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第 5 章 環境、IT、そして日本企業
環境と経済の両立を目指す新たな環境ビジネスとは
∼モノの販売からサービスの提供に
力点を移したビジネスモデルの出現
− 経営センサー 2006 年 9 月号掲載<シリーズ(8)>
注目される IT を活用した材料メーカーによる
最終財メーカーの研究開発支援の動き
− 経営センサー 2007 年 3 月号掲載<シリーズ(10)>
ちょっと独り言⑤ ものづくりはかっこいい?!
109
環境と経済の両立を目指す新たな環境ビジネスとは
経済・産業/トピックス
環境と経済の両立を目指す
新たな環境ビジネスとは
―モノの販売からサービスの提供に力点を移したビジネスモデルの出現―
福田 佳之(ふくだ よしゆき)
産業経済調査部 シニアエコノミスト
1993 年東京銀行(現三菱東京 UFJ 銀行)入行。東京銀行調査部、経済企画
庁派遣にて、マクロ経済分析を担当する一方で、蒲田支店では支店営業も経
験。その後米国大学院留学を経て 2003 年 4 月から東レ経営研究所。経済学
修士。
E-mail : [email protected]
Point
1 最近、企業の環境問題への意識が高まる中で、これまで製品として販売していたものをリースやレ
ンタルなどでサービス化して機能を提供する「サービサイジング」事業に環境負荷軽減効果がある
として世界で関心が集まっている。
2 本稿では、環境負荷軽減に有効な「グリーン・サービサイジング」事業の例として、蛍光管の照明
機能を提供する松下電工株式会社「あかり安心サービス 1」と繰り返し使用が可能な梱包材を使っ
た物流サービスを営むスターウェイ株式会社「環境デリバリーパック 1」の二つを取り上げ、紹介、
分析する。
3 両事業が成功した理由には、企業の環境配慮意識の高まりに加えて、バリューチェーンの再構築に
よる差別化が挙げられる。
4 環境負荷軽減のための取り組みはコストアップになりがちだが、上のようなビジネスを活用するこ
とでユーザー企業は環境負荷軽減とコスト削減を両立させることができる。
5 これらのビジネスの課題として、質の高いサービス供給を維持することとその質の高さをどのよう
にして潜在的なユーザー企業に伝えるかということが挙げられる。
6 企業向けではなく消費者向けのグリーン・サービサイジング事業は、インフラ作りの難しさ等から
採算に合わず実施される見込みは低い。
近年、環境問題への関心が世界的に高まって
とは言うまでもない。実際、社内の環境配慮や社
きている。2005 年 2 月には二酸化炭素など温室
会貢献の取り組みを紹介した環境・ CSR 報告書
効果ガス排出を抑制する京都議定書が発効してお
を発表する企業も増えており、多くの事業場が環
り、2006 年 7 月から欧州域内で電子・電気機器
境マネジメントの規格である ISO14001 を積極的
における化学物質の使用を規制する RoHS 指令が
に取得している(図表 1)。
実施されている。このような中で、日本企業は地
企業の環境配慮がコスト増となり、競争力の
球温暖化、廃棄物・リサイクル、化学物質管理な
低下につながると懸念する声も聞かれるが、一方
どさまざまな環境問題への対応を迫られているこ
で、企業の環境配慮をビジネスにつなげ、環境配
110
環境と経済の両立を目指す新たな環境ビジネスとは
図表 1
産業界においても、環境に配慮した企業経営
ISO14001 取得件数の推移
や環境配慮製品の普及などを通じて環境ビジネス
(件)
を促進していく動きが見られる。なかでも、これ
25,000
20,780
20,000
まで製品として販売していたものをリースやレン
タルなどでサービス化して提供する「サービサイ
15,000
ジング」に基づく環境ビジネスが出現している。
10,000
グリーン・サービサイジング事業の誕生
5,000
サービサイジング事業、とりわけ環境への負
0
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
(注)グラフ内数値は 2006 年 6 月までの取得件数
出所:日本規格協会
荷軽減に優れたグリーン・サービサイジング事業
にはこれまで様々な事例が存在する。例えば
2005 年に経済産業省が立ち上げたグリーン・サ
ービサイジング研究会ではグリーン・サービサイ
慮と経済性の両立に寄与する商品を提供する動き
ジング事業をその手段によって 5 つに分類した
も見られる。なかでも、企業に製品として販売し
(図表 2)。モノの機能のサービス化として、①蛍
ていたものをリースやレンタルなどでサービス化
光管のリース事業などサービス提供者によるモノ
して提供することで環境負荷を軽減させるビジネ
の所有・管理、②パソコンの修理サービスなど利
スは「グリーン・サービサイジング」事業と呼ば
用者のモノの管理高度化・有効利用、③カーシェ
れる。以下でその事例を紹介したい。そして、取
アリングなどモノの共有化、が挙げられる。また、
り上げた同事業の強みと課題、および企業向けだ
モノそのもののサービス化として、④音楽配信な
けでなく、消費者向けにも同事業を広く実施でき
どサービスによるモノの代替化、⑤ ESCO 事業 2
るかどうかについて探っていく 1。
などサービスの高度化・高付加価値化、が掲げら
れている。
環境・資源制約への懸念が台頭
今般、廃棄物の最終処分場の逼迫や鉱物資源
欧米でも注目
の枯渇の恐れなど環境・資源の制約に対する懸
実は欧米でもサービサイジングについて関心
念がささやかれている。これを踏まえて政府は
が持たれている。米国では、1990 年代にアウト
天然資源の消費が抑制され環境への負荷が少な
ソーシングの活用など製造業のサービス化が進展
い社会を構築することを謳い、そのためには、
する中で、これまで製品として販売していたもの
これまでのリサイクル対策から拡大して 3R −
をサービスに転換して提供することで新たな付加
リ デ ュ ー ス ( R e d u c e : 廃 棄 物 の 発 生 抑 制 )、
価値を生み出すサービサイジング事業が生まれて
リ ユ ー ス ( R e u s e : 再 使 用 )、 リ サ イ ク ル
いる。同事業の中には、環境負荷が減少するもの
(Recycle :再資源化)−の取り組みを官民で進め
も報告されており、例えば化学会社が自動車メー
ていくこととしている。
カーに塗料を販売する代わりに、車の塗装などの
1 本稿の作成にあたって、松下電工株式会社電材マーケティング本部カスタマークリエイトセンターソリューショングループ部長
宮木正俊氏、同環境メンテナンス担当主任仲田和美氏、スターウェイ株式会社代表取締役社長竹本直文氏、同営業企画部金子恭
子氏に取材に応じていただいた。御礼を申し上げたい。
2 ESCO とは、Energy Service Company の略で、工場やビルなどに対して省エネルギーに関する診断から設計施行、メンテナン
スまで包括的なサービスを提供して、省エネルギーを実現・保証する事業であり、近年注目を集めている。
111
環境と経済の両立を目指す新たな環境ビジネスとは
経済・産業/トピックス
図表 2
グリーン・サービサイジング・ビジネスの分類
グリーン・サービサイジング・ビジネス
① マテリアル・サービス(モノが主)
①−1 サービス
提供者によるモノ
の所有・管理
①−2 利用者のモ
ノの管理高度化・
有効利用
契約形態を変更す
ることにより製品
をライフサイクル
で管理し、環境負
荷を削減する。
維持管理・更新の
デザインと技術に
より製品の長寿命
化を図りサービス
提供を持続拡大
<具体例>
<具体例>
■ 廃棄物処理・リサイクル ■ 中古製品買取・販売
代行
■ 中古部品買取・販売
■ 製品レンタル・リース ■ 修理・リフォーム
■ 洗濯機のPay per Use
■ アップグレード
■ 製品のテイクバック
■ 点検・メンテナンス
② ノンマテリアル・サービス(サービスが主)
①−3モノの共有化
所有を共有化する
ことにより、製品
ストックの減少
(=資源消費の削減
を図る)
②−1 サービスに
よるモノの代替化
②−2 サービスの高
度化・高付加価値化
資源を情報、知識、
労働によりサービス
に代替させることに
より資源消費に伴う
負荷削減(IT による
脱物質化サービス)
サービスの効率を図
ったり、さらに付加
価値を付けてサービ
スに付随する環境負
荷を削減
<具体例>
<具体例>
<具体例>
■ カーシェアリング
■ 農機具の共同利用
■ デジタル画像管理
■ 音楽配信
■ 廃棄物処理コーディネート
■ ESCO事業
出所:経済産業省グリーン・サービサイジング研究会報告書(2006)
サービスを提供する事業がその一例として有名で
っても、サービサイジングという視点を取り込む
ある。欧州では、サービサイジング事業を PSS
ことで競争優位に立つことができるという点にも
( 製 品 シ ス テ ム サ ー ビ ス : Product Services
注目したためである。
System)と呼んでいるが、そのなかで自動車を
所有するのではなく複数の会員で利用するカーシ
蛍光管を「売らない仕組み」で競争優位を目指
ェアリングは環境負荷を軽減させる代表的な事例
