安全管理責任者
放射線科 技師長
坂田 幸三 氏
ただ慣例化してしまい、気持ち
が入らない場合もあります。
「 採血
病棟リスクマネージャー
看護安全対策会メンバー
1 階南病棟 主任看護師
ます。メーカーから不具合の事例が随時公
のとき、リストバンドを確認しよ
開されますので、
必ずチェックし、そのたびに調整もしています。
う !!」など、業務の時々でスタッフの
日常、我々が機器の不具合の前兆をつかむことも大切ですが、
様子を見て、気づいたときに声をかけるようにしていま
例えば看護師が操作する機器は、看護師に対し ME が折に触れ研
す。指差し呼称を忘れることも、ヒヤリハットですから。
修をしていますし、明らかな不具合はすぐ連絡してもらうように協
「誰もが間違いを起こす」
という認識が必要です。
まして
力要請もしています。故障の対処では、患者さんに迷惑をかけない
疲れていたり、体調が悪かったりすれば、そのことで起き
ことが最優先ですから。
るミスもありますので、
常に注意喚起を心がけています。
大番 美奈子 氏
● 地方独立行政法人神奈川県立病院機構 神奈川県立循環器呼吸器病センター 7
廣瀬氏を初代推進室長として、リスクマネージャー会議を
ベースに、
同センターの医療安全管理を推進していく。
07年、医療安全管理者が正式に認められ、推進室に配
事故事例があがって、初めて使用方法などに
疑問を持ち、実態を把握することもある
置される。現在は推進室長を副院長が兼務。医療安全管
推進室の主業務は、対策の実施と注意喚起が現場で
理者は看護師の丹下氏が専従。医薬品安全管理責任者は
しっかりできているかを確認し、できていなければ、でき
薬剤科科長の山中邦子氏が兼務。
医療機器安全管理責任
るまで指導すること。したがって、
「患者確認」
「指示」
「モニ
者は放射線科技師長の坂田幸三氏が兼務。そして09 年 4
ター」などテーマを決めての安全ラウンド(表 2)は重要だ、
月からは、感染管理認定看護師の横谷チエミ氏が外来主
と丹下氏は言う。
任看護師と兼務でメンバーに加わっている。
「改善を周知しても、それが継続されていないと、同じ過
「本当は、すべて専従スタッフにしたいところですが、県
ちが起きる可能性があります。また、周知したはずなのにセ
としては予算の問題もあり新たな人員確保は厳しいため、
クションでバラつきもあります」
当センターの定数の範囲で担当してもらっています」
丹下氏らはラウンドによって状況を把握し、会議や院内
その理由を廣瀬氏は、医療安全対策は決して小さな課
ラン、リスクマネージャーに協力要請するなどの手段で、マ
題ではないからだと説明する。
メに注意喚起を図っていく。
「現在は医療事故と院内感染の2 つを医療安全の柱と
一方、報告があって初めて知る現実もあるという。例え
した院内組織ですが、院内暴力も災害時対策も医療安全
ば、患者さんが転倒し骨折した。同センターでのレベル区
の範疇です。当然のこととして医療安全にしっかり取り組
分で、レベル3 のアクシデントである。事例は、検便をする
んでいくということは、かなり大きなビジョンと体制を必要
必要のあった患者が一方の手に検便の容器を持ち、もう
とすることになります。ゆくゆくは、医療安全の対象を少し
一方の手で酸素ボンベ架台を押していた。廊下の角を曲が
でも多く扱える医療安全管理室、あるいはリスクマネージ
ろうとして転倒した、というものだ。丹下氏は事例によって
メント部といった正式な部署として、体制整備をしたいと
初めて、酸素ボンベ架台の使用方法に疑問をもつ。
考えています」
「酸素ボンベ架台の使われ方を把握していませんでし
【表2】安全ラウンド
(例)
実施
1回目
2回目
3回目
4回目
5回目
6回目
テーマ=「患者確認」
担当者=科長・技師長、
薬剤科長
放射線科技師長 検査科技師長
薬剤科長
放射線科技師長 検査科技師長
セクションリスクマネージャー・ 担当者 手術室
外来
栄養管理科長
外来
ICU
栄養管理科長
医療安全管理者
医療安全管理者 医療安全管理者 医療安全管理者 医療安全管理者 医療安全管理者 医療安全管理者
【表3】酸素ボンベ架台の種類
No.
病棟
種類
1 緑色、車輪4つ
8
1階 2階
2階
3階 3階
南病棟 西病棟 南病棟 西病棟 南病棟
3
8
3
2
使用上の利点
使用上の注意点
2
・コンパクトで小回りがきく・軽い ・持ち手の高さが低い ・長身者には不都合 ・不安定
2 緑色、車輪4つ
2
2
3
0
0
・1に比べて車輪が大きいの
・持ち手の高さが低い ・長身者には不都合
で安定している
緑色、車輪4つ、
3 ストッパー・
点滴スタンド付
2
0
3
0
3
・カーブや角が曲がりにくい・ストッパーをかけ
・ストッパー付きなので安全 たまま使用すると前のめりになる可能性があ
る・点滴スタンド使用中はバランスが不安定
・点滴中も使用可
になる危険性がある→使用前に要説明
4
ステンレス製、車輪3つ
点滴スタンド付
0
2
2
2
1
・ハンドルの高さがあり使い ・重い ・自由がきかない ・音がうるさい ・車輪の動きが不
良になると前のめりになる危険がある→使用前に要説明
やすい
5
ステンレス製、車輪4つ
点滴スタンド付
0
0
1
0
2
・ハンドルが大きいので使いやすい ・音がうるさい
・安定している
・コンパクトさに欠ける
6 車輪4つ、点滴スタンド付
メラサキューム架台付
2
2
ストッパー付き 4
ストッパーなし 3
5
5
・安定している
患者の安心を育む「医療安全」
・ハンドルが垂直に近い
・コンパクトさに欠ける
No.1
No.4
Case Study Report 1
た。しかも調べると、数種類の酸素ボンベ架台が使われて
対策マニュアルを大幅に改訂している。全職員が共有でき
いました」
るマニュアルにすることが目的だ。
丹下氏は全セクションを回って酸素ボンベ架台の種
「改訂前は、看護局の安全対策項目に転倒・転落、身体
類と台数を把握、また使用上の利点、注意点を整理した
抑制、褥瘡、医療機器の取り扱いなど、細かい対応がすべ
(表 3)
。結果、患者に応じた、安全な酸素ボンベ架台の選
て入っていました。しかし、それらは看護局だけに求めら
択が可能となる。
れる安全対策ではありません。改訂で、当センター共通の
また推進室の活動として昨年は、同センターの医療安全
安全対策として明確化しました」
【図1】内服薬与薬の手順
(写真1)
食後薬
2009.8.1改訂
与薬車の最上段に準備
実施トレイ 未実施トレイ 与薬中の札
病室に与薬車移動
与薬中の札を引き出しに差し込む
1回分ケースを取り出す
1回分ケースと処方箋を患者のところへ持参
患者に氏名を名乗ってもらう
リストバンド・ベッドネームで氏名を確認する
患者と共に、処方箋と薬を照合
(写真2)
処方箋にサイン
与薬
内服の確認
処方箋を与薬車上の実施済みトレイに入れる
すぐに飲めない場合
糖尿病用薬の調剤は、必ず患者の薬歴を確認し、「確認ずみ」の印を押す。
ま
た、薬剤数が正しく処方されているかを確認するため、監査は欄外に各薬剤の
調剤総数を記入し、間違いないことを視覚化する(写真 1)
。薬効が類似してい
る事から思い込みで取り違える可能性のある薬剤は紫色の印字で注意喚起す
る。
また、用量が複数ある製品は用量の少ない方を赤色の印字とする(写真 2)
など、調剤過誤を未然に防ぐ対策を積み重ねている。
1回分ケースを引き出しに戻す
処方箋を与薬車上の未実施トレイに入れる
再度与薬
調剤管理に加え、病棟では患者さんが服用するまで
看護師が与薬管理を徹底しています
全員終了後ナースステーションに戻る
処方された薬剤は、調剤をした薬
与薬ボックスを全て開け、
残薬の確認
剤師ではなく別の薬剤師が監査を
与薬の実施確認 ・深夜 9:00 迄・日勤 14:00 迄・準夜 21:00 迄
し、病棟や外来に払い出します。病
棟に払い出された薬剤は、看護師が
再度チェックをし、自己管理のもの
