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標識再補法.

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標識再補法.
標識再捕法
夏原由博, 1997
チョウのマーキング調査の目的には個体数を推定したり行動(移動)のパターンをとらえること
などがある。チョウは私達の頭上を越えて飛ぶし木陰に隠れもするので、全ての個体を漏れなく数
えることはできない。また、複数回の調査の間に調査地域外へ出ていったり、新しい個体が羽化す
ることもあるし、逆に同じ個体を2回数えてしまうこともある。チョウの個体数の記録に影響する
これら様々な要因を切り放して、正確な推定を行うためには標識再捕法と呼ばれる方法が最適であ
る。
マーキング調査はチョウの成虫の生息場所利用を調べるためにも用いられる。チョウの飛ぶ範囲
や道筋、吸蜜や産卵場所は種によって異なっている。また、少し離れて分布するパッチ状の生息場
所の間でのチョウの移動率を調べて、そのチョウの生活が広い地域全体でどのように維持されてい
るかを調べるためにもマーキング調査が行われる。
マーキング調査はアサギマダラのように長距離移動する種の移動距離を調べるために行われるこ
ともある。
個体数推定
Petersen 法(Lincoln 法)
動物のマーク再捕法による個体数推定には多くの方法が考えられているが、ここでは代表的な方
法である Petersen 法と Jolly-Seber 法について紹介する。Petersen 法は最もシンプルな方法であり、
Jolly-Seber 法はやや複雑だが最も一般的に採用されている方法である。ここでは計算法のみ示すが、
理論的なことを知りたい方は久野(1986)などをお読みいただきたい。
連続して2回の調査を行い、1回目で捕獲した個体(M 個体)にマークして放し、2回目に捕獲
した際に捕獲個体(n 個体)中のマーク虫(m 個体)の比率から個体数(N)を推定する。ここで ^
は推定値を意味する。
Mn
Nˆ =
m
(1)
また、その分散は
V ( Nˆ ) =
Mn ( M − m )( n − m )
(2)
m3
推定値の 95%信頼区間は
Nˆ ± 1.96 V ( Nˆ )
(3)
である。
最初の調査で 100 個体にマークして放し、2回目の調査で 80 個体捕獲したうちの 20 個体がマー
ク虫だとすると、その調査地の個体数は、
100 × 80
Nˆ =
= 400
20
1
V ( Nˆ ) =
100 × 80 × (100 − 20) × (80 − 20)
20 3
= 4800
95%信頼区間は
1.96 × 4800 = 136
400 ± 136
すなわち、264 個体から 536 個体の間である。
Petersen 法は以下の条件を前提としている。
(1) マークの有無は捕獲確率に影響を与えない。
(2) マーク虫の放逐から再捕獲までの期間に新規加入(羽化と移入)や消失(死亡と移出)がない。
Jolly-Seber 法
3 回以上の調査によって、2 回以上のマーク虫放逐と再捕を行ったときに使える方法である。この
方法によれば、個体数だけでなく、新規加入数や消失数も推定できる。
全部で T 回調査を行い、調査時点 i での個体数(Ni)、生存率(φi)、加入数(Bi)は、
Mˆ n
Nˆ i = i i (i = 2, 3, ...,T-1)
mi
φˆi =
(4)
Mˆ i +1
(i = 1, 2, ...,T-2)
ˆ
M i − mi si
(5)
Bˆ i = Nˆ i +1 − φˆi ( Nˆ i − ni + si ) (i= 1, 2, ..., T-2)
(6)
ただし、Mi は i 時点で存在するマーク虫の総数の推定値であり、
zs
Mˆ i = i i + mi
ri
(7)
また、ここで zi は時点 i で存在したマーク虫のうち i 時点では捕獲されず、i+1 以後の調査で捕らえ
られた個体の数、ri は時点 i で放逐された si 個体のうち i+1 以後の調査で捕獲された個体の数である。
この Bi は i+1 時点での総個体数から i 時点での総個体数のうち i+1 時点まで生存した個体数を差し引
いたもので、真の加入数ではない。真の加入数 B’と期間中の総加入数は次式(Iwao 1970)によって
推定する。
Bˆ
BˆT = ∑ Bi ′ = ∑ i
φˆi
(8)
(5)式で生存率 f は調査間隔当たりの生存率であるが、これを日当たりになおすと、
ψˆ i = φˆi1 d i
(9)
である。
各推定値の分散は、
2
 Mˆ − mi + si
V ( Nˆ i ) = Nˆ i ( Nˆ i − ni )  i