す「あかり安心サービス 1」
である。
最初の事例は松下電工株式会社「あかり安心
サービス 1」である。同サービスは蛍光管を販売
サービサイジングで競争優位に
するのではなく、蛍光管をリースして「あかり」
以下では、グリーン・サービサイジング事業
機能を提供することでサービス料金を得る構造と
のなかで二つの事例を取り上げて紹介する。ただ
なっており、2002 年から同事業をスタートさせ
し、これらを取り上げる理由は、両事業の環境負
ている。このモノの販売からサービスの提供を図
荷軽減効果が大きい点だけではない。蛍光管や物
ったビジネスモデルは環境配慮に優れていること
流用ケースという一見、価格以外で差別すること
から 2004 年第一回エコプロダクツ大賞エコサー
ができず、価格競争に巻き込まれそうな商品であ
ビス部門環境大臣賞を受賞している。
112
環境と経済の両立を目指す新たな環境ビジネスとは
ケース 1 「あかり」と「安心」という機能を提供する松下電工株式会社
「あかり安心サービス 1」
取材先:カスタマークリエイトセンターソリューショングループ部長 宮木 正俊氏
同 環境メンテナンス担当 主任 仲田 和美氏
宮木 正俊氏
蛍光管(モノ)の販売から、
「あかり」
(機能)
理には最終処分場まで見届ける義務が生じて
の販売へ
いる。また生産者の責任が使用済み製品の処
蛍光灯などのランプは価格競争が激化し、
理分野まで意識されるようになっており
価格低下が急激に進んでおり、それを扱う企
(EPR: Extended Producer Responsibility)、
業は消耗戦に追い込まれている。このような
その一方で、国や自治体は環境配慮義務が課
激しい価格競争から逃れて競争優位を築くた
せられ、その影響は企業経営にも及んでいる。
めに、新しいビジネスモデルを示したのが松
実は「あかり安心サービス 1」がターゲッ
下電工株式会社カスタマークリエイトセンタ
トとする事業所用の使用済みの蛍光管は全国
ーソリューショングループ部長の宮木正俊氏
で 1 億 6 千万本になるが、リサイクルにつ
である。新しいビジネスモデルとは、これま
いて法律上の規制はなく、その多くが埋め立
で利益の源泉であったランプを売らないの
てで廃棄処分されているのが現状である 3 。
だ。その代わりに、「あかり」というサービ
しかし、近年企業の環境経営への関心は強く、
スをユーザーである企業に継続的に提供し、
また ISO14001 を取得した企業は廃棄物の
サービス収入を得る。一方、ランプについて
適正な処理を求められることから蛍光管リサ
は適正に廃棄物処理することを引き受けるこ
イクルに取り組みたいという企業が増えてき
とでユーザー企業に「安心」を与え、環境経
ているのだ。
営に貢献するというものだ。
この「あかり安心サービス 1」の契約数は
売らない仕組みを構築
2006 年 3 月時点で 3,600 事業所に達してお
宮木部長はこれまで蛍光管を販売してきた
り、これは 1 年前の契約件数の 3.6 倍にあた
代理店の中から特定代理店を指定し、彼らに
る。宮木部長は「企業の環境対応は事後処理
蛍光管の販売ではなく、そのリース事業を行
から事前防止へと変わってきており、環境配
ってもらうこととした。顧客は「あかり」と
慮の意識は高まってきている」という。
いうサービスを受けるユーザーとなり、使っ
た蛍光管に応じて支払う従量制か、契約期間
ISO14001 への対応など環境経営の重視が背景
中の使用本数を取り決め、月々一定額を支払
企業の環境配慮意識の高まりには、廃棄
う定額制を選択できる。特定代理店は蛍光管
物・リサイクル関連法の施行が挙げられる。
の売上収入ではなく「あかり」サービスの手
排出者の責任が明確となり、産業廃棄物の処
数料収入を手にすることとなる。そして使え
3 使用済みの蛍光管がそのまま埋め立てられれば、資源のムダになるだけでなく、蛍光管の中には水銀や鉛を含んでいるた
め地球環境に悪影響を与える恐れがある。また、現在、最終処分場は逼迫の一途を辿っているために処理コストが上昇し
ている。
「あかり安心サービス 1」計画時に実施したアンケートによると、蛍光管処分コストは一本当たり平均 92 円で関東
以北では 100 円以上となり、蛍光管を購入するよりも高い処分コストが必要な地域もあったとのことである。
113
環境と経済の両立を目指す新たな環境ビジネスとは
経済・産業/トピックス
なくなった蛍光管については特定代理店が回
三者の関係は緊張感のあるものに変わるであ
収して、収集運搬業者や中間処理業者にそれ
ろうしそのほうが望ましいと宮木部長は言
ぞれ中間処理場への運搬やその処理を委託す
う。
る業務を行う。当然ながら特定代理店は適正
中間処理業者についても、松下電工株式会
4
社は今のところ再資源化工場を持つ五つの業
を発行・管理する義務も負う(図表 3)
。もち
者しか処理を許していない。またこれらの中
ろんこういった業務については、高度な環境
間処理業者のいくつかには、ガラスだけでな
コンプライアンスが必要であり、特定代理店
く、水銀やレアメタルの分離回収を可能とす
には常に環境知識を高める教育を受けるチャ
るスウェーデン製 MRT(Mercury
ンスを与えている。
Recovery Technology)システムを導入し
に廃棄物処理する責任を負い、マニフェスト
従来、松下電工株式会社は販売代理店や
顧客をまさに「お客様」として遇していたが、
てもらい、ハイレベルなリサイクルや再生品
利用を実現している。
今後、同サービスを環境コンプライアンスを
「あかり安心サービス 1」は「安心」を提
維持しながら遂行するためには、同社だけで
供している以上、法令遵守(コンプライアン
なく、特定代理店や顧客もそれぞれの責任を
ス)は同サービスにとって重要な要素である。
果たさなければならなくなる。したがって、
そこで、顧客と特定代理店、そして同社をイ
図表 3 「あかり安心サービス 1」のスキーム
出所:松下電工株式会社資料
4 マニフェストとは、産業廃棄物を排出する事業者が同運搬業者や同処分業者に交付する管理票のことで、収集運搬業者や
処分業者は適正な産業廃棄物の処理を行い管理票の写しを事業者に送付することを義務づけられており、これによって産
業廃棄物の処理の流れを把握し、不法投棄などを防止できる。1998 年から導入された。
114
環境と経済の両立を目指す新たな環境ビジネスとは
ンターネットで結び、顧客がいつでも同サー
サービスが成功した理由として、「あかり」
ビスの提供状況だけでなく、廃棄物の処理状
が生活や経済活動にとって欠かせないもので
況まで確認できるようにトレーサビリティを
あったことに加えて、同サービスが有害物質
確保している。このような情報管理システム
の適正処理まで行うことで顧客との間に
は画期的な仕組みであり、ビジネスモデル特
Win-Win の関係が構築できたことが大きかっ
許を申請しているとのことである。
たという。また、企業の環境などリスクに対
する意識が向上したことも追い風になったよ
「あかり安心サービス 1」はコスト削減や
環境重視経営に貢献
「あかり安心サービス 1」のメリットとは、
うだ。
採算性についても、販売した特定代理店が
使用済みの蛍光管を回収することや資源再生
現場にとっては、蛍光管の発注、備蓄、廃棄
工場と提携したことで環境リスクコストが低
までの管理コストが軽減するほか、マニフェ
下したとのことである。ただし、同サービス
ストなどの発行事務作業がなくなることが挙
は、同社の他の事業部門に多大なシナジー効
げられると言う。また、定額制を採用してい
果を持っており、これらの効果を無視して採
れば予算化しやすいとのメリットもあるそう
算性を論ずることはできないようだ。
だ。経営者にとっては、ISO14001 に対応で
きることやランプのゼロエミッションを達成
顧客の囲い込みが可能
して廃棄物量を削減できることの他に、企業
また、
「あかり」という機能提供ビジネスに
の環境配慮が企業価値を引き上げる効果も期
転換したことにより、顧客の囲い込みが可能
待できよう。
になったと言う。蛍光管という製品を売り切
東レグループでも、2006 年 5 月現在、
ることから「あかり」という機能を継続的に
36 社 101 事業所が同サービスを利用してい
提供することでお客様と長期的な関係を築く
る。東レによると、このサービスのメリット
ことができる。そして顧客に対してランプだ
として、リース方式のために使用済み蛍光管
けでなく照明器具等についてもコンサルティ
が廃棄物に該当しないことやマニフェスト伝
ングしながら解決策を提案できることになる。
票の発行や処分場の現地確認が不要なことの
例えば、オフィスや工場を新築したりリニュ
ほかにも、使用済み蛍光管を確実にリサイク
ーアルしたりした場合、当初から蛍光管をリ
ルでき、不法投棄等の心配がないことが挙げ
ースするだけでなく、照明器具の定期点検や
られるという。このような取り組みは社内外
バッテリー調査から器具更新や安定器交換ま
で紹介しやすく、社員の環境意識の啓発など
で顧客の要望に応じながら関連サービスを提
に有意義であったとしている。なお、今後、
供していくことを考えている。まさにこのよ
同サービスの対象品目や対象地域の拡大を期
うなコンサルティング営業こそ「あかり安心
