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年報27(平成24年度版) - ライフサイエンス振興財団

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年報27(平成24年度版) - ライフサイエンス振興財団
ライフサイエンス振興財団
年 報 27
平成24年度版 公益財団法人 ライフサイエンス振興財団
LIFE SCIENCE FOUNDATION OF JAPAN
目 次
yyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy
●研究開発の助成
〈平成22年度採択課題〉
Ⅰ 脳神経疾患の診断と治療
1 くも膜下出血後の脳血管攣縮と神経障害に対するトロンビン受容体を標的とした新たな
治療戦略の開発… ………………………………………………………………………平野勝也・ 3
2 前脳基底部アセチルコリン神経分化制御に着目した精神疾患治療への新規アプローチ
…………………………………………………………………………………眞部孝幸・ 6
3 大脳皮質の感覚地図形成の時空間的制御メカニズムとその異常による脳病態の解明
…………………………………………………………………………………河崎洋志・ 8
4 グリア細胞由来リポ蛋白の軸索内輸送系への影響と神経保護薬開発への応用
…………………………………………………………………………………林 秀樹・10
5 RNAiスクリーニング法を基盤としたポリグルタミン凝集に関わる新たな分子制御機構
及び治療標的分子の同定… ………………………………………………………… 山中智行・13
6 Adenosine 2A receptor拮抗薬によるautophagy調節機構に着目した
新規パーキンソン病治療薬の開発…………………………………………………斉木臣二・15
Ⅱ 生体と磁場
1 マグネタイト-高分子ハイブリッド微小球の作製と生体模倣環境下での温熱効果検証
…………………………………………………………………………………宮崎敏樹・17
2 細胞組織の電気的活動によって発生する磁場信号計測への常温作動・パルス励起型
超高感度磁気インピーダンスセンサの応用………………………………………中山晋介・19
Ⅲ 一般課題
1 マウスをモデルとした児童虐待に関する生物学的研究… ………………… 海老原史樹文・23
2 タバコ無細胞法による蛇毒由来有用タンパク質の合成…………………………湯川 泰・27
3 腸内細菌クロストリジウムによる抑制性T細胞の誘導に必要な菌抗原の同定と
誘導メカニズムの解明………………………………………………………………西尾純子・30
●国際会議開催への助成
〈平成24年度採択分〉
1 国際シンポジウム
「細胞内シグナルから見る生命現象と疾患」
……………………………・32
2 国際結核サーベイランス研究会議……………………………………………………………・34
3 第 6 回食と健康に関する新潟国際シンポジウム……………………………………………・36
4 第 4 回国際システム生物工学会…………………………………………………………………・39
1
●国際交流(海外派遣)
の援助
〈平成24年度採択分〉
1 the 2012 American Transplant Congress………………………………………… 奥見雅由・41
2 第94回米国内分泌学会年会……………………………………………………………三木康宏・43
3 Advances Neuroblastoma Research 2012
(国際神経芽腫学会2012)
… ………… 池松真也・46
4 European College of Sports Science… ……………………………………………… 山口鉄生・49
5 3rd TERMIS
(Tissue Engineering and Regenerative Medicine International Society)
World Congress 2012… ………………………………………………………………粕谷淳一・51
6 53rd International Conference on the Bioscience of Lipids… …………………宮成健司・53
7 15th International Conference on Retinal Proteins
(第15回レチナールタンパク質国際会議)
……………………………………………永田 崇・55
8 the 42nd annual meeting of the Society for Neuroscience
(第42回アメリカ神経科学学会)
………………………………………………………戸田智久・57
●財団の概況
1 評議員・60 2 理事・監事・60 3 決算の状況・61
4 評議員会及び理事会・64 5 事業一覧(平成24年度)・65
編集後記
yyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy
2
●研究開発の助成
ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ
当財団の主要事業として研究開発の助成を行っています。
以下は平成24年度中に提出された平成22年度採択課題の報告の
概要を取りまとめたものです。
ララララララララ
平成22年度
ララララララララ
▲
▲
Ⅰ 脳神経疾患の診断と治療
脳神経疾患の診断と治療/平成22年度-Ⅰ
1 くも膜下出血後の脳血管攣縮と神経障害に対
するトロンビン受容体を標的とした新たな治
療戦略の開発
九州大学大学院医学研究院附属心臓血管研究施設分子細胞情報学分野准教授
平 野 勝 也
本研究の意義,特色
脳血管攣縮は,くも膜下出血後 7 日ないし14日にかけて遅発性に発症する血管の狭小化であり,
くも膜下出血患者の長期予後を決定する重篤な合併症である。本研究は,攣縮血管のトロンビン
反応性に関するこれまでの独自の知見を基に,トロンビン受容体の視点から,分子病態をとらえ,
この受容体を標的とした新たな攣縮治療を確立する点が特徴である。患者の長期予後改善に貢献
する点で意義がある。
実施した研究の具体的内容,結果
1.くも膜出血におけるトロンビン受容体脱感作障害の機序解明
ウサギくも膜下出血モデルを用いて,脳底動脈のトロンビンに対する収縮反応性が出血後遅発
性に増強することを報告した
(Br J Phamacol 2007)。この収縮反応性の亢進はトロンビン受容体
PAR1の発現亢進に一部起因することも明らかにした(Stoke 2007)。さらに,モデル動物において,
受容体刺激による収縮反応性が持続性を獲得し,タキフィラキシーによる反応性の低下が抑制さ
れていることを見出し,くも膜下出血においては受容体の脱感作機構が障害されていることを明
らかにした
(J Cereb Blood Flow Metab 2010)
。受容体脱感作障害の影響は,蛋白質分解によっ
て活性化されるPAR1で大きく,トロンビンによる収縮反応は刺激を止めても不可逆的に持続し
3
た。上記の研究成果から,受容体の発現亢進のみならず,脱感作機構の障害も,くも膜下出血後
の血管収縮反応性の亢進に重要な役割を果たすことが示唆された。本研究では,ウサギくも膜下
出血モデルと培養血管平滑筋細胞を用いて,受容体脱感作障害の機序を明らかにした。
(1)ウサギくも膜下出血モデルを用いた解析:モデル作成時に,大槽内にトロンビン阻害剤アル
ガトロバンを投与すると収縮反応の亢進は抑制された。しかし,PAR1活性化ペプチドは持続性
の収縮を引き起こし,連続刺激の 2 回目の反応性も保たれており,さらには,トロンビンは不逆
的な収縮を引き起こすことが観察された。このことから,受容体の発現亢進は出血後に産生され
るトロンビンに依るが,脱感作障害の発生には別の因子が関与することが示唆された。酸化スト
レスは,脳血管攣縮の発症に関与することが示唆されており,抗酸化剤の関与を検討した。
抗酸化剤TempolあるいはビタミンCを,アルガトロバンと共に大槽内に投与すると,PARl活
性化ペプチドによる収縮は一過性となり,連続刺激の 2 回目の反応も低下し,トロンビン収縮の
可逆性も回復し,血管反応性が正常化した。また,モデル動物の脳実質内に酸化ストレスの亢進
を認め,アルガトロバンあるいはビタミンCの投与により抑制されることを見出した。すなわち,
くも膜下出血により発生する酸化ストレスが受容体脱感作障害の発生に関わることが明らかと
なった。トロンビンの阻害と抗酸化剤の併用は,脳血管攣縮の新たな治療戦略となることが示唆
された。
(2)培養平滑筋細胞を用いた解析:コンフルエントに達した平滑筋細胞A7r5における細胞質
Ca2+ 濃度上昇反応はくも膜下出血モデルから摘出した血管で観察された収縮反応と同様の現象
を示し,この細胞においてもトロンビン受容体の脱感作機構が障害されていることが示唆され
た。すなわち,PAR1活性化ペプチドが引き起こすCa2+ 濃度上昇は持続的であり, 2 回目の反
応性も保たれており,また,トロンビンが引き起こすCa2+ 濃度上昇反応は不可逆的であった。
Extracellular signal-regulated kinase
(ERK)
阻害剤で処理すると,PAR1活性化ペプチドに対す
る反応は一過性となり, 2 回目の反応性も低下し,トロンビンの反応も可逆的となった。一方,
Rhoキナーゼ阻害剤,p38MAPキナーゼ阻害剤は,脱感作障害の是正には無効であった。すなわ
ち,受容体の脱感作障害には,ERKが関与することが示唆された。
2.くも膜下出血後の血管反応性亢進機序の解明
平滑筋収縮は,細胞内Ca2+シグナルのみならず,収縮装置のCa2+感受性変化によっても制御
される。受容体刺激は,ミオシン脱リン酸化酵素(MLCP)活性を阻害し,Ca2+ 感受性を亢進さ
せ,同じ程度のCa2+ シグナルが発生した場合により大きな収縮を引き起こすことが知られてい
る。脳血管攣縮誘発因子の一つであるエンドセリンにもCa2+感受性亢進作用が報告されている。
また,報告者は,Ca2+ 感受性変化を直接に評価する方法として,黄色ブドウ球菌αトキシンを
用いた脱膜化血管標本作製法を確立している。この標本では,細胞質Ca2+ 濃度を一定に保った
条件下に様々な収縮反応を観察することができる。Ca2+ 濃度には変化がないために,観察され
る収縮反応はCa2+ 感受性変化を反映することになる。くも膜下出血後の血管反応性亢進におけ
る平滑筋収縮装置のCa2+感受性制御系の関与を検討した。
4
正常脳底動脈の脱膜化標本では,エンドセリン,及び,受容体非依存性にGタンパク質を活性
化するGTPγSは,いずれも一過性の収縮を引き起こした。すなわち,正常の血管では,受容体
レベルに加えて,収縮装置のCa2+ 感受性のレベルでも負のフィードバック制御が作用し,過剰
な収縮反応が回避されることが示唆された。これに対して,くも膜下出血モデルより摘出した脳
底動脈においては,エンドセリン及びGTPγSのいずれも,持続性の収縮反応を引き起こし,く
も膜下出血の病態においては,受容体のみならずCa2+ 感受性のフィードバック抑制機構も障害
されていることが示唆された。Ca2+感受性調節には,MLCPとその調節系が重要な役割を果たす。
その中で,くも膜下出血においては,プロテインキナーゼC,Rhoキナーゼ,MLCPの調節サブ
ユニットMYPTl,及びMLCP阻害蛋白質CPI-17の発現が亢進し,MLCP活性抑制を引き起こす
MYPTl及びCPI-17のリン酸化レベルが亢進していることを見出した。さらに,エンドセリン刺
激後のMYPTl及びCPI-17のリン酸化反応が,正常血管では一過性であったものが,病態におい
ては持続反応に転じることを見出した。くも膜下出血後に生じるこのような平滑筋収縮装置の制
御系の変化も,遅発性に生じる血管反応性の亢進に関与することが示唆された。
この度の研究から,くも膜下出血後の脳血管攣縮の遅発性発症の基盤となる平滑筋収縮反応性
亢進の詳しい機序が明らかとなった。受容体の発現亢進と脱感作機構の障害による受容体の活性
亢進が刺激に対する反応性を増強するとともに,平滑筋収縮装置のCa2+ 感受性の増強が収縮性
亢進に関わることが明らかとなった。くも膜下出血はトロンビンが大量に産生される病態である
ことと,
トロンビン受容体が蛋白質分解によって不可逆的に活性化される特徴を有することから,
脳血管攣縮の発症にトロンビンとその受容体が重要な役割を果たすことが示唆される。トロンビ
ン受容体拮抗薬の開発は第 3 相臨床試験に達しており,本研究成果を基にしたトロンビン受容体
を標的とした新たな攣縮治療が実現可能となりつつある。
本研究に関連して発表したおもな論文等
1.Kameda K, Kikkawa Y, Hirano M, Matsuo S, Sasaki T, Hirano K. Combined argatroban
and anti-oxidative agents prevents increased vascular contractility to thrombin and
other ligands after subarachnoid haemorrhage. Br J Pharmacol 165: 106-119, 2012
2.Kikkawa Y, Matsuo S, Kameda K, Hirano M, Nakamizo A, Sasaki T, Hirano K.
Mechanisms underlying potentiation of endothelin-l-induced myofilament Ca 2+
sensitization after subarachnoid hemorrhage. J Cereb Blood Flow Metab 32: 341-352, 2012
5
▲
▲
脳神経疾患の診断と治療/平成22年度-Ⅰ
2 前脳基底部アセチルコリン神経分化制御に着
目した精神疾患治療への新規アプローチ
藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 遺伝子発現機構学研究部門 准教授
眞 部 孝 幸
本研究の意義,特色
我々は,前脳基底部に限局発現する転写因子L3/Lhx8の単離に成功し解析を行ってきた。L3/
Lhx8欠損動物を作成したところ,基底部のコリン作動性(Ach)神経が選択的に脱落していた。
この部分のAch神経は,大脳皮質,視床,中脳などに広く投射し,アルツハイマー病(AD)をは
じめとする各種痴呆性疾患において選択的に脱落している事が知られており,高次脳機能との関
連が注目されていた。基底部から生まれる神経は主に淡蒼球・梨状葉の神経を作るが,綿条体の
Ach作動性抑制性介在神経なども形成する。従って,脳発達時におけるL3/Lhx8の役割を解析し,
その発現をコントロールすることは,各種神経変性疾患,精神疾患等の新規治療法につながる可
能性がある。
実施した研究の具体的内容,結果
1)L3/Lhx8発現不全動物は強迫性障害様の行動異常を示した。
L3/Lhx8欠損マウスのヘテロ接合体は,生後週齢を重ねるにつれ,自身の四肢が届く部位を
骨が剥き出すほどに掻き続ける強迫性障害様の行動を呈することが解った。興味深いことは,
Sapap3欠損動物
(主に主経路の障害)が,このL3/Lhx8欠損マウスに極似した強迫性障害様の行
動を呈することが知られているということである(Nature, 448,894-901.2007.)。この動物は
線条体に入力するグルタミン酸
(Glu)シグナルを後シナプスで障害するにも関わらず,Glu阻害
薬ではなく従来の選択的セロトニン再取り込み阻害薬SSRIが有効であったことから,Glu神経に
限局したものではなく,広く同経路に起因することを示唆している。基底部から生まれる神経は
主に淡蒼球・梨状葉の神経を作るが,線条体のAch作動性抑制性介在神経なども形成する。強迫
性障害はうつ病の不安症状の一部であるが,抗うつ薬投与患者の約半数は薬が効かないという現
状から考えて,薬剤抵抗性の精神疾患は,現在まであまり注目されてこなかったこの基底核領域
のAch神経に由来する可能性が示唆される。従って,L3/Lhx8誘導が新しい治療法となるかもし
れない。
6
2)L3/Lhx8はレチノイン酸刺激によって発現誘導された。
ヒト神経芽細胞腫N2A細胞株およびマウス胚性幹細胞(ES)株をレチノイン酸刺激によって神
経系細胞へ分化させた。この時,L3/Lhx8 mRNAの発現が誘導されることが解った。尚,我々
の分化条件では,25%が神経細胞へ,55%がアストロサイトへ分化していた。
3)L3/Lhx8の発現抑制はアセチルコリン神経分化を抑制する。
N2AおよびES細胞を同様にレチノイン酸によって分化させる前述の条件において,siRNAを
用いてL3Lhx8をノックダウンすると,アセチルコリン神経への分化が著明に減弱されることが
明らかになった。L3/Lhx8ノックアウトますを用いたin vivo実験でも,同様のアセチルコリン
神経の脱落が検出された以前の研究から考えると,13/Lhx8は脳発達時のアセチルコリン神経
分化調節に関与していることが明らかになった。一方,同時に,GABA作動性神経分化が著明
に増加していることが明らかとなり,L3/Lhx8は,興奮性のアセチルコリン神経分化と抑制性の
GABA神経分化のスイッチングに関与している可能性が示唆された。更に,L3Lhx8のノックダ
ウンは,アセチルコリン合成酵素ChATの発現を著しく減少させた。したがって,L3/Lhx8の発
現調節が各種脳疾患におけるアセチルコリン神経終末でのアセチルコリンの補充に寄与出来るか
もしれない。
これらの成果により,レチノイン酸投与によるL3/Lhx8の誘導がChATを誘導する事は十分推
察できるが,これは発達・分化段階においての結果であり,実際分化後の神経細胞において(実
際の患者で想定される状態)同様の効果が得られるか否かが今後の重要な検討課題である。脳疾
患の中でもアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患では,アセチルコリンやドパ
ミン神経自体が脱落しているので,神経伝達物質の回復を目的とした従来のアセチルコリン分解
酵素阻害薬やドパミン補充療法は対象療法であり,その根本的治療には細胞死を止めるか再生医
療により神経細胞自体を補充する必要が有ると言える。一方で,うつ病などの精神疾患では,神
経細胞自体の脱落よりもむしろ,シナプスでの伝達物質の異常等によるネットワークの破綻,神
経活動の周りの環境を含めた破綻などが深く関与していると考えられるため,本研究による成果
の応用は,主経路での神経伝達物質アセチルコリンの補充あるいはブロックすることで,新たな
精神疾患治療につながる可能性を秘めており,今後の更なる発展が期待される。
7
▲
▲
脳神経疾患の診断と治療/平成22年度-Ⅰ
3 大脳皮質の感覚地図形成の時空間的制御メ
カニズムとその異常による脳病態の解明
東京大学大学院 医学系研究科 神経機能解明ユニット 特任准教授
河 崎 洋 志
本研究の意義,特色
「出生」は哺乳類の生涯で最も劇的な環境の変化であるが,出生が脳神経系へと及ぼす影響は従
来あまり注目されてこなかった。最近,我々はマウス大脳皮質のバレル感覚地図が,新生仔の出
生を契機として形成されることを見出した。そこで本研究では,我々が見出した出生(もしくは
出産)によるバレル感覚地図形成の開始制御に焦点を絞り,その分子メカニズムの解析を行った。
ヒトでも著しい早産児では脳機能障害を示すことから,本研究の成果は早産児における脳機能障
害の病態解明に発展することが期待できる。
実施した研究の具体的内容,結果
(背景)
「出生」は哺乳類の生涯で最も劇的な環境の変化である。この劇的な環境変化に対して新生仔の
中枢神経系は対応に迫られることは想像に難くないが,出生が中枢神経系の形成・発達過程へと
及ぼす影響は不明な点が多い。最近 我々はマウス大脳皮質の一次体性感覚野の神経回路形成開
始が出生により制御されていることを発見した。
マウス体性感覚野にはヒゲに対応したバレル神経回路が存在しており,神経回路形成,神経可
塑性および可塑性臨界期の研究に広く用いられている。しかし,ヒゲ感覚は出生直後の新生仔の
生存に必須であるにも関わらず,バレル神経回路形成の開始制御機構はあまり注目されてこな
かった。
我々はこれまでに,バレル神経回路の形成開始が新生仔の出生(=母親の出産)により規定され
ていることを見出した。即ち,母親マウスからの出生タイミングを人為的に変化させると,バレ
ル形成時期も変化したのである。興味深いことに,バレル形成とほぼ同時期に見られるバレル可
塑性臨界期の終了時期は,出生時期を変化させても影響を受けなかった。これらの結果は,1)
「出
生」が神経回路の形成開始を制御する重要な要因であること,2)バレル形成とバレル可塑性は発
達過程において同時期に見られるが,その時期制御メカニズムは異なることを意味している。そ
こで本研究では,我々が発見した
「出生によるバレル形成の開始制御」に焦点を絞り,その開始制
御メカニズムの解析を行った。
8
(結果)
「出生」には様々なプロセスが含まれている。具体的には(i)出生による感覚入力の増加,(ii)分
娩時の物理的刺激,
(iii)母体からの離脱などがある。そこでどのプロセスがバレル形成の開始制
御しているか検討した。
神経活動の重要性を検討するために,継続的にヒゲを除去することにより感覚入力を障害した
が回路形成には異常は見られなかったことから,感覚入力の増加は重要ではないことが示唆され
た。続いて,分娩時の物理的刺激の重要性を検討するために帝王切開を行ったがやはり回路形成
に異常は見られず,分娩プロセスは重要ではなく,むしろ母体からの離脱が回路形成を制御して
いることが示唆された。
これまでに我々は大脳皮質一次体性感覚野の神経回路形成が出生により制御されていることを
見出していた。ヒゲ感覚は三叉神経節,三叉神経核,視床VB核を介して大脳皮質一次体性感覚
野に到達することから,出生が直接的に回路形成を制御するのは一次体性感覚野ではなく,より
末梢のいずれかの部位が出生による制御を直接的に受けている可能性があった。そこで視床VB
核における感覚地図の形成時期が出生時期により左右されるか検討した結果,視床VB核の形成
は出生時期による影響を受けないことが明らかとなった。続いて,視床皮質軸索と大脳皮質第 4
層興奮神経細胞を検討した結果,いずれも出生による制御を受けていることを見出した。これら
の結果は出生による制御は視床皮質軸索レベルで作用していることを示唆している。
過去に行われた研究により体性感覚回路の空間的パターン形成には神経伝達物質であるグルタ
ミン酸とセロトニンが重要であると報告されている。従って,これらのいずれかが律速段階であ
り,出生による神経回路の形成開始制御を行っている可能性が高いと考えた。そこで脳脊髄液中
のセロトニン濃度を測定したところ,出生直後に有意に減少することを見出した。面白いことに
このセロトニン濃度低下は早産マウスではより早期に見られたことから,出生によりセロトニン
濃度低下が制御されていることが示唆された。さらにセロトニンの濃度低下を薬理学的に阻害し
たところ回路形成が阻害され,逆に濃度低下を促進させたところ回路形成が早期に行われること
を見出した。これらの結果はセロトニン濃度低下が出生による回路形成制御に重要な役割を担っ
ていることを意味している。
(考察)
本研究の結果,
出生による神経回路形成の開始制御メカニズムの一端が明らかとなった。
「出生」
には様々なプロセスが含まれるが,その中でも母親からの離脱が重要であることを示した。さら
に出生による制御は視床皮質軸索レベルで行われていること,出生の下流にはセロトニン濃度低
下が重要であることを明らかにした。
出生は哺乳類の一生で最も劇的な環境変化であるが,脳神経系の形成過程に及ぼす影響はこれ
まであまり注目されてこなかった。本研究の成果より出生が脳神経系の形成に重要な役割を担っ
ていることが明らかとなった。さらに,出生直後にはセロトニンの濃度低下が起きることを見出
すなど,その制御機構を明らかにすることができた。
9
ヒトの新生児が著しい早産で生まれた場合,脳神経系の発達障害の可能性が高まることが報告
されている。本研究で見出された出生による脳神経系形成制御機構と早産による発達障害の病態
との関連が,今後に解明されることが期待される。
(謝辞)
本研究に携わった研究室のメンバーに感謝します。東京大学大学院医学系研究科の省次先生,
門脇孝先生,尾藤晴彦先生には研究室運営に関して多大なご支援を頂きました。また本研究にご
支援を下さったライフサンエンス振興財団に深く御礼申し上げます。
本研究に関連して発表したおもな論文等
Yamasaki T., Kawasaki H.(Co-corresponding author), Arakawa S., Shimizu K., Shimizu S.,
Reiner O., Okano H., Nishina S., Azuma N., Penninger J. M., Katada T. and Nishina H.,
Stress-activated protein kinase MKK7 regulates axon elongation in the developing cerebral
cortex, Journal of Neuroscience, 31, 16872-16883, 2011.
