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我を崇めるな! だけど敬え!(神様が勇者召還され

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我を崇めるな! だけど敬え!(神様が勇者召還され
我を崇めるな! だけど敬え!(神様が勇者召還されて
しまいました)
アズマダ。
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
我を崇めるな! だけど敬え!︵神様が勇者召還されてしまいま
した︶
︻Nコード︼
N0305BG
︻作者名︼
アズマダ。
︻あらすじ︼
日本書紀にて知る人ぞ知る、唯一の悪神・天津甕星。
この神様、アルバイトと下宿生活で細々と暮らしておりましたが⋮
⋮。
⋮⋮異世界より、勇者として強制召還のお誘いが!
1
ところが、ちょっとした手違いで召還&勇者承認されたのは、一緒
に住んでる犬のトイプードル。
甕星も自力で異世界入りしたものの⋮⋮。
魔王や軍師を手玉にとる喋る犬。
魔王や騎士に辛くあたるチートな悪神。 四人の魔王と魔王軍を各個撃破していく一柱と一匹。
巻き添えを食らって滅亡していく四つの王国。いったいどっちが
魔王なの?
魔王シリーズ終了の後、大魔王シリーズ終了の後、魔神シリーズへ
突入! 鬼畜ツートップが、異世界神の台本を無視してどこ行くの?
私的意見・見解が入りまくりです!
これはファンタジーじゃない。冒険でもない。
あえて呼ぶなら、ちょっぴり謎を含んだ活劇!
2
1.イノさん、帰還!︵前書き︶
﹁我を崇めよ! そして敬え!﹂http://ncode.sy
osetu.com/n0614bc/
の続編的位置づけです。
その前のお話が﹁ファーストコンタクト﹂
http://ncode.syosetu.com/n8627
bk/
全てはここから→始まった!
﹁我を崇めよ! そして敬え!﹂をご一読頂ければ、より一層面白
いかとw。
3
1.イノさん、帰還!
町はずれにある小高い丘の中腹で奇跡的に開けた土地。そこに黒
岩神社はある。
神社の周辺は、森と呼んでも差し支えない立派な原生林が乱立し
ている。見ようによっては、パワースポット。言ってしまえば、原
初的な風景。人によっては、納涼お化け大開を開催したくなる場所。
神社には、身の程にそぐわないまでの、大きな神殿がどんと居座
っている。護摩たき兼、とんど用の加持場には、黒い焦げ跡が目立
つ。広いだけが自慢の境内は、氏子達の努力により保たれている手
入れされた砂利が、綺麗に敷き詰められている。武家の時代には書
物に現れている、そんな古いだけが密かに自慢の神社。
﹁おーい! 誰かいるか!﹂
黒岩神社の古びた本殿を壊さんばかりの大きな声がした。
ブラック・レザーの上下を着込んだ大男が、これまた背の高い女
を肩に担いでいた。
この男、目つきがとても悪いのだが、なぜか瞳が澄んだ青。チッ
クで固めたオールバックの髪が後ろに長い。
やけに胸板が厚く、肩幅も広い。引き締まった腹部も相まって、
見事に逆三角形の体型。黒革の上下姿が、漫画から飛び出したかの
如く似合っている。
主人公の後ろで﹁フッ!﹂とか言って、クールに解説する役がピ
ッタリなキャラである。
4
そんな大男が焦りも醜態も隠さず、声を張り上げながら神社本殿
の引き戸を開けた。
中は、四∼五十人は集まれる、ちょっとした講堂になっている。
本殿はテンプレ通り、南向きに作られた祭壇があった。この祭壇、
神社の外見に比べ、立派な作りになっている。
本殿の板の間には、二人の人間と一匹の座敷犬がいた。
何らかの祭事が終わった直後なのだろう、二人の内、一人は巫女
装束のままの少女。
年の頃は十六歳。あと二年もすれば驚くほどの美人に成長する。
ただ、残念なのはやや黒目が小さい事。全体に目が大きいので、
白目対黒目の比率がそぐわなくなっているだけなのだが。
華奢な体につやつやの黒髪。ショートヘアーなのが、実に似合っ
ている。
もう一人は、やせた中年のオヤジ。人の良さそうな細い目を持っ
ている。少女の父親である。神官服の上に安物のベストを羽織って
いた。
そして犬。
モコモコでココア色をしたテディベアカットのトイプードルが、
少女の膝で甘えていた。
﹁おい、いたなら返事しろよ!﹂
長い犬歯を剥き出して、大男が吠える。
少女はいやな顔丸出し。
﹁返事したところでやっかい事が無くなるわけでなし。あんた誰よ
5
?﹂
﹁私の名は国津神、タケミナカタ︱︱﹂
﹁あー聞きたくない聞きたくない!﹂
少女は両耳を手でふさぎ、目をつぶって頭を振った。
﹁いや、聞けって!﹂
﹁どうせなんかやらかしたんでしょ? 神様がらみ事件でしょ? 聞きたくないの!﹂
﹁なんで?﹂
でかい図体にそぐわず、情けない顔をするタケミナカタ。
しよ
﹁背中に背負ってる一夜越しのカップ麺みたいに伸びまくってるの、
アマツミカボシ
一ヶ月まえあたしがつけたペンネーム常陸イノリ。本名、天の悪星・
天津甕星でしょ?﹂
しとりしずく
﹁あ、ああ、正解だ。⋮⋮てか、イノさんの正体知ってるあんた誰
だ?﹂
﹁あたしの名は志鳥雫。志鳥家の長女にして退魔業者。こいつがい
ると事故ばっか起こるんで困ってる者よ!﹂
﹁そ、それは確かに⋮⋮、いや、いやいやいや! そんなことより
大変なんだよ! イノさん大怪我して危険な状態なんだよ!﹂
タケミナカタは、イノさんをどさりと床に投げ出した。
意識不明のイノさん。
茶色がかかった短い髪。前髪が変な切り方でダンチになっている。
銀の棒ピアスが片耳で揺れている。変な柄のTシャツに変な色の綿
七分スパッツ。やたら背が高い女だ。
そんなのが、だらりと四肢を投げ出してノビていた。
﹁こないだ八岐大蛇促成養殖型と戦ったところじゃない。なにやっ
て︱︱﹂
雫が言葉を無くした。
6
イノさんの後頭部から赤黒い液体が染みだしてきたのだ。
茶色い髪の毛が、真っ赤に染まっていき、床の赤い色の面積が広
がっていく。
﹁おをぉぉ! イノさんしっかりしろわたしゃぁどうすりゃいんだ
!﹂
頭をかきむしってうろたえるタケミナカタ。
﹁雫! 177番だ! 救急車だ! 救急箱だ!﹂
﹁お父さん、落ち着いて。それとミナカタさん、こいつ何と戦って
こうなったわけ? 波動砲でも喰らったの?﹂
天津甕星に対してだけは絶対的なまでに冷静な雫であった。
﹁ルーマニアから来た吸血鬼だ。人狼も一緒だ﹂
﹁ふーん﹂
指で眉毛を整える雫。狐に眉の毛の数を読まれて化かされない為
の工夫である。あからさまに疑っている。
小さな鼻先をクンクン鳴らして、イノさんの匂いをかいでいる可
愛いトイプードルという絵が牧歌的だった。
﹁いや、狐に化かされたんじゃないって! 本当だって!﹂
眉をハの字にし、両腕に力を込めるタケミナカタ。
﹁あたしが怪我を治してあげましょう﹂
雫はそう言うなり、祭壇へ大股で歩いていく。そして、黒岩神社
ご神体である諸刃の剣を手にした。
鈍い銀光を放つ諸刃の剣。手入れが行き届いてよく切れそうだ。
しゆ
イノさんの枕元へ戻ってきた雫。
逆手に持ちかえた御神剣に呪を込める。すると、剣身が黄色く光
った。
7
﹁ふん!﹂
そして無造作に突き降ろす。
ゴロっと転がるイノさん。握りの部分まで深々と床に突き刺さる、
霊験あらたかな破邪の剣。
﹁何しやがるかな、このアマ!﹂
元気なイノさんがファイティングポーズを取っていた。
髪の毛に赤い色素は見られない。床に広がっていた染みも、今は
ない。
﹁イ、イノさん!﹂
﹁ふふふ、無敵のミカボシ様が、コンクリブロック後頭部直撃くら
いで︱︱﹂
イノさんの黒目が、くるりと後ろへ回転した。俗に言う白目を剥
く、という症状。
まつろ
イノさんは、糸の切れたマリオネットのように倒れ込んだのであ
った。
あまつみかぼし
天津甕星。それは、従わぬ神。
タケミカヅち
フツヌシ
天孫降臨のおり、天津神平定軍に屈しなかった、唯一の神。
コトシロヌシ
高天原より派遣された建御雷と經津主という二柱の軍神は、豊葦
タケミナカタ
原中つ国の長者・大国主命、その長子・事代主、次弟・筋肉ダルマ
まつろ
建御名方を一蹴した。
二神は、天津神に従わぬ国津神はもとより、草や木、石のたぐい
8
までも成敗し、地上界の悉くを平定しつくした。
アメノカカセヲ
ただし、天津神軍は、星神・天香香背男こと、悪しき神・天津甕
星だけを、どうしても平定する事ができなかったのである。
この話、古事記︱︱一つの流れとして記述された物語︱︱には語
られていない。
なぜか、日本書紀︱︱本文の他に様々な異伝を記載している、古
代史研究書の匂いがする官撰正史︱︱でのみ語られる話。それもた
った数行のこと。
にほん
日本書紀は、芦原之中つ国の征服者である天津神サイドの勝手な
歴史書なので、この不祥事を完全に消し去ってもよかろうものなの
に、わざわざ書き記した。
後世に残したのである。
これはいかなる事であろうか?
しとりがみ
タケハツチ
無敵の天津甕星討伐の為、高天原より使わされたのは、武神でも
軍神でもない。何故か文化系、織物の神である倭文神の建葉槌だっ
た。
結果、落ち着くところに落ち着いたのだが、決して平定された︵
成敗。または殺された︶とは書かれていない。
﹁祭祀﹂した。または、﹁天に上がった﹂と表現されている。言
葉が素直ではないのだ。
織物の技術を供与する事で和睦・取り込む事に成功した。さすが
和の国よと、解釈する説もある。それを否定する根拠を見つけられ
9
ない。だから否定はしない。
ここに不思議がある。
織物の神・タケハヅチは﹁建葉槌﹂と書く。だが﹁武刃槌﹂と書
けば軍神の意味になる。﹁槌﹂は元々が破壊するの意。
漢字の無い時代。音読みでのみ伝えられる時代。書き記したのは
侵略軍。
この、奥歯に物の挟まったような記述。
重ねて言う。これはいかなる事であろうか?
10
2.ミカどん、爆誕!
志鳥一家は、神官職である。だからといって、神殿で寝起きして
いるわけではない。
敷地の一角、奥の位置に目立たぬよう、こっそりと日本家屋を構
えて住居としている。
ミカボシが担ぎ込まれてから、しばらく過ぎたある日の事。
二階のとある一室の前。雫と、屋内でもサングラスを掛けたタケ
ミナカタが立っていた。
﹁タケミナカタちゃんがお見舞いに来てくれたわよ﹂
今日の雫は高校の制服姿。
胸もさることながら、小さくて痩せた印象の雫であるが、きびき
びとした動作から推測して、制服の下の体は筋肉質のようだ。
イノさん事、ミカボシの部屋の前に立つ雫である。
雫の後ろに、軍神タケミナカタが小さくなって控えていた。
﹁いやちょっと、雫さん。私、ちゃん付けですかい?﹂
﹁神様なんて、お子供みたいなものでしょう?﹂
さらりと言いのける雫。神に対して全く敬意を抱いていない。
これにはタケミナカタもカチンときた。
﹁嬢ちゃん、あのな、あんまり︱︱﹂
モコモコのトイプードルが、雫とタケミナカタの間に、その小さ
な身体を割り込ませてきた。
タケミナカタが、台詞を中断してまで、この小犬を凝視している。
11
﹁雫さん。この犬、まともな犬じゃないぜ﹂
﹁知ってるわ。経立よ。モコ助っていうの。可愛いでしょ? おま
けに賢いの。どこかの天の悪星よりは! 遙かに!﹂
モコ助がつぶらな瞳でタケミナカタを見上げている。
その視線に敵意を感じたのだろう。タケミナカタは細身のレイバ
ンをそっと外す。下からあらわれたのは凶暴な蒼き光をたたえた目。
﹁犬の分際で︱︱﹂
ナイト
ヒョイと襟首を摘んで持ち上げるタケミナカタ。凶悪な顔を小犬
に近づけて凄む。
﹁経立とはいえ、いっぱしの騎士気取りかい?﹂
﹁おいおい、犬とわかってて、その持ち上げ方はねぇだろう? こ
れじゃまるで猫じゃねえか。おいらの犬としてのアイディンティテ
ィをちったぁ尊重してくれねえとな﹂
低い声の女性声優みたいな声質。誰がしゃべっていたのか?
﹁犬がしゃべった?﹂
間抜け顔をしたタケミナカタ。無意識に小犬を顔から遠ざけてい
た。
﹁ふっ、愛らしい小犬がしゃべった程度で驚いているようじゃ、た
いした神様じゃねぇな。兄さんよ、いい加減に下ろせよコラ! そ
れとも何かい? 下りたきゃ、腕っぷしでまかり通れってかい? だったらいいぜ。おいらの9ミリパラペラム・バレット・パンチで
めぇの鼻骨を粉砕してやろうか?﹂
小さな前足をシュッシュシュッシュと繰り出すモコモコ小犬。つ
ぶらな瞳。
﹁な、なんだこいつ? なんか無性に腹立つ!﹂
12
タケミナカタが狼狽えている。
﹁モコ助の必殺技らしいわね。その9ミリなんとかって。強力だっ
て事で、あのミカボシですら対抗策を考え込んだのよ。⋮⋮あたし
は見た事ないけど。むしろ存在自体疑ってるけど﹂
﹁くっ!﹂
一歩引きながらモコ助を取り落とすタケミナカタ。
﹁モコ助と戦うのなら、あたしとも戦わなければならないわ。どう
する?﹂
﹁やめだ﹂
肩をすくめておどけてみせるタケミナカタ。
﹁最近の私は、犬と女の子とに相性が悪いんだ﹂
目が優しくなる。大人の対応だった。
﹁正しい判断だ。おいらたちの不毛な戦いでこの家ツブしちまっち
ゃ、ミカボシが暴れるだろうからな。いいぜ、クリスマスにゃまだ
早いが休戦といこうや﹂
口の減らないモコ助である。
納得いかないのか、もう一度厳しい目をするタケミナカタである
が、深呼吸して無理矢理気持ちを落ち着かせた。さすが神。
小犬を相手にムキになってる自分が情けなかったのだろう。さす
が神!
﹁なあ雫さん、この犬、よく喋るなぁ。何食えばこんなにスラスラ
言葉が続くんだろう?﹂
﹁人よ。人を食った性格してるのよ﹂
うまい事を言うと感心するタケミナカタ。つい最近出会った、あ
る少女を思い出していた。
13
﹁ところで、中から返事が無いが、イノさん重篤なのか?﹂
複雑な心情を隠すかのように、タケミナカタはサングラスをかけ
た。
﹁みんなに心配をかけようとして恣意的に血を流し過ぎた上に、い
きなり立ち上がったから貧血起こしただけよ。心配いらないわ﹂
雫はタケミナカタの方を見もしない。
﹁入るわよ!﹂
ふすまを開けて雫が入っていった。
﹁ぬうぅ?﹂
布団に潜ったままのイノさん。濁った目だけ動かして、雫を見上
げる。
﹁いつまでぐだぐだやってるの!﹂
今度は返事すらしない。
読みかけの本に目を落とす。雫の存在は無視した。
﹁なんだこりゃ? イノさん、いつから宗旨替えしたんだ?﹂
宗旨替えは大げさだが、部屋にうずたかく積み上げられた物体は、
確かにイノさんにそぐわない物だった。
﹁こんなにたくさん本ばかり買って!﹂
本棚があるのに、それを無視して畳の床に平積みにされた本、本、
本。ハードカバーから単行本まで何十冊も。下手すると百冊を超え
ているかもしれない。
モコ助が本の山を見渡す。
﹁たまに賢神を詐称するんだから、たまにゃ本くらい読んでもいい
んだろうが、⋮⋮なんだこりゃ? ジュニア小説とかライトノベル
14
ばかりじゃねぇか。勇者だの精霊だのエルフだの魔王だの、くっだ
らねぇ!﹂
モコ助が本の題名を見て悪態をついた。器用に前足でページをめ
くっている。
﹁あれからずっとこうなのよ。ここ何日かは貪るようにして本ばか
り読んで。まったく、もう!﹂
﹁イノさん、どうしちまったんだ?﹂
﹁ん﹂
タケミナカタが話しかけるも、生返事を繰り返すばかり。本に目
を落としたまま、精気が感じられない。
﹁帰ってきたその日に、ご飯食べながらテレビみてたのよ。元気に
ね﹂
腰に手を当てた雫が、イノさんの現状を語り出した。
﹁そしたらね、勇者が魔王を倒す映画をやっててね⋮⋮﹂
﹁なんだか想像ついてきたぞ﹂
﹁それをいたく気に入ったようなの。﹃これだ! オレは魔王を倒
すために現代へやってきたんだ!﹄って叫んで、そのまま飛び出し
てね。DVD借りてきたと思ったら、次はゲーム機買い込んでて、
気がついたら本を買いあさってて、今に至るってわけよ﹂
ジト目でイノさんを見つめるタケミナカタ。部屋には本の他に、
ドラなんとかとかファイナルなんとかといった表題のゲーム用CD
が散乱していた。
モコ助が本を読んでいる。
﹁現実とフィクションの区別が付かなくなっちまたってワケだな。
単純な脳細胞の持ち主らしい身の堕としかただぜ!﹂
こちらに一瞥もくれず、だが器用に肩をすくめてみせるモコ助。
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﹁あーもーっ! イノさん! しっかりしてくださいよ! あんた
らしくない!﹂
怒鳴りながら、カーテンを開けるタケミナカタ。
昼の光が部屋を眩しく照らすも、なんら反応が無い。
﹁アマツミカボシ! なにぐうたらしてる!﹂
今度は布団を引っぺがす。帰ったときに着ていた服を着たままだ
った。
﹁呼び捨てにされても返事無しかいミカボシ!﹂
﹁ぬ﹂
ギリギリと長い犬歯をこすり合わせるタケミナカタ。重力に逆ら
い、ゆらりと髪が逆立っていく。サングラスの奥で瞳が神性の金色
に光る。
﹁こらこら、あたしん家で本気出さない﹂
雫がタケミナカタの肩を本でトントンしながら、目をミカボシに
向けてこう言った。
﹁ねえ、ミカどん﹂
﹁ミカどん言うなーっ!﹂
がばりと跳ね起き、顔を突きつけるミカボシ。顔が真っ赤だ。よ
ほど﹁ミカどん﹂と呼ばれるのがイヤなのだろう。
一方、開いたままの口がふさがらないタケミナカタ。
やれやれと首を振るモコ助。
﹁ふっ、さすが嬢ちゃん。天津甕星の取り扱い第一種免許保持者だ
ぜ。なあ、ミカどん?﹂
﹁ミカどんゆうな! メコ助!﹂
﹁モコ助な。⋮⋮てめぇもワザと間違えてんじゃねぇぞコラァ!﹂
16
以後、ミカどんと呼ばれることとなったイノさんこと、天津甕星。
小犬のモコ助と低レヴェルな取っ組み合いを始めるのであった。
17
3.そしてミカボシは星になった!︵星の神ゆえに︶︵前書き︶
誰がうまい事言えと⋮
18
3.そしてミカボシは星になった!︵星の神ゆえに︶
お父さん、ミカボシ、雫、モコ助、そしてタケミナカタ。場所を
神殿に移して、車座に座っている。
﹁ちなみによ、雫さん、⋮⋮あんたらミカどんと家族同然の暮らし
をしてるけど、どういった関係なんだい?﹂
﹁ミーカーどーんー、言ーうーなー!﹂
呼称ミカどんをいたく気に入ってしまったタケミナカタ。
﹁ちょっと前にね、促成養殖型ヤマタノオロチを使う術者に襲われ
たことがあってね⋮⋮﹂
ミカボシのクレームを無視して話を進める雫。
﹁戦闘中に間違って召還しちゃったの。それ以来の腐れ縁ね﹂
﹁そりゃ災難だったな。⋮⋮じゃ、隠すまでもなく知ってるんだな
? 私たち神々のことを﹂
﹁一応はね。ところで︱︱﹂
急須でお茶をついで回る雫。
﹁ミカボシはどこへ行っていたの? どこで大怪我してきたの? なんか、昔の知り合いのところで、いいアルバイトがあるって飛び
出して行ったきりだったんだけど﹂
ありがとう、と片手で礼を述べ、湯飲みに手を出すタケミナカタ。
﹁話すと長いし、みっともない話になるんだが⋮⋮﹂
湯飲みを手でこねながら、言葉を濁しにかかる。小娘を前に、な
ぜか戦神が正座していた。
19
﹁昔の知り合いって、ヤクザみたいなモンでしょ? 聞いたら事件
が起こりそうだから話さなくて結構よ﹂
﹁⋮⋮なかなか鋭いところを突くね。雫さん、ミカどんで相当苦労
したんだね﹂
﹁ミカどんゆうな!﹂
﹁それにしても雫さん、とお父さん。あんたら、ただモンじゃんな
いな? 陰陽師の末裔か? 血にもなんか混じってるだろう?﹂
タケミナカタは特に答えを強要しなかった。
代わりに、祭壇を凝視している。
先日、雫がミカボシにとどめを刺そうと手にした御神体。諸刃の
長剣が中央に奉られている。
左にもう一振り。副祭神であろうか、やけに幅広で、銀光鋭い剣
が奉られている。
最後、中央の御神体の右に三振りめの剣。
菖蒲の葉に似た切っ先。中央部分がむっくりと盛り上がった肉厚
の造り。はばきの部分に緑の玉が埋め込まれている。刃渡り一メー
トルに及ぶ長剣だ。
﹁ヤマタノオロチ、⋮⋮まさか、あれは⋮⋮﹂
タケミナカタの額に汗が一粒浮かんだ。
﹁ミナカタ⋮⋮ミックン、いろいろややこしくなるからその剱は詮
索するな﹂
﹁言い直してまでミックン言うのは勘弁してくれ!﹂
﹁そいでもって雫は、というか志鳥家はな⋮⋮﹂
ミカボシがタケミナカタの思惑をうまく外した後、志鳥家の出自
を説明しだした。
20
﹁筑紫の、日の巫女の末裔が京で裏陰陽師になったってところだな。
七百年近い歴史を持つ一族だ。ご先祖様にはオレも世話になった。
それ以上は詮索すんな!﹂
クリクリした目のモコ助が割り込んできた。
﹁そういや、ミカどん、てめぇどれだけ本を買い込んだんだい? ネットショップで買いこんだろ? 金どうした? まさか嬢ちゃん
家からくすめたんじゃねぇだろうな?﹂
モコ助が前傾姿勢をとっていた。いつでも飛びかかれるようにし
ている。
﹁バカヤロウ! バイトしてたって言っただろ。金ならある。⋮⋮
﹃金ならある﹄これって最強の言霊だよな? な?﹂
﹁反対はしない。なあ、筋肉ダルマ⋮⋮、もといタケミナカタの兄
さん?﹂
﹁私が筋肉ダルマかよ?﹂
モコ助とミカボシのペア。阿吽の呼吸で、雫たち志鳥家の出自か
ら、タケミナカタの注意をそらした。二人の︵一柱と一匹の︶息ぴ
ったり。
﹁でよ、ミカどん︱︱﹂
﹁ミカどん言うな。メコ助﹂
﹁︱︱モコ助な。てめぇの部屋にばらまかれた本な、ファンタジー
? それも勇者と魔王の話じゃねえか。こんな話のどこが天津甕星
が持つ複雑な六十八本撚りワイヤーが如く図太い心の超剛琴線に触
れたんだい? どんな話も、紆余曲折を経て、結局最後は魔王が倒
されるんだろ? ハッピーエンドかバッドエンドかの違いじゃねえ
のか?﹂
ミカボシが持ち込んだ読みかけの本をパラパラとめくりながら斜
21
め読みしているモコ助である。
﹁問題が一つある。とても大事な事だ。⋮⋮何で魔王なんだ?﹂
﹁なるほどな。どこかにネジ落ちてねぇか? ミカどんの頭のネジ
なんだがよ﹂
ミカボシは、モコ助の辛辣な返しをものともせず、開いた本を取
り上げた。
そして本をポンポンと手の甲で叩く。
﹁オレはだな、いくつかの気になるパターンに気がついた。一つは、
勇者と魔王の組み合わせが話の中核だって事だ﹂
﹁さすがだ。よくぞ真理に気がついた。魔王がいるから勇者が必要
になったんだ。ああ、勇者の代わりに軍隊でもオーケーだぜ。ちな
みに、召還型の勇者がいいかい? おいらはなんつったって宿命型
の勇者だな﹂
モコ助、博識ぶりを披露する。
﹁それだよそれ! 身内でカタつけるんなら納得いくぜ。でも、召
還勇者ってのが納得いかねぇ。他人のフンドシで相撲とるようなも
んじゃねぇか? その世界の神は、てめぇのケツすら拭けねぇって
のか?﹂
ミカボシの台詞はモコ助の勇者論を受けたもの。
﹁神が神批判してもな、どうかな? ここの神様と違ってアクティ
ブな性格してるんじゃないのかい?﹂ ﹁そこで魔王だ!﹂
﹁いや、どこに魔王がいるんだい?﹂
突然立ち上がり、板の間をウロウロしだしたミカボシ。日頃落ち
着きが無いので有名な者が、輪をかけて落ち着きを無くしている。
22
﹁魔王に会いたい。会って直接聞きたい事がある﹂
﹁魔王にこだわるね、悪神様。魔王なら、オイラの目の前にいるぜ﹂
﹁どこだ?﹂
ミカボシがモコ助の前で動きを止めた。キョロキョロとあたりを
見渡している。
﹁いやおいらの勘違いだ。魔神だった﹂
モコ助が謝った。
﹁どうやらメコ助とは雌雄を決しなければならねぇようだな﹂
﹁おもしろい。てめぇは嬢ちゃんを不幸にする星の持ち主だ。いつ
かはツブさなきゃならねえと、震える羽毛のように繊細で傷つきや
すいマイハートで密かに決心していたんだ。ちょうどいい﹂
モコ助が極端な前傾姿勢をとった。
﹁出すぜ! 9ミリパラペラムバレットパンチ!﹂
モコ助は尻尾を股に挟み、お尻をプルプル震わせている。
﹁モコ助やめなさい。ジャレたいんだったら素直に言いなさい﹂
﹁やめろ、雫さん!﹂
雫がモコ助を抱き上げようとした。そこをタケミナカタに止めら
れた。
﹁こいつは⋮⋮。妖気と気力が⋮⋮。下がった方が良い!﹂
﹁え、ちょっと! この姿のどこに驚異を?﹂
﹁俺の予想が当たっていたら、この体勢からの技は最悪だ! 神を
怯えさせる技か。フフフ⋮⋮﹂
﹁いや、ちょっと!﹂
23
﹁甘めぇ! すでに貴様の9ミリは丸裸だ!﹂
ミカボシは左へ三歩移動し、左手を極端に高く上げ、右腕は胸の
位置に。左足を軽くあげ、膝で水平に折る。 ﹁なに? イヤミのシェー?﹂
雫の眉が下がった。嫌そうな顔をしてミカボシを見る。
﹁てめぇ、考えやがったな! 受け流そうって腹かい?﹂
モコ助が牙を剥いて悔しがる。
﹁ふふふ、天の悪星を舐めるな! オレくらいの賢神ともなれば、
9ミリを一度でも見れば、対抗策の一や二つは思いつくぜ!﹂
﹁さすがミカどん! その手があったか!﹂
拳を熱く握りしめ、タケミナカタが吠える!
﹁甘いのはそっちだ! ミカどん!﹂
モコ助がゴロリと横になる。
﹁9ミリパラペラムバレット・モード・サヴァイヴ!﹂
そのままモフモフの腹を見せ、口から小さな舌を出す。
﹁丸裸だと言ったろ!﹂
ミカボシが右へ側転した。宙に飛び上がって伸身一回転。頂点が
高い。そして着地。脱力して横たわる。右手で頭をささええて目を
半眼。口を軽く開けているのがミソ!
﹁なにそれ? お父さんの昼寝のポーズ?﹂
﹁いかん!﹂
慌てたのはタケミナカタ。
﹁雫さん、その場で体育座りするんだ! 急いで!﹂
﹁え? え?﹂
24
タケミナカタの勢いと迫力に押され、つい、言われたとおりにし
ゃがみ込む雫。
﹁雫さんは任せろ!﹂
叫ぶタケミナカタ。バク転を決め、そのまま逆立ち姿勢をキープ。
指三本の逆立ちだ。否が応も無く気合いが入る。
﹁天津甕星、完全復活じゃないっスか! 俺、嬉しいっス!﹂
逆立ちしたまま男泣きに泣くじゃくるタケミカヅチであった。
﹁このままではいかん!﹂
﹁お父さんまで、いきなり何を!﹂
雫の父、志鳥真二郎︵エッチ漫画収集が趣味︶が立ち上がった。
腰の巾着から八卦身が使う算木を鷲掴みに取り出す。
﹁むうん!﹂
イチとニの型に整列。そして、算木をある形に組み上げた。
﹁ご主人、それは! 方陣の立体形成! 人間がそれを使うのか!
?﹂
国津神の軍神にして、天津神と最後まで激しい闘争を繰り広げ、
諏訪に封された荒ぶる神タケミナカタが、驚異の声を張り上げた。
真二郎が組み上げた算木はある法則に基づいた物だった。
﹁え?﹂
雫の目には、幼子が作った積み木。柱と屋根。そう、一番簡単な
お家の積み木細工に見えた。
﹁ミカどん、モコ助、ひけ! もはや二人の争いは無意味なものと
なった!﹂
25
﹁え、ちょっとお父さん、それって︱︱﹂
﹁ご主人、それを出すか?﹂
﹁ちっ! 人間はそこまでの高みに上れるのか! あの日、酔った
勢いに任せて滅ぼさなくてよかったぜ!﹂
﹁くっ! 人間侮りがたし﹂
順に真二郎、雫、モコ助、ミカボシ、タケミナカタの順である。
﹁ふふふ、ミカどん、ご主人にここまでされちゃ、オイラは引くぜ﹂
﹁ミカどん言うな! 仕方ねぇ、今この国を滅ぼすわけにゃいかね
ぇ。手を打とうじゃねぇかメコ助﹂
﹁モコ助な﹂
﹁ちょっと待って、ちょっと、ミナカタさん、解説してよ。あたし
ワケわからないわ!﹂
タケミナカタ、父・真二郎、ミカボシ、モコ助、四対八個の視線
が雫に集中した。
そして、申し合わせたように、雫から目をそらす。申し訳なさそ
うに。
﹁いや、だからなんで? 誰か理屈を説明して!﹂
﹁雫さん⋮⋮﹂
代表でタケミナカタが口を開いた。それが自分の役割であるかの
ように。
そして雫の肩に鋲撃ち手袋のゴツイ手を置く。
﹁雫さんにはまだ早い﹂
﹁なにが? なんで!﹂
その時である。
ミカボシの足下。歩く度に軋む年期物床に、複雑な文様が浮かん
26
だ。
文字だろうか? 記号だろうか? 見た事もない象形文様が蠢い
ている。
サークルを基調として整列した文様が光り出す。ミカボシを中心
として。
﹁ちょっと、ミカどん! あんた今度は何やらかす気なの?﹂
雫が叫ぶ。すぐ対処できるよう、御神刀へ走った。
﹁いや、オレ何もやってないっスけど?﹂
ミカボシの足下で、光の文様サークルが力強く光る。
間の抜けたミカボシの顔を下からライトアップするように。
天の悪星天津甕星の冒険は、始まったばかりである!
﹁てめぇら逃げんじゃねぇ!﹂
27
3.そしてミカボシは星になった!︵星の神ゆえに︶︵後書き︶
さあ、皆の衆。
旅を始めようか!
28
1.異世界で勇者降臨中︵前書き︶
前回のあらすじ。
吸血鬼の眷属少女に後頭部を殴られ退場した天津甕星。
復活したのも束の間、足下でぁゃιぃ魔方陣が!
天津甕星の冒険は、今始まったばかりである!
29
1.異世界で勇者降臨中
周囲は石造りの壁。明かり取りの小窓が、高い位置に一つあるだ
け。
一見、牢獄のように見える薄暗い部屋。頑丈なのだけが取り柄の
部屋。二桁の人員が会合できる程度には広い部屋。円形の部屋だ。
黒いローブを頭からすっぽりかぶった男達が三人。さらに、白い
ローブをかぶった者が三人。都合六人。
交互に六角形を頂点とする位置に立ち、長々と複雑な呪文を詠唱
している。呪を結ぶ指や手の動きも複雑だ。長時間詠唱し続けてい
たのだろう。どの顔も額に汗が浮かんでいる。
怪奇な道具。原形を留めない動物の一部。解読不明な紋章が書か
れた蝋燭などが、一定の法則の下、床や壁や空中に配置されている。
程なく、石造りの床に描かれた魔方陣が、青白い燐光を放ち始め
た。
﹁光り出した!﹂
その場を仕切る立場にいる者であろう、ビロードの短マントを羽
織った者が発した声はソプラノの音域であった。
青年にはほど遠い少年。年の頃は十四。遅れている声変わりと華
奢な体つきが、発展途上を物語る。
血筋なのだろう、美しい顔つき。神経質そうな細い顎。
彼を美少女であると断言したら、十人中十人が信じる美貌。スト
レートで長い金髪がよく似合う。女としてなら。
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男としてなら、もう少し髪型を考えるべきであろう。
﹁お静かに、サーデル王子﹂
唇に指を当て、サーデル王子を制するのは黒髪の中年男。この者、
鉄板を貼り付けたような胸板の持ち主。軽装だが、幅広の実践的な
剣を一振り、腰につるしている。
王子と名のつく者に諌言できるのは、それなりの地位と実力を有
する者である。
﹁すまない、ハスク﹂
彼の名はハクス。ラベルダー王国、最後の騎士団長だ。
サーデル王子は自分の軽率さを恥じた。そして、もう一人の従者
の顔を伺う。
暗い部屋でも銀光を放つ短冊形の金属で身体を覆っている騎士の
顔を伺う。ヘルメットはかぶっていない。
額で切りそろえた前髪。背中まで伸ばした黒髪を端で一本にまと
めている。冷徹な色をしたアイスブルーの瞳。サーデル王子が姉と
ばかりに信を置く女性騎士、フェリスである。
フェリスは表情を変えていない。じっと魔方陣を見つめているだ
け。サーデル王子の振る舞いを軽率とは思っていないようだ。
いつものように、サーデル王子はフェリスを見る事によって安心
を得た。
﹁サーデル王子、魔方陣を﹂
先ほど、王子を咎めた黒髪の男ハクスが、今度は自ら声を発した。
矛盾はしない。なぜなら魔方陣による儀式は、そのクライマック
スを迎えようとしていたからだ。
31
複雑な文様が描かれた魔方陣。その文様をコピーした青い光が浮
上。周囲の石壁を青く照らす。
立体魔方陣。
時空という意味を表す立体の魔方陣。
魔方陣の中心。床の方陣より、青の光で構成された柱が出現した。
ゆっくりと、ゆっくりと下から上へ、柱を形成していく。
何かが柱の基部にいる。それが生物の形を成していった。
﹁成功ですぞ!﹂
黒いローブの男がしゃがれた声を上げる。一人だけ、ローブの裾
に銀糸の刺繍が施されている。どうやら、黒い術者達の中で一番上
の者らしい。
﹁勇者召還に成功致し︱︱ゲフォ!﹂
口から血の霧を吹き出し、倒れていく黒いローブの男。
﹁魔術師長!﹂
サーデル王子が動くより早くフェリスが走る。石の床にたたきつ
けられる直前で、ローブの男を抱き留めた。
﹁寄る年波には⋮⋮勝てん⋮⋮ポーションを⋮⋮使いすぎた⋮⋮ハ
ハハハ﹂
魔術師長以外の魔術師達も、そして白いローブの者達も、力尽き
たのか、しゃがみ込んで荒い息をついている。
術式を執り行った者で立っているのは、金糸で縁取りした白いロ
ーブの老人ただ一人。
32
﹁あ、後は手順通りに⋮⋮﹂
白いローブの老人が崩れて落ちる。
﹁法王様!﹂
こちらはサーデルが受け止めた。
﹁じゅ、術式完了︱︱﹂
法王の全身から力が抜けていく。首から力が抜け、変な方向へ曲
がって止まった。
青い光の中の影が、いっそう濃くなる。実体化したようだ。
その場にいる全員から、声にならない声がある。感動という声。
﹁魔術師長! 法王様! これでこの世界に再び光をもたらす可能
性が、⋮⋮いや、必ずや、あなた達の意志を継ぎ、魔王を打ち倒し
てみせる!﹂
サーデルは拳を堅く握りしめ、魔方陣の中心を凝視している。そ
の目が湿っぽい。
柱は、上の方からゆっくりと消えていった。
一同、いやが上にも盛り上がる。
やがて魔方陣の中心に、みなが待ち望んだ勇者が現れた。
ココア色の、モコモコの、ティディベアカットされた小犬⋮⋮⋮
⋮⋮⋮が、現れた。
声もなく佇む一同。
﹁犬⋮⋮ですよ⋮⋮ね?﹂
剛勇でならすハクス騎士団長が、自信なさげに声を出した。
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同意した一同、おとなしく固まっている。
⋮⋮なんで犬?
モコモコの小犬は、伏せの位置から起き上がり、クリクリとした
愛らしい目で周囲の人間を見上げる。不安そうな目。
ここで誰かが動くべきであった。
小犬の頭上から、七色に輝く光の鱗粉が降ってきた。その光が小
犬の身体を包んでしまう。
キラキラと輝きを放つココア色の小犬の体。
﹁しまった! 神と精霊の加護が⋮⋮犬に! 何てことだ!﹂
頭を抱え込むサーデル王子。全身から汗が噴き出ている。
﹁どういうことだ?﹂
サーデル王子が息も絶え絶えな魔術師長に責め口調で問うた。
﹁そんなはずは⋮⋮﹂
荒い息。魔術師長が必死に半身を起こし、魔方陣を覗き込む。
どのように凝視しても、そこには小犬が一匹だけ。
﹁ばかな、確かに、確かに強い力を⋮⋮二つも掴んだというのに﹂
﹁失敗⋮⋮か?﹂
再びサーデル王子の目に闇が射した。
﹁失敗、つーかよ、あんたらの努力は報われるはずだったんだ。い
や、何も言うな。大体察しは付いてる。状況は把握した。お前さん
達、勇者を召還しようとしてたんだろ? いやいや、あんた達は間
違ってない。聖剣を持って戦える存在が召還されるはずだった。あ
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の人、魔法使いかい? 責任者かい? あの人は悪くない。おっと、
あの人を責めちゃいけねぇぜ。犯人は別にいる!﹂
一同、再び固まる。
この理屈っぽい長台詞。いったいだれが喋ったのか?
中性ぽい声。生意気な口調だけど子供っぽい舌足らずなところが
憎めない。
﹁い、いぬ? 犬が?﹂
一騎当千の猛者、ハクス騎士団長が自信なさげに声を出す。
﹁そうだ犬だよ。オイラだよ。だが残念だったな。オイラは犬だ。
愛玩用に品種改良された愛らしい小犬だ。魔力を強化されようが、
筋力を強化されようが、基礎数値が低いから、さして効果はない、
微々たるものだ﹂
クリクリとしたつぶらな瞳が、回りの大人達を見上げている。
﹁か、かわいい⋮⋮﹂
場違いな事を言う女騎士フェリス。ポーカーフェイスなのがなん
だか怖い。
﹁ふっ、よしてくんな。オイラにゃ操を立てた飼い主がいるんだ。
そうそう浮気はできねぇが⋮⋮﹂
フェリスは美しい女性だ。年の頃は二十歳を過ぎた頃か? いや、
二十歳前か? 落ち着きすぎた物腰が、年を実年齢より上に見させ
てしまう。
銀に輝く鉄片を縫い付けられた皮鎧を身につけている。
﹁騎士。それも美人による鎧越しの抱かれ心地ってのを堪能するの
もまた一興かもしれねえ﹂
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クリクリの目をフェリスに向け、尻尾をブンブン振っている小犬。
﹁おや?﹂
小犬が何かに気づいた。
怖い目で睨んでいるハクス騎士団長と目が合った。
﹁なにかい? あんた︱︱﹂
小犬が言葉を途中で切った。そして、あわてて天井を見上げる。
﹁やべぇ!﹂
何かに気づいた小犬。ひとっ飛びで魔法陣の中から逃げ出した。
何事かと上を見上げるサーデル達。
天井の一部が明るい。青い光で明るい。
青い光が輝きを増した。力強い、眩しい光だ。
その中央から、野太い光の柱が出現。音と地響きを立て床へ突き
刺さる。
小犬を召還した柱の成長スピードと明度、それにパワーは比べる
べくもない。それも長時間の詠唱無し。一瞬にして。
青い柱を構成する光が、豪快に砕け散った。
﹁ケラケラケラ!﹂
豪快な笑い声と共に現れたのは、変な柄のTシャツに、綿の七分
スパッツ。やたら背の高い傲岸不遜な生物。
﹁我こそは、天の悪星、天津甕星! 勝手に推参!﹂
36
1.異世界で勇者降臨中︵後書き︶
いやー、復活復活。
今回は、完全不定期連載です。
のんびりと、かつ、細長い目で笑って見てやってください。
37
2.魔王リップス
﹁我こそは、天の悪星、天津甕星! 勝手に推参! ⋮⋮ついでに
雫も﹂
ミカボシの後ろから顔を出す雫。背に肉厚の長剣をしょっている。
﹁あ、モコ助!﹂
雫は、モコ助を見つけて手を出した。
﹁嬢ちゃーん! オイラてっきり二度と再び会えないのかと思って
不安で不安で!﹂
雫の胸に飛び込むモコ助。モコモコの毛並みに頬摺りする雫。
ミカボシが、モコ助の毛並みに指を突っ込んだ。
﹁おー、メコ助。五体無事か? 探したぞ。雫を泣かすのは男とし
てどうかな? さ、帰ろうか﹂
﹁モコ助な。てめぇ、何が﹃探した﹄だ! いたいけなオイラを魔
法陣の中央に蹴りこんだのは、てめぇだろうが! てめぇ、あれが
召還陣だと知って蹴りこんだんだろう? 確かミカどんの足下で光
ってたな? てことは、ご指名はミカどんだろううが!﹂
﹁ミカどん言うな! なんかわからんモンって怖いだろうが! 普
通、近くの小動物を身代わりに放り込んで確かめるだろうが!﹂
﹁確かめねぇぜ。普通は! 特にオイラはな!﹂
ここで言葉が切れた。睨み合うモコ助とミカボシ、千日手に入っ
た模様である。
﹁あの、ちょっと、ちょっとすみません⋮⋮﹂
サーデル王子が二人に声をかけた。控えめな口調で。
38
﹁うるせぇ! 黙ってろ!﹂
ミカボシが、目を神性の金色に光らせて一喝した。
サーデル王子が尻餅をついて転けた。得体の知れない迫力と、人
間には抗いきれない威圧感をまともに受けたからだ。
﹁オイラ、今日という今日は完全にキレたぞ! 今こそてめぇと決
着をつける時だ。表に出な、ミカどん!﹂
モコ助が、雫の腕から飛び降りた。
﹁ミカどん言うな! 逆ギレかよ、おもしれぇ。小犬の分際でオレ
様に勝てると思うなよ! もはや9ミリパラペラムバレットは、オ
レ様に通用しねぇ。打つ手無しだぜ!﹂
﹁そう思うかい?﹂
モコ助が口の端を器用に吊り上げ、笑いを表現した。
﹁今さっき、オイラに新しい力が付与された。おかげで頭ン中グチ
ャグチャだ。けどよ、今にして思えば、ミカどんが召還されずにオ
イラが召還されたのは正解だったな!﹂
体格差、そして種族差をものともしないモコ助。
大きく息を吸い込んだ。そして叫ぶ。
﹁聖剣よ、こーい!﹂
室内であるにも関わらず、雷が落ちた。雫をはじめ、その部屋に
いた人間は全て腰を抜かしてひっくり返る。
﹁な、何だこりゃ?﹂
素っ頓狂な声を上げるミカボシ。もちろん、ミカボシは雷くらい
で腰を抜かしはしない。微動だにせず一カ所を見つめていた。
39
ミカボシの視線の先、雷が落ちた跡。黒く焦げた位置の床の上。
ある者は口を開け、ある者は震えながら、腰を抜かして床に座り
込んでいる面々も、同じ箇所を凝視していた。
まばゆい光を自ら放ち、複雑にして繊細な彫刻と飾りを施された
諸刃の剣が浮かんでいるのだ。
﹁ふはははは! 思った通り。これがオイラの新しい力だ! これ
こそチート! そして膨大な魔力と取り扱い説明書の知識の数々!
さらに不死︱︱これは元々か。⋮⋮もとい、生まれ変わったオイ
ラに恐怖せよ! そして敬え!﹂
モコ助のアニメ声に共鳴しつつ宙に浮く聖剣。刃渡り九十センチ
強。両手で持てるように柄が長い。鍔の部分に埋められた青い宝玉
が高価そう。
﹁す、すげぇ! 良い造りだ。まさに聖剣! 本で読んだアレだ!﹂
興奮するミカボシ。そんないかにも斬れそうな剣が、モコ助の眼
前に浮かんでいるのだ。剣に関して一言も二言も持つミカボシ。一
発で剣の正体を見抜いていた。
﹁オイラにゃわかる。勇者たるオイラにゃわかるぜ。犬だけど。こ
の剣はどんな物でも切ることができる。そして、どんな衝撃でも折
れることがない。まさに無敵の剣。神をも斬れそうだぜ!﹂
﹁なるほどな!﹂
ミカボシは、手を伸ばして、聖剣をつかむ。三度ばかり素振りを
して感触を確かめた。
﹁おいおいミカどん、相変わらず手癖が悪いな。かってに人の物に
40
手を出しちゃ困るぜ﹂
﹁ミカどん言うな! お前、肉球持ちのくせにどうやって聖剣を扱
うつもりだったんだ?﹂
モコ助、黙り込む。ミカボシ、黙り込む。見つめ合う瞳と瞳。
モコ助がチラリと視線を動かした。
﹁それもそうだ。しかしだな⋮⋮﹂
ミカボシは、クルクルと聖剣を手の中で回し、石造りの床に突き
刺した。
﹁確かにな﹂
そして、そろって、ある一人に目を向けた。
そこには、ハクス騎士団長が姿勢良く立っていた。
ミカボシは、斜めに構えて指を差す。
﹁なぜ、お前はそこに立っている?﹂
黒いローブを着た魔術師。白いローブを着た聖職者。サーデル王
子、フェリス、そして荒事に慣れた雫ですら床にしゃがみ込んだま
まだ。
﹁さすが、勇者様ご一行﹂
ハクス騎士団長が笑った。いやらしい下卑た笑い。
サーデル王子一派は、何の事やらさっぱり。動きも判断も決めか
ねている。
雫だけが、やれやれといった表情を顔に浮かべつつ、背に負った
剣を手にした。
わかっている。どうせ、事件が起こったのだ。雫が落ち着いて見
えるのは、なるべく巻き込まれないように注意するだけと、腹をく
41
くったからにすぎない。
﹁せっぱ詰まった人間どもが、﹃勇者﹄なる秘密兵器を調達すると
聞き、興味本位で覗きに来たのだが⋮⋮﹂
ぎこちない笑い。笑おうとする筋肉に皮膚が付いてこず滑ってい
る。そんな違和感のある笑い。
﹁勇者とは、どんな力を持った者かとワクワクしていたのに、召還
したのが小犬だとはね。残念だったなミカボシとやら。本来ならお
まえが精霊と神の加護を得るはずだった。貴様は無力な赤子﹂
ハクス騎士団長が消えた。
サーデル王子がハクスを探す。悲鳴が上がった。フェリスの腕で
横たわる魔術師長の胸から、血飛沫が飛ぶ。
ハクスの手から伸びた長くて赤い爪が、魔術師長の胸を深く切り
裂いていた。
﹁その爪はなんだ!﹂
フェリスは魔術師長の身体を捨て、飛び退きながら剣を抜く。着
地と同時にハクスの懐に飛び込む。電光石火の踏み込み。
だが、フェリスの剣は空を薙ぐだけだった。ハクスはそこにいな
い。
﹁弱い者から順に殺してさし上げましょう。強いと自負するお方は、
手も足も出ない自責の念と、己の弱さを自覚、反省しつつ、死の順
番をお待ちください﹂
ハクスは魔法陣の向こう側に立っていた。
﹁ああっ! 瞬間移動だ! 鉄蹄騎士団を壊滅に追いやった瞬間移
動の魔法だ! なぜだ! なぜやつがここに!﹂
42
サーデル王子が剣を抜きながらそう言った。声には不安が含まれ
ていた。
﹁このような大がかりな儀式、我ら魔族に関知されぬと思っておら
れましたか?﹂
また一人、絶命した。白いローブを朱に染めて倒れ伏す神官。
サーデルが悲鳴のような声を上げる。
﹁戦える者は背中をあわせろ! 戦えない者は動き回れ! こいつ
は、こいつは︱︱﹂
﹁ふふふ﹂
ハクス騎士団長が、いや、ハクス騎士団長だったモノが両手で自
分の顔をつかむ。
そして左右に引き裂いた。
その者は、ハクス騎士団長の皮を被っていたのだ。皮一枚を破り、
中から異形の物が姿を現す。
そして空気を震わせ、一回り大きくなった。
マントのように皮を脱ぎ捨てたその物。人よりは頭一つ高い。ミ
カボシと同じ背の高さ。
頭から、拗くれた角が二本、左右非対称に伸びている。
それ以外は普通の若い男。むしろ美男子といってよい。
外見は。
だが、その物の持つ気というか、根源というか、⋮⋮何かが、そ
の者に人としての認識を拒絶する。
有り体に言えば違和感と存在自体の不快感。そして、怒りと恐怖
を混ぜこぜにした感情。
43
﹁魔王リップス! なんで? ハクスをどこへやった!﹂
サーデル王子の顔は、泣きそうな表情へ変わった。
﹁魔王?﹂
ミカボシが、魔王リップスと名乗る人外の生物を興味津々といっ
た表情で見ている。
﹁そうです。私が、魔王四天王の一人、魔王リップスです。よろし
くお見知りおきを! ハクス殿なら今朝まで生きておいででしたよ。
私めが変装するために死んでいただきましたが﹂
ご丁寧に頭を下げるリップス。隙だらけ。
﹁シュッ!﹂
フェリスが、裂帛の気合いと共に仕掛けてきた。残像が見える速
度。一足飛びに、リップスへ迫る。
振り上げた剣を右上から左下へと、袈裟切りに切りつける。焦り
故か、間合いを見誤ったか、これは浅い。
瞬間移動するまでもない。魔王リップスは、上体を起こす事によ
って楽々とかわした。
だが、一歩踏み込んだフェリスの剣は、右下から左上へ、逆袈裟
に斬り上げていた。最初の一太刀はフェイント。二の太刀が本命。
いままで、フェリスを生き延びさせてきた技だ。
見事、リップス魔王のレバーに剣の切っ先が食い込む。
だがそこまで。
剣がしなって折れた。折れた切っ先が、回転しながら天井へ飛ぶ。
﹁わたしの身体は刃物が通じないんです。まったく困ったものです
44
な﹂
跳ね上がった切っ先が音を立てて石の床で跳ねる。
魔王リップスが消えた。瞬間移動。
移動先でまた一人。黒いローブの魔術師が、ボロ切れのように
なって壁に飛んでいった。
先月、ラベルダー王国の精強鉄蹄騎士団は、魔王リップスが使う
瞬間移動の魔法による戦法で壊滅したのだ。
世に言う、ゴラオン平原の戦い。
魔王リップス率いる魔族軍一万。対して鉄蹄騎士団三千騎。
三.三倍の数を持ってきた魔物の軍勢を前にしても、王国の騎士
は怯えない。むしろ意気が上がっていた。
魔族は数を武器に、王国の騎士を包囲殲滅する構えを元に走る。
対する騎士団は中央突破の総突撃体勢。
いざ、騎士団の先陣が駆けようとしたその時!
リップス魔王が現れた。
鉄蹄騎士団が組んだ陣形の中に突如現れ、縦横無尽に殺戮を繰り
返す。
浮き足だった鉄蹄騎士団。連携もとれず進撃もできぬまま、三倍
以上の敵に包囲され、騎馬のスピードと重量を生かす事なく各個撃
破の憂き目に遭った。
この戦いで、サーデル王子の父であるラベルダー国王が大怪我を
負った。
45
ラベルダー王国軍敗北の主原因が、目の前にいる魔王リップスな
のである。
三千の騎士でも勝てなかった魔王。
﹁こんなの相手に、どうやって戦えば?﹂
腰を落とし、剣を正面に構えるサーデル王子。どこから襲われる
のか全く見当が付かない。ましてや、ハクス騎士団長がかなわなか
った相手。サーデル王子の幼稚な剣技でどうこうできる次元の相手
ではない。
手が、足が震えている。恐怖によるものだ。
恐れを顔に出さない者もいる。フェリスが走る。
だが、リップスはまた瞬間移動。最後の魔術師が声も出さずに命
を落とした。
﹁実に他愛ない!﹂
短剣のような爪。その爪に付いた血をトカゲのような長い舌でな
めるリップス魔王。 見つめているのは最後の白いローブ。神官の生き残りだ。
﹁まて!﹂
フェリスが飛ぶ。だが、はるか向こうでリップスが消えた。
誰も間に合わない。
皆が、たった一人の神官を無力感あふれる目で見つめる中、リッ
プスが現れた。
雫の左横に。
ここは、あの背の高い妙な女の死角である。
46
雫は、まだリップスの出現に気づいていない。
刺し殺そうと腕を引く⋮⋮までは予定通りだった。
リップスの視界が閉じられた。いや、顔に何かが覆い被さったよ
うだ。
﹁な?﹂
ミカボシが、リップスの顔面を左手でつかんでいたのだ。
﹁お前に聞きたい事がある﹂
手首のスナップだけでリップスを放り投げる。リップス魔王は、
レーザービームのように直線で反対側まで飛び、石壁を砕いて止ま
った。
リップス魔王がぶつかった壁が壊れ、暗かった部屋に日の光が差
し込む。
﹁まぐれだ!﹂
立ち上がるリップス魔王。目が怒りで吊り上がる。
﹁次はお前だ!﹂
ミカボシを指さすリップス魔王。
リップスが消えた。
現れたのはミカボシの真後ろ。鋼の爪を振るう。ミカボシの首筋
に吸い込まれていき︱︱ミカボシが消えた。
マイナス一秒の移動術。リップスの後ろに現れたミカボシ。長い
足でリップス魔王の尻にケリをくれてやる。
︱︱笑いながら。
全力で踏み込んでいたリップスは、バランスを崩して前のめりに
転がった。
転がりつつ瞬間移動。
47
次に現れたのは、フェリスの左。爪を女騎士に突き立てようとし
たら、ミカボシが目の前に立っていた。
﹁セコイ真似すんじゃねぇっ!﹂
爪を見切り、左足を踏みしめるミカボシ。床にひびが入って足が
沈む。渾身の左アッパーが、リップス魔王の顎を打ち抜いた。
リップス魔王の歯の破片と血が宙に舞う。空中で縦に五回転して
から、石の床に、頭から叩き付けられる。
ごろりと仰向けに転がった。 大きく顎が凹んでいる。
﹁おー、いい顔になってきたな﹂
いつの間にかリップス魔王の脇に立っているミカボシ。嬉しそう
だ。
﹁おご、がふぉ⋮⋮﹂
口から血の泡を吐き出しながら、懸命に身体を動かそうとしてい
るリップス魔王。
﹁お前じゃダメだ。お前に聞こうと思ってたんだけど、⋮⋮あれだ、
たぶんお前は知らねぇはずだ。きっとそうだ。そうに決まった﹂
リップスに跨り、マウントポジションを取るミカボシ。
﹁なんだおまえ、刃物が通じないとほざいてた割に拳骨が通じるん
だな。ケラケラケラ!﹂
バキバキボキボキ乾いた音を立てながら、ミカボシが、拳を何度
も何度も何度も何度も振り下ろしている。
﹁嬢ちゃん、後ろ向いてろ。経立のオイラが見てもあまりいい気が
しねぇ光景だ﹂
48
﹁え、ええ。⋮⋮あのさモコ助︱︱﹂
グチャグチャベチョベチョ湿った音を立てながら、拳を何度も何
度も何度も何度も振り下ろしている。
コウモリ野郎、とか、なのだ野郎め、とか、オレの方が、とか意
味不明な言葉を発しながら。
﹁聞いちゃダメだ。あれは魔物の王。生物じゃない。物の怪だ﹂
﹁おいメコ助、この世界の魔王は生物みたいだぜ。神の眷属じゃね
ぇことは確かだ。見ろよホラ、おもしれぇぜ! ケラケラケラ!﹂
﹁モコ助な。その死体、早くしまえ。嬢ちゃんの教育上よくない﹂
ずたぼろの赤黒い何かが、ミカボシの腕の先で揺れている。
﹁し、死んだのか?﹂
及び腰のサーデルが、モザイク処理しなければ公開できそうもな
い物体をのぞき込んだ。
﹁脳波停止して、心肺停止して、霊波停止してるのを死と定義する
なら、こいつはすでに死んでいる。残念ながら、今際の言葉を聞け
なかった﹂
ボロ雑巾のように、表現に困る物を放り投げるミカボシ。水っぽ
い音を立てて、床に落ちた。転がりもしない。
﹁聖なる炎よ︱︱﹂
複雑な呪文を唱え、白いローブの下でこれまた複雑な印を切る。
唯一生き残った神官である。
しぶとく燃えている松明より、炎の粉が飛び出し、ボロ雑巾へ降
りかかる。
魔王リップスであった複雑な物質が青白い炎を上げた。
﹁タフだなー﹂
よろめきながらも魔法を使う神官に対して、ミカボシが感嘆の声
49
を上げる。勇者召還のために消費する魔力と精神力は、尋常な量で
はないはずだ。クスリでも使わない限り、ただの信仰心や訓練だけ
で絞りきれるものではなかろう。
炎が螺旋を描き、白い煙と共に、壁の穴から外へ出て行く。
ひとひら
青い火炎は、見る間に魔王リップスを焼き尽くした。後には黒い
煤しか残らない。灰の一片も残さなかった。
誰かが深い息を吐いた。
サーデル王子が、ミカボシ達へ体を向けた。まだ剣は手にしたま
ま。
﹁あんたら、何者なんだ?﹂
﹁勝手に呼び出しといて何者とは失礼な野郎だな。てめぇらこそ何
者だ!﹂
ミカボシ、ご立腹である。耳の棒ピアスをコリコリともてあそん
でいる。
﹁あいつは我が国、ラベルダー王国の鉄蹄騎士団をただ一人で壊滅
に導き、王国そのものを崩壊させた魔王だぞ! なんで聖剣を使わ
ない? 異世界の人間はそれほどの力を持っているのか?﹂
サーデル、無意識に剣を構えた。
その剣をフェリスが手で押し下げる。
﹁礼儀正しいやつもいるじゃねぇか。ケラケラケラ。あいつが魔王
なのか? 生き物が魔王なのか? ミュータントって呼んだ方がい
いと思うぞ﹂
少しは機嫌を直したか。ミカボシは棒ピアスをゆっくりといじっ
ている。
50
﹁⋮⋮申し訳ない﹂
サーデルが素直に謝った。
﹁あやつは確かに魔王。魔物の中の魔物だ。そしてこの世にいる四
人の魔王、魔王四天王の一人﹂
今の言葉、サーデルが喋ったのではない。
初めて聞く声。サーデルが声の主を捜している。
﹁失礼いたします!﹂
影になった床の一角から、ゆらりと闇が立ち上がった。
51
3.魔王ヒトアイ
影が実体を持った。ミカボシよりも高い背の丈。薄い胸板、浮き
出たアバラ。腕と足の関節が、一つばかり多い。
生物として吐き気を催しそうな違和感。
めっ
﹁あやつは魔王四天王の中でも、一番の小物。本来、四天王になれ
たのが不思議な存在。いずれ滅せられるのは、火を見るより明らか
であった。ご存じか? 魔族の風習では、弱きものは悪とされる﹂
岩と骨を擦りあわせたような声で笑う。
﹁リップスに気を取られ自己紹介が遅れたである。わが輩の名はヒ
トアイ。魔王四天王ヒトアイである﹂
青い顔を通り越し、紙のように白くなるサーデル。
﹁なんだって⋮⋮。ふ、二人の魔王が!﹂
対照的に、顔色一つ変えず、折れた愛剣を構え直すフェリス。
﹁パワーバランスを崩す存在である勇者を召還したのだ。魔王が二
人ががりでも卑怯とは言えまい?﹂
長い指でサーデルの顔を指す魔王ヒトアイ。
﹁だが、安心なされよ。貴公らをひねり潰すのは実に容易いが、我
が輩は今ここで人類と決戦するつもりはない。リップスが功を焦っ
て堕とした小国に、勇者が召還されると聞いたので見物と洒落込ん
だだけなのだ﹂
戦わない証拠を見せようというのか、一歩足を後ろへ引き柔和な
笑みを顔に浮かべる。
52
﹁オレ様が、敵を生きて帰すとでも思っているのか?﹂
凶悪な笑みを顔に浮かべ、一歩前へ出るミカボシ。
﹁あなたにそのつもりがあろうと、我が輩にそのつもりはありませ
んな。そうそう、リップスの拙攻は、魔族を代表して詫びておこう。
わが輩らの大いなる計画を最期まで理解できなかったあやつが悪い
のだ。ではこれにて失礼いたします。ああ、追いつけそうなら、追
って頂いて結構ですよ﹂
頭を下げる仕草の後、クルリと回れ右。壁の穴から飛び出した。
ひとっ飛び数百メートル単位。恐るべき跳躍力。
﹁逃がすか!﹂
ミカボシは床に刺さったままの聖剣を引き抜いた。
そして構える。体を極端に捻った構え。筋肉全てをバネと化した
その構えは!
じん
﹁志鳥流奥義、ま神剣!﹂
野球のサイドスローに似たフォームから繰り出された剣技。切っ
先が音速を超えた。
ソニックブームが壁の穴を広げ、音速の剣が破片と共に空を飛ぶ。
﹁おいおいミカどん。斬撃を飛ばすのが普通だろ? なんで聖剣本
体が飛んでいくんだい? それと、﹃ま神剣﹄な。﹃ま﹄の部分は
どんな漢字が当てはまるんだい?﹂
﹁勝手に志鳥流を名乗らないでくれる?﹂
モコ助と雫、左右から突っ込まれるミカボシ。雫に至っては、ミ
カボシのこめかみで、指の第二関節をグリグリいわせている。
53
﹁うるさいうるさいうるさい! 敵を斬りゃそれでいいんだよ。ほ
ら!﹂
ミカボシが顎で指す所。
はるか先、そう、町と荒野の境目くらいで、魔王ヒトアイと聖剣
の飛行コースがクロスした。
﹁あ、落ちた﹂
魔王ヒトアイが空中でバランスを崩し、下へ落ちた。落ちた地点
から派手な土煙が立ち登る。
﹁ちょっくら行ってくる﹂
大きくなって出入りし安くなった壁の穴。ミカボシはそこから飛
び出した。
バッタのように百メートル単位でピョンピョンと跳ね、見る間に
豆粒大に、そして芥子粒大に。
もう一度、土煙が激しく立ち登った。今度は少しだけ炎が混じっ
ていた。遅れて音が聞こえてくる。
やがて芥子粒大から豆粒大へ、そして穴から部屋へ飛び込むミカ
ボシ。
﹁ほらよ﹂
どさりと音を立て、魔王ヒトアイだろうモノが転がっていた。
﹁今度は生きてる﹂
自慢げなミカボシ。
だくだくと血を流し続いているが、体のあちこちがピクピクと蠕
動していた。
﹁それよりミカどん、オイラの聖剣はどうした?﹂
﹁聖剣? ⋮⋮あ、ああ、アレね。おまえ聖剣を呼べよ。そしたら
54
来るんだろ?﹂
﹁聖剣に労働組合があったら、真っ先に吊し上げ喰らうぜミカどん。
聖剣よ来い﹂
いくらか埃っぽい雷と共に、聖剣がモコ助の眼前に現れた。
あね
﹁ちょっと、そこのフェリスとかいう騎士の姉さん。聖剣を預かっ
ててくれないか。剥き出しのまま転がしとくと、ロクな使われかた
をしないんだ﹂
おっかなびっくり。それでも表情一つ変えることなく、聖剣を手
にするフェリス。
サーデル王子はというと、本日二度目の落雷に腰を抜かしている。
﹁さて、魔王四天王。オレにゃ、どうしても気に入らねぇことがあ
る﹂
﹁確かに。オイラも気に入らない点がいくつかある﹂
﹁オレは、てめぇのことを﹃我が輩﹄と連呼する野郎が、殺したい
ほど気に入らねぇんだ﹂
﹁それは置いといて、⋮⋮何故故に四天王だ? オイラ、魔王が四
人もいるって聞いた事がないぞ﹂
確実に右手の関節がもう一個増えている魔王ヒトアイ。口からご
ぼりと赤い何かを吐き出した。
よく見ると、左足の関節も一個増えている。
ミカボシは、魔王の左手を引っ張った。曲がらない方向へ易々と
曲がったが気にしない。
﹁なあ、なんで﹃魔王﹄なんだ? お前達の言う﹃魔王﹄ってなん
だ?﹂
魔王ヒトアイの口から、もう一度、赤いのが出てきた。今度は泡
になっていた。
55
﹁おま・え、なに・もの⋮⋮だ?﹂
気管に液体が詰まっているのだろうか、魔王ヒトアイは喋りにく
そうに話した。
モコ助が答える。
﹁ただのヤクザだ﹂
ミカボシが答える。
﹁通りすがりの勇者様ご一行だ。おまえ、どうやって魔王になった
? 答えろ!﹂
魔王ヒトアイの口が歪んだ。笑ったつもりらしい。
﹁つ・よい・から・に、きま・って・る・からだ⋮⋮ろうが﹂
喋るだけで体力を消費するのだろう。ヒトアイは激しくあえいだ。
﹁強いから魔王になれる。強くなければ魔王になれない。そう言い
てぇんだな?﹂
﹁そう・だ。俺は・強い﹂
﹁ふーん﹂
耳の棒ピアスをコリコリいじるミカボシ。何に引っかかっている
のか、斜め上を見ながら考え込む。
﹁魔王センバツ選手権みたいのがあって、それを勝ち抜いたベスト
フォーが魔王なのか?﹂
﹁組織だった・戦いは・無かったが⋮⋮そんな・ものだ﹂
ミカボシは、しゃがみ込み、腕を組んで首をひねっている。
﹁自らの力を試したいだけかい?﹂ 詰問口調のモコ助である。
﹁そ・れは・一部・だ﹂
ミカボシがまたも棒ピアスをコリコリしだした。苛ついている証
56
拠である。
﹁じゃなんで、魔王世界一トーナメントをしなかった? オレだっ
たらやってるぜ!﹂
﹁たいしたこと・じゃないが、それなりの・理由がある﹂
魔王ヒトアイは天井を見つめていた。天井の遙か向こうを見てい
たのかもしれない。
﹁意味わからんな﹂
自分の顎をなで回すミカボシ。ミカボシも遠い目をしだした。
﹁残念ながら、その理由を語る時間は無い﹂
ヒトアイの口調はしっかりしたものだった。何か変だ。その場に
いるみんなが直感した。
﹁もう十分回復した。今日のところは引き分けにしておいてやろう。
︱︱︱︱!﹂
呪文は唱えなかった。ヒトアイの体が影と化す。
実体のない煙のような影が立ち上がる。
フェリスが聖剣で斬りかかる。だが、剣は影を素通りするだけ。
さすがの聖剣も、実態のない影までは斬れない。
第二刃。持参の剣を振りかぶった雫が、身体を開きながら剣を一
閃。
﹁ふははは! ⋮⋮あれ?﹂
あやかし
影の下四分の一が切断されてた。
雫の、黄色く光を放つ刀身が、妖の影を切り裂いていたのだ。
この剣は、訳あってミカボシ達が名称を秘匿している秘剣。タケ
ミナカタが見るなり顔色を変えた、草とか薙とか呼ばれている神剣。
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八岐大蛇から取り出したという、はばきの部分に緑の玉が埋め込
まれた刃渡り一メートルに及ぶ長剣だ。
﹁妖怪相手なら強いわよ﹂
二の太刀を繰り出す雫。それに対してヒトアイの反応は素早い。
剣の届かぬ天井部へ飛んだ。
﹁さらたばだ! ⋮⋮あれ?﹂
飛んだはずなのに︱︱。ヒトアイの影は、床に転がっていた。
﹁だれが帰っていいと言った?﹂
影をつかんでいるのはミカボシ。ちょうど喉の部分。体重を乗せ
て、影を押さえつけている。もしくは、マウントポジション。
シェード
﹁お前、な、なんで影をつかめるんだ?﹂
文字通り影になっているのでヒトアイの表情は読み取れないが、
驚いている事だけは確かだ。
﹁お仕置きだ。メコ助、雫の目をふさいでいろ﹂
﹁モコ助な﹂
ヒトアイの悲鳴が上がる前に、雫の顔に張り付くモコ助であった。
﹁いやーしっぱいしっぱい﹂
どこか棒読みのミカボシ。
神官が放った聖なる炎によって、散り散りになった影が焼かれて
いた。
﹁カゲになると手加減が難しいんだわー。悪い事したなー﹂
58
反省の弁を述べているようだが、聖剣に刃こぼれがないか、片目
で検査しているミカボシである。
﹁その方らに願いがある!﹂
なんだとばかりに振り返るミカボシご一行。サーデル王子が剣を
鞘に収める所だった。
﹁その方ならできる! 我らの窮地を救ってほしい。魔王を退治し
てほしい!﹂
ミカボシ、モコ助、雫、それぞれがジト目でサーデルを睨んでい
た。
そして、そろって背を向ける。
﹁あたし、帰るわよ。あたしの専門は妖魔だから、生物兵器だとか
ミュータントとかは取り扱ってないの。お役に立ちそうにないし。
モコ助が無事だったらそれでいいわ。⋮⋮事件に巻き込まれたくな
いし﹂
﹁だな。帰るか?﹂
いかよう
﹁まてまてまて! なぜだ? 君達は選ばれた勇者なのだぞ! 勇
者とは如何様な存在なのか、どんな義務を持っているのか知ってい
るのか!﹂
サーデル王子がミカボシの腕をとって引き留めた。
﹁オイラの都合などお構いなしの強制収監。まかり間違ってンコひ
りだしてる最中だったり、雌犬のお産に立ち会ってる最中だったら、
兄さん方、どうやって責任とるつもりだったんだい? それとも何
かい? 可愛いだけで非力なオイラを力づくで従わせようって算段
だったのかい? オイラの立場からしてみれば兄さん達は、魔物と
59
大してかわらねぇんだぜ。さて兄さん、オイラたちゃ如何様な理由
で兄さん達を助ければいいんだい?﹂
モコ助が下から目線でサーデルに食ってかかる。
﹁よ、よく喋る犬⋮⋮いや、しかし、この世界の窮状を⋮⋮だいい
ちどうやって帰るというのだ? 僕たちが協力せねば︱︱﹂
ミカボシが指をバチンと鳴らした。大きな音ではないが、腹に響
く音だった。
その音でサーデルのおしゃべりを止めた。
﹁さ、帰るぞー﹂
ミカボシが足下の何かをつかんだ。たぶん空間とか次元とかいっ
たなにかだ。
シャッターを上げる様なあざとい音がして、空間が裂けた。空間
の縁が青く輝いている。
﹁自力でなんとかするからいいや﹂
ひょいと飛び込む雫。続いてモコ助。
﹁じゃあなー。身体に気をつけて﹂
最後にミカボシが入り、ガラガラピシャンと、わざとらしい音を
立て、空間の裂け目が閉じられた。
残されたのは血なまぐさい匂いと死体、そして耳が痛くなりそう
な静寂のみであった。
﹁お聞きください!﹂
何も無い空中に向かって、フェリスが声を張り上げた。
そして音を立て、ひざまずく。片膝ではない。両膝をついている。
60
日本で言うところの土下座である。
﹁無理矢理召還した事はお詫び致します。勇者様の人生を歪めた事
をお詫び致します。されど︱︱﹂
フェリスは額を冷たい石造りの床に押し当てた。
﹁されど、無理を承知! 無茶を承知! 無礼を、無法を承知して
おります。どうかどうか、この世界の抗う術を持たぬ人々、小さな
幸せだけを追い求めて生きていた人々をお救いください!﹂
何も無い空間からは、何の声も聞こえてこない。
﹁彼らに何の罪がございましょうか? どうか、どうかこの通り!﹂
ゴシゴシと頭を石の床に擦りつけるフェリス。
だが、宙からは何の反応も帰ってこない。
﹁フェリス、もうやめようよ﹂
サーデル王子がフェリスの肩に手を置いた。
その手を乱暴に振り払うフェリス。
﹁⋮⋮わたしはこの戦いで命を落とすでしょう。それがわたしの選
んだ道なのですから、むしろ本望。ですが、一生懸命生きている人
たちは、何の為にこの世に生まれてきたのでしょうか?﹂
静けさが部屋に満ちる。
壁に開いた穴から町が見える。ラベルダー王国の城下町。魔族の
絶え間ない侵攻により荒廃が目立つ。
だが、人は生生活しているのだろう。そこここから炊事の煙が立
ち上がっている。
もう一度、サーデル王子が声をかける。
61
﹁フェリス⋮⋮﹂
床を叩く、鈍い音がした。
フェリスが拳を石の床に打ち付けたのだ。
ごうりき
﹁強力を誇るわたしでも、あんなふうに石壁は崩せない! 魔王に
⋮⋮勝てない。⋮⋮わたしは⋮⋮何の為にこの世に生まれてきたの
だ?﹂
フェリスは泣かない。フェリスは悲しい顔をしない。フェリスは
笑わない。全ての感情表現を子供の頃に捨ててしまったのだ。
全く表情を変える事なく、涙を流す事無く、フェリスは泣いてい
た。
﹁生きるのに理由が必要なのか? 愚か者共め!﹂
声が後ろの壁から聞こえてきた。
﹁三人目の魔王か!﹂
フェリスは一挙動で立ち上がり、剣を構えた。モコ助が置いてい
った聖剣である。
この剣でこの世界を守る!
﹁影も切れねぇようなナマクラで何しようってんだい? ケラケラ
ケラ!﹂ 気持ちよい笑い声。
長身のミカボシが、壁にもたれて立っていた。足下には、モコ助
がお座りしている。
﹁帰ったんじゃ⋮⋮﹂
阿呆の様に、ポカンと口を開けているサーデル。ただ無表情で見
62
つめるだけのフェリス。
﹁ケラケラケラ! 帰ったのはガキの雫だけだよ。てめぇらにも、
ちったぁ肝冷やしてもらわねぇとな! こちとら呼ばれ損で終わり
たかねぇし!﹂
引っかかった引っかかった、と馬鹿笑いしているミカボシである。
モコ助はすまなさそうにしている。
﹁兄さんと姐さん、すまねえな。ミカどん得意の幻術だ。さっき指
を鳴らしたろ? あれが幻術開始さ。オイラ達を悪く思わないでく
れよ。なにせお互い様だからな﹂
﹁信じられない。魔力をこれっぽちも感じなかった﹂
シニカルに笑うモコ助に、神官が感心していた。
﹁ありゃ魔法じゃねえんだ。⋮⋮それはさておき、さっきミカどん
とも相談したんだが、まずは状況説明をしてもらおうか。話はそれ
からだ﹂
喜色満面、サーデル王子が跪いた。
﹁では、我らの︱︱﹂
﹁勘違いすんな!﹂
一喝するミカボシ。サーデルの言葉を断ち切る。
﹁この世界に、オレ様が求める魔王はいないんだぜ!﹂
﹁ワケの解らん戯言は聞き流してくんな。オイラ達ゃ、話だけは聞
いてやろうって姿勢だだ。少なくともカウンセリングくらいにゃな
るだろうぜ。見たところ兄さん方、切羽詰まってるみたいだしな。
もういっぱいいっぱいなんだろ?﹂
63
そう言いがら、モコ助は、サーデル王子の膝上に飛び乗った。
﹁なに、袖触れ合うも隣の異世界ってもんだ。オイラ達ゃ、血も涙
もねえ鬼じゃない。⋮⋮いや、一人だけ鬼だった﹂
ポンポンとサーデル王子の肩をちっこい前足で叩くモコ助である。
﹁⋮⋮話を聞いてください﹂
多少、小犬の態度に、人として訴えるところがありそうな雰囲気
をそこはかとなく醸し出しながら、サーデル王子は、この世界の﹁
今﹂を話し始めた。
64
4.ゴンドワナ世界 ︵あるいは、人の話は黙って聞きましょう
︶
﹁まずは、この世界の地形から、話をすすめさせてもらいます。こ
れが全ての原因となっているからです﹂
言葉遣いを変えるサーデル王子。剣の腕はそれなりだが、話術は
上手そうだ。
﹁この大地、ゴンドワナの中央には、高くて険しい山岳が連なって、
城壁のように長大な輪を成しています。この中央大山脈をレビウス
山脈、もしくはレビウスの王冠などと呼んでいます﹂
﹁造山運動の果て、だな﹂
モコ助が合いの手を入れた。どこででも見られる異世界の科学知
識のお披露目だ。
委細かまわず、サーデルの話は続く。
﹁海に面した輪の外は、比較的温暖で住みやすい大地です。我ら人
間は、レビウスの王冠を取り巻くようにして、いくつもの王国を打
ち立ました。我が国、ラベルダー王国は、左の一番上に位置します。
我ら王国は、神と精霊のご加護の元、それなりに繁栄してまいりま
した﹂
﹁それなりにか⋮⋮小競り合いはあったみたいだな﹂
モコ助、器用に前足を組んでいる。
﹁問題はレビウスの王冠の中側です﹂
やや話しづらさを認識しながら、サーデルは言葉を紡いでいこう
と努力した。
﹁その輪の中は、険しい地形ながら、所々に平野があるらしいので
65
す。でも、動物が暮らしていけるような土地じゃありません﹂
﹁え? なんで?﹂
ミカボシが変な顔をする。
モコ助がため息を一つ付いた。
﹁ミカどんは別だろうがな。普通の生物が住むに、高山は厳しい場
所だ。空気が薄いだろう? 酸素が少ない。息が続かない。当然、
気候も厳しい。寒い。山岳地だから水も少ないだろうし、砂漠化し
てりゃ最悪だ。水が少ないから植物も繁殖しねえ。それを食べる草
食獣も個体数が増えないし、いたって小型だ。となると捕食者の数
も少ない。増えるための食料がない。何かの拍子に子供がたくさん
生まれても、飢餓で死んでいく。食物連鎖の基本だな﹂
﹁ショクモツレンサというのがよくわかりませんが、食べ物は少な
いでしょう。だけど、そこにも動物がいるのです。それは異形のモ
ノ達。つまり魔族!﹂
話し上手なサーデル。雰囲気を出すためか、聞いている者が考え
る時間を与えるためか、そこで一端話を休ませた。
それが命取り。
﹁進化をどこかで間違えたようだな。あるいは、造山運動の副産物
として、高山平野の至る所に火山性放射能物質が散らばっていたと
か?﹂
﹁へー、メコ助、おまえ物知りだなー﹂
﹁モコ助な﹂
モコ助が余計な解説を入れなければ、サーデルの話は、もっと面
白い話に仕上がったはずだ。
﹁こほん!﹂ 66
咳払いを一つするサーデル。調子が悪いようだ。
﹁確かに、魔族の数は少なかった。何年かに一度、山裾で人が襲わ
れる程度。襲われることによって魔族の存在を知る程度でした。私
が生まれる少し前までは﹂
また、言葉を切った。なんとか主導権を握ろうと、持てるテクニ
ック全てをつぎ込むサーデルである。
プレリュード
﹁この世の終わりの前奏曲でしょうか? 二十年の長きにわたり、
ゴンドワナの気温が上がり続けたのです。日照り続きの各王国は衰
退の一途。互いに争う力すらありません。法王の話によると、太陽
が⋮⋮神の戦車が悪魔と戦い始めたとのことです﹂
芝居気たっぷりに両腕をあげ、神に祈る仕草をとるサーデル。
なるほど! と、ミカボシが手をポンと打った。
﹁あれだ! 地球温暖化か? 炭酸ガス排出量だろ? 鉄器を大量
生産しようとして炭でも焼きすぎたんだろ? 俺の経験から言うと、
森林伐採は今すぐやめた方がいい﹂
﹁おいおいミカどん、この世界じゃいくら木を燃やしても微々たる
もんだ。G型恒星の極磁力が変なことになって異常活動期に入った
ってところじゃねえかな? フレアバーストの十や二十、起こって
んじゃないのかい?﹂
サーデルがどうがんばっても、神話の話から世知辛い現実の話に
引き戻すモコ助である。
なお、サーデルは炭酸ガスだの恒星だのといったボキャブラリな
ど持っていない。なんの事かさっぱりだから余計に話しにくい。
﹁こほん、こほん!﹂ 67
サーデルが二度ばかり咳をした。
﹁そして悪いことに、今より二年前、四人の魔王に統べられた魔族
の大群が山を下りてきたのです。どこにあのような大群が潜んでい
たのか? おそらく、神の隙に乗じて魔族が活発に行動し始めたの
だしょう﹂
﹁へーそうなの?﹂
素直にサーデルの説を聞き入れるミカボシ。満足そうなサーデル。
﹁いや違うな﹂
﹁あれ?﹂
サーデルの話を一刀両断に切り捨てるモコ助。
﹁この星の平均気温が上がったんだ。今まで温暖だった地域は熱帯
に。寒冷だった地域は温暖な地域へと変わった。レビウスの王冠の
中は、生物が生活しやすい環境に変わったんだろう。食糧事情が大
幅に改善されたんだろうな。王冠の中で生物の頂点に立つ魔族は、
爆発的に数を増やしたんだ。生物学の基礎だな﹂
しれっと話をするモコ助であるが、モコ助自体、経立という科学
で解明できない妖怪であることをあらためて明記しておきたい。
﹁じゃなんで山から下りてきた?﹂
なんか悔しいのだろう。ミカボシがモコ助に食ってかかる。
﹁中は食べ物でいっぱいになったんだろ? わざわざ山を下りる必
要がない。おかしいじゃねぇか!﹂
﹁ミカどんにしちゃ、いいとこに目をつける。ここから先はオイラ
の推測なんだが⋮⋮増えた食料を元に、魔族が増えすぎたんだ。増
えすぎて、相対的に食料が足りなくなった。そして、少なくなった
食料の奪い合いが始まったに違いねえ。仲間内で争う。それを良し
68
としない魔王が外の世界に目をつけた。掃いて捨てるほど増えた魔
族だ。殺されても余りある。血の気も多い。兵隊として使わずにお
く道理がない。そんなところだろうさ!﹂
モコ助の長台詞が終わった。
﹁ミカどん言うな! ⋮⋮もういい加減訂正疲れた﹂
﹁さ、さすが勇者殿。まさに慧眼。魔族侵攻の理由がわかりました
!﹂
頭に肘を置かれているサーデル王子。モコ助を恭しく両手で引っ
ぺがし、丁寧に床へとおろした。
そして、改めて跪く。フェリスもそれに習っている。
﹁ふっふっふっ! 本当の知恵とは溜めるものではない。使うもの
さ。どうだいミカどん、おめぇも理解できたかい?﹂
態度がでかいモコ助。目をクリクリさせて男前の表情を作る。
﹁よくわからんが、増えすぎた荒っぽい野郎どもの血の気が多すぎ
たんで、ガス抜きと新しいショバ調達をかねてカチこんできた、っ
て話だろ?﹂
﹁さすがミカどん、こういう話は鋭いな。魔族をヤクザに置き換え
れば一般人でもよくわかる。あれだな、知恵を使う才能は、学習じ
ゃなくて趣味の領域だな﹂
ウンウンと腕を組んで首肯するモコ助とミカボシである。
﹁で?﹂
ミカボシがサーデルへ話を促した。
﹁えーと⋮⋮どこまで話しましたっけ?﹂
﹁話の腰を折ってすまねえな、兄さん。魔族がレビウスの王冠を越
えて人間界へ侵攻したってトコまでだ﹂
69
もはや主導権は完全に犬が握っていた。
﹁えーと、そんなこんなで、魔王四天王の一人リップスの前に、ラ
ベルダー王国の軍隊が敗北しました。他の王国は敗走を重ねていま
すが、まだがんばっています﹂
さんざんに腰を折られたせいで、サーデルの話術が小学生レベル
に落ちた。
﹁するてぇとなにかい? 滅んだのはラベルダー王国だけなのかい
?﹂
モコ助が合いの手を入れる。
﹁敵は魔王の巨大な力で束ねられた軍団です﹂
そこは無視するサーデル王子。
﹁逆にそこが魔王軍の弱点。魔王さえいなければ、頭の悪い魔族は
烏合の衆。だから僕たち平原の王国は、多くの犠牲を払いながら四
人の魔王に狙いをつけ、頭をつぶす作戦を実行しています。勇者召
還もその一環だと思います。だから僕らは悪くない﹂
こんな低レベルの話術の持ち主であったか、サーデル王子。
﹁よくわかった。最初からそれを言え﹂
ミカボシにはちょうどよかったらしい。
﹁とするとだな⋮⋮﹂
モコ助が考え込だ。
﹁メコ助よ﹂
﹁モコ助な﹂
﹁オレが殺った魔王二人な。拙かったんじゃねぇか?﹂
﹁時々鋭いのな、ミカどん。オイラもそのことに行き当たっていた
70
んだ﹂
ウーンと唸り、組んだ腕を台にして顎に手をやるミカボシ。珍し
く眉間に皺を寄せ、なにやら考え込んでいる。
﹁どういう事なのですか?﹂
いやな雰囲気を感じたのだろう。サーデルがミカボシに詰め寄っ
た。詰め寄ったと言っても間合いは遠い。すぐ逃げられる間合いだ。
﹁ちょっとオレの口からは言いにくいな。こういうデリケートな事
はメコ助の口から聞くといい﹂
﹁モコ助な。兄さん方、まだそれは言えないね。オイラ達の推測に
根拠も証拠もない。この世界の人類の命運を左右するかもしれない
内容かもしれない。ましてやオイラは勇者。発言力はかなり大きい
はずだ。軽々しく言うわけにはいかねえ。証拠をもっと集めなきゃ
な﹂
モコ助の弁に落胆の色を隠せないサーデル王子。
﹁教えてほしい﹂
今まで黙っていたフェリスが、ここで口を利いた。
﹁証拠を集めなければと聞こえましたが⋮⋮誰が集めるのですか?﹂
はてなマークを頭に浮かべるサーデル。
ミカボシの顔を見上げるモコ助。ニヤリと笑ってモコ助の顔を見
下ろすミカボシ。 ﹁そこの女!﹂
サーデルを顎で指すミカボシ。
﹁さっき、何の為に生きているのか、って問うていたな? そんな
の決まってんじゃねぇか! うまいモンを食って美味い酒飲んで、
71
気持ちよく眠って楽な生活をするタメだろうが! じゃ、どうすり
ゃ楽できるのか? お前はその手段を見失ってるだけなんだよ!﹂
何をいきなり言い出すのか?
表情を変えることのないフェリスの頬に朱が指したように見えた
のは目の錯覚か?
﹁その手段を探しになら行ってもいいぜ! 魔王をとっ捕まえて聞
きたい事があるんだけど、そのついででいいんならな。ケラケラケ
ラ!﹂
意地悪そうに笑うミカボシ。
﹁じゃぁ⋮⋮﹂
フェリスの目に光が宿る。
﹁勇者殿⋮⋮のお友達の方!﹂
サーデルも﹁それ﹂を察した。
﹁オレ様の名はアマツミカボシ。そしてこの口の減らないのは淡路
犬のメコ助。オレ達は友達どころか、仲間でも何でもねぇ﹂
﹁愛玩犬トイプードルのモコ助な。このモミの木みたいなのはミカ
どんだ。勇者をやるのも何かの縁。ちなみにオイラは、ミカどんの
外付け理性発生装置。よろしくな﹂
ミカボシ、モコ助。紆余曲折を経て、異世界の冒険が決まろうと
していた。
もちろん、あらかたの予想通り、前途は多難だ。
﹁改めまして、僕の名はサーデル。サーデル・クライン・ラベルダ
ー。ラベルダー王国の王子だ。よろしくミカどん!﹂
﹁ミカどん言うな!﹂
72
﹁わたしの名はフェリス。フェリス・メルク・フェーベ。メルク家
の当主にしてラベルダー王国鉄蹄騎士団副団長。よろしくミカどん﹂
﹁だーかーらー、ミカどん言うな!﹂
一人ブンブンと腕を振るミカボシ。
魔王二人を倒したが、戦いは今始まったばかりなのであるのであ
る!
︱︱天津甕星、それは星の神様︱︱。
︱︱天香香背男、それは少なくとも、人が見上げる存在︱︱。
古来、日本で星にまつわる神話があっただろうか?
残念ながら、古事記には無い。
﹁織り姫、彦星の七夕伝承があるじゃないか!﹂
あるにはあるが、そのお話は、陸から伝わった話。日本神話に﹁
天女﹂はでてこない。天の世界は高天原のみ。
﹁では、かぐや姫は? 月に帰るという異星人伝説ではないか?﹂
残念ながら竹取物語は、神話の時代よりずっと後期の平安時代に
書かれ⋮⋮日本人初の異世界物である。
ちなみに時代設定は壬申の乱・672年頃︱︱登場人物からの推
定︱︱。舞台設定は讃岐村っぽい。
73
実のところ、﹁かぐや姫﹂の名は、古事記に載っているのです。
垂仁天皇の項に﹁迦具夜比売命﹂という名が見られます。古事記
が正しいのなら、後に帝の妃になるお姫様です。
かぐや姫は実在の人物がモデルで、神話の姫様ではないのです。
古代の人は夜空を見上げなかったのでしょうか?
﹁キトラ古墳の天井に星座が描かれているじゃないか!﹂
残念ながら、描かれた星座を観測できる緯度経度が、日本国内じ
ゃないのです。あれは高句麗あたりで観測された星図の写しである
ことは、有名な話。
星と言えば歴。ということで歴に目を落としてみましょう。
日本は陰陽道の発達もあって、明治に入っても改良型太陰暦を採
用していました。
さすがに明治6年・1873年に、日本もグレゴリオ暦を正式採
用する事となりました。
日本がグレゴリオ暦を正採用してから、140年経ったといった
ところでしょうか。
一方、どこまでも輝く空にお前だけの星座を目指した、ヨーロッ
パの事情はどうでしょう?
ローマ法王の名の下にグレゴリオ暦が採用されたのは1582年。
苺パンツで信長討ち死に。戦国ゲーム有数の有名イベント。本能寺
の変があった年。
430年経過ってところでしょうか。
ハッハッハッ⋮⋮。
なんですかこの差は?
日本人の、見事なまでの夜空への無関心ぶり!
74
鎖国した江戸幕府が、意図的に歴より遠ざけたとしか思えない。
むしろ、なんでその時期に鎖国なんかしたのか? 星の運行を元
にした歴と縁がないとしかいいようがない。
星の歴を採用してから、日本の混乱が始まった⋮⋮これは言い過
ぎ。
なぜ、古代日本人は星を見つめなかったのでしょう?
農耕民族に星座は必要なかったのでしょうか?
みかぼし
古代日本に海洋術や航海を生業とする人々はいなかったのでしょ
うか?
みかづき
三日月と甕星、おたがい天体に﹁みか﹂が付いているのはなぜで
しょう?
漢字の無かった遠い昔、ミカヅキとミカボシの関係は⋮⋮。
75
5.ひどい謁見︵前書き︶
我を崇めるな! だけど敬え!
前回までの3つの出来事!
1つッ! 吸血鬼とタッグを組んだ天津神組に大怪我をさせられた
天津甕星!
2つッ! 異世界より強制召還が! だが、変わり身の術により、
犬のモコ助が勇者召還!
3つッ! 召還されて5分と経たず、魔王二人をリンチ⋮⋮もとい、
撃破!
異世界召還編、ダラダラと続くっ! 76
5.ひどい謁見
これだけ騒ぎを起こし、騒音を立てたのにも係わらず、誰もこの
部屋に入ってこなかった。
部屋の外に出てみればそれも解決、納得。
部屋の番をしていたのは、年端もいかぬ子供。そんな子供が鎧を
着て立哨している。むしろ、鎧に着られている感が激しい。
そんなのが二人、泣きそうな顔をしていた。震えながら立ってい
た。
中で、もの凄い音と怒号が飛び交っていたのだ。建物が揺れたの
も一度や二度ではない。
﹁戦時特例として、騎士見習いまで駆り出す始末。騎士見習い補佐
心得にまで達しない年齢の者まで駆り出さねば、軍としての体を成
さぬ故。まことに見苦しいところをお見せして申し訳ありませぬ!﹂
サーデル王子が詫びる。犬のモコ助に。
﹁いや、別に。関係ねえっつーか、家庭の台所事情は不干渉なのが
オイラのポリシーでね﹂
騎士達の鎧といっても鎖帷子。剣を佩いているが、持て余してい
るタイプ。
﹁ボクの命令なんですよ。中から開くまで入室を禁ずる。入室を求
める者がいたら、これを全力で阻止せよ。とね﹂
そしてサーデルは、少年騎士見習い補佐心得に二言三言、命令を
発した。たちまちの内、走り去る少年。
77
﹁ではこれより、この国の王に謁見して頂きます﹂
案内の為、これから進む通路を指し示すサーデル王子である。
﹁また王が出たよメコ助﹂
﹁モコ助な。王国なんだから王様が出てきても、おかしくはないぜ
ミカどん﹂
﹁⋮⋮まあいい﹂
ミカボシとモコ助が異世界より召喚された部屋は、石造りの塔の
中だった。
最上階だったらしく、階段は下方向のみ。螺旋を描きながら降り
ていく。
﹁石の文明だな。木の文明国から来た者としては、どうも落ちつか
ねぇ﹂
ミカボシは、所々で石の壁を叩いている。造りを確かめているよ
うだ。
石が組まれた壁は、カミソリの刃一枚挟む隙間もなく⋮⋮とは言
い切れない。そこかしこに一枚くらいなら挟める隙間がある。かと
いって、乱雑な造りではない。
階上であれだけ暴れたのに、階下にヒビの一つ、ズレの一つもな
い。
この世界の人類は、そこそこ洗練された技術と完璧に近い建築術
を持っているのであろう。
﹁中世前期ってトコロだな。まだまだ改良の余地がある﹂
偉そうに意見を述べるモコ助。小さい体躯ゆえ、急な階段を下り
にくい。その愚痴が出たようだ。
﹁特に小動物に優しくない﹂
それを聞いたのか、フェリスがモコ助を抱き上げた。
﹁おいおい、オイラは嬢ちゃんに操を立てていてだな、鎧越しに抱
78
かれても堅いだけで⋮⋮ま、いいか﹂
謁見の場は、公的空間ではなかった。
石造りの城。その客間。大勢の人間が一度に食事をとれる場所。
ラベルダー国王との対談は、客との会席の場であった。
縦長のテーブルに純白のクロス。豪奢な椅子が並んでいる。
背景は暖炉を組み込んだ石の壁。なにやら教義的な巨大タペスト
リーが飾られた、映画でよく見る城の一室。
それはバスケットボールほどの大きさ。透明度の悪い水槽に、小
魚が五匹ばかり泳いでいる。
そんな金魚鉢を脇に据えた国王が、長方形の短い方の一片、つま
り上座に座っている。
国王は、険しい皺を刻み込んだ風体。見かけ、五十代半ば。
頭髪はほぼ白色。頭頂部が禿げているので、ロン毛の河童状態。
長い顎髭にも白髪の割合が多い。真の年齢は四十一の厄年なのだが、
そんな風貌が国王を老けて見させている。
よほど苦労しているのだろう。
王の斜め前、一番近い席にモコ助、次いでミカボシが並んで座っ
ていた。
向かいの席にはサーデル王子が、すました顔で座っている。王の
皺の何割かはこいつが原因かもしれない。そして王子の後ろに付き
従うはフェリス。
みんなの目の前のテーブルに置かれているのは、大ぶりの銅製カ
ップ。中は空。
79
﹁遠路はるばる、よくぞ参った、勇者殿よ! 予がラベルダー王国
国王である。まずは酒でも飲んでくつろがれよ﹂
テンプレ的な歓迎の会話内容であるが、妙な空気が漂っている。
まず、国王に真摯さが感じられない。
見た目、やる気がない。怪我をしているとはいえ、椅子の肘掛け
への寄りかかり方がだらしない。いかにも早く終われ、とばかりに
めんどくさそう。
第一、公的な謁見場所じゃない。
第二に、自分の名を名乗らない。
おまけとして第三に、テーブルの周囲を固める騎士団が重装備。
先ほどの子供じゃない。戦争を生き残った数少ない強者。みんな尋
常でない殺気を放っている。百戦錬磨のいい顔つき。
そしてなにより一番異常なのは、ミカボシが堅苦しい場に列席し
ていること。
このミカボシ、まつろわぬ神として有名。﹁まつろわぬ﹂とは、
主に従わぬ・主を持たぬ、という意味。
国王の頭を踏みつけるならまだしも、国王に頭を下げるべき場に
列席するのがそもそも異様。
﹁なに考えてるんだいミカどん? オイラの晴れ舞台で暴れる腹づ
もりなら、容赦しないぜ﹂
クリクリとした危ない目つきでミカボシを睨みあげるモコ助。
﹁そのつもりはない。オレ様はこう見えてグルメだ。この世界の食
い物や酒に興味があるだけだ。頭を下げる点については、悪く思わ
ないで⋮⋮もとい、心配しないでくれ﹂
ニヤニヤと笑うミカボシ。モコ助の下位置に座らされたというの
80
に、やたら機嫌が良い。
部屋の隅に、巨大な酒樽が置かれているためかもしれない。
﹁魔王二人を一度に屠った勇者殿と乾杯がしたい。そうそう王子よ、
この国での乾杯のしきたりをお二方に教えてやるのじゃ﹂
国王は控えている二人の給仕に、指でぞんざいな合図をしながら、
サーデル王子に乾杯の説明を促した。
﹁はい父上﹂
立ち上がるサーデル。
﹁ひとたび乾杯と発した後は、必ず己が杯を空けねばなりません﹂
ニコニコ顔のサーデル。この国の良い意味での乱暴さを説明した。
王子が説明している間に、カップへと酒が注がれる。
モコ助のカップになみなみと。赤く透明な酒。どう見てもワイン
そのものである。
次いでミカボシのカップに。
こちらサイドはそれで終わり。
別の給仕が王のカップに注いでいる。次いでサーデル王子のカッ
プ。
非常に手際がよい。良すぎるくらいによい。
国王がカップを手に取った。習ってカップを手にする王子とミカ
ボシ。モコ助は前足をテーブルにかけて準備終了。
﹁では乾杯!﹂
﹁︱︱の前に、国王陛下﹂
カップを持ったミカボシが立ち上がった。そして、無造作に王へ
と歩き出す。
81
身を固くし、金魚鉢に手をかける国王。
身構える騎士連中だが、ミカボシが丸腰なので手を剣の柄にかけ
るだけ。武器を持たぬ相手に抜刀するまで落魄れてはいない。
﹁王よ、友情の印にカップを交換しないか? いや、毒が入ってい
るとは思ってないぜ﹂
毒という言葉に、口を付けかけていたモコ助が動きを止めた。
﹁やっぱ交換はいいや﹂
途中の道程を空間的に端折って、王の隣に立つミカボシ。マイナ
ス一秒の歩行術。
手にしたカップの中身を数滴、金魚鉢に垂らした。
とたん、激しく泳ぎだす小魚。五匹とも同時に動きを止める。
そして小魚は、黒く変色した腹を上にしてゆっくりと浮かび上が
ってきた。
﹁え? 毒入りワイン?﹂
サーデル王子、手にしたカップをあわててテーブルへ戻す。
﹁いや、これは⋮⋮﹂
時間を稼ぎつつ、目で騎士団に合図する王。
﹁慌てるんじゃねぇ!﹂
ミカボシが声を荒げる。瞳の表面を金色の影がたゆたった。
神性の金である。ミカボシが放つプレッシャーに、騎士団は王を
捨て、壁際まで退いた。
サーデルとフェリスはミカボシのプレッシャーを一度経験してい
る。そのためか、かろうじてその場を動かないですんだ。
ミカボシに一番近い国王陛下に至っては、金魚のように口をパク
パクさせるだけだ。息ができないのだろう。
82
﹁まあ落ち着けミカどん。国王の旦那、ゆっくり息を吸おうな﹂
モコ助がテーブルに上がり込む。
﹁国王の旦那、犠牲を払ってまでして、せっかく呼び出した勇者オ
イラとノッポの従者を亡き者にしようとした理由を簡潔に述べてく
れないかな?﹂
犬のモコ助がその場を回しだした。 ﹁わ、わかった⋮⋮何もかも⋮⋮話す﹂
ミカボシが神性をゆるめたので、どうにか口をきけるようになっ
た模様。だが国王の肺は酸素を求めて激しく活動中。発音に回す余
裕がないらしい。
﹁その気になりゃオレは、この場にいる全員を一瞬でミンチにでき
る。てめぇらをほったらかしにして城を抜け出すこともできる。つ
まり自由な存在だ。それを踏まえて話しろ﹂
ミカボシが凄む。
﹁予の名はベルド・アルクライン・ラベルダー。そして、息子はサ
ーデルただ一人⋮⋮﹂
王の話が始まった。
勇者召還は、サーデル王子の勇み足であること。
それは、法王や魔術師長の強い後押しに流されたことで、サーデ
ル王子の罪は少ない事。
平原の王の一人として、勇者召還は政治的な意味合いで反対だっ
たこと。
それは、仮に魔族を平定できた後、魔王に匹敵する力を持つ勇者
83
の取り扱いが難しいこと。
また、戦力や影響力の視点から、ラベルダー王国の魔法使いツー
トップをつぶすわけにはいかなかったこと。
そして、なにより召還された勇者が、小犬だったこと。
多大な犠牲を払って、王国の魔術師が総力を挙げて、召還したの
が犬だったなど、恥ずかしくて表面化できない。
他国に対するラベルダー王国の品格が下がってしまい、戦後処理
で大きなハンデを持ってしまうこおとがあげられた。
﹁おや? 国王の旦那、オイラ思うに、﹃勇者はミカどん﹄と公表
すりゃ丸く収まるんじゃねえのかい? オイラその程度で文句つけ
るような、小さい犬じゃねえぜ﹂
小犬のモコ助が男前な台詞で締めた。
﹁勇者ミカボシか、悪くねぇ!﹂
﹁それがダメなのじゃ﹂
ミカボシ、モコ助がそろって国王を振り返る。
﹁そこなサーデルが、町中に﹃犬の勇者降臨﹄を喧伝しまくってし
まったのじゃ!﹂
ニコっと笑って後頭部を掻いているサーデル。
﹁さすが一国の王子。粗忽さにさえ気品があふれている。愛玩用で
愛らしくて行儀がよくて躾の行き届いた可愛い小犬だったのが、毒
殺未遂事件最大の理由か⋮⋮ミカどん、てめぇにも責任の一端はあ
るよな? どうオトシマエつける?﹂
﹁そうだな? 毒殺の事実をどう隠蔽するね?﹂
国王の頭頂部をペチペチと、手ではたいているミカボシ。
84
﹁みみみ、ミカボシ殿、どうか父上の命ばかりは! 代わりにこの
僕の命⋮⋮は嫌です。差し上げられません。でも父の命ばかりは!﹂
尻すぼみ状態のサーデル王子。フェリスの陰に隠れながらの命乞
い故、説得力と迫力が乏しいことこの上ない。
﹁おもしろいガキだな﹂
ミカボシは、サーデルの方を見もせず、手にしたカップを目線に
まで持ち上げる。
そして再び瞳にたゆたう金の神性。
今度は外に向けられたものではない。
﹁乾杯﹂
ミカボシは手にした毒入りカップを口にした。
そのまま一気に飲み干す。
飲み干してしまえば、毒入りであろうが無かろうが関係なくなる。
これで国王の顔は立った。大きな借り一つである。
﹁ふー。雑味が多い酒だが、まだいける方だ﹂
毒入りの酒を飲み干した。一同唖然としてミカボシを見つめてい
る。モコ助以外は。
﹁オレ様に毒はきかねぇ﹂
ペロリと舌で唇をなめる。そしてその唇が言葉を紡いだ。
﹁さて、この国の法律では、ひとたび乾杯と発したら、酒は飲み干
さなきゃならねぇ。でないと死刑だそうだ﹂
ミカボシの背丈ほどある酒樽をちらりと見た。そして心底嬉しそ
うに口角をつり上げる。
﹁じゃ、飲み会を始めさせてもらおうか。︱︱逃げるなよ!﹂
85
これが後年、ラベルダー地方に伝わる、あまたの英雄をツブした
酒盛り伝説である。
86
6.追い払われる旅立ち
ラベルダー城下町は、埃っぽい町だった。
城から放射線状に伸びる町割り。
現代人の目から見ても整った作りをした町。石造りのきれいな町
並み。
ただ、圧倒的に緑が少ない。加えて、道路が土剥き出しなので、
埃っぽかった。
魔族侵攻による荒廃感も相まって、石造りの西部劇を彷彿させる
町の印象である。
そんな町並みが、太陽の光にテカっている。
﹁この飯屋にしよう﹂
次の日。朝ご飯には遅すぎ、昼ご飯には早すぎる午前のとある時
間帯。
城下町のメインストリートに面した、とある店の前である。
相変わらず変な柄のTシャツに、七分スパッツを履いた姿のミカ
ボシ。モコ助がその足下でチョコマカと歩を進めている。
﹁ちーす﹂
勢いよく扉を開けて中に入るミカボシとモコ助である。
店内は三分の入り、といったところ。
客の視線が全部ミカボシに集まった。その視線は、次にモコ助へ
と移る。
ミカボシは、案内も待たず、中程のテーブル席へ乱暴に腰掛けた。
隣の席でオーダーをとっていた女性に声をかける。
87
﹁おばちゃん、ラーメン定食一つと肉の余り物一皿ね﹂
小太りの中年女性が、迷惑顔でミカボシの前に立った。
﹁あいにく、それは置いてないんですけどね﹂
﹁じゃ、シメ鯖定食とミルクでいいや﹂
﹁すみませんね、それもやってなくて﹂
渋い顔のおばちゃん。店の客連中も渋い顔で、ミカボシとモコ助
を見ている。客はアルコールが入っているのがほとんど。血の巡り
と血気が良さそうだ。
﹁じゃ、シェフのお薦めメニューでいいや﹂
﹁あいにく切らしてまして﹂
小首をかしげるミカボシ。
﹁しかたねぇな。﹃か、金なら持ってる!﹄これでどうだ? この
呪文最強!﹂
﹁すんませんね、お金の問題じゃなくて、あんたらに出す食い物は
ないってことなんだよ﹂
ミカボシは首を回して、ぐるりと店内を見渡す。
客達は、ミカボシ達を睨みつけていた。厨房の入り口には、男衆
が手に手に包丁や堅そうな鍋を持って殺気を放っていた。
﹁間違えた﹃金なら持ってる﹄じゃなくて、﹃金ならある﹄だった
っけ?﹂
﹁いや、そーゆー問題じゃねえみてえだ﹂
黙っていればいいものの、つい突っ込んでしまったモコ助である。
﹁犬が喋った!﹂﹁あれが間違って召還された勇者?﹂﹁やっぱり
あれが勇者!﹂
これ見よがしのヒソヒソ声が聞こえてくる。
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﹁ちょっとあんた! お城へひとっ走りしておいで! 騎士様をお
呼びしな! こいつらつまみ出してやる!﹂
鼻息荒いおばちゃんである。客の一人が走り出ていった。
﹁もうすぐ騎士様がやってくるよ! どうするね、あんたら?﹂
腕を腰に当てて立つおばちゃん、仁王様の様。
﹁オレは昨夜の酒が祟って来ないと思うな。どこの国のどんな時代
でも、公務員に自覚はない。深刻な問題だ。あれか? 二日酔いか
?﹂
﹁二日酔いというより、急性アルコール中毒といった方が適切だ。
⋮⋮おいミカどん、ただでさえ崩壊しているこの国の戦力にとどめ
を刺してどうする気なんだい?﹂
﹁なあ、あんた!﹂
相変わらず渋い顔のおばちゃんが、怒気をはらんだ声をだす。
﹁あんたらのせいで騎士団長のハクス様が殺されたんだろ? あん
たら何も思わないのかい? あんたらが隅で震えてる間、ハクス団
長は魔王二人を相手に立派に戦ったっていうよ。恥ずかしいと思っ
たら、とっとと出て行きな!﹂
﹁へー。そうなの?﹂
顔を見合わすミカボシとモコ助。
二人とも並の神経を持っていない。別段気にしている様子をうか
がわせないでいる。
﹁オイラ思うに、メディアの非独立性がこの結果を招いたんじゃな
いかなと。いや、メディアの未発達が、そもそもの原因だな﹂
﹁また犬が喋った!﹂
店に広がるどよどよ感。それを完全無視するモコ助。
﹁どうするよ、ミカどん? エサにありつけそうにないぜ﹂
89
﹁是非もない。⋮⋮んーとね﹂
耳の棒ピアスをさわりながら、ちょっとだけ考え込むミカボシ。
そしてすぐさま邪悪な笑みを浮かべる。
﹁その通りだ。ばれちゃ仕方ねぇ! 逃げるぞメコ助﹂
﹁モコ助な﹂
言うなり、モコ助を小脇に抱えて店を飛び出すミカボシ。ダッシ
ュで店を後に走り去る。
どえらいスピード。あと少し走れば外との区分け地点、外門であ
る。
ミカボシはモコ助を小脇に抱えたまま、ゆっくりとした歩き方に
変更した。
﹁ミカどん、このままでいいのかいい? 城から偽情報が出ている。
このままじゃ誤解されたままだぜ。天の悪星ともあろうミカボシ様
が、このまま逃げ出すのかい?﹂
﹁オレは、⋮⋮人類が何を言おうが何を成そうが、そんなのに興味
は持ったことがねぇし、これからも持つつもりはねぇ。オレは食い
たいときに食って飲みたいときに飲む。寝たいときに寝る。だって
邪魔が入った試しがねぇもん﹂
確かにそうだ。人類最強の戦士であろうと大怪獣であろうと、ミ
カボシは腕っ節で排除できるし、事実そうしてきた。
﹁なるほど。よく考えりゃその通りだ。朝っぱらか飲んだくれてい
るしか能のねえ国民なんざ千人単位でかかってきても、オイラ屁で
もねえしな﹂
﹁おや? オレ様は一万人でも平気だが?﹂
﹁たとえ話だ。オイラは百万人でも可﹂
﹁よく考えれば、140万人でも余裕だったな﹂
90
﹁まあまあ、お二人とも、ここは仲良く、仲良くね!﹂
言い争いに発展しつつある二人の会話に割って入ったのは、サー
デル王子であった。
珍しく、デフォルトの付属品と思われたフェリスはここにいない。
皮の服に鉄片を縫いつけた簡素な鎧。使い勝手が良さそうな剣を
腰の後ろにぶら下げ、地味な色のマントで隠している。足のこしら
えが、やけに念入りだ。
﹁サーデル、おまえ酒強いのな﹂
人に、というか、人類に感心することが少ないミカボシであるが、
昨夜の今朝でケロリとしているサーデルには感嘆の念を抱いたよう
だ。
﹁僕、飲んでいるように見えました? だったら嬉しいですね。ミ
カどんの目を盗んだって事ですから。実は飲んでません﹂
﹁ミカどん言うな! てかこのフレーズ、いい加減疲れた﹂
﹁遊ぶ事だったら任せてください。酒に潰されるようじゃ立派な遊
び人にはなれませんよ﹂
﹁兄さん兄さん、あんたもう少し自分が正当王位継承者だって認識
を強く持とうな﹂
ゆっくり歩いているので、外壁まではまだ遠い。
中心部から外れているせいか、このあたりは粗末な作りの家が多
い。
加えて、いくつかの家は破壊されていた。
﹁で、サーデル、おまえ何しに来た?﹂
ミカボシが、上の方からサーデルの頭頂部をのぞき込む。
﹁ハッハッハッ! 何しにって言われましても、答えに窮しますね。
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ちなみに勇者殿とミカどんはどこへ行こうとされているのですか?
このままですと城下の町を出てしまいますよ﹂
﹁オイラ達はこのままラベルダーからおさらばしようって寸法よ。
兄さん、世話になったな﹂
荒廃著しい一角を歩いていく三人。空は底抜けに青い。昼前だと
いうのに、暑いこと著しい。昼過ぎの気温はいかほどまでなるのだ
ろう。
﹁水袋持ってますか? 外を旅するには水が必要ですよ。あと食べ
物やお金、毛布や地図もね﹂
サーデルが指をさす。
日の光をピカピカに磨き上げられた鎧が反射して眩しい。
荷物を背負わせた馬の口をとっているフェリスが、三人を待って
いた。
ため息をついて、よそ見をするミカボシ。
﹁おお、フェリスの姐さん!﹂
尻尾を振って走っていくモコ助。
﹁サーデルよ、王子様よ、オレらは爪弾き者なんだよ。犯罪者扱い
されてんだよ。手を貸したら、⋮⋮あれだ、そう、経歴に傷が付か
ないか? ほら、王位継承権巡って醜い争いがあるんだろ?﹂
珍しく人の身上を心配するミカボシである。
﹁ハッハッハッ、お構いなく!﹂
照れ隠しで笑うサーデル。笑顔が嫌みに見えるほど爽やかだ。
﹁店での一件は拝見させていただきましたよ。汚名を削ごうと声を
掛けかけたんですが、なにやらお考えがありそうに見えましたので
92
黙ってました﹂
話題を変えるサーデル。フェリスに手を挙げ、軽い挨拶をした。
﹁黙って見ていて正解だったな。あそこでなんか言ってたらぶち殺
してたかもしれねぇぜ。⋮⋮あれだ、オレは汚名だとか濡れ衣だと
か誤解だとかが大好きでね。邪魔すんなよ﹂
フェリスに抱かれているモコ助、サーデル王子、ミカボシの四人
が顔を合わせる。
ミカボシが口の端を歪め、邪悪な笑みを浮かべた。
﹁人に石持て追い出される。おあつらえ向きにここは廃墟。⋮⋮昨
日、オレがヒトアイを殴った場所だ。雨でも降りゃー最高なんだが、
そこまで求めては罰が当たる。⋮⋮オレ、かっこいい? かっこい
い?﹂
ミカボシ、悪人っぽく高笑いをしようと息を吸い込んだそのとき
︱︱。
﹁勇者のおねえちゃん!﹂
子供の声がした。
年端もいかない女の子が崩れた壁から顔を出している。
顔に泥が付いている。継ぎ接ぎだらけの服は、汚れていて元々の
色がわからない。裸足だった。
高笑いを中断したミカボシは、自分のことか? と自分で指をさ
している。
﹁おねえちゃんでしょ? 魔王をやっつけたの? あたし見てたの。
ここで、魔王を殴ってるところ。あれ、魔王でしょ?﹂
女の子は、壁から出てきた。そしてミカボシのすぐ側まで走って
きた。
93
ミカボシを見上げる女の子。見下ろすミカボシ。
女の子は、おっかなびっくりミカボシの手を自分の手でつかんだ。
﹁すごく強いね。ね、魔王退治の旅に行くんでしょ? がんばって
ね! かならずやっつけてね!﹂
にこっと笑った女の子。無邪気な笑顔が寂しい。
母親らしき女性が、女の子を呼んでいる。
ミカボシの手を離し、廃墟へ走っていく女の子。一度だけ振り向
いて、手を振って、
走っていった。
その間、無言のままのミカボシ。
ボケッとした顔で突っ立ったまま。
﹁えーと、ミカボシさん? どうしました?﹂
心配になったサーデルが声をかけた。
﹁フッ! 慣れないこと、つまり感謝な。それされたんで、どう対
処して良いかわからなくなってるだけだ。おいミカどん!﹂
フェリスの胸から飛び降りるモコ助。三歩歩いて、お座りの姿勢
をとる。
﹁ミカどんよ、幼気な子供の前でバイオレンスはどうかな? 情操
教育悪いぜ﹂
﹁ミカどん言うな。オレはスパルタ教育信奉者なんだよ!﹂
ブンブカ腕を振り回すミカボシ。顔が赤い。
﹁ほらな﹂
モコ助、サーデルに向かって器用に肩をすぼませた。
﹁ところでよ﹂
94
モコ助はフェリスが連れている馬を見上げた。
﹁その荷物はなんだい? それと兄さん方、足のこしらえがやけに
念入りだな。まるで長旅に出るようだ﹂
﹁ハッハッハッ! 勇者モコ助殿、我ら二人お供つかまつる。いろ
いろあって城にいる場所が無くなったからではありまんよ! 僕ら、
責任感と自主性で動いているんですからね!﹂
モコ助、黙ってミカボシを見上げる。
﹁勇者モコ助。プフッ!﹂
それには小馬鹿にした笑いで答えるミカボシ。歩みを止めること
なく進んでいく。
サーデル王子は、モコ助をにこにこ顔で見つめていた。
﹁ケッ! 全員戦士ってどんなパーティだよ。筋肉冒険隊かい? 盾には困りそうも⋮⋮おや?﹂
チョコチョコと歩くモコ助、城門の手前すぐに、こちらを見てい
る人がいた。
くすんだ白のフード付きローブを頭からすっぽりかぶっている。
背は高い方ではない。むしろ低い方。荷物を背負っている。旅装束
だ。
その人物が、筋肉冒険隊ご一行様を目で確認すると、こちらへ滑
るように走り出した。足が速い。
何者かと皆が構える前に、フードを跳ね上げる。こぼれる金髪は
くすんでいて、赤毛に近い。
下から現れたのは、なんとも可愛い女の子。
見ている間に一行の前までやってきた。
そして、モコ助の前で片膝を付く。
95
﹁リーン﹂
たぶん名前なのだろう。ずいぶんと可愛い声だ。で、それっきり
黙り込む。
自己紹介はそれですんだとばかりに、モコ助の出方をうかがって
いる。
﹁おまえさん、確か、召還の部屋にいた神官⋮⋮の生き残りの娘?
女の子だったのかい?﹂
年の頃は十三・四。モコ助に負けず劣らずのクリクリ目。子供っ
ぽさが残りまくった丸いほっぺに笑窪が乗っかっている。
﹁こんなんで生き残れるとは思えねえ﹂
﹁見せる﹂
一言、そう言ったリーン。モゴモゴと呪文を唱えだした。
﹁やめときなリーン嬢ちゃん。オイラ達は攻撃を主体とした︱︱﹂
ボヒュルと空気を押しのける派手な効果音と共に、リーンが組ん
だ手の前から、子供の頭ほどの火の玉が飛び出した。
ポン。
レンガの固まりにぶつかった火の玉が八方に弾けて消えた。
着弾地点のレンガは、溶解して穴が開いていた。それ何て火力?