待したいとのことであった。
サービス 1」がシナジー効果を持つゆえんだ。
だが、コンサルティングが営業手法の一つ
大きいシナジー効果
「あかり安心サービス 1」がこれほど普及
するとは思わなかったと宮木部長は語る。同
として成立するとは思わなかったと宮木部長
は語る。「だがサービスはタダという常識を
打ち破りたかった」
115
環境と経済の両立を目指す新たな環境ビジネスとは
経済・産業/トピックス
売りっぱなしはお客との決別
の独創性を評価してほしいとのことである。
今後、ライバル企業の進出が予想されるな
また、廃棄物処理を自治体自ら行っている地
かで、まず先行者利益を確保した上で、ラン
域では、排出企業の環境リスクに対する意識
プだけでなく照明器具や環境、健康などの関
が低く、こういった企業に対する教育も必要
連製品分野で機能提供ビジネスを展開してい
ではないかと指摘した。
きたいと宮木部長は考えている。そんな宮木
「これまで多くのお客様に同一規格の製品
部長にとって、国や地方自治体の態度が気に
を提供してきたが、これからはお客様ごとに
なるそうだ。例えば、政府調達において通常
ソリューションを提供していく」と宮木部長
一般競争入札方式が採用されているが、実際
は語る。そしてこれまでの売りっぱなしでは
の入札では環境対応への配慮などはなおざり
顧客と決別することにつながると自戒し、今
になりがちで、単なるコスト競争の入札にな
後は機能を継続的に提供することでユーザー
ってしまうという。国や自治体はまず「あか
企業を「生涯顧客」として取り込んでいきた
り安心サービス 1」のようなビジネスモデル
いというのが宮木部長の思いのようだ。
物流の環境ソリューションを提案する
「環境デリバリーパック 1」
立当初から低コストで環境に優しい物流サービス
をいくつか提供してきた。当社の「環境デリバリ
二つ目の事例として、スターウェイ株式会社
ーパック 1」は経済産業省から平成 18 年度グリ
「環境デリバリーパック 1」を取り上げる。同社
ーン・サービサイジングモデル事業 5 の一つに選
は 1999 年に設立されたベンチャー企業だが、設
ケース 2
ばれている。
環境に優しい通い箱サービスを展開するスターウェイ株式会社
「環境デリバリーパック 1」
取材先 :代表取締役社長 竹本 直文氏
営業企画部 金子 恭子氏
竹本 直文氏
商品物流を巡る環境配慮は 3R から 4R に
「商品物流に関する企業の環境配慮は、3R
(Reduce(廃棄物の発生抑制)
、Reuse(再使
かからない通い箱のシステムを考案し、環境
に優しい物流サービス「環境デリバリーパッ
ク 1」を企業に提供している。
用)、Recycle(再資源化)から、不要な梱包
従来、企業は修理品等の輸送に顧客が梱包
材を拒絶するという意味の Refuse の概念を
に使用した段ボール箱を再度使用せず、新た
加えた 4R まで意識し始めた」と話すのはス
に調達した外箱や梱包材を使って顧客のもと
ターウェイ株式会社社長の竹本直文氏。同社
に届けていた。輸送途中で外箱が壊れるリス
は修理品等の輸送に何度も使用でき、人手も
クを回避するためだ。しかし、そのために企
5
116
環境に優しいサービス提供型ビジネス(グリーン・サービサイジング)は依然として知名度も低く、需要も不十分である。そこ
で経済産業省は平成 17 年度から環境ビジネスの育成支援策の一つである「グリーン・サービサイジングモデル事業」の中で、
先導性が高く模範となる「グリーン・サービサイジングモデル事業」を公募で決定し、それらの事業の支援、評価、普及等を行
っている。これまでのところ、平成 17 年度には 3 事業、平成 18 年度には 5 事業がそれぞれ決定した。
環境と経済の両立を目指す新たな環境ビジネスとは
業は梱包材が別途必要となり、また顧客も開
割れにくく、また精密機器や医療機器にとっ
梱後の梱包材の処分に困る。
て大敵である静電気も帯びにくい。耐久性に
だがこのサービスを利用すれば、修理品
ついても、100 回以上の使用にも耐え問題は
の発送企業は外の箱を何度でも利用できるだ
ない。また、箱の中は、二枚の伸縮性に優れ
けでなく、中の荷物を保護するための緩衝材
た特殊ウレタンのフィルムで商品を挟んで宙
や梱包の手間を削減できる。また修理品等を
に浮かせて固定するために、輸送時の衝撃に
受け取る顧客も処分に困る梱包材を受け取ら
強く緩衝材を必要としない。このフィルムは
ないで済む、つまりゴミを拒絶できるのだ
何度でも使え、同社はこれらの素材で作った
環境対応の通い箱を何度でも復活するという
(図表 4)。
意味を込めて「イースターパック 1」と名付
通い箱は自ら所有し、物流サービスを提供
けた。
竹本社長がこのような環境に優しい物流ビ
スターウェイ株式会社はこの通い箱を製品
ジネスを思いついたきっかけは、昔働いてい
として売らずレンタルするわけだが、実際の
た会社で半導体の梱包材が一度使用されただ
配送、配送先での開梱や空になった通い箱の
けで廃棄される状況を見てなんとかしたいと
回収などについては提携した物流企業に外注
思ったことだという。
している。また荷物の入出庫や外箱のリサイ
実際、その思いは「環境デリバリーパック 1」
クルなどの状況は自社で開発したバーコード
にも反映されている。通い箱にパスコという
を外箱に付けることで把握し、顧客はインタ
古紙を圧縮した板紙を使用している。この素
ーネットから荷物の状況をチェックすること
材はプラスチックと同じ硬度を持ちながらも
ができる。
図表 4
環境デリバリーパック 1 を使った修理メンテナンスフローの一例
出所:スターウェイ株式会社ホームページ
117
環境と経済の両立を目指す新たな環境ビジネスとは
経済・産業/トピックス
梱包材コストを 55 %削減、梱包時間は
ら評価する声が相次いだという。「環境デリ
10 分から数十秒に
バリーパック 1」は地球環境だけでなく、高
竹本社長は「環境デリバリーパック 1」を
導入することにより、梱包材管理費や同材の
齢者にも女性にも優しいサービスなのであ
る。
リサイクルコストを少なくすることができる
ほか、梱包作業費用や梱包材の保有スペース
環境ソリューションプロバイダーを標榜
を大幅に削減することができると言う(図表
竹本社長は、荷物管理を行うソフトウェア
5)。2003 年 2 月に同サービスを導入したエ
の開発、提携する物流企業の選定、そして物流
プソンサービス社は資材コストを 55 %削減
企業のドライバー教育が当初想定した以上の負
し、資材量を三分の一に、そして梱包の作業
担になったという。特に修理品を届ける物流企
時間を 10 分から数十秒に短縮できたという
業のドライバー教育について、ドライバーは通
(同社サステナビリティレポート 2003)。ま
常の配送と異なって顧客の前で開梱から通い箱
た、同年 3 月に導入したソニーイーエムーシ
の回収まで行わなければならず、顧客との様々
ーエス社によると、作業時間は 92 %削減、
な対応について運用マニュアルをまず整える必
材料などのコストは 74 %削減、二酸化炭素
要があったためだ。しかし、マニュアル整備や
排出量は 74 %削減できると見ている
ドライバー教育を通じて得られたノウハウは同
(2003 年同社社会・環境報告書)。
中堅家電量販店のノジマ社は 2003 年 10
社の競争力の源泉の一つであり、他社は簡単に
は真似できないと見ている。
月に同サービスを導入した。梱包材を年間
そして、現在、スターウェイ株式会社は
200 トン削減できると見ていたが、経済的効
「環境ソリューションプロバイダー」を目指
果は物流に関するコスト削減だけではなかっ
している。環境に優しく、しかも経済効果を
た。実は同サービス導入を公表した直後、同
出せるように物流を機能させるために同社の
社の株価が上昇している。竹本社長によると
持つ技術やノウハウを企業にアドバイスする
「環境対応が業界初であることが投資家にい
のだ。実際、2005 年 5 月にソニー系列の商
い印象を与えた」とのことである。
社である共信テクノソニック社とコンサルテ
ィング契約を結び、同社がソニーグループ内
地球環境だけでなく、高齢者や女性にも
で環境に優しい物流サービスを提供できるよ
優しさを
うに支援する。また、バーコードの代わりに
「環境デリバリーパック 1」は導入企業だ
IC タグを使って、荷物の物流管理だけでな
けでなく、消費者にとってもメリットがある
く荷物の中身の履歴まで追跡できるシステム
という。消費者自ら開梱する必要性がなく、
を構築しており、2006 年 8 月から富士ゼロ
また空になった通い箱を引き取ってもらうこ
ックス社での IC タグを使った物流システム
とでゴミが出ず、カスタマーゼロエミッショ
の導入をサポートしている。この計画は中小
ンが達成できるのだ。開梱や梱包材の処分は
企業新事業活動促進法に基づく新連携事業と
消費者、特に高齢者や女性にとって悩みの種
して認定されている。竹本社長によると、IC
であり、これらの問題をなくすことで満足度
タグを使うことによって、顧客の様々な要望
が上昇するのである。実際、エプソンサービ
に応えながら、環境に優しい物流サービスを
ス社では同サービスの導入について消費者か
提供できるそうだ。
118
環境と経済の両立を目指す新たな環境ビジネスとは
図表 5