Sehara K., Wakimoto M., Ako R. and Kawasaki H., Distinct developmental principles
underlie the formation of ipsilateral and contralateral whisker-related axonal patterns of
▲
▲
layer 2/3 neurons in the barrel cortex, Neuroscience, 226, 289-304, 2012.
脳神経疾患の診断と治療/平成22年度-Ⅰ
4 グリア細胞由来リポ蛋白の軸索内輸送系への
影響と神経保護薬開発への応用
熊本大学 大学院先導機構 代謝病態学分野 特任助教
林 秀 樹
本研究の意義,特色
近年,中枢神経系における神経細胞とグリア細胞の機能的連携が注目され,神経機能発現や神
経障害に対するグリア細胞の役割の重要性が明らかとなってきた。本研究は,報告者が初めて明
らかにしたグリア細胞由来リポプロテインによる神経保護機能のさらに詳細な機構を解析すると
同時に,報告者が確立した中枢神経細胞のコンパートメント培養法を用いて,新規神経保護薬の
開発に繋がる成果を期待するものである。
10
中枢神経細胞のコンパートメント培養法を用いて、新規神経保護薬の開発に繋
がる成果を期待するものである。
実験方法
実施した研究の具体的内容,結果
実験方法
(1)抗体パニング法を用いた網膜神経節細胞の初代培養
(1)
抗体パニング法を用いた網膜神経節細胞の初代培養
本研究には、生後2日目のラットを使用した。ラット初代培養網膜神経節細胞
本研究には,生後 2 日目のラットを使用した。ラット初代培養網膜神経節細胞の単離は,
の単離は、Barres ら(Neuron, 1988 年)の方法に従い行った。本培養法は、抗
Barresら
(Neuron, 1988年)の方法に従い行った。本培養法は,抗体をコーティングしたペトリ
体をコーティングしたペトリディッシュを用いて、2段階の抗体パニングを行
ディッシュを用いて, 2 段階の抗体パニングを行うことにより,100%に近い純度で網膜神経節
うことにより、100%に近い純度で網膜神経節細胞を培養することができる
細胞を培養することができる方法である。網膜神経節細胞を単離後,96ウェル培養プレートまた
方法である。網膜神経節細胞を単離後、96ウェル培養プレートまたはコンパ
はコンパートメント培養
(右下図)
に無血清培養液中で10日間以上培養した後に,実験に使用した。
(2)
大脳皮質グリア細胞の初代培養
ートメント培養(右下図)に無血清培養液中で10日間以上培養した後に、実
グリア細胞の初代培養は,生後 3 日目のラット
験に使用した。
大脳皮質を使用して行った。本実験で使用したグ
(2)大脳皮質グリア細胞の初代培養
リア細胞の構成は,免疫細胞化学的検討から,ア
グリア細胞の初代培養は、生後3日目のラッ
ストロサイト82.5%,ミクログリア16%,オリゴ
ト大脳皮質を使用して行った。本実験で使用
デンドロサイト0.5%,神経細胞1%であった。
(3)
グリア細胞由来アポE含有リポプロテインの単離
したグリア細胞の構成は、免疫細胞化学的検
初代培養グリア細胞を 3 日間,無血清培養液
討から、アストロサイト82.5%、ミクロ
中で培養し,培養液を回収した。この培養液を
グリア16%、オリゴデンドロサイト0.
ショ糖密度勾配超遠心法により,72時間超遠心
5%、神経細胞1%であった。
し,10画分に分画した。各画分の一部を使用し
(3)
グリア細胞由来アポ E 含有リポプロテ
てイムノブロットを行い,アポEの分布を観察し
インの単離
た。10画分中でアポE含有量の多い 3 画分を回収
し,濃縮して実験に使用した。
初代培養グリア細胞を3日間、無血清培養液
(4)
グルタミン酸による神経細胞障害の誘導
中で培養し、培養液を回収した。この培養液
神経経細胞障害
(アポトーシス)は,網膜神経
をショ糖密度勾配超遠心法により、72時間
節細胞の培養液中にグルタミン酸を添加することで誘導した。グルタミン酸の処理は 2 時間行
超遠心し、10画分に分画した。各画分の一部を使用してイムノブロットを行
い,その後に通常の培養液に交換した。24時間培養後,ヘキスト33258で核を染色することにより,
アポトーシス細胞を検出した。核の染色像が,凝集や断片化を示している細胞をアポトーシス細
胞として判定し,均一に染色された核を持つ細胞を健康な細胞として判定した。
(5)
細胞内シグナル経路の解析
網膜神経節細胞におけるアポE含有リポプロテインの神経保護機構の解析は,主にイムノブ
ロットや阻害剤などを用いて行った。イムノブロットは,ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリ
ルアミド電気泳動法でタンパク質を分離後,ニトロセルロース膜に転写して行った。抗体陽性バ
ンドの検出には,化学発光法を用いた。
(6)
蛍光指示薬を用いた細胞内カルシウム動態の観察
初代培養網膜神経細胞をカルシウム蛍光指示薬であるFluo 8-AMと30分間インキュベーション
11
し,培養液で 2 回洗浄後,蛍光顕微鏡を使用して観察を行った。蛍光の観察には,MetaFluor画
像解析ソフトを用いた。
研究結果
報告者は以前の研究で,中枢神経細胞である網膜神経節細胞の栄養因子除去によるアポトー
シスが,グリア細胞由来のアポE含有リポプロテインにより非常に強力に抑制されることを報告
した
(Hayashi et. al., J Neurosci 2007)
。本研究では,アポE含有リポプロテインによる神経保護
効果が,栄養因子欠乏以外の神経障害にも有効か否かを検討した。神経障害は,過酸化水素添加
による酸化ストレスおよびグルタミン酸添加による興奮性アミノ酸神経毒により誘導した。その
結果,両障害に対し,アポE含有リポプロテインが神経保護効果を発揮することが示された。グ
ルタミン酸神経障害は,様々な神経変性疾患と関わることが知られていることから,グルタミン
酸神経障害に対するアポE含有リポプロテインの神経保護効果を詳細に検討した。その結果,ア
ポE含有リポプロテインはリポ蛋白受容体の一つであるlow density lipoprotein receptor-related
protein (
1 LRP1)に結合し,グルタミン酸受容体の活性を抑制することが明らかとなった。また
蛍光指示薬を用いた実験で,アポE含有リポプロテインは,細胞内へのカルシウム流入を抑制す
ることが示された。
さらに,本メカニズムによる神経保護効果が神経細胞の細胞体/樹状突起で起こるか,または
軸索で起こるかを検討するためにコンパートメント培養法を使用し実験を行った。コンパートメ
ント培養法は,同一神経細胞の細胞体近傍部と遠位軸索部を異なる培養液で培養可能な方法であ
る。本培養法を用いた実験で,グルタミン酸神経毒は神経細胞の細胞体近傍部でのみアポトーシ
スを誘導し,
軸索部分にグルタミン酸を添加してもアポトーシスは誘導されないことが示された。
またグルタミン酸神経毒に対するアポE含有リポプロテインの神経保護効果実験の結果,LRP1
を介した神経保護効果は神経細胞の細胞体近傍部で発揮されることが明らかとなった。以上の培
養神経細胞による実験結果を発展させ,アポE含有リポプロテインによるin vivoでの神経保護効
果を検討した。実験には,視神経変性疾患モデル(GLAST欠損マウス)を使用し,生後 3 週齢の
マウスの硝子体内にアポE含有リポプロテインを注入した。 3 週間後に網膜内の神経節細胞数を
カウントしたところ,アポE含有リポプロテインの注入により,視神経保護効果が確認された。
まとめ
本研究では,報告者がこれまでに明らかにしたアポE含有リポプロテインの栄養因子欠乏誘導
性アポトーシスに対する神経保護効果に加え,酸化ストレスおよびグルタミン酸神経毒性に対
する神経保護効果と,その詳細な機構を明らかにした。またコンパートメント培養法による検討
で,この神経保護効果が神経細胞の細胞体近傍部で発揮されること,さらに視神経変性モデルマ
ウスに対するin vivoでの神経保護効果を持つことも示された。これらの結果からアポE含有リポ
プロテインによる神経保護機構が,
新たな神経保護薬開発への足掛かりになる可能性が示された。
本研究は継続中であり,今後,コンパートメント培養法を利用した軸索内輸送系の詳細な解析
12
を行う予定である。本研究による以上の成果は,Journal of Biological Chemistry(accepted on
June 6)
に掲載が決定している。
本研究に関連して発表したおもな論文等
*Hayashi H, Eguchi Y, Fukuchi-Nakaishi Y, Takeya M, Nakagata N, Tanaka K, Vance JE,
Tanihara H A potential neuroprotective role of apolipoprotein E-containing lipoproteins
through low density lipoprotein receptor-related protein 1 in normal tension glaucoma. J Biol
Chem 2012, in press
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▲
*corresponding author
脳神経疾患の診断と治療/平成22年度-Ⅰ
5 RNAiスクリーニング法を基盤としたポリグ
ルタミン凝集に関わる新たな分子制御機構及
び治療標的分子の同定
(独)
理化学研究所 脳科学総合研究センター 構造神経病理研究チーム 研究員
山 中 智 行
本研究の意義,特色
ポリグルタミン病では,異常伸長したポリグルタミン(polyQ)鎖を持つ変異タンパク質が神経
細胞の核内で凝集し,神経機能障害,神経変性を引き起こすと考えられている。しかし,その
根本的治療法は未だ開発されていない。本研究では,世界で始めて哺乳類細胞を用いた大規模
RNAiスクリーニングを行うことにより,polyQタンパク質の凝集形成に関わる新たな分子メカ
ニズムを解明すると共に,治療ターゲット候補遺伝子を同定することを目指した。
実施した研究の具体的内容,結果
ハンチントン病等のポリグルタミン病は,優性遺伝性の神経変性疾患であり,原因遺伝子内
のCAGリピートが異常伸長することにより発症する。その結果,異常伸長したポリグルタミン
(polyQ)鎖を持つ変異タンパク質が生成され,これが神経細胞の核内に凝集体を形成し,神経機
能障害,神経変性に至ると考えられている。近年,我々の研究室を含めた研究から,いくつかの
転写因子が,polyQタンパク質と共凝集することにより活性が阻害され,結果,神経生存や機能
に必須の遺伝子発現が抑制されることが見出された。このことは,polyQタンパク質の凝集によ
る遺伝子発現異常が,ポリグルタミン病の発症・病態進行に強く関連していることを示唆するも
13
のであり,polyQタンパク質の凝集を阻害することが,ポリグルタミン病治療への大きな方向性
になると期待される。しかしながら,タンパク質分解系やシャペロン系に着目した解析はなされ
ているものの,polyQタンパク質凝集に関わる分子機序の全体像は未だ得られていない。
本研究では,哺乳類細胞を用いた大規模RNAiスクリーニングにより,polyQタンパク質の凝
集に関わる遺伝子を網羅的に検索し,凝集体形成に関わる新たな分子メカニズムを見出し,治療
ターゲットとなり得る遺伝子を同定することを目指し研究を行った。
Open Biosystems社のshRNAライブラリー
(15,000クローン)を用いて,GFP融合型変異ハン
チンチン
(ハンチントン病原因タンパク質)
を恒常発現するマウス神経芽細胞株において,凝集体
形成に影響するクローンの探索を行い,その結果,約50クローンで有意な効果が観察され,これ
らのうち,14クローンは顕著に凝集体形成を抑制することが確認された。これらshRNAクロー
ンのターゲット遺伝子
(以下,候補遺伝子)
に関して,下記の実験を行った。
1 .polyQタンパク質との直接相互作用の検討
候補遺伝子産物がpolyQタンパク質と直接相互作用する可能性について,高発現培養細胞系を
用いて検討した。まず,候補遺伝子について,全長cDNAをクローニングし,動物細胞用発現
ベクターに挿入した。これを用いて,polyQタンパク質と共にneuro2a培養細胞に高発現させ,
polyQタンパク質凝集体との共局在について検討した。その結果, 1 つの遺伝子産物について,
凝集体への局在化が観察され,この遺伝子産物がpolyQタンパク質と相互作用していることが示
唆された。この遺伝子産物は転写因子であり,グルタミンを多く含有する領域を持つことから,
この領域を介してpolyQタンパク質と相互作用し,その凝集に関与している可能性が考えられた。
2 .既知の凝集制御システムとの相互作用の検討
これまでに,分解システム
(オートファジー系,ユビキチンプロテアソーム系)やシャペロンシ
ステムが,polyQタンパク質の分解や構造変化を介して,凝集抑制に関与することが見出されて
いる。そこで,これら既知システムに対する候補遺伝子産物の関与について,それぞれの阻害剤
を用いて検討した。その結果,候補遺伝子のうち 6 遺伝子について,そのノックダウンによる凝
集抑制効果が,プロテアソーム阻害剤の添加により抑制されることがわかった。さらに,内在性
のユビキチンの染色性もこれら遺伝子のノックダウンにより減少する傾向も観察された。一方,
オートファジー阻害剤は,いずれの遺伝子についても,その凝集変化に影響を与えなかった。
以上のことから,
候補遺伝子のうちすくなくとも 6 遺伝子については,ユビキチンプロテアソー
ム系を介してpolyQ凝集を制御していると考えられた。実際,ユビキチン化制御に関わっている
遺伝子も含まれており,直接的な関与が期待される。
3 .凝集体制御に関わる新たな分子制御機序の同定
上述の 1 , 2 で効果がなかった残り 7 遺伝子については,機知の経路とはことなる機序で凝集
制御に関わっていると考えられる。このうち 2 遺伝子について,その遺伝子産物が細胞内タンパ
14
ク質であるp62と共局在することが観察されつつある。p62はユビキチン結合ドメインを持つア
ダプター様タンパク質であり,選択的オートファジーという,ユビキチンタンパク質を選択的に
オートファジー系で分解するあらたなタンパク質分解系に関わっていることが最近報告されつつ
あり,これら 2 遺伝子もここに関わっている可能性が期待される。
本研究に関連して発表したおもな論文等
Screening of mammalian genes involved in polyQ aggregation through shRNA highthroughput screening. Tomoyuki Yamanaka, Asako Tosaki, Hon Kit Wong, Peter O Bauer,
Koji Wada, Nobuyuki Nukina (投稿準備中)
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脳神経疾患の診断と治療/平成22年度-Ⅰ
6 Adenosine 2A receptor拮抗薬によるautophagy
調節機構に着目した新規パーキンソン病治療
薬の開発
順天堂大学医学部脳神経内科 助手
(現准教授)
斉 木 臣 二
本研究の意義,特色
本研究は,独自に作製したAdenosine-2A 受容体拮抗薬がオートファジー調節作用を持つこと
に着目し,新たな作用機序を探索するという点に意義があり,対症療法に限られていた同疾患の
治療に対して発症予防・症状進展予防を可能とする新規治療に繋がる可能性がある点に独創性が
ある。
実施した研究の具体的内容,結果
まず細胞レベルでの候補化合物での作用機序を解明することが重要と判断し,培養細胞を用い
た検討を中心に行った。
1)Adenosine-2A受容体拮抗薬の分子作用機序について:
8 種の化合物がオートファジー調節機構を持つことを,まずHeLa細胞においてウェスタンブ
ロッティングを施行し,
LC3-II/actin比を評価することにより確認した。低濃度でオートファジー
誘導効果が高かったものは,No.4, 7, 8であった。さらに同化合物群が,MPP+を投与したPDモ
デル細胞において,細胞死抑制効果を持つことから,まず,同化合物群の作用機序解明を図るべ
15
く実験を進めた。
最もオートファジー調節作用が強いNo.4, 7, 8についてはcAMPアナログ8-CPT-2Me-cAMPが
ヒット化合物投与によって誘導されたオートファジーを抑制したため,同経路を介して化合物群
が作用する可能性が考えられた。そのため同化合物群添加によってELISAによるcAMP濃度の変
化を検討したところ,濃度依存的に細胞内cAMP濃度を上昇させた。
同化合物群とEpac阻害薬を同時に投与することにより同化合物群のオートファジーへの作用
が相殺され,Rac1-ドミナントネガティブを過剰発現することにより同オートファジー誘導作用
が相殺されたことから,cAMP-Epac- Rac1経路調節を介してオートファジー調節機構を持つこ
とを確認した。
2)Adenosine-2A受容体拮抗薬の細胞死への効果について:
MPP + 添加によって誘導される細胞死に対して, 3 種の化合物は細胞保護的な働きを示したが,
MPP + を添加しない通常のがん細胞ライン
(HeLa細胞)に投与したところ,オートファジー誘導
と共に著明な細胞死を誘導した。そのため,定常状態での癌細胞への細胞死誘導作用を確認する
必要があると判断し,各種癌細胞ラインに同化合物を添加し,細胞死誘導機序について検討した。
No.7, No.8ともにオートファジー誘導と共に,細胞死誘導効果を認めた。同細胞死がオート
ファジー依存的かを検討するために,Atg7 siRNAノックダウン後に,No.7, 8を添加したところ,
No.7では細胞死が阻害されるものの,No.8では細胞死が誘導されなかった。培養細胞の種類(癌
腫由来)によって大きく作用効果が異なっていたことを確認した。以上からパーキンソン病モデ
ル細胞では細胞死抑制効果を持つものの,各種癌細胞では細胞死誘導作用を示し,かつ同作用の
一部がオートファジー依存的であることを確認した。
現在,抗パーキンソン病効果としてMPTP投与型マウスにおける薬効を評価している。
本研究に関連して発表したおもな論文等
論文:現在原稿準備中。
学会発表
1.Shinji Saiki, Yukiko Sasazawa, Jacobus P. Petzer, Emi Kawauchi, Daisuke Yamada,
Takahiro Fujimaki, Hiroki Kobayashi, Kei-Ichi Ishikawa, Miwako Kawamura,
Yoko Imamichi, Masaya Imoto, Nobutaka Hattori.“EFFECTS OF CAFFEINE AND
CAFFEINE ANALOGUES ON AUTOPHAGY IN CULTURED CELLS”Autophagy in
health and disease. 30 October - 4 November, 2011, In Ma'ale Hachamisha, Israel
2.Shinji Saiki
“Present status of development of cancer medicines targeting autophagy”第
71回日本癌学会学術総会シンポジウム 「Autophagy, proteostasis and cancer research」 2012年 9 月21日,札幌
3.特別講演:斉木臣二 「オートファジー調節による新規治療薬の開発 ~神経変性疾患をター
ゲットに~」
第22回新薬創製談話会 平成23年 9 月14日,伊東
16
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Ⅱ 生体と磁場
生体と磁場/平成22年度-Ⅱ
1 マグネタイト-高分子ハイブリッド微小球の
作製と生体模倣環境下での温熱効果検証
九州工業大学大学院生命体工学研究科 生体機能専攻 准教授
宮 崎 敏 樹
本研究の意義,特色
本研究の特色として,安全性に優れた温熱治療用のデバイスを提供できることが挙げられる。
マグネタイトナノ粒子を種々の多糖類ゾルに封入した有機-無機複合材料を温熱治療に応用する
試みがなされている。これらはがん細胞に取り込まれやすく,優れた発熱特性を示すという特徴
を持つ。しかし,一般に多糖類ゾルは生体吸収性であるため,血管を通して導入した場合に腫瘍
部以外への微粒子の逸脱や健常な毛細血管の塞栓等の懸念が残る。これに対し,本研究で提案す
る微小球であれば,これらの問題点が解決できる。
実施した研究の具体的内容,結果
塩化鉄
(II)を含む水溶液に,カルボキシメチルデキストラン及び水酸化ナトリウム水溶液を添
加して加熱し,高分子マトリックス中にマグネタイトナノ粒子を生成させ,マグネタイト-高分
子ハイブリッドを得た。このハイブリッドを含む水溶液を,界面活性剤を含む2-エチル-1-ヘキ
サノールに加え,3000pmで攪拌乳化してエマルジョンを調製した。得られたエマルジョンをブ
タノールに加えて得られた沈殿物を回収し,走査電子顕微鏡で形態を観察したところ,マグネタ
イト-高分子ハイブリッドからなる直径10~50ミクロンの真球状であることが分かった。体内深
部がんの温熱治療に適した微小球のサイズは直径20~30ミクロンであるので,本研究で得られた
微小球を適切にふるい分けすることにより,がん治療に適した大きさの微小球を選択することが
可能である。続いて得られた微小球を,テトラエトキシシランとジラウリン酸ジブチルスズの混
合溶液に50時間までの種々の時間浸漬し,表面にシリカを複合化させた。複合化前後の微小球に
ついて,ヒトの細胞外液組成を模倣した水溶液である擬似体液に 3 日間浸漬し,溶液中の鉄濃度
変化を定量的に測定した。その結果,複合化しないものについては,微小球中の鉄のほとんどが
周囲の溶液中に放出していたのに対し,複合化したものについては,処理時間の増加とともに鉄
の放出量が減少し,50時間複合化処理を行った試料については,鉄の放出を95%抑制することが
できた。これはシリカ複合化が生体環境下での微小球の崩壊やそれに伴う鉄の放出抑制に有効で
17
あることを示しており,高化学的耐久性ハイブリッド微小球を得るための材料学的設計指針が明
らかになった。また,テトラエトキシシランに加える加水分解・重縮合の種類の影響について調
査した。すなわち触媒をジラウリン酸ジブチルスズに代えて塩酸あるいはアンモニア水を用いて
実験を行った。その結果,塩酸を触媒に用いたときには微小球からの鉄の溶出を抑制する効果が
認められたのに対し,アンモニアを用いた場合にはそのような効果は認められなかった。アンモ
ニアを用いた場合には,ハイブリッド微小球表面にナノサイズの微細な球状粒子が付着している
様子が見られた。一般に酸を加水分解触媒に用いれば皮膜状の酸化物が得られるのに対し,アン
モニアのようなアルカリを触媒にすれば,球状粒子が得られることが知られている。塩酸を用い
た場合には,ハイブリッド微小球表面にシリカ薄膜が形成し,これが内部への水の侵入を防ぐ保
護膜の役割を果たすのに対し,アンモニアを用いた場合にはシリカが微細な球状に分布し,ハイ
ブリッド微小球表面を均一に覆わなかったため保護作用を示さなかったものと考えられる。
得られたハイブリッド微小球を寒天内に封入し,京都大学医学部に設置されている交流磁場発
生装置を用いて外部から100kHz,300Oeの交流磁場を照射し,微小球からの発熱をファイバー
温度計を用いて測定した。その結果,微小球からの発熱はほとんど認められなかった。マグネタ
イトナノ粒子の発熱挙動は粒径に依存しており,20nm前後で良好な発熱を示すことが報告され
ている。本研究で作製したハイブリッド微小球に含まれるマグネタイトの平均粒径は7nm程度で
あった。今後はマグネタイト作製条件を変化させて発熱に適したサイズのマグネタイトを得る必
要があると考えられる。また上記に報告したデキストラン-マグネタイトハイブリッドを作製す
る過程においては有機高分子とマグネタイト前駆体としての鉄イオンの分子-イオン相互作用が,
マグネタイトの結晶性や粒径に影響を及ぼすことが予測される。そこで,これらの点を基礎的に
解明することを試みた。具体的には,塩化鉄
(II)水溶液にアニオン性のカルボキシメチルデキス
トラン,ポリアクリル酸,ポリ
(スチレンスルホン酸ナトリウム),カチオン性のポリジアリルジ
メチルアンモニウムクロリドを一定の重量比で添加し,得られたマグネタイトの結晶構造をX線
回折により調べた。その結果,ポリアクリル酸を加えた試料についてはマグネタイトの回折ピー
クが減少し,代わってレピドクロサイト
(FeOOH)の回折ピークが認められた。その他の高分子
を加えた場合にはマグネタイトのみが生成した。これはアニオン性であるポリアクリル酸のカル
ボキシル基が鉄イオンとキレート結合した結果,マグネタイトの前駆体であるFe(OH)
2への転
化が阻害されたためと考えられる。アニオン性の中でもポリアクリル酸のみがマグネタイト生成
を阻害する結果となったのは以下のように考えられる。本研究では高分子を同じ重量比で添加し
たことから,アニオン性基の含有量が最も多いのはモノマーユニットの分子量が最も低いポリア
クリル酸となる。そのため多量の鉄イオンがキレート結合し,マグネタイト生成が抑制された。
以上の結果から,
(1)マグネタイトとカルボキシメチルデキストランのハイブリッドからエマ
ルションを作製し脱水反応させることで,がん治療に適した大きさのハイブリッド微小球が得ら
れること,
(2)微小球の化学的耐久性は適切な触媒を用いたシリカコーティングにより大幅に改
善されること,
(3)マグネタイト水溶液合成プロセスにおける高分子添加は,生成物であるマグ
ネタイトの結晶性に大きな影響を与えること,が明らかとなった。
18
本研究に関連して発表したおもな論文等
T. Miyazaki, S. Anan, E. Ishida and M. Kawashita, "Carboxymethyldextran/magnetite hybrid
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microspheres designed for hyperthermia," J. Mater. Sci. Mater. Med., 投稿中.
