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学生参加による造形教育活動の展開 記録「風景・窓・絵画
東京造形大学研究報 No.8 ̶̶目次 学生参加による造形教育活動の展開 小林貴史 005 記録「風景・窓・絵画 ||アーティストの視点から: 母袋俊也の試み」 母袋俊也 017 メディア芸術・デザイン系学生を対象としたデジタル 色彩学の教育実践 日本語の文産出過程に関する一考察 粟野由美 073 井原浩子 083 加藤 茂 091 <かたち>と<こころ> ──構造造形学の一問題 地域伝統産業活性化のためのデザインプロデュースの 可能性と展開 ──国際的視点による米沢織物産業活性化の試みとデザイン課題 玉田俊郎 105 渡辺真弓 111 原健 137 ヴェネツィアのリアルト橋をめぐる研究 ──パラーディオの計画案を中心に リトグラフィ Lithography Journal of Tokyo Zokei University 8 2007 小林貴史 Takashi KOBAYASHI 学生参加による造形教育活動の展開 Development of art education activity by student participation ●抄録 本論は、造形教育活動への学生参加の実践をも とに、教育におけるより実践的な力の育成の場を 広く探ろうとするものである。 本論で紹介する実践は、「行事を通した学校教 育への参加」として東京学芸大学附属大泉小学校 で実施された「きくの子展覧会」への参加と、 「ワ ークショップを通した社会教育への参加」として 練馬区立美術館で夏休みに実施された「子どもワ ークショップ」への参加である。そして、どちら の参加においても学生は、造形活動における子ど もの指導に携わることとなった。 学校における展覧会への参加では、前日準備の 段階から関わることによって学校現場の教師とと もに行事をつくっていくことの実際にふれること ができた。また、そこでは自らの専門性を生かす ことによって準備に貢献することが可能となった。 そして、当日の子どもたちとのつくる活動におい ては、補助指導者として子どもの実態や現場に即 した実践的な指導のあり方を学ぶこととなった。 美術館におけるワークショップへの参加では、 ワークショップの計画・準備から当日の指導まで を任されることによって、学生のより主体的な取 り組みへとつながった。特に綿密な教材研究によ って、活動内容とその指導のあり方についての検 討を十分に行うことができた。当日の活動では、 子どもたちの創意工夫が生かされるように、その 指導にもさまざまな手だてが必要となった。これ らの実践を通して、自らが指導者として教育の視 野から造形活動を見直す機会を持つこととなった。 今回の実践では、その活動を豊かなものとして いくためには学生を受け入れる側と大学側との信 頼関係にもとづく連携が必要であることをあらた めて確認した。また、学生ボランティアによる教 育活動への参加では、その成果が学生にとっての 学びに有効であるとともに、受け入れ側にとって もプラスに働くことが重要であると考える。 006 母袋俊也 Toshiya MOTAI 記録 「風景・窓・絵画||アーティストの視点から: 母袋俊也の試み」 埼玉県立近代美術館 常設展特別プログラム 2006.7.21 ∼ 10.15 Landscapes, Windows, Paintings | from the Artist’s point of view: Motai’s Challenge 2006.7.21 10.15 The Museum of Modern Art, Saitama ●抄録 本研究ノートは、埼玉県立近代美術館で開催さ 目次 れた常設展特別プログラム「風景・窓・絵画̶̶ 「風景・窓・絵画̶̶アーティストの視点から: ア ー テ ィ ス ト の 視 点 か ら: 母 袋 俊 也 の 試 み 」 母袋俊也の試み」 (2006.7. 21∼10.15)の記録集として編纂された。 本展は、実作者である私がアーティストの視点 1.「風景」「窓」「絵画」考 から美術館の収蔵作品を活用し展示・企画を試み 2.プランドローイング るものであった。テーマである「風景・窓・絵画」 3.展示 はすでに美術館側によって設定されており、それ 31 水平性−絵画 は「絵画」と「絵画のための見晴らし小屋」を並 32 全面性−絵画 行展開している私の活動内容を前提としての依頼 33 会場風景 であった。 4.循環する像 絵画作品/絵画のための見晴ら 改めて「風景」・「窓」を視点とし「絵画」を再 し小屋 考、当該美術館が、近代美術館であることを踏ま 5.絵画のための見晴らし小屋・箱窓・膜窓 え、近代性にも着目し、収蔵品調査を経て構想を 51 絵画のための見晴らし小屋・MOMAS 重ねた。