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森林技術 - 日本森林技術協会デジタル図書館

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森林技術 - 日本森林技術協会デジタル図書館
ISSN 1349-452X
昭和26年9月4日 第三種郵便物認可 平成21年9月10日発行(毎月1回10日発行)
通巻810号
森林技術
《論壇》
「森林文化都市・鶴岡」を目指して/安達喜代美
《今月のテーマ》み・ん・なの広場
●CPD-030-経営-006-200909 里山の整備をプロ・アマ協働で
―
「口開け」
に託す
「山屋」
の思いと提案―
日本森林技術協会
9
2009
No.
810
親子で読む
森林
答
03-3261-5393
〒102-0085 東京都千代田区六番町7
森林
普及部
森林技術 No.810 ── 2009年 9 月号
目 次
論壇
奇数月連載
連載
視察団報告
緑のキーワード
今月のテーマ
連載
統計に見る日本の林業
レポート
森林系技術者コーナー
本の紹介
こだま
ご案内等
安達喜代美 2
誌上教材研究 35 湯船地区(京都府和束町)の杉と日本の林業
小林広和・山下宏文 8
現場作業班員 徒然 6 特訓の夏
菅原俊和 9
台湾の森林と林業に触れる旅(下)
菊地 賢 10
伐期選択
細田和男 14
「森林文化都市・鶴岡」を目指して
み・ん・なの広場(会員の広場)
北海道釧路近郊の森林を視察して
長瀬雅彦 16
和歌山県日高地域の林業の目標作りとその後の状況に見る
ソフト事業の検証と提案
大西知芳 20
私の林道 40 年から ―災害復旧事業(災害査定)について
田中敬造 24
スギの漢字表記とその新語源説
有岡利幸 30
“風致林施業”を語る技術者の輪 - 人と森がいきる森林風致を求めて
12 環境変動下での森林美学考
清水裕子・小池孝良 34
[投稿記事]俳句と森林風致
青木陽二 38
39
品質・性能へのニーズの高まり
「持続可能な森林経営研究会」レポート⑪
相川高信 40
CPD-030- 経営 -006-200909
里山の整備をプロ・アマ協働で―「口開け」に託す「山屋」の思いと提案―
山本 清 42
日本樹木誌 1
小林繁男 44
45
自由研究
新刊図書紹介 14 /森林・林業関係行事 15 /林業技士(森林評価士)登録更新受付け終了,
協会のうごき 他 46
〈表紙写真〉
『新・木材会館』(東京都江東区新木場) 普及部・志賀恵美 撮影
運送車輌が行き交う新木場に,今年 7 月「木材会館」が竣工した。写真の外装パネル
はヒノキ角材。構造から内装・外装まで国産材がふんだんに使われている。モダンな設計
デザインによって新たな生命を吹き込まれた木々の笑い声が聞こえてきそうな玄関ホール。
そこで出会った東木市場買方組合一行の館内見学に便乗,勢い木曜定例市へなだれ込んだ。
本会ホームページ【URL】http://www.jafta.or.jp
論 壇
「森林文化都市・鶴岡」
を目指して
鶴岡市役所 企画部 地域振興課 課長
〒997-8601 山形県鶴岡市馬場町9-25
Tel 0235-25-2111(内線320) Fax 0235-24-9071
E-mail:[email protected]
1958 年山形県東根市生まれ。1981 年 3 月岩手大学農学部林
学科卒。同年 4 月山形県職員。以後,林道,森林計画,林業
普及,木材振興等の森林関係業務及び農政企画関係業務に従事。
2008 年 4 月から人事交流で鶴岡市役所に勤務。現在,森林文
化都市構想,庄内自然博物園(仮称)構想,加茂水族館改築構
想,高速交通関係等の業務に従事。ドイツのシュヴァルツヴァ
ルト(黒い森)にこれまで何度か訪れ,自然公園のプロジェク
トや森林政策等を学ぶ。
あ だち き
よ
み
安達喜代美
●はじめに
鶴岡市は,日本海に面する山形県庄内地方の南部に位置し,南は新潟県村上市と接し,
東は霊峰月山に抱かれている地域である。平成 17 年に市町村合併(旧鶴岡市,旧藤島
町,旧羽黒町,旧櫛引町,旧朝日村,旧温海町)が行われ,市の面積が 131,149ha となり,
東北一広い市になった。その市域面積のうち約 7 割が森林であることから,豊富な森林
資源を活用して行政施策を展開しようとしているのが「森林文化都市構想」である。
また,今年 1 月に策定した「鶴岡市総合計画」においては,まちづくりの基本方針の
三つのうちの一つとして「山野河海に抱かれた四季の恵み豊かな自然環境のもとで,人
と自然とのよりよい関係を探求する『森林文化都市』を創造します」と掲げ,森林資源
を活用した将来のまちづくりを目指している。
●鶴岡市の概要
鶴岡市の森林面積は 95,053ha で,そのうち,民有林が 45,013ha(47%),国有林が
50,041ha(53%)で,若干,国有林が多い。民有林のうち,人工林が 20,415ha で人工
林率 45%となっており,山形県の人工林率 39%よりも高くなっている。一方,国有林
については,天然林が 40,679ha(81%)となっており,月山・朝日山系のブナ林が多
くを占めている状況にある。
鶴岡市は,戦国時代に徳川四天王といわれた酒井忠次の孫,忠勝が入国して庄内 14
万石の藩となった城下町であるが,周辺の森林は各地域それぞれ林相に特徴があり,日
本海に面しているクロマツの海岸林,ラムサール条約登録湿地周辺の多種多様な広葉樹
を主体とした里山林(うち,一部自然休養林),大径材生産で名高いあつみ杉の人工林,
そして,月山・朝日山系のブナ林などが生い茂っている。
また,月山・湯殿山・羽黒山の出羽三山信仰や日本三大古代布といわれている関川の
2
森林技術 No.810 2009.9
▲
鶴岡公園と高館山
しな織り,さらには,在来作物である温海
カブ,ダダチャ豆,孟宗など,森林を背景
とした固有の文化が育まれてきた地域であ
る。特に,羽黒山については,参道の杉並
木がミシュラン・グリーンガイド・ジャポ
ン 2009 で三つ星(わざわざ見に行く価値がある所)に指定されている。
●「森林文化都市」とは
鶴岡市が進めている「森林文化都市」とは何か,である。森林文化とは,鶴岡市の名
誉市民で,元中央森林審議会の会長であった北村昌美山形大学名誉教授が提唱している
もので,先生の文化森林学を拠りどころに行政施策を展開しているものである。
北村名誉教授の著書『森よ,よみがえれ-文化森林学への道-』(日本森林技術協会,
2008 年 12 月刊)によれば,「自然との直接の対話こそ森林文化の原点であることをあ
らためて強調しておきたい。(中略)…失われた自然との対話を取り戻すのは,けっし
てむずかしいことではない。人々が日常生活の中で自然や森に触れる時間を,何とか増
やすことにつきるだろう。しかも,同じ森との触れ合いでも,それは常に皮膚感覚を伴
うものでなければならない。そういう触れ合いこそ直接の対話だといえるのだ。自然と
のそういった接触を重ねているうちに,日常生活の中に自然や森は当たり前のように影
を落としてくるにちがいない。少し堅苦しくいえば,日常の生活文化の中で,自然や森
の落とす影がしだいに濃くなっていくのである。こうして生れてくるのが森林文化であ
り,森林文化を創造し,そして森林文化の恩恵を日々受けるのが森林文化社会なのであ
」と述べている。
る。
さらに,私が主観的に重要であると考えているのは,森林文化の「文化」という言葉
の意味するところである。鶴岡市の目指しているのは森林文化都市であり,単なる森林
都市でもなく,また森林化社会でもない。「文化」という言葉を森林都市に付随させて
いることである。そこで,文化とは何かということであるが,私なりに解釈しているこ
いのち
「文化とは,あらゆる生命を大切にすること」「文化は人々を幸せにすること」と
とは,
いうことである。したがって,森林文化とは,森林に触れ合うことで,あらゆる生命を
大切にすること,森林によって市民みんなが幸せになること,と考えている。
このような,森林文化という,ある意味では心の領域の問題をどのように行政施策に
展開するかは非常に大変なことである。だがしかし,人々の心が森林から遠くなってし
まった現代社会においては,行政が取り組むべき,ますます重要な施策の一つであろう
と考えている。そして,森林文化都市の構築は,箱物の整備構想のような,5 年や 10
年スパンで一気にできるものではなく,長期的展望を持ち,人々と森林との関わり合い
を一つひとつ積み上げていくしかないのである。人々と森林との触れ合いを少しずつ積
み上げることによって,森林が一人ひとりの心に意識され,北村名誉教授のいう「森林
が人々の心の中に当たり前のように投影されてくる」という姿に近づいていくのであり,
ひいては森林によって人々が幸せを感じることとなるのである。
●「森林文化都市」を目指して
そこで,鶴岡市では森林文化都市を目指して,各種施策を展開しているところである
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3
▲シュヴァルツヴァルトでの友好協定調印式の模様
▲森の旅(シュヴァルツヴァルト)
が,主なものを紹介したい。
(1)ドイツ・南シュヴァルツヴァルト(黒い森)自然公園との友好協定と
「つるおか森の旅」
鶴岡市はドイツ・南シュヴァルツヴァルト自然公園との友好協定を今年 7 月 29 日に
締結した。鶴岡市長と南シュヴァルツヴァルト自然公園理事長との連名による協定で,
いわゆる森と森との友好協定である。協定の内容は,森林を通したさらなる友好関係の
推進と森林資源の保全・活用,森林文化の創造(この協定書においても,森林文化の創
造と明言)に係る交流を深めることを趣旨としている。
協定締結の調印式には,鶴岡市の山本農林水産部長,私(安達地域振興課長),平山
形大学農学部教授らが参席し,南シュヴァルツヴァルト自然公園の事務所のあるフェル
トベルクで執り行われた。調印式では,友好協定に係わってきた,元ノイエンビュルク
森林署長ハイナー・パプスト氏,元フライブルク大学教授ヘルムート・ブランドル氏ら
が挨拶し,山本部長とローランド・シュットレ事務局長が協定書を取り交わした。
さて,これまで,鶴岡市が友好協定を結ぶに至った経緯であるが,もともと日本の森
林学は,明治の初めにドイツから学んだものであり,特に,シュヴァルツヴァルトの森
林施業に学ぶところが大きかった(詳しくは,北村名誉教授の著書を参考のこと)。そ
んな中で,鶴岡市在住の北村名誉教授を中心に 20 年ほど前から,シュヴァルツヴァル
トとの交流を続けており,関係市民らがシュヴァルツヴァルトを訪問して森歩きを楽し
んだり,あるいは,シュヴァルツヴァルト森林関係の学者が鶴岡市を訪問し講演を行っ
たりしていた。3 年前からは,山形大学農学部平教授,小山准教授のコーディネートに
よる「つるおか森の旅」へと発展し,旅行エージェントとの連携により,多くの市民ら
がシュヴァルツヴァルトの森歩きを楽しんでいる。昨年 10 月には,23 名の市民らが訪
問し,フライブルク,ティティゼー,フェルトベルクなどの森歩きを楽しんだ。今年度
も 10 月 3 日から 8 日間,シュヴァルツヴァルトでの森歩きを企画しているので,本誌
読者の方もぜひ参加していただきたい。
シュヴァルツヴァルトは,森や農耕地,牧草地が入り交じって大変明るく美しい森で
ある。ドイツ市民はとにかく森が好きで,私たちが森歩きをしているときでも多くの家
族連れや老夫婦と出会った。生活の中に森歩きが浸透しており,森がある幸せを体で感
じているようである。このような方々をサポートしているのが自然公園であり,農家レ
ストランやサイクリング,さらには子どもたちを対象とした森林環境教育など,自然公
園は農林業者と連携しながら,日本では見当たらない先進的なプロジェクトを数多く展
開している。鶴岡市としては,このような森の活用プロジェクトを参考にしながら,森
林文化都市構想の推進に役立てようとしているのである。
4
森林技術 No.810 2009.9
▲
締結された友好協定書
今後は,世界に名高いシュヴァルツヴァ
ルトとの友好協定の締結を誇りに思い,鶴
岡市民の一人ひとりが森林文化への意識を
持ち,南シュヴァルツヴァルト自然公園と
の交流がますます盛んになり,森がある幸
せを実感してほしいものである。また,森
を通した友好協定は全国的にも先進的な取
組みであり,鶴岡市の優れた自然や文化,
今,進めている「森林文化都市構想」が,全国に発信されていくものと期待したい。
(2)つるおか森の時間
「つるおか森の時間」は,森と触れ合う機会を創出する事業である。したがって,樹
木の名前や森林の働きを覚える学習会ではなく,ただ,感性の趣くまま,市民みんなが
が市と共
楽しく散策するものである。この事業は,鶴岡市森林文化都市研究会
(注参照)
催のもと行っており,「森林文化都市構想」の施策の一つとなっている。
ところで,ある講演の話であるが,今の若者,特に子どもたちかもしれないが,山,
森林に来ると「何もない」というそうである。実際,その後注意して山に訪れる若者た
ちの会話を聞くと,ぱーっと車で来て,「何もない所だね」と,確かにいう。“何もない
ほほ
さわ
……”
。
“ある”だろうと思わずいいたくなる。頬に当たる爽やかな風,豪雪に耐えて何
百年も生きている樹木,鳥の声,川のせせらぎ……,いっぱいあるのに感じないだけな
のである。私たちはこれまで知性を磨くことは一所懸命やってきたが,感性を磨くこと
を疎かにしてきたのかもしれない。
それで,
「つるおか森の時間」は,農林業の体験でもなく,ただ,世間話をしながら
ゆっくり森を歩くことを趣旨としており,人それぞれが何かを感じてもらえればそれで
いいのである。この事業は大変人気があり,募集を始めると 2 ~ 3 日で定員(40 人程
度の 2 コース)になってしまう。今後は,市民が森林と触れ合う機会をさらに企画しな
がら,やがて,市民が日常的に森を散策するよう期待するものである。
(3)森林に触れ合いよい子を育てる
鶴岡市の市街地から 40 分ほど朝日山系に向かって車を走らせると,旧朝日村の大鳥
す
地区に到着する。伝説の巨大魚,タキタロウが棲んでいるという大鳥池がある地域で
ある。ここで,廃校となった小学校の校舎を活用(昭和 59 年度)して,子どもたちが
森で遊んだ後,休憩や宿泊ができる施設「大鳥自然の家」を運営している。この施設を
活用して,市街地や都会の子どもたちを呼び,森林の中でよい子に育てようという取組
みである。現在,年間約 5,600 人の子どもたちが利用しているが,川で魚を捕まえたり,
森の中で木に登ったり,私たちが昔よく遊んだことを楽しんでいるようである。
富塚鶴岡市長は,かつて,阪神・淡路大震災や神戸連続児童殺傷事件(1997 年)な
どで,神戸の子どもたちの心の問題が心配になり,神戸の子どもたちを鶴岡市に招いて,
地域の子どもたちと一緒に自然の中で遊ばせたことがあった。神戸の子どもたちは元気
に遊んで,大人になってもその時の楽しかったことを忘れないという。そうした経験か
ら,都会の子どもたち,地域の子どもたちを朝日大鳥地区の豊かな自然の中で,森林に
触れながら「よい子を育てる」という施策を展開しているのである。
今の子どもたちは,森で遊ばなくなったとよくいわれるが,大人がやっても面白いテ
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レビゲームやインターネット,携帯等に夢
中になるのは,当然といえば当然である。
だから,テレビゲームやインターネットを
少し止めさせるには,それより面白いもの
を子どもたちに与えるしかない。森や川で
遊ぶ子どもを見ると本来の子どもたちの姿
を見ているようであり,テレビゲームなど
より,はるかに楽しんでいるように見える。
▲大鳥自然の家近くの川で遊ぶ子どもたち
友だちとワァーワァー大声をあげ,全身を
使って魚を捕まえたり,木に登ったり,見ているこちらのほうも楽しくなる。子どもが
森で遊ばなくなったのは,親が子どもを連れて行っていないから,そして,危ないから
止めなさい,と制止しているからかもしれない。
都会に住んでいて森で遊んだことのない子どもたちが,この大鳥地域に来て,「大鳥
自然の家」で寝泊りして,いい思い出をつくってほしいものである。大人になった時に
きっと心の糧になってくれると信じている。ところで,昨年度ノーベル化学賞を受賞し
た下村 脩先生(下村先生とは鶴岡市立加茂水族館のオワンクラゲがご縁で,下村先生
から電話でオワンクラゲの光る飼育方法を教えていただいたり,また,下村先生のノー
ベル化学賞受賞記念の講演会においては,館長がパネルディスカッションのパネラーと
して出演したりしている)は,日本の子どもたちへ向けて「テレビを見るよりは,自然
にもっと興味を持ってほしい,自然に親しんでほしい。そして,自然をよく観察して,
もし,興味がわいたら,とことんまで理解するように努めてほしい」とメッセージを送
っている。すべては,自然や森に親しむことから始まる。
(4)森を育て利用する-分離発注システム
「森林文化都市構想」の事業展開においては,その土台となる森林を育て利用するこ
とが重要な施策である。
森林を適正に維持・管理していくには,森林から生産される木材をいかに利用するか
が何よりも重要となるが,鶴岡市では,公共施設の工事において,分離発注により地域
材の利用拡大に努めている。平成 17 年度に内閣府の認定事業である地域再生プラン「つ
るおか森の再生構想」を策定し,適正な森林の管理と森林資源の循環システムの構築に
向けて取り組んでいるところであり,地域の交流センター,保育園,小学校など,すべ
て地域材を使った木造で建築している。
公共工事における分離発注の方式は,極めて先進的なやり方だと自負しているのであ
るが,発注者である鶴岡市が森林組合等との契約により製材した地域材を納付してもら
い,その材を建設業者に支給する方式である。この方式により,地域材が確実に利用さ
れ,また,森林組合等との契約により,森林所有者に還元されるというシステムが成り
立つのである。特に,昨年度の小学校の建築事例では,山の神に感謝し安全を祈願する
まさかりだ
伝統的な「鉞立て祭事」を再現し木材を伐採するなど,地域の関係者のみならず小学校
の児童も見守る中で行われた。これは,勉学する校舎に,地域で育った木を使っている
ということを,児童が肌で感じられる最も優れた環境教育である。
公共工事の中で木材を分離発注することは,現在の補助事業制度の中では大変な作業
である。建設業者・建築設計業者,建築工期,補助事業上の課題など,数多くの調整事
6
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項があるが,やれないことはない。ぜひ,森林所有者のためにも,公共施設における地
域材利用の分離発注システムが全国に普及することを期待したい。
一方,
特用林産物の振興策であるが,昨年度,内閣府が創設した「地方の元気再生事業」
で,
「つるおか森のキャンパス元気プロジェクト」が採択になり,中山間地域で生産さ
れる山菜・きのこ類の特用林産物や農産物を,専用の車で集荷し市街地に運び販売する
「森の産直カー」などの事業を実施している。この「森の産直カー」は,生産量が少量
であったり,既存の産直施設まで遠距離だったりして,せっかく生産しても販売できな
かった特用林産物や農産物を,農林家の家まで車で巡回して集荷し,市街地で販売する
事業である。朝採った山菜やきのこ,在来野菜などを市街地で軒先販売するほか,イベ
ントなどにも参加し,また,市役所,県庁に赴き直売している。
農林家にとっては,生産量の大小に関わらず販売できること,軒先まで集めに来てく
れることなど,農林家の所得向上に大いに貢献する事業であり,行政関係機関からも高
く評価されている。今年度からは「森の産直カー」に加え,「海の産直カー」を実施す
る予定である。
以上が,鶴岡市の「森林文化都市構想」を目指す主な施策及び関連事業である。その
ほかにも,魚の森づくり,企業の森づくりなど,ボランティアや企業と連携しながら森
づくりを進めているところである。
●おわりに
かつて,昭和 2 年~ 5 年にかけて第 3 代鶴岡市長であった黒谷了太郎氏は,その著
書『山林都市(一名林間都市)』構想において,森林と都市とを具体的に融合させた森
林理想都市プランをまとめている。その『山林都市』の冒頭には,12 点の要旨が示さ
れており,9 番目に「山林都市はロマンティシズムに従ひ,築庭的に計画され,人工美
と自然美を好く調和せしむるものなること。」また,11 番目には「山林都市は,都市の
文化設備と,天然自然の美観とを合わせ有するものを以って,市民は楽しく働きて,美
しく生活するを得,……」と述べている。
『山林都市』は,今から約 80 年前に構想がまとめられたものだが,当時の黒谷市長
が夢見た「森林と都市の融合」「森林と市民との関係」は今に通じるものがあり,現在,
鶴岡市が目指している「森林文化都市構想」は,山林都市から森林文化都市へと形を変
えながら,
“森林理想郷”を創造することなのかもしれない。
今後,
「森林文化都市構想」を着実に展開していくためには,これまで培われた先人
の森林文化の精神を受け継ぎ,市民の理解と合意のもとに,森林と人間の新たな関係を
築き上げることが重要である。そして,日本,あるいは世界に名高い「森林文化都市・
鶴岡」を創り上げていくのである。
〔完〕
≪注≫ 鶴岡市森林文化都市研究会:平成 17 年 8 月に森林地域振興研究会を設置,19 年 4 月に森林文化都市
研究会に改名。会長は北村昌美山形大学名誉教授。活動内容は,森林地域の振興に関する調査・研究,先進事例
調査(シュヴァルツヴァルト等の調査),森林文化学習会など。
≪参考文献≫ 「鶴岡市総合計画」
,鶴岡市,平成 21 年 1 月策定./「森林文化都市をめざして」
,鶴岡総合
研究所編,無明舎出版./「森よよみがえれ-文化森林学への道-」,北村昌美著,日本森林技術協会./「地
域振興計画策定研究調査業務 平成 19 年度受託研究報告書」,山形大学農学部生物環境学科./「つるおかの
森再生構想」,鶴岡市,平成 17 年 3 月策定./「つるおか森のキャンパス元気プロジェクト」,鶴岡市,平成 20
年 7 月認定./「山林都市(一名林間都市)」,黒谷了太郎.
