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東京地裁平成23年8月17日判決(フェイス事件)
~労働法制特別委員会若手会員から~ 第4回 東京地裁平成23年8月17日判決(フェイス事件) 〔労働経済判例速報2123号27頁〕 労働法制特別委員会委員 坂井 陽一(63 期) 雇用のあり方の多様化に伴い,職種特定の雇用契 職種を特定する旨の規程は無いとしつつも,原告の 約に係る解雇の有効性について問題となる事例が増 採用経緯(被告が原告を在籍出向の形で中国に派遣 えている。本稿では,高額報酬,職種特定の雇用契 することを当初から予定していたこと,原告が採用に 約の職種消滅を理由とする解雇を有効と認めた一例 当たり,中国,日本の事 情に通じ,MBA を有する を紹介し,実務上参考となり得る論点等について検 など経 営 的なセンスをアピールしていたことなど。 ) , 討したい。 中国への派遣を前提とした雇用契約の内容,原告に 約束された高額(執行役員クラスの中でも最高級) の報酬,採用後の勤務状況などから,原告被告間の 1 事案の概要 職種特定採用の合意を認定した。 本件は,被告と労働契約を締結し,被告の中国現 ⑵ 争点 2:本件解雇が解雇権の濫用にあたるか否 地法人の総経理(社長に相当)として勤務していた か 原告が,業績不振による被告の中国市場からの撤退 裁判所は,そもそも原告の職種が特定されており, により被告において能力を発揮できる職務は無いと しかもその職種は高度の専門的能力や経歴を要し, の理由による解雇が無効であるとして,労働契約上 高額の報酬が予定されているものである以上,その の権利を有する地位の確認及び給与の支払いを求め 職種自体が消滅した場合,通常の従業員の解雇の たのに対し,被告は,原告の採用は職種を特定した 場合と異なり,比較的容易に解雇が認められるもの 採用であり,被告において原告が遂行する職種が消 であるとした上で,被告の中国現地法人の経営不振 滅しており解雇には合理的な理由があり,社会通念 について原告に一義的な責任があるとは認められな 上も相当であるから解雇は有効であるとして争った事 いこと,被告が原告に対し具体的な配置転換の提案 案である。 をしていないことからすると本 件 解 雇について被 告 原告は,北京郵電大学を卒業後,中国国営の研 において若 干 配 慮を欠いたところがあるとしつつ, 究所勤務を経て,日本に留学し,日本の大手通信 高度の能力等を発揮しえない職場では年俸が減額さ 会社に就職し,同社在籍中に米国の大学において れる可能性があることを伝えられた原告が,減額を MBA を取得し,その後,被告に転職したという経歴 拒否していることから配置転換の現実的な可能性が をもつ。 なかったこと,2 カ月以上と比較的長い解雇予告期 間がおかれていること,その間被告は原告の再就職 活動に配慮して引き継ぎ以外の就労を免除しつつ高 2 裁判所の判断 額の報酬(月額 100 万円)を支払い続けるなど原告 に対し手続的・経済的に一定の配慮がなされたこと ⑴ 争点 1:原告の採用が職種を特定した採用であった か否か 裁判所は,雇用契約書及び採用通知書には原告の 26 LIBRA Vol.12 No.5 2012/5 から,本件解雇には合理的な理由があり,社会通念 上相当なものといえるとし,本件解雇は有効である と認めた。 3 本判決の検討 解雇に係る事例である横浜市健康保健会事件や東京 エムケイ事 件と異なり,職 種そのものの消 滅という ⑴ 職種の特定と解雇に係る裁判例 使用者側の事由に起因する解雇の有効性について裁 職種を特定して採用された労働者の解雇に係る事 判所が判断を示したものである。 例としては,小学校の歯科巡回指導を行う歯科衛生 その判断枠組みは,高報酬,職種が特定されて雇 士として雇用された労働者について,左上肢の不完 用された原告は職種が消滅すれば通常の従業員の解 全まひによる職務遂行上の支障を認め解雇を有効と 雇の場合とは異なり比較的容易に解雇が認められるも した横浜市学校保健会事件(東京高裁平成 17 年 1 のとしつつ,配置転換の(現実的)可能性,手続的・ 月 19 日判決) ,タクシー運転手としての職務に必要 経済的配慮などを考慮するものである。このような な普通自動車二種運転免許を喪失したことを理由と 判断枠組みは,事業戦略による部門閉鎖により担当 してなされた普通解雇について,タクシー運転手の 業務が消滅したことによる整理解雇について,従前 業 務に就けなくなったとしても清 掃 職などへの配 置 の賃金水準を維持したままの配置転換の可否,雇用 転換の余地があるとして解雇を無効とした東京エム 契約解消後の生活維持等に係る配慮,解雇手続等に ケイ事件(東京地裁平成 20 年 9 月 30 日判決)など おける対応を考慮したナショナル・ウエストミンスター がある。 銀行(3 次仮処分)事件(東京地裁平成 12 年 1 月 21 東京エムケイ事件判決において,裁判所は,職種 日決定)と共通する。同事件の事業戦略による部門 特定の雇用契約について,①ある職種で雇用した者 閉鎖,本件の業績不振による中国からの撤退,いず を使用者が本人の同意なく一方的に労働条件や職務 れも基本的に経営判断が尊重される場面であること 内容の異なる他の職種に変更することができるかとい が判断枠組みの根底にあるものと考えられる。 う問題と,②その者が当該職種に就けなくなったと き使用者が解雇等により契約を打ち切ることができ ⑶ 本判決の結論及び射程 るかという問題は別に解すべきであり,職 種が一定 原告の採用に係る経緯,高額の報酬(最高支払額 の資 格を求めるようなものであっても,格 別高度の は年間 2277 万円)などの勤務条件,解雇に際しなさ 専門性を有しないものであれば,いずれも否定される れた手続的・経済的配慮などからすれば,本件解雇 とし,一方,当該職種が高度の専門性を有するもの を有効とした本件判決の結論は妥当と考える。 (税理士,弁護士,医師等)であれば,その資格等に もっとも,報酬の高額さ,原告は被告の中国現地 着目し労働契約等を締結し,その職種に就けたという 法人の経営者というべき地位(原告の地位は判決に のが当 事 者の合 理 的な意 思であり,①は否 定され, おいて「社長」と表記されている。 )にあり被告との ②は肯定されるとする。 関係は実質的に委任と評価されるものであった可能 性も否定できないことなどから,本判決は職種限定 ⑵ 本判決の判断枠組み の雇用契約一般についての先例と位置づけられるべ 本件は,職種を特定して採用された労働者に関し, きではなく,本判決の射程は極めて限定的なものと 身体障害や資格喪失など労働者側の事由に起因する 考えられる。 LIBRA Vol.12 No.5 2012/5 27