﹁ハハハッ! 驚かれましたかな?﹂
暴れそうになった馬の口をとり、静めているサーデルが笑った。
﹁神性魔法は四種五行の精霊の力を用いたもの。特にリーンは攻撃
魔法が得意です。代わりに治癒魔法はからっきしですが﹂
﹁別の意味でダメじゃん﹂
96
﹁ちなみに、黒いローブが目印の魔術師が使うのは、神の理を解釈
した魔法です。物と世界に直接働きかけるのが特徴で⋮⋮僕自身、
よくわかってないんですけどね。ハハハッ!﹂
爽やかに笑うサーデル。こいつも別の意味でダメである。
﹁リーンは神性魔法の奥義を究めるため、南方より留学に来た者﹂
サーデルがリーンの紹介を続ける。
﹁魔法先進国であるラベルダーに留学へ来たものの、魔王軍侵攻が
始まり、帰るに帰れなくなっていたのです。神官長並びに神殿機能
を喪失した今、彼女の居場所はラベルダーにありません﹂
﹁なかなかに辛い生き方だな﹂
モコ助が哀れみの目で、リーンを見上げた。
しゃがんで手を出すリーン。その小さい唇が動く。
﹁お手﹂
ひょいと前足を出すモコ助。条件反射である。
﹁いや、お手じゃなくて⋮⋮﹂
﹁可愛い﹂
話の途中でモコ助を抱き上げるリーン。
﹁ミカどん、どうするね? この魔法少女、どうにも自己中の匂い
がするぜ﹂
﹁いいんじゃねぇの? ホラよく見ろよメコ助﹂
﹁モコ助な。何がだい?﹂
ミカボシはモコ助の耳元で囁いた。
﹁一応、オレ女。騎士のフェリスも女。魔法少女も女。サーデルも、
女装がよく似合いそうな男の娘。どうでぇハーレム勇者の気分は?﹂
ずらりとメンバーを見渡すモコ助。
97
﹁サーデルの兄さん!﹂
﹁ハハハ! なんだい勇者殿?﹂
﹁頼りねえが兄さんが最期の綱だ。最期まで自分ってやつを持って
てくれるかい?﹂
﹁何を言ってるのかわからないが、僕に任せておいてくれたまえ!﹂
若干の不安を抱きながら、外門をくぐる勇者一行。こうしてラベ
ルダー王国首都を後にするのであった。
98
6.追い払われる旅立ち︵後書き︶
勇者降臨中編、終了です。
99
1.戦闘道中記
翌早朝。
勇者オイラ一行は、ラベルダー王国首都より南東方向にのびた街
道をのんびり歩いていた。
俗に言う﹁首飾りの街道﹂である。
なんでも数百年前に、レビウスの王冠の外縁地帯を統一した大帝
国の帝王が、各都市国家をリング状に繋ぐべく、道路を整備したと
いう。
人はもちろん、魔物すら住まぬ凍てつく大地、極地を首に見立て
た首飾りである。
ラベルダー王国は首飾りの最も左上。北西に位置する北の大国で
ある。
異常気象前は、雪に閉ざされる冬を持つものの、ゴンドワナ大陸
有数の小麦生産地であった。
ここ、ラベルダー王国を出発点として、べクスター公国、ムルテ
ィ伯国、イントルダー侯国と、反時計回りに旅をすれば、全ての王
国を効率よく回れることになる。
ラベルダーより北に国はない。そこは極地と呼ばれる地域。
よって、ラベルダー王国は﹁始まりの国﹂または﹁終わりの国﹂
と呼ばれている。
話戻って﹁首飾りの街道﹂である。
全ての道に石を敷き詰め、平らに慣らし、交通の安全と発達を計
ったという。
100
関税・通行税を廃したその先進性は、大いに経済を潤わせたとい
う。
しかし、大帝国崩壊後、街道は地域の有力者による整備に任され
っぱなしであり、国家的計画で整備がなされたことがない。
要は、あちらこちら、かなりの箇所において整備不良が見られる
ということ。
関税用関所も復活し、経済が滞るようになったという。
だが、今でもこの大陸の大動脈に変わりない。
それはそれとして⋮⋮、
当面の第一目標地域として、ミカボシがウッカリ殺してしまった
魔王四天王の一人にして二人目、ヒトアイが担当していたヴェクタ
ー公国へ向かおう、ということになった。南下の途中である。
﹁なかなか風情があって良い景色だな。オレ、こういうの落ち着く
わ。これってなんか言ったよな、メコ助?﹂
猫ジャラシによく似た穂付きの草を振り回しながら、ご機嫌に歩
いているミカボシである。
﹁モコ助な。原風景ってやつだ。ミカどんが一番輝いていた時代⋮
⋮そう、縄文時代の風景だ。しかし、魔族がブイブイ言わせている
ってのが一概に信じにくい風景だな、こりゃ﹂
モコ助は、馬の背に行儀良く収まっていた。
基本的に王冠外郭の平野部は、なだらかな地形がほとんどだ。国
境のほとんどが、ご近所で一番高い山である。よって、国を跨ぐに
は、いくつか小さな山を越えなければならない。
今歩いているところが山間部である。
101
右手の岩肌は険しく高く、左手には急な流れの川。
川の流水量は多い。しかし、川床が広がっているのが、日照り続
きを証明している。元々は何倍もの大きさの流れだったのだろう。
空のどこかから、雲雀によく似た声が聞こえてくる。
﹁ところでよ、フェリスの姐さん﹂
勇者一行の先頭を歩くフェリスに、モコ助が声を掛けた。
何事かと立ち止まるフェリス。体を半身に開いて、モコ助を見る。
﹁そのピカピカの鎧、遠目にも目立ってしかたないんだが⋮⋮なん
とかならねえかな? 例えばマントで隠すとか、ウェザリング施す
とか︱︱﹂
﹁お断り申し上げます﹂
二つ返事のフェリス。モコ助、言葉が続かない。
﹁防具、武器、共に命を預ける道具でございます。輝いてこそ花﹂
きりりと眉を吊り上げるフェリス。キリッとした女性。どこか雫
に通じる女性。
モコ助が苦手とするタイプである。
﹁いいっていいって、戦場では目立つ方がいいって!﹂
フェリスの一歩後を歩くミカボシ。手をひらひらさせて、そう言
った。
﹁魔物共の気を惹き付けるにゃ丁度いいって。大丈夫、大丈夫、い
ける、いける!﹂
﹁安請け合いするミカどんは置いといて⋮⋮、姐さん、なんかこだ
わりがあるのかい?﹂
モコ助の言葉に、フェリスの目が僅かばかり揺れる。そして答え
ることなく、進行方向を向くフェリス。そのまま歩き出した。
102
﹁あー、なんかあるみてえだな。よし解った! オイラも男だ。何
も聞かねえ。ドンと任せろ!﹂
くりくりの目に男気を宿すモコ助。頼りになるトイプードルであ
る。
馬の背で、モコ助は器用に後ろに向き直った。
﹁ところでよ、リーン嬢ちゃん﹂
後詰めを担当するリーンが顔を上げた。
﹁その⋮⋮そこはかとなく滲み出てる魔力な⋮⋮いや、はっきり言
って魔力漏れてるって、蓋しろ蓋! いざって時に魔力切れ起こす
ぜ。つーか、魔族に気づかれるんだよ!﹂
確かに。リーンの体から僅かであるが魔力が放出されている。
リーンは、ふるふると首を左右に振った。
﹁嫌、じゃなくて止めろよ! もったいないだろ?﹂
モコ助、飛びかからんばかりに姿勢を低く構えた。
ふるふると首を振るリーン。さっきより回数が少ない。
﹁モコ助殿、お待ちください。これには訳が!﹂
サーデルがモコ助を止めた。彼は、モコ助と荷物が乗る馬の口を
取って歩いている。
﹁また訳かよ。いいぜ聞くぜ。話してみな﹂
﹁リーンは特異体質でして。魔力の回復が早いんです。それが困っ
たことで﹂
﹁早いんなら、それに超したことないんじゃないか?﹂
リーンをチラ見するモコ助である。モコ助に伸ばされつつある、
リーンの小さな手を気にしている。
103
﹁回復しても魔力が湧いてくるというか⋮⋮容量を超えても魔力が
増え続けるのです。そんな体質というか、もはや病気なのです﹂
﹁いや解った。溢れてるんだ、魔力が。病気なら仕方ねぇ。いやい
やいや、魔力量が半端じゃないって事で納得しとくか。しかし、魔
族にゃバレバレだな、こりゃ﹂
頭が痛くなったモコ助。その頭をそっとナデナデしているリーン。
余計痛くなったので頭を抱えることにした。
﹁魔物共の気を惹き付けるにゃ丁度いいって。大丈夫、大丈夫、い
ける、いける!﹂
いつの間にか、フェリスの前を歩いていたミカボシが、後ろも見
ずに安請け合いをした。
﹁えーいちくしょう! 全て理解した上で、まとめて面倒みてやら
あ! 用意はいいなミカどん! 聖剣よ、来ーい!﹂
モコ助の掛け声一つ。ド派手な落雷と共に輝く聖剣が現れた。
同時に街道の前方、うっそうと茂った木々の影から、まとまった
数の魔族が飛び出してきたのだった。
豚に似た顔に突き出た腹を持つ二足亜人。手に棍棒や剣を持ち、
鎧まで着込んだ完全武装のゴブリンが群れ。
フェリスが剣を抜き放つ。リーンがフードを跳ね上げ詠唱に入る。
サーデルが馬の口をもったまま後ろへ下がる。
﹁あいつらこそ気配でバレバレなんだよ!﹂ 嬉しそうに指をポキペキ鳴らすミカボシである。
104
︱︱そして、戦闘が始まった。
﹁まじん犬!﹂
音速を突破した剣そのものが、高速回転しながら魔物の群れに突
っ込んだ。
土煙が塔のように天高く舞い上がる。
バラバラと魔物だった部品⋮⋮もとい、モノが空から降っていく。
﹁そこは犬じゃねえだろ、剣だろ! オイラが飛んでいったみたい
じゃねえか! それと、勝手にオイラの聖剣を使わないでもらおう
か。聖剣よ来い!﹂
稲妻と共に、勇者モコ助の前に聖剣が戻ってきた。
﹁こいつはフェリスの姐さんに使ってもらうため︱︱﹂
﹁ま人剣!﹂
﹁︱︱召還したもので、ミカどんに⋮⋮。だから勝手に使うなと何
度言ゃ解ってくれるんだ? それと﹃ま﹄はなんで平仮名なんだい
?﹂
さっきは左翼。今度は右翼へ、音速剣が硬質化した空気を割りな
がら突っ込んでいった。
街道上の魔族の肉体を構成していた色付きの水っぽい破片が、左
手の河原へと飛んでいく。
この二投で、魔族の主力は壊滅した。
河原から迂回攻撃を仕掛けてきた別働隊は、フェリスとリーンの
コンビが掃討しつつある。力押しを愛する魔族にしては、珍しく組
105
織だった行動である。
初戦でこそ押され気味であったが、フェリス達は勢いを盛り返し
た。
可哀想に、先ほどのミカボシによるバカみたいな攻撃を見た魔族
の別働隊は、戦意というものを無くしてしまっている。
﹁ハハハッ! この程度の数で勇者一行をどうにかしようなどと片
腹痛いですね! あ、僕は後ろで邪魔にならないように馬の番して
ましたから﹂
サーデルが何やら見得を切っているところで、モコ助が聖剣を召
還する。
﹁聖剣よ、来ーい! ⋮⋮戦闘は終わったから安心してこっち来ー
い!﹂
稲妻を纏わず、ひっそりと姿を現す聖剣。モコ助を挟んで、ミカ
ボシの反対側へ現れた。
﹁よーし、よしよし、後でオイラの方から労働組合へ話し通しとい
てやるからな。フェリスの姐さんトコへ行け!﹂ 聖剣は、逃げるようにしてその場を離れ、電光石火、フェリスの
左手へ収まった。
この時点で、河原の戦闘が事実上終了した。
聖剣が戦闘に加わったのと、主力を失ったこと。さらに、主力に
向かっていた勇者の戦力が河原へ向けられたことを魔族の残存兵が
正しく判断した結果だ。
生き残った魔族四匹が、豪快な流れを誇る川へ身を投じ、凄まじ
い形相で流されて⋮⋮もとい、逃げていった。
106
街道の端っこに立ったモコ助が、河原の二人を見下ろしている。
﹁遠距離砲の魔法と接近戦の抜刀戦士。相性の良い組み合わせだ﹂
﹁ハッハッハッ! 僕の活躍がなければ、馬は全財産を持ったまま
逃げていった﹂
﹁はいはい、王子の兄さんもがんばった。今後も安全地帯で荷物の
警備を頼むぜ﹂
適当にあしらうモコ助である。
﹁なあメコ助﹂
﹁モコ助な﹂
耳の棒ピアスを弄りながら、ミカボシが眉をしかめている。
﹁王都から離れているとはいえ、このあたりはまだ馬の距離だ。防
衛圏内のはずだな?﹂
﹁ミカどん、王国の戦力はほぼゼロ。とどめはミカどんが刺した。
王都を守る事すらおぼつかない状態で無理を言ってやるもんじゃな
いぜ﹂
なるほどな、と相槌をうつミカボシである。
河原で働いていたフェリスとリーンが合流した。二人とも疲れを
見せていない。
フェリスは疲れを顔に出さない。リーンは、玉のような汗が噴き
出た顔で、黙って笑っている。
﹁いったん小休止をとろう。休みながらオイラの話を聞いてくれ﹂
パーティリーダーのモコ助︵犬︶が馬の背に飛び乗った。
さして動いていないのに、やれ喉が渇いただの腹が減っただの言
いつつ、荷物を物色するミカボシを牽制しての位置取りだ。
107
﹁オイラ達が目指すのは、隣国ヴェクスター公国。魔王四天王の二
人目、今は亡きヒトアイが戦略を受け持っていた国だ。一刻も早く
ヴェクスター公国の王へツナギを取り、ヒトアイが死んだことを伝
えねばならない。そして、共闘の道を探らなければならない。しか
しだ⋮⋮﹂
モコ助が街道の先に視線を向ける。そこにはお子様への表現に難
しい物体が散乱していた。
﹁初歩的だが、連中は﹃迂回挟撃戦術﹄を使った。大人数なのにだ。
オイラ達がただの騎士や戦士だったらあっけなくやられていた。逆
に勇者一行だから念を突いたとも言えるが、それにしちゃ戦力が少
ない。それも気になるが、襲撃者の中に、頭の良さそうなの顔を見
受けられなかった。こっちのほうが引っかかる﹂
モコ助は拾い上げた情報から敵を分析・解析しただけだ。
ラベルダー王国組は、モコ助の理知的な発言内容に、目から鱗の
状態である。
﹁あ、あの、モコ助殿﹂
サーデルがおずおずと声をかける。
﹁ウカイキョウゲキとは⋮⋮いったい?﹂
﹁迂回挟撃な。今回のパターンは、大人数の主力を囮にして気を惹
き付け、こっそりと別働隊を迂回させ、敵であるオイラ達の横っ腹、
つまり柔らかい部分を突こうという戦術だ。変則的な角度だが挟み
撃ちでもある。隊を分けられねえ少数部隊には絶大な効果だ。もっ
とも、オイラ達は二部隊に分けられるほどの戦力を有しているがね﹂
モコ助の長台詞に感心するサーデル。
﹁おいおい、兄さん。騎士たる者、迂回作戦くらいお手の物だろ?﹂
108
﹁知ってるか? フェリス﹂
首をかしげたサーデル。フェリスに問いかける。
フェリスは首を振ってこう言った。
﹁我ら騎士は、正面から突撃するのみ。そのため己の技量を極限ま
で鍛錬して伸ばすのです﹂
﹁いや、兄さん方、それでよく魔族と戦ってこれたな。それじゃあ
数で勝負がついちまうぜ。なんのための機動力なんだい?﹂
モコ助、あきれてしまう。
﹁あの、質問ついでにもう一つ⋮⋮﹂
戦術に興味がないのか、戦術という概念そのものがないのか、簡
単に流したサーデルが学生よろしく手を挙げた。
﹁確かゴブリンばかりでしたが⋮⋮連中は頭が悪いので有名ですが
⋮⋮、今の戦いだけで敵の背後が解るとは思えませんが?﹂
これに答えたのはミカボシだった。
﹁あれだ、敵と接触すれば、敵本隊の陣容がおよそつかめる。なん
てぇーか、威力偵察の逆バージョンだな。あと、難しいことは頼ん
だぜ、メコ助﹂
珍しくミカボシが、ラベルダー王国組に解説をした。
﹁モコ助な。そんなところだ。本隊がどこかにいる。それもかなり
の戦力を温存している。こんな追い剥ぎ連中が大人数だったって事
が証拠だ﹂
遠くで小鳥がさえずっている。血の臭いさえ漂ってなければ、ピ
クニック気分である。
﹁ラベルダー王国を出る前に、敵残存戦力を叩いておく必要がある﹂
可愛い舌を出してハッハしているモコ助。なにやら考えているよ
109
うだ。
﹁⋮⋮この近くに、大きな村か町はないか? 絶対なにかあるぜ﹂
モコ助の目が光っていた。
110
2.作戦名・オロチ改
街道沿いで戦闘があった地点から、さらに目的地である隣国ヴェ
クスター公国へ、二日ばかり歩いた地域。
川から離れ、まだらに生えた林を抜けると、ずいぶん土地が開け
ていた。
背の低い草が一面に生え、なだらかな起伏を縫うように道が延び
ている。馬車がすれ違えるほどの幅を持つ道である。
暑ささえ我慢すれば、勇者オイラ一行には似つかぬ、のどかな風
景が広がっていた。
﹁この先にあるのは、僕がよく知ってるディーグという村です。規
模的には村というより町なんですけどね。麦を作っているので村と
呼んでます。いい村ですよ。食べ物はおいしいし、女の子は美人揃
いだし﹂
馬を引きながら歩くサーデル。このあたりに地理がやけに詳しい。
﹁美人の産地ってのが嬉しいね。オイラ愛玩犬だし、引っ張りだこ
になったら困っちまうな。なあミカどん?﹂
モコ助が話をミカボシに振った。
ところがミカボシは黙ったまま。いつもの悪ノリが帰ってこない。
﹁どうした、ミカどん。悪い物でも食ったか?﹂
﹁なあサーデル⋮⋮﹂
ミカボシの注意が向けられていたのはサーデルであった。
なんですか、と目をミカボシに向けるサーデル。
111
﹁大昔、大陸を一度ばかり統一していた帝国な。その国の頭を帝王
って呼んでたよな? 帝国の王だから帝王か?﹂
﹁その通りですよ。帝国だから帝王。ラベルダーは王国ですから国
王。ヴェクスターは公爵が治める公国ですから公王と呼ばれていま
す。⋮⋮それが何か?﹂
サーデルがもたらした回答に頭をひねり腕を組むミカボシである。
﹁うーんとね、⋮⋮なんか引っかかってるんだよな。こう⋮⋮モヤ
ッとした⋮⋮﹂
手でモワッとした状態を表現するミカボシである。
﹁もう少ししたら出てきそうなんだけどな⋮⋮。あーめんどくせぇ。
また後で考えるとしよう。村に着けばさ、救世主勇者御一党さんっ
てコトで、ただメシにありつけるかな? あとただ酒とか?﹂
﹁一週間と経ってないぜ。ラベルダー残存騎士団の肝臓をツブした
祭りからよ。ミカどん、ちったあ自重しろよ。食料の備蓄は期待す
んな。それと知恵熱に気をつけろ﹂
うんわかった、と素直に頷くミカボシ。たぶんわかっていない。
﹁魔物が現れた方向にある村、ってのが気にくわないな。滅ぼされ
たか、アジトになっているか。見てみないと解らんが。気にならね
ぇかいミカどん?﹂
﹁あんまりいい予感はしねぇな。あと、メシの予感もしねぇ﹂
﹁え?﹂
不穏な空気にサーデルの反応が早かった。珍しいこともあるもの
だと、全員の視線がサーデルに集まった。
﹁大変だ。あそこには、僕がラベルダー王になった時、作るはずの
後宮に入れる話が付いている可愛い娘がたくさん住んでいるんです。
早く! 急ぎましょう!﹂
112
﹁おいコラ! なに馬を走らせて︱︱おい、揺れるから、おい!﹂
サーデルは、馬を引きずる勢いで駆け出した。
ああ、あいつそういうキャラだったなと、思い返した一行の視線
がサーデルからあっさりと離れたのであった。
のどか村、ディーグ。
空には小鳥が鳴いている。
谷間の三角地。山から流れ出る川は、干上がることがなく、麦は
青々と育っていた。
見た目、村は無事そうである。
魔族侵攻にあわせ、急ごしらえの防御壁は無事だった。
門に傷はない。大木で作られた防御用の壁もちゃんと機能してい
た。
だが、門は開け放たれたまま。これはこれで良いのかもしれない。
そういう風習かもしれない。
ただ、門番がいないという点が心配だった。
さらに門をくぐっても、人っ子一人見受けられなかったのが、不
安を煽る決定打となった。
﹁なあメコ助﹂
﹁モコ助な﹂
﹁人の気配がたくさんあるから全滅してるわけでもねぇし、病気な
んかが蔓延してる感じでもねぇ。おまえの鼻、臭わねぇか? なん
かがいた気配だけが残ってるぜ﹂
113
﹁ちげぇねえ。ある意味、獣クセえ﹂
クンクンと空に向かって鼻を鳴らすモコ助。
﹁おーい! メリッサー! アリスー! デイジー!﹂
﹁おいおいサーデル兄さん。三人も予約済みかい? 男の理想だな﹂
名前を呼びながら、ズンズンと村中を進んでいくサーデル。
村の中に続く街道の両端は、麦が青々と育っていた。だが農作業
に勤しむ村人の姿が見えない。
遠くに水車小屋が見える。水車は動いているが、人の姿は見えな
い。
﹁へー、日照り続きなのに珍しいね﹂
ミカボシが畑の脇をのぞき込む。
網の目のように張り巡らされた用水路では、水が涼しげに流れて
いた。
やがて、ぼつぼつと家が現れてくる。
庭には、食べられそうな野菜が植えられていた。箒草も植えられ
ている。鶏や兎を飼っている家もまばらにあった。
ごく普通の田舎。ありふれた光景。
だが、人の姿が見えない。
やがて、村の中央に到着。閑散とした広場。
広場は立派な石畳。中央には大きい井戸が作られていた。この世
界では一般的なデザインだ。
﹁露店の一つも出てねぇのか? 昼からがかき入れ時じゃねぇのか
? ぐうたらな村だな﹂
114
﹁いやミカどん、そこはおかしいって考えような﹂
﹁リリスー! クララー! バネッサー! サラ! タバサー! ルーヒー!﹂
﹁おいおい、このチャラ夫、まだ名前のストックがあるみたいだぜ。
何人の女に手を出してるんだい?﹂
サーデルは、とうとう馬の口を離し、一人で駆けだした。行き先
はひときわ大きな建物。
一目でわかる。村長の屋敷だ。
開けっ放しの戸口へ、飛び込んでいった。
﹁しかたねぇな﹂
モコ助、器用に馬を操って、村長の家につける。飛び降りてみん
なを前足で手招き。
サーデルに続いて入っていった。
﹁ごめんよ!﹂
暗い。
雰囲気が。
村長の屋敷は、妖怪的な雰囲気ではなく、心理的な雰囲気で暗か
った。
﹁どうしたんだい村長! 痩せ過ぎだよ!﹂
幽霊のように地に足の着いてなさそうな村長と、サーデルが言葉
を交わしている最中。
鶴のように痩せこけた村長。髪はほとんど白。顔に精気がない。
ぎょろついた目が濁っている。
そんな村長が、王子からミカボシ達、武装した勇者一向に目を移
すと途端に精気を放ち始めた。
115
﹁王子! そして皆さん︱︱﹂
そこから先、村長は何を言っているのか、涙声だったので聞き取
りづらかった。ただ、この言葉だけは聞き取れた。
﹁娘を助けてください﹂
﹁村長は押し出しの利く立派な体の持ち主だったんだ。それがどう
だい、この痩せよう﹂
珍しく、サーデルが出された飲み物に口を付けていない。飲み物
といっても井戸水だが。
村長が着ている服は、大きすぎてダブついている。その服のサイ
ズから過去を察するに、戦士顔負けの体格だったに違いない。
ここは村長の屋敷の中。その一角にある来客の間。十人やそこい
らは入れるだろう。
がっしりとした作りにより、外の熱気はここまでやってこない。
そこそこ立派な作りの黒いテーブルに、そこそこ立派な黒い椅子。
勇者一行が座る上座に対面して、村長と村の有力者達が二人座って
いた。
これだけの規模の村だ。訪れる商人や役人の数も多いだろうし、
そのほとんどが上等な客であろう。
また、役所仕事もこの屋敷で行われている。
外に話し声が漏れないように作られた客間の一つもなければ、こ
の村に発展はない。
サーデルは、村長の骨と皮ばかりになった手を両手で包み込んだ。
116
﹁ハハハッ! 安心してくれたまえ、村長。この国に侵攻してきた
魔王リップスは、先だって勇者の﹃聖剣﹄で退治しました。残りの
魔族は烏合の衆です。もうしばらく我慢すれば、元通りの生活に戻
れますよ。で、メリッサは? 女の子達は? ついでに、この痩せ
ようはいったい?﹂
女の子の心配をするついでに、村長の異変を心配するサーデルで
あった。
﹁魔王の一人が退治されたと聞いて一安心は一安心なのですが⋮⋮
この村は、魔王以上の魔族に目をつけられてまして﹂
﹁魔王以上だと!﹂
ミカボシが椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった。
﹁そいつは何者だ、言え! 言えっつたら言え! 何口から泡吹い
てやがる! そんなのんびりした状況か!﹂
﹁落ち着けミカどん。そして村長の首を絞めてる手を離せ﹂
﹁犬が喋った!﹂
村人達が騒ぎ出す。
﹁ちっ! サーデル兄さん、説明と説得頼むぜ﹂
モコ助、苦虫をかみつぶす顔を演出するも、愛くるしいだけであ
った。
﹁魔将軍、ホットポット? これまたふざけたヤロウだな。おっと、
メスだったっけ?﹂
ミカボシが唇の端を歪めた。
﹁偶然だ、偶然。オイラ達の世界とこことは言葉が違う。ただの偶
然だ。しかし、ふざけたヤロウには違いねぇ。おっと、メスだった
117
っけ?﹂
サーデルが勇者召還における経緯を語り、村長が、村の窮地を語
り終えた後の事。
時刻は昼を回っていた。
﹁村長さんの話をまとめると⋮⋮﹂
言いつつモコ助は、頭の中で話を箇条書きにまとめていく。
﹁亡リップス魔王配下、魔将軍ホットポットと名乗る、統率力に優
れた魔族が、このあたりを仕切っている﹂
うんと頷く村長。
﹁ここいら辺りの魔族は、常に集団で行動し、やたら小賢しい戦法
で人間側戦力を翻弄しつつ丁寧に殲滅している﹂
うんうんと頷く村長。ミカボシは、野菜の切れ端に手を伸ばした。
﹁まともな手段だと中央突破、各個撃破戦。大部隊で陽動しておい
て、小部隊で補給部隊を叩く。山火事を起こしておいて、留守を突
く。わざと負けて、引っ張り出した戦士団を包囲殲滅。⋮⋮ってこ
りゃ、ホットポットは相当の趣味人だぜ!﹂
ウンウンと頷く村長。ミカボシは、野菜の切れ端の匂いをかいで
口に放り込んだ。
﹁亡リップスのために、村から美少女を集めている。その集め方が、
これまたやたら凝っている﹂
うんうんうんと頷く村長。ミカボシは、野菜の切れ端を小気味よ
い音を立てつつ囓っている。
﹁壊滅したラベルダー正規軍に変わって村の治安と水の確保を約束
118
する代わりに、麦を育てろ。今年の年貢は国にではなく魔族軍に差
し出せ。さらに⋮⋮﹂
頭を抱える村長。もぐもぐと咀嚼を続けているミカボシ。
村長が重い口を開く。
﹁月一で、美少女を一人ずつ差し出せ。そして今宵が約束の日。満
月の夜、月が一番高くなる時間、ホットポットがやってきます﹂
﹁なんてやつだ! ハーレムを作るなんて許される事ではない!﹂
ドンとテーブルを叩くサーデル。
﹁サーデル兄さん、おまえが言うな﹂
﹁ハハハッ! 強制と自主的の違いは大きいのだよ、モコ助君﹂
﹁その件については後でじっくり膝を交えて話し合おう。続けるぞ
! ハーレムって事はだ、逆に言えば、女の子達は生きているって
事だ。⋮⋮次は対策の段階だな。特にミカどん!﹂
ミカボシに、鋭い視線を走らせるモコ助。クリクリの目で。
﹁なんでぇ?﹂
﹁ホットポットがそこに現れたらどうする?﹂
﹁叩き殺す⋮⋮わけにはいかないか。人質がいるからなぁ﹂
﹁こと戦闘に関して、ミカどんのプロ意識の高さは神に感謝するぜ。
てめぇ以外のな﹂
ミカボシは、サーデルを真似てハハハッと笑っている。自慢げに。
モコ助はお構いなしに話を続けていく。
﹁最終目的は、人質の確保。そのための手段は、人質が隠されてい
る場所を特定すること。そのためには半殺しでもいいからホットポ
ットを生かしたまま捕獲すること。この事を元に作戦を考えなきゃ
ならねえ。ここまではいいか?﹂
119
犬のモコ助による理知的な、あまりにも理路整然とした話っぷり
に、一同、体を硬くして静聴していた。
﹁あれだな。発声器官だけは無傷でってのが至上目的ってことでオ
ーケー?﹂
﹁限りなく物騒な物言いだとその通りだ。できれば発声器官を司る
頭脳も無傷でたのむぜ⋮⋮と?﹂
部屋に、少女が一人、しずしずと入ってきた。
﹁紹介しましょう。二番目の娘でアリスです。今年で十二になりま
す﹂
ペコリと頭を下げて挨拶した。
泣きはらして赤くなった目。柔らかそうなほっぺたはピンク色。
美少女だ。
アリスの性格を表すかのように、金の髪は細く、背中までまっす
ぐ伸びている。
そんなアリスが、上から下まで純白で統一されたワンピースを着
ている。見ようによっては花嫁衣装。あるいは生け贄装束。
﹁真っ先に長女のメリッサを差し出しました。それからは次々と村
の娘達を差し出していきました。逆らう者、抗う者は容赦なく殺さ
れ、今や刃向かう者は誰一人⋮⋮。次はアリスの番。そしてこの村
最後の娘﹂
村長は嗚咽を漏らした。アリスは、父親の震える痩せた肩をそっ
と抱いている。優しい子だ。
﹁勇者様⋮⋮﹂
アリスの声に反応して、モコ助が姿勢を正すも、気づいてくれな
120
い。
﹁安心しろ﹂
ミカボシがニヤリと笑った。
﹁オレ達はここいらの魔族を一掃するつもりでいる。行きがけの駄
賃だ。ついでにホットポットもツブして、おまえの姉ちゃんも助け
出してやる。だから安心しろ﹂
アリスは寂しそうに笑った。
﹁それでは皆さんが危険な目にあってしまいます。ホットポットは
とても強いんです。そして卑怯なんです。もう人が死ぬところを見
たくありません﹂
アリスは勇者一行の、特にミカボシの戦闘力を知らないでいる。
﹁辱めを受けるくらいなら、私は死にたい。でも死んでしまったら
村のみんなに迷惑がかかる。私は死ぬことなんか怖くない。ただ⋮
⋮﹂
アリスは涙をこらえていた。
そして無理に笑う。
﹁夢を捨てなきゃね﹂
顔がくしゃくしゃになった。
﹁ただ生きるためだけに生きるなんて⋮⋮辛い﹂
ぽとぽとと大粒の涙が床に落ちる。染みの上に染みを作っていく。
﹁夢⋮⋮か﹂
ミカボシが頭の後ろを手で掻きながら、ぽつりと呟いた。
﹁お姉ちゃんと私の夢︱︱﹂
アリスは、しゃくり上げながら心の中をぶちまける。
121
﹁そう、サーデル様の後宮に入って、贅沢な暮らしをする。いつか
男の子を産んで、あわよくその子が王にでもなれば、私の政治への
発言力は巨大なものに!﹂
﹁いまいち救出意欲が湧かない話になってきたなオイ!﹂
ミカボシが、耳の棒ピアスを弄りだした。
﹁アリス! そこまで僕のことを考えていてくれたんだね!﹂
サーデルが泣いた。
﹁オイラ思うに、この国は魔族の侵攻がなくても遠からず滅び去る
国なんだな。それはそれでよし!﹂
モコ助が、グダグダになりつつある話に渇を入れた。
﹁しかたねぇ。なんでオイラが﹃しかたねぇ﹄なんて言わなきゃな
らねぇのかないのか疑問が残るが、乗りかかかった船だ。最後まで
面倒見てやらぁ!﹂
喋る犬を見て、目を丸くするアリスである。
﹁⋮⋮サーデル兄さん、もう一回説明頼むわ﹂
幾分簡素化された説明も終わり、いよいよ作戦会議へと入ってい
く。
いつも通り、場を回すのは犬のモコ助である。
村長を初め、村人に作戦能力は期待していない。ミカボシは猪突
猛進が具現化したタイプ。フェリスは副官タイプ。リーンは口べた。
サーデルは門外漢。
おそらく、この世界で一・二を争う知恵者がモコ助。おまけに勇
者なんだから、これは必然の事であろう。どこからも文句は出てこ
122
ない。
﹁︱︱ところでミカどん、オイラ思うに、こいつは八岐大蛇のでい
いんじゃないかな? どうだ?﹂
モコ助の問いかけに、目を右上に向けているミカボシ。すぐに元
に戻す。
﹁それでいい﹂
飄々とした風体のミカボシ。だが怖い目をして話を続ける。
﹁こちらが有利なのは敵を探さなくて良いことだ。向こうから勝手
にやってくる。で、囮どうする? よく考えねぇと、みすみす人質
を増やすだけだぜ﹂
﹁確かにそれは問題だ。バカ正直にアリスちゃんを使うわけにゃい
かねえ。かといって自分の身を守れねえような女の子じゃ、みすみ
す敵に渡すだけだし⋮⋮。前もって言っておくがミカどんはダメだ
ぜ。変なデンパ⋮⋮もとい、オーラ出してるからな。敵に感づかれ
ること請け合いだ﹂
珍しく、モコ助が長考に入った。
﹁人質対策とは別に、オレ対策だけどよ。⋮⋮逆に目立とうか?﹂
モコ助が上目遣いでミカボシを見る。頭の上にはハテナマークが
浮かんでいた。
﹁聞くに、ホットポットはかなりの趣味人だ。いかにも歓迎してま
すって感じで、粋で風流な出迎えするんだ。それでホットポットが
顔出さなきゃ、ビビって逃げた事になる﹂
﹁そりゃいい。どうせ、警戒して来るんだ。ホットポットの神経を
ミカどんに向けりゃ他は見落としになるかもしれねえ。悪事に関し
123
ちゃ、頭の回転が速いなおい﹂
モコ助、持った湯飲みをパッタと落とし、小膝叩いてにっこり笑
う。湯飲みはないが⋮⋮。笑いもしなかったが。
﹁次に人質の件だが⋮⋮フェリスでどうだ? 少しの間だけなら大
丈夫だろう﹂
ミカボシの腹案が続く。
﹁正義の為なら喜んで﹂
フェリスが立ち上がる。剣を抜き放ち、振り回している。狭い部
屋、たいへん危ないので自重してほしい。
﹁村長の旦那、ホットポットは人身御供がアリスだって事を知って
るのかね?﹂
﹁知っています﹂
モコ助の質問に肯定の返事を返す村長。
﹁じゃだめだ。ガタイがデカイ⋮⋮あ、いや、戦闘要員が抜けるの
が痛い。ホットポット一人で来るとは限らねえ。敵戦力が判明しね
え以上、戦力ダウンは回避したい﹂
モコ助のフォローが効をなし、フェリスは納得したようだ。
﹁じゃ、リーンは? アリスと似たような体つきだろ?﹂
ミカボシの推薦で勢いよく立ち上がり、片手をあげるリーン。喜
ばしいことに、やる気満々である。
﹁リーン嬢は魔力過多症だ。どこの世界に魔力をあふれさせている
村娘がいるね? 近づけば一発で感づかれてアウトだ﹂
渋々、着席するリーンである。
124
﹁今夜が作戦決行日。もう時間がねぇ﹂
ミカボシが珍しく焦っている。キョロキョロと部屋の人間を見定
めていた。
﹁あと残ってる条件といえば⋮⋮。自分で自分を守れるか、⋮⋮あ
るいは人質に取られようが、死のうが作戦決行に影響のないやつと
か⋮⋮﹂
動いていたミカボシの目が一カ所で止まった。
モコ助の視線も、そこで止まっている。
﹁ハハハッ! お揃いでなんだい? 僕の顔になんか付いているの
かい?﹂
美少年サーデルである。 ﹁どう思うね、メコ助?﹂
﹁モコ助な。悪くねえ。こいつなら万が一のことがあっても大勢に
影響はない。男の娘って線でいこうか?﹂
モコ助、素早くフェリスとリーンに視線で合図を送る。
二人そろって頷き返した。特にリーンは笑いをこらえていた。
﹁ハハハッ! ミカどん、握力すごいんだね。これ、モコ助君、そ
んなに引っ張らなくても︱︱あれ、フェリス、服を脱がせて僕をど
うする気だい? リーン、それは女性用の⋮⋮ちょっとみんな!﹂
オロチ改作戦、着々と準備が進行していくのであった!
125
2.作戦名・オロチ改︵後書き︶
これは、ゴンドワナ界の人類存亡をかけて戦う熱き勇者達の物語で
ある!
126
3.必殺奥義! 公然わいせつ罪バスター!
ディーグ村の夜も更けた。
満月が天頂にさしかかろうとしている。
﹁もうちょっと色っぽくな。お肌をこう、さらけさせて、⋮⋮こん
なもんだ﹂
ミカボシがサーデルの衣装チェックに入っていた。
﹁あのいやミカどん。すっぽんぽんの上に薄衣一枚ってどうかな?
僕は美少女と見まごうばかりの美少年であるけど、付いてる物付
いてるんだから、前がはだけるとマズイものが見えちゃうんだけど
な﹂
サーデルは、生け贄の祭壇で横座りしていた。
﹁かまわん、かまわん、パーっと見せてやれ、パーと! 敵は魔族
といえど女だ。一瞬でも隙が生まれりゃしめたもんだ﹂
ミカボシは、サーデルの片方の肩を無理矢理露出させながら、嬉
しそうに演出を続けている。
﹁素足を⋮⋮こう出して⋮⋮完璧だ! はい、メイク入ります!﹂
ミカボシと入れ替わりに入ったリーン。ポンポンと白粉をはたく。
﹁すごい美人! なんだか悔しいけれど﹂
フェリスが変な対抗意識を燃やしている。
事実、同性の目から見ても今のサーデルは、妖しいほどに美少女
なのである。
127
リーンが下がった。準備が整ったようだ。
﹁よし、全員配置につけ!﹂
モコ助の命令で、各自配置に付いた。
﹁一人や二人死のうと、打ち合わせ通りオイラが合図出すまで動く
んじゃねえぞ! なにせ、さらわれた女の子の命がかかってるんだ
からな! ここで死人が出ようと焦るんじゃねせぞ!﹂
﹁ううっ! 死人は僕のような気がする﹂
よよよ、と泣き崩れるサーデル。妙に色っぽい。
﹁おいメコ助、あいつ大丈夫か? 可哀想なほど震えてるぜ。使え
ねぇヤロウだな﹂
﹁モコ助な。なーに、心配いらねえ。少しくらい震えてる方がリア
リティ有るってもんさ﹂
そして、月が天の頂を制する時刻となった。
笛の音が流れてきた。妙なる調べ。
和風の音階をベースに、ゴンドワナ風にうまくアレンジしてある。
﹁横笛か。やるなミカどん﹂
そう、笛を奏でているのは天津甕星。人は見てくれで判断しては
いけないという例。
月を背にして、村長宅の屋根の上に座るミカボシ。夜の冷気に乗
せるようにして笛の音を流している。星神なだけあって、実に絵に
128
なる。
全体にゆっくりとした音色が耳に心地よい。時に高く、月の光を
冴えさせる。時に低く、夜の闇を凍えさせる。
笛の音を聞かんがため、風は凪ぎ、諸々の虫達は息を潜めていた。
全ての生物、いや、耳を持たぬ草木までもがミカボシの笛に心を
奪われていたのだ。
﹁見直したぜ、ミカどん。いや天津甕星。その調子だ。ホットポッ
トはやってくる﹂
やがて一つの曲が終わり、者共が渇望するままに次の曲へと移っ
ていく。
その曲は、セカンドインパクトを経験した人類が、必死に生き抜
くアニメの主題歌に似ていた。いや、そのものだった。
﹁おいおい、褒めたらこれだ。むしろ、引き出しの多さに感心する
べきか?﹂
三曲目は、月までパンチが届く何万何千年もの合体恋歌。
﹁これじゃ来る者も来ねえ。作戦を変更したほうがいいな﹂
モコ助が早々に諦めたそのときである。
チリーン⋮⋮。
どこからか、涼しげな鈴の音が聞こえてきた。
ミカボシも聞こえたのだろう。笛の音が小さくなった。
鈴の音に合わせ、張りつめた弓とか、切っ先だとかの物の怪っぽ
い音楽へと変更する。
129
チリーン。
さっきより近くから聞こえてくる。だが、音の位置が特定できな
い。前から聞こえていそうで、後ろから聞こえている。不思議な鈴
の音だ。
チリーン。
その場に伏せている全員の耳元で、鈴が聞こえた。
皆、鈴の方角を見る。別々の方角だった。
そこには何もいやしない。
あらためて、サーデルの監視に戻っ︱︱。
魔族がいた。
祭壇の上、サーデルの後ろ。首から鈴をぶら下げている。
いつの間にか白い人型が、サーデルを覆うようにして立っていた。
大きくもなければ小さくもない。丁度人間のサイズ。
魔将軍ホットポット!
全身を覆おう白い体毛が、月の光により濡れたように光っていた。
見事な曲線を描くボディーラインは、まさに女性そのもの。
毛の生えていない顔。光る二つの目。男を誘っているかのような
アーモンド型の目は、吊り気味で挑発的。
口紅を塗ったような唇は深紅。
頭頂から飛び出した三角の耳。先端に生えた毛が、神経質そうに
130
震えていた。
体の全面部に体毛は少ない。二つの丸い乳房からなだらかな腹部
にかけて、毛は生えていない。縦長の形良い臍が、動くたびにその
向きを変え、やけに扇情的だ。
背後には蛇のようにうねる太い尻尾。
長い足。肉感的な太もも。どれをとっても、男を狂わせるに十分
だ。
魔族なのに。
﹁ふふふ、さても今宵は美しい月夜だ。美しき笛の音に誘われて来
たぞよ。特に二番な﹂
モコ助としては、待ち伏せ型肉食獣として、本能的に突っ込みた
かったが、今年一番の我慢を見せてぐっとこらえた。
贄の腕を優しくとる妖獣。片手の指の腹を生け贄の肌に滑らせる。
生け贄は目を固く閉じ、震えている。
﹁怖がらなくとも良い。我は美しきものに優しいのだぞよ﹂
いままで生け贄の肌に滑らせていた指を自分の胸元に当てる。
その指を今度は自分の肌に滑らせる。胸元から喉元へ。ゆっくり
と動いている指は、やがて、顎をすぎて深紅でいやらしい唇へ。
指をなめるホットポット。
この場所に潜んでいるのは犬のモコ助を除いて、全員がとりあえ
ず女。人間の男がいなくてよかった。もしいたら、理性をかなぐり
捨て、ホットポットの股座へ走ったであろう。
131
﹃次にサーデルの兄さんへ目を向けたときが飛びかかるチャンスだ。
いいなミカどん!﹄
目で合図を送るモコ助。
﹃おおよ! ⋮⋮ミカどん言うな!﹄
ミカボシから目で返事が返ってきた。この辺はツーカーである。
反対側で潜んでいるサーデルも、体を沈めバネをためている。
ホットポットの視線が徐々に生け贄へと移っていく。
﹁このような月は一人で見上げるには惜しい。大勢で見上げてこそ
その美が賞される⋮⋮﹂
ギラリと輝いた妖獣の目が、まともにモコ助をとらえた。ばれて
いた!
﹁しまった! みんな掛かれ!﹂
モコ助の合図で、飛び出す面々。だが⋮⋮。
﹁動くな﹂
ホットポットが、短刀のような爪をそろえ、サーデルの喉元に突
き立てていた。
少し動かすだけで、易々と喉笛を貫くであろう。
﹁この娘がどうなってもいいのか?﹂
妖しく微笑むホットポット。フェリスとの足とリーンの呪文が止
まった。
だが、ミカボシは止まらない。聖剣を持ったまま大笑いして空を
飛んでいる。
﹁もとから見捨てるつもりよ!﹂
132
一端着地した後、嬉しそうに距離を詰めていくミカボシである。
ホットポットの笑みが消えた。生け贄の腕をとり、自分の前に突
き出そうとしている。
自分は身をかがめ、人質という盾の後ろに隠れた。
ミカボシには、躊躇というものがなかった。人質ごと殺る気だ。
﹁おいおい、ミカどん。生け捕りにするって⋮⋮忘れてるな﹂
﹁くっ!﹂
ミカボシの勢いを見て、ホットポットは焦った。
もう一人、焦っている者がいる。サーデルだ。
﹁ひっ! ひわわわっ!﹂
何をトチ狂ったか。サーデルはホットポットに腕を捕まれたまま、
器用に衣を脱いだ。 そして、ホットポットに対面する。
﹁あれ?﹂
ホットポットの様子が変だった。
ちょうどホットポットの眼前。手どころか、舌を伸ばせば舐めら
れる位置に、何やら見慣れぬモノが揺れていた。
﹁ニャーーーー!﹂
妖獣の美しき体毛が逆立つ。
﹁隙あり!﹂ ミカボシの正拳が、ホットポットの美しき腹測筋に食い込んだ。
﹁げぼふほぁー﹂
似つかわぬ悲鳴と共に、祭壇から転げ落ちるホットポット。
133
ミカボシ、サーデル、リーンの三人に、寄ってたかって袋にされ
るホットポットであった。
ホットポットは身動きできないでいる。ミカボシが、連続する亀
の甲羅型に縛り上げたからだ。
﹁ミカどん、絵的に拙かねえか?﹂
﹁何言ってやがる。この縄目の文様はドーマンセーマンに通じるも
の。魔を払い邪気を打ち砕くにもっとも適した縛り上げ方だ﹂
微妙な問題があるにはあったが、それは些細なことのようだった。
ホットポットは、すぐに人質の居場所を口にした。不安定な精神
状態につけこみ、言葉に出せない行為に及んだものだから、話が早
かった。
隠れ家に急行するミカボシ、モコ助、フェリス、リーンの戦闘部
隊。サーデルを省いたため、効率的で弱点のない超攻撃型部隊編成
となった。
結果から言うと、人質は全員無事救出できた。
奇襲を受けた魔族は全滅。
隠れ家といってもちょっとした砦であった。
守備についていたのはゴブリンばかり。その数、ざっと三千。頭
であるホットポットを欠く集団は、まとまりがない。
モコ助が采配の元、陽動組︵殺しまくっていたが︶と救出組︵殺
134
しまくっていたが︶に分かれ、粛々清々と作戦が進んでいく。
人質のいない砦に立て籠もったゴブリン。ミカボシとリーンによ
る放火⋮⋮もとい、火攻めの戦法により、阿鼻叫喚⋮⋮もとい、殲
滅戦に成功した。
懐かしきディーグ村に女の子達が戻ってきたのは、すっかり日が
昇った頃であった。
親兄弟との感動の対面が、そこここで繰り広げられている。
﹁サーデル王子、ありがとうございます﹂
救出された村娘達は、サーデルへ口々に感謝の言葉を述べる。
﹁いや、それは気にしなくていいんだけど⋮⋮﹂
化粧も衣装もそのままのサーデル。気になっているのは、縛り上
げられたうえ、ぶら下げられた、精気をなくしたホットポットであ
る。
彼女の足下には薪が山と積まれていた。
今まさに村人の手によって、焼き殺される運命のホットポットで
ある。
片手に松明を持ったミカボシが、危ない笑みを浮かべていた。松
明の炎を移す目がぎらぎらと輝いている。
﹁ケラケラケラ! 恨むんじゃねぇぜ。殺し合いを望んだものは、
命を落とす結果になっても文句を言っちゃいけねぇ﹂
﹁文句など言わぬ。我は負けた。我の主、魔王リップス陛下も死ん
だ今、何を言うことがあろか。さ、焼くなり煮るなり好きにするが
よいぞよ﹂
135
﹁よく言った﹂
ミカボシは、松明をホットポットの下、薪の山に放り込んだ。
﹁その刑、待った!﹂
松明を拾い上げたのはサーデル王子。
﹁なにしやがる!﹂
凄むミカボシに対し、サーデルが正面から迎え撃つ。
﹁僕は、女の子が目の前で殺されるのを黙ってみていることはでき
ない。僕は、女の子を助ける為にこの世に生を受けたんだ!﹂
﹁サーデルの兄さん、あんたは世継ぎとしてこの世に生を受けたん
だ﹂
﹁だからっ、君を助けたい!﹂
サーデルはモコ助のツッコミを華麗にスルーした。
魔将軍ホットポットを殺したいモコ助と村人。
助けたいサーデル。
モコ助は、仲間を仰いだ。
﹁フェリス嬢、リーン嬢、あんたら、どっち派だい?﹂
﹁わたしはサーデル様にお仕えする騎士! 忠誠の誓いはこの命つ
きるまで!﹂
いきなり剣を抜いて正面に構えるフェリス。危なっかしいことこ
の上ない。
﹁で? リーン嬢は?﹂
水を差し向けられたリーン。とことことサーデルに歩み寄り、未
だ乱れたままの服の裾を握る。
136
﹁ミカどん⋮⋮は聞くまでもないか﹂
ニヤニヤ笑いのミカボシ。この者は面白い方に付く。後先考えず、
その場が面白くなる方に付くのだ。どのような結果になろうとも、
乗り切る自身があるからこそすれ。
﹁えい!﹂
サーデルは、隠し持っていたナイフで、ホットポットの縄を切っ
た。
薪の上に落下したホットポット。そのまま、ガラガラと転げ落ち
る。
﹁愚か者め。我を野に放てば、後で血の後悔をすることになるぞよ﹂
ホットポットは、倒れたまま憎まれ口を叩く。切れたのはつり下
げられていた部分。体に食い込むよう縛られた縄は切れていない。
まだ身動きがとれない状態。
サーデルは、亀の甲羅型に縛ってある縄目の要所要所を切ってい
く。
後ろ手にされていた手首が痛かったのだろう。ホットポットは、
手首をさすりながら上半身を起こした。
深紅の唇が、妖しく動く。
﹁我がこのような情けで改心するとでも思うておるのかえ? むし
ろ憎しみの情を︱︱﹂
そこから先、ホットポットの唇の動きが止まった。
目を白黒させるホットポット。
彼女の唇は、サーデルの唇で塞がれていたのだ。
ホットポットの腕が、所在なさげに空を彷徨っている。
腕をホットポットの後頭部へ回すサーデル。頭を抱えたまま、ホ
137
ットポットを抱き起こす。
位置を変え、向きを変え、サーデルのディープキスが続く。
彷徨っていたホットポットの腕が、サーデルの背中に回った。長
い爪は小振りの短刀のよう。
その短刀を生やした指が、そっとサーデルの背中をまさぐる。そ
して、求めるように抱きしめた。
二人の腕が互いを求め︱︱。
糸を引き、二人は離れた。
ホットポットの目が潤んでいる。
﹁我をどうするつもりだ?﹂
﹁戦いの後、僕と共に生きてもらう﹂
﹁我は魔族ぞ﹂
﹁僕が王となった暁に、文句は言わせない!﹂
﹁我は人間の后となるのかや?﹂
魔王リップスの軍にその者ありとうたわれた魔将軍ホットポット。
落ちるか?
サーデルは、ヒマワリのような笑みを顔いっぱいに開かせた。
﹁魔族の分際で何言ってるかな?﹂
﹁あれ?﹂
ホットポットの顔が引きつった。
﹁君は奴隷になるんだ。僕だけに仕えるんだ。君は知能が高そうだ
ね? でも君が苦労して溜めた知識は無駄だ。必要ない。愚か者の
ようにして僕に仕えるんだ。君が意志を持つ自由や権利は無い﹂
138
その場に居合わせた人々が、激しく動揺した。
だが、かろうじてモコ助だけが理性を維持していた。
﹁おいおい、サーデル兄さん、せっかく固まった話を︱︱﹂
﹁すてき!﹂ ﹁ホットポット落ちたーっ!﹂
サーデルの胸に飛び込むホットポット。
﹁よしよし、いい子にしてたら首輪つけてやるからな。僕のペット
の証だ。そうだ、名前はホットポットは生意気だ。そだな⋮⋮ペッ
トとしての名前を考えてやろう﹂
ホットポットの目がおかしい。熱に浮かされたように虚ろだ。
﹁そうだな﹃ココ﹄でどうだ? 猫らしくて良い名だ。ココ、ココ
!﹂
﹁いやちょっと、モコ助と若干かぶるんだが⋮⋮﹂
モコ助の突っ込みを無視し、ホットポット改、ココは、ゴロゴロ
と喉を鳴らして、首筋をサーデルの身体に擦りつけてきた。
﹁馴れ馴れしいぞ!﹂
ココは、ビクリと身体を震わせ、距離を空ける。
﹁ココ! 僕を怒らせたな! 僕はお前を信用した訳ではない! 信用に足りる実績がココにはないんだ! まだココに首輪は授けら
れない。僕の物になるには早すぎる﹂
あの魔将軍ホットポットが、ヒイヒィと小さな悲鳴を上げながら、
怯えている。
﹁去れ! 僕の前から消え失せよ! 今のココなど見たくもない!﹂
﹁わ、我はどうしたら⋮⋮﹂
139
サーデルは手を伸ばし、ホットポットの顔を優しく包んだ。
﹁あ、あう⋮⋮﹂
サーデルは、ホットポットにキスを仕掛けた。ココも顔を近づけ
る。
だが、すんでの所でサーデルはホットポットを突き放した。
よろりと下半身が崩れ、ホットポットはその場にへたり込んだ。
サーデルは一瞥もせず、背を向ける。
﹁何をすれば良いか考えるんだ! そして行動しろ!﹂
そのまま、歩き去るサーデル。
いざ
ホットポットは、尻餅をついたまま、後ろへ膝行った。
足を藻掻いて立ち上がる。後ろ向きに二歩三歩。
そして、くるりと踵を返し、大きく跳躍。そのまま村の外へと消
えていった。
﹁ほおおう⋮⋮。なんか映画を一本見た気分だぜ﹂
汗をかいたのか、ミカボシは、手の甲で額をぬぐう。
﹁そいつは得したな。オイラ、どうなるかとハラハラしたぜ﹂
モコ助も、大きく息を吐きだした。
﹁モコ助様、ミカボシ様、ホットポットはあのままでよろしいので
しょうか? 追撃をかけるべきでは?﹂
スラリと大刀を引き抜くフェリス。まだ消えきっていない松明の
炎を反射して、刀身が赤く輝いている。
140
モコ助は、ホットポットが消えた空を見つめる。
﹁どう思うね? ミカどん﹂
ミカボシは、眉間に皺を寄せて、チャラチャラと銀の棒ピアスを
弄んでいる。
﹁いいんじゃねぇの? このままで。あいつはもう敵じゃない﹂
﹁だそうだ。無駄なことはよそうや﹂
モコ助がフェリスに回答した。
その言葉に、フェリスは剣を鞘に収めることで同意とした。
﹁魔将軍ホットポットは死んだ。作戦はこれで終了とする!﹂
モコ助が鬨の声を上げた。
村中の人間が歓声を上げる。この村は、これにて開放されたのだ。
﹁しかしサーデル兄さん、ただのスケコマシじゃねえな。こりゃ将
来大物になるか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮犯罪者になるかのどっちかだな﹂
珍しく意見の一致をみるモコ助とミカボシであった。
141
4.大宴会
オロチ改作戦が終了した。
とたんに、昨夜から、だれ一人として物を口にしていないことに
気がついた。
気がついたときには、勇者一行の目の前に、ご馳走が並べられた
後だった。
役に立たなかった村の男衆に代わって、村の奥様方が気を利かせ
て炊き出しを進めていたのだ。
肉家畜として家々で育てられていた兎が供された。
粗塩をよく揉み込んだ兎肉を香草と一緒に蒸し焼きした、原始的
な料理だ。
にこにこ顔のミカボシが、肉を豪快に噛みちぎり、旨そうに咀嚼
している。
ディーグ村に着くまで、堅いライ麦パンを水でふやかして食べる
という食生活が続いていた。そりゃ嬉しいだろう。
油分の少ない兎肉は香草によって臭みを消され、噛むほどに肉の
味が口いっぱいに広がっていく。
次に出てきたのは油の滴る豚の丸焼き。
テカテカときつね色に光る表面が食欲をそそる。パリパリとした
皮の食感がすばらしい!
貴重な豚の肉、ふんだんに焼かれていた。
142
真っ白なパンは、小麦で作られている。酸っぱいライ麦パンなど
テーブルには乗らない。
余った肉汁をパンに吸わせて平らげていく。
温暖化したとはいえ、北の国である。酒は火の酒、燃える酒。透
スピリツツ
明になるまで芋酒を蒸留した酒だ。
それは蒸留酒。この村では、命の水=アクアヴィテと呼んでいる。
原液を飲んだらすぐ、水を同量飲む。それがこの地方での正しい
飲み方。なぜなら、水を飲んで薄めないと胃を痛めてしまうからだ。
勇者一行、大いに食った。大いに飲んだ。
村人と肩を組んで歌い、大声で冗談を言い合う。
﹁おーい! 誰か芸やれ、芸!﹂
ミカボシがアクアヴィテの入った木のジョッキを掲げて何か言っ
てる。
﹁一番、リーン﹂
手を上げて立ち上がるリーン。
﹁倒れます﹂
どうと床に倒れ込むリーン。飲み過ぎた模様。ただちにベッドへ
運ばれた。
﹁ちっ! これだから子供は! 二番、天津甕星、イッキ行きます
!﹂
おぶおぶとジョッキを空けていくミカボシ。
口元を拳で拭き取り、どや顔で決める。
酔っ払いから拍手が巻き起こる。
143
﹁ミカどんにだけ良い思いはさせねえ。二番勇者モコ助、聖剣を呼
ぶぜ! 聖剣よ酒の席に空気読んでからこーい!﹂
パリパリと煎餅を噛み砕く程度の音を立てて、聖剣が現れた。
﹁ふっ! これがオイラの︱︱﹂
﹁三番、フェリス。聖剣を研ぎます﹂
しゃこしゃこしゃこ⋮⋮。
流れる動作で、腰の袋から研ぎ石を取り出し、聖剣を研ぎ出すフ
ェリス。
﹁あの、フェリス姐さん⋮⋮﹂
過去に何があったのだろうか? フェリスは、鬼気迫る表情で一
心不乱に聖剣を研いでいる。
声、掛けづらい。
﹁四番、天津甕星、イッキ行きます!﹂
んぐんぐとジョッキを空けていくミカボシ。
口元を拳で拭き取り、どや顔で決める。
酔っ払いから拍手が巻き起こる。
﹁その絵面、ある意味ヤバそうだな⋮⋮﹂
モコ助が、細い目でミカボシを冷静に眺めていた。
﹁五番サーデル。フェリスを寝かせます﹂
サーデルは、砥石の上でハゲシク動くフェリスの両手を掴みあげ
た。
聖剣を取り上げられてもカクカク動いているフェリスをつれて、
リーンの隣へ転がした。
怯えていた村人の間から拍手が起こった。
﹁六番、天津甕星、イッキ行きます!﹂
144
おぶおぶとジョッキを空けていくミカボシ。
口元を拳で拭き取り、どや顔で決める。
酔っ払いから拍手が巻き起こる。
﹁だからその絵面はヤバイっつってんだろ!﹂
モコ助がミカボシに噛みついた。
昼から始まった宴会。日が沈む頃には静かになった。
村の男衆すべてが酔いつぶれ、累々と体をなげうつ部屋。だがそ
こにミカボシとモコ助の姿はなかった。
二人はというと、村長宅の屋根の上でのんびり並んで腰掛けてい
る。
なぜそんなところにいるのか? 単に、沈みつつある夕日が綺麗
に見える場所がここだったからだ。
太陽の反対側から、十六夜の月が顔を出した。
﹁こうやって月を見ていると、ツクヨミのガキを思い出すなぁ。し
ょっぱい子供だった﹂
﹁ミカどんよ、月読様と知り合いなのかね?﹂
﹁ああ、つい先だって、ドンパチやらかしたトコだ。オレ様の圧勝
だったがな! もうちょっとで宿敵アマテラスに手が届くとこだっ
た。吸血鬼と口の減らないガキに邪魔されていなければ!﹂
﹁吸血鬼ね、はいはい、その時も酔ってたんだな。まあいい、ミカ
どんよ、この世界、見たところ太陽は一つだ。月も一つだし、律儀
145
に月イチで満ち欠けしている﹂
﹁そうだな﹂
﹁ミカどんよ、⋮⋮この世界に神はいるかね?﹂
﹁⋮⋮メコ助、三日月はよ、なんでミカヅキって呼ばれているか知
ってるか?﹂
﹁モコ助な。ナニ話変えてるかな? ⋮⋮まあいい、そりゃ新月か
ら数えて三日目の月だからだろうぜ﹂
﹁なんで三日目じゃなきゃならねぇんだ? 古代日本人の観測技術
で、二日目と四日目との区別ついてたのかね?﹂
カガヤ
﹁何だ、ミカどん。ミカヅキって三日目の月じゃないってことかい
?﹂
ミ
みかづき
﹁これは秘密なんだが、古代日本語でミカってのは、身が輝くって
意味なのさ。沈みゆく太陽と代わるようにして輝くから身輝月と呼
ぶ。⋮⋮なにも三日目の月って意味じゃねぇ。ほら、三日月は太陽
の側でしか見られないだろ? 満月は太陽の反対側にしか現れない
だろ?﹂
﹁⋮⋮なるほどね。ミカヅキ、ミカボシ、よく似た語呂だ﹂
﹁あ、ストップ! ちょっと喋りすぎた!﹂
﹁宵の明星ってのは太陽が沈む直前から出てくるよな? まるで太
陽を蹴落とすかのように。おまけに惑星だから不気味に見えたこと
だろうよ﹂
﹁ああ、いい夕日だ﹂
﹁もう沈んだぜ。ミカヅキしか見えねえぜ﹂
﹁メコ助よ﹂
146
﹁モコ助な。なんだいミカどん﹂
﹁この世界に神はいる﹂
﹁⋮⋮ほう!﹂
﹁それからな⋮⋮﹂
﹁なんだい?﹂
﹁ミカどん言うな!﹂
147
4.大宴会︵後書き︶
これは、我らが勇者モコ助︵犬︶達の熱きマイソロジーである!
﹁暑いけど、勇者南へ﹂編、終了。
次回より﹁ヴェクスター公国﹂編がはじまります。
大規模戦争勃発か? 勝利の鍵は﹁フェリス﹂
しばらくの間、生暖かく待て!
148
1.検問所︵もしくは筋肉冒険隊︶︵前書き︶
遂に、ゴンドワナ大陸の人々が待ち望んだ真の勇者が誕生した。そ
の名も勇者犬﹁モコ助﹂!
149
1.検問所︵もしくは筋肉冒険隊︶
翌日。
勇者一行は、旅の身となっていた。
日の出と共に、ディーグ村より出立したのだ。
追い出されたカタチで国を出た以上、一カ所で腰を落ち着けいる
訳にはいかない。
王室にいらぬ疑いをかけられるだけだからだ。それはディーグ村
にも嫌疑をかけることとなる。
さえずって
日が昇って間もない、いわゆる早朝。さすがに涼しい。
今日も元気に小鳥が囀っている。
相変わらず眩しく朝日を跳ね返す、銀光の鎧少女フェリスを露払
いとした隊列を組む勇者一行。
昨日ダウンしたはずなのに、みんな早朝から元気だ。
ミカボシが、ネコシャラシ草を振り回しながら、遠くの空を見て
る。
﹁おいメコ助、次はどこへ行くんだ?﹂
﹁モコ助な。次はヴェクスター公国だ。どうにかして公王と接触し
たい。魔王ヒトアイの件で話がしたい﹂
モコ助、なにげに不機嫌だ。
﹁その話なら、ヴェクスター公王カイル陛下に早馬が走ったと聞い
ておりますが﹂
サーデルが、横から口を挟んできた。
150
﹁既にラベルダーでの一件は、カイル陛下の耳に届いていると思い
ます。ヴェクスターにこの人有りとうたわれる天才軍師、フラット
がこの機を逃すはずありません。大丈夫ですよ﹂
﹁そうじゃねえんだサーデル兄さん。オイラは、魔王軍壊滅後にヴ
ェクスター公国がどう動くかでカイル公王を値踏みしたいんだ﹂
遠い目をしているモコ助。
﹁ハハハッ! さすがモコ助殿、先の先を見ておられるか!﹂
﹁まあな。魔王軍なんざ、所詮ミカどんの前ではフータ君の前の塵
芥みたいなモンだ。この旅は楽勝パターン。問題は人魔戦争後の処
理だと⋮⋮おい、フェリスの姐さん、浮かない顔してどうした?﹂
モコ助がフェリスの様子が変なのに気づいた。
いつものポーカーフェイスながら、なんとなく浮かない顔っぽい
のに気づける辺り、リーダーとして超一流だ。犬だけど。
﹁いえ、別に。⋮⋮モコ助様のおっしゃる将来像に思いを馳せてい
たのかもしれません。どうかお気に止めないでください﹂
﹁そうかい?﹂
じっとフェリスの目を見つめるモコ助である。モコ助の瞳に、フ
ェリスの白い顔が映っている。いつものフェリスだった。
ひょいと、モコ助の瞳にミカボシの顔が映りこんだ。
﹁なあ、メコ助。結局、ホットポットの行方はわからずじまいか?
おとな
おっとココだったっけ?﹂
﹁モコ助な。このまま温和しくしてくれりゃいいがな。なにせ魔将
軍ホットポットだ。おっとココだったな﹂
ホットポットという名前を聞いて、今度はモコ助が浮かない顔を
151
する。
﹁ハハハッ! ココは頭の良い魔族です。魔王リップスが死んだの
を知っていたのに律儀に命令を執行していた。このタイプは命令さ
れる事に心の安らぎを見いだすんです。僕が賭に出たのは、その性
格を読み取ったからにすぎません﹂
サーデル王子、爽やかな顔をしながら、すごい外道を言ってのけ
る。
﹁頭が良くて、実力もある。だのに依頼心が異常に強い。典型的な
M資質の持ち主です。加えて、自己破滅願望が心の奥の奥に生息し
ているように見えました。僕はそれら親切に教えて、助長してさし
あげただけ﹂
﹁サーデル兄さんが王になった暁には、オイラ暇を取らせてもらう
ぜ﹂
モコ助は、不機嫌さを隠そうともしない。
﹁おいメコ助、なんか機嫌斜めだな? 爽やかな朝の風景を楽しま
ねぇのか? ほら、綺麗どころもそろってることだし﹂
ミカボシ。なぜか必死に笑みをかみ殺している。
﹁モコ助な。オイラの不機嫌な理由を知ってんなら黙ってろ! サ
ーデル兄さんよ、兄さんのその格好、いったいなんだ?﹂
﹁え? これかい?﹂
サーデルは、その場でくるりと回った。
ポニーテールに結った長い金髪が、可愛くはねる。アイスブルー
の目がとても綺麗。
短いスカートが遠心力で花を咲かせ、白くて形良い太ももが露わ
152
になる。
いわゆる女装。それもハイレベルな少女像である。
踊り子に仕立てて劇場のステージに立たせれば、人気者になるこ
と、まず間違いなし。
それも場末のいかがわしい酒場などではなく、ちゃんとした後ろ
盾が付いている立派な劇場での人気者だ。
﹁兄さん、オイラ言ったよな。兄さんだけが頼りだと。最後まで自
分を持っていてくれと。オイラ達が女装を強いたのは謝る。だから
こっちへ戻ってきてくれ!﹂
﹁ハハハッ! これはこれでなかなかの物だよ。僕は自分の才能を
見つけたんだ。この道を究めるつもりだよ。きっと役に立つって﹂
﹁どう立つってんだよ! お前ら人間のくせに、犬のオイラへ仕事
を振って楽しいか? これ以上オイラの頭痛の種を増やしてくれる
なよ!﹂
前足で頭を押さえ込むモコ助。
ミカボシが、モコ助の顔をのぞき込んできた。
﹁一応、オレ女。騎士のフェリスも女。魔法少女リーンも女。サー
デルも男の娘。どうでぇハーレム勇者の気分は?﹂
﹁オイラ、ハーレム勇者撲滅委員会の会員なんだよ。立場ねえぜ。
女装が役に立つって? どこで役に立つってんだよコラァ!﹂
ミカボシ、たまらず大声で笑い転げるのであった。 153
それが役に立ってしまったのである!!
﹁はーい皆さん! わたしたちは旅の一座、モフモフ歌劇団でーす
! わたしは劇団交渉役も兼ねる踊り子のサデ子でーす!﹂
サデ子はクルリと一回転した。天使をたぶらかし悪魔から小遣い
を巻き上げる笑みを浮かべながら。
ふわりと舞い上がるミニスカート。そこから覗く、白い太もも。
検問所の警備兵と監査官、二人とも、姿勢が低い。太ももに目が
釘付けだ。
なにせサデ子は、フェリスが悔しがる程の超美形。
金髪ポニーテール。宝石のようなアイスブルーの目は深く澄んで
いる。ベルトから下はミニのスカートである。
鼻の下を長くした兵より警戒心が消失した。若い方は、頬と耳を
真っ赤に染めている。
﹁ねぇねぇねぇ! 舞台でお兄さん方を見かけたら、うんとサービ
スしちゃうから!﹂
﹁え、えーと、芸人の通行税は⋮⋮﹂
審査もそこそこに、関を通す気満々の検査官であった。
なぜ、サーデルが、このような性癖を⋮⋮もとい、小芝居を打っ
ているのか?
説明するには、少々時間を遡らねばならない。
154
モコ助筋肉冒険隊が、ヴェクスター公国の設定した国境へさしか
かった時まで遡る。
国境は険しい山に挟まれた谷間の回廊であった。
﹁はい、じゃぁ次﹂
前の前のグループは、ヴェクスター公国への入国を拒否されたよ
うだ。
見るからに流れ者の傭兵とおぼしき、武装集団が六人ばかり。文
句が出る前に槍を向け、追い払う警備兵。
ここはヴェクスター領、国境の村。その入り口に設けられた検問
所、つまり関所である。
軽装備の警備兵が一人。検査官が一人。計二人。ペアーで行動し
ている。ずいぶんご丁寧である。
そして審査に一切関わらない警備兵が四人ばかり、関の入り口を
固めていた。
鎖帷子を着込み、鉄の兜をかぶり、長槍で武装しているその姿は、
一般人が立ち向かえるものではない。関の向こう側にも十二人ばか
り。奥の詰め所には、まだ数人の兵が詰めている気配がする。
太い丸太で作られた頑丈な柵が設けられている。左右は切り立っ
た崖。
この柵だけで、ちょっとした戦力を迎え撃てるだろう。敵襲来を
城へ伝え、対策を取るまでの時間稼ぎになら、それで充分のようだ。
155
後で知ったのだが、政治システムが崩壊したと言っても過言では
ないラベルダー王国よりの流民と、荒くれ者対策で置かれた検問所
であった。
次の入国予定者は荷馬車に乗った商人である。
商人は係員と二言三言会話を交わし、荷駄を見せている。危険物
や密入国の審査と、荷物への課税を計算しているのだろう。
見る限り、関を通過できるのは確実のようだ。
﹁なるほどな﹂
モコ助が嫌そうな顔をした。
﹁通商に関わる者なら、大歓迎ってわけだ。ついでに税を取り立て
ようってか? これだけでもヴェクスター公国は、統治機能を失っ
てないと見て間違いねえ﹂
モコ助は、独り言風に喋っているが、サーデルやフェリス、リー
ンそしてミカボシに説明していることは明白。
そして、相変わらずサーデルが感心している。
﹁ところがだ、武装している一団を追い返すところを見ると、治安
維持に苦労してるのも読み取れるな。あと、これ以上傭兵を傭う金
も無しか。まずいなこりゃ﹂
﹁なんでだ?﹂
ネコジャラシ草を持ったミカボシが、一同を代表して聞いてきた。
﹁オイラ達、筋肉冒険隊を鑑みてみろよ。全員攻撃型だぜ﹂
156
モコ助。ココア色のトイプードル。喋る犬。ついでに召還型勇者。
戦闘スタイルは格闘家タイプ。筋肉冒険隊のリーダーにして頭脳。
可愛い。肉球持ち。懐が深い。
ミカボシ、背の高さは目立つことこの上ない。見た目丸腰である
が、荒技系であることは一目で分かる。実は、日本書紀に載る悪神。
思慮深さは犬以下。
フェリス。光り輝くプレートアーマーに、やたら高価そうなバス
タードソード持ち。ポーカーフェイスが美人と相まってとても怖い。
元ラベルダー王国・鉄蹄騎士団副団長。人生設計は犬以下。
リーン。白いフードは神性魔法使いの印。魔法使いの看板あげて
るようなもの。性格は犬以下。
サーデル。ミニスカートの男の娘。女装しているが、ベルトから
上に鎖帷子を着込んでいる。なまら立派な剣を後ろ腰にぶら下げて
いるのもポイント。なによりラベルダー王国の王子とバレると、い
ろいろな意味で問題だ。⋮⋮委任状も身分証明書も持ち出さなかっ
た為、ただの色欲変態王子である。頼りがいは犬以下。
﹁なるほど﹂
ミカボシが首肯した。さすがに現状を受け入れるしかないのだろ
う。
﹁よし、力づくで押し通るか!﹂
﹁リーン嬢、ミカどんを押さえていてくれ。その間にオイラが考え
る﹂
157
眉間に皺を寄せるモコ助である。もしくは苦虫を噛みつぶしたよ
うな顔ともいう。
﹁ここをどう通るかだな。素直に勇者だと言っても、連中は通して
くれるかな? いかん、時間がなくなった!﹂
どうやら商人の通行許可が下りたようだった。
商人は、幾ばくかの通告税を検査官に払うと、馬に鞭を当てた。
営業用のスマイルを最後まで崩さず、荷馬車を進めていった。
次は筋肉冒険隊の番だ。
﹁モコ助殿、僕にベターなアイデアがあります﹂
サーデルがモコ助に耳打ちしてきた。
﹁てめえが気を利かして身分証明書の一枚でも用意してりゃ、こん
なに悩まなくてすんだんだが、一応提案とやらを聞いてやろう﹂
こほんと咳払いをしてから、サーデルがアイデアを語り始めた。
﹁旅芸人というのはどうでしょう? 人畜無害だし、旅の上の情報
をもってそうだと思われるだろうし、領内で金を稼ぐのは才覚次第
だと思われるだろうし︱︱﹂
﹁はーい、次の方どうぞ﹂
町の歯医者さんで順番を待ってるような軽い呼ばれかた。
﹁しかたねえ。それでいこう。サーデル兄さん、仕切れるな?﹂
﹁任せてください。だてに遊んできたわけじゃありませんからね!﹂
モコ助は大変な不安を︱︱ラベルダー王国の将来について︱︱抱
158
えたが、今はそれを考える時ではないと思い直し、頭から不安を追
い出した。
﹁はーい皆さん!﹂
サーデルが警備兵の前に飛び出した。
そして、冒頭の詐欺⋮⋮もとい交渉であった。
﹁まさか役に立つときが来ようとは、神なる身であろうとも想像だ
にしなかったであろうことよ。なあ、メコ助?﹂
﹁モコ助な。あの兄さん、ガチガチの戦士スタイルしてるフェリス
をどうやって芸人だと言い張るのか⋮⋮。オイラ、もう喋らねえぜ﹂
サーデル事、サデ子が警備兵を騙くらかしていくが、やはり相手
はプロ。疑問点を突いてくる。
﹁そこの女⋮⋮いや女性。どう見ても戦士なんだが﹂
やはりフェリスである。フェリスの表情は能面が如しである。だ
が、いつもより堅そうだ。
﹁フェリちゃんは剣の舞を得意としてるの。お客様の中には騎士様
や貴族様もおられるので。⋮⋮こんな綺麗に磨き上げた鎧、見た事
あります?﹂
にこやかに答えていくサデ子。臨機応変とはこの娘⋮⋮もとい、
この子の為にある言葉か。
警備兵はデレっぱなしである。
﹁ほら、フェリちゃん!﹂ 159
サデ子が、フェリちゃんに何かを振った。
ビクリと身体を震わせたフェリちゃん。考えるより先に身体が動
く。
腰を落としながら神速で抜刀。その際、思い切って腰を後ろへ引
き、抜刀を助ける。
倍の速度で鞘から剣が抜けたように見える。
片手持ちの剣を上段に構え、ゆっくりと中段へ。腰を上げ、背筋
を真っ直ぐに。
左足を引きつつ、下段の構えに。この間、身体の軸は一切ぶれて
いない。
ふっとフェリちゃんの身体から力が抜けた。
後は普通の演舞。
クルクルと手首で剣を回転させて鞘に収め、一歩下がった。
それでフェリちゃんの芸は終了した。
ホオー! と兵士達が息を吐く。
ここで、警備兵が我に返った。
﹁だからといって、旅の道中で鎧を着用する必要ないだろう? 重
いだけだし﹂
﹁見かけ倒しのためよ。だって戦士が一人いるのといないのじゃ、
野党や魔族に襲われる確率がぐっと低くなるんですよぉ。お兄さん
達、こっちまで巡回してくれないしぃ−﹂ 上目遣い、そして、綺麗な柳眉を寄せてふくれっ面をするサデ子。
これは可愛い。
﹁そりゃそうだ。これはお兄さんが悪かった!﹂
160
デレっぱなしの警備兵。どう見てもお兄さんよりオッサンの年齢
であるが。
﹁じゃ、その魔術師は?﹂
これはリーンの事。
神性魔術師の制服たる白いローブを頭からすっぽりと被っている。
魔法使い以外の申し開きに無理がある。
﹁神性魔法使いですよ﹂
あっさりと肯定するサデ子。
﹁神性魔法使い芸人なんです。リーン、いつもの芸やって!﹂
サデ子、リーンに無茶振りをする。
対してリーン、小さく、堅く、こくりと頷く。両手をローブから
出して、何やらボソッと呪文を唱えた。
ポンと乾いた音がした。火の玉がリーンの左右の手に一つずつ、
計二つ現れた。
﹁ほ、ほ、ほ﹂
互い違いに火の玉が、上下しだす。
いわゆるお手玉。
おお! と警備兵達から歓声が上がる。
見る間に火の玉が三つに。三つの火の玉を自在に操るリーン。
﹁はい﹂
リーンの、乾燥した掛け声共に、火の玉が消えた。軽くお辞儀を
するリーン。芸が終わったようだ。
161
長槍を手にした警備兵からも拍手が起こる。
﹁じゃ、そこの背の高い目つきの悪い女! どんな芸をするんだ?
名前は?﹂
ピキリとサデ子の頬が引きつった。
半瞬の間を置いて、サデ子が流暢に話し出す。短い間で頭をフル
回転させたのだろう。
﹁自己紹介と芸を見せてやって﹂
⋮⋮丸投げであった。
﹁えーと、名前は、えーと、⋮⋮イノリ。イノリ・ヒタチ。芸は︱
︱﹂
説明しよう!
常陸イノリとは、ミカボシが、寸借詐欺・強請・借金取り立てな
どの悪事を働くときの仮の名である。また、戸籍も︵ズルして取得︶
常陸イノリで登録してある。
国津神系の舎弟からは﹁イノさん﹂と軽々しく慕われているので
ある!
﹁︱︱芸は︱︱﹂
変な柄のTシャツの、背中の襟首に手を突っ込んだ、ミカボシこ
とイノさん。
ズルズルと長細い棒状のモノを取り出した。
﹁笛です﹂
162
取り出したのは横笛。漆塗りの竹製横笛。篠笛と呼ばれる種類に
分類される笛である。
篠竹でできたシンプルな構造であるものの、黒漆が塗ってあり豪
華絢爛な造りとなっていた。
笛には、金色に輝く真鍮が巻かれている。華麗な装飾でもあるが、
その実は別の所にある。高音になると発生する竹の振動を抑えるた
めの実用的な装備なのだ。
そんな素人には解りにくい所に凝りまくった笛が、イノさんの手
に納まった。
サデ子の無茶ぶりに、見事答えるカタチとなったイノさん。歌口
に唇を当て、演奏準備が整った。
笛は音を紡ぎ出す。
この世界にない音色。
メリハリがはっきりしていて、音域が異様に広い。だけどデリケ
ート。
聞いている者が身体を動かすと、それだけで壊れそうな音曲。
だが、外の音楽。室内で奏でる楽器ではない。
根底に潜むのは野原で演奏する為の笛。そう、祭りでこそ吹かれ
るのに相応しい。
イノさんが吹く笛の音で、その場の空気がどんどん清く澄んでい
く。
曲は二曲目に入った。
遙か彼方へ旅立った若者を見送って真っ赤なスカーフを振ってい
163
る乙女がテーマの名曲。
それさえ奏でなければ完璧であったものをと、突っ込みたかった
モコ助である。
﹁ほおー﹂
演奏が終わった。兵士達が万雷の拍手でそれに答えた。
関を守る兵達の心は完全に掴んだ。関の通過は誰の目にも明らか。
﹁ここでもう一つ芸をご覧に入れましょう!﹂
ミカボシ、余計な事を言った。
﹁調子に乗りやがったか?﹂
モコ助が犬語で悪態をついた。
フェリスが目を細める。リーンもローブを目深に被った。
サーデルでさえ顔をしかめかけた。
﹁我らモフモフ歌劇団もう一人のメンバーにして、歌劇団のアイド
ルスター、紀州犬のモッフィーでーす!﹂
ビクリと身体を震わせるモコ助。
﹁やりやがったな!﹂
ミカボシの目は﹁一蓮托生﹂とか、﹁てめぇだけ逃げられると思
ってねぇだろうな﹂とかいった種類で、怪しく光っていた。
ミカボシは、マイナス一秒の歩行術を応用した素早い動きで、馬
上のモコ助を抱き上げる。
助けを求めて、フェリスに視線を走らせるモコ助。
164
フェリスは、ミカボシと同じ色の目をしていた。
いや、瞳の色の事ではない。あくまで﹁同じ色の目﹂である。そ
う、﹁平等﹂という色に染まっていた。
モコ助は、身の危険を感じ、リーンに助けを求めた。
リーンの目は﹁道連れ自殺﹂色だった。
﹁だめだこりゃ!﹂
犬語で喋ったのが、モコ助の最後の理性であろう。
モコ助はミカボシの手により、地面に引きずり下ろされた。
﹁お手﹂
リーンが可愛い手を出した。意を決して右足を出すモコ助。
どこから取り出したのだろうか? ミカボシはフラフープの輪を
持っていた。
﹁ジャンプ!﹂
ままよ! とばかりに、モコ助はダッシュ。ジャンプ一閃、輪を
くぐった。
フェリスが抜刀していた。
﹁ズンバラリン!﹂
間合いの外で袈裟切りを披露。
﹁キャン!﹂
モコ助は、斬られたフリをして横たわる。
﹁おおおおーっ!﹂
警備兵の間から感嘆の声と拍手が湧き上がる。
飛んできたお捻りを拾い集めるサデ子。
165
﹁これだけじゃありませんぜ!﹂
ミカボシの目に妖しい光が残っていた。
﹁犬の腹話術ーっ!﹂
拍手を求めるミカボシ。
今度は何かと、身を乗り出してきた警備兵達。気がつけば警備員
の頭数が増えていた。詰め所で休憩してきた交代要員まで見物に出
てきたのだ。
﹁はーい、モッフィー君、こんにちわ!﹂
﹁コンニチハ!﹂
﹁おおおお! 犬が喋ったように見えた!﹂
警備兵の間で動揺が走る。
﹁はい、じゃ、自己紹介しようか?﹂
﹁ウン! ボク、モッフィー君。コノ劇団ノ団長ダヨ!﹂
﹁犬が団長なわけねぇだろ!﹂
﹁ソレナラ、経理部長デイイヤ!﹂
﹁いい加減になさい!﹂
﹁ホナ、サイナラ!﹂
ボケとツッコミが見事に決まった。
大爆笑!
検問所中の人間に大ウケである。
後ろで順番を待っていた旅人達からも、お捻りが飛んできた。
大もうけである。
166
﹁これはすごい劇団だ! よし通れ通れ! お前ら大成するぞ!﹂
ニコニコ顔の検査官が、検問所の向こうを指さした。
﹁あの、通行税は⋮⋮いかほどで? 芸をお見せしたことですし⋮
⋮﹂
おや? という顔をする検査官。
﹁払わなければならないのはこっちだ。だいいいち旅の芸人からは
通行税を取らんのが決まり。さ、通れ通れ!﹂
﹁そういうことでしたら、遠慮なく!﹂
難関突破の予感に、自然と笑顔が浮かぶサデ子。
﹁あ、ちょとまて!﹂
サデ子は、びくりと体を震わした。
検査官が、警備兵に耳打ち。警備兵が詰め所へ駆けていった。
何か、気づかれたのだろうか? サデ子の背中を嫌な汗が流れる。
警備兵が、何かを手にしてこちらへ戻ってきた。
手にした物を受け取る検査官。
﹁通行証を発行してやる。これ持ってれば、全ての検問はパスでき
るぞ﹂
﹁ありがとうございます!﹂
前にも増して、魅力的な笑顔を披露するサデ子。対して、嫌らし
いニヤニヤ笑いが止まらない警備兵ども。
スタンディングオペレーションの中、モフモフ歌劇団一行は、無
事、検問所を通過したのであった。
167
1.検問所︵もしくは筋肉冒険隊︶︵後書き︶
さて、再連載です。
しばらくヴェクスター公国でのお話が続きます。
イノさんことミカボシの事ですが、詳しくは﹁我を崇めよ! そし
て敬え!﹂を参照してください。
誤字脱字、感想など、幅広く募集中!
168
2.公国の嵐︵⋮の予感︶
国境の検問所を通過して半日足らずが過ぎた。
山道を通過し終え、辺りはすっかり見晴らしの良い平原になって
いる。
多少起伏はあるものの、遠目にはなだらかで、雑草が辺り一面に
生い茂っていた。
人工の建造物は見あたらない。
右に左に、こんもりと茂った森が散らばっている。一部は深い森
に繋がっているようだ。そして、その森は、レビウス山脈へと連な
るのが常だ。
筋肉冒険隊一行は、森に沿った道をのんびりと歩いていた。道と
いっても、雑草が踏み固められた細い線に過ぎないが。
空には羊雲が浮かんでいる。背中を押すように吹く風が心地よい。
至って平和だった。
今までは。
﹁なんかいるぞ﹂
ミカボシが、手にしたネコジャラシ草で、右前方を指した。
まば
そこは密集して生えている森の木々が、唯一疎らになっている所。
﹁こっちが風上だから臭いがしねえ。魔族か?﹂
169
モコ助が馬上で身構える。サーデルが森の反対側へ移動した。
﹁いや、魔族じゃ︱︱﹂
一行の真横。ミカボシが指した場所より手前。森の木々が、音を
立てて爆発した。
木の枝や葉っぱと共に、黒い大きな影が飛び出してきた。
身長三メートルを超える大熊だ。
体重は一トンじゃ軽かろう。そんなのが二本足で直立していた。
熊は片目。潰れた方の目の上の毛が赤茶けている。
手負いだ。
熊と筋肉冒険隊、目と目があった。
大熊が吠えた!
裂けそうなまでに口を開け、涎をとばしながら大熊が襲いかかっ
てきた。
﹁やべ!﹂
ミカボシが動くより先に、銀光が動いた。
フェリスである。
剣を抜く時間はない。素手で熊に立ち向かう。
大熊は丸太のような前足を振りかぶった。
﹁フェリス!﹂
サーデルが悲鳴を上げる。
170
﹁出すぜ! 9ミリパラペラムバレットパンチ・モード・デス=コ
なげ
ミュニケー︱︱﹂
﹁長ぇーんだよ!﹂
モコ助が飛びかかろうとして、ミカボシに首筋をつまみ上げられ
た。
﹁おいおい、何するんだい? オイラは猫じゃねえって何度言えば
︱︱﹂
﹁まあ見てな﹂
重量物同士がぶつかる音がして⋮⋮フェリスは熊の前足の一撃を
片手で受け止めていた。
恐るべき馬鹿力。
再び、銀の光が動く。
フェリスが放つ、零距離からのショルダータックル。
大熊がバランスを崩した。言い換えれば、ヘビー級の大熊にバラ
ンスを崩すほどの力を加えた、ということである。
﹁おいおい、フェリス姐さん、どんだけの筋肉量なんだよ! 筋断
面積イコオル出力の医学常識を無視するんじゃねえよ!﹂
モコ助が、心配を通り越してあきれていた。
フェリスが左拳を大熊のレバーに打ち込んだ。大熊の体が歪むも、
何ともなさそうだ。
大熊がまた前足を繰り出した。
171
フェリスは冷静にそれをかわしつつ体を回転。十分遠心力の付い
た右の裏拳を大熊の脇腹にたたみ込む。
金属製の籠手の質量が乗ったとはいえ、人間が繰り出す打撃技。
大熊の毛皮と分厚い脂肪と固い筋肉を通すとは思えない。
﹁通ったみてぇだな﹂
冷徹なまでに落ち着いたミカボシが、解説した。
大熊はフェリスの一撃を食らって、情けない声を上げた。そして
後ずさる。
大熊は四つんばいになった。
もう一度後ろ足で立とうとしたが遅かった。
ただでさえ抜刀速度が速いフェリスである。抜刀するには十分な
時間があった。
フェリスは、ピカピカの剣を大上段に構え終えていた。
大熊が自分の頭上に脅威を感じた時には、それが振り下ろされて
いた。
熊の頭部はゴツイ毛皮に覆われている。ご多分に漏れず、頭蓋骨
は堅牢だ。
その二つの関門をフェリスの剣が通過した。
頭を割られ血飛沫を上げる大熊。
即死コースなのだが、大熊は立ち上がった。狂った光を目に宿し
ながらフェリスに挑む。
172
大熊とフェリスの距離が接近しすぎていた。大熊にダメージを与
えるために剣を構え直す時間と空間がない。
フェリスは、あっさり剣を捨てた。
がら空きの懐に飛び込むフェリス。空になった両手を伸ばし、迫
り来る大熊の首に回した。
﹁ハッ!﹂
裂帛の気合いと共に、森の反対側、つまり、道の向こう側へ大熊
を投げ飛ばした。
二度ばかりバウンドして転がる大熊。
転がるのが終わっても、大熊は起きあがらない。
トコトコと、リーンが熊に近づいてしゃがみ込む。
恐れを知らないリーン。大熊の頸動脈に触れてみる。
すく、と立ち上がったリーン。頭の上で両手をバツの字にクロス
した。
﹁おいおい﹂
長台詞が個性のモコ助だが、言葉が続かない。
﹁おいおい﹂
人をからかうのが趣味のミカボシだが、言葉が出ないでいる。
﹁ハッハッハ⋮⋮﹂
褒め言葉の達人たるサーデルだが、笑い声の後が続かない。
173
﹁この程度⋮⋮﹂
フェリスが傲然と大熊の死体を見下ろしている。
﹁わたしが目標とする強さはミカボシ殿。熊では話にならぬ﹂
フェリスは剣の手入れに入っていった。
﹁おいおい、フェリス姐さん、あまり無茶しないでくんな。オイラ、
あんたの墓なんざ作りたくねえぜ﹂
﹁墓なら既にある﹂
モコ助は、フェリスの返しに、言葉を喉に詰まらせた。
﹁墓なら古里にある。わたしの名前も刻まれているから、手間は掛
けさせない﹂
モコ助がサーデルを見る。サーデルは気まずそうに苦笑いを浮か
べていた。
﹁ま、なんか事情がありそうだな﹂
モコ助は追求をやめた。
﹁さて、剥ごうか﹂
大振りのナイフを手にしたミカボシが、訳の分からない事を言っ
ている。
﹁ミカどん、剥ぐって何をだい? 意味わからねえ﹂
モコ助が変な顔をしている。あえて言うなら、へのへのもへじ。
﹁決まってんだろ? クマの毛皮を剥ぐんだよ。剥がなきゃ肉を食
えねえだろうが!﹂
174
拝啓。道のど真ん中にて。
謎の団体主催による、大焼き肉大会が催されたという。
なにせ道の真ん中である。前から来る人、後ろから来る人、大勢
集まった。
肉の総重量は一トン。食べあぐねる事はなかったという話だ。
その日の真夜中。
食べ疲れた⋮⋮もとい、歩き疲れた筋肉冒険隊は、野宿していた。
地べたに寝転がってても風邪を引くようなヤツは、一人もいない。
﹁む?﹂
モコ助が眠りから覚めた。ミカボシに鼻の穴を塞がれたからだ。
寝ている間は鼻でしか息ができないタイプのモコ助は、強制的に起
こされる形となった。
鼻を塞いだ指に噛みつこうとして、ハタと気づいた。
ミカボシが、とある一カ所を見つめていたからだ。
チリーン。
鈴の音だ。遠くから小さく聞こえる。
チリーン⋮⋮チリーン。
175
もう少し近くから聞こえた。こちらに近づいてきているようだ。
サーデルが目を覚ました。
フェリスが剣を引き寄せる。リーンが胸の前で手を合わせた。
チリーン。
森の入り口か?
﹁後ろだ﹂
ミカボシが皆と反対方向を向いていた。
そこに立っているのは︱︱。
﹁ココ!﹂
サーデルが、笑顔をもって名を呼んだ。
夜目にも白い体毛。擬人化した怪しき雌猫。男を狂わせる魔獣。
ホットポットと呼ばれていた魔族。その名もココ。
﹁サーデル様。お話がございます﹂
優雅に膝をつき、臣下の礼をとる白き妖獣ココ。俯いた姿勢が、
たわわに実る胸の膨らみをワザと強調させている。
﹁なんだ? 早速僕の役に立とうというのか? 節操の無い魔族だ
な﹂
ココはサーデルになじられ、悩ましく身をくねらせていた。
﹁まあよい。口を開く事を許可する。申せ!﹂
身を正し、深く一礼するココ。目を真っ直ぐに愛しいサーデルへ
176
向けて話し出す。
﹁魔王リップスが配下にして、我の配下にあらざる者一万と、魔王
ヒトアイ配下の残党五万が、ムルティ伯国攻略担当の魔王ノズラ四
万と合流完了致しました﹂
ココは、もう一度、頭を下げて礼のスタイルをとる。
﹁するってえとなにかい? 十万の軍勢が、第三の魔王ノズラとや
らの配下になったって事か?﹂
モコ助がココの報告をざっと整理した。
﹁チッ! そのとおりだよ﹂
モコ助を見下すココ。ペッと唾を吐き捨てる。
ココはサーデルに顔を向けた。天使すらとろかすような笑顔で。
﹁第四の魔王、ヘード配下の二万は、イントルダー侯国とムルティ
伯国、二国を底辺とした三角形の頂点に張り付いたまま動く気配は
ありません。おそらく後詰めにも参加しないでしょう。魔王ノズラ
は十万の軍勢を率いてヴェクスター公国を攻略する模様です﹂
ココは殺意のこもった視線をモコ助に向けた。
だがその程度で黙るモコ助ではない。
﹁なるほど。十万の魔族軍か。ヴェクスター公国の弾の数はいくつ
だい?﹂
ココは横を向いて無視を決め込む。
﹁答えろ、ココ﹂
サーデルは、モコ助の質問を答えるように促した。
﹁黒剣騎士団、ざっと四万﹂
即答するココ。
177
﹁四万じゃランチェスターの法則を持ち出すまでもなく平原では受
けきれねえな。拠点に籠もりつつ地道に削っていくか、うーん⋮⋮。
地図が欲しいな﹂
モコ助がヴェクスター公国の軍師がごとく考え込んだ。
﹁ちなみに魔王ノズラとヘードってのは、どんなヤロウだ?﹂
モコ助が聞く。
ココは吊り上がった目で答えた。
﹁ノズラは風使いだ。自分の周囲に暴風を起こして、攻撃や防御に
使う。範囲はかなり広い。頭の方は悪くない。ヒトアイ並だろう﹂
そう言ってココは、天使のような微笑みをサーデルに向けた。
で、もう一度殺人鬼のような目をしてモコ助に向かう。
﹁ヘードはあまり知らない。頭は四天王の中で一番回ると思う。だ
が、何を考えているのか解らないところはある。理知的には違いな
いが。魔法が通じないと聞いた。格闘戦は無敵だという話だ﹂
﹁そんなの相手によく戦ってきたな。ノズラとぶつかるヴェクスタ
ー軍は災難だな﹂
サーデルが人事のように感心してる。
ココは、さらに集めた情報を吐き出していく。気に入られようと
して。
﹁ヴェクスター公国カイル公王の信頼は厚く、騎士・戦士は独特の
育成方により強固。また騎士団長フラットはマスターと呼ばれる戦
上手。良い勝負すると思うぞよ﹂
﹁お前の意見はいらない﹂
サーデルがココのほっぺたを引っ張った。
178
﹁余計な事をするのはこの口か?﹂
両方のほっぺたを引っ張るサーデル。ココの頬が左右に伸びた。
﹁へー、お前のほっぺた、柔らかいねー﹂
サーデルは、限界いっぱいまでココの頬を抓りあげている。
﹁なあココ。お前が持ってきた情報は貴重だ。よく考えたね。偉い
ぞ﹂
褒められたココ。頬の痛みを我慢して、無理矢理ほほえんでいた。
﹁だけどさー、お前、もう魔族に帰れないよね−。裏切り者だしね
−﹂
歪んだ顔のまま、困った顔をするココ。
﹁人間界でも生きていけないよ。だってココは魔族なんだから。現
実から逃げるなよココ!﹂
認めたのか、救いを求める目でサーデルを見上げるココ。
﹁僕が助けるとは思うなよ。お前が助かる為には、僕がラベルダー
の王になった場合のみだ。その為には、この大戦で魔族が負けなき
ゃならない﹂
ココは頷いた。彼女は、同族である魔族が負けるように働くつも
りだ。
﹁魔族が負けるだけではないぞ。お前の報告にあった。他の三国は
相当数の兵力を温存してる。だけど、僕のラベルダー王国はお前の
軍団のおかげで疲弊しすぎた。終戦後、生き残れる確率は低い。そ
の確率は、お前が生き残る確率と同じだ﹂
サーデルはココでココの頬より、片方の手だけ離した。
179
﹁我は⋮⋮いったい⋮⋮何をすれば⋮⋮﹂
片方の頬は引っ張られたままなので、喋りにくいのだろう。
﹁考えろ! ⋮⋮今のうちだぞ、考えられるのは。僕の後宮へ入る
までだからな!﹂
ニタリと油っぽく笑うサーデル。
そして頬を思いっきり抓りあげる。
痛みに耐えるココ。腕を後ろに回しているのは何故か?
サーデルがココの頬より手を離した。 ﹁この、裏切り者!﹂
サーデルはココに向かって、唾棄するかのように言葉を吐き捨て
た。
﹁おいおい、サーデルの兄さん、命がけで情報を持ってきてくれた
ココに対して、酷い仕打ちじゃ︱︱﹂
﹁我を舐めるな、人間よ!﹂
ココの妖気が怒気を孕んで大きくなった。
﹁たかが人間の分際で我を自由にできると思うてか! 我は魔将軍
の地位にまで上り詰めた魔族の中の魔族! エリート中のエリート
! そんな我を虫けらのような人間風情が⋮⋮ほおおおおーっ!﹂
ココが全身を痙攣させながらふらついた。白目を剥いている。熱
病患者特有の足取りで数歩よたつく。とくに脚部の痙攣が大きい。
やがて治まっていく痙攣。
ココは、大きく息を吸って、呼吸を整えた。
耳たぶまで真っ赤に染め上げたココが、しっかりとした足取りで
180
後ろにさがる。
潤んだ目でサーデルを見つめ⋮⋮踵を返し、姿を闇の中に消した。
﹁なんだな⋮⋮、あれはあれで幸せなのかもしれないな、ミカどん﹂
﹁たで食う虫も好き好き、というが、まさにこのためにある格言だ
な。メコ助よ﹂
﹁モコ助な﹂
そして夜は耽っていくのである。
181
2.公国の嵐︵⋮の予感︶︵後書き︶
大鬼畜大開が開催されました。ありがとうございました。
182
3.城塞都市・ゼルファー
モフモフ歌劇団⋮⋮もとい、勇者一行︵だが真の名は筋肉冒険隊︶
は、なんのトラブルもなくヴェクスター公国内をのんびり旅してい
た。
熊の襲撃や、ゴブリン戦闘隊、ホブゴブリンの一個師団、未知の
巨大魔獣の群れ程度の襲撃は、トラブルの範疇に入れない模様。
むしろ、虻の集団に追われたことの方が大事件であったという。
国境の関より一週間。
勇者一行がたどり着いたのは、大規模な町、ゼルファーである。
いつの間にやら筋肉冒険隊は、旅人・商人・農夫達の集団に混じ
っていた。
﹁おい、メコ助、なんだあの町は? 町と呼ぶより、要塞と呼んだ
方がしっくり来るんじゃねぇか?﹂
﹁モコ助な。たしかに要塞。ありゃ城砦だ﹂
﹁ハハハッ! 僕が解説しようじゃありませんか!﹂
馬の手綱を握るサーデルが説明を買って出た。
﹁町の別名は﹃城塞都市﹄と言いまして⋮⋮﹂
ヴェクスター公国副都とも言える立ち位置を持っている。
もともと、他国、主にラベルダー王国との戦争における補給基地
として発達した町である。
﹁⋮⋮簡単に説明するとこうなります﹂
183
サーデルによる、一通りの説明が終わった。
﹁なるほど、城塞都市と言うだけの事はあるな。これなら魔族の攻
撃にでも耐えられそうだ﹂
モコ助が感心した。 それだけ目立つ、立派な城砦であるのだ。
巨大なゼルファーという町を ぐるりと、石造りの城壁で囲って
いた。
ラベルダー領内にあったような、丸太組みの壁ではない。あれは
高さもせいぜい三メートルしかなかった。力押しで何とかなる、華
奢な構造。
対してゼルファーの防護壁は⋮⋮。
本格的な城攻め準備をしない限り、ゼルファーの町に取り付くこ
とは不可能であろう。
ビルの五階ほどの高さを誇る堅個な城壁。見張り用の高い塔をい
くつもこしらえている。
いくつかこしらえられた出入り口周辺は、特に分厚い造りとなっ
ている。
筋肉冒険隊一行が紛れている旅人の集団は、その内の一つを目指
している。
ここにも長槍と皮鎧と鉄兜で武装した警備兵が、多く配備されて
いた。
検査官が一グループずつ手招きし、審査・検査をしていく。
184
あるものは弾かれ、あるものは通行税と引き替えに町へ入ってい
く。
国境の関で筋肉冒険隊の一つ前を通過した商人の荷馬車があった。
商人は、税の代わりに、積み荷の一割ほどの荷物を置いて、無事通
過した。
﹁次は⋮⋮そこの犬連れの女の子の集団﹂
検査官が筋肉冒険隊を手招きした。
﹁はーい! わたしたち、モフモフ歌劇団でーす!﹂
サーデルがサデ子になった。コケティッシュな営業スマイルに、
検査官がデレはじめた。
国境の検問所でもらった通行証を検査官に差し出す。
難しい顔をして通行証を見聞する検査官。対して、サデ子はくる
りと一回転。秘技、スカートふわり。だけど奥はウナギさんがふわ
りの術。
何も知らない検査官は、通行証よりサデ子の太ももを検査するの
に大忙しである。
セクハラである。だが、被害者は検査官なので問題なし!
﹁おっほん!﹂
咳払いをする検査官。
それでは遺憾とばかりに気を取り直した検査官は、もとの顰めっ
面にもどり、脇に控える護衛兵に通行証を見せ、確認を促した。
再びくるりと回転するサデ子。白い太ももが大変眩しい。
185
護衛兵はサデ子の太ももを見つつも、大きく頷き、検査官に同意
を示した。
﹁通ってよし!﹂
赤い顔をした髭面のオヤジ⋮⋮もとい、検査官は、筋肉冒険隊を
モフモフ歌劇団として、門の通行を許可したのであった。 やれやれと頭を振るモコ助。
﹁あんな布きれに興奮する人間の男共は、よくわからん。雌犬だっ
たら素っ裸なのに﹂
﹁おい、アレ見ろよ!﹂
ミカボシが顎でしゃくる方向、つられて全員が上を向く。それは
一行の真上。門の天井部分。
横一列にずらりと穴が穿たれている。穴の奥には太い杭のような
物が収納されていた。
﹁強制的にここを通過する者に対して使われる攻撃的防具なんだろ
うな。あんなのが真上から落ちてくれば、串刺し確実だ。しかし古
いな⋮⋮。今まで事故った事ないのかな?﹂
﹁お、脅かさないでくださいよ﹂
サーデルが一人だけ怖がっていた。
﹁何はなくとも暖かいメシだ。酒だ!﹂
ミカボシが腕まくりした上に舌なめずりしている。リーンも腕を
まくろうと、ローブ相手に格闘している。
186
﹁いや、その前に金だ﹂
モコ助がミカボシの動きを止めた。
﹁ハハハッ! お金ならありますよ。ほら﹂
サーデルが路銀の入った巾着を取り出した。
﹁そいつは兄さんトコのステラ銀貨だ。ここヴェクスターでは通用
しない。公国がお触れを出して通用しないようにしてるんだ。ヴェ
クスターの流通貨幣、えーとロワウ銀貨だっけ? そいつに両替し
なきゃならねえ﹂
サーデルが、ステラ銀貨を指に挟んで眺めている。
﹁なんで、ステラ銀貨が通用しないんですか?﹂
ち
﹁てめぇん家で、他国の貨幣が主要貨幣として通用するようになっ
ちゃ、その国はお終めぇだな。言い換えれば、それは自国の経済が
破綻しましたって事だ。だから他国の貨幣に侵略されるのを防ぐた
め、国家はいろんな手を打つんだよ﹂
サーデルは、意味が解らないのか、固まったまま表情を変えられ
ないでいる。
﹁ああ、こいつ頭悪いんだった。⋮⋮道の往来で立ち話も何だ。そ
この路地へ入ろう﹂
モコ助が指す方向に、暗い路地がある。
筋肉冒険隊は、ぞろぞろと入っていった。
人気の無い陰気な場所なので防犯的にどうかといった所だが、筋
肉冒険隊にそんな心配は必要ない。むしろ強盗の心配をせねばなら
ない。
187
﹁銀貨の価値は、銀貨に含まれる銀の量以上のモノだ。その値段差
は信用ってヤツだね。貨幣の信用は国家経済の信用だ。国の経済が
滅茶苦茶になると、貨幣はただの混ざり物の多い金属に成り下がっ
ちまう﹂
﹁そんなモンなんですかねぇ?﹂
﹁サーデル兄さんトコがそうなんだよ!﹂
﹁へぇ?﹂
モコ助に言われるも、サーデルに実感が湧いてこない。 ﹁オイラ達の世界に例がある。南海の孤島に、ゼクトールって小国
があってな。何年か前に経済破綻しちまったんだよ。そこの通貨が
ゼクトール・ドルってんだが、ただのゴミに成り下がっちまった。
おまけに軍事大国ケティムに喧嘩売られたってんだから、最悪だね﹂
﹁で、で、その国どうなりました?﹂
例を出すと現実味を帯びてきたのか、ようやくサーデルが食い付
いてきた。
﹁さてね? こっちへ来る直前に、ケティムの喧嘩を買ったってニ
ュースで流れてたが、⋮⋮まあ、ひとたまりもなく蹂躙されて終わ
りだろうな。⋮⋮よほどのモンが出てこねえかぎりな。それこそ勇
者とか、発掘戦艦とか⋮⋮。ま、そんな事はどうでもいい﹂
モコ助は、脇道にそれた話を元に戻そうとしている。
﹁各国とも、他国の貨幣による侵略を防ぐ為、他国の貨幣は閉め出
すようにするんだ。言い換えれば、騎士同士がしのぎを削りあう戦
争なんかしなくてもよ、貨幣を乗っ取ればその国を落とす事ができ
るんだよ﹂
モコ助による経済学の講義に納得したのか、サーデルは、ステラ
銀貨が入った巾着袋を眺めて呻ている。
188
ただ、生徒役のサーデルが、忘れてはいけない事が一つある。
それは、先生役のモコ助が、犬であるという事だ。
﹁とりあえず、そこの両替商へ行くか?﹂
町の中を流れる川に、大きな橋が架かっている。
その橋の袂を中心にして、川沿いにずらりと露店が並んでいた。
両替商の露店である。
モコ助が人定めをしている。
﹁なるべく気の弱そうな⋮⋮﹂
﹁オレに任せろ!﹂
﹁あ! こら!﹂
モコ助が止める間もなく、ミカボシが巾着袋を持って露天商に走
った。
﹁ハハハッ! モコ助殿、ご安心を。あの袋はほんの一部に過ぎま
せん。ほら!﹂
馬の背に乗せた袋の口を少し開ける。ミカボシが持っていったの
と同じ袋が五つあった。
﹁なら心配いらねぇ。とりあえず、ミカどんを出汁にしてレートを
探ろうじゃねえか﹂
モコ助、悪党のように笑う。
ミカボシは、髭面の中年男を選んでいた。
人が順番待ちをしていないでなく、さりとて行列が出来るほども
人がいない。そんな店を選んだようだ。
何度かやりとりをしているようだが、ミカボシのテンションが徐
々に下がっていくのが見て取れる。
189
﹁あー、やっぱりな。ステラ銀貨は大暴落を果たしているみてえだ
ぜ﹂
モコ助が肩をすくめた。
やがて、とぼとぼと歩いて戻ってくるミカボシ。
﹁だめだ! 粘るだけ粘ったが、銀の含有量まで持っていくのが精
一杯だ。おまけに手数料とられた。銀行じゃ窓口に並んだら手数料
とられないのに⋮⋮﹂
ここまで意気消沈したミカボシを見るのも珍しい。⋮⋮ちょっと
可愛いかもしれない。
﹁どれ?﹂
モコ助が両替されたロワウ銀貨の数を数えた。
筋肉冒険隊の資産は激減していた。
﹁しかたねえ。ここはモフモフ歌劇団作戦でいこう﹂
モコ助が、サーデルを見た。
﹁ハハハッ! ここは僕の出番ですね! では作戦を考えましょう
!﹂
搦め手責めはサーデルが得意だ。筋肉冒険隊に死角はない。
﹁ええー? こんなけなのー?﹂
サデ子がアニメ声で叫んでいる。
サーデルこと、サデ子が選んだのは、まだ若い部類に入る両替商
だった。
癖っ毛の黒髪。右の生え際だけ一房、白髪が生えている。
顎髭をきちんと整えた、残念なイケメンタイプ。
190
﹁ねぇお兄さん! もう少し色を付けてよ! その差額で一緒にご
飯食べに行きましょうよ!﹂
﹁金持ちになりたければ、女と一緒にメシを食うな。これが両替商
に古くから伝わる諺でね﹂
両替商の気持ちは揺るがない。営業スマイルだけは浮かべてくれ
た。まだ若いのに立派なことだった。
﹁後ろの女の子も一緒なのよ!﹂
サデ子の作戦は、力押しに代わった。イケイケ風サデ子の後ろに、
ツンデレ風リーンが並ぶ。その後ろには委員長タイプのフェリスだ。
万が一のことを考えて、最後尾に並ぶミカボシが、つぶらな瞳の
小犬を抱いていた。
全方位対応型無敵艦隊。⋮⋮のはずだった。
﹁無理無理! おまけしてやっても、含有銀の量だけの取引だ﹂
両替商は後ろの艦艇を見る前に首を振った。
だけど、見るものは見るようで、艦隊配列を目で追っていく。
﹁嫌なら隣に並んでくんな。紹介状くらい有料でよかったら書いて
やる。ここより条件が良ければしめたもん⋮⋮だ⋮⋮?﹂
両替商の目は、列の三人目で止まった。
﹁あれ? あんた、もしかして? そうだよ!﹂
今の今まで冷静だった両替商が、腰を浮かせて覗き込んでいる。
﹁ソードマスター・フェリスだろ?﹂
フェリスの表情に変化は無い。じっと両替商の顔を見ているだけ。
191
サデ子とリーンが、フェリスの顔を覗き込む。モコ助とミカボシ
が、フェリスの旋毛を覗き込む。
﹁あれ? 皆さん、まさか知らなかったとか? あり得ないんです
けど﹂
意外と表情豊かな両替商である。
﹁いえ、その⋮⋮﹂
何か知ってそうなサーデル。
﹁そうだ。わたしはフェリスだ﹂
フェリスが名乗り出た。いつもの能面みたいな顔をして。
﹁この国で、ソードマスターと呼ばれていた時期があった。だが、
全ては昔話だ。忘れろ﹂
フェリスの目が怖かった。ミカボシが、からかえないほど怖か
った。
フェリスはそれっきり口をつぐんで、明後日の方を向いてしまう。
﹁⋮⋮ならば忘れましょう﹂
両替商は、元の落ち着きを取り戻した。
﹁ただ、昔の一ファンとして、両替に色をお付けしましょう﹂
そういって、両替商は、僅かばかりのレート上乗せと、手数料を
サービスしてくれた。
﹁元手が大きかったから、何とかなるさ﹂
モコ助が言い訳めいた口調で囁いた。
﹁いざとなりゃ、バイトで覚えた腕に物を言わせりゃいいさ。な、
192
メコ助﹂
ミカボシが懐から、鍔無し短刀を覗かせた。
﹁モコ助な。通報されたくなきゃ、それはしまっとけ﹂
昔、フェリスに何があったのか。昔、ミカボシは何のバイトをし
ていたのか。
それを聞く野暮な人間と犬など、筋肉冒険隊にはいないのであっ
た。
﹁何はなくとも暖かいメシだ。酒だ!﹂
ミカボシが、適当に料理を注文している。
ここは町の中程にある飯屋。夜になると酒場になるタイプの店。
お昼の時間はとっくに過ぎているので、混み合った感じはしない。
だけどこの時間帯で七分の入りという事から、なかなかの店である
と判断できる。
運ばれてきた料理は、不味いうえに少なかった。酒も濁っていた。
ここにも人魔戦争の影響が色濃く出ていた。
だが、筋肉冒険隊に味をとやかく言う者はいない。暖かければそ
れでよい。量があればそれよい。
一同、運ばれてきた料理を掻き込み、酒を水のように飲んでいる。
ちなみにサーデルとリーンは未成年であるが、証明する物が無いの
で誰も何も言わない。
193
いや、物言う人が現れた。
﹁お食事中、失礼します。ラベルダー王国の、勇者ご一行とお見受
け致しますが、いかが?﹂
きちんとした身なりの、怪しい紳士が立っていた。
194
3.城塞都市・ゼルファー︵後書き︶
コンスタンスに読んでいただいている奇特な方々に感謝です!
一話が長くないですかね? 大丈夫でしょうか?
短すぎるのも何だと思って、長めに書いてます。
195
4.ヴェクスター公国の騎士
﹁お食事中、失礼ながら、ラベルダー王国の勇者ご一行とお見受け
致しますが、いかが?﹂
その男は、短い銀髪だった。長身で胸板の厚い中年。顎髭を綺麗
に剃っている。
どう見ても、剣を振るう為に鍛えあげた身体の持ち主。だが、身
体は寸鉄も帯びていない。筋肉冒険隊と一戦交える気は無いという
意思表示。
もっとも、後ろに控える屈強な男子二名は、腰に大剣をぶら下げ
ているが。
モコ助は、万が一の為に黙り込んで犬のフリをしている。
ミカボシが椅子に座ったまま、悪党の目で中年男をにらみつけて
いた。
﹁わりい、何の話か全然解らねぇ︱︱﹂
ミカボシがある事に気づいた。フェリスが右手にフォークを持っ
たまま、皿の料理に目を落として固まっている。⋮⋮あのフェリス
が怯えていた。
﹁︱︱子供にも解るように説明してくれ﹂
口に物を運びながら、行儀悪く答えるミカボシ。チラリとフェリ
スに神経を向ける。
196
フェリスは男の後ろに立つ騎士の一人、左に立つ騎士を気にして
いる模様。
長い金髪。顔を一周する長い髭も金色。大きな力ある目。まるで
ライオンだ。
自ら放つ強いオーラのせいで、若いのか年を取っているのか判断
しにくい。三十代後半といったところか?
﹁旅の芸人は通行税を払わなくてよいのが、帝国時代よりの決まり。
だのに国境の関所で、通行税を払おうとした、不思議な芸人一座が
いたと報告がありました。そういった不審者用の通行証がありまし
て、皆様の動きは逐一報告が入ってくるようになっていました﹂
首を曲げて見上げたままのミカボシ。モコ助は喋らない。こんな
事もあろうかと、冒険隊内部で話し合いが済んでいた。ミカボシが
一手に交渉を引き受けると。
﹁それだけで勇者一行だと? あんたらの情報網、危なげだな﹂
これはミカボシの振りだ。
﹁狂熊レッドヘルは、魔族一個中隊を蹴散らす化け物です。その化
け物を倒しただけではなく、焼いて喰ったという芸人一座なぞ、古
今東西、存在したでしょうか?﹂
﹁いたんじゃないの? 記録に残ってないだけで﹂
﹁あなた方の道筋で、大量の魔族が死体で見つかっているのも偶然
でしょうか?﹂
﹁偶然だね﹂
ミカボシの振りに、正体不明の中年が乗ってきた。もっとも、元
197
からそのつもりらしかったが。
﹁決め手になったのは関所であなたが見せた芸。犬の腹話術です。
私は、これであなた方の正体に気づいたんですが﹂
筋肉冒険隊構成員が全員、ミカボシをある種の意思を込めた目で
睨めつけた。その意思とは﹁あんたの悪のりが原因だろが!﹂であ
る。
もっとも、ミカボシはミカボシで﹁うるせぇ! てめぇらだって
ノってきただろうが!﹂という視線で反撃していたが。
﹁ラベルダー王国が誇る、魔法騎士団の面々が、よりによって犬を
勇者召還したとか﹂
あからさまにモコ助を見る中年男。
この男は、モコ助が喋るのを知っている。だが、モコ助は犬のフ
リを続けていた。
ハッハ、ハッハと、舌を出してカワイコぶっていた。
モコ助が喋るのを知っているのは、情報としてのみだ。普通、喋
る犬なんてあり得ない。本人がその目と耳で確認した訳ではない。
だったら今しばらく、ただの犬のフリを続けようと思ったのだ。
モコ助の反応が無いのをどう思ったのか⋮⋮男の話が続く。
﹁⋮⋮いや、馬鹿にしてる訳ではありませんよ! 少なくとも魔王
リップスが死んだという情報が入ってきています。魔王ヒトアイも
行方不明。我らは、勇者ご一行とコンタクトを取りたかった。悪意
はありません﹂
その言葉に嘘はなさそうだ。
198
﹁さて、自己紹介が遅れました。私はこの国の騎士団長、フラット・
ルフト﹂
いきなり大物が出てきた。ヴェクスター公国の騎士団長にして軍
師、マスター・フラットである。まごう事なき国のトップクラスで
ある。
﹁皆様を王のお客として城へご招待致します。どうか、ゴンドワナ・
ワールドの為、皆様の手をお借りしたい﹂
礼は正式なものだった。非礼は一切無かった。
﹁ミカボシ殿、よろしいかな?﹂
フラットはミカボシの名前を知っていた。モコ助の名は出てこな
い。
ミカボシ、してやったりとニヤリ笑う。
﹁いいかな、みんな?﹂
ミカボシらしくなく、筋肉冒険隊の面々に確認を入れた。これは
モコ助への合図でもある。
モコ助は全くの無視。食べ終わった食器を舐め、犬のフリを続け
る。それはモコ助の合意の意思表示でもある。
﹁店の会計なんだが⋮⋮﹂
﹁こちらで持たせて頂きます﹂
﹁いかにもゲソにもスルメにも! オレたちゃ勇者様ご一行だ。こ
っちとしても意見交換をしたかった。望むところだぜ!﹂
ミカボシが、椅子を蹴って立ち上がった。
残りのみんなも席から立つ。一人、フェリスが珍しくまごついて
いたが。
199
﹁オレは主戦力のアマツ・ミカボシ。こっちが雑用担当のサデ子﹂
ラベルダー王国王位第一継承者、サーデル王子である事を隠す。
﹁そこの銀ピカが副戦力のフェリス。そのちっちゃいのが神性魔法
使いのリーン。よろしくな!﹂
あえてモコ助は外す。バレバレなのだろうが、モコ助の秘密は隠
し続ける。これは筋肉冒険隊全員と打ち合わせ済みだ。
相手が勝手に情報ミスと判断する可能性もある。それが狙いだ。
しよにち
﹁ちなみに、ヒトアイは初日に殺した﹂
店の中でざわめきが起こった。
﹁詳しいお話は城内で﹂
気持ち、緊張を高めた感のフラット。彼に先導され、店を後にす
る一行。
モコ助、ちっちゃなシッポを振りつつ、皆の後を追う。とても可
愛い。ここまで、犬のフリは完璧だ。⋮⋮本物の犬だが。
一列になって、フラットの後ろで控えていた騎士の前を通ってい
く⋮⋮。
ライオンのような風貌の騎士が、フェリスの前に立ちはだかった。
皆が身構える。ミカボシはニヤニヤ笑っている。
﹁久しいな、フェリス﹂
﹁⋮⋮お久しぶりです。ライオット殿﹂
フェリスにしては返答のレスポンスが悪い。
﹁相変わらず顔に出ないな﹂
﹁何を今更⋮⋮﹂
200
ライオットの身長は二メートルを超えている。身長差により、フ
ェリスを見下ろすイチに顔があるのだが、見下している様にも見え
る。
目が東洋の竜のような迫力をもっている。普通の人間なら、見ら
れるだけで走って逃げそう。
だが、その風貌は哲学者の様にも見える。さしずめ、剣の求道者
といったところか?
