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詳細版(pdfファイル 1.7MB) - 独立行政法人 中小企業基盤整備機構

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詳細版(pdfファイル 1.7MB) - 独立行政法人 中小企業基盤整備機構
中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
【岡山県倉敷市】
建物資産を活かした集客拠点の事業推進方法の組立支援
「林源十郎商店」 「奈良萬の小路」(倉敷物語館周辺再生整備事業)
【目次】
0.はじめに~“天領のまち”にできた人気集客施設~
1.空家になったままの建築物の活用
2.倉敷市中心市街地活性化事業への掲載
3.倉敷まちづくり(株※)とキーパーソン
4.実践的、実効的に中心市街地活性化事業を進める体制
5.プロジェクトの組成と人材
6.倉敷まちづくり(株)と補助金活用
7.中心市街地商業活性化診断・サポート事業・プロジェクト型
8.調査から浮かび上がったこと
9.事業の仕組みの検討
10.施設コンセプト
11.実力と特色あるテナント誘致
12.サポート事業での前進要因
13.一筋縄にはいかないのがまちづくり~サポート事業後~
14.あらたな動きの始まり
付属資料 支援事業概要
※正式名称は倉敷まちづくり株式会社ですが、紙面の都合上、
(株)と表記します
早朝の倉敷美観地区の街並み。画像の左側中ほどからやや上の洋風の高い建物が「林源十郎商店」
、
その下が「倉敷物語館」
「奈良萬の小路」付近にあたる。
1
中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
0.はじめに~“天領のまち”にできた人気集客施設~
を通し、互いに細い路地で結ばれている。
林源十郎商店には木造3階建ての建物
を主として、敷地内の蔵などを活用した
8つのテナントが軒を連ねる。生活雑貨
のセレクトショップやデニム生地による
衣料品の仕立やジーンズショップ、釜で
焼き上げる本格ピザレストラン、生活デ
ザインにちなむ展示やセミナーを行う生
活デザインミュージアムなど、いずれも
倉敷やその周辺地域での質がよくデザイ
ン性がすぐれたものを取り扱うテナント
だ。
林源十郎商店では開業後 1 年間で 30
万人の来館客数、テナント売上高は目標
の 1.2 倍の好成績を上げている。連動す
るように近隣商店街の通行量も 2 倍に増
えた。
人口 48 万人、岡山県第 2 の都市である
林源十郎商店より 1 年遅く開業した奈良
倉敷市中心市街地。
かつて江戸時代に天領として栄えた街並
萬の小路は高梁川流域や瀬戸内海の食材を
みが残る「倉敷美観地区」に今、人気を博
生かしたイタリアン、和食、創作料理、バ
している商業施設「倉敷生活デザインマー
ーなど 8 店舗が入店している食の集積であ
ケット林源十郎商店」
、飲食施設「奈良萬の
る。開業 1 年で 8 万人の来客数は計画時の
小路」がある。両施設の距離はおよそ 50m。
想定を上回るものとなり、林源十郎商店と
「倉敷物語館」という倉敷市の多目的施設
共にこのエリアの賑わいづくりに貢献して
いる。
林源十郎商店
奈良萬の小路(画像右側建物)は名の通り倉敷を代表する
路地景観を醸し出す
2
中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
画第 7 章の商業活性化の目玉案件である
1.空家になったままの建築物の活用
林源十郎商店は江戸時代から続く木造建
「倉敷物語館周辺再生整備事業」の中に記
築を昭和初期にモダンな 3 階建てに建て直
載された。当事業は、美観地区入り口付近
した建物で、医療品や医療器具の卸業を営
に倉敷市が整備した多目的施設「倉敷物語
む林薬品株式会社の事業所として活用され
館」周辺にある大型の空き家、空き店舗を
てきたことから
「林薬品」
と呼ばれていた。
倉敷まちづくり株式会社(以下、倉敷まち
平成 14 年からは事業所は移転し、空き家
づくり(株))などがプロデュースしたうえ
となっていた。
で再生、活用し、面的に新たな倉敷の魅力
奈良萬の小路は倉敷の代表的な路地景観