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●誌上教材研究(隔月連載) その 35
中学校教師による社会科地理的分野の教材研究―1 枚の写真を通して
湯船地区(京都府和束町)の杉と日本の林業
作成:小林広和(こばやし ひろかず/京都府相楽東部広域連合立和束中学校 教諭)
寸評:山下宏文(やました ひろぶみ/京都教育大学 教授)*
わ づか
語り:
「これは,和 束
ゆ ぶね
町の湯船地区の杉林の写
真 で す。 和 束 町 と い え
ば,「茶産業が盛んな町」
という印象がとても強い
のですが,湯船地区の杉
は良質な木材として知ら
れており,奈良時代には
東大寺を造営するための
木材として搬出されてい
たそうです。また,この
4 4 4
地区の杉にはしらたと呼
ばれる赤みの少ない白い
材が多く,明治時代には
酒樽の鏡として重宝され,
京都の伏見に出荷されて
いました。
第 2 次世界大戦中は国
による軍事目的での強制
伐採が命じられたため,湯船地区の杉林は大半が
伐採されましたが,植栽を繰り返し行うことで,
湯船地区の林業は戦後も盛んに行われました。
しかし 1970 年代までに,外国の安価で加工し
やすい木材が輸入されるようになったことで,日
本の林業は急激に衰退し,湯船地区の林業も同様
の影響を受けました。現在の湯船地区の杉の多く
▲湯船の杉林
は戦後に植林されたもので,植林当初から十分に
手入れが施されているため,優良な材として伐採
時期を迎えています。しかし,杉を出荷するまで
には多くの費用がかかるために,林業だけで生計
を立てている林家は湯船地区に 1 ~ 2 軒しかなく,
しかも高齢の方々であるというのが実情です。」
意図(小林)
:和束町は「茶産業が盛んな町」として知られているが,湯船地区は林業が盛んに
行われていた地域である。生徒にとって身近な地域の森林を教材として扱うことで,日本の林業と
本町の林業の実態との間に共通性を見出させ,日本の林業への理解を深めさせたい。そして,本町
の将来の担い手である生徒が,この授業を通してふるさと和束に対する興味,関心を高めることを
期待したい。
寸評(山下):中学校の社会科地理的分野では,
「地域の環境条件を生かした多様な産業地域がみ
られること」をとらえさせようとしている。しかし,産業としての「林業」が大きく取り上げられ
ることはあまりない。国土の 3 分の 2 は森林,しかもその 4 割が人工林という現状をもっと直視す
る必要がある。身近な所の森林・林業から日本の森林・林業をとらえさせようとする本教材の意図
は重要である。
*山下…〒 612-8522 京都市伏見区深草藤森町1 Tel 075-644-8219(直通)
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最近はブーメランが流行のようだが、私のお気に入りは笹刃。切れ味の感覚が気に入っている
現場作業班員 徒然
菅原俊和
6
特訓の夏
この号が発行される頃になると,現場ではカマキリの卵を見かける季節となり,いよい
よ下刈りシーズンも終了の時期を迎える。小学生でもないのに夏の終わりを思うと,毎年
のことながらなぜか感傷的な気持ちになってしまう。
私が最初に入った班には K さんというベテランのおばさんがおり,仕事が出来る人だ
った。仕事が終わって膝ががくつき山を下りるだけで精一杯だった私は,刈払機を肩にし,
空いた手で苗木の先端に絡んだクズやツルをいちいち立ち止まっては外してあげながら山
を下りる K さんを見て,
「よく,そんな体力が残ってるもんですね」と,疲れてかすれた
声をかけたものだった。私は 25cc のエンジンに 255 ㎜の刃だったが,K さんは私より一
回り小さい体格ながら,35cc と 300 ㎜の組み合わせで,一振りごとに私との差を広げて
いった。新しい現場で初日の朝,一番下の列を切り進む役は“ハナ”と呼ばれ,どんどん
切り進まないと後がつかえてしまうため,技量の高い人が就く役であり,どの現場でもこ
の K さんが務めていた。下刈りの現場に入ってまもない頃,動きの何もかにもがたどたど
しく,みんなに追い越されては列を上へ上へと上がるだけで,なかなか折り返し地点に行
き着けない私は,ベテランのじいさんから「お前も早く K ちゃんのように,鼻歌でも歌い
ながら草を刈れるように腕を上げにゃいかんぞ」とからかわれたものだった。
1 ヶ月ほどが過ぎ刈払機の扱いにようやく慣れ始めた頃,当時の班長から地獄のような
特訓を 1 週間も受けることになった。朝から終いまで自分が入っている列のすぐ上の列
に班長が入り,1 日中びったりとくっついたまま追いかけられた。私をあおるために,体
かかと
感で自分の右足の踵から 5 ㎝のところに班長の刃が振られるようなことも日に何度かあり,
「自分にはまだ前に進む力がないんで無理です。先に行ってください」と何度も自分の列
から降りて泣き言を言ったものの,
「いいから戻って仕事せんかい」と厳しい言葉が返っ
てくるばかりで,肉体的にも精神的にもきつい 1 週間だった。
班での下刈りは共同作業のため,日当は現場ごとに平等に頭割りであった。新人の私は
皆の日当を下げてしまう身分でしかなく,少しでも追い越される回数を減らすには,この
特訓から逃げ出すわけにはいかなかった。当然,班長も班としての作業能力アップのため,
あえて私を追い込み根性をつけさせるため,特訓を課したのであろう。
9 回目の夏も過ぎ去りつつあり,多少涼しい風が流れ出す夕方近くになると,鼻歌まじ
さお
りで棹を振りながら,ふとあの頃を思い浮かべている自分がいたりする。月日がたつのは
早いものだ。残りわずかなシーズン,この時期ゆえのジャングル状態の現場や,スノーモ
ンスターならぬクズ・ツルモンスター相手にもう一頑張りだ。
●すがはら としかず。昭和 42 年生まれ,42 歳。東京都出身。阿蘇ペンクラブ会員。
●阿蘇林業保険組合(阿蘇森林組合の現場作業を担う一人親方の組織)の現場作業班員。
森林技術 No.810 2009.9
9
▲
視察団報告
台湾の森林と林業に触れる旅
(下)
菊地 賢
(独)森林総合研究所 森林遺伝研究領域 生態遺伝研究室
〒305-8687 茨城県つくば市松の里1
Tel 029‐829-8262 E-mail:[email protected]
●前号のあらすじ
2009 年 5 月 10 日~ 16 日にかけて,渡邊定元氏(森林環境研究所)を団長として,森
林施業研究会のメンバーを中心に計 11 名からなる森林・林業視察団が台湾を訪問した。
台北入りした私達は,台湾中部・嘉義県に位置する阿里山へ登り,紅檜(ベニヒ)をはじ
めとする温帯性針葉樹の天然林,人工林を見学した(10 日~ 12 日)。今月号ではその後の,
北側南投県に下っての台湾大学実験林,林業試験所蓮華池試験地訪問,再び台北に戻って
の日台合同セミナーの模様をお伝えする(13 日~ 16 日)。
●林業試験所・台湾大学実験林訪問
翌 13 日,この日は林業試験所蓮華池試験地を訪ね,夕方に台湾大学実験林の渓頭自然
教育区に入るという行程だ。
濁水系に沿って幹線道路を下流に向かうと,山腹が所々崩壊していて,土砂の中に取
り残された旧幹線道路が見
える。台湾の年間降水量は
至 台中
台北
蓮華池研究中心
約 2500mm, こ の う ち お よ
台中
そ 1000mm は台風などによ
って,2 ~ 3 日のうちに集中
嘉義
的に降り注ぐという。加えて,
水里
ここは 1999 年の台湾大地震
下坪熱帯植物園
の震源地にも近い。緩んだ地
盤と大雨のせいで,この流域
渓頭自然教育園区
は地すべりの多発地帯だとい
う。
ここでも山肌は一面のビン
和社自然研究中心
台高嘉義駅
嘉義
塔塔加鞍部
阿里山森林鉄道
阿里山国家森林遊楽区
▲図① 視察旅行行程(再掲)
10
森林技術 No.810 2009.9
玉山
(3952m)
ロウのプランテーションだ。
今回の旅では,本当に至る所
でビンロウを見かけた。栽培
面積は台湾全土で 5 万 ha に
及び,中でもここ南投県や嘉
義県はビンロウの一大産地だ。
果実を石灰と一緒に葉(コ
ショウ科の植物)でくるみ,
か
ガムのように噛むことで興
奮作用が得られる,台湾の
し こう
ポピュラーな嗜好品である。
年間 16 万 t の収穫がある
が,ほとんど国内で消費さ
れる。
水里を過ぎて再び山道に
▲写真⑪
林業試験所蓮華池研究中心にて
▲写真⑫
台湾大学実験林渓頭自然教育園区
入ると,やがて林業試験所
蓮華池研究中心に着く。林業試験所は日本の農水省にあたる行政院農業委員会の研究機関
で,台北にある本所のほかに,台湾全土に 6 箇所の研究中心がある。蓮華池研究中心は標
高約 600 ~ 900m。約 460ha の土地の半分以上が天然生林で,台湾中部の中~低標高の
貴重な亜熱帯性広葉樹林が残されている。数々の希少種が生育し,蓮華池の名を冠する生
物も多いという。25ha の LTER(長期生態系研究)サイトで森林動態の研究が行われている。
また,人工林にはコウヨウザンや台湾肖楠(Calocedrus formosana )の育林試験地もある。
概要の説明を受けた後,園内を散策した(写真⑪)
。LTER サイトを見たわけでなく,園内
の歩道を歩いただけだが,今回の旅行の中では亜熱帯のフロラが最もよく観察できた場所で
,
アオモジの仲間(Litsea )
,
ハイノキ属(symplocos )
,
あった。ホソバタブ(Machilus japonica )
,モクタチバナやセンリョウに似た Ardisia cornudentata ,タイワン
マキ属(Podocarpus )
,ウコギ科(Shefflera )など様々な植物を見る
ルリミノキ,ヘゴ,ヒメツバキ属(Schima )
ことができた。奥の広場には,台湾肖楠の間伐材で造られた小屋(肖楠木屋)がある。こ
この試験地の間伐材で造ったものらしい。台湾肖楠は台湾の固有種で,ベニヒなどに比べ
やや低標高に出現する。台湾では近年,こうした在来種の造林を進めているという。
午後,有名な凍頂烏龍茶の産地である南投県鹿谷郷の茶業中心などに寄り道しつつ,台
湾大学実験林・渓頭自然教育区に到着する。
台湾大学実験林の設立は 1902 年,東京帝国大学附属演習林を前身としている。台湾中部,
濁水系の集水域に 3 万 ha に及ぶ広大な土地(台湾の 1%に相当)を保有し,研究・教育・
モデル経営・資源保護を基本方針としている。実験林は大きく 6 つの経営林エリアに分か
れ,そのうち,和社やここ渓頭など計 4 箇所に自然教育園区を持っていて,教育活動の場
としている。そのほかに,木材工場や熱帯植物園なども有している。
渓頭自然教育園区は遊歩道や植物園,様々な展示教育施設のほか,ホテルあり,商店街
あり,喫茶店あり,空中回廊あり,年間 100 万人が訪れるという一大森林レジャーランド
となっている(写真⑫)。私達のこの日の宿泊は園内の宿泊棟だったのだが,リゾートホ
テル並みの設備にはあっけにとられた。ここは,台湾大学演習林が観光業に最も注力して
いる場所である。演習林の総収入(補助金を含む)の約 1/3 にあたる,年間約 4 億円を
稼ぎ出しているというから驚きだ。新潟大学演習林の S さんに,周りから「佐渡でもや
ったら?」という冗談が飛ぶ。
さて,例の豪華な宿泊棟にチェックインしてから,渡邊定元氏の古い知人である呉 建
業氏をはじめとする実験林の方々に案内していただき,園内を見学した。夕食後には台湾
森林技術 No.810 2009.9
11
▲写真⑬ 渓頭の苗畑見学
▲写真⑭ 遊歩道を歩く
▲写真⑮ 施業についての議論風景
(左から陳氏,邱氏,渡邊氏,呉氏)
大学の邱 祈榮氏から台湾の生物多様性・植生の地理情報データベースの構築や,台湾の
林業経営方針についてのプレゼンもあった。
ここ渓頭地区では,植民地時代から台湾における林業に関する様々な試験・研究が行わ
れ,調査は今日に至るまで継続されている。実験林内の小高い斜面に石垣を組んだ階段状
の苗畑には,ムクロジ,牛樟(Cinnamomum kanehirae ),台湾肖楠,台湾五葉松(Pinus
morrisonicola ),蘭嶼羅漢松(Podocarpus costalis )などの苗木が並んでいる(写真⑬)。近年,
造林用の苗は少なくなっており,こうした環境保護用,商業用の樹木の育苗が多くなって
いるとのことだ。
次に造林試験地を見学する。1912 年植栽のスギの第 1 号試験地である西川試験地。こ
の試験地でスギの初期成長が(日本に比べて)非常に旺盛であることが示され,この「成功」
により,スギの植林が大規模に進められることになる。ほかにも,「五種経済樹木耐陰性
試験地」
,
「杉栽植距離比較試験地」などを見学した(写真⑭,⑮)。さて,このスギの栽
植距離比較試験地であるが,先端の枝分かれなどが見られ,どうも生育が良くない。メン
バーには「冠雪害ではないか」という人もあれば,リスによる食害説も出たが真偽のほど
はわからない。タイワンスギの産地試験地や,1938 年の造林地も見たが,樹勢は旺盛で
一同感嘆した(写真⑯)。
渓頭ではスギの生育は比較的良いのだという。しかし他所では,衰退の現象が出たり災
害に弱いなど,スギの生育は必ずしも良くないらしい。台湾の主要造林樹種として盛んに
造林されてきたスギであるが(約 4 万 ha)
,近年その造林面積は急減しており,代わりに,
混植方式で在来種を植林するようになってきているという。台湾でも木材伐採が 80 年代
~ 90 年代に激減し,木材需要のほとんどを輸入に頼っている現在,公益的機能や長期的
経営の立場から,こうしたスギ林をどのように取り扱うのか,ほかの樹種(郷土樹種)へ
の転換も含め検討中なのだという。
渓頭を発った私達が最後に訪問したのは,同じく台湾大学演習林の施設である下坪熱帯
植物園である。ここには熱帯,亜熱帯性の樹木が在来・外来種合わせて 400 種あまりが植栽
されている。詳細は省くが,印度紫檀の奇妙な翼果,蝋陽樹の奇妙で巨大な果実,パンヤ
ノキの綿毛,樹の幹にビニルポットをくくりつけて着生させた胡蝶蘭などが印象に残った。
●台北での日台合同セミナー
再び台北入りした私達には,旅の締めくくりとして日台合同セミナーが待っていた。発
12
森林技術 No.810 2009.9
▲写真⑰ 林業試験所(台北)
での合同セミナー風景
▲写真⑱ 講演中の渡邊氏
(左は林業試験所所長の黄氏)
写真⑲ 集合写真(阿里山にて)
▲
▲写真⑯ タイワンスギの造林試験地
表者は,日台それぞれ 3 名ずつ
である。15 日の朝,林業試験
所本所に所長・黄 裕星さんを
表敬訪問し,セミナー会場に入
る。関係者のみの小規模なセミ
ナーを想像していたが,参加者
は約 80 人にも及び,会議室が
一杯だった(写真⑰)。和社で
お会いした台湾大学実験林長の
王 亜男さん(名前からは意外
だが女性)も駆け付けてくださった。
講演の中で渡邊定元氏は,台湾や日本の南西諸島などに見られる亜熱帯性照葉樹林の特
徴を述べ,従来の植物地理区系を見直す台湾・日本区系の提唱をされた(写真⑱)。横井
氏(岐阜県森林研究所)は日本の林業の現状を紹介し,日本の森林施業における放置林分
や間伐の問題などについて言及した。さらに星野氏(森林総合研究所)は,木曽における
ヒノキとサワラの更新動態についての研究成果を発表した。台湾側からは,林業試験所の
邱 志明氏が,台湾のベニヒ・ヒノキの天然下種更新やスギ林でのヒノキの更新について
の試験結果を報告した。中興大学の林 鴻志氏は,ヒノキとベニヒの天然林の群落組成に
ついて発表し,ヒノキ林,ベニヒ林両者の移行帯にあたる第 3 の植生タイプについて考察
した。宜蘭大学の蔡 呈奇氏からは,阿里山ヒノキ林の土壌特性についての発表があった。
討論では,個別の問題にとどまらず,日台の森林管理の全体的な討論が交わされた。日台
