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組織認識論の構想

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組織認識論の構想
Kobe University Repository : Kernel
Title
組織認識論の構想(Toward an Epistemology of
Organizations)
Author(s)
加護野, 忠男
Citation
国民経済雑誌,155(5):33-53
Issue date
1987-05
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/00173662
Create Date: 2017-04-01
組 織 認 識 論 の 構 想
加
護
野
忠
男
序
人間が物事を知 る活動を認識あるいは認知 と呼ぶ。そのなかには,見る,見
分ける,見なす,感 じる,わか る,学ぶ,考 える,創 り出す,解 く,決める等
の幅広い精神的活動が含 まれる。 これ らの活動は,人間行動の理解 と説明に と
って必須のものであ り,複数の人間の協働の産物である組織現象の理解 と説明
に とってもまた重要である。
協働行為は人間の認識活動に基づいている。た とえば,組織のメンバ ーが他
のメンバ -と協働す るためには, まず協働の相手を 「見分ける」 ことが必要で
ある。つ ぎに,協働の相手か ら何が期待 されているかを 「知 り」,周 りの状 況
を 「見て」,雰囲気を 「感 じ取 ら」なければな らないOさらに,それをもとに,
どの様に行動すべ きかを 「考え」,適当な行為を 「決め」なければな らな い。
仕事を うまく成 し遂げ,人々とうまくや ってい くた釧 こは,適切な行動の仕方
を 「
学ぶ」 ことも必要であろ う。また,組織を指揮する人々は,環境を 「見て」,
新 しい機会を 「見分け」,それを うま く利用す るための行動を 「
考 え 出 さ」な
ければな らない。
これ らは,組織の中で行われている認識活動の一例でしかない。 しか し, こ
の僅かな例か らも,認識 とい う活動が組織的協働に とっていかに根本的な活動
であ り,組織の存続 と成長に とっていかに重要な意味を もっているかが理解で
きるであろ う。
組織の中では,無意識的なものをもふ くめ,常に無数の認識活動が行われて
いる。人々の意識的あるいは無意識的な認識を抜 きにしては,組織的協働を語
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ることは不可能である。極言すれば,組織的な協働は,認識活動であ り,その
産物だ とさえ言 えるか もしれない。
しか も,現代 の組織では,認識に関わ る問題が ます ます重要な問題 となって
きている。その背景には次のよ うな事情が存在 している。
第 1は,環境の変化が ます ます加速 してきた ことである。環境の変化は,組
織に とって脅威であると同時に,成長 の機会で もある。変化に対応す るために
は,既存の事業の効率化だけでは不十分である。変化の中に,組織に とっての
機会や脅威を見 きわめ ること, さらにそれに対応す るための新 しい戦略 コンセ
プ トを創造す ること,新事業 ・製品 ・サ ー ビスを開発 し創造す ることが必要に
なって くる。 これ らはすべて,組織の中の認識活動 と関わ っているのである。
第 2は,組織 の生み出す付加価値 の中で,知識,感性, ソフ ト,デザイン,
ノウ- ウ,研究開発な どの知的産物 の占める比重が高 まっていることである。
肉体的な労働 よ りも,精神的な労働 の生み出す付加価値が増大す る傾向が認め
られ るのである。 これ らの知的産物 ・精神労働は,組織の中の個人あるいは集
団の認識活動 の所産なのである。
第 3は,情報処理技術 の発展に ともなって,組織 の中の情報処理が ます ます
機械に よって代替 され るようになってきた ことであ る。機械化は, これ までの
ルーチンな活動か ら,人工知能に代表 され るより知的な活動にまで及んでいる。
知的活動の機械化に ともなって,人間の活動 の中の どの様な側面が機械化で き
るのか,それほ どの様にすれば可能になるのか, また,人間に残 され る活動あ
るいは残 され るべ き活動は何か,人間 と機械 との建設的な分業体制は どの様な
ものかなどの新 しい問題が現れてきた。 これ らの問題に答 えるために紘,組織
における人間や集団の認識活動についての理解が必須である。
このように,個人や集団の認識活動 は,組織において重要な役割を演 じてい
るだけでな く,その重要性がます ます高 まっている。 しか し, これ までの組織
論で認識 の問題は,中心的な問題 としてほ取 り扱われて こなかった。本論 の課
題は,認識を鍵概念 とす る新 しい組織論を構築す ることである。
組 織 認 識 論 の 構 想
3
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Ⅰ 認 識 と は何 か
組織認識論の理論構築の第 1歩は, まず認識 とい う概念に明確な定義を与え
ることである。本論のこれまでの議論では,認識 とい う概念を,知 るとい う活
動 と関わ る精神的,知的な活動 として,見る,見分ける,感 じる,分か る,宿
じる,考 える,解 く,選ぶ,学ぶ等の例をあげることによって定義 してきた。
これ らの活動は人間が知識を獲得 し,利用す る過程に関わ っている。事実,認
識に関する諸理論においても,認識の最 も広い定義は 「知識の利用 と獲得に関
1
す る精神的な活動」である。本書でも, この定義を採用す ることにしよ う。
認識を知識 の利用 と獲得 と定義すると,認識は 2つの相互に閑達 し合 った活
動に分けることができる。 1つは,知識 の利用の過程であ り,狭義の認識過程
と呼ぶ ことができる。第 2は,知識の獲得過程であ り,学習あるいは発展の過
程 と呼ぶ ことができる。組織認識論は, この両者を対象 とす る。
狭義 の認識過程 とは,組織,集団あるいは個人が情報を取 り入れ,それを も
とに行動するまでの心理的,社会的過程である。その過程はきわめて単純な場
合 もあれば複雑な場合 もある。単純な場合,情報が受け取 られると,意識的な
精神的活動がほ とんど行われず,行動が取 られ ることがある。伝統的な組織論
でい う常軌的な反応は, これにあたる。 しか しこの過程でも,情報の受取 りと
行動 の間には,意識 されない認識過程が存在 していると見なす ことができる。
1 認知諸理論においてほ,認知に関して多様な定義が行われている。例えば 「
哲学小事典」 (
小松
摂郎鼠 法律文化社 ,p.1
9
8
)では, 「
心理的には感覚 ・知覚から記憶 ・思惟に至るまでの知的な
意識作用であるが,論理的には主観 と客観 との関係である。主観が客観を支配すると考えれば認識
は構成 とな り,客観が主観を支配すると考えれば,模写 ・反映 となる」 と定義されている。 メイヤ
ーは認知心理学の観点か ら, 「
認知心理学とは,人間の心的過程や記憶構造を科学的に分析するこ
1
9
81;pp.1
-2
) と定義し,その対象は人間の精神生活
とにより,人間の行動を理解すること」 (
人が課業を遂行するときに頭のなかで何が起 こっているのか (
すなわち心的過程)と,
であ り,「
人が知識を貯蔵するときの仕方および課業を遂行する際に貯蔵 した知識の利用の仕方 (
すなわち心
的構造) とである」 (
p.2
) と述べているOナイサー (
1
9
7
6
)は,より単純に 「
認知 とは知 ること
の活動である。すなわち,知識を獲得し,組織だて,そ してそれを利用することである」 と述べて
いる.戸囲は,認知を 「
心の知的情報処理機能」(
1
9
8
4,p.