生体と磁場/平成22年度-Ⅱ
2 細胞組織の電気的活動によって発生する磁
場信号計測への常温作動・パルス励起型超
高感度磁気インピーダンスセンサの応用
名古屋大学 大学院医学系研究科 准教授
中 山 晋 介
本研究の意義,特色
ビオ・サバールの法則など物理法則としてもよく知られるように,電流により磁場が生じる。
これは生体においても同様であり,すべての興奮性細胞組織において電気的活動に伴い磁気信号
が発生する。本研究では,スマートフォン磁気コンパスとしても使用されるパルス励起型磁気イ
ンピーダンス
(MI)センサーを超高感度化して,医学・生物学で汎用な細胞組織レベルでの磁気
活動計測装置を試作し,さらに実証実験も併せて行う。これは正常/疾患モデル動物標本や,再
生医療での細胞組織の非侵襲的機能評価ツールとしても将来の利用が考えられる。
本研究の具体的内容,結果
研究方法
パルス励起MIセンサーは,CoFeSiB磁性アモルファスワイヤを磁心とするソレノイドコイル
をヘッド
(MIエレメント)
として使用する。
(図1)。この磁性アモルファスワイヤは内部(表面部)
に自由に角度を変える電子スピンが存在するので,通電することによりワイヤ周回方向へスピン
図 1 MIセンサーヘッド上の一対のMIエレメント
(青矢印)
19
図 2 MIセンサーシステム概要
の方向をそろえることができる。また,軸方向の外部磁界により,アモルファスワイヤは内部の
電子スピン方向の分布が大きく変化するため,通電するとそのスピン方向の変化をソレノイドコ
イルの誘導起電力として一瞬に捉えることができる。このようなヘッドを 2 つ使用し,一方を生
体試料計測用
(MI1)
,もう一方を環境磁場計測用
(MI2)とすることで差分を取り(グラジオ方式),
生体試料が発生する一過性の磁気変動を計測する(図 2 )。
この計測システムでは,A)クロック用CMOS ICから1μs間隔でパワーサプライ(PS)がトリ
ガーされ,励起パルス
(5V振幅,10-100 ns幅)
が,MI1,MI2のアモルファスワイヤへ供給される。
同じクロックICは,サンプルホールド回路
(SH1,SH2)もディレイをもってトリガーし,磁界
を感知して変化するコイル電圧
(一過性の誘導起電力ピーク)を検出する。この 2 つのSH1,SH2
信号を差動増幅し,さらに電子フィルター回路
(0.3-40 Hz)により処理した後,16bit ADコンバー
タを介して,記録した。B-C)
はパワーサプライ
(PS)から供給される励起パルスとMI素子部をそ
れぞれ図示する。ワイヤー方向の外部磁界で,コイル誘導起電力が変化する。
結果
図 3 は,前述のグラジオ方式MIセンサーを使用して,生体試料(興奮性細胞組織)を計測し
た一例である。試料として使用された興奮性細胞組織は実験動物(モルモット)より摘出された。
動物実験内容は,大学の動物実験施設へ届け,承認されている。また,実験動物はガイドライン
に沿って取り扱われている。
本計測例では,摘出された胃筋層は,等張性細胞外液(クレブス液)を灌流したプラスチック
製実験チャンバー上にスライスアンカーを使用して固定されている(図3a)。その下部約1mmに
は,MIセンサーヘッド
(MI1)が固定され,上部には細胞外電極(Ex)が固定されている。細胞外
電位変動は,マルチチャネル高入力抵抗アンプ
(Polymate II+AP-U010, Digitex Labo. Mitaka,
20
図 3 胃平滑筋層での活動磁気計測
Japan)を使用して同時記録した。実験液の組成は,NaCl, 125; KCl, 5.9; MgCl2 1.2; CaCl2 2.4;
glucose 11; Tris-HEPES 11.8
(mM)
(pH 7.4)
であった。また,チャンバーは恒温漕の上に固定さ
れ32-34℃に維持されていた。
胃平滑筋層は,ペースメーカー細胞のネットワークを含み周期的な自発性電位を発生すること
が知られている
(Nakayama et al. 2006)
。この標本も十数秒に1回の自発性電位を発生しており,
またその自発性電位活動に同期した磁界変動も観測された(図3b)。
約50秒間のこの自発性電位及び磁気発動の同時記録をフーリエ変換して周波数解析した
(図3c:
パワースペクトル)
。細胞外電位
(Ex)
および磁気信号
(MI)
ともに0.08 Hz
(~5 cpm)付近にピーク
が観測された。磁気計測における右のピークは,
同じ周期的な磁界活動の高周波成分を表している。
さらに電気・磁気活動の対応を確かめるため,図3dに対応する電位および磁気活動の周期を
プロットした。周期はそれぞれ,11-14秒の間隔に分布し,一直線(y=x)上に並んだ。これらの結
果は,MIセンサーで記録される磁気活動が,電気活動における細胞組織内の電流伝搬を反映す
ることを示している。
図 4 では試料として実験動物
(モルモット)より摘出した盲腸紐(Taenia caeci)平滑筋組織が使
用された。盲腸紐平滑筋は縦走筋でできており,電気的な興奮は主にこのひも状の筋層に沿って
伝搬すると考えられる
(Abe & Tomita, 1968)
。パネル(a),(b)は,盲腸紐平滑筋組織の活動磁
界を正常液及びテトラエチルアンモニウム
(TEA)存在下で記録したものである。TEAは,平滑
筋細胞膜のK+チャネルブロッカーであり,活動電位の発生を促進することが知られる薬剤であ
る。この薬剤作用を反映して,
(b)
では磁気活動が活発となっている。
パネル
(c)
(e)
は,磁界活動の振幅をヒストグラムとして表示したものである。同時に描かれ
る曲線は,分布の積算%を示している。標本なしのバックグラウンドノイズ記録のヒストグラム
は,約50pTで半数
(50%)が分布していた。標本が固定されるとその活動に伴い,高振幅の度数
分布が増加した。特に,TEA投与時には200pT以上の度数分布が増加することがわかる。
21
図 4 MIセンサによる摘出細胞組織(盲腸紐)の磁気活動記録。
(a)正常時と
(b)興奮
性を増強するTEA(tetraethylammonium)
投与時の磁気活動例。
(c, d)
は
(a, b)
の磁気活動の振幅ヒストグラム解析。
(e)は装置バクグランドノイズのヒスト
グラム。TEAによる磁気活動の増強で,400pT以上の振幅頻度が上昇したこ
とが分かる。(f)TEA投与時のスパイク電位
(上)
と磁気活動
(下)
同時計測。
パネル
(f)は,TEAを投与下での電位と磁界活動を同時計測を示す(方法は図 3 と同じ)。いく
つかのスパイク性活動電位のピークと一致して振幅の大きな磁界変動が観察された。アンペール
の法則
(I=2rB/μ0)から1mm直上の200pTの磁界は約1μAに相当する。以前行われた電気生理学
的実験
(スクロースギャップ法)において,0.5mm程度の大きさのこの標本が活動電位を発生する
とき,数μAの電流が記録されている
(Bolton, 1975; Inomata & Kao, 1976)。従って,図 4 に示
す実験結果は,発生する磁界のオーダーとして一致する。
このように本研究成果は,MI磁気センサーシステムが細胞組織の発生する磁界計測に利用で
きることを示している。本技術を発展させ生体磁界計測を身近なものにしたい。
参考論文
Abe Y, Tomita T, 1968. J Physiol. 196, 87-100.
Bolton TB, 1975. J Physiol 250, 175-202.
Inomata H, Kao CY, 1976. J Physiol 255, 347-378.
Nakayama S, Shimono K, Liu HN, Jiko H, Katayama N, Tomita T, Goto K, 2006. J Physiol
576, 727-738.
本研究に関連して発表したおもな論文等
Nakayama S, Atsuta S, Shinmi T, & Uchiyama T.(2011). Pulse-driven magnetoimpedance
sensor detection of biomagnetic fields in musculatures with spontaneous electric activity.
Biosensors and Bioelectronics 27, 34-39.
22
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▲
Ⅲ 一般課題
一般課題/平成22年度-Ⅲ
1 マウスをモデルとした児童虐待に関する生物
学的研究
名古屋大学大学院 生命農学研究科 教授
海老原 史樹文
本研究の意義,特色
今日,児童虐待は極めて深刻な社会問題となっている。厚生労働省の調査によると,全国の児
童相談所で対応した児童虐待相談対応件数は平成10年から急激に上昇し,平成22年では約 5 万 6
千件と過去最悪を更新している。児童虐待は,一時的な影響だけではなく,子供が成長した後の
将来にわたって影響を及ぼし,虐待が虐待を生む世代間連鎖や,虐待を受けた児童の成長後の犯
罪率の高さ,うつ病などの精神疾患発症率の増加など極めて重大な影響を児童に与える。しかし,
児童虐待に関する研究は,心理学や教育学などの社会科学や精神医学などの臨床医学で扱われて
おり,動物をモデルとしてその発症機序や生理学的影響について生物学的観点から踏み込んで研
究した例はこれまでにほとんど行われていない。そのため,児童虐待の発症原因の究明,予防・
治療法の開発,創薬などについては未解決のままである。
申請者は,抗うつ薬の反応性を調べる強制水泳や尾懸垂テストにおいて無動化しない(絶望し
ない)
CSマウスを発見し,遺伝学的手法により,無動行動を制御する量的形質遺伝子,Usp46を
特定することに成功した
(Nature Genetics, 41:688-695,2009)。この遺伝子は,脱ユビキチン化酵
素をコードしており,抑制性神経伝達物質であるGABAの働きに影響を与える(Plos One, (
7 6):
e39084, 2012)
。そのため,無動行動だけでなく多くの行動が影響を受ける。なかでも営巣活動や
養育行動への影響が顕著で,Usp46突然変異マウスは巣造りがほとんど出来ず,頻繁に幼児期の
マウスを傷つけたり殺したりする
(日畜学会,2011, 2012)。しかし,この変異遺伝子(92番目のリ
シン
(K)を欠くΔK92型USP46をコードしている)は,QTL(Quantitative trait locus)解析によ
り同定された量的形質遺伝子のため,ノックアウトマウスのような遺伝子機能の欠損効果が極端
に現れる場合とは異なり,表現型への影響が比較的マイルドである。すなわち,子マウスへの殺
傷行動は,Usp46変異を持つ親個体の全てに見られるわけではなく,何らかのストレスが加わっ
た親マウスに限って現れる。児童虐待は,通常は問題なく育児を行うことが出来る親が,度重
なるストレスなどの劣悪環境に曝されることにより生じる(ストレス脆弱性)。この点において,
Usp46変異マウスは児童虐待をする親に類似している。また,Usp46変異マウスの子マウスに対
23
する殺傷行動は,繰り返して起こることが分かってきた(東海畜産学会,2011)。殺傷行動を起こ
した親マウスは,次に出産した仔マウスに対しても同じように殺傷行動を起こすことがほとんど
である。しかし,殺傷行動を起こしたことのない親が,次の出産で殺傷行動に至ることはまれで
ある。これは,児童虐待と極めて類似しており,ヒトの場合でも虐待は反復・継続的になされる
ことが一般的である
(虐待の継続性)
。さらに,Usp46変異マウスを育ての親に持つと,育てられ
た仔マウスは遺伝的には正常にもかかわらず成長後の養育活動が有意に低下することが明らかに
なってきた
(虐待の世代間連鎖)
(日畜学会,2011)。そこで,Usp46の変異マウスを児童虐待のモ
デル動物として活用し,生体に及ぼす虐待の影響を行動学的,神経科学的,組織学的観点から明
らかにすることを試みた。
実施した研究の具体的内容,結果
(1)
養育行動のビデオ観察
【目的】
未経産のUsp46突然変異マウス
(遺伝的背景をC57BL/6Jとしたコンジェニックマウス)は,養育
行動テストにおいて仔を温める時間の減少や仔の食殺などが観察される。しかし,実際に出産し
親となったとき,どの程度の養育行動を示すのかわかっていない。そこで,出産後のUsp46変異
マウスの養育行動を離乳時まで連続的にビデオに記録し解析した。
【方法】
はじめに,養育行動の低下の指標として,離乳までの仔の生存率について調査した。妊娠を確
認した後,メスマウスを単飼し,出産後0,1,3,5,7,14,21日に仔の生存数を確認し,記録
した。その結果,Usp46変異マウスは野生型マウス(C57BL/6J)と比べて生存率が低下すること,
また,正常に養育するものや養育しないものなど,個体差が大きいことも分かった。そこで次
に,Usp46変異マウスの仔が発育する過程において,実際に親からどの程度の養育行動を受けて
いるのか調べるために,ビデオ観察を行った。Usp46突然変異マウスと野生型マウス(C57BL/6J)
の養育行動を出産後20日に渡り記録した。養育行動は30分間隔で記録し,Arched-back nursing
(背を 丸め 仔を 温める 行 動)
,Nursing prone
(仔の 側で 横たわり, 授 乳する 行 動),Licking/
Grooming
(仔を舐め,毛繕いする行動)
,Nest building(営巣行動)およびOff nest(巣から離れ
た状態)
を解析した。
【結果】
野 生 型 マ ウ ス
(C57BL/6J)と 比 較して,Usp46変 異 マ ウ スにおいてNursing prone,Licking/
Groomingの低下が観察された。Nursing proneは記録期間の後半,Licking/Groomingは記録期
間の前半において,特に差が見られた。また,Usp46突然変異マウスにおいて,仔を食殺したた
め記録期間の最終日まで養育行動を観察できなかった個体が存在した。
24
(2)
里親交換が仔の養育行動へ及ぼす影響
【目的】
先にも述べたが,遺伝的に同一のUsp46突然変異マウスであっても,養育行動が低下するもの
や正常に養育するものなど,野生型マウスに比べて個体差が大きい。この結果から,遺伝要因だ
けでなく,親マウスから受ける養育環境の違いが,成長し自らが親になった時の養育能力に影響
するものと考えた。そこで,Usp46変異マウスの養育行動の低下に及ぼす遺伝及び環境要因につ
いて検討した。また,Usp46変異マウスの養育行動の低下の原因を追及するため,仔を提示する
ことで誘起される脳内の神経活性についても検討した。
【方法】
Usp46突然変異マウスから生まれた仔と,野生型マウス(C57BL/6J)から生まれた仔の間で里親
交換を行い,その仔の養育行動を観察した。また,Usp46突然変異マウスの養育活動に関する神
経活性を検討するため,仔を提示した後に脳を取り出し,免疫組織化学を用いて,養育行動の中
枢であるMPOA
(視床下部内側視索前野)
でのc-Fos発現を比較した。
【結果】
Usp46突然変異マウスの親に育てられた野生型マウスの仔は,仔を温める時間の低下が観察さ
れた。また,野生型マウスの親に育てられたUsp46突然変異マウスの仔でも養育行動の回復傾向
が確認された。この結果より,仔の養育能力形成には,親から受ける環境要因が影響しているこ
とが示唆された。また,c-Fos発現についても,野生型マウスで仔を提示した際に,c-Fos発現の
上昇が確認された。今後個体差の大きいUsp46突然変異マウスで検討していくことにより,養育
行動低下の影響を解明していく予定である。
(3)
幼若期及び成熟期のストレス環境が養育行動に及ぼす影響
【目的】
Usp46突然変異マウスの仔への攻撃性には個体差が存在し,攻撃を何度も繰り返す個体と攻撃
を全く行わない個体とが存在する。遺伝的背景が同一であることから何かしらの環境要因(スト
レス)が表現型に変化をもたらしたと考えられる。さらに,野生型マウスにおいては個体差が見
られないことから,Usp46の突然変異はストレスに対する脆弱性の形成に寄与していると考えた。
そこで,養育行動試験における攻撃性の変化にUsp46の変異(遺伝的要因)とストレス(環境要因)
とがどのように関与しているか,そしてどの時期のストレスの影響が大きいかを検討した。
【方法】
オスの野生型マウス
(C57BL/6J)とUsp46突然変異マウス(C57BL/6J-Usp46-/ Usp46-)とを実験
に供した。各マウスにおいて,ストレスを与えなかった群(Non stress群),母子分離(MS)スト
レスを与えた群
(MS stress群)
,社会的分離
(SI)ストレスを与えた群(SI stress群)を実験に供し
た。母子分離ストレスとは,母と別ケージへと仔を移し,母仔を明期に 6 時間隔離することでス
トレスを与えるモデルである。実験では出生後日(PD)1-14の14日間母子分離ストレスを仔に加
えた。社会的分離ストレスとは,離乳時に各ケージに 1 匹ずつマウスを飼育し,孤立させること
25
でストレスを与えるモデルである。実験では 4 週齢で離乳後,行動実験を終えるまでストレスを
与え続けた。マウスを 8 週齢まで飼育した後,養育行動試験を行い,オスマウスの仔への攻撃性
を評価した。
【結果】
C57BL/6J-Usp46-/ Usp46-はNon stress群において40%の 個 体に 攻 撃 性が 見られた。 さらに,
仔を攻撃する個体の割合がMS stress群では100%,SI stress群では70%と有意に増加した。野
生型マウスではほぼ攻撃行動が見られず,ストレスの有無による攻撃性の変化も観察されなかっ
た。野生型マウスとUsp46突然変異マウスとにストレスを与えた結果,Usp46突然変異マウスは
仔に対する攻撃性が増加したが,野生型マウスでは変化が見られなかった。これらより,変異型
Usp46がストレス脆弱性の形成に寄与し,ストレスと合わさることで攻撃性が変化した可能性が
示唆された。また,母子分離ストレスを与えたUsp46突然変異マウスにおいて特に顕著に攻撃性
が増加したことから,幼若期のストレスが仔への攻撃性により大きな影響を与える可能性が示唆
された。
(4)
USP46の脳内発現部位について
【目的】
USP46の脳内発現部位を明らかにすることを目的とした。
【方法】
我々は,Usp46の配列内
(Exon1とExon2の間)にトラップベクターを挿入する可変型遺伝子ト
ラップ法によりノックアウト
(KO)マウスを作出した。トラップベクターにはLacZが組み込まれ
ており,これをレポーターとしてUSP46の発現をβ-GALACTOSIDASEの発現により検討する
ことができる。
【結果】
β-GALACTOSIDASEの発現は,嗅球,大脳皮質,扁桃体,海馬,外側中隔核に明確なシグ
ナルが観察された。嗅球では主嗅球に関する領域での発現が,大脳皮質では,全体的に発現して
いることが分かった。扁桃体では広く発現していたが,なかでも扁桃体基底外側核(BLA)で明
確なシグナルが確認された。外側中隔核での発現も同様に観察された。海馬では,特にCA1領域
の錐体細胞層に強く発現している事がわかった。これに対しCA3や歯状帯では発現が弱いもの
の,しっかりと染まる細胞も確認できた。 本研究に関連して発表したおもな論文等
Imai S, Mamiya T, Tsukada A, Sakai Y, Mouri A, Nabeshima T, Ebihara S. UbiquitinSpecific Peptidase 46(Usp46)Regulates Mouse Immobile Behavior in the Tail Suspension
Test through the GABAergic System. PLoS One. 2012;7(6):e39084.