環境デリバリーパック 1 による梱包作業と従来の梱包作業の比較
(1)環境デリバリーパック 1 による梱包(梱包材にイースターパック 1 を使用)
イースターパック
の資材を準備
イースターパックを
組立てる
下フレームを挿入する
上フレームを挿入する
周辺の内フラップを
内側に折り曲げる
蓋を閉じる
パソコン(事前包装
なし)をフィルムの
上に置く
(2)従来の段ボール箱と緩衝材による梱包
ワンウェイの梱包資材を
準備
パソコンを緩衝材の上
に置く
パソコンを緩衝材で包む
(1)
パソコンを緩衝材で包む
(2)
ワンウェイの梱包箱を
組立てる
ワンウェイの梱包箱を、
裏返して粘着でとめる
ワンウェイの梱包箱を、
再度裏返す
緩衝材の上にパソコンを
置く
緩衝材をパソコンの上
に置く
梱包箱の蓋を閉じ、粘着
テープでとめる
出所:スターウェイ株式会社ホームページ
緩衝材を梱包箱の底に
敷く
119
環境と経済の両立を目指す新たな環境ビジネスとは
経済・産業/トピックス
課題はブランド価値の向上
うで、もどかしさを感じるとのこと。中国市
修理品の物流だけでなく、メーカーの直販
場での拡大を目指す理由の一つに、日本と異
にも「環境デリバリーパック 1」の導入を働
なって中国企業にはこのような心理的障壁が
きかけており、またその潜在的な市場の大き
ないとの読みもあるようだ。
さから中国にも進出したスターウェイ株式会
同社の強みは「環境対応のためのコストア
社。そんな同社の現在の課題は、認知度やブ
ップを避けながら、経済効果を出すノウハウ
ランド価値向上を挙げている。日本の企業は
そのもの」と言い切る竹本社長にイノベータ
概してベンチャー企業の提供する新しい商品
ーとしての自負が垣間見えた。
やサービスになかなか手を出してくれないよ
企業の環境配慮の高まりが好影響
さて、前記の両事業の強みを分析したい。
ものに理由がある。
「あかり安心サービス 1」は、蛍光管の製造販
まず、企業の環境配慮意識の高まりに対して
売事業から照明サービスの事業に転換することで
巧みに対応した点が挙げられる。「あかり安心サ
成り立っている。これまでの蛍光管の製造販売で
ービス 1」の場合、環境マネジメントを規定した
は、過当競争からシェアを維持することは難しく、
ISO14001 を取得する企業が増加していたことが
たとえシェアを維持しても製品の価格下落のため
大きい。ISO14001 取得企業は廃棄物の適正処理
に高い利益を確保することが難しかった。しかし
に取り組まねばならず、水銀を含む蛍光管はその
同サービスを通じてユーザー企業にメンテナンス
処理に困る代物であった。また、このような取り
や処理・リサイクルまで継続的に便宜を提供する
組みがうまくいかず不祥事となって公表された場
ことで、ユーザー企業との結びつきを強化しやす
合、企業ブランド価値の毀損や行政処分による売
く、ユーザー企業を囲い込みやすい。また、ユー
上損などが発生し、その被害は計り知れない。そ
ザー企業との長期的な関係にもとづいて、照明そ
のような中で、蛍光管を所有せずにリースして
のものだけでなく照明設備などについても相談し
「あかり」という機能だけを受け取ることができ
ながらニーズに合った製品を提供することで、利
る同サービスは環境問題の事前防止を心掛ける企
業にとって理にかなっていたと言っていい。
益を確保できるというわけだ(図表 6)。
「環境デリバリーパック 1」も、省資源・長寿
「環境デリバリーパック 1」の出現も、京都議
命である梱包材を使った通い箱の輸送サービスを
定書の発効などによって企業の環境配慮意識の高
提供し、更に商品物流のデータ管理まで行う。同
まりがその背景にある。物流においてエネルギ
サービスの方が素材メーカーから段ボール箱など
ー・資源を節約することができ、二酸化炭素など
の梱包材を調達し物流会社に輸送させる通常の場
温室効果ガス排出の削減にも寄与する同サービス
合よりも物流コストを全体として低く抑えること
は企業にとって願ったりかなったりと言えるので
が可能でユーザー企業の獲得につながっている
はなかろうか。
(図表 7)
。
言い直せば、これらの両事例は価格競争で苦
バリューチェーンの再構築が競争優位の鍵
しむ製品であってもバリューチェーンを再構築す
もちろん、両事業にとって企業の環境配慮意
ることで、他社との差別化を行うことができ競争
識の高まりという順風が吹いたことだけが成功の
優位を築くことができることを示しているのかも
原因ではない。実は両事業のビジネスモデルその
しれない。
120
環境と経済の両立を目指す新たな環境ビジネスとは
図表 6
生産
販売
メンテ他
「あかり安心サービス 1」のバリューチェーン
処理・リサイクル
松下電工、代理店
生産
販売
メンテ他
処理・リサイクル
松下電工、代理店+松下グループなど
従来のビジネスモデル
新たなビジネスモデル
出所:筆者作成
梱包素材
梱包
図表 7
「環境デリバリーパック 1」のバリューチェーン 輸送
データ管理
梱包素材
物流
会社
素材
メーカー
梱包
輸送
データ管理
スターウェイ株式会社+提携物流会社
従来のビジネスモデル
新たなビジネスモデル
出所:経済産業省グリーン・サービサイジング研究会報告書(2006)の図に筆者加筆
環境配慮と経済性の両立に寄与
企業の環境配慮のための活動はともすればコ
課題は高いレベルのサービスの供給維持と潜在
的ユーザー企業への周知
ストアップ要因になりがちである。しかし、両
このように他社との差別化に成功してきた両
事業に代表されるグリーン・サービサイジング
事業だが、克服すべき課題として、大量生産大量
事業を活用することで、ユーザー企業は経済活
販売してきた既存の事業部や企業からの反発の他
動で生ずる環境負荷を軽減できるだけでなく、
に、提供するサービスの品質にかかわる問題が挙
トータルコストダウンも可能となる。「あかり安
げられる。両事業はリースやレンタルなどのサー
心サービス 1」は、環境配慮の視点も考慮した蛍
ビスを扱う事業であるために、サービスの特性 6
光管の廃棄コストを削減することができ、「環境
に制約されており、特にサービスの品質の維持と
デリバリーパック 1」は省資源型の梱包材を活用
その周知には困難を伴う。
しながら梱包材の管理費用や作業時間等を削減
サービスの品質の維持には、サービスを供給
することができる。両事業は最終的にはユーザ
する人材への徹底した教育が必須であり、実際、
ー企業にメリットをもたらし、その結果、両事
竹本社長の話では、「環境デリバリーパック 1 」
業者はユーザー企業と Win-Win 関係を構築する
立ち上げで苦心したトピックの一つに、物流会社
ことに成功する。
のドライバーに梱包材の開梱や回収の仕方などを
6 サービスの特性とは、羽田、中西(2005)によると①消費されると消えてしまうために在庫ができず、また復元されない、②形
を持っていないために規格化しづらく効率的に供給することが難しい、③品質を潜在的ユーザーに伝えることが困難で、消費
者に購入リスクがつきまとう、などが挙げられる。
121
環境と経済の両立を目指す新たな環境ビジネスとは
経済・産業/トピックス
教育する必要があり、そのためのマニュアルなど
両者ともに消費者向け事業については現時点では
を整備しなければならなかったことを挙げてい
視野に入れていないようだ。やはり消費者向けの
る。同様に、宮木部長もユーザー企業との接点を
インフラ作りがコスト増となって採算が合わない
持つ特定代理店のなかには廃棄物処理などに慣れ
とのことである。
ていないところもあり、そういった代理店には外
実際、消費者向けグリーン・サービサイジン
部機関による教育のチャンスを与えているとのこ
グ事業をしたとき、リース・レンタル料金が消費
とであった。
者にとって割高になるとの指摘も出されている。
サービスの品質は実際に使ってみないと分か
大阪大学の盛岡教授らは 2002 年に家電リースの
りづらく、潜在的なユーザー企業に品質を理解さ
社会実験を行い、リース利用者にアンケート調査
せるのは容易ではない。またサービス供給につい
を実施した。この結果、多くのユーザーがリース
て政府などの第三者機関のお墨付きがあれば潜在
料金の高さに不満を覚え、その理由として以下の
的なユーザー企業に信用してもらいやすい。お墨
5 つを挙げていた。
付きについて、両事業の責任者とも、政府や地方
① 量販店の安い製品価格との比較
公共団体は環境に優しく独創的な事業について特
② 実際の所有期間よりも短く設定されたリー
典を与えるべきではないかと述べており、特に竹
ス期間
本社長は、政府からのお墨付き以外にも、例えば
③ メンテナンスコストの加算(リース期間が
「環境デリバリーパック 1」による温室効果ガス
長期になればなるほど同コストが上昇)
削減の程度など環境負荷軽減の効果を認証してく
④ 回収リスクの加算
れる機関が必要であり、現在そのような機関を探
⑤ リースのためのインフラが未整備
しているとのことであった。
このような現状を踏まえると、消費者向けグ
サービス事業はサービスが一過性をもつもの
リーン・サービサイジング事業を成功させるに
であるため持続的に供給を続けなければならず、
は、上で取り上げた問題点を克服する必要があり、
その結果ユーザーと長期的な関係を築きやすい。
かなりの時間がかかると思われる。