【図2】与薬の実施確認表
を除いて、ナースステーションで管
目的:与薬後にダブルチェックを実施し、与薬の実施忘れをおこさない
方法:①与薬者以外の看護師が以下の確認を行う。
・与薬ボックスの残薬の有無
・処方箋の与薬車サインの有無
②与薬者・確認者は実施後、サイン又は押印する。
理します。
( )
月
9:00 迄
日
深夜(朝)
いる薬剤を、よく確認せずに思い込みで調剤をする。監査
14:00 迄
日勤(昼)
21:00 迄
準夜(夕)
準夜(眠前)
与薬者 確認者 時 間 与薬者 確認者 時 間 与薬者 確認者 与薬者 確認者 時 間
1
2
ナースステーションで改めて、各患者に正しく処方されているかをダブルチェック
した薬剤は、与薬時までは与薬車に保管し施錠する。与薬の「実施忘れ」につ
いて、大番氏らは与薬確認表(図 2)の活用をリスクマネージメント会議に提案。
全病棟が各勤務帯で与薬実施を確認し、実施できていなければ、その勤務帯
の責任で与薬実施することに決まって、
「実施忘れ」
が減少している。
この 3 段階を経ても、過誤はゼロ
になりません。例えば薬剤名を思い
医薬品安全管理責任者
薬剤科 科長
山中 邦子 氏
込みで間違うことがあります。薬効が同じで名前の似て
も同様に、思い込みで判断をする。時として調剤過誤の連
鎖が起きてしまいます。
過誤では「何故、起きたのか」を考えることが重要です。
当事者がまず考え、レポートとして提出し、改善策は薬剤
科全体で考えます。反省を求めるのが目的ではなく、次の
過誤を防ぐためです。
病棟では現在、患者さんに薬を正しく服用してもらう
ために、看護師が与薬管理をしています(図 1)。
● 地方独立行政法人神奈川県立病院機構 神奈川県立循環器呼吸器病センター 9
マニュアルは、いくら内容が充実していても、活用できな
例えば循環器疾患治療だと、
予防・早期発見として、メタ
ければ意味がない。丹下氏らは、緊急時に役立つ最重要
ボリック症候群改善コースやMRIによる心臓検診。コアの
情報だけを掲載したポケット版「医療安全ハンドブック」も
治療として心臓カテーテルあるいは手術があり、回復期に
別途作成し、全職員が携帯でき、いざというときに役立つ
は心臓リハビリテーション。
“光るもの”としては、06 年11月
ように工夫もしている
(表 4)
。
から厚生労働省が認可した先進医療、血管再生治療を実
施している。また呼吸器疾患治療には、専門医が 10人い
スタッフの健康状態を気遣うのも
医療安全対策として重要な課題
る。神奈川県ではトップの陣容だという坂田氏は、
「当セン
ターで仕事ができることに誇りを感じています」と語る。
同センターは、循環器疾患、呼吸器疾患の治療を専門と
病棟リスクマネージャーの大番美奈子氏は、
「子どもの
する。
したがって予防からリハビリまで、一貫した医療提供
熱がでても、周囲が『早く帰りなさい』とフォローする。チー
の充実を図っていくことを使命としている。更には、そこに
ムだから、チームで助け合う。
そこが魅力のひとつ」であり、
“光るもの”
を組み込んでいきたいと、
廣瀬氏は抱負を語る。
モチベーションアップにもつながっているという。一方、ス
【表5】院内療養環境ラウンド(ICTラウンド)チェック項目
【表4】
「医療安全ハンドブック」
(抜粋)
実際にラウンドを実施した日付けと実施者サインを必ず記載し、1週間
1回、3週間行う。
ラウンド終了後、翌週のラウンドリーダーに結果を渡す。
手指衛生
我々医療従事者が、院内感染を媒介して
いることを忘れず、手指衛生を励行する。
●ラウンド箇所
外来処置室・化学療法室・検査科・CT・MRI・BF室・生理機能室・1南・2
南・2西・3南・3西・3東・ICU・手術室・カテ室
推奨
日常的手洗い 目に見えて汚れがある時
石鹸・泡ハンドソープを使用して流水
で30秒以上洗う
●チェック項目
【注射作業台・注射薬管理について】
擦式手指消毒 目に見えて汚れがない時
擦式手指消毒剤を1 2プッシュして
15秒以上擦り込む
適 応
日常手洗い
○
○
○
○
○
◎
○
行 為
出勤時・退出時
病室への入室時・退室時
患者への接触の前後
バイタルサイン測定前後
食事介助の前後
汚物を処理した後
床にあるものを触った後
擦式消毒
◎
◎
◎
◎
◎
○
◎
針刺し・切創事故・粘膜汚染事故発生時の報告
事故発生
当事者は
1. 汚染部位の洗浄
2. 報告
3. 感染症検査
平日:各所属長
夜間・休日:上席当直医
当直看護科長
【針刺し事故防止について】
・針捨てBOXは8割程度で廃棄されている
・針捨てBOXの蓋はきちんと閉めている
・リキャップした針は廃棄されていない(注射作成以外)
・安全機能付翼状針や静脈留置針は安全機能が働いた状態で廃棄さ
れている
・ペンタイプインシュリン注射器の針の取り外しにリムーバーが準備され
使用している
・採血車や包交車・検体の搬送などに手袋が準備され使用している
【清潔・不潔について】
医療安全推進室
採血
(受診手順)
カルテ作成(初診)
または取り寄せ(再診)
医師に検査伝票・カルテの記載を依頼
採 血
検査科に「特殊検査伝票」
と検体提出
特殊検査伝票には『針刺し・切創』
と記載
針刺し・切創・粘膜汚染であることを伝える
10 患者の安心を育む「医療安全」
・手洗いの環境・手指消毒剤は準備されているか
・注射作成の前に手洗いをしているか
・注射作業台は扇風機や空調の下に設置されていないか
・注射作業台の上が清潔に保たれているか
・注射に使用するトレーは清潔なものを使用しているか
・清潔エリアに患者に使用後の物品が置かれていないか
・注射作成用の針捨てBOXは血液の付いた針が入っていないか
・感染性廃棄物は注射作業台と1m以上距離があるか
・ミキシングから30分以内に使用しているか
・スリッパ・サンダルを履いて業務を行っていない
・廊下にアルコール綿入れを置いていない
・使用した尿コップを入れるバケツの蓋がしてある
・感染性廃棄物とミキシングの台の間は1m離れている
・オレンジハザードBOXの蓋は破損がなくきちんと密封される
・感染性廃棄物と一般廃棄物がきちんと分別ができている
(分別表の表示がある)
(分別表の表示がある)
・感染性廃棄物が色別にきちんと分別ができている
・院内のごみ収集のルートが決められている。その確認
・院外感染性廃棄物の最終処分場の確認とそのルートの確認
・ナースステーションの流し台の使用目的が掲示されている
・ワゴンの上の清潔と不潔の区別ができている
Case Study Report 1
(写真3)
【図3】病棟別
「薬剤耐性菌検出患者」報告件数
(写真4)
「医療安全対策・感染防止対策おしらせコーナー」
(延人数)
12
1南
2西
2南
3西
3南
ICU
10
8
6
4
2
0
10 11 12
08年
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10 11 12(月)
09年
「一処置一手洗い」
を徹底するため感染病棟
(1階南病棟)
では、看護師はアルコールジェル
携帯用ウェストポーチを着用して病室に入る(写真 3)
。抵抗力が落ちている患者やMRSA
患者もいるため、他病棟以上に感染対策に注意が必要だ。09 年 8月以降の実施で、薬剤
耐性菌の検出患者数は激減している。他病棟でも励行されることとなり、12月には呼吸器内
科・外科病棟
(2 階南病棟)
、心臓血管外科・呼吸器外科病棟
(3 階南病棟)
、循環器内科・
各診療科混合病棟
(3 階西病棟)
で、検出患者ゼロを達成した
(図 3)
。写真のモデルを務め
てくれたのは、看護師の原 千枝氏
(1 階南病棟)
。病室に入るときにはマスク着用である。
患者に医療安全の協力を求める掲示板。
「食中毒を防ごう」
「『咳』
エチケットにご協力ください!
!」
「お互いに確認重ねて事故防止」
「『インフルエンザ』にご注意ください!