フェリスとライオット。二人とも睨み合ったまま動こうとしない。
話そうともしない。
二人の気が高まってる。
店の女の子が震えていた。客が何人か、店から逃げた。
けお
二人から強い風が吹き出している錯覚に陥ったからだ。
これは、まるで真剣勝負。
もし、勝負だとしたら、フェリスの分が悪い。気圧されている。
フェリスは持ちこたえられなかった。ライオットの圧力に、目を
そらそうとした。
﹁知り合いか?﹂
ひょいとミカボシが二人の間に入ってきた。
ミカボシはライオットの大きな目を至近距離で、まじまじと覗き
込んでいる。全く気圧された様子がない。むしろ、珍しい動物を眺
める観光客のような軽さがあった。
﹁⋮⋮剣の師匠だ。剣神ライオット。聞いた事あるでしょう?﹂
﹁ああ、有名人だな﹂
201
知ったかぶりをするミカボシであった。
ミカボシの後頭部を見上げる事となったフェリス。勝負は際どい
ところでドローとなった。
ゼルファーは、城塞都市と呼ばれるだけあって、広大な敷地をも
つ堅牢な城がある。
勇者一行は城の客間に案内される最中であった。
﹁久しぶりに、ライオット殿と二人、水入らずでお話されればいか
がですか?﹂
城に入ってすぐ、フラットがフェリスに申し出てきた。
急に思いついたかのような口ぶり。勇者グループを分断する狙い
が見え見えであった。
だが、フェリスはこの申し入れを受け入れた。表情は変わらない
のだが、目に見えて顔色が悪い。紙のように白かった。
﹁おい! 面白い事は一人でするな!﹂
ミカボシが声を掛けるも、反応が帰ってこない。
﹁フェリス!﹂
サーデルがフェリスの背中に声を掛けた。
﹁無理はいけない。引き返すんだ!﹂
フェリスが振り返る。
﹁けじめをつけさせてください。でないと、わたしが生きている理
202
由が無くなる﹂
フェリスは戦地に赴く者特有の目をしていた。決意と、血のはや
り。
そしてフェリスは、一人別行動を取ったのである。
ミカボシ達が通された客間は、簡素な造りであった。
明かりとりと風通しのみの窓。冬用の暖炉。背の低いテーブル。
綿をふんだんに使った革張りのソファ。
狭くは無いが広くもない。天井が高い造りになっているので、暑
さが和らいでいる。
飾り気が無いというより、質実剛健と言った方がよいタイプの客
間であった。
﹁どうぞおかけになってください﹂
フラットの手が、ソファーを指している。
テーブルには、飲み物が人数分用意されていた。
﹁さて皆様、我が主カイル公王は、現在公務中に付き、皆様との面
会も今しばらくお待ち願いたい。それまで、この部屋でおくつろぎ
ください。ご用命は、かの兵共へ何なりとお申し付けください﹂
室内には警備の騎士が二人。ドアの左右に配備されている。
鎧はチェーンメイル。槍は持っていない。室内戦用に、腰に佩刀
203
していた。
﹁では私はこれにて﹂
そしてフラットは部屋を出て行った。
リーンはさっそく飲み物に手を伸ばした。
ミカボシも飲み物に手を伸ばしているが、飲もうとしない。
モコ助がミカボシの膝に飛び乗って、目を閉じた。
﹁おいサデ子!﹂
ミカボシが、サーデルに目配せしてきた。
﹁フェリスとライオットとヴェクスター公国の関係を簡潔に話せ。
簡潔にだぞ!﹂
それから、ミカボシは声をひそめる。
﹁ちなみに、盗聴されている事を前提にな﹂
頷くサーデル。あくびをするモコ助。
サーデルはサデ子として。モコ助は犬として取り繕うという事だ。
﹁そうですね、フェリスが子供だった頃から話を始めましょう。フ
ェリスはラベルダーの名家、フェーベ家の一人娘です﹂
サーデルの短い話が始まった。
フェリスは当時、七歳だったという。
フェーベ家が、一家で国境近くの領地を訪れようとした旅の途中、
魔族に襲われた。
204
領地に向かう事もあって、武装は少なめだった。警備の兵も少な
かった。
それが災いした。
フェリスを残して家族全員が殺された。警備兵、両親共にフェリ
スを逃がす為、進んで犠牲になったのだ。
何の運命か、フェリスが逃げた方向はヴェクスター公国方面。
泥にまみれて数日彷徨ったフェリス。やっと旅の人間に出会った。
これも何の運命か、フェリスが助けを求めた旅の集団は、ヴェク
スターへと向かう奴隷商人であった。
奴隷商人は、喜んでフェリスを捕獲。
あろうことか、ここ、ヴェクスターのゼルファーで売られてしま
ったのだ。
フェリスが持つ高貴さと、なにより反抗的な目が、とある者の目
にとまった。
ヴェクスターでは、ある理由により、奴隷の売買が認められてい
た。
それもあって、売られてきた奴隷は、一通り、とある公職者の目
を通される決まりになっていたのだ。
フェリスを見いだしたのは、剣神ライオット。
目的は、ヴェクスター公国の騎士となるべき人材の捕獲。
システムとして、剣闘士によるコロシアムでの戦いがあった。
205
﹁生き残りたくば、騎士になれ。騎士になりたくば、黙って従え﹂
ライオットの言葉通り、ヴェクスターでは、奴隷が騎士になれる
のだ。
その代わり、騎士を諦め、奴隷に甘んじる生涯を送る者のなんと
多い事か。
さて、フェリスは⋮⋮。
﹁十七歳になったフェリスは、自力でラベルダー王国へ帰ってきま
した。もう死んだものと思われていたので、屋敷は整理され、墓ま
で作られていました﹂
短いような長いような、サーデルの話が終わった。
﹁ふーん﹂
珍しくミカボシが感心していた。
﹁するってーと、あの鉄仮面は、ヴェクスター公国で被ったってこ
とだな?﹂
ミカボシがフェリスの無表情を指してそう言った。
﹁そのようですね。よほどの事を経験したのでしょう。フェリスは
多くを語りません﹂
サーデルはそこで言葉を切った。次の話を口にして良いかどうか
迷ったのだ。
﹁剣闘士の決まり事ですが、⋮⋮騎士になっただけでは祖国へは帰
れないんですよ。騎士の中でも、ソードマスターと呼ばれる高みに
登らないと、完全な自由は得られないと聞き及んでいます﹂
206
結局、サーデルは続きを語った。
﹁先ほども申し上げたように、フェリスは多くを語らない。だけど、
ボクにもいくつかの想像はできます﹂
サーデルが目をつぶった。
﹁剣闘士時代の十年間。彼女は地獄に身を落としていた﹂
サーデルの瞼の裏に、どんな柄が映っているのだろう。
こころ
﹁師匠であるライオットに精神を折られている﹂
頼りないサーデルだが、人の心を思いやる事ができる人だった。
﹁⋮⋮そして今、フェリスはライオットに、何らかの対決を望んで
いる。だな?﹂
膝に載せたモコ助の耳を引っ張りながら、ミカボシは唇の端を吊
り上げた。
ミカボシが邪悪な笑みを顔に貼り付けている。
サーデルは背筋をぞくりと震わせた。ぎこちなく手を上げて︱︱。
﹁皆様、お待たせ致しました﹂
フラットが部屋に入ってきた。先ほどとは違い、簡素ながら高価
そうな鎧を身につけていた。腰には立派な剣を佩いている。
サーデルは、喋りかけた言葉を飲み込んだ。
﹁カイル公王のお招きです。ご足労ですが、こちらへお越しくださ
い﹂
笑顔のフラットが、勇者一行を誘う。フラットは悪戯を思いつい
た子供のような笑みを浮かべていた。
﹁面白くなってきやがった﹂
ミカボシは、ご馳走を目の前にした子供のように笑っていた。
207
4.ヴェクスター公国の騎士︵後書き︶
暑い日々が続きます。
皆様ご自愛ください。
私? 私は冷たいビールが主食ですので大丈夫です!
208
5.剣闘士
長い距離を歩かされた。
城の端から端まで歩いたかもしてない。
上下左右が石造り。ラベルダー城の構造物と同じ構造。
高い天井、広い幅、床には敷物。明かり取りの小窓から日の光が
入ってきたり入ってこなかったり。
城のそこここに飾られたタペストリーや絵画は、全て戦いの模様
を表した物。もっとも、現代絵画になれたミカボシやモコ助の興味
を引くようなタッチではなかったが。
やがて終点がやってきた。
長い廊下の先から、人の気配が感じられたからだ。
それも大人数の気配。
最後と思われるドアをくぐったとたん、ミカボシは楽しくてしょ
うがないといった顔をした。
そこが闘技場だったからだ。
ちょっとした草野球ができそうな広さ。
円形の闘技場。その四方に色を塗り分けられた門があった。
ドーム型ではなく、空が開けている。
闘技場と言っても、ミカボシ達が戦うのではない。ミカボシ達が
案内されたのは見学側。それも貴賓席だった。
209
﹁フラット騎士団長閣下、これは何の小芝居なんだい?﹂
ミカボシは、さも愉快そうに声を掛ける。モコ助の口調を完全に
真似ていた。
心理的圧迫を狙った長い行程。暗がりから眩しい場所への照明ト
リック。
これは、多くのアニメや映画で演出された、よくあるシーン。
リーンはビックリしていた。効果はバツグンだった。
だが、現代っ子と多くの部分で感覚を共有するミカボシとモコ助
に通用しない。
そんな事を知るよしもないフラットは、次のカードを切った。
﹁あちらに居られるのが、カイル公王です﹂
若い。どう見ても二十代後半。悪くて三十代前半。顎髭を蓄え、
頭に略式に冠を頂いていた。
楽しくて仕方ないといった表情のフラット。ミカボシ達を畳み込
もうとして、公王を紹介した。
カイル公王は、隣のボックスに座ってこちらを見ていた。フラッ
トの紹介に合わせて手を上げた。
九十度のお辞儀をするリーン。
だが、ミカボシは気づかないフリをした。
﹁五対五のチーム戦が長年の夢だったんだが⋮⋮﹂
闘技場の方を興味津々といった体で眺めている。
﹁どうぞ、こちらへ﹂
フラットは、ミカボシ達をボックス席へ案内した。
闘技場へ顔を出す事となったミカボシ達。
210
満員の観客席から万雷の拍手が鳴り響き、叫び声が轟いた。観客
席を占めるのは全て騎士、騎士、騎士である。
モコ助が何か言いたそうにウズウズしていた。
﹁ミカボシ殿、嫌な予感がするのですが⋮⋮﹂
かわって、サーデルが口語訳をした。
ミカボシはニヤニヤ笑いながら、顎を爪で掻いている。なんだか
とても楽しそう。
フラットは、そのまま勇者一行の後ろに立った。ホストと監視を
兼ねたのだろう。
なにやら、司会者らしき、飾り立てた男が闘技場に現れた。
観客席が静かになる。
司会者が声を張り上げた。
﹁白竜の門。剣神・ライオット!﹂
観客席から歓声が上がった。
竜を模した門よりライオットが闘技場へ姿を現れわしたからだ。
ライオンのたてがみに似た髭。厚い胸板。太い腕は女性のウエス
トほどもある。背は騎士達の平均より頭一つは高い。
ライオットの防具は、軽い革の鎧のみ。腰に差した長剣は、フェ
リスとほぼ同じ長さのもの。
﹁ライオット! ライオット! ライオット!﹂
211
ライオットコールが起こる。
それに迎合したのではないのだろうが、ライオットはすらりと剣
を抜いた。
ライオットコールが歓声へ代わった。
﹁ホっとしました。ボクはてっきりフェリスかと⋮⋮﹂
胸をなで下ろすサーデル。
﹁試合は対戦相手がいるんだぜ﹂
﹁あっ!﹂
ミカボシの不吉な予言に、鼓動を高鳴らせるサーデルである。
﹁いいねいいね! オレ、こういうの大好きだ! ダイナマイトキ
ッド出てこないかな?﹂
喜んでいるミカボシ。モコ助は﹁死者に薬打つな!﹂の意味を込
めて呻っていた。
司会者が手を挙げて、歓声を制御した。
﹁黒竜の門。魔族!﹂
﹁何だって?﹂
思わず、サーデルが身を乗り出した。
黒い竜を模した門。その暗がりから姿を現したのは、オーガだっ
た。
身長二メートル四十センチ。体重は三百キロあたり。手の獲物は
両刃の戦斧。
猪を擬人化したような顔。目は狂気に血走り、体は興奮で震えて
いる。
212
そんなのが五匹現れた。
彼らは、ここを闘技場と一瞬で認識したようだ。
そして、敵が一人であることを瞬間に見て取った。
五匹のオーガは、これより始まる戦闘に対し、言葉を交わすこと
なくフォーメーションをとった。
V字型に広がり、ライオットを取り囲むようだ。
ライオットは、右手に持った剣を高々と頭上に掲げた。独特な構
え。
そして瞑想するかの如く目を閉じる。
﹁あれが剣神ライオットの﹃天地開闢﹄の構えです﹂
ミカボシ達の後ろに立っているフラットが、自慢げに解説をする。
﹁ずいぶんと大層な構えじゃねぇか。だが強そうだ﹂
ミカボシが薄ら笑いを浮かべた。
﹁ガッ!﹂
オーガが吠えた。
開始の合図はなかった。
五匹の魔族がライオットに向かって突っ込んでいく。
巨体に見合わぬ素早い足運び。捕らえられてのに、体力は消耗し
てなかったようだ。
第一陣のオーガが二匹。左右より斬りつけてくる。
今まで閉じられていたライオットの目が、音を立てたかのような
213
勢いで見開かれた。
ライオットは僅かに体を動かす。それだけで二匹のオーガは頭か
ら血をまき散らし、倒れていく。
次の瞬間、ライオットは第二陣のオーガ二匹を切り裂いていた。
恐るべきはスピードと、天空より千変万化して落下してくる太刀
筋。。
最後の一匹とは、倒れいくオーガを挟んで向かい合う。
オーガはライオットを捕らえきれないでいた。
ライオットがダッシュした。
最後のオーガは横腹を裂かれて転がる。
五匹のオーガ共は、ライオットと一合も剣を交えることなく、丸
太のように切られてしまった。
﹁勝者、剣神ライオットーっ!﹂
仰々しく飾り立てた司会者が、勝者をコールした。
場内から地響きのような掛け声と拍手が湧き起こる。観客の足踏
みが地響きを起こす。
大勢の男達が闘技場に出てきて、オーガの死体と汚れをかたづけ
る。大変手際がよい。ものの一分も経たず、闘技場は綺麗になった。
ライオットは息一つ乱していない。
彼にとって、準備運動にもなっていないのだろう。
公王が立ち上がって拍手を送った。
ライオットは、頭を垂れて返礼をした。
214
また司会者が、手を挙げて観客に合図を送る。
﹁次の対戦相手! 青竜の門。ソードマスター・フェリス!﹂
﹁ああーっ! やっぱり!﹂
サーデルが頭を抱えた。
青いドラゴンを模した門より、ピカピカの鎧をまとったフェリス
が現れた。装備はいつものまま。ただ、ラウンドシールドを左手に
持っていた。
観客席から拍手は起こらない。どちらかといえば睨みつけられて
いる。
完全にアウエー!
﹁これはいったい何の真似だ!﹂
サーデルが激怒した。
﹁フェリス様とライオットの申し合わせです。我らが口を挟む余地
はありません﹂
一行の後ろに控えていたフラットが答えてくれた。
﹁両者、構えて﹂
司会者はレフリーを兼ねているようだ。サーデル叫びを無視して、
プログラムは進んでいく。
一方、フェリスも剣を抜き、下段に構えた。シールドを前面に押
し出している。
﹁ダメだな﹂
ミカボシがシルバーの棒ピアスを弄りながらそう言った。
215
サーデルが心配顔で聞いてきた。
﹁何がですか?﹂
﹁フェリスは受けの構えだ。それも受ける為に受ける構え。攻撃的
な受けの構えじゃない﹂
サーデル、いまいち理解ができないでいる。
﹁理由は何となくわかるが、⋮⋮あいつ、ここで死ぬつもりだな。
面白くねぇなぁ﹂
ミカボシは、耳の棒ピアスをつまらなさそうに弄っている。静観
するつもりだ。
何か言いたそうなもモコ助が、背中の毛を逆立てていた。
モコ助ならきっと、話術でもって戦いを回避させていただろう。
﹁いざ、尋常に勝負!﹂
ライオットが試合の開始を宣言した。
静まりかえる闘技場。
だが、静寂は一人の男の娘に破られた。
﹁なにが尋常な勝負だ!﹂
サーデルである。観客の視線が全てサーデルに集まった。
﹁何が尋常な勝負だ? 長旅で疲れている昔の弟子を剣技で迎える
のがこの国の正義か? 騎士の精神か?﹂
片足を手すりにかけて怒鳴り散らすサーデル。美しい顔に似合わ
ず、目が吊り上がっている。
﹁さて? いまそなたは私の戦いを見ていなかったのか?﹂
ライオットが声を出した。普通に喋っているようだが、とても大
きい声だ。腹の底に響いてくる声だった。
216
﹁私は、今ここで一戦したばかりなのだぞ﹂
サーデルはライオットを睨みつけるだけで、反論しなかった。
声を掛けたのはフェリスに対してだった。
﹁フェリス! 君はここで死ぬつもりなのか? 旅の途中で死ぬつ
もりなのか? やめるんだ。これは命令だ!﹂
﹁その命には従えません!﹂
フェリスが初めてサーデルに刃向かった。
﹁わたしは旅を続けるにあたり、どうしても超えねばならぬ人がい
るのです!﹂
﹁その為に死んでもいいの?﹂
﹁ここを超えずに旅は続けられません!﹂
フェリス、サーデルから目を離し、ライオットと向かい合う。相
変わらず、受けの剣で。
サーデルは、次の言葉が浮かばないでいた。何をどうやってもフ
ェリスは翻心しそうにない。説得する自信がない。
闘技場は、今度こそ静まりかえった。
観客席の者達は、フェリスとライオットの因縁を知っているよう
だった。
だれも言葉を挟まない。
水を打ったように静かになった。
だが、ここで静寂をぶち壊す、心ない者がいた。
﹁ククククク⋮⋮ケラケラケラ!﹂
217
嫌みな笑い声が、闘技場全体に渡っていく。
ミカボシが、こらえきれず笑いだしたのだった。
218
5.剣闘士︵後書き︶
モコ助に喋らせないと、戦いを回避させにくいことが解った。
219
6.剣神vs悪星
﹁ケラケラケラケラケラケラ!﹂
透き通った笑い声。
ミカボシが腹を抱えて笑っていた。
静まりかえった闘技場の隅々にまで、ミカボシの馬鹿笑いが行き
渡る。
ライオットは、構えを解き、何事かとミカボシを見やる。
客席に詰めている騎士も、王もフラットも、フェリスもミカボシ
に視線を向けている。
﹁失礼⋮⋮ではないかね? ミカボシ殿?﹂
フラットの冷たい声が聞こえた。本来、フラットはこの声で話を
するのだろう。
﹁あー? 失礼? 失礼ってなんだ? 意味わかんねぇ﹂
目尻の涙を拭きながら、ミカボシが失礼なことを言った。
そして、観覧席からミカボシの姿が消えた。
皆が闘技場へと視線を移す。
ミカボシは、フェリスの横に立っていた。マイナス一秒の移動術。
ライオットの速度を軽く上回る移動法。
220
﹁フェリス。我に返れ﹂
パンと乾いた音がした。
フェリスの頬をミカボシが平手打ちした音だ。
続いて六回、往復ビンタ三回分の音がした。
﹁答えろフェリス。お前は何の為に旅に出た? 死ぬ為か?﹂
﹁違う!﹂
﹁そうだ、生きる為だろ? この世の弱き人々を助ける為だろ? 途中で、お前、自分の都合で勝手に死んでいいとでも思ってんのか
? おまえは、﹃抗う力を持たぬ者の騎士﹄ではないかったのか?﹂
ぐうの音も出ないフェリス。
﹁うぎゃーっ!﹂
観客席の一人が炎に包まれていた。手に弓を持って立っていたよ
うだ。
﹁暗殺者は燃やす﹂
いつの間に立っていたのか、リーンの指先に小さな炎が灯ってい
た。
﹁そういゆう事だな﹂
犬のモコ助が、手すりの上から場内を睥睨していた。
ざわりとした空気が闘技場を満たしす。
﹁犬が⋮⋮喋っている﹂
誰かが言った。
﹁やっぱり喋るのか?﹂
221
フラットまで驚いていた。喋る犬である事を知っているはずなの
に。
﹁ああ、喋るさ。本当はそこの︱︱﹂
モコ助は、口がOの字になったカイル公王を顎で指した。
﹁公王との会見の時に驚かそうと思ってた、とっておきのカードだ
ったんだが、フェリス姐さんの命にゃ代えられねぇ!﹂
モコモコの小犬が、つぶらな瞳をしてフェリスを見下ろしていた。
観客が一斉に騒ぎ出した。隣同士で、また上の席と下の席で。収
拾が付かない騒ぎ。
﹁聖剣よ、来い!﹂
毫雷と共に聖剣が姿を現した。
騒ぎが一発で静まった。
﹁初めましてカイル公王。オイラが異世界より召還された勇者、モ
コ助だ。魔族とはいえ戦争の為に前線基地までご苦労なこった。可
愛いあの子のこと、奥さんにバレなくてよかったな﹂
﹁な、なぜリディアのことを!﹂
カイル公王は錯乱していた。
﹁カマかけだ﹂ モコ助がさらりと流した。
モコ助がライオットの方へ向き直した。
﹁おいコラ、ライオット! てめえ、フェリス姐さんが動揺してい
る今じゃなきゃ勝てねえんだろう? 一晩寝て冷静になった明日だ
222
ったら負けると思ったんだろ? さすが剣神、呆れるほど勝負慣れ
ているじゃねえか!﹂
﹁なんだと!﹂
ライオットがモコ助の口車に乗った。
﹁ま、そんな事はどうでもよろしい﹂
モコ助、しれっとして言葉を継いだ。
﹁勇者一行の仲間に手を出したらどうなるか、キッチリ身体に教え
てやるぜ! なあミカどん!﹂
バトンは、モコ助よりミカボシに渡された。
﹁そういうこった、やい、フェリス!﹂
ミカボシが怒っている。
﹁ライオットの術中に填ってんじゃねぇよ! もっとも、カマキリ
の策にまんまと嵌まったところで、ドラゴンはちっともこたえねぇ
だろうがな、ケラケラケラ!﹂
ミカボシは大声で笑った。怒ったり笑ったり、忙しいことである。
ライオットの目に怒りの色が浮かんでいた。
﹁笑うな!﹂
﹁笑わせるな!﹂
ミカボシの顔が真剣になった。
﹁フェリスの強さは抜刀の速さにある。剣の速さにある。盾を持っ
ちゃだめだ。お前はライオットの剣を受ける事しか考えていない!﹂
ミカボシがライオットに剣を向けた。
﹁あっ!﹂
フェリスが自分の右手を見た、握ったいたはずの剣が手に無い。
223
ミカボシが握っていた。
フェリスには剣を奪われた記憶が無い。
﹁いつ?﹂
フェリスの問いにミカボシは答えない。
ミカボシの興味は既にライオットに向かっていた。
﹁今から、オレの舎弟を弄んでくれたお礼をしてくれる。オレは、
ライオット! てめぇの剣をこの剣で受ける事なく叩きつぶしてや
ろう。代わりにオレを殺すつもりで全力で来い﹂
ミカボシは、ちょいちょいと、左手でおいでおいでした。
ライオットの顔が怒りで赤くなった。
﹁よくぞ言うた! カイル公王、フラット隊長、許可を願う!﹂
ライオットの右手が頭上高く上がった。長剣の先端が光っていた。
フラットが公王を見る。
公王は静かに頷いた。面白そうな顔をして。
﹁見てろフェリス、一手、教授してやろう﹂
ミカボシがフェリスの剣を構えた。
﹁一振りの元、切って捨ててやろう﹂
超上段に構えるライオット。
高速で振り下ろすか? 途中で止め、突きに変化するか? 体を
変化させ、横に払うか?
この構えから変化する太刀筋は読めない!
対してミカボシの構えは⋮⋮超下段。剣の先端が地面に着きそう
224
だ。
﹁おいおい、ミカどん、下段は受けの構えだって批判してたのはど
このどいつだい?﹂
モコ助の突っ込みに、ミカボシは答えようとしない。
﹁そのような剣、戦場では通じぬぞ!﹂
怒気を孕み、ジリジリと間合いを詰めてくるライオット。
それに合わせて、姿勢をどんどん低くしていくミカボシ。剣の位
置もどんどん低くなっていく。
観客席の誰もが手に汗を握った。
高速機動で名を成したライオットが、堂々と歩いて間合いを詰め
ていく。
あと一歩でライオットの間合い。ミカボシを見下す位置のライオ
ット。
だが、そこでライオネットの動きが止まった。
見上げるミカボシは、ニヤニヤしたまま。
﹁なるほど。ミカどんのやつ、考えやがたったな﹂
モコ助が、ニヤリと口を歪めた。
﹁どういうことですか?﹂
サーデルには解らない。
﹁ライオットの強さは速さと共に、読みにくい太刀筋だ。ところが
どうだい?﹂
ライオットの剣は空にある。ミカボシの剣は地にある。
225
これだけ離れていれば⋮⋮。
﹁ライオットは剣を振り下ろす一択しかない。上から下への直線攻
撃しかないんだ。太刀筋がたった一つになった。さすが闘神、天の
悪星!﹂
モコ助がミカボシを褒めるのは、戦いのシーンのみ!
フェリスは、目から鱗が落ちる思いで見つめていた。
ライオットは、間合いを取りなおせない。
後ろへ下がろうと、身体の芯を移動させれば、その隙を狙って、
下から逆袈裟が飛んでくる。その隙ならフェリスでも突ける。
﹁こんな戦い方があったのか⋮⋮﹂
フェリスは思い出していた。ミカボシが言った言葉。﹁一手、教
授してやろう﹂
そして、進退窮まったライオット。
だが、さすがライオット。剣神の二つ名は伊達じゃない。
ライオットは思考を捨てた。己の神速を信じる事にした。
無我の境地に入ったライオット。剣を振り下ろすタイミングは、
己の切っ先が、己の間合いに入ったとき!
﹁ほお!﹂
ミカボシが感心したようだ。
再び間合いが詰まりだした。
間合いが半歩に、そして足の指一本の幅に。間合いに入るまで先
226
に動いた者が負ける。
﹁あと一動き﹂
ライオットの身体がそう判断した。
その時︱︱。
ミカボシが剣から手を離した。絶妙の呼吸。
それにライオットが反応した。
上空より、縦一直線に振り下ろされた長剣と、下から伸び上がる
ミカボシの影が交差した。
次の瞬間、ライオットの身体が宙に浮かんだ。
ミカボシは振り下ろされる剣の柄に左手を当て、攻撃力を裂いた。
左手にかかった重量をそのまま右手に移動。神速で伸び上がる身体
の速度に、右手の速度を乗せた。
そのまま真上に振り抜く。
リップスの顎を砕いたアッパーカット! ただし、今回は掌底だ
ったが。
顎の骨は無事らしい。
大の字に横たわるライオット。
観客席から、何の声も上がらない。
227
伸びていたのも束の間、ライオットは、手足を二度三度藻掻かせ
ただけで起きてきた。
ものすごい目でミカボシを睨んでいる。
﹁卑劣な﹂
﹁戦場なら死んでいる﹂
ニヤニヤ笑いで答えるミカボシ。
﹁オレは魔王二人を殺した。ライオット先生。あんたは何人魔王を
殺したね?﹂
﹁信じられぬな﹂
ライオットのその言葉は、フェリスにとって失言だったようだ。
﹁ライオット師匠﹂
フェリスの声色に力があった。
﹁師匠、信じられぬとはいかがな事か? 師匠、自分では魔王を殺
せぬと思うておられるか?﹂
フェリスの言葉に自信が戻ってきた。
﹁わたしはこの目で見た。魔王リップスは殴り殺された。魔王ヒト
アイは撲殺された﹂
﹁影をか?﹂
ライオットは、ヒトアイの能力、影になる能力を知っているから
聞いたのだ。
﹁わたしはどうにかしていた。わたしの目標はライオット師匠では
ない。ミカボシ殿であった。⋮⋮さらばだ、ライオット殿﹂
ライオットに背を向けるフェリス。壁際まで歩いて回れ右。手を
後ろに回して見物人となり、ミカボシの背を見つめる。
228
﹁ライオット! フェリスは二回戦を見たいと言ってるみてぇだぜ
? オレは一戦済ませたばかりだが、一向にかまわねぇ。⋮⋮どう
する?﹂
深呼吸するライオット。
剣を真上に持っていく。天地開闢の構え。
﹁同じ手は⋮⋮﹂
ライオットは、大きな目をより大きく見開いた。
ミカボシがとった構えは、天地開闢の構えだった。
﹁背の高い二人に並ばれると、構えもあってツインタワーに見えち
まうぜ⋮⋮﹂
モコ助が独りごちる。
﹁ただし、ミカどんの方が五センチばかり高いがね﹂
ライオット、動けないでいる。
ミカボシが先ほど見せたスピードは、ライオットを上回っていた。
おまけにミカボシの方が高い。つまり間合いが広いのだ。
ライオットは、敗北を認識した。
敗北したとたん、ライオットが老けていく。今は六十を超えたあ
たりの老人に見える。
﹁剣士たるもの、誰もが剛を目指すもの。剛を極めたら者、柔とな
る。柔極まって剛となし⋮⋮﹂
ミカボシが黙り込んだ。
229
﹁久々に良い事言ったと思ったら、口から出任せかい!﹂
久々にモコ助が突っ込みを見せた。
﹁剛極まって柔と成し、柔極まって剛と成す。ミカどんは、その剛
が極まって歪んだんだな﹂
モコ助、突っ込みが冴える。
﹁剣神の名はもらった。フェリス!﹂
背中を見せたまま、肩越しに剣を投げるミカボシ。柔軟な肩であ
る。
剣はフェリスの腰に下げた鞘に飛び込んだ。
﹁お前にくれてやる!﹂
ミカボシは振り返り、フェリスに向かって笑いかけた。
230
6.剣神vs悪星︵後書き︶
ちょっとだけチャンバラでした。
231
7.御前会議
日が沈もうとしている時刻。
城の奥。会議に適した密室で、メインメンバーが顔をつきあわせ
ていた。
カール公王が上座。フラット騎士隊長、モコ助、サーデル、フェ
リス、リーンが次の座に座っている。
さらに下座には、ヴェクスター公国の各隊を率いる騎士・千人隊
長が連なっていた。全員、いつでも戦場に赴けるいでたちである。
﹁最初に、勇者殿が持っている情報をお聞かせ願いたい﹂
進行役を買って出たフラットが、まずはその場を仕切る。
﹁その前に、⋮⋮アレはいいのかい?﹂
モコ助が後ろ、壁際を前足で指していた。
﹁お前と俺とーは、同期のチェリーボーイミーツガール♪﹂
仲良く肩を組んで合唱しているライオットとミカボシ。酒がしこ
あて
たま入っていた。
肴は塩のみというガチンコ呑み会だ。
﹁飲め飲め! 剣神の名はフェリスに売り飛ばしてやったが、代わ
りに閃光をくれてやる! 閃光のライオット、カップを出せ、つい
でやろう﹂
﹁オィオィ! いただきましょう。オィオィ!﹂
酒を飲みながら号泣しているライオット。彼が泣き上戸だったと
は、だれも知らなかった。
232
いつとき
一時は老人化したライオット。何故か意気投合したミカボシと飲
みあっている間に、気力を回復。見た目、五十代前半で落ち着いた
ようだ。
﹁何というか⋮⋮ライオットはヴェクスター公国の貴重な戦力。あ
のまま枯れ果てる事を思えば、⋮⋮このままにしておきましょう﹂
﹁ま、そういうことなら良いか﹂
気を取り直すモコ助。
ミカボシとライオット。筋肉冒険隊とヴェクスター公国。両者の
関係はとても良い。
なぜであろうか?
ミカボシが乱入した闘技場での試合。
公国側としては、非常に後味が悪かったはずだ。
だのにミカボシはライオットと飲んでいる。
御前会議の席に連なる騎士連中からも、不満の声は出てこない。
むしろ微笑ましさを感じているようだ。
なぜであろうか?
﹁いやー、ミカボシ殿は強い。まさに鼻っ柱を折られた気持ちじゃ
! いや、愉快愉快!﹂
ライオットが笑っている。
それには理由がある。
先ず、知っておいてほしいことがある。
233
4大国のうち、公国だけ魔法兵団を持っていないという事。
公国には、魔法関連の養成機関すらない。
騎士の数で圧倒的劣勢に立っていたラベルダー王国が、曲がりな
りにも四ッに組んで戦ってこれたのは、王国が魔法先進国であった
からだ。
魔法兵団の活躍に著しいものがあったのだ。
ヴェクスター公国騎士団には、四箇条からなる騎士精神訓話があ
る。
すなわち!
国を守るのは、盾と鎧と鍛えた肉体。
国を攻めるは、剣と弓と鍛えた肉体。
魔法対策はただ一つ。黙って耐えろ!
我ら、ややこしい術には頼らぬ! 媚びぬ! 退かぬ!
つまり、国の暴力システムは、筋肉に主眼を置いて配備・開発さ
れているのである。
筋肉国家、ヴェクスター公国において、腕っ節が全て。強いのが
正義。弱さは悪。
よって、公国最高の剣士、ライオットを打ち破ったミカボシは、
公国の騎士全てのあこがれとなったのだ。
対魔族戦において、やけにしつこく公国が頑張っているのにも、
筋肉が回答を教えてくれる。
体力だけをとらまえると、あきらかに魔族が有利である。だが国
の騎士は、それを認めるのを心底拒否していた!
人間という種として、それを認めず、だだっ子のように否定し続
234
けてるのだ。
そして、勇者一行の強さを思い知った公国騎士団は、彼らを素直
に歓迎した。
良くも悪くも、それが悪役上等! 絶対筋肉主義国家・ヴェクス
ター公国のお国柄である!
お国柄なんだから仕方ない!
ぶっちゃけると⋮⋮、
ヴェクスター公国建国の父、ネイモハン初代公王にこういう言葉
がある。
﹁魔法? 難しいのは嫌いじゃ! 勉強してる時間があったら腕力
鍛えろ!﹂
この言葉により、公国は魔法を発展する余地を無くしてしまった。
ちなみに、腕力の次に人気なのが腹筋である。⋮⋮意味は、わか
りたくないが。
﹁フラットの旦那、ちなみに、戦争が終わったら、ラベルダー王国
との関係はどうなるんだい? 魔族侵攻前まで、ずいぶんとやらか
してたんじゃねぇのかい?﹂
モコ助が、下からフラットを見上げていた。ここからが腹の探り
合いだ。
お互いの力量を見極め損ねると、火傷ではすまない。
﹁わかりませんな。お互い、国力がどの時点で回復できるか。に、
よるでしょうな﹂
フラットが冷たい口調に戻った。
235
ここで言う国力とは、軍事力に相当する。補給面は無視するとし
て、軍事力イコール騎士の数である。
純粋な騎士を育てるには、金と年月︱︱、それも十年単位の年月
がかかる。
ラベルダーは、騎士がほぼ全滅状態。新しく騎士を仕立てるとす
れば、現時点で年端もいかぬ子供を一から鍛えることになる。
労働力の確保や、政経面の人材確保、それに各貴族の相続子弟を
考慮すると、頭数を集めるだけでも難儀な話となる。
﹁我らヴェクスターの騎士教育システムはご存じでしょうな?﹂
フラットの目が冷たくなった。ラベルダーを併呑する気、満々で
ある。 サーデルの額に汗が浮いている。フェリスに至っては、剣の柄に
手を掛けている。
モコ助の顔つきが柔和なものに変わった。
﹁ああ、実に効率的だ。人魔戦争が終わったら、さっそく採用を強
化するんだろ? いち早く四大大国のトップに踊り出で、ゴンドワ
ナ・ワールドの守護神役をかって出てもらわなきゃな﹂
﹁当然です。戦後まで考えたプランを立てて戦争に挑む。戦争遂行
者の責任です!﹂
フラットは胸を張った。
モコ助がチラリとフェリスとサーデルを見た。その時のモコ助は、
悪戯を仕掛けた子供の目をしていた
これはモコ助からの合図だ。
236
モコ助が何かを考えている。それはラベルダーの為になることで
あろう。
フェリスは、ヴェクスターがモコ助の罠に嵌まったように思った。
サーデルは、モコ助が遠大な計画を進めているような気がした。
二人は、モコ助を最後まで信じきってみようと思った。どうせラ
ベルダーはズタボロになったのだから。
モコ助とフラットが、席に着く。
﹁さて、オイラ達の持ってる情報だが︱︱﹂
﹁⋮⋮で、その雫ってのに呼び出されてだな⋮⋮﹂
﹁︱︱魔王リップスと魔王ヒトアイの軍団を糾合した、魔王ノズラ
の軍勢は、今や十万を超え︱︱﹂
﹁⋮⋮オゥオゥ、ミカボシ殿は既に二度ばかり召還された経験のお
持ちでオゥオゥ⋮⋮﹂
あめのさくらおりのつるぎ
﹁︱︱魔王ヘードはムルティ伯国とイントルーダー候国の押さえに
回って︱︱﹂
﹁⋮⋮そこでオレが天之桜折剱を取り出してだな、真島のヤロウを
⋮⋮﹂
﹁︱︱魔王ノズラは、人間側を各個撃破︱︱﹂
﹁⋮⋮八頭八尾の魔獣ですと! それはまた⋮⋮﹂
﹁︱︱ヴェクスター公国単体で十万の⋮⋮てめえらっ! うるせー
よ!﹂
温厚なモコ助がブチ切れた。
﹁ミカどんは隅っこで静かに飲んでろ! ライオット! あんたも
いい大人なんだから、ミカどんを押さえる側に回れよコラァ! 犬
に戦略を任せる人間がどこにいるってんだ、こんちきしょうめ!﹂
237
モコ助の怒気に気圧されたミカボシとライオット。酒樽を小脇に
抱えて、部屋の角っちょに移動。小さくなって、こそこそと飲み出
した。
﹁⋮⋮雫ってのが生き方下手で⋮⋮真島ってヤロウが⋮⋮ヤマタノ
オロチを⋮⋮﹂
﹁⋮⋮山ほどもある巨大魔獣⋮⋮口から炎や雷光を⋮⋮﹂
﹁⋮⋮千切っては投げ、千切っては⋮⋮﹂
﹁⋮⋮スサノヲと⋮⋮フツヌシと⋮⋮﹂
漏れ聞こえるひそひそ話に、モコ助はイライラしていた。小さな
前足を神経質そうに動かしている。肉球が付いているので、ペシペ
シとしか音が鳴らないが。
﹁まあまあ、モコ助殿、落ち着いて落ち着いて!﹂
さすがに人として気まずさを感じたのか、フラットが手をパタパ
タさせて、その場を鎮めようとしている。
﹁いや、すまねぇ。つい動転してしまった。茶を一杯いただくとし
よう﹂
モコ助専用の木皿に入れられた紅茶をペチャペチャと飲むモコ助
である。
﹁こちらの戦力を知りたい﹂
茶を飲んで落ち着きを取り戻したモコ助。本来のスタイルで話し
出す。
﹁ヴェクスター公国の兵隊は四万だって話だが、そいつあ戦える兵
の数字だろうなぁ?﹂
﹁⋮⋮よくご存じで。弓隊を含めての数字ですが、全員戦える兵の
数です。輸送隊は入ってません。ちなみに敵が十万というのは、我
238
らが掴んだ情報とも合致します﹂ ティディベアカットの小犬にタメ口を叩かれたフラット。やや、
納得がいかない様子。
﹁敵は倍以上の十万。魔族軍の現在位置はつかんでいるのかい?﹂
﹁斥候と先遣隊を派遣。監視下にあります。と言っても、場所は一
つしか考えられませんから、楽な仕事です﹂
そう言って、フラットは用意した地図をテーブルに広げた。
この世界では高価な紙が使われていた。
一辺が二メートルに及ぶ大きな地図。ヴェクスター公国領、城塞
都市ゼルファー周辺の地理が詳細に描かれていた。
ちゃんと縮尺も入った立派な地図だ。
フラットは、そのまま黙り込んだ。
モコ助を始め、サーデルとフェリスが覗き込む。リーンは興味が
無いらしく、ミカボシとライオットの酒会を羨ましそうにながめて
いる。
モコ助が食い入るように地図を見つめていた。
誰も喋らない。間が開いた状態。
緊張感に耐えられず、サーデルが口を開いた。
﹁で、フラットさん、魔王軍はどこに?﹂
フラットはにっこり笑うだけで、いっこうに口を開こうとしない。
犬のモコ助を試そうとしているからだ。
﹁魔王軍が集結する場所は一カ所しかねえ﹂
239
モコ助が地図から目を離さず、サーデルの相手をした。
﹁ここだ﹂
モコ助が前足で指したのは、地図の東側。山と森に挟まれた広大
な平原だ。
﹁ここじゃないと十万の兵隊を展開できない。逆に、十万もの頭数
を行儀よく並べられる広場は、この辺りじゃこのポイントしかねえ
って事だな。それと、平原の東に連なる森がでかいな? 兵を隠す
にはもってこいの場所だ。ちなみにこの森はレビウス山脈に繋がっ
ているのかい? それとこの手前の山の規模を教えてくれないかね﹂
﹁⋮⋮さすが勇者﹂
フラットは上機嫌で説明を始めた。
﹁平原の名は﹃ゲアガ・リング﹄。川は干上がっていて渡河は簡単
です。森の名は﹃帰らずの森﹄。森は深いです。レビウス山脈に伸
びています。手前の山は﹃ゼラナ山﹄。ゼラナ山は、卵を縦に切っ
て伏せた形をしています。なだらかな形状ですが、標高は高いです。
ご覧の通り、尖った方をゲアガ・リングへ向けています﹂
﹁なるほど。そこへ陣取れば何とか戦う事ができそうだ。策を弄し
て魔王を引きずり出しさえすれば、あとはオイラ達で何とかできる﹂
﹁⋮⋮そこに我が軍の先遣隊二万と斥候が陣取っています﹂
フラットが、モコ助の高い能力を認めた瞬間である。︱︱犬だけ
ど。
二人はこれだけで十分だとばかり、詳しい陣立てなどは相談しな
240
かった。
モコ助もフラットの作戦立案能力を高く評価していた。︱︱犬な
のに。
城塞都市ゼルファーの右側、ほぼ東に山が一つある。ゼラナ山で
ある。
川を挟んで平原が広がっている。ゲアガ・リング平原である。
平原の右、真東に、でかい森が描かれている。帰らずの森である。
平原の上下にも山が描かれているが、街道が通っているところか
ら、標高は低いと思われる。
魔族が十万の軍を集結するゲアガ・リング平原は、四方をリング
状に囲まれた、広大な窪地であった。
﹁現在、魔族の集結率は五割といったところ。あと三日で魔族の全
軍が揃うでしょう﹂
﹁こっちの軍は?﹂
上目遣いでモコ助が聞いた。
﹁明日、公王陛下に率いられ出立。二日後には到着﹂
﹁手堅いな﹂
口の端を上方向へ折り曲げ、可愛い犬歯を見せるモコ助。同じく、
今度は本心から笑うフラット。
﹁実は、先ほどの剣闘士競技は、出立前の兵への鼓舞を兼ねていた
のですが⋮⋮﹂
﹁そいつぁ悪かったな。出鼻を挫く真似して﹂
﹁いえ、あなた方の実力を過小評価した我らのミスです。真摯に受
け止めましょう﹂
﹁実を言うと、こっちもな⋮⋮。本来はこの場でオイラが初めて喋
241
って、優位に交渉事を進めようと考えてたのさ。おじゃんだ﹂
双方、言葉の応酬をしつつ、苦い顔をしている。
﹁だが、戦力不足は否めねえ。地の利を得たとしても、十万の屈強
な魔族軍を蹴散らすのは難しいとオイラは思うね﹂
﹁勇者が我が軍に参加してくれるまでは、その通りです。魔族軍は
魔王ノズラの力で束ねられています。ねちっこい戦いを展開させれ
ば、気の短い魔王のこと、自らしゃしゃり出てくるでしょう﹂
﹁理解した。魔王はオイラ達に任せてくんな﹂
この二人、やけに話が早い。
ようやく、ゴンドワナ大陸屈指の天才軍師一人と、同じく、この
世界屈指の知略家一匹が笑い合った。
﹁嫌らしい戦術なら、オイラいくつか腹案を持ってるぜ。採用不採
用は任せるから、異世界の戦い方ってのを後で披露しようじゃねえ
か﹂
﹁それは楽しみです。個人的な意味で。⋮⋮では後の評定で﹂
二人の⋮⋮もとい、一人と一匹の頭脳が、お手⋮⋮もとい、手と
前足を握りあった。
﹁よし、ではこれで顔見せは終わりとする﹂
カイル公王が場を締めた。一同、シンクロして起立する。さすが
体育会系の騎士団である。
﹁至高神ララシーナとヴェクスター公国公王・カイルの名の下、ヴ
ェクスター公国が誇る黒剣騎士団! 全軍出撃せよ!﹂
ガシャンと鎧を鳴らし、各騎士は部屋を飛び出していった。
242
﹁さ、最後にビビらされちまったぜ!﹂
犬故に、表情こそ変化させなかったが、不覚を認識したモコ助で
あった。
フラットは、カイル公王と小声で話し込んでいる。
ちょっとした確認事項のようだ。徹底的に秘匿しているが、モコ
助の聴覚は人間の約十倍である。小声で話したところで、秘密にな
どできない。
いわゆる隙ができた。
モコ助は、テーブルに軽く飛び乗り、何気なくサーデルに近づい
た。
サーデルの耳元にそっと口を寄せる。
﹁せっかく各国の軍事力が衰退したんだ。兄さん、これからは経済
だよ。金が世の中を支配するんだ。不足する戦力は、パートタイム
で傭うか、あるいは⋮⋮、他国に代わってもらえばいい。遠からず
ヴェクスターは破綻する﹂
サーデルは、モコ助の話の内容に、あっけにとられていた。
意味が解らない。
モコ助の話は、金が剣を凌駕する、という内容でしか理解できな
い。
剣と魔法と魔族が幅を利かせている世界に、そんな概念は無い。
だが、サーデルは、新しい世の仕組みを垣間見た気がした。
﹁じゃ、行ってくる。お前は町でメシでも食ってろ。ミカどん、つ
きあえ﹂
﹁おう!﹂
243
モコ助は、カイル公王とフラット騎士隊長の会話に割り込んでい
った。
フェリスが席を立った。
﹁では、わたしも護衛として︱︱﹂
﹁ほらよ!﹂
ミカボシが巾着袋をフェリスに放り投げた。
﹁フェリスはガキ共の護衛がお似合いだ。ケラケラケラ!﹂
悪戯小僧のように笑うミカボシであった。
これより、後世において﹁ゲアガ・リングの爆炎﹂と呼ばれる事
になる戦争が始まるのである。
244
7.御前会議︵後書き︶
某お方より﹁続きまだ?﹂のお言葉に、多少無理をしてうpしまし
た。
休みの日ですしね。
世界的な戦略家モコ助と世界的な戦術家フラットとの対決でした。
頑張ってくれ人類代表!
245
8.⋮⋮酒場にて
夜の帳がおりていた。
昼間、筋肉冒険隊が、さんざん食い散らかしていた、あの酒場。
サーデル、フェリス、リーンのラベルダー組が、まずい晩ご飯を
食べていた。酒も飲んでいた。
今夜は満席である。黒剣騎士団全軍出動を明日に控え、はやる国
民・市民。酒場の中も賑やかであった。
だが、筋肉冒険隊に声を掛けようとする勇者はいなかった。
なんか、こう⋮⋮、なんか、こう、近寄りがたい雰囲気があった
からだ。
﹁わたしの職務が⋮⋮﹂
いじいじと酒を舐めているフェリス。だが、瞳は澱が落ちたよう
に澄んでいる。
サーデルは、リーンを肴に酒を飲んでいた。
﹁ハハハッ! いい食べっぷりですね。これもお食べ!﹂
リーンは、ホッペタをリスのように膨らませて、口に食べ物を詰
め込んでいく。
食欲旺盛な小動物にエサを与える感覚なのだろう。サーデルは、
次々と食べ物をリーンの前に並べていく。
﹁フェリス、お前も食べろ。ほら! ほらぁ!﹂
サーデルは、手に持った肉の塊をフェリスの目の前でプラプラさ
246
せていた。サーデルはきこしめしているようだ。あまり良い酔い方
ではない。
木製のジョッキを片手に、表情を変えることのないフェリスであ
る。が、澄んだ瞳をしたまま動じなかった。
﹁ホラ食べろよ、ほらあ!﹂
サーデルは、しつこく肉をプラプラさせている。
フェリスの澄んだ瞳から、イライラという音が聞こえてきそうだ
った。
﹁うぜえ﹂
⋮⋮誰かが喋った。
フェリスは、サーデルの手から肉を取り上げ、自分の口へ突っ込
んだ。
リーンと同じように頬袋をいっぱいにするフェリス。表情を変え
ず、あまつさえ澄んだ瞳のままなのが、なんだか怖い。
﹁ここにおいででしたか!﹂
ふらりと現れたのは、癖のある黒髪の男。
生え際の右が一房、かたまって白髪が生えている。
顎髭をきちんと整えた若い男だ。
フェリスが、大きくため息をついている。
﹁だれよ?﹂
サーデルが、鳥の素揚げを口に運びながら聞いた。
お行儀が悪い。
247
﹁両替の人﹂
頬袋の食べ物を飲み込んだリーンが、記憶を呼び覚ました。
サーデルも思い出したようだ。
﹁ああ、思い出しました。両替詐欺の人ですね。⋮⋮影の薄い﹂
﹁誰が詐欺ですか! 手数料タダだったでしょうが! 存在感も結
構あったでしょうが!﹂
サーデルに噛みつく男。昼間の両替商だ。
﹁私の名はロワウ。商売上、ロワウ・ギワザと名乗ってます。ロワ
ウと呼んでください﹂
﹁わかりました。で、何しに来たんですか? ギワザさん﹂
﹁ロワウ! それは下の名。⋮⋮ごほん!﹂
酔ったサーデルにペースを乱されそうになった事に気づき、咳払
いをして元に戻した。
さすが、この若さで独り立ちしている両替商である。
﹁昼間、サービスすれば、一緒にご飯を食べてくれるって約束した
でしょうが! だから来ました! 探して!﹂
両替商のロワウが、サーデルに歯を剥いた。
そして、フェリスの顔を伺う。一転して優男の顔だ。
﹁私は、あなたと一緒の席で飲めればそれでいい﹂
隣のテーブルから樽の椅子を持ってきたロワウ。フェリスとサー
デの間へ無理にねじ込んで、強引に座った。そして店に酒を注文し
た。四人前だ。
248
この世界の常識で、商人が、プライベートで人に酒を奢ることは
ない。
それに、そこそこ値段が張る酒だ。
頑張れ、男の子!
フェリスはロワウを無視して、チビリチビリと酒を舐めている。
﹁昔見たときより、昼間見た方が明るい顔をしていました。昼間よ
り、今見た方が綺麗な目をしています。何かあったようですね?﹂
﹁おー、ありました、ありました!﹂
﹁あんたにゃ聞いてないでしょうが!﹂
酔って絡んでくるサーデルに、まともに相手するロワウである。
この辺、まだまだ若い。
﹁フェリスさん。魔王四天王を倒した後のことは考えてますか?﹂
﹁今は魔王共を倒すことしか考えていない。それに、魔王が倒れる
まで、わたしが生きていられるという保証はない﹂
フェリスは、舐めるようにして飲んでいた酒を一気にあおった。
安物の酒は酸っぱい味がする。
そこへ、ロワウが注文した酒がやってきた。皆に行き渡る。
ロワウは、ジョッキを両手で包むようにして持った。
﹁生きていたとしたらですよ。生き残った者には使命が生まれる。
そんなことを親戚の爺様が言っていました。﹂
﹁ふむ﹂
フェリスが綺麗な瞳でロワウを見た。
249
﹁そうだな。わたしが生きていたら⋮⋮ラベルダー騎士団再生に、
残りの人生をかけるだろうな。手始めに︱︱﹂
そんな話をサーデルはポカンとした表情で聞いていた。
フェリスが淡々と話を進めている。
﹁︱︱馬を育てることも平行してやらなくちゃならない。人も馬も
育てるのに時間が掛かる︱︱﹂
ロワウが、丁寧に相づちしながら聞いている。
サーデルの頭には、城でモコ助から聞かされた経済の話が浮かん
でいた。昼間聞いた貨幣にまつわる話も思い出していた。
さらにフェリスの話は続く。
﹁︱︱時間が掛かるということは莫大な費用もかかる。さらに︱︱﹂
アクアヴィテ
サーデルは、上等の酒を一息にあおった。
ラベルダーで飲まれる命の水と比べれば、濁り水の様な安酒だっ
た。
﹁ラベルダーは、騎士を育てられない﹂ 斜め上を見つめているサーデルが、何かを言った。
﹁僕も生きて帰れるとは思っていない。でも、もし生きてラベルダ
ーに帰ることが叶うなら、⋮⋮武力に頼らない、経済大国を作りた
い﹂
サーデルは、何事のなかったかのように、呑気にあくびをした。
そして、モリモリとテーブルの料理を片付け始めた。
250
結果として、サーデルはフェリスの話の腰を折ってしまった。
ふう、とため息をついたのはロワウだった。
﹁もし、満願成就された後、フェリスさんが生きていたら、帰りも
ヴェクスターに寄っていただけませんか?﹂
フェリスは押し黙っていた。
ロワウの言う意味を理解しかねているのだ。
﹁⋮⋮ご飯をおごってくれるのか?﹂
今度はロワウが押し黙ってしまった。
ちょっと寂しげにロワウが笑う。叶わぬ夢に、笑うしかなかった。
﹁ええ。その際は是非!﹂
ロワウは、手にしたジョッキを出した。フェリスが、それに合わ
せた。
ごつっ!
ジョッキが打ち合わされた。二人は、勢いよく中身を飲み干した。
﹁あれ?﹂
思い出したように、ロワウが辺りを見回している。
﹁背の高い目つきの悪い女の人と、可愛い小犬はどこにいるんです
?﹂
﹁えーと⋮⋮﹂
﹁ミカどんは、モコ助君と一緒にお城の中です。作戦会議に出席し
ているんですよ﹂
サーデルが答えた。
ロワウは、ひょいと眉を片方だけ上げた。
251
﹁器用ですね﹂
﹁練習したんだ﹂
そこの所はさらりと流すロワウ。これも商売用なのだろう。
﹁ところで、ミカどんっていったい何者なんです。彼女が噂の勇者
なんですか? 私は、犬が勇者召還されたと聞いてましたが⋮⋮﹂
モグモグと食べ続けているリーン以外、サーデルとフェリスが、
斜め上の天井に目をやった。
ロワウも天井を見るが、何も無い。
﹁ミカどんって、結局何者なんでしょうね?﹂
サーデルがボソリと呟いた。
﹁召還されてないのに、自力でこの世界へやってきた無敵の戦士﹂
サーデルはあの時のことを思い出していた。
﹁神性魔法使いと魔術師の、六人がかりで半日もかけて、やっと一
人だけ呼べた召還。それを、たった一人でやってのけた。しかも、
魔法剣士の女の子をもう一人連れて⋮⋮﹂
この世界にただ一つ。魔王を圧倒する力を持った人。そして、魔
族を弄ぶ知力を持った小犬。
フェリスも、ミカボシとモコ助の身上を考えていた。
﹁無詠唱で、魔法陣無しで魔法剣士を帰還させましたし⋮⋮。何者
なんでしょう?﹂
フェリスも、あの時のことを思い出していた。
思い出す度、身震いする。
瞬間移動する魔王リップスよりも、早く動けるミカボシ。瞬間移
動で消えるより、先に出現位置を察知する能力。
252
シェード
影になったヒトアイを素手でつかむそのデタラメさ。
超音速の剣。魔王を凌駕する身体能力。そのくせ、魔力を持ち合
わせていない。
あの人達は何も話さない。こちらから聞けば話してくれそうだが、
聞いてはいけない気がしたから今まで聞かなかった。
自分たちは、あの人達のことを何も知らない。
家族や、生まれや、好物や、友達のことも何も知らない事に気が
ついた。
でもわかっていることがある。あの二人は、悪ぶってはいるが、
悪い人ではない。
結局、解らん!
サーデルは、考えるのを放棄した。
﹁さて⋮⋮﹂ ﹁リーンはどうなんだい? 戦いが終わって生きていたらなにする
? 故郷のムルティ伯国に帰るのかい?﹂
モグモグしているリーン。
やっと飲み込んだ。
﹁魔族が滅んでも⋮⋮﹂
まだ口の中に食べ物があるようで、喋りづらそうだった。
253
リーンがジョッキに手を出した。酒で食べ物を胃の腑に流し込む。
一息ついて、こう言った。
﹁わたしの戦いは終わらない﹂
次章 ﹁ゲアガ・リングの爆炎編﹂
254
8.⋮⋮酒場にて︵後書き︶
ヴェクスター公国編、リーンで引いた所で、お終いです。
次章、ゲアガ・リングの爆笑⋮⋮もとい、爆炎は、戦争のお話に
なります。
今、ヒャッホイの神が降りかけましたが、大丈夫です。
ミカどんとモコ助がいなければ、シリアス路線で行けたんじゃな
いかと思う今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか? 私は元
気です。
255
1.布陣
闘技場でのいざこざがあった翌日。
作戦名﹁ゼラナ山防衛戦﹂。暗号名﹁ゼ号作戦﹂が発動された。
ヴェクスター公国公王カイル・ヴェクスターを先頭に、主力三万
五千が城塞都市ゼファー内を行軍していた。
魔法使いが一人もいない︵リーンを除く︶肉弾戦隊黒剣騎士団。
町中の人々が興奮し、破魔の軍に手を振っている。
目的地はゲアガ・リング平原を押さえる要衝、ゼラナ山。二日の
距離。
我らが筋肉冒険隊も、カイル公王の直後に付け、行軍している。
﹁この位置取りは、どう見てもカイル公王の配下だな。ま、いいか﹂
馬上のモコ助は、クリクリとした目で軍を観察している。
モコ助は、ココア色の毛を持ったテディベアカットのトイプード
ルである。異世界︵現世︶より召喚された勇者でもある。
勇者の特典として聖剣を呼び出せるが、所詮肉球持ち。自分で剣
を振るう事は叶わない。
また、召喚特典として、多大な魔力を付与されたものの、肉球持
ち故、印を結べないので使用は叶わない。持ち腐れ状態である。
﹁ケラケラケラ! 思わせとけ、思わせとけ! オレらがどういう
256
存在か、そのうち身をもって思い知る事になるさ!﹂
ミカボシは、ネコジャラシ草を手で弄びながら、観光気分で馬に
乗っている。馬の扱いがやたらうまい。
本来、このミカボシが勇者として召還されるはずだった。だが、
変わり身の術により、モコ助が勇者として召還されてしまったのだ。
ただし、結果オーライ。
やたら背の高い一見女である。茶色がかった髪は短いが髪質はよ
い。前髪がダンチに切りそろえられている。赤っぽい黒目。薄情そ
うな薄い唇。いかにもアウトドア派的な小麦色の肌。
全体的には美人なんだが、男っぽい言動もあって、残念な美人と
化している。
いつもの変な柄のTシャツに、変な色の七分パンツをはき、足元
は登山靴で固めている。
こう見えて本性は天孫降臨のおり、唯一天津神軍が下せなかった
天の悪神・天津甕星である。自らゴンドワナ・ワールドに乗り込ん
できた自己召還型勇者⋮⋮たぶん勇者である。
﹁ところでよ、サデ子﹂
ミカボシが、サデ子ことサーデルに声を掛ける。サデ子は、モコ
助の乗る馬の口を持つ係だ。
﹁至高神ララシーナってな、何者なんだ?﹂
﹁ハハハッ! 説明してませんでしたかね?﹂
本名、サーデル・クライン・ラベルダー。ラベルダー王国の王子
にして、王位継承第一位。旅を通して女装癖に目覚める。源氏名は
サデ子。
257
年齢は中学生くらい。性格はヘタレだが、性癖は攻撃的外道で精
神や性癖への破壊力はバツグンである。
﹁この世界が世界である前、闇であった頃、これではいけないと思
われたララシーナ様が﹃輝け﹄と命じられたのです。そして出来た
のが太陽。その時、ララシーナ様に影ができました。ララシーナ様
が自分の影を嫌い、切り離したのです。その切り離した影がメラシ
ーナ。初期の闇の生き残りです﹂
サデ子が簡単に説明した。
﹁ララシーナ様が陽の神。万物を生み、育てる慈悲の神様なのです。
多くの精霊を使役しているので、至高神と呼ばれています﹂
サデ子はフリルのミニスカートである。歩く度に短いスカートが
揺れ動き、何も知らない可愛そうな騎士の目を集めている。
﹁メラシーナの受け持ちは何だ?﹂
ミカボシが、ネコジャラシで遊びながら聞いてきた。
﹁メラシーナは原初の闇とララシーナ様の影の神です。メラシーナ
はララシーナ様の対極の神で、死と破壊に代表される陰の神様です。
魔族共を生み出したのはメラシーナです﹂
﹁ふーん⋮⋮﹂
ミカボシは全然興味なさそうにして、空を見上げている。
そこにモコ助が割り込んできた。
﹁おいおいミカどん。てめえ、メラシーナってヤロウに興味抱いて
るな? ここで死の神様がいないと、地上が生物であふれかえって
大惨事になるとか、死と滅びを司る神が、たとえ規格外とはいえ、
魔族を生み出すハズなかろう、とか、宗教論争を展開するつもりじ
ゃねえだろうな? ややこしくなるだけだから、ちったあ自重しろ
258
よ!﹂
﹁⋮⋮いや、そこまで深く考えてなかったというか⋮⋮。なあサデ
子⋮⋮﹂
﹁ハハハッ、何ですかな?﹂
ミカボシは、ポイとネコジャラシ草を放り投げた。
﹁ララシーナってのぁ、どこに行けば会えるね?﹂
側に侍るサデ子へかけた声だが、ずいぶんと遠くへかけた声のよ
うだった。
﹁ララシーナ様はお体をお持ちではありません。だから、どこにい
るとは教典に書かれていませんが、天界に居られるというのが一般
的な解釈です﹂
﹁ふーん﹂
ミカボシは、馬の背に寝転がった。器用である。
﹁気配はすれど姿は見えず。ほんにあなたは屁のような﹂
そして、耳の棒ピアスを弄ぶのであった。
城塞都市ゼファーをぐるりと囲む城壁を抜けてしばらく。
兵の配置が変更になった。
勇者一行は後尾へと回される。
﹁拙者、マクトミン隊隊長のマクトミン・マフラーでござる。これ
より、勇者殿の配下へ入ります。どうぞご自由にお使いください!﹂
259
背が高い。胸板が厚い。ライオットを頭一つ低くしただけの騎士。
マクトミン千人隊長である。
ただし、ごま塩混じりの白髪と、白い髭。やたら元気な老人であ
る。
﹁なんだ? オレら部隊持ちか? 千人かかえるのか?﹂
ミカボシが眉を歪めた。自由が利かなくなるのを嫌がったのだ。
﹁安心しろミカどん。この部隊はオイラの配下だ。ミカどんの部下
じゃねえ﹂
﹁ならいい﹂
ミカボシは、機嫌を直した。
﹁4万9千の公国軍主力が、魔族軍の鍵をこじ開ける。オイラ配下
の千人がドアを開け、魔王に直接挑む。夕べみんなで相談した内容
じゃねえか! 何聞いてたんだてめえ! つーか、これに関しちゃ
ミカどんも意見出してたろうが!﹂
モコ助が牙を剥いた。
﹁忘れてただけだよ! 今思い出したんだから、それで良いだろう
がっ!﹂
ミカボシも耳の棒ピアスを弄りながら、片足を馬の背に乗せた。
無駄に高等な馬術スキルである。
﹁ハッハッハッハッ! お二方とも血気盛んで。まこと頼もしい限
りですな!﹂
どう見ても七十を超えた老人マクミトンが笑う。口から見える白
い歯は健康そのもの。欠損が一本もない。
ちなみに、ゴンドワナ・ワールドの男子平均寿命は、七十歳だ。
260
﹁⋮⋮まあいい。しかし、まさか爺さん連中をあてがわれるとは思
いもしなかったぜ﹂
マクミトン老に喧嘩を笑われ、モコ助から毒気が抜けたようだ。
﹁いいじゃねぇか。駆け出しのひよっこ共をあてがわれるよりいく
らかマシだ。みろよ、連中﹂
全員大柄。重量級の老人達を乗せて歩む馬の蹄が、一歩一歩地に
スカーフェイス
めり込んでいる。
疵面の者多数。全員大型武器所持。使いこなされた鎧には剣を受
けた傷多数。それも前面のみ。マクミトンの鎧にいたっては、ナイ
フで付けられたのであろう、いかがわしい文字を含んだ落書きが書
かれていた。あと、三目並べのマス目も。
﹁風邪一つひいた事もなさそうだ。ケラケラケラ!﹂
愉快そうに笑うミカボシ。
不機嫌そうなのはマクミトン。
﹁これは異な事を! 不肖マクミントン、風邪は引いたことがござ
らんが、鼓膜を破いたことがござる。⋮⋮すぐに治りましたが﹂
﹁それも大概にしねえといけねえな﹂
モコ助が呆れていた。
﹁ほお、マクミトンは風邪を引いたことがなかったか?﹂
﹁む?﹂
千人隊長にタメ口で挟んできたのは、副隊長のアラハートだった。
﹁ワシはひいたことがあるぞ。⋮⋮五十年前に。ゼラナ争奪戦争の
真っ最中だった。ちょこっと身体が怠くなったかな? ふふふ!﹂
勝ち誇るアラハートも、マクミトンに劣らずの健康体である。
261
﹁半世紀前の出来事をよく記憶していたな。ボケ老人が配下にいな
くてラッキーだぜ﹂
モコ助の突っ込みも切れが悪い。
﹁儂も風邪をひいたことがないが、食中毒ならある﹂
今度は、白い総髪と顔一面に生やした白髭がよく似合う、哲学者
のような老人が割り込んできた。
﹁なんじゃ、ギャブレー? その割にピンピンしとるじゃないか?
つーかよ、お前そんな話聞いたことないぞ?﹂
マクミトンの目に殺気が宿る。病気になったことのある仲間に負
けた気がしたのだ。
﹁儂は、つい一年前じゃ。魔族との戦争で孤立した時があったろう
? 一週間ばかり飲まず食わずの時じゃ。あまりに腹が減ったので、
道ばたで死んでいたよく解らん獣の肉を食った﹂
﹁それが原因だな。そんなの食ったら魔族でも一発で食中毒だ﹂
呆れたのか、モコ助の突っ込みが投げやりだった。
﹁魔族に見つかるといかんじゃったで、生で食った。多少臭ったの
と、汁が垂れていたのがいかんかったんじゃろな。腹が下っての。
一回だけ下痢した。それきりじゃ﹂
﹁肉の種類以前の問題だな。⋮⋮オイラ、こんな化け物と戦う魔族
が可哀想になってきたぜ。無駄話はそれくらいだ。前向け、前!﹂
モコ助、早々にこの手の会話を心底早く切り上げたかった。
﹁うぬー、きさまら、病気経験者共め! そ、そうだ! 拙者、腕
が上がらん﹂
マクミトンが、右腕を肩の高さまで上げた。
262
﹁ここから上に上がらないのでござる! 四十肩でござる!﹂
﹁で、前はどの辺まであがってたんだ?﹂
ミカボシが心配そうな顔をして訪ねた。
﹁ここまででござる﹂
マクミトンは、頭の上まで、上がらないはずの腕を上げた。
﹁だめだ! オイラ一匹じゃ捌ききれねえ! ミカどん、半分受け
持ってくれ!﹂
働き過ぎのモコ助を乗せた軍馬の列は、隊列を乱すことも遅れる
こともなく、行進していく。
ゼラナ山への到着時間は、予定通り明日の昼過ぎであろう。
﹁血がたぎる!﹂
フェリスが剣を抜き、沈む夕日に向かって突き上げていた。
彼女の名は、フェリス・メルク・フェーベ。筋肉冒険隊の主力メ
ンバー。
現フェーベ家の当主。筋肉冒険隊に参加する前は、ラベルダー王
国副騎士団長であった。
年齢は二十歳を過ぎるか、そのへんか、もしくは公表してはいけ
ないのか。
蜂蜜色の長い金髪を背中に束ねている。前髪は切りそろえたおか
263
っぱタイプ。グリーンの瞳に、きりりと引き締まった細くて濃い眉。
ぽちゃりした肉厚の唇がせくしー。
熊と四ッ相撲して勝った筋肉娘である。
ガチガチでピカピカのプレートアーマーを着込んで、普通に歩き
回っている。こんなのを装着して歩くだけでも体力を根こそぎ持っ
て行かれるものだが、フェリス嬢にとって、ウインドブレーカー程
度の感覚でしかないのだろう。
﹁リラックスしろリラックス!﹂
モコ助が寝ころび、脱力しながらフェリスに声をかけていた。
﹁ふぁいあーぼーる﹂
近くでは魔法の火により、薪に火が付けられていた。
﹁ちがたぎる﹂
炎を操るのは、白っぽいローブを着た、年端もいかぬ少女。
彼女の名はリーン。
神性魔法少女である。でも治癒は苦手。代わりに全てを焼き尽く
す炎系が得意。
持病は魔力過多症。
年はサーデルと同じくらい。
低身長、低体重、貧乳と、全身凶器の塊。
旅を通して目覚めるというより、居眠りしている感ひしひしの実
力不明少女である。
﹁リーンも、無駄玉撃たない! 明日はたくさん撃たなきゃならね
ぇんだ。今日は早くメシ食って早く寝ろ!﹂
264
モコ助にたしなめられ、ぷくっとほっぺたを膨らますリーンであ
る。
ここはゼラナ山、山頂。
ゲアガ・リング平原を一望に見渡せる特等席の一部である。
﹁見ろよメコ助君。敵が蟻のようだ!﹂
ミカボシが今にも笑い出しそうに平原を睥睨しつつ、炒り豆を食
っている。
﹁モコ助な。どこかで聞いた台詞だな⋮⋮。確かに10万の軍勢だ。
それとミカどん、そいつは戦闘食の豆だ。今食うな。もうすぐ晩ご
飯だから我慢しろ⋮⋮。しかしよ!﹂
モコ助が後ろを前足で指す。
﹁気づいたかい? ミカどん﹂
﹁ミカどん言うな! ヴェクスター公国が誇る黒剣騎士団の3割が
ガス欠確実の老人、3割が粘りを知らないガキんちょ新米剣闘士、
残る3割が正規軍の生き残り、あとの1割が従卒って配置のことか
?﹂
ヴェクスター公国軍騎士団長にして軍師の名声高いフラットがこ
う言っていた﹁ヴェクスター騎士団は5万人を維持している﹂と。
﹁なんてことはねえぞメコ助。ヴェクスターも戦力を削られてるん
だ。予備役招集と学徒動員で頭数を揃えただけだ。この軍、後がね
ぇぞ!﹂
モコ助が不満そうに鼻から息を吐き出した。
265
﹁モコ助な。そういうな。数を揃えりゃなんとかなるってもんだ﹂
﹁ふーん⋮⋮﹂
ポリポリと豆を食べ続けるミカボシ。
ミカボシは、戦力分析を全く意に介していない。不利な状況を楽
しんでいるフシもある。
﹁これから作戦会議に呼ばれてるんだが、何とも頭痛てえハナシだ
ぜ。せっかく練っていた作戦もおじゃんだ。一から組み直さなきゃ
ならねえ。おーいサデ子!﹂
モコ助は、額にしわを寄せつつサデ子ことサーデルを呼んだ。
﹁ハハハッ! そういえばそろそろ作戦会議の時間だね﹂
昨日より短いスカートをはいたサデ子が、にこやかな笑顔を振り
まきながらやってきた。
﹁後学のためだ。サデ子、てめえも同席しろ。ついでにオイラを運
べ﹂
モコ助は、ピョンとサデ子の肩に飛び乗り、またも脱力した。
﹁おいモコ助! 魔族は今夜のうちに分隊を出すぞ。たぶん千匹単
位だ。伏兵要因かな?﹂
ミカボシが魔族陣営の中で行われている微妙な動きを察知したよ
うだ。
﹁あと、魔族はこちらが布陣するまで待っていた﹂
モコ助は、一拍おいてから返事をした。
﹁確かに。それはオイラも気づいていた。都合が良いのであんまり
考えないでいたんだが⋮⋮﹂
モコ助、珍しく言葉尻の切れが悪い。
公国がゼラナ山に先遣隊を配備した時点での戦力比は、公国二万
266
に対し、魔族軍五万。
ゼラナ山が、今戦いにおける天王山である事は間違いなし。
この時点で魔族軍がゼラナ山を責め取っていれば、公国は最大の
拠点を失っていた。今頃は城塞都市ゼルファーで籠城戦を戦ってい
たことであろう。
だが、魔族軍は行動を起こさなかった。
さらにミカボシは厳しい判断を下した。
﹁魔族は、この戦いを殲滅戦に位置づけている﹂
﹁殲滅戦? 公国軍を殲滅するってか?﹂
ミカボシの言葉に反応し、モコ助の目が細まった。
﹁公国軍がゼルファーで籠もられちまうと、攻め方は十万でも少な
いだろう。公国はまんまとおびき出されたんだ﹂
﹁⋮⋮さすがだな。天の悪星の二つ名は伊達じゃねえな。だとする
と、敵の狙いは⋮⋮殲滅戦だから⋮⋮﹂
モコ助がシンキングタイムに入った。
﹁あのー、今の話、本当ですか?﹂
サーデルが青い顔をしている。
フェリスも、リーンもミカボシとモコ助の会話を聞いていた。
聞かないフリをしているが、マクトミン老騎士隊も耳を大きくし
ている。
﹁十中十、確実だな﹂
ミカボシが顎の先端を爪で掻きながらそう言った。例えるなら、
朝の散歩に出かけると必ず犬を連れた老人に出会うような、ごくあ
りふれた情景のように。
267
それを聞いた各人の反応が違っていた。
フェリスは、手首の柔軟を始めた。
リーンは、持ち物の点検を始めた。
サーデルは、歯の根が合わないほど震え出した。
マクトミン老騎士隊長は⋮⋮。
﹁これは公国の最終戦争なのですな?﹂
鞘ごと抜いた大剣を杖にして立つマクトミン千人隊長。
モコ助は、陰気な顔で頷いた。
ミカボシは﹁楽しみだろ?﹂と言って豆を口に放り込んだ。
﹁危ないところだった⋮⋮﹂
マクミトン老は真面目な顔で二人を見ていた。
﹁危うく、ベッドの上で死んでしまう所であったわ!﹂
ニヤリと笑うマクミトン千人隊長。
﹁無理無理、お前はベッドの上で、ひ孫に囲まれて安楽死するのが
お似合いじゃ!﹂
ケチを付けてきたのは副隊長のアラハート。
﹁バカモノめ! 貴様こそ接敵する前に落馬して死ね! 朝を迎え
る前に寿命でポックリ逝け!﹂
﹁儂ら、なかなか死ねませなんだな⋮⋮﹂
ふと遠い目をするのは哲学者ギャブレーである。
﹁そうなんじゃ。拙者この身体、なかなか死んでくれんのじゃ﹂
いきなり、マクミトンが剣を抜いた。フェリスに匹敵する抜刀速
268
度。そこには殺気が存在しない。眼前に敵がいたら、抵抗するまも
なく真っ二つになっていただろう。
﹁ワシの身体、昔の寒かった冬の戦場でも、毛布一枚でぐっすり眠
れたからのう﹂
はげた頭頂をペチンと叩くアラハート。
﹁儂ら、無駄に頑丈な身体だったからのう。親に感謝すべきかしな
いべきか⋮⋮﹂
ギャブレーがしみじみと年寄り臭く言う。
﹁感謝すべきじゃねぇのか?﹂
ミカボシが、耳の棒ピアスをコリコリと弄っている。
﹁頑丈な身体のおかげで、公国が地上から消えるか、魔族が消し飛
ぶか、公国史上最終最大決戦、国の存亡を賭けた戦いに参加できる
んだからな﹂
﹁確かに!﹂
ニヤリと、それこそドス黒い笑みを貼り付ける三人の老人。
﹁こんな奴らと魔族共は戦わなきゃならねえのか﹂
モコ助が、鼻から荒い息を吐きだした。
ため息ばかりついてはいられない。
﹁ご老体!﹂
モコ助がマクミトンに声をかけた。
﹁なんでござるか?﹂
﹁戦闘中の真っ昼間に、鎧を着たまま寝られるかい?﹂
﹁特に問題はござらん﹂
269
後ろで控えている老騎士達も、普通の顔をして頷く。
﹁オイラがカンを外したら、明日の朝から寝かせてやる。今夜は夜
半過ぎから寝ずの番だ。今のうちメシを腹一杯かき込んで、仮眠と
っとけ! それと伝令だ!﹂
﹁了解でござる!﹂
胸に手を当てる略式敬礼をとるマクミトン。
マクミトン隊首脳三老人がそろって、極悪な笑顔を浮かべた。
﹁じゃ、改めて行ってくるぜ!﹂
モコ助が踵を返す。
﹁おいメコ助!﹂
﹁モコ助な。なんだミカどん、言い残しか?﹂
﹁なあ、おまえ⋮⋮、昔、シズカがよく言ってたんだが、⋮⋮二兎
を追う者は一兎をも得ず、って四字熟語知ってるか?﹂
﹁雫嬢ちゃんのご先祖のシズカさんか? それは四字熟語じゃなく
て、諺ってってんだ。それくらい犬でも知ってる﹂
﹁⋮⋮ならいい﹂
そう言ってミカボシは豆を食べ始めた。
﹁用が無いなら、オイラもう行くぜ!﹂
今度こそモコ助とサーデルは、公国本陣へと駆け出したのであっ
た。
270
1.布陣︵後書き︶
今回より、新章が始まります。
戦争シーンは初めてなので、果たしてどうなる事やら︵おいおい!︶
。
271
2.聖剣
夜明けまで、もうすこし待たねばならぬ時刻。
たが山頂に日が差すのは、下界より早い。
ここはゼラナ山、西の峰。今はまだ闇の中。
筋肉冒険隊を先頭にして、マクミトン隊千人が息を殺して坂の下、
つまり山裾方面を睨んでいた。
夜明けの気温差による薄霧が立ちこめていて、視界が悪い。
﹁このワクワク感、たまんねぇ!﹂
ミカボシが上唇をペロリと舌で舐めた。
フェリスは、ピカピカの鎧を隠すため、黒いマントで体を覆って
いた。
リーンは、神性魔法使い専用の白いローブのそこここに葉っぱや
木の枝を貼り付けていた。ジャングル迷彩のつもりらしい。
﹁ハハハ。せ、せんそうはけいけんずみなんですからね﹂
緊張したサーデルがモコ助を抱えて馬に跨っている。
﹁静かにしろ!﹂
サーデルの膝に乗ったモコ助が、目を閉じて神経を集中している。
﹁かなりの数が散開している﹂
闇の中でも、霧の中でも、犬の聴覚を持つモコ助の聴力は欺けな
い。犬だけど。
272
モコ助は目をつむり、耳に神経を集中させていた。
閉じていた目を開ける。
﹁長弓の距離に入った。伝令を出せ!﹂
モコ助の命に、老人が三人現れた。
﹁パシリも年寄りかい!﹂ モコ助が小声で突っ込んだ。
﹁年寄りといっても、まだ六十五歳の三人衆。この中では、千人隊
長とその幕僚しか経験したことのないヒヨッコ共でござる﹂
当然だとばかりに、マクミトン隊長が返した。
﹁還暦と将校がパシリか。この部隊、無駄に人材が豊富だな﹂
モコ助がツッコミを諦めた。
マクミトンが伝令に用件を伝えている。
﹁手はずに変更はない。フラットの小僧とも打ち合わせ済みである。
万が一手違いが発生したら、部隊長であっても張り倒して言うこと
を聞かせろ! どうせ元々はお前や拙者らの部下である。問題はな
い!﹂
﹁覇ッ!﹂
えらい気合いを小声で発し、身軽に駆けていく還暦組三人。
なんだか凄い内容だったが、モコ助は聞こえてなかったフリをし
た。
﹁しかしなんですな﹂
つつ
マクミトンが小声でモコ助に話しかけた。
﹁魔族共が、こちらの尻を突いて、本隊をゼラナ山より追い立て、
273
平原で迎え撃つ作戦を立てるとは、いやはや、本当でござるか?﹂
﹁奇襲隊が大人数だったらその通りだ。違ったらただの夜襲。公国
の倍の大兵力を持つ魔族軍が、わざわざ敵兵力を分散させるような
めんどくせえ夜襲作戦を取るはずはねぇ。効率よく一網打尽に討ち
取りてえと願うのが心理だ﹂
ほうほうと頷くマクミトン。
﹁モコ助殿の読みに関心したでござる﹂
﹁いや、そう言われると照れるが、実は、こいつは﹃啄木鳥の戦法﹄
つってな、知ってるもんは知ってるという、割とポピュラーな⋮⋮﹂
何かを感じたのか、モコ助は、話の途中で目を瞑り、敵の探査に
集中した。
そして、僅かな時間の後。モコ助が目を開けた。
﹁正面が中央だな。一番多い。ざっと千匹。左右に散らばってるの
は二・三百匹ってところか? やはり安っぽい夜襲じゃねえ。本格
的な攻め手だ。⋮⋮得物は軽そうだ。風がないから鼻が利かねえ﹂
それだけわかれば十分だった。
﹁全員、槍構え﹂
マクミトン千人隊長が小声で命令する。命令と緊張が、小声で伝
播していく。小技も使える部隊であった。
すでに全員騎乗している。勇者直属、魔王切り込み隊の役割を持
ったマクミトン隊は、スピードと突貫力を要求されるため、全員が
騎馬兵、文字通り騎士である。
この緊張感に声を出す馬などいない。
274
僅かだが、空が明るくなってきた。視界も零では無くなった。
だが、明るくなった反動で、薄霧が中距離以上の視界を遮る。
﹁短弓の距離を切ったぞ﹂
モコ助から合図が入る。
槍を構えた騎馬隊は、突撃のため、彫刻のように動きを止めた。
ミカボシが笑う。微かに手のひらを泳がせた。
戦場で微風が気を利かせた。
目の前の霧が流れていく。
視界が晴れた。
騎馬隊の前に現れたのは、驚愕の表情を顔に張りつめたゴブリン
の大部隊。
ゴブリンの前に現れたのは、鋼で全身を覆い、整列している暴力
の塊。
静寂に支配された氷の空間。
こちらが坂の上で、あちらが坂の下。
﹁聖剣よ、こーい!﹂
モコ助の声に反応し、稲妻と共に聖剣が現れた。これはヴェクス
ター公国軍に向けた、戦闘開始の合図でもある。
魔族軍奇襲部隊がひるんだ。
﹁フェリスの姐さん、さあ、聖剣を手に!﹂
ミカボシが聖剣を手にした。
﹁魔人犬!﹂
275
トルネード式投法によって、投擲威力が改善された。初速より音
速を突破した聖剣が、回転しながら敵正面の一番濃い部分へ突っ込
んでいく。
湧き上がる土煙と肉片と悲鳴。
﹁魔族と人と犬だから魔人犬かい? いやだから、なんでミカどん
が聖剣を︱︱﹂
﹁全員かかれぇーっ!﹂
﹁﹁うぉぉぉー!﹂﹂﹁このがきゃー!﹂﹂﹁﹁いてもーたれー!﹂
﹂﹁﹁一匹たりと生きて帰すんじゃねぇ!﹂﹂
目を血走らせた筋肉ジジイ共が、狂気の⋮⋮もとい、狂喜の歓声
を上げ、ミカボシの開けた穴へと、逆落としに突っ込んでいく。
フォーメーションもへたくれもない。
軍馬と鎧の重量と落下速度にものを言わせ、ぶちかましていくマ
クミトン隊・総勢一千騎。跳ね飛ばされて宙を舞うゴブリン達。人
身事故多発につき注意してくだい。
あっという間に騎馬と魔族の姿が消えた。
﹁えーと⋮⋮﹂
取り残されたのが、フェリスとリーン。
我に返ったフェリスが馬を駆ろうとする。
﹁待て待て待て!﹂
ミカボシが、自ら馬の口をとってフェリスを止めた。
﹁フェリスとリーンはここで勇者殿の護衛だ。役目を忘れるな。お
めぇら戦争に魂を引きずり込まれるんじゃねぇ!﹂
276
﹁そんなことよりも⋮⋮﹂ いつもは惚けているのがライフスタイルだが、今回、マジ顔のミ
カボシである。
﹁聖剣を呼び戻せ﹂
﹁何をする気だい? まあいい、聖剣よ戻ってこい!﹂
再び、雷鳴と共に聖剣が姿を現した。モコ助を挟んでミカボシの
反対側に。
ヤツ
﹁嫌みな聖剣だな⋮⋮。どれ﹂
無造作に聖剣を手にとるミカボシ。
慣れた手つきでクルクルと聖剣を振り回し、晴眼の構えでぴたり
と止める。
右手に持ったまま目の位置に持ち上げ、刀剣鑑定士のように、目
を細めて刀身を観察する。
﹁やっぱりな﹂
ワン
﹁何がやっぱりなんだ?﹂
﹁聖剣のレベルが一のままだ。犬だけに﹂
﹁誰がうまい事いえといった。⋮⋮聖剣にレベルがあるってのかい
? そりゃ初耳だ﹂
ミカボシが、刀身に左手の人差し指と中指を這わせる。
鍔元から、ゆっくりと切っ先に向けて。
撫で終わった途端、聖剣が音を立て光った。
﹁うお!﹂
モコ助だけでなく、ミカボシを除く筋肉冒険隊全員が驚いた。
277
光が消えた聖剣は、二回りほど大きな大剣となっていた。いわば
グレートソード。
柄の部分に何やら彫刻がなされ、鍔の部分の宝石が大きくなって
いる。刀身も二メートル近く伸び、左右非対称の形となった。
そんなのが仄かに赤く光っている。
﹁今までの聖剣は、分子を切断するのが精一杯の剣。霊子で構成さ
れたモノに対して無力。これで、霊的因子すら切り裂ける。雫の剣
みたく、ヒトアイのシェードでも切ることができる﹂
﹁レベルアップか?﹂
モコ助が覗き込む。刀剣に興味の大半を傾注させているフェリス
も、その習性故覗き込んでいる。
﹁神の名、ララシーナだっけ? 名前がわかったんで干渉できるよ
うになった。本来、使い手の上達に合わせてレベルが上がっていく
仕様になってんだが⋮⋮﹂
ミカボシは、モコ助を見た。
﹁肉球持ちだもんな。使えねぇし﹂
﹁うるせえよ。早く返せよ!﹂
﹁まあ待て、まだ早い﹂
ミカボシはもう一度刀身に指を這わせた。
また聖剣が音を出して光を放つ。
眩しくて、みんな目を手でカバーした。
光が収まり、皆は聖剣に目を落とした。
聖剣はレベルⅠの長さに戻っていた。
278
柄と鍔は実用一点張りの造りに変わっていた。
ただ違うのは、刀身の真ん中あたりでくびれていたのと、やけに
肉厚になっていた事。
見た目、女性っぽいフォルム。
﹁これで三段階目ってところか。この形状になって、初めて四大元
素が切れるようになった﹂
いたずらっ子っぽく笑うミカボシ。
﹁風、地、火、水。四つのエレメンタル攻撃を切れるぜ。たとえば、
どっかの魔王の風の結界とか、な!﹂
﹁なるほど!﹂
モコ助が唸った。三番目の魔王、ノズラは風の結界使い。
さらにミカボシが、悪党の様に口を歪めてこう言った。
﹁風使いっつたら、昔から最強キャラ限定だぜ! こちらも強化と
対策をとっておかなきゃ、片手落ちってもんだ!﹂
﹁ククククッ! 手抜かりはねえってコトかい? やるなミカどん
!﹂
モコ助も嫌らしく笑った。
まるで、悪代官と地元ヤクザの打ち合わせである。
﹁ミカどんよ、聖剣にそんな秘密があったとは、お天道様にもわか
るめえ! ってトコだな?﹂
﹁クックックッ!太陽にはわからなかったが、夜の星には見透かさ
れてるとは思うめぇ! リップスの時、誰かが犠牲になって、あい
つの動きを止めさせすれば、聖剣で殺せた。犠牲者は、おそらくフ
ェリス﹂
チラリとフェリスを見るモコ助。
279
ミカボシの話は続く。
シェード
﹁あの場面は、﹃影﹄の能力を持つヒトアイを逃してしまうのが正
しい選択だったんだ。なんせ、あの時点じゃ、聖剣は影を切れなか
ったんだからよ﹂
事実、聖剣を振ったフェリスに、シェードを切ることは叶わなか
った。
﹁だが、残念なことに、あの場面に雫がいた。想定外の出来事だっ
たんじゃねぇか? ヒトアイが切られるって事態はよ? この時点
で、聖剣がレベルアップする機会が失われたんだ。いわば、台本外
のアドリブによってな﹂
ミカボシは、クルクルと聖剣を指だけで回転させる。危ない行為
である。刃物はこんなふうに扱ってはいけない。
﹁⋮⋮オレ達がバグであることに気づいて、リカバリーしようと企
んだんだろう。それが今回の戦争だ﹂
なにか、人の目で見えない物を見ているような目のミカボシであ
る。
﹁筋書きだと、双方5万同士の戦い。両軍をすりつぶすことで、魔
王との対決に持ち込んだ勇者。魔法使いリーンの活躍もあって、レ
ベル2の聖剣が唸る。みごと魔王ヒトアイの影を切る。次回、風使
いのノズラ編に続く。⋮⋮そんなところだ﹂
﹁ミカどんよ、なんかお前、⋮⋮裏に戯作者がいる風な物言いだな
?﹂
モコ助、胡散臭そうに、ミカボシを見る。
﹁かもしれねぇ﹂
いたいけ
ミカボシの肯定ともとれる発言。
﹁おいおい、幼気な小犬を怖がらせるもんじゃねえぜ﹂
280
モコ助は、嫌な予感に首筋の毛を逆立たせていた。
﹁でもよ、例え、いたとしたって、台本通り動くオレやメコ助じゃ
ねえだろ?﹂
口の端を歪め、長めの犬歯を覗かせるミカボシ。
﹁モコ助な。確かに、おいら達は台本を読むキャラじゃねぇ。だが
よ⋮⋮﹂
モコ助には、もう一つだけ気になることがあった。
﹁ミカどん、なんで神様の名前がわかったから聖剣を改造できるよ
うになったんだい?﹂
﹁そうだな⋮⋮、名は体を表す、つーか⋮⋮。あれだ、聖剣は神様
の持ち物⋮⋮だったって事に⋮⋮もとい、持ち物だったからだな。
りき
もしくは、神様の祝福がかかっていると解釈していただいても可!﹂
ミカボシ、力んで説明をする。
﹁ミカどん、その説は胡散臭すぎる。怪しさ大爆発だ。松平だ。ゲ
ゲボだ。てめえ、正直に言え!﹂
モコ助が背中の毛を逆立てた。
﹁んなこたーぁどおでもいい!﹂
ひとしきり手足をバタバタさせた後、聖剣MkⅢをフェリスに押
しやるミカボシ。
フェリスは、聖剣MkⅢをうやうやしく掲げた。
﹁では、これをもちて魔族軍に対し、痛烈なる打撃を与え︱︱﹂
﹁まあ待て!﹂
ミカボシがフェリスの肩を掴んで止めた。
﹁あれを見ろ!﹂
ミカボシが顎でしゃくった方向。
281
返り血を浴びた老騎士達の一群が帰ってきた。
みんな面頬を跳ね上げ、風と空気を求めていた。
脂汗を額ににじませ、髪を張り付かせ、目が熱病患者特有の浮か
れた色になっていた。
﹁この程度では死に切れん。もう一度じゃ! 突撃ー!﹂
馬首を巡らせ、面頬を下げ、二度目の突撃に移る一群。
﹁あいつら、何に取り憑かれてるんだろうな?﹂
ミカボシが言うまでもない。彼ら老人達らに、心の存在が感じら
れなかった。
亡霊のような集団。
﹁ご隠居共は死兵だ。死を求めている。死に魅入られている。あん
な連中に生者が付き合っちゃいけねぇ﹂
第二群が帰ってきた。隊を整え再突撃。第三群が帰ってきた。隊
を整え⋮⋮。第四群が帰ってきた。第五群が⋮⋮。
﹁なあフェリス、子供が犯す一番の親不孝ってなんだか知ってるか
?﹂
﹁わたしに親はいませんが⋮⋮、恥ずかしい系の犯罪や殺人ですか
?﹂
ミカボシは首を左右に振った。
﹁親より先に死ぬことさ﹂
フェリスの能面のような顔に表情が浮かんだようだった。
﹁フェリス、お前は親孝行者だ。親より長く生きているんだからな﹂
282
ミカボシはモコ助に顔を向けた。
﹁次で止めろ。敵は失敗を悟って散った。もう十分だ﹂
モコ助がだまって頷いた。
﹁なあ、フェリス、リーン、サーデル、よく聞け﹂
もういいだろうと、ミカボシはフェリスの馬から手を離した。
ラベルダーの三人組は、ミカボシの言葉に傾注した。
﹁連中のほとんどは、子供や孫やダチに先立たれた老人だ。人間界
の未曾有の危機に、全員が、ヴェクスター公国に未来が無いことを
人より敏感に感じ取っている。戦慣れいてるが故の欠点だな﹂
戦場の雄叫びが遠ざかっている。ミカボシの声がよく聞こえる。
﹁子供の死ぬところは見たくない。子供より先に死にたい。国が滅
びるところなんざ見たくもねぇ。だから死に逃げて、嫌な物を見よ
うとしない。見る行為より死が楽に思える。そんな死に魅入られた
逃げ腰ヤロウ共は、オレは使いたくねぇんだよ!﹂
そしてもう一度、ミカボシはモコ助に向かった。
﹁モコ助、お前はミスを犯した!﹂
﹁なんだと?﹂
いきなりな台詞にモコ助は戸惑っていた。
﹁お前はサーデルに情を移してしまった。だからラベルダー王国を
まつろ
なんとかしたかった。そして魔族も退治したかった。だから軍事に
首を突っ込んだ﹂
﹁⋮⋮ミカどんはどうなんだよ。あんただって︱︱﹂
まつろ
﹁オレは天の悪星・天津甕星! 誰にも従わぬ。誰からも従われぬ
! 情になんざ流されたりゃぁしねぇ。オレは戦争が嫌いだ。オレ
283
はタダの殺し合いしかしねぇ!﹂
ミカボシ、まじめな顔で大見得を切る。
﹁ミカどん、てめえ、今更何を言いやがる!﹂ ﹁冷静になれ、モコ助! 魔族の五万や十万、オレ一人で何とかな
る数じゃねぇか? お前は二兎を追ってしまったんだ。戦争に参加
してしまったんだ!﹂
口の達者なモコ助。何も言い返せないでいる。
こんな時、頭の良い者は損だ。心より先に頭が、何が正しいのか
を理解してしまうからだ。
﹁⋮⋮だが、けどよ、もう後には引けねぇぜ! オイラはマクミト
ン達の気持ちもわかる!﹂
モコ助は、怒りに血を頭に上らせていた。
﹁確かに、もう後には引けねぇ﹂
ミカボシは、チャラチャラと音を立て、耳からぶら下がった銀の
棒ピアスを指で弾いている。
ミカボシのいつもの癖。それを見たモコ助は、なぜか、熱くなっ
た自分に冷静になれと言い聞かせていた。
﹁物にはツボってもんがあるんだ。ラベルダーと魔族、両方オレが
引き受けてやろう。お前はこのまま戦いの指揮をとれ!﹂
そして、見慣れた巨凶の笑み。
﹁言っておくが、オレはこんな事言う柄じゃねぇんだからねっ!﹂
マイナス一秒の歩行術。ミカボシは姿を消した。
﹁⋮⋮チッ、ツンデレかよ! あ、今思い出した。なんだかんだ言
284
ってやがったが、最初にフェリス姐さんに情を移したのはミカどん
だろうが! ⋮⋮しかたねぇ、戦争はこれっきりだ!﹂
乗馬の頭に駆け上がるモコ助。
﹁おい、マクミトン隊長閣下!﹂
﹁何でござるか? 拙者、忙しいでござる!﹂
モコ助は、再々突撃のため、駆け上がってきたマクミトン千人隊
長を大声で呼び止めた。
﹁ケツの穴を守るしみったれた戦いはこれまでだ。オイラが確実に
死ねる激戦地へ、てめえらを連れてってやる。隊をまとめろ!﹂
﹁おお! 魔王相手ですな! そういうことなら! 拙者、この程
度の小競り合いで死にとうはござらん!﹂
そう言って、馬の首を巡らせつつ、戦場を見渡すマクミトン。
﹁おい! ギャブレー!﹂
腹心を見つけたマクミトンは、騒々しい戦場でもよく通るガラガ
ラ声を上げた。
﹁なんですかな? 今忙しいのですが?﹂
右の肩当てを損失しているギャブレー。彼も血に染まっていた。
たぶん返り血だから、心配はいらない。
﹁頭の悪い言い訳をするなバカ野郎! アラハートが死体で転がっ
てなけりゃ連れてこい! お馬さんゴッコはもうお終いだとな! これより主戦場へまかり通る!﹂
マクミトンは他に主だった面々を見つけ次第、次々に命令を発し
ていった。
﹁ミカどんのヤロウ!﹂
285
まだモコ助の怒りが収まっていない。
こんな時、声を掛けてしまうのがサーデルである。
﹁ハハハッ、モコ助殿、ミカどんの心も汲んでやってください﹂
﹁ちげーよ! あのヤロウ、ちゃんとモコ助って発音してやがった。
やっぱ今までワザと間違えてたんだ。ちげーねえ!﹂
モコ助の怒りは別方向に向けられた物であった。
まずは初戦、めでたく公国側の勝利。
公国の本隊は山の如く、ゼラナ山より動かない。
⋮⋮山だけに。
286
2.聖剣︵後書き︶
うまいこと言えた。
287
3.魔王軍殲滅戦︵前書き︶
夜空の星が輝く陰で、ワルの笑いがこだまする。
国から国に泣く人の、涙背負って世界の始末。
筋肉冒険隊オイラ一行、お呼びとあらば即参上!
288
3.魔王軍殲滅戦
敵、啄木鳥の戦法モドキ魔族バージョンは失敗。
啄木鳥の嘴は見事にヘシ折られた。
襲撃を撃退したマクミトン軍の死傷者は、十三人。軽微といえよ
う。
五万人の中の十三人。それが多いか少ないか⋮⋮。
公国軍が追われて飛び出す、と踏んで待っていた魔族軍。
魔族軍の読み通り、飛び出してきた公国軍。
満を持して、魔族軍は攻撃に入った。
戦闘力、防御力、共にバランスがとれ、規律正しい行動がとれる
公国軍。
対する魔族軍は、人間を圧倒する戦闘力。鎧を装備しないが故の
低い防御力。お世辞にも規律のとれた行動ができるとは言えない。
データースペック上、両軍の個人戦闘力は同等。
双方の戦力が拮抗し、両軍は、一時的な膠着状態に陥る。
魔族軍は、公国を挟み撃ちにしたとの自負から、持久戦に持ち込
もうとしている。
一進一退の攻防が続くと思いきや、公国が絶妙のタイミングで軍
を引いた。
あろう事か、公国軍はゼラナ山へと引き返したのだ。
289
魔族軍、これはチャンスと踏んだ。
挟み撃ちにした公国軍を一気に全滅させる機会ができたと思った。
魔族の軍団を煽る魔王ノズラ。魔族は、我先にとゼラナ山の狭い
登山口へと押しかける。
戦列が伸びた。
伸びた鮮烈の横っ腹に、どこから湧いて出たのか、騎馬の大部隊
が突っ込んできた。
あっという間に分断される魔族軍。
ゼラナ山へ引いたはずの公国軍が、引き返してきた。坂道を利用
し、高速を得た騎士の集団破壊力はハンパではない。
横に引き裂かれた魔族軍は、縦に切り裂かれ、バラバラにされて
一つずつ丁寧に潰されていった。
命からがら逃げ帰った魔族攻撃隊。
魔王ノズラは、作戦の失敗を認識したのだろうか?
﹁すっかり包囲されてしまいましたな﹂
眼下の戦場を見下ろすフラット。
それにモコ助が答える。
﹁敵の数が包囲に裂かれて少なくなったと見るべきだ。見なよ、ゼ
290
ラナ山包囲に三万匹は使ってる。戦う相手は七万匹に減ったと考え
るべきだ﹂
モコ助はサデ子の腕に抱えられている。でないと、戦場を見渡せ
ないのだ。
フラットは、当然だとばかりに大きく頷いていた。
﹁加えて、ゼラナ山は要塞化されている。両サイドは絶壁に仕上げ
ていますから、城攻めの用意がないと取り付く事は叶いません﹂
﹁魔族に空を飛ぶ種がいなくてよかった。ガーゴイルとか、ハーピ
ーとか⋮⋮。敵に航空部隊が存在したら、ゼラナ山どころか城塞都
市ゼルファーだって簡単に陥落する﹂
背中に蝙蝠の羽を生やした魔族とか、両手が翼になった魔族とか
いそうなものだが、ゴンドワナ・ワールドで目撃例は無い。
魔獣として、グリフォンなどが時たま観察されるが、アレは獣。
魔族のような知的生命体ではい。
レビウス・リング内で、翼系の進化はなかったのだろうか?
﹁登山コースは前面と後面ですが、搦め手は封鎖しました。補給は
望めませんな﹂
人ごとのように言うフラットである。
戦場は公国軍が押され気味だった。
魔族軍は左右正面の三方より圧力をかけ、公国軍を押し戻しつつ
ある。まもなくゼラナ山登山口に到達する勢いだ。
291
モコ助は、前面の戦場を見渡しながら毒づいた。
﹁もとより、短期決戦のつもり。こんなところで一ヶ月も二ヶ月も
籠もるつもりはねぇ。むしろ戦場が前面に限定されたんだ。一本橋
の上で叩き合うようなモン。こっち有利は変わらねえ。それより⋮
⋮﹂
モコ助は前足で一カ所を指した。
﹁敵の左に連携が見られねぇ。今度は左翼から突入させよう﹂
同意したフラットは、配下に指示を出す。
﹁アロンの隊に左翼を突かせろ! 同時に中央、ゼラナ山まで退却
!﹂
土煙を上げ、千人の騎馬隊が山を駆け下りた。
坂を利用した重力加速をつけ、一本の矢と化したアロン隊は、動
きの悪い魔族の左翼を突く。
頃合いを見計らい、中央部隊が押し返す。魔族の左翼部隊は挟撃
を受け、あえなく壊滅した。
これで三度目の突撃だ。魔族軍、三度目の敗退である。
﹁もうそろそろ一万は削ったぜ! ⋮⋮にしても、魔王ノズラ、我
慢強ぇな。リップスやヒトアイだったら、とっくにしゃしゃり出て
いたものを!﹂
モコ助、不満を表現する為、犬歯を剥き出した。
ねちっこい戦いを展開して、痺れを切らした魔王ノズラが直接顔
を出す。そこを勇者が叩く。
ミカボシも、それを睨んで一気に叩きつぶすべく、どこか遠いお
空でスタンバイしている手はずだ。
292
﹁勇者を恐れているのかもしれません。ここは我慢比べです﹂
フラットの方が落ち着いていた。
﹁そうだな⋮⋮。敵が引いた。中央、二組の大隊を押し出せるか?﹂
モコ助はまるで将棋を指すような態度だ。
フラットは、後ろに控える幕僚に声を張り上げた
﹁メーカーとメッシュの大隊は出せるか?﹂
朝より、これで出撃回数四回目となる。
モコ助が細かい戦術の指示と指揮をとる。
フラットが用兵の手腕を発揮。フラットの幕僚がさらに細かい指
示を下していく。
一匹と一人、ゴンドワナの頭脳ツートップの連携は完璧だ。
それにはワケがある。
夕べから数え、魔族軍を四回にわたって翻弄し続けた、モコ助の
作戦。
モコ助が、一から作戦を考えたワケではない。
古今東西過去の戦術を知識として知っていて、目の前の現実に測
してアレンジしているだけにすぎない。
だが、弱点もある。
モコ助自身、戦争経験がないので、用兵の機微が解らないのだ。
一方のフラット。希代の戦術家と言われているが、その基礎は突
撃戦法のみ。
戦場のバランスを見て、要所要所に予備兵力を突撃させる。そん
293
な戦争しか経験がない。突入のタイミングが絶妙なので名を馳せて
いるのだ。
敵を翻弄させるモコ助の戦術の域には達していない。いや、この
世界の戦術レベルがそこまで達していないのだ。
実のところ、フラットはモコ助の戦術運用に舌を巻いていた。モ
コ助の運用法を吸収するのに一生懸命だった。そしてそれは楽しか
った。
﹁今まで直線攻撃ばかりだったから、今回から目先を変える。一隊
を左回りに戦場を移動させよう。天頂部を通り過ぎたら第二隊が直
線で攻撃。回転式の二段攻撃、つーか、ほら、出陣前に話した風車
の陣の二枚羽根バージョンだ!﹂
﹁⋮⋮なるほど、羽が少ない方が経験不足を補えますからな。簡単
な運動だ。おい!﹂
フラットが幕僚に細かく命令を伝える。段取りを示した文書も手
渡した。
託された伝令の騎士達が、馬を駆って走り去る。
モコ助を抱える役のサーデルも、眼下で展開される戦闘に舌を巻
いていた。
サーデルも戦場経験はある。初陣は済ませている。負け戦だった
が。
サーデルの初陣であるゴラオンの戦いで、ラベルダー鉄蹄騎士団
は壊滅の憂き目にあった。魔法兵団も騎士団に殉じた。
もし、あのときモコ助がいたら⋮⋮。
294
もし、この戦いに、健全な状態の魔法兵団が加わっていたら⋮⋮。
無い物ねだりをするサーデルである。それだけ、眼下の戦場にお
けるヴェクスター公国の黒剣騎士団の戦闘が華やかだったのだ。う
らやましかったのだ。
﹁でも、自分には無理﹂
反面、そんな指揮など、とうていとれない自分の限界を感じてい
た。 ﹁おい、サデ子﹂
腕から聞こえる声がした。下を向くと、モコ助がサーデルを見上
げていた。
﹁おまえ、眠たくねえか? 払暁からこっち、ずっとオイラに付き
合いっぱなしじゃねえか。そろそろフェリスやリーンも起きて良い
頃だ。代わってもらえや﹂
おまけにモコ助は気が利く。
﹁いえ、僕は戦場で役に立ちません。彼女らには、これから戦場で
頑張ってもらわなければなりませんから、もう少し寝かせてあげま
しょう!﹂
モコ助はじっとサーデルの目を見つめていた。
﹁ならいいや。オイラは本物の女性に抱ッコされたいだけだかんな。
勘違いすんなよ!﹂
そんなこんなで戦いは、より深度を増していく。
295
本隊を囮にして、伏兵が刈り取っていく。
本隊を囮と見せかけて、伏兵に食らいついた魔族軍を本隊が押し
つぶす。
本隊を囮と見せかけて、伏兵がやっぱり伏兵で、本隊が主力と思
いきや、予備兵力が迂回していて、魔族軍を討ち取っていく。
雁行隊列で魔族軍の中を縫って走り、気をとられた魔族軍に、高
速戦隊が痛撃を与えていく。
戦場から離れて休憩している魔族軍に急襲。混乱に生じて、魔族
ネチ
軍の中心へと剣を伸ばしたかと思えば、からかうように即引き上げ
る。
公国軍は同じ手を二回と使わない。共通しているのは粘っこい戦
いと、無性に腹の立つ戦闘手段。
だが、魔王ノズラは姿を現さない。
太陽だけが西の空に向かっていく。
296
3.魔王軍殲滅戦︵後書き︶
モコ助、どんどんチート化していきます︵w︶
297
4.リーン
﹁今ので何回目だ? そう、二十五回目の出撃だ。魔王ノズラ、何
考えてやがる! このままじゃ、勇者の出番無く魔族軍をやっつけ
ちゃうぞ! てめぇ、なにか? ミカどんと同じく、オイラの活躍
の機会を奪うことが至上目的か? あぁー?﹂
モコ助が切れた。戦場に向かってワンワンと吠えだしそうだ。
﹁どうどう、いい子いい子﹂
サーデルがモコ助の背中をなでる。
﹁確かに、魔王は何を考えてるのでしょうか? 何かを待っている
ような気がします﹂
今はフラットの方が冷静だ。
冷静にならずになんとする。モコ助の繰り出す各戦術の数々。見
ているだけで目眩がする。
夕べの迎撃戦を入れれば、二十六回の戦闘。全てフラットが見た
ことの無い戦術。
これだけでゴンドワナ・ワールドの戦術レベルが、二百年は進化
した。
フラットは感心を通り越して、モコ助の信奉者になりつつあった。
そこはフラットの事、自分を高みから見下ろす能力がある。
そんな自分に驚いている自分を発見できた。
﹁待っているか、⋮⋮確かに時間を稼いでいる風に見受けられる﹂
298
落ち着いたモコ助。正常に頭が回転し始めたようだ。
﹁残っている魔族軍の兵力といえば、最後の魔王、ヘードの軍二万﹂
フラットも気づいていたようだった。だが、考えたくない感情が
優先していたのだろう、言葉に出されて血の気がひいた。
﹁まさか、いや、しかし、考えられる事でもある。ムルティ伯国と
イントルダー候国の追撃さえ振り切れば。⋮⋮ヴェクスターを滅ぼ
せば、充分釣銭が戻ってくる﹂
モコ助はフラットの言葉を聞いているのか聞いていないのか、じ
っと戦場を見たまま喋ろうとしない。
﹁モコ助殿!﹂
﹁いや、それはない﹂
モコ助の首の毛が逆立っている。
モコ助とミカボシだけが、魔族侵攻の真の理由についてアタリを
つけている。
﹁それは︱︱﹂
﹁あれはなんだ?﹂
魔族軍の後方、黒々と広がる帰らずの森。
その黒い森から、一つ、二つ、三つと、黒い点々が浮かび上がっ
ていた。
片手で数えられるそれらは、やがて両手でも数え切れない数とな
る。
﹁空を飛ぶ、魔族⋮⋮﹂
現実を見ているようで見てなさそうなフラット。
299
﹁魔族の航空隊か。弓隊を全部持て行かれそうだな﹂
モコ助は、比較的冷静だった。
﹁いままで姿を見せなかったのは、⋮⋮。最後の最後のために温存
してやがったのか! 魔王め、これを待ってやがったか!﹂
森から飛び立つ有翼魔族軍。部隊編成のつもりだろうか、いくつ
かに別れた黒い塊が、こちらに高速で接近してくる。
﹁モコ助殿、フラット殿!﹂
フェリスだ。いつの間か側に来ていた。腰には聖剣を吊している。
﹁魔族軍が押し出してきました﹂
フェリスが指さす方向。ゲアガ・リング平原の東より、全軍とお
ぼしき数の魔族が前進を始めた。
ゼラナ山を包囲していた魔族の部隊も後退。主力軍に合流を始め
た。
﹁一万は削ったろうから、残り九万か⋮⋮おや?﹂
モコ助が目をこらした。
魔族軍の後方に茶色い土煙が立つ点があった。
その土煙は、風に流され、渦を巻く。
ドーム状、あるいは風の渦。風の結界。
﹁魔王ノズラだ!﹂
分厚い兵隊の壁の後方。魔王ノズラが姿を見せた。
﹁ヤロウ、誘ってやがる!﹂
モコ助が牙を剥いた。
300
﹁モコ助殿。計画通りではありませんが! 我ら公国の黒剣騎士団
が前面の敵を蹴散らします。手はず通りまいりましょう!﹂
しかし!
魔王軍の大部隊の戦闘部分が窪んだ。同時に左右へ広がっていく。
かくよく
見てくれは悪いが、これは!
﹁鶴翼の陣形というよりは、パックマンの陣形だな、こりゃ﹂
モコ助の頭がどんどん醒め、冷えていった。
﹁公国軍の剛の突撃を柔で受け止め、剛の力で包み込んで殲滅しよ
うとしてやがる。加えて、魔族航空部隊の援軍ときたもんだ。⋮⋮
読んで字のごとく数の暴力だな。まさに理想的な戦術。どうしてく
れようか?﹂
モコ助は何か使えるものはないかと、周囲を見渡した。
フラットは全軍に出撃命令を出している。陣取りを加味して次々
と指示を飛ばす。
モコ助は独り言を言った。
﹁ミカどんなら、簡単に叩き落としてくれるんだろうな⋮⋮。どう
してくれようか?﹂
フラットの命を受け、走り回る伝令達。大勢の人間が、真の最終
決戦に向け、一斉に動き出した。
その間も、翼にものを言わせ、どんどん近づいてくる空の魔物達。
﹁ざっと2万羽ってところか? 両手が鳥の翼になってるのはハー
ピーか? 背中から生えてるアモンみたいなのは、ガーゴイルって
301
やつだな。おいらの9ミリパラペラムは近接戦闘用だし︱︱﹂
﹁空の魔族はわたしにまかせて﹂
﹁うわ、びっくりした!﹂
モコ助がサーデルの腕の中で飛び上がった。
いつの間にか、フェリスに続いてリーンまでも顔を出していたの
だ。
﹁ミカどんが強いとは思えない﹂
﹁なんだって?﹂
誰が喋ったのだろうか?
﹁ミカどんは強い。でも、わたしより強いとは思えない﹂
リーンだ。
にぎみたま
﹁今までの旅を通してずっと見てきた。ミカどんはわたしより弱い﹂
﹁おいおい、リーンよ、普段のミカどんは和御魂つってな︱︱﹂
﹁わたしだけで魔族の2万や3万、簡単に倒せる。見ていて﹂
リーンが、ジャングル迷彩を施したフードを跳ね上げる。
﹁1、2、3⋮⋮﹂
リーンは、指で複雑な図形を空に描きながら、目は上空に迫りつ
つある有翼魔族の一団を追っている。
リーンが数える度、印が光を放ち図表化していく。
﹁248、249、250。⋮⋮ファイヤーボール!﹂
一度に250個の火の玉が、リーンの頭上を埋め尽くすように出
現した。
302
﹁いけ!﹂
リーンが手を振る。火の玉が一斉に飛び出した。魔族に向かって。
高速で移動する火の玉。その一つ一つが魔族の個々に向かって別
々の軌道を描き、突き進んでいく。
回避運動をみせる魔族もいたが、火の玉は魔族の動きに合わせ、
その軌道を変えている。
上空に250個の花火が広がった。
全弾命中。
﹁250個同時攻撃かよ! イージスシステムの立場ねえじゃん!﹂
モコ助がたじろいだ。フラットも、その幕僚も言葉を失っている。
この戦果に、山裾から歓声が上がった。実戦部隊の騎士達だ。
﹁⋮⋮248、249、250。ファイヤーボール!﹂
﹁え? 早っ!﹂
リーンは次の詠唱を終わっていた。
第二弾郡が宙に打ち上げられた。
空に250の花が咲いた。
﹁ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーファイヤ
ーボールボール!﹂
魔法のレベルとしては一段階目あたりのスペル・ファイヤーボー
ル。だけど、リーンのファイアーボールは、高温で焼きの入った煉
瓦を溶かす程度の熱量がある。
魔族航空隊は空を飛ぶ生物の宿命として、軽く華奢な身体を持つ。
303
分厚い鎧を着込んで空は飛べない。
火の玉一発で飛行能力を永遠に削がれる。
﹁だいたい一万二千匹は撃ち落としたか﹂
モコ助がカウントを取っていたようだ。
﹁ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!﹂
リーンは、徐々に金切り声でスペルを唱えるようになっていきた。
﹁おいおい、幾つ撃つつもりなんだい? いいかげん魔力、底つか
ねえか?﹂
魔族の航空部隊は数を減らしていた。
数を減らしつつも、リーンの多弾頭ミサイルの対抗策をとってい
た。
﹁密集隊形を取ったな。前面の連中は盾か。連中も必死だな。これ
じゃ多弾頭ミサイル程度じゃ抜かれちまう﹂
前面投影面積を少なくした隊形。空の突撃体勢だ。
﹁問題ない!﹂
リーンは興奮気味だった。目が吊り上がり、息が上がっている。
﹁バルキリー・ジャベリーン!﹂
一メートルかそこいらの光の槍が一本、リーンの頭上に現れた。
バルキリー・ジャベリーンは、攻撃型神性魔法使いが二番目に覚
えるスペル。とても人気がある。
﹁バルキリー・ジャベリーン!﹂
二本目の槍が現れた。
304
﹁バルキリー・ジャベリーン!﹂﹁バルキリー・ジャベリーン!﹂
﹁バルキリー・ジャベリーン!﹂﹁バルキリー・ジャベリーン!﹂
﹁バルキリー・ジャベリーン!﹂﹁バルキリー・ジャベリーン!﹂
﹁バルキリー・ジャベリーン!﹂
﹁お、おいおい⋮⋮﹂
モコ助がひいていた。
リーンの頭上には、無数の光の槍が集合していた。
﹁はい集合!﹂ 光の槍が集まって、光の槍は匹大な一本の槍になった。巨木一本
分、それも千年杉クラス。
現代人が持つイメージに置き換えると、大陸間弾道ミサイル。
﹁いっけーっ!﹂
リーンの声が裏返った。
野太い光のミサイルが、シャレにならない光の鱗粉を吹き上げな
がら突き進む。
超高速で推進した光の束が、空で密集した魔族の中心に突き刺さ
る。
密集隊形を覆う大きさの火球が生まれた。続いて爆音。
光が消えた後に、生物の姿は無い。
騎士団よりの歓声、いよいよ上がる! いやが上にも士気が上が
る!
﹁おいおい⋮⋮﹂
モコ助が台詞を途中でやめた。
305
レベルにして2クラスのスペルも、数が集まれば、冒涜的破壊力
となる。
歓声は山の上でも起こっていた。
﹁わたしは病気。魔力が尽きない病気。誰も⋮⋮誰もわたしを止め
られない﹂
リーンの目が据わっていた。
﹁まだ⋮⋮まだ魔力は尽きない﹂
﹁魔力は尽きないだろうが⋮⋮、精神力が置いてきぼりだな。すこ
し休め﹂
モコ助がリーンをいたわる。それだけリーンの頭脳面での疲労が
甚だしいのだ。
顔色が悪い。目だけギラギラしている。
﹁まだ戦う﹂
三半規管に不調が生じたのか、リーンの身体が揺れている。
﹁戦場を見て﹂
リーンが、ゲアガ・リング平原を指さす。
ここからでも見て取れる。生気あふれる騎士達の戦いっぷりが見
て取れる。
緩やかだが、確実に公国軍は押していた。
勇者の、リーンの鮮やかな戦いぶりを見て感化されたのだ。
﹁みんなに元気と勇気を与えた。公国軍は勝つ。わたしも勝つ﹂
﹁違うな﹂
モコ助の声は冷たいものだった。
306
﹁元気も勇気も、人に与えられるもんじゃねえ。人からもらうもん
じゃねえ! 元気になった気がしてるだけだ。連中は朝から戦いっ
ぱなし。休憩は取っているが、疲労は蓄積されている。勇気をもら
ったんじゃねえ! リーンの戦いを見て、興奮しただけだ。ダメー
ジはリセットされてねえんだ! 連中、保って一時間半だぞ﹂
﹁そんな事はない。わたしがこの戦いを勝利に導く。導いてみせる
!﹂
リーンが指揮所に居座るモコ助に背を見せた。ゼラナ山より降り、
一人、戦場に赴くつもりだ。
﹁どうしても、⋮⋮導かなきゃならねえ⋮⋮だろ?﹂
モコ助の声が、リーンの背中に鋭い棘となって突き刺さる。
しよ
﹁そう言いてえんだろ? リーン。おまえさん、何を思い詰めてい
る? 何を背負おうとしている? いや、もうすでに背負ってるっ
てツラだな﹂
リーンはゆっくりと振り返る。
その目に、追い詰められた者特有の狂気が宿っていた。
﹁モコ助さんとミカどんは、わたしを見て、感じて、唯一怖がらな
かった人たち。サーデル様もフェリスさんも、最初は怖がっていた
⋮⋮﹂
﹁何が言いてえ?﹂
合いの手を入れないと、それっきり黙り込んでしまいそうなリー
ンだった。
﹁わたしの生まれたムルティ伯国は古代語魔法王国。その国にして
307
わたしは異質。生まれもった魔力のせいで、みんなから怖がられた。
化け物扱いだった﹂
リーンは両手の平にファイアーボールを出した。無詠唱で。
﹁普通の魔法使いに、こんな事できない。王室付き魔法使いでも、
血を吐く努力と研鑽と研究をしない限り、無詠唱で魔法は使えない﹂
ファイアーボールは天高く飛んでいった。無詠唱で。
﹁でもわたしは生まれつきできる。息をするように﹂
リーンの目が怖い。獣の目をしている。
﹁このまま高位のスペルを身につけたらどうなるか? 誰もが恐れ
る事態となる。わたしは呪われた子。だから、ラベルダーへ追い出
された。畑違いの神性魔法を学ばせる為に﹂
リーンは、再び踵を返した。
﹁巨大な力なら、正しい事に使いたい。勇者として生きるなら、だ
れも怖がらない。わたしは勇者にならなくてはいけない! じゃな
きゃ、わたしは生きていけない!﹂
モコ助に背中を向けたまま、リーンが叫んだ。
﹁⋮⋮なら好きにするがいいさ。お前さん、戦場に出れば、死んじ
まう事ぐらい理解してるって顔だな?﹂
モコ助の声質は投げやりそのものだった。
﹁片腹痛てえな﹂
そう言ってしまってから、モコ助が考えた。ちょっと言い過ぎた
のかもと。
﹁教えてやろう。お前さん、自分の力に負けてんだ。そんなに勇者
308
になりたかったら、機会を与えてやろう。オイラの代わりに勇者と
なれ﹂
リーンが振り向いた。モコ助が何を言っているのか、その真意を
知りたかったからだ。
売った喧嘩を買ったのなら、この場で暴れるつもりだった。そう
でなければ⋮⋮。
リーンから見たモコ助の目は澄んでいた。真に、勇者の称号を得
られる機会を与えようとしている目だった。
﹁魔族をもう少しばかり押し上げられたら、オイラ達はマクミトン
隊と共に突撃する。魔王ノズラに向けて。そんとき一緒について行
って魔王を討ち取れ。オイラは機微を見るだけだ。どうする?﹂
リーンは答えなかった。
戦場から雄叫びが聞こえる。打ち合う金属の音がここまで届く。
リーンは片手を出した。
無詠唱でファイアーボールを出す。
そして発射。
上空へ向けて。ただ一匹生き残ったガーゴイルに向けて。
ガーゴイルは空中で爆散して果てた。
﹁その話、のった﹂
リーンは、眉を吊り上げて答えるのであった。
309
4.リーン︵後書き︶
二日連続でうp。
やればできる子!
