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九州大学大学院 博士論文 トーチ型マイクロ波励起空気プラズマを用いた

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九州大学大学院 博士論文 トーチ型マイクロ波励起空気プラズマを用いた
九州大学大学院
博士論文
トーチ型マイクロ波励起空気プラズマを用いた
低温滅菌法に関する研究
2016 年 1 月
総合理工学府先端エネルギー理工学専攻
板良敷
朝将
第1章
序論
第2章
プラズマ滅菌
2-1
序論
2-2
滅菌の定義
2-3
現在の滅菌法の種類
2-3-1
高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)法
2-3-2
エチレンオキサイドガス(EOG)滅菌法
2-3-3
過酸化水素ガス滅菌法
2-3-4
ホルムアルデヒドガス滅菌法
2-3-5
γ線滅菌法
2-3-6
電子線滅菌法
2-3-7
医療現場で使用される各滅菌法の比較
2-4 現在の医療用滅菌法における課題
2-5
第3章
プラズマ滅菌法
空気プラズマ生成装置と原理
3-1 序論
3-2 トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置と生成原理
3-3 ハイブリッドプラズマ生成装置と生成原理
3-3-1 メッシュ電極型交流放電プラズマ
3-3-2 ハイブリッドプラズマ
3-4 メッシュ電極型交流放電プラズマの放電電圧確認実験
3-5 各種プラズマ生成装置でのガス温度特性
3-5-1
実験装置および実験方法
3-5-2
実験結果および考察
第4章
4-1
各種プラズマ照射における滅菌実験
序論
i
4-2
使用する滅菌判定法
4-3
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置による滅菌基礎特性
4-3-1
実験装置と実験方法
4-3-2
実験結果および考察
4-4
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置による局所的滅菌実験
4-4-1
実験装置と実験方法
4-4-2
実験結果および考察
4-5
トーチのマルチ化による大体積滅菌
4-5-1 トーチを 3 本に増加した装置
4-5-1-1
実験装置と実験方法
4-5-1-2
実験結果および考察
4-5-2 トーチを 8 本に増加した装置
4-6
4-5-2-1
実験装置と実験方法
4-5-2-2
実験結果および考察
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流放電プラズマ
生成装置、ハイブリッドプラズマ生成装置による滅菌
4-6-1
実験装置と実験方法
4-6-2
実験結果および考察
4-7
発光分光法によるスペクトル解析
4-7-1
発光分光法
4-7-2
実験装置と実験方法
4-7-3
実験結果および考察
第5章
環境影響実験
5-1
序論
5-2
プラズマ滅菌処理における環境影響
5-3
実験装置と実験方法
5-4
実験結果および考察
5-5
結論
ii
第6章
まとめと今後の課題
6-1
まとめ
6-2
今後の課題
参考文献
謝辞
iii
第1章
序論
はじめに
医療現場においては、滅菌された器具を使用している。再利用が可能な器具は、洗浄・
消毒・滅菌処理が行われているために使用することが可能であり、器具の用途によって処
理方法は異なる。消毒とは、生存する微生物を除去する方法であり、必ずしもすべての微
生物を除去する方法ではない。消毒は、低水準消毒・中水準消毒・高水準消毒に分かれて
おり、滅菌は最も水準が高く、
『すべての微生物を死滅させる』と定義されている1)。それ
ら消毒には、次亜塩素酸ナトリウムやアルコールなどを使用する方法などがあり、一方、
滅菌処理には、ガス化したエチレンオキサイドや過酸化水素などを用いる方法などがある。
表 1 に各種消毒および滅菌法についてまとめた1) 。 安全に医療器具を使用することが重
要であるが、医療器具の洗浄・消毒・滅菌法はいくつも存在し、それらにはメリット・デ
メリットがあるため、機材への適正やコスト・時間などが考慮され、現場の判断で使用さ
れている2-8) 。
医療現場で使用される滅菌方法としては、高圧蒸気滅菌器(オートクレーブ)、エチレ
ンオキサイドガス(EOG)滅菌器、過酸化水素ガス滅菌器などがある。高圧蒸気滅菌器は
薬剤を使用せず、高圧蒸気のみで滅菌処理を行うため、低ランニングコストでありまた短
時間での滅菌処理が可能であるが、耐熱性・耐湿性の器具にしか使用できない。エチレン
オキサイドガス滅菌器は、低温および大体積の滅菌処理が可能であるが、ランニングコス
トがやや高く、時間がかかる上に、使用するガスによる脳腫瘍などの発がん性が問題とな
っている9)。過酸化水素ガス滅菌器は低温でかつ短時間での滅菌処理が可能であるが、過
酸化水素を使用するためランニングコストが高く、過酸化水素の残留毒性が問題となって
いる。それぞれの方法は一長一短はあるが、低温・低ランニングコスト・安全な滅菌処理
を実現できる滅菌法が確立されておらず、新たな滅菌法の開発が望まれている。
近年、酸素などの気体から生成されたプラズマを用いた滅菌の研究が盛んに行われるよ
うになり注目されている。これらはプラズマ中に発生する紫外線や反応性の高い分子、ま
たは原子ラジカルなどを用いて行う滅菌法である。薬剤を用いないため、既存の滅菌法に
比べ有害な薬剤の残留毒性などの危険性がなく、滅菌処理が可能である10-38) 。
本研究で用いるマイクロ波プラズマは、マイクロ波の電界によって電子を加速させた高
エネルギーの電子の衝突によって電離を起こし、プラズマを生成する。マイクロ波プラズ
1
マは、マイクロ波電界の周波数が高いためプラズマ中に存在する質量の重いイオンなどに
はエネルギーを与えることをなく、質量の軽い電子のみに対しエネルギーを抽入でき、効
率的に電離・解離・励起を生じる。よって電子温度よりもイオン温度やガス温度が極めて
低いプラズマを生成することが可能である。従って、マイクロ波プラズマでは、高密度の
ラジカルを生成が可能であり、高効率でかつ短時間で滅菌処理が出来ることが推測される。
近年開発された大気中の空気を用いたトーチ型マイクロ波プラズマ源は、局所的に高密
度かつ低温のプラズマを用いて生成することにより、殺菌力の極めて高い活性種を生成可
能である。一方で、プラズマがトーチ状であるため、このプラズマを滅菌法に使用するに
はプラズマの体積が小さく、トーチプラズマ近傍(3 cm)でのみ滅菌処理が可能であった。
これまでに、マイクロ波プラズマを用いた実用化に必要な空間一様性の高い滅菌処理につ
いては研究例が報告されていない。実際に医療現場で滅菌処理を行う際には、滅菌処理容
器内全体で滅菌が可能であることが重要であり、そのためには容器内全体に滅菌処理に寄
与する反応性の高いラジカルを供給することが重要である。マイクロ波プラズマ生成装置
は低温で、かつ高効率にラジカルが生成可能であるが、空間一様性については不明確なこ
とが多いため、空間一様性を確認し、高効率にかつ容器内全体で滅菌を行うための装置開
発を行う必要がある。
本研究では、活性種の大体積生成を実現するために、高密度のラジカル生成が可能なト
ーチ型マイクロ波プラズマ生成装置と、広い面積でプラズマ生成が可能なメッシュ電極型
交流プラズマ生成装置を組み合わせたハイブリッドプラズマ生成装置を用いて、低温・低
ランニングコスト・安全に高速滅菌処理が可能な医療用滅菌器を開発することである。
本研究で開発したトーチ型マイクロ波プラズマ生成装置とメッシュ電極型交流プラズ
マ生成装置と、これら 2 つのプラズマ生成装置を組み合わせたハイブリッドプラズマ生成
装置の滅菌の特性を明らかにし、滅菌装置としての空間一様性の評価を行った。滅菌処理
の空間一様性を確認するために、トーチ先端および金属メッシュ電極から 13 cmの位置に
あるBI(1×106 cfu, Geobacillus stearothermophilus ATCC 7953 )を設置した場合、120 分の
滅菌処理でメッシュ電極型交流プラズマ生成装置とハイブリッドプラズマ生成装置にお
いて、滅菌処理を行えることが確認された。本論文における各章の内容は以下のとおりで
ある。
第 2 章では現在医療現場で利用されている滅菌法の種類と原理について述べ、それら滅
2
菌法の抱える課題や問題点を明確にした。第 3 章ではトーチ型マイクロ波プラズマ生成装
置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、両プラズマ生成装置を組み合わせたハイブリ
ッドプラズマ生成装置と生成原理について説明した。また、トーチ型マイクロ波プラズマ、
メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、ハイブリッドプラズマ生成装置のガス温度測定を
行い、プラズマのガス温度特性の評価を行った。第 4 章ではトーチ型マイクロ波プラズマ
生成装置による滅菌基礎特性および局所的滅菌とトーチのマルチ化による大体積滅菌実
験、ハイブリッドプラズマ生成装置の滅菌実験、および発光分光測定による滅菌因子の特
定について述べる。第 5 章ではプラズマ滅菌処理における環境影響について述べた。第 6
章では本研究のまとめと今後の課題を述べる。
3
表 1 消毒および滅菌の水準分類と主な微生物に対する効果39)
○:有効
△:一部有効または効果が劣る
×無効
4
第2章
プラズマ滅菌
2-1 序論
本章においては、医療用滅菌法の基礎的事項および現在医療分野で使用されている各種
滅菌法ついて述べる。2-2 では、滅菌の定義、2-3 では、高圧蒸気滅菌法、エチレンオ
キサイドガス滅菌法、過酸化水素ガス滅菌法、ホルムアルデヒドガス滅菌法、放射線滅菌
法、電子線滅菌法およびこれらの各滅菌法の比較について述べる。2-4 では、現在の滅菌
方法における課題について述べ、2-5 では、プラズマ滅菌処理について述べる。
2-2 滅菌の定義
滅菌とは、すべての微生物を死滅させる処理である。通常、滅菌処理において微生物数
は、図 1 のように処理時間と共に指数関数的な減少を示す。微生物数が 1/10 に減少する時
間はD value(D値)と定義され40)、D値が低いと短時間で滅菌処理が可能であることを意
味する。医療現場においては、滅菌処理後に微生物数を 10-6(6D)まで減少させ必要が
ある。これは 1,000,000 個の微生物が処理後の生存数が 1 個以下であることであり、ほぼ
菌が死滅していることを意味する。医療現場においては、滅菌処理を保証する為に『無菌
性保証レベルSterility Assurance Level(SAL)』をクリアする必要がある40)。無菌性保証レ
ベルを達成する為には 12Dを必要とする。これは、6Dの 2 倍の時間を滅菌時間とするハー
フサイクル法による考え方によるものである。例えば、高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)
で滅菌処理を行った際に、6Dに要した時間が 10 分とした場合、無菌性保証レベルを担保
するためには 20 分間の滅菌処理が必要であることを意味する。この場合、通常の微生物
の生存数が 0 となると考えてよい。
5
図1
生残曲線と滅菌保障レベルについて
6
2-3 現在の滅菌法の種類
2-3-1 高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)法
高気圧の水蒸気を用いた滅菌器を、高圧蒸気滅菌器またはAutoclave(オートクレーブ)
という。高圧蒸気滅菌法は水を加熱し水蒸気を発生させ、高温高圧の飽和水蒸気により滅
菌処理を行う滅菌法である。高圧蒸気滅菌法は、温度、湿度、時間の 3 つの要素によって
処理が行われる40)。
高圧蒸気滅菌法は高温の水蒸気を用いるため、他の滅菌法に比べランニングコストが低
く、よって世界で最も使用されている滅菌法である。また、水分を多く含んだ気体は熱伝
達の効率がよいため、乾熱式よりも低温で滅菌処理が出来ることが特長である。高圧蒸気
滅菌法は、金属など耐熱性のある被滅菌物であれば短時間で滅菌処理が可能であるものの、
耐熱性の低いゴムやプラスチックなどには使用することができない。また、使用する水に
不純物が混入した場合には、被滅菌物の腐食、滅菌不良、配管の目詰まりなどが発生する
ことがあるため、浄水器などを用いて不純物を取り除く必要がある41) 。また、pHの管理も
重要である。蒸気は弱酸性を示すが、高アルカリ性の蒸気が生成されるとpHが上昇するこ
とがある。pHが高いと人体へ影響を及ぼすことがあり、これまでにも滅菌器の使用者に前
眼部毒性症候群などの発症例が報告されている42) 。
現在の高圧蒸気滅菌器は処理温度を選択することが可能であり、それによって滅菌処理