!」など、病室の入り口や待合
室、廊下の要所など、至る所で協力のお願いをしている。
タッフの健康状態を気遣うのも安全管理だと考える山中
身を守れるかと3 年前、感染対策を学ぶため学校に通って
氏は、当直明けは、できれば年休をとって帰ってもらう、忙
現職となった横谷氏は、
「どうすれば地域住民の身を守れ
しいことが予測される日はフルメンバーで業務にあたるな
るか」
も、今後の課題だと強調した。
ど、スタッフの勤務体制と健康管理には気をつけていると
同センターは08 年9月、
「地域医療支援病院」として承認
いう。それは、丹下氏も同様である。
されている。専門病院であるが故、地域連携の重要性も痛
「勤務を行い、かつ医療安全の活動にも参加してもらう
感している。紹介率は60%、
逆紹介率は40%を超えている
のですから、
できるだけ負担のないように
『私がここまでや
が、啓発活動として、公会堂など 200 ∼ 400人規模の会場
るから、ここからはお願い』などと、
調整をしています」
での年2 回の公開医療講座、さらには町内会単位での出
自らも針刺しを経験し、どうすれば自分や仲間、患者の
張講座なども精力的に実施している。
今後は医療安全に「もっと患者さんの協力を得たい」と
院内ラウンドで問題点を拾い集める
院内感染対策サーベイランスを重視
願う廣瀬氏は、地域医療という視点にたった患者本位の
医療安全の体制構築を、
「地域医療支援病院」として、同
センターのもうひとつの“光るもの”にしたいと考えている
当センターには04年から感染管
ようだ。
理認定看護師が配置されています。
その前任者が、ICT(感染制御チー
ム)を組織して、各セクションのリン
クナースと合同でサーベイランスを
行う体制を整えました。現在の感染
管理体制の根幹をなすものです。
08年1月からは、厚生労働省主催
感染管理認定看護師
外来主任看護師
横谷 チエミ 氏
の院内感染対策サーベイランスに参
画し、規定のデータを提出することによって、その後に還元
される解析評価情報も院内の感染対策に生かしています。
現場からの報告を待つだけではなく、ICTと私がラウンド
し、リンクナースと一緒にサーベイランスを行い(表5)、組
織として積極的に「問題点を拾い集め、対策を検討し現場
にフィードバックする」という姿勢が、感染管理においても
重要です。
病院基本データ
■名称/地方独立行政法人神奈川県立病院機構 神奈川県立循環器呼吸器病
センター ■所在地/神奈川県横浜市金沢区富岡東 6 丁目16 番 1号 ■開院
/ 1954 年10月 ■職員数/ 247名■病床数/ 239 床(結核 60 床)
■診療
循環器科、
心臓血管外科、
呼吸器外科、
放射線科、
麻酔科
科目/呼吸器科、
● 地方独立行政法人神奈川県立病院機構 神奈川県立循環器呼吸器病センター 11
Case
Study
Report
2
田中消化器科クリニック(静岡県・静岡市)
人は誰でもミスをする。だからこそ大切なのは、
そのミスを補完する仕組みを組織に作ること
患者様に感動してもらえるクリニック 創りが永遠のテーマだという田中消化器科クリニック。安心・安全に裏づけされ
た良質な医療を、温かい接遇で提供することがその前提だと、スタッフの患者本位を基本とするモチベーションとチー
ムワークの向上に努力を続けている。同クリニックの、 感動を呼ぶ 医療安全への取り組みを紹介する。
Check Point!
院長が考える、医療安全推進の基本
● 患者本位のチームワーク力を育てる
● 院内勉強会や研修を通して、
「自分が何をするべきか」を
自覚させる
医療安全管理でまず必要なのは
患者本位のチームワーク力
「医療安全というと、管理体制、管理の方法、あるいは
インシデント・レポートなど改善のための手法が重視され
● ミスを指摘し合える健全なコミュニケーションを育む
● 指摘に対し、
素直に感謝できる人間関係構築を目指す
薬剤や医療機器の安全管理など、専任スタッフ不在の部
門は院外との連携も重要
●
る傾向にあります。しかし、組織で取り組む安全管理で最
重要なのは、チームワークです」
患者本位にモチベーションを高く、チームワーク良く、適
切な医療を継続的に提供できることが、結局は医療事故
を未然に防ぐことにつながる。田中消化器科クリニックの
安心・安全な先端医療の提供。
愛と和 がキーワード
父親だけでなく親族にも医師が
多く、物心ついた頃から医師志望で
した。大学時代から教授や大病院の
院長で現役を終えたいといった気
持ちはなく、自分の責任下で理想の
病院を創りたいと考え開業を選び
院長
ました。親の七光り と言われたく
田中 孝 氏
なかったので、実家のある広島では
なく、静岡の地を選ぶのですが、その地に縁のない者が開業すると
いうのは、大変なことでした。しかし、このような経験から、逆に
「日本一のクリニックを創ろう」と奮起しました。そのための条件
は何か。たどり着いたのは、そこに集う人々の思いを一つにする
こと でした。
患者様に感動してもらえるクリニック であること、あり続け
ることが、私の永遠のテーマです。それは学問的裏づけのある先端
医療を提供するだけでは叶いません。それぞれの患者さんに適し
た医療行為と、それを可能にする安全管理の徹底、患者さんに 安
心感 と 癒し を感じていただく心のこもった体制が伴っていな
ければなりません。
その前提は、
患者さんを思う気持ち、愛 が全スタッフに共有さ
れ、和 をもって、一丸となって患者さんと向き合う、その気持ち
を永遠に持ち続けることだと思っています。
院長・田中 孝氏は、
「それは誰が考えても理解できること
だが、実行するのは難しい、大きな組織になればなるほど
難題だ」という。
「大病院で、すべての部署内が、部署同士が、チームワー
ク良く仕事をするというのは、大変なことです。院長はじめ
全スタッフが、委託業者も含め、相当に気合を入れて取り組
まなければ、
できないでしょう」
医療事故を起こさないためにと、インシデント・アクシデ
ント・レポート
(図1)
の提出、
改善を積み上げていく。
事故を
未然に防ぐために、こうした安全管理体制・方法は必要だ
が、いくらそれを充実させたからといって、全スタッフに患
者安全への
“強い思い”
がなければ、
事故は無くならない。
『院長、これいつもと違っていませんか』と言ってくる看
護師がいる。受付スタッフも『ちょっと、おかしいですよ』と
看護師に確認をする。必要があればスタッフの誰もが、医
師にも問い合わせができる。患者のために、しっかりとコ
ミュニケーションのとれたチームワークがあるかどうか。そ
れが、医療安全への取り組みでも
“要”になる、と田中氏は
確信している。
12 患者の安心を育む「医療安全」
Case Study Report 2
【図1】インシデント・アクシデント・レポートの書式(一部省略)
インシデント・アクシデント・レポート
年 月 日 報告
報告者
多忙な日々だからこそ、
「業務の慣れ」に潜む
「危険」にも注意
「このクリニックの魅力は、絶対にスタッフです」
医療安全推進者でもある副師長の荒木眞由美氏は、明
快に言った。
所属部署 名前
発生日時
発生場所
□ 薬 物
□ 検 査
□ 点滴 □ 静注 □ 筋注 □ 皮下注 □ 皮内注 □ 経口 □ 外用 □ 麻薬 □ X線 □ 採血・採尿 □ 超音波 □ 内視鏡
(胃・大腸)
□ その他
( )
□ 内 容
□
□
□
□
□
□
□ 転 倒
□ 転 落
□ 診察時 □ 検査時 □ 自力歩行 □ 補装具歩行 □ 車椅子 □ ベッド □ ストレッチャー
□ 接 遇
□
□
□
□
□
生命危険度
□ ない □ 低い □ 可能性あり □ 高い □ 極めて高い □ 死亡 □ その他
( )
患者信頼度
□ 損なわない □ 余り損なわない □ 少し損なう □ 大きく損なう □ その他
( )
「年末恒例の大忘年会(写真1)で、その年いちばん頑
張ったスタッフに、
『ヒロイン・オブ・ザ・イヤー』
の賞が授与さ
れます。授与される本人はもちろんで
すが、もらえなかったスタッフも、自
分のことのように喜んでいます」
そうしたスタッフの姿を見るにつ
け、かけがえのないチームだと再認
副師長
荒木 眞由美 氏
年 月 日( )AM・PM 時 分
□ 駐車場 □ 階段 □ 玄関 □ 待合室 □ 受付 □ 診察室 □ 処置室 □ 放射線室 □ トイレ □ 廊下