310
5.ヴェクスター、舞う!︵前書き︶
サーデル﹁この世に天と地がある限り﹂
フェリス﹁邪悪な呪術を弄ぶ魔族ども!﹂
リーン﹁我ら筋肉冒険隊﹂
モコ助﹁もとい!﹂
リーン﹁アマツミカボシ﹂
ミカボシ﹁最近出番が少くて許せない!﹂
311
5.ヴェクスター、舞う!
ヴェクスター公国の黒剣騎士団主力を中心とした五万の軍勢が、
第三の魔王・ノズラ率いる魔王軍九万を押し返しだした。
五対九といっても、そこは指揮をとっているのが勇者モコ助であ
る。犬だけど。
まともに九万の数と当たってはいない。
巧妙に立ち振る舞い、必ず少ない数と槍を交えるように仕向けて
いる。
モコ助達、対魔王突撃隊一千騎はゼラナ山の五合目まで降りてい
た。
ここは突撃隊の発進位置として整備されている場所だ。
﹁勇者殿、まだでござるか? いい加減痺れを切らしてしもうた!﹂
髭面の老人、突撃隊に任命されたマクミトン千人隊長が、苛つい
ていた。
﹁もう少しだ。もう少しで魔王を守る守備隊が薄くなる。これで何
回目のやりとりだい? ちったあおとなしく指でもくわえてろい!﹂
モコ助が怒鳴りかえす。
マクミトン隊の精鋭に護衛される隊形。その中心にいるのは馬に
乗ったサーデル、の、膝に鎮座したモコ助。
右前には、完全武装でピカピカ光っているフェリス。聖剣の柄を
312
握りしめる手に力が入っていた。 左前には、はやる心を落ち着けようともしないリーンが騎乗して
いた。
彼女らだけではない。マクミトン隊の老猛者どもも、いまだ出撃
の叶わぬ戦場に思いを馳せ、血をたぎらせていた。
﹁おっ! 動きもうした!﹂
戦場を見つめ歯ぎしりしていたマクミトンが、新たな動きを視認
した。さすが老眼、遠いところはよく見える。
マクミトンの視線の先を目で追うモコ助。公国軍主力からなる左
翼が一気に前進した。年若い剣闘士を主力に構成された右翼の動き
が悪いが、おっつけ何とかなるだろう。
モコ助が号令を発した。
﹁よーし、突撃準備!﹂
﹁全員騎乗ッ! 槍構えッ!﹂
ガッシャンガッシャンと金属がぶつかる音を立て、マクミトン隊
の豪傑達が愛馬に跨った。
さすが歴戦の猛者達である。戦闘準備が整うと、喋る者が一人も
いない。あれほど賑やかだった鎧同士の触れる音もしない。
﹁勇敢な騎士諸君! 積年の恨み。仲間の仇。その他諸々、この一
戦で全て吐き出せ!﹂
﹁オーッ!﹂
マクミトン隊千人の雄叫びに、大地が揺れたようだった。
﹁よーし!﹂
313
﹁待たれよーっ! 伝令であるッ!﹂
ハレの出撃直前、出鼻をくじく大声が、後ろから聞こえた。
何事かと声の主を捜すモコ助達。
突撃さながら、ゼラナ山の急勾配を突撃さながら、逆落としに馬
を駆る騎馬がいた。
﹁待たれよ! フラット騎士隊長よりの伝令です!﹂
見事な手綱捌きで馬を急停止。モコ助の横に付ける。
﹁伝令!﹂
マクミトンは姿勢を正した。
﹁勇者ご一行とマクミトン隊は至急、山頂の本陣まで戻るように!﹂
この伝令、何を言っているのだろうか?
﹁早くお戻り下さい! 戦況が一変しました! 一大事です!﹂
これは伝令の私語に相当する。伝令の私語は禁止されている。死
罪に相当する厳罰ものだ。
だが、それを一番良く知っている伝令が、あえて犯した。
伝令の顔に血の気が無い。真っ青だった。
﹁何事だ!﹂
ただならぬ気配に、マクミトンが聞き返す。
﹁魔族軍に増勢です! 至急お戻りを!﹂
完全に規律違反である。だが、規律違反を犯すだけの価値ある規
律違反だった。
314
﹁なんだな、これは?﹂
ゼラナ山本陣へ戻ったモコ助が、眼下の戦場を一望して発した第
一声である。
ゲアガ・リング平原が、真っ黒に塗りつぶされつつある。
帰らずの森から魔族が湧いて出ている。それこそ、墨汁が染み出
してくるかの様に。
大増援である。
﹁ざっと150万だな。もっと増える。200万は堅えな﹂
見てる間にゲアガ・リング平原が真っ黒になった。魔族が、20
0万匹をもって、平原を埋め尽くした。
﹁リーン、お前一人で何とかなるか?﹂
リーンは唇を噛んでいる。肩を震わせていた。
なんでこうなった。
わざと軍を引いて見せた魔族軍のエサに、公国軍ががっぷりと食
いついたのだ。
ゼラナ山と公国軍の間に、万単位で魔族が進出した。 これにより、公国軍は四方を包囲され、あまつさえゼラナ山より
の連携を断たれた。
315
ゼラナ山よりのトップダウン方式が仇となった。命令系統が混乱
した公国軍。公国軍最大の武器である、組織戦を喪失した。
﹁目下、応急的に対応している最中ですが、いかんせん、連絡網が
分断されてしまい、どうにもいかなく⋮⋮﹂
フラットが肩を落としている。どう見ても負け戦の将だ。
それもそのはず。ゲアガ・リングの戦場で、公国軍5万が、5万
とも孤立していた。
﹁敵の数はどう下に見積もっても2百万。10万を必死で9万に減
らしたと喜んでいたら、いきなり191万の増援か? 魔王ノズラ
の野郎、空軍ではなくこれを待っていたのかよ! くそっ! さっ
きの空軍は200万の先発隊かよ!﹂
魔王軍が布陣した後方、﹁帰らずの森﹂より魔族が続々と湧きだ
していた。
帰らずの森は魔族の本拠、レビウス山脈にまで延びている。これ
は本国よりの増援だった。
﹁そこんところが穴だったな﹂
いやに自嘲気味のモコ助である。
40倍の敵に対して、平野部で戦う術はあるか? 無い。
唯一打てる手は、戦力を引き上げ、後方の堅固な陣地に籠もるこ
と。
だが⋮⋮。
316
﹁主力軍が包囲された。もう駄目だ﹂
その戦力が絶たれようとしている。
うなだれたままのフラット。彼に付き従う幕僚達も、主がこの有
様では、動きようがなかった。
﹁まだだ!﹂
やたらでかい声。
﹁まだだ、フラット! 公国軍はまだそこにある。諦めるな!﹂
フラットが声の主を見る。
ヴェクスター公国の公王、カイル・ヴェクスターその人である。
﹁お前が凹んでどうする! しゃきっとせんかーっ!﹂
雷が落ちた。
まだ若いのにドエライ迫力である。
﹁負け戦こそヴェクスターの本領! フラットよ、見事負けて見せ
い!﹂
えらい目力。フラットはその心意気に打たれ、背筋を伸ばした。
﹁勇者モコ助殿、フラットと黒剣騎士団を頼む! 予はこれより、
戦場へ突撃する!﹂
﹁いや、待て待て、待てって!﹂
サーデルの腕から飛び降りたモコ助。カイル公王のマントに噛み
ついて止める。
﹁おい、フラット! これより公国軍救出作戦を伝える。かなり鬼
畜な内容だ。覚悟しろよ!﹂
﹁公国軍が助かるというのか?﹂
フラットだけではなく、カイル公王もその提案に食いついてきた。
317
﹁戦場を見ろ! 飛び出した左翼が崩れるのは時間の問題だ。だが、
経験不足のせいで、出遅れたひよっこ共の右翼はまだ生きている。
怪我の功名だな﹂
正騎士を主力とした左翼は、固まってはいるが、ずいぶんと魔族
軍に浸食されている。
しかし、若い剣闘士を主力にした右翼軍は、まだ隊列を保ち、組
織だった戦闘を行えていた。
﹁それでだな、右翼の向こう側、あそこん所に傘をさしてやれば、
雨が防げる。大多数の右翼は救えるぜ﹂
まとめよう。
1、魔族という豪雨でずぶ濡れになる公国軍。
2、左はもう駄目だ。放っぽっとこう。
3、右のひよっこ共の、付いてこれる連中だけなら条件次第で拾
える。
﹁⋮⋮救えるのは右翼だけか?﹂
フラットの眉がハの字になった。
﹁だから鬼畜だと言ったろう! 他に名案があるってんなら、従う
ぜ。言ってくんな﹂
モコ助の反論に言い返せないでいるフラット。
﹁事は一刻を争う。オイラ達がこうしてダベってる間にも戦死者は
増えているんだぜ﹂
それでもフラットは決断できないでいた。
318
あまたの騎士達を犠牲にする作戦。だが代案はない。
フラットの頭脳はモコ助の案に賛成だ。現状でベストの選択だろ
う。
だが、フラットの感情が、異を唱えていた。
見殺しにはできない。
ゴンドワナ・ワールド屈指の軍師が葛藤した。
﹁その作戦を採用せよ。汚名は全て我が身が引き受ける!﹂
カイル公王である。
﹁フラット! ﹃予の立案﹄による救出作戦を直ちに実施せよ﹂
﹁ははっ!﹂
主であるカイル公王に、ここまで言われて後には引けない。
さらにカイル公王の檄が飛ぶ。
﹁ただ今をもって﹃ゼ号作戦﹄は終了。ヒヨッコ救出作戦﹃ヒ号作
戦﹄を発動! 後、生き残りを取り纏めてゼファーまで後退⋮⋮い
や、後方基地へ前進する! これは王命である!﹂
ガシャンと籠手を鎧の胸に打ち付ける。黒剣騎士団の、命令受諾
特有の決まり事。
﹁総員、撤収準備!﹂
フラットの命令が飛ぶ。息を吹き返した幕僚達が、あわただしく
準備に入る。
フラットは、顎に指を沿わせた。
﹁さて、だれがどうやって傘をさすかだ﹂
319
モコ助がフラットに肩を並べた。サーデルの肩に乗ってはいるが。
﹁拙者らしか、いないでござる!﹂
マクミトン翁が大声を出した。
モコ助が溜息をついた。たしかに残された戦力はマクミトン隊千
人だけだ。
﹁生きて帰れねえぜ﹂
﹁もとより覚悟の上!﹂
マクミトンが、がしんと鎧の胸を拳で叩く。
﹁まさか最後がヒヨッコの救出とはな。長生きはするもんじゃない
のう﹂
アラハート副隊長が情けない声を出す。
﹁それも長く生きた者の宿命。甘んじて受け入れようではないか。
それともベッドの上で死にたいか?﹂
﹁よしその喧嘩買った!﹂
哲学者ギャブレーのからかいに応じるアラハート。
マクミトン隊、最期の準備に入る。
﹁全員乗馬!﹂
マクミトン隊、山頂より駆けるつもりだ。
なが
﹁公王陛下、フラット閣下、では、永久のおさらばじゃ!﹂
マクミトン隊が土煙を上げ、山を下っていった。
﹁おい、フェリス、そしてリーン。右翼隊が戻ってくるまでここを
320
死守する。敵を殲滅する気で戦え!﹂
モコ助が二人に気合いを入れる。
騎馬の足は速い。
ゼラナ山を下ったマクミトン隊は、一本の槍と化し、魔族軍の中
へ突き刺さっていった。
みるみる数を減らしながら、それでも目的地へ到達する。
傘が開いた。
けっして閉じる事のない傘。
意味を理解した右翼軍。
後方の敵を気にすることなく、ゼラナ山側の撤退ルートのみに戦
力を集中させる事ができた。
こちらも一本の矢のごとく、突撃体勢で一カ所を集中攻撃。
ゆっくりとであるが、確実にゼラナ山へと進みつつある。
一方、見捨てられた形となった左翼軍であるが、彼らのなかにこ
の動きを敏感に察知した、一人の指揮官がいた。
閃光のライオットである。
その目的を察したライオットは、見る影もなく数を減らした左翼
軍に命令。
兵をまとめ、右翼軍援護に動いた。
321
我を顧みぬ、同胞右翼軍後方への突撃である。
口々に﹁ヴェクスター万歳!﹂﹁頼んだぞ若造共!﹂と叫びつつ、
武勇の名の下、散っていった。
その甲斐あって、右翼軍はさして数を減らすことなく、安全地帯
までの距離を半分に縮めていた。
あと少しである。
﹁なんとかなりそうだな﹂
モコ助がフラットにそう言った。
﹁もしまとまった兵が残っていたら、ゼラナ山より撃って出たいと
ころです。今なら確実に完全救出できるでしょう。モコ助殿、嫌な
役を押しつけて申し訳なかった﹂
フラットが涙目になっている。
﹁オイラじゃねえ。あそこの傘だ﹂
マクミトン隊の傘は随分薄くなっていた。だが、短くはなってい
ない。
全員、ここが死に所と踏ん張っているのだ。
﹁すまねえ、マクミトン隊長⋮⋮﹂
モコ助が目をつぶった。彼らの帰還は叶わない。少し早いが、冥
福を祈ったつもりだった。
322
﹁なんだあれは?﹂
声を出したのは見張りに駆り出された従卒。
何事かと瞼を上げるモコ助。
﹁なんだではわからん! 的確に報告せよ!﹂
興奮した幕僚の怒声が飛ぶ。
﹁帰らずの森より、空を飛ぶ魔族が多数! あ、あそこからも!﹂
モコ助達、本陣にいる全員が帰らずの森の上空に視線を向けたの
であった。
323
5.ヴェクスター、舞う!︵後書き︶
浪花節だよ人生は!
324
6.ゲアガ・リングの爆炎
﹁なんだ、ありゃ?﹂
誰かが言った。
黒い森が浮き上がったようであった。
雲霞のごとく、では物足りない。
空が墨一色で塗りつぶされた。何百万の数。
有翼魔族が、空の色を黒く塗りつぶした。
魔族航空師団。
それらが、全てこちらへ向かって移動している。
﹁全て叩き落とーす!﹂
目に殺意の色を付け、リーンがスペルを用意しだしす。先ほどの
航空隊とは規模が二桁違う。いかにリーンの魔力が底抜けであろう
と、この数は厳しかろう。
﹁射程に入れば片っ端から⋮⋮﹂
リーンの射程に入る手前で、魔族航空隊は進路を変更した。
ファイアーボールの射程外で、魔族航空隊が高度を下げていく。
ゼラナ山と、後退する右翼軍の間に、次々と降下していく。
﹁落下傘部隊の理想的運用法として教科書に載りそうだな﹂
モコ助が口の端をシニカルに歪めた。
ゼラナ山と右翼部隊の間。魔族の兵力が強化された。
325
分厚く補強された壁。
右翼軍、突破は不可能!
﹁モ、モコ助殿! どうすれば⋮⋮﹂
フラットが思考停止した。
﹁万事休す﹂
さすがのモコ助も、どうする事もできなかった。
いかに作戦を巡らせようと、いかに高度な訓練を積もうと⋮⋮、
リーンが、スペルを中断した。
﹁だめだ。結局、わたしは魔物にも勇者にもなれなかった⋮⋮﹂
圧倒的な数の前には、圧倒的な力の前には⋮⋮、
﹁為す術も無し⋮⋮か?﹂
空を見上げたモコ助が、諦めた。
いや、正確には、諦めかけた。
﹁おい、サデ子﹂
﹁ハ、ハハハッ、何ですか、モコ助殿﹂
サーデルが見るモコ助は、口を半開きにし、どこか惚けた顔をし
て、空の一点を見つめていた。
﹁オイラ犬だからよ、人より鼻は利くんだ﹂
﹁はい、知ってます。犬ですからね﹂
何を言うかな? サーデルはモコ助の精神を疑った。
﹁オイラ犬だからよ、人より耳は良いんだ﹂
326
﹁犬ですからね﹂
付き合いの良いサーデルである。
﹁オイラ犬だからよ、人より目が悪いんだ﹂
﹁犬ですからね、って、え? 犬は人より目が悪いんですか? そ
れは知りませんでした﹂
﹁そこで頼みがある﹂
﹁なんですか? 何でも言ってください。この際、僕にできること
があれば何でもしますよ﹂
サーデルは優しい生き物だった。
﹁じゃ、目の良いところで、アレは何に見える? 屈託のない意見
を求める﹂
﹁どこですか?﹂
モコ助が前足でチョコンと指す方向。
有翼魔族が飛ぶ空のさらに上。
小さい点が落下していた。
あきらかに自由落下。
アレの事だろう。目標を確認したサーデルは、精神を集中し、さ
らに目を凝らした。
﹁アレは、人型をしていますね。妙に手足が長い﹂
﹁手に何か持ってねえかい?﹂
モコ助、淡々とした口調である。
﹁あー、何か持ってますね。長い棒のような⋮⋮いや⋮⋮﹂
327
低高度まで落下してきたので、さっきよりはっきり見える。
﹁手にしたのは長いランスの様です。⋮⋮あ、ランスが光った﹂
もうここまで来れば、モコ助の目にもはっきり見える。
長大なランス状の獲物を持った人型が、落下しているのだ。そし
て、ランスが光りを放っている。
さらに光っていく。渦を巻くような光。
落下予想点は、ゲアガ・リング平原の真っただ中。展開する魔族
軍のど真ん中。
見ている間に、光るランスを持った人型は、地上と接触した。地
上で群れるの魔族軍と接触した。
白い光球が発生。ゴツッと大地が震える。
モコ助の位置から見えるそれは、ドーム球場に似ていた。 白い半球の直径が、恐ろしい早さで広がっていく。
空の魔族共を飲み込んで体積が広がっていく。
途中、急遽発生した風の結界らしき、茶色い小さなツブをあっさ
り飲み込んで、広がっていく。
裾野で魔族達が跳ね飛ばされていた。大地が掘り起こされ、上空
へと舞い上がる。
右翼軍とゼラナ山の間に降下した魔族が、われ先にと空へ逃げた。
モコ助が、惨劇を見下ろしながらブツブツと文句を言っている。
﹁風使いは少年マンガ最強じゃなかったっけな? あのヤロウ、何
の為に聖剣を強化したんだ? 聖剣の立場ねえだろ! つーか、今
まで頑張ってきたオイラの功績を潰すのに必死だな﹂
328
なんだか疲労を感じたモコ助は、仲間の様子をうかがった。
サーデルは怯えていた。フェリスも緊張で聖剣の手をかけている。
リーンも小刻みに震えていた。
﹁ふー⋮⋮﹂
モコ助は、肺腑の空気を全部吐き出した。
そして、大きく息を吸い込む。
﹁みんなっ、伏せろーっ!﹂
大気が震えた。
爆裂音が飛んできた。
モコ助の叫びを聞くまでもなく、人間・魔族に関係なく、この戦
争に参加した生物は全て地に伏せた。
全てを燃やし尽くす熱が炸裂。
全てを吹き飛ばす爆風が行き過ぎる。
モコ助ですら、仲間を気にする余裕がなかった。
空に逃げた魔族は、間違った選択をした。衝撃波に切り裂かれ、
爆風に弾かれ、次々と命を落としていった。
バラバラと降ってくる魔族だった何か。
爆心地が、熱の膨張により真空状態を発生させたのだろう。
一旦通り過ぎた爆風が、爆心地に向けて逆送を開始。これも馬鹿
に暴力的である。
329
上からなにかが降ってくる。やたら降ってくる。息をすれば鼻に
何かが入ってくる。
もう何が何だかわからない。意識が飛びそうで怖かった。
無限に続く一瞬が過ぎた。
やっとの事で風が収まった。
だが、地響きや大気の唸りはまだ続いている。
モコ助が、恐る恐る、ゲアガ・リング平原へと目をやる。
大地が、マクミトン隊がさした傘の位置までめくれ上がっていた。
平原中央より、黒い雲が湧き上がっている最中だった。柱のよう
に、一直線に伸び上がっていく黒雲。
すぐに黒雲の下部が細くなった。雲の大部分は上空で膨らんでい
る。ついて行けなかった雲の歯切れがリングを形成。
見事なキノコ雲。
キノコ雲の内部で、紫色の稲妻が走っている。
﹁核兵器並の破壊力だな。カカセヲ様にだけは刃向かっちゃいけね
え﹂
モコ助は身体を起こし、積もった土や灰をプルプルと振るい落と
した。
﹁おーい、みんな無事か? あれは核兵器じゃない。放射能⋮⋮瘴
気は心配するな。死んだ者、手を上げろや!﹂
辺り一面、モノクロの世界。グレーの灰が積もりに積もっている。
330
いくつか、グレーの塊がもそりと動いた。
﹁けほっ、けほっ、けほ﹂
可愛い咳。小さい塊はリーンだった。すっかり毒気が抜けている。
平原を見て、固まった。
﹁何がいったい?﹂
勢いよく跳ね起きたのはフェリス。抜き身の聖剣を右に左にと構
え直し、キョロキョロとあたり見渡していた。そして平原のキノコ
雲を見つけ、唖然として固まった。
﹁あーひどい目にあった﹂
サーデルが起き上がった。
そしてキノコ雲を見る。フェリスに習って固まった。
都合三つの彫像ができあがった。
次々と灰の中から起き上がってくるヴェクスターの騎士達。
皆、何が起こったのか状況が判断できず、キノコ雲を見ながら、
あっけにとられていた。
﹁イヨー、皆さん。ご無事で何より。つーか、なんだその時化たツ
ラは? 蛙がションベン喰らったツラだぞ。ケラケラケラ!﹂
陽気に笑うのはミカボシである。
左手に、何かボロ雑巾の様な物をぶらつかせて、右肩に巨大なラ
ンス状の武器を担いで、スキップしながらゼラナ山を登ってきた。
﹁やっぱ、カカセヲ様、かー。みーかーどーん、てーめーえーっ。
やーってくれたなぁーっ!﹂
331
モコ助が吠えた。
﹁喰らえ! 9ミリパラペラムバレット・モード・エンドレスゲー
ム!﹂
モコ助、ジャンプ一閃。伸身の捻りを二回加えながら必殺技をミ
カどんにぶち込︱︱。
﹁長げーよ!﹂
ミカボシは、長い足で踵落とし気味にモコ助を叩き落とした。
﹁何しやがるかな。この悪い星はよ! ところでミカどん、そのゴ
ミはなんだ? ちゃんと分別して捨てるんだぞ。でないとゴミ収集
のおじさんが困るからな﹂
地面にゴロリと転がりながら悪態をつくモコ助である。
﹁ごみごみ言うな! これでも魔王陛下なんだぞ!﹂
ミカボシは、ポイと陛下を投げ捨てた。
﹁なんですとー!﹂
﹁うわ、びっくりした!﹂
灰の中から、勢いよく跳ね起きたのはフラット。
その次がカイル公王。続いてフラットの幕僚達。
﹁魔王ノズラだ﹂
ミカボシが、灰の上に横たわる、ボロ雑巾的物体を指して紹介し
た。
ズタズタに捲れ上がった皮膚組織。全身III度熱傷。力を無く
した手足。
四肢を持った骨格である事以外、元の容姿が想像できない。
332
年をとっているのか、男か女か、身体に毛や角が生えていたのだ
ろうか? 今となっては、焼け焦げてしまってわからない。
﹁⋮⋮予は⋮⋮負けたのか?﹂
現実を認識できていないのだろう。魔王の目が虚ろだ。
﹁負けたから捕虜になってんだろうが!﹂
カカセヲで魔王を突っつくミカボシ。
﹁⋮⋮なぜ? 二百万の軍勢が?﹂
魔王の目は、未だ焦点を結んでいない。
﹁お前らが弱かったからに決まってんだろ!﹂
めんどくさそうに答えるミカボシである。
﹁おら、尋問に質問で返さない! きりきり答えれば楽に殺してや
る。ちょっとでも抵抗しやがったら、ひと思いに殺してやる!﹂
﹁死の一択かよ!﹂
モコ助の突っ込みが映える。ミカボシ相手の突っ込みは超一流だ。
﹁答えろ魔王。お前達に神はいるか? 神話はあるか?﹂
ボロ雑巾が動いた。
﹁⋮⋮あるよ﹂
眠りに陥る手前のような、夢見る声だ。
﹁⋮⋮なんだかとっても偉い神様が現れました。でもすぐに姿を消
しました。次にとんでもなく偉い神様が二柱現れました。この神様
がいろんな物を作りました。⋮⋮おわり﹂
333
﹁もう少し詳しく!﹂
﹁ゲブフ!﹂
ミカボシが、ノズラの喉に膝を落とした。
﹁⋮⋮何も無い世界に、元の神様フア様が現れました。フア様が、
この世界そのものです。巨大です。フア様の身体の中で、ララシナ
様とメラシナ様という、二柱の神様が生まれました。ララシナ様は、
フア様の身体を元に、物や生物を造りました。メラシナ様は、作ら
れた物や命を壊して、元に戻しました﹂
丁寧に話すノズラである。
さらに話を続ける。
﹁我々魔族と呼ばれる、レビウス山脈内に生きる生物は、ララシナ
様の手によって、初日に作られた知的生命体です。人間は、余り物
で作られたミソっ子です﹂
﹁嘘をつくな!﹂
カイル公王が剣を抜いた。ノズラの顔の横に剣を突きつける。
﹁ララシナとはララシーナ様の事だろう? お前ら腐れ魔族がララ
シーナ様に作られるはずは無い! 訂正しろ! お前らを作ったの
はメラシーナだ!﹂
ここに来て、初めて感情を爆発させたカイル公王である。
そりゃそうだろう。魔王ノズラの話す神話は人類と共通の物。人
間と魔族は兄弟という事になる。しかも、魔族がお兄ちゃんという
オマケ付き。
否定しなければ、人類としてのアイデンティティが失われる。
﹁物を壊すメラシナ様が、物を作るはずなかろう? 魔族を作った
334
のはララシナ様だ﹂
﹁殺してやる!﹂
カイル公王が剣を振り上げた。
﹁まあまて﹂
ミカボシが、カイル公王を裏拳で制止した。
もんどり打って転がっていく公王。
﹁次の質問だ﹂
ミカボシがマウントポジションを取った。
﹁お前らの目的はなんだ?﹂
魔王が鼻で笑った。ミカボシがノズラの鼻骨を砕く。
ミカボシが、沈黙した魔王に顔を近づけた。
﹁増えすぎた魔族を減らす為だったんだろう? 作戦変更したな?
この世界を作り直すつもりか?﹂
小さな声は、魔王にしか聞こえない。
魔王は濁った目で笑った。
﹁⋮⋮不正解ではない﹂
﹁そうかい?﹂
ミカボシが片方の眉だけを上げた。
﹁⋮⋮あんた、器用だね﹂
﹁流行ってるらしくてな。練習したんだ﹂
もう一方の眉も上げようとしたが、うまく上がらなかった。
﹁あんた、賢いね。⋮⋮気に入った。他に聞きたい事はあるか? 知ってる事は何でも答えるぜ﹂
それは強敵を取り込むための、最初の話術。
335
ミカボシはランス状の武器、アマノカカセヲの切っ先を魔王の人
中に当てた。
﹁お前にはねぇよ﹂
そのままカカセヲを突き刺した。
びくんと撥ねる魔王ノズラの身体。
ミカボシは魔王の死体から離れた。
﹁おい、リーン!﹂
大声を出すミカボシ。
呼ばれたリーンは、子羊のようにピクリと体を震わせた。
リーンの顔に、自分の顔を近づけるミカボシ。
そして凶悪な表情。
﹁いつも通り、魔王を焼け!﹂
リーンは⋮⋮、命令されるまま、炎のスペルを唱えだす。
﹁腹減ったな。豆、まだ残ってる?﹂
それっきり魔王ノズラに興味を無くしたようだった。
残っているのは、恐怖を顔に隠そうとしない人々である。
その中に、フェリスやリーン、サーデルも入っていた。
336
6.ゲアガ・リングの爆炎︵後書き︶
ふぅ∼⋮⋮。
たたかいはおわった。
337
7.青空旅︵前書き︶
人のことなどほっておけ。
銭にならなきゃかかわるな。
俺もお前も素浪人。⋮⋮とか言いながら、情けにゃ弱いと苦笑い。
青空旅はどこへ行く。
︵声=芥川隆行︶
338
7.青空旅
敵味方関係なく吹き飛ばしてしまったミカボシ。
公国軍右翼・ヒヨッコ部隊は、暴風に吹き飛ばされる事により、
命拾いをした。
結果、そのほとんどが救出された。
左翼主力騎士団も大幅に数を減らしたが、生き残りは多数。同じ
く、吹き飛ばされることで命拾いをした。
﹁おや? どこかで見た顔だな?﹂
ミカボシが、めざとく何かを見つけた。
ライオットが担架で運ばれてきた。鎧の正面が砕けていた。右肩
から左脇腹に掛けて大きな傷が付いている。愛剣は無くしたようだ。
彼は左翼軍に参加していた。
どれだけ激しい戦いだったかが、容易に想像できる。
﹁ライオット殿!﹂
フェリスが駆けつける。
﹁フェリス、形見だ。受け取れ!﹂
自由の利く左手で、短刀を放り投げた。フェリスは、それを胸で
受け止める。
そのまま、ライオットは運ばれていった。
﹁結構、ああいうのは命を拾うものなんだよ﹂
モコ助も、ライオットを見送っていた。
339
マクミトン隊の生存者は、たった三人。生き残った者が存在した
事自体、奇跡であろう。
副隊長アラハートは、魔族九匹からの同時攻撃を受け、身体を爆
散させる。ただし、二匹を道連れにした。
幕僚の一人ギャブレーは、一匹も倒す事無く、マクミトンの盾と
なって戦場の露と消えた。
そう、マクミトンが証言したのだから間違いは無い。
ヴェクスター公国が誇る黒剣騎士団、五万人。その生き残りは七
千人を切っていた。
五万の軍勢が七千人。
これを多いとみるか、少ないとみるかで、その人の幸せ度が変わ
ってくる。
さなか
﹁ミカボシ殿、あなたはいったい何者なのです?﹂
傷ついた兵を収容していた忙しい最中。
フラットが敵意剥き出しでミカボシの前にいた。
﹁天の悪星、天津甕星様だ。天津組を壊滅の危機に陥らせた張本人
でもある。自分で言うのもなんだが、チョー強ぇえ。だからといっ
340
てオレ様を崇めるなよ。だけど敬え。これ決まりな!﹂
フフンと鼻を高くするミカボシである。
﹁それでは説明になっていない! 魔族軍二百万を一瞬で滅ぼした
あんたは、何者だと聞いてるんだ! 答えろ!﹂
剣の柄に手をかけるフラット。
つ
﹁だからよ、愛と正義の使者だっ言ってんだろうが!﹂
﹁真面目に答えろ!﹂
とうとう剣を抜いたフラット。これで後戻りはできない。
ミカボシの目が細まった。
﹁お前如きにどうこうできる存在じゃねぇって事ぐらいは⋮⋮わか
るよな?﹂
切っ先をミカボシの喉元に向けるフラット。切っ先を自らの喉に
押し当てるミカボシ。
﹁切れるかい?﹂
ミカボシの目に、神性の金色が揺らめいていた。
零距離だ。フラットは剣を押し込みさえすればいい。
だがそれがができない。突いても刺さらない気がしたからだ。刺
さらない上、自分の喉笛が切り裂かれて果てる未来しか、脳裏に現
れてこない。
﹁別に影響ねぇんだから、謎のままでいいじゃねぇか? オレとし
ても、こんなしみったれた国、盗ろうと思えばいつでも盗れる。歴
史から消そうと思えば、今すぐにでもできる。だったらあんまり意
味はねぇ。お前、オレが酒のんで暴れたら、止められるか?﹂
﹁⋮⋮いいや、騎士団を投入しても止められる気がしない﹂
341
口の端をひょいと持ち上げるミカボシ。
﹁なら、何もしないのと同じだろ? お前達にできるのは、オレが
はた
暴れないよう祈るだけだからな。ケラケラケラげふぅ!﹂
笑っているミカボシの頭を叩いたのはモコ助だった。
﹁ミカどんよぉー、いい加減にしろよコラァ! とっととこっちへ
来いやコラァ!﹂
﹁ンなんだとコラァ! てめえオレに手を出すかコラァ!﹂
みもの
﹁雫嬢ちゃんに嘘を報告するぞコラァ! オイラとミカどんのどっ
ちを信用するか見物だぞコラァ!﹂
﹁それだけはやめてくださいよコラァ! 汚ねぇぞコラァ!﹂
フラットを置いてきぼりにして、ミカボシとモコ助が退場してい
く。
置いてけぼりを食ったフラットは、一人ゼラナ山山頂で立ち尽く
していた。
﹁フラット﹂
声を掛けたのは、鼻血を流すカイル公王。
フラットは無言で臣下の礼を取る。
﹁いろいろあるだろうが、もうよい。捨て置け!﹂
カイル公王の声に怒気が含まれている。
﹁フラットよ﹂
一転して、カイル公王が口調を和らげる。
﹁あの者達が、我らに牙を剥く可能性はどのくらいだ?﹂
言われてフラットは、気がついた。
﹁限りなく零に近いかと﹂
﹁ならよい。その方、これより軍の立て直しに忙しくなる。細かい
342
事には触れるな。ちなみに予も忙しくなる。しばらく軍事に関与せ
ぬぞ﹂
それだけ言ってマントを翻すカイル公王。
フラットは黙って頭を垂れた。
ゼラナ山に日が暮れていく。
次の日の朝。
モコ助とミカボシは、ヴェクスター公国から延びる街道。首飾り
の街道を南下していた。
フェリスとリーン、そしてサーデルは置いてきぼりである。
昨日、ゼラナ山頂のあの場からすぐに旅へ出た。
﹁おい、メコ助よ、なんですぐ旅に出るんだよ。公国の連中から礼
金の一つでもせしめてからでも遅くねぇだろ? オレ、夕べから休
み無しで働いてんだぜ! 勇者労働相互組合に訴える準備をするぞ
!﹂
﹁モコ助な。黙って足を動かせ﹂
澄んだ青空には、ピヨピヨと鳴く小鳥が二羽、仲良く飛んでいた。
﹁なあ、ミカどん⋮⋮﹂
﹁なんだいメコ助﹂
﹁モコ助な﹂
343
ミカボシはコンパスが長いので、モコ助はほとんど駆け足状態で
ある。
﹁オイラもう戦争には参加しねえ。後ろで策練って、前線で兵隊達
を戦わせるのにつくづく懲りた。代理で戦わせるのはヤメ。次に戦
うときはオイラが前線に出る﹂
﹁やっと気づいたか﹂
ミカボシは足を止めない。モコ助との歩幅の違いを考慮せず歩い
て行く。
﹁そっちの方が楽しいからな﹂
本心でそう言っていた。深い意味はなかったようだ。
﹁そうは言ってもよ⋮⋮﹂
モコ助が言い澱むのは、これが初めてではなかろうか?
ミカボシは、耳の棒ピアスを弄りだした。
﹁どのみち、オレは戦争の指揮幕僚に参加しなかった。もしもの話
だよ︱︱﹂
ミカボシが、真面目な話をするのも珍しい。
﹁モコ助が軍師として参加してなかったら、ヴェクスターは滅んで
いた﹂
ミカボシの話に、頷いて答えるモコ助。
なみ
﹁やつら、真面目に潰す気で来やがった。オレら以外の者が勇者召
還されてても、ヴェクスターは滅んでいた﹂
再び頷くモコ助。確かに、200万の軍勢相手。普通の勇者では、
一揉みでその生涯を閉じることだろう。
344
﹁召還されたオレらを勇者として認めたこの世界の神様が甘すぎる﹂
そこんところは意味が解らない。
﹁オレが︵ゲームで︶集めた知識によると、勇者ってのはお膳立て
された人柱だ。神の手により作られた奴隷剣士なんだよ!
魔王を倒すためのレールがひかれてる。召還された勇者は無力。
この世界の神が仕組んだそのレールを走らなきゃならねぇって宿命
が発生する単純な罠だ!
人間としての因果を持った勇者は、どうあっても宿命から逃れら
れない。可愛い姫様を助けるだの、仲間と共にだの、ありゃ勇者の
動議つけのタメ。全部神の罠だよ!
冷静に考えてみろ。姫様も仲間も、異世界の住民だ。自分のかー
ちゃんやダチ公より大事な存在なわきゃねーよ! なんで見ず知ら
ずの連中を助けなきゃならねえ?
精神面の脆弱な人間にとって、そう思わなきゃ異世界でやってい
けねぇからだろ?
異世界のシステムによって、精神面と物理面で追い込まれた剣士
が勇者って呼ばれるんだ。勇者は魔王を倒すまで元の世界にもどれ
ねぇ。後戻りできねぇんだ。
魔王を倒すしかねぇ! それ以外の自由は勇者にゃねえ!
しかし、オレ達は規格外。
倒さずとも雫ン家に帰れる。
魔王を倒すのに聖剣はいらねぇ。倒す方法も聖剣に囚われねぇ。
仲間もいらねぇ。
345
それ以前に、魔王を倒さなくてもいい自由を持っている。
想定外の出来事が起こったって不思議じゃねぇ。なんの不都合も
生じねぇ!﹂
ミカボシが邪悪に笑った。天の悪星がそこにいた。
﹁犬が異世界の人間を指揮して、異世界の人間の為に、異世界の人
間による異世界の人間を守る為の戦争を起こして、異世界の人間の
尻を拭いてやっても文句は言わせねぇ!﹂
﹁そりゃそうだが⋮⋮﹂
元々、ゴンドワナ・ワールドの中の不始末。魔族といえど進化の
果ての生物。
人類対魔族。これは自然淘汰。種による生存競争。
地球世界の者にとって、異世界の魔王征伐に、なんのメリットも
無い。使命すら無い。サービス以外の何物でもない。
﹁それに第一、200万の軍勢を一カ所に集めたのは、モコ助と公
国軍がネチっこく戦った結果だ。さすがにオレ様一人じゃ、面倒く
さくっていけねぇ。あんな面倒くさいことできるわけねぇ。だから
自慢していいぞ!﹂
﹁⋮⋮ま、いいか﹂
モコ助は言い返さなかった。
ややスッキリ感に欠けるが、ややこしい話が続くのだけはまっぴ
らだったからだ。
今朝は風があって涼しかった。絶好の旅日よりである。
346
﹁なあ、メコ助、サーデル達は置いてきぼりか?﹂
﹁モコ助な。連中にゃキツ過ぎだ。ミカどんもそうだろ? なまじ
気を許した連中から、非難の目を向けられるのって辛いだろ?﹂
ミカボシは、耳の棒ピアスをコリコリと弄っていた。
﹁うーん、暴言吐かれるのって結構好きなんだけどな﹂
﹁高度な変態だな﹂
ミカボシが弄っているのはネコジャラシ草だ。いつの間にかピア
スと入れ替わっていた。
﹁ちげーよ! だってそれだけオレが強いって事だろう? 怖がら
れるのってさ、強さの証じゃん! 賞状もらって照れる事はあるけ
ど、辛く思った事は無いんだけどな−﹂
﹁ならあんしん﹂
﹁うをぅ!﹂
リーンが出現した。
ぽくぽくと、並んで歩いている。
いつもの不思議少女。いつものとぼけた顔。
﹁リーン嬢ちゃん、悩み事は解決したのかい?﹂
チョコマカと歩くモコ助が、ちょっかいを出してきた。
﹁解決した﹂
﹁なんだ? なんかあったのか?﹂
一人不思議がるミカボシである。
﹁⋮⋮ミカどん、強いね﹂
﹁おう! あたぼうよ!﹂
腕を曲げてパシリと叩く。
347
﹁⋮⋮二百万の魔族を倒す力。⋮⋮自分の強さにも負けない力。わ
たしも強くなりたい﹂
リーンがボソボソと呟いている。
モコ助はその聴力ゆえ、全てを聞いた。
﹁リーン嬢ちゃん。なればいいじゃねえか。今すぐに﹂
モコ助の前で、リーンが急にしゃがんだ。
﹁⋮⋮なまいき﹂
そして手を出すリーン。
﹁お手﹂
条件反射で前足を出すモコ助。
﹁いや、お手じゃなくて︱︱﹂
何か言うモコ助を抱き上げるリーン。
そのままモコモコの毛に顔を埋める。
﹁なんのことだ? わかるように説明しろ、メコ助。ほらこれやる
から﹂
ミカボシは、手にしたネコジャラシ草をモコ助に差し出す。リー
ンが欲しそうな顔をしている。
﹁モコ助な。犬の名にかけてそいつはいらねえ。リーンにでもやっ
てくんな。⋮⋮リーン、話していいか?﹂
聞こえているのだろうが、リーンは知らんぷりだ。ネタばらしよ
り、ネコジャラシ草に興味の矛先を向けていた。
﹁実はな⋮⋮﹂
モコ助が長話を始めた。
348
リーンの病気にまつわる虐め話。リーンの覚悟。リーンの間違っ
た道。リーンが戦った事。出来事その全てを。
道すがら、ミカボシは黙って話を聞いていた。たまに相づちをう
ったりしていたので、﹁最初の﹃実はな﹄というトコロまで聞いた﹂
というオチは回避できそうだった。
でか
モコ助の話が終わって、ミカボシが言った言葉は次の通り。 ﹁へー﹂
それだけであった。
特に、なにかを感じた風でもなかった。
﹁へー、⋮⋮ってそれだけかい?﹂
い
﹁他に何を言やーいいんだ? たかが魔力のキャパシティが大いだ
けで虐められて大変だったね、とか? 勇者という、聞くだに恥ず
ぬる
かしい存在になるんだってね、偉いね、だとか? たった一万匹に
みやび
満たない敵を皆殺しにするのにずいぶん時間かけたんだね、お温い
戦いで雅だね? とか言って、褒めて傷を舐めあう道化芝居をすれ
ば、マレイージが溜まるってかい?﹂
﹁⋮⋮それもそうだな。ミカどんのスペックから見れば、その程度
だな。いや、オイラが悪かった。忘れてくんな。リーンもな﹂
モコ助が、ネコジャラシ草で遊んでいるリーンに声をかける。
﹁嬢ちゃんがどんなに悩んだところで、ミカどんからすれば、井の
中の蛙に過ぎねえらしい。気にすんな﹂
珍しく、リーンがモコ助に顔を向けていた。
349
﹁⋮⋮大丈夫。ミカどんは、あんなに強いのに自分の力を怖がって
ない。わたしも自分の強さを怖がらない﹂
リーンが、デイジーのように笑って、こう言った。
﹁だからだいじょうぶ﹂
モコ助は努めて無表情を装う事にした。
ちょこちょこと歩いて、前を向いた。
リーンも前を向いて歩いていた。
ミカボシは、大きな欠伸をしていた。
三人の旅が始まった。
始まったとおもったら、さっそく⋮⋮。
後ろから馬の蹄の音が聞こえてきた。ずいぶん急いでいるようだ
ったので、モコ助達は道を譲るべく、端に移動した。
﹁ハハハッ! やっと追いついたよ﹂
サーデルだった。後ろにフェリスも乗っている。おまけに荷物が
満載だ。
﹁サーデル兄さん、過積載は道交法違反だぜ。何の用だ?﹂
モコ助が額に皺を寄せている。モコモコの毛のせいで読み取りに
くいが。
﹁僕たちに黙って出かけるのはどうかな? おかげで馬に負担をか
けてしまったじゃないですか﹂
350
馬から飛び降りるサーデルとフェリス。
﹁そりゃ悪かった。オイラ達の戦いを⋮⋮特にミカどんの戦いを見
て、腰が引けちまったんじゃねえかと思ってな﹂
フェリスの綺麗な目が、モコ助を見つめた。次にミカボシの目を
じっと見つめる。
﹁一度や二度、腰が引けたくらいで逃げるのであらば、最初から勇
者の仲間になどなりません﹂
フェリスは背中に回していた剣を腰の置に直している。
﹁ハハハッ! あと一回や二回は目を回させてくれないと、逆に困
ります﹂
サーデルはモコ助を抱き上げ、馬の鞍へ乗せる。
﹁さて、馬に負担をかけた分、のんびりと歩きましょうか!﹂
元通り、馬の口をひいて歩き出すサーデルである。
﹁次はムルティ伯国だ。さてさて、このメンバーで事故が起きなき
ゃいいんだけどな﹂
いつものように、モコ助が一人悪態をついていた。
天はどこまでも青く、そして高かった。
ぽくりぽくり、のんびりと筋肉冒険隊の旅が再開されたのである。
ゆえん
⋮⋮それで済まないのが、筋肉冒険隊たる所以である。
351
﹁再開されたとたんに、いきなり事故発生だよ!﹂
モコ助が馬上で唸っていた。
山道を下っていく道程だった。
坂の下で軍馬が一頭、こっちを見ていた。
背に大柄の鎧武者を乗せて、待ち構えている。
﹁読み通り、ゼラナ山から直接抜けてきたようだな、勇者の諸君﹂
穏やかな声は、聞き覚えのある声。
﹁ずいぶん待たせてくれたッ!﹂
鎧を構成する金属同士がふれあう音を立て、一人の騎士が、道の
真ん中へ馬を進めた。
いくさ
全身鎧。腰に大剣。手に太い長槍。完全戦支度。
筋肉老人、マクミトン・マフラー。マクミトン千人隊長その人で
ある。
﹁なんだ? まるで誰かと戦うみてぇだが?﹂
ミカボシの言葉に、マクミトンの目が鋭くなった。
﹁アラハートが死んだ。ギャブレーは拙者をかばって死んだ。隊は
全滅。だのに拙者は生きている﹂
マクミトンは、ヘルメットの面頬を下ろし、槍を構えた。
﹁約束を果たしてもらう。拙者を戦いで死なせてくれると⋮⋮。そ
なたこそ、拙者の相手に相応しい。戦え! ミカボシ殿!﹂
堂に入った構え。落とした腰は揺るぎない。
352
﹁おいこらジジイ! なんでオレが戦わなきゃならねぇ? オレに
なんの利点がある?﹂
ミカボシの目も鋭くなった。
﹁拙者を倒せば家屋敷、領地、金、何でも全てくれてやる!﹂
マクミトンは、槍をミカボシの額にマークした。
﹁全部つまんねえもんだが、まあいい。売られた喧嘩はいつでも買
ってやるぜ!﹂
ミカボシが、耳にぶら下げていた銀の棒ピアスを引き抜いた。
﹁出ろっ! アメノカカセヲーっ!﹂
ミカボシが叫ぶが先か、棒ピアスが爆発するのが先か!
空を割り、周囲一面に迷惑な振動を振りまきながら、棒ピアスが
長大な武器に変化した。
出現による圧力は、マクミトンの馬を下がらせるほど。
日本デザインの和製ランスと表現すれば良いのだろうか? 白銀に輝く円錐状の穂が異常に太く長く、ミカボシの背丈ほどあ
る。幾重にも絹糸を巻いた柄は、五握りほどで異様に長い。
白銀色に輝く長大な武器。重量感にあふれた長軸円錐形。鍔やカ
ウンターウエイト等といった、使用者に優しい部品は付いてない。
﹁こいつがカカセヲ。単体で神と呼ばれた鉾。ゲアガ・リングの魔
族を一掃した得物﹂
軽々しく右手一本で振り回すと、砂塵が巻き起こった。一睨みく
れてからマクミトンに狙いを付けてピタリと止めた。砂塵が綺麗に
切り裂かれ、二つに分かれる。
353
﹁さあ、我を恐れよ。そして滅びを与えよう! 我こそは天の悪星
︱︱天津甕星!﹂
大げさに見得を切ったミカボシは、左手で、おいでおいでをした。
位置関係は、坂の上がミカボシ。坂の下がマクミトン。ゼラナ山
の戦いを復習するまでもなく、ミカボシ有利!
﹁こけおどしを!﹂
マクミトンは愛馬に合図を送る。人馬は、猛然とダッシュ。
槍を腰だめにして、ミカボシの横をすり抜ける。
距離を取って停止。くるりと馬をターンさせる。見事な乗馬テク
ニック。
これでマクミトンが坂の上。ミカボシが坂の下となった。
マクミトンは、馬がトップスピードに乗れる距離と位置を、戦い
の前に作ったのだ。
﹁参る!﹂
全力で疾走を始めるマクミトンの愛馬。下りを全力疾走。
マクミトン、長槍に全体重がかかる位置まで姿勢を低くする。
カカセヲを引き、力を溜めるミカボシ。突っ込んでくる人馬。
マクミトンが吠える!
﹁チェストー!﹂
ミカボシが叫ぶ!
﹁完全におまえをナメきったこのオレの突き!﹂ 二人の戦士が交差した。
354
思わず目を背けてしまう、激しい金属音。
走り去る軍馬。
宙に舞ったのはマクミトン。背中から地面に激突した。
そしてそのまま動かない。
﹁殺したのか?﹂
モコ助が、そっと首を出す。カカセヲを見たとたん、三人を引っ
張って物陰に避難していたのだ。
﹁いいや、殴っただけだ。半日は起きないだろう﹂
カカセヲをクルリクルリと回して、長い柄で地面を叩く。そして
音を立て、カカセヲが姿を消した。
ことわり
﹁バカ野郎は、長生きするのが世の理﹂
銀の棒ピアスとなったカカセヲは、ミカボシの手で、耳へと収ま
る。
﹁さっそく腰が引けてしまいましたが⋮⋮今のがミカどんの武器で
すか?﹂
サーデルが、及び腰でモコ助に聞いてきた。
﹁カカセヲさんは冗談が通じねえお方だ。絶対に絡むな、突っ込む
な!﹂
モコ助のビビリように、サーデルは改めてゲアガ・リングの爆炎
を思い出し、そして震えた。
﹁さて、剥ごうか﹂
大地に寝転がるマクミトンの鎧に手をかけたミカボシが、訳の分
からない事を言っている。
355
モコ助、サーデル、フェリス、リーン。意味を正しく理解できた
者は一人もいない。
﹁ミカどん、剥ぐって何をだい? 意味わからねえ﹂
モコ助が変な顔をしている。あえて言うなら、へのへのもへじ。
﹁決まってんだろ? マクミトンは勝ったら何でもくれるって言っ
たぜ。身ぐるみ剥いて、次の町で売っ払うんだよ! 早く手伝え。
人が来る前に!﹂
﹁⋮⋮たいがい鬼だな﹂
筋肉冒険隊の不思議な鬼畜旅は、今始まったばかりである!
︱︱ 第四章 ヴェクスター公国編・完 ︱︱
356
7.青空旅︵後書き︶
この後、久しぶりに雨が降りました。
パンツ一丁で寝ていたマクミトンは、人生で初めて風邪を引く
のでした。
願いが叶って、よかったですね。
こうやって、関わり合いになった人々を幸せにしていくミカどん
です。
ヴェクスター公国編が終わりました。
またしばらくお休みです。かなり間開きます。
次回、﹁風雲、古代語魔法大国ムルティ伯国!︵仮︶﹂眉を唾で
撫でつけつつ待て!
357
人物紹介
○ 筋肉冒険隊
アマツミカボシ
* 天津甕星
通称ミカどん。インチキ戸籍上は常陸イノリ。
茶色がかったショートヘア。ノッポさんだが、紙工作はしない。
その正体は、記紀神話に唯一登場する星の神。
天孫降臨の前事業としての葦原中國平定において、フツヌシとタケ
ミカヅチの二神が草木や石まで服従させたが、コイツだけ屈服させ
られなかった。
志鳥雫︵飼い主︶の黒岩神社に巣くう悪神。
前回、宿敵・天照大神を巻き込んで吸血鬼と死闘を演じるという悪
行を演じた。が、隙を突かれて大怪我。リハビリの後、異世界ゴン
ドワナワールドへ自主召還されて現在に至る。
メイン武器はカカセヲさん。
筋肉冒険隊の主戦力にしてジョーカー&サイクロン。戦略核兵器並
の破壊力を秘める。
女性体だが、果たして⋮⋮。
* モコ助
トイプードルの経立。モコモコのココア色の毛並みが可愛い。
とにかく口数が多い。台詞が長い。生意気。
職業はミカボシの外付け理性装置者。ついでに勇者を副業としてい
る。
聖剣Lev3を呼び出すことができる。
筋肉冒険隊、随一にして唯一の頭脳。その策謀力は、ヴェクスター
358
の知将と呼ばれるマスター・フラットに匹敵する。
筋肉冒険隊では突っ込みを担当。
必殺技は九ミリ・パラペラムバレットパンチ。バリエーションが豊
富の模様。
だが、だれもその発動を見たことがない。
曰く、四頭大蛇と真っ向勝負した。
曰く、神々に対抗策を考えさせた。
飼い主は雫。
回復魔法は使えない。
* サーデル
サーデル・クライン・ラベルダー。
ラベルダー王国の唯一の王子。王位継承第一位。
だいたい中学生くらいの年齢。
肉体を駆使した戦いでは役立たずだが、特定の者を相手にした神経
戦では驚異の能力を誇る。
とある事件を通して女装の天才的才能に目覚める。
筋肉冒険隊の世を忍ぶ仮の姿、モフモフ歌劇団の座長。
性格、鬼畜にしてサディスト。
こいつ一人のせいで筋肉冒険隊が、鬼畜集団と呼ばれている⋮⋮わ
けではない。
回復魔法は使えない。
* フェリス
フェリス・メルク・フェーベ。
だいたい二十歳そこそこの女騎士。サーデルのお姉さん的存在。
高速をモットーにする剣技。剣神の名を引き継ぐ。
元、ラベルダー王国黒蹄騎士団副隊長。
359
悲惨な少女時代を経て、現在の剣技を得る。
その時の精神的外傷により無表情。
防具武具をピカピカになるまで磨き上げるのが趣味。
回復魔法は使えない。
* リーン
神性魔法使いの不思議少女。
だいたい中学生くらいの年齢。
ムルティ伯国出身。
攻撃魔法は侮れないモノがあるが、不思議と熱意が感じられない。
魔力が湧いて出てくる魔力過多症。イージス戦法が得意。
密かに勇者の座を狙っていたが、ミカボシに鼻っ柱を折られ、現在
自重中。
ミカボシに人生を変えられた一人。
回復魔法は使えない。
* カカセヲ
カカセヲ様。
にぎみたま
ミカボシの相方。突っ込み担当。
和魂の状態は、銀の棒ピアスとしてミカボシの左耳にぶら下がって
あらみたま
いる。
荒魂の状態は巨大な鉾。普段で二メートル。戦いで興奮すると太く
長くなる。
オンとオフの二次元に生きる戦神にして生粋の破壊神。
光る。ドリる。キレる。
モコ助曰く、﹁決して逆らってはいけない相手﹂
曰く﹁冗談が通じない﹂
曰く﹁絡むな﹂
360
曰く﹁突っ込むな﹂
* 聖剣
これを書いていて気づいたが、一人として魔王を斬り殺していない。
勇者の成長と共にレベルがうpする仕組みになっている。しかし、
ぜんぜん活用されない為、三人目の魔王戦までレベルが1のままと
いう、世にも可哀想な聖剣。
筋肉冒険隊構成員の一部で、投擲兵器と見なされているフシがある。
だがそれは、聖剣の本意で無い。
聖剣として存在時意義を議論するときが来ているのかもしれない。
○ミカボシの関係者
しとり・しずく
* 志鳥雫
あめのさくらおりのつるぎ
女子高生ながら、日本屈指の退魔師。双剣の雫と呼ばれている。
天之桜折劔と、草⋮⋮なんとかの剱という訳あって名乗れない神剱
二本を自在に操る。
この世にあらざるモノに対して、なまら強い力を発揮。
ミカボシとモコ助の飼い主。ある意味、最強の存在。
魔王ヒトアイに一太刀浴びせたが、つまらなかったらしく、地球世
界へ帰還。
現在、地球世界でストレスを溜めつつ待機中。
上手に生きるのが下手。
* タケミナカタ
建御名方神。
361
細マッチョ。グラサンがよく似合う。愛車は逆輸入型V−MAX。
ミカどんのパシリ⋮⋮もとい、ミカどんを慕う国津神最強の戦神。
大国主の子とされるが、作者が調べたところ、系譜には無い。何か
大人の事情があったものと思われるので、察してやってください。
タケミカヅチにボコられる以前、ミカボシと組んで悪いことをいっ
ぱいいっぱいやっていたらしい。
前話﹁我を崇めよ! そして敬え!﹂で、ミカボシの舎弟として初
登場。ケモナー少女に人生二度目のボコを見る。
現在、雫の神社でアルバイト中。
* 志鳥真二郎
雫の父。
結界術が強烈。
エッチ本収集が趣味。
目立たない。
○ 魔族
* 魔王リップス
魔王四天王の一人目。
四天王の中では一番の小者︵ヒトアイ談︶
瞬間移動の能力を持つ。
その特性を利用して、黒蹄騎士団を壊滅に追いやった張本人。
効果的に現れたが、召喚数分後のミカどんに殴り倒される。
その後、尋問がめんどくさくなり殺される。
聖剣で殺されなかった可哀想な魔王。
魔族軍四万を率いる。
362
* 魔王ヒトアイ
魔王四天王の二人目。
口癖は﹁∼なのだ﹂
現時点で、唯一聖剣によって斬られた魔王。
シェード
小者と評したリップスに続き、ミカどんに尋問の後、撲殺される。
聖剣Lev1では斬ることができない影にチェンジできる能力を持
つ。
魔族軍五万を率いる。
* 魔王ノズラ
魔王四天王の三人目。
訳あって、身体的特徴と能力の詳細が謎のままである。風使いらし
いということだけは判っている。
本来四万の魔王軍を率いる将だが、本国の援軍を統合し、二百万の
軍勢でこれにあたる。⋮⋮が、カカセヲの至近弾を喰らって瀕死の
重傷を負う。
結局、ミカどんに尋問の末、屠殺される。
こやつも聖剣で殺されていない。
* ココ
元リップス配下の魔将軍ホットポット。
猫から進化したとしか思えない美しき女魔族。
その知力能力戦闘力礼儀作法全てにおいて一般の魔族を凌駕し、魔
王並みの能力を誇る。
プライドが異様に高い。
とある事件で筋肉冒険隊の罠にはまり捕縛。その後、サーデルの特
363
殊能力により、勇者の軍門に降る。
エッチ部門とスパイを担当。
* ゴブリン
やられ役。
進化した豚。
* コボルド
もっとやられ役。
進化したポメラニアンと書くと可愛いかもしれない。モフモフかも
しれない。
○ゴンドワナ・ワールドの人間
* ベルド・アルクライン・ラベルダー
ラベルダー王国現国王。
大人の理由で、モコ助とミカどんを毒殺しようとした。
︱︱が、ミカどんに毒が効かなかったので失敗。
現在、訳あって急性アルコール中毒の治療中。
* ハクス
ラベルダー王国黒蹄騎士団隊長。
全く役に立つことなく退場。
ハスク・バナードとよく間違われる。
364
* マスター・フラット
本名フラット・ルフト
ヴェクスター公国の騎士団、黒剣騎士団隊長にして、ゴンドワナワ
ールドが誇る天才軍師。
人、彼をマスター・フラットと呼ぶ。
* カイル公王
カイル・ヴェクスター。
ヴェクスター公国の王。
懐が深い。
現在浮気中。
* 閃光のライオット
元、剣神ライオット。
ヴェクスター公国一の剣技の持ち主。
鼻持ちならない性格だったが、御前仕合でミカどんに負けて、性格
が丸くなる。
ゲアガ・リングの爆炎と呼ばれる戦いで瀕死の重傷を負う。
現在生死不明。7:3で生きのびる確率の方が高い。
* マクミトン千人隊長
マクミトン・マフラー。
七十歳を軽く超えた老騎士。引退し、予備役となっていたが、未曾
有の国難に招集されて現役復帰。
戦闘経験豊富。現在の千人隊長達をパシリに使う経歴を持っている
模様。
たいへん頑丈な身体を持つ。
365
現在、風邪をこじらせてベッドに伏せているが、たぶん回復は早い。
* ロワウ・ギワザ
若い両替商。
フェリスの過去を知る1ファン。仄かに恋心を抱いているも、気づ
いてもらっていない。
○その他
* 狂熊レッドヘル
熊。食材。
*その他魔獣
食材。
* ラベルダー黒蹄騎士団生き残り。
急性アル中。
* ヴェクスター公国の警備兵。
サーデルの被害者。
* ヴェクスター公国の騎士。
ミカボシの被害者。
登場人物、多いなー。
366
人物紹介︵後書き︶
まだ当分、続きをうP出来そうにありません。
そこで、忘れ去られないうちに、一度はやってみたかった︵厨二︶
人物紹介なるモノを晒してみます。
<追記>
やり出すと面白かったので、ちょこちょこ改編していますw。
第5章が終わった時点のデーターです。
367
1.ムルティ伯国への道︵前書き︶
あまつみかぼし
オレの名は﹁天津甕星﹂。
かの勇者降臨で、ゴンドワナ・ワールドへ召還された日本の神様だ。
ゴンドワナ中の魔族が、オレに血眼。
とっころが、これが捕まらないんだなぁ。
あまつみかぼし
ま、自分で言うのもなんだけど、狙ってきた敵は必ず返り討ちにす
る神出鬼没の大悪神。
それが、このオレ、﹁天津甕星﹂だ。
﹁リーン﹂。
オレの舎弟。ファイアーボール早撃ち0.3秒。連続250発のプ
ロフェッショナル。クールな神性魔法使い。
そのうえ、義理堅く、頼りになる魔法少女。
ソードマスター
いにしえ
剣神﹁フェリス・フェーベ﹂。
古より続く名家、フェーベ家の現当主。光速抜刀術の達人。
なんでも真っ二つにしちまう、怒らせると怖ぁ∼い女。
ある意味、謎の王子﹁サーデル・ラベルダー﹂。
女装癖か、女装マニアか、このオレにも分からない謎のサディスト。
いつもひどい目に︵本人が︶あうが、︵加害者を︶憎まないんだな
ぁ。
オレは面白いヤツに弱いからねぇ。
ご存じ、トイプードルの喋る犬。オレの外付け理性装置。オレに突
っ込みを入れるのを生き甲斐とする、オレの最も苦手な﹁メコ助︵
モコ助な︶﹂だ。
368
さてさて、これら一癖も二癖もある連中に囲まれて、どんな事件を
巻き起こしてやろうかなぁー。
369
1.ムルティ伯国への道
地球世界の並列宇宙のどこかに、ゴンドワナ・ワールドという世
界がある。
世界の住民は、自分たちの世界が球形である事を知らない。自分
たちの世界を大地という意味の﹁ゴンドワナ﹂と呼んでいる。
よって、ゴンドワナとは、彼らが住む大陸の名でもある。
神の目によれば、歪な卵形に見えるゴンドワナ大陸。
上は極地圏、下は亜熱帯に引っかかる、この世界唯一の大陸。⋮
⋮海の向こうに他の大陸があるかもしれないが、いまだ発見されて
いないので、唯一の大陸と呼ぶに差し障りはない。
この世界は、ずっと平面で、世界の端が滝となり、海の水はそこ
から奈落へと落ちている。
故に、他の大陸を探そうとする頭のおかしな者などこの世界にい
ない。
魔法が存在し、魔族や魔獣が闊歩する。
ここは、野暮な物理学など存在しない。神と精霊が支配する、ス
テキな世界なのである。
ヴェクスター公国領で、第三の魔王ノズラ&200万の軍を撃破
した筋肉冒険隊は、のんびりと南下を続けていた。
370
ここから読み始めた人は﹁軽い?﹂と思われるかもしれないが、
文字通り﹁撃破﹂したのだから、しかたない。
縦長のゴンドワナ大陸。その左上に位置する、ラベルダー王国よ
り始まった冒険隊の旅は、大陸を反時計回りに回っていった。
時計でいうところの八時の位置に相当するヴェクスター公国を過
ぎた一行は、四時の位置に相当するムルティ伯国の首都・レプラカ
ンへ向かって旅を続けている。
ジリジリと照りつける異常活動中の太陽。
上り坂の向こうは、抜けるように高く碧い空。遠くの山には純白
の入道雲。
日に照らされる風景は白く、影は濃い。白黒はっきりしたコント
ラストが切なくも美しい。
麦わら帽子を頭に乗せた筋肉冒険隊夏休みバージョンが、今日も
行く!
﹁ふふん! まさかこの世界に麦わら帽子が無いとは、不幸な民草
共だ。オレ様が作り方をマスターしていたおかげだぞ! 有り難く
思え!﹂
胸を反らすミカボシ。どうやらゴンドワナ・ワールドに麦わら帽
子が存在してなかったようだ。みんなが頭に乗せている麦わら帽子
は、ミカボシの手による一品である。
笛といい、麦わら帽子といい、ミカボシの特技に方向性とフィッ
ト感がないのは、いかなる所存であろうか?
﹁⋮⋮にしろ、暑いなオイ!﹂
371
特に汗をかいている風でないミカボシだが、水筒の水を口に含む。
やたら背の高い女。引き締まった身体に、変な柄のTシャツと、
変な色の7分パンツ。
ミカボシの麦わら帽子は、飾り気のない鍔広タイプである。
﹁核クラスの爆心地でも平気な顔してるヤツが何ぬかしやがる。ち
ったあ、リーンやフェリスを見習え!﹂
馬の上から罵詈雑言を投げかけるのは、小犬のモコ助。喋る犬。
ココア色のテディベアカットされた毛並みを持つトイプードル。
ちょっとした手違いでこの世界に召還された勇者でもある。
モコ助も小さな麦わら帽子を頭にチョコンと乗せている。
赤いリボンを巻いた帽子。ご丁寧に耳の部分がくり抜かれている。
この世界で天才軍師と呼ばれるフラットを驚嘆せしめた策士であ
るその中身はともかく、見た目、とても可愛い。
﹁ハハハッ! 僕の名前は出ませんでしたね? 泣いていいですか
?﹂
モコ助が乗る馬の口をとるのは、美少女サデ子。年は中学生ほど。
一見、美少女であるが、これが男の娘である。正体はラベルダー
の王子、サーデル殿下。
ノースリーブの薄いシャツに、ミニスカートをはいている。実に
涼しそうな出で立ちの変態だった。
彼も鍔広の麦わら帽子︵リボン装備︶を頭に乗せている。
﹁⋮⋮わたしはズルしているから見習わなくていい﹂
ぼそりと宣ったのは神性魔法少女のリーン。彼女もサーデルと同
じくらいの年齢だ。
372
この暑いのに、白っぽいフード付きローブで、頭から爪先まです
っぽり被っている。
﹁⋮⋮なぜなら、風の精霊をエンドレスで使役しているから。⋮⋮
フードの中の衣服内気候は快適。⋮⋮余計な魔力も消費できて一石
二鳥﹂
よく見れば、風もないのに前髪がランダムに揺れている。
どうやら余剰魔力を使って、フード内で風を循環させ、熱を逃が
しているようだ。
ちなみに、必要ないのだが、みんなと同じように麦わら帽子をフ
ードの上に乗せている。
となると、真面目に暑さに耐えているのはフェリスだけのようだ。
﹁フェリス姐さん、暑くねえのかい?﹂
年の頃は二十歳か二十代前半か、あるいは触れてはいけない場所
なのか、なんだ、その辺は微妙なお年頃のフェリスである。
ソードマスター
麦わら帽子は被っているものの、さすがは元ラベルダー鉄蹄騎士
団副隊長にして剣神の二つ名を持つフェリスである。
肉厚の革鎧にピカピカの鉄板を縫い付けた鎧。足も革鎧。金属製
の臑当て、籠手は標準装備。
腰に、愛用のバスタードソードを吊している。鉄の塊だからとて
も重いはず。
﹁なあ姐さん。オイラ、元いた世界で⋮⋮、革製のツナギ着てたの
が原因で、ツーリング中に熱中症で倒れたライダーを個人的に何人
か知ってるんから言うんだけどよ⋮⋮﹂
モコ助が、露払いの位置で歩く、フル装備のフェリスを見ながら
373
喋っている。
﹁無理してねえか?﹂
見ればフェリス、汗など一滴もその顔に浮かべていない。
﹁無我の境地にこの身を置くことができる者は、炎といえど熱く感
じなくなるものである。すなわち汗などかかなくて済む!﹂
フェリスの顔色は蒼白。唇が紫色している。
大量の発汗により、血液量が減っている証拠。汗をかいていない
のは、体温を調節する水分が無いからだ。
﹁水飲んだ方がよかねえか?﹂
﹁水を飲むとバテる。こんな時は飲まないものだ。貴様らに根性は
無いのか、根性は!﹂
﹁なに昭和時代のスポーツ生理学を語ってやがる! それは道ばた
の生水を飲んで腹をこわすのを防ぐ為だろうが! おいサーデル!
姐さんをどこか日陰に︱︱﹂
モコ助が言葉を切った。そして麦わら帽子から出した耳を立たせ
る。
﹁クワーッ!﹂
遠くで、癇にさわる高音域の鳴き声があった。
﹁魔族か? この道のずっと前、人間の悲鳴も聞こえる!﹂
筋肉冒険隊が走る!
374
坂を登りきると、状況が見て取れた。
悲鳴を上げたのは、御者台でパニクっている男である。
翼を持つ魔獣に襲われていたのだ。正確には荷車を曳く雌の荷馬
を、である。
鷲のフェイスに鷲の翼。下半身はライオン。前足は鷹の爪。
大きさは、地球圏でいえばアフリカ象あたりの巨体。
﹁グリフォンだな。おい、あんた大丈夫か! オイラ達が来たから
にゃ、もう大丈夫だ﹂
モコ助が被害者に声を掛けた。
﹁ひぃっ! 犬が喋った!﹂
男が輪を掛けて狼狽える。
﹁サーデル兄さん、あいつに説明を頼む。しかし⋮⋮﹂
モコ助が上空を見上げた。
﹁一匹と数えて良いのか、一羽と数えて良いのか⋮⋮。確かグリフ
ォンは雌の馬に種付けしてヒポグリフを生ませるとか聞いたぞ。⋮
⋮サカリの季節か?﹂
モコ助の豆知識コーナーである。
ミカボシの目が興味本位の輝きを見せた。
﹁おい、珍獣を生ませて︱︱﹂
﹁動物保護団体から提訴されるぞ!﹂
ミカボシの邪悪なボケが発動する前に、モコ助が封じた。
﹁⋮⋮ふぁいあーぼーる。三つ﹂
375
フェリスが勇ましくスペルを唱える。
サッカーボールほどの大きさ。紅蓮の渦を巻く火の玉が三つ、リ
ーンの頭上に現れた。
リーンが対象物を指さす。
﹁はい﹂
裂帛の気合いと共に、ファイアーボールが三つ、螺旋を描きつつ
グリフォンへ向かって飛ぶ。
だが、さすが魔獣グリフォン。羽ばたき一つでファイアーボール
の弾道から外れた。
そうはいかないのがリーンのファイアーボール。自動追尾で一度
に250体の魔族を撃ち落とした実績を持つ、レベル1に偽装した
卑劣なスペル。
三つのファイアーボールは、時間差で、なおかつ三つとも手の込
んだ別軌道を描きつつ、垂直上昇。
逃れたものと安心しきっていたグリフォンの、腹と脇腹と背中に、
狙い違わず着弾した。
化鳥がごとき悲鳴を上げ、墜落した。化け鳥だけに!
これを見たミカボシ。地上戦の指揮をとる!
﹁いまだ! 通常フォーメーション﹃袋叩き﹄! ⋮⋮ってあれ?
フェリス?﹂
いつもなら、命令される前に飛び込んでいるはずのフェリスがい
ない。スピードを身上とする彼女にしては珍しいミス。
376
スタートダッシュをしくじったのかと、後ろを振り返るミカボシ
が見たものは!
脱水症状で地に伏したフェリスだった。
﹁面目ない﹂
フェリスはこの世の終わりに直面したような、情けない顔をして
いる。
今だったら、生後三ヶ月の赤子にでも首を取られそうだ。
モコ助に勧められるまま、水筒の中身を少しずつ飲み続け、なん
とか会話できるまでに回復したところだった。
額と目に、濡れた布きれを置き、頭を低くして、木陰で寝かされ
ているフェリス。
リーンが、大きな葉っぱを団扇代わりにして風を送っている。そ
の辺に自生している植物に、広い葉っぱを持つ一群があったのが幸
いであった。
革製の鎧は脱がされていた。さすがに、胸とヘソ下には布が置か
れている⋮⋮が!
すらりと伸びた白い手足。筋肉質であるが、ほどよく引き締まっ
た加減がなんとも色っぽい。
鎧の上からはわかりにくかったが、胸といいヒップといい、自己
主張が激しい。
胸の部分に置かれた布きれは、急角度に盛り上がり、触ってくれ
377
と言わんばかり。
ヘソ下に置かれた布から覗く太もも。その影になった部分から、
ピンク色の煙が出ているのはなかろうか?
ウエストは絞りに絞られていて、やけに細い印象を受ける。
いわば、わたし脱ぐと凄いんです、タイプ。筋肉冒険隊随一の資
源。
ところが、いかに芸術点が高かろうと、犬にその価値は理解でき
ない。
﹁侍だろうと騎士だろうと、暑いときゃ暑いんだ。水を飲むとか、
体の熱を逃がすとか、工夫していつでも役に立とうと心がけるのが
一流の戦士だろうが!﹂
モコ助、いつになく厳しく説教している。
﹁ハハハッ! モコ助ど︱︱﹂
﹁気休めはフェリスのためにならねえ!﹂
モコ助が、仲を取り持とうとしたサーデルの言を前もって潰した。
﹁オイラだってお説教なんかしたかねえよ! それほどフェリスの
症状は重かったんだ! 死んでもおかしくない状況だったんだぜ!
無駄死にはオイラが許さねえ!﹂
﹁面目ない⋮⋮﹂
フェリスに反論の気概は皆無である。戦士としての役目を果たせ
なかったのだ。モコ助に言われるまでもなく、深く反省している。
それを見て取ったモコ助。説教タイムの終了時間を認識した。
﹁ま、そんな事はどうでもよろしい。相手がグリフォン程度で目く
378
じら立てる程でもなし﹂
クンクンと鼻を鳴らすモコ助。さっきから良い匂いが周辺に漂っ
ているのだ。
﹁魔獣とも幻獣とも呼ばれているグリフォンを﹃その程度﹄と見な
すあなた方勇者ご一行も大概ですよ。あの魔獣の為、この街道は一
月前から封鎖されていたんですからね﹂
口を挟んできたのは、襲われていた荷馬車の男。
﹁その封鎖街道を堂々と荷馬車で通っていく旦那も、大概だと思う
けどね?﹂
おもちゃを見つけたモコ助。喜んで舌戦を開始した。
﹁ムルティ伯国の魔法使い兵団が、強さ故に逆に崇めているグリフ
ォンを袋叩きにするあなた方が大概なんですよ﹂
この男、打てば響くように返事を返してくる。
モコ助が言葉を重ねる。
﹁危険を冒して何を手に入れたい? 旦那の肝っ玉と無計画さ加減
は大概にしとかなきゃな﹂
﹁おーい、焼けたぞ! 冷めないうちに早く食え!﹂
ミカボシがみんなを呼んでいる。
さっきから焚き火でグリフォンの肉を焼いていたのだ。肉の焼け
る良い匂いが、一帯に広がっている。
﹁魔獣を食べてしまおうというあなた方が大概ですね﹂
﹁⋮⋮オイラの負けを認めよう。詳しい話はメシを食ってからだ﹂ 379
恨めしそうに目を見開き、怨嗟の言葉を吐こうと大きく嘴を開い
たでっかい鳥頭。そんなのが鎮座まします隣で、バーベキュー大会
が開かれていた。
四つ足であろうと二つ足であろうと、非知的生命体を葬った後の、
聖なる鎮魂の儀式である。
もはや筋肉冒険隊恒例行事と化したそれ。だれも突っ込もうとし
ない。
﹁しかし何だな。胸肉はヘルシーな鳥肉で、モモ肉はこってりとし
た獣肉。一粒で二度旨いとは、⋮⋮うまい事言ったもんだ﹂
モグモグと、肉片に食らいつくモコ助である。してやったりと顔
を緩める。
被害者であった男が、串に刺した肉へと手を伸ばす。
﹁とはいうものの、魔獣グリフォンを食べるなど、人生で一度有る
か無いか⋮⋮まず有りませんな。貴重な体験、いただきます﹂
ご託を並べつつ、魔獣の下半身部位にかぶりつく。
豪快な料理担当のミカボシが何か言いだした。
﹁寄生虫が怖ぇから、火だけはよく通しとけよ!﹂
﹁寄生虫以前の問題だと思うんですが⋮⋮﹂
男がすかさず突っ込んできた。
﹁旦那、なかなかやるじゃねえか!﹂
モコ助。この男の、隠れた突っ込み才能が目にとまったらしい。
﹁おい、手羽先食うか? 軟骨あるぞ!﹂
380
ミカボシがはしゃいでいる。久しぶりに肉料理にありつけたので
嬉しいのだろう。
﹁豚足⋮⋮じゃなかった、グリフォン足、コラーゲンたっぷりでう
まいぞ﹂
﹁⋮⋮それ一個ください﹂
リーンがグリフォン足に手を伸ばしている。
つら
﹁ところでよ、おまえさん、ヴェクスターの関所で見た面だな? 商人かい?﹂
モフモフ歌劇団デビュー直前に、国境の関所を通っていった商人。
モコ助は顔と匂いを覚えていた。
﹁ええ、行商人のマルシェ・セムージュです。勇者モコ助様、どう
ぞマルシェとお呼びください﹂
﹁よろしくな、マルシェ﹂
握手のため、右手を出すマルシェ。答える為、右前足を出すモコ
助。
マルシェは、そんなに背が高くない。人なつっこい顔の作り。年
の頃は、酸いも甘いも噛みしめた三十台半ば。
顎髭が、間抜けな威厳感を作り出している。それがマルシェの計
算である事は、彼の目の光りを見ればわかる。
﹁もしくは、金の奴隷、と呼んでください﹂
そんなことを言って、憎めない笑みを浮かべるマルシェ。
危険を冒しての行商の旅。この男、なかなかの肝の据わった商人
だ。
握手をしながら、マルシェを観察するモコ助である。
381
﹁あらためて、私と私の連れ合いの命を助けていただいたお礼を申
し上げさせてください。私になにかできることがあればいいのです
が⋮⋮﹂
﹁なら、ぜひ頼みてえことがある。なに、金はかからねえ﹂ 金がかからない。その魔法の呪文に絡め取られる商人、マルシェ・
セムージュであった。
ある晴れた昼下がり。ムルティ伯国へと続く山道。荷馬車がゴト
ゴト、筋肉冒険隊を乗せていく。
荷馬車の御者台で、行商人のマルシェが手綱を取る。助手席には
モコ助が鎮座していた。
サーデル事、サデ子とミカボシは、荷台でゴソゴソと手を動かし
ている。
二人の足元にはフェリスが横たわり、体力の回復に努めている。
キャラバン
荷馬車の後ろを歩く馬は、リーンが御している。
ちょっとした商隊の体をなしていた。
﹁もう少しで、ムルティ伯国の入り口、グリムリーという町に着き
ます。グリフォンに襲われてなければ、とっくに着いている時刻で
した﹂
気恥ずかしそうに後頭部を掻くマルシェ。危険が大きければ大き
いほど利益を生み出す。
マルシェが言った﹁金の奴隷﹂というあだ名は、まんざら嘘では
なさそうだ。
また、そういった危険に飛び込む気構えを持った商人が、成功す
382
るのであろう。
⋮⋮事故るか事故らないかは、運を神に任せる度胸がないと、名
を馳せることはできない社会だ。
﹁あと、腹ごしらえをしてなきゃ、もっと早く着いていたな﹂
モコ助が合いの手を入れた。
﹁旅の途中は、酸っぱくて堅いライ麦パンを水で喉に流し込む食事
ばかりですからね。こんな時は、進んでご相伴に預かるのが正しい
商人なんです﹂
胸を張って自分の正しさを主張するマルシェ。
﹁たしかに正しい商人だ。しかも食事代がタダなんだから、この機
会を外すようじゃ金儲けの神様に見捨てられるってもんだな﹂
﹁違いありません﹂
口を大きく開けて笑う商人と小犬。このコンビ、相性が良さそう
だ。
﹁本当によろしいのですか? この程度の手助けで﹂
道すがら、急いで話さなければならないネタが切れた頃合いを見
計らい、マルシェが話の向きを変えた。案外、根っこの所で人の良
い性格なのかもしれない。
﹁オイラ達は病人を運ぶ手だてを持っていない。マルシェの旦那は
運ぶ手だてを持っている。こっちとしちゃ大助かりだね。感謝した
いぐれえだぜ﹂
﹁いえ、感謝には及びません。わたしと致しましても、⋮⋮勇者殿
に伝手ができただけで、⋮⋮利益を上げたような⋮⋮ものですから﹂
383
さすが商人、なんでも商売に結びつけるサガを持った生き物。
とはいうものの、なにやら話に熱中していない様子。気がそぞろ
である。
マルシェは、前を向いたまま、後ろの人間を気にしていた。
後ろの荷台には露わな姿で横になる、ボンキュバァアーンなフェ
リス。その枕元で座り込む、見た目いけいけロリータ、男の娘のサ
デ子。そして、背高のっぽさんのお姉さん、ミカボシがヤンキー座
りで鎮座している。
さが
金の奴隷を自負していても、男やもめの一人旅。荷車を曳く馬を
わざわざ雌馬にしたあたり、悲しい男の性が見て取れる。
どうやらマルシェは、特定の女子が気になる模様。
それは⋮⋮。
﹁マルシェさん、出来たよ、ほら!﹂
サデ子が手にしているのは麦わら帽子⋮⋮に似て異なる何か。例
えば雀の巣をモチーフにしたオブジェとか⋮⋮。
この麦わら、他の物とは違って歪な造り。
サデ子の手による作品であることが一目瞭然。荷台でミカボシに
教えられ、作っていたのだ。
﹁これを私に? あ、有り難くいただきます! いやー、嬉しいな
ぁ!﹂
帽子と呼ぶのが犯罪的な帽子的な何かを、頭にかぶるマルシェ。
心から嬉しそうに振る舞っている。
接客業の鑑である。
384
﹁うわっ! また雑な造りだなオイ。中で鳥が卵産んでんじゃねえ
だろうな?﹂
モコ助が歯に衣を着せず悪態をつく。
一方、ニヤリと笑うミカボシ。悪戯を思いついた悪童のような笑
い。
﹁おいメコ助!﹂
﹁モコ助な。なんだい? ミカどん﹂
返事をするやいなやミカボシは、モコ助を片手に、荷馬車から飛
び降りた。
リーンが駆る馬の頭にモコ助を乗っける。返す刀でリーンの襟首
をつまみ上げ、荷馬車の荷台へ座らせる。
﹁何をするかな?﹂
﹁⋮⋮わたし、猫じゃない﹂
﹁そろそろ交代の時間だ。リーンはフェリスの看病。助手席はサデ
子。お馬さんはオレとメコ助﹂
モコ助とリーンが本格的に文句を言い出す前に、場所交代の理由
を付けた。
﹁よーしサデ子、今度はお前が助手席な。ちょうど良い機会だ。現
役バリバリの商人に経済学と商売のイロハを教えてもらっとけ。き
っと役に立つ﹂
﹁ハハハッ。それは良い考えですね。⋮⋮経済学って何ですか? よいしょ﹂
サデ子が、荷台からマルシェの隣へと移動した。
385
﹁えっ!﹂
気を動転させているのは行商人のマルシェ。顔が真っ赤だ。
﹁よろしくー﹂
にっこり笑うサデ子。邪気のない笑顔はまるで野に咲くデイジー
の様。実に可憐だ。
⋮⋮男の娘だけど。
﹁ははっ! ははははっ!﹂
引きつった笑みを浮かべるマルシェ。口の開き方が左右非対称。
微妙に波打っているのがご愛敬。
マルシェが、先ほどより気にしていた女の子は、サデ子であった
模様。
﹁む、おいおいミカどん、サデ子はよムグ︱︱﹂
ミカボシがモコ助の鼻を押さえた。息が出来なくなったモコ助、
必然的に口で息をする。よって声が出ない。
﹁まあまあいいじゃねぇですか旦那。オレたちゃ月下氷人として生
暖かく見守ってやろうぜ。この小さくて儚い恋の行方を!﹂
ミカボシは、マルシェに聞こえないよう、小さな声で喋っている。
モコ助は苦しさも相まって、首を激しく振り、ミカボシの拘束よ
り逃れた。
﹁回りくどい口の塞ぎ方してんじゃねえよ! オイラは︱︱﹂
﹁⋮⋮人の恋路を邪魔するものは、犬に食われて燃えてしまえ﹂
荷台のリーンが、マルシェに聞こえないよう、小さな声で喋って
いる。聴力に優れたモコ助だけが拾える音量だ。
386
ついでに無詠唱でファイアーボールを出している。標的はモコ助。
目が、わくてか色に輝いている。
﹁いや、リーン嬢ちゃん、なに面白がってるかな? マルシェの未
来に待ち受けているのは不幸の二文字だけだろが! くそっ! ダ
メだこいつら。人の人生で遊んでやがる。えーと⋮⋮﹂
モコ助は他の協力者を求めた。こんな時、まじめな彼女ならきっ
と役に立つだろう。
﹁おいフェリス! 何とか言ってやれ! フェリス﹂
﹁面目ない﹂
今にも消え入りそうな声。フェリスは回復から遅れていた。
﹁ククククッ。もう手遅れだ﹂
ニヤニヤ笑いのミカボシが指す先。約束の地に導かれた流浪の民
マルシェ。幸せに頬をだらしなくゆるめている。ツッコミも出来る
商人という仮面をかなぐり捨てていた。
﹁くっ! 尻ぬぐいしろよ、おめえら!﹂
モコ助も二人の仲を認めたのだった。
387
1.ムルティ伯国への道︵後書き︶
再び、⋮⋮あ、いや6度か。
6再開いたします!
388
2.行商人マルシェ
山を一つ越えると、海が見えてきた。
ここまで来ると磯の香りがする。
﹁おー! 海だ海だ!﹂
ミカボシが歓声を上げる。
いたいけ
﹁この香り、幼気な小犬の小さな胸をキュンとさせるね。罪な潮風
でいけねえな﹂
モコ助が鼻をクンクンいわせている。
一方、ガイジンさんを見る目で二人を見つめるゴンドワナ組。
リーンに至っては瞳孔が開ききっている。大量の紫外線が入って
くる危険な技だ。
四大王国は全て海に面した都市を抱えている。貿易の利権を四つ
の王家が独占する故、四大王国としての権力と領土を持ち得ている
のだ。
よって、ゴンドワナの面々が、海を珍しがる事はない。
﹁なあ、サーデル﹂
﹁なんですか、モコ助殿﹂
モコ助が荷駄にのり、その馬をサーデルが引くという組。御者席
にはリーンが座っている。
﹁前にサーデルから聞いたが、海の端っこは滝になって落ちてるん
だってな?﹂
﹁そうですよ﹂
389
﹁大地と海は真っ平らな岩の上に乗っかってるんだよな? 湾曲し
てたり、球体だったりしねえんだよな?﹂
﹁そんな上に乗っかってたりしたら、一瞬で滑り落ちてしまいます
よ。なにを当たり前のことを?﹂
モコ助のつぶらな瞳は、水平線を見つめている。
﹁ならよ、あれはどう説明する?﹂
モコ助が前足でさす方角。
水平線の向こうに、棒が一本立っていた。
﹁ありゃ何だ?﹂
﹁船のマストの先端ですね。それが何か?﹂
﹁しばらく見てろ﹂
こちらに向かってくるのだろう。やがて船は、マストに続き、帆
が水平線の向こうから姿を現した。そして時間を空けて船体が姿を
見せる。
大型帆船だった。その全貌が見えた。
﹁サーデル兄さん答えてくれ。なんで、船は上部構造物から姿を現
すのだろう?﹂
﹁遠くだからでは?﹂
﹁遠くだからという理由だけなら、小さい全体像が最初から見えて、
徐々に大きくなってくるはずだ﹂
﹁はあ⋮⋮?﹂
390
﹁次だ。なんで水平線の向こうは見えねえ?﹂
﹁これも遠いからでしょう? ⋮⋮あ!﹂
﹁そうだ。真っ直ぐなら小さくても見えるはずだ。⋮⋮湾曲してね
えかぎりはな﹂
サーデルは恐ろしい物を見た気がして、背中が寒くなった。
彼はバカだが、こっち系はバカではない。
﹁モコ助殿、教えて下さい。これはいったい⋮⋮この世界は⋮⋮﹂
モコ助を見上げるサーデル。目に怯えがあった。
﹁ずばり言うぜ﹂
モコ助の目は真剣だ。
﹁この世界は巨大な球体でできている。動いているのは太陽ではな
い。星々でもない。このゴンドワナという名の球体大地が北を天に
して回転しているんだ。そして月がゴンドワナ地球体の周囲を回っ
ている。︱︱今のゴンドワナは平坦だ。だが、サーデルならなら丸
くできる。いやサーデルが丸くしろ。誰よりも早く!﹂
目を見開いて聞いているサーデル。
﹁嘘でしょ?﹂
﹁オイラを信じろ。そして、いつか証明しろ。そうすればラベルダ
ーが世界に躍進できる﹂
何も言い返さず、考え込むサーデルである。
時間が流れた。
391
﹁私のような行商人は、港町に集積された商品を山手の村や町に運
んで商売しているのです﹂
﹁へー﹂
今、マルシェの相手をしているのはモコ助だ。
﹁⋮⋮ところで、モコ助さん。サデ子さんは私が嫌いになったんで
しょうか? さっきまであんなに熱心に私の話を聞いてくださった
のに﹂
サデ子は、さんざんマルシェの商売話を聞かされていた。
さっきまでいろいろと質問をしたりして、盛り上がった会話にな
っていたのだが、つい先ほどから、何かを考え込むように口数が少
なくなっていた。聞き疲れたのだろうか、考え事をしたいと言って、
荷車の最後部へ移動したのだ。
﹁あー、うん、そうだな﹂
モコ助には思い当たる節があった。
﹁サデ子は経済⋮⋮商売に興味があるんだ。それも個人の商売じゃ
なくて、国単位のな﹂
ヴェクスター公国で、モコ助がサーデルに話した経済大国の話で
ある。
﹁だから熱心に聞いたんだろうさ。でもって、一人で話を整理した
り考える時間が欲しいんだろう。旦那はサデ子の役に立ったんだ、
気に病むことじゃねえ﹂
﹁それはよかった⋮⋮﹂
ほっと息をつくマルシェである。
392
﹁ちなみに、サデ子さんは戦いからほど遠いイメージなんですが、
お強いので?﹂
何気なくサデ子のプロフィールを聞きにきたマルシェ。下心見え
見えである。
﹁うーん⋮⋮﹂
モコ助は即答できなかった。
強いのか強くないのかと言えば、どっちなのだろう?
武器を持たせたらからっきし。魔法を使えるワケでなし。軽はず
みな事、ラベルダー1。逃げ足の早さは折り紙付き。保身能力はチ
ーム1。
ただ、女子には強い。ハーレム入り予約少女は数十人。
魔将軍ホットポットを言葉責めだけで堕としたその手腕。
無能、無力にして、色の道に邪な外道。高度な変態女装王子。そ
れがサーデル。
⋮⋮そんな事、恥ずかしくて言えない。
﹁力は弱いが、心が強い子だな⋮⋮﹂
嘘ではない。
﹁オイラ達は大雑把過ぎるので、あの子に金の管理や交渉ごとを任
せている。そうそう、マルシェの旦那の後でヴェクスターの関所を
越えたときな、サデ子の機転でややこしい目に会わなくてすんだ。
立派な仲間だ。⋮⋮だいたい合ってる﹂
モコ助は、習性的にサーデルのフォローに入った。
﹁そうですか⋮⋮旅の仲間なんですね﹂
393
しみじみと言葉をかみしめるマルシェである。
﹁おい、サデ子のどこが気に入ったんでぇ?﹂
後ろからミカボシが顔を出してきた。モコ助とマルシェの間へ、
強引に顔を突っ込む。
﹁気に入ったなんて、そんな滅相もない! ⋮⋮ただ、その、⋮⋮
か、可愛いじゃないですか。力がないのに勇者の仲間として頑張っ
てる姿に、感動すら憶えます﹂
バリバリバリと激しい音を立て、首筋を後ろ足の爪で引っ掻くモ
コ助。皮膚ではなく、その箇所の神経が痒くて我慢できなかったの
ろう。
﹁オオオ、オイラもう我慢できねえ!﹂ モコ助が吠えだしそうだ。
﹁おい、旦那、サデ子のことは諦めろ! なんつうか⋮⋮こう⋮⋮
あんたにゃ釣り合わねえ!﹂
﹁私が貧乏な旅の行商人だからですか?﹂
今まで温厚だったマルシェが、感情を露わにした。
﹁いや、そうじゃねぇ﹂
珍しくミカボシが入ってきた。手を左右にパタパタさせている。
﹁サデ子は、てめぇの子供を産むことはできねぇんだ!﹂
さすがのミカボシも、大惨事は避けてやりたかった。鬼畜な生き
物であるが、その程度の気遣い持ちあわせている。
﹁ほら、なんつったっけ? 血とか体とかの、大人の都合っぽいア
394
レ﹂
男の娘だから、遺伝子的に、子供を産むようになっていない、と
いう意味だ。
﹁貴族だからですか? 家柄や血筋の違いですか? 置かれた立場
の違いなんて、お金が有ればどうにかなるものです! 私は死に物
狂いで働いて大金持ちとなってサデ子さんを迎えに行きます!﹂
﹁いや、そういう話じゃなくて。⋮⋮参ったな﹂
ミカボシは、貴族だとか、平民だとか、お金だとかの話をしてる
のではない。モコ助に助けを求めるが、左の脇腹を掻きむしるのに
夢中で役に立たない。
﹁えーっとだな、⋮⋮血筋から言うと、あいつの血は、王家に連な
る。立場的な見地から言っても、お前、混じわらねぇ方が身のため
だ。よしとけ﹂
やろうと思えば混じる事はできる。だが、以後、裏街道を歩まね
ばならない。それはあまりにも忍びない。
﹁でも、私は恐れない!﹂
﹁うん、恋愛は自由だ。てめぇがやろうとしている恋愛は、かなり
高度だ。しかも勇気が必要だ。⋮⋮オレには理解できないが﹂
だんだん可哀想になってきた。
﹁さて、どう説得してくれようか?﹂
ミカボシは困ってしまった。唯我独尊天衣無縫、あのミカボシが
困ってしまったのである。
マルシェは、手綱を握る手が白くなるまで握りしめていた。
395
﹁マルシェの旦那、見方を変えよう﹂
掻くだけ掻いて落ち着いたのか、モコ助が話を引き継いだ。
﹁察しろ! なんで無力なサデ子が勇者パーティに参加しているか
を! サデ子は最高級の高貴な生まれ。オイラ達の中じゃ、首二つ
分以上綺麗な高嶺の花だ。だけど︱︱﹂
モコ助は息を継いだ。
﹁摘み取っちゃいけねえ。自分の部屋に植え替えちゃいけねえ。澄
み切った高き峰でしか咲けねえ花にとって、薄汚れた町の雑貨屋の
窓辺は毒にしかならねえ。枯れちまう。摘み取った男は、枯れた花
を見て嘆き悔やむ事しかできねえもんさ。でもよ︱︱﹂
モコ助の長話に、感じるところがあるのか、だまって聞き入るマ
ルシェである。
﹁高嶺の花を見学しちゃいけねえって法はねえ。金はいらねえ、タ
ダだ。綺麗な花を見て、嬉しくなったり悲しくなったりしてもいい。
語りかければ、応えもしてくれようもんだ。それだけで満足しろ。
共通の話題に商売があるじゃねえか。幸い、向かう方向は同じだ。
今のうちに経済⋮⋮、商売の師弟関係を結んでおくこったな﹂
語らせて、モコ助の右に出る者はいない。
﹁⋮⋮そうですね。あの子を弟子にするのも悪くない﹂
マルシェは、サデ子支援の立場に甘んじることを了承した。
﹁ところで﹂
話が終わった頃合いを見計らって、ミカボシが話しかけてきた。
﹁これ、買わないか?﹂
396
ミカボシが手にしているのは、使いこなされた古い鎧一式。
﹁うーん⋮⋮﹂
明らかに戦場よりの流用品。マルシェは首を捻る。
﹁⋮⋮今なら、もれなく槍がついてきます﹂
リーンがミカボシの後ろから槍を持って現れた。
﹁⋮⋮さらに馬の兜と鞍をどーん。さらにさらに騎士の服一式と、
下着上下セットもお付け致しましょう。どれもこれも騎士様が使っ
ていた一品。品質は折り紙付きです﹂
なかなか商売熱心なリーンである。
﹁はぁ⋮⋮。専門外なので私じゃ無理ですが、町で口利きは致しま
しょう﹂
気のない返事をしつつ、しっかりと品定めをするマルシェである。
筋肉冒険隊と未来の無い行商人は、一路ムルティ伯国玄関都市・
グリムリーへと向かうのであった。
ミカボシが珍しく真剣な顔をして考え込んでいる。
397
﹁どうした? ミカどん?﹂
﹁あれだな、フェリスの鉄片打ち付けた皮鎧な。夏バージョンにし
ねぇと、もともと使えねぇヤツがもっと使いものにならなくなって
しまうし﹂
海、女騎士、そして気候は夏。いやが上にもモチベーションが高
まるのであった!
398
2.行商人マルシェ︵後書き︶
連投はここまで⋮⋮。
もうやめて、アズマダの体力は0よ。
399
3.玄関都市グリム・リー︵前書き︶
えー⋮⋮。
色々わけあって、
今回より、R15指定させていただきます。
400
3.玄関都市グリム・リー
ムルティ伯国の玄関都市、グリム・リー。
それは大きな湾を抱いた臨海都市。
筋肉冒険隊がここに来るまで、魔族戦闘部隊とのコンタクトは三
回しかなかった。魔獣との遭遇も五回しかなかった。
ゲアガ・リングで魔族の主力を叩いた結果であろうか? 魔族と
のコンタクトが極端に減っている。先の三回も、規模から鑑みて偵
察部隊だったと推測される。
グリム・リーへ続く街道は、平和そのものであった。
平和な町、グリム・リー。
戦争の影響は少なく、町の人々の営みは活発であった。
中央広場に通じる大通りには、様々な露天商が商品を溢れんばか
りに飾り立てていた。大道芸人も興業していて、町の中心部は、た
いへん賑やかである。
﹁さあ、よってらっしゃい見てらっしゃい! ここに居ますは小さ
なゴーレム!﹂
頭にターバンを巻き、煌びやかに飾り立てた初老の男が、客を呼
んでいた。
身長、約二メートル。細身のストーンゴーレムが、棍棒を持って
立っていた。
401
その後ろには、羅紗の布を掛けた、なにか高価そうな品が、飾り
台に置かれている。
脇には背の高いテーブルが置かれている。これから使う小道具な
のだろう。
どこか異国の金持ち親爺が道楽を始めたという設定らしい。
﹁そしてここにありますのは︱︱﹂
羅紗の布を芝居気たっぷりの、それいて慣れた仕草で取り去った。
﹁魔法の防具でござーい!﹂
現れたのは、白と銀をベースにした、豪華だけど華奢なブレスト
アーマー。
やたら張り出した肩当てだけが目立つデザイン。
胸の部分にはカラータイマーよろしく、赤い宝石がはめ込まれた、
こぶし大のパーツがあるのみ。どうやったらゴツイ剣の一撃を防げ
るのか、制作者に小一時間、膝を交えて話し合いたくなる一品。
そこここに宝石が埋められているそれは、とうてい実用品には見
えない。どう見ても観賞用品。
﹁これは、そんじょそこいらの鎧ではありません。先代の勇者のお
供として戦士の役割を申し使っておりました我が祖先の遺品! そ
の名もガンイレイザー! 魔法の鎧です! さあとくとご覧あれ!﹂
肩の部分しかないブレストアーマーを慣れた手つきで装備する香
具師の親爺。
合図をするとゴーレムが動き出した。
402
重量級の棍棒を両手に持ち、上段に構える。
振り下ろした先は、鎧で覆われていない親爺の頭頂。
堅い物同士を打ち合わせた迫力ある高音。
防御していない部分を打撃されたというのに、頭には傷一つ無い。
﹁さて、この世界の宝、欲しい方がございましたら、こちらのゴー
レムと腕相撲していただきます。勝てばあなたの物! いかがでし
ょうかお客さん!﹂
やし
典型的な香具師である。
だが、ブレストアーマーは本物。
﹁俺が挑もう﹂
低くて太い声。ふらりと現れたのは背の高い男であった。
身長195センチ。体重は100キロを軽く超えていそうなのに、
痩せて見える。
見事な逆三角形。腕がやたら太い。
脂肪で重いのではなく、鍛え上げた筋肉が、その体重のほとんど
を占めているのだ。
短い黒髪は軽い天パ。太い眉に、意志の強そうな目。馬面である
が、イケメンに分類させるのは、引き締まった顔つきのおかげだ。
腕の部分を引きちぎったソフトレザーの上着を胸筋で持ち上げて
いる。レザーのパンツが引き締まった下半身を守る。
そして大型の肩アーマー。
﹁⋮⋮よろしいので?﹂
403
香具師が男に確認する。
やる気満々。男は、指をゴキリゴキリと鳴らし、準備運動してい
る。
﹁では参りましょうか﹂
背の高いテーブルを前に出す香具師。腕相撲にピッタリの高さだ。
﹁あ、そのまえに参加費を。一回銅貨20枚となっております﹂
﹁⋮⋮まあいい﹂
銅貨を支払った後、男はゴーレムと腕を組んだ。
﹁相手の手の甲をテーブルに着けたら勝ち。よろしいですな?﹂
男は、頷いて返した。
﹁では⋮⋮。よーい⋮⋮始め!﹂
腕相撲が始まった。
初手はゴーレムが取った。
一気に勝負を付ける気か、ゴーレムの体が男の腕に覆い被さって
いく。
﹁ほあぁぁぁぁぁ!﹂
男は、裏声を上げつつ気合いを入れていく。
胸の筋肉と、腕の筋肉が盛り上がる。レザーの上着の下に着け
ていた赤いシャツが、筋肉の増大に耐えきれず、悲鳴を上げた。
ゴーレムの腕が押し返されていく。
﹁力は筋断面積に比例する。俺は魔法を使うことで筋肉の持つパワ
ー全てを放出することが出来るのだ!﹂
404
顔中の筋肉を盛り上がらせた男がそう言った。
二人の腕は中立地点まで戻る。
﹁お前は既に負けている﹂
男が気合いを入れた。
﹁あーっ、た⋮⋮﹂
ゴーレムが軽く腕を振り抜く。
筋肉男がもんどり打って転がった。近くの樫の木にぶつかってと
まった。
打ち所が悪かったのか、そのまま起きあがってこない。
ゴーレムの勝ちである。
﹁筋断面積って、⋮⋮ゴーレムの方が太いでしょうに!﹂
なにやらあきれ顔の香具師。
﹁まさか本気でゴーレムに腕相撲を挑もうとする人間がいたとは驚
きですが⋮⋮﹂
どうやら、腕相撲のくだりは、これから始まる興業の掴みであっ
たらしい。
﹁さて、みなさん!﹂
﹁じゃ、次オレね。はい20枚﹂
テーブルに腕をのせたのは誰あろう、ミカボシである。
﹁いや、あの、今の見ませんでした? ゴーレム相手に⋮⋮別にか
まいませんけど﹂
香具師は、半ばあきれ顔であった。
405
﹁勝ったらその鎧、タダでくれるんだろうな?﹂
﹁勝てばね。では、よーい⋮⋮始め!﹂
ゴキリ。
ゴーレムの手首がもげた。つーか、もいだ。
﹁えーと、相手の手の甲をテーブルに着けたら勝ちだったな。よい
しょ﹂
ミカボシは、ゴーレムの手の甲をテーブルにそっと置いた。
﹁舜着で付くといいね。じゃ、それもらおうか﹂
香具師から鎧を受け取るべく、手を伸ばすミカボシ。
﹁⋮⋮いや、これは⋮⋮﹂
﹁なんだてめぇ、勝負の結果にケチつけようってか?﹂
想定外の出来事に渋る香具師に対し、凄むミカボシ。
大事な商売道具。これを取り上げられては、明日からのおまんま
に困る。
﹁う、あ、や、やっちまえ、ゴーレム!﹂
香具師が最悪の判断を下した。
命令を受けたゴーレムが、ミカボシに豪腕を振るう。微動だにし
ないミカボシの顔面に石の塊が叩きつけられた。
砕け散る岩塊。
平然と香具師を見下ろすミカボシ。
ミカボシは、ひょいと手を伸ばし、両腕を無くしたゴーレムの額
406
にパチキを入れた。
爆砕して消えたストーンゴーレム。
﹁おじさん﹂
﹁ひぃいっ!﹂ 縮み上がる香具師。腕を伸ばすミカボシ。
﹁舜着で付くといいね。じゃ、それもらおうか﹂ ﹁はいぃいぃぃッ!﹂
香具師は、コンマ三秒で鎧を脱ぎ、ミカボシに差し出した。
﹁よし、これでフェリス改造計画の材料が整った!﹂
ミカボシはスキップでその場を離れた。
﹁⋮⋮これは良い物だ﹂
謎のブレストアーマーを見定めるリーン。
﹁⋮⋮この赤い宝石は魔晶石。鎧の素材に使われているミスリルの
テクタイト合金が魔力をうんたらかんたら。不可視の障壁をなんじ
ゃもんじゃ﹂
詳しいことは解らないようであった。
﹁これで暑い中、皮のツナギを着なくて済むな。でかしたミカどん。
たまには、ごくごくたまには、ホントまれに良いことをするじゃね
えか。三秒だけ見直したぜ﹂
﹁てめぇはどうして素直になれねぇ?﹂
407
モコ助とミカボシが一戦交える中、フェリスは新たな防具を手に
していた。
﹁さっそく︱︱﹂
プレートを打ち付けた皮の鎧の上から、新しいブレストアーマー
を着用するフェリスである。
﹁なんて軽い! さらに体の動きを規制しない。これはすばらしい
!﹂
﹁いや、ちょっとまてフェリス姐さん、皮ツナギの上にそれを着て
どーするってんだ? 意味ねえじゃん!﹂
モコ助が冷静に突っ込んできた。
﹁でも、下に着ける服が⋮⋮﹂
﹁こういう事もあろうかと︱︱﹂
サーデルが、荷物の中から白い小さな布きれを出してきた。
﹁ちゃんと用意しております﹂
出してきたのは異様に露出の高い布きれ。というか、ほとんど紐。
﹁フェリスの体型に合わせ、王室付き縫製技師長指名で作らせた一
品です。とうとうこの時が来た﹂
Aカップですら隠せないブラ部分。おへそはどころか、お腹丸出
し。背中の生地を省いた大胆なデザイン。
ハイレグ部分がヤバイ。恥骨の上が見える見える見える。
﹁こ、これを私に着ろと⋮⋮﹂
いかなる攻撃にも対処できるよう、腰を落として構えるフェリス。
408
﹁さあ﹂
差し出すサーデル。利き足を一歩下げるフェリス。
﹁さあ、手にとって。これは僕からの下賜品だ﹂
剣を捧げた主君であるサーデルより賜りし布きれ⋮⋮もとい、鎧
下。むげに断ることはできない。
その場をとりあえず乗り切る為、フェリスは、しかたなく手に取
った。
肩紐部分を持って、だらりと下げた。
特撮物に出てくる悪の女幹部ですら着用を躊躇する露出度。
フェリスは、それを身につけた自分を想像した。
﹁いやー、これはちょっとないわー﹂
﹁フェリス姐さん、キャラクターが違ってるって! 嫌なら無理す
んな﹂
モコ助が助け船を出す。
﹁おい、リーン嬢ちゃん、あんたもなんか言ってやれ!﹂
リーン、何も言わず紐状衣装を眺めていた。
﹁おい、リーン? どうした?﹂
﹁⋮⋮はっ! いまエロいこと考えていた﹂
﹁だからキャラが違うって言ってんだろ! リーン嬢ちゃん、ちょ
っと向こうではしゃいでいるミカどんの相手でもしてくれ﹂ 無理矢理リーンを下げるモコ助である。
﹁嫌なものは嫌とい言いな。たしかにこれはフェリス姐さんには似
409
合わねえ。こっち貸しな⋮⋮﹂
モコ助が生地の端っこを咥えて引っ張ったが︱︱。
﹁姐さん?﹂
軽く引っ張れると思っていたが、なかなかな抵抗がある。
フェリスが手放さないのだ。
﹁さすがにこれは⋮⋮いやしかし⋮⋮似合うか似合わないかは⋮⋮
騎士としてあるまじき出で立ち⋮⋮﹂
﹁姐さん? フェリス姐さん?﹂
着るのが嫌なら手放せばいいのに、フェリスは手放せないでいる。
﹁うーんうーん﹂
﹁着たいのか?﹂
フェリスは、びくんと背中を震わせた。 ﹁な、なにをおっしゃるか勇者殿。いやしくも誇り高きラベルダー
王国が誇る鉄蹄騎士団副団長にしてメルク家当主であるフェリス・
メルク・フェーベたる者が、このようないかがわしい鎧下を着るな
ど⋮⋮﹂
﹁だったら、離せよ﹂
ボソリとミカボシが言った。
﹁いや、だからといってサーデル様がわたしの為にあつらえてくれ
た一品をむざむざ⋮⋮﹂
﹁じゃ、着ろよ。よく似合うと思うぜ﹂
﹁似合いますか? い、いや。いやいやいや! このようなハレン
チな服など⋮⋮﹂
﹁今着ないと、一生チャンスは巡ってこないぞ﹂
410
フェリスが、長考に入った。
﹁うをっ! どうなされたのですか、そのお姿!﹂
商売をしてきた行商人マルシェ。
戻ってきたら、フェリスが遠くへ行っていたのだった。
411
4.奇襲
翌朝。
港町、グリム・リーを今、まさに後にしようとする筋肉冒険隊一
行。
旅立ちは別れの始まりでもある。
﹁では、これでお別れです﹂
荷車を背にして、行商人マルシェが筋肉冒険隊に⋮⋮もとい、サ
デ子中心に別れの挨拶をしていた。
﹁私はグリム・リーと小さな村々を回る行商人。こんな私でも待っ
てくれている人々がいます。私が行かないと村のいくつかは、生活
に困るでしょう﹂
名残惜しそうにサデ子だけを見つめるマルシェ。
マルシェは元来た道をたどる。サデ子は、筋肉冒険隊と共に先の
道、レプリカンへの道を歩む。
二人は、ここでお別れだ。
﹁マルシェさん。一つだけお願いがあります。あなたにお礼がした
いんです﹂
目をキラキラさせたサデ子が、マルシェに話しかけた。
﹁なんでございましょう? お礼と言われても、私は商人。意味の
無いお金は受け取れません﹂
412
商人としての、ちっぽけな意地が顔を出す。商人とは名ばかり。
行商人という地位が、サデ子を前にして、なけなしのプライドを持
ち出したのだ。
﹁マルシェさんの持ってるそれ⋮⋮﹂
サデ子が指さすのは、マルシェが腰に差したナイフ。
この大きめのナイフは、堅いパンを細かく切ったり、干し肉を切
り分けたり、または火を起こす為に木切れを削ったりと、重宝して
いる。
﹁わたしに売ってください﹂
﹁これをですか?﹂
サデ子の言ってる意味がわからず、ただ手をナイフに添えるマル
シェ。
﹁銅貨一枚で売ってください﹂
﹁⋮⋮サデ子様、安すぎやしませんか? 不肖マルシェは商人の末
席に身を置く者。古い短剣といえど、赤字で売るわけにはいきませ
ん!﹂
マルシェは、恋する男の目から、いかにして相手の上前をはねよ
うかと思案する、こすずるい商人の目になった。
﹁価格の算出理由は⋮⋮、魔王を倒した勇者が携えていた武器は、
行商人マルシェが調達した物であると、後世に語り継がれる、その
語り部代を引いた金額﹂
﹁うっ!﹂
マルシェは目を丸くした。
413
銅貨一枚でも売買は売買。たとえ使いものにならない武器でも、
勇者に売った事実は事実。
その事は、マルシェの商人としての信用と実績に繋がる。
これから商売をしていくにあたり、これほど強い看板はない。
﹁それとも、行商人は自分の私物は売らないのですか?﹂
サデ子の目は、商人の目だった。
マルシェは額を手のひらでペチンと叩く。
﹁そのとおり! 売れるとなれば親の墓石でも売る。それが商人。
サデ子様はえげつない商人です!﹂
えらい言われようだ。
﹁⋮⋮それは、最大級の褒め言葉だと理解いたしましょう﹂
にっこり笑うサデ子。
ほだされて笑い返すマルシェ。
城壁脇で咲いている紫色のバラの花弁が、朝露に濡れて、とって
も綺麗だった。
ムルティ伯国首都・レプラカンへは、大人の足で七日の距離。
馬を手配してもよかったのだが、﹁勇者といえば歩きだろ?﹂と
いうミカボシの一言で否決された。
魔族の襲撃も極端に少ない。腕に覚えのある冒険者なら、なんと
か撃退できる程度の魔族集団しか現れなかった。
海岸線から幾ばくか離れた平坦な道を行く筋肉冒険隊。
414
先頭はいつものように、何がつまらないのか、むっつり顔のフェ
リスが歩く。
魔力付加防具のブレストアーマーを装備。ブリーツいっぱい付い
た長いマントで体を覆っている。さすがに道中は、猥褻物陳列とな
るので、長いマントで体を隠している。
ネコジャラシ草を手にしたミカボシが二番手を歩き、モコ助が乗
る馬の口を取るサーデルが続く。殿は目の焦点が合ってないリーン
がつとめていた。
左手には、こんもりと木々が茂った涼しげな森。右手にはゆった
りと流れる大きな河。
よく発達した入道雲が、山の向こうからこちらを覗き込んでいる。
そんな朝だった。
至極順調な旅である。
﹁なあサーデル﹂
モコ助が前振り無しに声を掛けてきた。
﹁ハハハッ、なんです? モコ助殿?﹂
﹁マルシェな。⋮⋮あんな別れ方で良かったのかい? ずいぶん仲
良くなったのに残念だろ?﹂
サデ子ことサーデルが、笑顔を顔に張り付かせたまま、無言にな
った。
﹁⋮⋮あ、その事ですか﹂
モコ助が何を言ってるのか理解できなかっただけだった。
﹁王は権利を与え、その利潤を摂取します。代償として商人を保護
415
する義務が発生します。ところが勇者は権限を持っていません。だ
からマルシェさんを保護する必要はありません。しかも魔王を倒し
た後、引退するのですから、後腐れありません。つまり、マルシェ
さんが商売に失敗してもボク達に責任は無いワケで﹂
﹁えーと、オイラは何言ってるのか全然理解できねえんだけどな﹂
﹁それに、男とは上辺だけの付き合いにすることに決めてますから﹂
﹁いや、でも湿った別れ方したじゃねえか?﹂
﹁ハハハッ! いやだなモコ助殿。間違ってもらっちゃ困りますよ。
僕は男。そっち系の趣味は全くありません! 知識を吸収するだけ
吸収しましたから、もうマルシェは必要ありません。ハハハッ!﹂
カラッとした声で笑うサデ子。
﹁いや、オイラが言ったことは忘れてくれ。すまなかった﹂
心より頭を下げるモコ助である。まるで自分の迂闊さを責めるよ
うに頭を下げていた。
﹁ボクの恋愛対象は、中身はともかく外見だけは美しい女性だけで
すから﹂
﹁犬畜生より畜生だな。まあいっか! ミカどん、フェリス、リー
ン、用意はいいな! 聖剣よ、こーい!﹂
勇者、モコ助が叫ぶ。
モコ助の命により、雷鳴と雷をまとい、勇者の剣・聖剣が現れる。
それが合図ではなかろうに、左の森から、黒っぽい一団が飛び出
してきた。
416
手に手に刀や盾を持った狗頭の魔族。コボルドがちょうど二十匹。
﹁あーもー、何回目だよ? めんどくせ﹂
腕をグルグルと回すミカボシ。気怠そうに首を傾けている。
聖剣を手に取るフェリス。戦いの予感に微かな燐光を放つ、ブレ
ストアーマー。
﹁うなれ! 聖剣よ!﹂
縦に一振り、横に一振り。感触を確かめるように聖剣を振り回す
フェリス。
そして、マントを引きちぎるように脱いで放り投げる。脱ぐのが
嬉しくてたまらなさそうにマントを放り投げる。
下から現れたのは白い肌。揺れる○×。捻れる△●。食い込む*
※。そして晴れ晴れとした開放感溢れるフェリスの顔に、初めて表
情らしきものが現れた。
﹁ふぁいあぼーる﹂
コボルドの半数分にあたる十個だけ、炎の破壊弾を宙に呼び出す
リーン。
﹁ハハハッ! 馬と荷物はお任せを!﹂
すでに安全地帯へと後退を完了したサーデル。
﹁ふふふふ、オイラ達を待ち構えていたか。飛んで火に入る夏の虫
とはこの事だ。やろう共、やっちまいな!﹂
まるで賊のような台詞のモコ助。
﹁一匹も生かして帰すなーっ!﹂ 417
それに応えるミカボシを先頭に、鉄砲玉達が突っ込んでいく。
﹁あっけなかったな﹂
ミカボシが物足りなそうに呟いた。
﹁あまり活躍出来ませんでした。見物人もいませんし﹂
こちらも物足りなさそうにしているフェリス。仏頂面のままマン
トを羽織る。
﹁⋮⋮半分はわたし﹂
汗一つかいてないリーン。ミカボシが放り投げたネコジャラシ草
で遊んでいる。
﹁ハハハハッ! 振り返ったら終わってました﹂
さわやかに笑うサーデル。馬をつれて戻ってきた。
﹁大難は小難。小難は無難。あっけなく事が済むに越したことはね
え⋮⋮なんだありゃ?﹂
モコ助が見上げる空。
黒い点が揺れていた。
﹁何か黒っぽいのが羽ばたいてるな? ドラゴンに似ている。んで、
人型が背に乗っている。あ、足で人型をつかんでいる﹂
額に手を当てて、空を見るミカボシ。細部まで見えている模様。
ソレは高速で近づいてきた。
あっという間に、みんなの目にも識別できる距離にまで来た。
418
﹁小ぶりのドラゴンです! 魔族が背と足に一匹ずつ!﹂
目視したフェリス。マントをはぎ取って姿態をあらわにした。戦
闘態勢に入ったのだ。
ドラゴンに乗っているのは魔族だ。もう目の前にいる。
﹁⋮⋮ファイアーボール﹂
時間が無かったので、それでも二十発は組み上げている。
﹁⋮⋮ごー﹂
それが一斉にドラゴンへ向けて発射された。
発射の直前、急降下するドラゴン。まるで、リーンの発射タイミ
ングを前もって知っていたかのように、鮮やかな進路変更であった。
空の彼方へ飛んでいくリーンのファイアーボール郡。
ホバリングしつつ、ゆっくりと着地するドラゴン。
小ぶりといっても、地球世界の象よりずっと大きい。
﹁レックスに羽が生えたらこんな感じか? かっこいいかもしれな
い!﹂
第二弾を撃とうとしたリーンを片手で制したミカボシ。
ドラゴンは着地する直前に、足でつかんでいた魔族を放り投げた。
草地に転がる白っぽい毛に覆われた魔族。
﹁コ⋮⋮!﹂
サーデルが、後ろの方で叫びかけたが、すんでの所で言葉を飲み
込んだ。名前を口にすれば、知り合いだと思われる。
頭頂に、うなだれた三角の耳。臀部に太くて長い尻尾。それ以外
419
のフォルムは成熟した女性の裸体。
それは血だるまになったココであった。手や足の一部が変な方向
へ歪んでいる。一部、皮膚を突き破って、白っぽい物が飛び出して
さえいる。
ココを跨いでドラゴンがフワリと着地した。 ﹁やはり、あんたらの知り合いだったんだな?﹂
ドラゴンの背に乗る魔族が飛び降りた。
二本の足で立つ赤い魔族。
キチン質の身体は、外骨格。目は大きな複眼。人の眉にあたる部
分から、短い触覚が一対飛び出している。背中より、生えた薄い羽。
左右対称だが、複雑な構造を持つ口。
一組目の腕で剣を持ち、二組目の腕でドラゴンの手綱を持つ。上
肢は二対四本あった。
一番近いイメージは、直立した蟻。
﹁忍び足以外、なんの能力も持たぬくせに、リップスの下で魔将軍
まで上り詰めたメスだ。それなりに使えると思ったら、なんと、勇
者の手先だったとはね。正直驚いたよ﹂
口にあたる部分から突き出た節足がウネウネと動くたび、言葉が
紡ぎ出されている。
﹁お前、なにげに凄くね?﹂
無防備で前に出たミカボシ。馴れ馴れしく話しかけてきた。
﹁ふふふ、この口かね? 人間より器用だよ﹂
﹁羽︱︱﹂
﹁羽蟻じゃない﹂
ミカボシが何か言う前に、先回りして答える昆虫の魔族。
420
﹁おま︱︱﹂
﹁そうだ。わたしは第四にして最後の魔王、ヘードだ﹂
﹁何し︱︱﹂
﹁何しに来たかって? 挨拶代わりに決まってるじゃないか。ほら、
こうして手土産持って、右ストレート︱︱﹂
いきなり、イラっときたミカボシが右ストレートを放った。人の
動体視力では追い切れない速度だ。
だが、魔王ヘードは、ミカボシの速度を捕らえていた。
最小限の動きでミカボシの拳をかわした。
まるで、ミカボシがヘードのどこを打つつもりなのか、前もって
わかっていた様な動き。
空を切って振り回された右の拳。体重が乗っていたので、バラン
スを崩す。
﹁うぉとー!﹂
変な声を上げながら、ヘードの後方へ転がっていくミカボシ。う
まい具合に土手になっていたから、坂を転がっていった。
﹁複眼だからさー、速ければ速いほどよく見えるんだ。あ、ちなみ
に遅い動きは、ここの単眼で見えるから、蜻蛉取りの要領は使えな
いよ﹂
巨大な複眼と複眼の間、やや下の方を指さすヘード。見ると、小
さな黒い玉が二つ並んで付いていた。
フェリスがヘードの死角へ入ろうとしていた。
﹁それだけじゃミカどんの拳はかわせねえはずだ﹂
やや前屈みのモコ助である。クリクリとした目で睨み付ける。
421
アイコンタクト無しで、ヘードの注意をそらせるモコ助。
フェリスが抜刀した。
﹁さすが勇︱︱﹂
自己記録を塗り替える速度。
膝を曲げるヘード。沈んだ身長は頭一つ分。その空間でフェリス
の剣が円を描いていた。
﹁な!﹂
完璧な抜き打ちをかわされ、動揺するフェリス。
ヘードは、しゃがんだまま手を突き出した。不可視の圧力により、
フェリスが吹き飛ばされる。
しゃがんだヘードの腹部へ向け、一個の火球が飛んだ。
無詠唱で放ったリーンのファイアーボールだ。
だが、既にヘードはそこにいない。
リーンの近くに立っていた。
ちょいちょいと指でリーンを挑発する。下の腕は胸で組んでいる。
その態度にムカッときたのだろう。
﹁⋮⋮ふぁいあーぼーる﹂
リーンはファイアーボールをヘードに向け発射した。
さすがにこの距離。ヘードに命中︱︱。
ヘードが軽く腕を振る。 命中寸前、火の玉は消えて無くなった。
422
﹁私のような昆虫類は、魔法がきかんのだ。残念だったな﹂
モコ助は頭の中の知識を探る。召喚の際、精霊から与えられた知
識の中に、その項目はあった。それは正しいと伝えている。
今のは魔法攻撃だとわかっていたから避けなかった。だけど、フ
ェリスとリーンの連携時は避けていた。
﹁まさかてめえ!﹂
モコ助が牙を剥く。
﹁さあ、それはどうでしょう?﹂
気さくな態度をとるヘード
顔の構造上、ヘードの表情は読み取れない。
沈黙するモコ助。
ヘードの触覚が僅かに動く。そしてヘードの口器が動いた。
﹁⋮⋮役目を終えて巣から追い出されたオス蟻ではない! 何考え
てんだ犬ころ!﹂
モコ助は確信した。
﹁サトリか!﹂
﹁そう、そのとおり、俺は人の心を読む能力を生まれながらにして
持っている﹂
モコ助が言うサトリとは、人の心を読み、口に出して惑わせる日
本妖怪。
ヘードはサトリその物の知識は無いが、モコ助の思考を読み取り、
サトリと自分の能力の同一性を認識したのだ。
423
﹁覚悟!﹂
こっそり忍び寄ってきたフェリスが、射程外ぎりぎり外で袈裟懸
けに斬りかかる。
一歩引いてかわすヘード。体が泳いだ。
斬り下ろした剣の切っ先を溜めることなく逆袈裟に斬り上げるフ
ェリス。
フェリス必殺、Vの字切り!
