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化学と日常生活との結びつきを伝える 高等学校化学モジュール教材の実践

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化学と日常生活との結びつきを伝える 高等学校化学モジュール教材の実践
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化学と日常生活との結びつきを伝える
高等学校化学モジュール教材の実践
The High School Chemistry Modular Teaching Materials for the Understanding
of the Relationship between Chemistry and Our Daily Lives
人見 久城 *1,小林 千鶴 *2
HITOMI Hisaki, KOBAYASHI Chizuru
We conducted the five kinds of high school chemistry modular teaching materials for tenth graders. Those
materials showed the relationship between chemistry and our daily lives. The modular teaching materials
contributed to students’ understanding of chemical learning contents. On the other hand, the influence that the
modular teaching materials give to students’ awareness of the learning of science is very few. Considering lower
consciousness for the science (especially chemistry) of the Japanese high school students, the modular teaching
materials are subsidiary for the textbooks, but are extremely important.
キーワード: 理科教育,化学教育,高等学校化学,モジュール,日常生活
1.はじめに
科学は日常生活と密接に関係しているにもかかわらず,日本のこれまでの理科教育では科学の成果
が生活や社会において占める位置についての理解が乏しいことが指摘されている ( 鶴岡,2004)。これ
に関連して,国際教育到達度評価学会 (IEA) が実施した国際数学・理科教育動向調査 (TIMSS) や経済
協力開発機構 (OECD) が行った生徒の学習到達度調査 (PISA2006) から,日本の生徒は日常生活と関連
の深い設問に課題があることが明らかとなった ( 堀,2007)。また,PISA2006 で高校 1 年生を対象に行
われた「モデルの使用や応用を重視した理科の授業に関する生徒の認識」についての質問紙調査では,
「先生は,科学の考えが実生活に密接に関わっていることを解説してくれる」という問いに対し,日
本の生徒は肯定的な回答の割合が低いという結果が出ている ( 国立教育政策研究所,2007)。同様の調
査で,日本の生徒は理科学習への道具的な動機づけがあると回答した割合が低かった ( 国立教育政策
研究所,2007)。これは,理科学習が自分の役に立つと考えている生徒が少なかったということである。
これらのことから,理科の学習内容が生活や社会とどのようにつながり,どのように役立っているか
ということを意識した理科授業が求められていると考えられる。平成 17 年度高等学校教育課程実施
状況調査において,教科の学習を「大切だ」「好きだ」と答えた生徒の割合が特に低かったのは化学Ⅰ
であった ( 国立教育政策研究所,2008)。ここから,化学の学習意識を高めることが後期中等教育の課
題のひとつであるといえる。
大久保 (2004) は高等学校化学において,日常生活にその内容が活きていることをはっきりと生徒に
*1
宇都宮大学教育学部 *2 宇都宮大学大学院教育学研究科
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認識させ,得られた科学的な知識を生徒の実生活に戻せるようなモジュール教材を構成・実践し,生
徒の学習意識への影響を検証した。モジュールとは,1ないし数校時分の授業での使用を想定した教
材で,実施の順序性なども強くなく,単元内にいわば投げ込み的にも使用できるものをいう。大久保
(2004) では全体的には良好な成果が得られたが,生徒の学習意識が高まったという顕著な結果は得ら
れなかった。その理由として,①モジュールを実践した高校では生徒の学習意欲が非常に高い一方で,
生徒の関心がテストの点数や進学のみに集まる傾向があり,その意識を内容の面白さや有用性に向け