その一方で規格化が難しいためにともすれば労働
集約的に陥りがちで高い収益を上げにくい。今後、
両事業がユーザー企業を囲い込みながら高い収益
を上げるためには、サービスの標準化とメニュー
化を推し進める必要があり、そのためには更なる
IT の活用が望まれよう。
<主要参考文献>
消費者向けグリーン・サービサイジング事業の
見込みは・・・
・ 経済産業省グリーン・サービサイジング研究会
「グリーン・サービサイジング研究会報告書」
これまで本稿で取り上げた事例はいずれも企
業向けグリーン・サービサイジングの事例である
が、環境負荷の軽減を進めるには、企業だけでな
く、消費者も取り込まねばならない。そこで本稿
2006 年 6 月
・ 羽田昇史、中西泰夫『サービス経済と産業組織』
改訂版、同文舘出版、2005 年
・ 盛岡通、今堀洋子、恒見清孝、山本祐吾
の最後に、消費者向けグリーン・サービサイジン
「家電製品のサービサイジングとリユースの融合」
グ事業の見込みについて考えたい。
日立環境財団『環境研究』No.130、2003 年
両事業の責任者からのヒアリングによると、
122
・ 松下電工株式会社、スターウェイ株式会社ホームページ
本レポートは『経営センサー』2006 年 9 月号に掲載されました。
注目される IT を活用した材料メーカーによる最終財メーカーの研究開発支援の動き
注目される IT を活用した材料メーカーによる
最終財メーカーの研究開発支援の動き
福田 佳之(ふくだ よしゆき)
産業経済調査部 シニアエコノミスト
1993 年東京銀行(現三菱東京 UFJ 銀行)入行。東京銀行調査部、経済企画
庁派遣にて、マクロ経済分析を担当する一方で、蒲田支店では支店営業も経
験。その後米国大学院留学を経て 2003 年 4 月から東レ経営研究所。経済学
修士。
E-mail : [email protected]
Point
1 現在、企業は企業間競争の激化や消費者ニーズの多様化からスピーディーな研究開発等が求められ
ており、企業外部に資源を求めるオープンイノベーションを志向する動きが見られる。
2 日本の最終財メーカーは研究開発の視野を材料分野にまで広げ、材料メーカーと連携する動きがみ
られる。松下電器産業と東レの連携によるプラズマディスプレイパネルの量産化やソニー、岩崎精
機、新日本製鐵の連携による新型 IC レコーダーの開発がその典型であろう。
3 材料メーカー側でも、取引のオープン化から最終財メーカーからのニーズ関連情報の入手ルートが
減少するなか、IT を利用して積極的に情報ルートを開拓する動きが見られる。日本軽金属の
「Shisaku.com」や三井化学の「三井化学機能性ポリマーズ Web フォーラム」が代表例として挙
げられよう。
4 日本軽金属の「Shisaku.com」プロジェクトでは、IT を使って試作ビジネスをオープン化するこ
とで潜在的な試作ニーズの刈り取りを意図している。三井化学の「三井化学機能性ポリマーズ
Web フォーラム」は、サイトを製品群のプライベートショールーム化することでニーズ関連情報
の取り込みを図っている。
5 両社の取り組みは、情報の効果的な収集・共有・取捨選択という点で優れている。今後、材料メーカー
はこのような潜在的なニーズ関連情報に対応した事業化の仕掛けを構築することが重要であろう。
はじめに
ものについて触れる。
最近、消費者ニーズの多様化や企業間の競争
次に、このような最終財メーカーの動きを受
激化を背景にスピーディーな研究開発への要請が
けて、顧客である最終財メーカーの研究開発に関
強まっており、企業は外部の資源を活用して、迅
与する材料メーカーも出てきていることに注目し
速に商品化を図るオープンイノベーションを志す
たい。ここでは、顧客の研究開発支援に際して
ようになってきている。
IT を使った仕組みを構築している二つの事例を
本稿では、まずオープンイノベーションの事
紹介する。最後に、このような仕組みを構築する
例の中で、最終財メーカーが材料の分野まで研究
に当たって重要なポイントと今後の課題を指摘す
開発の視野を広げ、材料メーカーと連携している
ることとする 1。
1 本稿の作成にあたって、三井化学株式会社機能樹脂事業グループ企画管理部技術広報統括末松伸也氏、同主席部員秋元英郎
氏、同斉藤寛氏、日本軽金属株式会社広報・ IR 室室長野中由憲氏、同 Shisaku.com プロジェクトリーダー千種達矢氏に取材
に応じていただいた。御礼を申し上げたい。
123
注目される IT を活用した材料メーカーによる最終財メーカーの研究開発支援の動き
経済・産業/トピックス
「クローズドイノベーション」から「オープン
イノベーション」へ
材料メーカーの取り込みがカギ
本稿では、様々なオープンイノベーションの
近年、事業化した新商品が収益をもたらす期
形態の中で、最終財メーカーが材料の分野まで研
間が短くなっていると言われている。2004 年の
究開発の視野を広げ、材料メーカーと連携してい
日本政策投資銀行の調査によると、半数程度の企
るものを取り上げる。日本には「高度部材産業集
業が、新商品がもたらしてくれる収益期間は短く
積」が存在し、日本のものづくりの強みを支えて
なったと答えている。このような商品のライフサ
きた。「高度部材産業集積」とは、精密微細加工
イクルの短期化は、近年の消費者ニーズの多様化
や特殊素材合成などものづくりに不可欠な要素技
や企業間のグローバル競争の激化が原因であると
術を持つ企業群が集中的に存在していて完成品メ
言われている 2。
ーカーと現場レベルで迅速で高度な摺り合わせを
こうした事業環境の変化を受けて、企業は新
可能としている状況を指し、例として液晶部材が
商品を事業化するための方法について試行錯誤を
挙げられる 3。例えば、デジタル素材を扱う材料
始めている。これまで、企業は優秀な人材を雇っ
メーカーの利益率は電機の最終財メーカーと比べ
て企業内部で研究開発を行い、その成果を使って
て高い(図表 1)。もちろん、これらの高度部材
企業単独で新しい商品を生産・販売し、売上と利
は一朝一夕に形成されたものではない。1970 年
益の増大を図ってきた。しかし、現在、企業は商
代から 80 年代にかけて発生した新素材ブームで
品ライフサイクルの短期化に対応して、研究開発
シーズとして生み出された素材について、材料メ
から生産・販売までスピーディーな対応が求めら
ーカーは、ブームが去った後もコツコツとその特
れている。そのためには、企業は内部にはない経
性を向上させ、用途を開拓する努力を続けた結果、
営資源を内部で育てることではなく、外部から調
花が開いたのだとされる 4。最終財メーカーが連
達することが必要となってきているのだ。それは
携を検討するに当たってこのような産業の集積の
企業のイノベーションの形態が「クローズド」な
強みを活かさない手はないだろう。
ものから「オープン」なものに移っていくことを
指している。
図表 1
最終財・材料メーカーの売上高利益率
例えば、米国の製薬企業であるイーライリリー
社は、創薬の研究開発における問題を世界中の研
究者から広く情報を募って解決に役立てる
「INNOCENTIVE」(www.innocentive.com)とい
うサイトを運営している。ここでの問題提示は、
イーライリリー社だけでなく、他の企業も行うこ
とができ、また、解決した場合、問題を提示した
信越化学工業
JSR
15.8
日東電工
14.2
クラレ
10.2
旭硝子
8.4
シャープ
5.9
松下電器産業
企業は解決した研究者にあらかじめ明示した報酬
東芝
を支払うこととなる。「INNOCENTIVE」はオー
日立製作所
プンイノベーションの典型例と言えよう。
16.4
最
終
財
メ
ー
カ
ー
4.7
3.8
2.7
0
5
材
料
メ
ー
カ
ー
10
15
20
(%)
出所:各社資料
2 増田(2005 年)
3 経済産業省(2004 年)
4 藤堂(2005 年)
124
注目される IT を活用した材料メーカーによる最終財メーカーの研究開発支援の動き
図表 2
プラズマディスプレイパネルのシェアの推移
2006年
2003年
0.2%
2.6%
7.9%
サムスンSDI
10.7%
松下プラズマディスプレイ
富士通日立プラズマ
ディスプレイ
23.9%
20.0%
18.3%
LG電子
10.2%
31.6%
松下プラズマディスプレイ
LG電子
16.6%
6.6%
富士通日立プラズマ
ディスプレイ
22.7%
パイオニアプラズマ
ディスプレイ
NECプラズマ
ディスプレイ
パイオニアプラズマ
ディスプレイ
その他
サムスンSDI
28.7%
その他
出荷台数 1,021万台
出荷台数 177万台
(注)富士通日立プラズマディスプレイは 2005 年に日立の子会社となり、NEC プラズマディスプレイは 2004 年にパイオニアに買収されている。
出所:ディスプレイサーチ社資料
さらに、新材料が開発されたとしても、最終
した松下プラズマディスプレイ社が有名である。
財を差別化するにあたってそれらをどのように加
プラズマテレビを業績回復・拡大の主軸としたい
工して取り込むかという問題がでてくる。このよ
松下電器産業は東レの生産性の高い背面版製造技
うな問題について最終財メーカーだけでは解決し
術に着目し、東レと共同でプラズマディスプレイ