時間は異なる。例えば、121 ℃であれば滅菌処理時間は 15 分、126 ℃であれば滅菌処理
時間は 10 分、134 ℃であれば滅菌処理時間は 3 分と ISO/TS 17665-2 に記されており、高
温であれば短時間で滅菌処理が可能である。121℃で滅菌処理を行う際には、大気圧の約 2
倍の 204.9 kPa に達し、134℃で滅菌処理を行う際には大気圧の約 3 倍の 304.2 kPa に達す
るため、被滅菌物の劣化等も考慮する必要がある。滅菌処理後は被滅菌物がウェットの状
態であるため、滅菌処理後には被滅菌物を乾燥させる必要があり、小型の高圧蒸気滅菌器
であれば総運転時間は 60 分間ほどである。被滅菌物の乾燥は、微生物の再汚染や金属性
被滅菌物の防錆の観点からも重要視されている。また、さまざまな大きさの装置が構築可
能である。小型の高圧蒸気滅菌器は、チェンバー容積が 20 L 程度であり、主に歯科用小
物などの滅菌処理に利用されている。大型の高圧蒸気滅菌器であれば、チェンバー容積が
1500 L を超えるものも存在する。高圧蒸気滅菌器は圧力容器のため、労働安全衛生法施行
令第 1 条第 4 号により、年に 1 回の定期自主検査が義務付けられている。よって、定期的
7
なメンテナンスが必要である。
2-3-2 エチレンオキサイドガス(EOG)滅菌法
エチレンオキサイドガス滅菌法は、高圧蒸気滅菌法に並ぶ代表的な滅菌法である。酸化
エチレンから生じる活性酸素が微生物のタンパク質、DNAやRNAに対し化学的に作用する
ことによって滅菌を行う。細胞内におけるアルキル基における水素原子の置換やアルキル
化などにより細胞の代謝や複製が阻害されると考えられている43)。低温(40~60 ℃)で
滅菌処理が可能であるため、高圧蒸気滅菌法で滅菌処理が行えないプラスチックなどに利
用することができ、高い浸透性も有している。エチレンオキサイドガス滅菌処理工程は、
濃度、温度、湿度、時間の 4 つの要素によって処理が行われる40) 。
酸化エチレンガスは引火性および爆発性が高いため、不活性ガスと混合する必要がある。
エチレンオキサイドガスは濃度が 450~1,000 mg/Lの範囲で使用されることが多い。温度
も重要な要因である。エチレンオキサイドガスの濃度が 22.1 mg/Lで温度が 25 ℃であれば、
滅菌処理時間が 7 時間程度で滅菌処理が可能であるのに対し、エチレンオキサイドガスの
濃度が 442 mg/Lの高濃度でかつ温度が 37 ℃であれば 12 分間で滅菌処理が可能である。
高濃度であれば短時間での滅菌処理が可能であるが、神経毒性や発がん性があり43) 、残
留の危険性は高まるため充分なエアレーションが必要となる。エアレーションの温度にも
よるが、総運転時間は 8~12 時間以上を必要とする。ACGIH(米国産業衛生専門家会議)
2001 年度版において、曝露限界値を 1 ppmと定めている。よって、使用中は充分な換気を
行い、使用者は防護服やゴーグル、保護面、保護手袋などを着用する必要がある。使用者
は半年に 1 回以上健康診断を行うこととされている40)。作業環境下においては、漏洩検知
警報器などのガスモニターの設置が必要である。従って、エチレンオキサイドガス滅菌器
を導入する際には、十分な換気設備等が必要であり、初期コストを押し上げる一因となっ
ている。
しかしながら、現状では他に低温で多量の器材を滅菌処理が可能な装置がないため、現
在でも病院等で使用されている。
さまざまの大きさの装置が存在し、
チェンバー容積が 20L
前後の小型のエチレンオキサイドガス滅菌器に加え、チェンバー容積が 1200 L を超える
大型のエチレンオキサイドガス滅菌器も存在する。
8
2-3-3 過酸化水素ガス滅菌法
1993 年にアメリカで販売が開始された過酸化水素ガス滅菌法は、過酸化水素をガス化さ
せることにより滅菌を行う方法であり、高圧蒸気滅菌法やエチレンオキサイドガス滅菌法
と比べ、比較的新しい滅菌法である。特長としては、エチレンオキサイドガス滅菌器と同
様に 60 ℃以下の低温でかつ 1 時間前後で滅菌処理ができることにある。近年では、少量
かつ管状以外に限れば、30 分以下で滅菌できるモードもある。
滅菌処理手順としては、チェンバー内圧力を 100 Pa以下まで減圧し、その後、過酸化水
素を気化させ、チェンバー内に投入する。被滅菌物の細管部まで過酸化水素ガスを行きわ
たらせるために、一定時間ごとに圧力を上昇させる。過酸化水素ガス滅菌器は低温で滅菌
処理が行えるため、プラスチックなどにも使用が可能である。一般的に家庭等で消毒剤と
して用いられる過酸化水素は低濃度(3 %)であるが、過酸化水素ガス滅菌器では、濃度
が約 50~60 %の高濃度過酸化水素が用いられる。近年では、約 50~60 %の過酸化水素
を滅菌器内で 90 %以上まで濃縮させ、滅菌処理に使用する滅菌器も販売されている。
60 %以上の過酸化水素は爆発性があり危険である。長尺細管の滅菌処理では、過酸化水
素が入ったブースターと呼ばれるアンプルを長尺細管の先端に取り付け滅菌処理を行う
方法があるが、アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration; FDA)では認められ
ていない。近年では、過酸化水素の残留毒性による事故が問題となっている。事故の事例
として、滅菌処理後に滅菌処理部に過酸化水素が残り、これに操作者が触れたことにより
火傷を負ったケースや、滅菌処理後に扉を開けた際に、気化した残留ガスが原因でまぶた
がはれ上がったなどの報告がなされている44)。よってメーカーは使用する際には、ゴーグ
ルや手袋などを装着することを推奨している44)。
低温で滅菌処理が行えるため、エチレンオキサイドガス滅菌器の代用として使用される
ことも多いが、現在販売されている装置はチェンバー容量が 100 L 以下であり、大量に滅
菌処理が行えないデメリットもある。また、滅菌処理容量に比べ、ランニングコストが高
いことから、緊急を要する場合のみ使用する施設も多い。短時間で滅菌処理が行えること
から、手術室などでも使われる。
2-3-4 ホルムアルデヒドガス滅菌法
ホルムアルデヒドガス滅菌法は約 2 %のホルムアルデヒドと水を反応させ、滅菌を行う
9
方法である。ホルムアルデヒドガスにより、タンパク質の凝固または核酸のメチル化によ
り微生物細胞を不活性化させる。60 ℃以下または 80 ℃前後で滅菌処理を行うのが一般的
であり、装置のランニングコストは過酸化水素ガス滅菌器より安価である。ただし、ホル
ムアルデヒドは人体に対する健康障害のリスクが高く、ホルムアルデヒドガス滅菌器は米
国 FDA では認められていない。日本産業衛生学会では管理濃度および許容濃度が 0.1 ppm
と設定されており、作業環境下の測定が必要である。ホルムアルデヒドは人体への影響と
して、粘膜への刺激性とした急性毒性や呼吸器系、目、のどなどの炎症を起こす。また皮
膚に水溶液が接した場合などは激しい刺激を受ける。さらに、発がん性があることも指摘
されている。ホルムアルデヒドが空気中に存在した場合、0.8 ppm では臭気を感じ、2~3 ppm
では眼、鼻、のどに軽い刺激、5 ppm になるとのどに刺激を感じる。15 ppm になると咳が
でる。20 ppm になると呼吸道の深部に刺激を感じる。ホルムアルデヒドは遺伝性疾患を引
き起こすとされている。従って、ホルムアルデヒドガス滅菌器を導入する際には、エチレ
ンオキサイドガス滅菌器と同様に、十分な換気設備等が必要であり、初期コストを押し上
げる一因となっている。ホルムアルデヒドガス滅菌器の滅菌処理時間はチェンバー容量が
130 L の場合、3 時間以下で滅菌処理が可能である。これはエチレンオキサイドガス滅菌
器よりも短時間である。まだ日本国内では歴史が浅く、導入している施設も少ない。
2-3-5 γ線滅菌法
放射線滅菌処理に用いられる放射線は、γ(ガンマ)線である。γ線滅菌の歴史は古く、
1896 年にX線の殺菌作用についての発表が行われ、現在では医療機器の滅菌処理にも放射
線が使用されている。γ線滅菌はコバルト 60 またはセシウム 137 などの放射性同位元素か
ら放出されるγ線を照射し滅菌処理を行うものである。メリットとしては、低温で滅菌処
理が可能なため、金属の他にプラスチックなどにも利用ができる。具体的には注射器など
のシリンジや針、縫合糸、カテーテル、手術用メス、医療用テープ、ガーゼ、ガウン、綿
棒、手術用手袋、カンシやシャーレなど、医療器具や実験器具などである。さらに、浸透
性が高く、梱包した状態でも滅菌処理が可能である。つまり、製品などの出荷の最後の工
程で滅菌を行うことができる。大きな医療機器など、そのものに滅菌処理を行うこともで
きる。しかし、ポリプロピレンやセルロースなどは放射線によって劣化してしまうため、
使用することができない。また、コストが高く、2005 年までの累積台数でも 10 数台に留
10
まっている40) 。医療現場では導入されず、外部から受託して滅菌処理業務を専門に行う施
設に導入されている。
2-3-6 電子線滅菌法
電子線滅菌法は高エネルギーの電子を微生物に照射し不活性化するものである。滅菌処
理のメカニズムは、高エネルギー電子が微生物のDNAを直接破壊するものと考えられてい
る40)。放射線滅菌器と同様に、梱包した状態で滅菌処理を行うことが可能である。しかし
ながら、γ線やX線に比べ他の物質との相互作用が大きいため容易にエネルギーを失うこと
から浸透力が小さく、対象物に与えるエネルギーが大きい。従って、対象物の急激な温度
上昇を起こしやすいため、金属などへの影響を考慮する必要がある40)。さらに、γ線と同様
に設備費など膨大なコストがかかってしまうため、医療現場では利用されず、医療器材の
製造過程や、医薬品や食品などの容器や梱包材などを滅菌処理する際に用いられることが
多い。
2-3-7 医療現場で使用される各滅菌法の比較
現在、医療現場で利用されている滅菌法を表 2 にまとめた。滅菌法の種類別に分析を行
うと、高圧蒸気滅菌法以外は低温滅菌処理であることがわかる。このように、近年、低温
滅菌を行うことが増えてきた背景には、プラスチックなどを使用した医療器具の再利用を
行う目的があることが考えられる。即ち、低温処理が可能で薬剤を使用しない処理法は現
存しておらず、これらを合わせ持つ処理法の開発にかかる期待は極めて大きい。
11
表 2 医療現場で使用される各滅菌法実存装置の比較
高圧蒸気滅菌
エチレンオキ
過 酸 化 水 素 ホルムアルデ
サ イ ド ガ ス
ガス滅菌
ヒドガス滅菌
(EOG)滅菌
滅菌剤
水
エチレンオキ
過酸化水素
サイド
処理温度
121 ℃、135 ℃ 40~60 ℃
60 ℃以下
60~80 ℃以下
容量
20~1500 L
20~1200 L
100 L 程度
130 L 程度
処理時間
30 分以上
8~12 時間前後
60 分前後
3~6 時間前後
必要設備
換
気
RO 水給水
ホルムアルデ
ヒド
換
気
、
ガ ス セ ン サ ー なし
など
換気
高い
高い
高い
ランニングコ
安い
スト
やや高い
高い
やや高い
毒性
神 経 毒 性 、
火傷など
発がん性など
、
安い~高い
初期コスト
(容量による)
なし
12
呼 吸 器 系 、
発がん性など
2-4 現在の医療用滅菌法における課題
現在、医療現場で最も多く使用されている滅菌法は高圧蒸気滅菌法である。理由として
は最もランニングコストが低く、滅菌処理ガスの残留毒性等も無く安全性が高いためであ
る。医療用滅菌法の第二の選択肢として、これまでエチレンオキサイドガス滅菌処理が使
用されている。エチレンオキサイドガス滅菌法は、処理容量が 1000 L 以上の滅菌処理に
対応可能であり、また低温滅菌処理が可能である事が主因である。しかし、前述のように
エチレンオキサイドガスは発がん性があるため、現在では第三の選択肢として過酸化水素
ガス滅菌法が利用されている。これら過酸化水素ガス滅菌法は、エチレンオキサイドガス
滅菌法と同様に 60 ℃以下の低温滅菌処理が可能である。過酸化水素ガス滅菌法はランニ
ングコストが高いため、医療現場においてはエチレンオキサイドガス滅菌器と過酸化水素
ガス滅菌器を設置し、短時間で滅菌を行う必要がある場合に限り過酸化水素ガス滅菌器を
使用する施設が多い。また、近年ではホルムアルデヒドガス滅菌器が登場したが、ホルム
アルデヒドガスの毒性が懸念されることからあまり使用されていない。
低温滅菌法は、滅菌剤などの薬剤を使用しており、これらを低圧下でガス化させ滅菌す
る方法である。しかし、これまでにも述べたとおり、薬剤を使用するため、残留毒性など
の課題がある。医療現場においては、低温・低ランニングコスト・安全に滅処理菌を実現
できる滅菌法が望まれている。また、付帯設備が不要な装置であればさらにメリットは大
きい。
13
2-5 プラズマ滅菌法
