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日本の留学生受入れ業務に関する一考察
日本の留学生受入れ業務に関する一考察 キーワード:留学生受入れ、大学事務職員、大学の国際化、留学生政策 教育システム専攻 石橋 1.目次 愛加 本研究は、留学生が今後増加することが予想される日本 序章 本研究の目的と方法 第 1 節 研究の目的 第 2 節 研究の方法と構成 の大学の留学生受入れ業務を焦点とし、留学生受入れ体制 と業務の現状を明らかにすることを目的とした。 本研究では、日本の大学において大学事務職員が外国人 第 3 節 先行研究の検討 留学生を受け入れるために行う仕事の事を「留学生受入れ 第 4 節 用語の定義 業務」と定義し、それを行うものを「留学生受入れ担当者」 第 1 章 日本における留学生受入れ政策の変遷と社会的背 と定義した。 現在、日本の大学は文部科学省が 2008 年 7 月 29 日に策 景 第 1 節 日本における留学生受入れ政策の推移 定した「留学生 30 万人計画」による「2020 年までに留学 第 2 節 「留学生受入れ 10 万人計画」から「留学生 30 生受け入れ 30 万人を目指す」という目標達成に向けて、 万人計画」へ 第 2 章 日本の大学の留学生受入れ体制と業務の概要 様々な施策を実施しており、それに伴って留学生の受入れ 体制、受入れ業務の更なる充実化が求められる。 第 1 節 日本の大学における留学生受入れ体制について しかし、横田らによって行われた全国 4 年制大学の国際 第 2 節 JAFSA「留学生受入れ手引き」に見る留学受入 化と留学交流に関する調査報告(2006)では、日本の大学 れ業務の概要 第 3 章 九州大学における留学生受入れ業務の現状 の国際化に向けて特記すべき点として国際部門の専門職育 成に熱心でない点が挙げられ、 「国際センター等で中心にな 第 1 節 調査概要 る職員には、多くの知識や経験を有する専門家が必要であ 第 2 節 九州大学留学生受入れ業務の現状 り、専門家の育成は日本の大学の国際化にとって早急に着 第 3 節 九州大学の留学生受入れ業務の課題 手するべき最重要課題ではなかろうか」と指摘している。 第 4 章 立命館アジア太平洋大学における留学生受入れ業 務の現状 世界中から多くの留学生を受け入れているアメリカの大 学の多くでは、 「留学生アドバイザー」という専門性を有す 第 1 節 調査概要 る職員を配置しているが、現在の日本の大学では、 「国際部」 第 2 節 立命館アジア太平洋大学留学生受入れ業務の現 や「国際センター」などの組織を形成し、所属している事 状 第 3 節 立命館アジア太平洋大学の留学生受入れ業務の 課題 終章 総括 第 1 節 総括 第 2 節 今後の課題 務職員によって留学生受け入れ等の留学交流業務が行われ ているのが現状である。しかし、留学生数は増加の一途を たどる日本の大学において、今後の留学受入れ業務を行う 組織体制や留学生受入れ業務そのものに対して更なる検討 が必要となっていくことは明らかである。 留学生受入れに関する先行研究として、江淵ら(1990) 行った全国の大学における留学生受け入れと教育に関する 2.概要 調査報告、横田・白圡(2004)による、留学生担当者の業 序章 本研究の目的と方法 務範囲を実践領域と実践項目に細分化したもの、播(2007) が行った留学生担当教職員の資質・能力に関する大学の事 大臣が ASEAN 歴訪の際に現地の元留学生との懇談などか 務職員が行う留学生受入れ業務の現状そのものを扱った先 ら、留学生交流を拡充する必要を感じたことにあるとされ 行研究は未だ行われていない。 ているが、当時、経済をはじめとした様々な分野で「国際 したがって、本研究では留学生受入れ業務の現状を明ら かにすることを目的とした。 研究方法としては、先行研究や文部科学省が公表してい 化」が取り上げられたことから経済界を中心とした国際社 会で活躍される人材育成のニーズを反映されたものと考え られる。 る文書等の分析を行い、留学生政策の変遷と社会的背景を 目下、実施されている「留学生 30 万人計画」は、少子高 整理し、現在の日本の大学における留学生受入れ体制と業 齢化の進む中で優秀な外国人人材を迎えたいという経済界 務の概要を明らかにした上で、現在留学生受入れ業務を行 からの要請や、社会・経済のグローバル化が急激に進むな っている担当者の方にインタビューを行った。 かで、世界各国が優秀な人材を集める中、高等教育の段階 調査対象は、留学生数が日本で 5 番目に多く(平成 2012 から国際的な人材獲得競争に勝てないという認識が広まっ 年 5 月 1 日現在) 、留学生の 9 割近くが大学院に所属してお た。