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患者さんやその家族と 生や死をわかちあう医療を考える

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患者さんやその家族と 生や死をわかちあう医療を考える
患者さんやその家族と
生や死をわかちあう医療を考える
それまで元気だった人が事故や病気で倒れ、救急車で病院に運ばれる。家族に電話で「すぐに来てく
ださい」とだけ連絡され、家族が着いた時にはもう亡くなっている……救命救急では、そんなことが
ふつうにあります。助かったとしても、大きなショックを受ける、人生を変えるようなできごととな
るでしょう。
このプロジェクトは、生と死にまつわるさまざまなことが毎日起こる救急救命センターで、医療者た
ちがどんなふうに行動しているのかを科学的に分析し、その結果を医師の教育に活かし、医療と社会
が生や死の問題を共有するための材料としていこうとするものです。
研究プロジェクト「多視点化による「共有する医療」の実現に向けた研究」
研究代表者:行岡哲男(東京医科大学救急医学講座 主任教授)
救命救急センターで起こっていること
救命救急センターは患者が運ばれて来た時、状態を診て命を救うための処置をおこなう場所です。そ
のままそこで手術をおこなう時もあります。また、家族を呼んで、患者が亡くなったことを告げる場
所にもなります。搬送されて来てから数時間のうちに、ひとつの部屋がいろいろな役割を果たしま
す。
救命処置をしている間、医師、看護師、医療技師たちは、患者に最善の医療がほどこせるよう、チー
ムワークを発揮します。言葉は多く交わさなくても、自分が何をすべきかを瞬間的に判断して動きま
す。患者が亡くなった時は、何も言わず静かに処置台から下がることで死をいたむ気持ちをあらわし
ます。一刻を争う救命救急センターでは、そんな複雑なことが、ごく当たり前のことのように毎日お
こなわれているのです。
このように機転をきかせたり、さりげなく思いやりを示したりするしぐさは、学校などで習うわけで
はありません。マニュアルがあるわけでもありません。生死のかかった厳しい現場を体験する中でつ
ちかった力です。このような、言葉にはされない知識や考えを暗黙知と呼びます。
この医療現場で実践されている知恵と技術を科学的に分析することによって、よりよい医療の実現に
役立てたい。それがこのプロジェクトの最大の目標です。
医療スタッフの動きと会話を立体的に解析する
救命救急センターにおけるチームワークは、どのようにおこなわれているのでしょうか。その秘密を
さぐるため、特殊なカメラと、会話の分析をあわせて用いることにしました。
センターに何台かのステレオ・カメラを取りつけ、スタッフたちがどのように動いているのか記録す
ることにしました。ステレオ・カメラだと動きを立体的に録画することができますから、それらの録
画画像を統合し、誰がいつどのように動いたかを3次元的に再現することができます。動きの速さ、ス
タッフ間の距離、止まっている時間、そして、それらの動作と言葉がどのように連動しているかも記
録します。
このプロジェクトのメンバーである情報工学の専門家は、ステレオ・カメラの映像を分析するコン
ピュータ上のシステムを開発しました。また、同じくメンバーの社会学の専門家は、医師の言葉や家
族の会話を分析しました。
科学的な分析をおこなうことで、医療者たちの動きや立ち位置・医療行為の種類・会話を、あわせて
コンピュータ上で精密に再現することが可能になりました。これは、救急医学にかかわる人たちや医
学生のシミュレーション教育等に応用していきます。
家族にかける言葉とは?
家族を亡くした人は、この先、深い悲しみと向き合い続けていかなくてはなりません。救命救急セン
ターで医師から死が告げられ説明を受ける瞬間は、家族にとってつらい日々の始まりにもなります。
治療にあたった医師と患者家族は、その日初めて会う者どうしで、患者が亡くなってしまえば、その
後会う機会もありません。この一瞬の対面の間に、医師にはどんなことができるのでしょうか。
この問題は、おもに会話分析によって研究しました。センターでの会話を分析するほか、のこされた
家族とのインタビューをおこないました。その結果、「どんな状態だった」「どんな処置をした」と
いうことを医療用語だけで告げるのではなく、患者に何が起こったのかを、センターに運ばれる前か
らのひとつづきの物語として語ることによって、家族の納得度が高まることがわかってきました。
どんな言葉がよい、というマニュアルはありませんが、「物語の共有」が重要なキーワードであるこ
とは、大きな発見でした。
医学にできること、医療にできること
医学は、命を救うことを最大の目的とします。医療は、人の生を、死に臨んだ時もふくめて、よりよ
く支援するものです。がん患者など病気で余命が少なくなった人たちへのケアは少しずつ改善されて
いますが、一瞬で死に直面する救命救急の現場については、ほとんどかえりみられていません。
このプロジェクトの成果は、医学教育や病院の設計などにも使われますが、医療のあり方を本質から
問い直し、医療のことを社会全体で考えていくきっかけとして広げていきたいと考えています。
このプロジェクトに参加した主なメンバー
行岡哲男
東京医科大学救急医学講座 主任教授[研究代表者]
三島史郎
京医科大学救急医学講座 准教授
織田 順
東京医科大学救急医学講座 准教授
依田育士
独立行政法人産業技術総合研究所サービス工学研究センター 主任研究員
MOVIE
S.K.
独立行政法人産業技術総合研究所サービス工学研究センター 博士研究員
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医療
一般的に「医療」とは病気を治したり、悪くなるのを防いだりする医師の行為全般を言うが、ここでは、特に、患者の気持ちや社会の状況を
考慮しながらおこなわれる治療などを「医療」と呼んでいる。他方「医学」とは、医療をおこなうための科学的な知識や技術のことを言う。
暗黙知
言葉などではっきりと表現できないが、経験や勘にもとづいて体得された知識や技術のこと。
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