プラズマは物質の第 4 の状態と言われる。気体の状態にエネルギーを加えていくと、気
体の分子は解離して原子となり、さらに原子核の周りにあった核外電子が分子・原子から
離れることにより電子と正イオンに電離する。電離によって生じた荷電粒子を含む気体が
プラズマである。プラズマは正イオンと電子などが高い活性状態となっており、電気的に
はほぼ中性である。人工的に作られるプラズマは、照明器具や溶接、核融合反応、薄膜形
成、表面処理などの産業的にも利用されている。
近年、理想的な滅菌法の条件である低温・低ランニングコスト・高い安全性を満たす可
能性が高いことから、プラズマを用いた滅菌法の研究がなされている3) 8) 12) 20) 21)。プラズマ
を用いた滅菌法では、酸素や窒素、アルゴン、ヘリウムなどが放電ガスとして用いられる。
これらガスの電離によってプラズマが生成され、滅菌処理に作用する紫外線(UV)やラ
ジカルなどの活性種は高エネルギーを持った電子が酸素分子・原子などへの衝突際に生成
される。紫外線は、窒素分子などが励起された状態からエネルギー準位の低い基底状態な
どに戻る際に放出する。紫外線は対象物の表面には作用するが、裏面や影の部分には回り
込むことはできない。200-350 nm付近の紫外線が滅菌処理に寄与するが、253.7 nmの波長
が最も殺菌作用が強い46)。一方で活性種が微生物と作用することでそのDNAの塩基構造を
変化させ、微生物を効率よく死滅させる(図 2)。例えば、酸素から生成された活性種には
エッチング作用があり、微生物の表面を削り取るエッチング作用によって滅菌を行うこと
が可能である3) 8) 12) 20) 。このようにプラズマを用いた研究では、薬剤などを使用せず酸素
などから滅菌処理に寄与する活性種を生成し滅菌を行う方法が研究されているが、効率や
空間一様性などの問題もあり、未だ実用化はされていない。
プラズマ滅菌では使用するガスやエネルギー(電源)や圧力、装置構造などによって滅
菌の効果やメカニズムが大きく異なる。代表的なプラズマ滅菌の研究としては、RFプラズ
マやマイクロ波プラズマなどを用いた例がある3) 8) 12) 20) 21)。これらは低圧下で生成されたプ
ラズマを用いて滅菌を行う方法であり、空間一様性に優れている。しかし、マイクロ波プ
ラズマ生成装置の場合、高密度の活性種を生成するためには圧力を上昇させることが効果
的だが、ガスの温度が高温になりやすいといった問題があった。また、これまで研究され
ているプラズマは、酸素や窒素、ヘリウムを用いるため、それらボンベなどの大きな付帯
備品が必要であり、コスト高につながる課題があった。これまでに、研究開発が行われて
14
きた主なプラズマ滅菌法を表 3 にまとめた。
近年、大気圧非平衡プラズマを用いた滅菌の研究もなされ始めた46)。大気圧非平衡プラ
ズマは真空チェンバーを必要としないなど、付帯設備の面でメリットは大きい。しかしな
がら、大気圧非平衡プラズマはプラズマの生成範囲が数 mL程度と小さいため、大容量処
理(20 L~1200 L)を要求される医療現場での医療器具の滅菌処理には向かない。歯科を
含む医療用現場で使用するためには、滅菌容積が 20 L程度の小型の滅菌器が必要とされる。
本研究では、歯科領域を含む医療現場での利用を考慮し、容積が 20 L程度の小型なプラズ
マ滅菌器の研究開発を目的とした。
15
図 2 プラズマによる滅菌の原理
表 3 各高周波プラズマの比較
RFプラズマ20)
マイクロ波プラズマ2)
大気圧非平衡プラズマ46)
13.56 MHz
2.45 GHz
10 kHz
数十 W
数百 W
数百 W
100 Pa 前後
100 Pa 前後
大気圧
容量
10~30 L 程度
数 L 程度
数 mL 程度
使用ガス
酸素、窒素等
酸素、窒素等
酸素、アルゴン、ヘリウム
等
60 ℃未満
60 ℃未満
60 ℃未満
電源周波数
電力
処理圧力
温度
※上記の仕様は代表例。
16
第3章
空気プラズマ生成装置と原理
3-1 序論
本章においては、低圧下でマイクロ波を用いて生成されるプラズマについて述べる。3
-2 では、トーチ型マイクロ波プラズマの生成原理と装置について、3-3 では、ハイブリ
ッドプラズマの生成原理と装置について述べる。3-4 では、メッシュ電極型交流放電プラ
ズマの放電電圧確認実験について述べる。3-5 では、各プラズマにおけるガス温度につい
て述べる。
3-2 トーチ型マイクロ波プラズマ生成原理と装置
本実験で使用するトーチ型マイクロ波プラズマ生成装置は、高密度のラジカル生成する
ことを特長とする。
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置は、マイクロ波の振動電場を用いてプラズマを生
成する方法である。使用するマイクロ波電源の周波数は 2.45 GHz である。マイクロ波の
電界によってエネルギーが与えられた高エネルギー電子が中性粒子と衝突することによ
って電離が生じ、プラズマが生成される。マイクロ波は周波数が高く、電子が高エネルギ
ーまで加速されるためプラズマの高密度化が容易である。
これまで、高周波プラズマを用いて大気圧や低圧下での、殺菌や滅菌を行う研究がなさ
れてきた4) 8) 20) 46)。大気圧下では滅菌処理に寄与する活性種を高密度に生成することが可能
であるが、大面積にプラズマを生成することは困難である46)。また、トーチ型マイクロ波
プラズマ生成装置は、大気圧下ほどの高密度のラジカルを生成することは困難であるが、
低圧下においても比較的高密度なプラズマを安定して生成することが可能である。
また、使用するガスによって生成されるプラズマの特長や性質が異なる。これまでの報
告では4) 8) 20) 46)、大気圧プラズマではヘリウム、酸素、アルゴンなどの混合ガスでプラズマ
が生成され、低圧プラズマでは酸素などによってプラズマが生成されることが多い。低圧
プラズマ生成の場合、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置とガスボンベなどが必要とな
る。
本実験では、ガスボンベのような設備が必要なく、低コストな大気中の空気を用いる。
大気中の空気には酸素や窒素などが含まれており、それらが滅菌処理に寄与することが推
測できるためである。
17
低圧下でプラズマを生成する場合、大気圧と比較して容器中に存在する中性粒子数が少
なく、平均自由行程が大きいため、電子が高いエネルギーまで加速され、プラズマが生成
しやすい。
大気圧非平衡プラズマはヘリウムなどを使用しなくてはプラズマ生成が困難であるが、
低圧下ではヘリウムなどを使用せず、空気のみでプラズマ生成が可能である。また、低圧
では電子と中性粒子の衝突が少ないため、ガス温度は低温である。
本実験で使用するトーチ型マイクロ波プラズマ装置は2)、マイクロ波電源、導波管、真
空チェンバー、真空ポンプ、トーチ(アンテナおよび石英管)で構成されている(図 3)
。
使用するマイクロ波電源の周波数は 2.45 GHzである。プラズマ生成の原料である空気を流
す石英管を金属のアンテナで覆い、そのアンテナにはマイクロ波の導波管内半波長に相当
する長さ約 60 mm、幅 4.9 mmのスリットがトーチ部正面と背面に設けられている。トー
チ部の正面図を図 4 に示す。スリットにはエッジ部が存在し、そのエッジ部にマイクロ波
が集中することにより、エッジ間で大きな電界が発生し、効率的にプラズマが発生すると
考えられる。この電場により空気中の窒素や酸素が電離し、プラズマを容易に生成させる
ことが可能である(図 5)。生成されたイオンや電子は短寿命であるが、中性の活性種であ
るN*やO*は比較的寿命が長く、石英管内をガス流で輸送される。このとき、石英管内ま
たは真空チェンバー内に到達した後にN*とO*が結合し、NOラジカルが生成されると考え
られる43)。NOラジカルは比較的長寿命であり、真空チェンバー内で励起する際に特有の黄
色の発光を示す43)。アンテナ導波管内の電界分布を考慮し、スリット部はマイクロ波の発
振口に平行になるように設置している。
プラズマを生成する為には、まず真空チェンバー内を 100 Pa 以下に減圧する。真空チェ
ンバー内圧力が所定の圧力に達したことを確認し、マイクロ波を発振させる。本装置での
プラズマ生成領域は、アンテナが設置されている部分の石英管内であり、生成されたプラ
ズマは真空チェンバー内に石英管内のガス流によって輸送される。マイクロ波電力が 240
W、真空チェンバー内の圧力が 30 Pa に設定した場合のプラズマを生成した状態を図 6 に
示す。
本装置で生成したプラズマの特性は、主に圧力とマイクロ波電力によって決定される。
一例として、マイクロ波電力が 250 W、チェンバー内圧力が 1300 Pa および 50 Pa におけ
る真空チェンバー内のプラズマが発光した様子を図 7 に示す。チェンバー内圧力が 1300 Pa
18
の場合は、発光したガスがトーチから勢いよく送り出される。その際、トーチ先端から 3 cm
の位置においてのガス温度は 100 ℃以上であった。また、真空チェンバー内圧力が 50 Pa
の場合は、プラズマの噴出しは目視では確認できず、チェンバー内全体が発光しており、
ガス温度は 35 ℃程度であった。
19
図 3 トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置概略図
図 4 トーチ部のスリットの正面図
20
図 5 スリットアンテナの電界
図 6 トーチ型マイクロ波プラズマ生成の様子
(シャッター速度:1 秒、ISO 1600、F 6.4)
21
1300 Pa
50 Pa
図 7 真空チェンバー内圧力が 1300 Pa および 50 Pa 時のトーチ型マイクロ波プラズマ
生成の様子(シャッター速度:20 秒、ISO 200、F 20)
22
3-3 ハイブリッドプラズマ生成原理と装置
3-3-1 メッシュ電極型交流プラズマ
メッシュ電極型交流プラズマは、交流高圧電源を用いてプラズマが容易に生成可能であ
る。メッシュ電極型交流プラズマ生成装置は、大面積にプラズマを生成することを特長と
する。
本実験で使用するメッシュ電極型交流プラズマ生成装置は、交流高圧電源(1 kV, 30 W,
10 kHz)
、真空チェンバー、石英管、金属メッシュ(SUS 304)、真空ポンプで構成されて
いる(図 8)
。金属メッシュは、プラズマ生成部をガスが通過しやすくすることを考慮し、
40 メッシュ(大きさ 25 ×20 cm)を使用し、交流高圧電源と接続されている。金属メッ
シュ電極は真空チェンバー上部に設置されている石英管に接しており、金属メッシュ近傍
でプラズマが生成され、真空チェンバー内に広がる。このことにより金属メッシュによっ
て大面積にプラズマ生成ができ、真空チェンバー内全体に活性種を生成することが可能で
ある。通常プラズマ生成に用いられる高周波(RF)電源やマイクロ波電源に比べ本装置に
使用する交流高圧電源は安価であり、また電極として用いる金属メッシュも容易に入手可
能である。また、RF 電源やマイクロ波放電のようなマッチング回路が不要であるため、
放電開始も容易である。
プラズマを生成するためには、まず真空チェンバー内を 100 Pa 以下に減圧を行う。真空
チェンバーが所定の圧力に達したことを確認し、金属メッシュに高電圧を印加すると、金
属メッシュとアースされた容器壁間にプラズマが生成される。交流高圧電源の電圧が 1 kV、
真空チェンバー内圧力が 30 Pa に設定した場合のプラズマを生成した状態を示す(図 9)
。
圧力と交流高圧電源の出力によってメッシュ電極型交流プラズマ生成装置で生成される
プラズマの発光強度が異なる。例えば、チェンバー内圧力が 100 Pa 程度の場合は電子の平
均自由行程が 0.1 mm 程度と短く、金属メッシュ全体にプラズマが生成されず、金属メッ
シュ近傍のみにプラズマが生成される。真空チェンバー内圧力が 20 Pa 程度の時は、金属
メッシュ全体にグロー放電プラズマが生成される。
交流高圧電源を用いたメッシュ電極型交流プラズマ生成装置は、プラズマ生成源を真空
チェンバー内に設置していることにより、滅菌処理に寄与する活性種を真空チェンバー内
に広く拡散させることが可能である。よってトーチ型マイクロ波プラズマ生成装置に比べ、
真空チェンバー内全体での滅菌処理が可能であると考えられる。
23
図 8 メッシュ電極型交流プラズマ生成装置
図 9 メッシュ電極型交流プラズマ生成の様子
(シャッター速度:1 秒、ISO 1600、F 6.4)
24
3-3-2 ハイブリッドプラズマ
これまでに述べてきたトーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、およびメッシュ電極型交
流プラズマ生成装置にはそれぞれ一長一短があった。トーチ型マイクロ波プラズマ生成装
置は、低圧領域においてはラジカルなどの活性種を比較的高密度で生成が可能であるが、