1
4
) と定義しているO大島 (
1
98
6
)は,
認知 とは 「
知識の獲得 と利用のことをさす」 と述べている。
3
6
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5 号
これを無意識的な認識過程 と呼ぶ ことに しよ う。他方,情報 の取入れに よって,
意識的な思考が開始 され,それが行動 につなが る場合が存在 している。 これを
2
意識的な認識過程 と呼ぶ ことに しよう。それでは,組織,集団,個人の認識過
程 は どの ようにモデル化 され るのであろ うか。
組織,集団,個人の認識過程は,重層的である。集団や組織の認識過程 には
かな らず個人の認識過程が含 まれている。集団や組織 の場合には,個人 レベル
では存在 しない特性,つ ま り創発的な特性が現れて くる。その創発的な特性 も
個人 の認識過程 と何 らかの関わ りを もっている。 したが って,モデルづ くりは
まず,個人の認識過程か ら始めるのが生産的であろ う。 もちろんここでい う個
人 とは,社会的な脈絡を離れて存在す るバ ラバ ラの個人ではな く,組織や集団
とい う社会的文脈 の中におかれた個人である。本論では, まず個人の認識過程
を捉 えるための基本的な視点を提示す ることに しよう。
I
I 認識過程の基本モデル- 意思決定と意味決定
個人が情報を取 り入れ,それを もとに行為す るまでの過程を,伝統的な組織
論は 「
意思決定過程」 とい う概念で とらえていた。意思決定 とは,情報が もた
らす状態や問題に対応す るた馴 こ,代替的な行為 コ-スを喚起 し,その中か ら
望 ましい (
満足 な)行為 コースを選択す るとい う過程である。意思決定にあた
っては,個人の中に蓄積 された情報 (
記憶)一
が利用 され る。組織は,個人の意
図 1 伝統的な認識モデル
2
無意識的な認識過程は自動的処理,意識的な認識過程は制御処理とも呼ばれる。
組 織 認 識 論 の 構 想
3
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思決定にさまざまな影響を及ぼす ことに よって行動の組織化を行 う。組織か ら
の影響は 「
何を成すべ きか」にかかわ る価値前提 と,意思決定に際 して考慮 さ
れ るべ き事実に関わ る事実前提 とに分け られる。 このモデルを図式化すれば,
図 1のようになる。
このモデルの問題は,情報が 自動的に意思決定過程を起動 させ ると考えてい
た ことにある。 しか し,現実のわれわれの生活に とって重要なのは意思決定に
先立つ過程である。別稿 (
1
9
8
7
)であげた様々な例は,意思決定にさきだつ情
報の受け入れ過程そのものが組織において問題になることを示 している。 ここ
ではそれを情報の意味を解釈す る過程あるいは意味決定 (
s
e
ns
ema
ki
ng
)の
過程 と呼ぶ ことにしよう。意味決定 とは,ある情報が どの様な事象,状態をさ
すかを確定する過程である。
意味決定を問題 とす るとい うことは,われわれが受け取 る情報が多義的であ
るとい うこと,つま りある情報 (あるいぼ情報のセ ッ D は複数の意味をもち
うるとい うことを意味 している。言い換 えれば,伝統的な組織論は,暗黙に,
情報は,一義的な意味を持つ とい うことを前提にしていた と言えるであろ うO
個人が外界か ら受け取 る情報は,本来多義的である。それは情報そのものの性
質 とい うよりも,受け手の側の事情による。それでは,意味決定はいかにして
行われるのであろ うか。具体例で考 えてみ よう。
ある会社 の販売部長に, 2月の売上高が 1月よりも1
0
%減少 した とい う情報
が伝 えられた としよう。 この情報は,多義性のない一義的な情報のように見え
る。事実, この情報を売上の大 きさを示す情報 として捉えるかぎ り,それは一
義的である。 しか し,見方 によっては, この情報 も多義的である。それは,質
業部門の努力の不足,モラールの低下 とい う状態を意味するか もしれない し,
製品そのものが陳腐化 した とい う状態を意味するか もしれないoつま り,問題
のレベルを変えてみるとこの情報は多義的情報なのである。 このような多義的