作りを図ろうという創造的な事業である。
を醸し出していた趣ある旅館「奈良萬」が
計画策定当時、倉敷駅北口すぐの「チボリ
平成 18 年に廃業して以降、その後の活用
公園跡地」に大手デベロッパーによるアウ
が進まず、空き家になったままだった。
トレットモール、大型スーパーが平成 23
倉敷駅南口から美観地区の入り口にある
年に開店する予定があったことから、その
旧林薬品、そして旧旅館奈良萬といった存
点からも美観地区方面の魅力向上のために
在感のある建物が活用されていないことは、
重要な事業であった。
まちの活力を維持向上するうえでの影響が
事業は活用する土地や物件ごとに 3 期に
危惧された。一方で、見方を変えると美観
分け段階的実施が企図されており、旧旅館
地区における新たな集客拠点を作るにあた
奈良萬は 2 期事業、旧林薬品は 3 期事業と
って有力な資源であったと言え、中心市街
して位置付けられた。
地活性化に携わる関係者の活用への思いは
地権者が複数存在した旧旅館奈良萬周辺
強かった。
整備にかかる権利調整が時間を要していた
折、単独地権者であった旧林薬品について
2.倉敷市中心市街地活性化事業への掲載
「ぜひ活性化に活用してほしい」との権利
倉敷市の中心市街地活性化基本計画は平
者の声を受けたこともあり、結果的に旧林
成 22 年に認定された。
薬品の整備が先行して 2 期事業として実施
旧林薬品、旧旅館奈良萬の活用も基本計
されていくことになる。
現、
奈良萬の小路
現、
林源十郎商店
倉敷物語館周辺再生整備事業(倉敷市中心市街地活性化基本計画より)
3
中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
3.倉敷まちづくり(株)とキーパーソン
いで現職についた。
事業をプロデュースしたのは倉敷まちづ
事業マネジメントにあたっては、タウン
くり(株)である。
マネージャー(TM)の楢村徹氏がプレイ
中心市街地活性化協議会の構成員であり、
ングマネージャーとして中心的な役割を果
なおかつ活性化事業の展開の中心となるこ
たした。楢村氏は建築家であり、倉敷市の
とを期待されている会社で、株主である倉
町家・空家を再生し、事業所や店舗として
敷市(特に、新市・まちづくり推進課)お
新たな入居者とマッチングするなどのリノ
よび倉敷商工会議所もバックアップしてい
ベーションの取組でも多くの成果を上げて
る。
いる百戦錬磨の人物である。
社長の岡荘一郎氏は地元の有力製帽会社
中小企業基盤整備機構(中小機構)では、
を経営し、
倉敷商工会議所の副会頭
(当時)
中国本部が中心市街地活性化の取組初期か
でもあった。番頭役を務めるゼネラルマネ
ら倉敷市の取組に関与し、都市計画・建築
ージャーの安田誠氏は大手コンピューター
関係に強い主担当中心市街地サポートマネ
会社でいくつものプロジェクトを切り盛り
ージャー(SM)を中心に支援を行ってい
していた経歴を持つ。定年を契機に倉敷に
る。
戻り、故郷のために役に立ちたいという思
林源十郎商店の様子
店名となっている林源十郎氏は薬種商であり、敬虔なクリスチャンとして積極的に社会貢献した。
林源十郎商店には林源十郎氏の記念館も併設されている。
4
中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
奈良萬の小路
間仕切りされた旧旅館などの建物に飲食テナントが入居している
4.実践的、実効的に中心市街地活性化事
して毎回、参加している。
業を進める体制
倉敷市における中心市街地活性化の取り
5.プロジェクトの組成と人材
組みは、いかに具体的・実践的にことを進
めていけるか、
という点で工夫されている。
一般的に、中心市街地活性化事業を推進
していく上での課題として「活性化事業の
取組が具体的に進展しない」、
「活性化事業
がそれぞれバラバラに行われていて地域の
取組としての一貫性が無い」といったこと
があげられる。各地の協議会の取組状況を
把握している中小機構の主担当 SM はその
倉敷市 TM 会議の様子
ような課題を提示しつつ、協議会の中に機
林源十郎商店や奈良萬の小路を実現する
能する会議体を設置することを提案してき
にあたっては、TM 会議の中で、楢村 TM
た。そのこともあり、倉敷市の中心市街地