の林業の共通点である,外材への依存と材価の低迷に伴う国内林業の危機と公益的機能重
視の林業経営への転換という時代の中で,天然林,人工林とも明確な目的を持ち経営管理
することの重要性が,このセミナーを通じて確認されたように思われる。
●ビンロウ,竹林,スギなどの人工林が織りなす台湾の山地景観,圧倒的なヒノキの巨木,
亜熱帯,暖温帯~冷温帯にかけての植生の垂直分布とその多様性,台湾の林業・森林管理
の現場に触れることの出来た,大変貴重な経験をさせていただいた 7 日間であった。今回
の視察旅行では陳氏,汪氏をはじめ,台湾林業試験所,林務局阿里山工作站,台湾大学実
(きくち さとし)
験林などの多くの方々にお世話になった。ここに厚くお礼申し上げたい。
≪先月号訂正≫ 8 月号 p.18,下から 8 行目,(誤)河合太郎→(正)河合鈰太郎
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13
●コラム●
ほそ
伐期選択
だ
かず
お
細田和男
(独)森林総合研究所 森林管理研究領域
E-mail:[email protected]
去る 8 月 25 日,東大弥生講堂で「スギ人工林
長伐期に移行した場合,気象害への耐性や主伐材
の伐期選択に向けた評価手法の開発」研究に関す
の品質はどうなるのかという問題もある。このよ
るワークショップ(主催:森林総合研究所)が開
うな様々な面を考慮すれば,もちろん長伐期を選
かれた。埼玉県飯能市の林業家 井上淳治 氏,竹
択すべきケースも多いだろうが,全国一律ではな
内郁雄 鹿児島大学教授,西村勝美 木構造振興
く,やはり地域や個別経営体の事情に合わせて適
(株)専務取締役をお招きし,県・林野庁・林業団
切な伐期を選択することが望ましいといえる。そ
体・大学・民間企業を含む 47 名の参加を得て,
して,その判断材料の科学的整理が今まさに求め
多方面にわたる議論が交わされた(当日の概要は
られているのである。
「山林」誌に掲載予定)。森林総研ではこれらの議
木材の需給動向や価格は,数年~ 10 年程度の
論も踏まえ,新たな研究プロジェクトの企画が進
時間スケールでも様変わりする。一方,人工林の
められている。
造成には短くても 30 ~ 40 年間を要し,需要の変
長伐期への移行は,大径材生産による主伐収入
化に合わせて資源構成がそう易々と変身できるわ
の増加,年あたり育林費の抑制,公益的機能の維
けではない。短伐期から長伐期へ,あるいはその
持などのメリットがあるとされている。しかし一
逆へと途中で方針転換することは施業・経営技術
方,生育が長期間にわたることで台風などの気象
面で困難な問題をはらんでいる。地域の自然条件
あ
やすやす
害に遭う可能性が高まること,腐朽病害による材
や社会経済条件を考慮し,将来予測をして最適な
質劣化の可能性,大径材需要の将来性などを不安
伐期を想定するのは当然であるが,将来の木材価
視する声もある。地域の自然条件や品種によって
格など不確定な要素にも注意してリスクを分散さ
林分成長のパターンは異なるし,風雪害の危険度
せる,すなわち伐期や林型の多様化を図るのも戦
にも違いがある。さらに間伐が遅れ気味の林分を
略の一要素ではないだろうか。
◆ 新 刊 図 書 紹 介 ◆
○里山に入る前に考えること-行政およびボランティア等による整備活動のために- 発行
所:(独)森林総合研究所関西支所(Tel 075-611-1201)
発行:2009.3 A4 判 37pp 無料
□樹木見どころ勘どころまるわかり図鑑 著者:大海 淳 発行所:大泉書店(Tel 033260-4001) 発行:2009.5 A5 判 256pp 本体価格:1,300 円
○ 森 と 暮 ら す No.3 定 年 な し! 森 を 生 か し た 収 入 法 発 行 所: 全 国 林 業 改 良 普 及 協 会
(Tel 03-3583-8461) 発行:2009.7 A5 判 208pp 本体価格:1,800 円
○森と暮らす No.4 仕事が楽しい!森の自給生活 発行所:全国林業改良普及協会(Tel
03-3583-8461) 発行:2009.7 A5 判 192pp 本体価格:1,800 円
○実践!上原巌が行く森林療法最前線 著者:上原 巌 発行所:全国林業改良普及協会
(Tel 03-3583-8461) 発行:2009.8 A5 判 349pp 本体価格:2,000 円
○ 提 案 型 集 約 化 施 業 の カ ン ど こ ろ 著 者: 坪 野 克 彦 発 行 所: 全 国 林 業 改 良 普 及 協 会
(Tel 03-3583-8461) 発行:2009.8 四六判 188pp 本体価格:1,800 円
○これからの日本の森林づくり 著者:四出井綱英 発行所:ナカニシヤ出版(Tel 075723-0111) 発行:2009.9 四六判 174pp 本体価格:1,700 円
○印=本会普及部受入図書
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森林技術 No.810 2009.9
《今月のテーマ》
み・ん・なの広場
本誌では投稿コーナー「会員の広場」を設けています。本年 3 月号ではその拡大版「みんなの広場」とし
て 5 本紹介しました。今月は 4 本お届けします。
(写真:新しい木材会館のテラス)
森林・林業関係行事
9月
行事名
開催日・期間
きのこを知って
9/7 ~ 18
楽しむ写真展
会場
主催団体
連絡先
計画部指導普及課
北海道森林管理局
北海道森林管 担当者:緑の普及係
ウッディホール
理局
田島
(札幌市)
Tel 011-622-5245
第 11 回 創造の
天空回廊・まほーば
上野村木工家 上野村商工会
森 上 野 村 フ ェ 9/19~21
の森
協会
Tel 0274-59-2254
スティバル
(上野村)
行事内容等
約 100 種類のキノコの写真に特性などの解
説を付けて展示します。キノコの森での役
割を学ぶことで,好奇心が果てしなく広が
り,森を歩く楽しみが倍増するはずです。
キノコ鑑定会も開催します(※ 14 日午前)。
生活用品から芸術性の高い作品まで年に一
度の大集合。村内,群馬県内はもとより全
国各地から 59 組の木工家たちが参加しま
す。体験木工教室や子ども創作木工広場も
行います。
10 月
行事名
開催日・期間
会場
第 33 回 全国育
樹祭記念行事
2009 森 林・ 林 10/4 ~ 5
業・環境機械展
示実演会
安徳海岸埋立地
(島原市)
第 28 回 木と暮
しのふれあい展
森を育てたい 10/4 ~ 5
だから木を使お
う
木場公園
(東京都)
主催団体
連絡先
行事内容等
最新の高性能林業機械をはじめ,各種林業
機械や森林バイオマス利用のための機械装
長崎県/
東京都文京区後楽 1-7-1
置等を多数展示・実演します。出展社数は
社団法人 林業 林友ビル 2F
49,出展機械は約 450 機種です。また,
「林
機械化協会
Tel 03-5840-6217
業機械の正しい使い方」の講習会を行いま
す。
都民に木とのふれあいを通じて,「木のぬ
くもり・やわらかさ」と「森の大切さ」を
東京都/
(社)東 京 都 木 材 団 体 連 知り,身近な暮しの中で木を使っていただ
社団法人 東京
合会
くために開催。東京の森に関わる関係団体
都木材団体連
Tel 03-5569-2211 が一堂に会し,木とふれあう体験や木製品
合会
の展示即売,住宅相談,多摩産材の紹介,
多摩の特産物の販売などを催します。
森林技術 No.810 2009.9
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み・ん・なの広場
会員の広場 現場訪問
北海道釧路近郊の森林を視察して
(株)長瀬土建 代表取締役 E-mail [email protected]
〒509-3205 岐阜県高山市久々野町久々野1559 Tel 0577-52-2233
▲杉山所長
長瀬雅彦
▲現地にて(左:林 俊宏氏,中央:筆者,右:大坪所長代理)
1 はじめに
釧路空港から 40 分ほどの音別町尺別。ここに,かたばみ興業が山林管理をする広大で
豊かな森林が広がっている。同社が管理する山林は 12 道県にまたがり,その面積は 6,000
ヘクタールにもなる。今回視察させていただいた尺別の管理面積は 3,400 ヘクタールに及
び,また,多くの試験林や展示林を有し,様々な試験・研究のお手伝いをしながら施業技
術の向上に努めている。主な試験林は,
「シイタケ原木木材施業試験林」「高齢優良人工林
情報収集林(カラマツ長伐期施業)
」
「育成天然林施業試験林」「カラマツ間伐展示林」「エ
ゾ鹿食害防除試験地」などである。
同社は明治 36 年(1903)
,尺別に出張所(現在は営業所)を設け,当初の畜産事業から
山林事業へと展開し現在に至っている。先人・諸先輩方の山づくりが,今,成果を上げつ
つあって,他の模範となるまでに仕上がった山林が多いことに,大きな誇りを抱いている
という。山林の維持・管理を行うことで,木材資源の育成・生産と同時に,森林が持つ環
境保全などの機能を維持・向上させることによって,その恩恵を社会に還元するという大
きな役割にも思いを持っておられるのだ。
今回の訪問は,昨年,オーストリアとドイツの林業視察(その模様は本誌 2009 年 3 月
号で紹介した)でご一緒した尺別営業所の杉山範雄所長とのご縁から実現したものである。
大坪宏秋所長代理にご案内いただき,北海道の広大な森林の整備,木材の流通や利用,エ
16
森林技術 No.810 2009.9
▲カラマツの造林地
▲カラマツ人工林(Ⅷ齢級)
ゾ鹿の被害,凍裂被害など特有な状況について,筆者の仲間とともに「研修」させていた
だくことが出来たのは幸いだった。
2 カラマツ高齢級人工林
一般に林業の生産期間は長く,通常の木材生産においても伐期は数十年を想定する。と
ころが近年,さらに延びているように聞く。
「伐っても売れない」「買い叩かれる」状況で
は,
「立木が腐るわけでもないから,とりあえず様子を見よう」という心理が伐り控えに
つながっているのだろう。しかし,当初予定していた伐期を延長して,施業体系半ばから
とはいえ「長伐期」に移行することが「消極的選択」とは,必ずしもいえないように筆者
は思うのである。
これまでの通常の人工林施業(中径木並材生産)では,その基調に材積成長最大を想定
した生産力信仰があったのではないか。生産の持続性や生物多様性,生態系の健全性な
どという概念は希薄だったように思う。長伐期施業は,大径木良質材生産目的のみならず,
森林の持つ多面的機能の発揮を図るうえでもが政策的に推奨され,目指すべき森林管理・
施業の一つとして位置づけられている。確かに,300 年以上もの寿命を持つスギ,ヒノキ,
カラマツといった樹木が数十年で作り出す森林は,どう考えてみても成熟途上にある森林
だと思われる。
同様に北海道のカラマツ人工林では,これまで 30 年前後の短伐期による施業が行われ
てきたが,近年は材価が低迷していることや大径材指向の高まりなどを背景に,長伐期化
が進んできているという。一方,カラマツの乾燥技術が確立されたことにより,新用途と
して構造用及び造作用集成材の開発が急速に進展していることから,需要が少しずつ伸び
てきているようだ。
3 トドマツ林の課題
トドマツは北海道の主要な針葉樹天然林木,人工林木であり,その材質・特性はエゾマ
ツやカラマツに比べて特に難点があるわけではない。均質で,比重や強度の樹幹内変動が
カラマツよりも小さく,また,産地間でも差異が少ない。一方,エゾマツに比べて耐腐朽
森林技術 No.810 2009.9
17
▲トドマツ林
▲エゾ鹿防護柵
の点で優れているという。
構造用製材を考えた場合は,規格の中で「節」の有無が重要である。トドマツは 4 本~
6 本の枝が輪生するので,強度に優れた材を得るためには早期の枝打ちが必要となる。構
造用集成材は高性能を要求される。ために林木には,生長を抑える育林が必要となり,用
途を意識した造林がいかに重要であるかがわかる。
トドマツは,樹幹に縦の裂け目ができる「凍裂」を見ることがよくあるという。凍裂が
発生するメカニズムは完全には解明されていないが,樹体内の水分が冬期の低温で凍結し,
樹幹に裂け目のできることが原因の一つであろうとされている。凍裂は材の利用価値を下
げ,経済的損失が大きい。
近年,林業を取り巻く経済的状況の変化や森林に対する環境保全などの役割重視などの
ため長伐期施業が推進されているが,トドマツの長伐期化では,凍裂の影響が懸念されて
いるとのことだ。人工林の高齢化に伴い,材の腐朽が進んでいる林分も見られ,長伐期施
業や複層林施業を進める際の課題となっている。
4 エゾ鹿問題
長さ 3.65m,直径 12cm の杭を 4m 間隔に打ち込み,ナイロン製のネットを張り巡ら
したエゾ鹿防護ネットの施工箇所を拝見した。防護ネットの外側にはエゾ鹿の足跡が無数
にあり,2 年生造林地のカラマツの新芽や若齢木の枝をねらう様子がうかがえた。エゾ鹿
は釧路地方においても生息数が 17 万頭を超え林業に非常に大きなダメージを与えている。
農(林)業被害額は 32 億円を超える深刻さだという。
エゾ鹿は繁殖力が非常に高く,捕獲しない場合では 4 年~ 5 年で 2 倍に増えるといわれ
ている。採食対象は木の芽,枝,葉,実,多くの野草などだが,冬期はササの葉や木の枝,
か
冬芽,樹皮も食べる。幹や枝葉を口で咬みちぎったり折ったりして食べる。樹木は,樹皮
を全周食べられると枯死し,部分的に食べられた場合でも樹幹腐朽や生長阻害などの影響
は
がある。角摺りは 8 月~ 11 月にかけて行われ,トドマツを好み,樹皮が剥がされ木部が
露出すると,食害を受けた場合と同様に樹幹腐朽のおそれがあるという。
実際に拝見した森林においても,いくつかの場所で確認できた。銃刀法の規制の強化や
18
森林技術 No.810 2009.9
▲
列状間伐の例
ハンターの担い手不足,冬期の林道閉鎖などの問題もあり,鹿の個体数を減らすことは非
常に困難だと感じた。今回視察した防護ネットの施工の制度化などについて,経過観察結
果を踏まえ,前向きに検討することも重要な施策であると感じた。
5 カラマツの列状間伐
主要造林樹種のカラマツ,トドマツが間伐期を迎えているが,木材価格の低迷,間伐作
業のコスト高などで適期の間伐が行われていないのが現状である。高性能林業機械を導入
し列状間伐を行うことで間伐作業のコスト低減を図り,同時に林業機械による環境への負
荷を減らすことなどが出来よう。
今回拝見した林分ではⅣ齢級のカラマツに実施されていた。列状間伐(1 伐 3 残)は平
成 19 年から実施しているとのことだった。間伐による樹冠周囲の開け方について,イメ
ージだけでその弱点が語られてきたように思う列状間伐の間伐効果が,少しずつだがわか
ってきた。たとえ,従来の間伐に比べて間伐効果が劣ったものだとしても,その実態を正
しく理解し,低コスト・高能率という長所と併せて考えれば,選択肢の一つとして生かせ
るのではないかと思う。いかがだろうか。
6 おわりに
杉山所長は,
「山づくりには長い年月と多額の費用を要するが,その成果を見ることは,
はるか先になってしまう。しかし,その折々その時々の仕事をきちんと実施していかなけ
れば良い山にはならない」といわれた。本当にそのとおりだと思う。広大な森林を管理さ
れている皆さんの姿は,森林の計り知れない恵みの存在を感じさせてくれる。本州とは違
う北の厳しい自然環境の中においても森林の機能を持続的に発揮させていくことが,社会
への還元につながる大きな役割だと感じることもできた。視察の途中ではタンチョウヅル
の親子にも出逢い,自然豊かなこの大地の偉大さを感じた。林業生産活動,山村の地域資