Mˆ i
 1 1  ni − mi 
 −  +

ni mi 
 ri si 
(10)
ˆ
 ˆ

ˆ )=Φ
ˆ 2  ( M i +1 − mi +1 )( M i +1 − mi +1 + si +1 )  1 − 1  
V (Φ
i
i


2

Mˆ i +1
 ri +1 si +1  
+
Mˆ i − mi
Mˆ i − mi + si
1 1
 − 
 ri si 
(11)
Bˆ 2 ( Mˆ i +1 − mi +1 )( Mˆ i +1 − mi +1 ; si +1 )  1
1 


V ( Bˆ i ) = i
−
2
Mˆ i +1
 ri +1 si +1 
ˆ s ( n − m )  2  1 1
 Φ
i i i
i
+

  −
mi
Mˆ i − mi + si 
  ri si
ˆ )
( Nˆ − ni )( Nˆ i +1 − Bˆ i )(ni − mi )(1 − Φ
i
+ i
n ( Mˆ − m + s )
Mˆ i − mi
i
i
i



i
n − mi +1
+ Nˆ i +1 ( Nˆ i +1 − ni +1 ) i +1
ni +1mi +1
ˆ 2 Nˆ ( Nˆ − n ) ni − mi
+Φ
i
i
i
i
ni mi
(12)
 1