情報に対 してその意味を確定す るのが,意味決定あるいは解釈過程である。そ
れでは, この情報を販売部長はどの様に解釈するであろ うか。その手掛 りにな
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るのは,販売部長の頭の中に蓄積 された情報,つま り知識である。 もし販売部
長が,毎年 2月には売上高が 1月 よりも大 きく落ち込む とい う情報を知識 とし
てもっておれば,彼はこの情報は,販売が今年 も例年 どうりの推移をた どって
いるとJ、うことを意味 していると解釈す るであろ う。 もし,販売部長が この情
報を,最近 2人のセールスマンが会社に不満をもって辞めた とい う情報 と結び
付ければ, この情報は販売部門のモラールの低下 とい う意味をもつ と解釈 され
るか もしれない。あるいはもしこの情報が,競争相手が最近新技術を使 った新
製品を出した とい う情報 と結び付け られれば, この情報は製品の陳腐化を意味
す ると解 され るか もしれない。
意味決定過程は,同時に,情報の取捨選択過程で もある。販売部長のところ
には多種多様な情報が寄せ られる。売上が減少 した とい う情報はその 1つにす
ぎない。また, この情報が報告書によって伝えられた ときには,報告書のなか
には,多様な情報が含 まれている。地域別,支店別の売上が含 まれているかも
しれないし,報告書に記入 された文字がきれいか どうか も情報である。そのな
かか ら,売上の減少 とい う情報を選択す るとい うのも,意味決定の活動 の一部
である。
以上の例か ら,意味の解釈つ ま り意味決定ほ,受け取 られた情報を取捨選択
し,それを記憶の中に蓄積 された情報 と結び付けることに よって行われると考
えることができる。もちろん, この情報 と結び付 ぐ情報が記憶の中に存在せず,
意味決定ができない こともある。その時には,新たな情報の探索 ・調査 とい う
形で,その情報 と結び付 く可能性のある情報が探索 されるであろ う。その結果
得 られた情報 とその情報が結び付け られれば, また別の意味決定が行われ るこ
とになろ う。 このときも,意味決定は情報を選択的に連結することに よって行
われる。
意味決定は,受け取 られた情報 (フローの情報) と記憶の中に蓄積 された情
戟 (ス トックの情報) との選択的な連結の過程であるともいえるのである。 し
か し,販売部長の記憶には多 くの情報が含 まれている。情報が受け取 られる氏
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3
9
びにそれが無数にあるどの情報 と結び付け られるべ きかを考えていたのでは,
情報処理 の負荷は極めて大 き くなる。現実にはそれを簡素化す る手段が存在 し
ているはずである。 この手段を,認知心理学ではスキーマ とよぶ.意思決定が
プログラムに よって簡素化 され るの と同様,意味決定はスキーマに よって簡素
化 され るのである。スキ-マぼ情報 と情報を連結 し,意味を引 き出すためのル
ールである.その どれ と連結 され るかに よって,情報か ら引 き出され る意味は
異なるであろ う。
スキーマも個人の知識 として蓄積 された情報である。 したが って,個人の中
3
に蓄積 された情報は大 き く2種類に区別で きるo第 1は,連結の対象 となる情
報であ り,第 2は,スキーマのよ うに情報を選択 し,連結す るための情報であ
る。前者を,素材情報,後者を意味情報 と呼ぶ。
意思決定が様 々な要因に よって影響 され るのと同様,意味決定 も様 々な要因
に よって影響 され る。その最 も重要 な影響因は,スキーマ とい う形で個人の中
に蓄積 された意味情報な らびに連結の対象 として蓄積 された素材情報,つま り
知識であ るが,それ以外に も,意味決定に重要な影響を及ぼす と考 え られ る要
因が存在 している。
その第 1は,個人の性癖,性向である。上述の販売部長が,楽観的な人物で
あれば, この情報は, 「とくに問題な し」 とい う意味に解釈 されがちであるし,
悲観的であれば 「モ ラールの低下」や 「製品の陳腐化」 と連結 されがちである.