きれないことが多く、新材料を扱ってきた材料メ
パネルの製造工場を茨木、尼崎に設立した。この
ーカーの知見が必要となる。実は、日本の川上企
決断がプラズマディスプレイパネルの世界市場で
業は素材技術について長年の蓄積があり、川下企
の首位奪還につながった(図表 2)が、この裏に
業の商品開発や製造技術の課題を解決する「引き
は、東レの技術の存在が大きいとされる。
出し」を多く持っているのである 5。
事実、松下電器産業は自社のウェブサイトで
同パネルの 6 面多面取り技術の採用について東レ
材料メーカーと最終財メーカーとの連携に見る
との連携が重要であり、同技術を全面的に採用し
日本のオープンイノベーション事例
た尼崎工場の投資生産性は茨木第一工場に対して
ここでは、日本のオープンイノベーションの
3.7 倍に達したことを述べている。
事例について、最終財メーカーと材料メーカーの
連携に絞って取り上げる。その事例とは、プラズ
②スティービー・ワンダーが欲しがった新型 IC
マディスプレイについての松下電器産業と東レの
レコーダー ソニー、岩崎精機、新日本製鐵の
新会社設立と新型 IC レコーダーについてのソニ
連携の賜物
ー、岩崎精機、新日本製鐵との共同開発である。
2005 年 11 月発売のソニーの高音質 IC レコー
ダー「PCM-D1」。この IC レコーダーで録音した
①松下電器産業のプラズマテレビ好調の背後にあ
楽器の演奏や鳥のさえずりなどは CD の音質より
る東レの技術
も忠実で臨場感にあふれており、スティービー・
最終財メーカーと材料メーカーの連携につい
ワンダー氏は入手するために直接ソニーに電話を
て、2000 年に松下電器産業と東レが共同で設立
かけてきたと言う。この IC レコーダーは外見に
5 東レ益 H 悟専務(当時)インタビュー日本経済新聞 2004 年 8 月 21 日
125
注目される IT を活用した材料メーカーによる最終財メーカーの研究開発支援の動き
経済・産業/トピックス
図表 3
ソニー「PCM-D1」
精機は「チタン素材研究会」を立ち上げ、材料メ
ーカーである新日本製鐵を巻き込んだ。新日本製
鐵は純チタンに含まれる酸素の量を抑え、結晶粒
度を見直した純チタンの新材料「Super-PureFlex」
を開発し、工程数の削減と純チタンの深絞り加工
を可能としたのである(図表 4)。
材料メーカーが最終財メーカーの研究開発を支援
上記の事例は最終財メーカーの研究開発にお
いて材料メーカーの関与できる余地が増大してい
ることを示している。
出所:ソニー資料
一方、材料メーカーは、独自の課題を抱えて
いる。部材技術のさらなる高度化・広範囲化およ
び研究開発期間の長期化により研究開発費用が増
も特徴がある。筐体は純チタンで作られており、
加しており将来リスクが高まっていることに加え
軽くて傷つきにくいなどの特性を持っていること
て、取引のオープン化に伴う中長期的なビジネス
に加えて、圧倒的な存在感をかもし出しているの
関係の希薄化などが原因となって川下からのニー
だ(図表 3)
。
ズ関連情報の入手ルートが減少し、研究開発が非
効率になる恐れが指摘されている 6。
しかし、純チタンの加工には多大な困難が伴
っていた。チタンがプレスの金型に焼きつきやす
こうした現状を受けて、むしろ最終財メーカ
く、工程数も多いために採算が取れにくいことで
ーの研究開発に能動的に関与するための仕組みづ
あった。そこで、純チタンの加工を担当した岩崎
くりを始める材料メーカーが見られるようになっ
図表 4
純チタンのプレス加工の工程比較
従来の工程
打
ち
抜
き
絞
り
加
工
1
大
気
焼
き
な
ま
し
絞
り
加
工
2
大
気
焼
き
な
ま
し
絞
り
加
工
3
大
気
焼
き
な
ま
し
絞
り
加
工
2
絞
り
加
工
3
絞
り
加
工
4
チ
リ
切
り
プ
レ
ス
完
了
絞
り
加
工
4
大
気
焼
き
な
ま
し
絞
り
加
工
5
チ
リ
切
り
成
形
1
プ
レ
ス
完
了
新しい工程
打
ち
抜
き
絞
り
加
工
1
プレス加工工程を約半分に削減
プレス後の表面状態も良好
(注)純チタンの新材料「Super-PureFlex」を使うことで、軟らかさを保つための焼きなまし
工程が不要となった。
出所:近岡(2006)
6 九州経済産業局(2006 年)
126
注目される IT を活用した材料メーカーによる最終財メーカーの研究開発支援の動き
た。以下では、材料メーカーである日本軽金属と
あると言う。同プロジェクトが社内に及ぼす影響
三井化学の IT を使った取り組みについて見てい
は小さくないと言えよう。
きたい。なお、両事例の詳細については、別掲の
ケーススタディをご覧いただきたい。
② 三井化学「三井化学機能性ポリマーズ Web
フォーラム」
① 日本軽金属「Shisaku.com」プロジェクト
加工メーカーや最終財メーカーなど既存およ
試作について、もともと取引のある加工メー
び潜在顧客に IT を使って必要な製品技術情報を
カーに依頼するのが通例であり、そういった取引
スピーディに、過不足無く提供しようとするウェ
のない個人やベンチャー企業が試作の依頼先を見
ブサイトが「三井化学機能性ポリマーズ Web フ
つけるのは難しいと言われている。日本軽金属が
ォーラム」である。この目的のために、同サイト
始めた「Shisaku.com」プロジェクトは、取引の
の運営チームをコーポレート部門ではなく事業本
有無にかかわらず試作依頼をインターネット上で
部に置いている。技術広報統括の末松伸也氏によ
受け付ける点で画期的である。プロジェクトリー
ると、同サイトは、既存の顧客とフェイストゥフ
ダーの千種達矢氏によると、試作品ビジネスは試
ェイスの交流の場である「三井化学機能性ポリマ
作それぞれにふさわしい加工メーカーを選択でき
ーズフォーラム」と両輪をなしているという。同
るかどうかが重要であり、加工メーカーの知識を
サイトは、三井化学の機能樹脂製品群に関心のあ
データベース化することで迅速に適切に試作依頼
る既存・潜在顧客に向けて情報発信し、その後出
に対応することができると考えた。ただし、実際
てくるニーズをダイレクトに取り込むことで開発
には、加工メーカーや顧客などヒトとヒトとのつ
推進の眼になろうとしているようだ。
ながりを大切にしないと、このインターネットビ
ジネスは成り立たないということである。
実際、同サイトのアクセス件数は 2007 年 1 月
末で月間 13,000 件を超え、材料の用途開発につ
実際に、「Shisaku.com」のサイトには、年間
いての照会が 1 日平均2∼3件程度あり、海外か
700 件の試作依頼があり、受注につながるのは
らの問い合わせも増えている。アクセスの構成を
350 件とその半分にも上る。試作依頼の構成を見
見ると、加工メーカーの研究・生産・営業部門、
ると、自動車、電機・電子、一般機械などの大企
最終財メーカー、潜在顧客となっており、実際に
業の研究部門からの依頼が半数以上を占め、最終
新たな材料を探している部門などから直接アクセ
財メーカーの研究開発部門から直接ニーズ関連情
スが来ているようだ。同社が行ったアンケートの
報を拾うことができているようだ。
結果からも、同サイトへのアクセス理由として、
さらに、3 カ月に 1 度の経営陣に対する同プロ
部品の機能向上や他社との差別化、生産コスト削
ジェクトの業況報告の中で、試作情報から窺える
減を挙げており、同サイトが関係者の関心を集め
将来の材料ニーズ等も伝えており、これらの情報
ていることが分かる。
は経営判断に資する貴重な情報となっているよう
だ。
また、試作依頼に対して社内の研究所と連携
また、お問合せメールの内容はデータベース
化して社内の研究開発部門に公開され、今後の研
究開発の参考にされているとのことである。
して共同開発を行うこともある。また、同社は
2001 年から自動車、電機・電子など需要分野別 6
分野で顧客志向型の新商品開発を行う「横串活動」
最後に
∼材料メーカーにとってニーズ対応型の事業取り
を行っているが、これらの活動の窓口として
組みの仕掛けの構築が重要
「Shisaku.com」プロジェクトが利用されることも
日本軽金属の「Shisaku.com」は試作品ビジネ
127
注目される IT を活用した材料メーカーによる最終財メーカーの研究開発支援の動き
経済・産業/トピックス
スのオープン化による試作需要の取り込みを狙
使って収集したニーズ関連情報の取捨選択や企業
い、三井化学の「三井化学機能性ポリマーズ
間連携が可能になるとも言えそうだ。
Web フォーラム」は同サイトをいわばショール
今後の材料メーカーの課題として、潜在的な
ーム化することで既存顧客の囲い込みと潜在顧客
ニーズ対応型の事業取り組みの仕掛けの構築が挙
の惹きつけを狙っている点で異なる。
げられよう。せっかくニーズ関連情報を集め、取
だが、両ケースはともに材料メーカーが最終
捨選択できたとしても、これらの情報に基づいて
財メーカーの研究開発支援のために IT を活用し
新規プロジェクトの戦略を策定し、研究開発から
た事例とみなせよう。その際、IT を使ってニー
生産、販売の流れに乗せないことには意味がない。
ズ関連情報を取り込むことに関して 3 つの共通す
一方、既存の事業部門がヒト、モノ、カネの経営
