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20MB - 地球環境産業技術研究機構

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20MB - 地球環境産業技術研究機構
平成21年度
二酸化炭素固定化・有効利用技術等対策事業
地球環境国際研究推進事業
(脱 地 球 温 暖 化 と 持 続 的 発 展 可 能 な
経済社会実現のための対応戦略の研究)
成 果 報 告 書
平成22年3月
財団法人 地球環境産業技術研究機構
ま
え
が
き
本報告書は、
「脱地球温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための対応戦略の研
究 」( 通 称 ALPS : ALternative Pathways toward Sustainable develop ment an d cli mate
stabilization ) プ ロ ジ ェ ク ト の 第 3 年 度 報 告 で あ る 。 温 暖 化 抑 止 に 向 け て の 世 界 の 動 き
は益々活発になっており、2009年12月に開かれた気候変動枞組条約締約国会合
( COP15 ) で は 、 コ ペ ン ハ ー ゲ ン 合 意 が 実 質 的 に 合 意 さ れ 、 そ こ で は 地 球 大 気 温 の 上 昇
を2度にとどめる考えが明示された。そのためには世界は従来にない思い切った温室
効果ガス削減の努力が必要で、すでにわが国は2020年の排出25%減、2050
年の排出80%減を目標として打ち出している。
一方において、発展途上国は貧困からの脱却を願って今後更に大幅な経済の拡大を
指向しており、これと温暖化抑止の努力を如何に整合させ、人類を安定な持続的発展
に 導 く か は 2 1 世 紀 の 世 界 の 最 大 の 課 題 と 考 え ら れ る 。 現 に COP15 で も 先 進 国 と 途 上
国の大きな意見対立が見られ、具体的な排出削減への道筋は不明瞭なままである。
本プロジェクトにおいては、そのような複雑な課題への回答を、定性的な総合的社
会経済シナリオの構築とモデルによる定量的な解析を組み合わせて探索している。
本プロジェクトでは東京大学の山地憲治教授にとりまとめをお願いしているが、そ
の他諸大学・研究所から多数の方にご助力をお願いしている。また、国際的には、ウ
イ ー ン 郊 外 に あ る 国 際 応 用 シ ス テ ム 分 析 研 究 所 ( IIASA ) と 連 携 し 、 諸 デ ー タ ・ モ デ ル
分析等における総合協力を行い、大きな成果を得ている。これら外部の方々のご助力
には、厚く感謝申し上げたい。
平成22年3月
(財)地球環境産業技術研究機構
副理事長・地球環境産業技術研究所長
茅
i
陽一
ii
委員会、ワーキンググループ名簿
(順 不 同 )
<脱温暖化と持続的発展社会実現戦略技術委員会>
委 員 長
山
地
憲
治
東京大学
大学院
工学系研究科
委
内
山
洋
司
筑波大学
大学院
システム情報工学研究科
枝
廣
淳
子
有限会社イーズ
江
守
正
多
(独 )国 立 環 境 研 究 所
員
教授
教授
代表取締役
地球環境研究センター
温暖化リスク評価研究室 室長
大
政
甲斐沼
謙
次
美紀子
東京大学
大学院
農学生命科学研究科
教授
(独 )国 立 環 境 研 究 所 地 球 環 境 研 究 セ ン タ ー
温暖化対策評価研究室 室長
杉
山
大
志
(財 )電 力 中 央 研 究 所
立
花
慶
治
東 京 電 力 (株 ) フ ェ ロ ー
松
橋
隆
治
東京大学
三
村
信
男
茨城大学 広域水圏環境科学教育研究センター 教授
俊
介
東京理科大学
森
大学院
社会経済研究所
新領域創成科学研究科
理工学部
経営工学科
山
口
光
恒
東京大学
吉
岡
完
治
慶応義塾大学 産業研究所 教授
委員会事務局
上席研究員
先端科学技術研究センター
教授
教授
特任教授
地 球 環 境 産 業 技 術 研 究 機 構 ( RI TE) シ ス テ ム 研 究 グ ル ー プ
<SDシナリオWG委員会>
主
査
杉
山
大
志
(財 )電 力 中 央 研 究 所
社会経済研究所
上席研究員
委
員
江
守
正
多
(独 )国 立 環 境 研 究 所
地球環境研究センター
温暖化リスク評価研究室 室長
角
和
昌
浩
昭和シェル石油株式会社
チーフエコノミスト
川
島
博
之
東京大学
小
林
茂
樹
(株 )豊 田 中 央 研 究 所
松
本
光
朗
(独 )森 林 総 合 研 究 所 温 暖 化 対 応 推 進 拠 点 温 暖 化 対 応 推 進 室
大学院農学生命科学研究科
シンクタンク室
准教授
主席研究員
室長
山
形
与志樹
(独 )国 立 環 境 研 究 所
地球環境研究センター
山
中
康
裕
北海道大学
山
本
隆
三
プール学院大学
秋
元
圭
吾
RI TE シ ス テ ム 研 究 グ ル ー プ グ ル ー プ リ ー ダ ー
友
田
利
正
RI TE シ ス テ ム 研 究 グ ル ー プ 主 席 研 究 員
大学院環境科学院
iii
国際文化学部
准教授
教授
主席研究員
和
田
謙
一
RI TE シ ス テ ム 研 究 グ ル ー プ 主 任 研 究 員
小
田
潤一郎
RI TE シ ス テ ム 研 究 グ ル ー プ 研 究 員
徳
重
功
子
RI TE シ ス テ ム 研 究 グ ル ー プ 研 究 員
紀
伊
雅
敦
RI TE シ ス テ ム 研 究 グ ル ー プ 研 究 員
<モデル構築・評価WG委員会>
主
査
森
委
員
川
黒
俊
介
東京理科大学 理工学部 経営工学科 教授
島
博
之
東京大学
沢
厚
志
(財 )エ ネ ル ギ ー 総 合 工 学 研 究 所 プ ロ ジ ェ ク ト 試 験 研 究 部
大学院農学生命科学研究科 准教授
部長
桜
井
清
水
堂
脇
清
志
東京理科大学 理工学部 経営工学科
藤
井
康
正
東京大学
室
田
泰
弘
(有 )湘 单 エ コ ノ メ ト リ ク ス
山
本
博
巳
(財 )電 力 中 央 研 究 所 社 会 経 済 研 究 所 上 席 研 究 員
横
木
裕
宗
茨城大学 広域水圏環境科学教育研究センター 准教授
秋
元
圭
吾
RI TE シ ス テ ム 研 究 グ ル ー プ グ ル ー プ リ ー ダ ー
友
田
利
正
RI TE シ ス テ ム 研 究 グ ル ー プ 主 席 研 究 員
和
田
謙
一
RI TE シ ス テ ム 研 究 グ ル ー プ 主 任 研 究 員
礼
美
RI TE シ ス テ ム 研 究 グ ル ー プ 研 究 員
林
紀
久
庸
電力研究国際協力機構
東京大学
中央事務局
副主席研究員
事務局長代理
大学院農学生命科学研究科 助教
大学院工学系研究科
原子力国際専攻
教授
代表取締役
本
間
隆
嗣
RI TE シ ス テ ム 研 究 グ ル ー プ 研 究 員
佐
野
史
典
RI TE シ ス テ ム 研 究 グ ル ー プ 研 究 員
紀
伊
雅
敦
RI TE シ ス テ ム 研 究 グ ル ー プ 研 究 員
iv
准教授
目
要 約 (和 文 ・ 英 文 )
次
………………………………………………………….1
第 1 章 は じ め に ............................................................................ 11
1.1 背 景 .................................................................................................. 11
1.2 IPCC 次 期 排 出 シ ナ リ オ の 動 向 ........................................................... 12
1.3 本 研 究 の 目 的 .................................................................................... 15
第 2 章 持 続 可 能 な 発 展 と 温 暖 化 対 策 に 関 す る 評 価 例 の 調 査 ........ 17
2.1 オ ラ ン ダ 環 境 機 関 に よ る SD 評 価 の 例 ............................................... 17
2.1.1 は じ め に ............................................................................................. 17
2.1.2 GISMO モ デ ル の 調 査 .......................................................................... 17
2.1.3 ま と め ................................................................................................ 29
2.2 気 候 変 動 下 で の 経 済 評 価 に つ い て Weitzman の 問 題 提 起 と Nordhaus の 評
価 例 ............................................................................................. 30
2.2.1 は じ め に ............................................................................................. 30
2.2.2 Dismal Theorem に 関 す る Weitzman と Nordhaus の 論 点 ........................ 30
2.2.3 ま と め ................................................................................................ 36
2.3 経 済 成 長 を 基 軸 に し た 社 会 ・ 経 済 変 化 の ト レ ン ド 把 握 ...................... 37
2.3.1 は じ め に ............................................................................................. 37
2.3.2 GDP 成 長 率 、 出 生 率 、 産 業 構 造 変 化 、 CO2 排 出 量 、 消 費 カ ロ リ ー の ト レ
ン ド の 把 握 ............................................................................................ 37
2.3.3 ま と め ................................................................................................ 46
2.4 調 査 の ま と め .................................................................................... 47
第 3 章 变 述 的 シ ナ リ オ の 策 定 ....................................................... 48
3.1 变 述 的 シ ナ リ オ の 概 要 ....................................................................... 48
3.2 他 研 究 に お け る シ ナ リ オ 策 定 事 例 ..................................................... 49
3.3 シ ナ リ オ 策 定 に 関 す る 論 点 の 整 理 ..................................................... 53
3.3.1 地 球 温 暖 化 問 題 に 関 す る 論 点 の 全 体 像 ................................................ 53
v
3.3.2 变 述 的 シ ナ リ オ 策 定 に お け る 各 種 論 点 ................................................ 55
3.4 短 中 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ ................................................................... 81
3.4.1 シ ナ リ オ の 目 的 .................................................................................. 81
3.4.2 シ ナ リ オ 策 定 の 方 法 論 ........................................................................ 82
3.4.3 シ ナ リ オ 1 :「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 」 シ ナ リ オ ............................. 84
3.4.4 シ ナ リ オ 2 :「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 」 シ ナ リ オ .................................... 89
3.4.5 シ ナ リ オ 3 :「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 」 シ ナ リ オ ............................. 93
3.4.6 シ ナ リ オ に 基 づ く 議 論 ........................................................................ 95
3.4.7 中 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ の ま と め ......................................................... 100
3.5 長 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ ..................................................................... 103
3.5.1 長 期 シ ナ リ オ 策 定 の 方 針 と 策 定 し た シ ナ リ オ の 構 造 .......................... 103
3.5.2 策 定 し た 長 期 シ ナ リ オ ....................................................................... 104
3.5.3 長 期 シ ナ リ オ と 短 中 期 シ ナ リ オ と の 関 係 ........................................... 109
3.6 变 述 的 シ ナ リ オ の ま と め ................................................................. 110
第 4 章 モ デ ル 開 発 と 定 量 的 評 価 ................................................. 111
4.1 モ デ ル 開 発 と 定 量 的 評 価 の 概 要 ....................................................... 111
4.2 農 業 土 地 利 用 評 価 モ デ ル の 改 良 ....................................................... 112
4.2.1 モ デ ル の 構 成 ..................................................................................... 113
4.2.2 食 料 需 要 推 計 モ デ ル ........................................................................... 115
4.2.3 食 料 貿 易 モ デ ル ................................................................................. 125
4.2.4 調 整 係 数 算 定 ア ル ゴ リ ズ ム ................................................................ 129
4.2.5 畜 産 品 、 加 工 品 の 飼 料 、 原 料 投 入 量 .................................................. 133
4.2.6 貿 易 モ デ ル と 土 地 利 用 配 分 モ デ ル の 統 合 ........................................... 137
4.2.7 人 口 、 GDP、 気 候 、 技 術 シ ナ リ オ ...................................................... 138
4.2.8 将 来 土 地 利 用 の 推 計 ........................................................................... 141
4.2.9 熱 量 ベ ー ス の 食 料 需 給 比 率 の 地 域 差 .................................................. 148
4.2.10
バ イ オ 燃 料 ポ テ ン シ ャ ル の 推 計 ....................................................... 152
4.2.11
炭 素 固 定 量 へ の 影 響 ........................................................................ 156
4.2.12
ま と め ............................................................................................. 159
4.3 水 需 給 評 価 モ デ ル の 開 発 ................................................................. 164
4.3.1 目 的 と 概 要 ........................................................................................ 164
4.3.2 モ デ ル ............................................................................................... 164
4.3.3 シ ナ リ オ と 前 提 条 件 ........................................................................... 174
4.3.4 分 析 結 果 ............................................................................................ 181
4.3.5 ま と め と 今 後 の 課 題 ........................................................................... 192
vi
4.4 環 境 調 和 型 都 市 と 交 通 シ ス テ ム 評 価 モ デ ル の 改 良 ........................... 195
4.4.1 京 都 議 定 書 目 標 達 成 計 画 に お け る 都 市 ・ 交 通 政 策 の 位 置 づ け ............ 195
4.4.2 都 市 レ ベ ル で の 低 炭 素 社 会 実 現 に 向 け た 取 り 組 み 事 例 ....................... 201
4.4.3 環 境 調 和 型 都 市 と 交 通 シ ス テ ム 評 価 モ デ ル の 要 件 .............................. 203
4.4.4 モ デ ル の 定 式 化 ................................................................................. 203
4.4.5 モ デ ル の キ ャ リ ブ レ ー シ ョ ン と 現 況 再 現 性 ........................................ 212
4.4.6 人 口 規 模 と CO2 排 出 量 、 便 益 と の 関 係 .............................................. 217
4.4.7 政 策 の 効 果 ・ 影 響 分 析 ....................................................................... 224
4.4.8 ま と め ............................................................................................... 226
4.5 健 康 影 響 評 価 モ デ ル の 開 発 .............................................................. 227
4.5.1 目 的 と 概 要 ........................................................................................ 227
4.5.2 背 景 情 報 : WHO に よ る リ ス ク に 起 因 す る 死 亡 者 数 推 計 ..................... 228
4.5.3 モ デ ル ............................................................................................... 231
4.5.4 試 算 ................................................................................................... 232
4.5.5 ま と め と 今 後 の 課 題 ........................................................................... 236
4.6 産 業 連 関 表 を 用 い た エ ネ ル ギ ー 経 済 モ デ ル に よ る 評 価 .................... 237
4.6.1 は じ め に ............................................................................................ 237
4.6.2 モ デ ル 構 造 ........................................................................................ 238
4.6.3 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン .............................................................................. 240
第 5 章 变 述 的 シ ナ リ オ に 沿 っ た 定 量 的 シ ナ リ オ の 策 定 .............. 246
5.1 は じ め に ......................................................................................... 246
5.2 人 口 ・ GDP ...................................................................................... 246
5.2.1 長 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ ....................................................................... 246
5.2.2 GDP シ ナ リ オ 策 定 の 方 法 ................................................................... 247
5.2.3 策 定 し た GDP、 人 口 シ ナ リ オ ............................................................ 248
5.3 年 齢 構 成 ......................................................................................... 258
5.3.1 年 齢 構 成 シ ナ リ オ 策 定 の 方 法 ............................................................. 258
5.3.2 策 定 し た 年 齢 構 成 シ ナ リ オ ................................................................ 258
5.4 貧 困 人 口 ......................................................................................... 260
5.4.1 貧 困 人 口 シ ナ リ オ 策 定 の 方 法 ............................................................. 260
5.4.2 策 定 し た 貧 困 人 口 シ ナ リ オ ................................................................ 262
5.5 エ ネ ル ギ ー ・ CO2 排 出 量 ................................................................. 266
5.5.1 变 述 的 シ ナ リ オ の モ デ ル 前 提 条 件 へ の 反 映 ........................................ 266
5.5.2 策 定 し た 短 中 期 の エ ネ ル ギ ー ・ CO 2 排 出 量 シ ナ リ オ ........................... 269
vii
5.5.3 ま と め ............................................................................................... 282
5.6 定 量 的 シ ナ リ オ の ま と め と 課 題 ....................................................... 282
第 6 章 ALPS-SD 指 標 の 開 発 ........................................................ 283
6.1 目 的 と 概 要 ...................................................................................... 283
6.2 評 価 の 試 行 ...................................................................................... 283
6.2.1 SD 頄 目 .............................................................................................. 283
6.2.2 評 価 対 象 の シ ナ リ オ と 時 点 、 地 域 区 分 ............................................... 285
6.2.3 頄 目 別 評 価 の 前 提 条 件 、 方 法 、 結 果 .................................................. 285
6.2.4 数 値 の 標 準 化 ..................................................................................... 295
6.2.5 シ ナ リ オ 評 価 の 結 果 ........................................................................... 296
6.3 ま と め と 今 後 の 課 題 ........................................................................ 298
第 7 章 ま と め と 今 後 の 課 題 ........................................................ 300
付
録 ....................................................................................... 305
付録 1
IIASA 研 究 活 動 報 告 .................................................................. 307
付録 2
IIASA-RITE シ ン ポ ジ ウ ム 概 要 .................................................. 358
viii
要
約
要
約
本プロジェクトは、経済産業省の補助事業「地球環境国際研究推進事業」の一つで平成
1 9 年 度 か ら 実 施 し て い る も の で あ る 。本 プ ロ ジ ェ ク ト の 目 標 は 、
( 1 )エ ネ ル ギ ー セ キ ュ
リティやエネルギーアクセスなどの持続的発展政策の温暖化緩和策効果を定量的に評価
し 、 持 続 的 発 展 を 目 指 し た 経 済 社 会 の 今 後 100 年 に わ た る 定 量 的 な 世 界 の 温 室 効 果 ガ ス 排
出シナリオを提示する、
( 2 )こ の 排 出 シ ナ リ オ を 基 準 に 温 室 効 果 ガ ス を 各 種 濃 度 安 定 化 レ
ベルに抑制する方策を示す、
( 3 )各 排 出 シ ナ リ オ に お け る 水 資 源 や 健 康 、生 物 多 様 性 等 に
関 連 す る 各 種 持 続 的 発 展 指 標 を 定 量 的 に 提 示 す る 、そ し て 、
( 4 )こ れ ら の 定 量 的 な 評 価 を
基に、各種持続的発展政策が温暖化緩和と適応に及ぼす影響を、定性的な分析を加えつつ
明らかにすること、である。
プロジェクト3年目にあたる本年度は、昨年度に続き、持続可能な発展と温暖化対策
に 関 す る 評 価 や 関 連 情 報 に つ い て 調 査 し た 。ま た 、本 プ ロ ジ ェ ク ト 研 究 の 基 盤 と な る 变 述
的 シ ナ リ オ に つ い て 、 今 年 度 は よ り 深 い 検 討 を 基 に 、 2030 年 頃 ま で の 短 中 期 シ ナ リ オ と
2100 年 頃 ま で の 長 期 期 シ ナ リ オ を 策 定 し た 。さ ら に 、そ れ ら の シ ナ リ オ に 関 し 、人 口 、GDP、
CO2 排 出 量 な ど 主 要 な 要 素 の 定 量 的 シ ナ リ オ を 策 定 し た 。 ま た 、 農 業 土 地 利 用 、 水 需 給 、
環 境 調 和 型 都 市 、健 康 等 の 定 量 的 モ デ ル を 昨 年 度 に 続 き 開 発 し た 。こ の 他 、SD 指 標 の 検 討
を 行 い 、 シ ナ リ オ の SD 評 価 を 試 行 し た 。
な お 、 本 プ ロ ジ ェ ク ト は 、 オ ー ス ト リ ア の 国 際 応 用 シ ス テ ム 分 析 研 究 所 ( IIASA) と の
研究協力により実施した。
以下に、各章毎の概要を記す。
第1章
はじめに
本章では、本プロジェクトの背景として、世界の気候変動政策や経済発展、貧困を巡る
情 勢 と 、IPCC 第 5 次 評 価 報 告 書 に 向 け た 新 排 出 シ ナ リ オ の 策 定 動 向 を 概 説 し 、次 い で 、本
プロジェクトの目的と、本年度の研究目的を記述した。
第2章
持続可能な発展と温暖化対策に関する評価例の調査
本章では、持続可能な発展と温暖化対策に関する評価事例として、オランダ環境評価機
関 で 開 発 さ れ た GISMO モ デ ル と 、モ デ ル を 用 い た SD の 定 量 的 評 価 に つ い て 調 査 し た 内 容
を記した。また、気候変動対策の評価でこれまでもしばしば用いられてきた費用便益分析
に つ い て 、 大 規 模 な カ タ ス ト ロ フ ィ ッ ク 影 響 を 適 切 に 評 価 で き な い と い う M. Weitzman の
主 張 と 、 そ れ に 対 す る W. Nordhaus の 反 論 を 整 理 し た 。 さ ら に 、 脱 地 球 温 暖 化 と 持 続 的 発
展 可 能 な シ ナ リ オ 作 成 に 関 連 し 、 経 済 成 長 や 産 業 構 造 変 化 、 出 生 率 、 CO2 排 出 量 等 の 過 去
のトレンドを統計データ解析により整理した内容を記述した。
第3章
变述的シナリオの策定
-3-
本章では、まず、地球温暖化問題と持続可能な発展に関連した变述的シナリオの策定に
先 立 っ て 、地 球 温 暖 化 問 題 と 持 続 可 能 な 発 展 に 関 す る 論 点 を 整 理 し た 。そ の 上 で 、2030 年
頃を念頭においた短中期のシナリオとして、社会において優先される事頄が異なると想定
し た 3 つ の 变 述 的 シ ナ リ オ を 策 定 し た 。ま た 、2100 年 頃 ま で の 長 期 の シ ナ リ オ と し て 異 な
る2つの経済社会を表現した2つのシナリオを策定した。そして、それら短中期と長期の
シ ナ リ オ の 関 係 、 お よ び 、 IPCC 新 シ ナ リ オ の Representative Concentration Path ways (RCP)
との関係について述べた。
第4章
モデル開発と定量的評価
多様な要素が複雑に絡み合ったシナリオや政策を評価するためには、一定のロジックに
沿った定量的モデルが必要である。本章では、地球温暖化対策と持続的発展の評価に関わ
る中核モデルとしてこれまで開発してきた農業土地利用モデルについて、今年度重点的に
取 り 組 ん だ 、食 料 需 要 推 計 方 法 の 改 善 、現 況 土 地 利 用 デ ー タ と の 整 合 性 改 善 に 関 す る 内 容 、
及び、改善モデルによる定量的評価例を述べた。その他、水需給評価モデル、環境調和型
都市と交通システム評価モデル、健康影響評価モデルについても、今年度新たに開発した
要素と、モデルによる定量評価の例を示した。さらに、国際産業連関を考慮した世界多地
域 多 部 門 モ デ ル DEARS を 用 い 、 排 出 削 減 が 産 業 構 造 や 炭 素 リ ー ケ ー ジ に 及 ぼ す 影 響 に つ
いて評価した例を示した。
第5章
变述的シナリオに沿った定量的シナリオの策定
本章では第3章の变述的シナリオに沿って策定した定量的シナリオについて記述した。
本 章 前 半 で は 、長 期 变 述 的 シ ナ リ オ に 対 応 し 、シ ナ リ オ ジ ェ ネ レ ー タ で 作 成 し た 人 口 、GDP、
年 齢 構 成 、貧 困 人 口 シ ナ リ オ を 提 示 し た 。本 章 後 半 で は 、短 中 期 变 述 的 シ ナ リ オ に 沿 っ て 、
世 界 エ ネ ル ギ ー シ ス テ ム モ デ ル DNE21+を 用 い て 策 定 し た エ ネ ル ギ ー 供 給 構 成 、 CO2 排 出
等のシナリオを記述した。
第6章
ALPS-SD 指 標 の 開 発
本 章 で は 、 シ ナ リ オ や 温 暖 化 対 策 を 持 続 的 発 展 と い う 文 脈 の 中 で 評 価 す る た め の 、 SD
指 標 開 発 に つ い て 記 述 し た 。 最 初 に 、 昨 年 度 に 引 き 続 き 検 討 し た SD 頄 目 と 変 数 に つ い て
ま と め 、続 い て 、ALPS の 長 期 シ ナ リ オ を 例 に 、7 つ の 頄 目 に つ い て 2050 年 の 世 界 18 地 域
別 SD 度 を 算 定 し 、 シ ナ リ オ の SD 評 価 を 試 行 し た 。
第7章
本年度研究のまとめと今後の課題
本章では本年度に得られた主要知見と、今後の課題についてまとめた。
付録
付 録 1 に 、研 究 連 携 を 行 っ た 国 際 応 用 シ ス テ ム 分 析 研 究 所( IIASA)の 研 究 レ ポ ー ト を 、
付録2には、本研究に関わる研究の情報交換と本研究成果の情報発信を目的に開催した
IIASA-RITE 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム の 概 要 を 掲 載 し た 。
-4-
Summary
This project sponsored by METI is an ongoing project since FY 2007 as a part of the
“International Research Promotion Program for Global Environment". This project aims at
1)
showing quantitative scenarios of global greenhouse gas (GHG) emissions in an
economic society over the next 100 years in the context of sustainable development
by
making a quantitative assessment of effects of sustainable development policies
including energy security and energy access,
2)
presenting measures to stabilize GHGs emissions based on these emission scenarios,
3)
setting up sustainable development indicators quantitatively for water resources, public
health and biodiversity, and
4)
clarifying effects of each sustainable development policy on mitigation and adaptation
with qualitative analysis for the scenarios, based on the series of quantitative
assessment.
This year is the third year of the entire program. Following last year ’s project, we assess ed
sustainable development and climate change policy, and surveied on related issues this year. As
for qualitative scenarios, a basis of this project, we developed near and midterm scen arios up
until 2030 and long term scenarios toward 2100 with further elaboration. Moreover we developed
quantitative scenarios for major drivers, such as population growth, GDP growth and CO2
emissions, in association with the scenarios above mentioned. Other global models of agriculture
and land use, of water demand and supply, for eco -friendly city, and of public health have been
built up since last year. The SD assessment for these scenarios was conducted on a trial basis ,
examining possible SD indicators.
This project was conducted in research cooperation with the International Institute of Applied
Systems Analysis (IIASA) in Austria.
The outline of this report is as follows.
Chapter1
Introduction
As a background of this project, this chapter describes ongoing global challenges, including
climate change policy, economic development and poverty, and outline s recent developments of
new emission scenarios towards the IPCC fifth assessment report. Then, overall objectives of this
program, and research purpo se for the FY2009 project were stated.
Chapter2
Study on sustainable development and assessment of climate change measures
As a case study of the assessment for sustainable development and climate change measures,
the Global Integrated Sustainability Mod el (GISMO) model developed under the authority of the
Netherlands Environmental Assessment Agency (PBL) is focused on and quantitative assessment
of SD by the model is reviewed in this chapter. Discussion between M. Weitzman and Dr. W.
Nordhaus over cost-benefit analysis in the context of climate change impact assessment to deal
-5-
with catastrophic events is covered as well. For low carbon and sustainable development
scenarios, historical trends of economic growth, change in industrial structure and CO2
emissions, are examined.
Chapter 3
Development of narrative scenarios
Prior to the scenario development on climate change and sustainable development, general
discuss points on these matters are laid out. As for near and middium term scenarios in a 2030
time perspective, three narrative scenarios with the difference in their social priorities are
developed. Two long term scenarios in a 2100 time horizon are developed too, reflecting two
different situations in the social economy. The relation between near and middle term scienarios
and longer term scinaros, and between our scenarios and new IPCC scenarios, Representative
Concentration Pathways (RCP), are also illustrated.
Chapter4
Model development and quantitative assessment
Quantitative modeling exercises in accordance with the specified argument are necessary to
evaluate scenarios and policies that are entangled with complex elements. This year we
elaborated the agriculture and land -use model as a key model to evaluate climate change
measures and sustainable development, which include s improvement in estimation of food
demand, improvement in consistency with the data of present land use, and some quantitative
evaluation examples with the improved model. In addition models of water demand and supply,
for eco-friendly city, and of public health have been upgraded since last year. We also analyzed
the impact of emission reduction on the industrial structure and carbon leakage, using our
DEARS model, a dynamic multi -sectoral and multi-regional model in which glo bal inter-industry
relations are taken into account.
Chapter 5
Development of quantitative scenarios according to narrative scenarios
In this chapter quantitative scenarios are worked out according to the narrative scenario s as
shown in Chapter3. The first half of this chapter cover s scenarios for population grwoth, GDP
growth, age structure, and poverty population . They were created by our scenario generator
corresponding to long term narrative scenarios. The latter half of this chapter describe s scenarios
for energy supply structure and CO2 emission, which were developed by our DNE21+ , a global
energy system model, in line with near and middle term narrative scenarios.
Chapter 6
Development of ALPS-SD indicators
In order to evaluate scenarios and clima te change measures in the context of sustainable
development, SD indicators were developed. Following updated SD items and variables since last
year, we experimentally evaluated the scenarios from the SD perspective by the estimation of the
SD level for the seven items of the 18 regions across the world in 2050 , taking the our long term
scenarios as examples.
-6-
Chapter 7
Conclusion and next step
This chapter summarizes major insights gained through this year ’s project and suggeste s the
next step to be taken in the following years.
Appendix
Appendix 1 is a research report by the International Institute of Applied Systems Analysis
(IIASA), and Appendix 2 outlines the IIASA-RITE symposium, held in February 20 10 to
exchange views on ths project and to send info rmation about our research results.
-7-
本
編
第 1章
1.1
はじめに
背景
2009 年 は 地 球 温 暖 化 問 題 が と り わ け 注 目 さ れ た 1 年 と な っ た 。 米 国 で は オ バ マ 政 権
が発足し、ブッシュ政権よりもより積極的に温暖化問題に取り組む姿勢を示した。日
本 で は 、 麻 生 前 総 理 が 6 月 に 2020 年 の 中 期 目 標 と し て 2005 年 比 15% 減 を 掲 げ た が 、
政 権 が 代 わ っ て 鳩 山 総 理 は 就 任 早 々 9 月 の 国 連 首 脳 級 会 合 に お い て 、主 要 国 す べ て の 参
加 と 意 欲 的 な 目 標 を 前 提 条 件 と し て 、 日 本 は 2020 年 に 1990 年 比 25% 減 ( 2005 年 比 で
は 30% 減 ) を 目 指 す と し た 。 国 連 気 候 変 動 枞 組 条 約 の 会 合 も 何 度 も 開 催 さ れ 、 そ し て
12 月 に デ ン マ ー ク コ ペ ン ハ ー ゲ ン に お い て 、 2013 年 以 降 の 排 出 削 減 枞 組 み ・ 目 標 に 関
す る 合 意 を 目 指 し た 第 15 回 締 約 国 会 合 ( COP15) が 開 催 さ れ た 。 閣 僚 レ ベ ル で の 協 議
に 加 え 、 最 後 に は 各 国 首 脳 の 多 く も 出 席 し 合 意 を 目 指 し た 。 し か し な が ら 、 結 局 、 26
カ 国 ・ 機 関 の 首 脳 に よ る 「 コ ペ ン ハ ー ゲ ン 合 意 ( Copenhagen Accord )」 が 何 と か 成 立 し
た も の の 、UNFCCC 加 盟 国 は そ れ を 留 意 す る と い う 形 に 留 ま っ た 。
「コペンハーゲン合
意 」 の 内 容 は 、「 気 温 上 昇 を 2 ℃ 以 内 に 抑 え る と の 科 学 的 知 見 を 認 識 」 し 、 先 進 国 は 、
2020 年 に 向 け た 排 出 削 減 目 標 を 2010 年 1 月 末 ま で に 提 出 、 途 上 国 は 、 2020 年 に 向 け
た 排 出 削 減 の 行 動 目 標 を 2010 年 1 月 末 ま で に 提 出 、先 進 国 か ら 支 援 を 受 け た 削 減 に つ
いては国際的な検証を受ける、といった内容となった。また、先進国から途上国への
資 金 援 助 に つ い て の 合 意 も な さ れ た 。 COP15 で は 、 こ れ ま で 同 様 、 先 進 国 と 途 上 国 の
激しい対立が見られたが、途上国の中でも小島嶼国のような大きな温暖化影響被害が
見込まれる国の意見が途上国の中でも尐し異なってきている部分が明確になってきた
り、中国と一部のアフリカ諸国の強い協調が見受けられたりするなど、利害関係、思
惑が入り乱れたものとなったと言える。世界が団結して地球温暖化防止に向けて取り
組むという美しい世界ではなく、各国国益をかけた激しい戦いの場が現実にはそこに
あ っ た 。基 準 年 の 記 述 も な い「 気 温 上 昇 を 2℃ 以 内 に 抑 え る と の 科 学 的 知 見 を 認 識 」と
いう表面的に美しい記述には合意できるものの、
「 2050 年 に 世 界 の 温 室 効 果 ガ ス 排 出 量
を 半 減 す る 」、も し く は 、2020 年 の 具 体 的 な 排 出 削 減 量 に つ い て は 国 益 が 直 接 的 に 関 係
し、また、国内政治的な状況等も影響し、全世界で合意することが困難になる。現実
の政治は、温暖化問題だけではなく、多くの目的を高次にバランスさせなければなら
ず複雑である。
2007 年 7 月 頃 か ら 顕 在 化 し て き た 米 国 の サ ブ プ ラ イ ム ロ ー ン 問 題 を 発 端 に 、200 8 年
9 月 に は 大 手 投 資 銀 行 で あ る リ ー マ ン・ブ ラ ザ ー ズ の 破 綻 に よ っ て 引 き 起 こ さ れ た い わ
ゆる「リーマンショック」の影響も未だ色濃く残っており、先進国を中心に経済への
ダメージは大きいままである。各国政府は、財政支出によって経済を建て直そうとし
ているが、各国ともに財政赤字が急激に膨らんできている。たとえば、米国オバマ政
権は、グリーンニューディールとして、財政支出を環境分野に振り分けることを掲げ
経済再建に取り組んでいるものの、その中身を見ると、必ずしも温暖化対策につなが
るものばかりではなく、むしろ、エネルギー安全保障強化を目的としているような内
容となっている。グリーンニューディールが意図されたように、環境と経済を両立さ
- 11 -
せるようなものになるかどうかは、今しばらく様子を見る必要があろう。しかし、財
政赤字の拡大は、今後の温暖化対策や持続可能な発展政策全般にわたって、政策余地
を縛ることにもなりかねず注意が必要なことは間違いない。一方、リーマンショック
に よ る CO2 排 出 へ の 直 接 的 な 影 響 は 甚 大 で あ り 、先 進 各 国 で 大 幅 な CO2 排 出 の 低 下 が
観 測 さ れ て い る 。し か し 、こ れ は 必 ず し も 喜 ば し い こ と で は な く 、現 状 で は GDP と CO2
排出が強い相関を有していることを改めて示されたということでもある。今後、いか
にこの正の相関を断ち切っていけるのかは、人類にとって大きな課題として立ちふさ
がっていると言える。
ももちろんアフリカ等の貧困問題も人類にとって解決しなければならない大きな課
題である。貧困が内戦を生み、益々、貧困に陥る負のループに落ち込んでいる国は未
だ多くあり、世界の持続的な発展を阻害し得る重大な問題である。
地球温暖化問題は、間違いなく、人類にとっての脅威であり、これに立ち向かって
克服していかなければならない課題である。一方で、このように、国際社会は様々な
困難に立ち向かっている。そして、それらの課題は複雑に絡み合っている。これらを
同時に高次元で解決していくことが必要である。そのためには、一つ一つの課題につ
いて深く理解した上で、全体像を俯瞰することが重要である。また、それらを定量的
に分析するには、システム分析の手法が必要である。本研究は、それらに取り組むこ
とによって、人類がより良い意思決定を行うためのより良い情報、知見を包括的に示
そうとしている。
1.2
IPCC 次 期 排 出 シ ナ リ オ の 動 向
IPCC は 、 次 期 報 告 書 で あ る 第 5 次 評 価 報 告 書 1 ( Fifth Assess ment Report 、 以 下 AR5 )
に集約する研究に向けて、諸研究が開始されるなるべく以前に将来シナリオを定める
必 要 が あ り 、 そ の 新 シ ナ リ オ 作 成 の 日 程 計 画 が な さ れ て い る ( 図 1.2 -1 )。 な お 、 IPCC
は 過 去 、「 シ ナ リ オ 開 発 を coordinate 」 し て き た が 、 新 シ ナ リ オ で は 研 究 者 に よ る 「 シ
ナ リ オ 作 成 を catalyze 」す る 役 目 を 担 う 。シ ナ リ オ 作 成 の た め の 主 要 な 研 究 コ ミ ュ ニ テ
ィ は 、 気 候 予 測 に 関 す る 気 候 モ デ ル ( climate modeling: CM ) コ ミ ュ ニ テ ィ 、 社 会 経 済
シ ナ リ オ に 関 す る 統 合 評 価 モ デ ル( integrated assess ment mo deling: IAM )コ ミ ュ ニ テ ィ 、
影 響 ・ 適 応 ・ 脆 弱 性 ( impacts, adaptation, vulnerability: IAV ) コ ミ ュ ニ テ ィ の 3 つ に 大
別される。
2007 年 秋 IPCC は 新 シ ナ リ オ 作 成 の た め の 専 門 家 会 合 を 開 催 し
1)
、以 来 作 業 お よ び 専
門 家 会 合 を 継 続 し て 行 っ て き た 。 代 表 的 濃 度 パ ス ( Representative Concentration
Pathways: RCPs )の 選 定 で は 、こ れ ま で 低 濃 度 パ ス の RCP3-PD に つ い て 2.9 W/ m 2 か 2.6
W/ m 2 シ ナ リ オ の い ず れ に す る か で 議 論 が 続 い て い た が 、 最 終 的 に は よ り 低 い レ ベ ル の
排 出 シ ナ リ オ と な る 2.6 W/m 2 が 選 定 さ れ た
1
2)
( 表 1.2 -1)。 本 研 究 に お け る シ ナ リ オ 策
AR5 は そ れ ぞ れ 、 第 1 作 業 部 会 ( WGI) の 報 告 書 は 2013 年 早 期 に 、 第 2 作 業 部 会 ( WGⅡ ) お よ
び 第 3 作 業 部 会( WGⅢ )の 報 告 書 、統 合 報 告 書 は 2014 年 の で き る だ け 早 い 時 期 に 完 成 さ せ る こ
と を 要 請 さ れ て い る ( IPCC 第 28 回 会 合 に て ) 。
- 12 -
定においても、この濃度パスに対応した分析を行うことは、国際的なシナリオ発信お
よびそれによる排出削減方策の国際的な議論のために、重要であると考えられる。
な お 、 図 1.2 -1 ス ケ ジ ュ ー ル と 比 較 し て 、 RCP 作 業 が 長 引 き 1 年 程 度 の 遅 れ が 見 ら
れる状況にある。そのため、後の工程が若干タイトになることが予想される。
図 1.2 - 1 新 シ ナ リ オ 策 定 に 関 す る 工 程 ( 文 献 1) よ り )
表 1.2 -1
名称
RCP8.5
RCP6
RCP4.5
Representative Concentration Pathways: RCPs
放射強制力
2
2 1 0 0 年 に 8.5W/m 以 上
~ 6 W/m
パス形状
2 1 0 0 年 に 1370pp m 以 上
上昇
~ 850ppm
オーバーシュートす る こ と
2
( 2100 年 以 降 安 定 化 )
( 2100 年 以 降 安 定 化 )
~ 4.5 W/ m 2
( 2100 年 以 降 安 定 化 )
2100 年 よ り 前 に 3
RCP3 -PD
濃 度 ( CO 2 等 価 )
W/ m 2 で ピ ー ク 、 以 後 、
下降
~ 650ppm
なく安定化
オーバーシュートす る こ と
( 2100 年 以 降 安 定 化 )
2 1 0 0 年 よ り 前 に 490pp m で
ピーク、以後、下降
なく安定化
ピークおよび下降
IPCC の 新 統 合 評 価 シ ナ リ オ の 策 定 で あ る が 、 IPCC WG3 共 同 副 議 長 の Ott mar
Edenhofer 氏 が 、 2009 年 9 月 に 行 っ た プ レ ゼ ン テ ー シ ョ ン
3)
に お い て 、 図 1.2 -2 の よ う
な図を用いている。ベースラインは不確実性があり、その例として、化石燃料価格が
- 13 -
高いシナリオ・低いシナリオ、高人口シナリオ、石炭依存シナリオ、低経済成長シナ
リオを挙げている。そして、政策の不確実性として、ファーストベストシナリオ、分
断された炭素市場、様々に混在する緩和政策といった例を挙げている。そしてもう一
つ の 分 析 の 軸 と し て 、 RCP に 対 応 し た 濃 度 安 定 化 レ ベ ル の 違 い を 挙 げ て い る 。
本研究で今年度策定した变述的シナリオ(第3章に記載)および定量的な分析の方
針 は 、こ の IPCC の 分 析 の 方 向 性 と も 合 致 し て い る も の で あ る 。第 3 章 で 詳 し く 述 べ る
が 、 長 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ と し て 、「 A: 消 費 厚 生 の 継 続 的 増 大 」 と 「 B: 大 量 消 費 社 会
からの離脱」を策定したが、高人口シナリオ、低経済成長シナリオをカバーするもの
で あ る 。 ま た 、 中 期 の シ ナ リ オ と し て 、「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」、「 民 主 的
プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」、「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ リ オ 」 は 、「 コ ス ト 合 理 的 温 暖
化対策シナリオ」はファーストベストシナリオに対応し、後の2つのシナリオは、分
断 さ れ た 炭 素 市 場 、様 々 に 混 在 す る 緩 和 政 策 と い っ た 想 定 に 近 い も の で あ る 。ま た 、
「エ
ネルギー安全保障優先シナリオ」はベースラインとして、高い化石燃料価格を想定し
た も の で あ る た め 、 Edenhofer 氏 が 示 し た 化 石 燃 料 価 格 が 高 い シ ナ リ オ ・ 低 い シ ナ リ オ
に対応もしたものである。
以 上 の よ う に 、 本 研 究 開 発 の お け る シ ナ リ オ 開 発 は 、 IPCC の シ ナ リ オ 策 定 の 動 き と
も連動した時機を得たものとなっている。
図 1.2 -2 I P C C 第 5 次 評 価 報 告 書 に 向 け た シ ナ リ オ 策 定 の 方 針 案 ( 文 献 3 )よ り )
- 14 -
1.3
本研究の目的
以上のような背景の下で、本研究プロジェクトは、以下のような目的を持って研究
開発を行った。

エネルギーセキュリティやエネルギーアクセスの向上・改善などの持続的発展
政策の地球温暖化緩和効果を定量的に評価し、持続的発展を目指した経済社会
の 今 後 100 年 に わ た る 定 量 的 な 世 界 の 温 室 効 果 ガ ス 排 出 シ ナ リ オ を 提 示 す る

この排出シナリオを基準にして、温室効果ガスを各種濃度安定化レベルに抑制
する方策を示す

それら排出シナリオにおける水資源や健康、生物多様性等に関連する各種持続
的発展指標を定量的に評価する

これらの定量的な評価を基にして各種持続的発展政策が温暖化対応策(緩和・
適応)に及ぼす影響を、定性的な分析を加えつつ明らかにする
上記を達成するために、3年目にあたる今年度は以下の目的を持って研究を実施し
た。
①
持続可能な発展およびその温暖化問題との連関に関する世界の動向、評価手法・
評価例の調査・整理を行う。
②
地球温暖化と持続可能な発展に関する变述的シナリオの策定を行う。
IPCC 次 期 排 出 シ ナ リ オ で は 地 球 温 暖 化 の 総 合 的 な 变 述 的 シ ナ リ オ の 策 定 も 行 わ れ
る見通しである。このため、総合的な視点に立った地球温暖化と持続可能な発展に
関 す る 变 述 的 な シ ナ リ オ を 策 定 し 、 IPCC で の 議 論 の 場 等 に お い て 提 示 、 活 用 す る 。
变 述 的 シ ナ リ オ は 、 H19、 20 年 度 と 検 討 し た 内 容 を 踏 ま え つ つ 、 よ り 国 際 的 に 説 得
性、インパクトを持つようなものを策定する。
③
定量的評価のためのコンピュータモデルの開発を行う。
・ 農 作 物 需 給 を 考 慮 し 、農 業 へ の 温 暖 化 影 響 、お よ び 食 糧 需 要 が 土 地 利 用 変 化 に 与
え る 影 響 を 評 価 可 能 な モ デ ル を H20 年 度 に 引 き 続 き 構 築 し 、 完 成 さ せ る 。
・ 淡 水 資 源 の 需 給 モ デ ル に つ い て 、上 記 の 農 業 モ デ ル に お け る 水 需 要 と 整 合 性 が と
れるようなモデルに改良を行う。
・ 温暖化による健康影響と持続可能な発展政策との整合的な評価を可能とする健
康影響モデルの改良を行う。
・ グ リ ッ ド ベ ー ス の 環 境 調 和 型 都 市 と 交 通 シ ス テ ム 評 価 モ デ ル の 開 発 を H20 年 度
に 引 き 続 き 実 施 し 、都 市 で の 人 間 活 動 と 緩 和 策 を 整 合 的 に 評 価 可 能 な モ デ ル を 構
築する。
・ 各 サ ブ モ デ ル の 連 携 の 中 核 と な る 土 地 利 用・土 地 被 覆 評 価 が 可 能 と な る モ デ ル 開
発を行う。
・ 技術開発・技術普及障壁を考慮した温暖化緩和策評価モデルを構築する。
・ 論理的なモデルとして表現できない指標については、变述的なシナリオに沿っ
て 、緩 や か な 論 理 関 係 か ら 定 量 的 な 数 値 を 作 成 す る シ ナ リ オ ジ ェ ネ レ ー タ を 開 発
し、全体の整合性を確保する。
- 15 -
④
变述的シナリオに沿った持続的発展政策・温暖化抑制政策に伴う温室効果ガス排
出シナリオ、温暖化緩和策シナリオの定量的な分析・評価を行う。
⑤
既往の持続可能な発展、エネルギーセキュリティなどの各種の持続可能な発展お
よび地球温暖化に関連する指標の開発を行い、シナリオの定量的評価を行う。
なお、これらの研究を推進するにあたって、オーストリアにある地球環境問題のシ
ス テ ム 分 析 で 名 高 い 研 究 所 で あ る 国 際 応 用 シ ス テ ム 分 析 研 究 所( IIAS A )と 研 究 連 携 を
行って実施することとした。
参考文献(第1章に関するもの)
1)
Intergovernmental Panel on Climate Change Twenty-eighth session, IPCC-XXVIII/Doc.8, Further work on
scenarios report from the IPCC expert meeting towards new scenarios for analysis of emissions, climate
change, impacts, and response strategies, 19-21 September, 2007 Noordwijkerhout, The Netherlands,
Budapest, 9-10 April 2008.
2)
Intergovernmental Panel on Climate Change Thirtieth session, IPCC-XXX/Doc.18,Future IPCC
activities–New scenarios, Report from the Integrated Assessment Modeling Consortium expert group
regarding RCP3-PD, Antalya, 21-23 April 2009.
3)
O. Edenhofer, “IPCC’s Catalytic Role: Coordinating Scenarios Jointly with IAMC”, IAMC Meeting,
Tsukuba, September 15th, 2009.
- 16 -
第 2章
2.1
持続可能な発展と温暖化対策に関する評価例の調査
オ ラ ン ダ 環 境 機 関 に よ る SD 評 価 の 例
2.1.1 は じ め に
本節では、本研究と類似した目的意識を持って持続可能な発展と温暖化問題の総合
的 な 分 析 ・ 評 価 を 行 っ て い る オ ラ ン ダ 環 境 評 価 機 関( PBL)の 研 究 に つ い て 調 査 し 、整
理を行った
1),2)
。PBL は 地 球 温 暖 化 の 統 合 評 価 モ デ ル の 開 発 に 先 駆 的 に 取 り 組 ん で き て
いるが、現在、温暖化問題だけではなく、持続可能な発展を含めた総合的な分析・評
価 に 取 り 組 ん で い る 。そ の 中 で 、SD に 関 す る 定 量 的 評 価 を 行 う た め 、GISMO モ デ ル の
開 発 が 行 わ れ て い る 。 本 研 究 ALPS で は シ ナ リ オ ジ ェ ネ レ ー タ を 開 発 し 、 SD 指 標 の 数
値 化 や SD 指 標 の 統 合 化 を 行 っ て き て い る が 、 GISMO モ デ ル は 、 ALPS と ほ ぼ 同 様 の 、
SD に 関 す る 定 量 的 評 価 と い う 目 的 の た め に 開 発 さ れ て い る 。 PBL で は 、 持 続 可 能 性 を
評 価 す る た め に 、ALPS と ほ ぼ 同 様 の 手 項 で 行 っ て お り 、ま ず 持 続 可 能 性 に 関 連 す る シ
ナ リ オ を 策 定 し 、 GISMO モ デ ル に よ る 定 量 評 価 を 行 い 、 最 後 に 指 標 統 合 化 し て 評 価 す
るという手項で実施されている。
2.1.2
GISMO モ デ ル の 調 査
PBL に よ っ て SD 全 般 を 定 量 評 価 す る た め に 開 発 さ れ た GISMO1.0 (Global Integrated
Sustainability MOdel) は 、 特 に MDGs と H DI の 評 価 頄 目 を 意 識 し て モ デ ル 開 発 ・ 評 価 が
行 わ れ 、 Quality of Life の 評 価 に 注 力 し て い る (図 2.1.2 -1 )。 GISM O モ デ ル の 一 部 に は
温 暖 化 統 合 評 価 モ デ ル IMAGE(平 成 1 9 年 度 報 告 書
2)
で 調 査 済 み )も 含 ま れ 、よ り 幅 広 い
持続可能性問題を論じるための新しいフレームワークの構築を目指している。図
2.1.2 -2 に は GISMO の モ デ ル 構 造 を 示 す 。図 2.1.2 -1 の PPP (Planet -People -Profit) に そ れ
ぞ れ 対 応 す る Environment, Human, Economic の 3 ド メ イ ン か ら 構 成 さ れ 、各 ド メ イ ン 内
にいくつかのサブモデルを有し、それらのモデルの入出力値がリンクされている。
GISMO1.0 モ デ ル で は 、2030 年 ま で (5 年 間 隔 )、世 界 2 7 地 域 に 区 分 し て 評 価 を 実 施 し て
い る (図 2.1.2 -3)。 た だ し 、 地 域 分 割 は 各 サ ブ モ デ ル に よ り 若 干 異 な る 場 合 も あ る 。
- 17 -
出 典 : PBL
図 2.1.2 -1 GISMO モ デ ル の 概 念
出 典 : PBL
2)
図 2.1.2 -2 GISMO モ デ ル の 構 造
- 18 -
2)
出 典 : PBL 2 )
図 2.1.2 -3 GISMO1.0 モ デ ル の 2 7 地 域 区 分
GISMO1. 0 で は 、 主 に 人 口 (PHOE NIX model) 、 健 康 (Health model) 、 教 育 (Education
model) 、経 済 (Economy model) の 各 モ デ ル を 有 し 、2030 年 ま で の MDGs 頄 目 や HDI を 評
価 で き る 。 一 部 の Ecosyste m の 評 価 (Ecosyste m goods and services) は 今 後 の 課 題 と し て
い る 。図 2.1.2 -2 の Environmental Do main で 評 価 さ れ る エ ネ ル ギ ー や 土 地 利 用 、水 資 源 、
気 候 な ど に 関 し て は 、 従 来 か ら 開 発 さ れ て い る IMAGE モ デ ル や TIMER モ デ ル が 用 い
ら れ て い る 。 な お 、 2010 年 2 月 に 実 施 し た ヒ ア リ ン グ 調 査 に よ り 、 RITE の DNE21+ も
PBL の TIMER も 同 じ エ ネ ル ギ ー 評 価 モ デ ル で あ る が 、前 者 は 最 適 化 型 で あ る の に 対 し 、
後者はシミュレーション型であるという点において大きな違いがあることがわかって
いる。
図
2.1.2 -4
に は 、 PBL 1 ) の 想 定 シ ナ リ オ と し て 、 Global/Local
action
と
Market/Government の 2 軸 に よ る 4 シ ナ リ オ を 示 す 。し か し 、こ れ ら の シ ナ リ オ 想 定 は 、
PBL
1)
の 報 告 書 で は 囲 み 記 事 (Box)扱 い で あ り 、PBL
1)
の実際の定量評価では 1 シナリオ
の み を 扱 い (ど の 变 述 的 シ ナ リ オ に 対 応 し て い る か に 関 す る 明 確 な 記 述 は 無 い )、複 数 シ
ナ リ オ に よ る 比 較 分 析 は PBL 1 ) で は 実 施 施 さ れ て い な い 。 PBL 1 ) で の 定 量 評 価 モ デ ル 前
提 と な る シ ナ リ オ と し て 、 FAO 食 糧 シ ナ リ オ (FA O2006 シ ナ リ オ )や WB 経 済 成 長 シ ナ
リ オ (GEP2005 シ ナ リ オ )、UN2006 中 位 人 口 推 計 類 似 の 人 口 シ ナ リ オ が 用 い ら れ て い る 。
- 19 -
出 典 :PBL 1 )
図 2.1.2 -4 PBL に よ る シ ナ リ オ 分 類
図 2.1.2 -5 と 図 2.1.2-6 に は 、 人 口 モ デ ル と 健 康 モ デ ル の 構 造 を そ れ ぞ れ 示 す 。 健 康
モデルでは、マラリア・下痢症・急性呼吸器疾患の 3 頄目を対象とし、途中の計算過
程において貧困人口も推計される。健康モデルでは、気温・降水量や経済条件のほか
に、年齢別人口、人口密度や栄養摂取量、水供給量、固体燃料使用量などがモデル入
力とされている。健康モデルにおける入力値の多くは他モデルの出力値に相当する。
こ れ ら の 入 出 力 の 回 帰 式 は 、 WHO や 世 界 銀 行 デ ー タ な ど に 基 づ き 、 決 定 さ れ て い る 。
- 20 -
出 典 : PBL 2 )
図 2.1.2 -5 GSIMO1.0 の 人 口 評 価 モ デ ル (PHOENIX)
出 典 : PBL 2 )
図 2.1.2 -6 GSIMO1.0 の 健 康 評 価 モ デ ル (Health model )
- 21 -
図 2.1.2 -7 に は 2030 年 ま で の 要 因 別 死 亡 者 数 推 移 を 示 す 。 図 2.1.2-8 に は 2030 年 の
地 域 別 DALYs( Disability adjusted life years) の 内 訳 を 示 す 。 2030 年 に か け て HIV/AIDS
による損失はどの地域でも大きくなる傾向にあるが、特にサブサハラアフリカでは
HIV/AIDS に よ る 損 失 の 比 重 が 非 常 に 大 き い 。 一 方 、 1990 年 に は 大 き か っ た Hunger に
よ る 損 失 の 割 合 は 2030 年 に 向 け て 多 く の 地 域 で 縮 小 傾 向 に 向 か う 。サ ブ サ ハ ラ ア フ リ
カ 以 外 で は 、smoking, blood pressure, obesity( 肥 満 )に よ る 損 失 の 割 合 が 2030 年 に か け て
大きくなる。
出 典 : PBL 2 )
図 2.1.2 -7 GSIMO1.0 の 要 因 別 死 亡 者 数
- 22 -
出 典 : PBL 2 )
図 2.1.2 -8 GI SM O1.0 に よ る 健 康 評 価
図 2.1.2 -9 に は 、教 育 評 価 モ デ ル の 構 造 を 示 す 。教 育 評 価 モ デ ル で は 、経 済 モ デ ル か
ら 得 ら れ る 一 人 当 た り GDP、 人 口 モ デ ル か ら 得 ら れ る 年 齢 別 人 口 な ど が モ デ ル 入 力 と
し 、教 育 レ ベ ル 別 の 就 学 率 や 教 育 費 用 な ど が 計 算 さ れ る 。こ れ ら の 入 出 力 の 回 帰 式 は 、
世 銀 デ ー タ な ど に 基 づ き 、 決 定 さ れ て い る (図 2.1.2 -1 0、 図 2.1.2 -11 )。 教 育 モ デ ル で は
以下の関係が組み込まれている。①識字率と教育の相関関係は弱い。識字率の向上は
自 律 的 な (autonomous) 上 昇 が み ら れ 、学 校 教 育 で は な く informal social structures の 結 果
である。②初等教育就学者数は低所得国間で大きなばらつきがある。
- 23 -
出 典 : PBL 2 )
図 2.1.2 -9 GI SMO1.0 の 教 育 評 価 モ デ ル (Education model)
出 典 : PBL 2 )
図 2.1.2 -1 0 初 等 ・ 中 等 ・ 高 等 教 育 の 就 学 率 と 一 人 当 り GDP
- 24 -
出 典 : PBL 2 )
図 2.1.2 -1 1 識 字 率 と 初 等 教 育 の 修 学 率
図 2.1.2 -12 に は 、経 済 モ デ ル (IFs model) を 示 す 。FDI や 貧 困 に 関 し て も 評 価 可 能 。貧
困 に つ い て は 、平 成 2 0 度 ALPS 報 告 書
3)
の 推 計 方 法 (所 得 の 対 数 正 規 分 布 と ジ ニ 係 数 シ
1)
ナ リ オ ) と ほ ぼ 同 様 で あ る 。 PBL で は 、 図 2.1.2 -13 に 示 さ れ る よ う に 途 上 国 の 過 去 の
ジニ係数に関して調査し、過去トレンドが東アジアとラテンアメリカでは上昇する一
方その他の途上国では安定的であることを認識した上で、ジニ係数は全体的には歴史
的 に 大 き な 変 動 は な く モ デ ル 分 析 で 実 施 す る 2000 年 以 降 に つ い て は 2000 年 値 で 固 定
すると仮定している。
図 2.1.2 -14 に は 貧 困 人 口 ・ 飢 餓 人 口 の 結 果 を 示 す 。 GISMO モ デ ル に よ る と 、 サ ブ サ
ハ ラ ア フ リ カ で は 20 3 0 年 に お い て も 依 然 と し て 貧 困 人 口 が 存 在 す る が 、飢 餓 人 口 は 大
幅 に 縮 小 す る 結 果 が 示 さ れ て い る 。 図 2 .1.2 -15 に は 、 GISMO に よ る $1/day 以 下 と
$1-2/day の 貧 困 人 口 推 計 を 示 す 。貧 困 の 基 準 を $1/day 以 下 基 準 と す る と 、世 界 全 体 の 貧
困人口は減尐するものの、サブサハラアフリカの貧困人口は増加し、その他の地域は
大 幅 に 縮 小 す る 。 一 方 、 $1-2/day を 貧 困 基 準 と す る と 、 单 ア ジ ア が 2015 年 頃 ま で は 増
加 す る も の の 2015 年 以 降 は 減 尐 傾 向 に あ り 、 サ ブ サ ハ ラ は 2030 年 ま で 増 加 し 続 け る
と見込まれる。貧困線の基準によって貧困人口推移が大きく異なることがわかる。
- 25 -
出 典 : PBL 2 )
図 2.1.2 -1 2 GISMO の 経 済 モ デ ル (IF( international future )s Economy model)
出 典 : PBL 1 )
図 2.1.2 -1 3 途 上 国 の ジ ニ 係 数 の 実 績 値
- 26 -
出 典 : PBL 2 )
図 2.1.2 -1 4 GISMO1.0 に よ る 貧 困 人 口 ・ 飢 餓 人 口 の 実 績 値 と 推 計 値 (2015,2030) 2
出 典 : PBL 1 )
図 2.1.2 -1 5 GISMO1.0 に よ る 貧 困 人 口 推 計 値 (左 : $1/day 以 下 、 右 :1 -2$/day)
2
Poverty は MDGs と 同 様 の $1/day 未 満 人 口 率 (総 人 口 比 )で 評 価 さ れ て い る 。 Hunger は MDGs と 同
様 の FAO 基 準 (食 事 エ ネ ル ギ ー 摂 取 量 が 基 礎 代 謝 率 BMR の 1.54 倍 以 下 )人 口 率 (総 人 口 比 )で 評 価
されている。
- 27 -
図 2.1.2 -16 に は 指 標 統 合 化 し た HDI 評 価 例 を 示 す 。 HDI は ど の 地 域 に お い て も 203 0
年 に か け て 上 昇 す る 。 図 2.1.2 -1 7 に は 各 頄 目 の MDGs 達 成 度 を 示 す 。 サ ブ サ ハ ラ ア フ
リ カ で は 改 善 傾 向 に あ る も の の 、ど の 頄 目 に お い て も 2030 年 に お い て も な お 未 達 成 で
あ る 。一 方 、サ ブ サ ハ ラ ア フ リ カ 以 外 の 地 域 で は MDGs の 目 標 年 で あ る 2015 年 で は 未
達 成 で あ る 頄 目 が 多 い が 、2030 年 に は 多 く の 頄 目 で 目 標 を 達 成 す る こ と を 示 し て い る 。
出 典 : PBL 2 )
図 2.1.2 -1 6 H D I の 評 価 例
(2005 年 以 降 は GISMO1.0 に よ る 推 計 )
- 28 -
出 典 : PBL 1 )
図 2.1.2 -1 7 H D I の 評 価 例
(2005 年 以 降 は GISMO1.0 に よ る 推 計 ) 3
2.1.3 ま と め
本 節 で は 、オ ラ ン ダ 環 境 評 価 機 関 PBL の 持 続 可 能 性 評 価 モ デ ル GISMO に つ い て 調 査
し た 。 GISMO モ デ ル に よ る 評 価 は 、 持 続 可 能 な 発 展 と 温 暖 化 政 策 を 包 括 的 に 評 価 し よ
うとする本プロジェクトの目的と非常に類似している。本節で調査・整理した分析方
法や定量化指標を参考にしつつ、本プロジェクトの今後の分析・評価を行っていく予
3
Children attending school は 大 き い 値 の 方 が 望 ま し く 、 そ の 他 の 頄 目 は 小 さ い 方 が 望 ま し い 。
Poverty は MDGs と 同 様 の $1/day 未 満 の 人 口 率 で 評 価 さ れ て い る 。
- 29 -
定 で あ る 。 SD の 定 量 的 評 価 に 関 し て は 、 今 後 も 引 き 続 き 幅 広 く 調 査 を す す め る 必 要 が
ある。
参 考 文 献 ( 第 2.1 節 に 関 す る も の )
1)
PBL: Beyond 2015: Long-term development and the Millennium Development Goals, PBL Report
550025004, http://www.mnp.nl/bibliotheek/rapporten/550025004.pdf (2010 年 3 月アクセス), (2009)
2)
PBL: Towards a global integrated sustainability model: GISMO1.0 status report, PBL Report 550025002,
http://www.mnp.nl/bibliotheek/rapporten/550025002.pdf (2010 年 3 月アクセス), (2008)
(財)地球環境産業技術研究機構:「脱地球温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための対応戦
3)
略の研究」、平成 19 年度調査報告書 (2008)
(財)地球環境産業技術研究機構:「脱地球温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための対応戦
4)
略の研究」、平成 20 年度調査報告書 (2009)
2.2
気 候 変 動 下 で の 経 済 評 価 に つ い て Weitzman の 問 題 提 起 と Nordhaus の 評
価例
2.2.1 は じ め に
気候変動における緩和策評価や影響評価に関して、これまで多くの経済評価モデル
が構築され、多くの費用便益分析がなされてきた。このような気候変動下での経済評
価 に 関 し て 、 世 界 的 に 著 名 な 経 済 学 者 M. Weitz man は 、 気 候 変 動 の よ う な 大 規 模 な カ
タ ス ト ロ フ ィ ッ ク 影 響 を 考 慮 し た 新 し い 不 確 実 性 に 関 す る 理 論 Dis mal Theore m( 以 下 、
DT と 記 す )を 示 し 、従 来 の 費 用 便 益 分 析 の 問 題 点 を 指 摘 し た 。一 方 、気 候 変 動 問 題 に 関
す る 著 名 な 経 済 評 価 モ デ ル 分 析 者 で あ る W. Nordhaus が 、Weitzman の DT に 関 し て 反 論
し 、 依 然 と し て 費 用 便 益 分 析 が 有 用 で あ る こ と を 示 し た 。 本 節 で は 、 DT を 提 示 し た
Weitzman 1 ) と 、 DT へ の 反 論 文 Nordhaus 2 ) に つ い て 整 理 し た 。
2.2.2 Dismal Theorem に 関 す る Weitzman と Nordhaus の 論 点
(1) Dismal Theorem と は
①
Weitz man の 主 張
Weitzman 1 ) で は 、温 暖 化 に お け る カ タ ス ト ロ フ ィ 事 象 な ど に 代 表 さ れ る よ う な 、高 影
響 で あ り か つ 低 確 率 で あ る 事 象 に 対 し て 、 fat tailed 確 率 分 布 4 が 導 か れ 、 ベ イ ズ 理 論 を
適 用 す る と 、 そ の 期 待 値 は 無 限 大 と な る DT が 成 立 し 、 そ の 理 論 を 数 学 的 に 証 明 し た 。
消 費 が 対 数 正 規 分 布 (fat tailed 型 )に 従 う 構 造 的 不 確 実 性 を 持 つ と し た 場 合 、
4
heavy tail, bad tail (long tail) も fat tail と 同 じ 意 味 と さ れ る 。
- 30 -
ln( c)  ln( c)    (P  1)
(2.2 -1)
c: 消 費 、 ~(0,  2 ) 、 ~N(,   ) : 不 確 定 な 政 策 乗 数 (uncertain policy multiplier) 、 P: 0
2
ま た は 1 の 政 策 変 数 (P=1 の と き 政 策 有 、 P= 0 の と き 政 策 無 )。 Weitz man 1 ) で は 、 不 確 定
な 政 策 乗 数 と し て 気 候 感 度 を と り あ げ て い る 。 (2.2 -1 )式 は 、 Geweke(2001) の CRR A 効
用 (constant relative risk aversion utility: 相 対 的 危 険 回 避 度 一 定 効 用 ): ln( c)  c   を 発 展
さ せ た も の で あ り 、Weitzman 1 ) は 政 策 変 数 頄 を 新 た に 追 加 し た 。こ こ で 、Weitzman 1 ) は 、
ベ イ ズ 理 論 に よ り 無 限 期 待 効 用 (ま た は 無 限 限 界 効 用 )で あ る こ と (DT)を 示 し た 。
②
Nordhaus の 主 張
Weitzman 1 ) の 主 張 に 対 し て 、Nordhaus は 、与 え た 条 件 下 で は 確 か に DT は 成 立 す る が 、
効 用 関 数 と 確 率 分 布 の 想 定 に よ っ て は DT が 成 立 し な い 場 合 も 存 在 す る と 主 張 し て い
る 。DT で 用 い ら れ た 効 用 関 数 に 関 し て 、Nordhaus 2 ) で は 卖 純 な 数 値 例 を 用 い て DT の 問
題点を以下のように示した。
1
CRRA 効 用 関 数 と し て U(c)~  c
(  が 大 き い と 高 リ ス ク 回 避 を 示 す )、fat tailed 型 確
率 密 度 分 布 と し て べ き 乗 分 布 f (c)~c (k>0) (k が 小 さ い と よ り fat tailed 型 分 布 に な る 。)
k
k 1
こ の と き 、 消 費 レ ベ ル c に お け る 条 件 付 き 効 用 は 、 V(c)  f (c)U(c)~c c
 c k1 と な
る 。 DT に よ る と 、 c  0 の 時 V(c)   と な る 。 し か し 、 0  c  c で V(c)の 積 分 を と る
と (V(c) の 期 待 効 用 )、 k  2    0 の 場 合 に は c  0 の 時 V(c)の 期 待 効 用 と 限 界 効 用 は 有
限 に な る 。 一 方 、 k  2    0 の 時 に は 、 DT の 意 図 し た と お り に 期 待 効 用 と 限 界 効 用 は
発散する。
よ っ て 、DT が 成 立 す る た め は 、確 率 密 度 分 布 が fat tailed で あ る だ け で は な く very fa t
tailed( “very”が つ く 、す な わ ち k が 非 常 に 小 さ い )、あ る い は 効 用 関 数 が risk aversion で
あ る だ け で は な く very risk aversion(  が 非 常 に 大 き い )、 と い う 条 件 が 加 わ る こ と を 示
し た 。 よ っ て 、 確 率 密 度 分 布 が fat tail で あ る だ け で は DT が 成 立 す る (無 限 期 待 効 用 、
無 限 限 界 効 用 )に は 、 十 分 で は な い 。 DT の 成 立 条 件 は 、 効 用 関 数 と 確 率 分 布 に 関 す る 2
つのパラメータに依存している。
以 上 を 整 理 す る と 、 DT が 成 立 す る た め に は 2 つ の 仮 定 が 必 要 と な る 。
(a) c  0 の と き 、効 用 関 数   (ま た は 限 界 効 用 が 正 の 無 限 大 )で あ る こ と が 必 要 で あ
り 、   1 の CRRA 効 用 関 数 は こ の 条 件 を 満 た す が 、他 の 多 く の 効 用 関 数 は 満 た さ な い 。
(b) 消 費 の 事 前 予 測 分 布 が fat tail 型 で あ る こ と が 必 要 で あ る 。 す な わ ち 、 消 費 レ ベ ル
が小さい時の確率が限界効用よりも急速に減尐することが必要である。
- 31 -
(a) に 関 し て 、 ゼ ロ 消 費 が 負 の 無 限 大 に な る 想 定 は 、 ゼ ロ 消 費 の 微 小 確 率 を 避 け る た
めに社会が無制限に支払うことであり、この想定は非現実的である。例、小惑星衝突
な ど 。 ゼ ロ 近 傍 の 消 費 は 望 ま し く な い が 、 健 康 分 野 の 文 献 に お け る statistical dea th を
避ける値が有限であると仮定するのと同じように、現実性をもたせるためにゼロ消費
の微小確率を許容すべきである。
(b)に 関 し て 、 確 率 分 布 の 想 定 に 関 し て 、 わ ず か な 変 更 で DT は ロ バ ス ト な 結 果 と な
ら な い 。 例 え ば 、 Weitzaman 1 ) は 政 策 乗 数 と し て 気 候 感 度 を 対 数 正 規 分 布 と い う fat tai l
型の特定の確率分布型として想定しているが、この値が将来的に有限上限値に置き換
わ る 可 能 性 は あ り 、 ま た 一 様 分 布 や 他 の thin tail 型 分 布 に な る 可 能 性 も あ り 、 fat ta il
型分布が正しいという理由はほとんどない。
ま た 、 DT の 数 学 的 証 明 に 関 し て 、 Nordhaus 2 ) に よ る と 、 Weitzman 1 ) は (2.2 -1 )式 の を
未知の政策乗数とし正規分布を仮定したが、その方法では観測者はモデル結果や過去
の 観 測 値 か ら の サ ン プ リ ン グ に よ り 決 定 し な け れ ば な ら な い 。 そ の た め 、 Nordhaus 2 ) は
ベイズ理論ではなく古典的な標本理論に基づいて以下のように証明した。卖純化のた
め に 、μ の 母 関 数 が 正 規 分 布 に 従 う と し 、標 本 に よ っ て 推 定 さ れ た 政 策 乗 数 ̂ が t 分 布
(Weitz man 1 ) で は fat tail 型 分 布 に 分 類 )に 従 う と す る 。 標 本 に よ り 推 定 さ れ た ̂ が t 分 布
に 従 う の で 、 P=0 な ら ば CRRA 効 用 関 数 の 期 待 効 用 は   に な る 。
(2) 政 策 変 数 頄 に 関 し て
①
Weitzman の 主 張
Weitzman 1 ) で は 、 (2.2-1 )式 の 政 策 変 数 P に 関 し て 0 ま た は 1 し か と ら な い 、す な わ ち
P=1 の と き 温 暖 化 対 策 を と り P= 0 の と き 温 暖 化 対 策 は 全 く と ら な い 、と 想 定 し て い る 。
②
Nordhaus の 主 張
Weitzman 1 ) の い う 政 策 変 数 は 、 0 ま た は 1 し か と ら な い が 、 完 全 な ゼ ロ 政 策 を 考 慮 す
る の は 現 実 に は 難 し く 、 政 策 無 (no policy) は 、 troublesome concept で あ る 。
ま た 、Weitz man 1 ) は 、学 習 の 効 果 を 考 慮 し て い な い 問 題 点 が あ る 。時 点 が 進 む に つ れ 、
緩和策や低炭素技術の知見も増加し、その知見をもとに人類が行動することが可能で
あ り 、ジ オ エ ン ジ ニ ア リ ン グ と い っ た ア プ ロ ー チ も 存 在 す る 。逆 に 、温 暖 化 に DT が 適
用されるならば、カタストロフィ事象に関して今後知見が得られたとしても、学習も
政策の中途軌道修正も選択する余地がないということを意味するが、この仮定は現実
的ではない。
(3) 不 確 定 な 政 策 乗 数 と し て の 気 候 感 度 係 数 の 推 計 に つ い て
①
Weitz man の 主 張
Weitzman 1 ) で は 、 不 確 定 な 政 策 乗 数 と し て 、 気 候 感 度 を 取 り 上 げ た 。 Weitzman 1 ) の
TSC(気 候 感 度 )の 事 後 分 布 は 、既 存 の 複 数 の TSC の 統 計 的 結 果 の メ タ 分 析 に 基 づ き 、分
布 の パ ー セ ン タ イ ル の 適 正 値 と し て 95,99 パ ー セ ン ト タ イ ル の 平 均 値 を と っ て い る 。
ま た 、 Weitz man 1 ) に よ る と 、 フ ィ ー ド バ ッ ク 効 果 に よ り TSC1 か ら TSC2 へ と 移 動 す
る と し 、 IPCC -AR 4 の
22 研 究 事 例 の 確 率 密 度 分 布 か ら
P[TSC1>10 ℃ ]  1%, P[ TSC2>10 ℃ ]  5%, P[ TSC2>20 ℃ ]  1 %に な る 。
- 32 -
P[TSC1>7 ℃ ]  5%,
②
Nordhaus の 主 張
Weitzman 1 ) の 気 候 感 度 分 布 の 9 5 パ ー セ ン ト タ イ ル の 求 め 方 の 問 題 点 が あ る 。
Weitzman 1 ) の TSC(気 候 感 度 )の 事 後 分 布 は 、既 存 の 複 数 の TSC の 統 計 的 結 果 の メ タ 分 析
に 基 づ い て い る 。 し か し 、 複 数 の TSC 結 果 が 統 計 的 に 独 立 な ら ば 、 分 布 の パ ー セ ン タ
イ ル の 適 正 値 と し て 95,99 パ ー セ ン ト タ イ ル の 平 均 値 を と る Weitzman 1 ) の 方 法 は 誤 り で
ある。正しくは、まず各種分布を結合してメタ分布を作成してから、その後に、作成
し た 結 合 分 布 か ら パ ー セ ン ト タ イ ル を 計 算 す る 必 要 が あ る 。( 例 : Weitzma n 1 ) の 方 法 に
従 う と 、 95 パ ー セ ン ト タ イ ル が ∞ の べ き 乗 分 布 が 1 つ で も 含 ま れ て い た 場 合 、 9 5 パ ー
セ ン ト タ イ ル の 平 均 値 は ∞ と な る 。)
ま た 、 Weitz man 1 ) に よ る と 、 フ ィ ー ド バ ッ ク 効 果 に よ り TSC1 か ら TSC2 へ と 移 動 す
ることになっているが、既存の気候モデルがすべての効果を考慮しているわけではな
い の で 、TSC パ ー セ ン ト タ イ ル の 約 2 倍 と す る の は 間 違 っ て い る 。Nordhaus 2 ) に よ る と 、
前 述 の 修 正 に 基 づ く と 、 9 5 パ ー セ ン ト タ イ ル は 5.0 ℃ ( 加 重 ウ ェ イ ト を 用 い た 場 合 は
4.6℃ )と な る (た だ し 、対 象 と し た の は 1 0 研 究 事 例 に よ る )。ま た 、本 来 は 、各 モ デ ル は
同 じ よ う な デ ー タ (例 : instrumental temperature record) に 依 存 し て い る の で 、 独 立 で は
な い と い う 問 題 点 も あ る 。 Nordhaus 2 ) で は 、 こ れ ら の 問 題 点 を 考 慮 し た 新 し い 分 布 は 提
示 せ ず 、 Weitzman 1 ) の 推 計 手 法 の 問 題 点 の 提 示 に と ど め て い る 。
(4) D T を 考 慮 し た 温 暖 化 の ダ メ ー ジ 関 数 に つ い て
①
Weitzman の 主 張
Weitzman 1 ) は 、 DT に よ り 温 暖 化 に よ る ダ メ ー ジ が 非 常 に 大 き く 見 積 も ら れ る た め 、
ダ メ ー ジ 関 数 に 関 し て 、 従 来 か ら よ く 用 い ら れ て い る 2 次 式 含 む D1 
1
型 (多
1   (T) 2
く は Δ 2-3 ℃ で 合 う よ う に γ が 設 定 さ れ て き た ) よ り も 指 数 関 数 型 D2  exp((T) ) が
2
望 ま し い と 提 案 し て い る 。た だ し 、関 数 の 特 徴 か ら 指 数 型 の 方 が Δ T の 高 い レ ン ジ で ダ
メ ー ジ を 多 く 見 積 も る こ と に な る が 、そ の 採 用 理 由 は Weitz man 1 ) で は 明 確 に 記 述 さ れ て
い な い 。 Weitzman 1 ) に よ る と 、 指 数 型 ダ メ ー ジ 関 数 を 使 用 す る こ と (my favored choice)
に関して合理性を証明できないが、逆に誰も反証もできないとされる。
②
Nordhaus の 主 張
Nordhaus 2 ) で は 、 ダ メ ー ジ 関 数 の 形 状 に 関 す る 見 解 は 特 段 述 べ て い な い が 、 後 述 の
DICE モ デ ル に よ る 数 値 分 析 で は 、ダ メ ー ジ に 関 す る テ ィ ッ ピ ン グ ポ イ ン ト を 従 来 値 よ
り変更し指数型ダメージ関数による分析結果を示している。
- 33 -
(5) D T は 気 候 変 動 問 題 に 適 用 さ れ る の か
①
Weitzaman の 主 張
適 用 さ れ る 。 DT に よ る と 、 温 暖 化 ダ メ ー ジ に よ り 消 費 が ゼ ロ ま た は ゼ ロ 付 近 に な る
可 能 性 が あ り 、 100 % の 確 率 で 消 費 が ゼ ロ ま た は ゼ ロ 付 近 に な ら な い と は 確 信 で き な
い。
②
Nordhaus の 主 張
適用されない。なぜならば、気候変動によってゼロ消費になる正の確率が心配なら
ば、気候変動問題以外にも技術・社会における多くの分野は高不確実性の状態にある
( 例 : biotechnology, strangelets, runaway computer syste ms, nuclear proliferation, rogue
weeds and bugs, nanotechnology, e merging tropical diseases, alien invaders, asteroids ,
enslavemen t by advanced robots, and so on )。 人 間 は 無 限 の 悪 影 響 の 状 態 に い る と い う こ
と に な る が 、 Weitzman は 気 候 変 動 の 問 題 だ け を 重 視 し 、 偏 り が あ る 。 Weitz man に よ る
と 、 気 候 変 動 以 外 の 分 野 の 悪 影 響 は very very unlikely で あ り 、 気 候 変 動 に よ る カ タ ス
ト ロ フ ィ は very unlikely( “very”が 1 つ 尐 な い )と し て い る が 、 異 な る 結 論 を 導 い て い る
科学者も多い。
(6) DT を 考 慮 す る と 、 温 暖 化 対 策 の 分 析 は ど の よ う に 評 価 さ れ る べ き か
①
Weitzaman の 主 張
DT に 基 づ く と 、 気 候 変 動 の よ う な 高 影 響 ・ 低 確 率 の 性 質 を も つ カ タ ス ト ロ フ ィ 事 象
によって社会に非常に大きな期待損失が生じるため、従来から用いられている通常の
経 済 分 析 (CBA)は 適 用 で き な い 。な ぜ な ら ば 、多 く の 統 合 評 価 モ デ ル は ダ メ ー ジ の 中 央
予測値を用いており、追加的に不確実性の感度解析として実施されているモデル分析
に お い て も 、 thin -tailed 型 確 率 密 度 分 布 を 用 い て き た か ら で あ る 。 既 存 の CBA で は 、
構造的な不確実性が重大な問題となるということが考慮されないまま、割引率を設定
し て 分 析 し て い る 問 題 点 も あ る 。 DT か ら 、 不 確 実 性 の も と で の 意 思 決 定 分 析 の 際 に は
確 率 分 布 の 扱 い が 重 要 で あ る 。 分 布 中 央 値 を 使 用 す る 多 く の モ デ ル は 、 な ぜ fat ta il 型
の 事 前 予 測 確 率 密 度 分 布 が CBA で そ れ ほ ど 重 要 で な い か を 説 明 す る 必 要 が あ る 。
DT は 不 確 実 性 の も と で の 意 思 決 定 分 析 に お け る パ ラ メ ー タ や デ ー タ に 関 す る 確 率 分
布 に 関 し て 重 要 な 理 論 を 示 し た 。 fat tail 型 の 無 制 限 影 響 の カ タ ス ト ロ フ ィ 事 象 は 、 完
全 に は 学 習 で き ず 、 社 会 的 割 引 率 ・ 純 リ ス ク 選 好 に 影 響 を 与 え る 。 し か し 、 Weitzman 1 )
では、いくつかの簡卖な数値例のみで、モデル分析等において具体的に低確率・高影
響 の fat tail 型 分 布 を ど の よ う に 整 合 的 に 扱 う の か に つ い て は 触 れ て い な い 。
②
Nordhaus の 主 張
不 確 実 性 と 選 好 の 構 造 に 関 し て 限 定 さ れ た 条 件 下 で は 、 Weitzma n 1 ) の DT が 成 立 し 、
高 影 響・低 確 率 の 事 象 に よ っ て 社 会 に 非 常 に 大 き な 期 待 損 失 が 生 じ 、こ の 条 件 下 で は 、
通 常 の 経 済 分 析 (CBA)は 適 用 で き な い 。 DT は 不 確 実 性 の も と で の 意 思 決 定 分 析 に お け
る 確 率 分 布 選 択 に 関 し て 重 要 な 指 摘 で あ り 、DT は 特 定 の 関 数 形 の 前 提 条 件 に 常 に 注 意
- 34 -
を 払 う 必 要 性 が あ る こ と を 示 し た 。し か し 、DT は ご く 限 定 さ れ た 条 件 下 の み で 成 立 し 、
幅広い不確実性分析へは適用できない。
ま た 、 Nordhaus 2 ) で は 、 DT に 関 す る 各 種 問 題 点 を 指 摘 し た 上 で 、 気 候 変 動 問 題 に お
い て ど の よ う な 場 合 に カ タ ス ト ロ フ ィ 事 象 が 発 生 す る か に 関 し て 、DICE モ デ ル を 用 い
て 定 量 的 に モ デ ル 分 析 を 実 施 し た 。こ こ で は 、カ タ ス ト ロ フ ィ な 結 果 は 、一 人 当 り G D P
が 現 時 点 よ り も 尐 な く と も 50% 減 尐 す る こ と と 想 定 さ れ て い る 。表 2.2.2 -1 に は 、気 候
感 度 、 ダ メ ー ジ 関 数 、 政 策 導 入 時 期 、 純 時 間 選 好 率 に 関 し て 、 Base value(DICE の 標 準
値 )と Extreme value(DT の 分 析 の た め に 用 意 し た 値 )を 示 す 。 表 2.2.2 -2 に は 、 標 準 最 適
ケ ー ス と 、 Extre me value を 組 み 合 わ せ た 各 ケ ー ス に お け る DICE に よ る 分 析 結 果 を 示
す。
表 2.2.2 -1
DT を 分 析 す る た め の シ ミ ュ レ ー シ ョ ン ケ ー ス 想 定
- 35 -
表 2.2.2 -2
DICE モ デ ル の シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 結 果
DICE に よ る DT の 分 析 か ら 以 下 の 4 点 が 示 さ れ る 。

極 端 な 値 (extreme value) が 卖 独 で は カ タ ス ト ロ フ ィ 事 象 を 引 き 起 こ さ な い 。 (Case
2, Case 2+3, Case 2+4)

極端な値を用いても緩和策が敏速に導入される限り、極端な値の組み合わせがカ
タ ス ト ロ フ ィ 事 象 を 引 き 起 こ す こ と は な い 。 (Cases 1~ 1+3+4)

割引率は最適緩和策の評価にほとんど影響を与えず、割引率はカタストロフィ事
象において二次的な問題である。高割引率は緩和策をゆっくりと導入することに
な り 、 高 割 引 率 そ の も の は カ タ ス ト ロ フ ィ 事 象 を 引 き 起 こ す わ け で は な い 。 (Ca s e
1+5)

気候感度高、影響大、政策無の三条件がすべてそろった場合には、カタストロフ
ィ 事 象 が 生 じ る 。 (Case 2+3+4)