第 2の影響因は,その時点での個人の意欲,感情,関心である。部長が定年
前で,会社における残 りの生活をつつがな く送 りたい と思 っている時には, こ
の情報は 「とくに問題な し」 と解釈 されがちであろ う。逆 に, この部長が昇進
に強い関心を もってお り, 目に見える実績を早 くあげたい と考 えている時には,
他 の意味が引 き出され ることが多いだろ う。 また この部長が,技術部門の出身
3 記憶情報が少な くともこの 2種頬に分けることができるとい う考え方は,多 くの研究によって支
持 されているO例えば, ア イゼ ソ ク (
1
9
8
4
)は前者をエピソー ド記憶, 後者を意味 (
s
e
ma
nt
i
c
)
記憶 とよんでいる。 これは,認知心理学の一般的な用法であるO小谷津孝明編 (
1
9
8
5
)を参照。
4
0
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,「製品の陳腐化」 として
で製品開発に関心を もっている時には, この情報は
解釈 され ることが多いであろ う。
第 3は, この情報が送 られた社会的文脈である。 この情報が,通常の月次報
告 として送 られてきたか,営業次長か ら緊急報告 として送 られて きたかに よっ
て,解釈は異なるであろ う。組織の公式的な構造,組織や集団の親範 もこの社
会的文脈 の中に含め られ るか もしれない。販売部長の権限が明確に しか も狭 く
規定 されている組織では, この情報が製品の陳腐化 と結び付け られ ることは少
ないであろ う。製品開発は彼の権限外だか らである。
以上の議論を もとにすれば,意味の解釈過程 は次の 5つの要因に よって影響
を受け ると考 えることができる。
①受け取 られた素材情報それ 自体
②個人の中に蓄積 された情報つ ま り知識 (
素材情報 と意味情報)
③個人の性格や性癖
④個人の動機,感情,関心
⑤社会的文脈
個人の認識過程は,大 き く分けると,意味決定 と意思決定 とい う2つの過程
か らな りたっていると考えることができる。それでは, この 2つの過程はいか
に関連 し合 っているのであろ うか。われわれは,意味決定を意思決定の前提 と
して捉 えることができるのではないか と考 えている。すなわち,両者は,意味
決定に よって引 き出された意味に基づいて,問題が認識 され,その問題を もと
に意思決定がお こなわれ るとい う形で結び付いているのである。上述 の例で,
情報 の意味が 「製品の陳腐化」 として解釈 された ときには,新製品の開発のた
めに どの様な行動を ともべ きかが問題 とされ,それを促進す るための方法が決
定 され るであろ う。意味決定 と意思決定 とは通常は,意味決定過程が意思決定
過程 に解決すべ き問題を投げかけるとい う形 で結び付いている。意思決定過程
で適切な行為代替案が見つかれば,それが実行に移 され るであろ うし, もし適
切な代替案が見つか らなければ,再度意味決定がや りなお され ることになるだ
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1
図 2 個人の認識過程
ろ う。 もちろん現実には, 2つの過程は相互に浸透 してお り, どこか らどこま
でが意思決定で どこか らどこまでが意味決定かを明確に区別す ることは困難で
あろ う。
もちろんすべての意味決定が意思決定を誘発す るわけではない。現実には意
味決定だけで集結する認識活動 も数多 く存在 している。 リーダーの行動をみて
(
つ ま り, リーダーの行動 とい う情報を受け取 って), l
)-ダーの性癖 を 塀 推
す るとい うプロセスがその例である。この場合には,意味決定は直接の意思決
定に結び付 くわけではない。 このようにして得 られた意味は,将来の意思決定
や意味決定のための情報 として利用 され る。
以上の議論を図式的に示 したのが図 2である。
Ⅰ
Ⅰ
Ⅰ 意味決定の能動性
pe
r
意味決定過程の出発点は,情報の取 り入れである。 この段階は,知覚 (
c
e
pt
i
o
n) ともよばれ る。知覚の問題は,哲学の認識論や認知科学の中 心 的 な
論争点であった (ガー ドナ-,1
9
8
5;渡辺,1
9
8
6
)
。知覚が どの様にして 起 こ
るかにかんして, 2つの対立 した見方がある (
川崎,1
9
8
5
)
0 1つは, 外 界 か
らの情報を集約連結することによって,少 しずつ抽象的な概念に近づいてい く
とい う形で行われ ると考 える立場である。伝統的な言葉を使えば,知覚は帰納
的に行われると主張する立場である。最近の認知科学の用語を使えば,ボ トム
ア ップ処理を重視す る立場である。 もう 1つは,事前の抽象概念枠組みが徐々
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に具体化され るとい う形で知覚が行われ ると考える立場であ り,知覚の演梓的
な性質, トップダウンの処理を重視する立場である。もちろん,現実には この
2つは,同時並行的な過程あるいは相互に閑達 しあった 1つのサイクルをなす
と考 えられている。現代の認知諸理論では,後者つま りトップダウン過程 の重
9
8
6;川崎,1
9
8
5
)
。 これ まで前者の
要性を指摘する論者の方が多い (
渡辺,1
ボ トムアップ型が暗黙の うちに重視 され過 ぎていたためである。後者の考え方
に従えば,われわれの認識は事前の枠組み,概念あるいは構 えによって影響を
受けてお り,時にはわれわれは知 っていることのみを見るとい うバ イアスが生
じることもある。
伝統的な情報処理モデルは,暗然に,前者のボ トムアップ処理の考え方を と
っていた ようである。外界か らの刺激が知覚 され,それを もとに一定の内部状
態が喚起され,認識 (
つま り意思決定)が始まると考えていたのである。 しか
し,現代の認知理論をもとにすれば,人間の知覚は, これまでの組織研究者が
考 えられていた よりも能動性を持 っていると考えるべ きであろ う。認知心理学
のナイサーは,人間の知覚が,外界についての一定のスキーマ (これまでの経
験をもとに作 り出された環境についての仮説的枠組み)にもとづいた知覚的探
索行為,環境か らのサ ンプル抽出に よる外界の現実についての情報の獲得,そ
れをもとにしたスキーマの修正 とい うサイクルをた どると主張 している。ナイ
サーによれば人間は,外界の刺激に対 して受動的に反応するのではな く, より
