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Page 1 Page 2 (237) 契約法における理由提示義務(3・完) I 序 I フランス
Title Author(s) Citation Issue Date Type 契約法における理由提示義務(3・完) 小林, 和子 一橋法学, 5(1): 237-278 2006-03 Departmental Bulletin Paper Text Version publisher URL http://doi.org/10.15057/8641 Right Hitotsubashi University Repository (237 契約法における理由提示義務( 3 ・完) 小 林 和 子※ I 序 Ⅱ フランスの理由提示義務の諸相 1 契約の内容決定における理由提示義務 2 契約の内容変更の拒絶における理由提示義務 3 契約の終了における理由提示義務 1)概観 2)賃貸借契約の終了時 3)代理商契約の終了時(以上4巻2号) 4)労働契約の終了時 5)供給契約の終了時 4 契約関係での制裁を伴った処分における理由提示義務 (以上4巻3号) Ⅲ フランスの理由提示義務論の体系化に向けた試み Ⅳ 考察(以上本号) Ⅲ フランスの理由提示義務論の体系化に向けた試み Ⅲ章では、 Ⅱ章のフランスでの個別具体的な場面で要求される理由提示義務の 整理や分析を踏まえた上で、フランスにおける体系的な理由提示義務論の構築に 向けた試みを分析する。まず、私法上における「権限」や「一方的行為」という 概念を検討するにあたり、公法上(特に行政法)の「権限」や「一方的行為」に ついて検討を行った論文を取り上げる(1)。これらの論文は、公法上(特に行政 法)の考え方を私法上の理論において参照しうるか否かの検討に必然的に付随す るかたちで、理由提示義務をも論じたものである。次に、契約関係において法律 によって限定的に認められてきた理由提示義務は、従来の契約観の変更に伴い、 より体系的な理論として構築されるべきだと主張する諸見解を取り上げる(2)0 r一橋法学j (一橋大学大学院法学研究科)第5巻第1号2006年3月ISSN 1347-0388 ※ 一橋大学大学院法学研究科博士後期課程 237 (238)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 1行政法の考え方に依拠した理由提示義務論 行政法の考え方に依拠した理由提示義務論は、 「権限」を根拠とした理由提示 義務論(D)と、 「一方的行為」を根拠とした理由提示義務論(2))がある。以 下順に検討をする。 1)権限を根拠とした理由提示義務論 権限を根拠とした理由提示義務論については、ガイアールとロキックの見解を 以下で検討する。まず、ガイアールによる権限という概念を明らかにすることの 試みについて述べる(iXi) 。次に、しかし、私法の領域に権限の概念を取り入 れる場合には問題点も数多く、議論が活発に行われていることから、その検討を 行う(iXii))。以上の前提を踏まえながら、ガイアールによる権限を根拠とした 理由提示義務論の展開を述べる(2))。次に、ロキックの見解を紹介する。権限 の概念や根拠に関しては、ロキックは、ガイアールの見解に大きく影響されてい る。従って、ロキックについては、ロキックの理由提示義務論の研究のみを紹介 する(3))。そして、両見解の意義について言及する(4)< (1)私法における権限の定義づけの試み (i)権限に内包される概念 権限(pouvoir)という概念は、従来、公法の領域において存在していたが、 近時、私法における権限に関する研究が発表されている1)。そこで、私法におけ る権限には、いかなる概念が内包されるかが問題となる。なぜならば、権限に類 似した概念として、既に、主観的法-権利(droit)が存在するからである。両 者は法的な権利であるという点では共通している。権限について体系的に論じた 論者の一人であるガイアールは、主観的法-権利は、自己の固有の利益の享受者 に認められたものであるのに対し、権限は、少なくとも部分的に自己の利益とは 異なる利益の享受者に与えられたものである、と定義づけている2)0 ガイアールは、以上の定義に加えて、さらに権限の内容について、権限とは法 1) GAILLARD (E.), Lepouvoir en droitprive,畠conomica, 1985 ; LOKIEC (P.), Contrat e吉pouvoir : essai sur les吉ransformations du droit pnve des rapports con- tractuels, L・G.D.J., 2004.後者は、契約関係における権限の概念については、 「相 手方に意思を強制する権限(faculty)」と定義づけをする0 2) GAILLARD (E.),op・cit., p. 21. 238 小林和子・契約法における理由提示義務(3 ・完 (239) 的な権利であり、合目的的な権利であるという観点から、次のように詳しく言及 をする3)0 第一に、権限とは、法的な権利である。法的な権利には、利益を表明する権利 と規範を表明する権利が含まれる。この二つの側面は切り離すことのできない関 係にある。 まず、利益を表明する権利についてであるが、権限を行使する者は自己の利益 とは完全には一致しない利益を表明することになるo 自己の利益とは異なる利益 を表明する方法は、法によって考慮される意思、すなわち法的意思であり、内面 的な状況ではない。 次に、規範を表明する権利についてであるが、権限を持つ者が自己の利益とは 異なる利益を表明した結果、相手方を拘束する効力を持つものでなければ何ら意 味を有しない。従って、権限は、権利を持つ者が法秩序を変更することを認める。 そして、権限は、相手方の法的状況に関係することを認める。法技術的な観点か ら、権限は、法的効果を生じさせることに向けられた意思の表明と言い換えるこ とができ、法的効果を生じさせる適性ともいいうる4)。権限行使者による法的効 果を生じさせることに向けられた意思の表明は、法律行為の伝統的な定義づけと 同じである5)。より正確に述べると、権限は、一方的法律行為を生じさせる通性 と定義づけることが可能である6)0 一方的法律行為の定義について、学説は、大きく二つに分かれているとされる。 第-の見解は、特に公法学者によって唱えられているものであるが、一方的法 律行為は、それにより拘束される者以外の者によって決定されるということに過 ぎないとする見解である7)0 第二の見解は、一方的法律行為は一方当事者においてしか問題にならない点に 重点を置く8)。この第二の見解では、権限については、法的効果が及ぶ者と決定 3) GAILLARD (E.), op.cit., p. 137・ 4) GAILLARD (E.), op・tit., pp・ 139-140. 5) CARBONNIER (J.), Droit civil , t・ 4, Les Obligations, 22e ed., P・U.F. Themis, 2000, nil1 6) CARBONNIER (J・), op・cit・, n- 14. 7) GAILLARD (E・ ),op.cil, p. 141. 239 (240)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 する者が異なる場合は、複数の当事者が問題となると考える9)。 ガイアールは、権限の第二の性質について、次のように言及する。 第二に、権限とは、合目的的な権利である。すなわち、ある目的に向かい、少 なくとも部分的には自己の利益とは別の他人の利益を満足させる為に与えられた ものである。ここにおける目的とは、何らかの行為をした場合に実際の権限行使 者の目的は何であったかではなく、より一般的抽象的な方法によって定められた 目的であり、判事が権限行使者による行為の適法性を評価する際に参照すること となる目的のことをいう10)。 自己の利益とは異なる利益の享受者に与えられる権限は、法的で合E]的的な権 利であるが、私法の領域で権限の概念を認めるには、数多く問題が存在する。 (ii)私法における権限の問題点 (a)学説と実定法との間の用いられ方の相違 権限という言葉は、非常に多様な意味合いを持つ。さらに、実際のところ、学 説と実定法との間であってもその用いられ方には相違点がある。 学説において、権限は、主観的法-権利の定義に関する論争に付随するかたち で論じられることが多かった。例えば、サレイユは、主観的法-権利の特色を権 限の概念に見出すことができるとする11)。ボナールも同様に権限は主観的法-権 利の本質そのものを構成するとしている12)。リペールは、主観的法-権利を、 「利己的な権限」と表現した13)。 ガイアールは、権限は、実定法においては様々な領域に関連しているとする。 例えば、労働契約における使用者の懲戒権や経営権などが権限の具体例と考えら れるとする。そして、ガイアールは、実定法において権限行使者は、それぞれ直 MARTIN DE LA MOUTTE (J.), L'actejuridique unilateral, essai sur sa notion et sa technique en droit civil, L・G.D.J., 1951, pp. 42-44. 9) GAILLARD (E.),op.cit, pp. 14ト142. 10) GAILLARD (E.), op.cit, p. 143・ ll) SALEILLES (R.), De la personnalitejuridique, Histoire et theories, 2e ed., 1922, pp. 546-547. 12) BONNAKD (R・ ), La conceptionjuridique de l'Etat, RDP., 1922, p. 39. 13) RIPERT (G・), Le reg号me democratique et le droit civil moderne, L.G.D.J., 1936, p. 235-237. 240 小林和子・契約法における理由提示義務(3 ・完) (241) 接的あるいは排他的な受益者とはなっていなく、少なくとも部分的には自己に固 有な利益とは異なる利益に対して行使される、と考えられる、と結論づける。 (b)隣接の概念との関係 i)概観 権限の概念をより明確にするため、隣接の概念との関係も検討する。まず、権 限行使に関して、近接した類似の問題としては、代理の理論と権利濫用理論があ る。そして、権限行使の問題は代理の理論あるいは権利濫用理論によって解決さ れ、独自に論じる意義はないかのように一見したところ思われる。 ii)代理の理論との関係 代理の理論との問題については、ガイアールは次のように述べる。確かに、権 限の問題は、代理の理論に完全に還元されてしまうことになりそうであるが、実 際のところは、権限を行使する場合でも、代理として行使する場合とそうでない 場合とがある。独自に論じる意義はあると考えるべきである。 iii 権利濫用理論との関係 次に、ジョスランによる権利濫用理論における権利の概念との関係が問題とな る。つまり、ジョスランのいう権利濫用理論における機能的な権利との差異は何 なのかということである。ジョスランは、主観的法-権利は、相対的なものであ り、主観的法-権利は、社会的な価値のあるものであり、正当な理由によっての み行使しうるとする。すなわち、主観的法-権利は社会的な権能であるとされる ことから、権利濫用は、権能の逸脱と定義づけ直すことができるのではないかと いうことになる14)。 権利の機能性の概念は、権利濫用という私法上の理論と権限逸脱という公法上 の理論をパラレルに考えることを示唆するものであったとされる15)。さらには逆 説的に、何人かの論者は、私法における権限の概念は公法からの危険を伴った移 植が行われる前から存在していたと主張をするようにもなる16)。 14) GHESTIN (J.) et GOUBEAUX (G.),Introductiongenerate, L.G.D.J., 4e ed., 1994, pp. 763-773. 15) DEMOGUE (R.), Traite des obligations竺general,^. IV, 1931, pp・ 380-383・ 16) SAVATIER (R・),Droitpublic et droitprive, D. 1946, chron・ p. 25・ 241 (242)一橋法学第5巻第1号2006年3月 しかし、実際は権限と権利は区別され、あるいはすべきであるとの萌芽的な議 論はかつてから存在していた。その兆候は間接的であるかもしれないが、ジョス ランは権利は単一の概念ではないとの見解を示している。すなわち、権利には複 数の概念があるとしているOジョスランは、権利には、「利己的な権利」(droita espritegoiste)と「利他的な権利」(droitaespritaltruiste)があるとして、両者 を明確に区別している17)。利他的な権利について、ジョスランは、外見的にある いは実際上、権限行使者以外の利益に応じるものであるとしている。そして、権 限行使者の利己的な考えは、権限の目的を逸脱することとなるとする0 iv)ルアストによる権限と権利の区別 また、ルアストも権限と権利を区別するべきであると主張する一人である。ル アストは、1944年の論文において、性質が非常に異なったものが権利という概念 には内在していると指摘する。そして、伝統的な意味における主観的法-権利と 社会的な機能を持つそれ以外に区別すべきであると主張する。ルアストによれば、 伝統的な意味における主観的法-権利である個人的な権限は、加害の意図による ものであるときのみ批判の対象となる。