気候政策が重要であり、政策がシャットダウンされない限り、世界経済はカタス
ト ロ フ ィ 事 象 を 避 け る こ と が 可 能 で あ る 。 (Case 1+3+4 と Case 2+3+4 の 比 較 )
2.2.3 ま と め
本 節 で は 、気 候 変 動 下 で の 経 済 評 価 に つ い て 、Weitzman 1 ) に よ る Disma l Theorem(DT )
及 び そ れ に 対 す る Nordhaus 2 ) の 反 論 を 整 理 し た 。 Weitzma n 1 ) で は 、 低 確 率 で あ る が 莫 大
なダメージが発生しうるカタストロフィ事象により社会には非常に大きな期待損失が
- 36 -
生 じ る と い う DT を 数 学 的 に 示 し 、 通 常 の 費 用 便 益 分 析 は 適 用 で き な い こ と を 主 張 し
た 。DT は 不 確 実 性 の も と で の 意 思 決 定 分 析 に お け る 確 率 分 布 選 択 に 関 し て 重 要 な 示 唆
を 示 し た 。 一 方 、 Nordhaus 2 ) は 、 DT は ご く 限 定 さ れ た 条 件 下 の み で 成 立 す る こ と を 理
論 的 に か つ モ デ ル 分 析 に よ っ て 示 し 、DT が 温 暖 化 問 題 に お け る 幅 広 い 不 確 実 性 分 析 へ
は適用できず、費用便益分析は依然として重要なツールであると主張した。
参 考 文 献 ( 第 2.2 節 に 関 す る も の )
1)
M. L. Weitzman: On modeling and interpreting the economics of catastrophic climate change, The Review
of Economics and Statistics, Vol. XCI, No.1, (2009)
2)
W. D. Nordhaus: An analysis of the dismal theorem, Cowles foundation discussion paper No. 1686,
http://cowles.econ.yale.edu/P/cd/d16b/d1686.pdf (2010 年 3 月アクセス) (2009)
2.3
経済成長を基軸にした社会・経済変化のトレンド把握
2.3.1 は じ め に
ALPS で は 、持 続 的 発 展 に 関 す る 複 数 の 变 述 的 な シ ナ リ オ の 策 定 を 行 い 、そ の 变 述 的
シ ナ リ オ に 沿 っ た 今 後 100 年 に わ た る 定 量 的 な 経 済 社 会 シ ナ リ オ を 描 く こ と を 目 的 の
一 つ と し て い る 。 こ の 变 述 的 シ ナ リ オ 策 定 に あ た っ て は 、 前 述 第 1.2 節 の IPCC 新 シ ナ
リオ策定の動向を踏まえつつ、持続的発展および温暖化緩和・適応策の総合的シナリ
オを提示することが重要である。
そ こ で 本 節 で は 、 主 要 先 進 国 、 主 要 発 展 途 上 国 、 そ の 他 地 域 に お け る CO2 排 出 量 、
GDP、 産 業 別 就 労 率 、 一 次 エ ネ ル ギ ー 供 給 量 ( TPES)、 消 費 カ ロ リ ー 、 出 生 率 と い っ た
指標について統計データを用いて過去のトレンドを把握した。これによって、モデル
を用いた詳細な定量的シナリオ策定の前に、様々な指標に関する大きなトレンドを把
握し、そしてガイドライン的に将来シナリオへの見通しを得ることを目的とした。
2.3.2
GDP 成 長 率 、 出 生 率 、 産 業 構 造 変 化 、 CO2 排 出 量 、 消 費 カ ロ リ ー の ト レ ン ド
の把握
図 2.3.2 -1 に 、1990 -2006 年 お よ び 2000 -2006 年 の 間 の GDP 成 長 率( Δ GDP)を 記 す 。
全 般 的 な 傾 向 か ら す れ ば 、 一 人 あ た り GDP が $1000~ 3000 程 度 の と き 高 い 経 済 成 長 率
を示し、それを超えると徐々に成長率は低下し、いずれ経済成長率が収束していく傾
向 は 強 い 。 仮 に 年 率 9 %の 成 長 の 場 合 、 $1000 か ら $3000 ま で に 要 す る 期 間 は 12 年 間 と
いうことになる。
地球全体ではまだ人口増加が続いているが、先進国においては出生率の低下すなわ
ち尐子化、それにともなう高齢化問題に直面しており、所得水準が高まるにつれ、出
生率が低下する傾向が明確に存在している。また、後を追う東アジアなどの途上国に
- 37 -
お け る 出 生 率 の 急 低 下 も 既 に 顕 著 で あ る 。図 2.3.2 -2 で 見 ら れ る よ う に 、経 済 成 長 と と
もに成長率は小さくなるとともに、出生率の低下も著しく見られることから、人類は
必ずしも人口、経済の爆発的な増大に向かっているわけではないと言える。むしろ持
続可能な発展のあり方という観点からは、人口の急激な減尐問題にも留意が必要であ
ると考えられる。
将来世界の持続可能な発展のシナリオ策定を検討するにあたり、途上国が先進国の
描いた経路を今後追うとすれば経済発展にしたがい、成長の伸びは鈍化傾向を見せ、
また、出生率は世界的に低下し、人口増加のペースも急激に小さくなっていく可能性
が高い。
United States
10.0%
United Kingdom
中国
Japan
Korea
9.0%
India
China
ΔGDP/capita (% / yr )
8.0%
Indonesia
Philippines
Thailand
7.0%
Iran
インド
Egypt
South Africa
6.0%
Brazil
Mexico
5.0%
Russia
Australia+NZ
Other Africa
4.0%
Other Middle East
World
英国
3.0%
米国
南ア
2.0%
1.0%
日本
0.0%
0
5
10
15
20
25
30
35
40
GDP per capita (thousands 2000 US$)
図 2.3.2 -1 経 済 成 長 変 化 率 ( 1990- 2006 年 , 2000 -2 0 0 6 年 )
- 38 -
合計特殊出生率 (1960-2006年)
8
United States
United Kingdom
Japan
7
Korea
India
China
6
Indonesia
Total fertility rate
Philippines
Thailand
5
Iran
Egypt
South Africa
Brazil
4
Mexico
Russia
米国
R² = 0.097
3
Australia
R² = 0.786
R² = 0.331
Sub-Saharan Africa
R² = 0.961
R² = 0.897
Middle East & North Africa
R² = 0.891
World
2
R² = 0.455
R² = 0.857
R² = 0.828
R² = 0.346
R² = 0.673
R² = 0.8
R² = 0.551
R² = 0.958
1
R² = 0.727
日本
R² = 0.373
R² = 0.662
0
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
GDP per capita (thousands 2000 US$)
図 2.3.2 -2 合 計 特 殊 出 生 率 ( 19 6 0- 2006 年 )
将 来 シ ナ リ オ を 検 討 す る 上 で GDP 予 測 は 容 易 で な い が CO2 排 出 量 他 、多 数 の 指 標 に
影 響 す る 重 要 な 要 因 で あ り 、 続 く 分 析 に お い て GDP を 基 軸 に 見 た 傾 向 の 把 握 が 新 た な
シナリオ策定にどのような示唆を与えるのかを把握した。
経済成長がどのような産業で牽引されてきたのかを概観する一つの指標として、一
人 当 た り GDP と 産 業 種 類 別 の 就 労 率 の 関 係 に つ い て 図 2.3.2 -3~ 図 2.3.2 -5 に 示 す 。
第一次産業就労率(1980-2005年)
80
United States
United Kingdom
Employment in agriculture (% of total employment)
Japan
70
Korea
India
タイ
R² = 0.495
China
Indonesia
60
Philippines
Thailand
Iran
50
世界平均
Egypt
South Africa
R² = 0.857
R² = 0.813
40
Brazil
Mexico
R² = 0.235
R² = 0.732
Russia
R² = 0.827
Australia
韓国
30
World
R² = 0.806
英国
R² = 0.002
20
R² = 0.686
日本
米国
R² = 0.760
R² = 0.051
10
R² = 0.477
R² = 0.907
R² = 0.905
R² = 0.972
R² = 0.847
R² = 0.970
0
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
GDP per capita (thousands 2000 US$)
図 2.3.2 -3 第 一 次 産 業 就 労 率 ( 1980 -2005 年 )
- 39 -
第二次産業就労率(1980-2005年)
日本
40
United States
Employment in industry (% of total employment)
韓国
United Kingdom
Japan
35
Korea
India
R² = 0.560
R² = 0.083
30
China
Indonesia
R² = 0.114
R² = 0.264
Philippines
Thailand
25
R² = 0.016 R² = 0.141
Iran
R² = 0.001
R² = 0.895
R² = 0.671
20
Egypt
R² = 0.901
South Africa
R² = 0.929
R² = 0.828
Brazil
R² = 0.248
R² = 0.337
英国
世界平均
Mexico
米国
Russia
R²
R² == 0.660
0.018
15
Australia
タイ
R² = 0.654
World
10
5
0
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
GDP per capita (thousands 2000 US$)
図 2.3.2 -4 第 二 次 産 業 就 労 率 ( 1980 -2005 年 )
第三次産業就労率(1980-2005年)
United States
90
United Kingdom
Employment in services (% of total employment)
米国
Japan
Korea
80
R² = 0.865
韓国
R² = 0.941
India
R² = 0.935
China
Indonesia
70
R² = 0.529
60
= 0.484
R²R²
= 0.720
Philippines
R² = 0.971
R² = 0.828
Thailand
Iran
R² = 0.301
Egypt
South Africa
R² = 0.922
50
英国
R² = 0.265
Brazil
日本
Mexico
R² = 0.274
Russia
40
Australia
World
R² = 0.746
R² = 0.701
R² = 0.552
30
世界平均
20
R² = 0.516
タイ
R² = 0.668
10
0
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
GDP per capita (thousands 2000 US$)
図 2.3.2 -5 第 三 次 産 業 就 労 率 ( 1980 -2005 年 )
第 一 次 産 業 へ の 就 労 率 は い ず れ の 国 も GDP 増 加 に 伴 い 減 尐 、 一 人 あ た り GDP$5 0 0 0
程度までで急速に低下する。途上国における就労率は依然高い水準を示しているもの
の、途上国の多くでも減尐傾向は顕著である。同時に途上国の第二次産業および第三
次産業への就労率は、経済成長の押し上げを現すような急激な増加を示している。そ
- 40 -
の一方で、多くの先進国では第二次産業への就労率も減尐傾向が著しく見られるよう
になっており、第三次産業への就労率は増加している。先進国は第二次産業就労率の
減尐も著しい中、日本は比較的シェアが大きい。しかしながら、経済成長とそれを牽
引する産業構造の関連は、各国で見ると変化が見られても世界全体ではさほど大きな
変化は起こっていない。すなわち、世界の消費構造が変わらなければ、グローバル化
さ れ た 世 界 で は 世 界 全 体 の 産 業 構 造 は 大 き く 変 わ ら な い 。 こ の 点 は 今 後 の CO2 排 出 動
向にとって重要であると考えられる。
次 に 、 GDP に 占 め る 産 業 別 付 加 価 値 額 を 整 理 し た 。 図 2.3.2 -6 に は 、 GDP に 対 す る
農 林 水 産 業 の 付 加 価 値 額 割 合 を 示 す 。 前 述 の 第 一 次 産 業 へ の 就 労 率 ( 図 2.3.2 -3 ) と 同 様
に 、GDP に 対 す る 農 林 水 産 業 の 付 加 価 値 額 割 合 は 、い ず れ の 国 も 一 人 当 り GDP 増 加 に
伴 い 減 尐 し 、 一 人 あ た り GDP$5000 程 度 ま で で 急 速 に 低 下 す る 。 図 2.3.2 -7 に は 、 GDP
に 対 す る サ ー ビ ス 産 業 の 付 加 価 値 額 割 合 を 示 す 。 前 述 の 第 三 次 産 業 へ の 就 労 率 (図
2.3.2 -5)と 同 様 に 、 経 済 成 長 と と も に 、 GDP に 占 め る サ ー ビ ス 産 業 の 付 加 価 値 額 は 増 加
し て い る 。 よ り 長 期 的 な ト レ ン ド を 見 る た め に 、 図 2.3.2 -8 に は 、 過 去 30 年 間 の G D P
に 対 す る 第 三 次 産 業 の 付 加 価 値 額 割 合 を 示 す 。 世 界 平 均 の GDP に 対 す る 第 三 次 産 業 の
付 加 価 値 額 割 合 は 、 経 済 成 長 と と も に 54%(1971 年 )か ら 68%(2001 年 )へ と 増 加 し 、 金
額ベースでみると世界全体で見てもサービス産業化社会へと移行している傾向にあ
る。
60
1997
2001
2004
農林水産業付加価値額シェア(% of GDP)
50
40
30
世界平均
20
10
0
0
10000
20000
30000
40000
50000
60000
Per-capita GDP (thousands 2000 US$)
No t e : G TAP v e r.5 - 7
図 2.3.2 -6
農 林 水 産 業 の 付 加 価 値 額 推 移 (1997,2001,2004 年 )
- 41 -
70000
60
サービス産業付加価値額シェア(% of GDP)
50
1997
2001
40
2004
30
20
世界平均
10
0
0
10000
20000
30000
40000
50000
60000
70000
Per-capita GDP (thousands 2000 US$)
Note: GTAP ver.5-7。 こ こ で の サ ー ビ ス 産 業 に は 輸 送 部 門 を 含 ま な い 。
図 2.3.2 -7
サ ー ビ ス 産 業 の 付 加 価 値 額 推 移 (1997,2001,2004 年 )
100
90
第三次産業付加価値額シェア(% of GDP)
80
世界平均
1971
70
1981
1991
60
2001
50
40
30
20
10
0
0
5,000
10,000
15,000
20,000
25,000
30,000
35,000
40,000
45,000
Per-capita GDP (thousands 2000 US$)
出 典 :WDI2008
図 2.3.2 -8
第 三 次 産 業 の 付 加 価 値 額 推 移 (1971- 2001 年 )
- 42 -
50,000
次 に エ ネ ル ギ ー 原 卖 位 の 動 向 を 確 認 す る 。 図 2.3.2 -9 は GDP あ た り の 一 次 エ ネ ル ギ
ー 供 給 量 と そ の 変 化 率 と の 関 係 に つ い て 、 1990 年 ~ 2006 年 お よ び 2000 年 ~ 2006 年 の
変化率を示したものである。当然ながら、大きく見ると、エネルギー原卖位が小さく
なるに従ってその改善率は小さくなる傾向を示している。
10.0
1990-2006 OECD
1990-2006 non-OECD
2000-2006 OECD
5.0
Δ[TPES/GDP] (% / yr)
2000-2006 non-OECD
0.0
-5.0
-10.0
-15.0
0
1
2
3
4
5
6
TPES/GDP
図 2.3.2 -9 エ ネ ル ギ ー 原 単 位 ( TPES/GDP ) 変 化 率 ( 1990 -2006 年 , 2000 -2006 年 )
図 2.3.2 -10 、 図 2.3.2 -11 は 、 同 じ く エ ネ ル ギ ー 原 卖 位 の 変 化 率 を 見 た グ ラ フ で あ る
が ( 図 2.3.2 -1 0 は OECD 諸 国 、 図 2.3.2-11 は 非 OECD 諸 国 )、 横 軸 は GD P 変 化 率 で 示
し た も の で あ る 。 こ れ を 見 る と 、 図 中 の 線 分 か ら 左 下 に 位 置 す る 点 は GDP 成 長 を 上 回
って脱エネルギーが進展していることを示しているが、ここに位置する国はいずれも
特殊事情すなわち経済が破たんした東欧諸国であるか、東西ドイツ統一後の下降経済
の影響を受けたドイツ、あるいは急激に石炭から天然ガスへと燃料転換が進んだ英国
などに限られている。
- 43 -
2.0
1990-2006 OECD
1.0
2000-2006 OECD
Δ[TPES/GDP] (% / yr)
0.0
-1.0
独
-2.0
チェコ
1990-2006 OECD
R² = 0.105
ベルギーハンガリー
2000-2006 OECD
英国
-3.0
R² = 0.261
スロバキア
-4.0
NZ
ポーランド
-5.0
0
1
2
3
4
5
6
7
ΔGDP (%)
図 2.3.2 -1 0 G D P 変 化 率 あ た り エ ネ ル ギ ー 原 単 位 ( TPES/GDP ) 変 化 率 ( OE C D 諸 国 )
( 1990- 2006 年 , 2000- 2006 年 )
10.0
1990-2006 non-OECD
Δ[TPES/GDP] (% / yr)
5.0
2000-2006 non-OECD
0.0
ウクライナ
1990-2006 non-OECD
ロシア
R² = 0.053
ブルガリア
-5.0
ルーマニア
エストニア
リトアニア
2000-2006 non-OECD
-10.0
アルメニア
R² = 0.613
ボスニア・
ヘルツェゴビナ
-15.0
-10
-5
0
5
10
15
20
ΔGDP (%)
図 2.3.2 -11 G D P 変 化 率 あ た り エ ネ ル ギ ー 原 単 位 ( TPES/GDP ) 変 化 率 ( 非 OECD 諸 国 )
( 1990- 2006 年 , 2000- 2006 年 )
す な わ ち 、 エ ネ ル ギ ー 原 卖 位 が 大 き く 改 善 し て い る 場 合 は 、 そ れ を 上 回 る GD P 成 長
が起こっている場合がほとんどであり、一次エネルギー供給量がマイナス成長するこ
とは通常で考えれば、あまりありえそうにないシナリオと言える。
続 い て 図 2.3.2 -1 2 に 一 人 当 た り GDP と エ ネ ル ギ ー あ た り CO2 排 出 量 の 関 係 を 示 す 。
一 人 当 た り GDP が 小 さ い と き は 、 一 人 当 た り GDP の 上 昇 と と も に 、 CO2 原 卖 位 は 上
- 44 -
昇する。在来型バイオマスなどから、石炭利用が大きくなる傾向による。一方、一人
当 た り GDP が 大 き い 先 進 国 で は 、 石 炭 か ら 石 油 、 天 然 ガ ス 等 へ の シ フ ト 傾 向 が あ り 、
CO2 原 卖 位 は 若 干 で は あ る が 低 減 傾 向 に あ る 。 し か し な が ら 、 低 減 傾 向 に あ る と は 言
え、それはわずかである。
前 述 の よ う に エ ネ ル ギ ー 消 費 ( TPES/GDP ) の 低 減 は 相 当 困 難 で あ る 。 尐 な く と も 現
在 ま で の 実 績 か ら す る と 、 や は り CO2 問 題 に つ い て は 政 策 的 な 介 入 な く し て 自 発 的 に
CO2 が 抑 制 に 向 か う と い う 兆 候 を 見 出 す こ と は 難 し い 。 将 来 の 更 な る CO2 抑 制 の た め
には脱炭素化の大幅な進展が必須と考えられ、そのためには特に脱炭素化技術の開
発 ・ 普 及 な く し て CO2 削 減 は あ り 得 な い と 言 え る 。
4.5
CO2 / TPES (CO2/toe)
4
3.5
R² = 0.686
3
R² = 0.063
2006年世界平均
R² = 1E-05
2.5
R² = 0.648
R² = 0.158
R² = 0.822
R² R²
= 0.610
= 0.940
R² = 0.858
R² = 0.029
R² = 0.766
R² = 0.934
R² = 0.866
2
R² = 0.882
2050年世界CO2排出量
半減目標
R² = 0.062
R² = 0.160
1.5
United States
United Kingdom
Japan
Korea
India
China
Indonesia
Philippines
Thailand
Iran
Egypt
South Africa
Brazil
Mexico
Russia
Australia+NZ
Other Africa
Other Middle East
World
R² = 0.910
1
0.5
0
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
GDP per capita (thousands 2000 US$)
図 2.3.2 -1 2 C O 2 原 単 位 ( CO2/TPES )( 1960-2006 年 )
次 に 、一 人 あ た り 消 費 カ ロ リ ー を 示 す( 図 2.3.2 -13 )。一 人 あ た り GDP は 先 進 国 の 水
準に至らなくても、消費カロリーは既に先進国と同等程度にある途上国もあり、また
日 本 の よ う に GDP 成 長 が 消 費 カ ロ リ ー の 増 加 に 他 国 ほ ど 寄 与 し な い 国 も あ る な ど 、 食
性や文化の違いによる影響を受けていると考えられる。必ずしも多くの国が、一人あ
た り GDP の 上 昇 と と も に 、 米 国 の よ う な 高 い 消 費 カ ロ リ ー レ ベ ル に な っ て い く と 考 え
る の は 早 計 で あ ろ う 。 な お 、 図 2.3.2-1 3 は 消 費 カ ロ リ ー を 示 し た も の で は あ る が 、 廃
棄されている食料の消費カロリーも統計上、含まれているため、必ずしもすべてが摂
取されているカロリーとは言えないことにも注意が必要である。
- 45 -
消費カロリー (1961-2003年)
3800
United States
United Kingdom
Japan
Korea
India
China
Indonesia
Philippines
Thailand
Iran
Egypt
South Africa
Brazil
Mexico
Russia
Australia+NZ
Other Africa
Other Middle East
World
R² = 0.981
3600
Food Consumption (kcal/capita/day)
R² = 0.916
3400
R² = 0.251
R² = 0.928
3200
R² = 0.732
R² = 0.267
R² = 0.321
R² = 0.621
3000
R² = 0.251
R² = 0.744
R² = 0.801
R² = 0.956
R² = 0.918
2800
R² = 0.029
2600
R² = 0.75
R² = 0.567
2400
R² = 0.595
2200
2000
0
5
10
15
20
25
30
35
40
GDP per capita (thousands 2000 US$)
図 2.3.2 -1 3 消 費 カ ロ リ ー ( 1961- 2003 年 )
2.3.3 ま と め
本節では、温室効果ガス排出と持続可能な発展に関する指標について、統計データ
を整理し分析を行った。
ここで分析を行った多くの指標で、大きな傾向としては一方的な拡大傾向が見られ
るわけではなく、収束傾向が見られている。しかしながら、国によっては一人当たり
GDP で は 説 明 し に く い 指 標 も 多 く 見 ら れ 、 ど の よ う な 国 の 傾 向 に 、 世 界 の 多 く は 収 斂
していくのかによって、持続可能な発展、温室効果ガス排出の傾向は異なってくると
見られる。
これらの分析を通して、長期の大きな傾向を把握し、それを基にして、後述する变
述的シナリオおよび定量的シナリオ策定に活用した。そして、今後、持続可能な発展
および温室効果ガス排出の抑制に向け、社会がどの程度の修正をはかっていくことが
求められるのか、についても考察を行う予定である。
参 考 文 献 ( 第 2.3 節 に 関 す る も の )
1)
IEA: CO2 emissions from fuel combustion (2008)
2)
World Bank: 2008 World Development Indicators (2008)
- 46 -
2.4
調査のまとめ
本章では、持続可能な発展と温暖化対策に関する評価事例として、オランダ環境評
価 機 関 (PBL)で 開 発 さ れ た GISMO モ デ ル と 、モ デ ル を 用 い た SD の 定 量 的 評 価 に つ い て
調査した。また、気候変動対策の評価でこれまで幅広く利用されてきた費用便益分析
に つ い て 、大 規 模 な カ タ ス ト ロ フ ィ ッ ク 影 響 を 適 切 に 評 価 で き な い と い う M. Weitzma n
の 主 張 (Dismal Theorem) と 、 そ れ に 対 す る W. Nordhaus の 反 論 を 整 理 し た 。 さ ら に 、 脱
地球温暖化と持続的発展可能なシナリオ作成に関連し、経済成長や産業構造変化、出
生 率 、 CO2 排 出 量 等 の 過 去 の ト レ ン ド を 統 計 デ ー タ 解 析 を 整 理 し た 。 本 章 で 調 査 ・ 整
理 し た 既 存 の 分 析 方 法 や 社 会・経 済 の ト レ ン ド に よ っ て 示 さ れ た 指 標 を 参 考 に し つ つ 、
後 述 す る 本 プ ロ ジ ェ ク ト の シ ナ リ オ 策 定 や モ デ ル 分 析 ・ 評 価 を 実 施 し た 。 SD と 温 暖 化
に関する包括的な分析事例やトレンド分析に関する調査に関しては、今後も引き続き
幅広く調査をすすめる必要がある。
- 47 -
第 3章
变述的シナリオの策定
本章では、地球温暖化問題と持続可能な発展に関するシナリオ策定にあたり、時折
見られる曖昧模糊とした議論の論点・構造を明確にしていくために、定量的なシナリ
オ 策 定 に 先 立 っ て 、 变 述 的 シ ナ リ オ の 策 定 を 行 っ た 内 容 に つ い て 整 理 を 行 っ た 。 第 3 .1
節 で は 、变 述 的 シ ナ リ オ の 概 要 を 、第 3.2 節 で は 他 研 究 で 策 定 さ れ た 变 述 的 シ ナ リ オ を
概 観 し 、続 く 第 3.3 節 に て 地 球 温 暖 化 問 題 と 持 続 可 能 な 発 展 に 関 す る 論 点 を ピ ッ ク ア ッ
プした。そして、これらの論点を本研究でどのように变述的シナリオに反映させたの
か に つ い て 記 述 し た 。 そ の 上 で 、 第 3.4 節 で は 2030 年 頃 を 念 頭 に お い て 策 定 し た 短 中
期 の 变 述 的 シ ナ リ オ に つ い て 、 第 3.5 節 で は 2100 年 頃 の 分 析 を 念 頭 に お い た 長 期 の 变
述 的 シ ナ リ オ に つ い て 記 述 し た 。最 後 に 、第 3.6 節 で 今 年 度 実 施 し た 变 述 的 シ ナ リ オ 策
定に関するまとめを記載した。
3.1
变述的シナリオの概要
变述的なシナリオ策定を行うために、地球温暖化問題と持続可能な発展に関連する
調査、整理を行い、既往の变述的シナリオについても調査、整理を行った
1)2)
。また、
これまでに变述的シナリオ策定の試行を行いつつ、策定シナリオの課題について検討
を行ってきた
2)
。
今 年 度 は そ れ ら を 踏 ま え つ つ 、本 事 業 で 策 定 す る 变 述 的 シ ナ リ オ の 骨 格 を 決 定 し た 。
また、それらをどのように定量的なシナリオに展開するのか、どのような分析によっ
て、地球温暖化問題と持続可能な発展に関連した論点に対して示唆を与えていくべき
か、について検討を行った。
策定したシナリオは、以下のとおり。短中期のシナリオは3つのシナリオを策定し
た。長期のシナリオは2つのシナリオを策定した。短中期のシナリオについては、シ
ナリオの背景、展開などについて、变述的な記述を充実させて、シナリオのイメージ
をより具体化した。一方、長期のシナリオは、具体的なイメージを描くことは難しい
面があるため、簡卖な变述的なストーリーのみを記載した。長期のシナリオについて
は、むしろ、定量的な分析結果を解釈して变述性のあるシナリオとして補っていく予
定である。
< 短 中 期 の シ ナ リ オ ( 2030 年 頃 ) >
・コスト合理的温暖化対策シナリオ
・民主的プロセス重視シナリオ
・エネルギー安全保障優先シナリオ
シ ナ リ オ の 詳 細 に つ い て は 、 第 3.3 節 に 記 載 し た 。
< 長 期 の シ ナ リ オ ( 2100 年 頃 ) >
・消費厚生の継続的増大
・大量消費社会からの離脱
- 48 -
長期のシナリオは、論点に応えたシナリオを提供していくために、複数のサブシナ
リオを合わせて策定した。また、それぞれについて、大気中の温室効果ガス濃度安定
化シナリオについても分析を行っていく予定である。シナリオの詳細については、第
3.5 節 に 記 載 し た 。
参 考 文 献 ( 第 3.1 節 に 関 す る も の )
RITE: 地球環境国際研究推進事業(脱温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための対応戦略の
1)
研究), 平成 19 年度成果報告書, (2008)
RITE: 地球環境国際研究推進事業(脱温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための対応戦略の
2)
研究), 平成 20 年度成果報告書, (2009)
3.2
他研究におけるシナリオ策定事例
H19 年 度 の 報 告 書 で は 、 既 往 の シ ナ リ オ に 関 す る 調 査 と し て 、 IPCC の 排 出 シ ナ リ オ
に 関 す る 特 別 報 告 書 ( SRES)、 シ ェ ル の Global Scenarios to 2025 、 新 日 本 石 油 作 成 の シ
ナ リ オ 、国 立 環 境 研 究 所 な ど に よ る 日 本 の 低 炭 素 社 会 シ ナ リ オ に つ い て 整 理 し た
1)
。ま
た 、H20 年 度 の 報 告 書 で は 、2008 年 4 月 に シ ェ ル が 策 定 し た Shell ene rgy scenarios to 2050
について調査、整理を行った
2)
。
本報告書では、城山らによる「日本の未来社会―エネルギー・環境と技術・政策―」
3)
で取り上げられている变述的シナリオについて以下に整理を行った。
城山ら
3)
は 、エ ネ ル ギ ー 政 策 の 議 論 は 本 来 、エ ネ ル ギ ー の 需 要 と 供 給 の 両 面 を 複 眼 的
に見て行うべきであるにも関わらず、これまで日本におけるエネルギー政策の議論は
相 対 的 に エ ネ ル ギ ー 供 給 部 門 に 重 点 を 置 い て い た と 指 摘 す る 。そ の 上 で 、城 山 ら
3)
はエ
ネルギー需要主体におけるエネルギー・環境技術の導入・普及を左右する要因に注目
しシナリオ分析を行うことにより、政策的含意を得ることを目的とすると自らの著書
を位置づけている。
最初に、ステークホルダー分析を行い、多様なステークホルダーが導入・普及の要
因 を ど の よ う に 見 て い る か を 整 理 し て い る 。 ス テ ー ク ホ ル ダ ー 分 析 か ら 、 例 え ば 1.政
策 に よ る「 お す み つ き 効 果 」が 観 測 さ れ た 、 2 .セ ク タ ー 別 に 議 論 さ れ て い た 課 題 も 、実
はセクター横断的に集約して議論することができる課題もある、などとしている。
続いて、日本の今後数十年先について、技術の導入・普及と関連がある分野、すな
わ ち 「 高 齢 化 」、「 都 市 と 交 通 」、「 食 と 農 」、「 日 本 企 業 の ア ジ ア 展 開 」「 技 術 進 歩 と 社 会
( 情 報 セ キ ュ リ テ ィ と ガ バ ナ ン ス )」 の 5 分 野 に つ い て 、 各 種 シ ナ リ オ を そ れ ぞ れ 展 開
し て い る ( 表 2.3.3-1 参 照 )。 な お 、 こ れ ら 5 分 野 の 多 く で 今 後 確 実 に 起 こ る 事 象 と 不
確実な事象とを区分整理する手法をとっている。
- 49 -
表 2.3.3 -1
分野
確実な事象
城山らによる日本の分野別シナリオ
不確実な
各シナリオ注1)→内容
事象
⇒エネルギー需要面に与える影響
1. 個 が 自 己 責 任 で 自 己 実 現 す る 社 会 「 サ ク セ ス
フル・エイジング」→貧富の格差拡大が進む。
裕福層は自由気ままな生活を謳歌する。貧困
層は(初期投資が困難で)機器買い替えがで
きず、また古い賃貸に住む。⇒これらがエネ
・ 高齢者人
口の高止
「高齢
化」
まり
・ 生産年齢
人口の減
ルギー需要増加圧力となる、また政策によっ
・ 高齢化時
代の住ま
い方
てエネルギー需要の低減を誘導しにくい。
2. 新 た な 公 に よ る 福 祉 重 視 社 会 → 税 制 措 置 に よ
り経済的社会的に均質化が進む。家族やボラ
ンティア、市民団体が高齢者福祉を担う。高
尐
密度住宅であるコレクティブハウスも広く普
及する。⇒住居の集約化が進み、また電熱比
の関係から需要家端における電熱供給システ
ムの経済合理性が高まる、これらがエネルギ
ー需要の低減圧力となる。
1. 公 共 交 通 中 心 型 都 市 モ ビ リ テ ィ → 自 家 用 車 へ
・ 車 両 の 新
の課税強化やロードプライシングが進み、そ
・ 高齢化
技 術 と 普
れら収益を公共交通サービスへ振り向ける。
・ 地 方 自 治
及
情報通信技術により公共交通の利便性が飛躍
体 の 財 政 ・ 都 心 の コン
的に向上する。郊外部の商業住宅開発が強く
悪化
制限される一方、中心市街地の再開発や混合
パクト化
「都市と ・ 地 球 環 境 ・ 公共交通シ
交通」
へ の 関 心
ステムの 実 現
向上
性
・ 情 報 通 信 ・ 公共交通シ
利用が促進される。⇒エネルギー需要低減が
進む。
2. 個 人 交 通 中 心 型 都 市 モ ビ リ テ ィ → プ ラ グ イ ン
ハイブリッドや燃料電池車、電気自動車の技
技 術 の 発
ステムの 計 画
術開発・普及が進む。自動車利用を前提とす
展普及
運 用 の 制
る郊外型商業施設が多数建設される一方、中
度
心市街地は衰退する。⇒シナリオ1よりも多
く の CO2 排 出 を 伴 う 可 能 性 あ り 。
・ 農産品関
「食と
農」
・ 農地集約
1. 空 洞 化 シ ナ リ オ 注 2 ) → ト レ ー サ ビ リ テ ィ に よ
税の引き
化・中 山 間
る安全の確保。低所得者は安価な農産品を指
下げ
地の利用
向。日本の農業はニッチ市場で生き残るが量
・ 農家への
・ 消費者の
的には減尐。中山間地を中心に日本の農業は
直接保障
食品に関
衰退。⇒地方の衰退に伴い、運輸旅客部門の
の進展
する選好
エネルギー需要は低減。ただし、農産品のフ
・ 中食の進
「低価格・
ードマイレージが増加し、輸送に要するエネ
- 50 -
展と生活
便 利 」「 安
スタイル
全 ・ 健 康 」2. 地 域 再 生 シ ナ リ オ → 国 内 産 を 安 心 だ と 判 断 す
の推移
ルギー需要は増加。
「新鮮・美
る消費者の増加。偽装事件は、農家と消費者
味」
との距離をより埋めるべく作用する。都市近
郊のアグリビジネスが活況。帰農者や外国人
労働者も増え中山間地でも農業が営まれる。
⇒地方の活況により、運輸旅客部門のエネル
ギー需要は増加。ただし、農産品のフードマ
イレージは減尐し、輸送に要するエネルギー
需要は減尐。バイオ燃料利用の拡大も進展。
「日本企
業のア
1.
グローバルプロダクツ戦略
2.
成長市場への密着(現地化の深化、ブランド
力確保)
ジア
展開」
・ 技術コス
「技術進
歩と社 ・ 情報の電
会」
子化進展
・ 情報の基
(情報セ
キュリテ
幹技術の
ィとガバ
進展
ナンス)
3.
高付加価値(基幹)部品でシェア拡大。
4.
ガラパゴス化
注3)
セキュリティへの関心
ト体系の
++
崩壊
技術完備社会
・ 政府の政
策発動
民主自立社会
政府管理
・ 人々の技
市場化
技術快楽社会
管理強制社会
術リテラ
--
シー
注1) 右側の列には、番号を付け各シナリオを簡卖に整理した。
注2) ここで言う「空洞化シナリオ」とは、人口密度の低い地域(特に中山間地)に
おいてさらに人口や経済活動が縮小していき、人口密度の高い地域に人口及び
経済活動がより集中するシナリオと城山ら
3)
からは読める。ただし、より具体
的な内容(例えば政令指定都市クラスの都市において人口縮小が進むのか、逆
に集中が進むのか)については城山ら
3)
には記述されていない。
また、
「 空 洞 化 シ ナ リ オ 」は 、量 的 に 見 て 食 糧 を 海 外 に よ り 依 存 す る よ う に な る
ため、空洞化とは地理的人口分布の空洞化と農業の空洞化という2つの要素を
合わせて表現していると読み取れる
3)
。
注 3 )「 技 術 進 歩 と 社 会 」に 関 す る シ ナ リ オ 名 は 軸 と 区 別 す る た め 便 宜 的 に 、赤 文 字 で
記載した。なお、この4つのシナリオは、温暖化問題やSDに対し若干距離が
あるためここでは説明を省略する。詳しくは城山ら
3)
を参照のこと。
以 上 の 5 分 野 に お け る 議 論 を 経 た 上 で 、分 野 横 断 的 な シ ナ リ オ と し て 表 2.3.3 -2 に 示
す 3 つ の シ ナ リ オ を 提 示 し て い る 。 表 2.3.3 -2 は 表 2.3.3-1 に 示 し た 前 半 3 分 野 で の シ
ナ リ オ と 重 複 ・ 派 生 す る 部 分 が 多 い が 、表 2.3.3 -1 に 示 し た 後 半 2 分 野 と は 直 接 的 関 連
は薄い点に注意が必要である。
- 51 -
表 2.3.3 -2
分野
城山らによる日本の分野横断的なシナリオ(社会像)
各シナリオ(社会像)→内容
確実な事象
⇒エネルギー需要面に与える影響
1. 「 自 己 実 現 社 会 」 → 個 人 の 自 己 選 択 が 重 視 さ れ 、 サ ク セ ス フ
ル・エ イ ジ ン グ 思 想 が 広 ま る 。新 自 由 主 義 的 な 発 想 や 政 策 に
よ り 、官 か ら 民 、小 さ な 政 府 と い う 流 れ が 進 む 。情 報 通 信 技
術 は 個 々 人 の 嗜 好 と 利 便 性 を 確 保 す る た め 活 用 さ れ る 。⇒ 移
動 の 自 由 を 確 保 す る た め の 乗 用 車 と 、広 い 居 住 空 間 を 確 保 す
る た め の 郊 外 住 宅 が 好 ま れ る 。エ ネ ル ギ ー サ ー ビ ス は 顕 著 に
増 加 す る た め 、 エ ネ ル ギ ー サ ー ビ ス 当 り の CO2 を 技 術 に よ
・ 人口減尐
り 低 下 さ せ な け れ ば 、 CO2 排 出 は 低 下 し な い 社 会 と 言 え る 。
と高齢化
2 . 「 国 家 主 導 型 社 会 」→ 政 府 が 主 導 し あ る べ き 将 来 像 を 定 位 し 、
の進展
そ の 実 現 に 向 け 着 々 と 政 策 を 実 施 。と り わ け 拠 点 都 市 へ の 集
・ 地球環境
約 ・ コ ン パ ク ト 化 を 政 府 主 導 の 下 、進 め て い く 。社 会 保 障 も
問題に対
充 実 し 、ベ ー シ ッ ク イ ン カ ム も 導 入 さ れ る 。情 報 通 信 技 術 を
分野
する関心
活 用 し 人 々 の モ ニ タ リ ン グ を 強 め 、都 市 の 安 全 を 図 ろ う と す
横断
の向上と
る( 人 々 は 監 視 さ れ て い る と い う よ り も 見 守 ら れ て い る と 感
国際的責
じ る )。 ⇒ 人 々 は 気 付 か な い ま ま 省 エ ネ を 強 制 さ れ る 社 会 と
務
なる。
・ 情報通信
3. 「 新 し い 公 の 社 会 」 → コ ミ ュ ニ テ ィ に よ っ て 社 会 問 題 の 解 決
技術の発
を 目 指 す 。 高 齢 者 は 家 族 と 暮 ら す 場 合 は 2,3 世 帯 で 居 住 し 、
展普及
そうでない場合はコレクティブハウスなどで集団生活を行
う 。地 方 の 農 業 も 維 持 さ れ 、地 域 の 観 光 業 や 地 域 ベ ン チ ャ ー
が 活 躍 す る 。コ ニ ュ ニ テ ィ の 表 面 的 麗 し さ と 対 照 的 に 、こ の
社 会 を 維 持 す る た め に 強 制 や 排 除 、監 視 が 必 要 な 社 会 で も あ
る 。⇒ 地 域 の 農 林 業 を 核 と し た 分 散 型 エ ネ ル ギ ー シ ス テ ム が
工 夫 さ れ る 。 一 人 当 た り CO2 排 出 は あ る 程 度 低 下 す る が 、
この社会ではエネルギー環境技術の開発普及が重要視され
ない社会でもあり、さらなる政策誘導が困難と言える。
参 考 文 献 ( 第 3.2 節 に 関 す る も の )
1)
RITE: 地球環境国際研究推進事業(脱温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための対応戦略の
研究)、平成 19 年度成果報告書、(2008)
2)
RITE:地球環境国際研究推進事業(脱温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための対応戦略の
研究)、平成 20 年度成果報告書、(2009)
3)
城山英明、鈴木達治郎、角和昌浩(編著)
:
「日本の未来社会―エネルギー・環境と技術・政策―」、
東信堂、(2009)
- 52 -
3.3
シナリオ策定に関する論点の整理
3.3.1 地 球 温 暖 化 問 題 に 関 す る 論 点 の 全 体 像
地球温暖化問題と持続可能な発展に関連した各種事象はそれぞれが連関を有してい
る 。 そ し て 、 こ れ ら に 係 わ る 各 種 論 点 が 存 在 し て い る 。 図 3.3.1 -1 に は 、 本 研 究 に お い
て委員会およびワーキンググループを含めて、論点として挙げられた事頄を中心に全
体像を記載したものである。
一 方 、 IPCC の 次 期 排 出 シ ナ リ オ は 、 2030 年 頃 の 中 期 と 2100 年 頃 の 長 期 の 2 種 類 の
シナリオを策定すべく準備を進めており、本研究でも2種類の時間軸を想定したシナ
リ オ 策 定 を 進 め て い る 。 そ こ で 、 図 3.3.1 -1 に つ い て 、 2030 年 頃 の 中 期 で よ り 重 要 と
考 え ら れ る 論 点 と 、 2100 年 頃 の 長 期 で よ り 重 要 と 考 え ら れ る 論 点 の 2 種 類 に 整 理 し な
お し て 考 え た も の を 図 3.3.1-2 に 示 す 。 例 え ば 、 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 問 題 に つ い て は 、
2100 年 頃 の 地 政 学 的 な 見 通 し を 論 じ る こ と は 難 し い 一 方 、 2030 年 頃 ま で は 、 現 在 の 地
政学的な状況が、各国のエネルギー安全保障政策にも大きな影響を及ぼすものと考え
ら れ る 。 ま た 、 2030 年 頃 ま で は シ ナ リ オ の 違 い に よ っ て 地 球 温 暖 化 影 響 の 大 き さ に は
大 き な 差 異 は 生 じ な い と 見 ら れ る 一 方 、 2100 年 頃 に は シ ナ リ オ の 違 い に よ っ て 地 球 温
暖化影響にも大きな差異が生じる可能性があると見られる。
また、別の地域的に見て、各種事象、論点がどの地域に対して主に存在するのかの
視 点 で 整 理 し な お し た も の が 図 3.3.1-3 で あ る 。現 在 に 至 っ て は 、先 進 国 と 途 上 国 と い
う2種類の地域区分では的確な見方が難しくなってきている。中国を中心とした新興
途上国と、その他途上国については、最低限、重要な事象、論点が異なる部分が多い
ため、分離して考えることがシナリオ策定の整理には役立つものと考えられる。例え
ば、産業構造、消費構造の転換という要素については主に先進国の課題と言え、省エ
ネ技術の技術移転・普及という要素は先進途上国、また、貧困からの脱却などはその
他途上国に主に関係する課題と考えられる。なお、更に、その他途上国を分離して考
えることも場合によっては重要である。それは、中東を中心とした産油国である。産
油国は、地球温暖化問題と世界の持続可能な発展に関するもう一つのキープレイヤー
と考えることも必要かもしれない。なお、ここでは示さなかったが、グローバル化と
ともに企業は国境を超えて大きく活動しているため、グローバル企業という視点から
見ることにも留意しておく必要があろう。
- 53 -
人口、年齢構成
- 産業構造
- 都市構造、都市化
- ライフスタイル
- 消費構造
- グ ローバル化
- 金 融の暴走
社会保障
経済成長・格差
幸福感
環境意識・
費用負担意識
技術革新・進展
エネルギー消費
技術普及・移転
食料需要
水需要
食料供給
水供給
エネルギー供給構成
- エ ネルギー安全保障
- エ ネルギー安定供給
- エ ネルギー供給コスト
国際的枞組
国内制度・政策
エネルギー供給
健康
科学的不確実性
図 3.3.1 -1
中期(2030年頃)
経済格差
希尐資源需要
CO2排出
森林吸収
気候変動
生物多様性
希尐資源供給
地球温暖化問題に関する論点の相関図
長期(2050~2100年頃)
グローバル化・
保護主義化
経済成長・格差
幸福感
人口、年齢構成
技術普及・移転
エネルギー供給構成
- エ ネルギー安全保障
- エ ネルギー安定供給
- エ ネルギー供給コスト
技術革新・進展
エネルギー供給構成
- エ ネルギー安定供給
- エ ネルギー供給コスト
気候変動の科学的不確
実性下での意思決定
食料需給
森林吸収
国際的枞組
国内制度・政策
図 3.3.1 -2
- 産業構造
- 都市構造、都市化
- ライフスタイル
- 消費構造
水需給
生物多様性
希尐資源需給
健康
緩和策・適応策
地球温暖化問題に関する論点の時間スケールによる整理
- 54 -
国際的枞組
国内制度・政策
社会保障
- 産業構造
- 都市構造、都市化
- ライフスタイル
- 消費構造
財政
人口(急激な
尐子高齢化)
技術普及
日本(先進国)
グローバル化・
保護主義化
経済の国内格差
技術革新・進展
エネルギー供給構成
- エ ネルギー安全保障
- エ ネルギー安定供給
- エ ネルギー供給コスト
希尐資源需給
食料需給
水需給
生物多様性
技術移転
中国
(先進途上国)
健康
森林吸収
経済成長・貧困
アフリカ
(後進途上国)
人口増
図 3.3.1 -3
地球温暖化問題に関する論点の地域スケールによる整理
3.3.2 变 述 的 シ ナ リ オ 策 定 に お け る 各 種 論 点
今年度を含めて過去3年間において、様々な分野の専門家を交えて、地球温暖化問
題と持続可能な発展に関する重要な因子について議論を行ってきた。また、様々な視
点から地球温暖化問題と持続可能な発展における懸念や課題などが、マスメディア、
書籍などを通して示されている。また、本年度実施したヒアリング調査においても、
持 続 可 能 性 を 一 つ の テ ー マ に 意 見 交 換 を 行 っ た 。 IPCC 第 3 作 業 部 会 共 同 議 長 を 務 め る
エ ー デ ン ホ ッ フ ァ ー 博 士 が 所 属 す る PIK( ポ ツ ダ ム 気 候 影 響 研 究 所 )で は 、持 続 可 能 な
解決策を考えるにあたって、エネルギー・運輸部門分析(再生可能エネルギーのグリ
ッ ド へ の 接 続 な ど )、 LULUCF や バ イ オ エ ネ ル ギ ー な ど の 分 析 ( 食 糧 利 用 と 燃 料 利 用 と
の 競 合 、 技 術 変 化 )、 持 続 可 能 な 人 間 居 住 環 境 及 び イ ン フ ラ の 計 画 、 内 生 的 技 術 変 化 、
開発と貿易、適応の限界、セカンドベストな世界における政策(歪みや不完全性のあ
る 市 場 へ の 対 応 )、 不 確 実 性 下 の リ ス ク と コ ス ト の ト レ ー ド と い っ た 論 点 が あ げ ら れ
た。本節では、それらの中から主要な論争、見方の違いなどが見られるような事頄に
ついて、それぞれの主張などについて整理を行った。これらの論点の整理を通して、
本 節 に 続 く 第 3.4 節 、 第 3.5 節 に お い て 变 述 的 シ ナ リ オ 策 定 に つ な げ た 。
(1)
①
産業・経済・技術進展
技術進展の見通し
技術進展の見通しに関して、意見が分かれる場合も多い。ローマクラブによる「成
長 の 限 界 」1)は 、地 球 の 有 限 性 を 指 摘 し 、こ の ま ま で は 人 類 は 様 々 な 面 で 限 界 に ぶ つ か
り、成長し続けることはできないとするものであった。しかし、その多くについての
指摘は現実のものとはならなかった。その最大の要因は技術進展を過小に見込みすぎ
て い た た め と 言 え る ( 図 3.3.2 -1 は 省 エ ネ ル ギ ー の 進 展 の 例 )。 一 方 で 、 地 球 が 有 限 で
あることは異論の余地はないし、各種技術の進展には限界があることも確からしい。
- 55 -
今後も同様に技術進展が続くことは期待できず、このままでは遠くない将来には、限
界にぶつかり、成長し続けることはできない、という見方は当然あり得る。技術進展
を過小評価してもいけないだろうし、一方で過大に評価しすぎてもいけないだろう。
しかし、技術進展の不確実性の幅の中でロバストな方策を見出すことは意思決定支援
にとって大変重要なことである。
GDPあたりの一次エネルギー消費量(石油換算トン/1000ドル)
2.5
日本
英国
2
ドイツ
米国
ロシア
1.5
韓国
サウジアラビア
中国
1
インド
世界平均
0.5
0
1971
1976
図 3.3.2 -1
1981
1986
1991
1996
2001
2006
省 エ ネ ル ギ ー の 進 展 ( 出 典 : IEA 2 ) )
なお、技術進展は何もしなくて進むわけではなく、社会を構成する各主体の努力等
によって進展していくものである。また、より広くとられると、社会には非効率的な
部分があり、制度の改革などによって非効率部分の改善できれば、全体としてみると
技術進展(全要素生産性の改善)が進む部分もある。広く成長戦略を考えるというこ
とであれば、あらゆる分野の技術の芽や、現状のおける非効率性を的確に把握した上
で、どのような政策によって技術進展を誘発できるのか等を検討し、それに基づいた
分析を行うことが必要であり、それは大変重要で意義のあるものである。しかし、本
研究は、持続可能な発展という成長戦略そのものにもある程度関わるテーマを扱って
いるものの、主眼は温暖化対策であるため、社会全体としての技術進展のための代替
的な政策の提示とその定量的な分析までを行うことはしないこととする。ただし、温
暖化対策技術に限っては当然ながら明示的に取り上げていくこととし、論点について
も後述する。
な お 、 R&D 投 資 と 技 術 進 歩 ・ 生 産 性 向 上 に 関 し て は H20 年 度 報 告 書 で 簡 卖 に 整 理 を
行っているので、そちらを参照されたい
②
3)
。
産業・社会構造変化、脱物質化
過 去 の 世 界 の 産 業 構 造 の 変 化 に つ い て は 、本 報 告 書 の 第 2.3 節 に お い て 分 析 を 記 載 し
た。本節では、その分析結果を含めて改めて論点として整理する。
- 56 -
基礎的な食料を満たす第1次産業が満たされれば、物質的な豊かさを満たすための
第2次産業へ移行し、更にサービスとして豊かさを提供する第3次産業への移行が大
き な 流 れ と し て は 存 在 す る ( ぺ テ ィ = ク ラ ー ク の 法 則 )。 こ の よ う な 産 業 構 造 変 化 を 通
して、経済発展も進んできている。一方で、グローバル化が進む中で、国によっては
大きな産業構造の変化が見られつつも、世界全体でそれぞれの産業の就労人口シェア
を 見 た 場 合 に は 、 さ ほ ど 大 き な 変 化 が 見 ら れ な い こ と は 興 味 深 い ( 第 2.3 節 )。
CO2 排 出 削 減 の た め に は 、 第 3 次 産 業 へ の 移 行 が 望 ま し い と さ れ る が 、 一 国 で 見 た
ときに第3次産業への移行があったとしても、世界全体での産業構造がもしさほど大
き く 変 化 し な い の で あ れ ば 、 世 界 全 体 の CO2 排 出 削 減 に は あ ま り 大 き な 寄 与 が お こ ら
ないかもしれない。また、日本では、近年の低い食料自給率、高い失業率、第1次産
業 従 事 者 の 高 齢 化 、 農 村 の 過 疎 化 、 低 CO2 排 出 な ど の 問 題 か ら 、 第 1 次 産 業 の 再 興 と
いう意見も聞かれる。しかしながら、グローバル化の中で、低価格な海外農作物との
競争に勝っていくというのは、相当な戦略が必要とも見られる。
③
実体経済と金融経済
グ ロ ー バ ル 化 、 IT 技 術 の 進 展 、 金 融 工 学 の 進 展 な ど が あ い ま っ て 、 金 融 経 済 が 拡 大
し て き た 。 H20 年 度 の 本 研 究 に お い て 整 理 し た が 、 McKinsey & Co mpany の 調 査 に よ る
と、世界の金融資産総額(①証券、②債権、③公債、④銀行預金の合計)の規模は、
年 々 上 昇 傾 向 に あ り 、 2006 年 に は 総 額 167 兆 ド ル に 達 し た と し て い る 。 2006 年 に お け
る 実 体 経 済 に 対 す る 世 界 金 融 資 産 市 場 の 比 率 は 約 3.5 倍 で あ り 、実 体 経 済 に 対 す る 比 率
は近年急増している
3)
。
し か し 、 グ ロ ー バ ル 化 、 IT 技 術 の 進 展 、 金 融 工 学 の 進 展 な ど に よ っ て 、 金 融 経 済 が
実 体 経 済 か ら 乖 離 す る こ と が 可 能 に な り 、そ れ が 金 融 経 済 の 暴 走 に も つ な が っ て き た 。
そ の 一 つ の 帰 結 が 、サ ブ プ ラ イ ム ロ ー ン 問 題 を 発 端 と し て 2007 年 9 月 に 顕 在 化 し た 世
界金融危機である
4)
。金 融 資 産 の 膨 張 は 、不 動 産 価 格 に 留 ま ら ず 、エ ネ ル ギ ー 価 格 、食
料価格の高騰をもたらした。持続可能な発展、温暖化対策という点で、これがもたら
した影響は、功罪両方があると考えられるが、将来においても大変複雑でかつ多大な
影響を及ぼし得ると考えられる。
例 え ば 、図 3.3.2 -2 は 、世 界 に お け る 再 生 可 能 エ ネ ル ギ ー へ の 投 資 の 推 移 を 示 し た グ
ラ フ で あ る が 、 2009 年 に は 大 き な 落 ち 込 み を 見 せ た と し て い る 。 こ れ は 一 例 に す ぎ な
いが、金融経済と実体経済のディカップリングにより、金融経済は実体経済と離れて
自己増大運動をしているものの、実体経済との関係が切断されているわけではない。
そのため、金融経済の危機は、実体経済、そして温暖化対策にも大きな影響を及ぼし
得る。
- 57 -
Billion dollars
90
Geothermal
80
Marine & small-hydro
-38%
70
Biomass
Solar
60
Wind
50
40
30
20
10
0
2004
図 3.3.2 -2
2005
2006
2007
2008
2009
再 生 可 能 エ ネ ル ギ ー へ の 投 資 の 推 移 ( 出 典 : Nakicenovic 5 ) ; IEA 2 ) )
また、温暖化対策と最も直接的な関係があるものとしては、排出権取引が挙げられ
る。排出権取引は、決定された排出削減目標・排出枞があったときに、より小さな費
用 で 実 現 す る た め に は 優 れ た 手 法 で あ る 。 し か し 、 欧 州 排 出 権 取 引 ( EUETS ) で も 見
られるように、実体としての排出枞の取引量は実際には小さく、その何倍もの取引は
実体を伴わない取引となっているのが現状である
6)
。本 来 、高 い 環 境 効 果 を よ り 小 さ な
費用で実現する手段である排出権取引が、時として排出権取引業者等が自己利益の追
求のために、目的化してしまう傾向も見られ、金融経済の自己増大運動グをより進行
さ せ る 危 惧 が あ る 。 こ れ に 関 連 し た シ ナ リ オ と し て は 、 H19 年 度 の 变 述 的 シ ナ リ オ の
検 討 に お い て 、「 グ リ ー ン ・ ア ン ド ・ グ リ ー デ ィ ー 」 と 名 付 け た シ ナ リ オ で 検 討 を 行 っ
ている
7)
。
- 58 -
図 3.3.2 -3
(2)
①
欧州排出権取引価格の推移(出典:国際協力銀行
6)
)
人口問題、貧困・所得格差問題
人口問題
将来の人口は、地球温暖化問題と持続可能な発展に関して大変重要な因子の一つで
あることは間違いない
8)
。と り わ け 後 進 途 上 国 の 人 口 増 は 未 だ 激 し く 、マ ル サ ス や「 成
1)
長 の 限 界 」 が 指 摘 し た よ う な 危 機 感 を 抱 く こ と も 当 然 の よ う に 思 え る 。一 方 で 、多 く
の先進国の出生率は急速に低下しており、更に、東单アジア諸国等においても近年著
しい出生率の低下が見られている(小峰他
9)
)。 急 速 な 出 生 率 低 下 は 、 人 口 の 抑 制 と そ
れに伴う地球の有するキャパシティへの負荷低減という意味では望ましいことではあ
る。しかしながら、急速な出生率低下は高齢化とあいまって社会保障を困難にしつつ
あり、これがむしろ持続的な発展を困難にする一因子と懸念もされる。また、社会保
障 へ の 財 政 支 出 の 拡 大 は 、政 府 の 温 暖 化 対 策 へ の 支 出 余 地 を 狭 め て い く こ と に も な る 。
なお、フランスのように強力な尐子化対策の政府支援が功を奏して合計特殊出生率が
2程度まで回復している国もあり、政策の重点化によって尐子化防止にある程度の効
果を持たせることも可能と見られる。
将来の人口推定は、世界レベルでは、国連の人口推計が標準的に利用され、日本に
つ い て は 人 口 問 題 研 究 所 の 推 計 が 標 準 的 に 利 用 さ れ て い る 。し か し 、い ず れ に し て も 、
とりわけ日本や先進諸国等の出生率が低下傾向にある国の推計は、推計値と実績値の
乖離が大きいような状況が続いている。一方、途上国の人口推定は比較的実績値との
乖離が小さいと指摘されている。
- 59 -
図 3.3.2 -4
人口推計の変遷(出典:小峰他
9)
)
な お 、経 済 成 長 と 人 口 は 逆 相 関 が 強 い こ と が 知 ら れ て い る 。図 3.3.2 -5 に 見 ら れ る よ
う に 、 一 人 当 た り GD P と 出 生 率 に は 比 較 的 強 い 相 関 が 見 ら れ る 。 IPCC SRES に お い て
も 、一 人 当 た り GDP の 大 き い A1 、B1 シ ナ リ オ は 低 位 の 人 口 シ ナ リ オ 、一 人 当 た り GDP
が 中 位 の B2 シ ナ リ オ は 中 位 の 人 口 シ ナ リ オ 、一 人 当 た り GDP が 低 位 の A2 シ ナ リ オ は
低位の人口シナリオとなっている
8)
。 最 終 的 に は 、 人 口 増 大 が CO2 排 出 増 の 最 大 の 懸
案事頄であるという指摘も一般にはなされることがあるものの、アフリカ等の後進途
上国の人口増が大きいのは経済成長が小さいためであり、仮に高経済成長になり一人
当 た り の CO2 排 出 量 が 大 き く な る よ う な 状 況 に な れ ば 、 人 口 増 は 急 激 に 低 下 す る こ と
は 相 当 確 か ら し い こ と で あ る 。 そ の た め 、 人 口 問 題 を CO2 排 出 の 増 大 問 題 と し て 見 る
ことは適切な排出削減方策を見誤ることになりかねない。ただし、イスラム圏の人口
増大については宗教や文化的な要素も関係しているため、若干注意して見ることが必
要 と 考 え ら れ る 。 ま た 、 CO2 排 出 の 面 で は 人 口 問 題 が そ れ ほ ど 大 き な 問 題 と な ら な い
としても、温暖化への適応や持続可能な発展という点では極めて重要な問題として注
視する必要がある。
- 60 -
合計特殊出生率 (1960-2006年)
8
United States
United Kingdom
Japan
7
Korea
India
China
Total fertility rate
6
Indonesia
Philippines
Thailand
5
Iran
Egypt
South Africa
Brazil
4
Mexico
Russia
R² = 0.097
3
Australia
R² = 0.786
R² = 0.331
Sub-Saharan Africa
R² = 0.961
R² = 0.897
Middle East & North Africa
R² = 0.891
World
2
R² = 0.455
R² = 0.857
R² = 0.828
R² = 0.346
R² = 0.673
R² = 0.8
R² = 0.551
R² = 0.958
1
R² = 0.727
R² = 0.373
R² = 0.662
0
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
GDP per capita (thousands 2000 US$)
図 3.3.2 -5
②
合 計 特 殊 出 生 率 の 変 化 ( 1960~ 2006 年 )
貧困・後進国支援の問題
持続可能な発展という点からは、世界が抱える最大の課題の一つは、アフリカを中
心に未だに多く存在している最貧国をいかに貧困から解放し、持続的に経済成長させ
る か 、 と い う 点 が 挙 げ ら れ る だ ろ う 。 H20 年 度 の 变 述 的 シ ナ リ オ に お い て は 、 バ イ オ
マ ス 生 産 と 後 発 開 発 途 上 国 ( LDC ) の 経 済 開 発 に 焦 点 を あ て た シ ナ リ オ を 策 定 し 、 ア
フ リ カ を 中 心 と し た LDC の 貧 困 問 題 を 検 討 し た
3)
。
アジアの急激な経済発展によって、アフリカ諸国の経済発展機会が奪われたとする
見方がある一方、アジアの後を追従する形でアフリカも経済発展がしやすくなったと
見る見方も存在する。
大 き な 論 争 と し て は 、 LDC 支 援 の 方 法 論 が 挙 げ ら れ る 。 ジ ェ フ リ ー ・ サ ッ ク ス は 、
これまでの先進国のアフリカ支援は、支援額が大変尐なく、援助額を大幅に引き上げ
ることが必要だと主張している。しかし、大幅に引き上げたとしても先進国の経済規
模 か ら し て み れ ば わ ず か で 済 む の で あ り 、支 援 を 惜 し む べ き で は な い と し て い る
10 )11 )
。
一方、ウィリアム・イースタリーは、援助・投資の増大と貧困国経済の離陸には相関
はなく、援助を増額してもアフリカの経済発展にはつながらない。ガバナンスこそが
最 大 の 問 題 で あ り 、支 援 先 の ガ バ ナ ン ス 改 善 に 取 り 組 む べ き と 主 張 し て い る
12)
。ま た 、
ポール・コリアーは、社会・経済が不安定な国において、民主主義のシンボルである
普 通 選 挙 を 導 入 し て も 、機 能 せ ず 、む し ろ 混 乱 の 種 に な る 事 が 多 い と 指 摘 し て い る
13)
。
LDC の 経 済 開 発 の 成 否 は 脱 地 球 温 暖 化 と 持 続 可 能 な 発 展 の 重 要 な 要 素 で あ る が 、 本
研 究 の 中 心 的 な テ ー マ は 地 球 温 暖 化 問 題 で あ る た め 、 本 研 究 で は 、 LDC 支 援 手 法 の 是
非については検討を行わず、このような論争が続いていることを整理するに留めてお
く 。 手 法 論 ま で に 深 く 踏 み 込 む こ と は せ ず 、 LDC の 経 済 開 発 の 成 否 そ の も の に つ い て
のみ、シナリオ分析の対象として検討を行うこととする。
- 61 -
③
国内所得格差の問題
自由主義経済そしてグローバル化が進行する中で多くの国において所得格差が広が
る 傾 向 が 見 ら れ る ( 図 3.3.2-6 )。 課 税 方 法 に よ っ て 所 得 格 差 の 是 正 を 行 う の が 通 常 で
あるが、グローバル化した世界においては、企業誘致や高所得者の拠点となることを
目指して、法人税率を引き下げ、また、高所得者への累進課税の低減を行う動きが世
界的な大きな傾向として見られる。このような国際情勢の中では、一国だけで、所得
格差是正のために課税方法を見直そうとしても、税収が小さくなり、経済も悪くなり
か ね な い た め 、対 応 が 難 し い 状 況 に あ る 。課 税 方 法 に 関 し て 国 際 協 調 が で き な け れ ば 、
簡卖には所得格差の是正ができない状況になってきている。
しかし、所得格差の拡大は、社会の不安定化をもたらす可能性も高く、持続可能な
発展の制約要因ともなりかねないと考えられる。また、温暖化対策の中心は、エネル
ギー対策となるため、近代社会で必要不可欠なエネルギーの費用負担の増大は、逆進
性を持って経済弱者をより困窮させることにもなりかねない。逆に言えば、低所得層
の増大は、政治経済的に温暖化対策の実施を困難にする可能性が指摘できる。
米国
英国
フランス
日本
フィンランド
ドイツ
デンマーク
図 3.3.2 -6
(3)
①
先進各国のジニ係数の推移
資源問題
食料問題
食料は水資源と共に、人類の生命維持にとって必要不可欠な基礎的なものである。
とりわけ世界人口の増大が続き、また、経済発展に伴い途上国を中心に食料需要は高
まっており、世界的な食料不足への懸念、危機意識は大きい。更に、地球温暖化によ
って、食料生産性が低下し、食料不足に拍車がかかるのではないか、との懸念も大き
くなってきている。また、バイオ燃料は、温暖化対策として期待されているが、不適
切な利用がなされた場合、食料生産との競合から食料需給に悪影響を及ぼすのではな
いかとの懸念もある。
- 62 -
レスター・ブラウンは、世界に食料危機を指摘してきた著名な一人であるが、例え
ば 、図 3.3.2 -7 の よ う な デ ー タ を 用 い て 、近 年 、卖 収 の 伸 び が 頭 打 ち に な っ て き て い る
こ と を 指 摘 し て い る 。ま た 、経 済 成 長 に 伴 い 、肉 食 が 増 え て き て お り 、食 料 需 要 は 益 々
増加する傾向があり、このままでは飢える人々が多くなることへの警戒を発している
14)
。
し か し 、一 方 で 、よ り 楽 観 的 な 見 方 も 存 在 し て い る 。 図 3.3.2 -7 の よ う な デ ー タ か ら
見られるような卖収の伸びの頭打ち感は、むしろ、技術の進歩が著しく進み、現在、
世界的に食料生産が過剰になったため、生産を抑制していることが原因とする見方で
ある。よって、生産拡大の余地は十分にあり、食料危機のような状況に陥ることは現
実 的 な 見 方 と は 言 え な い と の 主 張 で あ る( 例 え ば 川 島
15)
)。更 に は 、米 国 、ア ル ゼ ン チ
ン 、 ブ ラ ジ ル な ど を 中 心 に 世 界 で 遺 伝 子 組 み 換 え 植 物 の 生 産 が 急 拡 大 し て い る ( H1 9
年度本研究報告書に記載
7)
)。 日 本 を 中 心 に 一 部 の 国 で は 安 全 性 へ の 懸 念 は 大 き い も の
の、食料生産のより一層の生産性向上に寄与し、世界的には今後も急速に拡大してい
くと見る方が自然である。また、重要面で見ると、各国で食の嗜好は異なり、世界す
べての国が米国的な食生活になるとは考えにくく、米国のような一人当たり食料消費
カロリーになるとして計算した食料需要は過大に見積もりすぎと指摘もなされてい
る。なお、世界で栄養不足に陥っている国・地域も存在するが、それらは世界的に食
料の絶対量が不足しているからではなく、紛争を含め、ガバナンスの問題が主要な原
因であり、考えるべき対応策は別のところにあると指摘がなされる。
図 3.3.2 -7
メキシコにおける1ヘクタールあたりの小麦生産量の推移(出典:レス
ター・ブラウン
②
14)
)
食料安全保障、地産地消
同じ食料問題でも、グローバルで見れば食料需給に問題がないと仮にしても、安全
保障から見た食料問題という視点も無視できない。エネルギー安全保障も大変重要で
あるが、食料は人が生きるための根幹であるため、食料安全保障は一般的には最重要
課 題 で も あ る 。 日 本 の 食 料 自 給 率 は 4 0 %程 度 ( カ ロ リ ー ベ ー ス ) と 低 い 水 準 に あ り 、
危機感が持たれている。しかし、カロリーベースの自給率が低いことがそのまま食料
安全保障上の危機であるとは言えない。各国間で友好的な関係を築いていればたとえ
自給率が低くても安全保障上の危機とは言えないだろう。また、この低い食料自給率
- 63 -
は、グローバル化の進展の結果、自由経済市場の中で決まってきているものであり、
本当に危機になり食料価格が上昇すれば、国内生産の拡大余地はそれなりに存在して
いるので、危機感をあおる必要はないとする意見もある。
一方、近年、食料安全保障とも密接に関連しつつも、別の視点からの論点も存在し
て い る 。 ひ と つ は 安 全 安 心 な 食 と い う 視 点 、 も う 一 つ は 食 料 の 長 距 離 輸 送 に 伴 う C O2
排出を減らすべきという視点である。これらあいまって「地産地消」を推奨する動き
も活発化している。尐し高価であっても、食料生産のプロセスが見えるということで
安全安心な食を嗜好する層も増えている。しかし、失業率が高く所得が減るような状
況ではやはりより安価な食料を購入する傾向もあるだろう。また、グローバル化は技
術進展とともに一層進展すると考えられるし、また、中国を中心とした途上国も経済
成長とともに、食の安全に一層気を使うように変わっていくと考えられ、そのような
中で「地産地消」がより大きな動きとなっていくのはそう簡卖ではないだろう。尐な
くとも現在より関税障壁を大きくしたり、農業補助金を大きくしたりすることは国際
的な動向からして非現実的であるので、そうすれば、消費者が何に大きな価値を見出
す社会となるのかに食料に関する消費行動は影響される。そして、これらは国内所得
格差の問題とも密接に関係すると考えられる。
③
水資源問題
水 は 、人 類 が 生 き る た め 最 低 限 必 要 な 物 質 で あ る と 同 時 に 、化 石 燃 料 や 鉱 物 と 同 様 、
文化的な社会の営みに重要な資源である。水資源の特徴として、陸域、海洋、大気を
日々循環する。そこで、その量を年間のフローで表現すると、現在、世界で利用可能
な 水 ( 淡 水 ) 資 源 量 は 4 0,000 ~ 46, 000km 3 / 年 、 一 方 、 人 類 が 利 用 し て い る 水 資 源 量 は
3,800 k m 3 /年
16)17)
と 資 源 量 の 1/10 以 下 で あ る 。 従 っ て 、 世 界 全 体 で 見 る 限 り で は 、 水
資源の不足という問題は、一見考えにくい。しかしながら、水資源は、地域的、時間
的に偏在しており、現在既に、年間利用可能な循環量以上の水を、地下水から大量に
取 水 し て い る 国 で は 、地 下 水 の 枯 渇 が 懸 念 さ れ る と こ ろ も あ る 。ま た 、図 3.3.2 -8 に 示
されるように、温暖化に伴って水資源量が減尐すると予測されている地域もある。さ
らに、今後の人口増加や、途上国の経済発展、都市化の進展に伴う水需要の増加は、
地 域 的 な 水 不 足 問 題 に 拍 車 を か け る 可 能 性 が あ る 。日 本 は 、水 資 源 が 比 較 的 豊 か な 上 、
今後の人口増加も大きくないと見込まれることより、国内で水が不足する可能性はお
そらく低い。但し、水を多量に消費する農作物を世界各地から輸入しており、世界の
水 問 題 に 無 縁 で は な い 。ま た 、農 作 物 の 生 産 性 向 上 に 貢 献 し た と い わ れ る 窒 素 肥 料 も 、
過剰な使用は富栄養化を招き、生態系に悪影響を及ぼす可能性が懸念されている。
- 64 -
図 3.3.2 -8
温 暖 化 に よ る 水 資 源 量 の 変 化 ( SRES - A1B、 2041 -6 0 年 、 1900 -7 0 年 比 )
( 出 典 : IPCC AR4 WGII Fig.3.4 1 8 ) )
このような問題に対し、今後、水不足人口が増大すると同時に、問題が深刻化し、
水戦争が勃発しかねない、という悲観的な見方がある。一方、今後は、淡水化や再利
用の技術が進展し、低コスト化が期待できる。温暖化によって、水資源が減尐する地
域があるかもしれないが、総量的には増加すると予測されていることより、水多消費
の農作物や工業製品は水が豊かな地域で作り、水が乏しい地域はそれらを輸入すれば
よい。そもそも、古代文明は水の豊かな所で芽生えたように、人口の増加は水不足が
問題にならないような地域で生じるはず、という楽観的な見方もある。従って、水資
源問題を考えるには、資源の偏在性に加え、今後の経済発展、人口、技術、貿易の変
化を包含する必要がある。
④
希尐資源の争奪
鉄が「産業の米」と言われるのに対し、レアメタルは「産業のビタミン」とも言わ
れる。これは、軽薄短小といった市場要求下で、特定の機能を持たせるためにレアア
ースを含むレアメタルが不可欠であるためである。
温暖化問題との関連で言えば、省エネ性能をより高めるために各種レアメタルが不
可 欠 で あ る が 、レ ア メ タ ル 高 騰 に よ り 省 エ ネ 製 品 の 製 造 原 価 が 上 昇 す る 可 能 性 が あ る 。
これは、現在考えられている以上に緩和策の費用を上昇させる要因になりうる。その
ため、レアメタル確保やその価格水準に関する懸念がなされている。一方、奇跡的な
優良鉱山の収奪や、採掘・精錬時の地域環境の破壊や汚染がより深刻な問題との指摘
もなされている
19)
。
希尐資源の「争奪」という意味では、近年とりわけ中国の動きが注目されている。
レアアースは、これまで米国などでも生産されていたが、その後経済的理由で米国で
は閉山が相次ぎ、中国の市場支配力が高まっている。また中国は、アフリカなどへの
資源確保に積極的であり、その詳細はセルジュ・ミッシェルら
- 65 -
20)
に描かれている。
以上の最近の動向に加え、後進発展途上国の経済発展との関係としては、従来から
指摘される「資源の罠」という構造にも引き続き配慮することが必要であると考えら
れる。
⑤
エネルギー安全保障
食料安全保障も重要であるが、エネルギーも近代社会では必要不可欠であり、食料
安 全 保 障 と 同 様 に 重 要 性 が 高 い 。 し か し な が ら 、 H19 年 度 の 本 研 究 報 告 書 で 記 載 し た
よ う に 、 例 え ば 、 Bohi and Toman は 、「 エ ネ ル ギ ー 価 格 や エ ネ ル ギ ー の 入 手 可 能 性 の 変
化 の 結 果 、 起 き う る 厚 生 ( welfare ) の 損 失 」 と し て い る が 、 エ ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ
の定義も多様である
7)
。
国際情勢がどのようにあるのか、どのように捉えるのかによって、エネルギー安全
保障をどのように考えてエネルギー需給システムを構築するのかの考え方は異なって
くるだろう。現状では、中東、ベネズエラなどの石油生産国や、世界最大の天然ガス
生産国ロシアの地政学的なリスクを認識し、それらの国からの石油や天然ガス輸入依
存からの脱却を目指す動きもある。しかしながら、化石エネルギーからの脱却はうま
くいっておらず、これまでのところ、これらの国への依存は続いている。
温 暖 化 問 題 と の 関 係 で は 、 石 油 や ガ ス 依 存 か ら の 脱 却 は 、 一 般 的 に は CO2 削 減 が 期
待 で き る も の の 、 一 方 で 石 炭 へ の 代 替 が 進 め ば む し ろ CO2 排 出 量 が 増 大 す る 方 向 と な
ってしまう。また、脱化石エネルギーとしては、再生可能エネルギーへの期待が大き
いが、太陽光、風力等は、エネルギーの安定供給の面で問題があるため、エネルギー
安全保障上、良い点ばかりではないことにも注意が必要である。
⑥
化石燃料価格
化石燃料価格とりわけ石油価格の将来見通しは不確実性が高く、見通しが分かれる
と こ ろ で あ る 。 図 3.3.2 -9 に 見 る こ と が で き る よ う に 、 2000 年 頃 か ら 石 油 価 格 が 急 激
に な り 100$/bbl を 超 え る よ う な 価 格 と な っ た が 、 リ ー マ ン シ ョ ッ ク を き っ か け に 急 落
し た 。 2010 年 2 月 現 在 で は 再 び 上 昇 傾 向 に あ り 、 80$/bbl 程 度 と な っ て い る 。 石 油 の 需
給 バ ラ ン ス の 見 方 か ら 上 下 す る も の の 、 (1) ③ で 記 載 し た よ う に 金 融 経 済 の 暴 走 に よ る
影響も大きく、見通しは難しい
21)
。
化 石 燃 料 価 格 に 関 す る 論 点 に つ い て は H19 年 度 に 取 り 上 げ た 。 図 3.3.2 -10 は U S
DOE/EIA に よ る 2005 年 当 時 の 将 来 の 石 油 価 格 推 定 で あ る が 、リ ー マ ン シ ョ ッ ク 以 前 の
価格からは高位シナリオでさえ想定価格が小さすぎであったが、リーマンショック後
の状況では中位~高位シナリオ程度に位置している。
ま た 、 IEA は World Energy Outlook 2009 に お い て 、 CO2 排 出 削 減 の 程 度 に よ っ て 、
石 油 価 格 の 異 な る 想 定 を 行 っ て い る( 図 3.3.2 -11)2 2 ) 。世 界 全 体 で 大 幅 な 排 出 削 減 に 取
り組めば、石油の消費量が減り、石油価格も低位になると期待できるとするものであ
る。
このように石油価格の将来見通しも多様である。石油価格およびその他の化石燃料
価 格 の 上 昇 は 、 世 界 の CO2 排 出 削 減 に 大 き く 寄 与 す る と 見 ら れ る 。 一 方 で 、 化 石 燃 料
価格の上昇は、世界経済に大きな影響を及ぼし、世界の持続的な発展にも影響がおよ
- 66 -
ぶと見られる。それが具体的にどのような影響の大きさを有するのかについての評価
は一つの重要な視点となると考えられる。
図 3.3.2 -9
図 3.3.2 -10
US DOE/EIA
23)
原油価格の推移(出典:石油連盟
21)
)
International Energy Outlook 2005 に お け る 石 油 価 格 の 見 通 し ( 出 典 :
)
- 67 -
図 3.3.2 -11
(4)
①
World Energy Outlook 2009 に お け る 石 油 価 格 の 見 通 し ( 出 典 : IEA 2 2 ) )
地球温暖化対策とその関連
環境制約による技術進展の誘発・経済発展
環境制約は経済発展の妨げになると見るのが通常である。しかし、逆の見方も存在
し て お り 、 有 名 な の は マ イ ケ ル ・ ポ ー タ ー 教 授 が 1991 年 に 唱 え た 「 ポ ー タ ー 仮 説 」 で
ある。ポーターは、米諸産業中でも大きな環境保全コストを強いられている化学産業
の 国 際 市 場 で の 競 争 力 や 70 年 代 に よ り 厳 し い 環 境 規 制 を 導 入 し た 日 独 の 生 産 性 上 昇 率
の高さを挙げ、この仮説の根拠としている。また、ポーター自身は言及していないも
の の 、 自 動 車 産 業 に つ い て も 、 1978 年 の 日 本 版 マ ス キ ー 法 に よ る よ り 厳 し い 排 ガ ス 規
制の導入がその後の米市場での日本車の躍進に繋がったという「事実」が、ポーター
仮説を説明するものとして引用されることも多い
24)
。ポ ー タ ー は 、
「適切に設計された
環境規制は、費用低減・品質向上につながる技術革新を刺激し、その結果国内企業は
国際市場において競争上の優位を獲得し、他方で産業の生産性も向上する可能性があ
る」としている。
ポーター仮説はあくまで仮説でしかなく、全般的には否定的な見方の方が多いと言
えるが、一方、これを支援する一つの理論的、定量的な分析としては、内生的技術習
熟 の 分 析 を 挙 げ る こ と が で き る だ ろ う 。 図 3.3.2 -1 2 は 太 陽 光 発 電 、 風 力 発 電 、 ガ ス 複
合発電について累積導入量と設備卖価の推移を見たものであり、累積導入量の増大と
ともに卖価が低下していることが読み取れる。そして、この習熟効果を習熟率の不確
実 性 を 想 定 し つ つ 、 モ デ ル に 組 み 入 れ て 将 来 の CO2 排 出 削 減 量 と エ ネ ル ギ ー シ ス テ ム
コ ス ト の 関 係 を 分 析 し た も の が 図 3.3.2 -1 3 で あ る 。 エ ネ ル ギ ー シ ス テ ム コ ス ト が 比 較
的 安 価 な シ ス テ ム の CO2 排 出 量 は 既 存 の 技 術 に 頼 っ て 構 成 さ れ た シ ス テ ム に よ る 大 き
な排出量のときと、技術習熟を進めて安価になった技術で構成されたシステムによる
小さな排出量のときと、大きく2パターンがあるというものである。しかし、論争の
的はいくつかあるだろう。一つは温暖化対策技術の中で、量産効果によって著しい費
用低減が見込まれる技術がどの程度あるのかという点があるだろう。そして、別の視
点としては時間軸の問題であろう。長期ではこのような効果が仮にあるとしても、短
期的に厳しい排出規制は、むしろ技術開発投資の資金を奪ってしまう恐れがあり、逆
- 68 -
効果となる可能性も高いというものである。環境規制の導入の議論は、通常、比較的
直近の時期での導入を目指したものになりがちであり、このような技術習熟効果は相
当小さくなる可能性がある。
図 3.3.2 -1 2
図 3.3.2 -13
温 暖 化 対 策 技 術 の 技 術 習 熟 例 ( 出 典 : IIASA 2 5 ) )
内生的な技術習熟を考慮したモデル分析において費用が小さくなる
2100 年 の 排 出 量 の 分 布 ( 赤 の 部 分 )( 出 典 : IIASA 2 5 ) )
も う 一 つ 指 摘 し て お く べ き こ と は 、「 二 重 の 配 当 」 の 問 題 で あ ろ う 。 二 重 の 配 当 は 、
環境税収を既存の歪んだ税の減税に充当することで、社会厚生が改善されるという指
摘である。すなわち 、例えば環境税によって得られる環境に対する配当( 第一の配 当 )
と、既存税制の歪みを修正することで得られる経済に対する配当(第二の配当)との
二つがあり、環境規制が負の経済影響だけではなく、プラスの効果も発揮するという
ものである。しかしながら、第二の配当の効果は確かに存在するが、その効果は大き
くないとする見方の方が大勢である。
- 69 -
②
温暖化対策における技術移転
省エネルギー技術の技術レベルなど、世界的には大きな差異があり、とりわけ途上
国での効率改善において先進国からの技術移転は重要である。そのため、国際交渉に
おいて、途上国は先進国に対し、温暖化対策技術に関連した知財の無償提供を要求す
るケースがしばしば見られる。一方、技術移転の重要性は認めつつも問題も多く存在
している。①そもそも途上国は技術を入手不可能なのかと言えば、原子力を除けば、
ほとんどの温暖化対策技術は対価させ払えば入手可能であるし、途上国とされている
中国など一部の国はそれを支払う経済力は十分に備わっている。エネルギー効率等に
差異が見られるのは、技術自体が入手不可能なわけではなく、むしろ普及の障壁があ
っ た り 、導 入 後 の 運 用 の 仕 方 が 不 適 切 な ケ ー ス も 多 く あ る た め と い う 理 由 が あ る こ と 。
また、②民間企業が知財を放棄することは通常あり得ないので、仮に実施するとして
も先進国政府が買い取る形をとらざるを得ない。そのため、温暖化対策の援助全体の
中で考える必要があること。③実際に行うとしても温暖化対策技術とそれ以外の技術
の 区 分 は 事 実 上 不 可 能 で あ る こ と 、な ど 状 況 は 複 雑 で あ る 。こ の よ う な 背 景 を 含 め て 、
問 題 を よ り 正 し く 理 解 し な け れ ば 、 不 適 切 な 方 策 に よ っ て CO2 削 減 に は 寄 与 し な い 恐
れも大きい。
な お 、 技 術 移 転 に つ い て は 、 H20 年 度 の 本 研 究 報 告 書 で 整 理 を 行 い 、 变 述 的 な シ ナ
リオの試行も行っているので合わせて参照されたい
③
3)
。
温暖化対策における技術選択・技術普及
本 来 、エ ネ ル ギ ー は 同 じ 2 次 エ ネ ル ギ ー 種 で 同 じ 熱 量 を 有 し て い て い れ ば 、1 次 エ ネ
ルギー種が何であっても得られる効用は同じであるため、できるだけ安価でかつ安定
的 に 供 給 さ れ る こ と が 望 ま し い 。 原 子 力 は 安 価 な 温 暖 化 対 策 で あ り 、 ま た 、 CCS も 現
状では若干高い対策とは言え、将来的に不可避と見られる大幅な排出削減を考えたと
きには相対的に安価な対策と見られる。しかしながら、現実社会の技術選択は費用の
みが基準とはなっておらず、これらの技術については、社会的受容性や大規模技術の
ため事業リスクが大きいことなどから導入拡大は必ずしも容易ではない。また、省エ
ネルギー機器についてもその普及には多くの障壁が存在している。正味のエネルギー
対策コストが負となる対策は多く存在し、それらを導入することがエネルギーコスト
の低減という点からだけ見れば望ましいものの、人々は、機器の寿命全体を考えた上
でのエネルギーコスト全体を考えて意思決定しているわけではなく、また、エネルギ
ーコストだけを判断材料として意思決定しているわけでもない。そのため、それらの
省エネルギー機器が正味のエネルギー対策コストが負となるからといって普及が簡卖
に進むことはない。また、太陽光発電、風力発電等の再生可能エネルギーについては 、
コストが高いということ以上に、安定的な供給が難しいという障壁が大きい。安定的
な供給を担保しようとすれば、バックアップ電源やバッテリーが必要となり、システ
ムコストは更に高くなる。
- 70 -
大規模技術
再生可能エネルギー
原子力
供給の不安定性
省エネルギー
様々な社会障壁に
よって正味のエネ
ルギー対策コスト
が負となる対策で
あっても導入が進
まない。
CCS
社会的受容性、事
業リスクの大きさ
などから導入拡大
は容易ではない。
図 3.3.2 -1 4
大規模技術、省エネルギー技術、再生可能エネルギーの普及障壁
最適化型モデルでは、エネルギーコストを評価基準とするため、エネルギーコスト
面 か ら の 理 想 的 な シ ス テ ム を 提 示 し や す い 。 た だ し 、 通 常 、 原 子 力 発 電 や CC S 等 に は
普及の上限制約を設け、省エネ技術の技術選択では投資判断の投資回収年数を現実社
会で観測されるような現実的な数値を想定するなどすることによって、エネルギーコ
スト面からのみ合理性が追求されるようなある種、非現実的なシステムの提示となら
ないようにしている。しかし、その想定の程度によっては、理想的すぎ、非現実的と
の批判が生じやすい。一方、シミュレーション型のモデルでは、過去の実績、トレン
ドをベースに将来を推定するため、大きな変化を想定し難いため、保守的すぎるとい
う批判がなされることもある。
H19 年 度 で は 、原 子 力 発 電 や CCS の よ う な 大 規 模 技 術 の 普 及 に 着 目 し て 、
「メガテク
ノロジーの将来」という軸を設定して变述的シナリオの検討を行った
7)
。 ま た 、 H2 0
年度においては、メガテクノロジーに限らず、省エネ技術の普及も含めて、様々な技
術 普 及 障 壁 を 包 括 し て 扱 い 、「 技 術 普 及 バ リ ア 除 去 の 成 功 ・ 失 敗 」 と い う 軸 で 变 述 的 シ
ナリオ策定の試行を行った
④
3)
。
森 林 吸 収 源 ・ REDD
途上国における森林の過剰伐採や農地などへの土地利用転換によって大きな温室効
果ガス排出がおこっている。一方で、中国、ベトナムなどでは、近年、再植林の動き
も活発である。植林は、温室効果ガス削減のみならず、生物多様性の保全、水資源保
全などの効果もあり、持続可能な発展と温暖化防止において大変重要なオプションの
一つと考えられる。
植 林 に よ る CO2 吸 収 に 関 す る 国 際 枞 組 み の 状 況 と し て は 、 京 都 議 定 書 に お い て は 、
途上国における森林減尐を削減するインセンティブをもたらさない形となっており、
この間も多くの途上国においては森林減尐が大きく進んでしまった。そこで、新規植
林 ・ 再 植 林 だ け で は な く 、 森 林 減 尐 ・ 务 化 か ら の 温 室 効 果 ガ ス 排 出 削 減 ( REDD 、 図
3.3.2 -15) が 注 目 さ れ 、 国 際 的 な 議 論 が 進 め ら れ て い る 。 更 に は 、 炭 素 の 蓄 積 力 を 高 め
- 71 -
る 行 動 な ど に も 対 象 を 広 げ「 REDD プ ラ ス 」も 議 論 さ れ て い る 。ま た 、本 年 度 実 施 し た
情 報 収 集 調 査 (6th session of AWG -LCA ) に お い て も 、 実 施 方 法 に 関 し て は 各 国 で さ ま ざ
ま な 意 見 が あ り つ つ も 、 国 際 的 な 議 論 の 中 で REDD プ ラ ス は 温 暖 化 防 止 の オ プ シ ョ ン
として重要視されている。
一 方 、 排 出 権 市 場 へ の REDD の 取 り 込 み に つ い て は 、 費 用 効 果 的 な 排 出 削 減 と し て
歓迎する向きと、排出権価格の低下により緩和策が進展しなくなる恐れを懸念し反対
する意見の対立がある。米国は、ワックスマン・マーキー法案などでも、国連とは別
に 独 自 に 認 証 し た REDD ク レ ジ ッ ト に よ っ て 多 く の 排 出 削 減 を 目 指 し て い る 部 分 も 見
ら れ 、 REDD 関 連 の 動 き と し て 注 目 す べ き 点 で あ る 。
図 3 .3.2 -1 5
⑤
REDD の 位 置 づ け ( 出 典 : FoE Japan 2 6 ) )
ジオエンジニアリング
ジ オ エ ン ジ ニ ア リ ン グ は 、こ れ ま で 度 々 検 討 さ れ て き て き た が
27)
、IPCC 報 告 書 を 含
め 中 心 的 議 題 に な る に は 至 ら な か っ た 。 こ れ に 対 し 、 2009 年 は 有 力 な 研 究 コ ミ ュ ニ テ
ィ 等 に お い て 、「 議 論 の 対 象 と し て 排 除 す べ き で は な い 」「 基 礎 的 な 研 究 を 今 の う ち か
ら進めておくべき」との主張が複数なされた年でもある
28)29)
。
ここでは、ジオエンジニアリング自体の説明については杉山昌広
30)
に譲り、シナリ
オ構築という視点から整理を行う。
ジオエンジニアリングの有効性を主張する背景として、一つは温暖化影響の深刻さ
や Tipping elements が あ る
31)32)
。気候系には数十年以上の慣性が働くにもかかわらず、
( 微 小 な 確 率 な が ら )カ タ ス ト ロ フ ィ ー 的 な 事 象 が 起 こ る 可 能 性 が あ り 、従 っ て 速 や か
な効果が得られるジオエンジニアリングしか現実的な手立てがない場合もあるとす
る。
もう一つの背景としては、地政学的、あるいはリアリスト的な見方で、緩和策は自
国 経 済 に 負 の 影 響 を 及 ぼ す た め 、緩 和 策 の 国 際 協 調 は 実 現 し え な い と す る 立 場 で あ る 。
例 え ば 、Gwynne Dye r は そ う い っ た 緩 和 策 の 困 難 性 を 強 調 し て い る
33)
。同 時 に Gwynn e
Dyer は 2030 年 か ら 2050 年 と い っ た 比 較 的 近 い 時 点 に お い て も 温 暖 化 の 被 害 は 実 に 深
刻 と な る と の 将 来 シ ナ リ オ を 描 い て い る 。Gwynne Dyer に よ る と 、緩 和 策 の 国 際 協 調 で
は誰も参加したがらないのを無理に参加させるのに苦労するが(参加させるのは非現
- 72 -
実 的 で あ る と の 見 方 )、逆 に ジ オ エ ン ジ ニ ア リ ン グ だ と 抜 け 駆 け し て 特 定 の 国 な ど が ジ
オエンジニアリングを実施する可能性があり、従って抜け駆けを防ぐのに苦労するだ
ろうとしている(抜け駆けを防ぐ手立ては現実に存在せず、従ってジオエンジニアリ
ン グ は 早 晩 実 施 さ れ る だ ろ う と の 見 方 )。
これに対し、ジオエンジニアリングを否定的に評価する見方としては、ジオエンジ
ニ ア リ ン グ 実 施 に よ る 気 候 物 理 の 副 作 用 、緩 和 策 の イ ン セ ン テ ィ ブ を 低 下 さ せ る 影 響 、
社 会 的 側 面 ( 倫 理 的 、 道 徳 的 側 面 を 含 む )、 国 際 法 や 手 続 き ・ ガ バ ナ ン ス の 問 題 な ど 多
岐にわたる
⑥
30)
。
温暖化適応
仮に今すぐに大幅な排出削減を行っても温暖化影響は不可避であり、温暖化への適
応を考えざるを得ない。温暖化適応策には安価に実施できる対策も多く、緩和策だけ
で は な く 、費 用 対 効 果 の 高 い 対 策 と し て 適 応 策 を よ り 重 視 す べ き と い う 意 見 が あ る( 温
暖 化 緩 和 策 、 温 暖 化 影 響 、 温 暖 化 適 応 策 の バ ラ ン ス が 重 要 。 図 3.3.2 -1 6)。 ま た 、 適 応
策は経済開発とのコベネフィットが存在する場合も多く、途上国の経済発展という点
からも重要である。経済発展等に伴い、インフラ整備が進展すれば、温暖化適応能力
は 高 ま る こ と が 期 待 で き 、 総 合 的 な 対 応 策 が 重 要 で あ る ( 図 3.3.2 -1 7)。 一 方 で 、 適 応
策に期待しすぎると、温暖化緩和行動がにぶるとして積極的な適応策の推進に消極的
な意見も存在する。なお、生態系影響のように適応策がとりにくいケースも存在する
ので、精緻な議論が必要である。
図 3.3.2 -1 6
温 暖 化 緩 和 、 影 響 、 適 応 の 関 係 ( 出 典 : IPCC 1 8 ) )
- 73 -
現状適応力
図 3.3.2 -17
適応力強化
温 暖 化 適 応 力 の 差 異 に よ る 温 暖 化 影 響 の 推 定( 出 典:IPCC 1 8 ) 。図 は 、IP CC
SRES A2 シ ナ リ オ に お い て 550ppm に 濃 度 安 定 化 し た 場 合 の 2100 年 の 温 暖 化 影 響 を 、現
状 レ ベ ル の 適 応 力 と 適 応 力 を 強 化 し た 場 合 と を 比 較 し た も の 。気 候 感 度 は 5.5℃ を 想 定
し て 計 算 し た も の 。)
⑦
気候変動科学の不確実性
IPCC 第 4 次 評 価 報 告 書 に よ る と 、「 1750 年 以 降 の 人 間 活 動 は 、 世 界 平 均 す る と 温 暖
化 の 効 果 を 持 ち 、 そ の 放 射 強 制 力 は +1.6[ +0.6 ~ 2.4]W m - 2 で あ る と の 結 論 の 信 頼 性 は か
な り 高 い 」 34)。 す な わ ち 、 人 為 起 源 の 温 室 効 果 ガ ス 排 出 が こ れ ま で の 温 暖 化 に 寄 与 し
たことは疑いようがないとしながらも、その程度は現在に対する値であっても、観測
や推定方法により不確実性の幅が存在する。将来の予測については、放射強制力の不
確実性に、放射強制力に対する地球システムの応答の不確実性も加わり、全体の不確
実 性 の 幅 は さ ら に 拡 大 す る 。 図 3. 3 .2 -18 や 図 3.3.2 -19 に よ る と 、 仮 に 目 指 す 濃 度 安 定
化レベルが定まっても、それを達成する排出シナリオは複数存在し、さらに、地球シ
ステムの応答の違い(気候感度の違い)によっては全球平均気温上昇が数度も異なる
可能性があることを示している。さらに、雲のフィードバック、单極氷床やグリーン
ランド氷床の流出加速化、火山によるエアロゾルの放出が気候変化に与える影響も大
きいと考えられるが、それらについては、科学的知見が十分でなく、大きな不確実性
の可能性も秘められている。従って、果たしてどの程度温暖化するのかという不確実
性の問題は常につきまとい、どの程度対策をすればいいのかという議論を一段と難し
いものにしている。
- 74 -
図 3.3.2 -1 8
(出 典 文 献
濃度安定化レベル別の排出シナリオ(左)と全球平均気温上昇(右)
35)
S P M- Fig 右 図 の 水 色 線 、青 線 、赤 線 は そ れ ぞ れ 気 候 感 度 2.0、3.0、4.5 ℃
の意味。
図 3.3.2 -1 9
(出 典 文 献
⑧
濃度安定化レベル別の全球平均気温上昇と確率
36)
、 気 候 感 度 が 2.0 -4.5℃ 以 外 の 可 能 性 も 考 慮 )
環境意識の向上
環 境 意 識 の 向 上 は 、 経 済 発 展 と 共 に 進 展 す る 。 SOx 排 出 と 抑 制 の 過 程 で 顕 著 に 見 ら
れるように、環境クズネッツ曲線として、経済の初期発展の段階では所得を増加させ
ることが優先され、環境汚染は徐々に進んでいくものの、経済の発展が進み社会が豊
かになっていくと物質的に満たされ、自ずと環境意識は高まり、また、対応技術につ
いても経済力・技術力を背景に利用しやすい環境になっているため、環境汚染は改善
されていく大きな流れがある。この大きな流れはマクロに見れば確からしい。
しかし注意が必要なのは、これまでに解決を見てきた環境問題においても、経済発
展によって自動的に解決してきたわけではないということだろう。環境汚染に目がい
き、それを認識し、危機感を抱き、合意形成され、対応がなされてきたのである。ま
して、ローカルな環境問題と異なり、地球温暖化問題のように環境汚染の実態がすぐ
には見えにくい問題については、問題を正しく認識し、正しく危機感を抱き、合意形
成がなされていく程度に関する不確実性は相応に大きいと考えるべきである。グロー
バルな問題ゆえに、対応には大きな時間遅れが生じやすく、そのためにも環境意識の
向上・加速は重要な因子の一つと考えられる。
また、環境意識の向上は、経済発展との両立を図る意味でも重要と考えられる。環
境問題は、その環境を積極的に守りたいという意識が高まらない限り、基本的に経済
- 75 -
的にはマイナスの効果がもたらされる(社会に存在している非効率性の改善部分は除
く 。 こ の 点 に つ い て は 別 頄 目 で 指 摘 )。 し か し 、 環 境 を 積 極 的 に 守 り た い と い う 意 識 が
高まり、それに対して対価も積極的に払いたいと思うようであれば、追加的な付加価
値が生まれ、環境改善と共に経済も進展することが期待できる。
コスト
温暖化対策コスト
費用負担意識
この領域では温
暖化対策と経済
成長は両立
年
図 3.3.2 -2 0
環境意識・費用負担意識の向上と環境と経済の両立のイメージ
なお、温暖化問題のように社会の隅々にまで影響するような複雑な問題への対応に
おいては、環境意識が向上したからといって、的確な方策がとられるとは限らず、温
暖化防止が効果を持って進展するとは限らないことには留意しておく必要がある。
(5)
温暖化防止のための制度
①
温暖化防止に向けた国際枞組み
a.
世 界 全 体 の 枞 組 み v.s.主 要 国 に よ る 枞 組 み
現 在 、国 連 気 候 変 動 枞 組 条 約 は 200 カ 国 近 い 世 界 の ほ ぼ す べ て の 国 が 締 結 し て い る 。
ま た 、締 約 国 会 合( COP)は コ ン セ ン サ ス 方 式 を と っ て お り 、基 本 原 則 は 全 会 一 致 で あ
る。地球温暖化問題は地球規模の問題であり、世界すべての国がステークホルダーで
ある。そのため、理念的にはこの方式が正当性を有することは明白である。一方で、
世 界 の エ ネ ル ギ ー 起 源 CO2 排 出 量 は 、上 位 20 カ 国 で 全 排 出 の 8 0 %程 度 を 占 め て お り( 図
3.3.2 -21 )、 排 出 削 減 の 枞 組 み ・ 目 標 は む し ろ 小 グ ル ー プ で 議 論 し 決 定 し て い っ た 方 が
効 率 的 に 進 む 可 能 性 も 高 い 。実 際 、2009 年 コ ペ ン ハ ー ゲ ン で 開 催 さ れ た COP15 で は 尐
数の国の反対によって「コペンハーゲン合意」は「留意する」という形で決定せざる
を 得 な か っ た 。こ の 結 果 を 受 け て 、こ れ ま で 国 連 の 枞 組 み に こ だ わ っ て き た EU 諸 国 か
らも、小グループでの合意の優先を目指すような発言も出てきている。本年度実施し
た ヒ ア リ ン グ 調 査 (RFF(未 来 資 源 研 究 所 ))に お い て も 、 COP15 の 結 果 か ら コ ン セ ン サ ス
方式が温暖化問題では実質的に成功する可能性は低いことが示唆された。
こ れ に 関 連 し た シ ナ リ オ と し て は 、 H19 年 度 に 試 行 的 に 策 定 し た 变 述 的 シ ナ リ オ に
おいて、日米欧三極による枞組みを想定したシナリオの検討を行っている
- 76 -
3)
。
ポーランド
1%
ウクライナ
1%
南アフリカ
1%
ブラジル
1%
サウジアラ
ビア
フランス
1%
1%
豪州
1%
インドネシア
イタリア
1%
2%
イラン
英国
メキシコ
2%
2% ドイツ
2%
韓国
3%
カナダ
2%
2%
図 3.3.2 -2 1
b.
中国
21%
その他
22%
米国
20%
ロシア
日本 インド
5%
4% 5%
2007 年 の エ ネ ル ギ ー 起 源 CO2 排 出 量 ( 出 典 : IEA 3 7 ) )
法 的 拘 束 力 を 有 す る 枞 組 み v.s.プ レ ッ ジ ・ ア ン ド ・ レ ビ ュ ー
排出削減の国際枞組みにおいて強い法的拘束力をもたせると、削減目標達成の確実
性は高くなる。一方で、強い法的拘束力を有する枞組み構築を目指せば、各国は意欲
的な排出削減目標を掲げにくくなったり、各国の排出削減目標の妥当性や国際的な公
平性の検証に時間がかかったりして、結局、効果的な排出削減に結び付かなくなる恐
れ も あ り 、 見 方 は 異 な る 。「 コ ペ ン ハ ー ゲ ン 合 意 」 は 現 時 点 で は プ レ ッ ジ ・ ア ン ド ・ レ
ビュー的と言える(現時点ではレビューは行われておらず、その後の手続きも明確に
な っ て い な い た め 、 プ レ ッ ジ に 留 ま っ て い る が )。 ま た 、 本 年 度 実 施 し た ヒ ア リ ン グ 調
査 (RFF( 未 来 資 源 研 究 所 ))に お い て 、自 国 政 策 を 重 視 す る 米 国 の 国 際 交 渉 を 考 慮 す る と 、
プレッジ・アンド・レビュー方式が重要であることが示唆された。
H19 年 度 に 試 行 的 に 策 定 し た 变 述 的 シ ナ リ オ に お い て は 、 日 米 欧 三 極 に よ る プ レ ッ
ジ・アンド・レビューによる枞組みを 、法的拘束力を有する京都議定書と対比しつ つ 、
シナリオ策定を行っている。
c.
国際衡平性
排出削減目標の国際公平性が担保されるのか否かは、各国の実質的排出削減におい
て大きな影響がもたらされる。国際公平性を著しく欠いた削減目標の場合、持続的な
取り組みはできず、仮に一旦合意しても遠くない将来に削減枞組みが崩壊することは
想像に難くない。
なお、衡平性の指標は様々あり議論が分かれるところである。これは先進国間で考
えた場合と、先進国と途上国の間での削減目標を考えた場合とでも異なってくる。ま
た、問題を複雑化するのは、单北間の格差是正のための資金移転を、削減目標を利用
し て 達 成 し よ う と す る 意 図 も 混 在 す る こ と で あ る 。 RITE で も 別 途 、 国 際 衡 平 性 の 分 析
- 77 -
を 行 っ て い る が 、 国 際 応 用 シ ス テ ム 分 析 研 究 所 ( IIASA ) に お い て も 国 際 交 渉 の 参 考 情
報 と す る た め に 分 析 が 行 わ れ て い る 。 本 年 度 実 施 し た 情 報 収 集 調 査 (6th session of
AWG-LC A) に お い て も 、温 暖 化 対 策 資 金 に 関 し て 、新 た な 資 金 拠 出 と そ の メ カ ニ ズ ム 作
成を求める途上国と、既存システムの効率的活用を目指す先進国で概ね対立する構造
が見られた。
と こ ろ で 、通 常 の 長 期 の モ デ ル 分 析 に お い て は 、世 界 全 体 の 排 出 総 量 に 制 約 を 設 け 、
それを費用最小化で実現するシナリオを導出することが多い。これは限界削減費用が
世界で均等化することを暗に仮定したものであり、排出削減枞の割り当てには留意を
払わず、取引手数料も存在せず完全競争のグローバルな排出権取引市場を暗に想定し
たものか、もしくは限界削減費用が世界で均等化する排出削減枞の割り当てが可能と
暗に想定するかしたものである。しかし、温暖化対策コストの最小化というある一つ
の理想的な世界を描くには意味のあることではあるものの、現実社会ではこの仮定は
非現実的である。
②
温暖化防止に向けた国内制度・政策
本研究は、世界を対象に地球温暖化問題と持続可能な発展に関する総合的なシナリ
オを策定することを目的としており、その点からは、温暖化防止に向けた国内制度・
政策までに深く踏み込むことは焦点を発散しかねない。しかしながら、国内制度・政
策に関する論争は多く、それらの一部は本質的にも重要な点に関わっている。
温暖化問題は典型的な環境外部性の問題であり、それを内部化するためには政府の
役割が大きく、適切な政策が必要である。温暖化防止に向けた国内制度・政策として
は 、 図 3.3.2 -2 2 の よ う な も の が あ る 。 ど の よ う な 制 度 ・ 政 策 が 各 国 に と っ て 適 切 な の
かは、各国が有している既存制度、省エネルギーの達成状況、慣習等、様々な要因に
よって変わってくると考えられる。また、まさに本研究テーマとも関係するが、これ
らは温暖化緩和に関わる直接的な政策であるが、これ以外にも非直接的だが温暖化対
応として有効な政策は存在するとみられる。例えば、一部の国では末端でのエネルギ
ーの価格がかなり安価になっている。エネルギー税の国際的な協調により、世界的な
排出削減が進展する可能性があるが、温暖化対策の制度・政策の議論から置き去りに
されることもあり、国内制度・政策の議論においては注意が必要である。
- 78 -
炭素税・環境税
キャップ・アンド・トレード
効率性は高いが、税負担の
大きさから一般的に不人気
エネルギー多消費産業に不人
気。取引業者にはメリット。
税の利用時に効率性が阻害
される危険性も・・・
政治家にとっての導入障壁小
自主的取り組み
直接規制・基準
効率性に難があるが、省エ
ネ法のように実質的な費用
負担が小さくなるケースも
排出削減に向けた自主的取り
組み
ラベリング
ラベリング等による排出削減
行動の促進
図 3.3.2 -2 2
(6)
補助金
導入促進のための補助金
不適切な補助金は効率阻害
研究開発
革新的技術の研究開発
研究開発のための補助金
環境教育
環境教育推進による排出削
減行動の促進
国内制度・政策の例
变述的シナリオ策定における各種論点を総括して
ここに記載した地球温暖化問題と持続可能な発展に関連した論点は、それぞれが独
立 で は な く 、 第 3.3.1 節 で 示 し た よ う な 関 連 を 有 し て い る 。 そ の た め 、 あ る 因 子 が あ る
方向となる場合、他の因子が取る、より蓋然性が高いと考えられる状況が規定される
こ と も 多 い 。 例 え ば 、 流 通 、 IT 技 術 の 進 展 が 一 層 進 め ば 、 よ り 一 層 の グ ロ ー バ ル 化 を
もたらし、金融経済の暴走、单北間における貧富の格差の拡大、そして国内でも所得
格 差 の 拡 大 を も た ら す 可 能 性 は 比 較 的 高 い と 言 え る 。ま た 、そ れ は 生 産 性 が 低 い 地 域 ・
国の食料需給率の一層の低下をもたらし、世界中で希尐資源の争奪も引き起こすかも
しれない。そして、グローバル化した世界では、国際的な排出削減の枞組み・目標も
国際協調が必要になるし、国際協調がなされた国際枞組・目標となっていなければ、
国内制度・政策についても、排出削減効果が限定的になったり、経済に大きなダメー
ジが生じたりする。
以上のような因子の連関、よく見受けられる論争等を念頭におきつつ、以下の变述
的シナリオ策定につなげた。
参 考 文 献 ( 第 3.3 節 に 関 す る も の )
1)
ドネラ H.メドウズ:
「成長の限界―ローマ・クラブ人類の危機レポート」、ダイヤモンド社、(1972)
2)
IEA: Energy Balance of OECD/Non-OECD countries, (2009)
3)
RITE:地球環境国際研究推進事業(脱温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための対応戦略の
研究)、平成 20 年度成果報告書、(2009)
4)
浜矩子:「グローバル恐慌―金融暴走時代の果てに」、岩波書店、(2009)
5)
IIASA/RITE:「IIASA-RITE 国際シンポジウム―地球温暖化防止と持続可能な社会に向けて―」、
“Transformational Change toward Global Decarbonization”、2 月 8 日、灘尾ホール、(2010)
6)
国際協力銀行:
「排出権市場動向レポート 2009」、http://www.joi.or.jp/carbon/report/pdf/200906_01.pdf
(2010 年 3 月アクセス)
7)
RITE:地球環境国際研究推進事業(脱温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための対応戦略の
研究)、平成 19 年度成果報告書、(2008)
8)
IPCC: Special Report on Emissions Scenarios (SRES), Cambridge University Press, (2000)
- 79 -
9)
小峰隆夫、日本経済研究センター(編):「超長期予測 老いるアジア―変貌する世界人口・経済地
図」、日本経済新聞出版社、2007
10) ジェフリー・サックス:「貧困の終焉―2025 年までに世界を変える」、早川書房、(2006)
11) ジェフリー・サックス:「地球全体を幸福にする経済学―過密化する世界とグローバル・ゴール」、
早川書房、(2009)
12) ウィリアム・イースタリー:「エコノミスト 单の貧困と闘う」、東洋経済新報社、(2003)
13) ポール・コリアー:
「民主主義がアフリカ経済を殺す(原題:Wars、 Guns、 and Votes-Dmocracy in
Dangerous Places)」、日経 BP 社、(2010)
14) レスター・ブラウン(編著):「地球白書 2001-02」、家の光協会、(2001)
15) 川島博之:「世界の食料生産とバイオマスエネルギー ―2050 年の展望」
、東京大学出版会、(2008)
16) T.Oki and S.Kanae: Global hydrological cycles and world water resources, Science, 315-25, 1068-1072,
(2006)
17) 花崎直太 他 2 名: Bucket 型陸面仮定モデルをベースにした全球統合水資源モデルの開発,水工学
論文集, 50, 529-534, (2006)
18) IPCC: Climate Change, WGII, Forth Assesment Report (AR4), (2007)
19) 岡部徹:講義資料、2010 年度 東京大学 エグゼクティブ・マネジメント・プログラム、(2009)
http://www.okabe.iis.u-tokyo.ac.jp/from_okabe/lec_EMP_2010_Dai_4_Ki/ (2010 年 3 月アクセス)
20) セルジュ・ミッシェル, ミッシェル・ブーレ:
「アフリカを食い荒らす中国」
、河出書房新社、(2009)
21) 石油連盟、
「今日の石油産業」、2009、http://www.paj.gr.jp/statis/data/2009/2009_all.pdf (2010 年 3 月ア
クセス)
22) IEA: World Energy Outlook 2009, (2009)
23) US DOE/EIA: Internationa Energy Outlook 2005, (2005)
24) 谷川浩也、
「環境問題と技術革新
─ポーター仮説の今日的意義─」、2003、http://www.rieti.go.jp/jp/
columns/a01_0103.html
25) A. Gritsevskyi and N. Nakicenovic: Modeling Uncertainty of Induced Technological Change, Energy Policy,
28(13), 907-921, (2000)
26) FoE Japan: 「森林減尐・务化からの温室効果ガス排出削減(REDD)についての解説」、(2009)
http://www. foejapan. org/ forest/ sink/redd_01.html
27) NAS: Poilcy Implications of Greenhouse Warming: Mitigation, Adaptatio, and the Science Base, Ntional
Academy Press, Washington, D.C., (1992)
28) Guardian: Obama climate adviser open to geoengineering to tackle global warming, April 8, (2009)
http://www.guardian.co.uk/environment/2009/apr/08/geo-engineering-john-holdren
29) American Meteorological society, Geoengineering the climate system: A Policy Statement of the American
Meteorological Society, August 3, (2009) https://secure.ametsoc.org/policy/2009geoengineeringclimate_
amsstatement.pdf
30) 杉 山 昌 広 , 「 ジ オ エ ン ジ ニ ア リ ン グ 概 説 」 , Discussion Paper, 社 会 経 済 研 究 所 , (2009)
http://criepi.denken.or.jp/jp/serc/discussion/download/09018dp.pdf
31) Guardian: Climate target is not radical enough - study, Nasa scientist warns the world must urgently make
huge CO2 reductions, April 7, (2008) http://www.guardian.co.uk/environment/2008/apr/07/climatechange.
carbonemissions
- 80 -
32) Lenton, T. M., and N.E. Vaughan: The radiative forcing potential of different climate geoengineering
options, Atmospheric Chemistry and Physics Discussions, 9, 2559-2608 (2008) http://www.atmos-chem
-phys -discuss.net/9/2559/2009/acpd-9-2559-2009.html
33) グウィン・ダイヤー:「地球温暖化戦争」、新潮社、(2009)
34) IPCC: Climate Change 2007: Working Group I: The Physical Science Basis, Summary for Policymakers,
Cambridge University Press, (2007)
35) IPCC: Climate Change 2007: Synthesis Report, Cambridge University Press, (2007).
36) 江守正多:ALPS -SD シナリオ WG 委員会講演資料 (2009).
37) IEA, CO2 Emissions from Fuel Combustion 2007, (2007)
3.4
短中期の变述的シナリオ
本 節 で は 、3 つ の 将 来 世 界 像 を 検 討 し た 。第 1 は 、地 球 温 暖 化 問 題 が 優 先 さ れ る「 コ
スト合理的温暖化対策シナリオ」である。これは、地球温暖化対策のコスト合理性が
追求されるシナリオであり、いわば「公式の地球温暖化対策シナリオ」でもある。蓋
然性のある他の将来像として、第2に、温暖化対策として見るとコストが高い政策で
あっても、民主的な意思決定プロセスを経ることによって、様々な利害、特殊利益等
に も 配 慮 が な さ れ る 「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」、 そ し て 第 3 は 、 資 源 争 奪 戦 が 激
化し、地球温暖化問題よりもエネルギー安全保障が重要視され、温暖化対策はその制
約を強く受ける「エネルギー安全保障優先シナリオ」である。それぞれの世界像にお
けるエネルギー技術選択などの諸事象の展開を記述する。以上を受けて、今後のエネ
ル ギ ー シ ス テ ム モ デ ル 分 析 、 お よ び 地 球 温 暖 化 お よ び 持 続 可 能 な 開 発 ( CC&SD ) に 関
する政策検討へ向けての示唆を得る。具体的には、3つの将来像それぞれにおいて、
温室効果ガス排出を削減したときのエネルギー技術選択やそのときに要するコスト等
に つ い て 分 析 す る 。 特 に 、「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」 お よ び 「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保
障優先シナリオ 」においては 、温暖化対策のコストが、緩和と適応の両面にわたっ て 、
これまでのエネルギーモデル分析による最適化で示されてきた水準よりも、大幅に高
くなる可能性があることが示唆される。このようにあり得る3つの将来像を想定し、
定量的な分析を行うことによって、それぞれの将来シナリオにおいて、いかなる温暖
化対策が有効であるのか、また、3つの将来像に関わらず、ロバストな温暖化対策は
いかなるものなのか、等について、深い議論を喚起する。
3.4.1 シ ナ リ オ の 目 的
我々の住む世界の将来像には大きな不確実性があるので、それを1つに固定して政
策を決めることは不適切である。本シナリオ策定の目的は、地球温暖化および持続可
能 な 開 発 に つ い て 、2 0 3 0 年 ご ろ を 目 安 と し て 、蓋 然 性 あ る 将 来 像 を 複 数 描 き 出 し 、各 々
のシナリオにおけるエネルギー技術選択などの諸事象の展開を記述した上で、今後の
エネルギーシステムモデル分析、および政策検討へ向けての示唆を得ることである。
- 81 -
3.4.2
シナリオ策定の方法論
本シナリオ策定では、シナリオ分析の標準的な方法をおおむね踏襲するが、以下の
2つの点については新奇性がある。
第一に、3つのシナリオを变述するにあたり、過去の経緯を1つに特定することを
し な い 。 な ぜ な ら ば 、 本 稿 で は 、「 過 去 お よ び 現 在 の 事 象 に つ い て は 、 さ ま ざ ま な 解 釈
がありうるので、それを1つに特定することは適切ではない」という立場をとるから
である。その結果として、過去および現在の諸事象の解釈が、3通り現れることにな
る。そして、3つの将来像は、その3通りの過去および現在の、歴史的な延長として
描写される。
こ の よ う な 描 き 方 は 、「 唯 一 の 事 実 と し て の 過 去 が あ り 、 そ れ が 何 ら か の 重 要 な 契 機
( 事件など)によって分岐して 、異なる将来像が立ち現れる 」という通常のシナリ オ 分
析のスタイルとは異なるものである。
このような方法をとる理由は、それが、現在の地球温暖化および持続可能性な開発
をめぐる論争についての、現実の言論空間をよく写し取るものであると考えるからで
ある。問題が数十年スケールと長く、また、多くの異なる価値観を含むこの言論空間
においては、論者によって、同じ事象でも取り上げ方が異なるし、各事象の軽重も異
なる。その結果、将来像のみならず、過去および現在についても、鋭い認識の対立が
ある。そして、その結果として、全く反対の将来像が描かれて、それに基づく政策論
が形成されるが、これも鋭く対立することとなる。
そこで、本稿では、各々の立場を明確に記述することで、より焦点を絞った、建設
的な政策論がなされる土俵を提供することを目指すこととする。
- 82 -
世界1
契機1
世界2
契機2
単一の過去
契機3
単一の現在
世界3
。
図 3.4.2 -1
シナリオ分析の2つの考え方
上図では、過去・現在は事実として1つである。いずれの経路を通ってどの将来に
なるかは、契機(きっかけとなる事象)によって分かれる。下図では、認識者によっ
て過去・現在は異なり、その歴史的延長である将来像も異なる。いずれの将来に向か
うにも、さまざまイベント(事象)の連なりとしての経路は無数にある。本シナリオ
策定では、下図の考え方を採用する。
第二に、3つのシナリオについて、細かく年代ごとに分けて、そこに卖一のストー
リーを付与するということはしない。その代わり、3つのシナリオについて、それぞ
れ 、 お お む ね 2030 年 断 面 を 想 定 し て 、 そ の 断 面 に つ い て の イ メ ー ジ が 十 分 に 蓋 然 性 の
高いものになるように書き込むことにする。このようにするのは、十分に蓋然性の高
く、しかも互いに異なる将来像を複数提示することが重要であると考え、ひとたびそ
れがなされるならば、それぞれの将来像に突入する契機や経路は、無数に考えること
ができる、という立場を採るからである。
ストーリーラインを一つ決めてそれについて小説風に語ることは、ある人々にとっ
て は 「 わ か る 」「 腑 に 落 ち る 」 こ と で あ る が 、 他 の 人 々 ( 誤 解 を 恐 れ ず に 言 え ば 、 理 科
系 の 思 考 様 式 に と っ て は )、 よ り 限 定 的 な 条 件 が 付 け 加 わ る こ と な の で 、 そ の 蓋 然 性 に
ついてかえって疑問符がついてしまう。
- 83 -
人 間 が「 分 か る 」と い う の に は 様 々 な 類 型 が あ る
1)
。数 理 的 な 説 明 で「 分 か る 」場 合
もあれば、因果関係を説明すると「分かる」という場合もある。因果関係は、それが
聞き手の背景知識によく共鳴するようなエピソードをもってくると、より説得力を増
す 。 例 え ば 、「 イ ラ ン が 戦 争 を 起 こ す 可 能 性 が あ る 」 と い う よ り も 、「 イ ラ ン が イ ス ラ
エルによる核施設爆撃に応じて戦争を起こす可能性がある」といったように、具体的
な因果関係の説明をした方が、よりその可能性が高いと判断する人の割合が大きいと
いわれる。数理的(論理学的)には、後者の方が確率が低いはずだが、人が「分かる」
というときに因果関係の説明が重要な役割を果たす例である。
このように、因果関係の説明も、特に説得力を増すためには重要なことがあるが、
2030 年 と い っ た 遠 い 将 来 に つ い て は 、 さ ま ざ ま な 因 果 関 係 を 想 定 す る と 、 ス ト ー リ ー
ライン全体が空想的になってしまい、その蓋然性が損なわれることも否めない。そこ
で、ここでは、ストーリーラインの時間的な展開については書きこまず、その代わり
に、将来像としては十分に蓋然性のありそうなものを描きだすことで、それに至る時
間的展開についてはさまざまなものがありうる、と読者に了解して頂けるように努め
る。
以 上 の 方 法 論 の も と に 、本 節 で は 、図 3.4.2 -2 に 示 す 3 つ の シ ナ リ オ に つ い て 、検 討
をしていく。
過去
現在
未来
コスト合理的
温暖化対策
シナリオ
環境は改善してきた …. 優れた方策で地球環境問題も大幅に改善できる
民主的
プロセス重視
シナリオ
環境対策は非効率だった …. 地球環境対策も非効率になる
資源争奪の歴史だった …. 資源問題が地球環境問題を凌駕する
エネルギー
安全保障優先
シナリオ
図 3.4.2 -2
検討した3つのシナリオの鳥瞰図
3.4.3 シ ナ リ オ 1 : 「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 」 シ ナ リ オ
(1)
シナリオの概要
このシナリオは、地球温暖化対策としての「公式の未来」である。現在、世界の主
要国の首脳は、地球温暖化をはじめ、地球環境問題と持続可能な開発を重要な問題で
あ る と 捉 え 、ミ レ ニ ア ム 開 発 目 標 や 、温 室 効 果 ガ ス の 大 規 模 削 減 な ど の 目 標 を 提 示 し 、
それに向けての取り組みを続けている。これによって、地球環境問題は解決されてい
く。
- 84 -
(2)
シナリオの变述
過去において、人類の安全・衛生・環境は一貫して改善されてきた。公害などの問
題が生じても、やがてはそれへの対応がなされてきた。今後も、さまざまな問題は生
じつつも、全体としては、この進歩は続くだろう。
環 境 問 題 は 、 大 幅 に 改 善 し た 。 た と え ば 、 先 進 国 に お け る 水 質 は 、 1960 年 代 に は 悪
化したが、近年になってかなり回復した。
防 災 も 大 幅 に 進 ん だ 。 1951 年 に 伊 勢 湾 台 風 が 日 本 を 襲 っ た 際 に は 、 5000 人 を 超 え る
死 者 が 出 た 。2007 年 に 1 5 号 台 風 が 襲 っ た と き に は 、大 き な 被 害 が 出 た と 報 じ ら れ た も
のの、死者はわずかに6人であった。
このように、現在、人類は、かつてなく安全で、衛生的で、健康で、長生きをして
いる。このことは、各種の統計によって明らかである
2)
。
ま た 、か つ て の 人 類 は 戦 争 が 多 か っ た が 、現 在 の 世 界 は は る か に 平 和 に な っ た 。1 9 89
年まで核戦争は現実の脅威であり冷戦が続いていたが、現在では、共産圏や第三世界
と呼ばれた国々においても、民主的な価値観が広がり、経済開発が進み、環境の価値
も共有されるようになりつつある。
中国をはじめ、新興国においても、環境は重視されるようになった。中国の中産階
級人口はすでに日本を超え、一人っ子の住む環境は大きな関心事となっている。環境
破壊による社会不安は、共産党政権にとっても重要な問題と捉えられ、対策が打たれ
ている。
環 境 は ビ ジ ネ ス と し て も 興 隆 し て い る 。企 業 は こ ぞ っ て 環 境 に や さ し い 製 品 を 謳 い 、
政府による補助も多く実施されている。
環境問題については、決してそれは自動的に解決してきたというものではなく、汚
染が悪化することによって、それが社会問題化し、政治的・技術的な対応が取られる
ことによって改善をしてきた。同様なサイクルが、今後は、温暖化問題を解決してい
くだろう。
人類は、さまざまな調整を経つつも、環境問題を解決する程度の合理性を備えてい
た。近年は、原子力発電に関する国内の理解も進んでおり、今後、その復興の可能性
もあるだろう。
こ れ か ら 、 2030 年 に か け て は 、 旧 共 産 圏 や 開 発 途 上 国 な ど で い っ そ う の 平 和 、 民 主
化が進み、世界全体での政策協調はエネルギーおよび温室効果ガス抑制の分野でも一
層の深化を見せていくだろう。
人類が利己的で協調に限界があるとの考えもあるが、進化心理学によれば、利己的
基盤の上に道徳が形成されたことはほぼ確実視されている。そして、それが地球環境
を含めたあらゆる問題を解決して、今後も人類の福祉は向上していくだろうという考
えも示されている
(3)
①
3)
。
シナリオの具体像
エネルギー技術選択
原子力発電は、科学的・合理的な安全規制のもとで推進される。
省エネルギーは、情報の普及と教育によって推進される。
- 85 -
CO2 へ の 価 格 付 け が 適 切 に 行 わ れ る 。
再生可能エネルギーの推進が適切に行われる。
②
持続可能な開発
持続可能な開発の諸相(経済開発、貧困、水アクセス、下水、エネルギー欠乏、健
康、衛生、農業、生物多様性)において、適切な政策が打たれて、シナジーが最大限
に発揮される。
たとえば、大規模な水利土木は、適切に実施され、上下水道や衛生設備の整備が進
む。これによって貧困が減尐し、これが地域環境の改善につながる。
また、バイオエネルギー利用、人口林による木材利用、農業、自然保護などは、互
いに調和するように調整が図られる。
③
温暖化の自然科学
2030 年 ま で は 、 地 球 温 暖 化 問 題 に 関 す る 科 学 的 知 見 の 不 確 実 性 は 存 在 し 続 け る が 、
重大なリスクであるので排出削減を実施したほうがよい、というコンセンサスは揺る
がない。
(4)
定量的分析への指針
このシナリオにおいては、地球温暖化問題は優先され、より大きな排出削減をより
小さな費用で実現するためコスト合理的な温暖化対策がとられる。すなわち、温暖化
対策におけるボトムアップ型の費用対効果曲線について、低コストオプションから項
に実施される。
こ れ に 加 え て 、FBR、CCS、再 生 可 能 エ ネ ル ギ ー な ど の 新 技 術 に つ い て は 、研 究 開 発 ・
実証・普及の各段階に応じて 、適切な政府介入の方法と水準が選択され、実施され る 。
なお、このシナリオにおいては、次節で述べるように、技術面・制度面の双方にわ
たってその選択に関する対立が内在するので、エネルギーシステムモデルによる定量
的分析を試みる場合においても、どのような前提でその分析を行うかによって、選択
される技術が大きく異なる将来像が描かれることになろう。
(5)
このシナリオで起きる事象イメージ
以 下 は 、 こ の シ ナ リ オ を 提 示 し た も と で 、「 ど の よ う な こ と が 起 き う る か 」、 と い う
事象イメージを、識者に提示して頂き、それを箇条書きで整理したものである。各頄
目の整合性は取っておらず、相反するものもある。
下記の諸イメージでは、全体として地球環境問題と持続可能な開発という問題が解
決されていくという方向性は同じであっても、技術選択については原子力のような既
存技術と再生可能エネルギーのような非既存技術という対立があり、また、制度選択
としても、京都議定書型のトップダウン的な制度か、プレッジ・アンド・レビューの
ようなボトムアップ型の制度かといったように、対立した見方が内包されている。
- 86 -
①
全体に関するイメージ