積極的に自分 自身の視点に基づいて刺激 としての情報を探索 しているのである。
認識諸理論の中には, この主張を より一層強め,客観的な現実 とい うものが
存在するのではな く,現実の世界は,人間によって認知的に創 り上げ られ ると
4
主張するものも存在する。人間の主体性,能動性を どの程度認めるかは,上述
した知覚サイクルが, どこか ら出発す ると考えるか,ある段階か ら次の段階-
4 この立場をとるのは,現象学的社会学 (シュッツ,1
9
7
0
)やエス ノメソドロジー (ガーフ ィンケ
9
6
7
)の系統をひ く社会学者 (
たとえばバーガー&ル ックマソ, 1
9
6
7
), 社会的認知理論や帰
ル,1
9
75
)に多い。
属理論 (
たとえば,シェバー,1
組 織 認 識 論 の 構 想
4
3
の影響の強 さが どの程度かに依存 している。知覚サイクルがスキーマに従 った
探索か ら出発すると考え,サ ンプル抽出を通 じて得 られた情報か らスキーマの
修正への影響が弱い時には,客観的な現実 よりも,主観的な再構成 された現実
のほ うが,人間の行動に より大 きな影響を及ぼ していると考えることがで きる。
とりわけ,社会的な現象の知覚に とってほ,主観性が より強 く働 く傾向がある
と考えることができる。
9
8
7
) で述べた ように,組織の硬直性,慣性力が,認識 の問
別稿 (
那護野,1
題 と関連 しているとすれば,認知サイクルの各段階に影響を及ぼす要因を確定
す ることに よって,組織における知識 と行動 の変化についてより体系的な議論
が展開できるであろ う。
われわれの能動的な知覚を捉 えるための概念 として重要なのは,注意である。
都会 のけんそ うのなかや, カクテルパーテ ィーのざわめきのなかでも,人 々が
ある会話を聞き分けることができるのは,われわれの知覚が何事かに注意 をむ
けるとい う志向性をもっているか らである。 この志向性は,われわれの感情,
動機,社会的環境そ して知識によって決め られる。同様に組織の中の個人が,
外界か らどの様な情報を取 り入れ るか も,彼の志向性に規定 されている。 この
志向性を決定する要因が理解できれば,組織が どの様な情報を取 り入れ どの様
な情報を無視す るかを理解できるはずである。
Ⅰ
Ⅴ
知 識 の体 制 化
人間の外界認知が よ り能動的なものであるとい うことを認めるな らば,人々
の中に蓄積 された知識は,人間行動の理解に とって, これ まで考えられてきた
以上に重要であることを認めなければな らない。さらに重要なことには,現代
の認知科学は,人間の知識が高度に体制化 されていることを,様々な実験を通
じて示 している。体制化 された知識をとらえるための代表的な概念は,スキー
マである。スキーマの概念は多様な意味で用い られているが,最 も一般的には,
9
8
6
)
「ある一定の刺激に対す る体制化 された知識」(ロー ド & フォテ ィ,1
4
4
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第
5 号
と定義 される。 もちろん研究者によって,その意味は違 っているし,対象に応
じてそれにかあ る概念,た とえばメンタル ・モデル,認知地図, カテゴリー,
プロ トタイプ,状況の定義など,が使われることもある。この ような違いにも
関わ らず,スキーマが どの様な働 きをするかに関 しては,大方の合意がえられ
ている。
スキーマの第 1の役割は,人々が外界か ら得る情報に対 して,意味を与える
のを助けるとい う働 きである.われわれの用語法を使 えば,スキーマは,情報
の選択的な連結のルールであるともいえよう。 このようなスキーマが存在する
ことによって,人々の意味決定は簡素化 され,情報処理の負荷が削減 されるの
である。
第 2は,人々が新たな情報を探索するとき,探索の方向,注意の焦点を定め
るとい う棟能である。スキーマは,一層の情報探索のための仮説 として情報探
索の負荷を削減す るのである。
第 3に,スキ-マは,それに合わない情報に対 して選択的に注意を向けさせ
るとい う機能をもっている。典型的でない情報が含 まれておれば,人々はそ こ
に注意を向けるのである。
スキーマは階層あるいはネ ッ トワ-ク構造をもってし'
t
ると考 え られ て い る
9
8
5
)。スキーマは,そのなかにサブスキーマを包摂す る。例 えば,顔
(
川崎,1
とい うスキーマには, 目, 口,鼻などのサブスキーマが含 まれている。また,
スキ-マは,様々な抽象 レベルをもってお り, しか もその間に関連性が存在 し
ている。このようにして,スキーマは高度に体制化されているのである。
伝統的組織モデルでも,人間は,その反応を常軌化するために,プログラム
のレパー ト1
)-を持 っていると考 えられていた。プログラムは,刺激 としての
情報にたいす る反応を特定化 した ものである。意思決定のプログラムに当たる
ものが,意味決定のスキーマである。現代の認知理論によれは,社会的な行為
に関す るスキーマは個々バ ラバ ラに存在 しているのではな く,高度に体制化 さ
9
8
6
)で
れている。その典型がス クリプ ト・スキーマ (ロー ド & フォテ ィ,1
組 織 認 識 論 の 構 想
4
5
ある。
ス クリプ ト・スキーマ とは,一定の状況で物事がいかなる順序で起 こるかに
ついての体制化 された知識である。例えば,人々はレス トラソに入れば どの様
な順序で物事が運ぶかを知っている。同様に,戦略会議において人々は,個々
の事象や情報に対 して反応す るのではな く,その連鎖についての一定の期待を
もってお り,その期待に準拠 しなが ら意味の決定を行 う。戦略会議がいつ もと
違 う順序で進め られた時には,何か突発的な出来事の発生を予測するであろ う。
ス クl
)プ トを持つ ことに よって,個人の意味決定は, より簡素化 されるのであ
る。
人間が,環境の動 きあるいは他者の行為について,少な くとも主観的に整合
的な理解の枠組みを創 り出す とい うことを重視するのは,社会心理学の帰属理
論である。帰属理論は,「人は行為の能動的知覚者であ り,観察 した行動の基
底にある不変性を探 り当てようとす る。そ してこの探索活動 こそが,知覚者が
為すであろ う行為に とって重要な意義をもた らすのである。
」(シェーバ ー,1
9
7
5
, 3ページ) とい う前提か ら出発す る。帰属 とは,行為者が他の行為者ある
いは集団の行為に対 してそれがなぜ起 こったのかを解釈 し,その原因を理解す
