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半導体産業における競争優位 - 経済学部研究会WWWサーバ

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半導体産業における競争優位 - 経済学部研究会WWWサーバ
半導体産業における競争優位
経営戦略パート
上村
朝香
佐藤
和斉
松井
築
矢渕
悟
はじめに
半導体産業は発生してから 60 年以上になるが、世界市場規模として 1995 年ごろま
では年平均成長利率 15%以上で成長を続け、1995 年~2002 年は IT バブルの時期を
除くとあまり成長しなかった。しかし、その後、市場規模が 20 兆円を超えても、ま
だ年率 10%近い成長を続け、世界 GDP に占める割合も 0.5%までになっている、ま
た、半導体産業、半導体技術の他産業への波及効果は非常に大きく、それらを考える
と社会に及ぼす影響は数字以上に計り知れないものとなっている。
このような半導体産業の成長は、半導体製品の性能向上、経済性向上が持続的に実
現されてきたことによるところが大きい。性能向上に関しては 1974 年に
R.H.Dennard らが微細化により、高速化、低消費電力化が図られることを示す「スケ
ーリング則」、経済性向上に関しては 1975 年にはインテルの G.E.Moore がワンチッ
プに集積される素子数は 18 か月で 2 倍になるという「ムーアの法則」を発表し、半
導体産業には多くの発展的要素があるとこれまでに考えられてきた。半導体産業は性
能向上と経済性向上が同時に実現されそれによって市場拡大するという好循環がずっ
と続いてきたと言われている。
しかし、微細化には限界があり、早くも 1993 年に J.D.Meindl らが種々の制約によ
る微細化の限界について言及している。その後 2003 年には Moore 自身がムーアの法
則の限界・微細化の限界が先へ先へと追いやられているかのように見える。2010 年に
は Rupp がムーアの法則に対する経済的な限界に言及した報告をしている。さらに、
新興国を中心に市場が拡大しているため平均単価が低下し、産業全体の利益性につい
ても低下するのではないかと予想される。
本論文では半導体産業が今後、収益性を確保しながら発展をするためにはどのよう
な要素をもって企業が競争していき、優位性を獲得していくのかという問題を考え、
半導体産業に顕著にみられる特許の取得・学習効果に焦点を当て、実証分析を行った。
特許の取得数、学習効果が半導体産業の競争優位に影響をもたらすのかを言及してい
く。
2011 年 11 月
経営戦略パート
目次
はじめに
第1章
現状分析
1.1 半導体とは
1.2 半導体の歴史
1.3 特許
1.4 研究開発
第2章
特許
2.1 先行研究
2.2 実証分析
2.3 考察
第3章
学習効果
3.1 理論分析
3.2 実証分析
3.3 考察
第4章
研究開発
4.1 実証分析
4.2 先行研究
第5章
参考文献
おわりに
結論
第1章
現状分析
1.1 半導体とは
半導体とは、電気をよく通す良導体や電気を通さない絶縁体に対して、それらの中
間的な性質を示す物質のことである。周囲の電場や温度によって電気伝導性(電気を
どの程度通すか)を敏感に変化させる性質をもつ。電子工学で使用される IC のよう
な半導体素子はこの半導体の性質を利用している。
半導体素子とはシリコンウエハーの上に電子回路を書き込み、増幅・制御などのあ
らゆる機能をこなすデバイスのことである。
1.1.1
製品別シェア・成長率
一言に半導体といっても様々な種類がある。
「WSTS(World Semiconductor Trade
Statistics)」(2006)による分類を参考にすると、電流を一定方向にしか流さない作用
を持つダイオードや増幅作用を持つトランジスタなどの単機能の素子であるディスク
リート(個別半導体)、ディスプレイやランプ、CCD などの光デバイス(オプトエレ
クトロニクス)、温度センサーや圧力センサーなどのセンサー、MOS マイクロ、ロジ
ック、MOS メモリー、アナログ IC などの IC(集積回路)などがある。
図 1.1 の分類別のシェアを売上見てみると IC のシェアが圧倒的に多いことが分か
る(2010 年以降は予測)。これは現在需要が伸びている自動車、携帯電話(特にスマ
ートフォン)、パソコンなどのほとんどに IC が内蔵されているためである。また、今
後も IC のシェアが伸びると予測されている。
図 1.2 の成長率の推移を見てみると、すべての製品が並行して成長の推移を辿って
いることが分かる。すべての半導体製品が 2009 年に売り上げが停滞し、成長率を減
少させたのは 2008 年に起こったリーマンショックが原因だと考えられる。しかしな
がら、その反動で経済が回復してきた 2010 年には急激に市場全体が成長し、現在で
は安定して成長、今後も成長を持続させると見られている。
図 1-1:製品別シェア(売上推移)
400,000
350,000
300,000
250,000
Total IC
200,000
Sensor
150,000
Optoelectronics
100,000
Total Discrete
50,000
0
出所:WSTS(一部改変)
図 1-2:製品別成長率(売上推移)
160.00%
140.00%
120.00%
100.00%
80.00%
Total IC
60.00%
Sensor
40.00%
Optoelectronics
20.00%
Total Discrete
0.00%
-20.00%
-40.00%
-60.00%
出所:WSTS
1.1.2
企業別の競争力
半導体市場は近年より一層グローバルな市場として世界市場で競争力を強めてき
た。そのため、競争力を日本市場で見るより、世界市場で見るほうがより、精緻な分
析ができると考えたため、世界の半導体企業の売上高ランキングから市場の動向を見
ていく。
表 1-1:2010 年世界半導体ランキング
出所:ガートナー
インテルは 1992 年に NEC を抜いて以来、19 年にわたって売上首位を維持してい
る(2011 年現在)。Interbrand 社の"The Best Global Brand Ranking 2010"の調査で
は、インテルのブランド価値は約 320 億ドルに相当し、コカ・コーラ、マイクロソフ
ト、IBM、マクドナルドなどに次いで世界で 7 番目となっている。また注目すべきは
サムスン電子である。韓国企業であるサムスン電子は 2002 年以降 2 位を維持し、こ
こ最近でも成長が著しく、数年でインテルを追い越すのではないかという予測も出て
いる。3 位は日本企業の東芝だが、シェアを見るとインテル・サムスン電子の 2 強で
あることは容易に分かり、市場の優位性があるのではないかと考えられる。
1.1.3
地域別の競争力
地域別に競争力を見てみると、図 1.3 のようになっている。全体的に半導体産業が
伸びているのが分かるが、特にアジア地域の売上が伸びている。特にサムスン電子や
ハイニックス半導体などの韓国企業、TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing
Company)などの台湾企業が伸びているからである。一方で日本企業の成長があまり
見られないようにも見える。
図 1-3:地域別シェア(売上推移)
400,000
350,000
300,000
250,000
200,000
150,000
100,000
Asia Pacific
Japan
Europe
America
50,000
0
出所:WSTS(一部改変)
1.2 半導体産業の歴史
半導体産業の始まりは 1948 年、米国ベル研究所にて行われたトランジスタ増幅作
用の確認であった。その後、ソニーによるトランジスタラジオの開発や、シャープに
よる電卓の開発を経て半導体産業は飛躍的な発展を遂げた。さらに、1980 年代初めか
らのパソコン市場の拡大によりマイクロプロセッサや DRAM などの汎用半導体の需
要が爆発的に増大し、1980 年代初頭には 200 億ドル規模であった半導体市場は 2006
年には 2500 億ドル規模にまで拡大している。
図 1-4
半導体市場規模の推移
(百万ドル)
300000
250000
200000
アジア太平洋
日本
150000
ヨーロッパ
アメリカ
100000
50000
0
1986
1991
1996
2001
2006
出所:世界半導体統計(WSTS) 2011 年データより作成
