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米国の家計を取り巻く不均等な環境

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米国の家計を取り巻く不均等な環境
Apr 4, 2014
No.2014-045
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
所
長 三輪裕範
主任研究員 丸山義正
03-3497-3675 [email protected]
03-3497-6284 [email protected]
米国の家計を取り巻く不均等な環境
米国の家計を取り巻く環境は改善しつつあるものの、資産価格上昇に伴うバランスシート改善が顕著な
一方、雇用所得の持ち直しは緩やか。こうした不均等な回復の下で、高所得者と低所得者の格差が拡
大。また、マクロ的に見ると家計の債務調整は既に終了したが、高学歴志向に加え、生活費ファイナン
ス目的も膨らんだため、学生ローンだけは残高の増加基調が継続。雇用所得環境の回復が鈍いため、
卒業後に学生ローンの返済に十分な職を得られない債務者が増加しており、延滞率は極めて高い水
準。金融市場に比べ、実体市場の回復が鈍い下で、政策のかじ取りは困難な状況。
米国の家計を取り巻く環境は、徐々に改善しつつある。顕著なのは、金融資産を中心としたバランスシー
トの回復である。一方、雇用所得環境の持ち直しが緩慢であるため、低所得者層に対する恩恵は小さい。
そうした不均等な回復の動きは、家計の債務構造にも変化をもたらしている。
バランスシートの回復が顕著
家計の資産/負債の推移(2004Q1=100)
マクロ統計において、家計部門を取り巻く環境として
180
回復が最も顕著なのは、バランスシート面である。資
160
産価格の上昇により、家計が保有する資産の価値が大
幅に増加している。
株高により金融資産は 2013 年 10∼12 月期に前期比
年率 16.6%も拡大、1 年前との比較では 12.6%増加し
た。住宅価格の反転上昇により有形資産も 10∼12 月
期まで 10 四半期連続で増加している。こうした、資
産価値の拡大により、総資産の可処分所得比はボトム
の 642%から直近は 748%まで上昇した。2007 年に記
録したピークの 792%には届かないが、歴史的に見て
も総資産の可処分所得に対する比率は高い水準にあ
80
60
40
家計の資産/負債の可処分所得比(%)
金融資産
総資産
金融負債
700
140
130
600
500
120
400
110
100
98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13
90
(出所)FRB
景気循環における雇用者数の推移(百万人、季調値)
15
10
の推移が続いている。
5
相対的に雇用所得環境の回復は鈍い
0
の、バランスシートほどの顕著な改善には至っていな
有形資産
800
100
対して、雇用所得環境も持ち直しの方向へはあるもの
98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13
(出所)FRB
200
降は横ばいへ転じ、可処分所得対比で見て 110%程度
金融負債
100
きるだろう。
速に縮小してきた金融負債残高だが、2012 年半ば以
総資産
120
300
る必要性が低下している。2007 年をピークとして急
金融資産
140
る。バランスシートの修復は相当程度進んだと判断で
こうした保有資産の拡大を受けて、金融負債を縮小す
有形資産
※グラフの起点は各局面での雇用のピーク。
1981-1990
1990-2001
2001-2007
2008-現在
-5
-10
(出所)U.S. Department of Labor
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研
究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告
なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
い。寒波の影響を除けば、雇用者数は増加基調を確たるものとしつつあるが、未だ金融危機前の水準を下
回る。また、賃金上昇率も高まる兆しこそ見せてはいるが、未だ持ち直しの動きは鈍く、コア CPI で実質
化したベースで見るとゼロ%台半ばの伸びにとどまる。