風景の一つの典型を地平線で画面を上下 52 箱窓・モネ/白羊 二分割する水平性の絵画と設定し、モネの《ジヴ 53 箱窓・水平/全面 ェルニーの積みわら、夕日》(1888∼89)を原基 54 ガラスケース 膜窓・御舟:恒友−掛軸 と定め、他方、リチャード・セラ、須田剋太など 55 ガラスケース 膜窓・雅邦−屏風 全面性の絵画に屏風などの日本の伝統的絵画形式 56 のぞきケース 膜窓・雅邦−Waage を 含 め た 対 峙 的 展 示 に、 私 自 身 の 作 品《TA・ 57 膜窓・正方形−MOMAS TSUMAALI》、《Tsumari 1》を加え、この二作を 58 膜窓・垂直−MOMAS 窓によって関係付ける《絵画のための見晴らし小 6.対談:母袋俊也・梅津元 屋・Hillside》の代替として、《絵画のための見晴 7.出品リスト らし小屋・MOMAS》を新たに制作。さらにそれ 8.開催記録 ぞれの展示作品を切りとる窓を設営、それによっ 9.略歴 て生成される像と、画面の像が、互いに重層的に 10.主要文献 関係付けられていくことが試みられた。 本研究は、展示図版、プランドローイング、エ ッセイ、見晴らし小屋、箱窓、膜窓などの図版に 加え、担当学芸員である梅津元氏との対談も採録 した。これらにより私の主題である絵画における フォーマート問題、像Bild性の考察を深め、近 代性、絵画形式論、風景論に新たな視点を示し、 絵画原理の本質に迫ろうとするものである。 018 粟野由美 Yumi AWANO メディア芸術・デザイン系学生を対象としたデジタル 色彩学の教育実践 ●抄録 本稿では、デザインを学ぶ学生を対象に開講し ている科目「デジタルカラー演習」で取り組む課 題を題材に、 Computer Aided Design 時代の色 彩教育のありかたを検討する。 この「デジタルカラー演習」は、色彩学、造形 心理学、デザイン演習とコンピュータ演習を重層 化し、理論と実践が双補完的に理解されるよう配 慮している。元来、デジタルに体系化されてきた 色彩学は、コンピュータの基礎教育と相性がよい。 具体的には従来の色彩教育で色材を使うところを コンピュータの色に置き換えて、その操作はアプ リケーション・ソフトの上で行うという点で初心 者にもわかりやすく、リテラシーの向上を実感し やすい構成となっている。この内容においてデジ タルとカラーというキーワードは併置された関係 にあり、芸術系デザイン科学生が実務を目指して 学ぶには効率が良い。しかしながら、色彩学習の 基礎が自然の色彩体験の再現、すなわち絵の具に よる色の発現に立ち会うところから始まるのだと すれば、コンピュータを使う場合はアルゴリズム から色・形・動きとして視覚化されるプロセスに 立ち会うことがこれに相当すると考えられる。 デジタル/カラー から デジタル・カラー へ、この概念を具体化することが今後の課題であ る。 074 井原浩子 Hiroko IHARA 日本語の文産出過程に関する一考察 An aspect of sentence production in Japanese ●抄録 概念がどのような過程を経て文として産出され るのかについては、健常者や失語症者の言い誤り や発話実験の結果、あるいはコンピュータによる シミュレーション結果に基づき多くの研究が行わ れ、幾つかの文産出過程に関するモデルが提唱さ れてきた(Bock and Levelt 1994; Garrett 1980, 1982, 1988, 1992; Levelt 1989; Stemberger 1985; Ferreria 2000)。それらは、文産出過程には始め の段階と最後の段階に「伝えようとする概念」と 「実際の音の発話」がそれぞれあり、間に文法や 辞書が関わる段階があるという点では共通してい る。しかし、中間段階の文法や辞書の関わり方に ついての意見は必ずしも一致していない。研究対 象とされてきた言語は主に英語、ドイツ語、オラ ンダ語等で、日本語に関しては音の言い誤りに関 する研究は見られるが、文法の誤りについての研 究は少ない。本稿ではBock and Levelt(1994)の 文産出モデルに基づき、日本語を母語とする健常 者に見られる格助詞の言い誤りを検討することに より、日本語の場合はこのモデルをそのまま使う のが難しいことを示し、修正の可能性を指摘する。 構成は次の通りである。2節ではBock and Levelt (1994)の文産出モデルを概観し、日本語の単文 に当てはめるとどうなるかについて文法符号化を 中心に具体例を挙げて考える。3節では日本語格 助詞の言い誤りのうち、主格の代わりに対格が誤 用される、または対格の代わりに主格が誤用され る種類がどのように産出される可能性があるかを 検討し、発話が始まった段階では動詞の選択がま だ1つに絞られていない可能性を示す。さらに、 動詞の意味・統語情報を使わずにメッセージレベ ルの概念構造を基に機能付与や構成素配列を行う ためには、心的辞書のレマとは別に主題階層や格 助詞パターンに関する用法依存的な情報も必要で ある可能性を指摘する。 