図 1-4 によると、2001 年の段階で半導体市場規模は伸び悩みを見せているが、こ
れは 2000 年から 2001 年にかけての IT バブルの崩壊によりパソコン産業が不振に陥
ったためである。しかし、その後は携帯電話やデジタル家電向けのシステム LSI にお
いて需要が拡大し、半導体市場は再び成長を続けている。
地域レベルで半導体市場の推移を見ると、1980 年代においては日本が高いシェアを
握っていたが、1990 年代後半からはアメリカやアジア太平洋地域がシェアを伸ばして
おり、日本のシェアは小さくなっている。1980 年代には日本企業が DRAM に積極的
な投資を行い、高集積化や微細加工技術の進歩によって 1989 年には日本が世界生産
シェアの 53%を握っていた。
しかし、1986 年に日米半導体協定を締結し、日本国内における外国製半導体シェア
を拡大するという合意がなされた。これを機に日米半導体摩擦が始まり、さらにはパ
ソコンの CPU(中央演算装置)に使われる半導体を米国インテル社が独占したため、日
本製半導体の競争力は著しく低下した。
一方、メモリー分野においては韓国のサムスン電子が高品質 DRAM 市場を独占し
てシェアを拡大し、1993 年にはメモリーで世界首位に躍進した。表 1-2 からわかる
ように、1986 年の時点では半導体売上高上位 10 社のうち 6 社が日本企業であったが、
サムスン電子をはじめとする外国企業のシェア拡大によって日本企業は苦戦を強いら
れ、2002 年では上位 10 社のうち日本企業は 3 社にとどまっている。
表 1-2
半導体売上高上位 10 社
1986 年
2002 年
1
日本電気(日本)
インテル(アメリカ)
2
日立製作所(日本)
サムスン電子(韓国)
3
東芝(日本)
ルネサステクノロジ(日本)
4
モトローラ(アメリカ)
東芝(日本)
5
テキサス・インスツルメンツ(アメリカ)
テキサス・インスツルメンツ(アメリカ)
6
フィリップス(オランダ)
インフィニオン(ドイツ)
7
富士通(日本)
ST マイクロエレクトロニクス(仏・伊)
8
松下電子工業(日本)
日本電気(日本)
9
三菱電機(日本)
フィリップス(オランダ)
10
インテル(アメリカ)
モトローラ(アメリカ)
出所:犬塚・葉(2010)
日本企業は DRAM 中心の半導体生産という構造の転換を迫られ、1990 年代半ばか
らはシステム LSI などの高付加価値 LSI に軸足を移していくことになった。かつて
1970 年代には国と民間から約 700 億円の資金を投入して LSI の研究開発を進める超
LSI プロジェクトが実施されていたが、1980 年代と 90 年代はこのような研究開発プ
ロジェクトが不在であった。そこで 2000 年からは MIRAI、あすか、HALCA、DINN
という4つの国家プロジェクトを実施され、LSI の共同開発を進めている
1.3 特許とは
特許権は知的財産権の一つであり、発明という無体物(物ではない、形のないもの)
に排他的支配権を設けることができる。有用な発明を行った発明者やその継承人に対
して、発明公開の代わりに一定期間その発明を独占的に使用する権利(特許権)を国が
付与することで、発明を奨励し、また産業の発展に寄与することを目的とした制度で
ある。
1.3.1
特許の転換点
1980 年代の世界貿易は、先進国・アジア地域の高い経済成長とともに順調に拡大し
てきた。日本は特に 1980 年代前半の円安で輸出を増やし、1986 年には世界シェアを
米国と同規模の 10.5%まで伸ばした。一方で、日本の高品質製品が大量に流入したた
め、米国の輸出は伸び悩んだ。その結果、1984 年には米国の貿易赤字が 1000 億ドル
を超え、米国の産業競争力は著しく低下した。
このことを受け当時の米国大統領レーガンは、米国全域における特許や関税など
の特定分野の事件を管轄する合衆国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)を設立する
とともに、1983 年に 学界・業界の代表者からなる産業競争力委員会(President’s
Commission on Industrial Competitiveness)を組織した。委員会が 1985 年にまとめ
た”Global Competition The New Reality”(通称、ヤング・レポート)は、米国の産業
競争力向上を目的として作成され、新技術の創造・実用化・保護などを提言した。米
国政府はこの報告に基づきアンチパテント政策からプロパテント政策に切り替え、知
的財産権の保護を強力に推進する大統領通商政策アクションプラン(1985 年)や米国
通商代表(USTR)の知的財産政策(1986 年)を行った。その後、停滞していた米国の産
業競争力は復活を果たした。プロパテント政策による米国産業界の復活を目の当たり
にした日本も、1997 年にプロパテント政策に切り替えた。
政策転換の始まりとなった 1982 年の CAFC 設立が、特許制度の転換点とされてい
る。
1.3.2
半導体産業と特許
半導体産業と特許の関係についてみていく。図 1-5 に示したのは、日本特許の業種
別特許出願数の推移である。様々な業種が 3 万件以下なのに対して、半導体素子を含
む電気機器の出願数だけ 10 万件超と突出していることがわかる。これは一社あたり
に直しても他の産業に比べて多い。しかしその電気機器業界は 2005 年以降特許出願
件数が減少の傾向にあることも分かる。
図 1-5
業種別特許出願件数の推移(2010 年出願件数上位 301 社)
(単位:万件)
14
電気機器(91社)
輸送用機器(30社)
化学(47社)
機械(31社)
その他製造業(29社)
精密機器(13社)
7
鉄鋼・非鉄金属(14社)
非製造業(24社)
繊維・ガラス・土石製品
(13社)
大学・研究所等(9社)
0
2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
出所:特許庁
表 1-3 に示したのは、米国特許取得数の上位 10 社である。ソフトウェアや家庭用
電化製品など電子部品、半導体素子を扱う企業が独占している。ランキング第 2 位の
Samsung Electronics 、第 6 位の Toshiba 、第 8 位の Intel は 2010 年世界半導体メ
ーカー売上ランキング・トップ 10 にも入って いる企業である。また、年数を追うご
とに特許の取得件数がかなり増えているのが分かる。
表 1-3
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1991
東芝
三菱電機
日立
Kodak
Canon
General Electric
富士フィルム
IBM
USフィリップス
モトローラ
1014
936
927
863
823
809
731
679
650
613
米国特許取得数推移
2001
IBM
NEC
Canon
Micron
サムスン電子
松下電器
Sony
日立
三菱電機
富士通
3411
1953
1877
1643
1450
1440
1363
1271
1184
1166
2010
IBM
サムスン電子
Microsoft
キャノン
パナソニック
東芝
ソニー
Intel
LG電子
Hewlett-Packard
5896
4551
3094
2552
2482
2246
2150
1653
1490
1480
出所: IFI Patent Intelligence
1.4 研究開発
半導体産業の競争優位を語るうえでしばしば研究開発という言葉が出てくる。ここ
では、半導体産業と研究開発の関係性を確認したのちに、企業ごと、国ごとの半導体
産業における研究開発戦略を見ていく。
図 1-6 産業別売上高研究開発比率
出典:Bloomberg
この表から見てわかるとおり、半導体(電気機器産業)において、売上高営業利益率
は他の産業と比べて高いとは言えないが、売上高に占める研究開発費の割合がおよそ
他産業に比べてかなり高い数字となっている。このことは何を示しているのかを考え
る。当たり前のことだが「研究開発費」というものそれ自体は企業にとって負担その
ものでしかなく、研究開発費に見合う成果が得られなければ当該研究開発は必要のな
いものだったということになる。つまり、半導体産業の売上高研究開発費比率は他の
産業のそれよりも高くなっているということは半導体産業にとって研究開発は企業行
動として特に重要な行為だと言える
ここまで半導体産業と研究開発の関係性を示した。それではここからは半導体産業
の位置づけ、研究開発の特徴を地域別に観察し、それを踏まえたうえで企業ごとの研
究開発戦略を見てみる。