ることが困難であったこと,②モジュールが適切でなかった可能性があること,③授業の効果を評価
した生徒への質問の内容が適当でなかった可能性があること,の3点が挙げられている。モジュール
のねらいを生徒に十分に伝えるためには,これらをもとに授業の条件を検討し,生徒の学習意識を高
めるための手がかりを探す必要がある。本研究では上に示された①に関連して,対象となる生徒が変
わることで同じ内容のモジュールに対する評価がどのように変わるのかを把握することとした。
2.研究の目的
化学の内容が日常生活にどのように役立っているのかということに生徒が気付き,学習の有用性を
感じられるようなモジュール教材を実践し,生徒の意識面での変容を把握して,実践の効果を明らか
にする。
3.研究の方法
大久保 (2004) で開発された高等学校化学モジュール教材を用いることにした。同研究は女子校第1
学年生徒を対象とした実践であるが,男女共学校における実践については触れられていない。そこで,
本研究では,共学校の第1学年生徒を対象にすることとした。対象は,栃木県内の県立高等学校第1
学年生徒である。実践にあたっては,モジュールの効果を把握するために,モジュールを実践した群
(実験群:80 名)と,モジュールを実践せずおもに教科書に沿った学習を行った群(統制群:80 名)に
分け,同じ質問項目により結果を比較することとした。モジュールは 2010 年 6 ∼ 12 月に 5 種類を実
践した。実施期日と実践したモジュールの題目を表1に示す。第 1 回モジュールの実施前(5 月)に両
群に対して事前調査を実施し,各モジュールを実践した直後に実験群を対象に事後調査を実施した。
質問項目を表2に示す。質問1∼3は両群の生徒が回答し,質問4∼8は実験群のみが回答した。ま
た,大久保 (2004) における結果と意識面に関する部分で比較をするため,同一の質問(質問A∼H)
を用いて調査した。
表 1.モジュールの実施概要
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表 2.質問項目
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4.結果と考察
4 − 1.本研究における実践結果
質問1の回答を図1,図2に示す。両群ともに「学校で学ぶように決められているから」という回
答が最も多かった。モジュールを実践した群(実験群)の「学ぶことが楽しいから」と「自分の生活や
将来に役立つから」という回答は,統制群のそれらよりも高い。また,モジュール群のそれらの割合は,
期間を通して大きく変化していない。
質問2の回答を図3,図4に示す。統制群に比べ,実験群では「よくある」「たまにある」という回
答の割合が高く,「全くない」という回答の割合が非常に低かった。モジュールの実践により,「よく
ある」
「たまにある」の割合に大きな変化は見られないものの,合わせて4割前後の生徒がそのよう
に感じている。
質問3の回答を図5,図6に示す。この質問では,選択肢を提示して複数回答を認めた。両群とも
に「実験をしている時」「わからないことがわかった時」「不思議な現象を見た時」の3つに対する回
答が多い。また,統制群では「実験をしているとき」という回答が次第に減少する傾向にあるが,実
験群では変化しなかった。さらに,実験群における「生活と化学の内容が結びついた時」に対する回
答が統制群より高く,20 件を超えることもある。ここが,日常生活との結びつきを伝えたモジュー
ル教材の効果のひとつと解釈できる。
質問4の回答を図7に示す。すべてのモジュールで「とても役立った」「少し役立った」という肯定
的な回答が9割を上回った。ここから,モジュールの内容が教科書の内容にも沿いながら,学習の助
けになったことを示していると考えられる。
質問5の回答を図8に示す。肯定的な回答が8割前後と高い。モジュールの実践が,化学を学ぶこ
とは役立つものであるという意識を高めることにつながっていることがわかる。
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図 1.質問 1(あなたにとって,理科 ( 理科総合 A・化学 ) を学ぶ理由は何
ですか?)の回答:実験群
図 2.質問 1 の回答:統制群
図 3.質問 2(普段の生活のなかで,理科 ( 理科総合 A・化学 ) が役に立っ
ていると思うことがありますか?)の回答:実験群
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図 4.質問 2 の回答:統制群
図 5.質問 3(どんな時に理科 ( 理科総合 A・化学 ) を面白いと思いますか?)の回答:実験群
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(件)
図6.質問3の回答:統制群
図 7.質問 4(この授業は,単元の内容を理解するのに役立ちましたか)の回答
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図 8.質問 5(この授業を受けて,化学を学ぶことは自分にとって役に