源である森林の適正な管理など課題も多いが,豊かな森林を林業が守り育て,木材をむだ
なく使う社会を目指し,ともに努力していきたい。
(ながせ まさひこ)
森林技術 No.810 2009.9
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み・ん・なの広場
会員の広場 和歌山県日高地域の林業の目標作り
とその後の状況に見る
ソフト事業の検証と提案
近畿中国森林管理局 森林整備課 〒530-0042 大阪市北区天満橋1-8-75
Tel 050-3160-6779 Fax 06-6881-3427 E-mail [email protected]
大西知芳
1 はじめに
現在日本で行われている公共機関の事業は,公共事業と非公共事業に分かれる。それら
はともに国直轄事業をはじめ,都道府県や市町村の地方単独事業のほか,国や都道府県,
市町村の補助金にて行われる補助金事業がある。事業自体は,それぞれが事業主体となる
ほか,森林組合など各種団体が事業主体となって,日本の各地で事業が行われている。し
かしながら,国を始め都道府県,市町村ともに多くの負債を抱えている現在,各事業とも
効率よく事業運営しなければならないことは自明の理であり,実際に公共事業や非公共の
ハード事業では大なり小なり政策評価や事業評価を行い,効率よく運営していることを各
公共団体のホームページや白書,広報やパンフレットなどで,広く一般に公表している。
また,会計検査院においても国の補助金事業によって作られた施設(いわゆる箱物)の
,例えば休養施設の利用率や施設内の機械の稼働率,
運営状況調査が行われ(1998 年など)
施設の収益事業の赤字・黒字などが調べられ,その際には効率的な運営がなされるよう是
正の助言がなされるなど,対策がすでに講じられてきている。
このように,どのような事業においても効率的に運用され,完成した物は効果的に運営
や利用されなければならないのが常識であり,費用対効果がどのような事業においても求
められている。しかしながら,ハード事業を行うために行われた調整会議や地域の振興の
ために行われた各種ソフト事業については,金額が小さいことや費用対効果を求めること
が難しいため,検証された事例はほとんどないに等しい。特に,会議開催後 5 年,10 年
経過して,会議の意義を問うのは実際難しく,費用対効果が大きくあったと考えられるも
のもあれば,あまり大きな意義なくハード事業に埋もれてしまっているものもある。
そこで,今回は,筆者が 1999 年に担当した国の補助事業のソフト事業である,和歌山
県日高地域の林業振興のための目標づくりという事業にスポットを当て,この事業が 10
年を経過して地域にどのような影響を与え,どのような効果が生まれたのかを検証し,ソ
フト事業の検証方法について提案を行うこととする。
2 事業の導入の概要
1993 年に,当時の和歌山県日高郡と御坊市を含んだ日高地域全体で林野庁の補助事業
である産地形成型林業構造改善事業が実施された。林道の開設や製材機,高性能林業機械
の導入等が主な事業で,それらを地域全体で進めていくための調整会議も設けられた。こ
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れら事業を進めていく中で,地域林業の中核をなす日高川沿いの市町村(御坊市,川辺町,
中津村,美山村,龍神村:すべて当時)が今後の地域林業の明確な目標を持たなければな
らないと考え,1999 年度に調整会議の中に設けるという形で「21 日高の林業推進協議会」
を結成した。この協議会に参加した前述の 5 市町村の特徴としては,龍神,美山,中津村
では主として川上林業が,中津村,川辺町では紀州備長炭産業が,御坊市では製材,加工
などの川下林業が盛んであるということが挙げられる。調整会議の中に設けた協議会であ
るが,総額 700 万円の(国の補助率 50%)ソフト事業として補助事業が実施された。
「21 日高の林業推進協議会」は,地域林業の目標作りを行うことを目的とした協議会で
あることは前述したが,21 世紀を迎えるに当たり,地域に共通の林業の目標を住民発案
で決定しようという試みを行ったものだ。行政が考えた目標を地域に押し付けるのではな
く,住民から行政へ働きかけるという,当時としては画期的な方法で目標を立てようとし
たものであり,モデル的な事業ということで林野庁からも注目を集めた事業であった。
3 事業の経過
協議会が取った方法としては,まず,協議会立ち上げを住民に知らしめるべく,住民の
中でも林業に造詣の深い面々を集め,決起集会と記念講演会を行って住民の意識を高め,
その中から特に代表的な者を若手,I ターン者も含めて 20 名ほどに絞り,彼らを目標作り
グループとして,川上・川下グループ(経営者グループ)と後継者・I ターングループに
分けて競わせることとした。また,グループの話し合いを円滑に進めていくために,先進
地の視察を秋田県(能代市,
二ツ井町,
大館市:当時),宮崎県(耳川林業地)へ求めたほか,
近隣の大阪市(南港 ATC 展示場)
,神戸市(木質内装を使った歯科医院),羽曳野市(木
造保育園)や域内の和歌山市(住宅建築現場等),龍神村(木造体育館等)の視察を行い,
徹底して見聞を広げさせたほか,他の住民との意見交換も同時に進めるため,講演会を 4
回行った。
目標作りグループの話し合い自体は,平日の夜,各自の仕事が終わってから集まり,夕
食を食べずに夜 10 時頃まで話し合いを進めるなど,極めて熱心に行われた。回数自体は
年間 7 ~ 8 回程度であるが,視察や講演会などの参加を含めると,参加者は自身の本業を
相当圧迫したのではないかと思われる。
両グループともカード型の紙に意見を書いて提出し,それを収束していくという「カー
ド型 TKJ 法」という方式で目標作りを行い,そのやり方に大きな違いがないように,鳥
取大学の川村教授(当時)に監修をお願いして実施された。
また,21 日高の林業推進協議会の事務局であった龍神林業開発会議は,日高地域の林
業の目標作りのミニチュア版として,龍神村自体の目標作りを同様の方法(女性グループ,
林業とは関係のない I ターン者を含めたグループなど,独自のグルーピングで行った)で
実施し,年間延べ 120 日にわたる事業を展開していった。
そして,平成 11 年度の年度末には日高の林業の目標及び龍神村の目標が完成し(図①),
行政,住民を招待しての発表会兼記念講演会が開催された。
4 目標作り後の地域の状況
作り上げられた目標は作り上げてからがスタートであり,さっそく地域では林業で食べ
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図① 「日高地域林業の目標」概要
森林と木に関わって生きる地域づくりを目指す
~木の文化を守り育てる~
Ⅰ 共生・循環型の地域づくり
(環境に配慮した持続可能な林業経営の確立)
豊かな森林づくりをすすめ
日高川の水を守る
循環型社会システムづくり
をすすめ、自給率を高める
Ⅱ 木材の需要拡大に取り組む
林業のトータルコストダウン
を図る
▲
地域材の商品化をすすめる
戦略的な商品販売を目指す
あらゆる手段を講じて
「木の良さ」をPRする
儲かる仕組みをつくる
森林・林業・木材産業の
研究機関をつくり、
技術・商品開発に力を入れる
人材を育てる
Ⅲ 産業の総合化を進める
(6次産業の推進)
山村資源を教育に活かす
複合経営を確立する
Ⅳ 林業・木材関係者の組織を強化する
Ⅴ まとめ
山村においては、人間が心身共に健康になる生命を持った安全な食物や
木材を生産し、都市の消費に結びつける。そして都市部に長期間木材を
ストックしてもらい、第2の森林を構築する。そうした循環によってはじめて
山村の働き場づくり、森林づくり、持続可能な林業経営が実現する。その
実現に向けて地域が一体となって取り組む必要がある。
ていくという大きな目標に向かって事業が実施されていくこととなる。当ソフト事業終了
後には,旧龍神村,旧中津村ともに新たな林業構造改善事業を実施し,旧龍神村では林業
活動に必要な林道の開設,森林組合の事業用機械の導入等,旧中津村では林道開設のほか,
製炭者研修用施設の導入等,地域林業発展のための各種施策がなされた。日高地域の出材
量を龍神村森林組合木材共販所と和歌山県森林組合連合会御坊木材共販所の 2 箇所の合計
の推移で見ていくと
(図②)
,
おおむね目標作りが行われた平成 11 年以降現状維持もしくは
漸増の傾向となっており,地域として一定の旺盛な林業生産活動があることを示している。
さて,地域的に一つのまとまりであった日高郡に,2005 年に大きな転機が訪れる。平
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50,000
も訪れ,中心的役割を担って
接の田辺市(西牟婁郡域)と
合併,また日高郡内の川辺,
中津,美山の町村が日高川町
40,000
木材取扱量[m3]
きた龍神村が日高郡を離れ隣
図② 日高地域の木材取扱い量
▲
成の市町村大合併がこの地に
30,000
20,000
となり,域内の行政区割りが
10,000
大きく変更となった。これは
0
旧来の区割りにおける日高の
林業の目標を目指す意味にお
龍神村木材共販所
御坊木材共販所
計
10 11 12 13 14 15 16 17 18 19
年度(平成)
いては大きな痛手となった。
現在,地域で目標作りを決起してから 10 年を迎えた。当ソフト事業を実施した効果と
して,旧龍神村では変わらず林業生産活動が行われ,日高川町となった地域も,以前から
の篤林家は低コスト路網を取り入れた間伐林業に力を入れ,紀州備長炭の生産も担い手が
育ち,変わらず煙が立ち昇っている。目標の達成という点では合格点はもらえないかもし
れない状況であるが,当時目標作りに参加し意識改革に取り組んだ面々は,現在地域の中
心となって林業に取り組んでいる。例えば,龍神村森林組合では川上・川下グループから
組合長を,後継者・I ターングループからは専務理事を輩出した。また,旧中津村では製
炭者の新規参入のための研修窯を建築し,10 数人の製炭者を養成した。
5 ソフト事業の検証と提案
以上のように,日高地方の林業の目標作りというソフト事業は,人材育成という面で効
果を発揮し,日本全体では衰退傾向にある林業自体を現状維持もしくは 10 年間で漸増傾
向にまで持っていくという効果を発揮した。また,図①の目標は,多かれ少なかれ実現さ
れたものも多く,特用林産物の生産,苗木から住宅までの一貫生産など,従来から取り組
まれていたものを継続させていくということも実施できた。
ソフト事業の検証には以上のように長いスパンでの検証実施が必要であり,今回も 10
年という歳月を費やした。これを可能にするには,ソフト事業に参加した人の継続的な情
熱と事務局の確実な引継ぎが必要である。今回のケースでは引継ぎはうまく機能しなかっ
たが,専属の人材がいた龍神林業開発会議と当時の事務局が 10 年間モニタリング活動を
続け,ボランティア的に成果をまとめるということに至った。ソフト事業の検証のために
は,事務局が関係資料をきちんと整理し,何年後に資料を開いても事業の内容や実施した
ことがわかるようにしておくことが大切である。また,10 年なら 10 年の区切りで当時と現
状の比較を行い,検証することが大切である。そのためにも,事務局は永続的な機関が実施,
担当することが必要である。ソフト事業は往々にして実施すれば終わりという感覚がある
が,今後はこのように検証していくということが大切である。特に,今回のケースのように,
国の補助金が使われているような場合は,要するに税金が使われているのであるから,き
ちんとした検証が今後は必要になってくるものと思われる。
(おおにし ともよし)
≪謝辞≫ 本稿に資料の提供をいただいた龍神村森林組合,和歌山県森林組合連合会御坊事業所御坊木材
共販所及び現地取材に応えていただいた元龍神林業開発会議事務局長の鈴木宏昌氏に感謝の意を表する。
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み・ん・なの広場
会員の広場 技 術 エ ッ セ イ
私の林道 40 年から
現場を
見よう
―災害復旧事業(災害査定)について
ランド佐藤技術士事務所 Tel & Fax 04-2969-0364
〒350-1333 埼玉県狭山市上奥富802-8
田中敬造
●林道 40 年 パート 4
平成 20 年 10 月号,平成 21 年 1 月号,そ
して 5・6 月号に続くパート 4 である。*印
で始まる明朝体の部分は“回顧”とご承知お
き願いたい。
* * *
昭和 54 年 1 月の人事異動で国有林から民
有林に移って,初めてこの制度を具体的に知
った。災害査定は,都道府県が行う災害復旧
事業費の一部に経費(国費)を補助するために行うものとある。また,災害査定は,査定
官に立会官を立ち会わせることとし,立会官は意見を述べることができることになってい
る。一般的には,査定官が技術的なことを,立会官が採択の条件を検査することと思って
いたが,ほとんどの立会官が技術的なことに意見を言うのである。立会官もいろいろの現
場に立ち会っているので,各省所管の技術の違いについて言うのかもしらないが,納得さ
せるのに一苦労することがある。あるときは,夜の 11 時頃上司の統括の自宅に電話して
了解を得たこともあった。技術は,門前の小僧のように,机上よりも現場を見て触って聞
いて体験したほうが身につく,経験工学ということである。立会官の意見の裏にあるのは,
査定率と思う。査定率が,90 パーセントを境に立会官の顔色がずいぶん変わるのである。
ある県でのこと,各現場の申請が適切で査定率が 95 パーセントになった。立会官(統括)
は,各現場で納得したのであるが,最後の夜,県の係長に査定官は心配りがないと散々言
ったそうだ。こんな話を聞いたことがある。ある現場は,規模が大きく工種も多く複雑で
あった。ジーッと見ていた査定官が,査定率 85 パーセントと言ったというのである?
災害復旧事業は,林道事業の開設単価を軽減しているように思う。災害に強い林道を作
ろうとすれば,いろいろな工種工法の構造物を設置することになり,一部には過大なもの
や不要なものも含まれることもある。その要因は,地形地質等の自然は,複雑で奥が深く
解明するのは難しい,加えて謎の水みちである。開設時には,標準的な工種工法で対応し
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て,災害時にその原因を究明して適切な構造物を設置することが,合理的であり経済的で
あり合わせて無駄を省いていることになると思う。
●災害査定現場を歩いて
災害は,その現象から広範な地域に箇所が点在することが多い。都道府県市町村の職員
が,すべての現場の測量・設計を実施できないので,測量・設計会社に外注することがあ
る。災害査定の復旧工法は,原形復旧が基本であり改良工事にならないように,複数の人
の目を通すことが大切である。ある現場で珍しい図面に出会った。横断図を開いたところ,
起点側から見る図が逆の終点側から見る図になっていた。この図面を見て県の出先の課長
しか
が村の職員を叱ったので,
「それは県のチェックミスで査定の趣旨に反しているよ」と言
って現場からお引き取り願ったことがある。
4
4
4
査定のし始めは,無駄を省こうと路線の変更や工種工法の変更を行い,鬼のたなかと
言われていた。ある現場で工種の変更を示したところ,町の若い職員から「その工種では
また災害が起こる」と言われて,地域に応じた工種工法が大切だということを知らされた。
その後は,大幅な変更もしなくなり,鬼という声も小さくなったと思う?