そのため、高度人材の獲得や国際競争力の強化等の国 り、今後「国際化拠点事業」の拠点大学として、現在の 3 益を視野に入れた留学生獲得の国家戦略が背景となり、 倍近い留学生の受入れ拡充を目標としている九州大学と、 2008 年に「 『留学生 30 万人計画』骨子」が文部科学省をは 2000 年の開学当時から留学生を定員の半数を受け入れるこ じめとした関係6省連名で策定された。 とを基本方針の一つとし、現在も留学生が学生の半数近く この 2020 年までに留学生を 30 万人受け入れるという数 を占める留学生を受け入れることを前提として開学された 値目標は、従来は送り出し国であった中国や韓国も同様の 立命館アジア太平洋大学(以下 APU と表記)を対象として 留学生政策を掲げるなど、世界中で留学生獲得競争が激化 行った。 している。現在、省庁を超えて様々な政策が実施されてい 調査対象が全ての日本の留学生受入れ業務を現状である るが、今後は「留学生 30 万人計画」の実現のためには、大 とは言い難いが、現在留学生を多く受入れているという共 学や入国管理局、産業界など社会全体で連携して取り組ん 通点を持っているが、大学の特色としてそれぞれ異なる 2 でいく必要性がある。 校を調査対象と、現状を明らかにすることは、更なる留学 生増加が予想される日本の大学にとって、今後の留学受入 れ業務に対しての一つの指針となるのではないかと考え、 調査対象とした。 第 2 章 日本の大学の留学生受入れ体制と業務の概要 日本の留学生受入れ業務は専門職としての働きが求めら れているにもかかわらず、既に専門職が置かれているアメ リカとは違い、日本において大学職員は通常 3~4 年ごとに 第 1 章 日本における留学生受入れ政策の変遷と社会的背 キャリアを積み、 「ジェネラリスト」を育成するという現状 景 から、留学受入れ業務に関する事務職員の専門職への動き 日本の留学生政策は、戦前、戦後以降、そして現在に至 は未だ見られない。現在日本の留学生受入れ業務は、 「国際 るまで様々な政策が行われていたが、政策の背景にはその 部」や「国際センター」等の組織を形成し、それぞれの職 時代の社会的背景、特に国際情勢が色濃く反映されている 員が業務を分担しながら留学生受入れ業務をチームとして ことが明らかとなった。 行っていくという体制を敷いている大学が多くを占める。 戦時中の留学生受入れ政策を色濃く反映しているのは、 ただし、国立大学の法人化以降、大学職員の役割の重要 南方諸地域の占領政策として行われた「南方特別留学生制 性が指摘されるに伴い、大学職員の能力開発に関して盛ん 度」であり、名称からも政治利用を目的とした留学生政策 に議論されるようになった。そのような背景もあり、留学 であるのは明らかである。従って、当時の留学生政策は外 生受入れ担当となった事務職員が全国各地で開催されてい 国戦略という国家的意図が直接的、間接的に反映された留 るワークショップや、他大学の留学生受入れ担当者と情報 学政策であったこといえるであろう。 交換などで業務に必要な専門的な知識を得て、日々業務に 戦後、1954 年に創設された「国費外国人留学生招致制度」 あたっているというのが現状である。 や留学生受入れの拡充や帰国留学生の支援を含む、東アジ また現在、日本最大の国際教育関連団体として、 「国際教 ア支援策として「福田ドクトリン」を発表した背景の背後 育交流のプロフェッショナル育成集団」とも言える JAFSA には、当時の冷戦構造下の西側諸国の政治的思惑や、東ア が、実際に留学生受入れ業務に携わっている職員が中心と ジアで起こった対日批判への対策の強化が見て取れる。 なって執筆した『留学生受入れの手引き』を出版している。 「留学生受け入れ 10 万人計画」は当時の中曽根康弘総理 これは専門的かつ多岐にわたる留学生受入れ業務の概要に ついて触れられている。その中で、留学生受入れは、留学 がこの 10 年で 2 倍近く増加しており、今後も 2020 年まで 生受入れに直接関わる部局の職員だけでなく、他の部局の 3900 人受け入れることを目標としていることから、留学生 スタッフも留学生が学生の一員である以上は、自分自身も 受入れの受け皿拡大が挙げられる。 留学生受入れ担当者であるという意識を持つべきだとして いる。 今後、現在受入れ業務を行っている国際部の職員数を増 やすことは、予算の関係上ほぼ不可能であると考えられ、 留学生受入れ業務については、大きく分けて(1)留学決定 留学生受入れの効率化が求められる。