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脊髄損傷者の妊娠・出産に関する保健指導

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脊髄損傷者の妊娠・出産に関する保健指導
「日本脊髄障害医学会雑誌」16 巻 P182-183
■ 脊髄損傷者の妊娠・出産に関する保健指導
道木 恭子:国際医療福祉大学大学院博士後期課程
牛山 武久:国立身体障害者リハビリテーションセンター病院泌尿器科
古谷 健一:防衛医科大学校病院産婦人科
Key words :Spinal cord injury(脊髄損傷)、Pregnancy(妊娠)
Health guidance(保健指導)
〔はじめに〕
妊婦を対象とした保健指導は妊娠・出産・育児期の生活を円滑に営めることを目的とし
ている。内容は妊産婦の目常生活指導に重点がおかれ、障害を持つ妊婦など特殊な二一ズ
を持つ妊婦に対しては、おこりやすい異常の予防と適切な対応のためにも、一般的な指導
に加え、障害固有の問題に対する指導が必要である。
実際、我々が行った実態調査1)から、脊髄損傷妊婦の妊娠期には、尿路感染症や褥瘡な
ど併発症に関する問題が把握された。また、今回の調査から併発症に加え、移動動作が困
難となるなど、日常生活活動の面でも問題が生じることが分かった。しかし、これらの問
題に対する具体的な指導内容および方法は確立されていない。
今回、この調査結果をもとに、脊髄損傷妊婦に必要な保健指導について、妊娠期を中心
に検討したので報告する。
〔調査の対象と方法〕
調査における対象者は、外傷性の脊髄損傷者 27 名と二分脊椎者 3 名、計 30 名であった。
外傷性脊髄損傷者の内訳は頚髄損傷 7 名(完全麻痩 2 名、不全麻痩 5 名)、胸髄損傷 18 名(完
全麻痩 15 名、不全麻痩 3 名)、腰髄損傷 2 名(完全麻痩1名、不全麻痩 1 名)であった。
調査方法は半構成的面接法を用いた。また 30 名中 3 名については妊娠から出産までの経
過を観察した。
〔調査結果〕
表 1 に妊娠期併発症の発症率を示す。対象群とした一般妊婦は、2001 年1月から 10 月に
かけて出産を経験した 255 名で、脊髄損傷者は含まれていなかった。
-1-
1.各妊娠期における身体的問題
1)妊娠初期(0 週∼15 週)
一般妊婦において、妊娠初期におこりやすい問題点は、
「流産」
、
「妊娠悪阻」
、
「便秘」で
ある。本調査の対象者において、流産は 0 件であった。対照群に関するデータはないが、
調査対象者においては 50%が「尿路感染症」を発症していた。また、
「膣感染症」を発症し
ていた者は 5 名であり、5 名とも「尿路感染症」を併発していた。
表 1. 妊娠期併発症発症率(併発症別)
併発症
脊損妊婦
n=30
一般妊婦
n=255
貧血
60%(18 人)
23%(59 人)
尿路感染症
50%(15 人)
−
褥瘡
27%(8 人)
0%(0 人)
切迫早産
27%(8 人)
10%(27 人)
自律神経過反射
20%(6 人)
0%(0 人)
膣感染症
17%(5 人)
−
前期破水
17%(5 人)
4%(10 人)
妊娠中毒症
17%(5 人)
6%(13 人)
切迫流産
7%(2 人)
−
χ2検定
P<0.01
P<0.05
P<0.01
注:一般妊婦における「尿路感染症」
「膣感染症」
「切迫流産」に関しては、統計値が入手できなかった
ため欠損
2)妊娠中期(16 週∼27 週)
妊娠中期に一般的に起こりやすい問題は「貧血」
、
「尿路感染症」
、
「妊娠中毒症」である。
「貧血」については対象者が一般妊婦に比べ有意に多かった。
「妊娠中毒症」については一般妊婦との有意差はみられなかった。
3)妊娠後期(28 週以降)
妊娠後期に注意すべき問題は「早産」
、
「貧血」
、
「妊娠中毒症」
、
「尿路感染症」である。
「早産」との関連が認められる「切迫早産」、
「前期破水」の発症率については一般妊婦
と比較して有意に多かった。
「切迫早産」で、早期に入院管理を要した者は 8 名、うち 3 名
が 37 週未満の早期産であった。切迫早産の自覚症状としては、出血、息苦しさ、腹部圧迫
感などがあげられた。
この時期、対象者については「褥瘡」、
「自律神経過反射」
、「呼吸困難感」などの問題点
が把握された。
「褥瘡」は 8 名(27%)、
「自律神経過反射」については、麻痩レベルが第7胸
髄より近位の者15 名中 6 名に発症していた。症状は頭痛、嘔気、鳥肌などを自覚し、胎動
-2-