□ 検査室(2階・3階・エコー)
□ その他
( )
識する、と荒木氏はその思いをかみ
処方・指示ミス □ カルテ記入ミス □ 誤調剤 投与量 □ 投与薬 □ 投与時間 □ 投与方法 投与忘れ □ 人違い □ 飲み忘れ・飲み違い 点滴もれ □ 点滴忘れ □ 点滴速度 □ 神経損傷 感染 □ 副作用 □ 機器の操作ミス □ 実施忘れ 部位違い □ 器具・設備不具合 □ その他
( )
診察拒否 □ 診療中トラブル □ 盗難・紛失 電話応対トラブル □ 窓口応対トラブル 患者間トラブル □ 禁止品持ち込み □ 暴言・暴行 自傷 □ 自殺・自殺未遂 □ 訪問者による乱暴 院内器具設備の破壊 □ その他
( )
レポート詳細
しめる。
投票権は院長以下、
全スタッ
フが1票ずつ。
したがって、
院長の前だけで頑張っていても
今後の対策
賞はもらえない。いつでもどこでも、1人であっても、変わら
ずに努力していることが受賞の条件なのだ。
「患者様に感動してもらえるクリニック」という大目標に
向け、新人も含め、いつしか同じ方向を向いて、医療に、安
全管理に、そして接遇に取り組んでいるという同クリニッ
ク。そのムードメイクは「院長の徹底した患者本位の姿勢
●「医療機器」
の安全管理
クリニックの患者安全への取り組みを通して
顧客満足の視点を学ばせていただいています。
富士フイルムメディカル株式会社
にある」と荒木氏は言う。
南関東内視鏡システムセンター 宮本
学氏
「患者様と正面から向き合う、患者様を背負っていく、と
田中消化器科クリニック
(以下、クリニック)
との協力体制
いった院長の姿勢を私たちスタッフは診療を通して、ずっ
は、1996 年からになります。07 年の第五次医療法改正で無
と見てきましたので、
院長に絶対の信頼をおいています」
床診療所においても安全管理が義務付けられましたが、ク
リニックではそれ以前から熱心に取り組まれていました。
同クリニックは田中氏の他に名誉院長 1人、非常勤医師
したがって、機器に関する安全管理の意識も高く、現場
5人、看護師 10人、クラークを含め事務職が 17人、放射線
スタッフによる一次メンテナンスでも、異常を感じればす
技師と臨床検査技師が各1人のスタッフである。田中氏は
ですね。
ぐ連絡をいただけるので、大事に至らずにすむことも多い
現場スタッフの対応で改善しない場合には、トラブルの
状態を的確に教えていただけますので、
我々としましては即
(写真1)
日対応をモットーとして、
サポートさせていただいています。
「患者様に感動していただく」ことを目標とするクリニッ
クですから、スタッフの方々の患者様に対する接遇意識は
非常に高いですね。私たちも顧客満足という視点を多々学
ばせていただいています。したがって、機器の安全管理とい
うことでも、患者様を第一に考え、少しでもトラブルが起き
ないように、また起きたときには迷惑のかからないように、
新たなトラブル事象の情報発信やマニュアル化の徹底を
コミュニケーションのとれたスタッフだけに
大忘年会は、いやがうえにも盛り上がる。
心がけています。
● 田中消化器科クリニック 13
(写真2)
内科医として静岡県立総合病院に勤務後、
1990 年に消化
器科専門の同クリニックを開業し、
97年1月、現在地にリ
ニューアル・オープンさせている。
内視鏡による先端医療を提供する同クリニックの患者
数は、1日平均で120人を超えている。多い日には160人以
上。内視鏡検査は年間約 6,000 件、超音波検査は年間約
5,000 件を数えている。
多忙な日々だからこそ、仕事に慣れてしまうというところ
外部から講師を招いての接遇研修。録音された自分の話し方を聴いて、
改善点の指導を受けるなど、安全管理としての接遇力を身につけていく。
に危険が潜む、と荒木氏は指摘する。
「毎日の業務で、基本となる部分は似ており、同じような
ことを繰り返すことになります。しかし、そこにいる患者様
インシデント・アクシデント・レポートは
院長以下、
スタッフ全員が目を通す
は、毎日違います。私たちのチーム編成も、毎日違います」
スタッフの意欲を高めるために、同クリニックでは院内研
患者に向き合うたびに、そのことを再確認し、常に緊張
修・勉強会にも力を入れている。やる気のあるスタッフが、
感をもって仕事に集中する。新人に対しては教育を通して、
具体的なスキルを身につければ、
「何をすれば良いか、わか
気持ちを一つにする、同じ方向を向けるよう、繰り返し指導
らない」状態から脱し、学習したスキルを現場に生かそう
をするというが、荒木氏も同院に入ったころは、「感動して
とするからだ。更に、現場に添った改善提案が意欲的に出
もらえるクリニック」と自分が、なかなか結びつかなかった
されていく。
そして学習意欲も喚起されていく。
そうだ。何をすれば良いのかが分からなかった。しかし、
院内研修・勉強会等は田中氏と学術向上委員会とで年
田中氏は折に触れ、自分の思いを話してくれたという。また
間計画をたて、開催する(表 1)
。例えば「安全管理としての
田中氏や先輩の仕事ぶり、患者に対する姿勢を目の当たり
接遇」
(写真 2)、
「防災訓練」
、
「アナフィラキシーショック時
にして、新人なりに「自分にできることは何か」を考える思
の対応訓練」、「電子カルテクラッシュ時の対応訓練」など
考回路ができ、
「自分のできることを精一杯やろう」と思え
である
(表 2、3)
。
るようになる。
いずれも、同クリニックの先端医療の提供を安全・安心
「私自身のそうした経験もあり、スタッフ一人ひとりが、そ
に実行するための勉強会として位置づけられており、ス
れぞれのポジションで精一杯、
力を発揮できるように、
私も
タッフは勉強会を通じて、
「感動してもらえるクリニック」で
精一杯サポートすることを心がけています」
あるためには、高度な医療の提供だけでなく、徹底した安
【表1】2009年 院内研修・勉強会等
安全管理としての接遇
院外
5月12日 (県保険医協会主催)
5月28日 院内 新人職員対象
総務職員対象
6月25日 院内 受付、
7月23日 院内 看護職員対象
10月29日 院内 全職員対象
院内勉強会
2月19日 救急時の処置(アナフィラキシーショック)
4月30日 インスリン治療の現状
6月 2 日 インスリン治療の現状
9月17日 手洗いと消毒薬について
院内講演会
3月19日 サプリメント リンパマッサージについて
防災訓練
2月19日 消火器の取り扱い方(市消防職員による)
9月17日 緊急避難経路の確認等
14 患者の安心を育む「医療安全」
【表2】院内勉強会の実例
● 接遇研修
接遇マナーの基本を毎年、繰り返し研修することで、全スタッフが同じ気持ちで患者と
向き合い、安心と信頼、安全を患者に提供できることを目的としている。
● 防災訓練
消火器の場所、避難経路を再確認し、消防署員の協力を得て消火器の使い方を練習。
火事が起きたときの患者の誘導、連絡方法の実践、連絡網の確認などを行う。
● アナフィラキシーショック時の対応訓練
患者(講師の先生)
・患者の家族(クラーク)
・医師(院長)
・看護師(看護師4人)
と役を決
め、診察・酸素吸入・点滴・注射など本番さながらのシミュレーションを行う。
● 電子カルテクラッシュ時の対応訓練
電子カルテが起動しないなど不測の事態が生じたとき、復旧までの間、いかにすみや
かに安全な診療を行うか、滞らないようにするか、シミュレーションを行う(表3)。
Case Study Report 2
【表3】電子カルテクラッシュ時の対応訓練内容
【図2】安全管理委員会の位置づけ
院 長
1 カルテが動かなくなった場合、復旧作業を行うため、関連会
社に連絡をする。
・復旧するまでに、どれくらいの時間がかかるかを確認
・関連会社より、指示を仰ぎながら作業を行う
2 患者様に説明をする。
3 電子カルテの復旧が診察に間に合わないことを想定し、緊急
の対応をしていく。
1. クリニックの入口に、電子カルテに不具合が生じ、迷惑をかけて
しまう旨を掲示する。
2. 診察券を受け取ったら、番号札をつけていく。
3. 再診の方は紙カルテを出し、前回の受付連絡票* に 緊急 の印
を押す。
4. 新患、
再来新患の受付連絡票を手書き作成する。
5. 3. 4.の作業と同時に、
リスト票を作成する。
6. 保険証のコピーをとり、
紙カルテを診察室、処置室へ回す。
