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日本と中国の環境教育に関する比較研究 ―環境教育モデル校の分析を

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日本と中国の環境教育に関する比較研究 ―環境教育モデル校の分析を
日本と中国の環境教育に関する比較研究
―環境教育モデル校の分析を中心にして―
キーワード:環境教育、初等教育、エコスクール、緑色学校、環境教育モデル校
教育システム専攻
斉 麗艶
1. 章構成
学校の環境教育における課外活動を推進するため、教材
序章
のほかに環境保護のドキュメンタリー・映画・アニメ等
第一章 環境教育の経緯と展開
の製作が提起されたが、それらはすべて具体性を欠いた
第一節 世界における環境教育の流れ
ものであった。また、環境教育に関する教科内容も環境
第二節 日本における環境教育の現状と課題
汚染と自然生態系の基礎知識に触れる程度であった1。
一方、環境教育先進国である日本の環境教育の源流は
第三節 中国における環境教育の現状と課題
自然保護教育と公害教育である。戦後に始まった自然保
第二章 日本におけるエコスクールの展開
第一節 エコスクールをめぐる政策の展開
護教育は、人間と自然との関係を根本的に再考するには
第二節 エコスクール事業の認定方法
至らなかったが、その中から示された実践性は今日の学
第三節 エコスクールの意義
校の環境教育において不可欠な要素となっている。そし
第四節 エコスクールの実践-北九州市立曽根東
て、日本の公害教育は、高度経済成長期の反公害運動の
中で取り組まれ、環境問題における人間社会の存立と発
小学校を事例として
展の方式を問い直した。その後、双方ともに公教育にお
第三章 中国における緑色学校の展開
第一節 緑色学校をめぐる政策の展開
いて環境教育に統合された。その歴史を通してみれば、
第二節 緑色学校プログラムの認定方法
この二つの源流には実践性や行動性、または身近な環境
第三節 緑色学校の意義
問題への着目などという要素が見出せる。また、その担
第四節 緑色学校の実践-内モンゴル自治区通遼市
い手も市民が主役であった2 。
日本のこうした豊富な環境教育の発展や経験を活か
奈曼旗実験小学校を事例として
すことは国際的な貢献になることが期待される。特に近
第四章 日本と中国の環境教育に関する比較考察
第一節 環境教育モデル校の実態の比較
年の中国における著しい経済的発展の動向や環境問題の
第二節 環境教育モデル校の環境教育実践の比較
深刻度や環境整備の不十分な状況から見ると、日本の環
第三節 環境教育モデル校の環境教育成果
境教育の経験を活かすことはますます重要になると考え
られる。
及び問題点
そこで、日本と中国それぞれの環境教育モデル校にお
第四節 まとめ
ける環境教育実践を比較考察しながら、日本の環境教育
終章
の特徴や課題を把握し、中国における環境教育の普及、
改善について示唆を得ることが本論文の目的である。
2. 問題意識と研究目的
今日、顕在化されつつある地球規模の環境問題の解決
3. 先行研究
及び、世界の持続可能な発展に環境教育の充実は急務と
なっており、国際的な経験や情報の共有、比較を通した
環境教育の歴史、背景、基本理念、意義及び環境教育
改善が重要と考えられる。中国の環境教育は、1972 年の
実践事例に関する先行研究は数多く見られる。日本にお
国連人間環境会議を受けて、1973 年に北京で開催された
いて、水越3 は、日本の初等中等学校における環境教育を
第一回全国環境会議を機に開始された。この時から、国
中心に、環境教育の導入背景、地球環境問題やその保全
連人間環境会議の決議を受けて環境知識に関する内容が
に関する事例、学校の各教科などにおける環境教育の指
教育システムに組み入れられるようになった。その後、
導、小・中学校における環境教育実践、諸外国における
1
環境教育の状況などを分析している。
筆者は北九州市立曽根東小学校における現地調査を
4
『環境教育論―基礎
一方中国においては、祝懐新 が、
二回行なった。一回目は、2011 年 9 月 27 日に学校観察、
教育段階における環境教育叢書』において、環境教育の
環境教育資料の収集を目的として学校訪問をした。二回
発展の歴史、先駆者の教育理論、環境教育の基本原理、
目は、2011 年 11 月 30 日に、当校で開催された「地域環
環境教育カリキュラムの開発などの内容を詳細に述べ、
境フォーラム」活動に参加し、学校の学年別の環境教育
環境教育の意義と目標に対する意識を深め、理論から実
取り組みの内容を把握した。また、活動に参加した地域