中心に実践的、実務的なメンバーを集めた
活性化では TM を中心とした「タウンマネ
プロジェクトチームが立ち上げられた。楢
ージメント会議」
(TM 会議)が設置された。
村 TM と共にそのプロジェクトの中核を担
TM 会議では毎月、その会議が具体的な事
ったプロデューサーは、TM 会議のメンバ
業の進捗管理と活性化事業の展開状況の把
ーである 40 歳代の辻信行氏。辻氏は地域
握、事業間や基本計画との関係性の整理な
愛に根付いた発想力と行動力が伴っている
どを行っている。メンバーは 9 人、商店街
人物だ。美観地区などで町家などを改装し
関係者や実業家、行政や商工会議所などか
たカフェを営んでいるが、雰囲気や地域資
らの参加があるが、
それは名誉職ではなく、
源を十分に生かした事業手法は個性を際立
それぞれが具体的に何らかのプロジェクト
たせ、多くの来客でにぎわう。
を抱え実施していける、あるいは実施しよ
「車に桃のいいにおいが充満していませ
うとしている事業者を支援できる人材が参
んか」
画している。主担当 SM もオブザーバーと
5
中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
ある日、辻氏の車に同乗すると、甘いに
は実現しなかっただろう。
おいが車内に充満していた。見れば、桃を
入れたであろう空き箱が車内に積んである。
「桃がおいしい産地が近くにあるんです。
6.倉敷まちづくり(株)と補助金活用
江戸時代からの歴史を持つ林薬品の活用
でも、今の時期は季節の終わりだから、熟
は、建物の改修などを含めると億単位の投
した桃なんかは出荷できずに棄てちゃう。
資が必要になってくる。同社が実際に支払
おいしい桃なのにもったいないから、カフ
った事業費は1億 7,500 万円に上る。しか
ェで出すスイーツの原料として農家に買い
し、同社は当時、資本金が 200 万円の会社
付けに行っているんです。季節によってい
であり、実績作りもまだまだこれからとい
ろんな“地域の宝物”を手に入れられます
うことを考えれば、ずいぶん大きな規模の
よ」
事業であった。
それまで、TM をはじめプロジェクトメ
ンバーは倉敷における事業実施は補助金な
どの支援を受けず、自力で物事を無しとげ
てきた。身の丈に合った事業を確実に実施
してきた実務家としての体質や努力があっ
たともいえるし、一方で、投資が必要にな
った時にそれを後押しするような倉敷とい
う歴史あるまちを愛する人が多い地域性が
あったとも言える。
「林源十郎商店の 2 階屋上テラスから眺める美
観地区はまた地上と違う美しさを感じますよ」
と語るプロデューサーの辻信行氏
しかしながら、林源十郎商店の事業実施
においては事業をしっかりと作りこみつつ
辻氏は倉敷市内や周辺地域の地域資源や
も、持続できる無理のないものとしていく
優れた産品、あるいはまちなかの情景につ
ためには投資に対しての借り入れの圧縮な
いて情報をたくさん蓄積している。辻氏が
ど、効率的な資金投入が必要となる。同社
地元ケーブルテレビで人気のまち歩き番組
としては、多様な活性化事業を連鎖させて
のプロデューサー兼レポーターを務めてい
いく今後の投資について考えると、この事
ることもそこに寄与している。実際に倉敷
業だけで大きな負債を抱える、あるいは地
市内や周辺地域を小学校区単位で歩き回っ
域からの出資をしてもらうことは難しい。
中小機構の主担当 SM が提案したのが、
て飛び込みレポートするなかから、地域が
誇るべきもの、優れた技術などをもつ事業
中心市街地活性化基本計画認定を受けてい
所や人の知見を蓄積してきた経歴が旧林薬
ることで活用できる経済産業省の補助金を
品の再生、後の林源十郎商店のコンセプト
活用することであった。補助を受けられる
を支えていくことになる。言い換えれば、
ことになれば初期投資の持ち出しを減らし、
このようにしっかりと地域(の宝物)に何
テナント賃料を圧縮できるため事業持続性
があるか、という情報を把握していなけれ
向上を図ることができるのみならず、資金
ば、地元客にも観光客にも支持される事業
調達のための各方面への調整の手間が減り
6
中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