084 加藤 茂 Shigeru KATO <かたち>と<こころ> ──構造造形学の一問題 ●抄録 小論は、美術史家たちの基本概念を吟味しなが ないにしても、<かたち>に迫力・躍動感・アウ ら、美学や造形学の懸案の問いと言ってよい、形 ラ、つまり<いのち>を吹き込む原動力になる点 式と内容、<かたち>と<こころ>の複雑な関係 では、でしゃばり過ぎると説明的に堕して困る中 について考察を深めようとするものである。ヴェ の<こころ>に劣らず重要な契機になる。ヴェル ルフリンは、様式が生え出る二つの根として、 「呈 フリンの呈示法によって<かたち>の共時態に視 示法」と呈示される「表出」内容を区別し、前者 野が開かれたとすれば、リーグルの「芸術意志」 のほうがより根源的だと考え、その呈示法、すな によっては<こころ>の通時態が開示されると言 わち造形家による世界の把握と呈示の仕方を、五 えよう。世界を五つの対概念によって直観または つの対概念(線的/絵画的、平面的/奥行的、閉 呈示する<こころ>の作用が「芸術意志」である。 鎖的/開放的、多元的/一元的、明瞭的/不明瞭 小論では「芸術意志」を、純粋・応用を問わぬあ 的)に細別した。五つの対概念は、表出に淵源し、 らゆる形象に遍く適用できる<造形意思>として それを表現するものには違いないけれども、概念 敷衍する。芸術意図とも芸術意志とも違う、根源 的には中味から容器を分離できるように、表出か 的な美への憧憬と欲求に淵源する<造形意思>。 らこれを分離してそれ自体として主題化すること 直観(<こころ>)の形式と直観されたもの(<か はできる。かれは、特殊な表出内容よりそれを貫 たち>)の形式とは、ノエシスとノエマのように く普遍的な形式としての呈示法をより根源的なも 表裏一体である以上、八つの対概念もまた、<か のと考え、自分の美術史論を「人名なき」と自ら たち>の類型であると同時に<かたち>を直観す 形容さえした点で、後のフォルマリズムや構造主 る<こころ>の類型でもありうる。八つの対概念 義を先駆していた。が、かれの言う表出と呈示は、 は、<形式の三幅対>の補遺になると同時に、< <こころ>とそれに感覚的な表現を与える<かた 作用の三類型>の補遺にもなるのだ。世界に対す ち>の関係だと言いたいところなのだが、厳密に る造形家の志向作用の基本的な類別が再現 4 4 はかれの呈示は<こころ>の直観形式であって、 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 representation・ 表 出expression・ 模 擬simulation 直観された<かたち>の形式とは必しも言い難い に他ならないが、これら三つの志向作用のどの場 ものであった。その意味では、かれの理論はなお 合にも、八つの対概念に対応する志向作用(明瞭 発生論や心理主義を免れていなかった。小論では、 的/不明瞭的、平面的/奥行的、等々の)が区別 直観された<かたち>の形式として、ヴェルフリ できるからである。 ンのものとは別個に八つの対概念を区別する。< <かたち>は<こころ>を動機ないし主題にす こころ>を形相因ないし動力因として造られるに るからとはいえ、<こころ>が前面に出過ぎると 相違ないが、造られた暁にはそれ自身の生命と法 <かたち>の影が薄くなり、<かたち>が禅問答 則をもって自立する<かたち>の基本的な属性と や哲学論議と変わらなくなる。<かたち>は<こ して。八つの対概念を、美の要件としての<形式 ころ>の単なる有形化ではない。とはいえ、<こ の三幅対>(類似の反復・反対の対比・差異の隣 ころ>の底荷を欠いた<かたち>は、遊戯の波間 接化)の補遺とみなすこともできよう。<形式の を浮草のように漂うだろう。両者のバランスをと 三幅対>の表現する美は、 ヴェルフリンが「表出」 ることが難題なのである。 内容や「呈示法」から区別して「品質」と呼んだ ものに当たり、これは八つの対概念とはレベルの 違う事柄である。 もう一つ、リーグルが提唱し、ヴォリンガーが 展開した「芸術意志」は、造形家を駆って<もの ごと>を<かたち>へと変換させ、現実化させる 原動力、または<かたち>の動機・意図でも主題・ 概念でもある<こころ>を主題化した概念として 4 注目される。<かたち>の前の<こころ>と<か 4 たち>の中の<こころ>の両方を渾然として含む 4 概念として。前の<こころ>(情熱・愛情・覇気・ 根性など)は、<かたち>に対して外的には相違 092 玉田俊郎 Toshiro TAMADA 地域伝統産業活性化のためのデザインプロデュースの 可能性と展開 ──国際的視点による米沢織物産業活性化の試みとデザイン課題 1.はじめに 本研究は、伝統的地域産業の再評価と活性化を 促す方法として、デザインプロデュースの可能性、 課題を考察したものである。研究の対象事例とし ては山形県の代表的な伝統的地域産業である米沢 織を選んだものである。なお、ここで言うデザイ ンプロデュースとは、商品のデザインのみでなく、 企業の商品の開発プロセスや情報発信、商品や企 業のプロモーション等、トータルな企業活動をデ ザイン側からプロデュースしていくというもので ある。 