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異世界転生−お前との再会からも長いこと長いこと
異世界転生−お前との再会からも長いこと長いこと アニッキーブラッザー タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト http://pdfnovels.net/ 注意事項 このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。 この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範 囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。 ︻小説タイトル︼ 異世界転生−お前との再会からも長いこと長いこと ︻Nコード︼ N4345CX ︻作者名︼ アニッキーブラッザー ︻あらすじ︼ ☆本作は、﹁異世界転生−君との再会まで長いこと長いこと﹂の 続編になります。 ☆上記作品は、アルファポリス社様にて書籍化による関係で、本サ イトより移行しております。 ☆移行先:WEB小説投稿サイト・ハーメルン︵https:// novel.syosetu.org/93443/︶ 1 ☆あらすじ 不良高校生だった朝倉リューマが修学旅行の事故で死に、異世界に 転生して十八年。 ヴェルト・ジーハの名で第二の人生を歩んで、なんやかんやで世界 を征服しちゃったり、色んな種族のお姫様を六人も嫁にもらったり、 家族や友達や戦友や変態たちと毎日を楽しく過ごしていた。 人間も亜人も魔族も、戦争一段落したっぽくて、これからはほのぼ のした平穏な日々を過ごせる⋮⋮⋮⋮なんて、それはありえない話 だ! 世界を巻き込んだ混沌が消えた今、その全てを飲み込むほどの、新 たなるカオスが世界に放たれる。 かつてないほど強大だったり、かつてないほどくだらなかったり、 世界を再び混乱の渦に叩き込む日々が、ヴェルト・ジーハを中心に、 また長いこと長いこと幕を開けることになる。 2 ●世界観∼用語説明︵たまに更新︶ ◇世界観説明 ●世界観 広大な四つの大陸に分かれた世界。大陸はそれぞれ、﹃人類大陸﹄、 ﹃魔族大陸﹄、﹃亜人大陸﹄、そしてかつて神々が住んでいたとさ れる未開発の大陸である、﹃神族大陸﹄に分かれている。 世界は、それぞれの大陸に人類、魔族、亜人と分かれて生活をし、 各々の文明を発達させていった。やがて世界の種族は未だ手の付け られていない広大な神族大陸に目を付け、海を渡ってその領土を手 にしようとした。しかし、同じ野心を抱いた他の種族も神族大陸の 領土確保に乗り出したことにより、世界はやがて領土争いを戦争へ と発展させ、その戦争は何百年と続く異種族同士の長い戦乱の世へ と導いた。 ■人類大陸 百を超える大小無数の国々に分かれ、億を越える人間がそれぞれ暮 らしている。肉体的な強さや魔力の強さは他種族よりも劣るが、技 術と文化の発達により進化を続ける。また、異種族の強さに対抗す るために、人類大陸最大国家である﹃アークライン帝国﹄を中心と し、各国の優秀な人材を結集させた﹃人類大連合軍﹄を神族大陸の 戦争へと投入。さらに、特に優秀な人材である十人の選ばれし人間 には、﹃光の十勇者﹄の称号を与え、力で上回る他種族に対抗する。 ■魔族大陸 かつては多くの国々があるも、魔族大陸内の魔族同士の長い争いに より、多くの国が淘汰され他末、七つの大国と七人の魔王が大陸を 3 収めることとなった。七人の魔王は、﹃七大魔王﹄と呼ばれ、各々 の国単体で他国との争いから神族大陸の争いをこなした。魔族の中 にも、魔人族、鬼魔族、サイクロプス、アンデットなど細かい種類 に分かれており、すべての種族は未だ明らかにされていない。 ■亜人大陸 多くの国、そして無数の部族に分かれており、人口は三種族の中で も最も多いが、最も大陸内も安定していない。亜人の中でも、数多 くの獣人や神族の末裔とまで呼ばれる幻獣人族まで生息している。 無数に存在する亜人の中でも、各種族が認める最強の亜人には﹃四 獅天亜人﹄と呼ばれる称号が与えられ、称号を与えられた四人の亜 人を中心として、大陸内の争いから異種族との争いまで動かす。 ■神族大陸 かつては神々が住んでいたとされ、数多くの伝説はあるものの、現 在は特定の種族は生息しておらず、豊富な自然資源が手つかずのま ま眠っている。数多くの未確認生物や、伝説の希少生物が生息して いるとされているが、三種族の争いと互の牽制故にその大陸の全て が未だ解明されていない。 ■三大未開世界 地上に住む、人類、亜人、魔族、とは別にどれにも属さない未知の 世界とされ、世界でも文献や伝承のみでしか伝えられず、どの種族 の国家も詳細まで掴み切れていない世界。﹃天空世界﹄、﹃地底世 界﹄、﹃深海世界﹄と呼ばれた三つの世界。その所在は何百年以上 も謎とされている。 ◇用語 4 ■三大称号 ﹃光の十勇者﹄、﹃七大魔王﹄、﹃四獅天亜人﹄。世界に轟く三つ の称号。 パラディン その称号を得たものは、種族問わずに世界の歴史に名を刻む英雄と されている。 ■聖王 人類大陸に存在する六人の選ばれし聖騎士と六人の王により祀られ た謎の存在。 ■世界最強の五人 種族問わずに、その武勇伝から、世界最強と噂される五人の戦士 弩級魔王ヴェンバイ、ロックの魔王キシン、武神イーサム、狂獣怪 人ユーバメンシュ、聖母カイレ。 ●人類大陸内国家 ■エルファーシア王国 ヴェルトの生まれ育った国。人類大陸の西方に位置する。 人口や文化レベルは非凡だが、その人材のレベルは大陸内でも有数 であり、人類大連合軍には数多くの英雄候補を毎年送り出している。 また、王族、貴族、平民、農民、階級に関係なく誰もが大らかであ り、平和である。姫が平気で王都の中や農村を行き来したり、農民 の子供とデートしたり、国民全員でそれをニヤニヤしながら応援し ており、国王もそれを許している。 ■アークライン帝国 人類大陸の中央に位置する人類大陸最大国家。その国土、人口、軍 事力、全てが大陸内でも飛び抜けており、エルファーシア王国の十 倍はあるとされている。 5 人類大連合軍発足の地でもあり、軍の主要拠点として常に多くのエ リートが大陸中から集められている。 ■ボルバルディエ王国 かつては、要塞国家と呼ばれたほどの大国であり、独自の技術を用 いた建設及び土地開発の能力は人類どころか他種族にまで知れ渡っ ていた。特に、人類大陸の地下、及び他種族の大陸へと続く地下ト ンネル及び海底トンネルを秘密裏に建設し、世界を手中に収めかけ るも、その力を脅威とした七大魔王国の一つであるヴェスパーダ魔 王国の強襲を受けて滅亡。 ■チェーンマイル王国 いずれ、記載 ■ロルバン帝国 いずれ、記載 ●魔族大陸内国家 ■ヤヴァイ魔王国 ヴァンパイアが統治する、七大魔王国家二強を争う国。世界最強の 五人に数えられる、弩級魔王ヴェンバイを筆頭とし、魔王と遜色な い力を誇る王子や、血族の力は世界の覇権に最も近いとされている が、その国内の情勢については不明。 ■ジーゴク魔王国 鬼魔族が統治する、七大魔王国家二強を争う国。圧倒的な王族と屈 強な鬼たちの軍事力は、国単体で人類大連合軍を遥かに上回る力を 誇っている。しかし、魔王の座にいたロックの魔王キシンは、世界 最強の五人に数えられるも気まぐれゆえに、国家の力がありながら 6 も真剣に神族大陸の覇権争いにはあまり介入していなかったが、自 国の民や国家に危機が及ぶときは、一致団結してその圧倒的な力で 容赦なく敵を殲滅する。 ■マーカイ魔王国 サイクロプスが統治する、七大魔王国家の中でも中堅の国。軍事力 はヤヴァイ魔王国やジーゴク魔王国に劣るものの、魔族大陸内の覇 権争いには強気な姿勢を持ち、そのためならば他種族と組むことも ある。 ■ヴェスパーダ魔王国 魔人族が統治する、七大魔王国家の中堅の国。七大魔王国の中でも 穏健であり、長き戦乱に憂いを感じたことにより、他種族と休戦を 提案するも、人類の罠に嵌り莫大な損失をもたらされた。しかしこ の出来事が逆鱗に触れ、人類との戦争に力を注ぎ、やがてトンネル に脅威を覚えてボルバルディエ王国を攻め滅ぼす。しかし、後に人 類大連合軍の手により軍は壊滅し、滅亡の道を辿った。 ■ヤーミ魔王国 死者を操るネクロマンサーが統治する、アンデットが蔓延る七大魔 王国家の中でも弱小国。砂漠ばかりの不毛な地ゆえに自国を安定さ せることで手一杯であり、他種族との戦争には関心がない。 ■クライ魔王国 いずれ、記載 ■ポポポ魔王国 魔王チロタンが率いる、移動型の国家。特に決まった拠点を持たず に、魔王チロタンが気まぐれに滅ぼした領土を傘下に置き、多種多 様な種族を率いて土地を転々とする。 7 しゅんじろう ●前世のクラス名簿 こばやかわ 小早川 俊二郎﹃妻子持ち。ラグビー部顧問。二つ名:熱血天然記 念物﹄ あさくら 朝倉 リューマ﹃帰宅部。入学後停学最速記録保持。たまにライブ こうき ハウスでバイト。不良。二つ名:ツンデレヤンキー﹄ えぐち 江口 光輝﹃動画研究同好会。レンタルビデオ店でバイト。保健体 まさよし 育学年一位。二つ名:エロコンダクター﹄ かがみ 加賀美 正義﹃バスケ部。校内にファンクラブ有り。校内彼氏にし じゅうろうまる たい男子二位。二つ名:チャラ男気取り﹄ きむら 木村 十郎丸﹃プロレス同好会。パチンコ麻雀賭博で停学回数歴代 りょういち 一位。二つ名:ギャンブルデビル﹄ さめじま 鮫島 遼一﹃空手部。二段。堅物。たまにボクシング部助っ人。二 はるき つ名:スクールファイター﹄ すずはら 鈴原 春樹﹃帰宅部。新聞配達、ファミレスでバイト。クラス男子 まなぶ 貯金一位。二つ名:働く正直者﹄ たどころ 田所 学﹃男子クラス委員長。帰宅部。塾通い。医者の息子。二つ れんと 名:マッシュルーム委員長﹄ ちしま 千島 蓮人﹃サッカー部。年中坊主。校内一長身。二つ名:トーテ 8 しおん ム坊主﹄ どかい 土海 紫苑﹃園芸部幽霊部員。ネガティブぼっち。実は一部にモテ ちはる る。二つ名:勘違い高二病﹄ ななかわ 七河 千春﹃文学部。校内男の娘選手権優勝。非公式校内男が抱き なおや たい男一位。二つ名:シュシュ使い﹄ はしぐち 橋口 直哉﹃帰宅部。アニメオタク。体重0.1トン。二つ名:橋 がいあ 口辞典﹄ ほしかわ 星川 凱亜﹃生徒会長。男子テニス部主将。成績学年二位。校内彼 げんいちろう 氏にしたい男子一位。二つ名:残念王子﹄ みやもと 宮本 弦一郎﹃剣道部。初段。実家が剣道道場。二つ名:草食剣士﹄ むらた 村田 ミルコ﹃元軽音楽部。クロアチア人のハーフ。大学生とバン てんが ド。二つ名:ロックデナシ﹄ やがい 夜飼 天我﹃バスケ部。運動音痴。ナルシスト。クラス女子全員に じょうじ 告白経験あるが、全敗。二つ名:自爆ラブテロリスト﹄ ゆざわ 遊澤 譲二﹃ラグビー部。プロップ。ベンチプレス140kg。二 しょうた つ名:ダンベルマン﹄ りゅうぜんじ 龍善寺 翔太﹃帰宅部。パルクールチーム所属。トレーサー。普通 じんた 二輪免許所持。二つ名:平成忍者﹄ わじま 輪島 仁太﹃野球部。彼女持ち。実家が豆腐屋。二つ名:隠れリア 充﹄ 9 あやせ かゆき 綾瀬 華雪﹃女子クラス委員長、女子テニス部主将。成績学年一位。 ひみこ 校内彼女にしたい女子一位。二つ名:恋の迷走女王﹄ おさじま 筬島 比美子﹃自転車競技部。ロードレーサー。体重35kg。二 みな つ名:無乳ペダル﹄ かみの 神乃 美奈﹃ラクロス部。模型部。漫画研究同好会。成績学年最下 らん 位。二つ名:天然劇場﹄ こみなと 小湊 蘭﹃体操部。中国人のハーフ。段違い平行棒スペシャリスト。 みこと 二つ名:なんちゃって中国﹄ ささきはら 佐々木原 美琴﹃理系学年一位。UFO研究同好会。二つ名:ロマ ゆきこ ンメガネ﹄ しらぬい 不知火 有希子﹃弓道部。実家が神社。保健体育学年二位。二つ名: そのこ 肉食巫女﹄ たかはら らいあ 高原 園子﹃図書委員。ファミレスでバイト。二つ名:真っ当女子 高生﹄ てんじょういん 天条院 來愛﹃水泳・背泳ぎインターハイ優勝。オリンピック代表 えな 候補。不登校多し。二つ名:スケバン人魚﹄ なるかみ 鳴神 恵那﹃園芸部。読者モデル。カラオケ百点経験者。校内彼女 にしたい女子二位。二つ名:ゆるふわブリッコ﹄ 10 ねおん ゆめ 音遠 夢瞳﹃帰宅部。ピアニスト。コンクール入賞常連。二つ名: なでしこ 魔女の指先﹄ びやま 備山 撫子﹃美術部幽霊部員。成績学年ブービー。校内ギャルグル ひびき ープリーダー。二つ名:ピュアビッチ﹄ ふの 布野 響﹃漫画研究会同好会会長。腐女子。二つ名:腐教祖﹄ まなか 真中 つかさ﹃チアリーディング部。クラス内巨乳一位。彼女持ち。 かな 二つ名:女たらし女﹄ もがみ 最上 加奈﹃帰宅部。大食い専門店のジャンボラーメン、ジャンボ オムライス、完食者。二つ名:銀河の胃袋﹄ むかい あゆみ りこ 迎 歩﹃帰宅部。常にパソコン常備。メガネ。ゲーマー。二つ名: 鬼才﹄ やじま 矢島 理子﹃チアリーディング部。クラス内一低身長。彼女持ち。 まほ 二つ名:禁断超越者﹄ よしだ 吉田 麻帆﹃野球部マネージャー。彼氏持ち。豆腐屋でバイト。二 つ名:俺の嫁﹄ 11 ●光の十勇者一覧︵前書き︶ 出身とか、年齢とか、技とか、いずれ更新。 まずは一晩で書いてみた。 12 ●光の十勇者一覧 ﹃光の十勇者﹄*新旧含む ●ロア・アークライン﹃真勇者﹄ ●アルーシャ・アークライン﹃奇跡の氷帝﹄ ●フォルナ・エルファーシア﹃金色の彗星﹄ ●ギャンザ・シャンドール﹃微笑み﹄ ●レヴィラル・ソーディアン﹃暗黒剣士﹄ ●ヒューレ・パッショネル﹃精霊戦士﹄ ●ガジェ・アウロー﹃流星弓﹄ ●ファンレッド・エルファーシア﹃女王大将軍﹄ ●ダウン・タウ﹃魔導老師﹄ ●ディラン・ゲイラル﹃聖獣騎士﹄ *後の十勇者 ●シャウト・リベラル﹃風閃﹄ ●バーツ・クルンテープ﹃炎轟﹄ ●ドレミファ・オルガン﹃異次元剣士﹄ ∼∼以下詳細∼∼ ●ロア・アークライン﹃真勇者﹄ 人類大陸最大国家、アークラインン帝国の王子。 幼きころからあらゆる文武や魔法の才に秀で、また分け隔てない広 い心と優しさから多くの人類に慕われ、人類の希望としてその名を 世界に轟かせる﹃真勇者﹄の異名を持つ。 13 中世的で端麗な顔立ちから、多くの女性に恋心を抱かれているもの の、自分の立場や戦争を理由に多くの敵を殺めたことを気にし、恋 愛には積極的にはなれない。 また、普段は温厚だが、仲間や大切な存在を傷つけられたときは激 昂する感情的な一面もある。 十二歳の頃に、七大魔王のシャークリュウ、四獅天亜人のカイザー を倒したことで、一躍頭角を現した。また、その戦いにおいて、伝 説と呼ばれる﹃紋章眼﹄を覚醒させた。 十七歳の頃、ジーゴク魔王国との戦争で、七大魔王のキシンに惨敗 したショックで打ちひしがれていたところに、偶然、ヴェルトと出 会う。これまで自分の周りにいなかったタイプのヴェルトの性格や 言葉に戸惑うことがあるも、難しいことをゴチャゴチャ考えないそ の姿に肩の力が抜け、もう一度奮起する。 十九歳の頃、人類、魔族、亜人で休戦協定を結ぶ世界同盟を発足。 直後、ラブ・アンド・ピースの手に落ちて囚われることになるも、 ヴェルトたちがラブ・アンド・ピースと戦っているついでに、助け られ、最終決戦の場において、人類代表の一人としてヴェルトの国 の建国を支持。 いろいろあったが、本当はヴェルトと友達になりたいと思っている が、なかなかうまくいかない。だからこそ、妹のアルーシャがヴェ ルトと結婚することに大賛成し、さらには若干のシスコン的なとこ ろもあるため、アルーシャを優遇してくれるようにヴェルトにコッ ソリお願いしている。 14 ●アルーシャ・アークライン﹃奇跡の氷帝﹄ 人類大陸最大国家、アークラインン帝国の姫。王位継承権を持ち、 真勇者と呼ばれた兄を持つ。 自身も光の十勇者に数えられる英雄の一人にして、精鋭部隊・イエ ローイエーガーズを率いてその名を世界に轟かせる。 氷の魔法の扱いに長け、﹃奇跡の氷帝﹄の異名を持つ。 表面上はクールに保っているが、心は熱く、リーダーシップもあり、 世代問わずに人望を集めている。 基本的に天才肌の優等生であり、大陸中のエリートが集められた軍 士官学校でもフォルナたちと同期であり、フォルナと同じ飛び級で あり、歴代最速で卒業している。 また、兄のロア同様に多くの異性から好意を寄せられているが、そ れは全て秒殺で断っている。しかし、恋愛そのものはまったく否定 していないため、恋に一直線なフォルナの生き方に憧れて、応援し ている⋮⋮そんな時代もあった。 十五歳の時にヴェルトと出会い、前世のクラスメートと発覚。前世 では朝倉リューマにほのかな想いを寄せていたが、前世は前世と割 り切り、戦友でもあり、親友でもあるフォルナを応援して、自分は 一歩引いていた⋮⋮そんな時代もあった。 十七歳の時に、脱獄したヴェルトと再会し、聖騎士の真相を知り、 ヴェルトたちの考えに同調し、共に行動するようになる。共に旅す るうちに、他の女たちがヴェルトと関係を築く状況を目の当たりに して、後にぶっ壊れたように開き直り、ドサクサに紛れてヴェルト の嫁の座に自分をぶち込んだ。 15 ●フォルナ・エルファーシア﹃金色の彗星﹄ エルファーシア王国の姫。 幼い頃に城を飛び出して麦畑で迷子になっていた時に、ジーハ一家 に遭遇し、助けられる。その後、身分の差はあれどジーハ家とは家 族ぐるみの付き合いで、ヴェルトに初恋を抱く。 魔法の才も勉学の才も人類の中で飛び抜けており、人類の勇者の一 人、﹃金色の彗星﹄の名を大陸に轟かせている。 王族の誇りや責務、世界の情勢、自身の立場を理解しつつも、基本 的にまず行動はヴェルトへの恋を優先と開き直っており、王国中も それを尊重している。 幼い頃は、状況次第では農家に嫁ぐことも考えていた。しかし、ジ ーハ夫妻が亜人の強盗の手により命を落としたことで、ヴェルトが 安心して暮らせる世界を手にするためにと、戦争に身を投じること を選んだ。 帝国に拠点を移して、何年もヴェルトと会えない日々が続くも、そ の恋心は全く色あせることなく、帝国中や人類大連合軍の中でも自 分の恋物語を吹聴していた。 長き戦乱も終わり、人類大連合軍及び光の十勇者は凍結となり、故 郷に戻る。 ヴェルトヨメーズのリーダーとして、定期的に他の嫁と連絡を取り 合う。 ヴェルトがかつて好きだった神乃美奈が転生した、クロニア・ボル バルディエを最大限警戒している。 ●ファンレッド・エルファーシア﹃女王大将軍﹄ フォルナの母にして、エルファーシア王国の女王であり、人類大連 合軍における最強の実力者。 16 若き頃から、果敢に神族大陸の戦争に身を投じており、その好戦的 でサディスティックな性格や戦い方は多くの異種族を震え上がらせ、 七大魔王や四獅天亜人からも一目置かれている。 かつては戦のみが己の全てと、ただ本能の赴くままに血みどろの戦 争を繰り返してきた。しかしある日、偶然故郷の麦畑でヴェルトの 父であるボナパと出会い、その素朴な人柄に一目ぼれして猛アタッ クしつづけるが、すでにボナパには後にヴェルトの母となるアルナ と将来を誓い合っていたことで失恋。その失恋のショックと、同じ くアルナに失恋して打ちひしがれていた当時のエルファーシア王国 王子であり後の国王の姿にイラついて、無理やり浚って寝室に監禁。 その数ヵ月後に妊娠が発覚し、ファルガが生まれた。 失恋したら本当の女王になっていたというエピソードは、エルファ ーシア王国では有名だが、一応緘口令は出されている。 失恋はしたものの、ボナパとアルナとは家族ぐるみの付き合いを続 けており、二人の子供であるヴェルトが生まれたときは、自分の子 同然のように喜び可愛がった。時同じくして、自分もフォルナを出 産したことで、周囲の意思など関係なく二人を将来結婚させると本 気で決定した。 ファルガが国や王族に縛られることなく自由に生きることには基本 的に尊重しているが、全く甘えず頼ってこない実の息子に寂しさを 感じている反動から、必要以上にヴェルトとフォルナに絡んでいる。 ●ギャンザ・シャンドール﹃微笑みのギャンザ﹄ 人類最大国家、アークライン帝国将軍にして、人類大連合軍、﹃光 の十勇者﹄の称号を持つ。 フォルナ、さらにはロアよりも上の世代で天才と呼ばれ、光の魔法 17 を極めし神聖魔法の使い手。また、剣術においても他を圧倒する技 量を持っている。 帝国の姫であるアルーシャが仕官し、独自の特殊部隊であるイエロ ーイェーガーズを設立したことで、その補佐をするべく副長の座に 着く。 帝国、人類、正義のために身を捧げ、常に微笑みを絶やず、弱きも のに感情移入して体を張って救おうとする性格。ただし、基本的に 人に相談しないであらゆることを自己判断で物事を進め、自分の考 えに疑うことはない。敵だと判断したものには、涙を流しながらも、 どんな非道な行いも容赦なく実行し、それを邪魔するものは味方で も切り捨てる。 その極端な人格は魔族や亜人にも知れ渡っており、捕虜にした異種 族や、投降した兵たちへ行う蹂躙行為は多くのものに恐怖される。 かつて、魔王シャークリュウの妻であるヴェスパーダ魔王国の王女 が休戦と友好を持ちかけるも、自己判断で罠だと決め付けて王女を 捕らえて、命を奪った。それに激昂したヴェスパーダ魔王国と人類 大連合軍が全面戦争を起こすも、シャークリュウはロアに敗れて敗 走。その後、残軍兵の討伐としてシャークリュウに追い討ちをかけ、 それを討ち取った功績を称えられて、十勇者の称号を得る。 アルーシャやロアからの信頼は厚いが、ヴェルトとウラとのわだか まりは戦争が終わってもとけていない。 ●レヴィラル・ソーディアン﹃暗黒剣士﹄ 常に、黒一色の鎧にマント、そして長い黒髪を靡かせた男。剣の腕 18 前だけならば人類大連合軍最強である。 傭兵として数多くの戦場を渡り歩き、過去にファルガとの交流もあ る。基本的に無愛想な性格で他者を寄せ付けない空気を出している が、ある日、ロアと出会い、しつこく勧誘されているうちに、共に 戦いたいという意識が芽生え、神族大陸の戦争に参戦。当初はロア の側近として戦っていたが、数多くの戦果をあげたことで、人類大 連合軍で初めて傭兵から十勇者の称号を得た。 ●ヒューレ・パッショネル﹃精霊戦士﹄ 人類大連合軍のムードメーカーにして元気印。アークライン帝国の 貴族の家系で、ロアやアルーシャとは幼馴染。基本的に誰が相手で もフランクに接するために、男女問わずに友達も多い。普段はビキ ニと短パンという扇情的な格好をしているものの、男勝りな性格と、 また本人は隠しているつもりだがロアにべた惚れしていることは周 知の事実のため、周りからはあまり女として見られていない。 多くの恋愛を敬遠したロアでも、彼女にだけは特別な感情を抱いて おり、現在ロアのそばにいる異性で、もっともロアと近しい存在で ある ●ガジェ・アウロー﹃流星弓﹄ 人類史上最高の弓の使い手として称えられる。元は遊牧民族だった が、その力をアークライン帝国の国王に見込まれて、人類大連合軍 の一人として戦争に明け暮れる。 ファンレッドたちと同じ時代から戦争に身を投じており、若いロア たちの兄貴分的な存在として引っ張る。基本的に大雑把な性格で、 身分が上のロアやアルーシャたちにも気安く接している。 19 ジーゴク魔王国との戦を最後に十勇者を引退し、隠居。その後行方 をくらませるが、後にラブ・アンド・ピースの最高幹部に就任して いたことが発覚。 アルーシャたちがその真意を問いただそうとするも、結局何も語ら ず、最終決戦の後には再び姿をくらませた。 ●ダウン・タウ﹃魔導老師﹄ ジーゴク魔王国との戦で、六鬼大魔将軍のゼツキと戦い、戦死。 ●ディラン・ゲイラル﹃聖獣騎士﹄ ジーゴク魔王国との戦で、六鬼大魔将軍のゼツキと戦い、戦死。 ∼∼後の十勇者∼∼ ●シャウト・リベラル﹃風閃﹄ エルファーシア王国将軍の息子にして、名門貴族の子。 ヴェルトの同級生であり、成績トップ。複数の魔法属性や高度な魔 法技術を扱い、将来を有望視されている。ヴェルトの幼馴染でよく 振り回されている。たまにヴェルトに泣かされるが、同じ歳なのに 少し意地悪な兄貴分の空気をヴェルトから感じて慕っている。 フォルナとヴェルトの仲は幼い頃から目の当たりにしており、二人 は結婚するものだと思ったまま成長してきたので、身分の差や二人 の仲を疑ったことがない。 同期のホークと、皆をまとめて指揮することが多く、二人の仲の進 20 展は同期の中でも気になるものとなっている。 ●バーツ・クルンテープ﹃炎轟﹄ 王都にある酒場の息子で平民。しかし、その才能は同期の中でも群 を抜いており、同期の成績は二位だが、模擬戦などの単純な戦闘能 力であれば同期のトップである。 幼いころから、勇者というものに憧れというよりも、自分たちが世 界を救うんだという思いを抱いており、正義感が非常に強い。それ ゆえ、テキトーなヴェルトとはことあるごとに喧嘩になり、ヴェル トもバーツをからかったりして、一見非常に仲が悪い。しかし、ヴ ェルト曰く﹁正に物語の主人公﹂と、真っ直ぐなバーツには好印象 を抱いている。バーツもまた、自分を振り回すヴェルトを天敵と思 う一方で、その存在感を誰よりも認めており、同期の中で一番ヴェ ルトを評価している。 人類大連合軍における﹃非公式・お嫁さんにしたいランキング﹄で トップのサンヌとは、家庭の格差があるものの幼馴染で、サンヌか らは非常に好意を持たれている。しかし、本人はそのことに全く気 づいていなく、また恋愛に対しても非常に鈍い。そのため、戦争が 終わって故郷で同期で集まる際に、よくヴェルトから﹁お前、あん ま女を振り回すなよな﹂と文句を言われ、すかさず﹁お前が言うな !﹂と口論に発展するのはお約束。 ●ドレミファ・オルガン﹃異次元剣士﹄ アークライン帝国で将来を有望視された若き剣士。その腕前を買わ れ、アルーシャ率いる精鋭部隊に配属され、隊の主力として多くの 功績を挙げる。 明るくフレンドリーに接してくる性格であり、バーツやシャウトを 21 国境を越えた戦友として互いを認め合っている。 実は、アルーシャにほのかな想いを寄せていたが、ヴェルトが現れ たことで色々と人格崩壊してしまったアルーシャに内心ではショッ クを受けたこともあった。 22 外伝1﹁チビヴェルくん﹂ なんやかんやの世界征服。 怒涛の勢いでたどり着いた戦いの果てで、案の定俺の体は疲労 困憊だった。 全てを曝け出し、出し切って、そしてぶつかった。 体は重いが、その達成感は何事にも代え難い充実感があった。 だが、その僅か数日後、その達成感が薄れるほどの、ちょっと した事件が起こった。 それは、あいつが行方不明になる直前だった。 ﹁ヴェルトくん、私を信じてこれを飲んでちょんまげ!﹂ ﹁なにいっ?﹂ 神族大陸での大決戦を終え、傷が癒えたら故郷へ戻ろうと決め ていた俺の元へ、クロニアが変な飴玉のようなものを差し出した。 ここは、神族大陸の最終決戦地。 傷ついた体を癒すために、数日だけこの場に留まろうと、俺は 大勢の仲間たちと体を休めていた。 そして、それは、俺に与えられたこの天幕の中から始まった。 ﹁これは?﹂ ﹁神族が残した遺産の一つ。こいつ一粒あれば、どんな怪我もあら 不思議! 三日間飲まず食わずでもノープロブレムだーッ! な飴 ちゃんです♪﹂ 23 なんだ、その地球の戦士たちが愛用していたアイテムみたいな ものは。 だが、便利なのには変わりねーけど。 ﹁ほんとはさー、貴重だからあんまり使わんどこうと思っとったん でごわすよ∼。でもさ、怪我人多くて、エルジェラ皇女とか回復の 力使える人も大変そうだし、君だって早く国に帰りたいでしょうが 焼き?﹂ ﹁だからくれるって? へえ∼、しかし便利なものがあるんだな。 そこまで来ると、何でもありだな、神族は。まあ、カラクリモンス ターとか、今更どんなビックリアイテムがあっても驚かねえけど﹂ 俺は、特に疑うことも無かった。魔法があって、化け物が居て、 ゴッドジラアだって暴れる世界だ。 こういう回復アイテム的なものは、ちゃんとこの世に⋮⋮⋮ ﹁はぐっ!﹂ と思って普通に飲み込んだけど、どういうことだ! ﹁ッ? えう、ちょ、ごふっ!﹂ ﹁おおっ! 効き目はええええっ!﹂ か、体が、体が熱いッ! ﹁ぐっ、つ、ぐううっ! な、なんだ! 体が、と、溶けるみたい 24 に熱いッ! クロニア、テメエ本当にこれは⋮⋮⋮﹂ ﹁うん、ウッソ♪﹂ ⋮⋮⋮⋮怒ッ! ﹁ゴウラアアアアアア、テメエ、な、何をいきなり、ぐっ、ちょ、 心臓がバクバクいってシャレになんねーし、何だよこれはっ!﹂ まさか、毒? いや、クロニアがそんなもの食わせるとは思わ ないけど、でも、一体、何なんだよ、これは! すると、クロニアは腕組んで、何の悪びれも見せない笑顔で口 を開いた。 ﹁ナニは君だよ∼、ヴェルトくん♪﹂ ﹁君さ∼、昨日∼、綾瀬ちゃんとビーちゃんと夜中にイチャイチャ してたでしょ∼﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮おや? ﹁一昨日の夜は、フォルナ姫とウラ姫∼、そんで∼、今日はこれか ら∼、ここに∼、エルジェラ皇女とユズリハ姫が来るんでしょ∼?﹂ 25 ﹁な、なん、なんで⋮⋮⋮﹂ ﹁むふふふふふ∼、ローテーションの一週間⋮⋮でも、流石に一週 間もここにいないし、一周できないから、時間短縮のためにイチャ イチャタイムは今回に限り二倍速でお送りすることは∼、アルーシ ャちゃんの今朝の鼻歌で全てを語っているんだぜい! 犯人は君な のだ、ヴェルトくん!﹂ 否定できない自分が、なんだか物凄い恥ずかしかった。つうか、 そんなことを前世で惚れてた女に指摘されるとか。 ﹁まあ、君もかなり疲れてるから、あんなに強いお嫁さんに襲い掛 かられたら抵抗できねーってのは分かってるんですが⋮⋮私の天幕 さ∼、この天幕の隣なわけですぜい、旦那さんジェルマン。もうさ、 声がも∼ね、聞こえちゃって寝不足なんですよ﹂ その時、俺は目を疑った。か、体が! て、手足が! ﹁まあ、明日には出発するんだろうけど、私もこうも寝不足続くと ちゃんと寝たいんで、ワリーすけど、ヴェルトくんにはイチャイチ ャ禁止令を命じYO!﹂ 手足が短くなって、俺の体が縮んでいくッ! そんな中で、 26 ﹁ダメよ、コスモス。今日はね、マッマと寝れないの。ね?﹂ ﹁ぶ∼∼∼、やだやだーっ! 昨日も一昨日もパッパと一緒じゃな い! 今日は寝るーっ! なんで、マッマとユズちゃん寝れるのに、 コスモスだけダメなの?﹂ ﹁ダメだ。今日は私が婿とチューする日だから、ダメだ!﹂ ﹁ユズちゃんイジワル! やだやだやだーっ! やーったら、やー なの! コスモスも一緒に寝るーッ!﹂ この天幕に近づいてくる三人の声。 しかもコスモスまで居る! おいっ! ﹁んじゃ、バイバイキンキング∼! 明日には自然に戻るからネー デルラント∼﹂ その気配と声を察したクロニアがニタリと笑って天幕から飛び 出していった。 って、おい! 俺をこのまま置いて行くんじゃねえっ! ﹁パッパーッ! コスモスも一緒だよー!﹂ ﹁もう、ヴェルト様、申し訳ありません。この子ったら、言う事を 聞かなくて⋮⋮﹂ 27 ﹁婿∼、抱っこしてもらうぞ⋮⋮⋮ん?﹂ そして、目が合った。 ダボダボの服の中で、完全に体が縮んでしまった俺と、三人の 目が合い、そして⋮⋮⋮ ﹁え、ええええっ!﹂ ﹁あ、あーーーっ! パッパだーッ! パッパだよ! ちっちゃい パッパになっちゃった!﹂ ﹁⋮⋮えっ? あれ、婿? え、何で? 婿じゃないだろ? 子供 だ!﹂ そしてその悲鳴に連れられて、何事かと大勢の奴らがこの天幕 に集結してしまった。 ﹁ちょっと、何を騒いでいますの! 一体何が⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ! 嘘⋮⋮⋮⋮幸福に満ちていた頃の、ヴェルトとの日々⋮⋮⋮⋮あの 時のヴェルトが、どうしてここにっ!﹂ 俺を凝視して、何故か涙を流す、フォルナ。 28 ﹁ヴェルトに何が⋮⋮⋮⋮⋮⋮ほわああああああああああああああ あああああああああああっ!﹂ 天井が血に染まるほど鼻血吹き出すウラ。 ﹁エルジェラ皇女! コスモスちゃんを連れてくるなんて、何を考 えて⋮⋮⋮⋮⋮⋮これは大変ね! 私がこの男の子の面倒を見るわ ! えっ? なに? お風呂入りたいのね? 仕方ないわねお姉さ んがあなたと一緒にお風呂入ってあげるわ。えっ? 一人じゃ寝れ ないの? そう甘えん坊ね、君は。仕方ないわね、今日はおねえち ゃんが君を食べ、ううん、一緒に寝てあげるから、逃がさないから、 逃げないでね? 一緒にいてあげる、ずっとね﹂ ハアハアしながら、気づけば俺を脇に抱えて走り出すアルーシ ャ。っておいっ! ﹁おっほ! マヂ? なんなんこれ! すっげー、ちっこくなって んじゃん!﹂ ただただ、爆笑しているアルテア。 くそ、マヂでどうなってんだよ。 ﹁お待ちなさい、アルーシャ! ワタクシのヴェルトを連れてどこ に行くつもりですの!﹂ 29 ﹁はっ! わ、私としたことが、つい、食べてしまいそうに⋮⋮⋮ って、ま、待ちなさい、フォルナ。彼を連れて行こうとしたのは謝 るけど、ヴェルトくんは今では私のヴェルトくんでもあるのよ?﹂ ﹁待て、フォルナ! アルーシャ姫! ここ、この、この幼少期の ヴェルトはだな∼、父上を失い、一人となった私を救ってくれた時 のヴェルトと同じぐらいの⋮⋮⋮つまり、私だけのヴェルトの時期 なんだーっ!﹂ ﹁これが、ヴェルト様の幼少期⋮⋮⋮⋮⋮⋮ああ、私としたことが、 このまま連れ去ってしまいたいです﹂ ﹁へ∼、でも、ヴェルトって、ガキの頃も生意気そうなツラしてん のな♪﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮婿食べたい⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ って、食うんじゃねえ! ﹁えええい! お前ら、そんなくだらねえこと話してねえで、もっ と俺の心配しろよ! 旦那が小さくなったんだぞ!﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁こ、声も高くて可愛いッ!﹂﹂﹂﹂﹂ ﹁真剣に悩め! クロニアだよ! クロニア! クロニアのアホ女 の持ってきた薬の所為でこんなことになったんだよ! どうにかし ろっ!﹂ 30 ﹁﹁﹁﹁﹁クロニア姫⋮⋮⋮⋮敵ながら、天晴、︵ですわ︶︵だ︶ ︵よ︶︵です︶︵じゃん︶︵だぞ︶!﹂﹂﹂﹂﹂ いやいやいやいや、なんでお前ら﹁クロニアに敬礼﹂みたいな 感じで六人揃って整列してんだよ。 しかし、俺も本当にどうなっちまったんだよ⋮⋮⋮⋮ ﹁わ∼∼∼、パッパ∼!﹂ ﹁ん? うおっ、コスモスがでっかく⋮⋮⋮⋮って、俺が小さくな ったのか﹂ ビックリした∼、擦り寄ってきたコスモスが普通にいつもと違 うサイズだった。 いつもなら、片手でヒョイと持ち上げられるぐらいなのに、今 じゃ隣に並んでも仲の良い兄妹ぐらいに見える。 ﹁んふふふ∼、チビパッパ∼かわい∼﹂ ﹁うう∼、こ、コスモス、一旦離れよう﹂ ﹁ん∼、すりすりすりすり﹂ コスモスは嬉しそうに俺に頬ずり頬ずり。父親の威厳がまるで 出ねえ。 すると、そんな俺とコスモスのやりとりに、エルジェラがもう、 物凄い目を輝かせている。乙女のようにキュンキュンしまくってる 顔だ。 ﹁チビヴェルト様⋮⋮⋮⋮チビヴェル様⋮⋮⋮⋮チビヴェルくん⋮ 31 ⋮⋮⋮私のチビヴェル! 私の坊や!﹂ そして、感極まったように俺を力いっぱい包容⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮って、でけええええええっ! 俺の顔よりエルジェラの胸がデケ えッ! こんなにデカいもんを俺は今まで好き放題していたのか! ﹁ふふ、私とヴェルト様の間に息子が生まれたら⋮⋮⋮⋮ふふ、さ あ、マッマのおっぱいの時間ですよ∼﹂ あっ、目がもう完全にイッてるわ。 あの、エルジェラが興奮のあまり精神が⋮⋮⋮⋮なんかショッ クだ。 ﹁お待ちなさい、エルジェラ皇女!﹂ ﹁フォルナ姫! 私の坊やを乱暴に取り上げないでください!﹂ ﹁何が坊やですの! 苦しむ息子の頭を押さえつけて、自分の気持 ちばかりを押し付ける母親がどこにいますの!﹂ ﹁はうっ! わ⋮⋮⋮⋮私は⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁とにかく! いま先決すべきことは一つですわ!﹂ おおっ! フォルナの一言に、エルジェラも自分の痴態に気づ いてガックリとショックを受けている。 フォルナのやつ、今回の戦争で色々と精神的にも成長してるな 32 ? いいことだ。 そして、言ってやれ! いま、何をすべきかを⋮⋮⋮⋮ ﹁そう、いま先決すべきは、この子の将来を考え、どのように育て るかですわ!﹂ ﹁そうだ! 俺がどんな大人に⋮⋮⋮⋮って、なんねーよっ! テ メェ、あの流れからどうしてそんなギャグをぶっこむんだよ!﹂ わかってたよ! どーせ、んなこったろーとよ! ﹁確かにフォルナの言うとおりね。流石に、チビヴェルとはいえ、 口の利き方が下品ね。今のうちにしっかりと躾をしなければいけな いわね﹂ ﹁って、アルーシャ! テメエまで真顔でギャグに乗ってんじゃね えよ!﹂ ﹁口の利き方だけじゃダメだぞ。このぐらいの時から、もう少し女 の子に優しくできるように、しっかりと指導しないとな。精神鍛錬 なら私に任せろ。カラーテの稽古で精神を鍛える﹂ ﹁よーし、ウラ! まずはテメェのブッ壊れた精神をどうにかしろ !﹂ ﹁でも、こんな小さい頃からあまり厳しくしては可愛そうです。し ばらくはお風呂に一緒に入ったり、添い寝をしたり⋮⋮⋮⋮ふふ、 33 チビヴェルとコスモスの三人で⋮⋮⋮⋮はう∼∼﹂ ﹁エルジェラ⋮⋮⋮⋮テメェもとうとう壊れたか⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁ギャハハハハ。でも∼、風呂はやめといたほうがいいんでね? こんな小さい頃から、エロヴェルになっちゃうしよ∼﹂ ﹁アルテア、テメエは他の連中と違って、普通に楽しんでるだけだ ろ? 目が、超笑ってるしよ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮持って帰る⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁って、ユズリハ、おま、竜化して何を⋮⋮⋮⋮っておい!﹂ と、ツッコミまくった最後の最後に、竜化したユズリハが俺を 口に加えてそのまま大空へと飛び立とうとしてやがる。 ﹁って、お待ちなさい、ユズリハ姫! ワタクシの子供を連れて行 ってはダメですわ!﹂ ﹁私の息子を返せ!﹂ ﹁母親を怒らせるとどうなるか、分かっているのかしら、ユズリハ 姫!﹂ ﹁いやあああっ! 私の坊やが! 私の坊やがッ!﹂ ﹁いや、エルッち普通に発狂すんのやめるし、マジどこまで本気な 34 ん?﹂ 今日一日、イチャイチャ禁止令を発令して、女とイチャイチャ できない体になって体を休めるようにと俺に告げたクロニア。 そんな気遣いの出来る天然お姫様に言ってやる! 身も心も休めなかった! と。 だが、そのセリフを言う前に、俺が今飛び出した天幕の入口の ところで、プラカードのようなものを持ってこっちを見上げてるク ロニアが、俺に向かって呟いた。 ﹁いや∼、ドッキリ大成功∼ってやろうと思ったけど⋮⋮⋮⋮いや ∼、メンゴメンゴ、ヴェルトくん。お姫様たち、なんかみんなマヂ になっちゃったね♪ 許してちょんまげ♪﹂ あのやろう! 元に戻ったらぶん殴るッ! 35 外伝2﹁作ります﹂ それは、最終決戦から数か月後のことだった。 俺は故郷のエルファーシア王国に戻り、ラーメン屋で働くという ガキの頃の生活に戻っていた。 正直、国造りだ、法作りだ、各国各種族との調整だ、あとは結婚 とか、そういう対応に追われると思っていたのに、何だか俺はそう いうのから遠ざけられた。 それこそ国造りとかは、キシンとかカー君が主導になって土台作り をして、結婚関連についてなんて、フォルナたちヨメーズが全てを 取り仕切っていて、情報が俺まで降りてこない。 当事者なのに何故か蚊帳の外という状況ではあるのだが、まあ、 俺はとりあえず﹁その時﹂が来るまでは日常を過ごすことにした。 ﹁餃子の大量発注?﹂ ﹁ああ。明日、宮殿で立食パーティーがあるようでな。まあ、その パーティーの料理の一つとして⋮⋮﹂ ﹁王族の立食パーティーで餃子って⋮⋮ほんと、そういうのどうか と思うんで﹂ ﹁だよな。でも、どうしても食いたいんだってよ﹂ 俺は、昼休みの時間は最近こうやってダベッていることが多い。 ﹁はーい、ヴェルト君、特製トロピカルミックス・スペシャルです ∼﹂ ﹁おう、サンキュ、奥さん﹂ ﹁も∼う、ヴェルト君ったら、ラブラブ新婚理想の夫婦だなんて本 当のこと言われると照れますよ∼﹂ 36 ﹁いや、言ってねえし﹂ 王都の中心の噴水広場の前に最近できた、移動式のカフェを兼ね た、ミックスジュース屋。 俺はカウンター席でいつもこうやって、ニートとフィアリと世間 話をするのが日課になっていた。 まあ、いつもじゃねえけどな。たまに嫁に誘拐されてホニャララ とかあるけど⋮⋮。 とはいえ、今じゃすっかり商売繁盛して王都で名物のジュース屋 の主となったニートとは、色々と親近感があった。 客商売がどうとか、嫁がキレたら怖いとかも。まあ、こいつは﹁お 前と一緒にしてほしくないんで﹂って言うだろうけど。 ﹁つか、パーティーお前は出ないの? お前の嫁さんのフォルナ姫 出るだろうから、お前も出た方が自然だと思うんで﹂ ﹁はあ? 出ねーよ、メンドクせー。つか、明日は俺の店は休業で、 先生とバスティスタとカミさんが孤児院にラーメン出張サービスで 出かけるから、餃子は俺とウラの二人で作んなきゃいけねーから、 暇じゃねーんだよ﹂ ﹁ああ、小早川先生そういうのもしてるんだ。まあ、あの人らしい といえばらしいんで﹂ そう、俺は今、少し面倒な気分になっていた。 今言ったように、パーティー用に餃子を大量注文受けているから、 明日は一日かけて準備をしておかなくちゃならねえ。 しかもパーティー用だから、百とか二百とか、そんなレベルじゃ ねえ。もっとだ。それをウラと二人でやるんだから、面倒だ。 ﹁ヴェルト君とウラちゃんだけじゃなくて、他のお嫁さんにも手伝 ってもらったらいいんじゃないですか∼? エルジェラさんとか、 37 フォルナちゃんとか﹂ と、その時、ニートの肩の上を指定席として座りながら俺に話し かけてくる小さい生物。つか、妖精。 フィアリが訪ねてきた。 ﹁いやいや、あれでエルジェラって実はあんま料理は得意じゃねー んだよ。天空世界に居た時は料理とかやったことないらしくてなー。 ま、姫には必須スキルじゃねえからな﹂ ﹁えっ、そうなんですか? 一児の母ですし、完璧超人だと思って いたのに!﹂ そう、それには俺も驚いた。 嫁たちの中で﹁嫁﹂としてのレベルが一番高いと思われたエルジ ェラだったが、料理そのものはあまり得意ではなかった。 コスモスからも﹁マッマはへたっぴ﹂って言われてショック受けて たぐらいだからな。 ﹁んで、フォルナも幼いころから俺の家に出入りして、死んだおふ くろと一緒に料理してたこともあるから、まあ、下手ではないけど ⋮⋮やっぱ、ウラのレベルには達してねえな﹂ そう。一応、大変な作業とはいえ、手を抜くわけにもいかない。 経験値の足りない二人に教えながら作るよりは、十歳の頃から何年 も一緒にラーメン屋で働いている俺とウラ二人でやった方が効率い い。 だから⋮⋮ ﹁とにかくだ! 明日は家の中に籠って、ウラと二人で作って作っ 38 て作りまくるぜ!﹂ ﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!﹂﹂﹂ と、俺が宣言したその時だった。 ﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!、え、えええええっ!﹂﹂﹂ と、驚く声がしたので振り返ると、そこには口開けたまま顔を真 っ赤にしている三人の嫁が立っていた。 ﹁あれ? お前ら来たのか?﹂ そこに居たのは、フォルナ、ウラ、エルジェラの三人だ。 ﹁そ、その、い、今、お、お城で定期報告会を終えて、その、ヴぇ、 ヴェルトの姿を見かけましたので声をかけようと⋮⋮その⋮⋮﹂ ﹁ヴぇ、ヴェルト、そ、その、お、お前、い、今、⋮⋮つ、作って 作って作りまくると⋮⋮﹂ ﹁ヴェルト様⋮⋮ど、どういうことですか? なぜ、ウラさんと二 人だけで作られるのですか?﹂ ⋮⋮⋮⋮は? なんか、三人が、﹁ありえない﹂って顔で金魚のように口をパク パクさせてるんだけど、どういうことだ? ﹁ヴぇ、ヴェルト、その、なんだ? その⋮⋮つつ、作りまくるの 39 か? 私と作りまくるのか?﹂ ﹁ん? ああ、話聞いてたのか? まあな﹂ ﹁いいい、い、一日中か?﹂ ﹁あ∼、まあ、疲れるだろうから、そこは休み休みにな﹂ ﹁な、なあああ! どどど、どうしたんだ、ヴェルト! お、お前、 い、いつもそんなにや、ヤル気満々ではないだろう!﹂ えっ、どういうことだよ。俺がやる気だすのが相当変か? ウラだけじゃねえ。フォルナもなんか怒ったような顔してるし、 エルジェラは﹁む∼﹂と子供っぽく頬を膨らませてる。いや、なん でだ? ﹁おいおい、やる気満々で悪いか? っていうか、そりゃやらない わけにはいかねーだろ? 出来なかったら問題だし、いっぱい作っ てくれって頼まれてるし﹂ ﹁で、デキなかっ⋮⋮ば、バカを言うな! で、デキるに決まって ⋮⋮で、でも、い、いっぱいか⋮⋮い、いっぱい⋮⋮そ、そうか⋮ ⋮ヴェルトがそこまで考えて⋮⋮﹂ いや、なんなんだ? ウラはどんどん顔を真っ赤にさせながらも、 すごい嬉しそうにニヤけながらくねくねしている。 ﹁んもう、ヴェルトってば、昼間っから仕方のない奴だな! で、 でも、お前がそこまでヤル気になってくれて嬉しいというか、も、 もう、そんな一日中とかいっぱい作るとか⋮⋮もう、私だって望む ところなんだからな!﹂ ⋮⋮ウラって、餃子を作るのがそんなに好きだったか? すると、むくれ顔のフォルナとエルジェラが口を挟んできた。 40 ﹁⋮⋮その⋮⋮ヴェルトが、わ、ワタクシではなく、う、ウラと⋮ ⋮﹂ ﹁ヴェルト様、わ、私では⋮⋮私ではもうヴェルト様に相応しくな いと? 不足だと⋮⋮そ、そういうことでしょうか⋮⋮﹂ フォルナとエルジェラのショック顔。 ああ、こいつ、﹁エルジェラは料理下手﹂﹁フォルナは下手ではな いがウラほどではない﹂を聞いて、ムッとしてるんだな。 ﹁だってそうだろ? ウラなら慣れてるし、俺との息もピッタリだ し⋮⋮﹂ ﹁ッ! わ、ワタクシだって、もうヴェルトとは一心同体! ヴェ ルトの望むこと全てをちゃんと理解していますわ!﹂ ﹁はううっ! わ、私とは⋮⋮い、息もピッタリ⋮⋮ううう、あ、 改めて言われると嬉し恥ずかしい⋮⋮﹂ ﹁私だって、ヴェルト様の望むことは何でも! た、確かに私の技 術はまだまだ至らぬことは多いかと思いますが、それはヴェルト様 への想いで補います!﹂ えっ、なにこいつら? フォルナもエルジェラも、そんなに餃子 作りを協力したいのか? ﹁じゃあ、フォルナ、エルジェラ⋮⋮お前らも作りたいのか?﹂ 俺のその問いかけに、フォルナとエルジェラは瞳を鋭くした。 ﹁当たり前ですわ、ヴェルト! ワタクシが作らず、誰が作ると言 うんですの!﹂ ﹁ヴェルト様! この身も心も全てがヴェルト様の所有物! しか し、ヴェルト様と共同作業を行いたいという自分の気持ちに、私は 41 ウソをつけません!﹂ お、おお、そうか⋮⋮なんか、物凄い決意を秘めた表情で詰め寄 られ、思わず頷いてしまった。 ﹁そっか。じゃ、じゃあ、明日は三人で⋮⋮作るってことでいいか ?﹂ ﹁んもう、ヴェルトってば。三人でだなんて⋮⋮まあ、本来であれ ば一対一でを望むところですが、せっかくヴェルトが作りまくると やる気を出されている以上、贅沢は言えませんわね﹂ ﹁えへ、えへへへ、いっぱい作るのか⋮⋮あう∼、もうウズウズし てきた、私、明日には幸せすぎて壊れてしまうかもしれんぞ﹂ ﹁うふふふふふ、ヴェルト様がこんなにやる気に⋮⋮では、明日は コスモスはムサシさんにお任せして⋮⋮私、ヴェルト様と最高記録 に挑戦します!﹂ 俺のその提案に三人は、トロンとした顔で俺にしなだれかかった。 驚いたな。こいつら、こんな幸せそうな顔をするほど、餃子作り が好きだったとはな。 まあ、確かに昔、ハナビも交えて餃子パーティーしたときは、結 構楽しかったけどな。 ﹁じゃあ、明日はちゃんとやれよな。あと、汚れてもいいエプロン も用意しとけよな?﹂ ﹁﹁﹁もちろ⋮⋮⋮⋮えっ? エプロン?﹂﹂﹂ ﹁ああ、白いのがいっぱい飛ぶしな﹂ アレ? 俺、変なこと言ったか? だって、エプロンって、当た り前だろ。料理するんだから。 粉を使って皮から作るんだから、小麦粉が⋮⋮。 42 しかし三人は急に作戦会議をしているかのように、俺には聞こえ ないように小声で話し出した。 ﹁⋮⋮ど、どういうことですの? し、白いのがいっぱい⋮⋮ヴェ ルトは、そういうのがしたいんですの?﹂ ﹁いや、待て。そもそも何でエプロンに飛ぶ? 外に飛ばしたらま ずいだろ。勿体無い﹂ ﹁でもエプロンを⋮⋮というのはアレではないでしょうか? ほら、 アルテアさんが新婚さんゴッコするのなら、やってみたらと提案さ れた⋮⋮﹂ ﹁ええ、それは分かりますわ。は、はだ⋮⋮か、前掛けですわね⋮ ⋮ヴェルトったら、それがしたいと?﹂ ﹁う∼む、ヴェルトめ、ついに衣装まで指示するとは⋮⋮本当にヤ ル気満々だな。しかし、白いものは外ではなく中に⋮⋮﹂ ﹁でも、数回だけでしたらヴェルト様のお望みを叶えてさしあげた ほうがよろしのでは? 幸い、明日は⋮⋮一日中と仰ってくださっ ていますし﹂ 何の会議をしているのか、ボソボソすぎて聞こえない。 しかし、ようやく考えがまとまったのか、三人は顔を上げて。 ﹁分かりましたわ、ヴェルト!﹂ ﹁お前の望みは叶えてやろう! ただし、ちゃんと作ってもらうか らな!﹂ ﹁ヴェルト様の御心のままに。明日は、身体を清めてお待ちしてお ります﹂ そう言って、三人は頷いて﹁さあ、準備に取り掛かるか﹂とばか りに早足でその場を去っていった。 後に残された俺は、三人と何だか会話がかみ合ったのかかみ合っ 43 ていないのか分からず、しばらく動けずに居た。 ﹁おい、ニート、フィアリ⋮⋮なんかあいつら変じゃなかったか?﹂ 思わずそう尋ねた。 すると振り向いたそこには⋮⋮ ﹁ぶっ、くくくく、ヴェルトくん⋮⋮やばいですまずいです作りま くりです⋮⋮ぷっ、だめ、わ、笑いが⋮⋮﹂ 何故か笑い必死に堪えようとしているフィアリ。 そして⋮⋮ ﹁ヴェルト⋮⋮このまま黙って明日を迎えたらいいんで。まず絶対 に⋮⋮⋮⋮明日はとてつもないミラクルが起こるはずなんで﹂ 何故か断言したようなニートの予言に、俺は首を傾げるだけだっ た。 44 外伝2﹁作ります﹂︵後書き︶ 私は何をやってんだ・・・・・ 45 前日談 クズみたいな不良高校生だった俺が、クラスメートたちと修学旅 行の事故で死に、このファンタジーな異世界に転生し、ヴェルト・ ジーハとして第二の人生を歩んで十八年。 人類、魔族、亜人の何千年にも及ぶ戦に、なんやかんやで終止符 を打った俺は、とりあえず今は故郷のエルファーシア王国に戻って いた。 半年前の、世界中を混沌とさせた日々が今では嘘のような穏やか な日々、俺は三歳になる愛娘と遊んでいた。 ﹁次! 次はコスモスがパッパ見つけるからね! 三十数える間に、 パッパ隠れてね。い∼ち、に∼、さ∼ん﹂ ここは、エルファーシア王国王都に位置する宮殿。 城の衛兵、騎士団、大臣、メイド、王族関係者に至るまで城の中 でうろついているのに、まるで我が家のように利用して遊んでいる 俺と、コスモス。 まあ、実際我が家みたいなものだ。 農民の息子だった俺も、幼い頃からこの国のお姫様に求婚され続 けて、今じゃ家族ぐるみの付き合いで、この城の中も俺にとっちゃ 知り尽くしたもの。 そんな城の中で、娘と遊んでいるのは、﹃コスモスの母親﹄の用 事が済むまで面倒を見てくれと任されたからだ。 ﹁も∼い∼か∼い?﹂ 46 ﹁おう、まーだーだー!﹂ ﹁わたしも、まーだだよーです、コスモス様!﹂ ﹁まーだーです!﹂ だから、コスモスの母親であり、俺の嫁の用事が済むまでは、城 のメイドを巻き込んだ、かくれんぼ大会。 忙しいだろうに、メイドたちは、コスモスが可愛くて仕方ないの か、快く遊びに参加してくれた。 ﹁さーて、さて、んじゃあ、俺もこの部屋あたりにでも隠れるか﹂ 迷路のように広い城の中、数ある彫刻や絵画、大理石の床を通り 抜け、俺はテキトーに使われていなさそうな部屋に入った。 そこには、十人程度が腰かけられるほどの円卓があり、円卓の中 央には、何故か巨大な水晶が三つも置かれていた。 おそらく、魔水晶。これを使って、遠い地に居る者の姿を映し出 し、遠距離で会議するための部屋だ。 まあ、今は使われて無さそうだし、ここでいいか。丁度クローゼ ットもあるし、あの中にでも隠れてるか。 ﹁さーて、見つけられるかな? コスモス﹂ 童心に戻った気分で、俺はクローゼットの中に隠れて、コスモス 47 が探しに来るのを待っていた。 すると、部屋の外から気配がした。 コスモスか? ﹁エルジェラ皇女。ヴェルトとコスモスは大丈夫ですわね?﹂ ﹁ええ、お城の方々も一緒に遊んでくださっているようです﹂ ﹁ふむ、そうか。なら、さっさと始めよう。あの三人も待っている ことだろうしな﹂ コスモスじゃなかった。 というより、部屋の外から感じた気配、聞こえた声、そして今、 部屋の扉を開けて中に入ってきた女。それは三人。 その三人は何者か? 三人とも、俺の﹃嫁﹄だった。 ﹁さあ、クリスタルを起動しますわ﹂ ですわ口調の金髪ロール、お嬢様カットの女。薄いブルーのドレ スに、見事な装飾の施された王冠と、赤いマントを羽織って現れた のは、俺の幼馴染にして嫁であり、このエルファーシア王国のお姫 様でもある、フォルナ・エルファーシア。 ﹁でも、少し気が重いです。私たちは、あの方たちと違って毎日ヴ ェルト様とお会いできますので、また睨まれてしまいます﹂ 48 金髪ストレートロングの女神様。いや、女神のように美しく整っ た顔立ち、透き通った肌に、全てを安心させるほほ笑み。そして、 はち切れそうなスイカップ。というか、胸。背中には、真っ白い翼 があり、一瞬天使かと思うが、あれはこの世界では天空族と呼ばれ る種族。 天空世界、天空王国の天空皇女エルジェラ。コスモスの母親にし て、あれも俺の嫁。 ﹁仕方ないではないか。皆と一緒に住むようになったら、あいつと の時間だって減る。人数が少ない今こそチャンスだ﹂ 凛とした表情、流れる銀髪と赤い瞳、その頭部からは一本の角を 生やした女。人間ではない。魔族の中でも魔人族と呼ばれている。 かつて滅んだ国の魔王の娘。ヴェスパーダ魔王国のお姫様にして、 俺の嫁、ウラ・ヴェスパーダ。 ﹁ふふ、あの三人もふてくされているかもしれませんわね﹂ んで、何で三人集まってんだ? つうか、用事ってこれだったの か? つうかさ、俺、出るタイミング逃したけど、このまま隠れて いていいんだろうか? ﹃おー、繋がった繋がった、マヂ、元気そーじゃんン、フォルナッ 49 ち、エルッち、ウラウラ。﹄ 物凄い軽いノリの声と共に、水晶の一つに映し出されたのは、若 い妖艶のダークエルフ。髪の毛が盛りに盛られてタワーみたいにな り、その爪にはビーズやらラメやらアートが施された女。 前世的に言えば、いかにもギャルギャルしいエルフだが、これで もルーツを辿れば、今は滅んだダークエルフの国のお姫様だったそ うである。 そして、その中身は、前世で俺とクラスメートだったりもしたと いう奇妙な縁で結ばれて、何故か俺の嫁ということになった、アル テア・マジェスティック ﹃おい、婿いないのか? 婿の顔みたい。話したい。ゴミ共、お前 ら婿独占しすぎ。ムカつく﹄ もう一つの水晶に映し出されたのは、白と赤を中心として、とこ ろどころにレースの刺繍や紋様を施され、腕や首にはジャラジャラ とアクセサリー、頭には金色の王冠という、いかにも民族衣装丸出 しの衣に身を包む、口の悪い幼い顔立ちの女。 しかし、その正体は竜の血を引く亜人として、立派な尻尾を尻か ら出し、やろうと思えば巨大な竜に変身することも出来る。 それが、なんやかんやで俺の嫁になってしまった、竜人族の国の お姫様、ユズリハ・コンドゥ。 ﹃ええ。だからこそ、いずれ同居した際の閨の回数は当然調整させ てもらうわ。肝に銘じておくことね﹄ 50 そして、最後は、ストレートの長い水色の髪。氷のように透き通 った瞳と整った顔立ち。その頭上には小さな王冠と、薄いピンクの ドレスを纏った女。 人類が住むこの人類大陸における最大国家にして人類の中心とな る国のお姫様。 んで、その中身は前世で俺のクラスメートだったというオマケ付 き。 アークライン帝国の姫、アルーシャ・アークライン。気づけば俺 の嫁になっていた。 ﹁ええ、あなたたちもごきげんよう。これにて、ワタクシたち﹃ヨ メーズ﹄の定期報告会を始めますわ﹂ あっ、これはアカン奴だ。俺が聞いたらまずい系の。 ﹃ええそうね。では、まず初めに品のない話をして申し訳ないけれ ど、フォルナ、ウラ姫、エルジェラ皇女、あなたたち三人は先週の 報告から一週間⋮⋮彼とのアレについて報告してもらおうかしら﹄ ﹃うっはー、アルーシャ、いきなりそれぶち込む? あんた、マヂ、 そーとームカついてんのな♪ まあ、確かにあたしら、この半年近 く、忙しくてあいつに会えてねーから、気持ちわからんでもないけ どさ﹄ ﹃⋮⋮⋮⋮⋮おい、お前たち、忘れるな? 私は、半年前に初めて 51 婿とシタときの一回だけだ。その私を差し置いて、お前らは∼∼∼ ∼、うう∼∼∼、グスン﹄ いきなり、アカンかった。つか、アルーシャのやつ、一番マジメ キャラ路線のくせに、どうして真顔でそういうことを平然と聞くん だよ。 ﹁うっ、ま、まあ、それはやはり仕方ありませんわね﹂ ﹁そうですね⋮⋮必ず報告することは、私たちの協定で定められて いますから﹂ ﹁毎週のことながら、恥ずかしいもんだな﹂ ちょっと待て、お前ら、毎週こんなこと報告してたのか! って、 しかも包み隠さず言う気じゃねーだろうな! ﹁ワ、ワタクシは、五回ですわ。夜にワタクシの部屋で三回。城の 浴場で一回。⋮⋮ヴェルトの部屋に忍び込んで一回ですわ﹂ 言いやがったよ! なんか、顔を赤らめて、フォルナからいきな りぶち込みやがった! うん、確かに俺も覚えてるよ! 覚えてるけどさ、何で言っちゃ うんだよ! ﹁あ∼、私は、四回だ。ヴェルトと一緒に寝た時に二回。その、そ のまま朝になって、起きた時に二回﹂ ウラもクールなツラしてソッポ向いているが、その表情は明らか に赤い。つうか、恥ずかしいなら言うんじゃねえよ! この狭いクローゼットの中、もう、恥ずかしすぎて頭突きしたい 52 衝動で一杯だ。 ン? でも、待てよ? 包み欠かさず報告ってことは⋮⋮⋮ ﹃そう、先週より回数は減ってるわね。まあ、彼も毎日では疲れる のでしょうけど、言っておくけど、枯渇だけはさせないよう、重々 気をつけてもらうわよ!﹄ ﹃なはははは、枯渇だって∼、つか、あいつも結局やっぱヤルこと ヤってんじゃ∼ん。さすが、エロヴェルなヤリヴェルだし∼。まあ、 問題は⋮⋮エルッちだけどね∼﹄ ﹃おい⋮⋮ゴミ乳ッ! お前は何回だ⋮⋮⋮お前は何回なんだ! 言えッ!﹄ そうだ、包み隠さずということは、当然エルジェラにも矛先が向 くわけだよ! それはまずい! ほら、ユズリハとか物凄いジト目だし! ﹁あの、えっと、その⋮⋮⋮何と申しましょうか⋮⋮⋮﹂ エルジェラもほんのり頬を赤らめているのが分かる。 まずい! エルジェラ、まさかお前まで言うのか? 言うのか! 言うんじゃねえだろうなっ! ﹁えっと、じゅ、十三回ほど⋮⋮⋮⋮⋮﹂ 53 ﹁﹁﹁﹁﹁じゅっ! んなっ!﹂﹂﹂﹂﹂ ﹁あっ、で、ですが、私も満たされすぎて、意識が飛んでしまった こともありますので、もう三から四回ほど多かったかもしれません﹂ い、⋮⋮⋮言いやがった⋮⋮⋮ ﹁ちょっ、そ、それは本当ですの! 先週よりも増えていますわ! ワタクシ、聞いてませんわッ!﹂ ﹁ぐっ、何と言うことだ! だが、確かに朝、あいつが淡白だった ことはあった﹂ ﹃し、し、信じられないわ⋮⋮か、彼って、というより冷静に考え て、人間ってそんなに出来るものなの?﹄ ﹃あーっはっはっはっは! すっげー、もう、エロヴェルなんてレ ベルじゃねーし!﹄ ﹃ぐす、うう∼、私だけ一回⋮⋮ううう∼∼∼∼!﹄ 正直、俺も回数なんてよく覚えてねえ。でも、まあ、なんかエル ジェラとの記憶がいっぱいある。 ﹃つかさー、エルッち、どういうシチュでそんなに出来たん? あ りえなくね?﹄ 54 ﹁確かにそうだ。エルジェラとヴェルトが寝る時は、コスモスを入 れて必ず三人で寝ている! 三人で寝ているのに⋮⋮って、まさか、 コスモスが寝ている横でシテいたんじゃないだろうなっ!﹂ ﹃となると、朝とかかしら? でも、朝はウラ姫が忍び込んだりし ていたのだから、たまに重なる時もあるかもしれないけれど﹄ ﹁でも、朝と夜で、そこまで出来ると思いませんわ!﹂ ﹃ずるい⋮⋮⋮﹄ いや、確かに、何回かコスモスが完全に寝静まった時もあるが、 それだけじゃなかったりもする⋮⋮ ﹁あの⋮⋮⋮ヴェ、ヴェルト様のお昼休みや、休憩時間にコスモス と遊びに行った、公園の茂みなどで⋮⋮﹂ 俺も⋮⋮⋮⋮⋮⋮ムラムラしていた⋮⋮⋮ ﹁ひ、昼休み! そ、その手があったか!﹂ ﹁お待ちなさい! あなたたち、こ、こ、公園って、まさか外でそ のようなことをしましたの?﹂ ﹃ふ∼∼∼∼∼∼∼、これは、一緒に住むようになったら、エルジ 55 ェラ皇女には相当回数を調整してもらう必要があるわね﹄ ﹃ぎゃはははははは! つうか、外とかやるじゃ∼ん。ねね、どっ ちが誘ったん?﹄ ﹁うっ、その、私の方から⋮⋮⋮その、公園で三人で一緒に居ると、 あまりにも幸せな気分になってしまい、どうしても体が疼いてしま って⋮⋮﹂ ﹃ううう∼∼∼! 婿のバカ、ゴミ婿! ゴミ婿! 今度あったら、 噛み殺す!﹄ 知らなかった。まさか、半年前から毎週こんなことを報告しあっ ていたのか。 となると、あの時のあのこととか、あれとか、ああいうのも、ひ ょっとして全部筒抜けなのか? ﹃とにかく、来週もちゃんと報告するように。それと、誰かお腹と か体調に変化の兆候はないかしら?﹄ ﹁それは、残念ながら、まだ﹂ ﹁う∼む、あんなにしてもらっているのにな﹂ ﹁私も早く二人目が欲しいのですが﹂ ﹃そう、分かったわ。とりあえず、それに関しては私たちの問題だ けでなく、全世界を巻き込むほど重要なことなので、ちゃんと確認 56 しておくこと。いいわね﹄ ふう、とにかく、これで終わりか? あ∼、胃が重かった。恥ず かしいやら、苦しいやら、もうお腹一杯だ。 これ以上は⋮⋮ ﹃では、続いて本格的に結婚式の計画と準備、招待客や規模の話し 合いに移るわ。まず、アークライン帝国の構想と要望から言わせて もらおうかしら?﹄ だから、そういうのは、俺が居ないとダメなんじゃねえのか? 結婚式って、結婚するのは俺だろうが! なんで、俺の居ないとこ ろで勝手にそういうの決めてんだよ! もうやだ、何でこんなことになってんだ? もう、なんか、色々 とツッコミたい! ﹁アルーシャ。その前に、﹃あの方﹄の情報はつかめましたの? ワタクシたちの最大最強の敵につきましては﹂ ﹃残念ながら、彼女はヤヴァイ魔王国に帰ったという情報以外は開 示されていないわ。引き続き調査は続けるけど、彼女は自由人。フ ラッと現れて、彼を攫ったりしないよう、常に厳重注意が必要よ?﹄ ﹁問題ない。エルファーシア王国では、私、フォルナ、エルジェラ で常にガードしている。泥棒猫など一切近づけさせん﹂ 57 飛び出したい、でも飛び出せない、そんなモヤモヤを抱えながら、 会議は何時間も続いた。 もうなんだろう。最近、結婚というのは何なんだろうと思う。今 はいいし、俺もまあ、楽しんでるが、このまま俺は耐えられるのか 心配になることもある。 そして俺は、﹁パッパが見つからないよ∼! どこにもいない∼ !﹂と、泣いているコスモスの存在に気づいてなかった。 58 前日談︵後書き︶ 後日談というのがあるので、前日談があってもいいと思うので、な んか書いてみました。 59 序章 今、嫁が﹃全員﹄家に居ない。 そもそも﹃全員﹄って表現がおかしいことは分かる。嫁が一人じ ゃない時点で俺の人生はどうなのかと思うが事実だ。 そして、その嫁たちが現在、誰も家に居ないし、近くに居ないと いうのはどういうわけか。 夫婦仲が悪化? 別居? そういう理由ではなく、普通に﹃仕事﹄ だそうだ。 俺には複数の嫁が居て、その全員が各国、﹃各種族﹄の重要なポ ジションだったりするのである。 また、変な言葉が出た。﹃各種族﹄というのは、その名の通り、 俺の嫁の中には種族的に﹃人間﹄じゃないやつも居る。 ついこの間まで、人間、魔族、亜人と異なる種族が多種多様に存 在するこの世界では異種族間同士の戦争を遥か昔から繰り広げてい た。 そんなこの世界からすれば、異種族の嫁さんを貰うのは異例なこ とではあるのだが、なんかそうなった。 さて、そんな俺は、今、何をやっているか? 前世ではただの不良高校生だった俺も、修学旅行の事故で死に、 クラスメートごと、ファンタジーな異世界に転生した。 年代も種族もバラバラに転生した俺たちだが、皆、今はそれぞれ 第二の人生を送っている。 60 まあ、再会してないやつもいるし、覚えてない奴もいるので、全 員分は把握していないが。 そして、俺は、何年も前に前世の担任と奇跡的な再会を果たして、 今じゃ家族同然に一緒に暮らして、ラーメン屋で働いている。 朝から晩まで働いて、クタクタ状態になって、いつも仕事終わり にベッドにダイビングする。 そして⋮⋮ ﹁パッパーッ! おっふろ! おっふろ! おっふろ終わったら、 あそぼ! あそぼ! ご本も読んで!﹂ さて、そんな朝から晩まで働いて、疲れきってベッドにダイビン グする俺の背中に飛び乗ってきたのは、父親の労働の疲れなど微塵 も分からない、三歳になる愛娘である、コスモス。 背中に翼があるが、嫁の一人が天使なんで、娘も天使。実際の種 族的には天空族っていう、世界の上空に住んでいる種族らしいが、 まあ、もう天使だ。 母親似のサラサラの金髪、エメラルドの瞳はパッチリと開いて、 純粋度1000パーセント。ただ、ちょっとだけ大きくなったのか、 最近はちょっとワガママだったり、すぐに拗ねたりする。 ﹁こら∼、コスモス、ダメだよ、兄ちゃん疲れてるんだから∼。困 らせたらダメだよ∼﹂ そんなコスモスをお姉ちゃん風吹かせて止めるのは、まだ年齢一 61 桁なのに、妹分のようなコスモスの存在相手に、しっかりとした態 度を取る、俺の先生の娘にして、実質俺の妹分というか、もはや本 物の妹。ハナビ。 ﹁やーっ! パッパと遊ぶッ! だって、パッパ昨日も遅くまで頑 張ったもん! 昨日も今日も頑張ったから、コスモスと遊ぶ時間あ るもん!﹂ ﹁昨日も今日も頑張ったから、兄ちゃんは疲れてるの。コスモスも、 それが分からないと、大人の女の子にはなれないんだよ?﹂ ﹁コスモス大人やだもん。コスモス子供だもん。コスモスは、ずっ と、ず∼∼∼っと、パッパの子供だもん!﹂ さて、さっきも言ったが、朝から晩までクタクタになるまで働い て、今にも寝たい俺。 嫁も今は実家に帰省中で、娘は遊び相手がいなくて、かなりご立 腹になっている。 俺の疲れなんて知らずに、ギャーギャーギャーギャー背中の上で 騒いで暴れて⋮⋮。 たとえばだが、前世のサラリーマンとか、こういう状況ではどう 思っただろうか? 朝から晩まで働いて、疲れて、それでも家族のために働いて頑張 ってるのに、ようやくその仕事が終わって、疲れた体を休めるため に、大爆睡したい状況下、娘が﹁遊べ遊べ﹂コールをしてワガママ 言う。 そんな娘にどう思う? これは、個人の見解かもしれないが、俺はこう思う。 62 ﹁ったく∼⋮⋮仕方ねえ⋮⋮⋮コスモス! ハナビッ! ⋮⋮⋮さ っさと風呂入って遊ぶぞーッ!﹂ ﹁やたーっ!﹂ ﹁あーーーっ! も∼、兄ちゃん優しすぎるよ∼﹂ もうさ、可愛くて仕方ない⋮⋮⋮ ﹁パッパ! おっふろ! おっふろおっふろ♪﹂ ﹁あ∼、もう、コスモス、こんなところで脱いじゃダメ! レディ は、つつしみもたないとダメなんだぞ∼﹂ ﹁くはははははは、そうだぜ、コスモス。ハナビねーねの言うとお りだぞ?﹂ てかさ、これ、ぶっちゃけた話し、幸せすぎる生活なんだが。 いや、ついこの間まで⋮⋮嫁がまだ居た頃は⋮⋮その、嫁に毎晩 毎晩夜の営み的なのや、修羅場とか、普通に死に掛けていたから⋮⋮ でも、今は違うッ! ﹁兄ちゃん、私も入る。背中洗ってあげるね﹂ ﹁あーっ! ハナビねーね、コスモスも! コスモスもパッパ洗う もん! コスモスはえらいもん!﹂ 一日の疲れ? なんだそれ? もう、そんなもん忘れた。疲れな んて吹っ飛ぶ。 前世で、サラリーマンはこう思ったんじゃないかな。 63 そう、﹁会社の疲れもストレスも、娘の笑顔一つでふっとぶ﹂と。 いや、疲れなんて吹っ飛ぶに決まってるし。それが俺の場合は幼 い妹まで居るし。 だから、ハッキリ言おう。嫁がいないこの状態が、今の俺の幸せ かもしれねえ。 ﹁もう、二人ともエラすぎるっ!﹂ ほんと、俺という人間にしては信じられないことだと思う。多分、 前世の俺のことを知っている奴らからすれば、今の俺は確実に変わ っている。 親に、教師に、学校に、世の中に反発して生きてきた不良だった クズの俺が、娘のために、家族のために、汗水たらして仕事をして いるんだ。そして何よりも、その生活が全く苦にならないというと ころが最大のポイントだな。 ﹁きゃっほー! おっふろ、もくもくしてて、見えな∼い! おも しろーい!﹂ ﹁ほら、コスモス、湯船に漬かるなら、まずは体を洗ってからな﹂ ﹁ぶ∼、パッパ、マッマみたいなこと言ってる∼﹂ ﹁あたりめーだ、今は俺がマッマもかねてる!﹂ ﹁え∼、でも、マッマはおっぱいないとやだーっ!﹂ ﹁いや、マッマの胸を持ち出されたら困る。爆乳天使だし﹂ ﹁パッパはパッパだも∼ん♪﹂ ここで、コスモスが﹁マッマに会いたい!﹂とか、ワガママ言っ たり、寂しい思いをしてたりしたら少し状況も違うのかもしれない が、基本コスモスは、今は毎日楽しそうだ。 その要因はまあ、俺の他にも⋮⋮ 64 ﹁ししししし! ねえ、兄ちゃん、はい! 背中ゴシゴシ﹂ ﹁お、おお∼﹂ ﹁兄ちゃん、今日もお疲れ様!﹂ この、出来すぎる妹がコスモスの面倒も見ていることも大きい。 まあ、普通に、先生もカミさんも、コスモスのことを孫みたいに 可愛がって寂しい思いをさせないのもある。 そして⋮⋮⋮ ﹁殿︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱っ! 入浴されるなら拙者にも 一言言って戴かなければ困りますっ! 拙者が割った皿の片付けに 没頭して、マスターに説教されていたことで殿がその手を煩わせる ことになるなど⋮⋮このムサシ、一生の不覚でござるっ!﹂ そして、こいつが皆を飽きさせないのもある。 涙流しながら、全裸で登場してきたこの女。いや、メスになるの か? 虎耳、虎の尻尾を生やした、亜人の虎人族であり、俺の右腕だと か懐刀を自称するペット。 ﹁いや、ムサシ∼、別に風呂ぐらい自分で入るぞ?﹂ ﹁あ∼、ムサシだ∼。ムサシ∼、じーじにおこられてたーっ!﹂ ﹁ムサシ姉ちゃんもお風呂来ちゃったの? 四人だと狭いよ∼﹂ その名は、ムサシ。前世じゃ世界一有名な侍の名を持った、武士。 まあ、偶然再会した前世の剣道部だったクラスメートの孫娘とい 65 うことでそういう名を付けられたわけなんだが、色々あって今では 俺にベッタリとなってしまった。 ﹁なりませぬっ! 拙者は戦いしか脳のない阿呆ではござらん。戦 場では殿のために誰よりも勇猛果敢に戦い、そして日常では誰より も殿の御身に尽くすこと! それが拙者の存在意義にございまする ! ⋮⋮それに、目を離した隙に嫁が増えぬよう、奥方様たちに監 視を強く命ぜられているのもありますが⋮⋮﹂ ﹁おーい、聞こえてるぞ、ムサシ。嫁が増える? お前、俺をなん だと思ってんだよ﹂ ﹁コスモスだよっ! コスモス、パッパのお嫁さんになるんだもん !﹂ ﹁私は、兄ちゃんが選んだ人なら、ハナビにとっては良い姉ちゃん に決まってるから、増えてもいいよ?﹂ とまあ、こんな感じで今、俺の毎日が動いてる。 そんな日々が楽しくて楽しくて、だからこそだからこそ、強く思 う。 頼むから、カオスな日なんて、もう来るなと。 66 ﹁う∼ん、パッパ∼﹂ ﹁す∼、す∼﹂ ﹁とにょ∼、せっしゃが、おまもりするでごじゃる∼﹂ 風呂から上がって少し四人で遊んでいたが、すぐにこいつらも疲 れて寝ちまった。 つか、俺のベッド、普通サイズでそんなに大きくないんだけど、 俺を差し置いて先に三人寝ちまった。 んで、ムサシ、お前が先に寝たらダメだろうが! 何で、殿より 先に、殿のベッドでハナビとコスモス抱きしめたまま、幸せそうな 顔して寝てんだよ! ﹁ったく、ほんっと⋮⋮可愛いもんだぜ﹂ 気づけば頬が緩んじまう。愛おしくて、癒されて、心が温かくな る。 あれから半年。もう半年なのか、まだ半年なのか、いずれにして もあの時からは想像もできない、ありふれたどこにでもありそうな 日常の中で、俺は充実した日々を感じている。 ﹁ヴェルく∼ん、まだ起きてるの?﹂ ﹁おう、カミさん﹂ ﹁あら、ハナビもコスモスちゃんもこんなところで寝ちゃって∼、 しかもムサシちゃんまで﹂ 67 寝巻き姿のカミさんが俺の部屋を訪ねてきては、ベッドで就寝中 の三人娘を見て思わず苦笑している。気持ちは分かる。 ﹁いいよ、今日はここで寝かしとくよ。んで、カミさん、どうした んだ?﹂ ﹁ああ、そうそう。下で、呼んでるわよ﹂ ﹁呼んでる? 先生が? なんだよ、﹃新弟子﹄の修行は終わった のかよ﹂ ﹁ええ。それで、ヴェルくんを呼んできてって言われたの﹂ 先生の呼び出し? 何だろうな? とりあえず俺は頷いて、スヤ スヤ眠るコスモスたちに一言﹁おやすみ﹂と耳元で囁いてから、階 段を降りて店へと向かった。 するとそこには、カウンター席に座って、最近入った新弟子と晩 酌してる先生が居た。 ﹁おいおい、なんだよ先生、修行はもういいのかよ?﹂ ﹁ああ、今日はな。まあ、コイツはお前より筋がいいからよ﹂ 少し酒で頬を赤らめた先生が、豪快に隣に座る新弟子の背中を叩 いた。 その新弟子は、百人が聞けば百人が巨漢と答えるほどの異常な体 躯。 ハッキリ言って、ボディービルダーのように不自然に発達した筋 肉を搭載した彫りの深い短髪の男。 ピッチピチの真っ白い厨房服は、意外とサマになっている。 すると、先生に褒められた新弟子は謙遜したように首を横に振っ た。 68 ﹁俺はまだまだだ。俺のスープには深みもなければ、麺にコシがな い。以前、ヴェルト・ジーハが、俺や家族に振舞ってくれたレベル には達していない﹂ ﹁くはははは、ったりめーだ、こちとら五年以上もガンコオヤジに 怒鳴られながら仕込まれてんだ。まだ、二週間足らずの新人に追い つかれてたまるかよ﹂ そう言いながら、俺も新弟子を真ん中にするように、隣のカウン ター席に座った。すると、俺の前に先生がグラスをカウンターの上 を滑らせて放ってきた。 ﹁おい、ヴェルト、今日はお前も飲め﹂ ﹁おっ、いいのか?﹂ ﹁まあ、お前ももう十八だからな。そもそも、この世界は飲酒を十 五から認めてんだし、問題ねえだろ﹂ これは珍しい。先生はやけに気分がいいようだ。 少なくとも、俺はこれまで先生の酒に付き合ったこともなければ、 先生が飲んでいるところ自体をあまりみたことがない。 それが今日、こうやって宅飲みで、こんな機嫌よさそうにしてい る。 断る理由もねえ俺は、新弟子に酒を注がれたグラスを軽く持ち上 げ、三人で中央にコップを集めて軽く乾杯した。 ﹁っか∼⋮⋮風呂上がりに効くぜ∼﹂ ﹁ヴェルト・ジーハ、お前はあまり飲まんのか?﹂ ﹁まーな。これまで、そんなまったりした時間もなかったし、嫁や 子供の目もあったからな⋮⋮⋮⋮って、今の、何だかオヤジ臭くな 69 かったか?﹂ う∼む、娘をはじめとする家族が元気の源で、嫁のストレスから 解放されて喜んで、酒を飲んで笑う⋮⋮やべえ、俺、ほんとオヤジ くせえ。 思わず笑っちまった。 ﹁十八か⋮⋮ヴェルト⋮⋮お前が十歳の頃にこの家に転がり込んで きて随分と経つが⋮⋮まだ、十八なのか、それとももう十八って言 うべきか⋮⋮﹂ ﹁おいおい、先生、まだ十八だぜ? 前世的に言うと、高校生だ﹂ ﹁ああ⋮⋮高校生だ⋮⋮⋮⋮﹂ そう言うと、先生は少し切なそうな笑みを浮かべながら目を細め た。 それを誤魔化すかのように、グラスに注がれた酒を一気に飲み干 し、そして僅かな間をおいてから、新弟子に訪ねた。 ﹁なあ⋮⋮お前が昔世話になったって奴⋮⋮ラグビーやってたんだ って?﹂ やっぱりその話か。その問いかけに新弟子はゆっくりと頷いた。 ﹁ああ。ラグビーをやっていた。あいつは、俺がガキの頃からの付 き合いだったが、愉快な男だった。そして暑苦しかった﹂ ﹁そうか﹂ 70 その一言が、先生にとっても嬉しかったんだろう。だが、同時に 昔を思い出して寂しい気持ちにもなったのだろう。 先生は、グラスに注がれた酒を一気に飲み干した。 ﹁おい、先生﹂ ﹁今日ぐらい許してくれよ﹂ 気持ちは分からんでもない。 俺が世界を回る旅から帰ってきて、もう半年。 再会出来たやつら。会えなかったが、恐らく前世のクラスメート なんだろうと思える奴らの情報。俺では覚えていない奴も含めて、 先生は一人一々を頭の中に顔を浮かべて、生徒のことを思い出して いた。 そして、今、この新弟子が語った人物は、生徒の中でも先生が思 い入れがあったと思える奴。 ﹁お前の故郷、チェーンマイルの近くなんだってな﹂ ﹁ああ﹂ ﹁は∼、そうかよ﹂ こんなふうに先生が酒を飲むのは、初めて見た。 ﹁チェーンマイル王国、ロルバン帝国、人類大陸最東端。あそこら へんは、俺が生まれ育ち、料理修行を始めた思い入れのある場所。 ⋮⋮⋮⋮まさか、あの辺りにあいつが居たとはな。目と鼻の先が見 えてなかった。灯台下暗しってやつか﹂ ﹁まあ、あのエリアは巨大だ。無理もないであろう﹂ 71 ﹁そうは言ってもな∼⋮⋮⋮⋮﹂ 先生がカウンターに突っ伏した。まさか、ずっと会えなかった教 え子が、意外と身近にいたことに複雑な思いを感じているようだ。 まあ、その気持ち、分からんでもない。 ひょっとしたら、ニアミスしてたかと思うと尚更だ。 でも、だから⋮⋮⋮⋮ ﹁安心しろ、先生。少し落ち着いたら、俺がひとっ飛びで連れてき てやるよ﹂ ﹁ヴェルト⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁だから、先生はここで待ってろよ。帰る場所が移動されると、困 るからな﹂ 空いた先生のグラスに酒を注いでやって、軽くグラスをコツンと ぶつけた。 ﹁へん、生意気なガキが﹂ ﹁ああ、生意気こそが、俺のアイデンティティみてーなもんだから な♪﹂ それを受けて先生も、ニッと笑ってもう一度グラスに口をつけた。 そう、俺が何気なく言った、﹁前世のクラスメート探して連れて くる﹂的な発言。 それがまさか、またメンドーごとに発展するとは思わんかった。 72 序章︵後書き︶ 始めましての方、お久しぶりの方、ついこの間ぶりの方、全ての方 へ今後とも宜しくお願い申し上げます。 しばらくは、カオスの少ないヘイワナモノガタリヲカコウトオモイ マス。 一人でも多くの方に長いことお付き合いいただけたらと思います。 73 第1話﹁いきなりの来訪者﹂ ﹁あいよ、チャーシューメン!﹂ ﹁おい、ハナビ! デルタ男爵家にチャーハン、餃子の出前だ! ムサシ、ハナビの警護を頼んだぞ! 絶対にお前は岡持ちに触るん じゃねえぞ!﹂ ﹁ははっ! 拙者、この命に変えましても!﹂ ﹁とーちゃん、別に私一人でも大丈夫だよー。もう私は姉ちゃんな んだから∼!﹂ ﹁ねーね、コスモスもいく! コスモスもお手伝いしたい∼!﹂ ガキの頃からずっと繰り返してきた仕事だが、さすがにブランク がある分、まだこの大変さの感覚を取り戻すには少しかかりそうだ。 十歳から十五歳まで毎日欠かさずこの店で働いた。 だが、十五歳から十七歳までの間は世界をぶらついたり、喧嘩し たり、戦争したりと二年の空白があった俺には、意外ときつかった。 ﹁お∼い、ヴェルト、俺のツケメーンが、まだ来てねーぞ?﹂ ﹁ヴェルトくん、俺はミソラメーンだから、って、そんなに睨まな いでよ∼﹂ ﹁ひうっ、あの、えと、ぎょ、ギョーザを、その﹂ ﹁ペット、そんなに申し訳なさそうにしなくても、私たちはお客さ んなんだから堂々としたらいいわ。ちなみに、ヴェルトくん、私の チャーハンもね。早くお願い﹂ 74 ﹁チャーシュー丼がまだ来てないんだけど? マスターが忙しいん だから、あんたが早く作りなよ、ヴェルト﹂ ﹁えっと、あの、えへへへ∼、ごめんね∼、ヴェルトくん。私もツ ケメーンで﹂ だというのに、こっちの忙しさを目の当たりにしているくせに、 ニヤついた笑顔で俺を急かす、昼休み中の幼馴染たちにはイラっと させられた。 いや、つうか、なんでこいつら、ここに居るんだよ! ﹁オラァ! シップ! ペット、チェット、ホーク、ハウッ! そ れに、サンヌまで、なんでテメェら大集合してんだよ! 騎士団の 人間なら、城のデッケー豪華な食堂があるだろうがっ!﹂ ﹁おいおい∼、売上に貢献している客に言う態度か∼? つっても、 貢献する必要ないほど繁盛してるみてーだけどな﹂ ﹁そうなんだよ、シップ! しかも、こんなクソ忙しい昼時にテメ ェら全員集合しやがって! 俺に嫌がらせか?﹂ お客様は神様だぜ? 的な顔で足組んで俺にニヤついた笑みを見 せるシップの言葉に続いて、他の奴らも態度を崩さねえ。 ﹁いいじゃない。午前の演習でお腹空いているのよ。そういうとき、 75 やっぱりここでガッツリと食べていきたいのよね∼﹂ ﹁つってもな∼、ホーク、お前ら頻繁に来すぎだぞ? 最近は夜飯 も来るし、意外とテメェら暇なのか?﹂ ﹁暇じゃないって、ヴェルトくん。半年前に人類大連合軍が凍結さ れて、私たちもようやくこの国の騎士として働くことになったんだ から。毎日覚えることが多くて、大変なんだから﹂ ﹁サンヌ。だったら、出前にでもしろ。こうして雁首揃えてカウン ターに座られてると、見張られてる気がする﹂ ﹁はあ? 見張られてる気がする? バカだね。私たちは見張って んだよ、あんたのこと﹂ なにいっ? サラッと俺を小馬鹿にしたような口調で、クールで ショートカットの一匹狼空気を漂わせるハウの一言が気になった。 どういうことだ? ﹁あんたは今じゃ、この世界でも最も有名な人間の一人なんだ。そ して、この国にとってもね。そのあんたがまた、周りのことも考え ずに何かをやらかしたり、フラッとどこかに行ったりしないように、 こうやって定期的にちゃんと見に来てんのさ﹂ ﹁うん、ハウの言うとおりだよ、ヴェルトくん。それに、今、他国 との会談で国を留守にされているフォルナ姫からも俺たちはキツく 言われているんだよ。君をしっかりと見張っておくようにってね﹂ 76 ﹁そうなの。その、今は、姫様の護衛でバーツくんもシャウトくん も居ないし、私たちがしっかりしないと﹂ うわ∼、めんどくさ。 別に、俺も逃げる気はねえけど、こうもジーッと見られると居心 地悪いっつうのによ。 ﹁でも、もう半年になるんだよね。ヴェルトくんが、この世界を征 服しちゃって﹂ ﹁あ゛?﹂ ﹁ふふふ。なのに、結局ここに戻ってきて、やってることは子供の 時と変わらないんだからおかしいよね∼。まあ、私はこの方が好き だな∼って思うし、﹃ここ﹄は変わらないっていうところがいいな ∼って思うかな﹂ 何だか、感慨深そうに俺を見てくるサンヌの言葉に、俺も色々と 思うところはあった。 そう、半年前、俺はノリとその場の雰囲気で世界をある意味で征 服しちまった。 これまで、人間、亜人、魔族という三種の種族が、新たなる領土 確保を目指して、広大なる神族大陸の領土の奪い合いを何百年も続 けてきたが、その神族大陸を俺は第四の勢力で支配し、そして新た な国を作った。 まあ、その国に関しては現在、俺の戦友と悪友たちが土台作りを して、時が来れば俺をまた呼びに来るとは言っていたが、この半年 77 間あまり音沙汰なし。 それまでは、故郷で家族と過ごそうと決めたのだが、すっかり昔 に戻っちまった。 ﹁まあ、世界は色々変わったけどね。人類大連合軍そのものは凍結 して、私たちは、正式なエルファーシア王国騎士団として入団。魔 族大陸も、かつては七大魔王国と言われた勢力も、今では滅亡や併 合の末に、ジーゴク魔王国の鬼カワ魔王キロロとヤヴァイ魔王国の 弩級魔王ヴェンバイの二人が仕切る、﹃二大超魔王国﹄となった﹂ ﹁でも、ホーク、一番変わったのは、やっぱり、亜人じゃないかな ? なんせ、四獅天亜人の四人が全員引退ということでソックリ入 れ替わったんだから﹂ ﹁ほんとだぜ。まあ、新たな四人も全員化物だけどな。武神イーサ ムの息子にして、ヴェルトの義理の兄でもある獅子竜のジャックポ ット王子。ヴェルトの嫁さんの一人でもある、最後のダークエルフ のアルテア姫までが任命されてるんだからな。あとの二人も十分化 物だしよ﹂ そう、何だかんだで変わらない日々も、結局変わっちまっている のかもしれねえ。 少なくとも、この世界は大きな変化の真っ只中にある。 俺も、俺の周りも、全部ひっくるめて。 だから、サンヌが言っていた、﹃ここだけは変わらない﹄という 言葉も、こういう激動の変化の中にある世界で、ここはこいつらが ガキの頃から変わらない光景だからこそ、ホッとするってのもある のかもな。 78 ﹁まあ、﹃ここも﹄変わってないってこともないだろ。少なくとも、 私らは帰郷するまではハナビって子を知らなかったし、今ではコス モス姫や亜人のムサシまでこの店で走り回ってるからね﹂ ﹁だはははは、そりゃ、ハウの言うとおりだよな。つか、ヴェルト もちょうど今、他の嫁さんたちも全員居ないからこういう感じなだ けで、やっぱ俺らからしたらフォルナ姫以外の女がヴェルトの隣に 立てば、そりゃ不自然に見えるからな∼﹂ ﹁そうだよね∼、シップ。それに、ヴェルトくんは奥さんたちがみ んなすごい分、親戚もすごいからね∼﹂ 親戚がすごい。そう言われると、全く否定できないのも事実。 実際、俺はまだ正式な結婚式的なのは行ってないが、かつての仲 間だけでなく、嫁と繋がりのある親戚がほんとにヤバイ。 扱いを一歩間違えれば、再び戦争にも発展しかねねーしな。冗談 抜きで。 だから、みんなの言葉に、俺は若干引きつった笑で頷いていた。 ﹁でもよー、そう考えると、ヤヴァイ魔王国とお前って、何かしら の繋がりあんのか?﹂ ﹁どういうことだ?﹂ ﹁いや、ジーゴク魔王国はお前と色々あるじゃねえか。あの、先代 魔王キシンを初めとして、なんか現魔王のキロロはお前を兄さんと 79 か呼んでるしよ。でも、ヤヴァイ魔王国はないんだろ?﹂ 確かに、それはシップの言うとおりといえば、その通りだ。 実際のところ、俺はそこまでヤヴァイ魔王国を知らねーな。 ヤヴァイ魔王国の魔王にして世界最強の魔王ヴェンバイのことも、 顔見知りぐらいでそこまで知らねえ。 他の王族だって、﹃あいつ﹄ぐらいしか⋮⋮⋮ ﹁あ∼、噂をすれば影? でも、勝手に人の国のことをベチャクチ ャ言われるのはあまり気に食わないかな? 殺しちゃうよ?﹂ その時、俺たちは﹁何で今まで気づかなかった?﹂と、全身の鳥 肌が一瞬で逆立った。 たかが半年程度実戦から離れたぐらいで、どうしてこの存在に気 づかなかった? ﹁それに、この店さ∼、ガルリックの匂いが酷すぎない? 何だか ムカつくな∼、僕、ガルリック苦手なのに⋮⋮殺しちゃうよ?﹂ その男は、一番端のカウンターに座っていた。 ﹁ただ、そこの人間の言うとおり、そうなんだよね? 実は、僕た ちヤヴァイ魔王国もそこらへん、結構気にしているんだよね、分か る?﹂ 80 ﹁テメェはっ!﹂ ﹁ジーゴク魔王国の先代魔王のキシンは君の親友として、そして君 の作る国の重要役職についている。現魔王のキロロは君の義理の妹 として親戚みたいな立ち位置みたいでしょ? でも、僕たちヤヴァ イ魔王国はそういうのないでしょ? クロニアは君と仲良いみたい だけど、あくまで客だしね。僕たちヤヴァイ魔王国にとっては、結 構気になるところなんだよね?﹂ 淀んだ気だるげな笑みとは裏腹に、片目を覆い隠すような形の頭 は、灼熱のように燃えている。 全身はユラリとした白い外套で覆い隠し、何故か片腕だけ、黒い ギプスのようなものを嵌めている。 だが、何よりも特徴的なのは、その背中。 蝙蝠のような悪魔の翼。 そして、もう一つ極めつけの特徴がある。 ﹁やあ、おひさし∼、かな? ヴェルトくん?﹂ 暗闇に包まれた中に、うっすらと三日月の模様と光が入った瞳。 俺は、この男のことを知っている。 ﹁テメエはッ、ジャレンガッ!﹂ ﹁呼び捨てって酷くない? 殺しちゃうよ?﹂ 81 いや、だからさ、何で噂の超巨大魔王国の王子が居るんだよ! ﹁お、おいっ! 嘘だろ? ジャレンガ王子?﹂ ﹁あのヤヴァイ魔王国、月光の四王子にして最強と言われた!﹂ ﹁世界最強の異業種、ヴァンパイアドラゴン!﹂ ﹁何でここに?﹂ いや、ほんと、何でこいつがここに居るんだよ! ﹁⋮⋮⋮⋮⋮ねえ、僕は冷やしチューカというのを食べたいんだけ ど、これっておいしいの? まずいなら、殺しちゃうよ?﹂ まさか、つい最近、﹃冷やし中華始めました﹄の噂を聞きつけて ? んな、わけねーか⋮⋮ ﹁ところでさ、ヴェルト君。さっきの話だけど、今僕が言ったよう に、ヤヴァイ魔王国は君との繋がりを欲しているわけ。だから、⋮ ⋮⋮⋮僕の妹を君のお嫁さんにして欲しいんだけど、いいよね?﹂ いや、よかねーし⋮⋮いきなり、何を初っ端からぶち込んでんだ よ、この吸血鬼野郎は! 82 第2話﹁いきなり一触即発﹂ 俺は、半年振りにガチツッコミを入れた気がした。 ﹁なに? 僕の妹が嫌なの? 何様のつもり? 殺しちゃうよ?﹂ ﹁いや、受け入れようもんなら俺が各方面から殺される。つうか、 どうしてそんなことになってんだよ﹂ ﹁いいじゃない。今更一人二人増えても変わらないでしょ?﹂ ﹁結婚てそういうもんなのかよ! 何でこれ以上、余計な戦争の火 種を増やそうとするんだよ。つうか、今の嫁六人に知られた時点で 戦争始まるしよ﹂ そう、嫁六人という特殊な状況下ゆえ、なんか知らんが今の嫁た ちは団結力が凄いのだ。 お互い独占欲を剥き出しにしたり、嫉妬したりという状況もかつ てはあったが、今では一致団結している。 例えば、今後の正式な結婚式のスケジュールやら手配やら、自分 たちの子作りのローテーション等の生々しいものまで全部だ。 すると、 ﹁大雑把に六百以上﹂ 83 ⋮⋮はっ? いきなり何だ? クールに一言呟いたハウは、その まま続けた。 ﹁ヴェルト、この数、何だか分かるかい? 半年前から、このエル ファーシア王国宛に届けられた、あんたへの縁談の話しだよ﹂ ﹁⋮⋮⋮なにいっ?﹂ ﹁たまに、あんたの作った国からも経由して届けられている。どれ も、各国の王族から貴族、亜人の部族の長の娘とか、数限りなくら しいよ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮初耳なんだけど、どうしてそんなことになってんだ?﹂ ﹁フォルナ姫たちで情報を止めてんのさ。ただ、あまりにも有益だ ったり、無下に断ったりすると後で面倒事になりそうなのには、あ んたの秘書のラブ・キューティーを交えて対応について検討中だっ てさ﹂ いや、そんなこと聞いてねえよ。 どうしてそんなことになってんだ? ﹁それだけ、あんたの存在は重要視されてるってことさ。半年前、 無理やり神族大陸に国を作り、各種族の主要人物に承認されたあん たと繋がりを持つことは、これからの世界で非常に重要な意味を持 つとされているのさ﹂ 84 ⋮⋮⋮⋮俺が、ラーメン作ってる間に、そんなことになってたと は⋮⋮⋮ ﹁そういうことだから、分かるよね? 僕たちヤヴァイ魔王国も、 君と繋がりがないのは嫌なわけで、逆を言えば君だってヤヴァイ魔 王国とつながりがないのは、あまりよろしくないんじゃない?﹂ ﹁よろしいよ。何でテメエらと仲良くしなくちゃいけねーんだよ﹂ ﹁そうかい? クロニアは、ヤヴァイ魔王国と君の国がそういう繋 がりを持ってもらわないとって、言ってたよ?﹂ なに? クロニアが? 半年前、俺の最終決戦の相手であり、前世のクラスメートであり、 そして俺がかつて惚れていた女。 今は、ヤヴァイ魔王国で世話になってるって噂だが、そのあいつ が? ちょっと待て、あいつがそんなこと言ったのか? ﹁お、おい、あの女はその⋮⋮なんだ? 俺に嫁増やせて的なこと を言ったのか?﹂ ﹁今更何人増えてもいいだろって言ってたよ?﹂ ⋮⋮⋮地味にショックだ⋮⋮仮にも、普通に惚れていた女にそう いうことを言われるとか⋮⋮⋮傷つく⋮⋮ ﹁ただ、妹の件は置いておいて、クロニアはクロニアで君に少しお 85 願いがあるみたいだよ?﹂ ﹁お願い?﹂ ﹁そして、僕がワザワザここまで来たのも、それが理由さ﹂ 何だか猛烈に嫌な予感がするんだけど。 ジャレンガほどの超大物が、ワザワザここに来る理由? ﹁君のお嫁さんにするはずの僕の妹なんだけど、実は今、行方不明 なんだよね、困るでしょ?﹂ ﹁はっ? って、そういえば、半年前の最終決戦にも居なかったし な⋮⋮ひょっとして、あの戦いで消息不明とか?﹂ ﹁ううん。それ以前に、クロニアの自由ぶりに感化されて、世界を 探検中なんだよね、どう? ムカつくでしょ?﹂ ﹁おいおいおいおい、そんな問題児を人に押し付けんなよな。つか、 そういうのはせめて見つかってからしろよ。いや、仮に見つかった としてもお断りだがよ﹂ ﹁あ∼、それなんだけどね、噂では人類大陸のどこかに居るらしい んだ。でも、僕は人類大陸に詳しくないし、歩き回ると大騒ぎにな るし、旧人類大連合軍からは嫌われてるし、友達も居ないから困っ てるんだ。実際ここに来るのも大変だったしね﹂ 人類大陸をうろつくと大騒ぎになる? 当たり前だ。かつての戦 争では、人類の勇者を始め、数多くの被害を人類に与えた超危険人 物。 86 仮に戦争が休戦状態とはいえ、こいつ自らが人類大陸を自由に歩 き回る等、いつ爆発するかもしれない爆弾を無差別に設置するよう なもんだ。 んで、それは分かったけど、何で俺を見る? ﹁んで?﹂ ﹁だからヴェルト君、僕と一緒に妹を探しに行ってくれるよね?﹂ 行ってくれないか? じゃなくて、行ってくれるよね? なにそ れ。何で俺が行くことが前向きになってんだよ。 ﹁っざけんな! 人がせっかく、女房のストレスから解放されて、 妹と娘との日々に満たされて、ムサシに癒されてるところに、何で テメエと旅行に行かなくちゃいけねーんだよ!﹂ ﹁チェーンマイル王国に居るっぽいんだけどさ、僕、全然詳しくな いんだ﹂ ﹁聞いてねーし! つか、行かねーし!﹂ ﹁はっ? なにそれ? 人がこれだけ下に出ているのに、そういう 態度を取るの? ムカつくね? 殺しちゃうよ?﹂ ﹁あっ? その態度のどこか下に出てんだ? つか、やるならやる ぞ?﹂ 87 冗談じゃねえ。こんな奴と行動するとか、息がつまる。つうか、 単純に行方不明の妹を探すの手伝えならまだしも、俺と結婚させる ために見つけるだ? んな理由で旅に出てみろ。落雷落とされて、蹴りくらわされて、 氷付けにされて、邪悪な魔法をくらって、鋭い歯で噛み付かれて、 最後は天使の力をぶつけられる。 その情景がリアルに想像できるだけに、ジャレンガの話しは、文 字通りお話にならないってもんだ。 ﹁その通りだぜ﹂ ﹁そうね。これ以上、ヴェルト君に余計なことをさせないで下さい﹂ すると、俺の幼馴染たちも、力量では圧倒的に劣るものの、ジャ レンガの前に立って俺をガードするように身構えた。 だが⋮⋮ ﹁やめねえかコラァァァァァ!﹂ 一触即発の空気をぶち壊すかのように、ずっと黙っていた先生が ついにブチキレて大声を張り上げた。 思わず俺たち全員がビクッとしちまった。 ﹁喧嘩やりたきゃ外でやれ。しかも外ってのは、ただ店の外ってわ けじゃねえ。