Imai S, Kano M, Nonoyama K, Ebihara S. Behavioral characteristics of ubiquitin-specific
peptidase 46-deficient mice. PLoS One.2013;8
(3):e58566.
26
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一般課題/平成22年度-Ⅲ
2 タバコ無細胞法による蛇毒由来有用タンパク
質の合成
名古屋市立大学大学院 システム自然科学研究科 教授
湯 川 泰
本研究の意義,特色
毒ヘビの生産する毒液
(蛇毒)は,様々な生理活性を持ったタンパク質の混合物であり,病気の
診断や治療に役立つ貴重なタンパク質が含まれている。しかし,ワシントン条約等の規制により,
近年は天然物の入手が困難になりつつある。そこで蛇毒成分のタンパク質を合成する技術が必要
となるが,細胞を用いた方法では細胞が損傷し困難である。そこで,タバコ由来の無細胞タンパ
ク質合成手法により生産する技術を確立し,将来にわたって安定的に病気の診断や治療研究に役
立てる。
実施した研究の具体的内容,結果
毒ヘビの生産する毒液(蛇毒: venom)は,主に神経毒,出血毒,筋肉毒からなるが,その他に
も様々な生理活性を持ったタンパク質(ペプチド)の混合物であり,ヘビの種類ごとにその内容
は異なる。例えば,モルヒネを超える鎮痛作用のあるペプチド(crotalphine)やD体アミノ酸を
含む特殊なペプチド,降圧効果のあるペプチド(テプロタイド),神経機能の阻害剤活性のある
ペプチドなどが見つかっている。蛇毒成分には未解明な部分も多く,今後研究を進めることに
より,さらなる有用物質が見つかる可能性が十分にある。特に,病気の診断や治療に役立つ物
質も多数知られる。また,ゲノム解析の飛躍的な進歩により,ヘビ類の遺伝子解析も現在進行
中であり,今後はDNAの塩基配列からも蛇毒の有用タンパク質の探索が進められると考えられ
る。
ボトロセチンはマムシ科 Bothrops jararaca のヘビ毒から単離された分子量約27kDaのタンパ
ク質である。これは,血液凝固因子の一つであるファン・ビルブラント因子(VWF)による血
小板凝集を惹起する物質として同定された。そのことにより,ファン・ビルブラント病(VWD)
の診断や,血小板機能検査,血栓形成機能の基礎研究に広く用いられている。1978年に発見され
て以降,その正確な作用機序は未だ明らかになっていない。天然物の蛇毒から精製したタンパク
質を用いて,一次構造や立体構造が明らかにされたが,研究はまだ途上の段階である。そんな中,
近年はワシントン条約および生物多様性条約の制限により蛇毒自体の確保も極めて困難となっ
た。したがって将来に向けた蛇毒の研究・利用には人工的な合成法の確立が急務である。しかし,
27
一般的な大腸菌や真核生物の培養細胞を使った組換えタンパク質合成は,蛇毒の合成には不向で
ある。合成されたタンパク質の毒性により細胞機能が障害されるためである。一方,ペプチドの
化学合成もコストがかかりすぎる。そこで本研究は,細胞からタンパク質合成活性だけを分離し,
試験管内で無細胞的に蛇毒タンパク質を合成する手法を確立した。
この手法は,たとえ毒性のあるタンパク質であっても,翻訳(タンパク質合成)反応を阻害しな
い限りは有効である。我々はこの目的のために,独自で開発した植物の培養細胞由来のタンパ
ク質合成系を改良することにした。本法は類似の方法と異なり,増殖能の高いタバコ培養細胞
BY-2株を用いるところが特徴であり,良好なタンパク質合成活性が期待できる。従来はこの細
胞から,細胞壁,核を取り除いた後に,遠心分離によりリボソームに豊む画分(以後,「翻訳ライ
セート」
と呼ぶ)
を回収していた。しかし,本研究では,さらにタンパク質合成活性を高めるため,
さらに液胞の除去を試みた。液胞は,2 次代謝産物やタンパク質分解酵素,核酸分解酵素を含み,
翻訳活性に関わる成分を著しく損なう可能性があった。遠心分離媒体パーコールを用いたプロト
プラスト
(細胞壁を除去した植物細胞)の遠心分離により,液胞を除去したプロトプラスト(ミニ
プロトプラスト)を調製し,その後に翻訳ライセートを得ることで,従来法に比べ高い翻訳活性
を実現した。
また,タンパク質合成反応のスケールアップに備えるために,翻訳ライセートの調製スケー
ルを上げる試みも併せて行った。従来法では,数ミリリットルのミニプロトプラストを抽出バッ
ファー中で注射器と注射針を用いて細胞を破砕して用いていた。しかし,この方法では10倍~
100倍のスケールアップは困難である。そこで,ミニプロトプラストの破砕方法として,ダウン
ス型のホモジナイザーを用いることにした。このタイプのホモジナイザーは,特に細胞から核を
単離する際に用いられるものであり,様々な大きさの器具が市販されている。本研究では,容量
40 mlの器具を用いて,細胞を破砕し,従来方法と遜色ない翻訳ライセートを調製することに成
功した。さらに大きな器具を用いれば,さらなるスケールアップも可能と考えられる。
リボソームに富む遠心分離画分は,
その後,
プレインキュベーションにより翻訳途中のポリソー
ムからリボソームを遊離させ,透析により不必要な塩類を除去することで,翻訳ライセートとし
て完成する。本研究では,さらにこの過程を見直した。まず,プレインキュベーションがタンパ
ク質合成活性向上に寄与するかを確認したところ,プレインキュベーションを行わない方が,僅
かながら翻訳活性が高いことが明らかとなった。また,塩類除去としては透析よりも,ゲルろ過
カラムによる脱塩の方がより活性を高められることが明らかとなった。これら手順の改良は,翻
訳ライセート調製のさらなるスケールアップに有利に働く結果であった。
次に,タンパク質合成の鋳型mRNAの条件検討を行った。藤田保健衛生大の松井太衛先生か
らボトロセチンのcDNA配列をご供与いただき,独自開発の植物発現ベクターに組み込んだ。ボ
トロセチンはαサブユニットとβサブユニットから成るヘテロ二量体であり,それぞれの発現ベ
クターを作成した。合成量を可能な限り高めるために翻訳制御領域(5’UTR および 3’UTR)を
検討した。タバコモザイクウイルス由来のオメガ配列を5’非翻訳領域と,タバコのβグルカナー
ゼ遺伝子由来の翻訳終結配列を用いた場合に,良好な結果を得た。さらに,開始コドン近傍配列
28
の至適化を行った。mRNAは5’キャッピングを行った場合に,劇的な翻訳開始能向上を示した
のに対し,ポリ
(A)配列の有無は翻訳活性に全く影響しなかった。ポリ(A)配列を付加する必要
がないことは,mRNA合成を容易に行えることを示しており,実用上のメリットが極めて大きい。
さらに,翻訳反応の条件検討を行った。反応液中のATPおよびGTP濃度の至適化を行い,反応
時間の決定を行った。
以上の条件の下,ボトロセチンのαサブユニットの無細胞合成を試みた結果,精製用タグ配列
(eXactタグ)有無にかかわらず合成が確認できた。このことは,当初のもくろみ通りに無細胞系
で蛇毒タンパク質が合成可能なことを示している。
今回は着手できなかったが,ADAMホモログを名大臨海実験所の荒木聡彦先生よりご供与い
ただき,同様に合成を試みる必要がある。しかし,当初想定された最大の技術的ハードルはクリ
アーしており,蛇毒合成の実現性は高いと考えている。
本研究に関連して発表した主な論文等
Juan Wu, Toshihiro Okada, Toru Fukushima, Takahiko Tsudzuki, Masahiro Sugiura
and Yasushi Yukawa.(2012)A novel hypoxic stress-responsive long non-coding RNA
transcribed by RNA polymerase III in Arabidopsis. RNA Biology, 9: 302-313.
Xin He,山本 裕子,湯川 眞希,杉浦 昌弘,湯川 泰,植物培養細胞からの細胞質 in vitro 翻訳解
析法の開発,第34回日本分子生物学会年会,横浜,2011年12月15日
夏目大輔,Xin He,湯川眞希,湯川泰,タバコ細胞質由来のin vitro翻訳解析法の改良,第35回
日本分子生物学会年会,福岡,2012年12月発表予定
Daisuke Natusme, Xin He, Maki Yukawa, Yasushi Yukawa, Novel in vitro cytosolic
translation system prepared from tobacco cultured cell, The Plant Journal(Tecnical
Advance)投稿予定
29
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一般課題/平成22年度-Ⅲ
3 腸内細菌クロストリジウムによる抑制性T細
胞の誘導に必要な菌抗原の同定と誘導メカニ
ズムの解明
東京大学 生産技術研究所 炎症・免疫制御学社会連携研究部門 特任助教
西 尾 純 子
本研究の意義,特色
腸内細菌の腸管に定着させることにより,抑制性T細胞(Treg細胞)が大腸固有粘膜層に誘導
されることが,最近発見された。腸内細菌の定着により誘導されるTreg細胞は,Helios陰性の
Treg細胞群
(H-Treg細胞)であるのが特徴である。本研究では,腸内細菌の定着により大腸粘膜
特異的に出現するH-Treg細胞の,分化と特徴・機能の解明を試みた。
実施した研究の具体的内容,結果
本研究では,申請時,次の 1)から 3)を計画した。大腸粘膜のナイーブT細胞とTreg細胞を単
一細胞レベルで採取しT細胞レセプター
(T cell receptor ; TCR)のシークエンスを比較すること
により,H-Treg細胞 の分化を検討する,2)Helios陰性Treg細胞(H-Treg細胞)を解析するため,
Heliosレポーターマウスを作製する,3)H-Treg細胞を誘導するクロストリジウム菌定着による
自己免疫性疾患への影響を見る,であった。
1)については,脾臓から採取した単一リンパ球から少なくとも 4 遺伝子の増幅に成功し,効
率的なsingle cell PCRの系を立ち上げた。この実験系を用い,H-Treg細胞のレパトワと,ナ
イーブT細胞のTCRレパトワを今後比較していく。TCRレパトワを少数の細胞の解析でTCRレ
パトワの相同性を判断可能にするため,TCRレパトワの多様性が限られた“Limitedマウス(Vβ
5 Limitedマウス)
”を入手し繁殖させた。しかし,意外にもこのマウスは,H-Treg細胞欠損マ
ウスであることが判明し,実験には使用できなかった。しかし,興味深いことに,Limitedマウ
スは10週齢以降より腸炎を自然発症的する。従って,TCRレパトワの多様性が限られたLimited
マウスは,H-Treg細胞の生理的状況下での機能解析に格好のマウスであることが判明し,本
研究はこのLimitedマウスを用いて,H-Treg細胞の分化や機能を解析する研究へと移行させる
こととした。Limitedマウスの観察結果より,TCRレパトワが限られた状況で,H-Treg細胞の
欠損を来たすことから,H-Treg細胞分化に際してのTCRレパトワ多様性の重要性が示唆され
た。Limitedマウスは,T細胞受容体
(TCR)トランスジェニックマウスであることから,特定
のHelios-Treg細胞の欠失がトランスジェニックTCR特異的に起きている可能性があったため,
30
同様にTCRレパトワの多様性が限られた別のマウス,“Vβ8 Limitedマウス”を作製したとこ
ろ,前者のVβ5 Limitedマウスと同様に,大腸炎を発症することが観察された。腸管粘膜免疫
細胞の,フローサイトメトリー解析の結果から,両者のマウスでTh17細胞の割合が多く,中で
も,IFNγ陽性Th17細胞が増加していた。また,炎症性サイトカインである,TNFα,IL-1β,
IL-23が上昇していることからも,Limitedマウスにおける腸炎は,炎症性腸疾患における炎症
と類似していることがわかった。特に,IFNγ陽性Th17細胞は,マウス腸炎でもヒト腸炎でも,
pathogenicに 作 用するT細 胞として 知られていることから,TCRレ パ ト ワが 限られていること
により,腸管の恒常性が破綻し,炎症性腸疾患様の病態が発症したと考えられた。
次に,腸内細菌叢の構成の違いにより,Dextran sodium sulfate 誘導性腸炎の感受性が増
したり,ヒトの炎症性腸疾患患者の腸内細菌叢の構成が健常人と比し特徴があることが近年
報告されたことから,Limitedマウスで,腸内細菌叢に変化が生じるかを,腸管内容物の抽出
DNAより,bacterial 16S rebosomal RNAプ ロ ー ブを 用い,Bacteroides,Clostridium leptum
sub group(ClusterIV),Clostridium coccoides group(ClusterXIVa),Lactobacillus,
Enterobacteriaceae,Bifidobacterium,Segmented filamentous bacteriaについて定量を行なっ
た。その結果,Limitedマウスと野生型マウスで差はないことから,TCRレパトワの多様性が限
られることで,腸内細菌叢に変化を来たさず,Limitedマウスで見られる恒常性の破綻は腸内細
菌叢の変化によるものではないと考えられた。
Limitedマ ウ スで, 前 述したように,Foxp3+Treg細 胞は 正 常に 存 在するのにもかかわらず,
Helios-Treg細胞は極めて減少しており,Th17による炎症が腸管粘膜に起こる原因は,HeliosTreg細胞の分化が障害されることによる可能性が考えられた。そこで,若齢のLimitedマウスに,
野生型マウスのTCRレパトワの多様性が正常のTreg細胞を移入したところ,Limitedマウスの大
腸炎は抑制され,腸管粘膜におけるTh17細胞もほぼ正常化した。それと同時に,Helios-Treg細
胞の数も野生型のマウスと同様のレベルまで回復し,大部分のHelios-Treg細胞は,野生型Treg
細胞から構成されていた。従って,TCRレパトワの多様性が十分ではないことにより,腸管で
のHelios-Treg細胞の正常な分化が制限されることにより,腸管の恒常性が破綻することが示唆
される結果を得た。
3)については,I型糖尿病マウスを無菌化し,無菌群とクトストリジウム定着群に分け,30週
齢まで糖尿病発症と膵島炎の病理組織を比較検討した結果, 2 群間の差は認められなかった。他
の,
自己免疫性疾患や炎症性疾患モデルでも,
クロストリジウム定着による影響を見る予定であっ
たが,無菌化のコストと細菌入手の困難の問題が生じ,3)についての実験は,I型糖尿病マウス
のみしか行なえなかった。
本研究に関連して発表したおもな論文等
Nishio J, Honda K. Immunoregulation by the gut microbiota. Cell Mol Life Sci. 2012 Nov;69
(21)
:3635-50
31
●国際会議開催への助成
ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ
当財団は事業の1つとしてわが国で開催される国際会議開催
への助成を行っています。
以下は平成24年度中に提出された平成24年度採択の国際会議
開催への助成に係る報告の概要です。
▲
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ララララララララ
平成24年度
ララララララララ
国際会議/平成24年度
1 国際シンポジウム
「細胞内シグナルから見る
生命現象と疾患」
開催時期:平成24年4月7日
(土曜日)
開 催 地:東京大学医科学研究所 講堂
主 催:国際シンポジウム
「細胞内シグナルから見る生命現象
と疾患」
実行委員会
沖縄科学技術大学院大学 細胞シグナルユニット 教授 山本 雅からの報告
本会議の意義,特色
国際シンポジウム
「細胞内シグナルから見る生命現象と疾患」実行委員会(委員長:山本雅)は,
2012年 4 月 7 日に東京大学医科学研究所講堂において標記のシンポジウムを開催した。本シンポ
ジウムは,生命システムの理解とそれに基づく分子標的治療の推進に必須の細胞内シグナル制御
機構とその異常の理解を主題として計画され,第 1 回にあたる今回は細胞増殖・細胞死と発癌に
関わる細胞内シグナル,並びに運動神経による運動機能制御に関わる細胞内シグナルの 2 点に的
を絞り,世界の第一線で活躍している日米の研究者による最先端の講演と討議の場を提供した。
本シンポジウムの目的は,将来を担う若手研究者の育成を含め,広く本邦の基礎医科学研究の推
進に貢献することであったが,企図した通り,大学院生やポスドク等,数多くの若手研究者を含
む参加者が会場を満たし,世界の先端研究に関する発表に対して高度の,白熱した議論を交わし
た。
会議の具体的内容,結果
発表者 米国: 3 名
(うち 1 名は日本人)
32
日本: 5 名
参加者 153名
参加者内訳
学生・ポスドク・助教等の若手研究者:62名
外国人:10名
(米国 2 名,中国 4 名,韓国 1 名,その他 3 カ国 3 名)
秋山徹博士(東京大学,分子細胞生物学研究所長)のOpening Addressに引き続き,細胞
の増殖と発癌に関わるセッションとしてRiccardo Dalla-Favera博士(Columbia University,
Professor)
,井上純一郎博士
(東京大学,教授)
,秋山徹博士によるBCL6,NF-kBと核酸のヒド
ロキシメチル化を中心とする発表があり,リンパ腫におけるBCL6とp53シグナルのバランスや
癌幹細胞の増殖におけるNF-kB,Notchシグナルと核酸のヒドロキシメチル化の重要性に関す
る議論が深められた。引き続き,セッションⅡでは吉田富博士(Cincinnati Children's Hospital,
Assistant Professor)と山梨裕司博士
(東京大学,教授)による運動機能制御に必要な神経回路形
成と神経筋シナプス形成に関する発表があり,個々の筋組織の制御に関わる運動神経・感覚神経
間,もしくは屈筋・伸筋制御に関わる神経間の回路形成や神経筋シナプスの形成異常の分子機構
とその制御法に関する議論が多角的な視点から進められた。
以上の基礎医科学的な講演と討論を受けて,セッションⅢにおいては分子標的治療を主題とす
る発表がなされた。長田重一博士
(京都大学,教授)と山本雅(沖縄科学技術大学院大学,教授)に
より,多様な疾患との関連が知られる細胞膜構造の変化とマクロファージによる細胞の貪食に関
する発表と癌や神経・免疫疾患との関連が深いSrc型チロシンキナーゼに関する発表があり,そ
れらの異常と多様な疾患との関わりに関する議論がなされた。さらに,Ira Pastan博士(National
Cancer Institute, Chief)
により,その安定性や毒性を高度に制御した毒素と分子標的に対して極
めて高い特異性をもつ抗体
(可変領域)を併せ持ったImmunotoxinによるB細胞腫に対する分子標
的治療の基礎と実践
(臨床治験)に関する発表があり,Immunotoxinの特異性の本質的な重要性
と近未来の実践に関する積極的な議論が交わされた。
以 上の 講 演と 討 論の 後に, 実 行 委 員の 一 人である 仙 波 憲 太 郎 博 士(早 稲 田 大 学, 教 授)が
Closing Addressを担当し,参加者全員への謝意を表すると共に,医科学研究における細胞内シ
グナルの重要性を明解にまとめ,また,若手研究者の積極的な参加の要を強調し,本シンポジウ
ムの閉会を告げた。
上記の通り,本実行委員会が将来を担う若手研究者の育成を含め,広く本邦の基礎医科学研究
の推進に貫献することを目的として創始した本シンポジウムはその目的を達成したと考える。例
えば,過去に常識とされていた知見が演者らの研究によって覆されていく過程を追体験すること
や,既に効果的な治療として認められている抗ErbB2/HER2治療や他のチロシンキナーゼ阻害
薬の起源が基礎的なシグナル伝達研究にあることを理解すること,そして,モデル動物研究とヒ
トに対する治療の間に存在する高い障壁などについて,世界のトップレベルの研究者による発表
と議論を体験することは,参加した若手研究者に自身の目標設定とその為に通過すべき道筋の具
33
現化を加速させるものと確信する。しかしながら,今回は細胞増殖・細胞死と発癌に関わる細胞
内シグナル,並びに運動機能制御と神経回路形成に関わる細胞内シグナルに特化したシンポジウ
ムであり,医科学研究領域の広がりを考えれば,本シンポジウムの来年度以降の継続的な開催が
強く望まれる。なお,その際には,各講演後に予定された時間を大きく越える議論が為された点
▲
▲
を考慮し,講演だけではなく,質疑に対しても余裕のある時間配分が必要と思われる。
国際会議/平成24年度
2 国際結核サーベイランス研究会議
開催時期:平成24年4月18日~4月20日
(3日間)
開 催 地:東京
(ホテル ヴィラフォンテーヌ汐留)
主 催:結核予防会結核研究所
公益財団法人結核予防会結核研究所 所長 石川信克からの報告
本会議の意義,特色
本研究会議は1966年,オランダ結核予防会とWHOにより,IUATLDの一機能として設立され
今までも議論された内容・結果は,世界の結核研究および結核対策に大きな影響を与えてきた。
それらの中にはツベルクリンサーベイによる疫学分析や抗結核薬や,患者発見の遅れ分析や,直
接監視下治療法の研究も行われた。また,当初はヨーロッパの研究者が中心であったが,最近で
はアジア,アフリカの対策担当者も参加して,より途上国の対策の改善に役立つ研究に焦点を当
てるようになってきている。
会議の具体的内容,結果
研究会議は計50名
(海外参加者26名 国内参加者24名)が参加して行われた。
研究会議の開始にあたって,オランダ結核予防会所長と日本の結核予防会結核研究所長があい
さつをし,続いて来賓として結核予防会理事長および厚生労働省結核感染症課の祝辞が述べられ
た。
本研究会議では27題の研究が発表された。
第一日の課題はサーベイランスシステムであり,まず,米国の感染症全体のサーベイランスシ
ステムの歴史的意義が語られた。続いて,オランダの結核サーベイランスシステムが国の結核対
策が成功しているかを評価する手段として欠かせないことが報告された。そして,現在,ベトナ
ム,ケニヤ,インドネシアの途上国で,サーベイランスシステムの電子化の進捗状況が報告され
34
た。また,日本と中国からはすでに全国的な導入によって,種々の分析ができることが紹介され