速やかな事業実施に結びつくという目論見
いう点について計画遂行上のハードルが存
にも合致する。結果的にこのようなメリッ
在した。
トを活かすべく、
「戦略的中心市街地商業等
「補助金を道具として効果的に使いながら、
活性化補助金」の活用方針を決めることに
魅力的な事業を構築していく方法、そこに
なる。最終的に当事業で活用された補助金
支援が必要だと考えていた」と楢村 TM は
額は、戦略補助金約 6,550 万円(ハード
いう。そして、その課題を解決するため、
6,300 万円、ソフト約 250 万円)と倉敷市
半年にわたり課題に応じた専門家の助言支
からの補助金(ハード)1,600 万円を合わ
援が受けられる中小機構の中心市街地商業
せた約 8,150 万円となり、事業の実現可能
活性化診断・サポート事業・プロジェクト
性を大いに高めることができる額であった。
型(以下、サポート事業)を活用したので
中心市街地活性化における経済産業省に
ある。
よる商業活性化の補助金の特徴は、
「その事
業だけがうまくいき、持続することのみを
7.中心市街地商業活性化診断・サポート
考えるのでは不十分」なことである。つま
事業・プロジェクト型
り、中心市街地において、その事業が展開
中小機構のサポート事業は支援実施を判
されることで面的な効果や波及性を持つよ
断する中小機構の審査を経て平成 22 年7
うな事業としての仕組みを作ることが求め
月から開始された。12 月の報告会までの約
られている。補助金申請でもその仕組みの
半年にわたる支援となる。
ありかたが問われることになるが、倉敷物
支援テーマは「倉敷物語館周辺再生整備
語館を中心に面的に活性化を図ろうという
事業支援」とされ、この活性化事業の2期
当事業は、その補助の精神にも合致してい
事業、3期事業である旧旅館奈良萬の方向
る形がとられていた。
性の検討、先行して権利者調整が進んだ旧
しかし、これまで全く無縁であった補助
林薬品の事業の組み立ての検討および周辺
金活用である。事業の魅力づくり、波及の
への波及効果づくりの仕組み検討をしてい
仕組みづくりを図りつつ、補助制度をどの
くこととされた。
ように理解し、どのように活用することが
できるのか、事業を加速化していくか、と
【サポート事業実施概要】
①実施期間
平成 22 年 7 月~12 月
②支援対象活性化事業
倉敷物語館周辺再生整備事業(第 2 期、第 3 期)
③取り組み方法
サポート事業会議
合計6回
毎月、事業者が進めた計画を報告し、関係者及び中
小機構の専門家を交えて検討、次回までに具体的に進捗させる
ための新たな課題を設定する。
来街者アンケート調査
倉敷美観地区および周辺を来訪する地域住民、観光客を対象と
した調査。合計 416 サンプル。
7
中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
関係者ヒアリング調査
商店街や既存活動団体との連携を模索するための関係者意向調
査。
報告会
サポート事業で検討した結果を各方面の関係者などを交えて報
告を実施し、事業への理解を深める
④プロジェクト支援に携わった中小機構の専門家と役割
専門家1(主担当 SM 山﨑洋二氏)
再開発や施設開発の経験豊富な専門家。事業対
都市計画・建築
象地域を包括した方向性検討、施設開発コンセ
プト、事業推進手法検討
専門家2
大手流通企業にて商業施設開発に多く携わっ
商業開発・運営・テナントリーシング
てきた専門家。商業開発の考え方、テナントミ
ックス、および回遊性向上の戦略への助言。
専門家3
地域や商業の調査分析、商店街の活性化などに
調査設計・分析・ソフト事業検討
携わっている専門家。調査の組み立てや分析、
開発施設と周辺を連携させる方策への助言。
※専門家1は土地勘のある中国地方を中心に活動している者、専門家2・3は近畿・関東地方より必要な
専門家を集め、支援チームを形成。
8.調査から浮かび上がったこと
していく作業として「倉敷美観地区来街者
サポート事業を進めていくにあたっては、
実現していくものについての方向性を検証
アンケート」調査を行うことから始められ
た。
実際に用いられた調査票(抜粋)
8
中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