また、主観的法-権利以外の権限である 機能的な権限は、主観的法-権利とは異なり、目的に沿った権限行使であるか否 かのコントロールを受けることになる。すなわち、ルアストは、機能的な権限は 個人的な目的の為に行使され逸脱したものであるか否かのコントロールを受ける ことになるとする。このように、ルアストは、主観的法-権利と権限とを区別す る説を体系的に打ち出した論者の一人である。さらに、ルアストは、主観的法権利と権限とを区別することだけではなく、主観的法-権利と権限の両方の性格 を持つ概念も存在するのではないかとも提唱した。すなわち、ルアストは、「それぞれ個別的な制度ではあるが、両者の対立を誇張すべきではない」とLy--is) '^-。 (2)「権限逸脱における理由提示義務」論 (i)権限逸脱のコントロール方法の限界 17) JOSSERAND (L.), De I'esprit des droits et de lew relativite, 2e ed., 1939, pp. 418422・ 18) ROUAST (A.), Les droits discγetionnaires et les droits contr∂les, RTDciv., 1944, pp.1-19・ 242 小林和子・契約法における理由提示義杏(3 ・完) (243) ガイアールは、実定法において、権限の存在が最も顕著に現れるのは、その逸 脱に対するサンクションの場面においてである、とする。 ガイアールは次のように述べる。学説は権限の概念について従来特に検討をし てきたが、実際、権限の存在は権限逸脱のコントロールにおいて顕著に明らかな ものとなる19)。私法における権限逸脱のコントロールは、公法における権限逸脱 のコントロールと類似性を持つ。そして私法における権限逸脱の技術は、間接的 に、主観的法-権利とは異なるものとして権限を捉えることを裏付けることにな る。権限逸脱のコントロールの特徴は理由の裁判上のコントロールにある。しか し、この点だけでは、他のコントロール方法との区別として決定的な要素とはな らないことに注意する必要がある。 権限逸脱について、ガイアールは次のように指摘をする。行政法においては19 世紀の後半から権限逸脱の概念が用いられ始める。そして、権限逸脱とは、授権 E]的とは異なった目的により権限所有者がその権限を行使することであるとされ ている。つまり、権限所有者の権限行使が違法との評価を受けなければならない のは、授権目的以外の目的に権限を用いたことに対してである。目的が授権目的 にあたるか否かは20)、権限行使の理由という主観的要素により判断される。換言 すると、権限逸脱のコントロールは、主観的なコントロール、意図のコントロー ルなのである。よって、権限逸脱と評価される場合とは、権限行使の目的に対す る理由が不適当である場合である。権限行使者の内心について、それぞれ論者に よって表現が異なる。例えば、意図・理由・動機・行為に至らしめた要因等であ る。表現の違いにより混乱を招きかねないところではあるが、その内容はみな同 様に権限行使者の心理的状況と解してよいと思われる。一方、授権目的の内容は、 専ら、立法者によって明らかになるとする見解もある。立法によって明らかにさ れる授権目的の内容は十分に明確性が伴ったものでなければならない。そして、 コンセイユ・デタの解釈及び権限の性質により目的の確定がなされる。判断基準 に道徳的な概念を持ち込むことも試みられたが、やはり基準としての明確性に欠 けることとなる。 19) GAILLARD (E.), op.cit, p. 95. 20) GAILLARD (E.), op.cit., pp. 98-99. 243 (244)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 以上のガイアールの見解に関連して、権限の授権目的の内容について、さらに、 専ら法に依拠するだけではなく、行政行為の目的についての準則が行政判事の能 動的な態度によって定立されうると考えるべきであり、コンセイユ・デタの法創 造的な活動が認められるべきであるとの見解もある21)。 そして、ガイアールは、次のように論を進める。理由に対して司法上のコント ロールが及ぶという点だけでは、権限逸脱のコントロールの特徴を描くことはで きない。なぜならば、権利濫用においても、例えば、加害の意図に対するコント ロールのように、理由に対してコントロールが及ぶからである。そこで、権利濫 用と権限逸脱の違いが問題となるが、両者はその目的が明白に異なる。まず、権 限逸脱のコントロールは、行使される権限の合目的性を排除するようなあらゆる 理由に対して及ぶ。ところが、権利濫用のコントロールは、加害の意図に専ら関 わるに過ぎない22)。 権限逸脱は、権限を行使すること自体何ら問題はないが、権限の目的とは相容 れない理由によって行使された場合のことをいうので、権限逸脱があったか否か の判断には、意図や理由の証明が必要となる。つまり、権限逸脱にはネガティブ な意図の証明が必要となるが、ネガティブな事実を証明することは至難の技であ る。権限の目的に合致した理由が欠けているにもかかわらず、権限を行使したこ とを証明することは不可能である。従って、結局のところ、権限行使者の意図を 探求する指標として、判事は、権限行使による客観的な結果をも同様に考慮する。 そして、客観的な事実、例えば、問題となった権限を行使した際の周囲の状況な どから、判事は、授権目的に権限行使者の行使理由は合致しないと判断すること になる。しかし、このメカニズムは、権限逸脱のコントロールの難点を克服する ものであるとは言い難い。 21) RIVERO (J.) et WALINE (J.), Droit administra材, 19e ed・, Pr6cis, Dalloz, 2002, pp・ 247-249.近藤昭三「フランス国務院と権力濫用の法理」 Fフランス行政法の研 究j (信山杜、 1993) 161頁以下、交告尚史r処分理由と取消訴訟』 (動草書房、 2000) 15頁以下、 ∫.リベロ(磯部力・兼子仁・小早川光郎訳) Fフランス行政法』 (東京大学出版会、 1982) 276頁以下、阿部泰隆rフランス行政訴訟論l (有斐閣、 1971 116頁以下も参照。 22) GAILLARD (E・), op.cit, pp. 99-102. 244 小林和子・契約法における理由提示義務(3 ・完) (245) このように、権限逸脱のコントロールの難点を指摘するガイアールは、権限逸 脱か否かの判断には、やはり、権限行使者自身も、同様に、行使した権限は逸脱 することなく、目的に沿ったものであることを証明すべきではないか、とする。 さらには、権限行使者が行使理由を主張することは、原告の立証負担を部分的に 軽減することにつながりメリットがあるのではないか、あるいは、原告は相変わ らず正当でない理由を証明しなければならないのかについての検討をガイアール は行う23)。 (ii)権限行使者の理由提示義務 ガイアールは以下のように述べ、権限行使者に理由提示義務を要求することを 主張する。 (a)理由提示義務の意義 権限を有する者に対して、自己の行為の正当性を根拠づけさせることにまでは 至らなくても、自己の行為の動機を表明する義務を要求することは考えられうる ものではないか。理由提示義務は権限の性質に合致するものである。少なくとも 部分的に自己の利益とは異なる利益を追求する義務があるため、その利益に合致 した理由が要求されるべきである。理由提示義務は、他人の財産の管理者に釈明 をさせることとなんら変わりはなく、大きな負担になるものではない。その有効 性は非常に大きいものである。理由とは、具体的には、自己の行為を基礎づける ために提示される理由のことをいう。理由提示義務は、権限の行使についての紛 争を限定し客観化することに貢献する。権限逸脱の紛争については、原告は提示 された理由の不正確さの証明をすればよい。あるいは提示された理由が行為を正 当化するには不十分なものであることを証明するべきである。行為の不適切さを 主張する者に立証責任があることから、立証責任の転換はない。行為者の理由提 示義務は、権限のコントロール方法として当然の帰結である24)。 (b)理由提示義務の一般化 このような理由提示義務を私法の領域に制度として導入することは可能であろ うか。行政法の領域においては、 1979年7月18日の法律により理由提示義務の制 23) GAILLARD (E・),op.cit., pp. 116-117 24) GAILLARD (E.), op.cit., p. 117. 245 (246)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 度が導入された。しかし、近い将来、行政行為においては理由を提示するのが原 則とされるという見解に対しては疑問の声は大きい。理由提示義務の一般化には 二つの場合が考えられる。 第一は、将来大きな発展を期待することは考えにくいが、法が明文で理由提示 義務を要求する場合である。例えば、解雇に関する1928年7月19日の法律、 1973 年7月13日の法律、懲戒処分に関する1982年8月4日の法律のような例が考えら れる25)。しかしこれらの規定は例外的なルールでしかない。 第二は、権限が予定されていると考えられる契約領域の場合である。例えば、 1910年3月15日破致院審理部判決がその具体例である26)。この場合、職業組合に 除名の理由を提示する義務を基礎づけたのは裁判上のコントロールであるとの可 能性も考えられる。この理由のコントロールの理論は、規定の尊重の場合のみな らず、より一般的に、問題となった権限の性質そのものから導かれる場合にも及 ぶものである。しかし、この判決において規定の存在は重要であり、懲戒処分一 般、権限行使一般に及ぶとは解すべきではない27)。 (C)複数の理由の存在 理由が複数存在している場合は、判事はどのような態度を示すべきか。それぞ れの理由が別の結論を導きうる場合に特に問題となる。つまり、複数の理由のう ち、ある理由は完全に正当な理由であり、ある理由は権限の目的とは合致しない 場合である。この点に関して、同じような状況であっても従来行政法と私法では 異なった分析方法が用いられていた。 まず、行政法の場合は、複数の理由のうち一つでも正当な理由であると認めら れる理由があるならば、その行為自体が有効なものとなる。この場合、行使を決 定づける決定的な理由はどの理由かを改めて問う必要性はない。なぜならば、正 当な理由が常に決定的な理由となるからである28)。 一方、私法の場合は、まず、正当なものであるか否かに関係なく、決定的な理 25) GAILLARD (E.),op・cit., p. 118.これらの法律については、 Ⅱ章第3節4) (2)及び Ⅱ章第4節を参照。 26) Req. 15mars1910,D.P. 1913,V30. H章第4節を参照。 27) GAILLARD (E.),op.cit., p. 119. 28) GAILLARD (E.), op.cit., pp. 120-123. 小林和子・契約法における理由提示義杏(3 ・完) (247) 由と決定的ではない理由とに区別する。そして、決定的な理由のみを検討対象と するのである。この傾向は、権利濫用などの場面における傾向である。そして、 決定的な理由が正当な理由ではないと判断された場合には、制裁が加えられる。 では、私法における権限逸脱の場合、複数の理由が存在し、そのうちの一つ?哩 由が権限逸脱と判断される余地のあるものとされるとき、どのように考えるべき か。司法判事は、行政判事のように、他の理由と比較しつつ、正当でない理由を 除外すべきなのか。それとも、決定的な理由か否かを判断し、正当でない理由を 制裁すべきか。 この点については、私法における権限逸脱については、いかなる公法との均衡 を考える必要性もないと考えるべきである、とガイアールはいう。 (3) 「権限に内在する理由提示義務」論 次に、ロキックの理由提示義務論について紹介をする。 ロキックは、権限とは、相手方に意思を強制する一方的な権能であるとし、 ガイアールよりもややより広い定義を与えるOその上で、ロキックは、契約関係 における権限に内在する機能としての、理由提示義務論を主張する。ガイアール の見解との違いは、ロキックによる理由提示義務論は、権限逸脱のコントロール 方法の限界を出発としたものではなく、私法における権限そのものに理由提示義 務は内在すると主張する点にある。ロキックは、簡単にではあるが、次のように 述べる。すなわち、実体的な要件としてのみならず、手続的な要件としての理由 の提示を認めることは、行政法と同様、事前の効果的な保護を認めることとなり、 権限行使者の権限の濫用を減少させることになる。また、このように手続を要求 することは、権限を行使する際、権限行使者に熟慮をさせることにもなる2g)。 (4)両見解の意義 ガイアールの研究は、まずその出発点として、従来からその萌芽的な議論が見 受けられた権限と権利の区別を明確化すると共に権限の内実について検討をして いる。そして、権限に対するコントロール方法について、権限逸脱のコントロー ル方法の限界を指摘し、さらにより積極的に権限行使者に理由を提示させること 29) LOKIEC (P.), op.cit., pp・ 257-258.ロキックは、契約関係で、権限の関係に立つの は、特に労働関係であるとする。 247 (248)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 を提唱した点に意義がある。また、ロキックの研究は、契約関係における権限に ついて、手続的な要件として、また、権限に固有な制度として、理由提示義務論 を展開している点に意義がある。 2)一方的行為を根拠とした理由提示義務論 (1)概観 一方的行為を根拠とした理由提示義務論について以下検討することにする。