るポイントが存在する。それはニーズ関連情報の
資源をすでに占有しているために、新規プロジェ
効果的な収集と共有、そしてその取捨選択である。
クトは十分な経営資源を得られないことが多い。
ここでは、これらの 3 つのポイントについて触れ、
現在扱っている材料が将来の市場を約束して
最後に今後の課題についてまとめたい。
くれるわけでなく、現在とるに足らない新材料が
まず、両社ともに、加工メーカーや最終財メ
将来市場を席巻する可能性も十分にある。既存の
ーカーの購買部門ではなく、その後ろに位置する
企業が破壊的な技術を持つ新興企業に追い落とさ
研究開発部門等とつながることでニーズ関連情報
れてしまうという「イノベーションのジレンマ」
を直接収集できる体制を構築している点である。
に陥らないためにも、材料メーカーは潜在的なニ
両社ともに、研究開発部門等に食い込むために、
ーズ対応型の事業取り組みの仕掛けを構築する必
自社の営業担当者をうまく活用したようだ。
要があろう。
2 点目として、サイトから入ってくる照会情報
や関係者間のやりとりをデータベース化して情報
<主要参考文献>
を共有していることが挙げられる。
「Shisaku.com」
・ 経済産業省「新産業創造戦略」2004 年 5 月
の場合、加工メーカーとのやりとりで気づいた点
・ H. Chesbrough、大前恵一朗翻訳「OPEN INNOVA-
等はデータベースに記録されることになってお
り、
「三井化学機能性ポリマーズ Web フォーラム」
ではお問合せメールはすべてデータベース化さ
れ、研究開発部門に公開されるという。
3 点目は、IT によるコミュニケーションだけ
では完結せず、ヒトとヒトとのつながりが求めら
TION −ハーバード流イノベーション戦略のすべて」
産業能率大学出版部、2004 年 10 月
・ 九州経済産業局「九州地域における高度部材産業の
産学官連携に関する調査研究報告書」2006 年 3 月
・ 藤堂安人「日本製造業の勝ちパターンとは−ものづ
くり白書に見る部材産業の競争力」日経 BP ホーム
ページ『Tech-on』2005 年 9 月 6 日
れることである。「Shisaku.com」では、加工メー
・ 近岡裕「純チタンの筐体で先行くソニー 岩崎精機
カーを実際に訪問して関係を構築することで、加
と新日本製鐵との「文殊の連携」
」日経 BP『日経も
工メーカーが試作依頼に迅速に対応してくれると
言う。「三井化学機能性ポリマーズ Web フォーラ
ム」はもともと、リアルな交流の場である「三井
化学機能性ポリマーズフォーラム」を補完するも
のとして立ち上げられた経緯がある。このような
ヒトとヒトとのつながりがあって初めて、IT を
128
のづくり』2006 年 6 月
・ 増田真男「企業の設備投資行動とイノベーション創
出に向けた取り組み−設備投資行動等に関する意識
調査結果(2004 年 11 月実施))」日本政策投資銀行
『調査』No.76、2005 年 2 月
・ 松下電器産業株式会社、三井化学株式会社、日本軽
金属株式会社の各社ホームページ
注目される IT を活用した材料メーカーによる最終財メーカーの研究開発支援の動き
ケース 1
120 社の加工メーカーとのネットワークとインターネットを使った迅速な対応で試作品
需要を掘り起こす日本軽金属「Shisaku.com」
加工メーカーと試作品受注をリンク
内に試作品製造の可否などについて発注先に
「最近、試作を担う加工メーカーとの深い
連絡し、同時に技術的なアドバイスを行った
つながりが若い世代に受け継がれていない」
りもしている。また加工メーカーとのやりと
と語るのは、日本軽金属株式会社の千種達矢
りで気づいた情報等はすべてデータベースに
氏。千種氏はインターネットなどを使った試
記録されることになっている。
作品ビジネス「Shisaku.com」のプロジェク
コーディネーターは千種氏を含め 4 名。
トリーダーだ。同プロジェクトは社内の新規
彼らの中には外部から採用された人間も含ま
事業コンクールで 600 以上の候補プロジェ
れている。彼らは上で述べた技術のコーディ
クトの中から唯一選ばれ、2001 年に事業と
ネーティングの他に、加工メーカーに関して
して着手されたものである。
新たな情報を仕入れたり、つながりを維持し
千種氏が以前アルミニウム板材の営業をし
たりするためにも実際に加工メーカーを訪問
ていたとき、パソコンボディの試作依頼を受
している。現在、新たに社外の技術者 4 名と
けたものの、適当な加工メーカーを見つける
契約し、同プロジェクトの業容の拡大に対応
のに苦労したことがある。もともと試作は取
している最中のようだ。
引のある加工メーカーに依頼するのが通例で
加工メーカーを探すにあたって、まず、全
あり、その試作に本当に適切な加工メーカー
国各地の工場から紹介してもらった加工メー
を見つけるのは難しい。そこで、千種氏は、
カー約 30 社を直接訪問して機密保持契約を
試作品発注とその試作を得意とする優秀な加
結んだ。その後、機械メーカーからの紹介企
工メーカーを結びつければビジネスになると
業や展示会出品企業と契約し、現在では 120
直感したと言う。一方、ネット経由の発注に
社を超えるに至った。構成についてアルミニ
ついては、発注する側が CAD 等の普及によ
ウム加工専業メーカーは全体の 3 割程度で、
り IT 機器に慣れていることから障害はない
鉄、銅、樹脂だけでなく、木工メーカーもそ
と予想していたようだ。また試作品の価格決
のリストの中に加わっている。千種氏は優秀
定は作り手が握っていること、手離れがいい
な加工メーカーを機械メーカーが紹介してく
こと、そして加工メーカーとつながることで
れたことがこのビジネスの勢いをつけるとい
素材などに関する新たな情報を入手できるこ
う意味で大きかったと語る。
ともこのビジネスのメリットと考えた。
試作対象は燃料電池部品から介護機器まで
24 時間以内に製造の可否を回答
多種多様
「Shisaku.com」プロジェクトには、コー
現 在 、「 S h i s a k u . c o m 」 サ イ ト
ディネーターと呼ばれる担当者が、インター
(http://www.shisaku.com/)(図表 5)には
ネットなどで受けた試作品の発注に対して適
月間 3 万件程度のアクセスがあり、試作品に
切な加工メーカーをデータベースから選択
関する照会は年間 700 件にも上る。そのう
し、具体的な発注内容について加工メーカー
ち、受注に結びつくのはその半数の 350 件
とやりとりを行う。そして発注後 24 時間以
にもなるというから驚きである。
129
注目される IT を活用した材料メーカーによる最終財メーカーの研究開発支援の動き
経済・産業/トピックス
図表 5 「Shisaku.com」のサイト「試作アイランド」
と言う。その他の発注理由として、日本軽金
属のブランドイメージを挙げる声が聞かれ
た。日本軽金属のブランドが顧客に安心感を
与え、発注につながっているようだ。
実はヒトとヒトとのつながりが重要
当初、千種氏は、IT を使うことで、簡素
化、省力化が図れると考えていたと言う。だ
が、しばらくしてその考えは違っていたこと
を知らされる。「実はこのビジネスはインタ
ーネットで加工メーカーとお客様をつないだ
だけでは成り立たないのです。矛盾するよう
にも聞こえるかもしれませんが、我々とお客
様、そして加工メーカーの間のヒトとヒトと
のつながりこそが大事なのです。」
(注)
「試作アイランド」では、切削、プレス、板金、鋳造、ダ
イカスト、押し出し材、樹脂、工業デザイン、一品モノ、
表面処理、量産までの 11 のゾーンが存在し、それぞれの
加工等のニーズに対応する。また本社ビルには、試作依頼
窓口のほかに、特許や海外製造についての相談窓口も設け
ている。
出所:日本軽金属株式会社ホームページ
試作をアウトソーシングするにあたって、
関係者間のコーディネーションが必要とな
る。そこで、重要なのは、ネームバリューや
金額ではなく、ものづくりに対する思いや情
熱であると千種氏は語る。「特に、加工メー
カーと我々の間では、コーディネーションの
顧客は規模別に見ると大企業が半数以上、
段階でものづくりにかける夢やビジョンのよ
特に大企業の研究所からの照会が多いと言
うなものが互いに問われ、そのプロセスで共
う。産業別では、自動車関連が 35 %、電
感したり対立したりすることを通じて感情的
機・電子関連が 20 %、機械が 15 %となっ
なつながりが生まれるのです。」現在、加工
ており、その他、ベンチャー企業や個人、海
メーカーは、景気回復もあって忙しく、
外に進出した企業からの依頼もあるとのこと
「Shisaku.com」からの依頼を後回しにする
である。そのため、試作品の品目は燃料電池
恐れがある。感情的なつながりをベースにし
部品、液晶テレビ用樹脂、医療・健康器具、
たフェイストゥフェイスの人間関係を構築で
家具、ロボットなど多種多様である。千種氏
きていれば、その恐れは少なくなり、信頼に
は「お客様からの依頼にはノーと言わない」
基づいたコーディネーションが可能になると
ことを心掛けており、顧客の試作品入手のお
見ているのだ。
手伝いに徹しているとのことである。
そのため、千種氏を含む「Shisaku.com」