た。そして,WHOからは電子化サーベイランスシステムを導入する際の精度管理について説明
がなされた。結論として結核患者の登録情報は集計された数値だけを比較するだけで,大きな労
力が必要とされる。しかし,電子化された場合には,入力には手間がかかるものの,入力ミスが
チェックでき,一旦,電子化されれば,四半期報告書や年報などの報告書作成だけでなく,疫学
分析が可能となり,対策の評価に役立てることができると強調された。
次に,エチオピアの報告があった。最も重要な目的は,現在実施している対策により,患者発
見および治療が十分なされているかを評価することである。その点からは,カンボジアでは直接
監視下治療法による患者支援が功を奏して,喀痰塗抹陽性肺結核患者の有病率が10年で 4 割減少
した。その一方で,症状の出ない患者の有病率が減少していないことから,無症状の者に対する
胸部X線検査による健診の重要性が明らかになり,今後の対策において検討すべきである。また,
ミャンマーにおいては,予想より都市部における有病率が高く,対策における登録率が相対的に
低かった。エチオピアでは,予想より有病率が低く,それぞれの国において,今後の強調点を改
正する必要が明らかになった。
その他,自由題の発表では,中国から結核患者におけるHIV検査とHIV陽性者の結核健診の
実施可能性の研究発表があり,未だ,両方の対策の協調が困難であることが浮き彫りになった。
同様にドイツではHIV陽性者の中での結核発病率について,プロジェクトとしてHIV陽性者を
追跡しているデータとARTの薬剤の使用量から結核HIV合併患者数を推計する方法論が紹介さ
れた。日本でも,まだまだ結核HIV合併患者の把握が困難であり,各国の努力の方法と比較する
ことができ有意義であった。
結核の社会的要因として,フィリピンからは患者の教育レベル,住居形態,環境,家族数,人
口密度等を選び,患者が集中して発生している場所を特定し,接触者健診に利用できる結果を出
すべく,研究企画が発表された。同様に日本の都市部における高罹患率に影響を与える要素とし
ては,全年齢の患者では高い失業率,独居率,犯罪率が有意であった。若年者では人口密度とレ
ストランの密度と相関があった。また中年患者では昼間人口・夜間人口比が有意であった。
患者支援プログラムが成功しているかどうかを確認するためにタンザニアでは,患者の尿中の
抗結核薬
(ヒドラジド)
の代謝成分を調べて,服薬を確認した。その結果,家庭を基盤とする患者
支援が成功していることが明らかになった。ただし,服薬確認のために尿検査を行うことが重要
で必要であるかどうかは議論が分れるところであろう。
英国では,多剤耐性菌の遺伝子分析を行い,最近の感染であるかどうかを検討した。その結果,
英国生まれであることが感染の要因と考えられた。しかし,多剤耐性患者の接触者であっても,
罹患率の高い国からの移民では異なる遺伝子であった。そのため,最近の感染であるか,感染性
がどの程度であるかを確認するためには,遺伝子分析が大きな役割を果たすことが明らかになっ
た。この手法は日本でもすでに取り入れられており,具体的な研究方法が明らかになり,日本の
研究者に有益であった。中国では多剤耐性結核疑い患者に対する感受性検査の実施,およびその
結果による治療が開始されたばかりであり,その進捗状況が報告された。再治療での失敗例から
35
の多剤耐性率が55.7%と最も高く,あとは初回治療の失敗,再発,そして治療 3 ヶ月目でも塗抹
陽性の場合となるに多剤耐性率は低くなった。また,多剤耐性治療を開始して 6 カ月後の陰性率
は61.6%とやや低めであった。しかし,
それよりも,多剤耐性と診断されても,治療を開始しなかっ
た患者が16.4%もおり,その方が参加者から問題とされたが,なぜ,多剤耐性結核の治療を拒否
するのか,真の原因は不明であった。
東日本大震災後の結核患者の支援状況,患者発生状況の報告があった。そして最後にバングラ
デシュから,刑務所における結核患者の発見と治療の試行プロジェクトが発表され, 3 年間のう
ちに7000名の入所者が症状の有無を確かめられた。症状を有する者が10%おり,そのうちの15%
が結核と診断され,非常に高い発見率であった。
発表は20-30分,討議は数題合わせて30-45分と,通常の学会より,時間をかけて行われた。そ
のために,理解と議論が深まった。日本で開催され,多くの日本人出席者もあり,世界の結核研
究の動向がわかるだけでなく,途上国に対して,有病率調査,サーベイランスシステムの構築の
必要性が理解された。また,結核・HIV合併症対策は他の先進国も十分な情報が確保できていな
いこと,
今後,
結核菌の遺伝子分析による結核対策の評価が重要になってくることが明らかになっ
た。
研究会議ののち,理事会が開催され,今研究会議が期待通りの成果を上げたことが確認された。
そして来年以降も現在の形式で開催することが合意され,来年はスイスで開催する提案がなされ
▲
▲
た。
国際会議/平成24年度
3 第 6 回食と健康に関する新潟国際シンポジウム
開催時期:平成24年10月15日
(月)
~17日
(水)
開 催 地:新潟コンベンションセンター 朱鷺メッセ
主 催:新潟食品・バイオ研究開発推進機構
新潟薬科大学 名誉教授 小西徹也からの報告
本会議の意義,特色
最近の食品機能研究の目覚ましい進展によって,食品機能因子の生体作用メカニズムが分子レ
ベルで解明され,数多くの研究データ・知識が集積されてきた。食品機能は疾病予防やアンチエ
イジングだけでなく,ガン等の複合疾患の治療と組み合わせることで治療の効率を向上させ,治
療に伴う副作用を緩和するといった治療医学を補助する食品機能といった新しい食品機能応用分
36
野の開拓も可能となってきた。このような食薬融合的な医療の推進には,今後益々,食品・食品
因子と医薬品の生体作用の類似性,相違性などを明らかにして行くことが必要である。
会議の具体的内容,結果
世界的な食の健康の維持,増進における役割に対する関心の高まりから,食の健康影響に関す
る研究が活発に展開されている。それに伴い,研究者間の情報交流,共同研究の重要性も増して
きた。
新潟国際シンポジウムは従来の講演会形式のシンポジウムの内容を改め,新潟という場所で
定期的に開催する学術集会という形に内容を一新して今回が三度目の開催となった。名称も
INSDH(International Niigata Symposium on Diet and Health)2012として,前回から始まっ
たOCC
(Oxygen Club of California)
World Congress, オ レ ゴ ン 州 立 大 学LPI(Linus Pauling
Institute)
Diet and Optimum Health Conferenceとの連携開催をさらに強化し,酸化ストレス,
抗酸化を共通語とした疾病予防,治療の基礎研究を中心に幅広い分野を扱う歴史のあるOCC,
マイクロニュートリエントに焦点を合わせたLPIコンフェレンスに対して,新潟シンポジウムで
は機能性食品の基礎と臨床というトランスレーショナル研究に焦点を絞り,本シンポジウムの食
品機能科学分野に於ける役割の明確化と特徴付けを図っている。
この基本的な方針のもとに今年度は
“Functions of food and food factor: From farm to kitchen
and clinics”をテーマとして10月15日の歓迎レセプションを皮切りに,16,17日の二日間に渡り
後述する 9 セッションを設け,活発な,内容の濃い討論を行った。
16日は セ ッ シ ョ ン1
“Inflammatory Signaling as a Target for Dietary Prevention of Cancer
and Metabolic Diseases”
,セッション2“Food Research & Development News from Food Industry
in Japan”
, セ ッ シ ョ ン3“Physiological and Pharmacological Function of Natural Product and
Food Factor”
をテーマとする 3 セッションとポスターセッション,ランチョンセミナー
“Research &
development on Slow Calorie Confectionaries-focussing on quality of calories-”
及び,一般公開の
講座
“Health and QOL for yourself, family, children and grandchildren”
が行われた。
セ ッ シ ョ ン1では 韓 国・ ソ ウ ル 国 立 大 学のYoung-Joon Surh, 米 国・ テ キ サ ス 大 学のJohn
DiGiovannni,ニュージランド・オークランド大学のLynnette R. Ferguson,米国・ハーバード
医学部のJing X. Kang,京都府立医大学のYuji Naitoらによりがんや代謝疾病における炎症の役
割と炎症を標的とした食品因子などによる予防,治療の方策について最新の話題提供と討論が行
われた。
セッション2では日本における食品開発の現状について大学,企業研究者による新しい加工技
術や機能性評価,具体的な開発事例など国内企業研究者への情報発信を目的に日本語で 8 題の発
表が行われた。
セッション3では機能性素材,因子の作用機構とその抗がんなどへの応用を中心にルクセンブ
ルグがん研究所のMark Diederich,韓国・誠信女子大学のHye-Kyung Na,インド・ラジャス
タン大学のP.K. Goyal,長谷川香料
(株)のAkio Nakamuraが発表した。ポスターセッションで
37
は国内外から計52演題の発表があり,活発な討論が行われた。また16日には懇親会が開かれ,参
加者間の有益な交流の場となった。
第二日の17日にはセッション4“Standardized Natural Product:“Seed to Patient”Journey”,
セッション5“Omic Approach for Understanding Multitarget Function of Food and Food Factor”
,
セッション6“Nobel Function of Lipophilic Factors”
, セッション7“Regional Trend in Functional
Food Development in the World”
, セッション8“Food Factors in Health Management and Clinic”
,
セッション9“Oriental Philosophy and Food Functions”の 5 つのセッションとランチョンセミ
ナーが行われた。
セッション4ではオーストラリアSFIのDilip Ghosh, 米国・ヒューストン薬科大学のDebasis
Bagchi,韓国・翰林大学のJung Han Yoon Park,オーストラリア西シドニー大学のDennis
Changらにより機能性食品シーズの実際的な応用に関わる研究動向に焦点を当てた発表と討論
が行われた。セッション5ではイタリア国立食品栄養研究所のFabio Virgili,米国LifeGen Tecの
Jamie L. Barger,オーストラリアCSIROのMichael Fenech(欠席・ビデオセッション)らにより
食品機能の包括的理解に必須となってきたOmicsアプローチによる研究成果の発表が行われた。
セッション6では参加予定の米国・メイヨクリニックのRuth Lupuが欠席したために米国・
LPIのMaret G. Traber,東北大学のTeruo Miyazawa,中国・科学アカデミーのYang Lingの三
人のセッションとなったが,機能性因子として注目される脂溶性ビタミンやカロチノイドなどの
最新研究成果の発表が行われた。セッション7ではニュージーランド植物・食品研究所のRoger
Hurst,フランス・GESAAのEmira Mehinagic,オランダ・ワーゲニンゲン大学のChristiann
Kalk,放射線医学総合研究所のKeiko Tagamiらによりフードバレーなど世界各地で行われてい
る食品開発拠点の紹介を中心とした発表が行われた。セッション8ではアルゼンチン・ブエノス
アイレス大学のCesar G. Fraga,九州大学のHirofumi Tachibana,東京都健康長寿医療センター
研究所のAkihito Ishigami,米国・NutriTodayのManashi Bagchiらによりポリフェノール,ビ
タミンCなどの食品機能性因子としての役割や作用機構に関する最新の発表と討論が行われた。
セッション9では香港科学技術大学のRobert K.M. Ko,台湾・中山医科大学のChin-Kun Wang,
インド・ドゥンガー大学のR.K. Purohitらが食と健康の捉え方のベースとして関心を深めている
アジアに於ける伝統医療の考え方をベースにした研究成果の発表と討論を行った。このセッショ
ンを含めて当初予定していた中国・北京首都医科大のJing X. Wang,長春中医薬大のXiaobo
Qu,中国・福州大学のPingfan Rao,ドイツ・ハインリッヒハイン大学のPeter Prokschらが直
前になって欠席の止むなきに至ったが,一部はビデオセッションで肩代わりした。
以上,二日間に渡り,最新の情報の提供と活発な討論が各セッションで行われ,参加者も13カ
国から総計200名
(市民公開講座には180名の参加者)を数え,本シンポジウムが世界の食品機能研
究の発展に少なからず貢献し,同時に国内の機能性食品開発に関係する企業や一般への情報提供
という点でもその開催意義が認識されつつあることが実感された。
なおポスターセッションでは評価委員の厳正な評価をもとに若手研究者の優秀ポスター賞の選
考が行われ,以下の研究者が受賞した。
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LPI賞:Jihang Chen
(Hong Kong University of Science and Technology, Hong Kong S.A.R)
OCC賞:Naoto Tatewaki
(Niigata University of Pharmacy and Applied Life Sciences, Japan)
INSDH賞:Taro Honma(Tohoku University, Japan),Yongkun Sun(Graduate School of
Environmental Science, Hokkaido University, Japan),Eri Oomi(Mukogawa Women’s
▲
▲
University Institute for World Health Development, Nishinomiya, Japan)
国際会議/平成24年度
4 第 4 回国際システム生物工学会
4th International Conference on Foundations of
Systems Biology in Engineering
開催時期:2012年10月21日
(日)
~10月25日
(木)
開 催 地:慶應義塾大学 先端生命科学研究所
鶴岡メタボロームキャンパス レクチャーホール
鶴岡市先端研究産業支援センター
主 催:CACHE協会(Computer Aids for Chemical
Engineering)
慶應義塾大学 先端生命科学研究所所長 環境情報学部 教授 冨田 勝からの
報告
国別参加者数
合計12カ国から,111名の参加がありました。
(イギリス8名,イタリア2名,インド2名,韓国2名,スイス5名,スペイン2名,台湾2名,ドイ
ツ4名,日本72名,フランス1名,米国10名,ポルトガル1名)
会議概要
本学会は2012年10月21日から25日の 5 日間にわたり,山形県鶴岡市にある鶴岡メタボローム
キャンパスレクチャーホール
(鶴岡市先端研究産業支援センター)にて開催されました。本学会は,
生物をシステム工学的にとらえた
「システム生物工学」の分野でもっとも権威ある学会で,最先端
の生物学研究と,工学,そして計算科学の3領域の融合を目的に,二年に一度開催されておりま
す。第一回国際会議は2005年に米国サンタバーバラにて開催され,第二回は2007年にドイツのシュ
39
ツットガルトにて,第三回は2009年に米国のデンバーにて開催され,本会がアジアで行われる初
めての会議となりました。
我が国は
「システム生物学」領域の立ち上げに深く関わった北野宏明氏(ソニーCSL,本会キー
ノート講演者)や生物時計を大規模なハイスループットデータやコンピュータシミュレーション
により研究している上田泰己氏
(理化学研究所CDB,本会講演者・運営委員)をはじめ,システ
ム生物工学領域においては特に最先端で注目を浴びている研究者を多数有しています。本会ホス
トである本研究所もマルチオミクスデータによる細胞シミュレーションプロジェクトE-Cellや,
世界最先端のメタボロミクス設備を有しているシステム生物工学の世界的な拠点であり,世界中
の研究者を我が国に集め議論できたことは,当該分野における我が国のプレゼンスを示す意味で
も大きな意義があったと思われます。
本会では特に近年急速に発展する測定機器によってもたらされた膨大な量の生物データの扱い
に焦点を当て,特にメタボロミクス,プロテオミクス,トランスクリプトミクス,ゲノミクス,
マイクロ流体デバイス,バイオイメージングなどといったハイスループットな技術について議論
を行いました。また,最先端の計算技術によってこれらの情報を統合し,生体内作用をより良く
理解することや,
このようなシステム生物工学の手法をバイオ燃料の生産などのエネルギー問題,
環境問題,そして健康や医療の問題へ広く応用していくことなどについても活発な議論が行われ
ました。
微生物システム生物学,複雑性と多様性,最先端アルゴリズム,生体医学の最前線,産業と教
育,細胞構造,ネットワークとノイズ,振動系の動態などの様々な学際的セッションにおいて,
合計33件の口頭発表を行い,そのうち14件の口頭発表は会議に要旨を投稿した中から選抜し,幅
広い分野の若手に発表の機会を与えることができました。また,3 日間にわたり行われたポスター
セッションでは,合計55件の発表が行われ,連日活発な議論が交わされました。最終日の25日
には,本会に併設して,JST-BBSRC共催の国際ワークショップ「Workshop on Systems Redox
Regulation」が開催され,合計18件の口頭発表を行い,約40名が本ワークショップに参加しまし
た。
会期中には鶴岡市の魅力を伝えるエクスカーションとして,ミシュラン・グリーンガイド・ジャ
ポンにて 3 つ星に選ばれた羽黒山に案内しました。また,その後に開催されたバンケットでは,
鶴岡市および地元の酒蔵からの協力のもと,地酒をふるまう日本酒イベントを開催し,研究のみ
ならず日本文化の発信も行うことができました。
本会終了後には,多数の参加者から非常に素晴らしい学会であったとのコメントをいただいた
ことからも,大変な成功を収めることができたと考えております。これもひとえに貴財団のご援
助が大きく寄与したと思っております。心から感謝申し上げます。
40
●国際交流
(海外派遣)
の援助
ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ
当財団は国際交流の推進のために国際会議、シンポジウムへの
参加等に必要な渡航費の援助を行っています。
以下は平成24年度中に提出された平成24年度採択の国際交流
(海外派遣)
の援助に係る報告の概要です。
ララララララララ
平成24年度
ララララララララ
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海外派遣/平成24年度
1 the 2012 American Transplant Congress
大阪大学大学院 医学系研究科 器官制御外科学
(泌尿器科)
助教
奥
見 雅 由
開 催 地:アメリカ合衆国 ボストン
開催時期:2012年 6 月 2 日~ 6 月 6 日
本会議の意義,特色
American Transplant Congressは, 米 国の 移 植 学 術 団 体であるAmerican Society of
Transplantationと米国の移植外科医を中心とした団体であるAmerican Society of Transplant
Surgeonsが 1 年に 1 度開催する国際学会であり,様々な分野のスペシャリストである内科医・
外科医・病理医・基礎研究医・科学者や医療関係者など2000人以上が参加する。世界的な臓器移
植の基礎・臨床に関して最新の知見を議論し,臓器移植学の発展とともに移植患者の福祉に貢献
することを目的としている。
本会議の具体的内容,結果
本年も 6 月 2 月から 6 日までボストンでthe 2012 American Transplant Congressが開催され
た。
今回,応募演題が口演発表として採択されたため,ライフサイエンス振興財団の国際交流援助
を受け,以下の 2 つを大きな目的として本学術集会に参加した。
1)自身の発表演題に関する内科医との討論
会期第 2 日( 6 月 3 日)のConcurrent Session 2「Cardiovascular Disorders in Kidney
Transplant Recipients」にて「Closure of asymptomatic arteriovenous fistula leads to
41
regression of left ventricular hypertrophy in renal transplant recipients」の演題名で口演発表
した。
近年,腎移植後の生存率・移植腎生着率は大幅に向上している。しかし,腎移植そのものが腎
不全による心血管系への影響を是正するにも関わらず,腎移植患者の心血管系合併症に伴う左室
肥大罹患は高率のままである。左室肥大が残存する一つの可能性としては,腎移植後の機能的バ
スキュラーアクセス
(VA)の開存が考えられる。しかし,腎移植後も維持透析時に使用していた
バスキュラーアクセス
(VA)が温存されている場合が多く,VA閉鎖に対する是非については明
瞭な答えがない。今回着目したテーマは,臨床医としては日常診療で日々感じていたことではあ
るが,前向き検討をしたことは価値が高い。腎移植患者に対するVA閉鎖の是非についての強力
なエビデンスとなる可能性があり,国際学会で発表する意義が高いと考えた。
そこで,腎機能の安定した維持期腎移植患者において,VA閉鎖が左室形態変化および左室機