7. 電話のリスト票を作成する。
8. 患者様に診察券、処方箋を渡す際、会計は後日にさせていただ
く旨、
説明する。
4 復旧した場合は、
患者様をはじめ、
各部署にも報告する。
*電子カルテから抽出された患者名、保険情報、病名や既往歴、処置・検査時の注意
事項など、患者情報が網羅されており、電子カルテ画面を開かなくても、基本的な
患者情報が確認できる。
学術向上委員会
キャッチフレーズ委員会
患者様向け文書作成委員会
個人情報保護委員会
安全管理委員会
テンプレート委員会
副師長 1人
受付主任 1人
ホームページ委員会
抗加齢委員会
清掃・院内巡回委員会
【表4】安全管理委員会定例会議
(1回/月)
● 会議メンバー
・医師 2人
(院長、名誉院長)
・看護師 7人 ・放射線技師 1人
・受付職員 3人 ・薬剤師 1人
※必要に応じて、
随時各部カンファレンスを開催
全管理と接遇にも、
「気持ちを込めて」
取り組まなければい
けないことを自覚していく。また、スタッフの一人ひとりが、
●「薬剤」
の安全管理
その時々で「今、何をするべきか」
、自分の役割を再確認し
スタッフ個々の安全管理意識がとても高く、
疑義照会も非常に少ないクリニックです。
ていく。
有限会社 みなと薬局
2007年、第五次医療法改正により、無床診療所におい
ても医療安全管理が義務化された。
それにともない同クリ
ニックでは、
院内感染対策や医療機器の安全使用のマニュ
アルを、
それまでの取り組みをベースに作成する。
当時、看護主任だった荒木氏が、同クリニックの医療安
全推進者に任命される。安全管理委員会は荒木氏と受付
代表取締役 穴沢 章匡 氏
月1回の安全管理委員会の定例会議で実施される田中
消化器科クリニック(以下、クリニック)のインシデント・ア
クシデント・レポートの検討会には毎回参加させていただ
いています。スタッフ個々のヒヤリ・ハットに対する意識が
高く、ごく些細な事柄に関してまで問題提起されていま
す。その様子は当薬局スタッフのお手本とさせていただい
ています。また、会議後など院内薬剤の安全管理に関して
主任との2人体制で発足し、他の委員会と連携を取りなが
意見を求められることもありますが、あまり指摘する場面
ら、医療安全を推進していく体制が整えられた(図 2)。
はなく、時には参考にさせていただくこともある程です。
「安全管理委員会は 2人体制となっていますが、当クリ
開院時、薬剤師をスタッフに加え、薬剤管理のシステム
を確立するなど院長先生の安全へのこだわりに感心させ
ニックの医療安全は、決して安全管理委員会が独立して
られます。
やっているわけではありません。すべての委員会、各部署
疑義照会も一般的な頻度よりかなり少なく、スタッフの
と、必要に応じて相談しながら取り組んでいます。もちろ
ん、院長とも相談しながら、皆とのコミュニケーションを
しっかり取り、患者様のための医療安全を推進していま
安全への意識の高さがここにも窺われます。特に処方内
容に関する疑義は皆無に等しいレベルです。
当薬局でも、クリニック同様、スタッフ一人ひとりの安全
に対する意識を高めながら、調剤過誤ゼロに向け、努力を
重ねています。
す」
同クリニックの医療安全に関する決定も、最終的には月
1回開かれる定例会議(表 4)で報告される。また、必ずイン
トをレポートにして所属長に提出する。院長以下、全スタッ
シデント・アクシデント事例の検討が行われ、改善に結び
フがレポートに目を通し、1 ヵ月間のインシデント・アクシデ
つけている。
ントに対し、何故起きたのか、どうすれば防げるかを検討。
スタッフは、勤務中に起こったインシデント・アクシデン
緊急性があれば、
緊急カンファレンスを開き、
対策を講じる。
● 田中消化器科クリニック 15
インシデント・アクシデント・レポートによる改善例
改善前
改善後
言葉使いの改善
受診当日に、予約外で胃カメラの指示がでた際、
「飛び入り胃カメラの
方です」
と伝達し、その患者様から「とても不愉快だ」
との指摘を受ける。
「飛び入り」を「本日」に改め、
「本日、胃カメラの方です」にする。
検査予約時間の変更
朝の検査予約枠(7時50分∼9時)
で「E(腹部エコー)後GF(胃カメラ
検査)」
「GF」
「E」の3種の予約をとっていた。検査の性質上、
「E後GF」
の患者様を優先したところ、その患者様より前に予約した方から
「予約の順番通りではなかった」
とクレームを受ける。
受付は施設の顔。雑然としたカウンター内、パソコン脇に無造作に置かれていた検尿用の
紙コップ
(矢印)
などが改められ、医療安全への取り組み姿勢が患者にも伝わる受付に。
「E後GF」と「GF」の検査予約は、7時50分∼9時、
「E」の検査予約は、8時30分∼9時、に変更する。
点滴薬の保管場所の変更
「5%糖液500mL」の指示のところ、
「生理食塩水500mL」
を準備して
しまう。パッケージが類似していることで起きたミス。
採血のカウンター周辺や水周りの環境、収納方法等が慣習的であったものを、物品の位
置がわかりやすく整理され、使い勝手よくなった。
また、衛生面でも清潔が一層配慮された。
保管場所を、別々の引き出しに変更する。
点滴チェック体制の改善
大腸カメラ後、点滴漏れに気がつかず、患者様の点滴刺入部が腫
脹してしまった。
処置室に点滴チェック用のタイマーを設置し、
30分ごとにチェックすることにする。
感染廃棄物の適正処理を徹底した。それまで蓋のなかった廃棄物の容器には蓋を設置し、
ペダルで開閉できるように改善をし、容器転倒による万一の二次感染にも予防策を講じた。
検査時の医師の対応
CF(大腸内視鏡検査)を受けた患者様よりのクレーム。
「検査開始、終了にあたり、医師から自分に声かけがない。検査中
の腹痛に関して説明がない。検査が終了し振り向いたときには、す
でに医師の姿は無く、いったい自分は誰に検査されたのかさえわ
からず、不信感だけが残った」
院長が、すぐにお詫びをする。
検査医に対し、改めて「内視鏡時の医師心得」を通達する。
名札を大きくする。
の改善すべき点としてレポート提出ができるアイデアを思
いつく。
「自分のミスを、正直に報告した人の評価を高くする」と
いうものだ。
同クリニックの医療安全に協力して欲しいとい
う田中氏の願いは、ようやくスタッフの問題意識として、全
員の心の中に定着をする。田中氏の一言の浸透ぶりは、翌
7月の 61件という提出数が示している(図 3)
。
安全管理委員会の活動ともあいまって、同クリニックで
改善点の視覚化が各部署の注意喚起に
年間250件前後のレポート提出をキープ
は 30人強のスタッフで年間 250 件前後のレポート提出を
インシデント・アクシデント・レポートの提出は当初、同
09 年の内訳を見ると、内視鏡等検査業務における報告
クリニックのスタッフにおいても積極的ではなく、
「院長の
が 24%、受付・会計が 23%と高い。次いで注射・採血等処
医療安全に対する思いが、うまく伝わっていなかった」と、
置が 20%で続いている
(図 4)
。
荒木氏は安全管理委員会設置当時のもどかしかった状況
クリニックとしての改善点が視覚化されることは、各部
を振り返る。
署の注意喚起につながるが、改善活動に取り組むのは全
「個人のミスを追及するのではなく、どのミスも皆が自分
スタッフである。大事なことは、院長が、一生懸命なスタッ
のミスとしてとらえ、スタッフ全員でミスの防止に努める」た
フを裏切らないこと。
具体的には、
「患者様に感動してもら
めのレポート提出だと、繰り返し説明しても、成果は今ひと
えるクリニック」
という目標に取り組む全スタッフを、給与で
つだったという。医療安全管理が義務化されて1年 3 ヵ月
評価し、
福利厚生で保証することだ、
と田中氏は考え、
実践
たった時点で、田中氏は個人のミスではなく、同クリニック
している。
16 患者の安心を育む「医療安全」
キープできるまでになっている。
Case Study Report 2
【図3】インシデント・アクシデント・レポート集計
(件)
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月11月12月 計
2008年
5
7
4
10 24 14 61 32 42 31 21 14 265
2009年 23 22 25 22 10 14 26 19 22 21 25 16 245