る活動である。た とえば,ある管理者が会議で,社長の意見に反論をした とし
よう。 これを見ていた人がその理 由を理解するのが帰属である。 この行為の原
因は,その管理者の性格 (
彼は反抗的な人間だ)に帰せ られるか もしれない し,
彼がおかれた状況 (
彼は部門の利益を代弁 している)に帰せ られるか もしれな
い。
帰属 も意味決定の 1つであ り,スキーマが重要な役割を演 じる。社会的場面
におけるスキーマは, ヒ ト・スキーマ (ある種の集団や人に共通 した背景や行
動様式についての情報), 自己スキーマ (自分 白身の性格,外見,行動 に つ い
ての情報),状況- ヒ ト・スキーマ (
一定の状況あるタイプの人に典型 的 に 見
られ る行動についての知識), さらに既述のス クリプ ト・スキーマに分 け られ
985
)。これ らのスキーマは,人々が, ヒトの社会
る (ロー ド & フォティ,1
4
6
第 155 巻
第
5 号
的な行為に関 してもっている 「日常の理論」 ともい うべ きものである0
人々が社会的な行為の帰属を行お うとす るのは,それによって,行為に対す
る自己の理解力を高め,行為者の将来の行為についての予測可能性を高め,心
理的な安定性を高めることができるか らである.逆に,スキーマが硬直的な と
きには,行為の原因を誤 って帰属 してしまった り,ステ ロタイプ化 (
過度に単
純なきめつけ)が起 こることもある。
帰属理論は, このような帰属が如何にして行われるか,帰属過程での誤 りや
過度の単純化がなぜ起 こるのかを分析する。個人が保有 しているスキーマ, 日
常の理論に注 目す ることに よって,組織において必要な情報が無視 された り,
環境について一面的な見方が助長 された りす る現象についてより体系的な議論
が展開できるはずである。
Ⅴ 非 累積 的学 習
既に述べた ように,認識組織論の対象は,大 きく,知識の利用のプロセス と,
知識の獲得のプロセスに分け られる。後者を,学習の過程 と呼ぶ ことができる。
以上では,主 として知識 の利用のプロセスの主要な命題について論 じてきたの
で,つぎに学習過程について論 じることにしよう。
伝統的組織論では,学習 とは,人間の内部状態 とりわけプログラムのレパー
トリーの変化であると考えられてきた。この学習が どの様な メカニズムで起 こ
るかにかんして,伝統理論は明示的な主張を持 っていたわけではないが,陪熱
には,行動結果のフィ- ドバ ックを通 じて,記憶や動機が漸進的かつ適応的に
修正 されてい くとの仮定 (
た とえば,サイアー ト & マーチ,1
963
)が置かれ
ていた と考えても大 きな誤 りはない。
人間の記憶が,素材情報 と意味情報の 2種類に分け られるとすれば,学習に
かんしても, 2種類の学習を区別す ることが必要である。その第 1は,素材情
報についての情報の蓄積である。 この学習にかんしては,量の増加が問題であ
り,情報量の増加は漸進的に起 こると考えることができる。
組 織 認 識 論 の 構 想
4
7
第 2は,意味情報つ ま り新 しいスキーマの獲得である。スキーマの学習にか
ん しては,量だけでな く,その質が問題である。認知心理学では,スキーマに
長堀,1
9
8
5
)。そのメ
よる学習は,増大,調整,再構成 の 3つに区別 され る (
カニズムは,つ ぎの よ うに説 明され る。 まず,取 り入れ られた情報セ ッ トが,
スキーマに合致 した とき,その情報は,素材記憶 として保存 され る。 これは第
1の学習に対応す る。 もし既存 のスキーマがそのままでは盾報セ ッ トに適合 し
ない ときは,スキーマに含 まれ る変数の制限値 の範囲内であれば,調整に よる
変化が生 じる。個別例 の蓄積が十分 に大 き くなると,再構成に よって新たなス
キーマが形成 され る。
スキ-マの再構成 とい う形 の学習が どの程度柔軟に行われ るかにかん しては,
多様な見解がある。た とえば,スキーマを知覚サイ クルのなかに位置づけたナ
イサ ー (
1
9
7
6
) はスキーマを一種 の仮説 と考 え,その修正が柔軟に行われ る と
1
9
8
6
) は,頑強性を もっている
考 えた。 これに対 して, ロー ド & フォテ ィ (
と主張 し,「スキーマは,既存 のスキーマを支持す るデータが誤 りであ る とい
う情報を与 え られて も,変わ らない とい うほ どの頑強性を もつ こ とが あ る」
(
p.3
2
) と述べている. じじつ, スキ-マがあま り柔軟に変わ るのであれば,
スキーマの情報処理 負荷軽減効果は小 さいであろ う。
スキーマがある程度 の頑強性を もっているとす ると,スキーマは,人々の学
習を促進す る効果 と同時に,それを阻害す る効果を もっていると考 えることが
できる。 この点を端的に示 しているのほ,チ ェース & サイモンの実験である
(カーニー,1
9
8
6
)。 これは, チ ェスの名人 と,中級著,素人の三者 に, チ ェ
スの盤面を記憶 させ,再現 させ るとい う実験である。過去の対局か ら取 ってき
た盤面を示 した とき (
実験 1)は,試行回数 とともに,すべてのグループの再
現率は高 まったが,名人が最高で, 中級者がそれにつ ぎ,素人の再現率が最低
であった。 これに対 して, ランダムに配列 した盤面を もってきた と き (
実験
2) には,名人の再現率のほ うが,素人や中級者 よ りも低か ったのである。素
人の再現率には,第 1の実験 と第 2の実験 との問に,ほ とん ど差がなかったの
4
8
第 155 巻
第
5 号
である。チ ェスの名人は,チ ェスの盤面にかんしてより高度に洗練 された体系
的なスキーマを もっている。それが,第 1の実験での再現率を高めるのに役立
ったのである。 これに対 して第 2の実験では, このスキーマが逆に記憶の妨げ
となったのである。つま り,スキーマは,それに合 う情報の獲得を促進するが,
それに合わない情報 の獲得を阻害す るのである。
ア∼ジ リス & ショソ (
1
97
8
) は学習が基本的な価値観の修正を伴 うか どう
かをもとに, シングル ・ループ学習 とダブル ・ループ学習を区別 し,組織のな
かでダブル ・ル-プ学習を行 うことの困難性を指摘 している。以上で述べてき
た ことをもとにすれば, この困難 さは,スク1
)プ トの頑強性に由来す るものと
考えるほ うが妥当か もしれない. 2種煩の学習は,価値の問題 よりは,知請 の
体制化 と関わ っているのである。
ⅤⅠ
認 識 と行 為