地 球 温 暖 化 問 題 を 疑 い の 目 で 見 て い た 人 々 も 地 球 温 暖 化 問 題 を 重 視 し 、脱 地 球 温 暖
化の世界像を共有していく

テロや戦争による死者数は、すでに減尐傾向にあるが、これが継続する。

森 林 破 壊 に つ い て は 、す で に ブ ラ ジ ル で は 好 転 の 兆 し が あ る 。REDD 活 動 が 成 功 し 、
森林減尐が止まり、さらには森林回復が始まる。

アフリカの食糧難が解決に向い、人口増加率が低下する

CO2 排 出 が ピ ー ク を 過 ぎ 、 減 尐 に 向 か う

CCS、 FCV、 EV な ど の 、 革 新 技 術 の 導 入 が 進 む 。

すでに、先進国では、インターネットの普及などで紙・新聞の売り上げが減尐し、
そ の 他 の 材 料 や 、あ る い は 高 齢 化 な ど の 影 響 で 石 油 な ど の 燃 料 に つ い て も 、需 用 の
低下傾向が始まっているが、この傾向に一層の拍車がかかる。

モーダルシフトが進む

途上国においては、都市の最適設計が行われる

社 会 の 成 熟 に 伴 い 、 日 本 の GD P は 減 尐 し て い く

電 気 自 動 車 が 導 入 さ れ 、 ス マ ー ト グ リ ッ ド を 介 し て 、 CCS・ 原 子 力 ・ 高 効 率 な 化 石
燃 料 発 電 が 実 施 さ れ る 。 省 エ ネ も 進 み 、 CO2 が 削 減 さ れ る 。

温 暖 化 問 題 に 関 し て 、科 学 的 不 確 実 性 が あ る が 、こ れ に は「 予 防 原 則 」の 観 点 か ら
排出削減が必要であるという認識が定着する。

エリートと市民の間にコミュニケーションによる相互信頼が生まれる。

経済発展段階の低い地域では、項調な経済開発が進む
②
制度選択についての対立したイメージ

全 世 界 が 参 加 す る 京 都 議 定 書 型 の 温 暖 化 防 止 枞 組 み が 出 来 る 。欧 州 や 米 国 で 排 出 権
取引が温暖化対策手段として確立して名声を博す。

主要排出国を中心としたプレッジ・アンド・レビュー型の国際枞組みが出来る。
③
技術選択についての対立したイメージ

一定の外部性を考慮した「コスト合理的」な政策が選択される。原子力、CCS、
バイオマスプランテーションなどの大規模技術は、とくに有力な技術と評価され、
推進される。

広 範 な 外 部 性 を 考 慮 し た「 社 会 合 理 的 」な 政 策 も 一 定 レ ベ ル 選 択 さ れ る 。太 陽 光 発
電 、風 力 発 電 な ど の 再 生 可 能 エ ネ ル ギ ー や 小 規 模 分 散 技 術 が 、と く に 有 力 な 技 術 と
評価され、推進される。
④
日本についての対立したイメージ

日 本 の エ ネ ル ギ ー 多 消 費 型 産 業 は 、 海 外 へ と 移 転 が 続 く の で 、 日 本 の CO2 排 出 は
減尐に向かう

日本は「ものづくりの国」であり続ける。
- 87 -
⑤
その他のイメージ

多くの技術開発の中から、予想をしなかった素晴らしい技術が出てくる。

日本は、インフラ大国として、世界の適応をビジネスにする

中 東 湾 岸 諸 国 は 人 口 と エ ネ ル ギ ー 消 費 の 急 増 に よ る 石 油・ガ ス 輸 出 余 力 減 尐 を 懸 念
し て 、オ イ ル マ ネ ー を 背 景 に 、原 子 力 ・ 太 陽 光 発 電 に 大 規 模 な 投 資 を 行 う 。こ の 投
資を可能にするため、核不拡散に関する交渉も進展する。

「グリーンニューディール」が世界各国で成功する

ポ ピ ュ リ ズ ム へ の 反 省 か ら 、官 僚 な ど エ リ ー ト へ の 信 頼 が 復 活 し 、安 定 し た 合 理 的
政策が実施されるようになる。
(6)
このシナリオの問題点と内在する不安定性
こ の シ ナ リ オ は 「 万 能 」 か ら は 程 遠 い が 、「 幾 分 か は 有 能 な 」 統 治 を 想 定 し て い る 。
それは、人類は、失敗を繰り返しながらも、結局のところ、重要な問題には何とか対
処 し て き た の で 、こ の 延 長 線 上 で 、地 球 環 境 問 題 を 克 服 し 、
「 青 い 地 球 」を 実 現 し う る 、
というものである(なお、誤解を招かないように注記するが、ここで言う有能さとは 、
個々の人の優秀さではなく、多くのステークホルダーで構成されるところの国という
ものが自らを統治する能力の有能さである。また、特定の政府の有能さということで
はなく、政府、市民、企業、学界などを含めた、多くのアクターが織りなす統治の有
能 さ 、 と い う こ と で あ る )。
このシナリオに対しては、このような「有能さ」は、人類は持ち合わせていない、
という見方があり、また他方では、温暖化や持続可能な開発の問題を脇においやるよ
うな、国家の生存にかかわる事象こそが高い政治的優先項位を与えられるという見方
もある。この2つの見方を反映したシナリオについては、次節以下で詳しく述べる。
ところで、この「コスト合理的温暖化対策シナリオ」の興味深い点は、このシナリ
オ内部において、価値観に関する鋭い対立が内包されている点であり、それが、この
シナリオに不安定性をもたらす点である。
過去
現在
未来
A たゆまぬ経済成長と技術開発によって進歩してきた
コスト合理的
温暖化対策
シナリオ
環境は改善してきた…. 地球環境問題も大幅に改善できる
B 経済成長の病理に対するたゆまぬ運動によって進歩してきた
図 3.4.3 -1
「コスト合理的温暖化対策シナリオ」に内包される対立
- 88 -
いずれも、過去に環境問題が解決されてきたこと、および、地球環境問題が解決さ
れていくという将来像は共有するが、それが、主に「A たゆまぬ技術進歩と合理的選
択 」 に よ る 点 を 強 調 す る の か 、「 B
経済成長の病理に対決する社会運動」を強調する
のか、という点で、認識が異なる。
この対立は、前頄の「このシナリオで起こる事象イメージ」においても、鮮明に現
れている。例えば、何をもって「合理的な政策」と考えるかという点については、原
子力支持と再生可能エネルギー支持といった形で現実に対立がある。両者が何らかの
形で折り合うことが「幾分かは有能な統治」であるが、このような見解の違いが政策
の振幅や不合理性となって現出する可能性もあろう。
なお 、このような見解の違いは 、このシナリオが 、どのようにして実現していく か 、
という世界観とも対応する。すなわち「人類は、これまで、諸問題をそれなりの合理
性 を 持 っ て 解 決 し て き た の で 、 そ の 実 績 を 信 頼 す る 」 と い う 世 界 観 か 、 あ る い は 、「 人
類は、これまでは環境を破壊してきたが、この習慣を改め、異なる技術体系を用いて
環 境 と 共 生 す る よ う に な る ( パ ラ ダ イ ム ・ シ フ ト )」 と い う 世 界 観 か 、 と い う こ と で あ
る 。こ れ は 例 え ば 公 害 問 題 に つ い て は 、
「社会経済的な基本構造としては維持しながら、
技 術 的 な 対 応 に よ っ て 公 害 問 題 を 解 決 し て き た 」 と い う 側 面 を 強 調 す る か 、「 公 害 問 題
が惹起した社会運動が価値観の転換を迫り、それによって公害問題を解決してきた」
と い う 側 面 を 強 調 す る か 、 と い う 違 い に な る ( 図 3.4.3-1 )。
こ の 両 者 は イ デ オ ロ ギ ー 的 に も 、「 親 既 存 技 術 、 既 存 経 済 」「 反 既 存 技 術 、 既 存 経 済 」
という形で相反するものであり、この路線対立が深刻な政治的対立となると、このシ
ナリオ自体が崩壊する危険を内包する。
3.4.4 シ ナ リ オ 2 : 「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 」 シ ナ リ オ
(1)
シナリオの概要
このシナリオは、地球温暖化対策としての「公式の未来」とは異なった、より複雑
な 社 会 を 記 述 す る 。 SD&CC に つ い て の 理 念 は 語 ら れ る も の の 、 そ の 実 施 段 階 に お い て
民主主義的なプロセスを経る中で、短期的な利害や特殊利益が優先され、長期的な利
害や全体の利益が犠牲になる。そのため、実際の対策は、費用対効果の悪いものとな
り 、 SD&CC に 向 け た 取 り 組 み は 相 当 大 き な ハ ー ド ル と な る 。
(2)
シナリオの变述
温暖化問題以外の環境規制については、人命一人を救うための費用という指標で評
価すると、極めて非効率なことが知られている
2)
。
これは、温暖化問題も例外ではない。現在の温暖化対策を観察すると、費用対効果
の良い対策ではなく、むしろ極めて悪い対策が実施されることが観察される。たとえ
ば 、太 陽 電 池 は 最 も コ ス ト が 高 く 、現 在 で は ト ン CO2 あ た り 1 0 万 円 以 上 に も な る こ と
があるが、その大規模な普及策が取られつつある。これに対して、最も安価な選択肢
の一つである原子力の推進は遅れ気味である。
- 89 -
原子力は、人命損失のリスクなど定量的指標ではその有利は明らかでありながら、
それに対する本能的な恐怖が勝り、導入がなかなか進まない。
効率的に温暖化対策を進めるために不可欠な環境税やエネルギー諸税などによるエ
ネルギー価格体系の変更は、国際的および国内的な調整が難航して、なかなか進まな
い。
温暖化対策というとエコな生活を心がけるといった大衆運動になる傾向があるが、
そ れ に よ る CO2 削 減 は 僅 か で あ る 。
このような事情により、世界規模で温室効果ガスを大幅に削減するという目標が立
て ら れ る も の の 、 現 実 に は 、 エ ネ ル ギ ー 起 源 の CO2 排 出 の 増 加 ト レ ン ド を 明 確 に 反 転
させた国は、未だかつて1つもない
4)
。
先進国では、公共心の喪失、勉強・理系離れ、政治の映像化・ワイドショー化、な
どが言われている。人類の問題解決能力が上がっていくとは考えにくい。
政治はますます短期的利害や、特殊利益にとらわれるようになりつつある。地球温
暖化問題においても、水素ブーム、バイオブームなどが起きては消えるが、継続的で
全体利益を考えた政策はなかなか実行されない。
(3)
①
シナリオの具体像
エネルギー技術選択
原子力発電は、合意形成の失敗により衰退していく。
省エネルギーは、機器メーカーなどの特殊利益を潤すが、情報の普及と教育が適切
になされず、進展しない。
CO2 へ の 価 格 付 け は 、 例 え ば 金 融 業 界 な ど の 、 特 殊 利 益 を 潤 す だ け に 終 わ る 。
再生可能エネルギーへの補助は、機器メーカーなどの特殊利益を潤すが、技術進歩
の促進に失敗する。
②
持続可能な開発
持続可能な開発の諸相(経済開発、貧困、水アクセス、下水、エネルギー欠乏、健
康、衛生、農業、生物多様性)において、適切な政策が打たれない。シナジーが発揮
されず、トレードオフが現出する。
たとえば、大規模な水利土木は、局所的な利害調整に失敗し実施されず、上下水道
や衛生設備の整備が進まない。このため、貧困が継続し、さらなる環境破壊を招く。
また、バイオエネルギー利用、人口林による木材利用、農業、自然保護などは、互
い に 調 和 す る こ と な く 、互 い の 活 動 を 相 殺 す る よ う な 活 動 が 行 わ れ 、土 地 は 荒 廃 し て 、
難民が増加する。
(4)
定量的分析への指針
このシナリオにおいては、温暖化対策におけるボトムアップ型の費用対効果曲線に
ついて、低コストオプションから項に実施されない。このため、炭素価格を一義に定
義することは不可能である。
- 90 -
こ の よ う な 前 提 の 置 き 方 は 、現 実 の 観 察 と し て 適 切 で あ り 、制 度 派 経 済 学 に よ っ て 、
その存在が理論的に説明される
5)
。
こ れ に 加 え て 、FBR、CCS、再 生 可 能 エ ネ ル ギ ー な ど の 新 技 術 に つ い て は 、研 究 開 発 ・
実証・普及の各段階に応じた 、適切な政府介入の方法と水準が実施されない 。これ も 、
短期的な利益や特殊利益が優先されて決定され、技術開発政策としての合理性から乖
離する。
な お 、 こ の シ ナ リ オ に お い て も 、「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 と 同 様 に 、 次
節で述べるように、技術面・制度面の双方にわたってその選択に関する対立が内在す
るので、エネルギーシステムモデルによる定量的分析を試みる場合においても、どの
ような前提でその分析を行うかによって、選択される技術が大きく異なる将来像が描
かれることになろう。
(5)
このシナリオで起きる事象イメージ
以 下 は 、 こ の シ ナ リ オ を 提 示 し た も と で 、「 ど の よ う な こ と が 起 き う る か 」、 と い う
事象イメージを、識者に提示して頂き、それを整理したものである。各頄目の整合性
は取っておらず、相反するものもあるが、そのまま示す。
こ こ で も 、「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 と 同 様 に 、 技 術 選 択 と 制 度 選 択 に 関
する見解の相違が内包されている。例えば、技術については、失敗するのは原子力か 、
再生可能エネルギーかという点で、政策については、失敗するのは排出権市場か、直
接 的 な 規 制 や 補 助 か 、 と い っ た 点 で の 対 立 が 内 包 さ れ て い る 。 し か し 、「 コ ス ト 合 理 的
温暖化対策シナリオ」では、このような見方の対立があってもそれを乗り越え、程よ
い調整がなされ、結果としてコスト合理性の高い温暖化対策が実現するシナリオであ
る一方、この「民主的プロセス重視シナリオ」では、それら見解の相違が、政策に振
幅や不統一をもたらし、統治の「有能さ」を損ずる危険があることを示している。た
だ し 、「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」 が 「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 に 対 し
て务っていると捉えるべきではない。見方は様々であり、コスト合理的温暖化対策と
いう点では「コスト合理的温暖化対策シナリオ」は優れているが、民主主義的なプロ
セスを重視することも重要であり、それを重視するあまり、結果として「コスト合理
的温暖化対策シナリオ」よりもコスト合理性という点では务ったとしても、そのよう
なシナリオの社会が务った社会ということでは全くないことに注意が必要である。

排出権取引は金融業者を潤すだけの、市場原理主義の失敗になる。

乗っ取り屋が新エネルギー市場をかく乱して技術が進歩しない。

REDD に よ る 安 価 か つ 大 量 の 排 出 権 が 発 生 し て 、 排 出 権 価 格 が 大 幅 に 低 下 す る 。

食 料 市 場 は 、 2006 ~ 2008 年 の よ う に 、 金 融 市 場 の 影 響 を 受 け て 、 価 格 の 大 幅 な 乱
高下がしばしばおきる。

政 府 主 導 の 革 新 技 術 開 発 が 失 敗 し 、自 動 車 に つ い て は 、ハ イ ブ リ ッ ド 自 動 車 止 ま り
となる。

開発途上国で、これまで同様、無秩序な都市化が進む

不祥事が発覚し、国連の指導力が低下していく。
- 91 -

温 暖 化 問 題 は 科 学 的 不 確 実 性 が 高 い の で 、問 題 を 先 送 り し よ う と い う 考 え 方 が 有 力
になる。

既得権の維持が優先されるために、温暖化対策が進まない。

温 暖 化 問 題 の 発 生 は「 市 場 の 失 敗 」で あ る と し て 政 府 介 入 が 図 ら れ る が 、か え っ て
問 題 を 悪 化 さ せ て し ま い 、「 政 府 の 失 敗 」 を 上 ぬ り す る こ と に な る

政府による研究開発費の奪い合いが加熱し、将来性に関する誇大宣伝が横行して、
「ウソをついた者勝ち」の様相になる。

国 毎 に 独 自 ル ー ル で 森 林 ク レ ジ ッ ト を 利 用 す る 結 果 、排 出 削 減 の 裏 付 け に 疑 問 が あ
るクレジットが多く取引されるようになり、排出権市場が信頼を失う。

温 暖 化 対 策 を 大 規 模 に 実 施 し た 結 果 、財 政 破 綻 、金 利 上 昇 を 招 き 、投 資 が 落 ち 込 む 。

先 進 国 に お け る 温 暖 化 対 策 の 国 民 負 担 が 増 え る 結 果 と し て 、最 貧 国 へ の 援 助 が 減 額
される

エリートと市民の間でのコミュニケーションが不全となり、相互不信がおきる

環境で利益をあげるというファンドが立ちあがっては崩壊を繰り返す

農業へのバラマキ補助金としてバイオマス補助が続く

日本は温暖化対策で疲弊して、所得は増えず、国家全体が衰退する。

経済が長期にわたり停滞した結果として、若者が家にひきこもりがちになる。

社会保障コストの増加によって温暖化対策コストも圧迫を受けるようになる

日本と欧州のみが京都議定書の継続をしており、米・中は事実上なにもしない。

G D P と は 異 な る 価 値 と し て 、環 境 を 表 す さ ま ざ ま な 指 標 が 乱 立 す る が 、全 体 と し
ての効果を上げない。

次々と生まれては消える環境関連ブームで儲ける国とそうでない国がはっきりす
る。日本は後者に属する。

政府主導の温暖化バブルがはじけて恐慌がおきる。

ま す ま す 力 を つ け た 金 融 部 門 が 政 治 と 一 体 に な り 、排 出 権 取 引 を 先 進 国 全 体 に 進 め
る 。こ の 結 果 、先 進 国 の 製 造 業 は 衰 退 し 、中 国 ・ そ の 他 の 途 上 国 で は ま す ま す 製 造
業中心の経済になっていく。

グローバリゼーションが、貧しい人々を豊かにすることに失敗する。

省 エ ネ ル ギ ー 政 策 は 実 施 さ れ る が 、あ ま り 効 果 が な く 、全 体 と し て の エ ネ ル ギ ー 消
費は伸びつづける。

「 温 暖 化 問 題 政 治 」が「 他 の 大 問 題 の 政 治 」に 飲 み 込 ま れ る 。政 治 目 標 が 多 元 的 に
なる。

ビ ジ ョ ン と マ イ ル ス ト ー ン に つ い て は「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」に そ っ
て策定されたが、その施策の実施プロセスにおいて、公的部門が失敗することで、
「民主的プロセス重視シナリオ」が現出する。
- 92 -
3.4.5 シ ナ リ オ 3 : 「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 」 シ ナ リ オ
(1)
シナリオの概要
こ の シ ナ リ オ は 、 CC& SD よ り も 、「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 」 が 、 エ ネ ル ギ ー ・ 資 源 問
題を支配する世界を記述する。
(2)
シナリオの变述
エネルギー安全保障は、これまでの世界のエネルギー・資源問題を規定する最重要
要因であった。このシナリオは、今後も、これが継続するという世界像である。
人 類 史 上 を 通 じ て 、 戦 争 は 絶 え た こ と が な い 。 1989 年 に 冷 戦 が 終 了 し た が 、 200 1 年
に は 世 界 同 時 テ ロ が 起 き た 。地 球 環 境 問 題 が 重 要 な 政 治 ア ジ ェ ン ダ に な っ た の は 、199 0
年 代 と 2000 年 代 後 半 と い う ご く 限 ら れ た 時 間 に 過 ぎ な い 。
新興国では、これまで眠っていた労働力が近代的な技術・資本と結合することで、
高い経済成長を持続する。中国の経済規模は、すでに日本を抜き、いずれ米国を抜く
だろう。
こ の よ う な 高 い 経 済 成 長 の 下 で 、 2007 年 に は 、 資 源 の 囲 い 込 み や 資 源 価 格 の 高 騰 な
どの行動を引き起こしたが、地球の資源の有限性の認識が更に高まり、このような事
象は今後も繰り返し起こる。
資源争奪は、大国間の戦争に至ることは無いが、反西欧・反米的な国々と中国など
の新興国の結びつきを強め、時によっては、世界各地における紛争や内戦をも誘発す
る。
コンゴ、スーダンなど、これまでも資源に関係して内戦が頻発していた地域では、
それが継続することになる。
ロシアは、天然ガス資源の輸出を武器として、ウクライナなど周辺各国への影響力
を強化していく。
資 源 争 奪 が 継 続 す る こ と で 、資 源 は 囲 い 込 ま れ 、高 い 価 格 が 維 持 さ れ る こ と に な る 。
米国、中国、インド、ドイツ、デンマークなどの石炭資源が豊富な国々では、石炭
へ の 回 帰 が 起 き る 。そ の 他 の 国 で も 、国 産 エ ネ ル ギ ー の 活 用 と 省 エ ネ ル ギ ー が 図 ら れ 、
また、資源調達については多様化が図られる。
温暖化問題と持続可能な開発は、問題の重要性が低下する。代わって、エネルギー
安全保障と経済開発、すなわちエネルギーコストの低減が国々の関心事となる。
(3)
①
シナリオの具体像
エネルギー技術選択
原子力発電は、先進国において軽水炉の普及が進む。途上国では、核不拡散の懸念
から、その開発に圧力がかかり、ほとんど進展しない。
省エネルギーは、重要な政策であるとされ、その実施が進む。国力を維持しつつ進
めるために、経済性との両立について重要視される。
CO2 へ の 価 格 付 け で は な く 、 エ ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ を 反 映 し た エ ネ ル ギ ー 選 択 が
なされる。
- 93 -
再生可能エネルギーは、エネルギーセキュリティの観点から、国力を維持しつつ進
めるために、経済性との両立を重要視しつつ実施される。
②
持続可能な開発
持続可能な開発の諸相(経済開発、貧困、水アクセス、下水、エネルギー欠乏、健
康、衛生、農業、生物多様性)のうち、国力の向上に直結する経済開発の側面が重視
される。その過程で、他の価値については軽視され、問題もひきおこす。
たとえば、大規模な水利土木が強権的に行われ、局所環境破壊、人権抑圧などの問
題を引き起こす。
バイオマスについては、コンゴなどでは紛争が激化して森林資源が失われる。ブラ
ジルおよびインドネシアではエネルギーセキュリティおよび経済的関心からバイオエ
ネルギー利用と木材・農業利用が盛んになるが、自然保護は重視されない。
(4)
定量的分析への指針
こ の シ ナ リ オ に お い て は 、温 暖 化 対 策 に お け る ボ ト ム ア ッ プ 型 の 費 用 対 効 果 曲 線 は 、
エネルギー安全保障の観点から大きく変更を受ける。
ひ と た び 大 き く 変 更 を 受 け た 後 は 、国 力 維 持 の 観 点 か ら 費 用 対 効 果 を 重 視 し た 形 で 、
低コストの温暖化対策のみが、結果的に実施される。
エネルギー安全保障の観点から、省エネルギー、再生可能エネルギーなどの新技術
については、その研究開発・実証・普及の各段階に応じて政府介入が実施される。
(5)
このシナリオで起きる事象イメージ
以 下 は 、 こ の シ ナ リ オ を 提 示 し た も と で 、「 ど の よ う な こ と が 起 き う る か 」、 と い う
事象イメージを、識者に提示して頂き、それを整理したものである。各頄目の整合性
は取っていない。
ここで提示される諸イメージは、特段相反するものはなく、統一性のある世界像を
示している。

大 国 や 先 進 国 は 、戦 争 は コ ス ト が 大 き い の で し な く な っ て き た 。こ の 傾 向 は 今 後 も
続く。ただし、小国の紛争や内戦は引き続き起こる。

森 林 部 門 に お い て は 、バ イ オ エ ネ ル ギ ー の 開 発 が 進 む こ と が 圧 力 と な っ て 、森 林 の
減尐が継続する。

中 東 の 水 争 い が 激 化 す る 。ア フ リ カ で は そ れ が 国 境 紛 争 に 発 展 す る 。こ の た め 経 済
開発は進まず、人口増も止まらない

エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 を 向 上 さ せ る た め と し て 、電 気 自 動 車 や バ イ オ 燃 料 自 動 車 が 政
策的に導入される国々が現れる。

オ ゾ ン 層 保 護 や SOx 削 減 と 同 様 に 、 相 当 に 安 い 技 術 が で き た 場 合 に 、 そ の 場 合 に
限り、温暖化対策が進む。

原子力は、核不拡散の懸念から、途上国ではあまり進まない。

原子力は、資源確保の観点から、海水ウランの開発が進む。
- 94 -

軍 事 の 研 究 開 発 が 、 予 期 し な い 形 で 、 CO2 削 減 技 術 へ 波 及 す る

か つ て 燃 料 電 池 、イ ン タ ー ネ ッ ト 、原 子 力 が そ う で あ っ た よ う に 、膨 大 な 軍 事 費 に
よ っ て 、科 学 技 術 が 急 速 に 進 歩 す る 。た だ し 、こ れ は 、経 済 活 動 を 活 発 化 し て 、エ
ネ ル ギ ー 消 費 と CO2 を 増 や す 方 向 に 作 用 す る 。

環境難民が発生し、環境紛争に発展する。

それぞれの国において、主要な産業が保護される。保護主義が全体の基調になる。

高い資源価格が続く。

米中のG2の交渉が世界政治の焦点になる。

国 際 的 な 温 暖 化 対 策 枞 組 み は な く な り 、一 部 の 国 が 自 主 的 に 温 暖 化 対 策 を す る に と
どまる。

温 暖 化 が 激 化 し て 、日 本 は「 適 応 」に か か わ る イ ン フ ラ 建 設 の 大 国 と し て ビ ジ ネ ス
を伸ばす。

イ ラ ン が 自 壊 す る か 、あ る い は イ ス ラ エ ル と の 紛 争 を 起 こ し 、中 東 地 域 が 不 安 定 化
して、エネルギー供給の不安が高まった状態が続く。

2007 年 に 起 き た よ う に 、 I T や E V な ど の 技 術 に と っ て 重 要 な リ チ ウ ム な ど の レ
アメタル資源を、中国をはじめ諸国が囲い込む傾向が続く。

ア メ リ カ は 非 在 来 型 天 然 ガ ス を 開 発 し LNG 輸 入 を 止 め た 。 ア メ リ カ は 天 然 ガ ス の
自給体制を継続する。

ロシアはガスパイプラインを用いたエネルギー輸出によって周辺国への影響力を
高める。

メタンハイドレードやオイルサンドなどの非在来型化石燃料の開発が進む。

米 国 、中 国 、イ ン ド 、ド イ ツ な ど を は じ め と し て 、多 く の 大 国 が 発 電 用 の エ ネ ル ギ
ー需要の大半を石炭でまかない続ける。
3.4.6 シ ナ リ オ に 基 づ く 議 論
(1)
地球温暖化問題の科学的知見と政治
IPCC第四次評価報告書によれば、地球温暖化問題は、それが起きており、人為
的な温室効果ガス排出で起きていることには「疑いがない」ものの、気候感度、さら
にはその具体的な悪影響となると、科学的不確実性はなお大きい。そして、個々の災
害 が 、地 球 温 暖 化 に よ る も の か ど う か と い う 帰 属 に つ い て は 、そ れ を 判 定 す る こ と は 、
現 段 階 で は で き な い 。こ の 状 況 は 、2030 年 ご ろ ま で 変 わ ら ず 、大 規 模 な 災 害 が 起 き て 、
い よ い よ 明 確 に 地 球 温 暖 化 の 影 響 が 出 た と 多 く の 人 に 認 識 さ れ る と い う 、い わ ゆ る「 テ
ィッピング・ポイント」を迎える可能性は低い。
しかしながら、この科学的知見と政治のかかわり方については、3つのシナリオで
大きく異なる。
「 コスト合理的温暖化対策シナリオ 」では 、地球温暖化問題については 、不確実 性 は
あるものの、重要なリスクであるとして、温室効果ガス削減に向けての対策が取られ
る。
- 95 -
「民主的プロセス重視シナリオ」では、科学的知見における幅が、特殊利益や既得権
益によって利用される。すなわち、ある経済主体にとって、それが利益誘導になる場
合には温暖化のリスクが誇張される一方で、利益が損なわれる場合には、温暖化のリ
スクが矮小化される。
「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ リ オ 」で は 、自 然 災 害 に よ っ て 難 民 や 紛 争 が 生 じ た 場
合に、それが地球温暖化によるものかどうか、という点を巡って、国際的な対立が激
化するかもしれない。たとえば、カシミールの水源であるヒマラヤで降雪が不足する
場合、それが先進国の責任なのか、自然変動なのか、という論争が生じうる。
(2)
気候工学(ジオエンジニアリング)
気候変動に関する科学的知見の不確実性は大きく、仮に現在、ただちに温室効果ガ
ス濃度を安定化しても、気候感度によっては、全球の温度上昇は4度以上になる可能
性がある。これに加えて、排出削減がなかなか進まないことから、気候工学が将来的
に必要となる場合に備えて、その研究が必要であるということが言われている。
2030 年 ま で で は 、 実 際 に は 気 候 工 学 が 発 動 さ れ る に は 至 ら な い か も し れ な い が 、 そ
の管理体制が確立していく可能性がある。そして、それは、3つのシナリオにおいて 、
大きく異なったものになる。
「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」で は 、国 際 的 な 協 調 、お そ ら く は 国 連 の も と で 、
科学技術研究は管理され、また、気候工学の発動にあたっても、集団的な承認が必要
となる規範が作られていく。
「 民主的プロセス重視シナリオ 」においては 、気候工学は反対運動に直面し 、そ の 研
究を進めることすらままならなくなり、頓挫する。あるいは、これと正反対の事象と
して、ある特定の国が、国際社会のコントロールを逸脱して、暴走する形でジオエン
ジニアリングを強行する。
「 エネルギー安全保障優先シナリオ 」においては 、かつての核兵器管理と同様 、米 国
が超大国であるEUおよび中国との交渉によって管理する。個々の国は水問題や食糧
問題を改善するために地域的な気候改変を行う実験を始めるようになり、これによっ
て被害を受けることを懸念する周辺国との緊張が高まる。また、これをけん制しよう
とする大国とも緊張が高まる。
(3)
日本の将来
日本は、現在でも世界全体に占める規模は小さいが、今後は、新興国の台頭によっ
て、ますます小さくなっていく。このような中で、それぞれのシナリオにおける日本
のイメージは以下の通りである。
「 コスト合理的温暖化対策シナリオ 」では 、ものづくりの優良国として 、世界全 体 に
ハイエンドの製品を供給しつづける。
- 96 -
「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」に お い て は 、環 境 関 連 の 機 器 が 大 量 に 導 入 さ れ る が 、
それがメーカーの特殊利益に資するのみに終わり、結果として、日本市場は特殊でい
びつなものになる。これによって日本の製造業、ひいては国力が衰退する。
「エネルギー安全保障優先シナリオ」においては、かつての石油ショック時と同様、
日本は資源確保と石油代替エネルギー確保に多くの政治資源を振り向ける。外貨確保
のためとして製造業振興のための政策が広範に実施される。
(4)
原子力発電
原子力発電、なかんずく軽水炉発電技術は、発電コスト、人命損失リスク、ライフ
サイクルの温室効果ガス排出量など、あらゆる定量的指標でみて最も優れた特性を示
している。
他方で、リスク認識論においては、科学的に複雑で分かりにくく、終末的な大規模
事故の可能性があり、目に見えず馴染みがないこと、非自発的なリスクであるなど、
原 子 力 に 関 す る あ ら ゆ る ヒ ュ ー リ ス テ ィ ッ ク な リ ス ク 認 知 バ イ ア ス( 人 間 の 直 観 )が 、
その社会的受容を困難にしているという特性が知られている。これらの直観は、おそ
らくは進化心理学的な起源を持つものでもあり、今後、大きく変化することはないだ
ろう。
軽水炉技術が、今後一層の普及を見るかどうかは、この二つの特性のいずれが政治
的に選択されていくか、ということに依存する。
「コスト合理的温暖化対策シナリオ」では、原子力技術は、安全に配慮しつつ、一定
の規模が世界で用いられる。ただし、導入のレベルは、技術の見方による対立によっ
て差異が生じる。
「民主的プロセス重視シナリオ」では、原子力技術は、合意形成がうまくいかず、衰
退気味になる。
「 エネルギー安全保障優先シナリオ 」では 、軽水炉技術は 、国産ないし準国産エ ネ ル
ギーとして、先進国で推進されることになる。ただし、開発途上国においては、それ
が核不拡散の懸念から、その拡大には先進国から政治的圧力がかかり、あまり進まな
い。高速増殖炉については、核不拡散の懸念から、一部の大国によって独占される。
(5)
カーボン・プライシング
か つ て は 、 カ ー ボ ン ・ プ ラ イ ス の 意 味 は 明 解 で あ り 、「 温 暖 化 対 策 な か り せ ば の 場 合
に比べての、炭素の価格」であって、それは、環境税や排出権取引などの形で実現さ
れるとされて、数値モデルでの分析対象とされてきた。しかしながら、実際には、エ
ネルギー諸税や諸環境・安全規制など様々な理由によってエネルギー価格は大きく影
響を受けてきた。のみならず、今日では、温暖化対策においても、再生可能エネルギ
ーの補助金額が種類ごとに異なるなど、均一のカーボン・プライスというものは存在
しないことが現実となった。このような状況においては、カーボン・プライシングと
い う 用 語 に は 、 再 定 義 が 必 要 に な る 。 す な わ ち 、「 温 暖 化 対 策 な か り せ ば の 場 合 に 比 べ
- 97 -
て 追 加 さ れ る 均 一 の 炭 素 価 格 」で は な く 、
「 CO2 の 削 減 に 向 か う と い う 意 図 を 内 包 し た 、
諸税・諸規制などによるエネルギー価格づけの体系」と定義することが適切だろう。
このようなカーボン・プライシングが適切になされることは、地球規模で温暖化対
策を進めるために重要である。カーボン・プライシングの水準を高めるためには、国
際的・国内的な調整が必要である。
「コスト合理的温暖化対策シナリオ」においては、国際的な協調のもと、カーボン・
プライシングの水準が徐々に高められていく。たとえば、発電部門においては、石炭
の 高 効 率 化 、 原 子 力 ・ 再 生 可 能 エ ネ ル ギ ー の 増 大 、 CCS の 利 用 な ど に よ っ て 、 石 炭 起
源 の CO2 削 減 が 進 む 。 排 出 権 取 引 は 、 そ れ が 導 入 さ れ て い る 国 々 に お い て 、 十 分 に 高
く安定した価格水準を保つ。
「民主的プロセス重視シナリオ」においては、国際的な協調に失敗し、また、国内で
の反発が強く、カーボン・プライシングの水準が低迷する。排出権取引は、それが導
入されている国々において、価格は低く、不安定で、金融業者の特殊利益を潤すが、
CO2 削 減 に は 寄 与 し な い 。
「 エネルギー安全保障優先シナリオ 」においては 、カーボン・プライシングは行 わ れ
ない。むしろ、エネルギーセキュリティを重視した、いわば「セキュリティ・プライ
シング」が進む。たとえば、ガソリンなどの石油には重税が課される一方で、国産エ
ネルギーや多様性に資するエネルギー、日本でいえば原子力、再生可能エネルギー、
および石炭は補助を受ける。
(6)
技 術 開 発 ( 太 陽 、 風 力 、 バ イ オ マ ス 、 CCS 等 )
研究開発・実証・普及の各段階において、政府の適切な役割は研究開発の補助、ニ
ッチマーケットづくり、外部性の内部化、である。ただし、実際には、短期的な人気
や特殊利益によって補助の水準が高くなることも多く、この場合には、非効率な政策
となってしまう。
「 コスト合理的温暖化対策シナリオ 」では 、政府は適切な役割を果たし 、全体的 に み
て費用効果の高い技術開発が行われる。
「民主的プロセス重視シナリオ」では、短期的な人気や特殊利益によって、政府の支
援は極めて費用対効果が悪くなる。たとえば、農業補助金としてバイオマス利用が位
置 づ け ら れ 、 CO2 削 減 手 段 と し て は 極 め て コ ス ト が 高 く な る 。 ま た 、 太 陽 電 池 と 風 力
発 電 は イ メ ー ジ が 良 い た め に 高 い 補 助 金 が つ き 、 費 用 対 効 果 が 悪 く な る 。 CCS は C O2
貯留に関する合意形成が進まず、頓挫する。
「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ リ オ 」に お い て は 、エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 上 の 理 由 か ら 、
エネルギー技術開発に多くの国家資源が投入される。原子力、再生可能エネルギー、
省エネルギーの全てにおいて、多くの技術進歩が起きて、実用化されていく。これま
での歴史では、新エネルギー・省エネルギーの開発は、エネルギー安全保障を理由と
したときに、もっとも強力に推進された。同様なことが、今後も期待できるかもしれ
- 98 -
ない。ただし、これらの技術のなかには、石炭液化や非在来型の化石燃料資源開発な
ど 、 い っ そ う の CO2 の 増 加 に つ な が る も の も 含 ま れ る こ と を 忘 れ て は な ら な い 。
(7)
省エネルギー
省エネルギーについては、多くの負のコストないし低コストの削減機会があると言
われるが、実際にはそれがなかなか実現されない。これは、どのようにして省エネル
ギーを進めばよいかという情報が普及していなかったり、担当者のトレーニングが十
分 で な か っ た り 、 省 エ ネ に よ る 利 益 を 適 切 に 分 配 す る 制 度 が な い こ と な ど に よ り 、「 省
エネルギーバリアの問題」と言われている。日本の省エネルギー法によるエネルギー
管理制度やトップランナー方式による家電・自動車等の機器効率規制制度などは、ま
さにこのような省エネルギーバリアを除くために発達してきた制度である。今後、世
界規模での省エネルギーが進むためには、この省エネルギーバリアに対する政策的対
応が適切である必要がある。
「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」で は 、エ ネ ル ギ ー 管 理 制 度 や 機 器 効 率 規 制 制 度
が世界規模で発達し、適切なカーボン・プライシングのもと、経済合理的な省エネル
ギ ー が 着 々 と 進 展 し て 、 大 幅 な 省 エ ネ ル ギ ー お よ び CO2 削 減 に 寄 与 す る 。
「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」で は 、エ ネ ル ギ ー 管 理 制 度 や 機 器 効 率 規 制 制 度 が 適
切に実施されないため、経済合理的であるはずの省エネルギー機会も活かされない。
「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ リ オ 」で は 、省 エ ネ ル ギ ー が エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 上 の
最重要事頄として位置付けられる結果、エネルギー管理制度や機器効率規制制度が世
界規模で発達し、恒常的に高いエネルギー価格のもと、経済合理的な省エネルギーが
着々と進展する。
(8)
政策の伝播
現代では、ある国が政策を決定する際には、他国の政策を研究することが日常的に
行われている。それによって、政策は国際間で伝播する。成功事例が模倣されること
で進歩することもあれば、特殊利益の推進のために政策が伝播して、かえって政策目
的を損なう場合もある。
「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」で は 、各 国 で 試 み ら れ た 様 々 な 地 球 温 暖 化 に 対
する政策の教訓が学ばれ、知識が共有されて、各国の政策改善に寄与していく。
「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」 で は 、 政 策 の 伝 播 が 、 か え っ て CC&SD の 政 策 目 的
を妨げる。政策ないし規制は、本来であればその実効性を十分に検討してから他国に
移すべきものであるが、実際には、流行にのったり、卖純な模倣がされたり、特殊利
益の推進のために政策が伝播することも多い。例えば、排出権取引制度が、金融業者
の利益のために他国にも広げられるが、いずれの国においても温室効果ガス削減の実
効性がない、ということがおきうる。あるいは、機器効率規制が、ある国の機器メー
カーに有利になるように設定され、その利益を増進するためにその効率規制が広まる
が、これは費用対効果が悪い温暖化対策となりうる。あるいは、高価な新エネルギー
- 99 -
への補助金が、あるメーカーに有利になるように設定され、その利益を増進するため
に 世 界 各 国 で 補 助 金 が 導 入 さ れ る が 、こ れ は 費 用 対 効 果 が 悪 い 温 暖 化 対 策 と な り う る 。
「 エネルギー安全保障優先シナリオ 」では 、エネルギー安全保障上の関心から 、各 国
は戦略的な産業政策を実施する。他国の例は貪欲に学ぶが、各国の資源状況や安全保
障状況が異なることから、政策の卖純な模倣に終わる場合は尐なく、各国ごとに政策
は特色あるものになる。
(9)
温暖化適応
2030 年 ま で の 時 間 範 囲 で は 、 今 日 と 同 様 、 温 暖 化 の 悪 影 響 は 自 然 変 動 に よ る 災 害 と
明確に分離することは難しい。この状況においては、優れた適応策とは、調査研究活
動は別として、実質的には、優れた経済開発と優れた防災活動とほとんど重複する。
2030 年 の 時 点 で は 、 そ れ 以 降 の 将 来 に お い て ど の よ う な 悪 影 響 が あ る か に つ い て も 、
やはり確たる予言をすることは難しいと思われるが、温暖化の悪影響と自然変動の何
れかの原因を問わず、何らかの局所的な気候の変化や災害がおきることは間違いない
だろう。これに対する適応は整然と行われるとは限らない。
「 コスト合理的温暖化対策シナリオ 」では 、優れた経済開発・防災活動が実施さ れ て
いく。局所的な気候の変化や災害に対しては、国際的な協調のもと、農業品種改良、
作付変更、灌漑など、全体の費用を小さくするような活動が整然と行われる。
「 民主的プロセス重視シナリオ 」では、適応活動においても 、多くの無駄や間違 い が
生じる。科学的知見が不確実な状況下においても、その時々に政治的支持を得た活動
が特殊利益によって推進される。例えば、海面上昇が不確実な状況において、大規模
な堤防の嵩上げ工事が行われる。その一方では、経済開発や防災が十分になされず、
最貧国の多くは適応能力が無いまま、災害の悪影響を受ける。例えば、開発途上国に
おいては、環境破壊であるとされて大規模な水利工事が進まない結果として、深刻な
災害に苛まれる。
「 エネルギー安全保障優先シナリオ 」では 、食糧についても自給が重視され 、こ の 結
果、水が乏しく土地の痩せた地域でも農業が推進される。ナイル・インダス・ガンジ
スなどの河川で、降水が尐ない時に水資源をめぐる争いはとくにエスカレートし、小
規模な紛争に発展する。
3.4.7 中 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ の ま と め
1 . 「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」「 エ ネ ル ギ
ー安全保障優先シナリオ」は、何れも蓋然性のある世界である。温暖化防止およ
び持続可能な開発の政策は、この3つの世界が生起する可能性があることを念頭
において設計すべきである。
「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」に つ い て は 、民 主 主 義 プ ロ セ ス を 優 先 さ せ る 中
で 、 コ ス ト 合 理 的 な 温 暖 化 対 策 が と り 得 な い 可 能 性 が あ る た め 、「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視
- 100 -
シ ナ リ オ 」 を 提 示 し た 。「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」 は 民 主 主 義 の プ ロ セ ス が 優 先
されるような世界であるが、もう一つ別の世界として、地球環境問題よりもエネルギ
ー安全保障が優先されるような世界として「エネルギー安全保障優先シナリオ」を提
示した。
このシナリオ作成作業中に、どの世界が現状および将来の記述として最も蓋然性が
高いか、という質問を多くの識者に行った。反応は3者に分かれており、いずれもそ
れなりの蓋然性があるとされた。いずれも有力な将来像である以上、政策設計として
は、この3つをいずれも念頭に置くことが望ましいだろう。
2. 「コスト合理的温暖化対策シナリオ」には、価値観の対立が内包されており、こ
れが先鋭化すると、このシナリオ自体が崩壊する危険を孕むだろう。
「 コ ス ト 合 理 的 な 政 策 」は 本 来 一 意 で あ る も の の 、実 際 に は 時 間 軸 な ど を 考 え る と 不
確実性もあり、主観的な判断が入りやすい。例えば、原子力支持と再生可能エネルギ
ー支持といった形で、このシナリオの中で現実に対立がある。両者が何らかの形で折
り合うことが、このシナリオで必要な「幾分かは有能な統治」であるが、このような
見解の違いが政策の非継続性や不合理性となって現出する可能性もあろう。この両者
は イ デ オ ロ ギ ー 的 に も 、「 親 既 存 技 術 、 既 存 経 済 」「 反 既 存 技 術 、 既 存 経 済 」 と い う 形
で相反するものであり、これが深刻な政治的対立となると、統治の有能さを大幅に損
ない、このシナリオ自体が崩壊する危険を内包する。
3 . 今 後 の エ ネ ル ギ ー モ デ ル 分 析 は 、「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」「 民 主 的 プ ロ
セス重視シナリオ」
「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ リ オ 」の 3 つ の 世 界 を 描 き 分 け る
ことで、適切な政策設計に資するべきだろう。
これまでの温室効果ガス排出削減に関わるエネルギーモデル分析は、
「温暖化対策な
かりせばの場合」に対して「均一の炭素価格」を付加した場合の、世界全体の「コス
ト 合 理 的 反 応 」 を 分 析 し て き た 。 あ る い は 、 IPCC SRES シ ナ リ オ な ど の よ う に 、 規 範
的 な 世 界 像 の 選 択 (環 境 か 経 済 か 、 グ ロ ー バ ル 主 義 か 否 か )を 想 定 し て 分 析 さ れ て き た 。
し か し 、す で に 温 暖 化 対 策 が 現 実 の も の と な り 、複 雑 な 形 で 実 施 さ れ 、さ ま ざ ま な「 非
合 理 的 な 」 政 策 が 実 施 さ れ て い る 。 そ こ で 、 エ ネ ル ギ ー モ デ ル 分 析 も 、「 現 実 に 起 こ る
様 々 な 非 合 理 を 内 包 し た 上 で の 温 暖 化 対 策 コ ス ト は ど の 程 度 な の か ? 」、と い う 質 問 に
答えねばならない。
ま た 、 さ ら に は 、「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ リ オ 」 の よ う な 、「 コ ス ト 合 理 的 温
暖化対策」とは全く異なる世界観を持つ人々も多くいることを認識し、両者を定量化
することで、双方の議論の場を提供しなければならない。
4. 温暖化問題を解決したいという多くの人々の意志があっても、温室効果ガスの削
減は進まないかもしれない。
- 101 -
温暖化問題を優先的に考え、
「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」を 目 指 し た と し て
も、現出する世界は「民主的プロセス重視シナリオ」や「エネルギー安全保障優先シ
ナ リ オ 」 か も し れ な い 。 そ の と き に は 、 CO2 の 削 減 は 限 定 的 な も の に な ら ざ る を 得 な
いかもしれない。
5 . CO2 削 減 の コ ス ト は 、 非 常 に 高 く つ く か も し れ な い 。
エネルギーシステムモデルを用いたコスト最小化計算では、温暖化対策のコストは
G D P の 1 % 程 度 と 評 価 さ れ る こ と が 多 か っ た 。 し か し 、 こ れ は 、「 コ ス ト 合 理 的 温 暖
化 対 策 シ ナ リ オ 」 の よ う に 、 か な り の コ ス ト 合 理 性 を 仮 定 し て い る 。「 民 主 的 プ ロ セ ス
重視シナリオ」および「エネルギー安全保障優先シナリオ」では、温暖化対策は、安
い項に実施されるということはなく、安い対策であっても禁止されたり、高い対策が
特殊利益によって推進されたりする。このため、温室効果ガス排出を同じレベルにし
よ う と す れ ば 、 対 策 コ ス ト は 大 幅 に 上 が る こ と に な り 、 悪 く す る と 、「 い く ら お 金 を か
け て も CO2 が 減 ら な い 」 こ と に な る 。
6. 技術開発のコスト目標は世界像によって異なる。
C C S や 再 生 可 能 エ ネ ル ギ ー の コ ス ト は 、「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 に お
い て は 、 化 石 燃 料 に 比 べ て い く ら か 高 い 水 準 、 例 え ば $50/ ト ン CO2 程 度 で あ っ て も 、
そ れ が 政 策 的 に 導 入 さ れ る こ と に な る だ ろ う 。 こ れ に 対 し て 、「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ
ナリオ」および「エネルギー安全保障優先シナリオ」において導入されるためには、
こ れ よ り も 低 い 水 準 、例 え ば $ 1 0/ ト ン CO2 と い っ た コ ス ト に な ら な い と 、導 入 さ れ て
いかないことになるだろう。後者の世界では、より技術開発の目標は高くなり、より
新奇な方式によるエネルギー供給が必要になる。
7. 適応のコストは、非常に高くつくかもしれない。
温暖化問題における適応についても、緩和と同様、これまでのエネルギーモデル試
算では「コスト合理的温暖化対策シナリオ」のように、それが整然と行われることに
な っ て い る 。 し か し 、「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」 お よ び 「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優
先シナリオ」では、そうはならず、不適切な投資や、水をめぐる紛争などの形で、適
応のコストも非常に高いものにつくかもしれない。
8. ジオエンジニアリングについて
現 在 の 科 学 的 知 見 の 不 確 実 性 を 踏 ま え る と 、「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 の
ように比較的低コストで排出削減が実現されるシナリオにおいてすら、ジオエンジニ
アリングを研究しておく必要があり、他の将来像においても、この必要性は変わらな
い 。 た だ し 、 そ の 管 理 体 制 は 将 来 像 に よ っ て 大 き く 異 な る も の に な り 、 ま た 、「 民 主 的
- 102 -
プロセス重視シナリオ」のようになると、この研究は、合意形成に失敗して頓挫する
可能性もある。
参 考 文 献 ( 第 3.4 節 に 関 す る も の )
1)
山鳥重:「わかる」とはどういうことか―認識の脳科学、ちくま新書、(2002)
2)
ビョルン・ロンボルグ:「環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態、、文藝春秋、
(2008)
3)
マーティン・セリグマン:
「世界でひとつだけの幸せ―ポジティブ心理学」、アスペクト社、(2004)
4)
星野優子、杉山大志:「あらゆる国で増加を続けるエネルギー起源 CO2 排出」、電力中央研究所社
会経済研究所ディスカッションペーパー DP SERC09016、(2009) http://www.climatepolicy.jp
5)
Lane Lee and David Montgomery, Private communication, (2010)
3.5
長期の变述的シナリオ
3.5.1 長 期 シ ナ リ オ 策 定 の 方 針 と 策 定 し た シ ナ リ オ の 構 造
長期のシナリオは短中期のシナリオと異なり、現実性を有しつつも、大きな社会の
方向性の違いを反映したシナリオ策定を目指した。そして、この長期のシナリオ策定
に あ た っ て は 、第 3.3 節 で 記 載 し た 主 要 な 論 点 の 背 景 に あ る 大 き な 要 因 を 反 映 し た シ ナ
リオであるべきであり、各論点に何らかの定量的な分析による示唆を与えやすいシナ
リオにしておくことが必要と考えられるため、そのことも念頭に策定した。また、第
3.4 節 で 策 定 し た 短 中 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ と の 関 係 性 に つ い て も 留 意 を 払 う こ と が 必
要である。
IPCC で は 次 期 排 出 シ ナ リ オ の た め の 代 表 的 な 排 出 パ ス と し て 、 4 つ の RC P
( Representative Concentration Pathway ) を 選 定 し て い る 。 そ の た め 、 世 界 に 向 け て シ ナ
リ オ を 発 信 し て い く た め に は 、 こ の RCP と の 対 応 を 意 識 し つ つ 、 シ ナ リ オ 策 定 を 行 う
ことも重要である。
そ れ ら の 要 件 を 満 た す べ く 、長 期 シ ナ リ オ は 図 3.5.1 -1 の よ う な シ ナ リ オ 構 造 と す る
こととした。上位的なシナリオとして、大きな社会の方向性を表現するシナリオを策
定 す る こ と と し た 。そ し て 、第 3.3 節 で 挙 げ た よ う な 論 点 が よ り 明 確 に 整 合 的 に 定 量 的
数値を伴って論じることができるようにするため、下位的なシナリオとして、複数の
サブシナリオを策定することとした。更に、温室効果ガス排出削減レベルによる対応
の 違 い を 評 価 す る た め 、 RCP の 濃 度 安 定 化 シ ナ リ オ に 沿 っ た 分 析 を 行 う こ と と す る 。
- 103 -
特段の温暖化対策を考えない主たるシナリオ
サブシナリオ
温暖化対策シナリオ
(濃度安定化シナリオ:RCP対応)
モデル感度解析
図 3.5.1 -1
長期シナリオのシナリオ構造
3.5.2 策 定 し た 長 期 シ ナ リ オ
(1)
上位の主たるシナリオ
今年度の本研究では、長期シナリオを論じるにあたっての主たるシナリオとして、
「 A: 消 費 厚 生 の 継 続 的 増 大 」と「 B: 消 費 社 会 か ら の 離 脱 」の 2 つ の シ ナ リ オ を 選 定 し
た 。 図 3.5.2 -1 に 2 つ の シ ナ リ オ の 概 要 を 示 す 。 こ の A、 B2 つ の シ ナ リ オ は 主 体 的 に
選択することが難しいシナリオとして想定した。
「 A: 消 費 厚 生 の 継 続 的 増 大 」
各種技術の技術革新が継続し、新たな消費効用を生み出し、世界経済は項調に発展
し 続 け る 。 IT 技 術 、 輸 送 技 術 を 中 心 と し た 技 術 も 更 に 進 展 し 続 け 、 否 応 な く グ ロ ー バ
ル化が一層進む。しかし、グローバル化の更なる進展は所得格差を拡大する。政府は
税によって所得格差を是正したいところだが、グローバル化はその対応を困難にし、
所得格差を小さくすることに限界がある。現在の先進国、新興発展途上国は、より付
加価値の高い産業へと移行していくため、第1次産業の拠点はアフリカ等の後進発展
途 上 国 に も 移 り 、ア フ リ カ 等 も そ れ 相 応 に 発 展 を す る 。全 世 界 的 な 高 経 済 成 長 に 伴 い 、
急 速 な 尐 子 化 が 世 界 の い た る 地 域 で 進 行 し 、 21 世 紀 後 半 に は 世 界 の 人 口 が 縮 小 し て い
く。一層のグローバル化、人口の急激な減尐によって、多くの国では都市化が一層進
む。食料需要については、経済成長による効果よりも人口の影響の方が大きく表れる
た め 、21 世 紀 前 半 の 食 料 需 要 は 高 経 済 成 長 に よ っ て B よ り も 大 き い が 、21 世 紀 後 半 に
ついては人口減尐が顕著になるため B よりも小さくなる。
「 B: 大 量 消 費 社 会 か ら の 離 脱 」
全般的な技術の進展は見られるものの、革新性に乏しく、新たに大きな消費効用を
生み出すには力不足である。そのため、先進国を中心に、次第に経済成長率は小さく
なっていく。しかし、それだからといって幸福感が小さいわけではなく、A のような
世界が現出しないので、A のような世界自体を知らないし、国内所得格差も A ほどは
拡 大 し な い た め 、B の 世 界 で も 十 分 満 足 し て い る 。A の よ う に 消 費 が 促 進 さ れ る わ け で
はなく、先進国を中心に低消費社会、脱物質化社会へと進展していく。ただし、ゆと
- 104 -
り感がある一方、経済的な向上感の乏しさを感じている人々は尐なからず存在してい
る 。 な お 、 後 進 発 展 途 上 国 ( LDC ) の 経 済 の 成 長 も 、 先 進 国 の 影 響 を 受 け 、 A よ り は 小
さい。先進途上国は、一定の経済レベルまでは消費拡大指向が続くものの、先進国に
続いて大量消費社会から離脱する。全体として、経済成長は比較的緩やかであり、そ
れ に 伴 っ て 人 口 も 2050 年 頃 ま で 上 昇 し 、 そ れ 以 降 2100 年 頃 ま で 概 ね 維 持 さ れ る 。 21
世紀後半の食料需要については、経済成長による効果よりも人口の影響の方が大きく
表れるため、A よりもむしろ大きい。
A:消費厚生の継続的増大
B:大量消費社会からの離脱
競争的社会・高成長、自由主義経
済の追求
ゆったりとした成長、国内既存産
業への配慮
一人当たりGDP中
一人当たりGDP大、格差拡大
人口小・高齢化進展
グローバル化
人口中位
都市化の進展
社会保障
保護主義的な芽
脱物質化
技術革新・進展大
技術革新・進展中
短期的な利潤追求
長期的な利潤追求
図 3.5.2 -1
幸福感
生物多様性
の重視
長期シナリオ(上位の主たるシナリオ)
他 の シ ナ リ オ と の 比 較 を 行 っ て お く と 、 IPCC SRES に お い て は 、 本 研 究 の 「 A: 消 費
厚 生 の 継 続 的 増 大 」 シ ナ リ オ は SRES B1 シ ナ リ オ と 近 く 、「 B: 大 量 消 費 社 会 か ら の 離
脱 」シ ナ リ オ は SRES B2 シ ナ リ オ と 近 い 関 係 に あ る と 言 え る 。な お 、SRES は こ の 他 に
A1、 A2 シ ナ リ オ が あ り 、 A シ ナ リ オ 群 は 経 済 重 視 、 B シ ナ リ オ 群 は 環 境 重 視 と さ れ て
いる。しかし、本研究では、経済と環境は独立もしくは対立した軸ではなく、基本的
に は 経 済 の 発 展 に 伴 っ て 、 環 境 意 識 は 高 ま っ て い く も の と 考 え た 。 な お 、 SRES の イ メ
ー ジ で は 、 B1 が B2 よ り も ゆ と り 感 の あ る 世 界 像 の よ う に 描 か れ て こ と が 多 い が 、 具
体的な世界像を考えたとき、必ずしもそうではなく、むしろここで策定した B のシナ
リ オ ( SRES で は B2 に 近 い ) の 方 が 、 A シ ナ リ オ ( SRES で は B1 に 近 い ) よ り も ゆ と
り感のある世界像ととらえている。
国 立 環 境 研 の LCS2050 シ ナ リ オ は 、 日 本 国 内 を 対 象 と し た シ ナ リ オ で あ る が 、 そ れ
に お け る ビ ジ ョ ン A( ド ラ え も ん の 社 会 )、 ビ ジ ョ ン B( サ ツ キ と メ イ の 家 ) と 、 本 研
究 の A、 B シ ナ リ オ は 、 そ れ ぞ れ 近 い 部 分 が あ る 。 た だ し 、 LCS2050 で は 2050 年 に 日
本 の 温 室 効 果 ガ ス 排 出 を 70%削 減 す る こ と を 前 提 と し た シ ナ リ オ で あ る が 、 本 研 究 で
は 、 排 出 削 減 目 標 レ ベ ル は RCP に 対 応 し た 複 数 の シ ナ リ オ を 用 意 し 、 政 策 選 択 検 討 に
資するものとする。
本研究は、国家レベルでの政策の意思決定に資する情報を提供することを目的とし
て い る た め 、こ こ で 提 示 し た A、B シ ナ リ オ 自 体 を 政 策 に よ っ て 方 向 付 け る こ と が ひ ょ
っ と し た ら 可 能 か も し れ な い ( 国 立 環 境 研 の LCS2050 シ ナ リ オ は 、 ビ ジ ョ ン A 、 B と
- 105 -
し て お り 、主 体 的 に A、B い ず れ か を 選 択 可 能 で あ る よ う に ま と め ら れ て い る 。)。し か
し な が ら 、本 研 究 に お け る A、B シ ナ リ オ は 、温 暖 化 対 策 技 術 に 限 ら な い 技 術 全 般 に わ
たる不確実な技術進展に大きく影響されると見られること、また、1国ではなく世界
全体で同じ意思を持って政策をとらなければ、そう簡卖にこのシナリオを自らの意思
で 選 択 す る こ と は で き な い と 見 ら れ る こ と か ら 、 先 述 の よ う に 、 こ の A、 B2 つ の シ ナ
リオは主体的に選択するシナリオとして捉えるのではなく、将来あり得るシナリオと
して選定した。
(2)
サブシナリオ
第 3.3 節 に お い て 整 理 し た よ う に 持 続 可 能 な 発 展 と 地 球 温 暖 化 問 題 に 関 し て 多 く の
論点があり、それらに対して整合的な分析によって、より深い議論を喚起していくこ
と は 重 要 で あ る 。 図 3.3.1 -2 で は 、 短 中 期 と 長 期 に お い て 、 そ れ ぞ れ 、 よ り 関 係 性 が 深
い と 考 え ら れ る か に つ い て 区 分 し 整 理 し た が 、そ の う ち 、長 期 に 関 係 性 が 深 い 因 子 と 、
そ の 論 点 ( 第 3.3.2 節 ) に つ い て 、 上 位 シ ナ リ オ A、 B の サ ブ シ ナ リ オ と し て 、 シ ナ リ
オ 検 討 を 行 っ た 。 A、 B シ ナ リ オ と し て 、 ク ラ ス タ ー 化 で き る も の に つ い て は 、 A、 B
シナリオの中でクラスター化したが、独立性のある論点については、別途、サブシナ
リ オ を 設 け て 検 討 を 行 う 。 図 3.5.2 -2 に サ ブ シ ナ リ オ の 例 を 示 す 。
A:消費厚生の継続的増大
B:大量消費社会からの離脱
アフリカ経済開発成功シナリオ
国内経済格差是正シナリオ
人口減尐阻止シナリオ
食料生産性向上シナリオ
エネルギー供給:大規模技術(原子力・CCS)の行方
REDD積極活用シナリオ
環境意識向上加速シナリオ
温暖化適応力強化シナリオ
図 3.5.2 -2
①
長期シナリオ(サブシナリオ)
アフリカ経済開発シナリオ
A、 B シ ナ リ オ と も 、 程 度 の 差 は あ る が 、 途 上 国 の 経 済 発 展 は 進 む 。 し か し 、 後 進 発
展 途 上 国 の 経 済 発 展 は と り わ け 2 1 世 紀 前 半 は 大 変 遅 々 と し て い る 。そ の よ う な 経 済 状
況では、温暖化適応力も弱く、温暖化影響を大きく受ける可能性も高い。本シナリオ
は、先進国などのより積極的、より的確な支援などにより、より早くアフリカの経済
発展が軌道に乗るとしたシナリオである。
- 106 -
②
国内経済格差是正シナリオ
A、B シ ナ リ オ と も 、程 度 の 差 は あ る が 、否 応 な く グ ロ ー バ ル 化 は 進 展 す る 。た だ し 、
A シナリオの方が、技術進展に伴って、より一層グローバル化が進む。このような状
況では、国内的にも潜在的に経済格差は広がる圧力がかかる。しかし、格差が広がれ
ば、社会的に不安定さを増すし、温暖化対策も取りにくくなりかねない。本シナリオ
は、政府が国内の経済格差是正に取り組むシナリオである。ただし、A の方がグロー
バル化がより進展しているため、1国で取り得る政策余地が小さくなっていることに
は留意が必要である。国際協調して取り組まなければ、経済にマイナスの影響が出や
すい。
③
人口減尐阻止シナリオ
A シナリオは、高経済成長に伴って、急速に人口の低下が進むシナリオである。し
かし、人口の急激な減尐は、社会保障などを困難にする。例えば、フランスは、手厚
い支援によって出生率低下を食い止めることに成功している。本シナリオは、高経済
成長は維持しつつも、世界各国で、人口の急激な減尐に歯止めをかけることに成功し
たとするシナリオである。
④
食料生産性向上シナリオ
本シナリオは食料生産性の向上をより高く見込むシナリオである。食料需給逼迫の
緩和につながるかもしれないし、元々、食料需給逼迫の懸念が小さければ、本シナリ
オのような生産性向上が一層進むことによって余剰耕地が生まれ、植林やバイオエネ
ルギー生産の余地が拡大するかもしれない。食料生産性の更なる向上はいくつかの可
能性があるだろうが、例えば遺伝子組み換え植物の広範な適用、世界への広範な普及
は一つのあり得るシナリオであろう。しかし、その世界全体への普及については、遺
伝子組み換え植物の受容性に関する国民の意識によって大きく左右されることには留
意が必要である。
⑤
大規模エネルギー技術の行方シナリオ
原 子 力 発 電 や 二 酸 化 炭 素 回 収 貯 留( CCS)な ど の 大 規 模 な 技 術 が 、社 会 的 に 広 範 に 受
容されるか否かは、排出削減の容易さを大きく左右すると見られる。本シナリオは、
原 子 力 発 電 や CCS の 技 術 の 普 及 可 能 な 程 度 に 関 す る シ ナ リ オ で あ る 。
⑥
REDD 積 極 活 用 シ ナ リ オ
REDD は 比 較 的 安 価 に CO2 排 出 抑 制 に 寄 与 で き る と 見 ら れ て い る 。 ま た 、 森 林 の 保
全は、生物多様性の保持などの点から持続可能な発展にとっても重要と考えられる。
一方、これを排出権市場とリンクすると、排出権価格が下がり、排出削減対策が進ま
なくなる懸念もある。しかし、本シナリオは、安価な排出削減機会の活用に重きを置
き 。 よ り 積 極 的 に REDD を 活 用 す る シ ナ リ オ で あ る 。 森 林 減 尐 ・ 务 化 か ら の 温 室 効 果
ガ ス 排 出 削 減 の み な ら ず 、 REDD プ ラ ス と し て 炭 素 の 蓄 積 力 を 高 め る 行 動 も 活 用 す る 。
また、排出権市場とリンクし、より多くの機会の活用を想定する。
⑦
環境意識向上シナリオ
経済の発展に伴って環境意識が向上していくことはほぼ疑いの余地がない大きな流
れである。しかし、温暖化問題に関する環境意識が向上し、尐々高くてもより省エネ
- 107 -
ル ギ ー な 製 品 の 利 用 を 望 ん だ り 、 よ り 低 CO2 排 出 の 技 術 ・ 製 品 を 好 ん だ り す る よ う な
社会へとより一層の加速を想定するのがこのシナリオである。
⑧
温暖化適応力強化シナリオ
温 暖 化 適 応 力 は 、 そ の 国 の 経 済 力 に よ る と こ ろ も 大 き い 。 よ っ て 、 A、 B シ ナ リ オ に
よって適応力も規定される部分もある。しかし、その国にあった温暖化適応に関して
適応力強化に向けて集中的に取り組むことも可能である。本シナリオは、温暖化適応
力の強化に取り組み、温暖化影響被害の軽減を目指すシナリオである。
(3)
温暖化対策シナリオ
(2) で 想 定 し た サ ブ シ ナ リ オ は 、 温 暖 化 対 策 と は 直 接 関 係 の な い も の が ほ と ん ど で あ
るが、ここでは、温暖化対策に特化したシナリオ設定の方針について記載する。
IPCC の 次 期 排 出 シ ナ リ オ に お い て は 、 気 候 変 動 モ デ ル 計 算 等 の た め 、 既 往 の シ ナ リ
オ か ら 幅 広 い レ ン ジ を 表 現 す る 4 つ の シ ナ リ オ ( RCPs: Representatie Concentration
Pathways )の 選 定 が 行 わ れ て い る 。そ れ ら は RCP8.5( 2100 年 の 放 射 強 制 力 が 8.5 W/ m2 )、
RCP6.0( 2100 年 の 放 射 強 制 力 が 6.0 W/ m2 )、RCP4.5( 2100 年 の 放 射 強 制 力 が 4.5 W/ m2 )、
RCP3PD( RCP2.6 、放 射 強 制 力 の ピ ー ク が 3.0 W/m2 で そ の 後 低 下 し 、2100 年 に 2.6 W/ m2 )
が 選 定 さ れ て い る ( 図 3.5.2-3 )。 国 際 的 な 分 析 の 比 較 の た め に 、 本 研 究 に お い て も こ
れ ら の 排 出 シ ナ リ オ に 関 す る 分 析 を 実 施 す る 必 要 性 は 高 い 。RCP8.5 に つ い て は 、特 段 、
排 出 削 減 を 考 え な い シ ナ リ オ で あ る た め 、 そ れ を 除 く RCP6.0、 4.5、 3PD の 3 種 類 の 濃
度安定化シナリオについて、分析を行うこととする。
図 3.5.2 -3
IPCC 次 期 排 出 シ ナ リ オ RCP に お け る 放 射 強 制 力 推 移
- 108 -
3.5.3 長 期 シ ナ リ オ と 短 中 期 シ ナ リ オ と の 関 係
最後に本節では、ここで策定を行った長期シナリオと前節で策定を行った短中期シ
ナリオとの関係について整理を行っておきたい。
表 3.5.3-1 は 、 中 期 と 長 期 の シ ナ リ オ の 関 連 性 の 強 さ に つ い て 概 観 し た も の で あ る 。
「 コスト合理的温暖化対策シナリオ 」は 、地球温暖化防止の強い意志を 持ち 、し か も
それがかなり理想的に実現していくことができるとしたシナリオであり、このシナリ
オの下では他の2つのシナリオに比べ比較的低いレベルの排出量に抑制しやすいだろ
う。このシナリオは、長期的には先進国を中心に大量消費社会からの離脱も項調に進
む 可 能 性 も 高 い ( B シ ナ リ オ の よ う な 世 界 へ 向 か う )。
「民主的プロセス重視シナリオ 」でも 、地球温暖化防止の強い意志は持っている が 、
このシナリオでは費用効果的な対策はとられないため、比較的低いレベルの排出量に
抑制することには大きな困難が伴うだろう。しかし、本シナリオ分析では、そういっ
た 世 界 に お い て も 、よ り 低 レ ベ ル の 濃 度 安 定 化 を 目 指 す に は ど の よ う な 対 策 が 必 要 で 、
そのためにはどの程度の費用が生じるのか、等の分析を行う。
「エネルギー安全保障優先シナリオ」では、各国はエネルギー安全保障の問題が優
先される。エネルギー安全保障を強化し、結果として排出削減につながるような対策
は実施されるが、世界全体で温暖化対策において協調することは難しい。エネルギー
安全保障面から実施された省エネ、再生可能エネルギーの対策などによって、相応の
排 出 抑 制 は も た ら さ れ る が 、 世 界 的 な 協 調 が 難 し い た め 、「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ
オ」と同様に、低いレベルでの濃度安定化達成には大きな困難が伴う。
表 3.5.3 -1
長期
短中期
長期シナリオと短中期シナリオとの関係
[A] 消 費 厚 生 の 継 続 的 増 大
[B] 大 量 消 費 社 会 か ら の 離 脱
Baseline
RCP6
RCP4.5
RCP3PD
Baseline
RCP6
RCP4.5
RCP3PD
×
△
○
○
×
△
◎
◎
×
◎
○
△
×
○
○
△
○
◎
△
△
○
○
△
△
コスト合理
的温暖化対
策シナリオ
民主的プロ
セス重視シ
ナリオ
エネルギー
安全保障優
先シナリオ
注 ) ◎ : 関 連 が 強 い 、 ○ : 関 連 す る 、 △ : 尐 し 関 連 す る 、 ×: ほ と ん ど 関 連 し な い 。 な お 、
Bas elin e は 短 中 期 の そ れ ぞ れ の シ ナ リ オ で 同 じ 排 出 量 に な る わ け で は な い 。
- 109 -
参 考 文 献 ( 第 3.5 節 に 関 す る も の )
1)
IPCC: Special Report on Emissions Scenarios (SRES), Cambridge University Press, (2000)
2)
日本工業新聞新社:地球環境、Vol.12、No.2、(2007)
3.6
变述的シナリオのまとめ
本章では、地球温暖化問題と持続可能な発展に関するシナリオ策定にあたり、定量
的なシナリオ策定に先立って、变述的シナリオの策定を行った内容について整理を行
った。本研究ではできる限りモデル等を用いた定量的な分析を行い、包括的なシナリ
オ策定を行っているが、それでも定量的な分析が実施可能な範囲は限定される。その
ため、地球温暖化問題と持続可能な発展の全体像とその本質をあぶりだすために、本
節で行ったような定性的、变述的なシナリオ検討は重要である。
本 章 で は 、第 3.3 節 で は 他 研 究 で 策 定 さ れ た 变 述 的 シ ナ リ オ を 概 観 し た 上 で 、地 球 温
暖化問題と持続可能な発展に関する主要な論点をピックアップした。
第 3.4 節 で は 2030 年 頃 を 念 頭 に お い て 策 定 し た 中 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ を 策 定 し た 。
こ こ で は 、 そ れ ぞ れ あ り 得 る 世 界 と 考 え ら れ る 「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」、
「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」、「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ リ オ 」 の 3 つ の シ ナ リ
オを策定した。これらは優先される課題が異なる3つのシナリオである。後の章で定
量化の試みについて記述するが、これら3つのシナリオを定量的なシナリオとして描
くことによって、それぞれの世界像において、どのような温暖化対策が必要で、それ
がどの程度の費用で実現できるのかを明確にし、より深い議論を喚起できることが期
待できるはずである。
第 3.5 節 で は 2100 年 頃 の 分 析 を 念 頭 に お い た 長 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ に つ い て 記 述 し
た 。 こ こ で は 、 長 期 の シ ナ リ オ と し て 、「 A: 消 費 厚 生 の 継 続 的 増 大 」 シ ナ リ オ と 「 B :
大 量 消 費 社 会 か ら の 離 脱 」シ ナ リ オ を 策 定 し た 。B シ ナ リ オ は 、先 進 国 を 中 心 に 低 消 費
社 会 、脱 物 質 化 社 会 へ と 進 展 が 加 速 し て い く シ ナ リ オ で あ る 。ま た 、第 3.2 節 に 記 し た
ような様々な論点に答えていくための材料としてのサブシナリオについてもいくつか
のシナリオを策定した。
これらのシナリオをベースに定量的なシナリオ策定を進め、定量的なシナリオをベ
ースに再び、定性的、变述的な検討を行っていく予定である。
- 110 -
第 4章
4.1
モデル開発と定量的評価
モデル開発と定量的評価の概要
第2章、第3章で述べたように地球温暖化問題は、人口、経済発展、技術進歩、エ
ネルギー、水食料、環境、価値観等、持続的可能な発展に関する様々な課題と関わり
合っていることより、その解決のためには、ある対策が及ぼす影響の程度を、課題間
の連関を踏まえ、かつ定量的に把握しておく必要がある。そこで、本プロジェクトで
は、脱温暖化と持続的な発展に関し、特に重要と考えられるエネルギーシステム、産
業構造と経済、食料・エネルギー作物の生産と土地利用、水資源、都市、健康、生物
多様性等の観点から、コンピュータを用いたシステム分析モデルを開発してきた。本
章では、本年度のモデル開発内容とモデルを用いた定量的評価について記述する。
第 4.2 節 に は 、昨 年 度 に 引 き 続 い て 開 発 を 行 っ た 農 業 土 地 利 用 評 価 モ デ ル に つ い て 記
す。本モデルでは、食料需要や農業生産、農作物貿易の地域特性をより精細に反映す
る よ う に 、 世 界 地 域 区 分 を 昨 年 度 の 18 地 域 か ら 3 2 地 域 に 細 分 し 、 関 連 デ ー タ の 整 備 、
パ ラ メ ー タ 想 定 の た め の ア ル ゴ リ ズ ム 開 発 を 行 っ た 。そ し て 、改 定 し た モ デ ル を 用 い 、
SRES -A2,B1,B2 の 社 会 経 済 発 展 の 異 な る 3 つ の シ ナ リ オ を 対 象 に 、 食 料 需 要 を 満 た す
農作物生産のための土地利用、バイオ燃料生産のポテンシャル、及び、食料生産やバ
イオ燃料生産に伴う土地利用変化が炭素固定量に及ぼす影響を評価した。また、食料
安全保障に関する評価の一例として、熱量ベースでの食料量需給率を算出した。
第 4.3 節 に は 、温 暖 化 に よ る 水 資 源 量 変 化 の 他 、生 活 向 上 や 工 業 化 に 伴 う 水 需 要 増 加 、
農作物の生産量や貿易変化に伴う農業用水需変化を考慮した水需給評価モデルについ
て記述する。本モデルに関し、本年度は、気候予測の不確実性を考慮するため複数の
GCM デ ー タ と 現 在 気 候 デ ー タ を 整 備 し た 。 ま た 、 生 活 用 水 は 都 市 ・ 農 村 で の 需 要 量 の
違いを考慮する、工業用水は水多消費業種の生産量を基に需要量を推計する、農業用
水需要は農業土地利用モデルで分析した農作物の作付時期や品種、地点を基に算出す
るように、それぞれモデルを改良した。改良したモデルを用い、農業土地利用評価モ
デ ル と 同 じ く SRES-A2,B1,B2 の 異 な る 3 つ の シ ナ リ オ を 対 象 に 、 世 界 各 地 域 の 水 需 給
比、水ストレス人口等を算出した。また、仮に水需給比を意識して農業土地利用が定
められるとした場合、世界の水ストレス人口に及ぼす影響を試評価した。
交 通 部 門 は 地 球 温 暖 化 対 策 の 導 入 が 期 待 さ れ る 部 門 の 一 つ で あ る が 、 CO2 と い っ た
環 境 負 荷 の 低 減 と 同 時 に 、そ こ に 住 む 人 の 生 活 の 質 を 考 慮 す る 必 要 が あ る 。第 4. 4 節 に
は、昨年度より開発を始めた都市経済・交通行動の統合モデルについて記す。本年度
は、モデルの実都市への適用性を考慮し、交通システムのネットワークをより高度な
も の に 改 定 し た 。 ま た 、 北 海 道 札 幌 市 を 例 に 、 人 口 規 模 の 変 化 が 、 CO2 排 出 量 と 居 住
者の便益に及ぼす影響、さらに、公共交通料金設定等の政策がそれらに及ぼす影響を
試算した。
健康な生活は、年齢や地域を問わず誰もが願うものであり、健康なしに持続的な発
展はありえない。一方、温暖化による健康への影響を緩和することは、持続的発展に
- 111 -
シ ナ ジ ー 効 果 を も た ら す 事 が 期 待 さ れ て い る 。第 4.5 節 で は 、ど の よ う な 対 策 が 、温 暖
化影響の緩和、そして持続的発展に有用かを評価するための健康影響評価モデルの開
発 に つ い て 記 す 。 本 年 度 は 、 WHO で 検 討 さ れ た 世 界 地 域 別 の 疾 病 と 主 要 リ ス ク の 関 係
を利用し、リスクが増加又は減尐した場合、世界各地域の疾病死亡者数がどのように
な る か を 推 計 す る モ デ ル の 基 本 構 造 を 開 発 し た 。ま た 、ALPS の 長 期 シ ナ リ オ B 相 当 の
シ ナ リ オ を 対 象 に 、 2050 年 の 「 低 栄 養 」 と 「 環 境 」 に 関 す る リ ス ク の 変 化 を 考 慮 し た
場合の、年齢別疾病別死亡者数を試算した。
グローバル化の進展に伴い、人、物、情報の移動が活発化した国際経済の中で、温
室効果ガス排出削減の持続的な取り組みを実施しながら持続可能な経済発展を達成す
る た め に は 、公 平 な 排 出 削 減 目 標 が 重 要 で あ る 。第 4.6 節 で は 国 際 産 業 連 関 を 扱 っ た 世
界 多 地 域 多 部 門 モ デ ル DEARS を 用 い 、気 候 変 動 枞 組 条 約 附 属 書 I 国 で 掲 げ ら れ て い る
温室効果ガス排出量の中期削減目標を実施する際に考えられる、産業の国際競争力の
変化や炭素リーケージを評価した。
4.2
農業土地利用評価モデルの改良
RITE で は こ れ ま で 、 持 続 可 能 な 発 展 と 温 暖 化 対 策 の 両 立 策 を 検 討 す る た め の 分 析 ツ
ールとして、土地利用を整合的に評価するためのモデル開発を行ってきた。土地利用
に は 、 食 料 需 給 、 バ イ オ エ ネ ル ギ ー 、 CO2 固 定 化 植 林 、 生 物 多 様 性 、 淡 水 資 源 等 、 温
暖化に関連する様々な要素が関連し、これらの整合的評価には、各要素の連関を明示
的に考慮したモデル化が必要である。特に持続的発展において優先度の高い食料生産
を考慮した土地利用評価モデルが不可欠である。
昨年度は、貿易を考慮した農作物需要を満たす土地利用推計モデルを開発し、地域
別 の 食 料 需 要 を 外 生 的 に 与 え た う え で 、 2 つ の 気 候 シ ナ リ オ ( A1FI 、 B2) と 3 つ の 農
業シナリオ(趨勢、関税・補助金削減、食肉減尐)の下での土地利用を試算した。そ
の結果、いずれのシナリオでも与えられた食料需要を満たす土地利用が算定され、土
地資源が食料供給の制約とならないことを確認し、また、余剰地でのバイオ燃料生産
ポ テ ン シ ャ ル は 交 通 部 門 の 最 終 エ ネ ル ギ ー 需 要 の 6%~ 35%程 度 で あ る こ と を 推 計 し
た 。 た だ し 、 AEZ モ デ ル に よ る 農 作 物 卖 収 の 推 計 結 果 が 必 ず し も FAO 統 計
1)
と整合し
な い こ と 、 推 計 さ れ た 現 況 農 業 土 地 利 用 は GIS デ ー タ の 農 業 土 地 利 用 と 様 相 が 大 き く
異なること、灌漑や農業技術による卖収改善が十分考慮されていないこと、などの課
題が残された。加えて、外生的に与えた食料需要は 1 時点のクロスセクションデータ
に基づき推計されており、特に途上国の食料需要見通しが不安定である点も改良が必
要となっていた。
本年度は、昨年度の課題を解決するとともに、水資源評価やエネルギーシステム分
析 と の 連 携 を 考 慮 し た モ デ ル 拡 張 を 行 っ た 。具 体 的 に は 以 下 の 内 容 を 実 施 し た 。1 ) 食 料
需 要 の 推 計 で は 、 FAO の パ ネ ル デ ー タ ( 国 別 の 時 系 列 デ ー タ ) を 用 い 、 地 域 別 の 食 料
需要モデルを統計的に推計するとともに、貧困削減を考慮する場合の食料需要モデル
を 新 た に 作 成 し た 。2 )灌 漑 地 点 を 考 慮 す る と と も に 現 況 の 農 業 土 地 利 用 と 整 合 さ せ る た
- 112 -
め の GIS ベ ー ス の 土 地 利 用 制 約 デ ー タ を 作 成 し た 。 3)AEZ モ デ ル に 基 づ く 作 物 別 卖 収
の 現 況 推 計 結 果 と FAO 統 計 を 整 合 さ せ る た め の 調 整 係 数 を 系 統 的 に 算 定 す る た め の ア
ル ゴ リ ズ ム を 開 発 し た 。4 )貿 易 モ デ ル と 土 地 利 用 割 り 当 て モ デ ル を 統 合 し 、よ り 合 理 的
な 土 地 利 用 割 り 当 て モ デ ル を 作 成 し た 。5 )地 域 別 の 熱 量 ベ ー ス で の 食 料 需 給 比 率 を 分 析
し た 。6)余 剰 地 点 に お け る エ ネ ル ギ ー 作 物 の 栽 培 ポ テ ン シ ャ ル を 算 定 し 、そ の 費 用 曲 線
を推計した。
対象とする品目は、昨年と同様、一次農産品 5 品目(米、小麦、トウモロコシ、大
豆 、 ジ ャ ガ イ モ )、 畜 産 品 4 品 目 ( 牛 肉 、 豚 肉 、 鶏 肉 、 牛 乳 )、 加 工 品 4 品 目 ( 砂 糖 、
大豆油、菜種油、ヤシ油)とした。ただし、土地利用評価の対象とする農作物は、一
次農産品 5 品目に加え、加工品原料となるサトウキビ、菜種、パームとし、合計 8 品
目とした。
対 象 地 域 は 、 昨 年 度 は 18 地 域 と し た が 、 本 年 度 は 地 域 特 性 を よ り 精 細 に 反 映 す る た
め 32 地 域 と し た 。 ま た グ リ ッ ド ベ ー ス で の 分 析 で は 、 昨 年 度 と 同 様 に 1 5 分 グ リ ッ ド
としている。
4.2.1 モ デ ル の 構 成
本モデルの主要な構成は昨年度と同様だが、食料需要推計モジュールを新たに追加
し、貿易モデルを修正するなどいくつかの点で異なっている。推計フローは、まず、
地域別の将来食料需要を新たに開発したモデルに基づき推計する。この需要を満たす
よう、国内生産量および輸入量を地域別価格と国際価格を用いて推計し、輸入量は全
世界で集計された上で、国際市場で生産地に配分され、国内生産量と合算して地域別
の 生 産 量 を 算 定 す る 。 次 に 、 AEZ モ デ ル よ り 得 ら れ る グ リ ッ ド 別 卖 収 と 外 生 的 に 与 え
られる生産者価格に基づき、地点別作物別の潜在生産額を求め、得られた生産量を満
たすよう、生産額の高い作物と地点から項に土地利用を割り当てる。以上により、食
料需要 、気候シナリオと整合的な農業土地利用を推計する 。ただし 、初期年におい て 、
集 計 さ れ た 地 域 別 卖 収 と FAO 統 計 が 整 合 す る よ う 調 整 係 数 を 導 入 す る 。 推 計 フ ロ ー を
図 4.2.1 -1 に 示 す 。
- 113 -
図 4.2.1 -1
農業土地利用モデルの推計フロー
対象地域は、集約が粗すぎると土地利用の割り当てに偏りが生じ、細かすぎるとモ
デルが個別的な条件に十分対応できず再現精度が低下する可能性がある。ここでは、
RITE の エ ネ ル ギ ー シ ス テ ム モ デ ル で あ る DNE21+の 地 域 分 割( 5 4 地 域 )を ま ず 設 定 し 、
AEZ モ デ ル に よ る 推 計 と FAO 統 計 の 乖 離 が 大 き い 地 域 を 、 地 域 の 類 似 性 を 考 慮 し つ つ
隣 接 地 域 と 統 合 す る こ と と し た 。 そ の 結 果 、 図 4.2.1 -2 に 示 す 3 2 地 域 に 集 約 さ れ た 。
以降の分析では、この地域区分を用いる。
USA
United States
KOR
South Korea
Malaysia,
Singapore,
Brunei
IRN
Iran
MEX
Mexico
CAN
Canada
MSB
ARP
Arabian
Peninsula
BRA
Brazil
WEP
Western
Europe
IDS
Indonesia
UME
Upper
Middle East
PUA
JAP
Japan
THI
Thailand
TUR
Turkey
OSM
ANZ
Oceanina
PHI
Philippines
NOA
North Africa
RUS
CHN
China
IND
India
SOA
South Africa
AIS
APS
Afghanistan,
Pakistan
SEA
OTA
Other Asia
OSA
MDK
CLV
Mongolia
DPRK
Cambodia
Laos, Viet Nam
図 4.2.1 -2
South East
Africa
Other
S.S.Africa
対象地域
- 114 -
OFS
EEP
Paraguay
Uruguay
Argentina
Other South
America
Russia
Annex I
of FUSSR
Other
FUSSR
Eastern
Europe
4.2.2 食 料 需 要 推 計 モ デ ル
食 料 需 要 は 、昨 年 度 と 同 様 、一 人 当 た り GD P に 応 じ て 増 加 す る と 仮 定 す る 。た だ し 、
昨 年 度 は 、 2000 年 時 点 の ク ロ ス セ ク シ ョ ン デ ー タ を 用 い 全 世 界 で 同 じ モ デ ル を 用 い て
将来需要を推計したが、本年度は地域別の時系列データである、パネルデータを用い
て、地域毎の需要モデルを作成する。
モ デ ル は 、 ま ず 一 人 一 日 当 た り の 供 給 カ ロ リ ー を 一 人 当 た り GDP の 関 数 と し て 求 め
る。次に、供給カロリーは 4 品類(穀物・野菜,畜産品,砂糖,植物油)で構成され
る と し 、 そ の シ ェ ア が 一 人 当 た り GDP で 変 化 す る と 仮 定 す る 。 品 類 中 の 品 目 シ ェ ア は
地域別の現況値で与え、将来の品目別需要を求める。これにより、経済成長による品
目別の食料需要を求める。
(1) 一 人 当 た り 供 給 カ ロ リ ー の 推 計 関 数
一 人 当 た り GDP に 対 す る 供 給 カ ロ リ ー の 増 加 は 以 下 の 成 長 曲 線 を 仮 定 す る 。
Q
3
1  exp 1  GDP   2 
4
(4.2 -1 )
こ こ で 、   <0、 飽 和 水 準 =   +   で あ る 。
式 (4.2 -1)の パ ラ メ ー タ を 、 1961~2003 年 の FAO 統 計 の デ ー タ を 用 い 、 地 域 別 に 推 計
する。ただし、推計パラメータの符号条件や有意性、再現性等を考慮し、妥当性の低
い地域については、隣接あるいは類似する地域のパラメータを当てはめた。
こ の モ デ ル の 再 現 性 を 図 4.2.2 -1 に 示 す 。た だ し 、白 抜 き の 丸 は 観 測 値 で あ り 、実 線
はモデルによる推計値である。これを見ると多くの地域で再現性の高いモデルが得ら
れ て い る こ と が 分 か る 。半 数 以 上 の 1 7 地 域 で は 、相 関 係 数 が 0.9 を 超 え て い る 。特 に 、
主 要 国 で は 現 況 再 現 性 が 高 く 、 日 、 米 、 西 欧 、 中 、 印 、 ブ ラ ジ ル で は 0.9 以 上 、 ロ シ ア
は 0.80 と な っ て い る 。
一方、中東諸国、サブサハラアフリカは現況再現性が低い。例として、アラビア半
島 地 域 ( ARP) と 单 西 ア フ リ カ 地 域 ( OSA) に お け る GDP と 一 人 当 た り 供 給 量 の 関 係
を 図 4.2.2-2 に 示 す 。
- 115 -
図 4.2.2 -1
一人当たり供給カロリーの再現性
- 116 -
図 4.2.2 -1
一人当たり供給カロリーの再現性(続き)
- 117 -
左 : ア ラ ビ ア 半 島 ( ARP)、 右 : 南 西 ア フ リ カ ( OSA)
図 4.2.2 -2
一 人 あ た り GDP と 一 人 当 た り 供 給 カ ロ リ ー の 関 係
中 東 で は 、一 人 当 た り GDP は 石 油 価 格 の 影 響 が 大 き く 、1960 年 代 後 半 に 急 激 に 増 加
し た の ち 、 1970 年 代 後 半 以 降 の 成 長 は 停 滞 し て い る 。 そ の 後 の 人 口 急 増 に よ り 、 一 人
当 た り GDP は む し ろ 低 下 す る 傾 向 に あ っ た 。一 方 、食 料 需 要 は GDP の 増 加 よ り 遅 れ て
1970 年 代 後 半 に 大 き く 増 加 し て い る 。 ア ラ ビ ア 半 島 の 場 合 、 サ ウ ジ ア ラ ビ ア の 農 業 政
策 の 影 響 も 大 き く 、 こ の 地 域 で は 、 GDP と 食 料 需 要 の 間 に 必 ず し も 明 確 な 関 係 を 読 み
取ることができない。
一 方 、 サ ブ サ ハ ラ ア フ リ カ は GDP, 食 料 需 要 と も 低 い 水 準 で 推 移 し て い る が 、 そ れ
ら は 安 定 せ ず 、過 去 の デ ー タ の み に 基 づ け ば 、両 者 は ほ ぼ 無 相 関 で あ る( 図 4.2.2 -2 右 )。
このように、中東、サブサハラアフリカは、当該地域のデータのみを見ても、将来
の食料需要がどのように推移するか見通すことは困難である。そこで、比較的経済が
成 長 し て お り GDP と 食 料 需 要 に 関 係 が み ら れ る 隣 接 地 域 の 成 長 パ タ ー ン が 、 当 該 地 域
でも成立すると想定し、中東ではトルコ、サブサハラアフリカでは北アフリカの成長
パターンを当てはめることで、将来需要の推計を行うこととする。
以上の食料需要モデルは、実績データにのみ基づき推計されるものだが、これは各
地域の栄養不足状況とは無関係である。例えば、インド、タイ、サブサハラアフリカ
の 飽 和 水 準 ( 十 分 所 得 が 高 い 場 合 の 平 均 供 給 量 ) は 一 人 当 た り 2400kcal/day 程 度 と 推
計されているが、平均供給量がこの水準になれば当該地域の栄養不足が解消されるか
どうかは不明である。そこで以下では、一人あたりエネルギー供給分布に基づき、国
連の定義による栄養不足を解消する平均供給量を飽和水準とするモデルを検討する。
(2) 栄 養 不 足 解 消 を 考 慮 し た 飽 和 水 準
国 連 MDG で は 栄 養 不 足 人 口 比 率 を 推 計 し て い る
2 ) 。こ の 比 率 は 、一 人 あ た り エ ネ ル
ギ ー 供 給 分 布 と 活 動 維 持 に 最 小 限 必 要 な 食 料 エ ネ ル ギ ー ( MDER: Minimum Dietary
Energy Requirement ) を 想 定 し 、 MDER 以 下 の 確 率 と し て 算 定 さ れ て い る
3)。こ の 方
法 に 基 づ き 、 Fisher 4 ) ら は 、 独 自 の 分 析 か ら 、 平 均 摂 取 量 と MDER の 比 が 、 栄 養 不 足
人 口 比 率 と 明 確 な 負 の 相 関 を 有 す る と し て い る 。 そ こ で 、 平 均 供 給 量 と MDE R の 比 に
- 118 -
対 す る 、栄 養 不 足 人 口 比 率 を 図 4.2.2 -3 に 示 す 。た だ し 、栄 養 不 足 人 口 比 率 お よ び MD ER
は MDG デ ー タ ベ ー ス
2)、 平 均 供 給 量 は
図 4.2.2 -3
FAO 統 計 に 基 づ い て い る 。
平 均 摂 取 量 /MDER と 栄 養 不 足 人 口 比 の 関 係
こ れ を 見 る と 、 負 の 関 係 は み ら れ る も の の 、 平 均 供 給 量 / MDER に 対 す る 栄 養 不 足
人口比率は相当程度ばらついていることが分かる。このため、両者の関係を卖純に関
数化し、それに基づき栄養不足が解消する食料バランスを求めるとするならば、地域
により無視しえない誤差をもたらす可能性があると考えられる。
MDG の 栄 養 不 足 人 口 比 算 定 で は 、 一 人 あ た り エ ネ ル ギ ー 供 給 分 布 に 対 数 正 規 分 布 を
仮 定 し て い る 。 こ こ で は 、 平 均 供 給 量 、 MDER、 お よ び 栄 養 不 足 人 口 比 率 よ り 、 こ の 分
布を同定し、将来栄養不足人口比率が一定値未満となる平均供給量を各地域の飽和水
準 と し て 設 定 す る 。 そ の 際 、 MDG デ ー タ ベ ー ス で は 栄 養 不 足 人 口 比 率 を 5 %未 満 は 表
記していないことから、それ以下ならば栄養不足が解消されると想定する。具体的に
は 、 m を 平 均 食 料 エ ネ ル ギ ー 供 給 量 、 を エ ネ ル ギ ー 供 給 分 布 の 分 散 パ ラ メ ー タ 、 PUN
を 栄 養 不 足 人 口 比 、 f は 対 数 正 規 分 布 の 密 度 関 数 と し て 、 以 下 の 式 (4.2 -2)を に つ い て
解 く こ と で 食 料 供 給 分 布 を 同 定 し 、PUN を 5 %と お い た 式 (4.2 -3 )を m に つ い て 解 く こ と
で栄養不足解消時点の平均食料供給量(=飽和水準)を求める。
Find , where PUN 
Find m, wh ere 0.05 