な看護師が夫の転勤で辞めるケースもある。田中氏は開
業医の宿命だというが、そうしたことを乗り越えながら、常
70
2008年
2009年
60
に上を目指している。
「決して現状に満足することなく、スタッフ全員で常に上
50
件数
40
を目指す、そうした環境づくりが組織では大切になります」
30
その環境づくりで必要なことは、
スタッフを責任もって守
20
ること、
サポートできる体制だと田中氏は考える。
10
0
スタッフ全員で取り組む医療安全。荒木氏は、今後の課
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
いと願っている。
【図4】インシデント・アクシデント・レポート内訳
(2009年)
接遇
2%
その他
受付・会計
22%
23%
受付・会計
53件
「人間は感情の動物ですから、わかっていても難しい」
予約業務
予約業務
12件
と、自らも反省しきりな荒木氏だが、
「助言に対し、
『ご指
5%
診察業務
7件
注射・採血等処置
内視鏡等
検査業務
24%
46件
内視鏡等検査業務 56件
注射・採血
等処置
20%
題として、今以上にスタッフが指摘し合える関係になりた
診察業務
接遇
3%
その他
計
5件
摘、ありがとうございました』と、素直にいえる人間関係を
作っていきたいですね」
50件
“患者様に感動してもらえるクリニック”創りは、スタッフ
229件
を大切にする同クリニックにあって、全スタッフが気持ちを
※内訳の全体に占める割合は、小数点以下、四捨五入。
一つに更なる高みを目指している。
マニュアルやシステムも大切だが、
チームワークこそが医療安全の要
医療安全を考える上では患者とのコミュニケーション、
信頼関係構築も重要な取り組み課題である。
同クリニックでは非常勤医師にも理念を理解してもら
い、
クリニックのスタッフの一員として、
意思の疎通を図るこ
とに努めている。
一方、同クリニックでは、おじいちゃん、おばあちゃんと一
緒に暮らしていた人を特に選んで雇用している。
「 生活の
中に、当たり前のように高齢者がいる。高齢者に対して畏
敬の念、愛情をもって接してきた人は、高齢化した患者さ
んに対しても、愛情を持って接する気持ちがもともと身に
ついています」
と田中氏はその理由を語る。
そうした若い人を雇い育てるという田中氏の姿勢は、ス
タッフのためばかりではなく、結果的に患者のプラスとな
る、患者の安心・安全にもつながっている。
もちろん、こうしたコミュニケーションの構築は一朝一
夕にできるものではない。実際、スタッフ間のコミュニケー
クリニックデータ
ションが現在のようになるまでには10 年かかったという。
■名称/田中消化器科クリニック ■所在地/静岡県静岡市葵区音羽町8-3
スタッフは、どうしても入れ替わる。結婚だけでなく、優秀
化器内科
■開院/ 1990 年 4月 ■職員数/ 36 名(非常勤医師 5 名)
■診療科目/消
● 田中消化器科クリニック 17
〈最終回〉
コンフリクトマネジメント
C o n f l i c t
M a n a g e m e n t
救急外来における患者・家族への対応の実際
事件トラブル、緊急対応データを今後に生かす
∼データ分析から見えてくる“傾向と対策”∼
船橋市立医療センター
救命救急センター 医長
池田 勝紀
1
はじめに
前号までの連載で、3回にわたり当
けるマニュアルの作成や運用のポイン
急対応は、年間 200 件程度と変化が
院における暴言・暴力に対する対応策
トを紹介する。
無かった。
を紹介した。繰り返すが、当院の対応
とは、①予防策(院内ポスター掲示、
2
マニュアル導入後の変化
表1より、
「苦情・クレーム」
「暴言・暴
力」
「警察通報」を抽出し、年度別統
コミュニケーション能力のスキルアッ
現 在の社会状況は、暴力事件が
計を図1に示す。平成19年度にマニュ
プ)
②事例発生時の対応策
(院内コー
増加しており治安の悪化が懸念され
アル導入後、翌平成 20 年度には改善
ド発令整備、対応マニュアル整備、防
る。病院は社会の縮図であり、治安の
が見られた。平成 18 年度に比べ、より
犯ベル等の整備)③事後のアフター
悪化した社会環境下で医療行為を行
安全な院内環境を手に入れたと思わ
ケア(事例の再検討、データ蓄積、ス
わざるをえない。
れる。1年のタイムラグがみられたが、
タッフのストレスケア)等の3段階で
その結果、院内の暴言・暴力が増加
これはスタッフへのマニュアルの周
構成されている。
する事は容易に想像できる。
知と、病院外に対する当院の姿勢の
今回は、暴言・暴力に対すマニュア
平成 18 年度の当院の事件トラブル
周知に時間がかかったためと思われ
ル導入後の当院の現状と、当院にお
緊急対応例は120 件と、平成 17年度
る。いずれにしても、マニュアル導入
と比較し 45 件増加して
後に事態の改善をみており、当院のマ
いる。これを受けて当院
ニュアルが暴言・暴力に対して効力が
ある事が示唆されている。
【表1】安全管理室の年度別活動件数
平成
マニュアル
運用開始
(注)
H.21は
4-9月の半期
17
286
18
377
19
530
20
397
21
189
では、平成19 年度より暴
A 不適合対応
95
133
140
71
38
言・暴力に対するマニュ
A-1:医療行為
49
58
72
48
25
A-2:設備機器
28
41
38
8
9
A-3:システム
4
5
4
4
0
A-4:会議等
14
29
26
11
4
B 苦情・クレーム対応
合 計
50
55
53
36
20
B-1:治療前
7
6
5
5
4
B-2:IC・治療
16
31
21
26
8
B-3:治療後
12
12
16
4
5
B-4:その他の苦情
15
6
11
1
3
C 事件トラブル緊急対応
75
120
236
199
101
C-1:院外発生事件
13
6
24
14
9
C-2:院内発生事件
18
17
38
27
13
C-3:トラブル
26
31
38
28
8
C-4:その他の緊急
18
66
136
130
71
D 予防処置教育研究
66
69
101
91
30
D-1:予防処置等
25
9
27
31
17
D-2:院内教育・研修
21
17
21
24
6
D-3:外部機関連携
8
17
27
15
4
12
26
26
21
3
D-4:研究活動
◉ 不適合はH.19年度から20年度に著しく減少し、21年度前半は同程度を維持
◉ 苦情・クレームの件数は変化なし(年間40件程度)
◉ 事件トラブル緊急対応は変化なし(年間200件程度)
18 患者の安心を育む「医療安全」
アルを作成し運用を開
3
マニュアル作成の
7 つのステップ
始した。マニュアル導入
当院のマニュアルは、現在も追加・
後の経過を示す。
改訂を行っている。まだ試行錯誤中
まず、表1に当院安全
であり、完全なマニュアル作成の方法
管理室の年度別活動件
論は確立していない。現時点での当
数を示 す。平成 21年度
院におけるマニュアル作成のポイント
は、4月から9月までの
を段階的に紹介する。
便宜上、段階的
半 期のデータである。
としたが、
「ステップ1」以外はどこか
「苦 情・クレーム」の件
数は、減少傾向にある。
また「苦情・クレーム」の
内容を分析したところ
ら取りかかっても良い。
ステップ1
病院の暴言・暴力マニュアルは、
「誰のためのものか」を明確にする
約 40%が不当なもので
まず、
「マニュアルは、スタッフのた
あった。事件トラブル緊
めにある」と強調する事が大切であ
【図1】クレーム・暴力などの年度別統計
(注)H.21は4-9月の半期
苦情・クレーム
る。マニュアルの最初に、
「このマニュ
アルはスタッフのために作成した」と
明記してもよい。
これは、
病院がスタッ
フの安全を第一に考え、スタッフを守
60
50
55
50
40
出す事は、スタッフの病院への信頼
感、連帯感を醸成する事につながる。
スタッフを第一義に考える事は、院
内で治療を受ける患者やその家族に
警察通報
(件)
(件)
60
60
50
50
53
40
36
30
40
36
30
るという姿勢を周知徹底するために
必要である。この姿勢を明確に打ち
暴言・暴力
(件)
20
20
20
10
10
0
0
H.17 H.18 H.19 H.20 H.21
マニュアル運用開始