Bˆ 2
V ( Bˆ T = ∑  V ( Bˆ i ) + i 3 V (φˆi ) 
ˆ
ˆ
 φ i
4φ i

(13)
2
 1

V (ψˆ i ) =  φˆi −1 d i −1  V (φˆi )
d
 i

(14)
計算例
表1 標識再捕調査結果の例
mi の内訳
i
di
ni
mi
調査日
8/6
1
4
16
0
10
2
4
51
13
14
3
5
84
29
19
4
4
179
70
23
5
209
141
ri
zi
久野(1986)より最初の5回だけを使用
h=1
13
0
2
0
15
2
3
4
29
10
2
41
2
58
12
70
14
127
127
14
si
16
51
84
179
209
表で mi の内訳は i 回目の調査で捕獲されたマーク虫のうち最後にマークされた調査回ごとのマー
ク虫数である。ri は mhi の縦の合計、zi は i 回目の調査時点でいたはずのマーク虫のうち i 回目の調
3
査では捕獲されずに i+1 回目の調査で捕獲された個体数であり、たとえば z3=14 は網がかかった部分
2+10+0+2 の合計である。この表のデータを計算すると、表 2 のような結果が得られる。
表 2 Jolly-Seber 法による推定値
i
Mi
Ni
1
0
−
2
15.5
60.8±13
3
45.8
132.7±26.3
4
89.7
229.5±24.7
推定値+95%信頼区間
Φi
0.968±0.098
0.856±0.078
0.89±0.068
−
Ψi
0.992±0.025
0.962±0.024
0.977±0.016
−
Bi
−
80.6±27
111.4±30.7
−
B'
−
87.1±29.4
118±32.9
−
移動率の推定
場所間の移動の推定
Iwao(1963)は2つの場所の間での移動率を推定するために Jolly-Seber 法に基づく方法を考案した。
2つの住み場所のそれぞれで最低3回調査を行う必要がある。
以下の記号を用いる、
Nxi: i 時点に調査地 j にいた総個体数
κxi: Nxi のうち、(i+1)時点まで調査地のどこかに生存していた割合
εxyi: i から(i+1)時点の間に調査地 j から k に移動して、(i+1)に生存していた割合(移動率)
φxi: Nij のうち(i+1)時点まで調査地 j に生存していた割合
mx(i,i+1): 調査地 j において i 時点に放逐して、(i+1)に元の場所で再捕された個体数
mxy(i,i+1): 調査地 j において i 時点に放逐して、(i+1)に調査地 k で再捕された個体数
nxi: i 時点における調査地 j での捕獲数
i から(i+1)時点における2地域 x, y 間の移動率と総生存率は Jolly-Seber 法によってそれぞれの場所
でのφを求め次式に代入する。
εˆ xyi =
φˆ yi n yi m xy ( i, i +1)
(15)
n xi m yy ( i ,i +1)
κ xi = φˆxi + φˆxyi
(16)
調査地 x から y への移動数は
Nˆ xi × εˆ xyi
(17)
である。
調査場所の数は3つ以上でもよく、その場合には2つずつすべての組み合わせについて移動率εxyi
を求め、
κˆ xi = φˆxi +
∑ εˆxy
(18)
y
x≠y
で総生存率を求める。
表 3 は沖縄のイワサキクサゼミの A, B, C3地点での 4 回の標識再捕データである。まず(a)のデー
4
タで Jolly-Seber 法により生存率φi を求める(表 4)。次に式(11)で移動率を推定する(表 5)。その
結果、たとえば第1回目と第2回目の調査の間で A から B への移動率は 1.67%に対して、逆の B か
ら A へは 12.13%であることがわかる。
表 3 (a)同一地点での再捕データ
x
i
ni
A
1
539
2
521
3
186
4
320
B
1
855
2
422
3
157
4
326
C
1
618
2
228
3
218
4
171
si
539
521
186
0
855
422
157
0
618
228
218
0
mi
0
35
25
58
0
77
42
75
0
23
42
45
ri
38
47
33
93
70
31
43
39
28
-
zi
3
19
16
44
20
17
-
mxy(2,3)
B
4
36
0
C
5
6
29
(b)移動のデータ
A
B
C
A
25
38
8
mxy(1,2)
B
4
77
1
C
5
3
23
A
B
C
A
25
13
2
伊藤・村井(1977)より一部を引用
表 4 Jolly-Seber 法による生存率の推定
地域 A
i
Mi
Ni
1
0
−
2
68.3
1016±596
3
165.9
1234.4±645.2
地域 B
i
Mi
Ni
1
0
−
2
173.5
950.6±298.8
3
264.8
990±415.8
地域 C
i
Mi
Ni
1
0
−
2
139.9
1387.1±751.7
3
174.4
905±441.9
i
0.127±0.069
0.299±0.121
−
Bi
−
930.2±582.3
−
B'
−
1700.2±1118.9
−
i
0.203±0
0.511±0.183
−
Bi
−
504.4±317.2
−
B'
−
705.7±971.8
−
i
0.226±0
0.505±0.232
−
Bi
−
203.8±386.8
−
B'
−
286.7±1208.6
−
5
表5 移動率の推定(xからyへの移動)
1∼2回目
B
y=A
0.0167
x=A
B
0.1213
C
0.0353
0.0036
2∼3回目
B
C
0.046
0.0381
0.0565
0
-
y=A
0.1922
0.0547
x=A
B
C
C
0.0564
0.0213
-
拡散方程式による移動パターンの推定
Inoue(1978)は動物が半径 R の円内にどどまる定着率 F(R)を利用して、横軸に R2、縦軸に F の対数
ln(1-F)をプロットし、傾きと切片によって動物の分散パターンを解析する方法を提案した。
まず、標識個体を放逐後、放逐地点から一定距離以内ごとに再捕された個体数の累積表をつくる
(表 6)。そして、横軸に R2、縦軸に F の対数 ln(1-F)をとって図を描いてみる。このとき、もし点
が直線上に並んでいれば、式
ln(1 − F ) = ln(1 − ϕ ) −
1 2
R
ρ
(19)