大体積でのプラズマ生成が困難である2)。また、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置に
おいては、大面積でプラズマが生成されるため、真空チェンバー内全体を滅菌処理するこ
とに適しているが、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置ほどの高密度ラジカルの生成は
困難である47)。そこで、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置とメッシュ電極型交流プラ
ズマ生成装置を組み合わせることにより、高密度でかつ広範囲で活性種を生成し、真空チ
ェンバー内全体で短時間で滅菌処理を行うことが可能か検討した。
本実験で使用するハイブリッドプラズマ生成装置は、マイクロ波電源(2.45 GHz)、導
波管、真空チェンバー、真空ポンプ、トーチ(アンテナおよび石英管)、交流高圧電源(1
kV, 30 W, 10 kHz)、金属メッシュ電極で構成されている(図 11)。
金属メッシュ電極はトーチ(アンテナおよび石英管)先端に、トーチの軸に対して垂直
に取り付けられている。
プラズマを生成させるために真空チェンバー内圧力を 100 Pa以下に減圧を行う。真空チ
ェンバー内圧力が所定の圧力に達したことを確認し、マイクロ波を発振させ、トーチ型マ
イクロ波プラズマを生成する。その後、交流高圧電源をメッシュ電極に印加し、メッシュ
電極型交流プラズマを生成させる。この際、トーチで生成されたトーチ型マイクロ波プラ
ズマが、メッシュ電極型交流プラズマ生成部である金属メッシュを通過する。本装置でプ
ラズマを生成した状態を図 12 に示す。低温で滅菌処理が必要であることから、処理領域
のガス温度が 60 ℃以下で、効率的に滅菌処理を行うことが重要である。トーチ型マイク
ロ波プラズマ生成装置で生成された活性種は滅菌処理に寄与するが2) 、トーチ型マイクロ
波プラズマ生成装置のみで活性種をさらに高密度に生成するためにはマイクロ波電力を
上昇させるか、もしくは圧力を上昇させる必要がある。それらの場合、ガス温度が上昇し
60℃以下の低温滅菌処理が困難となる。メッシュ電極型交流プラズマ生成装置で生成され
る活性種を増加させるためには、交流高圧電源の出力を増加させるか、圧力を上昇させる
必要がある。交流高圧電源の出力を増加させると、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置
と同様に温度上昇につながる。圧力を上昇させると、プラズマが安定的に生成できない。
25
本プラズマ装置では大気中の空気で生成可能であるため、ガスボンベのような設備を必
要とせず、低コストであり、使用上も安全である。
26
図 11 ハイブリッドプラズマ生成装置概略図
図 12
ハイブリッドプラズマ生成の様子
(シャッター速度:1 秒、ISO 1600、F 6.4)
27
3-4 メッシュ電極型交流プラズマ
本実験で使用する交流高圧電源について、オシロスコープにより電圧波形の測定および
出力等の確認を行った。メッシュ電極型交流プラズマ生成装置に用いた交流高圧電源から
供給される放電電圧波形を図 10 に示す。電極印加電圧はVp-p = 1.06 kV(Vhigh = 460 V, Vlow =
-560 V)であるが、真空チェンバー内圧力が 100 Pa以下で使用することにより大きな面積
の金属メッシュ電極でも十分一様に放電が可能であり、メッシュ電極型交流放電はグロー
放電であると考えられる。
28
図 10
メッシュ電極型交流プラズマ生成装置に用いた交流高圧電源の電圧波形
29
3-5 各種プラズマ生成装置でのガス温度特性
本研究では、低温での滅菌処理を目指すために真空チェンバー内のガス温度の上限値を
60 ℃と定めており、ガス温度測定は必須である。そこで、本研究で開発したトーチ型マイ
クロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、ハイブリッドプラズマ
生成装置におけるガス温度測定を行い、その特性を明らかにする。
3-5-1 実験装置および実験方法
本実験でガス温度を測定するためにデジタル温度計(TM-947SD)を用い、熱電対は K
熱電対を使用した。なお、温度記録は 2 秒毎に行い、データを SD カードに保存した。ト
ーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、ハイブリッ
ドプラズマ生成装置のトーチ先端および金属メッシュ電極から 3 cm 離れた位置に熱電対
を設置しており、それぞれにおいて全て同じ測定位置とした。使用したガスは大気中の空
気である。実験を行った際の装置周辺の温度は 19 ~22 ℃、湿度は 40 ~55 %であった。
-共通条件-
● 真空チェンバー容量
:17 L
-設定条件-
● トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置:マイクロ波電力 250 W
● メッシュ電極型交流プラズマ 生成装置:交流高圧電源(1 kV, 30 W, 10 kHz)
● ハイブリッドプラズマ生成装置
:マイクロ波電力 250 W、
交流高圧電源(1 kV, 30 W, 10 kHz)
【実験 1:トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置のガス温度圧力変化特性】
本実験で使用するトーチ型マイクロ波プラズマ生成装置の構成は下記のとおりである
(図 13)。真空チェンバー内の圧力を 10, 30, 70, 180 Pa に変化させ、プラズマ生成後ガス
温度測定を 10 分間行った。
● 装置構成
:マイクロ波電源、トーチ(アンテナおよび石英管)
、導波管、
真空チェンバー、真空ポンプ、トーチ(アンテナおよび石英管)
30
【実験 2:トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置のガス温度マイクロ波電力変化特性】
実験 1 と同様のトーチ型マイクロ波プラズマ生成装置(図 13)である。マイクロ波の電
力を 50, 100, 150, 200, 250 W と変化させ、真空チェンバー内の圧力を 70 Pa に固定し、プ
ラズマ生成後ガス温度測定を 10 分間行った。
【実験 3:トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、
ハイブリッドプラズマ生成装置の 60 分間のガス温度特性実験】
本実験で使用するトーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ
生成装置(図 14)
、ハイブリッドプラズマ生成装置(図 15)の構成は下記のとおりである。
-トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置-
● 装置構成
:マイクロ波電源、トーチ(アンテナおよび石英管)、導波管、
真空チェンバー、真空ポンプ
-メッシュ電極型交流プラズマ生成装置-
● 装置構成
:交流高圧電源、石英管、金属メッシュ(SUS 304)、
真空チェンバー、真空ポンプ
-ハイブリッドプラズマ生成装置-
● 装置構成
:マイクロ波電源/交流高圧電源、トーチ(アンテナおよび石英管)
、
金属メッシュ電極(SUS 304)、真空チェンバー、真空ポンプ
本実験において、真空チェンバー内の圧力は 70 Pa に固定した。真空チェンバー内の圧
力を 70 Pa とした理由として、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置のプラズマは 70 Pa
以下で安定して生成されるためである。医療現場で使用される過酸化水素ガス滅菌器の滅
菌時間が 60 分程度であることから、プラズマ生成後、トーチ型マイクロ波プラズマ生成
装置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置をそれぞれ単独で動作させた場合、および両
装置を同時に動作させた場合(ハイブリッドプラズマ)について、同様のガス温度測定を
60 分間行った。
31
図 13
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置の温度測定位置
図 14
メッシュ電極型交流プラズマ生成装置の温度測定位置
図 15
ハイブリッドプラズマ生成装置の温度測定位置
32
3-5-2 実験結果および考察
【実験 1:トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置のガス温度圧力変化特性】
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置の真空チェンバー内圧力変化におけるガス温度
計測を行った結果を図 16 に示す。トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置のガス温度は、
真空チェンバー内の圧力と共に上昇することが確認された。この温度上昇は、トーチ型マ
イクロ波プラズマ生成装置のプラズマ生成部のガスは高温であり、本実験装置ではガス流
量により真空チェンバー内圧力を制御するため、圧力を上昇させると石英管内のガス流速
が速くなり、高温ガスが真空チェンバー内に輸送され、温度測定位置(トーチ先端および
金属メッシュ電極から 3 cm)でガス温度が上昇すると考えられる。本実験で、真空チェン
バー内の圧力が 180 Pa、マイクロ波電力が 250 W の場合でも 60 ℃以下であることが確認
されたが、実際の滅菌処理時間で確認を行う必要がある。
【実験 2:トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置のガス温度マイクロ波電力変化特性】
マイクロ波電力変化におけるガス温度計測を行った結果を図 17 に示す。トーチ型マイ
クロ波プラズマ生成装置のガス温度は、マイクロ波電力が 50 W と 250 W を比較した場合、
1.5 ℃程の上昇が確認された。本実験により、真空チェンバー内の圧力が 70 Pa の場合、
マイクロ波電力変化におけるトーチ型マイクロ波プラズマ生成装置のガス温度は、ほとん
ど変化がないことが確認された。本実験で、真空チェンバー内の圧力が 70 Pa、マイクロ
波電力が 250 W の場合でも 60 ℃以下であることが確認されたが、実際の滅菌処理時間で
確認を行う必要がある。
【実験 3:トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、
ハイブリッドプラズマ生成装置のガス温度特性実験】
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、ハイブ
リッドプラズマ生成装置について、プラズマ生成後 60 分間のガス温度測定を行った結果
を図 18~20 に示す。トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置の 60 分後のガス温度は 28 ℃
であった。メッシュ電極型交流プラズマ生成装置の 60 分後のガス温度は 30 ℃であった。
ハイブリッドプラズマ生成装置の 60 分後のガス温度は 31 ℃であった。ハイブリッドプラ
ズマ生成装置のガス温度が高いが、ガス温度は 32 ℃であり、トーチ型マイクロ波プラズ
33
マ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、ハイブリッドプラズマ生成装置のい
ずれも、プラズマ生成後 60 分間経過した後も低温滅菌に必要な 60 ℃以下の環境であるこ
とが確認された。
従って、いずれの装置においても、滅菌に必要な時間(60 分間を想定)中で 60 ℃を超
過する低温滅菌の条件を満たしており、耐熱性の低い対象物の処理が可能である。
34
図 16
プラズマ生成後 10 分間の真空チェンバー内圧力変化におけるガス温度変化
図 17
プラズマ生成後 10 分間のマイクロ波電力変化におけるガス温度変化
35
図 18
図 19
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置における真空チェンバー内の温度変化
メッシュ電極型交流プラズマ生成装置における真空チェンバー内の温度変化
図 20
ハイブリッドプラズマ生成装置における真空チェンバー内の温度変化
36
第4章
各種プラズマ照射における滅菌実験
4-1 序論
本章においては、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ
生成装置、ハイブリッドプラズマ生成装置の各プラズマ生成装置を用いた滅菌実験の結果
および考察について述べる。また、プラズマの各種パラメータを変化させた場合の、プラ