践へ、環境教育を効果的に推進することに焦点を当てて
住民・保護者たちの意見や感想を聞くこともできた。
いる。
第五、中国の緑色学校の学校概要及び環境教育取組の
本論文でとりあげる環境教育モデル校の先行研究は比
実際は、事例とした学校の刊行物、校長に対する電話に
較的少ない状況にある。また、研究者においても、中国
よるインタビュー、知人を介して収集した現地資料、写
5
の馬桂新 は、中国における緑色学校の背景、概念、本質、
真などを通じて明らかにした。
認定方法などの理論的な考察を行なったが、緑色学校の
以上の手順で明らかにした結果を踏まえ、日本と中国
6
実践に関する考察は行なっていない。劉継和 は、90 年
の環境教育モデル校の相違点及び、環境教育モデル校で
代後期から日本で実施されているエコスクールプロジェ
の環境教育の実践を比較考察し、それぞれの成果と課題
クトの基本理念及び推進戦略について研究した上で、中
を明らかにする。また、日本と中国の環境教育モデル校
国における緑色学校の発展に与える示唆について考察し
における今後の活動と環境教育の推進のあり方に関する
たが、環境教育の実践内容については論究していない。
考察を行なった。
一方日本において、エコスクールプロジェクトは環境
を考慮した学校施設の設置、児童の実践活動を重視して
5. 各章のまとめ
おり、理論的な研究は少ない傾向にある。日本環境教育
第 1 章 環境教育の経緯と展開
7
学会編 において、1990 年後半から注目されているエコ・
本章では、日本と中国における環境教育の歴史と現状
スクールの活動は、学校における環境教育の充実発展の
を整理し、環境教育の定義を明確した。その際、環境教
一つのモデルとなると記している。環境に配慮した校
育の国際的動向との連動に着目し、国連人間環境会議、
舎・校庭・設備の充実のみならず、学校生活やカリキュ
ベオグラード会議、トビリシ会議など、国連をはじめと
ラム全体を環境教育の観点から見直すエコ・スクールは、
する一連の国際会議を経て、持続可能な開発のための教
環境教育の展開のあり方として期待されるとその位置づ
育にいたる政治的合意形成の過程を描き、これらの会議
けが評価されている。
において主張された環境教育の要点から環境教育の目的
を「環境とそれに関連する問題に気づき、関心を持つと
4. 調査・研究方法
ともに、現在の問題の解決および将来の問題の防止に向
本論文では、文献研究、学校訪問、聞き取り調査など
け、個人及び集団で活動するための知識、技能、態度、
意欲、責任感を持った人々を世界中で育てること」8 と明
を通じて、以下の手順で調査、研究を行った。
第一、環境教育の国際的な流れ、日本と中国の環境教
らかにした。この環境教育の目的に基づき、本論文にお
育の現状を文献研究や政府の文書資料をホームページ等
いて環境教育とは、
「環境への理解を深め、
環境を大切に
を通じて収集し、整理した。
する心を育成すること;一人一人が環境の保全やよりよ
い環境の創造のために主体的に行動する実践的な態度や
第二、日本のエコスクールプロジェクトの実態を、文
資質、能力を育成すること」であると定義した。
部科学省ホームページに掲載されている「環境を考慮し
た学校施設(エコスクール)の整備推進」に関する法律
第 2 章 日本におけるエコスクールの展開
や刊行物から整理した。
第三、中国の緑色学校プログラムの実態を、中国の教
本章では、日本のエコスクールの経緯、認定方法、意
育部・環境保護部のホームページ及び中国環境保護部環
義など全体状況を整理した上で、環境教育モデル校の一
境宣伝教育中心が出した
「緑色学校指南」
から整理した。
つである北九州市立曽根東小学校における環境教育の実
第四、日本のエコスクールの学校概要及び環境教育取
践事例を調査、分析しながら、当校の環境教育の特徴及
び課題を明らかにした。
組の実際を、学校訪問、参与観察、活動担当教諭に対す
日本のエコスクールは、1997 年から文部科学省、農林
るインタビュー、学校資料等に基づいて明らかにした。
2
水産省、経済産業省及び国土交通省が連携して「エコス
上となっている。しかし、緑色学校の展開過程が軽視さ
クールパイロット・モデル事業」を創設し、全国の公立
れ、その質より数が重視される、生徒の全員参加は重視
学校を対象に推進し始めたプログラムである。学校施設
されてないという問題点も指摘されている。
における環境を考慮した改修、新エネルギー設備の導入
こうした問題点を踏まえながら、内モンゴル自治区通
や校舎等の断熱性の向上、校庭の芝生化などを行ない、
遼市奈曼旗実験小学校における環境教育の実践事例を①
地球温暖化の対策として省エネルギーの視点からもエコ
環境教育リーダーシップの組織化、②各教科の中での環
