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第5章 これまでの世界銀行の役割:
第5章 これまでの世界銀行の役割: 経験から学ぶ 世界銀行は、各国の教育システム改善を手助けする役割を担ってきたが、過去 35 年間の 貸付、分析、助言を通じたサポートで、本質的にも変化を強いられてきた。この流れを過 去の経験から学んだ教訓も交えながら解釈することによって、今後何をどれだけ有効にな すべきか決定づける手助けとなるであろう。 拡大するポートフォリオ 途上国の教育に対する国外からの財政支出iは、1989 年から 1996 年にかけて、二国間援 助も含めると平均して 60 億ドルあまりであり、そのうち世界銀行が約 30%を占めていた (図 11)。 1963 年チュニジアの職業教育に初の教育分野貸付が実施されて以来、世界銀行は教育プ ロジェクトの財政的支援を貧困撲滅の一環として拡大してきた(表 2)。 この拡大は、教育というものが経済成長そして開放的でかつ統合された社会の基礎にな ること、教育への投資は国家の発展にとって不可欠であるという認識の広がりと一致して いる(第 2 章) 。新規契約額の合計は年によって著しく異なっているが、上方へ向かってい る(図 12)。また、契約実行額はさらに着実に増加している。 IDA 貸付に占める世界銀行による教育貸付の割合は、年によって大きく異なるが、ここ 十年は 40%前後となっている(図 13)。浄水と下水整備、予防衛生・家族計画、栄養と基 礎的コミュニティーサービスといった基礎的社会サービスへの IDA の投資において、初等 教育は重要な部分を占めているからであるii。 世界銀行の教育における活動の大部分が、比較的少数の国々に集中している。その理由 は主として、その国々が世界銀行と長期的な確立したプログラムを行っている大きな国で あるためである。例えば、世界人口の 70%を有する 17 ヶ国が、1995 年から 2001 年まで の世界銀行の実予算ならびに予算案において、教育貸付の 4 分の 3 を占めている。また、 全人口の 13%にあたるその他 35 カ国は、貸付の 21%を占めている。そして残りの貸付が、 規模の小さな対象国 91 ヶ国の一部に分配されている(表 5、第 7 章)。 教育に対する貸付は、各地域で、しかし異なった割合で増加している。サブサハラアフ リカ(AFR)は、教育貸付が始まった 1960 年代、植民地後の新政権の下、教育が重視され ており、ニーズが高かったという背景から、特別重点地域として指定された。以来アフリ カへの支援は目覚しく伸びていったが、その他の地域でも、さらに急速にプログラムを拡 大していったと言える(図 14)。 初等教育への重点化−総体的アプローチ 初等教育への貸付は、ドル立ての実額でも、全教育への貸付の中での割合から見ても増 大してきた。初等教育に対する貸付の割合は、1975 年以降 20%以上にのぼり、1990 年以 降には 30%以上を占めるまでになった。これは、世界銀行が 1990 年開催の万人のための 教育世界会議の目標に沿って貢献してきたことを反映したものである。世界銀行は同会議 の主催団体の一つであり、今後もフォローアップ活動に密接に関与していく姿勢を保って いる。 これに対し、一般中等教育に対する貸付の割合は、1970 年代から 1980 年代にかけて一 時期落ち込みはしたが、1990 年代には再び上昇し、現在のところ 20%を維持している。職 業教育への貸付は、1960 年代から 1970 年代にかけて急激に伸びたが、1980 年代はピーク 時と比べて僅かに減少した。この原因の一部は、明らかに基礎教育の新重点化方針と職業 教育に伝統的に用いられた方策への疑問視によるものである。また、教員養成および高等 教育に関しては、近年僅かに落ちたものの安定した増加を見せている。幼児教育は、貸付 の分野では比較的最近注目され始めたものではあるが、その重要性は増してきている(図 15)。 スタッフは、教育というものを一貫したシステムとして捉え、一部が麻痺していると他 の部分も機能しなくなるものであるとの認識を深めてきた。例えば、初等教育への重点化 とは高等教育では何も行わないという意味ではない。むしろ、高等教育機関が果たす知識 の中心、研究の中枢、未来の教員養成機関としての役割は不可欠である。総体的アプロー チの最も典型的なあり方は、セクターを越えた改革支援のプロジェクトや(例えば特に統 合化されたインフラの提供と教育課程の改善を目指したボリビア教育の質と公正強化プロ ジェクト等)、以下に示す横断型のプログラムに見られる。 ・幼児教育(例:ケニアでは、児童の就学前準備状況を改善し、よって小学校低学年での 就学数を向上させ、留年・中途退学を減らすために、教員の研修と保健栄養計画を通し て、幼児保育施設を充実させている) ・高等教育(例:チリで行われた、中等後教育の経営及び財政改革。