ズマ中の活性粒子種と滅菌実験結果との関係を明らかにする。4-2 では、滅菌実験の装置
および方法の詳細について述べる。4-3 では、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置によ
る滅菌基礎特性について述べる。4-4 では、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置による
局所的滅菌実験について述べる。4-5 では、トーチのマルチ化によって大体積滅菌実験に
ついて述べる。4-6 では、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流放
電プラズマ生成装置、ハイブリッドプラズマ生成装置による滅菌について述べる。4-7
では、生成される活性粒子種の発光分光法による計測と滅菌因子の同定について述べる。
4-2 使用する滅菌判定法
滅菌器による滅菌の成否を確認するため、生物学的指標(バイオロジカルインジケータ,
BI)を使用した。これは医療現場で滅菌器の動作を確認する際に使用される微生物を用い
たインジケータであり、滅菌器の性能を担保するための最も信頼性の高い試験方法である。
BI に使用される菌は芽胞状態のものが使用されるが、各滅菌法によって種類が異なる(表
4)。その理由は、各滅菌法に対し最も抵抗性のある菌種を用いる必要があるためである。
本研究では、次の 3 タイプの BI を使用した。
1)
ガラスフィルタータイプ BI
本研究の一部で、独自のガラスフィルタータイプのBI(サラヤ社製)を用いた。ガラス
フィルタータイプBIは、ガラスフィルター中心部に 1×102 cfuまたは、1×104 cfuの芽胞(納
豆菌,Bacillus subtilis var. natto)が塗布されており、市販されている菌数より少ないが、
市販のBIは高価なため自作した。滅菌処理後のBIは 60 ℃で 48 時間培養し、培養液の濁度
で滅菌の成否判定を行う(図 21)
。
37
2)
ステンレスタイプ BI
ステンレスタイプBI(レーベン社製)は、ステンレスの中心部に 1×106cfuの芽胞
(Geobacillus stearothermophilus ATCC 7953)が塗布されており、滅菌処理後に培養液に入
れ、55 ℃前後で 24 時間培養する。滅菌結果の判定方法は、培養前後の培養液の色の変化
で行う(図 22)
。滅菌処理に成功していれば芽胞由来の酵素が不活性化されているため、
非蛍光基質と反応せず蛍光物質が生成されないため培養液の変色はない。しかし、滅菌処
理に失敗していれば、蛍光物質が生成されるため、培養液が変色する。
3 ) バイアルタイプ BI
バイアルタイプBIは、医療現場で用いられる一般的なBIである。本研究では福沢商事社
製バイアルタイプBIを使用した。ガラス紙(または金属板)に 1×106 cfuの芽胞(Geobacillus
stearothermophilus ATCC 7953)が塗布されており、芽胞を培養するためのアンプルに入っ
た培地がバイアルに収められている(図 23)
。よって、他の菌と混ざり合うリスクが最も
低いが、活性種が細部を通過する必要があるため、本研究では細部への確認に使用した。
バイアルタイプのBIは、滅菌処理後にアンプルを割り、培地を微生物芽胞が塗布されたガ
ラス紙(または金属板)と混ぜ合わせて培養する。培養する際には 55 ℃前後で 24 時間培
養する。滅菌結果の判定方法は、ステンレスタイプBIと同様に、培養前後の培養液の色の
変化で行う(図 24)。
38
表 4 各医療用滅菌法に用いられる指標菌
図 21
ガラスフィルタータイプ BI の不活性化判定
図 22
ステンレスタイプ BI の滅菌判定
39
図 23
図 24
バイアルタイプ BI の構造
バイアルタイプ BI の滅菌判定
40
4-3 トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置による滅菌基礎特性
4-3-1 実験装置と実験方法
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置を用いて、菌の不活性化確認実験を行った。装置
は、マイクロ波電源、導波管、真空チェンバー、真空ポンプ、トーチ(アンテナおよび石
英管)で構成されている(図 25)
。本実験で使用した真空チェンバーの容量は約 3.2 L(φ
18 cm×32 cm)である。BIは真空チェンバー内の底面 3 箇所に設置した。1 つはトーチの
直下(B)に設置し、トーチからの距離は約 17 cmである。残りの 2 つはトーチから約 23 cm
離れた場所(A, C)に設置した。なお、本実験の目的は、トーチ型マイクロ波プラズマ生
成装置の真空チェンバー内圧力およびマイクロ波電力を変化させた場合における滅菌傾
向を確認するために、菌数の少ないガラスフィルタータイプBI(Bacillus subtilis var. natto,
1×102 cfu)を使用した。使用したガスは大気中から導入した空気である。ガス温度が 60 ℃
以下になるようマイクロ波電力を制御し、処理時間を 15 分および 30 分とした。実験環境
は、室温:20~25 ℃、湿度:40~55 %である。
以下の 2 条件で不活性化確認実験を行った。
実験 1:マイクロ波電力 480 W、真空チェンバー内圧力 200 Pa
実験 2:マイクロ波電力 100 W、真空チェンバー内圧力 300 Pa
41
図 25
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置の実験装置概要
42
4-3-2 実験結果および考察
実験の結果を表 5 に示す。結果欄の数値は、
分母が A, B, C の位置に設置した BI の総数、
分子が不活性化に成功した BI の数を示す。
真空チェンバー内の圧力が 300 Pa、マイクロ波電力が 100 W、処理時間が 15 分の場合、
トーチ直下の BI(図 25 中 B)のみで菌の不活性化に成功した。一方で、処理時間が 30 分
間の場合では、全ての位置で成功していない。これは安定的に滅菌処理を達成するために
はさらなる処理時間が必要であると考えられる。トーチ直下ではない他の 2 か所(A, C)
では不活性化が達成されておらず、プラズマの空間一様性が不足していることが明らかと
なったため、プラズマの空間一様性が高い装置の考案が必要である。
また、不活性化処理時間が 30 分を超えた場合、トーチ先端部から 3 cm 離れた場所にお
けるガス温度が 60 ℃を超えることが確認された。本実験条件では、真空チェンバー内の
圧力が比較的高く石英管内のガス流速が速いと考えられることから、放電領域の加熱され
たガスが真空チェンバー内に流入する量が多いことが温度上昇の原因と推察される。
43
表 5 トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置の菌の不活性化確認実験結果
44
4-4 トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置による局所的滅菌実験
4-4-1 実験装置と実験方法
これまでの実験では、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置では空間全体の滅菌処理が
困難であるという結果が得られた。従って、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置につい
ては、大体積の滅菌処理ではなく、限られた領域における滅菌処理を確認した。
本研究では、滅菌容積を減少させて滅菌実験を行った。装置は、マイクロ波電源、導波
管、真空チェンバー、真空ポンプ、トーチ(アンテナおよび石英管)
、円形ガラス容器(外
径 90 mm)で構成されている(図 26)
。実際に医療現場で滅菌を行う際には、滅菌処理後
に被滅菌物を滅菌状態に保つ必要があるため、医療器具を滅菌バッグに被滅菌物を入れた
うえで滅菌処理を行う。本研究でも滅菌バッグに BI を入れて密閉状態とし、それをガラ
ス容器(0.1 L)に設置した(図 27)。滅菌バッグは片面がフィルム、もう片面が不織布で
構成されており、端面を熱溶着して使用する。図 27 では、滅菌バッグのフィルム面から
撮影しているが、実際には腐食布側を上面に向けて設置した。BI を入れたガラス容器をト
ーチの先端部に設置し、図 28 のようにプラズマを照射した。プラズマ生成ガスは大気中
の空気を用いた。滅菌処理のプラズマ照射時間変化を観察するため、以下の 2 条件で滅菌
実験を行った。
実験 1:マイクロ波電力 250 W、真空チェンバー内圧力 60 Pa、滅菌処理時間 210 min
実験 2:マイクロ波電力 250 W、真空チェンバー内圧力 60 Pa、滅菌処理時間 300 min
なお、真空チェンバー内圧力を 60 Pa とした理由として、小体積の場合、容器内のガス
温度が上昇しやすいため、圧力を下げガス温度上昇を抑えた。
本実験で使用した BI は、バイアルタイプである(図 23)。実験 1 を 4 回行い、実験 2
を 2 回行った。実験環境は、室温:20~25 ℃、湿度:40~55 %である。
45
図 26
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置による局所的滅菌実験概要
図 27
図 28
BI を滅菌バッグに封入しガラス容器に設置した様子
滅菌バッグに BI を入れた状態でプラズマを照射している様子
46
4-4-2 実験結果および考察
実験の結果を表 6 に示す。結果欄の数値は、分母が使用した BI の総数(実験回数)
、分
子が滅菌処理に成功した BI の数を示す。210 分で滅菌処理が成功した場合がある一方で、
滅菌処理時間が 300 分でも滅菌処理が達成しない場合があった。本実験で使用した BI は
図 23 のような構造を持ち、細部までプラズマで生成された活性種が到達しなければなら
ず、本装置および本実験条件においては、滅菌処理が困難であると考えられる。また、滅
菌バッグ内に BI が入っていることから、滅菌バッグの不織布から活性種が入り込まなく
てはならず、それも滅菌処理が困難になった一因であると考えられる。
本実験結果により、細部の滅菌は困難であることがわかったが、一部で滅菌処理が成功
した場合もあることから、1×106 cfuの芽胞(Geobacillus stearothermophilus ATCC 7953)に
対しても有効であることが示された。
47
表 6 トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置による局所的滅菌実験結果
48
4-5 トーチのマルチ化による大体積滅菌
4-5-1 トーチを 3 本に増加した装置
4-5-1-1
実験装置と実験方法
前節の結果を踏まえ、滅菌効果の空間一様性を向上させるため、トーチ型マイクロ波プ
ラズマ生成装置のトーチを 3 本に増加させ、菌の不活性化確認実験を行った。本装置は、
マイクロ波電源、導波管、真空チェンバー、真空ポンプ、3 本のトーチ(アンテナおよび
石英管)で構成されている(図 29)。本実験で使用した真空チェンバーの容量は、一般的
な小型高圧蒸気滅菌器とほぼ同等の約 17 L(W 22 ×L 34×H 24 cm)であるが、被滅菌物
を載置する際の利便性およびトーチのマルチ化に対応するために、図 30 に示すように新
たに角型チェンバーを製作し実験を行った。トーチは導波管内に設置されており、マイク
ロ波の導波管内波長を考慮し、約 73 mm 毎に設置されているため、均等に安定してプラズ
マが生成される。使用したガスは大気中の空気である。
マイクロ波電力および真空チェンバー内の圧力を変化させ、以下の 3 条件で菌の不活性
化確認実験を行った。本実験では、前節での実験結果を考慮して、より長い処理時間(90
分、180 分)とした。また、前節ではガス温度が 60 ℃を超えたことを考慮し、真空チェ
ンバー内圧力を 40 Pa, 60 Pa,80 Pa に設定し実験を行った。
実験 1:マイクロ波電力 500 W、真空チェンバー内圧力 40 Pa
実験 2:マイクロ波電力 500 W、真空チェンバー内圧力 60 Pa
実験 3:マイクロ波電力 500 W、真空チェンバー内圧力 80 Pa
トーチを 3 本に増加した装置で生成されるプラズマによる滅菌処理の空間一様性を確認
するために、BIは、トーチ先端から 24 cm離れた位置(3 箇所)およびトーチから 34 cm離
れた位置(3 箇所)
、上面(1 箇所)
、左右側面(2 箇所)
、正面および背面(各 2 箇所×2)
の合計 13 箇所に設置した(図 31)
。BIはガラスフィルタータイプBI(Bacillus subtilis var.