調査では、倉敷美観地区における各項目
これらの調査結果から旧林薬品で倉敷や
の評価について住民などによって大切に保
その周辺の伝統工芸品を扱い、旧旅館奈良
存・手入れされてきた美観地区らしく「景
萬を食の集積として開発していく方向性の
観」
「歴史イメージ」に対する評価が高く見
妥当性が裏付けられ、地域一帯の魅力を向
られた。一方で「飲食店の充実」
「体験の楽
上していくためのより具体的な方向性の示
しみ」などは評価が低くなった。また、
「倉
唆を得た。これを受け、開発コンセプトを
敷美観地区の魅力向上」では、
「昔ながらの
より明確化し、いかに実現していくか、と
建物活用」
「美しい街並・景観」といったこ
いう事業推進手法の議論が中心となってい
れまで力を入れてきた取組の方向性を裏付
く。
ける項目が高くなった一方で、
「おいしい食
事」
「伝統文化の見学・体験の場の充実」と
いった補い、強化すべき切り口が明らかに
なった。
各項目の採点と平均値の算出
よい
どちらかというとよい
どちらかというと悪い
悪い
未体験
無回答
合計値
平均値
各項目平均値の平均
景観
990
120
2
0
-15
0
1,097
2.64
1.89
店舗魅力
606
316
20
0
-22
0
920
2.21
接客
飲食店充実
567
339
296
328
12
35
0
0
-55
-84
0
0
820
618
1.97
1.49
移動手段
378
316
57
0
-43
0
708
1.70
お土産
465
332
28
0
-52
0
773
1.86
体験
歴史イメージ
264
738
284
238
18
4
0
0
-146
-31
0
0
420
949
1.01
2.28
※採点は「よ い」…3点 「ど ち らかというとよ い」…2点 「ど ち らかというと悪い」…1点 「悪い」…0点 「未体験」…‐1点 「無回答」…0点とした
倉敷美観地区における来街者の各項目評価
(出所;平成22年度サポート事業報告書より抜粋)
第1位
第2位
第3位
昔ながらの建物活用
美しい街並・景観
おいしい食事
第4位
第5位
第6位
伝統文化の見学・体験の場の充実
魅力的な路地空間
多様なイベント
倉敷美観地区の魅力向上策について
(出所;平成22年度サポート事業報告書より抜粋)
9.事業の仕組みの検討
が役割だ。一方で仮に、事業を実施したと
倉敷まちづくり(株)は協議会において
してその事業がうまくいかず、負債などに
中心市街地整備推進機構として、市街地整
より同社の存続が危うくなるとすれば、そ
備・開発の中核的な役割を担う機関である。
れはたちまち倉敷市中心市街地活性化の取
活性化事業を管理引率していくだけではな
組全体に影響を及ぼすことになる。
く、必要に応じて事業実施主体となること
当初、同社は事業への投資、運営すべて
9
中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
を自前で行うような構想を描いていた。林
ポート事業の助言や関係者の熱心な地域へ
源十郎商店についても、同社として大きな
の働きかけを受け、平成 24 年 3 月までに
資金を借り入れ、事業を実現することは関
2,440 万円にまで段階的に増資を実現して
係者の地域での信頼や実績、地域性をふま
いる。
えれば不可能ではない。実際に、200 万円
と決して十分といえなかった資本金は、サ
旧林薬品(現林源十郎商店)開発運営の仕組みの提案
(出所;平成22年度サポート事業報告書より抜粋)
また、商業施設を運営することは片手間
事業の仕組みをどのように構築するかが重
でできることではない。活性化のカギを握
要なポイントとなった。
る施設であるからこそ、しっかりと運営体
中小機構の主担当 SM はこれまで中心市
制を構築していく必要がある。その分の管
街地活性化で支援にあたった米子市など、
理や人材雇用のコストも必要になっていく。
他地域の事例を紹介しつつ、旧林薬品の事
同社としては先述のとおり極力リスクを抑
業化実現に向けて望ましい事業の仕組みに
えて事業を実施していくことが必要であり、
ついて助言を行っている。それは、同社が
10
中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