だが、それを読んでいたヘードは、二歩下がった間合いの外にい
た。
﹁ふん!﹂
逆手に腕を振るうヘード。再び突き飛ばされるフェリス。
﹁⋮⋮ふぁいあぼーる﹂
二十発の火の玉が別軌道を描いてヘードに迫る。
﹁あまい﹂
ヘードが魔法を無力化する直前の位置で自爆させた。その熱量で
ヘードを焼こうというのだ。
ヘードは不可視のバリアを作って、熱を防いでいた。
そして掌をリーンに向けて突き出す。
ゴムまりのように突き飛ばされるリーンの小さな身体。
﹁くくくくっ。無理無理、絶対無理だって! 今日は訳あって、俺
の技を見せつけるためにやってきただけだ。これで失礼するよ﹂
笑いながら大きく後退するヘード。
424
﹁来い! ドラゴンよ!﹂
ドラゴンを呼ぶヘード。
﹁来ねぇよ﹂
代わりに答えたのはミカボシだった。
ドラゴンは︱︱。
焼き肉になっていました。
﹁これでオレもドラゴン・スレイヤー!﹂
ミカボシは、何かをやり遂げた感溢れる顔をしている。
﹁そうそう、ドラゴン料理をメインに持ってくる料理人をドラゴン・
スレイヤー、じゃねえよ! さっきから良い匂いがすると思ってた
ら、調理済みかい! ちったぁこっちを手伝えよ! 真面目にやれ
よ!﹂
モコ助が、ボケ突っ込みの見本を披露する。
﹁な、何をしてくれるかな! こいつ手なずけるの大変だったんだ
ぞ!﹂
初めて狼狽える魔王ヘード。声が湿っぽい。
対して、胸を張って答えるミカボシ。
﹁うまいを射んと欲すれば、まずい将から射よ! 馬は食えるが将
は食えねぇ﹂
﹁将を射んと欲すれば、まず馬から射よ! な!﹂
モコ助が職業的突っ込みを見せる。
425
﹁アホか! この場合、ドラゴンより、まずこの俺、魔王だろうが
!﹂
怒り狂う魔王ヘードである。
﹁おいメコ助、あいつカッコつけるだけカッコつけたくせに、帰る
手段失っちまったからベソ掻いてんじゃねぇのか?﹂
﹁モコ助な。ミカどん、てめえ実に梯子を外すのがうまいのな。ち
ったぁ魔王のことを考えてやれよ、梯子のプロ! カッコつかねえ
じゃねえか! 旨そうじゃねえか!﹂
﹁ぃやかましいわ!﹂
ヘードの怒り心頭。ついぞ使うことのなかった剣を地面に叩き付
けた。
﹁おいおい魔王ヘード﹂
ミカボシが口を歪めて立っていた。
﹁あれだけカッコつけちまったてぇのに、まさかオレ様達と再戦す
るつもりじゃねぇだろうな?﹂
魔王を睥睨するミカボシ。コイツはこういうヤツだ。
モゾっと口器の節足を動かすヘード。人間でいえば苦虫を奥歯で
噛みつぶしたと表現するところであろうか。
﹁それもそうだ﹂
無理矢理落ち着いたヘード。こういった小技が使えるところが魔
王たる所以である。
背中の羽を広げ、空に浮かぶ。
上段の右手の指で、奇妙な印を結んだ。
﹁サービスだ。もう一個、能力を見せてやる﹂
指を回転させるヘード。
426
﹁俺対策をじっくりと練るんだな﹂
声を残して魔王ヘードの姿が消えた。
﹁今のは!﹂
フェリスが一番驚いていた。
﹁魔王リップスの瞬間移動!﹂
安全を確認して、戻ってきたサーデル。
第一の魔王リップスによる瞬間移動攻撃。これによりラベルダー
の黒蹄騎士団と魔法兵団は壊滅の憂き目を見たのだ。
﹁なぜ、ヘードが使えるのだ?﹂
抜き身の剣を持ったまま、フェリスが四方に目を配っている。
逃げたと見せかけて背中から襲う。リップスの常套手段であり、
フェリスが唯一恐怖を感じる能力であった。それはトラウマの領域
である。
﹁読心術で次の手が読まれ、瞬間移動で逃げられる。恐るべき敵だ
な、こりゃ﹂
モコ助がみんなの考えをまとめて口にした。
﹁だがよ、ヘードのアレな。読心術は元々だが、瞬間移動は後付け
じゃないのかな? 読心術は自然な動きだったが、瞬間移動は印を
結んでいた。術を行使するにあたり、触媒が必要なんじゃねえか?﹂
﹁ヘードが⋮⋮瞬間移動を使えるとは⋮⋮聞いたことがない﹂
427
くぐもった声がした。ココだ。
なんとか起き上がろうと、あがくココであるが、うまく身体に力
が入らないらしい。
﹁大丈夫かココ!﹂
﹁⋮⋮サーデル様﹂
ココに駆け寄るサーデル。
﹁あながち鬼畜オンリーの少年でもねえらしいな﹂
しんみりとなるモコ助である。
﹁ココ、ボク達のことを喋らなかったろうな? その点で大丈夫な
んだろうな?﹂
﹁やっぱ鬼畜だな﹂
モコ助は考えを改めるのを改めた。
428
4.奇襲︵後書き︶
はい、最後の魔王様登場です。
立場有りません。
429
5.報告
﹁前から思ってたんだが、魔族ってぇのは便利な身体をしていやが
る﹂
ミカボシが感心しながら、ココを見下ろしていた。
手当をすると、たちまち傷口が塞がっていく。治っていく。
手当といっても、折れて曲がった四肢を強制的に真っ直ぐにして
やるとか、外れた関節を無理矢理入れてやるとか、あと、傷口に塩
を揉み込もうとするミカボシの手を止めてやるとかだけだった。
包帯などという気の利いた物は持ち合わせていない。むしろ﹁あ
あ包帯ね、知ってる知ってる﹂と言うのが筋肉冒険隊品質。
﹁ハハハッ! 回復には肉が必要でしょう﹂
サーデルがドラゴンの肉を持ってきた。脂のよくのったアバラ部
分だ。⋮⋮牛でいうところのカルビである。
ココの目が危ない角度に吊り上がった。彼女のプライドが全拒否
したのだ。
﹁我のような高貴な上位魔族は、人間風情から食べ物を恵んで︱︱﹂
﹁さあ、ご主人様からのお恵みだ。有り難く受け取るがよい﹂
サーデルはプラプラと肉の付いた骨を上下に振っている。
ココの頬に朱がさした。
﹁だから言ってるだろう! 我は人間風情から食べ物を恵んでもら
うほど落ちぶれてはいない!﹂
﹁え? だれが食べ物を恵んでやると言った? 仕事をしくじった
430
お前はペット程にも役に立たない!﹂
サーデルが、手にした骨付きカルビを地面に落とした。わざと草
の生えていない露地を狙って落としたから、砂が肉に付いた。
﹁これは、ココの﹃エサ﹄なんだよ﹂
サーデルの言葉に、口をワナワナと震わせるココ。
﹁どうした? ペットらしくご主人様から与えられたエサをガッつ
いて食いなよ﹂
ココの目が熱病患者のようにぼやけている。
﹁ペ、ペット? 己の才覚一つで他を蹴落とし、魔将軍にまで上り
詰め、人間を見下していた我が、人間のペットだと?﹂
怒りで、ぶるぶると身体を震わせるココ。だが、熱っぽい瞳は地
に落ちた肉塊を穴が開くほど見つめている。
﹁だれがっ! だれが人間風情のペットなどに︱︱ホォオオオオゥ
ッ!﹂ ココは獣の声を上げた。そのまま股を擦り合わせ、グネグネと身
体を捩りながら、背をそらせて倒れ込んだ。
ひとしきり蠕動した後、、ココは、ゆっくりと手を砂の付いた肉
に伸ばした。
﹁痛い!﹂
その手を足で踏むサーデル。
﹁誰が手で食えと言った? ペットならペットらしく手を使うなよ。
口だけで食えよ!﹂
ココは瘧のように、全身に小さな震えを巡らせていた。
431
口を開け、地面に近づけるココ。だが、そこで動きが止まった。
﹁わ、我はお前のペットではない! お前こそ悪魔だ! そうやっ
て我のプライドをズタズタにして何が楽しい!? 少しは自分を省
みろ! 我は命がけで魔族の動きを察知して⋮⋮﹂
ココの下半身が小さく震えた。震えは止まらない。小刻みに腰か
ら下を振るわせ続けている。
﹁お、おオオオーッ! ホォォオオォツ!﹂
ひときわ大きく下半身を振るわせたココ。
白目を剥いて倒れた。
地面に広がる︱︱。
﹁終わったか?﹂
ミカボシがサーデルに聞いた。
﹁ハハハッ! さしあたっての処置は完了しました。時間をおいて
から、もう少し深く処置したいと思います﹂
さわやかに笑うサーデル。
白い雲と緑の草原がよく似合う少年である。
﹁おい、もういいってよ!﹂
モコ助が、ミカボシの合図でリーンの顔から離れた。
ミカボシは、リーンの耳に突っ込んでいた指を抜いた。
﹁さすがのオレも、お子様に配慮しちまっう程の⋮⋮アレだったぜ
! な、メコ助?﹂
﹁モコ助な。ミカどんに大人の対応をさせるとは。さすがラベルダ
ー王国次期国王ナンバーワン候補。恐れ入谷の鬼子母神だ﹂
432
額の汗をぬぐうミカボシと、小さい舌を出してハッハ、ハッハし
ているモコ助である。
フェリスは⋮⋮。
フェリスは、マントを装備して裸体⋮⋮もとい、姿態を隠してい
たので、冷静なものだ。
ココの痴態などどこ吹く風。完全に理性をコントロールする黒蹄
騎士団副団長がそこにいた。
﹁ハハハッ! 冗談はさておき、そろそろ本題に入りましょうか。
おい、起きろ! ココ!﹂
サーデルはぐったりと横たわっているココの頬を叩いた。
それも往復で何回も。目が覚めるまで。
﹁うくっ。⋮⋮我はいったい?﹂
まだ夢見心地のココ。目が虚ろだ。
﹁さあ、喋れ!﹂
サーデルは容赦なく、ココのほっぺたを左右に引っ張った。
ココは、集めた情報を話した。
﹁魔王ヘードは、ゲアガ・リングの戦いに参加していない。つまる
ところ、ヘード配下、二万の軍は参加しなかったのだ﹂
﹁二万の軍団は温存されていたか!﹂
モコ助が悪態をつく。
話の邪魔をされて、ココは嫌な顔をした。彼女が話しているのは
あくまでサーデルなのだ。他の者に割り込んでもらいたくない。
433
﹁ちっ! ゲアガ・リングで一気に壊滅できたと思ったんだがな。
どれだけ用心深いんだ!﹂
そんな事はお構いなし。さらにモコ助の悪態が続いた。
彼は戦争にうんざりしている。大きな戦は、ゲアガ・リングを最
後としたかったのだ。
﹁しかし、二万は少ない。魔王リップスでさえ四万を率いていたは
ず﹂
よせばいいのに、フェリスまでもが口を挟んできた。
ココのプライドがムクムクと起きあがってくる。フェリスの事を
親の敵みたいな目で睨んだ。
対して、フェリスも負けていない。
マントを背中にまとめ上げ、その姿態を露わにした。
ココの敵愾心に火がついた。殺意が籠もった目でフェリスを睨む。
﹁ハハハッ! ココや。お前がお色気担当だったのは過去の話だ。
現在、フェリスにその地位を奪われたのだ﹂
﹁何をおっしゃいます、サーデル様!﹂
泣きそうな目をするココ。事実、目が湿っぽい。
手でココの頬を握るサーデル。
﹁お前は、一段階下がって、エッチ担当になった。それで不服か?﹂
﹁わ、我は、また墜ちたのですか?﹂
﹁そうだ、もう下には浣腸プレイしか残ってないぞココ﹂
憧れの目をしたココが、渋々といった臭い芝居をしながら首肯し
た。
﹁納得したなら、続きを話せ﹂
434
サーデルの言葉はぶっきらぼうなのだが、そこが良いらしかった。
ココは話の続きを始めた。
﹁お、温存された二万は他の魔王軍と比べ、精鋭揃い。実力的に五
万と考えておく方がよい﹂
﹁どのように精鋭なんだい?﹂
モコ助が口を挟むも、ココはもう、反抗的な態度に出ようとしな
い。
﹁身体は脆弱であるが、強力な魔法を使う魔族一派も多数加わって
いる。そして、ゴブリンクラスの低級魔族は一匹もいない﹂
言葉を切ったココ。サーデルを見る。
虫を見るような目がそこにあった。
﹁続いて現在の状況だ。ヘードの持ち場は極東の王国・イントルダ
ー候国だったが、そこを降し、ムルティ伯国へ進出を果たした﹂
ココは嬉しそうに、話を続けた。
﹁だが、なぜかムルティ伯国へ手を伸ばしかねている。その理由が
解らない﹂
珍しく、モコ助が合いの手を入れない。じっと何かを考えている。
﹁解らなきゃ放ってこうぜ!﹂
ミカボシが手をヒラヒラと振っていた。
﹁次、ヘードの面白い能力いってみようか!﹂
温和しく頷くココ。
﹁ヘードが自己申告したように、あやつは一定範囲のものの考えを
読むことができる。
おかげで我の潜入がばれたのだ﹂
435
ここは言い訳がましかった。
﹁それと︱︱﹂
ココが言葉を切って呼吸を整えた。
﹁どういった手段を使ったか、どんな魔法を使ったか、最後の魔王
ヘードは、リップスの瞬間移動術を使えるようになった︵・・・・・
・・・・︶﹂
﹁するってぇとなにかい? 他の魔王の能力⋮⋮、シェード化と風
の結界を使えると考えた方が良いかもな。あと、どうやって能力を
手に入れたかだ﹂
モコ助が唸る。
﹁順当に考えて、魔法じゃねぇの? だってここ、剣と魔法の世界
じゃん?﹂
いつの間にか、ミカボシが竜のモモ肉を人数分切り分けていた。
マルシェのナイフを我が物顔で使っている。
いにしえ
﹁⋮⋮とらんすふぉぁすきるなんとか。⋮⋮特殊な条件で、特定の
スキルを移動させられそうな魔法。⋮⋮古の、滅び去った国で発禁
扱いになった古代語魔法辞典に、そんなのが載っていたと又聞きし
た気がする﹂
ボソリと呟くリーン。内容が、はなはだ頼りない。
﹁そんなところだろう。魔族は人間と別系統の魔法を発達させてい
る可能性が有る。ま、それはそれで考えたってしかたねえ﹂
モコ助が肉にかぶりついた。
﹁うーん⋮⋮。もしくは能力を付与する魔族とか存在とかが有るの
かもしれねぇぜ。なぁメコ助?﹂
436
肉を剥ぐ作業を中断するミカボシ。珍しく考え込んでいる。
﹁モコ助な。下手に考えるな。もうみんな肉食え、肉!﹂
筋肉冒険隊は、食肉にいそしんだ。
﹁ああ、ココ?﹂
﹁なんでしょうか? まだ何か?﹂
サーデルがココの動きを止めた。期待に目が輝いている。
﹁ココ、お前、なに手を使って食べようとしてるんだ? さっきも
言ったろ? お前は卑しい獣だ。獣だったら、手を使わず口だけで
食べろ﹂
﹁あ、あああああ!﹂
話の流れがどこへ行こうと、鬼畜を忘れないサーデルである。
臨時収入の肉をあらかた食べ尽くした一行。
ココは元の探査に戻ることになった。ヘードに接近しなければ危
ないことはない。
彼女は律儀にも、自発的に両手を後ろに回し、口だけで砂の付い
た肉を漁っていた。
﹁素直で良い子だ﹂
サーデルの談である。
437
5.報告︵後書き︶
﹁獣だったら、手を使わず口だけで食べろ﹂
﹁サーデル兄さんよ、それはオイラ達、犬に対する宣戦布告と見て
いいんだな? あー?﹂
と、モコ助は言い返したかった。
が、サーデルの目が、勇者たるモコ助をして恐怖させたので黙って
いた。
後年、モコ助が、雫に語ったとか語らなかったとか⋮⋮。
次回より、伯国心臓部へ乗り込みます。
438
6.ムルティ伯国首都・レプラカン
ゼルファーが城塞都市であるなら、レプラカンは水上都市である。
大河・ビラビー川が海に消える際の大三角州。そこを人工的にテ
ィアドロップ型へと大改修したのが、ムルティ伯国首都・レプラカ
ンである。
レプラカンに城壁はない。地上げされた都市が、大河よりそそり
立っているだけ。防衛拠点は、水上都市レプラカンに接続された四
つの橋のみ。
四カ所を守るだけで難攻不落。巨大な掘り割りに守られた、一種
の要塞都市である。
その橋の一つ、北西の橋。筋肉冒険隊は、やたら広幅な橋の上を
進んでいく。
﹁この国だけ異様に建築技術が発達しているじゃねぇか。みろよメ
コ助、あの町に船じゃ入れねぇ﹂
ミカボシが荷馬車の上で立ち上がる。
﹁モコ助な。船着き場がねえってのもおかしな話だ。いや、きっと
どこかにあるはず。これだけの海運地理的条件が揃ってて、船着き
場が無いって法はねえ!﹂
﹁⋮⋮その通り。⋮⋮レプラカンに繋がる4つの橋からは、わざわ
ざ見えにくい場所に大きな港が作られている。⋮⋮なんでそんな場
所に作ったかは不明﹂
439
フードを目深にかぶったリーン。ぼそぼそと、それでいて聞こえ
るように解説する。
﹁さすが地元。詳しいな﹂
﹁⋮⋮まもなく城門。⋮⋮静かに﹂
﹁了解した﹂
モコ助が口にチャックを施す。
ここ、レプラカンでも、出入りのチェックは行われている。
入る者は、橋の入り口・陸地側で行われる。
しかしそれはヴェクスターに比べれば緩いもの。単純に名前・職
業もしくは所属と、レプラカンへの用事を告げるだけ。それだけで
フリーパス。
武器を持っていても、見せるだけでオーケイ。咎められることも
ない。
ただし、ある一定の間隔を開け、集団で通された。
一行は、難なく城門を通過していく。
モコ助がヒョコッと顔を出した。
﹁城門⋮⋮つっても、ヘタなガーゴイル象がこちらを睨んでるだけ
じゃねえか? あけすけすぎねえか?﹂
ミカボシが、じっと魔物の象を見ている。
﹁あのガーゴイル、強力な仕掛けがありそうだな﹂
リーンがフードから顔を出した。
﹁⋮⋮正解。⋮⋮合図一つで口から火を吐く﹂
自分が作ったワケでもなかろうに、無い胸を張るリーンである。
﹁さすがリーンの古里。詳しいやね。この位置から火炎放射されれ
440
ば、橋の上の兵は、そっくり丸コゲだな。おっかねえ﹂
首をすくめるモコ助。
﹁で、物知りのリーン嬢ちゃん、あのヘンテコな白壁はなんだい?﹂
モコ助が前足で指す所。道路正面に、デンと、巨大で白いキュー
ブが置かれていた。
道は壁を避けるように、左右へと分かれている。
同時期に町へ流入してきた旅人は、そこで散開して己が道へと進
んでいく。
﹁白いモノリスか? ボーマンか? 防衛上の障害物にしちゃヤワ
な造りに見えるがね?﹂
石で周囲を囲み、盛り土をした上に件のキューブがある。足元は
丁寧に手入れされた芝生が一面を覆っていた。
見た目、正四面体。一辺がミカボシより頭二つ分長い立方体。
防壁には見えない。なにかのモニュメントと説明される方が、懐
にすとんと来る。
﹁⋮⋮そのとおり。⋮⋮ただの壁じゃない。⋮⋮もっとよく見て﹂
リーンに促され、目をこらすモコ助。同じくミカボシやサーデル
達も注意深く観察し始める。
﹁うん、確かに。⋮⋮つーか、なんだありゃ?﹂
モコ助があきれた。
白い壁には大小様々な手形が、それこそ無数に付いていた。
﹁あ、オレ知ってる。映画スターや野球選手が殿堂入りした時のだ
! ベーブルースのはどれだ? 見つけて剥がして持って帰ろうぜ
441
!﹂
﹁まあまて、ミカどん。たぶんベーブルースのは無い。それと通報
されたくなきゃ、不遜な考えは持つな!﹂ ミカボシの外付け理性発生装置・モコ助が、機能を発揮した。
﹁お待ちしておりました﹂
﹁うおう!﹂
いきなり後ろで声がした。
男が三人ばかり、湧いて出た。
三人ともリーンのに似たローブを纏っている。ただし、色違い。
黒いローブだ。四隅が金糸銀糸で飾られている。
どうみても高位の魔術師。
﹁なんだてめえ!﹂
耳の棒ピアスに手を伸ばし、腰を落とすミカボシ。
﹁落ち着けミカどん! 素数を数えろ﹂
モコ助という名の外付け理性発生装置、本日二回目の機能作動で
ある。しかもスパンが短い。
﹁素数ってなんだコノヤロウ! 教えろコノヤロウ!﹂
ミカボシの興味が別の所へ向いた。誘導は成功した。
いち早くパニックから回復したフェリスは、剣の柄に手を置く。
サーデルは荷駄を後方へ下がらせる。
筋肉冒険隊、戦闘準備完了。
道行く人々も、立ち止まってこの光景を眺めている。
﹁リーン、テスターの説明をしてあげなさい﹂
442
黒ローブのリーダーらしき男が、微笑みながらリーンに声を掛け
る。着ているローブはまるでマント。生地は、特に上質のもの。綻
びや修繕の跡はない。
三人ともフード部分を後ろに上げているので顔は丸見え。おおむ
ね好意的だった。
しかし、敵意を持っている者もいる。
﹁⋮⋮自分で名乗るのが礼儀。⋮⋮すでにわたしはラベルダーに籍
を置く者﹂
リーンである。
魔術師のリーダーが、微笑みながら顔色を変えるという特技を見
せた。
﹁お前よりリーンの方が強そうだな﹂
喧嘩を煽る者が一人いる。こういう時に喜んで出てくるのはミカ
ボシである。
マイナス一秒の歩行術で、リーダーの真ん前に出現した。身長差
を利用し、上から顔を覗き込む。いわゆるメンチ切り。失礼にも程
がある。
﹁理にかなっている。失礼なのは私の方か⋮⋮﹂
嫌みにならない程度に、軽く頭を下げる魔術師。
慇懃無礼なミカボシを洗練された態度でいなしてのけた。
﹁私の名はキュオイズ・ブレーター。ムルティ伯国魔術師長を任さ
れた者﹂
魔術師長の名が出た。この騒動に集まっていた人々の間から、ど
よめき声が漏れ聞こえた。
443
﹁皆様は勇者ご一行とお見受けいたしましたが⋮⋮違いましたかな
? アマツ・ミカボシ殿?﹂
ここまでされれば、丁寧を通り越して嫌みというもの。
﹁うむ、オレ様の名を知っているとは、なかなかの気品溢れた上位
貴族と見た。その通りだ!﹂
ミカボシは、まったく意に介してないようだ。それどころか、魔
術師長の挨拶を気に入ってしまった模様。
﹁兄さん方、なんでオイラ達のことを知っているね? そりゃオイ
ラは思わず頬ずりしたくなるような可愛い小犬なんで目立って仕方
ねえかもしれねえが、頬ずりできる権利は美少女だけと決まってる
んでい。諦めてくんな﹂
最初と最後の内容が違う。
﹁我らムルティの者共は、世界の破滅を防ぐ勇者様をお待ち申し上
げておりました。我らは勇者様と共に戦う覚悟と準備を致しており
ます。この国をお救いください、勇者モコ助様﹂
キュオイズと名乗ったムルティ伯国魔術師長が、片膝を地に付け
て頭を垂れた。
正式な礼である。
頭を下げた相手は、小犬のモコ助。キュオイズ達に間違いはない。
﹁オイラ達は、ヴェクスター公国で試されたことがあってね。それ
以来ずいぶんと用心深くなっちまってる。汚れを知らねえ無垢な小
犬が、人を疑うことを憶えたと言い変えてもらってもいい。あんた
らも、あんまりな事をしでかすと、うちの若けーモンがダンビラ振
り回すから、そのつもりで話してくんな!﹂
444
モコ助は、クイと黒くて艶やかな鼻先を横に振った。
その場所には、懐から鯉口を切った鍔無し片刃短刀をちらつかせ
ているミカボシがいた。
﹁どうか、落ち着いてお聞きください!﹂
両手を慌てて振るキュオイズ。そして言葉を続けた。
﹁勇者様に渡さなければならない﹃物﹄があります。ここではなん
ですから、城の方へご案内致します。どうか我らとご同行ください﹂
白いモノリスで左右に割れた大通りの、向こう側を示された。
その先には、先端恐怖症には辛そうな尖塔を持つ、白亜の城がそ
びえていた。
古代語魔法王国、ムルティ伯国における魔術師長といえば国のナ
ンバーツー。
そんな重鎮が、わざわざ勇者を迎えに城から降りてきた。
この事からも、ムルティ伯国の本気を感じさせる。
﹁なんだかRPGっぽくなってきたなオイ! 重要アイテムか? なら案内頼むぜ!﹂
肩をいからせて歩き出すモコ助である。
﹁ちょっと待てよメコ助、そんなに慌てんじゃねぇよ!﹂
ミカボシがモコ助の首をつかんで持ち上げた。
﹁モコ助な。その持ち上げ方やめろつってんだろうが! その持ち
上げ方は猫だろが! オイラのアイデンティティをちったあ尊重し
てくれよな!﹂
﹁んなーこたぁどうでもいい。話を最初に戻そうぜ! これなんだ
445
? この白い壁? ただの壁じゃねぇだろ?﹂
ミカボシは、ぶらぶらさせたモコ助を白壁へ向けた。
﹁ただの壁じゃなさそうだが⋮⋮特に魔力的なモノは感じねえが?﹂
﹁思い出せよメコ助! リーンの説明が途中だったろ?﹂
﹁モコ助な。そういやそうだ。おい、リーン嬢ちゃん、教えてくれ
や﹂
今まで、じーっとスタンバイしたままだったリーン。こくりと頷
いて口を開いた。
﹁⋮⋮入ってきた人、壁を押す﹂
リーンが壁に手を付いた。そして壁を手で押した。
ズブズブとリーンの手が白壁にめり込んでいく。手首まで埋まっ
て止まった。
﹁⋮⋮はい﹂
リーンがこっちを見る。ドヤ顔だった。
﹁いや、だから何が、はい、なんだ? その壁は粘土製か? 子供
の遊び道具かい?﹂
モコ助がすかさず突っ込んだ。
﹁⋮⋮これは、魔力を計る物質。⋮⋮物質のようで物質でない。そ
れは何かと訪ねたら。⋮⋮霧とか水とか砂みたいな、小さな粒の集
合体﹂
リーンの説明が終わった。
﹁えーと、補足説明致します﹂
それでは説明が足りなかったようで、キュオイズは、言葉を足し
た。
446
﹁この物質は、結合力が高いのに、魔力に対し反発力を持つ粒子で
できております。よって、魔力で壁を凹ませることができるのです。
個人の魔力量が多ければ多いほど奥へ凹んでいきます﹂
そう言って、キュオイズは自分の手を白壁に押し当てた。
ずぶりと手首が壁に埋まった。
﹁およそ脊椎動物なら、どんな生き物でも魔力を持っています。生
まれたての赤子しかり、杖をついた老人しかり。平均は掌の型が付
く程度です﹂
⋮⋮キュオイズの腕は、肘まで埋まって止まった。
﹁ほう、こりゃスゲエ!﹂
素直に驚くモコ助である。
﹁一番、ミカボシ行きます!﹂
ミカボシが手を当てる。
壁はビクともしない。
﹁あれぇ?﹂
﹁ミカボシ殿、まさかの魔力量ゼロですか?﹂ 逆の意味で驚くキュオイズであった。
﹁ミカどん、無脊椎動物並みだったのかい?﹂
モコ助がからかった。
﹁二番、サデ子行きまーす!﹂
サデ子が手を当てる。
ちょびっとだけ凹んだ。手形が付いた程度。
447
﹁うう、平均だった⋮⋮﹂
しょぼくれるサデ子。
﹁ちくしょう! 何で凹まないんだよ!﹂
ミカボシが意地になって壁を押していた。
﹁ミカボシ殿、この壁は力だけでは凹みません。壊れたりもしませ
ん。魔力を使っても動くだけなんですよ﹂
キュオイズが困った顔で笑っていた。
﹁三番、フェリス行きます﹂
フェリスが白壁のに手を当てる。
こちらも平均的な凹み様。
﹁なんの!﹂
フェリスがマントをむしり取った。
腰を入れて白壁を押す。
キュオイズの注意が飛ぶ。
﹁だから力ずくでは︱︱﹂
﹁ふうぅん!﹂
一センチほど掌が埋まった。
﹁えーと、潜在能力としての魔力が顔を出したといったところでし
ょうか⋮⋮﹂
額の汗をハンカチで拭くキュオイズ。常識外れの行動と結果に、
内心穏やかではなさそうだ。
﹁ちくしょう! なかなかやるなコノヤロウ!﹂
さっきからミカボシが壁を相手に格闘している。ローリングソバ
448
ットをかわされたところだ。
﹁ミカボシ殿、あまり無理をなさらず⋮⋮。このキューブの正体は、
指向性を持った気体。つまり非破壊物質なんです﹂
﹁関係ねぇ! 打撃技が利かないなら関節技だ!﹂
テクニシヤン
白壁を相手に、腕ひしぎ逆十字へ持ち込むミカボシである。
﹁さすがミカどん、なかなか技達者だな。ちゃんと逆関節決まって
んじゃねえか。じゃ、最後はオイラが行ってみようか?﹂
トコトコと歩き出すモコ助。
ヒョイと前足を出し、壁にタッチした。
息を止めて見つめるキュオイズ。
モノ
勇者モコ助。神と精霊に祝福され、魔力を付与された勇者。その
魔力量はいかほどの数値か?
﹁じゃ行くぜ﹂
モコ助が、前足に体重を乗せた。
﹁うを!﹂ モコ助が毛糸玉の様に前転した。
壁の抵抗が無い。
白い気体の中に入り込む様、と表現すれば良いのだろうか。
﹁おいおいおい﹂
モコ助の声は、彼の頭高に見合うトンネルの奥から聞こえてきた。
﹁こ、これはどうしたことか!﹂
﹁まさか、勇者様の魔力量がこれほどとは!﹂
﹁キュオイズ様でも肘までが限界なのに!﹂
449
﹁も、モコ助殿!﹂
魔道師達の間に動揺が走る。
﹁こっちこっち!﹂
モコ助の声は、キューブの後ろから聞こえる。
﹁反対側に出ちまった。なんだこれ? 不良品か? バグったのか
?﹂
トンネルは反対側まで貫通した模様。
﹁なんですとー!﹂
魔術師長キュオイズは、四つん這いになってトンネルを覗いてい
た。確かに、向こう側の景色が見える。
﹁まさか⋮⋮まさか、勇者の魔力がこれほどとは!﹂ 最初は恐れの表情。だが徐々に喜色が顔面に広がっていく。
﹁これならば。これほどの魔力を持っていれば、⋮⋮世界は救われ
る!﹂
最後は、感極まったキュオイズ。うっすら目に涙まで浮かべてい
る。
﹁さあ、さああ勇者殿! 城までお越しください。我らが王、サイ
クォ陛下がお待ちかねです。国を挙げて歓待致します!﹂
キュオイズは、汚れることを厭わず、両の膝を地に着け、両の手
をモコ助に差し出した。
﹁⋮⋮お手﹂
隙を逃さぬリーンの機転。条件反射で前足を出すモコ助。
﹁あのなリーン嬢ちゃん⋮⋮﹂
450
﹁お、おおおおおお!﹂
こちらも条件反射でモコ助を抱き上げるキュオイズ。
﹁いや、オッサン、オイラの死んだ爺ちゃんが、女の子以外に抱か
れてはいけないという遺言を残しててな、百歩下がって男の娘まで
だ。ちったあ自重して︱︱﹂
モコ助の長ゼリフが途中で途切れた。
堅い物を砕く、嫌な破砕音が、嫌な方向から聞こえたからだ。
﹁フハハハハ! 見ろコノヤロウ! 何が非破壊だ!﹂ キューブの一辺が壊れていた。大きな破片が一個、こちらに転が
ってきた。
⋮⋮あと、ミカボシが痛そうにして握り拳を振っていた。
﹁な、なんで気体が砕けるの?﹂
顎を落としながら器用に喋るキュオイズであった。
451
6.ムルティ伯国首都・レプラカン︵後書き︶
聖剣・エクスカリバーがあるなら聖なる盾・ビショップもまたしか
り!
︵燃えろアーサー︶
452
7.大いなる財産
﹁次が大聖堂です﹂
伯王との面会が終わった。
その後、勇者一行は、キュオイズとその部下一名の案内で、城内
を見学している。
なんでも、連れて行きたい所があるそうだ。
ムルティの城内はやたら広い。郊外に建てられた大学のよう。広
い敷地を無駄に活用。施設から施設の空間が大きい。
﹁なあ、メコ助﹂
﹁モコ助な。なんだいミカどん?﹂
﹁オレら、王様と会ったよな?﹂
﹁⋮⋮何言ってるかな? 城内で謁見したろ?﹂
﹁いやなんかな⋮⋮魔力のキューブで遊んでて、場面転換したと思
ったら、城内施設案内シークエンスに入ってしまってる、つーか、
何か記憶がな⋮⋮﹂
﹁連戦で疲れてんじゃねえか? ちなみに、ムルティの王様の特長
は?﹂
﹁伯王の名はサイクォ・ムルティ。痩せた身体に白い髪。白い髭を
生やした老人。手も皺だらけ。所々にシミがある。枯れた指に、大
きな指輪が痛々しい。むしろ枯れ枝を連想させる老王だ﹂
﹁言えたじゃねえか﹂
453
しばらく考え込むミカボシ。
﹁いや、なんかこう、メタ的な⋮⋮なにか、こう⋮⋮﹂
﹁何言ってやがる。あのあと、闘技場でヤンチャしたろう? 他に
も色々迷惑かけやがって!﹂
﹁ああ、したな⋮⋮﹂
﹁入浴シーンもあったろ? フェリスとリーンを風呂場で追いかけ
回してたじゃねえか﹂
﹁そうそうサデ子がどうやって女風呂回避するのかと思ってたら、
まさかあんな方法があったとは⋮⋮実際あったんだよな? 何か違
和感が⋮⋮やっぱオレ、疲れてんのかな?﹂
﹁良い医者紹介してやろうか?﹂
﹁⋮⋮頼む﹂
そうこうしているうちに、大聖堂へ着いた。
初期ゴシック形式。屋根が尖り気味の石造り。
がっしりとした佇まいは、ちょっとやそっとの地震や攻撃にはビ
クともしなそう。軽薄なデザインを好むムルティらしくない造り。
重量感溢れる扉が開かれた。
必要以上に分厚い扉である。破砕槌でも持ってこなければ、力尽
くでは開きそうもない。
﹁どうぞお入りください。少々、改築資材が散らかってますが、そ
こはご容赦を﹂
中は広い空間。
454
礼拝用の馬鹿でかい祭壇に、礼拝用のベンチがずらり。
礼拝堂にそぐわない物体がいくつか。加工中のでかい岩の塊と、
太いロープがいくつか。
それと天井が高い。梁まで二十メートルはある。
﹁あの梁な、後付けっぽいな﹂
ミカボシが指す天井には、太い梁が井桁に組まれている。
﹁構造強化材か? 壁の造りといい、正面扉といい、なにか意図を
感じる大聖堂⋮⋮あれ、使えそうだな?﹂
太い梁を見つめるモコ助。何かを考えている。
キュオイズは祭壇の前まで進んだ。
そして振り向く。
﹁さて、勇者モコ助殿。あなたにお渡しする物が、ここにございま
す﹂
地の底から、うねりが聞こえてくる。
﹁魔王との対戦に必ずやお役立ちすることでしょう!﹂
石造りの床に微振動を与えながら、ゆっくりと巨大祭壇が後方へ
移動していく。
﹁こちらです﹂
キュオイズが手を向けたところ。祭壇があった場所に、地下へと
続く緩やかな階段が現れた。
﹁ガニア、明かりを﹂
455
キュオイズが、連れている若者に合図をした。
﹁ライティングよ﹂
魔法の明かりを灯すガニア。
ガニアを先頭。続いてキュオイズ。モコ助、ミカボシと続いて階
段を下りていく一行。
階段が長い。二階層ばかり降りると、鉄のドアが現れた。
﹁ここです﹂
頑丈なドアに手をかけるキュオイズ。
ドアは耳に厳しい軋み音を立てつつ、ゆっくりと内側へ開いてい
く。
﹁眩しい﹂
フェリスが目の上に手をあてた。
光が溢れ出た。
ドアの向こう側は、光の世界。
大勢の人が働いていた。
﹁魔術師長!﹂
この場の責任者らしき人物が、来訪者に気づいた。
﹁セムジュ、勇者モコ助殿だ。アレを用意しろ﹂ ﹁はっ! ご命令のままに!﹂
白衣を着たセムジュがいそいそと小道具を用意している。
﹁キュオイズの旦那、何を見せてくれんだい? いただけるブツは
何なんだい? 飲むと元気になる代わりに幻覚も見える危ないポー
ションじゃねえだろうな?﹂
456
モコ助の言葉に引きずられることなく、キュオイズはこの国の魔
術師長としての顔をした。
﹁古来より、勇者に無敵の武器有り。それは聖剣﹂
ずいぶんもったいぶった言い方だが、不思議と嫌みには聞こえな
い。育ちが良かったからだろう。
﹁古の文献に、勇者の盾という言葉があります。ムルティ伯国が勇
者に強力な盾を渡していたのです。古来より、ムルティは古代魔法
語立国。勇者が現れる時、勇者に強力な防具を渡す。それが定めな
のです。それが先人の大いなる遺産なのです!﹂
力説するキュオイズ。
﹁なるほど。武器があれば防具もあるはず。それも一理あるな﹂
頷くモコ助。
﹁で、オイラにどうしろと? 伝説の防具をムルティ伯国のどこか
に潜む賢者が持ってるから、それを取りに行った方が良いですよ、
っつークエストかね?﹂
やけに噛みつく勇者犬モコ助だなと、キュオイズは思ったろうが、
そんな事はない。
モコ助はこれで普通だ。むしろ、やっとこさ自分を取り戻したと
言っていい。
スーツ
﹁そんな賢者やクエストなどありません。我らコモン魔法大国、ム
ルティ伯国の総力を結集して、勇者専用全身鎧を開発中なのです!﹂
﹁﹁そいつは本当か!﹂﹂
食い付いた。二人が見事に食い付いた。
457
モコ助とミカボシである。
﹁おいおいおいおいおい、オイラが犬だって事を認識した上で、物
言ってるんだろうな? 指先で生卵掴める仕様なんだろうな? 直
立動物仕様の改変タイプだったらタダじゃおかねえぜ! 9ミリ喰
らわすぜ!﹂
モコ助が凄む。珍しく興奮している。
興奮しているのはミカボシも同じ事。
﹁塗装は赤か? 金色か? まさか深緑⋮⋮はっ! 額が閃いた!
白を主体として青と赤のカラーリングをアクセントとした機体だ
ドス
な? 動力は何だ? 太陽炉か? 核か?﹂
ミカボシは、鍔無し短刀を出したり引っ込めたりしている。
﹁いや、いやいやいや、⋮⋮お二方、何をおっしゃっているのか、
当方、いまいち意味が掴めておりません。お気に召していただいた
事だけはナゼか伝わってきますが、どうか気をお鎮めください! このとおり﹂
迫力に押され、キュオイズは理由もなく頭を下げていた。
﹁ハハハッ! これは、すばらしい贈り物かもしれません。二人が
興奮する真の理由は置いといて⋮⋮﹂
いつの間にかサーデルが前に出ていた。
﹁頭脳労働ばかりが目立つモコ助殿ですが、それは犬であるために
剣も魔法も使えないというハンデキャップに因るところが大きい。
実際の戦闘シーンでは、後方に下がらざるを得ない﹂
﹁お前もな、サデ子﹂
﹁勇者の鎧を手に入れることで、我々の戦力は格段に上がる。少々
458
遅まきな気もしますが、後半になってのパワーアップは心強い限り
です﹂
﹁ふむ﹂
フェリスもマントの内で腕を組んでいた。
﹁ここに来て、強力な魔法剣士の誕生は有り難い﹂
筋肉冒険隊。レベルアップの刻が来た!
﹁魔術師長、用意できました﹂
セムジュが台の上に置いたのは、クリスタルのリング。
中心部のリングに向け、角が四本付きだした形。
⋮⋮一見、クリスタルでできたカセットコンロ。
﹁これが最終のデーターです﹂
セムジュは、紙の束をキュオイズに渡した。
﹁セムジュ、起動させよ﹂
紙の束を手にしたキュオイズが、セムジュに命じる。
﹁はっ!﹂
カセットコンロの着火レバーそのものの起動スイッチを回すセム
ジュ。
カチリと音がして、クリスタルから、明かりが上に向けて伸びて
いく。
明かりの中に現れたのは、ゴテゴテと突起物の付いた完全鎧。
ごつごつとした岩のイメージが強い無骨な鎧。
﹁おおーっ!﹂
その魔法技術に感銘したのは、ゴンドワナ組のサーデル、フェリ
ス、リーンだけである。
459
﹁へえー﹂
CGを見慣れたモコ助とミカボシに、彼ら並みの驚きはない。
﹁これが勇者の鎧です。古の勇者がまとった鎧の記述データーを元
に、現代魔法技術の粋を駆使してブラッシュアップいたしました﹂
自慢げに解説するセムジュ技術担当責任者。
レジスト
﹁直接の防御力アップはもちろん、高度な対魔法効果、埋め込まれ
た最新式魔法動力炉と魔性石、および宝玉による運動性能のアップ、
聖剣のパワーアップから、簡単な飛行能力まで備えています!﹂
ホログラム
﹁なるほど、すげえな﹂
モコ助が、仮想映像を覗き込んでいた。
﹁で、現物はどこに?﹂
当然の問い。この画像はあくまで完成予想図。現物ではない。
﹁現在、24時間総動員態勢で制作中です。明後日にはロールアウ
トします﹂
﹁おいおい、既に魔王と戦闘中だってのに、のんびりと組み立て中
かい? そんなんで間に合うのか?﹂
モコ助の批判が飛ぶ。
﹁組み上げてないのはコクピット周りだけです。勇者殿の採寸が済
めば、時間は掛かりません!﹂
自信満々のセムジュである。
﹁コクピット?﹂
またもやモコ助とミカボシが顔を合わせた。
460
﹁全方位型かい?﹂
﹁まさかのフローティングシステムか!?﹂
モコ助とミカボシの興奮が収まらない。
﹁おっしゃっている意味が解りませんが、事は急を要します。勇者
様、採寸お願いします!﹂
ポケットよりメジャーを出すセムジュ。 ﹁おう! 計ってくれ計ってくれ!﹂
後ろ足だけで立ち上がるモコ助。やる気満々であった。
﹁ちょっとまてセムジュ!﹂
紙の束に視線を落としていたキュオイズが、セムジュを呼び止め
る。
﹁この数値は何だ? 胴体部分の質量が二割減っている!﹂
﹁コクピット周りに新素材を使ったからです。強度が三割、スペー
スが一割増えました。性能は初期設定値より二割上回っています!﹂
﹁新素材を使って性能が上がるのは当たり前だ! 勇者の鎧は全体
のバランスも考えられて設計されている。軽量化によって全体のバ
ランスが悪くなっては元も子もない! それに何故、報告をしなか
ったのだ!﹂
﹁報告が遅れたことはお詫びいたします。ですが、質量コア化設計
を採ったことによってバランスは保たれています。開発に余地を残
した設計が勇者の鎧なんです!﹂
勇者専用全身鎧の開発は、後一歩を残すところであった。
461
7.大いなる財産︵後書き︶
﹁フルアーマー﹂
それは、すばらしき言霊!
美しき日本語!
462
8.開発
﹁なんにせよ、魔法は我ら人間に一日の長があります。魔王ノズラ
コモン
による伯国への侵攻を防げたのも、魔王ヘードが攻撃を手控えてい
るのも、わがムルティ伯国が誇る古代語魔法があればこそ!﹂
工房の上の階。大聖堂の大祭壇の前。キュオイズが演説をぶって
いた。
自国の自慢に見えるが、その実、魔法の自慢である。
﹁勇者殿、お供の魔法使いですが⋮⋮﹂
﹁リーンのことかい?﹂
言葉を濁しがちなキュオイズに対し、ストレートに反応するモコ
助。
﹁そう、リーンのことです。どうですか、そのような落ちこぼれを
連れ歩くより、優秀な魔法使いを仲間にくわえていただく予定はあ
りませんか? 戦力が大幅にアップしますよ!﹂
キュオイズはリーンを見た。
リーンは相変わらず、どこ吹く風といった表情。
﹁おい﹂
キュオイズは、一緒に案内役を買って出た従者に合図を出した。
フードを上げ、顔を出す従者。
精悍な面構え。なかなかのイケメンである。
﹁あらためてご紹介いたしましょう。私の一番弟子、ガニアです。
463
爆発系の攻撃魔法が得意です﹂
﹁へー、⋮⋮人材の斡旋かい?﹂
ミカボシが顔だけ冷静に応じた。
﹁そう、受け取ってもらえれば幸いです﹂
にこやかなキュオイズである。
目と目を合わすモコ助とミカボシ。
勇者一行に愛弟子が加わる。晴れて満願成就すれば、ガニアは勇
者と共に戦った魔法使い。そしてキュオイズは、その魔法使いの師
匠。
戦いの途中で魔法使いが死ぬことになっても、勇者の仲間であっ
た事は事実。
ガニアはまだ若い。危ない橋を渡ってでも、勇者の仲間という勲
章が欲しい。
キュオイズは安全な位置で名誉が欲しい。
そういう事である。
﹁例えば、ファイアーボールあたりを二百発ほど、個々の意思で別
々に移動する二百個の目標に同時発射させて、追尾激突させること
ができるとか?﹂
モコ助が、つぶらな瞳を弟子のガニアに向けた。
﹁私の得意技をよくご存じで﹂
ガニアが応じた。
びっくりするモコ助。新しい玩具出現に目を光らせるミカボシ。
464
﹁私の場合、エネルギーボルトですが、さすがに二百発は無理です。
でも五発までなら同時に撃てますよ。追尾も可能です!﹂
自慢げに笑うガニア。
﹁そうか、そいつぁすげえな。⋮⋮メコ助、なんか考えてそうだな﹂
ミカボシが落胆を隠そうともせず、話をモコ助に振った。
﹁モコ助な。そうさな、ガニア兄さん⋮⋮﹂
﹁なんでしょう勇者様﹂
﹁そのエネルギーボルトな、無詠唱で出せるかね?﹂
﹁レベル1ですが、無詠唱で出せれば勇者様クラスですね。残念な
がら、私はとてもとても﹂
﹁そりゃそうだ。ガニア兄さん、テストして良いかね?﹂
もちろん、とばかりにおどけて肩をすくめるガニア。
﹁知識のテストだ。この世界、ゴンドワナの果てっこはどうなって
る? キュオイズの旦那が答えても良いぜ﹂
顔を見合わせる魔法使い師弟。
﹁そんな常識を聞かれるとは思いませんでした。ガニア、答えなさ
い﹂
﹁はい。世界の果ては崖になっております。海の水が世界の果てで
滝になって落下しています﹂
﹁なるほど﹂
モコ助は頷いた。
﹁証拠はあるのかい?﹂
﹁物には限りがあり、世界は有限です。ならば、最果ては終わらな
ければなりません。テーブルでも、巨石でも、端は端です﹂
465
ミカボシが向こうを向いて、笑いを堪えている。
フェリスは至って普通。その通りだと目が言っている。
ただ、サーデルが、疑問の色を目に浮かべていた。
﹁では、世界の端を見た者の名前を挙げてくれるかい?﹂
今度の問いに、顔を見合わす魔法使い師弟。
キュオイズが口を開いた。
﹁常識を確かめる者がおりましょうか? 我らは未知なる物の探求
にのみ身を捧げる者です﹂
気の利いた答えだったのだろう。ゴンドワナ・ワールドに住む教
養人として。
﹁誰も見てないんだな。それはそれでよし﹂
ほっとした表情を浮かべるキュオイズとガニア。
何のことだかさっぱりのフェリス。ボーッとしたままのリーン。
サーデル一人が難しい顔をして考え込んでいる。
﹁では最終テストに移ろうか。ミカどん、手伝え﹂
﹁ゲッホン! なんだメコ助、肉体労働ならお断りだぜ!﹂
密かに笑っていたミカボシ。呼吸を整えるのに時間がかかった様
だ。
﹁モコ助な。なに、大して力はいらねえはずだ。そこに玄武岩ある
だろ?﹂
ひょいと前足で指すモコ助。そこには一トンを軽く超えるであろ
う、四角く切り出された岩塊が転がっていた。
﹁で、隣に太いロープがある。用事ってのは他でもない。そこの玄
武岩を重りにして振り子を作りたい。ロープ使って天井の梁から吊
466
して欲しいんだが﹂
確かにロープも梁も、玄武岩の重さに余裕で耐えられるだろう。
床から梁まで二十メートル。スペースにも問題は無い。
問題は玄武岩の質量が一トンを降らない事だ。
﹁あの、勇者様︱︱﹂
その点に考えが及んだのだろう。キュオイズが口を挟む。
﹁準備ならガニアを使ってください。重力遮断のスペルを使えば簡
単です﹂
重力遮断の魔法を使えば何とかなるだろう。だが、ミカボシの魔
力値はゼロである。
キュオイズの言うように、この作業は魔法使いの介添えが順当な
手段であろう。
﹁いいっていいって! 大丈夫大丈夫、軽い軽い!﹂
ミカボシは、ロープを持ったまま、二十メートルをヒョイと飛ん
だ。
﹁あれ?﹂
口をOの字に開けてキープするキュオイズとガニア。
普通、人は二十メートル垂直ジャンプなどできない。
ミカボシは、梁にロープを通して飛び降りる。
玄武岩の塊と床の隙間に指を差し込んだ。風船を持ち上げる様な
気軽さで、一トンの岩塊を持ち上げる。慣れた手つきでロープを通
し、十字に縛り上げた。
片手でロープを軽く引き下ろし、一トンある岩塊を宙に浮かせる。
467
ここまで、鼻歌交じりである。
もう一度梁に飛び乗って、ロープを梁に固定してできあがり。摩
擦が高くならないよう、支点の造りを工夫してある。見かけによら
ず芸が細かい。
時間にして一分とかからなかった。
﹁おっけー!﹂
ミカボシは、二十メートルの高さから飛び降りて、サムズアップ
する。
ここまで、口を開けたまま見守っていたキュオイズとガニア。
サーデルとフェリスは、ミカボシならそれくらい軽いだろうと踏
んでいて、特別な感慨も無く気楽に見物していた。
リーンは、長椅子に浮かんだシミの図柄が気になる様で、熱心に
椅子を観察していた。
﹁さて、ガニア兄さん。こいつを振り子として使いたい。梁と垂直
に揺すってもらえるかね?﹂
﹁は、はい!﹂
ロボットのように動き出すガニア。力づくで重りを押すも、少し
しか動かない。
何度か揺さぶりつつ、揺れを大きくしようとして⋮⋮。
﹁じれってえな。フェリス姐さん、手伝ってやってくんな!﹂
﹁了解した﹂
フェリスが片手を重りに当てる。
468
﹁いや、大の男でもこの程度ですから、女性の手には︱︱﹂
フェリスは手首のスナップを軽く利かせた。
ブンと音がして、重りが遠ざかる。
轟と音がして、ガニアとフェリスに、一トンの重りが迫る。
﹁うわぁた!﹂
ガニアは、頭を腕で守り、床に身を出した。
間合いを見きったフェリスは、二歩分だけ左へ体を動かしてこれ
をかわす。
えらい勢いでガニアの頭上にして、フェリスの右横を通過する岩
塊。
﹁さて兄さん方。確認して欲しい﹂
モコ助が前足で、単純往復運動をしている危険な破壊力を内に秘
めた重量物を指す。
﹁まず、全て人力で設営したから魔法の影響は無い。次に、巨大な
振り子は梁に対して垂直に運動している。間違いねえかい?﹂
あっけにとられつつも、キュオイズとガニアの魔法使い子弟は、
モコ助に言われたポイントを確認した。
キュオイズは、床に敷き詰められた石の模様に沿って反復運動を
する振り子を確認した。
﹁正確に垂直運動をしています﹂
469
次は魔力の介在の有無。
ガニアは魔法のスペルを唱えた。
﹁センス・マジック。⋮⋮魔法の影響はありませんね﹂
二人の報告に、満足そうに首肯するモコ助。
﹁作業は終わりだ。これだけの重りだ。三十分や一時間で止まりは
しない。でもって、誰も振り子に手を触れない様にしておいてくれ。
じゃ、表へ出よう﹂
モコ助は、トコトコと歩き出した。
﹁キュオイズの旦那、次案内してくれるかね。それが終わったら、
テスト開始だ﹂
﹁次にご案内する場所は、少々変わった部署でして︱︱﹂
﹁あのよー、オッサン﹂
﹁オッサン?﹂
ミカボシが一国の魔術師長をオッサン呼ばわりしていた。
﹁オレさー、魔力無いしぃー、難しい物見せられてもー、わっかん
ないワケー。んで、腹減ったんでさ、ここいらで別行動させてもら
うわ。あんたら勇者メコ助様がいれば問題ないワケだろ?﹂
すでに露天店へ行く気満々。道案内役用にと、リーンの肩をつか
んでいる。
﹁モコ助様な。余計な茶々入らないから、オイラとしては願ったり
叶ったりだ。キュオイズの旦那、どうだね?﹂
キュオイズは、チラリとリーンに冷たい視線を浴びせてから口を
470
開いた。
﹁お疲れのようですから、よろしいんじゃないでしょうか。お城に
戻っていただければ、合流できる様に手配いたしておきます﹂
キュオイズは、頭を下げて了承とした。少なくとも慇懃無礼には
思えない物腰である。
﹁では、わたしも同行してよろしいでしょうか?﹂
フェリスも勉強会からの離脱を申し出た。基本、フェリスは体育
会系。魔術や科学には暗い。
﹁じゃ行くか、あ、サデ子は勇者様にくっついてろ。お前は勇者様
の一番弟子だからな﹂
ミカボシはリーンを引きずるようにして、その場を離れた。
一番弟子という言葉に、反応するキュオイズとガニア。
ミカボシ、わざとその言葉を使ったのある。
モコ助、サデ子ペアが案内された場所は、聖堂からそう離れてい
ない町屋であった。
﹁錬金術の町と呼ばれている一角です﹂
荒い石畳は荷車の跡が付いている。重い荷物の往来が多い証拠で
ある。
イオウの匂いに混じって、モコ助の鼻には厳しい刺激臭が漂って
た。
﹁ここでは、新素材の開発が行われています。出来ますれば、勇者
様のご意見を伺いたい。⋮⋮どうぞこちらへ﹂
471
田舎の納屋を思わせる引き戸を開け、中に入っていくキュオイズ
魔術師長。
続いて入るモコ助とサーデル。
中にあるのは製鉄所。⋮⋮に似た、何かの施設。
高温の炉がいくつかと、整理されていない作業台がいくつか。後
は鍛冶屋の道具類。
五人ばかりが、あくせくと働いていた。
﹁どうだ、アロン? 解決の糸口は見つかったか?﹂
キュオイズが責任者らしき中年男に声を掛けた。
知的な目をした、頭髪が残念な男。頭髪が残念な事を除けば、ナ
イスなミドルである。
﹁これは魔術師長。申し訳ありません、未だ解決の糸口が掴めませ
ん﹂
丈夫な前掛けで、汚れた手を拭きつつ、こちらへ歩いてくる。
﹁こちらの方は?﹂
﹁勇者様だ﹂
﹁へっ!﹂
びっくりしたのはハゲの⋮⋮もとい、頭髪に不自由する男だけで
はなく、作業場にいる錬金術師たち全員であった。 ﹁そんなわけで、時間の都合上、採用を見送ったのですが、ここで
は﹃勇者の鎧﹄の装甲に使われる合金の開発を行っているのです﹂
キュオイズの説明が一通り終わった。
472
現在製造途中にある﹃勇者の鎧﹄は、旧式ながらも信頼性のある
素材が使われているとのこと。
そして、﹃勇者の鎧Ⅱ﹄とも言うべき、次世代鎧を開発中である
こと。それにはどうしても新素材が必要不可欠であるといくこと。
﹁勇者様は異世界の生まれである。我らとは違う文明社会に生きて
きたお方。何か、解決策のヒントが得られるやもと思い、お出まし
願った次第﹂
キュオイズの説明は得心できる内容であったが、責任者は胡乱な
目でモコ助を見ている。
なにせモコモコの毛並みを持った小犬なんだから、斜めの目で見
ても仕方ない。
﹁アロン。問題点を説明なさい﹂
渋々といった模様で材料開発部責任者のアロンが、奥の棚から銀
の金属を取り出した。
それを作業場で一番大きな作業台に乗せる。
﹁これをご覧ください﹂ それは、全体を鏡面加工された、お碗状の薄い金属だった。
﹁これはミスリル銀です。大変軽い金属です﹂
アロンは銀のお碗をもう一度手にし、軽く振って見せた。厚みは
アルミホイルほど。重さは見た目に準じていそうだ。
それを石造りの作業台に伏せる。手にはトンカチを握っていた。
﹁そして頑丈﹂
473
アロンは、トンカチを振りかぶって打ち下ろした。
ミスリルのお椀は、澄んだ金属音と共にトンカチを弾いた。
﹁この薄さでこの強度。すばらしい材料じゃねえか﹂
モコ助は単純に感心した。
﹁ですが、粘りが無い。一定以上の力を加えると︱︱﹂
もう一度トンカチを振り下ろすアロン。彼の左手には釘締が握ら
れている。
トンカチの破壊力が、釘締の小さな一点に集約される。
ミスリルのお椀は、ガラスの様に粉々に砕け散った。
﹁この通り。人間相手の殴り合いなら十分な強度でしょうが⋮⋮﹂
アロンの言葉尻がしぼんでいく。
﹁なるほど。問題は⋮⋮﹂
モコ助が考え込む。
﹁問題は︱︱﹂
サーデルがモコ助の言葉を拾った。
﹁問題は、これをどうやって密室殺人に応用させるかだな?﹂
﹁問題は、魔族の暴力には通用しねえってコトだな﹂
モコ助がサーデルの台詞を無視して、アロンの台詞を引き継いだ。
おや、という顔をするアロン。
だがそれは一瞬。
﹁解決方法として、純度の高い鉄と一定割合で混ぜる方法がありま
す。これなら粘りが出て砕けることもなく、強度もアップできる。
⋮⋮はずですが、それが難問なのです﹂
アロンは、難問の内容を解説しようかすまいかで逡巡している。
474
犬のモコ助が、金属を混ぜるという、その真の意味を理解している
かどうか、の逡巡である。
﹁合金って、この世界じゃ、どうやって比重の違う金属同士を混ぜ
るんだい?﹂
﹁比重をご存じでしたか!﹂
小犬だと馬鹿にしていたアロンであるが、モコ助を刮目しだした
ようだ。
﹁過去、高温の炉にて、二つの金属を液体化し、るつぼで混ぜてい
たのですが、どうしても均一化できません。理由は解っています。
比重の差です﹂
液体化したとき、比重の重い金属は下に沈む。比重の軽い金属は
上へ浮かぶ。それが物質レベルで均一化を妨害しているのだ。
﹁ミスリルは均一に混ざらなければ、その性能を発揮できません﹂
暗い顔をするアロン。
モコ助が作業台へ飛び乗ってきた。
﹁いいから、失敗談を話してみな。ちったあ力になれるぜ﹂
態度のでかい小犬であるが、アロンは気にしない。藁にもすがる
思いなのだろう。
﹁単純に混ぜ合わせる方法は論外として、粉体で混ぜ合わせた後、
解かして混ぜる方法でも精度が足りません。魔法のポーションは高
温で蒸発しました。現在、風、地、火、水、の各魔力要素を配合す
る研究に賭けておりますっ!﹂
﹁どうやら間違った方向に全力疾走しちまったようだな、こりゃ﹂
モコ助が鼻から息を吹き出した。
475
﹁そこまでおっしゃるなら、何か考えがおありなのでしょうな?﹂
全否定されたアロン。相手が勇者である事を忘れ、切れかけてい
る。魔法使いとはいえ技術者肌故に、プライドも高い。
﹁落ち着けよアロンの旦那。迷路に嵌まったときは出発点に戻るの
が定石だ﹂
﹁すーはーすーはー。⋮⋮この場合の定石とは?﹂
深呼吸で気持ちを落ち着かせたアロンである。
﹁旦那、そもそも比重ってもんがあるから混ざらないんだろ? な
ら無くせばいいんじゃあるめえか?﹂
モコ助の提案に、間抜けな顔で応じるアロン。
﹁さっきキュオズの旦那が言ってたが、重力制御の魔法があるんだ
ろ? だったらそれ使って、製鉄炉そのものを無重力化すれば簡単
じゃねえのか?﹂
アロンが、後ろの作業者と目を合わせている。
その作業者が、他の作業者と目を合わせた。作業員は、連鎖反応
で次々と目を合わせていく。
﹁その手があったかーっ!﹂
﹁怖ぇーよ!﹂
モコ助の顔面すれすれで叫ぶアロン技師長であった。
476
8.開発︵後書き︶
次回﹁9.ミコト︵仮︶﹂
30日夜更新予定。
お楽しみに!
477
9.ムチ・スク・ニギ・ヒコ・ヌシ・ミコト
外は暗くなりかけていた。
夕食の時間まで、今少しある。
ミカボシのグループは、大きな酒場に来ていた。ここは食事も出
している。
女の子が注文を取りに来た。
﹁よーしみんな食え! かつ、飲め! どんどこ注文しろ!﹂
店の真ん中あたりのテーブルを占めていた。
﹁⋮⋮手持ちの銀は少ない。⋮⋮節約するから豆料理でいい﹂
﹁ステラ銀貨をロワウ銀貨に両替して目減りしました。我々は、ム
ルティ伯国の通貨であるセマーヌ銀貨に、まだ両替していません。
ここは自重すべきです。シチューありますか?﹂
リーンとフェリスがミカボシを諫めた。
﹁おまえらよぅ、シミったれたこと言ってんじゃねえよ﹂
口を尖らせるミカボシである。
﹁お前ら、ここらじゃ見かけない顔だな?﹂
ミカボシ達のテーブルを覗き込む髭面の男がいた。
﹁この町に勇者がやってきたって話だ。あんたら、その仲間だろ?﹂
決して親身な物言いではない。敵意と悪意に満ちた物の言い方。
478
﹁オレ達は勇者モコ助の仲間だ。オレとこいつが戦士で、このちっ
こいのが魔法使い。恐れ入ったか!﹂
ミカボシ達の周囲に集まってくる人々。
﹁お前達が魔族を呼んだんだな?﹂
﹁お客さーん。騒ぎは困るんですけどね﹂
店主らしき恰幅のよい人が、腕っ節の強そうな料理人と共に、奥
の厨房から出てきた。
ミカボシがフェリスとリーンの顔を見つめる。
﹁それ、なんてデジャブ?﹂
嫌な予感を感じ、腰を浮かすフェリスとリーン。
﹁ふふふ、こういう時、とっておきのスペルがある!﹂
ミカボシが背中から何かを取り出した。
どん、とテーブルに袋を置くミカボシ。袋の中から、金属のふれ
あう音がした。
そして口紐を緩めて逆さまにする。
出るわ出るわ、ピカピカのセマーヌ銀貨がボロボロ出るわ。
どれだけの金額かというと、店主の目の色が欲色に変わってしま
う程の金額だ。
﹁この世で最強のスペル発動! ﹃カネナラアル!﹄どうだ!﹂
しんと静まりかえる酒場。全員の視線がセマーヌ銀貨に集まって
いる。
﹁えーと、この呪文の効果は、術者の言葉に惑わされ、なんでも言
うことを聞いてしまう事です﹂
479
まだ、言葉を発する者はいなかった。
﹁では命令﹃この酒場で好きな物を注文しろ! これはオゴリだ!﹄
どーん!﹂
金にあかせた強引さが気に入らなかったのだろう。先ほどの、髭
面の男が噛みついてきた。
﹁な、何を言っている。勇者はそんな金で俺たちを買収する汚いヤ
ツなのか!﹂
﹁魔術師長閣下の懐からスッた⋮⋮もとい、魔術師長キュオイズさ
んよりの提供です。キュオイズさんは﹃これで町の人たちとコミュ
ニケーションをはかってきなさい﹄っつてた。たぶん﹂
棒読みのミカボシ。瞳孔が開きまくった目をしている。
﹁オレ達と一緒にメシを食わないってことは、魔術師長の意に反し
た行為。言い換えれば国家への反逆罪﹂
﹁そんなんで俺たちが屈するとでボヒュ!﹂
髭の男が床に伸びた。
料理人が、男の後頭部を太い麺棒で殴ったのだ。当分目が覚めな
いだろう。
店主とアイコンタクトをとる料理人。店主はよくやったと目で返
答した。
﹁あのよー﹂
客の一人が、おずおずとミカボシに話しかけてきた。
﹁俺たち、さっきの呪文で操られてるんだよな?﹂
480
ミカボシは、口の端をキュッと引きつらせ、キツネ目で笑った。
﹁当然だ。お前達はオレに操られている。何て可哀想なお前達。お
前達に罪は無いのに、今宵一晩、ただ食うか飲むしかねぇ。残念だ﹂
話しかけてきた客は、イタチ目をして答えとした。
そしてミカボシは、悪戯っぽい目を集まった客に向ける。
ここまで来ると、客の間からも得心の声が上がってきた。
﹁ヤロウ共!﹂
ミカボシが凄みのある声を出す。
﹁魔術師長のオゴリだ! この店の倉庫を空にしろ!﹂
﹁オオーッ!﹂
今宵、店は、開店以来最高の売り上げをレコードすることになる。
ミカボシ達三人は、席を移動していた。
中央がタチの悪い酔っ払い軍が占拠するに至り、端っこのテーブ
ルへ移動せざるを得なかった。
メニュー完全制覇を遂げ、はち切れんばかりの腹を抱え、瞼を重
そうにしているリーン。
最高級のワインをジョッキで空け続け、眠たそうな目をしている
フェリス。
ミカボシは肴の干物をつつきながら、差し入れのエールをチビチ
ビ飲んでいた。
481
﹁ねえミカどん⋮⋮﹂
﹁ミカどん言うな! 何だ、フェリス?﹂
ジョッキを持ったまま、あっちの世界へ逝きかけているフェリス
が、濁った目でミカボシを見ていた。
﹁ミカどんは何者なの? ゴンドワナへ来る前は何をしていたの?﹂
ぼーっと遠い目をするミカボシ。何かを思いだしているようだ。
﹁雫んちでやっかいになっていた。その前はシズカんちでやっかい
になっていた。その前は︱︱﹂
﹁そうじゃなくて!﹂
フェリスが飲みかけのジョッキをドンと置いた。
﹁生まれはどこよ? 女なのに男を感じるのはなぜ?﹂
﹁企業秘密だ﹂
フェリスの目が変な具合に据わった。
﹁人の過去にちょっかい出すくせに、自分の過去は話さないわけ?﹂
ミカボシは、痛いところを突かれたとばかりに、苦笑いを浮かべ
た。
﹁ムチ・スク・ニギ・ヒコ・アマ・ヌシ・ミコト。何だと思う?﹂
ミカボシ、質問に質問で返した。
フェリスは、思考を無くした目でミカボシを見るだけ。
﹁全部﹃神﹄を表す言葉だ。各一族が別々に神を表す尊い言葉を持
っていたが、やがてカミを戴く一族に統合されていった﹂
フェリスはぼーっとした目でミカボシの話の続きを待っていた。
482
﹁元々はオレもそこの所属だったんだが、アマツカミって集団があ
ってな。タカマガハラって高原の原っぱで勢力を伸ばしてたんだ。
そん中に、ニギハヤヒってガキがいてな。こいつがなかなか生まれ
がいいんだ。そんでもって面白いヤツでさ。トヨアシハラって世界
へ行くって話を聞いてさ﹂
ミカボシは、喉をしめらせるため、エールを一口飲んだ。長い話
になりそうだ。
﹁このタカマガハラって所がとんでもなくつまらねぇ場所でさ、退
屈な毎日を送ってきたワケよ。んで、そいつにくっついてトヨアシ
ハラへ降ってきたわけ﹂
﹁それで?﹂
﹁このニギハヤヒってのが思ったより堅物でな。意見の相違ってヤ
ツ? トヨアシハラへ着いて間もなく袂を分かった。そもそも、ト
ヨアシハラは、クニツカミ一家のオオムナチが大国主やってたんだ
よ。オレたちゃ体のいい侵略軍だ。やる気も無くなるってもんよ﹂ ﹁このオオムナチってのが懐の深いヌシでよ。領土の一角に勝手に
住んでても、食客扱いしてくれるんだ。
で、こいつの息子にタケミナカタって筋肉ダルマがいてさ、やけ
に馬が合う男でさ、ジュース買いに走ってもらったり、一緒に妹泣
かせたりしてつるんで遊んでたんだ。
その頃は確か男だった。今より背も高かったはずだ﹂ ﹁ああ、そのころだ、アラハバキとガチバトルやったの。オオムナ
チに遠慮して南の果てで決闘したんだが、鬼界ヶ島が吹き飛んじま
ってよ、誤魔化すのに大変だった﹂
483
﹁そうこうしているうちに、オレの古巣であるアマツカミの武闘派
が、トヨアシハラへじわじわと侵略戦を仕掛けてきた。
侵攻理由が捏造だったり言いがかりだったりしてて、ホント見苦
しかったんだよ。オレはバカらしくなってオオムナチの領土の東の
方で遊行してたんだ。
原住民に喧嘩の仕方を教えたり、生活の知恵を教えてやったり、
喧嘩したりと、大変有意義な時を過ごしていた。
気づいたら、タマ取るだのやらせるかだの、アマツカミ一家とク
ニツカミ一家の大戦争。オオムナチは幽閉されちまって、長男のヒ
トコトヌシはブチ殺され、腕っ節だけは強かったタケミナカタもス
ワまで戦線を後退させちまってた﹂
﹁アマツカミ武闘派ツートップのタケミカヅチとフツヌシが⋮⋮あ
あ、戦士の子に敬意を込めてアタマに﹃タケ﹄って冠を乗せるんだ
⋮⋮馬鹿ツートップの突っ込み担当ことタケミカヅチが、生意気に
もオレに挑みやがるんだ。
軽く一捻りしてやったら、泣いて逃げた。
今度はボケ担当のフツヌシが来たけど、必殺の下段強キック一発
で泣いて逃げやがった。
三度目はタケミカヅチとフツヌシの二人がかりで来たけど、前歯
折ってやったら泣いて帰った。二人がかりのくせに情けねぇのなん
の!﹂
﹁もう終わりかと思ってたら、アマツカミから使わされてきたのは
タケハヅチって小娘だった。拍子抜けしてたんだが、これがなかな
かこましゃっくれた知恵者でな。まんまと罠にはまって⋮⋮おい、
聞いてるか?﹂
船をこぎ出したフェリス。
﹁で、まあブッ飛ばされた先で血まみれの二刀を振り回してたのが
484
シズカって乱暴者でさ、これがまた意気投合して、暴れまくってた
んだが⋮⋮気がつけば背も低くなってて、女の身体をしていた。⋮
⋮おい、聞いてる?﹂
フェリスは、椅子に座ったまま眠りこけていた。リーンはとっく
にオネムだ。
﹁しょうがねぇな。おーい、姉ちゃん! 透明な方のワイン、ジョ
ッキで! それと料理をここからここまで。あと、なんか身体に掛
ける物二枚!﹂
追加注文したミカボシ。手にしたジョッキの中身を一息で飲み干
したのだった。
485
9.ムチ・スク・ニギ・ヒコ・ヌシ・ミコト︵後書き︶
をを! 調子良いぞ私!
次回﹁振り子﹂
11/1にうpできそう!
486
10.Pendulum
各所の見学を終えたモコ助と、お付きのサデ子が歩いている。魔
術師長のキュオイズと一番弟子のガニアも一緒だ。
モコ助は、サデ子の腕に抱き上げられている。
勇者の鎧開発センター郡の最初の地点へ戻る途中である。
飲みに出かけたミカボシと別行動を取ってから数時間が経ってい
た。
﹁どうでぇ、サデ子? 古代語魔法使い︵ソーサラー︶の特徴と怖
さが解ったかい? ラベルダーがムルティより優れている点は見つ
かったかね?﹂
モコ助は、小声でサデ子ことサーデルに聞いた。
サーデルは答える事なく、黙ったまま足を動かしていた。日頃脳
天気なサーデルとはうって変わって、陰気に落ち込んでいた。
﹁くくくっ、まあもうちょっと待てや﹂
意味深なモコ助の含み笑いである。
﹁さて、着いたな。ガニア君の入団テスト会場だ﹂
モコ助達が歩みを止めたのは、大聖堂の前。
固く閉ざされた入り口の前には、聖職者に偽装した見張りの兵士
が立っていた。
この中には巨大な振り子がある。
だれにも手を触れさせるな、という命令を実行させる為の処置だ。
487
ブレイブ・クエスト
﹁いよいよ、勇者様問題ですな!﹂
鼻息も荒く、一人意気込むキュオイズ。
一方、ガニアは緊張している。さっきから何度も不浄に立ってい
た。
﹁中に入ろう。止まってなきゃいいが﹂
大聖堂の分厚い扉を開ける。
中では振り子が左右に揺れていた。揺れ幅はだいぶ小さくなって
いたが、まだまだ余裕で振れている。
祭壇の前にも、表と同じく聖職者の扮装をした兵士が二人立って
いた。
秘密の出入り口を封鎖する為だ。
﹁さて、キュオイズの旦那、ガニア兄さん、⋮⋮それと、そこの兵
士諸君とサデ子もついでだ﹂
モコ助がサデ子の腕から飛び降りた。
トコトコと振り子に近づいていき、重りに巻き込まれる直前で座
り込んだ。
﹁さっきと何か変わってねえかい?﹂
じっくり観察するまでもない。振り子の軌道が、当初より右にズ
レていた。誰の目にも明らかなズレであった。
﹁触ったのか?﹂
キュオイズが見張りの兵士に尋ねた。まるで糾弾するかのように、
488
声に怒気があった。
﹁いえ! 我々はなにも⋮⋮﹂
互いの顔を見合わす兵士二人。
﹁旦那、あの二人は触れちゃいねえ。疑っちゃ可哀想だ﹂
モコ助は、兵士達の容疑を晴らしてやる。
﹁ここを出る前に確認したはずだ。誰の力も意思も関わっちゃいね
え。これは自然とズレたんだ﹂
﹁そんなバカな!﹂
ガニアならずとも、この場にいる誰もがこの言葉を口にした。サ
ーデルでさえ、口の中で唱えていた。
﹁ところがだ!﹂
モコ助が、その場の緩んだ空気を締めた。
﹁オイラは数字と計算式でだけでこれを説明する事ができる。それ
どころか、一時間あたりで何度傾いていくか示すこともできる。つ
まり、それは、この不思議な傾きの原因や理由を知ってるからだ﹂
全員の目がモコ助に集まる。
﹁それでは、ガニア君へのテスト問題だ⋮⋮﹂
嫌な予感に身を縮込ませるガニア。
﹁⋮⋮さて、目の前で繰り広げられているこの現象。振り子がズレ
た理由だけでいい。考えて教えてくんな。回答期限は⋮⋮そうだな、
別に一時間あたりの角度を求めているワケじゃねえ。簡単な問題だ
し、もう遅いから、答えの報告は明日の朝でいいや。あ、それと特
489
別に、知り合いの魔法使いになら相談してもいいぜ﹂
ものすごい勢いで、師匠キュオイズを仰ぎ見るガニア。
引きつった顔でそれを迎えるキュオイズ。助けを求め、警備の兵
士に視線を向ける。
手を左右に振って、救援を拒否する兵士の顔が必死だった。
﹁その代わり、カンニングは無しだ。こう見えてもオイラは勇者。
魔法は使えねえが、魔法を感知することだけは旦那方以上なんだぜ。
それと、宿はさっき聞いた部屋でいいな? オイラ達ゃ勝手に帰る
から、じっくり考えておいてくんな。その振り子、もう一度振り直
してもいいぜ﹂
大慌てでウインドボイスを飛ばしているキュオイズ。仲間の魔術
師に救援を求めているのだろう。
血の気を無くしたキュオイズ達を後にし、モコ助とサーデルは大
聖堂を後にした。
すっかり日が暮れてしまった城内の大通り、モコ助を抱いたサー
デルが、本丸に向かって歩いていた。
てづま
﹁ハハハッ、すごい手妻でしたね!﹂
﹁ちげーよ﹂
サーデルの感慨を一言の元に切って落としたモコ助。
﹁ハハハッ! なんだ、ミカどんの細工でしたか。何の合図も無し
であの手際。さすが名コンビ。息ピッタリですね!﹂
490
﹁バカヤロウ! 何を好きこのんでミカどんを相方になんかするも
んかい! あれは手品でも何でもねえ。ただの物理法則、数学問題。
奇跡も魔法も噛んじゃいねえ!﹂
﹁ハハハッ! なるほど⋮⋮あれ?﹂
神の奇跡も魔法も関係ない現象だとモコ助は言った。サーデルは
理解できず、言葉を無くしていた。
﹁あれはフーコーの振り子と言ってな⋮⋮﹂
モコ助が、サーデルの腕から飛び降りた。
﹁前に言ったな? この世界は巨大な球体だ。動いているのは太陽
ではない。星々でもない。このゴンドワナという名の球体大地が、
南北を軸として回転している。フーコーの振り子ってのは、球体大
地の回転、つまり自転を証明する原始的な装置なんだ﹂
サーデルを見上げるモコ助。
﹁わからねえか? ﹃物事は簡単に説明できる﹄方に見方を変えて
みなよ。振り子じゃなくて自分が動いていたとした方が、説明しや
すくないか?﹂
モコ助が言うのは仮説の導入。視点変化の思想。
この世界で欠けている思考方法だ。
にい
﹁動いていたのは振り子じゃない。部屋自体が回転していたんだ。
観察していたサーデル兄さんが部屋ごと回転していた。部屋は大地
ごと回転していた。自分の目を信じろ!﹂
信じろと言われてもに、わかには信じられない。
振り子の説明を受けても、理解が追いつかないでいた。
491
だけど、モコ助が嘘など言わない。モコ助の話は、理路整然とし
ている。
けー
﹁サーデル兄さん、帰るぞ﹂
モコ助が、城に向かって歩き出した。
﹁なんだ? ミカどん組が先着だったのかい?﹂
部屋に入ってくるなり、モコ助の第一声がそれだった。
綿がいっぱいつまった豪華な回転椅子に座るミカボシが迎えた。
﹁おい、これ凄いぞ! こんな世界に回転椅子がある!﹂
ミカボシは、椅子を回して遊んでいる。
フェリスとリーンはというと、フカフカのベッドへ無造作に転が
されていた。
﹁なんだ? サーデル、おまえ難しい顔して? 便秘か?﹂
﹁ふうーこーのふりこ?﹂
ミカボシの頭上に、はてなマークが飛び出していた。器用である。
﹁仕方ねえなこのやろう!﹂
フーコーの振り子を長々と説明するモコ助。
﹁説明してもミカどんに理解できるかどうか怪しいモンだがな﹂
モコ助は、横を向いてフッと笑った。
492
﹁⋮⋮ああ、あれね。アレだろあれ。説明が難しいヤツ﹂
どこからか、糸と穴の空いたコインを取り出すミカボシ。即席で
振り子を作りだした。
﹁無理すんな、ミカどん。恥かくだけだぜ!﹂
﹁ハーイ、あなたはだんだん眠くなーる!﹂
振り子は、ミカボシの目の前で、等速性をもって左右に揺れだし
た。ちょうどミカボシの肩から肩の間で揺れている。
偶然だろうか、狙ったのだろうか、正確に東西方向で揺れている。
ミカボシは、振り子を持ったまま、腰掛けた椅子ごと、ゆっくり
と回転を始めた。
サーデルから見て真横、九十度の位置、真北を向いて一旦ストッ
プ。当然、振り子は、東西方向へ揺れたまま。
⋮⋮なのだが。
﹁あれ?﹂
サーデルは、違和感を覚えた。
なんだろう? 何か変だ。
﹁あっ!﹂
気づいた。
振り子は東西に揺れている。当然だ。東西に振ったのだから。
ところが、北を向いたミカボシの眼前では、前後に揺れていたの
493
だ。
回転する前は、肩幅で左右だったのに!
振り子の揺れ方向に変化はない。ミカボシが北へ向きを変えたか
ら、ミカボシからだと前後へ揺れるて見えるのだ。
そして、ミカボシの一回転は終わった。
振り子は、元通りミカボシの肩幅で左右に揺れている。
﹁そういうことか⋮⋮﹂
サーデルは、大変な事に気づいてしまった。
静止した状態のサーデルから見た振り子は、ミカボシがどのよう
に回転しようと、左右に振られたまま、振り方向は移動しない。
しかし︱︱。
回転しているミカボシ主体で見ると、振り方向が移動してるよう
に見えてしまう。
ミカボシはドヤ顔でこちらを見た。
﹁これだろ?﹂
﹁ミカどん、てめえ時々奇跡を起こすよな。なあサーデル兄さん?
おい、どうしたサーデル兄さん!﹂
サーデルに、モコ助の声は届いていない。
サーデルは、額から汗が流れるのを感じていた。
494
振り子が動いたのではない! 知らない間に、ボク達が動いてい
たのだ!
物言わぬ振り子は、行動でそれを教えてくれていたのだ!
だとすると⋮⋮。
天が動いているのではない。地が動いているのだ。
船はマストから見える。この世界は平らではない。球体だ。
大地の球体が一日かけて回転している。さらに一年かけて太陽の
周囲を回転している。
いや違う! 逆だ!
大地球体の一回転が一日で、太陽を一周することが一年なのだ!
理由は解らない。だけど、こう考える方が、世界の造りが簡単に
見える。
⋮⋮ならば、神の教義は間違っているというのか?
いや、神の言葉を聞いた聖人が誤って解釈したのか? もしや、
嘘をついたのか?
だれが神話を
この世の成り立ち。神が人間を作ったという話。星々の世界に神
が住み、大地の底に悪魔が住むという話。
それも聖人の嘘なのか? 間違っているのか?
ならば、魔法は? 精霊は?
⋮⋮そもそも、だれが神の言葉を聞いたのだ?
文書化したのだ?
495
ゴンドワナの人類も、魔族も、真の摂理を知らなかった⋮⋮とで
も?
﹁おい、兄さん、しっかりしろ! ミカどん、てめえ何やったぁッ
?﹂
﹁オレの催眠術か? オレのせいなのか? ごめんよぉサーデルぅ
ー!﹂
サーデルは、額に手を置いたまま、膝から崩れ落ちたのだった。
朝が来た。
ドアの外に、ガニアの暗い顔があった。
﹁その顔は、ダメだった様だな﹂
彼の後ろで、目の下に隈を作ったキュオイズが立っていた。キュ
オイズの後ろにも魔法使いの老若男女がたくさん集っていた。みん
なして一様に疲れ果てた顔をしていた。
﹁二百年を生きる、白塔の賢者マウザー・ヘッケラー様をもってし
てもダメでした﹂
三角帽を頭に乗せ、白い顎髭を床まで垂らした老魔法使いが、世
にも情けない顔をしてうなだれている。
クエスト
ムルティ伯国魔法使いの名だたる幹部、賢者、研究者を総動員し
ても、問題が解けなかったのだ。
ゴンドワナ・ワールド住民の概念的に、解くことの叶わぬクエス
トだったのだから、予定通りの結果である。だが、規模の想定を失
496
念していた。
﹁おい、メコ助、これって不味い空気でなくね?﹂
﹁モコ助な。まさかここまで大事に至るとは⋮⋮想定外の出来事だ﹂
ガニアとキュオイズの顔はもとより、この国の最高知識、アンド
権力集団である魔術師団の面目丸つぶれであった。
﹁メコ助、何とかしろ!﹂
小声で怒鳴るミカボシ。さすがのミカボシも、この気まずい空気
に耐えられなかったのだ。
﹁モコ助な。頼むミカどん、ちょっと時間稼いでくれ!﹂
﹁やあ皆さんおそろいで。お早うございます。今日は良い天気です
ね。緑のカーテンは順調に育ってますか?﹂
ミカボシが何かをしゃべり出した。
モコ助は考える。
ベクトルを変えて誤魔化すしかねえ!
初期設定から弄るしかねえ! モコ助は覚悟を決めた。
﹁もう良いぜ、ご苦労だったなミカどん﹂
親指がくっついたり離れたりする手品を見せていたミカボシに声
をかけた。
﹁残念ながら、ガニア君は不採用だ﹂
予想されたことではあるが、音を立てて肩を落とす魔術師団。
高齢の魔術師や女性の中には、貧血で倒れる者も出た。
497
委細かまわず、モコ助は一気にしゃべり出した。
﹁実のところ、ウチのメンバーは、幸か不幸か女子ばかりなので、
男子が入ると非常に気まずい。例えるなら、女子パートの中に、若
いイケメン男子大学生を一人入れるようなもの。男子用ロッカール
ームも無いし、みんなのチームワークすら管理しなきゃならねえオ
イラの気苦労を察してくれ!﹂
採用不採用の基準が変わったことに、キュオイズ達は気づいてい
ない。
﹁第一、ガニア君はキュオイズ魔術師長の一番弟子。いわば次世代
の魔術師長候補。ムルティ伯国を背負って立つガニア君に、危険な
マネはさせられねえ!﹂
話の方向が大きく変わった。魔術師達のプライドをフォローする
方向へ変わった。
﹁傷つきやすいオイラのガラスのハートにゃ、重くて仕方ねえ。頼
む、察してくれ!﹂
そして同情をさそう。
クリクリとしたつぶらな目が効果抜群。情のこもったしゃべり方
も堂に入っている。
﹁勇者の鎧というスーパーハードを貸与してくれるだけで、オイラ
にゃ身に過ぎた真心だ。あんたらの気持ちは、勇者たるオイラが確
かに受け取った。どうかオイラの心のケアをするつもりで、ここは
涙を飲んで引いてくんな﹂
そして頭を僅かばかり下げた。ご飯を食べるときより上めに頭を
下げた。
﹁この通りだ。オイラ、いや、勇者の頭は安いものだと思わないで
くれよ﹂
498
﹁そういうことでしたら、⋮⋮解りました! 私が勇者様に余計な
プレッシャーをかけていたようです。頭を下げるのはこちらの方で
す! 申し訳ありませんでした!﹂
キュオイズはすっかり丸め込まれてしまった。
﹁その代わり、我ら不眠不休で勇者の鎧を完成させます! どうか
心おきなく戦いに赴いてください!﹂
モコ助は、振り子の件をあえて出さなかった。
魔術師達も、その点をあえて口にしなかった。
事なかれ主義がこの国の本性。
こうして、フーコーの振り子の一件は、無かった方向でオチが付
いたのだった。
499
10.Pendulum︵後書き︶
フーコーさんはさー、大衆の前で失敗ばかりしていたらしいですね
ー。
次回﹁襲撃︵仮︶﹂の予定。
約百名の皆様、おたのしみに!
500
11.襲撃
とにかく、せっかく集まったんだから、みんなで朝飯でも食って
親睦を深めようじゃねぇかと、宴会好きのミカボシが、朝食会を提
案した。
﹁夕べといい、今朝といい、ナイスだなミカどん。さては、何か悪
い物でも食っちまったな! まあいい、サデ子、フェリスとリーン
をたたき起こせ! ミカどん、その旨、食事の︱︱﹂
﹁ああ、ミカどんなら、とっくに走って行きましたよ。手配してく
るって﹂
一晩寝て復活したサーデル事、サデ子がモコ助に報告した。
﹁抜け目ねえな﹂
そんなこんなで、城の大食堂において、親睦会を兼ねた朝食会が
催されることとなった。
朝食が終わって、三々五々、飲み物に手を伸ばしたり、歓談が始
まったりする時間である。
ガニアは、サデ子がいたくお気に入りのようで、さかんに話しか
けていた。
そんな様子を横目に、モコ助が口を開く。
501
﹁しかし、なんだな、キュオイズの旦那﹂
﹁何でございますかな? 勇者様﹂
生ハムだのベーコンだのが、ふんだんに放り込まれた新鮮なサラ
ダを初め、小麦で作った真っ白なパン。透明なスープに、卵料理。
実に贅沢なメニューであった。
﹁魔王ヘードが率いる魔族軍二万がそこまで来ているってのに、ず
いぶんと余裕ぶっかましてくれるじゃねえか﹂
﹁そのことでしたか﹂
朝から蜂蜜を溶かし込んだミルクに口を付けるキュオイズ。カロ
リー量を考えるだけで胸焼けを覚えるモコ助である。
﹁グリム・リーから、ここレプラカンにかけての一帯にエンシェン
ト・グリフォンが一匹生息しております﹂
﹁⋮⋮グリフォンね﹂
モコ助は嫌な予感を覚えた。
﹁古より住まいしグリフォンは、その気高さと強さにより、わがム
ルティ伯国の建国以来のシンボルとして、また守護者として、その
威光を高めております﹂
誇らしげに胸を張るキュオイズ。
﹁霊獣グリフォンがいる限り、レプラカンは犯されぬ!﹂
﹁ミカどん、早めに飯食い終わっとけ!﹂
﹁報告! 魔族軍、襲来!﹂
モコ助の説を裏付けるべく、若い騎士が食堂へ飛び込んできたの
だった。
502
既に魔族は城壁を越え、町の中に進入していた。
町の人々は戸を堅く閉め、内で打ち震えていた。
魔族達はムルティ伯国の構築した前線を空を飛ぶことで回避。
温存してあった飛行タイプの魔族が、魔王ヘード配下の魔族をレ
プラカン市内へと運んだのだ。
ゲアガ・リング以来、再び取られた電撃奇襲作戦。
それに対し、騎士団の対応が早かったのが救いだった。
城の高所に設けられた見張り台から、魔族の展開位置が丸見え。
騎馬という高速を利して、効率的に魔族に対処していく。
この町と兵力は迎撃に特化していた。
出足は遅れたものの、魔法兵団が順次参戦。魔族達を次々と撃破
していく。
ムルティ伯国の兵団が魔族を押しつつあった。
しかしそれもつかの間。
浮き足だったムルティ伯国の前線を突破した魔族の本隊が、レプ
ラカンの橋を渡った。
こちらが本隊。
恐ろしい移動速度と、凄まじい破壊力。高位魔族の集団である。
503
今から思えば、奇襲部隊の魔族は弱かった。
奇襲部隊相手なら、騎士や魔法使いが一対一で倒せた。
だが侵攻本隊は、そう簡単にいかなかった。
よくて二対一。悪くて三人がかりでやっと魔族一体を倒せるかど
うか⋮⋮。
勢力を盛り返した魔族は、その先鋒が王城の門に到達する勢い。
そのなかで、声を荒げる魔法使いがいた。キュオイズである。
﹁勇者の鎧はどうした!﹂
﹁魔法炉心への魔力注入率三割です!﹂
ウインドボイスを利した巻き貝の通話機を操る若い魔法使いが答
える。
訳あって、高位魔法使い達は徹夜明け。ヘロヘロである。魔法兵
団、絶対不利!
王都の西。
ここに陣取るのは、不滅魔法兵団長、不滅のバーン。
フーコーの振り子の一件に関わらなかった魔法使いの一人。
王城へ通じる西の通りを幾人かの騎士と共に封鎖していた。
本来、彼は不滅魔法兵団一千人を率いる軍団長である。
配下の魔法使いは、ほぼ全員魔法炉心の起動に借り出されている。
決死の防衛戦に出張ているのは、共同で生活している直弟子達の
504
み。
騎士団の先頭に立つのは、バーン。
対する魔王軍は⋮⋮。
身の丈三メートルを超える一つ目。全身を堅い岩石に覆われたヘ
ビー級。スパイクを体全面に生やした四つ足の獣戦車。
そんな重くて痛そうな魔族が、十匹固まってバーンへと突っ込ん
でいく。
デス・インテグレィト
バーンは、腕輪に仕組んだ魔晶石をかざした。
﹁消滅!﹂
光り輝く魔晶石。
スペル
接触寸前、超近接距離でバーンの魔法が炸裂した。
重量級魔族達が一瞬で粒子と化し、霧散する。
第二列に位置する魔族の腰が浮いた。
チヤージ
﹁今だ! 突撃!﹂
横十人、縦三列に組んだ騎士団が、槍を腰溜めにして突っ込んで
いく。
その騎士団を光が薙いだ。
閃光と爆音を撒き散らし、三十人の騎士が消し飛んだ。
﹁なんだ?﹂
バーンが目を見張る。魔族達の遙か後方。光の射出点に大型の魔
族が立っていた。
直立したサイかカバ。硬化した皮膚が鎧に見える。異様に幅広の
505
肩。
右肩の装甲が上に跳ね上げられていた。下から覗くのは、どろり
とした粘膜を垂らす空間。
左肩の装甲が跳ね上がる。
ビーム
中に見えるのは、眩しい光を内包した粘膜。
その粘膜が破裂した。
バーンに向かって吐き出されたのは、高温荷電粒子。
近距離で威力を発揮するバーンの魔法は、この長距離攻撃に対抗
手段を持ち合わせていなかった。
王都の北。
魔族はタック・クローソーに近づけないでいた。
風の魔法兵団長の地位は伊達ではない。
ブレード・ウインド
﹁粘れるだけ粘るぞ! 刃疾風!﹂
二本の竜巻が現れ、十文字にクロスして魔族の群れに突っ込んで
いく。
ズタズタに切り裂かれた魔族達は、たまらず後退する。
﹁よーし、これで少しは稼げるぞ。ん?﹂
タックが放った魔法攻撃の跡に黒い小人が、ぽつねんと立ってい
た。
506
黒いというより、消し炭の墨色。胸の中央に、赤い光りが灯って
いる。
先ほどの魔法攻撃から逃れられたのか?
﹁吹き飛ばしてやる!﹂
タックは、再び、スペルを組み上げ、黒い小人に放つ。
まともに食らう小人。
しかし︱︱。
小人が発火した。
そして、嫌らしく笑う。
バスター・ソニツク
﹁舐めやがって! 吹き飛べ! 暴烈風!﹂
横向きの竜巻が現れ、小人を飲み込んだ。
さらに、火力を増す小人。
﹁しまった! あいつは炎の魔族!﹂
風が炎を強化する。暴風の中を巨大化しながら、火走りに走る炎
の魔族。
タック達が陣取る防衛陣地に、爆炎が突っ込んだ。
王都の南。
魔族達は、あらぬ方向へ向かってはバランスを狂わせて倒れてい
た。
507
同士討ちを始める者までいた。
幻影魔法兵団長ビロレッジが操る幻影魔法の成果である。
﹁このまま時間を稼ぐぞ! お前達は周囲を警戒しろ!﹂
ビロレッジは、配下の魔法使いと騎士に命令する。
自らは魔法効果の維持に努め、集中力を割く見張りは、部下や配
下に任せている。
とうめいまく
﹁ビロレッジ団長! 左から新手です﹂
﹁透明幕!﹂
ビロレッジ達の姿が消えた。攻撃に入ろうとした魔族は、その目
標を見失う。
イリユージヨン
﹁地域幻影!﹂
魔族達の目には、景色が一変して映っていることだろう。
クリエイト・イメージ
﹁疑映像!﹂ そして、幻の敵が魔族の傍らに現れた。
﹁これでしばらく保つ﹂
ビロレッジは、気を緩めることなく額の汗を拭う。
﹁ビロレッジ団長! あれを!﹂
部下の指さす方向。それは上空。
背中から羽が生えた魔族の一団が、降下体勢に入っていた。
羽は蝙蝠の羽。蝙蝠を彷彿させる顔。
長い耳、薄く開いた口。
そして退化した目。
508
彼らは、視覚に頼らない。口から発した超音波の反響で、物体を
認識する。
﹁だめだ、幻覚が通じない﹂
ビロレッジは、諦めの感情を押し殺し、慣れないスタイルの魔法
攻撃に切り替える。
防衛隊の数を遙かに上回る、蝙蝠魔族に、果敢に挑む南の防衛隊
であった。
王都の東。
四つの魔法兵団のを束ねる重鎮、爆炎のデビュラスとその一派十
人が陣取っていた。
彼は、爆炎魔法兵団長を兼ねている。
バリケードを構築し、長距離攻撃で魔族の攻撃をよく防いでいた。
中上位魔族の精鋭といえど、この距離を詰められないでいる。
テンダー・ボルト
﹁風火爆裂!﹂
デビュラスの呪文一閃! 魔族の集団中央で火球が爆発する!
ざっと二十匹ばかりが、致命傷を負った。
﹁さすが、師匠! 爆裂系を操らせればムルティ1ですね!﹂
弟子の一人が褒め称える。
﹁爆炎の二つ名は伊達じゃないぜ!﹂
意気込むデビュラスであるが、息の荒さは隠せない。魔力も相当
消耗している。
509
配下の魔術師達は、魔道炉心に火を入れる為動員されている。組
織だった反撃などできっこない。
だが、勇者の鎧が始動しさえすれば、こんな敵!
﹁片っ端から潰していけ! 後方で指揮を執る魔王ヘードを引きず
り出すんだ! お前達も無駄球を︱︱﹂
なんの前触れも無く、バリケードの中に魔族が一匹出現した。
赤いボディ。四本の腕。
三本の腕に三本の剣。右上腕の指が変な形の印を結んでいる。
﹁魔王⋮⋮ヘード!﹂
デビュラスが声を絞り出した。
﹁あれ? バレました?﹂
指の印を解くヘード。
﹁なぜ? 魔王は指揮をとらないのか?﹂
信じられぬといった顔のデビュラス。
﹁では参ります﹂
無手の右手から鈎爪が伸びた。これで四本の剣を持つ事になる。
﹁では、一体誰が指揮を?﹂
デビュラスの疑問に回答を与えることなく、魔王ヘードは縦横無
尽に走り出す。
中長距離攻撃を身上とするデビュラス一派は、なすすべも無く切
り刻まれていった。
510
511
11.襲撃︵後書き︶
魔族の必殺・奇襲攻撃に対し、勇者の常勝・梯子外しが炸裂するか
!︵嘘︶
次話﹁最終防衛ライン﹂もしくは﹁攻防﹂︵考え中︶
お楽しみに!
512
12.最終防衛ラインの攻防
﹁だめです! 支えきれません!﹂
﹁騎士は泣き言など言わぬ! 聞かぬ! 退かぬ!﹂
騎士隊長が鼓舞するものの、勢いというものは止めにくい。
モコ助達、勇者とその仲間は、王城にかかる橋に陣をひいていた。
王城へはこの橋一本のみ。
ここが最終防衛ライン。ここを抜かれると、防御設備は城の門だ
け。門を抜かれると、頼りは迷路の様な王城の間取りのみ。
親衛隊大隊と共に、キュオイズも、ガニアを始め、手勢を連れて
陣取っている。
﹁魔法使い兵団の団長を引かせろ! こうなったら全員で魔力を注
入させるんだ! なんとしても魔法炉心を動かせ!﹂
魔術師長キュオイズが命令を発する。
そこへ傷だらけの騎士が、馬を駆って駆け込んできた。
﹁不滅魔法兵団長、バーン様、討ち死に!﹂
﹁なんだと? 四天王の一人、不滅のバーンだぞ!﹂
キュオイズの驚きと落胆は半端ではない。
また、馬が駆け込んできた。
﹁風の魔法兵団長、タック・クローソー様、討ち死に!﹂
513
また馬が︱︱。
﹁幻影魔法兵団長、ビロレッジ様、討ち死に!﹂
また︱︱。
﹁爆炎魔法兵団長、デビュラス様、討ち死に!﹂
﹁おいおい、討ち死にフォーカードかよ。どうなってんだよ、この
国の魔法兵団!﹂
ミカボシが茶々をいれるものの、キュオイズと親衛隊長はかまっ
ていない。
デビュラスの訃報を持ち込んだ騎士は、報告を続けていたからだ。
﹁デビュラス様の相手は、⋮⋮魔王ヘード!﹂
﹁なんたる⋮⋮﹂
キュオイズは頭を両手で掻きむしった。
不利な状況は、それだけで終わらない。
﹁魔王が出たぞ! 魔王ヘードが出たぞーっ!﹂
魔王ヘード。四本の腕を持つ昆虫型の魔王。それが前線に姿を現
した。
ますます勢いに乗る魔族。
反比例して、勢いを削がれるムルティ軍。
﹁おのれヘード! ドラゴンを出していないとは! どこまで我ら
を舐めておるのか!﹂
親衛隊長が悔しさのあまり歯ぎしりをしていた。
﹁安心しろ、わけあってドラゴンはオイラ達が封じた。今回、出て
514
これねえ﹂
だって、美味しく戴きましたから。
﹁さすが勇者様!﹂
目を見張る親衛隊長。
ドラゴンは大人の理由で戦線に参加しない。さりとて戦局が逆転
するはずもない。
とうとう、ムルティ軍の前線が破られた。
魔王ヘードが直々に王城へと迫る! 落城は時間の問題!
﹁うおっ!﹂
モコ助達の前で、派手に巻き起こる爆発。
吹き飛ぶ騎士達。
煙が晴れると、魔王ヘードの禍々しい姿がそこにあった。
背後に精鋭魔族兵団を従えて。
﹁なんて事だ。あと少しで勇者の鎧が起動するというのに⋮⋮﹂
魔術師長キュオイズが、ギリギリと奥歯を噛みしめた。
﹁さて、諸君!﹂
魔王ヘードが四本の両手を広げた。
﹁神へのお祈りは済んだかね?﹂
小首を傾げる余裕を見せていた。彼の後ろには高位魔族が続々と
集結しつつあった。
515
﹁魔力注入率は幾らだ? まだ出せんのか!﹂
キュオイズが巻き貝型通話機に怒鳴る。
﹃現在八割! 大量の魔法使いを動員しています! あと少しです
!﹄
帰ってきた答えは絶望的だった。
﹁では、あなた方の救世主が現れる前に、殺すとしましょうか?﹂
昆虫の口を持つヘードが笑ったようだった。
魔王の四本の腕が上がる。
﹁そうはいくか!﹂
ミカボシが前に出た。
﹁ここはオレが時間を稼ぐ! その間に早く勇者の鎧を完成させろ
! ⋮⋮オレ、一度このセリフ言ってみたかったんだよね!﹂
嬉しそうに笑いながら、魔王へ突っ込んでいくミカボシ。
﹁右ストレート﹂
魔王ヘードが言った。
ミカボシの繰り出す右ストレートを紙一重でかわすヘード。
﹁ダメだミカどん! ヘードは考えを読む! 攻撃は当たらない!﹂
モコ助が叫ぶ!
﹁なんと! 攻撃を読まれては! どうやって戦えばいいのだ!﹂
キュオイズの額に汗が一筋流れた。
﹁チィッ!﹂
516
悔しがるミカボシ。
﹁左の下段蹴り﹂
そう言いつつ、ヘードが一歩後ろへ下がる。
ヘードの足があった場所でミカボシの蹴りが軌跡を描く。
﹁ンんのぉォー!﹂
その場で踏ん張るミカボシ。
ミカボシが左手を振りかぶる。
左手が消えた。
﹁左ストレーげう゛ぉ﹂
ミカボシの左ストレートが、ヘードの右面を捉えた。
後ずさるヘード。
﹁あれ?﹂
一瞬、周囲の人々の時間が止まった。
﹁いくら攻撃の手を先読みされたからって、ミカどんの超超高速運
動についてこられなきゃ意味ねえか﹂
モコ助の解説が入ったことによって、時間が動き出す。
﹁ふんぬっ!﹂
ミカボシが軸足を移動する。
﹁右フッげぼぉ!﹂
ミカボシの右腕が見えなかった。
宙に浮くヘード。
神速の一撃がヘードの顎を捉えたのだ。
517
﹁左けリョン﹂
律儀にミカボシの行動を報告するヘードに、ミカボシの左ローが
入った。
たまらず、ヘードは羽を広げ、空へ逃げる。
﹁とう!﹂
居合い一閃。空へ飛び上がるミカボシ。
超スピードの蹴りが、ヘードの腹部を捉えた。さらに、上空へ飛
ばされるヘード。
﹁ここは任せろ! 早く、勇者の鎧を!﹂
後を追い、空へ上がるミカボシ。
残された者たちは︱︱。
﹁えーと⋮⋮任せきった方がいいの⋮⋮かな?﹂
フェリスが空を見上げる。
﹁⋮⋮ミカどんって空を飛べた?﹂
リーンが空を見上げていた。
空の上では、豆粒ほどの大きさになったヘードとミカボシが、複
雑に絡み合っている。
﹁天の悪星だからな。空くらい飛ぶさ。⋮⋮たぶん﹂
一緒に見上げるモコ助である。
﹁それより、フェリス! リーン! 強敵はまだいるぞ!﹂
518
﹁はい!﹂
フェリスがマントをむしり取る。
神々しい姿態を露わにし、歓喜の表情を浮かべ、剣を引き抜くフ
ェリス。
﹁⋮⋮1、2、3、4、5、6︱︱﹂
リーンは、指で複雑な図形を空に描きながら、目は眼前に迫りつ
つある魔族兵団を追っている。
﹁21、22、23︱︱﹂
リーンが数える度、印が光を放ち図表化していく。
﹁なんだ? その魔法は?﹂
リーンの魔法を見たキュオイズ。初めて見る魔法の使用法に驚い
ている。
﹁ふぉおおおお!﹂
フェリスは猛々しい雄叫びを上げ、魔族の群れに突っ込んでいっ
た。
今度はフェリスの無謀な突撃にキュオイズが慌てる。
﹁突出するな! 魔法の援護準備を待て!﹂
﹁248、249、250。⋮⋮ファイヤーボール!﹂
250個の火の玉が、リーンの頭上を埋め尽くして出現した。
﹁な、なんだこの魔法は? 私の知らない魔法だと?﹂
キュオイズは目の前の魔族より、リーンの魔法に惹かれていた。
さすが魔術師長である。
﹁⋮⋮はい﹂
519
リーンが放つ裂帛の気合い。
250個のファイヤーボール郡が、各々自由な軌道を選んで魔族
軍へと襲いかかる。
勇者の仲間と魔族の精鋭が、ここに激突した!
フェリスの突撃に目を奪われていた魔族軍。
そのフェリスを追い抜いて迫る大量のファイアーボールに、慌て
て足並みを乱す。
魔族達の心境などお構いなしに次々と着弾していくファイアーボ
ール。
レジスト
だが、さすが魔族の精鋭達。
無効化する者、打ち落とす者、あたっても平気な者、多くの魔族
が、ノーダメージで次の行動へ移ろうとしていた。
そこに飛び込んだのがフェリスである。
魔族の一匹に襲いかかる。ファイアーボールに対処する為、無防
備であった腹を切り裂き、左の魔族へ接近する。
死角を突いて、切り裂きながら隣の魔族に蹴りを入れる。
ここまで来れば、魔族の反撃が始まる。
フェリスを半包囲するべく展開。
だが、フェリスは一目散に後退した。
唖然とする魔族の中央に、巨大バルキリーズ・ジャベリンが突っ
込んでくる。
魔族が固まって爆散した。
520
﹁なんだこれは? リーンはいったい何をしたんだ?﹂
キュオイズはあっけにとられていた。
﹁突撃ーっ!﹂
こんな時、体育会系は違う。身体が先に動いた。
親衛騎士隊が、槍を構えて魔族に突っ込んでいく。
大質量の突撃により、魔族は後退した。
ここを勝機とばかりに、なおも力押しする騎士団。
騎士の集団を透かして光が漏れたのは、その時!
﹁あの光は!﹂
嫌な予感は信じるタイプのフェリス。
橋の脇へ移動して、低く構える。
﹁⋮⋮逃げて﹂
一声放ち、リーンも構造物の影へと走る。
溢れる光の洪水。そして轟音。
騎士達が吹き飛んだ。
直線で城門と結ばれる光の束。
城門が爆音と共に跡形も無く吹き飛んだ。
のそっと姿を現したのは、直立したサイかカバ。その皮膚は、重
厚な装甲。
右肩の装甲が跳ね上がり、口を開けていた。肩口から垂れるドロ
リとした粘液。
﹁あ、あれは不滅のバーン様を倒した光線魔族!﹂
521
バーンの最後を伝えた騎士が叫ぶ。
﹁バーンの⋮⋮敵わなかった相手⋮⋮﹂
キュオイズが動かなくなった。
重戦車が如き魔族が岩の様な口を歪めた。たぶんシニカルに笑っ
たつもりだろう。
左肩の装甲が音を立てて跳ね上がる。
装甲の下には、光り輝く大きな粘膜。
この粘膜が爆ぜると︱︱。
そこに光りの投げ槍が突き刺さる。
スペル
﹁⋮⋮バルキリーズ・ジャベリン﹂
リーンが呪を叫んでいた。
ジャベリンが光りの玉と化す。
その光玉が、次なる巨大な光玉を生む。
ビーム魔族が自爆した。
自爆に巻き込まれないよう、身を伏せていた魔族にフェリスが突
っ込んできた。
瞬く間に五匹が血の海に沈む。
次の得物を探すフェリス。その前に現れたのは焦げた炭の様な身
体をした小人。
﹁あれは風のタック・クローソー様を倒した炎の魔族!﹂
騎士の一人が叫んだ。大怪我を押してこの場に留まった、風の兵
団に勤めていた騎士である。
522
小人の身体から、炎が渦を巻いて現れた。まるでそれが小人の服
であるかのように。
その熱は、生き物を遠ざけるには十分な熱量を持っていた。
両腕を上げ、気合いを入れる小人。さらに炎が激しく燃え上がる。
小人は両腕を下げ︱︱。
フェリスの神速剣に両断されていた。
﹁熱いのは嫌い。暑いのは嫌い﹂
目を吊り上がらせ、なにやら呪詛を唱えているフェリス。暑いの
に何かトラウマでもあるのだろうか?
フェリスが身体を張って支えている前線を超えて、有翼魔族が急
降下してきた。
完全な奇襲である。
ゲアガ・リングで数を大きく減じた有翼魔族。その貴重な魔族を
惜しげも無く前線へと投入してきた。
﹁キュオイズ様! あの蝙蝠は、妖しのビロレッジ様を殺した奴ら
です!﹂
﹁なにっ?﹂
手足を持ち、背中から蝙蝠の羽が生えた魔族。長い耳に避けた口。
顔は退化した目を持つ蝙蝠そのもの。
キュオイズが構える!
﹁ガニア! 隊長! ここを通す⋮⋮あれ?﹂
蝙蝠の顔を持つ有翼魔族は、キュオイズや騎士には目もくれず、
全員がリーンに向かった。その数、30匹。
523
ガリア・リングでの因縁を知らぬキュオイズ達に、その行動原理
は解らない。
彼らは、有翼魔族の先兵二万匹の敵を狙っているのだ。その者の
名はリーン。
おそらく有翼魔族戦闘部隊最後の生き残りである蝙蝠魔族は、城
を直接攻撃できたはずなのに、わざわざリーンを狙ったのだ。完全
な奇襲作戦をリーン一人の為に消費したのだ。
﹁リーン!﹂
愛弟子ガニアの為、己の栄達の為、リーンを排除しようとしたキ
ュオイズであるが、彼女を助けようとする考えだけが頭の中を占め
ていた。
同時に、救出は不可能である事を彼の知識が告げていた。
既に蝙蝠魔族はリーンの近接間合いにある。
魔法を打てばリーンにも当たる。騎士が剣を振るおうにも、近づ
くことはままならぬ。
そんな事を考えてしまうキュオイズは、自己の為に非常になりき
れぬ男であった。
前後左右はおろか、上空まで、それも二重三重に包囲されたリー
ン。目で状況を認識した。
そこからが早かった。
一口で十二まで敵をマーキングしつつ、高速で印を結ぶ。それも
右手一本で。
左手がマントの下から出た。
524
手にはカエルのマペットが装着されていた!
カエルの口が動く。中で動いているのはリーンの左手。
右手の印とリンクした口で唱えているスペルが完成した。
﹁⋮⋮ファイアー・ボール﹂
十二個のファイアー・ボールが出現。
と、同時にファイアー・ボールは複雑な運動を開始。リーンの身
体を守るかの様に螺旋を描いて舞い踊る。
カエルのスペルが完成した。
読唇術を心得ている者がいれば、こう読み取るだろう。
﹁バインディング﹂ 左を中心とした広範囲の敵が、不可視の網に絡め取られ、動きを
止めた。
これら二つの動作が同時に成された。
蝙蝠魔族達は、勢いがつきすぎていた。リーンに突っ込む速度を
落とせない。
見る間に十二匹が、踊るファイアー・ボールに打ち落とされてい
く。
その時、リーンは二度目のファイアー・ボールを唱え終わってい
た。
バインディングに絡め取られていた十二匹が、無抵抗に焼かれて
いく。
その最中、カエルのマペットがスペルを完成していた。
絡め取られる最後の六匹。
数を間違え十二個出してしまったファイアー・ボールに焼き尽く
525
される。
全ての所作が、リーンが一回転する間に終了。
リーンは次の敵をに向かうべく、踵を返した。
﹁ファイアー・ボールだけで魔族を倒した。⋮⋮あのカエルはなん
だ?﹂
キュオイズは知らない。リーンのファイアー・ボールは、レベル
1に偽装した超高温の魔法なのだ。
﹁旦那⋮⋮﹂
キュオイズに声を掛けるモコ助。
﹁勇者の仲間なんだ。これくらいは、やってくれなきゃ一緒に旅は
できねえぜ﹂
キュオイズ、真の意味を知るのであった。
⋮⋮カエルは、これからの解析を待ってほしい。
526
12.最終防衛ラインの攻防︵後書き︶
反撃は続きます。
次回、6stシーズン最終回!
527
13.勇者の王
フェリスとリーンが活躍するも、敵はまだ多い。
こちらはほぼ二人。対して敵は、少なく見積もっても三桁。
いずれ疲れて、討ち取られるのは火を見るより明らか。⋮⋮たぶ
ん。
﹁キュオイズの旦那、勇者の鎧はまだか!﹂
モコ助が、空を見ながら焦る。ちなみに、フェリスやリーン達の
活躍は見ていない。
﹁早くしないと、ミカボシが魔王を殴り殺してしまう。そうなれば、
ムルティ伯国の立場が無くなってしまう!﹂
ウインドボイス
我に返ったキュオイズ。巻き貝を媒体に使った遠話装置に怒鳴り
だした。
﹁なに? やっと魔法炉心に火が入ったか! ただちに勇者の鎧を
射出せよ!﹂
キュオイズの悲鳴に似た命令が飛ぶ。
とうとう時がやってきた。
﹁何だ?﹂
騎士の一人が叫ぶ。
大聖堂の方角で、土煙の柱が連続して五本上がった。
飛び出した何かが散開する。
528
内、一本が直線コースでこちらへやってきた。
背に羽の生えた幻獣の姿をした何か。
﹁どっかで見たフォルムだな﹂
モコ助がたじろいだ。
﹁あれが核となるグリフォン・ゴーレムです!﹂
風を巻き、モコ助の前でホバリングするその物体は、まさしく、
彫刻品のグリフォン。
人の手により造られしグリフォンの姿をしたゴーレム。見た目、
メカっぽい作り。
﹁お、おおおおお!﹂
モコ助が変な声を出している。
﹁を、ををををを!﹂
ミカボシが、モコ助の横で変な声を出している。
﹁じゃ!﹂
そう言って空へ上がるミカボシ。ヘードとの戦いは続く。
﹁ミカどん、もう一度やってみろ。ぶっ殺す!﹂
モコ助が空へ怨嗟を投げつけた。
﹁ゴーレムは全部で五体。さあ勇者様! 合体を!﹂
﹁合体するのか! 合体するのか!﹂
大事な事なので、モコ助は二回叫んだ。
﹁グリフォン!﹂
モコ助が呼びかけた。
529
﹁おおっ!﹂
大口を上げたグリフォン・ゴーレムがパクリとモコ助を飲み込ん
だ。
そして直立。垂直になったグリフォン・ゴーレムの胸に丸い小窓
が開いた。その窓からモコ助が顔を出す。
﹁こっちの方だったか!﹂
モコ助は軽量系を想定していた様だ。
グリフォンは、ぱたぱたガチョンと音を立て、人型っぽいのに変
形した。
﹁最終合体です!﹂
キュオイズが姿勢を低くした。
たちまち集まってくる他の4体。
カプリコーン・ゴーレムがグリフォンの前でゆっくりホバリング。
変形・分離し、左右の腕としてグリフォンに合体。手首がせり出
す。
ユニコーン・ゴーレムが回転変形。グリフォンの右足として合体。
キリン・ゴーレムが高速変形。こちらは左足として合体完了!
最後に翼竜の翼を持つワーバーン・ゴーレムが飛来。背中にドッ
キング。背甲と翼を兼ねる。
胸から覗いたモコ助の顔に、透明なカバーが降りた。
頭部を形成するグリフォンの口が大きく開く。中から現れたのは、
イケメン風の顔。ちょうど、オフロード用の庇が長いヘルメットを
被った人の顔である。
530
全ての合体シークエンスが完了した。
静かに立つのは身長三メートルに及ぶ、人造の巨人。
太い腕を振り上げる巨人。
力強い足を踏みならす巨人。
﹁⋮⋮ついに、ついに我らが待ち望んだ勇者が誕生した﹂
三ダース目のジャベリンを射出した直後、リーンのナレーション
が入る。
﹁⋮⋮その名は!﹂
胸から顔を出したモコ助が、雄叫びを上げる。
﹁モコッ、ガンッ、ガー!﹂
子供の味方モコガンガー。平和を守れモコガンガー! 負けるな
僕らのモコガンガー!
