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3 避難所
3 A 避難所 避難生活スペースの見直し 1 医療救護活動の全体像から見たテーマの位置づけ (図Ⅳ- 88) 避難所生活のスペースの見直しは,発災後 3 日くらいから行います.発災当日には思い思 いの場所に居住スペースを確保していた避難者たちも,さまざまな問題に気づき始めます. 例えば,車椅子生活者の通路がない,プライバシーが保てない,高齢者や視覚障害者がトイ レや洗面に不便な場所にいるなどです.看護師は,これから約 1 ヵ月間の避難所生活が避難 者にとってより安全で安心できる場所になるよう,健康レベルに応じた見直しを提案しま す.避難所内に自治組織があれば避難所本部役員と協力して進めるとよいでしょう. <急性期> 倒壊した家屋 からの救出 災害 <亜急性期> 避難所 問題点(避難者からの不満など) 車椅子でトイレに行きにくい 視覚障害者が洗面所から遠いとこ ろにいる 乳児と母親が集団の真ん中にいる すきま風が入ってきて背中や足が 冷える <中長期> 仮設住宅 改良点 健康レベルに応じた避難生活 スペースの見直し,配置換え 避難者の健康状態のチェック 段ボール利用のすきま風対策 図Ⅳ- 88 医療救護活動の全体像から見た「避難生活スペースの見直し」 3. 避難所 203 2 演習の目標 ①避難者の数,健康状態のアセスメントから避難所の必要なスペースと全体の配置を提案 できる. ②生活支援に特別な配慮を必要とするケースを取り上げて,適切な配置場所と生活スペー スを提案できる. 3 演習の準備 物 品 ◦看護師役:方眼用紙,巻き尺,避難者名簿用紙,体温計,血圧計,聴診器. ◦車椅子生活の障害者役:車椅子. ◦視覚障害者役:アイマスク,白杖. ◦その他:ござ,マット,段ボール,表示シール(避難所の中で必要となるもの),テーブ ル,椅子,パーテーションシーツ,ガムテープ. 役割分担 看護師役, 車椅子生活の障害者役, 視覚障害者役,避難所本部役員役,観察者に分かれる. 演習場所 教室,体育館など広いスペースが取れる場所. 場面設定 A 学校体育館の避難所に避難者 500 人 (高齢者 100 人,成人 300 人,中高生 50 人,学童 25 人, 乳幼児 25 人) が集まり, 到着した順に家族で適当な場所を生活スペースに確保して寝泊ま りが始まっています.1 週間後に,車椅子生活の身体障害者(M さん)1 人と,視覚障害者の 夫婦 (夫 S さん,妻 N さん)が加わりました.この 3 人は地震により自宅のアパートが半壊 し, 近所の人の家に寝泊まりしていたところ,巡回した看護師から入所をすすめられました. あなたは M さんと S さん N さん夫婦のために避難所スペースを見直すことになりました. 4 演習のフローチャート (図Ⅳ- 89) ①オリエンテーション (→ 『災害看護』 p.137 を参照) (15 分) ②設定場面の解釈と役割分担 (10 分) ◦ 7 人グループになり,看護師役 2 人,M さん役 1 人,S さん役 1 人,N さん役 1 人,避難 所本部役員役 1 人,観察者 1 人を決定する. 204 第Ⅳ章 災害急性期の看護 ◦各役割の被災状況や健康状態の設定を考える. ③ 演習 (180 分) ︿アセスメントと作図 (90 分) ﹀ ◦ 看 護師役 1 人が M さんを担当し,もう 1 人の看護師が S さん N さん夫婦を担当する. まず声かけをし,コミュニケーションを取る. ◦ 頻尿・麻痺・移動動作の自立度などの理由による配置希望から避難所生活をアセスメン トし,記録する. ◦ アセスメントが終了したら,看護師同士相談しながら再配置計画を立案し,記録する. ⅰ)先に入居している避難者 500 人の再配置計画を方眼紙に設計する. ⅱ)新しく加わった 3 人の配置計画を立案する. ◦ 避難所本部役員役と再配置計画を検討し,避難者への説明を行う. ︿避難所設営の実地演習 (90 分) ﹀ ◦ 設計した避難所を実際に造る. ④ 演習時の行動を振り返る (5 分) ⑤ グループディスカッション (20 分) と全体発表,それを含めた自己評価 