誰にも迷惑かけねえ広野でだ! そして、メシ食い終 ってからにしろ! 注文したばっかのメシを放り出して喧嘩するか らにゃ、タダで済むと思うんじゃねえぞ! 分かったかッ!﹂ 88 ⋮⋮⋮ふ∼∼∼∼⋮⋮ ﹁あ∼⋮⋮わーったよ。とりあえず、ジャレンガ、まずはテメエも 冷やし中華食ってからにしろ。話はその後だ﹂ ﹁⋮⋮⋮誰? ただの飲食店の店主が偉そうじゃない?﹂ ﹁そういうな。世界を征服した男が、この世で唯一頭の上がらねえ 男だ﹂ ﹁へ∼、奥さんたちに尻に引かれているだけじゃないんだ﹂ ﹁誰がうまいこと言えって言った!﹂ 先生の怒号は、ジャレンガのような短気な奴にはイラッとするも んだったかもしれねーが、先生の迫力や俺の態度に気分が失せたの か、溜息はいて珍しく黙った。 ﹁あの、えっと、騒がせてすんません﹂ ﹁冷静ではありませんでした。お騒がせしました﹂ ﹁ごめんなさい。ご迷惑をおかけしました﹂ シップたちもバツの悪そうな表情で謝罪。なんつうか、やっぱ力 云々じゃなくて、先生ってコエーんだなと改めて実感した。 ﹁へい、冷やし一丁﹂ それでいて、態度は粗野なくせに仕事は繊細で誠実。 ジャレンガの前に置かれた冷やし中華は、ただうまそうなだけじ ゃない。 緑と赤の野菜。卵を添え、適量の氷を散りばめて、先生が研究の 末に開発したツユにつかり、正に、ザ・冷やし中華。それは芸術の 89 域にまで達していた。 ﹁へ∼、珍しい料理だね。こんな細長い紐のようなものを食べるの ?﹂ 異世界人には初めて見る料理。そして、職人の工夫と手間を感じ させる一品。 あのジャレンガがほんの少しだけ穏やかな表情にな り、フォークで麺を啜る。 啜った麺を噛んだ瞬間、ジャレンガの片目が大きく見開き、その まま続いて麺をもう一度口へと運んでいく。 それだけで、味の感触は悪くなかったんだと分かった。 ﹁⋮⋮⋮ふ∼ん⋮⋮悪くないね。ジャックポット王子の血よりは美 味しいね﹂ ﹁おう、他になんか注文がありやしたら、何でも言ってくだせいっ !﹂ ニッと笑う先生の言葉に、ジャレンガも少し戸惑いながらそっぽ 向いた。 さすがは先生。料理で黙らせた。 ﹁ふ∼∼∼∼∼ん﹂ ﹁あん? なんだよ﹂ ジャレンガがなんか麺をすすりながら、俺をジッと見てきた。 ﹁いや、そういえば、君のお嫁さんの一人のウラ姫も、ここで引き 90 取られて育ったんだっけ?﹂ ﹁まあな。魔王シャークリュウが八年前に死んでからな﹂ ﹁そうなんだ。こんなところに八年もいれば彼女も変わるだろうね。 で、肝心の彼女は今、なにやってんの?﹂ ﹁ん? ほら、今、ジーゴク魔王国に旧マーカイ魔王国と旧ヴェス パーダ魔王国、旧ポポポ魔王国が併合されたろ? その関係で、魔 族大陸に行ってるよ﹂ ﹁あ∼、そうなんだ。めんどくさいね∼、政治とか公務って、くだ らなくて潰したくなるよね?﹂ ﹁王子のテメエがそれでいいのかよ﹂ まあ、ウラも大変かもしれねーが、元お姫様である以上は、そう いう仕事も仕方ねえことだ。 ハナビも少し寂しく思うかもしれねーが、それでも今この家は賑 やかだからな。 ﹁まあ、今はウラがいねーけど、ハナビはしっかりしてるし、ムサ シもコスモスも癒されるし、何よりも今は﹃将来有望な兄弟弟子﹄ が一人増えたからな。まあ、短期間だけどな﹂ そうなんだよな。今、この家には、ウラが居ない変わりに意外な 奴が先生の弟子として住み込んでいる。 91 本来は遠く離れた神族大陸に住んでいるが、俺がそいつと家族の 連中にラーメンを振舞ってやったら随分と気に入ったようで、これ からも家族に作ってやりたいとのことで、作り方を学びたいと俺に 教えを乞ってきた。 だが、俺自身も別に免許皆伝されたわけでもないから、そこはや っぱ先生の許可をと思ったところ、先生はそいつを気に入り、短期 間だが弟子として店で学ばせることにした。 つまり今この家には、先生、カミさん、ハナビ、コスモス、ムサ シ、そして俺の他にもう一人住んでいる。 その人物とは⋮⋮ ﹁あっ!﹂ そして、俺は思い出した。そいつとジャレンガは、実は微妙な関 係を持っていたことに。 二人の間に直接的なことはなかったと思うが、それでも⋮⋮⋮ ﹁マスター。出前の皿を回収してきた﹂ そして、タイミングよく、その男は帰ってきた。 ﹁おお、ご苦労さん。んじゃ、洗いもんを手伝ってくれ﹂ ﹁心得た﹂ 92 そして、その男の姿を見て、ジャレンガの顔つきが変わった。 それは、二人が顔見知りというわけではなく、単純に今入ってき た男から発せられる異様なまでの存在感を感じ取ったのだろう。 ﹁おや∼? おやおやおや∼? ⋮⋮どういうことかな、ヴェルト 君。こいつ、誰?﹂ その存在感を一言で言うなら、﹃異常﹄。もしくは、﹃桁違い﹄ というものだろう。 常人ではありえぬほどに発達した、ボディビルダーのような筋肉 を搭載した巨躯。 純粋な人間ではあるが、普通の人間とは異質な化け物。 そんな化け物が当たり前のようにラーメン屋の店員として店に入 ってきたのだ。 さすがのジャレンガも驚くだろう。 同時に⋮⋮ ﹁む? ⋮⋮⋮月の瞳⋮⋮⋮月光眼か⋮⋮⋮ヤヴァイ魔王国の者か ?﹂ 同じく男もジャレンガの存在、そしてその異質な空気を察して表 情を変えた。 93 ﹁へえ、強いね? 人間にまだこんなのが居たの?﹂ ジャレンガならば、この世界で強い人間であればたいてい知って いる。 しかし、そのジャレンガが知らない未知の存在が現れたのだ。 当然、臨戦態勢に入るのも無理は無い。 そして⋮⋮ ﹁俺はバスティスタ﹂ その男、バスティスタがまずは口を開いた。 ﹁バスティスタ? ん∼、聞いたことあるようなないような⋮⋮⋮﹂ その名に心当たりが無かったジャレンガは首を傾げる。しかし⋮⋮ ﹁だろうな。だが、こう名乗れば心当たりはあるか? かつて⋮⋮ ラブ・アンド・ピースの最高幹部として、ピイトというコードネー ムを名乗っていた﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮あ゛?﹂ さすがに、それは知っていたのか、ジャレンガの目つきが鋭くな 94 った。 そう、その名を名乗れば、さすがにジャレンガも分かる。 明らかに空気が変わった。寒気のする張り詰めた空気に。 何故なら⋮⋮ ﹁そっか。へ∼、そうなの? じゃあ、君が僕の兄さんを殺したの かい?﹂ そういうことだからだ。 半年前、ラブ・アンド・ピースと名乗る人類最悪の組織は、全世 界全種族を罠にハメ、多大な犠牲を生み出した。 その中でも、ヤヴァイ魔王国は魔王が囚われ、王族にも戦死者が 出た。 それは、ジャレンガにとっての身内。 ﹁俺が直接手を下したわけではないが、間違いなく俺たちが殺した﹂ ﹁ふ∼ん、そうなんだ、へ∼、すごいじゃん?﹂ おい、まさか今この場でおっぱじめるつもりじゃねえだろうな? 勘弁しろよ? ﹁⋮⋮⋮は∼⋮⋮⋮メンドクサ。先生、ちょっと店離れるわ。ジャ レンガそれ食い終わったらついてきな。バスティスタもだ。とりあ えず、一杯奢ってやるから、ここでモメごとは勘弁しろ﹂ 95 心の底から、メンドクサと思った。 だって、もしこの二人がガチで戦いを始めようもんなら、冗談抜 きで王都が半壊してもおかしくねえからだ。 96 第3話﹁そして変態がまた﹂ 前世のクラスメートでドカイシオンという奴が居た。 正直、まったく記憶にない。 だから、お互いの正体が分かって再会したものの、まるでピンと 来なかったことで、相当落ち込まれたことは記憶に新しい。 だが、前世は前世。今は今と割り切って、普通にこれからはダチ と接すれば問題ないと思っていた。 ﹁あのさ、ヴェルト⋮⋮無理なんで﹂ かつてはドカイシオン。今の世界では、ニートと名乗るダチが俺 の前で非常に情けないツラで落ち込んでいた。 地底族という世界でも希少な種族として転生したニート。その片 腕には肉体と一体化したドリルが特徴的。 しかし、他に特徴無し。せーぜい、黒い髪の毛の前髪が垂れて目 が隠れているぐらいの、どこにでも居そうな奴。 諸事情により、地底世界から追い出されたこいつの生活をしばら く世話してやって、今ではこいつも独自の技術で職を得ている。 ﹁そうですよー! こここここ、こんな恐い人たち連れてきて、お 客さん全員逃げちゃったじゃないですかーっ!﹂ ニートの背後から飛び出して文句垂れる、手のひらサイズの可愛 らしい妖精。名はフィアリ。 実はこいつもかつてのクラスメートで、しかもかなりの人気あっ 97 た奴だが、今では何故かニートの彼女というポジションに着き、二 人でこのエルファーシア王国で露店を開いて生活している。 ﹁あのですねー、私とニート君のミックスジュース屋さん、﹃フェ アリーキッス﹄は、若い女の子向けのお店なんですから! なんで すか! 不良! マッチョ! 残虐吸血鬼! こんな三人がカウン ター席を占領しちゃったら、誰も近寄れませんよ!﹂ そう、ニートとフィアリが開いた店は、この世界では珍しい、ミ ックスジュース屋。 最初は、ニートに土木作業なり、ドリルを活かした職でもと思っ たが、フィアリの提案でこうなった。 なんでも、ニートのドリルをミキサー代わりに使うことによって、 異なるフルーツとかがよく掻き混ざったり、攪拌と剪断力に優れて 果実や野菜をジュースにした時の喉越しとか、非常に好評だったの だ。 今では、移動式の屋台車をハートマークやら妖精の絵で装飾され た可愛らしい店と、台車の周りに簡易的なパラソル付きのテーブル と椅子が置かれ、店は常に王都の若い女たちが賑わう大人気となっ ている。 この瞬間を除いて⋮⋮ ﹁他に思いつかなかった﹂ ﹁面倒をかけるな。ニート。そしてフィアリ﹂ ﹁っていうか、地底族に妖精まで居るなんて驚きだね? でも、う るさくない? 殺しちゃうよ?﹂ 98 ニートとフィアリには悪いと思うし、トバッチリだと思うが、勘 弁して欲しい。 正直、俺一人では処理しきれねえからだ。 ﹁とりあえず、ここは俺のおごりだ。おい、ニート、俺はミックス フルーツで﹂ ﹁なら、俺はミックスベジタブルにしよう﹂ ﹁トマトジュースお願いね、まずいと殺すからね?﹂ エプロン姿のニートが、目に見えるほど﹁早く帰ってくれ﹂オー ラを出しながら頷いた。 今にして思うが、俺はこいつをダチだと思うようになってるが、 ニートは俺のこと普通に嫌いだよな? なんでだ? 前世でも現世 でも、そこまで嫌われることをしてないと思うけど。 ﹁ふふ、世界征服した男に奢ってもらうのは貴重じゃない? でも、 別にそんなに気を使わなくてもいいと思うよ? 少なくとも、僕は 復讐だとかダサいことする気はまるでないから。人間みたいに、ヒ ステリックじゃないじゃない?﹂ 復讐なんて考えていない? 意外なジャレンガの言葉に思わず耳 を疑った。 ﹁いいのか?﹂ ﹁ふふふふふ? なーに、それ、別に僕は君たちほど家族に執着も 無いしね? 敵に遅れを取るような無能なバカは、死んだほうがマ ヌケじゃない?﹂ いや、お前もジャックに負けたじゃ⋮⋮と言おうもんなら余計荒 99 れるな。 ﹁家族に対する考え方が随分と極端だな。こう言っちゃなんだが、 もし俺がお前の立場なら、百パー復讐するけどな﹂ ﹁それはほら、君と違って戦争の割り切り方が違うからじゃない? むしろ僕からすれば、君や君の周りの割り切り方も相当だと思う よ?﹂ 確かに言われてみればそうかもしれない。 俺も、俺の仲間も、実は紐解いていけばかなりの因縁がある。 復讐、恨み、憎しみ、抱くには十分すぎるほどの理由が探せばい くらでもある。 でも、結局俺たちは、それに囚われなかった。 探さないと見つからないようなものなら、それをテキトーに放り 投げて、楽しくバカやるほうがよっぽど価値があると思ったから。 ﹁それとも、バスティスタだっけ? 君は気にしてる? 後悔して る? 償いたい? そんなに言うなら殺してあげるけど、どうする ?﹂ そう言って邪悪な笑みを浮かべてバスティスタを見るジャレンガ。 ﹁僕は、ラガイア王子とは違う。混血の血を引こうとも、家族や国 民からそこまで疎まれなかった。でも、愛されても居なかったし、 僕も関心はなかった。だから、死んでよーが生きてよーが、どうで もいいんだよね∼。ムカつくなら殺す。それだけだよ﹂ 100 ﹁そうか。俺もヴェルト・ジーハと同じで、俺の家族が殺されれば 間違いなく、関わったもの全員を殺す。だから、お前が復讐心を抱 いても仕方ないとも思ったが、そういう考えもあるのか﹂ ﹁なに? おまえ? 兄さんが殺されたことよりも、むしろ今の呼 び方の方がむかつくけど? あんまり生意気すぎると殺しちゃうよ ?﹂ これでいいのやら、悪いのやら、よくは分からん。 正直、ジャレンガ自体の性格や割り切り方もどうかと思うが、ま あ、それはお互い様なのかもしれねえな。 たとえジャレンガがこんな性格でも、逆にこういう性格のおかげ で、めんどくさい復讐劇に展開が広がらないんなら、俺は別にそれ で構わなかった。 そもそも、家族への想いなんて、人それぞれ。それこそ、﹁ヨソ はヨソ。ウチはウチ﹂ってなもんだ。 ならば、それでいいのかもしれねーな。 ﹁はい、ミックスフルーツ、ミックスベジタブル、トマト100パ ーセント﹂ 今にも死にそうなほどテンションの低いニートがカウンター越し から俺たちの前に置いたそれぞれのジュースは、カラフルな色合い で、可愛らしいもんだった。 少なくとも、ゴツイ男が三人並んで飲むものじゃねえが、まあ、 今日ぐらいはいいだろう。 101 ﹁んじゃ、過去は置いとくとして、奇妙な出会いに乾杯とするか﹂ ﹁ふっ、奇妙か。確かにそうだ﹂ ﹁奇妙? なにそれ、僕のこと? 殺しちゃうよ?﹂ ﹁あの、喧嘩してもいいから、お願いだからここではやめてほしい んで!﹂ ﹁っていうか、出禁にしますからねー、本当にッ!﹂ まさか、このメンツで集う日が来るなんて、半年前は全く想像も できなかった。 ﹁うむ、栄養価が豊富だ。見事な仕事だ、ニート﹂ ﹁へ∼、いい野菜使ってるじゃない。ヴェルトくんの奢りだから、 もう一杯ね。今度はこのスイカジュースね。これもまずければ殺す よ?﹂ これも妙なめぐり合わせと、戦いが本当に終わったことゆえに生 まれた縁なのかもしれねえ。 なんか、感慨深くなって、俺はフルーツジュースを一気に飲み干 した。 ﹁おー、ヴェルト! お前、そんなとこに居たのか。新弟子の兄さ んも﹂ その時、カウンターで一杯やってる俺たちを、店の常連客のおっ さんが偶然通りかかって俺たちに声を掛けた。 ﹁あのよー、今、店に変な客が居るぞ?﹂ 102 ﹁変な客?﹂ ﹁ああ。天使のような翼を生やしたスゲー美人と、ちっちゃくて可 愛い亜人の女の子なんだよ﹂ その特徴を言われて、俺は特定の二人を頭に思い浮かべた。 ﹁エルジェラとユズリハか?﹂ 天空族と竜人族の俺の嫁。あの二人が、来たのか? ようやく自由になったかと思ったのに、こんなに早く来られると、 何だか微妙な気分になってきた。 ﹁君のお嫁さん?﹂ ﹁多分な。つーか、先生にはキチンと紹介しねーといけねーし、あ ∼あ、メンドクサ﹂ 少し気が重くなりながら、俺は三人分のジュースの代金をカウン ターに置いて、さっさと店に戻ることにした。 ﹁まいど﹂ ﹁ありがとーございましたー。またご利用の際は連れてくる人をち ゃんと考えてくださいねー?﹂ さっさと帰れと空気で伝わってくるニートとフィアリの気持ちを 背中に感じながら、ジャレンガもバスティスタもグラスのジュース を飲み干して立ち上がる。 まあ、こんな慌しい中で二人の微妙な関係性が解消されるわけで もねえが、とりあえずいきなり殺しあうとか無さそうでホッとした。 103 ﹁やれやれ、何だか気が抜けちゃったな∼。ヴェルト君、とりあえ ず、そこの筋肉君のことはどうでもいいけど、妹のことは考えてく れるでしょ?﹂ ﹁だから、何でそーなるんだよ。つか、その話題、家に帰ったら絶 対にすんなよな? ユズリハなんかにバレようもんなら、噛み殺さ れる﹂ ﹁え∼、あのジャックポット王子の妹のチビジャリでしょ? 関係 なくない? 文句言おうもんなら、僕が殺しちゃうよ?﹂ ﹁やめろやめろ。ユズリハはテメエが苦手なんだよ。怯えさせたら かわいそうだろうが﹂ そういえば、ユズリハはジャレンガのことを生物的に恐怖してい たな。初めて出会った頃なんて、俺の後ろに隠れていたぐらいだ。 そんなユズリハがジャレンガの妹なんて引き合いに出されようも んなら、あの生意気なユズリハが大泣きしちまう⋮⋮ん? それは それで見てみたい気もするが⋮⋮ ﹁ヴェルト・ジーハ。見ろ、店の前に人だかりだ﹂ ﹁ん? おお、ほんとだ﹂ バスティスタに言われて顔を上げると、確かに店の周りには人だ かりが出来ていた。 誰か有名人でも居るのか? って、あの二人に決まってるか。 特に、エルジェラに関しては、天使で爆乳で、ツラなんて金髪ロ ングの清楚な美人。そこに居るだけで誰もが息を呑むような魅力的 な女神のような女。つーか、よく俺と結婚する気になったと今でも 104 思う。 だが、そんな女がむさ苦しいラーメン屋に現れりゃ、そりゃー誰 もが一目見ようと人だかりが出来るに決まってる。 まあ、そんな女が俺の嫁ということで、少し恥ずかしいような誇 らしいような気分になった。 ﹁おお、ヴェルト! 帰ってきたのか!﹂ ﹁今、店にスゲーのが居るぞ!﹂ 野次馬たちが俺たちの存在に気づいて、二つに分かれて道を開け る。 俺たちはその間を通り抜け、俺の帰りを待っているであろう嫁た ちに、﹁ただいま﹂と﹁ようこそ﹂を言ってやろうと思った。 だが⋮⋮⋮ ﹁おのれ、ジーゴク魔王国め! 魔王キロロめ! いい度胸だ! 今に見ていろ、我が夫を奪還するためならば、私はいかなる手段を も行使する!﹂ ﹁ううううう、ひっぐ、ひっぐ、カイザーのいけずなのだ! イジ ワルなのだ! わらわを、わらわを追い出すなど、あまりにもひど すぎるのだ!﹂ そこには、確かにとびきり美人な天使が居た。 ちっちゃくて可愛い亜人の娘が居た。 105 うん、確かにそれは間違ってねえ。 でもさ⋮⋮ ﹁おお、婿殿ではないか。待っていたぞ、お前の帰りを﹂ ﹁ヴェルトなのだ! 遅いのだ! わらわが来てやったというのに、 どこで道草食っていたのだ!﹂ 店の中では、先生が無言で腕組んだまま難しい顔で硬直している。 コスモスが嬉しそうにハシャイでいる。 ハナビとカミさんは、よく分からずに首を傾げている。 そしてムサシは店の隅っこで怯えたように丸くなっている。 ﹁とととと、とにょ∼、どどどどうしてこの方が?﹂ うん、正にその通りだよ。 ﹁なんだ、婿殿。かりにも義理の姉が尋ねて来てやったというのに、 その顔は。中年があまり眉間に皺をよせると、余計に年老いて見え るぞ?﹂ まだ、十八の男を中年とほざくこの女。 紫のロングへヤーを靡かせて、白の軍服、そして戦闘帽、下はパ ッツンパッツンのミニスカート。 そして、スレンダーの体型の上に、俺の嫁といい勝負の胸。 そう、その女こそ、天空族最強。超魔天空皇リガンティナ。 106 ﹁ほんとなのだ! おまけに遅いのだ。あまりにも遅いから、退屈 しのぎにそこのムサシをレイプするところだったのだ﹂ のっけから豪快なストレートパンチを放つこの女。 白スク水のようなフィット感のある服に、黒いマント、黒ニーソ。 こんがりと狐色な髪の毛と、まんま狐耳。 だが、何よりも特徴的なのは、その尻尾。ふんわりもっさりとし た狐の尻尾が、九本も生えていることだ。 そう、その女こそ、前・四獅天亜人。淫獣女帝エロスヴィッチ。 まさかの濃すぎる珍客に、俺もリアクションに困っていた。 しかし、何でここに? ﹁婿殿。実は頼みがあって来た﹂ ﹁ヴェルト。頼みがあって来たのだ﹂ そして、そんな二人の俺への頼み? ﹁魔王キロロから、ジーゴク魔王国への永久入国禁止処分を受けた。 なんとかして欲しい﹂ ﹁お前の国の防衛大臣に就任したカイザーから、お前の国への永久 入国禁止処分を受けたのだ。なんとかして欲しいのだ﹂ なにやらかしたんだよ、この二人は! 107 ﹁⋮⋮⋮⋮とりあえず、もう一杯飲みに行くか?﹂ 心の中で、ニートとフィアリに謝っておいた。 108 第4話﹁短い自由時間だった﹂ ﹁ヴェルト∼∼∼∼∼∼﹂ ﹁恨みますよ∼、ヴェルトくん﹂ すぐに帰ってきて、またもや濃すぎる客を連れてきた俺に呪いの ような言葉を浴びせるニートとフィアリに、﹁ワリ﹂と謝り、俺は とりあえずもう一度カウンターに座った。 ﹁つーか、リガンティナ。エルジェラが仕事で天空世界に戻ったの に、テメエはなにやってんだ?﹂ ﹁仕事? なにを言っているのだ? エルジェラはお前との結婚式 を行うにあたって、皇家のもっとも神聖なる神殿の手配や出席者の 招待をするために戻っているだけだぞ?﹂ ﹁えっ、な、なにっ?﹂ ﹁それとだ。その結婚式には私を含めた全皇女姉妹に、我らのそれ ぞれの母皇も出席するので、そのつもりでいろ。みな、お前と会う のを楽しみにしている﹂ 知らなかった。つうか、エルジェラの奴、俺に内緒で何をやって んだ? まあ、俺がそばに居ても手伝うことなんてできねーから、仕方ね えけど、別に一言ぐらい言ってくれてもいいのによ。 109 だが、それはさておき、まずは目の前の問題だ。 ﹁んで、お前は何をやらかした?﹂ まるで仕事に失敗したOLの隣で飲んでいるサラリーマンになっ た気分に浸りながら俺が尋ねると、リガンティナはグラスを両手で ギュッと握り締めながら、ムッとしたように語りだした。 ﹁やらかしただと? 人聞きの悪いことを。私は後ろめたいことな ど何もしていない。ただ、愛する夫と会うために、ジーゴク魔王国 に単身で乗り込んだだけだ﹂ ﹁ほほう﹂ ﹁魔王キロロは人の夫を国に連れ帰っただけでなく、私を遠ざけよ うとする。それがあまりにも我慢できなくてな、一言文句言ってや ろうと忍び込んだのだが見つかった﹂ ﹁ふむふむ﹂ ﹁城に忍び込んだまでは良かったのだが、小腹が空いたので途中の 脱衣所で寄り道してラガイアの下着を見つけたので食べていたのだ が、そこを見つかった。敵地で食事に集中して警戒を怠ったのは私 の落ち度だが﹂ ﹁ほうほう⋮⋮⋮⋮よし、そこで待て! テメエは何をド変態なこ とをやらかしてんだよ!﹂ 110 思わず飲んでたパイナップルジュースを吹き出してしまった。鼻 に果実が詰まるほどの勢い。 この女、凛とした態度で何をほざいている? しかも、何でこいつがムッとした顔をし返して来てんだよ! ﹁ド変態だと? ふざけるな! 惚れた男に会うために仕方なかっ たのだ。確かに不法侵入と言われれば反論できぬが、ド変態はない であろう!﹂ ﹁そのあとの件だよ! テメェ、ラガイアのパンツ食ったとかどう いうことだ!﹂ ﹁違う、食べかけだ。飲み込むまでには至らなかった。口に含んで モゴモゴしゃぶっていたところに、六鬼大魔将軍とやらに見つかっ てな﹂ ﹁そこだよそこ! 何、パンツ食おうとしてんだよ! ド変態の極 みだろうが?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮? おい、好きな男の下着を口にすることが、 地上ではそれほどの罪だとでも言うのか?﹂ ﹁天空だろうと地底だろうとド変態だよボケナス! エルジェラは そんなことしねえよ!﹂ ﹁そんなはずはない! エルジェラとて、きっと洗濯カゴからお前 の衣類を見つけては顔をうずめたり匂いを嗅いだりしているだろう 111 !﹂ ﹁それはもっと可愛らしいやり方をしてんだろうが! テメエみた いなイッちまった目でモグモグまでぜってーやらねえし!﹂ そう、やり方が違うはずだ。 そういえば、昔、ウラが俺の洗濯物の服を愛おしそうに抱きしめ て顔を埋めてウットリしていたことがあったな。それまではセーフ だ。むしろ、微笑ましい。 だが、食うのはアウトだ! 食うのは! ﹁あ∼、もう、頭いてえ。そりゃー、ラガイアの身の危険を考える と、キロロがテメエを入国禁止にしたのは分からんでもねえ﹂ ﹁な、んだと! それはあまりにも無慈悲。どうにかならぬのか?﹂ どうしろっつーんだよ。 んで、いきなり物凄いストレートパンチをぶちかまして来たリガ ンティナに続き、このロリババアは何をやらかした。 ﹁んで、エロスヴィッチ。テメェの場合は、大体想像つくけど、と りあえず、何をやらかした?﹂ ﹁ムカッ! わらわをそこの小児愛者と一緒にするななのだ! わ らわは、ただ、カイザーの役に立ちたかっただけなのだ﹂ そう言って、シュンとした様子で語りだしたエロスヴィッチは⋮ ⋮⋮⋮ ﹁カイザーに会うために、わらわはお前の作った国に行ったのだ。 112 しかし、忙しそうなカイザーは構ってくれないのだ。だから、わら わもできることは手伝おうと、そこのバスティスタが育てている孤 児たちの遊び相手や勉強に付き合うとしただけなのだ﹂ ﹁ほうほう。⋮⋮⋮⋮ん?﹂ なに? バスティスタが面倒見ていた孤児のガキたちだと? そ の瞬間、我関せずだったバスティスタの肩がピクリと動いたのが分 かった。 ﹁そして、勉強で情操教育も必要だと想い、わらわが黒板に愛撫に 必要な所作や相手が感じる場所やイチモツの扱い方から、前戯や体 位の種類などを書き出したら、カイザーとチロタンにソッコーで捕 まって、国の外へ放り出されたのだ!﹂ ﹁はいっ、アウトオオオオオオオオオオオオオオオ! それ、アウ トオオオオオオオオッ!﹂ んなことだろーと思ったよ! ほとんど年齢一桁のガキ相手に、なんつーことを教えてやがるッ !﹂ まさかのエロスヴィッチ先生の授業は、案の定そういう内容かよ ! むしろ、それはカー君とチーちゃんの判断が正しいだろうが! ﹁エロスヴィッチ。貴様、俺の家族になにをした!﹂ 113 ﹁ナニもしていないのだ! むしろ、誰かが教えてやらねば、一般 常識が欠けたままになってしまうのだ! わらわはそれを危惧して、 教えようとしただけなのだ!﹂ ﹁そういう次元の話ではないであろう。貴様の教えなど、言葉一つ だけでも品性に欠ける下劣なものだ﹂ ﹁ムカッなのだ! わらわの崇高な教育にケチつけるとは、生意気 なのだ! 大体、お前の家族も一番上は十歳なのだ! 年齢が二桁 に突入したならとっくに経験済みでもおかしくないのに、あいつら はまるで無知だったのだ!﹂ ﹁十歳なら? 貴様、それは誰を基準に言っている?﹂ ﹁ん? イーサムとか?﹂ こわもてだが、意外と温厚なバスティスタからブチっと音がした 気がした。 俺がツッコミを入れるまでもねえ。あかんよ。いかんよ。いかん ぜよ、エロスヴィッチ。 ﹁ヴェルト∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼﹂ ﹁うわああああああん、ヴェルトくん、もう勘弁してくださいよ∼ ∼∼っ! 私とニート君のホーリーランドをこれ以上カオスランド にしないでくださいよーっ!﹂ ほんと、ゴメン。もはや営業妨害クラスの空間を作り出したこの 場には、王国の民など怖くて誰ひとりとして近づかない。 114 ﹁ねえ、うるさいよ、殺しちゃうよ? あと、そこの地底族と妖精。 スイカジュースをおかわりしていいかな? 品質落としたら殺すよ ?﹂ ﹁そこになおれ、エロスヴィッチ。害しか生まぬ老害など、今この 場で握りつぶしてくれる。あの子達には汚れ一つ足りとも与えん﹂ ﹁ああ? たかが筋肉程度で調子にのるななのだ。どんなに筋肉質 とはいえ、この世にカイザーの鼻魔羅を超えるモノなど存在しない 以上、わらわが慎む必要などないのだ﹂ ﹁とにかくだ、婿殿! お前は前魔王で今、貴様の国で宰相をして いるキシンとは無二の親友でもあり、現魔王のキロロとも交友関係 があるはず。どうか、私とラガイアを会わせてもらえるよう、便宜 を図って欲しい!﹂ 一人一々が世界最強クラスの力を持ちながら、決して交わらぬ個 性たちの集い。 ハッキリ言ってこれを捌ききるのは、俺ひとりじゃまず無理だ。 なのに、何でこいつら一挙に集合してんだよ。 ﹁は∼∼∼∼∼∼、嫁たちから解放されたのに⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮短 い自由時間だった﹂ 今日の夕焼けは、とても切なく見えた。 115 第5話﹁手料理﹂ ラーメン屋の夜は遅く、朝は早い。昼時目指してスープの準備含 めてやることは色々とある。 既に習慣となった早起きも、もう慣れたもの。 そして今は、朝目が覚めて俺の胸に顔を埋めるように眠る愛娘と 愛妹の温もりと寝顔で一気に清々しい気持ちになる。 ﹁うにゅ∼、パッパ∼、マッマ∼﹂ ﹁ん、ん∼、に∼ちゃん、ねーちゃん﹂ 思わず抱きしめたくなる衝動を抑えながら、二人を起こさないよ うに軽く頭を撫でる。 ﹁とにょ∼﹂ そして、部屋の片隅で寝所の警護とかほざきながら、ヨダレ垂ら して壁際でもたれるように眠るムサシに癒されながら、俺の朝は始 まる。 ﹁さ∼て、やるか﹂ 正直、昨日は大変だった。 バスティスタとエロスヴィッチが一触即発になるは、ジャレンガ がジュースにハマるは、リガンティナがキロロ打倒を叫ぶはで、王 都の中心で周りに人が誰も寄り付くかなくなる事態が発生した。 結局、無理やりな理由をつけてあの場は解散させたが、正直これ からどうなるか分からねえ。 116 ﹁起きたか?﹂ ﹁お∼、バスティスタ。お前もバイトのくせに早起きは問題ねーん だな﹂ 顔を洗いに洗面所に向かうと、そこには鏡を完全に覆い隠すほど の巨漢の男が既に居た。 タンクトップに、スエットのようなダボダボのズボン。マッチョ には余計に似合うもんだとしみじみと感じさせられた。 ﹁朝は問題ない。ラブ・アンド・ピースに居た頃も、出社前には子 供たちの朝食や洗濯もあったからな﹂ ﹁お前さ、そのギャップなんなの? 脳筋パワーファイター型のく せに、何でそんなに家庭的な父子家庭の大黒柱キャラなんだよ﹂ ﹁それはこちらのセリフだ。粗野な性格で、自己中心的な男のくせ に、娘や妹に向ける顔はしまりがなさすぎる﹂ ﹁仕方ねーだろ? あんだけ可愛いんだ。口が緩むってもんだ﹂ ﹁ふん。ならば、俺もお前と同じだ。かつては暴力的な本能の赴く ままに暴れていた俺の野生など、愛おしいものの前には簡単に折ら れた。それだけのことだ﹂ そう、こういうところかもしれねえ。 正直、先生や俺が、バスティスタとこうしてうまくやれてんのは、 単にこいつが俺の前世のクラスメートの縁者だからじゃねえ。 117 単純に、人間的に俺も先生もこいつのことが嫌いじゃねえ。 確かに過去は色々とあったし、ラブ・アンド・ピースでやらかし ていた頃のことは、忘れていいもんではないかもしれないが、それ でも、こいつの家族に対する想いは本物だ。 こいつもまた、荒れた性格で人生を歩んできたんだろうが、家族 を持って変わった。何となく、シンパシーを感じていた。 ﹁にしても昨日は大変だったな。珍客変客の襲来でな﹂ ﹁ああ。だが、ジャレンガ王子は気にしていない様子だったが、そ れでも複雑な気分は拭えない。俺は金のために世界を敵に回し、俺 の同僚が奴の兄を殺した﹂ ﹁ああ? だったら、今でもノウノウと生きてるテメェのとこの元 社長と元副社長は何だ? 人類大連合軍は? 四獅天亜人は? 七 大魔王は? どんだけ他種族殺しまくってると思ってんだよ。それ こそ考えだしたらきりねえし、憎しみぶつけられたら考えなきゃな んねーんだろうが、その張本人がどうでもいいと言ってることを、 テメエが悩んでどーすんだよ﹂ ﹁それはそうだが﹂ ﹁なら、朝っぱらから胃が重たくなるような話はするんじゃねえよ。 雑念入れてスープ作りすると、この店のガンコオヤジから鉄拳制裁 食らわされるぞ?﹂ だからこそ、こいつにも余計なことをウダウダ考えて欲しくなか った。もう、掘り返すのもやめて欲しかった。 118 これが今の俺たちなんだから、もうこれでいいじゃねえかと 俺のそんな軽い言葉がどこまでこいつに届いたかは分からねえが、 それでもほんの少しだけバスティスタは気持ちが軽くなったかのよ うな表情をした。 ﹁ヴェルト・ジーハ﹂ ﹁おう﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮救われる﹂ 面と向かって言われると、ムズ痒いやら恥ずかしいやらな気分だ。 ﹁んな大したこと言ってねーよ。ただ、俺は難しいこと考えるのが 嫌いなだけなんだよ﹂ そう、それだけだ。だから、気楽に俺は何でも物事を考える。そ れが正しいか正しくないかなんて、俺にはどうでも良かった。 ﹁さ、話は終わりだ。さっさと仕込みの準備を︱︱︱︱︱︱﹂ と、階段降りて店の準備に取り掛かろうとしたら⋮⋮ ﹁パーコパーコパッコパッコ、ハーメハッメハッメ、ズッボズボ∼ ♪﹂ 史上最悪な鼻歌を歌っている白スク水のようなコスチュームにフ リルのついたエプロンを装着し、九つの狐の尻尾をフリフリしなが ら機嫌良さそうに厨房に立っている、一人のロリババアに俺たちは 目を疑った。 119 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮おう⋮⋮⋮⋮起きたかテメェら﹂ ﹁おはよう、ヴェルくん、バッくん﹂ 俺たちより早く起きていた先生は非常に難しい顔をしながら腕組 んでカウンターに座っていた。 ﹁せ、先生? カミさん?﹂ ﹁マスター、これはどういうことだ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮いや、こいつが世話になる礼だと言って朝食を作るとか 言ってな﹂ ﹁あの高名な四獅天亜人のエロスヴィッチ様の手料理を堪能できる なんて、私はほんと幸せね。あとで自慢しなくっちゃ﹂ エロスヴィッチの手料理だと? どういうことだ? 軽快な包丁 の音、厨房をダンスするかのように軽快な動きで移動し、確かに調 理には慣れていると思われる。 でもだ、何だ? この異臭のような匂いは。なんだ? 鍋の湯気 が紫なんだが? ﹁おはようなのだ、ヴェルト、バスティスタ。昨日は騒がせて悪か ったのだ。昨日の侘びとこれから世話になることへの気持ちを込め て、わらわが手料理を披露してやるのだ♪﹂ ニコ∼っと笑うエロスヴィッチは、正体と本性を分かっていなけ れば、確かにドキッとするような可愛らしい笑みだった。 120 だが、正体と本性を知っているからこそ、怖かった。 そして、 ﹁あとで、お前の娘や妹にも食わせてやるといいのだ。ほれっ!﹂ 九つの尻尾の上に複数の皿を器用に乗せて俺たちが並ぶカウンタ ーの上に次々と料理を乗せていく。 朝から随分と多くねえか? なんかヘビーな気が⋮⋮⋮⋮ ﹁うぐっ!﹂ ﹁ぬっ﹂ ﹁うごおおっ!﹂ ﹁えっと⋮⋮これは?﹂ そして、俺たちは一瞬で表情が引き気味に硬直した。 そこに並べられた料理は⋮⋮ ﹁まずは端から説明すると、アシカのイチモツに馬の睾丸を蛇酒で 絡めた︱︱︱︱︱﹂ おお♪ ﹁食えるかああああああああああああああああああああああああっ !﹂ 121 ﹁ああああああああっ、ヴェルト、なんてことをするのだあああっ ! せっかくの、わらわ秘伝の精力増強絶倫料理をっ!﹂ ﹁エロスヴィッチ! 貴様、俺の家族にはこのようなゲテモノを振 舞っていないだろうなっ!﹂ ﹁バスティスタまで、なんなのだ、その暴言はッ! わらわだって 振舞ってやりたかったのに、カイザーが厨房には入れてくれなかっ たのだ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮どこから仕入れてきやがったんだ? こんな食材﹂ ﹁そうなのだ! 仕入れようとしても、この国は食材がなかったの で、わらわが夜なべして狩りをして解体して入手してきた食材だっ たのだ! それを、酷いのだ!﹂ ﹁きゅ∼∼∼∼∼∼∼∼∼パタン﹂ ﹁のわああああっ! おい、女よ、なぜ気絶するのだあああああ!﹂ んなことだろーと思ったよ! 朝からヘビー級のパンチどころじ ゃねえ。ジャイアント級の豪腕を食らわされたかのような一撃。 ﹁うぷっ、つか、見ただけで吐き気がする。テメェ、これをハナビ とコスモスには絶対に見せるんじゃねえぞッ! わかったなッ!﹂ ﹁し、しどいのだ∼! あんまりなのだ∼! カイザーもそんなこ とを言って、一口も口をつけずにわらわの丹精込めた手料理を引っ 122 くり返したのだ∼、うえ∼∼∼∼ん﹂ ﹁泣いたって騙されねえぞ!﹂ ガキのように﹁え∼∼∼ん﹂と泣くエロスヴィッチだが、まるで 心が痛まねえ。 ﹁わ∼∼∼ん、いじわるいじわるいじわるいじわる! いじわるな のだ∼、プンプンなのだ∼!﹂ ﹁おい、テメェこの場にいる誰よりも年齢が上なくせに、それはど うにかならんのか?﹂ 床にひっくり返って、両手足をジタバタさせて泣きじゃくるエロ スヴィッチ。 いい加減、うるさい。ここは力づくで追い出して⋮⋮⋮ ﹁殿ーっ! どうされたでござる! 今、何やら奇声のようなもの が⋮⋮⋮ぬぬ? こ、これはエロスヴィッチ様。それにみなさん、 どうされたでござる?﹂ 騒ぎを聞きつけ寝起き寝巻きのままで登場したムサシは寝ぼけた ツラのままで寝癖状態で首を傾げる。 それを見て、エロスヴィッチは⋮⋮⋮ ﹁ふにゅ∼、お∼、バルナンドの孫娘∼、聞いて欲しいのだ∼、こ 123 やつらわらわの手料理を口もつけずに食えぬとほざくのだ∼︸ ﹁えっ、ええ、えええ? え、エロスヴィッチ様の手料理にござい ますか?﹂ あっ、なんか嫌な予感がしてきた。 そして、それは俺だけじゃなく、先生たちも感じたようだ。 ﹁ムサシはどうなのだ? ムサシもわらわの料理を食べぬと言うの か?﹂ ほら、やっぱりそうなったよ! ﹁なにをっ! 愚問にございまする! 拙者はムサシ! 我ら亜人 族の生ける伝説にして英雄エロスヴィッチ様の手料理を戴けるなど 恐悦至極にございまする! 拙者、米粒一つも残さぬでござる!﹂ ほら、そうなるんだよっ! 一気に目を覚ましたムサシが、男前 に宣言する。 あ∼、もう、このムサシはどうして想像通りの言葉を言っちゃう のかね∼ ﹁じゃあ、これ、食えなのだ﹂ ﹁はは! ありがたく! ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮うえっ?﹂ そして、すぐに硬直した。 顔面硬直させて、唇の口角がヒクヒク痙攣している。 目を大きく見開いた状態でこっちを見てくる。 124 ﹁え、エロスヴィチ様、ち、ちなみにどのような献立でごじゃるか ?﹂ ﹁ん? おお、そうなのだ! では、説明するのだ!﹂ ムサシの前に用意される、ゲテモノ料理大集合。 ﹁アシカのイチモツと馬の睾丸を蛇酒で絡めて炒めたソテーに、毒 蛇内蔵の踊り食い、亀の︱︱︱︱︱︱︱︱﹂ ﹁ほわあああああああああああああああぅ! と、とにょ∼!﹂ ﹁武士に二言はねーよな、ムサシ。骨は拾ってやる﹂ ﹁ふにゃあああああああああああ!﹂ もう、ボロボロ涙流してムサシは完全にテンパった状態。 そして目の前にも、同じく瞳をウルウルさせた状態のエロスヴィ ッチが、 ﹁ひっぐ、やっぱり、嘘なのだ?﹂ ﹁はぐうっ! ぐっ、ぐうううっ!﹂ さすがムサシ。亜人の大先輩な英雄相手に無下なことはできない と、必死に葛藤している。 そして、 ﹁いただきますでごじゃるううううううううううううううううっ!﹂ それは、正に獲物を喰らう虎。 強き獣が弱肉強食の世界の頂点に立つため、食うか食われるかの 命懸けの世界に身を投じる野獣のごとき、一心不乱な姿。 ムサシには悪いが食べている姿を見るだけで吐き気がする。 125 ﹁はむ∼ッ!﹂ そして、食い始めて数秒後、なにやらムサシの様子がおかしい。 体が硬直して固まっている。プルプル震えている。 なんだ? 吐くのか? いや、の割には様子が変だ。 ﹁ムサシ?﹂ ﹁おい、どうしたってんだよ、ムサシ﹂ ﹁ムサシちゃん?﹂ ムサシの目が熱を帯び、頬が熱く蒸気している。 一体何事だ? ﹁と、殿、せっしゃ∼、せっしゃ∼、なんか、む、むずむずするで ござる∼せ、せっしゃ、せっしゃの体、どうなってしまったでござ る?﹂ なに? ムズムズ? しかし、確かに何だかムサシの表情が艶っ ぽく、トロントしている。 ﹁だから言ったのだ。精力増強絶倫料理なのだ。これを食えば、亜 人の娘など強制発情期に叩き落とすほどの栄養満点なのだッ!﹂ ﹁今、発情期にさせてどーすんだよっ! つうか、俺らが食ったら どーするつもりだよっ!﹂ ﹁はぐわっ!﹂ 126 そーいや、そうだったよ。こいつ、そういうやつだったよ! 良かった∼、俺ら本当に食わなくて。 だが、ムサシはムサシで∼ ﹁は、はう∼∼∼∼、と、殿∼∼∼∼、との∼∼∼、ううう∼∼∼、 ううう∼∼∼∼っ!﹂ 涙目で訴えるかのように俺を見るんじゃねえ。股をムズムズさせ るなっ! っていうか、ムサシ、お前、息遣いが荒くなってねえか? ﹁ふしゃああああああああっ! しぇっしゃ∼∼∼! しぇっしゃ ー! 心臓が破裂しちゃうでごじゃるッ! あちゅいでごじゃるー ーっ! ふにゃああ、にゃああっ! にゃああああん!﹂ 狂った猫のように床にゴロゴロ転がって身悶えさえまくってるム サシ。 もう、ここまで来ると普通に心配だ。ムサシ死なねーだろうな? ﹁おい、エロスヴィッチ! テメェ、どう責任取るんだよッ!﹂ ﹁んん? ん∼、なら、まあ、うん。わらわが責任もって性欲処理 の相手をしてやるのだ∼♪﹂ 男はカー君だけ。女ならば誰でも平らげられるエロスヴィッチの 目がキラリと光る。 うわ∼、ムサシ、かわいそうに⋮⋮⋮ 127 ﹁いやにゃああああっ!﹂ ﹁ぬぬっ? おい、ムサシ、わらわが沈めてやるのだ。ほれ、落ち 着くがよいのだ!﹂ ﹁いやにゃああ、いやにゃでごにゃるうううっ! しぇっしゃ、殿 のものでごじゃるううっ! いやにゃああ! 殿以外にいやにゃあ あっ!﹂ しかし、ブッ壊れたままでも尚も俺への忠義を貫くムサシ。おお、 天晴ッ! でも、ワリ、俺にはどうしようも⋮⋮⋮ ﹁あ∼∼∼∼∼∼∼、ったく、まあ、あのジャレンガとかいう奴の 言うとおり、今更だしな⋮⋮⋮しゃーねえ、このままじゃムサシが 死んじまうし、ウラには黙っておいてやる。おい、バスティスタ! ヴェルトとムサシを﹂ ﹁承知した﹂ えっ? どうしたんだよ、先生? ﹁っておい、バスティスタ! 俺とムサシを抱えてどうするつもり だよっ!﹂ ﹁今日は、俺がお前の分まで働こう。お前はお前の仕事をしろ、ヴ ェルト・ジーハ﹂ ﹁にゃ∼∼∼、にゃーーんっ! にゃ∼∼∼っ!﹂ 128 いきなり、俺とムサシを肩に無理やり担いで階段を上るバスティ スタ。 すると、別れ際に先生がガックリと肩を落とし、エロスヴィッチ が俺を羨ましそうに見ている。 ﹁鍵はしめていく﹂ ﹁ってをいっ!﹂ そのまま、俺とムサシを空き部屋のベッドに放り投げるバスティ スタは、鍵まで締めて行きやがった。 おい、まさかっ! ﹁うふ∼∼∼、うにゅうう∼∼∼∼、うんにゅううううううっ!﹂ いや、そのまさかだった。 部屋の鍵を締められて、密室に閉じ込められた、俺とムサシは二 人きり。 そして、ムサシは完全発情状態。 なら、もう答えは決まってる。 ムサシはまだギリギリの理性から、よだれを垂らしながらも懸命 に耐えているも、部屋の鍵がガチャりと締まった音がした瞬間、も はや目を血走らせて俺に飛びかかってきた。 ﹁うんにゃああああああっ! とにょおおおおおっ!﹂ ﹁ちょっ、ムサッ︱︱︱︱︱︱︱︱︱﹂ ﹁むちゅううう、ぶちゅうう、あぶりゅうう、お、おゆるしをおお っ!﹂ 獣のように舐るように俺の口内に舌を侵入させて来たムサシは、 129 とにかく唇を俺に押し付けてきた。 ﹁ぷっはっ!﹂ ﹁ぶはっ、ごほっ、ごほっ、つっ、む、ムサシ、お、落ち着︱︱︱ ︱︱︱﹂ ﹁ごめんでごじゃるううっ! あむあむあむ!﹂ ﹁ぬおっ、くすぐった、く、首アマガミすんなっ! な、舐めるな ッ! 吸い付くなっ!﹂ ﹁とにょおおお、拙者ーっ! せっしゃーーっ! しぇっしゃわー ーっ!﹂ ああ、もうアカンわ。もう、こいつ何をやっても無理だ。 気絶させても、無意識に襲いかかってくるぐらい、今のムサシの 興奮状態は常軌を逸している。 これが、亜人の発情モード。 ﹁御免ッ! せっしゃはもう、あとでセップクしようと、もはやた えられませぬうううっ!﹂ 色気もクソもない。身につけていた羽織袴を強引に脱ぎ捨てて、 今度は俺の服をビリビリに破いて来た。 ﹁ふえええええん、との∼∼∼∼! との∼∼∼∼∼!﹂ もう、言うことが聞かない自分に涙を流しながらも、ムサシは自 分ではどうしようもない体で、俺を締め付けるかのように抱きつい て、求愛してくる。 ﹁ぐっ、お、俺もいかん﹂ 130 そう、そして俺もイカン。 嫁から解放されて自由になった俺。 しかし、逆を言えば、嫁がいないことで、ストレスは解放された が、逆にたまっちまったもんもあるわけで、あ∼∼∼∼∼∼、もう、 くそっ! ﹁ていっ!﹂ ﹁んにゃん!﹂ もう、俺もどうでもいいや。 体を反転させて、俺に覆いかぶさっていたムサシと態勢を逆転さ せ、攻守交替の態勢。 俺を見上げて、固まるムサシに、俺はもう観念して言ってやった。 ﹁これは浮気じゃない﹂ ﹁殿?﹂ ﹂ ﹁あ∼∼∼∼∼もう、くそっ! 行くぞコラッ! ペットの救助だ ! 亜人の発情期なんか軽く打ちのめしてやるッ! ﹁へっ? はう、とにょ? あ。あーーーーーーーーーーーーっ!﹂ 俺とムサシが次に解放されたのは、正に昼の時間真っ只中の時だ った。 131 第6話﹁マナーの悪い客﹂ それは、先生が倉庫に食材を取りに行くために、少し場を外した 瞬間に起こった。 ﹁よし、そこのエルファーシア王国騎士団の小娘ども、一列に並ぶ のだ。そして、わらわの前でスカートをたくし上げるのだ。パンツ チェックなのだ﹂ ︱︱︱︱︱︱ぶっぼおおおおおおおおおっ! クソロリババアの躊躇いも恥じらいもない発言は、昼時の混雑時 の店内で、ラーメンすすってる客の口から鼻から麺を噴出させた。 ﹁えっ?﹂ ﹁えええええっ?﹂ ﹁私たちに言ってんのかい?﹂ ﹁ひゃう、あの、えっと、やですーーーっ!﹂ ターゲットにされたのは、今日もいつも通り昼休みを利用して店 に来ていた、サンヌ、ホーク、ハウ、ペットの四人だった。 今日は、シップたちは仕事が伸びてるとのことで女子四人組での 来店だったのだが、今日に限ってエロスヴィッチのターゲットにさ れた。 ﹁ふわふわ天罰﹂ 132 ﹁はぐわっ! な、なにをするのだ、ヴェルト!﹂ 思わずフライパンを浮かして、エロスヴィッチを後頭部から叩い てやった。 ボーンと、いい音響かせた瞬間、エロスヴィッチが涙目で振り返 るが、俺は悪いことはしてないと自信をもって言える。 ﹁テメエは、このクソ忙しい時に、暇そうにカウンター席に突っ伏 しながら、何を唐突に言ってやがる! これから店もどんどん混ん で来るんだし、手伝う気がねえならとっとと失せろ!﹂ ﹁ひどいのだっ! ちょっと、わらわが暇してるんだから、誰か構 えなのだ!﹂ ﹁うるせえ! 次に変なこと言いやがったら、テメエをスープに突 っ込んで狐うどんにしてやるから、覚悟しやがれッ!﹂ ﹁んもう、お前もカイザーも皆、男のクセにどうして真面目ぶるの だ! 若き女騎士たちのパンツぐらい、見たいと思うのが普通なの だ!﹂ いかんはこいつ。つうか、まだ帰らねえのか? さっさと帰れよ。 ﹁チラチラチラ﹂ ﹁コソコソコソ﹂ ﹁チラリチラリチラリ﹂ その時、何やら店の中の空気が変わった気がした。 133 それは、店内に居た客のおっさんたちが、微妙に頬を赤らめて、 サンヌたちをチラチラ見ていたからだ。 ﹁ひうっ!﹂ ﹁な、なにかしら? や、やけに怪しい視線が⋮⋮⋮﹂ ﹁ちょっと、あんたら何を見てんだいっ!﹂ ﹁あわわわわわわ!﹂ エロスヴィッチの発言に妙な気分になったのか、思わずその視線 がサンヌたちの下半身に向けられる悲しき大人たちのサガ。 今の四人は武装を完全に解いた騎士団の軽装の衣服を纏っている。 赤いリボンを首元に付けた、白いジャケットを羽織り、下は膝上 ほどの高さの白いミニスカート。 そして、四人とも容姿だけを言えば間違いなく、文句のつけどこ ろがないところが余計にそそられるんだろう。 ﹁あの、え、エロスヴィッチ様! じょじょ、冗談がすぎますよ∼ ! そういうのは、やめてください!﹂ サンヌ・エカマイ。 ブラウンの美しいロングヘアーに、いつもコロコロと素直な感情 を可愛らしい表情で見せる女。 エルファーシア王国の王都商会を取り仕切る両親を持つ裕福な家 庭のお嬢様。 父親が元平民で事業を拡大して裕福になったとかって話だが、そ のためにお嬢様でありながら時折、素朴で質素な一面も見られて、 誰からも親しみを持たれて愛されている。 まあ、俺もぶっちゃけ同期の中では可愛い部類だと思う。 134 ﹁まったく、ほ、本当にこの方があの伝説の英雄だなんて⋮⋮⋮﹂ ホーク・ナナ。 両親を過去の大戦で無くした戦災孤児という過去を持ち、教会で 育った娘。 だが、そんな暗い過去にめげないで、非常にマジメで努力家で、 団体で動く時など率先してまとめ役を務めるなどの委員長タイプ。 メガネをかけて、その下から覗く瞳は人を寄せ付けない雰囲気を 出し、よく回りからは﹁堅物メガネ﹂と呼ばれていた。俺も呼んで いた。 ﹁ちっ、本当に、どうしてヴェルトの回りはこういうのが集まるん だい?﹂ ハウ・プルンチット。 茶髪のショートボブ。白いミニスカートと黒いニーソ。体は細身 なのに、ニーソが食い込んだ、少しムッチリとしたふとももがそそ られる。 正直、こいつはよー分からん。ガキの頃から誰にも媚びない一匹 狼タイプで、一人で行動していた奴で、あまり話したことはない。 親が城で働いているのは知ってるが、家庭環境も、そして裏で何 をやっていたかも知らん。 正直、そのおかげで過去にエライ目にあいかけたが、まあ、もう 相手にしないことにしてる。 ただ、コイツ自身は俺に後ろめたさがあるのか、たまに寂しそう 135 に俺を見ているような気がする。 ﹁もももも、もし、もし、今、見られたら⋮⋮ぜぜ、絶対ダメだよ ∼﹂ ペット・アソーク。 エルファーシア王国公爵家の令嬢。 チェットの双子の妹で、ぶっちゃけ、同期の中でフォルナを除け ば一番身分が高い。 頭も良くて魔法の才能もあるらしいが、いつも怯えている臆病な 性格で、正直ガキの頃から絡みがねえ。 サラサラの黒髪のおかっぱ頭で、前髪で目が隠れているのが特徴 的で、俺らは﹁幽霊女﹂と呼んでいた。 ﹁は∼、なんかそう言われると余計に見たくなるのだ∼﹂ そんな四人が、エロスヴィッチというかつて人類大連合軍に所属 していたならばどれだけ脅威か身にしみて分かっている存在だけに、 発言一つで最大限の警戒心むき出しにして、思わず席から立ち上が って身構えだした。 しかし、そんな四人をあざ笑うかのように、このクソロリババア はやらかした! ﹁隙ありなのだッ!﹂ 四人はエルファーシア王国の中でも才気溢れるエリートたち。 136 かつては、エルファーシア王国、そして人類の代表として、大陸 の優秀な人材が集う人類大連合軍の一員として、戦争に身を投じた。 しかし、その四人が警戒して身構えようとも、反応できぬ程の速 度でエロスヴィッチは椅子に座ったまま、九つの内の四本の尾を鞭 のように延ばし、四人のスカートを捲りあげた。 ﹁﹁﹁﹁おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお おおおおおっ! ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂﹂﹂﹂ 思わず大歓声を上げるおっさんたち。 だが、その大歓声は一瞬で驚愕に変わった。 ﹁へっ? えええええええええええっ!﹂ サンヌ。可愛らしいフリルのついた純白の白。正に想像通りと言 ったところ。 ﹁きゃあああああっ!﹂ ホーク。同じく白。しかしそれはいかにも安売りしてそうな何の 工夫もひねりもないただの白パンツ。 ﹁ぐっ! こ、この亜人めっ!﹂ 137 ハウ。素材はホークと同じでシンプルな下着。しかし、その色は クールで強気な女を前面に押し出した、黒、との予想は大きく外れ た! 水色の猫の刺繍が入ったパンツッ! 意外だ! しかし、この女の評価は厳しい。 ﹁ふむ、面白みがないのだ。幼児でも穿くような下着は時として男 を安心させることもあるが、それでは誰も篭絡できないのだ。そっ ちの三人は不合格なのだ﹂ 冷静にサンヌとホークとハウを評価するエロスヴィッチ。 しかし、その目はギロりと厳しい眼差しでその横へと移った。 そして、そこに居た女こそ、店内を絶句させた張本人でもある。 ﹁いやああああああああっ!﹂ ﹁ほほう。唯一、わらわの基準に達した娘が一人だけ居たのだ﹂ それは、幽霊女のペット! 紫! 花柄の薄い刺繍はスケスケになっている。 い、意外だ! 幼馴染の中でも一際大人しいペットが、こんな大 胆なものをっ! 138 ﹁合格なのだ﹂ ﹁うわあああああん、ち、ちが、違うんです! 私、その、別にこ ういうのばっかり履いているわけじゃ、その、ヴェルトくん、違う んだから!﹂ ﹁大人しさの中に秘めた大胆さは、男のハートを撃ち抜く要素なの だ。アソーク公爵家のペット嬢よ、あっぱれなのだ!﹂ 確かにギャップに撃ち抜かれたという実感がある。 ましてや、相手は公爵家。貴族の娘。慎しみを持つ貞淑なお嬢様 であるはずが、まさかこんなものを! ﹁って、あっぱれじゃねええ! お前は俺の店で何をやっているっ !﹂ そして、大黒柱からの烈火のごとく雷が落ちた。 ﹁はうぐぅあっ!﹂ 本日二度目のエロスヴィッチの脳天への一撃。先生による鉄拳制 裁。 倉庫から戻ってきた先生の怒声が響き渡った。 ﹁何をするのだ、人間ッ!﹂ 139 ﹁ここをどこだと思ってやがるッ! 伝説の亜人だか何だか知らね ーが、何をしてやがるっ!﹂ ﹁たかがパンツの一つや二つ減るものでもないのだ! むしろ、女 騎士のパンツが見れる店ともなれば、客もたくさん来るのだ!﹂ ﹁この店は味で勝負してんだよっ! 風俗店じゃねーんだ、覚えて おけッ!﹂ さすがは先生。頑固一徹揺ぎねえ。 ジャレンガの時もそうだったが、正直、エロスヴィッチとかクラ スになると、怒られ慣れてねえ奴らがほとんどだ。 ゆえに、先生のドストレートで相手に直接感情をぶつける説教に は、反論する前に狼狽えちまう。 あのエロスヴィッチがどもってやがる。 ﹁ったく、先生の言うとおりだぜ。つか、早く帰れよ、お前﹂ ﹁むむむ、ひどいのだ、ヴェルトッ! それならば、早くわらわの 入国許可にあたって、一筆カイザーに書いて欲しいのだ﹂ ﹁だーれが書くかッ! テメェは二度と俺の国に足を踏み入れるん じゃねえッ!﹂ ﹁それは殺生なのだーッ! お前はわらわへの恩を忘れたのだ? わらわが居たからこそ、お前は嫁たちで童貞を捨てられたのを忘れ たとは言わせないのだッ!﹂ 140 ﹁テメェの所為でとんでもねーことになったんじゃねえかよっ! 今日のムサシも含めてなっ!﹂ ﹁なんだとーっなのだ! ヴェルトのおったんこなすなのだ! い けずなのだ!﹂ あ∼、マジでやかましい。マジでうるさい。マジで早く帰んねー かな、こいつ。 もう、正直、扱いに困る。 いっそのこと、力づくで追い出すか? いくら前・四獅天亜人と はいえ、俺とバスティスタの二人なら、こいつ一人ぐらいは⋮⋮⋮⋮ ﹁ほうほう、匂うな匂うな匂うな。原始の文明とは思えない深みの ある香りだ﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮? ﹁へい、らっしゃいっ!﹂ 客のようだ。コロッと態度を変えて接客する先生は流石だが、騒 がしかった店内も、思わず静まり返った。 それは、突如入ってきた客が、ペットがセクシーパンツ穿いてい たことよりも、妙な連中だったからだ。 141 ﹁グリーン、勝手な行動は取るな。我々の目的はただの調査だ。寄 り道している暇などないゾ﹂ ﹁ガッハッハ、お∼い、パープル、少しぐらいはいいじゃねえかよ ∼。俺もグリーンの気持ちは分かるぜ? 何千年ぶりに繋がった世 界だ。俺たちはその歴史的瞬間の体験者。辞典や博物館でしか見れ ない世界を堪能したいと思ってもな。そう思わねえか? アイボリ ー﹂ ﹁オレンジさん、ダーメだよ。総督からも言われたじゃん。まだ、 空間は安定してないから、地上人との接触やトラブルは極力回避っ て。ブルーも言ってあげてよ﹂ ﹁ふん、関係ない。俺は自分の仕事をするだけだ。地上世界調査の 課題は完璧にこなす﹂ 何だ? この戦隊ものみたいな色の呼び合いや、やり取りは。 いや、それ以前に、こいつらは何だ? 客も全員キョトンとして るじゃねえか。 ﹁一応言葉は通じるかな? おい、そこの猿。とりあえずこの店で 一番うまいものを持って来い﹂ 緑髪の真ん中分けで、少し肩にかかるぐらいの男。 なんか、人をスゲー見下した態度で、いきなり椅子に座って足組 んで、俺に向かって指差して指図しやがった。 グリーンと呼ばれた男。 142 ﹁おい、携帯食があるのに、本当に食べる気か? この﹃地上世界 クラーセントレフン﹄の今の文明を見てみろ。衛生面などとても期 待できないゾ?﹂ 少し強気な紫色のショートカットの、ちょいカチンとくる女。 ﹁まーいーじゃねえか。郷に従うのも調査の一環だぜ?﹂ 一番背の高い大柄の男。身長だけならバスティスタぐらいあるか もしれねえ。 オレンジの角刈りとイカツイ顎が特徴的だ。 ﹁は∼あ、お腹壊したらどうしよっかな∼﹂ 小柄の象牙色の髪の毛の女は、何かツインテールっていうのか、 なんかこういう髪型久しぶりに見た気がした。 ﹁俺はいらん。そして早くしろ。滞在時間は限られている﹂ そして、いかにも﹁俺はクールな男ですよ﹂的な美形で背の高い 男。 青髪のオールバックで、不機嫌そうに座っている。 ﹁え∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮んじゃ、あんたらの注文は、とんこつ四つ でいいな?﹂ 全員年齢的には若そうで、俺とあんま変わらないかもしれねえ。 とりあえず俺はそう言って厨房にオーダーを出した。 ぶっちゃけ、あのグリーンとかいう奴の発言にムカつくよりも、 143 まずはこの何とかレンジャーみたいな五人が何なのかが非常に気に なった。 ﹁おい、ヴェルト、何だありゃ?﹂ ﹁先生、俺にも分からん。ただ、少なくとも⋮⋮⋮⋮あいつら、な んか違う﹂ そう、何かが違う。それは、あまりにも﹃この世界﹄に﹃不似合 い﹄な姿だからだ。 ﹁何やら、面妖な連中なのだ﹂ エロスヴィッチがそう思うのは無理もない。 まず、五人はそれぞれ、﹃自分の名前と髪の毛と同じ色の服﹄を 着ている。 だが、その服がまず問題なんだ。 なんつーか、防弾チョッキのようなジャケットを羽織って、その 下は何かピッタリとしたウェットスーツ? エルジェラが着ている ようなものを着ている。 ただ、その改良型のように、肩、膝、肘には、メタルのような装 甲がされている。 そして極めつけは、全員右目が眼帯のようなものを付け、その目 の位置にはレンズのような人工的なものが装着されている。 うん、ぶっちゃけ本当に何だ? 人間? には見えるが⋮⋮⋮⋮ ﹁ヴェルト、あんたのお友達じゃないよね?﹂ ﹁おい、怪しい奴は全員俺の友達的な考えはやめろよ﹂ と、ハウに言ったものの、何か嫌な予感がしてきた。 144 ﹁ヴェルくん、その、トンコトゥ四つね﹂ ﹁あ、おお﹂ まあとりあえず、客は客だ。 俺はとにかく注文通り、とんこつ四つを運び、そいつらの目の前 に置いてやった。 すると⋮⋮⋮⋮ ﹁むむっ! これはっ!﹂ ﹁まさか、﹃ラミアン﹄! うそ? これは、﹃ラミアン﹄か!﹂ ﹁なんてこった! 戦争ばかりで文明そのものは発達してねえ地上 も、料理の進化は遂げてたってのか!﹂ ﹁うん、これ、スープの香りやミェンの太さが違うけど、紛れもな くラミアンだよっ! まさか、あの大天才﹃シェンルー﹄と同じ発 想を持った生命が地上に居たなんて、驚きだねッ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ほう⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ なんか、普通に驚かれたが、驚き方がまた普通じゃない。 ﹁いや、これ、ラミアンじゃねえよ。ラーメンだよ。発音がチゲー﹂ ﹁むっ? おい、原始人。だから、ラミアンだろう?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮だから、ラーメンだっつてんだろ! ぶっとば︱︱︱︱ はぐっ!﹂ 145 と、俺が叫んだ瞬間、先生に後ろからぶん殴られた。いてーっ! ﹁店員が失礼しやした。どうぞ、自信作です。召し上がってくだせ い﹂ ﹁ぐっ、せ、せんせー﹂ ﹁馬鹿野郎が。お客様になんつー口の聞き方だ﹂ 先生に頭を掴まれて無理やり頭を下げさせられた。 いや、だって、なんかムカついたんだけど。 ﹁ふっ、なーに、原始人に礼儀は求めないさ﹂ ﹁だから、グリーン、お前もそのような挑発するような発言は控え ろ﹂ ﹁いや、でもこれは、おおおおお、うめーぞ、これっ!﹂ ﹁うんうん! ラミアンとスープの味が違うけど、十分イケって!﹂ 先生に押さえつけられたものの、一言多いな、あの緑野郎! まあ、うまそうに食ってくれるから別にいいけど⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮ん? ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮先生﹂ ﹁ああ﹂ その時、俺たちはあることに気づいた。 それは、こいつらが問題なくラーメンを食えていることだ。 なぜなら、こいつらは、ラーメンを﹁箸﹂で食っている。 正直、この世界ではこの店以外で箸というものが無い。フォーク とナイフとスプーンの世界だ。 それなのに、ラーメンは初見なのに箸は使える? 妙な違和感が 146 あった。 ﹁ふむふむ、なかなかのものじゃないか。﹃クラーセントレフン﹄ など、とっくに廃墟のようになっていると思っていたが﹂ ﹁確かにな。そもそも、領土争いで種族間同士で戦争をしていると 思ったのだが、そういう空気は今のところ無さそうだ﹂ ﹁だよな∼。予定じゃ﹃ドア﹄を封印して二千三百年後に﹃ドア﹄ を改めて完全開放して、地上の生物を一種に完全統一、そして﹃ハ ルマゲドン﹄に備えるっていう計画だろ? ひょっとして、地上人 は忘れてるんじゃねえだろうな。それとも、その使命を受けた奴が 死んでるとか﹂ ﹁あっ、かもしれないね。もしくは、﹃鍵﹄と﹃代行者﹄が見つか ってないとかもありえるんじゃない?﹂ ﹁となると、計画は全てご破算だぞ? 決して互いに交わらぬ地上 生物を一種に統一させ、我らの手足となって動く駒を大量に手に入 れ、﹃ハルマゲドン﹄に挑むのが先祖より伝えられた計画。これで は、﹃モア﹄には勝てんぞ﹂ 何やら、秘密で重要そうな会話で自分たちの世界に入っている五 人組の声のトーンは真剣そのもの。 ﹁それは困るな。もし、地上人たちが自分たちの意思で戦争をやめ ていたとなると、予定が狂うのではないか? どう思う、パープル﹂ 147 ﹁お前の言うとおりだ。表面上友好に振舞おうと、性質がまるで違 う種は、数が多くとも統制が取れない。特に、獣や悪魔の混じった 種族は我が強く、私たちの命令も聞かないだろう﹂ ﹁だよな∼。だからこそ、一番扱いやすい人間だけを地上に残して 他は処分する計画だろ? そのために俺たちは何千年も先祖代々力 を蓄えたってのに、地上の代表者の﹃ミシェル﹄ってのは、何をや ってんだ?﹂ ﹁っていうか生きてるのかな∼。なんせ、二千三百年前の話だし﹂ ﹁生きていなければ困るな。奴は、﹃モア﹄と戦うえでの切り札だ。 となると、地上の調査よりも﹃ミシェル﹄を探す方が先決か⋮⋮⋮ ⋮﹂ そして、何やらただならぬ予感と匂いがプンプンだな。 俺も、バスティスタも、そしてあのエロスヴィッチも、表情が同 じく真剣そのもの。 すると、その時だった! ﹁ただいまーっ! とーちゃん、出前行ってきたよー﹂ ﹁マスター! ハナビ殿の警護、無事達成したでござる!﹂ ﹁パッパ、コスモスも手伝った! だっこーーーーっ!﹂ 148 出前を終えた、ハナビ、ムサシ、そしてコスモスが店に戻ってき た。 コスモスは一目散に翼をパタつかせて俺の胸にダイブ。 すると、その光景を目の当たりにした五人組が、勢いよく立ち上 がった。 ﹁ッ! エンジェルタイプッ! 鳥とヒューマンのミックスではな い! 紛れもなく、エンジェルタイプの子供ッ!﹂ ﹁どういうこと? エンジェルタイプは地上統一の日までは地上と の関係は持たないはずじゃなかったの?﹂ ﹁いや、それよりも待て! あの子供、今、そいつを父親だって叫 んだぞ? どういうことだよ、エンジェルタイプは女タイプで、単 独で子を産む仕組みだったんじゃねえのか?﹂ ﹁あっ、でも、確か教科書では⋮⋮⋮⋮仕組み的には、他種族と交 配することは可能だって⋮⋮⋮⋮書いてなかったっけ?﹂ ﹁ちっ。どうやら、地上もかなりややこしいことになっているよう だな﹂ いきなり椅子を倒して乱暴に立ち上がった五人。 コスモスは当然キョトン顔だ。 そして、別にこいつらが驚いて立ち上がったことぐらいは、俺も 許す。 だって、コスモスが可愛すぎて驚くとかも考えられるから、それ ぐらいは俺も許容する。 149 だが⋮⋮⋮⋮ ﹁おい、そこのエンジェルタイプの小娘、お前の一族は何をやって いるんだ!﹂ ﹁へうっ?﹂ ﹁全く、我らと最も近い血筋の生命体が、よりにもよって原始人と 交わるなど、どういうつもりだ! お前の母親はどこだ!﹂ これだけは許さない。 ﹁ふぇ、はう、あ、うえ、うぇ、うぇ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ん﹂ コスモスを⋮⋮⋮⋮泣かしやがった⋮⋮⋮⋮ 訳が分からず、いきなり怒鳴られれば、泣くに決まってる。三歳 児だぞ? ﹁⋮⋮⋮⋮ムサシっ! コスモスを﹂ ﹁御意ッ!﹂ ﹁う∼∼∼ん、え∼ん。パッパ∼、パッパ∼!﹂ 泣きじゃくるコスモスをムサシに預け、俺の体は一瞬で、グリー ンとかいう奴の前に立ち⋮⋮⋮⋮ 150 ﹁テメェ、俺の娘に何を︱︱︱︱︱﹂ ﹁邪魔だ原始人ッ!﹂ ﹁あ゛?﹂ ﹁ショックウェーブッ!﹂ グリーンがただ、手のひらを俺に向け、スーツに覆われた右手の ひらの中心が赤く光った瞬間、俺は壁までぶっ飛ばされた。 ﹁ヴェルトくんッ!﹂ ﹁ちょ、あなたたち、どういうつもりっ?﹂ ﹁ッ、仕方ない、店の人は今すぐここから出るんだよ! ペット、 あんたは誘導しな﹂ ﹁う、は、はいっ!﹂ やられた。壁にめり込むほど、何メートルも飛ばされた俺。 しかし、その俺に対して、グリーンとかいうやつも、他の連中も 大して関心は無さそうだ。 ﹁ちょっと、トラブルは極力禁止でしょ? それに、地上ではスー ツの充電はできないから、節約しなさいよ?﹂ ﹁がっはっはっは、まあ、これはグリーンも不可抗力だろ。それに、 そのエンジェルタイプには、色々と聞かねーといけねえからな。主 に、そのガキの母親にだがな﹂ ﹁うわ∼、めんどくさいな∼、ほら、この人たちも怒ってるじゃな 151 い。どうするの? しかも、そこで睨んでる女の子達、多分﹃騎士﹄ っていう戦士みたいな奴だよ?﹂ ﹁構わん。所詮原始時代の猿だ。トラブルは禁止されているが、ト ラブル処理であれば問題ないだろう。報告書では濁しておく﹂ 壁に打ち付けられた俺の耳に入る、気に食わない雑音。そして、 先生やカミさんの声。 ﹁テメェら、俺の店でなにやってやがるっ! 俺の孫にどうしよう ってんだ!﹂ ﹁ハナビ、コスモスちゃん、こっちに!﹂ ﹁貴様らッ! 拙者の旦那さま∼、じゃなくて、ごほん! 殿に手 を出したこと、死ぐらいで償えると思うなでござるっ!﹂ そんな声を聞きながら、俺は思わず言っちまった。 ﹁おいっ! そこのカス五人組ッ!﹂ カス。 俺に興味を示さなくても、流石にカスと言われれば反応する。 五人は一斉に俺に振り返った。 152 ﹁おい、そこの原始人。今、なんと言った?﹂ ﹁野蛮な口の利き方だゾ﹂ ﹁がっはっはっは、無知ゆえの無謀な発言ってか?﹂ ﹁うわ、ちょっと今のは頭に来たよね∼、まさか地上人にカスなん て言われるなんて、二千年前のご先祖様は誰も想像してなかっただ ろうし﹂ ﹁ふ∼、くだらん﹂ 反応はそれぞれといえど、共通するのは全員俺の発言に気に食わ ないと思っているところ。 でも、だからこそだ。 ﹁なあ、何でよりにもよって今日なんだ?﹂ 心の底から思ったことを俺は言ってやった。 すると、俺の発言の意味が分からずに、パープルとかいう女が訪 ねてきた。 ﹁今日? 今日は何かあったの?﹂ ﹁ああ。最悪の日なんだよ﹂ ﹁?﹂ 153 だって、そうだろ? 最悪だよ。 ﹁俺が半年前に帰ってきて、いくらでもタイミングはあったはずだ。 なのに、何で今日なんだ? テメェら自信過剰に粋がってるのもい いけど、よりにもよってこんな最悪な日に来て、問題起こさなくて も良かっただろ?﹂ ﹁だから、何が最悪の日だというの?﹂ だから何で? 言わねーとわかんねーか? ほら、例えばだ⋮⋮⋮⋮ ﹁あ∼、もう、うるせえ原始人だな。仕方ねえ、俺のパンチ一発で、 ちょいと黙らせてやっ︱︱︱︱︱︱︱﹂ 巨漢のオレンジとかいう奴が俺に向けて拳を振り上げようとした 瞬間、その手首を掴んだスーパーマッスル野郎とか。 ﹁⋮⋮⋮⋮おい、なんだ∼、デカイの。俺の手首掴んで何しようっ てんだ?﹂ ﹁店で暴れるな﹂ 154 さらには⋮⋮⋮⋮ ﹁ぐふふふふふふふふ、何者かは知らぬが、これは正当防衛なのだ。 のう? ヴェルト。確か、正当防衛ならレイプしても良かったはず なのだ。とりあえず、妙な服は剥ぎ取ってやるのだ。そこの、パー プルとかいうのと、アイボリーとかいう娘﹂ ﹁はっ?﹂ ﹁えっ?﹂ 今、この瞬間、俺は心の底からお前を応援する日が来るとは思わ なかった。 遠慮なく犯せ、エロスヴィッチ! ﹁ちっ、仕方ない。全員、スーツの力を解放しろ。油断はするな﹂ そして、俺たちをゴミクズのような目で見ながら、それをめんど くさいけど掃除するか的な表情で偉そうに仲間に命令するブルーと かいうやつ。 その言葉に全員が頷いた瞬間⋮⋮⋮⋮ ﹁うぐぬうううう、婿殿∼っ! 頼む、公園で遊んでいる子達の母 親に誤解を解いてやってくれ! 私はただ、遊んでいる純粋無垢な 子達を持って帰ろうとしただけで、ん? なんの騒ぎだ?﹂ 155 ﹁ふわ∼∼∼∼∼あ、やあ、ヴェルトくん、おはよう? それとも こんにちわかな? やっぱり朝も昼間も僕は苦手だし、枕も変わる と寝にくいし、ホント、ムカつくよね? で、何の騒ぎ? 今、イ ラついているから、全員殺しちゃうよ?﹂ もう、それは誤解とは言えねえが、あとで一緒に謝ってやるよ、 リガンティナ。 そして、いいぞ、俺たち以外なら殺しても。ジャレンガ。 ﹁エンジェルタイプがもう一人? は∼、やれやれだ。一体この世 界はどうなっているのやら。これは、早々にゴミを掃除して真実を 確かめる必要があるな﹂ ﹁ああ。なら、そのゴミ掃除は手伝ってやるよ、緑野郎﹂ ﹁ッ!﹂ 世界見渡しても、強さは関係なく、最悪にヤバイのトップ十に入 る連中大集結。 そして⋮⋮⋮⋮ ﹁原始人め、本当に無知は羨ましいものだな。まさか、お前が今、 話している者たちがこの世界の﹃創造神﹄の血族とは想像もできま い﹂ 156 ﹁いーや、想像できるぞ。頭のイカれた電波野郎どもってな﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふっ、まあいい。こういう原始時代の連中を、 文明を極めた我らの力で無双するカタルシスを味あわせてもらおう かっ! バトルスーツ開放ッ! 音速の動きを見せてや︱︱︱︱﹂ そして、今は俺が居る。 ヴェルトレヴォルツィオーン ﹁魔導兵装・ふわふわ世界革命!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ? ッ、は、はやっ!﹂ ﹁そんじゃあ俺も⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁思い上がった連中を相手に無双するカタルシスを味あわせてもら おうかッ!﹂ 俺もまた、半年ぶりに開放。大気中の魔力を俺の魔法でかき集め て身に纏う闘法。 なにやら、グリーンも動こうとしたようだが、俺の動きにまるで 反応できず、簡単に懐に飛び込めた。 そして、あとは、右拳で顎を力の限り打ち抜いてやる! 俺のコ スモスを泣かせた怒りを万倍にして返してやるためにっ! 157 ﹁ぐ、グリーンッ!﹂ ﹁な、なんなんだ、あの野郎はッ!﹂ ﹁うそ、み、見えなかった! なんで? なんでスーツもないのに、 あんな力がッ! あの地上人は一体ッ!﹂ ﹁ッ、これは、一体⋮⋮⋮⋮ッ!﹂ 手応えは、気の毒に思うぐらいにあった。多分、顎を粉々にへし 折っちまったと思う。 打ち上げられたグリーンは天井に勢いよく激突してから床に落下。 飛び散るテーブルの皿やらラーメンやらを浴び、ドロドロの姿で、 顔面が痛々しいぐらいに腫れ上がり、涙目になってやがる。 ﹁ひゃ、ひょ、ひょんあ、ばきゃな、ぐ、お、おまえ、な、にゃに、 もの﹂ 砕けた顎でうまく喋れないだろうに、頑張って喋った緑野郎に敬 意を評して俺も答えてやった。 ﹁俺は、この世の麦畑で最も凶暴な奴だよ﹂ さあ、マナーの悪いお客さんをお仕置きするとするか。 158 第7話﹁最悪の日﹂ ﹁このチビがっ! よくもグリーンをやりやがったな!﹂ さっきまで豪快に笑っていたオレンジという男が、怒りに満ちた 表情で俺に殴りかかろうとする。 だが、その手首は、バスティスタによって掴まれている。 ﹁おい、原人。その手を離せ。力自慢なのは分かったが、痛い目み ないうちにさっさと失せな﹂ わーお。あいつ、バスティスタになんつーことを。 ﹁ふん﹂ バスティスタは僅かに口元に笑みを浮かべてオレンジの手首を離 した。 そして、片手四つの形で右手を前に差し出した。 それはいかにも、握力勝負を申し出ている。 さすがに、その考えは、さっきから何を言ってるか分からないこ いつも本能で感じ取ったようだ。 オレンジは、呆れたように頭を掻いた。 ﹁や∼れやれだぜ。仕方ねーな、野蛮な原人は。どれ、少し驚かし てやるかな♪﹂ 159 そして、その表情はどこかイタズラ心の混ざったガキのようにほ くそ笑み、バスティスタの手を掴み返した。 ﹁いくぜ、バトルスーツ開放ッ! アーム力、ピンチ力、強化!﹂ すると、どういう原理か知らんが、急にオレンジのただでさえ巨 漢な体に変化が起こった。身にまとっている全身のスーツが振動し、 まるで極太の血管のようなものがオレンジの腕や手に浮かび上がり、 いかにもパワーが強化されたような変化を見せた。 ﹁ガッハッハッハ、地上世界じゃバトルスーツなんてもんが存在し ねーから、驚くよなー。まあ、生命の進化と英知の力って奴なんで、 よろしくなっ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮ほう﹂ ﹁安心しな。殺しゃしねーよ。ちょっと、静かにしてもらうだけだ から、あんまビビるなよな!﹂ その勢いのまま、バスティスタの手首と腕をへし折るかのごとく 身を乗り出そうとするオレンジ。 そして⋮⋮ ︱︱︱ボギイッ! 160 へし折れた。 ﹁ぐわがああああああああああああああああっ!﹂ オレンジの手首が。 ﹁⋮骨のない、脆い男だ﹂ ﹁がっ、えっ、な、あ、ちょ、あれ? ぐぎ、な、なにがっ? お、 お、お、俺の腕がーーっ!﹂ ﹁どれほどの進化や英知かは知らないが、大の男がそのような情け ない声を上げるとは、むしろ退化しているのではないか?﹂ そして、こーなるわけだ。意気揚々としていたオレンジが一瞬で 涙目の激痛に満ちた表情で混乱している。 ﹁お、オレンジッ!﹂ ﹁うそでしょ? スーツの故障? だ、だからって、オレンジがッ !﹂ ﹁くっ、この原始人どもめ、なにをしたっ!﹂ 何をした? 実に簡単だ。 ﹁くははははは、なら解説してやろーか? 掴む。握る。折る。潰 す。終わりだ。ドゥーユーアンダースタンド?﹂ 161 ﹁ッ、ふざけないで! スーツも着ていない地上人に、そんな力が あるはずがないっ! 何かをやったに決まっている!﹂ ﹁まあ、確かに俺なら種や仕掛けはあるが、残念ながらバスティス タにはねーよ。種も仕掛けもねえ、ナチュラルボーンファイターだ からな♪﹂ そして、恐怖を感じた瞬間にはもう遅い。 ﹁他の客に迷惑だ﹂ ﹁ごわっがあああああああああああああああああああああああああ あああああ!﹂ 容赦のねえ、バスティスタ。マナーのなっていないオレンジの手 首を反るようにへし折り、そのまま手首を中心にオレンジの腕をロ ールケーキのように巻きやがった。 もはや骨折どころじゃねえ。曲がって砕かれ、ありえない形に変 形した腕に、ついには発狂したオレンジはそのまま泡吹いて、涙流 して失神した。 ﹁うそ⋮⋮うそよ⋮⋮こ、こんなことが⋮⋮ッ! 全員そこを動く なッ! もし、一歩でも動いてみろ! 今すぐこの場で撃つッ!﹂ そのとき、パープルという女が何かを俺たちに向けた。それは小 162 型の鉄の筒。 構えや形から、それは、ある武器と酷似していた。 銃? ﹁知らないのだ∼﹂ ﹁えっ、やっ、なにっ!﹂ だが、そんなことはお構いなし。 一歩も動いちゃダメなら、尻尾を動かすとばかりに、九つの尻尾 を伸ばしてパープルを捕らえたのは、エロスヴィッチ。 ﹁な、なにっ! これ、く、そんな! スーツの力で振りほどけな いッ!﹂ ﹁振りほどけてたまるものかなのだ。なにせ、将来カイザーを拘束 するために鍛え抜いたわらわの尻尾なのだ﹂ ﹁ぐっ、は、離せッ! 離しなさい! 私に何をするつもり!﹂ ﹁ん? ちょっと、犯すだけなのだ♪﹂ ﹁ッ!﹂ そして、エロスヴィッチタイムが始まる。俺はムサシとカミさん に振り返ると、二人共頷いて、ハナビとコスモスを抱き寄せて目隠 しした。 エロスヴィッチは、まず四本のしっぽで、パープルの両手足をそ れぞれ縛り、宙に浮かせる形でM字開脚の形で体をオープンにさせ る。 ﹁な、なにをっ! こ、こんな下品な格好、や、やめてっ!﹂ 163 強気なパープルが女の子らしいセリフを弱々しく吐くが、それは 余計にエロスヴィッチを興奮させるだけだった。 五本目の尻尾でパープルの胴体に巻きついてしっかりと体を固定 させ、六本目と七本目の尻尾でまるでカッターのようにパープルの 着ていたスーツを、肌に一切傷を負わせずに切り裂いた。 ﹁う、うそっ! えっ、や、いやあああああああああああああああ ああああああああああっ!﹂ ﹁おお、余計な脂肪はなく、女にしては少し筋肉質な体なのだ。胸 はあるにはあるが、少し張りがあって硬そうなのだ﹂ ﹁ちょ、なに、いや、やめてっ! なにをする、ぐぼおおおおっ!﹂ そして、八本目の尻尾をパープルの口内に侵入させ、まるでディ ープキスのように豪快に舐った。 その瞬間、カッターの代わりに使った六本目と七本目の尻尾はパ ープルの両胸に絡みつき、そして九本目の尻尾で⋮⋮ ﹁さて、ココもチェックなのだ♪﹂ ﹁おぼっ? おっぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおおおおおおおおっ!﹂ 164 ここから先は、アカンので、うん、とにかくアカンかった。 ﹁パープルッ! この、こんのーーーーーーーっ! 許さないッ!﹂ ﹁射殺するぞ、アイボリー! 容赦なく撃てッ!﹂ パープルに襲う悲劇に怒り心頭のツインテール娘のアイボリーに、 クールな表情から感情をむき出しにしたイケメンブルー。 二人共、パープルと同じように銃のようで、オモチャのようなも のを取り出して構える。 ﹁ん∼? なになになになに? もうさ、なんなの?﹂ それをお構いなしに二人に近づく、世界最悪の異業種。 だが、追い詰められた二人はもはや言葉を交わすことなく、容赦 なくその小型の筒から光線のようなものをジャレンガに向けて撃っ た。 レールガン レールガン ﹁くらえっ! 超電磁砲ッ!﹂ ﹁くたばれ! 超電磁砲ッ!﹂ それは、まるで光線銃のような光の柱。 飲み込まれれば、死んでしまうことが分かるほどの威力が纏われ ているのは分かるが⋮⋮⋮⋮ 165 ﹁月光眼、やっちゃうよ?﹂ ジャレンガの前に、全て弾かれて消失した。 ﹁えっ⋮⋮⋮⋮うそ、何で? な、なんでよッ!﹂ ﹁だから、無駄だって言ってない? 殺しちゃうよ?﹂ 信じられない。そんな表情で再び銃を撃つアイボリー。 だが、どれだけ連射しても、全てがジャレンガには届かない。 そして、その力を目の当たりにしたブルーが、驚愕に叫ぶ。 ﹁まさか、リパルションフィールド! 馬鹿な、何の装備もなく、 なぜその力を使えるっ!﹂ りぱる? 良く分からんが、どうしてそんな力を使えるかって言 われたら、答えは簡単だ。 ジャレンガがチートだからだ。 ﹁ふわふわ回収﹂ んで、危ないおもちゃは回収させてもらう。 ﹁えっ? あ、アレ? 手から勝手に!﹂ ﹁まさか、この力はッ!﹂ 二人の手から、黒くデカイ、光る銃を回収。ずっしりとした重み 166 を感じる。 一方で、こいつらは魔法をあんま知らんのか、やけに驚いた顔を しているな。 だが、これで驚くようじゃ、もうここから先は気の毒な展開しか 想像できない。 ﹁ほれ、義姉様よ、さっさとキメてくれよ﹂ そして、トドメは⋮⋮ ﹁おい、うるさい中年と熟女どもが、私は今、機嫌が悪い。少し黙 ったらどうだ?﹂ 天空世界最強の変態天使。 ﹁エンジェルタイプッ!﹂ ﹁ッ、しかも、こ、この、この力はッ!﹂ 相手が未知だろうと関係ない。エルジェラをも上回る、天空族の 魔力のような力、超天能力。 輝く全身に漲らせて、一気に放出させる。 ﹁ブースト砲ッ!﹂ それだけで、アイボリーとブルーはまとめて店の外まで激しくぶ っ飛ばされた。 167 後に残ったのは、店の中で散乱する食器。そして気絶しているグ リーンとオレンジ。 さらに、 ﹁あぼ、べ、あぼ、もう、りゃめ∼、いぐ、ゆるぢで∼﹂ ﹁本番はこれからなのだ♪ 前戯はこれにて終わりなのだ。そして いよいよブチ込むのだ﹂ ﹁ッ、いやああああ! お、お願いします! わ、私、ま、まだ、 経験なく、わ、私、経験ないんですッ! お願い、やめて! お嫁 にいけないっ!﹂ もはや哀れに思うぐらいの惨状のパープル。 ﹁こいつら∼もうちっと手加減しろよ。つうか、エロスヴィッチと か言ったな! 本気でそこまでにしろっ!﹂ 頭抱えて俯く先生。 ﹁はは、み、みんな強いわね∼﹂ ﹁拙者、なにもすることなかったでござる﹂ 引きつった笑のカミさんにムサシ。 ﹁あ、あのさ、ホーク、私たちって﹂ ﹁言うのやめなさい。っていうか、出番ないに決まってるでしょ?﹂ ﹁そうだね。この五人が動いたら、私たちに仕事なんてあるわけな 168 いよ﹂ ﹁なんだか、かわいそ∼﹂ 最初は自分たちが戦おうとしていたのに、何もすることなくポツ ンと立っているサンヌたち。 そんな周りの状況を見ながら、俺は改めて思った。 ﹁だから言ったろうが。よりにもよって、最悪のタイミングで暴れ ることもねーだろって﹂ 哀れな五人組に同情して、さあ、これからこいつらどうするかな? 169 第8話﹁新たなる種族﹂ 昼時は過ぎたし、店は散らかってるし、今日は臨時休業だ。 失神したオレンジ、痙攣して呂律が回らんパープル、顎が粉砕さ れてよく喋れないグリーン、頭を打って気絶したブルー。 となると、必然的に事情聴取は傷の浅い、アイボリーとかいうツ インテールの小娘になるわけだ。 店の床に正座させ、世界最強陣で取り調べを行う。 ﹁んで、テメェら何もんだ? 営業妨害してくれて、ただで済むと 思うなよな﹂ ﹁いや、ヴェルト、営業妨害してんのお前なんで。何で俺まで連れ てきたか全然分からないんで﹂ 俺の言葉に対して、この場に無理やり連れてきたニートが文句を 垂れる。 こいつもフィアリと二人仕事が忙しいのは分かっていたが、ちょ っと事情が事情なんで連れてきた。 ﹁そう言うな。ただの盗賊とかチンピラが暴れたぐらいならいいん だが、こいつら、こんな面白いもの持ってたんでな﹂ そう言って、俺はこいつら何とか戦隊モドキの奴らが持っていた ものをニートに放り投げた。 ﹁ん? これ、銃ッ! し、しかも、全然クラシックじゃないって いうか、何だこのSFチックな銃は! 材質は? 形状も普通じゃ ないし、どういうことか分からないんで!﹂ 170 さすがに、目の色が変わったか。 まあ、だからこそ、俺や先生だけじゃ判断つかねえから、ニート を無理やり連れてきたわけなんだが。 ﹁ほんとですね∼、これ、どういう銃なんですか? 魔法とか撃っ ちゃったりできるんですか?﹂ ﹁なんか、﹃れーるがん﹄、とかって言ってたが、分かるか?﹂ ﹁はい? いや∼、私には分かりませんけど、ニート君は分かりま ︱︱︱︱﹂ まるでピンとこないと首を傾げるフィアリだったが、次の瞬間、 ニートは声を張り上げた。 レールガン ﹁レレレレレ、超電磁砲ッ!﹂ ﹁ん? 知ってんのか、ニート﹂ ﹁ちょ、え、いや、えっと、わけわかんないんで! レールガン? なんで! 何で、そんなのここにあるんで!﹂ ﹁有名な銃なのか?﹂ ﹁いや、有名とかそういうレベルじゃないんで。あえて言うなら、 未だ定義が定まっていない銃なんで﹂ 定義が定まっていない? ﹁どういうことだ?﹂ ﹁うん、つまりだ、ファンタジー的な代物じゃなく、どちらかとい うと俺らの前世の文明より更に未来の舞台を想定された武器。ファ ンタジーじゃなくてSFな武器な感じなんで﹂ ファンタジーじゃなくSF。そう来たか。 171 ﹁まあ、ゴッドジラアが大暴れする世界だ。今更ファンタジー要素 もクソもねえが、そこの、おさげ女。テメェら一体何もんだ?﹂ 今更、文明違いの武器の一つや二つで驚くこともねえ。 カラクリモンスターとか、地底族の文明とか、結構スゲーの見て るからな。 だから、問題はむしろ、こいつらの正体だ。 すると俺の問いかけに、何やらずっと強気で睨みつけているアイ ボリーが騒ぎだしだ。 ﹁あんたたちこそ、一体なんなのよっ! この地上は一体、どうな っているの?﹂ 地上。そういう単語使うってことは、 ﹁地底族、天空族、深海族にも見えねーな。となると、残りは幻獣 人族ってことになるが、そうも見えねえな﹂ ﹁ッ、くっ、とにかく私を離してよ! こんなことしてただで済む と思わないでよねッ!﹂ 質問に答える気はねえし、強気な態度は相変わらずか。 ﹁エロスヴィッチ﹂ ﹁うむ、なのだ♪﹂ なら、手っ取り早く吐かせるだけだ。 瞳をルンルンに輝かせて、両手をワキワキと怪しい動きをさせる エロスヴィッチ。 次の瞬間、アイボリーはゾクッとした表情で青ざめた。 172 ﹁ちょっ、な、何する気?﹂ ﹁ナニかをする気なのだ♪﹂ ﹁や、え、うそ、やめ、いや、お願いだから、やめてよっ!﹂ ﹁ぬふふふふふ、その邪魔な服をまずは脱がせて∼﹂ ﹁喋るからッ! 私の知ってること全部喋るから、だからやめてよ っ!﹂ そう、こうすればいい。 ﹁くはははは、じゃあ、喋れよ。自己紹介から始めて、とにかくテ メェらのことを話していけ﹂ 意外とアッサリと折れたアイボリーに、エロスヴィッチは若干不 満気だが、これで話は前に進む。 ﹁わ、私は、アイボリー。ヴァルハラ大陸、皇都にある、ヴァルハ ラ士官学校卒業生よ。私たちは、卒業生で選抜されたメンバーとし て地上世界の調査に来たの﹂ まずはじめに、俺はそんな大陸も学校も聞いたことない。 ﹁俺は聞いたことねえ。お前らは?﹂ ﹁俺もねえよ﹂ ﹁俺もないんで﹂ ﹁私もないですよー﹂ ﹁わらわもないのだ﹂ ﹁同じく﹂ 173 ﹁何それ? 僕も聞いたことないよ﹂ ﹁私が知るはずもない﹂ ﹁私も知らないよ﹂ ﹁知らないわね﹂ ﹁知らないよ﹂ ﹁聞いたことないです﹂ 全員口を揃えて心当たりなし。ならば、嘘か? ﹁聞いたことなくて当たり前よ。だって、私たちはこの地上世界の 異界に存在する世界の住人なんだから﹂ おお∼。エロスヴィッチほどじゃないが、のっけからいいジャブ を打ってきたな。 ﹁ま∼、前世組みの俺らからすれば、この世界自体が異世界なんだ が、どういう意味だ?﹂ こりゃー、いきなり訳分からんことを言ってきた。 まあ、頭がおかしくなっているわけではなさそうだが。 ﹁⋮⋮⋮⋮それは⋮⋮⋮私たちの世界、ううん、私たちの先祖は元 々この世界の住人だった。でも何千年も前に、世界に増殖を続けて いた、人間、そして人間と獣の遺伝子操作で生み出された亜人、さ らには魔界と呼ばれた異界が滅んだことにより、この世界に移り住 174 んできた、魔族と呼ばれる三種族が猛威を振るい、私たちの先祖は 地上を追われた末、この世界とは異なる次元に存在する異界に新た なる世界を創造して移り住み、その世界とこの世界を繋ぐ﹃ドア﹄ を封印した。それが私たちの世界﹂ とりあえず、振り返ってみた。 ﹁今の説明で分かった奴は?﹂ 案の定、全員一斉に首を横に振った。 だが、一人だけ違った。 ﹁⋮⋮⋮⋮つまり、あんたの先祖はこの世界の住人だったけど、荒 れた世界に見切りをつけてこことは異なる世界へ移り住むことに成 功。その世界とこの世界は、これまでずっと行き来や情報や関係等 が途絶えていたってこと?﹂ ﹁その通りよ﹂ ニート、お、お前⋮⋮ ﹁ニート、お、お前、天才か?﹂ ﹁はあ? んなことないんで。こんなもん、偏差値なくても、前世 でラノベ読んだり、小説家になれいにずっと居たら分かるんで?﹂ 175 ﹁なれい?﹂ ﹁こっちの話しなんで。まあ、それはさておき⋮⋮⋮﹂ ニートは謙遜しているが、さっきから出てくる用語が俺らには複 雑怪奇すぎてよく分からん。それなのに、堂々とアイボリーと話す ニートが今は頼もしい。 ﹁でも、それなら何であんたはここに居るのか分からないんだけど ?﹂ ﹁確かに、この世界と私たちの世界を繋ぐ﹃ドア﹄は完全に封印さ れて遮断されている。でも、長年の技術の発達で、私たちの世界は 最近になって、空間の歪みを利用して、少人数であればこの世界へ の渡航を可能とさせる装置を開発したの。私たちは、その実験。私 たち以外にも五組、この世界のどこかに散らばってるのよ﹂ ニートは顎に手を当てて考えている。 ﹁空間の歪み。ワームホール的な?﹂ ﹁ニート君、なんか目が非常に輝いてるんですが、どうしたんです か!﹂ ニート、なんかお前、半年前に巨大カラクリモンスター、ゴッド ジラアを見たとき並に目の色が子供みたいに輝いてるんだが、何が あった? 176 ﹁驚いた。まさか、未だこんな原始文明を歩んでいる地上世界で、 話の分かる人が居るなんてね﹂ ﹁とりあえず、話を続けて欲しいんで。そもそも、その異世界転移 における﹃ドア﹄ってのがあるなら、技術開発なんてしないで そ のドアの封印解けばいいんじゃない?﹂ そして、最初は俺たちを原始人だとか原始時代だとか馬鹿にして いたアイボリーも、ニートの言葉に段々表情が変わってきた。 ﹁ううん。封印を解くことは私たちだけでは出来ないの。そして、 私たちが移動に使った﹃ジャンプ﹄っていう装置も、エネルギー使 用量とコストが莫大で、数える程度しか作れないうえに、移動でき るのは十人ぐらいが限界。私たちは、モニターとして今回使っただ けなの﹂ ﹁封印をあんたたちだけで解けない理由は?﹂ ﹁それこそ家のドアを想像してみて。家のドアって普通は中から開 け閉めできるけど、外からは鍵がないと開けられないでしょ? で も、私たちの世界を繋ぐ﹃ドア﹄は、私たちの世界とこっちの世界 両方から鍵を開けないと解放されないの。だから、こっちの世界で も鍵を開けてもらわないと、ドアを開放できないの﹂ ﹁じゃあ、何千年前はどうやって鍵をしめたんだ?﹂ ﹁こっちの世界で、私たちの協力者だった人。﹃ミシェル﹄ってい 177 う人が、こっち側の鍵をかけたの﹂ ﹁なら、そのミシェルって奴⋮⋮っていっても、何千年前の話だけ ど、その関係者とか鍵を持ってたり?﹂ ﹁それはどうかな? 確かに鍵をかけたのはミシェルだけど、鍵は 相当特殊だからね。正直、今回は、機器のテストと地上の状況調査 が私たちの目的なの﹂ 信じられねえ。会話が続いてる。もう、俺たちほとんどがチンプ ンカンプンなのに、ニートだけ未だに話しについていってる。 ﹁カミさん、コーヒーくれね? ちょっとギブ﹂ ﹁わらわも欲しいのだ﹂ ﹁僕は終わったら起こしてよ﹂ ﹁パッパ∼、つまんない、お外いこ﹂ ﹁とーちゃん、私、皿洗いしてくる﹂ ﹁座学では同期の中でもトップだった私も分からないけど、それっ てダメなことじゃないわよね?﹂ ﹁大丈夫だと思うよ、ホーク。だって、私も意味分からないから﹂ 分からねえからこそ、もはや理解しようとする努力も放棄した。 そして、俺たちは飽きた。ニートを除いて全員がテーブルに突っ 伏した。 なのに、ニートはお構い無しに会話を続けていく。 178 ﹁鍵っどんなの?﹂ ﹁ある条件の遺伝子が混ざり合うことで、奇跡的に発現する特殊な 瞳に映し出されるエンブレム。その瞳を三つ揃えると、眼球認証シ ステムっていうので承認されて、鍵が開くの﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮瞳の紋章?﹂ ﹁そう、でもそのエンブレムが発現するのは、本当に奇跡的な確率。 当時の学者たちの計算でも、五百年∼千年に一つの確率だって言わ れていたみたいだからね﹂ ﹁その目って、こういうやつか?﹂ ﹁ああ、うん、それそれ。⋮⋮⋮⋮って、えっ!﹂ その時、話の流れでどうしてそうなったのかよく分からんが、ニ ートが紋章眼︵偽物だけど︶を発動。 その瞬間、アイボリーの表情が固まった。 そして、 ﹁ちょっ、何であんたがそれを持ってんのよッ!﹂ テーブルを強く叩いて立ち上がった。 ﹁いや、色々あって。でも、これ、一応、パチモンなんで﹂ ﹁嘘でしょッ! こ、こんな、こんなところに、鍵の一つが?﹂ 179 よほど驚きだったのか、全身を激しく震え上がらせているアイボ リー。 すると、ずっと黙っていたリガンティナが手を上げた。 ﹁なるほどな。原理は不明だが、お前たちの正体がようやく分かっ た﹂ ﹁あなたは⋮⋮⋮エンジェルタイプの⋮⋮﹂ ﹁天空族第一皇女のリガンティナ。そして、私は、五百年ほど前の 先祖が人間と結ばれて生まれた子孫。ゆえに、この瞳を持っている﹂ 手を上げたリガンティナも、紋章眼を発動させる。 もはや、アイボリーは絶句していた。 ﹁し、信じられない、こ、こんなこと⋮⋮この世界に転移して早々 に、鍵を見つけるなんて⋮⋮﹂ ガタガタと震えて激しく動揺を見せるアイボリー。 するとリガンティナは、一旦瞳を元に戻して、天井を見上げなが ら口を開いた。 ﹁二千年以上も互いの世界を断絶させていた我々。しかし、二千年 過ぎた今になってドアを開放しようとする理由は、﹃モア﹄との戦 いに備えるためだな?﹂ 180 ﹁ッ! そこまで知っているなら! そうよ! 記録によれば、ド アを封印して二千三百年後に再び三つのエンブレムが揃う。その時 に、改めてドアを開放して、モアとの戦いに備える。そして、その 期日は今から数年前だったはず。なのに、一向にドアが開放される 気配がないからこそ、私たちは開発中の﹃ジャンプ﹄を使ってこの 世界に来たの﹂ ﹁そうだったか。なるほどな。まあ、私も伝承で全てを完全に教え られていたわけではないが、紋章眼については色々とあったからな。 さらに、ドアのある封印の祠にも、神聖魔法等、厳重な封印がかけ られていたからな。魔法を解除することができる、﹃代行者﹄にも 色々あった﹂ ﹁代行者の所在も分かっているの? それに、マホー? それって、 ひょっとして、エンジェルタイプやディッガータイプが備えた特殊 能力のように、地上人に発現した力のこと? そうか、さっきのあ なたたちの力も!﹂ ﹁お前たちは魔法を知らないようだな?﹂ ﹁え、ええ。確かにその力は記録上存在していた。事実私たちの先 祖は、人間や魔界の生物がその力を覚醒させたことにより、故郷を 追われることを余儀なくされたから。それに、具体的な名称が付け られる前に、私たちの先祖も世界を転移したから。でも、確かに、 記録上、ミシェルは三つのエンブレムと、代行者、そして六人の異 能者を鍵として定めていた﹂ ﹁六人の異能者。神聖魔法使いのことか﹂ 181 ニートに続いてリガンティナまであっちの世界に行ってしまった。 凛としたクールな表情で話をするリガンティナは、いかにも﹁デ キる女﹂という雰囲気で、とてもショタコン変態女に見えなかった。 ﹁次は、私から聞かせてよッ! この世界は、二千三百年前から異 種族同士で争い続け、それは永久に続くと思われていた。今は、ど うなっているの?﹂ ﹁あー、ちょっと待って欲しいんで。そこに行く前に、とりあえず この世界を征服した男に、要点だけ伝えるんで﹂ ん? 話が一段落したのか? ニートが俺に手を上げた。 ﹁おい、ヴェルト、細かいところは不明だけど、大まかなところは 分かったんで﹂ ﹁なにっ? 本当か! んじゃ、百文字以内で説明してくれ﹂ ﹁多分こいつら、噂の﹃神族﹄だと思うんで。封印された神族って、 コールドスリープ的なの想像してたけど、実際は異世界に転移して たみたいなんで。んで、こいつらは、ファンタジーとは真逆のSF 的に進化した種族みたい﹂ スゲーッ! ほんとに百文字! ニートって意外とハイスペック だな⋮⋮ 182 ﹁ん? はっ? 神族ッ?﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁えっ?﹂﹂﹂﹂﹂ って、ちょっと待て。こんな何とか戦隊的なのが神族とか、何を サラッと説明してんだ? 当然、これまで意味不明だと首傾げていたみんなも、体を起こし て驚きの表情に変わった。 183 第9話﹁新パーティー結成﹂ ﹁は∼? 神族∼? これまで、聖王や聖騎士含めて散々人の人生 を狂わせた元凶の神族が、こいつらだ∼? じゃあ、何か? 俺は 神様ぶん殴ったっていうのか?﹂ それはさすがにまずい。いくら俺が宗教に入っていないとはいえ、 神様殴っちまったのか? ﹁そうでもないぞ、婿殿。神族とは別に神ではない。遥か昔の歴史 の中で、当時の人類や魔族らとは比べ物にならん技術力を持ってい た彼らのことを、地上人がそう呼称したにすぎん。実際の生態的に は、多分、お前たちとあまり変わりはない。﹃魔法が使える﹄のと ﹃魔法が使えない﹄の差ぐらいはあるみたいだがな﹂ 俺以外にも、神に手を出したのかと一瞬心配した連中含めてフォ ローするリガンティナ。 本当だろうな? すると、アイボリーも頷いた。 ﹁神⋮⋮う∼ん、まあ、グリーンみたいに調子に乗ってそういうこ と言ったりしてるのも居るけど、確かに私たちはそこまであなたた ちと違いはないよ。普通に性別だって分かれてるし、恋だってする し、子供だって産む﹂ ﹁あ∼、良かった。じゃあ、殴って問題なかったんだな﹂ ﹁って、その発想はどうかと思うけど! いや、うん、た、確かに、 その私たちもあんたたちを怒らせるようなことしたとは思うけど⋮ 184 ⋮﹂ とりあえず、神族であって、神じゃない。それだけ分かりゃ十分 だった。 ﹁って、そうそう、それで、次は私の質問に答えて﹂ ﹁ん?﹂ ﹁私たちの先祖は、技術や兵器の開発力はあったけど、数が少なか った。だからこそ、異世界への転移を余儀なくされた。そして、二 千年間力を溜めて、モアとの戦い前にドアを開放して、あなたたち 人間やエンジェルタイプ、ディッガータイプ、マーメイドタイプと 協力して魔族と亜人を滅亡させるっていう計画だった。それなのに、 あなたたちは、争うどころか仲良さそうだけど、どういうことなの ?﹂ アイボリーの質問。それは、さっきも聞いたように、今、この世 界はどうなっているのか? という質問。 すると、全員一斉に俺を見た。 ﹁⋮⋮⋮なんだよ。なんで俺を見るんだよ﹂ ﹁いや、ほら、婿殿が色々とやらかしたおかげで、神族の予定や先 祖たちの計画が大幅に狂ったようなのでな﹂ お前が言え。そんなオーラと視線を周りから感じ、俺は仕方なく 言ってやることにした。 185 ﹁半年ぐらい前に、なんやかんやで人間と魔族と亜人の戦争は終わ った。細かいイザコザはあるだろうけど、まあ、今はそんな感じだ﹂ ﹁お、終わった? 終わった! どういうこと? 滅んでいるよう には見えないけど、ひょっとして、隷属させたとか?﹂ ﹁ん∼、なんかそこらへん、説明の仕方が難しいが、うん、アレだ。 なんかみんな、戦争飽きたんじゃね?﹂ ﹁説明になってないわよ! どういうことよ、それは!﹂ さすがに、こんな説明では納得しないアイボリーの気持ちは分か らんでもない。 すると、ずっと暇そうにしていたエロスヴィッチが手を上げた。 ﹁まあ、事実だから仕方ないのだ、娘っ子﹂ ﹁亜人ッ!﹂ ﹁わらわもかつては、野心に満ちて人類も魔族も滅ぼそうと暴れ周 り、そして殺しまくったのだ。だが、突如現れたこのヴェルト・ジ ーハは、そんな世界をぶっ壊したのだ﹂ ﹁う、うそ、そんな、そんなことって⋮⋮⋮﹂ ﹁こやつの作った国を見たら驚くのだ。そして嫁も見たら驚くのだ。 186 もう、戦争するのがアホらしくなるぐらいなのだ﹂ それは、エロスヴィッチだけの意見じゃない。リガンティナ、そ してムサシやフィアリたちも頷いていた。 だが、アイボリーは納得してないのか、首を横に振った。 ﹁そ、そんな、そ、それじゃあ、それじゃあ、モアとの戦いはどう するつもり? 今は仲良さそうでも、絶対に異種族同士での問題は また起こる! それじゃあ、モアと戦うなんてできっこない!﹂ さて、そこでようやく俺は半年前から気になっていたものの、結 局ウヤムヤになってしまったことを聞かざるを得なくなった。 ﹁じゃあ、おさげ。そろそろ教えろよ。モアって何だ? 俺は、こ の世を滅ぼす何者かとしか聞いてねえけど﹂ 神族だけじゃねえ。 聖王も、聖騎士も、そしてあのクロニアすらもが、その名前に振 り回された。 これまでの全てに通ずる、モアという存在。 それについて、俺は︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱ピーッ、ピーッ、ピーッ 187 その時、この世界では聞き慣れない、何か機械的な音が聞こえた。 それは前世的に言うと、何かを知らせる警告音のようなもの⋮⋮⋮ ﹁えっ、この音は⋮⋮⋮そっか、﹃ジャンプ﹄のタイマーがセット されていたんだ! 確か、ブルーが持っていて⋮⋮⋮﹂ そう、セットされたアラームが鳴るかのようなこの音は⋮⋮⋮ ﹁ねー、パッパ∼、これがなんか、ピーってなってるよ?﹂ その時、俺たちは好奇心旺盛なコスモスに目玉が飛び出した。 気絶している男の持ち物を勝手に取り上げちゃいけませんと、ち ゃんと躾けねば! まあ、いきなり音がなったら、そりゃー驚くし、興味引かれるの も無理ないけどさ、コスモス、それ人のものだから! ﹁これなーに?﹂ コスモスが手の平に乗せて首をかしげているのは、なんか、白い ケースの方位磁石や手鏡のような小さく丸い何か。 それが、確かにピーピー鳴って、中央にある小さな点のようなも のが、赤く点滅している。 188 ﹁ちょっ、それがジャンプだって! それに触っちゃダメ! あな たたちも今すぐこの場から離れてッ!﹂ ﹁はっ? 何が?﹂ ﹁その装置は半径五メートル以内に十人以上居ると、無差別に転移 者を選別する作りに︱︱︱︱︱︱﹂ ﹁ッ! コスモス、今すぐそれから手を離せッ!﹂ だが、既に時遅し。 ジャンプとかいうものが大発光し、店内が閃光に包まれた。 俺は、かろうじてコスモスの手を掴んだが⋮⋮⋮ ﹁ぐっ、か、体がッ!﹂ この感覚、記憶がある。 以前戦った、ワープの使い手に飛ばされた時と同じ感覚。 何も無い世界に飲み込まれて漂い、吸い込まれ、そして⋮⋮⋮ ﹁パッパ∼、ここ、どこ?﹂ ﹁ちっ、マジかよッ!﹂ ﹁こ、これはどういうことでござるか?﹂ 189 ﹁ん? あれ? 僕、何があったの?﹂ ﹁これは⋮⋮﹂ ﹁コスモス、婿殿、無事か?﹂ ﹁うーむ、結局どうなったのだ?﹂ ﹁⋮⋮⋮だから⋮⋮だから、ヴェルトと一緒は嫌だって言ったんで !﹂ ﹁え? えええ? ええええええ!﹂ ﹁うそっ! やっちゃった⋮⋮﹂ 閃光の中、確かにアイボリーが言った、半径五メートル以内に十 人以上居ると転移する者をランダムで装置が選ぶという、傍迷惑な システム。 その通りに、この場にいる十人が選別されてしまった。 そしてそこに、アイボリーを除く、他の何とか戦隊は居ない。 俺たちだけが飛ばされちまったようだ。 で、ここは? ﹁おいっ、どういうことだ! ブルー班じゃないぞ! 誰だあいつ らは!﹂ その時、生の肉声ではなく、どこか拡張器のようなものを通した 190 音で誰かの声が聞こえてきた。 そもそもここは? ﹁なーんか、メンドクセーことになってきてねーか?﹂ 俺たちは、真っ白い部屋の中央部に設置されている薄い透明なカ プセルのようなものの中に居た。 部屋は広く、そして壁や床や天井など、﹃俺たちがさっきまで居 た世界﹄とは明らかに違う材質で作られている。 いくつかの紐状のようなもの。前世的に言えばコードのようなも のが部屋中に散りばめられた、四角形の部屋。 そして、その部屋の壁の一面だけには、ガラスが張られ、その向 こう側には、白衣を着た人間が何人も見える。 そいつらは、俺たちを見て相当驚いている。 ﹁おいっ、何者だお前たちは!﹂ ﹁ッ、見ろッ! まさか、アレは、エンジェルタイプッ!﹂ ﹁ビーストの遺伝子が混ざった、亜人ッ!﹂ ﹁まさか、奴らは、﹃地上世界クラーセントレフン﹄の住人ッ!﹂ ﹁どういうことだ? アイボリー、状況を説明しろ!﹂ 正に、異常事態発生ってやつだ。お互いにな。 ﹁さてさて⋮⋮⋮⋮コスモス。それ、パッパに貸してくれ﹂ ﹁はーい﹂ 相手が慌てている隙に、コスモスから例の﹃ジャンプ﹄を弄って みた。 ウンともスンとも言わなかった。 191 ﹁おい、おいおいおいおいおいおいおい!﹂ ちょ、マジで勘弁してくれ! 動け動け動けッ! ﹁婿殿、どうだ!﹂ ﹁ダメだ、動かねえッ!﹂ ﹁ちっ、なにこれ? ねえ、僕たちどうなったの? あの、うるさ い連中何?﹂ ﹁まずいぞ、ヴェルト・ジーハ。予想外の事態だ﹂ ﹁わ、わらわはどうすればよいのだ!﹂ ﹁殿∼∼∼、い、いったい、ここはどこでござるかっ!﹂ ﹁無理よッ! それは、往復のエネルギーを充電するだけでも、す ごい時間がかかるんだから!﹂ そして、連中同様に結局俺たちも大混乱。 ﹁おい、奴らが地上世界の住人なら、まずいぞ! 何があったかは 知らないが、ブルー班に異常事態が発生したとしか考えられん!﹂ ﹁おい、ラボ全体に緊急警報を発令しろッ! 今すぐ、警備兵にバ トルスーツや武器を装備させ、全員ここに集めろ! 出入口も封鎖 しろッ!﹂ ﹁馬鹿、今は﹃式典﹄の最中だぞ! 国王様も、それにあの姫様ア イドルグループが来て、ライブしてるんだぞ? 警報なんて鳴らし たら外が大パニックになるぞ!﹂ ﹁だからって!﹂ 192 ﹁いいか、この中で全て処理するんだ! 奴らを絶対にここから出 すな! 可能な限り生かして捕えろ! だが、状況によっては始末 も許可する﹂ うわお、しかも向こうは既に殺気立っているよ。 お茶を飲み交わして自己紹介なんて雰囲気じゃねえ。 俺たち全員を拿捕しろと、おそらくこの設備全体に発令してんだ ろう。 そう、拿捕するつもりだ⋮⋮⋮⋮ ﹁とりあえず、今は抵抗しないで大人しく捕まっておくか?﹂ ﹁ええ! あなたたちもお願い! 私が事情を説明するから、大人 しくして!﹂ 話せば分かるかもしれねーしということで、一応提案してみた。 アイボリーも、必死に懇願している。 ﹁うん、俺もそれは賛成なんで!﹂ ﹁そ、そう、そうしたほうがいいよ、ヴェルトくん!﹂ ﹁異議なしでござる!﹂ ﹁同じく﹂ ﹁仕方あるまい﹂ ﹁うーむ、まあ、それもそうなのだ。帰る方法も教えてもらえるか もしれないのだ﹂ コスモスの票を抜かして、俺を含めた八人のコンセンサスは取れ 193 た! よし、これなら⋮⋮⋮⋮ ﹁はっ? 何言ってんの? 捕まる? 僕が? バカじゃない? そんなの死んでもゴメンだよね?﹂ あっ⋮⋮⋮⋮ げっさん ﹁月散﹂ 次の瞬間、このドアホウが月光眼を発動させ、俺たちを覆ってい たカプセルを散開させ、更には白衣の連中が覗いていたガラス窓す ら粉々に砕いて、白衣の連中を吹っ飛ばした。 ﹁帰る方法が分からない? なら、こいつら力づくで従わせればい いでしょ? なんなら、何人か殺しちゃえば良くない?﹂ 俺たちの意思統一など、今のカプセルやガラスのように粉々に打 ち砕きやがった、世界最悪の異業種にしてクソ王子! ジャレンガのあまりにもアホな行為に、俺たちは全員同じ顔で固 まっちまった。 それは同時に、俺、コスモス、ムサシ、バスティスタ、ジャレン 194 ガ、リガンティナ、エロスヴィッチ。 そして、この濃すぎる連中の中にぶち込まれてしまったというか、 巻き込まれてしまった、ニート。そして、ペット! おいっ! なんか、奇妙な縁で集結しちまった一蓮托生なイベント開始の合 図となった。 195 第10話﹁シンセカイ﹂ その瞬間、アイボリーの象牙色のツインテールが逆立った。 ﹁な、な、な⋮⋮⋮⋮なんてことをするのよ、あんたたち!﹂ ごめんなさい。この場に居た大半のものが心でそう思った。 しかし、団体行動とは難しいもの。たった一人の個人プレーで、 全てを台無しにする。 ﹁ふふ、ふふふふふふふ。あーあ、やだやだ、うるさい勘違いサル たちだよね? 見てよ、ヴェルト君、あいつらのマヌケな慌てぶり と敵意をさ。ムカつくよね? 殺したくない?﹂ ﹁テメエ、ちょっともう黙れッ!﹂ ﹁ん?﹂ ﹁ふわふわ乱キック!﹂ 蹴りツッコミ。 威力を上乗せした一撃をジャレンガ目掛けて放ったが、直前で反 応したジャレンガの月光眼に弾かれた。 ﹁ッと⋮⋮なになに? やってくれるじゃない、ヴェルト君? な 196 ーに、それは? 殺しちゃうよ?﹂ ﹁うるせえ、テメエこそぶっ殺すぞ! クロニア以上に空気読めよ っ!﹂ ﹁何で? 読む? 空気を? 僕の月光眼でも見えないものに、何 で気を使わないといけないの?﹂ 今更だが、ほんとに恨む。こんな奴を俺の元へ寄越すことを見過 ごした、魔王ヴェンバイとクロニアの二人を。 常識とか非常識とかそういうレベルじゃねえ。 四獅天亜人のように変態なんじゃなく、こいつは単に危ない奴だ。 本当にふざけてやがる。 ﹁⋮⋮⋮⋮状況が少し変だな。仲間割れか?﹂ ﹁どうやら、興奮して我らに攻撃した奴を、あの男が抑えようとし ているようだな﹂ ﹁戦闘の意志は無しか? 油断はできないが⋮⋮とりあえず⋮⋮﹂ すると、俺たちのやり取りを見ていた白衣の連中も殺気だってい たものの、テンパっていた俺を見て少し落ち着いたのか、さっきま でのように慌しくない。 すると、割れたガラスの向こうから、代表者の一人が口を開いた。 ﹁ブルー隊、アイボリー。これはどういうことだ? 状況の説明を﹂ 機械のようなものを通して拡声された声。まさか、マイク? 197 ﹁は、はいいっ! 我ら、地上世界クラーセントレフンの、人類の 生息地への転移は成功しました! で、ですが、地元住民であった 彼らと小競り合いのトラブル、そしてタイマーがセットされていた ジャンプにより、彼らが巻き込まれてしまい、今に至るんです!﹂ その報告は、だいぶ省略したが、嘘偽りの無い報告。 すると、白衣の連中は頭を抱えて困った顔で互いを見合っていた。 ﹁クラーセントレフンの住民が?﹂ ﹁ちょっと待て、人類の生息地域に転移したのでは? 魔族、亜人、 それにエンジェルタイプまで居るぞ?﹂ ﹁ああ、しかもそれほど険悪には見えないぞ? 記録によれば、あ の世界は異種族間の争いがずっと続いていたのではないのか?﹂ その説明をするとなると、想像以上に面倒で長い物語になる。 だから、そこはアイボリーたちのときのようにテキトーに流した い反面、現状はキッチリと説明したほうがいいのではという、半々 の気持ちだった。 ﹁だ∼から∼ら、どうでもいいって言ってない? 言葉わからない ? 殺しちゃうって言ってるでしょ?﹂ ﹁ひっ! ちょっ、あんた!﹂ ﹁もしさ∼、ここが地底族の君が言ってるように、本当に神族の世 界なんだとしたらさ∼、邪魔だよね? 本当にさ、邪魔じゃない? 198 だってこいつら、聖王の計画通りなら、僕たち魔族を絶滅させる つもりだったんでしょ? なら、先にこっちからやっても良くない ?﹂ そういや、そうだった。 ついそのことを俺もウッカリ忘れていた。 聖騎士や聖王たちのそもそものプランでは、神族の力を利用して 魔族や亜人といった種族を絶滅させて、世界を人類一種の世界にす るという計画だったんだ。 ならば、ジャレンガが先手で動いたのは、あながち間違いではな いのか? ﹁ふふ、ふふふふふふ。ハッキリ言って、僕がその気になれば、こ んな施設ぐらい一瞬で滅びるよ∼?﹂ 次の瞬間、ジャレンガが相手を圧殺するかのような強烈な殺気を 意図的に飛ばした。 もし、自分たちに向けられたものだったら、思わず膝が震えてし まうぐらいな凶暴性を孕んでいる。 それを向けられて、明らかに萎縮し、恐怖し、怯えた表情を浮か べる白衣の連中ども。 こうして見ると、本当に人間と大して変わらなく見える。 明らかに、頭はいいけど勉強ばかりで体は弱いガリ勉タイプの研 究者たちにしか見えない。 これが、本当に噂の﹃神族﹄なのか? こんな奴らが、魔族や亜人を皆殺しにする力があるってのか? 199 ﹁こうなっては仕方ありませんね。明らかにマニュアル外の異常事 態だけれど、ここは何としても争いなく収める必要がありますね﹂ ﹁ホワイト所長!﹂ ﹁皆さん、ここは下がって。警備隊には待機の指示を﹂ すると、その時だった。 ﹁こほん。気を沈めてください。我々に、争いの意思はありません。 我らの故郷、クラーセントレフンの世界の方々﹂ 白衣の連中の中から、一人細身の白髪で、少し品のありそうなお ばちゃんが、ジャレンガを宥めるような声で前へ出た。 ﹁初めまして、我らが先祖の故郷、クラーセトレフンの方々。私は、 この﹃王立中央研究所﹄の所長をしております、ホワイトです﹂ ﹁研究?﹂ ﹁この度は、我らの国、いえ、世界のものが大変ご迷惑をおかけし ました。あなた方を故郷へとお送りすることは、全力で取り組ませ て戴きます。どうか、この場は一度怒りを沈めて頂きたく、お願い 申し上げます﹂ 誠実に下げる頭と目に、演技は無さそうだ。 200 この、細身の白髪おばちゃん。 その態度に、ジャレンガは毒気を抜かれたように、殺気が収まっ ていった。 そして、気を削がれたのは、他の連中も同じだった。 ﹁うーむ、意外なのだ。てっきり、ジャレンガのバカタレの所為で、 わらわたちは取り囲まれて攻撃されると思っていたのだ﹂ だが、誰もが肩透かしをくらって、エロスヴィッチの言うように 思ったが、ニートが否定した。 ﹁いや、そうでもないと思うんで。むしろ、これが正常だと思うん で﹂ ﹁えっ? あ、あの、どういうことでしょうか、ニートさん﹂ ﹁既に見ての通り、この世界、俺らの世界よりもかなり発展した世 界だと思うんで。そういう発展した世界ほど、簡単に武器使って戦 闘とか殺しとか出来ないよう、規制だとか責任だとかもがんじがら めにあると思うんで、むしろ平和的な解決望むと思うんで﹂ ﹁えっと、そ、そういうものでしょうか?﹂ ﹁まあ、例えばあれだけ発展してた地底族だって、マニーに唆され てギリギリになるまで戦争には参加しなかったし、何よりも⋮⋮⋮ ⋮俺らで言う日本なんて、警察官は威嚇射撃しただけでニュースに なる世界だったと思うんで、って、このネタはこの場ではヴェルト 201 以外にわからないんで意味ないか﹂ 言われてみりゃそうかもしれねえ。その感覚は、戦争ばかりで、 相手が気に食わなけりゃ即戦闘の世界に染まった俺らには、無かっ た感覚だ。 でも、ニートの言うとおり、確かに前世では先進国でそういうこ とはなかったと思う。そりゃー、テロリストとか凶悪犯の射殺とか あったかもしれねーが、少なくとも、現状は、こいつらにとって長 年研究してようやくたどり着いた異世界の住人たちとの会合。未知 との遭遇って奴なんだから、お互い少し冷静にさえなれば、いきな り殺しあうというのは、無いのかもしれねーな。 ﹁しょ、所長ッ! その、わ、私、その、えっと﹂ すると、一旦場が落ち着いたかと思った瞬間、血相を変えたアイ ボリーがホワイトのもとへと駆け寄る。 今回のことで色々とテンパっているようだ。 だが、そんなアイボリーに対して、ホワイトはあくまで冷静な顔 で返す。 ﹁アイボリー。とりあえず、彼らとは私が話をします。あなたは、 まず正確に、そして確実に、何があったのかの報告を。それと、ブ ルーたちのことについても﹂ ﹁ッ、は、はいっ! で、ですが、いいんでしょうか? 彼らは、 ⋮⋮⋮⋮恐ろしく強いです。私たちのスーツや光学兵器すらも寄せ 202 付けず⋮⋮⋮⋮ここで取り押さえたほうが!﹂ ﹁いいえ。これはチャンスです。彼らがクラーセントレフンの住人 であるなら、彼らの世界の現状の情報を入手するにはこれ以上ない 機会です﹂ ﹁それは、確かにそうですけど﹂ ﹁それに、今、ここで争いを起こすわけには行かない理由が他にも ありますが﹂ ﹁理由? その、何かあるんですか?﹂ くはははははは、アイボリー、聞こえてるぞ? 俺は耳さえすま せば、空気を伝わって振動で、ヒソヒソ話が聞こえるんだよ。 これをジャレンガに言ったらどうなるだろうか? まあ、今は俺 も会話が重要だと思うから、それはやらねーけど。 ﹁忘れたのッ? ジャンプの完成記念式典として、現在、研究所の 前には大勢の市民、議員先生方や、陛下まで来てるのよ? まだ、 みんな帰らないで、研究所前に市民も含めて集まっているわ。あな たたちが、出発のカウントダウンでクラーセントレフンに行って、 まだ数時間しか経っていないのよ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ! う、うそ、わ、私って、ひょっとして そんなに早く帰ってきて⋮⋮⋮⋮時間軸のズレもなければそうかも だけど⋮⋮⋮⋮﹂ 203 ﹁それに今は、式典のイベントの一環で、あの超人気の姫様アイド ルグループ﹃アルカディア・ヴィーナス8︵エイト︶﹄がコンサー ト中よ?﹂ ﹁ああッ!﹂ ﹁もし、今、ここでトラブルが発覚したら、私たちの責任問題だけ にとどまらないわ。いいわね?﹂ なんか、色々大変そーだな。 まあ、大人しくしてれば、とりあえずはまだそれだけ大きな問題 には⋮⋮⋮⋮ ﹁わーーーっ! すっごーい! パッパーッ! パッパー! 見て 見てーっ! すっごい、いっぱい大きなおうちがあるよーっ!﹂ っておい! ﹁コスモス! お、お、お前、何を! だから何で自由に歩き回っ てんだよッ!﹂ ﹁まったく、好奇心旺盛な年頃だ﹂ ﹁おい、アイボリー、そしてホワイトとやら。問題ないな?﹂ ﹁え、ええ。でも、あんまり走り回らないで!﹂ ﹁ふにゃあああ、お嬢様∼∼∼! お待ちくださいでござる∼!﹂ いつの間にかこのエリアの外の通路へと飛び出していたコスモス は、長い長い廊下の向こうから興奮したように叫んでいる。 204 一応アイボリーたちの同意を得て、俺たちも慌てて飛び出し、部 屋の外にある直線上の真っ白いピカピカの通路を駆ける。 すると、その廊下の奥には、一面の大きな窓ガラスを背後に飛び 跳ねるコスモスが居た。 ﹁もう、コスモスちゃん、心配させないでよ。ダメだよ∼﹂ ﹁ほんと、ヴェルトの娘なんで。人の迷惑をかえりみないところ﹂ ﹁なはははは、まあ、めんこいから良いのだ﹂ ﹁ねえねえ、それよりも、ここ破壊しなくていいの? ヴェルトく ん?﹂ 頼むから、今は大人しくしておいてくれと、コスモスに一言だけ 言ってやろうとした。 だが、次の瞬間、俺たちはコスモスの背後に広がる、その目もく らむような壮大な景色に目を奪われた。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁こ、これはっ!﹂ 外は、既に夜だった。 だが、夜なのに、全く暗いとは思わなかった。 そこには、日の光りでも、炎の光でもない、眩いライトが、黄色 や青やみどりや赤など様々な色で、至るところから世界を照らして いる。 ﹁す、すごい、な、なに、この世界?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮なにこれ?﹂ 205 ﹁こ、これは、し、信じられん!﹂ ﹁デカいのだ! こ、ここは、これほど高い建物の中だったのだ? しかも、なんなのだ、この世界は!﹂ あのジャレンガやリガンティナ、エロスヴィッチですら言葉がう まく出てこないほど、圧倒されている。 そこから見える景色。それを一言で言うなら、大都市。 どれも、俺たちの世界からは想像もつかない、巨大な人工的な建 造物の数々。 そして、地上がまるで下界に見えるほど、今俺たちのいる場所は 何十階も高い場所だった。 ﹁ニート﹂ ﹁あ、ああ﹂ まるで地底世界を思わせるほどの壮大さ。 ﹁お前の故郷と同じぐらいだな﹂ ﹁いや、あれよりすごい﹂ いや、それ以上だ。 石造りでできた建造物の並ぶ地底世界とは違う。 俺たちの世界には無い物質で建てられた建造物。 それは、前世の言葉を使うなら、﹃コンクリート﹄? そして、更に前世の言葉を使っていいなら、今の景色はこう呼べ る。 ﹁コンクリートジャングルの、摩天楼だな⋮⋮⋮⋮﹂ 206 ﹁あ、ああ。まるで、ニューヨークのマンハッタン⋮⋮⋮⋮数え切 れないほどのライトも⋮⋮⋮﹂ 前世で一度も行ったことなくても、その名や都市のイメージは大 抵のものができる。 建造物だって、もう、前世の言葉でそのまま言っちまえば、ビル だよ。 しかも、言っちゃなんだが、前世よりも遥かに異様な発展都市。 なぜなら、 ﹁なんだ、あれは! 巨大な建造物どうしが、細い透明の通路で繋 がって、行き来しているぞ!﹂ 都市の中、至る所に伸び、至る所に繋がる透明なカプセル配管の ような通路が蛇のように街の上に広がり⋮⋮⋮⋮ ﹁な、何あれ⋮⋮⋮⋮見たこともない乗り物が空を飛んでいる⋮⋮ ⋮⋮人が乗っている!﹂ タイヤの無い車やバイクに似た乗り物が、いくつも上空を飛んで いる。 ﹁あなたたちの世界とはだいぶ誓うでしょう?﹂ ﹁少し、驚いちゃったかな?﹂ 圧倒される俺たちの後ろには、優しく微笑むホワイトと、少し胸 207 を張っているアイボリー。 誰もがこの状況を知りたいし、聞きたいことが山ほどあるも、言 葉を失う中、ホワイトが口を開く。 ﹁これが、﹃地上世界クラーセントレフン﹄から逃れた我々の先祖 が、二千三百年の歴史と共に進化と発展の末に造り上げた世界。﹃ 新世界グランドエイロス﹄よ﹂ 正直、この世界の名称そのものはどうでも良かった。 ﹁そして、私たちの今いるこの都市の名は、﹃メガロニューヨーク﹄ よ﹂ 名前知ったからってどうすりゃいいってこともなかったからだ。 ただ、それでもあえて言うとしたら、これだけだ。 ﹁なあ、ニート﹂ ﹁おう﹂ ﹁俺たち、今更だが、ファンタジーな異世界に転生したんだよな﹂ ﹁間違いなく﹂ ﹁だったら、何で今、俺たちはSFな未来都市の異世界に転移して んだよ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮⋮さあ?﹂ 208 それ以上は、俺ももう、言葉が何も出なかった。 ﹁あっ、パッパー! 下に、人がいっぱいいるよ?﹂ 真下を何気なく見てみた。 するとそこには、戦争でもするのか、何千何万の異常なまでの人 並みが大歓声を上げて居た。 ﹁な、な、なん、なんなんあれ?﹂ ﹁なんか、前世で言う大統領演説とか、ワールドカップ中継をパブ リックビューイングしてるとか、渋谷のスクランブルとか、もう、 あんな感じじゃないか?﹂ 正直、俺とニートにしか、現状の形容がしづらい世界が広がって いた。 ﹁ふふん。さすがのあなたたちも驚いたでしょ? でも、私もあな たたちの世界に行って逆に驚いた。あの壮大な大自然に。だから、 オアイコってやつかな?﹂ ちょっと自慢気なアイボリーが、ガラス窓に手をかける。 すると、ガラス窓が自動で開き、俺たちは全身に未知の世界の空 気を浴びた。 その空気は、新鮮というよりも、ファンタジー世界に染まった俺 たちの体には⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 209 ﹁あっ! ね∼、パッパ∼! お歌、歌ってるの! 踊りしてる! 見て! ねえ、パッパー!﹂ 空気を吸い込んでいる俺のズボンの裾をコスモスが興奮したよう に引っ張り、下を指差している。 すると、確かに、なんか軽快な音や歓声が、より一層大きく聞こ えてきた。 そして⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁コスモスもいくーっ!﹂ えっ? ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ここは、ビルの上、百階ぐらい? コスモス、普通 に飛び降りちゃっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁うおじょうさまあああああああああああああああああっ!﹂ ﹁待てッ! お前まで飛ぶな!﹂ ﹁離すでござるバスティスタ殿! お嬢様がッ!﹂ ﹁娘なら飛行できるだろう。それと、ヴェルト・ジーハッ!﹂ ッ! 条件反射でムサシまで飛び降りようと! っ、危ねえっ! ﹁こ、コスモスッ! あ∼∼∼∼、もう!﹂ 小さな翼を羽ばたかせ、マイエンジェルは本当に自由奔放に飛び 出した⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 210 だ∼、くそ! 最近、甘やかしすぎたかもしれん。俺もエルジェ ラも、可愛がりまくっていたからな。 でも、そろそろ、ちょっとは叱ったりしねーとな。 ﹁ったく、ちょっと待て、コスモスッ!﹂ とりあえず、俺も今は飛び降りた。 211 第11話﹁アドリブ﹂ 間に合うか? 乱入される前に。 普段なら、ふわふわ回収で無理やり引き寄せるだけ。 だが、最近それは対コスモスにそれほど有効ではない。 確かに俺は半年ぐらい実戦から離れているが、別に弱くなった気 はしない。 だが、一度だけ、公園で走り回ってなかなか帰ってこないコスモ スを、無理やりふわふわ回収しようとしたら、俺の魔力が弾かれた ことがあった。 その時、単純に俺の腕が錆び付いたのかと焦ったが、そうじゃな い。 ﹁えへへへへ、きゃっほ∼!﹂ 無意識に体から魔力と超天能力という二つの異なる力をミックス させた異形の力を放出するコスモスが、単純に成長しているからだ。 ﹁止まれ、コスモスッ!﹂ ダメだ、聞こえてねえ。 スゲー嬉しそうにパタパタ下降してる! その真下には、地平線の彼方まで埋め尽くされる、旗やら、うち わやら、タオルのようなものを掲げて歓声を上げている何万もの客。 そして、その視線の先には、多くのスポットライトを浴びて、全 身を使って飛び跳ね、軽やかに、華麗に、そして力強くその体を動 かし、ただただ笑顔を絶やさずに、輝く汗を震わせた、八人の女た ちが居る。 212 ﹁まずいわ! あの二人、よりにもよってアルカディア・ヴィーナ ス8︵エイト︶! のライブにっ!﹂ ああ、まずい。俺たちが飛び降りたフロアから、アイボリーがそ う叫んでいた。 ﹁ヴィーナス?﹂ 何気ない、ニートの問いかけに、どこか鼻息荒くしたアイボリー が叫んでいた。 ﹁ええ、そうよ! 八つの大陸に分かれるこの世界、それぞれの大 陸の頂点に君臨する国家が、世界の友好を示すため、それぞれの国 のお姫様たちがユニットを組んだ、奇跡のアイドルグループよッ!﹂ なんだ、そりゃ? 何で友好を結ぶためにアイドルなんだよ? そう思いながら、俺の視界にも徐々にその八人が何となく見えて きた。 ﹁よく見なさい! まず、向かって右端のお方!﹂ ﹁えっ? なに? 説明すんの?﹂ ﹁あの方は︱︱︱︱︱︱︱﹂ ワリ、説明聞いてる暇はねえし、どうせ覚えられねえ。 213 つか、俺には全員同じに︱︱︱︱︱︱ ﹁みっんなーっ、今日っも、あっりっがとーってね! うっれしい っなってねっ! こっれからもっ、ヴィーナス8と、私こと、﹃マ ルーン﹄もよろしくってね♪﹂ ﹁ラブラブラックの﹃ブラック﹄ちゃんは∼、今日もラブラブラッ クなの∼♪ だからみんなとラブラブ∼♪ それじゃあ、みんなも 一緒に、ラブラブラック∼! ⋮⋮ボソッ⋮⋮あ∼、キモチワル、 いつまでこんな平民豚どもに愛想振りまかないといけないんだっつ ーの⋮⋮⋮⋮えへへへ! さあ、みんなもういっかいだよ∼、やっ てくれないと∼、ブラックモードに入っちゃう∼ん﹂ ﹁シ、﹃シアン﹄でし! あの、わ、私なんかに、その、嬉しひい でしっ! っう∼∼∼、はう∼、かんじゃったよ∼⋮⋮⋮﹂ ﹁は∼⋮⋮⋮﹃ピンク﹄よ⋮⋮⋮ま、歌ってあげたわ。⋮⋮⋮別に。 特にないけど⋮⋮⋮うるさいから、そんなに大声で人の名前を叫ば ないでよ。聞こえてる。恥ずかし⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ちゃんと、届 いてる。みんなの気持ちもエールも⋮⋮⋮ぐす、私なんかのために ⋮⋮⋮あ、り⋮⋮⋮がと⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁にゃっはー! ﹃アッシュ﹄だよー! 今日も、にゃっはお腹減 ったー! でも、にゃっは頑張る∼ッ!﹂ 214 ﹁みんなのお姉さん、﹃バーミリオン﹄も推してくれると嬉しいわ ね∼。うふふふふ、でも∼、こうしてみんなと一つになることが∼ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮え∼と、なんんだっかしら∼? あっ、そうそう、え っと∼、可愛いわね∼﹂ ﹁姫なんて身分でも、所詮は私なんて何の取り柄もない女です。で すが、私は、皆さんと出会えて変わることができました。﹃アプリ コット﹄は、多くの人との出会いと支えで、今、ここに居ます! だから、歌います! ﹃新曲・レインボー大好き♪﹄を﹂ ﹁ふん、でも、国も、人気も、歌も踊りも、誰にも負けなくってよ。 この﹃ミント﹄の名を、世界に、歴史に、記憶に刻み込む! そし て、あなたたちを導いてみせるわ! それが天に選ばれし覇王の血 脈である、私の使命であってよ?﹂ 結論! 覚えられるかッ! もう、全員同じにしか見えない! カラフルなチェック柄のパニエのスカート。上は全員胸にリボン を付けた紺色ブレザー。 頭には、リボンつけたり、ベレー帽かぶったり、一応バラバラな んだが、見分けがつかん! ﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁ん?⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ!﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂ しかし、その時、八人は、そして観客はようやく気づいた。 215 ﹁お、おい、なんだあれは!﹂ ﹁上空から何かが落ちてきて、あ、危ない! ⋮⋮⋮えっ?﹂ ﹁ヴィーナスたまたちの上から⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁天使が⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ コスモスがゆっくりと降りていく。 その光景に、興奮に大歓声を上げていたはずの観客が一瞬で言葉 を失った。 アイドル連中も空を見上げて一瞬固まっている。 だが、その時、俺は確かに見た。 ﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮コクり﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂ 八人の女たちが一瞬だけ目を互いに合わせて何かを頷いたのを。 そして、八人はすぐに顔をアイドルモードの笑顔に戻し、ステー ジの上で円を描くような位置取りをして、全員右手を天に伸ばし⋮ ⋮⋮ ﹁コスモスもうたう∼!﹂ 降り立つコスモスを迎え入れ、 216 ﹁よ∼っし、いっちゃおってね♪﹂ ﹁曲は止めて! リズムは私たちでやるから﹂ ﹁私にできましかね? ッ、またかんじゃったよ∼﹂ ﹁突発的な状況に応じて対応する。それがプロ﹂ なんとコスモスを八人の中央に立たせ、 ﹁にゃんにゃーにゃん、にゃんにゃーん、あまえんぼ∼の猫さんは ∼、パッパとマッマが大好きにゃー♪ おひさまのぼってポッカポ カ∼、甘えてもっと∼、ぽっかぽにゃー♪﹂ そして可愛いいッ! っじゃなかった! そう、何で歌わせてん だよ! 一人のアイドルが中腰になり、コスモスにさりげなく耳に何かを つけさせた。あれは、イヤホンマイク? そして、今、曲のようなものは流れていない。 しかし、リズムには乗っている。 それは、何故か。 ﹁はいっ! タンタンタン♪ はいっ♪﹂ ﹁にゃんにゃんにゃーんってね♪﹂ ﹁はいっ、にゃーにゃーにゃん♪ ニャンダフル∼!﹂ 八人が、口でリズムを取ったり、合いの手を入れたり、そして初 めて聞くであろうコスモスの歌に合わせて、ゆっくりと可愛らしく、 まるで子供のお遊戯会を彷彿とさせる振り付けをしながら、合わせ ていく。 217 それが、不自然ではなく、何故か自然に見え⋮⋮⋮ ﹁﹁﹁﹁﹁わああああああああああああああああああああああああ あああああああっ!﹂﹂﹂﹂﹂ 静寂になったはずの会場の空気のボルテージを、再びマックスへ と盛り上げた。 ﹁んな、あ、アホな﹂ アドリブ⋮⋮⋮だよな? ﹁なんだあの子、どっから来たんだ?﹂ ﹁空から降ってきた? あの翼は、なんだ? 新しい、﹃ギア﹄か ?﹂ ﹁新メンバー? ちっちゃくて可愛いな∼﹂ ﹁いいぞー、お嬢ちゃん、ガンバレーッ!﹂ 煽るなあああああああああああああああああっ! ﹁つっ、たく、な、なにがどうなってんだよ﹂ もう、全ての観客がステージの上に釘付けだ。 ステージ脇に降り立った俺なんて、誰も見てねえ。警備仕事しろ! 218 ﹁予想以上に盛り上がってるってね♪﹂ ﹁ちなみに、誰この子? キモイ客が喜んでるからいいけど﹂ ﹁迷子でしか? はうっ!﹂ ﹁父親は? 全く、なんで私がこんな子供騙しを⋮⋮⋮にゃ、にゃ んにゃこにゃん♪﹂ ﹁にゃっは楽しいから、にゃはいいよー♪﹂ ﹁あらあらあら、まあまあまあ﹂ ﹁どうしましょうか?﹂ ﹁でも、なんか複雑よ。私がセンターで踊っている時よりも、観客 が盛り上がってなくって?﹂ コスモスに合わせて振り付けしながら、アイコンタクトしながら ﹁どーすんの?﹂状態のアイドルたち。 ダメだダメだ。いい加減とめねーと、コスモスは余計に調子のっ て可愛くなる⋮⋮⋮じゃなかった、調子のってどこまでやるか分か らねえ。 ﹁くそ、この距離ならッ! ふわふわ回収ッ!﹂ ちょっと強めに、多めに魔力を込めて、コスモスをステージ中央 から袖にいる俺のもとへと回収。 ﹁ふぇっ? あれ?﹂ 219 ﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁ッ!!!!﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂ 空から降りてきたコスモス。そして、今度はいきなり目の前で浮 いて引き寄せられる。 その光景を目の当たりにしたアイドル八人組も目を見開いた。 だが、 ﹁やー! コスモスまだうたいたいよ∼!﹂ ﹁ジタバタするなーーーーっ! いいから、戻ってこい!﹂ ﹁やったらやーーっ! うたう∼∼∼∼の∼∼∼∼!﹂ コスモスが暴れる! 抵抗するコスモスから発する力が、俺の魔 法を反発しようとする。 だが、俺の年季をなめんなよ? ちょいと俺が本気を出せば⋮⋮⋮ ﹁にゃっは嫌がってるからやめにゃっはーっ!﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁私たちの仲間を攫うなんて、にゃっは許さないっ!﹂ 誰かが宙に浮いてジタバタするコスモスを抱きしめて、こっちを キッと睨んできやがった。 220 ﹁ッ、誰?﹂ ﹁男ッ!﹂ ﹁ちょっと、警備員さんは何をしてましか?﹂ ﹁それより、アッシュ!﹂ ﹁まって、お客さんも首を傾げてるわ∼﹂ ﹁このままじゃ、パニックに! お父様や、各国王様たちも注目し てますし﹂ ﹁とにかく、私たちは続けるわ! 曲を流して!﹂ おいおい、何を? プロ根性? 良く分からんが、再び何か軽快 な曲が流れ出し、七人がステージ上に散って踊りだした。 だが、中央でコスモスを抱きかかえてこちらを睨む、灰色髪のボ ーイッシュカットの女。クリッとした目に八重歯が見える女が、こ っちをキッと睨んでいる。 ﹁どんな手品を使ったか、にゃっはわからないけど、にゃっは嫌が ってる女の子を舞台裏から連れていこうなんて、にゃっは許さない っ!﹂ だから、俺の娘だからッ! ﹁くそっ、相手に出来るか!﹂ もういい。目にも映らぬ光速で、コスモスぶんとって、さっさと この場から離れよう。 221 ヴェルトレヴォルツィオーン ﹁魔導兵装・ふわふわ世界革命!﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁わりーな、邪魔しちまって。とりあえず、さっさと退散するから よ!﹂ ラーメン屋で、アイボリーたちの実力から大体のことは分かった。 こいつら、技術力はSFだが、身体能力はそれほどでも⋮⋮⋮ ﹁ッ! ほあちゃあーーーーーっ!﹂ ﹁はっ?﹂ それは、予想もしていなかった。 あやうく、ぶつかるところだった。 ﹁グッ! ん、んだと?﹂ ほうけん ﹁にゃ、にゃっは∼∼∼∼∼、にゃ、なに、今の? し、信じられ ないぐらい速い⋮⋮⋮それに、私の崩拳を回避した?﹂ 今、何が起こった? 222 ﹁ッ、この女ッ!﹂ ﹁この人ッ!﹂ コスモスを奪い返そうと、魔導兵装で真っ直ぐ女に向かって飛ん だ。 しかし、直前女は、飛んできた俺に対して、コスモスを手から離 して、寸前で俺に直突きを放ってきた。 瞬間的なことで俺もちょっと驚いたが、なんとか躱したものの、 ちょっとこれは⋮⋮⋮ ﹁お、おい! なんか、今度は変な男が乱入してきたぞ!﹂ ﹁なんだ? しかも、体から、なんか光みたいなのが⋮⋮⋮﹂ ﹁ぼぼぼぼ、ぼくたんのアッシュたんになにするだーーーっ!﹂ ﹁てめえええええ、ヴィーナス8に近づくんじゃねえッ!﹂ そして、こうなるはな。 ステージ上で思わず止まっちまった俺の存在に会場中が気づく。 そしたら、大人気アイドルグループに見ず知らずの男が乱入とか なったら、ファンは怒るわ、そりゃ。 だが、その時、 ﹁パッ﹁にゃっは許さないッ!﹂﹂ 223 コスモスが俺に﹁パッパ﹂と言おうとした瞬間、コスモスの前に 立った、このアッシュとかいう女が、俺に向かって構えた。 ﹁警備さんも、来なくて大丈夫。みんな、にゃっはでアノ曲をお願 い♪﹂ そして、俺を確保しようとして飛び出そうとする警備たちを制止 させ、周りのメンバーにウインクしながら俺に向かって叫ぶ。 ﹁ルールを守らない人には、アッシュちゃんが、にゃっはお仕置き しちゃうぞーーーーっ!﹂ するとどうだ? 近づくな。離れろ。消え失せろと俺に向かって いた空気がいっぺん。 力強いドラム音を響かせた曲と共に、会場中が再び熱気に包まれ た。 ﹁げーーー、マジで! これ、イベントだったんだ!﹂ ﹁なんだ∼、ビックリした。次は、アッシュ姫のシングル、﹃カン フープリンセス﹄だったんだ﹂ ﹁じゃあ、パフォーマンスしながら歌ってくれるわけか! く∼∼ ∼、最高!﹂ ﹁しかも、ただのパフォーマンスじゃないからな﹂ ﹁そうそう。アッシュ姫は、あの世界最新護身術・﹃ネオカンフー﹄ を習ってる、凄腕なんだからよ!﹂ 224 会場中に溢れる熱気と歓声の中、俺だけは違う感覚に包まれてい た。 俺の乱入というトラブルすら、まるでライブイベントのように観 客に思わせるアドリブの中、俺を見据えるこのアッシュとかいうア イドル女の空気が張り詰めた。 ﹁誰かは知らない。でも、にゃっは強いね﹂ マイクを手で包んで、俺にしか聞こえない声で語りかけるアッシ ュという女。 ﹁ほら、お嬢ちゃんも、お姉ちゃん達と踊ろうってね♪﹂ ﹁うん、次はアッシュがメインだから、お姉さんたちと踊ろ?﹂ そして、コスモス! 何を誘われてパッパを置いてトコトコと向 こうに行っちゃう! ﹁いや、そーじゃねえ! 悪かったから、とにかくそいつを連れて 俺はさっさと行きたいから!﹂ ﹁にゃっはダメ。もう、お客さん、盛り上がっちゃってるから、だ から少しのあいだ、にゃっは付き合って﹂ もう、イベントは止めることはできない。 だから、覚悟しろと、どこかイタズラめいた表情をしたアッシュ が、曲の歌い出しの瞬間、俺に向かって飛びかかってきた。 ﹁アチャッ! ホアチャーっ! ほ∼∼∼∼、アチャチャチャチャ チャチャチャチャチャチャチャチャ!﹂ 225 ッ、こ、これはっ! ﹁ぐっ、な、な、なにっ?﹂ 俺の両手に手を絡ませ、引き落とし、離し、裏拳。止まらぬ連続 攻撃。 しかも、そこそこ速ェ! 俺もなんとか躱すが、こんな攻撃、これまで体験したことがねえ。 空手とも、ボクシングとも、プロレスとも、喧嘩術とも違う。 相手を翻弄するような動き これ、どこかで見たこと⋮⋮⋮ ﹁す、すごい! 私のトラッピングが、にゃっは当たらない! に ゃっはやるじゃん!﹂ そして、何よりも⋮⋮⋮ ﹁アチャチャチャチャチャチャチャチャチャ、ほ∼アチャーっ!﹂ この独特な掛け声は⋮⋮⋮指先一つで相手を粉砕するやつじゃな くて⋮⋮⋮もっと現実的なアクション映画的な⋮⋮⋮カンフー? 何で、こんな未来SF世界のアイドルが? しかもアイドル衣装で? 身体能力も、まあまあ高そうだな。 ﹁アチャチャチャチャチャチャチャチャチャ!﹂ 226 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮にしても ﹁アチャチャチャチャチャチャチャチャチャ! アチャアチャアチ ャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャ!﹂ ﹁∼∼∼∼っ﹂ ﹁アチャチャチャチャチャチャチャチャチャ! アチャアチャアチ ャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチ ャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチ ャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャ!﹂ ﹁だー、うるせええっ!﹂ と、人が真剣に考えようとしてるのに、何でそんな集中を邪魔す るようなヘンテコな掛け声してんだよ! ギャグか? ﹁ッ! ここまで、にゃっは当たらないの、初めて⋮⋮⋮⋮⋮⋮に ゃっは何者? これは⋮⋮⋮⋮⋮⋮スーツの力、にゃっは使うべき ?﹂ すると、どうだ? 俺が距離を離した瞬間、元気いっぱい娘みた いだったアッシュの表情が、次第に真剣味を帯びてきていた。 どうやら、俺が予想以上だったかのような反応だな。 まあ、いいか⋮⋮⋮⋮⋮⋮とりあえず今は⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 227 ﹁ちっ、アチャアチャアチャアチャ、うるせーよ。そんなに、アチ ーなら、寒気のするような力で、身も心も震え上がらせてやろうか ?﹂ さっさと、どーにかするか。 228 第12話﹁解放せよ﹂ ﹁寒気のする強さ? にゃっは何それ?﹂ ﹁つうか、にゃっはうるせーよ。あざとすぎて聞いてるだけでイラ っとくる。フィアリやクロニアを彷彿させる﹂ ﹁大体、そもそも君は、にゃっは誰?﹂ ﹁あの子の父親だよッ!﹂ ﹁どこが! にゃっは似てないじゃん! 年齢だって私と同じぐら いなのに、子供いるわけないじゃん! 子供は二十歳になってから って、世界共通の法律ッ!﹂ ﹁知るかーっ! 俺の世界も国も十五歳で結婚も子供もいいんだよ !﹂ ﹁にゃっは嘘つきッ! じゅ、十五歳でって、にゃっはウソ! 十 五歳じゃ、まだ﹃子作り許可証﹄どころか、﹃交際許可証﹄も発行 だってしちゃいけない年齢なのに!﹂ ﹁んなアホな! 俺はチューなんて五歳で済ませたっつーの! だ いたい、許可って誰のだよ!﹂ ﹁にゃっはデタラメ! だだ、大体、き、君、それより、どこの国 の人? もう、こういう無礼講なイベントだからにゃっはいいけど さ∼、私、お姫様だよ? 私もにゃっは権力気にしないけど、八つ 229 の大陸に散らばる八大国家、﹃セントラルフラワー王国﹄のお姫様 !﹂ ﹁それがどうした! 所詮は八分の一程度の価値だろうが。世界を 一分の一に支配した俺に、ナマ言うんじゃねえよ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮にゃっは?﹂ ﹁お姫様? それがどうした。俺は自慢じゃないが、片手で数え切 れないほどのお姫様を手懐けた男⋮⋮⋮⋮いや、手懐けてねえか。 あいつら、マジで自分本位だし、つうか俺はなんの会話してんだ?﹂ ってか、本当に自慢にならねえし。むしろクズと呼ばれることす ら余裕なレベルなんだけどな。 ﹁すげー! 次から次へと目にも止まらねえアクション!﹂ ﹁さっすが、アッシュちゃん! でも、あのエキストラの男も普通 にすげえ!﹂ ﹁アッシュちゃん、二番だよ二番! このまま、﹃必殺・十獣拳﹄ もやっちゃえー!﹂ んで、観客たちは俺たちのやりとりをコンサートの演出の一つだ と思って大盛り上り。 まあ、返って都合はいいんだが、いつまでも遊んでるわけにはい かねえ。 だから、どーにかする。 そのためには⋮⋮⋮⋮ 230 ﹁もういいや。ワリーが、瞬殺させてもらうぜ﹂ もう、一瞬でケリをつける。 ﹁は∼∼∼∼∼∼、にゃっは仕方ない﹂ そう思った瞬間、アッシュが俺に向かって改めて構える。 今度はさっきと少し違う。なんか、両手の指先をこちらに向けた 独特の構えを見せ、更には身に纏っていたアイドル衣装が急に⋮⋮ ⋮⋮ ﹁ほ∼∼∼∼∼アチャーっ!﹂ ヒラヒラしていた服の形が変わっていく。途端に全身から蒸気を 勢いよく発し、そしてヒラヒラだった服の素材や形状が一瞬で、ア イボリーたちが着ていたピッチリスーツに変わった。 ﹁おおおおっ! 二番からは更に気合入ってる!﹂ ﹁く∼、バトルスーツにまで変わるなんて、アッシュちゃんサービ スやべえ!﹂ 231 ああ、なるほどね、そういうこと。 ﹁にゃっはいくよ∼! 次は、バトルスーツで更に、にゃっはなバ トルアクションね♪ 付いてこれるかな? ネオカンフー・十獣拳 の型、﹃マッハ蛇拳﹄を、にゃっはよろしく!﹂ ﹁まっはじゃけん?﹂ ﹁ほら、ほら! お兄さんも早くバトルスーツ起動して﹂ そして、次のアクションはテンポアップするから、さっさと俺に 準備しろと言っている。 そういや、そうだった。俺が、この世界の住人じゃねえことをこ いつら知らねえのか。 なら、無理もねえか。 ﹁んなもん必要ねえよ﹂ ﹁はっ?﹂ ﹁獣の躾方を教えてやるよ。ケツを叩くか、頭を撫でるかの二つに 一つ。竜も虎も手懐けた俺に、蛇ごときが粋がるんじゃねえよ﹂ そう、この世界の連中。すなわち神族は、確かに飛びぬけた技術 力を持っているんだろう。 232 ﹁は∼、もう、にゃっはいいや。じゃあ、ここはお兄さんをさっさ とにゃっは倒しちゃって、サビに移っちゃおっかな!﹂ しかし、肉体の身体的な能力や構造は、結局、人類と大して違い はねえ。 違いがあるとすれば、魔法が使えるかどうかの話。 なら、スーツの威力にさえ気をつければ⋮⋮⋮⋮ ﹁ホアチャアッ!﹂ 所詮は、﹃強くて速いだけの体術﹄だ。 飛ぶんだろう。パワーもすごいんだろう。速いんだろう。 でも、それだけだ。 キシンのように規格外じゃねえ。 イーサムのような怪物じゃねえ。 そんなもん、身に纏う空気を見りゃ分かる。 そして、道具に頼り切った連中なんざ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁限定空間電磁パルス!﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮一つ言っておく。俺じゃない。俺、そんなの使えな い。 ﹁やるぞ!﹂ ﹁分かってら!﹂ 233 ﹁下がれ、この世界を破滅に導く青瓢箪どもがッ!﹂ ﹁オラオラオラーっ!﹂ ﹁今日こそ、革命の日だッ!﹂ なのになの? そう思った瞬間、ステージの向こうの真横で巨大 な爆発音が巻き起こった。 ﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂ 俺じゃない。俺じゃねえ! つか、なんだよ、あいつらっ! ﹁なんて言ってる場合じゃねえ、コスモスッ!﹂ ﹁ぱっ、パッパ? ひっぐ、うう、なに、ぱっぱ∼!﹂ 突然のことでパニックで泣き出すコスモス。俺は慌ててコスモス の元へと走って抱きしめた瞬間、さっきまで歓声に包まれていたは ずの満員の客たちから一斉に悲鳴が沸き起こった。 ﹁きゃああああっ!﹂ ﹁ひ、ひっ、うわああああああっ!﹂ ﹁助けてくれーっ!﹂ ﹁あ、ああ、あいつら!﹂ 234 なんだ? なんだ? マジで、なんだ? アイドル姫たちの表情も変わってる。怖ばっている。アッシュと かいうのも、もう俺なんて見てねえ。 ﹁くっ、にゃっは!﹂ ﹁あれは、大変、お客さんがッ!﹂ ﹁ちょっと、警備兵、なにやってんのよ! 早く、あいつら捕まえ なさいッ!﹂ そう、﹃あいつら﹄と呼ばれた何者かが、 ﹁わ、分かっていま、ぐっ、ダメだ、通信が繋がらない!﹂ ﹁パワースーツが、起動しない!﹂ ﹁レールガンもウンともスンとも言わない!﹂ ﹁やられた! くそ、﹃機動兵﹄はどうだ?﹂ ﹁ダメです! やられました! この一帯に集中させた電磁パルス です!﹂ ﹁野蛮極まる前時代の低俗な遺物たちめ! なんてことを!﹂ ﹁急いで、都市の部の﹃非常事態電源﹄を発動! インフラ、病院、 あらゆるところでパニックになる前に!﹂ いや、だから、マジでなに? 警備兵たちが、メッチャマッチョなスーツとか、装備とか、車の ようなものから銃みたいなものまで抱えて数百人以上一斉に出てく るも、なんか全員動きが鈍い。 ﹁ぐっ、にゃっはダメ! アッシュのスーツも動かない!﹂ ﹁えっ? そ、そそそ、そんな! だ、ダメでし! 私のスーツも !﹂ 235 ﹁そんな⋮⋮⋮⋮いけない! 急いでお客さんを守って! 下がら せて!﹂ ﹁お父様たちも、危ないです!﹂ ﹁あらあら、これは、なんてひどい﹂ ﹁ゲスども!﹂ だが、悲鳴も爆音も止まらない。 そして、そろそろ聞いていいか? ﹁な、なんだ? あいつらは﹂ 突如として、会場の斜めから現れて出てくる連中は。 ドクロマークのエンブレムが入った防弾用ジャケットに、フルフ ェイスのヘルメットを被った、全身赤の軍団。 そして、その手と両肩には⋮⋮⋮ ﹁ひゃっはーっ! 電磁パルス使うと俺らもレールガンもスーツも 使えねえのが悩みだが、まあ、関係ねえ!﹂ ﹁古きものにも時と場合には役に立つってこと思い知らせてやる!﹂ ﹁さあ、くたばりなっ! マシンガンだぜーッ!﹂ ﹁すげええ、全世界の博物館からかき集めてきた、こんな前時代の 武器も、今じゃ無敵だーッ!﹂ パラパラっと乾いた音と共に一瞬で未来の都市を悲劇へと変える 集団。 何万もの客が泣き叫び、倒れ、もみくちゃになってドミノみたい に倒れ、砕かれたコンクリートや割れたガラスが散乱する。 ﹁な、なんだ、あのテロリストみてーなのは!﹂ ﹁うえ∼∼∼∼ん、パッパ∼∼!﹂ 236 ﹁くっそ、マジでどーなってんだ?﹂ 俺はコスモスを抱き寄せて、取り敢えずステージの柱の影に避難。 倒す倒さん、助ける助けないはとにかく置いておいて、この状況 はどうなってんだ? ﹁あんたたちっ!﹂ その時、パニックに包み込まれた会場の中、俺たちの場所に逃げ 延びてきた女が一人。 ﹁お∼、えっと、あの、誰だ?﹂ ﹁ピンク﹂ ﹁んなんどうでもいい﹂ あ∼、なんかピンク頭のセミロングの、なんかちょっとだけ気の 強そうな感じの⋮⋮⋮って、んなんどうでもいいか。 ﹁あ∼、これ、どうなってんの?﹂ ﹁しっ! 怪我したくなかったら、隠れて。奴らは⋮⋮⋮反世界連 邦を掲げる﹃レッド・サブカルチャー﹄よ。手段を選ばない最低の クズたち﹂ ⋮⋮⋮とりあえず、一旦整理させろ。 え∼っと、まず俺は今日、神族と出会った。んで、ワープした。 237 神族の世界に来ちゃった。その世界はSF世界だった。コスモスが 可愛かった。なんか姫様アイドルとかいうのと一悶着あった。そし たら、いきなりテロ団体に襲われた。 ﹁なんだそりゃ?﹂ すべての意味を込めて、なんだそりゃ。 ﹁はっ? あんた、なに? どういうことって、あいつら、友好を 結んだ八大陸に反発してるからに決まってるじゃない!﹂ ﹁なんで?﹂ ﹁なんでって、そんなの︱︱︱︱︱︱︱︱﹂ って、聞いてる暇はねえ。 鳴り止まねえマシンガン、何故か全く働かないスーツを着たまま テロ集団の確保に行こうとするも、すぐにやられる警備兵たち。 ﹁おい、ちょっと待て。警備っぽい連中、何であいつら、武器使え ねーんだよ。なんかヘンテコなスーツあったろうが﹂ ﹁無理、電磁パルスでほとんどの電子製品が使用不能になってんの !﹂ ﹁∼∼∼∼なんだそりゃ! おい、超優秀翻訳家のニートはいねー かっ?﹂ ﹁この一定空間内にジャミングを起こしてあらゆる電子部品を使え ないようにしてるってこと! 馬鹿? 全世界禁止兵器の一つ!﹂ 238 いや、そんな強力な武器なら使うだろうが⋮⋮⋮って、いかんい かん。 そうだ、世界の感覚が違うんだ。 俺が居た世界じゃ戦争の時なら、そんな強力な武器は使っちまえ 的な世界だったかもしれねーが、俺の前世の世界的には核兵器とか 細菌兵器とかみてーなもんに該当すんのか? 知らんけど。 にしても、奴ら、何でこんなことを? ⋮⋮⋮? ﹁ん? あれ? ちょっと待て、よく見ると、撃たれてるし、痛が ってるけど、誰も死んでなくね?﹂ 何気なく気づいたが、突如現れたテロ軍団は、サブマシンガン構 えて撃ちまくり。 その弾幕をモロに浴びる市民や警備たちの連中は、確かに痛がっ てる。 でも、誰も血を流してない? ﹁し、死んでって⋮⋮⋮まあ、あいつらの武器はエアーガンだから﹂ ﹁なにっ? テロリストがエアガン? なんだ、その平和な連中は ッ!﹂ エアガンだとっ? そ、そりゃあ、エアガンとかでも打ちどころ 悪ければ結構重傷になったりするだろうけど、テロリストなのにエ アガン? むしろそっちがなんでだよ! すると、俺の頭が余計に混乱する中で、現れたテロ軍団が何かを 叫んだ。 239 ﹁いいか! よく聞け! 俺たちは、別に殺しをしたいわけじゃね え! ただ、訴えてるだけだ! こんな綺麗ごとだらけの腐った世 界をどうにかしろって言ってんだ!﹂ その訴えが、いったい何人に、どれだけ聞こえているかは分から んが、それでも俺はとりあえず耳を傾けた。スゲー気になったから。 ﹁三十年前に世界の戦争は確かに終わった。平和になった。お互い 破滅しか生み出さない兵器の規制だって分かる! でもな、それか らの世界はなんだ? あらゆるものが有害有害有害と規制ばっかし て、もはや平和な世界は人の住める世界じゃなくなってんだよ!﹂ すると、次から次へと出てくる赤ヘル軍団の一人ひとりが、エア ガン掲げて叫びだした。 ﹁そうだそうだー! ﹃娯楽文化﹄の規制を無くせーっ! 青少年 に悪影響? 犯罪助長? ふざけんな! ハンターピースを再連載 しろーっ!﹂ ﹁健康に悪い? 禁酒禁煙法案? ふざけるな! 自由に酒飲ませ ろ! 自由にタバコ吸わせろー!﹂ ﹁オンラインゲームは俺の子供の頃からの生きがいだったのに廃止 しやがって! 三十年前の俺にもう一度戻せーッ!﹂ 240 ﹁ポルノに興味あって何が悪い! エロ本もエロ動画も完全撤廃? 自慰行為は精液の不法投棄で罰金? 交際審査? 恋愛許可? 子作り許可? ふざけんな!﹂ ﹁許可制の恋愛なんてまっぴらだ! もっと、文化人なら自由な恋 愛をさせろーっ! 不倫は文明だーっ!﹂ ﹁家庭崩壊しようと俺は風俗に行くんだー!﹂ ﹁芸術のゲイ術を認めてよっ! 神の遺産をよみがえらせろ!﹂ ﹁ギャンブルは廃止? ワシは勝負師じゃったんじゃ!﹂ ﹁ナイトクラブは非行の溜まり場? 夜九時以降の外出禁止? 寝 れるわけないだろうが!﹂ ﹁ロリ漫画を返せーッ! 僕は、そんなもので影響受けて犯罪なん てしないのねん!﹂ ﹁俺の馬は偉大なる七冠馬の血を引くサラブレットだったんだ! 競馬界の神馬にだってなれた! それなのに、動物虐待で競馬の廃 止? ふざけんな!﹂ ちょいちょい変なのが混じってるが⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮う∼∼∼∼∼∼む⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮なんだこのテロは? 241 ﹁そう、俺たちはこの世界を壊すんじゃない! 昔の世界を取り戻 すために戦う! そのための要求は一つ! 二千三百年前、新たな る世界に移り住んだ我らの先祖。絶望しかないと思われていた祖先 に、娯楽という文化を生み出して与えた、我らがサブカルチャーの 神、﹃レッド﹄を、コールドスリープから解放せよ!﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁解放せよッ!﹂﹂﹂﹂﹂ そして更に、誰だっつーの! いい加減、頭の中で処理できなく なってきた。 今こそ、翻訳家ニートが傍にいて欲しい! ﹁だ∼、くそ! あいつは? あいつはまだ降りて来ないのか?﹂ さっさと降りてきて、俺に要点を説明して欲しい。 だから、来てくれ、ニート。 ﹁降りてきて欲しかった∼? 一応、来たけど? ヴェルトくん?﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁えっ? ちょっ、誰、こいつ?﹂ しかし、切に願った俺のもとへと舞い降りたのは、コウモリの翼 を生やしたヤヴァイ奴だった。 242 ﹁で、どういう状況かな∼? ちょっとうるさいけど、掃除したほ うがいい? まだ、ほかの奴ら来るの遅くなるっぽいし、あ∼、僕 たちだけで暴れちゃう?﹂ ﹁お前は来んなあああああああああああああああああっ! 余計に 混乱すんだろうがッ!﹂ くそ、もう知るか! どうにでもなれ! ﹁ふわふわ回収ッ!﹂ オラァ! まずは全員マシンガン没収だァ! んで、全員そこに なおれええ! 243 第13話﹁漢﹂ BB弾か? 結構硬いな。まあ、確かに遊びのオモチャにしても、 人に向けて撃ちまくっていいもんじゃねえな。 ﹁な、あ、えっ? どういうことだ?﹂ ﹁お、俺の愛銃がーっ!﹂ ﹁げえ、マガジンまで、ってどこ行くんだ! とととっと、飛んで った!﹂ ﹁これは、磁力発生装置か? 武器だけが引き寄せられてる!﹂ ほ∼、サブマシンガンなんて前世の映画ぐらいでしか見たことね えが、結構弾が入ってるな。これだけで四十連発撃てそうだな。 それに、こっちは、ドラムマガジンか。いいね∼、面白い。 ﹁へ∼、ヴェルトくん、ふっきれたんだ?﹂ ﹁コスモスに泣かれちゃーな⋮⋮⋮ついでに言えば、紋章眼が暴走 でもしたらとんでもねーことになるからな﹂ ﹁ふ∼∼∼∼ん、ま、僕はチビちゃんはどうでもいいけど、でも、 今は憂さ晴らしに付き合いたいかな?﹂ 会場中から没収したサブマシンガンを両手に構え、余った分は空 中に浮かせて、自動でトリガーを引く。 BB弾を撃ち終わったら回収して、マガジンに詰め直して繰り返 す。 ﹁そんじゃ、いくぜ、赤ヘル軍団。ふわふわエンドレスショットッ 244 !﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁ぐわっぎゃあああああああああああああああっ!﹂﹂﹂﹂ ﹂ 正に俺の気分次第でいくらでも続く銃撃戦の始まりだ。 ﹁うそっ! な、なんで、銃が浮いてるの? あいつ、一体何者!﹂ ﹁にゃっは、どうなってるの!﹂ ﹁姫様、あの者は一体! アッシュ姫とのパフォーマンスに出てい ましたが⋮⋮⋮﹂ おおおお、我ながら恐ろしい技だ。しかも、その気になれば、銃 を自由に飛行させて、テロリスト軍団を追尾させて後ろからだった り真正面からだったり、真距離から撃ちまくる。あんまり逃げ回ら れるようなら、テロリスト共自身を浮かせて止めて処刑する。 ﹁くはははははははははは! オラオラオラ、逃げろ逃げろ逃げろ ーっ! おもちゃで遊んでおもちゃに殺される、本望な人生だろう が! つか、防弾チョッキ着てるんだからそこまで痛くもねーだろ うが﹂ これは、良い子は絶対真似しちゃいけない技だな♪ ﹁あ∼あ、いいな∼、ヴェルトくん、僕も遊ぼうかな?﹂ 245 ﹁貴様らかッ! 複雑怪奇な現象を利用して、我らの革命を邪魔す るのは!﹂ ﹁ん?﹂ そして、そんな時、な∼んか﹁俺は強い﹂的な口調でステージの 上にテロ集団の一人が登ってきやがった。 まあ、無視で。 ﹁にゃっは! あんたは⋮⋮⋮確か、﹃ネオカンフー道場﹄に居た !﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮お久しぶりです、アッシュ姫﹂ フルフェイスの赤ヘルのグラス部分を上に上げて目と鼻だけを晒 した男。な∼んか、アッシュとかいうのと知り合いみたいだけど、 無視。 ﹁どうしてあんたが!﹂ ﹁アッシュ姫。私もレッド・サブカルチャーの思想に賛同したまで ですよ﹂ ﹁そんな、にゃっは分からないよ! 精神と忍耐をにゃっは鍛える ネオカンフーを、どうしてこんなことに?﹂ ﹁私は、生まれる時代も世界も間違えたからです﹂ ﹁えっ?﹂ 246 ﹁スーツなんかに頼らずに鍛え上げた、この肉体! 拳! そして 技術に力! それを試す場もなく、ただただ修練の日々! 試合も 所詮は相手に怪我をさせぬような寸止め。私は、自分の力を試した い! 試す場が欲しかった! 政府は戦争が終われば、すぐに格闘 術もルールを厳重に定めて、今ではお遊戯にしかならない見世物と 化している! それが私には許せないのです!﹂ 無視。 ﹁この、肉体こそが全てを掴むための最大の武器にして道具となる。 さあ、そこの男二人よ! 何者かは知らないが、私が本気の拳を人 に叩き込めばどうなるかを、試させてもらおうかッ!﹂ ﹁にゃっは待って!﹂ ﹁待ちませぬ! ホアチャアアアアアアアッ!﹂ あ∼、可哀想に。俺に向かってくれば、優しく、ふわふわ技で失 神させてやったのに。 そっち行っちゃったか⋮⋮⋮ ﹁うるさくない?﹂ ﹁へぶほおおおおおおおおおおおおおっ!﹂ 247 ジャレンガがその場で右手のギプスでそのまま、誰だか知らん男 の頭をヘルメットごと叩き割った。 ﹁ほごおおおお、ひっぎゃあああああ、ぐっ、わああああ!﹂ ヘルメットで助かったんだろうが、割れてるよ。頭からも血が溢 れて、すげ∼痛そう。 ﹁えっ、にゃ、にゃっは?﹂ ﹁ひいいい! ななな、なんでしか、あの人!﹂ ﹁嘘でしょ! ヘルメットごと叩き割るなんて、なんてパワーなの ! スーツも着てないのに!﹂ いや、パワーとか、もうこの世界の基準で図るのはやめろ。もう さ、そいつは別格だから。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ねえ、拳の威力試させてって、人を殴ったこともな いのに何でそんなに自信満々なの? なんで? 教えてよ。さもな いと、頭だけじゃなくて、腕も潰しちゃうよ? あっ、踏んじゃっ た﹂ ﹁ぴぎゃああああああああああああああああ!﹂ ﹁にしても、人間に近い生物とはいえ、骨脆くない? あっ、左腕 も折っちゃった﹂ ﹁へぶりゃああああああああああああっ!﹂ 248 あ∼あ、可哀想に⋮⋮⋮ ﹁ぱっぱ、ぱっぱー! あのひと、いたそう! レン君止めたげて !﹂ ﹁ん? コスモス、レン君って⋮⋮⋮ジャレンガのことか? なん だ、その可愛い呼び方は﹂ ﹁おい、貴様ら、よくもーーーーっ!﹂ って、次から次へとなんだ∼? この会場には各国の首脳的なのが集まってるとかって噂だったの に、どんだけ警備が雑魚くてザルなんだよと言わんばかりに警備網 を突破した赤ヘル軍団か次々とステージに上がってきやがった。 ﹁くそ、もうちょっとで占領で来たってのに、邪魔しやがって!﹂ ﹁どこの国のもんだ! 見たこともねえ服装しやがって!﹂ ﹁だが、このままじゃ終わらねえ。せめて、姫を一人でも捕まえて 人質にしてやる!﹂ 邪魔。 ﹁ふわふわパニック﹂ ﹁﹁﹁ふぎゃあああああああああああああああっ!﹂﹂﹂ ﹁月散﹂ 249 ﹁﹁﹁どわああああああああああああああああっ!﹂﹂﹂ なんだ、この脆すぎる連中は。 ﹁な、に、なんなのよ、どうなってるのよ! 手品?﹂ ﹁あらあら、こんなことになるなんて﹂ ﹁本当に、何者なのかしら? あなたたちも本当に知らなくって?﹂ むしろ、電磁パルスとか余計なことしないほうが良かったんじゃ ねえか? 自分たちも未来武器使えなくなってんじゃねえかよ。そ れで、俺とジャレンガ相手とかって⋮⋮⋮ ﹁おい、どうすんだよ、なんだよこの化物たちは!﹂ ﹁もうすぐ、電磁パルスの効力も切れる。ほかの政府高官は? 国 王は?﹂ ﹁ダメだ、さっきの混乱で誰も人質に取れねえ。みんな、もう逃走 の準備してる!﹂ ﹁幹部連は!﹂ ﹁もう、ここは見限ってるよ。次の作戦に移るって!﹂ ﹁ぐっ、ぐぬぬぬぬぬぬん、な、なら!﹂ おっ、可哀想なぐらい追い詰められた、逃げるタイミングも逃し た赤ヘル軍団たちの空気が変わった。 どこか、覚悟が決まったかのような空気を感じる。 ﹁なら、どうせ捕まるんなら好き放題してやる! 死ぬ前に一度で もいいから⋮⋮⋮ヴィーナス8のおっぱい触ってやる!﹂ そう来たか! 250 ﹁なっ、お、お前! 分かってんのか? 交際許可も降りてない異 性の胸を無理やり触ることがどれだけ重罪になるか! しかも、八 大国家の姫だぞ!﹂ ﹁サブカルチャーが死んだ時点で、俺はもう死んでるんだ! 命な んていらねえ! ならば、せめて一矢報いる! おっぱい触って、 俺たちの最後の生き様を世界に見せてやる!﹂ ﹁ああ、やってやろうぜ! 規制なんかくそくらえだ!﹂ ﹁俺も規制のせいで交際審査も落ち続けた、四十歳の童貞だが、今 日こそ大人の階段登る日だ!﹂ ﹁死ぬまで戦え! いけえええええええっ!﹂ もしこれが、俺らの世界のお姫様にやろうもんなら、お姫様総出 で壊滅させられるんだろうが、スーツとか武器の使えない今のこの アイドル姫たちでは微妙なところ。 ゾッとした表情を浮かべるお姫様八人が体を捩って身構える。 ﹁どうするってね! 私たちもスーツ、まだ使えないってね!﹂ ﹁私が、にゃっは倒す!﹂ ﹁あんなにたくさんむりでし!﹂ ﹁そ、そんなの絶対ダメ! 私は、いつか出会える、真っ赤な飛び 馬スーパーカーに乗った王子様と結婚する夢があるんだから!﹂ う∼む、こいつらを全員ぶっ倒すのは正直、一瞬で終わるんだが、 251 何だか魂の叫びを聞いてると、微妙に可哀想になってきた。 ⋮⋮⋮もう、いっそのこと、胸ぐらい触らせてやったらどうだ? と、思わなくもなかった。 すると⋮⋮⋮ ﹁みんな、逃げなさい!﹂ 一人の姫が、他の女たちの壁になるかのように、襲いかかってき た赤ヘルたちの前に両手を広げて立ちふさがった。 ﹁バーミリオンお姉様ッ!﹂ ﹁ミリオン姉ェ!﹂ ﹁バーミリオン、危なくってよッ!﹂ 睨んだり、涙目を浮かべたり、これからテロリストどもがアイド ル姫たちに何をしようとしているかは、一目瞭然。 その中で、誰よりも早く駆け出したのは、銀朱色の髪。 シュッとした小柄なアイドルグループの中で、一人だけボリュー ム感のある髪と胸。 顔つきもどこかお姉さん? 若奥様? そんな感じでちょっと、 ゆるい笑みを浮かべてる、細目の女。 しかし、今はそのゆるい笑みも震えて引きつってるように見える。 252 ﹁うっひょおーーーーっ! よりにもよって、バーミリオン姫! 全世界三次元女子の最柔胸と噂される女神!﹂ ﹁あの胸にむしゃぶりつけるなら、死して本望!﹂ ﹁いただきまーーーーーすっ!﹂ あの女、自分が囮になって、他の連中を逃がすつもりか? ﹁バーミリオンッ! なんでっ!﹂ ﹁⋮⋮⋮大丈夫♪ 私は⋮⋮⋮国も血の繋がりも違っても⋮⋮⋮み んなのお姉さんだもんね?﹂ これから胸触られるだけなのに、なんか戦争で自分だけ犠牲にな って仲間を助けてるかのような雰囲気を出してるバーミリオンとか いう女の最後の微笑みのようなワンシーンに、俺も何だかどうツッ コミ入れていいのか分からなかった。 ﹁あ∼あ⋮⋮⋮あと数カ月で二十歳⋮⋮⋮素敵な王子様と結婚して ⋮⋮⋮いつか、全てを捧げたかったな⋮⋮⋮﹂ いや、胸ぐらいもう許してやれよと俺が心の中で呆れている中で、 観念したように目を瞑り、その目尻に涙が潤んでいるバーミリオン。 すると、その時だった! ﹁国も血も違えども、家族を想う気持ちに違いなどないという心。 あらゆるものが違いすぎるこの世界で、初めて共感できるものがあ 253 った﹂ あっ、ダメそれ⋮⋮⋮無理ゲーすぎる⋮⋮⋮女の胸触るための関 門が﹃それ﹄って、どんな難易度だよと、俺はもはや心底赤ヘル軍 団に同情しちまった。 ﹁えっ?﹂ ﹁だ、誰!﹂ ﹁ちょ、な、なに、あの人! な、なん、なんて体!﹂ こんな青瓢箪な世界に染まっていれば、その男の肉体がどれだけ 異常かは誰にだって分かる。 それはアイドル姫も、 ﹁ひっ、ひいいいっ! なななな、なんだこいつは!﹂ ﹁パワードスーツも着てないのに⋮⋮⋮⋮⋮⋮ば⋮⋮⋮⋮⋮⋮バケ モンだああああああああああっ!﹂ 突如巨大な壁に跳ね返されて尻餅ついてるテロリストも同じ。 ﹁バケモノか⋮⋮⋮。いいことだ。大切なものを守れぬ普通の人間 の力でありつづけるぐらいなら⋮⋮⋮何があっても大切なものを守 り続けられるバケモノで俺は構わない﹂ 巨大なベージュのスウェットにピチッとした黒いシャツ。その半 袖の腕から伸びる超豪腕は、街ですれ違っても三度見するほどのも 254 の。 ﹁⋮⋮⋮女よ﹂ ﹁あら、え、あ、は、はい!﹂ ﹁無事か?﹂ ﹁えっ、あ、は、はい。あら、あら、こ、腰が、あら?﹂ 何が起こったのか、そして一瞬緊張から解放されたからかその反 動でより体中から恐怖が蘇ってきて、思わず腰が抜けてペタンと座 り込んでしまったバーミリオン。 すると、 ﹁すまなかったな。男というものは、どの時代もどの世界でも、暴 走してしまえば女を傷つけることをしてしまう﹂ ﹁⋮⋮⋮あ、⋮⋮⋮その、あ、あなたは⋮⋮⋮一体⋮⋮⋮﹂ ﹁だが、すべての男がそうではないと理解して欲しい。そして⋮⋮ ⋮同じ男である償いとして、⋮⋮⋮お前をずっと守り続ける男がい つ現れるかは分からないが⋮⋮⋮少なくとも⋮⋮⋮﹂ 力強く前を向き、その大きな頼もしい背中は告げる。 255 ﹁少なくとも、今日は俺がお前を守ろう。この体を張ってな﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁⋮⋮⋮ふっ、バケモノのような男で、すまないがな﹂ そして、少しだけ笑って頷くって⋮⋮⋮⋮⋮⋮おい! ﹁ば、バスティスタ、お、お前⋮⋮⋮お前ッ!﹂ お前、かっこよすぎんだろうがあああああああああああああああ あああああっ! なんだよそれは! お、お前、俺がゲイなら間違 いなく惚れてるぞ! なんなんだよ、お前のその漢字の漢と書いて、 オトコと読むみてーなソレは! バケモノみたいな男だ∼? こんなことされたら⋮⋮⋮と、俺は マシンガンを撃ちながらチラッと横目で、腰を抜かしてるバーミリ オンとかいう女を見た。 ﹁あっ⋮⋮⋮//////////////﹂ ほら! 顔真っ赤にして、ズキューンされてるよ! いや、分かるけどさ、よりにもよって、バスティスタ、ただでさ えもう俺も状況整理できなくなってんのにさ、これ以上余計な混乱 を生むなよな∼! ﹁殿ーーーっ! お嬢様ああああああああっ! 遅くなりましたで 256 ござるうううっ!﹂ ﹁ムサシちゃん、飛び出したら危ないって!﹂ ﹁むふふふふふ∼、いや∼、﹃えれべーたー﹄とかいうのが停止し た時はどうしたもんかと思ったのだ﹂ ﹁全くだ。私も普通に翼で降りれば良かった﹂ ﹁あ∼あ、なになに、うるさい連中まで来ちゃったね? これじゃ あ、このゴミどもはもうオシマイだね?﹂ とまあ、そうこうしている間に、ようやく全員来たか。 ﹁あ∼、悪い、遅くなったんで﹂ ﹁おせええええよおおおお! ニート、てめえどこで油売ってやが った!﹂ ﹁うおっ、何するんだよ、ヴェルト!﹂ ﹁テメェがいないと、状況整理が俺にはできねーんだよっ!﹂ ﹁お前、そのセリフ、前世組が聞いたら俺とお前の間に何があった かと驚かれるんでやめたほうがいいと思うんで﹂ ﹁どうでもいい! とりあえず、もう、解説しろッ!﹂ 257 ﹁いや、今来たばっかりだから無理なんで! ⋮⋮⋮ん?﹂ ようやく現れたニートに、俺も混乱ゆえに思わず無茶ぶりしちま ったが、ニートはあたりを見渡してすぐに視線が止まった。 ﹁あら、あらあらあら、まあまあまあ! ⋮⋮⋮なんて大きくて⋮ ⋮⋮たくましくて⋮⋮⋮温かい御方⋮⋮⋮﹂ うん、見ちゃうよな。固まっちゃうよな。理解できるぜ、ニート。 そして、ニートは変な顔をしながら俺に振り返った。 ﹁なんで? なんで俺たちより数秒早く駆けつけただけのバスティ スタが、もうフラグをブッ刺すどころか、既に攻略しちゃってるの か全然分からないんで。チョロイン?﹂ それの答えは、﹃男らしさ﹄としか言いようがなかった。 258 第14話﹁何者だ﹂ さて、バスティスタが漢を見せたのはいいんだが、正直そこでも う終わりは確定していた。 ﹁う、う、撃て撃て撃てーっ! あれを持って来い!﹂ ﹁おうよ、見てビビんなよなっ! 改造バルカンだっ!﹂ 回転式の連射銃。まあ、オモチャだけどな。 だが、別に身構える必要もねえ。 ﹁ふんっ!﹂ まるで戦争映画定番とも言える、オモチャなんだが、相手が悪い。 激しい弾幕がバスティスタに襲い掛かかるも⋮⋮⋮ ﹁⋮⋮⋮これにはどんな効果があるのだ?﹂ 瞬き一つしないで平然としていた。 ﹁⋮⋮はっ?﹂ ﹁ちょ、うそだろ! 缶ぐらい簡単に貫通するんだぞ! 全然、痛 がらねえっ!﹂ ﹁まさかこいつ、改造人間化! いや、でも電磁パルスで動けねえ はずなのに!﹂ そりゃー、オモチャでも、あんなの食らえばそりゃ痛いし、下手 すりゃ大怪我する。 259 なのに、バスティスタの強靭すぎる肉体には、豆鉄砲にもなりゃ しねえ。 バスティスタは攻撃されているのに、あまりにも威力が無さ過ぎ て自分が攻撃されているのか疑っているほどだ。 ﹁ふう⋮⋮⋮闘志が足りんな⋮⋮⋮握魔力弾!﹂ 呆れたように溜息を吐きながら、その場で手を軽くグーパー。 それだけで、バスティスタの強烈な握力が空気を弾き、それが弾 丸となって赤ヘル軍団のバルカンが粉微塵に破裂した。 ﹁げ、げえええええええええっ!﹂ ﹁な、なん、なんだそれはあああっ!﹂ それでお終いだ。体を張る必要もねえ。 ﹁下卑な思いだろうと、何かを成したいのなら、そんなガラクタ等 に頼らずにかかって来い。体を張ってお前たちを止めてやろう﹂ 技術やら文明というものを享受している連中が、大した武器も使 えないこの状況下で、バスティスタに﹁かかって来い﹂なんて言わ れたらどうなる? ﹁ば、ばけもんだああっ!﹂ ﹁こ、こ、殺されるッ!﹂ ﹁もう、俺、田舎に帰るからーっ!﹂ そうなるわな。 俺だって、同じ立場なら逃げてたかも知れねえ。 女の胸を触るための関門にしては、難関過ぎるだけに、赤ヘル軍 260 団が可愛そうだった。 ﹁無事か?﹂ ﹁⋮⋮⋮は、はい! あ、あの、お、お名前を⋮⋮⋮﹂ ﹁名乗るほどのものではない﹂ 名乗るほどのもんだよ! まあいいや、こっちのラブコメはもうほっとこう。 あとは⋮⋮⋮⋮ ﹁なはははははははは! 全く、とんでもない腰抜け共なのだ。お 前たちの行いはな﹂ ﹁ちっ。中年に熟女の老害共か。これが神界? ヴァルハラ? 片 腹痛いな﹂ このお姉さま方だな。 色々と圧倒される光景で、少しスタートダッシュに遅れた二人だ が、ようやく追い抜きをするかのごとく怒涛の勢いで前に出てきた。 ﹁ななな、なんだ、この、このチビッ娘ッ! け、け、獣耳に獣尻 尾!﹂ ﹁天使のおねえたまっ!﹂ ﹁この二人は、コスプレか? それとも、奇跡か? 幻か?﹂ ﹁そんな! あらゆる社会の縛りがある世の中で、こんな二人が!﹂ ヘルメットのグラスを上げて、恐れるよりも、驚くよりも、とに かく目を輝かせてエロスヴィッチとリガンティナを瞳に焼き付ける 261 赤ヘル軍団。 しかし、その瞳の輝きは、すぐに恐怖に染まること等、俺にはよ く分かっていた。 ﹁おぬしらの、死ぬ前に胸を無理やり触ってやるという気持ち、温 いのだ、甘いのだ、小さいのだッ!﹂ ﹁﹁﹁﹁ッッッ!﹂﹂﹂﹂ ﹁陵辱をしようとする者の心構え、相手の心を恐怖で包み、破壊し、 侵略し、舐り、吸い尽くし、しかしそれでも足りぬとまだ貪り尽く す! ⋮⋮⋮教えてやるのだ。犯すということがどういうことなの か﹂ ﹁﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱えっ?﹂﹂﹂﹂ 可愛らしい容姿詐欺代表のエロスヴィッチが繰り出す、陵辱タイ ム。 俺は、その光景をとても見る気になれず、視線を逸らした。 すると、その先には⋮⋮⋮ ﹁ふむ、なかなか良い鉄や素材が揃っているな⋮⋮⋮この世界は⋮ ⋮どれ、以前コスモスが披露していた、﹃アレ﹄でも真似してみる かな﹂ 両目の紋章眼を光らせて、何を企むリガンティナ? 262 すると、その瞳の輝きに連れられて、上空に次々とエアガン、電 子機器と思われる小型の何か、ステージの架台、あらゆるものが密 集し、形を変え、そしてその姿を世界に披露する。 ﹁さあ、轟け! 唸れ! 爆誕せよっ! 天空機動戦人エンジェル ダンガム!﹂ 巨大な二足で世界に降り立つ、SFとファンタジーのコラボレー ション。 ここまで来ると俺は言葉を失い、俺の代わりにニートが興奮しな がらも、俺の思ったことを口にした。 ﹁や、やりすぎなんでっ!﹂ 俺も体外だが、本当にそうだと思う。気づけば俺もマシンガンを 撃つのをやめていた。 だって、そうだろう? 式典だとかアイドルのライブだとかに集っていた大勢の客。 それは、唐突なテロによって興奮が悲鳴へと変わり、世界が混乱し た。 しかし今、現状はどうだ? 混乱しているのは、むしろテロリス トたちの方だ。 ﹁ぎゃ∼∼∼∼! もう、安全な社会でいいからーっ!﹂ ﹁もうしませーん、田舎帰るーっ!﹂ ﹁もう、BLなんかの復活求めませーん! 教祖様、ごめんなさい 263 ーーっ!﹂ 泣いて、叫んで、助けを求め、そして逃げ惑うのはテロリストた ちの方だ。 気づけば、世界は、まるでテロリストたちが被害者のような光景 を作り出していた。 ﹁し、信じ、られない。あんたたち、なんなのよ! あの、レッド・ サブカルチャーが、たった数人に⋮⋮⋮⋮クラーセントレフンの人 たちってこんなに強かったの?﹂ ﹁アイボリーさん、あの人たちを私たちの基準にしたらダメだよ∼。 あの五人は、私たちの世界で戦っても、アイボリーさんたちみたい に反応されるぐらい、規格外な人達なんだから⋮⋮⋮⋮﹂ 現状を見渡して、駆けつけてきたアイボリーは、ペットと並んで 呆然と立ち尽くしている。 煌びやかな式典会場が一瞬にして地獄と化した惨劇の中に居る俺 たちを恐れるような瞳で見て、なんかまるで俺たちがテロを起こし たかのようじゃねえか。 ﹁あは! 帰る? なんで? 君たちさ∼何で自分たちが帰れると 思ってるの?﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁ッ!﹂﹂﹂﹂﹂ ﹁月光眼・万有引力♪﹂ そして、逃がすことすらもはや許さないとばかりに、赤ヘル軍団 264 を引力の力で引き寄せるジャレンガが、邪悪に笑い、そして悲劇は 止まらない。 気づけば、会場に居た客も、この世界の各国の警備員と思われる 連中も、アイドルも、研究員も、俺たち、特に俺を含めた五人には 畏怖の篭った瞳を向けていた。 ﹁神族の血って美味しいのかな? まあ、でも、今はまずはシャワ ーかな? 真っ赤なね?﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁いやぎゃああああああああああああああああああっ!﹂﹂ ﹂﹂﹂ ﹁たるんでいるな、この世界の男は。俺が性根から鍛え直してやろ う。全員、そこに直れ! まずは千本タックルからだ! 来い、俺 が受けてやる!﹂ ﹁﹁﹁﹁む∼∼∼りーーーでーーーすーーーっ!﹂﹂﹂﹂﹂ ﹁やれやれ、もう終わりか。せっかくのダンガムの力を、まだ発揮 していないというのに。誰か、立ち向かう猛者はいないのか! 情 けない! だから、男はラガイア以外はダメなん⋮⋮⋮⋮ッ、ええ ええい! 思い出しただけで、魔王キロロが許せん!﹂ ﹁﹁﹁﹁き、巨大な﹃機動兵﹄が大暴れし、ぎゃああああああああ あああっ!﹂﹂﹂﹂ ジャレンガ、バスティスタ、リガンティナ、 265 ﹁なはははははは、ふらつくではないのだ。ふらついたものからお 仕置きなのだ﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁﹁ははいっ! エロスヴィッチたま∼∼∼∼∼っ!﹂﹂﹂ ﹂﹂﹂ 何故か、赤ヘル軍団を捕まえて、組体操のピラミッドをやらせて その頂点で足組んで座りながら高笑いしているエロスヴィッチ。僅 かな時間で何をしたとはもう聞かない。 だが、俺が聞かなくても、世界はそうではない。 ﹁さて、アドバイザーニート﹂ ﹁誰がお前のアドバイザーなんで。俺、ジュース屋。ジュース屋な んで﹂ ﹁ダチだろ? 見捨てんなよ。この状況をどうやって収束できると 思う?﹂ ﹁ダチなんてありえないんで。そもそも、俺がこんな状況をどうに かできるような解を持ち合わせていたら、とっくに勇者になれたん で﹂ 俺自身が落ち着くも、もはや阿鼻叫喚な世界は変わらない。 コスモスの説教どころじゃなくなり、しばらくボロボロになった ステージの上で、世界中の視線を集めて俺とニートはポカンとして いた。 すると、それがどれくらい続いただろうか? ﹁助けてくれて⋮⋮あ、ありがとう、と言うべきよね⋮⋮﹂ 266 一人のアイドルが俺たちに声を掛けてきた。 ﹁ミント姫!﹂ ﹁おさがりください、ミント様ッ!﹂ ﹁ミントッ!﹂ ミント色のポニーテイル。八人アイドルの立ち位置的に、どこか リーダー格っぽい気の強そうな感じ。 だからそれゆえ、代表的な意味合いを込めて問いかけてきたんだ ろう。 アイドルであり、姫でもある。その身分ゆえに周りの大勢から制 止をされるが、別にもう暴れる気はねえから、そこまでビビらんで 欲しいもんだ。 ﹁でも、あ、あなたたちは⋮⋮⋮⋮何者なの?﹂ みんな、誰もがその目で語っている。﹁お前たちは何者だ﹂と。 その問いかけに応えたのは⋮⋮⋮⋮ ﹁クラーセントレフンの方々ですよ、姫様﹂ ﹁ッ! ホワイト所長!﹂ 研究所のおばちゃんだった。 ﹁な、なんだって?﹂ ﹁にゃっは!﹂ 267 ﹁ちょ、ちょっと待って! く、クラーセントレフンって、地上世 界のこと?﹂ ﹁し、しかし、それなら、彼らは、異世界の住人?﹂ ﹁それじゃあ、ジャンプの実験は成功したってことかよ!﹂ 研究所のおばちゃんが、マイク片手に壇上にあがり、世界に語り かけるかのように温和な口調で答えた。 そして、舞台の上から、俺たちの思いなど関係なく告げる。 ﹁そう、二千三百年の盟約にしたがい、ついに我々は再び先祖の故 郷にたどり着いたのです! そして今、我々の危機をお救いくださ りました! 是非、我らの世界を超えた友に、万来の拍手をッ!﹂ その言葉に、どれほどの効果があるのかと思ったが、﹁世界を超 えた﹂という言葉が入った瞬間、それまで俺たちを異形の目で見て いたものたちも、どこか戸惑いながらも次々と拍手を沸き起こした。 ﹁歓迎します!﹂ ﹁おい﹂ ﹁我慢してください。そうでもしないと、収まりません。それに、 事故で巻き込んだなどと、公表できませんし﹂ そしておばちゃんは、またもや俺たちの意志などお構いなしに、 俺の手を無理やり掴んで握手してきた。 ここで振り払うのもなんだから、なされるがままになったが、こ のおばちゃん、なかなか狸だな。 268 だが、そんな中で、俺は確かに聞こえた⋮⋮⋮⋮ ﹁なるほど⋮⋮⋮⋮クラーセントレフン⋮⋮この科学と無縁の力、 ⋮⋮⋮⋮使える⋮⋮うまく利用できれば⋮⋮⋮⋮﹂ 万の拍手に包まれて、俺たちが居心地悪そうにしていた中で、確 かに呟かれた一人の女の声⋮⋮⋮⋮ ﹁アユミ⋮⋮⋮⋮必ず、あなたを止めてみせるから⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ やけに決意の篭った言葉だった。 思わず振り返った。 だが、そこにいるのは、八人の姫様アイドルだけ。 正直、拍手がうるさくて、ハッキリと誰の声かは聞き取れなかっ た。 269 第15話﹁晩餐会﹂ ︱︱︱というわけですが、さて、今回の一連の大事件のこと、どう 思います? 今日は与野党の両方の先生方にお越しいただきました ので、お願い致します。 ︱︱︱ええ、これはですね、会場の警備体制もそうでしたけど、問 題は﹃ジャンプ﹄の実験を強行した現与党の体制に問題があります ね。そして、その実験を指揮したホワイト所長、そしてそのホワイ ト所長を任命した大臣、その任命責任を取って辞任すべき、そして 今すぐ党を解散すべきですね。こんな前代未聞の大事件を各国国王 が居る中で起こされては、国民の信頼も地に落ちたと認識すべきで す! 国民は怒っております! ︱︱︱いいえ、今回あれだけの騒動が起きながらも、負傷者は多数 出たものの死者は一人も出ておりません。今回、全く予期できなか った襲撃に対して、会場の警備体制が柔軟に、かつ、的確に動いた 結果だと思っております。そしてなによりも、今回の実験を行った からこそ、我らはクラーセントレフンの住民とコンタクトを取り、 なおかつこの世界に招くことに成功しました。これは、歴史的な、 我らの偉大なる大きな一歩と認識しております。なによりも、今回 は国民、及び世界中の方々の大半の支持を得て行ったことであり、 これは、世界を上げて喜ぶべきことと私は思います。 ︱︱︱はい? 的確に動いた? 警備が? あなたは本当にそうお 思いですか? いいですか、多くの負傷者を出しながら、実験は成 功した? あなたのその発言は、国民の命を軽んじているものです よ? 今すぐ、あなたも辞職するべきだと思います! 270 ︱︱︱そんなことは言っていない ︱︱︱今すぐ国民の民意を問うべきです! ︱︱︱チッ⋮⋮⋮⋮もちろん、今回負傷された方々には︱︱︱︱ ︱︱︱今、舌打ちしましたね? 議員としてあるまじき態度です! 辞任しなさい辞任! ︱︱︱いえ、それよりも私は今日はここで失礼させて戴きます。番 組の途中ですが、今日、これから例の方々の歓迎パーティーを行い ますので ︱︱︱逃げるのですか! あなたには、国民に対する説明責任があ ると思います! 待ちなさい! 待て! ︱︱︱どいてください ︱︱︱今、押しましたね! 暴行罪だ! 暴行罪! 暴行罪! ぼ ーこーざいっ! ぼーこーざいっ! とまあ、変なやり取りがスピーカーから聞こえてきて、俺もニー トも思った。 ﹁なあ、ニート。俺たち、前世の世界に帰ってきたのか?﹂ ﹁予想はしてたけど、技術も世界も進歩しても、政治の内容だけは 271 全く進歩してないんだな﹂ ある意味で呆れ、ある意味で面白かった。 ﹁不愉快なラジオね、番組を変えなさい﹂ ﹁うわっ、今度はお歌が聞こえてきたー! ねえ、これなんなの?﹂ ﹁はううっ! なんと摩訶不思議な! このようなブツブツした穴 から、人の声が聞こえてくるとはどういうことでござる!﹂ プチっと番組が変わり、今度は音楽が聞こえてきて、コスモスた ちは興奮冷めやらぬ様子だ。 そんな中、俺とニートの目の前に居るおばちゃんが口を開いた。 ﹁にして、クラーセントレフンの方々は、とても強い方々だったの ですね﹂ 派手すぎず、しかし質素すぎない、シンプルで白を基調としたパ ーティードレスに身を包んだ、研究所のおばちゃんことホワイトが 落ち着いた口調で語りかけるが、今の俺の仲間たちはそういう状況 でもなかった。 ﹁おお∼、パッパ∼! みてみてー、おもしろーい!﹂ ﹁あ、あああ、お、お嬢様、そそ、そんなに窓に近づかれると、あ、 危のうございまする、どど、どうかお下がり下さいますよう!﹂ ﹁しかし、便利なものだな。翼が無くても飛べるのか、神族は﹂ 272 ﹁まあ、僕らは自分で飛んだほうが早くない?﹂ ﹁う∼む、なんだか護送されてる気分で窮屈なのだ。わらわは、も っと自由奔放がいいのだ!﹂ フライ ﹁う、うわ、と、飛んでる⋮⋮飛翔の魔法を使っていないのに、飛 んでる⋮⋮すごい﹂ ﹁魔法の使えない俺が空から世界を眺める日が来るとは思わなかっ た﹂ 俺たちは今、地上から百メートル以上上空に居た。 縦長の、どこのVIPを乗せて走るのかと思われる黒塗りピカピ カのリムジン車。 特徴はタイヤがないことだ。タイヤがないのにどうやって動く? なんか、飛んでいる。 ﹁空飛ぶ車なんて、昭和世代が夢描いていた未来だと思ってたんで、 なんか変な感じなんで﹂ ﹁ん∼、まあ、そうだな。交通の法律とかどーやってんだろうな﹂ 俺とニート以外、目を輝かせたり、怯えたり、何だか窮屈にして いたりの仲間たち。 全員、パーティードレスだったり、スーツだったりの正装をさせ られた格好で、とある場所へと向かっていた。 273 ﹁あなたたち二人は、落ち着かれているわね。アイボリーから聞い た、地上世界クラーセントレフンの文明レベルからすれば、驚くか と思ったのだけれど﹂ 別に俺たちの文明を馬鹿にしているわけでなく、もうちょっと興 奮してもおかしくないと思っての質問だろう。 だが、ぶっちゃけ俺もニートも⋮⋮⋮ ﹁まあ、空飛ぶ車ぐらいは、技術的には不可能じゃないとは思って たんで﹂ ﹁だな。車が空飛ぶことに比べたら、ヴァンパイアドラゴンが隕石 の雨を降らせることの方がよっぽど驚きだ﹂ 確かに、俺たちの世界よりこの世界の文明は比べるまでも無い。 更に言えば、俺たちの前世の文明よりも更に先を言っている。 しかし、今のところは、俺たちの前世の技術の延長線上ぐらいに しか見えない感じで、そう考えると、まだファンタジー世界で驚か されたことで鍛えられた免疫が、今のところ利いてるってことなん だろうな。 ﹁そういえば、アイボリーが言っていたわ。そちらのお方は、地上 世界の住人でありながら、随分と博識でいらしたと。やはり、﹃デ ィッガータイプ﹄はそういう教育を?﹂ ﹁えっ? ディッガー⋮⋮⋮ああ、地底族か。まあ、地底族の文明 274 もまあまあだけど、ここまでじゃないんでアレだけど、俺とヴェル トは少し特殊なんで﹂ ﹁あら。そうなのですね。是非とも、晩餐会の場では色々と教えて 欲しいものですね﹂ 晩餐会。 ﹁つーか、他国に来て、あんなことがあったっつーのに、よくやる よな。普通は安全を考えてすぐに王様とかは帰るんじゃねえの?﹂ ﹁ええ、通常はね。でも、それでも残るということは、それほどあ なたたちは世界にとって無視できない存在ということよ。それに、 このまま帰っては、ほかの国々もクラーセントレフンの情報を全て、 このヴァルハラに独占されるのではと、危惧しているようだしね﹂ まあ、ようするにだ、俺たちの歓迎会をやるとのことだ。 テロで襲われたとはいえ、実質的な被害はそれほど多くは無く、 ぶっちゃけた話、テロの被害よりも俺たちの登場の方がこの世界的 にはインパクト大だった様だ。 聞いた話によると、﹃ジャンプ﹄の完成は世界中が待ち望んだビ ックイベントであり、アイドル姫たち同様に各国の首脳たちが丁度 この国に集結していたこともあり、各国こぞって俺たちとのコミュ ニケーションの場を望んだとか⋮⋮ ﹁んで、俺らいつ帰るんだ?﹂ 275 ﹁ご心配なく。それほど時間は取らせません。万が一にと非公式に スペアとして用意していたジャンプの充電と調整を行っています。 それが完了次第となります﹂ ﹁ふ∼ん﹂ まあ、それならいいかと思うし、そもそもこっちも色々と聞きた いことは山ほどある。 ならば、一緒に飯を食うぐらいはいいか⋮⋮ ﹁そう簡単じゃないと思うんで﹂ ﹁ニート?﹂ ﹁仲良く飯食べて、バイバイ? そんな簡単に、ほかの国の連中も 含めて俺らを帰すとは思えないんで﹂ だが、その時、俺に耳打ちするように小声でニートが呟いた。 ﹁この世界、一見、各国仲良しみたいにしてるけど、絶対そんなこ とないんで。こんだけ発達した世界、絶対に表面では友好を装って も、裏では利益の取り合いしてるに決まってるんで﹂ ﹁⋮⋮⋮何故、そう思う?﹂ ﹁たとえば、この世界の技術力が﹃俺たちの前の世界﹄の延長上に ある文明だったとしても、裏表無く国同士がわかりあうとか絶対に 無理なんで⋮⋮それこそ、どっかの不良が世界中のお姫様をゲット したり魔王とか怪物と親類とかにならないかぎり、ありえないんで﹂ 276 ﹁俺を皮肉ってんのか?