能におよぼす影響を検討した。
機能的VAを有するが,心不全症状を認めない腎機能の安定した維持期腎移植患者50例に対し
てVA閉鎖術を施行した。VA閉鎖術前および術後1ヶ月目に,血圧・上腕動脈血流量・心エコー
の測定を行った。左室形態変化については心エコーにより相対的壁厚(RWT)と左室心筋重量係
数
(LVMI)
を算出した。
(結 果)VA閉 鎖 術 前 後において, 上 腕 動 脈 平 均 血 流 量は1181±586 から154±92mL/min
(p<0.001)
,左室拡張期末期径は44.7±5.2から42.8±5.3mm(p=0.0002),左室収縮期末期径は28.3
2
±3.6から26.8±5.0mm
(p=0.002)
,左室心筋重量係数は97.1±22.6から 86.3±21.3g/m(p<0.0001)
に有意に減少した。その結果として,左室形態変化については,LVMI>125 g/m2である左室肥大
の罹患率は10%から 2 %に減少した。さらにVA閉鎖術前の左房径が40mm以上を「左房負荷あり」
とすると,50例中15例に左房負荷を認めた。左房負荷を認めない35例中14例では拡張能障害の指
標であるE/e’が境界値を呈しており,そのうち9例(64%)でVA閉鎖によりE/e’が正常化した。し
かし,左房負荷を認めた症例では,VA閉鎖にても拡張は正常化しなかった。以上より,心不全
症状を認めない機能的VAを有する維持期腎移植患者において,VA閉鎖により左室拡張期/収縮
期末期径および左室心筋重量係数が減少することで左室肥大が改善した。この左室肥大の改善は,
VA閉鎖による圧負荷ではなく容量負荷の減少に起因することが考えられた。さらに,左房負荷
がない場合では左室拡張能も是正される可能性が示唆された。
この演題に対して,VA閉鎖前後の血圧の変化,移植腎機能の推移に関する質問があった。本
研究での対象は十分な降圧薬にて血圧が管理されており,VA閉鎖により血圧低下や上昇を認め
なかったこと,また全例が安定した良好な移植腎機能を有しており,これに関しても影響されな
いことを応答した。海外の腎移植患者の管理と比して,我々の施設で管理が綿密であるためと考
えられた。
また,VA閉鎖後に上腕動脈平均血流量は200mL/min前後に収束したが,閉鎖前の血流量と閉
鎖後の心機能改善度合に何らかの相関を認めたかとの質問があった。これに関しては,今回の発
表に際しては検討していないため不明である旨を答えたが,本研究を纏めるにあたり検討すべき
42
項目の一つであると考えられた。
2 )海外における新規免疫抑制薬の開発動向および進行中の臨床研究の状況
近年の臓器移植医療は医療技術の向上により大きく進歩したが,特に医薬品,とりわけ新規免
疫抑制剤の開発が寄与しているところが大きい。わが国においても臓器移植の短期成績は,これ
以上の向上が難しいという域まで達している感がある。従って,今後の検討課題としては,長期
成績の向上とその維持が中心になっていくと考えられる。特に海外においては長期成績向上を見
据えた新規薬剤の開発や免疫抑制療法の改良が継続的に進められている。
長期成績向上への要因として,① 周術期における移植臓器障害の軽減,② 遠隔期における移
植臓器の生理的機能維持,などが考えられる。すなわち,移植術の手技的向上だけでは解決でき
ない問題である阻血-再灌流障害の低減,慢性期におけるカルシニューリン阻害薬の副作用回避,
あるいは移植臓器廃絶の原因となる抗体関連型拒絶反応発現への対策が求められている。これら
の命題に対する解決策の一つとして,海外における薬剤開発・臨床試験の現況について,可能な限
り一般口演・ポスター発表を聴講・閲覧した。特に,会期第 4 日
( 6 月 5 日)
のConcurrent Midday
Symposia「Recent FDA-approved Immunosuppression for Kidney Transplantation and New
▲
▲
Agents in Phase I / II Trials」
では,これらが特集され,知識の整理に非常に有意義であった。
海外派遣/平成24年度
2 第94回米国内分泌学会年会
東北大学大学院 歯学研究科 口腔病態外科学講座 口腔病理学分野 助教
三
木 康 宏
開 催 地:ヒューストン
開催時期:2012年 6 月23日~26日
本会議の意義,特色
Endocrine Society
(米国内分泌学会)
年次総会として,基礎研究,トランスレーショナルリサー
チおよび臨床研究における内分泌学のすべての部門(糖尿病,ホルモン依存性腫瘍,環境ホルモ
ン,肥満,甲状腺,骨など)に焦点を合わせ,内分泌学の発展に寄与することを目的としている。
本会には世界各国から内分泌に関わる研究者が参加し,内分泌関連の学術集会としては最大規模
であり,国際会議の性質を有する学会である。
43
会議の具体的内容,結果
これまで論文にて報告してきたエストロゲン依存性腫瘍の研究成果のうち,肺癌研究の報告に
対してThe Endocrine Society, Annual Meeting Steering Committeeの評価を受け,シンポジウ
ムでの講演を依頼
(招待講演)
された。シンポジウム“New Developments in Steroid Metabolism
in Cancer”にて
“Lung Cancer: An Estrogen Target?”と題する講演を行った。講演内容につい
て,以下にまとめる。肺癌はその組織型で大きく小細胞癌と非小細胞癌に大別される。小細胞癌
は肺癌の約15%程度を占め,増殖が速く,また,転移しやすい悪性度の高い癌である。小細胞肺
癌は進行が速いことからもほとんどの症例が外科学的治療の対象外とされるが,化学療法や放射
線治療が比較的効果を示す。非小細胞肺癌は,さらに腺癌,扁平上皮癌,大細胞癌などの組織型
に分類される。非小細胞肺癌の治療としては,早期の症例に対しては外科学的治療が施される。
また,放射線療法,化学療法,分子標的治療が進行癌に対して用いられる。これらの治療効果は
安定した効果を示さず,さらなる非小細胞肺癌の薬物療法,特に分子標的治療の充実が望まれて
いる。腺癌は我が国で最も発生頻度が高く,男性の肺癌の40%,女性の肺癌の70%以上を占めて
いる。次に多い扁平上皮癌は,男性の肺がんの40%,女性の肺がんの15%を占めている。アメリ
カの報告では,扁平上皮癌の女性と男性の比率が 1 : 3 の割合であるのに対し,腺癌ではその割
合が 3 : 1 と逆転する。肺癌のリスクファクターとしての喫煙は,種々の論文から明らかにされ
ているが,非喫煙者の女性に対するリスクファクターについては明らかでは無い。これらのこと
から,性ホルモンであるエストロゲンの肺癌の発生,その病態への関与が注目されつつある。
これまでの国内外の研究から,
肺癌リスクファクターとしてのエストロゲンが示唆されている。
国立がん研究センターがん予防・検診研究センター予防研究部での非喫煙女性を対象にした報告
では,初経から閉経までの期間が短い女性と比較してその期間が長い女性(早い初経もしくは遅
い閉経)では,非小細胞肺癌の発生率が 2 倍以上高いことが確認されている。また,アメリカで
のWomen's Health Initiativeを基にした分析では,ホルモン補充療法によって女性の肺癌発生
率そのものには関連は認められなかったが,肺癌を発症した場合の死亡率が 2 倍程度高くなるこ
とが確認された。我々はこれまでにエストロゲンと肺癌に関して,エストロゲン合成酵素アロマ
ターゼによって肺癌局所でのエストロゲン濃度が非腫瘍部と比較して高まることを報告した。ま
た,高エストロゲン状態にある肺癌では,癌細胞の増殖マーカーが高値を示すことを明らかにし
た。エストロゲン依存性の研究が進んでいる乳癌では,アロマターゼが腫瘍局所でのエストロゲ
ン産生に関与していることが知られており,実際にアロマターゼ阻害剤が,乳癌患者の分子標的
治療としてのゴールデンスタンダードになりつつある。肺癌においてもアロマターゼの発現が注
目されており,
ヒト肺癌培養細胞を移植したマウスモデルでは,アロマターゼ阻害剤の投与によっ
て完全に腫瘍の増殖を抑えることができている。実際のヒト肺癌への適応にはまだまだエビデン
スが必要であると考えられるが,米国で肺癌患者を対象とした抗エストロゲン療法(アロマター
ゼ阻害剤,
エストロゲン受容体拮抗剤)
の臨床試験が組まれており,その結果が待たれている。我々
はこのアロマターゼ発現の調節機構について,乳癌を中心に数多くの成果を残してきた。その中
44
で,癌微小環境においてアロマターゼの発現には周囲の間質細胞(癌細胞以外の細胞,例えば線
維芽細胞)との相互作用が重要であることを報告してきた。肺癌においては,癌組織から分離し
た線維芽細胞の存在が癌細胞のアロマターゼを誘導し得ること,線維芽細胞から分泌されるサイ
トカインがその誘導因子であることをつきとめた。この結果から,より肺癌組織選択的な抗アロ
マターゼ療法が確立できるのではと期待されている。
シンポジウムの発表後,多くの研究者らと肺癌とエストロゲンについて討論することができ
た。そのなかでも女性肺癌といっても,閉経前後の女性でそれぞれエストロゲンの持つ作用に違
いがあるのではという議論になった。この点については,閉経前の若い女性の肺癌患者を実際に
診療しているドクターから,是非,彼女たちの苦しみに目を向けて,広く肺癌とエストロゲンの
関わりについて研究を深めて欲しいとの依頼を受けた。実際,これまでの研究を総括しても若い
女性の肺癌に関する知見は乏しく,その場の研究者らと,今後,それら患者を対象としたあらた
な研究計画が必要であるという統一した見解を得ることができた。また,アロマターゼの発現調
節の分子メカニズムを研究しているMonash University/Prince Henry’s Institute(オーストラ
リア)
のDr. Kristy Brown,Dr. Kevin Knowerと討論し,両氏が明らかにした乳癌でのアロマター
ゼ発現調節因子
(LKB1, メラトニン,LRH1など)の発現を肺癌と比較しながら,肺癌でのアロマ
ターゼ発現調節機構の解明に関する共同研究を行うこととなった。
現在,内分泌系の疾患として肥満,メタボリックシンドロームとの関連が注目されており,本
学会においても多くの肥満と内分泌系に関する報告があった。アディポネクチンは,脂肪やグル
コースの貯蔵をコントロールするホルモンであり,アディポネクチンは,インスリンの分泌を直
接制御しており, 2 型糖尿病のコントロール因子として注目されている。アディポネクチンは肥
満の状態では血中の値が異常に低いことが知られており,動脈硬化,高血圧,高脂血症,糖尿病
との関連が指摘されている。
また,
アディポネクチンを含むアディポサイトカイン(レプチンなど)
が乳癌のリスクと関連していることも知られている。アディポネクチンと肺癌との関連は明らか
ではないものの,肺癌培養細胞がアディポネクチンの添加によって増殖を示すことが報告されて
いる。我々の興味としては,
Dr. Kristy Brownらのグループがアディポサイトカインとアロマター
ゼ発現に関する報告を行っており,肥満と肺癌局所でのエストロゲン産生に関するあらたな研究
への展開を期待している。
以上,本学会に参加し,これまでの我々の研究に関する多くの意見を聞くことができ,さらに
今後の研究展開につながる多くの情報を得ることができた。
45
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海外派遣/平成24年度
3 Advances Neuroblastoma Research 2012
(国際神経芽腫学会2012)
沖縄工業高等専門学校 生物資源工学科 教授
池
松 真 也
開 催 地:トロント
(カナダ)
開催時期:2012年 6 月18日
(月)
~22日
(金)
本会議の意義,特色
小児に発症する神経芽腫はその治癒に向けての取り組みの重要性もさることながら,自然治
癒するステージを持つことに最大の特徴がある。この自然治癒機構の解明に向けて世界中の研
究者が集い,研究の進展をシェアし,先進性を競っている。昨今,神経芽腫のキー分子である
MYC-N分子に加えてALK分子と神経芽腫の関係解明に多くの注目が集まっている。
会議の具体的内容,結果
トロントのダウンタウンのユニオン駅の真正面にあるThe Fairmont Royal Yorkホテルを会場
として18日
(月)
から21日
(木)
まで学会が行われた。
以下に各日のメニューや興味を持った発表などの報告を行う。
6 月18日
(月)
Workshop (
1 9時から11時30分),Workshop 2(13時から15時30分),Workshop (
3 13時から15
時30分)
(Workshop 2と3は同時間に異なる会場で行われ,テーマが臨床的なものと基礎的なも
のに分かれている)
が行われた。
その後,場所をFOUR SEASONS CENTREに移し,18時45分からWelcome Receptionが開催
された。
6 月19日
(火)
7 時30分からのContinental Breakfast後,Dr. Tak Mak(Canada)
( 8 時30分から 9 時25分)に
よる
“Future Anti-Cancer Therapeutic Targets:Putting the Carts Before the Horses?”と題す
る講演があった。引き続き,Plenary Session 1:ALK“From Fish to Bedside”
( 9 時25分から10
46
時25分)
,Plenary Session 2:High Risk Neuroblastoma“From Genetics to Therapeutics”
(10
時45分から12時30分)
,その後,14時30分までは昼食とポスターを見る時間,14時30分から15時
40分までParallel Session 1と2があり,Parallel Session 1はALK,2はmiRNAについての 研 究
報告であった。16時10分から17時30分までは,Parallel Session 3と4があり,Parallel Session 3
はMYC-N,4はHigh Risk Neuroblastoma Biomarkers Leading to Therapyについて研究報告
がなされた。17時30分から18時30分まではポスターセッションタイムで私も自身のポスターの前
に立ち,観覧者の質問に答えた。私達グループの発表タイトルは,「ミッドカイン(MK)を指標
とした抗腫瘍活性スクリーニング~海洋天然物ライブラリを用いて~(Antitumor screening as
indicator of the MK activity using a natural resources library)」で,その背景として,本研究
で指標とするMidkine
(MK)は多くの癌で広く発現している分泌タンパク質であり,MKは初期
の癌から強い発現が見られ,進行癌でも発現が続く。本研究で指標とするMKは神経芽腫と予後
の相関が確認されている分泌タンパク質であり,予後マーカーとしての用途が期待されている。
本研究の目的は,沖縄近海で採取される海洋資源700種類のライブラリ成分中に含まれる抗腫瘍
活性成分の探索と特定を目的とし,癌細胞で分泌されるMK量を指標にスクリーニングを行った。
結論として,今回のスクリーニングでピックアップされた抗腫瘍活性が期待される 8 サンプルは
海綿動物,棘皮動物,刺胞動物に分類される海洋資源であった。今後,特定した 8 サンプルを抗
腫瘍活性が期待できる成分まで分画し,抗腫瘍活性成分分子の特定後,構造決定を行う。本発表
について多くの質問,アドバイスを得ることができた。例えば,Dr. David Kaplan(University
of Toronto)
より次のようなアドバイスを受けた。MK抑制効果のあるライブラリが,本当にMK
のレセプターに結合して,MKを抑制させているのか,今回のデータだけでは分からない。さら
に詳細に証明していくためには,ライブラリを添加・培養後,ライブラリ含有の培地を取り除き,
新しい培地
(ライブラリは含まれていない)に交換して,MK量を測定し,MK量の変化を見ると
よいのではないか。本当にライブラリがMKレセプターに結合した状態であれば,培地を交換し
てもMK抑制効果があるはずだ,という助言であった。MK抑制効果がライブラリ由来のもので
あるか調べる際にこのようなところまでは考えていなかったので,本学会で大きな収穫が得られ
たと考える。今後,Dr. David Kaplanの意見を反映した実験も行う予定である。
6 月20日
(水)
中日であり,豊富すぎるほどのメニューであった。8時30分から10時15分までPlenary Session
3:What’
s New in
“OMICS”
があった。今回のANRの中で最も興味深く,また勉強になったセッ
ションであった。
10時45分から12時30分までは,Plenary Session 4:Immunotherapy-Successes and Future
Directionsがあった。細胞表面に出現するGD
(ガングリオシド)2という糖脂質に対する抗体が注
目されている。ハイリスク神経芽細胞腫に対する標準治療は,手術を含め,幹細胞救済による強
化化学療法や放射線療法などが行われるが,患者の生存率はわずか30%といわれている。これに
対して,GD2抗体を用いた免疫治療では,2年生存率が60%以上であったとの報告であった。米
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国での治験報告であるが,日本でも実施されることが期待される。
その 後,14時30分までは 昼 食と ポ ス タ ーを 見る 時 間,14時30分から15時50分までParallel
Session 5,6と7があり,Parallel Session 5はSignaling,Apoptosis,and Telomeres,6は
Clinical and Biological Risk Factors and MRD,7はNew Ideasと題して研究報告があった。16
時20分から17時40分までは,Parallel Session 8と9があり,Parallel Session 8はGenomics,9は
Experimental Therapies
(RX I)の研究報告がなされた。17時30分から18時30分まではポスター
セッションタイムであった。
6 月21日
(木)
8 時30分から10時15分までPlenary Session 5:From Stem Cell to Spontaneous Regression
があった。座長をDr. David Kaplanが務めたが,彼は,世界で初めていろいろな細胞に幹細胞
があるように癌細胞にも幹細胞があるとCancer Stem Cellを提唱し,実際にそのCancer Stem
Cellsを数百個単離し,提示してみせた研究者である。神経芽腫でも,すでに神経システム全般
のがん幹細胞レベルで研究が進められていることに驚いた。
10時45分から12時00分までは,Plenary Session 6:Experimental Therapies Towards International Collaborationがあった。
その後,13時00分までは昼食,13時00分から14時30分までParallel Session 10と11があり,
Parallel Session 10はPredictive Markers & Clinical Trials,11はExperimental Therapies(RX
Ⅱ)
& Immunorxと題して研究報告があった。
14時30分からClosing Remarksが始まり,ANR2012は無事,終了した。
今回,ライフサイエンス振興財団様にご支援いただきましたことでANR2012に参加し,神経
芽腫に関する最新の知見を学習する機会を得ることができました。また,私達グループの研究に
関しましても,多くのアドバイスやヒントをいただくことができました。深謝し,心より御礼申
し上げます。
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海外派遣/平成24年度
4 European College of Sports Science
国立相模原病院臨床研究センター 政策医療企画研究部 流動研究員
山
口 鉄 生
開 催 地:Bruges
(Belgium)
開催時期:2012年 7 月 4 日~ 7 日
本会議の意義,特色
学会は1995年から始まり,毎年全世界より2000人が参加されている。学会の目的はスポーツに
関する研究
(自然科学,医学,社会科学,人間性)の発展である。スポーツ競技から健康スポーツ
や社会に活かせる分野について幅広い研究成果について討論を行っている。
会議の具体的内容,結果
第17回European College of Sports Scienceは2012年 7 月 4 日より 7 日までベルギーのブルー
ジュ
(Bruges)にて開催された。Brugesは中世の面影をそのまま残した美しい街並で世界遺産
にも指定されている。学会場であるThe Out Sint-Jan congress center は11世紀より病院として
機能し,実際に1978年まで患者の治療が行われ,その後モダンな設備を持った state of the art
congress centerへと生まれ変わった。驚いたことに学会場では本学会と別のホールでピカソ展
が開催されており,何とも言えぬ欧州らしい雰囲気の中で開催された。学会への参加者は60カ国
より計2104名であった。招待シンポジウムは36題,口頭発表は74題,ポスターは118題であった。
正確な数は把握していないが日本人参加者は20~30人くらいであったように思われた。
私の口頭発表は7/5の夕刻より行われた。発表題目は“Distinct and Additive Effects of Sodium
Bicarbonate and Continuous Mild Heat Stress on Fiber Type Shift via Calcineurin/Nuclear
Factor of Activated T Cells Pathway in Human Skeletal Myoblasts”である。私の現在の主な
研究テーマは
“温度変化による筋細胞分化の制御”で,ヒト筋芽細胞を用いて研究を行っており,
これまでにヒト骨格筋の筋線維タイプは持続的な温度上昇(39℃)で培養する遅筋化,逆に温度低
下