伝統的な情報処理モデルでは,行為 と意思決定 とは明確に区別 されていなか
った。決定をす るとい うことは即ち行為す るとい うことを意味 し,あらゆる行
為の背景には,常軌化 された決定をも含めて,かな らず意思決定が伴 うと考え
られてきた。 これに対 してわれわれは,行為 と意味 との間には,情報 と意味の
間 と同様,一対一の対応関係はない と考える。
行為 と意思決定を別個のものとして取 り扱 うことは次のような理 由か ら必要
である。
①行為は他者に とっての情報である。決定の結果を行為を通 じて表現 しようと
する時には,意図された もの以外の情報が必ず含 まれている。例えば,ある決
定の結果を命令 とい う形で他者に伝達 しようとした時には, この行為は,命令
の内容以外に,伝達のスタイルを表現する情報を も伝 える。つま り,行為は,
決定 とは別に新たな, しかも意図 しない情報を発生 させ る源泉なのである。
②同様に,他者に対す る積極的な働 きかけは,他者の反応を誘発 し,他者につ
いてのより多 くの情報を発生 させ, 自己の意味決定のためのより多 くの情報を
組 織 認 識 論 の 構 想
4
9
発生 させ る。
⑧ 自己の行為それ 自体が 自己に とって新 しい情報 となることがある。ある種の
情報は直接的な行為を通 じてしか獲得できない。スポーツの動 き,現場の作業
方法などはその例であるが,人間は言葉によって表現できない情報を持つ とい
96
6
)0
う考 えもある (ボラニー,1
行為 と認識 の間には相互依存関係があ り,それが知識 の変化の重要な源泉で
97
9
)。行為 と意味は二重に影響を及ぼ し合ってい る。 1つ
もある (ワイ ク,1
は,行為に先立つ認識過程が行為に影響す るとい う関係であ り, もう1つは,
行為の結果が意味を作 り上げる素材になるとい う関係である。 このような二重
の意味が生 じるのは,既述 した ように,意味を表現 しようとす る行為が,それ
以外の潜在的な意味をも同時に持つか らである。一部の論者が重視す る混沌や
暖昧性に意味があるのは,それ らが新 しい意味の創造を促進する条件 となって
いるか らであろ う。
1
9
8
3
) は,適応的で創造的な企業は,行動偏
ピーターズ & ウォクーマン (
向 とも呼ばれ るほ どの能動的な行動志向性を持っていると指摘 している。 これ
紘,行為を通 じて しか得 られない情報が現実の認識過程で重要な役割を果た し
ているか らである。 この側面を重視 しているのは,伝統的な認識論の中で も,
能動的認識論である。た とえば,毛 (
1
9
3
7
)は 「人がある一つの物事あるいは
い くつかの物事を直接に認識 しようとす るな らば,人はみずか ら現実をかえる
実践的な闘争に参加 しなければならず,そ うしてのみその物事あるいはそれ ら
い くつかの物事の現象にふれることができる」 とい う。能動的な行動は,組織
において新 しい意味を創造す る素材になっているのである。
ⅤⅠ
Ⅰ
意思決定と問題解決
問題解決は,情報処理モデルの中心的な問題の 1つである。 しか しなが ら,
情報処理モデルが取 り扱 っていた問題解決行動は,限 られた情報処理能力の中
でせいいっぱいの合理性, 日的志向性を達成 しようとい う合理的問題解決の側
50
第 155 巻
第
5 号
面である。その基本的なモデルが,適応的動梯行動 の一般モデルである (マー
95
9;サイモン,1
9
5
7
)。
チ & サイモン,1
適応的動機行動 の一般モデルによれば,人間の問題解決活動は, これまでの
や り方では期待す る目標 (
欲求水準)が達成できない と知覚 された時に開始 さ
れ る。問題解決は,記憶の中か ら目標 と現実 とのギャップを埋める代替案を探
す とい うかたちで行われ る。記憶の中に,ギャップを埋める代替案が見つか ら
なかった時には,問題は, 目的手段の連鎖をもとに,下位問題に分割 され,解
決 される。それで も,適切 な代替案が見つか らない ときには, 目標(
欲求水準)
が引き下げ られ る。
このような問題解決行動は,組織の中で重要な役割を果た している。それに
も関わ らず, このような問題解決行動は,人間の考える,選ぶ,決めるとい う
認識活動についての多様なモ デルの 1つにす ぎない。現実の組織では, このモ
デルでは とらえきれない問題解決が行われている。直感や閃 きによる問題解決
1
9
8
5
) は, これ らの問題解決
や創造的な問題解決がその例である。サイモン (
ち,合理的問題解決のモデルで説明できると主張 している。その証拠 として彼
は,彼の汎用問題解決プログラム (
BACON)が,ケプラーの法則を再発見
した例をあげている。 しか しなが ら,2つの数列の間に関係があるかも知れな
い とい う直感はコンピュータか らは生み出せないのである。
直感や閃 き,創造的な問題解決の過程を とらえるた削 こは,摂推 (アナ ロジ
ー)による問題解決 (
- ッセ,1
96
6;カーニー,1
9
8
6
),イメージ (モ リス &
- ソプソソ,1
9
8
3
)
,視点 (
宮崎 & 上野,1
9
8
5
)
, メタファー (
菅野,1
9
8
5
)
などの問題を考えにいれる必要がある。
結
論
本論では,組織認識論の基本的な物 の見方はどの様なものかを,伝統的な情
報処理モデル と対比 しなが ら論 じてきた。本論で示 した命題を要約すると次の
ようになる。
組 織 認 識 論 の 構 想
5
1
1.人間の認識過程は,意味決定 と意思決定 とい う2つの過程か らなる。
2.意味決定は,取 り入れ られた情報 と記憶の中にある素材情報を選択的に連
結することに よって行われる。
3.人問は簡報を連結するための枠組みを もっているO この枠組みをスキーマ
とい う。 したがって,人間のなかに蓄積 された情報は,連結の素材 としての情
敬 (
素材) と,それを連結す るための情報 (
連結)の 2種類に分けることがで
きる。
4.意味決定は,それだけで完結す ることもあれば,意思決定に対 して問題を
投げかけるとい う形で,意思決定過程 の前提 となることもある。 したがって,
受け取 られた情報セ ッ トが同 じであっても,異なった意味決定が行われれば,
意思決定の結果 も異なるであろ う。
5.意味決定は,受け取 られた情報,記憶 された素材情報 と連結情報,個人の
感情や動棟,情報が送 られた社会的文脈によって影響 され る。
6.人間は情報の受動的な受け手ではな く,情報の能動的な探索者である。情
報の探索は,スキーマによって影響 され る。