MDER
0

MDER
0
f  x; m, dx
(4.2 -2 )
f  x; m, dx
(4.2 -3 )
この方法では食料配分の不平等度が将来にわたり固定されていることを想定してい
る。ここでは、推計される分散パラメータの比較的小さいタイ並みに、他の栄養不足
地域のパラメータを設定する場合の飽和水準も比較する。これは食料消費分布に関す
るジニ係数がタイ並みに改善することを意味している。
この格差が与える影響をみるために、インドを例として、分布の違いが飽和水準に
与 え る 影 響 を 示 す 。イ ン ド で は 、MDER が 1770kcal/ 日 、平 均 消 費 カ ロ リ ー が 2473kcal /
日 で あ り 、 国 連 の MDG-D B に よ れ ば 、 現 在 栄 養 不 足 人 口 比 が 21% と 推 計 さ れ て い る 。
こ の 格 差 が 維 持 さ れ た ま ま 、す な わ ち ジ ニ 係 数 を 固 定 し た ま ま 、栄 養 不 足 人 口 を 5% と
- 119 -
す る に は 、平 均 消 費 カ ロ リ ー を 3294kcal/ 日 と す る 必 要 が あ る 。そ の 一 方 、格 差 が タ イ
並 み に 縮 小 す る と 、 平 均 消 費 カ ロ リ ー が 2758 kcal/ 日 で 栄 養 不 足 人 口 は 5%と な る ( 図
4 .2 .2 - 4 )。 こ れ は 、 格 差 が 縮 小 す る と 食 料 供 給 の ば ら つ き が 小 さ く な る た め 、 平 均 供 給
水 準 が 比 較 的 低 く て も 、 MDER 以 下 の 人 口 比 率 は 小 さ く な る の に 対 し て 、 ジ ニ 係 数 が
維 持 さ れ 、 ば ら つ き が 大 き い と 、 平 均 供 給 水 準 を 相 当 程 度 高 く し な け れ ば 、 MD E R 以
下の人口比率は小さくならない。つまり、食料供給にかかわる社会格差が縮小すれば
栄養不足人口の解消はより容易に達成できることを意味する。
図 4.2.2 -4
食料エネルギー供給分布の現況と将来設定(インド)
以 降 で は 、4.2.2 (1 )で 推 計 し た 飽 和 水 準 に 基 づ く 食 料 需 要 を「 標 準 食 料 消 費 シ ナ リ オ 」、
食 料 消 費 格 差 維 持 し た ま ま 栄 養 不 足 が 解 消 す る 場 合 を「 MDG 達 成・格 差 大 シ ナ リ オ 」、
消 費 格 差 が タ イ 並 み に 縮 小 し 栄 養 不 足 が 解 消 す る 場 合 を「 MDG 達 成・格 差 小 シ ナ リ オ 」
と 定 義 す る 。 図 4 .2 .2 - 5 は 、現 況( 200 3 年 )の 摂 取 量 、標 準 食 料 消 費 シ ナ リ オ 、MDG
達 成 ・ 格 差 大 シ ナ リ オ 、 同 格 差 小 シ ナ リ オ の 飽 和 水 準 を 示 し て い る 。 た だ し 、 MDG 達
成シナリオにおいて飽和水準が標準食料消費シナリオのものを下回る場合には、標準
食料消費シナリオの値を設定する。
タイやインドなど、標準食料消費シナリオの飽和水準が低く推計された地域では、
栄養不足の解消を考慮すると、より高い飽和水準になる。インドネシアについても、
MDG 達 成 シ ナ リ オ の 飽 和 水 準 は 、標 準 食 料 消 費 シ ナ リ オ よ り も 大 幅 に 高 い 値 と な っ て
いる。ただし、不平等度がタイ並みになれば、標準食料消費シナリオの水準と同程度
でも栄養不足が解消する。また、インド、アフガン等では、栄養不足解消に必要な飽
- 120 -
和水準は、標準食料消費シナリオより大幅に高いが、一人あたり消費格差がタイ並み
になると、必要な飽和水準は両者の中間程度となる。
1 0 0 0k c a l /ca p /d a y
図 4.2.2 -5
飽和水準の設定値
以上より、将来の総食料需要は、栄養不足の解消の程度や食料供給格差(食料エネ
ルギー供給分布)の想定により大きく変わりうることが分かる。以下では、標準食料
- 121 -
消 費 シ ナ リ オ を 基 準 と し て 他 の 需 要 シ ナ リ オ に つ い て 分 析 を 行 う 。 た だ し 、 式 (4.2- 1 )
の パ ラ メ ー タ  、  、  は 、 各 シ ナ リ オ の 飽 和 水 準 を 与 え た 上 で そ れ ぞ れ 推 計 し て
い る 。標 準 食 料 消 費 シ ナ リ オ の モ デ ル に SRES-A 2 シ ナ リ オ の GDP を 当 て は め た 場 合 の
一 人 当 た り 食 料 需 要 の 推 移 を 図 4.2.2-6 に 示 す 。
図 4.2.2 -6
一 人 当 た り 食 料 需 要 の 算 定 結 果 ( A2 シ ナ リ オ )
な お 、 MDG に お け る 栄 養 不 足 人 口 は あ く ま で も 推 計 値 で あ り 、 現 状 の 栄 養 不 足 人 口
比 率 は 過 大 で あ る と の 指 摘 も さ れ て い る 。こ の 場 合 、上 記 推 計 で は MDG の 推 計 と 同 様
の方法を用いているため、将来の食料需要飽和水準を、やはり過大に推計している可
能性があることに留意が必要である。
(3) 品 類 シ ェ ア の 推 計
先進国はの品類シェアは、おおむね安定的に推移しているが、多くの途上国では、
特に植物油と畜産品のシェアが増加途上である。このため、地域別の時系列データの
みに基づくモデルでは大幅な外挿となるため、推計が不安定となる可能性がある。
モ デ ル は 、品 類 ご と に 式 (4.2 -1 )と 同 様 の 成 長 曲 線 で 表 す が 、特 に そ の 飽 和 水 準 が 将 来
推計に大きく影響する。日、米、西欧は、現時点で安定的に推移しているため、他の
地 域 の シ ェ ア の 飽 和 水 準 は そ の い ず れ か を 与 え る 。 具 体 的 に は 、 FAO の 消 費 類 似 性 指
数 ( CSI: Consumption Si milarity Index ) 5 ) を 用 い 、 4 品 類 ( 穀 物 ・ 野 菜 、 砂 糖 、 植 物 油 、
畜 産 品 ) に 関 し て 、 地 域 ご と に 日 、 米 、 西 欧 の 2003 年 の 消 費 パ タ ー ン に 近 い も の を 与
え る 。 CSI は 次 式 で 定 義 さ れ る 。
CSI j ,k  1 
1
 Sij  Sik
2 i
(4.2 -4 )
こ こ で 、 Sij は 地 域 j に お け る 品 類 i の 消 費 カ ロ リ ー シ ェ ア を 表 す 。 CSI を 算 定 し た
結果、カナダは米国、豪州とアルゼンチンは西欧、その他の地域は日本の消費パター
ン が 最 も 近 か っ た( 図 4 .2 .2 -7 )。こ の 対 応 に 従 い 、地 域 別 の 品 類 別 飽 和 水 準 を 設 定 し 、
そ の も と で 、 式 ( 4 .2 - 1 )の パ ラ メ ー タ 1、 2、 3 を 地 域 ご と に 推 計 し た 。 た だ し 、 砂
糖 、 植 物 油 、 畜 産 品 の み 式 ( 4 .2 - 1 )で 推 計 し 、 穀 物 ・ 野 菜 は 、 む し ろ 減 尐 す る た め 、 1 か
ら そ れ ら の 和 を 引 い た も の と し て 算 定 す る 。 モ デ ル の 再 現 性 を 図 4 .2 .2 - 8 に 示 す 。
- 122 -
将来推計においては、現状で既に飽和水準に達している地域は現況で固定する。ま
た統計に基づくパラメータ推計の結果、砂糖、植物油、畜産品が減尐関数となる場合
は、類似地域の値を設定する。例えば、砂糖では北朝鮮、インドネシア、その他アジ
ア、その他旧ソ連が減尐関数となる。ここでは、それぞれ、中国、マレーシア、イン
ド ネ シ ア 除 く ASEAN 平 均 、 ロ シ ア の 値 を 用 い る 。
図 4.2.2 -7 各 地 域 の CSI( 縦 軸 : CSI, 横 軸 : 一 人 当 た り GDP)
図 4.2.2 -8 品 類 別 シ ェ ア 推 計 モ デ ル の 再 現 性
- 123 -
図 4.2.2 -8 品 類 別 シ ェ ア 推 計 モ デ ル の 再 現 性 (続 き )
- 124 -
以 上 の 想 定 に 基 づ く 地 域 別 の 品 類 シ ェ ア の 将 来 算 定 結 果 を 図 4.2.2 -9 に 示 す 。 途 上
国では経済成長に伴い植物油、畜産品のシェアが増加し、穀物・野菜が減尐する設定
となっている。
図 4.2.2 -9 品 類 別 シ ェ ア の 算 定 結 果 ( A2 シ ナ リ オ )
4.2.3 食 料 貿 易 モ デ ル
(1) 貿 易 モ デ ル の 構 造
前節で推計した食料需要から、貿易モデルを通じて生産地を決定する。貿易モデル
では、まず地域毎に国産品と輸入品の需要を求める。輸入品は国際市場から調達する
として、それを集計したものを貿易需要とする。国際市場における輸出シェアは地域
別の生産者価格を説明変数とするモデルで決定し、貿易需要に乗ずることで、地域別
の輸出量を算定する。この輸出量と国産需要を合計したものを地域の生産量とする。
国 産 品 の シ ェ ア SD は 次 の 二 頄 ロ ジ ッ ト モ デ ル で 与 え る 。
SD 
exp  d 1  PD   d 0 
exp  d 1  PD   d 0   exp  d 1  1     PI 
(4.2 -5 )
こ こ で 、 PD は 国 内 価 格 、 PI は 国 際 価 格 、 は 関 税 、 d1、 d0 は パ ラ メ ー タ で あ る 。 た
だ し  d 1 <0 で あ り 、 P D が 小 さ い ほ ど 、 あ る い は P I が 大 き い ほ ど 国 産 シ ェ ア が 高 ま る 構
- 125 -
造 と な っ て い る 。地 域 i に お け る 品 目 k の 需 要 を Q i k と し 、国 産 シ ェ ア を S D i k と す る と 、
国 産 品 需 要 QikD、 輸 入 品 需 要 QikI は そ れ ぞ れ 次 式 と な る 。
QikD  S Dik  Qik
(4.2 -6 )
QikI  1  S Dik   Qik
(4.2 -7 )
す る と 、品 目 k の 貿 易 需 要 Q k I = i Q i k I と な る 。次 に 、地 域 j の 国 際 市 場 シ ェ ア S E j k は 、
そ の 国 内 価 格 PDjk を 変 数 と し て 次 の 多 頄 ロ ジ ッ ト モ デ ル で 表 す 。
S Ejk 
exp  e1  PDjk   ej 

j'
exp  e1  PDj 'k   ej ' 
(4.2 -8 )
こ こ で  e 1 <0 で あ り 、価 格 の 安 い 地 域 ほ ど シ ェ ア が 高 く な る 構 造 と な っ て い る 。ま た 、
ej は 地 域 固 有 の パ ラ メ ー タ で あ り 、 価 格 以 外 の 競 争 力 等 を 反 映 し た 値 と す る 。
地 域 i の 輸 出 量 は QkI×SEik で あ り 、 結 局 、 地 域 i の 生 産 量 は 次 式 で 与 え ら れ る 。
QikS  QikD  S Eik  QkI
(4.2 -9 )
な お 、 国 際 市 場 シ ェ ア と 地 域 別 価 格 を 用 い て 、 国 際 価 格 PIk は 次 式 で 表 さ れ る 。
PIk   j S Ejk  PDjk
(4.2 -10 )
(2) モ デ ル パ ラ メ ー タ の 設 定
上記モデルは価格に応じて国産シェア、国際市場シェアを算定する形式となってい
る。このパラメータを設定するために、まず国際価格と国内価格の差に対する国産シ
ェ ア を プ ロ ッ ト し た も の を 図 4.2.3 -1 に 示 す 。 た だ し 、 デ ー タ は 、 1991 年 か ら 200 3 年
の地域別データをプールしたものである。
これを見ると、国内価格が国際価格よりも大幅に高い地域では、多くの品目で国産
シェアが低い傾向がみられるが、一方で国内価格が安いからと言って、必ずしも国産
シェアが高いとは限らないことが読み取れる。特に、国内価格と国際価格が同程度の
場合の国産シェアのばらつきは大きく、価格のみでこれらのデータを説明することは
困難である。
ま た 、国 内 価 格 に 対 す る 国 際 市 場 シ ェ ア を プ ロ ッ ト し た も の を 図 4.2.3 -2 に 示 す 。た
だ し 、 デ ー タ は 1990 年 代 の 平 均 値 で あ る 。 こ れ よ り 、 価 格 の 高 い 地 域 で は 、 お お む ね
国際市場シェアが低いが、価格が低くても必ずしもシェアは高くないことが分かる。
国際市場シェアはほとんどの地域でゼロ近辺であり、寡占的な市場であることが読み
取れる。国産シェアの場合と同様、価格のみでデータを説明することが困難である。
- 126 -
図 4.2.3 -1
図 4.2.3 -2
内外価格差に対する国産シェア
価格に対する国際市場シェア
- 127 -
農業部門では様々な補助制度や貿易制限が存在し、完全な市場を想定したモデルで
は現況を表現することは難しいと考えられる。これらデータを用い、前節のモデルパ
ラメータを推計したが、価格に対する貿易量、市場シェアの感度は極めて低く、また
一部のパラメータは符号条件を満たさなかった。
一 方 、 GTAP 6 ) で は 農 業 貿 易 に つ い て も モ デ ル パ ラ メ ー タ が 与 え ら れ て お り 、 価 格 に
対する貿易額の推計を可能としている。
GTAP に お け る 貿 易 は CES 関 数 を 用 い て 表 現 さ れ て い る が 、 こ れ は 一 般 化 平 均 を 与
えるものであるため、要素需要(国産品と輸入品、あるいは地域別の輸出量)の和が
総量と必ずしも一致しない特性がある。本分析では需給バランスを満たす土地利用の
推 計 に 主 眼 が あ る た め 、GTAP の 関 数 を そ の ま ま 用 い る こ と は 適 切 で は な い と 考 え ら れ
る。
そ こ で 、 GTAP の 代 替 弾 力 性 を 用 い 、 上 述 の ロ ジ ッ ト モ デ ル の 分 散 パ ラ メ ー タ  d 1 、
e1 を 推 計 し た う え で 、 地 域 間 貿 易 量 の デ ー タ に フ ィ ッ ト す る よ う ダ ミ ー パ ラ メ ー タ
 d 0 、  e j を 推 計 し た . ま ず 、 代 替 弾 力 性 の 定 義 は 、 2 つ の 財 の 価 格 比 ( p 1 /p 2 ) の 変 化 に
対 す る 要 素 需 要 比 ( Q 1 /Q 2 ) の 変 化 率 で あ り 、 次 式 で 表 わ さ れ る 。
 
p1 / p2 d Q1 / Q2 

Q1 / Q2 d  p1 / p2 
(4.2 -11 )
こ の 定 義 に 従 う と 、ロ ジ ッ ト モ デ ル の 分 散 パ ラ メ ー タ と 価 格 を 用 い て は 次 式 で 表 わ
される。
 
p1  p2
 1
p1  p2
(4.2 -12 )
GTAP で は 国 産 品 と 輸 入 品 、 お よ び 輸 入 元 間 の を 与 え て い る の で 、 価 格 が 与 え ら れ
れ ば 1 を 求 め る こ と が で き る 。 国 産 シ ェ ア の 推 計 で は 、 財 は 国 産 品 と 輸 入 品 の 2 種 類
で あ る た め 、 式 (4.2-4 )を 用 い て 、 品 目 ・ 地 域 毎 に  d 1 を 求 め る こ と が で き る 。 一 方 、 国
際 市 場 シ ェ ア の 推 計 で は 、 地 域 が 32 種 類 存 在 す る た め 、 も し 全 て の 地 域 が 輸 出 し て い
る と 992 通 り の 組 み 合 わ せ が 存 在 す る 。こ こ で は 、FAO 統 計 よ り 求 め た 1990 年 代 平 均
の価格データを用い、品目毎に、全ての輸出地域の組み合わせを平均化したパラメー
タ  e 1 を 求 め た 。 ま た 、ダ ミ ー パ ラ メ ー タ  d 0 、  e j は 、 品 目 別 、地 域 別 に 、 現 状 の 価 格 の
もとで貿易量と一致するよう設定した。
以上まとめると、貿易のシェアをロジットモデルで表し、その価格感度パラメータ
は GTAP の 代 替 弾 力 性 を 用 い て 推 計 し た 。 ま た 、 現 状 の 貿 易 シ ェ ア と 一 致 す る よ う ダ
ミーパラメータを設定している。このため、このモデルは現況を再現してはいるが、
その価格感度は文献に基づく設定値であり、必ずしも過去のデータを再現するものと
は限らないことに留意が必要である。
- 128 -
4.2.4 調 整 係 数 算 定 ア ル ゴ リ ズ ム
一 次 農 作 物 の 卖 収 は 、 昨 年 度 と 同 様 AEZ モ デ ル を 用 い て 推 計 す る 。 AEZ モ デ ル は 気
候、地形、土壌等の条件に基づき、グリッド毎に農作物の生産量を推計する。ただし、
このモデル卖体では、どのグリッドでどの作物を栽培するか推計することはできず、
ま た 、こ の た め に FAO 統 計 の 卖 収 と ど の 程 度 整 合 し て い る か 検 証 す る こ と が で き な い 。
昨年度は、卖収と価格に基づき、最も生産額の高い土地利用を割り当てるアルゴリ
ズ ム を 作 成 し 、特 定 の 需 要 シ ナ リ オ の 下 で 土 地 利 用 の 将 来 推 計 を 行 っ た が 、そ の 結 果 、
推 計 さ れ る 卖 収 は 必 ず し も FAO 統 計 と 整 合 し て い な い こ と が 明 ら か と な っ た 。
そ こ で 、 本 年 度 は 地 域 別 卖 収 の 現 況 推 計 値 を FAO 統 計 と 整 合 さ せ る た め の 、 調 整 係
数を算定するアルゴリズムを作成する。その際、できる限り現況と整合をとるため、
灌漑状況と二期作を考慮するとともに、農業土地利用現況も反映させる。分析の手項
を以下に示す。
1)
灌 漑 グ リ ッ ド の 設 定 : AquaSTAT の 灌 漑 地 図
7)に 基 づ き 灌 漑 グ リ ッ ド を 特 定 す る
。
こ の 灌 漑 地 図 は グ リ ッ ド 毎 の 灌 漑 面 積 比 率 を 与 え て い る 。こ こ で は 、国 ご と の 灌 漑
面積と一致するように、灌漑比率の高いグリッドから灌漑地点を設定することで、
AquaSTAT の 灌 漑 地 図 を 二 値 化 す る 。
2)
USGS の 土 地 利 用 地 図 ( 30 秒 グ リ ッ ド ) 8 ) を 15 分 グ リ ッ ド に 集 計 し 、 農 地 土 地 利
用比率の高い地点を農業利用可能グリッドとして設定する。ここでは、地域別に、
農 業 利 用 可 能 グ リ ッ ド が FAO 統 計 の 栽 培 面 積 の 2 倍 と な る よ う に 設 定 す る 。
3)
上 記 、農 業 利 用 可 能 グ リ ッ ド と 灌 漑 グ リ ッ ド を 合 わ せ た 範 囲 で の み 、栽 培 可 能 と 仮
定する。
4)
卖 収 と 価 格 に 基 づ き 、グ リ ッ ド 別 品 目 別 の 生 産 額 を 算 定 し 、栽 培 可 能 な 範 囲 で 、生
産 額 の 最 も 高 い グ リ ッ ド 、品 目 か ら 項 に 与 え ら れ た 生 産 量 に 達 す る ま で 、土 地 利 用
を 割 り 当 て る 。 生 産 量 は FAO 統 計 に 基 づ き 与 え る 。
5)
品 目 別 地 域 別 に 、 栽 培 面 積 と 生 産 量 か ら 平 均 卖 収 を 求 め 、 FAO 統 計 の 卖 収 と の 比
を求め、この値を乗ずることで調整係数を更新する。
6)
調 整 係 数 の 更 新 に よ り グ リ ッ ド 別 品 目 別 の 卖 収 と 生 産 額 が 変 わ る た め 、卖 収 誤 差 が
十 分 小 さ く な る ま で 土 地 利 用 割 り 当 て と 調 整 係 数 の 更 新 を 繰 り 返 す 。た だ し 、所 定
の更新回数を超えた場合には打ち切る。
以 上 の 分 析 手 項 の 概 略 を 図 4 .2 .4 - 1 に 示 す 。 な お 、 こ こ で 求 め る 調 整 係 数 は AEZ モ
デ ル の 技 術 水 準 と 密 接 な 関 係 を 持 つ と 解 釈 さ れ る 。 AEZ モ デ ル で は 技 術 水 準 を LAI
( Leaf Area Index ) と HI( Harvest Index ) を 用 い て 表 し て い る が 、 両 者 と も 、 純 バ
イ オ マ ス 生 産 量 に 乗 ず る こ と で 、 潜 在 卖 収 の 導 出 に 用 い ら れ て い る 。 原 典 で は LAI 、
HI と も 、 3 種 類 の 値 を 設 定 し て い る が 、 ど の 値 を 用 い る か は 明 確 に は さ れ て い な い 。
- 129 -
図 4.2.4 -1
調整係数の推計フロー
以 下 で 求 め る 調 整 係 数 は 、LAI、HI と も High input の ケ ー ス を 全 て の 地 域 に 適 用 し
た 場 合 の 卖 収 推 計 値 に 対 し て 、 FAO 統 計 の 卖 収 と 整 合 す る よ う 求 め る 。 こ の た め 、 調
整係数は、地域間の投入技術の差も含んだ指標となっている。
具 体 的 に は 、 グ リ ッ ド i の 気 候 ・ 地 理 条 件 を Gi と 表 し 、 作 物 k の バ イ オ マ ス 総 生 産
量 を Bn k 、調 整 係 数 を H k 、含 水 重 量 変 換 係 数 を  k と 表 す と 、卖 収 Y k i は 次 式 で 表 さ れ る 。
Yki  Bnk Gi   H k  k
(4.2 -13 )
作 物 k が 栽 培 さ れ る 地 点 集 合 を Ik と し 、 地 点 i の 面 積 を Ai と す る と 、 作 物 k の 総 生
産量は次式となる。
Qk   Yki  Ai  H k  k   Bnk Gi   Ai
iI k
(4.2 -14 )
iI k
これより、平均卖収は次式となる。
Yk 
Qk
 H k  k   Bnk Gi   Ai
Ak
iI k
A
iI k
i
(4.2 -15 )
こ こ で 、I k が 決 ま っ て い れ ば 、所 与 の 卖 収 Y k *と 一 致 す る 技 術 係 数 H k ’は 次 式 と な る 。
Hk '
Yk*
 Hk
Yk
- 130 -
(4.2 -16 )
一 方 、 Ik は 次 の 問 題 を 近 似 的 に 解 く こ と で 求 め て い る 。
max  S ki
I k k 
(4.2 -17 )
k iI k
whe re Ski  pk  Yki  Ai
s.t. Qk  Qk
*
for k
こ こ で 、 S k i は 生 産 額 、 p k は 作 物 k の 価 格 、 Q k * は 所 与 の 生 産 量 で あ る 。こ れ を 近 似 的
に解くアルゴリズムは昨年度とほぼ同様であるが、需給ギャップの処理を変更してい
る。以下に、本年度のアルゴリズムを示す。
アルゴリズム
1)
地 点 i、 作 物 k の 生 産 額  i k 、 生 産 量 q i k の 配 列 i][k]、 q[i][k]を 作 成 し 、 こ れ ら を
生 産 額 i に つ い て 降 項 に ソ ー ト す る 。こ の と き 、生 産 額 が j 番 目 の 地 点 番 号 を i[j] 、
品 目 を k[ j] と 表 記 す る ( す な わ ち 、 i[j]]k[ j]]> i[ j+1]] k[j+1]] )。 ま た 、 評 価
対 象 作 物 k の 集 合 を K、 j の 最 大 値 を J と す る 。
2)
j=1、 作 物 別 生 産 量 の 合 計 tQx[ k]=0 ( k) と す る 。
3)
tQx[k[j]]= tQx[ k[ j]]+q[ i[ j]][ k[ j]]
4)
① tQx[k]<Qxk( k K)か つ j<J の と き j=j+1 と し て 3 )に 戻 る( Qxk は 生 産 目 標 )。
② j<J か つ 、 あ る k に 関 し tQx[ k] ≥Qxk の と き
・ 作 物 k の 生 産 目 標 を 達 成 し た の で 、 j+1 以 降 の 作 物 k の 生 産 額 を 0 に 更 新
( i[j ’]][ k]=0、 for j<j ’≤J)
・ こ れ を 反 映 し 、 j+1 以 降 の i][ k]、 q[ i][k] を 生 産 額 に 関 し て 降 項 に ソ ー ト 。
・ K の 要 素 が 2 以 上 の と き 、 K か ら k を 除 き 、 j=j+1 と し て 3 )に 戻 る 。 K の 要 素
が k の み の 場 合 、 K=と し て 終 了 。
③ j=J か つ K の と き 5 )に 進 む ( K に 含 ま れ る 作 物 k は 供 給 量 を 満 た せ な い )
5)
す べ て k (K)に つ い て QXk=Qxk -tQx[k] を も と め 、こ れ を 地 域 X に つ い て 合 計 し 、
作 物 別 の 需 給 ギ ャ ッ プ Qk を 求 め 終 了 。
こ こ で 、 調 整 係 数 を FAO 統 計 と 整 合 す る よ う 導 出 す る の で 、 上 記 ア ル ゴ リ ズ ム に お
いて需給ギャップは生じない。一方、将来推計においては、後述のように貿易モデル
を用いてギャップを解消する。
このようにして調整係数と栽培地点集合を同時に求めるが、当然のことながら、調
整 係 数 が 変 わ る と 、地 点 別 の 卖 収 Y k i も 変 化 す る た め 、栽 培 地 点 集 合 I k も 変 化 す る 。こ
のため、調整係数と栽培地点の更新を、所与の卖収との誤差が十分小さくなるまで交
互に繰り返す。ただし、技術係数の更新においては、プログラム上は収束の安定性を
高 め る た め 次 式 を 用 い て い る 。 こ こ で 、  は 0.6 を 用 い て い る 。 ま た t m a x は 15 回 と し
た。
- 131 -
H
t 1
k

Yk*
t 
t
   
 t  H kt  1   
 H kt
Yk
t max 
t max

図 4.2.4 -2
図 4.2.4 -3
(4.2 -18 )
調整後の再現性(単収)
調整後の再現性(生産量)
以 上 の 方 法 に 基 づ き 、 1990 年 代 平 均 の デ ー タ を 用 い 調 整 係 数 を 求 め た 。 調 整 後 の 卖
収 と 生 産 量 の 再 現 性 を 図 4.2.4 -2、 図 4.2.4 -3 に 示 す 。 こ こ で 、 横 軸 は FAO 統 計 値 、
縦軸は推計値である。これより、いずれの作物でも、卖収と生産量に関し、おおむね
現況を再現していることが分かる。
一 人 当 た り GDP に 対 す る 推 計 さ れ た 調 整 係 数 を プ ロ ッ ト し た も の を 図 4.2.4 -4 に 示
す 。こ れ を 見 る と 、い く つ か の 品 目 に つ い て GDP に 対 し て 調 整 係 数 が 高 ま る 傾 向 が み
- 132 -
ら れ る が 、小 麦 や コ メ な ど は GDP の 十 分 高 い 地 域 間 で も ば ら つ き が 大 き い 。一 般 に 農
業 生 産 に お け る 技 術 投 入 は 、 そ の 費 用 対 効 果 で 判 断 さ れ 、 GDP が 高 い か ら と 言 っ て 必
ずしも集約的な農法がとられているとは限らない。もし求めた調整係数が純粋に技術
水準の相違を反映しているとするならば、プロットの包絡線が技術フロンティアを表
すと解釈できる。しかし、この調整係数は必ずしも技術水準の相違のみを反映してい
るとは限らず、モデルで考慮していない品目の二毛作や、個別的な土地利用状況、あ
るいは灌漑、土壌、気象条件等に関するローカルなデータの不備等を反映している可
能 性 も あ る 。将 来 推 計 に お い て は 、技 術 向 上 に よ る 調 整 係 数 の 変 化 を 考 慮 す べ き だ が 、
こ こ で の 結 果 か ら 、経 済 成 長 に 応 じ た 変 化 を 直 ち に 導 く こ と は 困 難 で あ る 。こ の た め 、
技術水準の向上については、別途シナリオとして検討する。
図 4.2.4 -4
一 人 当 た り GDP に 対 す る 調 整 係 数
4.2.5 畜 産 品 、 加 工 品 の 飼 料 、 原 料 投 入 量
畜産品と加工品はその生産地で飼料、原料を投入して生産される。特に畜産品は地
域 に よ り 飼 料 の 投 入 量 や 構 成 が 異 な る た め 、そ れ ら を 反 映 し た 需 要 推 計 が 必 要 で あ る 。
以下では、畜産・加工品の需要量を一次農産品需要量に変換する方法を整理する。
(1) 畜 産 品 飼 料 需 要 の 推 計
飼料需要は、畜産品生産量に、生産量当たり飼料要求率を乗じて総需要を求め、こ
れ に 地 域 別 の 飼 料 品 目 シ ェ ア を 掛 け る こ と で 、品 目 別 の 飼 料 需 要 を 算 定 す る 。こ こ で 、
飼 料 要 求 率 は 畜 産 品 目 で 異 な り 、 Alexandratos 9 ) は 給 餌 強 度 を 用 い た 畜 産 品 生 産 量 を 次
式で提案している。
0.3(beef+ mutton production)+0 .1(milk production)+1 .0(pork+poultry+egg production) (4.2 -19 )
- 133 -
こ れ は 、 豚 、 鶏 、 卵 を 1 と す る と 、 牛 、 羊 は 牧 草 を 食 べ る の で 飼 料 需 要 は 0.3 、 牛 乳
で は 0.1 と 想 定 し て い る こ と を 意 味 す る 。
し か し 、 こ の 重 み 係 数 は 育 成 方 式 に よ り 異 な る と 考 え ら れ る 。 例 え ば 、 川 島 ( 2008 )
は 1kg の 食 肉 生 産 に 、 牛 肉 で 8kg、 ブ ロ イ ラ ー で 2.5kg 、 豚 肉 で 4kg の 飼 料 が 必 要 と し
て お り 、Alexandratos と は 異 な る 重 み と な る 。ま た 、日 本 の 近 年 の い く つ か の 試 験 結 果
を 見 る と 、牛 肉 で は 枝 肉 1kg 当 た り 8kg 程 度 の 配 合 飼 料 を 必 要 と し 、羊 で は 3kg、豚 肉
は 3.2kg 、 鶏 は 2kg、 卵 は 2.2kg、 牛 乳 は 0.5kg を 必 要 と し さ れ て い る 。
FAO 統 計 で は 品 目 別 の 飼 料 供 給 総 量 が 与 え ら れ て い る が 、 ど の 畜 産 品 に ど れ だ け 飼
料 需 要 が あ る か は 示 さ れ て い な い 。そ こ で 、Alexandratos の 係 数 を 粗 放 的 方 法 、近 年 の
日 本 の 値 を 集 約 的 方 法 と 想 定 し 、 両 者 の 重 み 付 き 平 均 に 生 産 量 を 乗 じ た も の が FAO 統
計の飼料供給総量と等しくなるよう、重みパラメータを求めることとした。具体的に
は 次 式 を 用 い て 、 重 み を 求 め た 。
1   Ve   Vi  X  Q *
→

Q * Ve  X
Vi  Ve   X
(4.2 -20 )
Ve: 粗 放 的 畜 産 法 に よ る 飼 料 要 求 率 ベ ク ト ル
Vi: 集 約 的 畜 産 法 に よ る 飼 料 要 求 率 ベ ク ト ル 、
X: 畜 産 品 の 生 産 量 ベ ク ト ル
Q*: 飼 料 供 給 総 量
こ の 式 よ り 、の 値 が 大 き い ほ ど 集 約 的 畜 産 法 で あ る と い え る 。Ve、Vi の 飼 料 要 求 率
を 表 4.2.5-1 の よ う に 仮 定 し 、式 (4.2 -2 0)を 用 い て を 推 計 し た 結 果 を 表 4.2.5 -2 に 示 す 。
た だ し 、 [0,1]で あ る 。 こ の 結 果 を 見 る と 、 日 本 、 米 国 は 集 約 的 で あ り 、 欧 州 は 粗 放
的であると考えられる。また、多くの途上国は粗放的と推計されている。
Ve
Vi
表 4.2.5 -1 飼 料 要 求 率 の 想 定
牛肉
羊肉
豚肉
鶏肉
バター注)
卵
牛乳
0.6
0.6
2
2
5
2
0.2
8
3
3.2
2
12
2.2
0.5
注 ) バ タ ー 1 kg の 生 産 に 牛 乳 24 L 必 要 と 想 定 し 、 牛 乳 の 飼 料 要 求 率 を 乗 じ て 設 定 。
表 4.2.5 -2
Region
USA
CAN
WEP
JAP
ANZ
CHN
MDK
CLV

0.70
1.00
0.16
0.61
0.00
0.29
0.37
0.00
Region
KOR
MSB
IDS
THI
PHI
IND
APS
OTA
集約度の算定結果

0.96
0.03
0.00
0.00
0.64
0.00
0.00
0.00
Region
IRN
ARP
UME
TUR
NOA
SOA
SEA
OSA
- 134 -

0.46
1.00
0.98
0.36
0.38
0.18
0.00
0.17
Region
MEX
BRA
PUA
OSM
RUS
AIS
OFS
EEP

0.61
0.26
0.00
0.09
0.97
1.00
0.10
1.00
こ の 結 果 を 用 い 推 計 さ れ た 、 畜 産 品 目 別 の 飼 料 要 求 率 を 表 4.2.5-3 に 示 す 。 こ こ で 、
求 め ら れ た が 0 ま た は 1 の 場 合 、 式 (4.2-2 0)左 辺 を 定 数 倍 し て 飼 料 供 給 総 量 と 一 致 す
る よ う な 定 数 を 乗 じ て い る 。こ の 結 果 は 現 況 の 飼 料 需 要 と 整 合 す る よ う 推 計 さ れ た も
のであり、各地域の実際の飼料要求率とは異なる可能性があることに留意されたい。
また、将来的に畜産法が変化し飼料要求率も変わることが考えられるが、本分析では
この値を将来にわたって固定して用いる。
表 4.2.5 -3
Region
United States
Canada
Western Europe
Japan
Oceanina
China
Mongolia, DPRK
Ca mbodia, Laos, Viet Na m
South Korea
Malaysia, Singapore, Brunei
Indonesia
Thailand
Philippines
India
Afghanistan, Pakistan
Other Asia
Iran
Arabian Peninsula
Upper Middle East
Turkey
North Africa
South Africa
South East Africa
Other S.S.Africa
Mexico
Brazil
Paraguay, Uruguay, Argentina
Other South A merica
Russia
Annex I of FUS SR
Oth er FUSSR
Eastern Europe
飼料要求率の想定
Cattle
Pig
5.8
8.3
1.8
5.1
0.4
2.8
3.3
0.3
7.7
0.8
0.3
0.6
5.3
0.3
0.1
0.2
4.0
11.3
7.8
3.3
3.4
2.0
0.3
1.9
5.1
2.6
0.6
1.3
7.8
10.5
1.4
11.1
Poultry
2.8
3.3
2.2
2.7
1.2
2.4
2.4
1.1
3.2
2.0
0.9
1.9
2.8
0.9
0.3
0.7
2.6
4.5
3.2
2.4
2.5
2.2
1.0
2.2
2.7
2.3
2.0
2.1
3.2
4.2
2.1
4.4
Milk
2.0
2.1
2.0
2.0
1.2
2.0
2.0
1.1
2.0
2.0
0.9
1.9
2.0
0.9
0.3
0.7
2.0
2.8
2.0
2.0
2.0
2.0
1.0
2.0
2.0
2.0
2.0
2.0
2.0
2.6
2.0
2.8
0.4
0.5
0.2
0.4
0.1
0.3
0.3
0.1
0.5
0.2
0.1
0.2
0.4
0.1
0.0
0.1
0.3
0.7
0.5
0.3
0.3
0.3
0.1
0.3
0.4
0.3
0.2
0.2
0.5
0.7
0.2
0.7
ま た 、 図 4.2.5 -1 に 示 す よ う に 、 飼 料 品 目 の 構 成 は 地 域 に よ っ て 異 な る 。 上 記 飼 料
要求率に飼料品目構成比を乗ずることで飼料作物需要を算定する。
以 上 整 理 す る と 、 一 次 農 産 品 目 k の 飼 料 需 要 QkF は 、 畜 産 品 l の 生 産 量 QlA、 飼 料 要
求 率 Vl、 一 次 農 産 品 目 k の 飼 料 構 成 比 k を 用 い て 次 式 で 表 さ れ る 。
- 135 -
QkF  l  k  Vl  QlA
図 4.2.5 -1
(4.2 -21 )
飼 料 構 成 比 率 ( 1990 年 代 平 均 )
(2) 加 工 品 の 原 料 需 要
加 工 品 の 原 料 需 要 は 、加 工 品 の 生 産 量 を 原 料 投 入 量 で 除 す こ と で 原 料 投 入 率 を 求 め 、
加工品の生産量に原料投入率を乗ずることで原料需要を求める。ここで、大豆油、菜
種油、ヤシ油はそれぞれ大豆、菜種、ヤシ果実のみを原料とし、その生産量、原料投
入 量 と も に FAO 統 計 で 与 え ら れ て い る た め 、原 料 投 入 率 を 求 め る こ と が で き る 。一 方 、
砂 糖 に つ い て は 、原 料 は サ ト ウ キ ビ と テ ン サ イ が あ り 、そ の 割 合 は 地 域 に よ り 異 な る 。
本研究では一次農産品としてテンサイを対象としていないため、おもにサトウキビを
原料として砂糖を生産している地域のデータを用いて、原料投入率を求めた。
そ の 結 果 、砂 糖 、大 豆 油 、菜 種 油 、ヤ シ 油 の 原 料 投 入 率 は そ れ ぞ れ 9.7%、18.2%、37.8% 、
18.1%と 推 計 さ れ た 。こ の 値 は 本 来 地 域 に よ り 異 な る が 、こ こ で は 世 界 平 均 値 と し て 値
を求め、どの地域でも同じ効率で加工品が生産されると仮定する。
- 136 -
4.2.6 貿 易 モ デ ル と 土 地 利 用 配 分 モ デ ル の 統 合
以上の、食料需要モデル、貿易モデル、飼料・原料需要モデルを用いて、将来の地
域別一次農産品の目標生産量が算定され、それに基づき農業土地利用が割り当てられ
る。ただし、土地資源が逼迫する場合、当該地域の生産不足分は、他の地域で生産さ
れると想定し、集計された不足生産量は、不足地域を除く貿易モデルを通じて再度割
り当てられる。
具 体 的 な 分 析 フ ロ ー を 図 4.2.6 -1 に 示 す 。 こ こ で 、 地 域 別 品 目 別 の 最 終 的 な 食 料 需
要が与えられると、畜産品、加工品は、それ自体が国際的に取引されているため、貿
易モデルを用いて地域別の生産量を求める。次に、その生産地域において飼料需要、
原 料 需 要 が 発 生 し 、そ れ ら が 貿 易 を 通 じ て 取 引 さ れ 、生 産 地 が 決 定 さ れ る と 想 定 す る 。
また最終消費される一次農産品はやはり貿易モデルを通じて生産地が決定される。な
お、加工品原料のうち、サトウキビとパーム果実は务化が早く国際貿易は行われてい
ないため、当該品目(砂糖、パーム油)の原料生産は加工品の生産地で行うと想定す
る。
図 4.2.6 -1
貿易・土地利用統合モデルのフロー
以上で算定された地域別の生産量を満たすよう、土地利用の割り当てを行うが、そ
の 際 、 基 本 的 に は 、 4.2.4 で 示 し た ア ル ゴ リ ズ ム を 用 い る 。 た だ し 、 地 域 内 で 農 地 に 割
り当て可能な土地利用に不足が生じる場合には、品目ごとの不足量を世界で集計し、
土地利用が不足した地域を除いた貿易モデルで再度生産量の追加配分を行い、追加配
分 さ れ た 地 域 で は 、 土 地 利 用 の 割 り 当 て を や り 直 す 。 こ こ で は 、 再 割 り 当 て を 10 回 ま
で行い、それでも需要を満たす土地利用が得られない場合は、需給ギャップが生じる
ものとする。以下に貿易・土地利用統合モデルのアルゴリズムを示す。
アルゴリズム
1)
輸 出 可 能 地 域 EX を す べ て の 地 域 に 設 定 す る 。 N=0 と す る 。
2)
輸 出 可 能 地 域 EX の も と で 、地 域 ご と の 作 物 k の 生 産 目 標 Qxk を 貿 易 モ デ ル に 基
づき与える。
- 137 -
3)
地 点 i、 作 物 k の 生 産 額  i k 、 生 産 量 q i k の 配 列 i][k]、 q[i][k]を 作 成 し 、 こ れ ら を
生 産 額 i に つ い て 降 項 に ソ ー ト す る 。こ の と き 、生 産 額 が j 番 目 の 地 点 番 号 を i[j] 、
品 目 を k[ j] と 表 記 す る ( す な わ ち 、 i[j]]k[ j]]> i[ j+1]] k[j+1]] )。 ま た 、 評 価
対 象 作 物 k の 集 合 を K、 j の 最 大 値 を J と す る 。
4)
j=1、 作 物 別 生 産 量 の 合 計 tQx[ k]=0 ( k) と す る 。
5)
tQx[k[j]]= tQx[ k[ j]]+q[ i[ j]][ k[ j]]
6)
① tQx[k]<Qxk( k K)か つ j<J の と き j=j+1 と し て 3 )に 戻 る( Qxk は 生 産 目 標 )。
② j<J か つ 、 あ る k に 関 し tQx[ k] ≥Qxk の と き
・ 作 物 k の 生 産 目 標 を 達 成 し た の で 、 j+1 以 降 の 作 物 k の 生 産 額 を 0 に 更 新
( i[j ’]][ k]=0、 for j<j ’≤J)
・ こ れ を 反 映 し 、 j+1 以 降 の i][ k]、 q[ i][k] を 生 産 額 に 関 し て 降 項 に ソ ー ト 。
・ K の 要 素 が 2 以 上 の と き 、 K か ら k を 除 き 、 j=j+1 と し て 3 )に 戻 る 。 K の 要 素
が k の み の 場 合 、 K=と し て 終 了 。
③ j=J か つ K の と き 7 )に 進 む ( K に 含 ま れ る 作 物 k は 供 給 量 を 満 た せ な い )
7)
す べ て k (K)に つ い て QXk=Qxk -tQx[ k]を も と め 、 こ れ を 地 域 X に つ い て 合 計
し 、 作 物 別 の 需 給 ギ ャ ッ プ Qk を 求 め る 。 EX か ら j=J か つ K と な る 地 域 を 除
外し、それ以外の地域に需給ギャップ分を貿易モデルを通じて追加配分する。
① N<N*な ら ば 3 )に 戻 る 。
② N=N*な ら ば 、 需 給 ギ ャ ッ プ を 集 計 し て 終 了 ( こ こ で は N*=10 )。
4.2.7 人 口 、 GDP、 気 候 、 技 術 シ ナ リ オ
以 上 の モ デ ル で は 、 人 口 、 GDP が 与 え ら れ る と 、 食 料 需 要 が 算 定 さ れ 、 貿 易 モ デ ル
を通じて地域別の一次農産品の生産量が割り当てられる。また、気候、技術シナリオ
が与えられると、グリッドごとの卖収が算定され、割り当てられた生産量を満たす土
地 利 用 が 算 定 さ れ る か 、 最 終 的 な 需 給 ギ ャ ッ プ が 算 定 さ れ る 。 こ こ で は 、 IPCC -SRES
に お け る A2 、B1、B2 シ ナ リ オ に 基 づ き 、そ れ ら の 人 口 、GDP 、全 球 平 均 気 温 を 用 い る 。
た だ し 、 そ れ ら は IIAS A-G GI デ ー タ ベ ー ス
10)
より得ている。また、技術シナリオにつ
いては別途検討する。
ま ず 、 そ れ ぞ れ の シ ナ リ オ に お け る 人 口 、 GDP、 全 球 平 均 気 温 変 化 を 図 4.2.7 -1 に 示
す 。 A2 は 人 口 増 加 が 最 も 大 き く 2100 年 に は 120 億 人 程 度 で あ り 、 GDP 成 長 率 は 最 も
低 く 、気 温 変 化 は 最 も 高 く 2100 年 に は 4℃ 程 度 の 上 昇 を 見 込 ん で い る 。B1 は そ の 逆 の
パ タ ー ン を 示 す シ ナ リ オ で あ り 、 人 口 は 2050 年 こ ろ を ピ ー ク に 減 尐 に 転 じ て お り 、 気
温 上 昇 は 2℃ 以 下 に と ど ま る 。 な お 、 気 温 変 化 は SRES 排 出 パ ス に 基 づ き MAGICC 1 1 )
を用い推計している。また、各グリッドの気候条件は、全球平均気温変化に基づくパ
ターンスケーリング
12)
で 求 め て お り 、 そ の 導 出 に は HadCM3 、 CGCM 、 Miroc 中 解 像 度
と Miroc 高 解 像 度 の 4 種 類 の GCM の 結 果 を 用 い て い る 。
こ の シ ナ リ オ の も と で の 、カ ロ リ ー ベ ー ス の 食 料 需 要 を 4.2.2 の 方 法 を 用 い て 算 定 し
た 結 果 を 図 4.2.7 -2 に 示 す 。 た だ し 、 a)は 飽 和 水 準 を 統 計 的 に 推 計 し た 「 標 準 食 料 消 費
シ ナ リ オ 」の 場 合 で あ り 、b )は 一 人 あ た り 食 料 消 費 格 差 が 維 持 さ れ た ま ま 、飽 和 水 準 で
- 138 -
MDG の 栄 養 不 足 人 口 が 解 消 す る 「 MDG 達 成 ・ 格 差 大 シ ナ リ オ 」、 c)は 一 人 あ た り 食 料
消 費 格 差 が タ イ 並 み に 縮 小 し た 上 で 、飽 和 水 準 で 栄 養 不 足 人 口 が 解 消 す る「 MDG 達 成・
格 差 小 シ ナ リ オ 」 で あ る 。 4.2.2 で 示 し た よ う に 格 差 が 小 さ い ほ う が 維 持 さ れ る よ り も
平均的な食料需要は尐なくなるため、シナリオにおいてもそれを反映して格差が小さ
いほうが総需要も尐なくなっている。ただし、世界全体で見ると、標準食料消費シナ
リ オ の 需 要 量 が 最 も 低 く な っ て い る 。 ま た 、 一 人 当 た り の 需 要 と 品 目 構 成 は GD P に 応
じて変化し、一人当たり需要カロリーの増加や畜産品、加工品への需要シフトが相ま
って、食料需要の増加率は人口の増加率を上回ることになる。
図 4.2.7 -1
人 口 、 GDP、 全 球 平 均 気 温 変 化 の シ ナ リ オ
a)標 準 食 料 消 費
図 4.2.7 -2
b) MDG 達 成 ・ 格 差 大
c) MDG 達 成 ・ 格 差 小
カロリーベースの食料需要シナリオ
次 に 、技 術 シ ナ リ オ に つ い て は 、技 術 水 準 の 低 い 地 域 の み が 改 善 す る 低 位 シ ナ リ オ 、
過 去 40 年 の GDP に 対 す る 卖 収 の 弾 力 性 を 参 考 に 設 定 し た 中 位 シ ナ リ オ 、 さ ら に 技 術
フロンティア以下の地域のキャッチアップが早まる高位シナリオの3つのシナリオを
設 定 し た 。 た だ し 、 中 位 、 高 位 シ ナ リ オ に お け る GDP シ ナ リ オ は A2 の も の を 用 い て
お り 、他 の 気 候 シ ナ リ オ に つ い て も こ の 技 術 シ ナ リ オ を 用 い る 。将 来 推 計 に お い て は 、
当 然 各 シ ナ リ オ と 整 合 的 な GDP の も と で の 技 術 変 化 を 設 定 す べ き で あ る が 、こ こ で は
技術想定が結果に与える影響の違いをまず分析することを目的としているため、同一
- 139 -
の シ ナ リ オ を 用 い る 。 GDP に 対 す る 農 業 技 術 の 変 化 に つ い て は よ り 精 緻 な 分 析 が 必 要
で あ る が 、こ こ で は 過 去 40 年 の 世 界 平 均 の み 分 析 し て お り 、こ の 想 定 は 今 後 の 分 析 で
変 わ る 可 能 性 が あ る 。た だ し 、3 つ の シ ナ リ オ は 技 術 に 関 し て あ る 程 度 の 幅 を 持 っ て い
るため、分析の精緻化によっても傾向は大きくは変わらないものと期待される。
図 4.2.7 -3 は 小 麦 の A2 シ ナ リ オ に つ い て 、地 域 ご と の 3 つ の 技 術 シ ナ リ オ を 示 し て
いる。図に示すように、低位では調整係数の低い地域についてのみ、技術が進展し、
それ以上の地域では固定的に与えていることになる。一方、中位、高位シナリオでは
技術フロンティアの地域の卖収も増加するが、それ以下の地域のキャッチアップの速
度 の 方 が 地 域 に よ っ て は 早 く 設 定 さ れ て い る 。技 術 の 進 展 の 仕 方 は GDP に 対 す る 弾 力
性で与えているため、シナリオごとに異なるパスが与えられる。
な お 、 過 去 の 卖 収 の 変 化 に つ い て 、 小 麦 を 例 に 図 4.2.7 -4 に 示 す 。 こ れ を 見 る と 、
多くの地域で卖収が改善している様子が分かるが、特に、フロンティアである欧州が
一貫して卖収を改善している。卖収改善には、化学肥料や農薬、品種改良等、様々な
技術が寄与してきたが、今後もこうした技術に加え、遺伝子組み換え等による卖収改
善 が さ ら に 高 ま る 可 能 性 は 十 分 あ る と 考 え ら れ る 。 そ の 場 合 、 図 4.2.7 -3 の 低 位 シ ナ
リオに示したように、上位地域の調整係数を固定的に与える想定は、将来の卖収見通
しを過小評価する可能性があることに留意が必要である。
図 4.2.7 -3
技 術 進 展 シ ナ リ オ ( 小 麦 、 A2)
図 4.2.7 -4
過去の単収変化(小麦)
- 140 -
4.2.8 将 来 土 地 利 用 の 推 計
以上のモデル、およびシナリオのもとで将来の農業土地利用を推計する。ここで、
本節の分析では、灌漑グリッドは将来にわたり固定的に与えるが、農業利用可能グリ
ッドについては、地域別の需給ギャップに基づき拡張する。なお、水資源の供給可能
性に応じて灌漑グリッドを変更するケースについては、
「 4.3 水 需 給 評 価 モ デ ル の 開 発 」
に試行例を示す。以下では、まず農業利用可能グリッドの更新方法を示したうえで、
各シナリオのもとでの農業土地利用の推計結果を示し、各シナリオが農業生産にもた
らす影響を検討する。
(1) 農 業 利 用 可 能 グ リ ッ ド の 拡 張
ま ず 、農 業 利 用 可 能 グ リ ッ ド の 設 定 に 際 し て は 、USG S-I GB P の 農 地 グ リ ッ ド( Crop 、
Paddy 、 お よ び そ の モ ザ イ ク ) 8 ) を 抽 出 し 設 定 し て い る 。 た だ し 、 USGS デ ー タ は 3 0 秒
グ リ ッ ド で あ り 、 こ れ を 1 5 分 グ リ ッ ド に 集 約 す る 際 、 15 分 グ リ ッ ド に 含 ま れ る USGS
の農地グリッドの個数から農地面積比率を導出し、その比率の大きいグリッドから、
地 域 ご と の 農 地 面 積 に 達 す る ま で 、 抽 出 し 設 定 し て い る 。 こ こ で は 、 15 分 グ リ ッ ド の
全 て が 農 地 と し て 用 い ら れ る と 想 定 す る が 、 当 該 グ リ ッ ド に お け る USGS 農 地 比 率 が
100% 未 満 な ら ば 、 当 該 地 点 の 農 地 面 積 を 過 大 に 評 価 す る こ と に な る 。 こ の た め 、 実 際
には農地利用が見られる他のグリッドでも、その比率が小さければ当初は農業グリッ
ドではないと判断されている。
次 に 、 貿 易 -土 地 利 用 モ デ ル を 通 じ て 土 地 利 用 の 割 り 当 て を 行 う 際 、 需 給 ギ ャ ッ プ が
生じた地域では、農業利用可能グリッドを拡張する。ここでは、利用可能上限面積を
AEZ モ デ ル で 推 計 さ れ る 卖 収 が ゼ ロ 以 上 の グ リ ッ ド の 面 積 と し 、 そ の 上 限 と 、 現 状 利
用 可 能 面 積 の 差 の 一 定 割 合 を 利 用 可 能 面 積 に 追 加 す る 。こ の と き 、USG S デ ー タ に 基 づ
く 農 業 比 率 の 高 い グ リ ッ ド か ら 優 先 し て 追 加 す る 。USGS デ ー タ の 農 業 グ リ ッ ド を 全 て
利用可能グリッドに追加してもなお、需給ギャップが生じる場合は、現状農地の周辺
に 対 象 地 域 を 広 げ る 。 利 用 可 能 グ リ ッ ド 拡 張 の 概 念 図 を 図 4.2.8-1 に 示 す 。 す な わ ち 、
利用可能面積が、最大利用可能面積に近付くと、その増分は逓減するようになってい
る 。 な お 、 図 中 の は こ こ で は 30% と 設 定 し て い る 。 ま た 、 農 業 利 用 可 能 グ リ ッ ド の 初
期 配 置 を 図 4.2.8 -2 に 示 す 。こ れ を み る と 利 用 可 能 グ リ ッ ド は か な り 広 範 に 分 布 し て い
る様子が読み取れるが、当然のことながら、この全てが農地に用いられているわけで
はなく、この中の一部が利用されている。
- 141 -
図 4.2.8 -1
利用可能グリッド拡張の概念
図 4.2.8 -2
利用可能グリッドの初期配置
(2) 農 業 土 地 利 用 の 推 計 結 果
以 上 の 設 定 の も と で 推 計 さ れ た 農 業 土 地 利 用 地 図 を 以 下 に 示 す 。 ま ず 、 1990 年 の 推
計 結 果 を 図 4.2.8 -3 に 示 す 。こ の 推 計 結 果 は USGS 等 の 土 地 利 用 地 図 に お け る 農 業 利 用
とおおむね整合している。ただし、品目ごとの土地利用地図は全世界では整備されて
いないので、検証することはできない。
図 4.2.8 -3
農 業 土 地 利 用 の 推 計 結 果 ( 1990 年 )
- 142 -
次 に 、 2100 年 の 各 シ ナ リ オ の 推 計 結 果 を 図 4.2.8-4 か ら 図 4.2.8 -6 に 示 す 。 た だ し 、
MDG 達 成 シ ナ リ オ は 、格 差 大 の 場 合 を 示 し て い る 。ま ず 、図 4.2.8 -4 の A2 シ ナ リ オ を
み る と 、 1990 年 と 比 較 し て 、 技 術 低 位 シ ナ リ オ で は 大 幅 に 農 地 が 拡 大 し て い る が 、 特
に MDG 達 成 シ ナ リ オ で は 、栽 培 面 積 が 最 も 大 き く な っ て い る 。一 方 、技 術 中 位 シ ナ リ
オ で は 特 に 北 米 、 单 米 等 で 面 積 が 増 え て お り 、 MDG 達 成 有 無 は イ ン ド の 土 地 利 用 に 大
き な 影 響 を 与 え て い る 。技 術 高 位 シ ナ リ オ で は 、2 つ の 需 要 シ ナ リ オ と も に 農 地 面 積 は
1990 年 と 比 較 し て 減 尐 す る 傾 向 が 見 ら れ る 。
図 4.2.8 -4
農 業 土 地 利 用 の 推 計 結 果 ( 2100 年 、 A2)
B1 を み る と( 図 4.2.8 -5 )、技 術 低 位 、標 準 食 料 消 費 シ ナ リ オ で は 、北 米 に お い て 199 0
年と比較して農地は増加しているが、その他の地域ではほとんど拡大しておらず、む
し ろ 縮 小 し て い る 傾 向 が 見 ら れ る 。 一 方 、 MDG 達 成 シ ナ リ オ で は 、 北 米 、 ア ジ ア で は
1990 年 と 比 較 し て 農 地 が 拡 大 し て い る が 、そ の 他 の 地 域 で は そ れ ほ ど 拡 大 し て お ら ず 、
A2 と 比 較 す る と 農 地 面 積 は 大 幅 に 尐 な く な っ て い る 。 技 術 中 位 シ ナ リ オ を 見 る と 、 北
米以外は農地面積は大きく減尐しており、技術高位シナリオでは北米においても大幅
に農地が減尐している。
B2 で は 、 農 地 面 積 は A2 と B1 の 中 間 程 度 で あ る が 、 B1 と 比 較 す る と 、 技 術 低 位 シ
ナリオにおいて、特にアフリカでの拡大が顕著である様子が読み取れる。
- 143 -
図 4.2.8 -5
農 業 土 地 利 用 の 推 計 結 果 ( 2100 年 、 B1)
図 4.2.8 -6
農 業 土 地 利 用 の 推 計 結 果 ( 2100 年 、 B2)
- 144 -
こ の 推 計 で は 、い ず れ の ケ ー ス で も 世 界 全 体 の 需 給 は バ ラ ン ス し て い る 。す な わ ち 、
全てのシナリオで食料需要を満たす土地利用が割り当てられている。なお、技術水準
が 更 に 低 い ケ ー ス も 検 討 し た が 、 そ の 場 合 、 A2 シ ナ リ オ の み 、 若 干 の 需 給 ギ ャ ッ プ が
生じた。以上より、将来、土地資源量が食料供給の制約とはならないと考えられる。
各 シ ナ リ オ に お け る 栽 培 面 積 の 推 移 を 図 4.2.8-7 に 示 す 。 こ れ よ り 、 A2 の 面 積 が 最
も 大 き く 、次 い で B2、B1 と な っ て い る 。技 術 シ ナ リ オ の 違 い が 農 地 面 積 に 与 え る 影 響
は大きく、技術中位シナリオでは横ばいから減尐傾向、技術高位シナリオではいずれ
も 減 尐 傾 向 と な っ て い る 。標 準 需 要 シ ナ リ オ と MDG 達 成 シ ナ リ オ を 比 較 す る と 技 術 邸
ケースでは差が見られるが、他の技術シナリオでは顕著な差は見られない。
a) 標 準 需 要 、 技 術 低
b ) MDG 達 成 、 技 術 低
c) 標 準 需 要 、 技 術 中
d ) MDG 達 成 、 技 術 中
e) 標 準 需 要 、 技 術 高
f) MDG 達 成 、 技 術 高
図 4.2.8 -7
各シナリオにおける栽培面積の推移
- 145 -
ま た 、 c)の 標 準 需 要 、 技 術 中 位 シ ナ リ オ に お い て 気 候 値 を 1990 年 に 固 定 し た 場 合 の
農 業 土 地 利 用 面 積 の 推 移 を 図 4.2.8 -8 に 示 す 。こ れ を 上 図 c)と 比 較 す る と 、グ ラ フ で は
明確な違いを読み取ることはできない。
図 4.2.8 -8
標準需要、技術中位、気候固定シナリオでの栽培面積の推移
そ こ で 、 c)の 標 準 食 料 需 要 、 技 術 中 シ ナ リ オ を ベ ー ス ケ ー ス と し て 、 2100 年 に お け
る 各 シ ナ リ オ の 面 積 の 差 分 を 表 4.2.8-1 に 示 す 。 こ こ で 、 気 候 を 1990 年 に 固 定 す る 場
合 に は 、2%か ら 6 %ほ ど 面 積 が 尐 な く 推 計 さ れ て い る 。す な わ ち 、将 来 予 想 さ れ る 気 候
変 化 は 農 業 に 対 し て 、 栽 培 面 積 で み る と 、 2100 年 に は や や 増 加 さ せ る 影 響 を 与 え る と
い え る 。 一 方 、 飽 和 水 準 で MDG が 達 成 さ れ 栄 養 不 足 が 解 消 す る シ ナ リ オ を 見 る と
17~27%多 い 面 積 が 必 要 と な る 。す な わ ち 、MDG で 定 義 さ れ た 栄 養 不 足 を 解 消 す る た め
には食料生産を増大させる必要がある。
一 方 、 技 術 向 上 を 低 く 見 積 も る と 、 中 位 シ ナ リ オ と 比 較 し て 、 100%~200% ほ ど 多 い
農地面積が必要となり、技術を高く見積もると中位シナリオと比較して半分程度の面
積 で 需 要 を 満 た せ る こ と に な る 。す な わ ち 、こ こ で 検 討 し た 技 術 シ ナ リ オ に よ っ て は 、
推計される農業土地利用面積は倍半分程度の差が生じることになる。
こ の 結 果 か ら 、 技 術 シ ナ リ オ や 需 要 シ ナ リ オ の 設 定 次 第 で は あ る が 、 2100 年 ま で を
み る と 、気 候 変 動 の 影 響 と 比 較 し て 、農 業 技 術 の 向 上 や MDG の 達 成 は 、同 等 か そ れ 以
上にインパクトをもたらす可能性があり、栄養不足の解消や農業の環境負荷の抑制に
は、気候変動問題と同様に、農業技術の開発や社会政策も重要であることが示唆され
る。
表 4.2.8 -1
標 準 食 料 消 費 、 技 術 中 に 対 す る 2100 年 の 各 シ ナ リ オ の 栽 培 面 積 の 差 分
A2
標準消費,技術中,気候固定
MDG 達 成 , 技 術 中
標準消費,技術低
標準消費,技術高
B1
-6 %
26%
193%
-5 4 %
B2
-2 %
17%
108%
-4 9 %
-3 %
27%
160%
-5 1 %
な お 、 こ の 結 果 は 標 準 食 料 消 費 、 技 術 中 位 シ ナ リ オ の 2100 年 の 推 計 結 果 に 対 す る 各
シ ナ リ オ の 面 積 の 差 分 で あ る が 、 本 分 析 の 基 準 年 で あ る 1990 年 と 比 較 し た 時 の 2 1 00
年 の 面 積 の 変 化 率 を 表 4.2.8-2 に 示 す 。こ れ よ り 、想 定 す る 社 会 経 済 シ ナ リ オ 、技 術 シ
- 146 -
ナ リ オ に よ っ て 栽 培 面 積 の 変 化 は 大 き く 異 な る こ と が わ か る 。 例 え ば A2 の 標 準 消 費 、
技 術 低 位 シ ナ リ オ で は 増 加 率 は 151 %で あ り 、2100 年 に は 現 在 の 約 2.5 倍 の 農 地 が 必 要
に な る と 算 定 さ れ る 。 一 方 、 同 シ ナ リ オ の B2 で は 6 3 %の 増 加 、 B1 で は 13%の 減 尐 で
あ る 。 ま た 、 技 術 中 位 シ ナ リ オ で 、 栽 培 面 積 が 増 加 し て い る の は 、 MDG 達 成 の A 2 シ
ナ リ オ の み で あ り 、他 の ケ ー ス で は 全 て 面 積 は 減 尐 し て い る 。特 に B1 シ ナ リ オ で は 減
尐 率 は 50~60%と 半 分 以 下 の 面 積 と な っ て い る 。技 術 高 シ ナ リ オ で は 更 に 減 尐 率 は 大 き
く 、 現 在 の 農 地 面 積 の 2~3 割 程 度 で 世 界 の 需 要 が ま か な え る と さ れ て い る 。
表 4.2.8 -2
1990 年 に 対 す る 2100 年 の 栽 培 面 積 の 変 化 率
A2
標準消費,技術中
標準消費,技術中,気候固定
MDG 達 成 , 技 術 中
標準消費,技術低
標準消費,技術高
B1
-1 4 %
-2 0 %
8%
151%
-6 0 %
B2
-5 8 %
-5 9 %
-5 1 %
-1 3 %
-7 9 %
-3 7 %
-3 9 %
-2 0 %
63%
-6 9 %
各 シ ナ リ オ で 推 計 さ れ た 栽 培 面 積 と SRES で 想 定 さ れ て い る 農 地 面 積 を 比 較 し た も
の を 図 4.2.8 -9 に 示 す 。 な お 、 SRES の 農 地 面 積 は 休 耕 地 を 含 ん で い る が 、 本 分 析 結 果
は 含 ん で い な い 。 SRES に お け る 農 地 面 積 の 算 定 方 法 は 不 明 だ が 、本 手 法 の よ う に 各 種
条件の積み上げで面積を算定する場合、想定する条件により将来土地利用面積は大き
く変わりうることを、この比較から読み取ることができる。
図 4.2.8 -9
農業土地利用面積の比較
- 147 -
4.2.9 熱 量 ベ ー ス の 食 料 需 給 比 率 の 地 域 差
第 4.2.8(2)に 示 し た よ う に 、2100 年 ま で の 世 界 全 体 の 食 料 需 要 は 全 て の ケ ー ス で 満 た
されると推計された。ここでは、食料安全保障に関わる指標として、地域ごとの需給
バランスを整理し、地域による違いについて考察する。
なお、ここでいう熱量ベースの食料需給比率は、最終消費される一次農産品、並び
に畜産品、加工品を地域内で生産するとした場合に必要とされる飼料、原料を熱量換
算したものの和を総エネルギー需要とし、カロリー換算した一次農産品の生産量を総
エネルギー需要で除したものと定義している。すなわち、地域内で供給される食料品
を全て域内一次農産品で賄うとした場合に必要な熱量によって、実際に生産した熱量
を割ったものである。これは農水省の食料自給率の定義とは異なる。特に、畜産品の
輸入が多い場合、肉そのものの熱量よりも必要とされる飼料の熱量が多いため、自給
率と比較して大幅に低くなることに留意が必要である。
こ こ で は 、 最 も 需 要 の 高 い A2 シ ナ リ オ に お け る 需 給 比 率 を 図 4.2.9 -1 ~ 図 4.2.9 -3
に示す。
a)米 国
b )西 欧
c)日 本
図 4.2.9 -1
d)中 国
食 料 需 給 比 率 ( A2 シ ナ リ オ )
ま ず 、米 国 を み る と 、い ず れ の ケ ー ス で も 将 来 に わ た り 需 給 比 率 が 1 を 超 え て お り 、
食 料 輸 出 国 で あ る 。 シ ナ リ オ 間 を 比 較 す る と 、 MDG 達 成 シ ナ リ オ お よ び 技 術 低 位 シ ナ
リ オ で 比 率 が 高 く な っ て お り 、技 術 高 位 ケ ー ス で は 相 対 的 に 低 く な っ て い る 。こ れ は 、
途 上 国 に お い て 、 MDG 達 成 シ ナ リ オ で は 食 料 需 要 が 大 き く な り 、 ま た 技 術 低 位 シ ナ リ
オでは、途上国での生産性が主に抑えられることを反映して、輸入依存度が高まるた
- 148 -
め、反射的に輸出国である米国の需給比率が高くなることを反映している。逆に、技
術高位ケースでは、途上国の生産性が高まることから輸入依存度が低下し、米国の輸
出 量 は 減 尐 す る 。ま た 、気 候 固 定 ケ ー ス と 気 候 変 動 ケ ー ス の 間 に は ほ と ん ど 差 が な い 。
西欧は現状はおおむね 1 前後であり、需給がほぼバランスしているが、将来的に輸
出 量 が 増 加 す る 傾 向 が 見 ら れ る 。米 国 と 同 様 、技 術 低 位 シ ナ リ オ お よ び MDG 達 成 シ ナ
リオでは相対的に輸出量が大きくなっている。
日 本 は 、将 来 に わ た り 0.2 ~ 0.25 程 度 で 推 移 し て お り 、輸 入 国 で あ り 続 け る 結 果 と な
っている。他のシナリオと比較して、技術高位シナリオでは、やや供給比率が高くな
っており、農業技術の向上が国内供給比率を高める結果となっている。他のシナリオ
間ではほとんど差は見られない。
中国の現状はほぼ 1 であり、需給がバランスしているが、将来にかけて需給比率が
若干下がり、食料輸入国となる傾向が読み取れる。特に、技術低位シナリオでは国内
供 給 比 率 の 低 下 が 最 も 大 き い 。一 方 、他 の シ ナ リ オ 間 で は ほ と ん ど 差 は な く 、1 を 若 干
下回るレベルである。
a)イ ン ド ネ シ ア
b )タ イ
c)イ ン ド
図 4.2.9 -2
d )北 ア フ リ カ
食 料 需 給 比 率 ( A2 シ ナ リ オ )
インドネシアはシナリオ間での差が大きく、技術低位シナリオでは大幅な輸入超過
になると見込まれる一方、技術高位シナリオでは最終的に食料輸出まで行われると見
込まれている。技術中位シナリオ間を比較すると、気候変動はほとんど影響せず、む
し ろ わ ず か な が ら 国 内 供 給 比 率 を 低 下 さ せ る 傾 向 が 読 み 取 れ る 。 一 方 、 MDG 達 成 シ ナ
リオは比率を大きく低下させ、栄養不足人口を解消するために増大する需要を国内で
- 149 -
十分まかなえない様子が推察される。また、タイは食料輸出国だが、インドネシアと
同 様 、 シ ナ リ オ 間 の 差 が 大 き い 。 MDG 達 成 シ ナ リ オ で は 国 内 需 要 が 高 く な る こ と か ら
輸出比率が一度減尐するが、その後技術の進展により輸出比率が高まる。一方、技術
低 位 シ ナ リ オ で は 2050 年 ま で は 需 給 比 率 は ほ ぼ 横 ば い だ が 、 そ の 後 低 下 傾 向 と な る 。
一方、技術高位シナリオでは輸出比率を大幅に増加させることになる。
イ ン ド で は 現 在 ほ ぼ 需 給 が 均 衡 し て い る が 、 人 口 増 を 反 映 し て 20 10 年 に か け て 、 い
ずれのシナリオでも輸入超過になると推計されている。ただし、その後の傾向はシナ
リ オ 間 で 異 な っ て お り 、技 術 高 位 シ ナ リ オ で は 直 ち 需 給 が バ ラ ン ス し 、ま た 標 準 需 要 、
技 術 中 位 シ ナ リ オ で も 2050 年 に か け て 需 給 が バ ラ ン ス す る 。 一 方 、 MDG 達 成 シ ナ リ
オでは、需要が大きく増加することから、技術進歩により需給バランスを回復できる
の は 2100 年 と 見 込 ま れ る 。ま た 技 術 低 位 シ ナ リ オ で は 生 産 性 の 向 上 が 食 料 需 要 の 増 加
率 を 下 回 り 、 2100 年 に か け て 食 料 輸 入 超 過 の 傾 向 に あ る と 推 計 さ れ る 。 北 ア フ リ カ に
ついては、国内供給比率が現状すでに半分以下だが、技術低位シナリオでは将来にわ
たりさらに低下すると見込まれる。一方、それ以外のシナリオではほぼ現状の国内供
給比率が維持されると推計される。
東 单 ア フ リ カ を み る と 、現 状 の 需 給 比 率 は 0.8 程 度 で あ り 、い ず れ の シ ナ リ オ で も そ
の比率が維持されると推計されている。この地域では、人口が大幅に増加するにもか
か わ ら ず 需 給 比 率 が ほ ぼ 維 持 さ れ る の は 、 4.2.8(2) の 図 4.2.8 -4 に 示 し た よ う に サ ブ サ
ハラアフリカの農業開発が成功することを前提としているためである。
a)東 单 ア フ リ カ
b )ブ ラ ジ ル
c)ロ シ ア
図 4.2.9 -3
d )ア ラ ビ ア 半 島
食 料 需 給 比 率 ( A2 シ ナ リ オ )
- 150 -
ブラジルは、いずれのシナリオでも食料輸出を増加させると推計されている。ただ
し 、2070~2100 年 に か け て は ケ ー ス 間 で や や 幅 が あ り 、米 国 と 同 様 に 、技 術 低 位 シ ナ リ
オ 、 MDG 達 成 シ ナ リ オ で は 途 上 国 で の 輸 入 量 が 増 加 す る た め 、 反 射 的 に 輸 出 量 が 増 加
するのに対し、標準食料需要、技術中位・高位ケースでは、その逆に輸出量の増加は
抑制される。
ロシアは現在、食料輸入超過となっているが、人口減尐を反映して国内供給比率が
高 ま り 、 2100 年 に か け て 、 ほ ぼ 需 給 が バ ラ ン ス し 、 い く つ か の シ ナ リ オ で は 、 輸 出 に
転 じ る と 算 定 さ れ て い る 。 MDG 達 成 シ ナ リ オ 、 技 術 低 位 シ ナ リ オ で は 、 途 上 国 で の 輸
入 食 料 需 要 の 増 加 を 反 映 し て 、国 内 需 要 に 対 す る 輸 出 比 率 が 高 ま る 結 果 と な っ て い る 。
アラビア半島では、現時点で輸入超過だが、人口増加と農業適地が限定されている
こ と を 反 映 し て 大 幅 に 国 内 供 給 比 率 が 低 下 し 、 多 く の シ ナ リ オ で 2100 年 に は 5 % を 下
回 る 水 準 と 推 計 さ れ て い る 。 た だ し 、 気 候 を 1990 年 に 固 定 す る 場 合 に は 、 わ ず か な が
ら国内供給比率の低下は緩和され、また技術が高位シナリオとなる場合にはそれ以上
の緩和効果があるといえる。
以上まとめると、食料需給バランスの将来推移は地域、シナリオによって大きく異
なり、中国、インドネシア、北アフリカ、中東では人口増加を反映して、技術低位シ
ナリオでは食料輸入比率が高まるが、技術向上が高ければ、中東を除き国内供給率は
維持される。米国、ブラジルなど農業開発可能な土地に余力のある地域では、輸出比
率が高まるが、技術高位シナリオでは途上国での国内供給比率が高まるため、反射的
に輸出比率の増加は抑制されると推計された。サブサハラアフリカでは、人口が急増
するが、農業生産に利用可能な土地には余力があり、その開発が成功するならば、需
給バランスは現状を維持しうると推計された。
技術進歩や食料消費格差がもたらす影響は、貿易を通じて広い地域に及び、技術向
上率が高い場合、途上国では国内供給比率が増加し、反射的に食料輸出地域では輸出
比率が減尐する効果を持つと算定された。一方、西欧や日本では、それらの影響は相
対的に小さいと算定された。
ただし、以上の分析は自由貿易が行われており、また熱帯雤林以外の農業開発に関
する障害が存在しないことを前提としている。現在、中国やインドでは農業による国
内雇用確保などの観点から農産品に関する保護貿易を行っており、こうした政策を継
続 す る な ら ば 、 図 4.2.9 -1 、 図 4.2.9 -2 に 示 し た 一 部 の シ ナ リ オ に お け る 国 内 供 給 比 率
の低下は生じない可能性があり、その場合には、輸出国の生産量は低下すると予想さ
れる。ただし、貿易制限地域内で需要を満たす十分な供給がなされるか否かは不明で
ある。農業保護は安全保障上の観点や政治的な利益誘導の手段ともなっており、その
将来像の推計は、不確実性が大きく、モデルによる推計には適さない課題と考えられ
るが、複数のシナリオにより貿易制限がもたらす影響を分析しておくことは重要と考
えられる。
また、アフリカでは土地所有制に起因して非効率な土地利用がなされている地域も
存在する。モデルでは最大の収益を上げるように農地が利用されているが、現実には
放牧地のように等閑な利用がされている農地も多い
13)
。こうした非効率性が維持され
る な ら ば 、 A2 の よ う に 需 要 が 大 幅 に 増 加 す る シ ナ リ オ に お い て 、 ア フ リ カ の 需 給 が 逼
- 151 -
迫 す る 可 能 性 が あ る 。 ま た 、 4.2.8 (2)の 技 術 低 位 シ ナ リ オ で 示 し た よ う な 、 ア フ リ カ の
広大な農業開発は大規模な森林伐採をもたらしうる。農地の拡大と自然資源保護にコ
ンフリクトが生じ、あるいは土地所有等に関わる制限により、この地域での農業開発
に成功しなければ、全く異なる需給バランスが導かれ、その場合には世界全体での需
給 バ ラ ン ス も 保 て な く な る 可 能 性 が あ る 。こ う し た 点 は 本 モ デ ル で は 分 析 し て お ら ず 、
今後シナリオ等の検討が必要である。
4.2.10 バ イ オ 燃 料 ポ テ ン シ ャ ル の 推 計
4.2.8 で は 、 食 料 需 要 を 満 た す た め の 農 業 土 地 利 用 面 積 を 推 計 し た が 、 そ の 残 余 地 で
ある非農地においてバイオ燃料を生産する場合の生産量と価格の推計を試みる。ここ
で は 、 バ イ オ エ タ ノ ー ル ( BEF) は サ ト ウ キ ビ を 原 料 と し 、 バ イ オ デ ィ ー ゼ ル ( BDF )
はヤシ油を原料として生産されると想定する。
こ こ で は 、 BEF に つ い て は ブ ラ ジ ル の 状 況 を 参 考 に サ ト ウ キ ビ 1 ト ン か ら
3.71×10 - 2 TOE 生 産 さ れ る と 仮 定 し 、BDF は ヤ シ 果 実 1 ト ン か ら 0.171TOE 生 産 さ れ る と
仮 定 す る 。 ま た 、 TOE 当 た り の 燃 料 生 産 コ ス ト は 、 BEF は 原 料 費 + $117、 BDF は 原 料
費 ( 油 脂 ) + $154 と 設 定 し た 。 設 備 投 資 額 は い く つ か の 文 献
14、 15)
を 参 考 に 、 BEF は
13 百 万 ド ル ( 年 産 6800TOE )、 BDF は 9.6 百 万 ド ル ( 年 産 46000TOE ) と 仮 定 し 、 内 部
収 益 率 20% と す る と BEF 価 格 は コ ス ト に $382/TOE ,BDF は $42/TOE 上 乗 せ す る こ と で
価格を求めた。
次 に 、 原 料 価 格 と し て 、 サ ト ウ キ ビ 価 格 p s( $/ton) は 、 最 小 卖 収 (ton/k m 2 ) と 面 積 当
た り の 生 産 費 用 ( $/k m 2 ) c に 基 づ き ps=c/ と し て 求 め る 。 c は 地 域 で 異 な り 、 FAO 統
計 に お け る 地 域 別 の 価 格 と モ デ ル か ら 推 計 さ れ る 最 小 卖 収 に 基 づ き 設 定 し て お り 、6 万
~ 50 万 ド ル /k m 2 と 設 定 し て い る 。 ま た 、 ヤ シ 油 の 価 格 po( $/ton) は , ヤ シ の 実 の 価 格
に 生 産 ト ン 当 た り 投 入 量 ( 5.5ton) を 乗 じ 、 こ れ に 加 工 コ ス ト を 加 え て 算 定 し た 。 ヤ シ
の実の価格はサトウキビと同様、面積当たりの費用を最小卖収で割り定義している。
面 積 当 た り 費 用 は 、 や は り 現 状 価 格 と 推 計 卖 収 に 基 づ き 4 万 ~ 24 万 ド ル /km 2 と 推 計 し
た 。 加 工 コ ス ト は 地 域 別 の 生 産 者 価 格 に 基 づ き 4 0~ 3000 ド ル /ton と 設 定 し て い る 。
以 上 の 設 定 に 基 づ き 、 各 シ ナ リ オ の 元 で の BEF、 BDF の 生 産 ポ テ ン シ ャ ル と 限 界 価
格 の 推 計 結 果 を 図 4.2.10 -1、 図 4.2.10 -2 に 示 す 。 た だ し 、 熱 帯 雤 林 グ リ ッ ド を 利 用 可
能とする場合と利用不能とする場合の 2 通りについても示している。図の横軸は世界
全体での年間生産量であり、縦軸は限界価格を示す。また、その経年変化を複数の曲
線で示している。
ま ず 、 図 4.2.10 -1 は 標 準 食 料 消 費 、 技 術 中 の シ ナ リ オ を 示 し て い る 。 こ の 図 よ り 、
すべてのケースで生産量が増加するに従い限界価格は上昇することがわかるが、経年
変 化 の 傾 向 は シ ナ リ オ に よ っ て 異 な る 。 例 え ば 、 BEF に つ い て 熱 帯 雤 林 利 用 不 可 の A 2
で は 曲 線 は 経 年 的 に 左 側 に シ フ ト し た 後 、 2050 年 以 降 右 側 に シ フ ト し て い る 。 曲 線 の
左 側 へ の シ フ ト は 生 産 量 に 対 す る 限 界 価 格 が 上 昇 す る こ と を 意 味 し て い る 。 21 00 年 ま
でを見通すと、気候変化はサトウキビ栽培に関してはおおむねプラスの影響をもたら
す 一 方 で 、4.2.8 で み た よ う に 食 料 生 産 の た め の 農 地 面 積 が 2050 年 に か け て 拡 大 し 、そ
- 152 -
の 結 果 、 サ ト ウ キ ビ の 栽 培 適 地 が 減 尐 す る た め 、 限 界 価 格 が 上 昇 す る 一 方 、 20 50 年 以
降 、農 地 面 積 は 緩 や か に 減 尐 す る た め 、限 界 価 格 が 低 下 す る こ と に な る 。B1 の BEF で
は 2100 年 の 限 界 費 用 曲 線 は 1990 年 の も の よ り も 右 側 に 位 置 し て お り 、 農 地 面 積 の 減
尐に伴い、より卖収の高い地点でのサトウキビ栽培が可能になることから、限界価格
が 低 下 す る こ と に な る 。BDF で は 、い ず れ の ケ ー ス で も 1990 年 よ り も 限 界 費 用 が 低 く
なっている。これは技術進歩等を反映した結果と考えられる。
また熱帯雤林の利用を可能とする場合には、いずれの場合にも曲線が大きく右にシ
フトしており、バイオ燃料需要が高まる場合には、熱帯雤林の開発圧力も高まる可能
性が示唆される。
図 4.2.10-1
バイオ燃料の生産ポテンシャル(標準食料消費、技術中)
図 4.2.10 -2 は A2 シ ナ リ オ の 元 で 、技 術 と 食 料 需 要 の 違 い が も た ら す 影 響 を 示 し て い
る。まず、技術低位シナリオでは将来の限界費用曲線が左にシフトしており、農地拡
大によるエネルギー作物の栽培適地の低下が費用上昇をもたらすことが示唆される。
一 方 、 技 術 高 位 シ ナ リ オ で は 、 逆 に 限 界 費 用 曲 線 は 右 に シ フ ト し て お り 、 2030 年 以 降
ポ テ ン シ ャ ル が 増 加 す る 様 子 が わ か る 。 MDG 達 成 シ ナ リ オ で は 、 わ ず か な が ら 費 用 曲
線は左にシフトしており、食料需要の増加が農地面積を拡大し、バイオ燃料ポテンシ
- 153 -
ャルを低下させている。以上のことから、技術向上は、農業土地利用面積の抑制と、
原料作物の卖収増加を通じて、バイオ燃料の生産ポテンシャルを増加させる効果ある
が、栄養不足解消のための農業生産の強化は農地面積を増加させるため、バイオ燃料
ポテンシャルを低下させるといえる。
図 4.2.10- 2
バ イ オ 燃 料 の 生 産 ポ テ ン シ ャ ル ( A2 シ ナ リ オ )
ま た 、 A2、 標 準 食 料 消 費 、 技 術 中 シ ナ リ オ の 場 合 の 、 グ リ ッ ド 毎 の BEF、 BD F の 生
産 ポ テ ン シ ャ ル を そ れ ぞ れ 図 4.2.10 -3、 図 4.2.10 -4 に 示 す 。 な お 、 上 段 は 熱 帯 雤 林 利
用 不 可 、 下 段 は 利 用 可 の 場 合 を 示 す 。 こ れ よ り 、 1990 年 に は 单 米 の ウ ル グ ア イ の あ た
り に BEF の ポ テ ン シ ャ ル の 非 常 に 高 い 地 域 が み ら れ る が 、2100 年 に は こ の 地 域 は 農 地
となるため、ポテンシャルが得られていない様子がわかる。熱帯雤林開発が可能とな
る 場 合 に は 、主 に ア マ ゾ ン に ポ テ ン シ ャ ル の 高 い エ リ ア が 存 在 す る こ と が 読 み 取 れ る 。
ただし、農業土地利用の推計では、熱帯雤林は農地転用不可としているため、本分析
においてバイオ燃料用のポテンシャルが認められるが、農業土地利用が可能となる場
合には、異なる結果が得られる可能性がある。
- 154 -
図 4.2.10-3
BEF の グ リ ッ ド 別 ポ テ ン シ ャ ル ( A2 、 標 準 食 料 消 費 、 技 術 中 )
BDF に つ い て も BEF と 同 様 の 傾 向 で あ る が 、卖 収 の 高 い エ リ ア が 2100 年 に か け て 広
がっていることが読み取れる。特に、熱帯雤林が利用可能な場合、アマゾンに加えて 、
アジアのボルネオ島、ニューギニア島などで高いポテンシャルが認められ、需要が増
大する場合、エタノールと同等か、それ以上に熱帯雤林の開発圧力が高まる可能性が
示唆される。
図 4.2.10-4
BDF の グ リ ッ ド 別 ポ テ ン シ ャ ル ( A2 、 標 準 食 料 消 費 、 技 術 中 )
な お 、A2 シ ナ リ オ の 1990 年 に お い て $1000/TOE 以 下( ガ ソ リ ン 換 算 80 円 /L)の BE F
ポ テ ン シ ャ ル は 382MTOE ( お よ そ 2006 年 の OECD 欧 州 の 交 通 エ ネ ル ギ ー 消 費 量 に 相
当 ) と な っ て い る が 、 2100 年 に は 158 MTOE 程 度 ま で 減 尐 す る 。 熱 帯 雤 林 を 利 用 可 能
と す る と 、 1990 年 の ポ テ ン シ ャ ル は 625TOE、 2100 年 に は 5 0 0TOE と な る . こ の よ う
に、全世界でみると一定程度のポテンシャルが存在するといえるが、農業土地利用の
シ ナ リ オ に よ っ て は 、経 年 的 に 大 き く ポ テ ン シ ャ ル が 減 尐 す る 可 能 性 が あ る 。た だ し 、
- 155 -
本分析で対象としたのは、限定されたエネルギー作物からのバイオ燃料であり、他の
作物やセルロース系については対象としていない。
4.2.11 炭 素 固 定 量 へ の 影 響
以上、食料需要を満たす農業土地利用と、バイオ燃料の生産ポテンシャルを分析し
たが、本頄では農地拡大やバイオ燃料の原料作物生産がバイオマスによる炭素固定量
に 与 え る 影 響 を 分 析 す る 。 こ こ は 、 グ リ ッ ド 毎 の 炭 素 固 定 量 は World Resource Institut e
( WRI) に よ る Pilot analysis of global ecosyste ms ( PAGE ) 1 6 ) の デ ー タ を 用 い る 。 こ の デ
ータは植物による地上および地中の炭素固定量の上限推計値、並びに土壌に含まれる
炭 素 量 の 推 計 値 と さ れ て い る 。 植 物 に よ る 炭 素 固 定 量 の 分 布 を 図 4.2.11 -1 に 示 す 。
な お 、PAGE の デ ー タ セ ッ ト は 、全 て の 生 き て い る 植 物( live vegetation )の 含 有 炭 素
量の推計値であり、そこには木本植物のみならず草本植物も含んでおり、森林、草地
と と も に 農 地 に お け る 炭 素 量 も 集 計 し て い る 。 こ こ で は 、 図 4.2.8 -3 に 示 し た 199 0 年
における農地グリッド以外は自然的な土地利用であると想定し、農地が拡大すると、
そ の グ リ ッ ド に お け る 固 定 炭 素 量 が 喪 失 す る と 仮 定 す る 。農 地 と し て 利 用 さ れ る 場 合 、
作 物 の 成 長 期 間 は 炭 素 が 固 定 さ れ る は ず で あ る 。PAGE の 推 計 結 果 に よ れ ば 、全 世 界 の
森 林 の 炭 素 固 定 量 は 132~457GtC 、 草 地 は 71~231GtC 、 農 地 は 49~142GtC で あ り 、 森 林
と 比 較 す る と 農 地 の 固 定 量 は 31~37% と 決 し て 小 さ く は な い 。 農 地 が 拡 大 す る な ら ば 、
当然 、その固定炭素量も増加するはずだが 、ここではその効果は無視する 。このた め 、
固定炭素の喪失量は過大推計となっている可能性が高いことに留意が必要である。
図 4.2.11- 1
植 物 に よ る 炭 素 固 定 量 ( WRI- PAGE )
ここでは、まず農業土地利用の変化に伴う土地利用からの正味炭素排出量の経年変
化 を 示 し 、次 に 、4.2.10 で 示 し た バ イ オ 燃 料 の 累 積 生 産 量 に 対 す る 固 定 炭 素 の 喪 失 量 を
算定する。ただし、植物による炭素固定量のグリッドデータは上限推計値を与えてい
るため、ここでは、世界集計値の上限値に対する中央値の比率を全グリッドに乗じた
値を用いる。
- 156 -
まず、土地利用からの正味炭素排出量は、農地が拡大する場合には、従前にそこで
固定されていた炭素が排出されるものとし、縮小する場合には、当該地点で直ちに植
林が行われ大気中の二酸化炭素を吸収すると仮定する。従前の固定炭素量は、バイオ
マスによる固定量に加え、土壌中の蓄積量も対象とし、それが農地転用により全て大
気中に排出されるとする。ただし、本分析の農業土地利用は各時間断面での評価であ
ることから、年間の排出量は前期と今期の固定量の差をその期間の年数で除した値と
する。一方、植林による年間吸収量は、地域ごとに筑後モデルを用いて算定し、累積
吸 収 量 の 上 限 は 、 WRI の デ ー タ に 与 え ら れ た バ イ オ マ ス お よ び 土 壌 の 炭 素 固 定 量 と す
る。すなわち、年間の吸収量で累積吸収量の上限を除したものを吸収年数とし、農地
から植林地に転用された時点から、吸収年数の間は筑後モデルで推計される年間吸収
量を吸収するが、それ以降は吸収しないと仮定する。
以 上 の 想 定 の 下 推 計 さ れ た 土 地 利 用 か ら の 正 味 炭 素 排 出 量 を 図 4.2.11 -2 に 示 す 。 こ
れより、おおむねいずれのシナリオでも将来にわたり土地利用からの炭素排出量は減
尐 し 、 A2 の 技 術 低 位 シ ナ リ オ を 除 き 吸 収 に 転 ず る 結 果 と な っ て い る 。 ま た 、 お お む ね
技 術 が 高 い ほ ど 排 出 量 が 低 く 、吸 収 に 転 ず る 時 期 も 早 い こ と が わ か る 。更 に MD G 達 成
シナリオのように需要が高い場合、排出量は上方にシフトしている様子がわかる。
図 4.2.11- 2
土地利用からの正味炭素排出量の推移
こ こ で 、200 0 年 の 時 点 で 既 に シ ナ リ オ に よ り 排 出 量 が ば ら つ い て い る が 、こ れ は 200 0
年 の 農 地 面 積 も 推 計 し て い る た め で あ り 、今 後 2000 年 の 技 術 係 数 の 実 績 デ ー タ に 基 づ
く 調 整 を 行 う こ と 等 に よ り 、 こ の ば ら つ き は 解 消 さ れ る 。 ま た 、 B1 シ ナ リ オ で は 技 術
低位シナリオが技術高位シナリオの排出量を一部下回っているが、これは、本分析が
農 地 変 化 に 関 連 す る 土 地 利 用 か ら の 炭 素 排 出・吸 収 の み を 対 象 と し て い る た め で あ る 。
- 157 -
すなわち、技術低位シナリオでは拡大する農地も多いが、放棄される農地も多くなっ
ており、そこでの植林による吸収分が技術中位シナリオよりも多く集計されている。
ま た 、 2070 年 以 降 、 技 術 高 位 シ ナ リ オ よ り も 他 の シ ナ リ オ で の 吸 収 量 が 多 く な っ て い
るのも、放棄される農業グリッドの量が後半で多くなることを反映している。このた
め、農業土地利用変化と直接関係しないグリッドにおける植林等の炭素吸収を考慮す
ることが今後必要である。
ま た 、 参 考 と し て 、 SRES( IIAS A -G GI に よ る シ ナ リ オ ) お よ び RCP 等 に お け る 土 地
利 用 か ら の CO2 排 出 量 の 想 定 を 図 4.2.11 -3 に 示 す 。こ れ と 比 較 す る と 本 分 析 結 果 の 感
度が高くなっている。今後、農業モデルの足下のパラメータ調整、固定炭素量に関す
る使用データの見直し、植林に関するモデルの精緻化などにより、本分析結果は大き
く変わる可能性があることに留意されたい。
図 4.2.11- 3
土 地 利 用 変 化 に 伴 う CO2 排 出 推 移 ( 左 : IIASA -GGI、 右 : RCP)
次 に 、 標 準 食 料 需 要 、 技 術 中 、 A2 シ ナ リ オ に お け る 、 バ イ オ 燃 料 の 年 間 生 産 量 に 対
す る 固 定 炭 素 の 累 積 減 尐 量 を 図 4.2.11 -4 に 示 す 。こ こ で 生 産 グ リ ッ ド は 4.2.10 と 同 様 、
価 格 の 安 い グ リ ッ ド か ら 項 に 割 り 当 て て い る 。熱 帯 雤 林 利 用 不 可 の 場 合 を み る と 、205 0
年までは農地の拡大により生産性の高いグリッドが減尐するため、バイオ燃料の生産
量あたり必要な面積が増加し、その結果固定炭素量の減尐量も大きくなっているが、
その後、農地が減尐するため生産に伴う固定炭素量の減尐は尐なくなっている。熱帯
雤 林 利 用 可 の 場 合 も 同 様 の 傾 向 が あ る が 、 利 用 不 可 の 場 合 と 比 較 す る と 、 BEF で は 曲
線が左にシフトし、途中で屈曲している。これは原料作物の生産が生産量の尐ない段
階では炭素固定量の多い熱帯雤林で行われ、その後熱帯雤林以外のグリッドで行われ
ることを反映している。原料作物の生産性は熱帯雤林グリッドで高いため、利用可と
する場合は、その地点が生産地点として選択されるが、生産量あたりの固定炭素減尐
量 は 熱 帯 雤 林 を 利 用 で き な い 場 合 よ り も 大 き く な る 。 一 方 、 BDF の 場 合 は 熱 帯 雤 林 利
用による生産性の向上と固定炭素の減尐が拮抗し、利用不可の場合と比較すると、後
年になればむしろバイオ燃料生産に伴う固定炭素の減尐量は低下する傾向が見られ
る。
- 158 -
図 4.2.11- 4
バイオ燃料年間生産量に対する固定炭素減尐量
4.2.12 ま と め
本研究では、農業需給データ、灌漑データ、土地利用データ等を追加し、モデルパ
ラメータのキャリブレーション方法、並びに農業貿易・土地利用の統合推計方法を新
たに開発することで、農業土地利用モデルを改良し、このモデルを用いて、将来食料
需要を考慮した世界農業土地利用分布の推計、地域別の熱量ベースの食料需給比率の
分析、余剰地におけるバイオ燃料生産ポテンシャルの推計、および農地拡大・バイオ
燃料生産に伴うバイオマス固定炭素の減尐量の試算を行った。以上により、気候変動
下での将来農業需給に関する見通しを分析したが、本手法では様々なデータと仮定に
基づいており 、留意すべき点も多い。以下、本研究の主要な成果と留意点を整理 す る 。
(1) 食 料 需 要 モ デ ル
FAO 統 計 デ ー タ ベ ー ス よ り 地 域 別 の 時 系 列 で の 食 料 需 要 デ ー タ を 入 手 し 、 こ れ に ロ
ジ ス テ ィ ッ ク 曲 線 を 当 て は め る こ と で 、 食 料 需 要 を 一 人 あ た り GD P の 関 数 と し て モ デ
ル化した。一人 1 日あたりの総供給カロリーのモデルでは、多くの地域で推計値と統
計 値 の 相 関 係 数 は 0.9 を 超 え て お り 、 需 要 量 は お お む ね GDP の 関 数 と し て 表 す こ と が
できた。ただし、中東やサブサハラアフリカでは、経済構造が特殊、あるいは不安定
であることに起因して十分な再現性が得られていない。精度の高い推計にはラグを含
んだモデル化などの工夫が必要と考えられる。
ま た 、食 料 エ ネ ル ギ ー 供 給 分 布 を 考 慮 し 、国 連 MDG に お け る 栄 養 不 足 解 消 時 の 平 均
供給量を算定した。これは、地域ごとの食料供給分布に依存するが、現在の消費格差
が維持される場合(格差大)と、不平等度の高い地域において格差がタイ並みに縮小
する場合(格差小)の 2 通りについてシナリオを作成し、飽和水準を統計的に推計し
た標準食料需要シナリオと比較した。
いくつかの経済モデルでは食料需要の説明変数に食料価格を導入するものもみられ
るが、データを分析した結果、卖純な統計モデルにおいては、食料価格の説明力は必
ずしも高くないことが明らかとなった。ミクロにみれば価格が需要に影響する可能性
は理解できるが、国際比較可能なデータに基づき頑健な推計を得るためには工夫が必
要と考えられる。
- 159 -
(2) 食 料 貿 易 モ デ ル
最終消費される食料並びに畜産品の飼料、加工品の原料について、国産品と輸入品
の 比 率 を 、各 品 目 の 国 産 価 格 、輸 入 価 格 を 変 数 と す る バ イ ナ リ ロ ジ ッ ト モ デ ル で 表 し 、
また国際市場における輸出シェアを、地域別国産価格を変数とする多頄ロジットモデ
ル で 表 し た 。 こ の モ デ ル に つ い て 、 パ ラ メ ー タ を 1990 年 代 の 価 格 、 貿 易 量 の デ ー タ を
用い推計することを試みたが、価格感度はきわめて低く、再現性の低いモデルしか得
られなかった。そもそも、内外価格差と国産シェア、および地域別価格と国際市場シ
ェアの関係をみると、必ずしも価格のみがこれらのシェアを決定していないことがわ
かる。従って、現状の貿易状況を説明する上では価格以外の様々な情報、例えば、農
業貿易に関する制限措置や農産品の品質など、より詳細な情報が必要になると考えら
れるが、国際比較可能なこうした情報は十分整理されていない。
本 研 究 で は 、GTAP に 基 づ き 価 格 感 度 パ ラ メ ー タ を 設 定 し 、現 状 の 貿 易 比 率 に あ う よ
うにダミーパラメータを導入したロジットモデルを作成したが、他の期間の価格を当
てはめたところ、その貿易比率を全く再現できなかった。このため、貿易モデルを作
成してはいるが、将来推計では価格を固定して用いており、価格に対する貿易量の変
化は内生化されていない。貿易価格に関するデータの期間は十分ではなく、また上述
のように他の様々な要因の影響を受けるため、貿易モデルの統計的な推計、特に価格
変化に対する貿易量の感度の推計は困難だが、さらに研究を進める必要がある。
(3) FAO 統 計 と 整 合 的 な AEZ モ デ ル の キ ャ リ ブ レ ー シ ョ ン
AEZ モ デ ル は グ リ ッ ド 毎 の 条 件 か ら 農 業 生 産 量 を 積 み 上 げ る モ デ ル で あ り 、 必 ず し
も 生 産 総 量 が 統 計 値 と 整 合 す る 保 証 は な い 。 本 研 究 で は AEZ モ デ ル に よ り 卖 収 を 推 計
し 、 土 地 利 用 モ デ ル で 割 り 当 て ら れ た エ リ ア に お け る 卖 収 が 、 FAO 統 計 と 整 合 す る よ
う に 調 整 す る ア ル ゴ リ ズ ム を 新 た に 開 発 し た 。 こ の 調 整 は 、 AEZ モ デ ル に お け る 技 術
係 数 を 調 整 す る こ と に 相 当 す る が 、 AEZ の 前 提 条 件 と 実 際 の 栽 培 条 件 の 様 々 な 相 違 を
集約的に表すことになるため、必ずしも技術要因だけで決まるものではない。こうし
た違いをもたらす要因をできるだけ考慮することが望ましいが、本研究では現況の農
地グリッド、灌漑グリッドおよび米の二毛作のみ考慮している。
RITE の 土 地 利 用 モ デ ル で は 品 目 別 生 産 量 が 統 計 値 と 一 致 す る よ う 栽 培 グ リ ッ ド を 決
定するが、このアルゴリズムでは品目別の卖収についても統計と整合するように調整
す る た め 、栽 培 面 積 も 整 合 す る こ と に な る 。こ の 調 整 に よ り 、ほ ぼ す べ て の 品 目 で FAO
統計と整合する調整係数を導出することができた。この調整を行わないことは、すな
わち、足下の生産性を再現できないまま将来の農業土地利用を推計することになる。
従って、積み上げ型の農業生産モデルを用いる場合には、こうした統計との整合性を
確保する作業が不可欠と考えられる。
この調整係数は技術水準の相違も含んでいることから、経済成長と関係があるもの
と期待されたが、分析の結果、必ずしも明確な関係は見られなかった。これは、経済
水 準 が 高 く て も 、 粗 放 的 な 農 業 を 行 っ て い る 地 域 も 存 在 す る こ と 、 お よ び 、 AEZ の 卖
収推計に用いたデータが必ずしも十分ではないことに起因すると推察される。前者に
- 160 -
ついては、地域ごとの農業方式に関する調査を行い、粗放的か集約的か明らかにする
必 要 が あ る が 、 後 者 に つ い て は 、 詳 細 に AEZ モ デ ル の 入 力 デ ー タ を 見 直 す こ と が 必 要
である。具体的には、オーストラリアと韓国で調整係数が非常に高く推計されたが、
こ れ は AEZ モ デ ル の 卖 収 推 計 結 果 が FAO 統 計 の 卖 収 と 比 較 し て 極 め て 低 い こ と に 起 因
す る 。AEZ に よ れ ば 、オ ー ス ト ラ リ ア で は 低 緯 度 地 域 の 卖 収 が 高 く 推 計 さ れ て い る が 、
現在農地として用いられているグリッドは異なる場所であり、その卖収は非常に低く
推 計 さ れ る 。 そ の 原 因 と し て 、 AEZ の 入 力 デ ー タ と し て 用 い ら れ て い る 傾 斜 度 の 条 件
や土壌の条件、あるいは灌漑地点が現実と異なっている可能性が考えられる。こうし
た課題の原因を明らかにするための分析がさらに必要である。
(4) 貿 易 モ デ ル と 土 地 利 用 配 分 モ デ ル の 統 合
貿易モデルと土地利用配分モデルを統合し、農業土地利用制約下で生産需要を満た
す農地を確保できない場合には、貿易を通じ生産量を再配分するメカニズムを導入し
た。ただし、上述のように貿易価格は固定的に扱っているため、現状の配分比率を固
定した上で、農地が不足する場合、その地域を除いた他の地域に配分する構成となっ
ている。
より整合的に扱うためには、農地不足と連動させて価格を推計し、さらに適切な感
度の貿易モデルを用いた統合が必要となるが、そのために克服すべき課題は多い。
(5) 将 来 農 業 土 地 利 用 の 推 計
各 種 シ ナ リ オ の も と で 将 来 食 料 需 要 を 推 計 し 、そ の 土 地 利 用 割 り 当 て を 行 っ た 結 果 、
検 討 し た 全 て の ケ ー ス で 需 要 を 満 た す 食 料 供 給 が 得 ら れ る こ と が 示 さ れ た 。 19 90 年 と
比 較 す る と 、 2100 年 の 栽 培 面 積 は 標 準 消 費 、 技 術 低 位 、 A2 シ ナ リ オ で 150%増 加 す る
が 、 B2 シ ナ リ オ で は 6 3%の 増 加 と な り 、 B1 シ ナ リ オ で は -1 3%と 現 状 よ り も 面 積 が 減
尐するケースも見られる。
気 候 変 動 の 影 響 を み る た め に 、気 候 を 1990 年 に 固 定 し た 場 合 の 栽 培 面 積 の 推 計 結 果
を 見 る と 、 2%~ 6% 程 度 栽 培 面 積 が 尐 な く な っ て い る 。 す な わ ち 気 候 変 動 が 農 業 生 産 に
及ぼす影響は面積で見るとそれほど大きくないといえる。一方、技術改善を高く見積
も っ た ケ ー ス で は 5 0 %ほ ど 栽 培 面 積 が 尐 な く 推 計 さ れ た 。 逆 に 、 技 術 改 善 を 低 く 見 積
も る と 、 シ ナ リ オ に よ り 100~200% ほ ど 栽 培 面 積 が 多 く 推 計 さ れ た 。 ま た 、 MD G 達 成
シ ナ リ オ で は 、標 準 食 料 需 要 シ ナ リ オ と 比 較 し て 17~27%ほ ど 栽 培 面 積 が 多 く 推 計 さ れ
た 。 以 上 よ り 、 2100 年 ま で を 考 え る と 、 気 候 変 動 と 同 等 か そ れ 以 上 に 農 業 技 術 の 進 歩
や食料需要の想定が、将来の食料需給に対して大きなインパクトを有しているといえ
る。なお、農業技術の改善については不確実な点も多いため、その将来見通しについ
ては今後とも調査が必要である。
(6) 食 料 需 給 の 地 域 差
熱量ベースの食料需給バランスには地域差があり、将来、その差は拡大する可能性
が示された。米国、ブラジルなど生産力のある地域では今後輸出が増加する一方、中
国、インド、東单アジアなど食料需要が大きく増加する地域では輸入比率が高まる場
- 161 -
合があると試算された。また、技術進歩等により食料輸入国は輸入依存度を逓減する
ことが可能であり、その場合、反射的に輸出国では生産量の増加が押さえられること
になる。このように世界全体では食料需給はバランスするが、その地域差は拡大する
方向にあり、需要を満たす供給を保証する上では、貿易を安定化させることと、輸入
地域の経済開発が重要であることが示唆される。
ただし、本分析結果は貿易が十分弾力的であり、熱帯雤林以外の農業開発に関する
障 害 が な い こ と を 前 提 と し て い る 。現 実 に は 多 く の 国 で 農 業 保 護 政 策 が と ら れ て お り 、
貿易は完全に自由ではなく、また、土地所有制度に依存して必ずしも効率的な土地利
用が直ちに実現するとは言い切れない。こうした状況について国際比較可能な情報は
十分ではないが、貿易、土地利用に関する非効率性を前提とするならば、将来の食料
需給バランスは必ずしも確保されない可能性があることに留意が必要である。
(7) バ イ オ 燃 料 ポ テ ン シ ャ ル の 推 計
農地以外の余剰地におけるバイオ燃料の生産ポテンシャルを推計した結果、ガソリ
ン 換 算 で 80 円 以 下 の エ タ ノ ー ル の 生 産 量 は 現 状 で 380MTOE と 現 在 の 欧 州 の 交 通 エ ネ
ルギー消費相当のポテンシャルがあると推計された。ただし、将来的には農地面積の
拡 大 に よ り 年 々 減 尐 し 、A2 シ ナ リ オ で は 2100 年 に は 1 58MTOE 程 度 に 減 尐 す る と 試 算
された。一方、熱帯雤林を利用可能とするならば、エネルギー作物の栽培適地は熱帯
雤林と重複することから、そのポテンシャルは大幅に増加すると算定されている。こ
のことから、バイオ燃料需要が高まると熱帯雤林の開発圧力が大きくなることが示唆
される。
なお、バイオ燃料のポテンシャル推計においては、エタノールはサトウキビ、バイ
オディーゼルはパーム油から生産することを仮定しており、またその価格および変換
効率はいくつかの文献に基づく値であり、今後の技術進展により大きく変化する可能
性がある。特に、セルロース系原料を用いたバイオ燃料の生産技術は、未だ研究が進
められている段階にある。こうした技術進歩により、残渣物や木材等から安価な燃料
生産が可能になれば、本研究で示したポテンシャルよりも多くの量を生産できる可能
性がある。ただし、その生産効率やコスト情報は不明確な点が多いため、妥当性のあ
る推計を行うためには、こうした情報を収集する必要がある。
(8) 固 定 炭 素 量 へ の 影 響
農地面積の推計結果およびバイオ燃料ポテンシャルの分析結果を用い、バイオマス
による炭素固定量への影響を分析した。まず、多くのシナリオで農地面積が減尐する
ことから、土地利用からの正味排出量は減尐し、多くの場合で吸収に転ずる傾向が算
定された。また、農地面積が増加する場合であっても、耕作放棄地で植林が行われる
と想定しているため、正味排出量は低減すると推計された。
また、バイオ燃料の原料作物は新規開発グリッドで栽培されると想定し、そのグリ
ッドのバイオマスによる固定炭素が大気中に放出されると仮定して、バイオ燃料生産
量 に 対 す る 炭 素 放 出 量 を 算 定 し た 。 そ の 結 果 、 2100 年 ま で を 見 通 す と 、 農 地 拡 大 に 伴
い生産性の低い地域で原料作物を栽培することになるため、バイオエタノールでは生
- 162 -
産量あたりの放出量が将来的に増加する傾向が示された。こうした従前の固定バイオ
マス資源は、必ずしも卖純に燃やされて大気中に放出されるわけではなく、化石燃料
の代替資源として用いられたり、建材等に用いられた上で再資源化され固定化される
など、いくつかのパスが考えられる。しかしながら、バイオ燃料を卖純にカーボンニ
ュートラルと見なして免税等の措置により普及を図るならば、森林等の開発圧力が高
まり、固定炭素が放出されることにも留意が必要となる。バイオ燃料利用の拡大には
こうした従前の土地利用などの十分な考慮が必要と考えられる。
な お 、本 分 析 で は 農 業 利 用 に 伴 う N2O や メ タ ン 等 の 非 CO2 温 室 効 果 ガ ス は 対 象 と し
ていない。今後これらのガスを含む推計方法への拡張が必要である。
参 考 文 献 (第 4.2 節 に 関 す る も の )
1)
FAO, FAOSTAT,
Food and Agriculture Organization of the United Nations,
http://faostat.fao.org/site/0/Default.aspx (アクセス日 2009.11.5)
2)
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http://unstats.un.org/unsd/mdg/Data.aspx (アクセス日 2009.11.5)
3)
FAO Statistics Division, Updating the minimum dietary energy requirements, Food and Agriculture
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4)
Fischer, G., M. Shah, F.N. Tubiello, and H. Velhuizen, Socio-economic and climate change impacts on
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5)
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6)
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United States Geographical Survey, GLOBAL LAND COVER CHARACTERIZATION,
U.S. Department
of the Interior, http://edc2.usgs.gov/glcc/glcc.php (アクセス日 2009.11.5)
9)
Alexandratos, N., World agriculture : towards 2010 : an FAO study, Food and Agriculture Organization of
the United Nations, 1995.
10) IIASA Greenhouse Gas Initiative, The GGI Scenario Database (Version 2.0), International Institute for
Applied Systems Analysis, http://www.iiasa.ac.at/web-apps/ggi/GgiDb/dsd?Action=htmlpage&page=about
(アクセス日 2009.11.5)
11) Wigley, T.M.L; MAGICC/SCENGEN 5.3: USER MANUAL (version 2),
http://www.cgd.ucar.edu/cas/wigley/ magicc/UserMan5.3.v2.pdf (アクセス日 2009.11.5)
12) Hayashi, A. et al. Evaluation of global warming impacts for different levels of stabilization as a step toward
determination of the long-term stabilization target, Climatic Change, DOI 10.1007/s10584-009-9663-6,
(2009).
- 163 -
13) 平野克己、パラドックスのなかの貧困-ジンバブウェにおける農地改革を展望する-、アジア経済
40.9/10、59-90、(1999).
14) Caro, R.F., Lowering Cost of Bio-Ethanol Production Using Electrolytic Process, the 2005 TAPPI
Engineering, Pulping and Environmental Conference, (2005).
15) Shumaker, G.A., J. McKissick, C. Ferland, and B. Doherty, A Study on the Feasibility of Biodiesel
Production in Georgia, Center for Agribusiness and Economic Development Feasibility Report 03-02,
University of Georgia, (2003).
16) http://www.wri.org/publication/pilot-analysis-global-ecosystems-forest-ecosystems
(アクセス日:2010 年
2 月 10 日)
4.3
4.3.1
水需給評価モデルの開発
目的と概要
水 は 人 間 生 活 の 必 需 品 で あ り 、 需 要 を 満 た す 安 定 し た 水 の 供 給 は 持 続 的 発 展 (SD) に
と っ て 重 要 な 課 題 の 一 つ で あ る 。ALPS プ ロ ジ ェ ク ト で は 持 続 可 能 な 水 需 給 の 方 策 検 討
に資するべく、世界各地域の経済発展、産業構造、貿易を考慮した水需給評価を目的
にモデルを開発してきた。その一環として、昨年度は温暖化影響を考慮した水資源量
推 計 モ デ ル と 経 済 発 展 を 考 慮 し た 生 活・工 業 用 水 需 要 の 推 計 モ デ ル を 構 築 し た
1)
。本 年
度は、これらのモデルについて、気候予測の不確実性、都市・農村別需要の違い、工
業活動の変化を考慮した評価のため、データを整備し、モデルの精緻化を図った。ま
た、水多消費産物である農産物の貿易を考慮して農業用水需要量を推計するため、農
業土地利用モデルで分析した農作物の作付時期や品種、土地割あてのデータを入力値
とし、農業用水需要を算出するモデルを構築した。さらに、仮に水の需給比を意識し
て農業土地利用が定められるとした場合、例えば、世界の水ストレス人口にどのよう
な影響を及ぼしうるかを評価できるようなモデルの枞組みを開発した。
4.3.2
モデル
図 4.3.2 -1 に 水 需 給 評 価 モ デ ル の 主 要 構 成 を 示 す 。 主 な 流 れ と し て 、 国 別 に 想 定 し
た生活用水・工業用水需要、淡水化、再利用水量を人口分布に応じてグリッドに割り
振る。一方、農業用水(灌漑用水)需要、水資源量はグリッドベースで推計する。こ
れらのグリッド値を河川流域毎に集約し、河川流域卖位で水需給比を算出する。農業
土地利用割り当ての評価において、水の需給比を意識して農作物の作付場所を選択す
る場合は、あらかじめ、農業用水利用適性度の情報を農業土地利用モデルに引き渡し
ておく、という構成になっている。
水資源量や灌漑用水需要量の推計に必要な、流出量、気温、降水量、相対湿度、風
速 、 雲 面 積 比 率 は 大 気 ・ 海 洋 大 循 環 モ デ ル ( GCM) の 月 平 均 予 測 値 を 用 い る 。 こ こ で 、
GCM に よ る 予 測 の 違 い を 考 慮 す る た め 、 地 域 パ タ ー ン が 比 較 的 異 な る と み ら れ る
MIROC3.2(Medres) 、 HadCM3、 CGCMT3.1(T63) の 3 つ の GCM モ デ ル
- 164 -
2)
を取り上げた。
な お 、ど の GCM も 、幾 つ か の 温 室 効 果 ガ ス 排 出 シ ナ リ オ に 対 す る 予 測 値 が 公 開 さ れ て
いる
3)
が 、 本 分 析 で は そ の う ち 、 ALPS プ ロ ジ ェ ク ト で 対 象 と す る 排 出 シ ナ リ オ 群 に 比
較 的 近 い と 考 え ら れ る SRES-A1B 排 出 シ ナ リ オ に 対 す る 予 測 値 を 用 い た 。 と こ ろ で 、
GCM に よ る 現 在 気 候 の 再 現 性 は 必 ず し も 高 く な く 、 モ デ ル に よ っ て 異 な る と い う 問 題
が あ る こ と よ り 、 現 在 気 候 値 は 観 測 デ ー タ を 用 い て 補 正 し た 。 す な わ ち 、 1961 -1 9 9 0 年
の 気 候 値 に は 観 測 値 を 適 用 し 、そ れ 以 降 の 気 候 変 化 分 と し て GCM 予 測 の 変 化 分 を 加 算
し た 。 現 在 気 候 の 観 測 デ ー タ は 、 気 温 、 降 水 量 、 相 対 湿 度 ( 比 湿 ) は CRU_TS 2.1 デ ー
タ
4)
、風 速 は CRU CL 1.0 デ ー タ
5)
、流 出 量 は GSWP2 デ ー タ
6)
で あ る 。こ の よ う に 、現
在値補正した気候データをベースとし、以降の分析では、対象とする排出シナリオの
全球平均気温上昇値をもとにパターンスケーリング
7)
し た 気 候 デ ー タ を 用 い た 。全 球 平
8)
均 気 温 上 昇 は MAGICCver5.31 を 用 い 、 気 候 感 度 3.0℃ で 算 出 し た 。
灌漑作物・品種
栽培開始時期
二期栽培地
都市・農村別人口、
水アクセス人口比
率
GDP
灌漑効率
工業製品生産量
生 活用水需要
量
工 業用水需要
量
土壌タイプ
淡水化量
再利用水量
灌漑用水需要
気温
降水量
相対湿度
風速
雲面積
比率
全球平均気温変化
水資源量
流出量
渇水度・人口
生活用水需要量
(都市・農村)
工業用水需要量
(都市)
淡水化量 (都市)
再利用水量(都市)
水資源量
農業土地利用
モデル
准渇水度
農業用最低水資源量有無
農業用水利用適性度
データ形態:
全球
図 4.3.2 -1
国
流域
グリッド
水需給評価モデルの主要構成
- 165 -
河 川 流 域 区 分 は 、全 球 河 道 流 路 網 モ デ ル TRIP の 流 域 デ ー タ
1995 年 の 分 布
10)
9)
を 用 い た 。人 口 分 布 は 、
を ベ ー ス と し 、将 来 分 布 は 、人 口 密 度 の 高 い グ リ ッ ド ほ ど 人 口 増 加( 減
尐 ) が 大 き い と 想 定 し て 作 成 し た 。 図 4.3.2-2 に 、 将 来 の 人 口 分 布 の 想 定 例 ( 図 は 第
4.3.3 節 、 第 4.3.4 節 に 述 べ る SRES-B2 シ ナ リ オ に 対 す る 人 口 分 布 の 想 定 例 で あ る ) を
示す。
国別生活用水、工業用水需要、グリッド別農業用水需要、流域別農業用水利用適性
度の各推計のモデルについては、次頄以降で述べる。
( a ) 1 99 5 年
(b ) 20 30 年
( c ) 2 05 0 年
(d ) 21 00 年
0
10 - 3
1
5
10
図 4.3.2 -2
50
100
200
人口分布想定例
500
100 0 < [1 0 3 p er so n / 0 . 5 º x0 .5 º ]
(SRES-B2)
(1) 国 別 生 活 用 水 需 要 推 計 モ デ ル
①
昨年度からの改善点
モデルの基本構成は昨年度と同様、一人当たり生活用水取水量を所得の関数として
表現し、将来の需要量を国別の一人当たり所得と人口から算出する。但し、一人当た
り生活用水取水量は一般に都市で農村より多い。また、国によっては、水アクセス人
口比率も異なる。そこで、今年度は、都市・農村別に、水アクセス人口を考慮し、水
アクセス一人当たり取水量の関数を新たに想定した。
②
一人当たり所得と水アクセス一人当たり取水量の関係
水アクセス一人当たり取水量の関数の想定に用いたデータは以下の通り。国別生活
用 水 取 水 量 は AQUASTAT country database 1 1 ) の 、1988 -1992 年 、1993 -1997 年 、1998-2002
年 、 2003 -2007 年 値 。 一 人 当 た り GDP、 都 市 ・ 農 村 水 ア ク セ ス 人 口 比 率 は 、 WDI2008 1 2 )
- 166 -
の値で、取水量データに合わせ各期間の平均値を利用した。都市と農村の水アクセス
一 人 当 た り の 取 水 量 は 、 Rosegrant et al.(2002)
13)
の Table4.4 に よ る と 1995 年 時 点 で 表
4.3.2 -1 の 通 り で あ る こ と よ り 、 こ の 比 率 を 用 い て 、 都 市 、 農 村 別 に 水 ア ク セ ス 一 人 当
た り の 取 水 量 を 推 計 し た 5。
表 4.3.2 -1
水アクセス一人当たり水需要量の都市対農村比率
農村部水アクセス
一人当たり生活用水取水量(m3/yr)
( Rosegrant(2002)Table4.4 を 基 に 算 出 )
農 村 /都 市
A s ia
0 . 65
c h in a
0 . 58
I nd ia
0 . 69
S o u th e a s t A s ia
0 . 68
S o u th A s ia e x c lu d in g In d ia
0 . 71
L a tin A me r i c a
0 . 65
S u b - S ah a r an Af r ic a
0 . 64
W e s t A s ia /N or th A fr ic a
0 . 71
D e v e lop le d Co un tr y
0 . 95
D e v e lop ing Co un tr y
0 . 64
W or ld
0 . 71
米国
都市部水アクセス
一人当たり生活用水取水量(m3/yr)
1000
カナダ
米 国
1000
カ ナ ダ
中南米
中 南 米
西欧
100
西 欧
東欧・旧ソ連
東 欧 ・ 旧 ソ 連
北アフリカ
北 ア フ リ カ
100
中 央 ア フ リ カ ・ 南 ア フ リ カ
中央アフリカ・南アフリカ
日 本
日本
中国
10
中 国
10
イ ン ド
インド
ア ジ ア N I S E
アジアNISE
中東
1
オセアニア
100
1,000
10,000
一人当たりGDP ($)
図 4.3.2 -3
100,000
中 東
オ セ ア ニ ア
1
100
1,000
10,000
100,000
その他
そ の 他
近 似
一人当たりGDP ($)
近似
一 人 当 た り GDP と 都 市 部 ( 左 )、 農 村 部 ( 右 )
水アクセス一人当たり生活用水取水量
図 4.3.2 -3 に 、 一 人 当 た り GDP と 都 市 、 農 村 別 水 ア ク セ ス 一 人 当 た り 生 活 用 水 取 水
量 の 関 係 を 示 す 。図 中 の 曲 線 は 最 小 二 乗 法 に よ り 算 出 し た も の で 、式 (4.3 -1 )で 表 現 さ れ
る。図中の近似曲線と統計値のずれは、各国の風土や生活習慣によると考え、そのず
れ を 国 別 調 整 係 数 k c で (4.3 -2 ) 式 の よ う に 補 正 し た 値 を 各 国 の 都 市 、 農 村 一 人 あ た り 生
活用水取水量とした。
5
水 ア ク セ ス 人 口 と は 、文 献 1 2 ) で は 、i m p r o v e d s o u r c e( 蛇 口 、排 水 管 、堀 井 戸 、雤 水 )か ら 、r e a s o n a b l e
( 1 日 最 低 20 リ ッ ト ル の 水 を 住 居 よ り 1km 以 内 の 範 囲 で 入 手 で き る ) 人 口 を 、 文 献 14)は piped
water に ア ク セ ス で き る 人 口 を さ す 。 厳 密 に は 両 文 献 で 該 当 す る 人 口 が 異 な る 可 能 性 が あ る が 、
ここでは、大差ないと想定した。
- 167 -
log DW 0t ,c  (a  GDPCt ,c ) /(b  GDPCt ,c )
(4.3 -1 )
t: 時 点
c: 国
[m 3 /yr]
DW0 t , c : 一 人 あ た り 生 活 用 水 取 水 量 暫 定 値
GDPC
t,c: 一 人 あ た り
GDP [ US$ 2 0 0 0 /yr]
都 市 部 係 数 : a =1.98、 b=8 3 、 農 村 部 係 数 : a =1.88、 b=127
DWt ,c  k c  DW 0 t ,c
DW
(4.3-2)
t,c: 一 人 あ た り 生 活 用 水 取 水 量
[ m 3 /yr]
k c : 都 市 ・ 農 村 別 、 国 別 調 整 係 数 ( 図 4.3.2 -3 の 近 似 曲 線 と の 差 か
ら 算 出 し 、将 来 に わ た っ て 一 定 と 仮 定 。統 計 値 が 無 い 国 は 、世 界 18
100
1.0
90
0.9
80
0.8
70
0.7
60
0.6
50
0.5
40
0.4
30
近似(都市部)
0.3
20
近似(農村部)
0.2
10
農村部/都市部
0.1
0
100
1,000
10,000
0.0
100,000
農村部一人当たり/都市部一人当たり
水アクセス
一人当たり生活用水取水量(m3/yr)
地 域 別 に 、 域 内 の 統 計 値 有 国 の 調 整 係 数 平 均 値 を 適 用 。)
一人当たりGDP ($)
図 4.3.2 - 4
水アクセス一人当たり生活用水取水量近似曲線の都市、農村比較
図 4.3.2 -4 は 、都 市 部 と 農 村 部 の 近 似 曲 線 を 比 較 し た も の で 、農 村 部 の 方 が 、都 市 部
に比べ水アクセス一人当たり取水量が尐なく推計されていることが読み取れる。
(2) 国 別 工 業 用 水 6 需 要 推 計 モ デ ル
①
昨年度からの改善点
昨 年 度 は 、工 業 用 水 の 原 卖 位 を 製 造 部 門 卖 位 付 加 価 値 当 た り の 工 業 用 水 取 水 量 と し 、
工 業 用 水 需 要 は 製 造 部 門 付 加 価 値 に 比 例 し て 増 加 す る と 仮 定 し た 。但 し 、長 期 的 に は 、
製品の高品質高付加価値化が考えられ、付加価値増に伴って水需要も卖調に増加する
というモデルでは、水需要を過大評価する可能性がある。そこで、今年度は、主要な
工業製品生産量及び、エネルギー利用効率から、将来の工業用水取水量を推計した。
6
本 分 析 で の 工 業 用 水 と は 、A Q U A S T A T c o u n t r y d a t a b a s e の 定 義 に 沿 っ た も の で 、水 力 発 電 、 発 電
用冷却、鉱業、レジャー関連の水は含んでいない。
- 168 -
②
工業用水取水量と主要工業製品生産量の関係
図 4 .3.2 -5 は 工 業 用 水 取 水 の 業 種 内 訳 を 示 し た も の で 、 左 図 が 2002 年 の 日 本
図 が 1980 年 代 頃 の 世 界
15)
14)
、右
を 示 し て い る 。左 図 に よ る と 、日 本 で は 、パ ル プ ・ 紙 ・ 紙 加
工品製造業の取水が最も多く、次いで化学工業、鉄鋼業での取水が多い。右図による
と、世界的にも、鉄鋼業や紙・パルプ工業での取水割合の高い事が伺える。勿論、こ
れは業種の割合に依存するものであるが、エネルギーを多く消費する業種は、工程で
水を冷却や温度調節に利用することが多い
14)
ため、工業用水取水量に占める割合が高
いと考えられる。そこで、エネルギー多消費産業に着目し、主要製品の生産に要する
工業用水の量について以下に述べる。
世界の工業部門淡水取水量
日本(2002年)
26%
9%
12%
25%
パルプ・紙・紙加工品製造業
化学工業
鉄鋼業
食料品製造業
繊維工業(衣服,その他の繊維製品を除く)
電子部品・デバイス製造業
プラスチック製品製造業(別掲を除く)
窯業・土石製品製造業
石油製品・石炭製品製造業
飲料・たばこ・飼料製造業
輸送用機械器具製造業
非鉄金属製造業
金属製品製造業
一般機械器具製造業
電気機械器具製造業
ゴム製品製造業
精密機械器具製造業
情報通信機械器具製造業
印刷・同関連業
衣服・その他の繊維製品製造業
その他の製造業
木材・木製品製造業(家具を除く)
家具・装備品製造業
なめし革・同製品・毛皮製造業
図 4 .3.2 - 5
その他
鉄鋼業
ゴム製品製造業
食料品製造業
化学工業
非鉄金属製造業
紙・パルプ工業
繊維
工業
石油製品・石炭
製品製造業
工業用水取水の業種内訳
( 左 ) 2002 年 の 日 本 ( 文 献 1 4) を 基 に 作 図 )
( 右 ) 1980 年 代 頃 の 世 界 ( 文 献 1 5) を 基 に 作 図 )
図 4.3.2 -6 は 、エ ネ ル ギ ー 多 消 費 業 種 の 主 要 製 品 卖 位 生 産 量 あ た り の 工 業 用 水 取 水 量
を算出した結果である。ここで、エネルギー多消費業種として、パルプ・紙製造業、
鉄 鋼 業 の 粗 鋼 生 産 に 関 す る 業 種( 高 炉 に よ る 製 鉄 業 、製 鋼 ・ 製 鋼 圧 延 業 、熱 間 圧 延 業 )、
化学工業の石油化学系基礎製品製造業、化学工業のアンモニア製造業を取り上げ、各
業種の主要製品は、それぞれ、紙、粗鋼、エチレン・プロピレン、アンモニアとした。
な お 、 こ れ ら 主 要 製 品 は 、 後 述 の 将 来 推 計 で 用 い た D NE 2 1 + モ デ ル
16)
に対応したもの
で あ り 、各 生 産 量 は DNE21+ の 2 0 0 0 年 デ ー タ( 統 計 値 を 基 に 算 出 さ れ た 値 )を 用 い た 。
業 種 別 の 工 業 用 水 取 水 量 は 文 献 1 4 )の 値 を 用 い た 。 図 よ り 、 日 本 で 、 粗 鋼 1 ト ン の 生 産
に 約 11m 3 ( 11 ト ン の ) 工 業 用 水 が 取 水 さ れ 、 エ チ レ ン ・ プ ロ ピ レ ン に は そ の 0.7 倍 、
ア ン モ ニ ア は 0.8 倍 、 紙 は 8.7 倍 の 工 業 用 水 が 取 水 さ れ て い る こ と が 、 読 み 取 れ る 。 そ
こで、この比率を利用して後に述べる「重み付き生産量」を算出する。
- 169 -
日本(2002年)
エチレン・プロピレン
0
10
20
30
40
50
アンモニア
60
70
80
粗鋼
紙
90
100
1トン生産あたりの工業用水取水量(m3)
図 4.3.2 -6
エネルギー多消費業種の主要製品1トン生産あたり工業用水取水量
「 重 み 付 き 生 産 量 」 と は 、 各 国 の エ ネ ル ギ ー 多 消 費 業 主 要 製 品 生 産 量 を 、 図 4.3.2-6
の製品別取水量比率(=重み)を掛けて足し合わせたものである。ここで、製品別取
水量比率は各国の生産プロセスによって異なる可能性が考えられるが、日本のように
業種別の取水量データが整っている国は極めて尐なく、精度ある推計が困難なことよ
り 、 こ の 比 率 は 世 界 に 共 通 と 仮 定 し た 。 図 4.3.2 -7 は 、 世 界 主 要 国 の 工 業 用 水 取 水 量
(1998 -2002 年 値 ) 1 1 ) と 、 主 要 製 品 生 産 量 ( DNE21+の 2000 年 デ ー タ ) に 前 述 の 比 率 を 掛
けて算出した「重み付き生産量」の関係を示したものである。図より、各国の「重み
付き生産量」と工業用水取水量には大旨相関があるとみなし、将来の工業用水取水量
を「重み付き生産量」から推計する。
250
工業用水取水量( 109 m3 )
USA
200
China
150
y = 0.2399x - 3.949
R2 = 0.8285
100
50
Russia
India
Germany
Canada
Korea
0
0
100
200
300
Japan
400
500
600
700
800
900
1000
6
重み付き生産量(10 ton)
図 4.3.2 -7
③
世界主要国の工業用水取水量と重み付き生産量
水利用効率の想定
長期的には、工業用水の利用効率は、生産技術の改善に伴い向上すると言われてお
り、この効果を考慮すべきと考えられる。そこで、精度あるデータの入手性から日本
の 鉄 鋼 業 、 高 炉 転 炉 法 粗 鋼 生 産 に 限 る が 、 過 去 40 年 に つ い て 、 水 利 用 効 率 と エ ネ ル ギ
ー利用効率の関係を調べた。ここで、高炉転炉法粗鋼生産に限ったのは、技術改善の
効 果 を 捉 え や す く す る た め で あ る 。 図 4.3.2 -8 に 日 本 の 1962 年 か ら 2002 年 の 、 粗 鋼
卖位生産量当たりの工業用水取水量とエネルギー消費量の関係を示す。鉄鋼部門の工
業用水取水量は工業統計
14)
、鉄鋼各社の環境社会レポート、粗鋼生産量は鉄鋼統計要
- 170 -
覧
17)
、エ ネ ル ギ ー 消 費 量 は IEA エ ネ ル ギ ー バ ラ ン ス 表
18)
等 に 基 づ い て 算 出 し た 。図 よ
り、大凡ではあるが、水利用効率改善とエネルギー利用効率改善が、ほぼ同時期に生
じ た 事 が 読 み 取 れ る 。特 に 両 者 の 改 善 傾 向 は 、1960 か ら 1980 年 に 顕 著 で あ る 。そ こ で 、
将来の水利用効率の改善率をエネルギー利用効率改善率より推計することにする。
粗鋼単位生産量当たりの工業用水取水量(m3/t)
高炉転炉法による粗鋼生産
24
1962年
1965年
22
20
18
1975年
16
1970年
14
1997年
1990年
12
1985年
1980年
2002年
10
26
28
30
32
34
36
38
40
粗鋼単位生産量当たりのエネルギー消費量(GJ/t)
図 4.3.2 -8
高炉転炉法による粗鋼単位生産量当たりの
工業用水取水量とエネルギー消費量の関係(日本)
④
国別工業用水取水量の推定式
以 上 の 関 係 を 基 に 、 将 来 の 国 別 工 業 用 水 取 水 量 を (4.3 -3 )式 で 推 計 す る 。
将来の工業用水取水量=現在の工業用水取水量
×工 業 製 品 「 重 み 付 き 生 産 量 」 の 比 (将 来 /現 在 )
×エ ネ ル ギ ー 利 用 効 率 の 比 (将 来 /現 在 )
(4.3 -3)
(3) グ リ ッ ド 別 農 業 用 水 需 要 推 計 モ デ ル
農業用水需要は、灌漑用と畜産用に大別されるが、本モデルでは、農業用水需要の
大半を占める灌漑用水需要を取り上げ、農業土地利用モデルで算出した農作物の作付
時期、品種、土地割あてデータと気温、降水量、風速等の気候データを入力値とし、
グ リ ッ ド ベ ー ス で 需 要 量 を 推 計 す る 。 基 本 の 計 算 は 、 ま ず (4.3 -4 )式 に 示 す よ う に 、 作
物の蒸発散ポテンシャルと実蒸発散との差より灌漑要求水量を算出し、次に、それを
(4.3 -5 ) 式 に 示 す よ う に 灌 漑 係 数 で 除 し 灌 漑 取 水 量 を 計 算 す る 。 灌 漑 係 数 の 想 定 値 は 表
4.3.2 -2 に 示 す 通 り で あ る 。 蒸 発 散 ポ テ ン シ ャ ル と 実 蒸 発 散 の 計 算 方 法 は 、 農 業 土 地 利
用 モ デ ル と 同 様 、 IIASA と FAO に よ る Global Agro -Ecological Zones モ デ ル
26)
の
Pen man -Monteith 法 、 及 び 水 収 支 モ デ ル に 基 づ い て い る 。 な お 、 計 算 の 時 点 間 隔 は 水 収
支 の 変 化 を 出 来 る だ け 考 慮 す る た め 10 日 間 隔 と し 、 ま た 、 土 壌 水 分 の 初 期 値 は 、 灌 漑
要 求 水 量 が Dő ll(2002)
19)
の推計値と大きく矛盾しない程度に調整した。
- 171 -
図 4.3.2 -9 に 灌 漑 面 積 と 灌 漑 要 求 水 量 に つ い て 、モ デ ル の 計 算 結 果 と 文 献 値 を 比 較 す
る。オセアニアや日本で、モデル計算結果の方が文献値に比べ灌漑面積や灌漑要求水
量が小さいものの、その他の地域では、概ね文献と同様の値を算出している。
 ETc _ act
ET
I net   c _ pot
 0
(岩、塩、水域以外 )
(岩、塩、水域 )
(4.3 -4 )
I net : 卖 位 面 積 当 た り の 灌 漑 要 求 水 量
ETc _ pot : 作 物 の 蒸 発 散 ポ テ ン シ ャ ル
ETc _ act : 作 物 の 実 蒸 発 散
I gross  I net / I e
(4.3 -5)
I gross : 卖 位 面 積 当 た り の 灌 漑 取 水 量
Ie : 灌 漑 係 数
表 4.3.2 -2
モ デ ル の 地 域 別 灌 漑 係 数 ( 文 献 19)を 基 に 設 定 )
地域
米国
カナダ
中米
ブラジル
单米
西欧
東欧
旧ソ連
北アフリカ
中央アフリカ
单部アフリカ
日本
中国
インド
ア ジ ア NIES
中東
豪 NZ
その他
灌漑係数
0.60
0 .70
0.45
0.45
0.45
0.55
0.55
0.55
0 .70
0.50
0.50
0.35
0.35
0.55
0.35
0.60
0.70
0.50
- 172 -
灌 漑 面 積[ 1 03km2]
Canada
Canada
3
灌漑要求水量
[km
]
United States
1000
Central America
United States
South America
South America
Central America
0
2 0 0年)
モ デ ル 計 (算
0
2 0 0年)
モ デ ル 計 (算
1000
100
10
1
1
10
100
1000
0.1
D o 文献(
ll
1 9 9年灌
5 漑地
)
図 4.3.2 -9
Nothern Af rica
100
Central Af rica
Nothern Af rica
Southern Af rica
Southern Af rica
Western Europe
E a s10
tern Erope
Western Europe
Former USSR
Former USSR
Middle East
S o u t1h A s i a
1sia
East A
Middle East
Central Af rica
Eastern Erope
South Asia
10
100
1000
East Asia
South East Asia
South East Asia
O c e0 a. 1n i a
Japan
Oceania
Japan
D o 文献(
ll
1 9 9年灌漑地、1961-1990年気候)
5
モデルの計算結果と文献値との比較
灌漑面積(左)と灌漑要求水量(右)
(4) 流 域 別 農 業 用 水 利 用 適 性 度 評 価 モ デ ル
表 4.3.2 -3 に 示 す よ う に 、准 渇 水 度 と 農 業 用 最 低 水 資 源 量 有 の 2 つ の 条 件 を 基 に 、流
域別に農業用水利用適性度を算出する。
表 4.3.2 -3
<条 件 1>
<条 件 2 >
准 渇 水 度 *1
農業用最低
水資源量有無
農業用水利用
適性度
*2
< 0.1
< 0.2
流域別農業用水利用適性度の判定基準
3 個 中 2 個 以 上 の GCM 水 資 源 量 で 条 件 を 満 足
有
⇒
非常に高い
同
⇒
高い
< 0.3
同
⇒
中程度
< 0.4
同
⇒
低い
不適(上記以外)
*1: 准 渇 水 度 ( PK) は 次 の よ う に 定 義
PK≡ (Do + In- De- Re)/WR
Do : 生 活 用 水 取 水 量
In : 工 業 用 水 取 水 量
De: 淡 水 化 量
Re: 再 利 用 水 量
WR: 水 資 源 量
*2: 次 の 条 件 を 満 た す 流 域 を 農 業 用 最 低 水 資 源 量 「 有 」 と 定 義
WR- (Do+ In - De- Re) > BA× 0.2× 5,000 [m 3 /ha] * 3
BA: 流 域 面 積
*3: Oki and Kanae(200 4 )
20)
に基づくと、主要農作物の成長に必要な水量(作物から
の 蒸 散 、耕 地 か ら の 蒸 発 、土 地 へ の 浸 透 水 を 含 む )は 、米 : 15,000 、小 麦 : 5,400 、
- 173 -
大 麦 ・ 大 豆 : 4,400、 ト ウ モ ロ コ シ : 4,000 [ m 3 /ha]。 す な わ ち 、 小 麦 や 大 豆 程 度 の
水需要作物を流域の約 2 割の土地で栽培する場合の必要水量概算値。
4.3.3
シナリオと前提条件
将来の社会、経済の発展経路は、一つに限らない。ここでは、発展経路による差異
を 考 慮 す る た め SRES-A2,B1,B2 2 1 ) の 3 つ の シ ナ リ オ を 例 に 取 り 上 げ 、 水 需 給 評 価 に 必
要な各種前提条件を設定した。
(1) 人 口 、 都 市 人 口 比 率 、 GDP
国 別 の 人 口 、都 市・農 村 人 口 、GD P は 、IIASA
GG I シ ナ リ オ
22)
を 利 用 し た 7 。図 4.3.3 -1
に 人 口 と GD P シ ナ リ オ を 示 す 。世 界 人 口 は 、2050 年 に B2:9 4、A2:1 0 2、B1:87、2100
年 に B2: 104、 A2: 1 2 4、 B1: 7 1( 卖 位 は 億 人 ) と な っ て い る 。 世 界 全 体 の GD P は 、
2050 年 に B2: 134、 A2: 1 2 3、 B1: 166、 2 1 0 0 年 に B2: 292、 A2: 2 3 2、 B1: 402( 兆 $、
2000 年 US$) と な っ て い る 。 図 4.3.3-2 に 都 市 人 口 と 総 人 口 に 対 す る 都 市 人 口 の 比 率
を 示 す 。 世 界 平 均 の 都 市 人 口 比 率 は 、 2050 年 に B2: 0.66 、 A2: 0.69、 B1: 0.64、 21 00
年 に B2: 0.76、 A2 : 0.85 、 B1: 0.70 、 と な っ て い る 。 な お 、 デ ー タ 整 備 や 分 析 は 基 本
23)
的 に 国 別 で あ る が 、本 資 料 の 図 は 世 界 1 8 地 域( DEARS の 1 8 地 域
)毎 に 集 約 し て 表
示している。
中央アフリカ
中央アフリカ
日本
米国
Year
2100
西欧
豪NZ
2090
0
2000
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
インド
中国
中国
西欧
豪NZ
0
2000
アジアNIES
50,000
2080
インド
2,000
中東
ブラジル
100,000
2070
4,000
ブラジル
アジアNIES
旧ソ連
150,000
2060
中東
2050
6,000
200,000
2040
8,000
東欧
旧ソ連
2030
10,000
北アフリカ
中米
南米
東欧
2020
北アフリカ
中米
南米
250,000
2010
12,000
GDP(billion$)
Total Population(million)
14,000
その他
南部アフリカ
SRES-B2
その他
300,000
南部アフリカ
SRES-B2
日本
米国
カナダ
Year
カナダ
中央アフリカ
南米
東欧
旧ソ連
中東
100,000
ブラジル
アジアNIES
インド
50,000
中国
0
Year
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
西欧
2020
2100
2090
2080
中国
西欧
豪NZ
2070
0
2060
インド
2050
2,000
2040
4,000
ブラジル
アジアNIES
2030
中東
2020
6,000
2010
東欧
旧ソ連
カナダ
中米
150,000
8,000
日本
米国
北アフリカ
2010
10,000
GDP(billion$)
北アフリカ
中米
南米
200,000
2000
12,000
Year
7
南部アフリカ
中央アフリカ
2000
Total Population(million)
14,000
その他
SRES-A2
その他
250,000
南部アフリカ
SRES-A2
豪NZ
日本
米国
カナダ
但 し 、1 9 9 0 年 以 降 の 異 な る 世 界 を 描 い た S R E S を そ の ま ま 使 う と 2 0 1 0 年 時 点 で 3 つ の 世 界 が 存
在 す る こ と に な る 。こ れ は 、分 析 結 果 を シ ナ リ オ 間 で 比 較 す る 場 合 に 不 都 合 な た め 、特 に 乖 離 が
目 立 っ た A2 の GDP に つ い て 、 近 時 点 の 世 界 GDP が B2 程 度 に な る よ う 調 整 し た 。
- 174 -
中央アフリカ
400,000
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
350,000
8,000
東欧
旧ソ連
250,000
6,000
中東
4,000
ブラジル
アジアNIES 100,000
アジアNIES
インド
中国
50,000
日本
米国
Year
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
アジアNIES
2100
2090
0.2
0.1
2100
2090
2080
2070
2060
0.0
年
SRESR-B1
1.0
0.9
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
インド
中国
西欧
0.2
0.1
年
都市人口(左)と都市人口比率(右)
- 175 -
2100
2090
2080
2070
2030
0.0
2020
豪NZ
日本
米国
カナダ
2010
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
2000
0
2080
0.3
2000
2,000
2070
0.4
都市人口比率
中東
ブラジル
アジアNIES
4,000
2060
0.5
0.8
東欧
旧ソ連
6,000
2050
0.6
南米
8,000
図 4.3.3 -2
2040
0.7
北アフリカ
中米
10,000
Year
2030
0.8
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
SRES-B1
12,000
カナダ
米国
日本
豪NZ
西欧
中国
インド
アジアNIES
ブラジル
中東
旧ソ連
東欧
南米
中米
北アフリカ
中央アフリカ
南部アフリカ
その他
0.9
2060
Year
SRESR-A2
1.0
2050
2100
2090
2080
2070
2060
0
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
アジアNIES
インド
中国
西欧
豪NZ
日本
米国
カナダ
2050
2,000
年
2040
4,000
2050
0.0
0.1
2040
6,000
2040
豪NZ
日本
0.2
2030
8,000
2030
0.3
2000
10,000
2020
0.4
インド
中国
西欧
2020
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
2000
SRES-A2
12,000
2010
0.5
米国
カナダ
Year
2000
0.6
2000
2,000
0.7
2020
4,000
0.8
2010
6,000
カナダ
米国
日本
豪NZ
西欧
中国
イン ド
アジアNI ES
ブ ラジル
中東
旧ソ 連
東欧
南米
中米
北アフ リカ
中央アフ リカ
南部アフ リカ
その他
0.9
2010
8,000
都市人口比率
10,000
Urban Population(million)
SRESR-B2
1.0
都市人口比率
Urban Population(million)
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
0
Urban Population(million)
日本
人 口 ( 左 )、 GDP( 2000 年 U S $)( 右 ) シ ナ リ オ
SRES-B2
12,000
西欧
豪NZ
米国
カナダ
Year
カナダ
図 4.3.3 -1
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
0
2000
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
2000
中東
ブラジル
150,000
中国
西欧
豪NZ
0
旧ソ連
200,000
2030
インド
2,000
300,000
2020
10,000
北アフリカ
中米
南米
東欧
2010
12,000
GDP(billion$)
Total Population(million)
14,000
その他
南部アフリカ
SRES-B1
その他
450,000
南部アフリカ
SRES-B1
カナダ
米国
日本
豪NZ
西欧
中国
インド
アジアNIES
ブラジル
中東
旧ソ連
東欧
南米
中米
北アフリカ
中央アフリカ
南部アフリカ
その他
人 口 分 布 の 作 成 方 法 は 第 4.3.2 節 に 、 作 成 例 は 図 4.3.2 -2 に 示 し た 通 り で あ る 。 人 口
分 布 の う ち 、 都 市 /農 村 の 想 定 は 、 国 別 に 人 口 密 度 の 高 い グ リ ッ ド を 項 に 選 び 、 前 述 の
国別都市人口を満たすグリッドまでを都市域とした。
(2) 水 ア ク セ ス 人 口 比 率
水アクセス人口比率は、過去のトレンド
12)
に基づき都市、農村別に次のように想定
し た 。 な お 、 今 回 の 分 析 で は A2、 B1、 B2 で 同 一 の シ ナ リ オ を 適 用 し た 。