﹂ ﹁そうじゃないんで。ようするに、この世界の住人も神様じゃなく て、心を持った人間みたいな連中だってんなら、そういうものって ことなんで⋮⋮⋮⋮⋮⋮そうでなければ、テロなんてそもそも起き るはずなかったんで﹂ まあ、言わんとしてることは分かるけどな。 前世で、俺も政治とか外交にはまるで興味なかったが、それでも 世界中が輪になってお手てつないでみたいなのじゃなかったのは良 く分かっている。 つまり、この晩餐会も、何やらそれぞれの思惑が飛び交う的なの があるんだろうな。 だが、俺は正直、そこまで不安に感じなかった。 ﹁くはははは、まあ、いいんじゃねえのか?﹂ ﹁ヴェルト?﹂ ﹁だって、そうだろ? そういう裏でセコセコ考えつくような手段 でどうにかできるような⋮⋮⋮っていうか、よりにもよって出来な そうな奴らが、今、ここに居るんだからよ﹂ そう言って、ジャレンガたちへ視線を向けさせると、ニートも深 くため息吐きながら納得したように頷いた。 ﹁上辺だけの友好⋮⋮⋮痛いところをつくのね﹂ 277 一方で、ニートの言葉にどこか複雑そうに苦笑するホワイト。ま あ、ニートの発言は、的外れでもねえってことなんだろうな。 ﹁ただ、覚えておいてね。あなたたちの世界ではどうかは分からな いけれど、打算があるからこそ信用できる世界もあるということを。 だって、無償の愛ほど不安定で疑い深く、危ういものなんてないの だから﹂ 異世界人とはいえ、まるで人生の先輩からの忠告ですよと言わん ばかりの言葉だが、その時、俺もニートも思った。 このおばちゃん、﹁俺たちがすぐに帰れると思わない﹂という言 葉を、否定しなかったということだ。 ﹁あっ、パッパー、見えてきたよー!﹂ ﹁うううううっ、ガクガクブルブル﹂ ﹁ムサシ∼、怖いの∼? よわむし∼、ドラちゃんのお背中に乗っ てる時はだいじょうぶでしょ?﹂ ﹁い、いえ、どど、ドラだからこそ信頼できるのであって、ここ、 このような箱が空を飛んで、落ないか心配で﹂ その時、ようやく目的地に到着したようだ。 そこは、このコンクリートジャングルの摩天楼の中でも最も高い 位置にある、細長いだけの面白みのない超高層ビルの頂上。 ﹁さあ、お待ちしておりました﹂ 突如、ビルの窓が開き、大きな足場と手すりが伸びてリムジンに 接続された。 278 ﹁お待ちしておりました。どうぞこちらへ﹂ 自動ではなく、ボーイのような格好をした男がリムジンのドアを ゆっくりと開ける。 一番に飛び出したコスモスを待ち受けていたのは、巨大なレッド カーペット。 その奥に広がるビルの一室すべてを使ったパーティーホールはラ イトで照らされており、その奥には噴水や大理石を使った装飾をさ れた一段のステージ。 ﹁たたたた、高いでごじゃ⋮⋮のわああっ、ゆゆゆ、床が動いたで ごじゃるっ!﹂ ﹁ッ、びび、びっくりしたのだ!﹂ ﹁うわ∼∼、すごい! ねえ、パッパ、コスモス歩いてないけど前 に進むよ∼! ほらほら∼!﹂ ﹁なんと、神族は、飛ぶだけでなく、歩かなくても歩道が勝手に進 むのか? これは便利だが、やりすぎではないか?﹂ ﹁どうりで、筋力の退化したものたちばかりだったわけか﹂ 動く遊歩道か。俺やニートからすれば懐かしいもんだが、みんな にはそれすらも未知の存在。 完全に田舎から上がってきたおのぼりさんになった気分だが、ま あ、仕方な︱︱︱︱︱︱ ﹁﹁﹁﹁﹁ワッアアアアアアアアア!﹂﹂﹂﹂﹂ 279 そして、俺たちがビルの上の強風に晒されながらも辿りついたパ ーティーホールでは、数多くの円卓と、正装をした紳士淑女たちが 何百人と、スタンディングオベーションで俺たちを迎え入れる。 チカチカとする光はひょっとして、フラッシュ? カメラか? ムサシやペットは完全に萎縮してカチンコチンに固まってら。 ﹁まるで、映画のアンカデミイ大賞を取った気分なんで。いや、取 ったことないから実際分からないんであれだけど﹂ ﹁つか、今日の今日で、よくもまあ、こんな準備できたもんだな。 つか、おい、見ろあれ﹂ 大歓声の中、レッドカーペットを進む俺たちがふと視線を逸らし たら、テキパキとした動きで料理を配膳したり、来場者を案内した り、ものすごい機械的にやるボーイ達が大勢いるんだが、機械的で 当然だった。 ﹁ロボット?﹂ ﹁か∼∼∼、昼間は何も役にも立たかなった連中だが、電気があれ ば何でもアリだな﹂ いよいよ、SFチックなものが本領発揮してきたか? そんな印 象を受けた俺たちだが、大歓声の中、所々に聞こえる声を俺は聞き 逃さなかった。 280 ﹁見ろ、ディッガータイプだ。データ通り、ドリルが肉体と一体化 している﹂ ﹁エンジェルタイプが二人も居る。何とか、片方だけでも入手でき ないか?﹂ ﹁あれは、魔族というタイプか? 異様な空気を放っているな。あ まり刺激しないようにしないとな﹂ ﹁獣耳、獣の尻尾を生やした奴ら。あれが、二千三百年前に生み出 された亜人か。異種配合実験が廃止された現代ではありえない生体 だな﹂ ﹁あの巨漢は、本当に人間か? 筋肉増強材などを使用しているの では?﹂ ﹁ヒューマンタイプ。やはり、我々とそこまでは違いが見られない な﹂ 歓迎の中で確かに行われている、俺たちへの値踏み。まあ、当然 といえば当然か。 ﹁さっ、申し訳ないけれど、あなたたちには今から八人分かれても らって、それぞれテーブルについて欲しいの﹂ ﹁あん?﹂ ﹁ごめんなさいね、各国平等にあなたたちとコミュニケーションを 取れるようにとなると、そうなってしまうのよ﹂ と、中に入って奥までたどり着いた瞬間、ホワイトの奴がいきな りぶち込んできやがった。このおばちゃん、本当に何かいきなりだ 281 な。 もちろん、同じパーティー会場とはいえ、バラバラに座るのは正 直不安がある。 まあ、俺も解説者ニートが傍にいないのは不安だし⋮⋮⋮⋮ ﹁なんか、さっきからパシャパシャパシャパシャ、なんなのこの光 ? もう、皆殺しにしようかな?﹂ ﹁ん∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮あんま美味そうな女はいないのだ。どいつもこ いつも着飾っているが、文官や元老院みたいで面白くなさそうなの だ﹂ ﹁加齢臭がする。気分が悪くなるな﹂ ﹁⋮⋮ふう⋮⋮居心地が悪いな﹂ ﹁とのおおおおお、せせ、拙者、一人はいやでごじゃるうううう!﹂ ﹁はう、はう∼∼∼、み、みんなとバラバラ⋮⋮だだ、大丈夫かな ∼? うう∼、怖いよ∼﹂ こいつらをバラバラにしていいもんだろうか。 そこが不安で仕方なかった。 すると、前方からドレスを着たカラフルな八人の女たちが出てき た。 ああ、昼間の姫様アイドルたちだ。 ﹁姫様たちが貴方がたを席へとエスコート致します。どうぞ、ごゆ っくりお楽しみ下さい﹂ そう言って、ホワイトは後ずさりしながら俺たちから離れ、俺た ちのやりとりに注目していた。 とりあえず俺は⋮⋮⋮⋮ 282 ﹁コスモス﹂ ﹁ん?﹂ ﹁お前は、パッパと一緒な﹂ コスモスだけ確保。俺たちはバラバラに分かれて座れとのことだ が、俺たちは九人居る。なら、一人はダブるので、俺は真っ先にコ スモスだけ確保。 後はもう知らんッ!そう覚悟を決めた。 そして今から、俺たちの前にそれぞれお姫様たちが着き、順番に 手を取って、一言挨拶してからエスコートするようだ。 まずは⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 283 第16話﹁アタリとハズレ﹂ まずは、というより、この選択肢というのは意外と重要だったり もする。 何故なら、各国が俺たちと平等にコミュニケーションを取れるよ うにメンツをバラけさせると言っても、俺たちがそれぞれ持ってい る情報や引き出せるものは人それぞれだ。 つまりだ、引き出す相手によっては情報に差異が⋮⋮⋮⋮ ﹁あらあらまあまあ、でしたら、その∼、えっと、あの∼、⋮⋮バ、 バスティスタ様⋮⋮﹂ っていうのは意外と気にしてないのか? とばかりに、頬を赤ら めたチョロ⋮⋮じゃなかった、お姉さんちっくなお姫様が一番に前 へ出て、軽くスカートの裾を摘みながら一礼をした。 そう、バスティスタが助けた女だ。 ﹁お前は、昼間の⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁改めてお礼を、そして是非とも我が国の席へ、バスティスタ様。 私は、バーミリオン。﹃ネーデルランディス公国﹄の姫、バーミリ オン・ネーデルランディスです﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮そうか、無事そうでなによりだ﹂ ﹁はうっ! ッ、あ、あの、その、父もお礼をしたいと⋮⋮ですの でどうか、我が国の席へ⋮⋮﹂ 少し間を置いて俺をチラッと見るバスティスタ。あ∼、もういい 284 よいいよ、今は合わせとけと顔で合図した。 ﹁ふ∼⋮⋮分かった、では、言葉に甘えよう、バーミリオン姫﹂ ﹁まあっ! あ、ああ、りがとうございま、あの、わ、私のことは バーミリオンと⋮⋮﹂ なんだろう、スゲエ白けた気分だ。これは、お見合いパーティー か? 本来であれば、色々と謀略があってもおかしくないんだが、まず は初っ端は初々しいお姫様の恋に会場中の空気が温かくなった様子 だ。 ﹁バーミリオン姉ェ、マジだね﹂ ﹁あは、ミリ姉さん、可愛いってね♪﹂ ﹁よ∼し、じゃあ、私もにゃっはいっちゃおーっ!﹂ するとほぐれた空気の中で、ほかのお姫様たちも出てくる。 ﹁にゃっは! ねえ、そこの剣を持ってる子さ∼、私のところに来 てよ﹂ ﹁にゃ、にゃにゃ! せ、拙者でござるか!﹂ 昼間に少しやりあった、うるせえ女はなんとムサシ指名。一瞬俺 かと思ったけど、なんか普通に相手にされなかった。 ﹁クラーセントレフン⋮⋮確かに皆、すごく強いし、凶暴な空気も 感じる⋮⋮でも、君からは、にゃっは﹃武﹄の感じがするんだよね ∼﹂ 285 ﹁む、むむ﹂ ﹁私は、アッシュ。セントラルフラワー王国のお姫様、アッシュ・ セントラルフラワー。にゃっはよろしくね♪﹂ ほ∼、あの女、うるせーけど意外と目ざといな。確かに、色々な 戦闘能力を誇る俺たちの中で、唯一ムサシはちゃんとした剣術の英 才教育を受けてた侍だしな。 あの女も、一応格闘技をやってるみたいだし、興味を持ったか。 もっとも⋮⋮⋮⋮ ﹁よし、亜人の娘だ!﹂ ﹁姫様は当たりを引いてくれましたな﹂ ﹁ええ。獣と人の血を引く亜人。御伽噺や歴史書の中でしか語られ ていませんからね﹂ ﹁是非色々と話を聞きたい﹂ あの女の国の連中は、他にも思惑はありそうだがな。 ﹁じゃあ、私は、そちらのエンジェルタイプの御方﹂ ﹁私か?﹂ ﹁ええ。私はミント。この国、ヴァルハラ大陸ヴァルハラ皇国の姫、 ミント・ヴァルハラよ。あなたを、歓迎します﹂ 次に動いたのは、アイドル姫たちのリーダー格っぽく、今俺たち が居るこのエセニューヨーク的な国全体の姫様。 選んだのは、リガンティナ。 ﹁さすがはミント姫! 他国の連中は、エンジェルタイプの希少性 を分からないようだな﹂ ﹁ああ、それにあの娘、エンジェルタイプであり、さらにとてつも 286 ない気品を感じる。恐らく、身分もエンジェルタイプの中でも上﹂ ﹁ならば、引き出せる情報は、あのメンバーの中でも郡を抜いてい るはず﹂ そういうことね。まあ、身分が高いってのは当たっているが⋮⋮ ﹁⋮⋮チッ、取られた⋮⋮っかたないわね⋮⋮えへへへへ、きゃる ∼ん♪ それじゃあ、ブラックは∼、お兄ちゃんがいいなー♪﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮えっ?﹂ その時、やけにイラっと来る可愛いアピールしながら前へ出たの は、黒髪ビッグテールの小柄な女。 ワザとなのか、それとも自分では演技のつもりかは分からねえが、 かなりワザとらしく擦り寄った相手は、なんとニート! ﹁えへへへへ∼、おに∼ちゃん! ブラックだよ∼! ソロシア帝 国のブラック・ソロシア、よろしくね∼! ほら、お兄ちゃんも、 一緒にラブラブラック∼!﹂ ﹁うっわ、ウザ﹂ ﹁ああっ? あんた、いきなり何言ってやがってお兄ちゃんえへへ、 一緒にご飯食べるのいや?﹂ まさかニートを選ぶとはな。いや、そうでもねーか。 ﹁エンジェルタイプは取られたか。ちっ、ヴァルハラめ﹂ ﹁まあいい。ディッガータイプであれば、ハズレではないだろう﹂ 287 とまあ、そういうことだ。 んで、俺は俺で何だか面白くて笑っちまった。 ﹁くはははは、モテモテじゃねえか、ニート﹂ ﹁ぬぐっ、ヴェルト﹂ ﹁フィアリには黙っててやるから、楽しんで来いよ∼、くはははは﹂ ﹁ッ! そのセリフ、ほんっと、お前に十倍返しで言ってやるんで !﹂ どうして、ニートはああいうブリッコな女と縁が出来るのかと思 うと笑えたが、まあ、別にそれが進展するなんてことも⋮⋮ ﹁えっ、ちょっと、腕組むの?﹂ ﹁そ、そうよ、そういうマナーよ。分かりなさいよ、べ、べつ、別 にあんたが気になってるわけじゃないんだからね!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮うわ⋮⋮安っぽ⋮⋮全然響かないんで﹂ ﹁ッ! ちょ、あんた生意気よ! 私をだれだとっ、ッッく∼、お 兄ちゃんイジワルダメだよッ♪﹂ ねえよな? 進展することなんて。 なんて、思っていたら、次は少し違う展開になった! ﹁はう、えと、みんな、こんなに早く、えっと、私はどうしればい いでしか? はうっ、ま、またかんじゃったよ∼﹂ 少しビクビクしながらオロオロしている、どこかペットに似た雰 囲気の気の弱そうな細身の女。 どこか緑味のある青い、ボリュームのあるツーサイドアップの髪 型の女。 288 どこか保護欲そそられそうな雰囲気を出している女の姿に、 ﹁じゅるり﹂ なんか、よだれを舐める音が聞こえた。 ﹁うまそうなのだ⋮⋮⋮⋮よし、そこの娘、わらわがそなたの国の 席に座ってやるのだ﹂ ﹁え、えええ! ええええ!﹂ ﹁なんならこのまま寝室に、ぬはははは、イジメたく、ん、んん! おっと、是非ともお願いしたいのだ。よいか?﹂ ﹁あ、えっと、わ、私の国に? えっと、ありがとうございます! 私は、シアンでし! ∼∼∼っ、シアンです。その、シアン・ゲ イルマン。ゲイルマン王国の姫でし!﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮あの国⋮⋮あの姫⋮⋮可哀想に⋮⋮⋮⋮トラウマに なるな ﹁おおおっ! シアン姫が動けるか心配だったが、亜人であれば悪 くない!﹂ ﹁ああ、見た目も小柄な子供。うまく懐柔すれば⋮⋮﹂ 懐柔? 無理に決まってんだろと思いながらも、残る二人の姫の うち、一人はよりにもよってジョーカーを引きやがった。 ﹁じゃあ、魔族のお兄さん? 私たちの席に来て欲しいってね♪ 私は、マルーン。ジパン帝国のマルーン・ジパン♪ よろしくって ね♪﹂ ﹁殺すよ?﹂ ﹁えっ?﹂ 289 ジャレンガ! 次の瞬間、俺は反射的にツッコミ入れていた! ﹁って、アホか、ジャレンガ!﹂ ﹁⋮⋮ヴェルトくん? 君、今、僕の頭を叩いた?﹂ ﹁叩くわ! お前、いきなり月光眼発動とか、ほんとやめろよな!﹂ 急に俺がジャレンガの後頭部を叩いたことで、会場中がいきなり ザワつきだしたが気にしてる場合じゃねえ。 つうか、おかしい。なんか、このパーティーになってから、俺の 気苦労がものすごく耐えねえ。 ﹁僕さ、ああいう天然的な女は嫌いじゃん?﹂ ﹁知るか、今は我慢しろッ! 大体、天然ならクロニアの方が上だ ろうが!﹂ ﹁うん。だから、僕はクロニアは嫌いじゃん?﹂ ﹁えっ、そうだったのか⋮⋮お、お前ら仲間なんじゃねえの?﹂ ﹁は? 仲間だと好きにならないとダメなの?﹂ ﹁いや、知らんが⋮⋮⋮⋮とにかく、暴れるならもうちょいしてか らだ! 昼間暴れたんだから少し我慢しろ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふん、まあ、未来の義弟がそこまで言うなら⋮⋮⋮ ⋮﹂ なんか、暴れる前提で話をしている気もするが、いや、今はこう としか言いようがねえしな。 ﹁あの、ダメってね? その、私の国の珍味も用意してるってね♪﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮何その喋り方。イライラするよね? ねえ、ヴェル トくん?﹂ 290 にしても、ん? おい、ちょっと待て、ジャレンガはさっきなん て言った? 未来の義弟? あっ! そうか、ジャレンガの妹と俺が結婚したら⋮⋮って、な んねーよっ! ﹁アプリコットです。ブリッシュ王国のアプリコット・ブリッシュ です﹂ ﹁ペット・アソークです。えっと、元の世界、エルファーシア王国 のアソーク公爵家のペットです﹂ とやり取りしているあいだに、こっちはお互いペコペコしながら 平和に決まった様子のペット。 ﹁あの、剣士の女の子、なんで﹃ござる口調﹄なの?﹂ ﹁あっ? 何がワリーんだよ。そっちは﹃にゃっは口調﹄のアホだ って居るくせに﹂ そして、最後に残った俺は⋮⋮ ﹁まあ、いいや。じゃあ、とりあえず来て﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ なんか、一番やる気のなさそうなピンク頭の女だった! 昼間少 しだけ話したことあるが、何だか態度が悪いぞ、この女! ツリ目 だし! ﹁一応、自己紹介。ピンク。ピンク・パリジェン。パリジェン王国 出身﹂ 291 何か必要最低限の自己紹介だけしました、あとはついて来い的な この女の態度はなんだ? 昼間は俺たちにあんなに驚いていたくせ に! ﹁く∼、ピンク姫、本当にこういうのは真剣に動いて頂かないと﹂ ﹁よりにもよって、一番何もなさそうなヒューマンか。身分も低そ うだ﹂ ﹁は∼、真っ先に動いていただかないから、最後のハズレを﹂ と、ピンク女の席から露骨にガッカリしたような声。な、な、な んっ! ジャレンガを止めたくせに、俺の方から暴れたくなる気分だ。 ﹁えへへ、ねえ、コスモスたちもいこうよ∼﹂ ﹁うぐっ﹂ コスモスがいなければ、ホント怒鳴ってた。 だが、だからこそ、俺もここは大人に、深呼吸して、オトナな対 応を⋮⋮ ﹁あ、あなたは昼間の﹂ ﹁コスモスだよ∼!﹂ ﹁そう、よろしく。でも、あなた、席はアッチ﹂ と、その時、コスモスに気づいたピンクがリガンティナの方を指 差した。 そのテーブルも、そしてそこに居るミントとかいう姫もこっちに 292 気づいてコスモスを手招きする。 なんでだ? ﹁え∼、何で?﹂ ﹁なんでって、お母さんと一緒の方がいいでしょ?﹂ と、告げるピンクと会場の視線で、俺たちは納得した。ああ、そ ういうことか⋮⋮ ﹁違うよ∼、ティナおばちゃんは、コスモスのおばちゃん♪﹂ ﹁えっ?﹂ ﹁コスモスのマッマはお仕事が忙しいの。だから、コスモスはパッ パと一緒なんだよ?﹂ その発言に、会場全体が﹁?﹂に包まれたのが目に見えて分かっ た。 そして、ピンクを始め、色々な奴らが混乱していることも。 ﹁え、えと、あ、あなた、エンジェルタイプで、その、エンジェル タイプに父親は⋮⋮﹂ ﹁事実だよ﹂ ﹁えっ!﹂ ﹁こいつは、俺の子供だよ。俺と天空族の女との間のな﹂ 293 だから、俺も事実は事実だとコスモスを抱きかかえながら言って やった。 まあ、当然、信じられないと反応が出るけどな。 ﹁そんな馬鹿な!﹂ ﹁エンジェルタイプは女性型で単独で子を産むはず! いや、確か に交配による出産も可能だったような気もするが﹂ ﹁にゃっは嘘! そんなの嘘って昼間も言った!﹂ ﹁大体、あの人、どう見ても二十歳以下にしか見えないし!﹂ と、姫も政治家も含めたザワめきが起こる中、リガンティナが立 ち上がって凛とした声を発した。 ﹁事実だ﹂ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ! ﹁その男、ヴェルト・ジーハは、我が天空族の住む天空皇国ホライ エンドが称えし天地友好者の称号を持ち、我らが皇族の一人である エルジェラと結ばれ、そして二人の間に生まれたのが、そのコスモ スだ。だから、私の義弟にもあたる﹂ 会場が一瞬で静寂に包まれたのが分かった。だが、その数秒後⋮ ⋮⋮⋮ 294 ﹁﹁﹁﹁﹁えええええええええええええええええええええええええ えっ!﹂﹂﹂﹂﹂ 会場中から爆発が起こったかのような驚きの声が上がった。 ﹁馬鹿な! ヒューマンが、エンジェルタイプと結ばれて子を成し た?﹂ ﹁しかも、王族だと! あんな、チンピラみたいな男が?﹂ ﹁まて、二十歳には見えないが、いや、そうか、向こうの世界には 許可制度がないから﹂ ﹁あらあらまあまあ!﹂ ﹁そ、そんな、ななななな、なんてやらしい!﹂ ﹁えっ、素敵じゃない?﹂ なんか微妙に聞き捨てならない声も聞こえた気がするが、会場の 驚きはそれだけではなかった。 ﹁ちょっと∼、天空族だけじゃないでしょ? ヴェルトくんは、僕 たち魔族最強国家のヤヴァイ魔王国の王族である僕の妹とも結婚す るんだし? あっ、ウラ姫もそうだったけど?﹂ ﹁﹁﹁﹁はっ? ま、魔族もっ? って、何で複数っ!﹂﹂﹂﹂﹂ ﹁これこれ、魔族だけじゃないのだ。ヴェルトは亜人大陸の誇る最 強の四人、新四獅天亜人の一人にして最後のダークエルフのアルテ ア姫とも結婚しているのだ﹂ ﹁史上最強の亜人、武神イーサム様のご息女でもあるユズリハ姫も 295 でござる! 我が殿はそれだけ我ら亜人においてもとても尊い御方 でござる! ⋮⋮⋮⋮ボソッ、そして、拙者の⋮⋮えへへへへ∼﹂ ﹁﹁﹁﹁なんで亜人まで!﹂﹂﹂﹂ ﹁そ、それだけじゃないです! ヴェルトくんは、五歳のころから、 私たちの故郷、エルファーシア王国のフォルナ姫と結婚することが 決まっているんですから!﹂ ﹁人類大陸最大国家、アークライン帝国姫のアルーシャ姫もそうだ な﹂ ﹁﹁﹁﹁いいいいいいっ!﹂﹂﹂﹂ ﹁まっ、要するに世界を征服した、リア充ヤンキーなんで﹂ 次々とみんながブチ込む発言に、つか、何で張り合ってるかのよ うに言ってるかは分からないが、とにかくそれはもはや会場を絶句 させるには十分だったようだ。 やがて、誰もが今みんなが言った言葉に頭を混乱させながらも、 たった一つだけ同じことを誰もが思ったことを、俺は理解した。 ﹁﹁﹁﹁﹁引き込むなら、あれが一番のアタリだったのか!﹂﹂﹂﹂ ﹂ 296 誰が、アタリだよ。アタリとかハズレとか、不愉快な奴らだ。 そんな空気の中、少し不愉快な気持ちのまま、俺はピンクとかい う女の居る、パリジェン王国の席に座ることになった。 297 第17話﹁おしりあい﹂ ﹁では、世界を超えて現れた友に乾杯!﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁乾杯っ!﹂﹂﹂﹂﹂ 正直なところ、五分ぐらい誰かも分からねえおっさんの高説がベ ラベラと言われたが、大半が頭に入らんかった。 唯一分かったのは、最後の乾杯の言葉ぐらい。 ﹁バスティスタ様、そ、その、えと、ご、ご趣味はご結婚されて好 きな方はいらっしゃいますか? わ、たしは、特に許嫁もなくもし よろしければ、差し支えなければこのあとにでも﹃相性検査﹄をこ のあと、う∼、まあまあまあ、私ったらはしたない。それと、こち らお土産です。我が国の名産のレザージャケットとレザーパンツで す。世界最高級の革を素材とした我が国の名産品として高い評価で、 その、私とどちらが良いですか?﹂ ﹁少し落ち着いたらどうだ? 言葉が支離滅裂だぞ、バーミリオン 姫。だが、服はありがたく頂戴しよう。この手触りは、向こうの世 界にはないものだ﹂ ﹁ほら、えーと、あんたニートだっけ? その、これ、私の国の友 好の証みたいなブレスレッド。付けたげるね、お兄ちゃん♪ あと、 私のシングルCDとか、ブロマイドとかも、えへへ、良かったら∼、 聞いて欲しいな∼♪﹂ 298 ﹁あっ、ブラック姫、それほんとお土産だって分かるように包装し て欲しいんで。そんなの裸で持って帰ったら、妖精に殺されるんで、 まあ、CD持って帰っても聞けないけど﹂ ﹁にゃっは! それじゃあ、おじいちゃんに剣術を教えてもらった んだ∼。私もね、私の国の﹃仙人﹄って呼ばれてる老師様に武を教 えてもらったんだよ。もう、すごい高齢なはずなのに、にゃっは若 々しくて可愛い女の子の姿なんだけど、本当はニャっは強くてね﹂ ﹁拙者の大ジジも一族のみならず、亜人大陸全土にその名と剣と心 を伝えたでござる。今は拙者も独立した身ではござるが、その受け 継いだ魂は、我が旦那様の下でも変わらぬでござる、えへへへ、旦 那様と拙者はまた言ってしまったでござる⋮⋮⋮⋮⋮⋮アッシュ姫、 今のは内緒でござるよ?﹂ ﹁そういうことってね♪ 二千三百年前、私たちの先祖の天才科学 者である﹃シルバー﹄が、私たちの世界の技術の素を作って、更に は人間、亜人、魔族の脅威に対抗するために、数多くの﹃機動兵器﹄ を完成させたってね♪ その最高傑作が、﹃七幻神﹄ってね♪﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮七⋮⋮⋮⋮ああ、﹃七つの大罪﹄⋮⋮⋮⋮ルシフェルさ んたち? っていうか、君、ほんと喋り方イラっとくるからやめて くれる? 口を引き裂くよ?﹂ ﹁なるほど、つまりあちらの席に居る、ヴェルト・ジーハという方 が本当にあなたたちの世界を制覇して統一したのですね、リガンテ ィナ皇女。⋮⋮⋮ボソッ⋮⋮⋮篭絡するなら、アレね⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 初めての枕営業も視野に入れてブツブツブツ⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ 299 ﹁まあな。流石は我が妹が見初めたといったところだ。次はこちら から聞きたい、ミント皇女。昼間の連中について聞きたいのだが︱ ︱︱﹂ ﹁はう、だ、だめ、でし、エロスヴィッチさん、テーブルの下から、 そんな、し、尻尾、ダメでし、き、気づかれちゃいまし、尻尾でイ タズラ、や、や、おねがい、やめてくだしゃい、はう、ダメ、んん っ!﹂ ﹁ん? どうしたのだ,シアン姫? ほれほれ、ここがいいのだろ う? ふふん、あんまり真っ赤になって震えると、部下や国王、更 には他国にも気づかれるのだ。それにしても、嫌だ嫌だといいなが ら、体は既にわらわの﹃ゴールドテイル﹄にメロメロで、ここはこ んなに⋮⋮⋮じゅるり、今夜、戴くとするのだ﹂ ﹁あの、ペットさん、その、一つ聞きたい事が⋮⋮⋮あなたたちの 世界では十代の恋愛も自由とのことですが⋮⋮⋮⋮⋮⋮その、お、 男の人同士の恋愛とかはどうでしょうか?﹂ ﹁えっ? ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ? あの、アプリコット 姫?﹂ もう、既に自由な会話がそれぞれ始まった。 ﹁さて、昼間は娘を含め、騒ぎを沈静化させてくれたことに礼を言 わせてもらおうか。ヴェルト・ジーハくん﹂ 300 会場全体で一斉に乾杯だけしたら、後はご歓談くださいとばかり に、全員が着席した瞬間、早速俺の目の前に居るカラフルな祭服を 身に纏った爺さんが俺に訪ねてきた。派手なローマ法王か? に見 えるが、ピンクの父親でパリジェン王国の王だとか。 その周りをまた、側近みたいな高級官僚っぽいおっさんたちで固 め、俺の隣にはピンク、反対側にはコスモス。 そして俺の目の前には⋮⋮⋮⋮ ﹁なにこれ?﹂ ﹁十ツ星レストランの超高性能料理マシンが作り上げた料理です。 どうぞ、お楽しみ下さい﹂ 目の前の皿には、やけに綺麗に切り分けられているものの、野菜 だけ。 いや、前菜だと思えばとも思ったが、それだけじゃなさそうだ。 野菜と豆を中心とした食材ばかりで、確かに新鮮で健康的なんだ が、これは⋮⋮⋮⋮ ﹁に、肉はねえのか?﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁肉っ!﹂﹂﹂﹂﹂ 俺がさり気なく聞いただけなのに、全員ガタガタッと慌てたよう に顔を引きつらせた。 301 ﹁っと、ああ、す、すみません。た、確かに、動物性の食材を我々 も摂取することはありますが、それはほとんどが、ジャンクフード のようなものに分類されますので、このような公式の場では⋮⋮⋮ ⋮﹂ ﹁ぷ、くくく、肉だって﹂ ﹁やはり、原人だな﹂ まるで、高級フランス料理屋で和食でも頼もうとしている非常識 なやつを見るかのような目。更に言えば見下して小馬鹿にしたよう な陰口。 全部俺には筒抜けなだけに、イラっと来たな。 ﹁どう、お嬢ちゃん、おいしい?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮ぶ∼⋮⋮⋮﹂ ピンクが俺の隣に居るコスモスに尋ねると、コスモスは案の定不 満気な顔。 コスモスの口には合わねえというか、肉とか麺とかそういうの食 ってたコスモスには物足りねえだろうな。 ﹁パッパやジッジが作ってくれたゴハンの方が、あったかくておい しい﹂ 302 そして、お世辞の知らないコスモスは率直な感想を言えば、また 目の前の連中は驚いた顔をした。 それは、コスモスが料理を美味しくないと言ったことに対してで はない。 ﹁りょ、ご、はんをつく、作る? おいおいおい、ほ、本当ですか ?﹂ ﹁えっと、ヴェルト・ジーハさんですね。あなたは⋮⋮⋮⋮ご自分 で料理を?﹂ なんだよ、その珍獣を発見したかのような目は。つうか、俺は、 ラーメン屋の店員だぞ、コラァ! ﹁んだよ、男が料理すんのがそんなに変か?﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁じじじじじじ、自分で料理を作るッ? なんで、そんな 無駄なことを!﹂﹂﹂﹂﹂ えっ? そこ? ﹁落ち着きなさい、お前たち。クラーセントレフンには料理マシン などがないのですな﹂ ﹁料理マシン∼?﹂ ﹁そうです。我々の世界での生活に欠かせない、炊事家事洗濯、送 303 迎なども含めた機能を兼ね備えたマシンやアンドロイドなどですよ﹂ そ、そういうことかよ! なんつうことだ! この世界、そんな 風になってんのかよ。 ロボットぐらいは居ても驚かないが、生活のほとんどがロボだよ り? ニートの奴なら喜んで食いつきそうな話題だが、これは何と も⋮⋮⋮⋮ そして、相変わらず時代遅れの猿扱いに俺を小馬鹿にしてるおっ さんどもに、そろそろ俺もイラっと来た。 ﹁へ∼、そいつは便利だな。まあ、そうか。機械が便利すぎる世の 中だから、この世界の奴らは全員青瓢箪で、昼間みてーに停電でも したら全く役に立たねえってわけか﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁ぬぬっ!﹂﹂﹂﹂﹂ ﹁くはははは、皮肉なもんだな。むしろ、そういう技術を全部とっ ぱらって、オモチャの力だけで世界を革命しようなんて馬鹿なこと をした連中の方が、まだ行動的だな﹂ 先に人を小馬鹿にしてきたのはそっちだ。さあ、どう出る? プ ライドだけは一人前か、連中もかなりムカッとした表情をしてやが る。 さて、どうなる? 向こうの世界じゃ、こういうので簡単に一触 即発になったがこの世界は? 304 ﹁ふっ、ふふ、はっはっはっは、これは一本取られましたな。確か に、昼間はあなたたちの活躍がなければどうなっていたことか。常 に進化し続ける技術とともに、それを悪用された際の対処法が常に 後手に回ってしまうのが、我々世界全体の悩みどころでもあります﹂ ﹁ぬっ﹂ ﹁あなたの話は面白い。どうか、色々と教えていただけたらと思い ます。ささ、料理が冷めないうちに﹂ へえ、受け流した。プライド高そうな高級官僚チックな連中は一 瞬だけムッとしたようだが、すぐに笑って受け流したか。 まあ、当然だろうな。 でも、これだけで、やっぱり俺たちの世界とは違うということが 分かる。 ﹁さて、ヴェルト・ジーハさん、そのことなのだが、あなたは先ほ どの話では、そちらのお嬢さんをエンジェルタイプの者との間に成 したとのことでしたが、その他にも、その⋮⋮⋮⋮﹂ 少し言いにくそうにする王様だが、それは他の連中も聞きたかっ たのか、体がビクッと跳ねてやがる。 ようするに、お前、その歳で子供だけじゃなくて、色んな種族の 嫁が居んのかよ的な質問だよな。 ﹁俺たちは天空族って言ってるが、そうだな。天空族の皇女様、故 305 郷のお姫様、人類最大国家のお姫様、魔族の姫様、ダークエルフの 姫様、竜人族の姫様と、数ヶ月以内に結婚式をやる予定になってる﹂ ﹁な、なんと! そんなことが許されるのですか、クラーセントレ フンでは!﹂ ﹁いや、まあ、俺もどうかと思うよ。普通、嫁なんて一人いりゃ十 分だからな。でも、まあ、なんだ? 世界を旅したり、戦争したり しているうちに、そうなった﹂ あんま言うのも恥ずかしいことだが、ここはもう開き直って言っ てやった。 そして、重婚とか、一夫多妻とか、そんな常識はないどころか、 むしろ結婚なんて年齢制限だとか審査までやるような世界。 非常識すぎる文化に驚きはデカイだろう。 ﹁し、しかし、我々の歴史書の中では、クラーセントレフンでは異 種族同士の戦争がいつまでも続くとされていましたが!﹂ ﹁まあ、俺が特殊なケースなんだよ。だから、大層な技術を持って いたご先祖様たちも、俺みたいなバグまで見抜けなかったってこと だ。まあ、要するに、世界も人生も、どうなるかなんて簡単には分 かんねえってことだ。だから、面白いんだよ﹂ ﹁だが、それでも結果的に、あなたが異種族同士の戦を終わらせた と?﹂ ﹁ぶっちゃけ、それは語弊があるな。俺は異種族同士の戦を終わら 306 せたんじゃない。俺はただ、異種族だろうと混血だろうと、仲良く なりたい奴らだけ集まる国を作っただけだ。まあ、今も建国段階な んだがな。だから、戦争は俺が止めたんじゃなく、周りが勝手にや めただけだ﹂ ﹁く、に、国を作った! その若さで? ベンチャー企業を立ち上 げるどころではないですぞ? 国を作ったと!﹂ こういう会話、あのアイボリーとかいう戦隊組や、聖騎士たちも 含めてこれまで何度もしてきた話。 その度にめんどくさくて、こうやってハショッた。 だが、それでも俺の言葉に何かそれぞれ思うところがあったのか、 全員口を紡いで、少し会話が途切れた。 時折、メッチャコソコソと﹁やはりこれはアタリだ﹂﹁他国より イニシアティブを取るには是非とも関係を構築を﹂﹁相性診断の結 果を改竄して、早速今夜にでもピンクを献上するか?﹂﹁陛下、未 成年純潔保護法はいかがいたしましょう?﹂﹁超法規的措置適用も しくは、年齢改竄﹂とか、チラホラ聞こえるが、俺には全部丸聞こ えだからな。 しかし、すぐにその沈黙は破られた。 ﹁ねえ、あんたは⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁ん?﹂ それは、ずっと黙っていたピンク。 俺の言葉を聞いていたのか聞いていないのか分からなかったが、 どうやらちゃんと聞いていたようだ。 何かを求めるような顔で⋮⋮⋮ 307 ﹁人生も世界もどうなるかなんて分からなくても、それでも、⋮⋮ ⋮戦いたくない人と戦わなくちゃいけない、その未来が確定してい たら⋮⋮⋮そういう事態はどうすんの?﹂ 俺に何かを言って欲しいのか? 態度のワリー女が何かを訴える かのような、縋るような目で俺に問いかけた。 そして、俺は思い返す。 戦いたくない奴と戦わなくちゃいけない時。それは、相手が強い とか怖いとかじゃなくて、もっと違う意味で戦いたくない奴という ことだろう。 たとえば、親友とか、恋人とか⋮⋮⋮ そういう意味で俺が真っ先に思い出したのは、ラブに裏切られた 時だったか⋮⋮⋮ ﹁大変楽しんでいるようだね。僕様も参加させてもらっても?﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!﹂﹂﹂﹂﹂ その時、俺が自分の考えを述べる前に、突如会場に響いたその声 が全てを遮った。 ﹁ふふふ、やあ、楽しそうだね。でも、ずるいじゃないか。世界を 超えた友愛の場を、もっと開放しないだなんて﹂ パーティー会場の扉を開けて、とある一団が中に入ってきた。 ビシッとしたスーツでキメて、周りはサングラスをかけた強面で 308 固め、一人の男が機嫌よさそうに会場の注目を一斉に向けた。 そして、それを率いて、今、言葉を発したのは、その一団の先頭 に居る、唯一なよっちい細身の男。 ひょろくて、薄紫のクセを付けたマッシュスタイルの髪型は、ど こか現代の若者を思わせる姿だった。 中性的な顔立ちは一瞬女に見紛うほどのものだが、間違いなく男。 その男が現れた瞬間、リガンティナが座るヴァルハラ皇国とかい う国の連中が慌てて立ち上がった。 ﹁ライラック兄さんッ!﹂ ﹁やあ、ミント。兄であるこの僕様を呼んでくれないのは頂けない な﹂ ミントとかいうアイドル姫のリーダー格が、兄と呼ぶ。つまり、 こいつはこの国の王子様ってわけか。 しかし、それだけにしちゃ、会場中が何やらザワついている。 ﹁あれは、ライラック皇子!﹂ ﹁なるほど、あれが噂の、皇子か﹂ ﹁ヴァルハラ皇国の皇子でありながら、野党の若手を集めた組織、 ﹃自由友愛党﹄の党首﹂ ﹁ほう、恥知らずの狂った皇子か﹂ あまり、よろしい評判じゃなさそうだな。 確かに、どことなく雰囲気がこれまで出会った青瓢箪どもに比べ、 不気味な何かを感じる。 ﹁このめでたい席に、お前のような奴が来るな! 党の宣伝行為の 309 つもりか、ライラック!﹂ ﹁ふふふふふふ、老害は下がってください、お父様♪﹂ 国王と思われる人物が立ち上がり制止しようとするが、にこやか にその横を通り過ぎる。 そして、 ﹁やあやあやあ﹂ ﹁ッ!﹂ 一瞬、空間が揺れ、突風が駆け抜けて、それは俺の目の前でいき なり止まった。 ﹁ッ、殿ッ!﹂ ﹁ヴェルトくん!﹂ 速いな。スーツの力か? 俺を驚かすつもりだったのか良く分か らんが、そいつは俺の目の前に現れて、ニッコリと笑って手を差し 出した。 ﹁僕様は、ライラック。ライラック・ヴァルハラだ﹂ まあ、それほど驚くものでもねえし、俺も別に臆することなく立 ち上がって手を差し出してやった。 ﹁ヴェルト・ジーハ﹂ 310 すると、俺の態度に何かツボにハマったのか、ライラックという 男は嬉しそうに何度も頷きやがった。 ﹁うん、うん、うんうん! あなたが、クラーセントレフンより現 れた新たなる友。そして、自由な恋愛を謳歌する英雄ですな?﹂ ぬっ、さっきの俺に関する話は既に色々と流れているようだな。 皮肉か? ﹁なるほど。凶暴で荒々しい雰囲気の中に、どこか強い意志のよう なものを感じる。この世界の男とは確かに違う。なるほど。良い男 だな。お尻の形も最高だね﹂ 皮肉じゃなかった。普通に、嫌味ではなく褒めている様子。 爽やかな雰囲気で俺を⋮⋮ん? ちょっと待て。今、なんか最後のほうに変なことを言わなかった か? ﹁他の方たちも、素晴らしい個性を感じる。バスティスタさん、う む、抱かれたい肉体だ﹂ ﹁⋮⋮⋮なに?﹂ ﹁あなたとも、良き、お尻合いになられたらと思います﹂ お、お知り合いだよな? はっ? えっ? お、おい! 311 また、加速したのか、俺の前から一瞬で消えて、無遠慮にバステ ィスタの近くまで接近し、肩に手を置いて、怪しい手つきで揉んだ。 ﹁お兄様ッ! ここをどこだとお思いですか! 世界が注目する中 で、ヴァルハラを汚すような行動や言動は謹んでください!﹂ ﹁いやー、ゴメンゴメン、悪気は無かったんだ。彼らがあまりにも 魅力的で、僕様のハートが止まらなかったのさ﹂ ﹁恥知らずのバカ息子め! お前は、さっさとこの場から立ち去れ !﹂ ﹁お父様、恥知らずで結構。僕様の考えでは、自分の意志を押し殺 すことこそが真の恥知らずと思うのです﹂ 一体、コイツ何なんだ! ただでさえ、アイドルだとか各国だとか、もはや名前も状況も、 俺の頭や記憶力じゃショート寸前なのに、ここに来て、何でこんな のがブチ込まれてくるんだ? ﹁さあ、こんにちは! クラーセントレフンの友たちよ! 僕様は、 ヴァルハラ皇子にして﹃新党・自由友愛党﹄の党首、キャッチコピ ーは汝のお尻を愛せよ、自由な恋愛と友情です。恋愛に資格が必要 ですか? 性交渉には全て清らかな愛が必要ですか? 今の社会は なんですか? 五十歳の童貞が男としての意志を無くして弱体化し ています。それは、人の営みとは思いません! 自分にね、嘘をつ いたらダメなんですよ! だからこそっ!﹂ 312 そして、何でそこで俺を見る。 ﹁ヴェルト・ジーハさん。さっき、暴露されたあなたのお嫁さんの 話を聞きました。実に感銘を受けました。人数も関係なく、種族も 関係もなく愛を育むあなたの生き方は、世界は違えど感銘を受けま した! あなたもこの世界を見て、思うでしょう? 人種? 相性 診断? 資格? 男同士はダメ? くだらないと思いませんか?﹂ ﹁待て、最後にテメエは何をサラッとぶち込んでんだ!﹂ ﹁はっはっはっは、これは素晴らしい! 男同士とブチ込むをかけ たギャグを言うとは、文明の差はあれどユーモアのセンスは先進的 だ! 是非とも私と深いお尻合い、もといいおホモだ⋮⋮友好を育 んでもらいたい﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ、こいつ⋮⋮⋮⋮確定的だわ。俺は恐る恐るピ ンクをチラッと見た。 すると、何だか異形を見るような目で頷いた。 ﹁ライラック皇子はソッチ方面の御方との噂が⋮⋮﹂ やっぱりかよ! いかんな。いくら公式の場とはいえ、もはや握手すらしたくねえ と思っちまった。 313 ﹁いい加減にしないか、ライラック! そもそも、お前は今、証人 喚問中のために、一切の議員としての行動を禁じられているのだぞ ! お前が、支援しているフザけた協会が、レッド・サブ・カルチ ャーとも関わりがあるのではないかという疑惑も理解しているのか !﹂ ﹁はは、カメラや主要国の前でお父様も恥知らずな。それと、協会 を馬鹿にしないでもらいたいね。彼女たちは、この縛られた社会で 過去に滅んだ至高の芸術を愛する者たち。その志に僕様は共感して いるのですよ﹂ ﹁その金がテロリストに流れているかもしれんのだぞ! いいか、 もはや貴様など我が息子などとも思わぬ! しかるべき場で、必ず お前を裁いてくれるッ! 覚えておけ! そして、今すぐこの場か ら立ち去れい!﹂ とにかく、なんかヤバそうなんでかかわらない方が良さそうだ。 だが、問題はそれだけに留まらない。 このライラックとかいう男。 このあと、俺たちの世界なら誰もが予想だにしないことをやりや がった! ﹁ふふふ、あなたも可愛いお尻をお持ちですね、魔族の御方﹂ ﹁はっ?﹂ ﹁そして、なるほど、魔族と呼ばれるだけはあります。その魔性の 魅力的な肌は悪魔のようで、キスしたくなりますね﹂ 314 ジャレンガの頬に手を置いて、まるで女を口説くかのような爽や かイケメンスマイルで微笑むライラック。 その瞬間、俺もニートもペットも全員椅子からひっくり返っちま った! ﹁お、おいっ! 馬鹿、おま、なんつーことをっ!﹂ 皇子に馬鹿とか言っちまったが、もう遅い! ﹁ねえ、⋮⋮⋮⋮引き裂き殺すけどいいよね?﹂ ﹁んっ?﹂ 次の瞬間、ジャレンガの右腕のギプスが爆発して、中から異形の ドラゴンの腕が飛び出して、その鋭い爪で、一瞬にしてライラック とかいう男の顔面を深く切り裂いたッ! ﹁いいいいいいいいいいいいいいっ!﹂ ﹁や、やりやがった⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁きゃあああああっ! ライラック皇子!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮いや、大丈夫だろう﹂ これは、完全に手遅れなほど、深く抉りやがった! いや、ジャ レンガにあんなことしたら当たり前だけど、この事態はマジいぞ! よりにもよって、この国の皇子の顔面を切り裂いて、パーティー 会場を鮮血に⋮⋮⋮⋮ん? あれ? 315 ﹁おおおおおおお! おおおおおっ! 子供の頃、絵本の中でしか 見たことのない、悪魔の腕! それは本物かな?﹂ 顔面を引き裂かれ、ズタズタにされたはずのライラック。 しかし、一切の血を飛ばすことなく、ズタズタにされた表情のま ま、ジャレンガの腕に興奮したように声を上げて居た。 ﹁それにしても、コミュニケーションが苦手ですぐに手が出ちゃう ツンツンしたところ、可愛いですね∼、そういうのを﹃ツンデレ﹄ というのでしょう? いや∼、あなたたちとは是非お尻合いになり たい﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮君は﹂ ッ! 俺たちは、ようやくくだらないパーティーの雰囲気から脱して思 わず立ち上がっていた。 これは、まさか! 以前、ラブやマニーが肉体を改造した、﹃あ の技術﹄か? ﹁ふふ、少し目立ちすぎましたね。今日は挨拶だけのつもりでした ので、僕様もここで失礼しますよ﹂ 316 ペロンペロンに引き裂かれた肉体が自動的に修復されて元の姿に 戻ったライラック。 やつは結局、場をかき乱すだけかき乱して、この場から去ろうと する。 しかし、その時、 ﹁今夜ここでお待ちしておりますよ、ヴェルトさん﹂ さり際に俺のスーツの胸ポケットに、一枚のカードをさり気なく 入れていきやがった。これは? ﹁ねえ? 君さ、帰れると思っているの?﹂ と、その時、このまま事態は収拾するかと思われたのに、こいつ はそんなことなかった! ﹁おやおや、困りますねえ、魅力的な男の子に、帰したくないと言 われるなんて、基本受身の僕様には堪らないね﹂ んで、こいつの返しもヤバイだろうが! ニコっと笑いながら、 顔面に血管が浮き上がっているジャレンガがヤバイ! ﹁うん、殺そうかッ!﹂ 317 あのバカ、このパーティー会場を吹き飛ばす気かよ! 月光眼を発動させようと︱︱︱︱︱ ﹁ふふ﹂ ﹁ッ!﹂ その瞬間、何が起こったのかわからなかった。 ただ、ライラックが笑みを浮かべながら右手を前に差し出そうと しただけだった。 しかし、それだけで、何かに勘づいたのか、攻撃を仕掛けようと したはずのジャレンガが、ものすご勢いで後方まで飛び退いた。い や、逃げた? ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮君⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ジャレンガの表情が変わった。残虐な笑みで相手を滅ぼそうとす る表情じゃねえ。 冷静に相手を分析するクールな表情に変わった。 その反応を見て、ライラックは余計に嬉しそうに笑った。 ﹁ハハハハハハ! 本当に素晴らしい。文明を享受したこの現代社 会にはない、正に、野生の勘だね。そして正解だ。もし⋮⋮⋮僕様 の﹃プラズマ砲﹄を正当防衛として撃っていたら、君もただではす まなかった﹂ 318 プラズマ⋮⋮⋮? よく分からん。だが、ジャレンガもそれだけで、もう飛び出そう としない。ただ、睨んでいる。 ﹁ふふふふ、ではまた。可愛いお尻の男の子達♪﹂ そんな怪しい言葉を残して、ライラックは立ち去った。 一体なんだったのか? 突然のことに、会場中からホッとしたよ うなため息が漏れザワつきだし、ヴァルハラ皇が全体に深々と頭を 下げる中、ただジッと、ライラックが立ち去った扉を見ながら、ジ ャレンガが呟いた。 ﹁彼⋮⋮⋮多分、人の身だけど⋮⋮⋮ルシフェルさんと似た性能を 持ってるね⋮⋮⋮﹂ これはまた、ちょっと面倒な奴が現れたってところかもしれねー な。 んで、 ﹁ん? なにかあったのだ? 集中してて何も見てなかったのだ。 のう、シアン姫。はは、おぬしも良好なのだ♪ テーブルの下、大 変なことになってるのだ♪﹂ 319 ﹁はう、ん、ヴぃ、ヴィッチおねいざま、おねがいでし、もう、い じめにゃいで﹂ ﹁あっ、そうなのだ! とりあえず今晩こやつで遊んだら、嫁がい なくてご無沙汰なヴェルトの夜伽に、こいつをくれてやるのだ! そんな気遣いの出来るわらわに感謝し、ヴェルトもきっと国への入 国を許してくれるのだ!﹂ なんか、約二名ほど変なのが居るが、聞かなかったことにしよう。 320 第18話﹁その聖地の名は﹂ 話が弾んだのか、お互い情報交換が出来たのかの答え合わせは、 全員揃ってからの確認になるが、正直なところ俺らはみんなあのパ ーティーで一人の男に持って行かれた感がある。 ﹁ヴァルハラ皇国皇子、ライラック皇子。皇族でありながら、現皇 政に反発する御方。非常に過激で大胆な発言も多く、国民からは賛 否両論を常に受けているも、熱狂的な支持者も数多く居て、皇も頭 を悩ませているわ﹂ パーティーが終わり、コスモスはすっかり夢の中へ。俺たちは本 日ヴァルハラ皇国が用意してくれた宿泊施設へと、送迎のリムジン の中でホワイトに、さっきの男のことを聞かされていた。 ﹁なんか、今、かなり変な状況みたいだったんで、実際どうなんす か? 昼間のテロリストと繋がりがあるみたいなこと﹂ ﹁ニートさん、そして皆さんも聞いているかと思いますが、この世 界では自由な恋愛は認められていません。双方の合意を持った男女 が、まずは交際審査を受け、更には相性検査、遺伝子検査、結婚審 査、色々な段階があり、それを政府は管理しています。国籍が違え ばその審査もより厳しくなります。ですが、ライラック皇子はその 制度を撤廃し、交際も結婚も双方の合意のみで許可し、同性での交 際も認めようという法案を設立させようとしています。それは、レ 321 ッド・サブカルチャーや、その組織と関連性を疑われている、とあ る宗教協会からは絶大な支持を集めているので、そんなことに﹂ ﹁いや、待て。自由な恋愛はわかったけど、何で同性なんたらが入 ってるのかが分からないんで! っていうか、宗教?﹂ ﹁ええ。遥かなる昔、世界の女性たちを洗脳し、おぞましい世界へ と誘ったと言われる、宗教家よ。国家を揺るがした危険思想人物と して、大昔に捕らえられ、そのまま冷凍刑務所に拘留された教祖。 でも、その影響は遥かなる時を超えた今でも、人々に腐の遺産を残 しているの﹂ ﹁いやいやいや、そんな危険な宗教なら、何で潰さないの?﹂ ﹁下手に潰せないのよ。その宗教協会のメンバーは世界各国に散ら ばっているとされ、その正確な人数や勢力が未だに把握できていな いこともあり、更には国の政府機関の上層部や王族の中にまで紛れ 込んでいるという噂まであり、政府も下手に手を出せず、手を焼い ているのよ﹂ 何ともお笑いな話だ。俺たちの前世の何百年も先を行く優れた技 術力を持ったSFの世界が、そんなアホみたいなもので政権を左右 させられるとか、平和なのか過激なのか、よく分からん世界だな。 だが、それはそれとして、ライラックとかいう変態皇子のマニフ ェストよりも、やつ自身に少し気になるところがあった。 あのジャレンガが、一瞬怯んだと思われるほどの何かを持つほど の只者じゃない雰囲気。 そして、去り際に俺の胸ポケットに何かを入れたこと。 それは一枚のカード。 322 随分とカラフルに色塗られているカードに書かれていたのは⋮⋮ ⋮⋮ ﹁おい、ホワイト。このカードには何が書いてあるんだ?﹂ ﹁えっ? あら? これはっ!﹂ 随分と怪しい、いかにも風俗チラシのように見えなくもないカー ドなんだが、何が書いてあるか? ホワイトの表情から、あまりいいもんじゃないのだろうが⋮⋮ ﹁これは、ライラック皇子が所有するバーよ。何度も政府の調査で 営業停止にあったりしているお店。違法な電子書籍を公表したり、 公然わいせつ罪など、あとを耐えないという噂で⋮⋮⋮⋮ライラッ ク皇子、また経営を始めたのかしら?﹂ ﹁しかし、公然わいせつ罪ってのはどういうことだ?﹂ ﹁その、あの、ステージの上で、若い美形の男同士が絡み合って、 それを客の女性が見物するというシステムで⋮⋮﹂ ﹁もういい、説明しなくて! つうか、女が見物すんのかよ! 何 で?﹂ ﹁ええ、ここも、例の宗教協会やレッド・サブカルチャーとも関係 があるのではとされていてね。その、アウトローな方々の集まる場 所なのよ﹂ 323 ﹁おい、アウトローって、そういう意味で使われてるのか? 結構、 不良的には好きな言葉なのに、一気に嫌いになったぞ﹂ つまりだ、あの野郎はそんな変態バーに俺を誘ってるってのか? 冗談じゃねえ。誰が行くかよ。 もうやめだ、やめ。 今日は色々と疲れたりキモかったりしたから、こういう時はコス モスを胸に抱いて寝るのが一番癒されて⋮⋮⋮⋮ ﹁とにかく、行かないことをおすすめするわ。この、﹃サンクチュ アリ・イケブクロ﹄にはね﹂ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ! ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ただ、店の名前を読み上げただけのホワイト。 しかし、その店の名前に俺とニートだけは全身が震い上がるほど の勢いで、身を乗り出していた。 ﹁ど、どうしたの? 二人共﹂ 324 思わず驚くホワイト。 ﹁ニート﹂ ﹁おっ、おおお⋮⋮⋮⋮あ∼⋮⋮﹂ さて、俺たちもどうしたのと聞かれても⋮⋮⋮⋮ とりあえず、ニートは訪ねた。 ﹁なあ、ホワイト。ちなみに、イケブクロってどういう意味か教え て欲しいんで﹂ ﹁イケブクロ? ああ、それはね、さっきも言ったけど、例の宗教 協会の教祖が言っていたものよ。いつの日か、聖地イケブクロを生 み出すとかって。どういうものかは分からないけれど﹂ 聖地イケブクロ? 聖地⋮⋮⋮⋮ ﹁いや、聖地の意味も分からねえし、やっぱ偶然だよな、ニート、 その名前。あ∼、ビックリした﹂ 思わず、前世に関連した何かだと思ってメチャクチャビックリし たが、そうでは無さそうだな。 俺は気が抜けてシートに深く体を預けた。 だが、ニートは違った。真剣な眼差しで拳を握っていた。 ﹁ニート?﹂ 325 ﹁⋮⋮ヴェルト⋮⋮⋮⋮お前は知らないから分からないんでアレだ けど⋮⋮多分、偶然じゃないんで﹂ ﹁なに?﹂ ﹁イケブクロ⋮⋮⋮⋮池袋⋮⋮⋮⋮そこは、乙女ロードと呼ばれる ボーイズラブを取り扱う女性向け店舗が多数点在し、オタク界では こう呼ばれてたんで⋮⋮⋮⋮腐女子の聖地﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮おい⋮⋮⋮⋮ちょっと待て。 ﹁どう⋮⋮⋮⋮思う? えっ、これって、そういう展開か?﹂ ﹁まだ、どういうものかを把握してないからアレなんで断定できな いけど⋮⋮⋮⋮もし、そこで取り扱われているものとかが、俺の想 像通りの物なら、多分、十中八九。というより、俺、既に一人心当 たりがあるんで﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮マジかよ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ まさか、これは、来るのか? 久々の、クラスメートの⋮⋮⋮⋮ ﹁っというより、ネーミングがニューヨークとかテロリストどもが 叫んでいたサブカルチャーのジャンル的なもので気づくべきだった んで⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ひょっとしたら⋮⋮⋮⋮神族にも﹂ ﹁居るのか? 俺たちの⋮⋮⋮⋮クラスメート⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁まあ、捕まって冷凍されてるみたいなんで、今は居ないんだろう 326 けど﹂ こりゃまた、もしそうだとしたらかなりメンドクセーことになっ ちまったな。 でも、断定できねーし、気持ちわりーし、そうかもしれないと思 われるやつは今冷凍されてるんだろ? ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮だったらほっとくか? メンドクセーし、先生 には内緒で⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁つーわけにもいかねーよな⋮⋮⋮⋮俺、先生に嘘つこうとすると すぐバレるし⋮⋮⋮⋮まあ、ガキの頃から先生には何でも話せって 言われてたからな﹂ う∼∼∼∼∼∼わ∼∼∼∼∼、死ぬほどなんかめんどくせえ。 ぶっちゃけ、もう残りのクラスメートは、俺全然よくわかんねー んだけど。 気づかなきゃよかった。知らなかったらよかった。わからないま まの方が良かった。 だが、流石に、そのままじゃマジーか。 ﹁ニート⋮⋮⋮⋮そこで扱ってるもんが分かれば、断定できるか?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮多分⋮⋮⋮⋮﹂ となると、もうやることは一つだけか。 327 俺はイラついて頭を掻きむしり、どうしてこうなったのかと叫び たい気分だった。 でも、コスモスが起きちゃうからそれもできねーし、あ∼∼∼∼ ∼、もう! ﹁⋮⋮⋮⋮おい、リガンティナ﹂ ﹁ん?﹂ ﹁今晩、コスモスを見といてくれねーか?﹂ 膝の上でスヤスヤ眠るコスモスを俺はそのままリガンティナへ手 渡した。 ﹁婿殿、一体何を?﹂ ﹁バスティスタ、多分大丈夫だろうけど、お前は皆を頼む。守るの はコスモスだけで、あとは見張りだ。エロスヴィッチとかが馬鹿や らないようにな﹂ ﹁ヴェルト・ジーハ? なんだ?﹂ 行くしかねーんだよな、ココに。 ﹁おい、ホワイト、この店、ここから近いのか?﹂ ﹁えっ? え、ええ。ここから見えるツインタワービルの下に広が 328 る繁華街に⋮⋮⋮⋮って、ヴェルトくん、まさか!﹂ 案の定、場所はすぐ近くっぽいし、仕方ねえ。 ちょっくら、見てくるとするか。 俺は、リムジンのドアを開けて身を乗り出す。そして、ニートに 振り返ると、露骨に嫌そうな顔をしてきやがったが、既に諦めてい る様子だ。 ﹁ちょっと、危ないわよッ!﹂ ﹁だいじょーぶ、俺、飛べるし。んじゃ、ニート、んで、ムサシ、 ⋮⋮⋮⋮あとはペットでいいや、行くぞ﹂ ﹁へっ?﹂ ﹁えっ? ヴェルトくん、ちょ、どういうこと!﹂ 止めようとするホワイトを背中に、俺はスカイダイビングのよう にリムジンから飛び降りて、メガロニューヨークの百万ドルの夜景 を見下ろしながら夜間飛行となった。 んで、飛べない、ニート、ムサシ、ペットには、ちゃんとレビテ ーション。 ﹁は∼、メンドクサいんで、ほんと⋮⋮⋮⋮今度からジュース屋は、 エルファーシア王国から移転しよう、ほんと⋮⋮⋮⋮もう二度と巻 き込まれたくないんで﹂ 329 ﹁殿ッ! いったい、どういうことでござる! 何処へと? もし や、先ほどの怪しい男のところに? ダメでござる! 殿に何かあ ったらどうするでござる!﹂ ﹁ヴぇヴぇ、ヴェルトくん、何があったかはしらないけど、何で私 まで? その、えっと、私、何で?﹂ 諦めて身を任せるニートに対し、混乱中のムサシとペット。まあ、 この二人をセレクトしたのには理由があった。 ﹁ムサシ、俺の身に何かあったときのために、お前に来てもらうん だろうが﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁頼りにしてるぞ∼﹂ ﹁ははっ! この身に変えてもッ!﹂ ムサシはこれでOK.。 ﹁ペット、お前はオマケだ﹂ ﹁なんで! もし危険とかなら、リガンティナ皇女とかのほうがい いのに!﹂ 330 ﹁お前な∼、エルファーシア王国騎士団の人間のくせに、エルファ ーシア王国の姫と結婚する男の護衛が嫌なのか?﹂ ﹁なんで! それ、絶対理由嘘でしょ! 嘘に決まってる。本当は どういう理由なの?﹂ ムサシとペットを連れてきた理由? 決まってる、俺たちはノン ケだとアピールするためだ! そんなホモ野郎の経営する変態バーに、俺とニートの男二人だけ で行けるわけねーだろうが! それに、今回はちょいと真面目に確認したいこともあるし、リガ ンティナとエロスヴィッチが暴走したら、余計に混乱しちまう。 だったら、ムサシと、常識人のペットの方が連れてくなら良い。 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮そう思ってたのに⋮⋮⋮⋮ ﹁ずるくない? ヴェルトくん﹂ ﹁あっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁さっきの男を殺しに行くんでしょ? 僕も行くから、僕があいつ を殺すね?﹂ 四人だけ。誰も暴走しないようにと選定したのに、気づけば俺た ちの真上に、自前の悪魔の羽でパタパタ飛行するジャレンガがニタ リと笑っていた。 331 ﹁だから、お前はくんなあああああああああああああああああああ あああああああっ!﹂ 本日、二回も叫ぶとは思わなかった。 やべえ、もう既に不安しかない。 332 第19話﹁別世界﹂ いつもオドオドしているペットが、本気で﹁う∼﹂と泣きそうに なってやがる。 ﹁どうして私まで﹂ ﹁だから、そうビビるなよ。別に戦争しに行くわけじゃないんだか ら﹂ ﹁普通は起こらないのに、ヴェルト君が行くと戦争起こるでしょ!﹂ ﹁うっ、否定できねえ。でも、お前、強いんじゃないのかよ?﹂ ﹁ヴェルト君がいつも連れている仲間と比べられないよ﹂ ったく、情けねーな。 フォルナたちの話じゃ、こいつ、普通に魔法とか強いって話なの に。 ﹁私、自信ないよ、ヴェルト君﹂ ﹁ああ?﹂ ﹁ヴェルト君も、一緒に居る人たちも、いつだって私なんかじゃ想 像もつかない人たちなんだもん﹂ おまけに、沈んでるし。 人通りの少ない繁華街に着地し、恐らくそうだと思われる建物に 向かって歩き出すも、ペットはドンヨリとした空気を背負い、幽霊 みたいな暗い雰囲気を醸し出しながらトボトボと歩いていた。 そんな俺に、ニートが肘で小突いてきた。 ﹁んだよ﹂ 333 ﹁フラグ建てない程度に励ましたほうがいいと思うんで﹂ ﹁なんでだよ﹂ ﹁いや、どう考えてもお前の所為なんで、でもこういうところで好 感度上げられると見ていてイラッと来るんで、そこらへんを考えて やった方がいいと思うんで﹂ 俺に耳打ちしてくるニート。目の前には背中を丸くして落ち込み ながら前へと進むペット。 ん∼、励ます⋮⋮⋮⋮励ますか⋮⋮ ﹁あ∼、悪かったよ、ペット﹂ ﹁絶対、悪いと思ってないよ、ヴェルト君﹂ ﹁∼∼∼ッ、あ∼、もう、しつけーな 。でも、安心しろよ、幼馴 染のよしみだし、もし何かあったとしても⋮⋮﹂ ようするに、落ち込んでいるというより、ビビッてるんだろ? こいつ、臆病だし。 なら、安心させりゃいいだろ。 ﹁何があっても、俺が守ってやるから﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ!﹂ ﹁バスティスタ曰く、体を張ってな。だから、心配すんなよ﹂ まあ、バスティスタより安心感は感じられないだろうけど、それ ぐらいは⋮⋮ん? 334 ﹁ん? おい、何、赤くなってんだ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮卑怯者⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁あっ?﹂ ﹁卑怯者だよ、ヴェルト君。そういうこと言うの、卑怯だよ∼﹂ 何がだよ、と思った瞬間、ニートが俺に肘打ちしてきやがった。 ﹁ごはっ! なんだよっ!﹂ ﹁いや、お前、ほんとなんなのか分からないんで。なに? 俺、好 感度上げるなと言わなかった? いや、もう、お前がそれでいいな ら、もう俺もこれ以上言わないんで、このラブコメヤンキー﹂ ものすごい、イラッとした様子のニートに俺もキレ返そうとした が、そこでふと思った。 前髪下げて顔を隠しているのに、真っ赤になって少し慌てている ペット。 それはつまり⋮⋮ ﹁くはははは、なんだ∼、ペット。お前、まさかこんなことぐらい で俺に惚れたか∼?﹂ 335 ﹁ぶっ!﹂ ﹁戦争嫌とか言ってるくせに、ワザワザ、世界戦争が起こるかもし れないもんに飛び込むなよな∼。しかも、今更﹂ 物凄い分かりやすい態度だったんで、からかうように言ってやっ たら、案の定アタフタするペットが、何か見ていて面白かった。 んで、前のめりになってズッコけて﹁お前⋮⋮﹂とか言ってるニ ートも印象的だった。 そして⋮⋮ ﹁にゃ、にゃにゃ、にゃんですとっ! ペット殿、どういうことで ござる!﹂ ﹁ちが、違うんだよ! べべ、別に、その、違うんだよ、ムサシち ゃんっ!﹂ ﹁にゃーっ! たたでさえ、奥方様が六人も居て、拙者とてようや くご寵愛戴けるようになったのに、これ以上はあんまりでござる、 殿∼ッ!﹂ ﹁だか、ら、ム、ムサシちゃん、落ち着こうよ∼﹂ ﹁うにゃ∼! どうしてでござる∼! ペット殿は殿と幼馴染だか らこそ、昔から殿が世界一カッコいいこと知っていたはずでござる ! それなのに、どうして今更でござるっ!﹂ 336 おお、ムサシ、俺が世界一とか、嬉しいやら恥ずかしいやらなこ とを。あとで頭を撫でてやろう。 そして、ムサシの言うことも、もっともだった。 あまり話す機会はなかったとはいえ、ペットとは小さい頃からの 付き合いだ。 別に今更⋮⋮⋮ ﹁べ、別に、い、今更じゃ⋮⋮前から知ってたもん⋮⋮小さい頃か ら﹂ ﹁ん? 何でござる? ごにょごにょと聞き取れなかったでござる が﹂ ﹁い、いいの、もういいの! 私は、そんなことないもん! 私は、 姫様を応援するから!﹂ ごにょごにょと、ムサシは聞き取れなかったみたいだが、俺は聞 き取れた。 なに? 前から? ﹁えっ? ペット、お前、なに? 前から俺のこと好きだったのか ?﹂ ﹁ちょおっ!﹂ ﹁え∼? そんな機会あったか∼?﹂ 337 俺が過去にペットとそんな関わったことなんて⋮⋮ ﹁いや、もうお前、黙ったほうがいいんでっ!﹂ ﹁はぐうっ!﹂ すると、今度は俺の背中にニートのドロップキック! って、 ﹁な、なにしやがんだコラァ!﹂ ﹁それはお前の方なんで! お前、別にさ、難聴系鈍感キャラじゃ ないのはいいけど、地獄耳デリカシー無しキャラってのもどうかと 思うんで!﹂ ﹁はあっ? んな、別に大したことじゃねーだろうが。中坊じゃあ るまいし、今更この程度のことでイチイチよ﹂ ﹁うわっ、ほんと最悪なんで。こんな主人のギャルゲーとか、ぜっ てー流行んねーし! つか、普通、十八って言えば青春真っ只中だ と思うんで﹂ なんだよ、そこまで悪いことか? と思ってニートに殴り返そう としたら、プルプル震えて今にも泣きそうなペット。 そして、さっきまで慌ててたくせに、﹁ペット殿、これも殿でご ざる﹂と何だか哀れんだ表情で慰めているムサシ。 そんなに、悪かったか? 338 ﹁お前、結婚が先行してただけに、恋愛とかほんとしてないんで、 そういうデリカシーとか駆け引き的なの分からないんだ﹂ ﹁ああ? お前だって、妖精の彼女できるまで、たんなる根暗だっ ただろうが!﹂ ﹁失敬な。俺は、リアルな恋愛は確かに皆無だが、前世ではシミュ レーションでの恋愛実績は抱負なんで!﹂ いや、それ、結局皆無なんじゃねえかよ。胸張るなよ。そうツッ コミを入れようとした。 すると⋮⋮⋮ ﹁キャッキャッ﹂ ﹁うふふふふ、仲良いよね∼、お互い攻め合う、攻めと攻め、受身 になったら負けちゃう。ん∼、じれったい﹂ ﹁ぐふふふふふ、それに、前を歩いているコウモリのコスプレして いる人もいいし⋮⋮三角関係?﹂ ﹁キャーッ! ⋮⋮⋮それより、あの二人の女ジャマじゃない? 獣耳のコスプレとか、あざといっつーの﹂ ﹁ほんと。穢されるから一緒に行動して欲しくないよね∼﹂ 339 ﹁ねえ、でも、あの人たち、どこかで見たこと無い?﹂ なんだ? 気づけば俺たちの周りは、何やら目を爛々と輝かせた 女たちに取り囲まれて注目されていた。 しかも、女共の格好も、やけにフリルのついた服だったり、メイ ドだったり、あきらかにSF世界と異なるような服着てたり、かな り変だ。 妙な気分を感じながら、とりあえず無視して道を行くと、ようや くソレだと思われる店が見えて来た。 そこは、カラフルな名刺とは対極的な、地味な雑居ビル。 ﹁ここでいいよね、ヴェルト君。開けたら壊していい?﹂ ﹁待て待て、ジャレンガ。壊すのは⋮⋮⋮俺も壊したいと思ってか らにしてくれ﹂ こんなところに、本当にあるのか? と疑いたくなるも、確かに 名刺に書かれている紋様と同じ文字らしきものが書かれている。 ﹁⋮⋮⋮にしても⋮⋮⋮ヴェルトとBL店に来るとか、ほんと人生 何があるか分からないんで﹂ ﹁くははははは、確かにな。さあ、勇気を出して行くとしようぜ﹂ ここから先、どんな真実が待ち受けているか? どちらにせよ、 鬼が出るか蛇が出るか分からんが、もう、引き返すことは出来な︱ ︱︱︱︱︱︱ 340 ﹁先輩、僕、自信がないんです。僕なんかがレギュラーなんて﹂ ﹁馬鹿! 今更、何を言ってんだよ!﹂ ﹁だって、僕なんかじゃ、試合でみんなの足を引っ張るだけ⋮⋮⋮﹂ なんだこれは? 雑居ビルの扉を開けて部屋を見渡すと、そこは想像以上に広いホ ールのようになっていた。 薄暗い店内、オープンのシート、設置されているスタンドテーブ ル、そしてクラブのようなライトアップと、中央に設置されたステ ージ。 店の扉を開けると、中は随分と賑わっており、男よりもむしろ女 の方が人数は多かった。 つか、誰も俺たちなんて見ていないで、ステージに意識を集中さ せているが、アレはなんだ? 小柄なナヨっとした女みたいな顔の美形の男と、細身だがスラッ とした長身の男が、互いにバスケのユニフォームみたいなのを着て、 何かをやっている。これは、演劇? ﹁なあ、お前がやめると、誰よりもお前を信じている奴を、二人も 裏切ることになるんだぞ?﹂ ﹁二人? 先輩、二人って⋮⋮⋮﹂ ﹁一人は、お前だよ。お前自身だ﹂ 341 ﹁えっ?﹂ ﹁この手を見てみろ。来る日も来る日も努力し続けて荒れた手だ。 この手は、お前を信じてずっとお前の努力に付き合ってきたんだ。 お前は、この手を裏切るのか?﹂ ﹁せん、ぱい⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁そして、もう一人は、俺だ﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁誰よりもお前を信じている。誰よりもお前の努力を俺は見てきた。 だから、俺はお前をレギュラーに抜擢するよう、監督に掛け合った んだ﹂ 小柄な男の手を握り、熱い想いをぶつける長身の男。 とりあえず、どういうシチュエーションの演劇なのかは分かった。 しかし、こういう爽やか青春スポーツものの演劇なのに、それを 見ている客の女たちの表情は、何だか恋愛ドラマを見ているかのよ うなキラキラした目。 つうか、なんか、キャーキャー騒いでるけど、何なんだ? そして、ニートも⋮⋮⋮ ﹁これ、⋮⋮⋮どう見ても、﹃スラムのバスケ﹄のパロだし⋮⋮も う確定的だし⋮⋮⋮﹂ 342 なんか、ものすごいガックリと項垂れてる。おい、ニート、お前 に何があった? すると⋮⋮⋮ ﹁あんまり、情けねえこと言うな。そうだろ? 相棒!﹂ ﹁先輩ッ! ぼ、僕をまだ、僕をまだ先輩のパートナーとして認め てくれているんですか?﹂ ﹁馬鹿が⋮⋮⋮⋮そんなつまんねーことばっか言う口なら、塞いじ まうぜ﹂ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱えっ? ﹁先輩⋮⋮﹂ ﹁震えるな﹂ えっ? えっ? えっ? おいおいおいおいおいおいおいおいお い! ちょっと待て! 何で、その状況で二人とも顔を近づけて⋮ ⋮⋮ ﹁﹁﹁﹁﹁キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア アアアアアアアアアアアッ!﹂﹂﹂﹂﹂ ﹁﹁﹁ギヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア 343 アアアアアアアアアアアっ!﹂﹂﹂ 次の瞬間、店内に響き渡る、女の﹁キャー﹂の歓声と、俺とムサ シとペットの﹁ギャー﹂の悲鳴。 もう後戻りできないと思っていたはずの扉を、俺は勢いよくしめ た。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ 一旦落ち着かせてくれ。何だ? なんだよ、今のおぞましい世界 は! ファンタジー世界に転生して、今度はSF世界に転移して、そし て今度はどんな世界だよ! なんんだよ、あの世界は! ﹁ふぁっ、ふぇ、が、にゃ、あう、あう、はう﹂ ﹁は∼∼∼、う∼∼∼、な、何今の⋮⋮⋮ドキドキドキドキ﹂ ﹁やっぱり⋮⋮⋮﹂ ﹁ねえ、何あれ、すごく気持ち悪かったけど﹂ 俺にも説明できねえよ。なんだよ、アレは。何なんだ、あの世界 は。一体、俺たちは何を見たんだ? 344 ﹁⋮⋮⋮⋮帰るか?﹂ 俺は、今、心底そう思っていた。こんな恐怖は生まれて初めて︱ ︱︱︱︱︱︱ ﹁つれないな∼、せっかく来てくれたんだから、楽しんでくれたま えよ﹂ ﹁﹁﹁﹁ッ!﹂﹂﹂﹂ その時、俺が閉めた扉が向こうから開けられた。 そこから顔を出したのは、さっきパーティー会場に現れた、あの 男。ライラック! ﹁テメエッ!﹂ ﹁ふふ、ヴェルト君、ジャレンガ君、ニート君、待っていたよ。連 れの子達も新しい世界を知って楽しんで欲しい。あんなパーティー 会場では出ないご馳走も用意しよう!﹂ 思わず身構えるも、色々衝撃がありすぎて体の反応が遅れた。 345 ライラックは鼻歌交じりで俺たちの背に回りこみ、ニコニコしな がら押して、叫ぶ。 ﹁さあ、聖地にようこそ、友人たち! みんなも、注目してくれ! あるのか無いのか分からないまま伝説に尾ひれがついたクラーセ ントレフン。その世界の友人たちが、自分たちの方からここに来て くれたんだ! 是非とも、この世界の素晴らしい文化を教えてあげ てくれ!﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁キャーーーーーーーッ!﹂﹂﹂﹂﹂ ﹁さあ。みんな、キリキリ動いてくれたまえ。まずは彼らに腹ごし らえをしてもらおう。倉庫より、秘蔵の﹃ポテチ﹄と﹃チョコステ ィック﹄、さらに厨房で﹃ピザ﹄と﹃フライドチキン﹄を作らせて 持ってきたまえ! おしりなでだ! ⋮⋮おっと、間違えた、おも てなしだ! ハハハハハハハハハハハハハ!﹂ 笑えねえ! 帰りたい! もうやだ! なんなんだよ、こいつは ! なんなんだよ、ここは! 今の俺なら、イーサムとだって戦えるぐらい強くなってると思っ たのに、まさかこんな恐怖を味わうとは思わなかった。 だが、そんな中で⋮⋮⋮ ﹁へえ、﹃ライバニ﹄、﹃テニキン﹄、﹃スラバス﹄、﹃ハンピ﹄。 346 絵は流石に完全復元とまでいかなくても、懐かしいや⋮⋮⋮無理や りカプにしてるんはどうかと思うけど﹂ 店内を見渡すニート。 ステージが衝撃的すぎて気づかなかったが、壁や店の飾りで至る 所に、キャラクターものの絵やグッズなどがあり、ニートはどこか 懐かしそうに微笑んでいる。 すると、その反応に、ライラックの肩がピクリと動いた。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮クラーセントレフンの住民が⋮⋮⋮何故、原作の略 称まで知っている?﹂ その反応はもっともだ。ファンタジーな異世界から初めてこのS F世界に転移した俺たち。 それなのに、どうしてこの世界の創作物を知っているのか? ラ イラックがそう思うのは無理なかった。 だが⋮⋮⋮ ふの ひびき ﹁その質問に答える前に教えて欲しいんで。﹃布野響﹄⋮⋮この名 前に聞き覚えは?﹂ ﹁フノヒビキ? ⋮⋮いや、聞いたことはないな﹂ 違ったか? つーか、普通に俺も﹃フノ﹄とかいう奴を知らねー から、何とも言いようがねえけど。 347 ﹁ただし、僕様が支援している宗教協会、ビーエルエス団体の﹃教 祖・クリア﹄と呼ばれていたお方は、人々を先導するだけではなく、 ﹃ドージン﹄という創作物をこの世に生み出し、世界に多大なる影 響を与えた。その時、そのお方が使われていたペンネームが⋮⋮⋮﹂ ぺ、ペンネームだと? ﹁ペンネームが、確か、﹃ヒビキ嬢﹄だったな﹂ ﹁それだああああああああああああああああああああああああああ っ!﹂ 勢いよく、身を乗り出して叫ぶニート。 おお、当たったよ⋮⋮⋮ 348 第20話﹁目指す場所は同じでも﹂ ﹁地底族のニート君。どうして君が、カリスマ教祖クリアのペンネ ームを知っている?﹂ ﹁カリスマ? 腐教祖じゃなくて?﹂ ﹁ふむふむ∼。ひょっとして、ディッガータイプには何か言い伝え のようなものが伝わって?﹂ ﹁そうじゃないんで。ほんと、説明が難しいんであれだけど⋮⋮⋮﹂ 遥か昔にこの世界に変な文化を広めて今でも影響力を残している のは、クラスメートだった。 とりあえず、これで確定というところだった。 さて、それはそれとして、これからどうすっかな⋮⋮なあ? 先 生。 ﹁まあいい、じっくり話を聞かせて欲しい。根掘り堀り堀り、堀ま くってね♪﹂ 奥へと進むライラック。 そこにあったのは、大きめの向かい合ったソファーとデカイテー ブル。 その上には、俺たちの世界にはないが、前世では見たことがある ような駄菓子や料理が盛られていた。 349 ﹁へえ、店は気持ち悪いのに、食い物はウマそうだな﹂ ﹁ん、懐かしいんで﹂ ﹁と、殿、こ、これは見たこと無いものばかりで危険でござる! まずは拙者が毒味を!﹂ ﹁これ、どうするの? ヴェルト君﹂ ﹁ねえ、殺さないの?﹂ 見たことの無い食べ物にうろたえるムサシとペットだが、俺らに は良く知ったもの。 ピザ、ナゲット、フライドポテト、ポテトチップやチョコスティ ックなど、懐かしいものばかり。 俺は、熱々でトロリとしたチーズ乗ったピザを、一切れ取り、口 に運ぼうと︱︱︱︱︱ ﹁殿ッ! ですから拙者が毒味をしますゆえっ! あ∼∼∼∼∼ん、 ガブッ!﹂ 口に運ぼうとしたピザをムサシが横から一気に食い取られた。 っておいおい、そんな一気に食うと⋮⋮⋮ ﹁ぷぎゃああああああああああああああああああああああああっ!﹂ お前、猫舌なんだからそんなに熱いものを一気に食うなよ。 悲鳴を上げて床の上をゴロゴロ転がるムサシに、店内から笑いが 漏れた。 だが、それでも⋮⋮ 350 ﹁お、おいしい⋮⋮これ⋮⋮﹂ 続いてピザを恐る恐る口にしたペットが、顔を上げてそう言った。 ﹁おいしいよ、これ。熱い生地の上に、チーズとトマトソース? この食感もいい﹂ ﹁だろ? でも、あんまここらへんのものばっか食いすぎるなよな。 デブになるからよ﹂ ﹁えっ、そうなの?﹂ でも、食いすぎたらデブになるとはいえ、それでも食っちまう。 そういえば、ハンバーガーもどきを向こうの世界でも食ったが、こ ういうのはなかったな。 懐かしくて、そして悔しいが普通にウマイと感じた。 ﹁ふふん。ヴェルト君とニート君は手馴れた感じだね。正直、こう いう手づかみで食べる料理なんて、今のこの世界では敬遠されてい るんだよ。品が無いとか、肥満の元だとかくだらない理由でね﹂ ﹁ほ∼う、そりゃ確かにくだらねーな。別に毒でも麻薬でもねーの に、神経質すぎだな﹂ ﹁その通りさ、神経質すぎなんだよ、今のこの世界はね!﹂ すると、俺の反応に嬉しそうな表情を浮かべ、ライラックは両手 を広げて立ち上がった。 351 ﹁この世界には数多くの誇れる文化がたくさんあった。サブカルチ ャーの創始者レッドが、世界に裏切られて冷凍刑務所に収監されて も、彼の残した文化は何千年も世界に生き続けた﹂ レッド。それは、昼間のテロリスト共が叫んでいた人物の名。解 放しようとした人物の名。 ﹁刑務所に収監される前に、レッドがこの世に残した超膨大なデー ターベース。レッドデーターブックは、その時代のみならず、遥か 先を見据えたアイデアの宝庫だった。漫画、ゲーム、電子書籍、コ ンピューター技術、テレビ番組、お笑い、お色気、映画、スポーツ、 娯楽施設、数限りなくあった。それらは、レッドの意志を継いだ者 たちが後世へと伝え、そして独自に発展をさせて未来へと繋げた。 しかし、今の社会はなんだ?﹂ 政治家のように、っていうか、こいつ皇子で政治家でもあったな。 熱弁しながら、主張する。 ﹁漫画もゲームも、コミュニケーション能力が乏しくなり、ジャン ルによっては影響を受けて犯罪の元になる、ジャンクフードや炭水 化物は肥満の原因となり寿命を縮めるや、愛の無い性交渉による感 染症や売春などを無くすために一切の風俗店を排除し、交際や結婚 にも制限を設けた。スポーツのルールも大幅に改善させて、コンタ クトの多いものは徐々に排除されて軟弱な者ばかりの世界になった。 実に嘆かわしい﹂ 352 そして、その主張のすべてが、どう聞いてもこの世界の方針とは 真逆を行っていることからも、やっぱり⋮⋮ ﹁昼間のテロリスト共と、テメエは絡んでいるのか?﹂ ﹁そうなると、君はどう出るかな? ヴェルト・ジーハ君﹂ 認めた。本当にアッサリと。 ﹁それで裁判みたいになってんじゃねーのか?﹂ ﹁ふふふふふ。本音を語るに値しない老害共に、僕様の真の思いを 語る必要も無い。どうせ、彼らは外面を気にして反対する。自分た ちは権力を行使して、金に物を言わせて裏では遊んでいるというの に、国民には我慢せよ、逆らったら逮捕しろと言う。反吐が出るだ ろう?﹂ 少し意外だった。何故なら、こいつが嘘を言っているように見え なかったからだ。 それは、今の話が全部真実であることを意味する。 今日会ったばかりの俺たち相手に? ﹁そんな、管理管理の社会じゃ、規制された直後は荒れたんじゃね えのか?﹂ 353 ﹁別に一気に規制されたわけじゃない。徐々になったのさ。例えば、 映画や漫画など、激しい残酷で暴力的な描写、性的興奮を煽るよう な表現などは年齢制限を設け、それが徐々に人の死が関わる描写、 血が出る描写、女性の肌の露出なども規制され、何年もかけてたど り着いた先は、既にサブカルチャーが滅んだ時代に生まれた子供が 大人になって、社会を作っていく世界になっていた。今の世界を作 る彼らは、滅んだサブカルチャーの価値を分からぬまま育ち、何の 疑いも持っていない﹂ それが﹁無い﹂時代に生まれたからこそ、﹁無い﹂ことに疑いを 持たない。その感覚、なんとなく分かるかもしれない。 朝倉リューマとして死んで、そしてヴェルト・ジーハとして生ま れたこの人生。前世ではあって当然だったものが無い世界。しかし 世界はそれをおかしいと思わない。 俺もなんで﹁無い﹂ことに誰も疑問を持たないのかと不貞腐れて いた。 ﹁でも、無いことを疑問に思わないんだったら、お前らもそうじゃ ねえのか? まだ、そんなに歳じゃねえだろ?﹂ ﹁そうさ。僕様たちも本来はそうだった。教祖クリアや、現レッド・ サブカルチャー組織のリーダーである﹃スカーレッド﹄が立ち上が り、僕様たちに素晴らしき文化を教えてくれなければね﹂ ﹁ようするに、知らなきゃ別に何とも思わなかったのに、それを知 っちまったからこそ、もう、それがないとダメってぐらいハマッた ってことかよ﹂ 354 ﹁そういうことだね﹂ これまでの会話。もはやムサシはチンプンカンプンの様子。ジャ レンガとペットは何となく理解できている様子。 そして、ずっと黙ったままのニート。 ﹁ニート、テメエはどう思う?﹂ ﹁ん?﹂ ﹁お前も、案外こいつら側なんじゃねえのか?﹂ 俺よりも、よっぽどこういうジャンルの文化に興味ありそうなニ ートはどう思うか? と思ったら、ニートは別のことを考えていたようだ。 ﹁その、レッドってのは何者だ?﹂ ニートが考えていたこと。それは、レッドという名の、全ての元 凶だった。 ﹁二千三百年前に、クラーセントレフンから僕様たちの先祖をこの 世界に転移させた者たちの内の一人。君たちには、神族の大幹部と でも言えばいいかな?﹂ ﹁⋮⋮⋮者たちの内の一人? 者たち?﹂ 355 ﹁そうだ。かつて散らばっていた神族を纏め上げて異世界へ転移し、 この世界の土台を作った方々だ。まあ、時が立つにつれて、みなが バラバラになったり、国に分かれたりしたが﹂ まあ、確かに気になるといえば当然か。 その、カリスマ教祖とやらは十中八九クラスメートだろう。 そして、それを含めた文化というものを世に広めた存在もまた⋮⋮ ﹁⋮⋮⋮橋口⋮⋮⋮﹂ ﹁ハシグチ? ニート、テメエまさかそいつも⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮多分⋮⋮⋮﹂ これは、随分と皮肉だな。 俺たちのクラスは、確かに皆死に、そして転生していた。 しかし、転生したとしても、国も種族も、年代すらもバラバラだ った。 バルナンドやキシンは俺よりも遥かに年上だからだ。 でも、これはねえよな。 ﹁二千三百年か。なげーな⋮⋮⋮﹂ ﹁ほんとそうなんで。二千年なんて、まるでピンと来ない﹂ 356 声も叫びも届くことの無いほどの大昔。 そいつらが、何を考え、何を思って生きていたのかなんて知りよ うがない。 そりゃ、切なくなるな。 ﹁ふふ、一体どうしたのか分からないが、ヴェルト君、そしてニー ト君、君たちなら僕様たちの叫びを理解してくれると思った。共に、 このつまらない世界をぶっ壊し、共に新しい世界を作ろう! そし て、その果てで、僕様たちと君たちの世界で手を結び、共に、﹃モ ア﹄を倒そう!﹂ そんな俺たちが何を思っているのかをまるで知らないライラック だが、そこで本来の目的を口にした。 俺たちと組み、この世界の文化を取り戻し、そのうえで互いに歩 み寄って手を組んで、そして共に戦おうと。 その想いを込めて、ライラックは俺の前に手を差し出して、握手 を求めてきた。 ﹁ヴェルト⋮⋮﹂ ﹁殿?﹂ ﹁ヴェルト君﹂ ﹁ふわ∼∼∼あ。話まだ?﹂ 357 そして、そんな中で俺の出す答えとは? ﹁まあ、勝手にやってろ。俺には興味ねえ﹂ それが俺の答えだった。 ﹁⋮⋮おやおや、ここまで熱く語ってもまるで興味を示さない? はは、嘘はやめたまえ、ヴェルト君。君は、そんな男ではないだろ う?﹂ 一瞬驚いたように目を見開いたライラック。だが、すぐに笑って 俺の発言を冗談だろ? と言ってくるが、別に俺も冗談のつもりじ ゃなかった。 ﹁そういう文化を取り戻す取り戻さないはお前らの世界の問題だろ うが。何で、俺が関わらなくちゃいけねーんだよ﹂ そう、だって、俺らには全く関係なかったからだ。 ﹁いやいや、そうじゃないよ、ヴェルト君。これから近い未来に僕 様たちの世界は互いに手を結ぶことになる。それなのに、君は、今 358 のこんなつまらない世界と手を結ぶのかい? 君の言う、青病タン たちの世界。娯楽も何も無い世界と組むのかい?﹂ ﹁娯楽ね。確かに、そういうものにハマっちまった連中からすれば、 規制されたり、無くなっちまうことに複雑な気持ちになるのは分か らんでもない。俺も、あるのが当然と思っていた文化が、気づけば 全く違うものになっていた⋮⋮⋮そういう経験はあったからな。で もな⋮⋮﹂ ﹁でも、なんだい?﹂ そう、俺もライラックたちやテロリスト共の気持ちは分からんで もなかった。 ﹁でも、無きゃ無いで、意外と別に何ともなかったぞ? 俺はな﹂ ただ、所詮は分からなくもないというだけで、そこに俺が関わる 理由にはならなかった。 ﹁この世界ほどじゃなくとも、発達した21世紀の日本から、突如 ファンタジー世界の農家の息子になった俺。最初は荒れて、やさぐ れて、不貞腐れて、でも⋮⋮結局俺はそこまでだ。自分の中で消化 できた。親とか、幼馴染とか、恩師とか⋮⋮気安い街の連中とか⋮ ⋮、新たな出会いとか、そして嫁とか娘とかな。それで十分だった。 十分すぎるぐらいだ。それ以上なんて、別に今、思いつかねえよ。 文化だ娯楽だなんて、まるで気にする暇もないほど、俺の今は毎日 359 がヤバくて、イカして、楽しいもんだぜ?﹂ そうだ。俺もあったはずのものが無くなって、自分の第二の生を 最初は呪った。恨んだ。 なら今は? そんなことはねえ。微塵もな。 ﹁勿論、そうじゃねえ奴も居た。未練の塊みたいな奴で、世界を憎 み、まるでゲームみたいに破壊しようとした奴も居た。あったはず のものが無くなり、世の中を心の底からそいつも恨んでいた。でも、 結局そいつも⋮⋮ダチとか⋮⋮娘とか⋮⋮女房とか⋮⋮なんか、そ ういうもんで、世界を受け入れて生きようとしていたからな﹂ そして、俺の脳裏に思い浮かんだ一人の男。かつて、﹃マッキー﹄ と名乗り、誰にも本当の自分を曝け出さなかった男。 でも、今のあいつは違う。 今のあいつは、娘と女房を守る父親だ。たまにふざけるところは、 相変わらずみたいだが。 まあ、要するに⋮⋮⋮ ﹁まあ、要するにだ。テメエの趣味を人に押し付けるなよ。デモは 起こしたい奴らだけでやれ。だが、それがデモだけじゃなくテロま で発展し、その刃が少しでも俺の世界に触れてみろ。⋮⋮そん時は ⋮⋮⋮最強にイカした世界が丸ごとテメエらの相手になってやる!﹂ 要するに、俺はこいつらと共に文化云々で関わる気はねーってこ 360 とだ。 それが、俺の結論だった。 すると、ニートがさりげなく聞いてきた。 ﹁ヴェルト、クラスメートはどうする気だ?﹂ それは気になるところなんだろう。こいつらと組まないなら、凍 結されていると思われるクラスメートはどうするのかと。 だが、ソレはソレだった。 ﹁それはこっちで考える。どうやったら、解放できるかも含めてな﹂ ﹁あっ、それは助ける気なんだ。でも、それじゃあ、こいつらと目 的同じだと思うんで﹂ ﹁はあ? たどり着く場所が同じだからって、一緒に行く必要もね えだろ? だって⋮⋮友達でもなんでもないんだしな!﹂ そうだ、こいつらと組まないだけで、別に助けないとは言ってな い。 つまり、それだけのことなんだ。 すると、どうだ? ﹁いや∼⋮⋮⋮困った困った⋮⋮⋮君たちなら、僕様の想いは受け 入れてくれると思っていたのに﹂ ﹁はあ? 俺は百パーノンケだぞ! 嫁だって六人も居るしな!﹂ 361 ﹁いいや、そうじゃなくて、君も⋮⋮⋮世の中の定めた常識なんか に囚われて生きていけない人種だと思っていたからね。というより、 六人も奥さん居る時点で文明壊していると思わない?﹂ それは当たっているかもしれねーな。だが、だからって、それで 何でも同調すると思うのも甘すぎる。 それで、どうする? 俺がもう仲間になることはねーことぐらい、とっくに理解できて いるはずだ。 なら、どうする? すると、ライラックは⋮⋮⋮ ﹁でも、それでも理解してくれないとなると、君たちは僕様の敵に なるってことかな? そうなると、面倒なことになるけどいいのか い?﹂ 最終通告のように問いかけるライラック。 それでも俺の答えは変わらないと言ってやろうとした。 すると、その時だった! ﹁話、長いよ?﹂ 362 もう、我慢の限界だったのか、俺の真横を闇のドラゴンの腕が通 り抜け、ライラックの顔面に深く爪を突き立てて引き裂いた。 ﹁えっ!﹂ ﹁ライラック皇子!﹂ ﹁きゃ、きゃあああああああっ!﹂ ﹁えっえっえ、何あれ! アレもショーなの?﹂ ﹁違う、本物ッ!﹂ 顔面を引き裂かれてひっくり返る、ライラック。激しい音と共に、 店内が突然の出来事に大パニックになる。 叫び、そして悲鳴を上げながら店の外へと出る女たち。 そんな中、ジャレンガは三日月のような笑みを浮かべて、倒れる ライラックに告げる。 ﹁ほら、めんどくさいんだから、壊しちゃえばいいでしょ?﹂ は∼、と深く溜息吐くも、まあ、これは決別の合図だと思ってく れて構わない。 363 ﹁うわっ、とうとうやりやがった、こいつ。ほんとめんどくさいん で﹂ ﹁ジャレンガ王子∼、ううう∼、殿、拙者の後ろにお下がり下さい !﹂ ﹁えっと、あの、その、大丈夫なの、これ?﹂ 仲間たちが心配するも、まあ大丈夫だろう。 どうせ、これぐらいじゃ死なないのは、さっきのパーティーで分 かってるしな。 ﹁あ∼あ、そうなんだ。まあ、グダグダするよりハッキリしてて、 それはそれでいいかもね♪﹂ ほらな、無事だったよ。というより、血の一滴も噴出さず、引き 裂かれた状態の顔のままで、ライラックはニタリと笑った。 ﹁でも、そうなると、現世界政府と君らが組まれるほうが僕様たち には厄介だし⋮⋮⋮⋮ここで君たちを、どうにかしちゃおうかな?﹂ 来るかッ! そう思ったとき、予想もしていなかった方角から、俺に向かって 飛び掛ってくる影。 それは、ステージの上で三文芝居していた、﹃先輩﹄と呼ばれて いた男と、﹃後輩﹄の男。 364 ﹁殿には指一本触れさせぬでござる!﹂ だが、その強襲は俺には届かない。 飛び掛った二つの影は、目の色を変えたムサシの木刀で叩き落さ れた。 ﹁へえ、流石だね。野生の反射神経﹂ 勢いよく味方を叩きつけられたというのに、ライラックはとくに 変化無くニコニコしている。 すると、本来であれば悶絶ものの一撃を食らったはずの、先輩と 後輩の男が、痛がるそぶりも見せずに立ち上がった。 そして、その様子は明らかに異様だった。 ムサシに叩きつけられて破損したのか、膝関節や肘が折れたまま 立ち上がっている。 だが、次の瞬間、壊れたはずの部位が一瞬で元に戻った。 ﹁ッ、なんと!﹂ ﹁こいつらも改造人間ってか?﹂ おいおいおいおい、ここにも不死身が? そう思ったとき、ライラックが笑って口を開いた。 365 ﹁いいや、改造人間じゃないよ。﹃改造愛玩機動ロボ﹄の、﹃先輩﹄ と﹃後輩﹄だ﹂ ﹁⋮⋮⋮なに? ろ、ロボ?﹂ ﹁そうだ。プログラムしたセリフを言わせたり、感情を表したりと、 一時は大ヒットした商品だ。まあ、愛玩と同時に警備用に色々と改 造させたけどね﹂ すると、二体は先ほどあれだけ感情豊かに芝居をしていたのに、 今は真っ黒い機械の瞳で、無表情に口をパクパクさせた。 ﹁侵入者排除シマス﹂ ﹁デリートシマス﹂ おっ、体が少し変形している。よく見ると、体のツギハギが浮か び上がり、更に全身にエネルギーを行き渡らせたかのように熱く滾 って見える。 随分とおっかない愛玩用だな。 まあ、おっかなさなら、俺の愛玩ペットには負けるけど。 ﹁本当に、くだらねえ。愛玩用? 俺の愛玩は竜人娘と虎娘って決 まってるんでな。テメエの趣味は理解できないんで、破壊するぜ?﹂ ﹁ふふふふふ、仕方ない。それじゃあ、君たち全員まとめて⋮⋮⋮ 366 無理やり新しい世界に目覚めさせてあげよう。根堀り堀り堀り堀ま くってね♪﹂ さあ、後は心置きなくやるとするか! 367 第21話﹁不死身の怪物﹂ 広い店内だ。暴れる分には支障ない。 変態未知の実力者だろうと、心置きなくできる。 ﹁さあ、僕様たちの加速装置についてこれるかな?﹂ 二体の人形とライラックの加速。 まるで、車が加速したかのように力強く床を蹴り、俺たちへの突 進を見せ︱︱︱︱ ﹁月散ッ﹂ ﹁馬鹿ッ、俺らもいるってのにッ!﹂ 反対に俺はムサシとペットとニートを魔法で引っ張って、逆にジ ャレンガから遠ざかった。 ジャレンガから放たれる月光眼の威力により、まるで磁石の同じ 磁力どうしが反発するかのように、﹁二体﹂の人形は吹っ飛ばされ て、壁にめり込む。 だが、 ﹁斥力発生、ハイテクだね∼。でも、重力には斥力がないことを知 368 らないかい?﹂ ﹁ッ!﹂ グラビティ ジェネレーター ﹁重力発生装置ッ!﹂ 月光眼が効いてねえッ! まるで何事もないかのように加速して、ジャレンガに︱︱︱︱︱ ウルバ トイ ラブレー ジシ ェョ ネン レーター ﹁おやすみなさい! 超振動発生装置!﹂ 掌を向けただけで壁を貫通するほどぶっ飛ばした! ﹁ジャレンガーッ!﹂ ﹁何をしたんで、あいつ!﹂ ﹁あの伝説の月光眼が、通用しないッ?﹂ ﹁あの人は、一体!﹂ 空間が歪むほどの力の発生、そして、耳鳴りのような音。 あれは、見覚えがある。確か、ルシフェルやキシンが⋮⋮⋮⋮ 369 ﹁ふふふ、魔族が相手ということで多少の力を加えたが、さすがだ ね。通常の人間であれば素粒子まで分解できるほどの威力だ。未だ に原型が保たれていることは、敬意に値するよ﹂ ぶち壊された壁の向こうから、瓦礫を掻き分けて、ジャレンガが 起き上がる。 だが、その姿、頭が割れたのか、目や耳からも青い血が流れ、激 しい損傷を受けた肉体では、腕や足が骨折したと思われるほど曲が り、青黒く染まっている。 ﹁ッ、ガハッ⋮⋮なにそれ⋮⋮ルシフェルさんと似た技?