(1)のり面・斜面崩壊の復旧
その 1 は,切土のり面崩壊の復旧である。一般的には,勾配 8 分に切って植生工を実施
する。しかし,現場によっては,不安定土砂が崩落し安定斜面と見られる所がある。この
ような斜面の復旧工法は,一定勾配 8 分で切ってのり面を森林に大幅に追い込んでは,の
り面が拡大するうえに残土も増量するので,構造物によるのり面保護工で対応するのがよ
いと思う。なお,構造物の両端部の位置は,のり面長と工種工法のバランスを考慮し,構
造物が必要な位置までとし,過大にならないようにする必要がある。
*ある現場で,立会官からこの崩壊は過年災の疑いがあるというクレームがついた。ど
うしてと聞いたところ,崩壊面にコケが生えているという。反論を言う。ほとんどの災害
現場は,過年の降雨に傷めつけられて耐えてきて,その年の降雨に耐えられずに崩壊する
のであろう。耐えている年に亀裂が発生して見過ごされることがあるものを過年災という
のであれば,亀裂の規模とその影響度あるいは不鮮明な亀裂等の調査は非常に難しい。し
たがって,その施設が埋没又は欠壊して機能が失われた日と解釈してよいと思うと言って,
解決したのである。
ぜいじゃく
その 2 は,地形地質上脆弱な場所での復旧である。崩壊の要因となる降雨による表面水
や地下水等がいたずらする現場環境にある。したがって,復旧工法は,この表面水や地下
水等に対応できる工種工法を適用する必要があり,その根拠を明らかにしておくことが大
切である。また,崩壊面に亀裂の多い岩石が見られる場合には,落石対策工を考慮したの
り面保護工を検討する必要もある。
*のり面保護工は,多様な地形地質及び現場条件に対応するため,その工法は多種に及
んでおり,災害査定するときも悩むことが多い。工種工法で悩んでいたずらに時間を掛け
ると,立会官からクレームがつくことがあり,経費のほうへ問題がそれていくことになる。
ただし,一つの救いは,災害査定により手直しをするとしても,面積あるいは単価の手直
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しということから簡単にできることである。災害査定は,厳しい日程が多く時間との勝負
になり,手直しする職員が徹夜をすることも多い。健康に留意する必要があり,手直し方
法の工夫も大切で,これも一つの技術だと思う。
(2)路肩欠壊の復旧
路肩欠壊は,地山で全幅員(車道+路肩)を確保していた路体が欠壊して,通行車両が
安全に走行できなくなった場合で,災害箇所としては非常に多い。原形復旧とすれば,盛
土工の復旧工法になるが地形等から難しい。一般的には,著しく困難又は不適当の場合を
適用して構造物を設置しており,構造物のタイプは,背面土圧の小さい地山接近型として
いることが多い。この構造物の延長については,欠壊の両端地山が,崩壊の外力から乱さ
れていない支持力を十分有する箇所までになる。
災害査定のときによく言われるのは,構造物の地山突っ込み部分の必要性についてであ
る。路肩欠壊の復旧は,構造物端部に接続する地山が通行車両の支持力を有しているかに
あるので,地山突っ込み部分というよりは,堅固な地山に構造物を取り付けることと考え
ている。
また,構造物の基礎も安定した支持層に設置することになる。しかし,護岸等の基礎に
ついて洗掘のおそれがあるとして,河床より根入りを深くしていることがあるが,支持層
と河床の地質を比較して基礎の位置を決めるべきと思う。支持層の地質が転石等で,河床
が変動しても洗掘のおそれがない場合には,基礎の位置は河床より高くてもよいと思う。
必要に応じては,根固め工を検討することも考えられる。
(3)路面洗掘の復旧
災害復旧事業の対象になる路面洗掘(深さ 30cm 以上)は,素掘側溝が洗掘されてい
ることも多いので,復旧事業としては路面とコンクリート側溝を組み合わせた工法が考え
られる。この場合は,路体を確保するためにコンクリート側溝を設置するので,路体部分
を埋め戻しその上に路盤工を設けることになる。
*災害復旧事業として適用される現場を見ると,その原因は奥部に位置する沢の排水
施設が豪雨等により埋没して,ここからの越流水によるものが多い。路面洗掘を防ぐには,
側溝や沢等の横断溝の維持管理を実施することと,併せて当初設計のときにこのような越
流水を素早く路線外に排除する対策を検討する必要がある。
(4)排水施設の復旧
谷・沢横断排水施設災害は,豪雨等による集水区域の斜面崩壊土砂や不安定土砂等の土
石流が施設を流失・崩壊・埋没している現場が多い。復旧工法は,一般的に原形復旧とい
うことから施設の工種・工法は,同等程度のものを用いている。しかし,災害現場は,通
常用いている林道技術指針の考え方を,はるかに超えた自然現象が発生したことになるの
で,当該現場条件に適した規格・構造及び工種・工法を用いて復旧すべきと考えている。
その 1 は,暗渠(開渠を含む)の断面の拡大である。排水施設の構造を決めるのは,雨
水流出量と通水断面に基づくが,この計算に用いる係数等は複雑であり,大雑把であり,
そして決め手となる安全率は,条件によって 3.0 以上となるので,自然とはいかに難しい
かを表している。
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一方,査定要領においては,原形に復旧することが著しく不適当な場合の中に,山腹崩
壊……その他の地形,地盤の変動のため,……形状若しくは寸法を変更して施行する工事
が含まれている。ただし,関連事業の中に,災害原因が暗渠の断面狭小に起因することが
明らかな場合において,暗渠の断面を拡大し,……施工する工事が含まれている。この断
面狭小に起因するが,査定現場で争点になることがしばしばある。現場の状況から,集水
区域と断面の妥当性,開設後の期間・経過(雨量強度の推移等),そして断面は,災害を
防ぐためにいたずらに拡大することでよいのか等を判断材料にして解決するのである。
*暗渠断面について考えていることがある。暗渠内には,降雨の状況によって枝条や
土砂等が堆積するが,越流することなく排水機能が保たれている。しかし,豪雨となれば
枝条や土砂等の流入量が増大し,これらが呑口を塞ぎ越流して施設を欠壊することになる。
暗渠断面が大きければ被害を小さくできるので,大きくする安全率の目安を延長と維持管
理の面から考えてみる。
林道の幅員 4.0m 程度から暗渠の最短延長は 5.0m 程度とする。安全率は,この延長
5.0m を基本に 1 倍とし,延長 10.0m は 2 倍,15.0m は 3 倍,20.0m は 4 倍とする。また
延長 20.0m 以上の場合には,最小径を 1.0m とすることである。理論的根拠があればよい
のだがない。これは現場を歩いて見て感じたものである。
その 2 は,呑口上流部の対応である。災害後の渓床の状況は,荒廃し不安定土砂・流木
等が堆積しており,これらが再豪雨によって復旧した排水施設を埋没等させるおそれがあ
る。小流域で荒廃が小規模の場合は,集水ます工や路側擁壁・袖擁壁・土砂止擁壁等を一
体化とするます工法で対応できるが,規模が大きくなると,土砂止め工を設置することが
ある。この復旧工法で,もめることが多い。それは,関連事業の中に……床止工及び谷止
工の新設工事……が含まれているからである。しかし,技術指針には現場条件に応じて透
水性擁壁構造の土砂止め工及び流木除け工の設置基準もある。したがって,谷止工等のよ
うに流域的機能を有するものではなく,直接林道を保護することから,できるだけ近距離
に小規模な構造物として,不安定土砂等の移動を防ぐ透水性構造の土砂止め工や流木除け
工を設置することで解決するのである。
(5)橋梁の復旧
一般的な橋台の洗掘や標準的な H - BB 構造等の橋梁であれば,現場での査定時間も
短時間で済むが,長大橋になると型式の選定等いろいろの問題が発生するので査定に時間
がかかる。査定は,1 週間の日程が決まっているので時間との戦いになり,以降の日程に
影響することが多い。
橋梁に限ったことではないが,特殊な工種・工法の場合には,事前協議あるいは現場で
のメーカー技術者の説明等で時間短縮ができ,査定がスムーズに行われると思う。
*ある災害査定では,1 路線であるが長大橋もあることから,1 週間で 3 億円を超える
申請であり強行軍かと思った。長大橋については設計したコンサルの技術者が説明したこ
と,さらに査定を受ける班が午前と午後の 2 班に分かれていて,サインは,午前の班がそ
の日の夕食前,午後の班が次の日の朝ということで,スムーズに進み,思い込みが外れて
夜長になったのである。宿泊した宿は登山用の山小屋で,そこには木の実の酒が棚にずら
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り並べられてあった。もの珍しさも手伝って,聞いたことのない果樹酒を飲んだが,すべ
てを味わうことはできなかった。その味は,甘酸っぱくおいしく,話も弾み,夜長を短く
してくれた。
●ひと言
災害査定は,都道府県内の市町村を対象に 1 班が 1 週間で申請額 1 億円程度が標準と思
み ぞ
う
う。しかし,長野県西部地震災害(御嶽山)は,未曾有の災害であり,それも 1 路線であ
った。災害状況は,谷沿いの既設林道が土石流によって埋没してしまったのである。谷
沿いといっても急峻な地形であり,谷底から 20m 程度は高い中腹を走っていたのが,さ
らに 20 ~ 30m の高さの土石流によって埋没したのだから,その土砂量の膨大さに驚い
た。特に,山腹の崩壊土砂が,支流から中流に合流する地点の対岸の尾根先端を,高さ約
100m 一木一草ない裸地状態にしたのである。自然の力の大きさに,身が縮む恐怖を感じ
た。現場は,晩秋より初冬に近く,午後 3 時を過ぎると谷間から日差しが去り,風が強く
なり寒さが一段と身にしみてくる。2 班で行う予定が立会官の申し出で,1 班で行うこと
になった。申請額は 10 億円を超えている。まずやれる所までやろうということになった。
宿泊所から現場まで約 30 分,現地査定時間は午前 8 時 30 分~午後 3 時まで,昼食は済み
次第終了,出先事務所でその日の指示事項の整理という日程になった。
査定が始まる。埋没区間は新設工事の査定になり,各測点ごとに現地と図面を照合して,
OK,変更等を図面に記入する。この繰り返しの時間短縮に活躍したのが,県職員の若者
たちである。平面線形が見やすい地点では平面図の位置が,縦断線形が見やすい地点では
縦断図の位置が,各測点には横断図がすでに用意されているのである。斜面を歩け歩けの
連続で,体が休むのは図面を見るときだけである。怖かったのは,一部水没しているトン
おけ
ネルの災害箇所の確認である。ビニール製の桶に一人で乗り,暗い奥に入っていくのは勇
気がいる。桶は不安定なうえ水は冷たい。ひっくり返ったらどうなるのという不安,覆工
の亀裂を確認して取って返し無事終了,ホッとする。現場から事務所へ帰り指示事項の確
認である。不明瞭な点や不合理な点等について協議するが,思いのほか時間がかかった。
宿泊所に着くのは 8 時頃,風呂に入って夕食は 9 時近く,疲れと空腹が晩酌と夕食をさら
においしくし,頭が枕につくや否や夢の世界へ入るのである。
査定の結果は,最終日(土曜日)にも一部協議があり,夕方 6 時頃に災害復旧事業査定
表ができ上がり,サインして終了した。直ちに特急の止まる駅へ直行し,家に着いたのは
その日も残り少ない頃,長い 1 週間であった。忘れることができない生涯の思い出となっ
た。
ある県の災害査定に行くと,日程の中ほどにひなびた民宿に泊まることがある。そこ
の仲居さんに I ちゃん F ちゃんがおり,部屋への案内やお茶の世話をしてくれるのであ
る。年のころは,50 代から……♂? ニコニコ顔の優しい昔の娘さんである。夕食にな
り席に座って,一日の疲れを取る晩酌が始まる。不思議なことに F ちゃんがカメラを手
元に置いているのである。お酒が進むとワイワイガヤガヤ……,ひょいと I ちゃんを見る
と,胸元が開いて可愛いオッパイが顔を出しているのである。さすが男性である,それま
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で査定官,立会官中心が一変,I ちゃんを中心に車座になって堅い話が解けて和やかな雰
囲気になるのである。ただし I ちゃんに不心得な行為に及ぶ者があれば,そこで F ちゃん
のカメラの出番になり,証拠写真を撮られることになるのである。民宿には,それぞれの
証拠写真が写真帳に整理されてある。先輩も後輩も笑顔で写っているのである。査定半ば
になると何事も順風満帆とは行かず,ギスギスすることもあり,これが一服の清涼剤とな
って穏やかな日程進行となるのである。いつ頃から,このようになったかは誰も知らなか
った。
●蛇足
約 4 年前の会社の健康診断のことである。その日は 70 歳の誕生日でもある。診断の結
果は精密検査を受けるようにと指示された。さっそく掛かりつけのクリニックで胃の内視
鏡検査をすると,画像に 500 円硬貨の大きさのクレーター状の醜いものが見えた。先生い
わく,細胞検査をしましょう,治療しましょうということである。気になる兆しがあっ
た。その前の 1 年間は,体重が約 5 ㎏減少,仕事や運動をすると疲れを感じ,古希は体調
の節目かと思っていた。紹介状と検査内容を持って近くの大学病院へ行く,あっさり胃が
んだという。進行がんだから全摘手術を今月末日に行うという。健康診断から 20 日目に
手術終了。この間に孫娘たちと温泉旅行も済ませたので,慌しい日が続いた。入院 19 日
目に退院の指示あり,医者いわく,見えるがんはすべて取った,後は神のみぞ知るという
(注:がん保険,入院 20 日以上の場合に退院後の通院医療費が支払われるということを知
る。小さい文字で書かれてあった)
。
退院して,遅まきながらがんという敵を知らなければと図書館に通う。神のみぞ知る転
移と再発が怖い,これを防ぐ方法は何かである。調べた結果は免疫を高めることのようだ。
か
それには,日本食をよく噛んで食べ,運動を適宜,体を温める,くよくよしない等である。
「日本食」は,米(玄米・穀類)
,味噌汁,漬物,野菜(緑黄・きのこ等),魚介,海藻,豆腐,
納豆等が主体で,これに果物を加えるのがよい。これは肉類・乳製品等が少ないことのよ
うだ。おいしく食べるのがコツ。
「噛む」のは一口 30 回以上。「運動」は,歩くが基本で
体操等体調に合うようにする。
「体を温める」は,風呂は半身浴でゆっくり入る。「くよく
よしない」は,ほどほど,だめもと,笑い,一晩寝て忘れる……自分なりのリラックス法
を見つける。このほか漢方,気功,呼吸法,サプリメント等がある。いずれにしても,自
分が好きなことをするのが一番よいようだ。
くよくよ人生だったのが,病気を授かって自分を見つめ直してみることにした。赤っ恥
をかこうと思って編集担当の吉田さん志賀さんに相談したところ,快諾を得た。アドバイ
つづ
スをいただき思い出を綴ることができたことに感謝する次第である。これからは,大病息
災?で孫娘の成長,ゴルフの向上,つるバラの手入れに励みたいと思っている。拙文にお
付き合いいただいた皆さんには感謝するとともに,逸脱したことや不愉快なことなどがあ
ったと思いますが,ご容赦ください。
これにてトッツバレ
(津軽弁の昔話の“おしまい”の意味)である。
(たなか けいぞう)
森林技術 No.810 2009.9
29
・
E理圏直盟理E
会員の広場
スギの漢字表記とその新語源説
干5
7
30
0
0
5 大阪府枚方市池之宮 3
4
-1
2
有岡利幸
1 杉・椙・櫨の表記と意昧
わが国の文化は木の文化だと云われる。
木の文化のなかでスギは大きな役割を果たしており
代表的な樹種として最も数多く植
林されている。
そのスギは,漢字では「杉JI
椙JI
櫨」と表記し,そのなかでも「杉Jが最もよく用い
られる。
スギは日本特産の樹木で 中国には産しないが漢字に「杉Jという字がある。漢名の
「杉(サン)
J はコウヨウサン(広葉杉)のことであり
およそ 1
0
0
0年前に中国へ渡った
わが国のスギを漢名は「倭木」と記す。つまり中国では スギは倭(わ)の国の木である
と認識して熟語を作ったのである。倭とは 中国や朝鮮半島で用いられる日本の古称であ
り,日本人のごとを古くは倭人と呼んだのであり,それに倣ってスギも倭の木だとしてい
るのだ。
わが国の 「杉」は『角川大字源~
(尾崎雄二郎ら編,角川書居, 1
9
9
2
) によると, I
意符
の木(き)と音符の~(さん)から成る。 粘りがあって腐りにくい木,
~すぎ』 の意J と
している。音符の::;;は,粘りがあるという意昧だとし,一説にははり(針)の意昧だとし
ている。つまりスギの葉が針のようにとがっているとごろから,木偏に::;;をつけ,尖った
葉を持つ木と意昧付けたとの解釈をしている。そして,副 I(よみ)は,中古も中世も近世
も「スギ」とよむ。
「椙」は,1杉」の異体として用いる国字である。莞(っくり)の「昌」には,1あきらか」
あるいは「さかんJという意昧があり
数多くの樹木が生育している森林の中でも「あき
らか」に目立つ樹形をして,I
さかん」な成長力を示しているスギの姿が表現できている
字だといえよう。
「櫨」は,古い時代に使われたスギの漢字で,諸橋轍次著の「大漢和辞典巻 6~ 改訂版(大
修館書届, 1
9
9
9
) の第 3の解釈は「杉也」とし,第 4の解釈では「木の盛んなさま」とす
る。同辞典は「櫨」を樹木のスギのごとを表す言葉としているので,その樹木は生長が盛
んで,その集団が他の広葉樹などと遣い非常な勢力で森林を圧倒している状態を示してい
るとも読み取れる。
スギの表記には,古来から通常は杉,椙,櫨という三種の漢字が使われ,さらに異体字
として「粉」や「松Jなどが使われている。
@
森林技術
No.
810 2009.