同改革は、中等学校 生が競争率の高い学校やプログラムから進学先を選ぶ際に生じる、マイナス要因を排除 することを目的としている) ・需要側に基礎を置く財政政策(例:タンザニアの中等学校女子教育支援プログラムには、 財政的に苦しい家庭の子女対象に中等学校奨学金が盛り込まれている) ・経営情報システム(例:インドにおいて、財政支出と学習効果についてモニターをする ために整備された地方、州、国家レベルでの縦の連携システム) 焦点の変化 最も古くは、世界銀行の教育プロジェクト支援のほとんどは、校舎の建設と機材の供与 であった。しかし、今までの教訓とニーズの変化を基として再考してきた結果、その対象 も大きく広がっていった。最も大きな変化は、「ハード面」から「ソフト面」への投資の動 きである。世銀の校舎建設と機材供与の教育セクター全体に対する割合は、1960 年代に 100%近くあったものが、1995 年−98 年には 45%まで落ち込んでいる(図 16)。一方で訓 練や技術援助のシェアは、著しく伸びている。 「ソフト面」とは、次のような教育システムのなかで機能する様々な事項を含んでいる。 ・カリキュラム改革(例:モルドヴァでは、カリキュラムの開発と評価のために統合的な 機関を設立し、第 1 学年から第 9 学年までの教科カリキュラムを更新することによって、 学習の質と妥当性を改善している); ・技術革新(例:WorldLinks for Development は、2000 年までに世界 1500 校の中等学校 の生徒と教師を対象に、オンライン式の教育コミュニティー建設を目指している); ・教授言語(例:ラオスでは、第 2 言語教授法を応用して同国の国語を少数民族に教育し ている); ・教員就労改革(例:チュニジアでは、法律に大学教員の新項目を追加したことにより、 高等教育の労働市場が柔軟になった); ・経営の分権化(例:ブラジルでは、教育と学習の質を向上させるため、財政・経営・教 育的権限が学校側に付与されている)。 この「ハード面」から「ソフト面」への移行が見られる背景には、物質的拡大が、持続 的かつ良好な教育効果には結びつかないことが次第に認識されてきたことにある。また、 教育の質的改善につながるような主要要素に、強い関心が向けられる必要もあるだろう(図 2): ・学習を促す環境(例:ヨルダン国立人的研究開発センターへの支援。同センターは、教 育の質を向上させる上で大きな役割を担っている); ・学習準備の整った生徒(例:ガーナでは、児童の成長を促し、微栄養物を児童に提供し ている); ・やる気のある教師(例:ウガンダでは国内紛争によって低下した教員の質と勤労意欲の 改善を行っている); ・資源への適度なアクセス(例:国際的競争入札を経て、ボリビアの学校図書館に書籍を 購入)。 またこの移行は、新たな挑戦に取り組むうちに生じた拡大する概念的変化をも、反映し ている。例えば、紛争後の状況下では、物理的インフラと収入源を再構築し、基本的な社 会サービスを回復させる必要がある。教育は、その長期的かつ持続的成長と社会的意義か ら、優先されるべきものである。しかし、紛争後の状況下で教育を供給することは複雑な ことである。政府が弱体化し、収入が減り、学校や道路が破壊され、コミュニティーは離 散し、子供たちも兵士や難民として紛争に巻き込まれて精神的に傷を受け、教師も多くが 難民か紛争の犠牲者になるような場所で、ただ校舎を建設することは、絶望的に不適切な 対処の仕方である。政府による教育の提供が停止されるような紛争によって麻痺した地域 では、宗教団体、地域社会、NGO、そしてその他の私的教育機関が平時の役割から放たれ なければならない。世界銀行の教育に対する重点分野が変化し、世界銀行の仕事の方法も 変貌を遂げたことにより、必要とされる新しい創造的なアプローチも可能になっている。 分析と研究 課題と選択肢の十分な分析は、効果的な貸付プロジェクトと健全な政策助言の基盤であ る。過去の教育分野における実績を振り返ると、適切な分析・研究と質の高いプロジェク トの間には首尾一貫した連関が見受けられる。教育も他のセクターと同様に、スタッフは 大変緊張した状況で、プロジェクトをより多くそしてより良くするために働きすぎており、 分析研究もおざなりにされている。部門スタッフと国担当ディレクターが意見交換を行い、 教育セクターにおける研究の減少を食い止めるために何か策を講じなければならない。と いうのは、これが将来の業績の質にも悪影響を与えかねないからである。肝心なのは、成 功例と現場の状況を把握し、教育的効果をあげるための最善策について明確な考えを持つ ことである。 教育研究における世界銀行の役割が近年希薄になっているのは、世界銀行が「知識銀行」 たるべく模索していることや現に教育事業の成果が上がっていることと矛盾している。教 育において、研究は優先課題と戦略を決める上で大きな役割を果たしている。