アメリカ
半導体産業を先導する立場におり、これは研究開発からの視点で見ても同様であ
る。独創的な研究も数多くなされており、特に近年集積エレクトロ分野での研究
開発に力を注いでいる。

欧州
IMEC といった研究拠点を各地に設け研究開発を行うも、研究成果が世界に流出
しがちで産業的にとくに特筆すべき点はない。

韓国、台湾
多方面の半導体技術に関して多角的に取り組んでいる。特に目立った業績は近年
見受けられないが、国からの多額の資金援助を得て応用研究を進めている。

中国
国際的に優位を獲得するほどではないが着実に半導体産業において力を伸ばして
いる。産業的には、国際的に戦う力をつけるために研究開発を進めるというより
は、中国という巨大マーケットを利用して成長を遂げている。

日本
現在は半導体産業で高いレベルを誇り、基礎研究も進めているため安定した成長
を遂げている。だが、研究開発に対する意欲が近年下がってきている分野も見受
けられる。したがって、今後は研究の成果を効率よく製品応用研究、産業技術に
結び付ける努力が必要とされる。
このように地域ごとに半導体産業における研究開発戦略は大きく異なったものに
なっている。それではこれが企業ごとの研究開発戦略にどのような影響を与えている
のか、そして研究開発は果たして本当に競争優位獲得に役立っているのかをシェアを
基準にしてみてみよう。
表 1-4 企業別研究開発費と市場シェア
研究開発投
シェア順位 企業名
資額順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
1
2
3
4
10
5
7
19
11
13
14
9
12
23
intel
Samsung
TI
東芝
AMD
STMicroelectronics
ルネサステクノロジ
broadcom
NXP semiconductor
QUALCOMM
Freescale Semiconductor
infineon Technology
NEC
marvell technology
国名
アメリカ
韓国
アメリカ
日本
アメリカ
イタリア、フランス
日本
アメリカ
オランダ
アメリカ
アメリカ
ドイツ
日本
アメリカ
2007年研
研究開発 マーケット
究開発費
費割合(%) シェア(%)
(100万$)
5755
4263
2155
2020
1847
1802
1360
1349
1344
1215
1139
1067
1043
989
12.6
9.3
4.7
4.4
4
3.9
3
3
2.9
2.7
2.5
2.3
2.3
2.2
12.6
7.3
4.6
4.5
2.2
3.7
3
1.4
2.1
2.1
2
2.3
2.1
1
出典;IC insight
この表を見れば明らかに研究開発に費や す費用とシェアの大きさには相関関係が
あるということがわかる。
はたして研究開発は何に使われているのか、それを調べるために業界 1 位に研究開
発費が大きく、シェアが大きいインテル社の研究開発戦略を見てみる。
1.
研究開発(R&D)に対し多額の投資を行う。投資額の約 3 割を現状の半導体製造
の仕組みを改善することに、そして残りの 7 割を新製品開発に向けて行っている。
2.
自社内にある中央研究所で世界中の大学、装置材料メーカー、研究機関が生み出
す先端サイエンスナレッジを吸収し、それを自社内で活用できるように研究して
いる。
3.
大学・研究機関で自社参加の研究開発を行い、また優秀な企業に隣接して小規模
な自社研究所(Lablets)を作ることで、最先端な技術の世界的な流れを逐次把握す
るシステムを確保する。
4.
有望な新技術の実現可能性、将来性などを確かめるためにインテルキャピタル(イ
ンテル社の投資事業部門)を通じて世界のベンチャー企業に投資する。
インテルはこの研究開発方針を続けることによって 1992 年から 2009 年まで業界売
り上げ 1 位を達成しつづけている。ここからわかるように、半導体企業で競争優位を
獲得し、それを維持するためには、自社内で現状維持の研究をするのみではなく新商
品を開発する努力を絶え間なく行い、かつ大学・研究所の研究開発に目を向けなけれ
ばならないと考えられる。
ここまで半導体産業における研究開発の重要性、そして地域、企業がどのように研
究開発を活用しているかということを示した。
この先の実証研究では、現在の半導体市場におけるシェアと研究開発費の関係性を
計量的視点で確かめたのちに、研究開発の 2 次的な効果、スピルオーバー効果につい
ての先行研究を紹介する。
第2章
特許
半導体産業の競争優位の源泉について考えるにあたって、まず半導体産業にお
いて特許の取得数が他の産業に比べて多いことに注目した。特許の取得数が半導
体産業においてシェアを獲得するために必要な要素であるのか、実証分析で検証
してみる。
2.1.1 先行研究の紹介
この節ではアメリカの半導体産業での特許取得数の急増の要因を調べた Hall
and Ziedonis (2001) の先行研究を紹介する。この研究では 1979 年から 1995 年
までの半導体企業 95 社の企業行動を分析し、特許を増やす要因について言及して
いる。
2.1.2 仮説構築
ここでは 1982 年にアメリカで施行されたプロパテント政策(特許権の強化策)
が産業の専門化・技術の専門化を促したという専門化仮説を立てて、企業の特許
に対するインセンティブを改めたのかどうかを検証している。
2.1.3 理論
半導体企業の特許数の決定に関しては Pakes and Griliches (1980) の特許生産
関数を用いる。特許生産関数とは R&D 支出などの要素を変数とした特許申請の成
功数を表した関数である。半導体産業において特許出願件数に対する特許取得数
というのはかなり低いものであるためポアソンの経済モデルで推定する。ポアソ
ン分布(Poisson Distribution)は従属変数が 0,1,2,3…のような回数を扱う分布で、
次のように定義されている。
e   j
P( y  j ) 
j!
(2.1.1)
j!は j の階乗を意味し、ポアソン分布は負の値をとらない。またこの分布は平均
値と分散が等しくなる。すなわち、
E( y)  Var ( y)  
(2.1.2)
また Hausman, Hall, and Griliches (1984) から、t 年の企業 i の特許出願件数
𝑃𝑖𝑡 は R&D 支出をはじめとするその他の変数𝑋𝑖𝑡 の指数関数として、
EPit | X it   it  exp( X it    t )
(2.1.3)
と表せる。𝛾𝑡 は t 年の全企業の特許取得率の平均を意味する。特許生産関数モデル
の係数βは、
(1 / it )(dit / dX it )  
(2.1.4)
と表せる。成長率は、
 log it  X it    t  ( X it 1    t 1 )  X it    t   t 1
(2.1.5)
となる。また、(2.1.3)では特許取得の成功率は低いと考えられている。そこで対
数をとると、
log it  X it 
とすることができる。
(2.1.6)
2.1.4 実証分析
実証分析は最尤法でポアソン回帰を行っている。被説明変数と説明変数は以下
の通りである。
○被説明変数
対象企業の特許取得数としている。
○説明変数
・従業員に対する企業の R&D 支出額の対数。対数をとるのは R&D 支出の増加に
伴って次第に増加率が逓減すると思われるためである。また、R&D 支出額を従業
員数で割るのは企業の規模によって偏りが出るのを防ぐためである。研究開発に
より比重を置いている企業ほど特許を多く取得しているのではないかという推測
から。
・その年の R&D 支出が無い(もしくは報告がされていない)。ダミー変数をとり、
R&D 支出が無い場合に 1、ある場合には 0 をとる。
・企業の従業員数の対数。企業規模を図る代替変数として従業員の数をとりあげ
ている。企業規模が大きいほど特許を申請・取得しやすいのではないかという推
測から。
・従業員数に対する設備の価値の対数。設備投資に多く投資しているほど特許を
申請・取得しやすいのではないかという推測から。
・1982 年以降の参入。1982 年のプロパテント政策によって参入してきた企業に
は特許を取得するインセンティブがより強いという推測から。ダミー変数をとり、
1982 年以降の参入は 1、1982 年以前の参入は 0 としている。
・企業が製造している。企業が自身で製造を行っていない場合に特許取得のイン
センティブが強いという推測から。ダミー変数をとり、企業が非製造業なら 1、製
造業なら 0 をとる。
・企業がテキサスインスツルメンツ(Texas Instruments:以下 T.I)かどうか。80 年
代に T.I という企業が圧倒的に特許を取得していたため。ダミー変数をとり、T.I
なら 1、そうでないなら 0 をとる。
・企業の創業年数の対数。企業が長年活動をしているほど特許取得のインセンテ
ィブが強いという推測から。
2.1.5 推定結果
実証分析を行った結果は以下のとおりである
表 2-1:推定結果
変数
係数
標準誤差
結果
従業員に対する R&D 支出
0.196
0.117
有意でない
R&D ダミー
-1.690