避難所に災害要援護者が新しく加入 コミュニケーション 災害要援護者 (Mさん, Sさん Nさん夫婦) のニーズのアセスメント セルフケア能力のアセスメント 問題の整理・明確化,再配置の必要性 再配置・優先配置者の決定 Mさん, SさんNさん夫婦の 再配置計画,調整,実施 ・避難者の再配置準備状況確認 ・セルフケア能力のアセスメント 避難者の居住スペースの改善・健康管理 連絡業務などの効率化を検討する 図Ⅳ- 89 演習「避難生活スペースの見直し」のフローチャート 5 演習で用いる知識と技術 1◦避難所設計のポイント(開設直後および再配置) 避難所には次のような部屋と場所が設定されます.開設直後から必要となるのは,受付, 居住空間,医務室,遺体安置室,仮設トイレ設置場所,物資置き場と配給所,電話設置場 3. 避難所 205 所,掲示板・伝言板設置場所,避難所本部役員室および会議室,資料作成室などです.ま た,避難所開設後 2 〜 3 日してから必要とされるのが,ペット置き場,ゴミ置き場などで, その後落ち着いてから,更衣室,授乳室,面会室,学習室,PC 室,談話室,喫煙場所,テ レビ設置場所,洗濯室と物干し場,調理室などが欲しくなります.避難所生活が中長期にな ればなるほど,談話室や面会室のような気分転換を図る場所が必要となるのです.以下に学 校の体育館を避難所とした場合の避難所開設の例を図Ⅳ- 90 に示します. 北 〈出入口〉 〈出入口〉 ︿出入口 〉 掲示板 通路スペース 物資置き場 ボランティアの受付,配給所 〉 ︿出入口 伝言板 テーブル 居住スペース 居住スペース 避難者の受付, 名簿づくり 〈出入口〉 〈出入口〉 掲示板 〉 TV 医務室 ︿出入口 共用部分 仮設トイレ 図Ⅳ- 90 学校の体育館での避難所開設 (例) ❶ 居住区画の間に通路スペースを確保し,健 康チェックと水分配給などができるように する(図Ⅳ- 91) . ❷ 1人1 × 2(m) 以上のスペースを確保する. ❸ 家族は同一区画とし,同地区の人々と交流 通路 はき物 できるように配置する. ❹ 身体が不自由な人,排尿間隔の短い人は, トイレに近い場所に配置する. 図Ⅳ- 91 避難所の居住スペースと通路スペース ❺ はき物は,自分たちの生活スペースに置く. (撮影者:臼井千津) 2◦再配置の希望がある対象者を探す ● 良好なコミュニケーションでニーズを聞き出す 居住空間の再配置ニーズは避難所開設時には低いものの,約 1 週間後から徐々に聞こえて きます.例えば,日常と異なる環境のため災害要援護者のセルフケア能力が低下してきま す.トイレに行かなくても済むように水分を控えて脱水症になる高齢者が発生します.配置 は声の大きな人を優先するのではなく,生活支援を要する人を優先して行う必要がありま 206 第Ⅳ章 災害急性期の看護 す.他の避難者とのトラブルを嫌って希望を言わない人も少なくないため,聞く場所やタイ ミングなど声かけの工夫が必要です. ❶ 避難所に入ると,まず挨拶をする. ❷ 「避難所生活でお困りの方はいらっしゃいませんか?」と声をかける.手が上がったら,そばに 行く. ❸ 「お困りのことはどんなことですか?」 と話を伺う. ❹ 自己表現できない人もいるため,要援護者の顔色や動作,目や口の動きを観察する. ❺ 言いにくそうだなと感じた場合は, 「別の場所でお聞きしましょうか?」と提案する. 3◦移動動作のアセスメント ❶ 10 項目の動作について問診しながら観察する(表Ⅳ- 12,後述). ❷ 被災前と被災後の空欄に○を記入する. ❸ 10 項目の合計点を被災前後で比較する. ❹ 3 点および被災前の用具が使用できなくなって介助が必要になった項目は,優先順位が高くな り,ケア計画を立案する. 留 意 点 ▶▶ ◆ 全身状態を見ながら疲労がないよう,短時間とする. 4◦車椅子生活者の福祉避難所への紹介 車椅子生活者の M さん (女性,40 歳)は,交通事故で頸髄損傷を患い四肢麻痺となり,全 介助となりましたが,呼気式電動車椅子や電動ベッドを活用して自立範囲を拡大し,福祉系 大学を出て近くの総合病院で非常勤のソーシャルワーカーとして働いています.