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ジャーナリストの惨事ストレス

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ジャーナリストの惨事ストレス
日心第70回大会(2006)
ジャーナリストの惨事ストレス
(3)放送関係者に対する面接調査から注 1、2
○畑中美穂 ・安藤清志 ・松井豊 3・井上果子 4・福岡欣治 5・小城英子 6・板村英典 7(非会員)
1
( 立正大学心理学部・2 東洋大学社会学部・3 筑波大学人間総合科学研究科・4 横浜国立大学教育人間学部・
5
静岡文化芸術大学文化政策学部・6 聖心女子大学文学部・7 関西大学大学院社会学研究科)
Key words: 惨事ストレス、ジャーナリスト、職務ストレス
1
2
【目 的】
惨事ストレス(Critical Incident Stress)とは、災害や事故な
ど凄惨な状況を見聞きすることによって生じるストレス反応
を指す。惨事ストレスは、職務上、惨事を頻繁に経験する消
防職員などの災害救援者において重要な問題として捉えられ、
研究や対策が進められてきた(松井,2005)
。
惨事に遭遇する職務は災害救援だけではなく、災害や事故
等の取材や報道に携わるジャーナリストもまた職務上惨事を
体験する可能性が高い。ジャーナリストの惨事ストレスは、
現在我が国では、社会的にも学問的にもほとんど関心が払わ
れていないが、ジャーナリストが惨事ストレスを被っている
のであれば、災害救援者と同様に、適切な対策が導入される
ことが必要と考えられる。こうした考えに基づき、ジャーナ
リストの惨事ストレスに関する現状把握、およびその対策の
あり方を検討するための研究が開始された(松井他,2006)
。
本報告では、2005 年度に行った探索的な面接調査のなかか
ら、テレビ放送に携わる記者およびカメラマンに関する結果
を中間報告として提示する。
【方 法】
調査方法 半構造化面接調査。
調査対象 大災害・事故の際に、報道機関(新聞・テレビ・
ラジオ)に所属しており、報道に携わっていた記者・カメラ
マンおよび管理職・経営者を対象に、報道関係者からの紹介
および手紙等によって調査依頼を行った。依頼にあたり、所
属機関や職種・職位、災害の種類や時期等に偏りがないよう
に配慮した。調査対象者は計 31 名で、このうち本報告で取り
あげる放送関係の記者およびカメラマンは 12 名であった。
調査期間 2005 年 5 月∼2006 年 1 月。
調査内容 (1)最もストレスを感じた取材事案(事件、事故、
災害等)。(2)取材中のストレス(具体的な内容、ストレス症
状、ストレスの解消方法など)
。(3)組織の惨事ストレス対策。
(4)惨事ストレスの程度:面接者が、現時点での惨事ストレス
の程度を推測して 5 段階で評定(5.高い∼1.全くない)
。
面接の所要時間は 1 時間を予定していたが、実際には、最
短が 40 分、
最長が 3 時間 40 分とばらつきがみられた。
なお、
調査によりストレスを与える可能性を考慮し、臨床的なケア
を行う準備を整えたが、
2006 年 7 月 1 日現在相談はなかった。
【結 果】
最もストレスを感じた事案として、2004 年新潟県中越地震
(3 名)、2005 年 JR 福知山線脱線事故(3 名)、1995 年阪神・淡
路大震災(2 名)、1991 年雲仙普賢岳大火砕流(1 名)、2004 年大
阪繁華街での殺人事件(1 名)が挙げられた。また、ネタが取れ
ない状況や遺族との関わりといった、特定の事案ではなく、
取材活動全体に通じるストレス状況が 2 名から回答された。
ストレスを感じた具体的な状況として、遺族(あるいは被
災者)に対する取材が多く挙げられた(7 名)。遺族取材の過程
では、取材の応諾を得るために、複数の遺族の下に何度も足
を運び、
取材対象者と関係を形成していかなければならない。
こうした接触や関係形成に関わる身体的、時間的負担の他、
取材対象からの強い非難や拒絶によって生じる精神的負担が
ストレスとして回答された。遺族の話を聴いて受けとめるこ
との大変さや、遺族に同情し自分の感情が制御できなくなる
こと、
取材活動の是非に関する逡巡もストレスとなっていた。
また、テレビ放送の記者が抱える特有の問題として、取材対
象者の映像を記録する許可を求めるカメラ交渉の問題が挙げ
られた。交渉自体の困難さよりも、カメラの前で話すという
負担を取材対象者にかけるべきでないという意識と、カメラ
に撮らなければ仕事にならないという職務との葛藤が記者の
精神的負担になっていることが窺われた。この他には、自分
自身が危険にさらされた経験や同僚の殉職などが、ストレス
を感じた状況として回答された。ストレス状況では、全体的
に、気分の落ち込みや精神的動揺、罪悪感などが経験されて
いた。とくに、同僚が殉職したケースでは、事件直後の記憶
が途絶えるという解離症状が報告された。面接者が推測した
惨事ストレスの程度に関して、半数程度の記者が現時点でも
「やや高い」惨事ストレスを体験していると評定された。
ストレスの解消に関して、同じ取材活動に携わっている同
僚と話すことやお酒を飲むことが挙げられた。休日の付与や
取材活動に関する上司の支援や理解も、ストレスを緩和する
ようであった。しかし、一部の記者からは、無理な取材の指
示等、上司の理解のなさに関する悩みや憤りも回答された。
組織の惨事ストレス対策に関して、
組織レベルでの対策は、
現時点ではほとんど認識されていなかった。惨事ストレス対
策に関して、
「組織的に検討するべきである」という意見も挙
げられたが、
「記者は自分自身でストレスの管理や対処ができ
なければならない」という意見もみられた。望ましい対策と
して、気心の知れた同僚が相談相手になること、取材活動に
ついて話し合い、他の人の意見や状況を知る機会を設けるこ
と、休暇をとれるようにすること等が挙げられた。
【考 察】
調査協力者の多くは、
事故や災害などの取材活動において、
少なからず身体的および心理的な負担を経験していた。とく
に、遺族や被災者に対する取材過程に、ストレスを生むさま
ざまな要素が含まれていると推察された。また、カメラ撮影
の必要性というテレビ放送に特有の問題も、記者のストレス
を増加させていることが示唆された。
ストレスの軽減には上司の果たす役割が大きいようであっ
たが、上司の性質や上司と部下との相性によっては、部下の
負担が増加する場合もあることが認められた。
ストレスへの組織的な対策は現時点ではほとんどなされて
いなかった。面接時にみられた「自分自身でストレスを対処
しなければならない」といった考えが、ストレスに関わる援
助を求めにくくしたり、対策の検討を遅らせたりする要因の
1 つになっていると考えられる。
【引用文献】松井豊 2005 惨事ストレスへのケア ブレーン出版
松井豊他 2006 東洋大学 HIRC21 研究年報,3,71-76.
(HATANAKA Miho, ANDO Kiyoshi, MATSUI Yutaka, INOUE
Kako, FUKUOKA Yoshiharu, KOSHIRO Eiko, ITAMURA Hidenori)
注 1: 本研究の一部は、日本放送文化基金平成 17 年度助成および平成 17
年度科学研究費補助金(萌芽研究・課題番号 17653065 研究代表者松井
豊)の助成を受けています。
注 2: 報告(1)(2)は、
2006 年トラウマティックストレス学会において発表を行っている。
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