30
20
16
10
9
8
10
H.17 H.18 H.19 H.20 H.21
マニュアル運用開始
0
10
4
4
3
1
H.17 H.18 H.19 H.20 H.21
マニュアル運用開始
【表2】割れ窓理論: 一般と病院内の対比
対しての考慮が置き去りにされている
一 般
と感じられるかもしれないが、スタッ
①建物の割れた窓を放置すると、その地域
は誰も関心を払っていない(非監視区域)
というサインとなり犯罪を起こしやすい環
境となる。
①暴言や不当なクレームを医療者個人だけ
で対応したり我慢すると、患者やその家族
は、医療者には何をしても良いと誤解する。
(病院内の非監視区域下)
②ゴミのポイ捨てなどの軽犯罪が起きるよう
になる。
②暴言や不当なクレームなどの発生件数が
上昇する。
③住民のモラルが低下して、地域の振興、安
全確保に協力しなくなる。それがさらに環
境を悪化させる。
③患者やその家族のモラルが低下して、安全
の確保や治療に協力しなくなる。それがさ
らに環境を悪化させる
(治療効果も低下)。
④凶悪犯罪を含めた犯罪が多発するように
なる。
④警察介入が必要な暴言や暴力事件が増加
するようになる。
フが安心して働ける環境を作る事は、
最終的に患者や家族の利益になる。
この「組織がスタッフを守る」というこ
とが、
マニュアル作成の前提となる。
ステップ 2
「割れ窓理論の視点」
から院内の
マニュアルを作成する
病 院 内
割れ窓理論とは、軽微な犯罪も徹
底的に取り締まる事で凶悪犯罪を含
理論から考えると、病院を訪れる人に
者やその家族といえども、初めは電
めた犯罪を抑止できる、とする環境
「病院内が監視区域」である事を知ら
話や対面によって接触する。多くの接
犯罪学上の理論である。この理論を
せる必要がある。
触は、会話から始まる(いきなり殴り
基に、ニューヨーク市や札幌市では
院内の暴言・暴力に対しては、ポス
掛かる事はあまりない)。ここでのコ
治安の回復を図っている。米国の犯
ターや広報を通じて、病院の基本的
ミュニケーションが成功し、最初に、
罪学者ジョージ・ケリングが考案した。
姿勢を示し、院内が監視区域(警察
相手との信頼関係を築ければ、その
「建物の窓が割れているのを放置す
等の抑止力が発生する場所)となっ
後のトラブルを未然に回避できる可
ると、誰も関心を払っていないという
ている事を周知徹底させる事。また、
能性が高い。そのため、マニュアルに
象徴になり(非監視区域)
、やがて他
軽微なトラブルでも対応するマニュア
コミュニケーションに関する要項を入
の窓もまもなく全て壊される」との考
ルを作成する事。放置せずに、注意を
れる事は肝要である。
え方からこの名がある。
喚起し対応策を講じる、ということが
前号でも触れているが、コミュニ
今まで医療者が暴言・暴力や不当
求められる。これは、インシデントレ
ケーションはスキルであり、学べば必
なクレームに対してあまりに無防備で
ポートの蓄積により医療事故を防ぐ
ず身につけられるものである。もとも
あったために、患者やその家族が「病
という概念に近い。
と医療者は患者と日々接しているの
院内は非監視区域」と誤解し、医療
ステップ 3
で、具体的な手法
(非言語的コミュニ
ケーション、言語的コミュニケーショ
た可能性がある。表 2に一般と病院内
予防的措置のための
コミュニケーション技法を取り入れる
の「割れ窓理論」の対比を示す。この
多くの場合、暴言・暴力をふるう患
日常業務内でOJTができる環境にあ
者に対して攻撃的な姿勢になってき
ン、BATHE 話法等)を提示すれば、
連載
(最終回)コンフリクトマネジメント 19
コンフリクトマネジメント
り、その訓練効果は高い。トラブル回
不当な暴言や暴力から身を守る権利
する。可能なら、担当者の内線番号や
避の為だけでなく、コミュニケーショ
を持つ。しかし、なぜか医療者は、院
ポケベル番号も明記するとよい。
ン理論を学ぶ事は、暴言・暴力をふる
内では相手から受ける暴言や暴力に
当院では、上記のような7つのス
う相手の心理的背景をうかがえ、過
対して、無防備になる傾向がある。
テップ(表 4)を踏んでマニュアルを作
度に自罰的になるのを防ぎ、暴言・暴
これを打破するために、医療者が
成している。未だ試行錯誤の段階も
力からの精神的ストレスを軽減する
身を守る為の法的根拠をマニュアル
多く、これからも事例の蓄積と検討が
事も期待される。
に提示する事。必要であれば、弁護士
必要と思われる。
や警察から法的アドバイスをもらって
ステップ4
院内で実際にあった事例を検討し、
必ず対応マニュアルを作成する
「二度有る事は三度ある」というこ
とわざがあるが、一度発生した事例
作成すると良い(表 3)
。
ステップ 6
マニュアルは1項目につき
「A4サイズ用紙1枚」
にまとめる
【表4】マニュアル作成の7つのステップ
を強調、
明記
1「組織が職員を守る」
2 軽微なトラブルにも目をつぶらない姿勢
3 コミュニケーションを重視した視点
4 院内事例は必ず対応策を具体化
5 職員の身を守る法的根拠を提示
6 シンプルで視覚的に理解できる工夫を
7 トラブル発生時の相談窓口を明記
は、再び繰り返される事があるため、
いかに良いマニュアルといえども、
そのときに備えてマニュアルを作成す
分量が多いとスタッフは目を通さな
る。これは、発生した事例に対して病
い。1項目につきA4サイズ1枚程度で、
院が検討をし、対策を行っているとい
視覚的に訴えるような作りが良い。
う証拠にもなりえる。
都市部と地方の病院では、発生事
ステップ 7
相談窓口の明記
いかに良いマニュアルが出来上
例や対応策が違う事もあるので、
地域
マニュアルには、必ず責任者と相談
がったとしても、物陰でホコリを被っ
性を考慮に入れる事は重要である。
窓口を明記する。
繰り返し相談窓口を
ていては、何ら実効は期待出来ない。
ステップ 5
マニュアルには法的根拠を載せる
周知する事で、
医療者に事例に対応す
マニュアルの作成とその運用とは、両
る専門スタッフがいる事を理解させ、
翼の関係であり、運用出来なければ
医療者といえども一般市民であり、
事例発生時に医療者が相談しやすく
マニュアルはゴミと同じである。
4
当院におけるマニュアル
運用の 7 ポイント
以下に当院でのマニュアルの運用
【表3】被害にあった医療従事者の味方になる法律
法 律
法を紹介する(表 5)。
迷惑となる行為
運用の指示は必ずトップダウン
形式とする
酒酔い防止法
酒に酔って公衆に迷惑をかけ
る行為に関する法律
泥酔し、騒ぐなどして他の患者に迷惑をかけ
る行為
1
刑法第130条
住居侵入罪、不退去罪
正当な理由がないのに院内に侵入し、
「退去
してください」
といっても従わない
いくら良いマニュアルであっても、
刑法第174条
公然わいせつ罪
卑猥な発言等、公然わいせつ的行為
刑法第176条
強制わいせつ罪
医療者に対してみだりに接触すること
刑法第204条
傷害罪
がある。この問題を打開するため、院
刑法第208条
暴行罪
医療者や他の患者に対して、殴る、蹴る、胸
倉をつかむなどの暴力行為。また、物を投げ
つけること
刑法第222条
脅迫罪
「お前ら不幸が起きるぞ」等、脅迫的暴言を
はく行為
の運用を行う事。
事例への対応スピー
刑法第223条
強要罪
土下座させたり、
謝らせる行為
ドの上昇効果も期待できる。またこれ
刑法第231条
侮辱罪
医療者や患者に暴言を浴びせること
によって、病院のトップが暴言・暴力事
刑法第234条
威力業務妨害罪
わざと大声や奇声を発し、居続けて業務を
妨害すること。院内で怒鳴り散らす等して、
業務を妨害すること
例対応に責任をもつという姿勢が明
院内の設備や備品を破壊すること
暴言・暴力
る事ができる。
対外的にも、
刑法第261条
器物損壊罪
20 患者の安心を育む「医療安全」
一部署からの提言では、他の部署の
スタッフが有機的に動かない可能性
長直属の専門部署をおき、マニュアル
確になり、スタッフの精神的安定を得
に対して強い姿勢を打ち出す事が可
ニュアル運用のテストをする機会にも
が、ストレスマネジメントのために、カ
能となる。
なっている。
ウンセリングの機会をもち、必要な場
2 マニュアルの周知を行う
5 アンケートによる情報収集
いくら良いマニュアルであっても、
暴言・暴力に対する院内アンケート