2020 年 ま で は 、1990-2 0 0 4 年 の 変 化 率 で 延 長( 但 し 、1990 -2004 年 の 変 化 率 が 負 の
国 は 、 2004 年 の 水 ア ク セ ス 人 口 比 率 を 延 長 )。 以 降 1 0 年 間 隔 で 水 ア ク セ ス 人 口 比
率を算出。

2020 -2050 年 : 目 標 1( 1990 年 の 未 ア ク セ ス 人 口 比 率 半 減 )が 、達 成 で き れ ば 前 期
の 変 化 率 を 継 続 、未 達 成 な ら ば 2050 年 に 達 成 す る よ う 水 ア ク セ ス 人 口 比 率 を 線 形
補間。

2050 -2070 年 : 目 標 2( 2070 年 ま で に 、 1990 年 の 未 ア ク セ ス 人 口 比 率 を 1/4 に 低
減 す る )が 、達 成 で き れ ば 前 期 ま で の 変 化 率 を 継 続 、未 達 成 な ら ば 2070 年 に 達 成
するよう水アクセス人口比率を線形補間。

2070 -2090 年 : 目 標 3( 2090 年 ま で に 、 1990 年 の 未 ア ク セ ス 人 口 比 率 を 1/8 に 低
減 す る )が 、達 成 で き れ ば 前 期 ま で の 変 化 率 を 継 続 、未 達 成 な ら ば 2090 年 に 達 成
するよう水アクセス人口比率を線形補間。
2100 年 は 2 0 9 0 年 と 同 値 。
100
90
1990
80
2000
2020
70
2030
60
2040
50
2050
40
2060
30
2070
2080
20
2090
10
2100
都市部
- 176 -
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
アジアNIES
インド
中国
西欧
豪NZ
日本
米国
0
カナダ
水アクセス人口比率 (%)

100
1990
水アクセス人口比率 (%)
90
2000
80
2020
70
2030
60
2040
50
2050
40
2060
2070
30
2080
20
2090
10
2100
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
アジアNIES
インド
中国
西欧
日本
豪NZ
米国
カナダ
0
農村部
図 4.3.3 -3
都市、農村の水アクセス人口比率
( 1990 と 2000 年 は 統 計 値
12)
、 2020 年 以 降 は 想 定 値 )
(3) 工 業 製 品 重 み 付 き 生 産 量 と エ ネ ル ギ ー 利 用 効 率
工 業 製 品 重 み 付 き 生 産 量 と エ ネ ル ギ ー 利 用 効 率 は DNE21+モ デ ル の デ ー タ
16)
を基に
想 定 し た 。 こ こ で 、 DNE21+ は 、 人 口 、 GDP、 エ ネ ル ギ ー 技 術 等 の 前 提 が SRES-B2 に 似
て い る こ と よ り 、 ま ず 、 B2 に 対 す る 生 産 量 、 エ ネ ル ギ ー 利 用 効 率 シ ナ リ オ を 作 成 し 、
そ れ を 基 準 に 、 A2、 B1 に 対 応 す る シ ナ リ オ を 作 成 し た 。 シ ナ リ オ 作 成 に 関 す る 想 定 は
以下の通り。
①
工業製品重み付き生産量の想定

B2: 2050 年 ま で は 、 DNE21+の 値 。 2050 年 以 降 は 生 産 量 の 年 成 長 率 を 次 の よ う に
想 定 。2050-2 0 6 0 年 は 2030 -2050 年 の 成 長 率 (r)の 1/2、2060 -2080 年 は r/4、2080 -210 0
年 は r/8。

A2: 205 0 年 ま で は 、 B2 シ ナ リ オ の 生 産 量 を 基 に 、 GDP に 比 例 し て 調 整 。 2050 年
以 降 は 、 B2 シ ナ リ オ と 同 様 に 成 長 率 を 想 定 。

B1: B2 の 生 産 量 シ ナ リ オ を 基 に 、人 口 に 比 例 し て 調 整 。
( SRES-B1 の ス ト ー リ ー
ラ イ ン 、「 サ ー ビ ス ・ 情 報 経 済 へ の 移 行 、 脱 物 質 化 」 を 考 慮 し 、 GDP 比 で は な く 、
人 口 比 を 利 用 し た 。)
②
エネルギー利用効率の想定

B2: 2050 年 ま で は 、 DNE21+の 鉄 鋼 部 門 ( 高 炉 転 炉 法 に よ る 粗 鋼 製 産 ) の エ ネ ル
ギ ー 利 用 効 率 。 2050 年 以 降 は 、 年 変 化 率 を 次 の よ う に 想 定 。 2050 -2060 年 は 、
2005 -2050 年 の 変 化 率 (r)の 1/2、 2060 -2080 年 は r/4、 2080 -2100 年 は 、 r/8 。( 但 し 、
ど の 時 点 も 、 日 本 の 効 率 が 最 良 と 想 定 )。

A2 、B1: B2 シ ナ リ オ を 基 に 、エ ネ ル ギ ー 利 用 効 率 改 善 率 を 一 人 当 た り GDP に 応
じ て 調 整 。( ど の 時 点 も 、 日 本 の 効 率 が 最 良 と 想 定 )。
- 177 -
2,000
年
図 4.3.3 -4
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
0
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
2000
カナダ
0.9
米国
SRES
-A2
日本
0.8
豪NZ
西欧
中国
0.7
インド
アジアN I E S
ブラジル
0.6
中東
旧ソ連
東欧
0.5
南米
中米
北アフリカ
2100
2090
2080
2070
2060
0.4
年
中央アフリカ
南部アフリカ
その他
カナダ
0.9
米国
SRES
-B1
日本
0.8
豪NZ
西欧
中国
0.7
インド
アジアN I E S
ブラジル
0.6
中東
旧ソ連
東欧
0.5
南米
中米
北アフリカ
0.4
年
重み付き工業製品生産量シナリオ(左)と
エネルギー利用効率シナリオ(右)
- 178 -
南部アフリカ
その他
2100
4,000
中央アフリカ
年
2090
6,000
北アフリカ
2080
8,000
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
アジアNIES
インド
中国
西欧
豪NZ
日本
米国
カナダ
中米
0.4
2070
SRES-B1
2000
重み付き生産量 (106ton)
10,000
南米
2060
年
東欧
2050
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
2000
0
旧ソ連
0.5
2050
2,000
中東
2040
4,000
ブラジル
2040
6,000
アジアN I E S
0.6
2030
8,000
インド
2020
SRES-A2
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
アジアNIES
インド
中国
西欧
豪NZ
日本
米国
カナダ
中国
2030
重み付き生産量 (106ton)
10,000
西欧
0.7
2020
年
豪NZ
2010
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
2000
0
日本
2000
2,000
米国
0.8
2010
4,000
カナダ
SRES
-B2
2000
6,000
高 炉 転炉 法によ る粗鋼生 産の
TOE/ton)
エ ネ ル ギ ー 利 用 効(率
8,000
0.9
高 炉 転炉 法によ る粗鋼生 産の
エ ネ ルギー
利用効率 ( T O E / t o n )
SRES-B2
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
アジアNIES
インド
中国
西欧
豪NZ
日本
米国
カナダ
高 炉 転 炉 法 によ る粗鋼 生 産 の
エ ネ ルギー
利 用効率 ( T O E / t o n )
重み付き生産量 (106ton)
10,000
中央アフリカ
南部アフリカ
その他
China
Egypt
U. S. A.
Turkey
Japan
Syrian Arab Republic
Mexico
Kazakhstan
Israel
U. Arab Emirates
Saudi Arabia
Azerbaijan
Argentina
Jordan
Kuwait
Qatar
Libyan Arab Jamahiriya
Oman
Turkmenistan
Tunisia
Dominican Republic
Peru
Bahrain
Latvia
Namibia
Cyprus
Yemen
Lithuania
Lebanon
Malta
Nicaragua
再利用水量(109m3/yr)
Kazakhstan
Saudi Arabia
U. Arab Emirates
U.S.A.
Kuwait
Iran
Qatar
Israel
Oman
Bahrain
Spain
Egypt
Italy
Netherlands Antilles
Lebanon
Japan
Trinidad and Tobago
Cyprus
United Kingdom
Malta
Mexico
Australia
Yemen
Indonesia
Libyan Arab Jamahiriya
South Africa
Algeria
Denmark
Barbados
Tunisia
France
Greece
Jordan
Gibraltar
Bahamas
Iraq
Singapore
Morocco
Poland
淡水化量(109m3/yr)
(4) 淡 水 化 量 、 再 利 用 水 量
淡 水 化 量 、 再 利 用 水 量 8は 、 国 に よ っ て は 利 用 拡 大 が 想 像 さ れ る が 、 シ ナ リ オ を 作 成
す る に は デ ー タ が 十 分 で な い こ と よ り 、 今 回 は AQUAS TAT デ ー タ ベ ー ス の 2003 -200 7
年 値 を 将 来 に も 適 用 し た 。 但 し 、 2008 年 以 降 の 淡 水 化 量 に つ い て 、 逆 浸 透 膜 を 用 い た
大型淡水プラントの稼働が予定されている国(サウジアラビア、アラブ首長国連邦、
イスラエル、オーストラリア等
図 4.3.3 -5
8
24)
)は、その造水量を加算した。
1.4
1.2
1988-1992
1.0
1993-1997
1998-2002
0.8
2003-2007
0.6
2008年以降(推定)
0.4
0.2
0.0
淡水化量
( 2003 -2007 年 時 > 0.007 [ 10 9 m 3 ]の 国 )
16
14
1988-1992
12
1993-1997
10
1998-2002
8
2003-2007
6
4
2
0
図 4.3.3 -6
再利用水量
再 利 用 水 (Treated wastewater reused): 生 活 排 水 、 あ る い は 工 業 排 水 を 浄 化 し 再 利 用 す る 水 。
- 179 -
図 4.3.3 -7 に 淡 水 化 量 、再 利 用 水 量 の 分 布 図 を 示 す 。国 別 に 想 定 し た 淡 水 化 量 、再 利
用水量は、都市域の人口に比例して分布すると仮定した。
淡水化
0
10
10 2
図 4.3.3 -7
再利用水
10 3
104
10 5
10 6
107 <
淡水化、再利用水量分布
- 180 -
[1 0 3 m 3 p e r 0 . 5 º x0 .5 º ]
( 2010 年 )
4.3.4
分析結果
(1) 水 資 源 量
図 4.3.4 -1 は 3 つ の GCM に よ る 年 平 均 水 資 源 量 ( 流 出 量 ) の 地 域 分 布 パ タ ー ン で あ
る 。 B2、 A2、 B1 の シ ナ リ オ に 対 す る 水 資 源 量 は 第 4.3.2 節 に 述 べ た よ う に 、 こ れ ら の
パ タ ー ン を 基 準 に 各 シ ナ リ オ の 全 球 平 均 気 温 上 昇 に 基 づ い て 補 完 推 計 し た 。( 文 献 7)
に 述 べ る よ う に 1961 -1990 年 、2010 -2039 年 、2040-2 0 6 9 年 、2070 -2099 年 の 平 均 パ タ ー
ン を 使 用 。 図 4.3.4-1 は そ の う ち の 、 2070 -2099 年 の 図 。)
MIROC3.2(Medres)
HadCM3
0
CGCMT3.1(T63)
0.5
図 4.3.4 -1
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0 < [mm/day]
GCM に よ る 水 資 源 量 分 布 予 測
( SRES- A1B、 2070 -2099 年 の 平 均 、 GSWP2 デ ー タ で 現 在 値 補 正 済 み )
図 4.3.4 -2 に B2、A2、B1 の 各 シ ナ リ オ に つ い て 算 出 し た 世 界 の 年 間 水 資 源 量 を 示 す 。
こ れ に よ る と 世 界 の 水 資 源 量 は 3 つ の GCM に よ る 予 測 の 差 異 を 考 慮 し て も 増 加 す る と
推 計 さ れ て い る 。特 に 、温 暖 化 が 著 し い A2 シ ナ リ オ で 世 界 の 水 資 源 量 増 加 も 多 く 210 0
年 に 2000 年 比 + 15%( 3 つ の GCM の 予 測 幅 を 考 慮 す る と + 10~ + 20% )と い う 結 果 が
得 ら れ た 。 2100 年 の 推 定 増 加 量 は B2 シ ナ リ オ で + 8% ( + 5~ + 12% )、 B1 シ ナ リ オ で
+ 6% ( + 4 ~ + 7 %) で あ る 。
- 181 -
水資源量 (109m3)
50,000
B2
A2
B1
48,000
46,000
44,000
42,000
40,000
38,000
図 4.3.4 -2
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
2000
36,000
世界水資源量の推計結果
図 中 、曲 線 の 値 、誤 差 バ ー の 上 下 値 は そ れ ぞ れ 、3 つ の G C M( M I R O C 3 . 2 ( M e d r e s ) 、
HadCM3、 CGCMT3.1(T63)) に 基 づ く 推 定 の 中 間 値 、 最 大 値 、 最 小 値 を 示 す 。
(2) 生 活 用 水 取 水 量
図 4.3.4 -3 に 生 活 用 水 取 水 量 の 推 計 結 果 を 示 す 。 第 4.3.2 節 (1)で 述 べ た よ う に 、 国 別
の 生 活 用 水 は 都 市 、農 村 別 に 推 計 し た 。図 4.3.4 -3 は 都 市 部 と 農 村 部 の 推 計 値 の 和 を 表
示 し て い る 。 図 に 示 す よ う に 、 B2、 A2 、 B1 の 全 て の シ ナ リ オ で 、 2050 年 に は 世 界 の
生 活 用 水 取 水 量 は 2000 年 の 2 倍 以 上 に な る と 推 計 さ れ た 。 地 域 別 に み る と 、 人 口 、 都
市人口比率、水アクセス人口比率ともに伸びが顕著な单部アフリカ、中央アフリカ、
イ ン ド 、 ア ジ ア NIES、 中 国 で 、 取 水 量 の 増 加 が 目 立 つ 。 2050 年 以 降 は 、 A2 シ ナ リ オ
で は 、 取 水 量 が 引 き 続 き 増 加 し 、 2100 年 に 2000 年 の 3 倍 以 上 と い う 結 果 が 得 ら れ た 。
B1 シ ナ リ オ は 、 一 人 当 た り 所 得 が 3 つ の シ ナ リ オ で 最 も 伸 び る が 、 人 口 は 減 尐 に 転 じ
る こ と に よ り 、 取 水 量 は 2060 年 頃 に ピ ー ク を 迎 え 、 そ の 後 減 尐 す る と い う 結 果 に な っ
た。
- 182 -
1400
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
アジアNIES
インド
中国
西欧
豪NZ
日本
米国
カナダ
SRES-B2
1000
800
600
400
200
2100
2090
2080
2070
2060
年
図 4.3.4 -3
200
0
年
2100
年
400
2090
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
2000
0
600
2080
200
800
2070
400
1000
2060
600
1200
2050
800
S R E -B1
S
2020
1000
1400
2010
1200
その他
南 部ア フ リ カ
中 央ア フ リ カ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
アジアN I E S
インド
中国
西欧
豪NZ
日本
米国
カナダ
2000
生 活 用 水 取 水( 1量90m 3)
S R E -A2
S
生 活 用 水 取 水( 1量90m 3)
1400
2040
2050
2040
2030
2020
2010
2000
0
2030
生活用水取水量(109 m 3)
1200
その他
南部アフリカ
中 央ア フ リ カ
北ア フ リ カ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
アジアN I E S
インド
中国
西欧
豪NZ
日本
米国
カナダ
生活用水取水量の推計結果
図 4.3.4 -4 に B2 シ ナ リ オ の 生 活 用 水 取 水 量 分 布 を 示 す 。こ れ に よ る と 、 2000 年 か ら
2050 年 に か け て 、 イ ン ド 、 中 国 、 ア フ リ カ 中 部 の 人 口 密 集 域 で 、 顕 著 な 需 要 増 加 が 見
込 ま れ る 。 2050 年 ま で の こ の 傾 向 は 、 A2、 B1 シ ナ リ オ で も ほ ぼ 同 様 で あ る 。 205 0 年
以 降 は 、 図 4.3.4 -5 に 示 し た よ う に A2 シ ナ リ オ で は 人 口 密 集 地 で の 生 活 用 水 需 要 増 加
が 継 続 す る の に 対 し 、 B1 シ ナ リ オ で は 人 口 が ピ ー ク ア ウ ト す る の に 伴 い 次 第 に 減 尐 す
る結果となっている。
2000 年
- 183 -
203 0 年
2 0 50 年
2 0 70 年
0
10
2100 年
102
図 4.3.4 -4
103
104
10 5
106
生活用水取水量分布
10 7 <
(B2)
A2 -207 0 年
A2 -2100 年
B1 -207 0 年
0
10
図 4.3.4 -5
102
[ 10 3 m 3 p e r 0 .5 º x0 .5 º ]
B 1- 2100 年
103
104
10 5
生活用水取水量分布
- 184 -
106
10 7 <
[ 10 3 m 3 p e r 0 .5 º x0 .5 º ]
A2( 上 )、 B 1( 下 )
(3) 工 業 用 水 取 水 量
図 4.3.4 -6 に 工 業 用 水 取 水 量 の 推 計 値 を 示 す 。こ れ に よ る と B2、A2、B1 ど の シ ナ リ
オ も 、 中 国 、 イ ン ド 、 ア ジ ア NIES で の 増 加 が 大 き く 、 2040 年 に は 世 界 全 体 で 2000 年
の 2 倍程度まで増加する結果となっている。
SRES-B2
1,400
1,200
1,000
800
600
400
200
2100
2090
2080
2070
2060
2050
年
年
400
200
0
年
図 4.3.4 -6
工業用水取水量の推計結果
- 185 -
2100
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
0
600
2090
200
800
2080
400
1,000
2070
600
1,200
2060
800
1,400
2050
1,000
SRES-B1
1,600
2010
1,200
1,800
2000
1,400
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
アジアNIES
インド
中国
西欧
豪NZ
日本
米国
カナダ
工業用水取水量(109m 3)
SRES-A2
1,600
2000
工業用水取水量(109 m 3 )
1,800
2040
2040
2030
2020
2010
2000
0
2030
1,600
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
アジアNIES
インド
中国
西欧
豪NZ
日本
米国
カナダ
2020
工業用水取水量(109m 3)
1,800
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
アジアNIES
インド
中国
西欧
豪NZ
日本
米国
カナダ
図 4.3.4 -7 に B2 の 工 業 用 水 取 水 量 分 布 を 示 す 。 国 別 に 想 定 し た 工 業 用 水 取 水 量 は 、
都 市 域 の 人 口 に 比 例 し て 分 布 す る と 仮 定 し た 。こ の た め 、図 4.3.4 -4 の 生 活 用 水 に 比 べ
分布地域は小さく、アメリカ、ヨーロッパ、日本、中国、インド等の人口密集地域に
工業用水需要も集中するという結果になっている。
2000 年
2030 年
20 50 年
2070 年
2100 年
0
10
102
図 4.3.4 -7
103
104
10 5
106
工業用水取水量分布
10 7 <
[ 10 3 m 3 p e r 0 .5 º x0 .5 º ]
(B2)
(4) 流 域 別 農 業 用 水 利 用 適 性 度
第 4.3.4 節 (1)(2)(3)に 示 し た 水 資 源 量 、生 活 用 水 取 水 量 、工 業 用 水 取 水 量 、及 び 第 4.3 .3
節 (4)に 示 し た 淡 水 化 量 、再 利 用 水 量 を 基 に 、流 域 別 農 業 用 水 利 用 適 性 度( 定 義 は 第 4.3.2
節 (4)参 照 ) を 算 出 し た 。 図 4.3.4 -8 に 、 B2 に 対 す る 推 計 結 果 を 示 す 。 ま た 、 図 4.3.4 -9
に AQUASTAT デ ー タ ベ ー ス よ り ダ ウ ン ロ ー ド し た 2000 年 頃 の 灌 漑 域
25)
を示す。図
4.3.4 -9 と 図 4.3.4 -8 を 比 べ る と 、黄 河 流 域 や ガ ン ジ ス 川 流 域 で は 、現 在 灌 漑 栽 培 が 比 較
的広範囲で行われているが、黄河流域は灌漑農業の水が不足しており、また、ガンジ
- 186 -
ス川流域も、今後、生活用水、工業用水の需要が高まるにつれて、水需給が逼迫し、
灌漑農業を行うにも水資源にゆとりがない地域となる可能性があると考えられる。
2000 年
203 0 年
205 0 年
2 0 70 年
2100 年
非常に高い
図 4.3.4 -8
高い
中程度
流 域 別 農 業 用 水 利 用 適 性 度 (B2)
- 187 -
低い
(灰色域:利用不適域)
図 4.3.4 -9
灌 漑 マ ッ プ ( 赤 域 、 2000 年 頃 )
注 : AQUASTAT の 灌 漑 マ ッ プ は 、5min×5min グ リ ッ ド 毎 に 、灌 漑 面 積 比 率 が 与 え ら れ て い
るが、上図は、農業土地利用評価モデルの分析用に作成した 2 値化灌漑マップである。
1 5 m i n × 1 5 m i n グ リ ッ ド 毎 に 集 約 し 、灌 漑 面 積 比 率 の 高 い グ リ ッ ド か ら 項 に 各 国 の 総 灌 漑
面積が一致するように、灌漑グリッドを抽出した。
(5) 農 業 用 水 需 要 ( 灌 漑 用 水 需 要 )
灌 漑 用 水 需 要 は 、 前 頄 (4) の 流 域 別 農 業 用 水 利 用 適 性 度 を 考 慮 し た 場 合 ( 以 下 、 灌 漑
制約有りケース)とそれを考慮しない場合(以下、灌漑制約無ケース)の 2 通りにつ
いて推計した。各ケースの想定内容は以下の通りである。

灌 漑 制 約 無 ケ ー ス : 図 4.3.4-9 に 示 す 灌 漑 地 は 水 資 源 量 に 関 わ ら ず 、 将 来 も 灌 漑
で き る 9と 想 定 。

灌 漑 制 約 有 ケ ー ス : 前 期 1 0 の 流 域 別 農 業 用 水 利 用 適 性 度 ( 図 4.3.4-8 ) を 考 慮 し 、
「 利 用 不 適 」 流 域 は 2020 年 以 降 灌 漑 地 を 次 第 に 縮 小 、 そ れ 以 外 の 流 域 は 水 利 用 適
性度に応じて灌漑地を逆に拡大することができると想定。
両 ケ ー ス と も 、作 物 の 作 付 地 点 、時 期 、品 種 は 農 業 土 地 利 用 評 価 モ デ ル で 算 出 し た 1 1 。
灌漑制約有ケースの灌漑地縮小・拡大アルゴリズムは以下の通り。前期に「利用不適 」
の 流 域 は 、 灌 漑 面 積 を 次 期 に 20% 削 減 す る 。 こ の 時 、 灌 漑 価 値 ( 天 水 栽 培 に 比 べ 灌 漑
栽 培 で の 収 量 増 )の 低 い グ リ ッ ド か ら 項 に 灌 漑 を 中 止 す る 1 2 。そ れ 以 外 の 流 域 で は 、想
定灌漑最大面積まで灌漑地を拡大可能とする。ここで、想定灌漑最大面積とは、水利
用 適 性 度 が 「 非 常 に 高 い 」 流 域 は 流 域 面 積 の 10% 、「 高 い 」 流 域 は 同 5 %、「 中 程 度 」 流
域 は 同 3%、「 低 い 」 流 域 は 同 1%と 仮 定 し た 。 な お 、 灌 漑 地 の 拡 大 は 現 在 の 灌 漑 グ リ ッ
ド周辺にあり、灌漑導入価値が高いグリッドから項に行われるとした。すなわち、水
9
但 し 、灌 漑 し て も 生 産 ポ テ ン シ ャ ル が 低 い グ リ ッ ド は 、モ デ ル 分 析 上 、栽 培 地 と し て 選 ば れ な い
可能性がある。
10
農 業 土 地 利 用 モ デ ル の 時 点 間 隔 ( 2000、 2010、 2020、 2030、 2050、 2070、 2100) に 対 応 し て お
り 、 例 え ば 2020 年 時 点 の 前 期 は 2010 年 を 意 味 す る 。
11
食料需要は、一人当たり食料消費量の国内格差が現状並みであるが、国の平均一人当たり食料
消 費 量 が 増 え る こ と に よ り 国 内 の 栄 養 不 足 人 口 が 無 く な る シ ナ リ オ( 第 4 . 2 . 2 節 ( 2 )「 M D G 達 成 ・
格 差 大 シ ナ リ オ 」 参 照 ) を 想 定 。 農 業 生 産 の 技 術 進 展 は 、「 低 位 」 ~ 「 中 位 」 ( 第 4.2.7 節 参 照 )
程度を想定。
12
但し、「利用不適」流域で灌漑中止となったグリッドでも、例えば、雤が多く天水栽培の生産
ポテンシャルが高いグリッドは、天水栽培地として土地利用が割り当てられる可能性がある。
- 188 -
資源にゆとりのある流域では、現在の灌漑地周辺で、灌漑価値が高グリッドから項に
灌漑を拡大できると想定した。
図 4.3.4 -10 に B2 シ ナ リ オ の 灌 漑 制 約 有 ケ ー ス に 対 す る 灌 漑 要 求 水 量 を 示 す 。図 に 示
す 通 り 、 黄 河 や ガ ン ジ ス 川 流 域 等 で は 2000 年 に 比 べ 、 2030 年 、 2070 年 は 次 第 に 灌 漑
地が縮小する結果になっている。
2000 年
2030 年
2070 年
0
1
20
図 4.3.4 -1 0
50
1 00
30 0
5 00
700
9 00
11 00 <
[ mm/ yr ]
灌 漑 制 約 有 ケ ー ス の 灌 漑 要 求 水 量 (B2- MIROC3.2(Medres))
図 4.3.4 -11 は 、 世 界 の 灌 漑 用 水 取 水 量 、 及 び 、 耕 地 面 積 ( 天 水 栽 培 も 含 む ) を 、 そ
れぞれ灌漑制約有無の 2 つのケースで比較したものである。これによると、灌漑制約
- 189 -
の有無によって世界の総耕地面積に大差は生じないが、灌漑用水は大幅に縮減される
事が示唆されている。
3500
B2-灌漑制約無
B2-灌漑制約無
3000
耕地面積 ( 1 60h a )
9m3)
10
灌 漑 用 水 取 水 (量
3000
A2-灌漑制約無
2500
A2-灌漑制約無
B1-灌漑制約無
B1-灌漑制約無
2500
B2-灌漑制約有
2000
B2-灌漑制約有
A2-灌漑制約有
A2-灌漑制約有
2000
B1-灌漑制約有
B1-灌漑制約有
1500
1500
1000
1000
2000
2020
2040
2060
2080
2000
2100
2020
2040
年
2060
2080
2100
年
図 4.3.4 -1 1
世界の灌漑用水取水量(左)と
耕 地 面 積 ( 天 水 栽 培 地 も 含 む )( 右 )
図 中 、マ カ ー 付 き の 値 、誤 差 範 囲 の 上 下 値 は そ れ ぞ れ 、3 つ の G C M( M i r o c 3 . 2 ( M
edres), HadCM3, CGCM(T63)) に 基 づ く 推 定 の 中 央 値 、 最 大 値 、 最 小 値 を 示 す 。
図 4.3.4 -12 は B2 の 2 0 3 0 年 に つ い て 、 地 域 別 灌 漑 面 積 を 灌 漑 制 約 有 無 の 2 つ の ケ ー
スで比較したものである。灌漑制約によって、中国、インド、中東、北アフリカでは
灌漑面積が縮小され、逆に、米国等、水需給に比較的ゆとりのある流域が存在する地
域では灌漑地が拡大する結果となっている。
60
灌漑地面積
(106ha)
2000年
50
2030年(灌漑制約無)
2030年(灌漑制約有)
40
30
20
10
地域別灌漑地面積
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
中米
北アフリカ
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
アジアNIES
中国
インド
西欧
日本
図 4.3.4 -1 2
豪NZ
米国
カナダ
0
(B2、 2030 年 )
図 中 、棒 グ ラ フ の 値 、エ ラ ー バ ー の 上 下 値 は そ れ ぞ れ 、3 つ の G C M( M I R O C 3 . 2 ( M e d r e s ) ,
HadCM3, CGCMT3.1(T63)) に 基 づ く 推 定 の 中 央 地 、 最 大 値 、 最 小 値 を 示 す 。
- 190 -
図 4.3.4 -13 は 、 B2 の 2030 年 に つ い て 、 農 作 物 8 品 目 ( 小 麦 、 米 、 ト ウ モ ロ コ シ 、
ジャガイモ、サトウキビ、大豆、オイルパーム、菜種)の総生産量を示したものであ
る。灌漑制約により、米国等で生産量がわずかながら増加し、中国や中東で生産量が
わずかながら減尐する結果となっている。
1200
生産量
(106ton)
2000年
1000
2030年(灌漑制約無)
2030年(灌漑制約有)
800
600
400
200
その他
南部アフリカ
北アフリカ
中央アフリカ
中米
南米
東欧
中東
生産量
旧ソ連
ブラジル
アジアNIES
中国
図 4.3.4 -1 3
インド
西欧
日本
豪NZ
米国
カナダ
0
(B2- 2030 年 )
図 中 、棒 グ ラ フ の 値 、エ ラ ー バ ー の 上 下 値 は そ れ ぞ れ 、3 つ の G C M( M I R O C 3 . 2 ( M e d r e s ) ,
HadCM3, CGCMT3.1(T63)) に 基 づ く 推 定 の 中 央 地 、 最 大 値 、 最 小 値 を 示 す 。
(6) 高 渇 水 度 人 口
図 4.3.4 -14 は 渇 水 度 が 高 い 流 域 に 住 む 人 口 を 、 灌 漑 制 約 有 無 の 2 つ の ケ ー ス で 比 較
し た も の で あ る 。 こ こ で 、 渇 水 度 ≡(生 活 用 水 取 水 量 + 工 業 用 水 取 水 量 +農 業 用 水 取 水 量
- 淡 水 化 量 - 再 利 用 水 量 )/水 資 源 量 と 定 義 し た 。図 4.3.4 -14 に よ る と 、灌 漑 制 約 に よ っ
て 水 ス ト レ ス 下 に あ る と 言 わ れ る( 渇 水 度 0.4 以 上 )の 人 口 を 縮 減 す る 程 の 効 果 は な い
が 、渇 水 度 0.7 以 上 と か な り 高 い 渇 水 度 に 曝 さ れ る 人 口 は 、世 界 全 体 で 縮 減 す る 効 果 が
期待される。
図 4.3.4 -15 は 、B2 シ ナ リ オ の 2030 年 に 対 し 、渇 水 度 0.4 以 上 の 流 域 に 住 む 人 口 を 地
域別に集計したものである。インド、中国、中東に水ストレス人口が多いと推計され
ている。日本にも水ストレス人口が存在するという結果になっているが、これは、東
京 、 名 古 屋 付 近 の 流 域 面 積 が 小 さ く 、 か つ 、 人 口 密 度 が 高 い 数 グ リ ッ ド に よ る 13。
13
今 回 の 評 価 方 法 に 基 づ く と 、日 本 で も 人 口 密 集 は 水 需 給 に 負 荷 を 及 ぼ し て い る と い う 解 釈 が で
き る 。一 方 で 、流 域 面 積 が 1 個 ~ 数 個 グ リ ッ ド の 場 合 は 、流 域 よ り 大 き な 卖 位 で 需 給 比 を 評 価 す
る方が実態に近い評価が得られる、という解釈もできる。
- 191 -
6.0
5.0
B2-灌漑制約無
5.0
B2-灌漑制約無
A2-灌漑制約無
A2-灌漑制約無
渇水度0.7以上人口 (billion)
渇水度0.4以上人口 (billion)
6.0
4.0
3.0
2.0
4.0
B1-灌漑制約無
B1-灌漑制約無
B2-灌漑制約有
B2-灌漑制約有
A2-灌漑制約有
A2-灌漑制約有
B1-灌漑制約有
2.0
B1-灌漑制約有
1.0
3.0
1.0
2000
2020
2040
2060
2080
2100
2000
2020
2040
年
2060
2080
2100
年
図 4.3.4 -1 4
世界の高渇水度人口
渇 水 度 0.4 以 上 ( 左 ) と 渇 水 度 0.7 以 上 ( 右 )
渇水度0.4以上の人口 (10 6 人)
1200
2000年
1000
2030年(灌漑制約無)
800
2030年(灌漑制約有)
600
400
200
図 4.3.4 -1 5
4.3.5
渇 水 度 0.4 以 上 の 人 口
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
中米
北アフリカ
南米
東欧
中東
旧ソ連
ブラジル
アジアNIES
中国
インド
西欧
日本
豪NZ
米国
カナダ
0
( B2、 2030 年 )
まとめと今後の課題
(1) モ デ ル 開 発
世界各地域の経済発展、産業構造、貿易を考慮した水需給評価を目的に水資源量推
計モデル、生活、工業、農業(灌漑)用水需要量推計モデル、流域別農業用水需要量
推計モデルを開発した。このうち、

生活用水需要量は、都市、農村別に水アクセス人口比率と所得向上を考慮して推
計するモデルを構築した。

工業用水需要量は、水多消費業種の主要工業製品生産量とエネルギー利用効率を
基に推計するモデルを構築した。

農業用水に関しては、農業土地利用モデルで分析した農作物の作付場所、時期、
品種を入力データとして、灌漑用水需要量を推計するモデルを開発した。これに
よって、農産物貿易と農業土地利用の変化を考慮した灌漑用水需要の評価が可能
となった。
- 192 -

流域毎に、水資源量のゆとり度合いをもとに農業用水利用適性度を評価するモデ
ルを構築した。この情報を、農業土地利用評価モデルに与えることにより、水資
源のゆとり具合を考慮した農業土地利用の評価が可能となった。
(2) モ デ ル を 用 い た 評 価
社 会 、 経 済 発 展 経 路 が 異 な る シ ナ リ オ 例 と し て 、 SRES- B2、 A2、 B1 の 3 つ の シ ナ リ
オを取り上げ、水資源量、水需要量、及び、渇水度が高い流域に住む人口を評価した。
それによると、

温暖化よって世界全体の水資源量は増加する。水資源量増加は 3 つのシナリオで
温 暖 化 が 最 も 著 し い A2 シ ナ リ オ で 最 も 多 く 、 2100 年 に 2000 年 比 + 1 5% ( 3 つ の
GCM の 予 測 幅 を 考 慮 す る と + 10 ~ + 20% )、 同 年 B2 シ ナ リ オ で + 8% ( + 5~ +
12%)、 B1 シ ナ リ オ で + 6% ( + 4~ + 7 %) と い う 結 果 が 得 ら れ た 。

生 活 用 水 取 水 量 、 工 業 用 水 取 水 量 は 、 B2、 A2、 B1 の 全 て の シ ナ リ オ で 、 2050 年
ま で に 、 2000 年 の 約 2 倍 か ら そ れ 以 上 に な る と 推 計 さ れ た 。 生 活 用 水 の 増 加 は 人
口、都市人口比率、水アクセス人口比率ともに比較的大きな伸びを想定した单部
ア フ リ カ 、 中 央 ア フ リ カ 、 イ ン ド 、 ア ジ ア NIES、 中 国 で 大 き い 可 能 性 が 示 唆 さ れ
た。工業用水の増加は水多消費業種の生産量拡大を想定した中国、インド、アジ
ア NIES で 顕 著 と 推 計 さ れ た 。

灌漑用水取水量の推計では、流域別農業用水利用適性度を考慮して農作物作付地
を割り当てた場合は、それを考慮しなかった場合に比べ、世界の灌漑用水需要量
が 2100 年 に B2、 A2 シ ナ リ オ で 30%程 度 、 B1 シ ナ リ オ で 20% 程 度 縮 減 さ れ る 、
という結果が得られた。その場合、水需給が逼迫した流域のある中国、インド、
中東、北アフリカ等で灌漑地が縮小され、逆に、米国等、比較的水資源にゆとり
のある流域が存在する国で灌漑地が拡大する可能性が示唆された。

仮に、水資源のゆとり具合を考慮した作付が行われ世界の灌漑用水需要量が縮減
さ れ る な ら ば 、 渇 水 度 が 0.7 以 上 と か な り 高 い 水 ス ト レ ス の 流 域 に 住 む 人 口 は 減
る可能性が示された。
(3) 今 後 の 課 題

モデルによる評価は、用いたパラメーターやアルゴリズム、データの前提条件に
依存することは言うまでもない。従って、シナリオにより整合した評価に向け、
これらの改善は常に必要である。また、前提条件の違いが評価結果に与える幅を
把握しておくことも大切であり、そのためには、種々の感度分析が必要である。

上 記 課 題 を 踏 ま え つ つ 、今 回 開 発 し た モ デ ル を 活 用 し 、経 済 発 展 や 産 業 構 造 変 化 、
土地利用変化が水需給に及ぼす影響や、水利用制約が土地利用に与える影響を評
価する。それによって、脱温暖化で持続可能なシナリオの検討に役立てる。
参 考 文 献 ( 第 4.3 節 分 )
1)
(財)地球環境産業技術研究機構:脱地球温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための対応戦略
の研究
平成 19 年度成果報告書 (2008).
- 193 -
2)
IPCC: Climate Change 2007: The Physical Science Basis, Chapter 8, 10 (2007).
3)
PCMDI: WCRP CMIP3 multi-model database. (http://www-pcmdi.llnl.gov)
4)
IPCC Data distribution center: High resolution observational climatologies.
(http://www.ipcc-data.org/obs/cru_ts2_1.html)
5)
Tyndall center: CRU CL 1.0 data-set. (http://www.cru.uea.ac.uk/~timm/grid/CRU_CL_1_0.html)
6)
GSWP2: GSWP2-LSM output into River Channel.
(http://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/GW/result/global/annual/runoff/GSWP2-B0-CT-1/index.html)
7)
(財)地球環境産業技術研究機構: 国際産業経済の方向を含めた地球温暖化影響・対策技術の総合評
価
平成 15 年度成果報告書, 3.3.2 節 (2004).
8)
T.M.L. Wigley ; MAGICC/SCENGEN version 5.3. (http://www.cgd.ucar.edu/cas/wigley/magicc/)
9)
Oki T: Total runoff integrating pathways (TRIP) (2001).
(http://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/%7Etaikan/TRIPDATA/TRIPDATA.html)
10) Kanae S: Population data from CIESIN. (http://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/GW/data/global/ciesin/0.5deg.html)
11) FAO: AQUASTAT main country database.
(http://www.fao.org /nr/water/aquastat/dbase/index.stm)
12) World Bank : World development indicators (2008).
13) Rosegrant M. W., Cai X. and Cline S.A.: World Water and Food to 2025: Dealing with Scarcity,
International Food Policy Research Institute (2002).
14) 経済産業省: 工業統計用地・用水編.
15) 松岡譲:「地球水資源の管理技術」森澤眞輔
編著、第1章、コロナ社
(2003).
16) (財)地球環境産業技術研究機構: RITE 世界モデルの概要 (2009).
(http://www.rite.or.jp/Japanese/labo/sysken/systemken.html)
17) 社団法人日本鉄鋼連盟: 鉄鋼統計.
18) IEA : Energy Balances (2009).
19) Döll, P. and Siebert, S.: Global modeling of irrigation water requirements, Water resources research, 38-4,
8-1~10 (2002).
20) Oki, T. and S. Kanae: Virtual water trade and world water resources, Water Science and Technology, 49(7),
203-209 (2004).
21) IPCC: Special report on emissions scenarios, Cambridge University Press, Cambridge (2000).
22) IIASA: Greenhouse Gas Initiative scenario database database version 2.0.1.
(http://www.iiasa.ac.at/web-apps/ggi/GgiDb/dsd?Action=htmlpage&page=series.)
23) (財)地球環境産業技術研究機構: 国際産業経済の方向を含めた地球温暖化影響・対策技術の総合評
価
平成 16 度成果報告書、第 3.2 節 (2005).
24) 田村真起夫 (2009) 逆浸透膜を用いた海水淡水化、環境浄化技術 8,48-52. (2003).
25) Stefan Siebert, Petra Döll, Sebastian Feick, Jippe Hoogeveen and Karen Frenken : Global Map of Irrigation
Areas version 4.0.1. Johann Wolfgang Goethe University, Frankfurt am Main, Germany / Food and
Agriculture Organization of the United Nations, Rome, Italy, (2007).
(http://www.fao.org/NR/WATER/AQUASTAT/irrigationmap/index10.stm)
26) G. Fischer, H. van Velthuizen, M. Shah and F. Nachtergaele: Global agro-ecological assessment for
agriculture in the 21st century (2002). (http://www.iiasa.ac.at/Research/LUC/SAEZ/index.html)
- 194 -
4.4
環境調和型都市と交通システム評価モデルの改良
地球温暖化対策として環境調和型都市の形成が求められている。それを持続可能な
も の と す る に は 、都 市 が も た ら す 環 境 負 荷 の 低 減 と と も に 、居 住 者 の 生 活 の 質 を 確 保 、
向上する政策が必要である。自由主義社会の都市構造は、居住者の行動により形成さ
れるため、環境調和型都市の形成政策を評価するには、居住者の行動原理と都市活動
の環境負荷、及び生活の質を結びつけた方法論が必要と考えられる。
昨年度は、環境調和型都市と交通システムを評価するための、都市経済モデルと交
通行動モデルを接合したモデルを構築し、仮想的な条件の下での都市政策評価を行っ
た 。そ の 際 、人 口 変 化 、交 通 コ ス ト 変 化 、都 市 開 発 域 変 化 が 居 住 者 の 便 益 、お よ び CO2
排 出 量 に 与 え る 影 響 を 試 算 し た 。そ の 結 果 、人 口 増 加 の 影 響 は 2 つ の フ ェ ー ズ が あ り 、
都市活動が活発化し便益が増加する局面と、混雑が卓越し便益が低下する局面がある
ことを示した。混雑の影響が卓越する局面でインフラ整備を行わなければ、便益が低
下 す る と 同 時 に CO2 排 出 量 も 大 幅 に 増 加 す る 。 ま た 、 交 通 課 金 な ど 交 通 コ ス ト を 増 加
さ せ る と 、 都 市 活 動 が 抑 制 さ れ 、 便 益 、 CO2 排 出 量 と も に 低 下 す る 。 開 発 規 制 な ど に
よ り 都 市 開 発 域 を 縮 小 す る と 、 や は り 便 益 、 CO2 排 出 量 と も に 低 下 す る 、 と い っ た 知
見を得た。
ただし、昨年度のモデルのパラメータは様々な統計データに基づき設定したが、必
ずしも現実の都市を再現するものとはなっておらず、より詳細なデータを用いた実証
が必要であった。また、分析対象とする交通機関は乗用車のみであり、モーダルシフ
ト策の効果については分析ができなかった。
本年度は、特定の都市データを用いて本モデルの実都市への適用可能性を実証する
とともに、乗用車と公共交通の選択をモデル化し、モーダルシフト策の効果について
も検討を行った。
本節ではまず、地球温暖化対策における都市・交通政策の位置づけを明らかにする
ために京都議定書目標達成計画
1)
に お け る 都 市・交 通 に 関 連 す る 政 策 を 整 理 し 、ど の よ
うな施策により排出削減を目指しているか、またその課題を検討した。次に、本研究
で構築するモデルについて説明した上で、特定の都市圏を対象に、モデルパラメータ
のキャリブレーションを行い、その適用可能性を実証するとともに、構築されたモデ
ルを用いて、いくつかの都市政策の感度について分析を行った。
4.4.1 京 都 議 定 書 目 標 達 成 計 画 に お け る 都 市 ・ 交 通 政 策 の 位 置 づ け
京都議定書目標達成計画(以下、目達計画)では、環境と経済の両立を基本的な考
え方に据えた上で、その手段として革新的技術の開発とともに、ライフスタイル、都
市や交通のあり方など社会の仕組みを根本から変えることにより、世界をリードする
環境立国を目指すとしている。これは、京都議定書の第一約束期間における義務を達
成するのみならず、長期的・継続的な排出削減を目指したものであり、必ずしも短期
的な取り組みに限らないと解される。
- 195 -
特に、社会の仕組みの変革に関しては、温室効果ガスの大幅に削減し大気中の温室
効果ガス濃度を安定化させるとともに、生活の豊かさを実感できる「低炭素社会」の
構築を目標としており、両者を整合させる取り組みが必要となっている。
具体的な対策は、目達計画第二節に示されているが、特に都市・交通政策に関連す
る 頄 目 と し て 、エ ネ ル ギ ー 起 源 二 酸 化 炭 素 の 排 出 削 減 に つ い て は 、
「都市や地域の構造、
公共交通インフラを含め、我が国の経済社会構造を変革し、低炭素型の都市や交通シ
ステムをデザインすること等を通じて、省CO2効果の最大化を図る」ことを基本的
な 考 え 方 と し て い る 。 対 策 頄 目 と し て は 、 部 門 を ま た が る 領 域 と し て 、「 低 炭 素 型 の 都
市 ・ 地 域 デ ザ イ ン 」、「 低 炭 素 型 交 通 ・ 物 流 体 系 の デ ザ イ ン 」 が あ げ ら れ て お り 、 部 門
別対策としては、運輸部門の取り組みに含まれている。これらは以下の表のように整
理される。
表 4.4.1 -1
低 炭 素 型 の 都 市・地 
域デザイン




低 炭 素 型 交 通・物 流
体系のデザイン
運輸部門の取り組
み








京都議定書目標達成計画における都市・交通政策
集約型・低炭素型都市構造の実現
街区・地区レベルにおける対策
エネルギーの面的な利用の推進
各主体のここの垣根を越えた取り組み
緑化等ヒートアイランド対策による熱環境改善を通じた都市
の低炭素化
住宅の長寿命化の取り組み
低炭素型交通システムの構築
低炭素型物流体系の形成
自動車・道路交通対策
 自 動 車 卖 体 対 策 の 推 進 、交 通 流 対 策 の 推 進 、環 境 に 配 慮 し
た自動車使用の促進、国民運動の展開
公共交通機関の利用促進
 公 共 交 通 機 関 の 利 用 促 進 、エ ネ ル ギ ー 効 率 の よ い 鉄 道・船
舶・航空機の開発・導入促進
テレワーク等情報通信技術を活用した交通代替の推進
産業界における自主行動計画の推進・強化
物流の効率化等
 荷 主 と 物 流 事 業 者 の 協 働 に よ る 省 CO2 の 推 進 、 モ ー ダ ル
シ フ ト 、ト ラ ッ ク 輸 送 の 効 率 化 等 の 推 進 、グ リ ー ン 経 営 認
証制度の普及促進
以上の各頄目は詳細にみると、技術的手段をとるものと、制度的手段をとるものが
混在している。本節では、特に制度的手段に着目した分析を目標としているため、以
下では、目達計画におけるその内容を抜粋し整理する。
A.低 炭 素 型 の 都 市 ・ 地 域 デ ザ イ ン
「エネルギー需要密度の高い都市部においてエネルギーの利用効率の向上を図るこ
との効果は大きいことから、エネルギーの面的利用やヒートアイランド対策等により
都市のエネルギー環境を改善するとともに、住宅・建築物・インフラの長寿命化を進
める。また、都市機能の集約等を通じて歩いて暮らせる環境負荷の小さいまちづくり
( コ ン パ ク ト シ テ ィ )を 実 現 す る こ と に よ り 、低 炭 素 型 の 都 市・地 域 づ く り を 促 進 す る 」
としている。ここで、都市のエネルギー環境改善や長寿命化は技術対策が主な内容に
- 196 -
なるが、それを促進する上では制度的な手段も必要となると考えられる。また、後者
のコンパクトシティの実現は、技術的手段のみでは不十分であり、都市構造の誘導方
策として様々な制度的対応が必要になるといえる。以下にこの領域の中の各頄目を整
理する。
○集約型・低炭素型都市構造の実現
こ の 頄 目 で は ま ず 、「 様 々 な 都 市 機 能 が 集 約 し 、 公 共 交 通 が 中 心 と な る 集 約 型 都 市 構
造の実現に向け、大規模集客施設等の都市機能の適正な立地を確保し、中心市街地の
整備・活性化による都市機能の集積を促進するとともに、都市・地域総合交通戦略を
推進する」としており、都市機能の適正立地確保、中心市街地活性化、交通戦略推進
が主要な柱となっている。都市機能立地の適正化には、各種土地利用規制といった制
度が存在するが、こうした方策を十分活用することが求められている。また中心市街
地活性化は、既に多大な取り組みがなされているが、必ずしも十分な効果が上がって
いるとはいえない。これには公的な対策のみならず、商店街等のステークホルダーの
取り組みが不可欠であり、現在、比較的成功している事例ではこうした関係者の協力
の上に成り立っている。交通戦略は地方自治体で策定されており、その頄目として省
エ ネ 、 省 CO2 を 目 標 と 掲 げ て い る も の も 存 在 す る 。 た だ し 、 交 通 戦 略 は 社 会 厚 生 や 生
活の質の向上のためのインフラ整備方針が主な内容となっていることから、その推進
を低炭素都市の実現手段とするためには、実施段階での工夫が必要と考えられる。
ま た 、「 公 共 交 通 機 関 の 利 用 促 進 、 未 利 用 エ ネ ル ギ ー や 自 然 資 本 の 活 用 等 を 面 的 に 実
施するため、CO2削減シミュレーションを通じた実効的な二酸化炭素削減計画の策
定を支援する。あわせて、住宅・建築物・インフラの省エネルギー化・長寿命化の推
進、環状道路等の整備、ヒートアイランド対策等を通じ、都市の構造を低炭素型のも
のに再構築することを目指す」としており、計画策定のための需要分析の必要性を指
摘している。一方、都市構造の低炭素化については技術的対策が主なものとなってい
るが、環状道路整備が都市構造の低炭素化に寄与するか否かは、都市条件によると考
えられるため、その分析も必要である。またヒートアイランド対策については後述す
るように、技術対策とともに、制度的対応も必要となる。
そ れ に 加 え て 、「 温 室 効 果 ガ ス の 大 幅 な 削 減 な ど 高 い 目 標 を 掲 げ 、 先 駆 的 な 取 組 に チ
ャ レ ン ジ す る 都 市 を 全 国 か ら 10 箇 所 選 び 、 環 境 モ デ ル 都 市 を つ く る 」 こ と を あ げ て い
る が 、既 に 、 8 2 件 の 応 募 が あ り 、そ こ か ら 1 3 都 市 が 選 定 さ れ 、目 標 達 成 に 向 け た 行 動
計画が公表されている。ただし、その多くは新エネ導入、バイオマス利用等の技術対
策であり、制度的な取り組みを本格的に掲げている都市はわずかである。
○エネルギーの面的な利用の推進
この頄目では「複数の施設・建物への効率的なエネルギーの供給、施設・建物間で
のエネルギーの融通、未利用エネルギーの活用等エネルギーの効率的な面的利用は、
地 域 に お け る 大 き な 省 C O 2 効 果 を 期 待 し 得 る こ と か ら 」、「 複 数 の 新 エ ネ ル ギ ー 利 用
設備を地域・街区や建物へ集中的に導入すること、環境性に優れた地域冷暖房等を積
極的に導入・普及すること等を図る」としており 、基本的には技術対策による省エ ネ 、
- 197 -
省 CO2 を 目 指 す も の で あ る 。 た だ し 、 そ の 導 入 に 際 し て 「 都 市 計 画 制 度 の 活 用 等 の 施
策 」 を 高 ず る と し て お り 、 制 度 的 な 対 応 も 併 せ て 行 っ て い る 。 具 体 的 に は 、「 地 域 冷 暖
房施設などエネルギー面的利用システムについて都市計画に定めることができる。ま
た、地域冷暖房施設設置による機械室部分に関する容積率制限の特例など適切な土地
利用の誘導が可能である。さらに、導管と道路の一体的整備など都市基盤施設との連
携、市街地再開発事業・区画整理事業など面整備地区における積極的な導入検討等の
方法が考えられる」としており、導入誘導策として計画制度、事業制度の活用が記さ
れている。
○緑化等ヒートアイランド対策による熱環境改善を通じた都市の低炭素化
この頄目では、人口廃熱の低減や冷暖房温度の適正化など技術対策、啓蒙対策に加
え て 緑 地 計 画 に つ い て も 方 策 を 示 し て い る 。 ま ず 、「 ・ ・ ・ 地 表 面 被 覆 の 人 工 化 に よ る
蒸発散作用の減尐や地表面の高温化の防止・改善等の観点から、都市公園の整備等に
よる緑地の確保、公共空間・官公庁等施設の緑化、緑化地域制度の活用等による建築
物敶地内の緑化、湧水や下水再生水等の活用、路面温度上昇抑制機能を有する舗装材
の活用 、保水性建材・高反射 率塗装等の技術の一体的導入 、民有緑地や農地の保全 等 、
地域全体の地表面被覆の改善を図る」としており、緑化技術と緑地保全策を取り上げ
て い る 。 そ れ に 加 え 、「 さ ら に 、 冷 気 の 発 生 源 と な る 緑 の 拠 点 の 形 成 ・ 活 用 や 、 緑 地 ・
水面等の風の通り道の確保等の観点から、都市に残された緑地の保全、屋上・壁面緑
化等の施設緑化、都市公園の整備、公園、道路、河川・砂防、港湾、下水道等の事業
間連携等による水と緑のネットワーク形成等の推進、環境負荷の小さな都市の構築の
推進により、都市形態の改善を図る」としており、大規模な緑地計画の必要性を示し
ている。従来、上記頄目にあげられた都市公園、道路、河川、港湾等は所管が異なっ
ており、対策は個別に行われていたが、水面、緑地をネットワーク化することにより
都市全体での熱環境管理に役立つことが期待されている。その実現のためには、それ
らをつなぐ制度的対応が不可欠であろう。
B. 低 炭 素 型 交 通 ・ 物 流 体 系 の デ ザ イ ン
ここでは、集約型都市構造の実現と相乗的な効果を持つよう総合的な交通対策をと
るとしているが、個別的な交通対策については後述の運輸部門での取り組みに整理さ
れている。
C.運 輸 部 門 の 取 り 組 み
○交通流対策の推進
「 交 通 流 の 円 滑 化 に よ る 走 行 速 度 の 向 上 が 実 効 燃 費 を 改 善 し 、自 動 車 か ら の 二 酸 化 炭
素 排 出 量 を 減 ら す 」 と の 基 本 的 な 認 識 の も と 、「 環 状 道 路 等 幹 線 道 路 ネ ッ ト ワ ー ク の 整
備、交差点の立体化等を推進するとともに、高速道路の多様で弾力的な料金施策、自
動 車 交 通 需 要 の 調 整 、 高 度 道 路 交 通 シ ス テ ム ( I T S :Intelligent Transport Syste ms ) の
推進、道路交通情報提供事業の促進、路上駐停車対策、路上工事の縮減、ボトルネッ
- 198 -
ク踏切等の対策、交通安全施設の整備といった交通流対策を実施する」としている。
このため、渋滞が燃費を悪化させている地域が対象になると考えられるが、一方で、
道路整備による誘発交通についても十分な考慮が必要と考えられる。また、情報技術
による交通流対策については、その効果の検証が十分なされているとは言い難く、効
果検証に関する調査研究を進めることも必要である。
○公共交通機関の利用促進
公共交通の利用を促進するために、
「 鉄 道 新 線 、L R T (Light Rail Transit) 、B R T (Bus
Rapid Transit) 等 の 公 共 交 通 機 関 の 整 備 や 、 I C カ ー ド の 導 入 等 情 報 化 の 推 進 、 乗 り 継
ぎ改善、パークアンドライド等によるサービス・利便性の向上を引き続き図るととも
に、シームレスな公共交通の実現に向けた取組を推進する」としている。インフラの
整 備 お よ び IC カ ー ド 等 を 用 い た 利 便 性 の 向 上 は 、 公 共 交 通 の サ ー ビ ス 水 準 を 高 め 、 利
用促進に寄与すると考えられているが、多くの地方都市では需要低下が公共交通事業
の財務悪化を招き、路線の維持に課題があるのが現状である。従って、施設整備や技
術導入のみでは、地方都市でのモーダルシフトを促進することは困難であり、周辺の
土地利用や都市施設整備事業等と連携することが不可欠である。
そ れ に 加 え て 、「 こ れ ら と 連 携 し た 、 事 業 者 に よ る 通 勤 交 通 マ ネ ジ メ ン ト 、 カ ー シ ェ
アリングの実施等の主体的な取組の促進、国民への啓発活動により、旅客交通におい
て自家用乗用車から鉄道・バス等の公共交通機関への利用転換を促進する。さらに、
このような事業者による主体的な取組を推進するため、全国レベル及び地方レベルに
おける、交通事業者、経済界等からなる協議会を活用すること等により、具体的な取
組 を 進 め て い く 。」 と さ れ て お り 、 ハ ー ド 面 の 整 備 の み な ら ず ソ フ ト 面 で の 取 り 組 み の
重要性も指摘しているが、そうしたソフト施策の効果についても十分理解されている
とはいえない。むろん関係する様々な主体が協働することは必要であるが、併せて、
対策効果に関する調査研究を進めることも重要である。
○荷主と物流事業者の協働による省CO2化の推進
物 流 に お け る CO2 排 出 削 減 を 目 指 し 、
「配送を依頼する荷主と配送を請け負う物流事
業者の連携を強化し、地球温暖化対策に係る取組を拡大することで、物流体系全体の
グ リ ー ン 化 を 推 進 す る 」 こ と と し て お り 、「 こ の た め 、 省 エ ネ ル ギ ー 法 に よ る 荷 主 ・ 輸
送 事 業 者 の エ ネ ル ギ ー 管 理 を 引 き 続 き 推 進 す る 。 ま た 、「 グ リ ー ン 物 流 パ ー ト ナ ー シ ッ
プ会議」を通じ、モーダルシフトやトラック輸送の効率化等を荷主と物流事業者が連
携して行う事業への支援を行うとともに、環境負荷の観点から影響が大きいと考えら
れる商慣行の見直しや、宅配事業者の配達方法の改善におけるエコポイントの発行な
ど、消費者の物流における意識向上を図ったシステムの構築に対する支援を行う。加
えて、荷主と物流事業者の連携を円滑化するため、両者が共通に活用できる物流分野
の二酸化炭素排出量算定のための統一的手法(ガイドライン)を精緻化し、取組ごと
の効果を客観的に評価できるようにする」としている。ただし、物流事業はコスト節
減が最大の課題となっており、環境負荷のみの観点からこうした対策を進めることは
- 199 -
困難と考えられる。こうした評価と企業格付け等を連携したインセンティブ制度も検
討が必要と考えられる。
さらに、
「 流 通 業 務 の 総 合 化 及 び 効 率 化 の 促 進 に 関 す る 法 律( 平 成 1 7 年 法 律 第 8 5 号 )
に よ り 、 サ ー ド パ ー テ ィ ・ ロ ジ ス テ ィ ク ス ( 3 P L : 3rd Party Logistics ) 事 業 の 導 入 、
輸配送の共同化やITの活用等による輸送・保管・流通加工等の流通業務の総合的か
つ 効 率 的 な 実 施 を 支 援 す る 。 あ わ せ て 、 都 市 内 物 流 の 効 率 化 の た め に 、「 都 市 内 物 流 ト
ータルプラン」に基づき、ボトルネックの把握や問題解決に向けた検討を行う協議会
へ の 支 援 を 行 う 」 こ と も 記 さ れ て い る 。 3 PL は 特 に 事 業 者 を ま た が る よ う な 流 通 に お
いて、効率化を促進する上で有効と考えられるが、こうした事業が成立するためには
商品毎の流通特性や輸送コスト等に精通していることが必要であり、結果、大規模な
事業者に限られる。一方、物流において効率性が低いのは零細事業者であり、そうし
た事業を束ねる仕組みについても、新たに検討することが必要であろう。
○モーダルシフト、トラック輸送の効率化等の推進
「 物 流 体 系 全 体 の グ リ ー ン 化 を 推 進 す る た め 、自 動 車 輸 送 か ら 二 酸 化 炭 素 排 出 量 の 尐
な い 内 航 海 運 又 は 鉄 道 に よ る 輸 送 へ の 転 換 を 促 進 す る 」 こ と を 目 指 し て お り 、「 こ の 一
環として、受け皿たる内航海運の競争力を高めるため、複合一貫輸送に対応した内貿
ターミナルの整備による輸送コスト低減やサービス向上を進めるとともに、エネルギ
ー効率の良い次世代内航船(スーパーエコシップ)等新技術の開発・普及等を進める 。
また、船舶の燃費性能を評価する指標を確立し、燃費性能の優れた船舶の普及を推進
する。さらに、接岸中の船舶への電源供給のための陸上施設の整備の検討等、物流の
拠点である港湾ターミナルにおける荷役機械等の電化及び効率化に取り組むととも
に、港湾における二酸化炭素排出量の一層の削減に向けた技術開発等に取り組む」と
している。これはインフラ整備、技術普及に関するものが主な頄目となっているが、
一方で、内航海運には様々な慣行が存在するとされており、こうしたものを制度的に
見直すことも検討の余地があると考えられる。
ま た 、「 鉄 道 に よ る 貨 物 輸 送 の 競 争 力 を 高 め る た め 、 鉄 道 輸 送 の 容 量 拡 大 、 ダ イ ヤ 設
定の工夫、コンテナ等の輸送機材の充実等による輸送力増強と輸送品質改善、端末輸
送のコスト削減等により貨物鉄道の利便性の向上を図る」としている。鉄道輸送につ
いては、旅客と路線を共用しているものが多く、その場合、旅客の運行が優先される
ために、ボトルネックが生じている場合もあると指摘されている。さらに、鉄道貨物
を利用する物資には、農産品など季節変動の大きいものもあり、定常的に輸送量を確
保することが困難であるともいわれている。このため、鉄道貨物のためのインフラ整
備のための財源を事業者卖独で負担することが困難であるとの指摘もある。
ま た 、「 ト ラ ッ ク 輸 送 に つ い て も 一 層 の 効 率 化 を 推 進 す る 。 こ の た め 、 自 家 用 ト ラ ッ
クから営業用トラックへの転換並びに車両の大型化及びトレーラー化を推進するとと
もに、大型化に対応した道路整備を進める。あわせて輻輳輸送の解消、帰り荷の確保
等による積載効率の向上を図る」としており、トラック輸送に関わる効率化も提言し
ている。ただし、自家用から営業用への転換はほぼ飽和水準に達しており、大型化に
対応した道路整備も既に事業化されている。輻輳輸送の解消や帰りに確保は、輸送事
- 200 -
業の統合化が必要だが、トラック事業は零細事業者が多く、こうした事業者への情報
提供システムもこれまで様々なものが検討されてきたが、輸送品の特性が異なること
から、必ずしも適切に運用されているとは言い難い。このため、更なるトラック輸送
の効率化のためには、トラック運送事業制度の再構築などの抜本的な改革が必要と考
えられる。
さ ら に 、「 国 際 貨 物 の 陸 上 輸 送 距 離 の 削 減 に も 資 す る 中 枢 ・ 中 核 国 際 港 湾 に お け る 国
際海上コンテナターミナルの整備、多目的国際ターミナルの整備、各モード間の連携
を深めるインフラ整備等を推進する」との提言もされているが、港湾インフラ投資に
ついては選択と集中が進んでおり、地方からの国際輸送に関してはむしろ陸上輸送へ
の依存度が高まっている。船舶によるフィーダー輸送を強化するにしても、リードタ
イ ム の 面 で ト ラ ッ ク 輸 送 に 対 す る 競 争 力 は 务 っ て お り 、陸 上 輸 送 を 削 減 す る た め に は 、
地方港湾においても設備投資が必要とされる。
以上整理すると、京都議定書目標達成計画において、都市・交通政策は重要な役割
を担っており、技術的対応のみならず、制度的対応も必要性が高い。しかしながら、
特に制度的対応策については、その効果を評価検証する方法論が確立しているとは言
い難く、実質的な削減メニューというよりは、手続き的な頄目が列挙されているとの
印象を受ける。
都市交通政策による地球温暖化対策は、特に制度的対応策については、関連主体の
行動変容を通じて排出削減を目指すことになるため、効果の発現まで長期間を有する
ものが多くなり、必ずしも第一約束期間における削減を担保するものではなく、それ
以降の取り組みも含むものとなっている。しかし、こうした取り組みがどのようなメ
カニズムを通じて排出削減につながるのか、また、それらがどの程度のインパクトを
持ちうるのか、事前に評価するための方法論が必要と考えられる。
4.4.2 都 市 レ ベ ル で の 低 炭 素 社 会 実 現 に 向 け た 取 り 組 み 事 例
我が国では、首相官邸に設けられた地域活性化統合本部において、高い目標を掲げ
て先駆的な取組にチャレンジする「環境モデル都市」を選定し、政府がその実現を支
援することで低炭素社会の実現を目指しており、また、このモデル都市が中心となり
低 炭 素 都 市 推 進 協 議 会 を 構 成 し 、ア ク シ ョ ン プ ラ ン の 作 成 、推 進 検 討 を 行 う と と も に 、
その成果の普及を試みている。また、欧州連合においても都市・地域レベルでの低炭
素社会の実現を目指し、持続可能でエネルギー効率的な都市交通の実現を目指す交通
プ ロ グ ラ ム ( CIVITAS: CIty VITAlity S ustainabil ity) の 実 施 、 環 境 都 市 整 備 へ の 財 政 支
援、ベストプラクティスに関する情報交換の促進等を行っている。
両者に共通するのは、モデル都市を選定した上で、その成果の普及を目指すアプロ
ーチをとっていることであり、各都市からの提案を審査し、競争的な資金提供を行っ
ている。提案内容は国際会議等で公開されており、他の都市からも参照しうるものと
なっている。
- 201 -
現 在 、 環 境 モ デ ル 都 市 は 13 都 市 が 選 定 さ れ て い る が 、 人 口 規 模 や 自 然 地 理 条 件 な ど
各都市の置かれた状況は様々である。提案内容は、多くの都市で技術的な対策が主要
な 頄 目 と し て あ げ ら れ て い る が 、 都 市 開 発 や イ ン フ ラ 整 備 に よ る 省 CO2 型 都 市 の 誘 導
を目指したものや、制度提案なども見られる。ここでは我が国の環境モデル都市を含
む、いくつかの都市の提案、取り組みを取り上げ、その内容を整理する。
(1) 北 九 州 市
JR 駅 に 隣 接 し た 大 規 模 跡 地 の 再 開 発 地 区 を 低 炭 素 先 進 モ デ ル 地 区 と し て 設 定 し 、 各
種民生部門のエネルギー技術導入促進とともに住宅地の高度利用、徒歩・自転車等の
非動力系交通のためのインフラ整備、公共交通との結節性の強化、カーシェアリング
などを検討している。ただし、あくまでもモデル事業であり、コスト増分については
国の支援を予定している。従って、こうした取り組みが普及するためには、コストの
低減か整備財源の確保が不可欠である。モデル事業では、低炭素先進地区のコスト構
造と効果を明らかにし、整備制度の設計に資することも目的の一つと考えられるが、
普及におけるボトルネックなどの十分な検証が必要と考えられる。
(2) 京 都 市
シンボルプロジェクトの一つとして都心部における道路空間の再配分を計画してい
る。そこでは、都心繁華街の車線を減尐させ歩道として利用するほか、公共交通のみ
通 行 可 能 な ト ラ ン ジ ッ ト モ ー ル 化 、細 街 路 へ の 自 動 車 流 入 抑 制 な ど が 提 案 さ れ て い る 。
既 に 、 平 成 19 年 に 社 会 実 験 が 行 わ れ て お り 、 歩 道 拡 幅 に つ い て は ス ケ ジ ュ ー ル に 乗 せ
ている。当該地区では地下鉄などの公共交通手段が発達しており、自動車の利用が抑
制 さ れ た と し て も 、代 替 交 通 手 段 が 存 在 す る た め 、実 施 の 可 能 性 は 高 い と 考 え ら れ る 。
ただし、こうした地区はごく限られており、大幅な削減のためには、より幅広な対策
が必要である。
(3) 富 山 市
コンパクトなまちづくりにより低炭素社会を実現することを目指しており、その手
段として、公共交通の整備とともに、公共交通沿線への居住支援を行っている。交通
政策と住宅政策を連携させた取り組みであり、都市のコンパクト化のためのモデルの
一つになると考えられるが、その効果の検証が必要である。
(4) ポ ー ト ラ ン ド 都 市 圏
公共交通を中心とした都市開発を行い、路線の整備を行うとともに、宅地、オフィ
スの建設をその沿線に誘導している。ポートランドの特徴として、こうした中心部の
開発方策と併せて、都市成長境界線を設け、都市外縁部の開発を禁止していることが
あ げ ら れ る 。 こ の 成 長 境 界 線 は 1979 年 に 導 入 さ れ 、 都 市 人 口 の 増 加 に 応 じ て 改 訂 さ れ
てきたが、その線引きはポートランド都市圏行政府により厳格に管理されている。た
だし、こうした開発規制は財産権に制限を加える一方、周到に準備された長期計画や
ビジョン、および広域的な整合性がなければ、効果を得ることは困難である。米国で
- 202 -
は 1970 年 代 か ら 都 市 の 成 長 管 理 策 が と ら れ て き た が 、十 分 な 効 果 が 得 ら れ な い ば か り
か、周辺地域と不整合な政策による空間利用の非効率が生じている自治体も尐なくな
い 。 ま た 1980 年 代 後 半 か ら 9 0 年 代 前 半 に か け て 、 検 討 の 不 十 分 な 成 長 管 理 策 の 計 画
決定よりも開発権を重視する判決が相次ぎ、安易な導入や濫用は抑制されている。ポ
ートランドの管理策は、経済やコミュニティの活性化などとのバランスを十分検討し
つつ実施されているものであり、環境保全のみの卖一の目的で実施されているもので
はないことは、我が国でこうした方策を検討する上で十分留意すべきである。
4.4.3 環 境 調 和 型 都 市 と 交 通 シ ス テ ム 評 価 モ デ ル の 要 件
上述のように、温暖化対策に関わる都市政策は多岐にわたるが、同時に都市政策の
目的は環境保全卖一ではなく、様々な政策目標のバランスを考慮することが必要であ
る。そのため、開発するモデルの要件として、各種都市政策の効果を、人口や経済水
準等、条件の異なる様々な都市について推計可能とし、また効果の指標として、構造
物 の 建 設 、 運 用 を 含 む 都 市 の エ ネ ル ギ ー 消 費 、 CO2 排 出 削 減 効 果 と と も に 、 住 民 の 生
活の質への影響についても、所得、住宅面積、通勤時間、便益、資産価値等といった
基礎的な指標について推計可能とすることがあげられる。こうした用件に基づき、昨
年度のモデルは開発されたが、現実の都市において、こうした推計結果がどの程度適
合しうるものか、検証はされていなかった。
そこで、本年度は現実の都市を対象として本モデルを適用し、その現況再現性を検
証するとともに、それを用いた政策効果等の分析を行う。具体的には、独立した生活
圏域を持ち、なおかつ一定規模の公共交通ネットワークを有する地方中枢都市の例と
して札幌市を取り上げ、当該都市圏の交通データ、立地データ等を用い、モデルのキ
ャリブレーションを行い、現況再現性を確認する。その上で、人口規模に対するエネ
ルギー効率と生活の質の変化を分析するとともに、いくつかの政策について感度分析
を行う。
4.4.4 モ デ ル の 定 式 化
(1) モ デ ル の 改 良 点
モデル構造は昨年度とほぼ同様であるが、実都市へ適用するに際して、キャリブレ
ーションの実現可能性の観点から、一部を簡略化する一方、交通システムについては
実ネットワークを対象とした高度なものへと改良を行った。変更内容は以下の通りで
ある。
①
立地主体の変更
既存モデルにおいては有業家計と企業に加え、不労所得のもとで財・サービス消費
や住宅床面積等を決定する非有業家計を設定していたが、実都市におけるキャリブレ
ーション時の簡略化のため、非有業家計を除く有業家計と企業のみを立地主体として
設定することとした。
- 203 -
②
取り扱う交通行動の簡略化
既存モデルでは家計については買い物交通を考慮していたが、簡略化のため交通行
動は家計の通勤交通と企業の取引(会議)交通のみを取り扱うこととした。また、既
存モデルにおいては取引(会議)交通の価値が取引先ゾーンの労働投入量に比例して
変動するものとしていたが、会議交通の価値は一定とし、回数のみによって取引先ゾ
ーンへの会議投入が決定されるものシンプルな構造に変更した。
③
都市経済と交通の同時均衡
都市経済モデルの床市場および労働市場の均衡のもとで決定される立地分布に従っ
て決定されたOD交通量を交通モデルに入力するが、それらのOD交通量に対する交
通モデルの出力であるゾーン間の時間距離及びコストは都市経済モデルにフィードバ
ックされ、最終的に床市場および労働市場と交通市場の同時均衡を表現するものとし
た。ただし、都市経済モデルで表現する交通行動は通勤交通及び取引(会議)交通の
みと限定的であり、対象都市における総交通量とは相違が生じるため、OD交通量の
総量に関する補正を行い、対象都市における交通状況を表現するものとする。
④
交通手段選択の考慮
各 ゾ ー ン 間 の 移 動 に お い て は 、 交 通 手 段 と し て 徒 歩 、 公 共 ( 鉄 道 ・ バ ス )、 自 動 車 が
利用可能であるものとし、交通モデルに機関分担モデルの追加を行った。交通手段の
選択は、料金と所要時間を考慮したロジットモデルによって表現するものとする。ま
た、下位の配分モデルによって決定されるゾーン間の時間距離およびコストの分担段
階へのフィードバックは行わないものとするが、上記の都市経済モデルへのフィード
バックを介して調整がなされるため、最終的に分担段階と配分段階の時間距離及びコ
ストは整合したものとなる。
⑤
交通手段別の配分手法の採用
機関分担後の交通量のネットワークリンクへの配分は、自動車については混雑を考
慮した一般化費用ベースの均衡配分、公共については混雑が生じないものとした一般
化費用ベースの最短経路配分とする。
(2) モ デ ル の 仮 定
本調査のモデルでは都市空間は有限個のゾーンに分割されており、各ゾーンにおい
て有業家計、企業、デベロッパー、地主が各々の行動原理にしたがい活動していると
想定する。
対象地域に立地する有業家計は総数が外生的に与えられるものとし、閉鎖都市
( ClosedCity ) を 仮 定 す る 。 そ の 下 で 各 ゾ ー ン へ の 立 地 需 要 量 が 決 定 さ れ る 。 ま た 、 企
業都市、デベロッパー、地主は各ゾーンに1主体が存在するものとする。
各主体の行動原理を以下のように仮定する。