(35℃)により速筋化することを明らかにした(Yamaguchi, T, et al. Am J Physiol, 2010)。ま
た39℃によって骨格筋の遅筋化のみならずミトコンドリアが活性化を示す結果を得ている。最近,
熱ストレスとsodium bicarbonateが相乗的にcalcium signalの一つであるcalcineurin/NFATを
活性化してヒト筋線維の遅筋化とミトコンドリアの活性化につながることを明らかにし,今回の
発表へ至った。いくつかの質問があったが,その内容は 1 . 本研究はin vitroの研究であるため,
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in vivoに応用できるかどうか, 2 .日本にはbicarbonateを含む温泉が多いので有効な研究になり
うるのではないか, 3 . sodium bicarbonateを研究に用いたきっかけなどであった。いずれも予
想外の非常に基本的な内容であり,無難に回答することができた。
また 学 会 期 間を通して主に自らの研究と関係する 発 表を 聴 講した。 特に 興 味 深か ったのは
“Muscle fatigue”のPlenary sessionであった。細胞と中枢,各々のレベルでの筋疲労のメカニ
ズムに関する発表があった。Westerblad, H.(Sweden)は筋疲労における細胞レベルでのカル
シウム代謝,刺激に対するカルシウムの反応性,活性酸素による影響等についてわかりやすく発
表していた。また一般演題では,運動による骨格筋でのPGC-1αの反応について高齢群と若年群
を各々トレーニング群と非トレーニング群に分けて比較しており,以外にもこれはヒトを対象と
した初めての研究であった(Cobley, JL. et al. United Kingdom)。さらに骨格筋の筋内温度測定
(ellab社, MKA, Faulkner, S. et al. United Kingdom),骨格筋機能の変化や筋組成を検出できる
新しい装置
(TMG100)
を用いた発表(Djordjevic, S. Slovenia)には今後の有用性から興味を惹か
れた。細胞レベルの基礎研究は本学会では少ない方で,
“cycling economy”のセッションではツー
ルドフランスをモデルとして,スポーツを中心とした経済変化に関する発表があったり,ロンド
ンオリンピック直前の時期と重なったこともあり,“olympism and sports”のセッションではオ
リンピックが世界平和に果たす役割などが発表されていた。その他にもバイオメカニクス,心理
学,栄養学,コーチングなどスポーツに関わる多彩な分野の最新の研究成果が発表されていた。
会場はどこも満員で活発に質疑応答がなされていた。また学会終了の19時に会場をあとに,夕食
を摂った後も屋外は明るく,21時頃になってようやく日が暮れるという環境であった。ベルギー
は歴史背景の影響で,オランダ語,ドイツ語,フランス語の三つの言語が使われているというこ
とであったが,街では英語に次いで,ドイツ語,フランス語を多く耳にした。
冒頭に述べたように歴史を感じるBrugesの街並み,特に学会場周辺は中世的な雰囲気が色濃
く残っており,その中で学術活動ができたことを大変嬉しく感じている。ライフサイエンス振興
財団からは本学会発表の助成を頂き,学会を有意義に過ごすことが出来た。この紙面を借りて多
大なる感謝の念をお伝え致します。
50
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海外派遣/平成24年度
5 3 r d T E R M I S( T i s s u e E n g i n e e r i n g a n d
Regenerative Medicine International Society)
World Congress 2012
慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科 博士研究員
粕
谷 淳 一
開 催 地:オーストリア,ウィーン,Hofburg Congress Center
開催時期:2012年 9 月 5 日~ 9 月 8 日
本会議の意義,特色
北米,欧州,アジアパシフィックの 3 地域で毎年開催される再生医療・組織工学の国際会議が
4 年に 1 度合同で開催する全世界的な国際会議であり,同分野の最先端の優れた成果が多数発表
される。また,学際的分野であるため,医者,工学者,化学者,生物学者,関連企業など多彩な
分野からの参加者が多く参加し,各々の学問領域を超えた活発な意見交換が行われるのが特色で
ある。そのため,同会議での発表および意見交換は,先端研究を進めるためにも大変意義深いも
のである。
会議の具体的内容,結果
本大会は2012年 9 月 5 日~ 8 日の 4 日間にわたりオーストリア・ウィーンの王宮の一角に設け
られたHofburg Congress Centerにて開催された。今回は2,000以上の演題の応募があり,大小
10の会場で同時に 6 つの口頭発表セッションおよびポスター発表セッションが設けられた大規模
なものであった。セッションは,実現技術;細胞療法;細胞足場材料を基盤とした治療法;遺伝
子治療;バイオマテリアルなどのカテゴリーを基礎とし,加えて各々のセッションは骨格筋系,
中枢神経系,心循環系,消化器系,顎顔面組織などすべての組織・臓器を治療・研究対象として
カバーしている。当該分野は学際的分野であるため,医者,工学者,化学者,生物学者,関連企
業など多彩な分野から多くの研究者が参加し,どの会場でも各々の学問領域を超えた熱気に満ち
た活発な意見交換が行われていた。本大会は特に,組織工学と再生医療間のトランスレーショナ
ルリサーチを促進させることを目的に開催され, 組織工学に基づく再生医療の実現化を見据えた
基礎研究や,最先端の臨床研究などに焦点を当てた発表が多く目立った。
報告者はシンポジウム
「Cocultures as Tools for Angiogenesis(和訳:血管新生のためのツー
51
ルとしての 共 培 養 系)
」にて
「Construction of functional ex-vivo liver tissues with pericyteincorporated microvessels using microporous membranes(和訳題:多孔性薄膜を用いたペリサ
イトが組み込まれた微小血管を有する機能的生体外肝組織の構築)」という題目で口頭発表を行っ
た。肝組織工学では再生組織に酸素や栄養を供給する機能的な血管をもった肝組織を生体外で再
生することが大きな課題となっている。
肝臓では,星細胞と呼ばれる細胞が微小血管の周囲を覆っ
ており,この構造は星細胞と肝細胞,血管内皮細胞とで構成される類洞と呼ばれる機能ユニット
を形成するために必須である。報告者はこれまでにポリエチレンテレフタレート(以下,PET)
を材料とした多孔性薄膜を細胞足場材として用いる独自のアプローチによって,肝前駆細胞の一
種である小型肝細胞,星細胞,血管内皮細胞の三者の共培養下で血管構造を再生することに成功
していた。
しかしながら,同薄膜の大きな膜厚
(15-20μm)と低い空隙率(1.3%)は,薄膜を介した細胞間
の相互作用を妨げてしまうため,類洞の再生に必須な星細胞による微小血管の被覆構造の形成が
不可能であった。そこで,報告者はポリ乳酸とポリグリコール酸の共重合体の生分解性ポリマー
であるpoly
(D,L-lactide-co-glycolide)
(以 下,PLGA)から 従 来のPET薄 膜に 比して 薄くて, 空
隙率の高い多孔性薄膜を独自に開発した。この薄膜を用いることで薄膜を介した細胞間相互作
用をより促進し,星細胞による微小血管の被覆構造を有する類洞様構造を再生するのが狙いで
ある。本研究に用いた多孔性薄膜は,従来のPET薄膜に比して薄く(2.4 ± 0.1μm),高い空隙率
(57.3 ± 1.6μm)を有する。この薄膜にマトリゲルをコーティングし,その上で血管内皮細胞を
培養することで微小血管様構造を再生した。
次いで,別途小型肝細胞と星細胞による共培養によっ
て再生させた類肝組織の上に,先の微小血管様構造を薄膜ごと積層させた。すると,類肝組織内
の星細胞は薄膜を介して微小血管様構造に向かって自発的に遊走し,その後微小血管様構造の周
囲を伸長した細胞突起によって被覆した。再生した組織は生体内の類洞と構造的に多くの共通点
を持つことを免疫蛍光染色によって示した。さらに,肝特異的機能であるアルブミンの産生亢進
や,肝細胞分化マーカーの発現上昇などが確認した。以上より,本結果は構造および機能の両者
で類洞に近い組織の生体外での再生に大きく近づく成果である。発表後には,より大きな肝組織
再生への本培養系の適用可能性や,胆管による胆汁排出システムとの融合などに関して,会場
から有意義な質疑が寄せられ,その後の本研究を発展させる上で大いに参考となった。本発表内
容に関連する研究成果は,組織工学・再生医療分野のトップジャーナルであるJournal of Tissue
Engineering and Regenerative Medicineに掲載され,
国内外より大きな反響を得ている
(Kasuya
et al.,“Reconstruction of hepatic stellate cell-incorporated liver capillary structures in small
hepatocyte tri-culture using microporous membranes”
, J Tissue Eng Regen Med [Epub ahead
of print])
。
52
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海外派遣/平成24年度
6 53rd International Conference on the Bioscience
of Lipids
山口大学大学院 医学系研究科応用医工学系専攻 器官制御医科学領域
博士後期課程
宮
成 健 司
開 催 地:カナダ アルバータ州 バンフ市 開催時期:2012年 9 月 4 日~ 9 月 9 日
本会議の意義,特色
今回の国際学会は,それぞれの分野で世界のトップの 3 大主要学会機関が合同で特別開催する
ものであり,世界トップレベルの研究者が集う研究集会である。脂質のバイオサイエンス分野,
リポタンパク質分野,分子生物学分野のそれぞれ世界トップの 3 大主要学会が合同で開催するこ
とは世界で初めての試みであり,世界トップレベルの脂質関連の研究者と議論できるまたとない
機会である。我々の研究内容である血管病は,脂質・コレステロールと深い関係にあり,本研究
集会に参加する意義は極めて大きい。
会議の具体的内容,結果
この度,私が参加し,カナダで開催された53rd International Conference on the Bioscience
of Lipidsという学会は,関連する主要な 3 大学会機関が共同で特別開催するもので,それぞれ
the International Conference on the Bioscience of Lipids(ICBL)は脂質のバイオサイエンス分
野,the Canadian Lipoprotein Conference
(CLC)はリポタンパク質分野,American Society of
Biochemistry and Molecular Biology
(ASBMB)は分子生物学分野で世界のトップを走る 3 大主
要学会である。私がこの 3 大合同開催の学会に参加を希望した理由は三点ある。
一点目は,当研究室で研究している血管攣縮
(血管異常収縮)に関与する分子の性質と私が今回
参加した学会のテーマが一致するという点である。血管異常収縮は,前触れなく突然発症し,突
然死の原因の一因である。そして我々は血管異常収縮の原因分子としてスフィンゴ脂質の一種で
あるスフィンゴシルホスホリルコリン
(SPC)を発見しており,さらに血管異常収縮は血中総コレ
ステロール値に比例して増強するという研究結果も得られている。また当研究室では血管異常収
縮の特効薬として魚油成分でもあるエイコサペンタエン酸(EPA)を見出している。突然死の原
因となる血管異常収縮を引き起こすSPC,そして血管異常収縮を増強するコレステロール,そし
53
て血管異常収縮の唯一の特効薬であるEPA,それらの血管異常収縮に関与する物質はすべて脂
質成分で構成されている。今回の国際学会は,脂質,リポタンパク質,分子生物学と当研究室の
研究内容と大いに関係しているので,世界中の研究者の研究内容にも血管異常収縮を抑制するた
めのヒントがあるかもしれないと考えたことが出席を決めた理由の一点目である。
二点目は,現段階での私の研究は,血管異常収縮を特異的に抑制することができる植物由来の
特効薬成分の同定間近であり,成分同定に向けての手法などに関して,様々な研究者から助言を
頂けるのではないかと考えたからである。さらに特効薬成分を同定した際には,その後のステッ
プである製品化,実用化を迅速に進めるうえでも,世界トップレベルの脂質関連の研究者と共に
幅広い分野において議論を行うことができる絶好のチャンスであると考えたためである。
三点目は,特効薬成分を同定し,さらに同定した成分を用いての動物実験,分子メカニズムの
解明,安全性試験,前臨床試験,などを行い,実用化と製品化を迅速に進めるためには,世界レ
ベルの研究者のみならず,製薬企業や食品企業に,『難病として根本的な治療法がないと諦めら
れている血管病,突然死の予防法と治療法が存在し,特効薬の同定がもう少しで完成しようとし
ている』という事実を知って貰いたいと考えたためである。特許出願は準備中ではあるが,本研
究成果を独占する余り,特効薬の開発,製品化が遅れるのは本望ではない。一日も早く,特効薬
成分を同定し,迅速に製品化することによって,一人でも多くの血管病の患者さんを救うために,
学会発表と論文発表を積極的に行い,特効薬の存在を認知してもらい,世界中の研究者の英知を
絞って,血管病の撲滅を目指したいと考えている。
国際学会に参加し,その結果多くの素晴らしい研究者と議論を交わすことができた。私が出席
した国際学会には,世界各国から多くの研究者が参加しており,開催国であるカナダはもちろん,
アメリカ,ブラジル,イギリス,フランス,ドイツ,中国,などの様々な国々から参加していた。
出席していた多数の研究者の中でも,フランスから来ていたジョーダン・ブランデル氏と親密
になり,学会期間中はお互いの研究について昼夜議論を重ねた。彼の研究は,筋ジストロフィー
の原因分子を探索することであり,目的分子の探索という点において私の研究内容と類似してい
る部分があった。それもあり,彼が私の研究に対して様々なことをアドバイスしてくれた。
初めての国際学会参加ということで緊張もしたが,多くの研究者と出会え,議論をすることが
でき,大変貴重な体験をすることができた。またこの学会を通じて知り合ったジョーダン・ブラ
ンデル氏とは,学会終了後も連絡を取りあっている。今回の学会は, 3 大学会機関が共同で特別
開催したものであり,なかなかこのような機会はないが,もし次回このような学会が開催される
のであれば,ぜひ参加したいと考えている。
この度は,貴財団から国際学会に参加するための助成金を頂き,誠に有難うございました。学
生の身分でありながら,このような機会を与えて頂き,感謝の気持ちでいっぱいです。今後は,
世界中の研究者から頂いたアドバイスを参考に,一刻も早く血管病に対する特効薬成分を同定し,
実用化に向けて頑張りたいと思います。
54
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海外派遣/平成24年度
7 15th International Conference on Retinal
Proteins(第15回レチナールタンパク質国際
会議)
総合研究大学院大学先導科学研究科 JSPS特別研究員
永
田 崇
開 催 地:アスコナ(スイス)
開催時期:2012年 9 月30日~10月 5 日
本会議の意義,特色
上記国際会議はレチナール
(ビタミンA誘導体)を結合して機能を発現するレチナールタンパク
質に関して,その構造,機能および動態の多様な側面についての最先端の研究成果を共有するこ
とを目的とする。当該研究分野に属する国内外の多くの研究者が 2 年に 1 度一堂に会する場であ
り,例年150から200題の演題が発表される。
会議の具体的内容,結果
レチナールタンパク質国際会議は,レチナール(ビタミンA誘導体)を結合して機能を発現する
レチナールタンパク質に関して,構造,機能および動態の多様な側面について最先端の研究成果
を共有することを目的とする国際会議である。二年ぶり,第15回となる今回の会議は,スイスの
アスコナでの開催であった。
今回特に注目を集めたのは,X線結晶構造解析などによる構造生物学的に重要な成果の報告で
ある。一日目のPeter Hoffman教授
(Charité Universitätsmedizin Berlin)の発表では,脊椎動
物の視覚で機能する視物質・ロドプシンについて,結晶構造に基づき,発色団レチナールの遊離・
再結合のメカニズムに関する報告があった。ロドプシンは光を吸収し活性化状態となった後,ト
ランス型のレチナールを遊離しシス型のレチナールと再結合することで元の状態に戻るが,この
トランス型の遊離・シス型との再結合という一連のメカニズムの構造的基盤が初めて明らかにさ
れた。更に濡木理教授
(東京大学)によるチャネルロドプシンの結晶構造の報告も目玉の一つで
あった。チャネルロドプシンは光を吸収すると開く陽イオンチャネルであり,これを生体内の神
経細胞に発現させ,光ファイバーを通じて外部から光照射することにより,生きた個体内で神経
細胞の発火を引き起こすことができる。この手法は光遺伝学と呼ばれ,特定の神経細胞の活動と
55
個体の行動とを結びつけることができることから,近年,ライフサイエンスの分野で最も注目を
集めている画期的な手法の一つである。この手法の鍵となるチャネルロドプシンについては,光
に対する感度や時間分解能の向上などを目的とした変異体の解析などが行われており,今回の会
議でも関係する発表がいくつかあった。
チャネルロドプシンの構造が明らかになったことにより,
光遺伝学の手法の更なる改良につながるようなチャネルロドプシンの変異体の開発が一層加速す
るであろう。
また,光遺伝学の新しいツールとして期待されるタンパク質に関する興味深い発表もあった。
Robert Lucas教授
(Manchester University)による発表では,クラゲが視覚に用いている光受容
タンパク質
(オプシン)を培養細胞に発現させることで,光照射によって細胞内cAMP濃度が上昇
することが報告された。また寺北明久教授
(大阪市立大学)による発表ではヤツメウナギが松果体
で用いている光受容タンパク質
(パラピノプシン)などを用いることで,光照射によって培養細胞
内でcAMP濃度が減少することが報告された。いずれの講演でも質疑応答では非常に活発な議論
がなされ,多くの研究者が興味を持っていることが窺えた。自身の研究でも解析を行ってきた,
動物の視覚などに関わる光受容タンパク質について,このような応用的な研究がこれから一層盛
んになることが予感され,非常に刺激的かつ有意義な講演であった。
また,私の研究内容にも関連したセッションである“Diversity in retinal proteins”では,動物
から微生物にわたって存在する光受容タンパク質ロドプシンの性質や生体内での機能の多様性
に関する発表がなされた。神取秀樹教授
(名古屋工業大学)による発表では海に生息する細菌の新
しい性質を持つロドプシンが報告された。また,寺北明久教授や山下高廣博士(京都大学)の発表
は,視覚以外で機能する動物の光受容タンパク質についての興味深い内容のものであった。山下
高廣博士の発表では,ヒトを含む脊椎動物の脳で発現していることが知られていたOpn5に関し
て,ニワトリOpn5が紫外線に高い感度を持つ光受容タンパク質として機能することが報告され
た。またOpn5は光を受容することによってのみならず,トランス型のレチナールを結合するこ
とでも活性化されることや,
紫外線が到達しにくい脳深部で発現が見られることなども報告され,
Opn5が光受容体としてだけでなく化学受容体としても機能している可能性が示唆された。この
ことは,これまで光受容タンパク質としての機能しか考えられていなかったタンパク質が全く別
の機能も持ちうる可能性を示しており,今後の光受容タンパク質に関する研究に大きな影響を与
えるかも知れない。
ポスター発表は二日間にわたって行われ,夕食後の時間から夜遅くまで,各国の様々な研究者
間の活発な交流が見られた。私自身は,次の内容のポスター発表を行った。
クモの一種であるハエトリグモの主眼とよばれる眼には視細胞が 4 層に積み重なった特殊な構
造をもつ網膜が存在し,それぞれの視細胞層にはレンズの色収差により異なる波長の光が焦点を
結ぶことがわかっていた。私たちはこのような層構造の網膜において,色収差と,光受容タンパ
ク質であるロドプシンの性質がどのように関連しているのかについて興味を持ち,これらの視細
胞層で機能するロドプシンの性質を解析した。その結果の中でも特に興味深いこととして,レン
ズから 2 番目に遠い第 2 層のすべての視細胞は緑色光に高い感度を持っていたが,先行研究に
56
よると,緑色光はレンズからもっとも遠い第 1 層のみに焦点を結ぶため,第 2 層はつねにピンぼ
け像を受け取っていることが示唆された。また,光の波長を変えると色収差の効果により,網膜
の第 2 層に映るピンぼけ像のぼけの度合いが変わると考えられたが,行動実験によりハエトリグ
モの奥行き知覚
(対象までの距離の知覚)
もまた光の波長により影響をうけることが明らかになっ
た。これらのことから,ハエトリグモはピンぼけ像のぼけの大きさにもとづき奥行きを知覚して
いることが強く示唆された。
私のポスターには両日とも複数の海外の研究者が訪れ,有意義な意見交換をすることができた。
また,このような場で私の研究内容について海外に向けて発信できたことは,今後の研究活動に
おいても大変重要な経験となり,非常に有意義な会議であった。このような国際交流の機会を与
えて下さったライフサイエンス振興財団に,心より感謝致します。
▲
▲
海外派遣/平成24年度
8 the 42nd annual meeting of the Society
for Neuroscience
( 第42回 ア メリカ 神 経 科
学学会)
東京大学医学部附属病院・神経内科 特別研究員
(PD)
戸
田 智 久
開 催 地:米国・ニューオリンズ
開催時期:2012年10月13日~10月17日
本会議の意義,特色