﹂ ﹁ルシフェル? ああ、七つの大罪か。構造はよく知らないが、所 詮は二千年前のアイディアと技術だろう? 比較されても困るね﹂ 確かにそうかもしれねえ。 ルシフェルと似た技と言っても、それはあくまで二千年以上前の 技術。 二千年もあれば、人間は宇宙にだって行けるほどに進歩する。 ならば、こいつも⋮⋮ ﹁関係ないよ? アイデアや技術が何千年進化しようと、僕を怒ら せた一瞬一瞬は色あせないからねッ!﹂ しかし、ジャレンガは構わずに飛んだ! 足が折れたのなら、翼 370 を広げて、真っ直ぐルシフェルに向かう。 腕が上がらないなら、その鋭いヴァンパイアの牙を立てて襲いか かる。 ﹁いや、無理だよ﹂ ﹁ッ!﹂ しかし、ライラックの首筋にジャレンガが噛み付こうとした瞬間、 見えない力場に弾かれた。 ﹁ぐっ!﹂ ﹁振動発生させている僕様に、近づいたり触れたりするのは自殺行 為だよ?﹂ ダメだ! 戦うスタイルが違いすぎる。 いくらジャレンガでも、文明と文化が違いすぎるか? しかも、このライラックとかいうやつは、その中でも多分ずば抜 けた力の持ち主だ。 なら、 ﹁仕方ねえ、手ェ出すぞ!﹂ 俺のレーザー砲で、一気に︱︱︱︱ ﹁殺すよー! ヴェルトくん、僕がこいつを殺すんだからッ!﹂ ﹁ッ、ば、ジャレンガッ!﹂ 371 しかし、ジャレンガがふっとばされながらも、拒否してきた。 それは意地か? だが、傷つきながらもその瞳は、変わらず邪悪 に満ちている。 いや、こっちもあんまり余所見ばっかできねえか。 ﹁抹殺スル﹂ ﹁電子ビーム射出﹂ 来たな、先輩後輩コンビ。壁まで吹っ飛ばされたが、ノーダメー ジで起き上がって追撃してくる。 その腕に、何やら未来武器を装備して、二人がかりで俺たちに向 かってくる。 だが、余所見はできなくても、こんなもんに手間取っているわけ にもいかねえ。 ﹁けっ、連携で来るか、先輩後輩よ。相性いいんだな、お前らは。 だが、残念だがお前らと俺との相性は最悪だぜ?﹂ そう、ロボなら所詮はカラクリモンスターたちと同じだ。 生命体じゃねえ物質が相手なら、俺にはやりようがいくらでもあ る。 372 ﹁ふわふわストップ!﹂ こうして、二体まとめて身動きを封じることも容易い。 こっから、空気爆弾で爆発させるのも、そしてレーザーで撃ち抜 くのも、選択肢はいくらでもある。 まあ、とりあえず今は確実にやることにする。 ﹁ふわふわレーザーッ、四連射!﹂ 俺のレーザーは、閃光とともに、二体の人形の頭部と胴を抉り取 った。 ﹁うわっ、容赦ないんで﹂ ﹁殿! あまり活躍されると、拙者の役目がなくて、さみしーでご ざるっ!﹂ わかってる。なら、後はトドメをさしな。 ﹁螺旋茨ッ!﹂ ニートが床に手をかざした瞬間、床を突き破って枝分かれしたド リルが、破損した二体の人形を突き刺し、 ﹁ミヤモトケンドー・二刀千華繚乱ッ!﹂ 373 最後は、ムサシの神業とも言える斬術の連続で、もはや分解と言 えるレベルにまで先輩後輩を細切れにした。 ﹁けっ、大したことねーなー! 二千年も! これなら、戦闘用の カラクリモンスター共の方がまだエグかったぜ!﹂ 二千年の技術の進歩を披露させる間もなく破壊した。意外とあっ けなかったが、その方がいい。 こんなところで出し惜しみしたりして、面倒なことになるぐらい なら、相手の手の内を見せられる前に破壊する。 問題なのは⋮⋮⋮⋮ ﹁マッハフットワーク﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁ハハハハハハハハハハハ! 野性味が強すぎるな、ジャレンガく ん。勘や身体能力だけでは、僕様は捉えられないぞ?﹂ そこで俺たちが見たのは、蝶のよに舞い蜂のように刺すかのごと く? いや、そんなものじゃない。 自分の意思を持ったかのような爆風が店内を縦横無尽に駆け巡り、 ジャレンガの全身を魔族の青い血で真っ青に染めていた。 ﹁ジャレンガッ!﹂ ﹁はやっ!﹂ ﹁な、なんでござる、あの男は!﹂ 374 あのジャレンガが、まるで手も足も出ずに? そんなことってあ りえるのか! ﹁ッ、ウザイよ、君、殺すよ?﹂ ﹁はははは、無理だよ、ジャレンガくん。﹂ ジャレンガが竜の腕で切り裂きにかかろうとも、超振動の壁がジ ャレンガを弾き返し、振動を纏ったライラックの掌を少しジャレン ガに近づけただけで、ジャレンガの全身からいくつもの骨が粉砕し たと思われる鈍い音が響き渡った。 ﹁あがっ! がっ⋮⋮﹂ ﹁ひゅう、その可愛い顔とお尻のわりに、なんと頑丈な体だ。さす がは魔族と呼ばれる非常識な生物。でもね、所詮は改造もされてい ない純粋な生物。脆弱なヒトも、兵器を持てば獣も国も世界すらも 一瞬で消し去るんだよ!﹂ そして、そのまま空間を振動させ、ジャレンガの全身の骨を粉々 に砕いたまま衝撃波でジャレンガを店の外まで飛ばした! これは、まずいぞ! ジャレンガの意地がどうとか言ってる場合 じゃねえ! ﹁しゃあねえ、手ェ出すぞ! ペット、お前も遠距離から何かやれ ! ムサシ、不用意に近づくのだけはやめろよ!﹂ ﹁あ、う、うんっ! なら、ああいうカラクリモンスターみたいな 375 ライトニングロック のは雷が⋮⋮雷光の礫ッ!﹂ ﹁御意ッ! ならば、見せてくれよう、空を切り裂く、ミヤモトケ ンドー・二天真空居合切り!﹂ ﹁あ∼もう、だからヴェルトに巻き込まれるの嫌だったんだ! く そ、もういっちょ、螺旋茨ッ!﹂ 遠距離からの四人同時攻撃。振動だか何だか知らねえが、これで 少しぐらいは⋮⋮ ﹁ふふふ、けがわらしいノンケの諸君に、僕様が本当の兵器を見せ てあげようか?﹂ ﹁ッ!﹂ 今度は、一瞬にして空間の温度が急激に上昇したのが肌に感じた。 まるで電気のようにスパークされたエネルギーが、ライラックを 包んでいる。 そして、振動を放っていた右手とは逆の左手を開き、俺たちに向 ける。 これはっ! ルシフェルと同じ技だ! あれを食らったら、まずい! 死ぬっ! ﹁荷電粒子ビームだっ!﹂ 376 一直線上に突き進むレーザービーム。 何万度にまで急上昇した光学兵器! 一瞬で蒸発するっ! ﹁ふわふわ方向転換ッ!﹂ なら、その砲口を曲げちまえばいいっ! それだけで、ライラックの左手は俺たちの斜め上に向き、天井を 一瞬で蒸発させ、ビームがメガロニューヨークの夜の大空へと放た れた。 ﹁ふひ∼、危な⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁た、助かった∼、ほんと危なかったんで﹂ ﹁ぐぬぬぬぬ、拙者としたことが、殿の手を煩わせるなど﹂ ﹁あ、ありがとう、ヴェルトくん⋮⋮⋮一瞬ダメかと思ったよ∼﹂ 俺たち四人の攻撃を一瞬で蒸発させ、一歩間違えたら俺たち全員 が消滅していた。 なんつー威力だ。そして同時に、なんつーメンドくさい敵だよ、 こいつ。 ﹁ほう﹂ 一方で、突如目標とは違う方向に攻撃してしまった事態に、ライ ラックも少し不思議そうな顔をしたが、すぐにニコリと笑った。 377 ﹁ふふ、一瞬、強力な力に腕を掴まれた気がした。それで思わずビ ームを曲げてしまったが⋮⋮なるほど、それもクラーセントレフン の力かな?﹂ ﹁そういうことだよっ! ふわふわランダムレーザーッ!﹂ 付き合ってられねえ。死角からのレーザー連続砲撃。これなら、 ﹁ふふ、密度が足りないな﹂ ﹁ッ! な、なんなんだ、こいつ!﹂ しかし弾かれた! これは、振動じゃない? ライラックの肉体 がスパークし、俺のレーザーを弾いた。 ﹁ふふふ、覚えておきたまえ、諸君。物理攻撃は超振動防御で防ぎ、 光学兵器などはこのレーザーバリアで防ぎ、仮にそれらの防御を貫 いても、全身に埋め込まれたナノマシンによる超高速自動修復機能 によって、すぐに僕様は再生する﹂ その説明は、なかなか難しい単語でビッシリだったが、要するに こういうことか。 無敵で不死身? 378 ﹁そして、体内のブーストで肉体速度を向上させるだけじゃなく、 こうして目に見える範囲と空間の座標さえ把握すれば﹂ ﹁ッ!﹂ その瞬間、ライラックが消え︱︱︱︱ ﹁ッ! ふわふわ乱キックッ!﹂ ウルバ トイ ラブレー ジシ ェョ ネン レーター ﹁超振動発生装置!﹂ 一瞬遅かった! 高速で回り込まれたというより、空間から消え て、いきなり現れた感じだ。 俺の真後ろに現れたライラックに、振り向きざまに蹴りを食らわ せようとしたが、振動の壁に俺は弾き飛ばされていた。 ﹁ヴェルトッ!﹂ ﹁きっ、貴様ーッ! 我が殿に何を!﹂ ﹁ヴェルトくっ︱︱︱えっ?﹂ ムサシが血相を抱えてライラックに切り掛ろうとする。だが、既 にそこにライラックは居ない。 無人となった店内のステージの中央で、両手を広げて立っていた。 379 ワープ ﹁このように、目に見える範囲なら、空間転移することも可能。さ あ、いかがかな? 新しい世界の扉は。ノンケの諸君?﹂ つっ、威力を手加減されていたのか、かなり打撲のような鈍い痛 みは感じるが、何とか俺は立ち上がることができた。 だが、それでもやはり思わずにはいられない。 こいつは、強い。 ﹁ちっ、メンドクセー敵だな﹂ ﹁む、無敵としか思えないんで、なに、そのチート宝庫⋮⋮⋮﹂ ﹁ぐ、ぬぬぬぬ、面妖な力を使いおって﹂ ﹁どうやって、戦えばいいの、こんな人⋮⋮⋮﹂ ああ、そうだな。ここまで反則だとは思わなかった。 こうなってくると、小手先でどうのこうのの問題じゃねえかもし れねえ。 ヤルなら、こいつを遥かに超える火力でこっちもやるしかねえ。 使うか? 魔導兵装。こいつはそれぐらいの︱︱︱ ﹁戦う? 勘違いをしないでくれたまえ、諸君。僕様は別に君たち と戦っているわけじゃない﹂ 380 また目の前から消えた。 だが、今度は攻撃のために消えたわけじゃねえ。 ただ、ステージの上から、壁のブッ壊れた店の外へと出ていた。 そこには、騒ぎを聞きつけたのか、多くの野次馬や、警備の関係 と思われる連中が武装した姿で取り囲んでいる。 ご丁寧に、何台もサイレンのようなものを光らせてる車まで、地 上と上空まで配備している用意の良いこと。 ﹁騒ぎがあったのはこちらですね。ライラック皇子、これは一体ど ういうことですか?﹂ ﹁近隣から報告がありました。光学兵器の無断使用であれば、署に 来ていただきますよ?﹂ 警備か、もしくは警察官的な奴の一人が、外に現れたライラック に声を掛ける。 しかし、ライラックは特に連中に対して反応することもなく、た だ両手を広げて俺たちに向かって言う。 ﹁見たまえ、ヴェルトくん、ニートくん。この息苦しい社会を。ほ んの僅かなイザコザで、すぐに国は目の色を変える﹂ どの世界に、ビーム砲を放つほんの僅かなイザコザがある! と ツッコミ入れようとしたが、ライラックは構わず続ける。 ﹁こんなところで無駄に消耗し合ってどうするんだ? 僕様たちが 戦うべきは、この世の中、社会、国、世界だ! 自由に生きようと する君の瞳は、本来僕様たちと分かり合うことができるはずだ。僕 様に勝てなくとも、この攻防に生き残った君たちのその運と力は、 やはりここで失うのは惜しい。だからこそ、改めて言おう。ヴェル 381 ト・ジーハくん。僕様たちと手を組もうじゃないか!﹂ あくまで上から目線で勧誘の握手の手を差し出してくるライラッ ク。 その様子に、集まった連中も何が起こっているのか理解不能とい った様子で首を傾げている。 まあ、俺もそうだけどな。 この、メンドクセー野郎を図に乗らせたからこんなことになっち まった。 ﹁ちっ、仕方ねーな。⋮⋮⋮⋮⋮⋮本気でぶっ壊す﹂ やるしかねえな。ガチで。 魔導兵装・ふわふわ新世界。 ﹁ふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ! その目 は、いいね! ハッタリじゃない! 面白いよ、ヴェルト・ジーハ くん!﹂ 俺にまだ何かあると察知したのか、ライラックはそのことをむし ろ嬉しそうに笑った。 ﹁いいよ、その、どこまでも凶暴な瞳は! 初めてだよ、僕様がお 尻以外に興味をもてたのは! その瞳の奥には、何がある? いや、 382 何を見てきてそんな瞳になったのか、興味深いね! 君のことをも っと尻たくなったよ!﹂ このイカレ変態野郎め。だが、そんなに教えて欲しけりゃ教えて やる。 俺は︱︱︱︱︱︱︱ ﹁ううん。僕が教えてあげるよ? 暴虐を、破壊を、滅亡を。そし て、恐怖かな? ヤヴァイぐらいにね?﹂ と、俺が意気込んで戦おうとした瞬間、世界を覆うほどの冷たい 寒気に俺は思わず鳥肌が立った。 それは、ニートもペットも思わず腰を抜かし、ムサシの全身の毛 が逆立つほど。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん?﹂ 愉快に笑っていたはずのライラックの表情が変わった。 ライラックも、感じたんだ。この、這いよる悪寒を。 それは、野次馬も、警備の連中も関係なく⋮⋮⋮いやっ、という より! ﹁きゃあああああああああああっ!﹂ 383 一人の女の悲鳴が聞こえた。 するとそこには、一人の女が、細長い針のようなものが首筋にチ クリと刺さり、僅かに血が流れていた。 そして、それは一人だけじゃない。 ﹁げっ、こ、これは、なん、ぎゃああああっ!﹂ ﹁うごっ、がっ、はっ!﹂ ﹁ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!﹂ 次々とその針が﹁上空﹂から伸びてきて、集まった何人もの群衆 に襲いかかり、繁華街は一転して阿鼻叫喚が広がっている。 そして、僅かにチクリと刺されただけにしか見えないのに、狂っ たように叫んでいるのはどういうことだ? そして、あの針は⋮⋮⋮いや、針じゃねえ。あれは⋮⋮⋮ ﹁うふふふふふ、うふふふふふふ、煩いけど、こういう雑音は僕、 嫌いじゃないよ?﹂ 上空から降り注いだのは、針じゃない。 メガロニューヨークの夜を背後に、コウモリの翼を羽ばたかせた 怪物が、青い血に染まった腕から伸ばした﹁爪﹂だ。 ﹁ジャレンガッ!﹂ ジャレンガだ! 破壊されていたはずの肉体も、吸血鬼の力で徐 384 々に修復されたのか、血を流しながらも無事のようだ。 って、無事かどうかじゃなくて、これはどういうことだ! ﹁ちょっ、あいつ、なにしてるんで!﹂ ﹁ジャレンガ王子! な、なぜ関係ない人たちを! 今すぐやめる でござる!﹂ ﹁ひ、ひどい、なんてことをっ!﹂ あいつ、なんつうことをしてんだよ! 無差別に殺しを? いや、殺しじゃない? それどころか、ジャレンガの爪に貫かれ た連中が、パニックになって恐れていた恐怖に歪んだ表情から徐々 に変わり、ついには、 ﹁グワバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!﹂ ﹁キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!﹂ ﹁アギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!﹂ 何かが乗り移ったかのように、真っ赤に充血した瞳で、鋭く伸び た犬歯をむき出しにして変貌していた。 ﹁ふふ、うふふふふふふふふふ、僕の魔力を体内に取り込んだら、 しばらくは僕の操り人形になるんだよ? 他にも、血を吸ったりと かあるけど、これが一番手軽だからね⋮⋮⋮ふふ、でも大丈夫、あ 385 とで元に戻してあげるから⋮⋮⋮⋮⋮⋮この世界がまだ滅んでいな ければの話だけどね?﹂ いや、そ、そうじゃなくて、なんでこんなことを? まるで吸血鬼化したかのように、変貌した連中の姿に、他の集ま った奴らも余計に悲鳴を上げた。 ﹁ジャレンガくん⋮⋮⋮君は⋮⋮⋮一体、何を?﹂ ライラックが真顔で、上空から見下ろすジャレンガに尋ねる。 すると、ジャレンガは三日月のような笑みを浮かべた。 ﹁ライラックくんだっけ? 確かに君、ちょっと驚いたけど⋮⋮⋮ やっぱり、ルシフェルさんよりは弱いね?﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁確かに、武器の種類は豊富だし、火力もすごいけど⋮⋮⋮クロニ アが改造して魔法と兵器を融合させた力を使う、あの領域には達し ていないね?﹂ ジャレンガの口から迷いなくハッキリと告げられた言葉。 それは、俺が、﹃ライラックは強い﹄と理解した直後に、それを 真っ向から否定する言葉。 386 ﹁それなのに、笑わせてくれるよね? 僕をここまでおちょくって くれるし? だから、今度は僕が教えてあげるよ? 何千年の技術 や歴史を積み重ねたぐらいじゃたどり着けない、魔の深淵と恐怖の 極みをね? そのついでとして、君が壊したがっていたこの世界も、 まとめて壊してあげちゃおうかな?﹂ 次の瞬間、ジャレンガの肉体が変化していく。 そして、大空に広がる夜の世界から、黒い瘴気のようなものが降 り注ぎ、ジャレンガを包み込んでいく。 ﹁クロニアが太陽の光で強くなるのなら、僕は夜の闇で強くなる﹂ 右腕だけドラゴンだったはずの腕が、気づけば両手に。鋭く光る 鉤爪。 そして、両足も服を突き破り、変異していく。 ﹁くくくく、あーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ はっはっはっ!﹂ ﹁⋮⋮⋮ッ⋮⋮⋮君は⋮⋮⋮一体⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ!﹂ ﹁ハハハハハハッ! 壊れちゃえ! 漆黒の闇で世界を覆い、絶望 と恐怖の音を奏でて、殺戮と狂気に狂っちゃえ!﹂ 387 闇の衣がより大きく、深く、そして不気味にジャレンガを覆う。 その中から、血に飢えた巨大な怪物の笑みと、満月に光る巨大な 瞳が見えた。 それは、正に世界を破滅に導くバケモノ。 ﹁えっと⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ヴェルト⋮⋮⋮⋮⋮⋮どっちが俺たち の敵なんだ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮俺も分からん⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ まだ、王座につかなくとも、その力と存在は誰もが認め恐怖する。 そう、あれこそが、ファンタジー世界の真骨頂。 御伽噺から飛び出した存在。 世界を破滅に導く魔王の降臨だった。 388 第22話﹁不完全﹂ ﹁ふふふふふ、ハハハハハハ! すごいな、ジャレンガくん! こ れが魔族か! こんな奥の手を隠し持っていたとは驚きだ!﹂ その時、ライラックは興奮を抑えきれずに笑った。 自分の目の前に現れた存在が、ライラックの想像を遥かに超えた 存在だと理解できたからだ。 しかし、それではまだ分かった内には入らない。 ジャレンガの正体を知り、笑っていられるうちは、まだ理解した とは言えない。 ﹁ヴェルト、あいつ、ヴァンパイアって噂聞いてたけど、そう言え ば、本当ななんなの?﹂ そういえば、ニートは知らなかったな。ジャレンガの真の正体を。 ﹁噂じゃあ、ヴァンパイアとドラゴンの血を引く混血種だとか。世 界最悪の混血種、ヴァンパイアドラゴンだと﹂ 闇の中から現れる、巨大な黒い影。 ドラゴンの肉体。吸血鬼の牙。悪魔の翼。 そして真っ赤に染まった満月の瞳。 ﹁あのさ、ヴェルト、お前は知らないかもしれないけど、空想上生 物最強決定戦とかアンケートをとって、定番に上がるのがドラゴン とヴァンパイアなんで⋮⋮⋮⋮そのハイブリッドってなに?﹂ 389 顔面蒼白させたニートは、理解したんだろう。ジャレンガがどれ ほど異質な存在かを。 ﹁殿、どど、どうするでござる?﹂ ﹁きゃああっ! ま、街の人たちが、グールのようになって、暴れ てるよ!﹂ ﹁どこのゾンビゲームなんで! これ、本当に元に戻せるのか?﹂ 元に戻せるとか戻せないかというより、問題なのは、それまでに この世界が無事でいるかどうかが先だ。 メガロニューヨークに現れた巨大なヴァンパイアドラゴンは、も はや喧嘩とかそういうレベルを遥かに超越している。 ﹁ふふふふふ、世界を破滅に導くか。素晴らしい存在だジャレンガ くん! いいよいいよ! お尻を含めて君は最高だっ! 是非とも、 その力を利用させてもらおうかっ!﹂ ライラックが動いた。それは勇敢でもない。ただの無知だ! ウルバ トイ ラブレー ジシ ェョ ネン レーター ﹁超振動発生装置!﹂ 再び放たれる超振動。その出力は、巨大なヴァンパイアドラゴン の全身を押しつぶすかのように、音波の耳鳴りが世界に響き渡った。 390 ﹁残念だが、どれほど強固で質量があろうとも、所詮は生命体。僕 様の超振動出力は近代科学の粋だからね! 進化を究極まで極めた、 本当の破壊力!﹂ ヴァンパイアドラゴンが上から超重力を掛けられているかのよう に、地面に押さえつけられてめり込んでいく。 激しく振動する全身が、軋んでいるように見える。 だが⋮⋮⋮⋮ ﹁うふふふふふふ、あははははははは⋮⋮⋮⋮この振動はあれかな ? クロニアが開発した、﹃まっさーじちぇあ∼﹄とかの振動みた いなもの? 確かに、体の血流が良くなってる気がするけど⋮⋮で も、なんか君は不愉快だね?﹂ 超振動の渦の中で、ヴァンパイアドラゴンが邪悪に笑みを浮かべ た。 それどころか、押さえつけられていたはずの超振動の中で、一歩、 また一歩と足を踏み出した。 ﹁ッ! 超振動が効かない! 馬鹿な!﹂ ﹁その兵器って、ちなみに何用に作られたの? まさか、破壊? ねえ、君さ∼、技術力は進歩しても、分析力は退化してるの?﹂ 次の瞬間、ヴァンパイアドラゴンがその巨大な翼と肉体を大きく 起き上がらせ、なんと、力づくで超振動の渦を振り払った。 391 ﹁僕は真祖のヴァンパイア王と古代竜エンシェントドラゴンの血を 受け継いだ、史上最悪の生命体! その僕に進化だ究極だ、まして や破壊を語るなんて、一万年は早いかなっ!﹂ 巨大な腕を上空から振り下ろし。その質量、破壊力、とても振動 ガードやビームバリヤで防ぎきれるもんじゃねえ。 ﹁お、おおおおっ! 空間転移ッ!﹂ 防げないと判断するや、すぐに空間を転︱︱︱ ﹁アーハッハッハッハッハッハ!﹂ ﹁ッ!﹂ と思った瞬間、ヴァンパイアドラゴン・ジャレンガの振り抜いた 爪が、空間を歪ませ、姿を消したはずのライラックを抉っていた! ﹁ぐっ、な、なにっ! く、空間そのものを切り裂いて、僕様をっ !﹂ ﹁アハハハハハハハ! いいじゃない、その顔! 正に身の程知ら ずの愚者が、ようやく自身の愚かさを知った表情! ようやく君の その顔を見れたねッ!﹂ 胴体を切り裂かれたライラック。だが、ライラックには再生能力 がある。 瞬時にえぐり取られた肉片が修復されていき、元に戻る。 392 そして、元に戻るやいなや、ライラックが左手をかざす。 その左手に、エネルギーが凝縮され、一気にそれを解き放つ。 ﹁仕方ない、奥の手を使わせてもらうよ! プラズマ砲ッ!﹂ ﹁ふふっ、奥の手? ついに、君のお尻にも火が付いたね﹂ ﹁ッ! ば、馬鹿なッ!﹂ だが、ジャレンガが真っ赤な月光眼を開いた瞬間、凝縮されたエ ネルギー砲が、そのまま見えない壁に反射されてライラックに弾き 返した。 ﹁朱月の御鏡ッ!﹂ ﹁ぐわぎゃああああああああああああああああああああ!﹂ しかも、ただ弾き返されただけじゃない。 赤い光に照らされたプラズマ砲は、速度も質量も倍まで膨れ上が り、ライラックを包み込んだ。 初めて、攻撃を食らってうめき声を上げるライラック。やはり、 改造されていても、完全なロボってわけじゃないようだ。 いっそ完全なロボだったら、こんな恐怖もパニックもなかったろ うに。 393 ﹁ぐっ、が、がはっ、馬鹿な、なぜ、旧人類の世界にこれほどの⋮ ⋮究極の生命体となった僕様が膝をつかなくては⋮⋮﹂ ﹁究極生命体? 笑わせてくれるよね? 不完全な低脳が何を言っ てるんだい?﹂ グシャりと、容赦なく潰れる音。 ジャレンガの足が、ライラックを踏み潰した。 ﹁ごっが、ぐっ、む、無駄だ、僕様は不死身の︱︱︱︱﹂ ﹁アハハハハハハっ、不死身? そんな言葉、僕には壊れにくいオ モチャと同義だよ? 誇るものじゃないよ?﹂ ﹁ぐっ、ご、おおがああっ!﹂ 踏み潰し、再生させ、そしてもう一度踏み潰し、また再生させて から踏み潰す。 壊して、治って、また壊して、治って、その目を覆うような繰り 返しに、俺たちはもう言葉を失っていた。 それだけじゃない。 ﹁ファガアアアアアアアアアアアアアアアッ!﹂ ﹁グギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!﹂ 394 ジャレンガの魔力に操られて、暴れる市民たち。 繁華街にある店や標識を破壊し、車によじ登っては窓ガラスを割 り、人々に襲いかかる。 これが、地獄と呼ばずに何と呼ぶ? ﹁いかん、もう、何がどうなっているのか! 暴れている連中を取 り押さえろ!﹂ ﹁とにかく、署に応援を呼べ! 王国軍にも出動の要請を! 突如、 ゴッドジラアが現れたと言え!﹂ ﹁くっ、おい、そこのバケモノ! ライラック皇子から離れろ!﹂ ﹁構うな、撃てーっ!﹂ 警官隊たちが放つ銃は、アイボリーたちが持っていたレールガン とかいう奴と同タイプのもの。 警告をし、それでも無視をするジャレンガめがけて放たれるが、 もはや今のジャレンガには着弾しようとも火傷の一つすらしない。 ﹁ぐっ、か、か、りゅ、うし電子ビームッ!﹂ 踏み潰されながらも、イタチの最後っ屁のように足掻くライラッ クだが、ビームを放とうとした瞬間、ジャレンガが大きく口を開く と、真っ黒い靄のようなものが目の前に現れ、ライラックのビーム がその靄の中に吸い込まれた。 ﹁な、なにを、いっ、たい⋮⋮﹂ 395 ﹁月光眼の引力最大値により生み出される、全ての光を閉ざす、僕 の防御技。ルシフェルさんたちは、ブラックホールって呼んでたね﹂ ﹁ッ! ぶ、ぶぶ、ブラックホールだとっ!﹂ ﹁でもね、それでもまだ不安定でコントロールしきれないから、究 極とは言えない。この意味? 分かるかな? 分からないよね∼!﹂ もう、俺もニートも空いた口が塞がらない。言葉も出ない。 ブラックホール。その意味は、例え、学のない不良でも、例えオ タクじゃなくても、どれだけヤバイものなのか分かっているからだ。 ﹁究極の生命体。僕もかつては自分をそう思っていたよ。でもね、 それでも僕も負けたことがある。頭の悪い下品なドラゴンにね﹂ その時、ライラックを踏み潰しながら語るジャレンガの言葉は、 俺の親友を指していたのが分かった。 ﹁だからさ、負けて気づいたんだよ? 究極って、結局はそれ以上 成長することを諦めた連中の限界を示す言葉でしょ? だからこそ、 そこにあまり恐怖は感じないんだよ?﹂ ﹁がっ、あっ、う、あ、あ、ッ、こ、殺されるのか⋮⋮この、僕様 は⋮⋮﹂ ﹁不完全な奴らほど何をしでかすかわからない恐怖、ワクワク感、 396 たまらないよ? そして、僕の世界は、突き抜けるほど何をしでか すかわからない連中が制覇した。あの言葉を失うぐらいにスケール の大きな光景に比べたらさ、技術しか誇れない底の浅い世界には不 愉快しか感じないよッ!﹂ 今度は爪を振り下ろし、串刺しに! もう、ライラックの表情か らは完全に戦意が失われている。 歯をガチガチ震わせ、瞳が既に恐怖に怯えている。 さらに、串刺しにされ、踏み潰されていた肉体の修復が遅くなっ ている。 これは⋮⋮⋮⋮ ﹁ほらね? 君、さっきからあんな﹃ぷらずま?﹄とか、﹃びーむ﹄ とか、異常なまでの高温の兵器を使いすぎて、君自身の体も出力に 耐え切れなくなってきてるよ? まあ、まさかここまで激しく戦う ことなんて想定されてなかったんだろうけどね?﹂ そりゃそうだ。どこの世界に、プラズマ砲なんかを連射するほど の戦闘があるってんだよ。 ああいうのは、本来一撃必殺の兵器だ。それで仕留められない相 手というのがそもそもおかしい。 ﹁さて、ちょっとのダメージはまた時間をかけて直されるけど、一 瞬で細胞すべてを消滅させるブレスはどうかな?﹂ ﹁ッ!﹂ 397 倒すでも殺すでもない。消滅。さすがに、それはライラックも震 え上がった。 ﹁まっ、待て! ぼ、僕様を殺すのか! なぜ、わからない! 今 のこの世界と君たちが組んでも、何も意味はないぞ! 戦う意志の 希薄な弱腰の世界! プライドばかり高く、責任を押し付け合い、 綺麗事ばかりを口にして誰もが英断を下すことはない!﹂ ﹁ふ∼ん、そうか。一瞬で消滅させるのは嫌なんだね? それじゃ あ、ジワジワやることにしようか?﹂ ﹁君たちと共に、モアの侵略に立ち向かえるのは、君のお尻を満足 させられるのは、僕さ、グギャアアアアアアアアアアアアアアアア アアアアアアアっ!﹂ その時、串刺しにして持ち上げたライラックに、ジャレンガがブ レスを放った。 ﹁つ、痛覚遮断装置が、ナノマシンが蒸発し、や、やめろおおっ! ぐっ、体がオーバーヒートする!﹂ ﹁アハハハハハハハハハハ! アーーーーハッハッハッハッハッハ ! 暴虐の闇に抱かれて、永劫の苦しみとともに地獄を見なよ?﹂ 398 そのブレスは闇の炎を纏い、ライラックの肉体を燃やす。 しかし、一瞬で塵芥にするわけではなく、徐々に徐々にこんがり と焼き、ジワジワと苦しめているようにしか見えない。 その時、言葉を失っていた俺も、ようやくなんとか絞り出せた言 葉は一つだけだった。 ﹁なあ、ニート⋮⋮さっきお前は、どっちが俺たちの敵かって聞い てきたけど⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁お、おう﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮ジャレンガを敵にするのはやめよう﹂ ﹁異議なしなんで﹂ 満場一致で、その法案は可決された。 で、どうしよっか、これ。マジで。 ﹁さあ、これで終わりじゃないよ? 真に低俗な愚民たち、そろそ ろ己を開放したらどうだい? 血と殺戮に飢えた本性を剥き出しに、 闇の王国の幕開けだよッ! アーハッハッハッハッハッハッハ!﹂ 助けるか? というか、止めるにしても、どうやって止める? ﹁でも、止めねえとやっぱまずい! もう、完全にノリノリ大魔王 じゃねえかよッ!﹂ 399 ﹁どうやって!﹂ ﹁ああ? まず操られてる連中だが、要するにジャレンガの魔力を どうにかすりゃいいんだろ? なら、ふわふわキャストオフッ!﹂ 手遅れになる前に、まずは巻き添えくらった連中をどうにかしな いとな。 俺の魔法で、ジャレンガの魔力で操られている連中から、ジャレ ンガの魔法を引き剥がす。 ﹁ん? ちょっとー、ヴェルトくん、冷めちゃうことしないでよー っ! いくら君が僕の義理の弟でも怒っちゃうよ、僕は!﹂ ﹁って、その話はまだ生きてたのかよ! とにかくだ、もうライラ ックはほっとけ! 元の姿に戻って帰るぞ!﹂ ﹁えっ? 滅ぼすんじゃないの?﹂ ﹁俺はこの世界の争いはメンドクセーから興味ねえって言ったの聞 いてなかったのかよ!﹂ ﹁興味ないから滅ぼすんじゃないの?﹂ ちげーよっ! そしてこいつ、普通に本気だ! 多分、俺が﹁う ん﹂とか言ったら、今すぐにでもこの世界に隕石落とす。 とにかく、僅かな刺激でもドカンだ。 幸い、こいつもライラックをボコりまくって、少しはスッキリと したはずだ。 ならば、このまま落ち着かせて、どうにか元に︱︱︱︱︱︱ ﹁全隊一斉発射ッ!﹂ ﹁了解! イーグルワン、発射!﹂ ﹁了解! イーグルツー、発射!﹂ ﹁了解! イーグルスリー、発射!﹂ ﹁了解! イーグルフォー、発射!﹂ 400 ジャレンガの胴体に、巨大な物体が接近し、爆発を起こした。 なんか⋮⋮⋮⋮ミサイルみたいなものが、どこかから飛んできた。 ﹁やったか! ⋮⋮い、いえ、見てください! まるでダメージ受 けていません!﹂ ﹁馬鹿なッ! ッ、怯むな! 次弾装填せよ!﹂ ﹁破壊光線の使用許可を!﹂ ﹁おのれ∼、一体どこから現れたか分からないが、怪物め! 今こ そ、太古の料理・バーベキューにしてやるぜ!﹂ ﹁新機動兵の出撃整いました! いつでも大丈夫です!﹂ ﹁よし、﹃ニュージェネレーションサイボーグ兵﹄の力を見せてや れ!﹂ あっ、なんか、警官の車っぽい飛行船が何台も上空に集結し、ジ ャレンガ目掛けて一斉攻撃しやがった。 まあ、ジャレンガの月光眼の前には届かないんだけどな。 とりあえず、俺が今思ったこと、それは﹁ヤベー、囲まれちまっ た﹂とかじゃなくて⋮⋮⋮⋮ ﹁アハハハハハハハハ! じゃあ、滅ぼしちゃおうか!﹂ ﹁だああああっ、余計なことしやがってええええええッ!﹂ 人がせっかくジャレンガを宥めようとしたのに、消えかけた炎に 油を大量にドバドバつぎ足しやがった! もうダメだ。ニタリと笑うヴァンパイアドラゴンの額には﹃#﹄ こんなマークの怒りの血管が浮かび上がってかなりイラっときてる。 401 だが、そんなパニクる混乱の中で、どこかの電波に乗ったのか、 微かにある声が空気を伝わって俺の耳に入った。 ﹃本部、応答せよ。緊急事態だ。ライラック皇子がやられた。ああ、 信じられないが、特殊改造を施した皇子を全く寄せ付けない。クラ ーセントレフンを、敵に回すわけにはいかない。我ら野望の成就の ため、奴らをヴァルハラから引き剥がす必要がある。奴らが他国に 懐柔される前に、どんな手段を使ってでも奴らを買収するのだ。そ う、リーダーと、交渉役の姫様に伝えて欲しい﹄ どこからだ? どこから聞こえた、今の声は! だが、辺りを見渡しても、飛び出してくるのは、両腕にガトリン グを装着したヘンテコな、メタリックガイコツ集団。 あっ、これがまさか例の新型なんたら? っていうか、このモデ ルってまさか⋮⋮と思ったら、ニートが目を輝かせてる。﹁ターミ 兄ちゃんだ﹂と呟きながら。 ああ、やっぱりな。は∼∼∼∼、なんつう世界だ。あんなものを 実現化してるとはな。 ﹁さあ、新機動兵よ、平和を乱す怪物に、ヒトの進化の極みを見せ てやるのだ!﹂ ったく、メンドクセーな、本当に。 まあ、仕方ねえ。 ﹁おい、ジャレンガ、瞬殺してとっととズラかるぞ﹂ ﹁えええええ∼∼? 滅ぼさないの∼?﹂ ﹁キリがねえ。それに、ちゃんと元の世界に帰してもらうまでは、 402 もうちっと大人しくしねーとよ。かなり手遅れだが﹂ ﹁ん∼∼∼∼∼∼∼、そうだね∼⋮⋮⋮⋮﹂ ジャレンガは攻撃されただけに、かなり不満げな様子だ。 だが、これ以上の戦闘は、メガロニューヨークが廃墟になりそう で困るから、なんとかしたかった。 すると、ジャレンガは少し唸ってから⋮⋮ ﹁それじゃあ、ヴェルトくんが﹃オリヴィア﹄と結婚してくれるな らいいよ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮誰?﹂ ﹁どうする! アハハハハ! さあ、どうする? 君はウンと言う だけで、この世界は救われる! アハハハハ、さあどうする? ど うするんだい? 答えたら? 僕の妹と結ばれて、ちゃんと子種を ヤヴァイ魔王国に提供してくれるんでしょ? アーハッハッハッハ ッハッハ!﹂ それは⋮⋮⋮この世界は助かっても、俺の世界が滅びそうな選択 なんだが⋮⋮⋮ 思わず突きつけられた条件に、俺もどう答えるべきか、いや断る べきなんだが言葉を失ってしまった。 そうしているあいだにも、メタリックガイコツ兵たちが俺たちに 向かって襲いかかってくる。 どうする? でも、今は言葉だけでも合わしておかねえと、かな りまずいことに⋮⋮⋮⋮⋮ 403 ﹁検討する!﹂ ﹁まっ、それでいいかな? 甥っ子か姪っ子が生まれるのを楽しみ にしてるよ?﹂ とっ、二ターっと笑って元の姿に戻ったジャレンガ。もう、ほん となんなんだよこいつは! でに、こう言わねえと、本当にヤバかったんだから。 だからよ、ニート、お前はそうやって﹁ケッ、終わりのないハー レムギャルゲーてなにそれ?﹂なんんつって、軽蔑の眼差しで見る な。 ムサシ、そんな﹁殿が、それを、望まれるのでしたら、拙者は何 も言いませぬ﹂なんて寂しそうな顔でつぶやくな! んで、ペット! ﹁バカ⋮⋮イジワル⋮⋮﹂って、別にお前関係 ねえだろうが! ﹁くそ、なんか人生詰んだ気もするが、とりあえず逃げるぞ﹂ ﹁はいは∼い、じゃあ、いこっか?﹂ とりあえず、ジャレンガもアッサリと普通の状態に戻ってくれた し、今はこの場からトンズラするのが先だ。 俺たちはすかさず、五人固まって、この場から⋮⋮ ﹁そこまでよ!﹂ ん? 404 ﹁目を閉じるっ!﹂ それは、突如聞こえた声。そして思わず反応しちまった俺たちが 目を閉じた瞬間、瞼の向こうに強烈な閃光が炸裂したのが分かった。 ﹁ぐわあああああっ!﹂ ﹁な、なんだ、これは!﹂ ﹁誰だ、許可なく﹃ビッグバンスタングレネード﹄を使ったのは!﹂ ﹁目がァ! め、目がああああっ!﹂ 閃光弾が炸裂したのか! でも、一体誰が? ﹁これ以上は問題起こさないで! 早く乗って! 今のうちに逃げ るから!﹂ えっ? なんで? 俺たちの前に突如現れた、一台のスカイカー。 スカイカーなんて未来的なものではあるが、その車体、そして車 のボンネットについているエンブレムは見たことある。 前世で、バイクの免許が欲しい時に、多くのバイクや車の雑誌を 眺めていたから、分かる。っていうか、車に詳しくなくても分かる。 超高級車のポルシャ。ポルシャ・パンナメール。ツーシートが主 流のポルシャでは珍しくフォーシートのフォードア。 だが、その馬力はそこらのセダンとは比べ物にならない、一千万 円超の高級車。 405 ﹁あんたたちは五人ね。狭いけど、とりあえず早く乗って!﹂ 車のウインドが下へ下がる。すると、運転席に座っていたのは、 意外な人物。 ﹁あれ? この女って、確かあの煩い八人組の一人だよね?﹂ ﹁おお⋮⋮⋮⋮なんで? つうか、運転していいのか? この世界 の免許取得は何歳からだ?﹂ ﹁しかも、お姫様が自ら?﹂ ﹁こ、これは、例のジドウシャとやらでござるな!﹂ ﹁うそ、なんで、あなたが?﹂ なんでここに? そして、もう一つツッコミ入れるとしたら⋮⋮⋮⋮なんで、車体 がピンクなんて悪趣味なんだ? 自分の名前と同じだからって。 ﹁つうか、なんだよ、この車。こんなもんに乗るのか?﹂ ﹁早くする! 私だって本当は車なんて嫌いだけど、仕方なかった の! とにかく飛ばすから、しっかり捕まってて!﹂ 406 第23話﹁春が来た﹂ それが罠かはどうかは分からないが、必死に訴えている目はして いる。 まあ、俺たちを騙そうとしている様子は無いし、今は飛び込んで おくか。 ﹁乗るぞ!﹂ ﹁ねえ、狭くない? 地底族の君は、地中の中を移動して、亜人の 君は走れば? 人間の君はヴェルト君のこと好きみたいだけど、僕 の妹の邪魔だからここで死んでくれる?﹂ ﹁置いていかないで欲しいんで! いま、ここは世界一恐いけど、 世界一安全な場所でもあるんで!﹂ ﹁拙者が、殿の傍を離れるなどありえませぬ!﹂ ﹁私が一番酷すぎる! というより、私がヴェルト君を好きという のは確定なんですか!﹂ 高級車とはいえ、車内は狭いな。 俺は助手席に乗り込んで、後ろの二人席に四人詰め込んだ瞬間、ピ ンクは黒いサングラスをかけ、指の開いた手袋を装着し、どこの走 り屋だよとツッコミ入れようとした瞬間、ピンクは車内で喋った。 407 ﹁曲をお願い。クラッシックで﹂ ﹁了解シマシタ。プレイリストヨリ再生シマス﹂ おおっ、車が喋ったよ。声紋認証的な奴か? とにもかくにも、車内に突如重厚感のあるオーケストラの曲が流 れ出し、次の瞬間車は激しく加速して、一気にメガロニューヨーク の空を駆け抜けた。 ﹁うおっ、おお、速い!﹂ ﹁ちょっ、とと、飛ばしすぎなんで!﹂ ﹁にゃあああ、は、早いでごじゃ、ごじゃるううっ!﹂ ﹁ふ∼∼∼∼ん﹂ ﹁ひっ、こ、これ、大丈夫なの? け、景色が速すぎて全然見えな いッ!﹂ ジェット気流に乗るとはこういうことを言うのだろうか? 車に 乗っていて、手すりにしがみ付くなんてことは今まで無かった。 ドラゴンの背中に乗るよりも、驚いた。まあ、俺の肉体が既に前 世に乗っていた車の感覚を忘れているのもあるんだけどな。 ﹁しっ! 静かに。あまり雑音交えられると、リズムに乗れないわ﹂ ﹁はあ? リズム? なんでだよ!﹂ ﹁クラシックの曲に乗せ、ポルシャエンジンとターボがかかったと きの音が、私のリズムを作り、音に深みを持たせんの﹂ ﹁意味分かんねーっ! どこの中二病だテメエは! 音楽つっても、 アイドルなんて別にそこまで音楽に博識じゃねえもんじゃねえのか 408 よ? ツラとチャラチャラした踊りこなしてニコニコしてるだけの 商売だろうが!﹂ ﹁随分と偏見を持っているのね。あんた、そのセリフは世界中のア イドルを敵に回す発言よ?﹂ なんかサングラスかけても分かるぐらいギロリと睨まれた。 だが、ピンクはすぐに前を向いて、小さく笑った。 ﹁私、音にはこだわりがあるのよ﹂ ﹁はあ? ポルシャの音がどんな音だっつーんだよ﹂ ﹁ほんと。私には、絶対音感があるから﹂ ん? 絶対音感? あ、なんかスゲエ懐かしい単語だ! 確か、 ミルコも持っていたな。キシンとなった今はどうだろ? ﹁ニート殿、絶対怨寒とは、何かの必殺技でござるか?﹂ ﹁いや、違うんで。絶対音感って、楽器が奏でる音とか以外でも、 日常生活での生じる音とかを聞いただけで、その音名が分かる能力 なんで。ピアニストとか、音楽家に多いみたい﹂ ﹁えっ、そ、そんな能力があるんですか? 私も子供の頃からピア ノを習ってるけど、そんな能力初めて聞いた⋮⋮﹂ そういや、あの世界ではそういう単語事態が無かったのか? にしても、ピアノか⋮⋮ ﹁ピアノね∼、ふ∼ん⋮⋮あっ、そういえば⋮⋮﹂ そういえば、フォルナもピアノをやってて、小さい頃に王都の文化 409 会館で発表会があって、無理やり招待されたとき、ペットと初めて ⋮⋮ ﹁ピアノ⋮⋮⋮なあ、ペット、まさか⋮⋮お前、あん時から?﹂ ﹁ッ! なっ、ちょっ、ヴェ、ヴェルトくん!﹂ ふと何気なく聞いてみたら、ペットが目に見えるほどビクッと体 を震わせて、首を勢いよく横に振った。 でも、否定されたその態度は、明らかに⋮⋮ ﹁ああ、それで⋮⋮ふ∼∼ん﹂ そうか、ペットが前から俺のこと好きだったとか、まさかあんな 程度のことで⋮⋮つうか、あんなガキの頃の話かよ! ﹁えっ、ちょっと待てよ、お前、あんな十年以上前からとか⋮⋮お 前、帝国の軍仕官学校とか、人類大連合軍時代に他にいい男いなか ったのか∼?﹂ ﹁ッ! ⋮⋮⋮うう⋮⋮う∼∼∼﹂ ﹁ん? て、お前、泣くなよな∼。からかわれたぐらいで、ガキじ ゃないんだから﹂ と、何故か急に顔を両手で覆い隠し蹲るペットに、﹁うわあ﹂っ てなったが、同時に運転席から俺を見るピンクや後部座席でバック ミラー越しに見えるニートの顔が、﹁最悪﹂ってな表情で俺を軽蔑 してる。 410 すると、ペットはちょっとぐずりながらも、呟いた。 ﹁バカ∼⋮⋮聞かないでよ∼⋮⋮言わせないでよ∼⋮⋮﹂ ⋮⋮なんだろ。近所のガキ大将が女の子を泣かしているようなこ の感覚は。 だって、仕方ねえだろ? ソレは全く予想外だったんだから。 ﹁だってよ∼、お前、俺のこと恐くて苦手だと思ってたからよ﹂ ﹁⋮⋮⋮苦手だよ⋮⋮恐いよ⋮⋮ヴェルトくんは、乱暴だし、凶暴 だし、よく暴れて喧嘩してたし﹂ ﹁だろ? それなのに、好きとか言われてもな∼、ピンとこねえよ﹂ ﹁そうだけど⋮⋮⋮それは⋮⋮って、その前に! 好きってまだ言 ってない! いや、まだじゃなくて、そもそも好きって言ってない から! 言ってないんだよッ?﹂ 後部座席から身を乗り出して、俺の肩をポカポカ叩いてくるペッ ト。全く、小学生か! そして、なんか﹁じ∼∼∼∼∼﹂と見てくる周囲のこの視線はな んだ? だが、ペットは唇を尖らせて、少し拗ねた様子で呟いた。 ﹁だって、ヴェルトくん、すっかり変わっちゃったから⋮⋮⋮﹂ ﹁えっ? なに?﹂ 変わった? 俺の何が? ﹁初めて会った頃のヴェルト君は、ちょっと乱暴で口が悪かったけ ど⋮⋮⋮どんなことにも屈しないで立ち向かう、心が強くて、すご く力に溢れていた﹂ 411 乱暴で口が悪い? なんだよ、何も変わってねえじゃ︱︱︱ ﹁でも、ある日を境にヴェルトくんは⋮⋮なんだろう、周りを凄く 拒絶して、壁を作って、あらゆるものから興味をなくしたような、 暗く孤独な目をしていた﹂ ﹁⋮⋮なにい? そんなことあったか? いつだ?﹂ ﹁そうだよ! えっと⋮⋮あれは、確か⋮⋮七歳⋮⋮ううん、八歳 ぐらいの頃?﹂ 八歳。そう言われてハッとした。 その頃といえば、俺が、前世の記憶を取り戻し、すさんじまった 時期のことだ。 ﹁姫様はそれでも構わずヴェルトくんと一緒に居続けた。でも、私 は⋮⋮⋮まるで人が変わってしまったみたいなヴェルトくんが⋮⋮ ⋮恐かった﹂ ふ∼んと感じ、なるほどと思った。 俺の痛い時代だった。 突如前世の記憶を思い出し、存在する全ての物を受け入れられず、 両親すらも他人だと思っていたあの頃か。 412 ﹁そっか。じゃあ、男前の俺が戻ってきて良かったな。まあ、既に 六人も嫁が居て手遅れだけど﹂ ﹁自分で言っちゃうんだ! でも、そういう意味も無い自信満々な ところは昔のヴェルトくんだけど⋮⋮﹂ 確かに、前世の記憶を取り戻した時期は、自分自身でも荒れてい たと思う。 まだガキだったこいつらに、その時の俺の変貌振りは、恐れるも のだったのかもしれない。 でも、だからこそ、そんな状態でも俺に変わらず接し、それでも 好きだと言ってくれていたフォルナだからこそ、俺は⋮⋮ ﹁ねえ、状況分かってる? いつまでこのラブコメディーソングを 聞かせるの?﹂ 軽く咳払いしたピンクがツッコミ入れてきた。 ﹁そう言うな。俺の親友は、ロックとラブソングが世界を作ったっ て言ってんだぜ?﹂ ﹁はあ? ロック? クラーセントレフンに? 嘘でしょ? あん な破壊思想の過激な音楽が、あんたたちの世界に? なんで!﹂ ﹁ロックの魔王様っていう、最強の魔王が居るんだよ﹂ 413 まあ、今は魔王を辞めて、俺の国の宰相的なポジションに落ち着 いてるんだけどな。 冷静に考えると、あいつはジャレンガより強いっぽいから、恐ろ しい。 って、今の問題はそこじゃねえか。 ﹁んで、お前、何であんなところに居たんだ?﹂ そうだよ。なんであんなにタイミングよく、都合のいい場所に、 護衛もつけていないお姫様が一人で居たのかってことだ。 しかも、身につけているのは、アイボリーたちのような黒いピッ タリスーツ。おまけにサングラスまでかけているから、どこかの女 怪盗やスパイみたいにしか見えねえ。 だからこそ、何で? その問いかけに、ピンクは前を見ながら答 えた。 ﹁見張ってたの﹂ ﹁なに?﹂ ﹁今夜、あの店に、レッド・サブカルチャーのリーダーが来るかも しれない。そういう情報があったから﹂ レッド・サブカルチャーのリーダー? あのテロ組織の? ﹁ほ∼。そりゃまた⋮⋮でも、何でお前自身が? そういうのは、 部下にやらせるもんだろうが﹂ 国のお姫様自ら一人で、テロ組織の調査とか、ありえんのか? すると、ピンクは小さく笑った。 414 ﹁うん、ありえない。だって、私は単独で動いているから﹂ ﹁単独? お姫様が、一人でか?﹂ ﹁そっ。レッドサブカルチャーは八大国の至る所に影響を及ぼして んの。だから、誰が組織と繋がっているかがわからない。正直、今 の私には信頼できる仲間が居ないの。だから一人で調査してたの﹂ ﹁ふ∼ん、そりゃまたご立派なことで﹂ ﹁だから、今日私を見たのは内緒にしててね。というより、アリバ イ工作に付き合ってくれたら、尚嬉しいわ。私は今夜、あんたの泊 まっているホテルの部屋に行ったことになってるから﹂ ん? ちょっと待て。今日ピンクを見たのが内緒にして欲しいと いう意味が分かったが、何でアリバイで俺なんだ? ﹁俺の部屋に来ることになってた? なんで? 何しにだよ﹂ ﹁⋮⋮エッチしに⋮⋮﹂ ﹁はあっ?﹂ ﹁私のパパ⋮⋮つまり、私の国の王は、今後クラーセントレフンと の外交を有利に進めるにあたって、私があんたに宛てがわれたの。 どう? 嬉しい? でも、公表はしないでね。アイドルのイメージ ダウンになるし、一応、法律では禁止されているからね﹂ おい、お前さ、何で俺とペットのあんなやり取りを一部始終見な がら、あっけらかんとそういうのブチ込むんだよ。 案の定、ニート、ペットが軽蔑顔、そしてムサシが﹁はへ? え、 あわわ﹂とパニクってる。 まあ、とは言うものの⋮⋮ ﹁あっそう。アイドルの枕営業なんて都市伝説だと思ってたが、ま さかこんな発展した世界でもそんな旧石器時代みてーな文化が存在 415 したんだな﹂ ﹁そうね。私もそう思う。でも、色々と規制されてしまった世界だ からこそ、そういう甘い誘惑が時には効果的だったりもするの。ち なみに、今日、あんたの部屋には、多分私以外も行ってると思うか ら﹂ ﹁けっ、くっだらねえ。今の俺にハニートラップは通用しねーよ﹂ ﹁へ∼、立派立派。そんな可愛い幼馴染を平気で泣かせて、奥さん 六人も居るとそうなるのね﹂ そう、今の俺の嫁を考えれば、色々な意味でハニートラップにか かる理由がない。 というか、トラップにかかったのがバレたら殺される⋮⋮ ﹁あのさ、話が脇道に逸れてると思うんで。ピンク姫があそこに居 た理由は分かったけど、何で俺たちを助けてくれたか、全然分から ないんで﹂ 後部座席から呆れながらも言うニートの言葉は、確かにそうだっ た。 なんで、ピンクは俺たちを助けたのか? 多分、あのまま暴れてたら、俺たちはこの世界から追われる身と なっていた。 だがそれも、こいつが俺らを助けてくれたことで、心配なさそう な気がする。 でも、こいつが俺らを助けるメリットはあったのか? すると、 416 ﹁簡単。下心があったから﹂ ﹁下心?﹂ ﹁そう。私は外交がどうとかじゃなくて、私の目的のために、あん たたちと繋がりを持ちたかった。力を貸して欲しかった﹂ あくまで、正直に語るピンク。まあ、その方が逆に言葉に真実味 を持てるのだが、でも﹁下心﹂とか普通言うか? だが、そんな本音を、今日出会った他人である俺らに晒してまで 達成したい目的とは? ﹁目的ってどういうことか分からないんで﹂ ﹁私の目的⋮⋮それは⋮⋮レッド・サブカルチャーのリーダーを⋮ ⋮助けること﹂ 倒すではない。逮捕するでもない。助ける? ﹁⋮⋮⋮⋮知り合いか?﹂ ﹁友達。遠い遠い、誰にも言えないぐらい大昔のね⋮⋮﹂ いや、大昔って、お前どうみても十代だろうが。 ﹁でも、私には力がない。仲間もいない。だから⋮⋮⋮⋮レッド・ サブカルチャーと何のしがらみもない、そして常識を打ち破れる人 たちをずっと探していた﹂ そこで意味深に俺を見てくるあたり、そういうことかと理解した。 ﹁そういうことか﹂ ﹁そういうこと。私は正直、クラーセントレフンとの外交とかに興 417 味ないの。ただ、あんたたちが常識を超えるほどの強さを持ってい た。だからこそ、その力が欲しいと思っている。利用できないかと、 今日のライブで思った。そして、ライラック皇子を倒した力を見て、 それが確信に変わった﹂ あくまで俺たちの様子を伺うことなく、すべてを正直に語るピン ク。 もしこれで、俺たちがそのことを言いふらしたら、こいつはどう するつもりだった? ﹁ありきたりで申し訳ないけど、この世界で手に入るものであれば、 望みのものはなんでも用意するつもりよ。だから、お願い⋮⋮⋮⋮﹂ その時、高速で空を駆け抜けていたはずの車も、ようやく逃げ切 れたと判断するやいなや、停止してゆっくりと地上へ降りていく。 ジェットコースターみたいな感覚も終わり、少し静かになって間 を置いて、ピンクはサングラスを外して、俺たちに向けて言う。 ﹁お願い。私に、力を貸して﹂ さて、今度は逆になっちまった。 ライラックには、組織に勧誘された。 そして、ピンクにはその組織と敵対するために手を貸して欲しい と。 でも、 ﹁やだ、興味もないのに、めんどくさ⋮⋮⋮﹂ 418 ﹁ッ⋮⋮⋮⋮﹂ でもまあ、俺からすればどっちもどっちだしよ⋮⋮ ﹁ヴェルト、お前、ぶれないんだ﹂ ﹁即答しなくてもいいのに⋮⋮﹂ ﹁ニート殿、ペット殿、我が殿の決定に不服を申すでござるか?﹂ ﹁僕もサンセーかな? もうこの世界にも飽きたし、早く帰らない ?﹂ まあ、意見はあるだろうが、正直俺らはそれどころじゃねえしな。 ﹁ニート、忘れたか? その、何だっけ? 教祖とか、ヲタクの父 とか、俺らはそっちをどうにかする方が先だろうが﹂ ﹁あっ、それは覚えてるんだ﹂ ﹁まーな。だからこそ、お姫様の友情問題に関わってる場合じゃね えってことだよ﹂ 最低一人。最大で二人。前世のクラスメートだと思われる奴らが、 この世界に居て、冷凍刑務所なるもので氷漬けになっている。 それこそ、気の遠くなるような昔のクラスメートと言える。 俺にそいつらの記憶は特にないが、先生に﹁知らない奴だから助 けなかった﹂なんて報告はするわけにはいかねえからな。 ﹁ケチ。それに、なによ。教祖とか、ヲタク父って。まさか、教祖 クリアとレッドのことじゃないでしょうね?﹂ ﹁けっ。テメェには関係ねえよ。だが、まあ、そういうことで、仲 間集めは他でやってくれ。今日聞いた話は黙っててやるからよ﹂ ﹁どうしてもダメ? ⋮⋮それに、なんであなたたちがクリアとレ 419 ッドを? もう、私たちの何世代も大昔の偉人を⋮⋮⋮⋮﹂ と、その時だった。 ﹁マスター。オ父上様カラ電話ガ入ッテオリマス。オ繋ギシマスカ ?﹂ ﹁っと、えっ、パパから? ⋮⋮﹂ 車が突如コール音を響かせ、音声ガイダンスのような声で車が喋 った。 ピンクの父ということは、パリジェン王国の王様。夜飯を一緒に 食ったあのおっさんか。 俺たちも居るので、出るかどうか迷っているピンクに、俺は頷い て﹁別に構わずどーぞ﹂と促した。 それを聞いてピンクも小さく﹁ありがと﹂とつぶやいて、声を発 した。 ﹁ピンクです。パパ、どうしたの?﹂ ﹃ピンク、今、一人か?﹄ ﹁⋮⋮ええ⋮⋮一人かな? 運転中よ﹂ ﹃やはりか! 運転は危ないからやめろと言っているだろう。なぜ、 リムジンを使わん。運転手が嘆いて大臣に電話してきたのだぞ﹄ ﹁ごめん。でも、心配しないで。ちゃんとやるから﹂ ﹃全く。だが、まだホテルに着いていないのだな?﹄ 突如車から王の声が聞こえてきたので、相変わらずムサシがビク ッと反応を見せるのはお約束だ。 にしても、ピンクのやつ、俺がアリバイ作りの了承をしなかった からといって、咄嗟に嘘をつくとは、なかなか義理堅いやつだな。 420 ﹁どうして?﹂ ﹃ホテルに待機してる者からの報告だ。ヴァルハラのミント姫がホ テルに来ているそうだ。リガンティナ皇女との面会とのことだが、 目的は十中八九、ヴェルト・ジーハ氏だろう﹄ ﹁⋮⋮⋮⋮そう⋮⋮⋮⋮﹂ ﹃さらに、シアン姫に関しては、エロスヴィッチ氏と随分と親睦を 深めたそうで、向こうから部屋に招待されて、今、ホテルの部屋に 居るそうだ﹄ ここでツッコミを入れたかった。それ、親睦じゃねえよ。ぜって ー違うと。 ﹃バーミリオン姫も既にホテルに到着しているそうだ。ただ、ホテ ルのフロントでもめているようだがな﹄ ﹁揉めている? あの、穏やかなバーミリオン姉さんが?﹂ ﹃ああ。彼女はどうやら、例のバスティスタ氏を訪ねたそうだが、 勢い余ってその場で告白してしまったと。だが、バスティスタ氏が それを拒絶したことで、色々と言い争っている。いや、泣きすがっ ているということだ﹄ ふ∼∼∼∼∼∼ん、バスティスタが。へえ∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮なにっ! ﹃とにかく、各国の姫は既に積極的にクラーセントレフンとの繋が りを確保すべく、動いている。お前も出遅れるな。分かったな?﹄ ﹁は∼∼∼∼い﹂ ﹃あと、ちゃんと法定速度を守るのだぞ? お前が違反したとき、 私がどれだけ恥をかいたことか﹄ 421 ﹁はいはい﹂ ダルそうな返事をして電話を切ったピンク。 正直、色々とツッコミたいところがあったが、今の俺は、んなこ とより気になることがあった。 ﹁おい、ピンク、早くホテルに戻れ﹂ ﹁えっ、う、うん、でも、ちょっとまだ話が⋮⋮﹂ ﹁んなことどーでもいいんだよ!﹂ そう、どうでもいい。 何故なら、 ﹁あの、戦うパパのバスティスタに⋮⋮とうとう春が実際に訪れた わけか。こいつは∼、兄弟子として見届けてやらんとな﹂ ﹁いや、ヴェルト、ものすごい野次馬根性丸出しなんで。それに春 も何もフッたって⋮⋮﹂ そう、あの千パーセント筋肉の堅物のバスティスタだぞ? 正直、あいつ、あんなにカッケーのに、普通にそういう話がなく て心配だったからな。 こいつは是非とも見届けんとな。 そのことばかりで頭がいっぱいになり、俺はピンクを急かした。 422 第24話﹁夢のカード﹂ にしても、バスティスタに春か。 フッたってどういうことだよと思いながらも、俺はかなりウキウ キしていた。 ピンクの目的なんかよりずっと興味ある。 別に、俺もそこまで人の色恋沙汰に野次馬根性出すというわけで もないはずなんだが、正直、自分の恋愛的なものが﹁こういう状況﹂ だからだろうか。 恋人が出来る前に嫁が六人も出来たうえに、結局、神乃美奈への 告白も特に進展があったわけでもなく、今に至っているからなのか ⋮⋮とまあ、御託を並べたところで結局、それは別にいいや。 単純に、﹁筋肉兄貴と、ほんわかお姫様の恋﹂という状況で、も う、なんかそそられた。 ﹁バスティスタって、例の体の大きな人でしょ? 彼、いくつぐら いなの?﹂ ﹁そういや、何歳だっけな? 結構年上だと思うけどな﹂ ﹁結婚はしてないの?﹂ ﹁してねえしてねえ。彼女も居ないみたいだしな。まあ、あいつの 場合は、バツなしの子持ちみたいなもんだからな﹂ ﹁どういうこと?﹂ まあ、ピンクには分からねえだろうな。 バスティスタは、ああ見えて、戦災孤児の子供を何人も引き取っ て面倒を見ている。 昔、あいつが用心棒として雇われた修道院に居た子供たちだそう だが、色々な不幸があって修道院にも住めなくなった子達を、あい 423 つは引き取った。 その話と、だからこそ俺がふるまってやったラーメンが好きにな ったという子供たちに、いつでも好きなものを食べさせてやりたい という思いから、ラーメンの作り方を教えて欲しいと聞いた時の先 生は、目が潤んで感動してたっけな。 ﹁バーミリオン姉さんも、随分と変わった人を好きになったものね﹂ ﹁そうか∼? 力持ちで喧嘩も強くて子煩悩で頼りがいあって⋮⋮ ⋮それに、あいつは普通にイイ奴だしな﹂ それに、もう何ヶ月も一緒に働いて暮らしてるんだ。俺も兄弟子 気取る気もねえが、なんだか不器用な兄貴分の新鮮な話を聞いて、 少し嬉しくなっていた。 ﹁珍し。ヴェルトが他人をそこまで褒めるの﹂ ﹁ああ? そうか∼?﹂ ﹁だって、お前って、相手が魔王でも四獅天亜人でも勇者でも、ボ ロクソ言う男だったと思ってたんで⋮⋮⋮ついでに言うと、俺と初 めて会った時もボロクソ言ってくれたんで﹂ ﹁かもな。まあ、単純に、俺も先生も、あいつのことは気に入って んのさ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮言葉だけ聞いてれば爽やかなんだが、どう見てもお前の 目は野次馬根性丸出しなんで。ひやかす気満々にしか見えないと思 うんで﹂ それは、ほら。ソレはソレ。コレはコレだからな。 ﹁でも、なんだろうな∼、戦争が終わったからなのか、最近、そう いう色々なところで恋が動いてるね﹂ 424 ﹁なんだ、ペット。お前、俺の嫁になりたいのか?﹂ ﹁なんでそういう風に聞いちゃうかな! んもう、私が言ってるの は、バーツくんとサンヌちゃんとか、シャウトくんとホークちゃん とかのことだよ∼﹂ ﹁まあ、バーツとかは、ありゃガキの頃からだろ? むしろ、あい つらは今更だ。あんな分かりやすい女の気持ちに気づかずに振り回 していた鈍感野郎共が、ようやく人並みになっただけだろうが﹂ ﹁女の子の気持ちを知りながらも無神経に振り回しているヴェルト 君が、そこまで言っちゃうの?﹂ ﹁俺は責任取っただろうが。振り回した女は、ちゃんと面倒を見る ことにしてる﹂ ﹁何でだろう。責任取ったって言ってる割に、ヴェルト君が全然立 派に思えない!﹂ ﹁うるせえ。つうか、女を振り回したレベルで言うなら、ニートの 方が酷いぞ!﹂ ﹁絶対、ヴェルト君のほうが酷い!﹂ 何を言う。俺は酷くなんか無いぞ。大体、俺は女を振り回したか もしれんが、最終的に喰われたのは俺の方だ。⋮⋮な、はずだ。 425 ﹁ペット殿、それ以上、殿への愚弄は許さぬでござる! 殿は、甘 い言葉を口にはしませぬが、寵愛を与えし相手には深い愛情を注ぐ 御方でござる! それこそ、拙者も⋮⋮⋮﹂ ﹁ムサシちゃん?﹂ ﹁拙者も⋮⋮えへ⋮⋮と、との、だ、旦那さま、と、ちゅちゅ、ち ゅ∼、を⋮⋮にゃ∼∼∼ん、こ、これ以上は拙者の口からは言えま せぬ∼﹂ 恥ずかしがった猫が顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに﹁いやん いやん﹂と頭を振る仕草に、ペットは余計に俺を﹁うう∼∼∼∼﹂ と恨みのこもったような目で拗ねてくる。 だが、そんなやりとりをすればするほど、ピンクはサングラスを かけても分かるぐらい、不愉快そうな空気を出して俺を見ていた。 ﹁なに、あんた。女の敵?﹂ ﹁まだ、敵にはなりきれてねえ感じだな。まあ、これ以上、ややこ しいことになったら、本当に敵として殺されるかもしれねえが﹂ そう、だからこそ俺自身はこれ以上ややこしいことにはなって欲 しくないんだ。 クロニアのことがあって以来、今の嫁たちの結束力と警戒心の前 に、妙なものをぶち込んだら、それは惨劇の幕開けになるかもしれ ないからだ。 だから、俺はもう、そういうのはいいし、アイドルの枕営業だ、 幼馴染のほのかな初恋がどうとか、正直、そそられるよりも反応に 困る。 むしろ、こうやって自分が完全な第三者になって、人の恋路をひ 426 やかし⋮⋮いやいや、応援するというのは、何だか新鮮な気持ちに なれる。 ﹁っと、着いたけど⋮⋮何アレ?﹂ ﹁あん?﹂ とまあ、俺が心の中でウキウキしているあいだに、天高らかにそ びえ立つ、巨大な超高級そうなホテルの前に車が近づいた瞬間、ホ テルの入口には既に大勢の人ごみが何かを取り囲むように集まって いた。 いや、人だけじゃねえ。 ﹁っていうか、おいおいおいおい﹂ ﹁何かしら、これ!﹂ 地上に並ぶ車の行列、車道にまではみ出す群衆、ホテルを飛び回 るスカイカーの数。 それは、昼間のライブ会場を彷彿とさせるほど、大規模な群衆で 溢れていた。 ﹁なんのイベントだ? お前らアイドルが枕営業活動中とバレたか ?﹂ ﹁そんな、はずは⋮⋮ちょっと待って、確認してみるわ﹂ 予想外の事態に慌ててピンクが車に向かって誰かの名前を呼んだ。 すると、それだけで車内にコール音のようなものが響き、何回か のコールで何者かの声がスピーカーから聞こえてきた。 ﹁ピンクよ。今、ホテルの前にいるけど、どういう状況なの?﹂ ﹃ピンク姫! ご苦労様です。しかし、まだホテルの外ということ 427 であれば、今は危険です。少し待機をお願いします﹄ ﹁なんでこんなことに? ひょっとして、クラーセントレフンの人 たちがホテルに泊まっているのがバレたの?﹂ ﹃いや、というより⋮⋮その、テレビを見てください。その方が早 いです。恐らく、今、どのチャンネルでもやっているかもしれませ ん﹄ テレビ? こりゃまた、懐かしい響きの言葉だ。俺もニートもお 互いに顔合わせて﹁はは﹂と苦笑した。 ﹁テレビ? スクリーンを出して﹂ ﹁了解シマシタ﹂ すると、﹁ウイーン﹂という音と共に、前方の席、そして後方の 席に二つの液晶テレビが突如車内から顔を出し、パッと電源が入っ た。 そこに写っているのは、取り囲む野次馬たちの中で向かい合うひ と組の男女。 ﹁なな、なんでござる、これは!﹂ ﹁すごい。こんな薄いのに、サークルミラーみたいな鮮明度で、状 況を写しているの?﹂ ﹁へ∼、これは面白いね。これなら僕も欲しいや﹂ ﹁すげー、画質綺麗だな﹂ テレビというそのものへの反応をそれぞれ見せる一方で、やはり 最も目についたのは、そのテレビに写っている二人だろう。 そして、その映像を放映しながら、テレビからナレーションだか キャスターだかの声が聞こえてきた。 428 ﹃さあ、大変なことになりました。交際許可制度が制定されて以降、 政府認可のない交際は法に触れることとして罰せられるということ は、子供でも分かる常識でありながら、その法を破ろうとする一人 の姫と、異世界より現れし英傑の行く末が、ネット上の投稿から噂 が瞬く間に拡散され、現在世界が注目するほどにまで発展してしま いました﹄ そこに映っているのは、涙を潤ませながらも、真剣な眼差しで男 を見つめるお姉さん系お姫様。 そして、そのお姫様と向かい合うのは、俺の弟弟子のマッチョ。 ﹃さて、ホテルの黒服が隠撮してネット上に投稿したところ、一瞬 で拡散した今回の出来事。もちろん、この黒服のIDはすぐに特定 されて現在炎上中。後に、当局からも処罰が下されることになるで しょうが、それでもなお、この光景を今、誰も止めようとしません。 ネーデルランディス公国の姫にして、アルカディア・ヴィーナス8 の一人として世界的な大スター、バーミリオン姫の世界の壁を超え た告白劇に、未だ誰も周りを取り囲むだけで、止める声が上がりま せん﹄ え∼∼∼っと、待て待て待て待て。なんで、世界が注目してるん だ? ﹁あははは、君と同じだね∼、ヴェルトくん。ほら、僕たちが初め て会った日、君がウラ姫と結婚した日﹂ ﹁ジャレンガ?﹂ ﹁あれもさ∼、結局、あのプロポーズとか全部世界中に流されてた んでしょ? どうやら君の弟弟子も、そういう流れは受け継いでる 429 んだね?﹂ ジャレンガにしては珍しい、おちょくったような嫌味だが、それ にしてもなんでこんな大ごとになってるのか意味不明だ。 つうか、映像見る限り、あのバーミリオンとかいうお姫様は、バ スティスタ相手にいっぱいいっぱいな様子で周りに目が行っていな い。 一方で、バスティスタも威風堂々しすぎてて、全然周りを気にし てない様子だった。 そして、そんな二人の間では⋮⋮⋮⋮ ﹃自分には大切な家族を幸せにする使命がある。そして、あの子達 が自立し、立派な大人になるまで見届けるのが俺の使命であり、誓 いであり、夢であり、そし生きがいだ﹄ と、真剣な顔でバーミリオンに告げるバスティスタ。 えっと、この状況は恐らく⋮⋮⋮⋮ ﹃ええ、その理由は分かりました、バスティスタ様。ですから私は 申し上げています。そのお手伝いを、あなたの傍で私にもさせて戴 きたいと﹄ えっ? なになに、もう、そんな話まで行ってんの? お前ら、 今日会ったばかりじゃねえのか? ﹃そして、そこで、私を判断していただくことは出来ないでしょう か? 子供たちのためにと生きるあなたの心の優しさに、私の胸の ときめきは既に臨界点に達しています。ですが、そのためにあなた は、生涯自分の幸せを求めずに、自分の人生を犠牲にし続けるのは、 あまりにもさみしいと思います。だから、私にお手伝いをさせてく 430 ださい。そして、その日々の中で、私のことをもっと知っていただ けたらと思います﹄ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮やべえ、ナニコレ? 当初の予定では﹁よ∼、バスティスタ∼、アイドルにコクられる とか、パネエじゃねえか∼﹂と言ってやるつもりだったのに、多分 俺が今、そのセリフを言うためにこの状況の中に入ってったら、も のすげえ、スベるだけじゃなく、反感買いそう。この世界的に言う、 炎上するってやつだ。 ﹃家族のために生きることが、人生を捨てたとこになるというのか ?﹄ ﹃バスティスタ様?﹄ そして、この状況でバスティスタは、シリアスにさらにシリアス を返しやがった。 ﹃犠牲だと? そんなはずはない。ヴェルト・ジーハを見てみろ﹄ ﹃ヴェルト? あの、例の彼ですか?﹄ ﹃ああ、そうだ﹄ ん? なんで俺の話題? ﹃毎日どれだけ労働して体に疲労がたまろうと、あいつはコスモス や幼い妹と接する時間を惜しまない。それは、自分を犠牲にしてい るのではない。あいつは生き生きと、絵本を読んでやったり、まま ごとに付き合ってっやったりしている﹄ おい、そこで、ニートとペットは何を笑い堪えてやがる。 431 ﹁絵本⋮⋮ヴェルトが⋮⋮ままごと﹂ ﹁ヴェルトくんが、そんなことを⋮⋮ぷっ、く、く、小さい頃、フ ォルナ姫におままごとに誘われても全然乗り気じゃなかったのに⋮ ⋮コスモスちゃんとハナビちゃんにはしてあげるんだ⋮⋮﹂ ﹁勿論、拙者もでござる! お嬢様がお嫁さん役、ハナビ殿が娘役、 殿が旦那様役、拙者は飼っている猫の役でござる!﹂ 仕方ねえだろ。だって、コスモスもハナビもメッチャ喜ぶし。 ﹃俺は、ヴェルト・ジーハの気持ちがよく分かる。自分が育て、守 り続けている一方で⋮⋮自分が子供たちからパワーを貰っているの だ。俺も⋮⋮孤独に耐え切れず毎晩泣いていたチビたちが⋮⋮いつ しか、寝言で﹃兄ちゃん﹄と口にしながら笑っているのを見た時⋮ ⋮⋮これ以上ない幸福だったのを覚えている﹄ バスティスタの気持ち。俺も良く分かった。 子供のためにと思って、疲れてようが、大変だろうがお構い無し に構っているようで、本当に力を貰っているのは俺の方だったりも する。 ﹃ヴェルト・ジーハも、子の為なら何でもするだろう。相手が魔王 だろうと、世界を巻き込む大戦争を起こそうとも、娘のためならば 戦う。俺も同じだ。あの子達のためなら、どのような汚いこともし よう。この手を汚そう。全てを敵に回そうともだ﹄ ヤバイ。なんだ、この断り方は。 これじゃあ、おちょくれねえじゃねえかよ。 ﹁やけくそになって結婚してるヴェルトとはエラい違いだと思うん で﹂ 432 ﹁ま、まあ、殿ほどではござらんが、天晴れな男子でござる﹂ ﹁でも、ヴェルトくんがバスティスタさんを気に入ってる理由、な んか分かるかも﹂ だな。まあ、あいつらしいといえばあいつらしい。 つーか、あの姫さんも姫さんだけどな。 ﹁さすがに、出会って初日はムボーだろうな。せめて、チビ共と先 に会って、気に入られて、外堀を埋めるぐらい手順を踏まねえとな﹂ あまりにも淡々と断っていることで、何だか少し気分がしんみり してきた。 ﹃だからこそ、バーミリオン姫。俺に好意を寄せてくれたことは誇 らしく思う。だが、俺がお前をどう思うかは、正直、関係ない。今 の俺は、家族のこと以外を考えられない。それが、父親として、兄 として、そして男としての俺の意地であり、幸福でもあるのだ。俺 は好きでやっている。犠牲なんかではない。俺が、そうしたいのだ。 この体は、そのためにあるのだから﹄ これはもう、挽回不可能だろう。 だが、それが誰にでも理解できているのに、誰もが言葉を発しな い。 集まっている野次馬も、テレビのリポーター的な奴らも言葉を失 い、見入っている。 そこに歓声も励ましの言葉もなく、ただ、見守るだけ。 流れる場の沈黙が続き、やがて、バスティスタが背を向けた、次 の瞬間だった。 433 ﹃な∼ん、なのだ。ちょっと、わらわが買い物行ってる間に、何を やっているのだ?﹄ ﹃はううう、ひひ、人がいっぱいでで、でし、お、おねいしゃま∼ ∼!﹄ ﹃ふん、そんなに慌てるとバレるのだ。クールな顔をしていないと ダメなのだ。まあ、わらわはどっちでも構わんが﹄ ﹃い、いいい、イジワルです∼﹄ それは、沈黙していた群衆を一瞬でザワつかせ、そして二つに分 かれて道を勢いよく開けてしまう存在。 ﹃ん? お∼、バスティスタではないのか。なんなのだ? 逢引な のだ?﹄ ﹃バーミリオン姉さままで、んん、ッ、え、ヴィッチお姉様、こん なところで、スイッチ入れるのダメでし﹄ ﹃むふふふふふ、なら、凛としているのだ。そして、ちゃんと真っ 直ぐ歩くのだ。さもないと⋮⋮ぐふふふ⋮⋮﹄ 二つに別れた群衆の真ん中を闊歩する、威厳と妖艶な雰囲気を纏 いながら、ニタニタとした笑みを浮かべている、エロスヴィッチ。 そして、その隣には、何故か体を小刻みに震えさせながら、ぎこ ちない足取りで歩き、その頬は赤く染まり、かなり涙目になってい る、シアンと呼ばれていたアイドル姫。 その全身は、とくにそれほど寒くもないのに、不自然なロングコ 434 ートで全身を覆い隠している。 ﹃ん、ううう、あう、く、なわが、食い込み、ん、ん﹄ そして、時折漏れる艶っぽい声はなんだ? アイドル姫の中でも最も子供っぽい大人しめの少女から醸し出す 思わぬ色気のようなものに、集まった群衆もどこか顔を赤らめてい る。 ﹃ぬはははは、お∼、バスティスタ、何をやってるのだ?﹄ ﹃エロスヴィッチ。部屋に居たのでは?﹄ ﹃うむ。部屋でシアンと一緒に﹃色々﹄と遊んでいたのだが、それ だけでは物足りなくて、少し買い物に行ってたのだ。意味不明なも のばかりの中に、中々面白いものも混ざっていて、目移りしたのだ﹄ 色々遊んでいた。何を遊んでいたんだ? そして、なんでシアン とかいう姫はお前の傍らに立っているだけで、今にも失神しそうな ぐらい全身をプルプルさせてるんだ? そして、俺だけだろうか。あのシアン姫の着ているロングコート の下が、一体どうなっているのか気になっているのは。 ﹃ほれ、見てみるのだ! 最近、肩などの凝りがひどいわらわに最 適な、この、﹃はんでぃ電動まっさーじ﹄とやらはすごいのだ♪﹄ ﹃何故、九本も買う必要が?﹄ 435 ﹃それは、わらわは九刀流だからなのだ!﹄ 九本のハンディ電動マッサージ。袋から取り出して電源入れた瞬 間に﹁ウイ∼∼∼ン﹂となって、先端の部分が振動する。 なんでだろう。一般的なマッサージ道具なのに、あの女が持って いるだけで、卑猥にしか見えねえ。 ﹃他にも、明るいところでも気にせず寝れる﹃アイマスク﹄とやら に、荷物を縛ったりする際に便利な﹃伸縮自在のロープ﹄など、他 にも色々と性活⋮⋮生活に便利なものがあったので、買ってしまっ たのだ♪﹄ 意味不明な表情で首を傾げる、ジャレンガ、ペット、ムサシ。う ん、それでいい。 特にムサシとペットは、俺たちの感じたような違和感を思うこと なく、健やかにそのまま育ち、何ものにも染まらないで欲しい。 だがしかし、エロスヴィッチのお買物に、何か別の意図を感じた 俺、ニート、そして意外にもピンクは﹁うわ∼﹂と引きつった表情 のまま、車内で硬直してしまった。 だが、そんな状況の中、この場に現れたエロスヴィッチは、俺た ちにも予想もしないブチ込みをさらにすることになった。 ﹃んで、おぬしは、確か、バーミリオン姫と⋮⋮そうかそうか、コ クったのだな♪﹄ ﹃はうっ!﹄ 436 超嬉しそうにニヤ∼っと笑うエロスヴィッチは、そのまま笑いな がらバーミリオンの背中を叩いた。 ﹃なれば、こ∼んなところでお見合いしとらんで、さっさと部屋に 行って乳繰り合うのだ! せ∼っかく、こんなイイモノ持ってるの だ、こんな堅物、パイ揉ませれば瞬殺なのだ♪﹄ ﹃ひゃうっ! あら、あらあらあらあら! まあまあ、いや、まあ、 なんてことを!﹄ ﹃おおおおお、いい反応なのだ。どれ、耳をペロッと﹄ ﹃ふひゃうっ!﹄ ﹃おお、敏感なのだ! のう、バスティスタ、わらわにくれんか? わらわ、ちょっとだけ、ちょっとだけこの娘を貸してほしいのだ !﹄ だから振られた状況で、バスティスタが格好良くフッた直後に、 テメエは何を他国のお姫様の胸を揉みながら、大衆とメディアの前 でやらかしてんだよ! ﹃そ、そんな! ヴィッチお姉様⋮⋮ど、どうして、私にあれだけ のことを⋮⋮﹄ ﹃ん∼? なんなのだ、シアンよ。妬くとはカワイイが煩わしいの だ。そんな女はもう、一緒に遊んでやらないのだ﹄ ﹃しょんなっ!﹄ ﹃だが∼、そうなのだな∼、今夜、わらわが教えたとおり、ヴェル トの機嫌を回復してくるのなら、許してやるのだ﹄ 嫌がるバーミリオンの胸を揉みながら、耳とか首とか舐め、その 傍らにはショックを受けているシアンがヘタリ込む。 437 そんな衝撃的な映像は、やがてプツリと途切れ、何やらテロップ のようなものが画面に映し出された。 ﹁おい、ピンク。なんて書いてるんだ?﹂ ﹁放送事故よ⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁あの、ババア⋮⋮⋮⋮あのババアッ!﹂ ほんと、メンドクセーことしやがって。 俺は思わず車の扉を開けて外に出る。 真下に見えるエロスヴィッチの凶行を、今すぐこの場で﹁ふわふ わパニック﹂でもして、お仕置きしてやろう。 そう思っていた、その時だった。 ﹁その汚らわしい手を離せ、エロスヴィッチ﹂ ﹁ぬっ?﹂ ギロりと睨んだマッチョが、エロスヴィッチの首ねっこを摘まみ 上げた。 それには、若干不愉快そうな顔を浮かべたエロスヴィッチは叫ぶ。 ﹁なんなのだ! ちょっと、パイを触るぐらいは挨拶なのだ! も う既に、あのパイは自分の物だと独占欲でも出しているというなら、 体の割に器の小さい男なのだ!﹂ いやいやいやいや、なんだよその滅茶苦茶な文化は。 スカイカーから飛び降りようと、ドアを開けた状態のまま、俺は 固まっていた。 438 ﹁貴様の常識は、我々の世界でも異端だ。人の器に口出す前に、ま ずはお前自身が恥を知れ﹂ ﹁あっ? ⋮⋮⋮⋮⋮⋮バスティスタよ⋮⋮⋮おぬしの方こそ、一 体誰に向かってそんな口を聞いているのだ? たかだか、ラブ・ア ンド・ピースの元最高幹部というだけの、チンピラ風情が﹂ ﹁ふん。三大称号を捨てて引退した老兵は、過去を振り返ることで しか自分を何者かを語れない。実に哀れだな。お前にできることは、 性欲の赴くままに、人を汚すことしかできん。カイザーとチロタン が、貴様を国から永久追放してくれてよかった﹂ ん? あれ? おい、ちょっと、お∼∼∼い、ちょっと? なんでお前ら、そんな一触即発な雰囲気を⋮⋮⋮ ﹁⋮⋮⋮この手を離せ、筋肉だけでケツの穴の小さいクソガキが。 わらわは、今から二人の姫と親交を深めるのだ。女の手も握れぬビ ビリなデカ物は、この電マで遊んでろ﹂ エロスヴィッチの雰囲気が変わった。 いつものド変態笑から、殺気だった、相手を地獄へ突き落とすか のような瞳。 その圧力は、平和ボケしてるこの世界の連中に耐えきれるもので もなく、シアンやバーミリオンは思わず腰を抜かした。 そして、集まった群衆も思わず後ずさりするほど。 ﹁そういうわけにはいかん。確かに、この手は女の手も握れぬ身な 439 れど⋮⋮⋮今日はまだ終わっていない﹂ ﹁なにいっ?﹂ だが、それほどの圧であっても、怯むことなどありえないバステ ィスタは⋮⋮⋮ ﹁今日は、俺がバーミリオン姫を守る。昼間に誓ったその約束は、 ギリギリまだ続いているのでな﹂ すると、次の瞬間だった。 何かブチっと鳴った音と共に、エロスヴィッチをつまみ上げてい るバスティスタの顔面を九つの高速の尻尾が鞭のようにしなって襲 いかかった。 ﹁ッ、バスティスタ様ッ!﹂ ﹁お姉様ッ!﹂ 突如始まった攻撃。突如として緊迫した空気が一気にして破裂し た。 バスティスタの腕から逃れたエロスヴィッチは上空に飛び上がり ⋮⋮⋮ ﹁おぬしの魔羅がどれほどのものかと気になった時期もあったが⋮ ⋮⋮もういいのだ! 剛剣を抜くこともしらぬ腰抜けは、わらわに 及ばぬと知れ!﹂ 440 ﹁やれやれだな⋮⋮⋮⋮⋮⋮仕方ない。少し捻り潰してやるか﹂ ちょ、ちょと待てちょと待てちょと待てーーーーいっ! ﹁あははははは、なんか面白いことになってない?﹂ ﹁分からないんで! どうしてこういう展開になったか、全然分か らないんで!﹂ ﹁とと、殿、どうすれば!﹂ ﹁あんな二人が戦っちゃったら、とんでもないことに!﹂ ああ、その通りだよ! ﹁テメェら、何やってんだ! 何をいきなりドリーム対決やってん だよっ!﹂ しかし、俺の叫びなど耳にも入ってない二人の尻尾と拳がぶつか り合い、ホテル前の広場に巨大な衝撃音を響かせた。 441 第25話﹁淫獣女帝の本領発揮﹂ ﹁たたた、大変なことが起こっております! 七つ星ホテルのムー ンライトプリンセスホテルの前で騒ぎが起こっております! クラ ーセントレフンより現れし来賓の二名が口論の末、な、殴り合い、 て、これは殴り合いなのでしょうか! この衝撃音は本当にッ!﹂ 常に冷静に現場のリポートをしなければいけないキャスターです ら、あの状況。 まあ、無理もねえよな。この二人の喧嘩を冷静に解説できるやつ なんて、俺らの世界でも果たして居るかどうか。 ﹁フハハハハハハハハハハ! わらわをただの狐の亜人と思うな、 筋肉小僧! 亜人に変革をもたらす異端児として恐れられし、魔と 獣の血を引く力を貴様に見せてくれるのだっ!﹂ 飛んだエロスヴィッチが九つの尾を大きく逆立たせる。 すると、尾から光り輝く鱗粉のようなものが広がり、ホテル前の 広場に靄のように広がっていく。 あれは、毒? ﹁むっ⋮⋮⋮﹂ 違う。あれは、確か、昔⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 442 ﹁﹁﹁﹁﹁うひゃううううううううううううううううううっ!﹂﹂﹂ ﹂﹂ そう思ったとき、ホテル前に集まっていた野次馬たちが、突然顔 を真っ赤にして興奮したように激しく叫んだ。 ﹁あ、あわあああああ、びびび、ヴィッチタマアアアアア!﹂ ﹁はあはあはあはあはあはあはあ!﹂ ﹁ヴィッチさまぁー、わたくしめは、ヴィッチ様の奴隷にございま すっ!﹂ ﹁ヴィッチ様ッ! ヴィッチ様ッ! ヴィッチ様ッ!﹂ ﹁わ、私に、ヴィッチ様のお情けをーッ!﹂ 男も女も関係ない。狂ったような目でヴィッチを信奉する狂者た ちが誕生した。 ﹁あっ、やっぱり。おい、ピンク。車⋮⋮⋮ちょっと、もうちょい 離れたほうがいい﹂ ﹁どうなっているの! これは、まるで麻薬でもやったかのように 国民が!﹂ ま∼、ある意味、麻薬だ。 エロスヴィッチの誘惑と洗脳の混じった相手を狂わせる技。 あの野郎、本当に遠慮がねえ! ﹁まあ! なんということに! こ、これは、バスティスタ様ッ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮下がっていろ。すぐに終わらせる﹂ 突如として変わってしまった周囲の状況に、バスティスタの背中 443 で守られているバーミリオンが慌てるが、バスティスタは不敵に笑 った。 ﹁なははははは! さあ、世界のお兄ちゃんとお姉ちゃんたち∼! わらわをイジメるその筋肉バカを捕まえるのだ∼♪ 捕まえた人 にはご褒美な∼のだ♪﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ ッ!﹂﹂﹂﹂﹂ そんな中、俺たちの世界では歴史に名を残す将軍と呼ばれたエロ スヴィッチが、一瞬でエロスヴィッチ軍を興して、その号令と共に 狂った狂戦士たちが一斉にバスティスタに飛びかかろうとする。 しかし⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁ふん、くだらん。半端に狂っただけの戦士に、俺の高ぶる闘争心 を耐えきれるか?﹂ バスティスタが僅かに足を開き、中腰に。そして、両手を広げ、 目を大きく見開き、その巨体を使って、耳が潰れるほどの大声を張 り上げた。 ﹁アー、カマテカマテカーオラ! カマテカマテカーオラ!﹂ 444 それは、呪文でも、技でもない。 ただの儀式のようなもの。 ﹁ッ! ひいっ!﹂ ﹁あ、う、あ⋮⋮⋮⋮﹂ しかし、それはただの儀式ではない。 己の闘争本能を高める儀式。 バスティスタという男が、己の全身を使って己を高ぶらせる行為。 それは、ただのエロ誘惑で洗脳されて飛びかかってきた連中など、 一瞬で正気に戻すほどの熱き雄叫び。 ﹁バス、ティスタ様?﹂ ﹁ぬぬ? なんなのだ、それは!﹂ 思わず目を見開く、バーミリオンとエロスヴィッチ。 しかし、バスティスタの儀式は続く。 ﹁アーウパ! アーウパ! アウパネカウパネ!﹂ それは、人から見れば奇行にしか見えないかもしれない。 だが、それでもこの男がするならば、決してそうは見えない。 顔に、筋肉に、全身から溢れる闘争心が、全てのものを圧倒する。 ﹁ちょっと、なによ、あれ﹂ ﹁獣の威嚇とは違うでござる!﹂ ﹁ふ∼∼∼ん。でも、うるさいね?﹂ ﹁こ、ここに、居ても、伝わってきます、この気迫は!﹂ それは、少し離れた上空に居る俺たちにだって伝わった。 445 ﹁なあ、ヴェルト、アレってさ⋮⋮⋮﹂ ﹁ああ。﹃ハカ﹄だな﹂ ﹁やっぱり⋮⋮⋮﹂ 俺も先生に聞くまでは知らなかった。 にしても、バスティスタの野郎。 以前、あいつの記憶を覗いたとき、あの儀式をあまり好意的に見 てなかったと思ったけど、あの野郎も何だかんだで⋮⋮⋮ ﹁ちょ、と、待って⋮⋮⋮ねえ、あんた、今、なんて言ったの?﹂ ﹁ん?﹂ すると、ピンクが物凄い驚いた顔で訪ねてきた。 まあ、そりゃあ、気になるか。 ﹁ああ。ハカって言ってな。ラグビー世界最強ニュージーランド代 表。オールブラックスとか呼ばれてた連中が、試合前にああいうの やるんだってさ﹂ ﹁ラグビー⋮⋮⋮ニュージー⋮⋮⋮ランド⋮⋮⋮ですって?﹂ ﹁つっても、俺らの世界にそういうのがあるわけじゃねえ。ただ、 あいつの師匠みたいな奴がそういうの広めてるみたいなんだよ。俺 らも会ったことはないけど⋮⋮⋮でも、知ってる﹂ そういや、もともとは、近いうちにバスティスタの師匠みたいな 奴に会いにいく予定だったのに、随分と予定が狂っちまったな。 446 でも、なんでピンクがそんなことにそこまで食いつく? しかも、 尋常じゃねえくらいにガタガタ震えてるし。 つってもまあ、震えてるのは、腰抜かして正気に戻った下の群衆 も同じだけどな。 ﹁ふん、所詮は性欲や物欲のためだけに戦う意思などこの程度のも の。真の闘争本能の前には、全てがまやかしだ﹂ ハカを終えて、その肉体が完全に戦闘モードに入ったバスティス タが、笑みを浮かべて上空のエロスヴィッチを見上げる。 エロスヴィッチも、笑みを浮かべ返すも、頬に僅かに汗が流れて いるのが分かった。 ﹁ぬはははははは。闘争本能だけで、わらわの誘惑をこの場からか き消すとは、流石なのだ。あのイーサムが一目置くだけはあるのだ﹂ ﹁そうか。同じ、旧四獅天亜人とはいえ、武神イーサムの賞賛なら ば誇らしいものだ﹂ ﹁ムカッ! わらわの賞賛はいらぬと申すか! 全く、小生意気な 人間なのだ! ならば教えてやるのだ! 熱い血潮の闘争心など、 エロを求める生命の真理の前には無力ということをッ!﹂ エロスヴィッチが急速下降! しなる尻尾がかまいたちのように 高速で、不規則にバスティスタの表皮を切り裂いていく! 速いッ! 447 ﹁ほう。凄まじい鋭さだな﹂ ﹁ほれほれほれほれ! もっと速度を上げるのだ! 血潮噴かせる、 ゴールドテイル!﹂ 九本の尾が、それぞれあらゆる死角から飛び込むように、鋭い切 れ味とともにバスティスタを圧倒していく。 あれを全部見切るのは不可能だ! さらに、それだけじゃねえ。 ﹁ふふ、教えてやるのだ、バスティスタよ。本来、亜人には魔力が 備わっていないのだ。しかし、わらわは違う。突然変異の異端児と して、亜人でありながら魔力を持ったものたちを﹃妖怪﹄と呼び、 わらわは﹃妖狐﹄と呼ばれたのだ。亜人が魔力を持ったとき、その 力は生物界を根底から狂わせる。見せてやるのだッ!﹂ あれは、魔力の光ッ! まさか、魔導兵装かっ! 光の衣がエロスヴィッチを包み込み、獣の牙と爪と尾を表したか のように象られていく。 ﹁妖獣魔人・九尾妖怪大決戦!﹂ だから、なんでそんなにガチモードなんだよ⋮⋮⋮ ﹁ふん、いいのかそれで? 半端にパワーアップされたほうが、俺 も手加減しにくいので、返って悲惨な結末になるかもしれんぞ?﹂ 448 で、お前も、シリアスされたら、シリアスしか返さねえのかよ、 この堅物がッ! ﹁ナハハハハハハハハハハハ! たわけ、小僧がッ!﹂ ﹁さえずるな、子狐がっ!﹂ 魔力を帯びて強化された九つの尾が、より強固に、鋭く、そして 速度を上げてバスティスタの肉体を貫く! 両腕、両腿、両脇腹へと深々と突き刺さり、鮮血舞い上がる。 ﹁ひっ、バ、バスティスタ様ッ!﹂ ﹁ヴィッチお姉様ッ!﹂ 刺した! ガチだ! そして、あんな速いもん、避けられるはず が⋮⋮⋮ ﹁ふん、温いぞ。貴様の卑猥な想いから発する力は、この程度のも のかっ!﹂ ﹁ッ!﹂ だが、避けられず、被弾しようともバスティスタは揺るがない。 尾を肉体に突き刺されながらも、全身の筋肉に力を漲らせると、 エロスヴィッチの表情も変わった。 449 ﹁ぐっ、ぬ、抜けないのだ! 筋肉を圧縮することで、わらわの尾 をッ!﹂ ﹁そして、見せてくれよう﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁貴様と違い、魔法が使えないこの身でも、その高みに達すること ができるということをな!﹂ 今度はバスティスタの番。 尻尾を筋肉で掴まれて身動き取れずに無防備なエロスヴィッチ目 掛け、右手を前に出して、拳をグーパーする。 ﹁握魔力弾ッ!﹂ ﹁ほぐわっ!﹂ 容赦ねえっ! エロスヴィッチの腹に、空気を弾いた弾丸をぶち 込んで、エロスヴィッチが⋮⋮⋮ あれ? ﹁むっ!﹂ 煙のようにドロンして消えた? ﹁なはははははは、どうしたのだ? 狐につままれたような顔をし て﹂ と、思ったら、エロスヴィッチの本体は、まるで最初からそこに 立っていたかのように、バスティスタの背後に。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮魔力で象った空蝉か⋮⋮⋮器用なことを﹂ 450 ﹁エロから目を背ける者に、真実を見抜くことはできないのだっ!﹂ 変わり身の術? あのエロババア、そんな器用なことも出来たの かよ! ﹁キシャアッ!﹂ ﹁来い、発情狐ッ!﹂ いや、出来て当然か。あいつは、普段はただのエロババアだが、 その積み重ねてきた歴史は、最強の四獅天亜人の一人として、全世 界を左右させる戦争の最前線で常に戦い続けてきた女だ。 ぶっちゃけた話、残念な一面さえなければ⋮⋮⋮ ﹁超亜速ッ!﹂ 獣ならではの瞬発力は、人間の反応速度を大きく凌駕する。 ﹁速いでござる! 拙者の踏み込みとは桁違いに!﹂ ﹁あんなの、見えっこないよ⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふ∼ん、やるね⋮⋮⋮﹂ ﹁やば、もう何が起こってるか全然分からないんで﹂ 見えている世界が完全に違う。 全ての動きにおいて、バスティスタがついていけてねえ。 突き刺すような尾の一撃では、さっきみたいな展開になる。 だからこそ、斬り刻むかのように皮膚を切り裂き、常に縦横無尽 に駆け抜けて、その動きがまるで捉えられねえ。 451 ﹁ぐっ、ぬっ、くっ、⋮⋮⋮速い⋮⋮⋮この身軽さは、亜人の極み と言ったところか。だが⋮⋮⋮﹂ しかし、その場で一歩も動けずに切り刻まれるだけのバスティス タだったが、全ての攻撃が薄皮を切り裂くだけで致命傷に至ってい ない。 むしろ、半端な傷は、すぐにバスティスタの﹃超回復﹄により修 復されていく。 ﹁決定打に欠けるな、エロスヴィッチよ。それに⋮⋮⋮ふんぬっ!﹂ ﹁ぬわおっ!﹂ バスティスタが、その場で無造作に強烈なアッパーを放つ。 もちろん、そんな大振りに当たるエロスヴィッチじゃないが、空 振りになったバスティスタのアッパーはそのまま拳圧だけが上空で 弾け、まるで花火のような音を響かせた。 ﹁小僧⋮⋮⋮﹂ 被弾しなかったとはいえ、少し引きつったような声を漏らすエロ スヴィッチ。それも当然だ。 当たらなくとも、もし当たっていたら⋮⋮⋮そう考えるだけでも 腰が引けてしまうほどの効果が、今の一撃であったからだ。 とは言うものの⋮⋮⋮ ﹁くくく、ふははははははははは! そんな虚仮威しなど、常にカ イザーの鼻魔羅を受け入れ態勢覚悟完了のわらわには、恐るに足ら ず! そこらへんの生娘と一緒にするではないのだ!﹂ だろうな。 452 ﹁まっ、そこで引き下がるほど、四獅天亜人の称号も甘くねえか﹂ ﹁そうか∼? 今じゃ、お前の嫁もその称号得てる時点で、なんか 微妙な気もすると思うんで﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮だが、エロスヴィッチには不利な喧嘩だな﹂ そう、エロスヴィッチは確かに速いが、攻撃に決定打か欠ける。 ﹁下手な鉄砲数打ちゃあたる戦法とは随分セコイのだな! 男なら 女を一発必中させるぐらいでなければいかんのだ! わらわのスタ ミナは無尽蔵なのでな、その戦法は通用しないのだ!﹂ ﹁なに、気長にやるさ。今夜は、まだまだこれからなのだからな﹂ 常に肉体を修復するバスティスタとは相性が悪い。 さらに、バスティスタの大振りパンチは、エロスヴィッチには滅 多に当たらないが、常にブンブン振り回していたら、そのプレッシ ャーは徐々にエロスヴィッチに重くのしかかる。 だって、当たれば一発で終わるからだ。 ﹁ふん、言っておくが、わらわが一晩程度でヘタレると思うななの だ! ヴェルトではあるまいし!﹂ ﹁それは、ヴェルト・ジーハが気の毒だ。やつはお前のように自分 より弱いものをいたぶる女と違い、愛のためならばいくらでも凶暴 になる女たちを相手にしているのだからな﹂ でも、その攻防の中でちょいちょい俺を話題に出すのはやめろ! ﹁ヤってみるのだ!﹂ ﹁試してみるさ﹂ 453 だが、それでもこの二人の攻防は、単純なようでハイレベル。 とにかく高速で切り刻んでいくエロスヴィッチに対して、ただた だ一発を狙うバスティスタ。 やがて、高速の円運動によって、エロスヴィッチが巻き起こす竜 巻のような高速の突風が、バスティスタの赤い鮮血に染まった風を 巻き起こし、その血が激しく周囲に飛び散っていく。 ﹁ご、ごらんになっていますか! げ、現場では、強烈な赤き暴風 が吹き荒れています! スーツの力や光学兵器を使用せず、ただ己 の肉体のみでこの現象を発生させる現実に、もはや誰も近づくこと はできません!﹂ テレビのリポーターだけじゃねえ。俺も、あんまりもう近づけね えな。下手に近づいたら、粉砕される。 そして、誰も近づけなくとも、カメラのレンズだけは中央の攻防 をアップにする。 そこに映し出されたのは、真っ赤に染まった肉体と共に、徐々に その硬派で穏やかだったはずの表情が、次第に凶暴な笑みを浮かべ ている怪物の表情に、俺たちは思わず凍りついていた。 ﹁ふ、ふふふふふ、クククククク、フハハハハハハハハ﹂ 笑っているのは、バスティスタ! あんな笑みは、初めて見る。 まるで溜め込んでいたものを開放したかのように笑っている。 そして⋮⋮⋮ ﹁ソノテイドカ?﹂ 454 ﹁ッ!﹂ 世界が一瞬で凍りついたかのように寒気がした。 それは、半年前の最終決戦以来の恐怖。 全身が震え上がるかのようなその圧倒的な凶暴な殺意は、この油 断の一つすら許されない状況下で、思わずエロスヴィッチの動きを 止めるほど⋮⋮⋮ ﹁ふっ、随分と速く捕まったな⋮⋮⋮雌狐め⋮⋮⋮﹂ そして、その一瞬をバスティスタは見逃さなかった。 その手で、エロスヴィッチの顔面を鷲掴みにして⋮⋮⋮ ﹁小競り合いとはいえ、俺に血を流させたからには⋮⋮⋮潰れる覚 悟は出来ているんだろうな?﹂ ﹁ひぐっ!﹂ グシャりと果物が潰れたかのような鈍い音が響いた。 気づけば、エロスヴィッチの顔面を掴んだまま、バスティスタが エロスヴィッチを後頭部から地面に陥没させるほど叩きつけていた。 ﹁ちょっ! そ、それはやりすぎなんで!﹂ ﹁や、やべえ! あいつ、キレたか!﹂ ﹁エロスヴィッチ様ッ!﹂ ﹁ひ、ひ、ひどいっ!﹂ だが、目を覆うような行為に俺たちがゾッとすることなどお構い なしに、バスティスタは叩きつけたエロスヴィッチの後頭部を反転 455 させ、今度は潰した後頭部を掴んで、エロスヴィッチの顔面を勢い よく地面に叩きつけた。 ﹁ちょーーっ! そ、それはさすがにまずいだろうが!﹂ ﹁⋮⋮⋮へえ⋮⋮⋮いいじゃない? 彼、容赦というものを知らな い。なるほどね⋮⋮⋮兄さんたちが敗れるわけか﹂ こ、これは、やりすぎだ! エロスヴィッチの顔面が変わっちま う。 ﹁ぷぐっ、が、はぐっ⋮⋮⋮ッ、小僧ッ!﹂ 真っ赤に染まった顔面は、元の可愛らしい幼女の面影をすっかり 無くすほど凄惨になっている。 だが、その血に染まった瞳はまだ、死んでねえ。 叩きつけられ、そして掴み上げられたエロスヴィッチは、己の尾 をしならせ、バスティスタの喉元に尾を突き刺した。 ﹁ッ!﹂ ﹁この小僧めが! わらわを誰だと思っているのだ! そのてい︱ ︱︱︱︱︱﹂ だが、喉元に深々と尾を突き刺されながらも、バスティスタはも う一度勢いよくエロスヴィッチを地面に叩きつけた。 ﹁⋮⋮⋮ふっ⋮⋮⋮くく、がはっ⋮⋮⋮ッ、⋮⋮⋮お前が何者かだ と? 知っていたとして、それが何になるのだ?﹂ 456 トドメの強烈な一撃。 これは⋮⋮⋮⋮死んだんじゃねえだろうな⋮⋮⋮? まさかと思われる光景に、世界が絶句する中で、とうとう耐え切 れずに、最も間近にいた女が口を開いた。 ﹁バ、スティスタ様⋮⋮⋮﹂ 恐怖に怯えて引きつった表情を見せるのは、ついさっきまで、バ スティスタに愛を告げていたバーミリオン姫。 しかし、今、その表情は愛しい男を見る顔ではない。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮目を逸らすな、バーミリオン姫﹂ ﹁ッ!﹂ その時、血に染まった笑みを浮かべながらも、バスティスタがバ ーミリオンにそう告げた。 ﹁その瞳でこの姿を目に刻むが良い。これが、お前がよく知りもせ ずにその身と心を捧げようとした、愚かな男の本性だ﹂ ﹁バスティスタ様! ッ、な、なにを言って⋮⋮⋮﹂ ﹁普段どれほど己を押さえつけようと、暴力に取り憑かれ、相手を 壊し、潰すことでしか喜びを得られなかった男。それが俺だ﹂ 457 エロスヴィッチの頭部を地面にめり込ませた腕をゆっくりと引き 上げ、バスティスタは儚い笑みを浮かべた。 ﹁俺はこういう守り方しか出来ん男だ。暴力の中でしか、誰かを守 ることしかできない。守るだけならそれでいいかもしれない。しか し⋮⋮⋮一人の女の愛に対する応え方をこの体は知らん。それが、 ヴェルト・ジーハと俺の大きな違いだ﹂ 少しずつ、その凶暴に染まった表情が穏やかに戻るに連れて、ま るで諭すかのようにバスティスタは言う。 ﹁だからこそ、お前にまだ未練のようなものがあるというのなら、 この姿を目に刻み、そして知れ。この、凶暴な男の本性にな﹂ ただ、エロスヴィッチに制裁を加えただけじゃねえ。本当の自分 を曝け出し、バーミリオンに自分という人間を知ってもらうため? だからここまでのことを? とは言うものの、ここまですることも⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁ナ・ル・ホ・ド・ナ・ノ・ダ♪﹂ と思ったとき、さっきのバスティスタに負けないぐらいの、寒気 のするような声が響き渡った。 458 ﹁そこまでの、ふにゃチンとは思わなかったのだ⋮⋮⋮くくくく、 まさか⋮⋮⋮女にコクられて、一発もヤラずにフルなど、腰抜けの 極みなのだ﹂ ⋮⋮⋮その理屈はどうかと思うが、あの女、あんだけやられても まだ? ﹁⋮⋮⋮ふっ⋮⋮⋮そこまでにしておけ、エロスヴィッチよ。ただ の性欲発散の代償としては、あまりにも大きいだろう?﹂ ﹁⋮⋮⋮ぷっくくくくく、性欲の代償に比べて? ぷくくくく、ナ ーハッハッハッハッハッハッハ! なんとも笑わせるのだ! 女も 抱けぬ、エロも知らぬ男が何をほざくか!﹂ 地面の中から勢いよく、飛び出したエロスヴィッチ。 そのグシャグシャに潰された表情でも、変わらず怪しい笑みを浮 かべていた。 ﹁お前は知らぬのだ。エロの尊さを! エロが世界を変えられると いうことを!﹂ ﹁⋮⋮⋮その言葉は⋮⋮⋮⋮オーナーの⋮⋮﹂ ﹁ん? なんなのだ? 貴様、﹃フルチェンコ﹄のことを知ってい るのか?﹂ フルチェンコ? オーナー? それって、まさか、以前バスティ スタの記憶を覗いた時に居た⋮⋮⋮ 459 ﹁まあ、それはどうでもいいのだ。ただ、フニャちんのお前に見せ てやるのだ。人の凶暴性など、愛とエロスの前には無力ということ をな!﹂ そう、そんなことがどうでも良くなるぐらいの魔の瘴気が吹き荒 れる。 魔力で光の獣の衣を包み込んでいたエロスヴィッチの肉体が変形 していく。 ﹁なっ、ま、まさかっ! エロスヴィッチ様っ! 獣化する気では ござらんかっ!﹂ ﹁なにいっ、獣化だとっ!﹂ ﹁エロスヴィッチ様が真の姿をっ! かつて、カイザー様と出会っ て以来、その姿を封印されていたと聞いていたでござるが、まさか !﹂ ちょっと待てよ! まさか、ヤル気か! 今日だけでも、ニューヨークにヴァンパイアドラゴンなんかを召 喚されて既にお腹いっぱいの状況下で、あいつは⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁ギャアアアアアアアアアアアアっ!﹂ ﹁ば、ばっ、ばけものだああああっ!﹂ ﹁怪獣が現れたぞーーーっ! に、に、逃げろおおっ!﹂ 460 こうなるに決まっている。 建物よりも遥かにでかく、全身を獣と化したその姿は。 ﹁きゅ、九尾の妖狐とニューヨークはどう考えても合わないと思う んで! いや、それどころじゃないけども!﹂ ニートのよく分からんツッコミは、とにかく混乱している状況と いうことで今は流しておく。 とにかく、ジャレンガだけで手一杯だったのに、まさかここまで やるか? あの、バカ女! ﹁ちょっと、嘘でしょ⋮⋮⋮﹂ ﹁おいっ、ピンク! 流石にもう限界だ! 俺は行くぞっ!﹂ ﹁殿、お待ちください! 拙者もお供するでござる!﹂ ﹁手を貸そうか、ヴェルトくん? 僕の妹をいっぱい可愛がってく れる条件でさ?﹂ ﹁俺は絶対行かないんで﹂ ﹁こ、こわい、あ、あんなの、戦争でも見たことないよ﹂ エロスヴィッチを止めるしかねえ。 ここまでくると、バスティスタが勝てる勝てないとかは別の話だ。 街が、世界が、崩壊する! ﹁ナハハハハハハハハハハハハ! さあ、ひれ伏すがいいのだ! 大いなる力の前に!﹂ 461 闇夜に降りた巨大な狐の化物は、高らかに笑い、真下に居るバス ティスタを見下ろす。 しかし、ここでまた面倒なことに、バスティスタも怯んでねえし! ﹁ふっ。面白い⋮⋮⋮貴様を潰すには、より、凶暴さが必要という ことか!﹂ ﹁ばす、てぃすた、様⋮⋮⋮こ、これは、い、一体⋮⋮⋮﹂ ﹁下がっていろ、バーミリオン姫。これから先は、さらなる血肉沸 き立つ凶暴な世界が繰り広げられるのだからなっ!﹂ 燃えるなああああああっ! いかん、一番落ち着いて安定感があると思っていたバスティスタ も、既に血が騒いでいる様子だ。 もう、これは戦わせるのはまずい。 だが、しかし、この時、俺たちはまだ分かっていなかった。 強いとか弱いとか、そういう次元の話じゃない。 ﹁ふふふふふふ、言ったであろう、バスティスタよ。凶暴さなど、 エロスの前には無力とな﹂ ﹁なに?﹂ ﹁見せてやるのだ! 可愛くないから封印していた、わらわのこの 姿。この姿になった時の、わらわの力は大きく膨れ上がるっ!﹂ そして、俺たちは知る。 エロスヴィッチの真の力が、世界を変え、そして崩壊させるほど 462 のものだということを。 インコントロール ワールド スーテ パン ープテーションブレ ﹁さあ、男の貴様に耐えきれるか、見せてみろなのだ! 超誘惑洗 脳術エロス世界!﹂ それは、広大なニューヨークを包み込むほどと思われる巨大なピ ンク色の靄。 あれは、毒か? いや、確かあれは⋮⋮⋮ ﹁洗脳術は俺には通用せんっ! 全身の血液をコントロールし、脳 を常に圧迫させることで、正常に戻す!﹂ ﹁ぬははははははは。確かに、おぬしならばいかに強力に洗脳しよ うとも無理なのだ。だが、他の連中はどうかは分からぬのだ﹂ ﹁なにいっ!﹂ そして、ついに世界が変わった。 ﹁っ、バスティスタ様っ!﹂ ﹁なにっ、バーミリオン姫!﹂ 突如、背後からバスティスタに飛びつくように抱きついたバーミ リオン。 それは、さっきまで恐怖に怯えていたはずが、いつの間にか⋮⋮⋮ ﹁あつい⋮⋮⋮あつい、ほてる⋮⋮⋮火照ってしまう⋮⋮⋮ねえ、 どうして? バスティスタ様⋮⋮⋮﹂ 463 ものすっごい、トロンとした表情で、服をはだけさせ、そしてボ タンを次々と外して、その下からレースのブラを開放し、さらには 穿いていたスカートをたくし上げる奇行に及ぶ始末。 ﹁なにっ? これは⋮⋮⋮目が、正気ではない! エロスヴィッチ、 貴様ァっ!﹂ ﹁ヌハハハハハハハハハ! 安心しろ、バスティスタ。貴様には効 果はない。心優しいわらわは、この一帯に居る﹃女だけ﹄に洗脳を かける!﹂ これには、凶暴化バスティスタもビックリ⋮⋮⋮ っていうか⋮⋮⋮ ﹁あ、つい、あついわああああっ!﹂ ﹁もう、服なんて着てられないもん! はあっ、はあ、はあっ! 体が疼いちゃうっ!﹂ ﹁今日は主人が、主人がいなくて! お願い、誰でもいいから!﹂ ﹁ねえ、そこ、すぐホテル! そこ、ホテルなの! ねえ、誰かァ !﹂ ﹁お、ねえさま、ヴィッチおねえさま! 早く、シアンを、早くシ アンを部屋に! シアンがいけない子になってしまいます!﹂ なんかもう地上にいる、女たちだけが物凄い興奮したように次々 と服を⋮⋮⋮おいおいおいおい! 464 ﹁殿おおおおおっ!﹂ ﹁はぐわっ!﹂ と、思ったとき、なんか背後からタックルされて、俺は気づけば 宙に放り出されて⋮⋮⋮ ﹁って、ムサシィっ!﹂ ﹁拙者は∼∼∼、もう、せっしゃは∼∼∼∼∼!﹂ その時、ムサシの目は真っ赤に染まっていて、そしてその様子は、 エロスヴィッチ特性の精力増強料理を食って発情したときと全く同 じ⋮⋮⋮ ﹁危ないよ、ヴェルトくん! 風の精霊よ、優しき風の衣で包みこ め! ウインドフェザー﹂ ムサシのタックルで身動き取れないまま、上空から落下する俺と ムサシ。 今すぐ、ふわふわ魔法で浮かねえとと思ったその時、落下した俺 たちに風の魔法を使って助けたペットが、ゆっくりと下降してきて た。 フライ ﹁ペット?﹂ ﹁私、飛翔は使えないけど、⋮⋮⋮んッ⋮⋮⋮こうやってゆっくり 降りるだけなら⋮⋮⋮﹂ 465 いや、それはいいんだけどさ⋮⋮⋮ ﹁いや、そうじゃなくて、なんでお前まで落ちてきてんの?﹂ ﹁えっ? あっ、ごめんッ! ムサシちゃんだけズルい⋮⋮⋮じゃ なくて、アレ? わ、私、何を言って⋮⋮⋮ふう、はあ、ただ、ヴ ェルトくんとムサシちゃんが今から目の前で、いやらしいことをし ようとしているんじゃなんて思って⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮はっ?﹂ ﹁そんなのダメだから、私は姫様の味方だから! だから、私も混 ぜてもらおうと⋮⋮⋮あ、あれ? 私、何を言って?﹂ いや、うん、ペット、お前も⋮⋮⋮なんでそんな、酔っ払ったみ たいにトロンとした表情でフラフラと俺に近づいて⋮⋮⋮ ﹁とにょ∼∼∼、んん∼∼∼、とにょ∼∼∼∼﹂ 俺の胸に顔を埋めてスリスリしてくるムサシ。 そして、今のペットの様子⋮⋮⋮これはやっぱり⋮⋮⋮ ﹁はあ、はあ、はあ、ッ⋮⋮⋮だめ⋮⋮⋮運転に集中できない⋮⋮ ⋮ねえ、あんたたち二人⋮⋮⋮お願い、自力で助かって⋮⋮⋮ん、 だ、ダメ﹂ その時、ふと上空を見上げると、さっきまで物凄いドライビング テクニックを見せていたたはずのピンクの車が、飲酒運転者みたい に物凄いフラフラしているのが分かった。 ﹁ちょっ、俺たちどうすればいいんで!﹂ 466 ﹁ねえ、なにこれ?﹂ 空気を伝わって聞こえてくる、車内の会話。 そんな中、車の運転席が勢いよく開き、中からピンクが宙へ飛び 出し、同時にバッとパラシュートのようなものを開いて下降してき た。 ﹁ちょおおおおっ! なんでこんなことになってるんで!﹂ ﹁あらら。あの女、あとで殺そうかな?﹂ 当然、運転手のいなくなった車はフラフラと自由を失ってどこか へと飛び、そのまま地上へ落下して爆発を起こした! ﹁あーーーーーっ! ニートが乗ってんのに! テメェ、ピンク、 なんつうことをやらかしてんだよ!﹂ えっ? ジャレンガも乗ってる? いや、あいつは絶対無事だか ら。 と、それよりも、俺とムサシとピンクが地上へ降り立った瞬間、 パラシュート広げて降りてきたピンクは、正に名前のとおりピンク 色に頬を染めて、パッツンパッツンピッチピチのキャットスーツの まま内股をモジモジさせて、胸元のジッパーをゆっくりと下に下げ て⋮⋮⋮ ﹁らって! うんれんなんかれきないわよ︵運転なんかできないわ 467 よ︶! ふぐっ、ていうか、触らないで! 今の私に近づくんじゃ ないわよっ! なによこれ、んん、ジュンってなって⋮⋮⋮体の火 照りが止まらない⋮⋮⋮﹂ あ、あの、バカ女⋮⋮⋮⋮⋮⋮まさかっ! ﹁ヌハハハハハハハハハハハハハ! さあ、どうしたのだ、バステ ィスタ! 分かったであろう? おぬしがほざく凶暴性など、エロ ス化した女にも通用せぬのだ! さあ、今こそ、エロスの世界の幕 開けなのだ! さあ、規制により本能を押さえつけられているオス 共よ! 女たちはこうして求めているのだ! さあ、どうするのだ ? その奥底のエロスをわらわに見せてみるのだ! そして男も女 もエロスの素晴らしさを知るのだ!﹂ あのババアッ! ﹁ちっ、あのババア、もうキレた! ぶちのめして⋮⋮⋮ってやべ え! ホテルの中にはコスモスとか居るのに! このままじゃ⋮⋮ ⋮ほぐわああっ!﹂ とその時、俺は背後から三人ぐらいのタックルを後ろからくらっ ていた。 468 第26話﹁俺は今、何と戦っている?﹂ ﹁殿∼∼、拙者を置いてきぼりは∼、もう嫌でござる∼﹂ ﹁うん、ごめんね、ヴェルトくん。体がよろけちゃって﹂ ﹁待って。こんな状況で置いていかないでよ﹂ 心の底から置いていきたい。 ﹁ヴェルトくん⋮⋮⋮重たいよね⋮⋮⋮ゴメンね⋮⋮⋮すぐどくよ﹂ ﹁じゃあ、今すぐどけ!﹂ ﹁うん。よいっしょっと﹂ おかしい。俺に倒れ込んでいたペットが、すぐにどくよと言いな がら、何故か俺の腹の上に馬乗りになってきやがった。 ﹁んっしょ、よいしょっ﹂ ﹁って、なんで顔を近づけて、ってやめんか! テメェ、もうフォ ルナを応援って言ってただろうが!﹂ ﹁うん、そうだよね⋮⋮⋮んんっ、わ、わかってるから⋮⋮⋮だか ら、ごめんなさい⋮⋮⋮﹂ 分かってねーーーーッ! ﹁じ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼﹂ ﹁うおっ、ビックリした!﹂ その時、ペットを払いのけようとした俺は、思わず変な声を出し ちまった。 469 なんか、俺の﹃手﹄をものすごく凝視しているピンクの形相に驚 いた。 ﹁テメェ、何やってんだ!﹂ ﹁ん、な、なにって、べつに大したことじゃ⋮⋮⋮ただ、あんたの 指が美味しそうだなって⋮⋮⋮﹂ この時、俺は思った。 これほど極限までに何かを凝視する者が発した一言が、﹁指が美 味しそう﹂っていうのはどういうことだ? ﹁ち、ちがっ! わ、私はそんなんじゃ、べ、別に指フェチってわ けじゃないの! ただ、⋮⋮⋮あんたの手⋮⋮⋮この世界の男ども の貧弱な手と違って、ゴツゴツして、豆もあって、ん、何かを頑張 っている手⋮⋮⋮あ∼∼∼∼∼ん﹂ ﹁それは、ただ、ッ、包丁とか料理の熱で分厚くなっただけで、つ、 や、やめれーっ! 何を食おうとしてんだ!﹂ ﹁何言ってんの! 食べるわけ無いでしょ! ちょっと口にふくも うとしただけじゃない!﹂ ﹁なら、バスティスタにせんかいっ!﹂ ﹁だって、不自然に硬そうじゃない!﹂ いかん! 何がいかん? 全てがいかん! ﹁殿∼∼∼∼! 拙者∼、もう一度、殿の寵愛が欲しいでござる∼ ∼∼、やや子が欲しいでござる∼∼∼、奥方様たちだけなんて⋮⋮ ⋮殺生でごじゃるよ∼∼∼﹂ もうムサシは舌を出して俺の首筋を舐めまわす求愛行動全開に! あのババア、なんつうことを! 470 これは、世界が荒れる! ﹁ひいいい、だ、ダメです、僕には交際審査を今度申し込む彼女が﹂ ﹁ひゃあああっ! おお、女の子が、は、はだ、はだかに、不潔で すよ∼!﹂ ﹁やめてくれーっ! この体は、女房以外に触れさせないんだー!﹂ 普通、逆じゃねえか? とは思いつつも、草食化しているこの世界の男たちは、半裸にな って求めてくる女たちに誰もが逃げ回って悲鳴を上げている。 ﹁なんなのだ、せっかく人がお膳立てしてやっているというのに、 情けない男どもなのだ。ヴェルト・ジーハは、ペロリと六人平らげ たというのに﹂ だから、俺を引き合いに出すんじゃねえよ! つうか、今、俺も ピンチなんだよ! ﹁ワリーな、ムサシ! ペット! ピンク! 俺も操は守っとかな いと命がヤバイんでな! ふわふわパニック!﹂ 容赦? 知るかよ。洗脳だろうが、麻薬だろうが、発情だろうが 関係ねえ。 こんな状況、相手に出来るか。 ﹁失神させただけだ。悪く思う︱︱︱︱﹂ ﹁ふにゃあああっ!﹂ 悪く思うな。そう言い掛けた次の瞬間、一匹の虎が俺に飛び掛っ てきた。 471 ﹁ッ、ム、ムサシッ!﹂ ムサシが失神してねえ? 何でだ? ちゃんと強く揺さぶったは ずなのに⋮⋮⋮ ﹁ふぐゆ∼∼、ゴメンね、ヴェルトくん⋮⋮本当にゴメンね﹂ ﹁指∼、指∼、指が欲しいのよ、その、男の子の指!﹂ ムサシだけじゃねえ! 視点の定まらない瞳で、完全にラリッて るくせに、ペットとピンクまでゾンビのように起き上がった。 ﹁なはははははは! これぞ、わらわの最恐軍団、エロバーサーカ ーモードなのだ! もう、すっごいエッチくなった女たちは、性欲 満たすまで襲いかかるのだ!﹂ まず、思ったことは、四獅天亜人として、エロスヴィッチが世界 の覇権を取らなくて本当に良かった。 そして、もう一つ。絶対、あの女はシバく! ﹁ちっ、だが、今はコスモスが先だ! 一緒に居る、あのショタコ ン天使が暴走してるかもしれねーしな!﹂ そう、とにかく最優先すべきはそこだ。 ﹁どけえええっ!﹂ ﹁ひゃうっ! 殿おおお! いずこへえええ!﹂ ﹁待って、ヴェルトくん、いやだ、怖いから置いていかないで! 472 私を守ってくれるって言ったのに!﹂ ﹁待ちなさい! 無闇に動いても危険よ。だからその指を、って、 じゃなくて、とにかく一回口に含ませさせて!﹂ 別にコスモスぐらいの幼児にそういう洗脳術が通じるとは思わな いが、問題なのは、コスモスの面倒を見てもらっているリガンティ ナの方だ。 あいつが、本能の赴くままに暴走されると⋮⋮⋮ ﹁バスティスタ! 俺が許す、そのロリババアぶち殺せ!﹂ ﹁ヴェルト・ジーハ!﹂ ﹁ワリーけど、俺はホテルの中を見てくる!﹂ ﹁いや、待て。俺も今、このまとわりつく女をどうにかするので手 一杯で⋮⋮⋮﹂ ﹁チューでもしてやれ!﹂ 本来なら、この場でエロスヴィッチをぶっ殺してやりたいが、そ れは後回しだ。 俺はホテル前の乱痴気騒ぎを飛び越え、対峙する二人の間を通り 抜け、一人、ホテルの中へと駆け抜ける。 ﹁ぬぬ、ヴェルト! おい、シアンよ、あれがヴェルトなのだ! 今すぐ追いかけて、奉仕してくるのだ!﹂ ﹁はうっ∼∼、男の人⋮⋮でも、⋮⋮⋮﹂ ﹁大丈夫、ヴェルトは女の扱いに慣れているのだ! 手出しさえさ せれば、後はもう、流れに身を任せるのだ!﹂ おい、あのクソ女。やっぱ、今、ぶち殺したほうが? もはや完全に堕ちたと思われるシアンという小柄の姫が、涙目で 俺の後を追いかけてくる。 473 ﹁ううっ、これも、お姉さまに可愛がってもらうためなら⋮⋮⋮ヴ ェルトお兄さん! シアンを、受け止めてくだしゃいっ!﹂ ﹁できるかあああああああああああああああああっ!﹂ 高級ホテルの大理石の階段を飛び越えて、レッドカーペットなん か走りぬけ、でかいシャンデリアや噴水が設置されている広々とし たロビーには目もくれず、俺は駆け抜け⋮⋮ ﹁って、どの部屋か分からねええええっ!﹂ ホテルのフロントに聞くか? いや、ソレもダメだ。何故なら⋮⋮ ﹁ボーイさん、私を部屋まで運んでくださらない?﹂ ﹁むむむむ、無理です。しょ、小職は勤務中ですので! も、し、 体調が優れないようでしたら、介護ロボを派遣しますので!﹂ ﹁んも∼、理解に乏しいですよ、ボーイさん。ふっ﹂ ﹁ひゃうっ! い、息を吹きかけないで下さいッ!﹂ ダメだこりゃ。ホテルの中までこんな混乱状態。 しかし、止まっている暇もない。 ﹁ヴェルトお兄さん、待ってください! シアンを∼、シアンを奪 ってくらさい!﹂ ホテルはロビーから最上階まで吹き抜けになっている。 なら、エレベーターを使う必要も無い。 474 ﹁ふわふわ飛行﹂ ﹁はへっ! エッ? えええっ! と、飛んだ!﹂ このまま飛んで行けばいい。 さすがにエロバーサーカーモードと化したこいつらも、これでは 追いかけられないだろう。 ようやく安全地帯に逃げることが出来たことで、俺は少し安堵し た。 すると⋮⋮ ﹁ヴェルトさん! こちらよ!﹂ ホテルの上階へと飛んでる途中で俺の名を呼ぶ女の声。 ミント色のポニーテイル。 思わず止まって、声のした方を向くと、そこには昼間のアイドル 衣装である、カラフルなチェック柄のパニエのスカート。胸にリボ ンを付けた紺色ブレザーを纏った、アイドル姫の一人が居た。 ﹁テメエは、確か、ライラックの妹の⋮⋮⋮﹂ ﹁ミントでしてよ。今、どういうわけか、外では多くの人が取り乱 して危険になっているので、無闇に動き回らない方がよろしくって よ?﹂ アイドルグループのリーダー格っぽい女。このヴァルハラと呼ば れる国の姫。 475 そして、ついさっき、ジャレンガにぶちのめされた、変態ライラ ックの妹。 その事実から、思わず俺は身構えていた。 ﹁ああ、だから俺はコスモスを⋮⋮﹂ ﹁リガンティナ姫とあなたの娘さんの部屋はこちらよ。私が案内し ましてよ?﹂ なに? それは、好都合⋮⋮なんだけど⋮⋮ ﹁何で、お前、知ってるんだ?﹂ 確か、噂では、こいつ、今夜は枕営業うんたらかんたらで⋮⋮ そして、こいつはあのド変態ライラックの妹でもある。 そもそも⋮⋮ ﹁そもそも、何でテメエは無事なんだ?﹂ ﹁上階のVIPルームは、バイオハザード用の防護システムが作動 していましてよ。それより、早くしたほうがよろしいと思いまして よ?﹂ バイオハザード? また、随分とニートが好きそうな単語なこと だ。 まあ、それならそれで問題ないのか? ﹁この部屋よ。さあ、いらして﹂ そうだな。それに、今はこいつを信じるしかねえ。 俺はミントに連れられるまま、とある一室の前に案内された。 その扉は、ミントの所持していたカードキーを通すことで自動的 476 にロックが解除され、中に入った瞬間、電気一つついてなかったの に、いきなり部屋が明るくなった。 中には広々としたリビングやソファー。アンティークものの家具 や、液晶型のディスプレイ、そしてテーブルの上には豪華な花束と 果物⋮⋮ ﹁って、コスモスいねえじゃねえかっ!﹂ ガチャリ。その時、そんな音がした。 ﹁⋮⋮⋮⋮ん?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮ライブ、スタンバイOK﹂ 振り返ると、ドアをしっかりと閉めたミントが背中を向けたまま、 何かを呟いていた。 ﹁おい⋮⋮⋮テメエ⋮⋮コスモスはどこだ?﹂ なんか、様子が変だ。いや、なんか嫌な予感がしてきた。 かなり強めの口調で問いただすと、ミントは答えた。 ﹁ヴェルトさん。どうして私が、ステージ衣装でここに居たのかを、 気になさらなくって?﹂ はっ? ⋮⋮言われてみりゃそうだな。 別にライブってわけでもないのに、お忍びで現れたお姫様がどう して、ステージ衣装で? 目立つだろうが。 ﹁実はこの部屋が、今晩、あなたに宛がわれた部屋だったのでして 477 よ?﹂ ﹁⋮⋮⋮だから?﹂ ﹁そして、今夜⋮⋮私はこの部屋をステージに、ライブを行う予定 でしてよ?﹂ そして、ようやくドアに顔を向けていたミントがこちらを振り返 る。 その目はどう考えても⋮⋮ ﹁ヴェルト・ジーハさん専用特別公演。ノー○ンライブを!﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮? ﹁あっ! か、勘違いしないでくださいませ! ノーパ○といって も、ただ、スカートの下に下着を穿いていないだけで、ただ、それ だけなの!﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮世間では、それを○ーパ ンと呼ぶと思うんだが。 ﹁へ、変な勘違いしないでくださいませ。元々はパンチライブを行 う予定だったのだけれど、この方が質として喜ばれると思っただけ で、私は別に変態じゃなくて、おさわりだって別にあなたのお気に 召すままで、とにかく︱︱︱︱︱︱﹂ ﹁ふわふわパニック!﹂ 478 ﹁はぐっ!﹂ 最後まで聞いてられるか。 ﹁お前も、普通に洗脳されてんじゃねえか。バイオハザード用防護 壁って、何も役に立ってねえし! まあ、各階ふきぬけになってる 時点で気づくべきなんだけどな﹂ 経験に乏しかった半年前の俺ならば、ものすごいドキドキしたん だろうが、今の俺にはハニートラップは通用しねえと何度も言って るだろ? 問答の時間も惜しかったので、俺はミントをソッコーで気絶させ た。 倒れこむミントの衣服がほんの少し乱れて、スカートの裾が、中 身が見えるかどうかのギリギリのラインでまくれるも、今の俺は気 にしない! ﹁つうか、国際問題にならねえよな? っていうか、お姫様の痴態 と貞操を守ったんだから、むしろヒーローか﹂ とりあえず、気絶したミントは放置して俺は⋮⋮ ﹁待って、ヴェルトさん! せめて、お尻愛からでも始めさせても、 よろしくって?﹂ ﹁ほぐゅわ! て、テメエまでバーサーカーに!﹂ 479 背後からのタックル! 完全に油断⋮⋮って、そうか! エロバ ーサーカーモードだから、こいつにも通用しねえのか! なんつう、傍迷惑な力だよ! ﹁ヴェルトさん。私は、兄とは違ってよ? 兄のような奇人をパー ティーで見て、ヴァルハラを誤解されてしまったかと思うと、私⋮ ⋮私⋮⋮﹂ ﹁っ、あーもう、分かったよ! 別に誤解してねえよ! ライラッ クが特別だって分かってるから、とにかく離せよ!﹂ ﹁そう、私は兄とは違う! ちゃんと私は、異性のお尻が好きでし てよ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮?﹂ ﹁愛し合う男と女。異性同士のお尻を愛し合う。だから、私と、お 尻愛になるのはいかが!﹂ 何言ってんだ、こいつ。 いや、っていうか、こいつもまさか⋮⋮ ﹁テメエまで変態だったか!﹂ ﹁失礼! 私は変態じゃなーい!﹂ ﹁どこがだよ! そもそも法律で禁止されてんだろうが! そこは どうなんだよ、ああん?﹂ ﹁ええ、勿論! 法律では禁止されている。交際許可すらも下りて いない異性の体に触れるのは禁じられていてよ。それは、王族とて 例外ではなくってよ! それを私が破るわけがなくってよ!﹂ ﹁なら、何故、俺のズボンに手をかける!﹂ ダメだこいつら。言葉も思考もすべてが支離滅裂になっている。 エロスヴィッチの力が、まさかここまでとは思わなかった。 こりゃあ、多少手荒にしてでも⋮⋮ 480 ﹁殿の匂いはここにゃあああああああっ!﹂ ﹁ヴェルトくん、ムサシちゃんがどうしても止まらなくて、ゴメン ネ。本当にゴメンネ﹂ ﹁ヴェルトお兄さんまで、シアンいじめないでくらさい!﹂ ﹁助けに来たわ! 指は無事よね?﹂ 全員集合しちゃったよ! 強固なはずのVIPルームのドアなど、侍ムサシにかかれば、豆 腐のようにスパスパ斬られた。 そして、全員揃って異常な目をして⋮⋮⋮ ﹁ったく。女たちにこれほど過激なアプローチされても手出しでき ねえのは、ヘタレかホモだけだと思っていたんだけどな。これだか ら、妻子持ちはつらいぜ﹂ だけど、そうは言っても喰われるわけにもいかないよな。 ムサシに関してもだ。こっちがムサシを可愛がるならまだしも、 ムサシが俺を喰うのは、何だか殿としての威厳が許せねえ。 ﹁つうわけで、手荒にいくぞ! ふわふわモーセ!﹂ ﹁殿∼∼∼! ご乱心を∼∼!﹂ ﹁ご乱心はお前だろうがッ!﹂ 目の前の壁は左右真っ二つに分けて、真ん中を悠々と通り抜ける。 甘いぜ、ムサシ。洗練され、極限まで集中したお前ならまだしも、 481 発情モードで混乱中のお前じゃ、俺を止めることはできないぜ。 後ろから俺を呼び止める声を耳にしながらも、俺は飛ぶ。 ﹁コスモスーッ! どこだ、コスモスー!﹂ くそ、ホテルが無駄にでかすぎる! しかもパニック状態で周囲 が騒がしい中で、コスモスが果たして俺の声が聞こえるか? リガンティナだってどこに居るかは⋮⋮⋮ ﹁中年ばかりしかいないではないか! 夫ーーーっ! ラガイアー っ! 我が夫がどうしていないのだー!﹂ あっ、居たよ。 こんな叫び声、一人しかいない。 っていうか、状況的に、誰彼構わず発情してるわけでもなく、ラ ガイアに貞操を守ってるあたり、リガンティナの執念は見事なもん だな。 ホテルの廊下を、鬼のような形相で徘徊するリガンティナ。 どうして、俺の義理の兄貴や姉は、あんなに一癖も二癖もあるや つばかりなんだ? 482 第27話﹁一日の終わり﹂ ﹁婿殿ーッ! 何をのんびりしている! そもそも、婿殿が私をジ ーゴク魔王国入国に口ぞえをしてくれていれば、私もこんなことに はならなかったというのに! 今すぐ帰るぞ! ラガイアが私を待 っているのだ!﹂ なおさら、口ぞえしたくねえよ。俺は娘と妹と弟だけには、激甘 だと知ってて言ってんのか? ﹁つーか、テメエまで頭おかしくなりやがって。コスモスは?﹂ ﹁ついさっきまで、私の胸を枕に寝ていたわ! おかげで、胸に涎 がついてしまった!﹂ 良かった。スヤスヤ寝てるなら、最悪の事態だけは避けられたっ てことか。 ﹁どこの部屋だ?﹂ ﹁婿殿! 婿殿はこの荒ぶる気持ちを抑えきれぬ義姉の願いを聞き 入れることと、愛娘の寝顔を見に行くこと、どっちが大切だと︱︱ ︱︱︱﹂ ﹁愛娘の寝顔に決まってんだろうがボケナス!﹂ 比べるまでもねえだろうが、この独身女! といっても、天空族 はほとんど独身でエルジェラが例外なだけなんだけどな。 まあ、こいつの分裂期が遅いのは、全くの別問題ではあるがな。 ﹁とりあえず、騒がしいとはいえ、手当たり次第に発情しまくって 483 ねえのは流石だな﹂ ﹁くそ、何が高級宿泊施設だ! 若い利用客が全然いないではない か! こんなところでは興奮できるものもできないに決まっている ! こんな乾いた豚どもの小屋にいつまで私を軟禁するつもりだ!﹂ ﹁これを流石というのも何だか間違っている気もするけどな﹂ アイドル姫共やペットにムサシよりは、流石に総合的な実力では ワンランク上なだけはある。 錯乱はしているけど、まだ理性は保てている。 まあ、この場に、幼い子供がいれば、状況も違ってたかもしれね ーけど⋮⋮⋮⋮ ﹁とりあえず、空高く飛んで、この瘴気から脱出するんだな、リガ ンティナ。その後で、あのクソババアの処遇を考えようぜ?﹂ コスモスさえ無事なら、とりあえず、後はどうでもいいか。 ニートとジャレンガ、バスティスタあたりも少し心配だが、まあ あいつらなら大丈夫だろう。 エロスヴィッチは、もう未来兵器かバスティスタのパンチでやら れちまえ。 そう思っていた、その時だった。 ﹁むっ?﹂ ﹁ん?﹂ それは、特に大きい音だったわけではないが、一瞬俺たちの動き と声が止まった。 ゴトっという男と、カランという音。まるで、中身の入っている 缶ジュースが落ちて転がったかのような音。 それは、ホテルの通路を転がり、俺たちの視界に入った瞬間、目 484 が潰れるような閃光を放って破裂した。 一体、何が転がっているのかと気にした瞬間に破裂。完全に想定 外。 ﹁うぬっう、ぐっ!﹂ ﹁目、目がッ!﹂ 閃光弾? 何が? 一体誰が? リガンティナは? 足音? 複 数だ。突入? ダメだ、落ち着け! それに、確か、転がっていた物体は、一つ だけじゃなく⋮⋮ ﹁ううっ!﹂ 今度は目だけじゃねえ! この、息を吸った瞬間に気管に吸い込 まれる、このモクモクとした煙はなんだ? エロスヴィッチの瘴気 じゃない。 もっと、科学的な⋮⋮ ﹁む、こ、殿ッ、これは!﹂ 意識が遠のく! 潰れた瞼が余計重たく感じ⋮⋮眠く⋮⋮睡眠ガ ス? ﹁ご安心ください。非致死性のガスです。人体に悪い影響はありま せん﹂ この声は? 目に見えないが、聞き覚えのある丁寧な喋り方の女 485 の声。 ﹁ごめんなさい。このホテル一帯に睡眠ガスと筋弛緩ガスを撒きま した。あまりにも状況が混乱していましたので、強硬手段を取らせ て戴きました﹂ 女の丁寧な喋りの後ろでは、バタバタと複数の誰かが走る気配を 感じた。この足の運びから、訓練されたものたちだというのが分か る。 治安維持部隊? ダメだ、眠く⋮⋮ ﹁ふ、ふわふわ空気清浄!﹂ もう随分吸い込んじまったが、これ以上吸い込んでたまるか。 手遅れだとしても、何とか力を振り絞り、これ以上ガスを吸い込 むことを防ぐよう、空気の流れを調節する。 だが、この様子だと、エロバーサーカーモードのリガンティナは 既に寝ちまったか? 俺も恐らく、あと数秒から数分以内に寝ちまうかもしれねえが、 せめて状況を確認しねえと。 んで、ようやく閃光弾で潰された目も直ってきた。 一応、声の主に心当たりはあるものの、確認の意味も込めて俺が ゆっくり目を開けると、そこには⋮⋮ ﹁まだ、耐えられますか。とてもすごい意志ですね、ヴェルト・ジ 486 ーハさん﹂ ガスマスク装着で素顔は分からない。 だが、パーティーの時と同じドレスを着ているし、髪の色も一致 している。 間違いない。 ﹁テメエは、名前忘れたけど⋮⋮⋮アイドル姫の⋮⋮⋮﹂ ﹁ふふ、それは残念です。まあ、あなたとは一言も会話できません でしたから、仕方のないことですが﹂ 何故名前を覚えていないのか? 簡単だ。こいつだけ、特に特徴がなかったからだ。 容姿も平均よりは当然上のレベルではあるが、八人もお姫様が居 る中で比べれば横並びであり、性格的なものや口調的なキャラクタ ー性も普通。 まあ、俺がこいつと喋ってないってこともあるが、少なくとも印 象に残るような姫じゃなかった。 だからこそ、そんな中でこういう女に唐突に現れられても、驚き はするものの、とりあえず反応に困るというところ。 ﹁と、ッぐ! ふう⋮⋮はあ⋮⋮はあ⋮⋮あやうく意識が飛ぶとこ ろだったぞ? 随分と不快な道具を使うのだな、この世界は﹂ ﹁あら?﹂ ﹁リガンティナ! おまえ、ね、寝たんじゃ?﹂ おっと、完全に寝ちまったと思ったリガンティナだが、堪えてい たよ。さては、こいつも俺の魔法みたいに何かやって、吸い込むガ スの量を減らしたな? 変態とはいえ、こういうところは流石だな。 487 ﹁さすがは、クラーセントレフンの方々。凶暴な犯罪者も一瞬で寝 てしまうほどの最新式の﹃睡眠ガス﹄と﹃筋弛緩ガス﹄ですのに⋮ ⋮この様子ですと、外の方たちも一部はまだ起きているのでしょう ね﹂ ﹁そうか。まあ、おかげで、外の騒ぎが小さくなったようだな。い いことだ。私も、外の連中のように変態化していたら、錯乱してい ただろうからな﹂ いや、お前、十分変態化していたんだが⋮⋮⋮ にしても、俺のふわふわパニックでもムサシとか失神しても起き 上がったっていうのに、睡眠ガスね⋮⋮果たして、どんだけ効果が あることやら⋮⋮ ﹁いえ、リガンティナ皇女様は、情報によると物凄い形相で館内を 徘徊しては、幼い男の子を捜していたとの情報が⋮⋮⋮﹂ ﹁それの何が悪い。外やホテル内がこのような状況下だ。身を守る すべを知らない若き男たちを、守ってやるのが大人の使命。怯えて、 小さく縮こまって、涙目で震えて⋮⋮じゅるり⋮⋮﹂ あかん。眠たそうな顔しながら、変態顔している。 睡眠ガスで動きが半減してて良かったよ⋮⋮ ﹁ええ、素敵な心がけだと思います⋮⋮⋮⋮そうですか⋮⋮リガン 488 ティナ皇女はそういう性癖⋮⋮これはいいことを聞きました﹂ だというのに、ガスマスクつけた女は、ドン引きするでもなく、 普通にリガンティナを賞賛した。 何で? つうか、最後のほうにブツブツと、この女は何を? すると、女は、脇に抱えていた高級そうなハンドバッグを開けて、 中から薄い冊子のようなものを取り出して、リガンティナに差し出 した。 ﹁お近づきの印に、これをあなたにお渡しします﹂ ﹁⋮⋮これは?﹂ ﹁本当は、この世界で所持するのは禁じられていますが、あなたた ちが持って帰る分には、それを縛る法律はありません。どうぞ﹂ 既に半分寝そうなリガンティナに手渡したものはなんだ? ﹁ペットさんへの腐及活動の一環のお土産でしたが、ソレはあなた にお渡しします。他にも何冊も持ってきてますので♪﹂ リガンティナも首を傾げながら、薄目を開けて、手渡された冊子 を開く。 すると⋮⋮⋮ ﹁ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおおっ!﹂ 閉じかけた瞳が大覚醒し、大人の女リガンティナが鼻血出した。 顔を真っ赤に赤面させ、非常に興奮したように雄叫び上げるリガ ンティナ。 489 だが、今度はあまりにも興奮しすぎたのか、結局頭から煙を出し て、そのままバタンと倒れこんでしまった。 ﹁ッ、な、お、おい!﹂ ﹁あらら。ちょっと刺激が強すぎたようですね。まあ、帰ったらジ ックリと眺めてくださいね﹂ あのリガンティナが、一瞬で? 刺激? ﹁おい、お前、何を渡したんだ?﹂ ﹁大したものではありません。ただの、ショタBL本です﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮? ショタっていうのは、ショタコンのことだろ? BLっていうの は、あの、ライラックみたいなのだよな? ショタのBL。だから、ショタBL⋮⋮なるほど⋮⋮ ﹁げへ、えへ、えへへへへへへ﹂ ラガイアには絶対に見せられないぐらい、天空族皇家の品格を大 きく損なうほど緩みきった顔で、本を大事そうに胸に抱きしめて倒 れるリガンティナ。 ﹁ぐ、はっ、お、おそる、べし、神族⋮⋮⋮⋮﹂ まあ、本人が幸せならそれでいいか⋮⋮ ﹁にしても、テメエ、そんなもんをサラッと差し出すなんざ、どう 490 いうつもりだ? あのテロリスト共の⋮⋮﹂ ﹁そこから先は、あなたの興味の範疇を越えてますよ? ヴェルト・ ジーハさん﹂ ﹁あっ?﹂ ﹁あなたは、﹃興味ない﹄のでしょう? ライラック皇子にはそう 言われたのでしょう?﹂ それは、決定的な一言だった。 そういえば、ピンクが言っていたな。 例の組織は、八大国の至る所に影響を及ぼし、誰がどこで繋がっ ているか分からないと。 それの一人ってわけか。 しかしまた、随分とアッサリと認めるもんだな。いや、バラすも んだな。 ﹁んで、どうするんだ? 買収するのか?﹂ ﹁色々な人からはそう言われてますけど、私にそのつもりはありま せん。文化は強制するものではなく、広めるものですから﹂ ﹁本当か?﹂ ﹁今日、ここに来たのも、交渉や買収ではなく、さっき言ったよう にあくまで友好。そして、﹃こういう文化﹄もあると知って戴き、 お土産に持って帰ってもらおうと思っただけです﹂ ﹁だが、なんでバラす必要がある? 今日会ったばかりの奴に、そ んな重要なことを﹂ そう、何故バラす? ライラックもそうだった。 俺たちがそれを言いふらせば、こいつらは立場的に世界から責め られ、糾弾されることになるはず。 そして、だからこそ、今までずっと公表しないで秘密にしてたん じゃねえのか? 491 ピンクだって﹁誰が敵か分からない﹂と言ってたぐらいなのに、 何故こうもアッサリ、自分がテロリストの仲間、もしくは賛同する 者と公表するんだ? すると、女は⋮⋮⋮⋮ ﹁別に、どうせすぐに忘れますから。私との話は全て﹂ ﹁なに?﹂ ﹁そんな怖い顔しないでください。別に、酷いことはしませんから﹂ ほんとかどうか、マスクで顔を隠されているから分からないとこ ろだが、少なくとも今、俺たちに強硬手段でどうこうする気はない ようだな。 だが、忘れるとはどういうことだ? ﹁私はもう行きます。それと、リガンティナ皇女の部屋はこのフロ アのVIPルームです。そこに、あなたの娘さんもいらっしゃると 思いますのでご安心を﹂ そして、本当にこれ以上のことを今やるつもりはないようだ。 完全に、立ち去る様子を見せるこの女は、怪しい素振りを見せる 様子もなく、俺に背を向けた。 その時、女が連れてきたと思われる、武装した兵が何人かが、小 銃を携えて駆け寄ってきた。 ﹁姫様!﹂ ﹁はい。どうかなさいました?﹂ ﹁睡眠ガスで大半の客や野次馬は眠りにつきましたが、それでも、 一部起きている者も⋮⋮﹂ 492 ﹁なるほど。⋮⋮でしたら、もう一本分散布してください。それで 十分でしょう﹂ ﹁承知しました﹂ この女。随分と落ち着いてるな。 他の姫も一癖も二癖もある連中だが、こいつも、どこか場馴れし ている感じが⋮⋮⋮⋮ん? ﹁ちょ、ちょっと待てッ!﹂ もう、かなりギリギリまで瞼が落ちかけている俺だが、一つだけ どうしても気になった。 いや、気づいた。 ﹁この場に居るのに⋮⋮⋮⋮エロスヴィッチの洗脳魔法はお前に何 ともないのか? リガンティナまであのザマなのに。ガスマスクで 防げるものでもねえはずだ﹂ ガスマスクつけているからと思っていたが、そうじゃねえ。 エロスヴィッチのは、別にガスとかそういうものじゃなくて、魔 法なんだ。 吸い込む吸い込まないじゃなくて、瘴気に触れる触れないの話。 ガスマスクで防げるものなのか? そう問いかけると、逆に、女も首をかしげていた。 ﹁洗脳魔法? そうですか。クラーセントレフンには、やはり科学 では証明できない力が存在するのですね。ちなみに、その魔法とは、 493 どういうものですか?﹂ ﹁くだらねえものさ。瘴気に当てられた﹃女﹄を発情させるものさ﹂ 自分で言ってて、より一層アホらしくなっちまったが、その問い かけに女は何やら難しい顔をしていた。 ﹁なるほど⋮⋮そういうことだったんですね﹂ ﹁あっ?﹂ ﹁私もおかしいと思っていました。どうして、このホテル周辺に居 た女性が皆、錯乱しているのに、私がこうして無事なのか⋮⋮それ は、簡単な理由でした﹂ 簡単な理由? どういうことだ? ﹁その魔法、﹃女性﹄にしか通用しないのでしょう? だから私に は⋮⋮⋮ボクには通用しないってことなのかもね♪﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮えっ? ⋮⋮⋮⋮はっ? ﹁何を言って⋮⋮⋮﹂ 正直、何を言ってるか分からなかった。っていうか、急に振る舞 いや身に纏う雰囲気が変わった? それに、﹃ボク﹄だと? 礼儀正しく、非の打ち所がなく、言い換えれば面白味や特徴のな いお姫様。 494 それが、俺が今日一日パッと見て思った、この姫の印象だった。 でも、なんだ? その、妖しい雰囲気は。 急に、俺の背中に冷たい汗が流れていた。 ﹁ふふ、なんて、冗談ですよ、ヴェルトさん﹂ だが、途端にいつも通りに戻った。 今感じた妖しい雰囲気は気のせい? いや、そんなはずは⋮⋮ ﹁本当は、もっとお話したかったのですが、日を改めます﹂ すると、ふきぬけになっている天井の窓が突如割れた。 その割れた天井の向こうに、黒塗りのスカイカーが現れた。 ﹁そうだ、最後に一言いいですか、ヴェルトさん。ピンクさんに力 を貸さないほうがいいと思いますよ?﹂ ﹁⋮⋮どういうことだ? まあ、さっき、普通に断ったけど﹂ ﹁そうですか。それなら大丈夫です。だから、明日には元の世界へ 帰ってくださいね? そして、次に会う時は、もっと素敵な世界に なった私たちをご紹介します♪ もっとも、この会話もすぐに忘れ てもらうことになるので、意味はないかもしれませんけど﹂ そして、車から誰かが何かを投げ捨てた。 それは、あまりにも原始的な、縄梯子のようなもの。 ﹁では、ヴェルトさん、リガンティナ皇女。こちらのディスプレイ 495 をご覧下さい﹂ 今にでも退散する態勢に入りながらも、女が再びハンドバックか ら、薄い液晶の何かを取り出した。 タブレット? 既に眠りかけている俺と、鼻血吹き出して意識飛びかけているリ ガンティナに見えるように、それをこちらに向けた瞬間、画面に何 か奇妙なグニャグニャした文字や光が⋮⋮⋮⋮ ッ、これは︱︱︱︱ ﹁今夜、私を見たことは忘れてもらいます。あなたは目が覚めたら、 奥の部屋に駆け込んでください。娘さんが一人で寝て、可愛そうで すよ?﹂ そして、女がガスマスクをようやく外し、素顔を晒してニッコリ と微笑む営業スマイルを見せて︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱? ﹁あれ? 俺、何をやってて⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっと、コスモス探して ⋮⋮リガンティナ見つけて⋮⋮⋮⋮あれ? リガンティナ、なんで 倒れてるんだっけ? つか、なんで俺はこんな眠く⋮⋮⋮⋮あっ、 もう、ダメだ⋮⋮⋮⋮﹂ あれ? ダメだ? 何かあったような、誰かと会ったような気が するけど⋮⋮⋮⋮頭が考えられない⋮⋮思い出せない? ﹁んま、どーでもいいか⋮⋮⋮⋮やば、俺ももう、体が⋮⋮⋮⋮﹂ 496 いいやもう。 このとき、もう俺の中では、違和感なんてハッキリ言ってどうで もいいものになっていた。 とにかく、もうこれ以上体を動かすことも、意識を保っているの も難しく、そのままその場で倒れ込んじまった。 意識の海へと投げ出され、闇が世界を覆い、完全に睡魔に取り込 まれてしまった。 とにもかくにも。 半年振りのあまりにも濃すぎる俺の一日が、ようやく終わった。 497 第28話﹁班分け﹂ 朝起きたとき、俺はホテルの廊下で寝てた。 本来フカフカの高級ベッドに寝れるはずだったのに、昨晩は廊下 でそのまま倒れちまって、結局朝までノンストップで寝ちまった。 体中が痛いのと、昨晩のエロスヴィッチとバスティスタの大騒動 の影響で、随分と朝から市民やら政府関係者やらがバタバタしてい る。 どうやら、街の至るところで、機動兵と呼ばれるロボが出動した り、ドラゴンや九尾の化物が出現したとか、色々なニュースがあり すぎて、情報整理もうまくできていないようだ。 それに、アイドル姫のバスティスタへの告白とか、話題に事欠か ないだろう。 しかし、テレビでも点ければ、そんなニュースを見ながら朝飯で も食えるんだろうが、俺は今、そういう状況ではなかった。 ﹁う∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼﹂ 今、俺は、VIPルームの豪華な部屋のベッドの前で、リガンテ ィナと二人並んで正座していた。 ﹁悪かったよ﹂ ﹁すまん。昨晩はどういうわけか興奮が収まらず、お前を置いて部 屋を出てしまった﹂ ベッドの上に座って、頬を大きく膨らませてムス∼っとしてる天 使が一人。 498 ﹁お嬢様、申し訳ないでござる。拙者も、今朝、目を覚ましたら、 その、違う部屋で⋮⋮⋮﹂ ﹁私、なんであんな恥ずかしいことを夕べ⋮⋮⋮う∼、エロスヴィ ッチさんの、ばかあ∼﹂ 正座している俺とリガンティナの後ろでは、土下座して地面に額 を擦りつけているムサシ。 そして、昨晩での己の痴態を思い出して、顔を覆い隠して項垂れ ているペット。 で、なんでこんな状況なのかというと⋮⋮⋮ ﹁パッパとティナおばちゃんの、いじわるっ﹂ 今、朝一で俺たちはコスモスからの説教タイムだったからだ。 ﹁ウラちゃんとフォルナちゃん居たとき、パッパたまに一緒に寝て くれなかったけど、マッマたちがお仕事でいなくなったら、毎日コ スモスと一緒に寝てくれる約束した! ティナおばちゃんも、パッ パくるまで一緒にいてくれるって言ったのに、ウソついたッ! コ スモス、昨日、一人ぼっちで寝たもん! うそつきうそつきっ!﹂ なんでこうなったか。まあ、要するに、昨晩俺も力尽きたから、 結局コスモスのところまでたどり着けず、そのためにコスモスは生 まれて初めて一人で寝るということになってしまったのだ。 その結果が、これだ。 コスモスは、メッチャ怒っていた。 499 ﹁だから、ごめんって。パッパもな、コスモスをほったらかしにし てたわけじゃないんだよ﹂ ﹁もーいーもん! パッパ、キレーなお姉さんとチュウしてるほう がすきでしょ!﹂ なんでやねん。だが、今のコスモスは頑なにプイッと横を向いて こっちを見ない。 ﹁いや、別にキレーなお姉さんとなんて何もないぞ! 特に昨日な んてパッパ頑張ったんだぞ?﹂ ﹁ふーんっだ。マッマたちに言っちゃうんだから!﹂ ﹁ちょっ、待て待て待て待て待て待て! コスモス、お前は自分の 発言がどれだけ世界に影響を与えるのか分からないんだろうが、と にかくそれはやめろ! いや、やめてください!﹂ ﹁でも、パッパ、キレーな人すきでしょ!﹂ ﹁んなことねーって!﹂ ﹁あるもん!﹂ ﹁ないっ!﹂ ﹁あるもん!﹂ そして、どんな言い訳をしても聞き入れてくれない。 ﹁でも、ヴェルトくんは、キレーな人好きだよね﹂ ﹁お待ちくだされ、ペット殿。殿は拙者のような、その∼、半端物 にもお情けを下さりましたゆえ、人の外見のみで寵愛を授けるとも 言い切れぬと⋮⋮⋮﹂ ﹁ううん、ムサシちゃんスゴく可愛いし⋮⋮⋮ん? えっ? その、 ムサシちゃん? お情けって⋮⋮⋮まさか!﹂ ﹁ああああああっ、しし、しまったでござるーーっ!﹂ 500 ﹁し、信じられない! 姫様たちが居ないからって、そんなことを ! ⋮⋮⋮うん⋮⋮⋮⋮⋮⋮コスモスちゃんの言う通りだよ。エッ チすぎるよ∼、ヴェルトくん﹂ いや、そこでコソコソそんな会話するなよ、ムサシ、ペット。 挙げ句の果てに、怒りが頂点に達したコスモスは、ベッドの上に 立って、腕を組んだ。 ﹁もういいもん! コスモス、おこプンプンだから、うそつきパッ パ知らないもん! コスモスだってもういい子じゃないもん! ワ ルい子になるもん。フリョーになっちゃうんだから!﹂ まさかのフリョー宣言。コスモスは翼をパタパタさせて、俺たち を飛び越え、部屋の奥へと向かう。 そこには、腕組んで壁に寄りかかったまま、欠伸しているジャレ ンガ。 ﹁レン君! レン君はワルい子なんでしょ? コスモスにワルい子 のなりかた教えて! コスモスもフリョーになるから!﹂ ﹁はあ? なに、チビちゃん。ワルい子?﹂ ってうおおおおおおおおおおおおおいい! ﹁待てーっコスモス! そいつに師事を頼むとか、やめろっ!﹂ ﹁⋮⋮⋮ふ∼ん、ワルい子ね∼、まあ、でも、そうだよね? 僕だ ってさ∼、昨日、どこかの変態姫が発情して車から飛び出してくれ たおかげで、車が墜落して事故に巻き込まれちゃって、色々面倒だ ったんだよね∼、ねえ? ニート君?﹂ すると、俺の制止に対して、ジャレンガはニヤリと笑みを浮かべ 501 て昨晩のことをネチネチと。でも、それは俺の所為じゃねえだろ? ﹁ぷ、くくくく、いい気味なんで。あの、ヴェルトが子供に頭上が らないとか、マジウケるんで﹂ そして、その傍らには、昨晩の事故で怪我したのか、頭と腕に多 少の包帯を巻いているが、それでも腹抱えて笑っているニート。 うるせえよ、悪かったな。 ﹁それも、ヴェルトくんが、あの変態姫どもを男らしく始末しない からあんなことになったわけだし、これぐらいの仕返しはありかな ?﹂ ﹁やめろっ! っていうか、そんなことしたら、テメエは俺の嫁に 殺される前に、チーちゃんに消滅させられるぞ!﹂ コスモスが不良になったら、国が爆発して、真っ白いカブトムシ みたいな魔王様がやってきかねん。 ﹁というより、コスモスが不良なんて絶対ダメに決まってる! 不 良なんて、クズでダメ人間の最悪な生物にさせるなんて、絶対にダ メだ!﹂ ﹁あのさ、ヴェルト。お前さ、ブーメランって言葉知らない? 全 部お前に返って来てるんで﹂ ニートのツッコミに何とも言えない中で、俺の制止は続いたが、 コスモスはこっち向いてくれない。 すると⋮⋮⋮ ﹁やめないか、コスモス﹂ 502 その巨体の腰を曲げてコスモスを高く持ち上げる、逞しき男、バ スティスタ。 ﹁バッくん⋮⋮⋮﹂ ﹁お前の父親と母親以上にお前のことを考えている者は世界に存在 しない。だが、父親も母親も完璧ではない。約束を守れなかったり、 お前の願いをどうしても叶えられない時もある。だが、それでも世 界の誰よりもお前を考えているということは分かってやれ﹂ バスティスタ⋮⋮⋮さすが、言葉に重みが⋮⋮⋮ ﹁って、元々、テメェから始まったことだけどな! そもそも、テ メエが姫に告られて、さっさとチューでもしてやって部屋に連れ込 んでいれば、エロスヴィッチが現れることも暴走することもなかっ たんだよ!﹂ ﹁⋮⋮⋮分かっている。俺のことで、本当に迷惑をかけたと思って いる。挙げ句の果てに、気づいたら意識を失って寝ているという堕 落ぶりだった﹂ ﹁謝んなあああああああああああああッ! どう考えても、俺の八 つ当たりだろうがーっ! 十ゼロで、オメー悪くねえし! なのに 糞真面目に捉えやがって∼﹂ ちなみに、エロスヴィッチは簀巻きにして、ホテルの屋上に吊る してる。そのあと、どうなったかは知らん。 503 ﹁ぷーっくくくくく、ほんと、かわいくて面白いわね、あなたたち﹂ すると、その時、これまでずっとこのやりとりを黙って見ていた 一人のおばちゃんが、耐え切れずにとうとう笑い出してしまった。 ﹁昨晩のことは、我々としても軽く見ることはできなけれど、それ でもその中心に居たあなたたちも、こんなふうに喧嘩したり言い争 ったりするのね﹂ それは、俺たちのこっちでの生活を全て面倒見てくれている、ホ ワイトとかいう女。 ﹁本当にそう思う。私たちも向こうの世界で小競り合いすることに なった原因は、コスモスちゃんだから、よっぽど大切にされている のね﹂ そして、そのサポートとしてやってきたアイボリー。 昨晩での騒動を色々と処理し、俺たちの様子と今後についての話 をするために来たようなんだが、のっけから俺とコスモスの問題に より後回しにされて、ずっと部屋の隅で待機させられていた。 ﹁とりあえず、朝食と今日の夜までの観光についてを話をしたいの だけれど、いいかしら?﹂ 504 ﹁あ∼、コスモスの機嫌が直るようなのを頼む﹂ ﹁あらあら。それは、発達した技術を持っていると自負している私 たちにも難題ね﹂ いい加減、このコントをいつまで見せるのか? と言いたげで、 しかしそれでも面白いのかニコニコしているホワイト。 ﹁でさ、ヴェルトくんさ、その、昨晩本当に何があったの?﹂ ﹁ああ? なんだよ、アイボリー﹂ ﹁だって、ライラック皇子は昨晩帰還されてから、あなたたちと何 があったか頑なに喋らず、王宮でブツブツ言いながら物思いにふけ っていらっしゃるようだし、ミント姫は﹃恥を晒した﹄とか呟きな がら部屋に閉じこもるし、他の国の姫様も⋮⋮⋮﹂ そして、色々と聞きたいことが山積みな様子のアイボリー。 正直な話、説明すべきことは多いのだが、説明したらまずいこと ばかりなため、うまく言うことができなかった。 ﹁まあまあ。とにかく、昨晩のことはどうにかこちらで処理します ので、あなた方は是非観光を楽しんでください。今夜にでも、予備 の﹃ジャンプ﹄が作動できますので、それであなた方には帰還して いただき、向こうに取り残されているブルーたちと交換ということ でお願い致します﹂ そう、それがせめてもの救いだ。 とりあえず、元の世界にさっさと帰る。 これ以上、この世界のゴタゴタに巻き込まれるのは面倒だからな。 505 ﹁なあ、ヴェルト。橋口とか、そこらへんはどうするんだ?﹂ ﹁ああ? あ∼、そ∼だよな∼、そうなんだよな∼﹂ ただ、別に忘れていたわけじゃねえ。 クラスメートと思われる連中のことをどうするか。 ﹁ビミョ∼な、ところだな。正直、コスモスたちをまずは元の世界 に返したい。つうか、ジャレンガとかエロスヴィッチとかもな。こ んなの連れてたらトラブル対策いくらしたって足りねえしな﹂ ﹁態勢立て直す? それなら、俺ももう関わりたくないんで﹂ ﹁まあまあ、んなこと言うなって。今度はもうちょい安心できる仲 間連れてくからよ∼。キシンとかジャックとか﹂ ﹁あのさ、頼もしすぎるけど、お前ら三人前世で何て言われてたか 知ってる? 悪童三人衆とか、俺からすればヴァンパイアドラゴン と九尾となんら遜色ないんで﹂ そう、クラメート救出は、態勢立て直してからにしたい。トラブ ルメーカーを元の世界に置いてきたうえでだ。 その後の人選については、色々と考えるが、まずは元の世界に帰 ることに異論はねえ。 ﹁ん? はい、もしもし?﹂ その時、僅かなバイブ音と軽快な音が鳴り響いた。 アイボリーの携帯電話。 ﹁どうして、アイボリー殿は独り言を言ってるでござる?﹂ ﹁テレパシーかな?﹂ いや、チゲーよ。 506 そういや、携帯電話すらも、俺たちの居た世界じゃ無いものだか らな。 携帯電話か⋮⋮⋮まあ、持って帰っても使えねえだろうし⋮⋮⋮ ﹁ホワイト所長。ホテルのロビーに、他国の使者と護衛数名、そし て姫様がお越しです﹂ ﹁あら、さすがに早いわね。ちなみに希望される国は?﹂ ﹁来られている姫様は六カ国の六名です。セントラルフラワー国と アッシュ姫。ソロシア帝国とブラック姫、ジパン帝国とマルーン姫、 ブリッシュ王国とアプリコット姫、昨晩騒動をされていた、バーミ リオン姫やシアン姫もいらっしゃってます﹂ ﹁そう。バーミリオン姫とシアン姫は自粛されると思ったけれど、 さては相当官僚に後ろからつつかれたのね。でも、パリジエン王国 は? ピンク姫がいないのは、いつものように本人の気まぐれかし ら?﹂ ﹁それは、なんとも。ただ、ヴァルハラも我々だけで良いのでしょ うか?﹂ ﹁仕方ないでしょう? 姫様が部屋に閉じこもらているのだから﹂ ん? なんのことだ? それに、アッシュって、昨日の煩いニャッハ女と、ブラックは確 かニートに擦り寄ってる女で、マルーンとアプリコットは誰だっけ? 507 ﹁実は、今日、あなたたちの観光で一緒に回らさせて欲しいという 姫様と護衛と官僚の方が数名お越しされていまして、申し訳ないの ですが、あなたたちにグループに分かれていただきたいのです﹂ ホワイトの申し訳なさそうな様子から、つまりは、これも政治云 々ってわけか。メンドクサ⋮⋮⋮ ﹁まあ、観光だけなら⋮⋮⋮んじゃあ、俺はコスモスと⋮⋮⋮﹂ ﹁やっ!﹂ ﹁⋮⋮⋮えっ?﹂ 俺が何気なくメンバーを振り分けようとした瞬間、コスモスから のまさかの﹁やっ﹂発言に俺は固まった。 えっ? コスモス? ﹁ぶ∼∼∼、レン君、一緒に遊ぼ!﹂ んなっ! ﹁え∼∼∼∼∼∼∼∼、メンドクサいんだけど?﹂ ﹁やーもん! フリョー勉強するっ!﹂ コスモス! 不良なら俺がいくらでも教えてあげるから! いや、 教えないけど! ちょっ、コスモス! ﹁お嬢様ッ! 何を仰られます!﹂ ﹁ふんだ! クロニアお姉ちゃんに教えてもらったもん。パッパの お仕置きは、コスモスがパッパを、ぷいってするのが一番だって﹂ クロニアアアアアアアアアアアアアアアアアア! あの女、今度 508 あったら絶対にぶちのめすッ! なんちゅうことをコスモスに教え やがって! ﹁はあ∼、仕方ない。今回は婿殿も色々気の毒だったが、少し頭を 冷やさせた方がいいかもしれん。コスモスには私がついて行く﹂ ﹁ダメっ! ティナおばちゃんも来ちゃダメ! ティナおばちゃん もうそつきだもん!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮な、なに?﹂ まさかの、リガンティナを拒否。それには、リガンティナも硬直。 ﹁な、なれば、拙者がお供致します!﹂ ﹁ムサシダメ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮へっ?﹂ ﹁ムサシ、パッパにつげぐちしちゃうもん。ムサシはダメ。あっち 行ってて﹂ ﹁ふひゃああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああっ!﹂ さらには、ムサシを拒否。 ﹁あっちいってて、いわれてしまたでごじゃる。おじょうしゃまに、 きらわ⋮⋮⋮ふにゃああああああああ!﹂ ムサシは、白骨化した遺体のように全身の精気を奪われたかのよ うにっ真っ白に燃え尽きてしまった。 ﹁やれやれ⋮⋮⋮ならばコスモス、俺はダメか?﹂ ﹁へうっ? ん∼∼∼、じゃあ、バッくんはいいよ∼﹂ 509 そして、ようやく承諾されたのはバスティスタ。 ﹁バスティスタアアアアアア! ど、どうか、どうか、どうか、コ スモスを!﹂ ﹁安心しろ。不良にならないように見張っておく﹂ 良かった。ある意味で、もっとも安心できる男がコスモスに付い てくれる。 とりあえず、コスモスの機嫌が治るまでは、バスティスタに見張 ってもらおう。 そして、その結果⋮⋮⋮ ﹁そう。では、こういう班分けになるわね。あなたたちには、護衛 やルートの安全確保含めて、三班に分かれてもらうわ。帯同する姫 様たちも既に振り分けさせてもらいました。﹂ 第一班:俺、ニート、ムサシ。 第一班帯同国及び姫:セントラルフラワー国、アッシュ姫。ソロ シア帝国、ブラック姫 第二班:ペット、リガンティナ、エロスヴィッチ。 第二班帯同国及び姫:ブリッシュ王国、アプリコット姫。ゲイル マン王国、シアン姫。 第三班:コスモス、ジャレンガ、バスティスタ。 第三班:ジパン帝国、マルーン姫。ネーデルランディス公国、バ ーミリオン姫。 510 という具合に班分けを三つに分けられた。 どの班にも、数名、ヴァルハラ皇国の関係者が入り、今日の観光 に帯同する国の関係者と姫が振り分けられる。 さて、この班分け⋮⋮⋮⋮⋮⋮何も問題は⋮⋮⋮⋮⋮⋮起こらな いよな? それと、ペット、お前、なんで泣いてるんだよ? そんなに、そ の班は嫌なのか? 511 第29話﹁スケジュール決め﹂ さて、班分けされた俺たちを、豪華なリムジンスカイカーがホテ ルの前に待機でお出迎えなわけだ。 俺は最後の最後まで﹁ぷい∼﹂と頬を膨らませた、拗ねた﹁拗ね コスモス﹂にハラハラしながらも、今は目の前の光景にニヤニヤし ていた。 ﹁ほ、ほら、ニート、案内してあげるんだから感謝しなさい! べ、 別に、あんたのために案内してあげるんじゃないんだからね!﹂ ﹁う∼わ∼。なんかもう、技術は最先端なのに、そのキャラは既に 絶滅危惧種なぐらい古くて、何もそそられないんで﹂ ソロシア帝国とやらのお姫様ブラック。黒髪ビッグテールの小柄 な女。 どうやら、ニートとの接点は晩餐会からあったようで、関係はま あまあに見える。 ﹁くははははは、も∼てもてじゃねえかよ、ニート。嫁さんには黙 っててやるから、お前も楽しんだら?﹂ ﹁なに、お前、俺に笑われたの根に持ってるの? っていうか、フ ラグも何もないんだからそういうのないからね﹂ 俺は、これまでの仕返しとばかりに、ニヤニヤと笑ってやった。 すると、俺の発言に少し﹁ムッ﹂としたブラックが声を荒げた。 ﹁ちょっ、あんた! じゃなくて、ヴェルトさん? ねえ、その、 こいつの嫁さんとか、ひょっとしてこいつ、け、結婚してるとか?﹂ 512 ﹁ん? まあ、まだ籍は入れてないけど⋮⋮いや、あの女のことだ。 ひょっとしたら、ニートの意思なんて無視してとっくにそういう手 続きしている可能性もあるな﹂ ﹁いや、ヴェルト、マジで冗談だよな? 冗談だよね? お前と違 って、俺にそんな肉食系ヒロインが出てくるギャルゲーみたいな展 開ありえないんで﹂ 果たしてそうだろうか? だって、俺は自分の意思なんて関係な く、色々な手続きされてたんだから。 アルーシャと前世から仲良かったフィアリが、果たして﹁一緒に ジュース屋経営して一緒に暮らす﹂だけで満足しているかどうか⋮⋮ ﹁へ、へ∼∼∼、ニートって、彼女居たんだ。ふ∼ん。ま、まあ、 私には別に関係ないけど、すごく、すごく、すご∼∼∼∼∼く、ど うでもいいことなんだけど、別に気になるとかじゃないんだけど、 ⋮⋮ど、どういう彼女なのかしら? ま、まあ、ニート程度の男と 付き合うんだから、スーパーアイドルプリンセスのブラックちゃん なんかとは比べ物にならないぐらいだと思うけど?﹂ ﹁ニートの彼女? あの女は、妖精姫だったな。確か。まあ、俺も そこらへんの素性はよく知らないけどな﹂ ﹁ッ⋮⋮そ、そう、⋮⋮へ∼、妖精みたいに可愛いんだ⋮⋮⋮⋮﹂ いや、妖精みたいに可愛いじゃなくて、リアル妖精なんだけど⋮ ⋮まあ、いっか。 つか、この女、やけに絡むけど、昨日の晩餐会でニートとどうい う会話したんだ? 513 そもそも、ニートの野郎は散々、人に﹁フラグ立てるな﹂的な文 句言ってたくせに、テメエはどうなんだよ、ああん? ﹁なあ、お前、ひょっとしてニートに惚れたのか?﹂ ﹁いや、お前、何言ってるんで、ほんと勘弁して欲しいんで! 俺、 こういう計算ツンデレほんとダメなんで﹂ だから、そういうのはストレートに聞いた。 ニートは﹁メンドクセーからやめろ﹂的な顔をするが、ブラック の方は? ああ、案の定、顔真っ赤にして慌てて﹁ふざけんな﹂と叫んでき た。 ﹁は、はあああっ? わ、私が、こ、こんな冴えない男を? ふざ けんのも大概にしなさいよね! クラーセントレフンの王だからっ て言っていいことと悪いことはあるんだからね! 私は、高身長、 高学歴、高収入、高身分、高外見、な男しか相手しない、超超超超 スーパースターなんだから、こんな冴えない男は相手にしないって そとづら ーの! そ、そうよ、それにニートだって失礼なやつなんだからね ! 昨日の晩餐会でだっていきなり、﹃そういう外面疲れない?﹄ とかいきなり言ってくんだから。そ、そりゃー、今まで私の周りに 居たやつらは、私の気持ちなんて知らないで、ちょっとニコニコし てやれば勘違いして寄ってくる奴ばっかだったから、いきなり私に 向かってそんなこと言う奴は初めてだったから、ちょっと気になっ たとか、ほんと、それだけなんだからね!﹂ うん。とりあえず、恋愛に関して色々と規制されている世界だか ら、あのバーミリオンとかいう女同様に、ちょっとしたことでクラ っとするチョロい女が多いわけか。 514 ﹁殿、あまり人の恋愛をからかうのはいかがかと思うでございます る﹂ ﹁からかってねーよ。俺は、ニートの大親友として、応援してるん だよ! 友達がモテモテだとさ、応援してやりてーじゃん!﹂ ﹁も、ものすごい、悪い顔でキラキラした目をされても、拙者、ど うすればいいでござる?﹂ ﹁ん? 例えば⋮⋮くははははは、俺とムサシが仲良いところを見 せつけるとか?﹂ ﹁ひゃうううっ、と、殿、きゅ、急に拙者を抱き寄せられると、び び、ビックリするでござる∼、んもう、と、殿は拙者が拒まぬから といって、イジワルでござるよ∼﹂ ムサシを﹁よしよし﹂と頭を撫でて﹁ふにゃ∼ん﹂と柔らかくな るのを見るのが癖の俺は、最近無意識にやることがある。 でも、可愛いから仕方ない。それに、これは浮気じゃねーしな。 ﹁ほら、ムサシ、今日は観光だから気楽に行こうぜ。ほれ、俺の膝。 膝貸してやるよ﹂ ﹁はへ?﹂ ﹁膝枕してやるから﹂ ﹁にゃにゃああああああっ! ととと、殿の、ひ、ひじゃまくりゃ !﹂ そして、からかえばからかうほど面白い。 蒸気機関車と化したムサシの頭から煙がプシューと吹き出してる。 ﹁ししし、しかし、そ、その膝はお嬢様の聖域でありまして、せ、 拙者ごとき、身分の低いものが、し、失礼では﹂ ﹁ムサシに甘えられて失礼だと思うやつはいないに決まってんだろ う﹂ 515 ﹁はふう、し、しかし、⋮⋮⋮⋮あ、あう∼∼、そのような身に余 る光栄を、拙者なんかが⋮⋮拙者なんかが⋮⋮﹂ ﹁それとも何だ? 家臣を労おうという殿の厚意を無下にするのが 侍なのか?﹂ ﹁な、なんと申されますか! ⋮⋮そ、そうでござる⋮⋮拙者は、 殿の一番が家臣にして右腕⋮⋮そして末は⋮⋮殿とのやや子を⋮⋮ え、えへへへへへ⋮⋮⋮⋮そう、そうでござる! 何も不自然なこ とはござらん! で、では、と、殿、し、失礼して⋮⋮﹂ リムジンのシートの上で正座しながら、ゆっくりと頭を俺の膝に 近づけて、恐る恐る俺の腿に身を預けて来たムサシは、やがて頭の 体重を俺に全て預けた瞬間、﹁はにゃ∼﹂と目をトロンとさせた。 そのまま、膝枕からの頭ナデナデは継続。もはや夢の世界へと旅 立ったかのように、ニヘラ∼としたムサシには、今なら何を要求し ても聞き入れてくれるぐらい陥落している。 ﹁あのさ、お前さ、嫁には絶対にやらないくせに、ペットには本当 に甘やかすんだな﹂ ﹁くはははははは、さあ、ニート、テメェもお姫様にやってやった らどうだ? なあ? ブラック。テメェも、こんな草食系の世界じ ゃ、膝枕なんてされたことな⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁うそ⋮⋮ひ、膝枕⋮⋮し、信じられない⋮⋮乙女の夢ベスト5を、 こ、こんな、こんな人前でアッサリやるなんて⋮⋮﹂ ニートとブラックを煽るように俺とムサシのイチャイチャぶりを 披露してやったら、ブラックは、想像以上の衝撃を受けているよう だ。 ﹁ね、ねえ、あんた、ムサシだっけ? その、ど、どんな気持ちな の?﹂ 516 ﹁はふ∼∼∼、気持ちでござるか∼? なんと申し上げれば、そう でござるな∼、拙者は、翼が生えていないのに、天空へ駆け上って いるかのような心地でござる∼﹂ ﹁そ、そんなに、き、気持ちいいんだ⋮⋮ふ、ふ∼ん、べ、別に、 私は憧れてなんかないけどね! ちょっと気になっただけなんだか らね!﹂ もう、何を言ってもドツボなぐらい、顔を真っ赤にしたブラック の反応は、ニートから見れば﹁ウザイ﹂と思うかもしれないが、第 三者として見る分には面白い。 やばい、この二人をいい関係にしてみて、フィアリとの修羅場を 作ってみたい。 ﹁にゃ、はははは、なんか、にゃっは賑やかだね∼。にゃっは楽し くなりそうだね∼﹂ とまあ、その一連のやりとりをこれまで見せられていた、にゃっ は娘のアッシュが苦笑しながらようやく口を挟んできた。 そういや、居たの忘れてたよ。 つうか、護衛やら他の官僚やらの連中も、物凄い気まずそうな顔 をしてるし。 ﹁とりあえずさ∼、今日はみんなで観光しようってことで、にゃっ は楽しもうね♪﹂ ﹁おお、そうだそうだ。観光だったな。すっかり忘れてたな﹂ ﹁にゃははは、にゃっは大丈夫かな∼、この班﹂ 班が大丈夫か? いや、多分、この班が一番当たりだと思うが⋮⋮ ﹁そういや、他の班はどうするんだ?﹂ 517 ﹁にゃは? えっと、第二班はお買い物とイベント参加。第三班は 遊園地だって﹂ ﹁ほ∼⋮⋮⋮⋮﹂ 第二班は買い物⋮⋮何を買うんだ? そして、第三班は遊園地だと? コスモス、ジャレンガ、バステ ィスタの三人で遊園地⋮⋮う∼∼む、想像もできん。 ﹁それでさ、みんなはどうするかな? 買い物? 遊園地? 世界 遺産めぐり? 要望あればにゃっは言ってね♪﹂ さて、俺たちは? と言われても、あんまピンとこねーしな。 ﹁ん∼、ムサシ、お前はなんかしたいことあるか?﹂ ﹁むふ∼、せっしゃはこの時間が一番幸せでござる∼﹂ まあ、この調子だ。 ぶっちゃけ、今夜には帰れるなら、そこまで面倒なことをする気 にもなんねーし、定番に俺らも買い物とかの方が⋮⋮ ﹁あっ、それなら、俺、希望があるんで。言っていい?﹂ と、その時、ニートが手を挙げた。 ﹁なんだよ、アキバみたいなところに行きたいのか?﹂ ﹁いや、全然違うんで。お前、オタク=秋葉原のイメージは差別な んで、その固定観念は捨てるべきだと思うんで﹂ なんだ、違うのか。っていうか、漫画とかアニメは規制されてる みたいだから、無いのか。 518 じゃあ、どこに? すると、ニートは普通に真剣な顔つきで⋮⋮ ﹁この世界の歴史が分かる、博物館とかに行きたいんで﹂ ﹁えっ⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁いや、ヴェルト、お前まさか、普通に遊ぶ気だったとか? こう いう状況なんだから、色々調べるの普通だと思うんで﹂ なんかマジメな選択肢で、しかし却下する理由が思いつかず、微 妙な気分になってしまった。 519 第30話﹁思い出話・幼馴染メモリアル﹂ ﹁博物館? それなら∼、ねえ、ブラックちゃん、﹃大皇博物館﹄ がいいのかな?﹂ ﹁まっ、定番よね。あそこなら、東西南北あらゆる大陸の文化や歴 史が展示されてるからね。ねえ、ヴァルハラの官僚さん、今から私 たちが行くように手続きしてくれる?﹂ ニートの希望場所である博物館。その行き先について、アッシュ、 ブラック、そして周りの議員の連中も色々と連絡を取り合って手続 きを進めている。 やけに大げさな気もするが、確かに普通の観光客ではなく、異世 界からの来賓と他国のお姫様、さらには議員や官僚数名。 そりゃ∼、訪問される側も何の心の準備もなくってのは気の毒だ し、下手したら昨日同様にパニックになりかねんからな。 ﹁姫様、博物館側からはOKとのことです。幸い、本日が平日とい うこともあり、客数も少ないようですので、このまま行っても問題 ないそうです﹂ ﹁うん、にゃっはありがとう! それじゃあ、行き先は﹃大皇博物 館﹄に、にゃっは決定∼∼!﹂ やれやれだな。 他の連中は買い物、遊園地、なのに不良の俺は博物館でお勉強か よ。 ﹁だってさ、ニート。でもいいのか∼? お姫様とのデートが博物 館で﹂ 520 ﹁いや、お前、本当にしつこいんで。嫁六人も居るのに、亜人の虎 娘を膝枕でナデナデしながら人を冷やかすとか、本当に外道なんで﹂ ﹁バーカ、嫁が居ない今だからこそだろうが。こんなのユズリハの 目の前でやろうもんなら、噛み付かれるしな﹂ ﹁なにっ、お前、そいつのこと好き過ぎだし!﹂ ﹁あたりめーだ。俺は仮にアルーシャに﹃私とムサシさん、どっち が大切なの?﹄とウザイ質問をされたら、迷わずムサシと答えられ る自信が︱︱︱︱﹂ ﹁いや、具体的な名前出しすぎだからね。しかも、六人も嫁が居る 中でわざわざアルーシャ出すあたり、どうかと思うんで。あと、な んか凄惨な未来のフラグのような気がするから、気をつけようね﹂ そう、嫁の居ない今だからこそ、精一杯ムサシを可愛がれるのだ。 フラグ? 知らん。 俺の人生、コスモス、ハナビ、ムサシ、ラガイアさえ居れば、幸 せだからな。 ﹁ふ、ふ∼ん、く、クラーセントレフンの人って、女の子に堂々と 好きって言えるんだ﹂ ﹁にゃっは男らしいね﹂ ﹁いや、あんたら、それはどうかと思うんで。男らしいか? 俺に は、クズ男にしか聞こえないんで﹂ ムサシヘブン状態を目の当たりにしたお姫様が、何やら盛大な思 い違いを言ってるが、まあ、この世界じゃやっぱり珍しいんだろう な。 だからこそ、バーミリオンとかいう姉さんと、バスティスタのア レが大騒動になってるわけなんだが⋮⋮ ﹁でもさ、ヴェルト。お前さ、俺のことからかってばかりだけど、 521 お前の方もどうかと思うんで﹂ ﹁あっ?﹂ ﹁その子以外にも、なんかお姫様数人とエロトラブルあったっぽい し﹂ ﹁アレは、エロトラブルじゃねえ。エロスヴィッチのエロカオスだ﹂ ﹁⋮⋮⋮それに、あのペットって子も、なんかアレだと思うんで﹂ ん? ペット⋮⋮⋮ペットか⋮⋮思わず言葉につまっちまったな。 ﹁ねえ、ペットさんて、あのちょっと大人しい感じの子でしょ?﹂ ﹁うん。アプリコットちゃんとゴハン食べてた子だよね?﹂ そうなんだよな⋮⋮まさか、ペットが俺のことを好きだったとは な⋮⋮。 昨日、そんな衝撃的な事実を知ったのに、色々ありすぎて流れち まったな。 ﹁そう言われてもな、あいつとは昔ちょっとしたことがあっただけ で、あんま話したこともなかったから、ピンとこねーんだよな﹂ ﹁ああ、ピアノがどうこうだっけ? ちなみに、どういうことがあ ったんだ?﹂ そう、正直、俺の中ではペットと関わったことなんて﹃あの日﹄ ぐらいなんだよな。 学校でも、あんまり話をしなかったし、俺も記憶を取り戻してか らは色々と荒れてたし⋮⋮ ﹁え∼、ねえねえ、私も知りたい。興味あるな∼。ねえねえ、博物 館まで時間あるから、教えてよ∼﹂ ﹁にゃっはある! クラーセントレフンって、どういうコイバナが 522 あるか、にゃっは気になる∼﹂ いや、だからコイバナってほどでもねーんだけどな。 ﹁いや、ん∼、まあ、メンドクセーな⋮⋮⋮つっても、ほんっと大 したことじゃねーんだけどさ⋮⋮あれは⋮⋮﹂ そう、あれは、俺がまだ、ヴェルト・ジーハと朝倉リューマの狭間 に戸惑うことのなかった時期だった。 今の俺はヴェルト・ジーハだと胸を張って言える。 朝倉リューマの想いを秘めて今を生きる、それがヴェルト・ジーハ だ。 でも、幼い頃に朝倉リューマの記憶を取り戻してから暫くの俺は、 前世との記憶に挟まれて、モヤモヤしていた。 なら、前世の記憶を取り戻す前の俺は? あれも俺だったんだろうが、今よりまだひねくれが少しだった頃だ ⋮⋮⋮ 523 まだ、俺が七歳ぐらいの頃の話だった。 俺は、フォルナに無理やり王宮に連れてかれ、王宮の中庭で、シ ャウトとガルバを含めた三人と遊んでいたんだ⋮⋮ ﹁あ∼⋮⋮⋮まだかよ⋮⋮﹂ あ∼あ、いつになったら、俺は帰れるのかな∼。 腹減ったし、早く帰りてーな∼ ﹁フォルナ姫、いま、この国にヤヴァイ魔王国軍が攻め込んで来て います! 僕が軍を率いて討伐に行ってきます!﹂ ﹁分かりましたわ。女王フォルナの名において、シャウト大将軍を エルファーシア王国軍総大将に任命しますわ! 我が国へ侵略せし 魔王軍を殲滅するのですわ!﹂ ﹁御意ッ! 承りました!﹂ ﹁副将として、ガルバを任命致しますわ﹂ ﹁ははあっ! しかと承りました﹂ あっ、もう空は夕方だ。はやく帰らないと、おふくろがまた心配 するからな∼ ﹁ちょっと、ヴェルト、何をボーッとしてますの!﹂ ﹁⋮⋮⋮えっ?﹂ ﹁次は、国王から、大将軍へ聖剣を授与する儀式ですわ!﹂ 524 え∼、まだやるの? でも、断るとフォルナは怒るしな∼ シャウトも怒ってるし。 ﹁ヴェルト、君はもっと真剣にやらないとダメだよ。これは予行演 習なんだからね﹂ ﹁そうですわ! 魔族が我が国に攻め込んできて、シャウトが勇者 として先頭を駆け抜け、ワタクシとヴェルトがその任命をする。こ の流れはヴェルトも覚えていないとダメですわ!﹂ ﹁だって、俺、王様じゃないし﹂ ﹁ははははは、ヴェルトくんもまだまだ覚えることがあって大変だ ねえ﹂ でも、俺、本当にわかんねーし。 だって、俺は、親父の麦畑を継いで働くはずなのに、何で王様な んだよ。 それに、最近、フォルナやシャウトやガルバだけじゃねーし。会 う奴ら全員俺のことを﹃将来の王様﹄とか言うし、なんでなんだよ。 ﹁おやおや、この美しい王宮庭園で、随分と物騒な話をされていま すな?﹂ あっ、邪魔されてフォルナはまたムスっとした。 城のお手伝いの姉ちゃんや、騎士の人たちは皆、笑顔で俺たちを 見守ってたけど、この人は⋮⋮⋮ ﹁あっ、パパァッ!﹂ ﹁あら、タ、タイラーではありませんの﹂ ﹁おおおお! これはこれは、タイラー将軍﹂ 525 タイラー将軍だ! うっわ、かっけ∼⋮⋮⋮誰かと思ったら、エ ルファーシア王国最強騎士だ。 鎧もピカピカで剣もすごいし、顔もかっこいいし、それなのに、 スゲー優しいんだよな∼ ﹁姫様、只今戻りました。シャウト。良い子にしてたか? ガルバ も元気そうでなによりだ﹂ ﹁はいっ! パパも遠征お疲れ様です! お話は噂で聞いていまし た!﹂ ﹁ええ。あのジーゴク魔王国の六鬼大魔将軍の一人を退けたと聞き ましたわ! さすがタイラーですわ﹂ ﹁国王様より、また勲章授与されるそうですよ。私も、やる気満々 な姫様に、優秀な未来の将軍坊っちゃまに、そして不貞腐れ気味な 未来の国王様の子守という強敵と戦っていましたので、労って欲し いものですな! はっはっはっはっは!﹂ えっ、六鬼って、あの魔族最強のジーゴク魔王国? そんな国の 将軍を倒したなんて、やっぱタイラー将軍スゲーなー。 魔法も剣も凄いシャウトの父ちゃんだから、当たり前か⋮⋮⋮ ﹁それに、ヴェルトも久しぶりだな。未来の国王様は任命式の練習 かい?﹂ ﹁タイラー将軍⋮⋮⋮﹂ ﹁むむ? こらこら、ヴェルト。私のことはタイラーおじちゃんと 呼びなさいと何度も言っているだろう? 私はね、お前のオムツだ って変えたことがあるんだからね﹂ ﹁あっ、それはお父様もお母様も言ってましたわ!﹂ 526 それで、そんなに凄いのに、本当に親父とお袋の友達だっていう んだからな∼。 親父とおふくろ、王様やママともとも友達だし、本当はすごいん だな∼ ﹁そうそう、タイラーも言ってくださいませ。ヴェルトったら、﹃ 王族おままごと﹄、ちっともやる気出してくれませんの﹂ ﹁それはいけませんな。ヴェルト、お前ももう七歳だろう? 片手 で歳を数えられなくなった頃。そしてすぐに十歳になり、十五歳に なればすぐに姫様と結婚だぞ? その前に、勉強のつもりでしっか りやらないとダメだろう?﹂ ﹁え∼∼∼∼∼、タイラー将軍までそういうこという∼、俺、わか んないよ∼﹂ ﹁全くお前というやつは。仕方ない。ヴェルトのやる気を出させる 魔法を、このエルファーシア王国大将軍にして聖騎士の私がかけて やろう﹂ えっ、魔法? 俺のやる気を出す魔法って? ﹁ファンレッド女王様も、この度、休暇を取られて帰還されるぞ? ヴェルトがやる気ないって言っちゃうぞ?﹂ ﹁俺はすごーーーーーーーい、王様になってやる! フォルナと結 婚して、エルファーシア王国を良くするんだ!﹂ ママが帰ってくるのかよ! いやだよおおお。ママ、すぐ怒るし、 尻を叩くからな∼。こえーし。 527 ﹁ははははははははははは! 分かりましたか? 姫様もこの魔法 は覚えられた方がいいですよ?﹂ ﹁んもう、ヴェルトったら、お母様の名前を出すとすぐにやる気出 すなんて、なんだか納得しませんわ! それに、結婚するなんて当 たり前のこと、そんな力強く今更宣言するなんてどういうことです の!﹂ ﹁でも、僕もヴェルトの気持ちわかるな∼﹂ ﹁ぷくくくくく、いや∼、ヴェルトくん、その宣言は取り消せない ぞ? 今、この城中に居る全ての者が証人だ。そうだろう? 皆!﹂ うっ、ガルバ、余計なこと言いやがって∼。俺たち見ている全員 が、ニコニコしながら頷いてるし∼ ﹁う∼∼∼、俺、もう帰る!﹂ ﹁おやおや、国王様を怒らせてしまうとは何という不覚。では、国 王様、その罪滅しとして、このガルバが家までお送りしましょう﹂ ﹁あっ、ヴェルト、ワタクシも行きますわ! 今日は、お夕飯をお ばさまに招待されてますの!﹂ ﹁あっ、そうだった、僕もなんだけど⋮⋮⋮﹂ ﹁行ってきなさい、シャウト。パパはしばらく家に居るから、ご飯 は明日一緒に食べよう。では、ガルバ、後を頼むぞ﹂ で、帰ろうとしても一緒に来るし、それにフォルナっていっつも 手を繋いでくるから、恥ずかしい。 この前だって、街中で腕組んできて、みんなに笑われたし。 ﹁ささ、ヴェルト、しっかりと手を繋ぎなさい!﹂ ﹁繋いでるじゃんか﹂ ﹁それはただ触っているだけですわ! こうやって、指の一本一本 528 絡めるように繋ぐのですわ!﹂ う∼、やだな∼、この前だって街でシップとかガウに見つかって、 あいつら﹁ひゅーひゅー﹂とかって馬鹿にしてきたし。 ﹁ヴェルトも恥ずかしがり屋だな∼。姫様はこんなにヴェルトのこ と想っていらっしゃるのに、それでも男かい?﹂ ﹁なんだよ、シャウトだって、この前、教会の女の子をジーッと見 てて、声かけられなかったじゃないかよ! 一緒に遊ぼうが言えな い臆病者︱っ!﹂ ﹁うっ、ち、が、そ、それは、違うよ、遊びに誘おうとしたけど、 ホークちゃんはお勉強で忙しそうだったから僕は⋮⋮﹂ ﹁あのメガネ女、ホークっていうの?﹂ ﹁うん、そうなんだ⋮⋮⋮⋮⋮⋮でも、最近元気なくてね⋮⋮⋮⋮ あの子、ほら、ご両親が戦争で亡くなられてるから﹂ ﹁ふ∼∼∼∼ん、そうなんだ﹂ そういえば、そういうの聞いたことあるな。戦争で親が死んじゃ ったって⋮⋮ 死んじゃうって、もう二度と会えないってことだよな。 戦争って、人がいっぱい死ぬってことだし。 なんか、やだな⋮⋮ ﹁大丈夫ですわ﹂ あ、フォルナが強く手を握ってきてる。 ﹁ヴェルトはワタクシが守りますわ!﹂ ﹁うん、僕も守るよ! そして、この国と姫様も僕が守る!﹂ ﹁おやおや、これは何と心強い。ヴェルトくん、大丈夫だ。エルフ 529 ァーシア王国の未来は安泰だ﹂ 守る⋮⋮そういうの俺は恥ずかしいから言えないのに、どうして フォルナもシャウトも堂々と言えるんだろうな。 好きとか、そういう言葉も、俺は恥ずかしくて言えないのに、フ ォルナは言える。 でも、フォルナもシャウトも、勇者になれるぐらい強いから、言 えちゃうんだよな。 ﹁ん∼⋮⋮⋮⋮ねえ、じゃあ、俺は誰を守ればいいの?﹂ ﹁決まってますわ。ヴェルトは、ワタクシの幸せを守ってくだされ ばいいのですわ!﹂ 二人に比べて俺は何を守るんだろう。 親父は、男の子は女の子を守るものだって言ってたことあるけど、 フォルナは俺より強いし、逆に俺を守るって言ってるからな。 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁あっ、ヴェルト∼! 姫様∼! シャウトく∼ん、おかえりなさ ∼い﹂ あっ、おふくろだ。俺の帰りが遅いから家の外で待ってたんだ。 手ェ振ってる。 えっと、あれ? 何考えてたんだっけ、俺? 確か、守るとか守 らないとか⋮⋮ ﹁おばさま、遅くなり申し訳ありませんわ﹂ ﹁おばさん、こんばんわ! 今日はおじゃまします!﹂ ﹁いや∼、アルナ殿、遅くなって申し訳ない﹂ ﹁いいんですよ∼、ヴェルト∼、ちゃ∼んと、姫様を満足させられ 530 た?﹂ ん、ま、いっか。何考えてたとか、メンドクさいし、あんまもう 興味ないし⋮⋮ ﹁遊んであげたぞ﹂ ﹁遊んであげたって、どういうことですの、ヴェルト! 聞いてく ださい、おばさま。ヴェルトったら、おままごと、ち∼っともやる 気ありませんの﹂ ﹁んまあ! ヴェルトったら、ダメじゃない。も∼、母のお仕置き パンチ、エイ、エイ、エイ!﹂ あ∼、お腹すいた。ほんと、おふくろって、フォルナに甘いよな ∼。 ん、あっ、親父も帰ってきてるんだ。 ﹁やあ、おかえり、ヴェルト。姫様もシャウトもいらっしゃい。お お∼、ガルバ護衛隊長も来てくれたか。じゃあ、今夜は子供たちが 寝たら、宴会かな?﹂ ﹁はっはっは、実は私もそれを楽しみに、おつまみを少々持ってき ましたよ﹂ うわ∼、また飲むんだ∼。 この二人飲む日って夜遅くまでやってるから、全然寝れねーんだ よな∼、ほんとヤダ。 ﹁姫様、シャウト君、今日はゴハンの後は泊まっていくのかい?﹂ ﹁あっ、僕は今日、パパが帰ってきてるから﹂ ﹁ああ、そうだったね。タイラーもようやくの帰還だからね、精一 杯甘えなさい﹂ 531 ﹁はいっ!﹂ あっ、ずっりー。ガルバと親父が飲むと、夜うるさいからって知 ってるから、逃げやがったな。 ﹁ワタクシも本当はお泊りさせていただきたいのですが、明日は発 表会もありますので⋮⋮﹂ あっ、フォルナも逃げたな。ん? でも、発表会ってなんだっけ? ﹁お∼、そうでしたね。明日は文化会館でピアノの発表会でしたね。 明日は、ヴェルトと一緒に花束持って行かせてもらいますよ﹂ ﹁ありがとうございますわ! ねえ、ヴェルト、あとでヴェルトが 明日来て行く服のチェックしますわ! お誕生日にお母様がプレゼ ントしました、タキシードはありまして?﹂ ピアノ⋮⋮あっ、そっか。そういえば、フォルナが発表会で着る ドレスを選ばされたな。 全部同じに見えたから覚えてないけど⋮⋮ ﹁って、タキシード? え∼、ネクタイは首が痒くてスゲーヤダ﹂ ﹁むっ! 何を言ってますの、ヴェルト! 明日は、﹃チェーンマ イル王国﹄からも﹃ピサヌ女王陛下﹄、その御息女であり、兄様の 許婚でもある﹃システィーヌ姫﹄と、その妹でもありワタクシたち と同じ歳で今回の発表会に参加される﹃クレオ姫﹄がいらっしゃい ますわ。ワタクシの婿ということでヴェルトの紹介もする予定です ので、失礼のないようにお願いしますわ!﹂ なにそれ。全然聞いてねえし。 532 ﹁えー、なんでー! なんだよ、それー! 俺いいよ∼、興味ない し﹂ ﹁何それではありませんわ! 他国の王族が我が国にいらっしゃる のですから、当然、ヴェルトを紹介するに決まっていますわ! そ んなの当たり前ではありませんの!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮え∼、めんどくさいな∼、王様って⋮⋮⋮じゃあ、俺、 王様なりたくねーよ⋮⋮⋮﹂ うん。王様って美味いもん食べて、贅沢し放題だと思ってたのに、 全然そんなことねーし。 だったら、王様になりたく⋮⋮⋮ ﹁ヴェルト⋮⋮⋮そ、それって⋮⋮ワタクシとけっ、こん、し、し たく、ないて、⋮⋮そう、ゆ、い、いみでしゅの?﹂ あっ⋮⋮ヤバイ⋮⋮フォルナが⋮⋮ ﹁ヴェルト! お前は、なんてことを言うんだ!﹂ ﹁ヴェルト! いくらなんでも、ママも許しません!﹂ ﹁ヴェルト、僕だって怒ることはあるんだからね!﹂ ﹁ヴェルトくん、いいかい? 冗談でも言っていいことと悪いこと があるんだよ?﹂ しかも、みんな凄い恐い顔して怒ってるし! なんだよ∼、ちょ っとヤダって言っただけなのに⋮⋮ ﹁うっ、うう、ヴェルトと結婚しないなんて⋮⋮いやああああ、わ あああああ、ああああああああ、ひっぐ﹂ ﹁あ∼、姫様、よしよし。ごめんなさいね、ヴェルトったら照れち ゃって。後で、母のお仕置きパンチをいっぱいするから﹂ 533 ﹁や∼だ∼、ヴェルト∼、けっこんするー、しますのー! ぜった いぜーったい、しますのー! だから、嫌いにならないで∼﹂ んもう、いつもこれだし。 自分はいつも勝手に俺のことを決めるくせに、俺がちょっと、嫌 だって言うだけで、フォルナはすぐ泣くし。 本当は超強いのにベタベタしてくるし、みんな、フォルナの味方 するし⋮⋮⋮ ﹁くくくくくくくくく、はーっはっはっはっはっはっは!﹂ えっ、ビックリした。何、この笑い声? 外からだけど⋮⋮あれ、 この声⋮⋮ ﹁久々国に帰れたから、友人の顔を拝みに来ただけだってのに、随 分と驚きの声が聞こえたね∼﹂ ひぐっ! か、体が、寒い! 恐い! 震えて、え、あれ? な にこれ! 親父もおふくろも、フォルナもシャウトもガルバまで顔固まって るし! 家の外から、誰かが一歩一歩近づいてきて⋮⋮⋮ ﹁愚婿∼、しばらく会わないうちに、あんたはいつからそんなに偉 くなったんだい?﹂ 534 モンスターッ! じゃなかった、家のドアをノックもしないで入 ってくるこの人、モンスターより恐いやつだ! 全身ピッカピカで、鳥みたいにモサモサした羽のドレスに、シャ ンデリアみたいにメッチャゴッチャリした髪の毛。 この、絵本に出てくる悪い魔女みたいに恐い笑顔で現れたのは⋮⋮ ﹁ま⋮⋮⋮ママ⋮⋮⋮﹂ フォルナのかーちゃん⋮⋮女王様だ⋮⋮ ﹁あんたが私の子供と結婚することは、あんたの親父とおふくろが 結婚したその日から決まってんだよ。それを破棄しようだなんて⋮ ⋮⋮お仕置きが必要だね∼⋮⋮﹂ ﹁ひいいいいいいいいいっ!﹂ ﹁そして、愚娘。あんた、私に孫をまだ見せられないなんて、何を チンタラやってんだい? これは、しばらく国に居て、盛大に躾け てやらないとダメだね∼、あんたら二人とも﹂ ﹁お、お、おか、あさま、お、おひさしぶり、で、ですわ。その、 あの、わたくし、その、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい っ!﹂ もうやだ⋮⋮⋮みんな強い奴ばっか⋮⋮俺、いつも何もできねー し⋮⋮ 535 第31話﹁思い出話・小さな出会いメモリアル﹂ 王都入口のでっかい正門前に国王様以外がみんなでお迎えしてい るんだけど、皆偉い人ばっかの中に、なんで俺まで居なくちゃいけ ないんだよ。 それに、ネクタイは痒くてやだ。タキシードは動きづらくてヤダ。 フォルナとずっと手を繋ぐの恥ずかしくてヤダ。 ﹁ふ∼ん、こうしてめかしこむと、愚婿もそれなりじゃないかい。 まあ、生意気そうなツラから、育ちの悪さは出ちまうけどね﹂ ﹁お母様、ヴェルトの教育はワタクシが責任もって致しますわ! 分かりましたわね、ヴェルト﹂ 親父もおふくろも居ない。ここに居るのは、フォルとママと、将 軍とか貴族のおっちゃんたちだけ。 他所の国の女王様とお姫様を迎えるための待機って言ってたけど、 何で俺はここに居るんだよ。 ﹁女王様。先ほど、関門より連絡がありました。チェーンマイル王 国御一行様が、間もなく到着されるそうです﹂ ﹁ああ、分かったよ。あんたも大変だねえ、あんたの娘も発表会に 出るんだろう?﹂ 536 ﹁はい、まあ、その、本人はあまり自信が無さそうですが﹂ あ、ママに報告に来たおっさん、確か、公爵家だっけ? 城に遊 びに行ったときに何度か見たことある。 そんで、その後ろに居る、前髪で目が隠れて、オドオドしてる女 の子も。 ﹁ペット! ペットではありませんの!﹂ ﹁はう、ひ、姫、様、その、ご、ご機嫌うる、わしゅう⋮⋮⋮﹂ ﹁発表会ではあなたも演奏されるのでしょう? お互い、頑張りま すわよ﹂ ﹁は、い、⋮⋮⋮⋮﹂ フォルナの友達みたいだけど⋮⋮いや、アレは友達なのか? な んか、ハッキリしなくて、すっげえ、見ててイライラする。 ﹁ああ、ヴェルト、紹介しますわ。この子はアソーク公爵家のペッ トですわ。ワタクシのお友達ですのよ﹂ ﹁ふ∼ん⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁そして、ペット。多分ご存知かと思いますが、こちらがヴェルト。 ワタクシの夫ですわ﹂ ﹁あっ、は、はい、存じあげており⋮⋮⋮ます⋮⋮﹂ なんだよ。急に下向いてモジモジしだして、声だって聞き取りづ らい。 俺のこと恐がってんのか? おまけに、目が隠れてるし、なんか幽霊みたいだな、こいつ⋮⋮⋮ ﹁やあ、ヴェルト君だね。こうして君と話すのは初めてだよね。私 537 は、﹃ソイ・アソーク﹄だよ﹂ ﹁ん﹂ ﹁この子は昔から恥ずかしがりやでね。でも、君と同じ歳だ。今こ こに居ないけど、双子の兄でチェットという子も居てね。どうか仲 良くしてあげて欲しい﹂ ﹁ん∼⋮⋮⋮﹂ 公爵のおっさんはそう言うけど、こいつ自身はどうなんだ? 親父が現れた瞬間、公爵のおっさんの背中に隠れて前へ出てこな い。 ﹁でも、こいつ、俺と仲良くしたくねーって﹂ ﹁ヴェルト! ですから、ペットは恥ずかしがりやだと言ってるで はありませんの! ヴェルトも、これから王国貴族関係者とも信頼 関係を築かねばなりませんのよ? ですので、ちゃんと仲良くなさ い!﹂ ﹁ははははは、姫様にそう言っていただけて何よりです。だから、 ヴェルトくん、よろしく頼むよ?﹂ いや、宜しく頼むって言われても、こいつ全然喋んねーし。 変な奴∼、仲良くとか言われても、絶対無理だし。 ﹁おい、それまでにしな、愚婿。愚娘。来たぞ﹂ ﹁あっ、ママ⋮⋮﹂ ﹁愚婿。とりあえず、私と愚娘が挨拶してから、あんたを紹介する。 心の準備しときな﹂ ママがそういうと、確かに向こうから兵隊が行進しながら、その 後ろで豪華な馬車が見える。 538 ﹁アレが、その、チェンなんとかって国なのか?﹂ ﹁チェーンマイル王国ですわ、ヴェルト﹂ カボチャみたいなデッカイ形で、てっぺんがハートマーク⋮⋮カ ッコわりい⋮⋮でも、あれに乗ってるんだな。 そして⋮⋮⋮ ﹁フォワーッハッハッハッハッハ! フォワーハッハッハッハッハ !﹂ なんか変な笑い声が聞こえてきた。 ﹁何アレ?﹂ ﹁しっ、ヴェルト。今より私語は禁止ですわ﹂ ﹁ふん、久しぶりだってのにあまり変わりないようだね∼、あの劇 場型姫は﹂ ゲキジョウガタ? 何型? ママの呆れたような溜息を耳にしな がら、徐々に近づいてくるカボチャの馬車。 すると、それがようやく俺たちの目の前に到着という時に、馬車 の扉が開いて、中から誰かが飛び出して、馬車の上に飛び乗った。 ﹁わっ、なんだ∼?﹂ ﹁あの方は!﹂ ﹁おや、あの格好は、シンセン組のバルナンドが亜人大陸に広めた ﹃キモノ﹄じゃないか。珍しいものを着ているねえ﹂ 素早い動きで馬車の上に飛び乗った人は、見たことがない。しか 539 しなんか懐かしいように感じる服を着ている。 なんか、布団を被っているかのようなダボダボの布の服。袖はダ ランとしていて、だけど腰元はベルトのようなものをしっかりと巻 いて結んでいる。 でも、柄が凄い派手。黒い柄の中に真っ赤な花が何個も描かれて いる。 ﹁フォワーッハッハッハッハッハッハ、フォワーッハッハッハッハ !﹂ その人はただただ笑い、全身を激しく動かしながら、手を太陽に 向かって差し伸ばした。 そして、突如笑いから、いきなり目元を潤ませて、﹁ヨヨヨ﹂と 崩れ落ちた。 ﹁ああ、ファルガ様⋮⋮⋮どうしてあなたはファルガ様でありんす か? 大陸の果から果へ、あなたの元へとたどり着くのに、どれほ ど高く険しい山あり谷あり、試練あり! 声すら届かぬ世界の果て が、わっちの愛を妨げる! しかし、わっちは信じているでありん す! 暗闇の壁が立ちはだかろうと、二人の愛が世界を繋ぐと⋮⋮ ⋮それが、今この時でありんすよ!﹂ なんか、﹁今この時でありんすよ﹂の瞬間に、太陽に伸ばしてい た手を俺たちに向け、﹁さあ、まいりましょう!﹂と微笑んで﹁決 まった﹂的な顔してるんだけど⋮⋮⋮ 540 ﹁ファルガは家出中だよ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮?﹂ ﹁システィーヌ姫。遠路はるばるお越しいただき申し訳ないが、愚 息は家庭のイザコザで家出中だよ。楽しみにされていたのなら、す まないねえ⋮⋮⋮﹂ ママの淡々とした挨拶に対して、笑顔のまま固まって言葉を黙っ ちまったよ⋮⋮⋮って、この変な人、他国のお姫様なのかよ! ﹁ファンレッド女王様、ご機嫌麗しゅう。しかし、冗談はやめてお くんなんし﹂ と思ったら、急に怪しく笑い出して⋮⋮⋮この笑い⋮⋮⋮見たこ とある⋮⋮⋮! そうだ、ママがいやらしいことを思いついたときにする魔女みた いな顔。 ﹁この、不自由な籠の中の蝶を、これ以上悲しませないでおくんな んし∼?﹂ なんなんだよ、この姉さん。 長くて、凄い量の多い茶色い髪の毛を頭の後ろで丸くモッサリと 盛って、至る所に鈴とか、花の髪飾りとかゴッチャり⋮⋮⋮なんか、 ママと良い勝負なぐらい派手だ⋮⋮⋮ 541 ﹁いいや∼、冗談じゃないんだよねえ。あの愚息は王族のしがらみ やらが嫌いでねえ。﹃聖騎士フリーダ﹄に唆されて、ハンターにな っちまったよ﹂ ﹁フォワーッハッハッハ、そんな嘘を言わずとも分かっているであ りんすよ。ファンレッド女王様は、わっちとファルガ様の結婚を反 対していることは。ファルガ様が家出したなど一大事、次期国王が 家を飛び出したなど、事実であれば今こうしてのんびり語らうよう な暇なんてないでありんす﹂ ﹁ふっ、そいつは残念だったねえ。別にあんな愚息は自由にさせて おけばいいのさ。次期国王は既に決まっているからねえ﹂ 次期国王は決まってる。 さすがに、そんなママの言葉は、相手のお姫様は凄い驚いている。 ﹁フォルナ、ヴェルト、来な﹂ いま紹介されるの? なんで? 嫌だよ、なんかあのお姫様凄い 怪しい顔で睨んでるし! ﹁ご機嫌麗しゅうございますわ、システィーヌ姫﹂ ﹁おや、フォルナ姫でありんすね。随分大きゅうなったでありんす﹂ ﹁ありがとうございますわ。そして、紹介しますわ。私の夫のヴェ ルトですわ﹂ ほら、なんかギロっとって一瞬睨まれた! 542 ﹁夫⋮⋮⋮そういうことでありんすか⋮⋮⋮﹂ ﹁ああ、そういうことだよ。このヴェルトがフォルナと結婚して、 このエルファーシア王国の王になる。もう、愚息が座る王座なんて ないんだよ。あの愚息は、勝手に伝説でもロマンでも自由でも、そ んな夢を食って肥える豚にでもなってりゃいいのさ。だからすまな いねえ、システィーヌ姫。というより、チェーンマイル国王とピサ ヌ女王陛下には、ファルガとの婚約は無しにさせていただきたい旨 は、とうに伝えているはずだけどねえ?﹂ あっ、そうなのか? そう思ったとき、カボチャの馬車からよう やく他の奴が出てきた。 紫一色のドレスに赤マント、そして王冠を被ったおばさん⋮⋮⋮ なんだろう⋮⋮⋮多分女王様なんだろうけど、ママとこのお姉さん が派手過ぎるから普通に見える。 ﹁ええ、伺っております、ファンレッド女王陛下。本当に申し訳ご ざいません。娘には、何度も言い聞かせているのですが、その目で 確かめない限り信じないと頑でして⋮⋮⋮﹂ ﹁ピサヌ女王陛下。挨拶が遅くなり申し訳ないねえ。大陸の果へと 遠路はるばるようこそおいでなさった。心より歓迎させて欲しい﹂ ﹁はい。この度は貴国との交流をとても楽しみにしておりました。 そして、もう一人本日は紹介させてください。さあ、降りてきなさ い﹂ 543 おばさんとママ⋮⋮⋮いや、女王様同士のなんか普通な会話でよ うやく緊張が収まった。 貴族や将軍のおっさんや、向こう側の護衛の人とか、スゲーハラ ハラしてたもんな。 でも、なんだろう、あの変な姉さん、さっきからブツブツつぶや いてて、まだ怖い⋮⋮⋮ と、そんな時だった。 ﹁母様、随分へりくだっているようね。王族であるならば、常に他 国の王を前にしても毅然と振舞わなければ国の沽券に関わるわ。ま してや、姉様の縁談を破断させたのは、向こうの身勝手な話。こち らが頭を下げることもないと思うけれど?﹂ な⋮⋮⋮んなの? あいつ⋮⋮⋮ ﹁ただ、噂のエルファーシア王家の血筋をこの目で見れたのは収穫 ね。一匹駄犬が混じっているようで、不愉快だけれど、まあそれぐ らいは我慢してあげるわ﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ちっちゃい⋮⋮⋮俺とフォルナよりちっちゃいのに、 なんか凄い態度偉そうなんだけど、何アレ? ﹁ッ! 黄赤色に輝く双頭の螺旋を描く頭髪! そして、暁に輝く 瞳⋮⋮⋮⋮伝説の⋮⋮﹃暁光眼﹄⋮⋮⋮⋮では、この方がそうなの 544 ですね?﹂ 少し頬に汗かいてるフォルナ⋮⋮⋮⋮このチンチクリンに何をビ ビってんだ? それに、そうとーのらせんのとうはつ? ツインなんとかロール っていうんじゃないの? アレ。フォルナとちょっと似た感じの。 女王様と、姉ちゃん姫様に比べたら、普通の黒のワンピース着て るのに⋮⋮⋮なんだろう、全然普通の女の子な感じがしねえぞ? ﹁あら、随分と気高い魂を感じるわね。ひと目でわかるわ。金色の 彗星・フォルナ姫ね。初めまして。クレオ・チェーンマイルよ﹂ はき ﹁お初お目にかかりますわ。ワタクシは、フォルナ・エルファーシ ア。お会い出来て光栄ですわ、﹃暁の覇姫・クレオ姫﹄﹂ こいつが、俺たちと同じ歳だって言われた姫? 歳下に見えるけ ど、態度でかいし、でもなんか難しい言葉使ってるし、なんなんだ よ⋮⋮⋮ それに、フォルナと普通に挨拶してるのに、なんか、全然﹁よろ しくお願いします﹂って感じがしねえぞ? 全然友達になろうっていう感じがしねーぞ。 ﹁それと、先ほど馬車の中で聞いていたのだけれど、そちらの彼が あなたの許嫁?﹂ ﹁ええ、そうですわ。ヴェルト・ジーハ、ワタクシの夫ですわ!﹂ ﹁ふ∼∼∼∼ん、そ∼なんだ﹂ 545 そして、俺を見た。なんかこの目、買い物してるおばちゃんが商 品を見比べてるみたいな目だ。 ﹁あなた、爵位は?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮?﹂ ﹁いえ、聞くのも野暮。どう見ても雑種。ただ、私は貴族の位でし か相手を見れない豚とは違う⋮⋮⋮けれど⋮⋮⋮その血統の悪さを 補う覇気や魂の輝きがあるわけでもなし⋮⋮⋮ふっ﹂ あっ! しかも、なんか鼻で一瞬笑ったぞ! 今の俺でもわかっ たぞ! ﹁あら、ふ、うふふふふふ、どうされましたの? クレオ姫。ワタ クシの夫がどうかしましたの?﹂ お、フォルナに関しては﹁ふふふ﹂と笑ってるけど、手をギュー ッと握りしめて肩が震えてる。それに、頭に﹁♯﹂みたいなマーク が浮き出てる。 怒ってる⋮⋮⋮? ﹁いいえ、どうもしてないわ、フォルナ姫。末永くお幸せに﹂ ﹁⋮⋮⋮え、ええ! もちろんですわ!﹂ ﹁ふふふふふふふふふ、早くにパートナーを見つけられて良かった わね。私も、この天下の覇道を共に歩むに相応しい駒が欲しいわね﹂ とりあえずわかった。こいつら、ゼッテー友達にならねえだろう な。 どう考えても仲良くなる気がしない。 ﹁ふむふむ、ファルガ様が家出されても放置されるのはその後継者 546 がいるからでありんすか⋮⋮⋮なら、逆に⋮⋮⋮この童がこの国か ら離れたら? わっちの国からテキトーな人材とくっつけるなりし て引き離せば、この国は後継者不在になり、ファルガ様は戻ってく るということには?﹂ そして、なんかブツブツ言ってて怖い姉ちゃんの方はこれだし。 こうなると⋮⋮⋮ ﹁なるほど、そちらの彼がファルガ王子に代わって、貴国の将来を ?﹂ ﹁ああ、そうだよ。生意気そうで、躾け甲斐がありそうだろう?﹂ ﹁そ、うですか。おほほほほ、私には良く分かりませんが﹂ こうなると、ママと喋ってる向こう側の女王様が一番普通だな。 なんか、変な奴ばっかだな⋮⋮⋮ 一瞬ホッとしていたはずの、周りの奴らも皆また、ハラハラしだ してるし。 ﹁あっ、そ、その、ピサヌ女王陛下。長旅でお疲れでしょう。今、 皆様をご案内いたします。私が、皆様が我が国の滞在の間お世話を させて戴きます。こちらは、娘のペットです。どうぞ、以後お見知 りおきを﹂ さすがにマズイと思ったんだろうな。だって、俺でも分かるぐら い、なんかギスギスしてるし。 公爵のおっさんが間に入ってくれたおかげで、フォルナと向こう のチビ姫も少し距離を離した。 ﹁これはこれはアソーク公爵様。お心遣い感謝いたします。是非、 547 よろしくお願いします﹂ 向こうの女王様も頷いたし、二人のお姫様もどうやら今はもう何 も言う気はないみたいで肩の力を抜いてるのが分かった。 あ∼、良かった。とりあえず、これで俺はもう帰っていいんだよ な? ﹁∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ッ﹂ って、フォルナ? なんか、すっごい﹁ムムムム﹂って顔してる けどどうしたんだよ? ﹁おい、フォルナ?﹂ ﹁ッ、ワタクシを嘲笑いましたわ、あの御方﹂ ﹁はっ?﹂ ﹁ワタクシとヴェルトを交互に見て、見下したように笑いましたわ !﹂ うん、まあ、俺もそう思ったけど。 ﹁っていうかさ、なんなんだよ、あの二人のお姫様。母ちゃん普通 なのに、全然性格違うじゃん﹂ ﹁声が大きいですわ、ヴェルト。それと⋮⋮⋮あの御二方は特別で すわ。何年か前まではそれほど強国でなかったチェーンマイル王国 も、聖騎士ガゼルグ殿の輩出から次々と優秀な人材が世に現れ、中 でもあのお二人はチェーンマイル王国歴代の中でも最も才ある姫姉 妹と言われていますわ﹂ 548 ﹁そんなスゲーの? あの変な姉ちゃんと、チビ女﹂ はき ﹁ええ。もっともワタクシも噂でしか聞いたことがありませんが⋮ ⋮⋮﹃花蝶使い・システィーヌ姫﹄、﹃暁の覇姫・クレオ姫﹄。御 二方ともいずれは、人類最高戦力の証である世界三大称号の一つ、 光の十勇者の称号を得ることを確実視されていますわ﹂ ﹁光の十勇者∼? それって、ママみたいに凄い奴らが貰える称号 だろ? それをあいつらが∼?﹂ でも、まあ、フォルナがそう言うなら、本当にスゲーんだろうな、 あの二人。 なんか偉そうで凄いムカつくけど⋮⋮⋮ ﹁ちょっと、そこのあなた!﹂ ほら、やっぱ偉そうだし! って、どうしたんだ? このまま泊まる場所までさっさと行ってくれると思ったのに、な んか向こうでザワついてる? ﹁は、い、あの、その、あの⋮⋮⋮﹂ って、あの幽霊女? えっと、名前忘れたけど、なんか怒られて る? あのチビ姫に。 ﹁あなた貴族でしょう? それも公爵家の。それでいて、他国の王 族を前にして自身が何者かも口にできないわけ?﹂ ﹁あっ、いえ、そうじゃ、なくて、あの、ペ、ペットです⋮⋮⋮﹂ 549 ﹁あら、なあに? ⋮⋮⋮声が小さいわ! 爵位の上位に位置する 身分でありながら、毅然とした振る舞いや誇らしさも持てぬ者にこ の身を預けろと言うつもりなのかしら! この身を何と心得るのか しら!﹂ なんか、あの幽霊女がウジウジしててムカついて怒ってんのか? まあ、俺もイライラしたしな。 でも、もう、泣きそうじゃん、あの幽霊女。 550 第32話﹁思い出話・よい子はまねしちゃダメな技﹂ ﹁クレオ姫、申し訳ございませんわ。その子、まだこういう場に慣 れていないものでして、緊張していますの!﹂ あっ、フォルナ走ってっちゃった。友達だって言ってたし、そり ゃ、心配か。 でも、あのチビ姫、さっき俺を見て笑った時みたいな顔してる。 ﹁フォルナ姫も大変ね。この国は、どんな身分にも何かしらの問題 があるようね。貴族にも、平民の駄犬にも⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ、どういうことですの? ワタクシの友人 と夫に何かありまして?﹂ ﹁あら? 私は貴族と平民の駄犬と例に出して言っただけであって、 別にあなたの友人や夫に関して何かを言ったつもりはないのだけれ ど、もしそうだと思うのなら何か自覚があるのかしら?﹂ ﹁ッ! 何か⋮⋮⋮⋮⋮⋮言いまして?﹂ お、おいおいおいおいおい、ど、どうなるの? ﹁ひ、姫様、その、だ、わ、私が、いけなくて、その﹂ ﹁フォルナ姫、クレオ姫、この度は娘が大変失礼をいたしました! ですから︱︱︱﹂ ﹁⋮⋮⋮わっちは知らないでありんすよ∼、クレオ∼﹂ ほら、みんなもまた困ってるし! ﹁ふ、おやおや⋮⋮⋮青いねえ、愚娘も、向こうのお姫様も﹂ 551 って、ママはなんかニヤニヤしてるし! 止める気ないの? い いの? ﹁おやめなさい、クレオ! あなたの尊大な態度がどれだけ無礼の 極みか恥を知りなさい! 慎みなさい!﹂ と思ったら、向こうの母ちゃんが止めてくれた。 本当に、あのおばさん普通な感じで良かった。 ⋮⋮⋮なのに⋮⋮⋮ ﹁母様、無礼の極み? 何を言っているのかしら。何故、私が慎む 必要があるのかしら? 私は常に威風堂々とこの天下に己の存在を 示すものよ。慎みなど、己の魂に対する最大の侮辱。そのような生 き方は、私も天も世界も許さないわ﹂ なんでこいつはこんな訳わかんない奴なんだよ! こういうの、 自己チューっていうやつだ。 フォルナもスゲー自己チューだけど、こいつはそれよりも酷いぞ! もういいや。何かムカつくし⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁チーーーービッ!﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁ぶぼわあああっ!﹂﹂﹂﹂﹂ 552 言ってやった。で、全員なんか吹き出して、超焦った顔してこっ ち見てる。 ﹁ッ! ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふっ、ふっ、ふ⋮⋮⋮﹂ ﹁ヴェルト! あ、あ、あなた! 何てことを言いまして!﹂ ﹁おやおや、愚婿も黙ってられなかったかい﹂ ﹁これはこれは愉快でありんす。よりにもよって、クレオが一番気 にしていることを﹂ ﹁ひあ、あの、その、えっと、あっ⋮⋮⋮﹂ そして⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮今⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮何て言った のかしら?﹂ この目、迫力、見たことがある! ﹁ねえ、そこのあなた⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮今⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮何 て言ったのかしら?﹂ ﹁チーーーーーーーーーーーーーーーーーーービ!﹂ ﹁ふふふふふ、ただの育ちの悪い駄犬どころかして、この私にチビ なんて⋮⋮⋮⋮⋮⋮それこそ無礼の極みというもの! 他国の王族 への侮辱は国家への侮辱! エルファーシア王国は、我が国と戦争 をするつもりかしら!﹂ 俺が、街で遊んでたサンヌが凄い可愛いって言ったとき、フォル ナがこんな目で俺を睨んだ。アレと同じだ。 ﹁おい、俺はチビって言っただけだぞ。別にお前のことなんか言っ てないぞ?﹂ 553 ﹁⋮⋮ッ!﹂ ﹁チービチビチービ! チービ、ブースチービ!﹂ ﹁ちょっ、今、さり気なくブスッて言ったわね! この無礼者!﹂ ﹁だから、チビって俺のただの独り言だし! なんだよ! それと も、自分が性格ブスチビクルクル頭って自覚してるからじゃないの か?﹂ ﹁そこまでさっき言ってはいなかったじゃない! この、駄犬の分 際でなんという侮辱ッ!﹂ あん時、モンスターみたいに怖かったフォルナにぶん殴られた。 フォルナの前で他の女の子を見るなと、ママに説教された。 でも、構うもんか! ﹁やめなさい、クレオ!﹂ ﹁まあ、待ちな、ピサヌ女王陛下。ガキの喧嘩だ。面白そうだしも うちょっと見てみたらどうだい?﹂ ﹁何をおっしゃっているのです、ファンレッド女王陛下!﹂ クレオとかいうチビは、本当は今すぐ走り出して俺をぶん殴ろう としているのに、何だかギリギリで堪えながらゆっくりこっちに近 づいてくる。 でも、あと一回﹁チビ﹂って言ったら走り出してくるな。 だったら、言ってやろう。 ﹁よくも言ってくれたじゃない。それに、さっきの私の仕返しのつ もりかしら? こちらはただ、無礼な貴族の娘に常識を説いただけ というのに、間違っているはずのあの子を庇うのがこの国の常識か しら?﹂ 554 ﹁別に庇う気なんかねーし。俺だって、さっきからモジモジしてる あいつ、スゲーイライラしてムカついてたし﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮はっ? ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮だったら、何故こ んな馬鹿なことを?﹂ ﹁そんなの決まってんじゃん、なんかオメーの方がムカついたし﹂ なんか、ピキッて音がした。 プルプル笑いながら震えてるぞ、あのチビ。 ﹁ふっ、⋮⋮⋮フォルナ姫もエルファーシア王国も随分と心が広い のね。こ∼んな礼儀知らずの駄犬を婿にするどころか、次期国王に とは⋮⋮⋮まあ、貴女方がそれでいいというのなら、私はべつ、べ、 つに⋮⋮⋮﹂ ﹁あっ、そうか。お前は、心ちっちゃいから、チビなんだ﹂ ︱︱︱︱︱︱︱︱ッ! ﹁こ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮このイヌッ! 今すぐ調教してあげるわ!﹂ あっ、ピキじゃなくて、今度は﹁ブッチイイッ!﹂て音が聞こえ た! 殴られるか! くそ、もういいや! かかってこい、このやろう! 555 ﹁クレオ!﹂ ﹁いかん! ヴェルト君、今すぐに謝るんだ!﹂ ﹁それぐらいでやめておくんなし、クレオ。来て早々、これ以上の ゴタゴタはダメでありんすよ﹂ ﹁まったく、大人が少し落ち着いたらどうかねえ。ガキ同士の喧嘩 じゃないかい。良いコミュニケーションだ﹂ ﹁お母様! お母様がそれでは困りますわ! 今すぐ止めてくださ い!﹂ 止めろと、謝れと、みんな言うけど、もう遅いよな。 あのチビ、ボキボキと指鳴らしてるし。 ﹁ご安心なさい。私ももう七歳の大人よ、母様。それにエルファー シア王国の方々。これは、戦争でも決闘でもないわ。道端で見かけ た野良犬が噛み付こうとしてくるので、少し躾けてあげるだけよ。 野良犬の調教程度で、両国の友好を反故にするつもりはないわ﹂ ﹁クレオ! その少年は、エルファーシア王国と懇意にされている 少年と!﹂ ﹁⋮⋮どうかしら? ねえ、ファンレッド女王陛下。私がこの野良 犬に手を出すと、両国の関係にヒビが入るかしら?﹂ とめる向こうのおばちゃんに対して、あのチビ、ママに聞いてき やがった。 そんなのママに聞いたら⋮⋮ ﹁ふん、面白そうじゃないか。これも婿修行の一つだと思って、愚 婿も少しやってみたらどうだい? あんたから噛み付いたんだから ねえ﹂ 556 ﹁お母様ッ! 何を言ってますの!﹂ ﹁ほほほほほほ! 流石は、英雄、ファンレッド女王陛下。その心 の広さは、感服するわ!﹂ ほらな、こうなるよ。ママは﹁おもしろそーだから、やっちまい な﹂って顔で俺見て笑ってるし。 ﹁女王陛下! クレオ姫! お待ち下さい! 此度の全ての原因は、 私の娘が全て原因。どうか、私から謝罪させて戴き、この場を⋮⋮﹂ ﹁関係ないわ、アソーク公爵。確かに、あなたの娘は私に不愉快な 思いをさせたけれど、この駄犬は、私の逆鱗に触れた。これはもは や国など関係なく、私の個人的な怒りも込めた調教。だから、下が りなさい!﹂ そして、もう誰が言っても止まんない。公爵のおっちゃんが謝ろ うとしても、チビのクレオが睨んだだけでビビッちゃってるし。 ﹁さあ、始めるわ。私を侮辱した罪を万回に後悔なさい! そして、 この空の下で、最も高貴な覇王の前に平伏しなさい!﹂ ﹁うるさいな。チビのくせに﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮あ゛?﹂ でも、俺もこいつ、すっごいムカつくし、一発ぶちたいから、関 係ないし。 だからやるんだ。 ﹁⋮⋮ふう⋮⋮ところで、あなた。仮にもフォルナ姫の夫であるな 557 ら魔法学校でちゃんと基礎的な力ぐらいは身につけているのかしら ?﹂ 魔法? 先生は、﹁君は、魔法よりも政治の勉強かな? うん、 人には向き不向きがあるから、君はそっちを頑張りなさい﹂って言 われたな。 ﹁いいえ、聞くだけ愚問ね。身に漂う魔力も、体つきも平凡以下。 こんな子犬に私は何をムキになっていたのかと、今更自己嫌悪よ﹂ ん? なんか、落ち着いてきた? 少し顔が柔らかくなったよう な⋮⋮ ﹁我が国の屈強な戦士たちすら平伏せさせてきたこの覇王たる私が、 一時の感情に流されてしまったわ。確かに、まだ忍耐力が足りない わね﹂ そして、落ち着いてるけど、この目は凄く俺を馬鹿にしているよ うに見える。 ﹁誇り高い聖戦を求めるこの心はいつになったら満たされるのかし ら。今日も取るに足らない駄犬を蹴散らすなど⋮⋮本当に不毛﹂ 溜息まで! こいつ、なんだよ! 自分から喧嘩売ってきたくせ に、何でそんな顔するんだよ! こいつ、本当に嫌いだ! ﹁さあ、かかってきなさい、駄犬。私は一切構えないし、避けない し、好きにかかってきなさい。殴るもよし。蹴るもよし。あなた程 558 度の力や魔力では、私を倒すどころか、この場から一歩も動かすこ ともできないと知りなさい﹂ ﹁なにっ?﹂ ﹁ただし、あなたが成すすべなくなったら、今度はこっちの番。泣 いて、みっともなく地べたに倒れ、尿を垂れ流すほどの恐怖を与え、 生涯忘れられない屈辱をその体と心に刻み込んであげる﹂ そう言って、クレオは両手を広げて、俺にかかってこいと言って きた。 自分は一切反撃しないし、攻撃を避けないから、好きなだけ殴る なり蹴るなりしろって。 ﹁えっと⋮⋮⋮いいの?﹂ ﹁ええ、どうぞ。それぐらいのハンデは与えてあげないとね。それ に、人は、成す術がないほどの圧倒的な力の差を知り、絶望し、そ して従順になるものよ。そのためには、これぐらいはねえ﹂ 完全に俺を馬鹿にしてるぞ! この野郎、もう怒ったぞ! 本当に何でもやってやるんだからな! ﹁よーし、それじゃあ﹂ ﹁?﹂ 反撃しないなら、相手が女の子だからって関係ない。一発で終わ らせてやる! まずは、こいつの後ろに回って⋮⋮ 559 ﹁あら、後ろから? なるほど。後頭部? 首筋? 脊髄への攻撃 ? 死角からの恐怖? 少しは考えているようね。でも、そんな程 度じゃ私には通用しないわ﹂ 後ろに回って、こいつの真後ろでしゃがみ込む。 ﹁ヴェルト、何をしてますの!﹂ ﹁後ろから攻撃するでありんすか? でも、聖騎士ガゼルグと常に 稽古しているクレオには、魔力も伴わない子供の攻撃なんて、痛く も痒くもないでありんす﹂ 俺は、バーツと喧嘩になったとき、タマを蹴り上げて泣かせたこ とがある。 でも、それはこいつにはダメだよな? だって、タマがないし。 だけど、あの技なら勝てる。 ﹁ん?﹂ ﹁なんだ、あの構えは﹂ ﹁あの少年、何をやろうとしているのだ?﹂ ﹁ヴェルト君?﹂ 俺にタマを蹴られてから、タマをガードするようになったバーツ を、俺の開発した技で倒した。 あの技なら⋮⋮ ﹁いくぞー! 避けるなよ?﹂ ﹁?﹂ 人差し指を伸ばしたまま、他の指を組む。 そして、これには手順がある。 560 どうして、こんなのを俺が思いついたか分からない。 でも、自然に頭の中で思いついて、体が動いていた。 ﹁一に気をつけ、二に構え!﹂ ﹁はっ?﹂ ﹁三、四がなくて、五に発射ッ!﹂ 俺は、しゃがんだ状態から、体中の力を使って思いっきり、一点 を目掛けて飛んだ。 短いワンピースの下から見える、オレンジ色のパンツ。ハートの マークが入ってて、少し可愛かったけど、俺、そういうの興味ない から構うもんか。 ︱︱︱︱︱︱︱ブスリ! ﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮えっ、え、え、えええええええええええええええ えええええええっ!﹂﹂﹂﹂﹂ 俺の人差し指が、根元まで突き刺さっ⋮⋮⋮ ﹁んぐぶほおおおおおおおおおおお! wp9ふぇぁんvうぇp@ cwくぉflまs!﹂ 561 クレオが全身をピンと張って、体中がビリビリ震えて、何言って るか分からないぐらいの叫び声をあげた。 そして、体中の力が抜け、一気に膝から崩れ落ちて四つん這いに なって倒れた。 スカートめくれてパンツ丸見えだけど、もうこいつ、それを隠せ ないぐらい変な感じになってる。 ﹁はべ、あぶ、ひゃ、あ、べ、あ、へ∼﹂ すぐに立つのは無理そうだ。 おまけに、こいつ、パンツがジョワって⋮⋮ ﹁泣いて、這い蹲って⋮⋮あっ、それにお前、おもらし⋮⋮⋮⋮ど うだ! バーカ、ザマミロ!﹂ 見たか! 俺を馬鹿にするからこうなるんだ! 俺の勝ち︱︱︱︱︱︱︱︱ ﹁ヴェルトのおばかあああああああああああああああああああっ!﹂ と、思ったら、フォルナにぶん殴られて⋮⋮ ﹁ヒメサマアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!﹂ ﹁ちょま、あ、あいつ、なな、なんちゅうことぉ!﹂ ﹁急いでクレオ姫を運ぶのだ!﹂ ﹁ヴェヴェヴェ、ヴぇるとくん、よりにもよってなんてことを!﹂ 562 ﹁せ、戦争に、な、なる?﹂ ﹁あーはっはっはっはっは! あーはっはっは! そりゃあ、聖騎 士と訓練してるお姫様も、ソコは鍛えてないよねえ﹂ ﹁女王様、何をノンキに笑っていらっしゃるのです! マジで戦争 になりますよ!﹂ ﹁クレオ⋮⋮、な、なんてことを⋮⋮ッ、システィーヌも何を笑っ ているの!﹂ ﹁もう、こ、これ、わ、笑わないのは無理でありんす! ふぉ、ふ ぉ、フォワーハッハッハッハッハッハ!﹂ フォルナにぶん殴られて、体中の力が抜けて、なんか空をプカプ カ浮いている感じがする。 なんか、みんな慌てたり、笑ったりしてるけど、フォルナはなん か物凄い怒って⋮⋮⋮ ﹁ひ、ひどい⋮⋮恐い⋮⋮あの子⋮⋮﹂ あっ、しかも幽霊女が物凄い怯えてガタガタ震えてる。なんだよ ∼、誰の所為でこんなことになって︱︱︱︱︱ ﹁ヴェルト∼、ヴェルトーーーーッ! 今日という今日は許しませ んわ! 女性になんということをしているのです! も、もう、も う限界ですわ! あなたには、た∼∼∼∼っぷりお仕置きですわ!﹂ 563 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ﹁とまあ。そん時、ばかりはフォルナがメッチャブチキレてな。俺 は一晩中正座しながらお仕置きを⋮⋮⋮って、なんだよ﹂ まだ、話は全然途中なのに、なんか、ニートとかアイドル姫とか、 物凄いドン引きな顔で俺を見てるし。 ﹁おい、ヴェルト。お前、ぶッさしたのか? 根元まで﹂ ﹁あ、ああ。まあ、俺もまだまだガキだったし、子供の悪ふざけだ ろ?﹂ ﹁女の子の尻に?﹂ ﹁しつけーな。だって、仕方ねえだろ? 当時は他に攻撃の仕方が 思いつかなかったんだからよ。おかげで、フォルナにキレられたし、 次の日のピアノの発表会では更に大変なことになってな。あれは⋮ ⋮﹂ と続きを話そうとする前に、ニート、ブラック、アッシュの三人 が、すげージト目で俺に一言。 ﹁﹁﹁さいってー⋮⋮⋮﹂﹂﹂ ﹁うるせええ、お前らが聞いてきたんじゃねえかよ!﹂ なんか、俺の株が大幅に下がっていた。 564 第33話﹁思い出話・中途半端に終わらせる﹂ 長いし眠いし疲れた。 ﹁本日の発表会に、特別出演していただくはずだったクレオ姫が、 部屋から一歩も出てこないとのことですわ﹂ ﹁ふ∼ん﹂ ﹁部屋に誰かが近づいても直ぐに追い返し、部屋からは嗚咽の篭っ た泣き声が聞こえるそうですわ﹂ ﹁ふ∼∼∼∼∼ん﹂ 別に、ムカつくチビが、泣いて部屋から出てこないだけなんだか ら、別にいいと思うのに、フォルナはしつこい。 ﹁ヴェルト! 自分がどれだけのことをしたか分かっていますの?﹂ もう、本当にしつこい。 だって、あのチビ、何やっても良いって言ったんだし、別に悪い ことじゃないってのに。 それに、ああしなきゃ、俺が好き放題やられてたんだし、立場が 逆になったら責めるなんてずるいぞ。 ﹁姫様、そろそろ発表会に出られる方は文化会館にお集まりする時 間です﹂ ﹁う∼∼∼∼、もう、ヴェルト! ワタクシ、まだ怒っていますの よ! おかげで、クレオ姫は出場を辞退されますし、これで両国の 関係に大きな亀裂が入ったらどうしますの?﹂ ﹁姫様、ヴェルトくんもこうして反省⋮⋮しているようには全く見 565 えませんが、お時間が⋮⋮﹂ ﹁分かっていますわ、ガルバ。とにかく、ヴェルト! 今日の会が 終わりましたら、必ずクレオ姫に謝罪に行きますわよ! いいです わね! それと、ワタクシの演奏が終わったら、ちゃんと客席から 花束を持ってワタクシのところに来ないとダメですわ! 分かりま したわね? では、ワタクシは先に行ってますわ!﹂ 最近、フォルナは俺のおふくろみたいに細かいことをグチグチ言 う。 いや、おふくろは俺のこと全然怒らないから、おふくろよりも全 然口うるさ 今日だって、演奏会の本番前の練習とか段取りとか色々あるはず なのに、こうして俺の家まで来てギリギリまで説教してるし。 ﹁ヴェルト、ちゃんと反省しているのかい? 女の子に酷いことを したんだろう?﹂ フォルナが走って出て行って、ようやく静かになったと思ったら、 親父が少しマジメな顔して俺に聞いてきた。 ﹁だって親父∼、あのチビ女のほうがヒデーんだぜ?﹂ ﹁ヴェルト、それはね、関係ないよ。相手が酷いからって、お前ま で酷いことをする必要はないだろう? 酷いことをされても、それ を許せる男の子が、カッコいいと思うな?﹂ そう言って、親父は俺の頭をポンポンと叩いた。 いつも思うけど、親父って、少し真剣な顔をしても全然怒らない し。 おふくろもそうだし。 バーツの親父なんて、よく俺もバーツも暴れたらぶん殴るし。 566 でも、なんか親父の言葉は、いつも胸がなんだかキューっとなる から、変な感じだ。 ﹁女の子はね、怒らせたり泣かせたりするんじゃないよ。男の子な ら女の子を笑わせて、そして守ってあげなさい。だから、ちゃんと 今日その子に謝って、笑わせてあげるまで帰って来ちゃダメだぞ?﹂ それ、絶対無理⋮⋮って言おうとしたら、ニッコリ笑ってきて、 何も言い返せない。 怒らないのはいいけど、すごい難しいことを親父は言ってくる。 クレオを笑わせろ? 無理だよ。もっと泣かせろっていうなら、 簡単だけど。 ﹁さあ、行ってきなさい。あと、ちゃんとお金を持ったかい? そ のお金で、お花屋さんで花束を買うんだぞ?﹂ ﹁⋮⋮分かったよ⋮⋮﹂ 親父から貰ったお金をポケットに入れて、めんどくさいけど演奏 会に行かないと。 行かないとフォルナに怒られるだけじゃなく、ママにお仕置きさ れる⋮⋮でも、そういえばママはあまり昨日のことを怒ってなかっ たけど、どうしてだろ? 普通に笑ってたし。 ﹁お尻にさすんじゃなくて、ママみたいに叩けば良かったのかな?﹂ 叩くぐらいだったら、フォルナもこんなに怒らなかったのかな? ⋮⋮っていうか、めんどくさいな、何で俺がこんなに悩まなくち ゃいけないんだよ。 ﹁おー、ヴェルト、お前、昨日とんでもないことをやらかしたよう 567 だな!﹂ ﹁聞いたぞ、ヴェルト、公爵家のお嬢様を助けたんだってな?﹂ ﹁えっ、俺はヴェルトが他国のお姫様を泣かせたって聞いたぞ?﹂ ﹁俺はヴェルトがお姫様のお尻を触ったって聞いたぞ?﹂ で、王都に来るといつもみんなに話しかけられるけど、今日はい つもより酷い。 みんな俺を見たら昨日のことを話しかけてくるし、本当にヤダ。 さっさと花屋に行って、テキトーにフォルナにあげる花を買っと こ。 ﹁あっ⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁あっ﹂ って、ようやく花屋が見えてきたと思ったら、なんか豪華な馬車 が止まってるし。 そんで、その馬車から降りてきたのは、あの公爵のおっさんと、 幽霊女じゃん⋮⋮⋮⋮ ﹁これはこれはアソーク公爵様。ようこそお出でくださいました。 本日の発表会において、文化会館の入口に飾る花は既にご用意して おります。どうぞこちらへ﹂ ﹁面倒をかけるな。注文通り、チェーンマイル産の花も?﹂ ﹁ええ。エルファーシア王国とチェーンマイル王国それぞれの花を 飾り付け、調和をとった自信作です。わざわざ種を取り寄せて丹精 込めて育てたものです﹂ 公爵のおっちゃんと花屋のおっちゃんが真剣に話をしている中、 その後ろで恐る恐るこっちに気づいて、隠れたり、顔を出したり、 また隠れたり⋮⋮⋮⋮なんだよ、ほんとイライラする⋮⋮ 568 ﹁おっ、これはヴェルトくん。昨日は本当にやらかしてくれたね⋮ ⋮まあ、その様子だと、姫様に十分キツくお叱りを受けたようなの で、私からは何も言わないが﹂ ﹁おお、ヴェルトか。どーしたよ、花屋にくるなんて珍しいな。し かも、そんなキメて。姫様とデートかい?﹂ そんな中で、ようやく公爵のおっちゃんと花屋のおっちゃんも俺 に気づいた。 んで、やっぱり俺が花屋に来るなんて珍しいなんて言ってくる。 ﹁別に。今日の発表会でフォルナが演奏終わったら持って来いって うるさいんだ﹂ ﹁ああ、そういうことか。じゃあ、ちょっと待っててくれ。今、忙 しくてな。あとで、姫様のお好きな花を見繕ってやるからよ﹂ ﹁悪いな、ヴェルトくん。こちらも色々と確認作業があるのでな。 ペット、その間、ヴェルトくんとお話でもしていなさい。なんだっ たら、お茶でもご馳走してあげなさい。お小遣いは持っているだろ う?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ひっ!﹂ おい、せめて﹁嫌﹂とかそういう風に言えよ。なんで﹁ひっ﹂な 569 んて怯えた言葉なんだよ! んで、二人はそのまま店の奥にそのまま行っちまったし。 残されたのは、俺と幽霊女。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮うっ⋮⋮⋮⋮うっ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮チラ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ひっ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮うっ、うう⋮⋮⋮⋮﹂ 限界だった。 ﹁なんか喋れよお前ッ!﹂ 何なんだよ、こいつは! ウジウジモジモジオドオドチラチラチ ラチラ。 ﹁ひっ! ご、ご、ごめんな、さ、い﹂ ﹁ハッキリしゃべれよーっ!﹂ ﹁ひっう、ぐ、う、うう、え、⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁泣くんじゃねえよ、ひっぱたくぞ!﹂ ﹁う、え、う﹂ ほら、結局泣き出すし、もう嫌だこいつ! 昨日のクレオも嫌い だけど、こいつも見ていて嫌だ! ﹁あーーっ! ヴェルトのやつ、女の子泣かせてるぞ、いけねーん だ!﹂ ﹁しかも、お嬢様の、えっと、誰だっけあの子、えーっと﹂ 570 ﹁おーーーい、ヴェルト! お前、女の子泣かすなんて、何考えて んだ!﹂ げっ! よりにもよって、シップ、ガウ、バーツの三人だし! しかも、バーツは怒って走ってきたし! ﹁ヴェルトー、テメェ、男の子が女の子泣かすんじゃねえ! 可哀 想だろうが!﹂ ﹁っ、うるせーな! 泣かせてんじゃねーし。こいつが勝手に泣い てるだけだし!﹂ ﹁そんなわけないだろ! どう見たって、お前が怒って泣かせたん じゃないか!﹂ ﹁俺に怒られるようなことしたのこいつだし!﹂ くっそー、こういうときは、フォルナもそうだけどバーツもウル サイし! ﹁あの、け、喧嘩は、その、や、やめて⋮⋮⋮﹂ ﹁うるさいっ! そもそもお前がビービー泣くからこんなことにな ったんじゃねえか!﹂ ﹁ヴェルト、お前、余計泣いちゃったじゃないか! 女の子泣かせ るな、この野郎!﹂ なんかもう、こんなんばっかりだし。 ﹁おっ、またバーツとヴェルトが喧嘩してるぞ﹂ ﹁今度は何だ? 女の子を取り合ってるのか? っておい、あの子、 確か公爵家の!﹂ ﹁ひゅ∼、ヴェルトはお姫様、バーツはサンヌちゃん、可愛いお嫁 さんがそれぞれ居るのに、ライバル登場か?﹂ 571 ほら、バーツは声でかいから、街の奴らもすぐ注目してくるし。 もう、やだ! ﹁ほら、お前、ボーッとすんなよ!﹂ ﹁えっ?﹂ ﹁あっ、逃げるな、ヴェルト! 逃げるなんてズルイぞ!﹂ とにかくこれ以上目立つのはやだ。幽霊女にビービー泣かれるも のやだし、とりあえずこいつ連れてどっか逃げよう。 ﹁あの、その、ど、どこに?﹂ ﹁知らねーし。お前の所為だからな? さっさと泣きやめよ!﹂ ﹁あ、その、お、お父様を待ってないと⋮⋮⋮⋮﹂ あっ、でも、逃げたら逃げたで、これも目立つや。 だって、俺、こんなタキシードなんか着て、幽霊女は演奏会に合 わせたドレス姿だし。 ﹁ま、待ってよ∼、走れない﹂ ﹁えー? こんだけで走れないの? お前、弱いな∼﹂ ﹁だって、私、は、走ったことない﹂ ﹁何でだよ、フォルナは俺より凄い足速いし強いのに﹂ ﹁姫様と、く、くらべ、ないで﹂ しかもコイツ遅いし。んで、バーツは追ってくるし、周りはまた 冷やかすし。 仕方ないや。早いとこ路地裏にでも逃げ込んで、落ち着くまで隠 れよ。 572 ﹁あっ、ヴェルトのやつ、またそんなところに逃げ込みやがって! 待てええ!﹂ へへん、商店通りの脇道は入り組んでるから、見つかるもんか。 いくらバーツたちが住んでいるところだって言っても、更に奥に 行っちまえば、そこは裏通りって言われてるぐらい薄暗いしな。 ﹁ね、ねえ! ここ、あの、どこ? ねえ。ちょっと汚いし、臭い し⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁ん? ここは、裏通りだよ。なんかスゴく安いお金で酒飲むとこ ろとかあって、夜になるとヤラしい姉ちゃんたちが歩いてたりする んだって﹂ ﹁ひっ、そ、それって! ねえ、ここって⋮⋮⋮⋮ダメだよ∼、お 父様、ここは子供が絶対に来ちゃダメなところだって﹂ ﹁知ってるよ。だから、フォルナとかバーツに追い回されたらここ に隠れてりゃ安心なんだ。ここ、ファルガに教えてもらったんだ。 家出する前、ママと喧嘩したときとか良くここで変装して隠れてた んだって﹂ 表通りのお洒落な商店通りや、酒場とかとは違う。 ちょっと薄暗くて、汚いところがあるけど、そんなに危ないとこ ろじゃない。 夜は酔っ払いとか居るけど、昼間は居ないしな。 ﹁んで、お前ももう泣いてないよな?﹂ 573 ﹁あっ⋮⋮⋮⋮う、⋮⋮⋮⋮うん﹂ とりあえず、路地のところに置かれていた樽の上に飛び乗って、 テキトーに時間潰して戻るか。それがいつものことだしな。 ﹁なにやってんの? お前も座れば?﹂ ﹁え、その、でも⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁あ∼、ドレスだから樽に座るの汚いから嫌なのか? ウジウジし てるし、オドオドしてるし、すぐ泣くし、わがままだし、お前もホ ントめんどくさいな∼﹂ ﹁ひうぅ⋮⋮⋮⋮その、ご、ごめんなさい⋮⋮⋮⋮﹂ そんで、すぐ泣きそうな顔で謝るし! なんかもう、こいつのこ と段々分かってきたぞ。こればっかりだし。 フォルナのやつ、いくらこいつが貴族のお嬢様だからって、よく 友達になれたな∼ ﹁なあ、お前さ∼、そんなんじゃ他に友達居ないだろ? どうやっ てフォルナと友達になったんだ? っていうか、いつもフォルナと 何して遊んでるんだ?﹂ ﹁えっ、姫様と? ⋮⋮⋮⋮その⋮⋮⋮⋮おしゃべりとか⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁お前、しゃべれねーじゃん﹂ ﹁あうっ、その、姫様がお話することを私が聞いていて⋮⋮⋮⋮﹂ あー、なんだ。フォルナが一人で話してるのこいつ聞いてるだけ 574 なんだ。 ﹁ふ∼ん。まあ、あいつおしゃべりだしな﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮あなたのこと⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁えっ?﹂ ﹁姫様は⋮⋮⋮⋮いつも、あなたのこと話してるよ? 今日、ヴェ ルトくんとお買い物したとか、喧嘩したとか、そういうこと⋮⋮⋮ ⋮﹂ ﹁じゃあ、⋮⋮⋮⋮お前、俺のことは知ってたの?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮う、うん⋮⋮⋮﹂ フォルナが勝手に話してるだけなら、別に問題起こらないか。で も、それって友達じゃないと思うけど⋮⋮⋮⋮ ﹁ふ、ふ∼ん、じゃあ、どんなこと? あいつのことだから、多分、 俺のこと世界で一番カッコイイとか言ってるんじゃないのか?﹂ ﹁うん、言ってる﹂ ﹁言ってるんだ、あいつ!﹂ なんだろう⋮⋮⋮⋮なんかちょっと恥ずかしくなった。 ﹁⋮⋮⋮イジワルで⋮⋮ひねくれてて﹂ 575 ﹁ん?﹂ ﹁やんちゃで、ナマイキで、全然女の子の気持ち分かってくれない。 ⋮⋮⋮でも、いつも人の目を気にしないで堂々としてるって⋮⋮⋮ 物怖じしないで、いつも自分に正直で⋮⋮⋮あと照れ屋で⋮⋮⋮﹂ ﹁それ、俺のこと馬鹿にしてるの? 褒めてんの? なんかどっち なのか全然分からねえし!﹂ ﹁ひうっ! だ、だ、でも、ひ、姫様がそう言ってて⋮⋮⋮﹂ フォルナの奴∼、なんであいつって良く俺のことを怒るくせに、 人には俺のことをそういうふうに言うんだよ。恥ずかしいじゃねえ か。 ﹁⋮⋮⋮ねえ、⋮⋮⋮ヴェルトくん⋮⋮⋮﹂ ﹁ああん? なんだよ∼﹂ ﹁うっ! あ、ご、ごめんなさい⋮⋮⋮なんでもないの﹂ なんか聞きたそうにしてるけど、なんでもなくねーだろ。 ﹁あーもう! そういうの気になるだろうが!﹂ ﹁う、ううん、その、大したことじゃないの⋮⋮⋮ただ!﹂ ﹁じゃあ、言えよ! そういうの! ほんっと、お前臆病だな∼﹂ 576 ﹁だって、⋮⋮⋮変なこと言って怒られたら⋮⋮⋮﹂ ﹁いーじゃねえかよ、言って怒られるぐらい! それなら、俺はフ ォルナやバーツにいつもどれだけ怒られてると思ってんだよ! ま あ、ママに何かを言って怒られるのは嫌だけど⋮⋮⋮でも俺はそこ までヒデーことはしねえぞ!﹂ ﹁だって、ヴェルトくん、お、女の子に、へ、平気でひどい事する し、き、昨日みたいに﹂ 昨日? ひどい事? アレか? ﹁ひどい事? カンチョー?﹂ ﹁カンッ、⋮⋮⋮わ、私、そ、そんな言葉言わないもん!﹂ ﹁なんだよ、あんなのがひどいことなのか? じゃあ、怒ってもカ ンチョーしないから、言いたいことあれば言えよな! つうか、言 わなきゃカンチョーするからな!﹂ ﹁ひいっ! い、言う! 言う! 言うよ∼、⋮⋮⋮﹂ 知らなかった。カンチョーって、威力が強力なだけじゃなくて、 嫌なことなんだな。 よし! 今度フォルナと喧嘩になったら、これであいつを逆に泣 かせてやろう! 577 ﹁あ、あのね、その⋮⋮⋮ヴェルトくんは⋮⋮⋮⋮⋮⋮どうして怖 いことができるの?﹂ ﹁はあ? 怖いこと? 何が?﹂ ﹁昨日も、クレオ姫を怒らせるし⋮⋮⋮戦って怪我することだって ありえたのに、それに今だってこんな怖いところに平気で居るし⋮ ⋮⋮﹂ 聞きたいことってそれか? って言われても、怖いことできるん じゃなくて、別に怖くなかったから出来たんだし⋮⋮⋮ ﹁私はいつも怖いの。人とお話するときも、怒られるんじゃないか とか、嫌な思いされて嫌われないかとか⋮⋮⋮人の前に出るのも、 どんな風に見られているとか気になって⋮⋮⋮﹂ ﹁ふ∼ん﹂ ﹁ヴェルトくんは、その、ひ、人から怒られることも嫌われること も怖くない。だから、人が嫌がることも平気でする。たくさんの人 の前に出ても、恥ずかしいと思っても、怖いと思ってないから⋮⋮ ⋮どうしたらそんな風になれるのかなって⋮⋮⋮﹂ 怒られることも嫌われることも怖くない? 言われても、正直よくわかんない。 少なくとも、ママに怒られることは怖いし⋮⋮⋮ でも、嫌われることは怖くないってのは考えたこともないや。 嫌われたことないし⋮⋮⋮ ﹁私、今日だって、大勢の人の前でピアノも、き、緊張するし⋮⋮ 578 ⋮﹂ ﹁ああ、そっか。お前も出るんだよな﹂ ﹁うん﹂ 正直、怖いことをできることについて、どう答えていいかはわか らないや。 でも、人の前に出ることに関しては⋮⋮⋮ ﹁別に人の前に出ることは気にしなくていいんじゃねえの?﹂ ﹁⋮⋮⋮なんで?﹂ ﹁だって、お前、幽霊みたいに影薄いから、どーせ誰も見てないん じゃねえの?﹂ ﹁⋮⋮⋮ひぐっ!﹂ そう、実際、街の中を逃げ回ってても、みんなこいつのこと、貴 族の娘ってのは知ってたけど名前まで知らなかったっぽいし。 全然知られてないんだから、どーせ誰も注目しないし、気にもし な⋮⋮⋮って、また泣いちゃったし! ﹁なんで泣くんだよ! 注目されない方がいいんだろ?﹂ ﹁だって、そんな、ひどいこと言うし⋮⋮⋮﹂ ﹁注目されたくねーのか、されてーのかどっちだよ!﹂ ﹁分かんないよ∼⋮⋮⋮でも、誰からも見られないのも嫌だよ∼⋮ ⋮⋮﹂ こいつ、本当にメンドくさい。昨日のクレオが怒ってたのも、今 なら本当に同じ気持ちかも。 泣き虫な女の子じゃなかったら本当にひっぱたいてるぞ⋮⋮⋮ ﹁じゃあ、みんなには見えなくても、俺には見えるからいいだろ?﹂ 579 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂ ﹁影薄いけど、俺はもうムカつくからお前のこと覚えちゃったし、 俺には見えるからいいだろそれで!﹂ ん? 今度はなんだよ? 涙が止まったと思ったらポケーっとこ っち見て⋮⋮⋮ ﹁なんだよ、嫌なのか?﹂ ﹁う、ううん。⋮⋮⋮でも、ピアノ弾いたらやっぱり見えちゃうよ、 色々な人に。だって、舞台の前で、大勢の人の前で順番に弾いてい くんだもん⋮⋮⋮だから、失敗しちゃったら笑われちゃうし⋮⋮⋮ 怒られるし⋮⋮⋮﹂ ﹁あ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼もう! だったら、笑った奴は俺がぶん 殴ってやるよ!﹂ ﹁えっ、えええええっ! だ、だだ、ダメだよ、叩いたら!﹂ ﹁いいんだよ! だって、俺は凶暴なんだから、叩いていいんだ!﹂ 涙が止まってもウジウジ、ほんと面倒だから、もうこれでいいや ! 自分でも段々何を言ってるのか分からなくなってきたけど⋮⋮⋮ ﹁俺はお前のこと見えるから、だからなんかあったら俺が守ってや るから!﹂ 580 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮まもる? ど、どうして?﹂ ﹁親父が言ってたんだ。男は女を守るの当たり前だって。俺は男だ から、全然おかしくねえ!﹂ うん、自分でも何言ってるのかわからないけど、﹁守る﹂って言 葉を言っておけば、親父の言ってた通りだから間違いはないよな? ﹁でも、ヴェルトくんは、フォルナちゃんの旦那様だよ? ヴェル トくんが守らなくちゃいけないのは、フォルナちゃんだよ?﹂ ﹁いいんだよ! だって、フォルナ、俺より強いから! でも、お 前は世界一臆病者だから丁度いいんだ!﹂ ﹁ちょどいい?﹂ ﹁そうだ! 俺はこの世の麦畑で最も凶暴なやつだから、世界一臆 病なお前は俺でも守れるぐらいに弱いんだから、守るのに丁度いい んだよ!﹂ うん、俺が守れるぐらい弱いんだから丁度いい。 あれ、そうしたらこいつ⋮⋮⋮ ﹁ッ⋮⋮⋮ふ、ぷっ⋮⋮⋮﹂ 震えてる? でも、それは、涙を堪えてるんじゃない。 581 怯えてるんじゃない。 これは⋮⋮⋮ ﹁ぷっ、ふふ、あははははははは、なーに、それ!﹂ あっ、笑った⋮⋮⋮ 笑うんだ、こいつ⋮⋮⋮ ﹁笑うなよ∼﹂ ﹁だって、おかしーんだもん﹂ 気づけば、俺も笑ってた。というより、なんかホッとした。 ﹁⋮⋮⋮も∼う、でも、ほんとうなの? 守ってくれるの?﹂ ﹁ん、ああ、いいよ﹂ ﹁何があっても?﹂ ﹁しつけーな、何があってもだよ、多分﹂ ﹁⋮⋮⋮ふふ⋮⋮⋮そうなんだ⋮⋮⋮﹂ 女の子を笑わせて、守る。これ、親父が言ってたことだ。 じゃあ、これでいいんだよな。 良かった、これならフォルナも怒らないよな? 後で、ちゃんとフォルナにも⋮⋮⋮ ﹁旦那ァ、こっちですぜい! この裏通りはこの時間、全然人がい ねーのは確認ずみですぜい!﹂ って、誰か来た! 582 ﹁ヴェルトくんッ!﹂ ﹁しっ! なんか見つかると面倒だから、隠れるぞ﹂ ようやくホッとしたのに、誰かが走ってこっち来た。 慌てて樽から降りて物陰に隠れたけど、誰だ、あいつら。 なんか、二人の大人が走ってきた。俺もこの辺はよく来るけど、 見たことないやつらだ。 ﹁警備がザルすぎるハンガー。これが多くの優秀な人材を輩出した エルファーシア王国の警備体制とはお笑いダッ⋮⋮⋮ハンガー﹂ そして、何だよ、あいつ。 ちょっと大きめの白い袋を担いだ男。 一緒に居るヒゲの男に﹁兄貴﹂って呼ばれてるけど、こっちの方 が若く見える。 でも、歳よりも格好の方が気になる。 貴族みたいな高そうなコートのようなマント。 そして、絵本で出てきた海賊とかが被っているような帽子。 そんで、あの﹁手﹂はなんだ? あれって洋服をかける⋮⋮⋮ ﹁にしても、兄貴∼、その口癖どうにかならないんですかい? い つもの、ほら、アヒルみたいな⋮⋮⋮﹂ ﹁今は潜入中ダッ⋮⋮ハンガー。今の私は、社長より特別な名を授 かった身。だから、今は私のことは、﹃ハンガー船長﹄と呼ぶよう に﹂ 583 なんで片手が洋服をかける木のハンガーなんだ? それに、もう一人の方は、縞々の服に、頭に頭巾かぶった柄の悪 そうな大男。 こいつはなんか海賊の下っ端にしか見えないぞ? ﹁そんなもんすかねえ﹂ ﹁そうだ。それよりも、早く王都を出て、国境を越えるハンガー。 積み荷が起きて暴れださないうちに﹂ ﹁へへ、兄貴の﹃極限魔法﹄のスリープ使ったんすから大丈夫でし ょう?﹂ ﹁侮るなハンガー。子供とはいえ、﹃暁光眼﹄の持ち主だハンガー﹂ ん? 暁光眼? ﹁にしても、想像以上に楽でしたね。まさかこのガキが発表会に行 かずに公爵家の屋敷に閉じこもっていたとは。おかげで、女王陛下 ともう一人の姫の護衛と警備のため、ほとんどの兵が発表会に行っ てて、公爵家には僅かな護衛しかいなかったんすから。おまけに、 一番厄介だと思っていたこのガキも、簡単にこうして眠らせて浚え たんすから﹂ ﹁確かに拍子抜けハンガー。何やら泣き疲れて元々眠っていたよう だったハンガー。今はその眠りを更に深くしているハンガー﹂ ﹁屋敷の連中も全員三日は起きないでしょう? 三日もありゃ、俺 たちは楽に﹃スタト﹄まで行けやすね? あとは、姐さんの﹃邪悪 魔法﹄の﹃洗脳﹄で、このガキを逆らえないようにすりゃあ、完璧 584 ですぜい!﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮なんだろう⋮⋮⋮⋮⋮⋮なんか、スゴイ大変な ことが起こってるっぽい。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ﹁とまあ、初めてまともにペットと話したのがそん時だったわけで ⋮⋮⋮⋮って、お前ら食いつきすぎだぞ?﹂ 気づいたら、ニート、アッシュ、ブラック、そして俺の膝枕でヘ ブン状態だったムサシまで起き上がって⋮⋮⋮⋮ ﹁と、ととと、殿! お待ちくだされ! 今、殿とペット殿の思い 出話が、なにやらとんでもない大事件の脇で起こっているように思 うのですが⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁お、おお、ほんとそうなんで! えっ、なんなの、それ? お前、 それ、なんか凄いこと起こってねえ? ぶっちゃけ、今ので、お前 とペットって子の話が一気にどうでもよくなったんで!﹂ ﹁にゃっはどうなったの! そのあと、そいつらなんだったの?﹂ ﹁そうよ! ちゃんと話しなさいよ!﹂ 585 あっ、ああ、そっちね。まあ、そうだよな⋮⋮⋮⋮ ﹁つうか、だから話すのめんどくさかったんだよ! 俺とペットの 話は大したことねーけど、それを話すと色々と面倒な話も絡むし!﹂ ﹁だって、こっちはそういうの全然予想してなかったんで!﹂ ニートの言葉に同意するように、ムサシたちも同時に頷いた。 なんか、﹁お前とペットの話はどうでもいい﹂のあたりが、実際 そうなんだけど、なんか釈然としねえ。 だが、同時に⋮⋮⋮⋮ ﹁あの、皆様⋮⋮⋮⋮博物館に着きましたが⋮⋮⋮⋮その⋮⋮⋮⋮ どうされますか?﹂ 運転手が運転席から俺たちに声をかけて来た。 ああ、なんだよ着いたのか。 周りの景色なんて全然見れなかった。こっちも話すのに気を取ら れてたからな。 ﹁ほら、着いたってよ。なら、行こうぜ。この続きも話すとなると、 すげー長くなるから﹂ ﹁いや、ちょ、ちょっと待って欲しいんで!﹂ ﹁さて、ニートの言うとおり、この世界の歴史とやらを拝みに行く 586 とするか﹂ 今は、そんな昔の話よりも、ニートの言うとおり、多少なりとも この世界のことを知っておく必要が⋮⋮⋮⋮ ﹁殿∼∼∼∼! 殺生でござる∼!﹂ ﹁無理なんで! この後で、世界のどんだけトンデモな歴史が仮に あったとしても、全然頭に入らない自信があるんで!﹂ ﹁にゃっは気になって仕方ないよーッ!﹂ ﹁ちょっとー、だから、そのあとどうなっ、行くなーーーっ! 中 途半端に終わらせるなーッ!﹂ まるで、野球場のドームのような巨大な建造物。これは、元の世 界じゃお目にかかれないような大きさだ。 この、巨大な分だけ多くの歴史があるわけだ。 まずは、それを見に行くとするか。 587 第34話﹁お勉強﹂ ドーム上の巨大な建物を見上げる俺の前方には、スーツ姿でニッ コリと笑う白髪のジーさん。 その背後には、メタリックな肉体の上にスーツを着た、いかにも ロボちっくなのが四体ほど。 ﹁ようこそいらっしゃいました、クラーセントレフンの皆様。私は 当館の館長をさせて戴いております、セピアと申します。以後お見 知りおきを﹂ 俺の姿を見て、深々と頭を下げる、セピアと名乗ったジーさん。 なるほど、館長か。 ﹁ヴェルト・ジーハだ。ワリーな、急に邪魔して﹂ ﹁いいえ。世界の壁を越えて現れた奇跡の方々をお目にするだけで なく、当館にお越しいただけるなど感激の至りにございます。どう ぞ、今日はごゆるりと、我が国、いえ、この世界の歴史をご覧にな ってください﹂ 俺よりも随分年上と思われるジーさんが、礼儀正しくだけじゃな く、何やら嬉しそうに握手を求めてきた。 まさかこんなに歓迎されるとはな⋮⋮ 588 ﹁おっと。興奮して申し訳ありません。長年、こうして世界の歴史 の管理人のような仕事をしておりますと、新たに刻まれる歴史的な 人物とこうしてお会いできて、年甲斐もなく興奮しております﹂ ﹁くはは、じゃあ、悪かったな。ようやく現れた異世界の住人が、 よりにもよってガラの悪い男でな﹂ ﹁何を仰いますか。面白味のない普通の方が来られるほうが肩透か しをくらわされます。やはり、異なる世界、異なる文明を歩んだ方。 多少常識はずれでなければ、こちらが困ります﹂ ﹁へ∼、言うじゃん。気に入ったぜ、カンチョーさんよ。んじゃあ、 バッチリ案内してもらうか﹂ 結構、ノリのいいジーさんだな。越も低くて枯れ枝のように細い、 いかにもTHEジーさんって感じなのに、俺を見るその目は、夢を 追いかけるガキのようにキラキラしている。 博物館でオベンキョーなんて、最初は退屈極まりないと思ってい たが、少し楽しくなってきた。 ﹁いや、ヴェルト! ハンガー船長の件、結果だけでも教えて欲し いんで! てか、クレオ姫とかどうなったんで!﹂ ﹁私もにゃっは気になる! お願い、結果だけでも教えて!﹂ ﹁も∼、なんか体の中がムズムズしてて、仕方ないのよ! ちゃん と言いなさいよね!﹂ 589 ﹁殿∼∼! 後生でござるよ∼!﹂ って、こいつら、気になるのはそっちの方かよ。ニートのヤロウ も、テメエがここに来ようって言ったくせに。 ﹁だから、話せば長いんだよ﹂ ﹁じゃあ、何でワザワザ、ハンガー船長を登場させたんで! 区切 りをよくするなら、お前がペットを守ってやる宣言して、向こうが 惚れた。それだけで良かったと思うんで!﹂ ﹁はあ? ⋮⋮いや、それは俺がペットと話した瞬間の話であって、 多分あいつが俺のこと好きだーってなったのは、その後、そのハン ガー船長と⋮⋮﹂ 多分そうだと思う。まあ、多分ペットも、あの後にあったアレが ⋮⋮ ﹁さて、ではこちらへお越し下さい﹂ と思ったら、ジーさんが物凄いやる気満々で俺たちをアテンドし ようとしている。 こんな状況で話せるわけねーし⋮⋮ 590 ﹁じゃあ、話は後でな﹂ ﹁﹁﹁﹁ハンガー船長とどうなった!﹂﹂﹂﹂ って、しつこい。 ﹁おい、あんま関係ねえ話をしてると、ジーさんが泣くぞ?﹂ ﹁じゃあ、これだけは教え欲しいんで! その、誘拐犯のハンガー 船長と色々あったみたいだけど、こうしてお前もペットも生きてる し⋮⋮つまり無事だったでいいのか?﹂ ﹁無事⋮⋮んまあ、そうだな。ネタバレすると﹂ 無事⋮⋮⋮まあ、無事だな⋮⋮。ニートの言うとおり、こうして 俺もペットも生きてるし。 ﹁でも、俺もあんま詳しくないんでアレだけど、そのクレオって子 は、お前の嫁みたいに、天才で十勇者確実だったんだろ? でも、 十勇者にそんな子居たか?﹂ ﹁ん? ああ、⋮⋮⋮まあ、それはそれでな⋮⋮﹂ ﹁それはそれで? 何があった?﹂ ﹁クレオって姫様は⋮⋮死んだよ。随分昔にな﹂ まあ、あん時は俺も物凄いガキだったし、それにそのすぐ後ぐら いに、俺も前世の記憶を取り戻したりで、そのことについて感傷に 浸ることもできなかったが⋮⋮ ﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮えっ?﹂﹂﹂﹂ ﹁ささ、まず世界創生の前、紀元前のエリアをご紹介します﹂ 591 ﹁﹁﹁﹁ちょっ、⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮サラッと何をッ!﹂﹂﹂﹂ 少しだけ、なんか切ない気持ちになりながら館長の後を⋮⋮⋮⋮ って、ムサシたち口あけたまま呆然としてんじゃねえか! ﹁ご覧下さい。当時の我らの祖先は、あなた方の世界に住んでおり ました。当時世界は、﹃人類﹄、﹃地上人﹄、二種のヒューマンが 生息しておりました。まあ、中には、我らの祖先の手で、人と獣の 遺伝子操作により生み出された﹃亜人﹄、ディッガータイプやエン ジェルタイプ、アンドロイドなどの﹃新人類﹄等、徐々に増えたそ うですが﹂ 案内されたその部屋は、部屋の至るところガラス張りされた展示 コーナーが数多く設置されていた。 広く、天井も高く、清潔感ある空間に大事そうに設置されている のは、棍棒や剣に杖など、この科学技術の発展した世界では珍しい と思われるクラシックなもの。 ﹁ちょっと待てよ。魔族はいねえのか?﹂ ﹁いいえ。本来であれば、魔族という種族は存在しておりませんで した﹂ 展示のガラスの向こう側に、世界の成り立ちのようなものを描い ている写真が写っている。 そこには、いくつも並ぶカプセルの中に、肉体の一部をドリルに したヒト、背中から翼を生やしたヒト、耳が尖ったヒト、それを囲 592 んでいる白衣を纏った研究者らしき人間たち。 ﹁そして、失礼な話、あなた方の祖先は人類とは呼ばれておりませ んでした。当時のクラーセントレフンではずば抜けた技術力や文化 を所有していた我らの祖先を人類と呼び、文化的に進化の乏しかっ たあなた方を、我らの祖先は﹃地上人﹄と呼びました。まあ、時に は﹃原人﹄と呼んでいたりしていたようですが。また、地上人側は 自分たちこそ﹃人類﹄と主張し、逆に我々の祖先の文明や技術力を 目の当たりにして、我々の祖先を﹃神族﹄と呼んだりと、ややこし い感じだったようですが﹂ ムサシやニート、エルジェラの祖先は、元々は人工的に作り出さ れた存在? そういや、幻獣人族は神族によって生み出されたとか 言ってたが、亜人もそうってことか。 しかも、それはファンタジー世界ならではの生み出し方ではなく、 こんな試験管みたいなやり方で? ﹁にしても、俺らの祖先は原人か。まあ、猿からまだそれほど進化 してなかったってことか。どうりで、調査員として俺らの世界に来 たアイボリーたちが、俺らのことを原人なんて言ってたわけか﹂ ﹁そうでしたか。しかし、原人というのは、ある意味では﹃負け惜 しみ﹄で祖先は言っていたものとされています﹂ ﹁なに?﹂ ﹁我ら人類が何故それほど発達した技術や文明を持っていたか。そ れは、弱かったからです。優れた文化や技術を持つ一方で、地上人 のような特殊能力を持っているわけではなかった﹂ 593 特殊能力? それはどういうことだ? 原人にそんな力は⋮⋮ ﹁ほら、あなたもテロ集団と戦っていた時に使っていたでしょう。 手を使わずに物を浮かせたり⋮⋮﹂ ﹁魔法か!﹂ ﹁今、あなたたちの世界ではそう呼んでいるのですか。そうです。 その力の有無が人類と地上人の決定的な違いでした。その力がある からこそ、地上人にはそれほど便利な技術なども必要なかった。空 を飛ぶことも、火を使うことも、水を使うことも、一切の道具なし で、あなた方の祖先は出来たのですから﹂ なるほどな。確かに、魔法の力で空飛んだり、物浮かせたり、火 を出したり水を出したり。そんな力が自在に使えるなら、機械だっ てそんなに必要でもない。 ケータイなくても、テレパシーとか魔水晶とか使えるもんは色々 ある。 だからこそ、人類と原人は進化の仕方が違うのか? だが、その説明を聞いていて疑問となるのは⋮⋮ ﹁じゃあ、魔族は?﹂ そういうことになる。 594 じゃあ、魔族はどこから来たのかと。 ﹁彼らは突如としてクラーセントレフンに現れました。その諸説は 色々とあります。不毛な大地となった月から現れたとか、次元の異 なる異界より現れたなど。地底よりもその更に下の、地獄から現れ たとか。いずれにせよ、﹃魔界﹄と呼ばれた彼らの故郷が滅び、新 天地を求めてクラーセントレフンに辿りついたと言われております﹂ そういや、アイボリーもそんなこと言ってたな。 魔族は元々、俺らの世界に住んでいたわけではなかったと。 本当だったのか。 ﹁当時、世界は彼らを受け入れようとしました。しかし、その数、 気性、亜人のような強靭な肉体、地上人と同様に操るマホー。その 全てが脅威となり、誰が始めたわけでもなく、気づけば世界は異な る種族同士で生存と領土を懸けた戦いへと発展しました﹂ 順に展示のパネルを眺めていく。 ﹁亜人も本来であれば人類の生み出した産物。しかし、その繁殖力 は想定を遥かに越え、人類では管理できぬ程に増殖し、ついには魔 族との争いの中で、亜人は人類から独立した社会や国を造りました。 同時に、地上人も自分たちの生存権を守るために杖や剣を掲げまし た﹂ 595 最初は異なる種族同士の代表と思われる者たちが、円を作ってガ ッチリと握手している写真。 しかし、その次からは、戦場の写真と思われる、目を覆いたくな るような血みどろの争いの地獄絵図が広がっていた。 ﹁我らの祖先も、その技術、武器、さらにはまだ管理下にあった﹃ 新人類﹄等を兵器として活用して抵抗しました。そして、それぞれ の種族、軍、国、または英雄同士を筆頭に戦いは激しくなりました。 ﹃六百六十六魔王﹄、﹃千獣王者﹄、﹃百軍の勇戦士﹄、﹃七つの 大罪﹄、等、数限りなく争いが続いておりました﹂ 色々と戦場のパネルをチラチラと眺めていく中で、ふと一枚の写 真で足が止まった。 そこに写っていたのは、 エルジェラと同じ天使の翼と、ジェレ ンガの悪魔の翼、左右異なる翼が背中にある一人のヒト。 身に纏うのは、黄金に輝く騎士の鎧。くせっ毛の、無駄にイケメ ンなやつ。 ﹁⋮⋮⋮⋮こいつは﹂ まさか、ここでこいつの写真を見ることになるとはな。 あいつ、本当にこんな時代の存在だったのか⋮⋮⋮⋮ ﹁それは、七つの大罪の筆頭でもあり人類の軍総司令を務めていた、 596 当時の最高傑作と呼ばれた新人類。﹃ルシフェル﹄です。ご存知な のですか?﹂ まさか、実物を見たことあると言ったら驚くだろうな。フツーに 俺の結婚を祝福してくれた奴だし。 にしても、やっぱスゲー奴だったんだな、あいつ。クロニアの仲 間ってだけで、なんかコメディグループの一員のようにも思えるけ どな。 まあ、あいつもかつて、キシンと互角に戦ってたんだ。そりゃー、 大物か。 ﹁しかし、優れた技術も人材も、やがては数の力に押しつぶされま した。当時の人類は数千万人程度。原人も亜人も魔族も、激しい戦 争で数が減るどころかむしろその繁殖力で増殖。それぞれ十億以上 の人口が居たとされていますので﹂ 徐々に部屋の奥に進むにつれて、﹃人類=神族﹄の故郷での歴史 が終盤に近づいていくのが分かった。 ﹁もはや滅ぶのも時間の問題と思われた人類の残された手は、限ら れていました。最後まで抵抗するか、隷属するか、それともどの種 族の手も届かぬ新天地を求めるか⋮⋮⋮⋮その時、ある事件が起こ りました。そして、その事件を機に、世界の歴史が大きく動くこと となったのです﹂ ﹁事件?﹂ 597 ﹁世界に、ある一人の預言者が現れました。その預言者は、﹃選ば れし六人﹄の地上人と、﹃代行者﹄と呼ばれる一人の地上人をつれ て、我らの祖先の元へと現れたのです。預言者の名は﹃ミシェル﹄。 残念ながら、資料として名は残されておりますが、写真などの公開 は禁止されておりますので、私も見たことはありませんが﹂ ああ、そこでようやく出てきたか。チョイチョイ出てきた、例の 野郎か⋮⋮ ﹁そしてミシェルの告げた予言。それは﹃モア﹄と呼ばれた存在が、 二千三百年後に全ての世界を滅ぼすという壮大な予言でした﹂ そして、ついに出てきたか。 ﹁世界を破滅。いかにもファンタジーチックなことだが、正直俺も そのことが原因で色々とメンドクサイことになった。閉じ込められ たりしたし、狙われたりもした。全てがそこに繋がっていた。モア ってのはなんだ? 何者なんだよ﹂ 今まで、ずっと振り回されてきた、その言葉。 結局いつもいつも何かあって聞くことができなかったソレ。 あの変態リガンティナですら、シリアスな顔を見せるほどの存在。 普通、世界を滅ぼすなんて聞いても、﹁何言ってんだ? 頭おか しいのか?﹂としか思わないが、果たしてこれは⋮⋮⋮ 598 ﹁モアこそは、神であり、王であり、ヒトであり、種族であり、国 であり、世界でもある。記録上、それら全てをモアと呼びました﹂ ﹁⋮⋮⋮どういうことだ?﹂ ﹁残念ながら、私もそこまで詳しくは存じ上げませんし、当館でも その情報は開示されておりません。ミシェルやモアに関する詳細な 情報は、全ての世界のトップシークレットとされているようです。 ただ、我々一般人には、伝承のような言葉のみが伝えられています。 その伝承というのが⋮⋮⋮﹂ だいおう 伝承というのが? なんだ? すると、館長は、まるで昔話をす るかのような語り口調で⋮⋮ しん ﹁天に広がる星の川。果てすら見えぬ世界の果てより、恐怖の大王 神が現れる。大王神の下す無慈悲な最後の審判・ハルマゲドンが、 全ての創世と輪廻の旅を無へ返す﹂ 空から恐怖の大王神が現れる? なんだそりゃ。なんか神々しい 神様みたいなのが空から舞い降りてくるとでも言いたいのか? ﹁つーか、昔の人間も、よくそんなアホみたいな話を真に受けたな。 なあ、ニート、お前はどう思⋮⋮う⋮⋮⋮って⋮⋮⋮﹂ 599 こういうときは、解説者ニートの出番だと思っていたのに、ニー トはムサシたちと一緒に屍のようにショックを受けてフラフラして る。 ﹁ツンなお姫様がデレる前に死んだんだ⋮⋮なにそれ、もう、なん か続き気になるのに、続き聞いても鬱にしかならないんで﹂ ﹁うう∼、殿∼、何故∼、何故∼、何故サラッと言っちゃうでござ る∼﹂ ﹁クレオ姫ってのが、あんたにイジメられて凄くかわいそうって思 ったときに誘拐。それを助けてロマンチックなラブストーリーが⋮ ⋮とか一瞬でも思った私の気持ちを返せこの野郎∼﹂ ﹁もう、なんか、今日は、にゃっは気分が乗らないよ∼﹂ お前らが聞いてきたんだろうが、ネタバレを! こいつら、全員、館長の話を全然聞いてねえや。 ったく、感情移入してんじゃねえよ⋮⋮ 600 第35話﹁エゴイスト﹂ ﹁お連れの方々は?﹂ ﹁もう、いいよ。ほっとけ。んで、続きだ。その予言は分かったが、 どうして当時の奴らは、そんな壮大な予言を信じたんだ? だって、 二千年後だぞ? ピンとこねーよ﹂ ﹁ええ。実はそこのところが、私にもよく分からないのです。しか し、当時の人類と地上人は、その予言を信じたそうです﹂ いや、当時の連中だけじゃねえ。 それこそ、聖騎士の連中も、そしてアイボリーたちの様子からこ の世界も未だにその予言を確信している。 どうしてだ? ﹁そして、そこでご説明しなければならないのは、当時の人類の主 要人物。後に文明の父と呼ばれた﹃サブカルチャーの父・レッド﹄、 我らの世界の技術の素を作って、僅かな期間で人類の歴史を飛躍的 に進歩させた﹃人類史最高の頭脳・シルバー﹄、さらには﹃仙人・ シェンルー﹄、そして︱︱︱︱︱﹂ そして? 思わず話にずっと聞き入っていたからこそ、俺は気づ いていなかったのかもしれない。 それは、あまりにも自然に現れていたから、てっきり関係者だと 601 思っていた。 ﹁レッド、シルバー、シェンルー、レインボー。後はなんだ? ブ ロンズか? どうせ一度に説明しても入りきらない説明を、ウゼー ダラダラ続けることに意味はあるのかよ? ウゼエだけだぜ﹂ 違う⋮⋮こいつは⋮⋮カタギじゃねえ。 それは、傷んだ紅い色の極太ドレッドヘヤー。 そいつは、このエリアに足を踏み入れてゆっくりと俺たちに接近 していた。 ﹁えっ⋮⋮⋮⋮ええっ!﹂ ﹁にゃっは嘘でしょ!﹂ それは、その人物を見た瞬間、俺の後ろで魂の抜け殻状態だった、 ブラックとアッシュがいきなり顔を上げて、その表情を驚愕に染め た。 ﹁はっ? 誰なんで?﹂ ﹁むむむ? 何奴! そこで止まるでござる!﹂ そして、そいつは周りの声や反応など一切気にしない。 ジャレンガのように口角を釣り上げた笑み。 四角いメガネをかけ、そのレンズの奥では、ウラのように真紅に 輝く瞳ではなく、赤黒く染まった瞳。 そして、亀裂が走ったかのように顔面に刻まれた稲妻のようなデ カイ傷跡。 どこか寒気を感じさせた。 602 ﹁あなたは⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ、ま、まさか! そんな! どうしてこ こに!﹂ そして、姫二人と同様に狼狽え出す館長。 なんだ? 顔見知りか? そして、なんかビビるぐらいヤバイ奴 なのか? いや、ヤバイかどうかは別にして、ちょっと待て⋮⋮⋮⋮⋮⋮ナ ンダコイツハ? ﹁ッ、ちょっと、そこで止まりなさい!﹂ ﹁にゃっは警備は何をやってるの! 機動兵!﹂ 姫二人が血相を変えて俺の前に回り、現れた男に構える。 すると、アッシュが叫んだ言葉に従って、館長が引き連れていた 四体のメタリックロボが目を光らせて、男を取り囲もうと︱︱︱︱ ﹁ウゼーな∼。ストロベリードリル﹂ 極太の長いドレッドが捻りながら伸び、一瞬でロボたちを貫いた。 ﹁ッ!﹂ ﹁えっ?﹂ 目を疑った。いや、一瞬頭の中で﹁なんで?﹂という言葉が、俺 と、そして特にニートに過ぎったはずだ。 603 ﹁カカカカカカカカ。ウゼエぐらいくだらねーだろー? 展示物の 見学なんてウゼエだけだ。本は表紙を見るものじゃねえ。中身がウ ゼエぐらいに大切なんだ。つまり、歴史も文化も、博物館に飾るも のじゃねえ。自分で体験するものだぜ。ウゼーぐらいにそう思わね ーか∼? クラーセントレフンのダチたちよ∼﹂ その男は、何事もなかったかのようにロボたちを破壊し、そして その場でドカッと偉そうに座り込んだ。 俺たちを下から見上げ、まるで見下ろすかのような高圧的な態度。 しかも何でこいつ⋮⋮⋮⋮ ﹁おい、神族は、魔法が使えない、普通の人間の青瓢箪共の集まり じゃねえのか? なんだよ、こいつは﹂ 普通の人間しかいない? そんな馬鹿な。 ﹁何でこいつは、耳が尖ってんだ? 何でこいつは、髪の毛ドリル なんだ? なんでこいつ、半身が褐色肌で、もう半身が色白なんつ う意味の分からねえ肌の色なんだ? そんでなんで⋮⋮⋮⋮天使み たいにデッカイ翼が生えてんだよ﹂ エルフのような耳。体の半分がダークエルフのような肌の色。ド レッドヘヤーの髪の毛先がドリルになり、そしてその背中には天空 族のような羽? すると、男は俺の反応に更に口元の笑みを鋭くし、突如語り始め た。 ﹁亜人や、新人類の研究は、俺たちの祖先がこの世界に移り住むと 604 同時に全て取りやめになった。亜人をウゼーぐらいに管理できなく なった前例から、再び同じ過ちを繰り返さぬようにと、そして当時 は兵器として利用していた新人類もいずれは反旗を翻すのではない かと恐れた祖先は、研究データを全て廃棄し、そして新人類も全て クラーセントレフンに置き去りにした﹂ この、各種族のパーツを体の至る所に身につけた男は、何なんだ! しかし、男の話は続いた。 ﹁だが、時代が進めば同じ過ちを繰り返そうとするウゼーバカは増 えるもの。科学者共のただの伝説を復活させたいというウザイぐら いのエゴから、決して公にできねえ違法で非人道的な研究の積み重 ねでたどり着いたのが、俺だ⋮⋮⋮⋮ってのは、まあ、ウゼーぐら いどーでもいい話なんだよな!﹂ そして、突如狂ったように笑い、そして叫んだ。 ﹁ケツのクソふきの役にも立たねえ、ウゼー過去の歴史をありがた がって、道を妨げるウザイ粗大ゴミを撤去しねえ。だから今の世界 はウゼークソミソなんだよ!﹂ 人を外見だけで差別しちゃいけねえ⋮⋮⋮⋮っていうレベルを超 越しやがって。何者だよ、こいつは。 605 ﹁カカカカカカ。まさか、政府のジャンプの実験早々に、クラーセ ントレフンの地上人たちがこうして現れるとはな。色々と予定が狂 ったが、嬉しい誤算だ。正に、新たなる歴史の幕開けに、俺もまた 胸が踊っている⋮⋮⋮⋮テメェらは、ウザくねーな﹂ そして、目を見開き、手を天井に伸ばす。 ﹁そう。過去の遺物も新たなものを生み出さなければ、ウザイくら いに意味を成さねえ。展示されるだけで何も生み出さねえ遺産なん ざウザイゴミと同じ。新たなる歴史の一歩を歩く者たちの、ウザイ 妨げにしかならねえだろうが﹂ 突如、空気が変わっ! 何をする気⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ! ﹁テメェッ!﹂ ﹁え、えええっ! マジなんで?﹂ ﹁ちょっ、何すんのよ!﹂ ﹁にゃっは危ないッ!﹂ 男の腕が巨大なドリルへと変化して、何の躊躇いもなくそのドリ ルを天井に突き刺した。 すると、一点を突かれた天井は、そこが起点となって部屋中に亀 裂が伸び、次の瞬間、砕け散って瓦礫が俺たちに降り注ぐ。 ヴェルト ﹁ふわふわ世界!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮おっ、カカカカカカ、それが魔法か。ウザさの無い素敵 606 な出会いに感謝だ﹂ ﹁ッ、テメェ⋮⋮﹂ 何の躊躇いもなく突き刺しやがった。 世界遺産の宝庫みてーな博物館で、こいつはいきなり何を⋮⋮ ﹁だが、解体工事は邪魔すんじゃねえ。そこは、やっぱちょっとウ ゼーか?﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁サイコキネシス﹂ 掌を俺に向け⋮⋮⋮⋮ッ! ﹁ッ、う、おおおおおっ!﹂ 見えない力! まるで、全身を何かに掴まれたかのように、そし て見えない壁が飛んできたかのように、俺が、耐え切れず、吹っ飛 ばされる! ﹁ッ、ヴェルト!﹂ ﹁殿ッ! き、貴様ァ! 拙者の殿に何をするでござるか!﹂ にしても、この力⋮⋮⋮⋮どういうことだ? まるで、エルジェ ラやリガンティナたちみたいな⋮⋮⋮⋮ ﹁ッ、や、やめろおっ! ここは神聖なる世界の遺産が眠る聖域! 607 なんてことをすッ! ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ガハッ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ッ! 館長⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ! ﹁遺産は使わなきゃ意味ねえだろうが、ウゼー老害が﹂ 気づいたときには、男のドレッドドリルが、鋭く尖り、それは、 館長の枯れ枝のように細い体を貫いていた⋮⋮⋮⋮ ﹁セ、セピア館長ッ!﹂ ﹁ぐっ、や、にゃっはなんてことをっ!﹂ ﹁ちょ、おい、おいおいおいおいおい! おい、誰か人を、医者を、 救急車とかいないんで! 早くッ!﹂ ﹁ッ、貴様⋮⋮⋮⋮何者か知らぬが許さぬッ! たたっ斬ってくれ るでござる!﹂ 美しく、埃一つない透明なショーケースやガラスに夥しい血が飛 び散った。 それは、さっきまで年齢も関係なく、ガキのようにキラキラした 目で、俺に話をしていた館長の⋮⋮⋮⋮ ﹁テメエッ! ッ、テメェら、早く館長をどうにかしろ! 俺がこ いつをブチ殺す!﹂﹂ ﹁ふっ、そんなウゼー顔で睨むなよ。ライラックをビビらせた奴ら を相手に、意味なく喧嘩をするわけがねえ。今日は、挨拶と、新た 608 なる道を進むものたちのために、道を歩きやすいように中古のウザ イ粗大ゴミの山を掃除に来ただけだ﹂ 知ったことか! 見えない力で部屋の壁まで飛ばされようと、相 手が何者であろうとも、そんなもん俺がキレねえ理由にならねえ。 ﹁そうだ、まだ名前を、名乗ってなかったな。俺は、レッド・サブ カルチャー、副リーダー。エゴテロリスト・ストロベリーだ﹂ ﹁知るかよ、ボケナスが!﹂ ﹁カカカカカカカカ、いいね∼、まるで動じねえ。でもよ⋮⋮⋮⋮ 知っとけよ、ウゼーな﹂ ﹁それは、テメェのほうだ!﹂ その瞬間、まるでスローモーションのように世界が止まって見え た。 ただ、自分の掌をギュッと握り締めたこの男は、俺が接近した瞬 間、一気に掌を解放し、すると溜め込んだ力が一気に破裂したかの ように⋮⋮⋮⋮ ﹁サイコキネシス・ブラスト﹂ 眩い閃光が破裂した。 609 それは、魔法じゃねえ。爆薬でもねえ。 エルジェラやリガンティナたちと同じ、超天能力のような⋮⋮⋮⋮ ﹁ふわふわキャストオフッ!﹂ ﹁おっ⋮⋮⋮⋮カカカカカカカ! スゲースゲーウゼエ。崩落する 天井の瓦礫を浮かせながら、俺のサイコキネシスをエナジーごと引 き剥がして、爆発を圧縮して押さえ込んだか。クラーセントレフン の地上人は、そんなウゼエことができるのか﹂ って、冷静に解析してる場合じゃねえ。 こいつ、何の迷いも躊躇いもなくやりやがって。 ﹁随分とハシャイでくれるじゃねえか、ボケやろう。おかげで、テ メェのナリとか聞きてえことが色々あったのに、全部どうでもよく なったよ﹂ ﹁カカカカカカカカカカカ、ウゼーな∼、怒るなよ。ちょっとウザ イだけのシャレじゃねえか﹂ ﹁ワリーな、俺もウザイ奴は嫌いなんだよ﹂ 俺はこの時、妙な感じをこの男から受けていた。 強いとか、弱いとか、未知の存在とか、そういう意味での感じじ ゃねえ。 何だろう⋮⋮⋮⋮こいつは⋮⋮⋮⋮このあり方は⋮⋮⋮⋮ ﹁つうわけで、テメェ、覚悟は出来てるんだろうな?﹂ これまで色々な奴と戦ってきたが、この男は、正義でも英雄でも 610 なく、もっと己の欲望や感情だけに忠実な存在。 ﹁カカカカカ。勘弁しろって。弱いものイジめしか出来ねえウザイ キモオタの俺が、テメェらみたいにウザイぐらいに強そうな奴らに、 勝てるわけねーじゃん? カカカカカカ!﹂ 不良とも違う。 ﹁ちょっとウザイ挨拶と、ウザイ伝言だけすりゃー帰るよ﹂ ﹁挨拶∼? 伝言だ∼?﹂ ﹁ライラックは言ってなかったか? 間もなく、﹃文化大革命﹄の 日が訪れる。その時、改めてこの世界に来いとな。そうすりゃ、ウ ザイと言われようが、底すら見えねえディープなサブカルチャーの 世界を味あわせてやる﹂ かつて、己の悪意のままに世界を思うがままにやりたい放題した、 マッキーことラブ。 アレを彷彿とさせる存在。 ﹁頭の固い、ウザイ老害やお利口さん共を皆殺しにしてなァ! カ カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ! だからよ、世界間 同士の外交だか何だか知らねーが、そんなお姫様共と仲良くしたっ て意味ないぜ?﹂ あく そう、悪だ! ﹁んで、ウザイ伝言の方なんだけど、ヴェルト・ジーハと、そこの 611 目隠れがウゼエ、ニートだっけ? テメェらに会いたがってる奴ら がいる。ウザくてワリーかもしれねえが、それぞれ来てもらうぜ?﹂ そして、そんな悪意に満ちた笑みで俺たちを手招きして、一体何 に引き込もうとしているんだ? ﹁ヴェルト。テメエは、﹃教祖・クリア﹄を信奉するウゼー宗教団 体・﹃ビーエルエス団体﹄の現代表である、﹃メロン﹄が。そして、 ニート。テメエは﹃レッド・サブカルチャー﹄の現リーダーである、 ﹃スカーレッド﹄が会いたがっている﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ? ﹁なに? びーえるえす∼? それって、あのライラックが言って た、腐った組織か!﹂ ﹁えっ、俺ッ? ちょっと待って欲しいんで! レッド・サブカル チャーって、あの赤ヘルのテロ軍団だろ? なんで俺なのか、全然 分からないんで!﹂ 引き合わせようとしている相手が、あまりにも意外すぎる。 館長の手当にあたっていたニートも驚いて立ち上がっていた。 まあ、俺も驚いたけど。 すると ﹁メロンは、﹃説教﹄だと。そして、スカーレッドは、﹃確認﹄だ と﹂ 612 と、言われても、正直俺もニートもピンとこねえ。 説教? なんでだ? 俺は何か怒らせるようなことしたか? 確認? どういうことだ? ニートの何を確認しようってんだ? ﹁つか、何で俺がそんな団体に呼ばれてるんだよ﹂ ﹁そっちのウゼー目隠れは知らねーが、ヴェルト、テメエはどうや らビーエルエスの女共を怒らせたそうだ﹂ なに? 俺、何をやった? ﹁奴らの贔屓するライラックが経営しているウゼー店、イケブクロ を破壊したのはテメエらだろ?﹂ ﹁それは俺じゃねえよ! ジャレンガだよ!﹂ ﹁あと、女を馬鹿にしたように六人も嫁が居るとか、六人も嫁が居 てその中に一人も男が居ないとか、そういう非常識なところを説教 したいそうだぜ?﹂ それは大きなお世話⋮⋮ってちょっと待て! ﹁何で、嫁の中に同性が居ないと非常識なんだよ! 俺に何を説教 しようとしてるんだ、そいつらは!﹂ ﹁いいじゃねえか、ウゼーからさっさとついて来いよ。さもないと ⋮⋮⋮俺の部下が、⋮⋮⋮子供とマッチョと魔族が遊んでる遊園地 を爆破したり⋮⋮⋮エンジェルタイプや亜人や地上人の娘がいるア イドルコンサートをふきとばすか? カカカカカカカカカカカカカ !﹂ 613 ﹁ッ! テ⋮⋮⋮メエ﹂ ﹁カカカ、冗談だよ、ウゼーな。笑えよ。俺にそんな命令を下す度 胸があるわけねえじゃん? カカカカカカカカカ!﹂ こいつ⋮⋮⋮本当に今すぐ首をへし折って、ブチ殺してやりたい ところ。 だが、今はまだ、こいつの言うことを聞いておくのが⋮⋮⋮クソ ⋮⋮⋮なんか、も∼、今日帰るはずなのに、なんでこんな面倒なこ とになってんだよ。 614 第36話﹁その程度のこと﹂ ﹁ブラック姫、何がありましたか!﹂ ﹁ご無事ですか、姫様!﹂ この騒ぎを聞きつけて、ようやく付き添いの連中も駆けつけてき た。おせーよ。 ﹁こ、これは!﹂ ﹁あなたたち、早く館長に医療装置を装着させ、直ちに病院に運び なさい! 輸血の準備も!﹂ ﹁分かりました、姫様も!﹂ ﹁いいから! 最低限の人だけここに残して、早く館長を連れて行 きなさい!﹂ ブラックの指示で、血だらけの館長が運び出されていく。 正直、助かるかどうかは微妙な感じがする。 この野郎⋮⋮⋮ ﹁ほら、ジジイなんてどうでもいいだろうが。ウゼーな、早くしろ よ。また俺にウゼーことされたくなければな﹂ にしても、こいつは自分でウゼーと自覚しながらウゼーウゼー言 いやがって。おかげでかなりウゼー。 ﹁仮にも来賓だろうが、俺らは。会いたきゃそっちが来いよ﹂ ﹁だよな。それは俺もウゼーと思うよ。ただ、スカーレッドリーダ ーは指名手配されてるし、メロン代表は色々と布教するには来ても 615 らったほうが早いんだとよ。さもないと⋮⋮⋮﹂ さもないと? 崩落した一室の瓦礫の上に立つ、ストロベリーという男は、何か を俺に差し出し、それを壁に投影した。 スマホ? ﹁動画アプリとプロジェクタアプリ。これ、ウゼーぐらいに便利な んだよね、こういう時﹂ プロジェクターを使って壁に映し出される映像。 それは⋮⋮ ﹁妖怪ポケットストレッチ、始めるよ∼﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁は∼∼∼∼∼∼∼い!﹂﹂﹂﹂﹂ なんか、妖怪なのかモンスターなのか、変な着ぐるがステージの 上で、歌って踊り始めた。 それに歓声を上げて、ステージの下で一緒になって歌って踊って いるガキたち。そのステージから少し離れた場所では⋮⋮ ﹁試しに買ったけど、何なのこのふざけたオモチャ。最強の種族は ヴァンパイアドラゴンに決まってるのに、そんな種類居ない? ム カつくよね? 壊しちゃおうか?﹂ 616 ﹁うう∼∼、レンくん、コスモスも欲しい∼、ヨーカイポケット欲 しい∼! 歌うの∼、踊るの∼、遊ぶの∼!﹂ ステージから少し離れたところで、異様な空間を作り出しながら 座り込んで、買い込んだと思われるオモチャを広げて、何やらイラ ついてるジャレンガ。 それを見て、コスモスは﹁頂戴﹂と駄々こねてジャレンガの服を 引っ張っている。おお、我が娘ながら、なんという恐いもの知らず ⋮⋮ 平日ながら混雑している遊園地において、二人の空間は、誰も近 づけない異様な世界となっていた。 って、そうじゃなくて! ﹁これを撮ってるのはテメエの仲間ってか?﹂ ﹁ああ。ウザイだろ?﹂ 脅しじゃねえぞ∼、お前の娘も仲間も俺の仲間はいつでも手を出 せるんだぞ∼、って言いたいのか、殴りたいほど顔をニヤつかせて やがる。 一方で⋮⋮ ﹁バスティスタさん、一緒に写真を撮ってください!﹂ ﹁俺も握手してください!﹂ ﹁胸板触らせてください!﹂ ﹁あっ、ずるい、私は二の腕よ!﹂ ﹁バーミリオン姫を幸せにしてあげてください!﹂ ﹁アルカディア8は恋愛禁止だけど、あんたなら許す! ファンク ラブの俺も許す!﹂ 617 ﹁兄貴って呼ばせてください!﹂ 誰も近づけない、ジャレンガとコスモスの独特な空間とは打って 変わり、随分と騒がしい人だかりが見える。 その中心に居るのは⋮⋮ ﹁ん? おっ、おおおおおっ!﹂ ﹁あっ⋮⋮ああああああああああっ!﹂ そこに居るのはバスティスタなんだが、俺とニートは、その予想 もつかなかったバスティスタの格好に思わず状況を忘れて声を上げ ちまった。 ﹁あらあらあら、まあまあまあ、バスティスタ様ったら⋮⋮﹂ ﹁ふふ∼ん、やきもちってね、オネエ﹂ ﹁ええ。せっかくお忍びということもありましたので、昨夜のこと で一躍有名人になってしまったバスティスタ様の素顔を隠すように 変装していただいたのに、逆効果でした﹂ ﹁そうってね。アレは逆効果ってね﹂ 本来は自分たちの方がキャーキャー言われるはずの、アイドル姫 二人組みも、バスティスタの人気ぶりに少し驚いている。 でも、仕方ない。 昨夜のことで、男気バスティスタを見せて、一瞬で神族たちの心 を鷲掴みにしたバスティスタは、本人はまるで狙っていないのに、 正に狙いすましたかのような格好をしていたからだ。 果たしてこの世界の何人が、バスティスタの変装している﹃元ネ タ﹄を知っているか分からないが⋮⋮ 618 ﹁あの、バスティスタさん。そのサングラスはどうしたんですか?﹂ ﹁これは、バーミリオン姫に渡された。変装用とのことだったが、 まさかこれほど早くに正体がバレるとは思わなかった﹂ ﹁そのレザージャケットとパンツは?﹂ ﹁これは、昨日の晩餐会でバーミリオン姫からの贈り物だ。昨夜の 騒ぎで俺も服がボロボロになったのでな。せっかくなので着てみた﹂ ﹁バスティスタの兄貴ッ! ﹃戻ってきたぜ﹄って言ってください ! なんなら、﹃くたばれベイビー﹄でもいいっす!﹂ ﹁ん? よく分からんがそれぐらいなら⋮⋮⋮﹃戻ってきたぜ﹄⋮ ⋮これでいいのか?﹂ あっ、元ネタ知ってたか、この世界。まあ、どういう形で再現さ れていたのかは知らねえが、それで興奮するのは俺らも同じ。 ﹁﹁﹁﹁﹁キタアアアアアアアアアアアアアア! ターミニイチャ ン!﹂﹂﹂﹂﹂ そう、ターミニイチャンだ。 ﹁おい、スゲーな、ニート。ジュラちゃんだ﹂ ﹁ああ。元俳優の世界一マッチョなアメリカ合衆国大統領。アーマ ード・ジュラシックネッガー⋮⋮﹂ 619 ﹁あれで、ショットガンとか持って、バイク乗ったら完璧だな﹂ ﹁なんか、半年前までは何があってもヴェルト万歳な戦いだったの に、今は何が起こってもバスティスタ万歳になってるな。実際、お 前は嫁が六人居ると暴露されてる以外、そんなに目立ってないし﹂ ニートの中々厳しい指摘ではあるが、全く悔しくないし、アレに 印象で負けるぐらい、全然何とも無かった。 ﹁おお。ウザくないな⋮⋮あの野郎は。まさか、ターミニーチャン とはな! あの映画も過激描写と言われて数年前に放映及び閲覧禁 止になったが、その名は映画史に残る名作として今尚語り継がれて るからな。おまけにツエーな。あれじゃあ、仮にウザくても戦いた くねえ。勝てるわけねーしな。カカカカカカカカ。でも⋮⋮こんな 大混雑なところで爆破でも起こしたらどうなるかね? まあ、死な ないだろうけどな﹂ そして、こいつも、正直なところバスティスタやジャレンガの力 を分かっているのかもな。 襲撃やらテロやらで勝てる相手じゃねえし、どうにかできる相手 じゃねえ。 まあ、他の観客にどれだけ被害が出るかと言われたら、微妙な気 分にさせられるが。 ﹁ふん。テメエの言うとおりだ、バスティスタたちにテメエらが勝 てるわけねーだろうが﹂ ﹁だね。でも、回りの客はどうかな?﹂ ﹁知るかよ。何で異世界の住人の俺が、今この場に居ない連中にま で気にかける必要がある?﹂ ここでこいつに言いくるめられると微妙な空気になりそうだから、 620 試しに突っぱねてみた。 だが、こいつは⋮⋮ ﹁カカカカカ、ムリムリ、ムリすんなって﹂ ﹁あっ?﹂ ﹁今日会ったジジイが抉られただけで怒るあたりが、テメエの限界 だよ。テメエは、ワリーことは出来るが、外道なことは出来ねえ男 だ。そういう半端なとこ⋮⋮⋮ウザッ﹂ ⋮⋮⋮こいつ⋮⋮⋮ ﹁それと、今、メールが入った。テメエの仲間の女たち、途中から 別行動してるみたいで、その内の一人は、ビーエルエス団体の贔屓 にしている店に今居るとよ﹂ ﹁えっ? 女たち? それって、あの三人組か?﹂ まあ、エロスヴィッチなら見捨てるし、リガンティナなら大丈夫 だと思うが⋮⋮ ﹁いよう、もしもし。俺だ、ストロベリーだ。ああ。ああ、今、例 のヴェルトが目の前に居る。そいつの声を聞かせてやれよ﹂ 突如として電話し始めたストロベリー。どうやら、その例の団体 のところに掛けているみてーだ。 つうか、テロ組織とその団体が関係しているかもしれないっての は、内緒じゃなかったのか? だから、ライラックは裁判とかにな ってたって話なのに、こんなにアッサリバラすか? しかも、ブラ ックとかアッシュの前で。 それとも、﹁今更そんなことどうでもいい﹂ということなのか、 単にこいつが考えなしか⋮⋮⋮ 621 ﹁ほら、スピーカーにしてやったから聞こえるだろ? おい、その まま話せよ﹂ ﹃⋮⋮⋮えっと、こ、これで、話ができるんですか?﹄ とにもかくにも聞こえてきたのは⋮⋮⋮ ﹁ほら。あの大人しめのウザそうな女だ﹂ ﹁ペット⋮⋮やっぱりかよ⋮⋮﹂ まあ、予想通りだった。 ﹃あの、その、き、聞こえてますかー? ⋮⋮⋮あの、これで使い 方はあってるんですか?﹄ 初めて﹃電話﹄というものを使うってことで戸惑ってるんだろう が、あのバカ⋮⋮⋮ ﹁ペットオオオオオオ、お前ええええ、何やってんだコラァ!﹂ ﹃ひっ! えっ、えええ? ヴェルトくん? す、すごい、魔水晶 でもないのに、こんなに平べったくて小さいもので会話ができるな んて⋮⋮⋮﹄ ﹁んなことはどうでもいいだよ、バカ! お前、何簡単に捕まって んだよ!﹂ 622 ﹃えっ、あっ、えと、ヴェルトくん?﹄ 流石にいきなり怒られると思わなかったのか、戸惑って歯切れの 悪いペット。 だが、すぐに状況を察知して申し訳なさそうに言ってきた。 ﹃ご、ごめんなさい、ヴェルトくん⋮⋮⋮その、エロスヴィッチ様 とリガンティナ皇女がコンサート会場で騒動を起こして⋮⋮⋮その 時、気を使って下さったアプリコット姫が、連れてきてくれたお店 に行ったら、その、変な人たちが待ち構えていて⋮⋮⋮私も姫様も お付の人も急に囲まれて⋮⋮⋮﹄ ﹁どーして、簡単に敵に捕まったりするんだよ! 本当にメンドく せえ! つか、てめーそれでも元人類大連合軍に選ばれたエリート かよ! エルファーシア王国騎士団の人間かよ! 強いんだからも うちょっと抵抗しろよ! それもダメなら、それこそ飼われたペッ トみてえに首輪でも付けて家の中でワンワン吠えて御主人様の帰り でも待って尻尾振ってろ、このバカやろう! しかも、護衛だなん だの連中も本当に使えねえし!﹂ ﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮ひ、ひどいっ! そ、そこまで言わなくても⋮⋮⋮ わ、私が悪いのはわかるけど⋮⋮⋮ごめんなさい⋮⋮⋮﹄ ちっ、そして涙声になりやがって。 だから、あいつは昔からイラつくんだよ。 623 ﹁いや、ヴェルト。お前、マジ、ふざけるなって感じなんで﹂ ﹁こいつ、何を泣かせてんのよ﹂ ﹁にゃっは最低﹂ ﹁これも殿と言えばそれまででござるが﹂ しかも、ニートもブラックもオレンジもムサシも、俺の過去話を 聞いたあとだから、なんかかなり視線が痛い。 でも、今も言ったが、ペットは普通に戦えばソコソコ強いハズな んだからもうちょい抵抗してもって思うのは︱︱︱︱︱ ﹃ちょっと、あんた! 女のくせに何を男と電話してんのよ! ざ けんな! もう一度あんたにしっかりと教育してやるから!﹄ ﹃わかります、ペットさん。私も見た目はただの文学少女でカモフ ラージュしたいと思っていた時期がありました。でも、自分を偽っ ても何もいいことはないのです。女は男に触れてはいけないのです。 男の逞しき肉刃と交えられるのは同じ刃を持つ者同士! 男子の! 男子による! 男子のためのチャンバラごっこ! 激しい斬り合 いの末、突き刺すのはどっちなにょかあああ、ぶっはあああっ!﹄ ﹃もうたくさんだ! 貴様は不純物だとなぜ気づかない! あれほ どの素材が揃っているメンバーの中に居る自分を不自然になぜ思わ ないのか! ブーメランパンツレスリングバスティスタ! ダウナ ー系ジャレンガ! 受けヤンキーヴェルト! オールマイティプレ イヤーニート! これをなぜ邪魔しようとするッ! お前に女子と しての礼節や矜持はないというのかああああっ!﹄ ﹃さあ、ゲームを始めましょう! 受け・攻め当てゲーム! 今か ら、美青年の写真パネルを次々見せていきますので、この美青年は 624 受けなのか攻めなのかを一瞬で当ててもらいます! さあ、どっち !﹄ ﹃それが終わったらBLカップリング神経衰弱をやります! 美青 年カードを裏にしてテーブルの上にばら撒いて、ランダムで二枚め くっていきます。めくったカップリングで一つ妄想ストーリーを発 表してもらい、回りが興奮したらポイントゲット! 最後に一番ポ イントの高かった者が勝利!﹄ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ペットの声をかき消すほどの迫力のある女たちの声 が聞こえた。 ⋮⋮⋮なるほど⋮⋮⋮怖くて抵抗できなかったか⋮⋮⋮ ﹁おい、ペット﹂ ﹃ひうっ、ヴェ、ヴェルトくん⋮⋮⋮あの⋮⋮⋮﹄ ﹁仕方ねえから、とりあえず行ってやるよ。だから、洗脳は堪えろ よ。すぐに助けてやるからよ﹂ ﹃ッ、ヴェルトくん⋮⋮⋮﹄ ったく、仕方ねえな。