有 業 家 計:時 間 制 約 の も と 、効 用 を 最 大 化 す る よ う 就 業 時 間 、就 業 地 、居 住 地 、財 ・
サ ー ビ ス 消 費 、住 宅 床 面 積 を 決 定 す る 。な お 、所 得 は 就 業 時 間 と 賃 率 に 応 じ て 得 る
- 204 -
も の と す る 。ま た 、通 勤 の 移 動 は 各 交 通 手 段 に よ る 所 要 時 間 お よ び コ ス ト に よ る 一
般化費用の期待値が最短時間となる経路を選択するものとする。

企 業:労 働 、業 務 床 、資 本 、お よ び 他 企 業 と の 取 引( 会 議 )を 投 入 要 素 と し て 利 潤
を 最 大 化 す る よ う 立 地 場 所 、生 産 量 を 決 定 す る 。取 引( 会 議 )の 移 動 は 各 交 通 手 段
による所要時間およびコストによる一般化費用の期待値が最短時間となる経路を
選択するものとする。

デ ベ ロ ッ パ ー : 利 潤 を 最 大 化 す る よ う 土 地 と 資 本 を 投 入 し て 床 を 生 産 し 、企 業 、お
よび有業家計へ供給する。

地 主 : 利 潤 を 最 大 化 す る よ う 、所 有 地 を 農 地 お よ び 宅 地 の い ず れ へ 提 供 す る か 土 地
利用の選択を行う。
次に、外生的に与えられた有業家計数のもとで、各主体の行動がバランスするよう
に、以下の市場均衡を仮定する。

労働市場:地点別の労働需給が一致するよう、地点別に賃金を決定する。

床市場:地点別の床(住宅、オフィス)需給が一致するよう床地代を決定する。
ただし、立地均衡条件において、立地主体(有業家計、企業)ごとの効用水準は地
点によらず同じであり、家計の場合、効用水準と賃金水準が決まれば地代が決まる。
このため、外生的に与えられる有業家計数と一致するように効用水準を決定する。
また、都市空間内おける移動においては、交通手段として徒歩、公共交通(バス・
電 車 )、 自 動 車 が 利 用 可 能 で あ る も の と し 、 各 交 通 手 段 の 所 要 時 間 お よ び コ ス ト を 考 慮
した手段選択を行う。各交通手段による目的地までの経路は、徒歩および公共交通に
ついては混雑がないものとして確定的に最短経路に配分され、自動車交通交通につい
ては混雑を考慮して、下記のような均衡条件の下で経路を決定するものとする。

道 路 ネ ッ ト ワ ー ク 均 衡:あ る 出 発 地・目 的 地 ペ ア に つ い て ど の 経 路 を 取 っ て も 一 般
化 費 用( 時 間 費 用 と 交 通 費 用 の 合 計 )が 同 一 と な る よ う 経 路 配 分 を 決 定 す る 。経 路
の 所 要 時 間 は そ の 経 路 に 含 ま れ る リ ン ク の 速 度 に 依 存 し 、リ ン ク の 速 度 は 交 通 容 量
と交通量により変化する。
(3) モ デ ル の 定 式 化
①
有業家計
家 計 は 財 x、 床 A、 余 暇 時 間 S の 消 費 よ り 効 用 u を 得 て 、 所 得 、 時 間 制 約 の 元 で 効 用
を最大化するよう各要素の消費量を決定する。これを次式で表す。
u   0  X ij
s.t.
X
 Aij
A
 Sij
S
w j  Tijw  M  p  X ij  rij  Aij  cij
T  Tijw  Sij
(4.4 -1 )
(4.4 -2 )
(4.4 -3 )
た だ し 、 i、 j は そ れ ぞ れ 居 住 地 、 従 業 地 を 表 し 、 X は 財 の 消 費 量 、 w は 賃 率 、 M は 賃
金以外の所得、p は財の消費者価格、r は床地代、c は通勤費用、T は利用可能時間、
Tw は 就 業 時 間 を 表 す 。
- 205 -
この問題を解くと以下のマーシャル需要関数を得る。
X
 w j  T  M  cij 
p

Aij  A  w j  T  M  cij 
rij
X ij 
Sij 
S
wj
 w j  T  M  cij 
(4.4 -4 )
(4.4 -5 )
(4.4 -6 )
た だ し 、  X   A   S  1で あ る 。 式 (4.4 -4 )-(4.4 -6 )を 式 (4.4 -1 )に 代 入 す る と 、 次 式 を 得
る。
u  1 
w j  T  M  cij
p X  rij
A
 wj
 1   X    A   S 
X
(4.4 -7 )
S
A
S
(4.4 -8 )
これより、家計の付値地代は次式で与えられる。
1

w  T  M  cij  A
rij  1  j 


p X  w j S  u 

(4.4 -9 )
ま た 、 就 業 時 間 は 式 (4.4 -3 )、 (4.4 -6 )よ り 次 式 と な る 。
Tijw  1   S   T 
②
S
wj
 M  cij 
(4.4 -10 )
企業
企 業 は 、労 働 、床 、資 本 、お よ び 会 議 を 生 産 要 素 と し て 、利 潤 を 最 大 化 す る よ う 財 ・
サービスを生産する。
 j  p qj  cj
(4.4 -11 )
q j   0  Lj L  A j A  K j K  M j M
(4.4 -12 )

 
M j      m jj '  
 j'


1

c j  w j  L j  r j  A j   c jj'  m jj'    K j
(4.4 -13 )
(4.4 -14 )
j'
た だ し 、 j は 企 業 の 立 地 ゾ ー ン を 表 し 、 j は 利 潤 、 p は 財 ・ サ ー ビ ス 価 格 、 qj は 生 産
量 、 cj は コ ス ト 、 L は 労 働 投 入 量 、 A は 床 投 入 量 、 K は 資 本 投 入 量 、 M は 会 議 投 入 量 、
 は 会 議 の 価 値 、m j j ’ は ゾ ー ン j’で の 会 議 回 数 、w は 賃 率 、r は 床 地 代 、c j j ’ は jj’間 の 交 通
費 用 、 は 資 本 価 格 で あ る 。 ま た 、 L、 A、 K、 M、 は パ ラ メ ー タ で あ る 。 こ こ で 、
一階の条件より以下の要素需要関数が導かれる。
- 206 -
Lj  p  L  q j wj
(4.4 -15 )
Aj  p   A  q j rj
(4.4 -16 )
K j  p  K  q j 
(4.4 -17 )
m jj '  p   M  q j  c jj ' 
1
 1
 


c
 jj ' 1 
 j'

1
(4.4 -18 )
同 様 に 式 (4.4 -1 5 )-(4.4 -1 8 )を 式 (4.4 -1 2 )に 代 入 す る と 次 式 を 得 る 。
 1
L
A




  L    A    K  K 

  




q j  0 


      c jj '  1 

 w   r      M
 j'



 j  j 


  
L
  A  K  M
M

  p  q j 
(4.4 -19 )
(4.4 -20 )
こ こ で 、 規 模 に 関 す る 収 穫 一 定 (   =1 ) を 仮 定 す る と 、 式 (4.4 -1 9 )よ り 以 下 の 条 件 が
得られる。
p  11  wj L  rj A    K
 

   c jj '  1 
 j'

 1
 M

1   0   L    A    K    M   
L
A
K
(4.4 -21 )
M
(4.4 -22 )
な お 、こ の 条 件 の と き 、式 (4.4 -11)の 利 潤 は ゼ ロ と な る 。式 (4.4 -2 1 )よ り 企 業 の 付 値 地
代は次式となる。


rj  
 w j L   K 

③
p  1
 c
j'

   1  M   1 
jj '





1
A
(4.4 -23 )
デベロッパー
デベロッパーは土地 G と資本 K を投入して床 A を供給し、企業、家計に床を貸すこ
と で 利 潤  を 得 る と 仮 定 す る 。こ こ で は 利 潤 を 最 大 化 す る よ う 土 地 、資 本 の 投 入 量 を 決
定すると想定し、その行動を次式で定義する。
 i  ri  Ai   b  K i  rli  Gi
Where ,
Ai   0  Gi1 K  K i
- 207 -
K
(4.4 -24 )
(4.4 -25 )
こ こ で 、 ri は 床 地 代 、 b は 資 本 価 格 、 rli は 宅 地 地 代 、 Gi は 宅 地 面 積 で あ る 。 ま た 、
0<  k <1 と す る 。 こ れ よ り 、
Ki 
Gi 
ri   k  Ai
(4.4 -26 )
b
ri
 1   K   Ai
rli
(4.4 -27 )
式 (4.4 -26)、 (4.4 -2 7 )を 式 (4.4 -25)に 代 入 し 、 宅 地 地 代 に つ い て 解 く と 次 式 を 得 る 。
rli   0  ri 
1
1 K

  K
 b
K
 1 K

 1   K 

(4.4 -28 )
こ こ で 、土 地 面 積 は 地 主 が 決 定 す る と 仮 定 す る と 、式 (4.4 -2 8 )を 式 (4.4 -2 7 )に 代 入 し て
次式を得る。
K
 r 1 K
Ai   1  Gi   i 
 b 

1   0  K
K


1 K
(4.4 -29 )
(4.4 -30 )
こ の と き 、 式 (4.4 -26) 、 (4.4 -27) を 式 (4.4 -2 4 ) に 代 入 す る と 、 デ ベ ロ ッ パ ー の 利 潤 は ゼ
ロになることが確認される。
な お 、 式 (4.4 -9 ) 、 (4.4-2 3 ) で み た よ う に 床 地 代 は 主 体 に よ り 付 値 が 異 な る 。 デ ベ ロ ッ
パーは各主体の付値にガンベル分布に従う誤差頄を加えた地代で評価し、各主体が最
大の地代を与える確率に基づき、床を配分すると仮定する。ただし、実際に得られる
地代は主体別の地代と配分面積の積和として、平均地代は各主体の付値の重み和とす
る。これは、デベロッパーの予見する各主体の付値はランダムに変動すると想定して
おり、各主体が最大地代を与える確率に基づき床を供給する行動をとるものの、総供
給量はその供給確率で重み付けした各主体の付値の期待値に基づくことを意味する。
主体別の床供給は、まず企業向けと家計向けに按分し、次に家計向けを従業地別に
按 分 す る 。地 点 i で の 企 業 の 付 値 を r i B 、従 業 地 j の 家 計 の 付 値 を r i j H と し て 、各 主 体 へ
の配分比率を以下のように定式化する。
ま ず 、家 計 に 配 分 さ れ る 床 の 中 で 、従 業 地 j の 家 計 に 配 分 さ れ る 条 件 付 き 確 率 は 次 式
で表される。
Prij|H
r 

 r 
H H
ij
j'
H H
ij '
(4.4 -31 )
た だ し 、 H は デ ベ ロ ッ パ ー に 認 識 さ れ る 地 代 の 誤 差 頄 の 分 散 パ ラ メ ー タ で あ る 。 こ
のとき、i に居住する家計の期待付値は次式となる。
ri H   Prij|H  rijH
j
すると、家計、企業への床の配分比率はそれぞれ次式で表される。
- 208 -
(4.4 -32 )
   r 
(4.4 -33 )
   r 
(4.4 -34 )
PriH  ri H
PriN  ri N


i


i


 r   r   r 
H
i
B
i
i
(4.4 -35 )
以上から、従業地 j の家計への床の配分比率は次式となる
PrijH  PriH  Prij |H
(4.4 -36 )
よって、平均値代は次式となる。
ri  PriB  ri B   j PrijH  rijH
(4.4 -37 )
式 (4.4 -31)お よ び 式 (4.4 -3 3 )-(4 .4-3 6 )を 用 い て 、 家 計 、 企 業 へ の 床 供 給 量 は そ れ ぞ れ 次
式で与えられる。
AijH  Ai  PrijH
(4.4 -38 )
AiB  Ai  PriB
(4.4 -39 )
な お 、 こ こ で 、 、 H が 十 分 大 き け れ ば 、 配 分 は 確 定 的 に な り 、 付 値 床 地 代 の 最 も 高
い主体がすべての床を消費することとなる。
④
地主
地主は利潤を最大化するよう所有する土地を宅地か農地に供給する。所有する土地
面 積 を G0i、 農 業 地 代 を rai と し 、 デ ベ ロ ッ パ ー と 同 様 に 地 代 に 応 じ て 供 給 比 率 を 決 定
す る と 仮 定 す る と 、 式 (4.4 -28)の 宅 地 地 代 の 条 件 に よ り 宅 地 供 給 量 が 次 の よ う に 与 え ら
れる。
Gi 
rli 
rai   rli 
G
G
G
 G0i
(4.4 -40 )
こ れ を 式 (4.4 -2 9 )に 代 入 す る こ と で 、 地 代 r i の 下 で の 地 点 i に お け る 床 の 供 給 面 積 A i
が得られる。
⑤
床、労働市場の均衡条件
ま ず 、企 業 の 床 需 要 は 式 (4.4 -39)の 供 給 量 と 等 し い と 想 定 し 、式 (4.4 -1 6 )よ り 生 産 量 を
与える。
qj 
r jB  A Bj
pA
(4.4 -41 )
た だ し 、 r j B は 式 (4.4 -2 3 )で 定 義 さ れ る 企 業 の 付 値 で あ る 。 す る と 、 j に お け る 労 働 需
要 は 、 式 (4.4 -4 1 )と 式 (4.4 -15)を 用 い て 次 式 で 与 え ら れ る 。
- 209 -
B
 L rj
L 

 A Bj
 A wj
B
j
(4.4 -42 )
次 に 、 式 (4.4 -5 )の 有 業 者 1 家 計 あ た り の 床 面 積 A i j D H と 式 (4.4 -38)の 供 給 量 A i j S H よ り
ゾ ー ン j で 従 業 し 、 ゾ ー ン i に 居 住 す る 家 計 数 nijH が 次 式 で 求 め ら れ る 。
nijH  AijSH AijDH
(4.4 -43 )
た だ し 、 A i j S H は 式 (4.4 -3 8 )で 与 え ら れ る 住 宅 床 の 供 給 面 積 で あ る 。 こ れ よ り 、 地 点 j
の 労 働 供 給 量 は 式 (4.4 -1 0 )、 (4.4 -4 3 )を 用 い て 次 の よ う に 表 さ れ る 。
LHj  inijH Tijw
(4.4 -44 )
こ こ で 、 式 (4.4 -4 2 )と (4.4 -4 4 )よ り 労 働 市 場 均 衡 条 件 が 導 か れ る 。
LHj  LBj
for ∀ j
(4.4 -45 )
ま た 、 都 市 圏 の 家 計 数 が NH で 与 え ら れ て い る と す る と 、 次 式 を 満 た す 必 要 が あ る 。

i, j
nijH  N H
(4.4 -46 )
こ れ ら の 式 (4.4 -4 5 )、 (4.4 -4 6 )を 満 た す よ う に 、 家 計 の 効 用 水 準 u H お よ び 地 点 別 の 賃
率 wj が 決 定 さ れ る 。
⑥
便益の定義
便益は、すべての居住者の効用水準変化を貨幣換算したものと定義すれば、次式で表さ
れる。
B
ua
u0
N
i, j
I ij
ij
u
du
(4.4 -47 )
た だ し 、Nij は ゾ ー ン i に 居 住 し 、ゾ ー ン j に 就 業 す る 人 口 を 表 す 。ま た 、効 用 変 数 に つ い
て い る サ フ ィ ッ ク ス は 、 政 策 あ り の 場 合 を a、 政 策 な し の 場 合 を o と す る 。 本 モ デ ル で は 、
Iij=wj∙Tijw と 定 義 し て い る の で 、

Tijw  w j

  Tijw  w j 
u 
w j  u
I ij
(4.4 -48 )
こ こ で 、 式 (10)よ り
Tijw
w j
  s  w2
j  M  cij 
(4.4 -49 )
ま た 、 式 (7)よ り 、

u
  X 1  A  1   s   w j  S  T   s  M  cij  w j  S 1
w j p  rij

- 210 -

(4.4 -50 )
よって、
I ij
u
p X  rij A  wj S

1
Tijw  w j   S M  cij 
w j 1   S   T   s M  cij 

(4.4 -51 )
こ こ で 、 ua、 uo が 十 分 近 け れ ば 、 台 形 公 式 よ り 便 益 は 次 式 と な る 。
a
o
a
o

 N I u   N ij I ij u  

B   ij ij
ua  uo 
2


i
,
j


(4.4 -52 )
こ こ で 、 式 ( 4 .4 -4 8)の ∂I i j /∂ u に お け る r i j 、 w j 、 T i j w は 政 策 有 無 別 の 値 を 代 入 す る 。
⑦
モデルの解法
結 局 、式 (4.4-45)、(4. 4-46 )の n i j H 、L j H 、L j B は 効 用 水 準 u お よ び 地 点 別 の 賃 率 w j の 関
数として表されるので、それらを変数とする連立方程式を解くことで均衡状態が求め
られる。ここで、便宜上、各変数を以下のように置き換える。
f j  LHj  LBj
f1  i , j nijH  N H
(4.4 -53 )
(j{2, …,W+1},W:グ リ ッ ド 数 )
(4.4 -54 )

F   f1 ,..., fW 1
(4.4 -55 )

X  x1 ,..., xW 1  u, w1 ,...,wW 1
(4.4 -56 )
ここで、X が解に十分近いと仮定し、次式が成り立つとする。

  
 
 

 
 

F X  X  F X  F X  X  0
 
 
(4.4 -57 )
 
 
た だ し 、 F X は F X の ヤ コ ビ ア ン で あ り 、 そ の (i,j)要 素 は 次 式 と な る 。

  



f i X  X j  f i X
f i

x j
x j
(4.4 -58 )

た だ し 、 X j は j 番 目 の 要 素 が x j で あ り 、 そ の 他 が ゼ ロ 、 長 さ が W+1 の ベ ク ト ル で
ある。すると、ニュートン法による更新ベクトルは次式で求められる。
 

 
X  F X
1
 
 
F X
(4.4 -59 )
更 新 幅 を は 次 の 問 題 を 解 く こ と で 求 め ら れ る 。



min  f i X    X


2
(4.4 -60 )
i
結局、次式で変数を更新すればよい。
 

X  X    X
- 211 -
(4.4 -61 )
こ れ を 、 全 て の fi が 十 分 ゼ ロ に 近 づ く ま で 繰 り 返 す 。
以 上 の モ デ ル の 枞 組 み を 図 4.4.4 -1 に 示 す 。
都市経済モデル
土地
農業地代
資本
ディベロッパー
地主
地代
床地代
床供給
床地代
床供給
床市場
(立地均衡)
供給
労働
労働市場
(労働需給均衡)
賃金
労働
賃金
移動
時間・コスト
通勤交通
機関
分担
公共(鉄道・バス)
OD交通量
交通モデル
時間・コスト
会議交通
自動車OD交通量
OD
交通量
企業
財・サービス
供給
移動
床地代
需要
需要
有業家計
床供給
均衡
配分
自動車リンク交通量・速度
経路
配分
(最短)
鉄道・バスリンク交通量
自動車OD間所要時間・コスト
OD間
時間・コスト
鉄道・バスOD間所要時間・コスト
徒歩交通量
図 4.4.4 -1
モデルフレーム
4.4.5 モ デ ル の キ ャ リ ブ レ ー シ ョ ン と 現 況 再 現 性
(1) 適 用 対 象 地 域
①
適用対象地域の選定と概要
本調査では、北海道の札幌市を中心とする道央都市圏を対象として都市交通モデル
の内部パラメータを、特定の都市における交通データ、立地データ等を用いてキャリ
ブレーションを行う。また、設定されたパラメータによる現況再現性を検証し、4章
における政策分析においては、再現された現況に対する各政策条件による影響を分析
するものとする。
道 央 圏 は 総 人 口 約 246 万 人 、 世 帯 数 約 106 万 の 地 方 中 枢 都 市 圏 で あ り 、 札 幌 市 へ 周
辺市町からの通勤行動に関してもほぼ圏域内で行われており、本調査のモデルにおけ
る 閉 鎖 都 市 の 要 件 に お い て 適 し て い る と 考 え ら れ る 。 ま た 、 平 成 18 年 に 第 4 回 道 央 都
市 圏 パ ー ソ ン ト リ ッ プ 調 査 ( PT 調 査 ) が 実 施 さ れ 、 調 査 に よ る 交 通 行 動 デ ー タ の と り
まとめ段階を経て利用が可能な状況にあり、比較的最新の交通行動データに基づいた
モデル構築が可能である点からも、本調査の適用対象地域としての条件が整っている
ものと考えられる。
- 212 -
②
分析ゾーン設定
分 析 ゾ ー ン と し て は 、 下 図 に 示 す 道 央 都 市 圏 パ ー ソ ン ト リ ッ プ 調 査 小 ゾ ー ン 3 22 ゾ
ー ン を 設 定 す る 。対 象 圏 域 に 含 ま れ る 市 町 は 札 幌 市( 10 区 )、小 樽 市 、江 別 市 、千 歳 市 、
恵庭市、北広島市、石狩市、当別町、单幌町、長沼町の 7 市 3 町となっている。
当別町
石狩市
小樽市
江別市
南幌町
札幌市
長沼町
北広島市
恵庭市
千歳市
図 4.4.5 -1
③
道央都市圏パーソントリップ調査小ゾーン
交通ネットワーク設定
ネットワークとしては以下の公共交通網、および道路網を対象として分析を行う。
公共交通については、JR、地下鉄、路面電車の鉄軌道に加えてバス路線網をネット
ワークとして設定した。道路については主要市道以上の道路網を対象としたネットワ
ー ク を 設 定 し て い る 。 こ れ ら の ネ ッ ト ワ ー ク 図 を 図 4.4.5 -2 に 示 す 。
高速道路
国道
主要道道
道道
JR
地下鉄
路面電車
バス
図 4.4.5 -2
交通ネットワーク(左:公共交通、右:道路)
- 213 -
(2) デ ー タ ベ ー ス 構 築
パ ラ メ ー タ の キ ャ リ ブ レ ー シ ョ ン お よ び 現 況 再 現 に あ た っ て は 、下 記 の デ ー タ
関する収集・整理を行い、対象都市圏におけるデータベースを構築した。
表 4.4.5 -1
モデル
都市
経済
モデル
家計
企業
ディベロ
ッ パ ー・
地主
使用データ(都市経済モデル)
デ ー タ 、 パ ラメ ー タ
就 業 時 間 、余 暇 時 間
家 計 不 労 所 得 、賃 率
支出項目
従業地別有業家計世帯数
家 計 :人 口 、就 業 者 数
生 産 額 、 資 本 ス トッ ク 、雇 用
者 所 得 、従 業 者 数
ゾーン別 従 業 者 数
会 議 交 通 OD
ゾーン面 積 、可 住 地 面 積 、
床 面 積 、建 坪 率
資本投資
J IP デ ー タ ベー ス ( 20 09 )
資産償却率
金利
住宅賃貸料
E RS I 民 間 資 産 の 償 却 率
日 本 銀 行 預 金 ・貸 出 統 計
平 成 15 年 延 長 北 海 道 産 業 連 関 表
平 成 2 -7- 12 年 接 続 産 業 連 関 表
エ ネ ル ギー白 書 ( 20 06 )
公示地価
使用データ(交通モデル)
デ ー タ 、 パ ラメ ー タ
OD 交 通 量 (全 目 的 )
機 関 別 O D交 通 量
配分モ
デル
(公 共
交通
・道 路 )
事業所統計
第 4 回 道 央 パ ー ソ ン トリッ プ 調 査 : 業
務 交 通 OD
都市計画基礎調査
住 宅 土 地 統 計 調 査 ( 2008 )
表 4.4.5 -2
分担モ
デル
第 4 回 道 央 パ ー ソ ン トリッ プ 調 査 : 通
勤 交 通 OD
国勢調査
J IP デ ー タ ベー ス ( 20 09 )
住 宅 延 べ床 面 積 、空 家 率
業務床面積
農業地代
モデル
交通
モデル
データソース
社 会 生 活 基 本 調 査 ( 2 006 )
家 計 調 査 年 報 ( 20 08 )
現 況 O D 間 所 要 時 間 、コ
スト
公 共 交 通 ネッ ト ワーク
道 路 ネ ット ワー ク
交通時間価値
- 214 -
データソース
第 4 回 道 央 パ ー ソ ン トリッ プ 調 査 :
全 目 的 OD
第 4 回 道 央 パ ー ソ ン トリッ プ 調 査 :
交 通 機 関 別 OD
第 4 回 道 央 パ ー ソ ン トリッ プ 調 査 :
交 通 モ デ ルに よ り 推 計
鉄 道 ・ 地 下 鉄 路 線 図 、バ ス 網 図
D RM (デ ジタ ル 道 路 地 図 )
費 用 便 益 マニ ュア ル: 車 種 別 時
間価値原単位
2-5)
に
(3) パ ラ メ ー タ 設 定
上記データベースに基づき、以下の表に示すようにモデルパラメータを設定した。
表 4.4.5 -3
主体
有業世帯
企業
都市経済モデルにおけるモデルパラメータの設定
頄目
世帯人員
年間利用可能時間
不 労 所 得 ( 千 円 /年 )
効用パラメータ

パラメータ値
2 .1
8 ,3 46
97
0 .1 7
0 .0 5
0 .7 7
1 .0 0
0 .6 2
0 .0 9
0 .1 9
0 .1 0
- 0. 50
90
パラメータ
0
2 .2 1
資 本 価 格 ( 千 円 /年 )
分散パラメータ
k
b
H

0 .4 8
76
0 .4 5
0 .5 3
5
3 .0 0
T
M
X
A
S
β0
βL
βA
βK
βM
Ρ
生産パラメータ
会議代替パラメータ
資 本 価 格 ( 千 円 /年 )
デベロッパ
ー
地主
農 業 地 代 ( 千 円 /m 2/年 )
分散パラメータ
表 4.4.5 -4
ra
G
機関分担モデルパラメータの設定
共通変数
パラメータ値
t値
所要時間
-0.048
-175.76
コスト
-0.002
-44.20
選択肢
徒歩
固有変数
パラメ
t値
ータ値
駅アクセス時間
自動車
-
-
パラメ
ータ値
公共交通
t値
ータ値
t値
-
-
-0.024
-53.38
1.744
83.62
発着都心部ダミー
0.778
30.65
-
-
定数項
0.222
9.30
-1.188
-49.19
サンプル数
パラメ
-
-
208,848
修正済み尤度比
0.266
的中率
64.84%
- 215 -
表 4.4.5 -5
端末分担モデルパラメータの設定
徒歩
パラメータ値
バス
t値
パラメータ値
t値
係数α
-1.4771
-102.46
0.0389
4.60
定数項β
4.2659
136.17
1.181
26.33
修正済み尤度比
0.6223
0.2105
的中率
88.7%
(4) モ デ ル の 現 況 再 現 性
以 上 の モ デ ル に 基 づ き 、現 況 再 現 性 を 確 認 し た 。図 4.4.5 -3 は 各 ゾ ー ン 毎 の 昼 夜 間 人
口密度の統計値と推計値を比較したものである。これを見ると、中心部で密度が高く
郊外部で低くなっている状況を再現できている。加えて、周辺の核都市での密度の高
さも表現できている。
統計値
図 4.4.5 -3
推計値
ゾーン人口密度の統計値と推計値(上段:就業人口、下段:従業人口)
- 216 -
ま た 、図 4.4.5 -4 は 、統 計 値 と 推 計 値 を プ ロ ッ ト し た も の で あ る 。就 業 人 口 で は 実 測
値 と 推 計 値 の 相 関 係 数 が 0.87 、 従 業 人 口 で は 0.34 と な っ て い る 。 た だ し 、 従 業 人 口 に
ついては、ごく一部の中心ゾーンで従業人口が数万人となっており、他のゾーンとは
従業構造が異なっている。従業人口が 1 万人のゾーンを除くと、モデルの再現性は相
関 係 数 で 0.60 と な っ て お り 、 多 く の ゾ ー ン で は 現 況 を お お む ね 再 現 で き て い る と 考 え
られる。ただし、中心部の従業密度の高いゾーンでは現況を再現できておらず、今後
モデルの改良が必要であるが、本分析では現況に合致するよう交通モデルへの出力を
調整することで対応する。
ま た 、 公 共 交 通 分 担 率 の 統 計 値 と 推 計 値 の プ ロ ッ ト を 図 4.4.5 -5 に 示 す 。 こ れ よ り 、
交通機関分担については、非常に高い精度で再現できているといえる。
図 4.4.5 -4
ゾーン人口の再現性(左:就業人口、右:従業人口)
1
0.8
推定値
0.6
0.4
0.2
0
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1
観測値
図 4.4.5 -5
公共交通分担率の再現性
4.4.6 人 口 規 模 と CO2 排 出 量 、 便 益 と の 関 係
以 上 、 推 計 さ れ た モ デ ル を 用 い 、 こ こ で は 、 人 口 規 模 を 変 化 さ せ た 場 合 の C O2 排 出
量 変 化 お よ び 便 益 を 算 定 す る 。 対 象 都 市 の 現 況 人 口 は 247 万 人 で あ り 、 こ れ が 変 化 す
- 217 -
ると通勤に関わる移動回数とともに、土地やインフラなどの一人あたり資源量が変化
す る こ と で 立 地 パ タ ー ン 、 交 通 パ タ ー ン が 変 化 す る 。 そ の 結 果 、 交 通 部 門 か ら の C O2
排出量とともに、財・サービス消費量、住宅床面積、余暇時間で構成される効用が変
化し、その変化量を貨幣換算した便益が算定される。
なお、このモデルでは公共交通の供給や道路の維持管理に関わる費用および地主の
収益である地代収入は家計に帰着させていないので、便益の算定においては効用変化
から導かれるものを粗便益と定義し、これに地代収入を加え、交通関連費用を差し引
いたものを純便益と定義する。
モ デ ル の フ レ ー ム ワ ー ク は 図 4.4.4 -1 に 示 し て い る が 、 特 に 人 口 変 化 が 便 益 と CO2
排 出 量 に 与 え る 影 響 の モ デ ル 上 の 流 れ を 図 4.4.6 -1 に 示 す 。
図 4.4.6 -1
人口変化の影響フロー
こ こ で は 、人 口 を 20 万 人 か ら 500 万 人 ま で 変 化 さ せ た 場 合 の 各 種 指 標 の 変 化 を 整 理
する 。ただし 、道路インフラ条件 、および公共交通サービスの供給量は固定してい る 。
ま ず 、 交 通 部 門 か ら の CO2 排 出 量 に つ い て 、 公 共 交 通 に つ い て は 運 行 状 況 、 お よ び 発
電 構 成 か ら 年 間 5 万 ト ン に 固 定 し て い る 。 ま た 、 バ ス を 除 く 道 路 交 通 か ら の CO2 は 、
乗用車およびトラックから排出されるとし、乗用車の交通量は交通モデルによるリン
ク交通量の算定結果を用い、トラックについては、乗用車の交通量に比例すると仮定
している。その際、小型貨物車と普通貨物車を分け、小型貨物車はガソリン車、普通
貨物車はディーゼル車と仮定する。また、排出源卖位は車両重量と速度の関数として
次 式 で 与 え る 。 た だ し 、 排 出 源 卖 位 は gCO2/km で あ る 。
(ガソリン車)
CO2 g   g 1  v   2   3 v   4   W 
- 218 -
(4.4 -62 )
 1 =0 .0110、  2 =0.3123 、  3 =31.33 、  4 =1.089 、  g =67.10
(ディーゼル車)


 
CO2d   d 1 v   2   3  v 2   4  v   5  W
(4.4 -63 )
 1 =9.253、  2 =1.581、  3 =1.669×1 0 - 4 、  4 =-2.409× 10 - 2 、  5 =1.260、  d =68.57
ま た 、 車 両 重 量 は 、 乗 用 車 は 1.2 ト ン 、 小 型 貨 物 車 は 2 ト ン 、 普 通 貨 物 車 は 11 ト ン
と 設 定 し た 。 乗 用 車 に つ い て 、 速 度 に 対 す る CO2 排 出 源 卖 位 を 図 4.4.6 -2 に 示 す 。
図 4.4.6 -2
速 度 に 対 す る CO2 排 出 源 単 位 ( 乗 用 車 )
こ の よ う に 、 速 度 が お よ そ 60km/h に お い て 排 出 源 卖 位 は 最 小 値 を と り 、 そ こ か ら 速
度 が 低 下 し て も 上 昇 し て も 原 卖 位 は 増 加 す る が 、 特 に 渋 滞 時 に は CO2 原 卖 位 は 大 き く
上昇することがわかる。
都 市 圏 人 口 に 対 す る 一 人 あ た り CO2 排 出 量( 図 4.4.6 -3)を 見 る と 人 口 が 多 い ほ ど 低
下することがわかる。これは人口増加に伴い交通混雑が深刻化し、公共交通の利便性
が高まるため、公共交通の利用率が増加することを反映している。逆に人口が減尐す
ると道路混雑が減尐するため、自動車の相対的な利便性が高まることで、自動車の利
用率が高まることを反映している。
- 219 -
図 4.4.6 -3
都 市 圏 人 口 に 対 す る 一 人 あ た り CO2 排 出 量
自 動 車 の CO2 排 出 源 卖 位 を 見 る と ( 図 4.4.6 -4)、 人 口 増 加 に 伴 い 上 昇 し て い る 様 子
が わ か る 。こ れ は 混 雑 が 悪 化 す る こ と に よ り 走 行 速 度 が 低 下 し 、そ の 結 果 図 4.4.6 -2 で
見 た よ う に CO2 排 出 源 卖 位 が 増 加 す る こ と を 意 味 し て い る 。 こ の よ う に 、 自 動 車 の 走
行 距 離 あ た り の CO2 排 出 原 卖 位 は 悪 化 す る も の の 一 人 あ た り で は CO2 排 出 量 が 減 尐 し
て い る の は 、主 に 、都 市 の 稠 密 化 に 伴 う 一 人 あ た り の 移 動 距 離 の 低 下 が 寄 与 し て い る 。
図 4.4.6 -5 は 都 市 人 口 に 対 す る 一 人 あ た り 移 動 距 離 を 示 し て い る が 、 ほ ぼ 図 4.4.6 - 3 の
排出量の減尐と同様の傾向を示している。一方、人口が増加するに従い、道路混雑が
生じ、鉄道等の公共交通へのモーダルシフトが生じると期待されるが、その変化はそ
れ ほ ど 大 き く は 無 い ( 図 4.4.6 -6 )。 た だ し 、 こ こ で は 公 共 交 通 の サ ー ビ ス 水 準 は 人 口
規模に対して不変であると仮定している。現実には、人口が減尐すると公共交通サー
ビ ス の 維 持 が 困 難 に な る た め 、自 動 車 依 存 度 が い っ そ う 高 ま る こ と に な る 。こ の 場 合 、
移 動 距 離 の 変 化 と 相 ま っ て 、 CO2 排 出 量 に 対 し て は モ ー ダ ル シ フ ト も 相 当 程 度 の イ ン
パクトをもたらすと考えられる。
図 4.4.6 -4
自 動 車 の CO2 排 出 原 単 位
- 220 -
図 4.4.6 -5
図 4.4.6 -6
都市人口に対する一人あたり移動距離
都市人口に対する交通機関分担率
次 に 、都 市 人 口 に 対 す る 便 益 関 連 指 標 を 図 4.4.6 -7 に 示 す 。こ こ で 、各 種 指 標 は 現 況
値がゼロとなるように基準化されている。また、交通関連費用は費用が増加する場合
マイナス値をとるようにしている。これを見ると、道路インフラおよび公共交通サー
ビスは都市人口によらず固定的に与えているため、人口が減尐するほど一人あたりの
費用は増加することになる。また、地代収入についても、人口が減尐すると地代が下
がるため、マイナスとなっている。一方、粗便益は人口が尐ないほど、混雑が低下し、
また一人あたり土地資源量が増加するため、大幅なプラスとなっている。結局、これ
らを合計した純便益は、都市人口が尐ないほどプラスとなる。
- 221 -
図 4.4.6 -7
都市人口に対する便益関連指標
こ こ で 、 CO2 排 出 に コ ス ト が か か る 場 合 、 そ れ に 相 当 す る 額 が 純 便 益 か ら 差 し 引 か
れ る 場 合 を 想 定 す る 。 ま ず 、 5 千 円 /tCO2 の 場 合 に つ い て 、 図 4.4.6 -7 と 同 様 に 、 各 種
便 益 関 連 指 標 に 炭 素 費 用 を 追 加 し た も の を 図 4.4.6 -8 に 示 す 。こ れ よ り 、一 人 あ た り 炭
素費用の変化はごくわずかであり、純便益に対してほとんど影響していないことがわ
かる。
図 4.4.6 -8
炭 素 価 格 ( 5 千 円 /tCO2) を 考 慮 し た 場 合 の 便 益 関 連 指 標
そ こ で 、 炭 素 価 格 を 5 千 円 /tCO2 、 3 万 円 /tCO2、 10 万 円 /tCO2 と し た と き の 純 便 益 を
図 4.4.6 -9 に 示 す 。 こ れ よ り 、 人 口 2 0 万 人 の 都 市 で は 、 炭 素 価 格 が 3 万 円 の 時 に は 排
出 費 用 が 便 益 を 押 し 下 げ 、 純 便 益 は 50 万 人 の 場 合 よ り も 低 く な る 。 ま た 1 0 万 円 /tC O2
の 場 合 に は 純 便 益 は マ イ ナ ス と な り 、 人 口 100 万 人 で 純 便 益 は 最 大 値 を と る 。 一 方 、
人 口 が 200 万 人 を 超 え る と 、一 人 あ た り CO2 排 出 量 の 変 化 量 は ご く わ ず か と な る た め 、
炭素価格による純便益の違いは非常に小さいものにとどまる。
- 222 -
図 4.4.6 -9
炭素価格に対する純便益
以 上 ま と め る と 、 小 規 模 な 都 市 ほ ど 居 住 者 の 便 益 は 高 く な る が 、 一 人 あ た り の C O2
排出量は増加する。炭素価格が低ければ都市規模と便益の関係に影響はほとんど無い
が、価格が高くなると、公共交通の分担率が高い一定規模の都市の便益が最も高くな
ることが示された。
ただし、小規模都市ほど便益が高くなる本分析の結果は、企業の生産活動について
規模に関する収穫一定を仮定していることに依存している。規模に関する収穫一定と
は、すなわち集積の経済が存在しないことを意味しており、小規模都市でも人口規模
に比例した生産活動が必ず行われることを想定している。知識や熟練を必要としない
製造業が中心の都市ではこうした想定はある程度成立するかもしれないが、そうした
産業は先進国では既に淘汰が進んでおり、今後、こうした想定が適用可能な都市は限
られると考えられる。
このため、集積の経済を明示的に考慮したモデル化が今後必要となるが、現在、都
市空間を考慮し、なおかつ実証に耐えうる、こうしたモデルは確立していない。昨年
度開発したモデルでは、会議交通による生産効率が労働者の集積に応じて変化する構
造となっており、こうした集積効果を考慮可能であったが、実都市への適用に際して
は、生産性への影響を実証することが困難であったため、本年度はこれを固定的に与
えていた。
こうした集積の効果を考慮すると、人口規模が小さい場合、当然のことながら産業
集積も小さくなるため生産性が低下することになる。その場合、賃率の低下を通じて
都市全体の便益は大きく低下することになり、本頄での分析結果とは大幅に異なる結
果が得られる可能性がある。
さらに、こうした産業が維持されるか否かは、都市間の競争にも依存する。本分析
では卖一の都市のみを扱っているが、複数都市から構成される都市システムにおいて
経済活動と環境を両立する最適な都市規模分布を検討するためには、オープンシティ
の仮定の下、複数都市の均衡状態を同時に解くことが求められる。当然のことながら
こうした必要に答えるためにはモデルシステムは非常に複雑化することになる。
- 223 -
本研究では、交通価格政策や土地利用政策等の都市政策について分析可能なモデル
構築を試みていたが、よりマクロな観点からの展望を得るためには、異なる前提に立
ったモデリングが必要と考えられる。
加 え て 、 本 分 析 で は 、 CO2 コ ス ト は 内 部 化 さ れ て い る わ け で は な く 、 排 出 量 を 集 計
後にその差分に価格を乗じているに過ぎない。つまり、想定した価格が卖位排出あた
り の 外 部 費 用 を 表 し て い る な ら ば 、一 人 あ た り の 外 部 不 経 済 の 発 生 量 を 意 味 し て い る 。
この炭素価格を交通コストに含めるなど内部化するならば、自動車利用コストが上昇
するため、公共交通へのシフトが生じるが、移動コストの上昇になるため、やはり便
益は低下する。しかし、その度合いは、市場においてより低いコストとなる交通手段
を選択することになるため、本分析で示した外部不経済の量よりも小さくなることが
期待される。
4.4.7 政 策 の 効 果 ・ 影 響 分 析
ここでは、前頄と同様のモデルを用い、現状と比較した場合に、公共交通の料金、
お よ び 道 路 容 量 を 一 律 に ± 20% 変 化 さ せ た 場 合 の CO2 排 出 量 変 化 、 な ら び に 便 益 を 算
定する。
ま ず 、一 人 あ た り の CO2 排 出 量 変 化 率( 図 4.4.7 -1)を み る と 、公 共 交 通 料 金 を 増 額
する場合、自動車利用への転換により排出量は増加し、料金を減額すると公共交通の
利用が増加することから排出量は減尐することがわかる。ただし、その感度は料金を
減額する方が小さく推計されている。
図 4.4.7 -1
都 市 政 策 に よ る 一 人 あ た り CO2 排 出 量 へ の 影 響
一方、道路容量を拡大させると排出量は減尐し、容量を縮小させると排出量は増加
する結果となった。道路容量を縮小させると、公共交通へのモーダルシフトが生じる
た め 、 そ の 分 CO2 排 出 量 は 減 尐 す る が 、 一 方 で 、 混 雑 の 悪 化 が 自 動 車 の 排 出 源 卖 位 を
増加させるとともに、それを避けて立地が外縁化することにより一人あたりの移動距
離が増加するため、合計すると排出量が増加することになる。これは、道路容量を都
市圏全域で縮小しているためであり、公共交通を利用できない地域でも道路容量が縮
- 224 -
小することにより混雑が悪化していることを反映している。その逆に、道路容量を拡
大させる場合は、元々公共交通を利用できない地域では自動車交通量が増加しないの
で、混雑緩和が緩和されるとともに、それが立地の集約化を促すため一人あたり移動
距離は縮小し、排出量は減尐することになる。
次 に 、 便 益 関 連 指 標 を 図 4.4.7 -2 に 示 す 。 こ こ で 各 頄 目 の 定 義 は 前 頄 と 同 様 で あ り 、
交通関連費用は費用が減尐する場合をプラスとしている。公共交通の費用変化は、現
時点で営業収支は均衡していると仮定し、営業費用に運賃変化による収入の変化分を
加えたものとして算定している。また、道路インフラについては管理費のみ考慮し、
それが道路容量の変化率に比例して変化すると仮定している。このため、インフラの
新設や廃棄に関わる費用、あるいは用地取得や売却による収支は対象としていない。
な お 、 公 共 交 通 の 営 業 費 用 は 平 成 2 0 年 の 資 料 よ り 鉄 道 、 バ ス 併 せ て 年 間 約 495 億 円 と
し 、 道 路 管 理 費 に つ い て は 、 道 路 統 計 年 報 等 に 基 づ き 推 計 し 年 間 150 億 円 と し た 。
こ れ よ り 、 公 共 交 通 料 金 を 20% 増 額 す る 場 合 、 利 用 者 に と っ て の 粗 便 益 は マ イ ナ ス
となる。その多くは交通事業者の収益となっており、所得移転分が便益減尐の大部分
を占める。公共交通料金を減額する場合はその逆であり、利用者が受ける便益の大部
分は交通事業者からの所得移転となる。その赤字分を税等で補填するならば、結局、
純便益はごくわずかなプラスにとどまる。
道路容量を拡大する場合、粗便益はプラスとなるが、維持管理費の増加分はそれと
比較して小さく、純便益が残っている。一方、道路容量を縮小する場合、粗便益の減
尐額は非常に大きく、維持管理費の削減分はわずかなので、純便益は大幅なマイナス
となる。
図 4.4.7 -2
都市政策の便益関連指標への影響
以 上 、 ま と め る と 、 公 共 交 通 料 金 の 減 額 お よ び 道 路 容 量 の 拡 大 は CO2 排 出 量 を 削 減
し、なおかつ住民の便益も向上させるが、公共交通料金の増額および道路容量の縮小
は CO2 排 出 量 を 増 加 さ せ 、 な お か つ 便 益 を 低 下 さ せ る こ と が 示 さ れ た 。 す な わ ち 、 適
切な都市政策をとれば、温暖化対策と持続可能な発展を両立することが可能であると
いえる。
- 225 -
ただし、本分析で想定した都市政策は、圏域で一律に公共交通料金や道路容量を変
化 さ せ る も の と な っ て い る 。 こ こ で は 道 路 容 量 を 減 尐 さ せ る と CO2 排 出 量 が 増 加 す る
との結果が得られたが、例えば、こうした対策を鉄道と平行する道路路線などに限定
すれば、モーダルシフト効果により排出量が減尐する一方で、便益の低下も相対的に
抑制される可能性も考えられる。現実の都市政策を検討する上では、こうしたきめ細
かな分析が必要と考えられる。
4.4.8 ま と め
本節ではまず、地球温暖化対策における都市・交通政策の位置づけを明らかにする
ために京都議定書目標達成計画における都市・交通に関連する政策を整理し、どのよ
うな施策により排出削減を目指しているか、またその課題を検討した。その結果、各
頄目を詳細にみると、技術的手段をとるものと、制度的手段をとるものが混在してい
ることが明らかとなった。しかし、制度的対応策については、その効果を評価検証す
る方法論が確立しているとは言い難く、実質的な削減メニューというよりは、手続き
的な頄目が列挙されている傾向がある。
都市交通政策による地球温暖化対策、特に制度的対応策では、関連主体の行動変容
を通じて排出削減を目指すことになるため、効果の発現まで長期間を有するものが多
い。したがって、必ずしも第一約束期間における削減を担保するわけではなく、それ
以降の取り組みも含んでいる。しかし、こうした取り組みがどのようなメカニズムを
通じて排出削減につながるのか、また、それらがどの程度のインパクトを持ちうるの
か、事前評価は不十分といえる。
こうした背景のもと、本年度は特定の都市データを用いて本モデルの実都市への適
用可能性を実証した。その結果、モデルから得られるゾーン人口密度は一定程度の現
況再現性を有しており、また交通モデルについても十分高い再現性を確認した。ただ
し、一部の都心部における従業人口など、局所的な活動の集中については十分再現で
きておらず、こうした状況を再現するためには、都市活動に関する新たなメカニズム
を想定することが必要である。
こ の モ デ ル を 用 い 、 都 市 人 口 規 模 に 関 す る CO2 排 出 量 と 便 益 の 感 度 分 析 を 行 っ た 。
そ の 結 果 、 小 規 模 な 都 市 ほ ど 居 住 者 の 便 益 は 高 く な る が 、 一 人 あ た り の CO2 排 出 量 は
増 加 す る こ と が 示 さ れ た 。 ま た 、 CO2 排 出 に コ ス ト が 生 じ る こ と を 想 定 す る 場 合 、 炭
素 価 格 が 低 け れ ば 都 市 規 模 と 便 益 の 関 係 に 影 響 は ほ と ん ど 無 い が 、価 格 が 高 く な る と 、
公共交通の分担率が高い一定規模の都市の便益が最も高くなることが示された。ただ
し、小規模都市ほど便益が高くなる本分析の結果は、企業の生産活動について規模に
関する収穫一定を仮定していることに依存しているため、今後集積の経済を考慮した
モデル化も検討が必要である。
最後に、公共交通の料金政策および道路整備政策の影響を分析した。その結果、公
共 交 通 料 金 の 減 額 お よ び 道 路 容 量 の 拡 大 は CO2 排 出 量 を 削 減 し 、 な お か つ 住 民 の 便 益
も 向 上 さ せ る が 、公 共 交 通 料 金 の 増 額 お よ び 道 路 容 量 の 縮 小 は CO2 排 出 量 を 増 加 さ せ 、
なおかつ便益を低下させることが示された。すなわち、適切な都市政策により、温暖
- 226 -
化対策と持続可能な発展の両立可能性が示された。また、路線毎の道路容量管理や公
共交通の料金政策など、きめ細かな都市政策はその両立可能性をいっそう高めると期
待される。
参 考 文 献 (第 4.4 節 に 関 す る も の )
首 相 官 邸 、 京 都 議 定 書 目 標 達 成 計 画 、 (2008) 、 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ondanka/kakugi/
1)
080328keikaku.pdf(アクセス日:2010 年 2 月 14 日)
2)
総務省統計局、社会生活基本調査、2006.
3)
総務省統計局、家計調査年報、2007.
4)
総務省統計局、住宅・土地統計調査、2003.
5)
経済産業研究所、JIP データベース、2009.
4.5
健康影響評価モデルの開発
4.5.1 目 的 と 概 要
健康な生活は、年齢や地域を問わず誰もが願うものであり、健康なしに持続的な発
展 (SD) は 考 え ら れ な い 。 そ こ で 、 昨 年 度 は 世 界 各 地 域 で 死 亡 に 繋 が っ て い る 主 な 疾 病
を調査した
1)
。そ れ に よ る と 、ア フ リ カ な ど の 低 所 得 国 で は 、感 染 症 、周 産 期 、栄 養 障
害による死亡の占める割合が高いのに対し、アメリカ、ヨーロッパなどの高所得国で
は 非 感 染 症 に よ る 死 亡 割 合 が 高 く 、明 ら か に 地 域 に よ っ て 疾 病 や 死 亡 の 傾 向 が 異 な る 。
さらに、今後は、温暖化に伴いマラリアや下痢といった感染症、洪水被害の拡大が懸
念されるが、これについては、貧困で温暖化に脆弱な地域で影響が大きい可能性があ
る 。 ALPS プ ロ ジ ェ ク ト で は 、 こ の よ う な 地 域 に よ る 疾 病 ・ 死 亡 の 傾 向 の 違 い を 踏 ま え
つつ、今後の世界的社会経済変化の中で、どのような対策を取るのが、温暖化影響の
緩 和 そ し て 、 SD に 効 果 的 か と い う 議 論 に 資 す る 知 見 の 提 示 を 目 的 と す る 。
そのためには、疾病死亡の背景にある要因とその変化を考慮した分析が必要である
が、疾病死亡の要因は、貧困、温暖化影響の他、遺伝、生活習慣等多様な要因が複雑
に絡み合っており、全ての疾病と全ての要因を定量的に示すことは容易でない。世界
保 健 機 関( WHO)は 、全 要 因 で は な い が 、世 界 に ま ん 延 す る 代 表 的 な 健 康 被 害 要 因( リ
スク)を取り上げ、現在の疾病死亡について、主要リスクとの関係を地域別に定量化
す る こ と を 2000 年 頃 よ り 行 っ て い る
2-5)
。 ALPS で は 、 こ の WHO で 検 討 さ れ た 世 界 地
域 別 の 疾 病 と 主 要 リ ス ク の 関 係 を 利 用 し 、将 来 、あ る リ ス ク が 増 加 又 は 減 尐 し た 場 合 、
世界各地域の疾病死亡者数がどのようになるかを推計するモデルの開発に着手した。
本年度はモデルの基本構造作成までであり、今後、シナリオに沿った各種データの整
備、パラメータや関数の詳細な設定が必要であるが、現段階でのモデルを用い、ある
リスクが将来変化した場合、死亡者数がどのように変化するかを試験的に推計した。
- 227 -
4.5.2 背 景 情 報 : WHO に よ る リ ス ク に 起 因 す る 死 亡 者 数 推 計
WHO は 、 世 界 の 健 康 被 害 の 包 括 的 評 価 を 目 的 に 、 各 疾 病 ( 及 び 損 傷 ) の 死 亡 者 数 、
障 害 調 整 生 存 年 数 (DALYs)に つ い て 、代 表 的 リ ス ク の 寄 与 度 を 世 界 数 地 域 、年 齢 層 、性
別 に 推 計 し て い る 。 最 初 の 報 告 は 2002 年 で 、 2000 年 の 死 亡 者 数 、 DALYs に 対 す る リ
スクの寄与度が記されている
ップデート版で
3)
2)
。 本 報 告 書 で 参 考 に し た 資 料 は 2009 年 に 報 告 さ れ た ア
、 2 0 0 4 年 の 死 亡 者 数 、 DALY s に つ い て 、 2 4 種 の リ ス ク の 寄 与 度 が ま
とめられている。ここで、リスクとは「不健康の可能性を高める要因」と定義され、
取 り 上 げ ら れ た リ ス ク は (i)世 界 的 に ま ん 延 し て い る 、 (ii)そ の リ ス ク に 曝 さ れ て い る 人
口 と そ の う ち 死 亡 あ る い は 障 害 に 繋 が っ た 人 口 の 推 計 に 必 要 な デ ー タ が あ る 、そ し て 、
(iii) そ の リ ス ク を 取 り 除 い た 場 合 の 効 果 の ポ テ ン シ ャ ル が 分 か っ て い る も の に 限 ら れ
る。従って、薬剤耐性菌の出現等、重要なリスクであっても、上記条件に当てはまら
な い リ ス ク は 含 ま れ な い 。文 献 3 )に よ る と 、2004 年 に 2 4 種 の リ ス ク に 起 因 す る 死 亡 は
全 死 亡 の 44% 、 同 DALY s は 全 DALYs の 3 4 %に 相 当 す る 。
表 4.5.2 -1 は 、 文 献 3)の 数 値 を 、 疾 病 別 の 関 連 リ ス ク と そ の 寄 与 度 (PAF)を 一 覧 形 式
に 整 理 し た も の で 、 ア フ リ カ の 0 -4 歳 、 男 子 の 例 で あ る 。 こ れ に よ る と 、 例 え ば 、 下
痢 に よ る 死 亡 に つ い て 、 そ の 46.3%は 低 体 重 、 19.5% は ビ タ ミ ン A 欠 乏 、 14.4%は 亜 鉛
欠 乏 、 27.3% は 次 善 授 乳 、 89.1% は 不 安 全 な 水 ・ 衛 生 、 2.7% は 気 候 変 動 と い う 各 リ ス ク
に起因している。これらの数字はリスク毎の寄与度であるが、リスクの重なりを除く
と 、 表 右 端 列 に あ る 97.1%と な り 、 す な わ ち 、 下 痢 死 亡 の 97.1%が こ れ ら の リ ス ク の ど
れかに起因している。
- 228 -
表 4.5.2 -1
疾 病 別 リ ス ク の 寄 与 度 [%]
( 2004 年 、 ア フ リ カ 、 0-4 歳 、 男 子 の 死 亡 者 数 に つ い て の 整 理 表 よ り 抜 粋 )
リスク
1
2
3
4
5
6
7
小児期と母体の低栄養
低体重
9
10
11
12
13
14
15
依存症
ビタミ
高コレスト
過体重・ 果物・野
亜 鉛 欠 乏次 善 授 乳 高 血 圧
高血糖
運動不足 たばこ
ンA欠乏
ロール
肥満
菜不足
16
17
18
19
性・生殖
20
21
22
環境
23
職業
24
注射・児童虐待
24個のリ
健康管理
アルコー
不 安 全 な 避 妊 具 の 不 安 全 な 都 市 大 気固 体 燃 料
職業上の
児童性的 ス ク計
非法薬物
鉛汚染 気候変動
欠如の注
ル
性行為 普及不足 水・衛生 汚染 の屋内煙
リスク
虐待
射
疾患
U000
U001 1 . 感 染 症 、 産 科 、 周 産 期 、 栄 養 障 害
U002
感染・寄生虫症
U003
40.2
結核
U004
HIV以外の性行為感染症
U005
46.5
梅毒
U006
クラミジア
U007
淋病
U008
40.9
その他の性行為感染症
U009
HIV/AIDS
U010
46.3
下痢
U011
小児疾患
U012
41.8
百日咳
U013
38.5
ポリオ
U014
41.3
ジフテリア
U015
30.5
麻疹
U016
40.4
破傷風
U017
42.2
髄膜炎
U018
45.7
B型肝炎
U019
45.5
C型肝炎
U020
5.4
マラリア
U021
熱帯病
U022
42.9
トリパノソーマ症
U023
シャーガス病
U024
46.0
住血吸虫症
U025
42.5
リーシュマニア症
U026
50.1
リンパ管フィラリア症
U027
回旋糸状虫症
U028
ハンセン病
U029
40.2
デング熱
U030
日本脳炎
U031
トラコーマ
U032
腸内線虫感染症
U033
26.2
回虫症
U034
鞭虫症
U035
46.0
鉤虫症
U036
その他の腸管感染症
U037
43.7
その他の感染症
U038
呼吸器感染症
U039
25.5
下部呼吸器感染症
U040
44.3
上部呼吸器感染症
U041
42.1
中耳炎
U042
妊婦の病気
U049
周産期の病気
U050
未熟児・低体重児
U051
出産時仮死・出産時外傷
U052
新生児感染症 他
U053
栄養障害
U054
たんぱく質-エネルギー欠乏
U055
ヨウ素欠乏
U056
ビタミンA欠乏
U057
鉄欠乏性貧血
U058
その他の栄養障害
U 0 5 9 Ⅱ.非感染症
U060
悪性腫瘍
U061
口腔咽頭
U062
食道
U063
胃
U064
大腸・直腸
U065
肝臓
U066
膵臓
U148 Ⅲ . 損 傷
U156
U157
U158
U159
U160
鉄欠乏
8
他の栄養関連と身体活動
故意の事故
自殺
暴力
戦争・内戦
その他の故意的事故
0.3
2.8
1.9
100.0
-
-
-
-
-
-
-
-
-
19.5
14.0
-
14.4
9.3
7.7
-
27.3
14.4
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
100.0
100.0
100.0
-
-
-
-
89.1
-
1.1
0.9
0.6
-
52.6
-
-
-
0.4
0.5
0.4
2.7
0.4
0.4
0.4
0.3
0.4
0.4
0.5
0.5
2.8
0.4
0.5
0.4
0.5
0.4
0.3
0.5
0.4
0.3
0.4
0.4
-
-
-
-
-
12.5
12.6
100.0
-
-
34.8
-
-
-
-
-
-
-
-
0.5
-
-
-
-
-
-
-
-
0.0
0.0
0.0
1.0
-
-
-
11.3
17.4
-
-
-
-
40.5
0.0
100.0
0.0
0.0
100.0
100.0
97.1
0.0
42.0
38.7
41.5
40.4
40.6
42.4
52.0
55.2
16.6
0.0
43.1
0.0
46.3
42.8
50.3
0.0
0.0
40.4
0.0
0.0
0.0
26.4
0.0
46.3
0.0
43.9
72.5
45.0
42.7
-
-
-
13.2
2.9
44.1
100.0
0.0
100.0
0.0
0.0
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
8.4
-
-
0.0
0.0
0.0
0.0
8.4
0.0
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
10.7
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
0.0
10.7
0.0
0.0
- 229 -
文 献 2,3)に よ る と 、こ れ ら の リ ス ク の 疾 病 死 亡 へ の 寄 与 度 や 、リ ス ク に 起 因 す る 疾 病
死亡者数は、以下のように算出される。
リスク r に起因する疾病 d の死亡者数
疾 病 d の 死 亡 者 数 を TDd 、 リ ス ク r の 疾 病 d の へ 寄 与 度 を PAFdr と す る と 、 リ ス ク r
に 起 因 す る 疾 病 d の 死 亡 者 数 ADdr は (4.5 -1 )式 で 表 わ さ れ る 。
ADdr  TDd  PAFdr
(4.5 -1)
リスク r の疾病 d への寄与度
(4.5 -1)式 の 寄 与 度 ( PAFdr ) は 、 リ ス ク に 曝 さ れ る 人 口 ( P )と 相 対 リ ス ク ( RR )で 定 義
さ れ 、 リ ス ク r の レ ベ ル が 複 数 (i=1 ~ m)の 場 合 は (4.5 -2)式 、「 有 」 と 「 無 」 の 2 レ ベ ル
み の 場 合 は (4.5 -3) の よ う に 表 現 さ れ る 。
リ ス ク r の レ ベ ル が 複 数 (1 ~ m)
m
PAFdr 
 P RR
i
i 1
i
m
 P RR
i 1
i
i
 1
(4.5 -2)
 1  1
リスクレベルが「有」と「無」のみの場合
PAFdr 
PRR  1
PRR  1  1
(4.5 -3)
相対リスク
(4.5 -2)、(4.5 -3 )式 の 相 対 リ ス ク は 、一 般 に (4.5 -4 )式 で 定 義 さ れ る も の で 、 RR  1 は「 リ
ス ク r と 結 果 は 無 関 係 」、 RR  1 は 「 リ ス ク r は そ の 結 果 を 生 じ や す い 」 を 意 味 す る 。
a
RR  a  b
c
cd
(4.5 -4)
a :リ ス ク 有 で 、 あ る 結 果 が 生 じ る 人 口
b :リ ス ク 有 で 、 あ る 結 果 が 生 じ な い 人 口
c :リ ス ク 無 で 、 あ る 結 果 が 生 じ る 人 口
d :リ ス ク 無 で 、 あ る 結 果 が 生 じ な い 人 口
- 230 -
複数のリスクによる寄与度
疾 病 d に 複 数 の リ ス ク (j=1 ~ n )が 寄 与 し て い る 場 合 、リ ス ク の 重 な り を 統 計 的 に 除 去
し 、 複 数 リ ス ク の 寄 与 度 は (4.5 -5)式 の よ う に 表 わ さ れ る 。
n
PAFdR  1   (1  PAFdj )
(4.5 -5)
j
以 上 は 、 死 亡 者 数 に 関 す る 式 で あ る が 、 DALY s に つ い て も 、 死 亡 者 数 や 寄 与 度 を
DALYs に 関 す る 値 に 置 き 換 え れ ば 同 じ で あ る 。
リスクと疾病の関係や、リスクに曝される人口と相対リスクの推計については、リ
ス ク 別 、 疾 病 別 に 文 献 4 )に 述 べ ら れ て い る 。 例 え ば 、 気 候 変 動 と い う リ ス ク は 、 下 痢 、
洪 水 損 傷 、 マ ラ リ ア 、 栄 養 失 調 ( 表 4.5.2 -1 で は 「 タ ン パ ク 質 ― エ ネ ル ギ ー 欠 乏 」 に 相
当 ) に 寄 与 す る と し 14、 各 疾 病 へ の 寄 与 度 を 統 計 値 や モ デ ル 計 算 に よ り 推 計 し て い る 。
なお、リスク毎に論上リスクゼロの状態を定義しており、気候変動リスクの場合、
1961 -1990 年 の 状 態 が リ ス ク な し と し て い る 。 WHO に よ る 、 こ の よ う な 疾 病 と リ ス ク
の 関 係 に 基 づ く 死 亡 者 数 、 DALY s の 推 計 は 、 文 献 2,1)の よ う に 現 在 を 対 象 と し た も の
の 他 に 、 文 献 5 )の よ う に 2030 年 ま で を 特 定 の シ ナ リ オ に つ い て 実 施 し た 例 が あ る 。
4.5.3 モ デ ル
ALPS で は 、 WHO に よ る リ ス ク と 疾 病 の 関 係 に 基 づ き 、 リ ス ク の 寄 与 度 が 将 来 変 化
した場合に健康(疾病死亡者数)はどのように変化するかを、变述的・定量的シナリ
オに沿って、評価するモデルの構築を目指す。前節で述べたように、リスクに起因す
る 死 亡 者 数 と DALYs の 算 出 構 造 は 基 本 的 に 同 じ で あ る が 、 DALY s は 、 障 害 調 整 年 数
の 設 定 に よ り 、若 者 の 影 響 を 大 き く 見 積 も る 可 能 性 も 指 摘 さ れ て お り
3)
、今 回 は 、そ の
ような問題の無い死亡者数を取り上げた。
表 4.5.2 -1 に 示 し た よ う に 、 WHO で は 24 種 の リ ス ク の 寄 与 度 を 定 量 化 し て い る が 、
こ の う ち 、 ALPS プ ロ ジ ェ ク ト の 検 討 内 容 に 近 い 「 小 児 期 と 母 体 の 低 栄 養 ( 以 下 、 低 栄
養 )」 及 び 「 環 境 」 に 関 す る 10 個 の リ ス ク に 焦 点 を 当 て 、 シ ナ リ オ に 沿 っ た リ ス ク の
変 化 を 想 定 す る 。こ れ 以 外 の リ ス ク 、す な わ ち 、
「 他 の 栄 養 関 連 と 身 体 活 動 」、
「 依 存 症 」、
「 性 ・ 生 殖 」、「 職 業 」、「 注 射 ・ 児 童 虐 待 」 の リ ス ク 、 及 び 寄 与 度 が 個 別 に 定 量 化 さ れ て
い な い リ ス ク ( 24 種 リ ス ク 以 外 の リ ス ク ) は 、 寄 与 度 は 現 状 の ま ま と 想 定 す る 。 具 体
的には、以下のようにする。
14
気候変動が寄与する疾病として循環器疾患、呼吸器疾患(熱ストレス)は、相対リスク等基本
パ ラ メ ー タ の 推 計 4 ) で は 取 り 上 げ ら れ て い る が 、そ の パ ラ メ ー タ に 基 づ く 死 亡 者 数 算 定 値 の 一 覧
2 , 3 ) で は 、「 気 候 変 動 が 、熱 ス ト レ ス に よ る 死 亡 を ど の 程 度 の 期 間( 2 ~ 3 週 間 、も し く は 数 年 )、
早める又は遅らせるか不明であり、他のリスクの分析条件と整合しない。」という理由により、
取り上げられていない。
- 231 -

WHO(2009) 3 ) よ り 、 疾 病 (d ) 別 に 「 低 栄 養 」 と 「 環 境 」 に 起 因 す る 死 亡 者 数
( ADd 低栄養・環境 ) を 算 出 し 、 死 亡 者 数 ( TDd ) を 、 こ れ と 、 そ の 他 の 要 因 に よ る 死
亡 者 数 ( ODd = TDd - ADd 低栄養・環境 )に 分 離 す る 。

ADd 低栄養・環境 と ODd を そ れ ぞ れ 人 口 で 除 し 、「 低 栄 養 ・ 環 境 」 と 「 そ の 他 の 要 因 」
に よ る 死 亡 率 MAd 、 MOd を 算 出 す る 。
 「 そ の 他 の 要 因 」 の 死 亡 率 は 将 来 に も 現 状 の 値 を 適 用 す る 。「 低 栄 養 ・ 環 境 」 の 死
亡率は、リスクの寄与度によって変化すると想定する。なお、リスクの寄与度は
厳 密 に は (4.5 -2) 、 (4.5-3 ) 式 に 示 す よ う に 、 リ ス ク に 曝 さ れ る 人 口 、 相 対 リ ス ク よ
り推計されるが、これらの変化の定量化は次年度の課題と し、本年度は、暫定的
ではあるがリスクの寄与度が所得向上又は全球平均気温上昇に伴って変化する
と仮定する。

具 体 的 に は 、「 低 栄 養 」 の 各 リ ス ク と 「 環 境 」 の う ち 「 不 安 全 な 水 ・ 衛 生 」、「 固 体
燃 料 の 屋 内 煙 」 の リ ス ク の 将 来 時 点 ( t) で の 寄 与 度 ( PAFdr _ t ) は 、 所 得 向 上 に よ
り (4.5 -6 )式 の よ う に 減 尐 す る と 想 定 す る 。
PAFdr _ t  PAFdr _ 2004 
GDP2004
GDPt
(4.5-6)
 「 環 境 」 の う ち 「 気 候 変 動 」 リ ス ク は 、 全 球 平 均 気 温 上 昇 ( 1961 -1990 年 平 均 比 )
に 応 じ て 、 寄 与 度 が (4.5 -7)式 の よ う に 増 加 す る と 想 定 す る 。
PAFdr _ t  PAFdr _ 2004 
Tt
T2004
(4.5 -7 )
4.5.4 試 算
4.5.3 節 の モ デ ル を 用 い 、 人 口 、 GDP が 本 報 告 書 第 5 章 の 「 シ ナ リ オ B( SRES-B2 相
当 )」に 相 当 す る シ ナ リ オ に つ い て 、 2050 年 の 死 亡 者 数 を 推 計 し た 。な お 、全 球 平 均 気
温 上 昇 は SRES-B2 相 当 の 、 2000 年 0.4℃ 、 2050 年 1.5℃ ( い ず れ も 、 1961 -1990 年 平 均
比)と仮定した。
4.5.3 節 で 述 べ た よ う に 「 低 栄 養 ・ 環 境 」 リ ス ク の 寄 与 度 は 、 所 得 向 上 又 は 全 球 平 均
気温上昇によって変化するとしたが、変化のケースとして次の 3 つを設定した。

2004 年 レ ベ ル の ま ま

全球平均気温上昇の影響のみ考慮

全球平均気温上昇と所得向上の影響を考慮
こ の う ち 、1 つ 目 と 2 つ 目 の ケ ー ス は 、現 実 性 は 低 い と 考 え ら れ る が 、要 因 変 化 の 影 響
を見るための感度分析として実施した。
- 232 -
図 4.5.4-1 は 、 2005 年 の 世 界 6 地 域 別 、 疾 病 別 死 亡 者 数 を 示 し て い る 。 以 下 の 図
で 世 界 6 地 域 区 分 は お お よ そ WHO の 6 地 域 に 相 当 し 、AFR: ア フ リ カ 、AMR: ア メ リ
カ 、 EMR: 東 地 中 海 、 EUR: ヨ ー ロ ッ パ 、 SEAR: 東 单 ア ジ ア 、 WPR: 西 太 平 洋 、 を 意
味 す る 1 5 。 疾 病 区 分 は 、「 結 核 、 HIV/AD S 、 HIV 以 外 の 性 行 為 感 染 症 」、「 下 痢 」、「 小 児
疾 患 、 髄 膜 炎 、 B 型 /C 型 肝 炎 」、「 マ ラ リ ア 」、「 熱 帯 病 、 腸 感 染 症 」、「 呼 吸 器 感 染 症 」、
以 上 感 染 症 と 、「 妊 婦 、 周 産 期 、 栄 養 障 害 」、「 循 環 器 疾 患 、 呼 吸 器 疾 患 」、「 そ の 他 」 に
集 約 し て 表 示 し て い る 。 図 4.5.4 -1 か ら 、 ア フ リ カ の 0 -4 歳 児 は 、 感 染 症 の 死 亡 割 合 が
高 く 、 ア メ リ カ 、 ヨ ー ロ ッ パ 、 西 太 平 洋 の 65 歳 以 上 人 口 で は 循 環 器 ・ 呼 吸 器 疾 患 の 死
亡 割 合 が 高 い 事 が 読 み 取 れ る 。 図 4.5.4 -2 は 、 10 万 人 あ た り の 死 亡 率 を 示 し て い る 。
その他
死亡者数 (百万人)
10
循環器疾患、呼
吸器疾患
妊婦、周産期、
栄養障害
呼吸器感染症
8
6
熱帯病、腸感染
症
マラリア
4
2
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0
AFR
AMR
図 4.5.4 -1
15
EMR
EUR
SEAR
疾病別死亡者数
WPR
小児疾患、髄膜
炎、B型/C型肝炎
下痢
結核、HIV/ADS、
HIV以外の性行為
感染症
(2005 年 )
分 析 で 6 つ の 各 地 域 に 含 ま れ る 国 は 、A F R: S D 指 標 の 中 央 ア フ リ カ 、单 部 ア フ リ カ 地 域 の 国 々 、
AMR: 同 米 国 、 カ ナ ダ 、 EMR: 同 北 ア フ リ カ 、 中 東 、 EUR: 同 西 欧 、 東 欧 、 旧 ソ 連 、 SEAR: 同
单 ア ジ ア 、 東 单 ア ジ ア 、 WPR: 同 日 本 、 東 ア ジ ア 、 オ セ ア ニ ア 、 そ の 他 。 SD 指 標 の 地 域 区 分 は
第 6 章に図示している。
- 233 -
その他
死亡率 (千人/10万人)
8
循環器疾患、呼
吸器疾患
妊婦、周産期、
栄養障害
呼吸器感染症
6
4
熱帯病、腸感染
症
マラリア
2
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0
AFR
AMR
図 4.5.4 -2
EMR
EUR
SEAR
疾病別死亡率
WPR
小児疾患、髄膜
炎、B型/C型肝炎
下痢
結核、HIV/ADS、
HIV以外の性行為
感染症
(2005 年 )
図 4.5.4 -3 は 、 2005 年 の 死 亡 者 数 を 要 因 別 に 示 し た も の で あ る 。 こ れ よ り 、 ア フ リ
カ や 東 单 ア ジ ア の 0-4 歳 児 で 低 栄 養・環 境 」リ ス ク に よ る 死 亡 者 割 合 の 高 い 事 が 分 か る 。
死亡者数 (百万人)
10
8
6
低栄養・環境
リスクに関す
る死亡
4
他の要因によ
る死亡
2
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0
AFR
AMR
図 4.5.4 -3
EMR
EUR
SEAR
要因別死亡者数
WPR
(2005 年 )
図 4.5.4 -4、図 4.5.4 -5、図 4.5.4 -6 は 、2050 年 の 死 亡 者 数 を 前 述 し た 3 つ の ケ ー ス に
つ い て 推 計 し た 結 果 で あ る 。 図 4.5.4-4 と 図 4.5.4 -5 を 比 較 す る と 、 気 温 上 昇 の 影 響 を
考 慮 し た ケ ー ス で は 、 2004 年 レ ベ ル の ケ ー ス に 比 べ 、 低 栄 養 ・ 環 境 リ ス ク に よ る 死 亡
者 数 が 若 干 増 加 す る 。但 し 、そ の 程 度 は 小 さ く グ ラ フ で は 差 が 分 か り に く い 程 で あ る 。
一 方 、 図 4.5.4 -5 と 図 4.5.4 -6 を 比 較 す る と 、 気 温 上 昇 に 加 え 、 所 得 向 上 に 伴 う 低 栄 養
と不安全な水・衛生、固定燃料使用のリスク減尐を考慮したケースでは、アフリカや
東 单 ア ジ ア 地 域 で 、特 に 0-4 歳 児 の 感 染 症 に よ る 死 亡 者 が 減 る 。こ の 減 尐 の 程 度 は 、勿
論モデルの想定に依存するが、今回のモデルでは、気温上昇の影響による死亡者増加
分より大きいという結果になっている。
- 234 -
死亡者数 (百万人)
30
25
低栄養・環境
リスクに関す
る死亡
20
15
他の要因によ
る死亡
10
5
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0
AFR
図 4.5.4 -4
AMR
EMR
EUR
SEAR
WPR
要 因 別 死 亡 者 数 - 2004 年 レ ベ ル ( 2050 年 )
死亡者数 (百万人)
30
25
低栄養・環境
リスクに関す
る死亡
20
15
他の要因によ
る死亡
10
5
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0
AFR
図 4.5.4 -5
AMR
EMR
EUR
SEAR
WPR
要 因 別 死 亡 者 数 - 気 温 上 昇 に よ る 影 響 を 考 慮 ( 2050 年 )
死亡者数 (百万人)
30
25
低栄養・環境
リスクに関す
る死亡
20
15
他の要因によ
る死亡
10
5
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0
AFR
図 4.5.4 -6
AMR
EMR
EUR
SEAR
WPR
要 因 別 死 亡 者 数 - 気 温 上 昇 & 所 得 向 上 に よ る 影 響 を 考 慮 ( 2050 年 )
- 235 -
図 4.5.4 -7 は 、 2050 年 の 気 温 上 昇 と 所 得 向 上 に よ る 影 響 を 考 慮 し た ケ ー ス の 疾 病 別
死 亡 率 を 示 し て い る 。 ま た 、 図 4.5.4-8 に は 、 3 つ の ケ ー ス で 比 較 的 差 が 見 ら れ た 0 - 4
歳 児 の 死 亡 率 を ケ ー ス 間 で 比 較 し て い る 。 図 4.5.4 -8 に よ る と 、 ア フ リ カ や 東 地 中 海 、
東单アジアでは、温暖化によって下痢、マラリア等の感染症死亡が増える可能性があ
っても、所得向上に伴って低栄養、不安全な水・衛生、固定燃料使用のリスクが縮減
されるならば、途上国に特に 5 歳未満児の死亡率は抑制される可能制があると考えら
れる。
その他
死亡者数 (百万人)
30
循環器疾患、呼吸
器疾患
妊婦、周産期、栄
養障害
呼吸器感染症
25
20
15
熱帯病、腸感染症
10
マラリア
5
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0-4
5-64
65+
0
AFR
EMR
EUR
SEAR
WPR
結核、HIV/ADS、
HIV以外の性行為
感染症
疾 病 別 死 亡 者 数 - 気 温 上 昇 & 所 得 向 上 に よ る 影 響 を 考 慮 ( 2050 年 )
4
その他
循環器疾患、呼
吸器疾患
妊婦、周産期、
栄養障害
呼吸器感染症
3
2
熱帯病、腸感染
症
マラリア
1
0
2004年レベル
気温上昇
気温&所得変化
2004年レベル
気温上昇
気温&所得変化
2004年レベル
気温上昇
気温&所得変化
2004年レベル
気温上昇
気温&所得変化
2004年レベル
気温上昇
気温&所得変化
2004年レベル
気温上昇
気温&所得変化
死亡率 (千人/10万人)
図 4.5.4 -7
AMR
小児疾患、髄膜
炎、B型/C型肝炎
下痢
AFR
AMR
図 4.5.4 -8
EMR
EUR
SEAR
WPR
小児疾患、髄膜
炎、B型/C型肝炎
下痢
結核、HIV/ADS、
HIV以外の性行為
感染症
0 - 4 歳 児 の 死 亡 率 ( 2050 年 )
4.5.5 ま と め と 今 後 の 課 題
WHO に よ る リ ス ク と 疾 病 の 関 係 に 基 づ き 、互 い に 重 な り 合 う リ ス ク が 変 化 し た 場 合
の健康(疾病死亡者数 )への影響を評価するためのモデルの枞組みを構築した 。ま た 、
- 236 -
「低栄養」リスクと「環境」リスクの死亡者数への寄与度が、仮に所得向上や気温上昇
に よ っ て 変 化 す る と し た 場 合 に つ い て 、2050 年 の 死 亡 者 数 を 試 算 し た 。そ れ に よ る と 、
低栄養、不安全な水・衛生、固定燃料使用のリスクが所得向上に伴って縮減されるな
らば、気候変動のリスクが気温上昇に伴って増加する可能性があるとしても、途上国
の特に 5 歳未満児の死亡率を低減する可能性が考えられるという結果が得られた。
なお、リスクの寄与度は厳密には、リスクに曝される人口とリスクに曝された時の
結果の生じ方(相対リスク)に依存する。従って、今後は、将来のリスクの寄与度が
シナリオをより反映するように、シナリオに沿った関連データの整備と、関数の想定
が必要である。
参 考 文 献 ( 第 4.5 節 に 関 す る も の )
1)
(財)地球環境産業技術研究機構:脱地球温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための対応戦略
の研究
平成 19 年度成果報告書 (2008)
2)
WHO: World health report 2002. Reducing risks,promorting healty life (2002)
3)
WHO: Global health risks, mortality and burden of disease attributable to selected major risks (2009),
(http://www.who.int/healthinfo/global_burden_disease/global_health_risks/en/index.html)
4)
WHO: Comparative quantification of health risks, Global and regional burden of disease attribution to
selected major risk factors (2002)
5)
(http://www.who.int/healthinfo/global_burden_disease/cra/en/)
WHO: The global burden of disease: 2004 update (2008),
(http://www.who.int/healthinfo/global_burden_disease/2004_report_update/en/index.html)
4.6
産業連関表を用いたエネルギー経済モデルによる評価
4.6.1 は じ め に
グローバル化により各産業部門の生産・消費・貿易が密接に結びついた国際経済の
中 で 、各 附 属 書 I 国 で 掲 げ ら れ て い る 中 期 目 標 を 含 め て 、削 減 目 標 を 実 施 す る 際 に 、産
業の国際競争力の変化による海外への生産移転及び炭素リーケージがどの程度変化す
るかという産業活動の国内外への影響は、持続可能な発展の観点から非常に重要であ
る 。 ま た 、 本 年 度 実 施 し た 情 報 収 集 調 査 (GTAP 12th Annual Conference on Global
Econo mic Analysis )に お い て も 、 経 済 モ デ ル の 分 析 に よ り 持 続 可 能 な 発 展 の 自 由 貿 易 が
特定の地域に与える影響や温暖化政策による産業構造・移転の地域差異の重要性が報
告されている
1),2)
。本 分 析 で は 、こ れ ま で 開 発 し て き た 国 際 産 業 連 関 を 明 示 的 に 扱 っ た
世 界 多 地 域 多 部 門 モ デ ル
DEARS(D yna mic Energy -economic Analysis model wit h
multi -Regions and multi -Sectors) を 用 い て 、各 国 中 期 目 標 の も と で の 産 業 経 済 へ の 影 響 を
分析した。
- 237 -
4.6.2 モ デ ル 構 造
経済影響評価に当たっては、筆者らがこれまで開発してきた多部門多地域エネルギ
ー 経 済 モ デ ル DEARS モ デ ル
3)
を 使 用 し た 。 DEARS モ デ ル は 、 エ ネ ル ギ ー 供 給 構 造 を
分析可能としたボトムアップ型エネルギーシステムモデルと、世界多地域の国際産業
連関を有したモデルを統合しているため、温暖化対策による産業部門間の連関や国際
産 業 移 転 を 含 め た 包 括 的 な 評 価 が 可 能 で あ る (図 4.6.2 -1)。
DEARS モ デ ル は 、 国 際 産 業 連 関 を 扱 っ た 静 学 的 な 多 地 域 多 部 門 一 般 均 衡 モ デ ル で あ
る GTAP(Global Trade Analysis P roject) モ デ ル 及 び そ の デ ー タ ベ ー ス に 基 づ き つ つ も 、複
数 時 点 を 同 時 最 適 化 す る 非 線 形 計 画 モ デ ル で あ る 。モ デ ル で は 、割 引 率 を 5%/Yr と し 、
割引後の全期間・全地域の消費効用の総和が最大となるように、各地域における産業
別生産額の配分と、それら生産活動および家計消費活動に必要なエネルギーのコスト
効率的な供給構造を整合的に計算する構造になっている。本モデルでは、一次エネル
ギ ー 財 7 種 類 (石 炭 、 原 油 、 天 然 ガ ス 、 バ イ オ マ ス 、 原 子 力 、 風 力 ・ PV、 水 力 )と 二 次
エ ネ ル ギ ー 財 4 種 (固 体 燃 料 、液 体 燃 料 、気 体 燃 料 、電 力 )を 対 象 に し た 簡 易 的 な エ ネ ル
ギーシステムモジュールをもっている。
本 モ デ ル は 、 世 界 18 地 域 ・ 18 非 エ ネ ル ギ ー 産 業 部 門 を 対 象 と し て い る 。 図 4.6.2 - 2
に は モ デ ル が 対 象 と す る 世 界 1 8 地 域 区 分 を 示 す 。 表 2.2.2 -1 に は モ デ ル が 対 象 と す る
18 非 エ ネ ル ギ ー 産 業 分 類 を 示 す 。
制約条件
温暖化緩和策評価
DEARSモデル
・CO 2排出抑制シナリオ
・GDP
・産業部門別エネルギー消費量
・産業部門付加価値生産額
・産業部門別中間投入額
・最終消費額
前提条件
・人口
・技術進歩率
・中間投入係数
・貿易収支シナリオ
経済モジュール
等
等
・一次エネルギー資源量
・化石燃料生産コスト
・エネルギー変換効率
・CO 2貯留可能容量、貯留コスト
エネルギーシステム
モジュール
等
図 4.6.2 -1
最適化
計算
・一次エネルギー生産量
・一次エネルギー消費量
・発電電力量
・CO 2排出量(燃料種別・産業部門別)
・CO 2回収・貯留量
・エネルギー価格
・CO 2削減限界費用
等
DEARS モ デ ル 概 要
- 238 -
その他
カナダ
旧ソ連
西欧
東欧
日本
米国
北アフリカ
中国
中米
中央アフリカ
中東
インド
アジアNIES
ブラジル
南米
図 4.6.2 -2
表 4.6.2 -1
南アフリカ
オセアニア
DEARS モ デ ル 構 築 に お け る 世 界 1 8 地 域 分 割
DEARS モ デ ル に お け る 1 8 非 エ ネ ル ギ ー 産 業 分 類
DEARSにおける18産業分
大分類
類
農業
農林水産業
鉄鋼
化学
非鉄
非金属
紙パ
木材
自動車
機械
その他製造
鉱業
食品
繊維
建設
ビジネスサービス
社会サービス
陸海運
空運
素材産業
自動車・機械産業
軽工業産業
建設産業
サービス産業
輸送産業
モ デ ル で 使 用 し て い る 経 済 デ ー タ は 、 GTAP5(1997 年 基 準 年 ) に 基 づ き 、 エ ネ ル ギ ー
統 計 に 関 し て は IEA 統 計 に 基 づ く 。 DEARS モ デ ル で は 、 人 口 シ ナ リ オ に 関 し て は 外 生
変 数 と し て 扱 っ て お り 、IPCC SRES B2 シ ナ リ オ と 同 様 の 国 連 中 位 統 計 を 使 用 し て い る 。
GD P や CO2 排 出 量 に 関 し て は 消 費 効 用 最 大 化 問 題 の 中 で 内 生 的 に 決 定 さ れ る が 、こ こ
で は 中 期 目 標 検 討 委 員 会 で 使 用 さ れ た 世 界 エ ネ ル ギ ー モ デ ル DNE21+ モ デ ル の ベ ー ス
ラ イ ン GDP・ CO2 排 出 量 の 両 者 と ほ ぼ 調 和 す る よ う に 技 術 進 歩 率 等 の 各 種 パ ラ メ ー タ
を調整した。各国のマクロ経済は人口、資本、エネルギーから成るコブダグラス生産
関数に基づき、人口以外は内生的にモデルで決定される。各産業の生産構造は基本的
にレオンチェフ型生産関数から成り、この生産関数に用いられる中間投入係数は将来
- 239 -
産業構造をもとに時点別に外生的に想定している。エネルギー関連のパラメータに関
し て は DNE21 モ デ ル や DNE21+モ デ ル に 依 る 。 (詳 細 に つ い て は 文 献
3)
)。
4.6.3 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン
本 分 析 で は 、各 附 属 書 I 国 の 削 減 の 中 期 目 標 の も と で 、日 本 1990 年 比 25,20,15,10,8 %
国 内 削 減 ケ ー ス を そ れ ぞ れ 分 析 し た 。こ こ で の 日 本 以 外 の 各 附 属 書 I 国 に 関 し て は 、中
期 目 標 検 討 委 員 会 時 の 世 界 モ デ ル DNE21+の エ ネ 起 CO2 排 出 量 目 標 値 を 利 用 し た 。 米
国 、 カ ナ ダ に つ い て は そ れ ぞ れ 90 年 比 ± 0%,06 年 比 ▲ 20%目 標 を 、 DNE21+と DEAR S
の 地 域 区 分 が 合 致 し な い 西 欧 ・ 東 欧 、 豪 NZ に 関 し て は 、 そ れ ぞ れ EU90 年 比 ▲ 20 % 、
豪 00 年 比 ▲ 5 %目 標 を も と に 目 標 値 と し て 想 定 し た 。旧 ソ 連 は 、DNE21+の 20$/tCO2 ケ
ー ス の 排 出 量 を も と に 目 標 値 と し た 。い ず れ の ケ ー ス に お い て も 非 附 属 書 I 国 に つ い て
は特段の排出目標を設けない。また、本ケースの炭素排出削減制約は、排出権の無償
割り当てた場合に相当する。
中期目標検討委員会・タスクフォースで使用された各日本経済モデルは、中期目標
検 討 委 員 会 の 選 択 肢 ① (努 力 継 続 ケ ー ス )を モ デ ル ベ ー ス ラ イ ン あ る い は 分 析 結 果 の 表
示 基 準 と し て い る 。こ れ に 対 し 、本 報 告 で の DEARS モ デ ル の ベ ー ス ラ イ ン シ ナ リ オ は 、
DEARS モ デ ル の 0$/tCO2 ケ ー ス を 基 準 と し た 。よ っ て 、DEARS モ デ ル の ベ ー ス ラ イ ン
シナリオの排出量は前述の選択肢①の排出量よりも大きい点に留意されたい。また、
DEARS モ デ ル で は CCS に 関 し て モ デ ル 化 さ れ て い る が 、本 分 析 で は 、中 期 目 標 検 討 委
員 会 と 同 様 に 、 CCS に 関 し て は 考 慮 し な い こ と と し た 。 ま た 、 2020 年 の 中 期 の 分 析 で
は 原 子 力 の 想 定 が 比 較 的 重 要 で あ る 。 2010 年 2 月 に 実 施 し た PNNL で の ヒ ア リ ン グ 調
査 に お い て 世 界 的 に 著 名 な エ ネ ル ギ ー 経 済 モ デ ル MiniCAM が 2020 年 の 日 本 の 原 子 力
発 電 想 定 を 確 認 し た と こ ろ 、原 子 力 は 現 状 比 2 倍 程 度 増 加 し 、100 基 程 度 の 運 用 を 許 容
し て い る こ と が 確 認 さ れ た 。 し か し 、 2020 年 と い う 時 点 に お い て 、 こ の よ う な 想 定 は
現 実 的 で は な い と 考 え ら れ る 。 そ こ で 、 2020 年 の 原 子 力 発 電 と 水 力 発 電 の 上 限 制 約 に
関しては、現実性が考慮された中期目標検討委員会の積み上げ日本モデルの結果を使
用した。
2020 年 の DEARS モ デ ル の ベ ー ス ラ イ ン シ ナ リ オ に お け る 日 本 の GDP と CO 2 排 出 量
は そ れ ぞ れ 6075 Billion$,1229 MtCO2 で あ る 。 図 4.6.3 -1 に は 、 ベ ー ス ラ イ ン シ ナ リ オ
の 主 要 地 域 別 の 産 業 別 付 加 価 値 額 を 示 す 。ど の 地 域 も 2020 年 に か け て サ ー ビ ス 産 業 が
増 加 す る シ ナ リ オ で あ る が 、第 三 次 産 業 (サ ー ビ ス 産 業 と 輸 送 産 業 )の 割 合 に 関 し て 、日
本 、 米 国 、 西 欧 で は 約 65% ,73%,68% で あ り 、 米 国 が 最 も サ ー ビ ス 化 社 会 へ と 進 展 し 、
日本は先進国の中では第三次産業比率が相対的に小さく製造業の比率が高い想定とし
た。
- 240 -
1600
1400
1200
輸送
1000
サービス産業
800
建設
600
自動車・機械・その他製造
400
素材
200
軽工業
0
エネルギー
農林水産業
図 4.6.3 -1
2020 年 の 主 要 国 別 の 産 業 別 付 加 価 値 額 の 想 定
図 4.6.3 -2 に は 、9 0 年 比 8 %~ 2 5 %減 ケ ー ス の 日 本 の 産 業 別 の 付 加 価 値 額 ロ ス (ベ ー ス
ラ イ ン 比 )を そ れ ぞ れ 示 す 。最 も 厳 し い 目 標 で あ る 9 0 年 比 2 5 %減 ケ ー ス で は 、エ ネ ル ギ
ー多消費産業の素材産業や輸送産業を中心に全産業が大幅に縮小し、主要基幹産業で
ある自動車・機械産業においても競争力の大幅な低減が見られる。削減目標別にみる
と 、 8 %~ 20% 減 ケ ー ス ま で は そ れ ほ ど 大 き な 経 済 規 模 の 縮 小 は 見 ら れ な い が 、 9 0 年 比
25%減 ケ ー ス で は 急 激 に ロ ス が 増 加 す る 傾 向 に あ る 。部 門 別 に み る と 、原 卖 位 の 比 較 的
大きい製造業や輸送産業への影響は相対的に大きく、農林水産業やサービス産業への
影 響 は 小 さ い 傾 向 が み ら れ る 。 主 要 な 資 本 財 で あ る 建 設 産 業 は 、 日 本 の GD P が 大 き な
成長を見込んでいないため、ベースラインにおいても建設産業の伸びは小さいために
削減ケースにおいても影響が軽微であると解釈される。
- 241 -
図 4.6.3 -2
全産業計
輸送
サービス産業
建設
自動車・機械・
その他製造
軽工業
素材
90年比▲8%
90年比▲10%
90年比▲15%
90年比▲20%
90年比▲25%
農林水産業
付加価値額ロス (ベースライン比%)
14%
12%
10%
8%
6%
4%
2%
0%
各削減ケースの産業別付加価値額ロス
図 4.6.3 -3 に は 、 90 年 比 2 5 %減 ケ ー ス に 関 す る 主 要 国 の 素 材 産 業 部 門 付 加 価 値 額 変
化 を 示 す 。図 4.6.3 -3 で 示 さ れ る よ う に 、素 材 部 門 で は 、日 本 の 付 加 価 値 額 は 約 11% 減
尐し、それに関連して炭素リーケージが生じ、途上国の付加価値額生産が増加する。
これは、極端に大きな排出制約のかかった日本から、原卖位は悪いが排出制約のない
途 上 国 へ と 生 産 が 移 る こ と を 示 し て い る 。世 界 全 体 で は 日 本 及 び 他 附 属 書 I 国 の 排 出 制
約 に よ り 素 材 産 業 部 門 の 付 加 価 値 額 1%程 度 減 尐 す る 。
図 4.6.3 -4 に は 、 各 削 減 ケ ー ス に お け る 主 要 国 別 の GDP ロ ス を 示 す 。 日 本 以 外 の 附
属 書 I 国 で は 各 国 目 標 が 自 国 に 与 え る 経 済 影 響 は 非 常 に 小 さ い 。 一 方 、 日 本 の 90 年 比
25%減 ケ ー ス で は 、日 本 の GDP ロ ス が 6.7% と 他 地 域 に 比 べ て 圧 倒 的 に 大 き い 傾 向 と な
る 。 ま た 、 日 本 や 他 附 属 書 I 国 の GDP ロ ス に よ る 消 費 ・ 輸 出 入 の 低 下 が 、 制 約 の な い
途 上 国 地 域 の 貿 易 ・ 生 産 に 影 響 を 与 え 、 他 地 域 の GDP を 幾 分 低 下 さ せ る 影 響 が み ら れ
付加価値額ロス (ベースライン比%)
る。
12.0%
10.0%
8.0%
6.0%
4.0%
2.0%
0.0%
-2.0%
図 4.6.3 -3
9 0 年 比 25%削 減 ケ ー ス の 素 材 部 門 付 加 価 値 額 ロ ス
- 242 -
GDPロス (ベースライン比%)
8%
7%
6%
5%
4%
3%
2%
1%
0%
-1%
図 4.6.3 -4
90年比▲8%
90年比▲10%
90年比▲15%
90年比▲20%
90年比▲25%
各削減ケースの産業別付加価値額ロス
図 4.6.3 -5 に は 、 各 削 減 ケ ー ス の 日 本 の 実 質 GDP ロ ス と 限 界 削 減 費 用 を 示 す 。 G D P
ロ ス は 、 2020 年 に お い て 、 8 %削 減 ケ ー ス で ベ ー ス ラ イ ン 比 ▲ 1.0%、 25%削 減 ケ ー ス で
▲ 6.7%と な り 、削 減 が 厳 し く な る に つ れ て ロ ス は 大 き く な る 。8%, 25% 削 減 ケ ー ス で 限
界 削 減 費 用 は そ れ ぞ れ 127,1164$/tCO2 と な る 。 限 界 削 減 費 用 は 20% 削 減 目 標 か ら 急 激
に大きくなる傾向にある。なお、各国中期目標制約をかけた時の日本以外の附属書 I
8.0%
7.0%
6.0%
5.0%
4.0%
3.0%
2.0%
1.0%
0.0%
図 4.6.3 -5
1200
GDPロス(左軸)
1000
限界削減費用 (右軸)
800
600
400
200
限界削減費用 [t/CO2]
GDPロス [ベースライン比%]
国 の 限 界 削 減 費 用 は 1 5 -40$/tCO2 程 度 で あ る 。
0
各削減ケースの産業別付加価値額ロス
図 4.6.3 -6 に は 、 限 界 削 減 費 用 が 均 等 化 し た 場 合 の 経 済 影 響 と し て 、 ① [日 本 : 90 年
比 8%減 ( 真 水 )、 そ の 他 附 属 書 I 国 : 各 国 目 標 ]と 、 ② [日 本 : 90 年 比 8 %減 ( 真 水 ) の
限 界 削 減 費 用 127$/tCO2 と 同 じ 削 減 費 用 の 目 標 を す べ て の 附 属 書 I 国 が 実 施 す る ケ ー
ス ]の 2 ケ ー ス の 素 材 産 業 部 門 の 付 加 価 値 額 ロ ス の 結 果 を 示 す 。 両 ケ ー ス と も に 、 非 附
属 書 I 国 に は 特 段 の 削 減 目 標 を 設 け て い な い 。先 進 国 に お い て 限 界 削 減 費 用 が 均 等 化 し
- 243 -
た場合、そうでない場合と比較して、日本にとっては同じ削減目標でありながらも、
日本の素材産業の付加価値の低下は半分程度に抑えられる。限界削減費用を均等化し
た 場 合 、90 年 比 8 %減 ケ ー ス と 比 較 し て 日 本 以 外 の 附 属 書 I 国 の 素 材 生 産 が 減 尐 し 、日
本の生産が若干増加する傾向にあり、附属書 I 国間でロスの格差が縮小する傾向にあ
4.0%
90年比▲8%ケース
3.0%
90年比▲8%ケースの日本MACを附属書I国
で均等化した場合
2.0%
1.0%
図 4.6.3 -6
世界計
その他アジア・
アフリカ
インド
中国
中南米
日本
西欧
-2.0%
その他先進国
0.0%
-1.0%
米国
付加価値額ロス (ベースライン
比)
る。
各削減ケースの産業別付加価値額ロス
次 に 、 需 要 サ イ ド の 影 響 を み る た め に 、 図 4.6.3 -7 に は 8 %~ 2 5%減 ケ ー ス の 日 本 の
GDP ロ ス の 需 要 別 内 訳 を 寄 与 度 と し て 示 す 。図 4.6.3 -7 か ら 、前 述 の よ う に 投 資 は ほ と
ん ど 変 化 せ ず 、 消 費 と 輸 出 入 の 減 尐 に よ っ て 、 GDP ロ ス が 構 成 さ れ て い る 。 特 に 家 計
消 費 は 90 年 比 25%減 ケ ー ス で は 約 6.5% と 非 常 に 大 き な ダ メ ー ジ を 受 け る 。家 計 消 費 額
の 産 業 別 内 訳 を み る た め に 、 図 4.6.3-8 に は 、 90 年 比 25%削 減 ケ ー ス の 日 本 の 家 計 消
費額の影響をベースライン比ロスとして示す。サービス産業や輸送サービスの消費額
の 影 響 が 相 対 的 に 小 さ い 一 方 、製 造 業 の 家 計 消 費 額 は ▲ 15% 以 上 と 大 き く 落 ち 込 む 傾 向
が み ら れ る 。 家 計 消 費 に 占 め る 第 三 次 産 業 シ ェ ア は 、 ベ ー ス ラ イ ン か ら 90 年 比 25 % 削
6.0%
4.0%
2.0%
0.0%
-2.0%
-4.0%
-6.0%
-8.0%
-10.0%
-12.0%
-14.0%
輸入
輸出
投資
図 4.6.3 -7
90年比▲25%
90年比▲20%
90年比▲15%
90年比▲10%
消費
90年比▲8%
GDPロスの寄与度 (%)
減 ケ ー に か け て 67% か ら 70%へ と 増 加 し 、 消 費 構 造 も 大 き く 変 化 す る こ と と な る 。
GDP
各削減ケースの産業別付加価値額ロス
- 244 -
図 4.6.3 -8
全産業計
輸送
サービス産業
建設
自動車・機械・
その他製造
素材
軽工業
エネルギー
農林水産業
家計消費ロス (ベー ス ライン
比%)
30%
25%
20%
15%
10%
5%
0%
-5%
-10%
9 0 年 比 25%削 減 ケ ー ス の 日 本 の 家 計 消 費 へ の 影 響
一部の国で産業が急激に疲弊するような排出削減枞組・目標では、産業の生産構造だ
けでなく消費構造にも大きな影響を与え、持続可能な経済発展への影響が大きく、排
出削減への持続的な取り組みは不可能であり、公平な排出削減目標が重要である。
参 考 文 献 ( 第 4.6 節 に 関 す る も の )
1)
C. Ludena: Climate Change and Reduction of CO2 Emissions: the role of Developing Countries in Carbon
Trade Markets, Proceedings of GTAP 12th Annual Conference on Global Economic Analysis, 2009.
2)
L. Ramcke et al.: The Impact of Trade and Economic Growth on the Environment: Revisiting the
Cross-Country Evidence, Proceedings of GTAP 12th Annual Conference on Global Economic Analysis,
2009.
3)
(財)地球環境産業技術研究機構: 国際産業経済の方向を含めた地球温暖化影響・対策技術の総合評
価 平成 15-18 年度地球環境国際研究推進事業 成果報告書.
- 245 -
第 5章
5.1
变述的シナリオに沿った定量的シナリオの策定
はじめに
本章では、第 3 章で策定された变述的シナリオに沿った定量的なシナリオの策定を
実 施 し た 。 第 5.2 節 か ら 第 5.4 節 で は 長 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ に 沿 っ て 、 第 5.5 節 で は 短
中 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ に 沿 っ て 定 量 的 シ ナ リ オ を 策 定 し た 。第 5.2 節 で は 、長 期 の 变 述
的 シ ナ リ オ に 沿 っ た 人 口 ・ GDP の 定 量 的 シ ナ リ オ を 策 定 し た 。第 5.3 節 で は 、第 5. 2 節
の 人 口 シ ナ リ オ と 整 合 的 な 生 産 年 齢 人 口 の 定 量 的 シ ナ リ オ を 策 定 し た 。 第 5.4 節 で は 、
第 5.2 節 の 長 期 の 人 口 ・ GDP シ ナ リ オ と 整 合 的 な 貧 困 人 口 シ ナ リ オ を 策 定 し た 。 こ れ
ら の 定 量 的 指 標 は 、 こ れ ま で RITE で 開 発 さ れ て き た 各 種 定 量 評 価 モ デ ル (第 4 章 ) の 前
提 条 件 や ALPS- SD 指 標 の 構 成 要 素 と な る 定 量 的 指 標 で あ る 。第 5.5 節 で は 、世 界 エ ネ
ル ギ ー シ ス テ ム モ デ ル DNE21+を 用 い て 、3 つ の 短 中 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ に 沿 っ た エ ネ
ル ギ ー ・ CO2 排 出 量 シ ナ リ オ を 策 定 し た 。最 後 に 、第 5.6 節 で 今 年 度 実 施 し た 定 量 的 シ
ナリオ策定に関するまとめを記載した。
5.2
人 口 ・ GDP
5.2.1 長 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ
本 節 で は 、 長 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ に 沿 っ た GDP や 人 口 の 想 定 に 関 し て 記 す 。 長 期 の
ス ト ー リ ー ラ イ ン と し て 図 5.2.1 -1 の よ う な A 、B シ ナ リ オ を 考 え る こ と と し た 。こ こ
で は こ の 2 種 類 の シ ナ リ オ を 規 定 す る GDP、 人 口 シ ナ リ オ の 策 定 を 行 っ た 。
A:消費厚生の継続的増大
B:大量消費社会からの離脱
競争的社会・高成長、自由主義経
済の追求
ゆったりとした成長、国内既存産
業への配慮
一人当たりGDP中
一人当たりGDP大、格差拡大
人口小・高齢化進展
グローバル化
人口中位
都市化の進展
社会保障
保護主義的な芽
脱物質化
技術革新・進展大
技術革新・進展中
短期的な利潤追求
長期的な利潤追求
図 5.2.1 -1
幸福感
生物多様性
の重視
長期シナリオ(上位の主たるシナリオ)
IPCC -SRE S に お い て は 、本 研 究 の「 A: 消 費 厚 生 の 継 続 的 増 大 」シ ナ リ オ は SRES B 1
シ ナ リ オ と 近 く 、「 B: 大 量 消 費 社 会 か ら の 離 脱 」 シ ナ リ オ は SRES B2 シ ナ リ オ と 近 い
関 係 に あ る と 言 え る 。 な お 、 SRES は こ の 他 に A1、 A2 シ ナ リ オ が あ り 、 A シ ナ リ オ 群
- 246 -
は 経 済 重 視 、B シ ナ リ オ 群 は 環 境 重 視 と さ れ て い る 。し か し 、本 プ ロ ジ ェ ク ト で は 、経
済と環境は独立もしくは対立した軸ではなく、基本的には経済の発展に伴って、環境
意 識 は 高 ま っ て い く も の と 考 え た 。 な お 、 SRES の イ メ ー ジ で は 、 B1 が B2 よ り も ゆ と
り 感 の あ る 世 界 像 の よ う に 描 か れ て い る こ と が 多 い が 、具 体 的 な 世 界 像 を 考 え た と き 、
必 ず し も そ う で は な く 、 む し ろ こ こ で 策 定 し た B の シ ナ リ オ ( SRES で は B2 に 近 い )
の 方 が 、 A シ ナ リ オ ( SRES で は B1 に 近 い ) よ り も ゆ と り 感 の あ る 世 界 像 と と ら え る
こととした。
5.2.2 GDP シ ナ リ オ 策 定 の 方 法
以 下 の 手 項 で 、図 5.2.1 -1 に 示 す 長 期 の ス ト ー リ ー ラ イ ン に 沿 っ た 2 シ ナ リ オ を 策 定
し た 。 人 口 シ ナ リ オ に 関 し て は 、 2008 -2010 年 は 国 連 2008 推 計 値 を 利 用 し た (全 シ ナ リ
オ 共 通 )。2011 年 以 降 の 中 位 人 口 シ ナ リ オ は 、国 連 2008 中 位 推 計 (2050 年 以 降 は UN world
population to 2300 の 中 位 シ ナ リ オ 成 長 率 ) を も と に 推 計 し た 。 低 位 人 口 シ ナ リ オ は 、
SRES -B1 シ ナ リ オ の 国 別 人 口 成 長 率 ( IIASA1996 低 位 推 計 ベ ー ス ) を も と に 推 計 し た 。
な お 、 国 連 2008 低 位 推 計 も 存 在 す る も の の 、 尐 し 極 端 す ぎ る と 考 え ( 2050 年 : 8 0 億
人 、 2100 年 : 59 億 人 )、 SRES-B1 ベ ー ス ( 2050 年 : 87 億 人 、 2100 年 : 71 億 人 ) の シ
ナリオを採用した。
国 別 GDP 及 び 一 人 当 た り GDP は 以 下 の 手 項 で 推 計 し た 。