顧客の発注理由については、日本軽金属が
のコーディネーターは、ことあるたびに加工
実施したアンケートによると、価格が良心的
メーカーを訪問する。周囲は当初、ネットビ
で、納期が早いという回答が多かった。スピ
ジネスなのにどうして訪問活動を行うのかと
ーディーな対応は本事業の核心といってよ
いぶかしがったが、今では実際に訪問するこ
く、加工メーカーの選別基準にもなっている
との重要性が理解されていると言う。
130
注目される IT を活用した材料メーカーによる最終財メーカーの研究開発支援の動き
今後は試作事業をコアにワンストップサー
ビスを提供
千種氏は、「Shisaku.com」の今後の展開
「我々は試作を依頼するお客様と加工メー
カーをつなげるマッチングビジネスをしてい
るのではない。加工メーカーやお客様とタッ
について、現在の試作事業をコアにして、周
グを組み、よりよいものづくりを志すことで、
辺の事業を拡大していくつもりだと言う。具
顧客満足と質のいいビジネスの展開を狙って
体的には、現物の製品から直接設計図を作成
いるのだ」と語る千種氏。
する「デジタイジング」事業、CAE を使っ
「Shisaku.com」プロジェクトは今年度に
て構造解析や熱解析サービスを提供する
は関係部署へのシナジー効果を合わせると
「CAE プラン」、そして設計、試作、分析だ
10 億円近い売上を達成する見込みであり、
けでなく、プロダクトデザインから量産まで
向こう 2 年以内には売上倍増を視野に入れ
商品化のすべてのステージのお手伝いをする
ていると言う。試作品需要を IT とヒトとヒ
「まる投げプラン」を用意している。つまり、
ト と の つ な が り で 掘 り 起 こ す
商品化の「ワンストップサービス」を提供し
「Shisaku.com」プロジェクト、今後その動
ていくということだ。
ケース 2
きは見逃せない。
顧客のニーズを取り込んた研究開発と製品供給をもくろむ
「三井化学機能性ポリマーズ Web フォーラム」
狙いはニーズとシーズの情報交換
図表 6 「三井化学機能性ポリマーズ Web フォーラム」サイト
プラスチックのなかでも、電気・電子機
器や自動車に使われる機能性樹脂は、その
最終製品間の激しい競争のために部品メー
カーや最終財メーカーなどユーザーの厳し
いニーズに対応したものでないと使い物に
ならない。そのため、機能性樹脂の研究開
発に際し、まずユーザーと率直な関係を築
き彼らとのコミュニケーションを通じてそ
のニーズを取り込む必要がある。ユーザー
の研究開発や生産の現場からイノベーショ
ンのヒントや台頭する需要の芽をいち早く
つかみ、確実に対応することを目的に立ち
上げられたのがこのウェブサイト「三井化
学機能性ポリマーズ Web フォーラム」だ
(http://www.mfpforum.com)(図表 6)。
(注)同サイトには、他に海外展示会出展報告な
どが掲載されている。
出所:三井化学株式会社ホームページ
131
注目される IT を活用した材料メーカーによる最終財メーカーの研究開発支援の動き
経済・産業/トピックス
「三井化学機能性ポリマーズ Web フォーラ
2007 年 1 月には同 13,500 件近くに到達し
ム」が立ち上がったいきさつについて、この
ている。新規の閲覧者が 1 日平均 130 ∼
サイトを運営している技術広報統括の末松伸
140 件程度訪問しており、用途開発に繋が
也氏は次のように語る。
「実は 2004 年 12 月
りそうな具体的な問い合わせが 1 日平均 2
からお客様のニーズ情報と我々のシーズ情報
∼ 3 件程度あり、海外からの問い合わせも
の交換を効率的に行うことを目的として、
「三
増えているとのことだ。
井化学機能性ポリマーズフォーラム」という
実は「三井化学機能性ポリマーズ Web フ
交流の場を設定し、フェイストゥフェイスの
ォーラム」に問い合わせるには登録が必要と
関係強化に踏み出しました。これと両輪をな
なっているが、その登録者は 2007 年 1 月時
すという基本思想でインターネットを使って
点で 1,600 名を超す。登録者の属性を見る
24 時間 365 日世界中どこからでもアクセス
と、既存の顧客では加工メーカーの生産、研
いただきお客様とともに当社の新材料開発や
究、営業部門などが多く、リアルの取引では
用途開発を促進させようと考えたのです」
窓口となる購買部門からの登録が全く見当た
実際、「三井化学機能性ポリマーズ Web
らないのが特徴的である。また、同社の材料
フォーラム」の登録者に材料探索の情報源に
を使用している最終財メーカーや潜在的な顧
ついて尋ねたところ、回答者の約 7 割がイン
客や研究者、学生も登録しているとのことで
ターネットを積極的に活用しているとのこと
ある。ウェブマスターの斉藤寛氏も「インタ
であった。ただし、この質問がインターネッ
ーネットによって当社に馴染みの薄い業界か
ト経由で行われたことを割り引かなければな
らのニーズ情報もダイレクトかつ効率的に取
らないが、それにしても研究開発現場におい
り込めている」と分析している。
てインターネットの重要性が増大しているこ
このように同サイトに照会されたメール内
とが窺われる。また、同サイト訪問の理由を
容はデータベース化され、当社の研究開発部
聞いてみたところ、部品の機能向上や他社と
門に公開されており、同社が研究開発を行う
の差別化、生産コスト削減などのための新材
際の参考となっていると言う。
料探索を挙げている回答が多かった。
「機能別プラットフォーム」で機能をキーワ
1 日 130 ∼ 140 件の新規アクセス
ードとする検索アクセスに対応
「三井化学機能性ポリマーズ Web フォー
「三井化学機能性ポリマーズ Web フォー
ラム」の運営は、機能樹脂事業グループ内の
ラム」は当初、試験的にコミュニティコー
技術広報チームが行っている。事業本部内に
ナーを設けてニーズとシーズのオープンな
運営主体を置くことで、顧客への迅速な対応
マッチングを試みたりしたが、現在では、
が可能となったようである。
当社で扱っている製品を様々な角度から紹
2005 年 9 月にサービスを開始した「三井
介する「シーズの森」と「機能別プラット
化学機能性ポリマーズ Web フォーラム」へ
フォーム」が中心となっており、その他に
のアクセス件数は当初は月間数千件程度であ
は、開発中の先端材料を動画で紹介する
ったが、同サイトの宣伝広告活動や「三井化
「プロダクトエッジ」、機能性樹脂の用語事
学機能性ポリマーズ Web フォーラム」を開
典で、サイトの閲覧者もその説明の書き込
催するにつれて、アクセス件数が増加し、
みができる「e ポリマー大事典」、プレスリ
132
注目される IT を活用した材料メーカーによる最終財メーカーの研究開発支援の動き
リースや問い合わせ用のコーナーなども設
サイトを運営するフランスのベンチャー企業
け て い る 。「 三 井 化 学 機 能 性 ポ リ マ ー ズ
のサービスを活用し、既存・潜在にかかわら
Web フォーラム」の運営方針として、三井
ず全世界の有望顧客に対して、インターネッ
化学を知らない人が同サイトを訪問しても
ト上で新材料のプレゼンテーション、いわゆ
欲しい情報を入手できるようにすることを
るウェブセミナーをライブで実施し大きな反
掲げている。
響を得た。この試みは日本企業では初めてと
いうことだ。
顧客のためのプライベートショールームに
今後は「三井化学機能性ポリマーズ Web
ネット上での情報発信を充実することで、
加工メーカーや最終製品メーカーとのリアル
フォーラム」を顧客にとってバーチャルなプ
なニーズ・シーズ情報の共有と交換を促す。
ライベートショールームにするのが当社の狙
そして同社が顧客のニーズに合致した製品の
いのようだ。そのために、機能別プラットフ
研究開発と製品供給を行うことで、顧客の競
ォームをチュートリアルなものにして使いや
争力向上に貢献する。このような材料メーカ
すくするなど製品情報の発信を充実していく
ーのインターネットを使ったニーズ志向の研
予定である。
究開発と需要の取り込みが成功するかどうか
さらに、この 2 月に化学業界のポータル
が注目されよう。
本レポートは『経営センサー』2007 年 3 月号に掲載されました。
133
ちょっと独り言⑤
ものづくりはかっこいい?!
クールビズが定着し、ノーネクタイ姿が様になっているビジネスマンが増えてきた。このように
環境に優しいスタイルを身につけている人をエコかっこいいと言うそうだ。エロかっこいいではな
い。
エコかっこいいスタイルは日本のものづくりにも流れているようだ。省エネルギー的、省資源的
な製造工程、良質で壊れにくいメイドインジャパン製品、3R(リデュース、リユース、リサイクル)
、
どれをとっても環境に優しくエコかっこいい。ただし、エコかっこいいものづくりの裏には試行錯
誤の積み重ねが存在している。レポートで取り上げたスターウェイ社も一時、採算の悪化で経営に
苦しんだと言う。
環境や IT といった流行分野でものづくりを成功させるには、実は目に見えないたゆまぬ努力が
必要であり、それらは決してかっこいいものではなさそうだ。
134
(福)
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