9
2 スギの漢字表記事例
古い文献での使用例を見ると,
『古事記 上つ巻』の須佐之男命(すさのおのみこと)の
条(くだり)は八俣(やまた)の大蛇(おろち)を「其の身に蘿(こけ)と檜(ひ)と榲(すぎ)
と生(お)ひ」と形容している。谷八つ,尾根八つの八俣大蛇の身体には,コケとともに
ヒノキとスギが生えていたというのだ。一方『日本書紀 巻第 1 神代上』の八岐大蛇(や
またのおろち)の項の一書(第 5)では,素盞鳴尊(すさのおのみこと)がスギ・ヒノキ
など 3 種の樹木を生み出されたときの記述に,「鬚髯(ひげ)を抜き散らすとすなわち杉
と成る」とあり,
「杉」のほうを採用している。同じスギでありながら,記紀では用いる
漢字が異なっている。
『万葉集』では「鉾椙之本(ほこすぎのもと)」
(巻第 3・259)のように「椙」の使用例は 2 件,
「杉村乃(すぎむらの)
」
(巻第 3・422)のように「杉」の使用例は 7 件であり,杉が大勢
を占めている。これ以外に,
」と訓を万葉仮名に記したものが 2 例(巻第 2・
「須疑(すぎ)
156 など)ある。
奈良時代の天平宝字 6 年(762)の『正倉院文書』(『日本林制史資料豊臣時代以前』農
林省編朝陽会,1934 所収)には,地方の山作所などから数多く送られてくる材木のなか
に「榲榑(すぎくれ)
」との記載をたくさん見る。榲榑の記述は 9 件あるがすべて「榲」
との記載である。
和銅 6 年(713)の元明天皇の命により天平 5 年(733)に撰進された『出雲国風土記』
意宇(おう)郡の,すべてもろもろの山野にあるところの草木の条では,「杉(字はある
いは椙に作る)
」としているが同風土記のスギの表記法は郡によって異なり,
「杉」と「椙」
の字が用いられている。
ところが,これまで見てきたスギの表記漢字以外の「枌」という字が『出雲国風土記』
神門郡の山の説明文のなかで次のように用いられている。
田俣山 郡役所の真南一十九里にある。
(枌がある)
(枌がある)
長柄山 郡役所の東南一十九里にある。
吉栗山 郡役所の西南二十八里にある。(枌がある)
三つの山にそれぞれ(枌(すぎ)がある)と注書されているが,飯石郡の掘坂山の注書
では「杉がある」とされ,同風土記でも二通りの書き方がされている。
いずれにしても奈良時代までのスギの表記は,杉,椙,榲,枌の 4 種の書き方があった。
3 スギの語源八つの説
スギの語源説にはいくつかある。
①
「すくすくと生える木の義,スギノ木が成語」は,『大言海』である。
②「スグ(直)な木の義」は,
『和句解』
,
『日本釈名』(貝原益軒著,1699),『東雅』(新井
白石著,1719)
,
『日本声母伝』
,
『円珠庵雑記』,『言元梯』,『百草露』,『名言通』,『重訂
本草綱目啓蒙』という辞書類および宇田甘冥の『本朝辞源』・林甕臣(みかおみ)の『日
本語原学』である。
③「
『すぎ』の称も,その幹がまっすぐなのによる」は,『角川古語大辞典』(中村幸彦ほか
編,角川書店,1987)である。
森林技術 No.810 2009.9
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④「ただ上へ進みのぼる木であるところからススミキ(進木)の義だ」は『古事記伝』(本
居宣長著,1822 刊行)である。
⑤「ススミキ(進木)の略だ」は,
『菊地俗言考』(永田直行著,1854 自序)である。
⑥「直に生えるところからスグケミの反だ」は,『名語記』(成立年未詳)である。
⑦「スは痩清の義で,ギは木の意味で,細く痩せて真っすぐ上にのびるから」は,『箋注和
名抄』
(
『和名抄』の注釈書)である。
⑧「称美の語サキ(幸)の転だ」は,
『和語私臆鈔』(本寂著,1789)である。
以上のようにスギの語源説には,8 種の説がある。
八つの説のうち最も支持されているのが「直(すぐ)な木との義だ」とする説であり,
スギに関する書物も多くはこの説によっている。俳人たちもスギの木が真っすぐに伸びる
ことは理解して,次のように詠む。
杉は直雑木は曲に寒明ける 益永孝元
北山の杉真直や春時雨 佳藤木まさ女
梅雨に入る杉直幹の男振り 増子京子
私も長年国有林の仕事をしていて,スギの植林やスギ人工林の収穫調査,丸太にしたも
のなどを扱ってきたので,スギが真っすぐに成長することはよく理解しており,この説を
90%程度は支持できる。
4 スギの割板をソギイタという
スギがただ真っすぐに伸びる木だから,その名としたとするのは,あまりにも単純すぎ
る感じがする。スギと同じような場所では,幹が真っすぐに成長する針葉樹にヒノキ,コ
ウヤマキ,モミ,ツガ,カヤがあり,スギと同様にきわめて有用であった。したがって,
これらの樹種とスギとを,何かで区別することが必要であったと思われる。スギという命
名もその一つであるが,命名以前の区別理由である。
「真っすぐに伸びる木」という外見上の特徴以外に,スギの持つ加工上の特性について
も注目する必要があろう。というのは,スギはよく割れるので板を作るのに最適の樹種で
あった。作られる物は「枌板(そぎいた)
」と呼ばれる薄い板で,古い時代はソキイタと
清音で呼ばれた。のちにはソギタともいわれた。枌板はまた略して枌(そぎ)ともいう。
ふ
「枌」の漢字は,中国では広葉樹のシロニレ(白楡)のことで,倭では「屋根を葺く小
片板の称」だと『和漢三才図会』
(寺島良安著,1712 年自序)は記している。枌の字をソ
ギと訓むのは,完全に日本訓みである。考えるに,ソギは木を割って,つまり木を二つに
分けて作るところから,
「偏が木」で「旁が分」になっているこの字を採用したのであろう。
当時どのような名称を持っていたのかは不明だが,静岡市の弥生時代の登呂遺跡では水
田の畦畔にたくさんのスギの割板が,伊豆の山木遺跡では住居などの建物の横板としてこ
れまた大量のスギ割板が出土している。二つの遺跡での割板は,スギ材の独壇場であった。
スギのそぎ板は,屋根葺きや壁などに使われたことが『万葉集』の次の歌が示している。
そき板もちふける板目のあわせずはいかにせむと
かわが宿始(ねそ)めけむ(巻第 11・2650)
新築した家の屋根をそぎ板で葺いたが,その板目を合わせることができなかったら,ど
のような工夫をすればこの家で初めて寝ることができるのだろうか,という意味である。
32
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▲
真っすぐな樹幹が林立するスギ林(幹の形状からスギの名が生ま
れたとの語源説がある。スギは板材に適していることは弥生時代
から知られており,薄い割板の名称ソギノキが短縮されスギとな
ったとの有岡の新語源説)
万葉時代以降も,スギ板で屋根を葺いてい
たことは平安時代後期の勅撰和歌集の『後拾
遺和歌集』
(1086 年撰進)にある,大江公資
の「杉の板をまばらにふけるねやの上におど
ろくばかりあられ降るらし」
(冬・399)とい
う歌で示されている。
枌という字は使われていないが,奈良時代
にそぎ板が用いられていたことが正倉院文書
に見られる。天平宝字 6 年(762)2 月 8 日
の条には「其の作るところの扉一枚,温船橋
井に蘇岐(そき)等」とあり,同 7 年 5 月 6
日の条には「蘇岐板一百枚」とある。
5 スギ語源の有岡新説
スギの木の割板は枌板と呼ばれるように,よく割れた。枌板は清音でソキイタと呼ばれ
たが,清音は古い日本語の発音である。木を割ることとは,木口(こぐち)に強い力を瞬
間的に加えて,ひびを入らせて,そこから自然と分かれる状態にすることである。
よく割れるスギであるが,ことに天然林で育ったスギが木口に斧を振り下ろしただけで
簡単に割れ,板や角材が取れることを,昭和 2 年(1927)に秋田県で生まれた大工職人の
菊地修一はその著『木の国職人譚』
(影書房,1996)のなかで次のようにいう。
杉というのは建築材として確かにいい木だと思いますね。広葉樹でも使えますけれ
ど,やはり針葉樹の杉が一番ですな。十二尺の角をとるのに,マサカリをひとつぶっ
つければ,ちゃんとまっすぐに割れるんですよ。ノコで挽かなくても。昔は板だって,
そうやってマサカリで割って作ったもんですよ。(中略)木口にマサカリをぶっつけ
ただけでまっすぐに割れる木なんてものは,これは節のない天然杉ですからね。
12 尺(3.6 メートル)の長さの角材を取るのもマサカリーつで簡単に,一発で割れると
菊地のいうスギとは,秋田県北部産の天然木の秋田杉のことであるが,弥生時代初期には,
静岡県の登呂や山木遺跡に見られるように人里近くでも杉の天然木はたくさん生育してい
た。
そんなところから,スギは簡単にソキイタが取れる木,つまりソキイタノキと認識され
るようになった。
「スギイタ」と「ソキイタ」と声に出して云ってみると,その語感のな
んと似通っていることであろうか。ソキイタはしだいに短縮され省略され,イタが抜け落
ちてソキとなった。さらにソキでは言いづらいのでキが濁音のギで発音されるようになり,
ついにスギとなったというのが,有岡の仮説である。
『出雲国風土記』が,ふつうでは枌(そぎ)と訓まれる漢字を枌(すぎ)と訓んでいる
ことと,
『広辞苑』が「そぎ[枌]
(古くは清音)」としていることがヒントになった。
スギの語源説の一つとして,
「ソギイタを作る木が短縮変化してスギとなった」,という
説を,有岡説として唱えておくことにする。
(ありおか としゆき)
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―― 人と森がいきる森林風致を求めて
〝風致林施業〟 を語る技術者 の輪
・件名 Re: 風致・景観は「目指すべきもの」…
・差出人 清水裕子
・宛先 To:下村彰男様
Cc:会員・読者の皆さま
下村様,
先回は幅の広い視野からの様々なご指摘と論考をありがとうございました。
「景観は目指すべきものなのか」という問いかけは大変に興味深く,農村における産
業の問題とも密接に関連します。紙面の都合上,この場では踏み込んでお答えできませ
んが,林業の問題も含めていずれ議論する必要があると考えます。
ご
い
また,語彙の使用についてのご指摘をいただきました。森林との距離が近づくにつれ
て,対象に対する知覚は視覚優勢から五感全体によるものへと変化すると言われてい
ます。これを踏まえ,私は知覚と対象との距離関係を関連付けて,林外からの「『景観』
を比較的広いスケールでの現象」として捉え,林内における「『風致』を人が雰囲気を
い にょう
感じ取る囲 繞 スケールの現象」として用いています。
しかし,
「風致」という言葉は難解で,ご指摘のようにその使い方は多義に亘りま
す。近頃,元国立環境研究所の青木陽二先生から,本編に対するご意見を頂戴しました
。青木先生は俳句を例に挙げて,風致に関して自然に対する知性の介在を問いか
(P.38)
・件名 環境変動下での森林美学考
・差出人 小池孝良
・宛先 To:清水裕子 様
Cc:会員・読者の皆さま
清水様,
森林美学を意識したのは,1991 年に本屋で復刻版「森林美学」という美しい装丁の
本を手にした時でした。まさか,その 15 年後に自らがその科目を講じるとは,想像も
していませんでした。その本の記述にある樹種特性と光環境の解析に,私の目指す原田
書簡№
12
泰氏(以下敬称略)の著書「森林と環境-森林立地論-」への道を見つけ,これらの本
を眺めていました。
今私は,
森林美学は林内美の創造を極める施業法だと理解しています。
*
柱デザイン制作=ハセガワ ユウキ
本コーナーでは、森林風致研究者 清水氏と行政・研
究機関・NPO等の方々との意見交換を通じて、風致
林や森林ランドスケープの展望を考え、現場に活きる
技術や施業論へと話題を深めていきます。
●森林美学への私の取り組み
森林美学の源流は,ドイツ・シレージア地方(現ポーランド西南部)の山林家であ
ったフォン・ザーリッシュが 1885 年に著した Forstästhetik(人工林の美学)にありま
す。わが国では森林管理の範を求めて林学先進国ドイツへ留学した林政学の川瀬善太郎,
明治神宮を設計した造林学の本多静六,本郷高徳,造園の田村 剛らによって導入され,
講じられました。この内容を日本の実情,特に天然林が広がっていた北海道の森林を主
な対象に「森林美学」として 1918 年に著したのが,北大造林学の初代教授・新島善直
と高弟・村山醸造でした。
「森林をどのように再生するか,自然をどのように残すか。」
という新島の教えは,拡大造林の時代を経て,また,身近な内容になったと感じていま
す。その後,今田敬一は森林美学の史的側面を解析し,また,森林文化論を展開された
筒井迪夫とも関係があったと聞き,生理生態的研究からも哲学的(≒美学)な森林美学
の体系への入り口を見つけたように思っています。
森林美は,もちろん個人の感性に大きく依存します。しかし,うっそうとした森林に
畏敬を感じ,林野庁の「森の巨人たち百選」にあるような巨木を前に,風雪に耐えて生
きてきたその姿に神々しい思いを抱くのは私だけではありません。整備された林分や巨
34
森林技術 No.810 2009.9
けています。知性は知覚よりもさらに次元の高い環境への認識能力です。このように考
えますと,
「風致」という言葉は感性から悟性的な広がりを持って受け止められていて,
まだ議論の余地があると考えるのです。
*
さて,森林風致の老舗である東京大学森林風致計画学研究室の下村先生から貴重なご
意見を頂戴した後,続いて,北海道大学農学部で 100 年間継続されている森林美学の授
業を,現在講じていらっしゃる唯一の存在・小池孝良先生から,これからの「森林美学」
のあり様についてご意見を寄せていただきました。
小池先生のご専門は,群集・個体・個葉の各レベルに注目した基礎研究ですが,さら
に各レベル間の連携(スケーリング)における生理生態・個体群動態などの,単木から
森林のあらゆる応答に関するご研究をされています。最近では,大きく変動する環境の
中で持続可能な森林経営と保全に関する造林学的研究へと展開されていると聞いていま
す。ダイナミックな環境変動にある森林を取り扱う林学の役割,新しい森林美学のあり
方が示されていますので,ここに紹介します。
(森林風致研究者/しみず ゆうこ)
木に深い感銘を抱くことは,ロマン主義の影響下で生まれたとされるフォン・ザーリッ
シュのテキストの記述の中にも見いだしました。
●森林美学の実践
フォン・ザーリッシュの実践した施業法には,彼の森林経営の場,ポステル地方の名
を冠した間伐方法があります。それは,上層木・中層木の約半分を伐採し,残した上層
の一級木と下層木の成長を促す,いわば定性的な強度間伐です。我が国では今田門下の
伊藤精晤によって風致間伐試験地が設けられ,現在も調査中です。林内に光を導き入れ
落葉落枝の分解を促し,林が混みすぎて下層植生の失われた林分の再生を目指す方法は,
物質循環をうながす土壌動物の活動にも配慮しています。このことは,後に今田によっ
て森林美学の目指すことと位置づけられたメーラーの「恒続林思想」に言及されたシス
テムとしての森林,つまり森林有機体(=生態系)の考え方の先駆けと言えます。
フォン・ザーリッシュやメーラーによる森林美学発祥の地・ドイツでは,2005 年
に南部に位置するバイエルンの森を永らく見つめてきた林学徒ステルブによって
Waldästhetik(自然林の美学)が著されました。私はその考えを学ぶべく直ちに連絡を
取りました。彼は失われつつある森林美を護るために啓発の思いを込めて出版に踏み切
注)
ったそうです。その中で,Räumliche Ordnung(空間的規制)
の例として,冬季の突
風に備えた森林管理と風向を考慮した保残木作業を述べています。その考え方は,18
世紀の琉球の政治家であり林政八書を著した蔡温が説いた風害に備える森林施業法と同
義です。森林美学を考究した今田敬一は,森林施業に発生する凍霜害を回避するための
霜穴研究を展開し,九州の佐藤敬二は舌状式細胞造林学を風害耐性と更新を意図した施
業法として提唱しました。現在,多雪地帯で盛んに行われている強度間伐にも,森林施
業面からの裏付けとポステル間伐に通じる気象害への慎重な配慮が望まれます。
空間的規制の考えの中には,漸伐更新法や保残木作業が紹介され,天然更新を期待す
る森林管理・施業法として南ドイツでは実施されています(写真①)。これらは,我が
森林技術 No.810 2009.9
35
国でも実践してきた方法です。
また,フォン・ザーリッシュの著作第
2 版(1902 年刊)の英訳が,2008 年に
合理主義の頂点とも言える米国・ジョー
ジア大学の森林風景計画学者のクックら
によって行われたことに,洋の東西を問
わず,今私たちが森林に求める機能を感
じています。それは,植物による光合成
生産を基盤にしたものであり,木材生産
機能,水源涵養・災害防止機能,そして
▲写真① 天然更新と植栽の組み合わせ
(ミュンヘン大学演習林にて)
レクリエーション機能など,人間の側か
らは森林の生態系サービスとして認識さ
れていることです。
森林美学の目指すところは,我が国で最初に森林認証を得た尾鷲・速水林業の「木一代,
人三代」の精神と持続的森林管理に換言できると思います。これはメーラーの示した恒続
林思想に由来する,と「美しい森づくり」を論じた速水 勉は記しています。生産業であ
る限り土地当たりの木材生産力が重要です。フォン・ザーリッシュの考え方は,裸地に借
金して木を植えた時に収益が最大になる時期に収穫するという土地純収益説に立っていた
とされます。現在では,理想的なサイズ構成がなされる森林へ誘導し,さまざまな森林空
間の価値に注目した森林管理法を模索する時期だと思われます。
しかし,ここで考えなくてはならないことは,多くの林業技術は生産環境である大気中
の CO2 濃度が 300ppm 付近で安定していた時代に作られた点です。今は,大気 CO2 濃
度や窒素など,樹木にとっての生産環境の変化が顕在化してきました。これらのことを意
識して,以下,私の講じる森林美学を紹介させてください。
●生産環境の変化
最近の急激な環境変化,つまり,光合成生産の基になる大気中の CO2 濃度の増加や,
酸性雨問題として認識された窒素沈着の増加も考慮する必要が出てきました。私が初めて
光合成測定をした 1978 年には,他の樹種と比較するために大気 CO2 濃度の 300ppm の
値に換算しました。今,その値は 390ppm に達しました。この数年の内に 400ppm を超
えるでしょう。これらは,有機体の集合である森林に対して,どのような影響をもたらす
のでしょうか。
20 年以上前に植物生態学の及川武久が,熱帯林のデータを利用して興味深いシミュレ
ーションを行いました。それは大気 CO2 濃度が増加するとともに,上層木が繁茂して下
層へ届く光量が減少する,という内容です(図①)。この結果,光不足のために更新稚樹
は成長できず種の多様性は損なわれることになります。実際,高 CO2 環境では枝葉の量
も増えます。詳しくは省きますが,C3 植物である樹木は,大気 CO2 濃度が 700ppm く
らいまでは直線的に光合成速度を増加させます。しかし,光合成産物が葉も含む樹体にい
っぱい溜まって,いわば「腹一杯現象」が生じ,成長は頭打ちになるようです。これに応
答し,樹木は光合成産物を利用する場所(シンク)である枝葉を増やして成長を続けよう
とします。この結果,上層木の枝葉が増えるわけです。
36
森林技術 No.810 2009.9
800
が示唆するように,単位面積当たりの葉量
生き延びることが出来るかどうか,興味は
尽きません。
(ton
(ton・ha
・ha
・ -1)
間があります。この間,下層の更新稚樹が
200
0
300
は栄養不足に陥ります。これらを解決する
ために,適切な強度の除間伐などの保育と
からのいわば越境汚染を受け続けます。た
8
4
土壌有機物量
伸ばすことは出来ませんから,樹体として
西風の風下にある我が国では,風上の国々
LAI
400
もう一つ,高 CO2 環境でも無限に根を
管理が必要だと感じています。一方で,偏
幹枝量
)
的には葉が森林空間の限界まで繁茂する時
対
光
12 量
%
(
現 600
存
量
が無限に増えることは有りませんが,瞬時
相対
光量
16 相
全現存量
400
500
LAI (m2・m-2),
もちろん良く知られた
「収量一定の法則」
0
600
大気CO2濃度(ppm)
▲図① 高 CO2 環境における葉量の増加と透過光量
(Oikawa 1986 より許可を得て改作/ LAI:葉面
積指数)
だ,窒素沈着に限れば,短期的には窒素分は肥料として作用します。事実,ヨーロッパ・
ロシアと言われる地域では,森林の成長は近年増加したそうです。しかし,北海道のよう
に森林の存在自体が重要な観光資源の地域では,窒素沈着の増加を手放しでは歓迎できま
せん。最近,奈良の紅葉の名所から「美しい紅葉は観光資源だから,木を元気にしようと
肥料をあげたら紅葉がくすんでしまった。どうしましょう。」と問われました。新島・村
山に倣って,樹木の成長特性からその対策を考えました。
●樹木と生態系の環境応答
紅葉はモミジとも読みます。カエデ類の鮮やかな深紅と美しい黄色は,まさに観光資源
です。特に紅色はウメボシの赤と同じくアントシアンという色素が正体ですが,これは葉
に光合成産物が溜まって紫外線が当たることで生じます。ここで,カエデ類などでは木々
の葉が樹冠の先端から老化します。通常,カエデ・ブナ・ミズナラなどは春に一斉開葉し,
秋まで葉の入れ替えをしないため,激しい環境変化にさらされる先端葉から紅葉するので
す。しかし,肥沃地で窒素が多いと秋伸びし,先端に開いて間もない若葉が着いているた
めに紅葉が遅れ,樹冠としては紅葉がくすんでしまうのです。従って,カエデ類などでは
貧栄養条件におく必要があります。また,大気中の窒素化合物は揮発性物質と反応し,有
害なオゾン(対流圏オゾン)となって樹体の活力を奪います。対流圏オゾンによって光合
成生産量の 30%程度は抑制されると言います。
さらに食葉性の昆虫の食害も問題になります。高 CO2 環境下では葉の窒素濃度が低下
しますが,虫は酵素・タンパクのもとである窒素養分を一定量摂取するために,これまで
以上に食害が増える可能性があります。事実,1960 年代の植物生態学の教科書では,新
葉の 4 ~ 6%が食害に遭うと記載されていますが,1990 年代後半のものでは 10 ~ 23%と
その値が増加しています。虫食いで丸裸の山は,観光資源には成りにくいでしょう。結局,
鈴木和夫・池田俊彌らの指摘するように,森林の健全性と活力を維持することが急務だと
思います。
●森林美学の目指すこと
森林の健全性と活力を維持するためには,変化し続ける生産環境に対する森林樹木の応
森林技術 No.810 2009.9
37
答力を理解した上で,自らの生活と活動に備わっている美感を十分研ぎ澄まし,我々が取
り得る方法を探究し続ける必要があります。このことは,国土保全を担う私たち林学徒の
共通の目標だと考えています。ステルブが指摘するように,例えば,機械的間伐のために
森林へ重機を導入するにしても,直線的な伐採面ではなく多少でも曲線を描くことによっ
て,伐採面も林内景観に取りこむことが出来る方法も考慮する必要があると思われます。
ドイツ・バイエルン地方では,森林の中の教会を大切にし,礼拝がなされていました。
私たちは森の入り口に設けられた鳥居に手を合わせ,「山の神」に仕事の安全祈願と感謝
をします。この心は洋の東西を問わず,森林の恵みなしには文明は存続できないという史
実が示すところです。
森林の資産は,いわば子孫からの預かりものです。そこから将来もどれだけの利益が持
続的に得られるのか,と考える必要があります。我が国の実情にあった森林管理が生み出
す林内美は,京都の北山林業や尾鷲の速水林業の例にあるように,森林美学の目指す施業
今,森林のもつ多機能,すなわち生態系
法が息づいている結果だと考えています。そして,
サービスを高度化するために,森林美学をその原点に立ち返って学ぶ必要を感じています。
(北海道大学農学部 造林学研究室 教授/こいけ たかよし)
P.34 の注)空間的規制:天然下種更新を期待する森林管理・施業法であり,風上に母樹を配する場合に,
南ドイツ周辺では深刻な問題である冬季の突風害を回避する伐採方法を意味する。
・件名 俳句と森林風致
・差出人 青木陽二
・宛先 To:清水裕子様
Cc:会員・読者の皆さま
清水様,定年退職し,無職となった暇人が興味を持ってお伺いするものです。
日本で生まれた俳句は,
現在世界に広まり,色々な言語で詠まれるようになりました(青
木・宮下 2009)
。一大ブームと言っても良いでしょう。日本人は昔から自然とうまく付き
合い,自然を感じるがままに,俳句を詠んできました。俳句は日本の自然が生んだ日本の
文化ではないかと思っています。私は風致というと人間がその場で感じることが大切では
ないかと思っています。人はその場で感じたことを俳句で表します。特に高浜虚子の写生
の普及から,この傾向は強まったと聞いています。
さて,俳句と森林風致について議論した研究はあるのでしょうか。俳句には季語という
かなめ
ものが有り,寺田寅彦(1935)は,季語は日本人の心であり,俳句の要であるとも言って
います。米国の俳人ジャンボール絹子さんによれば,いくつかの季語が森林を表現するの
に使われていると言われています。例えば,
山笑う(新緑の美しさ),山装う(紅葉の美しさ),
山眠る(冬の林の静けさ)など有ります。
このような表現と実際の森林との結びつきを調べた研究はあるのでしょうか。教えてい
ただければ幸いです。森林を材として考えることも大切ですが,生存する価値があるもの
として,色々な樹木が身近にあることの意義も議論して下さい。
(あおき ようじ)
【参 考 文 献】
青木陽二・宮下恵美子(2009)俳句における環境植物の調査報告,独立行政法人国立環境研究所研究報
告 201,つくば,112pp.