米沢織物は、200有余年の歴史を持つ我が国有 数の伝統産業である。しかし近年、国内の消費環 境の変化や中国を始めとするアジアからの安価な 繊維製品の輸入により、販売は低迷を続けている。 国内における認知度も産地ブランドとしては高い ものではなく、呉服店への卸や大手アパレルメー カーへの生地卸が主な業態となっている。 このような状況を改善するべく米沢織の総合的 なデザイン開発のプロジェクトを企画立案して実 施し、その可能性を検証した。デザイン開発の対 象は、袴地や着物地などの和装織り地を製造生産 している企業とした。これら企業は洋装織り地製 造企業とは異なり、和装の市場が限られているこ とから最もデザイン開発が必要とされる企業であ ると同時に、独自の織技術で、小規模ではあるが 製造と販売を行っており、新たな商品開発をアプ ローチするのに適していた。 本プロジェクトのねらいは、デザインによる米 沢織物の活性化の試みを通して、近代デザインの 理念や方法論が日本の伝統的文化的側面になぜ有 効に適用されてこなかったのか、あるいは日本の 伝統的な和のスタイルと見なされてきた米沢織物 のような伝統的地域産業が、近代デザインの理論 や方法論とどのような齟齬が生じているのか考察 することも研究目的として重要なものとして位置 づけている。 本研究では、地域産業が抱える今日的な課題を 背景に置きつつ、米沢織物のデザイン開発および 国際的なプロジェクトを展開する過程において、 その可能性と課題を明らかにする。 106 渡辺真弓 Mayumi WATANABE ヴェネツィアのリアルト橋をめぐる研究 ──パラーディオの計画案を中心に Study on the Rialto Bridge in Venice ─ chiefly around the projects of Palladio ●抄録 The main subject of my study is one of the most intact today. influential architects in histor y, Andrea Palladio In the first half of the 18th century in England a (1508-80), who lived and worked in the 16th century movement called Palladianism arose and it became Venetian Republic and left there a wide range of a fashion to build countr y houses in Palladian works, not to speak of a lot of beautiful villas in the style. In some of the parks of the Palladian countryside, the palaces and the Teatro Olimpico countr y houses, landscape gardens were made in Vicenza and the churches in Venice. This paper, and there appear bridges named Palladian Bridges however, concentrates on the Rialto Bridge located inspired by the bridge designs in “The Four Books at the center of the Canal Grande in Venice, for of Architecture”. which Palladio made some projects. Also around the mid 18 th centur y, Palladio’s The image of the old wooden bridge at the Rialto second project for the Rialto bridge appears in can be got from Jacopo De Barbari’s famous bird’s- some pictures depicting imaginar y views of eye view of Venice published around 1500, and Venice, including a series by Canaletto entitled from a painting by Carpaccio of the same period. “Capriccio (Caprice)” and another by Francesco This wooden bridge was damaged badly after the Guardi. fire of 1514 at the Rialto