ま ず、教科書レベルを中心としつつ、一方的行為とはどのような概念として把握さ れているのかについて述べ((2))、次に,契約法における一方的行為の具体例を 示する((3XO)。そして、公法と私法の接近化について言及し、契約法における 一方的行為の分析方法として、公法との比較方法の可能性について検討をする ((3XiO)。さらに、契約法における一方的行為を認めた上で、契約法における一方 的行為が従来どのような性質を持つものと考えられていたかについて言及し((3) lii))、異質なものと捉えられてきた契約法における一方的行為が契約法の中で形 成されるには、どのような条件が整う必要があるかについて考える(3Xiv))。こ こでは、行政法の領域制度である、非訴訟的手続についても検討を行う。最後に、 近時の論文で積極的に一方的行為を根拠とした理由提示義務論を展開した、アン シナス・ドゥ・ミュナゴリの見解について検討をし(OXv))、この見解の意義に ついて述べる W。 (2)一方的行為の概念 一方的行為(acte unilateral)とは、少なくとも二つの意思の合致によって形 成される合意によるとされる契約とは対照的に、一般的には、一方的な意思表示 により法的効果が生じる行為をいうとされる30)。従って、一方的行為は契約では ない31)。また、あらゆる一方的行為に共通した一般的包括的な理論は存在しない とされる㍊)。例えば、一方的行為は債務の発生源となりうるかについては今日で 30) CARBONNIER CJ.), op.cit, pp. 47-49 ; TERRI∃ (F.), SIMLER (Ph・) et LEQUETTE げ.), Droit civil, Les obligations, &'ed・, Precis, Dalloz, 2002, p. 58 ; FLOUR (J・) et AUBERT (J.-L.), Droit civil, Les obligations, t. 1, L'acte juridique,10e 6d., A. Colin, 2002, p・ 374 ; MALAURIE (Ph_) et AYN白S (L.), 2 Cotもtrats et quasi-contrats, IV 6d・, Cujas, 2001, p. 51・ 31) MALAURIE (Ph・) etAYNES (L.), p. 51. 248 小林和子・契約法における理由提示義務(3 ・完) (249) もなお疑問が持たれ、一方的行為については未だに未解決な部分が多いとされて いる33)。一方的行為は片務契約とは異なる。一方的行為は、片務契約とは異なり、 法的効果のみならず行為が形成される段階においても一方的である。一方的行為 は一つの意思のみで形成される34)。ただ、一方的行為といっても、実際、必ずし も一人による行為であるとは限らない。二人以上の債務者あるいは二人以上の債 権者により共通の目的により一つの意思によって一つの契約が締結されることが あるように、複数の者により一方的行為がなされる場合もある。従って、一方的 行為の「一方的」とは、契約とは異なり、相反する利益の協調を実現することは 決してないという意味において「一方的」であると解すべきであるとされてい る35}。 (3)契約法における一方的行為 (i)具体例 本来、一方的行為は、契約とは全く別の法的制度であり契約とは相容れない概 念であるとされてきた。しかし、事前に締結された契約との関係において付随的 な性格を持つ一定の一方的な決定も一方的行為とみなすとする論者もいる。例え ば、マルタン・ドゥ・ラ・ムットやアンシナス・ドゥ・ミュナゴリなどは、それ ぞれの論文の中で契約関係における一方的行為を検討している36)。契約における 一方的行為は、契約の内容を変更したり、契約を終了させたりする。法によるも のか約定によるものかを問われることはない37)。 アンシナス・ドゥ・ミュナゴリは、契約関係における一方的意思表示に由来す る行為である一方的行為の構造の検討において次のように言う。一方的行為は契 32) FLOUR (J.) et AUBERT (J.ILO. Qp.cifc, p. 376. 33) FLOUR (J・) et AUBERT (J.-L.), op.cit・, p. 373. 34) MALAURIE (Ph.) et AYNES (L.), op.cit., p. 51・ 35) MARTIN DE LA MOUTTE (J.), op.cit, n- 39. 36) MARTIN DE LA MOUTTE (J.), op.cit, n- 155 ; ENCINAS DE MUNAGORRI (R.), L'acte unilateral dans les rapports ccmtractuels, L.G.D.よ, 1 996. 37) ROCHFELD (J.), Les droits potesta聯accordes par le contrat, in Etudes offertes aJ. GHESTIN. Le contrat au debut du 21'si∂cle, L.G.D.J・. 2001, p. 766は、一方の 意思表示により法的効果を生じさせる権限を「随意権限」とする。さらに、サン クションについては、純粋随意条件と同様に無効とするのではなく、理由も問題 にすべきであるとし、理由提示義務の検討を行っている。 249 (250)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 約関係において、契約の成立、契約の変更、契約の終了といった様々な段階を検 討しても、決して多くない。その数少ない例として、例えば、期間の定めのない 契約の終了(賃貸借契約の解約、解雇、など)、懲戒処分、売買契約の代金額の 一方的決定などがある38)。一方的行為が契約関係において少ないのは、契約の一 般理論といくつかの点において抵触するからである。まず、契約関係は合意によ るとされるのが基本であるが、一方的行為は合意によるものではない。さらに、 一方的行為は契約の拘束力に対する脅威ともなりうる39)0 契約関係にある当事者の一方的意思の表明が法的効果をもたらすという点に関 してはあまり関心が持たれてこなかった。なぜならば、従来の分析の対象は、契 約の当事者が持つ主観的法-権利(droit subjectif)の存在が主であったからであ る。主観的法-権利の存在と主観的法-権利の行使はしばしば混同されがちであ る40)。このように主観的法-権利の存在と主観的法-権利の行使を区別すること により、契約関係における行為は合意によるものではないこともありうることが より明確に浮かび上がってくる。つまり、一応は契約における一方的行為は存在 し肯定しうる41)。 (ii)契約における一方的行為の検討方法-行政法との比較一 対等な当事者の自由な意思の合致が必要とされている契約法における、一方的 行為の検討方法についてアンシナス・ドゥ・ミュナゴリは次のように言及する。 この点を探求する方法として、私法における法律行為の一般理論を検討すること も考えられる。しかし、法律行為の一般理論は主に合意のモデルに依拠するもの である。私法における合意に関する規定は法律行為に適用されるものである。 従って、契約当事者間における一方的行為にも当然通用されることとなる。しか し、私法における法律行為の一般理論は、多角的な側面から一方的行為を分析す る手段としては不備があることは否めない。そこで、一方的行為が多く予定され ている公法、特に行政法からより多くの示唆が得られるのではないかとも考えら 38) ENCINASDE MUNAGORRI (R.), op.cit., pp. 3-9・ 39) ENCINAS DE MUNAGORRI (R・ ), ov.cii., p. 10. 40) ENCINAS DE MUNAGORRI (R.), op.cit., pp・ ll-12・ 41) ENCINAS DE MUNAGORRI (R.), op.cit., p. 13. 250 小林和子・契約法における理由提示義務(3 ・完) (251) れる42)。 一般的には、法律行為理論について、公法と私法は異なった様相をそれぞれが 示している。この違いは、法律行為の法的効果における意思の機能にも関係しう る。公法と私法での法的効果における意思の機能は異なるであろうか。この点に 関して、公法上の法律行為の支配的な概念は、意思は特に法律など、客観的法 (droitobjectif)と合致した場合のみ法的効果を生じさせるとしている。 しかし、例えば、デュギ-は次のように言う。法律行為の「単一」の概念を構 想することも不可能なことではない。公法における行為と私法における行為の相 違は二次的なものである。重要なことは、その主体が支配者であれ、支配者の代 理人であれ、単なる私人であれ、あらゆる行為は同一の性格を有している。なぜ ならば、行為は常に人間の意思によって生じるものであるからである43)。 また、法律行為理論において、公法学者は、一方的行為を公権力による必然的 な拘束的な行為とする見解に対して、しばしば批判的な態度を示している。例え ば、デュギ-は、公法では法的効果は客観的法に合致した一方的行為により生じ るのであり、私法でも同様に考えることができるとしても何ら問題はない、と述 べている44)。 アンシナス・ドゥ・ミュナゴリによれば契約と一方的行為の性格の明白な違い は否めないとされる。つまり、契約の理念の中核に位置するものは、均衡や平等 であるのに対し、一方的行為においては、従属や不平等であり、基本的に、契約 は自由であるのに対し、一方的行為は拘束であるとされる45)。 公法と私法の接近化は今に指摘され始めたことではない。一部の私法学者は、 私法の公法化の傾向を認めるに至っている。例えば、ジョスランは、大半の私法 学者の見解とは異なり、契約に関して公法的な色彩が強まってきていることに好 意的な見解を示す。つまり、 「新たな法秩序の実現」と称して、新たな法秩序は 意思自治よりも制度や安全を重視するとする。また、リペールも公法が私法に対 42) ENCINAS DE MUNAGORRI (R.), op.cit., p. 20・ 43) DUGUIT (L.), Traite de droit coγistitutionnel , 3e ed, 1927, p・ 697. 44) DUGUIT (L.),op.cit., pp・ 372 ets. 45) ENCINAS DE MUNAGORRI (R.), op.cit., pp. 2ト23. 251 (252)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 して影響を及ぼしていることを指摘し、公法は私法を衰退させるものとの見解を 明らかにしている46)。このように、私法の公法化の傾向が論じられる中で、私法 学者も、私法の優位性は必然的であり、むしろ逆に私法が公法に浸透してきてい るのではないかと反論をしている47)。また、浸透のあり方について、単なる介入 (envahissement)ではなくむしろ大混乱(bouleversement)であるとの見方も存 在していた48)。 このような公法と私法の接近化は今日でも論じられることがある。例えば、フ リーヌによる「民事契約法と行政上の一方的行為論における意思」49)と題された 論文がある。ツリーヌによれば、従来、公法と私法は対極に位置するものと考え られ、この見解に対して何ら疑問を投げかけられることはなかったが、しかし、 20世紀に入ると公法と私法の対立の緩和化が指摘されることとなる、とする。フ リーヌは次のように述べる。最も根本的なことについては、現在でもなお変化は ない。つまり、行政上の一方的行為は行政機関の一方的な行為として把握される。 契約は両当事者の意思の合致に基づく。また、行政上の一方的行為については、 両当事者は対等ではないが、契約関係における両当事者は対等である。行政法と 契約法の接近は、まず、契約における意思が持つ役割の相対的な衰退が考えられ る。意思自治は、民法典6条、同1131条、同1133条、同1128条などにより制限さ れていたが、さらには経済的公序や社会的公序の目覚ましい発展によっても制限 的に解されることとなる。そして、両当事者が対等でない契約類型が増加する。 例えば、労働契約以外にも、下請契約、排他的供給契約など、一方当事者が相手 方に対して経済的に依存する契約が飛躍的に拡大する。行政法の領域では、市民 の意思の考慮をより重視する考え方に向いている傾向にあることが指摘できる。 これは、 1960年代以降の考え方であるが、一方的行為の生成に関する手続規定で 46) ENCINASDE MUNAGOBRI (R.), op・cit., p. 24. 47) SAVATIER (R.), op.cit., p. 25 ; MAZEAUD (H.), Defense du droit prive., D. 1946, chron. p. 17. 48) RIVERO (JO, Droitpublic et droitprive : conquete oustatu quo?, D. 1947, p. 69. 49) WALINE (J.), Le ndle de la voloγ乙te ddTはfa theorie de I'acte administra材unilateral et dans le droit civil des contrats, in Le role de la volonte dans les actes juridiques 252 : etudes a la蝣memoire du ProfesseurA・RIEG , 2000, p・ 824. 小林和子・契約法における理由提示義務(3 ・完) (253) ある非訴訟的手続に依拠することが大きいとざれる。