所得不均衡が拡大
2012 年までのデータとなるが、家計を 5 つの所得階層に分けた場合、2009 年までの 4 年間はいずれの階
層でも概ね均等な所得の増加が確認できる。しかし、
2012 年までの 4 年間に関しては、高所得者層で所得
水準が大幅に上昇する一方、低所得層については所得
水準が上昇していない。特に、5 つの所得階層の中の
最低位に至っては、所得水準が低下さえしている。
時給の変化(前年比、%)
5
名目時給
4
実質時給
3
2
こうした所得面の格差拡大は様々な要素により引き
起こされるが、その一因として、バランスシートとり
わけ金融資産の増加と雇用所得環境の回復の鈍さの
併存を指摘できる。二つの事象の併存が、もともと資
1
0
-1
96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13
(出所)US.BLS
5段階所得区分で見た所得中央値の変化(%)
産蓄積が進んでいる高所得者層と資産蓄積の乏しい
7
低所得者層の間の所得格差を拡大する方向に作用し
6
2006∼2009
2009∼2012
5
たと考えられる。
4
クレジットカード債務は未だ下げ止まりと断言できず
既に述べたように、家計の債務残高はマクロ統計で見
る限り調整が終了し、再拡大へ転じようとしている。
3
2
1
0
-1
5段階最低位
そうした債務の調整を主導したのは言うまでもなく、
家計債務の 7 割を占める住宅ローンの圧縮である。4
5段階第2位
5段階第3位
5段階第4位
5段階最上位
(出所)US.CENSUS
負債の種類別推移(可処分所得対比、%)
年間にも及ぶ圧縮と住宅価格の反転を経て、住宅ロー
9
ン残高は漸く底入れに至った。
8
90
80
7
その一方で、未だ雇用所得環境の持ち直しは鈍く、家
6
計の信用力(クレジットスコア)は十分に回復してい
5
ない。故にクレジットカードローン残高は、未だ完全
に下げ止まったとまでは言えない状況にある。
70
自動車ローン
クレジットカード
学生ローン
住宅ローン(右目盛)
4
3
2
03
04
05
06
07
08
09
10
11
60
12
50
13
(出所)FRB NY, BEA
様々な歪みが集約された学生ローンの増加
雇用所得環境が悪化し、クレジットカードなどによる
負債種類別の90日超延滞率(%)
16
生活費ファイナンスの途も狭まった家計が、生活の支
住宅ローン
14
自動車ローン
えとして求めた手段の一つが、学生ローンである。金
12
融危機後に就職環境が悪化する下で、より高い学歴を
学生ローン
10
8
選択する若年層が増えたほか、信用リスクによる審査
6
が行われない学生ローンを利用すべく、インターネッ
4
ト大学や夜間大学などへ入学する失業者も増えた模
クレジットカード
2
0
03
04
(出所)FRB NY
2
05
06
07
08
09
10
11
12
13
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
様である。その結果、他の多くの債務残高が縮小経路を辿る一方で、授業料や教材購入、家賃などの学生
自らの生活費のみならず、家族の生活費を賄うためにも、学生ローンが積極的に借り入れられ、残高は大
幅に増加した。
景気回復などに伴い、延滞率は 2009∼10 年頃をピークに、多くの負債種類で低下へ向かった。しかし、
雇用所得環境の回復が遅れる下で、卒業後に低所得の職しか得られず、場合によっては就職さえできない
ために、学生ローンの延滞率だけは 2012 年半ば以降に跳ね上がっている。
金融市場と実体市場のいずれを重視すべきか
米国経済は全体として底堅さを増している。しかし、未だ景気回復があまねく行き渡っている訳ではない。
特に、株価の持ち直しに代表される資産市場や金融市場の顕著な回復と、実体経済とりわけ雇用所得環境
の回復では、そのテンポや度合いに大きな乖離が見られる。そうした雇用所得環境の回復の遅れに対して、
本来はきめ細かな対処が可能な財政政策により手当てを講じるのが望ましい。しかし、財政再建の必要性
に加え、党派対立も激化する下で、財政政策による柔軟な措置は期待し難い。そのため、金融政策による
対応が求められることになる。金融政策の判断に際し、金融市場と実体経済のいずれに重きを置くべきか、
中央銀行である Fed は難しい舵取りを迫られている。
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