立つと感じましたか)の回答
図 9.質問 6(この授業を受けて,化学の内容と日常生活が結びついて
いると感じましたか)の回答
質問6の回答を図9に示す。質問5と同様に,肯定的な回答は8割前後と高い。また,
「とてもそ
う感じた」という回答は,モジュールの回を重ねるごとに増加して,最終回では 40%にのぼった。こ
の結果からも,モジュールの実践が化学と日常生活の結びつきへの理解や意識づけに貢献しているこ
とがわかる。 質問7の回答を図 10 に示す。すべてのモジュールにおいて肯定的な回答で占められた。本実践が,
楽しさの側面からも良好なものであったことがわかる。
質問8では,各モジュールに対する感想を求めた。多くの感想が寄せられたが,おもなものを抜粋
して表3に示す。どのモジュールに対しても,化学と日常生活とのかかわりに気づいた感想が多く見
られた。本モジュールのねらいが生徒に伝わったことがうかがえる。第4回のモジュールでは,自分
でも(家でも)やってみたいという意見が多く見られた。薬局で購入できる試薬を使ったことや,ラ
ムネというたいへん身近な題材を使ったことが,親しみやすさにつながったものと思われる。そして,
手のひらの上で吸熱反応をさせたことを書いている生徒も多く見られた。五感を働かせることで,実
験がより印象的になるということを示している。さらに,第5回では,生活とのかかわりに気づくこ
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図 10.質問7(この授業は楽しかったですか)の回答
表3.質問8によるモジュールに対する生徒の感想(おもなものを抜粋)
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とに加えて,化学が役立っているという点に気づく感想も多く見られた。その他,実験そのものに驚
きや新鮮味を感じたり,実験を行う上で予想を立てて結果と比べることの重要性を指摘したりするも
のなども含まれていた。
4 − 2.大久保 (2004) と本研究の比較
先行研究である大久保 (2004) との比較をするため,同一の質問による調査を行った。対象を区別す
るために,大久保 (2004) における対象をA高校,本研究における対象をB高校と呼ぶこととする。ま
31
図 11.質問A(あなたは理科(理科総合A・化学)は好きですか)の回答
図 12.質問B(あなたにとって、理科(理科総合A・化学)の勉強は楽
しいですか)の回答
た,いずれにおいても,モジュールを実践した群を実験群,実践していない群を統制群としている。
なお,大久保(2004)における対象は,栃木県内の県立高等学校第1学年生徒(実験群 40 名,統制群
40 名)で,モジュールの実践とそれに伴う調査時期は,2002 年 4 ∼ 10 月である。実践されたモジュー
ルは,表1に示した5つの内容で,実践の順序も同じである。
質問A∼Hは「とてもそう思う・少しそう思う・あまりそう思わない・そう思わない」という4段
階の選択肢から1つを選択するものである。それぞれの回答を「4・3・2・1」と点数化し,平均値を
算出した。この値が高い方が理科(化学)の学習に対して好意的であるといえる。質問ごとに,縦軸
に回答の平均値,横軸に調査の回数をとったグラフを作成した。
質問Aの回答を図 11 に示す。A,B両校の実験群において,理科に対する意識(好き・嫌いなど)
は大きく変動していないか,わずかに増加する程度である。5回のモジュール実践が,理科に対する
意識に与える影響は大きくない。
質問Bの回答を図 12 に示す。B高校統制群の値が,他の群よりも全体的に低い。第3∼4回調査が,
32
図 13.質問C(理科(理科総合A・化学)の勉強をしていて、もっと詳
しく知りたいと思いますか)の回答
図 14.質問D(理科(理科総合A・化学)の授業で学んだこと(実験など)
を家などでやってみますか)の回答
一般的に理解が困難だといわれているモルの計算や熱の計算などを学習していた時期にあたることを
考慮すれば,否定的な回答がそれほど増えなかったともいうこともできる。
質問Cの回答を図 13 に示す。A,B両校の間に差が見られた。また,B高校の実験群と統制群の
間にも差が見られた。さらに,B高校の両群ともに,回を重ねるごとに数値が低下する傾向が見られ
た。学習意欲が向上したとは言い難い。
質問Dの回答を図 14 に示す。質問Cと同様の傾向が見られた。すべての群の平均値は 2.5 未満と低
いことから,学校での理科学習を生徒自身が自分なりに追試してみたいという意識は低いものと思わ
れる。
質問Eの回答を図 15 に示す。この質問は否定形(逆転項目)であるので,選択肢の値を逆転させて
集計した。したがって,他の質問の結果と同様に,数値が高いほど肯定的な回答を示している。図
15 では,B高校統制群がやや低いものの,全体的には肯定的な回答が高い。B高校実験群では,第
5回で上昇する傾向も見られた。
33
図 15.質問E(理科(理科総合A・化学)の学習は退屈ですか)の回答
図 16.質問F(理科(理科総合A・化学)の学習はやさしいですか)の