2008 -2010 年 の 一 人 当 た り GDP 成 長 率 は 、 金 融 シ ョ ッ ク の 影 響 を 踏 ま え た 国 別 成
長 率 が 推 計 さ れ て い る IMF-WEO2008 を 参 考 に 想 定 し た 。

2011 年 以 降 に 関 し て 、各 シ ナ リ オ (一 人 当 た り GDP 高 位 シ ナ リ オ 、低 位 シ ナ リ オ )
に 対 し て 、 一 人 当 た り GDP と 年 一 人 当 た り 成 長 率 の 推 計 式 を 3 種 類 (上 限 シ ナ リ
オ 、 中 間 値 シ ナ リ オ 、 下 限 シ ナ リ オ )を そ れ ぞ れ 用 意 す る 。( 図 5.2. 2 -1)

2000 -2007 年 の 国 別 年 平 均 成 長 率 ・ 年 平 均 一 人 当 た り GDP か ら 、 基 本 的 に 、 前 述
の3種類の推計式との残差が最も小さい式を選択し、将来の年平均成長率と年平
均 一 人 当 た り GDP を 国 別 に 推 計 す る 。 2000 -2007 年 の 実 績 値 が 上 下 限 の 範 囲 に 入
ら な い 国 は 、そ の 残 差 頄 が 2030 年 に 線 形 収 束 す る よ う に し て 、上 限 シ ナ リ オ ま た
は下限シナリオを利用する。

た だ し 、「 一 人 当 た り GDP 高 位 シ ナ リ オ 」 の 国 別 一 人 当 た り GDP は 、「 一 人 当 た
り GDP 低 位 シ ナ リ オ 」 の 国 別 一 人 当 た り GDP を 下 限 値 と し た 。
- 247 -
15
10
2000-07年平均
per-cap GDP (%/yr)
低位シナリオ上限
低位シナリオ下限
低位シナリオ中間値
5
高位シナリオ上限
高位シナリオ下限
高位シナリオ中間値
0
0
20
40
60
80
100
per-cap GDP (thousand US2000$ per cap.)
-5
図 5.2.2-1
一 人 当 た り GDP と 一 人 当 た り GDP 年 成 長 率
5.2.3 策 定 し た GDP、 人 口 シ ナ リ オ
策 定 し た GDP 、 人 口 シ ナ リ オ の 概 要 は 以 下 の 通 り で あ る ( 詳 細 は 、 図 5.2.3-8 ~ 図
5.2.3 -15 参 照 。 )。
世 界 人 口 は 、シ ナ リ オ A で 2100 年 9 3 億 人 程 度 。シ ナ リ オ B で は 2050 年 8 7 億 人 、
2100 年 7 1 億 人 。
10000
9000
Population (million people)

8000
7000
6000
5000
シナリオA (消費厚生の継続
的増大)
4000
シナリオB (大量消費社会か
らの離脱)
3000
2000
1000
0
1980
2000
図 5.2.3 -1
2020
2040
2060
2080
2100
世 界 全 体 の 人 口 シ ナ リ オ ( シ ナ リ オ A、 B)
- 248 -

世 界 の GDP は 、シ ナ リ オ A で 2005 -10 年 : 2.2%/yr 、2010 -30 年 : 3.3%/yr 、2030 -50
年 : 2.7%/yr 、 2050 -2100 年 : 1.7%/yr

シ ナ リ オ B で は 、2005 -1 0 年 : 2.2%/yr 、2010 -30 年 : 2.9%/yr 、20 30-5 0 年 : 2.1%/yr 、
2050 -2100 年 : 1.3%/yr
350
GDP (Trillion 2000USD)
300
250
シナリオA (消費厚生の継
続的増大)
200
150
シナリオB (大量消費社会
からの離脱)
100
50
0
1980
2000
図 5.2.3 -2
2020
2040
2060
2080
2100
世 界 全 体 の GDP シ ナ リ オ ( シ ナ リ オ A、 B)
Per-cap GDP (thousand 2000USD per capita)
50
45
40
35
シナリオA (消費厚生の継
続的増大)
30
25
20
シナリオB (大量消費社会
からの離脱)
15
10
5
0
1980
図 5.2.3 -3
2000
2020
2040
2060
2080
2100
世 界 平 均 の 一 人 当 た り GDP シ ナ リ オ ( シ ナ リ オ A、 B)
表 2.2.2 -1-表 5.2.3 -2 に そ れ ぞ れ 、 2050 年 と 2100 年 に お け る 各 シ ナ リ オ と 今 回 策 定
し た シ ナ リ オ と の 比 較 を 示 す 。 策 定 し た シ ナ リ オ A 、 B の GDP シ ナ リ オ は 、 A が 高 位
一 人 当 た り GDP、 低 位 人 口 、 B が 低 位 一 人 当 た り GDP、 高 位 人 口 ( UN の シ ナ リ オ と
し て は 中 位 ) と い う 点 で 、 そ れ ぞ れ 、 SRES B1 、 B2 と 近 い 関 係 に あ る が 、 そ れ ら よ り
も 2 割 程 度 小 さ な GD P を 推 計 し た 。
な お 、表 2.2.2 -1-表 5.2.3 -2 に は 、参 考 ま で に RCP の 4 モ デ ル に よ る 想 定 も 記 載 し た
が ( RCP4 シ ナ リ オ は 排 出 量 ( 濃 度 安 定 化 シ ナ リ オ ) を ベ ー ス に 想 定 し て い る だ け で あ
- 249 -
り 、 人 口 、 GDP な ど に つ い て 4 モ デ ル 独 自 の 想 定 が 用 い ら れ て い る た め 、 安 定 化 レ ベ
ル が 小 さ い RCP3.0 が 最 も GDP が 高 く な っ て い る な ど 、 誤 解 し や す い の で 注 意 が 必 要
で あ る 。)、 概 ね そ れ ら の レ ン ジ を カ バ ー す る も の と な っ て お り 、 今 後 、 分 析 の 国 際 的
な 比 較 も し や す い も の と 考 え ら れ る 。 参 考 ま で に 、 図 5.2.3 -4 に は 、 IPCC 及 び 国 連 の
人 口 シ ナ リ オ 推 計 を 示 す 。図 5.2.3 -5 に は 、IPCC RCP シ ナ リ オ の 想 定 し た 人 口 及 び G D P
シ ナ リ オ を 示 す 。図 5.2.3 -6、図 5.2.3 -7 に は IIASA に よ る GEA の 人 口 、GDP シ ナ リ オ
をそれぞれ示す。
表 5.2.3 -1
各 シ ナ リ オ の 2050 年 の GDP、 人 口 想 定 の 比 較
GDP
trillion $
シ ナリ オA (消費厚生の継続的増大)
シ ナリ オB (大量消費社会からの離脱)
A1 (2000 prices)
A2 (2000 prices)
B1 (2000 prices)
B2 (2000 prices)
RCP8.5
RCP6.0
RCP4.5
RCP3.0
GEA (IIASA) (2000 prices)
RITE DNE21+ (中期目標分析)
表 5.2.3 -2
137
113
201
100
166
134
125
100
110
150
98
118
Population
Per-capita GDP
thousand $ per cap.
million people
8,719
16
9,176
12
8,703
23
11,296
9
8,708
19
9,367
14
10,400
12
9,400
11
8,800
13
9,000
17
8,500
11
9,191
13
各 シ ナ リ オ の 2100 年 の GDP、 人 口 想 定 の 比 較
GDP
trillion $
シ ナリ オA (消費厚生の継続的増大)
シ ナリ オB (大量消費社会からの離脱)
A1 (2000 prices)
A2 (2000 prices)
B1 (2000 prices)
B2 (2000 prices)
RCP8.5
RCP6.0
RCP4.5
RCP3.0
GEA (IIASA) (2000 prices)
316
215
643
298
403
288
230
245
315
360
248
- 250 -
Population
Per-capita GDP
thousand $ per cap.
million people
7,066
45
9,272
23
7,137
90
15,068
20
7,047
57
10,414
28
12,400
19
9,800
25
8,600
37
9,000
40
9,000
28
160
SRES A2
(IIASA1996高位)
140
UN2008高位
120
SRES B2
(UN1998中位)
人口(億人)
100
UN2008中位
80
SRES A1/B1
(IIASA1996低位)
60
UN2008低位
40
20
0
1950
1970
図 5.2.3 -4
図 5.2.3 -5
1990
2010
2030
2050
2070
2090
IPCC SRES 、 国 連 2 0 0 8 の 人 口 シ ナ リ オ
IPCC RCP (Representative Conce ntration Pathway) シ ナ リ オ
- 251 -
Literature range
GEA (World)
図 5.2.3 -6
GEA (Global Energy Assessment) の 人 口 シ ナ リ オ ( IIASA)
Literature range
rld)
GE
図 5.2.3 -7
Wo
A(
GEA (Global Energy Assessment) の GDP シ ナ リ オ ( IIASA)
- 252 -
GDP (Billion 2000USD)
< シ ナ リ オ A: 高 位 GDP>
400,000
100%
350,000
90%
80%
300,000
70%
250,000
60%
200,000
50%
150,000
40%
Non-OECD
OECD
30%
100,000
世界GDPに占める
OECDシェア(右軸)
20%
50,000
10%
0%
1980
1990
2000
2010
2020
2030
2040
2050
2060
2070
2080
2090
2100
0
シ ナ リ オ A に お け る GDP( OECD、 非 OECD 別 )
90
80
70
60
50
OECD
40
Non-OECD
30
World average
20
10
図 5.2.3 -9
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
2000
1990
0
1980
Per capita GDP (thousand 2000USD per cap.)
図 5.2.3 -8
シ ナ リ オ A に お け る 一 人 当 た り GDP( OECD、 非 OECD 別 )
Population (thousand people)
10,000,000
9,000,000
8,000,000
7,000,000
6,000,000
5,000,000
Non-OECD
4,000,000
OECD
3,000,000
2,000,000
1,000,000
図 5.2.3 -1 0
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
2000
1990
1980
0
シ ナ リ オ A に お け る 人 口 ( OECD、 非 OECD 別 )
- 253 -
Annual growth rate of per capita
GDP (%/Yr)
Annual growth rate of per capita
GDP (%/Yr)
15.0%
10.0%
1980-1985
1995-2000
5.0%
2005-2010
2025-2030
0.0%
2045-2050
2095-2100
-5.0%
15.0%
10.0%
1980-1985
1995-2000
5.0%
2005-2010
2025-2030
0.0%
2045-2050
2095-2100
-5.0%
図 5.2.3 -1 1
シ ナ リ オ A に お け る 一 人 当 た り GDP 成 長 率 ( 主 要 国 別 )
- 254 -
GDP (Billion 2000USD)
< シ ナ リ オ B: 低 位 GDP>
400,000
100%
350,000
90%
80%
300,000
70%
250,000
60%
200,000
50%
150,000
40%
Non-OECD
OECD
30%
100,000
世界GDPに占める
OECDシェア(右軸)
20%
50,000
10%
0%
1980
1990
2000
2010
2020
2030
2040
2050
2060
2070
2080
2090
2100
0
図 5.2.3 -1 2
シ ナ リ オ B に お け る GDP( OECD、 非 OECD 別 )
Per capita GDP (thousand 2000USD per cap.)
90
80
70
60
50
OECD
40
Non-OECD
30
World average
20
10
図 5.2.3 -1 3
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
2000
1990
1980
0
シ ナ リ オ B に お け る 一 人 当 た り GDP( OECD、 非 OECD 別 )
Population (thousand people)
10,000,000
9,000,000
8,000,000
7,000,000
6,000,000
5,000,000
Non-OECD
4,000,000
OECD
3,000,000
2,000,000
1,000,000
図 5.2.3 -1 4
2100
2090
2080
2070
2060
2050
2040
2030
2020
2010
2000
1990
1980
0
シ ナ リ オ B に お け る 人 口 ( OECD、 非 OECD 別 )
- 255 -
70
カナダ
米国
日本
一人当り GDP (thousand $ per capita)
60
オセアニア
西欧
東アジア
50
南アジア
東南アジア
40
ブラジル
中東
旧ソ連
30
東欧
南米
20
中米
北アフリカ
中央アフリカ
10
南部アフリカ
その他
0
1980
世界平均
2000
2020
2040
2060
2080
2100
Note: 18 地 域 区 分 は 第 6.2 節 参 照 。
図 5.2.3 -1 5
シ ナ リ オ B に お け る 一 人 当 り GDP( 世 界 1 8 地 域 別 )
- 256 -
Annual growth rate of per capita
GDP (%/Yr)
Annual growth rate of per capita
GDP (%/Yr)
15.0%
10.0%
1980-1985
1995-2000
5.0%
2005-2010
2025-2030
0.0%
2045-2050
2095-2100
-5.0%
15.0%
10.0%
1980-1985
1995-2000
5.0%
2005-2010
2025-2030
0.0%
2045-2050
2095-2100
-5.0%
図 5.2.3 -1 6
シ ナ リ オ B に お け る 一 人 当 た り GDP 成 長 率 ( 主 要 国 別 )
- 257 -
5.3
年齢構成
5.3.1 年 齢 構 成 シ ナ リ オ 策 定 の 方 法
本節では、前節の人口と経済シナリオに対応した年齢構成として、生産年齢人口シ
ナ リ オ を 策 定 し た 。こ こ で は 、シ ナ リ オ B(大 量 消 費 社 会 か ら の 離 脱 )に 対 応 し た 生 産 年
齢 人 口 シ ナ リ オ を 整 理 し た 。前 述 の よ う に 、シ ナ リ オ B の 総 人 口 シ ナ リ オ は 2008 年 版
国連中位推計に基づき、生産年齢人口もそれに従うものとした。
5.3.2
策定した年齢構成シナリオ
図 5.4.1 -1 と 図 5.3.2-2 に は 、 シ ナ リ オ B に 対 応 し た 、 そ れ ぞ れ 先 進 国 と 途 上 国 の 生
産 年 齢 人 口 割 合 を 示 す 。 世 界 の 生 産 年 齢 人 口 割 合 は 2000 年 か ら 2030 年 に か け て 62 %
か ら 66%へ と と 大 き く 上 昇 す る が 、 2030 年 こ ろ に ピ ー ク を 迎 え 、 2050 年 に は 6 4 %へ と
低 下 す る 。 図 5.4.1-1 に よ る と 、 2050 年 に む け て ほ と ん ど の 先 進 国 や 東 欧 ・ 旧 ソ 連 で
は 高 齢 化 社 会 が 進 展 し 、 総 人 口 の 低 下 と と も に 、 生 産 年 齢 人 口 も 2050 年 ま で 減 尐 し 続
け る 。日 本 や 西 欧 諸 国 は 2050 年 に は 生 産 年 齢 人 口 の よ り 一 層 の 低 下 と な る 。図 5.3.2 - 2
に よ る と 、 中 国 や 韓 国 で は 2010 年 を ピ ー ク に 、 今 後 生 産 年 齢 人 口 が 低 下 す る 。 一 方 、
ア フ リ カ で は 、 人 口 増 加 に 伴 い 、 生 産 年 齢 人 口 も 2050 年 ま で 上 昇 し 続 け る 。 イ ン ド で
は 、 2040 年 頃 に 生 産 年 齢 人 口 割 合 の ピ ー ク を 迎 え 、 そ の 後 若 干 低 下 す る 。
- 258 -
75
United States
70
Canada
生産年齢人口割合(%)
United Kingdom
65
France
Germany
Italy
60
North Europe
Japan
55
Australia
New Zealand
EU27
50
Russia
OECD E.Europe
45
1950
1960
1970
1980
1990
2000
2010
2020
2030
2040
2050
図 5.3.2 -1 シ ナ リ オ B (大 量 消 費 社 会 か ら の 離 脱 )の 生 産 人 口 割 合 (先 進 国 )
75
China
Korea
70
Indonesia
生産年齢人口割合(%)
Thailand
65
India
Saudi Arabia
60
Turkey
South Africa
55
South East Africa
Other S.S.Africa
50
Mexico
Brazil
45
world total
1950
1960
図 5.3.2 -2
1970
1980
1990
2000
2010
2020
2030
2040
2050
シ ナ リ オ B (大 量 消 費 社 会 か ら の 離 脱 )の 生 産 人 口 割 合 (途 上 国 )
- 259 -
5.4
貧困人口
5.4.1 貧 困 人 口 シ ナ リ オ 策 定 の 方 法
本 節 で は 、第 5.2 節 の 人 口 と 経 済 シ ナ リ オ の も と で の 、貧 困 人 口 シ ナ リ オ を 策 定 し た 。
貧 困 人 口 を 求 め る 方 法 と し て は 、 ALPS -H20 年 度 報 告 書
2)
と同様の推計手法を用いた。
対数正規分布を利用する方法に基づくと、将来のジニ係数と貧困線の想定が必要とな
る。
過 去 の ジ ニ 係 数 の 推 移 に 関 し て は 、 第 2.1 節 で 整 理 し た PBL 3 ) に よ る と 、 途 上 国 に 関
し て は 中 国 等 の 一 部 の 地 域 を 除 き 、過 去 2 0 年 間 ジ ニ 係 数 は 変 動 が 尐 な く 安 定 的 に 推 移
し て い る こ と が 示 さ れ て い る 。 こ れ に 基 づ き 、 PBL 3 ) の 将 来 分 析 に お い て は 、 将 来 の ジ
ニ係数は、地域別に基準年固定と想定されている。一方、先進国のジニ係数に関して
は 、内 閣 府
4)
に よ る と 、ア ン グ ロ サ ク ソ ン 諸 国 で は 経 済 成 長 と と も に 格 差 が 拡 大 し て い
る が ( 図 5.4.1 -1 ) 、 大 陸 欧 州 や 北 欧 諸 国 で は 格 差 拡 大 は 緩 や か な 傾 向 で あ る こ と が 示 さ
れ て い る ( 図 5.4.1 -2 , 図 5.4.1 -3 ) 。 ジ ニ 係 数 及 び そ の 変 化 を 決 定 す る 背 景 に は 、 国 別 の
税・社会保障政策や、高齢化や世帯小規模化による社会構造、産業構造などの複数の
要 因 が あ る と さ れ る 。 地 域 間 の ジ ニ 係 数 を 比 較 す る と 、 PBL 3 ) か ら 示 さ れ る よ う に 、 歴
史的に单米地域の格差は相対的に大きく、一方アジア地域の格差は相対的に小さいこ
とが示されている。また、先進国間では、内閣府
4)
から示されるように、北欧諸国の
格差は明らかに小さい。
本 節 で の 貧 困 人 口 は 、 一 人 当 た り GDP が 相 対 的 に 小 さ い 途 上 国 を 主 に 対 象 と し て お
り 、ま た 過 去 の 途 上 国 の 格 差 の ト レ ン ド は 全 体 的 に は 安 定 的 推 移 で あ っ た こ と を 鑑 み 、
本 節 で 貧 困 人 口 を 求 め る 際 に 必 要 と な る ジ ニ 係 数 の 想 定 に 関 し て は 、 PBL 3 ) と 同 様 に 、
将 来 の ジ ニ 係 数 は 、 2000 年 値 固 定 と し た 。 ま た 、 将 来 貧 困 線 の 想 定 に 関 し て は 、 現 在
の WB の 貧 困 線 $1.25/day( 2005PPP 換 算 )で 一 定 と し た 。
- 260 -
出 典 :内 閣 府 4 )
図 5.4.1 -1
ア ン グ ロ サ ク ソ ン 諸 国 の 一 人 当 り GDP と ジ ニ 係 数
出 典 :内 閣 府 4 )
図 5.4.1 -2
大 陸 欧 州 諸 国 の 一 人 当 り GDP と ジ ニ 係 数
- 261 -
出 典 :内 閣 府 4 )
図 5.4.1 -3
北 欧 諸 国 の 一 人 当 り GDP と ジ ニ 係 数
5.4.2 策 定 し た 貧 困 人 口 シ ナ リ オ
貧 困 人 口 の 実 績 値 は 、 WB 5 ) に よ る 国 別 貧 困 人 口 に 基 づ い た 。 分 析 の 基 準 年 (1999 年 )
に お い て 、 WB 5 ) に 記 載 さ れ て い な い 国 は 国 別 貧 困 人 口 が ゼ ロ で あ る と し て 扱 い 、 そ れ
ら の 国 は 2050 年 に お い て も 貧 困 人 口 が ゼ ロ で あ る と 想 定 し た 。 よ っ て 、 将 来 の 貧 困 人
口 推 計 の 対 象 と す る 地 域 区 分 は 、ALPS -H20 年 度 報 告 書
2)
と 同 様 に 、WB 5 ) に 基 準 年 に お
い て 貧 困 人 口 が 存 在 す る 地 域 で あ り 、 そ れ ら の 地 域 は DNE21+ モ デ ル に よ る 世 界 54 地
域 区 分 の 中 の 3 3 地 域 に 相 当 す る (表 5.4.2 -1)。貧 困 人 口 の 多 く は 途 上 国 と 分 類 さ れ る 地
域 が 大 部 分 で あ る が 、 韓 国 や ブ ル ネ イ 、 サ ウ ジ ア ラ ビ な ど の 中 進 国 の 一 部 は WB 5 ) に 記
載されていないため、貧困人口はゼロとされる。また、東欧や旧ソ連には若干貧困人
口が存在すると推計されている。
図 5.4.2-1 に は 、シ ナ リ オ B(大 量 消 費 社 会 か ら の 離 脱 )の 地 域 別 貧 困 人 口 推 移 を 示 す 。
1999 年 に は 世 界 の 貧 困 人 口 が 約 16.3 億 人 で あ っ た が 、2030 年 に は 世 界 総 人 口 は 増 加 す
る も の の 経 済 成 長 に よ り 世 界 貧 困 人 口 は 約 2.7 億 人 ま で 減 尐 し 、 2050 年 に は 世 界 貧 困
人 口 が 約 0.7 億 人 と 評 価 さ れ た 。 1999 年 に は 、 世 界 貧 困 人 口 の 内 訳 は 中 国 や イ ン ド を
含 め た ア ジ ア と ア フ リ カ が 主 要 な 地 域 で あ っ た が 、 2030 年 に は 中 国 や イ ン ド は 経 済 成
長 に よ り 貧 困 人 口 が 激 減 し ア フ リ カ が 主 要 な 貧 困 人 口 地 域 と な り 、 2050 年 に は 「 Ot h e r
S.S africa 」 を 中 心 に 貧 困 人 口 が 若 干 残 る 。 こ の と き の 世 界 人 口 に 占 め る 世 界 貧 困 人 口
の 割 合 は 、 1999 年 で 27%で あ っ た が 、 2030,2050 年 に は 3%,1%へ と 大 き く 減 尐 す る 。
シナリオ B においては、将来においても貧困の基準となる貧困線に変化がなくまた
国内格差が一定であると仮定するならば、途上国を中心に世界人口の増加がありなが
ら も 、 図 5.2.3 -3 の 一 人 当 り GDP シ ナ リ オ が 達 成 で き れ ば 、 世 界 の 貧 困 人 口 は 今 世 紀
半ばには大きく減尐可能性を示唆している。
- 262 -
表 5.4.2 -1
地域番号
貧困人口推計の対象地域
地域名
1
Other Oceania
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
China
North Korea, Mongolia
Viet Nam, Cambodia, Laos
Malaysia, Singapore
Indonesia
Thailand
Philippines
India
Pakistan, Afghanistan
Other Asia
Iran
Bahrain, Oman, Qatar, UAE, Yemen
Other Middle East
Turkey
North Africa
South Africa
18
South East Africa
19
Other S.S.Africa
20
Mexico
21
Other Central America
22
23
24
25
26
27
28
29
Brazil
Venezuela, Guyana, Suriname
Paraguay, Uruguay, Argentina
Other South America
Russia
Other Annex I of FUSSR
Belarus
Kazakhstan
30
Other FUSSR
31
32
OECD E.Europe
Other Annex I of East Europe
33
Other E.Europe
詳細
Papua New Guinea, Fiji, French Polynesia, Kiribati, Nauru, New
Caledonia, Solomon Islands, Tonga,American Samoa, Vanuatu
China,Hong Kong
Democratic People's Republic of Korea,Mongolia
Viet Nam,Cambodia,Lao People's Democratic Republic
Malaysia,Singapore
Indonesia,East Timor
Thailand
Philippines
India
Pakistan,Afghanistan
Bangladesh,Nepal,Bhutan,Sri Lanka,Maldives
Iran
Bahrain,Oman,Qatar,United Arab Emirates,Yemen
Iraq,Kuwait,Jordan,Israel,Lebanon,Syrian Arab Republic,Cyprus
Turkey
Egypt,Libyan Arab Jamahiriya,Tunisia,Algeria,Morocco
South Africa
Sudan,Eritrea,Djibouti,Ethiopia,Somalia,Kenya,Uganda,Rwanda,
Burundi,United Republic of Tanzania, Malawi, Mozambique,
Swaziland, Lesotho, Madagascar, Seychelles, Comoros,
Mauritius, Reunion
Angola,Benin,Botswana,Burkina Faso,Cameroon,Cape
Verde,Central African Republic,Chad,Congo,Cote
d'Ivoire,Democratic Republic of the Congo,Equatorial
Guinea,Gabon,Gambia,Ghana,Guinea,GuineaBissau,Liberia,Mali,Mauritania,Namibia,Niger,Nigeria,Sao Tome
and Principe,Senegal,Sierra
Mexico
Bahamas, Bermuda, Cuba,Jamaica, Haiti, El Salvador,
Guadeloupe, Saint Vincent and the Grenadines,
Grenada,Dominica, Dominican Republic, Saint Lucia,Saint Kitts
and Nevis, Barbados, Antigua & Barbuda, Netherlands Antilles,
Trinidad and Tobago, Guatemala, Belize, Honduras, Nicaragua,
Brazil
Venezuela,Guyana,Suriname,French Guiana
Paraguay,Uruguay,Argentina
Colombia,Ecuador,Peru,Bolivia,Chile
Russian Federation
Ukraine,Estonia,Latvia,Lithuania
Belarus
Kazakhstan
Kyrgyzstan, Tajikistan, Turkmenistan, Uzbekistan, Armenia,
Azerbaijan, Georgia
Hungary,Poland,Czech Republic
Bulgaria,Romania,Slovakia,Croatia,Slovenia
Yugoslavia, Albania, Bosnia And Herzegovina, Republic of
Moldova, The former Yugoslav Republic of Macedonia
- 263 -
1800
1600
Other S.S. Africa
貧困人口(Million people)
1400
1200
South East Africa
1000
India
800
600
400
China
200
0
Y1999
Y2030
Y2050
Other E.Europe
Other Annex I of East Europe
OECD E.Europe
Other FUSSR
Kazakhstan
Belarus
Other Annex I of FUSSR
Russia
Other South America
Paraguay, Uruguay, Argentina
Venezuela, Guyana, Suriname
Brazil
Other Central America
Mexico
Other S.S.Africa
South East Africa
South Africa
North Africa
Turkey
Other Middle East
Bahrain, Oman, Qatar, UAE, Yemen
Iran
Other Asia
Pakistan, Afghanistan
India
Philippines
Thailand
Indonesia
Malaysia, Singapore
Viet Nam, Cambodia, Laos
North Korea, Mongolia
China
Other Oceania
Note:Y1999 年 の 値 は W B 5 ) に よ る 実 績 値 。
図 5.4.2 -1
シ ナ リ オ B (大 量 消 費 社 会 か ら の 離 脱 )の 貧 困 人 口 シ ナ リ オ
次に、シナリオ B の人口・経済シナリオのもとで、地域内格差を表すジニ係数の感
度 を 見 る た め に 、以 下 の 比 較 を 分 析 し た 。貧 困 線 に つ い て は 、前 述 の $1.25/day(2005PPP
換 算 )で 一 定 と し た 。

Case 0: 地 域 別 ジ ニ 係 数 は 、 2050 年 ま で 地 域 別 基 準 年 値 で 一 定 と し 、 地 域 内 格 差
は 基 準 年 か ら 変 化 し な い (図 5.4.2 -1 )。

Case 1: 地 域 別 ジ ニ 係 数 は 、 基 準 年 最 大 ジ ニ 係 数 値 (ブ ラ ジ ル の 0.59)に 2030 年 に
線 形 収 束 す る よ う に 、 地 域 内 格 差 が 拡 大 す る 。 2030 年 か ら 2050 年 は 0.59 で 一 定
と想定した。

Case 2: 地 域 別 ジ ニ 係 数 は 、 基 準 年 最 大 ジ ニ 係 数 値 (ブ ラ ジ ル の 0.59)に 2050 年 に
線形収束するように、地域内格差が拡大する。
図 5.4.2 -1 に は 、 Case 0~ 2 の 地 域 別 貧 困 人 口 推 移 を 示 す 。 2030 年 に は 世 界 貧 困 人 口
は Case 0,1,2 で そ れ ぞ れ 約 2.7, 4.3, 3.4 億 人 ま で 減 尐 し 、 2050 年 に は Case 0,1,2 で そ れ
ぞ れ 約 0.7, 1.2, 1.2 億 人 と 評 価 さ れ た 。 ど の 地 域 に お い て も 、 地 域 内 格 差 が 最 も 拡 大 す
る Case 1 の 貧 困 人 口 が 相 対 的 に 大 き く な る も の の 、 2050 年 に は ど の シ ナ リ オ に お い て
も 世 界 貧 困 人 口 が 約 1 億 人 (貧 困 人 口 割 合 は 約 1%)で あ り 、 格 差 シ ナ リ オ に よ ら ず 貧 困
人 口 は 大 き く 減 尐 す る こ と を 示 唆 し て い る 。 1999 年 に は 世 界 貧 困 人 口 の 内 訳 は 中 国 含
め た ア ジ ア と ア フ リ カ が 主 要 な 地 域 で あ っ た が 、 2030 年 に は ど の 格 差 シ ナ リ オ に お い
て も 中 国 は 経 済 成 長 に よ り 貧 困 人 口 が 激 減 す る 。 2030 年 に は ア フ リ カ が 主 要 な 貧 困 人
- 264 -
口 地 域 と な る 。 イ ン ド の 貧 困 人 口 総 数 は 確 実 に 減 尐 す る も の の Case1 で は 世 界 に 占 め
る イ ン ド の 貧 困 人 口 シ ェ ア が 他 シ ナ リ オ に 比 べ や や 大 き い 。 Case1,2 で は 2030 年 の ア
フ リ カ の 貧 困 人 口 は 1999 年 と そ れ ほ ど 大 き な 変 化 は な い 。 Case1,2 で は 、 2050 年 に お
い て も「 South east africa 」
「 Other S.S a frica 」を 中 心 に 貧 困 人 口 が 若 干 残 る も の の 、1999
年と比較するとその総数は非常に小さい。
シナリオ B においては、将来においても貧困の基準となる貧困線が一定であると仮
定 す る な ら ば 、 地 域 内 格 差 が 拡 大 し た 場 合 に お い て も 、 図 5.2.3-3 の 一 人 当 り G D P シ
ナリオが達成できれば、世界の貧困人口は今世紀半ばには 1 億人程度に大きく減尐可
能性を示唆している。
1800
貧困人口 (Million people)
1600
Other S.S. Africa
1400
1200
South East Africa
1000
India
800
China
600
400
200
Y1999
Y2030
Case 2 (2050年収束)
Case 1 (2030年収束)
Case 0 (基準年一定)
Case 2 (2050年収束)
Case 1 (2030年収束)
Case 0 (基準年一定)
0
Other E.Europe
Other Annex I of East Europe
OECD E.Europe
Other FUSSR
Kazakhstan
Belarus
Other Annex I of FUSSR
Russia
Other South America
Paraguay, Uruguay, Argentina
Venezuela, Guyana, Suriname
Brazil
Other Central America
Mexico
Other S.S.Africa
South East Africa
South Africa
North Africa
Turkey
Other Middle East
Bahrain, Oman, Qatar, UAE, Yemen
Iran
Other Asia
Pakistan, Afghanistan
India
Philippines
Thailand
Indonesia
Malaysia, Singapore
Viet Nam, Cambodia, Laos
North Korea, Mongolia
China
Other Oceania
Y2050
Note:Y1999 年 の 値 は W B 5 ) に よ る 実 績 値 。
図 5.4.2 -2
ジニ係数シナリオ別の貧困人口シナリオ
参 考 文 献 ( 第 5.4 節 に 関 す る も の )
1)
(財)地球環境産業技術研究機構: 国際産業経済の方向を含めた地球温暖化影響・対策技術の総合評
価 平成 15-18 年度地球環境国際研究推進事業 成果報告書.
2)
(財)地球環境産業技術研究機構: 脱地球温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための対応戦略
の研究 平成 19-20 年度地球環境国際研究推進事業 成果報告書
3)
PBL: Beyond 2015: Long-term development and the Millennium Development Goals, PBL Report
550025004, http://www.mnp.nl/bibliotheek/rapporten/550025004.pdf (2010 年 3 月アクセス), (2009)
- 265 -
内閣府: 平成 19 年度年次経済財政報告, http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je07/07b00000.html (アクセ
4)
ス日:2010 年 3 月)
5)
World Bank: PovcalNet Online Poverty Analysis Tool, http://go.worldbank.org/NT2A1XUWP0
5.5
エ ネ ル ギ ー ・ CO2 排 出 量
本 節 で は 、第 3.4 節 で 述 べ た 短 中 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ で あ る と こ ろ の「 コ ス ト 合 理 的
温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」、「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」 及 び 「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優
先 シ ナ リ オ 」の 三 つ に 関 し 、世 界 エ ネ ル ギ ー シ ス テ ム モ デ ル DNE21+に よ る 定 量 的 シ ナ
リオ策定の試行について述べる。
5.5.1 变 述 的 シ ナ リ オ の モ デ ル 前 提 条 件 へ の 反 映
定量的シナリオ策定において、各变述的シナリオをどのようにモデルの前提条件と
して反映したかを述べる。
(1) 原 子 力 発 電
原 子 力 発 電 は 、「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 の 下 で は 、 科 学 的 ・ 合 理 的 な 安
全 規 制 の 下 で 推 進 さ れ る こ と と し た 。 一 方 、「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」 で は 合 意
形 成 が 上 手 く い か ず 衰 退 気 味 に な る 、「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ リ オ 」 で は 軽 水 炉
技術は国産ないし準国産エネルギーとして先進国では推進されるが、開発途上国にお
いては核不拡散の懸念からあまり進まない、といったようにその普及が停滞すること
とした。
そこで、モデルでは下記のように原子力発電を取り扱うこととした。

コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ : 現 時 点 で の 各 国 の 発 表 等 に 基 づ き 、一 定 の 規 模
が世界で利用されるような外生的なシナリオ

1)
を 想 定 し た (図 5.5.1 -1 )。
民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ : 2010 年 ま で は コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ と
同じとするが、それ以降は全世界で原子力発電の新設が行われないとした。

エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ リ オ : 2010 年 ま で は コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ
オと同じとするが、それ以降は発展途上国で原子力発電の新設が行われないとし
た 。な お 、こ こ で の 発 展 途 上 国 に ど う い っ た 国 が 含 ま れ る の か は 政 治 的 な 問 題 で 複
雑 で あ る が 、今 回 は 卖 純 に 、附 属 書 I 国 と 現 状 原 子 力 利 用 が 活 発 な 韓 国 以 外 の 国 と
した。
- 266 -
Electricity generation [TWh/yr]
4500
4000
Other Non Annex I
3500
India
3000
China
2500
Korea
2000
Other Annex I
1500
Russia
1000
Japan
500
EU-27
0
United States
2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030
Year
図 5.5.1 -1
「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」に お け る 原 子 力 発 電 電 力 量 の 想 定
(2) 省 エ ネ ル ギ ー
省 エ ネ ル ギ ー は 、「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 の 下 で は 、 エ ネ ル ギ ー 管 理 制
度や機器効率規制制度が世界規模で発達し、経済合理的な省エネルギーは着々と進展
し て 大 幅 な 省 エ ネ ル ギ ー 及 び CO 2 削 減 に 寄 与 す る と し た 。こ れ は 、
「エネルギー安全保
障優先シナリオ」においても、省エネルギーはエネルギー安全保障上の最重要事頄と
し て 位 置 付 け ら れ る こ と に よ り 、 同 様 の 進 展 と な る と し た 。 一 方 、「 民 主 的 プ ロ セ ス 重
視シナリオ」では、他の二シナリオのような制度は適切に実施されず、経済合理的で
あるはずの省エネルギー機会は活かされないものとした。
こ の よ う に 、 本 来 経 済 合 理 的 で は あ る が 各 種 の 事 情 に よ り 導 入 さ れ に く い /導 入 さ れ
や す い と い う 状 況 を 、投 資 回 収 年 数 に よ っ て 表 現 す る こ と と し た 。表 5.5.1 -1 に コ ス ト
合理的温暖化対策シナリオ及びエネルギー安全保障優先シナリオにおける投資回収年
数 の 想 定 を 、表 5.5.1 -2 に 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ に お け る 投 資 回 収 年 数 の 想 定 を
それぞれ示す。
- 267 -
表 5.5.1 -1
投資回収年数の想定
(コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ ・ エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ リ オ )
投 資 回 収 年 数 (年 )
部門
上限
下限
発電部門
12
8.7
その他エネルギー転換部門
9
6.7
エネルギー多消費産業部門
12
8.7
7
5.3
運輸部門
環境配慮型購買層
10
民生・業務部門
5
4
* 投 資 回 収 年 数 は 一 人 当 た り GDP に 基 づ い て 変 わ る と 考 え 、一 人 当 た り GDP に 応 じ て
上限から下限の間で各国の投資回収年数を想定した。
表 5.5.1 -2
投 資 回 収 年 数 の 想 定 (民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ )
投 資 回 収 年 数 (年 )
部門
上限
下限
発電部門
8
4.7
その他エネルギー転換部門
5
2.7
エネルギー多消費産業部門
8
4.7
運輸部門
3
1.3
環境配慮型購買層
10
民生・業務部門
1
0.3
* 投 資 回 収 年 数 は 一 人 当 た り GDP に 基 づ い て 変 わ る と 考 え 、一 人 当 た り GDP に 応 じ て
上限から下限の間で各国の投資回収年数を想定した。
(3) エ ネ ル ギ ー 価 格
エ ネ ル ギ ー 価 格 は 、「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ リ オ 」 に お い て は 、 各 国 間 で エ ネ
ルギー資源の争奪が継続することによって資源価格の囲い込み等が発生し、高い価格
が維持されるとした。
ここでは、価格変動の大きい原油に着目し、原油の価格はシナリオによって差異が
あ る と し 、石 炭 及 び 天 然 ガ ス に つ い て は 共 通 の 価 格 を 想 定 し た (表 5 .5.1 -3 )。
「エネルギ
ー安全保障優先シナリオ」における原油価格は、その他の二つのシナリオに比べて約
20$/bbl 程 度 価 格 が 高 い 想 定 で あ る 。な お 、想 定 し た 原 油 の 価 格 は 、
「エネルギー安全保
障 優 先 シ ナ リ オ 」 は IEA WE O 2008 相 当 、 そ の 他 の 二 つ の シ ナ リ オ は IEA WEO 200 8 と
IEA WEO 2 007 の 中 間 程 度 の 水 準 で あ る 。
- 268 -
表 5 .5.1 -3
エ ネ ル ギ ー 価 格 の 想 定 (2020 年 。 括 弧 内 は 2030 年 )
コスト合理的温暖化対策シ
エネルギー安全保障優先
ナリオ・民主的プロセス重
シナリオ
視シナリオ
石 炭 [US2007$/ton]
102 (108)
原 油 [US2007$/bbl]
90 (100)
天 然 ガ ス [US2007$/Mbtu]
110 (122)
16 (21)
以上の頄目について各变述的シナリオに対応してモデル前提条件を想定し、モデル
計算を行った。
5.5.2 策 定 し た 短 中 期 の エ ネ ル ギ ー ・ CO 2 排 出 量 シ ナ リ オ
本節では、前節で述べたモデル前提条件を反映したモデルで策定した短中期のエネ
ル ギ ー ・ CO 2 排 出 量 シ ナ リ オ に つ い て 述 べ る 。
ま ず 、 カ ー ボ ン プ ラ イ ス (CO 2 限 界 削 減 費 用 )を 全 て の シ ナ リ オ に つ い て $0/tCO2 と し
た 結 果 に つ い て 示 す 。 図 5.5.2 -7 ~ 図 5.5.2 -9 は 、 各 シ ナ リ オ に お け る 一 次 エ ネ ル ギ ー
供 給 量 を 、世 界 全 体 、附 属 書 I 国 、非 附 属 書 I 国 に つ い て そ れ ぞ れ 示 し て い る 。い ず れ
の シ ナ リ オ に お い て も 、 2030 年 に 向 け て 総 一 次 エ ネ ル ギ ー 供 給 量 は 増 加 し 、 特 に 経 済
発 展 が 見 込 ま れ て い る 非 附 属 書 I 国 に お い て そ の 増 加 率 が 大 き い 。 2030 年 に お け る 世
界 全 体 の 総 一 次 エ ネ ル ギ ー 供 給 量 は 、「 コ ス ト 合 理 的 な 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 で
16,190Mtoe/yr 、「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」 で 16,480Mtoe/yr 、「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保
障 優 先 シ ナ リ オ 」 で 16,250Mtoe/yr で あ り 、「 コ ス ト 合 理 的 な 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 を
基 準 と す る と 、 残 り の 二 シ ナ リ オ の 総 一 次 エ ネ ル ギ ー 供 給 量 は そ れ ぞ れ +1.8% 、 +0 .3 %
である。
エ ネ ル ギ ー 種 別 に 見 る と 、 2010 年 以 降 の 原 子 力 発 電 所 の 新 設 を 認 め な い こ と と し て
その普及の限定を表現した「民主的プロセス重視シナリオ」及び「エネルギー安全保
障優先シナリオ」では「コスト合理的な温暖化対策シナリオ」に比べて原子力が減尐
し 、そ の 代 わ り に 石 炭 火 力 発 電 所 を 増 や す (後 に 電 源 別 発 電 電 力 量 に つ い て 述 べ る ) こ と
に伴う石炭の供給増加が見られる。
- 269 -
16000
14000
12000
10000
太陽光
8000
風力
6000
バイオマス
2005
天然ガス
原油
石炭
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 一 次 エ ネ ル ギ ー 供 給 量 (世 界 全 体 )
8000
7000
6000
5000
原子力
1000
水力・地熱
0
バイオマス
2005
図 5.5.2 -2
2020
エネルギー安全保障優先
2000
民主的プロセス重視
風力
コスト合理的温暖化対策
3000
エネルギー安全保障優先
太陽光
民主的プロセス重視
4000
コスト合理的温暖化対策
一次エネルギー供給 [Mtoe/yr]
図 5.5.2 -1
2020
エネルギー安全保障優先
0
民主的プロセス重視
水力・地熱
コスト合理的温暖化対策
2000
エネルギー安全保障優先
原子力
民主的プロセス重視
4000
コスト合理的温暖化対策
一次エネルギー供給 [Mtoe/yr]
18000
天然ガス
原油
石炭
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 一 次 エ ネ ル ギ ー 供 給 量 (附 属 書 I 国 )
- 270 -
10000
8000
太陽光
6000
風力
4000
原子力
2005
図 5.5.2 -3
2020
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
バイオマス
コスト合理的温暖化対策
0
エネルギー安全保障優先
水力・地熱
民主的プロセス重視
2000
コスト合理的温暖化対策
一次エネルギー供給 [Mtoe/yr]
12000
天然ガス
原油
石炭
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 一 次 エ ネ ル ギ ー 供 給 量 (非 附 属 書 I 国 )
図 5.5.2 -4~ 図 5.5.2-6 は 、各 シ ナ リ オ に お け る 最 終 エ ネ ル ギ ー 需 要 量 を 、世 界 全 体 、
附 属 書 I 国 、非 附 属 書 I 国 に つ い て そ れ ぞ れ 示 し て い る 。な お 、電 力 は 1MWh = 0.086/0.33
toe と し て 換 算 し て い る 。 い ず れ の シ ナ リ オ に お い て も 2030 年 に 向 け て 需 要 量 が 増 加
す る こ と 、非 附 属 書 I 国 に お い て そ の 傾 向 が 顕 著 で あ る こ と は 、先 に 述 べ た 一 次 エ ネ ル
ギ ー 供 給 量 と 同 じ で あ る 。2030 年 に お け る 世 界 全 体 の 最 終 エ ネ ル ギ ー 需 要 量 は 、
「コス
ト 合 理 的 な 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」で 14,830Mtoe/yr 、
「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」で
14,990Mtoe/yr 、「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ リ オ 」 で 14,830Mtoe/yr で あ る 。「 コ ス ト
合理的な温暖化対策シナリオ」の最終エネルギー需要量を基準とすると、残りの二シ
ナ リ オ は そ れ ぞ れ +1.1% 、 +0.0% で あ り 、 一 次 エ ネ ル ギ ー 供 給 量 と 比 べ て シ ナ リ オ 間 の
差異が小さいと言える。
- 271 -
最終エネルギー需要 [Mtoe/yr]
16000
14000
12000
10000
8000
6000
電力
4000
気体燃料
2000
液体燃料
2005
図 5.5.2 -4
2020
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
0
固体燃料
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 最 終 エ ネ ル ギ ー 需 要 量 (世 界 全 体 )
注 ) 電 力 は 1MWh = 0.086/0.33toe と し て 換 算
最終エネルギー需要 [Mtoe/yr]
7000
6000
5000
4000
3000
2000
電力
1000
気体燃料
液体燃料
2005
図 5.5.2 -5
2020
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
0
固体燃料
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 最 終 エ ネ ル ギ ー 需 要 量 (附 属 書 I 国 )
注 ) 電 力 は 1MWh = 0.086/0.33toe と し て 換 算
- 272 -
最終エネルギー需要 [Mtoe/yr]
9000
8000
7000
6000
5000
4000
3000
電力
2000
気体燃料
1000
液体燃料
2005
図 5.5.2 -6
2020
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
0
固体燃料
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 最 終 エ ネ ル ギ ー 需 要 量 (非 附 属 書 I 国 )
注 ) 電 力 は 1MWh = 0.086/0.33toe と し て 換 算
図 5.5.2-7~ 図 5.5.2 -9 は 、 各 シ ナ リ オ に お け る 電 源 別 の 発 電 電 力 量 を 、 世 界 全 体 、
附 属 書 I 国 、非 附 属 書 I 国 に つ い て そ れ ぞ れ 示 し て い る 。一 次 エ ネ ル ギ ー 供 給 量 に お い
て触れたように、原子力発電の普及が停滞する「民主的プロセス重視シナリオ」及び
「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ リ オ 」に お い て は 、そ の 分 石 炭 火 力 に よ っ て 発 電 を 行 う
結 果 で あ る 。 な お 、 総 発 電 電 力 量 に つ い て は 、 図 5.5.2-1 0~ 図 5.5.2 -12 の 電 力 需 要 か
ら も わ か る よ う に 、 シ ナ リ オ 間 で 大 き な 差 異 は 無 い ( 世 界 全 体 で は 2030 年 で
33,500TWh/yr ~ 33,750TWh/yr) 。
火力発電に関しどのような技術が導入されているか、発電電力量ベースのシェアを
図 5.5.2 -10 ~ 図 5.5.2 -1 2 に 示 す 。 省 エ ネ ル ギ ー 機 会 が 活 か さ れ な い と し た 「 民 主 的 プ
ロセス重視シナリオ」においては、他の二つのシナリオに比べて、高効率な石炭火力
やガス火力のシェアが小さく、代わりに低効率・中効率な石炭火力や、中効率なガス
火力がより多く利用されている。特に、設備費が高い石炭火力について、より効率の
低 い 技 術 を 採 用 す る 傾 向 が よ り 顕 著 で あ る 。よ り 省 エ ネ ル ギ ー に 関 す る 障 壁 が 大 き く 、
投 資 回 収 年 数 が 短 い と し た 非 附 属 書 I 国 に つ い て は 、「 コ ス ト 合 理 的 な 温 暖 化 対 策 シ ナ
リオ」や「エネルギー安全保障優先シナリオ」では高効率な石炭火力は二割程度のシ
ェ ア と な っ て い る の に 対 し 、「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」 で は 僅 か 2%に 留 ま る 結
果である。
- 273 -
40000
発電電力量 [TWh/yr]
35000
30000
25000
20000
太陽光
15000
風力
10000
原子力
水力・地熱
5000
バイオマス
2005
2020
図 5.5.2 -7
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
0
天然ガス
原油
石炭
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 発 電 電 力 量 (世 界 全 体 )
16000
12000
10000
8000
太陽光
6000
風力
4000
原子力
水力・地熱
2000
バイオマス
2005
図 5.5.2 -8
2020
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
0
コスト合理的温暖化対策
発電電力量 [TWh/yr]
14000
天然ガス
原油
石炭
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 発 電 電 力 量 (附 属 書 I 国 )
- 274 -
発電電力量 [TWh/yr]
25000
20000
15000
太陽光
10000
風力
原子力
5000
水力・地熱
バイオマス
2005
2020
図 5.5.2 -9
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
0
天然ガス
原油
石炭
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 発 電 電 力 量 (非 附 属 書 I 国 )
100
90
70
ガス火力(CHP)
60
ガス火力(高効率)
50
ガス火力(中効率)
40
ガス火力(低効率)
30
石油火力(中効率)
2020
図 5.5.2 -1 0
エネルギー安全保障優先
0
民主的プロセス重視
石油火力(高効率)
コスト合理的温暖化対策
10
エネルギー安全保障優先
石油火力(CHP)
民主的プロセス重視
20
コスト合理的温暖化対策
発電シェア [%]
80
石油火力(低効率)
石炭火力(高効率)
石炭火力(中効率)
石炭火力(低効率)
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 火 力 発 電 の 技 術 別 発 電 シ ェ ア (世 界 全 体 )
- 275 -
100
90
70
ガス火力(CHP)
60
ガス火力(高効率)
50
ガス火力(中効率)
40
ガス火力(低効率)
30
石油火力(中効率)
2020
図 5.5.2 -1 1
エネルギー安全保障優先
0
民主的プロセス重視
石油火力(高効率)
コスト合理的温暖化対策
10
エネルギー安全保障優先
石油火力(CHP)
民主的プロセス重視
20
コスト合理的温暖化対策
発電シェア [%]
80
石油火力(低効率)
石炭火力(高効率)
石炭火力(中効率)
石炭火力(低効率)
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 火 力 発 電 の 技 術 別 発 電 シ ェ ア (附 属 書 I 国 )
100
90
70
ガス火力(CHP)
60
ガス火力(高効率)
50
ガス火力(中効率)
40
ガス火力(低効率)
30
石油火力(中効率)
2020
図 5.5.2 -12
エネルギー安全保障優先
0
民主的プロセス重視
石油火力(高効率)
コスト合理的温暖化対策
10
エネルギー安全保障優先
石油火力(CHP)
民主的プロセス重視
20
コスト合理的温暖化対策
発電シェア [%]
80
石油火力(低効率)
石炭火力(高効率)
石炭火力(中効率)
石炭火力(低効率)
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 火 力 発 電 の 技 術 別 発 電 シ ェ ア (非 附 属 書 I 国 )
- 276 -
図 5.5.2-10 ~ 図 5.5.2 -12 の よ う に 技 術 の 選 択 が シ ナ リ オ に よ っ て 異 な る 例 と し て 、
エネルギー多消費産業の一つである鉄鋼部門における技術別生産量のシェアを図
5.5.2 -13~ 図 5.5.2 -15 に 示 す 。
高 炉 転 炉 法 に つ い て は 、「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 と 「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保
障優先シナリオ」では高効率なプラントやそれに次世代コークス炉を適用したものの
普 及 が 進 み 、 世 界 全 体 で は 2030 年 に 六 割 程 度 の 生 産 シ ェ ア と な っ て い る 。 し か し な が
ら 、「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」 で は 、 投 資 回 収 年 数 を 短 く み る こ と に よ っ て 中 効
率なプラントがより導入されることとなり、高効率なプラント及び次世代コークス炉
を 適 用 し た も の の シ ェ ア は 五 割 弱 に 留 ま る 。ス ク ラ ッ プ を 利 用 し た 電 炉 法 に つ い て は 、
ここでのエネルギー価格の想定の下では高効率なプラントは非常にコスト効率的な技
術であり、シナリオによる技術導入の差異は大きくない。
100
スクラップ利用電炉法(高効率)
80
スクラップ利用電炉法(中効率)
70
60
スクラップ利用電炉法(低効率)
50
40
直接還元法(高効率)
30
20
直接還元法(中効率)
10
2020
図 5.5.2 -1 3
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
0
コスト合理的温暖化対策
粗鋼生産量シェア [%]
90
高炉転炉法(高効率+次世代
コークス炉)
高炉転炉法(高効率)
高炉転炉法(中効率)
高炉転炉法(低効率)
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 粗 鋼 生 産 の 技 術 別 生 産 シ ェ ア (世 界 全 体 )
- 277 -
100
スクラップ利用電炉法(高効率)
粗鋼生産量シェア [%]
90
80
スクラップ利用電炉法(中効率)
70
60
スクラップ利用電炉法(低効率)
50
40
直接還元法(高効率)
30
20
直接還元法(中効率)
10
2020
図 5.5.2 -1 4
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
0
高炉転炉法(高効率+次世代
コークス炉)
高炉転炉法(高効率)
高炉転炉法(中効率)
高炉転炉法(低効率)
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 粗 鋼 生 産 の 技 術 別 生 産 シ ェ ア (附 属 書 I 国 )
100
スクラップ利用電炉法(高効率)
粗鋼生産量シェア [%]
90
80
スクラップ利用電炉法(中効率)
70
60
スクラップ利用電炉法(低効率)
50
40
直接還元法(高効率)
30
20
直接還元法(中効率)
10
2020
図 5.5.2 -15
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
エネルギー安全保障優先
民主的プロセス重視
コスト合理的温暖化対策
0
高炉転炉法(高効率+次世代
コークス炉)
高炉転炉法(高効率)
高炉転炉法(中効率)
高炉転炉法(低効率)
2030
各 シ ナ リ オ に お け る 粗 鋼 生 産 の 技 術 別 生 産 シ ェ ア (非 附 属 書 I 国 )
- 278 -
図 5.5.2-16 、 図 5.5.2 -17 に 、 各 シ ナ リ オ に お け る CO 2 排 出 量 の 推 移 を 示 す 。 こ れ ま
でに述べたエネルギー需給についての結果から類推されるよう、
「コスト合理的温暖化
対 策 シ ナ リ オ 」 の 排 出 量 が 最 も 尐 な く 、「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」 の 排 出 量 が 最
も 多 い 。 2020 年 に お い て は 、「 コ ス ト 合 理 的 な 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 の 排 出 量 は
35.9GtCO 2 /yr で あ る の に 対 し 、
「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」で は 37.6GtCO 2 /yr(「 コ
ス ト 合 理 的 な 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 比 +4.9%) 、「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ リ オ 」 で
は 36. 1GtCO 2 /yr(「 コ ス ト 合 理 的 な 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 比 +0.6%)で あ る 。 更 に 先 の 時
点 で あ る 2030 年 で は シ ナ リ オ 間 の 差 異 が 大 き く な り 、「 コ ス ト 合 理 的 な 温 暖 化 対 策 シ
ナ リ オ 」の 排 出 量 は 41.4GtCO 2 /yr で あ る の に 対 し 、
「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」で
は 44.7GtCO 2 /yr(「 コ ス ト 合 理 的 な 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」比 +7.9%)、
「エネルギー安全保
障 優 先 シ ナ リ オ 」 で は 42.6GtCO 2 /yr( 「 コ ス ト 合 理 的 な 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 比 +2. 9 %)
である。
エネルギー起源CO2排出量 [MtCO2/yr]
50000
コスト合理的温暖化対策
45000
民主的プロセス重視
エネルギー安全保障優先
40000
35000
30000
25000
20000
2000
図 5.5.2 -1 6
2005
2010
2015
2025
2030
各 シ ナ リ オ に お け る エ ネ ル ギ ー 起 源 C O 2 排 出 量 (世 界 全 体 )
30000
エネルギー起源CO2排出量 [MtCO2/yr]
17000
エネルギー起源CO2排出量 [MtCO2/yr]
2020
16000
15000
14000
13000
コスト合理的温暖化対策
12000
民主的プロセス重視
11000
エネルギー安全保障優先
コスト合理的温暖化対策
民主的プロセス重視
25000
エネルギー安全保障優先
20000
15000
10000
5000
10000
2000
2005
2010
2015
図 5.5.2 -1 7
2020
2025
2030
2000
2005
2010
2015
2020
各 シ ナ リ オ に お け る エ ネ ル ギ ー 起 源 CO2 排 出 量
(左 : 附 属 書 I 国 、 右 : 非 附 属 書 I 国 )
- 279 -
2025
2030
以 上 の 検 討 で は 、い ず れ の シ ナ リ オ で も CO 2 排 出 量 は 2030 年 へ 向 け て 現 状 か ら 増 加
す る 結 果 で あ っ た 。 以 下 で は 、「 コ ス ト 合 理 的 温 暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」 に つ い て 、 第 3.4
節 で「 シ ナ リ オ で 起 き る 事 象 イ メ ー ジ 」と し て 挙 げ た「 CO 2 排 出 が ピ ー ク を 過 ぎ 、減 尐
に向かう」という事象を達成した場合の定量的な検討を行った。
ピ ー ク ア ウ ト と 言 っ て も 、そ の タ イ ミ ン グ や ピ ー ク の 高 さ 等 に よ っ て 状 況 は 異 な る 。
こ こ で は 、 図 5.5.2-1 8 に 示 す よ う な 二 つ の ピ ー ク ア ウ ト を 想 定 し た 。
50000
エネルギー起源CO2排出量 [MtCO2/yr]
コスト合理的温暖化対策
民主的プロセス重視
45000
エネルギー安全保障優先
コスト合理的温暖化対策+ピークアウト1
40000
コスト合理的温暖化対策+ピークアウト2
35000
30000
25000
20000
2000
2005
2010
図 5.5.2 -1 8
2015
2020
2025
2030
ピークアウトの想定
想定したピークアウトについて、世界全体で最も費用効率的に排出削減がなされた
と し た 際 の カ ー ボ ン プ ラ イ ス ( 限 界 削 減 費 用 ) を 図 5.5.2 -19 に 示 す 。 よ り 緩 や か な ピ ー
ク ア ウ ト 1 で は 、 2025 年 : $9/tCO 2 、2030 年 : $14/tCO 2 と い う 水 準 で あ る 。 ピ ー ク ア ウ
ト 2 に な る と 、 2025 年 : $12/tCO 2 、 2030 年 : $22/tCO 2 で あ っ た 。 こ の 際 に コ ス ト 合 理
的 な 温 暖 化 対 策 と し て 取 ら れ た 部 門 別・技 術 別 の CO 2 排 出 削 減 量 を 図 5.5.2-2 0 に 示 す 。
2020 年 に つ い て は 、 発 電 部 門 の 省 エ ネ ( 石 炭 火 力 発 電 所 の 高 効 率 化 ) が コ ス ト 合 理 的 な
温 暖 化 対 策 と し て 最 も 排 出 削 減 に 寄 与 し て い る 。 2030 年 に つ い て も 同 様 に 発 電 部 門 の
省 エ ネ の 排 出 削 減 へ の 寄 与 が 最 も 大 き く 、次 い で 化 石 燃 料 間 代 替 (石 炭 火 力 → ガ ス 火 力 )
や CCS( 石 炭 火 力 か ら の CO 2 回 収 ・ 貯 留 )の 排 出 削 減 が 多 い 。 ま た 、 再 生 可 能 エ ネ ル ギ
ーについては、風力発電が風況等の条件が良い地域で導入されることにより、排出削
減 に 貢 献 す る 。太 陽 光 発 電 は 、コ ス ト 合 理 的 で な い (発 電 費 用 が 高 い )と し て 導 入 さ れ て
いない。また、エネルギー需要部門についても、エネルギー多消費産業以外の産業部
門を中心に、省エネルギーが実施される結果である。
- 280 -
カーボンプライス (限界削減費用) [$/tCO2]
25
コスト合理的温暖化対策+ピークアウト1
20
コスト合理的温暖化対策+ピークアウト2
15
10
5
0
2000
2005
図 5.5.2 -19
2010
2015
2020
8000
7000
6000
5000
4000
3000
2000
1000
図 5.5.2 -20
ピークアウト2
ピークアウト2
2020
ピークアウト1
0
ピークアウト1
2030
ピークアウト達成のためのカーボンプライス
9000
CO2排出削減効果 [MtCO2/yr]
2025
2030
民生部門
自動車以外の運輸部門
運輸部門
その他産業部門
アルミ部門
化学部門
紙パ部門
セメント部門
鉄鋼部門:CCS
鉄鋼部門:省エネ・燃料転換
その他エネルギー転換部門
発電部門:水素
発電部門:バイオマス
発電部門:太陽光
発電部門:風力
発電部門:水力・地熱
発電部門:原子力
発電部門:CCS
発電部門:化石燃料間転換
発電部門:省エネ
部 門 別 ・ 技 術 別 CO 2 排 出 削 減 効 果
- 281 -
5.5.3 ま と め
本 節 で は 、第 3.4 節 で 述 べ た 短 中 期 の 变 述 的 シ ナ リ オ に つ い て 、そ れ ぞ れ の シ ナ リ オ
が 語 る 状 況 を エ ネ ル ギ ー シ ス テ ム モ デ ル DNE21+に 反 映 し 、モ デ ル 計 算 に よ っ て 定 量 的
な エ ネ ル ギ ー ・ CO 2 排 出 に 関 す る シ ナ リ オ を 策 定 し た 。
本節の内容に関する今後の課題としては、下記のようなものが挙げられる。

今 回 の 検 討 で 定 量 的 に 反 映 さ れ た 各 变 述 的 シ ナ リ オ の 内 容 は 限 ら れ て い る 。今 回 策
定 し た 定 量 的 な シ ナ リ オ を 参 考 に し つ つ 、变 述 的 シ ナ リ オ に 対 す る 具 体 的 な 定 量 化
の対応を更に検討する必要がある。

その上で、各シナリオの下での排出削減対策の分析・評価の実施を行う。
参 考 文 献 ( 第 5.5 節 に 関 す る も の )
K. Akimoto et al., “Estimates of GHG Emission Reduction Potential by Country, Sector, and Cost”, Energy
1)
Policy (in Press).
IEA, “World Energy Outlook 2007/2008”.
2)
5.6
定量的シナリオのまとめと課題
本章では、第 3 章で策定した变述的シナリオに沿って、これまで開発したシナリオ
ジェネレータや各種モデルを用いて、定量的シナリオの策定を試みた。長期の变述的
シ ナ リ オ に 対 応 し 、 シ ナ リ オ ジ ェ ネ レ ー タ で 作 成 し た 人 口 、 GDP 、 年 齢 構 成 、 貧 困 人
口シナリオを提示した。また、短中期变述的シナリオに沿って、温暖化対策技術の解
像 度 が 高 い 世 界 エ ネ ル ギ ー シ ス テ ム モ デ ル DNE21+を 用 い て エ ネ ル ギ ー 供 給 構 成 、CO2
排出等のシナリオを策定した。
今 後 の 課 題 と し て 、 長 期 の シ ナ リ オ に つ い て も 、「 ア フ リ カ 経 済 開 発 シ ナ リ オ 」、「 人
口減尐阻止シナリオ」などの複数のサブシナリオを用意する予定であり、それらに対
応 す る GDP、 人 口 シ ナ リ オ 等 を 準 備 す る 予 定 で あ る 。 ま た 、 本 章 で は 、 マ ク ロ の G D P
を与えたが、それを構成する産業構造のシナリオも準備する必要があり、産業構造に
関 す る 過 去 の ト レ ン ド 、多 地 域 多 部 門 経 済 モ デ ル DEARS 等 を 利 用 し て 、シ ナ リ オ 策 定
を行っていくことが必要である。
- 282 -
第 6章
6.1
ALPS-SD 指 標 の 開 発
目的と概要
持 続 的 発 展 の 度 合 い を は か る た め の SD 指 標 は こ れ ま で 多 数 開 発 さ れ て い る が 、開 発
された背景や目的によって、着目されている頄目や、地域、時点は異なる
1)
。また、
SD に と っ て 重 要 で あ る と 広 く 認 識 さ れ つ つ も 、 文 化 、 信 仰 、 制 度 、 ガ バ ナ ン ス の よ う
に定量化が困難なため取り上げられていない頄目もある
2)
。 ALPS プ ロ ジ ェ ク ト で は 、
SD の 定 義 を 論 じ る こ と は し な い が 、 こ の 先 100 年 程 度 の 期 間 に つ い て 、 世 界 の 人 間 生
活がどの程度向上し、自然環境保全がどの程度進展するかを、シナリオに沿って定量
的に示すことにより、持続的発展という文脈の中で脱温暖化シナリオ及び、温暖化対
策の評価に資する、ことを目的としている。
こ の た め 、 昨 年 度 は 、 既 存 の SD 指 標 を 参 考 に し つ つ 、 ALPS プ ロ ジ ェ ク ト で 開 発 し
ている变述的シナリオの内容と、シナリオジェネレータやモデルによる定量化の可能
性 を 考 慮 し 、 ALPS- SD 指 標 の 第 一 次 頄 目 案 を 作 成 し た 。 今 年 度 は 、 そ の 後 の 、 变 述 的
シ ナ リ オ と モ デ ル 開 発 の 進 捗 を 踏 ま え 、本 報 告 書 第 3 章 に 述 べ た ALPS 長 期 变 述 的 シ ナ
リ オ の 「 B: 大 量 消 費 社 会 か ら の 離 脱 シ ナ リ オ ( 以 下 、 B シ ナ リ オ )」 を 例 に 、 SD 指 標
の 一 部 頄 目 に つ い て 定 量 化 を 行 い 、 シ ナ リ オ の SD 評 価 を 試 行 し た 。
6.2
評価の試行
6.2.1 SD 項 目
表 5.5.1 -2 は 、 既 存 の SD 指 標 を 参 考 に し つ つ 、 温 暖 化 対 策 と の 関 連 性 、 定 量 化 の 可
能 性 を 考 慮 し て 作 成 し た ALPS-S D 指 標 頄 目 案 で あ る 。 大 筋 は 昨 年 度 の 第 一 次 案 と 変 わ
りないが、一部頄目については名称を再検討したものやモデル開発の進捗に合わせ、
変数を見直したものがある。頄目は、表に示す通り、人的資質、経済力、生活基盤、
セキュリティ、自然環境保全の大きく 5 つを設けている。このうち、人的資質は、生
産年齢人口と教育の 2 つの頄目を含む。総人口に対する生産年齢人口の割合は、気候
変 動 に 対 す る 脆 弱 性 評 価 を 目 的 に 開 発 さ れ た Vulnerability -Resilience Indicator (VRI)
3)
で、気候変動への適応力指標の一つとして取り上げられており、それを参考にした。
教 育 に 関 す る 変 数 は 複 数 の 案 が 考 え ら れ 、 代 表 的 な も の に Hu man Development Index
(HDI)
4)
や VRI、 ATEAM 5 ) 等 で 取 り 上 げ ら れ て い る 識 字 率 や ( 初 等 、 中 等 、 高 等 教 育 )
就 学 率 が あ る 。 World Bank に よ る Genuine Saving (Sg )
を構成する資本
7)
6)
やダスグプタによる生産基盤
では、教育投資が用いられている。
経済力に関する頄目には、平均所得と貧困人口を設定した。このうち、平均所得は
HDI で は 生 活 水 準 を 示 す 指 標 と し て 、 ま た 、 VRI で は 気 候 変 動 へ の 適 応 に 必 要 な 経 済
力の指標として利用されている。
「 一 人 当 た り GDP」は 価 格 の つ い た も の し か 考 慮 し て
お ら ず 、本 当 に SD を 反 映 し う る か と い う 反 論 も 考 え ら れ る が 、マ ク ロ 経 済 指 標 と し て
はデータが充実していること、そして、上述したように、気候変動への適応力とはお
- 283 -
そらく関連性が高いと思われることより、採用した。但し、例えば国内(地域内)の
所得格差が非常に大きい場合、国(地域)の平均所得が高くても、日々の生活に困る
ような人口が大勢存在するようでは経済力が高いとは言い難い。そこで、国内の所得
格 差 を 反 映 し た 経 済 力 指 標 と し て 、 Millennium Developme nt Goal Indicators (MDGI)
8)
を参考に、貧困人口の割合を取り上げた。
生活基盤については、必要な栄養の摂取、水アクセス、エネルギーアクセス、健康
に 関 す る 4 つ の 頄 目 を 設 定 し た 。 こ れ ら は 、 い ず れ も MDGI を 参 考 に し て い る 。
セキュリティに関しては、食料、エネルギー、水の 3 つを設定した。このうち、エ
ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ は Energy Security Index (IEA -ESI )
標の開発を行っている
Index (ESI)
10)
2)
9)
の 他 、本 プ ロ ジ ェ ク ト で も 指
。水 セ キ ュ リ テ ィ に つ い て は VRI や Environ mental Sus tainabili t y
で取り上げられている他、本プロジェクトでも需要を満たす安定的水供
給に関する評価を行っている。エネルギーセキュリティと水セキュリティの変数につ
い て は 第 6.2.3 節 で 述 べ る 。 食 料 セ キ ュ リ テ ィ は 、 エ ネ ル ギ ー 、 水 と 同 様 に 食 料 の 安 定
し た 供 給 は SD に 不 可 欠 で あ る こ と よ り 設 定 し た 。変 数 の 例 と し て 食 料 自 給 率( 本 報 告
書 4.2.9 節 に 試 算 例 有 り )を 上 げ て い る が 、農 産 品 貿 易 が さ ら に 拡 大 す る と 予 想 さ れ る
将来については、貿易の安定性を反映する、新たな変数の検討も必要かもしれない。
自然環境保全については、人間活動と関連の深い土地利用に着目している。関連す
る 変 数 例 に 、 MDGI の 「 国 土 面 積 に 対 す る 森 林 面 積 の 割 合 」 や Sg で の 「 森 林 減 尐 」 等
が あ る 。 今 回 の 試 評 価 で は 第 6.2.3 節 に 述 べ る 農 地 率 を 用 い た 。
表 6.2.1 -1
項目
ALPS -S D 指 標 項 目 案
変数
生産年齢人口
生産年齢人口(15歳~64歳)割合
教育
識字率、(初等、中等、高等教育)就
学率、教育投資
VRI 「dependency ratio:(老齢人
口(65歳~)/生産年齢人口(15
歳~64歳)」
HDI, VRI, ATEAM「識字率、就学
率」, Sg 「教育投資」
平均所得
一人当たりGDP
HDI, VRI
貧困人口
貧困人口割合
人的資質
経済力
必要な栄養の摂取
水アクセス
生活基盤
エネルギーアクセス
健康
食料セキュリティ
セキュリティ
参考例
MDGsターゲット1,指標1「1日1ドル
未満人口割合」
MDGsターゲット2,指標5:「必要最
低限レベル未満」
栄養摂取量が必要最低限レベル未
満の人口の割合
浄化された水源を継続して利用でき
MDGsターゲット10,指標30
る人口の割合
モダンエネルギー(電気やガス)にア MDGsターゲット9,指標29「固体燃
クセスできる人口の割合
料を使用する人々の割合」, EISD
MDGsターゲット4,指標13「5歳未
5歳未満児死亡率等
満児の死亡率」
VRI「穀物の単収,一人当たり動物
食料自給率
性タンパク質消費」
変数とSDの
関係*1
+
+
+
-
-
+
+
-
+
エネルギーセキュリティ エネルギーセキュリティ度
IEA-ESI
-
水セキュリティ
VRI「水需給比」,
ESI「一人当たり水資源量」
-
水需給比が一定値以上の人口割合
*1: 「 + 」 は 変 数 値 が 大 き い ほ ど SD 度 が 高 い 、 「 - 」 は 変 数 値 が 小 さ い ほ ど SD 度 が 高 い 、 関
係を想定している。
注:表中、水色を塗った頄目は、今年度定量的評価を試行した頄目を示す。
- 284 -
なお、指標頄目と変数は、变述的シナリオやシナリオジェネレータ、モデルの開発
に 伴 っ て 、 引 き 続 き 検 討 す る 予 定 で あ る 。 今 年 度 は 、 試 行 と し て 、 表 5.5.1 -2 の 水 色 で
塗った頄目について、シナリオに沿った定量的評価を行った。
6.2.2
評価対象のシナリオと時点、地域区分
評 価 対 象 と し た シ ナ リ オ は 、 ALPS 長 期 变 述 的 シ ナ リ オ の 「 B シ ナ リ オ 」( 第 3 章 参
照 ) 相 当 の も の で 、 人 口 と GDP は 第 5.2 節 に 示 し た 通 り で あ る 。 但 し 、 頄 目 に よ っ て
は、中期目標検討委員会で用いられたシナリオ
12)
11 )
や 、 SRES-B2 の 人 口 、 GDP シ ナ リ オ
を上記 B シナリオ相当のシナリオと見なして、評価に用いたものもある。
時 点 は 2000 年 と 2050 年 の 2 時 点 と し た 。
地 域 区 分 は 、 世 界 の 地 域 別 特 徴 を 反 映 し う る も の と し て 、 図 6.2.2 -1 に 示 す 1 8 地 域
を 想 定 し た 。 な お 、 ど の 頄 目 も 、 こ の 18 地 域 別 に 値 を 示 し て い る が 、 大 元 の 地 域 区 分
は算出に用いたシナリオジェネレータやモデルに依存し、頄目によって異なる。従っ
て 、 頄 目 毎 に 適 切 な 前 提 条 件 を 設 け 、 18 地 域 別 の 値 を 算 出 し た 。
第 6.2.3 節 に 頄 目 別 に 評 価 の 前 提 条 件 と 方 法 、 結 果 を 示 す 。
米国
カナダ
中米
ブラジル
单米
西欧
東欧
旧ソ連
北アフリカ
中央アフリカ
单部アフリカ
日本
東アジア
单アジア
東单アジア
中東
オセアニア
その他
図 6.2.2 -1
SD 指 標 の 地 域 区 分
6.2.3 項 目 別 評 価 の 前 提 条 件 、 方 法 、 結 果
(1) 生 産 年 齢 人 口
第 5.3 節 で 推 計 し た 、 シ ナ リ オ B の 生 産 年 齢 人 口 を 、 図 6.2.2 -1 の 1 8 地 域 に 集 約 し
て 利 用 し た 。 図 6.2.3 -1 に は 、 18 地 域 別 の 生 産 年 齢 人 口 割 合 を 示 す 。 世 界 の 生 産 年 齢
人 口 割 合 は 2000 年 か ら 2030 年 に か け て か ら 62%か ら 66%へ と 大 き く 上 昇 す る が 、2 03 0
年 こ ろ に ピ ー ク を 迎 え 、 2050 年 に は 64% へ と 低 下 す る 。 先 進 国 や 東 欧 ・ 旧 ソ 連 、 中 国
を 含 む 東 ア ジ ア で は 高 齢 化 社 会 が 進 展 し 、総 人 口 の 低 下 と と も に 、生 産 年 齢 人 口 も 2 050
年まで減尐し続ける。一方、中央アフリカや单部アフリカでは、人口増加に伴い、生
- 285 -
産 年 齢 人 口 も 2050 年 ま で 上 昇 し 続 け る 。イ ン ド を 含 む 单 ア ジ ア で は 、2030 年 頃 に ピ ー
クを迎え、その後若干低下する。
70
2000
68
2030
2050
66
生産年齢人口割合(%)
64
62
60
58
56
54
52
50
図 6.2.3 -1
シ ナ リ オ B の 18 地 域 別 の 生 産 人 口 割 合
(2) 平 均 所 得
第 5.2 節 で 推 計 し た シ ナ リ オ B の 地 域 別 の 一 人 当 り GDP を 平 均 所 得 と み な し 、 図
6.2.2 -1 の 18 地 域 別 に 集 約 し た 。 図 6.2.3 -2 に は 、 18 地 域 別 の 一 人 当 り GDP を 示 す 。
世 界 の 一 人 当 り GDP は 2000 年 か ら 2050 年 に か け て 、 5(1000$ per capita) か ら
12(1000$ per capita) へ と 大 き く 増 加 す る 。 特 に 、 中 国 を 含 む 東 ア ジ ア や イ ン ド を 含 む 单
ア ジ ア は 2000 年 か ら 2050 年 に か け て 一 人 当 り GD P が 大 き く 増 加 す る 。
- 286 -
50
カナダ
米国
45
日本
オセアニア
一人当り GDP (thousand $ per capita)
40
西欧
東アジア
35
南アジア
東南アジア
30
ブラジル
25
中東
旧ソ連
20
東欧
南米
15
中米
北アフリカ
10
中央アフリカ
南部アフリカ
5
その他
0
世界平均
2000
図 6.2.3 -2
2010
2020
2030
2040
2050
シ ナ リ オ B の 1 8 地 域 別 一 人 当 り GDP
注 )2100 年 ま で は 図 5.2.3 -15 を 参 照 。
(3) 貧 困 人 口
第 5.4 節 で 推 計 し た 、 シ ナ リ オ B の 地 域 別 貧 困 人 口 を 、 図 6.2.2 -1 の 1 8 地 域 に 集 約
し て 利 用 し た 。地 域 内 格 差 に 関 し 、地 域 別 ジ ニ 係 数 は 、2050 年 ま で 地 域 別 基 準 年( 20 00
年 )値 で 一 定 、す な わ ち 、地 域 内 格 差 は 2000 年 の レ ベ ル か ら 変 化 し な い と し た 。ま た 、
将 来 貧 困 線 の 想 定 に 関 し て は 、 現 在 の WB 1 3 ) の 貧 困 線 $1.25/day(2005PPP 換 算 )で 一 定 と
した。
図 6.2.3 -3 と 図 6.2.3-4 に は 、 そ れ ぞ れ 18 地 域 別 の 貧 困 人 口 と 貧 困 人 口 割 合 (総 人 口
に 占 め る 貧 困 人 口 の 割 合 )を 示 す 。 図 6.2.3 -3 に よ る と 、 世 界 の 貧 困 人 口 は 2000 年 か ら
2050 年 に か け て 、 約 1 6 億 人 か ら 約 1 億 人 へ と 大 き く 減 尐 す る 。 ま た 、 2000 年 の 東 ア
ジ ア や 单 ア ジ ア は 世 界 に 占 め る 貧 困 人 口 が 約 2/3 と 大 き い が 、 2050 年 に は 当 該 地 域 の
貧 困 人 口 は ほ と ん ど 存 在 し な い 。 2050 年 に お い て は 、 世 界 の 貧 困 人 口 は ほ ぼ ア フ リ カ
地 域 に 集 中 し て い る 。 図 6.2.3 -4 に よ る と 、 世 界 人 口 に 占 め る 世 界 貧 困 人 口 の 割 合 は 、
2000 年 で 27 %で あ っ た が 、 2030,2050 年 に は 3%,1% へ と 大 き く 減 尐 す る 。 シ ナ リ オ B
に お い て は 、前 述 の 想 定 の も と で は 、途 上 国 を 中 心 に 世 界 人 口 の 増 加 が あ り な が ら も 、
図 5.2.3 -3 の 一 人 当 り GDP シ ナ リ オ が 達 成 で き れ ば 、 世 界 の 貧 困 人 口 は 今 世 紀 半 ば に
は大きく減尐可能性を示唆している。
- 287 -
1800
その他
南部アフリカ
1600
中央アフリカ
北アフリカ
1400
貧困人口 (Million people)
中米
南米
1200
東欧
1000
旧ソ連
中東
800
ブラジル
東南アジア
600
南アジア
東アジア
400
西欧
オセアニア
200
日本
米国
0
カナダ
2000
2010
図 6.2.3 -3
2020
2030
2040
2050
シ ナ リ オ B の 18 地 域 別 貧 困 人 口
注 )2000 年 値 は 1999 年 実 績 値 。
60
東アジア
50
南アジア
東南アジア
ブラジル
貧困人口割合 (%)
40
中東
旧ソ連
30
東欧
南米
中米
20
北アフリカ
中央アフリカ
南部アフリカ
10
その他
world
0
2000
図 6.2.3 -4
2010
2020
2030
2040
2050
シ ナ リ オ B の 18 地 域 別 貧 困 人 口 割 合
注 )2000 年 値 は 1999 年 実 績 値 。
- 288 -
(4) 健 康
5 歳 未 満 児 死 亡 率 は 、 第 4.5 節 に 述 べ た 健 康 影 響 評 価 モ デ ル を 用 い て 推 計 し た 。 本 モ
デ ル で は 、 WHO が 整 理 し た 、 世 界 の 健 康 に 影 響 を 及 ぼ す 2 4 種 の リ ス ク の う ち 、「 小 児
期 と 母 体 の 低 栄 養 ( 以 下 、 低 栄 養 )」 に 関 す る 5 つ の リ ス ク 「 低 体 重 」、「 鉄 欠 乏 」、「 ビ
タ ミ ン A 欠 乏 」、
「 亜 鉛 欠 乏 」、
「 次 善 授 乳 」、及 び「 環 境 」に 関 す る「 不 安 全 な 水・衛 生 」、
「 固 体 燃 料 の 屋 内 煙 」 リ ス ク が 一 人 当 た り GDP の 向 上 に 伴 っ て 減 尐 す る 、 一 方 、「 気 候
変動」リスクは全球平均気温上昇に伴って上昇すると、想定している。
人 口 と 一 人 当 た り GDP は 、 ALPS 長 期 变 述 的 シ ナ リ オ の 「 B シ ナ リ オ 」( 第 5.2 節 参
照 ) を 用 い た 。 全 球 平 均 気 温 上 昇 は 、 SRES-B2 の 排 出 シ ナ リ オ 相 当 と 仮 定 し 、 2000 年
0.4℃ 、 2050 年 1.5℃ ( い ず れ も 、 1961 -1990 年 平 均 比 ) を 用 い た 。
図 6.2.3 -5 と 図 6.2.3-6 に 、そ れ ぞ れ 1 8 地 域 別 の 5 歳 未 満 児 死 亡 率 と 死 亡 者 数 の 推 計
結 果 を 示 す 。 な お 、 死 亡 率 は WHO の 世 界 6 地 域 別 1 に 算 出 し て い る 。 図 6.2.3 -5 よ り 、
中央アフリカ、单部アフリカ、中東、北アフリカ、单アジア、東单アジアでは、気候
変動のリスクが増加しても、低栄養、不安全な水・衛生、固定燃料使用のリスクが低
減 さ れ る な ら ば 、 5 歳 未 満 児 の 死 亡 率 は 2050 年 ま で に 数 十 パ ー セ ン ト 改 善 さ れ る 可 能
性 が あ る と い う 結 果 に な っ て い る 。図 6.2.3 -6 の 死 亡 者 数 も 、同 様 の 傾 向 を 示 し て い る 。
但 し 、 中 央 ア フ リ カ 、 单 部 ア フ リ カ は 、 2030 年 ま で の 人 口 増 加 が 死 亡 率 減 尐 を 上 回 る
た め 、2030 年 で 死 亡 者 数 が 最 も 多 い と う 結 果 に な っ て い る 。な お 、4.5 節 に 述 べ た よ う
に、将来のリスクの寄与度想定に関するデータと関数の整備が、シナリオをより反映
4.5
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
2000
2030
2050
カナダ
米国
日本
オセアニア
西欧
東アジア
南アジア
東南アジア
ブラジル
中東
旧ソ連
東欧
南米
中米
北アフリカ
中央アフリカ
南部アフリカ
その他
5歳未満児死亡率 ( 千人/10万人)
した評価のために必要と考えている。
図 6.2.3 -5
1
5 歳未満児の死亡率
SD18 地 域 の う ち 、 カ ナ ダ 、 米 国 、 中 米 、 ブ ラ ジ ル 、 单 米 に は 、 WHO の 6 地 域 区 分 の AMR 地 域
の 死 亡 率 を 利 用 し た 。 同 様 に 、 日 本 、 東 ア ジ ア 、 オ セ ア ニ ア 、 そ の 他 は WPR 地 域 、 单 ア ジ ア 、
東 单 ア ジ ア は SEAR 地 域 、 西 欧 、 東 欧 、 旧 ソ 連 は EUR 地 域 、 北 ア フ リ カ 、 中 東 は EMR 地 域 、 中
央 ア フ リ カ 、 单 部 ア フ リ カ は AFR 地 域 の 値 を 利 用 し た 。
- 289 -
2000
2030
2050
カナダ
米国
日本
オセアニア
西欧
東アジア
南アジア
東南アジア
ブラジル
中東
旧ソ連
東欧
南米
中米
北アフリカ
中央アフリカ
南部アフリカ
その他
5歳未満児死亡者数 ( 百万人)
4.5
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
図 6.2.3 -6
5 歳未満児の死亡者数
(5) エ ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ
エネルギーセキュリティについては、地域あるいはその時点の情勢が問題をとらえ
る視野の幅に影響を及ぼしやすいため、識者内で定性的な議論を行っても多様な意見
が出される
1)2)9)
。この点を深く認識しつつも、識者内での議論をより円滑に行い、か
つ識者外を含め幅広く結果の内容を示していくためにも、定量的なエネルギーセキュ
リティ指標は一つのツールとして有効である。
本 試 算 で は 、 IEA が 示 し た エ ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ イ ン デ ッ ク ス (IEA-ESI )を 主 に 参
考 に し つ つ 、H20 年 度 報 告 書
2)
で 示 し た 算 定 方 法 に て 2000 年 時 点 、及 び 2050 年 時 点 の
エ ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ 指 標 を 試 算 し た 。本 算 定 方 法 は 主 に 次 の よ う な 特 徴 を 有 す る 。

化 石 燃 料 の 輸 入 に 伴 う セ キ ュ リ テ ィ 度 合 い を 指 標 化( 国 内 で 生 産 す る エ ネ ル ギ ー
や 非 化 石 エ ネ ル ギ ー 、及 び エ ネ ル ギ ー 転 換 や 輸 送 に つ い て の 脆 弱 性 は 扱 わ な い と
の前提を置いた)

化石燃料は、石油、ガス、石炭という3区分の扱いとし、これらのセキュリティ
度(大きい方が脆弱であるとの指標)の合計をその地域のセキュリティ指標とし
た

化 石 燃 料 の 輸 入 元 が 分 散 し て い る 方 が 頑 健 性 が 高 く 、輸 入 元 が 集 中 し て い る と 脆
弱 で あ る と 評 価 ( 化 石 燃 料 貿 易 の 地 域 区 分 を 世 界 18 地 域 と し た )

地 域 別 の 政 治 リ ス ク に つ い て は 、 WB が 示 し た Political Stability と Regulatory
Quality の 平 均 値 を H20 年 度 報 告 書
2)
と 同 様 参 照 し た ( な お 、 2050 年 時 点 の 政 治
リ ス ク が ど の よ う に な る か 設 定 が 困 難 で あ る た め 、 こ こ で は 2000 年 時 点 の 政 治
リスクが今後とも変化しないとする保守的な想定を行った)
- 290 -

GDP 当 り の エ ネ ル ギ ー 消 費 量 と い っ た 指 標 は 参 照 し て い な い た め 、エ ネ ル ギ ー 高
騰時における経済影響の度合いといった要素は含んでいない(ここでは、一次エ
ネルギー供給のセキュリティを評価した)
元 と な る デ ー タ に 関 し て 、 2000 年 は GTAP デ ー タ ベ ー ス か ら 化 石 燃 料 の 地 域 間 輸 出
入 マ ト リ ッ ク ス の 実 績 デ ー タ を 参 照 し た 。2050 年 に つ い て は 、DNE21+ モ デ ル に よ る モ
デ ル 計 算 結 果 ( 特 段 の CO2 政 策 を 課 さ な い ベ ー ス ラ イ ン の ケ ー ス 、 地 域 間 の 輸 出 入 量
や 一 次 エ ネ ル ギ ー 消 費 量 の 結 果 ) を 参 照 し た 。 DNE21+モ デ ル 計 算 の 入 力 値 に つ い て 、
人 口 、 GDP、 エ ネ ル ギ ー 需 要 、 鉄 鋼 生 産 量 、 セ メ ン ト 生 産 量 は 、 資 料 11)に 基 づ い て い
る。
2000 年 、 2050 年 の 結 果 を 比 較 し た も の を 図 6.2.3-7 に 示 す 。 ま た 、 各 時 点 の 燃 料 種
別 の 結 果 を そ れ ぞ れ 図 6.2.3-8 、 図 6.2.3 -9 に 示 す 。 な お 何 れ の 図 も 、 値 が 小 さ い 地 域
は 相 対 的 に 脆 弱 性 が 低 く ( 相 対 的 に 頑 健 )、 値 が 大 き い 地 域 は 相 対 的 に 脆 弱 性 が 高 い こ
とを意味する。
図 6.2.3 -7 か ら 、 多 く の 地 域 で 2050 年 の 方 が 脆 弱 と な る 結 果 で あ る 。 こ れ は 、 こ の
50 年 間 に 北 米 や 北 海 油 田 と い っ た OECD 諸 国 で の 石 油 、 ガ ス 生 産 シ ェ ア が 低 下 し 、 ま
た エ ネ ル ギ ー 需 要 が 急 増 す る 中 国 、イ ン ド の 海 外 依 存 度 が 増 加 す る た め で あ る 。ま た 、
中 東 、 ロ シ ア へ の 集 中 度 が 世 界 的 に 高 ま る た め で あ る 2。
エ ネルギ ーセキュリティ指標
12,000
2000
10,000
2050
8,000
6,000
4,000
2,000
図 6.2.3 -7
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
東南アジア
南アジア
東アジア
西欧
オセアニア
日本
米国
カナダ
0
エ ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ 指 標 の 試 算 ( 2000 年 、 2050 年 )
注 1) 値 が 小 さ い ほ ど 脆 弱 性 が 小 さ く 、 値 が 大 き い ほ ど 脆 弱 性 が 大 き い 。
2
こ の よ う に 2 0 0 0 年 と 2 0 5 0 年 時 点 の セ キ ュ リ テ ィ「 指 標 」を 比 較 す る と 、2 0 5 0 年 の 方 が 脆 弱 で あ
る と の 試 算 結 果 で あ る が 、 本 指 標 で は GDP 当 り の 脆 弱 性 の 評 価 を 行 っ て お ら ず 、 従 っ て 卖 純 に
2 0 5 0 年 の 方 が セ キ ュ リ テ ィ 上 、脆 弱 で あ る と は 言 え な い 点 に 注 意 が 必 要 で あ る 。即 ち エ ネ ル ギ ー
供 給 停 止 時 や エ ネ ル ギ ー 価 格 高 騰 時 の 経 済 影 響 の 度 合 、あ る い は そ の よ う な 事 態 に お け る 経 済 的
な 対 応 能 力 と い っ た 意 味 で は 、 2000 年 時 点 よ り 経 済 発 展 し た 2050 年 の 方 が よ り 頑 健 で あ る と も
言える。
- 291 -
注 2) 中 国 は 東 ア ジ ア に 、 イ ン ド は 单 ア ジ ア に そ れ ぞ れ 含 ま れ る
注 3) 本 図 の セ キ ュ リ テ ィ 指 標 は 、石 油 、ガ ス 、石 炭 の 合 計 値 を 示 し て い る( 燃 料 種
別 の 内 訳 に つ い て は 、 次 の 図 6.2.3 -8、 図 6.2.3-9 を 参 照 の こ と )
12,000
エ ネルギ ーセキュリティ指標
Coal
10,000
Gas
Oil
8,000
6,000
4,000
2,000
図 6.2.3 -8
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
東南アジア
南アジア
東アジア
西欧
オセアニア
日本
米国
カナダ
0
エ ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ 指 標 の 試 算 ( 2000 年 、 燃 料 別 )
注)中国は東アジアに、インドは单アジアにそれぞれ含まれる
12,000
エ ネルギ ーセキュリティ指標
Coal
10,000
Gas
Oil
8,000
6,000
4,000
2,000
図 6.2.3 -9
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
東南アジア
南アジア
東アジア
西欧
オセアニア
日本
米国
カナダ
0
エ ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ 指 標 の 試 算 ( 2050 年 、 燃 料 別 )
注)中国は東アジアに、インドは单アジアにそれぞれ含まれる
- 292 -
燃 料 種 別 の 結 果 を 見 る と 2000 年 時 点 ( 図 6.2.3-8 ) で は 、 と り わ け 中 東 の 石 油 依 存
度 の 高 い 日 本 、東 单 ア ジ ア で 脆 弱 と な る 結 果 で あ る 。こ れ に 対 し 、2050 年( 図 6.2.3 -9)
になると、石油のみならずガス、石炭でも各地域で輸入元の集中度が高まり脆弱性が
高 ま る 結 果 で あ る 。 こ れ は 、 2050 年 と な る と 中 国 、 イ ン ド の 経 済 発 展 に 起 因 す る エ ネ
ルギー輸入増大圧力が著しく、そのあおりを受けガスのみならず石炭についても輸出
の集中度が世界的に高まるためである(石炭について供給余力のある地域がオースト
ラ リ ア 、 カ ナ ダ 、 单 ア フ リ カ な ど に 限 ら れ る 結 果 で あ る )。
DNE21+ モ デ ル に お い て は 、セ キ ュ リ テ ィ と い っ た 要 素 は 明 示 的 に 組 み 込 ま れ て お ら
ず、コスト効率的な輸送が選択される構造であるため、脆弱性が高い結果が算出され
て い る 可 能 性 が あ る 。 ま た 今 回 は 特 段 の CO2 対 策 が 取 ら れ な い と す る ベ ー ス ラ イ ン の
結果のみ試算を行っている。今後は、このような点を含め検討を進めていく予定であ
る。
(6) 水 セ キ ュ リ テ ィ
水ストレス人口は、
「 水 需 給 比 が 0.4 以 上 の 流 域 に 住 む 人 口 」と 定 義 し 、4.3 節 に 述 べ
た 水 需 給 評 価 モ デ ル を 用 い て 推 計 し た 。 モ デ ル で 、 人 口 、 GDP 、 気 候 変 動 シ ナ リ オ は
SRES -B2 の 値 を 利 用 し た 。 気 候 の 地 域 分 布 デ ー タ は MIROC3.2(Medres) を 利 用 し た 。 灌
漑用水需要の推計に関し、食料需要シナリオは、一人当たり食料消費量の国内格差が
現状並みであるが国内平均の一人当たり食料消費量が増えることにより国内の栄養不
足 人 口 が 無 く な る シ ナ リ オ ( 4.2.2 節 (2)「 MDG 達 成 ・ 格 差 大 シ ナ リ オ 」 参 照 ) を 想 定
し て い る 。 ま た 農 業 生 産 の 技 術 進 展 は 、「 低 位 」 ~ 「 中 位 」( 4.2.7 節 参 照 ) 程 度 を 想 定
し て い る 。 灌 漑 地 点 の 選 択 に 流 域 の 水 資 源 量 は 特 に 考 慮 せ ず 、 2000 年 時 の 灌 漑 地 は 将
来も灌漑可能と想定している。その他、生活用水需要、工業用水需要、淡水化水量等
の 想 定 は 4.3 節 に 示 す 通 り で あ る 。
図 6.2.3 -10 に 1 8 地 域 別 の 水 ス ト レ ス 人 口 を 示 す 。水 資 源 量 の 増 加 以 上 に 人 口 増 加 や
経 済 発 展 に 伴 う 需 要 増 加 が 著 し い 单 ア ジ ア 、 中 東 を は じ め 、 世 界 全 体 で 2050 年 ま で に
水 ス ト レ ス 人 口 が 2000 年 よ り 20 億 人 近 く 増 え る と い う 結 果 に な っ て い る 。図 6.2.3 -11
は 、 人 口 に 対 す る 水 ス ト レ ス 人 口 の 割 合 を 示 し た も の で あ る 。 2050 年 の 人 口 割 合 で み
ると中東が最も高く、次いで、单アジア、北アフリカとなっている。
- 293 -
水ストレス人口(百万人)
1,800
1,600
1,400
2000
1,200
2030
1,000
2050
800
600
400
200
カナダ
米国
日本
オセアニア
西欧
東アジア
南アジア
東南アジア
ブラジル
中東
旧ソ連
東欧
南米
中米
北アフリカ
中央アフリカ
南部アフリカ
その他
0
図 6.2.3 -1 0
水ストレス人口
1.0
水ス トレス 人口割合
0.9
0.8
2000
0.7
2030
0.6
2050
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
カナダ
米国
日本
オセアニア
西欧
東アジア
南アジア
東南アジア
ブラジル
中東
旧ソ連
東欧
南米
中米
北アフリカ
中央アフリカ
南部アフリカ
その他
0.0
図 6.2.3 -1 1
水ストレス人口割合
(7) 土 地 利 用
自 然 環 境 保 全 の 土 地 利 用 に 関 す る 変 数 と し て 、 農 地 率 ( ≡ 100 × 農 地 面 積 /( 農 地 面 積
+ 森 林 面 積 ) [ %]) を と り あ げ た 。 川 島
14)
によると、現在農地となっている土地の大部
分は、人類が農耕を始める前は灌木林や森林であったことを考えると、農地率は、人
間が森林を伐採して農地を造成した程度を知ることができる。
こ こ で は 、 シ ナ リ オ に 沿 っ た 定 量 的 な 評 価 の た め 、 農 地 率 ≡ 100×農 作 物 8 品 目 栽 培
面 積 /(農 地 面 積 + 森 林 面 積 ) [ %]と 定 義 し 、 農 作 物 8 品 目 ( 小 麦 、 米 、 ト ウ モ ロ コ シ 、 ジ
ャガイモ、サトウキビ、大豆、オイルパーム、菜種)の栽培面積は、農業土地利用評
価 モ デ ル を 用 い て 推 計 し た 。農 作 物 8 品 目 の 生 産 量 は 4.2 節 に 述 べ た よ う に 、カ ロ リ ー
- 294 -
ベースで世界の総食料需要量を満たすものとし、そのために必要な一次農産品、畜産
品 、加工品の量を考慮している 。食料需要量の想定は、水ストレス人口の評価と同 様 、
一人当たり食料消費量の国内格差は現状並みであるが国の平均一人当たり食料消費量
が 増 え る こ と に よ り 国 内 の 栄 養 不 足 人 口 が 無 く な る シ ナ リ オ( 4.2 . 2 節 ( 2 )「 M D G 達 成 ・
格 差 大 シ ナ リ オ 」参 照 )と し た 。ま た 農 業 生 産 の 技 術 進 展 は 、
「 低 位 」~「 中 位 」
( 4.2. 7
節 参 照 ) 程 度 と し 、 気 候 の 地 域 分 布 デ ー タ は MIROC3.2(Medres) を 利 用 し た 。 な お 、 モ
デル評価では休耕地は考慮できていない。
農 地 面 積 、森 林 面 積 は WDI の 2 0 0 0 年 デ ー タ
15)
を 用 い た 。資 料 1 5 )に よ る と 、農 地 に
は 、 耕 地 ( Alable land )、 樹 園 地 ( Pre ma nent crops )、 草 地 ( Par menent pasture ) が 含 ま
れる。
図 6.2.3 -12 は 、1 8 地 域 別 の 推 計 農 地 率 で あ る 。2000 年 時 点 の 農 地 率 は 单 ア ジ ア で 最
も 高 く 、 次 い で 東 欧 と な っ て い る 。 2050 年 に は 单 ア ジ ア と 中 央 ア フ リ カ 、 单 部 ア フ リ
カ、米国での農地拡大が目立つ結果となっている。
90
80
農地率 (%)
70
2000
60
50
40
30
2050
20
10
カナダ
米国
日本
オセアニア
西欧
東アジア
南アジア
東南アジア
ブラジル
中東
旧ソ連
東欧
南米
中米
北アフリカ
中央アフリカ
南部アフリカ
その他
0
図 6.2.3 -1 2
農地率
6.2.4 数 値 の 標 準 化
前節に示す通り、評価値の大きさや卖位は頄目によって異なる。このままでは、例
えば、ある地域で、どの頄目が優れている、あるいは、务っているかを把握しにくい
こ と よ り 、 (6.2 -1 )式 の よ う に 、 各 頄 目 の 量 を 2000 年 の 18 地 域 の 平 均 値 と 標 準 偏 差 を
用 い て 標 準 化 し た 。 こ の よ う な 地 域 の 平 均 値 と 標 準 偏 差 に よ る 標 準 化 は Yale 大 学 と
10)
Columbia 大 学 で 開 発 さ れ た ESI 指 標
SDijt  ()
V
ijt
 M i2
STi 2
0
0
0