その具体例として、理由提 示義務があげられる50)。 以上がフリーヌの見解であるが、さらに、裁判手続の二元制の相対性からも、 公法と私法の境界の暖昧さが指摘されている。フランスの裁判手続は司法裁判系 統と行政裁判系統の二元制であるが、実際の法的状況は必ずしも明確に公法と私 法に応じて正確に区分されているわけではない。行政裁判所と司法裁判所のどち らに訴訟を提起すればよいか不明な場合もあるし、また、適用されるべき法律に ついても明確な区分が存在しない。つまり、司法裁判所の判事による公法の通用 や、行政裁判所の判事による私法の適用がありうる。そして、司法裁判系統の裁 判所と行政裁判系統の裁判所の裁判例は互いに影響し合っている51)。 (iii)契約関係における一方的行為の性質 契約関係における一方的行為の性質はいかなるものであろうか。契約関係にお ける一方的行為を観念することに蒔措する見解が存在するのは当然予想されると ころである。例えば、解約権について、 「解約は、基本的に一方的行為である。 しかし、契約関係にある以上、一方的行為の困難性は克服されるのであるO」と 述べている論者が存在する52)。このように、学説は、契約当事者間の一方的行為 の存在を直接的には認めない傾向にある。 かつて、一方的行為を契約に還元することも考えられた。しかし、この試みは 十分に多くの者の支持を得るまでには至らなかった。一方的行為を契約に還元す る試みの根拠には、第一に、契約という概念の単一性を維持しようとする動向や、 第二に、契約の拘束力の原則を貫徹しようとする動向があった。 第一の動向について、契約は私法において典型的な法律行為であるとする見解 や、あらゆる法律行為を契約という概念に内包すべきであるとまで主張するに至 る見解もみられた。このようないささか誇張する見解を除いては、多くの論者は、 むしろ様々な法律行為のうち契約は相対的に優れた法律行為であるとする見解を 50) ayn:主IS (L.), Rapport introduct砿in L'unilateralisme et le droit des obligations , 丘conomica, 1999,p. 4も近時の公法と私法の接近化について検討している。 51) ENCINAS DE MUNAGORRI (R.), op.cit., p. 26. 52) CARBONNIER (J.), RTDciv., 1950, p. 373. 253 254 一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 説く傾向にある53)。 第二の動向について、一方的行為を契約関係に認めることは契約の拘束力の原 則を無にしてしまいかねないことから、一方的行為を契約に還元しようとする見 解がある。契約は両当事者の一方の意思のみによって問題とされることはないこ とから、一方的行為と契約は相容れないものである。そして、一方的行為は契約 の拘束力と両立しえない。そこで、一方的行為を契約に還元するために学説は、 技巧的な手法によってその挑戦を試みることになる。その技巧的な手法とは、契 約の一方当事者の意思を両当事者の暗黙の意思とする方法であった54)。明文が存 在する場合はこのように考えることはできなくはないが、しかし、例えば、懲戒 処分の場合など、一方当事者の意思のみによる行為を両当事者の共通の意思によ るとすることには限界がある。第二の動向については、両当事者の仮定的な意思 を重視しすぎるとの批判を受けることになった55)。 (iv)契約関係における一方的行為の形成 (a)契約に予定された規定の適用の可否 一方的行為の成立条件について、まず、既存の法的枠組みが適用されるかとい う観点からアンシナス・ドゥ・ミュナゴリは検討を行う。アンシナス・ドゥ・ ミュナゴリは次のように述べる。 何人かの論者は、一方的行為について、形式を要求すべきであると指摘する56)。 一方的行為には、法的効果の名宛人がそれを知る必要がある一方的行為と知る必 要がない一方的行為とがある。法的効果の名宛人が知る必要がある場合とは、つ まり、一方的意思が行為者によって発せられただけでは足りず、名宛人に一方的 意思が伝わらなければならないという意味である。このことは、一方的債務負担 行為のみならず契約における一方的行為についても妥当する。 アンシナス・ドゥ・ミュナゴリは、全ての契約関係における一方的行為につい て名宛人が知る必要がある場合であると肯定することには、今だにさらに検討す 53) GHESTIN (J.),La notion de control, D. 1990, chron. p. 148・ 54) PLANIOL (M・), Traite elementaire de droit civil , t・ II, 2e ed., 1902, p. 417. 55) ENCINAS DE MUNAGORRI (R.), op.cit., pp. 49-63・ 56) MARTIN DE LAMOUTTE (J.), op.cit・, n- 172. 254 小林和子・契約法における理由提示義務(3 ・完) (255) る余地があると思われると指摘するにとどまる57)。 フルールとオベールは、一方的行為について相手方が知らなければならない場 合の具体例として、労働者の解雇、賃貸借契約の解約、さらにより一般的に契約 を解消する権利が契約当事者の一方に認められているあらゆる場合が該当すると している58)。 さらに、フルールとオベールは、理論的な説明に過ぎないものの、名宛人への 通知は名宛人の保護に資するし、さらには、一方的行為者に対して行為をなす意 思のみならず自ら行為を通知する意思も持たせることを促すことになるとしてい る59)。 しかし、このように、一方的行為は形式面について契約の制度を参照しうると してもただ単に摂取することには、無理がある。 (b)行政行為に予定された規定(非訴訟的手続)の適用の可否 一方的行為の成立要件について、既存の法的枠組みが適用されるかという観点 からのみならず、さらに、行政法からの示唆について、アンシナス・ドゥ・ミュ ナゴリは、次のように述べる。 非訴訟的手続(procedure non contentieuse)とは、行政法においてのみ用い られる表現であり、行政行為の形成を支配する規定全体のことをいう。非訴訟的 手続が、フランスの学説で肯定されるに至ったのは、 20世紀の後半のことである。 また、そもそも非訴訟的手続には具体的にどのような内容が含まれるかについて も争いがあるが、非訴訟的手続は少なくとも二つの側面を持つ。すなわち、非訴 訟的手続は、一面で行政の内部的なルールであり、他面で行政と市民とのルール である。このような非訴訟的手続は、行政行為において国民を行政の悪意から守 る、行政の適合性を担保するなどの働きを持つ60)。 それでは、私法上における一方的行為についても、非訴訟的手続の考え方は導 入されるべきか。理論的な側面からみると、まず、非訴訟的手続の存在は、意思 57) ENCINAS DE MUNAGORRI (R・), op.dt., pp. 218-229・ 58) FLOUR (J・) etAUBERT (J.-L.), op.cit., p. 379. 59) FLOUR (J.) et AUBERT (J.-L.), op.cit, p. 379. 60) ENCINAS DE MUNAGORRI (R.), op.cit., pp・304―310. 255 (256)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 自治の原則の脅威となる。つまり、非訴訟的手続により、意思が法的効果をもた らすには一定の手続が必要であるとすると、意思自治を否定することになりかね ない。この点は、契約に関しては最も典型的に妥当する批判である。では、一方 的行為に関してはどうであろうか。あらゆる法律行為に合意が必要であるとされ るならば、一方的行為にも意思自治が妥当することとなる。この場合、合意にお いて意思が交換されたか否かは重要ではない。 しかし、敢えて問題を提起するとするならば、以上の考え方は契約に特に垂心 を置いた考え方ではないのかという点である。そして、さらに、非訴訟的手続の 形式的な点を重視したものであるという点が問題であるといえる。第二の指摘に ついて、非訴訟的手続は、諾成主義と対立するという意味における形式主義の一 環というよりも、むしろ、法により意思が考慮される場合に必要不可欠な条件で あると捉えるべきである。 以上のように考える理由は次のとおりである。つまり、契約は意思の交換手続 によると考えることができる。そして契約上の意思の評価は、意思そのもの、つ まり独立した意思の評価のみならず、合意において交換されたあるいは交換され たと推定される意思の評価でもある。言いかえると、意思そのものは主観的なも のであり、合意はより客観的なものであると考えるべきである。抽象的で客観的 な後者について、法は考慮するのである。このように契約は二つの意思の交換手 続によるとされるならば、一方的行為は何によって成立するのであろうか。意思 は一方的なものに過ぎない。よって、合意において客観化されるわけでもない。 では、あらゆる一方的な意思が法律行為を創出することができるということにな るのであろうか。なんらの手続も一方的行為の成立には必要ないのであろうか。 逆に、一方的な意思に法的な価値を持たせるには、一定の条件を踏む必要がある と考えるべきではないか。つまり、問題となっているのは、一方的意思を外部に 表明するにあたって形式が必要であるかということではなく、法的価値を持つた めには必要不可欠である、意思が備えていなければならない性質のことである。 非訴訟的手続を、法的効果に必要不可欠な手続であるとし、この手続を踏んだ場 合のみ意思は法的に有効であるとすべきである61)。 (Ⅴ)一方的行為を根拠とした理由提示義務論 256 小林和子・契約法における理由提示義杏(3 ・完) (257) このような理論展開を根拠に、アンシナス・ドゥ・ミュナゴリは、私法上の一 方的行為を保護する手段として非訴訟的手続の-類型である理由提示義務を積極 的に肯定する62)。 行政法の領域では、理由提示義務などの事前のコントロールは軽視されてきた。 特別規定により、制限的に理由提示義務が認められていたに過ぎない。行政手続 の法典化については消極的な見解も多かった。事前のコントロールには力点が置 かれなかったのは、行政活動の迅速性・継続性の要請、裁判による事後的な権利 保障システムに対する過度の信頼などにその原因があったとされる。 しかし、特に、第二次世界大戦後、一部の学説において、行政行為の適法性を 保障する手段として理由提示義務を要求する主張がなされることになる。訴訟過 程における理由開示命令制度の実行性に対する疑問も指摘され、間接的に事前手 続としての理由提示義務が主張されることになる。さらに、処分理由が明らかに される対審手続も、仮のものにとどまるものとされ、理由提示義務に固有の意義 を認めようとする見解も現れる。判例においても、性質上理由提示義務が認めら れる分野もあるとされるに至る63)。 さらに、 1970年代に入ると、行政と私人の関係を改善し行政過程の民主化が論 じられることとなる。理由の開示、情報の公開、行政への参加の重要性も指摘さ れることとなった。このような動きに伴い、 1979年7月18日の法律により、一般 的な規定が、理由提示義務について置かれることとなった。本法は、 1986年1月 17日の法律により補充されることとなる。適用対象は、不利益処分、適用除外処 61) ENCINAS DE MUNAGORRI (R.), op・cit., pp. 314-316・ 62) LAGARDE (X.), La motivation des actesjuridiques, in La rnotivatioγ乙, Travaux de l'Association Henri Capitant, L.G.D.よ, 2000, p. 73.ラガルドも、例外的に私法の領域 で、一方的に自己の意思を相手方に実現することができる場合、行政法から示唆 を受け、理由提示義務を要求することは可能であるとする。 63)性質上理由の提示がなされるものの具体例には、準裁判機関の行為・同業者合議 機関の行為がある。しかしそれぞれごく限られた範囲の行政行為を対象にするも のでしかなく、通常の行政機関が行う行政行為に及ぶものではなかった。フラン スの理由附記法までの動向及び理由附記法の概要については、久保茂樹「フラン スにおける行政行為の理由付記(1X2)」民商87巻5号51頁、 87巻6号43頁(1983)、 多賀谷-照「フランス行政手続法(-)(二)(≡)」自治研究64巻5号97頁、 6号103 頁、 7号105頁(1988)、平田和一「フランス行政手続法制の概要と特色」法時65 巻6号76頁(1993)を参照。 257 258 一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 分、社会保障機関の決定である。しかし、絶対的な緊急性が問題となっている場 合、法律によって保護された秘密・黙示の処分は適用除外とされる。適用除外の 場面が多く残された点は批判がなされているものの、行政法における1979年法は 画期的な出来事と評価されている64)。 以上の行政法の領域の動向を踏まえた上で、アンシナス・ドゥ・ミュナゴリは、 契約法における理由提示義務の具体例に、解雇、商事賃貸借の終了(1953年9月 30日デクレ)を挙げる。アンシナス・・ドゥ・ミュナゴリは、次のように述べる。 両者の合意により、当事者の一方に理由提示義務を要求する場合もありうるが、 まれである。それでは、契約法における一方的行為についても、行政法と同じよ うに理由提示義務を一般化すべきか。