勇気と正義が戦う力!
今、世界を救えるのは君しか、君しかいない!
﹁人の上に立つ王がいるように、魔族の上に立つ魔王がいるように、
勇者の中の勇者に、勇者王がいても不思議はない。お前は勇者の頂
点に立つ王。勇者王・モコガンガーだ!﹂
それだけ言って、ミカボシは空の戦いに戻った。ヘードとの激し
い攻防が続く。
﹁言ったはずだな。次やったらブチ殺すってな!﹂ 眼前の魔族そっちのけで、上空を睨み上げるモコ助。
﹁聖剣よ、こーい!﹂
激しい落雷の中、聖剣が姿を現した。いつもより多くの雷光を放
531
っている。聖剣もやる気満々の様だ。
﹁ソード・コネクツッ!﹂
モコガンガーの右手が、軋み音を立てて聖剣をつかんだ。
聖剣の刃渡りは1メートルもある長剣。だがそれは人の体格をベ
ースとして言う長剣。
モコガンガーの体格から見れば、短刀クラス。
﹁行くぞ、聖剣!﹂
モコガンガーの掛け声で、聖剣が震えながら伸びた。
グレートソードクラス。モコガンガーの体格にちょうど良い。
﹁唸れ、エル・デ・カイザーッ!﹂
モコガンガーが聖剣を唐竹割に振り下ろす。
聖剣より伸びた光の斬撃が、正面の魔族を十匹ばかり吹き飛ばし
た。
﹁いけるぜ! オイラなんだか涙が出てきちまった、ちくしょうめ
!﹂
感涙にむせび泣くモコ助である。
﹁盗ったーっ!﹂
それを隙と見たか、左手より、三匹の大型魔族が飛び出してきた。
慌てず左手を出すモコガンガー。手の先の空気が揺らぐ。 ﹁バンガード・ソニック!﹂
左手が放つ超高周波の風魔法が、魔族を挽肉と化して吹き飛ばし
た。
532
﹁むっ!﹂
モコ助が前方の異変に気づく。
魔族の応援部隊が到着。フェリスが支えきれないでいる。
フェリスのピンチ!
モコガンガーは慌てず騒がず、右手の聖剣を石畳に突き刺した。
フリーになった右手拳を魔族の群れに突き出す。
﹁ビクトリー・マグナム!﹂
灼熱した右腕が超高速度で飛び出した。
魔族のド真ん中で、仕込まれた魔法が発動。
風の魔法が加わる指向性の爆発系魔法。炎の魔法と風の魔法を相
乗した、禁術魔法の一種である。
橋の上の魔族が、まとめて吹き飛ばされた!
﹁ふはははは! 強い! 強いぞオイラ! 次は魔王を血祭りにあ
げてやる! 魔王はどこだ!﹂
上空を見上げるモコガンガー。
豆粒の様にしか見えないほどの上空で、小さな黒い粒が三つ。複
雑な軌道を描いて絡み合っていた。
﹁え? 三つ?﹂
モコ助は、モコガンガーの遠視魔法の出力を上げた。
モコガンガーとリンクしたモコ助の視力視野に映像が結ばれた。
カカセヲを手にしたミカボシが、二体を相手に戦っている。
533
﹁カカセヲさんが出ている? ⋮⋮ミカどん、いったい誰と戦って
るんだ?﹂
硬直するモコガンガー。
それがいけなかった。
三つの豆粒の内、一つが弾けるようにして落下してきた。
﹁うぉ!﹂
遠視モードの為、とっさの反応ができなかった。
モコガンガーに直撃したのは魔王ヘード。
もんどり打って倒れるモコガンガーの巨体と、口から体液を吐き
出している魔王ヘード。
﹁必殺!﹃カカセヲ・サンデー・ドライバー!﹄略して﹃カサンド
ラ!﹄﹂
衝撃波をまといながら、音速越えで急降下してくるミカボシ。
カカセヲの切っ先を先頭にして。
﹁グァーッ!﹂
魔王ヘードを貫いたカカセヲ。勢い余って、モコガンガーの脇腹
まで串刺しにしていた。
﹁あ、悪りぃメコ助。じゃ、オレ忙しいから﹂
ヘードの身体に片足を掛け、乱暴にカカセヲを引き抜いたミカボ
シ。
上空に残した敵へめがけ、舞い上がっていく。
モコガンガーの脇腹に穴が空いていた。
534
﹁大丈夫ですか、勇者様!﹂
キュオイズとガニアが駆け寄る。
﹁オイラは大丈夫だが、モコガンガーがな⋮⋮﹂
とりあえず眼前の敵がいなくなったので、フェリスとリーンが走
り寄ってきた。
﹁モコガンガーの魔法炉心制御用魔道サーキットが潰れたようだ﹂
180度ターンしたリーン。モコガンガーから全力疾走で遠ざか
る。自分の勘を信じるタイプのフェリスが後に続く。
﹁魔法炉心がメルトダウンして、間もなく爆発する﹂
キュオイズとガニアはもとより、腹に穴を開けた魔王ヘードまで
もが逃げ出した。
﹁お前だけは逃がさねえ! ソニック・セイバー!﹂
かろうじて動くモコガンガーの左腕が風の渦を造る。
﹁離せ! こら! めっ!﹂
渦に絡め取られたヘードは、モコガンガーから離れられない。
﹁モコガンガーの道連れになってもらうぜ!﹂
モコガンガーから無数の光が飛び出した。
腹部から現れた膨れあがる火球。モコガンガーは大爆発を起こし
て四散した。
ゼロ地点からは、大蛇の様な黒煙が立ち登る。
﹁モコ助殿ーっ!﹂
ちゃっかり城内へ待避していたサーデルが飛び出してきた。
535
だけど、近づこうにも、身体に悪そうな黒煙が邪魔して前に進め
ない。
黒煙をかき分けて、なにかが這い出てきた。
現れたのは、魔王ヘード。
ヘードの上半身。
下半身は消失している。
四本の手で残った身体を支えている。背中の羽もズタボロだ。少
なくとも機動力は喪失している。
﹁ヘード! もはやこれまでだな!﹂
キュオイズが前に出た。
﹁何言ってやがる。私は昆虫タイプだ。体節が千切れても直接の死
に繋がらない。それより、あんた魔力のほとんどをあのガラクタに
注ぎ込んだんだろ? 半分になったとはいえ腐っても魔王。貴様に
どうこうできる力は残っていまい?﹂
口から血液以外の汁を垂らしながら、平然と語るヘード。
ここにはキュオイズとガニア、そしてサーデルしかいない。戦力
たり得るリーンとフェリスは、未だ炎の混じった黒煙の向こう。
﹁そして、勇者は死んだ﹂
﹁まさかモコガンガーが御影石製だったとは⋮⋮墓石じゃあるめえ
に、洒落にならねえ﹂
﹁あれ?﹂
モコ助が、煙の向こうから顔を出した。
536
ココア色の毛並みが、煤けて真っ黒になっている。
﹁オイラの自慢の毛並み、どうカタつけてくれる?﹂
﹁こうだよ!﹂
魔王ヘードが二本の腕を足代わりにしてモコ助に迫る。
モコ助は、ギクシャクした動きで避けようとする。平気な顔をし
ているが、モコガンガー爆発のダメージを少なからず受けているの
だろう。いつもの俊敏さを無くしている。
残り二本の腕から伸びた鋭い爪がモコ助を捕らえる。
﹁オラッシャーッ!﹂
ミカボシが、モコ助の鼻先に着地した。
ヘードの刃物と化した長い爪を踏み砕いて。
﹁おいおい、ミカどん、オイラの見せ場を︱︱﹂
﹁さあ来い、望み通り地上戦で相手してやらぁ!﹂
目が神性の金色に輝いているミカボシ。モコ助とヘードを完全無
視。カカセヲを斜め上空に構えている。
﹁ミカどん、さっきから何を相手に︱︱﹂
モコ助の饒舌が止まった。
ミカボシがカカセヲという主力兵器を構える先。カカセヲが切っ
先の狙う先。
ふわりと、音もなく石畳の上に降り立ったのは、黒いエナメルの
小さな靴。
それは、黒いワンピースを着た少女。
537
年の頃は十歳。ひいき目に見ても十代の前半。大きくウエーブの
かかった長い黒髪。
パッチリと大きく見開かれた目には黒い瞳。透けるような白い肌。
桜色の可憐な唇。
どこにでもいるお嬢様。
そんなお嬢様が、巨大で禍々しい、ごてごてと飾り付けた鎌を持
っている。
﹁こいつ強いぞ!﹂
ミカボシが嬉しそうに笑っている。
フェリスとリーンが戻ってきた。
円弧状に黒い少女を取り囲むが、そこから手が出せない。
実力が離れすぎた剣士同士は戦いが始まらないと言うが、今が正
にそれ。
殺意を向けただけで死ぬ。
そんな存在が、モコ助を黒い瞳で見つめた。
淡いピンクの唇が開く。
﹁王の上位に皇帝がいるように、魔王の上位に大魔王がいる。勇者
王の上位にも、なにかがいるのであろうか?﹂
そして可憐に笑った。
花でも摘むのだろうか? 左腕を出す少女。だが誰にも届かない。
伸ばしきった腕。手首を返して、人差し指をクイと曲げる。
﹁ギョボ!﹂
変な音、もしくは声を上げ、魔王ヘードが爆発した。バラバラと
飛び散る腕と頭。
538
少女はそのまま腕を左へ振った。
﹁うわっ!﹂
それは風ではない。目に見えぬ障壁が、サーデル達を吹き飛ばし
た。
転がるサーデル。むき出しの腕や足から血が出ている。
そのまま、腕を振り回し終えたら、サーデル達はミンチ肉になっ
ていただろう。
﹁完全におまえを舐めきったこの俺の突きッ!﹂
カカセヲを突き出したミカボシの行為によって、少女の攻撃が終
わった。
大方の予想通り、少女とカカセヲの切っ先は人一人分離れている。
﹁お前、何者だ?﹂
﹁自己紹介がまだであったな﹂
アーモンド型の目に妖しい光が揺れる。
夜に咲く昼顔の様に黒い少女は笑った。
﹁妾は、大魔王・アム﹂
6stシーズン﹁ムルティ伯国へ編﹂ 終了
539
13.勇者の王︵後書き︶
︵モコガンガーの歌︶
もこもこもこもこ モコガンガーッ!
もこもこもこもこ モコガンガーッ!
走れ! 頑強冒険隊!
道で寝てても風邪引かない!
しじま
金の静寂に、命の
花びら指で、そっと触れ
握って揉み潰せ!
もこもこもこもこ モコガンガー!
もこもこもこもこ モコガンガー!
一発変形! フォーメーション!
やるぜ! 最終合体だ!
一撃殴殺!
サイクローン・マーグナーム!
はやり
筋肉! 鬼畜! 舌先! 三寸!
時代の流行に背いた徒花
僕らの勇者王!
もこもこ モコガンガー!
540
−−−−−−−−−−−
二番の歌詞、募集中!
⋮⋮。
次章・次話まで、少々日数が開きます。
次章﹁エルフの村︵仮︶﹂
お楽しみに!
541
1.大魔王アム︵前書き︶
さて、長かった魔王シリーズが終了いたしました。
今回より、装いも新たに大魔王シリーズのスタートです︵嘘︶
542
1.大魔王アム
﹁大魔王⋮⋮だと?﹂
モコ助が姿勢を低く構える。
﹁おや、聞こえなかったのかい? 妾の名はアム。大魔王アムじゃ﹂
十歳にしか見えない黒い少女。十歳にしか聞こえない声質。
年に似合わず、話法は大人びたもの。どっしりと構える様は老獪
ですらある。
か弱き存在にしか見えないが、誰も手を出せないでいた。
目に見えない、それでいて確かな存在を感じさせるプレッシャー
が大魔王より迸り出ていた。誰も動くことができなかった。
挑発を続けるミカボシと、口数の減らないモコ助以外は。
﹁おいおいおい、オイラ達やっとの事で魔王を全部倒したと思った
ら、今度は大魔王かいっ! ヒューマノイドタイプは倫理的に相手
しにくいぜ!﹂
嫌らしく口の端を歪めるモコ助である。
﹁アム嬢ちゃん、大魔王も四人いるのかい? まさか、大魔王を倒
したら真魔王八部衆なんてのが現れて大見栄切るんじゃねえだろう
な? そんなんだったらオイラ速効で地球世界へ帰らしてもらうぜ
!﹂
鼻から荒い息を吐き出すモコ助であった。
﹁フッ! 安心するがよい。妾が最背後の黒幕じゃ。この世界にお
ける素晴らしい戯作の脚本を書いたのは妾じゃ﹂
543
モコ助の挑発に、大魔王アムは乗らない。鼻で笑って答えた。
﹁そんなはずはない!﹂
腰砕けになったキュオイズが、痰の絡んだ声で叫ぶ。
﹁何が違うんだ、オッサン!﹂
何事かと、注意を向けるミカボシ。
﹁アムは⋮⋮いやアム様は隣国、イントルーダー候国の第二候女っ
! 私は、一昨年の表敬訪問で顔を合わせている!﹂
キュオイズの足が、腕が震えている。
﹁そのウソ、本当?﹂
モコ助、飛びかかれる姿勢は崩していない。
﹁人間が魔王の上司ってか? 夢なら寝て言え。ボケるならオムツ
あててからだぜ﹂
キュオイズとモコ助のやりとりを面白そうな目で見ているアム。
﹁いかにも﹂
アムは肯定した。
﹁妾はイントルーダー候国の第二候女。アム・リーリン・イントル
ーダー⋮⋮﹂
口の端をヒョイと歪めるアム。
﹁⋮⋮だった﹂
意味ありげに笑った。
﹁嬢ちゃん、魔族に身体を乗っ取られたのか?﹂
モコ助の思いつきも順当な考えだ。
544
﹁いいや。妾の意思じゃ﹂
しんと静まりかえる王城前広場。
経緯を知っている者は理解できずに。
経緯を知らない者は、その事実に。
﹁もういいかな?﹂
ミカボシがボソリと呟いた。
ちょいちょいとカカセヲの切っ先を上下させている。
﹁空気読んで、手控えていたんだけどよー、話済んだみたいだし、
会話も弾まないみたいだからよ、ここはひとつチャンバラで間を持
たせたいんだが、いいかな?﹂
﹁ミカどんよ、せっかく空気読んだんだから、もうちっと辛抱でき
ねえのかい?﹂
﹁望む所よ!﹂
大魔王が鎌を身体の横に構えた。
﹁そう来なくっちゃ!﹂
ミカボシが正面にカカセヲを構える。
大魔王は構えた鎌を後方へ引いた。大魔王の小さな身体でも、鎌
本体が隠れてしまう。
その構えを取られて、ミカボシは顔をしかめた。
﹁ずいぶん嫌そうな顔してるな。ミカどん、カマ苦手か?﹂
あざとく見つけるモコ助である。
﹁大鎌の軌道が読みづらいのです﹂
フェリスが震える声で回答してくれた。
545
﹁剣の動きでもない。槍の動きでもない。引き寄せて切るのが鎌。
柄より遙か先に切っ先がある。剣や槍になれた手練れの戦士こそ、
間合いが取りづらい。ましてや、鎌の本体が隠れて見えない。大魔
王の使う大鎌なら、予想の付かない仕掛けの一つや二つ、警戒しな
ければならない。⋮⋮今のわたしじゃ無理だ﹂
闘神と呼ばれる事もあるミカボシであるが、対鎌戦は初体験なの
だろう。
ジリジリと、足の指先が間合いを探っている。
﹁やめた﹂
急に大魔王アムが構えを解いた。
﹁なんだ?﹂
拍子抜けするミカボシである。
大魔王アムが笑った。妖艶な笑顔ではない。
﹁冷静になって考えたら⋮⋮。ここで、貴様と構える予定では無か
ったのだ。ミカボシ、おまえは不思議な存在だ。お前を目の前にす
ると、楽しくなるのだな。ついつい余計なことをしてしまう﹂
年相応の子供の笑顔を浮かべているアム。
﹁妾の作戦は終了した。もう何もすることがない﹂
そしてモコ助を黒い瞳で見る。
﹁犬! あんな玩具で遊ぶな!﹂
﹁モコガンガーを馬鹿にするな!﹂
モコ助が吠えた。涙が混じっている。
﹁喰らえ!﹂
546
ジャンプ一閃! モコ助は渾身の技、伸身の二回転半を決めてい
た。
﹁9ミリパラペラムバレットパンチ・モード・スーパーノヴァ︱︱
あれ?﹂
大魔王アムの姿が消えた。
なんの前触れも無く消えた。
﹃ミカボシ、勇者モコスケ、もう終わった。これより妾は国へ帰る﹄
どこからか大魔王の声だけが聞こえる。
﹃全ての魔王を倒したのであろう? ならば、仕事は終わりだ。そ
なたらは古里へ帰るがよい﹄
右だったり左だったり、遠くからだったり耳元からだったり。
﹃ご苦労だったな。うふふふふ!﹄
声はそれっきり聞こえなくなった。
﹁瞬間⋮⋮移動﹂
フェリスが一言ずつ噛みしめる様にして言った。
気がつけば、魔族軍が引いていた。
町のいろんな場所から黒煙が立ち上がっている。だが、それはか
細いものだった。
時を置かず、いずれも消えてしまうことだろう。
﹁全てが終わった? どうゆーこった? 解るかメコ助?﹂
﹁モコ助な。詳しくは解んねえが、どうやらオイラ達、大魔王の書
いた脚本通りに働いてたみたいだな﹂
547
﹁働いた? オレは負け組か?﹂
﹁労働者が負け組かどうかは置いといて、オイラ達は負けたらしい﹂
むぅ、と唸り、腕を組むミカボシ。
フェリスはマントを羽織り、ムッツリとした表情に戻った。
リーンはレースのハンカチで額の汗を拭いていた。
サーデルは、腕の怪我を押さえている。
そんなサーデルにガニアが声を掛けてきた。
﹁サデ子さん﹂
サーデルことサデ子が、何かと振り仰ぐ。
ガニアが、手に小さな青い筒を持っていた。
筒の上についた突起を押し込む。そして、サデ子にそれを持たせ
た。
時間にして三秒後。筒から溢れた光がサデ子を包む。
﹁あ、あれ?﹂
腕の痛みが消えた。出血も止まっている様だ。
﹁これは、ヒーリング・バレル。魔晶石が仕込まれているんですよ。
これで怪我は治ったはずです﹂
柔らかく笑うガニアである。
﹁ガニアさん、ありがとうございます﹂
ちょこんと頭を下げるサデ子。
ガニアは頬を赤らめるのであった。
﹁うっかりしてた﹂
これはミカボシ。
548
﹁オイラとした事が!﹂
歯がみするモコ助である。
﹁それはそれとして︱︱﹂
﹁いつもの如く、他人の人生には興味無しかよ、オイ!﹂
﹁︱︱それ、オレにも一個くれ!﹂
ミカボシがガニアに手を出している。
﹁ミカボシ殿、お怪我なされましたか?﹂
ヒーリング・バレルを手渡すガニア。
﹁ありがとうよ!﹂
クルクルと指で回して弄ぶミカボシ。どうやら自分で使う気は無
いようだ。
﹁あの、ミカボシ殿、それは貴重な魔法器具です。お使いにならな
いのであれば︱︱﹂
﹁使うよ、でも使うのはオレじゃねぇ。こいつだ﹂
腕を突き出すミカボシ。先っぽにぶら下がっているのは︱︱。
﹁⋮⋮魔王ヘード?﹂
ガニアが身構える。
﹁⋮⋮の頭?﹂
モコ助が覗き込む。
ミカボシが手にぶら下げていたのは魔王ヘードの頭部パーツ。
口から黄色いお汁を垂らしている。
﹁生首をぶら下げるのはちょっとな、趣味的にな﹂
モコ助が嫌な顔をする。
549
﹁まだ死んでないよ﹂
喋ったのはヘード。
﹁おうっ!﹂
一同、一様に驚く。
﹁私は昆虫型。体節が独立した生き物だ。たとえ首だけになっても
即死はしない。下等動物みたいな出血死などしない。ただ、飢え死
にか血液不足か、どちらかで死ぬのを待つばかりだけどね﹂
﹁声帯無いんだろ? どうやって喋ってんだ?﹂
ヘードの頭を石畳に下ろすミカボシ。
﹁口に相当する部分でだ。発生用の顎を擦り合わせて音を出してい
る⋮⋮って、ちょ、ミカボシ、お前何をしている?﹂
﹁何って? 修理﹂
ミカボシは、ヘードの頭の下に一撃目で千切れ飛んだ下半身を添
えていた。
落ちていたヘードの腕を脇に添える。
足と腕が長い二等身像。
﹁うーん、バランスが悪りいなー﹂
ミカボシは、ヘードの腕を引きちぎって短くした。足も膝から下
だけを採用。
長い触覚も絵的に今ひとつなので、引き千切ることにした。
﹁おま! おまえ、人の身体だと思ってむちゃくちゃしやがって!﹂
怒るヘードであるが、頭だけになってはいかんともしがたい。
各部位を無理矢理ヘシ折って⋮⋮もとい、関節を造っていく。
550
﹁だいたいこんなもんだ。ホレ!﹂
ミカボシはヒーリング・バレルのスイッチを押して、ヘードの頭
に乗せた。
﹁バカヤロ! そんなんで治るわけないだろ!﹂
ヘードの主張は無視された。
ポンと音を立てて、ヒーリング・バレルから柔らかい光が、ヘー
ドの全身を包み込む様にあふれ出る。
光が消えると⋮⋮。
﹁治ったじゃねえか﹂
﹁デザインの変更を要求する!﹂
光りが消えると、2.5頭身のヘードが立っていた。
頭、胴体、脚、対比的に長いフート。頭部も、丸っこいデザイン
へと変更されていた。
﹁どーすんだよこれ? 魔王台無し!﹂
﹁魔王のお笑いキャラバージョン。ケラケラケラ!﹂
腹を抱えて笑うミカボシである。
551
1.大魔王アム︵後書き︶
ようやく再開!
これに伴い、ファーストコンタクトの方は一時休載いたします。
次話﹁自然消滅﹂
消滅するのは味方か敵か? 果たして作者の貯金か!?
よろしければポチッと評価ボタンを押してください。
きっと明日は晴れるでしょう!
552
2.自然消滅
同日同時刻。
ラベルダー王国領内、のどか村ディーグ
板木が盛んに打ち鳴らされていた。
何事かと村長が家の外へ走って出てきた。
﹁どうした︱︱うっ!﹂
濛々とした黒煙が、村中のあちらこちらから上がっている。
空気に焦げ臭さが混じっている。
﹁火事か?﹂
﹁大変です、村長! 畑が燃えています。畑が全部燃えています!﹂
村の若い衆が走ってくる。
﹁村中の麦畑が、全部燃えているだと?﹂
ディーグ村の青い空が、暗雲で埋め尽くされていた。
さらに、ヴェクスター公国、マフラー領内にて。
﹁この、罰当たりめがーっ!﹂
553
気合い一閃!
マクミトン・マフラーが巨大な槍を魔族の胸に突き刺した。その
まま、振り回す。
臓物をぶちまけながら、別の魔族にぶち当たって事切れた。
巻き添えで倒れ込んだ魔族の胸を槍の穂先が貫いた。そして捻る。
これまで、5秒とかかっていない。
﹁お、おのれー!﹂
戦いに圧勝したはずのマクミトン老。顔面を皺だらけにして奥歯
を力一杯噛みしめる。
﹁騎士団が壊滅状態なのをいいことに、領内のあちらこちらで火を
つけおってからに! ゲアガ・リングの戦いは、我らの勝ちではな
かったのか! これでは⋮⋮﹂
マクミトンが、殺気だった目で見ているのは、血反吐を吐いた魔
族ではない。
轟々と音を立て、炎に包まれている麦畑である。
﹁⋮⋮これでは、我らの負けではないか!﹂
もう少しで収穫だった。
ミカボシに譲ったはずの、マフラー家領内の広大な麦畑が、全て
火に包まれていた。
﹁騎士の約束により、この土地はミカボシ殿の物となった。留守を
預かる者として、なんたる失態か!﹂
だが、燃えた物は仕方ない。
554
﹁ミカボシ殿、無事であろうな⋮⋮﹂
思い切りよく炎から目をそらすマクミトン。
ミカボシが戦っているはずであろう、南の空を見つめていた。
ムルティ伯国、城内。
その頃、ミカボシ炒り豆を食っていた。
場所は、会議室近くの見張り台。
ここからレプラカンの市内が一望できる。
﹁んで? 私に何か話があるのだろう?﹂
﹁話したいのはお前なんだろ? ヘード﹂
ぬいぐるみサイズになったヘードは石の手摺りにチョコンと腰掛
けている。
足を揃えて前方へ放り投げたその姿は、微笑ましくも可愛い。
﹁まあいい。だが、その前に教えろ。ミカボシ、お前何者だ?﹂
﹁異世界の神。主神である女神と抗争中の悪神。黒岩神社の居候。
このあいだまでヤクザのアルバイトしていた﹂
﹁神? 嘘つけ!﹂
﹁あと、吸血鬼と女神の妹と戦って、口の達者な小娘に大怪我をさ
せられた。⋮⋮あ、腹立ってきた﹂ ヘードは口を閉じた。どこまでが本当の事か判断しにくかったか
らだ。
555
神かけて言うが⋮⋮ミカボシ以外の神にかけて言うが、ミカボシ
が言ってることは全て事実である!
﹁触覚をむしられ、相手の心が読みにくくなったか?﹂
﹁それもある。だけど、接触すれば読むことはできる﹂
ちょっとだけ、耳の棒ピアスを弄ってから、ミカボシは口を開い
た。
﹁じゃ、接触するか﹂
﹁え?﹂
小さくなったヘードを引き寄せ、額と額をくっつけた。
﹁あ、う﹂
たちまち、ヘードの認識力が、ミカボシの内部を捜査する。
そこは、ただっ広い空間だった。
深遠なる漆黒の宇宙。片隅に寄せられた銀河集団。
星界という表現がふさわしい広大な空間だった。
ヘードの意識は、そこに飲み込まれようとして⋮⋮。
﹁や、やめっ!﹂
ミカボシを突き放すヘード。昆虫故の独立体節がなせる技。脳に
よる一元管理の脊椎動物であれば、為す術もなく飲み込まれていた
だろう。
﹁おま、ちょ! 私が昆虫型であるからよかったものの⋮⋮、だか
ら、こんなことしたのか? 危ないヤツだな!﹂
ヘードが哺乳類なら、額に湧き出た汗を拭っていただろう。
﹁大魔王のこと、話すことがあれば聞いてやろう﹂
556
﹁へっ!﹂
ヘードはしばし考え込んだ。
﹁⋮⋮私たち魔族は、大魔王に嵌められたのかもしれない﹂
うつむき加減のヘードである。ミカボシは続きを促すことなく、
黙ったまま。
﹁今回の作戦だが、私たちは、人間の目をそらす囮だ。魔王である
私ですら囮だ。大魔王の目的は、人間の数を大幅に減らすこと。そ
の作戦のための囮だった﹂
﹁その作戦ってのは何だ?﹂
少しだけ言いよどむヘード。だが、口は軽かった。
﹁魔族が増えたのは、10年来の温度上昇によって食い物が増えた
事による。その逆を人間にしようって事だ。
人間が増えたのは、安定した食料の大量生産に因るもの。つまり、
人間の食料を無くせば、自然と数が減る。戦わずとも人間を絶滅さ
せることができる。⋮⋮今頃、世界のあちらこちらで、麦が焼かれ
ていることだろうよ!
その作戦に魔族が狩り出されたんだが⋮⋮何故か魔族も致命的に
数を減らしてしまった。
これすらが、魔族の数を減らして絶滅へと導く事すらが、大魔王
の意味の解らぬ目的なのかもしれない。今となっては、そうとしか
思えない。そう考える方が落ち着ける﹂
557
いくつ
﹁なあ、ヘード。大魔王アムは何歳だ?﹂
町の果てを見つめたままのミカボシが、ぼそりと呟いた。
﹁10歳。イントルーダーの第二侯女が生まれた年から、気温が高
くなった﹂
間髪を入れず答えるヘード。
﹁それだ!﹂
ミカボシが、ヘードを指でさした。
﹁そこから仕組まれているんだ。王族の姫君。それも次女だったら、
そこそこの権力を持っている。それでいて目立たない﹂
﹁じゃあ大魔王は、意図して人に生まれたのか? 大魔王は、そん
な昔から﹃今﹄を仕組んでいたのか?﹂
﹁さてね。さっきの大魔王にそれだけの力があればね﹂
﹁どういう意味だ?﹂
ミカボシはそれに答えなかった。
﹁ヘード! 魔族は悪か正義か、どっちだと思う?﹂
﹁何を唐突に?﹂
﹁答えろ。お前はどっちだと思う!﹂
話が繋がらないと思いつつ、ヘードは考えた。
﹁連中は考えが浅い。すぐに腕っ節で物事を決めようとする。組織
運営という思考方法が欠如している。話し合いは臆病者の得意技と
決めつけてやがる。どうしょうもない直情主義者ばかりだ!﹂
ミカボシは黙って聞いているだけだ。
ヘードは感情的になっていく。
558
﹁だから⋮⋮世界を支配しようだの、人類を絶滅させようだのと、
大それた考えは持たない。連中には、そんな考えを持つだけの頭が
ない!﹂
それだけ言うと、ヘードは落ち着きを取り戻した。
﹁魔族はまかり間違っても正義ではない。だが、悪じゃない。⋮⋮
ただのバカだ﹂
﹁そうか﹂
今まで黙って聞いていたミカボシが、ようやく口を挟んできた。
﹁オレは、バカが好きだ﹂
ヘードはレプラカンの町を見下ろしていた。
そして、ミカボシをゆっくりと見上げていく。
﹁実はな、⋮⋮私もバカが好きだ﹂
日が暮れてなお、城内での御前会議は続く。
国を動かす重鎮はもとより、白塔の賢者マウザー・ヘッケラー様
も同席。
その他、緑の賢者やら、紅の魔女やらも同席していた。
もちろん、筋肉冒険隊も、巨大なテーブルに着いている。
﹁魔法兵団を構成する四つの魔法軍団。その軍団長四人が四人とも
⋮⋮戦死いたしました﹂
ムルティ伯国魔術師長、キュオイズが報告を上げる。
559
あやか
﹁不滅のバーン、風のタック・クローソー、妖しのビロレッジ、爆
炎のデビュラス。これからこの国を背負っていく四人が⋮⋮なんと
いう事だ﹂
ミカボシが枯れ枝と評したムルティ伯国伯王・サイクォ・ムルテ
ィ。伯王は節だらけの手を顔に当て、目を伏せた。
﹁いい機会だから、こいつの話を聞いてやってくれ﹂
ミカボシは、テーブルにどんと置いた。
魔王ヘードである。
﹁なっ! こいつは! 魔王ヘードだぞ!﹂
キュオイズを始め、会議のメンバーが全員椅子を蹴り倒して立ち
上がった。
﹁もうこいつは魔王じゃない。ただのヘードだ﹂
ミカボシが神性の金色を揺らめかせた目でメンバーを睨む。気圧
された者達は反論できなかった。
﹁ヘード、さっきの話をもう一度してやれ﹂
﹁あー? 麦を燃やすって話の方か?﹂
会議が始まってからこっち、悪い情報しか入ってこない。
会議は終われない。
ミカボシは大あくびをしている。リーンは船をこいでいる。
モコ助、フェリス、サーデルは真剣なまなざしだ。
560
そこへ、ヘードの情報方通り、悪報がもたらされた。
﹁ピグシー村、ザラタン地方、アケロン地方、ミュー、シュット、
ドロ、グナン、その他全ての穀倉地帯、全ての村々で畑が焼かれて
しまいました。王都襲撃の時刻に合わせて火を放たれた模様!﹂
﹁おのれ魔族⋮⋮やはり我らを餓死させるつもりか⋮⋮﹂
サイクォ伯王は、肩を落とす。痛々しいまでの落ち込み様。
﹁魔王と大魔王すら囮として使ったか。食料の供給を根絶やしにす
るのが奴らの目的。兵糧攻めの策、卑怯なり魔族!﹂
キュオイズも背中を丸めた。
﹁これでは、我がムルティは、魔族が何もせずとも、一年で自然消
滅です!﹂
食料と税関連を取り扱う大臣が、頭を押さえてテーブルに突っ伏
した。
﹁ああ、オイラのモコガンガーが﹂
マスター・フラットに匹敵する智慧者、モコ助も落ち込んでいる
から手の打ちようがない。
﹁だがしかし、この国の騎士団も、魔法兵団も健在だ!﹂
フェリスが声を張り上げた。
﹁その兵団で何をする?﹂
サイクォ伯王が眠たげに片目を開けて聞いた。
﹁もちろん、攻め込むのです! イントルーダー候国へ! 大兵団
で大魔王アムを攻めるのです!﹂
561
フェリスは、拳を握りしめ、主戦論を展開する。
キュオイズは静かに説明を始めた。
﹁騎士団2万。魔法兵団1万。合わせて3万の大兵団を動かすには
兵糧が必要です。仮に、イントルーダーでの略奪を前提に入れたと
しても、イントルーダーへ着く前に、干上がってしまうことでしょ
う﹂
燃料がなければ軍は動かない。無理に動かせば、国民が干上がる。
打つ手無し。
﹁ああ、おしまいだ! 神よ!﹂
﹁ララシーナ様! どうかお慈悲を!﹂
﹁ララシーナ様! 奇跡を!﹂
異口同音に神頼みをする大臣達、ムルティの中枢メンバー。
﹁皆の者、静まれぃ!﹂
伯王が声を荒げた。年老いてもなお、腹に響く声。
﹁見苦しいところをご覧に入れて、申し訳なく思う﹂
サイクォ伯王が頭を下げた。︱︱どこの馬の骨ともしれぬ犬と背
高ノッポに。
﹁もはやこれ以上、騒ぎを大きくしたくない。大魔王と、イントル
ーダー候国と事を構えるのは愚の骨頂。ムルティなど一揉みに消さ
れてしまう﹂
頭を上げるサイクォ伯王。
目が陰気に怖かった。
﹁勇者様。あなたの役目は終わった﹂
562
老人がモコ助に最後通牒をしてきた。
﹁せめて、我らムルティ伯国の魔法使いが、あなたたちを元の世界
へ戻してしんぜよう﹂
言うべき事は全て言ったとばかりに、老王は椅子へ深々と腰掛け
る。
﹁断る﹂
アクビばかりしていたミカボシが、明瞭な発音で否定した。
﹁焼け残った畑が一枚くら残ってないか? 隠し畑って知らないか
? 食い物なんざ海にたくさん転がってるだろ? 山入った事ない
のか? おまえら本気で探したか?﹂
﹁ミカどん?﹂
ミカボシらしくない対応に、思わず目を見張るモコ助である。
音を立てて椅子から立ち上がるミカボシ。
﹁帰るなら自力で帰る﹂
ノンレム睡眠に陥っているリーンを右手に、ヘードを左手にぶら
下げて、会議室を出て行く。
あっけにとられるムルティ伯国の中枢人物達。
ミカボシは、暗い廊下へと消えていった。
﹁みんなで戦いましょう! 座して滅ぶなら、戦って滅びましょう
!﹂
フェリスが皆を鼓舞するも、それに乗る者は一人もいなかった。
563
2.自然消滅︵後書き︶
連投!
次話﹁殲滅戦﹂
殲滅するのは味方か敵か? 果たして作者の人生か!?
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きっと明日は洗濯物がよく乾くでしょう!
564
3.殲滅戦
﹁かかれーっ! かかれーっ!﹂
ムルティ伯国騎士団隊長の怒声が轟く。
﹁相手はたった一人だぞーっ!﹂
城門前広場に集結したムルティ伯国空雷騎士団2万は総崩れとな
っていた。
原因はたった一人の戦士。
﹁オラオラオラオラー!﹂
凶暴な笑みをその顔に浮かべるミカボシ。右手で金属バットを振
り回している。
バットには﹁勇気注入棒﹂の文字が刻まれていた。
ミカボシは騎士達を蹴散らしながら一直線に王城へと向かう。
広場を出た地点で、空雷騎士団の組織だった反撃が待っていた。
横に十二人。縦に十二組並んだ槍衾が、ミカボシただ一人に向け
突撃を敢行した。
﹁変異抜刀霞ケツバット!﹂
高速機動を見せるミカボシ。
一瞬にして槍衾第一陣の背後へ回った。そして︱︱。
﹁ケツ・バットォー!﹂
がんがんゴンゴン音を立て、ミカボシは騎士の尻を金属バットで
攻撃していく。
565
﹁うぎゃー!﹂﹁ひぎぃー!﹂﹁らめえー!﹂
いろんな悲鳴を上げ、尻を抱え込んでうずくまっていく勇猛果敢
な騎士達。
﹁サイクルヒッート!!﹂
稲妻型の回避行動を取りつつ、第二陣の背後へ回るミカボシ。そ
の後ろに控える第三陣は、同士討ちが恐くてミカボシを攻撃できな
いでいる。
﹁ケツッ・バットォオオー!﹂
律儀に技名を叫びながら、次々とケツバットを決めていく。
悲鳴を上げ、ケツを押さえながらバタバタと薙ぎ倒されていく騎
士達。
﹁ただ尻を金属棒でどつかれるだけだ! 鎧で止まるだろう? わ
け解かんねーぞ!﹂
直接前線で指揮する騎士隊長が焦る。何故、鎧の上から殴られる
だけで戦闘不能のダメージを負うのか? 理解できないでいた。
﹁ミカボシ・ホームラン!﹂
第四陣以後が次々と空を飛ぶ。
チヤージ
﹁ステラ中隊ッ、突撃ッ!﹂
赤い鎧で統一された百人からなる騎士の一団が、ミカボシを包囲。
同士討ちを恐れず突っ込んできた。
﹁来やがれ、へなちょこ共!﹂
バット一本で応戦するミカボシ。
566
脇目もふらず突っ込んできた騎士達は、片っ端からケツバットで
沈んでいく。
﹁いまだ! 魔法兵団! 我らごと撃ち抜け!﹂
ステラ騎士隊長が血走った目で命令する。
戦いで常軌を逸した魔法兵団の一個中隊が、エネルギー・ボルト
を連打する。
﹁ミカボシ・ピッチ返し!﹂
魔法の光弾を連続で打ち返す。
狙い違わず、魔法使い達に命中していく光弾。
﹁タマとったーっ!﹂
﹁させるかーっ!﹂
纏い付く騎士達を蹴散らしながら進むミカボシと、騎士隊長が直
接対峙する。
﹁破っ!﹂
気合いと共に、騎士隊長必殺の突きが出る。
数多くの魔族や敵騎士を葬ってきた得意技。
ミカボシは乾坤一擲の突きを軽くくぐり抜け、背後へ回る。
﹁苦っ!﹂
視界から消えたミカボシを追い、当たりを付けた背後を振り向く。
そこにミカボシはいない。
ミカボシは一周し、騎士隊長の背後でしゃがんでいた。
﹁ケツバット奥義、三年っ殺しっ!﹂
567
ズボリと凶悪な擬音を立て、バットの先端が騎士隊長のケツにめ
り込んだ。
﹁うほ!﹂
変な悲鳴を上げ、頭から崩れ落ちる騎士隊長であった。
﹁騎士隊長がヤられたぞー!﹂
﹁おのれミカボシ!﹂
歯ぎしりするのは白塔の賢者、マウザー・ヘッケラー。三角帽に
白い長髭。齢二百を数える老魔法使い。
白塔の賢者に向けて、騎士の大隊にケツバットを喰らわせながら、
ミカボシは一直線に突き進む。
﹁ふむ﹂
白塔の賢者は、つまらなさそうに鼻から息を吐く。
﹁行動様式は単調じゃの⋮⋮﹂
そして、指で宙に描くは複雑な文様。
お構いなしに突っ込んでいくミカボシ。大きくバットを振りかぶ
る。
﹁死ねやオラー!﹂
白塔の賢者は慌てず騒がず、印を組んだ手を前方に突き出す。
﹁ディメンジョン・ゲート!﹂
﹁あれ?﹂
ミカボシの前方空間が、ドアの様に開いた。中は他空間。
568
﹁おをお!﹂
すっぽりと入り込むミカボシ。
ドアは閉じられた。
﹁フッ、他愛ない﹂
白塔の賢者が口の端に皺を寄せる。
硬質なナニかが割れる音がした。
ミカボシが空間障壁を蹴り破って通常空間へ戻ってきた。
現れたのは賢者の真横。
賢者が振り向くよりも速く、凶悪な目で睨みつけながら交差して
いくミカボシ。
一瞬で背後を取ったミカボシは、バックハンドでバットを振り抜
く。
﹁ヒョゲー!﹂
およそ、賢者と呼ばれて否定しない者が発音してはいけない言葉
を発しながら、ケツバットに沈む白塔の賢者。
尻を抱えてもんどりうつ白塔の賢者マウザー・ヘッケラー!
﹁小癪な!﹂
緋色のマントを翻し、飛行術で宙に上がる赤い魔法使い。赤の魔
法使いこと、シエラ・リーブ。
﹁ウハハハッ!﹂
その背後にピッタリとくっついて空に舞うミカボシ。
﹁ヒィッ!﹂
小娘のような悲鳴を上げるシェラ。
569
﹁スカイ︱︱﹂
魔女のスカートをめくった。
﹁トリプル︱︱﹂
下着を下ろした。
﹁ダンシング・ケツペンペンッ!﹂
﹁ヒギィーッ!﹂
カタカナで叫んだからよかったものの、これがひらがなだったら
大変なことになる。
赤い魔女はあえなく墜落。むき出しのケツを抱えて白目を剥いて
いる。亜屁顔で気絶。
緑の賢者スーア・ザン。
﹁我が技を食ら︱︱﹂
﹁ライトニーング・バーッ!﹂
魔術師の欠点。魔法が発動するまでの時間が長いこと。
スーアは、アクションを起こす前にケツバットを喰らって失神し
た。
誰もミカボシの怪進撃を止められない。
城のバルコニーからは、騎士の群れの中央から、五十人、八十人
と、固まって宙を飛んでいるのが見て取れる。
王の間は、恐ろしいくらい静まりかえっていた。
伯王サイクォが、落ち着きのない顔で王座に座っている。
570
左右並びに、扉と伯王の間を埋めるのは親衛騎士団よりすぐりの
精鋭百人。
伯王は先ほどから疑問を感じていた。
百人程度では心細さを感じるのはなぜだろう?
そんな伯王の心の中を知ってか知らずか、全てが静まりかえって
いた。
その静寂を破って、物見の兵達がバラバラと駆け込んでくる。
﹁三賢者様沈黙!﹂
﹁第七大隊壊滅っ!﹂
﹁キュオイズ様ロスト!﹂
﹁弓兵大隊、戦闘不能っ!﹂
﹁うぉらー!﹂
開けられていた扉をわざわざ蹴壊して、ミカボシが王の間に飛び
込んできた。
﹁きゃーっ!﹂
年甲斐もなく、恐慌を起こす伯王。
﹁うわー!﹂
﹁うわーッ!﹂
最初の叫び声は、親衛隊が泣きながら突撃する、やけくその叫び
声。
二つ目のうわーッ! は、もれなくケツバットを叩き込まれた悲
鳴。
﹁どーこーにーいーるー、サイクォーぅ!﹂
血走った目でぐるりと室内をサーチするミカボシ。
571
﹁あう、あう⋮⋮、2万の騎士と1万の魔法兵団はどこへ消えた?
だれか! だれか助けて!﹂
腰を抜かしてしまい、玉座から滑り落ちるサイクォ伯王。助ける
べき者は、全てケツを腫らして倒れている。
血走った目をギョロリと動かすミカボシ。
﹁そこにぃ−、いーたーのーかぁー!﹂
伯王を見つけたミカボシ。ボコボコに凹みまくったバットを、頭
上までゆっくりと上げていく。
﹁や、やめ! 大魔王と戦うなと言ったのが悪かったのか? だっ
たら謝るから!﹂
ギラリと笑ったミカボシ。指を一本立てて左右に振った。違うと
言っている。
﹁たーだーのーっ、⋮⋮腹いせだぁー!﹂
﹁殺生な−!﹂
逃げようと四つん這いになったのが悪かった。
尻をミカボシに見せたのが悪かった。
ケツバット一発。
﹁ぐはぁ!﹂
ミカボシは、﹁勇気注入棒﹂の﹁気﹂の字あたりで﹁く﹂の字に
曲がった金属バットを投げ捨て、サイクォ伯王に馬乗りとなる。
﹁大魔王との一戦で、万が一負けたとき、腹いせが必要だから、お
前らを殺さなかったのだ! ケラケラケラ!﹂
572
﹁ご無体なーっ!﹂
﹁負けたら景気付けにもう一回殴りに来るからな! ケラケラケラ
!﹂
サイクォ伯王は、顔の形が変わるほど、また、心にまで及ぶ深い
傷を負うまで、ボコボコにされたのであった。
ここに、ムルティ伯国は、怒り狂ったミカボシにボコられたので
あった。
⋮⋮。
どうして、こうなったーっ!
573
3.殲滅戦︵後書き︶
次話﹁勇者﹂
勇気ある者。それは真っ昼間にエロDVDを借りられる者!
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きっと明日は信号に引っかからないでしょう!
574
4.勇者の条件 時間は戻って︱︱、
魔族の急襲があった翌朝。つまり、暗い会議があった翌日の朝早
くである。
ここは城門前広場。
十年来のいつも通り。朝から日差しが強かった。
集う者の影が濃い。
白いキューブに背中をくっつけて、ミカボシが立っている。
ミカボシとモコ助は、焦げたガーゴイル像が佇む城門を背にして
立っていた。
サーデル、フェリス、リーンも所在なさげに立っている。
﹁ミカボシ殿、そなたこれよりどうなさるおつもりで?﹂
魔術師長キュオイズが厳しい目をしていた。
キュオイズの背後に並ぶのは、鶴翼に陣を敷く二万の騎士団。
甲冑が打ち鳴らす音が、先ほどからやかましい。朝日を反射する
槍の穂先が眩しい。
そして、羽一枚後ろには、一万の魔法兵団がブツブツとヤバイ呪
文を呟いていた。
ミカボシに心情的変化は微塵もない。
﹁オレかい? 大魔王のケツを蹴りにでも行こうと思っている﹂
575
キュオイズが口を開く前に、フェリスとリーンの肩に手を回すミ
カボシ。
﹁てめぇらも連れていく。文句あるめぇ?﹂
﹁当然です﹂
二つ返事で答えるフェリス。眉をキリリッと引き締めた。
リーンはアクビで応と答える。
ハブにされたサーデルはいじけている。
﹁それがどういう事かおわりか?﹂
キュオイズの言が厳しくなった。泣きそうな顔をしている。
﹁天の悪星、天津甕星様に刃を向けて、ただで済むと思われちゃ困
るんでね﹂
ミカボシ。眉が危険な角度に吊り上がっていく。
﹁やめられよミカボシ殿。大魔王をこれ以上刺激するな。伯王のお
言葉でもある!﹂
大きく手を振るキュオイズ。
﹁小娘を怖がってる爺様かね?﹂
ミカボシの挑発をぐっとこらえるキュオイズである。
﹁勇者様、あなた様からもミカボシ殿をお諫めください。でないと
⋮⋮﹂
キュオイズは、血にはやった3万の兵団を顎で指す。
﹁我らも黙っておりませぬ﹂
黙っておらぬ。いや、違うな。
モコ助はそう思った。
魔族に翻弄されてしまった腹いせをミカボシに向けているだけだ。
576
﹁だめだな。こうなっちゃオイラにも何も出来ねぇ。諦めてくんな﹂
モコ助は後ろ足で顎の下の所を掻いていた。
そして、探る様にミカボシを見上げる。
ミカボシは、白いキューブに掌を当てている。
憎々しげにしているが、相変わらず窪むことはない。
﹁ラベルダーは正面からぶつかって砕けた﹂
キューブから乾いた音がした。
﹁ヴェクスターは騎士団と引き替えに、百万の魔族を討ち滅ぼした﹂
ミカボシの手を中心として、ヒビが大きく伸びていく。
﹁てめぇらは何をしたぁ!﹂
轟音と爆風を伴って、キューブが爆発した。
その場にいる全ての者が身構えた。
﹁馬鹿な! あれは非破壊物質!﹂
キュオイズが驚いて腰を地に着けた。
﹁戦う前に負けを認めるのは勇気がないからだ。根性がないのは勇
気がないからだ。女のパンツを下ろせないのも勇気がないからだ!﹂
裂けるように口を笑いの形に吊り上げて行くミカボシ。
﹁貴様らには勇気が必要のようだな﹂
そう言って、ミカボシは襟首に手を突っ込んだ。
背中から取り出したのは﹁勇気注入棒﹂と書かれた金属バット。
そして、凶悪な目にギラついた光りを宿し、ムルティの全戦力を
睨め回した。
﹁大魔王とオレと、どっちが怖いか⋮⋮、恐怖をその肉体と精神に
577
刻んでくれる!﹂
恐怖にかられたキュオイズが叫ぶ。
﹁かっ⋮⋮かかれぇー!﹂
ここに、天津甕星一人と、ムルティ伯国空雷騎士団2万に加え、
魔法兵団1万︱︱総勢3万とんで1人の戦いが始まるのであった! 578
4.勇者の条件 ︵後書き︶
*** ミカどんの考察 ***
せんだいくじほんぎ
皆様、先代旧事本紀なる歴史的書物をご存じでしょうか?
先代旧事本紀とは⋮⋮、
推古天皇の命によって聖徳太子と蘇我馬子が著した歴史的書物と
され、日本最古の歴史書︱︱とされていた。
学術的には偽書きとされています。
について詳しく書かれており、
偽書の疑いをかけた内の一人は、あの光圀公だから間違いはなさ
そうです︵笑︶
にぎはやひのみこと
ですが、物部氏の始祖、饒速日尊
ここのところだけはホンモンだと言われています。
さて、天孫降臨ですが⋮⋮、
アマテラスの命を受け、ニニギが葦原中国=地上世界を統治する
ために降臨、つまり天孫降臨しました。
しかし、日本書紀によれば、ニニギが降臨する前に、アマテラス
よりの命を受け、ニギハヤヒが大和に降臨していたとされています。
で、先代旧事本紀をよく読むと、このニギハヤヒの降臨にくっつ
いてきた神様連中の中に﹁天津赤星﹂なる名が見られます。
579
天津赤星と天津甕星。
アカとミカ。
アとミだけの違い。
古代の言葉でアとミは別の意味を持っています。
乱暴な言い方をすると、アは外側を。ミは内側を指します。
だから全然違う神様であるとも言えます。
赤星とはアンタレスや明星︵金星︶を指す言葉。
甕星はご存じ明星のこと。
そっちの視点から見ると、同一人物⋮⋮もとい、同一神格なのか
もしれません。
違うと言われても、反論しようがありませんし、同じだと主張し
ても証拠は無し。
なんせ、関係者は遠の昔に死んでますからな!
アマノセヲ
ついでに申しますと﹁天背男命﹂なる神様もニギハヤヒの降臨に
付き添っています。
さてさて⋮⋮、
587年に物部守屋が戦死。さらに蘇我氏系の崇峻天皇が即位す
ることで物部氏は衰退。変わって蘇我氏が繁栄することとなる。
奈良時代の720年に成立した日本書紀より先に、物部氏が政敵
にやっつけられて没落してます。
勝利者の権利として、敗者である物部氏を歴史から抹殺したかっ
たのでしょう。
580
しかし、全滅したわけではない︵地方で権力を持っていた︶ので、
物部氏の始祖・ニギハヤヒを記紀より外す事ができなかった。
ニギハヤヒ=物部氏の軍事部門である天津赤星︵天背男︶を天津
甕星︵天香香背男︶と代えてでも記紀に載せなければならなかった。
物部氏=ニギハヤヒではなく。天津甕星に代えて物部氏の反逆を
記録した。
為政者としては、一石二鳥を狙ったのかもしれません。
だから悪星。
だから書記において、ケツに﹁神﹂や﹁命﹂が付かない。
だから天津を冠する。
結局、為政者は、物部氏の血統を絶滅させなかった。させられな
かった。
様々な人の、様々な立場が、歴史書を造っていく。
そこを意図的に深読みするのが面白いのではないでしょうか?
歴史的見地から申しますと、実際にミカどんが暴れてたのは飛鳥
時代と思われます。
︱︱が、
このお話に出てくるミカどんは、縄文時代前期に降りてきたとい
う設定です。
次話﹁活動再開﹂
太陽黒点の異常活動再開!
581
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きっと明日は寝覚めがいいでしょう!
582
5.筋肉冒険隊、活動再開
今日も今日とて、田舎道を歩く筋肉冒険隊。
ネコジャラシ草を手にしたミカボシを先頭に、馬に乗ったモコ助。
その馬を引くサーデル。長槍を持ったフェリスとリーンが並んで殿
をつとめている。
フェリスが持つ長槍。彼女の戦闘力アップをかねて、ドサマギで
レプラカンの武器商から徴用した一品だ。
穂が十字になった変わり種である。
﹁ところで⋮⋮﹂
馬の背に乗るモコ助が、なにかを思い出したかの様に話を持ち出
してきた。
﹁てめえ、オイラ達にくっついてきて何するつもりだ?﹂
フキ
﹁私の事かね?﹂
蕗によく似た葉っぱを囓っている小さな身体。
元・魔王ヘード︵食事中︶である。
﹁大魔王の元へも帰れない。かといってムルティに留まる事もでき
ず。あんたらに付いていくしかなかろう? 責任とれよ﹂
言うだけ言って、葉っぱを囓り出すヘード。
ちゃっかりモコ助の後ろで馬の背に揺られている。
﹁このパーティは、愛玩用キャラが不足してるんだ。癒やし系とし
ての需要が期待される﹂
583
ミカボシが笑っている。
﹁愛玩用はオイラで間に合ってるだろーが! つーか、ヘードは昆
虫だろ! 至近距離で見るとけっこうエグいんだよ!﹂
自分の立場を脅かされる危機を感じた先輩は、その後輩をいびる
モノである。
﹁ちげーよ!﹂
モコ助の突っ込みが、地の文にまで炸裂する今日この頃である!
日は西に傾き、暑さも和らいだ夕刻。
しばらく前に海沿いの道を離れ、今は峠道をのんびりと歩いてい
た。
この辺りの高度だと、川と街道がほぼ水平に並んでいる。
大昔、水の流れが削った低地をいつか人が歩くようになり、やが
て街道として整備された。そんな道である。
上流特有の巨石、奇岩が、川の中にごろごろと転がっている。
この辺りの巨石はサイコロの様に四角いのが特徴的だ。
﹁なあ、メコ助、あの石のカタチ、イヤミだよな。白くて壊れない
石を思い出すよな﹂
﹁モコ助な。非破壊物質にして魔力計測石の事だな。結局跡形もな
く消え去っちまったがな﹂
﹁メコ助、俺は決めた!﹂
﹁モコ助な。ナニをだ? ゴンドワナに優しくない決定には断固抗
議するぜ、ミカどん﹂
﹁アレを八畳岩と命名する﹂
584
ミカボシが指したのは、二階建てから三階建ての一軒家はあろう
かという規模の巨石である。
﹁思いもよらず平和的な決定でオイラは胸をなで下ろしちまった。
異は挟まねえ。この世界に畳さえあればな﹂
そんな、本気で、誠に、トゥルースで、実に些細なことは横に置
いといて、情景描写は続く。
北には中央大山脈、つまりレビウス山脈、通称レビウスの王冠を
望む道。
街道と山脈に間には、深い森が広がっている。その名、帰らずの
森。
﹁ムルティの連中な。たいした事ない相手だった。魔族に負けるの
も仕方ない話だな、メコ助﹂
﹁モコ助な。まあそんなに言ってやるな﹂
サーデルが引く馬の背に揺られているモコ助が、大欠伸をした。
﹁騎士団のケツだけを狙って叩きつぶすのもどうかな? それから、
魔法を当然の様にレジストするんじゃねえ。あと、伯王さんの顔、
⋮⋮カタチ変わるまで殴ってやるなよ。ジャガイモかと思ったぜ。
もうヤバイくらいに年取った老人なんだし﹂
眠たそうに目をつぶる。
﹁お前だってモコガンガー開発チーム相手に9ミリぶっ放してたじ
ゃねぇか! まあスッとしたからいいか⋮⋮。おいサーデル!﹂
﹁ハハハッ、なんですかミカどん﹂
にこやかな顔でミカボシを見上げるサーデルである。
﹁あの森な︱︱﹂
585
ミカボシが指すのはレビウスの王冠手前に広がる帰らずの森だっ
た。
﹁あの森、魔族が住んでるのかな?﹂
﹁ハハハッ! 魔族は通り過ぎるだけです。森はエルフの物。我ら
人間も、森は使わせてもらっているにすぎませんよ﹂
このサーデル。博識なのか、脳天気なのか解らない。
﹁エルフの森か⋮⋮。なんにせよ、これがこの世界のしきたりなん
だな﹂
モコ助が目をつぶったまま、軽く受け答えをする。あまり興味が
無いようだ。
﹁エルフ? エルフがいるのか?﹂
ミカボシの顔色が、説明の難しい色に変わった。あえて言うなら
劇画調のやたら線が多い顔色。
﹁エルフってアレか? ヒョロッとしてて耳が長くて金髪で、とん
がり帽子に鞣し革のマントで、矢筒を斜めに背負って、先の尖った
靴履いてる、緑に統一された半精霊の事か? な? メコ助!﹂
﹁モコ助な。まずは落ち着けミカどん。耳は尖ってるだけだ。長く
はない。⋮⋮ディードリッヒの影響大だな﹂
﹁そうだよ、あの子を男がやってたって聞いたときゃ、星界に大ダ
メージを受けたもんだ﹂
バタバタと足を変に動かしながら、頭を抱え込むミカボシである。
﹁ハハハッ! エルフを間近で見た者はいないという話ですよ。森
を歩くと誰かに見られている気がするとか⋮⋮。迷い込んだ人、長
い間歩いていたけど、同じ場所をグルグル回っていただけだったと
か﹂
博識のサーデルをもってしても、その程度の知識しか出てこない。
586
謎の種族、その名はエルフ。
サーデルは、一転して、まじめな表情を浮かべた。
﹁太古より、森の中には、人間界と精霊界が混じった場所があると
言います。精霊界より人間界へ迷い込んだ精霊は、人間界で実体化
すると言われています﹂
そして道ばたに咲いている小さな白い花をじっと見つめる。
﹁ハハハッ! 花の精霊が肉体を持ったら、きっと可憐な女の子に
なるでしょう。是非コレクションに加えたいものです﹂
サーデルは、やはり生々しい鬼畜であった。
﹁ま、それはそうとして﹂
モコ助が馬から飛び降りた。
﹁そう、それはそれとして﹂
ミカボシが進行方向、森の角に目を向ける。
サーデルが馬を引いて後ろへ下がる。フェリスがマントをはぎ取
って姿態をあらわにする。リーンは﹁面倒くさい﹂と⋮⋮、もとい、
ブツブツとスペルを唱えだした。
フェリスが走る!
森の角から、のそりと巨体が三つ、姿を現した。身長3メートル。
モコガンガー並みの体格。
巨人族の一角、オーガーである。
一対一の対決を身上とする騎士の間でも、オーガーには三人以上
で当たれとある。
並の冒険家パーティだと、素手の一体で全滅と言われている。 そんなのが三体とも、人体より大きな棍棒を肩に担いでいる。当
587
たれば一撃で粉みじん。かすっただけでも大ダメージを喰らうだろ
う。
オーガー側から見ると、遭遇戦であった様だ。こちらの人数を見
てから戦闘態勢に入った。
その遅れが致命的となる。 もう少しで槍の間合いに入る直前、フェリスが十字槍を突き出し
た。
オーガーも素人ではない。握り拳一つ分届かないのを見切った。
フェリスが目測を誤ったか。
トスッ。
オーガーの胸に槍の穂先が突き刺さる。
フェリスは槍を投擲したのだ。
しかし、投げ槍でオーガーの胸筋は通らない。
刺されたオーガーは、反射的に槍を引き抜いた。
その槍を手にしたのは、走り込んできたフェリス。掴むなり横
殴りに槍を振る。
狙いは最初から右隣のオーガー。
オーガーの首が高く飛ぶ!
左端のオーガーが良い反応を見せ、走る。
棍棒を水平に振り抜き、フェリスの顔を狙った。
フェリスは簡単に棍棒をかいくぐり、中央のオーガーに迫る。
空振りしたオーガーは大きくバランスを崩した。もうフェリスに
588
棍棒は届かない。
中央の胸に槍傷を負ったオーガーは、自分が狙われたことを認識。
だが、もう間合いは槍の距離ではない。そこにオーガーは身の有
利を確信!
フェリスは既に十字槍を手放している。手は腰に吊った剣の柄に
かかっている。
神速の抜刀。オーガーの腹が割かれる。
苦痛に身をかがめるオーガー。
降りてきた首をフェリスはいとも簡単に刎ねた。
一合も剣を交えることなく、オーガーを切って捨てたフェリス。
剣神の名を継いだのは伊達ではない!
三匹目のオーガーに対抗すべく、定点回頭するフェリス。
だがそこにオーガーはいない。
オーガーの物とおぼしき、馬鹿でかい肋骨が転がってる。
辺り一面、血の海が広がっていた。
﹁長い射程と中距離射程の組み合わせは正解だったようだな﹂
血の海の始まり地点にミカボシが立っていた。
ニヤニヤと笑っている。
どうやってオーガーを液体化させたかは不明。
﹁接近戦用も用意してある!﹂
フェリスはブレストアーマーの右後ろから、白い柄の短刀を取り
589
出した。
逆差ししてあったのだろう、一瞬で取り出したそれは、重ねが厚
く、鎧通しというべきだろう。
﹁それ、どっかで見たな?﹂
ミカボシが顎に手を当て、上から覗き込んでいた。
﹁ライオット殿より譲り受けた形見の品だ﹂
フェリスは位置を目視することなく、鞘に白い柄の鎧通しを収め
てみせた。
いつ練習しているのか不明だが、抜き差しに関して、相当量の修
練を積んでいる模様。
とにもかくにも、筋肉冒険隊と遭遇してしまった不運のオーガー
三体が殲滅された。
ミカボシは西の空を見る。
﹁そろそろ日が沈む。近くで寝床を⋮⋮川か⋮⋮﹂
顎に手を置き、考え込むミカボシ。河原を渡る風に、その茶色い
髪をなびかせている。
﹁なあ勇者、おまえらいつもこんな調子なのかね?﹂
ヘードが小首をかしげていた。モコ助に聞いているのだ。
﹁なんか変な事に気づいたか? それはたぶん正しい事だ﹂
モコ助の答えに、妙な納得感を覚えるヘードであった。
こうして筋肉冒険隊は活動を再開したのであった。
590
5.筋肉冒険隊、活動再開︵後書き︶
次話﹁暗殺﹂
暗殺拳、とか言いながら正々堂々戦っていた世紀末救世主登場か!
よろしければご感想を書き込んでください。
きっと明日は午前中に雨がやむでしょう!
591
6.暗殺
翌日早朝。
イントルダー侯国。
首都ビアレスの中央、白亜のバストール城。
謁見の間において、玉座に座るのは痩せすぎの中年男。
イントルーダーの候王、ムト・イントルーダーである。
候王、顔色が悪い。神経質そうに細かく眼球を動かしている。
前方に居並ぶ諸侯を前に⋮⋮とは言うものの、この場合、居並ぶ
高位魔族達であるが⋮⋮。居並ぶ重鎮のおかげで神経をすり減らし
ているのが一目で分かる。
それ以上に、背後への気遣い⋮⋮いや、怯えが見て取れる。
高さ五メートルはある重厚なドアが、勢いよく開いた。
﹁言われたとおり火をつけてきたぞ! だが、何の意味がある!﹂
大声で怒鳴りながら、しかし、楽しかった感ありありの大男が入
ってきた。
握り直径が十センチあろうかというゴツイ長槍を右手に抱えてい
る。
トゲトゲがアクセントの、黒くて重量感溢れる全身鎧。ヘビーウ
エイトの鎧を普段着の様な軽さで着こなしている。その下の筋肉質
量は押して計るべし。
そんなのがノシノシと玉座へ向かって歩いてくる。
歩きながらフルフェイスを脱いだ。
中から現れたのは、若者の顔。刈り詰めた漆黒の頭髪。
592
この者、まだ若い。若すぎる。
顔を見る限り、幼さが抜けきらない、まさに童顔。
それもそのはず、まだ16歳の青い年。
青年は玉座の前で、片膝を付き、臣下の礼を一端とった。
すぐさま身軽に立ち上がる。
候王ムトは、唾を飲み込むのもやっと。喉の筋肉を引きつらせ、
汗を流している。
﹁フフフ、大兄上、ご苦労様﹂
声が候王の後ろからきた。
候王の背後。五段高くなった位置に、大魔王アムが斜に構えて座
っていた。
候王の玉座を遙かにしのぐ贅沢な造りの王座。大魔王の椅子。
大魔王は、そこから青年を見下していた。
見下さされているのだが、それを当然のように意に介していない。
青年の名は、クローソー・イントルーダー。王子にして、アムの
長兄である。
﹁北は全て燃え尽きた。⋮⋮やだやだ、火は野蛮でいけないわ﹂
艶やかで長い黒髪が目に付く。妖艶な美女が謁見室に入ってきた。
豪奢な扇子で火照った顔を扇いでいる。
真っ赤なタイトドレスにハイヒール。足に大きなスリットが入っ
ている。
歩く度、白くてなまめかしい足が見え隠れする。
﹁姉上もご苦労であったな﹂
593
大魔王アムより十歳年上。今年で二十歳になる長姉、ササ・イン
トルーダーであった。
﹁そうかな? 火は美しい。全てが灰になる。僕はそこに哀愁を感
じる﹂
三人目の入室者。
ブラックマットに仕上げた皮鎧を着込む少年。
年の頃は十四歳。
漆黒のおかっぱ頭。
次兄、モブ・イントルーダーである。
大変機嫌が悪そうだ。
﹁ちい兄様もご苦労であった﹂
﹁いや、それほどでも﹂
大魔王アムに声を掛けられると、とたんに好相を崩すモブ。
﹁そりゃそうと、勇者を見逃したらしいな?﹂
大質量の鎧を纏うにふさわしい声量を持つ長兄クローソー。
内容は挑発的だが、声色は優しい物。単にガラが悪いだけのよう
だ。
﹁クスクスクス。大兄様は間違いを二つ犯している﹂
愉快そうに笑うアム。
﹁え? なんだ?﹂
笑われて非難されているのだが、一向に関知していないクローソ
ー。
﹁では一つめ﹂
大魔王アムは、白くて華奢な人差し指を立てた。
594
クローソーは夢見心地にその仕草を見ている。
﹁本当の敵は勇者モコスケではなく、背高のっぽのアマツミカボシ
じゃ。二つめ﹂
白魚のような中指を立てるアム。
それだけで頬を赤めるクローソー。
﹁わざと生かしておいたのじゃ。退職したというのに、まだ働いて
くれるそうじゃからな﹂
﹁ほおー﹂
心底関心するクローソーである。
﹁妾は働き者が大好きじゃ﹂
﹁俺、汗水垂らして働いてきたぜ!﹂
胸を張るクローソー。
うんうんと頷くアムを見て、満足そうにしている。
﹁もう一人、働き者がおったようじゃ。こちらへおいで﹂
クローソーの背後。謁見室の入り口に向かって、手を招く大魔王。
黒い塊が走り込んできた。
四つ足の獣だった。
下から伸びた牙が上唇をめくり上がったブルドッグによく似た顔。
それも、虎並みの体格に三つ乗っかっている。
﹁おいで、ケルベロス﹂
地獄の門を守ると言われているケルベロスが、尻尾を振ってアム
の足下へ走ってきた。
三つの首が、バフバフと舌を出して荒い息をしている。
595
靴の底で、三つの頭をなで回すアム。
﹁それで、ミカボシ達の消息はつかめたかの?﹂
﹁一晩中走り回りましたが、臭いを見失いました﹂
ケルベロスの一つの首が答えた。
﹁どこかで寝ていると思い、周囲を探したのですが、オーガーの血
の臭いが強くて臭いを見失いました﹂
ケルベロスの二つ目の首が答えた。
﹁近くの河原へ降りたようですが、オーガーの血が臭くて見失いま
した。筏でもこしらえて川を下ったのかもしれません﹂
三つ目の首が答えた。
三つの首が揃って答えた。
﹁どこへ行ったかわかりません﹂
﹁恐るべきはアマツミカボシ。目が利かぬ夜に川を下るか⋮⋮。意
表を突くのに長けた者よの。さて、山育ちなゆえ、泳ぎが達者な魔
族はおらぬ。まったく飽きさせてくれぬ者よ。フフフ﹂
大魔王アムが含んで笑う。
﹁変ね? あのあたりの川からは直接イントルーダーへは通じてい
ないわ﹂
パチンと扇子を閉じ、こめかみを軽く叩く長姉ササ。眉間に寄せ
る皺が色っぽい。
﹁海か⋮⋮僕たちが警戒する方向と反対だね。じゃ、海を見張ると
しよう﹂
次兄モブが、歩き出した。
596
﹁俺も行こう!﹂
ヘルメットを肩に担いで、長兄クローソーも歩き出す。
﹁お待ちなさい!﹂
ヒステリックな金切り声を出す者が現れた。
ムト伯王は、ビクリと背筋を振るわせた。
アムは、めんどくさそうに声の方向へ視線を向けた。
謁見室の入り口に立つのは貧相な中年女性。
豪華なドレスを着ているものの、希薄な存在感はぬぐえない。
その女性が足早にアムの元へとやってきた。
﹁もうこれ以上黙っておられません!﹂
足が小刻みに震えている。
﹁あなたの母として、この国の母として、兄弟達の母として、アム
に命じます!﹂
彼女はアムの生みの母にして、兄弟の母にして、王妃である。
居並ぶ魔族の長共は当然として、姉、長兄、次兄までもが、苛つ
いた目をしている。
﹁直ちにおかしなまねはおよしなさい! そして、この化け物共を
︱︱﹂
そこから先を王妃は語れなかった。
イントルーダー候王・ムトが横目で王妃を見た。王の震えピッチ
が大きくなる。汗が粘っこくなる。
﹁さっきの話の続きだけどさぁ⋮⋮﹂
597
何も無かったかのように、長姉ササがアムに話しかけてきた。
﹁海と海岸に絞って網張ろうか?﹂
ササの背中が赤く光り出す。
﹁放っておくがよい﹂
興味薄そうに手を振るアム。
﹁いや、ここは可愛いアムの為、我ら年長者が身体を張るべきだ!﹂
クローソーは、バレル樽より一回り大きなバトルハンマーを片手
で構えた。鎧の襟首より水蒸気が吹き出した。
﹁さっそく上陸可能地点をリストアップしよう﹂
左手を輝かせながら、足早に広間を後にする次兄モブ。
﹁待てコラ!﹂
﹁血の気が多いわね﹂
クローソーとササが後を追いかけた。
﹁仕方ない兄者たちよの。まあよい﹂
アムには気になることがあった。
広間の床が汚れることだ。
﹁かたづけよ﹂
アムは、気怠さを隠そうともせず、配下へ命した。
配下の魔族は、首無し死体となった王妃を謁見室から運び出して
いく。
﹁兄者達の代わりじゃ。お前と、お前と、お前﹂
三体の魔族を指さす大魔王。
﹁それ以外は下がれ﹂
598
大魔王アムは、顎の動きだけで退出を促した。
魔王諸侯達は、礼儀を重んじながら退出していった。
候王ムトも、椅子ごと運び出されていった。
﹁さて、諸君﹂
残ったのはサイクロプロス、マンティコア、インキュバスの三体
のみ。
いずれも各部族を代表する強者。魔王をしのぐ実力の持ち主達。
﹁兄者達の代わりに一働きしてもらいたいことがある﹂
アムが可愛く笑った。
その時、広間に鈴の音が小さく聞こえた。
最初におやという顔で気づいたのはマンティコア。さすが動物系
である。
気配の所在地を突き止めたのはインキュバス。この世の者とは思
えない美顔を明かり取りの真下へ。唯一の暗がりに向けられた。
﹁鼠が一匹潜り込んだようですな、フッ!﹂
右足を一歩踏み出したまま、固まるインキュバスの族長。
ゆっくりと顔を下に向ける。
左胸から血の付いた刃物が突き出していた。
ゴゾリと刃物を捻る。
直接心臓から血液が噴射し、インキュバスは事切れた。
599
﹁ほう!﹂
アムの視力でも敵が捕らえきれない。
涼やかな鈴の音が遠くに近くに、右に左に聞こえている。
﹁ゴブっ!﹂
サイクロプロスの首から赤い噴水が迸り出た。
見る間に全身の動脈から、バケツでくみ出したような大領の血が
噴き出す。
たまらず倒れ込むサイクロプロス。 隣で倒れたサイクロプロスより大きく間を開けるマンティコア。
飛び退いた先で、腹から血を吹き出して倒れた。
大魔族三体が、謎の敵と切り結ぶことなく殺された。
﹁まさに暗殺じゃ﹂
大魔王アムの左手が、軽く気を払った。
鋭く弾ける音がして、白い影が宙を舞った。
﹁暗殺失敗じゃの﹂
障気を沸き立たせつつ、ゆるりと立ち上がるアム。
﹁素早さと、おつむだけが自慢の者が、大それた事を考えてはいけ
ないぞよ。大概は早く死ぬからの﹂
アムの視線の先に猫型の魔族が一匹。
﹁リップス配下の魔将軍、ホットポットではないか? 息災であっ
たか?﹂
傲岸不遜に見下す大魔王。
600
﹁その素早さに攻撃力が加わったとしたら?﹂
ホットポットことココが、幅広の短刀を二本、それぞれの手に持
っていた。
﹁ただの短刀ではないぞ﹂
妖しく笑うココ。短刀が黄色い光を放ち出す。
﹁なるほどの。攻撃力は外から手に入れたか。えらいぞ﹂
初めて大魔王の心が動いた。
﹁大魔王様。なぜこのような事を?﹂
﹁このような事とは?﹂
大魔王は真面目に首をかしげる。
﹁人間共の主食である麦を全て焼いた。これでは人類が滅ぶ。それ
はまだ理解できます﹂
クルクルと手の中で魔力付加された短剣を弄ぶココ。
﹁何を考えているのですか大魔王! 本拠地であるレビスの王冠よ
り、ほとんどの魔族が外へ出ています。このままでは、その魔族達
も飢え死にしてしまうではありませんか!﹂
ココは、びしりと短剣を構えて叫ぶ。
﹁それが正解じゃ﹂
黒目がちの目をくりっとさせる大魔王。
﹁フッ!﹂
笑い声のような息を吐いてココの姿が消えた。
601
﹁本心を漏らさぬなら、それもまたよいでしょう。大魔王アム。そ
なたは我が主、サーデル様の害となる。よって排除させていただき
ます﹂
全くもってココの姿は見えない。
あちらこちらから、鈴の音が聞こえる。
だが、大魔王は音の方角を見ていない。
眼球だけを右に左に、斜めに、そして背後に気を向けながら﹁コ
コ﹂を追っていた。
大魔王の左首筋に隙が生まれた。
ココの名誉のために言っておくが、大魔王の誘いではない。本物
の隙だった。
だが、魔法の刃は大魔王に届かない。
不可視の障壁にぶつかったココは、雷をまといながら、床に倒れ
た。
﹁アガッ! アガゴガッ!﹂
まとわりつく電撃が離れない。身体の痙攣が止まらない。
倒れてもがくココ。その目を覗き込む大魔王。
ココの心にとてつもなく冷たいモノが染み込んできた。
それは恐怖。
視神経を伝わり、視覚視野を介してココの脳と精神に、大魔王の
恐怖がじっくりと染み渡っていく。
﹁さて、ホットポット。自慢のオツムを洗おうかの﹂
大魔王が右手をココのこめかみに、ゆっくりと当てようとする。
602
その仕草だけで、ココの精神が破壊されようとしていた。
﹁絶対の恐怖と。絶対の服従を﹂
大魔王の小さな白い手が、ココのこめかみを掴む。
﹁クスクスクス﹂
大魔王アムが笑う。
アムの笑顔は可愛らしくなかった。老獪さを感じさせる醜悪な笑
みであった。
﹁あっ! ああああっ!﹂
ココが全身の筋肉を弛緩させていく。
﹁空に上がったか地に潜ったか。いかに姿を消そうと、聖剣を呼べ
ば一発で居場所が判明するのじゃが⋮⋮﹂
大魔王アムは、アマツミカボシのことだけを考えていた。
一方⋮⋮。
﹁あっつい!﹂
腹筋だけ使ってガバリと上半身を起こしたミカボシ。見ていて気
持ち悪い動作だった。
オーガー三体を滅殺した次の日の朝にして、筋肉冒険隊ロストの
報告を大魔王アムが受けたその日の朝。
603
朝日という直射日光に焼かれて、目を覚ますミカボシである。
﹁うるせえぞミカどん!﹂
もそりと身体を起こすモコ助。
﹁ここは風が吹くから涼しく寝れる。⋮⋮そんな風に言ったのはミ
カどんだろうが!﹂
モコ助がギャンギャンと吠えた。
﹁朝日は想定外だ﹂
ミカボシがあぐらをかいて座っている場所は、巨大な岩の上。
モコ助は隣の巨石から声を掛けている。
昨日の夕刻、オーガーが惨殺された現場のすぐ脇。
河原に、いくつか転がっている三階建てクラスの巨石の一つ。
ミカボシは、その一番でかく、三階建てはあろうかという岩塊の
上を独り占めして寝ていたのだ。
﹁うっ! ちくしょう。身体が痛い⋮⋮﹂
ヘードがヨロヨロと立ち上がる。
﹁硬い岩の上で寝にくかった。 寝返り打ったら落ちそうで、なか
なか寝付けなかったよ﹂
クキクキと各関節を鳴らし、ストレッチするヘードである。
﹁ハハハッ! もう朝ですか?﹂
﹁⋮⋮お腹すいた﹂
﹁暑いのは嫌。熱いのは嫌!﹂
三者三様に目を覚ます。
604
それぞれが個々の巨石の天辺で目を覚ました。だれも寝床に関し
て文句を言わない。
起きていきなり活動を始めた。
﹁ブヒヒヒン!﹂
馬が目を覚ました。
とうぜん、巨石の天辺で、一頭だけで広々と寝ていた。
堂々と寝ていた。目を覚ましても狼狽えない。そうでなければ筋
肉冒険隊の荷駄は勤まらないのだ。⋮⋮有り体に言えば慣れた?
﹁そういえばメコ助よ、夜中に野良犬が街道を走り回っていたな?﹂
﹁モコ助な。いたな。息は三匹分だが、足音が一匹だった﹂
﹁まあ⋮⋮寝てたからな﹂
﹁そうだな。眠たかったからな﹂
﹁朝飯にしよう﹂
﹁そうしよう﹂
街道に上がった筋肉冒険隊。
血がどす黒く変色している殺人現場横で、優雅な朝食会︵肉︶が
始まったのであった。
﹁なあ、勇者。おまえらいつもこんななのか?﹂
モコ助に複眼を向けるヘード。
﹁お前もすぐに慣れる﹂
先輩風を吹かすモコ助である。
605
6.暗殺︵後書き︶
次話﹁エルフの森﹂
七話目で、やっとエルフ登場か!? ご意見、ご感想ございましたら、お気軽に書き込んでください。
きっと明日は休日でしょう!
606
7.エルフの森 ︵前書き︶
ワル
夜空の星が輝く陰で、悪の笑いがこだまする。
星から星に泣く人の、涙背負って宇宙の始末。
勇者旋風筋肉冒険隊、お呼びとあらば即参上!
607
7.エルフの森 ゴンドワナ大陸の東部。
レビウスの王冠と呼ばれる中央大山脈を左手に見ながら、北上を
続けていた。
目指すは、大魔王アムのいるイントルーダー候国。
﹁あの森なんだけどよ﹂
先頭を歩くミカボシが、手にした猫じゃらし草で左手の森を指す。
﹁あそこ、入ってみないか?﹂
﹁なんだ? 大魔王の追跡をかわすのか? ミカどんにしちゃ恐ろ
しく知的な提案だな﹂
モコ助が、上辺だけは感心していた。
﹁いや、あの森にエルフが居るかな? と思ってさ﹂
﹁そっちかい! 案外ミーハーなんだな﹂
﹁だってせっかくの異世界じゃん! エルフ族に会ってみたいじゃ
ん! ダークエルフのお姉さんにも会ってみたいじゃん!﹂
猫じゃらし草を振り回してわがままを言うミカボシである。今のミ
カボシの頭には、大魔王の大の字も無い。
﹁おいヘード、お前らゲアガ・リングの時、帰らずの森を通ったろ
? それも百万の大所帯で。そんときエルフを見なかったのか?﹂﹂
ミカボシがヘードの頭をポンポン叩きながら聞いてきた。
﹁気安く叩くな! ⋮⋮その戦争での私の役割は、後方支援と攪乱
だったからな。森を抜ける行軍の詳細は知らない﹂
608
﹁ハハハッ! ミカどん、エルフには滅多に会えませんよ。古今東
西、遠く歴史を紐解いても、エルフと直接会話した人物は片手で数
えるほど。まして魔族侵攻で森を汚されたと思っているでしょうか
ら、いつもより神経質になってますよ﹂
馬の口を取るサーデル。彼は込み入った事情に詳しい。
サーデルが会えないと言ったら、まず会えないだろう。
﹁だいいち、森へ入れる道すらありませんよ﹂
肩をすくめるサーデル。ヤレヤレのポーズが様になっている。
森と街道の間を小さな小川が流れている。川幅はフェリスの剣の
丈ほど。
この小川は人の手が入った物だ。用水路であろう。
そこここに小さな畑が点在している。そこに水を引き込むためだ。
もっとも、畑は全て焼かれているが⋮⋮。
その畑に気落ちしているのか、背中を丸めた老人が用水路脇の石
に腰掛けている。
近所に村があるのだろう。被害はこんな小さな集落にまで及んで
いた。
﹁あそこ、森の口が開いてる。あそこから入ろう!﹂
ミカボシが指をさした。
﹁あれ?﹂
サーデルは己が目を疑った。
指されるまで森の切れ込みが目に付かなかったのだ。
老人が座り込んでいる場所から、森の奥に向かって短い丸太の橋
がかかっていた。そこから先、森の奥に向かって小道が延びている。
609
丸太橋は、普通に街道を通過するだけでは、角度的に見えない。
正面に立って、覗き込まなければ道など見えない。
﹁おう、爺さん! 通らせてもらうぜ!﹂
気安く声を掛けるミカボシ。立ち飲み屋の暖簾をくぐるかの様。
﹁兄さん、いや、姉さんか。⋮⋮そこは帰らずの森じゃ。入っても
道に迷うだけ。よくて飢え死に。悪くて墜落死。何もいい事が無い
ぞ﹂
すっぽりと頭巾を頭から被った老人。皺だらけの顔をしている。
投げやりな声だが、それでも人の心配だけはしている。
﹁ダイジョウブ、ダイジョウブ!﹂
短い丸太橋を飛び越えるミカボシ。
恐れる事に麻痺した筋肉冒険隊が後に続く。
馬までもが平然と森に分け入っていく。
﹁ワシは注意したからな! どうなっても知らんぞ! 誰も助けに
ゃいかんぞ!﹂
親切心からか、老人が声をからして叫んでいる。だが、だれも振
り返らない。
一人だけ振り向いていた。
パーティー
﹁あのジジイ、随分慌ててるぞ。ホントに大丈夫なのか? エルフ
に騙されないか?﹂
やたらと気にするヘードである。
﹁随分と心配性だな。早く慣れろ﹂
モコ助まで慣れてしまっては、この冒険隊はもうお終いなのかも
しれない。
610
﹁思った通り!﹂
入り口の茂みを抜けると、森の中に道があった。
馬一頭分ならなんとか通れそうな狭い道幅。
人の手が入っていない木々は、その枝が伸び放題。そこを貫通す
る日の光も少なく、あたりは薄暗い。鬱蒼とした佇まいが醸し出さ
れている。
﹁なんか出てきそうだな﹂
﹁くっつくな! オイラの背を撫でていいのは美少女に限ってんだ
コラ!﹂
ヘードがモコ助の背中にへばりついていた。
左右に蛇行する森の小道は、人の方向感覚を狂わせる。だが、ま
ったく気にする事なく進んでいく筋肉冒険隊。
ものの十分も歩いた頃である。
前方が、藪と木の枝で壁になっていた。行き止まりになっている。
﹁おいおい、行き止まりだぜ。どうするよミカどん。馬はUターン
苦手なんだぜ!﹂
旅の終わりの予感に、つまらなさそうな態度を取るモコ助である。
﹁さ、さあ、危ない冒険はここまで。元来た道を帰ろう﹂
尻すごみするのはヘード。本当に元魔王なのだろうか。
﹁いやいや、ちょっと待て待て⋮⋮﹂
ミカボシは、左右に視線を走らせる。
何を思ったのか、真左の藪の中へ無造作に手を突っ込むミカボシ。
611
左右にかき分けて、体を埋め込んでいく。
ミカボシの体は、さほどの抵抗もなく藪の中へ飲み込まれていっ
た。
﹁ここ通れるぞ。見た目、深い藪だけど、実は薄いぞ﹂
向こう側からミカボシの声が聞こえてくる。すぐ目の前にいる聞
こえ方。
﹁どれどれ?﹂
フェリスが槍でかき分けながら、左の藪へ体を入れる。
﹁ほんとだ﹂
フェリスの声もすぐ前から聞こえる。
見た目以上に薄い障壁のようだ。
﹁ハハハッ! 行きましょうか﹂
馬の口を引き、サーデルが藪へ突っ込んでいく。
リーンも後へ続いた。
﹁これは⋮⋮なかなか!﹂
感嘆の声を上げるモコ助。
残りのメンバーも、その光景に目を見張る。
生い茂る木々の隙間から日の光が差し込んでいる。
太い幹を持つ木々が、並木道のように並んでいる。
緑の葉を通した緑の照明。苔むした幹と相まって、辺り一面緑一
色。
そこは、幻想的な空間が縦に伸びていた。
﹁馬二頭なら並んで走れるな﹂
平らな地面を意図的に踏みしめるミカボシ。地面のそこここに視
612
線を向けている。
﹁ハハハッ! 整備した道に見えますね﹂
サーデルも森の中の違和に気づいたようだ。
﹁どう見ても整備された街道だ。オイラ、エルフ存在説に一票投じ
るぜ!﹂
モコ助は嫌な予感に首筋の毛を逆立てている。
﹁ははは、まさか、エルフだなんて。おとぎ話だろ?﹂
おとぎ話に出てくる魔王その人であったヘードが震えていた。
フェリスは、十字槍の穂鞘を取って万が一に備えた。
リーンもフードの下で何やらごそごそやっている。
確かに、森の中の街道だった。
二時間ばかり歩く内に、枝道に出会ったからだ。
﹁こっちだ﹂
ミカボシは迷わず細い方の道を選び、ずんずんと歩いていった。
﹁おい勇者。道、合ってるんだろうな?﹂
一時はモコ助より離れたヘードだが、またもやしがみついている。
﹁ミカどんは、人生という道は踏み外しているが、物理的な道には
迷わねえ。安心しろ。おそらく、嫌な予感がする方向へ歩いている
に違いねえがな﹂
﹁安心できるか!﹂
不満を吐き捨てるヘードであった。
613
7.エルフの森 ︵後書き︶
粘る粘る! まだエルフが出てこない!
次話﹁襲撃! ダークエルフ!﹂
最悪の出会いか? はたまた血煙舞い上がるのか!?
⋮⋮どっちでもダメか? ダークエルフ。それは、闇を母とする者。
ご意見、ご感想ございましたら、お気軽に書き込んでください。
きっと明日は小銭が貯まるでしょう!
614
8.襲撃! ダーク・エルフ!
枝道とおぼしき道を進んでまもなくの事である。
﹁匂うぞ、ミカどん!﹂
モコ助が警戒信号を出した。
﹁二本足だ。身軽だぞ﹂
フェリスが槍を構え、リーンがフードより右手を出した。
﹁左右に多数。後ろも詰められた!﹂
モコ助が耳と鼻を使って敵の位置を特定する。
﹁エルフか? エルフなのか?﹂
わくわくてかてかしているミカボシ。目が輝いている。
左右から一斉に黒い影が飛び出してきた。
予想されていたいた事なので、狼狽えることとなく対処するフェ
リス達。
しかし、それは囮。
﹁あれ?﹂
空から網が降ってきた。
一網打尽とはこのことか。
筋肉冒険隊全員が網に絡め取られていた。
全身黒装束の者たちが、あちらこちらから、ゆっくりと姿を現し
た。
615
フォルムは人間と同一。物腰からも人、もしくは亜人であろうと
推測される。
顔にまで黒い布を巻き、目の部分だけ覗かせていた。
手首と足首を布で撒いて引き絞り、動きやすさを優先している。
身のこなし最優先。鎧の類は一切つけていない。
短めの直刀を腰や背に差し込んでいるが、金属部分は当たって音
が出ない様に布が巻き付けられている。
完全に音を遮断したスタイル。
一言で言うなら⋮⋮。 ﹁忍者?﹂
引き攣れた笑みを片頬に浮かべるミカボシである。
その声を合図にしたのではないだろうが、ミカボシ達の前に陣取
る黒装束が、筋肉冒険隊を取り囲む為に散った。
黒装束の者達が元いた場所で、地に落ちた葉や小枝を巻き上げ、
小さなつむじ風が巻き起こったが、すぐに消えた。
そこに異形の者が立っていた。
回りの者より頭二つ分は背が高い。
異形に見えるのは、狐の面を被っているからだ。
﹁あのお面欲しい﹂
リーンがモコ助に駄々をこねる。
﹁しーっ! 聞こえるから黙ってなさい!﹂
犬になだめられるリーンである。
616
狐面の︵どう控えめに見ても︶忍者は、独特の印を胸元で結んだ。
﹁光あるところに影がある。まこと栄光の影に数知れぬダークエル
フの姿があった。命をかけて歴史を作った影の男達。だが人よ、名
を問うなかれ。闇に生まれ闇に消える、それがダークエルフの定め
なのだ﹂
﹁え? ダークエルフなの? 忍者じゃなくて?﹂
網を掴んだミカボシが、バカみたいに口を開けている。
﹁ニンジャなるものに心当たりはない! 我らは、まごう事なきダ
ークエルフである!﹂
﹁ふざけんじゃねぇ! お前らがダークエルフなはずねぇ!﹂
網を蜘蛛の巣がごとく簡単に引き裂いて、ミカボシが飛び出して
きた。
﹁忍者だろ? お前忍者だろ? ダークエルフなわけねぇだろ? エルフなわけねーだろ! 嘘だと言えーっ!﹂
目に涙を浮かべたミカボシが、両手を挙げて狐面のニンジャ⋮⋮
もとい。ダークエルフに掴みかかる。
﹁嘘などついておらぬわ! 恐れと敬いを込めて、エルフ族の戦士
をダークエルフと呼ぶのだ!﹂
狐面は、ミカボシの手を頭上で、おのれの両手で受け止める。
あとは力比べ。
﹁名を名乗れ!﹂
﹁ダークエルフに名なぞ無い!﹂
腕に力が入る。
617
﹁ダークエルフは、女の子で、褐色の肌でダイナマイトボディなん
だよ! 今のお前のどこが褐色でダイナマイトなんだ! 言ってみ
ろ!﹂
﹁お前が何を我らに求めておるかなど知らぬわ! 先ずはそのよく
解らん先入観を捨てて現実を直視しろ!﹂
ががが、ギギギとせめぎ合う二人。
ミカボシと力比べで、ここまで拮抗する生物も珍しい。
﹁少なくともオレの知るエルフはこんな筋肉ダルマじゃねぇ! も
っと華奢な存在だ!﹂
﹁華奢な存在がダイナマイトボディなワケないやろが、ボケェー!﹂
狐面、頭に血が上ったのだろう、お国言葉が混じりだす。
﹁詐欺だ! ニンニン詐欺だ!﹂
﹁なにゆーとん! 耳から手ぇ突っ込んで奥歯がたがたいわしたろ
か、こんボケがー!﹂
冷静キャラ設定をかなぐり捨てた狐面。素が表に顔を出した。
﹁やれるモンならやってみやがれ! べらんめぇ!﹂
売り言葉に買い言葉。 ミカボシは、二者の腕の間だから右足を飛び出させた。
踵落としの要領で右手の握りを蹴り飛ばす。
狐面の腕を両手で取り、グルリと回転。逆関節に持ち込んだ。
狐面は、流れに逆らわず、その場で宙返りして逆関節をキャンセ
ル。
勢いはそのまま、長い足を宙に持ち上げ、ミカボシの首に蟹挟み
を仕掛けた。
618
ミカボシは、挟まれる直前に左手を上げる。
狐面は脚でミカボシの首を挟むものの、左手が邪魔で蟹挟みは不
完全。
狐面は、それを意に介さず腰を捻って、ミカボシのバランスを崩
させ、寝技へ持ち込む。
ドウと倒れる長身の二人。
力任せに締め上げる狐面。気管は潰せなかったが、頸動脈を締め
る気だ。
ミカボシの手指が狐面の腹筋に食い込む。ミカボシの握力が、狐
面の腹筋を握りつぶそうとしている。
﹁そこまで!﹂
声が後ろからかかった。
一瞬で脚の締め付けをほどく狐面。
声の主に絶対的な服従を誓う者の反応だ。
黒装束のダークエルフ達が道を空ける。
奥から歩いてきたのはただの老人。
﹁おや、あんたは?﹂
モコ助が目を見開いた。
﹁覚えておいでかの?﹂
声は年老いたもの。
森の入り口で背中を丸めていた老人だったのだ。
老人は、年に似合わぬ鋭い目で、狐面を睨みつけた。
﹁連れて参れ、と申しつけただけなのに、刃傷沙汰に及ぼうとは、
619
この痴れ者め!﹂
妙な迫力を出す老人である。
﹁くっ! 先々代様﹂
狐面が頭を垂れる。苦しそうな声だ。
﹁おいミカどん、空気を読め!﹂
モコ助が小声を出して話しかける。
﹁何を読めってんだ? メコ助﹂
﹁モコ助な。いい加減アイアンクロー外せ!﹂
ミカボシの指は未だ狐面の腹に食い込んでいた。 狐面が苦しそうな声を出していたのは、本当に苦しかったからだ。
﹁喋る小犬に背高ノッポ、少女の小姓に女戦士と女魔法使い。まさ
にハーレム勇者パーティの面々と合致致しますな﹂
﹁ハーレム言うな!﹂
﹁私は無視か? 虫故に!﹂
モコ助の抗議と、ヘードのうまい事言った感は無視された。
老人は、目深に被っていた頭巾を取り去る。
中から現れたのは好々爺とした緩い表情。
⋮⋮と、見慣れぬ形の耳。
普通、人の耳の先端は内側に丸まっている。
この老人の耳は、丸まっていない。伸び上がったままだ。
見ようによっては、尖っている⋮⋮風に見えない事もない。
﹁おい! 嘘・大げさ・まぎらわしいが多いぞ! それと微妙さが
爆発しそうだ!﹂
ミカボシがクレームを出した。
620
﹁儂はォキナと申す者。ダークエルフの集団を統括しておる者でご
ざいます﹂
老人は、ミカボシに頭を下げた。クレームは未処理のままである。
﹁ミカボシ殿と、勇者のご一行様。どうか、我らエルフの本陣へお
越しくださらぬか?﹂
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8.襲撃! ダーク・エルフ!︵後書き︶
やっとエルフ登場!
誰が何と言ってもエルフ登場!
次話﹁エルフの里へ﹂
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きっと明日は温かい気持ちでいっぱいになれるでしょう!
622
9.エルフの里へ
森の回廊を進む、筋肉冒険隊とダークエルフを名乗る忍者っぽい
者達。
上忍⋮⋮、もとい。ダークエルフの長・ォキナを先頭に早足で歩
いて行く。
何度も角を曲がり、幾度も分かれ道に入っていった。
ダークエルフ達が集団で放つ緊張感。
言葉を発する者はいない。
最初に緊迫した空気を打ち破ったのはミカボシだった。
﹁ちょっと聞きたいんだけどさ⋮⋮﹂
﹁なんだ?﹂
忍者刀をミカボシの喉元へ突きつける狐面。
﹁てめぇじゃねぇ⋮⋮﹂
ミカボシにしては珍しく我慢の子であった。
﹁爺さん、ゲアガ・リングの話だ。魔族の大群がエルフの森を抜け
たが、何もしなかったのかね?﹂
ゲアガ・リングの爆炎と呼ばれた戦い。そこで魔族は二百万を超
す兵を動員した。ミカボシはそのことを指したのだ。
ダークエルフ達が抜刀した。ミカボシの言葉が、触れてはいけな
いところを触れたのだろう。覆面で表情は読み取れないが、皆、一
様に殺気立っている。
623
﹁⋮⋮我らエルフは全力で抵抗致しました。おかげで先代の頭領が
戦死してしまいました﹂
世間話をするかのように、和やかな顔で答えるォキナである。
﹁ちなみに、先代の頭領は先々代様⋮⋮ォキナ様の一人息子である﹂
狐面が割り込んだ。
﹁言うな!﹂
ォキナが笑顔のまま怒声で制した。
だが狐面の言葉は、その程度で止まらない。
﹁魔族得意の電撃作戦、おまけに多勢に無勢。先代の頭領は我らを
逃がす為、犠牲になられた! キサマごときにとやかく言われる筋
合いはない!﹂
ォキナの制止を無視して、一気に喋る狐面。喋った後の息が荒い。
﹁第二ラウンドならいつでも受けるぜ!﹂
ミカボシの鼻息も荒かった。
二人の呼吸が合った。
同時に手を出す。
﹁やめられよ!﹂
二人が動くより先に、ォキナが間に身体を挟み込んだ。
ミカボシがォキナにぶつかった。
たたらを踏むォキナ。大きくバランスを崩す。
ぼとり。
何かが地面に落ちた。
624
ォキナの左手が落ちる音だ。
それは作り物の腕だった。
ォキナの左腕があった袖が風に揺れている。
﹁え? あれ?﹂
言葉を無くすミカボシ。
﹁どうかお気になさらずに⋮⋮﹂
残った右手で左腕を押さえるォキナ。
﹁儂は先々代の頭領であった。息子⋮⋮いや、先代の頭領が討ち死
にしおってな。今は孫が全エルフを束ねる頭領をやっとる﹂
人なつっこい笑顔を絶やさぬォキナである。この者はこうやって
悲しみを乗り越え、生きてきたのだろう。
﹁一言にエルフ族と申し上げてましても、数多くの部族がおりまし
てな。てんでバラバラに生活するエルフをまとめ上げるには、どう
しても実力あるエルフが頭領にならねばなりませぬ。ましてや、エ
ルフの戦士であるダークエルフ共を束ねる為には、一筋縄では参り
ませぬ﹂
実力派の狐面から慕われるォキナ。若い頃は、さぞ強かったので
あろう。
﹁現頭領も、実力やカリスマという面では問題ないのですが⋮⋮い
かんせん、若い。若すぎる!﹂
ォキナは笑顔のまま、ふと目を伏せる。
﹁たくさん同族を殺された。魔族に恨みを持つ急進派を押さえきれ
625
ぬ。遅かれ速かれ、エルフは魔族に最後の決戦を挑むであろうな﹂
そしてエルフは滅びる。
そう、ォキナは話を続けたかったのだろう。
気まずい空気が流れる。
﹁さて、ご案内の続きを致しましょう﹂
ォキナは照れ笑いでその場を誤魔化した。
﹁どうぞこちらへ﹂
空の袖から左腕がニュッと出てきた。
﹁仕込みネタかーい!﹂
激しく突っ込むミカボシであった。
﹁ダークエルフ、侮りがたし!﹂
後ろで、ヘードが唸っていた。
626
9.エルフの里へ︵後書き︶
やや短めですが、今回で本年度最終更新です。
来年は4日か5日か6日か7日に更新予定。
次話﹁エルフの戦人﹂
ダークエルフ武闘派3部衆集合!
さらに全エルフを束ねる頭領登場か!?
お楽しみに!
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きっと明日は掃除がはかどるでしょう!
627
10.エルフの戦人︵いくさにん︶
エルフが支配する帰らずの森。
なんやかんやで歩く事、一時間。 唐突に、ミカボシがキレた。
﹁おいクソジジイ!﹂
﹁何かな?﹂
ォキナの代わりに忍者刀⋮⋮、もとい。
片刃の直刀をミカボシの喉元へ突きつける狐面の忍者⋮⋮、もと
い。ダークエルフ。
﹁おんなじ道を何回通れば気が済むのかな?﹂
ミカボシは、突きつけられた刀を指で挟み、喉元から遠ざける。
﹁すぐそこだろ! 気配いっぱいんっトコ! 最初に会ったトッか
ら直線距離で1キロ! なんなら直通路を空けてやろうか? 金取
るぞコラァ!﹂
耳の棒ピアスを気ぜわしく弄くるミカボシ。
今にもカカセヲさんを抜きそうだ。
﹁キロという単位が解りませんが⋮⋮そうですか、最初からバレて
ましたか﹂
ォキナは肩をすくめた。
グルグル歩きをしていたのは、ミカボシ達に本拠の場所を特定さ
せない為の努力と工夫だったのだ。
628
﹁では改めてご案内致します﹂
今度こそ、本当の道を案内するォキナであった。
﹁ここがエルフの里かね?﹂
﹁正確にはエルフの本陣でございます﹂
ォキナに案内されるまま、森を歩いてきた。
やはり、枝道のすぐ先に、エルフ達の中枢があった。ミカボシの
カン通りである。
空が木の枝と緑に覆われたアーケード状の道を歩いていたら、い
きなり景色が開けた。
直径50メートル以上。屋久杉を遙かに超える超巨大木。
屋根と見まごうばかりに枝を張る大木。
神々しいまでに太く大きく、存在感を主張する。正に神木。
空間、いや村は、この神木と、いくつかの支援木によって支えら
れていた。
空に広がる枝や葉を通して、日の光が村を明るく照らしている。
森の回廊も明るかったが、ここの比ではない。
木と土で造られた家が整然と並んでいる。屋根は傾斜し、雨水を
うけながす構造になっている。
芸が細かい。エルフ達の手先の器用さが知れる。
風雨による汚れのない綺麗な街並み。
629
火には弱そうだが、建築が簡単そう。
一番に目に付くのは街並みではない。
中心的建造物。エルフの本陣である。
エルフの本陣は、神木の洞を利して作られていた。
造りの異様さと、構えの大きさで、辺りの建物を抜いて目立って
いる。
木の柱、木の皮で葺いた屋根。
メインの施設である、広い板の間。五十猶予人が一堂に会して宴
会を開くことができそう。
四方の内、三方は壁や扉が占め、残り一方が庭に開いてる。
開け放たれているにも係わらず、木の香りが高く漂っている。
板の間の神木側。すなわち奥の間に一段高く、四方を細い柱で囲
まれた雛壇がある。
柱は切り出されたばかりなのだろう、木肌が白く瑞々しい。
ミカボシ達は、板の間に通されていた。藁で編んだ敷物の上で、
各々くつろいで座っている。
雛壇は上座であろう。背後の壁に、二本の松の絵が独特の画風で
描かれている。
ォキナは雛壇に近い場所に正座していた。
狐面の忍者⋮⋮、もとい、狐面のダークエルフは、ォキナの護衛
を買って出たつもりであろう、壁を背にして、片膝を立てたまま座
っていた。
エルフの綺麗どころが五人、それぞれソーサーに乗せた小振りの
630
椀を持って現れた。
やはり耳の先端が微妙である。
筋肉冒険隊の前に、それぞれが椀を置いていく。
磁器製の椀には木の蓋がしてあった。
﹁アマツ・ミカボシ様、モコスケ様、サデ子様、フェリス・メルク・
フェーベ様、リーン様、そして魔族の先生、どうかおくつろぎを﹂
﹁充分くつろいでいるが?﹂
最初から胡座で座っているミカボシが、椀の蓋を開ける。
杉に似た香りが仄かに漂う中、ふくよかな香りが鼻孔をくすぐる。
透明な緑の湯が椀を満たしていた。
﹁干したニガナの葉を湯で煎じたものです。どうぞ、お召し上がり
下さい﹂
ォキナが緑の飲料を飲むように勧める。
﹁⋮⋮茶だな?﹂
手にした椀を覗き込んだミカボシ。目と鼻による判断を口にした。
﹁緑茶だな。あ、茶柱が立った﹂
ミカボシと同じ器官を使ったモコ助の判断である。
それにしても⋮⋮。
ミカボシのファーストネームたるべき天津を知り、フェリスのフ
ルネームを知るォキナ。
情報収集力の優秀さを軽く誇示しているように見える。
⋮⋮もっとも、サーデルをサデ子を呼んだあたりに、情報収集力
の限界もしくは筋肉冒険隊の危機管理能力の高さを感じるが⋮⋮。
ヘードを先生と呼称したところが、よくわからない。ヘードの正
631
体を知っているのか、知ったかぶりをしているのか⋮⋮。
﹁なあ、爺様、一つ聞いていいかな?﹂
ミカボシ、熱い茶を一気に飲み干した。
﹁なんでございましょう?﹂
﹁ここ、エルフの首都じゃねぇよな? なんでここに移住した?﹂
﹁はて?﹂
ォキナが片方の眉を上げた。
﹁本気で知らねぇって顔すんな!﹂
ミカボシが声を荒げると、狐面が中腰で立ち上がった。
それを片手で制止するォキナ。
﹁ミカボシ殿、何故そのような事を?﹂
﹁木の匂いが強すぎる。この家と村、造ったばかりだろ? それと、
イントルーダーに近いじゃねぇか。まるで前線基地だぜ。バレバレ
じゃん!﹂
ミカボシの顔をじっと見つめるォキナ。
視線をそらさないミカボシ。
負けを認めたォキナ。にっこりと笑う。
﹁その通りでございます﹂
頭を下げた。
﹁外の者に頭を下げるか?﹂
聞き覚えのない声が聞こえた。
狐面の隣に渋い中年男が座っていた。
いつの間に、どこから部屋に入ってきたのだろう。
632
﹁なんだお前?﹂
﹁我が名はムカデ。ヨリアイのムカデ。西の森を守っていたダーク
エルフだ﹂
﹁ダークエルフに名前があったのか?﹂
ミカボシがジト目でムカデを見ている。
ムカデは、隣に座る狐面を馬鹿にした様な目で見る。
﹁お前、またそんな事ほざいたか? ィナリ﹂
﹁本名で呼ぶな!﹂
背中の刀に手を置く狐面のィナリ。お面越しに怒りの表情が読み
取れそうだ。
表の方。広い庭で微かな音がした。
﹁三人目か!﹂
ミカボシ達は、表に目をやる。
千代紙模様のボールが転がっていく。
﹁子供の玩具か⋮⋮﹂
ミカボシは、ムカデとィナリに視線を戻す。
﹁ぅおっ!﹂
ムカデの隣に一人増えていた。
まだ若い。妖艶な女。
からだ
レオタード生地っぽい、身体にピッタリフィットしたピチピチで
薄くてピカピカした生地に覆われた肉体。長い足は、網タイツでカ
バー。
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お尻と胸がパッツンパッツン。太腿ムッチムチ。敵に捕まれば、
アッハンでウッフンな拷問を受けること間違いなし!
これにライバル意識を燃やす者がいた。
﹁負けるものか!﹂
リーンであった。
﹁いや、違うから、ここはフェリスだから﹂
ミカボシとモコ助がリーンを引きずり下ろした。
﹁クククッ! アタシはカタメ。イタニのカタメ。南の森のダーク
エルフよ。よろしくね﹂
カタメと名乗るくノ一⋮⋮もとい、女ダークエルフ。左目を黒い
眼帯で覆っている。
眼帯は黒くて薄い生地で⋮⋮生地を通して、⋮⋮健康な目が透け
て見える。
﹁なに? カタメってペンネーム? するてぇとムカデもィナリも
偽名だな? お前らそんなことして楽しいの?﹂
何度目だろう、エルフと会ってからミカボシが吠えるのは?
﹁視野が狭いと思いこんで、左から斬りかかるバカが多いから便利
なんだよ!﹂
勝ち気なカタメ。噛みつかれたら噛み返すタイプである。
﹁それよりサデ子さん﹂
﹁ハハハッ、なんでしょう?﹂
カタメがサーデル事、サデ子に向かい妖艶に笑いかけた。
﹁いいえ、ラベルダー第一王子・サーデル殿下﹂
634
﹁え?﹂
驚くサーデル。
バレていた。
﹁アタシとよろしくやらない?﹂
カタメは、シナを作って流し目をサーデルへ送っている。
﹁いえ、私はサーデル殿下なんかじゃなくてぇー⋮⋮﹂
女の子らしく、クネクネと身体を揺らす。堂に入った動きだ。
サーデルは、しらを切る事にした。
カタメが自らの胸に手を添え、膨らみを突き出した。
﹁おっぱい、吸ってみたくない?﹂
﹁ぜひ!﹂
今、白状した。
﹁やめとけサーデル﹂
ミカボシは、身を乗り出したサーデルの肩を引っ張った。
サーデルはきょとんとした目をしていた。
﹁妬いてるんですか?﹂
﹁バカヤロウ!﹂
ミカボシがサーデルの頭を一発叩く。
﹁ああいうのは大概、毒を塗ってある。口をつけたら一発昇天。く
ノ一の代表的な手口さ!﹂
﹁塗ってませんて!﹂
口元に笑いを残しながら、カタメが否定した。
﹁塗っていたとしても、口に含む価値はある!﹂
635
サーデルが右手を白くなるまで握りしめている。
﹁オイラ思うんだが⋮⋮ある意味、サーデル兄さんは真の勇者かも
しれない﹂
﹁とんだ落とし話だな!﹂
ムカデがミカボシ達と違う方向を向きながら、聞こえる様に独り
言を言った。口の端をわざとらしく歪めながら。
﹁ォキナ殿、軟弱者達の力を借りずとも、このムカデにお任せあれ
ば大魔王に一泡吹かせてご覧に入れましょうぞ!﹂
皮肉的な笑みを渋く浮かべるムカデである。
﹁なんだと? もっぺん言ってみろ!﹂
ミカボシが怒りの矛先をムカデに向ける。
﹁クククク、ミカボシ殿、そなただけを軟弱者と言ったのではない。
両隣に座る狐とバカ女を含めての話だ。安心なされよ﹂
﹁それならいい﹂
﹁良い訳ないやろアんだらーっ!﹂
﹁はぁ? 言ってる事ワケわかんないんですけどぉ!﹂
忍者⋮⋮、もとい。ダークエルフのスリー・トップが睨み合う。
今にも刀を抜きそうだ。
﹁皆々様、失礼致します﹂
殺伐とした板の間に、うら若きエルフの女性が入ってきた。揃い
も揃って美女ばかり。
片膝を床につけ、頭を下げる。
﹁エルフ族頭領・ライメィ様、おなりです﹂
636
風切り音を立て、三名のダークエルフが居住まいを正した。
片膝を立て、片膝を床につけ、左手を腰に右手を拳にして床につ
ける。
それが忍者の⋮⋮、もとい。ダークエルフの礼なのだ。
最初から最後まで、一連の動きを黙ってみていたヘードが、初め
て口を開いた。
﹁こいつらをここまでさせる頭領って⋮⋮いったい⋮⋮﹂
ヘードの複眼が、部屋に入ってきた人影を捉えたのであった。
637
10.エルフの戦人︵いくさにん︶︵後書き︶
皆様、あけましておめでとうございます!
次話﹁頭領︵仮︶﹂
いよいよ全エルフを束ねる頭領登場!
お楽しみに!
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きっと明日は小春日和になるでしょう!
638
11.頭領・ライメィ
﹁わしがエルフぞくのとうりょう・ライメィである﹂
一段高くなったひな壇に、どっかと座る現頭領・ライメィ。
﹁みなのもの、ごくろうである。ゆうしゃのみなさま、どうぞおら
くに﹂
ミカボシ、モコ助、フェリス、リーン、そしてヘードの前に、全
エルフ族を実力とカリスマで束ねる頭領が座っていた。
ミカボシ、モコ助、フェリス、リーン、そしてヘードまでもが口
をポカンと開けている。
視線は、全エルフ族を実力とカリスマで束ねる頭領・ライメィに
集中していた。
﹁わしのかおになにかついておるかの?﹂
ライメィは若い女だった。
年の頃は四つ。若すぎる女が困った顔をしていた。
エルフ族特有の黒い髪には天使の輪が浮かんでいる。ぱっちりし
た黒目勝ちの目。マシュマロの様なピンクの頬。
ゆったりとした朱い服。薄くて白い羽織に袖を通している。
これにライバル意識を燃やす者がいた。
﹁若さがなんだっていうのよ!﹂
フェリスであった。
﹁いや、ここで争うのはリーンだろ? つーか、フェリス姐さん、
キャラ壊れてるって!﹂
639
モコ助がフェリスを引きずり下ろした。
﹁え? この幼女が頭領?﹂
ミカボシが真っ先に我に返った。
﹁お前ら、ょぅι゛ょに忠誠を誓う種族だったのか⋮⋮﹂
笑おうとして笑えず、左唇の最端に皺を寄せるミカボシであった。
﹁我らの頭領に指をさすな不埒者!﹂
狐面のィナリがミカボシに殺気を放った。
﹁死にたいの? あなた!﹂
カタメが刀の鯉口を切った。
﹁泣く子も黙るダークエルフを敵に回すか?﹂
ムカデは、足首の関節だけで立ち上がる。
﹁こ、ころしあい⋮⋮が、はじまるのか?﹂
幼女⋮⋮もとい。エルフ族の頭領・ライメィが震えている。
﹁めめめ、滅相もない!﹂
ィナリ、ムカデ、カタメが跪いた。
﹁ならいいの⋮⋮あれ?﹂
ライメィがモコ助に気づいた。
モコ助は、何も喋らなければ可愛い犬だった。特にトイプードル
は縫いぐるみの様。
﹁いぬさん、おいで﹂
そしてライメィは幼い少女。
﹁どれ、幼女︵よぅι゛よ︶の抱かれ心地を試してみようか!﹂
640
モコ助は、トコトコとライメィに歩いて近づいた。
そっとモコ助を抱き上げるライメィ。
そしてモコ助に頬づりして、幸せそうににっこりと微笑んだ。
ブシッ! ブシュッ! ビシュッ!
破裂音、もしくはビール缶のプルを空ける音が連続して三つ。
カタメとムカデが、空中に綺麗な赤い霧を放っていた。
⋮⋮鼻の穴から。
﹁おいおい、お前ら、そろいも揃ってロリか? そんなにツルペタ
がいいのか? エルフの頭領のカリスマと実力って幼女趣味の事か
?﹂
﹁これは異な事を。我ら三人は頭領に忠誠を誓っておるまでの事!
決して二心はござらん!﹂
茶々を入れるミカボシに、ィナリが大声で反論する。
ィナリのお面。その下から、ポタリポタリと赤い液体が垂れてい
た。
﹁説得力無いわ!﹂
どこから取り出したのだろうか? ミカボシは帽子を床に叩きつ
けた。
﹁軽んじるのもいい加減にしろ!﹂
怒りに目を血走らせ、ムカデが刀を抜いた。
そりゃそうだろう。幼女属性を誤魔化す為には、もう斬るしかな
い。
﹁我らの頭領を軽んじた罪、その身で償ってもらおうか﹂
641
なんで幼女趣向なんだ?﹂
くノ一⋮⋮もとい、カタメの周囲に光りの蝶が乱舞する。
﹁いや、お前、女だろ?
﹁母性本能が強いだけよ!﹂
エルフ最強の変態がいた。
﹁みんな⋮⋮けんかするの? ⋮⋮またエルフがしぬの?﹂
板の間に、可憐な声が凛と染み入る。
ライメィの目に涙が浮かんでいた。
ミカボシとダークエルフ達の動きが止まった。
﹁めめめめめめ、滅相もございません! このムカデ、ただじゃれ
合っていただけでござる!﹂
プルプルと首を左右に振るムカデ。
﹁ムカデまる⋮⋮ムカデだけだとこわいから⋮⋮わしがまるをつけ
てかわいくくしたのに⋮⋮。いやだったのか?﹂
モコ助を抱き上げたまま立ち上がるライメィちゃん。涙の堰が、
今にも溢れそう。
﹁ななななななななな、何を申される︵敬語の誤り︶! このムカ
デ丸、略しておるだけで、心の中ではいつもムカデ丸でござる!﹂
首筋から顔、額まで真っ赤になったムカデ丸、意味が不明である。
﹁ならばよい。⋮⋮カタメ﹂
﹁はひっ!﹂
ライメィちゃんの矛先がカタメに向かった。
﹁そち、わしのははになってくれるといっていたのはウソか?﹂
﹁ななななななななな、何を申される︵敬語の誤り︶! このカタ
642
メ、御父母様を亡くされたライメィ様の御為、身も心も捧げる所存
!﹂
顔を真っ赤にして力説するカタメである。
﹁ならば⋮⋮なぜたたかおうとする? カタメも、ととさまやかか
さまのように、わしのまえから、いなくなってしまうのか?﹂
俯いてしまったライメィちゃん。目から、涙が一つこぼれた。
﹁じゃれているに過ぎませぬ! ダークエルフはじゃれ事と真剣勝
負の境目が曖昧なのです!﹂
大変苦しい言い訳である。
﹁ならば⋮⋮﹂
上目遣いにカタメを見上げるライメィ。
﹁ならば、こよい、いっしょにおふろにはいってくれるか?﹂
ブビュル。
カタメの形よい鼻から、太い鼻血の柱が噴出した。
﹁喜んで!﹂
目が細い。そして目尻が垂れまくっていた。
﹁あれか⋮⋮母性本能が強いんだな。なんだな、この女、ダークエ
ルフ・アンド・むちむちプリンくノ一のイメージとは、対極に位置
しているな﹂
回りが自分を見失ってしまったので、逆に醒めてしまったミカボ
シ。冷静な観察眼が甦る。
﹁そのあと、いっしょににおふとんにはいってくれる?﹂
643
小首をかしげるライメィ。大変可愛い。
﹁命に代えて!﹂
カタメの出血が止まらない。
﹁ちち、すってもよいか?﹂
ライメィは、縫いぐるみの様な小犬を抱いて、指をくわえていた。
﹁血が出るまで洗って準備します!﹂
﹁やっぱ、おっぱいに毒塗ってたんじゃねぇか!﹂
ミカボシが平手で床を叩いている。
﹁変態共め﹂
腕を組み、静かに座る狐面のィナリ。
ひとり大人のフリをしているが、こいつも鼻血を垂れ流してる口
である。
﹁ィナリよ﹂
﹁ははっ!﹂
ライメィの下知に畏まるィナリ。
﹁わしのあげたおめん、おきにいりのようじゃの?﹂
﹁このように肩身離さず! 私の忠誠は頭領のため!﹂
さらに頭を下げるィナリ。お面の下から垂れる赤い物が止まらな
い。 ﹁ィナリはすぐなくからの。そのおめんをつけておれば、きにする
ことなくなけるぞ﹂
﹁だからお面つけてるのか! 泣き虫なのかい!﹂
ミカボシが突っ込むものの、ライメィの手前、奥歯を血が出るま
で噛みしめている。
口からの出血も止まらない。
644
﹁うむ、よきかな、よきかな﹂
先々代の頭領、ォキナが涙ぐみながら頷いていた。
﹁だいじょうぶか? エルフ?﹂
一部始終を黙ってみていた元魔王ヘード。この言葉でこの場を締
めた。 645
11.頭領・ライメィ︵後書き︶
次話﹁ハレ﹂
ハレるのは森の天気か作者の頭か!?
お楽しみに!
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きっと明日はお餅の消化が良くなるでしょう!
646
12.ハレ
どんどこどこどこどんどこどこどこどんどこどこどこどん!
はっ!
でんでけでけでけでけでんでけでけでけでけでんでけでけでけで
けでん!
はっ!
かっかっかっかかっ!
大太鼓の、心臓に響く音。
ベースギターと三味線を足して大正琴を掛けた弦楽器がやたら低
音。なんでも使用している弦は、特殊な虫の腸を干して編んだもの
らしい。
そして大太鼓のふち打ちの高音。
どう見ても和太鼓。直径二メートルはある木をくり抜いて皮を張
った宮太鼓。
どう見てもエレキのベース。特殊な弦が張ってあり、音の残りと
大音量が特徴的。
和太鼓とエレキの合奏が、勇ましくも陽気な音律を奏でている。
エルフの村の夜が更けた。
本陣前大広場で、エルフ村の全力を挙げた歓迎会の幕が切って落
とされた。
広場と言っても野球場が軽く一個入る広さ。
本陣近くで催される演奏会会場を扇状に取り囲むようにして、無
647
ござ
数の茣蓙が敷かれている。
エルフの村人達がわらわらと集まってきた。
そろいも揃ってゆったりとした上着。男はゆったりとした七分丈
ズボン。女は膝下までのスカート。
デザインよりも丈夫さを優先した生地。中間色を主とした色使い。
頭に鉢巻きを巻く者もいれば、腰帯を巻く者もいる。
エルフの村人は、老若男女にかかわらず、思い思いにグループを
作り輪を成して座する。
グループ間を酒や料理が回っていく。
筋肉冒険隊の面々も、上座の茣蓙に座り、酒や料理をご相伴にあ
ずかっている。
同席するのはダークエルフの長、ォキナ。ォキナの脇を固める様
にして、ィナリ、ムカデ丸が座していた。
エルフの頭領ライメィ︵四歳︶は、おねむになったので、カタメ
が付き添い奥にひいていた。
今頃は二人でお布団に入っている事であろう。
お布団に入ってライメィがカタメの乳⋮⋮ゲッフンゲッフン!