今回参加したAnnual meeting of the Society for Neuroscienceは,神経科学分野において最も
権威ある学会であり,参加人数は毎年約3万人と学会として最大規模である。本学会には,最先
端の研究成果の発表と議論を目的として,神経科学に携わるあらゆる分野の研究者が一同に会す
る。
会議の具体的内容,結果
本 会 議に 出 席し,10/13日に ポ ス タ ー 発 表を 行 った。 発 表 課 題 名は「The regulation of the
initiation of sensory map formation in the mouse barrel cortex」。高次脳機能の基盤となる神経
回路の形成メカニズムの理解は神経科学に非常に重要である。精緻な神経回路形成を達成する為
57
には2つの要因,即ち空間的制御と時間的制御が重要である。従来,神経回路形成の空間的制御
メカニズムの理解は進んで来たが,一方で,時間的制御に関しては未だに不明な点が多かった。
本課題では神経回路形成のモデルとして頻用されるマウス大脳一次体性感覚野バレルを用いて神
経回路形成の時間的制御メカニズムを解析した結果,マウスの出生がバレル形成開始のトリガー
になっていることを見出したことを報告した。さらに出生は体性感覚系神経回路のみならず,視
覚系神経回路の形成も制御していることも報告した。神経回路の発達には環境からの刺激が重要
であることが良く知られているが,哺乳類の一生で最も劇的な環境変化であるにも関わらず全
く知られていなかった
「出生」
の,脳発達における生理的な役割を世界にさきがけて報告した。こ
の研究発表は,非常に多くの研究者に興味を持って頂き,発表時間中は常に盛況であった。ま
た,感覚系神経回路形成の研究分野におけるトップサイエンティストであるDr. Patricia Gaspar
(INSERM)
,Dr. Michal Crair(Yale Uni.)からも高い評価を得た。多くの研究者との議論から
今後の課題として
「出生」
シグナルの実体解明の重要性が挙げられた。より具体的には,「出生」は
母体ホルモンの変化や,呼吸の開始等,様々な変化を伴った現象であり,その出生時に変化する
どのシグナルが神経回路形成を制御しているか同定することが今後の研究を進める上で極めて重
要であると考えられる。また,本研究発表は臨床的視点からも意義深いと評価された。人間にお
いては非常に早い出生が,
新生児の自閉症等の脳発達障害の要因として示唆されていることから,
「出生シグナル」
の実体の解明が早産児のケアに重要となる可能性も議論された。これらの議論を
踏まえて,今後は以下の 3 点,即ち①出生シグナルの実体解明,②出生と感覚系神経回路形成を
介在する分子メカニズムの解明,③出生シグナルが果たす多様な役割の探索,に絞って研究を進
めて行きたいと考えている。
発表終了後は,他の研究者の研究発表・講演を聞き,情報収集を行った。成体脳神経細胞新生
の分野で世界をリードしているDr. Hongjun Song(John’s Hopkins Uni.)とは,発生過程にお
ける神経新生メカニズムと成体脳における神経発生メカニズムの共通点・相違点について議論を
交わした。脳は非常に多くの細胞種から構成されており,この多種多様な神経細胞を産生するメ
カニズムの理解は極めて重要である。近年の研究から,この多様な神経細胞種を産み出す神経幹
細胞は,発生期においても成体脳においても単一の細胞集団ではなく,性質の異なる神経幹細胞
が存在していることが示唆されており,多様な神経幹細胞の個々の特徴や,その特徴を決定して
いる分子メカニズムの理解が,多様な神経細胞を産み出す基盤の理解に繋がる点について議論し
た。
また次期アメリカ神経科学学会の議長であるDr. Carol Mason(Columbia Uni.)ともミィー
ティングを行い,今後の研究の方向性・現在の研究論文審査における問題点・初等中等教育にお
ける科学教育の重要性に関して意見を交換した。特に,初等中等教育に関してDr. Masonは高校
への出張授業等を通じて子供達に科学の面白さの普及することに努めておられ,研究者が研究の
醍醐味を生の言葉で伝えることの重要性を説かれた。私の所属研究室でもスーパーサイエンスハ
イスクールの研究室見学を受入れて,研究の実際を高校生に見学してもらって毎年好評を得てお
り,早い時期に生の研究に触れるという実体験が科学への興味を養う上で非常に重要なことを再
58
認識した。
研究発表では,神経回路形成における神経自発活動の重要性において非常にインパクトの大き
な発表がされていた。従来,神経回路形成過程においては遺伝的要因に加えて神経活動が非常に
重要であることが知られている。その神経活動の中でも,初期発達過程においては外界からの刺
激非依存的に生じる神経自発活動の重要性が多くの研究から示唆されている。にも関わらず,神
経自発活動が生体動物の脳内においてどのような空間的パターンを持って広がっているのかは過
去20年来,未解決の問題であった。神経活動の空間的パターンは神経回路の洗練時の非常に重要
な因子であり神経自発活動の神経回路形成における役割を論じる上で必須の因子である。Yale
大学のDr. Crairのグループはこの問題に関して,網膜神経節細胞の神経自発活動の空間的パター
ンをカルシウムイメージング法を用いて世界で初めて明らかにした。面白いことに,網膜神経節
細胞の神経自発活動は空間的に方向性を持って広がること,左右の眼球の自発活動パターンが相
関して生じることが明らかになっており,この研究成果を基に今後,神経自発活動の理解が飛躍
的に進むと考えられる。また,この研究発表を通じて研究を進める時のアイデアの重要性を再認
識した。この研究は,長年未解明であった問題に対して,実験アイデアを練り,従来から存在し
た実験手法を少し工夫することで突破口を見出していた。つまり,必ずしも最新の技術を用いず
とも,研究者のアイデア・工夫次第で重要な問題を解明することができることの好例であったと
思われる。このことを胸に刻んで自身の研究に勤しみたいと考えている。
最後に,学会参加を支援して下さったライフサイエンス振興財団に厚く御礼申し上げたい。
59
●財団の概況 ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ
1 評議員 平成25年 3 月31日現在
岩坪 威 東京大学大学院医学系研究科教授
上原誉志夫 共立女子大学家政学部教授
漆原 秀子 筑波大学大学院生命環境科学研究科教授
大井田 隆 日本大学医学部公衆衛生学教授
太田 隆久 東京大学名誉教授
興 直孝 静岡文化芸術大学理事 前静岡大学学長
菅野 純 国立医薬品食品衛生研究所毒性部長
桑野 信彦 九州大学名誉教授
柴田 武彦 理化学研究所基幹研究所遺伝制御科学特別研究
ユニットユニットリーダー
清水 信義 慶應義塾大学名誉教授
関口 光晴 元東京工業大学副学長
高倉 公朋 東京女子医科大学先端生命医科学研究所顧問
前東京女子医科大学学長
高橋 雅江 日本女子大学理学部教授
永野 博 政策研究大学院大学教授
別所 正美 埼玉医科大学学長
山口ひろみ ジャパンライフ株式会社代表取締役社長
2 理事・監事
理 事 長
石井 敏弘 元科学技術庁長官官房長
常務理事
佐藤 征夫
理 事
板橋 明
埼玉骨疾患研究センター所長
くぼじまクリニック副院長
〃
井原 康夫
同志社大学生命医科学部教授
〃
小川 智也
理化学研究所和光研究所所長
〃
小澤 俊彦
横浜薬科大学教授
〃
堀 佑司
元脳科学・ライフテクノロジー研究所常務理事
〃
松尾 篤
ジャパンライフ株式会社顧問
国際経済研究院日本代表
〃
山口 隆祥
ジャパンライフ株式会社代表取締役会長
監 事
尾尻 哲洋
辻・本郷税理士法人特別顧問
〃
堀越 董
堀越法律事務所所長
60
3 決算の状況
平成23年度
Ⅰ 公益財団法人への移行前
(平成23年4月1日~8月31日)
(1)
収支計算書
(単位:円) 科 目
予算額
決算額
差 額
Ⅰ事業活動収支の部
1事業活動収入
(1)
基本財産運用
(2)
寄付金収入
(3)
雑収入
事業活動収入計
19,750,000
5,498,650
14,251,350
4,000,000
0
4,000,000
200,000
1,657,203
△1,457,203
23,950,000
7,155,853
16,794,147
2事業活動支出
(1)
事業費
25,497,000
5,403,203
20,093,797
(2)
管理費
9,889,000
5,048,067
4,840,933
事業活動支出計
35,386,000
10,451,270
24,934,730
△11,436,000
△3,295,417
△8,140,583
0
0
0
10,000,000
0
101,000,000
(1)
特定資産取得支出
900,000
0
900,000
投資活動支出計
900,000
0
900,000
9,100,000
0
9,100,000
300,000
0
300,000
事業活動収支差額
Ⅱ投資活動収支の部
1投資活動収入
(1)
特定資産取崩収入
投資活動収入計
2投資活動支出
投資活動支出差額
Ⅲ予備費
△2,636,000
△3,295,417
659,417
前期繰越収支差額
当期収支差額
8,011,000
6,344,149
1,666,851
次期繰越収支差額
5,375,000
3,048,732
2,326,268
61
(2)
正味財産増減計算書
(単位:円)
科 目
Ⅰ一般正味財産増減の部
経常収益 経常費用 当期一般正味財産増減額 一般正味財産期首残高 一般正味財産期末残高 Ⅱ指定正味財産増減の部
当期指定正味財産増減額 指定正味財産期末残高 Ⅲ正味財産期末残高 当年度
前年度
増 減
7,155,853
10,469,535
△3,312,682
38,652,150
35,338,468
34,343,946
35,821,670
△1,477,724
40,129,874
38,652,150
△27,188,093
△25,352,135
△1,835,958
△1,477,724
△3,313,682
0
820,000,000
855,338,468
0
820,000,000
858,652,150
0
0
△3,313,682
(3)
貸借対照表(平成23年 8 月31日現在)
(単位:円)
科 目
Ⅰ資産の部
1流動資産
2固定資産
基本財産
特定資産
その他の固定資産
固定資産合計
資産合計
Ⅱ負債の部
1流動負債
2固定負債
負債合計
Ⅲ正味財産の部
負債及び正味財産合計
当年度
前年度
3,082,742
6,813,585
△3,730,843
820,000,000
46,741,000
789,736
867,530,736
870,613,478
820,000,000
46,741,000
808,001
867,549,001
874,362,586
0
0
△18,265
△18,265
△3,749,108
34,010
15,241,000
15,275,010
469,436
15,241,000
15,710,436
△435,426
0
△435,426
870,613,478
874,362,586
△3,749,108
(4)
財産目録(平成23年 8 月31日現在)
(単位:円)
科 目
Ⅰ資産の部
1流動資産
2固定資産
基本財産
特定資産
その他の固定資産
固定資産合計
資産合計
Ⅱ負債の部
1流動負債
2固定負債
負債合計
Ⅲ正味財産合計
増 減
金 額
3,082,742
820,000,000
46,741,000
789,736
867,530,736
870,613,478
34,010
15,241,000
15,275,010
855,338,468
62
Ⅱ 公益財団法人への移行後
(平成23年9月1日~平成24年3月31日)
(1)
貸借対照表(平成24年 3 月31日現在)
科 目
Ⅰ資産の部
1流動資産
2固定資産
基本財産
特定資産
その他の固定資産
固定資産合計
資産合計
Ⅱ負債の部
1流動負債
2固定負債
負債合計
Ⅲ正味財産の部
負債及び正味財産合計
(単位:円)
当年度
前年度
増 減
6,333,037
3,082,742
3,250,295
141,570,000
203,176,000
211,404,902
556,150,902
562,483,939
820,000,000
46,741,000
789,736
867,530,736
870,613,478
△678,430,000
156,435,000
210,615,166
△311,379,834
△308,129,539
1,001,994
17,241,000
18,242,994
34,010
15,241,000
15,275,010
967,984
2,000,000
2,967,984
562,483,939
870,613,478
△308,129,539
(2)
正味財産増減計算書(平成23年 9 月1日より平成24年 3 月31日まで)
(単位:円)
科 目
Ⅰ一般正味財産増減の部
経常収益計 経常費用計
評価損益等計
経常外収益計 経常外費用計
当期一般正味財産増減額 一般正味財産期首残高 一般正味財産期末残高 Ⅱ指定正味財産増減の部
当期指定正味財産増減額 指定正味財産期末残高 Ⅲ正味財産期末残高 当年度
前年度
37,324,858
34,076,348
△155,916,033
520,000,000
0
367,332,477
35,338,468
402,670,945
7,155,853
10,469,535
0
0
0
△3,313,682
38,652,150
35,338,468
30,169,005
23,606,813
△155,916,033
520,000,000
0
370,646,159
△3,313,682
367,332,477
△678,430,000
141,570,000
544,240,945
0
820,000,000
855,338,468
△678,430,000
△678,430,000
△311,097,523
(3)
財産目録(平成24年 3 月31日現在)
(単位:円)
科 目
Ⅰ資産の部
1流動資産
2固定資産
基本財産
特定資産
その他の固定資産
固定資産合計
資産合計
Ⅱ負債の部
1流動負債
2固定負債
負債合計
Ⅲ正味財産合計
増 減
金 額
6,333,037
141,570,000
203,176,000
211,404,902
556,150,902
562,483,939
1,001,994
17,241,000
18,242,994
544,240,945
63
4 評議員会及び理事会
(1) 評議員会
平成24年 6 月22日及び平成25年 3 月 8 日に開催した。
議案は次の通りである。
1)平成24年度第 1 回評議員会
(平成24年 6 月22日)
第1号議案 議長及び議事録署名人の選任
第2号議案 平成23年度事業報告に関する件
第3号議案 平成23年度収支決算に関する件
2)平成24年度第 2 回評議員会
(平成25年 3 月 8 日)
第1号議案 議長及び議事録署名人の選任
第2号議案 基本財産の構成の変更に関する件(報告)
第3号議案 平成24年度変更事業計画及び変更収支予算に関する件(報告)
第4号議案 平成24年度事業実施状況について(報告)
第5号議案 財団設立30周年記念事業に関する件(報告)
第6号議案 平成25年度事業計画及び収支予算に関する件(報告)
第7号議案 平成25年度資金調達及び設備投資の見込みに関する件(報告)
第8号議案 理事・監事の任期満了に伴う選任方法に関する件
(2) 理事会
平成24年 6 月 1 日,平成24年 6 月22日,平成25年 2 月12日及び平成25年 3 月 8 日に開催した。
議案は次の通りである。
1)平成24年度第 1 回理事会
(書面)
(平成24年 6 月 1 日)
第1号議案 平成23年度事業報告に関する件
第2号議案 平成23年度収支決算に関する件
第3号議案 評議員会の招集に関する決議
2)平成24年度第 2 回理事会
(平成24年 6 月22日)
第1号議案 評議員会議決案件の説明
(①平成23年度事業報告に関する件,
②平成23年度収支予算に関する件)
第2号議案 理事長及び常務理事の職務遂行状況の報告
第3号議案 その他
3)平成24年度第 3 回理事会
(書面)
(平成25年 2 月12日)
第1号議案 評議員会の招集に関する決議
4)平成24年度第 4 回理事会
(平成25年 3 月 8 日)
第1号議案 基本財産の構成の変更に関する件
第2号議案 平成24年度変更事業計画及び変更収支予算に関する件
第3号議案 平成24年度事業実施状況について(報告)
第4号議案 財団設立30周年記念事業に関する件(報告)
第5号議案 平成25年度事業計画及び収支予算に関する件
第6号議案 平成25年度資金調達及び設備投資の見込みに関する件
第7号議案 選考委員の選出に関する件
第8号議案 理事長及び常務理事の職務遂行状況報告
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5 事業一覧
●平成24年度
 研究開発の助成
研究代表者
氏 名
研 究 課 題 名
所 属
①脳神経疾患の診断と治療
小野賢二郎 金沢大学附属病院神経内科
フェノール化合物に焦点をあてたレビー小体病の
予防・治療薬の開発
吉 冨 徹
筑波大学大学院数理物質系 レドックスポリマードラッグによる脳神経疾患治療
物質工学域
法の開発
今 居 譲
順天堂大学大学院神経変性 若年性パーキンソン病原因遺伝子産物によるミト
疾患病態治療探索講座
コンドリアの制御機構
②健康科学
(健康な高齢期を迎えるための)
清水 重臣
東京医科歯科大学難治疾患 オートファジー機構を応用したスマート・エイジン
研究所
グ対策法の開発
東京都健康長寿医療セン
健康長寿を実現するために最適な高齢者の日常身
綾部 誠也 ター研究所老化制御研究
体活動の概日リズムの解明
チーム
③一般課題
久 原 篤 甲南大学理工学部生物学科 磁気に対する学習行動と耐性の分子遺伝学的解析
津久井宏行
僧 帽 弁 逆 流 評 価 機 能 付き リ ン グ サ イ ザ ー
東京女子医科大学心臓血管
(EVAluator of MITRAl valve: EVAMITRA)の
外科
研究・開発
若杉 桂輔
東京大学大学院総合文化研
蛋白質工学的手法によるヒト・トリプトファニル
究科広域科学専攻生命環境
tRNA合成酵素の血管新生抑制機構の解明
科学系
深田 俊幸
理化学研究所免疫アレル
新規エーラス・ダンロス症候群の発症機序の解明
ギー科学総合研究センター
-亜鉛イオンが関わる病気の理解と治療を目指し
サイトカイン制御研究グ
て-
ループ
河村 和弘
聖マリアンナ医科大学産婦 多嚢胞性卵巣症候群患者に対するアクチン重合化
人科
剤を用いた卵胞発育誘導による不妊治療法の開発
慶應義塾大学先導研・ゲノ
ヒト脳疾患のモデルとなりうるノックアウトメダ
殿山 泰弘 ム ス ー パ ー パ ワ ー
(GSP)
カの作製と性状解析
センター
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研究代表者
氏 名
研 究 課 題 名
所 属
鈴木 崇之
東京工業大学大学院生命理 脳内の中枢シナプス結合と可塑性をコントロール
工学研究科
する決定因子の解明
吉岡 和晃
金沢大学医薬保健研究域医 血管形成・恒常性維持におけるクラスII型PI3キナー
学系血管分子生理学分野
ゼC2aの生理的役割
井垣 達吏
神戸大学大学院医学研究科 細胞老化に着目したがん微小環境構築原理の遺伝学
遺伝学分野
的解析
 国際交流の援助
平成24年度には, 4 件の国際会議開催の助成を行うとともに,外国での国際会議,シンポジ
ウムへの参加,または,調査・研究に必要な旅費等の援助を 8 件実施した。それぞれ,年度内
に報告書が提出された。
(30頁~57頁参照)
 研究開発助成金の贈呈式の実施
平成24年度に助成する研究開発助成14課題について,研究代表者を招いて,役員及び評議員
の出席のもと助成金の贈呈式を行った。
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編集後記
平成24年度は,年度当初から新公益法人制度の下での諸手続きにより当財団の業務を進めた最
初の年となりました。
当法人は,平成23年 9 月 1 日に公益財団法人に移行しましたので,平成23年度は,途中から新
制度の下での運営を行いましたが,平成24年度は初めから新制度の下での運営諸手続きで,従来
よりも合理的で,簡素化されるのではないかと期待しましたが,実際は,期待に反してかなり事
務量も多く,また,納得しにくい制度面の問題もありました。
新制度の下での法人の運営にあたり最も重視されるのが 6 月の定時評議員会です。同会議開催
のために必要な手続きが 3 月末に終了の前年度の決算を取り纏めたうえでないと進めることがで
きず,従来よりスケジュール的に厳しくなりました。また,評議員会で承認決議を得て 6 月末ま
でに内閣府へ届け出る書類も従来の主務官庁提出のものに比べ格段に多くの作業を必要とするも
のでありました。
さらに,毎年度,
「収支相償」
などの基準を満たすことを求められ,それに対応するための気遣
いや作業は,事務局に大きな負担となったばかりではなく,公益認定等委員会のある委員も個人
的に疑問を表明するほどで,納得のいかないものでした。
一方,公益財団法人移行に伴い,資産運用に工夫の余地ができたお蔭で,平成24年度は,最近
の 2 ~ 3 年度に比し,寄付金収入以外の収入を大幅に増やすことができ,財務基盤の安定を図る
ことができました。
また,平成25年度に財団設立30周年を迎えることから,財団設立30周年記念行事企画委員会が
設けられ,記念行事の企画・検討が始まりました。
本年報により,公益財団法人移行後の定常的活動状況のみならず,設立30周年を迎える当財団
の業務へのご理解を深めていただければ幸いです。
(佐藤)
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ライフサイエンス振興財団年報
編集発行人 佐 藤 征 夫
平成24年度版
発 行 所 公益財団法人 ライフサイエンス振興財団
平成25年 3 月31日発行
 2013 公益財団法人 ライフサイエンス振興財団
〒102-0083 東京都千代田区麹町 2 丁目12番1号
グレンパーク半蔵門702号室
電 話 03(3265)2641
FAX 03(3265)2645
印 刷 所 株式会社 実業公報社
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