一般化すべきかを考えるにあたっては、理 由提示義務の合目的性について検討する必要がある65)。 理由提示義務の機能については、事前の保障と事後の保障に区別して検討をす る。 まず、事前の保障についてであるが、行政法でいうと、市民と行政機関との紛 争を回避し、行政の悪意から国民を守るということである。すなわち、熟慮を促 すことになる。具体的には、書類を具体的に検討すること、差別のリスクを排除 すること、書面に表示されていない理由を排除し明らかにされないままの理由に よる決定を回避すること、行政に対する不服申立てを可能にすること、を保障す る。理由提示義男酎ま義務者にとって大きな負担とはならない。このような利点を 契約法においても生かすことは可能ではないか66)。 次に、事後の保障についてであるが、行政法において理由提示義務は非訴訟的 手続に属する問題である。義務が守られなかった場合は、訴訟上のサンクション 64) PAULIAT (H.), La motivation des actes administratifs unilateraux, in La motivation, Travaux de l'Association Henri Capitant, L.G.D.J., 2000, p・ 49・ポーリアは、 1979年法について、第三者の保護が十分ではないと指摘する。例えば、問題と なっている相手方については、不利益処分や適用除外処分でもないため、 1979年 法の対象にはならなくても、第三者にとって不利益であり害される危険のある処 分の場合もありうるとする SUR (S.), Motivation ou non一motivation des actes administratifs?, A.J.D.A., 1979, p. 3も参照。 65) CHAPUS (R.), Droit adγ柁inistra吋general , 1. 1, 14e ed・, Monchrestien, Domat droit public, 2000, p・ 1109. 66) ENCINAS DE MUNAGORRI (R・ ), op.cit., pp. 346-351・ 258 小林和子・契約法における理由提示義杏(3 ・完) (259) を受ける。理由提示義務と訴訟上の理由のコントロールは大きく関係する。特に 立証に関して理由提示義務は意味を持つ。理由提示義務は、立証の場面において、 立証の対象を限定し、立証の負担を決定する。立証の対象を限定するということ は、例えば、訴訟の時に新しい理由を加えてはならないことを意味する67)。この ことは、判事のより優れたコントロールを可能にすることが考えられる。立証の 負担については、完全な立証責任の転換か、立証の負担の軽減が考えられる。一 方的行為の理由の性質が証明の対象となった場合には、一方的行為者の相手方が その証明するのは困難な場合が多い点を考慮すべきである。 この点につき、理由提示義務が遵守された場合には、提示された理由は有効な ものとみなし、原告が反対の証明をするべきである。しかし、理由提示義務が遵 守されなかった場合、原告は証明すべきものが何もないから、被告が理由の存在 を証明するべきである。さらに理由提示義務が遵守されなかったことは、労働法 の法理を参照し、正当な理由の不存在が反証の余地なく推定されることにもしば しばなるとされるべきである。 理由提示義務は、以上のように、窓意的な判断を防止し、一方的行為の理由に ついてのより適切なコントロールを可能とする。従って、従来認められてきた解 雇時や賃貸借契約の終了時のみならず、他の一方的行為についても理由提示義務 を拡大することも可能ではないか68)。 (4)アンシナス・ドゥ・ミュナゴリの見解の意義 アンシナス・ドゥ・ミュナゴリは、契約関係にある一方的行為の形成には、行 政法における非訴訟的手続を参照し理由の提示を要求すべきであるとし、非常に 示唆に富んだ議論を展開している。特に、アンシナス・ドゥ・ミュナゴリは、契 約関係における一方的行為について、行為時に同時に要求される理由提示義務論 の拡大を念頭に置いて議論している点に特徴がある。 2 新たな契約観の下での理由提示義務論 1)従来の契約観 67) Cass. com., 25 novembre 1957, J.C.P. 1958, II, 10409. 68) ENCINAS DE MUNAGORRI (R・), op.cit., p・ 351. 259 (260)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 前節で検討を行った行政法の理論を参照しつつ、従来とは異なる契約観の下で、 理由提示義務が要求される場面をより一般的かつ体系的に説明しようと試みた論 文が近時公表されているl)。ここではまず、従来の契約観の絶対性がどのように 問い直されているかを検討する。 従来の契約観では、特に個人主義と自由主義が重んじられてきた2)。各契約当 事者は各々自己に固有な利益を防御すべきであるとされていた。そして、契約と は、両当事者に与えられた将来に一定の影響力を及ぼす手段であるとか、不測の 事態に備えて予防すること、と考えられてきた3)。つまり、契約関係とは、厳格 に両当事者における閉ざされた関係であったのである。外的な影響、あるいは内 的な影響を受けることもなかった。社会的な関係から孤立する状態になるとされ ていたのである4)。そして、一度締結された契約は堅固であり、時間によって生 じた両当事者間における不平等や不均衡はあまり重要視されることはなかった。 一度締結された契約内容は静的なものとされたのである。また、当事者の個人的 な考え方の変更もあまり重要視されることがなかっ/-- 。 以上の考え方により、判事は両当事者によって定められた契約によって拘束さ れる。公序、善良な慣習に甚だしく反する場合のみ判事が介入することとなる。 そして、法律の効力の不遡及も従来の契約観の一つであった6)0 1) FABRE-MAGNAN (M.), L'obligation de motivation en droit des contrats,in Etudes offertes a J. GHESTIN, Le contrat au debut du 21 " si∂cle, L.G.D・J., 2001, p. 301. 2) FLOUR (J・) et AUBERT (J.-L.), Droit civil, Les obligations, t・ 1, L'acte juridique. 10'ed., A. Co山i, 2002, pp・ 67-75 ; TERR丘(F.), SIMLER (Ph.) et LEQUETTE (Y.), Droit civil, Les obligations, 8" 6d., Precis, Dalloz, 2002, pp・ 29-32・特に意思自治に ついては、北村一郎「私法上の契約と『意思自律の原理」」 r基本法学4契約」 (岩 波書店、 1983) 165頁以下。星野英一「契約思想.契約法の歴史と比較法」 F基本 法学4契約』 (岩波書店、 1983) 3頁以下。山口俊夫「フランス法における意思自 治理論とその現代的変容」法学協会百周年記念論文集第三巻(1983) 211頁以下。 星野英一「意思自治の原則、私的自治の原則」 r民法講座1』 (有斐閣、 1984) 335 頁以下。山口俊夫「フランス法における意思自治・契約自由の原理について」比 較法研究47号204頁(1985) c 3) LECUYER (H.), ie contrat, acte de provision in Melanges F. TERRE , 1999, p. 643. 4) THIBIERGE-GUELFUCCI (C), Libres propos sur la transfoγ7柁ation du droit des contrats, RTDci肌1997, p. 360・ 5) THIBIERGE-GUELFUCCI (C), op.cit., p・ 360・ 6) THIBIERGE-GUELFUCCI (C・ ), op.cれpp. 360-361. 260 小林和子・契約法における理由提示義務(3 ・完) (261) このような考え方は、それなりのメリットがあった。まず、契約は両当事者に とって予見可能なものであったし、契約内容の安定性も保たれることになる。意 思の交換のみを重視すればよいことになる。しかし、容易に想像できることであ るが、頑なに意思自治の原則や意思自治の原則から波及する原則である契約の拘 束力を堅持することは、両当事者の中での不平等・不均衡が生じた場合に対処す ることができず、かえって両当事者の間に不平等や不均衡を拡大させることにも なる。この間題について、従来、何も処置がなされなかったわけではない7)0 2)新たな契約観の中での理由提示義務論 (1)概観 以下では、従来の契約観がいかなる変容を遂げようとしているのかについて検 討をし((2))、次に変化しつつある契約観の中での一般的かつ体系的に論じられ た理由提示義務論について述べることとする((3)、 (4))c (2)新たな契約観-契約における信義則の発展一 近時、従来の契約観の絶対性に対して、疑問を示す者や異議を唱える者が多い。 例えば、シュピオは、近時のシンポジウム「契約の相対性」の中で、契約の概念 そのものが多義的であるとする。すなわち、フランスの契約観そのものが相対的 となってきていると主張する8)。また、マゾ-は、近時のシンポジウム「新たな 契約の危機」の中で、従来、両当事者は、対等で自由な立場にあり、共に契約の 拘束力に従うとされてきたが、近時、その絶対性が失われてきていると指摘す mm. 両当事者が自由で対等な立場にあるとされた契約観とは別にどのような契約観 が生まれつつあるのだろうか。 20世紀の後半は、契約法における信義則の飛躍的 な発展により特徴づけられることは多くの論者が指摘するところである。信義則 の発展とは、契約の拘束力を定めた民法典1134条1項と信義則を規定した同1134 7) FLOUR (J.) etAUBERT (J.・L.),pp・ 76-78・例えば、合意の鞍庇、立法による判事の 介入などにより、様々な解決方法が検討されてきた。 8) SUPIOT (A.), La relativite du contrat α柁questions, in La relativite du contrat, L. G.D.J., 1999, p. 183. 9) MAZEAUD 〔D.), Les nouveaux instruments de I'equilibre ccmtractuel, Ne risquet-on pas d'aller trop loin?, in La nouvelle crise du contrat, Dalloz, 2003, p. 136. 261 (262)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 条3項の関係に対する考え方の変動である10)。従来、フランス法では、 1134条1 項の抑制として1134条3項が置かれていた。実際、非常に長い間、学説は1134条 3項を重要視することはなく、制限的に解することが多かっ 例えば、 1134 条3項を慣習や衡平の規定である1135条などの規定に近づけて考えるとされた12)。 また、判例についても同様に、 1134条3項を参照するとした破敦院判決は、 1980 年代頃までは、ほとんどなかったとされる13)。近時の信義則の発展とは、契約の 長期化により、従来制限的に解されてきた1134条3項の存在意義を改めて問い直 し、同項にかつてよりもより積極的な意味を与えようとする考え方である。 契約の長期化に伴い、信義則は、契約の成立のみならず、契約の履行時や契約 の終了時においても関係してくることになる。信義則が支配し両当事者の協調が 要求される場面がより多くなる。信義則は様々な義務を生み出すこととなる。例 えば、協力義務、忠実義務などがその具体例である14)。また、契約における信義 則の構造についても研究の発展がみられるようになる15)。 (3) 「契約関係における連帯」論と理由提示義務論 20世紀の終わりには、以上のような構造を持つ信義則を根拠に、個人主義、自 由主義に代わって契約関係にある当事者に「契約関係における連帯」 (solidarisme contractuel)を要求する論者が目立つようになる。 「契約関係における 10) JAMIN (Ch.), Revision et intangibilite du contrat, ou la double philosophie de I article 1134 du Code civil, in Que reste-t-il de Vvntangibilite du control?, colloque organise par la Faculte de droit de Chambery, Droit el Patrimoine , mars 1998, p.46. ll) CARBONNIER (J.), Droit civil , t. 4, Les Obligations, 22e ed, P.U.F.Themis, 2000, p. 227. 12) BI∃NABENT (A.), La bonnefoi dans I'execution du contrat, rapportfrancais, in La bonnefoi, Travaux Ass. Capitant, 1992, p・ 292. 13) JALUZOT (B.), La bonnefoi dans les contrats : etudes comparatives de droit frangais, allemand etjaponais, Dalloz, 2001, p. 245. 