でも利用されている。
5
0
0
(6.2 -1)
0
- 295 -
i: SD 頄 目 、 j: 地 域 、 t: 時 点 、 Vijt : 頄 目 別 の 値 、 M i 2 0 0:
0 1 8 地 域 の 2000 年
平 均 値 、 STi 2000: 1 8 地 域 の 2000 年 標 準 偏 差
( ) :「 生 産 年 齢 人 口 割 合 」、「 一 人 あ た り GDP」 等 望 ま し い 頄 目 は 「 + 」
「 水 ス ト レ ス 人 口 割 合 」等 望 ま し く な い 頄 目 は「 - 」
( 表 5.5.1 -2 の 右 端
列参照)
* 一 人 あ た り GDP の み 、 分 布 の 対 象 性 を 考 慮 し 、 Vijt , M i 2000に 対 数 値 を 適 用
した。
(6.2 -1)式 で 標 準 化 さ れ た 値 は 、式 よ り 明 ら か な よ う に 、
「 5」は 2000 年 の 1 8 地 域 平 均 レ
ベ ル を 示 し 、 5 以 上 な ら 、 2000 年 の 1 8 地 域 平 均 レ ベ ル よ り SD 度 が 高 い こ と を 意 味 す
る。つまり、数値が大きいほど持続的発展の度合いが高いが、どの程度の値であれば、
十分に持続的かという尺度は持っていない。それは、むしろ価値判断に依存するもの
で、別途議論が必要と考えている。
6.2.5 シ ナ リ オ 評 価 の 結 果
図 6.2.5 -1、 図 6.2.5-2 に そ れ ぞ れ 2000 年 と 2050 年 の 各 頄 目 の SD 度 を 、 図 5.5.1 -1
に 2000 年 か ら 2050 年 ま で の SD 度 の 変 化 を 示 す 。図 6.2.5 -1 に よ る と 、2 0 0 0 年 の 单 ア
ジ ア は 今 回 評 価 対 象 と し た 全 て の 頄 目 で 18 地 域 平 均 を 下 回 り 、 SD 度 が 低 い 。 中 央 ア
フ リ カ 、 单 部 ア フ リ カ は 、 生 産 年 齢 人 口 、 平 均 所 得 、 貧 困 、 健 康 面 で の SD 度 は 他 の 地
域 に 比 べ て 低 い が 、 エ ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ 、 水 セ キ ュ リ テ ィ 、 土 地 利 用 の 面 で は 18
地域平均に近いか、もしくはそれ以上で比較的高い結果になっている。カナダ、米国 、
日本、オセアニア、西欧等の先進地域は、米国の水セキュリティと土地利用を除くと
ほ ぼ 全 て の 頄 目 で SD 度 が 18 地 域 平 均 を 上 回 っ て い る 。 中 東 は 水 セ キ ュ リ テ ィ の S D
度 が 他 の 頄 目 に 比 べ 低 く 、東 欧 で は エ ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ の SD が 低 い こ と が 目 立 つ
結果になっている。
図 6.2.5 -2、 図 5.5.1-1 に よ る と 、 18 地 域 平 均 で 、 2050 年 に は 2000 年 に 比 べ 、 平 均
所 得 、 貧 困 、 健 康 面 で の SD 度 が 向 上 す る と 評 価 さ れ た 。 貧 困 に つ い て は 、 第 6.2 . 3 節
(3)で 述 べ た よ う に 、各 地 域 で 2000 年 並 み の 所 得 格 差 が 2050 年 ま で 続 く と 想 定 し た が 、
ど の 地 域 も 平 均 所 得 が 向 上 す る た め 、 2050 年 に は $1.25/day(2005PPP 換 算 )の 貧 困 線 を
ほとんどの人がクリアできるという評価結果になっている。健康(5 歳未満児死亡率)
は 、 平 均 一 人 当 た り 所 得 の 向 上 に 伴 い 「 小 児 期 と 母 体 の 低 栄 養 」 に 関 す る 「 低 体 重 」、
「 鉄 欠 乏 」、
「 ビ タ ミ ン A 欠 乏 」、
「 亜 鉛 欠 乏 」、
「 次 善 授 乳 」の リ ス ク 、及 び「 不 安 全 な 水 ・
衛 生 」、「 固 体 燃 料 の 屋 内 煙 」 の リ ス ク が 縮 減 さ れ る と 想 定 し た こ と を 反 映 し 、 中 央 ア
フ リ カ 、单 部 ア フ リ カ 、東 单 ア ジ ア 、单 ア ジ ア を は じ め 、全 て の 地 域 で 2050 年 に は S D
度 が 2000 年 よ り 向 上 す る と 推 計 さ れ た 。 こ れ ら に 対 し 、 エ ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ 、 水
セ キ ュ リ テ ィ 、 土 地 利 用 面 は 、 2050 年 に は 世 界 的 に SD 度 が 下 が る 可 能 性 が あ る 。 エ
ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ の SD 度 低 下 は 、 第 6.2.3 節 (5)に 述 べ た よ う に 、 中 国 、 イ ン ド の
- 296 -
経済発展に伴うエネルギー輸入増大が、世界のエネルギー市場に影響を及ぼし、天然
ガ ス や 石 炭 の 輸 出 地 域 集 中 度 が 世 界 的 に 高 ま る こ と を 反 映 し た 結 果 で あ る 。こ の た め 、
東欧に限らず、西欧や中米、单アジアでもエネルギーセキュリティは脆弱になる可能
性があるという結果になっている。水セキュリティは、人口が減尐する日本を除き、
全 て の 地 域 で SD 度 が 低 下 す る と 推 計 さ れ た 。こ れ は 、水 資 源 量 増 加 を 上 回 る 水 需 要 増
加 に よ る 。 こ の 推 計 に よ る と 、 SD 度 低 下 は 中 東 、 北 ア フ リ カ で 顕 著 と 見 込 ま れ る 。 土
地 利 用 の SD 度 は 、農 地 が 拡 大 す る 中 央 ア フ リ カ や 单 部 ア フ リ カ で 大 幅 に 下 が る 可 能 性
が 考 え ら れ る 。生 産 年 齢 人 口 の SD 度 は 、先 進 地 域 で は 高 齢 化 に 伴 っ て 低 下 す る が 、途
上国では、逆に向上する。
以 上 を 総 じ る と 、 今 回 評 価 対 象 と し た シ ナ リ オ は 、 途 上 地 域 で は 、 今 後 2050 年 ま で
に 、所 得 の 向 上 に 伴 い 、貧 困 や 5 歳 未 満 児 の 健 康 面 で の SD 度 が 向 上 す る 可 能 性 が あ る 。
さらに生産年齢人口割合も向上することより、例えば温暖化に対する適応力向上が期
待できる。一方、エネルギーセキュリティや水セキュリティ、そして土地利用に関す
る SD 度 が 低 下 す る 可 能 性 が 示 唆 さ れ て お り 、例 え ば 温 暖 化 対 策 の 検 討 で は こ れ ら の 点
により一層の留意が必要といえる。先進地域は途上国同様、エネルギーセキュリティ
を考慮した温暖化対策、そして、適応面では高齢化を念頭においた対策が必要になる
可能性が考えられる。
7
生産年齢人口
6
平均所得
4
貧困
3
健康
2
エネルギーセ
キュリティ
水セキュリティ
1
図 6.2.5 -1
2000 年 の S D 度
- 297 -
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
東南アジア
南アジア
東アジア
西欧
オセアニア
日本
米国
カナダ
0
18地域平均
SD
5
土地利用
7
生産年齢人口
6
平均所得
SD
5
4
貧困
3
健康
2
エネルギーセ
キュリティ
水セキュリティ
1
図 6.2.5 -2
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
東南アジア
南アジア
東アジア
西欧
オセアニア
日本
米国
カナダ
18地域平均
0
土地利用
2050 年 の S D 度
3
生産年齢人口
2
平均所得
SD
1
0
貧困
-1
健康
-2
エネルギーセ
キュリティ
水セキュリティ
-3
図 6.2.5 -3
6.3
その他
南部アフリカ
中央アフリカ
北アフリカ
中米
南米
東欧
旧ソ連
中東
ブラジル
東南アジア
南アジア
東アジア
西欧
オセアニア
日本
米国
カナダ
18地域平均
-4
土地利用
2050 年 の S D 度 変 化 ( 対 2000 年 )
まとめと今後の課題
ALPS 長 期 シ ナ リ オ B 相 当 の シ ナ リ オ を 例 に 、
「 生 産 年 齢 人 口 」、
「平均所得」
「貧困人
口 」、
「 健 康( 5 歳 未 満 児 死 亡 率 )」、
「 エ ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ 」、
「 水 セ キ ュ リ テ ィ 」、
「土
地 利 用 」の 7 つ の 頄 目 に つ い て 2000 年 と 2050 年 の 持 続 的 発 展 の 度 合 い を 表 す SD 度 を
試評価した。それによると、このシナリオの場合、発展途上地域で平均所得、貧困、
健 康 、生 産 年 齢 人 口 に 関 す る SD 度 は 向 上 す る が 、エ ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ 、水 セ キ ュ
リ テ ィ 、土 地 利 用 面 で の SD 度 は 低 下 す る 可 能 性 が あ る 。先 進 地 域 で は 、エ ネ ル ギ ー セ
キ ュ リ テ ィ 、生 産 年 齢 人 口 の 面 で の SD 度 が 低 下 す る 可 能 性 が あ る 。但 し 、こ の 結 果 は 、
個 々 の SD 頄 目 評 価 に お い て 想 定 し た 各 種 前 提 条 件 に 依 存 し て い る 。今 後 、シ ナ リ オ 細
部の開発に合わせ、シナリオにより整合するよう前提条件を見直すこともありうる。
今後の課題として、指標の頄目、変数の継続的検討があげられる。これは、变述的
シナリオ、シナリオジェネレータ、モデルの開発を考慮しつつ検討する予定である。
SD 評 価 の 地 域 区 分 に つ い て 、 今 回 は シ ナ リ オ の 地 域 別 特 徴 を 反 映 し う る も の と し て 世
界 18 地 域 を 想 定 し た が 、 こ れ が 、 今 後 、 シ ナ リ オ 別 に 温 暖 化 緩 和 策 、 適 応 策 が S D に
- 298 -
及 ぼ す 影 響 を 評 価 す る 際 に 適 当 か 、前 述 の SD 頄 目 、変 数 と 合 わ せ 検 討 す る 予 定 で あ る 。
そ の 他 、よ り 分 か り や す い 表 現 と し て 、複 数 頄 目 を 統 合 し た 指 標 の 開 発 も 考 え ら れ る 。
ただし、これについは、各頄目をどの程度重要と考えるか、という価値判断を含むこ
とより、統合化による利点や、統合化の方法を慎重に検討する必要がある。
参考文献(第 6 章に関するもの)
1)
(財)地球環境産業技術研究機構:脱地球温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための対応戦略
の研究
2)
(財)地球環境産業技術研究機構:脱地球温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための対応戦略
の研究
3)
平成 19 年度成果報告書 (2008).
平成 20 年度成果報告書 (2009).
Moss, R.H., Brenkert, A.L., Malone, E.L. : Vulnerability to climate change - A Quantitative. Approach.
Prepared for the U.S. Department of Energy. PNNL-SA-33642 (2001).
4)
Unaided Nations Development Program : The 2006 Human Development Report
(http://hdr.undp.org/hdr2006/)
5)
Potsdam Institute for Climate Impact Research : ATEAM Final Report (2004).
6)
World Bank : Expanding the measure of wealth : indicators of environmentally sustainable development,
World Bank, Washington DC (1997) (http://info.worldbank.org/etools/docs/library/110128/measure.pdf)
7)
パーサ・ダスグプタ(植田和弘・山口臨太郎・中村裕子訳):経済学, 岩波書店 (2008).
8)
国連開発計画東京事務所 : ミレニアム開発目標 (http://www.undp.or.jp/aboutundp/mdg/mdgs.shtml)
9)
IEA: Energy Security and Climate Policy – Assessing Interactions, Paris: IEA Publications (2007).
10) Yale Center for Environmental Law and Policy and Center for International Earth Science Information
Network : 2005 Environmental Sustainability Index: Benchmarking National Environmental Stewardship
(2005) (http://www.yale.edu/esi/).
11) RITE, RITE 世界モデルの概要, 2009 年 3 月 26 日, http://www.rite.or.jp/Japanese/labo/sysken/about-global
-warming/download-data/RITEWorldModel_20090326.pdf
12) IIASA: Greenhouse Gas Initiative scenario database database version 2.0.1.
(http://www.iiasa.ac.at/web-apps/ggi/GgiDb/dsd?Action=htmlpage&page=series.)
13) World Bank: PovcalNet Online Poverty Analysis Tool, http://go.worldbank.org/NT2A1XUWP0
14) 川島博之: 世界の食料生産とバイオマスエネルギー、2050 年の展望、東京大学出版会 (2008)
15) World Bank : World development indicators (2008)
- 299 -
第 7章
まとめと今後の課題
本 報 告 書 は 、 今 年 度 ( H21 年 度 ) の 「 脱 地 球 温 暖 化 と 持 続 的 発 展 可 能 な 経 済 社 会 実
現 の た め の 対 応 戦 略 の 研 究 」( 通 称 ALPS ( ALternative Pathways toward Sustainable
develop ment and climate stabilization )プ ロ ジ ェ ク ト )の 成 果 を と り ま と め た も の で あ る 。
(1) 今 年 度 の ま と め
本報告書において記載してきたように、今年度実施した研究内容の概略は以下のと
おりである。
①
持続可能な発展と温暖化政策に関する評価例の調査
持続可能な発展と温暖化対策に関する評価事例として、本研究と似た目的を持って
オランダ環境評価機関で開発された持続可能な発展と温暖化対策の総合的分析モデル
GISM O と 、 モ デ ル を 用 い た 持 続 可 能 な 発 展 ( SD) の 定 量 的 評 価 に つ い て 調 査 し た 内 容
を記した。また、気候変動対策の評価でこれまでもしばしば用いられてきた温暖化緩
和費用と影響被害低減効果(便益)双方を分析する費用便益分析について、大規模な
カ タ ス ト ロ フ ィ ッ ク 影 響 を 適 切 に 評 価 で き な い と い う M. Weitzman の 主 張 と 、 そ れ に
対 す る W. Nordhaus の 反 論 を 整 理 し た 。さ ら に 、脱 地 球 温 暖 化 と 持 続 的 発 展 可 能 な シ ナ
リ オ 作 成 に 関 連 し 、 経 済 成 長 や 産 業 構 造 変 化 、 出 生 率 、 CO2 排 出 量 等 の 過 去 の ト レ ン
ドを統計データ解析により整理した内容を記述した。
②
变述的シナリオの策定
IPCC の シ ナ リ オ 策 定 動 向 や 当 該 研 究 に 関 す る 国 際 的 な 問 題 意 識 、 見 方 の 異 な っ た 議
論等を踏まえつつ、地球温暖化問題と持続可能な発展に関連した变述的シナリオの策
定を行った。变述的シナリオ策定に先立って、今年度は、昨年度までの調査・検討を
踏まえつつ、地球温暖化問題と持続可能な発展に関する論点をピックアップし、まと
め た 。そ の 上 で 、2030 年 頃 を 念 頭 に お い た 短 中 期 の シ ナ リ オ と し て 、
「コスト合理的温
暖 化 対 策 シ ナ リ オ 」、「 民 主 的 プ ロ セ ス 重 視 シ ナ リ オ 」、「 エ ネ ル ギ ー 安 全 保 障 優 先 シ ナ
リオ」の3つのシナリオを策定した。これら3つのシナリオは、社会において優先さ
れ る 事 頄 が 異 な る こ と か ら 生 じ る も の と 考 え た 。 一 方 、 長 期 の シ ナ リ オ と し て は 、「 消
費 厚 生 の 継 続 的 増 大 シ ナ リ オ 」、「 大 量 消 費 社 会 か ら の 離 脱 シ ナ リ オ 」 を 策 定 し た 。 ま
た、地球温暖化問題と持続可能な発展に関する論点に答えていくために、いくつかの
サ ブ シ ナ リ オ に つ い て も 検 討 を 行 っ た 。 IPCC は Representative Concentration Pathways
(RCP) と し て 4 つ の 濃 度 レ ベ ル を 想 定 し た 排 出 パ ス の 策 定 を 行 っ て い る た め 、そ れ ぞ れ
の变述的シナリオを表現する定量的シナリオにおいて、これら4つの濃度レベルに対
応 す る 場 合 の シ ナ リ オ 策 定 を 今 後 検 討 し て い く こ と と し 、そ の 方 針 に つ い て ま と め た 。
本年度策定した短中期および長期の变述的シナリオは、本報告書第1章で記述したよ
- 300 -
う に 、 IPCC が 第 5 次 評 価 報 告 書 に 向 け て 策 定 し よ う と し て い る シ ナ リ オ の イ メ ー ジ と
も合致するものとなっている。
③
定量的評価のためのコンピュータモデルの開発
持続的発展と脱温暖化に関するシナリオの重要要素を一定のロジックに基づいて表
現 し 、 SD 政 策 や 温 暖 化 対 策 の 効 果 を シ ナ リ オ と 矛 盾 な く 評 価 す る た め の モ デ ル 開 発 を
行ってきた。今年度は、地球温暖化対策と持続的発展に関する中核モデルとしてこれ
まで開発してきた農業土地利用モデルについて、食料需要推計方法、現況土地利用デ
ー タ と の 整 合 性 の 確 保 等 の 改 善 を 実 施 し た 。 ま た 、 土 地 利 用 変 化 に 伴 う CO2 排 出 に つ
いても推定できるようにモデル改造を実施した。そして改良した農業土地利用モデル
を 用 い て 、 IPCC SRES シ ナ リ オ を ベ ー ス と し て 、 定 量 的 な 分 析 ・ 評 価 を 実 施 し た 。 そ
の他、水需給評価モデル、環境調和型都市と交通システム評価モデル、健康影響評価
モデルについても、それぞれモデルの改良に取り組んだ。さらに、国際産業連関を考
慮 し た 世 界 多 地 域 多 部 門 モ デ ル DEARS を 用 い 、排 出 削 減 が 産 業 構 造 や 炭 素 リ ー ケ ー ジ
に及ぼす影響について分析・評価を行った。これらのモデル構築によって、②頄で策
定した变述的シナリオや持続的発展と温暖化対策に関連した様々な分析・評価が可能
となり、また、事象間の高い整合性を有した分析・評価が可能となった。
④
变 述 的 シ ナ リ オ に 沿 っ た 持 続 的 発 展 政 策・温 暖 化 抑 制 政 策 に 伴 う 温 室 効 果 ガ ス 排 出
シナリオ、温暖化緩和策シナリオの定量的な分析・評価
策定した变述的シナリオに沿って、開発したシナリオジェネレータ、各種モデルを
用いて、定量的シナリオの策定を試みた。長期の变述的シナリオに対応し、シナリオ
ジ ェ ネ レ ー タ で 作 成 し た 人 口 、 GDP、 年 齢 構 成 、 貧 困 人 口 シ ナ リ オ を 提 示 し た 。 ま た 、
短中期变述的シナリオに沿って、地域解像度、温暖化対策技術の解像度が高い世界エ
ネ ル ギ ー シ ス テ ム モ デ ル DNE21+を 用 い て エ ネ ル ギ ー 供 給 構 成 、CO2 排 出 等 の シ ナ リ オ
を策定した。
⑤
各種の持続可能な発展および地球温暖化政策に関する指標開発とその定量的評価
シ ナ リ オ や 温 暖 化 対 策 を 持 続 的 発 展 と い う 文 脈 の 中 で 評 価 す る た め の 、 SD 指 標 開 発
に つ い て 記 述 し た 。昨 年 度 に 引 き 続 き 検 討 し た SD 頄 目 と 変 数 に つ い て 整 理 し た 。そ し
て 、 ALPS の 長 期 シ ナ リ オ 「 大 量 消 費 社 会 か ら の 離 脱 シ ナ リ オ 」 を 例 に 、 7 つ の 頄 目 に
つ い て 2050 年 の 世 界 1 8 地 域 別 SD 度 を 算 定 し 、 シ ナ リ オ の SD 評 価 を 試 行 し た 。
また、本研究開発は、研究開発成果を最大限に発揮するために、持続可能な発展と
温暖化対策というテーマゆえに、国際的な協力関係が不可欠であることから、強力な
国際研究協力体制の下で実施した。具体的には、地球環境問題のシステム的な分析・
評 価 で 国 際 的 に 知 名 度 が 高 く 、 IPCC や 国 連 な ど の 活 動 に も 積 極 的 な 貢 献 を 行 っ て い る
国 際 機 関 で あ る 国 際 応 用 シ ス テ ム 分 析 研 究 所( IIAS A)と の 協 力 の 下 、研 究 を 実 施 し た 。
そ の 具 体 的 な 成 果 の 一 旦 は 、 IIASA-R ITE 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム と い う 形 で 広 く 一 般 に も 紹
介した。
- 301 -
以上のように、当初計画した研究計画を着実に達成し、具体的かつ包括的な持続可
能な発展と脱地球温暖化のシナリオ策定がほぼできる形となった。
(2) 今 後 の 課 題
最後に、来年度以降の課題を以下にまとめておく。
① 地球温暖化緩和および適応と持続可能な発展に関する变述的シナリオの策定
・
变 述 的 シ ナ リ オ は 、H21 年 度 ま で に 本 研 究 開 発 に お い て 策 定 し た 变 述 的 シ ナ リ
オをもとにしつつ、温暖化適応に関するシナリオについても策定を行う。
・
下記に記載のモデル分析によって導出した定量的なシナリオをベースに、变
述的な解釈を行う。
② 定量的評価のためのコンピュータモデルの開発
・
土地利用、水需給制約を考慮した農作物需給モデルを開発し、農業への温暖
化影響の評価、水資源への温暖化影響の評価、土地利用変化からの温室効果
ガ ス 排 出( CO2 の み な ら ず 、CH4、N2O等 も )が 推 定 で き る モ デ ル を 開 発 す る 。
・
温暖化による健康影響と持続可能な発展政策との整合的な評価を可能とする
健康影響モデルの改良を行う。
・
温暖化による生物多様性への影響評価が可能なモデルの開発を行う。
・
主要産業セクター(発電、鉄鋼、運輸等)について、各セクターの排出削減
方策を評価できるモデルを開発する。
③ 变 述 的 シ ナ リ オ に 沿 っ た 持 続 的 発 展 政 策・温 暖 化 抑 制 政 策 に 伴 う 温 室 効 果 ガ ス 排 出
シナリオ、温暖化緩和策の定量的な分析・評価
・
開発したモデルなどを利用して、当該变述的シナリオに沿って、持続的発展
政策・温暖化抑制政策に伴う温室効果ガス排出シナリオ、具体的な温暖化緩
和策シナリオを作成する。また、それぞれのシナリオにおける温暖化緩和策
コスト、経済への影響等について分析・評価を行う。
・
主要産業セクター(発電、鉄鋼、運輸等)について、セクター別の排出削減
シナリオを策定する。
④ 变 述 的 シ ナ リ オ に 沿 っ た 持 続 的 発 展 政 策・温 暖 化 抑 制 政 策 に 伴 う 温 暖 化 影 響 お よ び
適応策の定量的な分析・評価
・
③で策定された複数の定量的な排出シナリオそれぞれについて、開発したモ
デルなどを利用して、温暖化影響を評価する。また、そのときの温暖化適応
策について分析・評価を行う。
⑤ 各種の持続可能な発展および地球温暖化政策に関する指標開発とその定量的評価
- 302 -
・
持続可能な発展、エネルギーセキュリティなどの各種の持続可能な発展およ
び地球温暖化に関連する指標の開発を引き続き行う。
・
③、④で策定した温室効果ガス排出シナリオ、温暖化緩和策シナリオ、温暖
化適応策シナリオについて、各種続可能な発展および地球温暖化に関連する
指標の定量化、統合指標の定量化を行う。
以上のような研究開発を通して、本研究プロジェクトの目的である、

エ ネ ル ギ ー セ キ ュ リ テ ィ や エ ネ ル ギ ー ア ク セ ス の 向 上・改 善 な ど の 持 続 的 発 展 政 策
の地球温暖化緩和効果を定量的に評価し、持続的発展を目指した経済社会の今後
100 年 に わ た る 定 量 的 な 世 界 の 温 室 効 果 ガ ス 排 出 シ ナ リ オ を 提 示 す る 。

ま た 、こ の 排 出 シ ナ リ オ を 基 準 に し て 、温 室 効 果 ガ ス を 各 種 濃 度 安 定 化 レ ベ ル に 抑
制する方策を示す。

そ し て 、そ れ ら 排 出 シ ナ リ オ に お け る 水 資 源 や 健 康 、生 物 多 様 性 等 に 関 連 す る 各 種
持続的発展指標を定量的に評価する。

こ れ ら の 定 量 的 な 評 価 を 基 に し て 、各 種 持 続 的 発 展 政 策 が 温 暖 化 対 応 策( 緩 和 ・ 適
応)に及ぼす影響を、定性的な分析を加えつつ明らかにする。
を達成していく予定である。
- 303 -
付
録
付録 1
IIASA 研 究 活 動 報 告
本研究では、人口推定、温暖化対策評価、技術変化のモデル評価、土地利用変化に
関 す る 研 究 分 野 に お い て 、 国 際 応 用 シ ス テ ム 分 析 研 究 所 ( IIASA ) と 研 究 の 情 報 交 換 を
行 っ て 研 究 開 発 を 進 め た 。円 滑 な 情 報 交 換 を 行 う た め に 、IIAS A 日 本 委 員 会 を 運 営 す る
と と も に 、 IIASA 日 本 委 員 会 か ら 日 本 代 表 理 事 他 を IIASA 理 事 会 に 派 遣 す る こ と に よ
っ て 、 本 事 業 に 関 し て IIASA と 総 合 的 な 協 力 関 係 を 持 っ た 。
以 下 に 今 年 度 の 当 該 分 野 に お け る IIASA の 研 究 活 動 報 告 を 掲 載 す る 。
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付録 2
IIASA-RITE シ ン ポ ジ ウ ム 概 要
本研究プロジェクトでは、脱地球温暖化と持続的発展可能な経済社会実現のための
対応戦略の研究を進めるにあたり、地球温暖化を含めた地球環境問題のシステム分析
や将来シナリオ策定に際立った実績と知見を有する国際応用システム分析研究所
( IIASA) と 研 究 連 携 を 行 い 、 強 力 に 研 究 を 推 進 し て い る 。
平 成 22 年 2 月 、 IIASA と 研 究 に 関 す る 情 報 交 換 を 一 層 深 め る 機 会 に し 、 ま た 、 本 研
究 に つ い て 幅 広 い 関 係 者 の 理 解 を 得 る と と も に 今 後 に 向 け て の 指 導・助 言 も 得 る た め 、
「 IIASA -RITE 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム
( IIASA -RITE International
―地球温暖化防止と持続可能な社会に向けて―
Symposiu m “ Stop global war ming, Toward sustainable
society ”)」 を 開 催 し た 。 当 日 は 、 企 業 、 官 公 庁 、 大 学 、 研 究 機 関 、 そ の 他 団 体 等 か ら
約 200 名 が 参 加 し 、 地 球 温 暖 化 と 持 続 的 発 展 、 さ ら に は 具 体 的 な 温 暖 化 緩 和 策 に つ い
て、活発な議論がなされた。
以下に、本シンポジウムの要旨集を掲載する。
記
開催年月日
2010 年 2 月 8 日 (月 )
開催
灘尾ホール
場所
10:00– 17:00
(東 京 都 千 代 田 区 霞 が 関 3 -3 -2 )
主
催
財団法人
地 球 環 境 産 業 技 術 研 究 機 構 (RITE)
国 際 応 用 シ ス テ ム 分 析 研 究 所 (IIASA)
IIAS A 日 本 委 員 会
後
援
経済産業省
以上
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Contents
目次
Research for a World in Trans it ion
Prof. Detlof von Winterfeldt, Director -General, IIASA
Uncertaint ies in Climate Ch ange Project ions and Decision M aking
Seita Emori (Chief of Cl imate Risk Assessment Research Section, Center for
Global En vironmental Research, NIES)
「気候変動予測の不確実性と意思決定」
江守 正多
(国立環境研究所
地球環境研究センター温暖化リスク評価研究室長)
Forming Su sta ina ble Society through Countermeasures to G loba l Warming –
Proposal of Low C arbon an d Cl imate Ch a nge A da pt ation Society in Japan
Nobuo Mimura (Professor, Ibaraki University)
「地球温暖化対策と持続可能な社会の形成
―日本における低炭素・気候変動適応型社会の提案」
三村 信男
(茨城大学 教授)
Trans formational Ch ange towar d G lobal Decarboni zat ion: In iti al Fin dings of the
G lobal Energy A ssessment
Nebojsa Nak icenovic (Vice -dire ctor, IIASA)
Towar d
a
Su sta in able
Society –
Cit izens'
Aw areness,
Understa ndin g
and
Res ponsi bi lity
Junko Edahiro (President, e's Inc.)
「真に持続可能な社会へ向けて―市民の意識・理解・責任」
枝廣 淳子
(イーズ代表取締役)
The Impact of US Domestic Cl imate Policy on the Sha pe of
Internat ional
Agreements: Politica l Economy Ana lysis of the Copenh agen Accord
Raymond J. Kopp (S enior Fellow, Resources For the Future)
M id - and Long -term Scenarios for Global Warming Miti gat ion toward Su sta inable
Society
Keigo Akimoto (Group Leader of Sy stems analysis Group, RITE)
「持続可能な社会の実現に向けた中期と長期の地球温暖化対策シナリオ」
秋元圭吾
財団法人 地球環境産業技術研究機構
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Research for a World in Transition
Detlof von Winterfeldt
Director, International Institute for Applied Sy stems Analy sis
Today’s world is in a major transition, chara cterized by increased globalization,
fundamental
shifts
in
economic
and
political
power,
environ mental
challenges
and
unpredictable social conflict. Since 1972 the International Institute for Applied Systems
Analysis (IIAS A) has contributed to finding solu tions to global proble ms by conducting
independent and interdisciplinary syste ms analysis in an international setting. This
presentation provides an overview of IIASA’s accomplish ments and a preview of its research
strategy for the next decade, focussing o n policy relevant research on three global proble m
areas: energy and climate change, food and water, and poverty and equity. The re mainder of
the presentation will elaborate on IIASA’s energy and climate change theme, exploring the
reasons of the failure t o come to a binding agreement in Copenhagen and providing some
thoughts on a possible path forward.
Biosketch
Detlof von Winterfeldt is the Director of the International Institute for Applied Syste ms
Analysis (IIAS A) in Laxenburg, Austria.
He is on leave from the University of Southern California (USC), where he is a Professor of
Industrial and Syste ms Engineering and a Professor of Public Policy and Management.
Concurrently with his ter m at IIA S A, he is visiting the London School of Economics and
Politic al Science as a Centennial Professor in the Operational Research Group of the School
of Management.
In 2004, he co -founded the National Center for Risk and Economic Analysis of Terroris m
Events (CREATE), the first university -based center of excellence fun ded by the US
Depart ment of Ho meland Security, serving as CREATE’s director until 2008.
For the past thirty years, he has been active in teaching, research, university ad ministration,
and consulting. He has taught courses in statistics, decision analysis, risk analysis, systems
analysis, research design, and behavioral decision research. His research interests are in the
foundation and practice of decision and risk analysis as applied to the areas of technology
develop ment, environmental risks, natural haz ards and terroris m.
He is the author or co -author of over 100 journal articles and book chapters and co -author
of two books as well as two edited volumes on these topics. As a consultant, he has applied
decision and risk analysis to many manageme nt proble ms of government and private industry.
He has served on several committees and panels of the National Science Foundation and the
National Academies, including a recent appointment to the National Acade mies’ Board on
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Mathe matical Sciences and their Applica tions. He is a Fellow of the Institute for Operations
Research and the Management Sciences (INF ORMS) and of the Society for Risk Analysis.
In 2000, he received the Ramse y Medal for distinguished contributions to decision analysis
fro m the Decision Analysi s Society of INF ORMS.
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過渡期にある世界の研究
デトロフ・フォン・ウィンターフェルド
国際応用システム分析研究所 所長
グローバリゼーションの進展、経済的・政治的なパワーシフト、環境問題や予測不
能 な 社 会 的 対 立 な ど 、 今 、 世 界 は 大 き な 過 渡 期 に あ る 。 1972 年 以 来 、 国 際 応 用 シ ス テ
ム 分 析 研 究 所 (IIAS A) は 、 国 際 的 な 環 境 の 下 、 独 立 し た 、 そ し て 学 際 的 な シ ス テ ム 分 析
に よ り 、 グ ロ ー バ ル な 問 題 解 決 に 貢 献 し て き た 。 今 回 の 発 表 で は 、 ま ず IIAS A の 成 果
や こ れ か ら 1 0 年 間 の 戦 略 的 な 研 究 分 野 - エ ネ ル ギ ー と 気 候 変 動 、食 料 と 水 、貧 困 と 公
平 と い う 3 つ の グ ロ ー バ ル な 問 題 に 関 す る 政 策 関 連 の 研 究 - に つ い て 概 括 す る 。残 り の
プレゼンテーションは、なぜコペンハーゲンで拘束力のある合意形成に失敗したか、
そして将来的にどのような方向性が考えられるか、などエネルギー・気候変動をテー
マ と し た IIAS A の 考 え に つ い て 説 明 す る 。
略歴
デトロフ・フォン・ウィンターフェルド教授:オーストリアのラクセンブルグにあ
る 国 際 応 用 シ ス テ ム 分 析 研 究 所 ( IIASA) 所 長 。
アメリカ、单カリフォルニア大学の産業・システム工学、及び公共政策・マネジメ
ン ト 教 授( 休 職 中 )。IIAS A 在 籍 中 は 、ロ ン ド ン・ス ク ー ル・オ ブ・エ コ ノ ミ ク ス( LSE)
経営学部のオペレーションズ・リサーチグループの記念客員教授職を兹任。
2004 年 「 テ ロ リ ズ ム の リ ス ク 経 済 分 析 国 立 セ ン タ ー ( CREATE)」 を 共 同 創 設 。 こ の
センターは、アメリカで初めて国土安全保障省の基金によって設立され、大学におか
れ た 中 核 的 研 究 拠 点 ( COE) で あ る 。 ウ ィ ン タ ー フ ェ ル ド 教 授 は 2008 年 ま で 同 セ ン タ
ーの所長をつとめた。
過 去 30 年 間 、彼 は 教 育 、研 究 、大 学 経 営 、コ ン サ ル テ ィ ン グ 業 務 に 携 わ る 。統 計 学 、
意思決定分析、リスク分析、システム分析、リサーチデザイン、行動決定の研究とい
った分野を専門とする。研究の関心は、技術開発、環境リスク、自然災害、テロ分野
に応用される意思決定とリスク分析にある。
上 記 分 野 に 関 連 し 、1 0 0 本 以 上 の 論 文 や 本 の 章 を 執 筆 ・ 共 同 執 筆 し 、 2 冊 の 本 を 共 同
執 筆 者 で あ り 、2 冊 の 本 の 編 著 者 と な っ て い る 。コ ン サ ル タ ン ト と し て 、官 民 に お け る
さまざまなマネジメント課題に対し、応用意思決定、リスク分析を行ってきた。
複数の委員会の委員を務めるとともに、最近、数理科学とその応用に関する国立ア
カデミー理事会のメンバーに指名されるなど、国立科学財団、国立アカデミーの委員
も 務 め て い る 。 オ ペ レ ー シ ョ ン ズ ・ リ サ ー チ 及 び 経 営 科 学 研 究 所 ( INFORMS ) 及 び リ
スク分析協会のフェローでもある。
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Uncertainties in Climate Change Projections and Decision Making
Seita Emo ri
Chief of Climate Risk Assessmen t Research Section, Center for Global Environmental
Research, National Institute for Environmental Studies (NIES)
The issues of climate change should be inherently understood as matters of decisions
making under uncertainty. Last December, the COP 15 adopted a decision taking note of the
Copenhagen Accord, recog nizing the scientific view that the increase in global temperature
should be below 2 degrees Celsius. We should note that there is uncertainty about the amo unt
of GHG e missions needed to reduce globally in order to prevent average temperature fro m
rising more than 2 degrees and about what kind of risk we will have if the increase in global
average temperature exceeds 2 degrees Celsius. The target of reducing global emissions by
50 percent is often referred to as a milestone of staying below a 2 degrees Cels ius
te mperature rise.
Even if we could meet the goal, however, it is estimated that there's a 50 percent chance of
rising more than 2 degrees due to uncertainty in the carbon cycle -climate feedback and
climate sensitivity. If we decide not to exceed 2 de grees Celsius, targets for cutting GHG
e missions vary widely depending on how mu ch probability we assume with the intention of
avoiding global war mi ng.
The 2 degrees target involves more complex issues. The various risks posed by climat e
change beco me bi gger as the global average temperature increases, but these impacts are
different in regions and in generations given the time f rame.
Therefore, it is safe to say the 2 degree target depends on the position and the valu e
judg ment of the people by its nat ure. On the basis of this reality, the agreeme nt not to rise
more than 2 degrees in the average temperature under the United Nations should be regarded
as a global consensus or a political decision, but it is open to question whether such a global
consensu s was actually there. Prior to the COP15, the World Wide Views put on the ballot by
around 4000 citizens fro m about 40 countries across the world, and about a ninety percent of
participants supported for the 2 degree target. This result was not, however, r eflected the
people’s comprehensive deliberation due to the limitations of approach. The Copenhagen
Accord called for an assess ment of the i mple mentation to be completed by 2015, including
the review of the long -ter m goal. It is expected that consensus bui lding, including value
judg ment, should be advanced explicitly until then as well as further develop ment of science.
- 363 -
Biosketch
Seita Emor i ; Born in Kanagawa in 1970. Joined National Institute for Environmental
Studies (NIES) as Researcher in 1997 after c ompleting his doctorate in the University of
Tokyo. Took an external assignment to conduct research using the Earth Si mulation at
Frontier Research Syste m for Global Change in 2001 and returned to NIES as Senior
Researcher in 2004.
Have been working as Chi ef of Climate Risk Assess ment Research Section, Center for
Global Environmental Research, NIES, since 2006.
Also serving as Associate Professor, Center for Climate Syste m Res earch, the University
of Tokyo.
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気候変動予測の不確実性と意思決定
江守 正多
国立環境研究所
地球環境研究センター温暖化リスク評価研究室長
気 候 変 動 の 問 題 は 、本 質 的 に 、不 確 実 な 情 報 に 基 づ く 意 思 決 定 の 問 題 と し て 捉 え る
必 要 が あ る 。昨 年 12 月 の COP15 に お け る コ ペ ン ハ ー ゲ ン 協 定 で は 、気 温 上 昇 が 産 業 化
以前を基準に 2 度を超えるべきではないという科学的知見を認識することが盛り込ま
れ た 。こ こ で 、2 度 を 超 え な い た め に 世 界 で ど れ だ け の 排 出 削 減 が 必 要 で あ る か に つ い
て も 、2 度 を 超 え る と ど の よ う な リ ス ク が あ る か に つ い て も 、科 学 的 な 不 確 実 性 が あ る 。
2 度 を 超 え な い た め の 排 出 削 減 に つ い て は 、 2050 年 ま で に 世 界 で 5 0% 削 減 と い う 目 標
が し ば し ば 参 照 さ れ る 。 し か し 、 こ の 削 減 目 標 を 達 成 で き た と し て も 、 2100 年 時 点 で
2 度 を 超 え な い 確 率 は 5 割 程 度 で あ る 。こ の 関 係 に 不 確 実 性 が 生 じ る の は 、現 在 の 科 学
的 知 見 に お い て 、「 気 候 感 度 」 お よ び 「 気 候 - 炭 素 循 環 フ ィ ー ド バ ッ ク 」 の 見 積 り に 不
確 実 性 が あ る た め で あ る 。 仮 に 「 2 度 を 超 え る べ き で な い 」 と 判 断 し た と し て も 、「 何
割の確率で」超えないようにしたいと考えるかによって、削減目標が大きく変わるこ
と に 注 意 を 要 す る 。2 度 の リ ス ク に つ い て は 、さ ら に 事 情 が 複 雑 で あ る 。世 界 平 均 の 気
温上昇が進むほど様々なリスクが大きくなるが、それが社会にもたらす悪影響の大き
さは地域によっても異なるし、考える時間スケール(影響を受ける世代)によっても
異 な る 。し た が っ て 、気 温 上 昇 が 2 度 を 超 え る べ き で な い か ど う か は 、本 質 的 に 、人 々
の 立 場 や 価 値 判 断 に 依 存 す る 問 題 で あ る 。そ れ を 踏 ま え た 上 で 国 連 に お い て「 2 度 を 超
えるべきではない」という認識が合意されたのであれば、これは国際社会における合
意形成もしくは政治決断として評価されるべきであろうが、本当にそうであったかに
は 疑 問 が 残 る 。 こ れ に 関 連 し て 、 COP15 に 先 だ っ て 行 わ れ た 世 界 約 4 0 ヶ 国 約 4000 人
の 市 民 に よ る 熟 議 を 経 た 投 票 ( World Wide Views ) で は 、 参 加 者 の 約 9 割 が 2 度 以 内 の
温度抑制を支持した。しかし、これも手法的な限界などにより、十分な情報と熟慮に
基 づ く 結 果 と は 言 い 難 い 。 コ ペ ン ハ ー ゲ ン 協 定 で は 、 2015 年 ま で に 長 期 目 標 の 見 直 し
を含めた協定の実施状況の検証を行うことを求めている。この時点までに、科学的な
知見のさらなる蓄積と併せて、価値判断を含む合意形成がより明示的に進むべきでは
ないだろうか。
略歴
1970 年 、神 奈 川 県 に 生 ま れ る 。1997 年 に 東 京 大 学 大 学 院 総 合 文 化 研 究 科 博 士 課 程 に
て 博 士 号 ( 学 術 ) を 取 得 後 、 国 立 環 境 研 究 所 に 入 所 。「 地 球 シ ミ ュ レ ー タ 」 の 現 場 で 研
究 を 行 う た め に 2001 年 に 地 球 フ ロ ン テ ィ ア 研 究 シ ス テ ム へ 出 向 し 、2 0 0 4 年 に 復 職 し た
後 、 2006 年 よ り 現 職 に 就 く 。 東 京 大 学 気 候 シ ス テ ム 研 究 セ ン タ ー 客 員 准 教 授 を 兹 務 。
専門は気象学、特にコンピュータシミュレーションによる地球温暖化の将来予測。
著 書 に 「 地 球 温 暖 化 の 予 測 は 『 正 し い 』 か ? - 不 確 か な 未 来 に 科 学 が 挑 む 」、 共 著 書
に「気候大異変 地球シミュレータの警告」等がある。
IPCC に も 貢 献 し た 日 本 の 温 暖 化 予 測 研 究 チ ー ム で 活 躍 す る 、 若 き リ ー ダ ー 。
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Forming Sustainable Society through Countermeasures to Global
Warming
– Proposal of Low Carbon and Climate Change Adaptation Society
in Japan
Nobuo Mimura
Professor, Ibaraki Un iversity
The negative impacts of global war ming appear across the world. It is expected tha t the
i mpacts would be bigger in this late century. Clima te challenge is one of the biggest
challenges facing the world today to develop a sustainable society. Our five -year project
starting from 2005, “I mpact assess ments of global war ming” of the synthesi s research for the
global environ ment strategies, has revealed that various i mpacts would be clearer after the
mid 21st century even in Japan and that its economi c costs could increase rapidly. Two
approaches, namely mi tigation and adaptation, are necessar y to address these challenges.
Japan needs to aim for developing low carbon society, in which we can adapt climate change
with flexibility, through this century. At the sa me ti me, Japan is facing challenge to create a
vigorous society with a shrinking and aging population. Since cli mate change and social
change in Japan could be huge constraints to build a sustainable society, we would like to
propose an integrated solution to address these two challenges si multaneously.
We need to envision a bigger pictur e not merely to develop elements of technology for
mitigation and adaptation but also to change our socioeconomic sys te m and national land use
plan. With regard to cli mate change adaptation, we need to enhance resolution of the curre n t
climate mo del drasti cally and to know where and how the i mpacts will appear based of the
modeling exercise. The synthesis assess ment of impacts allows us to develop and to conduct
regionally customized adaptation plan. In this regard, it is important to develop effective
co-benefit technologies both for low carbon society and for society adapted to climate
change. These research covers co mpact city, urban and regional planning to promote
renaturalization of vulnerable land, industrial structure fit for local production for loc al
consumption, rural residency progra m to reactivate agriculture in the aging society, and the
synthesis assess ment syste m of i mpacts, mi tigation and adaptation for reducing CO2 and
adaptation.
Recently, a task force of the Council for Science and Techno logy Policy, Cabinet Office
has released a report titled “Direction of technical development toward creating new society
adapted to climate change” in which an integrated approach including water environment,
green environ ment, natural energy syste m, compa ct city, disaster prevention by IT and
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healthy longevity society. As a proposal for creation of sustainable society as well a s
measures against global war ming, we would like to introduce a part of it.
Biosketch
Prof. Mi mura graduated fro m Doctor Course i n Urban Engineering of the Graduate School,
the University of Tokyo, in 1979. He was appointed to the present position in 2006 after the
carrier of Associate Professor of the University of Tokyo and Ibaraki University, and
Professor in Urban and Civil Engi neering, Ibaraki University. His academic areas are global
environmental engineering, coastal engineering and adaptation policy to climate change.
Since 1990, Prof. Mi mura has been intensively engaged in studies on the impacts of climat e
change and sea -level rise on Japan, Asia and s mall island countries such as Tuvalu, Samoa
and Fiji, leading several research projects in this field. He has served for IPCC for about 20
years as Lead Author and Coordinating Lead Author. He has also worked as me mbers of the
committees for Council for Science and Technology Policy, Ministry of Education, Culture,
Sports, and Science and Technology, Ministry of the Environme nt, Ministry of Foreign
Affairs of J apan, and Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism.
- 367 -
地 球 温 暖 化 対 策 と 持 続 可 能 な 社 会 の 形 成 ― 日 本 に お け る 低 炭 素・気 候 変
動適応型社会の提案
三村 信男
茨城大学 教授
地球温暖化の影響は世界各地で現れている。さらに、今世紀後半には一層大きな被
害が生じると予測されており、世界が持続可能な社会をめざす上でも、気候変動は大
きな障害となる問題である。2005年から5年間の予定で実施されている地球環境
総合戦略研究「温暖化影響予測プロジェクト」は、21世紀中盤以降、日本において
も様々な影響が一層顕在化し、影響の経済コストが急拡大する可能性を浮き彫りにし
た。こうした影響の克服のためには、2つの対策、すなわち緩和策と適応策が必要で
あ り 、日 本 に お い て も 低 炭 素 社 会 と と も に 気 候 変 動 に 柔 軟 に 適 応 し う る 社 会( 低 炭 素 ・
気候変動適応型社会)をめざす必要がある。他方、日本では今世紀を通じて、人口減
尐・高齢化のもとでの新たな活力ある社会形成が大きな課題である。気候変動と日本
の社会的変化は、持続可能な社会構築に対する大きな制約条件であるが、これらへの
対応を融合させることで問題の同時解決を図ることを提案する。
こうした課題の解決をめざすためには、緩和と適応の要素技術開発にとどまらず、
社会経済システムと国土利用のあり方に踏み込んだ変革を考えなければならない。気
候変動への適応に的を絞れば、現在の気候モデルの解像度を飛躍的に向上させ、それ
に基づいて気候変動の影響がどこでどのように現れるかを知る必要がある。そうした
影響の総合的予測に基づいて、それぞれの地域に合わせた適応計画を立案、実施する
ことになる。その際、低炭素社会形成と適応型社会形成の両方に有効な技術(コベネ
フィット技術)を開発することが重要である。これらを実現するために必要な研究に
は、コンパクトシティ、脆弱な土地の再自然化の推進などの都市・地域計画、地産地
消 の 産 業 シ ス テ ム 、高 齢 化 時 代 の 農 村 居 住 の 推 進 な ど の 農 林 業 活 性 化 計 画 、さ ら に CO2
排出削減・適応の効果に対する影響・緩和・適応統合評価システム等をターゲットに
した研究があげられる。
最 近 、総 合 科 学 技 術 会 議 に 設 置 さ れ た タ ス ク フ ォ ー ス は 、
「気候変動に適応した新た
な社会の創出に向けた技術開発の方向性」という報告をまとめ、グリーン社会インフ
ラの強化と社会実験としても環境先進都市づくりを推進することを提案した。その中
で は 、 水 環 境 、 緑 環 境 、 自 然 エ ネ ル ギ ー シ ス テ ム 、 都 市 の コ ン パ ク ト 化 、 IT 防 災 、 健
康長寿社会を含む総合的なアプローチが提案させている。日本における地球温暖化の
対策と持続可能な社会の形成の提案の1つとして、その内容も紹介する。
略歴
三村 信男
( 茨 城 大 学 地 球 変 動 適 応 科 学 研 究 機 関 長 教 授 ):
1979 年 、 東 京 大 学
工学系研究科都市工学博士課程修了。東京大学助教授、茨城大学助教授、および茨城
大 学 工 学 部 都 市 シ ス テ ム 工 学 科 教 授 を 経 て 、 2006 年 よ り 現 職 。 専 門 分 野 は 地 球 環 境 工
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学 、 海 岸 工 学 、 気 候 変 動 の 適 応 策 。 1990 年 以 降 は 、 気 候 変 動 の 影 響 評 価 、 ま た 日 本 や
アジア、ツバルやサモア、フィジーなどの小島嶼国における海面上昇による影響評価
の 研 究 に 従 事 、 こ の 分 野 で の 研 究 を い く つ も 率 い て き て い る 。 IPCC の 代 表 執 筆 者 、 統
括 執 筆 責 任 者 と し て も 2 0 年 ほ ど 貢 献 し て い る 。ま た 、総 合 科 学 技 術 会 議 、文 部 科 学 省 、
環境省、外務省、国土交通省の委員会委員としても多数活躍。
- 369 -
Transformational Change toward Global Decarbonization
Initial Findings of the Global Energy Assessment
Markus Amann
Nebojsa Nakicenovic
Vice-director, International Institute for Applied Sy stems Analy sis (IIASA)
The changes in today’s world can be characterized by globalization, urbanization,
technological innovation and fundamental shifts in economic and political power, global
environmen tal impacts, climate change and potentially explosive social conflicts. The
confluence of multiple crisis calls for an integrated view of the possible e mergence of
fundamentally new solutions to the old and emerging challenges. In fact, we may be on the
brink of a grand transfor mation comparable to the e mergence of agriculture some te n
thousand years ago and the industrial revolution two centuries ago.
Many of the historical changes and particularly the explosive development during the last
two centuries have benefited hu man well -being and the environ ment. The gross world
product now stands at al most US$10,000 per capita, which is sufficient to provide for a good
average quality of life. However, at the same time, inequities are increasing and the “bott o m
billion” has to live on less than a dollar a day. Cli mate change and the loss of biodiversity
have become global proble ms. The interdependencies between econo mies and nations, the
free flow of goods and people throughout the world, and the increased concen trations of
human activities in large metropolitan areas have created new vulnerabilities and risks of
events that can cause major unforeseen effects. The recent economic crisis and the risk of
pandemics are only two exa mples.
Energy and the provision of energy services can be linked directly with many if not all of
these key global challenges including those already recognized by the international
community such as the Millennium Development Goals (MDGs ). Thus, taking action on
energy will a meliorate mos t of global challenges. These challenges will have to be addressed
in a world undergoing rapid transformational change in many other dime nsions as well.
Global population is expected to grow from al most 7 to about 9 billion people by 2050
declining thereaf ter to about current levels, however associated with significant aging across
the world. All people have ambitions for enhanced well -being and see economic growth as
i mportant for achieving this.
Al most half the world’s population lives in poverty, and c lose to 1 billion people live in
abject poverty. Infrastructure invest ment needs are huge, urbanization is accelerating, and
transportation systems are expanding rapidly. Land -use constraints are becomi ng visible in
many places. Deforestation is ongoing. A dverse manifestations of cli mate change are severe.
- 370 -
Diets are shifting in more resource -intensive directions. Tourism and mobility in general are
expanding. Taking action on energy can mi tigate a number of these challenges. Societies
around the world from local to global face many challenges, fro m maintaining economi c
activity and jobs generation, to protection of the local and global health and environment.
So me of these challenges are threatening life on Earth as we know it, and are very urgent to
deal wi th effectively. To be successfully addressed, most of the challenges require
fundamental changes in the way energy issues are being dealt with.
In fact, affordable, clean and sustainable energy services are so essential for further
develop ment and well b eing that they constitute in themselves a most fundamental Global
Developme nt Goal, called here simply Energy Development Goal (EDG). The Global Energy
Assess ment (GEA) analyses the nature and ma gnitude of these require ments, and seeks ways
to address them co mpr ehensively. The GEA is a multi -year and mul ti -stakeholder assess men t
that aims to help decision makers address the challenges of providing energy services for
sustainable development throughout the world. In a way, it is equivalent in energy
transfor mations to the role of IPCC in climate change.
The major finding of the GEA is that there exist combinations of resources and
technologies that could provide a number of pathways toward energy for sustainable
develop ment. All of the m i mply a fundamental d ecarbonization of the energy syste ms. GEA’s
objective is to offer sets of integrated tools for policy makers to modify and redesign their
short and medium ter m goals and policies to realize such combinations.
The challenges requiring action on energy issu es include

access to affordable modern forms of energy for the two billion people currently
without it, as a necessary but not sufficient step for poverty alleviation and reaching
the EDG and all other MDGs.

the need to sustain supply of affordable, clean and sustainable energy services as a
precursor to socio -economic growth and development globally, addressing the needs
of all people and growing populations;

the urgency of mitigating greenhouse gas e missions in order to avoid dangerous
climate change, li miting global mean te mperature increase to at most two degrees
Celsius above the preindustrial levels by the end of this century;

the necessity to increase energy security, reliability and resiliency for energ y
consumers and producers and the entire energ y syste m;

the
necessity
to
enhance
invest ments
in
energy
syste ms
and
research
and
develop ment so as to assure timely e me rgence of socially and environme ntally
compatible provision and use of energy services.
- 371 -

the need to address the nu merous local and regi onal health and environmental
i mpacts of energy extraction, production of energy carriers, transport, processing
and use, including such as loss of biodiversity, indoor and urban air pollution,
at mospheric brown cloud phenomena, regional acidification, and waste handling and
deposit;

the impacts on human health from indoor air pollution in the half of the world’s
households that have access only to solid fuels (biomas s and coal) for cooking and
heating;

the need to contain ancillary risks posed by so me e nergy syste ms, such as ensuring
security and peace through addressing, inter alia, food security, ecosyste ms
sustainability, nuclear weapons proliferation, nuclear waste security, and reducing
the number of targets for potential acts of terroris m.
In su mmary, energy is a key area for needed transfor mational change and decarbonisation
in the 21st century. Energy has been recognised as an indispensable instrument for achieving
sustainable developme nt for the world. At the heart of the problem of achieving t hese global
aspirations for the future is the realization that there is a need for a clear set of options for
dealing with the challenges simultaneously, adequately, and prompt ly.
Thus, there is a clear need to embark on a new development path toward sust ainable and
affordable access to adequate energy services and towards environ mental sustainability in
general. Fortunately, many policies and measures directed toward increasing access to
modern energy services have multiple benefits for other development goals, fro m th e
reduction of in -door air pollution and its assaults on human health to the reduction of
greenhouse gas emissi ons. Some may argue that this transfor mation toward more sustainable
develop ment paths and energy patterns in the world will be dif ficult to achieve in the current
economic crisis. Falling consumer demand leads to a vicious circle that results in ever les s
e mploymen t decreasing further the de mand for traditional goods and services. Here too,
energy solutions can offer maj or new e mploy ment opportunities while reducing adverse
i mpacts on all scales fro m local to global.
The main question becomes: Can energy syste ms locally and globally be visualised in
terms of resources and technologies, and in ter ms of policies, investments, ma rkets,
institutions and capacities to realise them?
As preli minary GEA r esults show, the nature and magnitude of the required changes is
very large, and urgent but also resolvable through paradigm changing, transfor mational
develop ment pathways away from the “bu siness -as-usual”.
So me main directions for energy syste m changes stand out at this point, subject to further
analysis: (i) much i mproved energy end -use efficiency in all sectors. The physical, technical
- 372 -
and economical potential is very large indeed, espe cially if societal econo mics is considered;
(ii) much larger utilisation of renewable energy flows. The resource is thousands of times
larger than current human energy use, and technologies to tap into these flows exist and more
are emerging; (iii) advance d technologies for use of fossil fuels, especially with carbon
capture and storage, and new nuclear energy that is significantly safer and proliferation
resistant.
GEA finds that these building blocks can be combined to transform the energy
syste ms to mee t the challenges. There are more than one combination that delivers this,
however, all are paradigm changing and will require strong political action to happen
sufficiently fast and with sufficient magnitude.
So me developments in these directions are alre ady beginning to happen. New clean energ y
technologies, and associated products and services, have been among the most rapidly
growing sectors for investment in recent years.
In spite of this progress, the total public
and private funding of energy -related research, development and deployment re ma ins
significantly
less
than
the
amount
needed
for
the
transition
to
a
sustainable,
climate -constrained world.
The necessary polices, rules, institutions and capacities and skills for a transfor mative
change of w orld energy syste ms to energy for sustainable development w orld -wide are
analysed and addressed. These me asures will encompass the entire society as energy end use
efficiency i mprove ments touches everywhere, and skills and capacities cover the whole
spectr um of activities in societies.
GEA points to necessary paradigm change for rapid, transfor mative evolution of energy
syste ms locally and globally. Specifically, decarbonization of the global energy system i s
required to providing the services to those wit hout today and for reducing the global
greenhouse gas emissi ons.
The salient finding of a nu mber of recent integrated assess ment studies is that additional
costs for achieving more sustainable futures and decarbonization are relatively s mall in
comparison to these overall invest ment needs. In so me cases, they are even “negative”,
namely lower, compar ed to traditional scenarios of future developments, so metimes called
business -as-usual (BAU). However, the mor e sustainable futures require higher “up -front”
invest ments during the next decades. The great benefit of these additional invest ments into a
future, characterized by more e fficient and carbon -free energy syste ms and a more
sustainable developme nt paths, is that in the long -run (to 2050 and beyond) the i nvestme nts
would be substantially lower compared to the BAU alternatives. The reason is that the
cumulative nature of technological change translates the early decarbonization investme nts
into lower costs of the energy syste ms in the long run along with th e co benefit of stabilizing
greenhouse gas concentrations. This all points to the need for radical change in energ y
- 373 -
policies in order to assure sufficient investment in our common fu ture and thereby promote
accelerated technological change in the energy sy ste m and end use. In other words, the global
financial and economi c crisis offers a unique opportunity to invest in new technologies and
practices that would both generate e mployment as well pave the way for a mo re sustainable
future with lower rates of cl imate change. The crisis of the “old” is a historical chance to saw
the seeds of the “new”.
Biosketch
Nebojsa Nakicenovic is Deputy Director of the International Institute for Applied Systems
Analysis (IIAS A), Pro fessor of Energy Econo mics at the Vienna University of Technology,
and Director of the Global Energy Assess ment (GEA).
Among other positions, Prof. Nakicenovic is me mber of the United Nations Secretary
General Advisory Group on Energy and Climate Change; Member of the Advisory Council of
the Ger man Govern ment on Global Change (WBGU); M e mber of the Advisory Board of the
World Bank Developme nt Report 2010: Climat e Change; Me mber of the International Council
for Science (ICSU ) Committee on Scientific Planning and Review, and Member of the Global
Carbon Project; Me mber of the Energy Sector Management Assistance Progra m (ESMAP)
Expert Panel on Sustainable Energy Supply, Poverty Reduction and Climate Change; Member
of the Panel on Socioeconomi c Scenarios for Climate Change I mpact and Response
Assess ment s; Member of the Renewable Energy Policy Network for the 21st Century
(REN21) Steering Committee; and Chair of the Advisory Board of OMV Future Energy Fund
(Austrian oil co mpany).
He is also on Member of Editorial Boards of the International Journal on Te chnological
Forecasting and Social Change, International Journal on Climate Policy, the International
Journal of the Institution of Civil Engineers, and the International Journal of Energy Sector
Management.
Prof. Nakicenovic was a Coordinating Lead Author of the Intergovernmental Panel on
Climate Change (IPCC), the Fourth Assess ment Report, 2002 to 2007, Coordinating Lead
Author of the Millennium Ecos yste m Ass ess ment, 2001 – 2005, Director, Global Energ y
Perspectives, World Energy Council, 1993 to 1998, Conv ening Lead Author of the Second
Assess ment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change, 1993 to 1995,
Convening Lead Author of the IPCC Special Report on E missions Scenarios, 1997 to 2000,
Lead Author of Third Assess ment Report of the IPCC, 199 9 to 2001, Convening Lead Auth o r
of the World Energy Assess ment: Energy and the Challenge of Sustainability, 1999 to 2000,
Me mber of the International Science Panel on Renewable Energies (IS PRE), 2006 to 2008,
and Guest Professor at the Technical Universit y of Graz, 1993 – 2003.
Prof. Nakicenovic holds bachelor's and master's degrees in economics and computer
science from P rinceton University, New Jersey, USA and the University of Vienna, where he
- 374 -
also completed his Ph.D. He also holds Honoris Causa Ph.D. deg ree in engineering fro m the
Russian Academy of S ciences.
Among Prof. Nakicenovic's research interests are the long -ter m patterns of technological
change, economic development and response to climate change and, in particular, the
evolution of energy, mobi lity, infor mation and commun ication technologies.
- 375 -
地球規模の脱炭素化へ向けた転換
世界エネルギー評価の初期知見
ネボーシャ・ナキシェノビッチ
国 際 応 用 シ ス テ ム 分 析 研 究 所 ( IIASA) 副 所 長
今日の世界の変化は、グローバル化、都市化、技術革新、経済・政治権力の抜本的
転換、地球規模の環境影響、気候変動、爆発的に発展しうる社会的紛争によって特徴
づけられる。複数の危機には、新旧の挑戦への根本的に新しい解決の出現に関する統
合 的 視 野 を 必 要 と す る 。実 際 に 、私 た ち は 、1 万 年 前 の 農 業 の 出 現 や 200 年 前 の 産 業 革
命に匹敵する重大な転換期の目前にいる可能性がある。
多くの歴史的変化や特に過去 2 世紀の間の爆発的発展は、人類と環境に便益をもた
らしてきた。今では世界総生産は一人当たり 1 万米ドルに達し、それは上等な平均的
な 生 活 の 質 を も た ら す に は 十 分 で あ る 。し か し 、同 時 に 、不 平 等 が 増 加 し 、
「 底 辺 の 10
億 人 」は 1 日 1 ド ル 未 満 で 生 活 し な け れ ば な ら な い 。気 候 変 動 と 生 物 多 様 性 の 喪 失 は 、
地球規模の問題となっている。経済と国の相互依存や世界中の商品と人間の自由な流
れ、大都市での人間活動の過密増大は、不測の影響被害を生じうる事象に対する新た
な脆弱性とリスクを発生させている。近年の経済危機とパンデミックのリスクはほん
の 2 つの例にすぎない。
こ れ ら の 重 要 な 地 球 規 模 の 挑 戦 が ミ レ ニ ア ム 開 発 目 標 (MDGs) の よ う な 国 際 コ ミ ュ
ニティによりすべてが認識されているわけではないが、エネルギーとエネルギーサー
ビス供給は多方面に直接関連している。このように、エネルギーに関する行動は、大
部分の地球規模の挑戦を改善するであろう。さらに、これらの挑戦は他の多くの領域
において急速な変換を遂げようとし、世界規模でなされなければならないであろう。
し か し 、 世 界 人 口 は 2050 年 ま で に 約 70 億 人 か ら 9 0 億 人 へ と 成 長 し 、 そ の 後 に 現 状 レ
ベルまで減尐する、と予測されている。また、この人口推移には顕著な高齢化を伴う 。
全ての人々は、より一層の幸福を求め、その達成には経済成長が重要であるとみなし
ている。
世 界 人 口 の 約 半 数 は 貧 困 の 中 で 生 活 し 、悲 惨 な 貧 困 状 態 の 中 で 約 10 億 人 が 生 活 し て
いる。インフラ投資の必要性は非常に大きく、都市化は進展し、交通システムは急速
に拡大している。土地利用制約は、多くの場所で顕在化している。森林破壊は進行し
ている。気候変動による悪影響は深刻である。食生活はより資源多消費型へとシフト
している。旅行や移動は一般的に増加している。エネルギーに関する行動は、これら
の多くの挑戦を緩和させることができる。局地から地球規模に至るまで世界中の社会
は、経済活動や雇用創出の維持から局地的かつ世界的な健康や環境の保護まで多くの
挑戦に直面している。これらの挑戦の中には、今日の地球での生活を脅かしているも
の や 、効 果 的 に 早 急 に 対 処 し な け れ ば い け な い も の も あ る 。上 手 に 対 応 す る た め に は 、
ほとんどの挑戦には、エネルギー問題が扱われている方法に対して根本的な変化を必
要とする。
- 376 -
実際に、安価かつクリーンで持続可能なエネルギーサービスは、発展と幸福にとっ
て 非 常 に 重 要 で あ る の で 、こ こ で は エ ネ ル ギ ー 発 展 目 標 (EDG)と 呼 ば れ る 非 常 に 基 礎 的
な 地 球 発 展 目 標 (Global Develop ment Goal) を 構 成 す る も の と す る 。 世 界 エ ネ ル ギ ー 評 価
(GEA) で は 、こ れ ら の 要 件 の 本 質 と 重 要 性 を 分 析 し 、そ れ ら を 包 括 的 に 対 処 す る 方 法 を
探 究 し て い る 。 GEA で は 、 意 思 決 定 者 が 世 界 中 の 持 続 可 能 な 発 展 の た め に エ ネ ル ギ ー
サービスを供給するという挑戦に対処するのを支援するための目的とした、多時点に
お け る 複 数 ス テ ー ク ホ ル ダ ー の 評 価 で あ る 。 あ る 意 味 で は 、 GEA の エ ネ ル ギ ー 変 革 に
お け る 役 割 は 、 気 候 変 動 に お け る IPCC の 役 割 に 等 し い 。
GEA の 主 要 な 知 見 は 、 持 続 可 能 な 発 展 の た め の 多 く の エ ネ ル ギ ー の 経 路 を 提 供 す る
こ と が 可 能 な 、資 源 と 技 術 の 組 合 せ が 存 在 す る と い う こ と で あ る 。そ れ ら の す べ て は 、
エ ネ ル ギ ー シ ス テ ム に お け る 根 本 的 な 脱 炭 素 化 を 示 唆 し て い る 。 GEA の 目 的 は 、 そ の
ような組合せを実現するために政策立案者が短中期の目標や政策を修正や再設計する
ための統合化されたツール群を提供することである。
エネルギーに関する行動に必要な挑戦には、以下の頄目が含まれる。

貧 困 軽 減 や EDG へ の 到 達 、 他 の 全 て の MDGs の た め に 必 要 で あ る が 十 分 で は
な い 段 階 と し て 、現 在 ア ク セ ス し て い な い 2 0 億 人 の た め の 安 価 で 近 代 的 な エ ネ
ルギーへのアクセス。

全人類及び今後増大する人口のニーズに取り組み、社会経済成長や地球規模で
の発展への前段階として、安価かつクリーンであり持続的なエネルギーサービ
スの供給を維持する必要性。

今 世 紀 終 り ま で に 産 業 革 命 前 と 比 べ て 最 大 2℃ 以 内 へ 全 球 平 均 気 温 上 昇 を 抑 制
し、危険な気候変動を避けるために、温室効果ガスを緩和する緊急性。

エネルギー消費者・生産者やエネルギーシステム全体のためのエネルギーセキ
ュリティ、信頼性、弾力性を向上させる必要性。

社会的かつ環境的に両立するエネルギー供給・消費を確実に実施するための、
エネルギーシステムへの投資や研究開発を強化する必要性。

生物多様性の喪失や室内・都市の大気汚染、大気褐色雲現象、酸性雤、廃棄物
処理などのエネルギー抽出やエネルギーの生産や輸送、処理、消費による多く
の局地的地域的な健康・環境影響に対処する必要性。

世 界 の 世 帯 の 半 数 に 生 じ て い る 、調 理 及 び 暖 房 用 途 の 固 体 燃 料 (バ イ オ マ ス お よ
び 石 炭 )依 存 に よ る 室 内 大 気 汚 染 に よ る 人 間 健 康 へ の 影 響 。

とりわけ、食糧安全保障やエコシステムの持続可能性、核兵器拡散、放射性廃
棄物のセキュリティ、テロ行為の目標物の削減に対処することによってもたら
される安全や平和のような、いくつかのエネルギーシステムに付随するリスク
を抑制する必要性
変革や脱炭素化のための重要な分野である。エネルギーは、世界の持続的発展を達
成するための必要不可欠な手段として認識されている。将来の地球規模の希望を達成
する問題の中心に、同時に、十分に、早急にそれらの挑戦に対処するためのオプショ
ンの明確な集合が必要であると認識されている。
- 377 -
このように、十分なエネルギーサービスへ持続的でかつ安価にアクセスでき、かつ
環境持続性に向けた新しい発展経路に着手することが明確に必要である。幸運なこと
に、近代エネルギーサービスへのアクセスを向上させてきた多くの政策は、室内大気
汚染削減やそれによる健康被害の減尐から温室効果ガスの削減に至るまで、その他の
発展目標のための複数の便益をもたらす。中には、持続可能な発展経路やエネルギー
パターンへの転換が現在の経済危機の状況では達成するのが困難であると主張する人
もいるだろう。消費者需要が減尐することは、従来の財やサービスの需要を減尐させ
雇用を悪化させるという悪循環をもたらす。一方、逆の影響を減尐させることが局地
から世界全体へと拡大しながら、エネルギーの解決策が新しい雇用機会を生じさせる
ことも可能である。
主要な疑問は、資源や技術の観点から、また政策や投資、市場、組織、キャパシテ
ィという観点から、それらを実現するためのエネルギーシステムが局地的かつ世界的
に思い描くことができるか、ということになる。
GEA に お け る 中 間 の 分 析 結 果 で は 、 必 要 な 変 化 の 本 質 や 重 要 性 は 非 常 に 大 き く ま た
差し迫っているが、パラダイム変化すなわち「成り行き」から転換させる発展経路を
通じて解決できる、ということを示している。
エネルギーシステム転換の主要な方向性は、以下の継続的な分析に従って明らかに
な る 。 (i) 全 部 門 の 末 端 で の よ り 改 善 し た エ ネ ル ギ ー 効 率 に 関 し て 。 特 に 社 会 経 済 学 が
考 慮 さ れ る な ら ば 、物 理 的 か つ 技 術 的 、経 済 的 な ポ テ ン シ ャ ル は 非 常 に 大 き い 。(ii) 再
生可能エネルギーフローの積極的な活用に関して。その資源は現在の人類のエネルギ
ー使用よりも何千倍も大きく、また再生可能エネルギーフローを利用する技術は既に
存 在 し 、 よ り 多 く の 技 術 が 現 わ れ て い る 。 (iii) 特 に 炭 素 回 収 貯 留 に 関 す る 化 石 燃 料 の
使 用 や 、よ り 安 全 か つ 核 拡 散 防 止 型 の 新 し い 原 子 力 エ ネ ル ギ ー に 関 す る 先 進 技 術 。GE A
の知見では、これらの基礎的要素を組合せて、挑戦を満たすためのエネルギーシステ
ムを転換することが可能である。これを実現させる組合せは 1 組以上あるが、すべて
はパラダイム変化であり、早急にかつ大規模に変化を生じさせるためには強い政治的
行動が必要となる。
これらの方向にある発展の中には既に生じ始めているものもある。新しいクリーン
エネルギー技術やそれに関連した製品・サービスは、近年では投資が最も急速に成長
している分野である。この進歩にもかかわらず、エネルギー関連の研究開発への民間
及び公的な資金の総額は、持続可能なかつ気候制約のある世界への移行に必要とされ
る量と比べて非常に小さいままである。
持続可能な発展のための世界エネルギーシステムの変換のために必要な政策や規
則、制度、キャパシティ、技術は分析され、取り組まれている。これらの方法は社会
全体に及ぶ。エネルギーの最終効率の改善は全てに関連し、また技術やキャパシティ
は社会活動全般に及ぶのである。
GEA は 、 局 地 的 か つ 世 界 的 に エ ネ ル ギ ー シ ス テ ム の 急 速 な 変 革 の 進 展 に 必 要 な パ ラ
ダイム変化を示している。特に、世界エネルギーシステムの脱炭素化には、今日には
ないエネルギーサービスの供給と世界の温室効果ガスの削減が必要とされる。
- 378 -
近年の多くの統合評価に関する研究の主要な知見によると、より持続的可能な未来
や脱炭素化を達成するための追加的なコストは、これらの全体の投資ニーズに比べて
比 較 的 小 さ い 。事 例 の 中 に は 、な り ゆ き (BAU)と 呼 ば れ こ と も あ る 将 来 発 展 に 関 す る 従
来シナリオと比較すると、より小さく「負」となる場合さえある。しかし、より持続
可能な未来のためには、次の数十年間により大きな「先行」投資が必要となる。より
効率的かつ脱炭素エネルギーシステムや一層の持続可能な発展経路によって特徴づけ
ら れ た 追 加 的 な 将 来 投 資 に 対 す る 便 益 は 、 長 期 (2050 年 及 び そ れ 以 降 ) の 場 合 に 投 資 が
BAU と 比 較 し て 小 さ く な る と い う こ と で あ る 。な ぜ な ら ば 、技 術 変 化 の 累 積 的 性 質 が 、
初期の脱炭素化への投資を、温室効果ガス安定化の共便益とともに長期のエネルギー
システムの低コスト化へと変換させるからである。私達の将来への十分な投資を確保
し、エネルギーシステムおよび末端での技術変化を促進するために、エネルギー政策
の根本的な変革が必要である。言い換えると、地球規模での金融経済危機は、新しい
技術への投資を促進し、雇用を創出し、また気候変動の速度を弱めより持続可能な将
来 へ の 道 を 築 く と い う た ぐ い ま れ な 機 会 を 提 供 し て い る 。「 古 い 」 と い う 危 機 は 、「 新
しい」という種をまく歴史的なチャンスである。
略歴
ネ ボ ー シ ャ ・ ナ キ シ ェ ノ ビ ッ チ 教 授 は 、 国 際 応 用 シ ス テ ム 分 析 研 究 所 (IIA SA) の 副 所
長。また、ウィーン工科大学のエネルギー経済学分野の教授であり、世界エネルギー
評 価 (Global Energy As sess ment) の 責 任 者 で も あ る 。
その他の役職としては、国際連合のエネルギーと気候変動に関する事務総長諮問グ
ル ー プ の メ ン バ ー 、ド イ ツ 政 府 の 地 球 変 化 に 関 す る 諮 問 会 議 (WBGU) の メ ン バ ー 、世 界
銀 行 「 2010 年 開 発 報 告 書 : 気 候 変 化 」 の 諮 問 会 議 の メ ン バ ー 、 国 際 科 学 会 議 (ICS U) の
科学計画と査読委員会のメンバー、グローバルカーボンプロジェクトのメンバー、エ
ネ ル ギ ー セ ク タ ー 経 営 援 助 プ ロ グ ラ ム (ESMAP) の 持 続 可 能 な エ ネ ル ギ ー 供 給 ・ 貧 困 減
尐・気候変動に関する専門家パネルのメンバー、気候変動影響と対応評価のための社
会 経 済 シ ナ リ オ の パ ネ ル メ ン バ ー 、 21 世 紀 の 再 生 可 能 エ ネ ル ギ ー 政 策 ネ ッ ト ワ ー ク
(REN21) の 運 営 委 員 会 メ ン バ ー 、 オ ー ス ト リ ア OMV 未 来 エ ネ ル ギ ー 基 金 諮 問 委 員 会 委
員長を務めている。
また、
「 技 術 予 測 と 社 会 変 動 誌 」(International Journal on Technological Forecasting and
Social Change) 、「 気 候 政 策 誌 」 (International Journal on Cli mate Policy) 、「 土 木 学 会 誌 」
(International Journal of the Institution of Civil Engineers) 、「 エ ネ ル ギ ー セ ク タ ー 経 営 誌 」
(International Journal of Energy Sector Management) の 編 集 委 員 で も あ る 。
2002~ 2007 年 の 間 、 気 候 変 動 に 関 す る 政 府 間 パ ネ ル ( IPCC ) の 第 4 次 評 価 報 告 書 に
お い て 統 括 執 筆 責 任 者 を 務 め た 。 ま た 、 2001~ 2005 年 の 間 、 国 連 ミ レ ニ ア ム エ コ シ ス
テ ム 評 価 に お い て 統 括 執 筆 責 任 者 、 1993~ 1998 年 の 世 界 エ ネ ル ギ ー 会 議 の 世 界 エ ネ ル
ギ ー 展 望 の 責 任 者 、 1993~ 199 5 年 の IPCC の 第 2 次 評 価 報 告 書 の 代 表 執 筆 者 、 19 97 ~
2000 年 IPCC の 排 出 シ ナ リ オ に 関 す る 特 別 報 告 書 の 代 表 執 筆 者 、 1999~ 2001 年 IPC C
第 3 次 評 価 報 告 書 の 執 筆 者 、 1999~ 2000 年 「 世 界 エ ネ ル ギ ー 評 価 - エ ネ ル ギ ー と 持 続
- 379 -
性 の 挑 戦 」 の 代 表 執 筆 者 、 2006~ 2008 年 再 生 可 能 エ ネ ル ギ ー に 関 す る 国 際 科 学 パ ネ ル
の メ ン バ ー 、 1993~ 2003 年 グ ラ ー ツ 工 科 大 学 客 員 教 授 を 務 め た 。
米国プリンストン大学で経済学の学士号、計算機科学の修士号を取得、ウィーン大
学で博士号を取得した。また、ロシア科学アカデミーより名誉博士号(工学)を授与
されている。
技術変化の長期的なパターン、経済開発と気候変動への影響、エネルギー、モビリ
ティ、情報、コミュニケーションの技術革新に特に研究の興味を有している。
- 380 -
Toward a Sustainable Society
– Citizens' Awareness, Understanding and Responsibility
Junko Edahiro
President, e's Inc.
○
Beyond low-carbon society
The significant i mpacts of global war ming are observed in many parts of the world. But
the important problems are not limited to global warming. Future society simultaneously will
face various issues such as the biodiversity crisis, a pressing peak oil problem and a seri ous
threat to food security fro m soaring prices of fossil fuels.
○
Truly i mportant things
Truly important things are to get the idea straight; what country Japan should be like and
to carry out a policy for achieving it, not to adopt short -ter m balancing po licies such as
buying carbon credits fro m abroad in order to meet the Kyoto Protocol target.
Considering the age to come, there's al most no doubt that carbon cost will be rising under
further stronger constraints on carbon emissi ons to combat accelerating global war ming. Th e
costs of fossil fuels will be enor mously ris ing due to peak oil and at the same ti me food
prices will also be dramatically soaring up. Even the global warmi ng skeptics would clearly
approve of the necessity and importance of energy sav ing and fuel switching from fo ssil
energy to renewable energy.
Japan will be depopulated and rapidly aging in future. In Japan, several shopping
refugees, who have difficulties to go shopping, are already e mergent and in depopulated area
severe strains o n public services are increasing. People face the urgent needs to reconsider
fundamental community building which includes where to work and live, such as
transportation and housing near jobs. The area developments require considerations on
location planni ng of both offices and houses such as house adjacent to office in addition to
transport syste ms for citizens. It will be e mphasized that the cities should be easy to walk
around and highly self -sufficient in energy and food, or citizen -friendly.
○
Cost lit eracy
In order to change society for new age, citizens, companies and the government need to be
able to thoroughly discuss cost issues, where they fully understand the commo n knowledge
that “carrying out policies necessarily requires costs.” If doing so, f or example, in the case
of the policy to increase use of renewable energy, people need to discuss the issue, totally
- 381 -
considering costs fro m at least three viewpoints of how much cost the policy requires, what
benefits the policy leads to, and how much cost non -policy leads to.
○
Co-creation
It requires “co -creation” -based collaboration with industry -govern ment -academia - citizen
complex and the communication to lay a path to a new age. All the stakeholders need to be
i mbued with the new “method.”
Biosketch
Junko Edahiro has a Master's in Educational Psychology fro m the University of Tokyo. As
an environmental journalist, she writes, speaks, lectures, and holds se minars relating to the
environment. She also translates various books as a translator.
She is al so involved in consulting for corporations relating to environmental management
syste ms, environmental reporting, etc., and shares her experiences and perspectives widely
through an e - mail newsletter, regarding the state of global environment and initiativ es
around Japan.
In 2002, along with other collaborators, she launched and jointly serves as co -chief
executive of Japan for Sustainability (JFS), a non -profit environ mental communication
platform that provides infor mation in English for the world about ac tivities in Japan that
pro mote sustainability.
In 2004, she established e’s Inc. and in 2005, set up Change Agent, Inc. with another
collaborator to help people beco me “change agents” and create networks of these people. She
is also a visiting researcher a t the Univ. of Tokyo, Research into Artifacts, Center for
Engineering.
Her publications include "You Can Do Anything If You Get Up at 2:00a m Every Morning".
Her published translations include "Limits to Growth : The 30 Year Update" by Donnela
Meadows,et al. , and "An Inconvenient Truth" by Al Gore.
- 382 -
真に持続可能な社会へ向けて
―市民の意識・理解・責任
枝廣 淳子
イーズ代表取締役
○ 「低炭素社会」を超えて
地球温暖化の影響が世界各地で顕在化している。しかし、問題は温暖化だけではな
い。生物多様性の喪失、迫り来るピークオイル、化石燃料の価格高騰に伴う食糧安全
保障への脅威など、さまざまな問題が同時多発的に起こってくるのが、これからの時
代になる。
○
本当に大事なこと
京都議定書の約束を守るために、海外から排出量を買ってくるなど、短期的な帳尻
合わせの政策ではなく、今本当に大事なことは、どういう日本にしていきたいかをし
っかり考え、形にしていくことだ。
これからの時代を考えたとき、温暖化の悪化から炭素制約が強まり、炭素コストが
高まっていくことは間違いない。ピークオイルから化石燃料のコストが高騰し、それ
に伴って食料価格も高騰することは間違いない。温暖化懐疑論者にとってさえ、省エ
ネと化石燃料から再生可能エネルギーへのエネルギー転換が必須であることは明らか
だろう。
また、日本では今後人口が減尐し、高齢化が進む。すでに買い物難民が発生し、過
疎が進む地方では、行政サービスの負担が著しく増大しつつある。まちづくりを根本
か ら 考 え 直 す 必 要 が あ る 。住 民 は 何 で 移 動 す る の か と い う 交 通 に 加 え 、職 住 近 接 な ど 、
住む場所・働く場所まで考えるまちづくりである。歩いて暮らせる町、エネルギーや
食糧の自給力の高い町、住民同士のつながりのある町が今後大事になってくる。
○
コスト・リテラシー
新しい時代にあわせて社会を変えていくためには、市民も企業も政府も、コストに
関する議論をきちんとできるようになる必要がある。
「何かをすれば必ずコストがかか
る」という当然のことを理解すること。それをすれば(たとえば再生可能エネルギー
を 増 や せ ば )ど の よ う な コ ス ト が か か る の か 、そ れ に よ る 便 益 は ど の ぐ ら い あ る の か 、
それをやらなかった場合どのようなコストがかかるのか。尐なくともこれら3つの観
点からコストを全体的にとらえ、議論していく必要がある。
○ 「共創」
そして新しい時代をつくっていくのは、産官学民の「共創」型のコラボレーション
とそのためのコミュニケーションである。この新しい「作法」をすべての利害関係者
が身につけなくてはならない。
- 383 -
略歴
東 京 大 学 大 学 院 教 育 心 理 学 専 攻 修 士 課 程 修 了 。環 境 ジ ャ ー ナ リ ス ト ・ 翻 訳 者 と し て 、
執筆、翻訳、講演活動を行う。多くの場面で講師を務める他、自らも環境に関するセ
ミナーを開催する。また、環境教育、環境マネジメントシステム等の分野でコンサル
ティング業務に携わり、その活動を通して得られる情報や知見をメールニュース等で
広く提供している。
2002 年 に 日 本 の 環 境 情 報 を 英 語 で 世 界 に 発 信 す る NGO、ジ ャ パ ン ・ フ ォ ー ・ サ ス テ
ナ ビ リ テ ィ ー (JFS) を 仲 間 と 立 ち 上 げ 、 共 同 代 表 を 務 め る 。
2004 年 、有 限 会 社 イ ー ズ 設 立 。2005 年 に は シ ス テ ム 思 考 を は じ め と す る 変 革 の ス キ
ルや方法論を提供する専門会社チェンジ・エージェントを設立。東京大学人工物工学
研究センター客員助教授。
主 な 著 書 に『 朝 2 時 起 き で 、な ん で も で き る ! 』、訳 書 に『 成 長 の 限 界
『不都合な真実』ほか多数。
- 384 -
人類の選択』
The Impact of US Domestic Climate Policy on the Shape of
International Agreements
: Political Economy Analysis of the Copenhagen Accord
Raymond J. Kopp
Senior Fellow, Resources For the Future
This presentation discuss and integrate three topics,
1)
the evolution of domestic US greenhouse gas mitigation policy with particular
attention to recent political develop ments,
2)
the recent develop ments in global cli mate p olicy as embodied in the Copenhagen
Accord, and
3)
the link between US domestic policy and the US position in future international
negotiations.
Biosketch
Raymond K opp holds Ph.D. and MA degrees in economic s and an undergraduate degree in
finance. He has b een a me mber of the RFF research staff since 1977 and has held a variety of
manage ment positions within the institution.
Kopp's interest in environmental policy began in the late 1970s, when he developed
techniques to measure the effect of pollution contr ol regulations on the economic efficiency
of stea m electric power generation. He then led the first examination of the cost of majo r
U.S. environ mental regulations in a full, general equilibrium, dyn a mic context by using an
approach that is now widely acce pted as state -o f-the-art in cost -benefit analysis.
During his career Kopp has specialized in the analysis of environmental and natural
resource issues with a focus on Federal regulatory activity. He is an expert in techniques of
assigning value to environ mental and natural resources that do not have market prices, which
is funda mental to cost -benefit analysis and the assessment of dama ges to natural resources.
Kopp's current research interests focus on the design of domestic and international polices
to co mbat cli mate change.
- 385 -
米国国内気候政策が国際合意形成に与える影響
―コペンハーゲン合意の政治経済的分析
レイモンド・ジェイ・コップ
未来資源研究所
上席研究員
本プレゼンテーションでは次の 3 つの頄目について議論し、総合的なとりまとめを
行う。
1)
最 近 の 政 治 的 展 開 に 特 に 留 意 し た 米 国 国 内 GHG 緩 和 策 の 変 革
2)
コペンハーゲン合意を具体化する地球規模の気候政策における最近の展開
3)
米国国内政策と今後の国際交渉における米国の立場とのつながり
略歴
レイモンド・コップは、経済学の博士号と修士号、及びファイナンスの学士号を持
つ 。 1977 年 か ら 未 来 資 源 研 究 所 ( Resources for the Future research ) の 研 究 メ ン バ ー で
あり、当研究所において幅広いマネージメントを行ってきた。
コ ッ プ が 環 境 政 策 に 興 味 を 持 っ た の は 1970 年 代 後 半 で あ る 。 こ の 時 期 に コ ッ プ は 、
火力発電所に対し汚染管理規制をかけた際の経済効率性への影響を評価する手法を開
発 し た 。 そ の た め 彼 は 、 今 日 、 最 先 端 の コ ス ト -ベ ネ フ ィ ッ ト 分 析 と し て 広 く 利 用 さ れ
ているアプローチ、すなわち全ての経済効果を扱う動的一般均衡モデルを用いること
により、主要な米国環境規制の最初の費用評価を指導することとなる。
コップはその経歴の中で、環境及び天然資源に対する連邦規制の分析の専門家とし
ても活躍してきた。彼は、市場価格を持たない環境や天然資源の価値評価に関する専
門 家 の 一 人 で あ る 。 環 境 や 天 然 資 源 の 価 値 は 、 コ ス ト -ベ ネ フ ィ ッ ト 分 析 や 天 然 資 源 へ
のダメージ評価の基礎である。
コップは現在、気候変動に対する国内政策及び国際政策について精力的に取り組ん
でいる。
- 386 -
Mid- and Long-term Scenarios for Global Warming Mitigation
toward Sustainable Society
Keigo Akimoto
Group Leader of Sy stems analy sis Group, RITE
Current human activities which are shortly exhausting our precious stocks have been
generated through long history will not be obviously able to continue for long-ter m. Al most
all people agree that we should change such a society to sustainable one largely. Particularly
global warming issue is recognized to be the central issues preventing sustainable
develop ment, and therefore we should tackle it with a sense of imminence.
Sustainable develop ment and global war ming issues are nearly whole of our society. Most
of our core issues which compose of our society, such as population, industry structure,
urban structure, consumption structure, economic growth drove by their changes, social
security, energy utilization structure, food, flesh water, health, biodiversity and others, are
related to the issues with complexity (Figure 1).
Population,
Age structure
- Industrial structure
- Urban structure,
urbanization
- Life style
- Consumption structure
- Globalization
- Financial bubble and
crisis
Economic growth,
differentials
Welfare,
happiness
Awareness and
attitude for
environment
Tech. innovation,
improvement
Energy consumption
Tech. diffusion,
transfer
Energy supply system
- Energy security
- Energy supply cost
International
framework,
Domestic policies
Uncertainty of the
science
Figure 1
social security
Energy supply
Human
health
CO2 emissions
Climate change
Food
demand
Water
demand
Food
supply
Water
supply
Forestry
Biodiversity
Rare resource
demand
Rare resource
supply
Overview of interrelationship among issues regarding global warmin g
In a ddition, it is a long -ter m and global issue. These issues should be considered as total
syste ms of these issues to solve it, and we have to make a better understanding and to seek
better solutions. Further more, better long -ter m solution might be different fro m better
short -term solution for e mission reductions; the possibility that global e miss ions might be
large exists even if the emissions can be achieved to small in Japan. The future pathways
with sustainable better welfare not only for current generatio n but also for future generation
- 387 -
should be found considering the balance of various issues to be improved, balance of current
and future generations, balance of countries with different conditions. In addition, the
pathways should be workable in our real s ociety.
The external cost should be internalized for achieving sustainable develop ment, and
carbon price will be needed explicitly or implicitly for preventing global war ming. This
means that the pressure changing fro m a potential direction in unsustainab le future to a
sustainable future is needed. However, the excessive pressure may destroy our society, and
the endless pressure will be unbeneficial for our society and it is also impossible under a real
world that need to tackle it over 100 years continuou sly and that have many independent
decision makers in the world. Rather, the society should be changed to a sustainable one
autonomously for long -ter m. This means that appropriate carbon price is needed explicitly o r
i mplicitly in short - and mid -ter m; the price should be however reduced gradually and the
e missions have to be s mall without high carbon prices. This is a real co mpatibility o f
environment and economy. In order to achieve it, the following efforts should be conducted:
1) large cost reductions by innovative technology developments, 2) practical cost reduction
of global war ming mitigation by measures with co -benefit which integrate between global
warming mi tigation measures and other many kinds of me asures to improve social welfare, 3)
changes in i ndustrial structures and consumption structures, and finally, 4) increase in
environment -friendly consciousness.
All of the above four efforts are significant for sustainable global war ming mitigations,
but this abstract would like to just discusses the e fforts 3). Figure 2 shows the
interrelationship between per -capita GDP and employment share in primary, secondary and
tertiary sectors of industry in 1980 -2005. The employment share in primar y sector have
decreased drastically up to around 5000US$ of per -capita GDP. The share in secondary sector
have increased in countries having per -capita GDP of below around 5000US$ and gradually
decreased in countries having over around the per -capita GDP. However, the decrease rates
have relatively large differences amo ng countries; the decrease in Japan is gradual even
though the per-capita GDP is large, while the decrease is rapid in United Kingdo m and
Australia. One of the most re markable points is that the changes in the world average are
relatively small while the c hanges in each country are large. Industrial structure change is a
key issue for preventing global war ming and toward a de - material and sustainable society.
However, it might be very difficult to achieve it in the global level according to the historical
trends. In other words, consumption structure change is much mor e difficult than industrial
structure change. Considering the fact, importance of the effort 4) of evolution in
environment -friendly consciousness will be also recognized.
- 388 -
Figure 2
Interrel ationship between per-capita GDP and e mploymen t share in each
industrial category in 1980 -2005
- 389 -
Globally cooperative measures are indispensable under the current globalized world for
preventing global warming and toward sustainable development. For exa mple , industrial
structure change and consumption structure change have different time flows achieved them.
Recognizing the differences of each issue in time scale and space scale, the balance of
various issues, balance of current and future generation, balanc e of countries with differen t
conditions should be considered for effective meas ures for achieving global warming
mitigation and a sustainable society.
Biosketch
Keigo Akimoto was born in 1970. He received Ph.D. degree fro m Yokohama National
University i n 1999. He joined Research Institute of Innovative Technology for the Earth
(RITE) to work with the Syste ms Analysis Gr oup in April 1999 and was a senior researcher in
April 2003. Currently he is the Leader of the Syste ms An alysis Group and an associate ch ief
researcher at RITE.
His scientific interests are in modeling and analysis of energy and environme nt syste ms
including the costs, risks and public perceptions. He was a guest researcher at IIAS A in 2006,
a guest researcher at the Research Center for Ad vanced Science and Technology, the
University of Tokyo in 2007 -2009 and an associate me mber at the Science Council of Japan
in 2008 -2009, and is currently a part -time lecturer, Graduate School of Public Policy, the
University of Tokyo. He received the Pecc ei Scholarship fro m II A SA in 1997, an award fro m
the Institute of Electrical Engineers of Japan in 1998, and an award fro m the Japan Society of
Energy and Resources in 2004.
- 390 -
持続可能な社会の実現に向けた中期と長期の地球温暖化対策シナリオ
秋元 圭吾
RITE
システム研究グループ
グループリーダー
地球が長い年月をかけて蓄積してきたストックを一瞬の時間で使い果たそうとして
いるかのような現在の経済社会活動をいつまでも続けることが不可能であることは明
白である。そのため、人類社会が「持続可能な発展」へと大きく舵を切るべきである
ことは誰もが同意できるであろう。その中で、とりわけ地球温暖化問題は、持続可能
な発展を大きく阻害し得る問題であり危機感を持って取り組んでいくことが必要であ
る。
持続可能な発展と地球温暖化の問題は、社会のあり方そのものでもある。人口問
題、産業構造、都市構造、消費構造、そしてそれに伴う経済成長、社会保障問題、エ
ネルギーの利用形態、食料需給、水資源問題、健康問題、生物多様性問題、多くの問
題 が 複 雑 に 入 り 組 ん だ 問 題 で あ る ( 図 1)。
人口、年齢構成
- 産業構造
- 都市構造、都市化
- ライフスタイル
- 消費構造
- グ ローバル化
- 金 融の暴走
社会保障
経済成長・格差
幸福感
環境意識・
費用負担意識
技術革新・進展
エネルギー消費
技術普及・移転
食料需要
水需要
食料供給
水供給
エネルギー供給構成
- エ ネルギー安全保障
- エ ネルギー安定供給
- エ ネルギー供給コスト
国際的枞組
国内制度・政策
科学的不確実性
エネルギー供給
健康
CO2排出
森林吸収
気候変動
生物多様性
希尐資源需要
希尐資源供給
図 1 地 球 温 暖 化 問 題 に係 わる主 な論 点 の俯 瞰 図
そして、長期にわたる問題であり、また、グローバルな問題である。そのため、温
暖化問題の解決のためには、常に問題の全体像をとらえるようにし、それをより良く
理解し、より良い方策を見出していかなければならない。また、短期的にしばらくの
間、排出削減に成功してもそれが長期的な解決につながるかは別の問題であるし、日
本が解決してもグローバルではむしろ悪化することは多いにあり得る。様々な問題間
- 391 -
のバランス、時点間のバランス、世界各国間のバランスを同時に考え、将来世代を含
めた人類が持続的に幸福でいられる社会を見出していかなければならない。しかもそ
れは理想論だけではなく、現実的に実行し得るものでなければならない。
持続可能な発展に向かっていくには環境外部性の内部化が必要であり、温暖化問
題に限れば、短中期的には明示的にしろ暗示的にしろ炭素に価格をつけていくことが
必要である。これは社会に圧力をかけて、社会が潜在的に向かおうとしている方向を
変えるということである。しかし、急激に大きな圧力をかけると破壊が起こるかもし
れないし、不適切に部分的にだけ強い圧力をかければ使いものにならなくなるかもし
れ な い 。ま た 、い つ ま で も 圧 力 を 掛 け 続 け る こ と は 望 ま し い こ と で は な い し 、 1 0 0 年 を
超える時間の中で、多くの意思決定者がいる世界で、それが可能とは考え難い。よっ
て、長期的には圧力がなくても正しい方向に進むようにならなければならない。これ
は、短中期的にはある程度の炭素価格が必要である一方で、持続可能な発展のために
は、長期的には炭素価格は低下していかなければならない、ということである。これ
は通常多くの人がイメージしていることとは異なるかもしれない。長期的には、炭素
に価格はつかないが、温室効果ガス排出が小さくなるような社会にしなければならな
いのである。それこそが持続的な経済発展であり、経済と環境の真の両立である。こ
のためには、まず、①温暖化対策の大幅なコスト低減をもたらす革新的な技術開発が
不可欠であり、②社会の効用を増大させる他の施策と温暖化対策を協調させコベネフ
ィットを追求すべきであり、そして、③世界の産業構造、消費構造を大きく変えてい
くことが必要である。更には、④多くの人が高い環境意識を有するようになることも
必要である。
上記の①~④すべてが重要であるが、本予稿では、簡卖に③の産業構造の面につい
て の み 触 れ 、③ に つ い て 何 を し な け れ ば な ら な い の か に つ い て 示 唆 と し た い 。図 2 は 、
1980~ 2005 年 の 間 の 第 1 、 2 、 3 次 産 業 そ れ ぞ れ の 従 事 人 口 の 推 移 を 一 人 当 た り GDP
別 に 示 し た も の で あ る 。第 1 次 産 業 の 従 事 人 口 比 率 は 、一 人 当 た り GD P が 年 間 5000$ く
らいまでの間に急速に低下している。第2次産業は、この間に第1次産業に代わって
大きくなり、それを超えると徐々に低下傾向を示している。しかし、日本のように一
人 当 た り GDP が 高 く て も 比 較 的 大 き な シ ェ ア を 占 め て い る 国 も あ れ ば 、 英 国 、 豪 州 の
ように比較的急速に低下してきている国もあり、国によって差異は大きい。ここで興
味深いのは、各国、大きな変化が見られるものの、世界全体での変動はかなり小さい
ことである。グローバル化の進展によって、各国で見ると産業構造の大きな変化が見
られるものの、世界全体ではさほど大きな変化は起こっていない。
- 392 -
図 2 1980~2 0 0 5 年 の間 の一 人 当 たり GDP と各 産 業 の 従 事 人 口 比 率 の関 係
- 393 -
地球温暖化問題を解決し、同時に脱物質化社会を築き、持続可能な発展へと進んで
いくためには、産業構造の大幅な転換が必要と考えられる。しかし、1国卖位で見る
と、大きな転換がそれほど難しいように見られない場合もあるかもしれないが、実は
極めて難しいというのが現状である。言いかえれば、産業構造を変えることはできて
も、持続可能な発展のために必要な消費構造を変えることは大変難しいことである。
それを認識したとき、④の環境意識の変革の重要性が重みを一層増してくる。
グローバル化が進んだ世界にあっては、グローバルで協調された排出削減への取り
組みが行われないことには、地球温暖化防止、そして持続可能な発展にはつながらな
い。それぞれの問題の時間的、空間的な差異をよく認識した上で、様々な問題間のバ
ランス、時点間のバランス、世界各国間のバランスのとれた対策をとることが、地球
温暖化を最も効果的に防止でき、持続可能な発展を社会に最も良く近づくことができ
るだろう。
略歴
昭 和 45 年 生 ま れ 。平 成 11 年 横 浜 国 立 大 学 大 学 院 工 学 研 究 科 博 士 課 程 修 了 。工 学 博
士 。平 成 11 年 財 団 法 人 地 球 環 境 産 業 技 術 研 究 機 構 入 所 、研 究 員 。平 成 1 5 年 、同
ス テ ム 研 究 グ ル ー プ 主 任 研 究 員 。平 成 1 9 年 、同
シ
グ ル ー プ リ ー ダ ー・副 主 席 研 究 員 現
在 に 至 る 。平 成 1 8 年 国 際 応 用 シ ス テ ム 分 析 研 究 所( IIASA )客 員 研 究 員 。平 成 18~ 2 0
年 東 京 大 学 先 端 科 学 技 術 研 究 セ ン タ ー 客 員 研 究 員 兹 務 。 平 成 19~ 20 年 日 本 学 術 会 議
特 任 連 携 会 員 。 平 成 21 年 東 京 大 学 公 共 政 策 大 学 院 非 常 勤 講 師 兹 務 。
エネルギー・環境を対象とするシステム工学が専門。
著 書 と し て 、 CO2 削 減 戦 略 ( 分 担 執 筆 )、 図 解 CO2 貯 留 テ ク ノ ロ ジ ー ( 分 担 執 筆 )、
「 低 炭 素 エ コ ノ ミ ー ― 温 暖 化 対 策 目 標 と 国 民 負 担 」( 分 担 執 筆 )、「 CO2 削 減 は ど こ ま で
可 能 か ― 温 暖 化 ガ ス ‐ 25%の 検 証 」( 分 担 執 筆 )。 1 9 9 7 年 IIAS A よ り Peccei 賞 、 1 9 98 年
電 気 学 会 よ り 優 秀 論 文 発 表 賞 、 2004 年 エ ネ ル ギ ー ・ 資 源 学 会 よ り 茅 奨 励 賞 を そ れ ぞ れ
受賞。
- 394 -
本報告書の内容を公表する際は、あらかじめ
財団法人 地球環境産業技術研究機構(RITE)
システム研究グループの許可を受けてください。
電 話
FAX
0774(75)2304
0774(75)2317
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