スクールを推進している。しかし、日本のエコスクール
境教育の浸透、③教科外での環境教育活動④生徒を中心
はハード面を重視し、ソフト面の環境教育の内容が不足
とした環境教育活動⑤校庭の環境整備などの側面から調
という問題点も指摘されている。
査、分析した。
こうした問題点を踏まえながら、北九州市立曽根東小
分析の結果として、当校の環境教育の特徴は以下のよ
学校における環境教育の実践事例を①教科の中での環境
うにまとめられた。①生徒に環境問題に関する理論的知
教育の取り組み、②学校行事を中心とした取り組み、③
識を中心に教えること。②環境教育を各教科において総
生徒を中心に行なった取り組み、④エコ施設を活用した
合的に教えること。③教師が自ら指導案を作成し、生徒
環境教育⑤地域・保護者と連携した取り組みなどの側面
のニーズに合わせた教育ができること。④児童生徒を中
から調査、分析した。
心に各種の環境保護活動を推進していること。
分析の結果として、当校の環境教育の特徴は以下のよ
一方、学校教育全体から見ると、系統的に環境教育を
うにまとめられた。①各教科との連携を図りながら持続
教えるカリキュラムが無く、各教科の中での環境教育の
的に行なうことである。②地域素材を活かした教材の配
位置づけも不明確である。また、児童の環境保護活動は
列や単元構成の工夫である。③主体的に学び自ら実践し
主にごみ拾いなどに留まり、地域性に根ざした環境教育
ようとする児童の育成である。④学校、地域、保護者を
の取り組みが不十分である。また、学校・家庭・地域・
連携した環境教育実践の重視である。一方、課題として
社会などの連携の重要性を認識しているものの、現在は
もいくつか挙げられた。
①児童自らの課題になりにくい。
児童生徒が学校外の活動などで、地域の公共的な場所に
②体験的な追求活動が組みにくい。③教育課程上の位置
おけるごみ拾いなどが中心であり、保護者や地域住民が
づけが不明確である。④環境教育における学習のゴール
学校教育に参加する事例がほとんど見られない等の欠点
が遠く、目に見えにくいなどである。
があるといえる。
第 3 章 中国における緑色学校の展開
第 4 章 日本と中国の環境教育に関する比較考察
本章では、中国の緑色学校の経緯、認定方法、意義な
本章では、両国における環境教育モデル校の実態、環
ど全体状況を整理した上で、中国の国家レベル緑色学校
境教育実践事例、環境教育の成果及び課題点の比較を通
に認定された内モンゴル自治区通遼市奈曼旗実験小学校
じて、両国の共通点や相違点を明らかにした。
における環境教育の実践事例を調査、分析しながら、当
第一に、環境教育モデル校の実態の比較で明らかにし
校の環境教育の特徴及び課題を明らかにした。
たことは、まず、日本と中国で行っている事業内容は異
中国の緑色学校は、1996 年、中国国家環境保護局(現
なっており、果たす役割や直面する課題も違うという点
在は環境保護部)と中国教育委員会(現在は教育部)
、中
である。日本の学校エコ改修を中心とした学校施設は、
共中央宣伝部が連携して推進したプログラムである。緑
地球温暖化などの地球問題の解決にも有効であり、学校
色学校とは「基礎教育理念を確保した上で、持続可能な
施設の原理等を学校の理科などの教科の教材としても活
発展の思想を持ち、学校の全ての日常管理活動の中で、
用できる。しかし、日本のエコスクールは、学校施設整
環境を考慮した管理措置を導入し、学校内外の資源や機
備中心であり、ハード面を中心に環境教育を行っている
会を十分に活用し、教師と生徒の環境意識を向上させて
という問題点がまだ存在している。また、エコスクール
9
いく学校」 と定義し、中国の環境教育の推進において有
事業はコストが高く、継続的な外部からの支援が必要で
効な手段であると評価されている。
ある。必要な支援は学校によって異なり、オーダーメイ
緑色学校は、現在教育機関における環境教育にかかわ
ドの支援が必要となるが、事業予算に限度があり、それ
る各種プログラムのうち、唯一中国全土で推進されてお
ができていない現状もある。
り、2008 年の統計データによれば参加校数も約 4 万校以
一方、中国の緑色学校は教科内の環境教育、日常生活
3
の管理活動などでの環境教育活動は、児童生徒の環境知
終章
識の把握にとって有効である。また、緑色学校に対する
本論文の研究を通して、環境教育の実践において、日
表彰は二年に一回の再審査を行うため、学校の環境教育
本が中国に与える示唆としては、①地域に根ざした体験
活動の継続性をも把握することができる。しかし、緑色
的な環境教育活動の実施、②身の回りの自然や環境問題
学校は名称どおり、学校校庭の緑化のみが推進され、受
を取り出し、子ども自らの問題発見、問題解決能力を養