14) MESTRE (J・), L'evolution du contrat en droit pねvefrangais, in L'evolution contemporaine du droit des contrats,Journees Savatier, 1985, p. 41.メストルは、近 時、両契約当事者を離れて、契約そのものが経済的・財産的な価値を保有すると 述べる。フランスの協力義務については、後藤巻則「契約の締結・履行と協力義 務(1X2X3)」民商106巻5号623頁、同106巻6号773頁、同107巻1号25頁(1992)ち 参照。 15) PICOD (Y-)> he devoir de loyaute dans I'ezecution du contrat, L.G.D.J., 1989, n12. 262 小林和子・契約法における理由提示義務(3 ・完) (263) 連帯」を最も強く提唱するジヤマンは、 20世紀の終わりにおける「契約関係にお ける連帯」は、ドゥモーグの考え方の再現であると指摘する16)。かつて、ドゥ モーグは、契約関係にある当事者は1134条3項を根拠に協力関係に立つことがあ り連帯関係により支配されることがあると指摘しだ7)0 ジヤマンは、今日の契約法においては、従来のように契約当事者が自己の利益 の最良の擁護者であると考えることは難しい契約もあると次のように述べる。例 えば、自由主義的な考え方を貰徹すると、期間の定めのない契約はいつでも自由 に終了させることができるし、期間の定めのある契約は更新を拒絶しても問題は 原則生じない。そして契約を終了させた結果、相手方当事者の事業の収益力の喪 失につながったとしても、契約の文言に忠実である限り原則として問題にはなら ないはずである18)。 ジヤマンは、このような自由主義的な考え方を貫徹しない方が望ましく、両当 事者の「連帯」が要求される契約類型について検討を加えている。未だに判例の 件数も少なく対象となる契約を厳密に画定することに対して蒔蹄を示しつつも、 特にヒエラルキー的な構造を持つ契約に妥当するであろうと指摘する。つまり、 個人主義では説明をすることができない、労働契約、組織と市場の間に位置する ハイブリッド的な構造を有する契約に妥当する理論であるとする。ジャマンによ れば、組織と市場の間に位置するハイブリッド的な構造とは、市場において一定 の独立を有し、組織において従属的な性格を持つ構造のことをいう。そして、組 織と市場の間に位置するハイブリッド的な構造を有する契約、すなわち中間組織 的な契約の具体例として、ジヤマンは、下請契約、代理商契約、供給契約,など を挙げている19)。ジヤマンは以上の契約類型を中心に考えながら、 「契約関係に 16) JAMIN (Ch.), Plaidoyer pour le solidarisme contractuel, in Etudes offertes a J. GHESTIN, Le contrat au debut du SI" sidcle, L.G.D.J., 2001, p. 441. 19世紀の終わ り、連帯主義が生まれたのは、個人主義の限界による。しかし、ここにおいては、 個人主義との断絶よりもむしろ、個人主義と連帯主義の共存を、学説や判例は目 指したとされる。 17) DEMOGUE (R.), Traite des obligations en general, t. IV, 1931, n- 3 ; DEMOGUE (R.), Des modifications aux contrats par volonte unilaterale, RTDciv., 1907, p. 247. 18) JAMIN(Ch.),op.cit., p.456. 1945年頃からジュグラールなどにより唱えられ始めた 情報提供義務論も連帯の精神の現れであるとする。 263 (264)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 おける連帯」論を進めている。 また、マゾ-は、 「契約関係における連帯」論はいかなる契約の場面で妥当す る理論であるかについて、検討を行っている.すなわち、マゾ一によれば、 「契 約関係における連帯」論は、言うまでもなく、民法典には規定されていない契約 の長期化によって生じる問題に対処する場合に適していると思われる、とされる。 例えば、長期的な契約が終了する場合、契約の履行中に重大な変更があった場合 などに適していると思われ、さらには、価格決定における濫用の判断にも適して いると思われる、とされる20)。 これらの見解は、一見したところ、契約法の理論にモラル的な色彩の強い理論 を持ちこむようにも思われ、 「契約関係における連帯」論に対して懐疑的である 論者も存在する。しかし、マゾ-やジヤマンの論旨を分析すると、 「契約関係に おける連帯」論は懐疑的な論者が考えるほどドラスティックな理論であるように は思われない。つまり、マゾ一によれば、 「契約関係における連帯」といっても、 両当事者の連帯を要求することにより契約の経済的機能を軽視する考え方でも、 優位に立つ一方当事者が相手方当事者の犠牲にならなければならないことを主張 する考え方でもないとされる。すなわち、マゾ-は次のように言う。 「契約関係 における連帯」論とは、最初に締結された契約関係は相手方当事者の正当な利益 を阻害してまでも維持されるべきものではないという主張である。最初に締結さ れた契約関係の維持は相手方当事者の経済的破滅までも正当化するものではない。 民法典1134条1項は、相手方当事者の利益を犠牲にしてまで一方当事者にのみ利 益を認めるものではないはずである。しかしだからといって、完壁な相互の給付 の均衡を求めるものではない。ただ、不平等な力関係や経済的状況の大変動によ る度の超えた契約上の不均衡を排除することを求める見解である。言いかえると、 1134条3項を同条1項と同じレベルで考えるということである21)。すなわち、 「契約関係における連帯」論は単なるモラル的な理論ではなく、契約の経済的効 19) JAMIN fCh.),op.cit, p. 456. 20) MAZEAUD (D・), Loyaute, solidarite, fraternite : la nouvelle devise contractuelle?, inMelanges F. TERRE , 1999, p. 603. 21) JAMIN (Ch.), Quelle nouvelle crise du control? Quelques mots en guise d'introduction, in La nouvelle crise du control, Dalloz, 2003, p. 7. 均SB 小林和子・契約法における理由提示義務(3 ・完 (265) 用の探求とも密接に関連した理論である22)。 そして、両当事者が対等でもなく自由でもない契約においては、契約の履行に おいて一方当事者による一方的な決定がしばしば行われうる。そして、一方当事 者による契約の内容について一方的な決定が行われる場合、不均衡が生じること がある。ここにおいても契約における均衡といっても、完壁な均衡を求めること を意味するわけではなく、過度の不均衡のみを制裁するのであるとされる23)。 このように、一定の場合に「契約関係における連帯」が契約当事者に要求され、 1134条1項を制限的に解し、同条3項を軸に契約に継続性や柔軟性を求める見解 が主張されるに至っているが、新たな契約観の下で主張される理由提示義務論は、 以上の「契約関係における連帯」論とは密接不可分な関係にあるとされている24)。 (4) 「一方化現象」と理由提示義務論 新たな契約観の中での理由提示義務論を積極的に提唱するファーブル-マニヤ ンは、まず、近時の契約法では、契約の長期化とそれに伴った信義則の進展が顕 著であると指摘する。ファーブル-マニヤンによれば信義則の進展に関連して、 20世紀の終わりから21世紀にかけては、契約法は、特に「連帯」という道徳的な 考え方によって特徴づけられるとされる25)。 そして、長期間に渡って契約の履行がなされなければならない場合、長期的な 契約に固有な重大な問題、例えば、不予見理論の問題、価格不確定の問題、一方 的解消の問題が生じているとされる。 これらの場面は、先に述べたように、マゾ一によれば「契約関係における連 帯」が妥当する場面であるが、ファーブル-マニヤンは、別の視点から検討を加 える。ファーブル-マニヤンは次のように言う。すなわち、契約内容の変更、契 約内容の確定、そして契約の終了については、従来は両当事者の合意が必要で 22) JAMIN (Ch.), op.dt., pp. 56-57. 23) MAZEAUD (D.),op.cit.,p. 633. 24) MAZEAUD (D.), Solidarisme contractuel et realisation du control, in Le solidarisme contractuel : mythe ou realite?マゾ-は、 「契約関係における連帯」は、 共同義務や協力義務以外に、理由提示義務を基礎づけるものでもあるとしている。 筆者は未読であるが、 FLOUR (J.) et AUBERT (J.-L.), op.cit, p. 81に紹介されて SB* 25) FABRE-MAGNAN (M.), op.dt・, p. 301. 265 (266)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 あった。しかし、契約の効力が継続的に持続するには、柔軟性が要求され、継続 性や柔軟性を担保する制度が必要である。契約の両当事者に合意を要求すること は、契約の長期化に伴った継続性や柔軟性の要求の妨げとなることにもなる。状 況の変化に契約を適合させ、契約を存続させるため、契約の一方当事者が決定権 を持つという意味における「一方化現象」が指摘される。例えば,アルカテル判 決のように、判例により、従来のように合意が厳格に要求されなくなった場面が ある。従来、破敦院は価格不確定の問題について厳格に契約締結時における両当 事者の合意を要求してきたが、アルカテル判決により事後的に一方当事者によっ て価格を決定することができると判断されVv26)。また、契約内容を変更する場合 には、かつては両当事者の合意が必要であるとされてきた。しかし、ウアル判決 やダノネ判決により、信義則を根拠に、一方当事者は契約の変更を申し出ること を促されることとなった。このように、一方当事者が一方的なイニシアティブを 振るという意味において、ここにも「一方化現象」が指摘される27)。契約の終了 の場面においては、民法典1134条2項により、法律による定めがある場合を除い て、契約の解消には両当事者の合意が必要である28)。にもかかわらず、長期的な 契約においては、一方的な契約解消権が認められている29)。 以上のように、近時の契約の長期化に伴った、契約の継続性・柔軟性が要求さ れる場面において、契約の一方当事者に一方的な決定権が与えられる場合に理由 提示義務論は深く関連したものであるとファーブル-マニヤンは論を進める。つ まり、ファーブル-マニヤンによれば、契約の継続性・柔軟性が要求され、かつ、 「契約関係における連帯」が妥当し相手方の利益をも考慮しなければならない場 合においては、理由提示義務というコントロールを及ぼすことが妥当であるとさ れる30)。 26) REVET (T・), La determination unilaterale de Vobjet dans le contrat, in L'unilateralisme &t le droit des obligaねcms,丘conomica, 1999, p. 31・ 27) LECUYER (H.), La modification unilateral^ du contrat, in L'unilateralisme et le droit des obligations,丘conomica, 1999, p. 47. 28) VATINET (R. ),Le mutuus dissensus, RTDciv., 1987, p. 252. 29) DELEBECQUE (Ph.), L'aneantissement unilateral du contrat, in L'unilateralisme et le droit des obligations,丘conomica, 1999, p. 61. 266 小林和子・契約法における理由提示義杏(3 ・完) (267) ファーブル-マニヤンによれば、理由提示義務は、補充的なコントロールであ るとされる.すなわち、理由提示義務が課されるのは、一方的な決定権の行使が 原則的に自由な場合ではなく、制限的な場合であるという。つまり、権利濫用理 論と比較するとすれば、理由提示義務論は権利濫用理論とは原則が逆転する。よ り詳細に論旨を述べると、権利濫用によってある権限が制限される場合、その権 限の行使は原則自由であり例外的に制限されたり、サンクションを受けたりする。 反対に、法や判事が契約の一方当事者に理由の提示を要求する場合、一方的な決 定権は最初から制限的なものであり、決定するには予定された目的に合致するこ とが必要となる。そこで、目的に沿った決定権の行使であるか否かについて理由 を提示すべきこととなる31)。 ファーブル-マニヤンは理由提示義務論が妥当する具体例として、先に述べた 通り、アルカテル判決、ウアル判決、ダノネ判決、裁判所が契約終了時に理由を 要求しているのではないかとの評価を受けている供給契約に関する破穀院判決な どを挙げている。特にいかなる契約類型に理由提示義務論が妥当するかについて、 ファーブル-マニヤンは、詳しく検討することは行っていない。