今宵は、カタメがライメィの護衛当番なのだ。
﹁お前らホントに忍者じゃねぇんだな?﹂
どう解釈しても熱燗されたお銚子を手にするミカボシ。疑いの目
で自称ダークエルフ達を見る。
﹁くどい!﹂
狐面のィナリが声を荒げる。
﹁信じられるか! ま、お一つどうぞ﹂
648
口は詰問調ながら、手にした銚子をィナリに差し出すミカボシ。
みを差し出すィナリ。
﹁疑い深いヤツめ! あ、こりゃどうもどうも﹂
ぐい
﹁おっとっととと!﹂
二人声を合わせて、酒を盃に満たした。
﹁いただきます﹂ 狐面をヒョイとずらし、盃を口に近づけるィナリ。
絞り染めの薄いタオルを持った左手で口元を隠し、盃を空ける。
﹁どうだ?﹂
ミカボシが聞いたのはサーデルである。
﹁飲んだフリをしてタオルに酒を染み込ませました。僕が使ういつ
もの手口です。間違いありません!﹂
手品の種を見抜いたかのようなサーデル。自信たっぷりに答えた。
﹁忍者は他人の手による酒を絶対に飲まないと聞いた! やはりお
前ら忍者だ! 今のが証拠だ!﹂
鬼の首をとったかのように囃し立てるミカボシ。凄く楽しそう。
﹁だからニンジャって何っ?﹂
立ち上がってミカボシを上から覗き込むィナリ。完全にミカボシ
ペースだった。
﹁まあまあ二人とも、呑んで呑んで、食べて食べて!﹂
ォキナが二人を諫める。
怒るでなし、諫めるでなし、亀の甲より年の功。
玩具を取り上げられた感のミカボシ。表情を硬くする。
﹁ところで、爺様よ!﹂
649
﹁ォキナ様な﹂
﹁この歓迎はなんだね? 破壊と殺戮しかできねぇオレ達に何を求
める?﹂
隙あらば突っ込んでくるィナリを無視してミカボシは、ォキナを
睨みつける。
﹁そうですなぁ⋮⋮﹂
銚子を取り上げ、ミカボシの盃に酌をするォキナ。相変わらず柔
和な顔のまま。
﹁その破壊と殺戮を求めておるのかもしれませんなぁ﹂
ォキナは、昔話をするかのように軽く話し始めた。
﹁ミカボシ殿、そなた、人ではあるまい?﹂
普通にォキナの目を見たまま、ミカボシは普通に盃を空けた。
﹁違うよ﹂
違うよとは、どうちがうのだろう?
人と違うよ。⋮⋮であろうか? 否定する意味なのだろうか?
ミカボシは手近の銚子を手にとり、ォキナの盃を満たしていく。
太鼓とベースの音、そしてエルフの歓声だけが聞こえている。
﹁大魔王と戦ってみてどうでした?﹂
チラリと上目でミカボシを見、ォキナは一息で盃を空けた。
儂はィナリとは違ってミカボシ殿に命を預けてますぞ。との証で
もある。
⋮⋮もっとも、このためにワザとィナリが盃を空けなかったとし
たら、ずいぶん込み入った手口だが⋮⋮。
650
﹁手こずる事はないな。ただ⋮⋮﹂
﹁ただ?﹂
﹁⋮⋮大鎌に興味があった﹂
僅かばかり、ォキナが首をかしげた。
﹁はて? あの大鎌にそれほどの力があったのでしょうか?﹂
﹁無いよ﹂
ォキナは、ますます首をかしげていく。
﹁いや、大鎌を相手にしたの初めてだったんで、つい⋮⋮遊んじゃ
った。てへ?﹂
ピロリと舌を出し、お茶目に片目をつぶるミカボシ。可愛くない。
とんとんと後ろからミカボシの肩を叩く者がいた。
ミカボシが振り返ると、酒に頬を染めたリーンが立っていた。
﹁てへ!﹂
ピロリと舌を出し、お茶目に片目をつぶるリーン。
ドヤ顔が納得いくほどに大変可愛い。
そして、とことこと歩いて行き、飲み食いを再開した。もう用は
無いとばかりに。
﹁あのな⋮⋮﹂
重く沈みこんだ空気を察したミカボシ。とりあえず真面目な顔を
しておく事にした。
﹁オレの敵は魔王じゃない。大魔王でもない。人がいて王がいる。
魔族がいて魔王がいる。魔王がいるから勇者がいる、勇者が強いか
ら大魔王がいた。大魔王より勇者が強かったら、さて何でしょう?﹂
︱︱意味が解らない︱︱。
ミカボシのボキャブラリー不足が、混乱に輪をかけていた。
651
﹁そういやミカどん、ここに来る前もおんなじ事言ってたな﹂
肉のこびりついた骨を囓っていたモコ助。ふと顔を上げ、口の周
りを小さい舌で舐めた。
﹁ミカどんよ、今までチンタラ魔王退治してきたんだが、おめえが
本気出したら一発終了だろ?﹂
﹁それが、そうでもないのですな﹂
ォキナが手にした盃を空けていた。
﹁魔族は、もともと群れぬもの。集団で協力しつつ強大な敵に当た
るという考えがありません。きゃつらは個人主義の長たる者ども﹂
ォキナの目が鋭くなっていた。その目で見つめるのは元魔王ヘー
ド。
﹁確かにな。魔族は純粋に個人主義だ。己の力だけで自分の尻を拭
くに長けた種族だ﹂
生野菜を囓りながら、ヘードは平然とォキナの説を受けて立った。
負けを意識したォキナ。元の笑顔に戻っていく。
﹁魔族の集団行動は、魔王という強大な恐怖と力があってこそのも
の。魔王がいなくなった今、魔族の組織行動にガタが来ている⋮⋮
と思いきや﹂
ォキナが右手の指を一本立てる。その指にみんなの視線が集まっ
た。
﹁大魔王アムの姉弟達が、有力魔族の長達を束ねている。イントル
ーダー候国限定でございますがな﹂
右手の指が上下にゆっくりと振られた。まるで指の先から何かを
出すかの様に。、
652
﹁大魔王を倒しただけでは、魔族の戦力が消えた事にはなりませぬ。
イントルーダー三姉弟も倒さなければなりませぬ。それが我らダー
クエルフの役目﹂
ォキナの左手の平で、小さな炎が上がった。
右手に視線誘導しておいて、発火の仕掛けを左手に仕込んだのだ。
簡単な手妻だが、みんなひっかった。
ミカボシはその火が消えるまで、つまらなさそうに見つめていた。
﹁⋮⋮そういうこった。オレ達ゃー魔王を4匹ばかり潰せば、それ
でお終いと思ってたんだ。大魔王が出てくるまではな⋮⋮。ところ
でメコ助﹂
﹁モコ助な。なんだいミカどん﹂
﹁初めん時はさ、魔族は増えすぎた人口を⋮⋮じゃなくて⋮⋮魔口
? を減らすための進軍だとアタリを付けてたよな?﹂
﹁まあな⋮⋮。ところがよ、焦土作戦に出てこられたんだから、口
減らしにしちゃ念が入ってるって寸法だわな!﹂
モコ助は、とりあえずミカボシのバカ話に付き合うことにした。
﹁で、出てきた大魔王が人間のお嬢ちゃんだ。おかしいだろ? 不
自然だろ?﹂
﹁どこが不自然かよくわらねえな。大魔王が人間に転生した。そち
らの方が都合良かった。それだけだろ?﹂
﹁それじゃねぇ﹂
ミカボシはォキナが注いでくれた酒を一息で飲む。
﹁なあジジイ﹂
﹁ォキナ様と言え!﹂
待ちかまえていたィナリが突っ込む。
653
﹁じゃ、狐でいいや。お前、頭領のライメィちゃんが耳の丸い人間
族の幼女だったら、すんなり仕えることができるか?﹂
﹁幼女だったらできる!﹂
どんどこどこどこどんどこどこどこどんどこどこどこどん!
大太鼓の音だけが聞こえている。
力ある言葉に、ミカボシは黙り込んでいた。
そして考えた。何を間違えたのか考えた。
目の前に落ちていた小枝を拾った。その小枝でこめかみを掻いた。
さらに考えた。
ミカボシは、小枝でィナリを指す。どうやら結論に至ったようだ。
﹁お前、頭領のライメィちゃんが耳の尖ったゴブリン族の中年紳士
だったら、すんなり仕えることができるか?﹂
﹁できぬ! ダークエルフはエルフ族の頭領にしか仕えぬ!﹂
﹁だろ?﹂
ほっとした表情を浮かべるミカボシ。これで話が続けられる。
﹁だったらよ、なんで魔族が人間の大魔王に仕えられるんだ? そ
こんとこどうよ、ヘード!﹂
ミカボシが小枝でヘードを指す。先端恐怖症の人には耐えられな
い距離。 ﹁え? 私?﹂
キョロンとした顔をするヘード。自分の顔を指さしている。
﹁私は、謎の大魔王よりの指名で魔王になった。大魔王の存在をゲ
アガ・リングの爆炎の後で知らされてビックリした口だ﹂
﹁なるほどな⋮⋮﹂
ミカボシが深く頷いた。
654
そして言葉をつなぐ。
﹁⋮⋮大魔王なんて昔からいたのか?﹂
﹁いや、確かに聞いた事はない⋮⋮が⋮⋮、どえらい迫力と、魔法
レジストに優れた蟲である私ですら圧倒される魔力に、彼女をして
大魔王であると認識してしまった次第だ﹂
ここに来て、ヘードも矛盾に気がついた。
さもありなん。そんな顔をして、ミカボシは耳の棒ピアスを弄り
だした。
﹁少なくとも魔族は進化の果ての生物だ。アミノ酸とタンパク質で
できた生物だ。転生を可能とする生物ではない。まして、オレ達の
様に外界から召喚された魔族の勇者でもなさそうだ。大魔王アムと
は何で出来ている?﹂
だれも何も言わない。静かなものだ。
﹁あるいは⋮⋮﹃誰﹄が大魔王アムを創った?﹂
衝撃的な問題提起。
これについて、モコ助が口を開いた。
いや、ゴンドワナ・ワールド随一の知恵者であるモコ助以外、ミ
カボシの真意を組み上げる事はできまい。 ﹁旨くごまかせたつもりだろうが、﹃えへ♪﹄なる黒歴史は消えね
えぜ﹂
音楽も小休止した模様。松明が爆ぜる音以外、聞こえるものは無
い。
﹁話、戻していいですかな?﹂
冷静な口調のォキナ。どうやら我に返った様だ。
655
656
12.ハレ︵後書き︶
次話﹁エルフの決意﹂
エルフが決意するのはエンドレス呑み会か新年の抱負か!?
そろそろ一騒ぎありそうな予感!
お楽しみに!
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きっと明日は寒さも和らぐでしょう!
657
13.エルフの決意
﹁大魔王アム。当年とって御年十歳。イントルーダー候国の第三王
女。四人兄弟の末っ子。父にして現候王ムトは傀儡。姉のササは十
九歳、長兄のクローソーは十六歳、次兄のモブは十三歳﹂
これだけを聞けば、バランスのとれた家族構成に見える。
﹁姉のササは魔法使い。長兄クローソーが持つ槍はミスリル製。次
兄モブは魔法剣士。三人の姉弟は、三人とも力で魔族の各族長を抑
えている。おそらく人間ではあるまい﹂
﹁よくそこまで調べたな。⋮⋮あれ、母ちゃんは?﹂
﹁王妃ミヤマ様は、今朝殺された﹂
ォキナはミカボシの問いに即答した。
ミカボシを始め、モコ助やサーデル達まで目を丸くしている。
﹁どうやって今朝の話を知り得たか⋮⋮、不思議でござろう?﹂
いたずらっ子の目をするォキナ。若い頃は、さぞやんちゃだった
のであろう。
﹁エルフの身分を隠し、人の里に住まわす。人と交わり子をなす。
その子は人の社会に溶け込んでおるが、エルフの里に忠誠を誓う、
影の中の影⋮⋮﹂
ある意味、もっとも恐ろしい事を平気で言うォキナ。すごい目力
でミカボシを見つめている。 ﹁⋮⋮その者、人呼んでハーフエルフ!﹂
﹁いや違うだろ! ハーフエルフは⋮⋮もっと違う存在だろ!﹂
658
手にした小枝で地面をペシペシと叩くミカボシ。なんだか悔しそ
うだ。
﹁それも言うなら草だな。ワイスとヒックマンに謝れ!﹂
モコ助の突っ込みが連続で入った。
突っ込みに委細かまわず、居住まいを正すォキナ。正座している。
﹁ミカボシ殿。我らと共に戦ってくだされ!﹂
ォキナが頭を下げた。俗に言う土下座である。
両脇に控えていたィナリとムカデ丸も、同じように頭を下げてい
る。いつもの様にすぐに飛びかかれる姿勢ではない。両足を折り曲
げた、人にものを頼む姿である。
﹁雑魚共は、我らダークエルフがお引き受けいたす。イントルーダ
ー三姉弟は、上級エルフのィナリ達が相打ち覚悟でお引き受けいた
す。故に⋮⋮﹂
ォキナは言葉を切った。こみ上げてくる物があるのだろう。
かたき
﹁大魔王アムを討ち取ってくだされ! 我ら一族の、死にたもうた
者どもの敵を取ってくだされっ! 森の正義を取り戻してくだされ
っ!﹂
地に額を擦りつけるォキナ。
﹁息子さんの事かい? 恨みかね? 正義ってなんだい? 悪って
なんだい? オレに頼むのはお門違いだ。召還勇者は、そこのモコ
助君だぜ﹂
天の悪星、天津甕星。にべもない。
﹁勇者殿のお力を軽んじているわけではありませぬっ!﹂
激しく否定するその口調。口の端から唾が飛ぶほどに。
659
﹁ゲアガ・リングにおいて、4万の兵力で10万の魔族を散々に蹴
おちから
散らしたその工夫。破壊神メラシーナ様に頼らず、人力のみで二倍
以上の敵をものともしなかったその御力。けして、決して侮っては
おりませぬ!﹂
ォキナの頭頂部しか見えない。
﹁だがしかし、今度ばかりは人やエルフの力や知恵でどうにかでき
る相手ではござらぬ! ︱︱お気づきでござろうッ!﹂
気がつけば、太鼓とベースの音楽が止んでいた。
見渡せば、全てのエルフが頭を地につけていた。
ミカボシは手にした盃を飲み干した。
﹁不味い酒だ﹂
そして立ち上がる。
﹁オレ様が何者か? 知っているか?﹂
﹁人を遙かに超えた存在ッ! 悪神・天津甕星殿! ゲアガ・リン
グの爆炎を儂はこの目で拝見させていただいたっ!﹂
ミカボシは、手にした小枝で肩を叩きながら、ォキナの背後へと
回り込む。
﹁ララシーナやメラシーナを否定する存在かも知れねぇぜ?﹂
﹁力のある者、それが神でござる!﹂
ォキナの背後からィナリやムカデ丸を見据えるミカボシ。その先
のサーデルをも視野に納める。
﹁戦いの後、ゴンドワナ・ワールドが焦土と化したら、おまえ、ど
660
うするね?﹂
﹁一心不乱に働いて、元の森を取り戻しまする!﹂
そしてミカボシが見つめるのはサーデル。ォキナを通り越してサ
ーデルを見ていた。
﹁元の森ではないぞ。神が創りし森ではない。人が造りし森ぞ? それでよいのか?﹂
ミカボシの口調が変わった。
﹁何世代も、何百世代も超えれば、人が造りし森も、神が創りし森
を超えるものとなりましょう!﹂
ォキナが即答した。
﹁それでよいのか?﹂
小枝をプラプラさせるミカボシ。同じ事をもう一度聞く。
﹁望むところ!﹂
自分に聞かれたと思ったォキナは、二つ返事で答える。
まつろ
自分に向けられた問いだと感じたサーデルは、決意を目の光りに
代える。
まつろ
﹁オレ様は正義や悪から最も遠い存在。オレ様は従わぬ神。そして
誰からも従われぬ神。やりたいことが正義。やりたくないことが悪。
それでも良いなら勝手に付いてこい﹂
﹁それでは!?﹂
﹁遅れるヤツは放っておく!﹂
﹁オオオッ!﹂
ォキナ、ィナリ、ムカデ丸、そして広場に集まる全てのエルフか
661
ら感嘆の声が上がった。 ﹁ふんっ!﹂
小枝を振るミカボシ。風切り音を立てる。
ミカボシの手には一振りの長刀が握られていた。小枝が変化した
物だ。
片刃の直刀。握りの部分に豪奢な絹糸が巻かれていた。
﹁ほらよ!﹂
ミカボシは、無造作に放り投げた。
﹁はっ!﹂
慌てることなく手を出すィナリ。しっかりと柄の部分を受け止め
た。
あまのえだふりのたち
﹁えーと、天之枝振太刀だ﹂
今名前を考えた。
﹁そいつは地獄への片道切符。ふふふ⋮⋮受け取れるか?﹂
﹁喜んで頂戴致します!﹂
両手で押し抱くィナリ。有り難そうに受け取る。
﹁切れ味はお前の腕次第。⋮⋮後でムカデやカタメにも何かやろう﹂
改めて居住まいを正すォキナ。
﹁我らエルフ一族、天津甕星様に付き従いまする! どうか、我ら
を武器としてお使いくだされ!﹂
﹁お願い致します!﹂
全エルフが唱和した。
﹁ずいぶん柔らかい武器だな、オイ! 武器は自分で作るタイプだ
662
からいいや﹂
ミカボシは茣蓙に腰を下ろした。
﹁よーし、後は美味い酒とうまい飯を食い続けるのみ! ついでだ
が、オレは星の神様という扱いにしろ。星の神様がマイブームなん
だ﹂
さっそく骨付き肉を手に取るミカボシであった。
﹁皆の者! 祭りの続きじゃ!﹂
ォキナが手を叩いて皆を促す。
言われるまでもなく、肉に食らいつくリーン。ウワバミのように
酒を喉に流すフェリス。可愛いエルフの娘を口説きまくるサーデル。
大太鼓が激しいビートで打ち鳴らされ、ベースが乱れ髪のように
かき鳴らされる。
エルフ達は踊り、勝利の歌を歌った。
木々の隙間から宝石をこぼした夜空が見える。
かがり火はいつまでも赤々と燃え盛る。
宴は最高潮に達しつつあった。
﹁襲撃だー!﹂
広場の向こう。森の回廊へ通じる方角から叫び声が上がったのだ。
663
13.エルフの決意︵後書き︶
次話﹁脱出﹂
脱出するのは森からか、肛門からの何かか!?
襲撃者は、魔族か? 魔獣か?
エルフは略奪者を許さない。
お楽しみに!
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664
14.脱出
﹁どうした?﹂
突如巻き起こる悲鳴に腰を浮かす、ォキナ達エルフ一族。
戦闘態勢に移行するィナリとムカデ丸。
﹁斥候、三つ!﹂
ィナリが指を三本上げる。
ダークエルフの下っ端三人が、声の方向へ駆けた。
闇に消える三人組。
そして上がる悲鳴。
闇の中から燃えるルビーが6つ。
ぬっと現れたのは真ん中の二つ。
黒く醜い巨大な顔。下から突き出た牙が、上唇をめくりあげてい
る。
熊よりも大きな前足を闇より踏み出す。
使役牛の体格を一回り越えた巨体。
残り左右の顔が闇より現れた。
地獄の番犬、大魔王アムの直属、漆黒の三頭巨犬・ケルベロス!
﹁見つけた﹂
﹁見つけた。ミカボシが消えたあたりの森に居た﹂
665
﹁変な匂いをたどると音が聞こえてきた﹂
長い舌でベロリと顔を舐める。口の周りに付いた血を舐めとった。
﹁エルフは旨い﹂
﹁もう少し食べたい。だが辛抱だ﹂
﹁大魔王様へご報告が済んでからだ﹂
﹁うぬっ! わたしが退治してくれよう!﹂
十字槍を持ったフェリスがマントをはぎ取った。
足元がきこしめしている。
﹁大丈夫かフェリス姐さん?﹂
モコ助がが声を掛ける。
﹁大丈夫です﹂
声は涼やか。
エルフの村へ、たった1匹で侵入したケルベロスに槍の穂先を向
ける。
﹁たかが3匹。たいした事︱︱﹂
﹁酔ってる酔ってる! だれか変わってやれ!﹂
﹁⋮⋮ではわたしが⋮⋮﹂
巨木に向かって呪文を唱え始めるリーン。
﹁嬢ちゃんも酔ってる。しかも未成年。しかたねぇ、ここは一つオ
イラの9ミリパラペラムバレットパンチで︱︱﹂
﹁客人の手を煩わせる事は無い﹂
進み出たのはィナリ。
ダークエルフ・ィナリは静かだ。気迫も殺気も何も放出していな
666
い。
はな
先ほどまでは怖いくらい放っていたのに。
ィナリは黙って片手を上げた。
中指と小指を立て、折り曲げてから手首を振る。
抜刀したダークエルフ五人が、ケルベロスを中心にして時計回り
に回り出した。
その外を五人、反時計回りに走り出す。
都合10人で一匹に掛かる。
合図なしに内側の五人が同時にしゃがみ、刀を突き出した。ケル
ベロスの脚を狙った下段攻撃だ。
しゃがんだ五人の背を踏んで、外側の五人が宙を飛ぶ。空からの
攻撃だ。
上下二段の攻撃が、同時に行われた。
ケルベロスの逃げる空間が無い。
ケルベロスの三つの口が同時に吠えた。
前方に向かって、口から炎の塊を吐き出し、飛び出す。
前面にいた三人のダークエルフが跳ね飛ばされた。
トストスと乾いた音を立て、ケルベロスの背に矢が突き刺さる。
全身を震わせて、刺さった矢を跳ね飛ばす。たいした怪我ではな
いようだ。
ケルベロスが顔を上げると、五人二重の輪に囲まれていた。
ダークエルフ達の攻撃。上下二段の同時攻撃だ。
今度は横っ飛びでダークエルフを跳ね飛ばす。幾ばくかの刃は受
けたようだが致命傷には至らない。
667
ケルベロスの身体は、騎士の鎧より硬い毛で覆われている。
加えて、後方へ流れる毛並みの為、刃が流されるのだ。
逆にダークエルフ二人が、血を撒き散らしながら転がっていった。
ケルベロスの三つの首。
左右、両の首はまるで両腕。
四つ足の胴に乗った首と両腕。まるで両腕を持った半人馬身のケ
ンタウロス。
攻撃の柔軟性とバリエーションは、犬や虎の比では無い。
また矢がケルベロスの背に突き刺さる。振るい落とすと、五人二
重の輪に囲まれる。
輪がグルグルと回り出す。
﹁しつこいなあ﹂
﹁しつこいぞ﹂
﹁跳ねるか?﹂
言うなりケルベロスは真上へ跳躍した。
恐るべきはその脚力。
二重の輪を飛び越え、遠くへ着地する。
そしてまた全身を震わせる。
宙にいたとき、前にも増して矢が突き刺さっていたのだ。
時を追うごとに射手が増えている。
﹁うっとしいなぁ﹂
﹁うっとうしいぞ﹂
﹁食い散らかすか?﹂
668
﹁待たせたな﹂
ィナリがケルベロスの前面に立っていた。
黒装束に狐の白面。
ダークエルフ・筆頭の剣士。
ミカボシからもらった刀を逆手に持つ。
地を這うような低い姿勢は、強靱なバネを生かす為のもの。
まったく呼吸を無視し、ィナリがケルベロスへ斬りかかった。
反応が遅れたケルベロス。それでも狙われた首は回避行動をとっ
た。
かろうじて頸動脈だけは外す事に成功したが、毛皮が切れ、肉が
裂ける。
飛び散る事はないが、どっぷりと黒血が流れ出た。
少しでも有利な位置へと身体を持っていくケルベロス。切られた
首が吠えた。
﹁この刀は用心だ﹂
﹁その刀は切れるぞ﹂
﹁あの刀は危ない!﹂
三つの首が全てィナリ一点を睨んでいる。
ィナリはその場を動いていない。
ミカボシから渡された刀の切れ味を確認していた。
﹁この刀はケルベロスの毛皮を通すか?﹂
篝火を反射して天之枝振太刀が赤く光る。
動かぬィナリに対し、三つの首が三方より襲いかかる。
首と両肩に噛みついたと思われた瞬間、ィナリの姿が霧と消えた。
669
ィナリに代わり、間合いの一歩外に立っているのはムカデ丸。
ペンタグラムの文様が刻まれた素焼きの礫を投げつける。
ケルベロスの身体に当たった礫は、そのまま落ちずに張り付いた。
﹁なんだこれ︱︱﹂
礫が爆発した。
一つだけ額に張り付いていた。
それが痛かったのだろう。ケルベロスの巨体がのたうち回る。 ﹁小癪な!﹂
﹁小癪だな!﹂
﹁ひねり潰すか?﹂
黄色い牙を剥き、ゼロフレームダッシュでムカデ丸へ飛びかかか
るケルベロス。だが、ムカデ丸に届かない。
同じ距離、全く姿勢を変える事なく後方へ飛び退っていたからだ。
ケルベロス一回目の跳躍が終わる。
そこを見計らって、光りの蝶がケルベロスの周囲を舞いだした。
﹁遅れてすまぬ!﹂
ムッチリとした肢体をムカデ丸の前に割り込ませるカタメ。赤紫
を基調としたピッタリスーツが決まっている。
﹁遅いぞカタメ﹂
ムカデ丸が責めるが、それは言葉だけ。
﹁この衣装、着るのに時間がかかるのだ。⋮⋮来たぞ!﹂
﹁散ッ!﹂
ムカデ丸とカタメが左右に飛んだ。
670
光りの蝶は数を増してケルベロスに張り付く。 ﹁前が見にくい﹂
﹁うっとうしいぞ﹂
﹁おや?﹂
光りの蝶が消えた。
ケルベロスの眼前に立ったのはィナリ。二度目の参上。
両手をだらりと垂らした姿勢。
刀は腰の後ろに回して差していた。
﹁あの刀に気をつけろ﹂
﹁我らの方が速い﹂
﹁よく見て避けろ﹂
ケルベロスが飛びかかろうと後ろ足に力を入れる。
その呼吸を見切って、ィナリが飛び出した。
重心をわざとぶらし、己が姿を見る者に二重写しとさせる。
抜刀! 逆手持ち。
意表を突いて、右から斬りかかった。
余裕でかわすケルベロス。左後ろへ飛び退る。
それを見越していたのか、ケルベロスに付いてくるィナリ。二刃
目を放つ。
今度は紙一重でそらすケルベロス。真後ろへ下がる。
その動きは読まれていた。ピッタリと追尾しているィナリ。第
三刃目を繰り出す。
671
逆手に持っていた刀を順手に持ち代えている。射程距離が長くな
っている。
ィナリから見て、左後ろの草むらへと跳び退るケルベロス。
﹁そこに天之枝振太刀が仕込まれている﹂
ィナリが手にしているのは、ただの直刀。以前からィナリが所持
していた愛刀。
ケルベロスの脇腹に刀が突き刺さっていた。
草に紛れ込ませたトラップだった。
﹁グギャー!﹂
三つの口から、悲鳴が輪唱となって上がる。
合図無しで投げ縄が飛んできた。
ケルベロスの首、一つにかかったロープ。若いダークエルフが端
を引き絞り、足で踏みつけ、地面に杭で打ち付ける。
残り二つの首にもロープが掛けられ、杭で縫い止められる。
同じように、足にロープが絡みついた。
どうと倒れ込むケルベロス。 尻尾に、胴に、二重三重、幾重にも頑丈なロープが巻き付いてい
く。
口にまでロープが掛けられ引き絞られる。これで炎を吹く事が
できなくなった。
ィナリが指を一本掲げた。
クイと折り曲げる。
全身黒装束のダークエルフが一斉に突撃。
672
みんな粗末な槍を持っている。
硬い皮膚と特殊な毛並みを持っていても、動かない相手だ。慣れ
た者の手にかかれば貫通は容易い。
ボロ槍が次々とケルベロスの身体に刺さっていく。
ただ突き刺すだけでなく、ひねったり抉ったりする。
口を封じられたケルベロスは、悲鳴を上げる事も許されない。
吹き上がる血しぶき。
それでも容赦はない。
何十本もの槍が、無慈悲に突き出される。
ケルベロスの体は、無条件でそれらを受け入れていく。
やがてケルベロスは動かなくなった。荒い鼻息も止まっていた。
﹁念のため﹂
ィナリは天之枝振太刀を振るい、三つの首を落としていく。周到
である。
懐から布きれを出し、天之枝振太刀を拭うィナリ。
失礼の無いよう、神刀を背に回し、ミカボシに対しひざまずく。
ムカデ丸とカタメもそれに倣う。
﹁見事! 特にえげつなさが!﹂
どこから取り出したのだろうか? ミカボシは、日の丸が描かれ
た扇子を広げて扇いでいた。
﹁お褒めの言葉、恐悦至極!﹂
頭を下げ、礼を言うィナリ。 ﹁おいミカどん、⋮⋮と、エルフの先々代頭領︱︱﹂
673
モコ助が口の端を歪めながら、歩いてきた。
﹁なんだメコ助?﹂
ォキナとミカボシが振り返る。
﹁モコ助な。ケルベロスは、あきらかにミカどんを探していた。エ
ルフの森にアタリをつけていた! まずいぜ!﹂
﹁ここを引き払うか?﹂
畳んだ扇子で肩をトントンしているミカボシ。ォキナの顔を覗き
込む。
﹁ケルベロスが殺された事は、大魔王側にすぐ知れるでしょう。こ
こを知られるのは時間の問題。一般のエルフ達を安全な場所へ移動
させなければなりません﹂
ォキナが、僅かに左右へ目を動かす。
それだけで、ィナリ、ムカデ丸、カタメが散った。
﹁これより、本陣を引き払う! 全員、撤収!﹂
ォキナが大声を出す。年に見合わぬよく通る声だ。
それを合図に、エルフ達の動きが慌ただしくなっていく。
﹁アテはあるのか?﹂
ミカボシが耳の棒ピアスを弄っている。
﹁レビウスの王冠を取り巻く﹃帰らずの森﹄は、我らの庭。嘗めて
もらっては困ります﹂
ォキナがいやらしく笑う。
﹁ダークエルフは、これより絶対安全地帯へ移動します。さあ、ご
準備を!﹂
ォキナがある方向を指し示した。
674
﹁おいおい、今からか? いいけど、こいつらどうする?﹂
ミカボシが指し示すのは、酔いつぶれたフェリスとリーン。
﹁荷馬車の荷台に転がしておけ!﹂
モコ助が筋肉冒険隊主戦力の処置を指示した。
﹁おじいさま! ィナリ! ムカデ丸! カタメ!﹂
たどたどしい声。床についていたライメィである。
裸足で歩くライメィ。白い夜着が闇に映える。
﹁頭領様!﹂
名を呼ばれた四人が、瞬時に集まった。
片膝を地に着け、下知を待つ。
泣きそうな顔をしているライメィ。
﹁やはりたたかうのか?﹂
﹁御意!﹂
間髪を入れず、ィナリが答える。
ライメィがきつく目を閉じた。顔も下向けている。
呼吸を三つばかり。
ライメィが顔を上げる。そして目を開いた。
とても澄んだ目だった。
大人の顔をしていた。
﹁ならば、ちゅうとはんぱはゆるしません。てっていてきにたたか
いなさい﹂
﹁御意!﹂
﹁でも⋮⋮﹂
大人ぶっていたのはここまでだった。
675
﹁いきてかえってきてくれなきゃいやだー!﹂
後はくしゃくしゃになって泣きじゃくる。
﹁⋮⋮御意﹂
ィナリは即答できなっかった。覚悟が砕けそうだったからだ。
ムカデ丸がィナリを横目で見、ため息をついた。
﹁ではこれにて御免!﹂
ムカデ丸が声を掛ける。
それを合図に散っていくダークエルフ4トップ。
ィナリは、ムカデ丸の思いやりに感謝の念を覚えた。
﹁ライメィ嬢ちゃん⋮⋮﹂
モコ助がライメィの足下へすり寄ってきた。
﹁なあに? わんちゃん?﹂
﹁見事な人心掌握力だ。褒めてやろう﹂
﹁これくらいできなければ、エルフのとうりょうは、はっていけま
せん﹂
とても大人びた笑顔を浮かべるライメィであった。
﹁ちなみにサーデルはどこへ行った?﹂
ヘードの複眼は、ほぼ全天域を網羅する。見えないのは足の裏と
後頭部表面だけである。
ちなみに、もしヘードがフルアニメを見ると、動画がコマ送りに
676
見えてしまう。
その視野と動体視力を駆使しても、サーデルが見当たらない。
﹁あいつは放っておけ。敵に捕らわれても捕らわれなくとも大勢に
影響はない﹂
前足をヘードの肩に置くモコ助。先輩面が板に付いてきた。
﹁そんなものなのか?﹂
﹁早くなれろ﹂
こうしてエルフ族本陣撤収作業が夜を徹して敢行されていく。
ちなみに⋮⋮。
その頃サーデルは、脱出準備を完璧に完了させ、ダークエルフの
示す絶対安全地帯へと、先頭切って移動を開始していたのであった。
677
14.脱出︵後書き︶
ラグナロク
次話﹁終末の予兆﹂
そして7stシーズン最終回。
なぜ大魔王なのか?
ミカどんの真の狙いは何なのか?
お楽しみに!
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678
15.終末︵ラグナロク︶の予兆︵前書き︶
今回で7stシーズン最終回です。
679
15.終末︵ラグナロク︶の予兆
どこまでも碧い空。
破壊的な情熱を持って照りつける太陽。
白亜のバストール城は、日の光を浴びて輝いていた。
清潔で整頓された白い石造りの町並み。オレンジ色の屋根にはブ
ロンズ製の風見鶏。
町の際まで迫る森は濃い緑。
エメラルドに輝く海には、白い船が幾艘か。
どれもこれも、争いのない国にこそふさわしい情景。
事実、イントルーダー候国にはここしばらく戦争がなかった。
戦争が起こりえない要素。
それは巧みな外交。トラブルのない通商。強い為政者。この三
つの条件を満たしてなければならない。
この国は、先の三つを満たしていた。
﹁ラベルダー王国、ヴェクスター公国、ムルティ伯国はすでに戦力
と継戦力を無くしております。小さな国家群は、壊滅的状態。﹂
すなわち巧みな外交。
﹁商業活動も停止した現在、ゴンドワナ大陸の経済は、破綻へと向
かっております﹂
すなわち、トラブルのない通商。
680
﹁全て順調です。なにも問題はありませぬ︱︱﹂
異形の報告者は、言葉を切って、頭を下げた。
玉座に座るのは、枯れ果てた身体を引きつらせる王、ムト・イン
トルーダー。
その後ろ。一段高い場所に鎮座する存在。
﹁︱︱大魔王アム様﹂
すなわち、強い為政者。
﹁下がってよし﹂
気怠い表情と気怠い仕草。
大魔王アムは、部下の報告など聞いていなかった。
イントルーダー候国首都、ビアレスの中心部にそびえる純白の城
バストール。
その上部構造に位置する謁見の間に、大魔王アムはいた。
父であるはずのイントルーダー候王・ムトを前に据えてアムが真
の玉座に腰掛けていた。
まるでこの座は一時の腰掛けであるかの様な、軽い姿勢だった。
﹁おーい! 海じゃなかったのかよー! 俺はてっきり!﹂
騒々しい物音と共に入室してきたのはイントルーダー王家の長兄・
クローソーである。
肉厚のフルアーマーを身に着けていながら、その軽やかな動きは
薄いローブを纏っているかの如く。
重量級の金属槍を左手一本で運んできた。
﹁騒がしい兄者だ﹂
次兄モブが大魔王より一段低い席に腰掛けている。
681
ブラックマットのソフトレザーアーマー。漆黒のおかっぱ頭。す
ねた目つきが人を不快にさせる。 ﹁暑っ苦しいわね!﹂
孔雀鳥の尾羽で作った団扇を扇いでいるササ。長いストレートの
黒髪。サテンレッドのタイトドレスがよく似合っている。
﹁やるか? おまえら!﹂
クローソーは、総鉄製槍を振り回して構えた。
団扇を胸元に下げ、キュッと口を笑みの形に吊り上げるササ。目
がネコの様に吊り上がる。
モブが左手のひらをクローソーに向けつつ、ササの後ろへ下がる。
騒がしい金属音がして、クローソーのヘルメットが閉じられた。
スーツ
数条の細い蒸気が鎧の各所から吹き上がる。
﹁俺の完全鎧はミスリル製。魔法も剣戟も利かないぞ!﹂
ヘルメットの奥からくぐもった声がする。
そして槍を身体の中心に添える。
﹁豪雷巨烈絶滅波っ!﹂
クローソーを中心に、爆発的なエネルギーが生まれた。
謁見の間に詰めていた有力魔族が、紙切れの様に吹き飛んだ。
微動だにしない者が幾人か⋮⋮。
﹁ふふふふ﹂
ササが笑う。
﹁ミスリルは堅い。だけどそれが弱点。一定の力が加われば、ヒビ
682
が入り、焼き物のように割れてしまう。やっておしまい、モブ!﹂
モブは、腰に差した剣をスルリと抜き放つ。
日本で言えば脇差しクラスの長さ。右手に持った刀が黄色く光る。
﹁もう、よいかな?﹂
アムが玉座の上で、つまらなさそうに頬杖をついている。
﹁いいともさ﹂
槍の構えを解いたクローソーが、優しく微笑んだ。
﹁お話しがあるのね?﹂
優雅に団扇を仰ぎ出すササ。目尻が下がっている。
﹁なんだかアム、話し方が変わったね﹂
モブは、もじもじと両手の指を絡め、床の一点を見つめ続けてい
る。
大魔王アムは、モブの言葉にしばし考えた。
﹁アマツミカボシの影響を受けているようだ﹂
つと、天井を見上げる。
﹁彼の者は、何を考え、何を行動原理にしておるのか? 誠、興味
が尽きぬ面白き者﹂
目が輝いたように見受けられたのはここまで。いつもの冷たい目
に戻った。
﹁もうやめよーっ!﹂
大声を出す者がいた。
枯れた声。イントルダー候王、ムトである。
683
枯れ枝のような身体。節の目立つ手足。額と言わず、首と言わず、
全身から汗を流していた。
頬の痩けた顔に、目だけが剥かれている。
﹁バケモノ共め! バケモノ共め! このっバケモノ共めぇーっ!﹂
叫ぶだけ叫ぶムト。あとは肩を上下させて荒い息をついていた。
﹁父上殿﹂
背後でアムが声を掛ける。やや舌足らずの可愛らしい女児の声。
いざ
だがその目は氷よりも冷たい。その瞳は闇よりも黒い。
少女は言葉を続けた。
﹁もう、よいかの?﹂
﹁ひぃぃ! 助けて、命ばかりは助けて!﹂
後ずさるムト。
足がもつれ、尻餅をつく。そのまま後ろ向きに膝行るが、何かに
当たった。
見上げると、モブの顔があった。
﹁兄者、もうよいそうじゃ﹂
﹁そう﹂
抜き打ちを放つモブ。一息にムト候王の首を刎ねた。
コロリと転がるムトの頭部。
目をパチパチとさせている。
モブの剣技であろうか、ムトは即死を免れた。
自分の身体だったモノを見上げる時間が残されていた。
目を動かせば、さっきまで繋がっていた首を見上げる事ができた。
684
綺麗に切断された首からは⋮⋮血が出てこない。
さらさらとした白い砂が溢れるばかり。
首だけになった額から、白い粉が降ってきた。
﹁わ、儂は⋮⋮﹂
首だけになったのに声が出せた。その事に驚いたムトは、自分が
久々に冷静である事に気づいた。
首から下の身体から、白い砂が落ちてくる。
それは身体だった物。砂の身体は、円錐形になりつつあった。
﹁そうか、思い出した。儂はとっくに死んでいた。わしは砂の︱︱﹂
ムトが喋れたのはそこまでだった。
彼の頭部は白い砂になって崩れ果てる。
残ったのは、大小二つの砂山だけだった。
﹁このオヤジ、自分が便利使いの砂人形だったことを知らなかった
のか?﹂
クローソーは、小さい方の砂を鎧の爪先で蹴飛ばした。
﹁お飾りの政治人形が、まさに人形だった。面白いわ、うふふふ!﹂
一人ウケる長姉ササ。扇子で口元を隠して、無邪気に笑う。
﹁⋮⋮さて、話というのはほかでもない﹂
大魔王は何事もなかったかの様に話を続けた。
﹁ペットのケルベロス君からの連絡が途絶えた。我らは海を疑って
いたが、ケルベロス君は単純なため原点に戻っておった。ミカボシ
685
が消えた地点から、改めて探っておったのじゃ﹂
大魔王アムの目が、底知れず深くなる。
﹁そして連絡が途絶えた。十中の十、ミカボシに殺られたと考えて
よい﹂
﹁ミカボシ消えた地点の近く。それは川ではなく森じゃ。森の中へ
ケルベロス君は入った。そしてミカボシと遭遇。殺された。ここま
では間違いなかろう﹂
アムは思い出したように兄弟を見る。
﹁森といえばエルフ共。ゲアガ・リング侵攻作戦で、ずいぶんな数
のエルフ共を殺した。我らに、つまらぬ恨みを抱いておるのかもし
れぬ。理解しづらいがの﹂
アムは、ちらりとクローソーを見る。
クローソーは、斜め上に視線を合わせていた。
﹁あー⋮⋮そう言えば、エルフ共の族長っぽいのを殺したな? 変
なお面つけた連中もいたが、大したことなかったぞ﹂
﹁兄上がエルフの恨みを買うのは自然の事だから仕方ないとして⋮
⋮﹂
﹁おいおい﹂
﹁⋮⋮その鎧⋮⋮ミスリル故の弱点を見抜かれなかった?﹂
親身に心配するササ。先ほどの殺気はどこへ行ったのだろうか?
﹁うはははは! 鎧にヒビが入るまでに、不埒者はこの槍の露と消
えておるわ!﹂
唸りを上げて長大な槍を振り回すクローソーである。広い部屋な
のに狭く感じる。迷惑この上ない。
686
﹁しつこいようだが、話を続けてもよいかの?﹂
大魔王たる者、辛抱強くなくてはいけない。
姿勢を正したり好相を崩したりする姉弟達。大変忙しい。
﹁兄上達は急ぎ戦いの準備をしてほしい。間もなくエルフと合流し
たミカボシが、ここを攻めに来るであろう﹂
﹁確かな事か? 今度は確証があるのか?﹂
嫌われない様、それでいて文句を言いたげなクローソー。精一杯
湾曲した表現でアムに問いかけていた。
﹁妾が保証する。なぜなら︱︱﹂
アムは言葉を切って、僅かばかりの表情を頬に浮かべた。
﹁なぜなら?﹂
続きを促すクローソー。眉が変な形に歪んでいる。
﹁︱︱妾がミカボシなら、必ず攻撃を仕掛けるであろうからな﹂
僅かばかりだった微笑みが、顔いっぱいに広がっていく。 三姉弟の顔が引き締まる。
それは戦いの予兆によるものではない。
ミカボシへの嫉妬心である。
遙か過去。神話の時代よりも昔。
687
不思議な力により隆起した大山脈があった。
ゴンドワナ大陸の中央に鎮座し、大陸全てを睥睨する中央大山脈
地帯。
通称レビウス山脈。
その全体像より、レビウスの王冠とも呼ばれている。
その王冠の中に住まいし魔族の王は見た。 レビウス山脈の外周をぐるりと埋め尽くす広大な森﹁帰らずの森﹂
。
この森を抜ければ、外界のどの王国にも出現可能。
魔族は人間を狩る立場を意識した。
地の利を充分に活用した魔族は、主要四大王国を同時に攻めた。
多大なる犠牲を払いつつも、外界進出の目的を果たした。
魔族の主力は、外界に陣を張る事ができた。
人間の食料生産基地も潰した。
人間は滅びの坂を転がり落ちていくだろう。
だが、それでも、安心出来ない要素が一つある。
敵が﹁帰らずの森﹂を使うのだ。
魔族軍は、狩られる立場にあることを意識した。
魔族を狩る者。
それは人ではない。人の姿をした何かである。
688
ここは帰らずの森。
足を踏み入れた者は、二度と古里へ帰れない。そんな伝承を持つ
迷いの森。
一般に、森の持つイメージカラーは緑である。
だが、古くて深い森は黒い。
日の光を遮る古木は、その時間感覚を狂わせ、起伏の激しい地形
は、その方向感覚を狂わせる。
暗い暗い森。深い深い森。
すでにダークエルフは展開を終えていた。
配下の者に指示を終えたィナリ、ムカデ丸、カタメの三トップが
こちらに走ってくる。
筋肉冒険隊構成員フェリスとリーン、ついでにサーデルも、長距
離移動による疲れを回復させていた。
﹁安全地帯っておっしゃるから付いてきたのに! 敵の目の前じゃ
ないですか! ああ、付いてくるんじゃなかった!﹂
サーデルが頭を抱えて文句を言っている。
エルフに、絶対安全地帯と宣言された場所。
それは、敵の本拠・イントルーダー候国首都、ビアレス間近に迫
る﹁帰らずの森﹂の中。
﹁先頭切って突っ走ってたくせに、いまさら何言ってやがる﹂
モコ助が、干し肉を囓りながら、片手間にサーデルを非難してい
る。
689
﹁攻めている立場にあると思い込んでいる魔族が、絶対に想定しな
い場所。それがここ、魔族の本拠地すぐ側の森﹂
ォキナがおどけて手を広げてみる。
﹁そう思っていた時期がオレにもありました﹂
ミカボシが変な事を言う。
﹁おいおいミカどん、不吉な事を言ってんじゃねえよ。か弱い小犬
を不安がらせて楽しいか?﹂
﹁大魔王のちびっ子は、これを読んでいる﹂
見れば、ミカボシの額に皺が入っている。悩んでいるわけでも困
っているわけでもない。単純に雰囲気を作るためだけに皺を入れて
いたのだ。
﹁どうしてそれがお判りに?﹂
不吉な予感に駆られたのか、ォキナが嫌な顔をした。
﹁オレが、あの小娘なら⋮⋮﹂
相変わらず渋い顔を決めるミカボシ。思わせぶりに言葉を切った。
﹁⋮⋮そう推測するほうが面白いだろうなーって思ったまで。深い
意味はねぇ!﹂
二の句が継げないでいるォキナ。黙ったままだ。
トイプードル
﹁ォキナの爺様、ミカどんの思いつきは、えてして正しい﹂
いつの間にかダークエルフの軍師となったモコ助が、ミカどんを
擁護する。
﹁そうだろうそうだろう﹂
ミカボシはウンウンと頷いている。
690
﹁なにせ相手は外道。この世の外に生きる大魔王。意識レベルや思
考過程が、ミカどんに似ていると想定して間違いねえ﹂
モコ助は、ミカボシを擁護していたわけではないらしい。
﹁おい、それはどういう意味だ?﹂
﹁確かにそれは正論! 攻撃は早いほうが吉!﹂
﹁ちょっとまてォキナ!﹂
ミカボシの制止を振り切って、ォキナは指示を飛ばしていく。
﹁ィナリ! ムカデ! カタメ!﹂
﹁はっ!﹂
ダークエルフ三人集が集まった。
﹁ミカボシ殿、我らの作戦をお伝えする﹂
﹁いろいろ言いたい事があるが⋮⋮なんだ? 聞いてやる!﹂
とりあえず、モコ助の事は脇に置いといて、ミカボシはエルフ達
の作戦を聞く態度を見せた。
げ
﹁高位魔族のザコ共は、下ダークエルフ三千人がお引き受け致しま
す﹂
﹁下忍⋮⋮もとい、下ダークエルフじゃ、ちと辛いんじゃあるめぇ
か?﹂
耳の棒ピアスをコリコリしているミカボシ。ダークエルフといえ
ど、高位魔族を相手に苦戦が想像される。
﹁一人一殺。懐に隠した爆薬をもって魔族もろとも果てる所存。名
付けてダークエルフ奥義、微塵隠れの術!﹂
﹁それ隠れてないですから! もろ忍術ですから!﹂
ミカボシが手をパタパタさせていた。
691
﹁では、複数による集団攻撃で﹂
﹁まあ、それならいいか﹂
充分卑怯だが、片っ端から自爆されるよりはいくらかマシである。
﹁問題はイントルーダー三姉弟。こればかりは下ダークエルフが束
になっても敵いませぬ﹂
ォキナは皺の入った口元を心持ち歪める。
﹁長兄クローソーはミスリルの鎧にミスリルの槍。典型的な戦士。
長姉ササはムルティの賢者をしのぐ魔力を持った魔法使い。次兄モ
ブは天才肌の魔法剣士。いずれも一騎当千の強者﹂
エルフ族の情報収集能力からすれば、この程度は容易く集められ
るのであろう。
﹁この者どもを下さぬ限り、ミカボシ殿は一対多の戦いを繰り広げ
る愚を犯さねばなりませぬ﹂
﹁オレはかまなねぇが⋮⋮﹂
﹁そのうち、長兄クローソーはこの者達に当たらせます﹂
ミカボシを無視し、ォキナの手が、ィナリ、ムカデ丸、カタメを
示した。
﹁クローソーの鎧はミスリル製。ミカボシ殿より与えられた御神刀
は鎧を通す事ができるでしょうか?﹂
ィナリが顔を伏せたまま、ミカボシに問う。
﹁厚さにもよるな﹂
銀の棒ピアスをコリコリと弄るミカボシ。斜め上を見ている。
﹁これに﹂
692
ひとかけら
ィナリが懐より取り出したのは、金属の破片。厚さ2センチ。
﹁先代頭領が、命と引き替えに破壊したのがこの一欠片﹂
ミスリルの強度を考えると、装甲板と言って差し支えない。
ミカボシは、破片をじっと見つめる。
﹁三回だな。三回目で鎧だけは砕けるだろう。中までは通らねぇ﹂
棒ピアスに手を置いたままのミカボシ。難しい顔をしている。
顔を見合わせるダークエルフ三人衆。ィナリが頷く。
﹁ならば楽勝。我らに策有り!﹂
ィナリは破片を懐にしまい込み、一歩下がって膝を地に着けた。
﹁次に次兄のモブですが︱︱﹂
ォキナはフェリスとリーンに視線を持っていく。
ォキナの顔が険しくなった。
﹁この者は魔法剣士。強力な魔法が使える。剣も一流。オールマイ
ティの戦士。どのような攻撃にも対処できますし、どのような敵で
も戦えます。実際、とても器用です﹂
﹁死角が無い、ということですね?﹂
フェリスの眉に角度が付いた。 リーンの感情に変化は無い。
﹁しかし︱︱﹂
ォキナの顔から緊張が解ける。元の好々爺に戻った。
﹁魔法はササほどでもありませぬ。剣はクローソーほどでもありま
せぬ。フェリス殿とリーン殿が手を組めば、充分戦えます﹂
﹁なるほど﹂
フェリスが笑った。
﹁⋮⋮器用貧乏﹂
693
明後日の方向を向いたまま、リーンがぼそりと呟いた。
﹁さて、魔法使いササですが⋮⋮﹂
﹁そいつはオイラに任せてくんな﹂
モコ助である。後ろ足で顎の下を面倒くさそうに掻いている。
﹁オイラ一応勇者なんてえモンをやらされてる。召還勇者ってヤツ
でさ。いろいろ特典がついてるんだ。その一つが魔法耐性。それだ
けじゃ戦えねえが、オイラに奥の手有りだ。ま、大船に乗ったつも
りで任せてくんな!﹂
トイプードルが胸を張った。 ﹁⋮⋮では、ササは勇者殿にお任せいたしましょう﹂
ォキナが微笑んでいる。博打好き特有の笑い方だった。
﹁えーと、では僕は誰を相手にしましょうか?﹂
サーデルが所在なさげに手をクネクネさせていた。
﹁サーデル殿下は、後方支援の大役をお願い致す!﹂
ォキナが、慇懃に頭を下げた。
﹁ハハハッ! お任せあれ!﹂
そしてォキナは、ミカボシに顔を向けた。
﹁いろんな意味で邪魔者は我らがお引き受け申す。ミカボシ殿は大
魔王アムを一息に!﹂
﹁⋮⋮まあ、任せろ﹂
耳の棒ピアスを弄くるミカボシ。ただ、目が斜め上を向いている。
694
ォキナ達ダークエルフ三千人は、決戦に備えるべく軍を進めた。 ﹁なあ、メコ助﹂
﹁モコ助な。なんでえミカどん?﹂
ミカボシは銀の棒ピアスであるカカセヲを弄ったままだった。
﹁おまえ、アレだ。おこさま大魔王が腑をブチまけるまで、聖剣を
呼ぶな﹂
﹁なんでだい? フェリス姐さんの戦力強化が図れねぇぜ﹂
﹁フェリスの剣はオレが強化する。だから呼ぶな﹂
モコ助がミカボシをまじまじと見上げた。
ミカボシは相変わらず耳の棒ピアスを弄ったまま、明後日の方向
を向いている。
﹁ミカどんが呼ぶなっつたら呼ばねえが⋮⋮この神様、何を考えて
やがるのかね?﹂
ミカボシは、驚いた様にモコ助を見た。
そして笑う事なく、こう言った。
しま
﹁この世の終い方だ﹂
7stシーズン: エルフ族の陰謀編、終了
695
﹁オレ、この戦いが終わったら、雫に膝枕してもらうんだ⋮⋮﹂
﹁おいおいミカどん、なに死亡フラグ立ててるかな? いたいけな
小犬を怯えさせてどうする気だい?﹂
モコ助が慌てている。
﹁じゃあ⋮⋮、A10パイロットだけと、この戦いが終わったら結
婚するんだ﹂
﹁A10パイロットならいいか﹂
ヘードは、笹タケノコによく似た植物をかじりながら、こう言っ
た。
﹁お前らのセカイは、たぶん平和なんだな﹂
696
15.終末︵ラグナロク︶の予兆︵後書き︶
第7章終了です。
これにより、しばらくの間﹁我を崇めるな! だけど敬え!︵神様
が勇者召還されてしまいました︶﹂休載します。
その間、﹁我を恐れよ。そして滅びよ!︵ファーストコンタクト︶
﹂を再開致します。
またお目にかかりましょう。
次回、8stシーズン﹁神々の終演﹂
お楽しみに!
697
人物紹介 −2
○ ムルティ伯国
* マルシェ
マルシェ・セムーシュ。三十代前半。ムルティ副都グリム・リーと
各村々を回る行商人。
自らを金の亡者に例えている。この時代の行商人は、貧しい村々に
とっての生命線である。
サデ子に邪な欲望を抱く。サーデルの被害者。
後のラベルダー商業大臣⋮⋮に、なるらしいが、伏線を張り忘れて
いる事に今気づいた。しかし大勢に影響ないのでこのままにしてお
く。
* キュオイズ
ムルティ伯国古代語魔術師長キュオイズ・ブレーター。
豊富な知識と人徳により、魔法使いからの人望が厚い。
伝説の勇者の鎧開発総プロデューサー。
勇者の仲間の魔法使いの師匠の座︵﹁の﹂が多い︶を狙うも、ある
一件で挫折。
案外腹黒。苦手は振り子。
ミカどんのケツバットに沈む。
* ガニア
キュオイズの愛弟子。疑う事を知らない好青年。
能力、知性、将来性、魔法力、家柄は申し分ない。
やや頭が固いか? 応用が苦手。
サーデルの被害者。苦手は振り子。
698
記述は無いが、ミカどんのケツバットに沈む。
* ヴェクスター三大賢者
・白塔の賢者 マウザー・ヘッケラー 齢200を超える白髪・白髭の老人。
生きている辞書と呼ばれるが、所詮ネットの海には負ける。
フーコーの振り子の前に脆くも敗れ去る。
・赤の魔女 シエラ・リーブ
真っ赤なロングヘアーが自慢の美魔女。︵注︶若作りした熟女で
はない。
飛行系が得意。
フーコーの振り子の前に脆くも敗れ去る。
・緑の賢者 スーア・ザン
エンチヤント
緑一色のファッション。センス悪い。
魔力付与が得意。
フーコーの振り子の前に脆くも敗れ去る。
※注︶フーコーの振り子の一件は、紳士協定で公的記録からハブさ
れている。
* サイクォ伯王
サイクォ・ムルティ伯王。お年寄り。
人間が出来ている様な、出来ていない様な?
ミカどんのケツバットに沈む。
* 魔法兵団長の方々
・不滅のバーン
・風のタック・クローソー
699
・妖しのビロレッジ
・爆炎のデビュラス
= 噛ませ犬四天王。下述モコガンガーとフェリス、リーンの強
さを引き立たせる為だけの存在。
* 勇者の鎧モコガンガー!
勇者の剣と対になるべく生み出された人工の防具。
対魔王局地戦闘用機動重金属人型決戦勇者兵器。
五体のゴーレムが変形合体して誕生するシステム。
全長3ゴンドワナメートル*。体重7.5ゴンドワナトン*
動力源は、対消滅型魔法機関。副動力源は、みんなの笑顔。
赤いツインアイも渋い勇者ロボ。
御影石製プロトタイプ。
カカセヲによって破壊される。
次世代機としてミスリル合金がふんだんに使われたアストロ・バー
ジョン、魔界侵攻作戦を想定したアルティメット・バージョンが設
計されているという噂である。
*単位については不明。
* カエルさん
リーンの眷属。
* ムルティ伯国黒雷騎士団
構成人員二万人。
ミカどんのケツバットに沈む。
* ムルティ泊行古代語魔法騎士団
構成人員四千人。
700
ミカどんのケツバットに沈む。
* 勇者の鎧開発局
記述は無いが、モコ助の9ミリパラペラムバレットに沈む。
* グリフォン
鷲のフェイスに鷲の翼。下半身はライオン。前足は鷹の爪。といっ
た魔獣。
ものすごく強いのでムルティの守り神とされている。
筋肉冒険隊が美味しくいただきました。
○ 魔族
* 魔王ヘード
第四の魔王。
その姿は直立した赤蟻。腕が四本ある。背中の羽で高速飛行が可能。
敵の思考を読み取るサトリの能力を持つ。昆虫タイプ故、魔法のレ
ジスト能力に優れている。
大魔王により、他の三魔王の能力を植え付けられる。
モコガンガーと死闘を繰り広げた末、敗北。後に三頭身愛玩キャラ
として活躍予定。
遠目には愛くるしいが、近くでよく見ると結構グロ。
聖剣を一度も喰らっていない。
* 大魔王アム
アム・リーリン・イントルーダー。
イントルーダー候国四姉弟の末っ子にして、魔王の上に立つ大魔王。
その真の姿はこれから明かされる事になる。
701
* ケルベロス君
大魔王アムのペット。
頭が三つあるが、尻尾は一つしかない。
頭が悪いくせに核心に迫った。
好物はエルフ。
* ドラゴン
ご存じドラゴン。
魔王ヘードとスタックすることにより、その戦闘力は︵1+1︶×
2.5となる。
筋肉冒険隊が美味しくいただきました。
* 飛行魔族
空飛ぶ雑魚。
○ エルフ
* エルフ一族
森に住む民。
耳の先端が尖って、三角帽子で、とんがり靴で、革マントに、弓を
持つ姿が有名。
半精霊。
身長は総じて低く、子供の様に華奢な身体をもつ。
精霊魔法が得意。
長命種。
と、手元の参考書に書いてあった。
* ダークエルフ
702
褐色の肌に黒い瞳。黒い髪を持つ魔に魂を売ったエルフの一族。
ダークエルフの女子は全員バンキュバァーンなダイナマイツバディ
の持ち主。
⋮⋮と、手元の参考書に書いてある。
ちなみに参考書とは黎明期の薄い本で、全員にハーフと冠のつく種
族の女子が、ダンジョンの最下層に挑み、軟体触手生物と戦う勧善
懲悪者の自費出版美麗画像オフセット印刷本であるが、ハーフデー
モンとかハーフエンジェルとかなんなん? もちろん、女子が悪で触手が正義のお話である。
* ィナリ
武闘派の中でも自他共に認める最武闘派ダークエルフにして、武闘
派三分衆のヘッド。
ミカどんを凌ぐ長身、筋骨隆々。ケンシロウタイプのマッチョ。
常時、狐のお面をつけているので素顔が不明。本名も不明
分身を利用した忍術⋮⋮もとい、ダークエルフ闇格闘術を得意とす
る。
極度のロリ。鼻の粘膜が弱い。 * ムカデ
本名ムカデ丸。渋い中年。
武闘派三分衆の一人。ヨリアイ集落の長。
拳王タイプのマッチョ。
ライバルであるィナリをからかう事を天職と心得ている節がある。
深達性II度のロリ。鼻の毛細血管が弱点。
* カタメ
武闘派三分衆の一人。イタニ集落の長。
ムッッチムッッッッッッッチのお姉さん。
703
もうこの人がチャンピオンで良いじゃないですか! 反対の人いた
ら一歩前に出ろや、百列拳くらわしてやんよゴラー! いつか必ず、
敵に捕まってアレやコレやゲッフン肉体改造ゲッフン実にけしから
ん話をペンネーム変えて書いてくれるわ! うわっはっはっはっは
ーっ!
⋮⋮。
戦術に利用する為、健全な目なのに眼帯をつけている。
母性本能をこじらせて重度のロリに陥る。鼻の奥に傷を持つ女。
* ライメイ
現エルフ族頭領の女性。
四歳。ょぅι゛ょ。
暴走しがちなダークエルフの荒くれ共を完全に押さえ込むカリスマ
を持つ。
将来有望な指導者。
* ォキナ
先々代のエルフ族頭領。
暴走しがちなダークエルフの取りまとめに四苦八苦している。
爺。先が短い。
登場人物、多いなー。
704
○ 神様
* 世界神ファ
ゴンドワナ・ワールドがゴンドワナ・ワールドとなる以前の、何も
無いセカイに姿を現された伝説巨神。
永劫の時を生きたが、寂しくなって死んでしまったウサギの様な神。
この世界はファの死体を元に作られている。
虚弱体質。身体の色はオレンジ。
*創成神ララシーナと破壊神メラシーナ
二柱一対の神。
孤独死してしまったファの肉体をゴンドワナ・ワールド創成の為、
破壊するのが、破壊神にして男神のメラシーナで、その破壊された
部材を使って大地や木々やあらゆる生命を︵魔族でさえ︶作ったの
が創成神にして女神のララシーナで、ララシーナが世界を作る為に
メラシーナがどんどんファの肉体を破壊するという無限ループがこ
こに成立。
よってララシーナとメラシーナは表裏一体の神とする教義すら、う
んぬんかんぬん。
ララシーナが創成神、または大地母神と呼ばれ、正義の神にとらえ
られる傾向にあるに対し、メラシーナは破壊神のイメージから、暗
黒神っぽいイメージでとらわれているのが、カイル公王の台詞から
もわかる。
705
人物紹介 −2︵後書き︶
というわけで、忘れ去られないうちに人物紹介で息を継ぎます。
2月27日 改稿
706
1.布陣︵前書き︶
その脚力は一日数千里を走り
その耳は三里先に落ちた針の音さえも聞き分け
闇夜でも千m先の敵を見極める目を持ち
動けば電光石火
とどまれば樹木のごとし
されど人知れず風のようにさすらい風のように生きてきた⋮⋮
それがダークエルフだ!
﹁いや、いやいやいや、それ風魔忍軍だから!﹂
モコ助談話集より。
707
1.布陣
﹁もう一度言うぜ、メコ助﹂
﹁モコ助な。なんだいミカどん?﹂
﹁ミカどん言うな! 聖剣は俺が良いと言うまで呼ぶな、いいな?﹂
﹁訳がわからんぞ!﹂
ボキャブラリー蓄積と伝える努力の研鑽を怠るミカボシである。
﹁フェリス、てめぇ準備は良いな?﹂
﹁槍、剣、ともに、こんなに赤く光って綺麗!﹂
﹁そいつぁ何でも斬れる。折れることはない。だがそれだけだ﹂
﹁それで充分!﹂
会話は弾まなかった。
﹁リーン!﹂
﹁⋮⋮うるさい﹂
﹁おまえ、この世界が好きか?﹂
﹁⋮⋮好き﹂
﹁帰りたいと思ったことは無いか?﹂
﹁⋮⋮最近は無い﹂
﹁ならいい﹂
当人同士にしか通じない謎の会話である。
縦楕円のゴンドワナ大陸。
708
時計の文字で﹁2﹂の位置を占めるイントルーダー伯国。かの国
は、海に沿って縦長の国土を形成している。
国土の形状に沿う様にして﹁帰らずの森﹂が南北に伸びている。
その深き森の中、多数の影が蠢いていた。多数どころではない。
数千の影が、ある規律を持って移動していた。
その規律とはただ一つ、その気配を一切消し去る事。
道のない森。行く手をふさぐ木々の幹や枝。雑然と生えた下草と
苔むした岩。
虫、小動物、草食獣、肉食獣が、むせかえる生を謳歌している。
くう
生命を産み、命が蠢き、生命が終わる。二つの行為が同時に進行
する世界。
人が住む世界のすぐ側にある、混沌とした世界。
マシラ
虫のように地を這い、猿のように木々の枝を渡り、鳥のように空
を飛ぶ。
皆一様に黒装束。顔まで布で隠し、切っ先のようなまなじりだけ
が冷たく光る。
誰一人として内なる殺意を漏らさず、誰一人としてはやる気を解
放しない。
獣道すらない原初の世界。そこを人が全力で走る速度で移動する
彼ら影達。
森に生きる伝説の半精霊・半人。森に生き、森に死ぬ一族。その
名はエルフ!
エルフの戦士、ダークエルフ三千が、異世界を走る!
709
イントルーダーの中枢は、白亜のバストール城である。
城に、もっとも迫る森へ、ダークエルフの全戦力が集まりつつあ
る。
前線基地を出立してから、僅か半日後の事であった。
ダークエルフの軍団に出陣の概念はない。
取りまとめたるォキナの代理、ィナリの手首が僅かに揺れる。無
言の合図だけで、全ダークエルフが己が責任を遂行する。
人も知らず、世も知らず、影となりて敵に向かう。それが、ダー
クエルフの宣戦布告であった。
ミカボシが耳の棒ピアスを弄っている。
モコ助が鼻を天に向けてスンスンいわせている。
フェリスがマントの留め金に手をかけた。
リーンが居眠りに陥った。
サーデルが大量のヒーリング・バレルを全てのポケットに突っ込
んでいる。
筋肉冒険隊がウォーミングアップに入った模様です。
大魔王アムは、ミカボシとダークエルフの動きを予想している。
ミカボシとダークエルフサイドは、大魔王の迎撃を予想している。
﹁こちらは三千。向こうは一万。同じ条件なら攻撃側が有利。数を
覆せる﹂
この世界で一・二を争う頭脳の持ち主であるモコ助。イントルー
ダー城塞戦において、作戦立案に一丁噛みしていた。
﹁主動は攻撃側にある。こちらは戦力を集中できるが、敵は分散さ
710
せて戦力を配備せにゃならねえ。戦力差はあるが、初動さえ間違わ
なければ戦場での主導権を握れる﹂
もう森の外が直視できる距離。
準備が終わった隊からしゃがみ込む。
音は一切立てていない。
静かな戦いに慣れていない筋肉冒険隊以外、身体を動かす者はい
ない。
ただ一人を除いて。
その者は、ィナリ配下の若者だった。
かなりの長身。出来上がった体つき。
シルエットだけならィナリとうり二つ。
そんな背高のっぽの若者が、小刻みに体を震わせている。心なし
か顔色も悪い。
腰に力が入っていない。今にもチビリそうだ。
その若者に、後ろからィナリが声を掛ける。
﹁ショウキ、準備はよいか?﹂
ビクリと身体を反応させ、ショウキと呼ばれた若者が振り向いた。
﹁う、うおーみんぐあっぷですよ﹂
ショウキを見た十人が、十人とも怯えていると言うだろう。
﹁見事に頼りがいがあるな﹂
﹁ヒッ!﹂
突然、後ろからかかった声に、悲鳴を上げるショウキ。
ムカデが後ろで手を組んで立っていた。
711
﹁まあ、ィナリ叔父さまにそっくり﹂
また後ろからかかった声に反応し、ショウキは腰を抜かした。
妖しく微笑むカタメが、斜めに立っていた。
﹁⋮⋮ウォーミングアップは済んだようだな﹂
ィナリの仮面の下は、いかような表情だったのだろう?
ダークエルフとイントルーダーの戦争は、大変静かに開始された。
せ
最初の戦死者は、魔族の下っ端。哨戒に出ていた部隊である。
最北部の岩場。中央、森が最も町に迫り出した草原地帯。南端部
の湿地帯。それぞれを巡回していた魔族の小部隊、数十体が迷彩服
の者に狩られた。
声を上げる事もなく、死体を残す事もなく、忽然と姿を消した。
それを合図に、中央の森の影がスルスルッと伸び出した。
草原の配色と同化した彼らは、注意して見ないと判別できない。
だが!
イントルーダー軍こと、大魔王の軍は、ビアレスの外に布陣を終
えていた。
そこに人間はいない。
全てが魔族で構成された大軍である。
﹁おぅ! お出ましのようだな!﹂
イントルーダー四姉弟が長兄、クローソー・イントルーダーであ
る。
712
ミスリルでできたごっつい鎧で全身を覆う長身の男。極太の長槍
を軽々扱う男だ。
大魔王軍は中央に長姉ササを配備。左翼に長兄クローソー。右翼
にモブを配置した。
オーソドックスな横一列配備。受けの陣形である。
﹁かかれーっ!﹂
左翼を受け持つクローソーが陣ぶれを出す。
自軍中央に伸びたダークエルフの影を押し包むつもりだ。
大魔王軍を上空から見る目があれば、左翼が折れ曲がった形に映
るであろう。
一方、攻め寄られる中央で、全く陣ぶれを出さないままのササ。
苦い顔をしていた。
﹁エルフ共の数は少ないというのに⋮⋮、出てこなくてもよいもの
を﹂
仕方なく進軍を命じるササ。
今か今かと命令を待っていた魔族は、一丸となって飛び出してい
く。
そして右翼のモブは⋮⋮。
﹁モブ様、ダークエルフ共を包囲するチャンス。こちらも進撃して
はいかがでしょう? ﹂
モブの脇に控える有力魔族が、策を進言していた。
﹁まだ早い﹂
モブは、神経質そうに左翼を睨んでいた。
713
﹁兄者の背中ががら空きだ。そこをダークエルフが攻めてから動く﹂
そして、クローソーが率いる左翼は、モブの予想通りになってい
た。
﹁左手の森より、ダークエルフ出現!﹂
﹁なんだと!﹂
目の前のダークエルフを串刺しにしてから、クローソーは左の森
を見た。
既にダークエルフの先陣と、クローソーの左翼が接触していた。
次々に倒れていく魔族。
尖った槍のような陣形を保ちつつ、ダークエルフの軍勢は、クロ
ーソーめがけて一直線に突き進んでいく!
714
1.布陣︵後書き︶
やっと再開!
おめでとうございます。ありがとうございます!
最終シーズン堂々の再開です。
お互い、深いダメージを喰らっているはず。
しかし、それをおくびにも出さずぶつかっていく両陣営。
次話﹁対戦﹂
おたのしみに!
715
2.対戦
風の進軍速度。
中央のダークエルフと交戦を始めたクローソーの軍は、引くに引
けない状態。
ダークエルフの刃は、クローソーのすぐ側まで迫っていた。
﹁しゃらくせえ!﹂
クローソーは、巨大なミスリルの槍を風車のように振り回し叫ん
でいた。
恐れることなく、ダークエルフ五人が取り囲む。さらにその外側
を五人が囲む。
ケルベロスを屠った必殺の陣。
クローソーの鎧の各所から蒸気が勢いよく噴き出した。
﹁豪雷巨烈絶滅波ーっ!﹂
巨大な槍を唐竹割に振り下ろすクローソー。
地面に槍が叩きつけられる。
大地と空気が揺るぐ。
衝撃波と化した斬撃が、地を抉りながら一直線に突き進む。
軌道上のダークエルフを弾き飛ばしていった。
﹁つぎっ! どんどんこーい!﹂
続けて三連打。クローソーの周囲には、力なく倒れたダークエル
フ達が多数。動くものは一人もいない。
716
ダークエルフの軍はおろか、魔族軍までが壊滅状態になっていた。
﹁むっ?﹂
クローソーは、目の端に動くものを捉えた。
﹁あわわわわ﹂
思い切り腰をひき、折れた槍の穂先を構えているのはショウキだ
った。
﹁偶然とはいえ、俺の鎧に槍を立てられる距離に来たのだぞ。ん?
どうした?﹂
クローソーに睨まれて、ショウキは尻餅をついてしまった。
顔色が紙のように白い。
﹁唾棄すべきは腰抜けよ﹂
槍を頭上へ振りかざすクローソー。犬の糞を見る目で、腰を抜か
したショウキを見下す。
﹁うひ!﹂
変な声を上げるショウキ。股の辺りから、黒いシミが広がる。
そして漂うアンモニアの匂い。
﹁戦場でチビるような軟弱ものにかける槍はない﹂
振り向きざま、槍を水平に振るう。獣の目が捕らえたのは、光る
蝶。
﹁おやおや、お姉さんのお出ましかい?﹂
クローソーの視線の先にカタメが立っていた。
嘗めるつもりはない。この女は強い。
クローソーは頭の中から失禁男を追い出した。
717
﹁先代頭領の仇をとらせてもらうわ!﹂ 色っぽく笑うカタメ。腰に差した直刀を引き抜く。
刀身が黄色い光を放っている。ミカボシが作った神刀だ。
くるくると槍を回しているクローソー。槍が一回転する度、いく
つもの蝶が消えていく。
﹁とるって、いつだね? 俺とベッドを共にした後にしないか?﹂
﹁いいや、今からだ﹂
カタメの後ろからムカデが顔を覗かせる。
逆手に持った刀が黄色い光を放っていた。
ササ率いる中央部隊は、ダークエルフの主力軍を受け止めていた。
受け止めていると言っても鶴翼の陣形などではない。
円形に見えなくもないアメーバー形状。
一言で言えば混戦。
両軍入り乱れて殺戮を繰り広げている。
混沌としたその戦況。組織だった行動は不可能。
指揮官にとって、頭を抱えたくなる状況。
戦いの指揮をとる者にとって最悪の状況である。
﹁うふふふ﹂
ササはこの現状を見て笑っていた。
718
﹁ササ様! もはや指揮どうこうといったではありません!﹂
巨人の一族に分類されるササの腹心が、頭を抱えていた。
﹁指揮できないなら、あなたもあそこで戦ってらっしゃい﹂
ササは、赤い爪で戦場を指した。
彼女の幕僚に相当する巨大な魔族達が、喜んで戦場へと駆け出し
た。
彼らも、頭を使うより、身体を使う方が好きなのだ。
﹁さて!﹂
ササの表情が引き締まる。
﹁天空よ! 生きる者住まわじき異世界よ︱︱﹂
ササは呪文を唱えだした。
軌道と目標点を設定。与えられる影響を考慮し、次々と微調整す
る。
呪文を口から紡ぎ出す度、ササの赤髪が逆立っていく。
﹁我が呼びかけに答えよ! 巨石召喚!﹂
空の一角から、高速飛行物体が姿を現した。 外殻を分解ながら、燃焼ガスの尾を引き、一直線に落ちてくる。
それは白くて太い煙の尾を引きながら落下していく隕石。
隕石が墜落するまでまだ時間がある。
その時間をササは有効に利用した。
﹁雷よ!﹂
ササが右手を天に捧げる。
719
雷雲もないのに雷鳴が轟く。
い
﹁出でよ! 雷槌!﹂
ササが右手を振り下ろす。その場所に巨大な雷球が出現した。
直径は、軽く家一軒分を超えている。
長い髪とドレスがはためいている。
﹁ゆけ!﹂
ササが目標を指す。雷光が文字通り光速で突っ切っていく。
これだけで中央軍左翼が、敵味方関係なく吹き飛んだ。 ﹁そろそろね﹂
ササが空を見上げる。
隕石が戦場のど真ん中へ落下する。
質量と高速度によるシャレにならない衝撃波。耳をつんざく爆発
音。
大地の表面と、そこで戦う小さな生き物共をまとめて跳ね上げて
いく。
命のやりとりを行っていた者達の、命そのものが昇華していった。
大惨事の地に、動く者はいなかった。
ササの目の前にあるのは、未だ晴れぬ薄煙のみ。
﹁あはははは! バカばっかり! みんなまとめてやっつけてあげ
たわよ!﹂
ササは、朱に塗られた口を大きく開けて笑い続けている。
煙を晴らす様に、赤い扇子をバッタバッタと大きくうち払いなが
ら。
720
﹁あはははは⋮⋮ぅん?﹂
晴れていく煙の向こう。動く者がいないはずのクレーター。小さ
な動物が、ササに向かって歩いていた。
﹁いよう! 魔法使いのねーちゃん。楽しそうで何よりだ。バカば
っかり相手じゃつまんねえだろ?﹂
間合いの外も外。クレーターの中央部にモコ助が姿を現した。
﹁誰かと思ったら、勇者じゃないの﹂
ササがニヤリと笑う。
﹁やめてくんな。オイラはゲアガ・リングの戦いを最後に、勇者を
個人的に引退したんだ﹂
モコ助が止まった。後ろ足を畳んでお座りの姿勢をとる。
﹁実際に見ると可愛い犬だねぇ。どうだい、わたしのペットになら
ない? 可愛がってやるよ﹂
斜めに構えて流し目をくれてやるササ。もちろん、犬のモコ助に
人間の色気は通用しない。
﹁チチチチッ。オイラのご主人様は後にも先にもただ一人。雫嬢ち
ゃんと決まってるんだ﹂
モコ助、堂に入ったチチチである。
﹁あたしのペットにならなかった事を後悔するわよ!﹂
ササの目が据わってきた。
﹁ねーちゃん、オイラとサシで勝負しねえか? 時間無制限、ルー
ル無用、どちらかが死ぬまでのデスマッチだ﹂
モコ助は口の端をヒョイと吊り上げた。
﹁あら、それ面白そう! 一度でいいから全力を出してみたかった
721
のよ﹂
赤い扇子で口元を隠すササ。笑っているのか怒っているのか?
﹁契約成立だ﹂
いつも通り、口の端を歪め、シニカルに笑うモコ助であった。
ここは右翼。
次兄モブが率いる右翼軍。
きようだい
ササの隕石召喚により、右翼軍は少なからず影響を受けていた。
﹁筋肉バカの兄に魔法馬鹿の姉。アムはろくな兄姉をもっていない。
可哀想な子だ﹂
モブの愚痴は止まらない。
そうでなくとも個人プレイを尊ぶ魔族である。乱れた陣形を整理
するのは至難の業だ。
とはいうものの、右翼軍は短時間で態勢を整えつつあった。
森より湧いて出るダークエルフを雁行で捌きながら、ササの部
隊に面した魔族を引き上げさせる。
槍の様に尖って突っ込んでくるダークエルフ軍を鶴翼でやんわり
と受ける。
今がこの状態。
モブの能力をもってすれば、この程度は容易い。
﹁ぅん?﹂
722
モブの真正面から五本のファイアー・ボールが突っ込んできた。
目標はモブ。
ファイアー・ボールの一群は、遠距離を飛んできたもの。遠くか
ら察知できる。
一瞬、魔法で迎撃しようかと思ったモブだが、ある事に気づいた。
炎のミサイルの右側に隙がある。
魔力の節約を重んじたモブは、右へ素早く移動する事により、全
てのファイアー・ボールをやり過ごした。
また長距離ファイアー・ボールの連打が打ち込まれた。
長距離故に、見切れているモブは、さらに右へと走った。
その場所を予想していたかの様に、ファイアー・ボールの連打。
﹁おかしい﹂
モブの秀でた頭脳は見抜いた。無駄球の連投に作為的なものを感
じる。
ファイアー・ボールの着弾地点ギリギリで踏みとどまった。
と、上空を見上げるモブ。
モブの目に、一つの影が入る。
﹁狼男?﹂
魔族である狼男はモブの配下。当然、殺気は放たれていない。
⋮⋮妙に毛皮がはためいているが⋮⋮。
﹁違う!﹂
横っ飛びに移動するモブ。狼男の正体を見抜いたからだ。
723
﹁覚悟!﹂
狼の毛皮をはぎ取り、刀を逆手に持ったダークエルフが落下して
きた。
混乱にまぎれた暗殺である。
第一撃を外したダークエルフが横に刀を振るう。
五分の見切りで切っ先をかわしたモブ。ダークエルフの懐に飛び
込んで⋮⋮。
二人目のダークエルフが、頭上より降ってきた。
狼の毛皮を翻して!
﹁チッ!﹂
小賢しさを感じつつ、さらに右へと走って避ける。
避けた場所を予見した様に、ファイアー・ボールが飛んでくる。
避ければダークエルフが。
避ければファイアーボールが。
痺れを切らしたモブは、これまで以上に間合いをとった。
﹁こんな小技で!﹂
モブを中心として魔法の炎が渦を巻く。魔法の風が炎を煽った。
爆発する炎。
飛んできたファイアー・ボールと迫り来るダークエルフを見事に
吹き飛ばす。 ずいぶんと軍から離れてしまったが、モブに仇成す者はいなくな
った。
﹁そして、我らの出番というわけだ﹂
どこまでも冷たいアイスブルーの瞳。張り出した肩当てが特徴的
724
な女騎士。
肌をあらわにしたフェリス。魔法の鎧、腰に剣、手に槍。フル武
装である。
我らと言うからには複数形。
フェリスの後ろには、左手にカエルのマペットを装着したリーン
がいた。
こちらもフル武装であった。
﹁さて、歓迎式典は滞りなく進んでおる。ご不満はないかの?﹂
大鎌を肩に担いだアムが、嬉しそうに微笑んでいる。
ここはダークエルフと魔族が戦う戦場の上空。
二人の戦いを邪魔する者は物理的にいない。
﹁有ると言えば有るが、⋮⋮基本、おまえはどうでもいい﹂
変な前髪、茶色い髪の毛。目には金の色が揺らめいている。
ミカボシが、長大な鉾、カカセヲを片手で持ち上げた。
そして、口角を吊り上げて笑う。
﹁オレ様の目的は、このセカイを破壊する事だ﹂
﹁神ゆえの風呂敷かの? お賽銭を献上すればよいのか?﹂
きゅっと表情を引き締めるアム。手にした大鎌を構えて見せた。
﹁良いことを教えてやろう!﹂
725
ミカボシは、カカセヲの切っ先をひたりとアムの人中にポイント
してこう言った。
﹁オレを崇める必要は無い。だが、敬え!﹂
︱︱真の戦いが始まった。
﹁えーと⋮⋮﹂
森の外れでサーデルが狼狽えていた。
目の前に立っているのは妖しき白猫、ココである。
いつもの姿。頭頂に尖った三角の耳。臀部に太くて長い尻尾。妖
しく成熟した裸体は白い体毛に覆れている。
いつもと違っている点はただ一つ。
額から深紅の角が一本、飛び出ている事だけ。
﹁えーと、その角は何かな?﹂
サーデルが問うも、答えは返ってこなかった。
ココの目が笑っていなかった。むしろ座っていた。
ココに迷いはない。
そしてサーデルに護衛はいない。
護衛のダークエルフがいたのはいた。だが、音と気配がすると言
726
って一人また一人と姿を消していったのだ。
﹁我の名はホットポット。第五の魔王ホットポット! 大魔王アム
陛下に忠誠を誓う者!﹂
指先の長い爪が、小刀の様に光っている。
﹁よくも今まで我を謀ってくれましたね、サーデル様!﹂
腰を据えた目でサーデルをみている。
﹁ハハハハッ⋮⋮﹂
小首をかしげて可愛く笑ったが、魔王ホットポットは笑ってくれ
なかった。
﹁えーと⋮⋮、僕も戦うの⋮⋮かな?﹂
︱︱真の戦いが始まったのであったのであった。
727
2.対戦︵後書き︶
戦うのか?
戦えるのか?
怯える心よ!
次話﹁それぞれの戦い・ダークエルフ﹂
728
3.それぞれの戦い・ダークエルフ
イントルーダー長兄、クローソーがミスリル製の槍を持ち替えた。
真ん中あたりに左手を添え、右手を後ろに添えて、中腰で構える。
濃い眉。精悍な目。引き締まった顎。クローソーは男前である。
﹁ディヤー!﹂
そこから繰り出される突きは、人の目で捉えることはできない。
光る蝶がダース単位で消えていく。
カタメに槍が迫るものの、紙一重でそらされる。光る蝶が、クロ
ーソーの視界と距離感を惑わせる為だ。
深い傷を負わずに済んでいるのはいいが、身にまとう装束に切れ
目が入っていてなんというか肌の露出がまことけしからん事になっ
ている。
ムカデ丸が、槍を繰り出す間隙を縫って飛び込んできた。
唯一生身を晒しているクローソーの顔面に向け、ペンタグラム入
り礫を放る。
顔面付近に、連続して爆発が起こった。
﹁痛くも痒くもないぞ、うわっはははっ!﹂
クローソーの頭にはヘルメットが下りていた。顔は面当てで覆わ
れている。
これでクローソーの身は、ミスリル製の鎧に覆われたことになっ
た。
729
外から見えているクローソーの肉体は、僅かに覗く目だけ。
かといって、この目を狙うのは、いかにダークエルフとも難しい。
ダークエルフにとって有利なのは、クローソーの視野が狭まった
事だけか。
﹁くっ!﹂
﹁ちっ!﹂
ムカデ丸とカタメが舌打ちをする。
ご機嫌よく長槍を振り回しているクローソー。
攻め倦ねているカタメ。
場所を移動しながら、隙を探しているムカデ丸。二人とも息が荒
い。
この二人だけが、クローソーの近くで生きている者だった。⋮⋮
失禁して白目を剥いているショウキを除いて。
ヘルメットを装備したクローソーに攻め入る弱点はない。
長槍は射程が長く、おまけに触れれば即死の破壊力。
攻守共に死角は無い。
クローソーは完璧になった。
いや、二人の攻撃で完璧になった。
﹁どうした? 終わりか?﹂
クローソーの挑発に乗ってしまったムカデ丸、無数の礫を放つ。
いつも一歩離れて物事を見る彼らしくない。
クローソーの槍より、ムカデ丸の礫の方が射程距離が長い。かろ
うじてではあるが。
攻撃に回ったのはムカデ丸だけだった。
カタメは攻撃に参加せず、息を静かに整えている。
730
大きく息を吸うカタメ。
形よい腹が蛇腹の様に波打つ。
腹式呼吸である。丹田に空気を送り込む様にして、気を溜める。
ゆっくりと、腰に差した刀を抜き放つ。
抜かれた刀は赤い光を放っていた。
ミカボシより授けられた神刀である。
そして、クローソーとカタメの間にムカデ丸が入ってきた。
クローソーの槍は、身体の左へ振られたばかり。
﹁はあぁっ!﹂
下っ腹に力と覚悟を溜めて、カタメがダッシュした。
ムカデ丸の背中に向かい、クローソーに向けて直進距離で刀を突
き出す。
ムカデ丸が今までに見せなかった機動力を見せ、姿を消した。
クローソーとしては、いきなり眼前にカタメが現れた事になる。
刀を握ったカタメの右腕は、サイドスローの要領でフルスイング
に入っていた。 ﹁洒落臭い﹂
嬉しそうに顔を歪め、ミスリルの槍を振るった。
怪力である。右バックハンドで振るわれる槍。だが穂先はカタメ
を捉えていない。
カタメの突進スピードが勝っていた。彼女を捉えたのは槍の柄だ
った。
ミスリルの柄が、刀を握ったカタメの右腕に食い込むより先に、
731
神刀が鎧の脇腹を捉えていた。
骨の砕ける音がして、槍の柄がカタメの右腕を破壊する。
カタメの身体が、クローソーにぶつかる。
だが、クローソーの左脇腹の鎧に当たったカタメの神刀が、火花
を発していた。
カタメの右腕は折れたが、添えられた左手のせいで、その軌道に
狂いはない。
ミスリルの槍は、カタメの右腕をヘシ折り、あばらにまで食い込
んでいた。
ここで、やっとクローソーのフルスイングが終わる。
カタメは身体をくの字にして、宙を飛んで地に転がった。
右腕があり得ない方向へ曲がっている。
脇腹が陥没している。
﹁ミスリルの鎧だぞ!﹂
視界の悪いヘルメットの中でもわかる。左あばら部分の装甲に刀
傷がつけられた。
意識を鎧に向けたのは髪の毛ほどの時間。
その僅かな隙をムカデ丸は逃さない。
ムカデ丸が抜刀した。ムカデ丸の神刀は鉈を刀にしたもの。切っ
先に重心があるもの。当たればでかい。当たらなければ隙だらけ。
﹁キェーッ!﹂
その気合いはわざとらしかった。
肌むき出しの左腕を突き出し、突っ込んでくるムカデ丸。右腕に
732
握った刀は、背に隠している。
無防備の左腕に向かって槍の穂先が真円を描く。
これはクローソーの条件反射だった。
最大の隙に向けて最大の攻撃を繰り出す。良い戦士ならではの習
性。
ムカデ丸の肘から先が、槍の穂先によって切り離された。
クルクルと回転しながら宙を舞う、ムカデ丸の左腕だったモノ。
そして重い槍を振りきったクローソー。脇に大きな隙ができる。
﹁!﹂
必殺の斬撃を放つとき、ムカデ丸は気合いを発しない。
無言のまま、ガラ空きになったクローソーの左脇腹に赤い光を放
つ神刀を叩きつけた。
雑な音がする。
ミスリルの装甲にヒビが入った音だ。
﹁猪口才な!﹂
振りきった槍を袈裟切りに振り下ろす。
だがそこにムカデ丸はいない。
すさ
役目を果たしたとばかりに、大きく後方へ飛び退っていた。
むなしく地に食い込む長槍。
クローソーの背筋に、冷たい気配が走る。いきおい、顔を宙に向
けた。
空中に、狐面のダークエルフがいた。空を舞うィナリ! 手にし
733
た天之枝折剣が発光している!
かいなぢから
地に深く食い込んだ金属槍を抜き取るのは、人の腕力では一苦労。
人であるならば。
そこは人ざらなる者、クローソー。
﹁狙いはこれか?﹂
犬歯を剥き出して笑うクローソー。一気に槍を引き抜いて、空に
突き刺す。
その間、瞬きする時間より遙かに短い!
ゾブリと音を立てて、ィナリの腹を長槍が貫いた。
中空にィナリが縫い付けられる。
長槍の穂先を背中に生やすィナリ。武器の間合いの差。
ィナリの神刀はクローソーに届かない!
白い狐面の隙間から赤い血が、ぽとりぽとりと滴っている。
致命傷。
即死でないのが幸か不幸か?
クローソーは白い歯を見せる。
﹁普通の人間だったら殺れたのに、残念だったな﹂
﹁我らダークエルフは、確実な方法を選ぶ悪癖がある﹂
ィナリは、腕を伸ばして槍の柄を掴む。
めいっぱいの力で槍を引き寄せた。
ィナリの身体がズィと音を立て、クローソーに近づいた。
血を吐きながら、刀が届く距離までィナリは前進した。
734
﹁しまっ︱︱﹂
まさに、ィナリの命を込めた一刀が、クローソーの鎧に吸い込ま
れていく。
︱︱カタメが傷を入れ、ムカデ丸がヒビを入れたミスリルの鎧に!
硬質の物体が割れる音がした。
クローソーの鎧、ミスリルの鎧、その左脇が砕けて散った。
だが︱︱。
﹁砕けたのは鎧だけだ。もう一撃が足りなかったようだな﹂
槍を下げ、ィナリの身体を地面に振り落とすクローソー。胸に穴
を開けた狐面のダークエルフが転がった。
鎧の綻びから見えるのは、傷一つ無いクローソーの肌。
ィナリの腹に空いた傷口から、血が噴水の様に吹き出した。
一度身体を震わせて⋮⋮、全身が弛緩していく。
武闘派ダークエルフ筆頭、ィナリここに死す!
槍を頭上に構えるクローソー。凶悪な顔をカタメとムカデ丸へ向
けた。
﹁無駄に捨てた命だったな、ハッ! おまえら、なぶり殺しにして
くれる!﹂
735
その時、クローソーは剥き出しになった左脇に、冷たさを感じた。
鋭さを持った冷気だった。
風が撫でたのか?
クローソーは自分の左を見た。
鎧の割れ目。左脇から、棒が突き出ていた。
棒の先には手がくっついていた。
手の先には腕が、腕の先には︱︱ショウキの戦士の目があった。
またぐら
股座をションベンでヒタヒタにぬらしたショウキ。手にした短槍
をクローソーの、柔らかい左脇腹へ斜めに刺していた。
穂先の場所はクローソーの心臓。
致命傷である。
﹁お前、なにを⋮⋮グアッ!﹂
クローソーの問いに答えず、ショウキは槍を抉った。
﹁油断だな、クローソー。一族の恨み、今こそ思い知れ!﹂ ショウキは、もう一度クローソーの左脇を深く抉って短槍を抜い
た。
致命傷を確実なものとしてから飛び退る。
﹁おまえ、青い顔して、震えて、ションベンちびって⋮⋮﹂
自慢の長槍を手から落とすクローソー。脇腹の傷を手で押さえた。
﹁カタメ殿は利き腕を破壊された。ムカデ丸殿は片腕を失った。ィ
ナリの叔父貴は命を失った。それに比べれば︱︱﹂
クルクルと短槍を手で回すショウキ。武器の扱いに手慣れてい
る。
736
たやす
﹁ションベンちびる芝居など、容易い仕事だ﹂
ショウキは、ヒョイと肩をすくめた。 ﹁貴様ら、よくもこの俺を! イントルーダー四姉弟が長兄、クロ
ーソー様を⋮⋮﹂
ずしりと音を立て、膝を地につけるクローソー。
﹁イントルーダー王室に、クローソーなる男子はおらぬ﹂
ショウキは、虫を見る様な目をクローソーに向ける。
﹁⋮⋮え?﹂
クローソーは目を丸くした。
﹁お前の心臓から流れ出ているのはなんだ?﹂
ショウキの冷たい目は、クローソーの脇に向けられた。
﹁あ、え?﹂
クローソーが左脇を見る。
鎧が砕け、ショウキの短槍で貫かれた脇から流れ出るものは⋮⋮。
﹁砂?﹂
白い砂だった。
﹁馬鹿な! 俺が砂人形であるはずがない!﹂
叫ぶも、クローソーの脇腹から流れ出る白い砂が止まらない。
﹁⋮⋮重ねて言う。イントルーダー王室に、クローソーなる男子は
おらぬ﹂
可哀想な子を見る目でショウキはクローソーを見る。
クローソーの顔から、砂がポロポロと落ちてくる。
﹁馬鹿な! そんな馬鹿な! 俺が砂︱︱﹂
737
ガラガラと音を立てて、ミスリルの鎧が転がった。
鎧の隙間から白い砂が流れている。
﹁終わったようね﹂
右腕に添え木を当てたカタメが側に立っていた。
ショウキは、クローソーだった者からあっさりと視線を外し、ム
カデ丸に向き直る。
﹁ムカデ丸殿、傷の手当てを致しましょう﹂
﹁いや、もう手当は済ませた﹂
左手の傷口をきつく縛り終えたムカデ丸。凄みのある笑みを浮か
べていた。
﹁それよりもショウキ、ィナリの面を取れ。ダークエルフに名は無
い。死んだダークエルフに名があってはならぬ!﹂
ムカデ丸の言葉に力強く頷くショウキ。しゃがみ込んでィナリか
ら仮面を剥ぐ。
ィナリの素顔は誰も知らない。狐面をつけていなければ、ただの
男。
そこには、ダークエルフの死体が一個ころがっているだけ。
ショウキはィナリの面を被った。
もともと背の高いショウキ。
狐の白面を被ると、ィナリとうり二つになる。
カタメ、ムカデ丸、ィナリ、三人のダークエルフが戦場に立って
いた。
738
﹁では参ろうか﹂
ィナリの合図で、ダークエルフ三分衆が、風の様に戦場を去った。
戦場に残されたのは、白い砂に埋まった巨大な鎧と、数多くのダ
ークエルフの死体だけであった。 たくさんの死体の中に、腹に穴を空けたダークエルフが一人混じ
っていたが、気にとめる者はいなかった⋮⋮。
739
3.それぞれの戦い・ダークエルフ︵後書き︶
戦いを終えるもの。権力より強い力。死せる者を甦らせる涙。
人、それを﹁愛﹂とよぶ。
﹁︱︱ボクと城で暮らそう。ココ⋮⋮﹂
次話﹁それぞれの戦い・サーデル﹂
お楽しみに!
740
4.それぞれの戦い・サーデル
サーデルは切り刻まれていた。
しかし、致命傷は負わされていない。
負わされていないと言うべきか? 敵の技量がすばらしい。
ココこと、第五の魔王ホットポットがサーデルを攻める。
元々、変幻自在神出鬼没の高速戦法が得意なホットポットである。
彼女の両手に魔力が付加された短刀二振りが握られていた。
その二刀が、サーデルに傷を負わせていく。
﹁はぁはぁはぁ! ちょっと待って、ちょっと待︱︱ごぼぉっ﹂
サーデルの喉笛が切り裂かれ、鮮血が喉と口から迸り出た。
肩口から転がるサーデル。
木々の隙間を縫って差し込む日の光が、森を染める赤い血を照ら
している。
破裂音がサーデルの右手から聞こえる。握った拳から光が溢れ出
た。
﹁ぶはぁ!﹂
勢いよく顔を上げるサーデル。ゼロフレームでその場から逃げだ
す。全力で。
﹁もう三個もヒーリング・バレル使っちゃったよ!﹂
ヒーリング・バレルとは、古代語魔法王国イントルーダー秘蔵の
回復アイテムである。
大きさと形は、片手に隠れるほどの筒。片方の先端に押し込み式
のスイッチが付いている。
741
サーデルはこれを大量に持ち出していたのだ。
大股で逃げるサーデル。
途中見つけた大木を背にして息をつく。
これで背後は安心だ。注意を前だけに向けていればいい。
﹁サーデル様﹂
声は空から降ってきた。
﹁うぎゃぎゃぎゃぎゃ!﹂
腕を振り回し、滅茶苦茶に走り回るサーデル。
﹁だ、誰か助けてー! 出番ですよ先生ーっ!﹂
護衛のダークエルフとは早い内にはぐれた。もっとも、護衛がい
たところで今のホットポットに敵うとは思えない。
ダークエルフの先生方が敵わぬ相手に、軟弱王子サーデルが、ど
うこうできるはずはない。
﹁冷静に考えろボク! ホットポットより優れている点は何だ? そうだ頭だ! ボクはホットポットより頭が良い! ここは舌先三
サーデルは立ち止まり、勢いをつけて振り返った。
寸で⋮⋮﹂
当然というか、ホットポットはどこにもいない。
だが、ここからが駆け引きの始まりだ。 ﹁よし、ホットポット︱︱うぎゃーっ!﹂
いきなり肩胛骨の下を切られた。
火傷の様な熱い痛みが背中を走る。何度目かの経験。もう慣れた。
﹁だめだ、聞く耳持ってない。頭脳戦を封じられたボクはただの王
742
子にすぎない!﹂
ただの変態王子である。
これはいけない。
﹁だ、誰か助けてー! どこ行ったんですか先生ーっ!﹂
護衛のダークエルフとは早い内にはぐれた。もっとも、護衛がい
たところで今のホットポットに敵うとは思えない。
ダークエルフの先生方が敵わぬ相手に、ヒヨッコのサーデルが、
どうこうできるはずはない。
﹁はっ!﹂
サーデルは気づいた。これは、いまさっきの繰り返し。
思考が堂々巡りしている。
﹁頑張れボク! 負けるなボク! 何はなくとも護衛の皆さんと合
流することを考えよう。頭数があれば何とか出来るかもしれにゃー
!﹂
今度は脹ら脛を切られた。傷口がばっくり開いている。足を切ら
れたのは今回が初めて。
ホットポットは戦法を変えた。
今までちまちまとサーデルを切り刻んでいたが、すぐ魔法道具を
使って復活する。よって先に機動力を削ごうとしたのだ。
動きを止めて出血を強いる事により、体力を根こそぎ持って行こ
うとしている。
だいいち、幾つ持っているのか知らないが、ヒーリング・バレル
にも限りがあるはずだ。
それが証拠に、今回、サーデルはヒーリング・バレルを使わない。
743
用意のいいサーデルの事、さっきのが最後ではなかろう。残りが
少なくなってきた為、節約に入ったのだ。
﹁姿を現せココ! 取引といこう。何が望みだ? 騎士叙勲か? 貴族か? そうだ、正王妃の地位をくれてやろう! どれもこれも
ラベルダー王国が再建すればの話。どうだ? ラベルダー再生に手
を貸すつもりはないか?﹂
上体だけを起こし、キョロキョロと周囲を見回すサーデル。出血
の為か顔が青い。 ふわりとホットポットが舞い降りた。
枯れ枝を踏みしめても足音がしない。
﹁どれもこれも、我に必要の無いものばかり。なぜなら、我は魔王
になったのだからな﹂
ホットポットの充血した目が冷たい。額より生えた深紅の角がさ
っきより伸びている。
﹁教えてくれ。なぜ、大魔王側に寝返った? 戦いが終わったら、
ボクと一緒に暮らそうと約束したじゃないか!﹂
サーデルは冷や汗をかいていた。体力維持の限界だ。
﹁あなたが悪いのですよ、サーデル様。我にはお預けばかり。我は
優しさが欲しかった。我を受け入れてくれる者が欲しかったっ!﹂
﹁うぎゃーっ!﹂
魔王ホットポットが剣を振るう。
袈裟切りに胸を切られたサーデル。ホットポットが、意図的に浅
く切りつけたため、出血に反比例して傷は浅い。
﹁我を受け入れてくれた最初の者は、魔王リップス。かの者は頭が
弱かったが、低位魔族である我を抱えてくれた。その懐の広さに惹
かれたっ!﹂
744
﹁あうーっ!﹂
ホットポットは、ヒーリング・バレルを取り出した右手の健を切
った。地面に転がる金属の筒。
背中、脹ら脛、右手の三カ所から血が流れ出る。
サーデルは歯を食いしばって耐えた。
目がかすんでくる。
遠くで落ち葉が揺れている。
土の臭いがきついな。何でかな? 森だからかな? そんな事を
サーデルは考えていた。
﹁リップス様を失った我を救ってくれたのはサーデル様、あなたな
のですよ﹂
﹁⋮⋮ならばなぜ、ここでボクに刀を振るうウギャー!﹂
また刀を振るうホットポット。彼女は新しくつけられたサーデル
の傷をうっとりと見つめていた。
﹁この角は、大魔王アム様より賜りし物。この角ある限り、我と大
魔王様は一心同体!﹂
どうやら、あの角は大魔王よりマインドコントロールを受けてい
る証らしい。
﹁大魔王様の魔力は強大! 何者をもってしてもこの角は折れぬ!﹂
よほど愉快なのだろう。ホットポットが笑った。
ギシギシと音を立てて、ホットポットの角が伸びていく。
﹁この角が伸びれば伸びるほど、大きくなればなるほど、大魔王様
への忠誠心が厚くなる! ああ、大魔王様! 我の忠誠心を御照覧
あれ!﹂
ふと我に返るホットポット。冷たい、光りのない暗い目をサーデ
745
ルに向ける。
﹁サーデル様は我に何をくれるの? 今の我は魔王。大魔王アム様
が世界を制した暁には、我を地上の全てを統べる大王にしてくださ
ると約束された。これ以上の褒美はあるか? これ以上我を認める
証があるか?﹂
ホットポットの左手が伸びる。
サーデルの目は虚ろ。ホットポットを見ていない。あちらこちら
に目が泳いでいる。
かしず
抵抗する力を無くしたサーデルの頬をホットポットの手が撫でた。
﹁これより我は全ての生き物の頂点に立つ。全てが我に傅く。全て
が我を必要とする﹂
ホットポットは右手を伸ばし、天を指し、天の一点を見つめる。
まるで天の極星を見あげるように。
﹁我を崇めよ! そして敬え!﹂
恍惚とした表情を浮かべるホットポット。頬に朱がさし、上気し
ている。
ホットポットの絶頂期が、今まさにここだった。
﹁さあ、サーデル様、この我に何を下さるというのか?﹂
﹁だーっ!﹂
サーデルが、ホットポットに飛びかかった。
全身の傷口から血を吹き出させ、遮二無二飛びかかった。
さすがに不意を突かれたホットポット。サーデルの体当たりを受
け、バランスを崩す
﹁なにを︱︱﹂
ホットポットは言葉を失った。
746
自分の腹と首に、白刃が触れて遠ざかる。
黒い影が二つ、地より湧いて出た。
ダークエルフ、地隠れの術!
腹が割れ、頸動脈から大量の血が噴出した。
﹁がっ﹂
片膝をついて、腹を押さえるホットポット。何が起きたのか理解
できないでいる。
﹁サーデル殿!﹂
顔を覆面で隠したダークエルフ二人組。ホットポットに気を配り
ながら、サーデルに駆け寄った。
魔王と化したホットポットに対し、彼我の差は歴然。よほど虚を
突かねば一太刀すら浴びせることはできない。
追いかけられるサーデルの先回りをし、時が満ちるまで、地に隠
れていたのだ。
﹁ありがとう。助かったよ。不自然に落ち葉が揺れなかったら気づ
かなかったところだった﹂
地の底よりの僅かな合図に気づいたサーデルが、時間を稼ぎ、攻
撃の隙を作ったのだ。
ダークエルフにとって、これは賭だった。日頃頼りないサーデル
が、冷静な観察力を保っていられるかどうか、彼らにとっても自信
は無かった。
﹁ばかな﹂
ホットポットが肩口より地に転がった。
﹁サーデル様、今のうちにお手当を﹂
747
二人のダークエルフは焦っていた。
サーデルの傷が酷かった。息も荒い。発汗量が多すぎる。
このまま何もしなければ、いずれ傷口が膿、死に至るであろうこ
とは容易に想像できた。
ダークエルフ二人が二人とも、サーデルを手当てしようと、ふと
ホットポットより注意を外してしまった。
﹁シュゥ!﹂
白い光りが走り、ダークエルフを二人とも弾き飛ばした。
血を撒き散らしながら、転がるダークエルフ。
白い光りが立ち止まる。
魔王ホットポットだった。
目が血走っている。額の角が朱く輝いている。
﹁サーデル様、この我になにを⋮⋮﹂
魔王ホットポットを見つめるサーデル。
首筋からの血流は止まっていない。
ホットポットの目が逝っていた。激しい動きをしたため、腹から
贓物がはみ出していた。
くるりと目を回し、倒れ込むホットポット。荒い息をつきながら、
隈の入った目でサーデルを見上げている。
いかに回復力が優れた魔族といえど、この怪我は助からない。
サーデルはホットポットから視線を外した。
﹁これを!﹂
サーデルは、ダークエルフ二人にヒーリング・バレルを一個ずつ
放り投げた。
748
転がったまま易々受け取るダークエルフ。
使い方は見て知ってる。ただちにヒーリング・バレルが発光。こ
の二人は助かるだろう。
﹁最後の一個だ﹂
転がっていたヒーリング・バレルに左手を伸ばし、掴むサーデル。
彼の怪我は酷い。血も相当量流した。 スイッチを押して⋮⋮、
⋮⋮ホットポットの胸元に放り投げた。
﹁何をなされるサーデル殿! それは最後の一個!﹂
ダークエルフの止める暇も無い。
ホットポットに投げたヒーリング・バレルが発光。
みるみる彼女の傷が癒えていく。
ホットポットが力強く立ち上がる。
﹁サーデル様、なぜ最後の治癒魔法を我に? 我は魔王なるぞ! 我が改心するとでも?﹂
﹁駄目なんだよ﹂
動かない両足を投げ出して、力なく答えるサーデル。空を見上げ
ている。
﹁やっぱりボクは女の子を殺せない﹂
サーデルから、めっきり力を感じられなくなった。
﹁このお方は、どこまで懐が深いのだ﹂
ダークエルフの一人が、刀を握り直した。
﹁我らサーデル様をどこまでも守り通すぞ﹂
もう一人が、死を覚悟で突っ込もうとしている。
749
ホットポットが刀を握る。
ダークエルフが走る。
﹁動かないで!﹂
サーデルがダークエルフに向かって叫んだ。叫んで咳き込んだ。
ダークエルフはサーデルに気圧されて、攻撃を中止した。
刀を振り上げるホットポット。目に光りというものがない。角が
ギリギリと音を立てて伸びだした。
﹁ボクと城で暮らそう、ココ﹂
ホットポットの動きが止まった。
﹁我と城で暮らす?﹂
﹁そうだ、ココ。ボクと一緒に、ボクのお城で⋮⋮﹂
ホットポットの目に、柔らかな光が宿った。角の成長が止まる。
﹁我を妻に迎えるのか?﹂
彼女の目に、涙が浮かぶ。 ホットポットがゆっくりとしゃがみ込む。
﹁魔族である我を? 魔王である我を?﹂
サーデルにしなだれかかって、胸に手を当てる。サーデルの手が
伸びて、ホットポットの頬を撫でるのであった。
﹁何を言ってるかな? このアマ﹂
750
﹁⋮⋮あれ?﹂
ホットポットが場違いな声をだした。
﹁だれが何を好きこのんで魔族の汚らわしいメスを妃になど迎える
ものか。だいいいち、ついさっきその申し出を断ったばかりじゃな
いか﹂
目を丸くするホットポット。だがこの光景はどこかで見たことが
ある。
﹁ボクと共に城に来い。だが、お前が住むのは地下牢だ。ジメジメ
していて黴臭くて暗い地下だ﹂
﹁いや、ちょと﹂
﹁ココ、お前はそこで一生暮らすんだ。ボクが再生する新しい騎士
団の公衆便所として。そうだな、父親のわからない子供も五・六人
は生むだろうな。娘だったら、お前と同じように兵共の慰め物にし
てやろう。大魔王が王位を与えたというなら、ボクはお前に、朽ち
果てて死んでゆく惨めな人生を与えてやろう﹂
サーデルは、一気に力ある言霊をはいた。
慌てたのはダークエルフ二人組。
﹁いや、ちょっとサーデル様﹂
﹁それではあまりにもホットポット殿が哀れであります﹂ 予想した感動話となんか違う結末に、慌てふためいている。ホッ
トポットをかばってしまう体たらく。
ホットポットの目が尋常で無い光に満ちていた。
﹁ステキ!﹂
751
﹁あれ?﹂﹁え?﹂
ホットポットの言葉に、ダークエルフが混乱した。
﹁ああっ、なんて酷い! 一生日の光が当たらない地下で暮らすの
ね。誰が父親かわからない子供に恨まれながら一生を過ごすのね!
酷い! 魔王にまで上り詰めた女が、なんて! なんて哀れな、
なんて悲惨な人生! なんて可哀想な我! あっ、ああーっ!﹂
下半身を震わせながら立ち上がったホットポット。全身をがくが
く震わせながら、つま先立ちで歩き回る。
﹁だめ、だめ我慢するのよ! ここは神聖な森、ここは⋮⋮﹂
白目を剥いた。
口が笑みの形に引き攣れ、長い舌が垂れる。
涎をだらだら流しながら、ひときわ激しく震えて、丸太の様に倒
れた。
ビクンビクンと身体を余波に震わせるココ。下半身を中心に染み
が神聖な森に広がっていく。
﹁ど、どうなっているんだ?﹂
ダークエルフの一人が、恐る恐るホットポットの顔を覗き込んだ。
赤い角が、額から転がって落ちた。
大魔王の強力な呪縛を断ち切ったのだ。 ﹁サーデル様、ホットポット殿は⋮⋮サーデル様!﹂
魔を閉じたサーデル。息が浅い。怪我のせいで、意識が遠くなっ
ている。
ダークエルフがサーデルの頭を抱え上げる。 752
﹁何てことだ。手段は別として、一人の女性を大魔王の呪縛より解
き放ったというのに。⋮⋮その代償はあまりにも大きい﹂
﹁我らエルフ一族にも、ここまで高尚な傑人はおらぬ。手段は別と
して﹂
もはや手の施しようがない。
ダークエルフ二人が、目を伏せた。
ピクリとサーデルの指が動く。乾いた唇が力なく動いた。
﹁何か言い残す事は?﹂
ダークエルフが耳を近づける。
サーデルが小さく言った。
﹁どけ﹂
﹁はい。⋮⋮あれ?﹂
命令され慣れたダークエルフ。条件反射で離れたが、何かおかし
い。
サーデルの左手がポケットをまさぐった。
取り出したのは、小さな円筒。
片方の端にスイッチがある。そのスイッチを親指で押し込んだ。
発生した光りがサーデルの身体を柔らかく包む。
むくりと上体を起こすサーデル。血色のよい顔。
﹁あー、死ぬかと思った﹂
くらくらするのだろう、手でこめかみを押さえている。
別の意味で、おそるおそるダークエルフがサーデルの顔を覗き込
んだ。
﹁あのー、最後の一個とおっしゃったのは?﹂
753
﹁そんなこと言ったっけ?﹂ ポケットからボロボロと幾つものヒーリング・バレルを取り出す
サーデル。その中に一個、赤い色違いがあった。
﹁あーこれこれ﹂
スイッチを入れる。
赤い光りがサーデルを包んだ。
﹁スッキリ快適。これは人体のエネルギーを回復するタイプなんだ。
名前は忘れたけど﹂
あっけにとられるダークエルフを見もせず、サーデルはストレッ
チ体操を始めた。
﹁さ、行くよ。その魔族の女はまだ使える。担いで帰ろう﹂
何事もなかったようにサーデルは、スタスタとその場を歩み去る。
﹁⋮⋮鬼畜だな﹂
﹁ああ。俺たちエルフは、まだまだ甘い種族なんだな。安心したよ﹂
ぐったりとしたココを担ぎ上げながら、ダークエルフ二人組は、
サーデルへの認識を改めたのであった。
754
4.それぞれの戦い・サーデル︵後書き︶
フェリスの剣が唸り、リーンのカエルさんが吠える。
対して、暗黒の魔法剣士・モブはフィールド技を発動させた!
その時、リーンは︱︱
﹁⋮⋮わたしは、⋮⋮勇者になり損ねた勇者﹂
次話﹁それぞれの戦い・フェリスとリーン﹂
お楽しみに!
755
5.それぞれの戦い・フェリスとリーン
モブ対フェリス・リーン組の戦いは熾烈を極めていた。
手数の多い魔法弾を撃ち込むリーン。十字槍を縦横無尽に振るう
フェリス。
魔法と剣技、それに体術で翻弄するモブ。
三者の戦いに、ダークエルフ達は手を出せないでいた。
激しい戦いの中、モブは情けなくなっていた。
こうなることがわかっていたから、情けなくなっていた。
戦闘開始早々に左翼と中央が崩れた。
左翼は指揮の無能さゆえ。中央は自爆事故ゆえ。
筋肉強化タイプのクローソーは、激戦必須の左翼を力で奪い取っ
た。
魔力強化タイプのササは、一番の年長を盾に中央を取った。
筋肉バカと派手好きの二人が要を取ったことになる。戦うまでも
なく、の時点で、モブは負けを予想した。
モブは頭脳強化タイプである。
先生が一を語れば、百を通り越して千を知る。先生以上の知識を
手に入れることが出来る生徒であった。
﹁自分が全てを指揮できたなら﹂
あの二人がいる以上、全権を把握したとしても、無理だろう。命
令は無視するものと勘違いしている。能力と地位はあるのに邪魔者
が多すぎるのだ。
756
自分の無力さに怒りが沸々と湧き上がる。
相対する二人に対し、複雑な足捌きを持って円を描く。
平時なら魔方陣を描いて呪を唱えるだけで事が済む。だが、今は
戦闘中。事は遅々として進まない。
それ故に目の前の二人が許せなかった。
﹁剣神フェリス。千人殺しのリーン﹂
モブは、擦過音をたて、二本の剣を抜いた。
﹁⋮⋮千人殺し﹂
自分に指さすリーン。満更でもない顔で、カエルさんを前に出す。
カエルの口が複雑に動き、光の矢を紡ぎ出す。
リーン本体は高圧高温のファイアーボールを唱えている。
光の矢と火の玉が、間を置かず交互に連射される。
これは、リーンが有翼魔族を全滅させた技。ムルティ伯国の魔術
師長キュオイズすら瞠目した必殺技。
だが、モブは、そのこと如くをすかし、あるいは無効化して捌き
きっている。
モブの隙を見つけては飛び込むフェリス。神速で十字槍を繰り出
すも、モブに全てを見切られている。
突き込み、跳ね上げ、反転、間合いの偽装。ありとあらゆる型を
見抜かれる。
火と光の魔法に、氷の魔法が混じりだした。
いつのまにかリーンの右手に、牛さんのマペットがはめられてい
た。
757
牛さんの口が動く度、冷気の魔法が飛び出していく。
リーンは両手にマペットを装備することにより、同時に3つの呪
文を唱えられることになった。
いわばアルティメット・リーン!
だが、リーンの攻撃は、あと少しのところでモブに届かない。
フェリスの神業と、完成体リーンの反則攻撃をもってしてもモブ
を攻略するに至らなかった。
つまらぬつまらぬつまらぬ!
どれもこれも全て見たもの、予想されるもの。
あきたあきたあきた!
モブはお終いにしようとおもった。
﹁憶えておくがいい。今日が君たちの命日だ﹂
﹁可能性として、あなたの命日になる方が高いと思うわ﹂
ことわり
十字槍を構えるフェリス。穂先が赤く光っている。
﹁いや、だから!﹂
あきらめ顔で首を振るモブ。物の理を解ってない愚者に対する仕
草である。 ﹁もう遅いんだって!﹂
モブを中心とした半径50メートルの円周が、青白い光を吹き上
げた。
﹁ギアスフィールド!﹂
空気と空間を震わせて出現したのは、2π50メートルの円周を
758
持つ半円球ドーム。
真っ黒なドームが三人を内に閉じ込めた。
﹁なんだここは?﹂
槍を構えつつも間合いを取り、周囲に警戒の気を飛ばすフェリス。
状況を把握し切れていない。
さかんに動き回っていたリーンだが、石の様に固まっている。何
かを察知したのだろう、額に汗の雫が浮かんでいる。
﹁⋮⋮ファイアーボール﹂
ボソリと呪文を呟いた。
たった一つ現れた火球が、複雑な軌道を描きながらモブに向かっ
て飛ぶ。
一方、モブはその火球を避けようとも防ごうともしない。
唸りを上げて突っ込んでくる火球。
モブに当たった。
当たるには当たるが、水を掛けられたように火が消えた。
モブに何のダメージも無い。
モブが隙を見せた。斜め上を見上げ、気を抜いている。
一瞬で間合いを詰めるフェリス。
﹁デイヤー!﹂
気合い一閃! 赤く輝く穂先をフェリスの土手っ腹に突き刺した。
﹁ぐっ!﹂
おかしな手応え。反動があるでなし。まさに穂先が止まった、だ
け。
759
﹁魔と神の力が僕に影響を及ぼすことを︱︱﹂
モブがゆっくりと手を振った。
﹁︱︱禁じた﹂ ﹁シュッ!﹂
肺腑の空気をはきだし、フェリスが迫る。
槍を捨てた右手は腰の剣にかかっていた。
抜き手も見せぬ光速抜刀術。モブが気づいた時に、フェリスは過
ぎ去っていた。
﹁その剣がただの剣だったら切られていたろうね﹂
モブのどこも斬れていない。
フェリスの手には赤く光る剣が握られている。
﹁これで︱︱﹂
フェリスが踵を返す。モブはいまだフェリスの射程距離内。
光りの軌跡が縦横無尽に描かれる。
人の目は、48本の光を捉えた。
﹁︱︱どうだ!﹂
最期の大振りをキメて、フェリスの斬撃が止まる。
フェリスの顔が驚愕に満ちていた。
﹁手応えが無い。だろ? 力場付与武器で武装を固めたことが裏目
に出たね﹂
特に感情を出さず、モブが左眉を跳ね上げた。
﹁ここは僕が作り出した亜空間。いわば、僕を神とした世界。ここ
では、僕の意思と命令が法則を作り出す﹂
モブは片手を差し出した。
760
﹁レベル1の魔法だ。ファイアー・ボール!﹂
二つ生まれた火球が、二人に向かって飛んだ。
フェリスのブレストアーマーに仕込まれた赤い宝玉が光を放つ。
魔法の防御力がファイアーボールをレジストした。
リーンがファイアーボールの呪文を唱える。
火球同士がぶつかり、消滅した。
﹁抜け目ないな。じゃこうしよう、﹃僕以外の魔法は禁止﹄﹂
フェリスのブレストアーマーに仕込まれた宝玉が光を失った。
リーン唱えていたファイアーボールの呪文が発動を停止した。
﹁もう一度、レベル1の魔法だ。ファイアーボール!﹂
モブが唱えた呪文だけが発動した。
二個の火球がフェリスとリーンに向かって走る。
フェリスが神剣を振るってファイアーボールを叩き切る。
火球が爆発!