0.840
有意
従業員数
0.850
0.034
有意
設備投資
0.603
0.114
有意
1982 年ダミー
0.503
0.199
有意
T.I ダミー
0.798
0.115
有意
非製造業ダミー
-0.013
0.185
有意でない
企業年数
0.022
0.146
有意でない
の対数
この結果から、まず R&D に関して、R&D 支出の比重が大きいことが特許取得
数の増加に影響を与えるとは言えないこと、しかし R&D が無いと特許の取得数が
減少してしまうことが分かった。従業員数や設備投資など、企業の規模が大きい
ほど大きくなる変数に関しては、どちらも有意な結果が得られ、規模が大きいほ
ど特許の取得するインセンティブが強いことが分かった。そして 1982 年ダミーや
T.I ダミーにも有意な結果が得られ、1982 年のプロパテント政策が特許取得・新
規参入のインセンティブを与えたこと、企業の中でも T.I が特に特許を多く取得し
ていたことが分かった。また、非製造業ダミーと企業年数には有意な結果が得ら
れず、特許の増加には関係が見られなかった。
2.2
実証分析
この節では、前節で紹介した Hall and Ziedonis (2001) の実証分析を元に、現在の
半導体産業において①企業の市場シェアと特許取得数には相関関係があるのか、また
両者に相関関係があるならば、②特許取得数はどのような企業の要因によって説明で
きるのか、という 2 点について分析した。
2.2.1
実証分析①(市場シェアと特許取得数)
<変数の説明>
○被説明変数
分析対象として、ガートナージャパン株式会社の 2010 年世界半導体メーカー売上
ランキング・トップ 10(表 1-1)の企業を採用し、分析期間を 2001 年から 2010 年の 10
年間とした。各企業の各年度売上高を元に算出した世界半導体市場シェアを被説明変
数として利用した。
○説明変数
・特許取得数として、各年度の米国特許取得数を使用した。特許出願・登録などに多
額の費用がかかるにもかかわらず、企業が特許を取得する行為には 2 つの理由が考え
られる。1 つ目に、企業内で開発した技術を競合他社に使わせないことで、産業内に
おける技術の優位性を維持するための特許取得。2 つ目は、開発した技術を他社に貸
し出す場合に特許料を取り、技術開発費用(R&D)の回収や新たな投資に充てるため
の特許取得である。また、特許取得数が増えても市場シェアの増加には限界がある(単
調な相関関係ではない)と考えられるので、特許取得数の二次の項も説明変数として
使用した。
・企業ごとにダミー変数を設定した。企業規模によって技術開発投資額に差が生じ、
特許取得数にも影響を与えると考えられる。そのため、市場シェアの変化と特許取得
数の相関関係を企業ごとにみるためには、他企業のバイアスを取り除くダミー変数を
設けた。
<推計式>
𝑆ℎ𝑎𝑟𝑒 = 𝛼 + 𝛽1 𝑝𝑎𝑡𝑒𝑛𝑡 + 𝛽2 (𝑝𝑎𝑡𝑒𝑛𝑡)2 + ∑ 𝛾𝑖 (企業ダミー )
<推定結果>
推定結果は表 2-1 で示した通りである。
(2.2.1)
表 2-2
回帰式 2.2.1 の推定結果
係数
標準偏差
切片
13.6304***
0.000
Patent
0.0006**
0.034
(Patent)²
-7.18e-08*
0.078
各企業ダミー
すべて負***
0.000
決定係数 0.9615
調整済み決定係数 0.9566
*は 10%水準で有意、**は 5%水準で有意、***は 1%水準で有意。
以上のように、市場シェアと特許取得数には相関関係がある(上に凸の二次関数)
ことを示している。また、ダミー変数がすべて有意であった。
2.2.2
実証分析②(特許取得数と企業要因)
<変数の説明>
○被説明変数
特許取得数として、実証分析①で使用した各年度の米国特許取得数を使用した。
○説明変数
・企業が特許取得に注力している度合いを測る変数として、従業員 1 人あたりの各年
度の技術投資額(R&D)を使用した。
・企業規模の調整のために、企業の従業員数の対数を変数として使用した。
・企業の持つ経営に関する知識として、創業年数の対数を変数として使用した。
・特許取得に関する法制度が大きく変更された 1982 年を年次ダミーとして設定し、
それ以前に創業していた企業を 0、それ以降に創業した企業を 1 とした。
・分析対象企業の中で特に年間の特許取得数が多い Texas Instruments(TI)と Micron
Technology(Micron)の企業ダミー変数を設定した。
<推計式>
𝑃𝑎𝑡𝑒𝑛𝑡 = 𝛼 + 𝛽1 ( 𝑅&𝐷/𝑒𝑚𝑝𝑙𝑜𝑦𝑒𝑒) + 𝛽2 ln(𝑒𝑚𝑝𝑙𝑜𝑦𝑒𝑒) + 𝛽3 ln(𝑓𝑖𝑟𝑚𝑎𝑔𝑒) + 𝛽4 1982
+ ∑ 𝛽𝑖 (企業ダミー )
(2.2.2)
<推定結果>
推定結果は表 2-2 で示した通りである。
表 2-3
回帰式 2.2.2 の推定結果
係数
標準偏差
切片
-13534.66*
0.071
R&D/従業員数
2418.22
0.105
Log(従業員数)
1157.412*
0.060
Log(創業年数)
22.69699*
0.094
1982 年ダミー
1403.524
0.180
TI ダミー
6342.725***
0.001
Micron ダミー
5317.126***
0.010
決定係数 0.9917
調整済み決定係数 0.9750
*は 10%水準で有意、**は 5%水準で有意、***は 1%水準で有意。
以上のように、特許取得数と各企業要因はすべて正の相関関係があることを示して
いる。また、ダミー変数も有意であった。
2.3
考察
<実証分析①>
特許取得数によって企業の市場シェアを説明することができた。しかし、当然のこ
とながら、市場シェアを決める要因は特許取得数だけではない。より最先端の技術を
開発し高い価格で販売することを戦略として市場シェアを獲得している企業もあれば、
汎用性のある半導体素子を大量に生産することで低価格での販売であっても市場シェ
アに繋げている企業もあると考えられる。そのため、半導体産業全体として回帰され
たというよりは、企業ダミー変数が有意となったので企業ごとに市場シェアと特許取
得数の変動に相関関係が得られたと考えられる。
<実証分析②>
市場シェアを説明できる特許取得数を増やすために、企業が行える戦略として技術
開発投資額(R&D)の調整を考えた。実証分析②も、従業員 1 人あたりの技術開発投資
額は正に有意であった。一方で、従業員数の対数や創業年数という変数も正に有意で
あった。技術開発投資額と異なり、これらの変数は企業が自由に調整できる値ではな
い。これらの理由として考えられるのは、技術開発が成功するかどうかや技術開発に
は何年もの開発期間が必要(技術開発に投じた金額が何年後の特許取得数に反映され
ているかわからない)ということであり、これらが企業規模の大きさや創業年数の長さ
に経営に関する企業知識として表れたことが考えられる。
第3章
学習効果
この章では、学習効果についての先行研究を紹介する。学習効果とは、生産活動に
関する経験が蓄積するにつれてそれらの行動に習熟していき、より効率的な生産方法、
技術進歩、購買行動などが実現されることをいう。3.1 節では、学習効果の理論につ
い て の 先 行 研 究 で あ る
Drew
Fundenberg
and
Jean
Tirole
(1983)
“Learning-by-Doing and Market Performance”を紹介する。3.2 節では、半導体産業
において学習効果についての実証分析を見ていく。ここでは生産経験と新技術の採用
率 を 分 析 し た 先 行 研 究 で あ る Ricardo Cabral and Michael J. Leiblein (2001)
“Adoption of a Process Innovation with Learning-by-Doing: Evidence from the
Semiconductor Industry”を紹介する。
3.1
理論分析
この節では Fudenberg and Tirole (1983) を紹介する。この論文では学習効果の下
での寡占競争について考察している。投資の効果は直接効果と戦略的効果に分けるこ
とができるが、特に寡占市場の分析において戦略的効果は重要な要素である。ここで
は戦略的効果が存在しない先約均衡と戦略的効果が存在する部分ゲーム完全均衡を比
較し、戦略的効果が学習のスピードにどのような影響を与えるか考察する。
まず 2 期モデルを考える。n 個の企業が同質財を生産するクールノー競争を想定し、
t 期 ( t  1,2 )における企業 i ( i  1,  , n )の生産量を xit 、 t 期における総生産量を X t 、企
業 i 以外の総生産量を X t i とする。また、逆需要関数を p(X ) とする。この逆需要関数
は p( X )  0 および p( X )  p( X ) X  0 という性質をみたす。企業 i の t 期における限
界費用を cit とするとき、学習効果を考慮すると 2 期目の限界費用は 1 期目の生産量の
関数として表され、 ci2 ( xi1 ) となる。学習効果によって費用は削減されるのでこの関数