験競争などの教育環境の中で、児童・生徒への系統的な
成する取り組み、③「環境教育副読本」など環境教育教
環境教育を取り組んでいる学校が少ないともいえる。
材の編成や利用、④学校だけではなく、地域・社会団体・
次に日中で共通する特徴としては、日本のエコスクー
保護者等との連携を重視し、より豊かな環境教育実践活
ルと中国の緑色学校の学校数が共に増えていることがあ
動に取り組むこと、⑤学校環境の緑化だけではなく、エ
げられる。実践校になったことによって、全校や地域に
コ施設の配備を考慮し、生徒の省エネ意識を向上させる
対する環境啓発活動をより効果的に行うことができる。
取り組みなどであるといえる。一方、中国の環境教育の
また、政府部門から環境教育に関する情報や活動に対す
発展は日本より遅れているといえるが、各教科の中での
るアドバイスを受けることができ、環境教育のよりよい
環境教育内容の実現、定期的な環境に関するテストやコ
推進に効果があるといえる。
ンクール、弁論大会を行うこと及び環境をテーマとした
第二に、環境教育モデル校における環境教育実践事例
ビデオ、映画等を鑑賞させ、感想を討論させる等の取り
の比較によって以下の点が明らかとなった。日本と中国
組みも、生徒の限られた授業時間内において、環境の理
の環境教育モデル校の環境教育実践の共通点としては、
論的な知識や環境保護の重要性を教授する上で有効であ
①学校の全ての教科活動を通して環境教育を推進するこ
り、日本の学校も参考する価値があるのではないかと考
と、②学校施設の充実や学校の周辺環境の改善を推進す
える。
ること、③生徒が日常生活の中で自主的に環境保全を意
本研究では環境教育カリキュラム、教科書、環境教育
識した行動をとり、積極的に各種の環境保全活動に参加
教材などの理論的な部分の研究が十分ではなかった。ま
する意識を育成することである。
一方、
相違点としては、
た、環境教育モデル校の実践事例を一般の学校へ普及す
日本の小学校は地域の自然を活かした自然観察など学校
るため、教師及び生徒を中心に環境教育の成果を評価す
外の体験活動を重視しているが、中国の小学校は教科中
ることが今後の研究課題である。
での理論知識の学習や、ゴミ拾いなどを中心に行ってい
る点である。
6.主要参考文献・資料
第三に、環境教育モデル校における環境教育の成果及
・日本環境教育学会『環境教育』
、教育出版株式会、2012 年
び問題点の比較で明らかにしたことは、学校における環
・孫方民『環境教育簡明教程』
、中国環境科学出版、2004 年
境教育活動を通して、教師や生徒の環境に関する関心、
・「エコスクール 環境を考慮した学校施設の整備推進」
、
意識が高まり、
環境問題の解決に自ら参加しようと考え、
文部科学省ホームページ、平成 24 年
積極的に行動するようになったこと。及び、生徒を中心
・『緑色学校指南』
、国家環境保護総局宣伝教育中心ホームページ
とした環境教育の取り組みに力を入れ、生徒の発達段階
・北九州市立曽根東小学校『曽根東小研究紀要』
、平成 22 年度
に応じた環境教育の考え方、教え方、実践活動をますま
1
馬桂新編『環境教育学(第二版)
』
、科学出版社、2007 年、pp.61-65
日本生態系協会編『環境教育がわかる事典 世界のうご
す充実させていることは両国の共通の成果としてあげら
2
れる。
き・日本のうごき』
、柏書房株式会社、2001 年、pp.130-131
水越敏行・熱海則夫編『新学校教育全集 5 環境教育』
、
ぎょうせい、1994 年、pp.21-23
4
祝怀新編『環境教育論――基礎教育段階の環境教育の叢
書』
、中国環境科学出版社、2002 年
5
馬桂新編『環境教育学(第二版)
』
、前掲書
6
劉継和編「日本におけるエコスクールの基本理念及び推
進戦略」
、瀋陽師範大学学報、2003 年
7
日本環境教育学会編『環境教育』
、教育出版株式会社、2012 年
8佐島群巳・中山和彦編『世界の環境教育 地球化時代の
環境教育 4』
、株式会社国土社、1993 年、pp.16-19
9『緑色学校指南』
、国家環境保護総局宣伝教育中心ホームページ
また、両国それぞれの課題として、日本では「総合的
3
な学習の時間」の時間数が減らされることになり、限ら
れた時間内でどのように環境教育を推進するのかが今後
の重要な課題になっている。一方、中国では、地域性や
学校の実情に合わせた環境教育教材の不足、生徒の地域
性を生かした環境教育活動が不十分であり、
学校、
地域、
保護者等と連携した環境教育はいまだ不完全であるとい
う重要な課題をあげることができる。
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