Market, though it Thus the project of Palladio, transcending time continued to be used through repairs, while the and space, gave an inspiration to the connoisseurs, r econstr uction of the bridge in stone was artists and architects of the 18th centur y in the discussed repeatedly for decades. dawn of the age of Neo-classicism. In 1554 a competition was held, and Palladio Meanwhile, the actual Rialto Bridge designed by submitted his first project for a new Rialto bridge Da Ponte has continued to be in function and has of stone, but nothing was decided in this occasion. been appreciated by people as the most important Palladio, who was born in Padua and became a bridge in Venice for more than four hundred years. successful architect in Vicenza, had a fur ther This fact is very important, and so the designs for ambition to be accepted as an architect in Venice, the Rialto Bridge of the two (Palladio and Da the capital city of the Republic, and this was one of Ponte), realized or not, both seem to prove their his earliest attempts to enter Venice. historical significances respectively. Later he revised the refused proposal and published the second project for the Rialto bridge (though its location was not mentioned explicitly) in the Thir d Book of “The Four Books of Architecture” in 1570. In the book he introduced eleven bridges in all with illustrations, of which six are wooden bridges including the covered bridge of Bassano del Grappa, and five are stone bridges including the Rialto project and an ancient bridge he repaired in Vicenza. These pages show us another aspect of Palladio as a bridge engineer as well as his passion and interest for bridges. A f t e r h i s d e a t h , i n t h e l a t e 1 5 8 0 s t h e reconstruction program restarted, and the idea of one-span arched stone bridge designed by Antonio Da Ponte (1512-97) was chosen by the Senate in preference to the three-arched bridge proposed by Vincenzo Scamozzi (1548-1616). In 1591 the stone Rialto Bridge was completed and it still remains 112 Contents Introduction: Palladio and Venice 1. History around the “Rialto Bridge” The Rialto Area The Wooden Bridge of Rialto Reconstruction Plan