は ci2 ( xi1 )  0 をみたす。以上より t 期における企業 i の利潤は  it  p( X t )  cit xit である
から、企業 i の利潤関数は




i   i1   i2  p( xi1  X 1i ) c1i x   p( xi2  X 2i )  ci2 ( xi1 ) xi2  F
と表される。  は割引因子( 0    1 )、 F は固定費用を表す。
(3.1)
これから 2 つの均衡概念を用いて 2 段階ゲームの解を考える。先約均衡は、企業が
1
i を決定するときに
x
X 1i と X 2i 共に所与とみなし、1 期目の戦略によって 2 期目の生
産水準が変化することはないとする考え方である。もう一つの均衡概念である部分ゲ
ーム完全均衡は、2 期目の均衡が 1 期目の戦略に依存することを予測しつつ、 xi1 を決
定するという考え方である。
まず、先約均衡における利潤最大化条件は、
2
 i1
 i1
2 dci


x

 MI Ci  0
i
1
1
1
xi
dxi
xi
(3.2)
 i2
0
xi2
(3.3)

1

2 n
とする。
i 1
と表される。この時の解を xˆi , xˆi
MI Ci は 2 期目の利潤を増加させるために
1 期目の生産量を増やすインセンティブの強さを表している。次に、部分ゲーム完全
均衡を考える。2 期目におけるクールノー・ナッシュ均衡は所与の費用構造


c 2 ( x1 )  c12 ( x11 ),, cn2 ( x1n ) のもとで決定され、それを
x 2* (c 2 ( x1 ))  ( x12* (c 2 ( x1 )), xn2* (c 2 ( x1 )))
と表す。1 期目の均衡は x1j 
j i
(3.4)
が与えられたときに利潤の割引現在価値を最大にする
xi1* (i  1,, n) 、2 期目の均衡は x 2* (c 2 ( x1* )) でそれぞれ与えられる。この部分ゲーム
完全均衡における利潤最大化条件は、すべての i に対して、
2

x 2j * 
 i1
 i1

 2 dci
2




1

p
(
X
)
x

 MI Pi  0


1
2  i
1
1
xi
xi

j  i ci 

 dxi
(3.5)
 i2
0
xi2
が成り立つことである。
ここで 2 つの均衡を比較していく。 xi2 の決定方式は式(3.3)で共通であるが、 xi1 の決
定方式を表す式(3.2)と式(3.5)を比べてみると、共通項である  xi2
dci2
 0 は直接効
dxi1
果を表しており、部分ゲーム完全均衡の条件のみに存在する p( X 2 )
x 2j *
 c
j i
は戦略的効果を表しているということがわかる。
2
i
xi2
dci2
dxi1
dci2
 0 より、直接効果の符号は正
dxi1
である。次に戦略的効果の符号を考える。この寡占競争は戦略的代替材を想定してい
るので
x 2j *
ci2
 0 となるから、 p( X )  0 より戦略的効果の符号も正となる。したがっ
て MI Pi  MI Ci が成り立つので、すべての i に対して xˆit  xit* (t  1,2) が成り立つ。したが
って戦略的効果によって学習効果のスピードがより速くなり、各企業の生産量は大き
くなることが分かる。
次に、モデルを線形の需要関数と学習効果に特定して考える。需要関数を p 1  X
とする。各企業の限界費用は共通であるものとし、c  c  x ,   0 とする。また、
2
1
1
各企業の生産量が等しい対称均衡に議論を限定することにする。
式(3.3)より、
xi2 

 i2
  1  2 xi2  X 2i  (c1  xi1 )  0 が得られる。これより、
2
xi

1
1  X 2i  (c1  xi1 )
2


(3.6)
という 2 期目の反応関数が得られる。対象均衡の仮定より、 x12    xn2  x 2 が成立
し、 X 2i  (n  1) x 2 を代入すると x 
2
1  c1  xi1
となる。
n 1
式(3.2)と対称均衡の条件 x11    x1n  x1 および X 1i  (n  1) x1 より、先約均衡は
xˆ1 
(1  c1 )(n  1   )
(n  1) 2   2
(3.7)
xˆ 2 
(1  c1 )(n  1   )
(n  1) 2   2
(3.8)
また、式(3.5)と対称均衡の条件より、部分ゲーム完全均衡は


x1* 
(1  c1 ) (n  1) 2  2
(n  1)3  2 2
x 2* 
(1  c1 ) (n  1) 2   (n  1)
(n  1) 3  2 2
(3.8)