7.人間のなかに蓄積 された知識は,高度に体制化 されている。
8.知識 の体制化は,既存のスキーマに合致す る情報の学習を促進す るが,そ
れに合わない情報の学習を妨げる。
9.個人のなかに蓄積 された連結情報 (スキーマ)紘,変化に抵抗す るとい う
頑強性を もっている。既存のスキーマの範囲内での学習 よりも,スキーマの変
革を ともな うような学習のほ うが難 しい。
1
0.個人が表現 しようとす る意味 と,それを表現す る行為 との問は,1対 1の
対応関係は存在 しない。 この非対応関係は変化,学習の源泉になる。
ll
.能動的な行為は,新たな意味決定のための情報を創造する。
これ らは極めて丁般的なものであ り,その具体化は今後の課題である。 しか
し,本稿の-般的な命題は,認識組織論の基本的な姿勢を明 らかにす るには十
分であった。本証で示 した命題は,組織あるいは社会的文脈におけ る個人の認
5
2
第 155 巻
第
5 号
識過程 に関す るものであ った。 しか し,組織 の中には,個人 の認識 過程 に還元
しきれ ない集合的な認識 過程 が存在す る。組織現象 を理 解す るた めには,集合
的認識論 ともい うべ きものが必要 なので あ る。 しか し集合的 な認識 とい う問題
ち,社会 的認知理論 におけ る未解決 の問題で あ り,われわれがす ぐに利用で き
る よ うな便利 な命題が あ るわ けではない。む しろ,そ の様 な命題 を開発す るの
紘,組織研究者 の課題 であ る と言 え るのか もしれ ない。
参
考
文
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山口節郎訳,『日常世界の構成』
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新 ・経営戦略の論理』 日本経済新聞社。
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加護野忠男,1
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,『
経営組織の環境適応』白桃書房。
加護野忠男,1
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,「パラダイム共有 と組織文化」『組織科学』16巻 1号。
加護野忠男,1
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,「組織認識論序説」『組織科学』21巻 1号。
加護野忠男 ・野中郁次郎 ・榊原清則 ・奥村昭博,1
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3
,『日米企業の経営比較』 日本経
済新聞社。
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川崎恵里子,1
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,「記憶におけるスキーマ理論」か谷津孝明 (編) 『記憶 と知識』認
知心理学講盤 2,東京大学出版会。
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2, 『
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松村一人 ・竹内実訳)岩波書店o・
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土屋守章訳, 『オーガニゼ-シ ョソズ』 ダイヤモン ド社,1
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宮崎清孝 ・上野直樹,1
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,『
視点』東京大学出版会。
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多鹿秀継訳, 『
認知心理学のすすめ』サイエンス社)
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古崎敬 ・村瀬 訳 『
認知の構図一人間は現
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実をどのようにとらえられるか』サイエ ンス社,1
野中郁次郎,『
企業進化論』 日本経済新聞社,1
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6, 『
認知科学』新曜社。
大島尚,1
小谷津孝明(
蘇)
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,『
記憶 と知識』認知心理学講座 2,東京大学出版会o
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大前研一訳 『エ クセ レン ト・カソバニー』講談社,1
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理解 とは何か」東京大学出版会。
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稲松借晩 生琴壌二訳, 『
帰属理論入門』誠信書房,1
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, 『メタファーの記号論』劾草書房.
菅野盾樹,1
竹内弘高,榊原清則,奥村昭博,加護野忠男,野中都次郎, 『
企業の自己革 新』中央公
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論社,1
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戸田正直,1
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4,「
認知 とは何か」大山正 ・東 洋編 『
認知 と心理学』認知心理学講座,
1,東京大学出版会。
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6
,『
知るとい うこと』東京大学出版会。
渡辺窯,1
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