至近距離で爆風を浴びたフェリスが吹っ飛んだ。
リーンはまともに喰らった。
かろうじてカエルさんと牛さんを放り投げてファイアーボールに
接触させてこれを爆破。
直撃は避けられたが、至近距離であった為、さして威力は削げな
かった。
黒い地を転がっていくリーン。そのまま動かなくなった。
﹁水に落ちた犬は叩け。より弱った方からとどめを刺すのは定石﹂
761
コツコツと靴音を立て、リーンへと歩み寄るモブ。手にした二刀
を振りかざす。
﹁待てーっ!﹂
フェリスが突っ込んできた。
赤く光る刀を振り回す。
何度かモブにヒットするが、まったくダメージが通らない。
﹁ちくしょう!﹂
フェリスは、刀をモブに投げつけた。
モブは、左に持った刀で簡単に弾く。
フェリスはヤケクソで剣を投げたのではない。それはフェイント。
素手で格闘できる間合いに飛び込んできた。
腕や足を振るうが、モブにかわされる。
攻撃を仕掛ける度、フェリスの身体に刀傷が刻まれていく。
防御を魔法のブレストアーマーに頼った欠点。露出部分の多さが
徒になった。前の革鎧ならこうはならなかった。
ありとあらゆる場所についた刀傷。流した血と、力んだ動きがフ
ェリスの体力を奪っていく。
フェリスの大振りをかわしたモブ。フェリスの首と右腕をキメた。
背後を取られ、関節を取られる。フェリスの目に力が無い。肺が
新しい空気を求め喘ぐ。
﹁これで終わりだ。つまらなかったな﹂
モブに感慨は無い。
﹁ファイアーボール!﹂
フェリスの目の前に、灼熱の火の玉が出現した。
火の玉はフェリスの顔に近づいてくる。これでフェリスの顔を焼
762
こうというのだ。
﹁僕は天才。何でも出来る。何でも知ってる。この世の理、戦いの
勝ち方、お前達とは種類が違うんだ!﹂
フェリスは戒めから離れようと必死にもがく。だが、片手を極め
られているのであらがいきれない。
リーンは倒れたまま、ぴくりとも動かない。
外からの助けも望めない。
﹁これで終わりだ﹂
フェリス、絶体絶命。
﹁⋮⋮三角形の内角の和は?﹂
モブの動きが止まる。
﹁ずいぶんバクッとした問題だな。裏がある?﹂
いまだ動かぬままのリーンへ向け、モブの目が動いた。
そして目を閉じて考える。
長考の後、モブの目が見開かれた。
﹁どんな三角形で計算しても、内角の和が180度になる!﹂
モブは頭脳強化型。天才的思考能力が最大の武器だ。
以上の自然数
n
+
yn
=
の組み合わせはない﹂
について。xn
z
初めての設問であっても、ちょっと考えるだけで真理を得る。
﹁⋮⋮3
nとなる0でない自然数x、y、z
763
フェリスの頭脳では、リーンが何を言っているのか解らない。
ファイアーボールが吹き出す熱で空気が揺れる。
﹁うーん、確かに。そのとおりだね﹂
モブの優秀な頭脳は、それを理解した。
相変わらず、リーンは横たわったまま動こうとしない。モブを見
ようともしない。
﹁⋮⋮光が無い閉鎖空間で、なぜ私たちの姿だけが見える?﹂
﹁それがこの空間のルールだからだ﹂
当然だよとモブが答える。
﹁⋮⋮暗闇なのに⋮⋮音はなぜ聞こえる?﹂
﹁音は波動。空気を伝わる。光は関係ない﹂
﹁⋮⋮太陽光、炎、ファイアーボール。目で見える以上、光は物質
である﹂
﹁認めよう﹂
﹁⋮⋮ここで質問。あなたは光より速い存在を知っているか?﹂
﹁思考速度、神経、と言いたいところだが、共に光の速さではない。
知り得ないと答えよう﹂
モブは、なぜか負けという言葉を頭に浮かべた。
この少女は何者なのだろうか? 自分の知らない事を知っている。
しかし、全ての設問に答えることができる。自分の知識量を増や
す絶好の機会。
しかし、自分はなぜ負けを意識するのだろう?
﹁⋮⋮あなたは光を物質と認めた。ならば光速は有限である﹂
﹁⋮⋮認めよう﹂
764
﹁⋮⋮有限であるが、他に比べるべき物はない最速の存在。故に、
この世の全ての因果は光速度を最小時間単位とする﹂
﹁認めよう﹂
何を言っているのだ? いや、理解は出来る。⋮⋮ちがう、この
少女は﹁何﹂を言っているのだ?
﹁⋮⋮最後の質問。純然たるエネルギーを物質質量と光の関係式で
表せ﹂
モブは長考に入った。
すぐに顔の色が変わる。僅かな時間で答えに至ったようだ。
モブは、震えながら口を開いた。
﹁エ、エネルギーとは、純粋なエネルギーとは、質量かける光速度
の2乗で表すことができる﹂
リーンが、むくりと起きあがった。
﹁⋮⋮その数式に、神の介入はない﹂
モブがフェリスの身体を押さえたまま、一歩後ろへ、逃げる様に
さがった。
﹁⋮⋮これが現実。これが物の理、物理である。神が存在しなくて
も物理は成り立つ。魔法は存在しない。間違ってる?﹂
リーンは、モブを見つめているだけでなにもしない。力も、術も
使っていない。
だのに、モブは窮地に立たされていた。
﹁み、認めよう﹂
粘っこい汗が、背中と額を流れ落ちていく。
﹁お前は何者だ?﹂
リーンを見るモブの目つきが異様だった。
765
﹁⋮⋮わたしは、⋮⋮勇者になり損ねた勇者﹂
この魔法使いは何を言っている?
いや、落ち着け。落ち着け僕。
しかし異質だ。異質な思考の持ち主だ。
まるで異世界の、⋮⋮ここより遙かに進んだ別の文化を持った人
間⋮⋮。
まて! 雑念を交えるな! 冷静になれ。僕は強い。賢い。
まだ分は僕に有る。リーンに戦う力は残っていない。フェリスは
剣を持っていない。
ああ、掌に滲んだ汗で刀の柄が滑りそうだ。
モブはフェリスの戒めを緩め、刀を握った手の甲で、額の汗を拭
った。
それがいけなかった。
自由になったフェリスの腕が一瞬、ムチの様にしなった。
モブは、脇腹に痛みを感じた。
視線をそこへ持っていく。
フェリスの腕が、白い柄の短刀を握っていた。
鎧通しというべき重ねの厚い短刀が、モブの脇腹に突き刺さって
いた。
﹁これは普通の刀だ。魔法も神の力も付与されていない。わざと捕
まって、突き刺す機会を伺っていた。リーンが貴様の気を引いてく
れたおかげで何とかなった﹂
明るくなった。 三人を閉じこめていた亜空間が消滅したのだ。
766
空から照りつける太陽が刺すように熱い。戦場を渡る風が、血の
臭いを運んでくる。
﹁あ、ああ、あ﹂
フェリスは強者。敵に情けと容赦はかけない。モブの身体に突き
刺した鎧通しを捻り、空気を送り込む。
力を無くしたモブの腕より、フェリスが逃れた。
サラサラとした白い砂が、モブの脇腹より流れ出している。
﹁こ、これは? まさか僕が⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そう、あなたは砂人形﹂ リーンは、白さを増したモブに、一瞥だけくれて背を向けた。
もう用は無いとばかりにトコトコと歩み去る。
小さな白い砂の塔が出来つつあった。
﹁ねえリーン、ずいぶん難しいお話をしてたわね。何を言ってたの
か、わたしには解らなかった﹂
槍と剣を回収したフェリス。リーンの後について森へと歩く道す
がら。
﹁⋮⋮呪文は公式。方程式を組み上げて複雑な魔法を発動する。数
値を入れることで様々な場面に応用できる。⋮⋮だから魔法は数学。
魔法使いは数学者﹂
﹁やっぱり何を言ってるのかわからない。モコ助殿なら解るんだろ
うけど﹂
リーンは振り返ってフェリスの目を見つめた。
﹁⋮⋮異世界召喚って知ってる?﹂
﹁モコ助殿のことか?﹂
767
何のことだかフェリスには解らない。
リーンは、すこしだけ目線を外してから、またフェリスの目を覗
き込んだ。
﹁⋮⋮じゃ、異世界転生は?﹂
﹁ああ、初めて聞く言葉だな。意味は何だ?﹂
フェリスの問いにリーンは答えない。
﹁⋮⋮特に意味は無い﹂
リーンはフェリスに背を向けた。
トコトコと歩いて行くリーン。
フェリスは首をかしげながら、リーンの後ろを追いかける。
リーンは、背筋を真っ直ぐ伸ばし、この異世界を歩いて行くのだ
った。
768
5.それぞれの戦い・フェリスとリーン︵後書き︶
世の中には2種類のやつがいる。
太陽の光を好む奴と竜巻の嵐を好む奴だ!
﹁これが男のロマンってやつさ!﹂
最終章ゆえに、とうとう出るのか!? モコ助、幻の9ミリパラペラムバレット!
次話﹁それぞれの戦い・勇者モコ助﹂
お楽しみに!
769
6.それぞれの戦い・勇者モコ助
ササの魔法、雷の神槌と隕石召喚により、荒れ地と化した戦場。
立つ者のいない大地で、四つ足の動物が立っていた。⋮⋮いや、
お座りしていた。
その者の名は勇者モコ助。テディベアカットされたココア色のト
イプードルである。
﹁先手はどっち?﹂
後足で顎の下を掻きむしるモコ助。なんだかめんどくさそうだ。
ササの瞼がピクリと動いた。モコ助のあからさまな態度が気に触
ったのだ。
﹁わたしは後手で良いわ﹂
﹁では遠慮無く﹂
ニヤリと笑うモコ助。してやったり感めいっぱい。
﹁グリフォンよ、来ーい!﹂
モコ助が、天に向かって小さな口で吠えた。
その時、モコ助の勇気が奇跡を起こしたのであった!
﹁勇者閣下より﹃アストロ・グリフォン﹄召喚要請確認!﹂
変なバイザーの付いた変な兜を被った男が、声を張り上げた。
770
﹁待ちかねたぞっ! ただちに緊急最重要案件発動!﹂
額に包帯を巻いたキュオイズが、部下に命令し、羊皮紙を手にし
て荒々しく部屋を出て行く。
ここはムルティ伯国、首都レプラカン中央にそびえるセマーヌ城。
王宮会議室に隣接して作られた、勇者の鎧・制御本部である。
﹁陛下! サイクォ陛下! 勇者モコ助閣下より﹃アストロ・グリ
フォン﹄召喚要請です!﹂
キュオイズ魔術師長が、何か書かれた羊皮紙を捧げ持ち、サイク
ォ伯王のもとへ駆け寄った。
食料運営会議中の、一様に包帯を巻いた国の重鎮達が、一斉にど
よめいた。
﹁こ、こら動くな、ケツに響くではないか!﹂
がたがたと音を立て、椅子を蹴倒す者まで出る始末。
上座に鎮座する、全身包帯巻き巻きミイラ状のサイクォ伯王が、
キュオイズより羊皮紙を受け取る。
﹁いよいよこの時が来たか!﹂
伯王は、羊皮紙を一読した後、重々しく軽いガラスペンを手にと
った。
﹁よし、﹃アストロ・グリフォン﹄出動を許可する!﹂
荒々しく羊皮紙にサインをする伯王。真新しい包帯を巻いた手が
震えているが、誰も気にしない。
グリフォン出動許可書を頭上高く掲げ、居並ぶ貴族に証人となっ
てもらう。
﹁異議無し!﹂﹁儂も賛同﹂﹁右に同じ!﹂﹁反対する者がいたら
拙者が殺す!﹂
771
口々に書状を認める、血の滲む包帯を巻いた、この国を動かす重
鎮達。
﹁ガニア! ﹃アストロ・グリフォン﹄出動許可が出た! ただち
に発進だ!﹂
﹁了解! アストロ・グリフォン、射出デッキに移動!﹂ すぐ目先の本部室で、ガニアがウインドボイスを飛ばす。
﹁伯王閣下、続いてこちらにサインを!﹂
キュオイズは、さらにもう二枚、羊皮紙を伯王に差し出した。
﹁うむ、﹃勇者の鎧・譲渡証﹄と、﹃勇者の鎧・能力制限解除承諾
書﹄であるな﹂
伯王は過去最高の速度で、サインを二つの羊皮紙に書き込んだ。
キュオイズは二枚の羊皮紙を頭の上に掲げる。
﹁異議無し!﹂﹁儂も賛同﹂﹁右に同じ!﹂﹁早く出せ!﹂
怪我人⋮⋮、もとい、国の重鎮達が続いて証人となった。
﹁﹃勇者の鎧﹄全射出!﹂
口から細かい唾を飛ばし、声を張り上げるキュオイズであった。
﹁必ず勝ってくだされモコ助大明神様。勝って、この国を天の悪星
ミカボシ様の脅威よりお救いたまえ!﹂
サイクォ伯王は天に向け、手を合わせて拝んだ。必死に拝んだ。
勇者の鎧・発進施設では、三賢者の一人、包帯を巻いたマウザー・
ヘッケラーが、六体のゴーレムを前に、最後の呪文を唱えていた。
772
星が描かれた三角帽子に、白くて長い髭。二百年を魔法研究に費
やした白の賢者マウザー。彼は過去に、一瞬とはいえミカボシを他
空間へ飛ばした実績を持つ。
ゴンドワナ大陸における、空間移動の第一人者である。
そのマウザーをサポートする様に、二人の大魔法使いが副呪文を
唱えていた。
エンチヤント
包帯を巻いた赤の魔女シエラ・リーブ。飛行術の第一人者である。
同じく包帯を巻いた緑の賢者スーア・ザン。魔法付与の第一人者
である。
この国、つまりこの大陸屈指の賢者三人が、力を合わせて一つの
物事に取り組んでいる。
それは、大人の事情で無かったことになっている振り子の一件以
来であった。百年に一度、有るか無いかの国家的、いや全人類的大
事業である。
白の賢者マウザーの呪文もラスト・スペル。テンションも最高潮
にあった。
各々のゴーレムの下に描かれた各魔方陣が、青白い光りを吹き上
げている。
﹁ヘッケラー流魔法奥義ッ、物質転送! ビフレスト・ゲート、オ
ープンッ!﹂
六つの魔方陣が七色の光を放つ。
次の瞬間、六つのゴーレムの姿が消えていた。空間を渡ったのだ。
﹁げふぅっ!﹂
マウザーが血を噴いた。
﹁マウザー殿!﹂
773
シエラとスーアが駆け寄る。
﹁もはや⋮⋮後世に託す物⋮⋮無し!﹂
その一言を残し、マウザーは意識を無くしたのであった。
﹁何をした? 勇者!﹂
ササが腰をひいていた。
いきなり、モコ助の首輪につけられていた赤い宝石から光が出た
のだ。指向性の赤い光線は、天高く消えていった。
﹁ふふふふ、オイラにはわかる。来るぜ来るぜ来るぜ、来たーっ!﹂
天頂がピカリと小さな光を発し、オーロラへと変わった。ビフレ
スト・ブリッジである。
一個の光が、オーロラのカーテンを引きながら落下してくる。
ホバリング
みるみる大きくなる光球。モコ助の頭上でグリフォンの姿に変わ
り、羽を広げて静止した。 ドツキング
﹁アストロ・グリフォン・ゴーレム! 合体だ!﹂
モコ助の声に、化鳥の如き叫び声を上げるグリフォン・ゴーレム。
パクリとモコ助を飲み込み、空へ舞い上がる。
グリフォン・ゴーレムが一声高く叫ぶ。
オーロラの祝福をまとい、五つのゴーレムが現れた。
アストロ・サラマンダーが右上から、アストロ・カプリコーンが
左上から、アストロ・ユニコーンが右下から、アストロ・キリンが
左下から。
774
ガションガションと金属同士を打ち付ける激しい音を出し、グリ
フォン・ゴーレムが、コアブロックに変形した。
サラマンダー・ゴーレムが変形。太い右腕となってグリフォンに
合体。
カプリコーン・ゴーレムが変形。力強い左腕となって合体。
ユニコーン・ゴーレムが変形。野太い右足となって合体。 キリン・ゴーレムが変形。頼れる左足となって合体。
最後に︱︱、
巨大な翼、長くて太い尻尾。背面に翼竜が寄り添う様に飛行。
背甲となって合体。頭部がコアにおり、二本の角が展開。顔とな
り、ツインアイが緑に光る。
モコ助の顔が胸に迫り出し、一声﹁ワン!﹂と吠えた。
その姿、空戦用の翼を広げ、バランサー用の多重関節を持つ太い
尻尾を生やす。
ドラム缶のように太い両腕。ド●ル装備の両足。左の手には長く
て頑丈な爪。右には巨大な拳。
全長3.5ゴンドワナメートル。重量7.5ゴンドワナトン。魔
法縮退炉を心臓に持つ。
黒き姿、厳ついボディ。
ミスリルと鋼鉄の合金製。モコガンガーのさらなる強化タイプ。
それは、いかなる暴力をも跳ね返し、
それは、いかなる魔法もレジストする。
究極の勇気と破壊力が具現した姿。
ゴンドワナ大陸全人類の英知を結集して作られた魔法の勇者。
その名も︱︱、
775
﹁勇者ロボ、アストロ・モコガンガーっ!﹂
ミカボシが、アストロ・モコガンガーの横で叫んでいた。大口を
開けて。
﹁じゃ!﹂
しゅたっと片手を上げ、カカセヲを担いで空へ登る。
大魔王アムとの空中戦が続く。
﹁余裕だな、ミカどん﹂
見せ場を取られたモコ助。上空のミカボシを殺意の籠もった鋭い
目で睨み上げる。
﹁なに? そのオモチャ﹂
派手に顕現したアストロ・モコガンガーを無表情で見ているササ。
つまらなさそうに団扇で風を送っている。
﹁これが男のロマンってやつさ! そして、先手はいただいた!﹂
動作音を立て、腕を振り上げるアストロ・モコガンガー。
﹁そうでもないわ。だって、こちらも準備に時間がかかっているも
の。ほら﹂
ササが手を上げ、モコガンガーの視線を上空へと誘う。
ミカボシとアムが絡まる空域の外れ。大気を振るわせ、白い煙の
メテオ・ストライク
尾を引きながら落下してくる巨大な隕石。
この戦場を一気に廃墟へと変えた隕石落下魔法。
﹁むうっ!﹂
モコ助が唸る
﹃落下予想座標、X・Y・Z軸共にゼロ地点。落下予想時間、残り
5ゴンドワナ秒﹄
モコガンガーの警戒システムが、隕石の情報をモコ助に伝える。
776
﹁あははは! アムの覇道を邪魔する者は、粉々になる運命なのよ
!﹂
魔法障壁を張り巡らし、身の安全を確保するササ。勝利を確信し
て笑っている。
音速を超えた隕石が、モコガンガーに激突するのか!?
モコガンガーが左手一本を空に突き出し、手を広げた。
太い前腕から無数のパイプが飛び出し、風を吐き出す。
﹁覇道爆縮! ブリッツァー・テンペストッ!﹂
モコガンガーが叫ぶ!
激突寸前の隕石が光った。
いや、隕石の周囲360度を包囲して、大爆発が起こった。
全てのエネルギーが、同時に内側へ向かって雪崩れ込む。さすが
の隕石も一瞬でエネルギーと化した。
凶暴化したエネルギーは、逃げ場を求めて暴れ出す。
一カ所、逃げ場があった。
ササに向いた穴が一カ所。
巨大な力のうねりが一条、破壊エネルギーと化して、ササに殺到
した。
だが、さすがイントルーダー四姉弟の一角ササ。
魔法障壁を全面にのみ展開。爆発の呪文を使って移動を加速。一
瞬で全てをやってのけた。
777
ササの髪を数本消し飛ばして伸びた光は、首都ビアレスを守る防
壁を吹き飛ばした。
防壁だけでは足りないらしく、勢い、白亜のバストール城に突き
刺さり、城の三分の二を蒸発させ、空の彼方へ消えていった。
﹁やってくれたわね!﹂
髪の毛がバサラになったササ。怒り心頭、柳眉を逆立てる。
﹁雷よーっ!﹂
ササが念じる。家一軒分の巨大な雷球が発生。
﹁勇者ロボをナメるなよ﹂
モコガンガーの右前腕部が、スパークしながら回転を始めた。
ササが、モコガンガーを指さす。
﹁行け! 雷槌!﹂
激しく放電しながら、神の鉄槌と化した雷がモコガンガーに襲い
かかる。
﹁神槌滅却! ライジング・トリガー!﹂
モコガンガーの右腕が、爆発音と共に肘から分離。 レヴィン
ササの放った雷球と正面衝突した。
トレノ
耳をつんざく雷鳴と、目を灼く雷光を撒き散らし、神の雷光を勇
者の右腕が粉砕した。
爆風により吹き飛ばされるササ。地に伏して足掻く。
滲んだ汗が土埃を貼り付け、顔中泥だらけ。
778
ササは、口に入った砂を唾と一緒に吐き出した。
﹁おのれ、鉄屑の分際で!﹂
勢いよく起き上がったササだが、血の気をひかせた。
モコガンガーの巨体が、視野いっぱいに広がっていたためだ。
﹁終わりだ、姉ちゃん﹂
モコガンガーが左手を伸ばす。ササの右肩を掴んだ。モコガンガ
パワー
ーの左手には長くて鋭い爪が植わっている。
モコ助は、躊躇なく爪に力を流し込んだ。 ﹁ギャアァァーッ!﹂
ササの右肩から、複雑骨折特有の連鎖音が聞こえてくる。
鉄の爪が突き破った傷口から、遠慮無しに血液が噴き出てくる。
モコ助は情け容赦ない。さらにパワーを込め、ササの右肩を掴ん
だまま、宙ぶらりんに引き上げる。
ササの悲鳴が大きくなった。
サイレント・ウォーズ
﹁うるせえ姉ちゃんだな︱︱風の精霊よ、静寂!﹂
モコガンガーの左腕、ナックル部分より冷たい風が噴出。ササの
首から上を空気が二重に覆う。
スペル
ササの悲鳴が消えた。口がぱくぱく動いているだけ。
﹁音を遮断させてもらった。これで呪文は唱えられねえ﹂
さらに鉄球の様な右拳が光を放つ。
﹁なぜかミカどんに止められていたが、やっぱ最後はこれで締めな
きゃな! 聖剣よ、こーい!﹂
久方ぶりの召喚。張り切って聖剣が現れた。稲妻がいつもより三
割増しである。
779
モコガンガーは、聖剣の切っ先をササの右胸にあてがった。
﹁最初から最後までオイラの先手だったな。あば︱︱﹂
その時、正面からハゲシクぶつかってくる物体があった。
アストロ・モコガンガーとササが重なってひっくり返った。
﹁あ、すまんメコ助! 怪我は無いか?﹂
ミカボシだった。カカセヲさんが、ササの胴体ごと、モコガンガ
ーの左胸を貫通していた。
﹁いや、オイラは無事なんだけどな︱︱﹂
なんだかあきらめ顔のモコ助である。
ミカボシは、よっこらせと声を掛け、片足をササの背中に掛けて、
カカセヲを乱暴に引き抜いた。
﹁じゃ、俺はこれで!﹂
シュタッと片手を上げ、上空へ舞い上がるミカボシ。後ろを振り
返ることは無かった。
﹁︱︱モコガンガーの魔法縮退炉制御用魔道サーキットが潰れたよ
うだ、って⋮⋮もういないか。ミカどん、てめぇオイラの活躍をこ
とごとく潰すのな﹂
モコガンガーの各所から、光りが吹き出し始めた。
﹁いかん! 脱出!﹂
コア
ファイター
モコ助の顔が、後退し、モコガンガーの胸部奥へすっ込んだ。
モコガンガーの背甲が開き、核を成す機翼に乗ったモコ助が急角
度で飛び出す。どこまでも危ないメカである。
ひときわ大きな光りが溢れ出た。
そして大爆発。大出力の熱が生まれる。
780
既に事切れたササの身体。一瞬真っ白になったかと思うと、蒸発
して消えた。
人類の英知と魔道の全てと子供の夢を結集させたアストロ・モコ
ガンガーは、こうして、身も蓋も無く光りの中に消えていったので
あった。
さらばアストロ・モコガンガー!
僕たちはその勇姿を忘れはしない!
781
6.それぞれの戦い・勇者モコ助︵後書き︶
♪
もこもこ もこもこ モコガンガー
もこもこ アストロ・モコガンガー
唸れっ! 筋肉冒険隊!
ときどき、モコモコ歌劇団!
流星が降る たび 命が生まれる
だから どうした? 金くれるのか?
金庫を守れ。いや! 平和も守れ! もこもこ もこもこ モコガンガー
もこもこ アストロ モコガンガー
五体変形! フォーメーション!
やるぜ! 最終ドッキング!
覇道爆縮 ︱︱ ﹁︵台詞︶ブリッツァー・テンペストーッ!﹂
腹黒、搦め手、ハメ技、アストロッ!
他国に貰った支援金で産油国を支援。 無敵の勇者ロボ!
もこもこ モコガンガー!
︵激しいギター・パフォーマンス︶
世論操作 欺瞞捏造 領土拡張主義!
間違っていても絶対認めない 色々危ない勇者ロボ!
もこもこ モコガンガー!
♪
これは、ミカボシとモコ助の熱きマイソロジーである。
次は6stステージへ! ファイナルqあwせdrftgyふじこ
lp
782
⋮⋮。
いよいよ、ミカボシと大魔王が正面切ってぶつかっていく!
﹁妾が真の力、その目に焼き付けて逝くがよい!﹂
次回﹁大魔王たるもの﹂
お楽しみに!
2/27驚異を一旦胸囲に直してから脅威へ誤字訂正。
783
6.大魔王たるもの
ミカどんは、やたら背の高い、一見女である。茶色がかった髪は、
短いが髪質はよい。前髪がダンチに切りそろえられている。赤っぽ
い黒目。薄情そうな薄い唇。いかにもアウトドア派的な小麦色の肌。
全体的には野趣溢れる美人なのだが、男っぽい言動もあって、残
念な美人と化している。
いつもの変な柄のTシャツに、変な色の七分パンツをはき、足元
は登山靴で固めている。
こう見えて、本性は天孫降臨のおり、天津神軍が唯一下せなかっ
た天の悪しき神・天津甕星である。自らゴンドワナ・ワールドに乗
り込んできた自己召還型勇者⋮⋮たぶん勇者である。
きょうだい
﹁おいおい、ご姉兄様方がみんな逝ってしまわれたご様子ですぜ、
大魔王様とやら!﹂
戦場の上空において⋮⋮。
左右パリング、ダッキング、ウェービング、スウェーバック。ミ
カボシは、手練手管を使って大魔王アムの攻撃を悉くかわしている。
かわす度、茶色い髪が前後左右になびく。
巨大な矛、カカセヲを持ったまま、驚異の機動力を見せつけてい
る。
﹁妾が戯れに作った砂人形よ! 惜しくばもう一度作るのみ!﹂
フェイントを交えながら、大鎌特有のトリッキーな動きで大魔王
アムが斬りかかる。乱れた黒髪が艶っぽい。
784
﹁作られた方は災難だな、ヲイ!﹂
鎌の軌道を予想しつつ、最小限の動作でかわしたミカボシ。
繰り出される連続技の連携動作中を狙って、カカセヲをヒョイと
出す。ちょこんと大鎌の石突き部分に触れた。
変な方向へ勢いを削がれた鎌に戸惑いつつ、アムは、その流れを
利用して位置取りを改めた。
﹁真面目にやらんかーっ!﹂
アムの目が赤く光る。
その光が乗り移ったのだろうか、大鎌の刃が赤い光を放ちだす。
﹁ほほう、来るかね?﹂ カカセヲを剣で言う晴眼に構えるミカボシ。目に神性の金色がチ
ロチロと揺らめきだした。
﹁二つになれぃ!﹂
アムが、袈裟切りに鎌を振り下ろす。完全に間合いの外。
﹁あぶねっ!﹂
大げさに体をそらすミカボシ。わざとらしい動き方が嫌みである。
鎌の切っ先から伸びた赤い光がその間合いを埋めていた。彼方ま
で伸びた無限の光が、触れる物を破砕していく。
光の先端が、荒れた大地を抉り、土くれを巻き上げて粉みじんに
する。
巨人が大鉈を振るうがごとし。
さらにアムは大鎌を切り上げ、払い、回転させる。都度、大地や
森のどこかが切り取られる。
﹁おいおい、今の一撃で王宮の残り全部が吹き飛んだぜ! ただで
785
さえ小さくなったのに、とどめ刺すか?﹂
﹁どこまでもふざけたやつっ!﹂
﹁ほら、オレと遊びたいんなら本気出さないと︱﹂
ミカボシが嫌らしく挑発する。
﹁︱︱オレに逃げられるぜ!﹂
アムは歯を食い締めた。
大きく息を一つ吸い込むアム。溢れまくった魔力を内側へと籠も
らせる。
アムの全身が赤い光を放ちはじめた。長い髪がふわりと広がる。
大鎌を体の前に突きだした。大量の魔力が大鎌に注がれている!
ドンと音を立て、大気に波動が伝わった。ミカボシが片手を顔の
前に出して、防ぐほどの波動。
ミカボシを通り過ぎ、地に到着した波動は、土や岩、木々をなぎ
倒していく。小川の流れが逆行している。
﹁妾が真の力、その目に焼き付けて逝くがよい!﹂
大鎌が八つ現れた。それは残像。
八つの角度から、ミカボシを取り囲んで八つの斬撃をアムが放っ
た。八本の赤い光がミカボシを襲う。
﹁やべぇ!﹂
逃げ場はない。今度ばかりは気を引き締めるミカボシである。
ミカボシは逃げなかった。逃げずにカカセヲを突き出す。攻撃を
もって斬撃に相対するつもりだ。
赤い光とカカセヲの刀身がぶつかる。神経に障る高音が発生。
八つの赤き斬撃の中央をカカセヲの切っ先が押さえ込んだ。カカ
セヲが切り取った赤い光が地を裂き、空を割る。
大魔王渾身の一撃である。
786
さすがにこの一撃は凄まじかった。 斬撃を捌いたかと思われたミカボシであるが、後方へと押されて
いた。
カカセヲを前面に突きだし、姿勢を低く抑えてるだけでも、さす
がミカボシ天の悪星よ、と言ったところか。
ミカボシの高度が落ちた。隙ができている。
アムはそれを逃さない。
それを予想していたかのように、斬撃を放つと同時に間合いを詰
めていた。
アムが見たところ、ミカボシにバネは無い。喰らった衝撃により、
身体が伸びている。攻撃を避けるにも、撃って出るにも、身体か飛
行能力かを溜めねばならない。
アムに気づいたミカボシ。
﹁遅い!﹂
勝利を確信し、大鎌もろとも突っ込んでくアム。
カカセヲの切っ先をパス。鎌を振り下ろせばミカボシに突き刺さ
る!
いま、ミカボシは、やっと目をアムに合わせた。
その、ミカボシの目が笑っている。
﹁バカめ!﹂
カカセヲの円錐形の分厚い刀身、その表面が螺旋状に爆発した。
アムの必殺斬撃に比べれば小さい爆発だが、重量級の物体を吹き
787
飛ばすには十分な威力だ。
爆発の中に突っ込む形のアム。カウンターで爆風を喰らった。
ミカボシの罠だった。
荒れ地に足をつけるアム。体勢を大きく崩している。そこへミカ
ボシが突っかかっていく。一瞬で攻守が入れ替わる、汚い手口。
カカセヲを先頭にした紡錘形の勢いで、アムとすれ違うミカボシ。
薄い金属片が舞っている。
狙ったのは赤く光を放つ大鎌だった。
鎌の身が粉々に砕けて舞っている。
破壊神カカセヲ様、本気出す。
ミカボシの踵が地を噛み、定点回頭する。
アムと正面から向き合った。
アムの右腕を一筋、赤い血が伝い落ちる。
大魔王は、実力の差を認識した。
その理解が、大魔王としてのプライドをたぎらせる事となる。
﹁これが痛いという感覚か?﹂
怒りのため、まなじりが吊り上がっている。その目は、人の目で
はない。悪鬼羅刹のもの。
アムの目に赤い炎が揺れる。まだ闘志は折れていない。
﹁血を流したのも、怪我をしたのも今日が生まれて初めてじゃ﹂
少しでも有利な位置を得ようと、挑発の言葉を使いながら、何気
ない仕草で移動を開始する。
﹁なぜ妾を仕留めなかった?﹂
﹁話を聞きたかった﹂
ミカボシは、カカセヲの切っ先をアムが移動するであろう予想地
788
点に添た。それだけでアムの動きを止めてしまう。
﹁お前、なぜ﹃大魔王﹄なんだ?﹂
﹁妾は大魔王として生まれしもの。天に選ばれし存在である﹂
クローソーを遙かに凌駕する疲れを知らない身体。ササなど足下
にも及ばぬ無限の魔力。モブですら追従を許さぬその頭脳。
そして、あらゆる生物を従わせるカリスマと美貌。
﹁妾は特別である。汚らわしき芋虫共は、その存在すら許されぬ。
まして跳梁跋扈することなど決して許されぬ! この世界が妾を選
んだ。妾だけがこの世界にいればそれでよい。他の生物など要らぬ
!﹂
形よい眉を吊り上げる大魔王アム。目があっちへ行っている。
﹁⋮⋮太陽を弄ったのは、てめぇか?﹂
﹁ミカボシなら太陽を強く出来るか?﹂
﹁できねぇ﹂
﹁ならば妾も出来ぬと答えよう。太陽を起因とする魔族の増殖は、
神が妾に与えし物。有り難く頂かなくては、罰が当たろうというモ
ノ﹂
アムが鼻を高くして笑う。
﹁じゃ、最後の質問﹂
ミカボシがわざと隙を見せた。当然、誘いの隙である。アムは誘
いに乗らなかった。
﹁なんで﹃神﹄を名乗らない? ﹃魔神アム﹄言い響きじゃねぇか
?﹂
アムは少しばかり考えた。
実のところ、なぜか神という単語は、頭に浮かばなかった。
789
﹁決まっておろう。⋮⋮神より与えられし力⋮⋮故に神を名乗らぬ﹂
﹁それは意外だったな。世界神ファに倣って世界魔神アムを名乗る
のかと思った。あ、いや、創成魔神アムのほうがいいいか? ここ
ん家の創成神話はどんな話だったっけな?﹂
拳を顎の下に当て、真剣に考え込むミカボシである。もう少し目
の前の戦いに傾注しましょう。
﹁ちなみに︱︱﹂
いきなりミカボシが真面目な顔になった。モコ助ではないが、話
が長くなっている。
﹁︱︱オレ達の世界の話をすると⋮⋮。泥から作った島に降り立っ
た夫婦の神がいてな。妻の神様が、世界のパーツを産んでいくんだ。
いろんな自然や、神様をな﹂
伊邪那岐命と伊邪那美命の国産み神話の事である。
﹁最後は文明に欠かせない火を産んだおかげで火傷して死んじゃう
んだけど、死んだら死んだで、そのお母さん、死者の国の神様にな
って死者を迎える役職に就いたって話だ。﹂
迦具土神被殺と黄泉比良坂のお話だ。
﹁夫の神はどうした?﹂
その話に、なぜかアムが食い付いてきた。
﹁子供を作って引退した﹂
ミカボシの答えはあっさりしたものだった。聞きようによっては
浮気したともとれる。
それではあまりにもあまりにもなので、もう少しだけ話を付け足
した。
790
﹁イザナギは男性神でありながら創成神でもあった。後に天津神国
津神による天国戦争の張本人となった三貴神を生み出すんだな、こ
れが。で、争われた場所は大地母神であるイザナミが産んだ地上世
界だ。連中、知ってて地上世界を攻めたのかな?﹂
﹁どこの世界も、世界創成は似た様な物だな﹂
アムの気がゆるまった。
﹁この世界は世界神ファの身体を元に作られている。破壊神メラシ
ーナがファを壊し、創成神ララシーナがそれを材料にして自然を、
生き物を作った﹂
アムは、大鎌だった柄を捨てた。
﹁ミカボシよ、妾にはまだ奥の手が残されている﹂
そして、腕を前に突き出す。
﹁聖剣よ、来い!﹂
アムが叫んだ。
791
6.大魔王たるもの︵後書き︶
いよいよイントルーダー国土をひっくり返す戦いが始まろうとして
いる。
ミカボシ、本気を出すか?
﹁それは力ずくで聞いてもらわないと!﹂
次話﹁聖剣たるもの﹂
お楽しみに!
792
7.聖剣たるもの
幾条もの稲妻がアムより発生した。
アムの手に﹁あの﹂聖剣が握られていた。
柄と鍔は実用一点張りの造り。真ん中あたりでくびれ、やけに肉
厚な刀身。見た目、女性っぽいフォルム。聖剣レベル3。
静かに聖剣を構えるアム。片手持ち。七:三の構え。
﹁もう少し驚け、ミカボシよ。妾はこの世界そのものである。故に、
聖剣すら呼べる存在であるのだぞ﹂
ぴたりとミカボシの喉元に切っ先を向けて、静かに息を吐く。
﹁確かに聖剣。正真正銘、モコ助の聖剣だ﹂ ずいぶんさまになっている。
モコ助だけが呼べるはずの聖剣を大魔王アムが手にしていた。魔
に与する者の長たる者。さらにその者達の長である大魔王たるアム
が、魔を払う聖剣を手にしている。
大魔王と聖剣の組み合わせ。あり得るのだろうか?
現にあり得る故に、その破壊力、影響力はいかほどのものか?
﹁聖剣とは、いかなるモノをも破壊する武器。破壊神と呼んでも、
あながち間違いは無いか⋮⋮﹂
大きくため息をつくミカボシ。⋮⋮カカセヲも破壊神だった。
﹁だから聖剣を呼ぶなとあれほど言いくるめておいたのに、モコ助
はぁー!﹂
ヒョイと片方の眉を上げる。
﹁まあいいか、予定よりちょいとばかり早くなっただけだしな﹂
793
﹁その聖剣は、本当にお前の﹃世界﹄の存在なのか、考えたことは
あるのか?﹂
ミカボシは、表面に螺旋を描いたカカセヲを両手持ちで構えてそ
う言った。
﹁妾が﹃世界﹄である。手に持てる物であるなら、妾の自由にでき
る。聖剣もまたしかり!﹂
アムが聖剣を振り上げる。
﹁聖剣よ! その真の姿を!﹂
アムが叫ぶ。
聖剣がそれに答えた。
肉厚の刀身にヒビが入る。そのヒビから、青い光が溢れだす。
破砕音を立て、刀身が砕け去り、中から新しい剣が現れた。
青い光を放つ長剣。
前より総丈が長い。アムの身長ほど。
蜻蛉の羽ほどの薄い刃。それでいて男性的。
はばきに黒い宝石が埋め込まれていた。アムの髪や目よりも黒い
黒。闇よりも深い闇。
全てを吸い込みそうで、それでいて光を跳ね返す艶を持つ。
レベルフォー
﹁第四段階の聖剣﹂
つ、と切っ先を持ち上げたかと思うと、ミカボシに突っかかって
いくアム。
ミカボシの姿に聖剣を食い込ませた。
大地が裂ける。
上層部の土が吹き飛び、下層部の礫層が深く抉れる。地割れが遠
794
くまで伸びていく。
これが聖剣の﹁真﹂の力!
地上では⋮⋮。
﹁やべえ、やべえ! 逃げろ逃げろ!﹂
森の中を必死に走るモコ助と、一般の生物達。
﹁遅れる者は見捨てる! 集合地は元本陣。急げ!﹂
後方で指揮をとるィナリ。見捨てると言いながら、遅れる者を叱
咤激励している。
ダークエルフの面々も、生き残るのに必死だ。
怪我人に肩を貸す者。残された運動能力を悟り、人知れず姿を消
す者。
彼らの戦いは終わっていない。
ダークエルフに混じって魔族の姿も見える。
﹁戦争したいヤロウは生き延びてから上申書を出せ!﹂
小さくなったヘードが、魔族の生き残りをまとめあげつつ避難誘
導していた。
なにせ、破壊の勢いは帰らずの森にまで及んでいるのだ。
もはや戦場だった場所に生物はいない。
エルフだの魔族だの人だのと争っている場合では無い。命が惜し
かったら逃げろ! それがこの場の至高法規である。
﹁みんな焦るな! まだミカどんは実力の一端も見せてない。つま
り時間があるって事だ。カカセヲ様が本気出すまでに、できるだけ
遠くへ逃げるんだ!﹂
795
痛んだ身体に鞭を打つフェリスやリーンの尻を叩くモコ助。彼は、
ミカボシの真の破壊力を知っている唯一の犬なのだ。
﹁モコ助殿! サーデル様がいない! サーデル様のお姿が見えな
い! だれかサーデル様を見なかったか?﹂
全身に包帯を巻いたフェリスが悲壮な声を張り上げる。彼女の後
ろでは、轟々と音を立て森が啼いている。
﹁見なかった!﹂
モコ助が答えた。
﹁だけど、サーデルの居場所は見当が付く﹂
﹁どこですか? サーデル様はどちらに!﹂
﹁たぶんこの集団の先頭だ!﹂
フェリスの口が閉じられた。だんだん無表情になっていく。
﹁たしかに﹂
冷静さを取り戻したフェリス。周囲の者達に声をかける余裕を見
せつつ、先を急いだ。
﹁ミカどん、よくもここまでの事をやってくれたな! てめぇハン
パするんじゃねえぜ!﹂
空を一瞥するモコ助。前を向いて走り出した。
﹁素早いな﹂
くるりと振り返るアム。ミカボシは位置を変えていた。
マイナス一秒の歩行術により、瞬時に位置を変えていたのだ。
聖剣を構え直すアム。闘志が全身から陽炎となって湧き上がる。
796
しかし、ミカボシは違っていた。
﹁戦いはお終いだ。それなりに面白かった﹂
ミカボシは、カカセヲを放り上げた。
空中で銀の棒ピアスになるカカセヲ。ミカボシは棒ピアスを左耳
へと収納する。
戦闘放棄。
この行為にアムがキレた。
敵前で武器を仕舞う。お前は敵ではない、の意。バカにされたの
だ。
﹁何をしている! 何の真似だミカボシ!﹂
アムが顔を怒りで紫に染め上る。防御を忘れ、超高速の突きを見
舞った。
ミカボシは、体を左にゆらして聖剣を捌きつつ、右手を伸ばして
聖剣の柄を握った。
アムの勢いを利し、体を入れ替える。アムの右腕に沿って立つミ
まばた
カボシ。彼女の左腕の死角に立つ。
ここまでが瞬きよりも短い時間で行われていたのだ。
聖剣の放つ余波が、遠くの大地を抉る。
アムの右手が動かない。ミカボシの右手が封じていた。
ミカボシの目に金色の影が揺れる。左手が後方にたわんでいる。
十分な運動エネルギーを溜め込む為に。
アムの顔が恐怖に引き攣れた。
﹁負けを認めろ!﹂
797
ミカボシの左ストレートが、アムの右頬を打ち抜く。
アムの身体が吹き飛ぶ。が、右手を握られていたので飛んでいか
ない。そのかわり、エネルギーがアムの身体に吸収されていた。
ミカボシは、動きの鈍くなったアムを放り出した。
アムは倒れない。聖剣を杖にして、かろうじて立っている。
髪は乱れ、黒いドレスのそこここがヨレている。聖剣に光は無か
った。
ミカボシの長い腕が垂直に落ちる。杖にしていた聖剣の柄に拳が
落ちた。
聖剣が地に突き刺さる。
挙動の変化に対応しきれず、膝をつく大魔王。でもそれは瞬時の
こと。意地と怒りで立ち上がる。
立ち上がって身体に付いた砂埃を片手で払う。
ミカボシを赤い目で睨む。睨み殺すべく威力を込めて。
睨む相手が人間か魔族だったら、それだけで殺されていたろう。
そんな気と魔力が込められた目だ。
﹁お前じゃ駄目だ。お前は、ただの大魔王にすぎねぇ。オレの敵は
お前じゃねぇ﹂
ミカボシが前髪をかき上げた。全く意に介していない。
茶色い髪が、また風に揺れる。
﹁神に選ばれし妾が⋮⋮ミカボシーッ!﹂
アムの右手が伸びる。ミカボシは、されるがままに胸ぐらを掴ま
せた。
その手の甲に、白い砂埃が付いている。
気になったアム。握りを直すついでに右腕を振るって砂を落とし
798
た。
落としたはずなのに、砂が付いている。
左手を見るアム。手の甲からサラサラと白い砂が落ちている。
﹁なんだこれは?﹂
ミカボシから手を離すアム。後から後から砂が吹きこぼれる両手。
驚愕の表情で見つめている。
顔からも白い物が吹きこぼれていた。
﹁わ、妾の身体が⋮⋮﹂
黒髪からも砂が落ちている。
首筋から、背中から、胸から、太腿から、どんどん砂が湧いて出
る。
﹁これは一体⋮⋮どうなって⋮⋮?﹂
アムの右腕が、砂となって砕け落ちた。
﹁妾の右腕が!﹂
驚愕の表情。
﹁妾も砂人形だった? そんな馬鹿な! 助けてミカボシ!﹂
形の崩れた左腕を伸ばすアム。
音を立てて左腕が落ちた。
﹁助け⋮⋮﹂
バサリと音がし、アムの全身が白い砂となった。
砂の塊の上に、頭だった塊がドサリと落ち、砕けて散った。
そこには、人一人分の白い砂と、地に突き刺さる聖剣だけがある
ばかり。
799
﹁もういいかな?﹂
ミカボシが、聖剣に対し声をかけた。
聖剣が震える。
聖剣のはばきに埋められた黒い宝石が闇の色に輝いた。
黒い光というものが有ったとしたら、まさにこれであろう。
渦を巻いた黒色光が、膨らんで消えた。
消えた後に、少年が一人立っていた。
サーデルやリーンと変わらぬ年。年齢に相応しく、背の丈は低い。
細い足に細い腕。
黒い髪に黒い瞳。
黒い襟無しシャツに黒いズボン。黒いサンダルに黒い爪。
黒ずくめなのに肌が白い。より白さが目立つ。
少年が口を開け、白い歯を見せた。
﹁いつから解ってました? 異世界の闘神、アマツミカボシよ﹂
人なつっこい笑顔。この子、笑うと左にエクボができる。
﹁最初から⋮⋮と言いてぇトコロだが、確信したのはゼラナ山で聖
剣を触ったあたりだな﹂
右手でコリコリと耳のピアスを弄るミカボシ。左手で顎を掻いて
いる。
﹁オレが地球にいた頃、書物で聖剣の事を知った﹂
800
﹁書物をよく読むのか? 貴様、なかなかの賢神だな﹂
﹁うむ、君の審眼は確かだ﹂
ミカボシが偉そうに頷いた。モコ助がこの場にいたら、一悶着あ
っただろう。
﹁オレ様の豊富な知識を総合すると、聖剣とは全ての魔を払い打ち
砕く聖なる剣。⋮⋮言い換えれば全てを破壊する武器。つまり破壊
神。オレ様はな、前々から聖剣はヤバイと思っていたんだ﹂
ミカボシのへそ曲がりは、今に始まった事ではない。布団でゴロ
ゴロしていた頃より、へそ曲がりの神は、聖剣を疑っていたのだ。
⋮⋮カカセヲの例もある事だし。
﹁なるほど。だから私の扱いがぞんざいだったんだな﹂
少年が楽しげに笑った。
﹁少年、この世界をどうするつもりなんだい?﹂
ミカボシも笑う。
﹁それは力ずくで聞いてもらわないと!﹂ 黒い少年がもう一度笑った。こんどは邪悪な笑い顔。
﹁そんな簡単な事で喋ってもらえるのかい? それはまあいい︱︱﹂
ミカボシの犬歯が伸びる。笑いの形に唇が歪んでいく。
﹁てめぇ、男だよな?﹂
﹁男性神ですよ﹂
﹁チンコ付いてるんだよな?﹂
﹁⋮⋮下品だな。付いてますよ﹂
ニヤリと笑ったミカボシ。耳の棒ピアスを勢いよく引き抜いた。
﹁じゃ、容赦はしねぇ。出ろ! アメノカカセヲっ!﹂
801
ミカボシが叫ぶが先か、棒ピアスが爆発するのが先か。
空を割り、周囲一面に迷惑な振動を振りまきながら、棒ピアスが
長大な武器に変化した。
出現による圧力は、辺り一面、命ある物、命ない物、全ての動き
を止めるほど。
日本デザインの和製ランスと言えば良いのだろうか。白銀に輝く
円錐状の穂が異常に太く長く、ミカボシの背丈ほどある。幾重にも
絹糸を巻いた柄は、五握りほどで異様に長い。
白銀色に輝く長大な武器。重量感にあふれた長軸円錐形。鍔やカ
ウンターウエイト等といった、使用者に優しい部品など付いてない。
軽々しく右手一本で振り回すと、砂塵が巻き起こった。一睨みく
れてから黒い少年に狙いを付けてピタリと止める。砂塵が綺麗に切
り裂かれ、二つに分かれた。
﹁空は太陽だけのものではない。我は天に輝く一つ星。孤高の悪神、
アマツミカボシ! オレってばさぁ︱︱﹂
大げさに見得を切ったミカボシは、左手で、おいでおいでをした。
﹁︱︱むちゃくちゃ強いよ﹂
黒い少年が右手を天に掲げてこう言った。
﹁我を崇めよ。そして敬え。我が名はメラシーナ。破壊神メラシー
ナ!﹂
802
7.聖剣たるもの︵後書き︶
真の敵が姿を現した。
それは、ミカボシですら全力を出さねばならぬ相手。
ミカボシ、最後の戦い。
﹁叫べ! カカセヲ!﹂
次話﹁破壊神たるもの﹂
お楽しみに!
803
8.破壊神たるもの
異世界、ゴンドワナ・ワールド。
大地ゴンドワナとその周囲を取り巻く海のみがその世界の全て。
海は有限。その果ては怒濤となって奈落へ落ちる。
大地を支えるのは巨大な象と亀。
世界神ファの死体を元に作られし世界。
破壊神メラシーナが、ファの肉体を破壊する。
創造神ララシーナが、破壊された肉体を材料に、山や川、人や生
き物を作り出す。
それは生きた木を切り倒し、材木へと変え、それを組み立て小屋
を作る作業と同じ。
それは動物を狩り、その肉を調理して食べ、新たな身体を作る行
為と同じ。
命を命へ渡していく。
破壊と生命。死と再生。相反する二つの行為。結び得ぬ二極をも
って一対と成す。
男性体であるメラシーナと、女性体であるミカボシが戦う事にな
るのは、なにかの必然があったのかもしれない。
ここはゴンドワナ・ワールド。大地と空と海だけがある世界。
ここはゴンドワナ・ワールド。神が住まい、魔法が飛び交い、生
命が溢れる世界。 804
ミカボシとメラシーナの戦いが始まって、1分と過ぎていない。
だのに、イントルーダー候国の国土、全ての土が宙に浮かんだま
ま落ちる事は無い。
土に埋もれる岩盤が裂け、砕け、地下水が蒸発する。
二人の一撃一撃が、そのままイントルーダーの大地に、クレータ
ーの刻印を押していく。
﹁おおおをおをおお! 加速し続ける俺の魂のダイブとこのカカセ
ぬる
ヲ!﹂
﹁温いぞ、ミカボシ!﹂ カカセヲの突きがララシーナの拳で止められる。接点を中心とし
て、大出力の破壊波が大気を伝わって国中に広がる。
チツプ
イントルーダー領内から、帰らずの森が消えた。何千年と営われ
てきた森が引きはがされ、あるいは燃えている。 そこを衝撃波が嘗めていく。
燃える炎はゼロフラットで消えた。千年杉の巨木が砕け、木片と
なり空に飛ばされる。
かろうじて残っていた建造物の名残が、砂塵と化して風に消える。
大河の流れが蒸発して消える。
モコ助を筆頭に、戦いを生き残った者達は、無事逃げられたので
あろうか?
双方、反作用にて距離を空ける二柱。
﹁カカセヲの一撃を拳で叩き落とすか? コノヤロー!﹂
ミカボシの顔が真剣だ。
﹁私の攻撃で砕けなかったとは驚きだ﹂
メラシーナが、初めて構えをとった。 805
ミカボシの手に治まるカカセヲが微振動しだした。
﹁おお、やるのかカカセヲ君!﹂
表面に刻られた螺旋が光る。そして巨大化。ミカボシの身長の三
倍は超える。
カカセヲが火を噴いた。耳障りな音を立て回転し始めるカカセヲ。
﹁メラシーナ、そこを動くなよ、こうなっちまうと狙いがつけにく
いんだ﹂
カカセヲが高速回転へ入った。金属的な擦過音を立て、巻き込み、
火花を散らし、回転している。
カカセヲの刀身から、暴圧的なプレッシャーが全方位へ発散され
た。
﹁なるほど、これはすごい。まさに破壊神!﹂
メラシーナは風を防ぐかの様に、片手でプレッシャーを防いだ。
﹁カカセヲで破壊できないモノは無い。たとえ神であろうとなぁ!
ストリートでならしたこのカカセヲの突撃ーっ!﹂
巨大なカカセヲから、無差別に灼き滅ぼす滅雷と、無差別に爆砕
する雷音が発生。無数の稲妻がメラシーナに突き刺さっていく。
これが闘神カカセヲの全力攻撃である。
雷光、発光、火炎、波動。あらゆる破壊因子を撒き散らし、地を
抉りながら真っ直ぐメラシーナに向かうドリル・カカセヲ。
メラシーナが腰をひねる。
﹁ふん!﹂ 充分に腰の入った右拳がカカセヲを迎え撃つ。
拳の後ろにヴェイパーコーンが発生!
806
またもや大爆発。力のある光がミカボシとメラシーナを包む。
その爆発は、直下の岩盤を深く砕く。
その爆圧は、割れた岩盤を空へ放り投げる。
その爆風は、遙か彼方まで伝わった。
ここは帰らずの森。
﹁地鳴りが聞こえる!﹂
モコ助が立ち止まって耳をそばだてた。
﹁地震が来る! でかいぞ!﹂
モコ助が大声で叫ぶ。そして伏せのスタイルで屈み込み、前足で
頭を抑えた。
モコ助の警告を耳にした者達は、地に伏せ、大木に寄りかかった。
期せず、大地と森が揺れる。
張りだした枝が折れ、巨木がへし折れる。幾人かがその下敷きと
なった。
﹁まだだ、まだこんなモンじゃねえぞ!﹂
犬故に表情を読み取りにくいが、モコ助の顔は恐怖に引きつって
いた。
光が消えた後。
クレーターの底で、回転を落としたカカセヲ持つミカボシと、薄
ら笑いを浮かべたメラシーナが、向かい合って立っていた。
﹁まさかカカセヲの全力をしのぐとはな﹂
807
珍しくミカボシが驚いていた。
ミカボシは、カカセヲを後方へ引かせる。間合いを誤魔化すため
でもある。
﹁メラシーナ。このままじゃ、お前の世界が滅茶苦茶になるぞ!﹂
﹁遠慮しないでくれ。元々、それが目的だ﹂
ゆっくりと腕を組むメラシーナ。嫌みったらしいのは、着ている
服に少しの綻びも無い事だった。
ミカボシが天の一角を指さす。
﹁太陽を暴走させたのはお前だな?﹂
ミカボシが指したのは、太陽だった。
﹁そうだよ﹂
鼻で笑うメラシーナ。
﹁最初は、この地に異常気象をもたらそうとしたのさ。異常気象で、
人間が死に絶えると踏んだんだ。ところがこのザマだ﹂
ひょいと肩をすくめる。
ミカボシも軽口を叩く。
﹁残念だったな。おかげさんで魔族の天下が来たって寸法だ。人類
だってそう簡単にゃくたばらなかった﹂
この辺、モコ助の受け売りである。ミカボシはイマイチ理解でき
ていない。
メラシーナは漆黒の前髪をかき上げた。
﹁人間を弱体化できたが、魔族が力をつけすぎた。私の知恵が至ら
なかったのだ。なにせ、弱小な生物の生態など、今まで興味なかっ
たからね﹂
808
ミカボシも前髪をかき上げた。メラシーナと対照的な茶髪である
が。⋮⋮手入れが行き届いてない枝毛ばかりだが。
﹁アムは、自分の我が侭でこの世界の住民を殺そうとしていた。だ
けどよ、それは破綻した理論だ。なんの参考にもなりゃしねぇ。ど
うせてめぇの入れ知恵だろうからよ!﹂
ミカボシはカカセヲの重さを確かめる様に、二度ばかり上下させ
た。
﹁目的は同じさ。この世界の知的生物を根絶やしにしてみようと思
みもの
ったのは私の考えだ。あの砂人形にそれを植え付けた。どんな方法
で実行するのか、面白い見物だったよ!﹂
メラシーナがフワリと笑う。
彼は破壊神。命を生み出す事は出来ない。砂で作った人形に、組
み上げた思考能力を封入するのが精々。
﹁魔族を人間と勇者に滅ぼさせるまでは普通だった。秀悦だったの
は、全面戦争を囮にして、人間の食料を根こそぎ奪った作戦だな。
だが、人類はまだ生きているぞ﹂ ミカボシが足を動かした。次の攻撃に備えるためだ。
﹁そこまで人間に肩入れするような神であったか? アマツミカボ
シよ﹂
あいかわらずメラシーナは徒手空拳だ。
ミカボシが、自嘲気味に笑いながら、カカセヲを両手持ちにした。
﹁まさか。オレはいつだって面白いものの⋮⋮、もとい、正義の味
方だ! あ、いや真の目的は他にある!﹂
ミカボシの目が泳いでいる。思慮深い神を演出するのに必死だ。
二柱の息が合った。
809
あらみたま
ミカボシの瞳が金色一色に染まる。
﹁いくぜ! 荒御霊!﹂
ミカボシの髪が伸びた。茶色い髪が腰まで伸びる。
﹁これが本来のオレの姿。全力で行かせてもらうぜ!﹂
﹁叫べ! カカセヲ!﹂
カカセヲの鍔に相当する部分の四カ所が火を噴いた。回転が加速
し、大気を巻き込んでプラズマの渦をなす。
いくつもの青白い光の粒子が、尾を引いて切っ先に吸い込まれて
いく。
﹁死ねや、オラーっ!﹂
切っ先をメラシーナに向けるミカボシ。辺り一面を青白いプラズ
マの渦に巻き込んでいく。
いぎょう
﹁お前は私に似ているな。⋮⋮最後の戦いだ。来い! 天津甕星!
異形の神よ!﹂
メラシーナが叫ぶ。腕を上下に広げ、腰を落とした構え。大地さ
え受け止めそうながっしりした構えから、黒い瘴気が吹き出してい
く。
﹁喰らえ! えーと、ゴッドダイブ︵大︶!﹂
﹁おまえ今考えただろ!﹂
直径十メートルを優に超える光の円錐が横たわった。それは神
が作りし光の御柱。
先端部がミカボシ側。底辺部が攻撃対象側である。
端的にかつ的確に表現せよと言われれば、だれもがこのように
答えるであろう。
百万の雷音と千万の稲妻と、たった一つの衝撃波による波動が、
810
その後から顕現した。
大地を抉り、構造物を粉砕し、カカセヲを握ったミカボシが直進
する。まさに神殺しの一撃。
今、青い光と黒い光がぶつかった!
811
8.破壊神たるもの︵後書き︶
二神の戦いは続く。
大地を削り、山を掘り下げ、海を干上がらせて⋮⋮。
﹁ミカどん、おまえ、勝つよな?﹂
次話﹁魔神たるもの﹂
お楽しみに!
812
9.魔神たるもの
螺旋を描く青白い光と、真円の黒い光がぶつかる。
ある時はゆっくりと。ある時は激しく。地上で、地中で、空で、
海で。
地を裂けばマグマを呼び、空を裂けば竜巻を呼び、海を裂けば大
津波を呼ぶ。
溶岩が、イントルーダーの大地を覆う。蒸発した岩は猛毒の風と
レビウス
なり全土を駆けめぐる。海は逆巻き、海底が砕け、水中生命は消失
した。
天に届く断崖絶壁、中央大山脈の西が崩落。四千メートル級の山
脈が土石流となって溶岩へ消えていく。
それは、まるで原初の光景。天地創造を目の当たりにする様。
戦いは現実世界だけではなかった。
攻撃はアストラルサイドに及ぶ。己の星界を守りつつ、相手の星
界を攻撃する。それも物理攻撃を行いつつ。
神同士の戦いは多次元に及ぶ。そこに王を名乗る者ごときが介入
できるポジションではない。
二柱の戦神による戦いは、イントルーダー候国の国土を泥と化し、
ゴンドワナ大陸の構造に深刻な影響を与えつつあった。
813
森から出たモコ助は、西の空を見上げていた。
全面撤退開始より、三日が過ぎていた。いまだ、西の空は晴れな
い。
ムルティ伯国まで、あと半日の位置まで来たが、ここからでもイ
ントルーダー候国の異変が見て取れる。
﹁ミカどん、おまえ、勝つよな?﹂
鈍くて長い地響きがここまで届く。この様子ではラベルダーでも
地震が発生しているだろう。
どのような戦いをしているのだろうか?
赤や青、白や緑に染める西の空を見上げる限り、想像はつかない。
想像できるとすれば⋮⋮。
サーデルがひょっこりと顔を出した。
﹁ハハハッ。ここにおいででしたかモコ助殿。でも、さすが大魔王
ですね。ミカどんと互角の戦いが繰り広げられているのでしょうな
?﹂
﹁大魔王ごときにミカどんが本気出すものか! ありゃ大魔王じゃ
ねぇ﹂
モコ助は、サーデルの方を見ようとしない。ずっと西の空を睨ん
だままだ。
サーデルは、嫌な予感に襲われていた。
﹁⋮⋮それじゃあ、いったいミカどんは誰と?﹂
﹁大魔王の上と言ったら神。ミカどんが戦っているのは神様だ﹂
﹁ハハハッ⋮⋮え?﹂
モコ助は、彫像のようになって西の空を見つめたままだった。
﹁十中八九、破壊神メラシーナだろうさ!﹂
814
そしてモコ助は、もう一度同じ台詞を言った。
﹁ミカどん、おまえ、⋮⋮勝つよな?﹂
天空より、二つの光がもつれながら墜落した。青白い光と黒い光
だ。
奇跡的に残っていた岩塊へ、二つの光が落ちた。
立っているのはメラシーナ。さしてダメージもなく、服装に乱れ
もない。
腰を打ち付けているのはミカボシ。息が荒い。シャツのそこここ
が裂けている。 あのミカボシがパワー負けしていた。
ここは素早く動かなければならない。だが、ミカボシの動きがぎ
こちなかった。
久しぶりの肉弾戦である。
当然といえばそれまでだが、メラシーナが神の移動術でミカボシ
に接近。その胸ぐらを掴む。
ここで予想外の出来事が起こった。
予想外とはメラシーナにとってである。
ミカボシのヨレたTシャツを勢いよく掴んだのは良いが、そこか
ら生地が破れた。
背が高すぎて、がさつで、下品で、ウワバミであるが、仮にも女
性体のミカボシである。
815
有るところには有る。
メラシーナの握り拳が、ミカボシの乳房に触れた。
その柔らかい感触に、メラシーナが驚いた。大げさなまでに、大
きく後方へ飛び退った。
﹁いや、だからといって戦況に変化はない!﹂
無理に心を落ち着かせるメラシーナである。泳ぎ出そうとする目
を止まらせるのに必死。
﹁大地母神ララシーナは女か?﹂
ミカボシの言葉に、メラシーナが固まった。
﹁ララシーナはどこにいる? いや、答えなくていい。オレが答え
てやろう。ララシーナはいない﹂
口を開けようとしたメラシーナを制して、ミカボシが答えた。
﹁正確にはいなくなった。姿を隠した﹂
﹁言うな!﹂
メラシーナの顔が険しくなった。
だがミカボシは止まらない。
﹁一通り、創造が終わると姿を消した。あるいは死んだ。そんなと
ころだろ? オレのかーちゃんもそうだった﹂
怒りの表情を隠そうとしないメラシーナ。ミカボシに向けられた
怒りは尋常じゃない。しかし、殺気が欠如している。
まるで自分に向けて怒っている様にも見える。
メラシーナは歯を食いしばって言葉を飲み、拳を握って動きを止
めた。
そうして、怒りを皮膚の下に隠した。
816
﹁ララシーナと私は二人で一人。別個に生きるなど想像も出来なか
った﹂
そう言ってメラシーナは、口の端を歪める。
﹁くくく、⋮⋮不思議だな。初めてそんな事を言ったのは敵である
お前だった。ふふふ、初めて貴様に興味が湧いた。天津甕星よ﹂
風に揺れて、メラシーナの黒髪が揺れる。
﹁貴様は、なぜ、異世界で、異世界の神と戦う? 貴様が不利なの
は、考えるまでもなかろう?﹂
腰を地に着けたままミカボシが口を開く。
﹁王は、⋮⋮神に指名されて王となる。人間の屁理屈だ﹂
﹁確かに屁理屈だな﹂
﹁真逆の存在である魔王は、誰に指名されて魔王となる?﹂
上目遣いで、ミカボシがメラシーナに問いかける。
﹁神の真逆、魔神であろう。私は破壊神。魔神と呼んで、なんら差
し支えない﹂
メラシーナの答えに、ミカボシが二度首肯した。
﹁オレは、あっちの世界で魔神よ、悪神よ、と呼ばれている。心外
ではあるが、気に入っている﹂
﹁どっちなんだ? ⋮⋮いや、ならばその悪神が、何故、こちらに
やってきた? 貴様の口ぶりでは魔神を探しているようにも取れる
が?﹂
メラシーナの言葉にニヤリと笑うミカボシ。
﹁その通りだ﹂
ミカボシは膝を立て、ゆっくりと立ち上がった。
817
﹁神がいるから勇者がいる。勇者がいるから魔王がいる。魔王がい
るなら魔神がいる。我ながら見事な三段論法。オレはこっちの魔神
が、何を考えてるのか知りたかっただけだ﹂
﹁よかったな。お前の前にいるこの私が魔神、つまり破壊神だ﹂
メラシーナは右拳を固く握りしめた。その握力はトン単位で計れ
ないものであろう。
ミカボシが、カカセヲを構えて笑う。
﹁さあ、二回戦目を始めようじゃねぇか!﹂
西の空を見上続けるモコ助。
沈静化を迎えたかと思った西の空が、再び荒れ出した。
サーデルが、モコ助の隣で西を見つめている。
﹁前から疑問に思ってたんですが⋮⋮ミカボシ殿は、一体何者なの
です?﹂
モコ助は黙っている。サーデルはせかす事なく、静かに西の空を
見つめ続けていた。
やがて。
﹁むかしむかし⋮⋮﹂
モコ助が、小さいけど重い口を開いた。
818
9.魔神たるもの︵後書き︶
まったくパワーがダウンしないメラシーナに対し、
あきらかにパワーダウンのミカボシ。
状況は不利へと傾きつつある。
﹁ミカボシ。私はお前に感謝する﹂
次話﹁闘神たるもの﹂
お楽しみに!
819
10.闘神たるもの
西の空は激しくその色彩を変化させていた。
地鳴りは止まらない。
風が吹き荒れ、暗雲が太陽を隠し、挙げ句の果てには雹まで降っ
てくる始末。
モコ助は、遠い目をして長話を続けていた。
﹁オイラ達が住んでる地上世界に神様がいた。﹃クニツ﹄グループ
だ。一方、お空の彼方にも神様がいた。﹃アマツ﹄ってグループだ。
お空の神様の中に、地上へ降りてくる神様もいた。
地上では人間と地上の神様が、そこそこうまくつきあっていた。
地上は豊かになっていく。
ところがだ、お空の神様が欲を出した。その豊かな土地を欲しが
った!﹂
ここまで一気に喋ったモコ助。一息いれた。
﹁ハハハッ! モコ助殿のお国には、たくさんの神様がいらしたの
ですね﹂
すかさず、サーデルが合いの手を入れる。
﹁八百万の神様ってくれえだから、それこそ無数にいたに違えねえ。
で、その空の神様は、自分たちが偉いんだから、地上も自分たち
が治めるべきだとか何とか屁理屈をこねたんだ。
ま、いつの時代もいかなる場所でも、侵略の理由なんてそんなも
のさ。んで、地上支配のため、一番偉い神様の息子が遣わされたん
820
だが⋮⋮泣いて帰ってきた﹂
ひょいと肩をすくめるモコ助。毎度の事ながら、犬のくせに器用
だ。
﹁ハハハッ。誰に泣かされたんですか? ⋮⋮ひょっとして?﹂
﹁想像通り。ミカどんだ。ミカどんの正式な名は天津甕星。字の如
くアマツ神の一員だぁね。空から下りて地上へ住み着いたアマツの
神様だ。地上の神や人は、さぞ迷惑だったことだろう﹂
﹁ハハハッ! やっぱり⋮⋮ってあれ? ボク、神様をミカどん呼
ばわりしてたんですか?﹂
サーデルの笑顔が、顔に張り付いた。 ﹁そうだ。いつかお前はミカどんに殺されるかもしれねえ。ちなみ
に、その頃のミカどんは男の身体を持っていたらしいぜ! ま、そ
んなこたあどうでもいい﹂
ガクガクブルブルしているサーデルの運命はどうでも良いらしい。
モコ助が腰を下ろした。お座りの姿勢。長話になりそうだ。
﹁天の神様は、二度目の攻撃を計画した。今度はアマツの軍部が誇
る戦神と闘神だ。だけど、やっぱミカどんを攻略できなかった。で、
三次攻撃隊が用意された。⋮⋮さあ、ここで問題だ。サーデル兄さ
ん、ウチの神様はいろんなスペシャリストがいる。天の神様は、次
にどんな職業の神様をぶつけたと思う?﹂
モコ助からサーデルへの問題だ。
﹁ハハハッ! 戦いの神様で勝てなかったとしたら⋮⋮﹂
サーデルは答えに詰まった。
力押しで勝てない相手。武力はミカボシが有利。そんな相手に武
力をぶつけるのは愚者の戦術。
821
そこまで考えたサーデル。ふと思いついた。それは、常に考えて
いる事。サーデルの母国、ラベルダー王国のこれからの事。
﹁戦かわない神様ですか? 戦い以外の分野に強い⋮⋮経済系の神
様とか?﹂
ラベルダーの実権を握ったら、真っ先に手をつけようと思ってい
た分野だ。
﹁考え方としちゃ間違っちゃいねえぜ。天の神様が使わした第三の
刺客は﹃機織り﹄の神様だった﹂
﹁ハハハッ! ⋮⋮え? 機織りですか?﹂
経済ではなく工業だった。工業も経済活動の一環だから、間違っ
てはいない。合ってもいないが。
﹁そう、機織りの神。テキスタイルの神様だ。ミカどんとした事が、
コロリとやられちまったようだ。バカ神様が言うには、おりこうぶ
った生意気な小娘だったって話だ﹂
二度の侵略を押し返した闘神が、小娘にしてやられたとは、とう
てい言えない。
ヤレヤレといった顔のモコ助。頭を振って呆れかえっている。
﹁う∼ん、どうやってあのミカボシ殿を機織りで退治⋮⋮もとい、
対処したんでしょうね?﹂
﹁そこンとこがよくわからねえ。神話にも肝心の部分が書かれてい
ねえんだ。ものの本によると、ケリを一発入れられて倒れたとか、
反物に織り込まれて天に昇ったとかされているが⋮⋮はたして本当
のところはどうだろうねえ?﹂
刺々しい色に染まる空を見上げ、ため息をつくモコ助であった。
822
岩が下から上へ降る。
解けた岩が川を流れる。
プラズマ化した風が吠える。
子供の頭ほどの氷が落ちてくる。
人外の戦いは続いていた。
﹁どりゃっさーっ!﹂
ミカボシが体を倒して腰をひねった。
下段への打撃と睨んだメラシーナが、己の下半身へ五感を集めた。
メラシーナの予想を裏切り、回し蹴りが肩口へ突き刺さる。
ミカボシ必殺の浴びせ蹴り。
魔王リップスを打ち砕いた時と同じ破壊力だが、メラシーナは、
痛がった様子を見せない。
カカセヲを手にしたまま、接近戦を挑むミカボシ。カカセヲの質
量に振り回されている感が否めない。
﹁せいやーっ!﹂
ミカボシの体がメラシーナの肩口まで浮き上がる。視線誘導によ
り、メラシーナの目はミカボシの目を見ている。
さっきとは反対方向へ体をひねるミカボシ。
マークを外されたミカボシの右足が、メラシーナの首に引っかか
る。
823
同時に放たれた左膝が、下方向からメラシーナの口を打ち抜いた。
メラシーナの首から上は、ミカボシの右足で固定されている。膝
蹴りがサンドイッチ状態でメラシーナに決まった!
この破壊力はヒトアイにキメたケリの10倍の威力! バランスを崩したメラシーナ。彼の右腕を逆関節で砕くべく腕を
伸ばす。
打突と関節技が連携された必殺技!
﹁その名も、虎︱︱﹂
﹁やかましいわ!﹂
メラシーナは崩れる事なく、腕の力だけでミカボシを振りほどい
た。
放り投げられたミカボシは、カカセヲを離してしまった。
ごろごろと転がっていく長大な鉾。そのカカセヲは元の大きさに
戻っている。螺旋も無くなり、あちらこちらが焦げたように黒くな
っていた。
﹁この環境と星界への攻撃。私の五感以上の感覚を潰しておいて、
仕掛けるのはこんな遊戯か、ミカボシ! ⋮⋮まあ、視力だけに頼
らざるを得ない状況へ持ち込んだのはさすがと褒めるべきか?﹂
ミカボシが一気に飛びかかれない間をあけるメラシーナ。黒髪を
かき上げ、後方へと撫でつける。
﹁ふふふふ、てめぇ同格以上の存在と戦った事ねぇだろう? 技と
かテクニックだとか、てんで素人だ﹂
髪もバサラのミカボシ。上下ともボロボロになった服。靴は片方
が脱げていた。
﹁負け惜しみを言うな、ミカボシ。誰の目で見ても、お前の負けは
824
時間の問題﹂
メラシーナの服装に乱れはない。さっき下ろしたばかりの様。
﹁されど、気にする事はない。これは地の利だ。ゴンドワナだった
から私が勝っただけ。ミカボシの世界だったら私が負けていただろ
う﹂
勝ち誇るメラシーナ。しかし、足運びは止まらない。
﹁まだ勝ったと思うのは早ぇえぜ。お前の勝利の条件はなんだ? そうだ! ララシーナが復活する事だ! ララシーナはまだ復活し
てない。だから勝ちはまだだ!﹂
負け惜しみを言った後、
﹁うふふ。そうだったな、うふふ﹂
メラシーナが薄く笑う。
﹁ミカボシ。私はお前に感謝する。もうすぐララシーナが復活する
のだからな﹂
両手を黒雲渦巻く空へあげるメラシーナ。嬉しくてたまらないよ
うであった。
825
10.闘神たるもの︵後書き︶
実力ではメラシーナが上であろう。
⋮⋮口ではミカボシが上らしい。
﹁私は死ねない。滅びない。破壊神を破壊できる存在はない!﹂
﹁死ぬ事は出来ない。だが終わらせる事ならできる﹂
次話﹁神たるもの﹂
お楽しみに!
826
11.神たるもの
この世界、ゴンドワナ・ワールドは、世界神ファの死体を元に作
られている。
ファの死体を破壊するのがメラシーナ。
メラシーナが作った材料を元に、創成するのがララシーナ。
破壊神メラシーナが命と世界を壊す。
創成神ララシーナが世界と命を作る。
安定してしまった世界に創成神は必要ない。
創成神は、世界を作り終えると姿を隠す。
破壊神は世界がある限り隠れる事はできない。
﹁創成神ララシーナを顕現させるには、世界を破壊すれば良い。創
成神が活躍できる場をこの私、破壊神メラシーナが作れば良い!﹂
世界創成を再現するのだ。
﹁どれほどこの時を待った事か! どれほどこの胸を焦がした事か
! うふふふ! ふははははっ!﹂
殴り合いによる勝ちは揺るがない。
メラシーナは頭を抱えて笑い出した。
﹁そいつぁー無理な相談だな﹂
ミカボシの何気ない一言に、メラシーナの笑い声が止まる。
メラシーナの目は、日本刀の様に鋭い。
827
﹁世の中には言っていい事と悪い事がある。ミカボシよ、ララシー
ナを呼び出す儀式を終了しよう。もう十分だろう。この世界はここ
より壊れていく。メラシーナは喜んで顕現するであろう!﹂
﹁だから、出てこねぇってブファ!﹂
メラシーナは、ミカボシの口を片手で押さえ込んだ。
﹁そんな事を言うのはこの口か!﹂
﹁出てこねぇものは出てこねぇ!﹂
力ずくで振りほどくミカボシ。まだ力は残っている。
メラシーナは、一撃で仕留めようと、徐々に身体を沈めていく。
﹁彼女は出てこねぇ。彼女は喜ばねぇ!﹂
﹁なぜだ!﹂
﹁まだわからねぇのか? こんな単純な話が!﹂
ミカボシの言葉に、メラシーナが答えを求めてしまったのは何故
だろう?
かたき
﹁てめぇは、ララシーナが生んだ子供達を殺しまくったのだからな
! 憎い敵の前に女は顔を見せに来ねぇさ!﹂
メラシーナの動きが止まった。
まだる
﹁なぜ、最初から、てめぇの手でこの世界を壊さなかった? どう
してこんな間怠っこしいことをする?﹂
そういえばそうだ。なぜだろう?
メラシーナの心に疑問が生じた。両手に視線を落とす。
﹁私はなぜ、この手で壊すのに躊躇してたんだろう?﹂
﹁教えてやろう。てめぇは、相方のララシーナが作ったこの世界を
愛しているんだ﹂
828
愛している。メラシーナはそんな言葉を使った事が無い。
突然、メラシーナの心に湿った風が侵入した。それは、乾燥した
心に痛みを伴う現象に彼は苦しさを憶えた。
﹁私はなぜ、回りくどい方法を考え出したんだろう?﹂ ﹁なぜなら、この世界の全てが、ララシーナの子供達だからだ。こ
の世界、自然、生けとし生ける者全てが、ララシーナと、てめぇ破
壊神メラシーナ、二人の子供だからだ!﹂
理解不能の焦燥感。頭ではなく、気持ちが原因不明の後悔感を感
じはじめた。
﹁私はなぜ、聖剣に姿を変え、この世の安定を願う勇者に力を貸し
たんだろう?﹂
﹁もう自分で答えを出しても良い頃だ﹂
メラシーナの脳裏にフラッシュバックとなって昔の記憶が現れた。
自分が壊して、ララシーナが作る。長い長い時間をかけてララシ
ーナが作り上げた世界。喜びに満ちて作り続けた世界。
この世界は二人でこつこつと作り上げた。
ララシーナと二人で作り上げた世界。二人の思いが、いっぱいつ
まった世界。
うつむくメラシーナ。何かを堰き止める様に目を閉じた。戦闘意
欲も消えている。
﹁ララシーナはいない。私だけが生きている﹂
﹁なぜだ?﹂
ゆっくりと顔を上げるメラシーナ。
その目は危険な光を帯びていた。 ﹁私は死ねない。滅びない。破壊神を破壊できる存在はない!﹂
829
メラシーナが爆発した。
﹁うぉっ!
ミカボシが腕で顔面をカバーする。
メラシーナを中心として、黒い壁が渦を巻く。すぐに強風となり、
竜巻へと変わる。
﹁戦えミカボシ! この世界と共に我を滅ぼせ!﹂
メラシーナが放出した負の感情。その感情を元とした黒いエネル
ギーが荒れ狂う。
﹁破壊神は死なないんじゃなかったっけ?﹂
ミカボシのコメントは辛辣だ。
﹁ミカボシッ! 貴様はなぜこの世界へ来た! 貴様は私を探して
いたんだろ? 破壊神であり魔神であるメラシーナ様を探していた
んだろ?﹂
抑えきれぬ感情を吹き出させ、真の魔神と化したメラシーナ。す
でに理性が崩壊している。
﹁オレの崇高な目的は他にある! ⋮⋮もとい。オレは魔神と称す
る神に会いたかっただけだ。他意は無ぇっ!﹂
なにやら意味ありげに叫ぶミカボシ。気持ちだけは、アルティメ
ット化したメラシーナに負けていない。
だが、どうやって切り抜けるのか?
メラシーナは説得に応じない。
カカセヲは後方へ転がったままだ。拾う時間をメラシーナは与え
ないだろう。
﹁ちぃっ!﹂
プレツシヤー
ミカボシが唾を吐く。瞳が金色の神性を帯びる。
長い茶色の髪を黒い風になびかせ、メラシーナと相対する。
830
﹁これだから神様連中は世話がやける。日と月の姉妹といい、カグ
ツチのヤロウといい、身内でカタつけられねぇんだったら大人しく
隠匿してろってんだ! 大魔王と争わせる為に勇者召喚しやがって
! 他人のフンドシで相撲とるようなもんじゃねぇか? どこの世
界の神も、てめぇのケツすら拭けねぇってのか?﹂
両手を大上段に構えるミカボシ。熊が人を襲うポーズだ。
ミカボシの全身から金色の光が吹き出した。
メラシーナが黒い光、カカセヲが青白い光なら、ミカボシは金の
光の持ち主だった。
﹁来い! 天津甕星! 私を殺せっ!﹂
﹁このっ、ガキがーっ!﹂
マイナス一秒の移動術。ミカボシは瞬間移動でない瞬間移動で、
メラシーナに組み付いた。
ボクシングでいう所のダッキング。
頭二つは高いミカボシの身長だ。メラシーナの顔が、ミカボシの
胸で覆われる。
メラシーナの破壊能力が、まともにミカボシに届いた。
﹁ぐおーっ!﹂
初めて出す。ミカボシの苦痛。その声。
ミカボシの身体が分解を始めた。
金の光が螺旋を描いて空へと上がっていく。
︱︱ミカボシは、何の策も、何の力も使っていない。ただ組み付
いただけだった。
金の光を放出しながら、存在を薄くしていくミカボシ。
831
﹁何のつもりだ、ミカボシ!﹂ 期待はずれに怒り心頭。メラシーナがミカボシの顔を見上げ、叫
ぶ。
ミカボシも叫ぶ。
﹁今だっ、カカセヲッ!﹂
罠の臭いを嗅いだメラシーナ。ミカボシから離れようとしたが、
離れられない。
ミカボシの分解を始めた腕が、メラシーナの背中と融合していた。
メラシーナの攻撃を利用したのだ。
﹁何をグッ!﹂
メラシーナの言葉は悲鳴となった。
メラシーナの背中から、巨大な鉾が突き出していたのだ。
全てを破壊するカカセヲが自力で空を飛んだ。
ミカボシを貫いてメラシーナを貫いていた。
動けないはずのカカセヲ。実は動ける。それがカカセヲの奥の手
だった。
メラシーナが破壊神であるように、カカセヲも破壊神。
カカセヲは全ての物を破壊する。物質であろうと、絆であろうと。
ミカボシが、ゆっくりと、言葉を、紡ぐ。
﹁死ぬ事は出来ない。だが終わらせる事ならできる﹂
﹁なんで⋮⋮貴様、自分を犠牲にしてこの世界を守るのか!﹂
メラシーナの身体が分解を始めた。
嵐の中、黒い光が、螺旋を描いて天に昇っていく。
832
﹁違げぇよバカ。オレ様は自分の為にしか戦わねぇ。欲しい物を手
に入れる為にしか戦わねぇ我が侭な賢神なのさ⋮⋮﹂
ミカボシの姿が霞んでいく。
メラシーナの姿も霞んでいく。
金と黒の螺旋が、互いに絡み合いながら、光を受け渡しながら、
空へと上がっていく。
そして二神は天に昇った。
833
11.神たるもの︵後書き︶
森羅万象二極一対。
始まりがあれば終わりもある。
﹁ミカどん! オイラ雫嬢ちゃんになんて言えばいいんだよ!﹂
次回、最終回﹁別れ﹂
お楽しみに!
834
12.別れ
ムルティ伯国国境を超えたあたり。
直接の破壊は、ここにまで及んでいた。
とはいうものの、空から落ちてくる﹁物﹂にさえ気をつければ、
たいした事はない。
礫や魚、枝や氷。そんなのが音を立てて降っていただけだ。
街道に出たモコ助は、西の空を見上げていた。
少し前から、西の空は落ち着きを取り戻していた。
入れ替わりに、不思議な現象が現れていた。
金と黒の光が、螺旋を描いて天へ上がっていくのだ。
不思議な現象と言ってしまえばそれまでなのだろうが、なにか大
切な物が一緒に空へ舞い上がっていく気がした。
モコ助は、不思議な喪失感を味わっていた。
生まれてこれまで、長い人生だった。
種族的な特徴もあるのだろうが、一度も涙を流したことがなかっ
た。
だのに涙を流している。
後から後から止めどなく涙が流れてくるのだ。
身体でもない、心でも感情でも記憶ですらない。
喪失感。
835
漠然と大切な何かを失った思い。
それがモコ助をして涙を流させる理由である。
並んで空を見上げているサーデル、フェリス、リーン、エルフ達、
魔族達、みんなが涙を流していた。
彼らはモコ助と似た様で違う何かを感じていた。
彼らが感じていたのは、神話の世界の終演。
神の喪失。
心の拠り所を無くした不安と寂しさ。
取り返しのつかなさ。
﹁ミカどん! オイラ雫嬢ちゃんになんて言えばいいんだよ!﹂
耳を垂れ、尻尾を足に挟み、うなだれるトイプードルのモコ助で
ある。
﹁モコ助殿﹂
狐面を付けた長身のダークエルフが一人、森の中から出てきた。
﹁全エルフを代表してやってきた﹂
クローソーを倒し、無傷で帰還を果たしたィナリは、ダークエル
フの英雄となっていた。そして、なぜか、それを一つも鼻にかけな
いところが人気を博し、リーダーと化していた。
﹁これでお別れです。どうかお元気で﹂
ィナリが僅かに頭を下げる。
そして胸で印を組む。
836
﹁さらば﹂
風が吹き、落ち葉を舞上げたかと思ったら、ィナリは消えていた。
ダークエルフは神出鬼没なのだ。
モコ助は思った。もしミカボシがここにいたら、必ず忍者ネタで
突っ込んでいただろう。
﹁おい勇者!﹂
モコ助と同じ高度。ずいぶん低い位置から声がする。
モコ助の視線の先にヘードがいた。
その後ろに、多数の魔族が揃っていた。
この脱出行を通し、元魔王ヘードは、魔族達の信任を得ていた。
いまやすっかり魔族共のリーダーだった。
﹁私たちは、古里へ帰る﹂
ヘードの言葉を合図に、魔族達が帰らずの森へと入っていく。
しんがり
殿を守るかの様に、最後に森へ入るヘード。
﹁ヘードさん!﹂
サーデルがヘードの背中に声をかける。
ヘードが足を止めた。
﹁また会いましょう!﹂
サーデルが大きく手を振った。
しばらくじっとしていたヘードだが、結局こちらを向く事なく、
また、声を出す事なく、森の中へと消えていった。
後に残ったのはサーデル、フェリス、リーン、そして犬のモコ助
である。
837
サーデルは女装を解いていた。フェリスは元の鉄板を打ち付けた
革鎧。リーンは相変わらずボロマントを羽織ったまま。
﹁モコ助殿。これからどう致しましょう?﹂
サーデルが、うなだれるモコ助に声をかけた。
モコ助は答えない。じっとうなだれたまま、目をつぶっていた。
やがて顔を上げるモコ助。重いため息を一つつく。
﹁帰るしかないだろう。もっとも、オイラは帰る手段を持っちゃい
ないが。⋮⋮よく考えりゃ、あのクソミカボシがオイラを召喚魔方
陣へ蹴り落としたのが、そもそも冒険の始まりだったんだ! 忌々
しいぜ、こんちくしょう!﹂
鼻息を荒く吐くモコ助。
﹁しかたねぇ、ラベルダーまで突っ走るぜ! みんな用意は良いな
!﹂
モコ助が東を向く。
﹁はい!﹂
フェリスがそれに答え、剣の鯉口を切った。
﹁え?﹂
何のことか解らないサーデルは戸惑っていた。
リーンが左手にカエルさんを装着した。
街道の東からやってきたのは騎士の一団。大軍勢だ。
道幅は広い。騎士が四騎並んで行軍できる広さ。それが延々、後
方に続いている。
方角はムルティ伯国。するとこの騎士は黒雷騎士団。
その先頭に位置するのは、懐かしい顔。
838
サーデルが目を丸くした。
﹁ムルティ伯国魔術師長キュオイズさん! 心配して出張ってきて
くれたんだ!﹂
﹁そうとも限らねえぜ﹂
モコ助が牙を剥いて唸った。
﹁オイラ達を見る目に色がついている。どう見ても敵対する者の目
付き﹂
﹁その通り。見たところ、ミカボシは居らぬようだが、どうした?
大魔王と相打ちか?﹂
限りなく上から目線のキュオイズ。ミカボシという恐怖に圧迫さ
れていたのだ。ミカボシがいないという開放感は、いかほどのもの
か。
開放感と暴走の区別がつかなくなっている。
﹁ミカどんが居なくとも、オイラ達の戦闘力を嘗めてもらっては困
る。モコガンガーにゃ再生能力が備わってることを忘れてねえかい
? 来い! グリフォン!﹂
モコ助が、モコガンガーを召還した。
﹁あれ?﹂
モコ助は感じた。手応えの頼りなさを。
﹁この手応えの無さは⋮⋮﹂
﹁我らはこれよりイントルーダー侯国を刈り取る所存。行きがけの
駄賃に、煮え湯を飲まされた貴公らを蹂躙してくれよう。そうそう、
勇者の鎧は発動までに時間がかかる故、速やかにな!﹂
手で合図を送るキュオイズ。本人は邪魔にならぬよう、脇によけ
る。
がしゃりと面当てを降ろす騎士達。ランスを抱え戦闘準備完了!
839
﹁⋮⋮遅い﹂
リーンが前に出ていた。彼女の高速呪文は、騎士の突撃速度を上
回っておつりが出る。
呪文を唱えるリーンであるが、スペルが途中で止まった。
﹁⋮⋮魔法が使えない﹂
モブのギアスは既に解けている。
考えられることとしたら⋮⋮。
﹁⋮⋮この世界から魔法が消えた﹂
有り得る話だ。
なにせ、最後の神、メラシーナが分解されたのだから。
神が居なくなった世界に魔法と奇跡は存在しない。あるものは物
理法則のみ。
フルアーマー
すなわち、質量かける早さ、イコール破壊力。
超重量の全身鎧騎士が軍馬の重量とスピードでぶつかってくる。
﹁ちぃ!﹂
舌打ちするフェリス。剣一本で騎士の集団突撃を捌くことなどで
きはしない。
地響きを立て、迫る大質量集団。
それでも、フェリスは赤く輝く剣を抜く。
モコ助が、9ミリを放つべく、身構える。
先頭集団はそれでなんとかなるだろう。
しかし、次列を捌ききれない。
﹁ここが死に場所か。すまねえ雫嬢ちゃん。怨むんならミカどんを
怨んで⋮⋮あれ?﹂
840
モコ助の視界。それも上の方で何かを捉えた。
テンペスト
と、次の瞬間、目の前までに迫った騎士集団が、宙に浮いた。
少し遅れて、爆発音が轟く。
その次に訪れたのは、無差別に巻き散らかされた爆風。
後続の騎士集団が完全に浮き足立つ。驚いた軍馬が竿立ちとなっ
て騎士を振り落とす。
もうもうたる土煙が一面に広がっていた。
涼しい風が吹いた。
土煙が、その一吹きで晴れる。
現れたのは︱︱。
あまつ みかぼし
﹁空は太陽だけのものではない。我は天に輝く一つ星。孤高の悪神、
天津甕星!﹂
変な前髪。変な柄のTシャツ。変な色の7分スパッツ。カカセヲ
を担いだ背高のっぽさん。
黒い瞳に黒い髪。⋮⋮黒い瞳に黒い髪?
そんなのが大見得を切っていた。
﹁引けーっ!﹂
叫ぶなり、馬の首を巡らし乗馬。一目散に逃げていくキュオイズ。
駆けるのに騎士軍団は邪魔にならなかった。
なぜなら、騎士団はもっと早く撤退を開始していたからだ。
﹁ほ、ほんとにミカどんか! 生きてるんだな? 足あるか?﹂
もともと丸い目をもっと丸くし、プルプル震えているモコ助。
841
﹁たりめーよ! まさかメコ助、オレが田舎の破壊神程度相手に負
けたと思ってたんじゃなかろうな?﹂
﹁モコ助な。さすがに今回はダメかと思ったぜ、コンチキショー!﹂
憎まれ口を叩くモコ助であるが、一直線にミカボシの腕へと飛び
込んだ。
﹁なんだよ、髪の毛黒く染めたのか? 日本の神様だから茶髪はい
かがなものかと思ってたんだ。そっちの方が似合ってるぜ。髪型は
別だけどな﹂
﹁ハハハハ、さすがミカボシ殿﹂
姿と気配を完全に消していたサーデルが、どこからともなく馬を
引いて現れた。
目に涙が浮かんでいる。
﹁よくぞご無事で。ボクは信じてま︱︱﹂ サーデルの体を突き飛ばして、グレーの塊がミカボシの胸に突っ
込んできた。
赤毛に近い金色の髪。小さい体。
リーンが、ミカボシにしがみついて泣いていた。
﹁お帰りなさいませ、ミカボシ様﹂
フェリスは膝をつき、騎士の礼をとる。
赤く光る剣をミカボシへ差し出した。
﹁もういいのか?﹂
ミカボシの左手が伸び、剣身に這わす。赤い光りは消えていた。
フェリスの剣は元どおり、何の変哲もない剣へと戻ったのだ。 ﹁おいミカどん、メラシーナは殺ったのか? オイラの超感覚は、
ミカどんとメラシーナの気配が世界から消えたことを察知したんだ
842
ぜ。そんでなくとも地の利はメラシーナにある。どうやって勝った
?﹂
﹁ふふふのふ﹂
ミカボシがもったいぶって笑ってみせる。
ナイスポーズをとるミカボシ。鼻息が荒い。
﹁正直、パワー負けは覚悟の上。そこは手練手管よ。あんなガキ、
最初から最後までオレ様の掌で踊っていた猪八戒さ!﹂
﹁孫悟空な﹂
﹁ミカボシ様のお力を持ちまして、この世界は救われました。何と
お礼を言えばいいのか解りませぬ﹂
ポーカーフェイスのままのフェリス。その白い仮面のような顔
に涙が一筋流れる。
フェリスの言葉にミカボシは戸惑っていた。
﹁え? 救う? え? 誰を? あ、世界を救うね? そ、そうだ
ね。そうだったね。結果として、オレ様はこの世界を救ったんだ。
ふははは、どんどん崇めよ、そして賽銭を寄こせ!﹂
﹁ちょっとまてミカどん。てめえ今なんつった?﹂
モコ助が突っ込んだのは、文脈的におかしな所だった。
﹁今の話聞いてると、世界はついで。目的は別にあると聞こえたが
? おい、視線外すな!﹂
モコ助の尋問が始まった。ミカボシはモコ助に目を合わせていな
い。横を向いている。
﹁ミカどんてめえ、きりきり白状しろよコラー。いまなら刑罰三割
引にしてやっからよ!﹂
売り言葉に買い言葉。ミカボシが争いを避けるわけがない。
843
﹁てめぇ誰に口きいてやがる。オレがその気になりゃ、メコ助置い
て地球へ帰ることもできるんだぜコラ!﹂
﹁モコ助な。やってみろ。そんときゃ雫嬢ちゃんが納得できる言い
訳も考えておけよコラ!﹂
﹁てめぇ汚ねぇぞコラ。犬の分際で知恵回りすぎだぞコラ﹂
﹁知恵の足りない神様に教えてやんよ。日頃の行いが大事だってい
い加減気づけよコラ。有ること無いことミカどんの悪行として嬢ち
ゃんにぶちかますぞコラー﹂
﹁それだけは止めてくださいよコラー。話すからこっち来いやコラ
ー﹂
ミカボシとモコ助は連れだって歩いて行った。
残ったのはサーデル、フェリス、リーンの三人。
﹁サーデル様。⋮⋮サーデル様は、これからどうなさるおつもりで
すか?﹂
うつむき加減のフェリス。
長い戦いが終わったのだ。未来の事を考えても良い頃。そんな話
だろう。
﹁ボクはラベルダーを建て直すよ。過去の歴史とは違った方法でね﹂
未来に向かうサーデルの顔は明るかった。
ぬる
﹁大魔王アムは温い。人から、いや人類から麦を奪っただけで勝っ
たつもりでいる。馬鹿にしちゃいけない。ミカどん風に言うと﹃人
類をナメてもらっては困る﹄だ。麦がなくて困るのは王侯貴族だけ。
農家や市井の人、地方領主はさほど困らない。なぜなら、彼らは隠
し麦を貯め込んでいる。一年で麦畑は元通りになる。無理をすれば
844
一年で二度収穫できる。食べ物は麦だけじゃない。森で豚を放牧し
ている。羊がいる。全ての王国は海に面している。海には魚がいる。
この一年、いや半年さえ乗り切ればいい。強権を発動してでも麦の
作付けを調整すれば人類は大魔王に勝てる!﹂
拳を握りしめ熱弁を振るうサーデルである。
﹁モコ助殿やミカボシ殿に色々と教えてもらった。武力に頼らない
新しい国家運営を考えている。だいたい骨格はできあがっているん
だ﹂
﹁その計画⋮⋮﹂
フェリスが顔を上げない。
﹁騎士団は必要有りませんね?﹂
﹁いや、最低限の戦力は必要⋮⋮﹂
サーデルはフェリスの目を見つめた。
﹁フェリス、君も未来を見つけたんだね?﹂
サーデルの声は優しかった。
﹁暇をいただきとうございます﹂
90度に腰を折り曲げるフェリス。サーデルの顔が見られないで
いる。
﹁ラベルダー王国鉄蹄騎士団副隊長フェリス・メルク・フェーベ。
今より、以下の条件で暇を与える!﹂
サーデルの宣言を受け、フェリスは膝を折って礼を取る。
﹁落ち着いたら手紙を書く事。たまには遊びに来る事。⋮⋮幸せに
なる事。以上!﹂
フェリスが顔を上げる。サーデルは柔らかな笑みだった。
845
ミカボシとモコ助は、少し離れた木陰へはいっていた。
そして、ミカボシは、大いなる目的をモコ助に教えた。
﹁これを見よ﹂
ピー
﹁やめろミカどん。ズボンのチャック降ろすんじゃねえ⋮⋮ってあ
れ?﹂
ミカボシが見せたのは、新たに手に入れた﹃禁則事項です﹄だっ
た。
﹁おい! ミカどん! おま、おま、おまえ女だったんじゃ︱︱﹂
ピー
﹁しーっ! うるせえ! 声がでけぇ!﹂
ピー
モコ助が見たのは男の﹃使用禁止用語です﹄である。
男の﹃自主規制です﹄が女性体のミカボシから生えていた。
﹁あれだよ、オレ様が女性体になったのは分子と魂レヴェルでタケ
ハヅチの小娘と織り込まれたからだよ。そこまでは解るな?﹂
﹁いや、初耳だ。初耳だが、だいたい理解できる!﹂
モコ助の狼狽えようは尋常ではなかった。
﹁言ってしまえば合体だ。結果、オレは女の体になった。精神は元
のままだが、タケハヅチの属性まで受け継いじまった。メコ助、そ
こまでは理解できるな?﹂
﹁モコ助な。だから、天津甕星ではなく、タケハヅチを封印するこ
とで、天津神軍はミカどんを封印したのか!﹂
﹁おおよ。アマテラスはオレに勝ったつもりだろうが、オレは新た
な能力を手に入れた。対神様限定だけど、誰彼なしに織り込める能
力だ。いわば合体能力! 解るかメコ助?﹂
846
﹁モコ助な。そこまでは解る。合点がいかねえのは、なんでオスの
能力を必要としたのかってことだ!﹂
ミカボシはそこで胸を反らして力一杯慢心した。
そして次のセリフをのたまう。
﹁クククク、決まってんだろ! 雫の処﹃ピー﹄を頂くためよ!﹂
ドドーン!
今、ミカボシの背で雷が落ちた。
ミカボシが黒い。顔と言わず腹と言わず、全身が黒い。破壊神メ
ラシーナなど裸足で逃げ出すほど黒い。
モコ助は言葉が出せないでいた。
心の中で、モコ助の魂が叫んでいる。
︱︱忘れていた。元々こいつは黒いヤツだった。天の悪神は健在
だった︱︱
世界を救う旅に出る、なんて殊勝な事言いやがって、ホロッとき
たオイラが虚け者だった。一生の不覚! 今生の落ち度!
勇者物のテレビ番組を見たときから、異世界へ旅立つ前から、布
団の中で自堕落に過ごしていた時から、⋮⋮こいつはっ! こいつ
は、最初から最後まで全くブレてなかったんだ!
モコ助の魂の叫びがエクトプラズムとなって、口から半分ばかり
出ていた。
﹁オレとしちゃ、これ以上地球の神々と交わりたくはねぇ。そこで
目を付けたのは異世界の神! この世界の創世神は女神。対になる
神は男性神。オマケに破壊神とくりゃ手に入る戦闘力も桁違いで吸
847
血鬼といえど⋮⋮おい、メコ助、なにやって︱︱﹂
﹁うおぉぉおおおん!﹂
モコ助が野獣の雄叫びを上げる。血の涙を流しながら。
﹁魔力なんざ関係ねえ! オイラの魂を削って召還するぜっ! モ
コガンガー、緊急ドッキングだ!﹂
一瞬で現れたモコガンガー・ゴーレム6体!
一発でドッキング。
﹁誕生! ストライク・モコガンガー!﹂
豪腕を振り上げ、ミカボシに襲いかかる。モコ助は全く躊躇する
ことなく、ミカボシの顔面を狙った。
﹁危ねぇ! なにしやがる!﹂
紙一重で鉄拳をかわすミカボシ。黒くな変わった髪の毛を数本、
持って行かれた。
神故に! 上手いこと言えた!
﹁ミカどんが思うほど上手く言えてねえ!﹂
﹁ガラクタごと滅ぼしてやんよ!﹂
今、ゴンドワナの一角で、二つの巨大な力と力がぶつかったので
あった。
848
それから⋮⋮。
僕たち5人はしばらく旅を続けた。ラベルダーへ帰る旅だった。
ムルティ伯国が要らぬちょっかいを出すかもしれないという理由
で、お節介な2人がくっついてきた。
あくまで護衛だと言い張るが、それが言い訳であることぐらい頭
の悪い僕にだってわかる。だから僕たちは余計なことを言わない。
聞かない。
僕たちは大いに旅を楽しんだ。
町のゴロツキ相手に喧嘩したり、女郎小屋から女の子を足抜けさ
せたり、官憲に追われて裸足で逃げたり、エトセトラエトセトラ⋮
⋮。
旅費を使い切っては、各々の芸と技で小銭を稼いでいた。笛を吹
いたり、剣舞を披露したり。
街道の村や町に立ち寄って飲んで食った。宵越しの金は持たなか
った。
そんなこんなで、ヴェクスター領手前までやってきた。ここまで
来れば安全だ。
何日目だったか、草っぱらで野宿の準備をしていた夕方。普通に
大きい猪が現れた。
剣を持たない剣士が素手で殴り倒してしまったので、みんなで美
味しく食べることになった。
いつも通りみんな酔いつぶれて寝た。見張りなど立てたことはな
い。寝るときはみんな一緒に雑魚寝していた。
翌朝、僕は珍しく日の出と共に目を覚ました。
寝ぼけた目で回りを見渡した。
そこに、あの二人の姿はなかった。
849
空は晴れ、薄雲が千切れて流れている。
頬をなぞる冷たい風が心地よい。
僕は、ゴンドワナ大地球に冬が訪れる気配を感じた。
おしまい
我を崇めるな! だけど敬え!︵神様が勇者召還されてしまいまし
た︶
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
あの後すぐ。
ミカボシとモコ助はゴンドワナ・ワールドを後にするのだが、地
球へ帰るまでに三つばかり違う世界を渡り歩いたという。
モコ助が一度猫になった話とか、ミカどんに角と尻尾が生えた話
とか、それはまた別のお話。 850
12.別れ︵後書き︶
夕日とミカ月。
三日月は弓状月の代名詞です。二日月でも四日月でもありません。
あえて三日月です。
昔の人は月齢三日が一目で解ったんでしょう! 現代人の私には解りません。
ミッカヅキではなくミカヅキ。ミカヅキの﹁ミカ﹂は三日ではない。
別の意味だと考える方がしっくり来る。
夕日とミカ星︵金星︶。
ミカボシは三日星と書かない。
﹁ミカ﹂という言葉には、別の意味があるのでしょうか?
﹁自ら輝く﹂の略語でしょうか? ほんとにそうなんでしょうか?
もっと単純な別の意味が⋮⋮。
太陽が沈んだ直後、天空で輝く二つのミカ。
世界の支配者に取って代わるミカ。
身振り︵身分︶の﹁ミ﹂? 神の﹁カ﹂?
﹁ミカ﹂ってなんだろう?
天津甕星ことミカどん。
思えば長い付き合いでした。
かなり前から懐の中でキャラを熟成させていたんですが、
ヴァズロックに釣り合う強敵として、テスト出演させたのが運の尽
851
き。
まさかここまでの四つ相撲に発展するとは!
そもそも、天津甕星なる悪神に何故興味を持ったのか?
古事記を読んでいて﹁あれ?﹂と思ったのが最初。
比較神話学の見地から日本神話を読み解くに、なぜか星の神様がい
ない。星座にまつわる神話︵明確な︶が見当たらない。
え? なんで?
原因は遣唐使の廃止に伴う、大陸文明︵文化︶流入のストップによ
る日本独自文化の発展であろうと、個人として見ています。
安倍晴明で有名な、陰陽道の発達と関係あるっぽい︵言い切らない︶
ところが、調べてみるとコレまた資料が少ないこと少ないこと!
ほぼ、日本書紀の数行のみ。それも謎々っぽい記述のみ。
カカセヲとミカボシは結局のところ、最後どうなったの?
こいつらの出自はどこ?
神様である以上、信者がいるはずで、彼らを始祖とする貴族豪族が
いるはず。
でも全然、足跡が見えてこない。
なんか証拠隠滅の匂いがする。これは完全犯罪か?
ところがどっこい!
ミカどん本体が鎮座している神社があるのさっ!
へへん!
ご紹介いたしましょう。
その名も﹁大甕神社﹂!
852
茨城県の日立市﹁大みか町﹂の﹁大甕神社﹂。古いよ!
主祭神は武葉槌命︵建葉槌神︶。JR常磐線大甕駅より歩いて15
分。
あらみたま
この神社に山みたいな巨石・宿魂石がありまして、ここに天津甕星
の荒御霊を封じたとされています。
で、その巨石の上にタケハヅチを祀る社が鎮座しているのです!
︵元々は近くの大甕山頂にあったのですが、江戸時代に現在地へと
移されました。⋮⋮なんかあったな!︶
天津甕星の御神体が巨石=巨石信仰の名残でしょうな︵縄文時代に
よくある︶。社を建ててもらってねぇんでやんのプゲラ。
さて大甕神社の所在地、茨城県日立市大みか町。
ここは古代より海上交通の重要拠点、また奥州へ通じる要衝でもあ
りました。
現に、神社のすぐ目の前を陸前浜街道︵律令時代の東海道︶が通っ
ています。︵つーか、神社境内の中に街道を通した?︶
この神社の記録によると、天津甕星は東国地方の陸上と海上に一大
勢力をもっていたとの事です。︵ぐーぐるさんで見てみそ。権力者
が関所を作りたがるワケが一目でわかるから︶
星の神様でもある天津甕星。
星は古代のGPS。
昔の人にとって星座は、目印の無い海上で、位置と方位を知るため
の大事な識別装置でした。
ゆえに縄文の時、天の星・天津甕星は、旅を生業とする人たちに崇
められ敬われていたのでしょうね。
メコ助の由来はまた別の機会に。
853
⋮⋮モコ助な。
854
14.それから⋮⋮
昔々、ヴェクスタ王都の下町に住んでいる貧乏な両替商が、美し
い嫁をもらいました。
その嫁はとても綺麗なのですが、愛想が悪く、何がつまらないの
か、一年中ムッツリとしていたそうです。
あるとき、両替商が盗賊に襲われました。
もう少しで殺される! その時、両替商の嫁が間に割って入りま
した。
﹁やい、俺たちが怖くないのか!﹂
ごろつきが嫁を脅します。
﹁わたしは恐怖を知らない﹂
嫁は全く表情を変えようとはしません。涼しい顔をしています。
なんだか怖くなってしまった盗賊は、逃げてしまいました。
その一件以来、両替商の嫁は、恐怖を知らない女として、有名に
なってしまいました。
その噂を聞きつけた騎士がいました。国で一番強くて速い騎士で
す。
﹁よし、わたしが一睨みで怖がらせてやろう﹂ 勇ましく馬に乗って駆けつけた騎士ですが、逆に両替商の嫁に睨
まれ、怖くなってお城へ帰ってしまいました。
そのお話を王様が聞いて激怒しました。
﹁けしからん﹂
怒った王様が一番の部下を連れ、両替商へとやってきました。
王様とその部下が何か言う前に嫁に睨まれ、怖くなってお城へ帰
855
りました。
こうして両替商の夫婦は、末永く平和に暮らしましたとさ。
どっとはらい。
上記は、ヴェクスター地方に伝わる昔話である。
この寓話は、王の権力や軍隊による強制が、経済に影響を及ぼさ
なくなりつつあった当時を比喩的に立証している。
これこそが、当時、経済力により台頭したラベルダー経済圏に、
飲み込まれようとしていた旧ヴェクスター公国の現状を市井の人々
が敏感に感じ取っていた証拠である。
経済学者ベオ・ハッサー著 ﹁昔話における経済学的見地からの見
解﹂より ◇◆◇◆◇◆◇◆
ラベルダー王国で興った産業革命は、アサマ伯爵の功績とだれも
が断言するところである。
当時男爵であった新興のアサマ家当主が、希硫酸と鉛を使った二
次電池を開発。
人類は初めて電気を手に入れた。
かねてより有能な人材を身分問わず登用していたサーデル大王は、
ただちにアサマ男爵を物理・科学大臣︵この時に新設︶に登用。
856
公的バックと資金を得たアサマ男爵は、白熱電球を開発。
半年後に、永久磁石を応用した電動機を開発。その後たった三ヶ
月後で実用化にこぎ着けた。
同年、電動機と水力を利用した交流式発電機を開発。続いて実用
的な変成器、整流器を開発。
発電機に先見の明を見て取ったサーデル大王は、国家規模で発電
事業に乗り出すことを英断。この決断がラベルダーをもって大陸の
覇者となる第一歩となったのである。
アサマ男爵は発電事業に関わる傍ら、変成器、整流器の応用で真
空管を作成。
さらに二極真空管を制作。これにより﹁電気﹂の音楽など多方面
へ利用・応用される事となる。
︵アサマ男爵本人による電気式弦楽器演奏パフォーマンスは有名ど
ころである︶
また、二極真空管技術の応用として、陰極線管、プラズマディス
プレイ、放射線源管、マグネトロン、マイクロ波発生源の基礎設計
も行っているが、当時の技術レベルで、現実化は不可能であった。
現実までに二十年の歳月を要したのである。
次にアサマ男爵が手をつけたのは、材料開発であった。特にレビ
ウス山脈内で産出される希少金属に注目。やがて半導体の開発に成
功したアサマ伯爵は、ダイオードを作成する。
今では常識となったエレクトロルミネセンス︵LED︶を使った
発光を応用し、白熱電球に変わる第二の照明を作った。
経済巻き返しを図ったムルティ伯国が開発販売していた、放電で
発生する紫外線を蛍光体に当てて可視光線に変換する光源、つまり
蛍光灯と当時呼ばれていた光源が存在した。
白熱球より寿命が長く、比較的安価な為普及しつつあったが、内
部に有毒な水銀ガスが封入されている事がまもなく判明。
857
LEDは、この事が主原因で、間もなく蛍光灯を駆逐する事にな
るのである。高価でありながら大量生産と希少金属の大量入手によ
り価格もこなれて、普及が早まった。蛍光灯が幻の光源とよばれる
所以である。
白熱球の時代は15年。蛍光灯は5年。以後、現在に至るまでL
ED系列光源が主流となる。
先述の電動機発明は、産業発展に必ず必要な流通面に爆発的改革
をもたらした。
大型大出力電動機を組み込んだ、架電式軌道車両もアサマ男爵の
開発グループによるものである。多数の大型貨物車両を連結し、複
数の車両に電動機を分散配置するシステムを開発してから、当時と
しては大量の貨物を高速で、かつ長距離輸送を可能とした。
当時の土木・製鉄技術に限度があるため、東西南北の十字型にし
か路線敷設できなかった。それでも当時の流通に劇的な変化をもた
らしたのであった。
この物流革命により、ラベルダー王国は一気にゴンドワナの覇者
となるのである。
国内縦貫軌道が完成の翌年、数々の功績により、アサマ男爵は伯
爵へ出世するのである。
後年のアサマ伯爵は、サーデル大王の長子ジョージへの王位譲位
と共に、現役を引退。
引退後は、自らの資産を使い、世界初の大学院大学を設立。以後、
人材の育成に傾注することとなる。
74歳で他界。今際の際に、悪魔の方程式﹁E=mc²﹂を残し
たことは有名。
858
アサマ伯爵の訃報に接したサーデル前王は、﹁我が盟友よ﹂との
言葉を送り、三日三晩涙したという。
リーン・リョウコ・アサマ伯爵は生涯伴侶を持たなかった。
女癖の悪かったサーデル大王が唯一、手を出さなかった身近な女
性である。
歴史家 アメヨ・ブレーター著 ﹁電気産業の黎明﹂より
◇◆◇◆◇◆◇◆
ちまた
巷で流行ってる生物学的分類の話じゃないんだよ。
陛下が黒と言ったら小麦粉でも黒なんだ。
猫と言ったら二足歩行してても猫なんだ。
仮に、アレが猫じゃないとしてもだ!
君が猫でない事を証明したとしよう⋮⋮。
すると、陛下はお怒りになり、わたしは有能な同僚を失う事にな
る。
これは生物学のお話じゃないんだ。
だれ得? ってお話なんだよ!
859
商務大臣 マルシェ・セムージュ著 ﹁行商人から大臣になった男
の処世術﹂より
◇◆◇◆◇◆◇◆
この章の主人公は、ゴンドワナ大陸を制した英雄王サーデル・ク
ライン・ラベルダー大王である。その時代では異端と言える知識、
大地球が球体であるとの発言で有名な偉人である。
さらに後年、それを証明してみせたことが半端無い。
サーデル大王には数々の二つ名がある。真のラベルダー建国王。
犬公方。中興の祖。経済王。サデル王。芸術王。放浪王などなど。
有名無名を合わせて二十四個存在する︵作者調べ︶
一説では後宮に入った女性は140万人とも言われ、後宮や女性
をはべらす事を意味するサデルの語源ともなった。
15歳で王位を継ぐ前と、65歳︵諸説有り︶で王位を譲位した
後の二つの期間、サーデル大王は諸国を旅していたという伝説があ
る。
これは、有名な国民的長寿番組﹁仮面プリンス・サーデル﹂と﹁
サーデル大王漫遊記﹂の影響が大きい。
ご存じ、前者は春・夏の2クール、後者は秋、冬の2クールとシ
ーズンを分けて放映。
双方、お供の者が、セクシー系女性ばかりというのが特にミソで
ある。また、一年シーズン通して出演するペット犬︵うっかりメコ
助役︶の犬種が、流行犬種となることで有名。ここ数年は、大人気
の白いオトー産犬種・カイン君が連続で勤めている。
860
なお、前者﹁仮面王子サーデル﹂は王位を継ぐ前という設定。身
分を明かすことはない。シリーズ共通の敵・イナゴの王ミカドーン
が作り出す数々の組織相手に、破壊神メラシーナより授けられた能
力を使う徒手空拳を主体とした戦いで挑む特撮アクションが売りで、
年少児を中心に人気を博している。
サーデル王子を演じる役者は、ほぼ1,2期で交代し、フレッシ
ュさを損なわないのが人気の秘訣であろう。今はやりのイケメン俳
優登竜門として有名である。各バラエティ番組にサーデル枠がある
という噂まである。
後者の﹁サーデル大王漫遊記﹂は、サーデル大王の王位引退後が
設定となっている。実力派俳優が5年単位で主演。その、どっしり
とした風格溢れる演技に年長者から絶大な支持を得ている。この番
組は完全懲悪に徹しており、毎回30分過ぎからの週替わり女性キ
ャラ入浴シーン、45分から身分を明かしての大活劇シーンが好評。
毎シリーズ必ず偽大王がでる故か、偉大なるマンネリと呼ばれてい
る。
上記番組より、サーデル大王には放浪癖があると世間で認識され
ているが、旅をしたのは国内だけで、他国へは部下を派遣したとい
うのが最近の研究結果である。
だが、これでは大王の異様な顔の広さが説明できない。筆者とし
ては、少なくとも王位継承以前、サーデル大王自身が旅していたと
いう説を推したい。
あまり知るものはいないが、犬の彫像がシンボルで有名な現在の
モフモフ歌劇公団の前身であるモフモフ歌劇団を設立したのもサー
デル大王である。
モフモフ歌劇団設立に付与した人物名一覧に﹁サデーコ﹂なる人
物が存在する。これがサーデル大王が王子であった頃、よく使った
861
とされる偽名と一致するのだ。︵さらにサデーコはサーデルの古代
ラベルダー語アナグラム変換でもある︶
芸術分野の発展に寄与。芸術保護の聖人として、花界よりの信仰
が厚い。この事も、サーデル大王がモフモフ歌劇団設立の証となろ
う。
ついでに大王の犬好き︵特に小型犬種︶が有名であるが、犬好き
が高じ、人よりも犬の権利を優先するという内容の悪名高き生類哀
れみの令を発行しようとして、アサマ伯爵に殴られたという逸話も
サムライ
残っている。︵本当に殴ったとしたら、公開死刑ものである︶
両者の微妙な関係より、アサマ伯爵は﹁大王漫遊記﹂の武士スケ・
サンダーのモデルとされている。しかし、二人が共に旅に出るとは
様々な角度よりの研究から否定されているのが大勢の意見である。
当時のラベルダー王国は、危険を冒しレビウス山脈内の希少金属
を採取していた。
これに関しても、魔族と蔑称されていたレビウス山脈内の住人と
サーデル大王に親交があったとされる説が、昨今はやりの創作話で、
人気が高い。
魔族とは、遙か昔に滅び去った第三文明人であるという説が、学
会の大勢を占めているが、これが事実だとすれば、第三文明人の滅
亡時期が1000年遅くなると言われている。
こんな話もある。
森の住民と森林伐採問題でいさかいを生じ、一触即発の状態にな
ったとき、サーデル大王が供回りも連れず単身で森の住民の本拠へ
出かけ、話をまとめてきた故事がある。
外務長が詳しい話を聞こうとしても﹁狐と話をつけてきた﹂だけ
で済ませたというのだ。
862
盟友、リーン・アサマ伯爵死去の際、サーデル大王は悲しみに三
日三晩耽ったという。4日目の朝、サーデル大王の数多い息子の一
人が﹁なぜ、アサマ伯に手を出さなかったのか?﹂と尋ねたところ、
サーデル大王は、はっと我に返り﹁うっかりしていた﹂と頭を抱え
たという。
また別の文献では、同じく我に返ったサーデル大王が部屋の隅に
うずくまり、ブルブル震えていたとなっている。
相当数の文献に足跡を残し、自らも多くの著書・研究書を残した
サーデル大王であるが、彼は歴史研究家最大の謎を残している。そ
れは、サーデル大王の最期の様子が不明であることだ。
これの案件は、文献に残っていないからはっきりしないのではな
く、大王の最期の様子が、幾つもの文献に、幾つもの違う話として
残っている為である。
前出の数多い寓話、並びに不可解な最期が、サーデル大王をして
数々の童話、創作話、メディアによる上記漫遊記、ゲームのNPと
しての最多出演に繋がるのであろう。
ランド
さて、サーデル大王の最後であるが、離宮アルフレイの中央寝室
で、140万人の年老いた女官と280万人の子供と1300万人
の孫に囲まれ、大往生を果たしたという、まことしめやかに流れて
いる逸話が彼らしく、筆者としては推したいところであるが、旅好
きの大王として、次の話もなかなか味があって良い。
むかしむかし、
王の位を十男のジョージ・バッシュ一世に譲った後、サーデル大
王は悠々自適の暮らしを嗜んでいました。
身分を隠し、毎日の様に町に下りて散策、食事や買い物をし、一
863
般人へ気さくに話しかけていたといいます。
ある日、いつもの様に町の飯屋で安物の昼食を楽しんでいたとこ
ろ、年老いた大王の前に風変わりな旅芸人が現れました。
小犬を連れた背の高い女の腹話術師でした。
大王はその芸に歓喜、意気投合し、そのまま腹話術師と共に旅立
ち、二度とラベルダーに帰ってくることはなかったというお話です。
お終い。
歴史学者ロジウシン・マフラー著 ﹁集まれ偉人達。面白い方の伝
説・サーデル王編﹂より
864
14.それから⋮⋮︵後書き︶
はい! おまけの一編。
これにて本当に終了致しました!
865
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n0305bg/
我を崇めるな! だけど敬え!(神様が勇者召還されて
しまいました)
2016年9月5日01時21分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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