しかし、労働契 約など、やはり、両当事者が対等でない契約に妥当する理論であるとの指摘がな されている32)。 Ⅳ 考察 1 検討方法 これまでの検討を要約すると、まず、 Ⅱ章では、フランスにおける理由の提示 が要求されている個別的・具体的な場面を整理して検討を行い、次に、 Ⅲ章では、 一般的で体系的なフランスにおける理由提示義務論の理論構築について検討を 行った。そこで、 Ⅳ章では、 Ⅱ章とⅢ章での検討によって明らかとなったフラン スの理由提示義務論は、どのような示唆を日本にもたらしうるかについて考察す 30) FABRE-MAGNAN (M.), op.cit., p. 305 ; FABRE-MAGNAN (M.), Les obligations, Themis, 2004, p. 525. 31) FABRE-MAGNAN (M.), op.cit., p. 324.ファーブル-マニヤンは、理由の提示をす る時について、必ずしも行為時に示さなければならないとは限らないとする。 32) FABRE・MAGNAN (M・), op.cil, p. 328. 267 (268)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 る。 まず、 Ⅱ章での個別的・具体的な場面の検討からは、手続的要件としての理由 提示義務や実体的要件としての理由提示義務が多様な場面で要求されていること を理解することが可能である。 また、 Ⅲ章での理由提示義務論の体系化の試みからは、様々な根拠に基づき、 多様な角度から検討がなされていることが理解できる。 Ⅲ章においても、 Ⅱ章と 同様に、実体的要件のみを検討対象としたものや、手続的要件のみを検討対象と したもののほか、実体的要件としての理由提示義務と手続的要件としての理由提 示義務の両者を明確に区別せず、包括的に論じたものもあった。 各論レベルにおける理由提示義務については、まず、いつの時点に理由を提示 すべきか、誰に対して理由を提示すべきか、あるいは理由を提示しなければなら ないのに怠った場合のサンクションは何かについて、複数の場合が考えられる。 従って、日本法への示唆を検討するにあたっては、いくつかの視角を設定しつつ、 検討することが望ましいと考える。そこでまず、第2節では、分析的な視点に基 づいたアプローチを試みる。ここでは、いくつかの項目を立てた上で、考察を行 うことにする.次に、第3節では、より巨視的なアプローチによる検討を行いた い。ここでは、 Ⅲ章で検討したより一般的で体系的な理由提示義務論について、 いかに正当化されることが試みられているのか、特に、実体的要件としての理由 提示義務論と手続的要件としての理由提示義務論の区別を明確にしながら、再構 成し、再検討を行いたい。さらに、第3節では、実体的要件と理解された理由提 示義務論と手続的要件と理解された理由提示義務論について、それぞれの機能に ついても検討を行う。最後に、第4節では、以上の検討に基づいて、日本法への 示唆について考察をすることとしたい。 2 分析的な視点に基づいたアプローチ 1)実体的要件か手続的要件か 理由提示義務は手続的要件として捉えられる場合と実体的要件として捉えられ る場合に区別される。実体的要件としての理由提示義務は、多くの場合、正当な 理由が要求されることになる。すなわち、理由の存在が求められ、特に相手方に 268 小林和子・契約法における理由提示義務(3 ・完) (269) 対して提示することには重点は置かれていない。これに対し、手続的要件として の理由提示義務は、理由の存在が求められるのみならず、理由を、何らかの手段 により、相手方に伝達することが想定される。従って、黙示の意思表示では原則 認められないことになる。 (1)実体的要件として理解される具体例 実体的要件としての理由提示義務の具体例は、 Ⅱ章第1節で紹介した、 1995年 12月1日破穀院大法廷判決(アルカテル判決)がある。アルカテル判決では、価 格は契約成立後に一方的に契約当事者により決定されることが可能となったが、 一方的な価格決定の濫用に対するコントロール方法として、何人かの論者は、 様々な根拠を示しつつ、理由のコントロールを及ぼすべきだとしている。価格決 定権を厳密な意味においての権限であることに注目する見解や、両当事者が不平 等な関係にあることを根拠とした見解、さらには、両当事者が不平等な関係のみ ならず依存関係にあることを根拠とした見解、そして、価格決定権が一方的行為 であることから理由提示義務を導き出す見解があった。 Ⅲ章第2節では、契約の内容変更の拒絶が問題となったウアル判決・ダノネ判 決を紹介したが、両判決から、契約の内容変更の拒絶における理由提示義務を提 唱する論者は、重大な事情の変更があった場合、信義則に基づき、契約の内容変 更を申し入れることを拒絶する者は、最初の契約内容にとどまるべきだとする主 張について理由が必要であるとする。 Ⅲ章第3節では、特に契約の終了における理由提示義務について検討を行った が、 Ⅱ章第3節の中で実体的な要件としての理由が求められているのは、 3)代 理商契約の終了時における共通利益委任理論、 4)労働契約の終了時、 5)供給 契約の終了時、の場合である。 つまり、代理商契約は、委任者のみならず受任者にも利益があるとされた共通 委任利益契約の-類型であり、自由な契約の撤回は認められず、例外的に、裁判 によって認められる正当な理由により撤回が認められるとされる。代理商契約に おいては、さらに、破穀院は、近時、濫用的な契約終了か否かを判断する際には、 理由について特に着目をするようになった。 また、労働契約の終了時では、特に一方的に使用者によって契約が終了する場 269 (270)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 合である解雇については、 1970年代頃から立法が整備されるようになり、その結 果、いかなる解雇事由によっても、実体的要件として「真実かつ重大な理由」が 必要であるとされた。 さらに、供給契約の終了時では、信義則の浸透により、破穀院において、直接 的に理由提示義務を求めた判決はまだ存在していないものの、理由を間接的に求 める判決が増加している。そして、破致院は、提示された理由についてコント ロールを及ぼしている。これらの新しい破穀院判決を分析する評釈者の中には、 それぞれ独自の見解を展開しつつ、理由提示義務を積極的に肯定している者がい る。学説も、共通利益委任理論の適用領域の拡大を検討することにより、また、 競争法や代理商契約の近時の動向に目を向けることにより、さらには、比例原則 という従来は専ら公法の領域で議論されてきた原則に依拠することにより、理由 提示義務を肯定する。 以上で示した具体例では、理由を相手方に対して提示するというよりも、理由 が存在している必要があるという意味において用いられているため、理由提示義 務という文言には沿っていないようにも思われる。しかし、問題が生じた場合に は、行為者は理由を提示しなければならなくなりうる。 (2)手続的要件として理解される具体例 手続的要件としての理由提示義務の具体例は、まず、 Ⅱ章第3節2)賃貸借契 約の終了時である。商事賃貸借契約や居住賃貸借契約では、賃貸借契約の更新を 拒絶する場合には、賃貸人は貸借人に対して理由を提示しなければならないとの 規定が設けられている。 また、 Ⅲ章第3節4)では、解雇手続について述べたが、解雇には、実体的要 件としての理由が必要とされるのみならず、手続的にも、解雇通知には理由を記 載する必要があるとされている。いかなる事由による解雇であっても同様である。 さらには、 Ⅲ章第4節で検討を行った、職業組合からの除名に関する破致院審 理部判決や解雇以外の懲戒処分など、制裁を伴った処分についても手続的要件と しての理由が必要とされている。 (3)両者の関係 以上、 Ⅱ章で検討を行った理由提示義務が要求される場面について、実体的要 270 小林和子・契約法における理由提示義杏(3 ・完) (271) 件と手続的要件に区別しながら整理を試みた。しかし、両者を明確に区分するこ とには困難が伴う。 なぜならば、例えば、 Ⅱ章第1節で紹介したアルカテル判決に関連した理由提 示義務については、先には実体的な理由提示義務と分類した。しかし、価格決定 権を権限と把握した上で理由提示義務を展開する論者は、手続的な理由提示義務 を主張していると考えることも可能である。また、 Ⅲ車第3節3)では、破致院 判決における代理商契約の新たな動きを述べた。先の分類では実体的な要件とし ての理由提示義務と整理したが、評釈者によっては実体的な要件としてではなく 手続的な要件を委任者に要求していると解することができる見解もある。さらに、 Ⅱ章第3節5)で取り上げた、近時の供給契約の解消に関する判例には、 1998年 1月6日破穀院判決がある。本判決の判旨は、 「このような状況により、また、 許諾者は契約の解消についていかなる正当な理由も示さなかった以上、控訴院は 法的に根拠のある決定をした。」とし、許諾者の破致申立てを棄却した。以上の 判旨を分析すると、手続的な要件としての理由の提示が要求されていると考える こともできる。しかし、供給契約の解消に理由を要求すべきであるとする学説に は、共通利益理論や商法典L・420-2条を根拠とするものがあり、これらの考え に依拠する論者は、実体的な理由提示義務について論を進めているものと考えら れる。また、近時の代理商契約の動向や比例原則を根拠として、供給契約の解消 に理由の提示を要求すべきであるとする立場に立つ論者は、手続的な要件として の理由提示義務を要求していると解することも可能である。 ここで明らかにされることは、手続的要件としての理由提示義務と実体的要件 としての理由提示義務は密接な関係に立ち、どちらの性格を持つ理由提示義務を 要求するのがより適切であるかについては、それぞれ論者によって異なるという ことである。いかなる場面にどちらの要件としての理由提示義務を求めるべきで あるかは、従って、慎重に検討すべきであると思われる。 また、これらの理由提示義務は一つの理論形態として総括して論じる必要性が あることが分かる。 2)行為時か裁判時か 理由を提示しなければならない時期については、三つの場合が考えられる。 271 (272)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 第一に、行為と同時に理由の提示が要求される場合である。具体的には、 Ⅱ章 第3節2)賃貸借契約の終了時、 Ⅱ章第3節4)労働契約の終了時、 Ⅱ章第4節 で扱った制裁を伴った処分では、行為時に理由を提示しなければならない。以上 の場合はいずれも手続的要件としての理由提示義務が要求される場合である。こ のような場合には、行為時に正当な理由が存在していなければならないし、さら に、相手方に提示もしなければならない。実体的要件として、理由が行為時に必 要となることも考えられる。しかし、実体的要件としての理由は、行為時に予定 された理由の存在が認められていればよいのであって、必ずしも相手方に行為時 に理由を提示する必要はない。 第二に、裁判時に理由を提示しなければならない場合である。例えば、 Ⅲ章第 1節のアルカテル判決では、判事は理由のコントロールを及ぼすべきだとされて いることから、価格決定者は、理由の提示が求められることとなる。 Ⅲ章第3節 では、特に、 3)代理商契約の終了時における共通利益委任理論、 5)供給契約 の終了時における一方的解消の場合、実体的要件としての理由を裁判時に提示し なければならなくなる可能性がある。手続的要件としての理由を裁判で提示する ことは考えられにくい。しかし、裁判時までに提示された理由が問題となった場 合などでは、改めて裁判時で理由を提示しなければならなくなることもありうる。 第三に、理由をいつ提示しなければならないとは決まっていない場合が考えら れる。すなわち、いつ理由を提示すべきかは厳格には定められていなく、理由提 示義務の期間制限が設けられているわけではないが、しかし、少なくとも裁判時 までに正当な理由を提示しておかなければ、後に裁判になると、信義則違反や権 利濫用と認定される可能性がある場合が考えられる。例えば、前掲1998年1月6 日破穀院判決では、 「このような状況により、また、許諾者は契約の解消につい ていかなる正当な理由も示さなかった。」とされたが、本判決を手続的な理由の 提示を要求したものと解したとしても、必ずしも、契約の一方的解消をすると同 時に必ず理由を提示しなければならないかは、議論の余地がある。また、 Ⅱ章第 2節で扱った、事情の変更が認められても契約の内容の変更を拒絶する際の理由 提示義務についても、契約の内容の変更を拒絶する決定と同時にその理由を示す ことが要求されていると解すべき必要性は十分にはないと考えられる。第三の場 272 小林和子・契約法における理由提示義務(3 ・完) (273) 合、問題となる理由提示義務が手続的要件かもしくは実体的要件かについては、 判断が難しい。なぜならば、どちらの要素も含み、両方の側面を持ちうると考え られるからである。すなわち、行為時に正当な理由が存在しなければならないと いう意味においては、実体的要件としての理由提示義務であると言える。しかし、 少なくとも裁判時までに、理由が存在している必要があるだけでなく、相手方に 理由を提示しなければならないという意味において、手続的要件としての理由提 示義務であると解することが可能である。この場合、正当な理由が存在する必要 がある時点と理由を提示する時点はずれが生じる可能性がある。このように、理 由提示義務は、同時に実体的要件としての要素と手続的要件としての要素を含む 場面がありうるのであり、この意味においても、やはり両者は一緒に論じなけれ ばならないと考える。 誰に対して理由を提示しなければならないかについては、契約の相手方と判事 が考えられる。