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ベースボールの経済学 - 信金中金 地域・中小企業研究所
第 17-14 号 ベースボールの経済学 松井選手、イチロー選手だけでなく、井口選手の活躍もあり、大変盛り上がった米国大リーグの今年 のシーズンも終わろうとしています。日本では、新球団「楽天」の誕生や、ダイエーのソフトバンクへの売 却、阪神の上場問題など、野球の内容だけでなく、「ビジネス」としてのプロ野球が話題になっています が、アメリカではどうなのでしょうか。本号では、「ビジネス」としての大リーグについて、お伝えしたいと 思います。 1.大リーグチームの決算状況 今年春に、大手ビジネス雑誌であるフォーブス誌が、大リーグチーム各球団の 2004 年の決算状況 や、企業価値の評価額を査定していました。それによると、松井秀喜選手のいるニューヨークヤンキ ースは、売上げは 290 億円($1=¥110 換算、以下同じ。)、企業価値としては 1,045 億円と、大リーグ 30 チーム中、大きく差のついた1位と評価されていましたが、営業利益で見ると約 41 億円の赤字と、 30 チーム中最低となっています。ヤンキースは収入も多いですが、スター選手が多いため、人件費 が 227 億円にも上り、コストも高くなっているため、最終的な利益も赤字となったものと思われます。 一方、イチロー選手のいるシアトルマリナーズは、2004 年は 63 勝 99 敗と大きく負け越し、アメリカン リーグ西地区のワースト記録であったにもかかわらず、企業価値としては 30 チーム中5位の 457 億 円、売上げは 190 億円(同4位)、利益は 12 億円(10 位)となっており、シアトルという必ずしも大きく ない市場(都市圏としては全米 15 位)を基盤としている割には、上手に経営されているといえるでしょ う。同誌では、イチロー選手効果、またそれを目当てに来る日本人効果が大きい、と分析しています。 ただし、マリナーズ側は、佐々木投手が日本に帰ったため、その分などが浮いただけだと主張してお り、選手側に、「球団は儲かっている」と思われることを恐れているようです。 こうしてみると、NY ヤンキースは選手に金を使いすぎているためビジネスとしてうまくいっていない のか、というと、それほど単純ではありません。大リーグでは、収入の多いチームが収入の一部を収 入が少ないチームに分配する制度があり、2004 年は 287 億円の分配金がありました。NY ヤンキー スは、2004 年は赤字でしたが、基本的には収入の多いチームですので、その分配金の 23%にあた る 66 億円相当を支払っています。さらに、「贅沢税」といって、大リーグの労使協定に基づき、選 手への年俸総額が一定額を上回った球団が機構に課徴金を納める必要があり、ヤンキースの 2004 年の贅沢税は 27.5 億円となり、このヤンキースの贅沢税だけでフロリダマリーンズの選手の年 棒全体よりも多かったそうです。つまり、皮肉なことに、ヤンキースは松井選手などの強い選手を集 めるためにもお金を使っていますが、相手のチームを強くするためにもお金を使っていることになりま す。また、相手のホームゲームでも、ヤンキースが相手だと普段より 34%も多くのお客さんが入るた め、やはり相手の球団の収益に貢献しているようです。このように、ヤンキースのような NY という大 1 きな市場を持った特定球団だけ儲かるのではなく、球界全体が利益を分配できるような仕組みになっ ています。 こうしてみると、米国のプロ野球は、グランド上では厳しい「戦い」が行われていますが、ビジネス上 では、競争というよりも協調が優先されているようです。ヤンキースがどれだけ強くて魅力的なチーム だとしても、対戦相手がいなければ野球はできないわけですし、対戦相手が強くなければ試合もつま らなくなり、ファンも離れていくわけですから、一見矛盾したこれらの協調の制度は、ビジネス上の観 点からいうと、合理性があるといえるでしょう。 NY にあるヤンキースショップ。大リーググッズの売上げ全体のうち、ヤ ンキース関連のシェアは 26%と、4分の1以上を占めています。ただし、 グッズの売上げは、他のチームにも分配されるため、「松井 T シャツ」の 販売益が対戦相手の戦力補強に使われている可能性もあります。 2.プロ野球チームの上場? 日本のプロ野球界では、阪神タイガースの上場の是非が話題となり、「日本もアメリカのような『資 本の論理』が幅をきかせるようになってきたのか?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。し かしながら、アメリカとはいえ、プロ野球の世界でも「資本の論理」が中心となっているわけではなく、 大リーグの球団の上場が問題になることは、聞いたことがありません。日本のプロ野球は、大きな企 業が企業のブランド価値向上、つまり宣伝のために保有していることが普通ですが、アメリカの大リ ーグでは、企業というよりも実質的には個人、または複数の個人によるパートナーシップが保有して いる場合が多いようです。例えば、NY ヤンキースは、組織形態としてはパートナーシップ形態、実質 的には声が大きいことで有名なジョージ・スタインブレナー3世氏がオーナーとなっています。つまり、 野球好きのお金持ちがオーナーになっていることが多く、ブッシュ現大統領も、以前テキサスレンジャ ースのオーナーの一人でした。アメリカでも任天堂がシアトルマリナーズを、タイム・ワーナー社がアト 2 ランタ・ブレーブスを保有しているように、企業がオーナーとなっている場合もありますが、少数です。 また、企業がオーナーだからといって、「任天堂マリナーズ」と名乗っているわけでもありません。あく まで、地元の野球チームであるというイメージを大事にしているようです。日本では、球団のオーナー といっても球団を保有する企業の代表者に過ぎませんので、「○○氏が球団のオーナーを辞任」、と いうことがありますが、米国の場合は、オーナーというのはまさに保有者ですから、「オーナーの辞 任」という概念は一般的ではなく、辞任というよりは球団を売却することになります。 ただし、お金さえあれば誰でも球団のオーナーになれるわけではなく、球団のオーナーとなるため には、大リーグコミッショナーの厳しい審査があるようです。ワシントンポスト誌の記事によると、大リ ーグ球団のオーナーとなるためには、長期的に球団をサポートできる能力があるかどうか、が重視さ れますが、加えてコミッショナーはじめ野球界に人脈があるかどうか、も重要なようです。アメリカでも この世界ばかりは「資本の論理」だけでは必ずしも通らない世界であるようです。逆に言えば、資本 の論理が通じない世界だからこそ、大企業が積極的に手を出すこともなく、ビジネスと言うより野球好 きのお金持ちが支えている、芸術にも似た社会とも言えるのかもしれません。 (文責:ニューヨーク駐在 Senior Analyst 青木 武) 戻る 参考文献・資料: “Seattle’s Best-Kept Secret,” Forbs, Apr. 25, 2005, pp.86 Heath, T., “Race for Ownership Of Nationals Isn't Open to Everyone; Approved Team Buyers Likely To Have League Connections;”. The Washington Post. Washington, D.C.: Aug 13, 2005. pg. A.01 (文中意見にわたる部分は筆者の個人的意見であり、必ずしも信金中央金庫の見解を反映させた ものではありません。本レポートは、掲載時点における情報提供を目的としています。したがっ て施策実施・投資等についてはご自身の判断によってください。また、本稿は、執筆者が信頼で きると考える各種データ等に基づき作成していますが、当研究所が正確性および完全性を保証す るものではありません。なお、記述されている予測または執筆者の見解は、予告なしに変更する ことがありますのでご注意ください。 ) 3