そのため今後職員の から入学まで、(2)来日後オリエンテーションと諸手続き、 国際化は早急に着手すべき事案であり、他の部局が共に連 (3)在学中のケア、(4)帰国時・帰国後支援の4つに分類する 携して問題を対処していくことで大学としての国際化の底 ことができ、学務上の手続きはもちろん、査証や在留資格 上げや事務の国際化に寄与していくという点に重点を置い 取得の支援、在学中の学習面・生活面の支援、精神的なケ て活動しているサポートセンターは一層重要な役割を担う ア、進路相談や卒業後の校友としての関係構築など細かく ことが考えられる。 細分化すると 12 つの項目に分類している。 第 4 章 立命館アジア太平洋大学における留学生受入れ業 第 3 章 九州大学における留学生受入れ業務の現状 務の現状 九州大学の留学生受入れ業務体制は、学内の事務組織の APU では、日本人学生を「国内学生」 、留学生を「国際 一部が留学生受入れ業務を行うという日本では多くみられ 学生」とし、基本的に区別することなく事務対応を行って るケースであった。 おり、留学生受入れ業務に対して特別な部局を設置してい 留学生受入れに密接に関わっているのは、国際部の「留 ない。そのため、基本的には全ての職員が留学生受入れに 学生支援課」と「外国人留学生・研究者サポートセンター」 対応できるという体制を取っている。このような体制の構 である。業務の内容は、来日する際の対応、大学所有の留 築ができている理由の一つとして、現在多くの職員が学外 学生宿舎の運営、奨学金関係の事務、留学生に対するオリ にて様々な留学生受入れに関するセミナーや研修に参加す エンテーション等を主に行っているが、留学生に関するあ ることで、知識を得ているということもあるが、開学当初 らゆる問題に関して対応を行っているのが現状である。 より留学生を定員の半数を受入れることを前提としていた 九州大学の留学生受入れの特色として、現在の総長の意 という点が大きな理由に挙げられる。 向により 2009 年に設立された「外国人留学生・研究者サポ また授業が「二言語教育システム」を採用しており、日 ートセンター」 (以下サポートセンターと表記) 」がある。 本語と英語の授業が開講されていることもあり、日々の業 サポートセンターは、留学生や外国人研究者の受入れに係 務の中でも英語での対応を求められる場合も多い。これに る全ての手続き等を一元的に支援・代行することを目的と 対して、職員の募集の地点で語学力に長けた職員を募集し しており、所属は国際部の職員であるが、九州大学が所有 ている場合もあるが、そのような職員募集を実施しなくて している6つのキャンパスにスタッフが配置されている。 も、大学の構想当時より、学生の半数を留学生にすること 他の部局の事務スタッフや各研究員の教員と留学生を支 を方針の一つとして設立されたことから、国際交流に関心 援を目的としているが、他の部局が共に連携して問題を対 のある職員が入職を希望するといった要因もあり、結果的 処していくことで大学としての国際化の底上げや事務の国 に多くの職員が日本語と英語の両言語で対応できる体制に 際化に寄与していくという点に重点を置いて活動しており、 なっているという。 将来的には、留学生が学内のどこの部局に行っても、同じ また APU において学生寮である AP ハウスの運営は、レ ようにサポートできるような知識量や対応の仕方を学生サ シデント・アシスタント(RA)という学生団体が主体とな ービスという面でも均一化し、体制を構築してきたいとし っている。国際学生は入学後、原則として 1 年間は学生寮 ている。それと同時に、サポートセンターが開始され 3 年 である AP ハウスに入居することになっているおり、その 経ったことで、蓄積したノウハウを全キャンパスに還元し 際入学したばかりの国際学生に日本の生活習慣や学生生活、 ていく必要性をあるとしており、国際部の中で留学生を受 マナーやルールを教えるのが RA である。RA は各フロアに け入れる上で最低限の情報を伝える資料やパンフレットを 2 名ずつ居住しており、 寮生の生活サポートや交流促進イベ 作り、全キャンパスの職員に配布することで情報の共有化 ントの企画、寮の運営、留学生到着時のピックアップサー を図り、研修を行っていくことも考えている。 ビスも主導で行っていることから、APU における留学生受 九州大学の留学生受入れの課題はいくつがあるが、その 中で、真っ先に挙げられる課題は、九州大学では留学生数 入れ業務の一翼を担っているといっても過言ではないであ ろう。 APU の抱える課題の一つとして、APU は開学して 12 年 アを行うのは、カウンセラーや大学の教員が行っており、 目であり、職員経験の短さから、いわゆる「大学業務」に 受入れ担当者にはケアの対応は求めていない。しかし、留 対する経験・知識を蓄積する必要があるという点である。 