回答
質問Fの回答を図 16 に示す。事前調査の段階から「やさしい」ととらえている生徒は少数であった。
また,すべての群で徐々に低下する傾向にある。学習が進むにつれて内容が複雑かつ高度になってい
くため,次第に苦手意識を持ってしまうことが表れている。
質問Gの回答を図 17 に示す。B高校では両群とも上昇する傾向が見られた。実験群では第2回調
査時に,統制群では第3回調査時に上昇している。
質問Hの回答を図 18 に示す。いずれの群でも,理科(化学)で学んだことを使う仕事がしたいと回
答する生徒の割合は大きく変動していない。高校入学前までには,職業観がある程度固まっている可
能性も考えられる。
図 11 ∼ 18 を見ると,異なる2つの高校の生徒において理科に対する学習意識での回答に差がある
場合がある。その場合,各群の回答傾向は変化していない。したがって,モジュールの実践には,そ
れらの差に変化を与えるほどの効果は見られない。
34
図 17.質問G(理科(理科総合A・化学)は生活の中で大切だと思いま
すか)の回答
図 18.質問H(将来、理科(理科総合A・化学)で学んだことを使う仕
事をしたいと思いますか)の回答
5.まとめ 本研究による実践から,モジュール教材の効果として次の点を指摘できる。
(1) 化学と日常生活との結びつきを意識したとする回答や,化学を学ぶことが自分にとって役立つと
する回答は,いずれも8割前後と高い。モジュール教材が化学の実用性に気づかせることを促進し
ている。
(2) 実践に対する印象では,すべてのモジュールに対して「楽しかった」とする肯定的な回答で占め
られた。本実践が良好なものであったことが示されている。
(3) 実践の対象となった単元の学習内容の理解にモジュールが役立つとする回答は9割を超えた。モ
ジュールのねらいは,化学と日常生活との結びつきを伝えるものであったが,学習内容の理解にも
寄与している。
また,先行研究との比較により,次の点を指摘できる。
(4) モジュールを実践した群において,理科に対する意識(好き・嫌いなど)は大きく変動していな
35
いか,わずかに増加する程度である。5回のモジュール実践が,理科に対する意識に与える影響は
大きくない。
(5) 異なる2つの高校の生徒において理科に対する学習意識での回答に差がある場合,モジュールの
実践には,それらの差に変化を与えるほどの効果は見られない。
6.おわりに
本研究で取り上げた5種類のモジュール教材は,化学と日常生活との結びつきを生徒に伝えること
に関して,一定の効果があることが示された。また,これらのモジュールが,化学と日常生活との結
びつきを伝えながらも,同時に学習内容の理解にも寄与している点は,特筆すべきことである。化学
の実用面への気づきを促すことと知識理解を向上させることが両立することを示している。さらに,
異なる生徒を対象に2つの実践結果の比較から,モジュールが学習意識に与える影響は大きくないこ
とがわかった。これは,大久保 (2004) で指摘された知見と一致している。そして,異なる2つの高校
の生徒において理科に対する学習意識での回答に差がある場合,モジュールの実践には,それらの差
に変化を与えるほどの効果は見られないこともわかった。
筆者らは,化学と日常生活の結びつきを伝えることをねらいとしたモジュール教材は,教科書等に
示されている学習内容に対して,補完的な位置づけととらえている。つまり,モジュール教材は,学
習内容そのものを中心に据えながら,その実用性や応用面などを示すことで,化学と日常生活との結
びつきを示そうとしている。そのような構成にすることで,化学を学ぶ意味や社会における化学の役
割に生徒が気づくことを期待しているのである。日本の高校生の理科に対する意識は高くない。この
実情に照らしてみると,このような教材は補完的ではあるがきわめて重要であると考える。
[謝辞]
本研究を行うにあたり,ご指導とご協力をいただきました栃木県内の県立高等学校の先生方と生徒
の皆様に深く感謝申し上げます。
[文献]
大久保美恵 (2004):日常生活との結びつきを考慮した高等学校化学モジュール教材の開発,宇都宮大
学大学院教育学研究科修士論文 .
国立教育政策研究所 (2007):生きるための知識と技能 OECD 生徒の学習到達度調査 (PISA) 2006 年調
査報告書,ぎょうせい .
国立教育政策研究所 (2008):平成 17 年度高等学校教育課程実施状況調査報告書−高等学校理科−,
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/kyouikukatei.htm
鶴岡義彦 (2004):キャリア教育から見た理科教育の課題,理科の教育(日本理科教育学会),Vol. 53,
No.1,pp. 8-11.
堀 哲夫 (2007):自然科学に関わる基本概念を核として展開する理科授業や学習のあり方,理科の教
育(日本理科教育学会),Vol.56,No.5,pp. 4-7.
(平成 23 年 10 月 3 日受理)
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