地権者から定期借地で土地を借り受け、経
ちづくり(株)がリスクや負担を負いすぎ
済産業省の補助金と民間融資を活用したう
ず、一方で活性化のために出てきた芽を機
えで物件の整備・改修を行い、別の運営組
動的に事業として育て、展開していく方式
織・会社に転貸する、
「サブリース方式」で
である。
ある。そのようにすることで同社は運営の
ためのコストやリスクを負うことなく、定
10.施設コンセプト
量的な家賃収入で収支計画を組めることに
来街者アンケートからも方向性が裏付け
なる。一方で、運営組織・会社は施設が持
られた旧林薬品の「伝統工芸、技術を打ち
続的に運営できるためのしっかりとした運
出した商業施設」、旧旅館奈良萬の「食の集
営能力が求められることになる。
積」について、より具体化するためのコン
補助率がより充実する特定民間計画認定
セプトがサポート事業で話し合われた。
を活用する場合、あるいはしない場合の補
旧林薬品については、地域資源に通じた
助金を活用した事業の仕組みや条件、土地
辻氏が日ごろの観察眼と思いを活かし、倉
や建物の権利を同社が持つ場合、あるいは
敷のまちに足りていない切り口として生活
共同出資会社を立ち上げて持たせる場合、
のなかのデザイン性のある工芸を取り扱う
といったように事業の仕組み、取り組み方
「暮らしのデザインセンター」
(現在の「倉
について主担当 SM はサポート事業を通じ
敷生活デザインマーケット」)を提案した。
ていくつかの選択肢についての助言を行っ
倉敷のまちは、天領時代からのプライドと、
た。結果的に旧林薬品の事業では、取り組
大原美術館や倉敷美観地区を大切にしてき
みのスピード感も必要なことから特定民間
たように、
「日常の中の上質」を大切にする
事業計画認定を受けず、土地・建物を同社
気質がある。その地域住民の想いにデザイ
が借り受け、改修し、新たな運営組織に貸
ン性の高い日常雑貨などで応え、生活満足
し出すサブリース方式を採用することとな
度を高めていくことはまた、他地域からく
った。運営組織については、検討に中心的
る来訪者にとっても新鮮に映るはずである。
に携わる辻氏が新たに運営組織体「倉敷生
事業関係者や中小機構の専門家も辻氏の考
活デザインセンター」
(現在の株式会社暮ら
え方を支持した。
しき編集部)を設立し担っていく。
一方で「食の集積」のコンセプトについ
また、旧林薬品(林源十郎商店)の1年
ては難航した。
「倉敷らしさ」を感じる食が
後に実現した旧旅館奈良萬を活用した「奈
関係者ではなかなか見いだせなかった。そ
良萬の小路」という名称の食の集積施設で
れは、倉敷の食は基本的に瀬戸内海や中国
は、倉敷まちづくり(株)はプロデュース
山地からもたらされる質の良い素材そのも
をしつつも運営組織体自体が補助金や民間
のを味わうものであり、ただそれを提供す
金融からの融資を受けて事業を実現させて
るだけの店ではなんら新規性や差別性を訴
いる。これは、中心市街地活性化で先行す
えることが難しいと思われたからである。
る米子市の事例のように、事業単位で小さ
そこで中小機構の専門家は倉敷市内にお
なまちづくり会社を設立していく小規模連
いて高梁川流域の各地域の相互の文化向上
鎖的な展開へ発展した結果であり、倉敷ま
のための活動が見られていることから着想
11
中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
を得て、この「高梁川流域」に着目したコ
瀬舟」が上流からこれらの産物を運んでは、
ンセプト作りを提案した。高梁川とは岡山
天領であった倉敷にそれらの産物が集積さ
県新見市に湧き出し、倉敷市付近を河口と
れていた。倉敷の食は、高梁川流域の食材
し、111km を経て瀬戸内海にそそぐ一級河
や文化と切り離せない関係を持つ。この提
川である。その流域は古代の製鉄場である
案は事業関係者にとっても共感性のある物
「たたら」
場をはじめとした文化性があり、
だった。旧旅館奈良萬を活用した飲食施設
肥沃な大地と寒暖の差のある気候、清冽な
は「高梁川流域の食材をつかった食の広場」
水質による農作物、牧畜、水産など豊かな
として整備を進めていくことになる。
食材が存在する。かつては底の平らな「高
林源十郎商店の構成
11.実力と特色あるテナント誘致