寺田寅彦(1935)日本人の自然観,岩波書店,東京,32pp.
▲投稿記事:本連載へのご意見をいただきました。〔編集担当〕
38
森林技術 No.810 2009.9
コラム ● ● ●
統計に見る
日本の林業
●●
●●
●
品質・性能へのニーズの高まり
プレカット加工の進展や住宅の 成材製品の供給量は 212 万 m3 で 引上げ等により,原料を国産材に
耐震性・耐久性へのニーズの高ま あり,そのうち製品輸入は 78 万 転換する動きがみられる。国産材
りを背景として,木造住宅建築に m3, 国 内 生 産 は 135 万 m3 で あ の合板への利用はスギ・カラマツ
用いられる木材製品についても, った。国内生産された集成材のう 等の針葉樹を中心に近年急増して
品質・性能に対する需要者ニーズ ち,国産材のラミナで生産された おり,平成 19 年には対前年比 43
が高まっている。このような中, も の は 前 年 比 5 万 m3 減 の 25 万 %増の 163 万 m3 で,5 年前に比
強度性能が明確で寸法安定性に優 m3 となったものの,製品輸入や べて約 6 倍となった。この結果,
れた集成材や,耐震性を高める製 外材原料のラミナの減少により, 合板用素材に占める国産材の割合
品として構造用合板の利用が拡大 国内生産の集成材に占める国産材 は 31%となり,前年比 9 ポイン
しているほか,構造材を主体とし 比率は前年と同じ 18%となった。 ト増と大幅な増加となった
(図①)
。
て施工後に狂いの少ない人工乾燥 平成 19 年の合板供給量は 801 万 人工乾燥材の生産量はいまだ低
した製材品の利用が増加している。 m3 で,そのうち製品輸入は 401 万 い水準にあるものの近年増加して
集成材については,柱の見えな m3,国内生産は 400 万 m3 であった。 おり,建築用製材品に占める生
い大壁工法の一般化やプレカット 国内生産される合板は,これま 産割合は平成 18 年は 25.4%と前
化の大幅な進行を背景にその利用 で北洋カラマツが原料の多くを占 年に比べて 2.8 ポイント上昇した
が進んでおり,木造軸組工法住宅 めていたが,国産材用の加工施設 (図②)
。その中で,我が国の人工
の柱材におけるシェアは 5 割程 の整備が進んでいることに加え北 林資源の大半を占めるスギについ
度となっている。平成 19 年の集 洋材(ロシア材)の丸太輸出関税 ては,一般的に材の含水率のばら
(万m3)
200
(%)
31%
広葉樹
30
その他針葉樹
150
カラマツ
22%
スギ
m3 か ら 平 成 18 年 の 86 万 m3 へ
と大幅に増加した。
19%
20
国産材比率
100
つきが大きく品質の均一な乾燥材
の生産が困難であったが,近年の
乾燥技術の向上とともに,人工乾
燥材の生産量は平成 13 年の 50 万
10%
7%
6%
10
▲
50
0
平成 14
(千m3)
3,000
2,500
15
16
17
人工乾燥材の割合
25.4%
19.6%
13.7%
14.5%
(資料:農林水産省「木材需給報
告書」,「木材統計」)
(%)
30
2,000
1,000
0
19 (年)
18
人工乾燥材出荷量
1,500
図① 合板用材への国産材供給
量の推移
21.5%
22.6%
20
16.7%
10
0
平成12
13
14
15
16
17
0
18(年)
▲
500
図② 人工乾燥材出荷量の推移
(資料:林野庁業務資料)
森林技術 No.810 2009.9
39
● 森林・林業の将来を考えるネットワークを提供し,改革プランを創り上げる ●
「持続可能な森林経営研究会」レポート⑪
第 16 回セミナー「新時代を迎えた国内の製材工場~大型工場と中小工場の再展開方向~」
<講師> 西村勝美 氏(木構造振興株式会社 専務取締役)
2006 年度から始まった新生産システム等の政策の後押しもあり,国産材製材工場の規模拡大が進んでいるが,
その結果として,国際的な競争力を獲得したと評価できるのだろうか。また,数多く存在している中小製材工場
の生き残る道はどこにあるのであろうか。
はり
平成 20 年度の実績を見ると,上位 20 社の国産材製
材の工場は,年間の原木消費量が 3.6 万~ 19.9 万 m3
で,規模は拡大傾向にある。他方,日本に向けて輸出
を行っているような欧米の製材工場は,はるかに規模
が大きく,年間の原木消費量は 20 万~ 40 万 m3 であ
る。そのため,製材コストは日本の大型工場よりもか
なり安い。製材思想も異なり,チップキャンターで丸
太を高速で加工し,後工程で仕上げを行っていくとい
うシステムになっている。
このように,欧米の製材工場の高い競争力の背景に
は,原木の安定供給能力がある。なお,現在の日本の
大規模工場は,素材生産業者に対して,市場を介すか,
もしくは直接に資金提供し立木買いを行わせ,素材を
調達しているとのことである。
(2)今後の製材需要の変化への対応
(3)長伐期化に伴う大径材の利用について
本委員会でも度々議論になってきた長伐期化に伴う
大径材の活用について,西村氏は以下のように解説し
ている。
節を避けるためには,太くして使うのが有利である
が,樹齢が上がっても心材には未成熟部分が残る。そ
こで,径級が 42cm 以上になれば芯がかりで,48cm
以上になれば芯去りで使えるようになる。ちなみに,
欧米の製材工場は,日本よりも大径材を利用しており,
末口の直径は北米で 40 ~ 52cm,北欧でも 34 ~ 48cm
程度であると言う。西村氏によれば,この程度の原木
の大きさが最も取り扱いの効率がよいとのことである。
(4)中小工場の生き残り策
外材を代替し,国産材の需要を拡大する戦略として,
西村氏は以下の点を挙げた。まずは,輸入ラミナの集
成材の管柱を,国産材で代替する方策である。そのた
めには,高品質(ヤング・乾燥),高精度で,集成材
並みの乾燥材を供給することが必要である。
は がら
また,羽柄材は,これまでロシア材の原木を用いて
加工されていたため,ここを国産材で代替していくこ
とは実現可能性が高い。ただし,間柱等は,壁板を打
ち付ける際に,節があることが欠点となるため,実は
セミナーのご案内
けた
原木の質が問われる製品となっている。他方,梁・桁
を国産材で置き換えていくには,現在の資源状況と乾
燥技術の発展速度を考えると,向こう 5 ~ 10 年程度
かかるのではないかと,西村氏は指摘した。
(1)日本の大型工場と欧米の対日輸出工場の製材シス
テム比較
中小の製材工場にとっても,厳しい品質が求められ
ることには変わりはない。しかし,資本力が求められ
る乾燥設備等の導入は,簡単ではない。そこで,西村
氏は,栃木県のトーセンをモデルとして,製材工場の
ラインを簡素化することでコストを下げ,母船となる
工場が仕上げ・品質管理を行うという地域のネットワ
ーク構築・連携の必要性を主張している。ただし,こ
のビジネスモデルについては,具体的なデータを整理
し,検証していく作業が必要であると思われる。
場所:日林協会館 3F 大会議室 (※参加費無料)
◆第 20 回「森林 ・ 林業の指導普及は有効に機能しているか」
9 月 24 日(木)午後 3 時∼ 5 時
講 師:フォレストアメニティ研究所 副所長 鋸谷 茂 氏
森林 ・ 林業の新たな展開のためには,普及指導活動の強化が必要であるが,林業普及指導員は年々減少する
等さまざまな問題を抱えている。そのため,実態を把握しつつ,対応のあり方について検討する。
◆第 21 回「大学の森林・林業教育は何を目指しているか」
講 師:鹿児島大学農学部 准教授 枚田邦弘 氏
かい り
10 月 6 日(火)午後 3 時∼ 5 時
大学の教育は森林・林業の現場から乖 離し,森林・林業技術者の人材養成をなしえていないと指摘される。
このため,大学の目指す方向や実態について把握し,人材育成のあり方について考える。
40
森林技術 No.810 2009.9
第 17 回セミナー「森林・林業・木材利用の改革・改善についての私の意見」
<講師> 内山右之助 氏(有限会社 内山林業 代表取締役)
中尾由一 氏(国産認証材利用促進協議会 会長)
今回のセミナーは,川上と川下のそれぞれで挑戦を続けられている二名の方をお招きして,活動を紹介してい
ただくとともに,本研究会への要望・期待を聞かせていただいた。
(1)民間事業体と森林組合の連携による提案型施業の取組
内山林業
(有)
は,群馬県の約 400ha の山林を所有し
ている林業会社である。今回は,地元の森林組合と連
携し,提案型施業を行った結果を紹介していただいた。
内山林業では,高密度路網と機械の組み合わせで利
用間伐を行っており,県のコーディネートで地元の森
林組合との連携が実現した。森林組合が所有者との折
衝や,補助金等の事務的処理を行い,内山林業が実際
の作業を請け負った。間伐率等は,森林組合と現地協
議の上,決定し,路網については測量等を森林組合が,
実際のルート選定と施工を内山林業が行った。このよ
うな森林組合と民間事業体の連携は,提案型集約化施
業の促進のための好事例と位置づけることができるだ
ろう。
ポイントとなる利益配分については,森林組合が販
売手数料や路網の測量費などにより収入が得られるよ
うな仕組みにしたという。委員からは,このような事
例を積み重ね,また他の民間事業体も参加することで,
議論が成熟し,ルールが整理されていくことを期待す
る声があった。内山氏の取組事例から見えてきたよう
に,集約化の担い手をどのように確保し,また役割分
担していくか,という点は重要な課題だと思われる。
つな
(2)森林から工務店までを繋ぐ SGEC 認証材の普及・
活用について
中尾氏からは,国産認証材利用促進協議会の活動を
中心に話題提供していただいた。
協議会のメンバーは,年間 30 ~ 50 棟を建てる地域
の工務店で,中には年間 300 棟を建てる比較的大規
模な工務店も含まれている。同協議会では,SGEC 等
の森林認証を中心に,森林管理の現場から,素材生産,
製材,プレカット,工務店までを CoC 認証でつなぎ,
消費者とつながった住宅建設のバリューチェーンの構
築を目指している。具体例として,静岡県の日本製紙
の社有林の事例や,熊本県の新産住拓,山口県の安城
工務店などの事例が紹介された。
これに対して,委員からは,SGEC の CoC 認証の制
度において,工務店までもが CoC 認証を取得する必
要はなく,プレカット工場が取得すれば十分ではない
か,という意見もあった。一方,中尾氏は,認証材の
意義を工務店が消費者に直接説明するルートが重要で
あると考え,工務店による CoC 認証の取得を重要視
しているという。
また,中尾氏からは,国産材の需要拡大のためには,
む く
製品開発が必要であるとして,30mm の杉の無 垢の
床板や,トドマツ・エゾマツ集成材(日本版ホワイト
ウッド)
,認証材の集成材や合板の開発などを行って
いるとの情報提供があった。
(3)まとめ
両氏の口から繰り返し聞かれたのは,2008 年末の世
界金融危機と連動して下落した木材価格の問題である。
中尾氏は,現在の木材価格は 1951 年のそれとほぼ同
じである一方,当時の現場作業員の日当は一日 500 ~
700 円であるとして,抜本的な対策の必要性を強調さ
れた。突きつけられた現場からの絶望感に,研究会は
誠実に応える努力が求められていることを強く感じた。
研究会としては,大きく変化してしまった需要と供
給の関係を将来的な見通しも含めて整理するとともに,
集約化-路網整備-機械化という,労働生産性の向上
の方策についても具体的な提案を行っていきたい。ま
た,
上記のような経済・社会論や技術論に加えて,
これ
からの時代の制度のあり方についても検討し,総合的
な改革パッケージとして示す必要があると考えている。
(文責:相川高信*)
参加申込み:下記 WEB サイトの「セミナースケジュール」から,お申し込み下さい。
⇒ http://www.sfmw.net/
(※ 前週の金曜日まで)
。
持続可能な
森林経営研究会
*三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング
〒 102-0085 東京都千代田区六番町 7 番地 日林協会館内
持続可能な森林経営研究会事務局
TEL:03-3261-5461 FAX:03-3261-3044 : [email protected]
森林技術 No.810 2009.9
41
森林系技術者コーナー
● CPD-030- 経営 -006-200909
里山の整備をプロ・アマ協働で
-「口開け」に託す「山屋」
の思いと提案-
山本 清
NPO法人林業倶楽部山屋 〒370-1403 群馬県藤岡市保美濃山1859-2
Tel 0274-56-0006 Fax 0274-56-0030 E-mail:[email protected]
「山屋」の自己紹介
近年,分けても最近,様々な事情や理由を抱え
一つの表現かもと話し合っています。
子どもたちや一般の皆さんと
て林業関係に転職して来る人が増えています。働
教育の世界で環境教育が重視されつつあったこ
く人が増えているのは歓迎すべきことですが,現
ろ,まず,子どもたちや一般の方たちに自然に親
場では事故やケガがなかなか後を絶たず,残念な
しんでもらおう,森林に親しんでもらおう,その
がら(再び)退職する人が多いことも事実で,大
きっかけづくりを自分たちでお手伝いしようと考
変困ったことだと思っています。
え行動を始めました。
私たちが「山屋」を立ち上げたのはもう何年も
体験学習会,簡単な木工クラフトや林業現場の
前のことですが,
「仲間が辞めない」ことを大き
(作業の)観察会などなど,難しいことはせずに,
な目標の一つに掲げてのことでした。メンバーの
簡単で楽しく参加してもらえる催しを開いてきま
ほとんどは,ふだん群馬県内のいろいろな森林組
した。「興味本位でかまわない」という呼びかけに,
合に所属している作業班員で,そのほかのメンバ
多くの皆さんが参加してくれました。この種の催
ーは「現場作業に理解のある者」で構成されてい
しでは,大変な作業はあまり意味がないように考
ます。
えたのです。
「林業に何かを見つけたい」という思いを胸に
この業界に入ってきた者が多いのですが,実際の
ボランティア団体のお手伝い
現場では「これでいいのか」と精神的に迷い,技
大木や太いつるの巻きついた木をチェーンソー
術的にも手探り状態が続き,独りで悩み,ついに
で伐採,除伐することは,一般の皆さんには無理
は辞めてしまう……。そこで,いろいろな悩みや
ですし,何より危険を伴う作業です。そこで,ま
迷いを独りで抱え込まずに仲間と語り合い,話し
ず山屋が『口開け』をして,そのあと,比較的
合う場として集まることを呼びかけたのです。
安全に出来る作業をボランティアの皆さんがする。
作業の技術に長けた者は指導に当たり,ある者
ボランティアの人たちと交流しながら,例えば誰
は悩みの相談にのり,自分たちに出来る活動がな
もが憩えるいい里山にしていく。この『口開け』は,
いか語り合い,山仕事のプロ集団という自負とヤ
新しい林業や新しいクライアントにつながるきっ
マで何かを表現したいという思いをベースに,少
かけになるのではないかと考えています。いわば
しずつではあっても,これまで歩みを進めてきた
山仕事のプロ・アマ協働といったところでしょう
のが私たち「山屋」です。最近はヤマ仕事自体が
か。先月号の黒田慶子さんの記事にもあったよう
42
森林技術 No.810 2009.9
ある「口開け」の仕事風景(金澤 潔氏・金澤フミ江氏撮影)
に,太い木こそ伐倒すべき場面もあるようですか
す。ふだんの現場作業は,今さら言うのも変です
ら。
が,「危険な畑で巨大大根を生産する」のに等し
さて,そこから発展させられそうな制度を少し
い毎日ですから……。日本中に,私たちと同じよ
考えてみると,例えば,その活動によって健全な
うに,悩みながら現場作業をしている人たちがた
里山を取り戻したら,汗を流した団体に環境ポイ
くさんいます。「その人たちが辞めない」事業に
ントのようなものを国が与える。例えば,ある活
なるのではないか,なってほしいと思います。
動に賛同し協賛・助成してくれた企業には,その
正直に言って,私たちはそういった方面の知識
分の CO2 削減ポイントを与えるなどなど……。
や経験が少なく,今の制度がどうなっているかは
「口開け」に託す思い
この「口開け」が,
「仲間が辞めない」ことの
一つの大きなきっかけになってくれたらと思いま
わかりません。でも,私たちと同様な思いを持っ
ている人たちを含めて「山屋」にこんな事業をさ
せていただけたら,いい仕事するんですけど!