行為時あるいは裁判時までに理由を提示しなければならない場合 は、契約の相手方に対して理由を提示しなければならない。また、裁判になった ときは、判事に対して理由を提示しなければならない。 3)理由提示義務違反のサンクションの多様性 フランス法における理由提示義務違反のサンクションも多様である。 まず、理由を示さなかった場合、行為そのものが無効となることがある。例え ば、 Ⅲ章第3節2)における、賃貸借契約の更新拒絶の場合、 Ⅱ章第4節におけ る、制裁を伴った処分をする場合には、無効とされる。 次に、理由が不明確であったり、欠如したりすると、行為の正当性が欠如する とされる場合がある。つまり、 Ⅱ章第3節4)労働契約の終了時の場合である。 解雇の場合、理由以外には行為そのものを正当化することが不可能となるOそし て、不明確な理由や理由の欠如は、手続的要件が欠けるとされるのではなく、実 体的要件が欠けることとなり不適法と判断されることになる。この場合、提示さ れた理由以外の事実については、裁判では関心が持たれなくなるのである。 さらに、理由を示さなかった場合裁判において信義則に従って契約を履行して いないと判断されることがある。具体的には、 Ⅱ章第2節で検討をした、事情の 変更があっても契約の内容変更拒絶をする場合、 Ⅲ章第3節で言及をした、 3) 273 (274)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 代理商契約の終了時、 5)供給契約の終了時などがこの場合に該当する。 3 より巨視的な視点に基づいたアプローチ 1)実体的な理由提示義務論 Ⅲ章で検討した体系的な理由提示義務論を目指した論文の中には、実体的な理 由提示義務論について言及したものがある。具体的には、 Ⅲ章第1節1)権限を 根拠とした理由提示義務論や、 Ⅲ章第2節で論じた新たな契約観の中で生まれて きた理由提示義務論である。 まず、 Ⅲ章第1節1)で展開された理由提示義務論は、公法の領域において存 在していた、権限(pouvoir)という概念を参照しながら、私法の領域における 権限について検討を行ったものである。私法における権限は、権限について体系 的に論じた論者の一人であるガイアールによれば、少なくとも部分的に自己の利 益とは異なる利益の享受者に与えられたものである、とされる。ガイアールは、 その限界を指摘し十分なコントロール方法とはいえないとしつつも、私法におけ る権限のコントロール方法として権限逸脱という理由のコントロール方法がある ことを紹介する。 また、 Ⅲ章第2節で検討した新たな契約観の中で生まれてきた理由提示義務請 でも、実体的な理由提示義務論が展開されている。すなわち、新たな契約観の中 で理由提示義務論を主張する論者は次のように言う。契約法における信義則の飛 躍的な発展が今日顕著であり、また、契約の長期化も指摘されている。そこで、 長期的な契約に固有な重大な問題、例えば、不予見理論の問題、価格不確定の問 題、一方的解消の問題が生じてきている.これらの問題が生じる場面では、信義 則を根拠とした「契約関係における連帯」が妥当する。また、以上の場面におい ては、契約の長期化に伴い、継続性や柔軟性を担保する制度が必要である。そこ で、両者の合意によらず、状況の変化に契約を適合させ、契約を存続させるため に、契約の一方当事者が一方的な決定権を持つという意味における「一方化現 象」が指摘される。このように、契約の継続性・柔軟性の要求により「一方化現 象」が指摘され、かつ、 「契約関係における連帯」が妥当し相手方の利益をも考 慮しなければならない場合においては、理由提示義務というコントロールを及ぼ 271 小林和子・契約法における理由提示義務(3 ・完 (275) すことが妥当である。 2)手続的な理由提示義務論 体系的な手続的な理由提示義務論を論じたものは、 Ⅲ章第1節1)権限を根拠 とした理由提示義務論とⅢ章第1節2)一方的行為を根拠とした理由提示義務論 である。まず、権限を根拠とした理由提示義務論についてであるが、ガイアール は、権限逸脱のコントロール方法について限界を指摘した上で、解雇に関する立 法、そして解雇以外の懲戒処分に関する立法や職業組合の除名についての破穀院 審理部判決を参照しながら、積極的に権限行使者に手続的要件としての理由提示 義務を肯定することを提唱している。ロキックも、権限逸脱のコントロール方法 には触れないものの、権限の行使には手続的な理由の提示が求められるべきであ るとする。 次に、一方的行為を根拠とした理由提示義務論であるが、この場合の理由提示 義務論は、行政法の領域における非訴訟的手続が、多くの場合の一方的行為に、 理由提示義務を要求していることに着目する。契約法における理由提示義務の具 体例に、アンシナス・ドゥ・ミュナゴリは、解雇、商事賃貸借の終了(1953年9 月30日デクレ)を挙げる。そして、アンシナス・ドゥ・ミュナゴリは、理由提示 義務のメリットを列挙しながら、契約法における一方的行為について、行政法と 同じように理由提示義務をより一般化すべきであるとする。 3)理由提示義務の機能 手続的な理由提示義務論と実体的な理由提示義務論は区別して論じることは難 しいことは、先に指摘した。そこで、ここでは両者を区別することなく総体とし ての理由提示義務について、その機能を中心に述べたい。直接的な機能と間接的 な機能に分けて検討をすることにする。 まず、直接的な機能について。第-に、立証責任の転換や立証責任の軽減が図 られうる。あるいは、立証責任の転換が図られずに、労働契約の終了が解雇であ る場合のように、使用者が主張責任を負うことも考えられる。このように、理由 提示義務は、特に契約関係にある当事者が対等でない場合、弱い立場に立つ者が 直面する立証の困難さを克服したり軽減したりすることに役立つ。第二に、理由 提示義務は、行為者に対し、慎重に判断を促し、恋意的な判断を抑制する機能を 275 (276)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 持つことにもなる。第三に、理由提示義務は、決定までの過程を公開することで、 相手方を説得する機能もある。第四に、裁判になった場合において都合のよい点 もある。例えば、相手方の防御の準備も可能にする。そして、裁判時に別の理由 を提示することに対して制限がかかることも考えられる。あるいは、裁判時に行 為時に述べた理由とは別の理由を述べたことで不利益的な立場に置かれる可能性 がある。つまり、理由の提示義務者による行為態様の矛盾は不利益的な評価を受 けることになる。これは、理由の差換えや追完がどの程度認められるかという問 題にもつながる。 次に、間接的な機能について。特に、行為時に理由の提示が手続的に求められ る場合や、行為時あるいは裁判時までに理由の提示が求められる場合については、 事前の紛争解決の処理に資すると思われる。すなわち、相手方に理由を提示する ことにより両当事者間の意思疎通がなされ、誤解が解けることがあり得る。そし て、裁判に問題が持ち込まれることなく紛争が解決し終了することも考えられる。 つまり、裁判所の機能の円滑化に貢献することとなる。また、相手方が裁判に問 題を持ち込んだ場合にも、特に理由に着目し、理由のコントロールを及ぼせばよ くなるから、判事の負担の軽減も期待できる。 4 日本法への示唆 以上のフランスにおける理由提示義務論はいかなる示唆を日本法にもたらすも のであろうか。三つの示唆があると考えられる。 第一に、我が国においては、契約法における理由の提示に関する議論の対象の 多くは、実体的要件としての理由提示義務であり、手続的要件としての理由提示 義務に関する議論は極めて乏しいものであった。また、それぞれの理由提示義務 は、個別具体的な問題について検討されるに過ぎず、今日まで、統一的かつ体系 的に論議されるに至らなかった。しかし、分析的な視点に基づいたアプローチや より巨視的な視点に基づいたアプローチによって明確化された、フランスの理由 提示義務論は、示唆に富むものであると考える。理由を提示しなければならない 時期には、行為をすると同時に理由を提示しなければならない場合、裁判時に理 由を提示しなければならなくなりうる場合、行為時もしくは裁判時までに理由を 276 小林和子・契約法における理由提示義務(3 ・完) (277) 提示しなければならない場合、がある。そして、各場合によって理由を提示する 相手が異なる。また、理由提示義務を怠った場合や提示された理由が十分なもの とは言えない場合、それぞれの場合におけるサンクションも多様である。理由提 示義務の機能については、立証責任の転換や軽減をもたらす可能性、行為者の慈 恵的判断の抑制、相手方や判事に対するメリット、裁判所の機能の円滑化など、 多くの有益な機能が考えられた。このような議論は、特にフランス固有の議論で はなく、日本においても検討に値する議論であると考えられる。また、実体的要 件としての理由提示義務と手続的要件としての理由提示義務は、どちらに区別す べきかは判断が難しいことが多く、また、両者は密接に関連しあっていることか ら、両者を包括的に論じる必要性についても、日本において、参考になるものと 考える。 第二に、 Ⅲ章第1節1)やⅢ章第1節2)では、フランス契約法における権限 あるいは一方的行為に内在する構造を分析するにあたって、行政法との比較とい う手法を用いた議論の検討を行った。我が国においても、契約と行政行為の異質 性・等質性について明確化した上で、両者が排他的な関係に立つかについて疑問 視をし、行政行為論の諸原理が契約その他法律行為と共有されうるものかという 問題についての研究が存在しているl)。従って、さらに、日本における従来の研 究を発展させ、契約法における理由提示義務について、行政法との比較検討や議 論を行うという手法についても、日本において期待し得るものではないかと考え られる。また、そのような手法は、理由提示義務という視点により、現存する諸 法制を貫く考え方を認識することを可能にする。契約法の領域のどのような場面 に、具体的に妥当する議論なのかについては、十分に明確にすることはできな かったが、特に契約当事者が対等な関係にない場合や、契約当事者が依存関係に ある場合に深く関連する議論であると考える。 第三に、 Ⅲ章第2節での検討により、フランスにおいて、新たな契約観の到来 に伴い、従来制限的に解されてきた理由提示義務論の適用範囲がより拡大されて 1)例えば、小早川光郎「契約と行政行為」 「基本法学4契約j (岩波書店、 1983) 115 頁以下。宇賀克也・大橋洋一・高橋滋編F対話で学ぶ行政法J (有斐閣、 2003)ち 参照。 277 (278)一橋法学 第5巻 第1号 2006年3月 きていることが指摘されることが明らかとなった。先に述べた通り、新たな契約 観とは、契約が長期化し、契約が柔軟に継続されることが強調され、信義則の役 割が発展してきていることを言うが、このことも、フランスに固有の議論である とは思われない2)。例えば、信義則を媒介として、両当事者の形成した関係に内 在する規範を実体法規範に吸い上げるとともに、それに基づく解決を共同体の共 感としての「納得」の合理性によって正当化する理論であるとされる、日本で大 きなインパクトを与えた関係的契約論の指導的原理は、まさに契約の柔軟性及び 継続性である3)。従って、以上で考察したフランスにおける新たな契約観は、一 見したところ、日本における関係的契約論と親和性を持つものとも評価できそう である。しかし、関係的契約論は、契約義務の根拠を当事者の意思ではなく当事 者の形成した関係に求めることとされている。ただ、フランスの契約法において は、先に指摘した通り、契約の拘束力や意思自治は、その絶対性に対して批判が 高まっているものの、なお契約法における原則としての地位にとどまっていると 言える4)。この点においては、両見解は相容れないものとされる。従って、フラ ンス法における近時の理由提示義務論は、関係的契約論に立たずに両当事者の意 思を中核とする従来の契約論に依拠しながら、契約の柔軟性や継続性と契約の拘 束力をいかに調和させるかという難題に対する一つの示唆を与えるものではない かと考える。 2)谷口知平・石田喜久夫編F新版注釈民法(1)J (有斐閣、改訂版、 2002) 73頁以下。 3)日本及びアメリカにおける関係的契約論については、内田貴『契約の時代J (岩波 書店、 2000 30頁以下などを参照。 4) OST (F.), Temps et contrat critique du pactefaustien, in La relativite du contrat, L.G.D.J.,2000,p.137などにより、近時フランスにおいても、マクニールによる関 係的契約論が紹介されるに至っている。しかし、批判的な見解も多い。例えば、 MUIR-WATT (H.), Du contrat 《relationnelかReponse a Fγancois Ost, in La rela・ tivite du contrat, L.G.D.J., 2000, p. 169は、 Cass, com., 20Janvier 1998, Bull. civ. IV,n-40,p.30 (前掲Ⅱ章第3節5) (lXii)などにおいて、フランスにおいても契 約の柔軟性や継続性が重視されるに至っていると言えるが、アメリカにおけるよ うなコペルニクス的転回はないと結論付けている GHESTIN (J.), La notion de contrat au regard de la dwersite de ses elements variables, rapport de synthdse, in La relativite du control, L.G.D.J., 1999, p. 222において、ゲスタンも、マク ニールの関係的契約論について、未だなお契約が問題となっているのかと疑問を 投げ掛けている。 27∂