(3.9)
以上の結果より xˆ  xˆ および x  x が成立し、先約均衡と部分ゲーム完全均衡の
1
2
1*
2*
どちらにおいても生産量は時間とともに増加することが分かる。
3.2
実証分析
この節では、Cabral and Leiblein (2001) を紹介する。この論文では半導体産業に
おける生産経験と新技術の採用率の関係を調べている。まず、半導体の生産・加工技
術について概観し、次に今回の実証で用いる補完的両対数離散サバイバルモデルを紹
介する。その後、生産経験が新技術の採用率にどのような影響を与えるか考察する。
3.2.1 半導体の生産・加工技術
半導体の生産・加工技術は日々進歩しており、イノベーションによって技術世代が
新しくなるとより細かい加工が可能になる。技術の細かさはミクロンという単位で表
され、1 ミクロンは 100 万分の 1 メートルである。
半導体製造企業が新技術を採用することにはいくつかのメリットがある。まず、 1
個の半導体により多くの機能を搭載することができ、製品の付加価値を高めることが
できる。また、半導体に組み込まれる部品のサイズが小さくなるため、加工時に発生
する熱を抑えることができる。以上の点から、より高品質な製品市場への参入が可能
になると同時に生産の効率性を上げることができる。ゆえに、新技術は競争優位に立
つためのアドバンテージを企業に与えるといえる。
一方で、企業は簡単に新技術を採用できるわけではない。新技術採用の妨げとなる
要因として、半導体製造の成功率が低いということが挙げられる。新技術による生産
を開始した直後では、製品として販売可能な半導体は生産量の 10%程度しかない。し
かし、累積生産量が増えると企業が製造のノウハウを習得していくため、成功率は上
昇していく。
3.2.2 離散モデルによる推定
ヨーロッパ、アメリカ、アジアの計 152 企業について 1990 年から 1995 年におけ
る 1 年毎の新技術 (0.5 ミクロン) の採用率を調査した。これらの企業の生産額を合計
すると半導体市場全体の約 6 割のシェアを占める。また、152 企業のうち Silicon 社
とは異なる技術を使用する少数派の 9 社と 1990 年以降に設立された 7 社は今回の分
析の対象からは除外する。さらに、調査期間中に倒産した、もしくは買収された企業
は censored として翌年から除外され、既に新技術を採用した企業も翌年以降のデー
タ対象からは除外する。
表 3-1
年
1990
1991
1992
1993
1994
1995
合計
企業数
136
134
119
105
88
70
652
新技術の採用率
新技術採用
Censored 新技術採用率
企業数
1
1
0.0074
9
6
0.0672
11
3
0.0924
13
4
0.1238
13
5
0.1477
8
62
0.1143
55
81
上記の表より、1990 年から 1994 年にかけて新技術の採用率は上昇を続けており多
くの企業が古い技術世代から新しい技術世代へと乗り換えていったことが読み取れる。
最終的には 136 企業のうち 41%に相当する 55 企業が新技術を採用したが、効率化に
乗り遅れた残りの 81 企業が買収または倒産によって市場から消滅している。
次に、Allison (1982) の補完的両対数離散サバイバルモデルを紹介する。離散サバ
イバルモデルとは、ここでの分析のように 1 年毎など観測期間が分離している場合に
おいて、1 単位時間にあるイベント(ここでは新技術の採用を指す)が発生する回数
の期待値を考えるモデルである。この期待値はハザードレートとよばれ、確率とほぼ
同値と考えてよい。一般に期間 t におけるハザードレート hit は次のように表す。
hit 
1
1 e x 
p(t  βx it )
(3.10)
 t は期間 t における定数項、 β は係数ベクトル、 x it は説明変数ベクトルである。こ
の一般的な離散サバイバルモデルでは、1 単位時間の長さによって推定される式が異
なるという問題が生じる。これを解決するためには式(3.10)を次のように変形する必
要がある。
log log(1  hit )   t  βxit
(3.11)
これが補完的両対数離散サバイバルモデルとよばれるモデルであり、1 単位時間の
長さによって定数項および係数ベクトルの値が変化することがないという利点がある。
ここでの実証分析ではこのモデルを用いる。
説明変数は大きく分けて年次ダミー、古い技術世代における生産経験、同一地域内
での新技術における生産経験、企業の売上規模ダミー、サブ市場ダミーの 5 種類に分
けられる。生産経験を表す説明変数としては累積総生産量の対数を使うが、モデルⅠ
では新技術より古い技術世代すべてにおける生産経験(Log Firm Exp)を採用し、モデ
ルⅡでは 1 ミクロン以上の技術世代における生産経験(Log Firm Exp 1)、0.75~1.0
ミクロンの技術世代における生産経験(Log Firm Exp 2)、0.6~0.75 ミクロンの技術
世代における生産経験(Log Firm Exp 3)の 3 種類に説明変数を分ける。同一地域内で
の新技術における生産経験(Log Region Exp)については、アメリカ・ヨーロッパ・日
本・それ以外という地域区分を定義し、他企業が新技術において得た生産経験を求め
る。企業の売上規模ダミーは 2 億ドル未満の Small、2 億ドル~10 億ドルの Medium、
10 億ドル以上の Large の 3 種類に分類する。サブ市場ダミーはメモリー生産市場ダ
ミー(Mem Product)とマイクロプロセッサ生産市場ダミー(Micro Product)の 2
種類である。メモリー市場は製品差別化が進んでいるため競争が激しく、一方マイク
ロプロセッサ市場は寡占状態にあるという特徴がある。
以上の説明変数を用いて推定を行ったところ、次のような結果が得られた。
表 3-2 推定結果
Variable
1990 Dummy
1991 Dummy
1992 Dummy
1993 Dummy
1994 Dummy
1995 Dummy
Log Firm Exp
Log Firm Exp 1
Log Firm Exp 2
Log Firm Exp 3
Log Region Exp
Medium
Large
Mem Product
Micro Product
モデルⅠ
Coefficient
Std.Err.
-7.22**
1.13
-5.00**
0.62
-4.51**
0.70
-4.11**
0.76
-3.83**
0.83
-3.99**
0.90
0.11
0.09
-0.01
1.70**
1.95**
1.23**
-0.33
0.08
0.40
0.52
0.41
0.37
モデルⅡ
Coefficient
Std.Err.
-6.61**
1.09
-4.39**
0.56
-4.15**
0.62
-3.88**
0.70
-3.63**
0.78
-3.81**
0.85
-0.02
-0.01
0.17**
0.02
1.69**
1.97**
1.06**
-0.19
0.06
0.06
0.06
0.08
0.39
0.54
0.41
0.40
(注)**は 1%有意
モデルⅠ、モデルⅡの両方において年次ダミー、企業規模ダミー、メモリー生産市
場ダミーは 1%有意の変数であることがわかり、Log Region Exp とマイクロプロセッ
サ生産市場ダミーは有意な変数でないことがわかった。しかし古い技術世代での生産
経験においてはモデルⅠとモデルⅡで異なる結果となった。モデルⅠにおいて Log
Firm Exp は有意な変数とならなかったが、モデルⅡにおいては Log Firm Exp 3 だけ
が 1%有意となった。この結果をハザードレートの変化量に換算すると、新技術の 1
世代前の技術における累積生産量が 2 倍になることで新技術の採用率は 12.6%上昇す
ることがわかる。また、2 世代以上前の技術における生産経験は新技術の採用率に影