natto, 1×102 cfu)を使用した。実験環境は、室温:20~25 ℃、湿度:40~55 %である。
49
図 29
マルチトーチ(3 本)型マイクロ波プラズマ生成装置の概要
図 30
マルチトーチ(3 本)型マイクロ波プラズマ生成装置の写真
50
図 31
マルチトーチ(3 本)型マイクロ波プラズマ生成装置の BI(○印)の設置位置
51
4-5-1-2
実験結果および考察
実験の結果を表 7 に示す。結果欄の数値は、分母が使用した BI の総数、分子が不活性
化に成功した BI の数を示す。真空チェンバー内の圧力が 40, 60, 80 Pa において、いずれも
90 分間の処理で全ての領域で不活性化に成功した。成功した個所は 90 分間で不活性化さ
れているため、本装置および本装置の設定条件の D 値は 45 分以下である。しかしながら、
真空チェンバー内の圧力が 80 Pa で処理時間が 180 分の場合に不活性化に失敗している箇
所があることから、圧力が高い場合には活性粒子が粒子間衝突により失活しやすくなり、
活性種の空間一様性が不十分であることが考えられる。また、不活性化に失敗しているも
う一つの理由として、BI に塗布されている芽胞菌が積層している可能性があり、ガラスフ
ィルター表面の菌の分解に時間を要し、ガラスフィルターの内部まで入り込んだ芽胞菌に
対しては効果が小さいためと考えられる(図 32)
。
真空チェンバー内圧力が 80 Pa、マイクロ波電力が 500W の場合が最も温度が高く、ト
ーチ先端部から 3 cm 離れた場所におけるガス温度が 58 ℃であった。前節の実験と比較し
ガス温度が低かった理由として、トーチが増加したこと、および真空チェンバー内圧力が
低かったことによりトーチ 1 本あたりのガス流量および全ガス流量が減少し、計測位置で
のガス温度が低下したことが考えられる。
52
表 7 マルチトーチ(3 本)型マイクロ波プラズマ生成装置の不活性化確認実験結果
図 32
ガラスフィルターに塗布された菌へのプラズマ照射後のイメージ
53
4-5-2 トーチを 8 本に増加した装置
4-5-2-1
実験装置と実験方法
前節トーチのマルチ化による大体積滅菌で、菌の不活性化の空間一様性確認を行ったが、
さらなる空間一様性の向上のためトーチ型マイクロ波プラズマ生成装置のトーチを 8 本に
増加させ、不活性化実験を行った。装置は、マイクロ波電源、導波管、真空チェンバー、
真空ポンプ、トーチ(アンテナおよび石英管)で構成されている(図 33)
。トーチは、約
73 mm 毎(マイクロ波の導波管内半波長に相当)が 4 本の 2 列(合計 8 本)に設置されて
おり、安定してプラズマが生成される。使用した真空チェンバーは 4-5-1 の実験と同じ
角型で同じ容量の約 17 L であるが、寸法(W33×D35×H15 cm)と異なっている。装置は
マイクロ波電源、導波管、真空チェンバー、真空ポンプ、8 本のトーチ(アンテナおよび
石英管)を一体化させた装置を試作機として開発した(図 34)
。実験環境は、室温:20~
25 ℃、湿度:40~55 %である。
本装置は、チェンバー内圧力を約 20~180 Pa の範囲、マイクロ波電力は 0~520 W の範
囲で調整ができる。使用電源も 100 V 仕様であり、一つの電源から真空ポンプの動作、マ
イクロ波電源の動作、ガス流量調整、弁の ON/OFF、タイマーなど、すべての機器の電
力を補える。即ちワンタッチでプラズマの ON/OFF が可能であり、製品化を目的とした
装置である。本装置に装着されているマイクロ波電源の最大出力は 526 W だが、マイクロ
波電源の発熱によるマイクロ波電源の破損防止のため、マイクロ波電源の温度制御を行っ
ており、長時間の実験においてはマイクロ波電力を 250 W とした。本装置では滅菌処理の
空間一様性の向上のため、図 35 に示すように 8 本のトーチから真空チェンバー内にプラ
ズマが一様に放出される構造である。使用したガスは大気中の空気である。マイクロ波電
力 250 W、真空チェンバー内圧力 70 Pa で 2 時間の処理を行い、その後、コロニーカウン
ト法で生残菌数を測定し、D 値を求めた。
なお、真空チェンバー内圧力を 70 pa に設定した理由として、圧力が高い方が滅菌に寄
与する活性種の密度を高くできると考えられるからである。また、後にも述べるが、本角
型真空チェンバーを利用した、メッシュ電極型交流放電プラズマ生成装置を用いた実験に
おいて、真空チェンバー内圧力が 70 Pa 以下の場合、安定してプラズマが生成されるため、
本実験においても真空チェンバー内圧力を 70 Pa とした。
BIはガラスフィルタータイプBI(Bacillus subtilis var. natto, 1×104 cfu)を使用し、図 36
54
のように真空チェンバー内の四隅(8 箇所)、プラズマトーチ直下(1 箇所)に設置した。
コロニーカウント法を用いて菌数を数える必要がある場合は、菌を生残させることが必要
である。本実験では、前節の実験と比較しBIの菌数を 100 倍増加させたもの(1×104 cfu)
を使用した。
55
図 33
図 34
マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズマ生成装置の概要
マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズマ生成装置試作器外観
56
図 35
マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズマ生成装置
(シャッター速度:1 秒、ISO 1600、F 6.4)
図 36
マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズマ生成装置の BI の設置位置
57
4-5-2-2
実験結果および考察
実験の結果を図 37 に示す。トーチの直下(トーチから約 15 cm)に設置した BI につい
ては、処理時間が 15 分で菌数が 1/100 以下まで減少したことが確認された。この結果から
D 値は約 8 分以下となる。それ以上の処理時間の増加による菌数の減少は緩やかであり、
菌数が 1/1000 以下まで減少するためには 2 時間を要した。前節でも述べたように、BI に
塗布されている芽胞菌が積層している可能性があり、ガラスフィルター表面の菌の分解に
時間を要し、ガラスフィルターの内部まで入り込んだ芽胞菌に対しては、効果が小さいた
めと考えられる。また、真空チェンバーの四隅に設置した BI については、処理時間が 2
時間経過した場合でも菌数の減少は確認されなかった。これは、トーチを増加させても、
真空チェンバー全体に活性種が拡散していないことを示している。
トーチ直下のみ菌数の減少が見られたが、これはプラズマトーチ内での放電から発生す
る紫外線の影響も考えられる。プラズマトーチの延長上に設置された BI は、紫外線が最
も強く滅菌されやすい。医療現場で使用される滅菌器においては、必ず活性種が空間全体
に広がり、いずれの場所でも滅菌できる必要がある。なお、ガス温度については、トーチ
先端部から 3 cm 離れた場所において 60 ℃以下であることが確認された。
58
図 37
マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズマ生成装置の滅菌実験結果
59
4-6 マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズ
マ生成装置、ハイブリッドプラズマ生成装置による滅菌実験
4-6-1 実験装置と実験方法
本実験ではトーチ型マイクロ波プラズマ生成装置の大体積化を試みた。これまでトーチ
型マイクロ波プラズマ生成装置では真空チェンバー内全体での滅菌は困難であったため、
真空チェンバー内全体をカバーするような大面積のプラズマ源を用いて、大体積処理が可
能な滅菌器の開発を検討した。使用する主な滅菌装置の概要は以下のとおりである。
①マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズマ生成装置
②メッシュ電極型交流プラズマ生成装置
③ハイブリッドプラズマ生成装置
上記①のマルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズマ生成装置は、5-2-4 でも説明した
プラズマ生成装置である。装置は、マイクロ波電源、導波管、真空チェンバー、真空ポン
プ、8 本のトーチ(アンテナおよび石英管)
、で構成されている(図 38)
。
②のメッシュ電極型交流プラズマ生成装置は、真空チェンバー内上部の石英管先端に金
属メッシュ(大きさ 25 ×20 cm)を固定したものである(図 39)。金属メッシュ電極は石
英管と接しているが真空チェンバーとは接触していない。金属メッシュに交流高圧電源(1
kV, 30 W, 10 kHz)を接続し、金属メッシュを放電電極として真空チェンバー内部に大面積
のプラズマを生成するものである。
③のハイブリッドプラズマ生成装置は、上述の『マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プ
ラズマ生成装置』と『メッシュ電極型交流プラズマ生成装置』を同時に生成する方法であ
り、本装置により発生するプラズマ生成装置をハイブリッドプラズマ生成装置と称した。
マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズマ生成装置で生成されたプラズマは、メッシュ
電極型交流プラズマ生成装置の金属メッシュを通過することにより、活性粒子種が大面積
に拡散することや、従来にない活性種が生成されることが期待される。装置は、マイクロ
波電源、交流高圧電源、導波管、金属メッシュ、真空チェンバー、真空ポンプ、8 本のト
ーチ(アンテナおよび石英管)
、で構成されている(図 40)。電極近傍のみならず真空チェ
ンバー内全体で発光することが分かる。なお、図 38~40 では、トーチは 4 本のみ表現さ
れているが、2 列になっており、合計 8 本のトーチ(アンテナ、石英管)で構成されてい
る。
60
マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ生
成装置、ハイブリッドプラズマ生成装置における電位分布予測を図 41 に示す。
(i)トーチ
型マイクロ波プラズマ生成装置、 (ii)メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、 (iii) ハイブ
リッドプラズマ生成装置の電位を示している。マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズ
マ生成装置はトーチとチェンバー底部との間に電位差を生じる。メッシュ電極型交流プラ
ズマ生成装置は金属メッシュとチェンバー上部との間に電位差を生じる。さらに、メッシ
ュ電極型交流プラズマ生成装置は金属メッシュとチェンバー底部との間に電位差を生じ
る。ハイブリッドプラズマ生成装置はトーチとチェンバー底部との間に電位差を生じる。
メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、ハイブリッドプラズマ生成装置は、トーチで生成
される電子は正電位にある時、その開口部から放出され、金属メッシュ電極に向かって加
速される。これらの電子により電極周囲に活性種が生成される。
滅菌処理時間の変化およびプラズマの拡散とコールドポイントの特定を確認するため、
以下の 2 条件で滅菌実験を 3 回ずつ繰り返し行った。実験環境は、室温:20~25 ℃、湿
度:40~55 %である。使用したガスは大気中の空気である。
【滅菌実験 1:滅菌処理時間の決定】
BI の位置を固定し、マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電
極型交流プラズマ生成装置、ハイブリッドプラズマ生成装置の各プラズマ生成装置におい
て、滅菌処理に必要な時間を明らかにする。本実験ステンレスタイプ BI を使用した。
-共通条件-
● 真空チェンバー内圧力
:70 Pa
● 滅菌処理時間
:30~120 min
● BI の設置位置
:トーチ先端および金属メッシュ電極から 3 cm に設置
-設定条件-
● マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズマ生成装置:マイクロ波電源(250 W)
● メッシュ電極型交流プラズマ生成装置:交流高圧電源(1 kV, 30 W, 10 kHz)
● ハイブリッドプラズマ生成装置
:マイクロ波電源(250 W)、
交高圧電源(1 kV, 30 W, 10 kHz)
61
【滅菌実験 2:プラズマの拡散とコールドポイントの特定】
BI の位置を、トーチ先端から 3, 8, 13 cm に変更し、各プラズマ生成装置によって生成さ
れた活性粒子種が真空チェンバー内でどのように拡散するかを明らかにする。本実験ステ
ンレスタイプ BI を使用した。
-共通条件-
● 真空チェンバー内圧力
:70 Pa
● 滅菌処理時間
:120 min
● マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズマ生成装置:マイクロ波電源(250 W)
● メッシュ電極型交流プラズマ生成装置:交流高圧電源(1 kV, 30 W, 10 kHz)
● ハイブリッドプラズマ生成装置
:マイクロ波電源(250 W)、
交流高圧電源(1 kV, 30 W, 10 kHz)
-設定条件-
● BI の設置位置:トーチ先端および金属メッシュ電極から 3, 8, 13 cm に設置
62
図 38
マルチトーチ(8 本)型マイクロ波プラズマ生成装置概略図における BI 設置位置
図 39
メッシュ電極型交流プラズマ生成装置概略図における BI 設置位置
図 40
ハイブリッドプラズマ生成装置概略図における BI 設置位置
63
図 41
(i)トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、(ii)メッシュ電極型交流プラズマ生成
装置、 (iii) ハイブリッドプラズマ生成装置における予測される各電位分布
64
4-6-2 実験結果および考察
【滅菌実験 1:滅菌処理時間の決定】
滅菌処理時間を変化させた場合の滅菌実験の結果を表 8 に示す。トーチ型マイクロ波プ
ラズマ生成装置においては、120 分の処理時間で滅菌処理に成功した。メッシュ電極型交
流プラズマ生成装置においては、最短 90 分の処理時間で滅菌処理に成功した。ハイブリ
ッドプラズマ生成装置においては、最短 45 分の処理時間で滅菌処理に成功した。以上の
結果からハイブリッドプラズマ生成装置が最も短い処理時間で滅菌が可能であることが
分かった。また、各プラズマ生成装置におけるガスの最高ガス温度は 39~41 ℃であった。
【滅菌実験 2:プラズマの拡散とコールドポイントの特定】
BI とトーチ先端間の距離を変化させた場合の滅菌結果を表 9 に示す。各プラズマ生成装
置とも 120 分の滅菌処理を行った。トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置においては、ト
ーチ先端から 3 cm までの距離で滅菌処理が成功し、メッシュ電極型交流プラズマ生成装
置とハイブリッドプラズマ生成装置においてはメッシュ表面から 13 cm までの距離におい
ても滅菌処理に成功した。この位置は真空チェンバー内の底面の位置とほぼ等しく、メッ
シュ電極型交流プラズマ生成装置とハイブリッドプラズマ生成装置では、活性粒子が真空
チェンバー内全域に拡散していることがわかった。
本実験では、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置による滅菌結果とハイブリッドプラ
ズマ生成装置による滅菌結果との間に明確な差異がみられなかった。一方で、トーチ型マ
イクロ波プラズマ生成装置とメッシュ電極型交流プラズマ生成装置においては、明確な違
いがみられた。メッシュ電極型交流プラズマ生成装置は大面積でプラズマ生成源が可能な
ため、本プラズマだけでも大体積に活性種が生成されたと考えられる。
65
表 8 トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、
ハイブリッドプラズマ生成装置の滅菌処理時間別滅菌実験結果
表 9 トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、
ハイブリッドプラズマ生成装置の BI の設置位置別滅菌実験結果
66
4-7 発光分光法によるスペクトル解析
4-7-1 発光分光法
プラズマ滅菌器の実用化にとって滅菌処理に寄与する活性粒子種の同定は重要である。
プラズマからの発光分光のスペクトルを測定することによって、プラズマ中の活性粒子種
を明らかにする。
4-7-2 実験装置と実験方法
実験装置の概略を図 45 に示す。トーチ先端から送り出された発光したガスを測定する
ために、トーチの延長上に光ファイバーを設置し、マルチチャンネル分光器(コニカミノ
ルタ,Glacier X:分解能 0.6 nm)と接続し、測定を行った。マルチチャンネル分光器は
190~1100 nm の範囲で測定が可能である。本実験に使用した光ファイバーは、真空チェ
ンバー内に設置することが可能なタイプを用いた。真空チェンバー内に設置することによ
り、ウインドウで減衰することなく発光スペクトルの測定が可能である。
本実験では、『各プラズマ生成法における発光スペクトル分析』と『プラズマの圧力依
存性』、
『プラズマの拡散の評価』の発光分光を用いて分析を行った。実験環境は、室温:
20~25 ℃、湿度:40~55 %である。
【実験 1:各プラズマ生成装置の発光スペクトルの計測】
各プラズマ生成装置の発光スペクトルを測定するために、光ファイバーはトーチと垂直
に、トーチ先端から 3 cm 離れた場所に設置した。
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、ハイブ
リッドプラズマ生成装置の 3 種類のプラズマ生成装置について発光分光測定を行い、発光
スペクトルの測定を行った。その測定した発光スペクトルから生成されている。発光分析
から、滅菌処理に寄与する活性種を探る。
【実験 2:プラズマの圧力依存性】
実験目的:プラズマ発光強度の圧力依存性を明らかにする。光ファイバーはトーチと垂直
に、トーチ先端から 3 cm 離れた場所に設置した。滅菌処理に寄与すると考えられる代表
的なスペクトル(337.1, 747, 777 nm)を測定した。実験条件は以下の通りである。
67
-共通条件-
● 真空チェンバー内圧力:20, 30, 40, 50, 60, 70, 80, 180 Pa
● 光ファイバーの設置位置:トーチ先端および金属メッシュ電極から 3 cm で設置
-設定条件-
● トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置:マイクロ波電力 250 W
● メッシュ電極型交流プラズマ 生成装置:交流高圧電源(1 kV, 30 W, 10 kHz)
● ハイブリッドプラズマ生成装置
:マイクロ波電力 250 W、
交流高圧電源(1 kV, 30 W, 10 kHz)
【実験 3:プラズマの拡散の評価】
実験目的:プラズマ発光強度のプラズマ生成源からの距離依存性(拡散性)を明らかにす
る。圧力は 70 Pa で一定とした。光ファイバーはトーチと垂直に設置し、トーチから離し
ていった。滅菌処理に寄与すると考えられる代表的なスペクトル(337.1, 747, 777 nm)を
測定した。実験条件は以下の通りである。
-共通条件-
● 真空チェンバー内圧力:70 Pa
● 光ファイバーの設置位置:トーチ先端および金属メッシュ電極から 3, 5, 7, 9, 11 cm
-設定条件-
● トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置:マイクロ波電力 250 W
● メッシュ電極型交流プラズマ 生成装置:交流高圧電源(1 kV, 30 W, 10 kHz)
● ハイブリッドプラズマ生成装置
:マイクロ波電力 250 W、
交流高圧電源(1 kV, 30 W, 10 kHz)
68
図 45
発光分光器設置および接続概要
69
4-7-3 実験結果および考察
【実験 1:各プラズマ生成装置の発光スペクトルの計測】
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置およびハ
イブリッドプラズマ生成装置の発光スペクトルを図 46~48 に示す。300~400 nmのピーク
はN2のsecond positive のC3Πu と B3Πg bandsである。427.8 nmのピークはN2のfirst negative
の B2Σu+ と X2Σg+ bandsである。また、350~400 nmはN+からの発光である。747 nmおよび
777 nmは窒素原子(N)と 5 重項酸素原子(O(5P))からの発光である。メッシュ電極型
交流プラズマ生成装置およびハイブリッドプラズマ生成装置においては、200~300 nmに
NOγの特長的な離散的なピークが確認された。各プラズマにおけるNOγ(247 nm)とNO*
(575 nm)における発光強度を図 49 に示す。ハイブリッドプラズマ生成装置のNOγの発光強
度が最も強く、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置の発光強度が最も弱かったことから、
NOγが滅菌処理に寄与するものと考えられる。
また、ハイブリッドプラズマ生成装置においては、酸素原子(O(5P))のピークやNO
ラジカルの離散的ピークのピーク高(発光強度)が、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装
置の発光強度に比べて 3 倍程度となった。生成される酸素原子やNOラジカルの量は近似
的に発光強度にほぼ比例すると考えられる。
【実験 2:プラズマの圧力依存性】
波長 337.1、747、777 nm の発光強度の実験の結果をそれぞれ図 50~52 に示す。
【励起窒素分子 at 337.1 nm】
波長 337.1 nm の励起窒素分子は、トーチ型マイクロ波プ
ラズマ生成装置ではほとんど確認されないのに対し、メッシュ電極型交流プラズマ生成装
置とハイブリッドプラズマ生成装置では発光強度が高いことが分かった。またメッシュ電
極型交流プラズマ生成装置とハイブリッドプラズマ生成装置は圧力が上昇すると発光が
低くなることが確認された。圧力が上昇すると、平均自由行程が短くなり、電子が獲得す
るエネルギーが小さくなり、放電が困難になったものと考えられる。実際に、圧力 180 Pa
においては、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置のプラズマが点滅していることが観察
された。
【一重項酸素原子 at 777 nm】
波長 777 nm の原子状酸素(O)はすべてのプラズマ生成
装置で確認されたが、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置からの酸素(O)ラジカルの
70
発光は低く、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置とハイブリッドプラズマ生成装置にお
いては、発光強度が高いことが明らかとなった。しかし、圧力 180 Pa においては、メッシ
ュ電極型交流プラズマ生成装置のプラズマの状態が不安定なこともあり、トーチ型マイク
ロ波プラズマ生成装置に近い値となった。
【実験 3:プラズマの拡散の評価】
波長 337.1 nm、747 nm、777 nm の実験の結果をそれぞれ図 53~55 に示す。
【励起窒素分子 at 337.1 nm】
励起窒素分子の発光波長である 337.1 nm は、トーチ型マ
イクロ波プラズマ生成装置では殆ど見られないのに対し、メッシュ電極型交流プラズマ生
成装置とハイブリッドプラズマ生成装置では、トーチ先端および金属メッシュ電極から 3
cm と中心部付近である 7 cm を比較すると、発光強度が約 20 %低下しているが、真空チェ
ンバー底部付近である 11 cm と比較すると、発光強度が約 90 %低下していることが確認さ
れた。真空チェンバー内の中心部付近まで励起窒素分子が生成されていることが分かる。
【一重項酸素原子 at 777 nm,窒素原子 at 747 nm】 酸素(O)ラジカルである波長 777 nm