時や子宮収縮時に、症状が増強していた。他に、子宮が増大し圧迫されることで、息苦し
さや動悸が出現する者や、嘔吐する者もいた。また、妊娠後期は「日常生活活動」に介助
を要するようになり、
「移乗動作」は 17 名(57%)、
「トイレの使用」は 15 名(50%)、
「入浴動
作」は 14 名(47%)の者が介助を要していた。
「家事動作」についても 27 名(90%)の者が家族、
あるいはヘルパーの介助を要していた。
2.精神的問題
調査から妊婦の不安として「胎児」
、
「出産」
、
「育児」に関する問題があげられた。
「胎児」
に関しては、内服薬の影響や排尿排便時の腹圧が胎児に及ぼす影響などに関する不安が聞
かれた。
「育児」については、車椅子での育児技術に関することが主であり、特に頚髄損傷
者にとっては、授乳、抱っこ、オムツ交換などの育児技術に関する不安が聞かれた。
〔考察−脊髄損傷妊婦への保健指導の検討−〕
脊髄損傷者の妊娠期の保健指導は、
①
健康な状態で妊娠期を送ることができるようにする。
②
ハンディキャップを持ちながらの育児に対して精神面を含めた助言をする。
ことに重点がおかれると考える。これらを踏まえ、一般妊婦が受ける指導に加え、必要と
される指導内容を検討した。
1.定期健康診査の重要性の理解
脊髄損傷者の妊婦には併発症のリスクが伴うことから、定期的な受診が重要であること
を理解し、異常徴候の発見と対処法に対する知識が持てるような指導が必要である。
2.妊娠中の日常生活指導
1)栄養摂取
貧血、便秘、褥瘡を予防するために、鉄分、食物繊維が多い食事内容とする。また、妊
娠中毒症の予防として塩分制限に関する指導も必要である。
2)身体の清潔
早産や前期破水の原因の大部分は、膣など陰部からの上行性感染によるため、感染予防
に関する指導は早産を防止するという観点から重要な課題である。そのため身体の清潔保
持、特に陰部の清潔保持について具体的な指導をするとともに、不潔な性交による感染防
止にも注意が必要である。
3)授乳の練習・乳房の手当て
母乳育児に備えて、児の抱き方、授乳姿勢などの練習が必要である、頚髄損傷者におい
ては乳房の手当てが困難なため、援助者に対しても指導する。また、内服薬を必要とする
妊婦については、母乳育児について、医師との相談が必要である。
-3-
4)排尿管理
カテーテルの清潔操作、手指の消毒、陰部の清潔に関する指導が必要である。
3.新生児の受け入れ
車椅子での育児にチャレンジするため、車椅子でアクセスできるベッドやベビーチェア、
にぎりやすいおもちゃなどを準備し、育児をしやすい環境を整えることが必要である。ま
た、頚髄損傷者における授乳やオムツ交換など新たな技能開発に向けてPT、OTを含む
スタッフとの連携が必要である。
4.分娩の準備
「早産」
、「貧血」、
「尿路感染症」などの管理目的から早期に入院を必要とする場合があ
る。そのため、入院準備および、退院後の育児に備えた環境調整を妊娠中期には整えてお
く必要がある。また、妊婦が分娩徴候や、異常徴候に対する知識がもてるよう指導する。
5.援助者の確保
日常生活活動や家事動作の低下、また育児などに備えて家族、ヘルパーなどの援助者を
確保しておくようアドバイスをする。
[まとめ]
障害をふまえた保健指導書を作成することは、専門家としての情報とケアを提供し、本
人およびその家族にさまざまな面で示唆を与えることを可能とする。また、保健指導が妊
娠前に活用されれば、妊娠にむけた健康維持への手引きともなる。
脊髄損傷者の妊娠・出産に関する問題が減少し、さらに育児を通して自分に対する自信
がつくことは、結果的には障害をもった女性の妊娠に関する医学的リスクや医療的援助の
必要性が減り、脊髄損傷女性の可能性が広がることになると考える、しかし一方で脊髄損
傷者の出産例は少なく、支援する専門化側のデータや知識が不充分であることも事実であ
る。この面での研究成果が期待されるとともに、脊髄損傷に精通した専門医、看護師らが
連携し、相談窓口やガイドラインの作成に着手することが早急に必要である。
文献
1) 道木恭子ら:脊髄損傷者の妊娠状況と出産に関する問題点の把握、平成 10 年度日本
リハビテーション看護学会集録,2001
2) 高野陽ら:母子保健マニュアル第 4 版,南山堂,2001
3) Elaine Carty et al:Guidelines for Serving Disabled Women,Midwifery Today,
(27),29-37,Autumn 1993
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