また、業況が悪くなってすぐに出て行って
旧林薬品の
「暮らしのデザインセンター」
しまうようなテナントではなく、地域に責
は、これまでの倉敷美観地区にはなかった
任を持ち魅力向上の努力を惜しまない姿勢
「デザイン性の高い産品と現代的な生活」
も求められた。
を融合させる商業施設である。
質の良い「本
テナント料は月坪約 5,000 円から 8,000
物志向の商品・サービス」を取り扱うテナ
円、共益費は別途、月坪約 1, 000 円(各金
ントをいかに誘致し、施設全体の新規性や
額は税抜)
。「本気のテナント」に来てもら
個性を打ち出していけるかが生命線となる。
うため、テナント募集では「入居は 10 年
12
中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
契約とし、建設協力金(前払い家賃扱い)
中古物件と同程度に抑えることができたの
として、月々の家賃の三分の一の 10 年分
は、この土地及び施設のオーナーが土地の
を入居時に支払う。仮に、10 年たたずに退
固定資産税程度の格安な賃料で定期借地さ
店する場合、返金はしない」という条件が
せてくれたことも理由としてあげられる。
前提となった。また、テナント料を近隣の
12.サポート事業での前進要因
当事業の支援計画書(抜粋)
これまで記述してきた内容から分かる通
支援計画は取り組むテーマや課題、あるい
り、サポート事業は具体的に支援対象事業
は支援先の状況を見極めて設計されていく
をステップアップさせることを目標とした
ことになる。
とはいえ、中小機構の SM や専門家が実
支援事業だ。
それゆえ、その手法は約「P(検討)→D
際に活性化事業計画を作成するわけではな
(実施)C→(検証)→A(改善)
」という
い。あくまでも助言者としての中小機構が
工程を繰り返していくことで、支援対象事
いくら机上の計画を作ろうとも、それだけ
業の実現のための課題解決、期間目標達成
でプロジェクトは適正に進むことはない。
を図っていくものとなる。
倉敷市における支援の期間中に着実な事業
事業が具体的に進展する支援とするため、
の組み立てにつながっていった背景には、
主担当 SM はサポート事業における支援を
事業関係者がサポート事業会議で話し合わ
始める前にあらかじめ半年間にわたる支援
れたことに対しすぐに行動し、構想や事業
計画を作成している。どのような目標を設
計画の中に織り込み、次回の会議には次段
定するか。そのためにどのような課題に、
階に取り組むための新たな課題を持ち寄る、
どのように解決に取り組むのかを組み立て、
といった主体的な動きがあったこと、それ
関係者間で共通意識を持つのである。この
をふまえたサポート事業の支援計画がかみ
13
中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
合った結果と言える。
13.一筋縄にはいかないのがまちづくり~サポート事業後~
具体的なテナント誘致はサポート事業で
て整備していくこととした。すべての条件
の支援終了後に行われた。倉敷まちづくり
が完全にそろうことはまちづくりではまれ
(株)による公募だけではなく、玉島、児
である。また、それを待っていることで、
島地区といった周辺地域を含めて特徴ある
事業の実現が遠のくことは避けるべきこと
事業を展開している店舗に対しての働きか
であった。
けも行った。日ごろから辻氏が蓄積してい
る地域の情報が活きた。とはいえ、一筋縄
人と金の問題も難しい。
にことが進んだわけではない。細かい条件
中心市街地活性化に献身的に関与し、リ
が折り合わない事などから、主力として据
ードしている楢村 TM であるが、時に思い
えていたテナントが直前にキャンセルする
もよらぬ批判にさらされることもあるとい
などの事態も発生した。
運営会社である(株)
う。
「自分の建築の仕事をするために、公的
暮らしき編集部も直営店舗を開設した。結
なお金を使っている」といった批判だ。し
果的にこれからの倉敷を担う「本気の」若
かし、その批判がいかに的外れかというこ
い経営者たちによるテナントが揃っていく。
とは、奈良萬の小路が実現した後、TM か
建物の改修や敷地計画についてもいくつ
ら引退をしようとした楢村氏を引き続き