例を挙げる と、初等及び女子教育への投資からの多大な効果、学校の質を改善する上での教科書の役 割、財政及び教育サービスの提供における私学セクターの可能性を明確にしていくこと等 である。 しかし、厳しい予算でどうやって研究を遂行すればいいのか。第一に世界銀行と、教育 に携わる国家的及び国際的な団体の主催者とが、良好なパートナーシップを築き上げるこ とである。つまり、世界銀行からだけではなく、他の団体からも研究資金を調達するので ある。また、学界を奨励し、借入国が直面する問題に関連した研究を遂行してもらうのも 十分に可能だろう。例えばインドでは、最近の研究における確固たる目標は、共同研究を 通して、研究に従事するインド人研究者たちの関心を刺激し、能力を伸ばすことであった。 (これに加えて、このセクター研究は、一連の新しい貸付も支えている。) 第2には、事業投資の成果並びに影響を分析するために、研究・評価プロジェクトがい くつか形成されている。第3には、世界銀行による研究は、次第に焦点が定まり、吟味さ れるようになってきた。昨今では、世界銀行の業務に実質的な貢献が出来るかが、教育に おける新研究課題を決定していく上での主要項目となっている。最近の研究のほとんどは、 プロジェクトやプログラム、政策改革の成功率を最大化するのに必要な前提条件や背景が 何であるのかを見極めるために、世界銀行が行なってきた投資や政策の変化の影響につい て厳格に評価することを目的として始められている。例えば、教育の分権化が学生の学習 成果と福利厚生に与えた影響について、複数の国々で研究がなされている。同研究は、経 営責任が中央政府から地方自治体や学校に移行した場合の結果や、生徒の選択の幅を広げ、 女子教育を活発にするために、教育バウチャーを支給する場合の影響について、研究して いるものである。もう一つは、生徒の成績や学校残留率に対して、教材や教師へのインセ ンティブ等の様々な投入の何が比較的に有効であるかを明らかにするための実験である。 新たに、融資額の増加している幼児期の介在の影響についても研究が始まっている。 世界銀行による教育事業の評価 教育の因果関係は複雑で、またプロジェクトの実施から成果が出るまで(例えば、学生 ローンプログラム)時間を要するため、プロジェクトの影響を測るのは困難を極める。よ って、プロジェクトの目標や指標を設定することがプロジェクトの準備段階において非常 に重要になるのである。このような困難にもかかわらず、事業評価局(OED)と品質保証 委員会(QAG)による評価システムから、世界銀行が支援してきた事業の良し悪しについ て、貴重な識見を得られるようになった。 QAG による実質貸付の評価は、開発の目的に見合うかどうか実施経過と成功度合いを考 えた場合、世界銀行全体のものより教育分野のプロジェクトをわずかに高く評価しているiii。 加えて、教育は事業数でも実行額の割合でも失敗したケースが少なく、1998 年度には 16 部門のうち、教育は 3 番目に挙げられていたiv。しかし、QAG が 1998 年度に実施したプロ ジェクト数件の実施モニターの質に対する迅速な評価によると、教育セクターは 1997 年度 と比べて改善されたものの、世界銀行全体ほどの向上は見られなかった。 最近の OED による調査は、教育事業実施報告書における経済分析の質が大きく改善した と述べており、近年の世界銀行の職員訓練の成果がその貢献要因だと打ち出している。満 足のいく、又は良好な経済分析を行った教育事業の比率は、1996 年度と 1997 年度上半期 に承認された事業のうち 65%だったのが、1997 年度下半期と 1998 年度には 94%にまで伸 びた。 また、OED は 1993 年度から 1998 年度までのポートフォリオの 108 に及ぶ教育事業を 近年評価し出している v。この事業のうち、76%が満足またはほぼ良い結果が出ていると評 価され(他の分野は 69%)、50%が持続可能な形態になっているとされた(他の分野は 47%)。 しかし、実質的な制度改革が行なわれたのは、33%だけであった(他は 32%)。 この OED レビューは、以下の提言を示している。 ・世界銀行は、プロジェクトが非常に思わしくない成果に終わった原因を分析し、それを 提示すべきである。過度に野心的な政策改革と制度的変革は、政治的危機を起こしかねな い。世銀職員は、このような危機を予測し分析できるように何らかの手助けが必要であり、 また危機に対応した臨時的戦略を考案しなくてはいけない。これは、プロジェクトの継続 に困難が生じてもいつまで継続可能か、プロジェクト成功の条件が回復するまで、いつま で中断するのか、といった決定も含まれている。 ・貸付の機を捉え、世界銀行と借入国の関係を維持するためにも、時には問題が未解決の ままでもプロジェクトを理事会に報告すべきである。しかし、プロジェクト実施中に問題 に対処するというやり方が常に支持されるわけではない。 ・多くの目標を掲げ、異なった構成要素を多く含むプロジェクトは、失敗する可能性が高 い。これは特に、当該制度・機関が弱体で、施行の時限設定が非現実的である場合にいえ る。成功するプロジェクトには、中央・地方・学校レベルでの当該機関の能力の現実的 かつ正確な理解が反映されている。関係機関や利害関係者の厳密な分析や、地方・中央 レベルでの機関のキャパシティビルディングについての明確なデザインについて学ばな ければならないことが未だ多くあるのである。 ・ 「ソフト面」の構成要素(授業-学習、カリキュラム、教職員の能力開発)を効率的に立案 し実施することは難しい。よって、施行期間中の活動修正、影響の的確な調査、フォロ ーアップ事業の評価のためには、確固たる評価・モニター体制が重要である。 ・特に世界銀行と馴染みのない新借入国や小規模に点在する学校建設プロジェクトを担当 する分権化された地方機関には、世界銀行が物理的投資を行なう際、彼らの実施能力に 対して未だ過重な負担がかかっていまう。場所の選定、デザイン、建築の質、現地のリ ソースによってメインテナンスが容易に廉価に行なわれるかは、プロジェクト開発と評 価において、あまり注目されてはいない。 ・包括的な質的改革を試みる場合には、活動内容を整然と順序立てておく必要がある。例 えば、試験制度は教員と生徒にインセンティブの枠組みを提供することができるが、概 して教育プロジェクトから支出される教員研修や教科書配布が優先されるため、試験改 革は後回しにされてしまう。 ・受益者の有機的な評価と参加は、困難で時間がかかり、労力を必要とするが、プロジェ クトの結果に大きな違いをもたらす。たとえ(カリキュラム改革のように)技術的な分 野に思われるものでも、当該の地域社会に情報が行き渡り、積極的な参加を奨励した上 で、プロジェクトを支援した場合には、変化や革新が「起こり」やすい。 ・その他のプロジェクトの施行が成功する2つの特徴とは、プロジェクトチームスタッフ の能力がバランス良く配置されていること、プロジェクトの全過程でスタッフの継続性 があることである。 これまでの実績と今後の課題 上述の世界銀行による貸付動向の評価は、バランスがとれてきたことを示している。こ れは、世界銀行の介入によって教育成果に違いが出てきたこと、より多くの国々が国際的 な教育に関する合意事項に向けて協力するように動いてきたという、世銀の教育協力への 理解が広まったこととも重なっている。第 6 章では、これらの主要協力分野 4 つから、世 界銀行のプログラムの詳細について述べていく。 教育分野のポートフォリオと上述したプロジェクト成果に関する評価結果の累積により、 戦略にとって、一連の実施原則と職員訓練(第7章)がいかに重要であるかを明確化にす ることができた。 ・借入国への十分な配慮−文化的背景を考慮しながら意見を聞き学ぶ ・包括的に分析し、選択的に行動する ・知識を有効活用する ・開発によるインパクトに注視する ・生産的なパートナーシップを築き、他者と協力する i OECD のデータは、海外開発援助と他の公的資金流入の両者を含んでいる(債務の猶予や 免除を含む)。 International Development Association, 1998, Additions to IDA Resource: Twelfth ii Replenishment(A Partnership for Poverty Reduction) iii Quality Assurance Group, Annual Report on Portfolio Performance:1998 年度、表 3.9. iv Quality Assurance Group, Annual Report on Portfolio Performance:1998 年度、表 3.10. 危機状態にあるプロジェクトには、2 つのタイプがある:近年の世界銀行のプロジェクト 業務管理報告書の評価に基づいた実質上の問題プロジェクトと、将来の問題を占う 12 の指 標のうち少なくとも3つにおいて問題とされた、問題の可能性のあるプロジェクトである。 各指標は、最終結果を占う「旗印」となっている。例えば、過去のデータを分析して分か るのは、効果発現の遅れと不満足な最終結果には高い相関があるということである。同様 に、過去において 24 ヶ月以上問題プロジェクトであり続けたプロジェクトはほとんど成功 する可能性はないと言える。「危機的実行額」は、「危機的」と評価されるプロジェクトに 付随したポートフォリオのドル立ての金銭的価値の比率である。 v この結果は、1993 年度から 1998 年度までの教育プロジェクト 108 件に関する実施完了 報告書を OED が調査したものである。OED 評価は、地域独自の評価による机上評価に基 づいており、OED がいくつかのプロジェクトに関して行なった業績監査により修正されて いる可能性がある。