生活の世話 は,病院の付属看護学校の学生が毎週月,水,金曜日にボランティアで来て,入浴を手伝っ てくれます.他の日は親戚の叔母が午後から来て,M さんができない布団干しやシーツの 洗濯などを手伝ってくれていました. 叔母の家の地震被害は少なかったのですが,家の中の物はすべて壊れました.当分,M さんの世話どころではない様子です. ● M さんの移動動作のアセスメント M さんは, 「避難所で,自分のような車椅子で移動する者が生活できるのか不安です」と 言っています.そこで避難所での移動動作を評価しました (表Ⅳ- 12).その結果,合計点数 は被災前より 4 倍以上悪化し 3 点が 4 つも増えました.避難所は段差が多く,車椅子用仮設 トイレもないことが原因です. 3. 避難所 207 表Ⅳ- 12 M さんの移動動作アセスメント表 氏名( M さん ) 女 年齢( 40 歳 ) 名簿№( 501 ) 麻痺 □ ✓あり(右・左・両,対,四肢) ,□なし 原因疾患( C4 頸髄損傷 ) 健康状態,発症日( 高校卒業時の交通事故 ) 一人暮らしになって 15 年.ボランティアの看護学生と親戚の叔母さんに生活のサ ポートを受け,働いている.痩せているが,健康状態は良好で規則正しい生活を送っ ている. 被災前 被災後 (1 週間後) 全介助 一部介助 見守り 0点 1点 2点 3点 杖, 歩 行 器, 杖, 歩 行 器, 車椅子などの 車椅子などの 使用有り 使用有り 完全自立 全介助 一部介助 見守り 完全自立 0点 1点 2点 3点 移乗・移動・起居動作 トイレ移乗 ◯ ✓ □ ◯ ✓ □ 屋内移動 ◯ ✓ □ ◯ ✓ □ 屋外移動 ◯ ✓ □ ◯ ✓ □ 階段昇降 ◯ エレベータ □ ✓ ◯ エレベータ □ ✓ 寝返り ◯ 電動ベッド ✓ □ ◯ 電動ベッド □ 起き上がり ◯ 電動ベッド ✓ □ ◯ 電動ベッド □ 座 位 ◯ ✓ □ ◯ ✓ □ 座位立ち上がり 不可 □ 不可 □ 床立ち上がり 不可 □ 不可 □ 立 位 不可 □ 不可 □ 合 計 4点 17 点 ❶ 避難所生活をした場合の M さんの移動動作を観察して,点数化する. ❷ この避難所での生活方法を考える. ❸ 場合によっては,福祉避難所 (→下記の 「留意点」を参照)への収容を考える. ❹ 福祉避難所に移る場合は,調整を行う. ❺ 移動の場合は速やかに本部に報告する. 留 意 点 ▶▶ ◆ 福祉避難所収容の対象者は, 「高齢者や障害者,妊産婦,乳幼児,病弱者など,健康状態が特別 養護老人施設や老人短期入所施設に入るには至らないが,避難所での生活において何らかの特 別な配慮を必要とする人」です.その家族も含めてもよいことになっています.設置場所は, 「老人福祉センター,特別支援学校,その他,避難所生活において特別な配慮を有する者が過ご すことができる施設です.公的な宿泊施設またはホテル,旅館などを利用することもあります」 (弘中陽子:避難所,救護所の設営と必要物品.小原真理子,酒井明子 監修,災害看護─心得てお きたい基本的な知識,p.112,南山堂,2007 を参照) 5◦視覚障害者の配置空間とケア計画 夫婦ともに視覚障害者で,S さん (夫,66 歳)は 56 歳のときに糖尿病網膜症で中途失明し ました.右眼は光覚なし,左眼は 20cm 眼前手動を見分けることができる程度です.N さん (妻,60 歳)は幼少時に高熱を出したことにより失明しました.2 人とも慣れない避難所を 1 人で歩行することはできません.自宅では自立して行動できていましたので,避難所に慣れ れば自立することができます.そこで,次のようなケア計画を立てました (表Ⅳ- 13). 208 第Ⅳ章 災害急性期の看護 表Ⅳ- 13 S さん N さん夫婦の ADL 自立ケア計画 看護診断 ① 慣れない避難所生活,視覚障害に関連したセルフケア不足:食事,排泄 ② 慣れない避難所生活,視覚障害に関連した損傷の潜在的状態:打撲,転倒 期待される成果 援助計画(TP) ①に対して ・他者の援助を求めることがで きる ・何をどのように手伝ってほし いかが言える ・自分でできる範囲が広がる ◦避難所の構造,設備,システムについてオリエンテーションを行う ◦自分でできることは行うように働きかけ,できない部分は援助 [ 食 事 ]配膳下膳,セッティングを行う,おにぎり食の提案. 