および窒素原子からの 747 nm の発光はすべてのプラズマ生成装置において観測されたが、
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置での発光は低く、ハイブリッドプラズマ生成装置と
比較するとトーチ先端および金属メッシュ電極から 3 cm の位置において、約 65 %低いこ
とが確認された。3 種類の装置においては、ハイブリッドプラズマ生成装置の発光強度が
最も高いことが確認された。ハイブリッドプラズマ生成装置の 777 nm および 747 nm にお
いて、トーチ先端および金属メッシュ電極から 3 cm と中心部付近である 7 cm を比較する
と、発光強度が約 20~30 %低下しており、真空チェンバー底部付近である 11 cm と比較す
ると、発光強度が約 45 %低下していることが確認された。真空チェンバー下部において
は、いずれの粒子からの発光強度も減少する。
これらのことから、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置とハイブリッドプラズマ生成
装置においては、トーチ先端および金属メッシュ電極から 7cm 程度までは各活性粒子から
の高い発光が確認されたため、滅菌効果が高いと推察される。プラズマ生成源に近く、さ
らに広範囲でプラズマ生成が可能なメッシュ電極型交流プラズマ生成装置とハイブリッ
ドプラズマ生成装置は、滅菌処理するためには優位性が高いことが考えられる。以上、本
実験の結果より、発光強度の距離依存性が高いことが示された。
71
図 46
トーチ型マイクロ波プラズマの発光スペクトル
図 47
メッシュ電極型交流プラズマの発光スペクトル
図 48
ハイブリッドプラズマの発光スペクトル
72
図 49
各プラズマにおける 247 nm および 575 nm の発光強度
73
図 50
各プラズマにおける 337.1 nm の発光強度の圧力依存性
図 51
各プラズマにおける 747 nm の発光強度の圧力依存性
図 52
各プラズマにおける 777 nm の発光強度の圧力依存性
74
図 53
各プラズマにおける 337.1 nm の発光強度の距離依存性
図 54
各プラズマにおける 747 nm の発光強度の距離依存性
図 55
各プラズマにおける 777 nm の発光強度の距離依存性
75
第5章
環境影響実験
5-1 序論
滅菌器の実用化を見据えた場合には、滅菌効果だけではなく周囲への環境影響評価も重
要である。本章においては、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流
プラズマ生成装置、ハイブリッドプラズマ生成装置の各プラズマ生成装置を用いた場合に
おける排出ガスを測定し、環境影響について述べる。5-2 では、プラズマ滅菌処理におけ
る環境影響について述べ、5-3 では実験装置と実験方法について述べる。5-4 では、実
験結果について述べ、5-5 環境影響等を考慮した総評について述べる。
5-2 プラズマ滅菌処理における環境影響
現在の低温滅菌法の主流であるエチレンオキサイドガス滅菌法は、有害なエチレンオキ
サイドガスを用いているため、常時のガスモニタリングと滅菌処理後の医療器材への滅菌
処理ガスの残留や病院内外へのガスの漏洩の危険性に対する対策が必要である。プラズマ
滅菌を行う上でも、作業環境の保全に障害が生じ周辺環境に負荷を与えてはならない。環
境省は各利用分野などによって窒素酸化物の排出基準を設けている。本研究のプラズマ滅
菌法では、原料ガスが大気中の空気であるため、原料ガスの残留や環境への負荷は問題に
はならない。一方で、滅菌処理時にプラズマ中で生成される副生成物が排気によって排出
されないか等の環境影響を確認する必要がある。これまで、プラズマ滅菌法における環境
影響に関する報告はなされていない。本章では、使用後の排気ガスに含まれる副生成物ガ
スの種類および濃度について述べる。
本研究で用いた装置では、大気中の空気をトーチ(アンテナおよび石英管)内に導入し
てプラズマを生成し、滅菌処理終了後に真空ポンプにより真空チェンバー内ガスを排気す
る。大気中の空気からプラズマを生成することから、活性酸素種だけでなく窒素酸化物
(NOx)やオゾン(O3)等も生成され排気される。よって、真空ポンプ排出ガス中の窒素
酸化物やオゾンの濃度の測定を行った。
5-3 実験装置と実験方法
本研究において、滅菌処理後のガスは真空ポンプを通して排気されることから、真空ポ
ンプの排気口にガス検知器を設置し、窒素酸化物およびオゾンの濃度測定を行った。なお、
76
ガス濃度測定には、図 56 に示す ATI 社製のポータブル式ガス検知器を使用した。検出し
た濃度はリアルタイムで表示される(図 57)
。本検出器では、窒素酸化物は濃度 0~500 ppm
まで測定が可能であり、オゾンは 0~1000 ppm の濃度まで測定が可能である。本実験にお
いては、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、
ハイブリッドプラズマ生成装置の 3 種類のプラズマ生成装置について、排気ガスの濃度測
定を行った。実験環境は、室温:20~25 ℃、湿度:40~55 %である。
77
図 56
図 57
ATI 社製のポータブル式ガス検知器
ポータブル式ガス検知器濃度表示の様子
78
5-4 実験結果および考察
窒素酸化物とオゾンの測定結果を表 10 に示す。トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置
においては、窒素酸化物の濃度が 91 ppmとなり、例えば、ガス専焼ボイラーに 60~100 ppm
の排出基準値よりも高濃度であった。メッシュ電極型交流プラズマ生成装置では窒素酸化
物濃度は 5 ppmであり、ハイブリッドプラズマ生成装置においては 110 ppmと最も窒素酸
化物濃度が高い結果となった。窒素酸化物は大気汚染および温室効果の原因にもなってお
り、環境問題の一因である。人体への影響として、高濃度の二酸化窒素(NO2)は、呼吸
器系に影響を及ぼすと言われている。
オゾンについては、トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置における濃度が 1 ppm であっ
たのに対し、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置においては 0.53 ppm であり、ハイブリ
ッドプラズマ生成装置においては 1.56 ppm であった。日本産業衛生学会によると、オゾン
は不安定なガスであるが、1 日あたり約 8 時間、1 週間あたり約 40 時間の暴露の場合、環
境基準値は 0.1 ppm 以下であるべきとされている。また、人体への影響としては、2 時間
あたり 1.5 ppm の濃度の場合、肺活量が 20 %減少し、咳嗽、胸痛、精神作用減退などの
人体影響があるとされている。本実験で最もオゾン濃度の低いメッシュ電極型交流プラズ
マ生成装置の場合でも 0.53 ppm であり、この程度のオゾン濃度であっても気道抵抗の上昇
が見られると言われている。従って、本滅菌装置の実用化のためには、窒素酸化物を除去
するフィルターを排出口に設置し、外部への排出を抑えるなどの対策が必要である。
79
表 10
トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、
ハイブリッドプラズマ生成装置の排気ガス中の窒素酸化物およびオゾンの測定結果
Gas
Microwave plasma
Mesh plasma
Hybrid plasma
NOx (ppm)
91
5
110
O3 (ppm)
1
0.53
1.56
80
5-5 結論
いずれのプラズマ生成法においても、窒素酸化物やオゾンの排出量が環境基準値を超過
しており、本滅菌装置としての連続使用は困難である。従って、各処理装置の排気設備に
窒素酸化物の除害フィルターやオゾンを除去するための活性炭フィルターの取り付けな
どが必要である。
81
第6章
まとめと今後の課題
本研究では、高密度の活性種生成することを特長とするトーチ型マイクロ波プラズマ生
成装置と、大面積にプラズマを生成することを特長とするメッシュ電極型交流プラズマ生
成装置を組み合わせたハイブリッドプラズマ生成装置を開発し、これまでにない新規な医
療用滅菌器を開発することを目的として実験研究を行った。
得られた結論を以下に総括する。
6-1 まとめ
第3章
空気プラズマ生成装置と原理
低温滅菌を実現するために、圧力や電力などの条件を調整することでトーチ型マイクロ
波プラズマ生成装置、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置、ハイブリッドプラズマ生成
装置のいずれにおいても、真空チェンバー内のガス温度を 60 ℃以下にすることが可能で
あることが分かった。
第4章
各プラズマ照射における滅菌実験
1.トーチ型マイクロ波プラズマ生成装置では、滅菌容積が 17 Lの場合、真空チェンバー底
面における滅菌処理時間が最短で 120 分程度必要であったのに対し、ハイブリッドプラズ
マ生成装置においては 45 分程度で滅菌処理が行うことが可能であった。滅菌処理の空間
一様性を確認するために、トーチ先端および金属メッシュ電極から 13 cmの位置にあるBI
(1×106 cfu, Geobacillus stearothermophilus ATCC 7953 )を設置した場合、メッシュ電極型
交流プラズマ生成装置とハイブリッドプラズマ生成装置において、120 分で滅菌処理を行
うことが可能であった。
2. 滅菌因子である活性粒子種の空間一様性を、プラズマからの発光のスペクトルを測定し
たところ、滅菌処理に寄与する NO ラジカルや O ラジカルが、メッシュ電極型交流プラズ
マ生成装置とハイブリッドプラズマ生成装置において、真空チェンバー中心部までは強い
ことがわかった。
82
第5章
環境影響実験
環境影響については、すべての滅菌法において環境基準を上回ることが示されたが、メ
ッシュ電極型交流プラズマ生成装置においては最も環境負荷が低いことが確認された。し
かし、メッシュ電極型交流プラズマ生成装置においても、排出ガス(窒素酸化物やオゾン)
の対策が必要であることが示された。
総括
以上の結果から、ハイブリッドプラズマ生成装置においては、60 ℃以下で、かつ 45 分
の条件において、トーチ先端および金属メッシュ電極から 13 cmの位置に設置したBI
(1×106 cfu, Geobacillus stearothermophilus ATCC 7953 )を用いて滅菌処理を行えることが
確認されたことから、空間一様性に適した滅菌処理法であることが確認された。45 分で滅
菌処理が行えるとなれば、滅菌器として実用化するためには、ハーフサイクル法の考え方
から、実際には 2 倍のおおよそ 90 分を必要とする。これはエチレンオキサイドガス滅菌
法やホルムアルデヒドガス滅菌法よりも短く、本手法は現存のどの医療用滅菌法よりもイ
ニシャルコストおよびランニングコストが安価である。
よって、ハイブリッドプラズマ生成装置を用いた滅菌法は、低温・低ランニングコスト・
安全であるため、最も理想的な低温滅菌処理法となる可能性がある。
6-2 今後の課題
1) 医療施設においては、バイアルタイプ BI を用いて滅菌処理確認を行うことから、バ
イアルタイプ BI で滅菌処理が行える必要がある。
2) 実際の医療器具へのダメージを確認するために『器具に対する適合性試験』を行う必
要がある。
3) 窒素酸化物やオゾンが環境基準値を上回ることが確認されたため、フィルター等を用
いて、窒素酸化物やオゾンなどを無害化する対策が必要である。
83
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謝辞
本研究を行うにあたり、終始ご指導とご教示を頂きました林信哉先生に謹んで感謝の意
を表します。また、同様に本研究において、数々の貴重なご意見・技術をご教示いただき
ました琉球大学の米須章先生、九州大学の山形幸彦先生に心より感謝申し上げます。
実験を実施するにあたり、サラヤ株式会社の安楽大輝様、ならびにバイオケミカル研究
所の皆様に心より感謝申し上げます。
86
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