響を及ぼさない。
この推定から、学習効果によって生産経験が蓄積されると新技術の採用率が上昇す
るが、その関係性は極めて短命であるという結論が得られた。また、同一地域内で新
技術による生産量が増加しても新技術の採用率には影響しないことから、地理的なス
ピルオーバーはここでは見られなかった。企業の売上規模で見ると、小規模な企業よ
りも大規模な企業において新技術の採用率は高くなり、サブ市場で見るとメモリーを
生産する企業の新技術採用率が高いことがわかる。したがって売上規模が大きい企業
やメモリーを生産する企業において学習効果がより見られやすいといえる。
3.3 学習効果に関する考察
3.1 節では学習効果によって生産量は時間の経過とともに増加することを理論で確
認した。3.2 節では学習効果の証拠として、累積生産量が増加すると新技術を採用す
る確率が上昇することを確認した。これらの先行研究から次のような考察ができる。
生産経験が累積することによって生産コストが減少し、より効率的な生産が可能にな
る。効率的な生産は企業に高い利潤をもたらし、さらなる投資として新技術を導入す
ることを可能にする。こうしてアドバンテージを得た企業は成長を続けていくが、一
方で十分な生産量を確保できない半導体企業は非効率的な生産を余儀なくされ、倒産
あるいは買収の対象に追い込まれてしまう。以上の考察からも学習効果は半導体産業
における競争優位において重要なファクターであるといえる。
第4章
研究開発
今回の実証研究では、研究開発が企業の半導体産業における競争優位にどのような
影響を及ぼすのかを計量的に分析する。具体的に競争優位を示す代理指標としては企
業の半導体産業におけるシェアを、
「研究開発の効果」の代理指標として各企業の研究
開発費を用いる。今回の研究では、自分が行った実証分析 2 つ、自分の行った実証分
析を補完する先行研究を1つ紹介する。自分が行った前者の実証分析では、シェアと
企業の研究開発費の関係を調べ、さらに後者の実証分析でシェアを獲得している企業
と獲得していない企業の研究開発費に対する戦略を研究する。そして先行研究では自
らの実証ではデータの都合上触れることのできなかった金銭投資とは因果関係を持た
ない研究開発効果が競争優位に与える影響についてスピルオーバーを例に Irwin and
Klenow (1994) の論文を紹介する。
4.1.1 実証分析①
<目的>
現状として半導体産業では研究開発の重要性が頻繁に取りざたされる。今回の実証
①では、果たして半導体産業の競争優位に研究開発が影響を与えているかを実証的に
分析する。
<使用データ>
今回の実証分析に使用したデータは 2006~2009 年における半導体売り上げ上位 15
社の研究開発費、売り上げシェアである。
<推定式>
推定式は以下のように設定する。
𝑠ℎ𝑎𝑟𝑒 = α + β𝑅&𝐷
<推定結果>
推定結果は以下のようになった。
(4.1.1)
表 4.1
回帰式 4.1.1 の推定結果
シェア
研究開発費
0.0027***
(9.68)
***1%有意
決定係数:75.77%
<考察>
この実証分析からシェアを獲得するためには確かに研究開発費が必要とされてい
るということがわかる。
4.1.2 実証分析②
<目的>
先の実証で半導体産業において研究開発を行うことの重要性が証明された。今回の
実証では半導体産業において競争優位を獲得している企業、獲得していない企業の差
を調査するため、今回の研究では被説明変数に研究開発費、説明変数には企業ダミー
として 11 社(半導体産業内で 2009 年売上上位 15 社からデータの集まらなかったソニ
ー、NEC、Texas Instrument、富士通の 4 社を除いた)を取り実証分析を行った。
<推定式>
推定式をこのように設定する。
R&D=α + 𝛽1 𝑖𝑛𝑡𝑒𝑙 + 𝛽2 𝑠𝑎𝑚𝑠𝑢𝑛𝑔 + 𝛽3 𝑡𝑜𝑠ℎ𝑖𝑏𝑎 + 𝛽4 𝑠𝑡𝑚𝑖𝑐𝑟𝑜𝑒𝑙𝑒𝑐𝑡𝑟𝑜𝑛𝑖𝑐𝑠 + 𝛽5 𝑟𝑒𝑛𝑒𝑠𝑎𝑠 +
𝛽6 𝑞𝑢𝑎𝑙𝑐𝑜𝑚𝑚 + 𝛽7 𝑖𝑛𝑓𝑖𝑛𝑒𝑜𝑛 + 𝛽8 𝑠ℎ𝑎𝑟𝑝 + 𝛽9 𝑟𝑜ℎ𝑚 + 𝛽10𝑚𝑎𝑡𝑠𝑢𝑠ℎ𝑖𝑡𝑎 + 𝛽11𝑒𝑙𝑝𝑖𝑑𝑎
<推定結果>
推定結果は以下のようになった。
(4.1.2)
表 4.2 回帰式 4.1.2 の推定結果
研究開発費
Intel
5215.5***
Samsung
311
(26.66)
(1.59)
Toshiba
1158.5*** (6.84)
STMicroelectronics
1692.25*** (9.99)
Renesas
638.5*** (3.27)
Qualcomm
1517*** (7.76)
Infineon
398** (2.35)
Sharp
296
Rohm
-85
Matsushita
Elpida
**5%有意
146.5
-161
(1.51)
(-0.43)
(0.75)
(-0.95)
***1%有意
決定係数:98.56%
<考察>
この結果から半導体産業内で大きなシェアを誇っている企業(サムスン電子を除く)
ほど安定して多くの投資を行っており、またシェアが小さい企業になるほど研究開発
への投資が不安定になっているという結果が概して得られた。この結果は安定して研
究開発を行うことの重要性を示している。
<課題>
現状のように前半の実証分析では、研究開発費投資額は確かに企業の半導体産業内
のシェアを説明しているということが分かり、後半の実証分析では安定して研究開発
へ投資することの重要性が分かった。しかし、前半の決定係数が少し物足りない数字
となっている。これは、シェアが研究開発費の変動だけでは説明しきれていないとい
う結論を示しているが、この理由として考えられるものの一つとして今回の「研究開
発効果」に対する代理指標として研究開発費を用いたことが適切ではなかったのでは
ないか、ということがあげられる。研究開発には金銭を投入することで得られる効果
もあるが、それとは別に企業の技術効率性、立地条件などにより得られる効果もある。
前者の効果に関しては今回の実証により競争優位と結び付けて説明することができた
が、後者の効果に関しては網羅できていない。これが決定係数の小さくなる一因とな
ったのではないかと考えられる。ここで金銭とは直接因果関係を持たない研究開発効
果の代理指標を考えたいのだが、その一つとして現状分析で述べたスピルオーバー効
果があげられる。今回の研究では、金銭投資には直接因果関係を持たない研究開発に
関してもシェアと結び付ける実証を行う予定であったが、このスピルオーバー効果を
実証するにあたって必要なデータを十分に手に入れることができなかった。そのため
この論文では金銭とは因果関係を持たない研究開発の代表例として挙げられるスピル
オーバーと競争優位の因果関係に関する実証研究に関しては先行研究を紹介する。
4.2.1 先行研究の紹介
今回は、スピルオーバーがいかに日本半導体産業に影響を与えているのかを知るた
めに Douglas A. Irwin と Peter J. Klenow(1994)の先行研究を取り上げる。
4.2.2 概要
半導体の成長に大きな役割を果たしたものの一つにスピルオーバーがある。スピル
オーバーとは簡単に言うと、ある一つの会社が半導体製造において培った技術、経験
等が他社に流出することである。このスピルオーバーが全国、ひいては世界規模でお
こることによって、多くの半導体企業でその技術力、経験等が共有され、効率の良い
研究が可能となり、今日の半導体産業の発展につながっている。今回の研究で考えな
ければならないスピルオーバーは以下の 2 つである。
・企業から国内中へと技術が広がるスピルオーバー
・国内から世界へと広がっていくスピルオーバー
4.2.3 使用するデータ
1974 年‐92 年の、4K、16K、256K、4M、16M それぞれの DRAM の各企業の生
産量、価格、シェアをデータとして使用する。
4.2.4
実証分析の際の予備知識
今回の実証分析で使用する動的限界費用について説明する。元来、価格とは
P(1 
s