でϕと傾きρを求める。ϕを定着係数、ρを活動係数と呼び、ランダムな動きであれば原点を通る(ϕ=0)
直線となる。もし、点の並びが途中で曲がっている場合には個体によって2種類の動きがあると考
えられ、式
ln(1 − F ) =
1 2
R
ρs
ln(1 − F ) = ln(1 − ϕ ) −
1 2
R
ρl
(R < R0)
(20)
(R ≥ R2)
(21)
で回帰する。ここでϕは定着率あるいは動きの鈍い個体の割合、ρs とρl はそれぞれ定着性の個体と活
発な個体のの移動係数を示す。R0 は2直線の交点であり、次式
R0 =
ρl ρs
ln(1 − ϕ )
ρl − ρ s
(22)
である。この方法で、種間や季節間で移動パターンを比較したり、なわばりの存在による動きの変
化の解析ができる。
表 6 はマーキングしたイヨシロオビアブを定点で放し、4 日目に様々な距離においたドライアイス
トラップ等に捕獲された個体数である。これから R2 と 1-F をプロットすると図 1 が描ける。明らか
に二つの回帰直線が必要である。図から 400 m 以内と 400 m 以上に分けるのが妥当であることが読
みとれるので、最小2乗法による回帰によりはϕ=0.88、ρs=0.067 km2/day、ρl=1.739 km2/day となり、
R0=0.387 km が求められた。すなわち、通常のランダムな動きをとる個体が 88%で、12%は長距離移
動した。この長距離移動は自動車を追跡したことによるものである(Inoue 1973)。
6
表 6 アブの放逐後3日目の再捕データ
R距離(m)
捕獲数
累積
0.058
189
189
0.082
172
361
0.11
165
526
0.17
118
644
0.38
158
802
0.4
36
838
1
26
864
1.5
27
891
1.7
20
911
2
17
928
F
0.204
0.389
0.567
0.694
0.864
0.903
0.931
0.960
0.982
1.000
Inoue(1973)より改変
0.2 0.5
1.0
R(km)
2.0
0.2
0.5
0.8
F 0.9
0.99
図1 アブの動きの F-R 回帰
標識再捕によるチョウの研究例
チョウの個体群動態や生活史の調査
Ohsaki(1980)はマーキングによって、モンシロチョウ、スジグロシロチョウ、エゾスジグロシロチ
ョウの生息場所の安定性と成虫の移動、産卵・生存率の関係に基づいて、3種の生活史の違いを明
らかにした。また、Matsumoto (1984)はギフチョウの個体数、発見率、生存率、移動距離などを推定
している。マーク虫の再捕率(発見率)は種や羽化後の日数、生息場所の条件などによっても異な
り、目撃数=相対密度という換算が通用しない場合が多いことを示唆している。種や地域集団の保
護などを計画する場合には標識再捕による詳細な研究が必要となる場面も多々あろう。
7
移動の調査
長距離移動の例としては北アメリカのオオカバマダラが有名である。中筋(1984)によるとカリフ
ォルニア、フロリダ、メキシコ山地で越冬し、翌年 2-3 世代を経てカナダ南部にまで移動するとい
う。日本でもアサギマダラの移動の研究が 1981 年以来続いている。
マーキングの技術
チョウのマーキングに際しては、翅を痛めたり、マーキング後の行動や生存率に変化を与えない
よう注意しなければならない。マークが目立ちすぎて捕食者にねらわれたり、翅の模様が変わって
同種として認識されなくなってもいけない。これまでに用いられた標識の種類については渡辺
(1983)が表 7 のようにまとめている。
表 7 チョウの標識の種類
標識の種類
マジック(白・銀)
〃(赤・黒)
〃(各色)
適用のチョウ
モンキアゲハ、クロアゲハ、カラスアゲハ、オナガアゲハ、シロオビアゲハ
アゲハ、キアゲハ、モンキアゲハ 1、クロアゲハ 1
エゾシロチョウ、モンシロチョウ 2、スジグロシロチョウ 2、エゾスジグロシロ
チョウ 2、オオモンシロチョウ 3、ヒョウモンモドキの一種 4
マニキュア液
ウラゴマダラシジミ
銀紙の貼り付け
オオカバマダラ 3、アカタテハの一種 3
1:伴・他(1979)、2: 大崎(1978)、3: Williams (1958)、4: Ehrlich and Davidson (1960)
渡辺(1983)より
モンシロチョウなど中型・小型のチョウはマークして放しても行動に影響がないが、大型のアゲ
ハは放されると上空に舞い上がり風に流されるので、マーク時に麻酔する必要がある(渡辺 1983)。
麻酔の方法としては二酸化炭素(ドライアイスまたはボンベ)が望ましい。渡辺(1983)はエーテル
でも問題なかったとしているが、種によっては麻酔の影響が残る恐れもある。
引用文献
Inoue, T. (1978) A new regressin method for analyzing animal movement patterns. Researches on Population
Ecology. 20: 141-163
伊藤嘉昭 (1977) 動物生態学研究法(上巻). 古今書院, 東京.
久野英二 (1986) 個体群生態学研究法 1 個体数調査法. 共立出版, 東京
Matsumoto (1984) Population dynamics of Luehdorfia japonica Leech (Lepidoptera: Papilionidae). I. A
preliminary study on the adult population. Researches on Population Ecology, 26: 1-12.
中筋(1984) チョウの移動と進化的適応. 蝶類学の最近の進歩, 211-250. 日本鱗翅学会, 大阪
Ohsaki(1980) Comparative population studies of three Pieris butterflies, P. rapae, P. melete and P. napi, living
in the same area. II. Utilization of patchy habitats by adults through migratory and nonmigratory
movements. Researches on Population Ecology, 22:163-183.
渡辺守 (1983) 森と草地の間にて ナミアゲハの生態学. たたら書店, 米子.
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