皮をむく,カットするなど食べやすい形体にする. 配布食品や食器の位置は手で触らせる. [ 排 泄 ]トイレへの道順,便器の構造,トイレットペーパーや終 了後の流水方法を伝え,スタッフに援助を求める. 洗面台,手洗いの場所と方法を説明し確認する. [歩行訓練] "手引き"による歩行から始め,目的地までを説明して 位置感覚を持たせる.慣れてきたら"つたい歩き"での 自力歩行へ移る. 手すりの各所に手印を付け, 「方向どり」の技術で廊下 を渡ることができるかを確認する. ②に対して ・安全対策を実行できる ・ゆっくり歩く ・前方に手を伸ばし,障害物を 確認しながら歩く ・手すりと手印を活用できる ・温度の確認ができる ・杖を活用できる ・椅子や物に触ってから座る ◦避難所の構造,設備,システムについてオリエンテーションを行う ◦環境を整える ・生活空間内の危険物除去 (通路の障害物除去や説明) ・通路や廊下の水滴は直ちに拭き取る ・廊下やトイレに簡易手すりを取り付ける ・ "トーク時計"を置き,時間感覚を持つよう働きかける ・伝言すべきことは大きな文字盤を用いる ・必要時,誘導を依頼するよう働きかける ・前方に障害物がないことを確認しながら歩く ❶ 配置された場所からトイレまで壁面つたい歩きができるように歩行訓練をしてもらう. ❷ 周囲やトイレまでの道のりに危険物がないようにスタッフに注意する. ❸ 周囲の居住者に説明して理解を求める. ❹ 食事の配給や配茶は並ばせることなく,配達することを伝える. ❺ ケア計画を立ててスタッフのケアの統一を図る(ケア計画の周知). 6 演習の評価 行動の振り返り ①(看護師の立場で) 再配置を提案する立場として何を感じましたか? ②(M さん,S さん N さん夫婦の立場で) 再配置の配慮を受ける立場としてどのようなことを 感じましたか? ③(健康な成人避難者の立場で) よい場所から不便な場所へ再配置をされる立場としてどの ようなことを感じましたか? ④(本部役員の立場で) M さん,S さん N さん夫婦の加入によって再配置計画を行うことを 他の避難者に伝えるときにどのようなことを感じましたか? ⑤(観察者の立場で) 演習を観察し,撮影していたときに何を感じましたか? 自己評価の視点 ① 災害要援護者に必要なアセスメントができる場づくりができたか. 3. 避難所 209 ②移動をお願いする避難者が再配置を理解できる場づくりができたか. ③再配置のアセスメントと計画を立案し,実施計画を立てることができたか. ④災害要援護者の再配置を避難者の同意を得て実施することができたか. ⑤再配置後に災害要援護者の生活をシミュレーションして実施結果を評価することができたか. 7 練習問題 ①避難所に人工骨頭置換術を受けた高齢者が入ってきました.移動や共有スペースの利用 の視点から,避難所の再配置計画を考えてみましょう. ②避難者たちは避難所にどのような共用のスペースを必要とするかについて,自分の学校 の体育館を避難所と想定して考えてみましょう. B 感染予防 1 医療救護活動の全体像から見たテーマの位置づけ (図Ⅳ- 92) 感染症対策は 2 つの視点から進めます.1 つめは感染している人を隔離して他の人との接 触をできるだけ少なくすることです.感染症治療群への対応の視点では,悪化防止(治療の 継続,手洗い,マスク,含嗽,睡眠など)を徹底して他の人への感染を予防します.2 つめ は感染症が発生しない環境を避難所に形成することです.避難所にいる人々への感染予防の 啓発活動を行い,手洗いや含嗽用の水を用意し,マスクを配布します.避難所内に自治組織 があれば本部を通じて衛生班と協力して進めるとよいでしょう. <亜急性期> <急性期> 倒壊した 家屋から の救出 災害 <中長期> 仮設住宅 避難所 問題点(避難者からの不満など) 風邪を引いている人が見受けられる 乳幼児の母親が風邪の流行を心配している 風邪の引きはじめに飲む薬がほしい 改良点 風邪症状のアセスメント 風邪悪化防止対策 (手洗い, 含嗽, マスク) 避難所の医務室を受診する 図Ⅳ- 92 医療救護活動の全体像から見た「感染予防」