)c
という式で測定されるものだったが、半導体産業ではこの式は当ては
まらない。正確には、静学的な限界費用がもとになっているのではなく、動学的な限
界費用が直接的に価格を決定する要因になっている、といえる。ここで静学的とは現
在のという意味で、動学的とは将来の費用変化も考慮するということである
この式が半導体価格を決定する
𝑃0 (1 + 𝑠𝑖,0 /𝜇) = 𝑐𝑖∗ = 𝑐𝑖,0 + {∑∞
𝑖=0 (
P0 (1 +
𝑠𝑖,0
𝜇
1
1+𝑟
𝑡
) 𝑦𝑖,𝑡
𝜕𝑐𝑖,𝑡
𝜕𝑦𝑖,0
}
) = 𝑐𝑖 ∗
(4.2.1)
(4.2.2)
この式は動的限界費用を指す。s はシェア、o は期間(t まで)、μは需要の価格弾
力性、p は価格、i は企業。
𝑐𝑖∗ = 𝑐𝑖,0 + {∑∞
𝑖=0 (
1
1+𝑟
𝑡
) 𝑦𝑖,𝑡
𝜕𝑐𝑖,𝑡
𝜕𝑦𝑖,0
}
(4.2.3)
c は静学的限界費用を指す。1/1+r は利子率を表し y は生産量を表します。
この式から、半導体生産企業は静学的な限界費用ではなく動学的限界費用をもとに
価格を算出しているといことがわかる。これはつまり、半導体企業は将来費用が大幅
に削減されるであろうことを見越して価格を決定するということを示す。
4.2.5 実証
これを踏まえたうえで 1,2 を明らかにするために以下の回帰式を立てる。
𝛽
c𝑖∗ = 𝐸𝑖 𝑒 𝑢𝑖
(4.2.4)
learningrate  1 2 
Ei  Qi   (Qc  Qi )   (Qw  Qc )
(4.2.5)
(4.2.6)
𝑄𝑖 は企業 i の累積生産高、𝑄𝑐 は企業 i の属する国の累総生産高、𝑄𝑤 は世界累積総生
産高である。結果、
・     0 であるときは企業内でのみしかスピルオーバーが起こらない
・   1,   0 であるときは、国内ではスピルオーバーが働くが世界には広がらない
・   1,   1 であるときは、世界中にスピルオーバーが働く
ということがいえる。
表 4.3 推定結果
4K
β
α
γ
決定係数
α-γ
Lr
`-0.350***
0.300**
0.310**
0.9
-0.01
21.5
0.9
-0.062
28.7
0.82
-0.041
19.6
0.93
-0.015
18.7
0.98
-0.041
16
(0.006)
16K
`-0.488***
(0.008)
256K
`-0.375***
(0.005)
4M
`-0.299***
(0.006)
16M
`-0.251***
(0.006)
(0.048)
0.176**
(0.038)
0.328
(0.105)
0.450
(0.152)
0.233**
(0.041)
(0.047)
0.238**
(0.039)
0.369*
(0.099)
0.465
(0.145)
0.274**
(0.042)
α、γの係数がすべてのサイズの DRAM でほぼ 0.3 になっていることから回帰の結
果、企業は他企業(国内国外を問わず)の経験の 3 倍を自社企業の経験から学ぶという
ことが分かった。
4.2.5
先行研究の結論
先行研究の結果、学習効果は国境にかかわらずスピルオーバーしていくことや、
企業はスピルオーバーの 3 倍の効率性で自ら学習することが明らかとなった。
また、スピルオーバー効果により企業の限界費用が自社内の研究の三分の一の効率で
削減されることが分かった。
4.3 考察
今回の2つの実証研究の結果から研究開発には、研究開発費など直接金銭を投資す
ることによって得られる効果と、スピルオーバーのように直接金銭を投資するのでは
なく立地条件、企業がいかに外部情報を集めているか、といった戦略的な行動から得
られる効果があることが分かった。半導体産業において企業が競争優位を獲得するた
めには研究開発を効率的に投資する、つまり金銭投資を持続的に行うことと、企業外
における技術革新、新製品開発といった外部情報を獲得すること、が必要とされてい
る。
第5章
結論
この章では、これまでの各章の内容を総括してこの論文の結論を出していく。
第 1 章の現状分析では、半導体産業の歴史と現在の市場状況を概観してきた。市場
の特徴としては特許取得や研究開発に重点を置いていることがわかった。
第 2 章では、実証分析を行った結果、半導体企業は特許を取得することが市場の優
位性に繋がることが確認された。また、特許を取得するための要素として、研究開発
や企業規模が影響することも分かった。
第 3 章では、学習効果が半導体産業の中で果たす役割を考察してきた。学習効果に
よって生産経験の累積は生産の効率化をもたらし、企業に競争上のアドバンテージを
与えるということがわかった。しかし、学習効果の持続期間はきわめて短いことが実
証分析によって明らかになった。
第 4 章では、研究開発が半導体産業の競争優位にいかなる影響を与えるかを考察し
た。実証結果から半導体産業で競争優位を獲得するには金銭的投資を行うことにより
得られる研究開発効果、金銭的投資とは因果関係を持たないスピルオーバー効果を獲
得することといった研究開発効果を得ることが必要だということが明らかになった。
以上の各章の結論から本論文の結論を導き出す。第 2 章と第 4 章の実証分析により、
特許の取得と研究開発投資は半導体産業において、企業に競争優位をもたらすことが
確認できた。これにより、第 1 章の現状分析で見たように半導体生産企業が特許取得
や研究開発に重点を置く理由が説明できた。第 3 章では学習効果が半導体産業の競争
優位においては短命であることを示したが、これも研究開発が盛んな産業であるがゆ
えに技術革新も頻繁に起こっているためであると推測できる。以上を本論文の結論と
する。
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おわりに
私たちは半導体産業について研究してきた。今までの学生論文においてあまり触れ
られなかったテーマで論文を書きたいという安直な動機からのスタートだった。初め
は半導体がどのような製品であるのかということすらあまりよく知らなかった。まず
私たちは半導体産業について概観した書籍を読み進める中で、日本の半導体産業が世
界ではトップクラスであるという事実を目の当たりにした。我が国が誇るべき産業で
あるにも関わらず、あまりにも無知であったことを恥ずかしく思った。次に、半導体
産業を扱った経済学の論文を読み漁った。論文を理解するために、産業組織論や計量
経済学の勉強会をパートで行ったこともあった。先行研究が豊富だったこともあり、
この頃は時間をかけた分だけ論文の完成に近づいているという実感が得られて楽しか
った。しかし、実証分析を行う段階に至って私たちは大きな問題に直面した。先行研
究を参考に自分たちで実証分析を行おうとしても、得られるデータが限られていたの
だ。基本的に半導体は電化製品に内蔵された状態で販売されているものであり、私た
ちが半導体の価格を直接知ることはできない。また、企業別の半導体生産量も研究者
向けに有料で提供されているデータでしか知ることができない。限られたデータの中
で実証分析を行っていくのはとても困難なことであった。石橋先生にも助言を頂きな
がら、空き時間を見つけてはパートで話し合いを繰り返した。そして、やっとの思い
で本論文を完成させることができた。正直を言うと満足な出来とは言い難いが、この
悔しさは卒業論文に対するモチベーションにしていければいいと思う。
最後に、本論文の作成にあたって石橋孝次先生には大変お世話になった。テーマの
選定や先行研究の探し方など、論文作成の基本からご指導いただき、実証分析が行き
詰った時には何度も相談に乗っていただいた。先生のお力添えがなければこの論文は
完成しなかったであろう。心から感謝の意を表したい。
石橋孝次研究会
第 13 期
経営戦略パート一同
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