ものハードルがあった。木造 3 階建ての古
TM として今後も留任するように説得した
い建物を商業施設として活用するための改
市内の中活関係者とのいきさつからも明ら
修方法を検討せねばならない一方で、重要
かであろう。
伝統的建造物群保存地区であるがゆえに、
金の問題は主に、民間金融機関からの借
壁に穴を一つ開けることも自由にはできな
り入れに関連するものである。事業計画当
い制約があった。厳正な審議会を経て、施
初、金融機関は無担保での融資の可能性を
設活用の理解を得ていく必要がある。その
表明していた。倉敷まちづくり(株)の岡
道の第一人者である楢村 TM を中心に、関
社長も、融資時の信頼を高めるための増資
係者が知見と知恵を出し合いながら一つず
を各方面に呼びかけて実現してきた。しか
つクリアしていった。
し、いざ、融資の段階となると金融機関か
現在、賑わいを見せる林源十郎商店と奈
ら保証を求められることとなった。
良萬の小路ではあるが、その敷地範囲を見
てみると、
実は当初の構想とは違っている。
14.あらたな動きの始まり
隣接する屋敷の庭を活かしてより広い敷地
倉敷美観地区に新たな特色を加え、これ
での整備が検討されていたが、地権者など
からの活性化の取組の在り方の一つを指し
の事情により途中から計画変更で対応する
示すことに成功したといえる林源十郎商店
こととした。事業の基幹部分に関連する調
や奈良萬の小路は、内外の若い客層を呼び
整は済んでいたため事業化を進め、積み残
込み、賑わいを見せている。
し部分は引き続き調整を行い、段階を分け
マスコミにもたびたび取り上げられてい
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中心市街地商業活性化診断・サポート事業支援事例
るこれらの「目に見える成功」は新たな活
「このような事業成果は地域に目を向け、
性化の取組の呼び水ともなっている。例え
そこにある価値あるものを丁寧に活用して
ば美観地区において 12 店舗(平成 26 年4
いったからこそなのです。これは、倉敷だ
月)の空き店舗が主に若い経営者の出店に
けではなく、どのような地域でも可能な方
より減少し個性ある店が増えただけではな
法です。」
く、
新たな町家活用の構想が生まれている。
サポート事業後の中小機構の支援も、主
また、サポート事業の時から連携した取り
担当 SM が引き続き TM 会議に参加し、継
組みを模索していた既存商店街組織などと
続的な助言を実施するとともに、サポート
は、商店街組織の林源十郎商店への参画と
事業で取り組むべき課題やステップが明ら
いうことは実現しなかったものの、ソフト
かになった点の進捗を引き続き支援してい
事業の共同開催などの連携が生まれている。
る。
さらに、通行量が増加したアーケード街の
「林源十郎商店、奈良萬の小路は国の補助
中心にある市の施設「ビオス広場」を商店
金を活用する仕組みでできたが、まちづく
街の連合体で再生させ、集客拠点施設とし
りは常に同じ手法でできるわけではない。」
て活用していけないかという協議が進むな
と楢村 TM は言う。多様な活性化事業が具
ど、やや停滞気味であった活性化への機運
体的に進む倉敷市中心市街地活性化におい
は確実に向上した。
ては、これからも中小機構の活性化事業支
このような機運を当事業がもたらしたこ
援の活用の場がありそうである。
とについて、辻氏は言う。
『通行量の増加に寄与』
左図は、平成 26 年 8 月に倉敷市によ
り実施された通行量調査地点に、前年か
アウトレット
ら通行量が増加した地点を★印で表し
倉敷駅
★…通行量増加地点
(H25→H26)
たものである。
倉敷駅・アウトレット方面から既存商
店街を経て、倉敷物語館周辺および美観
地区方面の動線の通行量が上がってい
る様子がうかがえる。
通行量は倉敷市中心市街地活性化基
既存商店街エリア
本計画の目標値ともなっており、「林源
十郎商店」「奈良萬の小路」などの倉敷
倉敷物語館周辺
(林源十郎商店、奈良萬
の小路)
物語館周辺再生整備事業が、中心市街地
に好影響を創出した様子がうかがえる
調査結果である。
美観地区エリア
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