学生の受入れの対応をしていく中で、心理的要因を理解し これに対し、大学側は「今後、法人および大学独自の研修 ていないと、問題が起こった際になぜ問題が起こったのか 制度の運用が始まったところであり、これらの制度に APU 分からず、対応に苦慮することが考えられる。そのために の職員を積極的に参加させることにより、力量の向上をは 今後留学生受入れ業務を担当する職員は、心理的ケアに関 かる」としている する簡単な知識だけでも学ぶ必要があると考えられる 二点目は、留学生受入れ業務に関する専門を有した職員 終章 本研究の目的は、留学生政策の変遷や社会的背景、現在の の必要性ということである。上述したように、今後の留学 生受入れ業務の改善のためには、実践を通じて職員の留学 日本の留学生受入れ体制と業務の概要を概観しつつ、留学 生受入れ業務能力を向上していく制度の確立が必要である 生受入れ業務の現状として、九州大学・立命館アジア太平 と述べた。しかし、実際に実践を通じて留学生受入れ業務 洋大学を対象として各大学の現状や課題を明らかにしてき 能力を向上していくには、それを支える留学生受入れ業務 た。 に精通した職員が必要であると考えられる。 本研究を通じて得た知見をもとに、今後日本における留 学生受入れ業務について考察したい。 そもそも何を持って専門性というのかいう点、採用の際 に専門職として採用すべきなのか、それとも内部の職員を 今後、留学生が増えることで業務自体も増加し、留学生 ジョブ・ローテーションによって専門職として育て上げる 受入れによって生じる問題も複雑化することも考えられ、 のかなど、議論の余地があるが、それも含めて今後の研究 受入れ業務が今以上に専門性が求められるようになること 課題として、引き続き取り組んでいきたい。 が予想される。また、留学生受入れ体制自体も、現在多く の大学が行っている「留学生増加によって担当部署に更な る負担がかかることが考えられ、担当部署がほとんど留学 生業務を行うという現状では今後大変厳しい状況に陥るこ とは明白である。 このような問題点を打開するための改善策として、現在 九州大学の「外国人留学生・研究者サポートセンター制度」 3. 主要引用文献 ・武田里子「日本の留学生政策の歴史的推移―対外援助か ら地球市民形成へ―」 『日本大学大学院総合社会情報研 究科紀要』No.7,2006 年,pp.79-90. ・茂住和世「 「留学生 30 万人計画」の実現可能性をめぐる 一考察」 、東京情報大学研究論集 Vol.13 No2、2010 年、 pp40-52 が行っている、実践を通じて職員の留学生受入れ業務能力 を向上していく制度の確立を挙げたい。実務を通じて留学 生受入れ業務の経験を養うことによって、職員の経験を蓄 積していき、大学の事務職員全体の留学生受入れ業務の能 力向上を期待することができる。将来的には全て部署で留 学生受入れ業務が可能という状態にすることで、今後起こ りうる問題点を打開できるのではなかろうか。 4. 主要参考文献 ・佐藤由利子『日本の留学生政策の評価―人材育成、友好 促進、経済効果の視点から』東信堂、2010 年 ・JAFSA「増補改訂版 留学生受入れ手引き」プロジェク ト特定非営利活動法人 JAFSA (国際教育交流協議会)『増 補改訂版 留学生受入れ手引き』かんぼう、2012 年 ・横田雅弘・太田浩・坪井健・白土悟・工藤和宏「岐路に 留学生受入れ業務の理想的な形と考えられるのは、特別 立つ日本の大学:全国 4 年制大学の国際化と留学交流に に留学生受入れを担当する部署というのが存在せず、留学 関する調査報告」 『平成 15-17 年度科学研究費補助金(基 生に対しても日本人学生と同じ業務体制で対応し、基本的 盤研究 B)「日米豪の留学交流戦略の実態分析と中国の動 には全ての職員が留学生受入れ業務に対応できるようにし 向 : 来るべき日本の留学交流戦略の構築」研究成果報告 ている APU の留学生受入れ体制であろう。APU のような 書』2006 年 9 月 ・横田雅弘・白圡悟『留学生アドバイジング 学習・生活・ 心理をいかに支援するか』ナカニシヤ出版、2004 年 ・九州大学国際部留学生課『外国人留学生の受入れ及び学 受入れ体制を確立するまでには、克服すべき課題は山積し ているものの、このような留学生受入れ体制が、学生サー ビスの均一化という面でも、今後日本における留学生受入 れ体制、受入れ業務の理想的な形であると考える。 最後に本研究では残った二点の課題について述べたい。 一点目は、留学生に対するケアについてである。 日本において留学生が心理的な問題を抱えている際にケ 生の海外派遣の概要』2011 年 12 月 1 日 ・立命館アジア太平洋大学『立命館アジア太平洋大学入学 案内 2012』 、2012 年