スタッフに見てもらえなければ、運用
を行い、フィードバックをしている。こ
には至らない。ただのゴミである。院
れにより、事例の蓄積や現状の問題
内掲示を含め、スタッフのメールボッ
点を洗い出して、
対策を練る事が可能
クスにマニュアルを送付したり、外来
になる。
に対応マニュアル集を常備する。
また、院内に暴言・暴力に対する防
合は精神科医の受診を勧めている。
【表5】マニュアル運用の7つのポイント
1
2
3
4
5
6
7
マニュアル運用の指示はトップダウンで
暴言・暴力対策の院内外への周知、広報
外部専門家との連携
定期的なセミナー、
講習会による教育
アンケートなどで常に現状を把握
防犯用資機材の確保と配備
ストレスを受けたスタッフへの対応・ケア
6 防犯用資機材の確保と配備
犯ポスター(有事には警察に通報す
防犯ベルや「さすまた」等の防犯に
る事、防犯ベルをスタッフが携帯する
必要な資機材の確保と配備を行い、
場合がある事等)も提示して、病院の
物理的対応策の拡充も行う。
当院における暴言・暴力に対する
姿勢を対外的にも告知する。可能な
可能なら、警備会社との専属の契
取り組みを4回に分けて紹介した。暴
ら広報活動等を通して、周辺住民に
約も検討する。視覚的にも防犯に必
言・暴力はマニュアル導入により明ら
対し自院の姿勢を周知徹底する。
要な資機材が充足する事は、スタッフ
かに改善が見られている。マニュアル
に病院の姿勢を示す事ができ、
スタッ
の内容も大切であるが、暴言・暴力に
フの病院に対する信頼感や連帯感の
対して病院が毅然と対応するという
院内スタッフだけでの、マニュアル
醸成が期待できる。防犯用資機材は、
姿勢を打ち出すことが重要なポイン
の運用や改訂には限界があるため、
患者やその家族の目に触れる必要は
トである。今後も、マニュアルの整備
弁護士や警察等の院外の専門家に協
ない。
とより効果の高い運用を目指し、病院
3
定期的に外部の専門家の
意見を聞く
力してもらい、マニュアルの整備を行
う。これは、外部専門家との関係維持
7
ストレスを受けたスタッフに対し
ての精神的フォロー
にもなり、
事例発生時に外部の専門家
暴力を受けたスタッフは、基本的に
の協力を速やかに得る事ができる。
労災扱いにする。前号でも紹介した
4
5
まとめ
スタッフをはじめ、患者やその家族に
安全な療養環境を提供できるよう努
力したい。
定期的に院内で防犯セミナーを
行う
マニュアルの再確認と、意識の統
一を図るため当院では、1年に1回程
◉
度、
院内防犯セミナーを行っている。
池田 勝紀(いけだ・かつき)
セミナーの内容は、①防犯ビデオ
視聴②警察からの防犯講義
(簡易な
8ZWÅTM
1999 年 3 月 聖マリアンナ医科大学卒業、1999 年 5月 聖マリアンナ医科大学 救急医学講座 入局・聖マリアンナ医
科大学附属病院大学病院 研修医、2001年 3 月 同修了、2001年 5月 国立国際医療センター 呼吸器外科レジデン
ト、2003 年12 月 同修了、2004 年1月 聖マリアンナ医科大学救急医学任期付助手・同大学医学部附属大学病院
救命救急センター医員を兼ねる、2005 年 3 月 同 任期付助手終了、2005 年 4月 船橋市立医療センター 救命救急
センター勤務、2006 年 4月 船橋市立医療センター 救命救急センター医長 以後現職
護身術や
「さすまた」の使用法講義
等)③患者とのコミュニケーション講
義 ④院内での暴言・暴力事 件が 発
生したときのロールプレイ⑤質疑応
答である。ロールプレイは、実際のマ
参考文献
1)濱川 博昭:病院のクレーム対応マニュアル. ぱる出版. 2005
2)Marian R.Ph.D&Joseph A.liebermanⅢ.MD.M.PH:The Fifteen Minute Hour Applied Psychotherapy
for the Primary Care Physician. Praeger Publisher. 1993 3)堀 鉄平:反撃の技術 格闘家弁護士が教える. かんき出版. 2009
4)損保ジャパンリスク・マネジメント:困った院内トラブル対応−医療安全研修会テキスト−. 損保ジャパンリスク
・
マネジメント. 2009
連載
(最終回)コンフリクトマネジメント 21
医療の安全性がさらにUP!
特別付録
委託職員向け「医療安全ポケットマニュアル」
(愛称【安全ポケット】)
東京海上日動メディカルサービス株式会社
メディカルリスクマネジメント室 本山 和子 髙橋 知子 山内 桂子
【安全ポケット】誕生の経緯
近年、医療機関では業務の外部委託化が進んでおり、委託
リスクマネジメント室)
は全国の医療機関や介護施設にむけて、
企業に雇用されたスタッフ
(以下、委託職員)が患者安全に直
事故防止、安全管理に関するコンサルティングや研修の企画・
接、間接に影響する業務を担っています。患者さんの安全を確
提供などを行っており、著者らは日ごろ多くのリスクマネジャーさん
保するためには、雇用形態にかかわらず、職員の一人ひとりが安
たちと情報交換を行っています。
その中で、多くの医療機関が共
全な行動を取れるよう教育・研修を行う必要がありますが、委託
通して委託職員への医療安全教育に課題を感じていることがわ
職員や短時間勤務の非正規雇用スタッフは、医療安全の教育
かりました。
そこで、委託職員等が医療安全の基礎知識や共通
や情報提供を受ける機会が少ないのが現状です。
して守るべきルールを容易に習得し日常業務の中で活用できる
弊社(東京海上日動メディカルサービス株式会社メディカル
ツールが必要であると考え、
【安全ポケット】
を考案しました。
外部スタッフにも必要な安全教育をマニュアル化
掲載項目は、患者さんや職員の安全を守るために、職種に
冊子を特別付録として添 付して
限らず医療機関で業務を行う誰もが知って欲しい①正しい手
います。
洗い方法、②針刺し事故の防止、③患者確認、④転倒・転落防
医療安全担当者や委託職員に
止、⑤個人情報の取り扱い、⑥その他(防犯、挨拶)です。各医
アンケートを実施して修正を加え
療機関で個別に必要な情報(緊急時や困ったときの連絡先な
た【安全ポケット】は、医療の質・
ど)を記入するページもあります。常に携帯しやすいA6(ハガ
安全学会第4回学術集会(2009
キ)サイズで、イラスト等を用いて理解しやすく親しみやすい
年11月)において「実践報告」
(ポ
表現になっています。委託職員の一人ひとりに配布できるよう
スター発表)し、その独創性と実
経済性にも配慮し、両面印刷したA3用紙を下図のように折り
用性が評価されベストプラクティ (医療の質・安全学会第4回学術集会)
たたんで簡単に作成できるようにしました。本誌には完成した
ス賞を受賞しました(写真)。
発表したポスターの前で
【安全ポケット】
の作り方
①A3サイズを8つに折る
②輪の部分を切る
③ステイプラーでとめる
完 成
【安全ポケット】
の上手な使い方
オリエンテーションや医療安全研修などで、基本事項を確
関のスタッフから委託職員に対して、直接、業務の指示を行う
認する教材として役立ちます。困ったとき等の連絡先が書か
ことは禁止されていますので、
【安全ポケット】の利用にあたっ
れているので常に携帯するよう勧めましょう。
ては誤解を受けないように留意する必要があります。
【安全ポ
各職員が緊急時の連絡先、氏名などを自分で記入して完成
ケット】を活用する際は、
【安全ポケット】を用いることを業務
させれば、手作りのマニュアルとなり、医療安全への動機づけ
委託契約の仕様書に盛り込んだり、受託企業の責任者と連携
を高める効果も期待できます。
をとって教育・指導を行ったりしましょう。
なお、民法第632条に規定される請負(委託)では、医療機
【安全ポケット】
を自分の施設で活用したいとお考えの医療機関には、印刷用のデータを無償で提供します。
提供方法の詳細は弊社ホームページ https://www.tms-hsp.net/ をご覧ください。
【連絡先】東京海上日動メディカルサービス株式会社 メディカルリスクマネジメント室 東京都千代田区大手町二丁目6番2号 日本ビル12階(〒100-0004) 電話:03-5299-3105
22 患者の安心を育む「医療安全」
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