!
(やまもと きよし)
森林技術 No.810 2009.9
43
本の紹介
●コラム●
日本樹木誌編集委員会 編
日本樹木誌 1
発行所:
(株)日本林業調査会
〒162-0845 東京都新宿区市谷本村町3-26
ホワイトレヂデンスビル4階
TEL 03-3269-3911 FAX 03-3268-5261
2009年7月発行 B5判 762頁 上製
定価:本体5,238円+税 ISBN978-4-88965-192-8
構成されていて,有性・無性繁
殖( 開 花・ 結 実, 種 子 生 産, 散
布,発芽特性,ぼう芽繁殖,ルー
トサッカリング)
,更新,成長(生
理特性,分枝,展葉・落葉,成長
量,寿命)
,交配,根系,競争な
ど,研究論文を読まなければ知り
えない情報が詳細に記述されてい
て,各樹種の生活史を明らかにし
ている点は興味深く読むことがで
今から 35 年前の 1974 年に米国
類似したものであったが,記載樹
きる。
オレゴン州立大学のカスケード山
種は 9 種類で,かつ報告書であっ
また,本書には倉田 悟・濱谷
脈に位置するアンドリュース実験
た。そのような空白を埋めるよう
稔夫「日本産樹木分布図集Ⅰ~
林で,伐採に伴うダグラスファー
に,第 1 巻として出版されたのが
Ⅴ」と「日本林業樹木図鑑第 1 ~
林生態系の変化を研究していた時
本書である。
5 巻」を基に,
「ルルベデータベ
期に,非常に情報量の多い樹木に
約 32 種の常緑・落葉広葉樹に
ース」と「北海道データベース」
ついての書籍があった。「Silvics
ついて,種により各項目の記載に
を利用して,各都道府県担当者の
of Forest Trees of the United
精粗はあるものの,種の概要,形
情報を加え,現時点での最新の約
States(USDA:1965 年発行)」で
態,群集内の位置,生育地,繁殖・
100km2 のメッシュの分布図が掲
ある。各樹木が分布する気候,土
更新,成長,管理,利用,植物民
載されている。温暖化による環境
壌や地形ばかりでなく,群落を構
俗が網羅され,今までに類を見な
変化が問題とされている今日,今
成する他の樹種やその種の生活史,
い「樹木誌」になっている。各樹
後の樹木の分布変化の研究,地域
成長過程,種特性などが記載され
種の執筆は,担当した樹種の研究
環境研究計画や調査計画に利用で
ており,さらに,多数の関連参考
を自ら行っている研究者・実務者
きる資料となっている。
研究論文が掲載されていて,詳細
で,レビューは詳細にわたり,関
ところで,スギ,ヒノキ,カラ
な北米の分布図までもが掲げられ
連樹木との比較も行っており,
「樹
マツ,アカエゾマツなど主要な針
ていた。
木誌」としての論文的な価値も有
葉樹造林樹種が第 1 巻ではレビュ
初めてダグラスファー林の研究
している。
ーされていない。これらは,将来
を行う者にとって,その生態系に
その意味で,本書は単なる図鑑
予定されている続刊で扱うと聞い
分布する随伴種あるいは極相種に
ではなく,また樹木の解説書でも
ている。林業樹種に関しては,膨
関する情報も 1 つの書籍から得ら
ない。特に注目すべき記載は生活
大な資料・論文があるため,レビ
れ,大変重宝をした。
史と管理・利用の項である。樹木
ューも大変な作業になると思われ
しかし,数ある日本の樹木に関
の生活史の研究は,植物の中でも
るが,ぜひ,取り組んでいただき
する書籍や植物図鑑でも,このよ
個体サイズが大きく,寿命が長い
たいものである。
うな総合的な内容を持つ書籍は少
ことや多数回の開花・結実をする
さて,針葉樹と広葉樹あるいは
ない。樹種の生活史,成長過程,
ことなど難しい側面を持っていた。
常緑樹と落葉樹の生活史の比較は
種特性や利用について詳細に記載
しかし,各執筆者は果敢にこの
非常に面白い側面を持っていると
したものでは「有用樹種の生物学
難しい樹木のデモグラフィー研究
考えられる。特に,生活史の中で
的特性」(森林総合研究所研究会
を行ってきた者や造林目的から生
も,繁殖効率,有性・無性繁殖,
報告 No.9)がこの書籍に非常に
活史の研究を行ってきた者により
光合成器官への同化産物分配様式
44
森林技術 No.810 2009.9
●コラム●
こだま
森林と関係ない話で恐縮だが,夏休みの定番
「自由研究」に関する失敗談を一席。他山の石
として読んでいただければ幸いである。
「非電化冷蔵庫」というのを本で読んだ家内
が,中学生の娘に自由研究のテーマにどうかし
ケーション化(造林樹種化)に重
要な点である。
自由研究
などの比較は,樹木のドメスティ
ら,と言う。
「非電化冷蔵庫」というのは,オ
ール電化の逆を行く藤村靖之氏の発明で,水で
満たされた縦長の箱の下部に冷蔵室を埋め込
み,最上部には放熱板を取り付けて,夜間の放
射冷却で冷えた水で冷蔵室を冷やす仕組みだ
(http://www.hidenka.net/jtop.htm)
。中学生に
は原理が難し過ぎるし,理科教師からは「よく
検討しましょう」
(テーマが不適?)とのコメ
ントをもらったが,私自身の好奇心に火がつい
た。娘には「お父さんがミニ非電化冷蔵庫を作
さらにいえば,詳細な地形や土
ってあげる」と申し渡し,ただちに近所のスー
壌環境との関連での樹木の分布情
パーから発泡スチロールのトロ箱をもらって,
報が欲しかった。日本の林野土壌
夜中までかかって試作品 1 号機を製作した。も
の分類と土壌図は完成されたもの
ともと工作は好きだから,こういうことになる
があることを考えると,土壌の分
と寝食を忘れる。
布と樹木の分布の詳細な記載が不
ところが,ベランダに設置した「冷蔵庫」の
足している感は否めない。
温度は,26℃あたりを上下するばかりで,なか
ところが,日本における広葉樹
なか冷えない。薄曇りの夜が多くて放射冷却が
の造林は戦後に九州で行われたシ
ラカシやケヤキの造林など非常に
例が少ない。今後,環境造林とし
て様々な広葉樹種が植栽されるば
かりでなく,プラスチックなどを
起こっていないようだ。藤村氏の本物は夏でも
7 ~ 8℃を維持できるそうだが,晴天が多く空
の澄んだ地方の話で,我が家では無理なのか?
しかし,ここで引き下がってはと,ホームセン
ターでさらに材料を買い込み,大改造を企てた。
出張で 3 日ほど留守にして,さぁ今度は冷えた
用いた家具よりも木材を使った家
かと帰ってみれば,娘は「父親の道楽には付き
具が,再生産可能な自然資源とし
合いきれない」と,別のテーマで自由研究を始
て地球環境問題対策にも有効であ
めていた。その後 1 人で温度測定を続けている
ろう。
が,
「冷蔵庫」と呼べるまでの道のりは遠い。
そのための林業の振興と環境造
「初天神」という古典落語がある。息子の金
林(保全)において,本書は専門
坊を連れて天神様へお参りに行った父親が,金
家や林業家だけでなく,このよう
坊にせがまれて凧を買ってやるのだが,凧揚げ
な植林におけるハンドブックとし
に夢中になってしまい金坊に凧を渡さない。し
ての利用価値は極めて高く,針葉
まいに金坊が「おとっつぁんなんか連れてくる
樹を含むであろう今後の続巻にも
期待する。
(京都大学 アジア・アフリカ
地域研究研究科/小林繁男)
たこ
んじゃなかった」というのがオチである。まる
はなし
で今回の一件のような噺だが,我が家の場合の
オチは,
「冷蔵庫は冷えずに,娘の興味が冷え
ました。
」おあとがよろしいようで。
(徒然亭草刈)
( この欄は編集委員が担当しています )
森林技術 No.810 2009.9
45
林業技士(森林評価士)登録更新受付け終了
●平成 19 年 3 月 31 日以前に認定登録した林業技
しての技術の維持向上に努めていただくことを
士(森林評価士)の方は次の区分により,「林
目的としています。
業技士登録更新」を定められた更新年度に手続
●今年度の更新受付期間は 6 月 1 日~ 8 月 31 日
をしていただくこととなっております(8 月号
の 3 ヶ月間です。下表グループ A ~ C 該当者
裏表紙参照)。
で更新未済の方の受付けは終了いたしました。
●これは,資格取得後も森林・林業にかかわる技
●登録時と住所等連絡先が変更されている方は,
けんさん
術や知識の研鑽を行い林業技士,森林評価士と
林業技士事務局までお知らせください。
登録年度と更新年度の関係表
グループ
第1回更新年度
第2回更新年度
A
昭和 53 年度∼ 60 年度
登 録 年 度
平成 19 年度
平成 24 年度
B
昭和 61 年度∼平成 7 年度
平成 20 年度
平成 25 年度
C
平成 8 年度∼ 12 年度
平成 21 年度
平成 26 年度
D
平成 13 年度∼ 18 年度
平成 22 年度
平成 27 年度
受付け
終 了
お問い合わせ先:〒 102-0085 東京都千代田区六番町 7
(社)日本森林技術協会 林業技士事務局 担当:飯島哲夫
Tel 03-3261-6692 Fax 03-3261-5393
協会のうごき
投稿募集
人事異動
【平成 21 年 8 月 20 日付け】 退職…企画部主事:花岡純子
林業技士
会員の皆様からのご投稿を随時
募集しています。
お知らせがあります
400 字× 4 枚(1,600 字)程度,
●林産部門開講中止:受講希望者僅少のため,今年度は開講を見合わせま
●資格要件審査の申請締切り迫る:林業技士「森林土木部門」の,資格要
件審査の申請受付けは 9 月 30 日(水)までとなっております。
森林情報士
400 字× 8 枚(3,200 字)程度,
400 字× 12 枚(4,800 字)程度に
す。関係の皆様には,あらためて深くお詫び申し上げます。
おまとめいただき,プリントアウ
トした用紙とデータを入れた媒体
を担当までお送りください。
森林 GIS 部門の研修が始まりました
〒102-0085 千代田区六番町 7
日本森林技術協会『森林技術』
●「森林 GIS2 級」部門研修終了:同部門の研修が 8 月 17 日~ 21 日にか
けて実施されました。講師は京都府立大学の田中和博氏が務め,実技は
編集担当:吉田 功・志賀恵美
本会の宗像和規ほか数名が担当しました。受講者は 26 名でした。
(Tel 03-3261-5414・5518)
雑 記
某大学教授は子どもの頃,線路近
くのアパートに住んでいた。そこを
父親が運転する汽車が通過する。汽
笛を鳴らす区間ではないけれども,
いつもポーッと一声を放ってくれた
そうだ。それが何十年も前の,両国
から房総方面へ向かう行商列車だっ
た。思い起こしてみると,どうも私
はその列車に乗ったようなのだ。夕
焼け空に漂う煙を列車最後尾のデッ
キで眺めたことを思い出す。(C55)
46
森林技術 No.810 2009.9
森 林 技 術 第 810 号 平成 21 年 9 月 10 日 発行
編集発行人 葊 居 忠 量 印刷所 株式会社 太平社
発行所 社団法人 日本森林技術協会 ○ http://www.jafta.or.jp
〒 102-0085 TEL 03 (3261) 5 2 8 1(代)
東京都千代田区六番町 7 FAX 03 (3261) 5 3 9 3(代)
三菱東京 UFJ 銀行 麹町中央支店 普通預金 0067442 振替 00130-8-60448 番
SHINRIN
GIJUTSU
JAPAN FOREST
published
by
TECHNOLOGY
TOKYO
ASSOCIATION
JAPAN
〔普通会費 3,500 円・学生会費 2,500 円・法人会費 6,000 円〕
<主 要 目 次>
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図書
『緑の循環』認証会議
Sustainable Green Ecosystem Council
日本森林技術協会は,
SGECの定める運営規程に基づき,
公正で中立
かつ透明性の高い審査を行うため,次の「認証業務体制」を整え,
全国
各地のSGEC認証をご検討されている皆様のご要望にお応えします。
【日本森林技術協会の認証業務体制】
1.学識経験者で構成する森林認証審査運営委員会による基本的事項の審議
2.森林認証審査判定委員会による個別の森林および分別・表示の認証の判定
3.有資格者の研修による審査員の養成と審査員の全国ネットワークの形成
4.森林認証審査室を設置し,地方事務所と連携をとりつつ全国展開を推進
日本森林技術協会システムによる認証審査等
認証審査
申請から認証に至る手順は次のようになっています。
<申請>→<契約>→<現地審査>→<報告書作成>→<森林認証審査判定委員会による認
証の判定>→<SGECへ報告>→<SGEC認証>→<認証書授与>
・現地審査
書類の確認,申請森林の管理状況の把握,利害関係者との面談等により審査を行います。
・結果の判定
現地審査終了後,概ね 40 日以内に認証の可否を判定するよう努めます。
5年間です。更新審査を受けることにより認証の継続が行えます。
毎年1回の管理審査を受ける必要があります。
(内容は,1年間の事業の実施状況の把握と認証取得時に付された指摘事項の措置状況の確
認などです。)
認証の種類
「森林認証」と「分別・表示」の2つがあります。
SGECの定める指標(36 指標)ごとに,指標の事項を満たしているかを評価します。
満たしていない場合は,「懸念」「弱点」「欠陥」の指摘事項を付すことがあります。
2 .分別・表示
・審査内容
認証林産物に非認証林産物が混入しない加工・流通システムを実践する事業体を認証します。
SGECの定める分別・表示システム運営規程に基づき,入荷から出荷にいたる各工程にお
ける認証林産物の,①保管・加工場所等の管理方法が適切か,②帳簿等によって適切に把握
されているか,を確認することです。
[諸審査費用の見積り] 「事前診断」
「認証審査」に要する費用をお見積りいたします。①森林の所在地
(都道府県市町村名)
,
②対象となる森林面積,③まとまりの程度(およその団地数)を,森林認証審査室までお知らせ
ください。
[申 請 書 の 入 手 方 法 ] 「森林認証事前診断申請書」「森林認証審査申請書」
,SGEC認証林産物を取り扱う「認定事業体
登録申請書」などの申請書は,当協会ホームページからダウンロードしていただくか,または森
林認証審査室にお申し出ください。
◆ SGEC の審査に関するお問合せ先:
社団法人 日本森林技術協会 森林認証審査室
〒 102- 0085 東京都千代田区六番町 7 Tel 03-3261-5516 Fax 03-3261-5393
● 当協会ホームページでもご案内しています。
[http://www.jafta.or.jp]
定 価 五三〇円
・審査内容
(本体価格五〇五円(
) 会員の購読料は会費に含まれています)送料六八円
持続可能な森林経営を行っている森林を認証します。
1 .森林認証
・認証のタイプ 多様な所有・管理形態に柔軟に対応するため,次の認証タイプに区分して実施します。
①単独認証(一人の所有者,自己の所有する森林を対象)
②共同認証(区域共同タイプ:一定の区域の森林を対象)
(属人共同タイプ:複数の所有者,自己の所有する森林を対象)
③森林管理者認証(複数の所有者から管理委託を受けた者,委託を受けた森林)
第八一〇号
認証の有効期間
管理審査
森 林 技 術
事前診断
・基準・指標からみた当該森林の長所・短所を把握し,認証取得のために事前に整備すべき
事項を明らかにします。
・希望により実施します。 ・円滑な認証取得の観点から,事前診断の実施をお勧めします。
平成二十一年九 月 十 日 発 行
(毎月一回十日発行 )
昭和二十六年九 月 四 日 第三種郵便物認可
日 本 森 林
は
認証会議(SGEC)
技 術 協 会 『緑の循環』
の審査機関として認定され,
〈森林認証〉
〈分別・表示〉の審査業務を行っています。
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