in Stone 2. Palladio’s Projects for the Rialto Bridge Palladio’s First Project for the Rialto Bridge Competitions for Entering Venice Palladio’s Second Project for the Rialto Bridge 3. Palladio and Other Bridges Bridges Discussed in “The Four Books of Architecture” Wooden Bridges Stone Bridges 4. The Realized Rialto Bridge One Arch or Three Arches The Bridge of Antonio Da Ponte 5. Bridge over Time and Space The Palladian Bridge Painted Imaginary Bridges Conclusion: Historical Meanings of the Two Rialto Bridges 113 原健 Takeshi HARA リトグラフィ Lithography リトグラフィの発明と特性 そのしなやかな展開 1. リトグラフィの発見と特性 リトグラフィは、18世紀の末ドイツにおいて、 アロイス・ゼネフェルダー(1771∼1834)によっ て1796年にその原理が発明された。 演劇を生業とする環境に育ち、自作の戯曲など の印刷化を計画するが、当時の木版や銅版の版材 は高価であり、技術的な修練をも必要とするため、 身近な建材で加工しやすく安価でもある石灰岩に ニコラ・アンリ・ジャコブ<ゼネフェルダー・ 石版術の発明者・守護神> 1819年 190 × 165mm 着眼して、版材として活用できないかと模索をは じめる。 ある日、メモとして石に描いておいたクレヨン を消そうとして、酸を使用したことが発端となり、 薬品によって版を作ろうと試みる。そしてクレヨ ン(油脂)で描画したところは親油性となり、ア ラビアゴム溶液(酸性)を塗ったところは、油を 弾く親水性となることを発見する。 この版面に水を与えると、親水性の表面は水分 を保持する保水膜となり、親油性のところは水を アロイス・ゼネフェルダー肖像 はじくので、水と油の反発作用を活用して、油性 インクを盛ったローラーをころがすと、描画した 油脂性のところのみインクが着肉する。 こうして、ゼネフェルダーは1798年に、まった く凹凸のない平版であるリトグラフィの原理と技 術を完成する。 彼は、この原理から「化学印刷」と命名したか ったようであるが、その用語は承認されず版材で ある石灰石の使用により「石版印刷」として認証 される。 油脂性の墨やクレヨンで描いたとおりに版とな り刷られる方法は、新たな印刷技法として急速に 発展しヨーロッパ中に普及されることとなる。 初期リトプレス機・ゼネフェルダー考案 リトグラフィとして有名なドーミエの作品は、 ゼネフェルダーが生存中に制作され、ゴヤにいた っては、1819年に最初のリトグラフィを手がけて おり、ドラクロア、マネ、なども、初期のリトグ ラフィに取り組み名作を数多く残している。 ゼネフェルダーは、 石のみでなく金属(亜鉛板) にもこの原理と技術が可能であることを試みてい るが、その後、金属版であるジンク版(亜鉛板) のみでなくアルミニュウム版へと版材はひろがり、 この原理によるオフセット印刷の技術開発はめざ ましい進歩をみせている。 138 本号の執筆者 小林貴史(こばやし・たかし)東京造形大学助教授 母袋俊也(もたい・としや)東京造形大学教授 粟野由美(あわの・ゆみ)東京造形大学助教授 井原浩子(いはら・ひろこ)東京造形大学教授 加藤 茂(かとう・しげる)東京造形大学教授 玉田俊郎(たまだ・としろう)東京造形大学助教授 渡辺真弓(わたなべ・まゆみ)東京造形大学教授 原 健(はら・たけし)東京造形大学教授 東京造形大学研究報 8Journal of Tokyo Zokei University No.8 2007 発行 2007年3月31日 編集 東京造形大学研究報編集委員会 編集委員長̶̶長尾 信 編集委員̶̶̶鍵谷明子 越村 勲 沢 良子 清水哲朗 茂木 博 発行 東京造形大学 192- 0992 東京都八王子市宇津貫町1556 Tel. 042- 637- 8111 Fax 042- 637- 8110 URL. http://www.zokei.ac.jp Tokyo Zokei Daigaku/ Tokyo Zokei University 1556, Utsunuki-machi Hachioji-shi, Tokyo 192- 0992, Japan Telephone 042- 637- 8111 Faccsimile 042- 637- 8110 URL. http://www.zokei.ac.jp 制作・DTP / (株)風人社 印刷・製本/造形美術印刷