助けてやるか。あ∼、メンドくさい。 ﹁そういう約束だったからな。それに、世界一臆病なお前は俺でも 守れるぐらいに弱いんだから、守るのに丁度いいからな﹂ ﹃ッ!﹄ すると、ペットが息を飲んだようにビックリして黙った。だが、 625 すぐに、クスリと声が漏れた。 ﹃ズルい⋮⋮今更そんなこと思い出すなんて⋮⋮遅いよ∼⋮⋮﹄ ﹁ふん、お前だって俺のことを二年間忘れてたくせに﹂ ﹃ほらズルい! 気にしないって言ってたのに、その話⋮⋮それ言 われちゃうと⋮⋮私、どうしようもないよ∼⋮⋮本当に、ヴェルト くんって酷い﹄ ﹁それこそ今更だろ?﹂ さっき、昔の話をしたから、何だか久しぶりに弾んでペットと会 話した気がした。 それが電話越しというのも何か変な気分だ。しかも、純正ファン タジー世界の住人ペットを相手に。 ﹃﹃﹃﹃だから、男とイチャつくんじゃない!﹄﹄﹄﹄ ﹁﹁﹁だから、本命じゃないくせにフラグ立てるな!﹂﹂﹂ とまあ、電話の向こうからと、ニート、ブラック、アッシュの三 人からの同時ツッコミを入れられる始末。 ﹁はう∼、殿∼、もう、殿はかっこいいでござる∼⋮⋮さすがは、 拙者の⋮⋮えへへへへ﹂ 626 ムサシは除いてだが⋮⋮ まあ、なんか、少し恥ずかしい気もした。 とは言いつつも、フラグ云々は抜きにして、俺がこのまま行くの はほかの連中は簡単には許さなかった。 ﹁とはいえ、殿、危険です。この妙な男の口車に乗っては、どのよ うな罠があるやもしれませぬ!﹂ ﹁ってか、それってバラバラに行くのか? 俺、バラバラなら勘弁 して欲しいんで。ヴェルトは別行動だし、ムサシは絶対ヴェルトの 方に行くから、俺が一人になっちゃうんで﹂ ﹁ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そもそも、そんな面会は私たち が許さないわ! エゴテロリスト・ストロベリー! むしろ、あん たはこの場で逮捕するわ!﹂ ﹁こんな所に、にゃっは堂々と来られたのに逃がすなんて、にゃっ はできないんだから!﹂ まあ、そうなるよな。 ﹁おいおい、散々ウザイラブコメ見せた後でそれ? うわ、ウザ。 テロには屈しないって? ウゼー、アイドル姫共﹂ ﹁当たり前よ!﹂ ﹁あ、そうなんだ。ふ∼∼∼∼∼∼∼∼∼ん、ウザ﹂ その時、不愉快そうな表情を浮かべながら、ストロベリーは何か 627 のスイッチを押した。 すると⋮⋮ ﹁ッ!﹂ ﹁なっ!﹂ ﹁⋮⋮えっ⋮⋮﹂ ﹁にゃっ!﹂ 近くから巨大な爆発音がした。 既に半壊している俺らのエリアにもその揺れが伝わってきた。 ﹁こことは離れたエリアにある、⋮⋮何のエリアだっけ? 忘れた。 んで、ついでだからウザくもう一つポチッとな﹂ ﹁ちょっ、あ、あんたっ!﹂ ﹁あっ、ここも押しとこ。ここも。ここも﹂ ﹁な、ちょっ、ぐっ、や、やめっ!﹂ ちょ、おいおいおいおい! 次々と巨大な爆音が響き渡り、揺れ が! ま、まずい! 俺らのエリアも、瓦礫が余計にふってきて⋮⋮ ﹁ふわふわレーザーッ!﹂ もう、流石に支えるのは無理だ。だから、俺は、天井から落ちて くる瓦礫を、いっそのことレーザーで消滅させた。 628 そして、空に伸びる光の柱が消えたとき、周りを見渡したら、さ っきまで館長が目を輝かせて説明していた展示品が、無残に瓦礫に 潰されて、メチャクチャになっていた。 ﹁おお、ありがとな、ヴェルト。あんまここに影響が無い離れたエ リアを爆破してたんだけど、ここが元々壊れかけてたの忘れてた。 カカカカカカカカ!﹂ ﹁テメエ⋮⋮﹂ ﹁恐い顔すんなよ、ウゼーな。もうやらねーって。これ以上ここを 爆破したら、俺も巻き添えくらって死んじまう。だから、次は⋮⋮ こっち♪﹂ ﹁ふわふわ回収ッ!﹂ ﹁⋮⋮⋮おっ⋮⋮﹂ ここでは爆破はもうやらない。なら、次は? 決まってる。コスモスやリガンティナたちが居るところだ。 俺が後一歩、こいつの手からスイッチを取り上げなければ、こい つは本当にやっていた。 ﹁あ⋮⋮あんた、なんてことをッ! こ、ここがどれだけの歴史が 詰まった場所か⋮⋮どれだけの遺産が残っていたと思っているの!﹂ ﹁じゃあ、ウゼーお姫様、テメエは人生で何回ここに来たことがあ 629 る? 数えられる程度のもんだろ? じゃあ、ここに毎日来いと言 われてテメエはここに毎日来るか? こねーだろ? 所詮、その程 度のもんだよ。展示品だって、昔からあるものとウゼーぐらい変わ らねーだろ?﹂ ﹁それが、一体なんだっていうのよ!﹂ ﹁でも、俺は毎日スナック菓子もジャンクフードも食える。それこ そ数え切れないほど食える。一生コミックを読んで生活しろといわ れても喜んでやる。そういう数え切れないほど行うことを許容でき る、むしろ自らやる。それこそが、サブ・カルチャーの魅力。それ を廃止して後世に残さず、カビの生えた博物館の方が後世に残す遺 産∼? カカカカカカカカカカ! 断言するぜ? サブ・カルチャ ーを廃止したら永遠に恨みを持って戦う奴らは現れる。だが、博物 館が爆破されても、せいぜい二∼三週間ニュースで騒ぎになって、 たまにやる特番の世紀の衝撃映像とかで取り上げられる程度。その 程度のことだぜ? 俺のやったことは﹂ ふ∼∼∼∼⋮⋮⋮⋮とりあえず⋮⋮ ﹁うるァ!﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁ちょっと、黙れ﹂ ベラベラうるせえ、こいつのドタマを一発警棒でぶん殴っておい た。 手に痺れが残るほど、振り抜いて。 630 ﹁ごっ、お、おおっ! ⋮⋮って∼⋮⋮テメェ、何ウザイことして んだよ!﹂ 完全不意打ちだったからか、こいつも若干驚いたように目を見開 いたが、すぐに俺を不愉快そうに睨んできた。 でも、これで済むだけまだいい方だ。 ﹁おい、その程度のことだ? お前のやったことは? 何を勘違い してやがる﹂ ﹁あっ?﹂ ﹁今はこんなもんで我慢してやるが⋮⋮ペットを助けたあとでじっ くり教えてやるよ。俺を怒らせたことがどれほどのもんかをな﹂ だから、さっさと案内しろ。その後で、俺を怒らせた奴がどうな るか、テメエを使って後世まで伝えてやるよと言ってやって、俺は ストロベリーのケツを一度蹴り上げて、前を歩かせた。 ﹁⋮⋮⋮⋮おお、ウザ怖﹂ かなりイラっとしてストロベリーは振り返ったが、コイツ自身も 何か思うことがあるのか、結局俺に何かするでもなく、黙って俺た ちの前を歩いた。 631 第37話﹁現実の男﹂ 瓦礫の上を歩きながら、ようやく外へと出た瞬間に目の当たりに したのは、騒ぎを聞きつけた野次馬や、警察や警備みたいな連中が グルリと入り口を取り囲んでいる光景だ。 そして、振り返れば、既に取り返しがつかないほど甚大な被害を 受けている博物館の惨状。 何千年と積み上げた歴史も、馬鹿の気まぐれで一瞬にして壊れる。 博物館にまるで興味のない不良とはいえ、俺も何だか少し感傷的 になる。 ﹁ブラックちゃんだ!﹂ ﹁アッシュちゃんも居る! それに、クラーセントレフンの奴らも !﹂ ﹁そうだ! ヴェルトとムサシだ!﹂ ﹁姫様、どうされましたか!﹂ ﹁お、おい、それよりもアレ。あの、奇妙な奴ってもしかして﹂ ﹁ああ、まさか、テロリストのストロベリーッ! あのイカれたク ソ野郎!﹂ ﹁ひいいいっ、逃げろッ、殺されるぞ!﹂ ﹁でも、あの前髪下ろした奴は誰だ? ストロベリーの仲間か? ストロベリーと同じでドリル腕だし!﹂ ﹁クラーセントレフンの奴か?﹂ ﹁えっ、あんな奴居たか?﹂ ﹁ほら、ニー、なんとかだよ、ニー、なんとか﹂ 全員一緒に出てきたのが、全員今の世界じゃ有名人の奴らばかり。 そりゃー、こうなるか。⋮⋮一人だけ哀れな奴が居るが⋮⋮ 632 ﹁どうなってんだよ! クラーセントレフンの奴が来た途端に、テ ロリストたちも活発なるし、いろいろな場所で騒動が起こるし﹂ ﹁そうだよ。今、動画サイトで、クラーセントレフンのエロスヴィ ッチが、アルカディア8と並ぶ大型アイドルユニット、﹃ハロー小 娘﹄のテレビ収録に乱入してるとか、リガンティナが何故か小柄な 男性用パンツを大量に買占め、﹃ラガイアを私色に染める﹄とか呪 文のように繰り返して誰も近づけないとかだし!﹂ おい、エロスヴィッチとリガンティナ。お前ら、もっとしっかり しろよ! 変態でもいいから、せめてペットを守れよ。何をやって んだよ、タコ共。 つまり、そんな風に鼻息荒くしてこの世界の自由時間を堪能して いる奴らを前に、ペットも距離を置きたかったってところか。まあ、 それで敵の罠にハマって捕まるのもマヌケだが。 ﹁んで、どこにあるんだよ、その変態な店は﹂ ﹁安心しろ。ここから歩いて行ける場所だ。ウゼエ、イケブクロの 店とそれほど距離はねえ﹂ ﹁そんなに近いならそっちから来いよッ!﹂ ﹁ウゼーな。少なくともビーエルエス団体の連中とは、簡単に外で は会えねーよ。あいつらの趣味は、もはやこの世界じゃ認可されて ねえ犯罪だからな。だからこそ、閉ざされた店内じゃねえと、テメ エに説教したり、布教したりできねーんだよ﹂ ﹁いや、布教されたくもねーし、説教受ける義務もねーんだが﹂ 本当にイラつかせる。しかもこんな表通りを堂々と歩きやがって。 本当に指名手配されてるテロリストか? 俺たちが前へ進むと、立ちふさがっていた人壁もすぐにワッと二 手に分かれて道を開けるが、当然俺たちと一定の距離を取りながら 633 も、連中は後ろからついて来る。 そんな中⋮⋮ ﹁待て、エゴテロリスト・ストロベリー!﹂ ﹁大人しく武器を捨てて、降伏しろ! さもないと、う、う、撃つ ぞ!﹂ ﹁十数える! 早くしろ!﹂ なんか、かなりビビッてる警察関係と思われる連中が、タイヤの 無いスカイカータイプのパトカー越しからマイクを通して叫ぶ。 だが、それでこいつは止まらねえ。止まるわけがねえ。 むしろ、ウザイと言って蹴散らすだろう。 ﹁カカカカカ、ヴェルト。テメエはこの世界はウザイし、警備もヨ エーと言ったな。それは、間違いないんだよ﹂ ﹁なに?﹂ ﹁分かるだろう? あらゆる規制を敷いたお利口さんな世界は、人 から牙や戦う意志を奪った。昔はボクシング映画の﹃ロッカー﹄を 見終われば、フードかぶってシャドーしたりと影響される奴がいた が、今の世界じゃそんなことはありえねえ。ウザイだろ?﹂ ﹁⋮⋮⋮ロッカー? ⋮⋮アイ・オブ・ザ・リオン?﹂ ﹁おお、そうだよ、獅子の目だ! って、何で知ってるんだよ、ク ラーセントレフンの住人が!﹂ 634 ターミニイチャンに続き、ロッカーか⋮⋮ ﹁おい、ニート。サブカルチャーの父・レッドってのはクラスメー トなんだろ?﹂ ﹁多分な﹂ ﹁二千年を越えるほど、どんだけあいつは残してるんだ? どうな ってんだよ、そいつは﹂ ﹁⋮⋮いや、俺もあいつはただのアニメオタクだと思っていたけど ⋮⋮まさか、ここまであいつが雑学王だとは思わなかったんで﹂ いや、もはや王を越えた神だろ? 何でここまでのもんを残せる んだよ。 だが、それと同時に、これだけのものを世代を越えて残している となると⋮⋮ ﹁おい、ストロベリー﹂ ﹁ん?﹂ ﹁⋮⋮⋮テメエらが信奉する、サブカルチャーの父・レッドは、一 体何の罪で捕まったんだ?﹂ そう、これだけ世界に貢献しまくっている男が何で? 話を聞く 限り、禁止や規制が引かれようとも、世界の発展にそれだけ貢献し た男だろう? その功績ですら許されない、一体どんな罪を? 635 ﹁⋮⋮へえ、興味ある?﹂ ﹁いいから早く言えよ﹂ 俺の質問に少し意外そうにしながらも、少しニヤつきながら、ス トロベリーは言った。 ﹁レッドの罪。それは、教祖クリアと同じ罪。超危険な異物を持ち 込んで、この世界を滅ぼしかけたからだ﹂ ﹁滅ぼし⋮⋮かけた?﹂ ﹁ああ﹂ 滅ぼしかけた? どういうことだ? なんか、ヤバイもんでも開 発したか? ﹁二千三百年前。クラーセントレフンとこの世界のドアを完全に遮 断した後に発覚したこと。なんと、レッドとクリアは、当時世界を ウゼーぐらいに追われていた﹃六百六十六魔王﹄の一人を、この世 界に連れてきて匿っていたのさ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮なっ⋮⋮⋮⋮に?﹂ ﹁なぜ、敵である魔族の王を二人が匿っていたかは知らない。しか し、その魔王は当時の他種族含め同族の魔族からもウゼーぐらい嫌 われていた魔王だ。そりゃー、世界は大慌てだ。モア云々を抜きに して、侵略により自分たちを異界の地へ追いやった魔王の一人がこ の世界に紛れ込んでいたんだからな。カカカカカカ、この世界一丸 となって総攻撃して捕らえて、レッド、クリアと、三人まとめて冷 凍刑務所にぶち込んだって話だ﹂ 636 俺は思わずニートと顔を見合わせた。 当時、人類、神族、魔族、亜人の争いは激しく、他種族同士の友 好なんてありえない時代と世界。 そんな中、自分たちの宿敵でもある魔族の、ましてや魔王を匿っ た? なんでだ? 当然、その謎は誰にも分からない。 でも、顔を見合わせた俺とニートは、ある一つのことが頭に思い 浮かんだ。 レッド。そしてクリアはニート曰く、十中八九クラスメートなん だろう。 その二人が、異種族の魔王を、誰にも分からない理由で匿おうと したワケは⋮⋮⋮まさか⋮⋮⋮ ﹁ほら、ウゼー話してたら着いたぜ?﹂ あっ、やべ、全然気付かなかった。 博物館からどれだけ歩いたか? 多分、そんなに歩いていないだ ろう。 後ろの野次馬たちだって全然減ってないし。 ﹁その店は、会員制の?﹂ ﹁待て、テロリスト・ストロベリー! 止まれと言っている! ク ラーセントレフンの来賓をつれてどうするつもりだ!﹂ そして、言葉とは裏腹に、物凄い逃げ腰の警察諸君。完全にビビ ってる。 まあ、俺たちの世界以上に平和ボケしているらしいから、凶暴な 犯人を逮捕とか、経験がないんだろうな。 637 ﹁ちょっと、あんた、本当にそのまま行く気? ねえ、待ちなさい よ!﹂ ﹁にゃっはやめたほうがいいって! あとは、私たちに任せて!﹂ そして、だからこそ任せろなんて言われても、何も任せられる気 がしねえわけだ。 つうか、任せられるなら、ペットだってこんな易々と捕まらない んだしな。 だから⋮⋮⋮ ﹁安心しろ。会員制だか何だか知らねえが、こんな店、本日限りで 閉店だ﹂ ﹁ヴェルトッ!﹂ さて、扉を開けたそこは、昨日のライラックの店と遜色ないよう なものだった。 アンティークチックな喫茶店に、その中央には小芝居をやるため のステージ。 店内は大変賑わっており、女しかいない。 しかし、普通、女しかいなければ、もう少しいい匂いだったり、 華やかな感じがするはずなのに、この熱気はどうだ? ﹁きさまあああ! なんだその妄想はーっ! どれだけ私を寝不足 にすれば気が済むのだーっ!﹂ ﹁素晴らしい芸術品よ。ブラックマーケットで卸したいのだけれど、 いくらになるかしら?﹂ ﹁この時代の造形物は本当に素晴らしい。政府の国立図書館のデー 638 ターベースにハッキングすれば、もっといいのが?﹂ ﹁いいえ。これらは非公認の団体が作ったもので、一般的に出回っ ているものではありませんわ﹂ ﹁ペットさん、こちらも教材として非常に素晴らしいものです。見 なければ人生損します﹂ ﹁さあ、腐りましょう! 人は、腐ってこそ味わい深いものになる ものです!﹂ まず、容姿についてなんだが、普通な女、結構可愛い女、豚みた いな女、色々な女が居る。 その誰もが熱い激論を交わしながら、店内のモワッとした空気を 作り出してる。 昨日のライラックの店は、劇の衝撃に言葉を失っていたが、こい つらのこの熱さ、改めてみると、なんか引く⋮⋮ ﹁カカカ、相変わらず、ウゼーキメエ﹂ まさか、こんなウザイ男と、意見が合うことがあるとは思わなか った。 そればかりは心の底から同意だった。 ﹁来たようだな﹂ その時、まるで自動音声のような抑揚の無い機械的な声が聞こえ た。 っていうか、機械だ。 639 ﹁こ、これは、また個性的な人。反応に困るんで﹂ ﹁な、にゃ、にゃんでござる? この者は﹂ さすがのニートもムサシも、警戒しようにも反応に困る衝撃だっ た。 しかし、機械声の一言が流れただけで、物凄い形相の女たちが、 入り口に立つ俺たちに一斉に振り返った。 コワ⋮⋮⋮ ﹁カカカカカ。来たぜ、メロン代表﹂ メロン代表。そう呼ばれた 本当にメロンの被り物してるよ。なんつーセンスだ。流行ってん のか? 身長は少しスラッとして、ウェストもかなりしまって、そしてこ っちもメロンのような両胸。 しかしどうしてだろうか? 何だかこの女の体に違和感を覚えた。 どこか自然さを感じさせない体。エルジェラの天然巨乳を堪能し ている俺だから感じるのだろうか。 この女、何か不自然だ。 ﹁体中を見渡すな。下劣な男﹂ そして、メロン女は、手に薄いタブレットのようなものを持ち、 それをカタカタとタイピングし、それに伴って、タブレットから声 が発せられた。 こりゃまた、変な奴が⋮⋮⋮ ﹁う、うそ、あ、あのビーエルエス団体の、メロン代表? 本物!﹂ 640 ﹁私たちもこうして会うのは、にゃっは初めて!﹂ いや、ブラックとアッシュも驚いているが、別にこんなのに会っ てても、会ってなくてもどうでもいいだろうが。ただの変な奴にし か見えねーし。 ﹁随分と個性的なコミュニケーションする奴だな﹂ 思わず俺がそう言った瞬間、周りの女たちが一斉に立ち上がった。 ﹁ふざけるな、クズ男! メロン様が、お前のようなクズ男と直接 言葉を交わされるはずがないだろう!﹂ ﹁本来、メロン様はあなたのような方と、同じ空間で呼吸をするこ とすら苦痛だということを知りなさい!﹂ ビックリした。いきなり、女が鼻息荒くして捲くし立てるなよ。 ヒステリックなのはアルーシャだけで十分なんだから。 ﹁んなこと言われたって、呼んだのは、そのメロンだかパイナップ ルだか分かんねーが、そいつの方だろうが。説教するだとかほざい てるみてーだが、文化も世界も違う人間同士に、テメエの価値観押 し付けるなよな﹂ ﹁んまっ! なんなのですか、この男は! 一人の女性を愛し、生 涯守り続けるというのであれば、百歩譲って、男女の交際は認めま しょう! しかし、それすらせず、肉欲の赴くままに妻を六人娶る などということを平然と許容している最低最悪な男が、文化を語る 資格はありません!﹂ 641 ﹁それは、俺じゃなくて、俺の嫁に言え! 三人ほどは、俺の意思 など関係なしに、ドサクサに紛れて無理やり嫁になってきた女だし !﹂ ﹁女の所為にするとは、恥を知りなさい! このブ男め!﹂ ﹁ああん? 勝手なこと抜かしてんじゃねえぞ! 大体、女っての は、なんかあるとすぐに男女差別とかほざいてくるくせに、ちょっ とこっちが厳しく接したら、女相手なんだから気を使え? 冗談じ ゃねえ! 気を使ってほしけりゃ、もっとこっちが気を使いたくな るぐらいの女になれってんだよ! 男と付き合ったことも無さそう な、鼻息荒くしてる腐ったメス豚共に、何で俺が男としてどうだと ののしられなくちゃならねえ!﹂ イラッとしたので俺も負けじと言い返してやった。目に見えて女 共の不愉快そうな顔が益々強くなっていってる。 ﹁いや、お前、そういうこと言うから女に怒られるわけなんで﹂ ﹁知らないけど、あいつのお嫁さん、よくあいつと結婚したいなん て思ったわね﹂ ﹁なんか、家庭内暴力とか、にゃっは厳しそう﹂ ﹁むむむ、それは違うでござる! 殿は確かに言葉が乱暴なところ はありますが、甘えればとても可愛がってくださるでござる!﹂ うるせえ。 そして、俺が可愛がるのは、コスモス、ハナビ、ムサシ、ラガイ ア限定だ。 すると⋮⋮ 642 ﹁男であれ、女であれ⋮⋮﹂ ﹁あん?﹂ ﹁お前の愛は軽い。ヴェルト・ジーハ﹂ メロン頭が俺に向かってアッサリ一言。流石に、イラッ、じゃな くてムカッと来た。 自分の声で話さず、機械を通して話しながらも、俺を貶すその声 が、余計にムカつく。 だが、メロンは続ける。 ﹁そんな男がクラーセントレフンを支配し、称えられている? こ の世界でも来賓として歓迎する? ふざけるな。世間から白い目で 見られようとも、たとえ法で規制されようとも、決して揺らぐこと 無くその思いを貫き通す心こそ本物。ここに居る彼女たちのBL魂 こそ本物。そして、それが愛。しかしお前はどうだ?﹂ ﹁あ゛?﹂ ﹁女なら誰でもいいのではないのか? 半端に女を振り回し、愛を 知らぬまま、ただ好き勝手に生きる。ペット・アソーク、お前はこ んな男に振り回されて、自分が情けないと思わないのか?﹂ なんだこいつは? ようするに、いい加減な俺がチヤホヤされて いることが、回りから白い目で見られようともBL好きを貫く自分 643 たちには不愉快だと言いたいのか? どうでもいいが、スゲー大きなお世話どころか、単なる八つ当た りだろうが。 っていうか、メロン女がちょっと視線を逸した先には、五人ぐらい の女に囲まれて、テーブルで号泣しながら座っているペットが居た。 ﹁おう、ペット。まだ洗脳されてないか?﹂ ﹁ふぐ∼∼、ヴェルトく∼∼ん、こ、怖かったよ∼⋮⋮ジーゴク魔 王国との戦いより怖かったよ∼⋮⋮﹂ ペットの座る丸いテーブルの周りには、薄い本が数え切れぬほど 積み上げられ、なんかペットがゲッソリとやつれていた。 しかも、なんか、耳にはヘッドホンを付けさせられて⋮⋮ ﹁ペットさん! ッ、それにアプリコット! あんたまで何やって んの!﹂ ん? アプリコット? ああ、あのアイドル姫の一人か。確か、 ペットと行動を一緒にしてた。 そいつも捕らえられたのか、周りを囲まれてる。 ﹁ごめんなさい、ブラックちゃん、それにアッシュちゃん。私たち もいきなりで⋮⋮﹂ ん? ちょっと待てよ。ペットならまだしも、お姫様まで誘拐さ れたにしちゃ、随分と⋮⋮ それに、あのアプリコットって女。攫われたにしちゃ、どこか反 644 応が不自然に見える⋮⋮ ﹁う、ううう、うわあああああん、私の頭の中で音楽が鳴り止まな いよ∼、﹃うたのキングさまっ﹄が頭から離れないよ∼﹂ って、今はペットが先決か? 頭を抱えながら悶えるペット。 セーフか? アウトか? まあ、とりあえず可哀想に⋮⋮ ﹁ったく、人の幼なじみを勝手に連れ回しては、トラウマになるよ うなことしやがって。テメェら覚悟出来てるんだろうな?﹂ ﹁笑わせるな、ヴェルト・ジーハ。彼女は元々そういう素養があっ た。それをお前のようなクズの性欲の被害に遭う前に救出し、至高 の道を教えてやったに過ぎない﹂ って、ちょっと待てよ。俺の発言に間髪いれずに言い返してきた メロンだが、今のは聞き捨てならねえ。 ﹁ざけんな! 何が性欲の被害だ! 俺がいつ、ペットにセクハラ した! 欠片もしようと思ったこともねえ! 大体、俺が、ペット にそんなほにゃらら的なことしたら、嫁にブチ殺されるってわかっ てんのに、そんなことするか! 大体、ムサシがここに居るんだ!﹂ ﹁は、はにゃあ、と、とにょ∼∼﹂ ﹁ど∼∼∼しても、我慢できなくなった時はムサシが居るのにそん なことするか! こんな素直で従順でゴロゴロ甘えてくるムサシが 645 居るのに、んなガキの頃から根暗でオドオドビクビクして、別にス タイルだってそんなにいいわけでもねえ引っ込み思案のメンドクセ ー女に、手なんて出すかァッ!﹂ 俺は、慌ててムサシを抱き寄せて、メロンを睨みつけてやった。 すると⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮⋮⋮ん? ﹁ひっぐ、うっぐ、うう、わ、⋮⋮分かってるもん⋮⋮⋮⋮⋮⋮ヴ ェルトくんの周りは⋮⋮姫様含めて、みんな素敵な人ばかりだって ⋮⋮分かってるもん⋮⋮⋮⋮⋮⋮私の現実なんて⋮⋮⋮⋮そうだも ん⋮⋮分かってるもん⋮⋮﹂ いや、お前、泣くなよ⋮⋮⋮⋮まるで俺が悪いみたいに⋮⋮ ﹁ヴェルト、お前、王になるんだからそういう発言マジヤバイと思 うんで。もし、元の世界にSNSがあったら、一瞬でお前が炎上す る未来が見えるんで﹂ ﹁さいってー⋮⋮⋮⋮あの過去話聞いた後だからこそ、こいつ、ほ んっと最悪﹂ ﹁もう、にゃっは嫌い、こんな男!﹂ ﹁カカカカカカカカカ、無駄にいい顔するより、ハッキリ言う分、 646 俺は別にウザイと思わねーけどな﹂ ﹁しねーーーーー、爆ぜろ、この糞男!﹂ ﹁おまえなんて、妄想するにも値しない! ゲス男、クズ男!﹂ ﹁ペットさん、リアルの男なんてこんなものです! でも、妄想の 王子様たちはあなたを裏切りません! さあ、現実を捨てるのです !﹂ 俺が悪いみたいじゃなくて、完全に悪くなっちまったよ。 ﹁うるせえ! 人から罵倒されて炎上することが怖くて不良ができ るかよ! テメェら、妄想でしか愛だのを語れねえ奴らはそんだけ、 ウゼーってことなんだよ!﹂ もう、照れてるムサシ以外、なんか味方もいなくなっちまった。 ペットも、﹁もうどうでもいいや﹂的な魂が抜かれたかのように 落ち込んでる。 あ∼∼∼∼、メンドクサ! ﹁ただな、それでも俺がこうしてここに来たからには、ペットは返 してもらうぜ! それは別に愛でもねえし、下心でもねえ。それで も、守ってやると約束したから、俺はこうしてここに居る。何があ ろうと、これ以上好き勝手させねえ。それが、俺がガキの頃からの、 あいつとの約束だ﹂ ﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 647 ⋮﹂﹂﹂﹂﹂ ﹁俺がペットをどう思うか、ペットのためにどう動くか、俺たち二 人のことにいちいちイチャモンつけるやつは、勝手に騒いでろ! 罵倒も批判も、俺には興味ねえ⋮⋮⋮⋮って、な、なんだよ、急に 黙りやがって﹂ すると⋮⋮⋮ ﹁はう∼∼∼∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮何でそういうこと言うの∼⋮⋮⋮もう、 恥ずかしいよ∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮落として上げるなああああああああああッ!﹂﹂﹂﹂ ﹁どっちなんだよ!﹂ なんなんだ、こいつら! どっちにすりゃいいんだよ、俺は! もう、訳がわからん! さ っさとこいつらブチのめして、ペット連れて帰るか。 ﹁現実でも初めて見る。これほど、一人の男を殺したいと思ったの は﹂ すると、嫌悪の中に殺意を混ぜたメロンが一歩ずつ俺に近づいて くる。 648 こいつ、まさか、ヤル気か? ﹁だからこそ、お前には教えてやらねばならない。お前など、称え るに値しないただのクズだということを。そして、女をバカにする お前に真の愛とはどういうものかを教えてやろう。そして、ペット・ アソークを救い、文化の素晴らしさを教えてやろう﹂ ﹁結局それかよ! どいつもこいつも、意味の分からねえ理論で、 偉そうに何を寝ぼけたこと言ってやがる! 愛を教えるとか、説教 とか、布教活動とかほざいて、それが無関係のやつを拉致ってノン ケからBL推進派に変えることってか? ふざけんな! ただの迷 惑なんだよ、んなもん!﹂ そして、そこで文化に何で繋がるのかが全く意味不明だ! ﹁それでも、そっちが腐った文化を押し付けるというなら、目には 目をだ。テメエらこそ覚悟しろ。女だろうが関係ねえ。異世界産の クソ不良が、不良の暴力文化を叩き込んでやるからよ!﹂ なら、もう、こっちもこっちでやらせてもらう。 力ずくで来るなら、こっちもベソかかせてやるよ。 誇れることでもねえが、女を泣かせるのは昔からの得意分野化だ からな。 ﹁驕るな、半端者の原人が。お前ごときが私に勝てると思うか?﹂ 649 ﹁ッ!﹂ ﹁お前は、何も分かっていない﹂ な、にい? ﹁ッ、う、うおおおっ!﹂ ッ、な、何が起こった! ﹁お前に見せてやろう。クズには分からない、世界最新鋭の究極の 技術というものを﹂ どういうことだ? 一瞬で、何の前触れもく、地面が突如真っ黒 い穴に? 落ちる! 床が、壁が、どこまでも奈落の底へと! しかも、その奥底には⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ、嘘だろ! ま、ま、マグ マあああッ! ﹁お前のクズな五感で味わうが良い。アルティメットホログラフィ ックタクティクスをな﹂ 650 第38話﹁うろたえ﹂ 機械の声で見下したような声が聞こえてきた。 にしても、どうなってやがる! 急に落とし穴に落とされ、その 下に、マグマが! ﹁って、落ちるかよッ!﹂ 俺は空を飛べるんだから、このまま黙って落ちることも⋮⋮ ﹁ビッグウェーブ﹂ って、マグマが大津波! 俺を飲み込む勢いで⋮⋮って、これも 効くかよ! ヴェルト ﹁ふわふわ世界! 俺に、その手の技は通用しねえ!﹂ 慌ててマグマをコントロールして難を逃れたが、どういうことだ? 急に世界が変わったかと思ったら、急にマグマに襲われるし、こ いつ、一体どうやって? ﹁ならば、灼熱地獄に身を焼かれろ﹂ また聞こえた、機械の声。メロンの声か! しかし、どこから声を発してるのか分からねえ。壁も天井も見え ない世界。 ここはどこだ? メロンは? 651 ﹁太陽熱﹂ ッ⋮⋮う、嘘だろ? ﹁ちょ、ちょおまてええ!﹂ 太陽! 空に輝く太陽が、気づけば俺の目の前に! 目が一瞬で焼かれ、体が⋮⋮ ﹁っ、ぐあああああああああああああああああああっ!﹂ と、溶けるッ! 皮膚が、血が、内蔵が、脳が、一瞬で溶け⋮⋮ ヴェルトレヴォルツィオーン ﹁ふ、ふわふわ世界革命!﹂ 何かをしなくちゃならねえ。無我夢中で魔力を最大放出していた。 だが、次の瞬間、どういうわけか世界が粉々に割れた気がした。 気づけば、俺は、変態店の中で、メロンと向かい合っていた。 ﹁ッ! あ、あれ? 手も、足も⋮⋮なんともねえ?﹂ 俺の全身は、間違いなく一瞬黒焦げになって爛れた。 そして、紛れも無く今の痛みは本物だった⋮⋮どういうことだ? ﹁ヴェルト、お前、一体何があったんで!﹂ ﹁殿、急にどうされたのでござる!﹂ 652 ニートたちは気づいていない? 俺に何があったのかを⋮⋮ ﹁無我夢中の精神力で無理やり現実に戻れるとは思わなかった。ク ズでも、少しはできるようだ﹂ ﹁ッ、テメェ、今、何をしやがった!﹂ ﹁これが、超最新鋭の映像技術だ﹂ 映像技術だと? ちょっと待て、あれが映像だと? でも、あの感覚は⋮⋮ ﹁ふふん、いい気味! メロン代表の技術力に言葉を失ってるよ、 あのクズ男﹂ ﹁それだけ代表の技術は素晴らしいんだから! そのまま精神を壊 して、爆ぜろッ!﹂ 技術だと? 武器でもなく? こいつ、一体、何をしたんだ? ﹁ヴェルト・ジーハ。お前は﹃ノーシーボ効果﹄というものを知ら んか?﹂ ﹁ああっ?﹂ ﹁お前のようなクズでは理解できない世界ということだ。こんなふ 653 うにな﹂ また、光った⋮⋮⋮⋮って、おい! ﹁キシャアアアアアアアアアアアアアッ!﹂ 巨大なアナコンダがいつの前に俺の目の前に口を広げて飲み込も うと! 避け⋮⋮ッ、無理だ、遅い、って! ﹁ジャアアアアっ!﹂ ﹁シュルルッ!﹂ いつの間に、体中に何匹もの蛇が俺に絡みついて! ヌルッとし た感触が、き、気持ち悪いッ! しかもアナコンダは俺を頭から飲み込むわけじゃなく、素早い動 きで俺の体をグルグル巻きにして、身動き取れないようにして締め 付けてきやがって! ﹁ぐっ、か、体がッ! ぐっ、んのおおおっ! ふわふわ乱気流ッ !﹂ 体の内側から、外へ魔力を一気に解き放つ! たかが蛇ごときが、 この俺に⋮⋮⋮ッ! ﹁うっ、なっ⋮⋮⋮﹂ 俺から力づくで引き剥がされた蛇は、内蔵を破裂させて、中から ドロドロにウネった何かを飛び散らせた。 654 蛇の内蔵? しかも、やけに毒々しい何かを纏ってる。 ﹁さあ、次は毒の霧に犯されて死ね﹂ ダメだ、訳がわからんっ! 吐き気がする! ﹁ッ、そ、もうよく分からねーが、とにかくテメエをぶっ倒せばい いだけだろうがっ! ふわふわレーザーッ!﹂ とにかくわかっているのは、このメロンが何かをやっているとい ういことだけだ。 なら、こいつ本人を撃ち抜けばいい。 こいつの足を目掛けて、レーザー砲を⋮⋮⋮ ﹁その力が、お前を自惚れさせているのか?﹂ ﹁な、なにいっ?﹂ レーザーで撃ち抜いた⋮⋮⋮と思ったら、すり抜けた? どうい うことだ? ﹁お前は最早、何が現実で、何が作られた映像なのかも理解できて いない。真実を見通せぬ者が、愛を語るな﹂ ッ! 背中から痛みがッ! 655 ﹁ッ、な、なに?﹂ ﹁這いつくばっていろ。ゴミクズ﹂ 振り返ると、そこにはメロンがいた。 俺を後ろから蹴り飛ばしたのか? 馬鹿な! 何も分からなかった! どうなってんだよ! ﹁お、おい、ヴェルト、さっきから何してるんで! いきなり慌て たり、レーザーを誰も居ないところに撃ったりッ!﹂ ﹁殿、ご乱心を? ッ、ならば、ここは拙者がッ!﹂ ﹁ヴェルトくん、ど、どうしたの!﹂ ニートもムサシも、ペットもやっぱり気づいてねえ? 俺に何が あったのかを。 ﹁落ち着きなさい、ヴェルト! あんた、完全にメロンの術中にハ マってるわよ!﹂ ﹁噂ではにゃっは聞いてたけど⋮⋮⋮そんなにリアルに体感するも のなの? メロンの映像技術は⋮⋮⋮﹂ 映像技術。さっきもそう言っていた。 確かに、映像なのかもしれねえ。でも、感じた感覚は全て⋮⋮⋮ ﹁まるで本物のような感覚だった。そう言いたいのか?﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁それは間違っていない。そして、そう思い込ませることこそ、私 の技術力・アルティメットホログラフィックタクティクスだ﹂ ッ! 完全に虫けらを見下すかのような態度で、こいつ! しかし、驚いたな。怪我そのものは特に目立ったものはないが、 656 精神的にかなり疲れた。 こいつ、一体どうやってこれほどのことを? ﹁ヴェルト、どういうことなんで?﹂ ﹁分かんねーよ。ただ、いきなり俺の視界が真っ暗になったり、マ グマが襲ってきたり、太陽に溶かされたり、蛇に飲み込まれそうに なるは、とにかくよくわかんねーことが起きてんだよ!﹂ ﹁はあ? それって、幻覚か?﹂ ﹁いや、幻覚なんだろうけど⋮⋮⋮ただ、感触も痛みも、本物だっ た﹂ そう、映像技術ということは幻覚だったのかもしれねえ。 しかし、あの瞬間感じた痛みは、まるで本物のようだった。 それはどういうことだ? すると⋮⋮⋮ ﹁そういえば、あいつノーシーボ効果って⋮⋮⋮確かそれって⋮⋮ ⋮えっと、なんだっけ?﹂ ﹁ニート殿、何か分かったでござるか? 一体、殿の身に何が起こ っているでござる?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ! 分かった! 確か、ノーシーボって、﹃脳の 思い込み﹄のことだ!﹂ えっ? 脳の思い込み? どういうことだよ、ニート。 しかし、それが正解だったのか、周りは息を飲むようにニートに 注目した。 ﹁あんた、ノーシーボのこと知ってるの?﹂ ﹁さすが、ディッガータイプは、にゃっは博識?﹂ 657 えっ、正解なんだ! スゲーな、ニート、お前何者だよ! ﹁知っているものがいたか。どうやら、男でも、ヴェルト・ジーハ よりは頭がいいようだな。それでも結果は何も変わらないが﹂ メロンが少しだけニートに感心したような声を発する中で、ニー トが俺に叫んできた。 ﹁ヴェルト、お前に何が見えてるかわからないけど、それは全部幻 覚なんで!﹂ ﹁はあ? 幻覚って、だから、痛みは本物だったって言ってるじゃ ねえか!﹂ ﹁多分、それがノーシーボ効果で、お前の脳が勝手に痛みを思い込 んでいるだけなんで!﹂ どういうことだ? 俺は黙ってニートの言葉を聞いていた。 ﹁思い込みの力。全く効果のない薬を飲んで、思い込みで副作用が 出たり、暗示でショック死したり、そういうことが実際現実にある んで!﹂ ﹁お、思い込み∼? んな、マンガじゃねーんだし⋮⋮⋮﹂ 658 ﹁魔法使うファンタジー野郎がそれを言ったら身も蓋もないんで!﹂ 馬鹿な。それじゃあ、あの痛みは全部俺の思い込みで? そんな 馬鹿なことがあんのか? だが、俺の否定をメロンは遮った ﹁全ては映像の見せ方にある。たとえ、映像だと分かったところで 同じ。本来、痛覚というものは、神経や脊髄を通してから脳に情報 を伝達する。しかし、私の開発した映像技術は、脳から神経へ情報 を伝達させる﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ほお⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁そう、こんなふうに﹂ また、世界が変わった! 今度は氷の世界ッ! ッ、と思った瞬間、体中の神経が凍りつく感覚が! 息すら凍って、全身の体温が一気に! ﹁映像、音、見せ方、その全てが現実でないものを現実だと錯覚さ せる。幻覚などと一緒にするな? そんな曖昧なものを超越した世 界だ﹂ ﹁馬鹿なッ! それじゃあ、何で俺だけ! ほかの奴らは平気なの に!﹂ 659 ﹁言ったはずだ。見せ方だと。周り全員にも見えるようにしてしま ったら、同志たちまで巻き添えをくらう。お前だけにしか映像を見 えないようにする⋮⋮⋮その程度の技術、朝飯前だ﹂ 口がうまく開けられねえ! 視界が吹雪で奪われて、鼻水まで凍 っちまう! ﹁目を閉じても無駄だ。既にお前の脳は﹃氷の世界﹄という情報に 満たされている。音だけで錯覚する。音がなくても、ちょっと部屋 に冷房を入れるだけで、冷気がお前の肌に﹃寒い﹄というイメージ を与える﹂ たしかに、こんなの、幻覚だなんて思えねえ。本物の⋮⋮⋮ ﹁さあ、半端なクズめ。いつまでもつかな? 地獄、炎獄、氷獄、 雷獄、風獄。全ての世界がお前の敵だ﹂ ﹁つっ、ああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああっ!﹂ 正直な話、あらゆる感覚が超越しまくって、まるで世界崩壊の中 心に居るような状況になり、俺は最早何が起こっているのか訳が分 からなかった。 地の奥底に落とされ、灼熱の炎に身を焼かれ、全身を切り刻む吹 雪に襲われ、全身を駆け抜ける雷に撃ち抜かれ、そして暴風雨に飲 660 み込まれる。 これが全部幻覚だと? ふっざ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁っざけんなッ! 効くかよ、んな幻覚がッ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮まだ壊れないか﹂ ﹁ったりめーだっ!﹂ 危ねえっ。危うく意識が飛ぶところだった。 惑わされるな。感じる痛みが全部偽物なら、精神で堪えれば、耐 え切れるはず。 そして、これが全部映像を利用した攻撃ってなら⋮⋮⋮ ﹁テメェこそ、幻覚ばっか見せてねーで、リアルで味わってみるん だな! いくぞコラァ!﹂ ﹁何をだ?﹂ ﹁映像を利用した攻撃かもしれねーが、裏を返せばテメェ自身は正 面から戦えば大したことねーってことだろうが!﹂ 映像が途切れた瞬間こそ、勝機だ。 そうすりゃ、こんな青瓢箪の世界の女ぐらい、一瞬で背後に回り 込んで気絶⋮⋮⋮ 661 ﹁愚か者が﹂ ﹁⋮⋮⋮ッ!﹂ き、消えた? ﹁どこを狙っている?﹂ その声は、俺の背後から? 回り込まれた? 一瞬で? ﹁馬鹿な! 空気の流れでも分からなかった!﹂ ﹁空気の流れ? それは感覚だろう? その身に感じる空気の流れ を、幻覚ではないかと何故思わない?﹂ ﹁な、にいっ!﹂ ﹁言ったはずだ。お前はもう、何が現実で幻覚かも分からないと﹂ っ、なんてこった! 俺の空間把握も通じないってのか? じゃ あ、俺が今、感じてるもの、聞こえてるもの、見えてるもの、その 全てが幻覚かもしれねーってことか? ﹁そして、私自身は正面から戦えば大したことないと言ったが、果 たしてそうかな?﹂ ﹁ッ!﹂ 次の瞬間、慌ててその場から飛び退いた俺を追撃するかたちで、 メロンが俺に向かって飛び、距離を詰めて来た。 慌ててカウンター気味に殴る俺の拳は空を切り、その瞬間、俺の 顎にメロンの掌打が⋮⋮⋮ ﹁がっ、はっ、のやろうっ!﹂ ﹁なんと乱暴で醜い戦い方。それが原人の、クズの領域﹂ 662 どういうことだ? 俺の拳が、蹴りが、全て見切られて、いなさ れている。 こいつ、拳法でも使えるのか? それとも、これは全部幻か? じゃあ、このあしらわれながら返される、腹に、顎に、顔面に貫く 痛みはどっちなんだ? ﹁ちょ、お、おいおいおいおいおい! う、嘘だろッ! あのヴェ ルトがッ!﹂ ﹁あ、あの、あの殿が⋮⋮⋮ぐっ、おのれええ、拙者がたたっ斬っ てくれるでござる! 拙者の旦那様になにするでござるか!﹂ ﹁ウソ、でしょ? 七大魔王や四獅天亜人、光の十勇者にだって負 けない、ヴェルトくんが⋮⋮⋮って、ムサシちゃん、危ないって! ムサシちゃんまで巻き込まれたら、それこそ一大事だから!﹂ ニート、ムサシ、ペットからはどんな現実が見えてるんだ? 俺 が、ボコボコにされている現実か? それは分からねえ。だが、一つだけ言えることがある。 ﹁カカカカカカカカ、おっそろしーねー、メロン代表。ウゼーぐら いにな﹂ ﹁あの性悪ヴェルトが、ここまで﹂ ﹁あのお兄さん、にゃっは強いのに、手も足も出ない﹂ 663 そう、このメロンとかいうやつ⋮⋮⋮⋮⋮⋮強いッ! ﹁どうした、口数が少なくなってきたな、ヴェルト・ジーハ。所詮 お前はその程度。半端な男。半端な愛。半端な誓い。最早、見るに 耐えない﹂ ﹁ごぼはっあああ!﹂ ッ! メロンの手刀が俺の心臓を貫いて⋮⋮⋮ ﹁つうああああああああああっ!﹂ 俺の両手足を切り刻んで⋮⋮⋮ ﹁︱︱︱︱ッ!﹂ 最後に、俺の首を切り落とし⋮⋮⋮ ﹁ッ、はあ、ぐっ、は、はあ、はあ、はあ﹂ 664 ⋮⋮⋮ある⋮⋮⋮手も、足も、首も、心臓も⋮⋮⋮これも全部幻 覚か⋮⋮⋮クソ。 気づいたら地面に片膝ついてやがった。この俺が⋮⋮⋮ ﹁クソ、舐めやがって﹂ ﹁舐めている? これほどの実力差で、対等に扱ってもらえると思 っていたのか?﹂ ﹁あんだとっ!﹂ ﹁確かに私は今、お前の心臓を貫き、手足を切り落とし、首を切り 落とす⋮⋮⋮そういうイメージを植え付けた。だが、それは確かに 幻覚だったが、現実だったらどうなる?﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁分かったか? 別に、映像を使わなくても、私は実際にそうする こともできたのだ。つまり私は⋮⋮⋮お前をいつでも殺せるという ことだ﹂ ゾクッとした。 この、奇怪なメロンの被り物をした女。別に、舐めていたわけじ ゃねえが、こんなことになるなんて思わなかった。 気づけば、店内はそれほど荒れちゃいない。 周りにいる女どもが、クスクス俺を哀れんだように笑っているだ けで、店は何も壊れちゃいないし、争った形跡もそれほど酷くない。 つまり、俺は、最初からこの女の手の平で踊らされてる⋮⋮⋮⋮ 665 ⋮⋮ ﹁この、クソ女が⋮⋮⋮ッ!﹂ くそ、ふざけんな。こんな女に、このままコケにされて終われる かよ。 だが、どうする? まさか、SFな銃とか、スーツとか、そんな んじゃない技術でこうも圧倒されるとは思わなかった。 ﹁で、口汚くわめいてどうする?﹂ ﹁つおっ!﹂ ッ! お、俺は今、この女がちょっと前へ踏み出しただけで、後 ろへ下がっていた⋮⋮⋮ ﹁どうした、恐ろしいのか? この私が﹂ ﹁ざ、ざけんな! 誰がテメエなんかに! イーサムたちに比べり ゃ、テメェなんかにビビれるか!﹂ 嘘だ! 俺は、今、紛れもなくビビった! くそ、何で俺がこん な女に⋮⋮⋮ふっざけんなっ! 666 ﹁怯えるのは無理もない。この店に入った時点で、お前は私のフィ ールドに足を踏み入れたも同然。勝てるわけがない﹂ だが、その時、一個俺は気づいたことがあった。 店が、こいつのフィールド? ﹁初めてお前をテレビで見たとき⋮⋮⋮クラーセントレフンの世界 との歴史的な会合に胸が高鳴った。しかし、あの晩餐会で、お前の 妻六人発言で一気に殺意を覚えた。なぜ、こんな男が! と。そう 思わないか? ペット・アソーク﹂ 店がこいつのフィールド。それはつまり、この戦い方はこの店の 中だけ? そうだ。映像を使って俺を振り回すってことは、その映像をなく せばいい。 そして、映像を流すとしたら? カメラ? パソコン? それは 分からねえが、機械を使ってるはず。 なら、その機械はどこにある? この店のどこかに設置されてい る。もしくは、この店そのものがそうか? ﹁ペット・アソーク。こんな口だけの男は見限れ。忘れろ。切り捨 てろ。罵倒しろ。見下せ。貶せ。地獄へ落とせ。それほどの罪をこ の男は背負っている﹂ 667 なら、もしこの店が無くなれば⋮⋮⋮ ﹁か⋮⋮⋮⋮⋮⋮勝手なことを言わないで下さい!﹂ その時、ちょっと考え事をしていた俺の耳に、ペットの叫んだ声 が聞こえた。 ﹁確かに、ヴェルトくんは意地悪です! 女の子にも優しくないし、 露骨に贔屓するし、乱暴だし、え、エッチなことだって隠さないし、 空気あんまり読めないし!﹂ って、おいおいおい、ペット! お前、それ、フォローじゃなく て俺を貶して⋮⋮⋮ ﹁だけど! ⋮⋮⋮だけど、そんなヴェルトくんは、魔王軍に侵略 される帝国の危機に駆けつけ、帝国を、私たちを、姫様を救ってく れた! 光の十勇者がジーゴク魔王国に惨敗した絶望の中に現れて、 再び人類に光をもたらしてくれた! 人間なのに、多くの魔族にも 亜人にも慕われて、戦争の局面を一気にひっくり返した! 聖騎士 の手に落ち、世界がヴェルトくんの記憶を失い、世界がヴェルトく んの敵になっても⋮⋮⋮地の底から這い上がって、瞬く間に世界の 頂上にヴェルトくんは駆け上がった! 全てを思い出した私たちに、 一生恨まれても仕方のない私たちに、イジワルな仕返しをするだけ で、ヴェルトくんは笑っていた! 自分の娘が攫われて、世界の果 てまで命懸けで取り戻しに行き、強大な敵に怯むことなく立ち向か 668 っていった! 私たちの世界の全ての歴史と種族を変え、亜人も魔 族も人間も関係もなくなった世界を作った!﹂ 途中から、ペットは涙を流しながら、それでも必死に叫んでいた。 ﹁あなたに、ヴェルトくんの何が分かるんですか! ヴェルトくん を、ちょっとエッチで乱暴者で、奥さんの多い人とだけしか知らな いくせに、ヴェルトくんのことを言わないでください!﹂ ﹁ペット・アソーク⋮⋮⋮お前は⋮⋮⋮﹂ ﹁私は知ってる! 小さい頃から、ヴェルトくんのことを知ってい ます! 私の知っているヴェルトくんは⋮⋮⋮あなたたちの妄想の 王子様より、私にとってはずっと大きくて、勇敢で、素敵な人なん です! そんな、ヴェルトくんを私はずっと前から! ずっと前か ら⋮⋮⋮﹂ ずっと前から⋮⋮⋮えっ、お、おまえ、まさか? ﹁ずっと前から、だいす⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ⋮⋮⋮⋮⋮はうっ! だ、 だい、だいじょ∼ぶなひとだとおもってたんだよ∼∼∼∼﹂ 今、お前が大丈夫じゃねえ! 鼻息荒くして、なんか、言いたいことを言おうとした瞬間、ペッ トは周りをキョロキョロ見渡し、状況を把握し、すぐに顔を真っ赤 669 にして、煙をプシューと頭から吹き出した。 ﹁ぺ、ペット、そ、そんなに俺のこと大好きなのは分かったが、ダ メだからな? おれ、結婚してるから、これ以上は嫁増やせないか ら﹂ ﹁こ、こ、ここここここ、こ、こけ∼こ、す、こういうところ、本 当にアレだけど、ヴェルトくんはとにかくすごい人なんです!﹂ あ∼、危なかった、一瞬、俺もクラっとしかけたけど、うん、あ ∼、危なかった。 ﹁い、意外な展開なんで。あのヴェルトが照れて、うろたえた﹂ ﹁た、確かに、そ、そうでござる。しかし、ペット殿の言葉は拙者 も同意でござるが、女性経験豊富な殿がどうしてこれほど?﹂ ﹁いや、考えてみるんで。付き合いの短い俺でも分かるが、あいつ の嫁六人を思い浮かべたら一瞬で分かるんで!﹂ どういうことだよ、ニート。⋮⋮⋮俺の嫁六人を思い浮かべたら 分かる? フォルナの場合。﹃さあ、ヴェルト。今宵は寝かせませんわ! 運命で結ばれしワタクシたちの愛の育みに、無駄な時間は許しませ んわ! さあ、さあっ!﹄ 670 ウラの場合。﹃ヴェルト、み、見てみろ、は、は、裸エプロンだ ぞ? こ、このスケベーめ。く、来るなら来いッ!﹄ エルジェラの場合﹃ヴェルト様。さあ●●△■□××、●●××、 です、ああ、ヴェルト様、●○◇××□■﹄*表現不可 アルーシャの場合。﹃あら、ヴェルトくん。その疲れたって顔は どういうつもりかしら? まさか、私のことが嫌になったとか? 残念だけど、もうそれは手遅れよ。あなたがどれほど嫌がろうと、 別れてあげないし、逃がしてあげないんだから﹄ アルテアの場合。﹃ギャハハハハハ、あ∼、ウケる。ヴェルト、 枯れて死ぬなよな∼﹄ ユズリハの場合。﹃婿∼、交尾♪ 交尾♪ んっ、ちゅ∼∼う﹄ まあ、俺とニートやムサシが思い浮かべる俺の嫁のイメージに差 はあれど、俺はこんな感じだ⋮⋮⋮ ﹁考えてみるんで。あいつの濃すぎるプレデター系プリンセスにい つも付きまとわれている中で⋮⋮⋮あんな純粋な良い子が居たら癒 されるに決まってるんで! 自己中のウザとい妖精にまとわりつか れている俺にも理解できるんで! っていうか正直、俺もドキッと したし、羨ましいと思ったんで! っていうか腐女子たちの言うと おり、あいつ爆ぜたらいいんで!﹂ ニートの言ってること⋮⋮⋮⋮⋮⋮そうなのかも⋮⋮⋮しれん。 671 なんだろう。自分のこととはいえ、なんか恋愛ってこういう甘酸 っぱいものなんじゃねえの? と思っちまった。 こんな時だけど⋮⋮⋮ ﹁くははは、くはははははははははは﹂ 笑っちまった。なんだか中坊のような青春茶番なんだが、そこま で悪い気もしなかった。 そして、同時に思った。 ﹁それが、ペット・アソークの答えか﹂ ﹁くはははは、らしいぜ? ここまで言われたら、負けるわけには いかねーな。男としてな﹂ そう、負けられないと思った。 被り物越しでも分かる、メロンの嫌悪感。これは錯覚ではなく、 リアルなものだと分かった。 でも、もうそんなのどっちでも良かった。 ﹁だが、結果は変わらない。お前がクズであり、口だけというのは、 今こうしてハッキリしている﹂ ﹁どうかな? 確かに、こんな引きこもりな店内じゃ、俺は勝てね ーかもな。だから、今度は不良の文化⋮⋮⋮ストリートでケリつけ 672 るか?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮どういうことだ?﹂ そう、もう、勝つしかない。そして、そのためには、錯覚だとか 映像だとか、そういうもんを根本から無くしちまえばいい。 ﹁言ったはずだ、今日限りでこの店は閉店だ!﹂ ﹁⋮⋮⋮ヴェルト・ジーハ、お前はまさか?﹂ ﹁ニート! ムサシ! ペットとアイドル姫連れて、伏せてろッ!﹂ そのためには、映像使ってる機械とかそういうものをひっくるめ て、この店そのものを破壊しちまえばいいのさ! 673 第39話﹁幻﹂ この店、そのものが仕掛けなのだとしたら、仕掛けごとぶっ飛ば す。 ヴェルト ﹁ふわふわ世界!﹂ 壁も天井もテーブルも食器も、オタク商品も関係ねえ。 全部浮かせる。 地震のような揺れとともに、建物全体に亀裂が走り、破壊されて いく店内。 ﹁カカカカカ。博物館を壊した俺に文句言っておいて、自分はBL 喫茶破壊かよ﹂ ﹁ちょ、器物破損なんで! っていうか、何でお前はいつも悪びれ ないんで!﹂ ﹁い、いやああ、私の宝物がッ!﹂ ﹁なんで! 浮いてる! や、やめてええっ!﹂ キャーキャー、ギャーギャー喚く女たちにも容赦はしねえ。 俺を舐めた奴は、全員有罪判決! 674 ﹁なんという単細胞﹂ ﹁褒め言葉だそれは! ふっとべーーーーーーっ!﹂ 亀裂の走ったコンクリートが、粉々に空へとふっ飛んだ。 正直、外に集まっている野次馬や警察関係者たちは、ぶったまげ ただろうな。 テロリスト、変な協会、お姫様、異世界の来賓、それの集った店 が突如崩壊したんだからな。 ﹁ちょおおっ! ななな、い、一体、何が起こった!﹂ ﹁ひ、ひい、が、瓦礫が落ちてくるぞ! にげ⋮⋮落ちてこない?﹂ まあ、俺も瓦礫までその辺に落とすほど鬼じゃねえ。 後は人のいなそうなところに適当に落とし、この辺をただの廃墟 にさえしちまえばそれでいい。 ﹁女をバカにするだけでなく、現実の男に失望した少女たちの理想 郷を、よくも壊してくれたな、ヴェルト・ジーハ﹂ ﹁じゃあ、現実を見ろってことだよ。そして、覚悟しな? もう、 妄想の王子様は助けに来てくれねーぞ?﹂ 機械声でも、態度で不愉快そうな気持ちになっていることは見て 675 分かる。 だが、別に俺はおちょくるために、これをやったわけじゃねえ。 とにもかくにも、これでもう訳の分からん幻想に惑わされること はなくなった。 ﹁さあ、相手になろうか、お姫様。リアルな男はヒデーってことを 思い知らせてやるよ﹂ こいつのフィールドは破壊した。そうなれば、ここが俺のフィー ルドだ。 店内にあったと思われる映像を映す機械なんかは、開放されたこ の場には存在しねえ。 ﹁おい、アレ、ヴェルト・ジーハだぞ!﹂ ﹁それに、メロンだッ! あの被り物は、ビーエルエス団体代表の、 メロンだっ!﹂ ﹁どういうことだ? 戦っているのか、あの二人は!﹂ さあ、ギャラリーも増えて注目されたところで、このクソ生意気 な女を、大恥かかせて︱︱︱︱︱ ﹁で、コレで何か変わるのか? ヴェルト・ジーハ﹂ 676 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂ その時、空から燃え上がる隕石が突如俺に降り注ぎ、俺の全身が 激しい炎に包まれ⋮⋮ ﹁ぐお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!﹂ この、肉を焦がす匂い、全てを焼き尽くされるかのような痛みは ッ! ﹁ッ⋮⋮⋮な⋮⋮⋮えっ?﹂ だが、気づけばそこは何も変わらない風景になっていた。 瓦礫の上に立つ俺は、燃え尽きたかと思っていたが、体は何とも ない。 ﹁えっ⋮⋮? な、ど、どういう⋮⋮⋮﹂ ﹁何かの機械を店の中で使っているのなら、店を破壊すれば錯覚の 映像技術は使えない。そう思っていたか?﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁原人が思いつくような対処方法で、どうにかできると思っていた 677 か?﹂ 本日二度目だった。全身の鳥肌が一気に立った。 ﹁えっ、ヴェルト、どうなってるんで?﹂ ﹁殿、まさか、こ、これでも⋮⋮これでもダメでござるか!﹂ 完全に予想外だった。 俺は、メロンの言うとおり、店さえ破壊すれば、この映像技術は 使えねえと思っていた。 だが、実際には違う? じゃあ、あの女はどうやって? ﹁愚かしいな、ヴェルト・ジーハ。お前は本当にクラーセントレフ ンを支配したのか? まるで信じられない﹂ 部屋じゃない? じゃあ、あの女が身につけているタブレットは? ﹁ちなみに、このタブレットが幻覚映像を流していると思ったのな ら、それも見当はずれだ﹂ ﹁げっ⋮⋮﹂ 678 それも違うのか? じゃあ、何がどうなってんだよ! だが、とにかくそうだとしたら、ダラダラ考えている暇はねえ。 ﹁これほど生きた女たちを傷つけているのだ。たまには死霊に抱か れるのはどうだ?﹂ 次の瞬間、俺の周囲に深い霧が発生した。光が届かないほど濃く、 ニートやムサシたちの姿も見えねえ。 くそ、惑わされるな。これも幻覚ッ! ﹁ひゅ∼∼∼∼ドロドロドロ∼!﹂ ﹁この恨み∼晴らさで∼﹂ って、今度はミイラかよ! 地面の底から腐った死体が次々と出現し、俺に押し寄せる! くそ、幻覚だって分かってるのに、この匂い、吐き気、どう見て も本物にしか⋮⋮ ﹁っそ、いいかげんにしやがれっ!﹂ 警棒を振り回した。手に残る粘土を潰したようないやな感触も、 白骨化した骨が砕ける嫌な音にも、惑わされるな! 惑わされるな⋮⋮そう思っているんだが⋮⋮ ﹁哀れだな。惨めだな。滑稽だな、ヴェルト・ジーハ。真実を見通 せぬお前は、何も見れぬまま、ここで朽ち果てる﹂ ﹁うるせえっ! こんなもんで俺がいつまでもやられてると思うな ッ!﹂ 679 ﹁言ったはず。お前は所詮、口だけだ。お前の半端な愛がそれを証 明しているのだから﹂ ダメだ。ゾンビが次から次へと襲い掛かってくる。足場も悪く、 体も重くなってくる。 別に幻覚なんだからやられてもいいんじゃねえのか? そう思っ ても、体がどうしても抵抗しようと無駄に動く。 ﹁ふわふわレーザーッ!﹂ レーザーで撃ちぬいても、高速で駆け抜けても、景色は何も変わ らない。 どこまでも続く霧の中で、俺は休む間もなく幻覚の死体の相手を ⋮⋮ ﹁もう、見るに耐えない。今、楽にしてやる﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁死ね!﹂ まずい、リアルの攻撃か? 何処から来る? この幻覚の中に紛 れて、俺にトドメを⋮⋮ ッ、ダメだ! 奴の本物の気配が分からねえ。どれもが本物にも 680 幻覚にも見える。 このままじゃ⋮⋮ ﹁っそ、ふわふわキャストオフッ!﹂ ﹁ッ!﹂ その時だった。 ﹁⋮⋮⋮⋮アレ?﹂ 俺は、これも幻覚なのかと一瞬目を疑った。 景色がいきなり、元に戻った? ﹁⋮⋮⋮ッ⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ 気づけば、俺を背後から手刀で俺の首筋に振り下ろそうとしてい たメロンが、慌てて俺から飛び退いて距離を離していた。 ﹁えっ、何でだ?﹂ 正直、俺自身が何が起こったのか全然分からなかった。 無我夢中で何かをやったら、急に幻覚が消えて、元の景色に変わ った? いや、何でだよ。 ふわふわキャストオフは、﹃相手の衣服を脱がす﹄か、﹃相手の 681 身に纏った魔力を引き剥がす﹄技だ。正直、この戦いでは特に使用 する考えは無かった。ただ、昔のように追い詰められた状況下で、 自分の身を守るために相手から魔力を引き剥がしていたクセが、思 わずこの技を使った。 でも、何でそれで幻覚が消えた? ひょっとして、今のでドサクサに、メロンから錯覚映像を使って いた機械か何かを奪い取ったのか? いや⋮⋮そんな感覚じゃない⋮⋮。 ﹁おい、ヴェルト、どうしたんで?﹂ ﹁殿?﹂ ﹁ヴェルトくん?﹂ あいつらは何が起こったか分かってないのか? ちょっと待て。俺は今、何をやって、メロンの幻覚映像を破った ? 無我夢中で何かを掴んで浮かばせた。浮かばせたのは、何だ? 機械じゃねえ。こいつ自身でもねえ。それは、俺がいつも戦いで 掴んでいるものと同じもの。 でも、なんでそれをこいつが? だって、神族は、﹃アレ﹄を持っていないはず。 ﹁少し映像が乱れたか。だが、何も変わらない﹂ 映像? よくよく考えれば何か変だぞ? あまりにもリアルな映像で、痛 みや苦痛を現実と錯覚する。これだけ進歩した世界なら、それだけ の技術があってもおかしくないのかもしれねえ。 だが、それなら変だ。技術なら当然、機械を使っているはず。で も、店を破壊したのに、それらしいものは無かった。だからこうし 682 て、店の外で戦っても同じことを繰り返している。 機械がスマホみたいに小型だからか? それとも、あいつの持っ ているタブレットがその機械? それは否定されたが、あいつが嘘 を言ってる可能性もある。 そう、嘘⋮⋮⋮そうだよ⋮⋮そもそも、あの女が、嘘をついてい る可能性をどうして俺は考えなかった? なんか俺、根本的に何かを勘違いしてねーか? 騙されてねーか? ﹁もし、俺が何の予備知識なくこいつと戦ったら⋮⋮﹂ そう考えろ。錯覚の映像を流している機械を探すんじゃねえ。 単純に、俺が、﹃幻﹄を使って相手をかく乱する敵と戦っている と考えたらどうなる? 現実だと錯覚するほどの幻を使う⋮⋮⋮ッ! ﹁あ⋮⋮⋮⋮﹂ その時、何の固定観念も無くして考えてみたら、分かったかもし れない。 絶対にありえないはずなのに、何故かそう考えれば辻褄が合うこ と。 しかし、本当にそうなんだろうか? こんな⋮⋮こんなことが⋮⋮ ﹁ッ、確かめてみるしかねーか﹂ 俺が一つの推測にたどり着いたとき、俺は頭の中で何度もその考 えを否定しながらも、体はそれを確かめようと自然に動いていた。 ﹁終わりだ、ヴェルト・ジーハ。幻想と現実の狭間に落ちて死ね﹂ 683 感じろ。空気であいつの居場所を感じるんじゃない。 空気で感じるのは⋮⋮ ﹁ふわふわキャストオフ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮ッ!﹂ それは、機械の声じゃねえ。 起こった事態に驚いて、思わず漏れた女の声。 そして、感じる。ハッキリと。 ﹁ふわふわ空気爆弾ッ!﹂ 正面から向かってきていたはずのメロンの姿は直前で消え、代わ りに﹃俺の背後﹄から俺を仕留めよとしていた、実物のメロンが、 俺のカウンターに捕まり、吹っ飛ばされていた。 ﹁お、おおおっ!﹂ ﹁殿の攻撃がついに通ったでござる!﹂ ﹁おっ! カカカカカカカ、どうなった!﹂ ﹁メロン様ッ!﹂ ああ。ようやく捕まえた。 捕まえられた。 そして、それは驚いたことに、俺の予想が当たっていたことを意 味する。 684 ﹁やーれやれ。ま∼っさかこんなことになるとはな。ペットの告白 よりも驚いちまった﹂ 俺に吹き飛ばされ、床の上を二転三転転がったメロンが起き上が る。 その姿は、さっきまでと違っていた。 ﹁メロン代表!﹂ ﹁そ、そのお体は!﹂ さっきまで、スラッとした、メロンカップ女だったのに、今はど うだ? ユズリハと大して身長が変わらねえ、チンチクリンになっていた。 ﹁ヴェルト・ジーハ⋮⋮貴様⋮⋮﹂ ﹁それでも機械声を貫くか。まあ、勝手にすりゃいいが、それがテ メエの本当の姿か。実は、幻使って自分をナイスバディに見せてい たとか、可愛いところあるじゃねえか﹂ 間違いない。これは幻覚じゃない。あいつ本人。あいつのリアル な姿だ。 胸もペッタンコ。身長も小さい。それがこいつの本当の姿。 ﹁なーにが、映像技術だ。すっかり騙されてたぜ。テメエの力の正 体をな﹂ 685 ﹁ッ!﹂ ﹁お前に感じていた気配そのものは、現実なのか錯覚なのか分から なかった。だが、お前から溢れていたものは、間違いなく現実だっ た﹂ ありえないはずの仮説。ありえないはずの事実。しかし、それが 真実なのだと知った瞬間、俺は余裕に満ちた顔を作りながらも、心 は激しく動揺していた。 ﹁殿、どういうことでござる? 殿は、一体何を見破ったでござる ?﹂ ﹁なーに。ようするに、こいつは最初から嘘をついてたってことさ﹂ 何が起こってるかまるで分かってなさそうなムサシたちに答えを 言うが、正直、これから俺が言うことは、あまりにも根本的にこれ までのことをひっくり返す答えなだけに、俺はみんなのこの後の反 応が容易に想像できた。 ﹁つまり、そもそもこいつの使っていたものは、映像技術がどうと かそういうものじゃねえってことだ﹂ それなのに、俺はこいつが何とかタクティクスとか言うし、この 686 世界の技術力だからと頭で勝手に納得しちまったから、深く考えな かった。単純に、こいつの最初の発言や、回りの言葉に騙されてい たってことだ。 いや、この様子だと、こいつの仲間の腐女子共も、知らなかった な? 全員首を傾げてるし。 ﹁いや、待って欲しいんで、ヴェルト! 映像技術じゃないなら、 どうやって? ノーシーボ効果を起こして、お前をここまで追い詰 めたのは、一体どんな技なんで? まさか、催眠とか?﹂ ﹁ある意味、催眠にも近いかもな。結果的に、俺の脳はこいつの作 った幻に騙されまくっていたからな。でもな、そうじゃねーんだよ、 ニート。俺が分かったのはそういうことじゃねえ﹂ ﹁じゃあどういう?﹂ ﹁重要なのは、催眠だろうと錯覚だろうと、こいつがやったことは、 ﹃科学技術﹄じゃねえ。﹃能力﹄だってことだ﹂ そう。﹃技術﹄じゃないんだ。﹃能力﹄なんだ。 それなら、機械がないのも頷ける。機械を使って俺に錯覚を見せ ていたんじゃなくて、﹃能力﹄で俺に幻を見せていたんだから。 と言っても、こんな訳の分からん説明だけじゃ、ニートたち全員 首を傾げたままだがな。 ﹁つ、つまり、その、メロンって奴は、催眠術を使っていたってこ とか? エロスヴィッチみたいに?﹂ 687 催眠術。それも一つの可能性としてはあった。 でも、違う。 ﹁確かに、その可能性もあった。でも違う。俺のふわふわキャスト オフが、幻覚を破ったのがその証拠﹂ ﹁はっ?﹂ ﹁何で俺のふわふわキャストオフが幻覚を破れたのか? 簡単だ。 ﹃魔力﹄で作られた﹃幻覚﹄を、俺が無我夢中でやった、ふわふわ キャストオフで魔力を引っぺがしたから、幻覚が破れたんだ﹂ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ! それは、魔法というものに知見のないこの世界の連中には意味の 分からない話だろう。 だが、ニート、ペットはこの説明で余計に混乱した顔を見せた。 ﹁ちょっと待って、ヴェルトくん! そ、それじゃあまるで、こ、 この人が⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮ちょ、つまり⋮⋮ヴェルト⋮⋮お前は、こいつが、﹃魔法﹄ を使ってお前に幻術をかけていたってことか?﹂ 688 そうなんだ。 俺があの時に掴んだものの感触は、紛れも無く魔力だった。 メロンから溢れていたものは、魔力だった。 ﹁よくよく考えれば、そこに居るストロベリーだって、エルジェラ たちと似た力を使ったんだ。そう考えれば、不思議じゃなかった﹂ ﹁いや、そ、それじゃあ、ヴェルト、このメロンって女は⋮⋮魔法 を使える⋮⋮改造人間か何かか?﹂ 改造人間。それも一つの可能性としてはあった。 神族が魔法を使えないんだから、魔法を使えるとしたら、改造か 何かされている奴かもしれないと。 でも、俺の考えは違った。 ﹁しかし、殿! 拙者もそれほど魔法の知識は深くないでごさるが、 そのような、限りなく現実に近い幻惑魔法や幻術など、あるでござ るか?﹂ その時、これまで黙っていたムサシが口にした疑問こそが、正に 俺に衝撃的な事実へ辿りつかせるものだった。 ﹁そ、そうなんで。フィアリの幻術だって、あれは当事者が望むも のを見せる幻術だったんで、細かく何を見せるとか、そういうこと まで出来なかったんで﹂ ﹁そうだな。フィアリは、幻術をかけられた奴の望むものを見せる 689 幻術。だから、見せられるものは選べなかった。どんな幻を見るか は、術をかけられた本人任せだった。でも、こいつは違う。術者の 思うがままに相手を幻術にかけた﹂ そう、フィアリの言霊を使った幻術とは少し違う。 術者の思うがままに、際限なく幻を見せ、そしてダメージや感じ たもの全てがリアルと錯覚してしまうほどの、強力な幻術。 すると⋮⋮⋮ ﹁ある⋮⋮⋮そういう魔法⋮⋮ううん。そういう能力⋮⋮確かに存 在する﹂ それは、ペットだった。 そして同時に、ペットも俺と同じことが頭に浮かんだはず。 ﹁分かった気がする⋮⋮私も、メロン代表の力が、この発展した世 界の技術によってもたらされたもの⋮⋮そういう前知識を忘れて、 もしこれを魔法の力だと考えてみたら、全然違うことが私も⋮⋮﹂ ペットの唇は震えていた。 ﹁でも、うそ? そんなことって? だって、だって、⋮⋮そんな ことがありえるはずが⋮⋮﹂ 690 それは、俺と同じように﹁そんなことがありえるのか?﹂という 思いからもたらされる震えだ。 ﹁おい、ペット、一体どういうことなんで!﹂ ニートや、ムサシには分からないのも無理はない。 正直、これは﹃魔法の力﹄とか﹃能力﹄といっても、ハッキリ言 って希少すぎる力だからだ。 ﹁それは、魔法でありながら、能力でもある。究極の幻術使い⋮⋮ ⋮夜と朝の狭間、世界を曖昧に照らす光⋮⋮それは世界の現実と幻 想の境界を支配する力⋮⋮⋮﹂ そして、ニートの問いかけに、ペットは震える唇で答えた。 ﹁月光眼と並ぶ、伝説の魔眼⋮⋮⋮⋮﹃暁光眼﹄の力!﹂ ペットのその言葉に、驚愕の表情を浮かべたのは、ニート、ムサ シ、そしてアイドル姫のブラックとアッシュの四人だった。 ﹁⋮⋮いや、ちょっと待って欲しいんで⋮⋮﹂ 691 ﹁と、殿⋮⋮暁光眼とは、確か⋮⋮﹂ ﹁ね、ねえ、その眼って、本当に伝説なの? よくある眼なの?﹂ ﹁にゃっはどういうことなの!﹂ こいつらがそう聞きたいのも無理はない。 そして、同時に俺もそう言いたいくらいだったからだ。 だからこそ、俺は気を落ち着かせながら、メロンに聞くしかなか った。 ﹁メロン。お前⋮⋮⋮⋮何者だ?﹂ 全てを込めて、俺は聞いた。お前は何者かと。 すると⋮⋮⋮ ﹁ふっ⋮⋮⋮ふふふふふふふふふふふ﹂ ﹁ッ!﹂ 次の瞬間、メロンは持っていたタブレットを破壊した。 そして、同時に、メロンの被り物の下から、女の声が聞こえた。 人を嘲笑うかのような、メロンの本当の声。 そして、メロンは俺に相対しながら、初めて俺に肉声で言葉を放 った。 692 ﹁私が何者か? ここまで謎解きをしておきながら、最後の解を相 手に求めるなんて、やはりあなたは阿呆のようね、ヴェルト・ジー ハ﹂ この口調! そして、この、尊大な態度は! ﹁ッ、テメエ! ま、まさか!﹂ ﹁口を閉じなさい、ヴェルト・ジーハ! 今、こうして貴様と会話 することすら虫唾が走る!﹂ この、俺に対する怒り、憎しみ、そして殺意⋮⋮。 こいつの小さな体から、溢れ出ている。止まることなく、激しく。 ﹁ふふ、本当にあなたに対する失望は大きいわ。たかだか十年⋮⋮ ⋮運命的な危機を共に乗り越え、あれほど身も心も燃え上がった私 との愛を忘れ⋮⋮今では妻が六人? 娘が居る? 人を⋮⋮女をバ カにするのもいい加減になさい、ヴェルト・ジーハッ!﹂ ⋮⋮⋮⋮ん? ﹁あれ? ワリ、それなんだっけ? お前の正体、ひょっとして? 693 ⋮⋮とか思ったけど、それはまるで心当たりがねえ。まさか人違 いか?﹂ なんか、まるで身に覚えのないことを、物凄い恨みを込めて言わ れてるが、なんか違う? だが⋮⋮ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ!﹂ 何かを思い出したペットが声を上げた。いや、﹁あっ﹂てなんだ よ、﹁あっ﹂って。 ﹁ヴェルトくん⋮⋮⋮⋮ひょっとして⋮⋮あの時のアレ⋮⋮⋮﹂ いや、﹁アレ﹂ってなんだよ、﹁アレ﹂って。 だが、それを確認する前に、メロンは既に動いていた。 ﹁もう、口を閉じなさい! 女の敵、ヴェルト・ジーハ! お前を ここで殺すッ!﹂ ちっ、今はノンビリしている場合じゃねえか。 クソ、訳の分からないことを言いやがって。 だがな⋮⋮ 694 ﹁俺に言いたいことがあるなら、まずは、そのツラを見せてからに しやがれっ!﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁ふわふわキャストオフッ!﹂ 相手の力が、機械でなく魔法の一種だと分かったからには、もう 俺には通じねえ。 魔力を込めて発動させるなら、その魔力を引き剥がせばいい。 幻術を発動させようとした瞬間、魔力を引き剥がす。こいつから、 ガクッと力が抜けているのが分かった。 それを見て、俺はもう一つ、こいつから剥ぎ取る。 ﹁そのツラを見せろッ! チーーーーーービ!﹂ 次の瞬間、メロンの被り物が宙を舞った。 695 第40話﹁思い出話・あの時の俺たちはただの子供だったからお 互い忘れよう﹂ ペットとのことがなければ、俺はもうお前を思い出すことなんて 二度となかったかもしれない。 あの日に起こったちょっとした出来事よりも、あの事件の後に、 俺が朝倉リューマの記憶を取り戻した時の絶望や取り乱しが大きく、 お前のことを弔ったり思い返したりしてやることもできなかったか らだ。 そう、あの日、ペットと裏通りで少し話していたところに、袋を 抱えた大人二人が走ってきたんだ。 見たことのない二人組。 海賊の船長と思われる男と、下っ端に見える男。 ハンガー船長と呼ばれた男と、その部下だ。 白い袋を掲げて、人目を気にして、怪しいコソコソ話をしている のを、俺とペットは通りにあった樽の影に隠れて聞いていた。 ﹁で、ハンガー船長、この後の段取りすけど﹂ ﹁分かってるダッ、ハ、ハンガー。各関門に提示する、通行手形は 用意しているハンガー?﹂ ﹁抜かりなく。元々自分はそっちが本職ですからねえ﹂ ﹁頼りにしているハンガー。元大盗賊にして、現在ではあらゆる国 696 へ商人として潜入できる諜報員、﹃アリパパ﹄の力を見せてもらう ハンガー﹂ ﹁兄貴、今の俺の潜入用のコードネームはそっちじゃないっすよ﹂ ﹁そうだったハンガー。では、移送はお前に任せるハンガー。私は、 このままシロムに向かうハンガー。お前は、正規のルートで堂々と 積荷を持って移動するハンガー﹂ ﹁積み荷は暴れないですかね∼?﹂ ﹁暴れても、魔法封じの錠をしているハンガー。魔法さえ使えなけ れば、ただのガキハンガー﹂ ﹁ああ、そういうことですかい﹂ ハンガー? アリパパ? どうなっているんだ? あいつら、何 者だよ。 元盗賊? 海賊? 全然意味不明だ。それに、さっきあいつらは ⋮⋮⋮⋮ すると、その時だった。 ﹁んーっ! むーっ! むーっ!﹂ ハンガー船長が肩に担いでいた袋が、激しく動いた。 それは明らかに、袋の中に何かが入っている。いや、﹁何か﹂で はなく、﹁誰か﹂だ。 ﹁ひいっ!﹂ 697 ﹁ッ!﹂ バカッ! ビックリしたペットが思わず声を⋮⋮ ﹁誰ハンガーッ?﹂ ﹁って、⋮⋮おやおや、可愛いガキどもじゃねえの﹂ すぐにバレた。ハンガー船長と盗賊アリパパとかいう奴が、ギロ ッとこっちを睨んでるっ! ﹁に、逃げるぞ、ペット!﹂ 俺は慌ててペットの手を掴んでその場か︱︱︱︱ ﹁極限魔法・スリープ﹂ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱世界が真っ暗になった。 そして、気づけば、ガタガタとした揺れと音で目が覚めた。 両手足はロープで縛られて、蓑虫状態。 回りは、樽や木箱、袋に囲まれている部屋。いや、これは移動し ているから馬車? どうして俺は? ﹁んー、むー、むー、んー!﹂ ﹁ヴェルトくん⋮⋮⋮﹂ 698 そして、目の前には、俺と同じように縛られている、ペット、そ してあのチビ女が居た。 昨日、俺がカンチョーしてお漏らしした、クレオって姫だ。 クレオは、猿轡と目隠しまでされている。 ﹁ペット、それにお前は、お漏らしチビ女!﹂ ﹁ふぉふぉっふぇふぁ︵その声は︶! ふぁふぇふぁふぁふぁふぃ ︵誰がお漏らしよ︶!﹂ ﹁し∼っ、ヴェルトくん、大きな声出しちゃダメ、気づかれちゃう よ﹂ ペットが﹁静かに﹂と言ってくるが、これは? そうだ⋮⋮⋮俺たち、ハンガー船長とかいうやつらに見つかって、 そのあとどうなった? あれ? これって? ﹁ヴェルトくん、わ、私たち、ひっぐ、⋮⋮⋮ゆ、ゆーかいされて ⋮⋮⋮﹂ ﹁え∼∼∼∼﹂ 気づけば顔が一瞬でクシャクシャになって急に泣き出すペット。 そうだよ、俺たち誘拐されたんだ! くそ、それじゃあここは? 誘拐犯の馬車の中か? 699 ﹁どうしてこんなことに?﹂ ﹁⋮⋮⋮ふぉふ、ふぁふぁふぁふぁふぃふぉふぁふぃふぉふぁえふ ぁふぉふぇ︵そう、あなたたちも巻き込まれてしまったのね︶?﹂ ﹁いや、何言ってんのか分かんねーよ﹂ にしても、俺とペットに比べ、クレオはやけにガッチリと縛られ てるな。 俺とペットは、体を縄でグルグル巻きにされているだけ。 それに比べて、クレオは、目隠しに猿轡。そして両手を後ろに回 して、手首を手錠みたいのでガッチリと固定して、両足首も同じよ うに枷を嵌められてる。 ﹁ふぁふぁふぃふぉふぃふぁふぉふぉふぁ、ふふぁんふぃふぁふぁ。 ふぉのふぉうふぉ、ふぁふぉふふうふぃふぉふぁふぉふふぃんふぁ ふふぃふぉふぁふぇふぇふぃふぃふぁ︵私としたことが完全に油断 したわ、こうもアッサリ捕まった。そしてこの錠、これには魔法封 じが施されているから自力で脱出もできないわ︶﹂ 何言ってるかわからないけど、なんとなくだけど言いたいことが 分かった。 こいつ、今、魔法使えないのかもな。だから、逃げられないと言 ってるっぽい。 ﹁どうして? 誰がこんなことを? 私たち、どうなっちゃうのか な∼?﹂ 700 馬車はまだ動いたままだ。どこに向かってるかも、外の景色が見 えないから分からない。 どうしてハンガーとかいうやつらが、クレオを攫ったのかわから ないし、このまま俺とペットもどうなるか分からない。 どうしよう。 なんとかしないと⋮⋮⋮ ペットを守ってやるって約束したばっかだしな。 すると ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぁふっ!﹂ ﹁ん? どーしたんだよ、お漏らしチビ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ﹂ その時、クレオが物凄い顔を赤くして、内股になってモジモジし ているのが分かった。 何か落ち着かない様子。震えている。今更恐がっているのか? ﹁恐いのか?﹂ ﹁んーん﹂ 首を振ってる。違うと言ってる。 でも、落ち着きの無さはどんどん大きくなって、何だか貧乏ゆす りまでしだしてる。 ﹁寒いのか?﹂ ﹁んーー、むーむっ!﹂ 違う? ムキになって首を横に振って、俺もペットも、どうすり ゃいいか分からない。 701 ﹁なんだよ∼、それじゃあ、小便とかじゃないよな∼?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ シュンとなった。正解だった。 ﹁そ、そんな、姫様⋮⋮で、でも、ここじゃ⋮⋮﹂ そうだよな。こんな場所じゃするところなんてないし、こんな状 態じゃ⋮⋮ ﹁あっ、そうだ﹂ そうだ。ここには積み荷が色々とある。 小麦粉の袋、卵、雑貨、それになんかの坪とか。それなら⋮⋮ ﹁よし、お前の横に壺が転がってる。そこにしろよ﹂ ﹁ッッッッッッッ!﹂ ﹁ヴェヴェヴェ、ヴェルトくん、ひひ、姫様相手にそ、それはひど いよ∼!﹂ ﹁だって、他に方法ねーだろ? この鎖とか全然取れないし﹂ ﹁ッ⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁だ、だからって、ひ、姫様に、そ、その、お、おし、っこ、壷に 702 しろって⋮⋮﹂ ﹁ほら、俺、後ろ向いてるから、そのまましちゃえよ﹂ ﹁∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ッ!﹂ ﹁うー、ううう∼∼∼⋮⋮⋮ッ、姫様、私も目を瞑ってます!﹂ クレオが目と口が塞がれてるのに、物凄い顔を真っ赤にして、物 凄い唸っているのが分かった。 ほんとに女ってメンドクサイな∼。 ﹁また漏らすぞ?﹂ ﹁んんんーーーっ︵あなた、殺すわよ︶! んん、んんーっ、んん ん、ん、んむむむむ、んんーっ︵じょ、上等よ、この程度のことで、 私の誇りは穢されたりしないわ︶!﹂ 俺とペットは後ろを向いて、目まで閉じた。 終わったら教えろよと伝えたのだが⋮⋮⋮ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ なんか、物凄い静かでいつまでたっても合図が来ないけど、どう 703 したんだ? でも、これ振り返って途中だったらまずいよな? ペットにはい いけど、フォルナにバレたら後で殺されるし。 ﹁ん、ん⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん、んっ!﹂ 終わったのか? そんな様子じゃなさそうだけど。 ﹁ん、んっん︵ちょっと︶!﹂ 呼んでるのか? 振り向いていいのか? 俺とペットは目を開け て、ゆっくりと後ろへ振り返った。 すると、クレオは壺の前で固まったまま、まだ何もしていない。 どうしたんだ? ﹁ん⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん⋮⋮⋮﹂ 物凄い気まずそうに、何かを俺たちに言いたいのか? なにぶん、クレオは俺たちとは違い、目も口も塞がれているから、 何を言いたいのかが分かりづらい。 ﹁ふぃ、ふぃふぁふぃ︵し、下着︶﹂ ﹁はっ?﹂ 704 ﹁ん、⋮⋮⋮ん、ふぃふぁふぃんげはい︵下着が脱げない︶﹂ 何が言いたいんだ? ﹁んが、んんんはら、はんふがんふふぁん︵手が縛られているから 下着が脱げないの︶!﹂ なんだろう。この様子、フォルナが﹁言葉で言わなくても察して もらわないと困りますわ。今、ワタクシは凄く手を繋ぎたいのに、 ワタクシの口から言葉にする前に、ヴェルトが察して繋いでくださ らないとダメですわ﹂って言ってたときと似てる。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮拭くものが欲しいのか?﹂ ﹁んほんふふうんん、ほがっ︵それもそうだけど、違う︶!﹂ 違うのか? じゃあ、なんだ? だが、俺が分かる前に、ペットが何かに気づいたように﹁アッ﹂ となった。 ﹁そ、そっか、ひ、姫様⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮へっほんほーふ、ふぁんふぉふぁふぃふぇふふぁふ ぁん︵ペット・アソーク、ど、どうにかしてくださらない︶?﹂ ﹁って、そ、そうおっしゃられましても、私も手足ぐるぐる巻きに 705 されて⋮⋮⋮﹂ なんだよ? なんなんだ? ペットは顔真っ赤にしてるけど、恥 ずかしいことなのか? ﹁おい、ペット∼?﹂ ﹁あ、あのね、ヴェルトくん、そのね、姫様その⋮⋮⋮ごにょごに ょごにょ﹂ ﹁はあ? な∼んだ、パンツが脱げねーのか、じゃあ、そのまま漏 らせば? どうせ、もうお前は﹃お漏らしクレオ﹄なんだしさ﹂ ﹁ちょっ、ヴェヴェヴェヴェ、ヴェルトくんッ!﹂ そっか。クレオはスカートだけど、下にパンツ履いてるんだから、 それを降ろさないとできないよな? でも、両手足を縛られてるクレオは、壁に寄りかかりながら立ち 上がることはできるけど、パンツを自力で下ろすことができない。 くだらね∼⋮⋮⋮ ﹁ほろふっ︵殺すッ︶! へるふぉひーふぁ︵ヴェルト・ジーハ︶ ! ふぁふぁらふほろふっ︵必ず殺す︶!﹂ ﹁ヴェルトくんさいていだよ∼、そんなひどいことダメだよ∼!﹂ 706 ﹁馬鹿、俺たちユーカイされてるのに、お漏らしぐらいでギャーギ ャー言うなよな!﹂ そうなんだよ。今、俺たち三人は変な二人に誘拐されてるんだ。 そっちのほうが問題だよ。 なのに、クレオは、物凄い黒いオーラみたいなの出して、何だか 鼻水すすってる声? ﹁ひふぉい︵酷い︶⋮⋮⋮もふふぃにふぁい︵もう、死にたい︶⋮ ⋮⋮ふぁんふぇふぉんふぁおふぉに︵なんでこんなことに︶﹂ ﹁あ∼、もう! お漏らしぐらいで泣くなよ∼! ⋮⋮⋮ッ仕方な いな∼﹂ そんなに嫌なのかよ。ほんっと、高慢ちきな女ってのは嫌だ。 仕方ねえ、俺もうまく動けないけど。 ﹁ふぁ、ふぁにふぉ︵な、なにを︶?﹂ ﹁ヴェルトくん?﹂ クレオは両手首と両手足を、鉄の輪っかで手を後ろで縛られ、足 首も同じ輪っかでガッチリ縛られている。 それに比べて俺とクレオは縄でぐるぐる巻きにされている。 だから、俺は立ち上がることはできないし、こうやって虫みたい に這って進むしかない。 ﹁俺がお前のパンツ下ろしてやるよ﹂ 707 ﹁ふぁっ!﹂ ﹁へっ!﹂ だって、それしかできねーし。ペットみたいなトロイ奴は、こう やって体をうまく使って、這って進むことはできないし。 ﹁ふぉ、ふぉっふぉっ︵ちょっ、ちょっとっ︶! ﹁ヴェヴェヴェヴェヴェ、ヴェルトトくん! そおそそ、そんなの なんてことを!﹂ ﹁だって、漏らすの嫌なんだろ? だったら、これしかねーだろう が!﹂ ﹁ふぉふぉ、ふぉふふぁふぇふぉ︵そそ、それはそうだけれど︶!﹂ ﹁だ、大体ヴェルトくんだって両手縛られてるのに、どうやってク レオ姫の下着を?﹂ ﹁ん? こいつスカートだし、顔突っ込んでゴムのところを口で引 っ張れば下げられるだろ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぇっ︵えっ︶?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮えっ?﹂ これしか思いつかねーんだけどダメか? 708 ﹁ふぁっふぇふぃふぃふぁってふふぇふぉっ︵ダメに決まっている でしょう︶!﹂ ﹁なんでそんなエッチなことしようとしちゃうの! ヴェルトくん のスケベ∼!﹂ ﹁エッチじゃねーし。大体、こいつのパンツなんて昨日見てるし、 俺子供だからそういうの興味ねーし﹂ ﹁ふぁ、ふぉふぇふぇふぉふぉっ︵そ、それでもよっ︶! ﹁そういう問題じゃないよ! お、男の子が女の子のスカートの中 に頭入れるって、し、しかも、し、下着を口で引っ張って脱がすな んて⋮⋮⋮だ、ダメだよーっ!﹂ ﹁じゃあ、ペットがやれよ! それか漏らせよ!﹂ ﹁へっほんほーふ︵ペット・アソーク︶!﹂ ﹁⋮⋮⋮うう∼、う、うんしょっ、ん、だ、ダメ⋮⋮⋮ヴェルトく んみたいに這って動けないよ∼⋮⋮⋮﹂ 別に俺はどっちでもいい。クレオが漏らして泣き叫んでも、俺に は関係ねーし。 ただ、昨日のカンチョーはやりすぎたから、そのお詫びの意味で 助けてやろうとしただけだし。 脱がされるより、漏らす方がいいんなら⋮⋮⋮ 709 ﹁じゃ、じゃあ、ヴェルトくんは目を瞑って! わ、私が、ここか ら位置を指示するから、ヴェルトくんは絶対に目を開けないで、姫 様の下着をッ! 姫様、それならどうでしょうか?﹂ つまり、ペットが俺を誘導して、うまい具合に俺にクレオのパン ツ脱がせってことか? それ、難しいぞ? ﹁ふぁ、ふぁんふぉゆふ、ふぃふぁふぁふぃう︵な、なんという、 二者択一︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁姫様⋮⋮⋮そのそれで、よろしいでしょうか?﹂ ﹁ふうううううううううううううううううううううううううううう うううううううううううううううううううううううううううううう うううう! ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ コクり﹂ 漏らすのそんなに嫌なんだ。 クレオは、何だか魂抜かれたみたいに呆然として、足をだらんと 伸ばして﹁もうどうにでもなれ﹂みたいな様子だった。 ﹁じゃ、じゃあ、ヴェルトくん、もうちょっと、前に出て﹂ まあ、めんどくさいけど、そういうことならもう、俺もやろう。 目を瞑ったら本当に何が何だか分からねえけど、ペットに言われ 710 た通りに俺はもう少し這って前へ出た。 ﹁ゆっくり、ゆっくりだよ? そう、そこ! そこで、ちょっとだ け顔を下ろして、そう、ゆっくりゆっくり⋮⋮⋮そこでちょっと口 で摘んで首を上げて! それ、スカートだから﹂ ﹁ふぁふっ︵ひゃっ︶! ふぃ、ふぃふぃふぁ︵い、息が︶、ふふ ぉふぉっふぃ︵ふとももに︶⋮⋮⋮﹂ ゆっくりと顔を下ろして何かが口にあたって、それを摘んで持ち 上げた。 ペロンとめくれたような感覚。これがスカートか。 なら、今、クレオはスカートが完全にめくれた状態⋮⋮⋮って言 われても、目を閉じてるからわからないけど。 ﹁そ、そこからだよ? 重要なのは、そこからだよ? ゆっくり、 ゆっくり、口を開けて⋮⋮⋮そこっ!﹂ ﹁あむっ﹂ ﹁ふぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ーーーっ! ふぉふぉふぉふぁあああーっ︵そそそそそそこはーっ !︶!﹂ ﹁ちがーーーーーうっ! ヴぇ、ヴェルトくん、そ、そこは女の子 の一番ダメなところっ! もうちょっと上だよ∼!﹂ 711 ﹁あっ? そんなこと言ったって⋮⋮⋮も、もっと上? あ∼∼∼ ∼、ん﹂ ﹁んんんんーーーーーーっっ! おふぇふぉーーーっ︵おへそーー ーーっ︶!﹂ ダメだ、難しいぞ、これ! しかも、ちょっとズレたところにい くと、クレオメチャクチャ暴れるし。 もう、目を開けてやった方が早くないか? ﹁よし、そこだよ! うん、ゆっくりゆっくりずらす感じで⋮⋮⋮ あっ、姫様、少しだけお尻を浮かせて下さい、そうしたら⋮⋮⋮ッ、 あっ、だめ! バランスが崩れちゃ⋮⋮⋮あーーっ! 姫様のお尻 にヴェルトくんが! ッ、ヴェルトくん、早くそこから抜け出して、 でも目を絶対あけちゃダメ! あっ、ヴェルトくん、苦しくてもフ ガフガしないで! ひ、姫様、堪えてください! って、姫様が痙 攣を! 姫様、お股に力を入れないでください! ヴェルトくんが 挟まれて抜け出せなくなってます! あああ∼∼、そんな、どうし てそんな態勢に? もう、ダメだよ∼、見てられないよ∼、ううう ∼、ヴェルトくん、姫様、頑張ってください!﹂ 正直、この時、どういう態勢で悪戦苦闘をしていたか、ペットに しか分からない。 ﹁そうだ! 姫様、膝を折り曲げて、お尻を突き出して四つん這い になってください! そうすれば脱がしやすくなります! そう、 712 ヴェルトくんゆっくりゆっくり、そうそこ! ⋮⋮⋮⋮ッキャッ! ば、馬車が揺れて⋮⋮⋮⋮あーーーっ!﹂ ﹁うごっ、がぶ⋮⋮⋮⋮?﹂ ﹁むふぉーーーーーーーっ! ふぁ、ふぁまれ︵か、噛まれ︶?﹂ ﹁ヴェ、ヴェルトくんが姫様のお尻を⋮⋮⋮⋮もうむずかしいよ∼ !﹂ ただ、結局そのあともイロイロと失敗したし、クレオも極限状態 だったけど、なんとか間に合った。 そのあと暫く⋮⋮⋮ ﹁もふ、ふぃふぃふぉふぁらふふぃふぉふぁふぇふぉふぉふぇふぃ ⋮⋮⋮ふぉふふぃふぇふぁふぃ︵この私が、一度ならず二度まで同 じ男に辱められ⋮⋮⋮もう生きていけない︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ 死んだように項垂れてるけど、ようやくスッキリしたんだし、早 くどうやって助かるかを考えようよ。 713 第41話﹁思い出話・コワレタ﹂ すごくショック受けてるけど、今は逃げないと。 でも、俺もペットもクレオも全員縛られてるから逃げれない。 馬車から飛び降りるか? でも、そこから逃げるには、やっぱり この縄を、そしてクレオは手錠とかをどうにかしないと。 ﹁ねえ、ヴェルトくん、どうすればいいかな?﹂ ﹁ペットは魔法使えないのか? ドカーンやるの﹂ ﹁無理だよ∼、杖もないし、手が使えないから魔法も放出できない し。スゴイ人は、魔導兵装みたいに体中から魔法を放出できるけど、 私なんかじゃ全然そこまでできないよ∼。まだ、杖や手のひらから 魔法を出すしかできないの﹂ だよな。 クレオの方は俺たちよりももっと酷そうだし期待できない。 となると、俺とペットでどうにかするしかない。 でも、俺は魔法なんて一つも使えない。 ペットもこんなにグルグル巻きにされたままだと魔法使えない。 そうなると、この縄をどうにかするしかない。 ﹁どっかに引っ掛けて、この縄を切れないかな?﹂ ﹁うん、私も何度も試してるけど、できないよ∼﹂ 714 馬車の中にある、たくさんの荷物。 木箱。塩や胡椒の袋。小麦粉の袋。卵。肉や果物。あとは壺とか、 雑貨とかだ。 ハサミとかないかな? ﹁ふぁふぉうひんふぁ、んへはへんほひら︵魔法陣は、書けないか しら︶?﹂ その時、落ち込んでいたクレオが顔をようやく起こして何かを言 ってきた。 なに? ﹁ふぁふぉうひんふぉ︵魔法陣よ︶!﹂ ダメだ。全然何を言ってるか分からない。小便の時はジェスチャ ーで分かったけど⋮⋮⋮ ん? そうだ、ジェスチャーなら⋮⋮⋮って言っても、俺たち手 足をうまく動かせないし⋮⋮⋮ ﹁∼∼∼∼∼∼∼っ! ふぁふぁふぁひ︵あなたたち︶!﹂ そのとき、両手を縛られている状態なのに、壁に体重を預けなが ら、クレオが揺れる馬車の中でなんとか立ち上がっていた。 どうしたんだ? 何かあるのか? 715 すると、クレオは俺たちに背中を向けた。 どうするか分からない、だけど、猿轡を噛んているクレオの口は、 物凄い怒ってる? 噛み切りそうなほど、ギチギチと歯が食い込ん でいる。 ﹁ぐっ、ふぉの、ふぉふぉふぃふぁあふぃふぁふぁふぃふぁ、ふぁ んふぇふぉふぉを︵この誇り高き私が、なんてことを︶⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮ふぉふぉふぃいふぉふふぃっふぉうふぁふふぇあいふぁ︵この屈 辱一生忘れないわ︶!﹂ どうする気だ? すると、クレオは⋮⋮⋮ ﹁︵ま・ほ・う・じ・ん・よ︶! ︵ま・りょ・く・を・ゆ・か・ に・あ・つ・め・て・ね・ん・じ・て・ま・ほ・う・じ・ん・を・ せ・い・せ・い・し・な・さ・い︶! ︵そ・う・す・れ・ば・し ょ・う・き・ぼ・だ・け・ど・な・わ・を・き・る・ぐ・ら・い・ は・で・き・る・で・しょ・う︶? ︵か・ぜ・ぞ・く・せ・い・ の・か・ま・い・た・ち・の・ま・ほ・う・じ・ん・を・つ・く・ り・な・さ・い︶!﹂ クレオは何を俺たちに伝えたいんだ? クレオはお尻をフリフリ振りながら、踊ってるみたいだ? ﹁姫様? って、姫様!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮うわ⋮⋮⋮﹂ 716 クレオ。何をやりたいのか分からないけど、さっき俺がお前のパ ンツ脱がしたままで、穿かせてないんだぞ? そんなお尻丸出しで、何でお尻踊りしてるんだ? ﹁な、なあ、ペット。こいつ気づいてるのか?﹂ ﹁多分、忘れてるよ∼。ヴェルトくん、みちゃだめ! 姫様にも内 緒だよ! これ以上、姫様は耐え切れないよ∼!﹂ ﹁ふぁふぁふぁっふぃ︵あなたたち︶! ふぁふぃふぉふぉっふぉ ふぃふぁふぁふぃふぇふふぉ︵何をコッソリ話してるの︶? ふぁ んふぉふぃふぁふぁい︵ちゃんと見なさい︶!﹂ なんか更に怒ってるよ、こいつなんなんだよ。 ﹁ペット、なんか見ないと怒られるぞ?﹂ ﹁うう∼、わからないよ∼、姫様が何を仰りたいのか﹂ そうだよな。あんなにお尻を使ってクイクイ動いて、お尻でも見 せたいのか? それか伝えたい? あっ、⋮⋮⋮⋮⋮⋮ジェスチャー? お尻使 ってジェスチャー? ﹁あっ! 尻文字か!﹂ 717 ﹁コクりッ!﹂ 俺がそう言うと、クレオは物凄い勢いで頷いた。 ﹁ヴぇヴぇ、ヴェルトくん、お、おしり文字ってなに?﹂ ﹁ケツで字を書いて、何を書いてるか当てる遊びだよ。罰ゲームで もやったりするけど、クレオのやつ、この遊び知ってたんだ。俺も よく、シップたちとその遊びやってるし﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮︵下僕を屈服させるために、目の前でやらせ ていたけど、まさか自分でやる日が来るなんて⋮⋮⋮助かっても死 にたいわ⋮⋮⋮それか、この二人を口封じ⋮⋮⋮︶﹂ あ∼、なるほど。そういう伝え方があったのか。 でも、ペットは信じてないな。 ﹁そ、そんなはずないよ。姫様は、そ、そんなお下品なことなさら ないもん!﹂ ﹁だって∼、それしか考えられねーし﹂ ﹁ウソ! きっと、えっちなヴェルトくんがウソついてるだけだよ !﹂ ﹁ちがうよ∼、ぜってー尻文字だって! クレオも頷いてるし!﹂ 718 ﹁違うよ! あれは、ヴェルトくんが変なこと言うから怒っていら っしゃるだけだもん!﹂ う∼ん、でも尻文字に見えるんだけどな∼。 あっ、そうだ! それなら⋮⋮⋮ ﹁じゃあ、クレオ、試しに練習でやってみようぜ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぇ︵えっ︶?﹂ ﹁ヴェルトくんどういうこと?﹂ そう、試しにやってみせればいいんだ。 ﹁先に何書くかを決めとけば、本当にそれを尻文字で書いてるかど うかわかるだろ?﹂ ﹁そ、そうだけど⋮⋮⋮﹂ ﹁よーし、じゃあ、やるぞ? いいな、クレオ?﹂ そう言うと、クレオはさっき以上に猿轡をギチギチ噛みまくって て、今にも爆発しそうなほど何か怒ってるように見える。 でも、それやんないとペットも信じてくれないし、クレオももう 諦めてるみたいだ。 よ∼し、それじゃあ⋮⋮⋮ ﹁いくぞ∼、じゃあ、はい、はい、はい、はい! クレオの名前は ど∼書くの♪﹂ ﹁∼∼∼∼∼∼∼∼っ! ふぉ⋮⋮⋮ーふぁいふぇふぇ、ふぉーふ ぁいふぇ、ふぉーふぁふふぉッ︵こ⋮⋮⋮こー書いて、こー書いて、 719 こー書くのッ︶!﹂ ﹁ほらー、今、ク・レ・オッて書いたぞ!﹂ スゴイやけくそになってたけど、間違いない! ちゃんとクレオ は書いた。 両手足縛られて、揺れる馬車の中で、パンツも穿かないで尻文字 なんて、こいつやるじゃん! ﹁う。う、うそだよ、ひ、ひめさま、が、あ、暁の覇姫と呼ばれた クレオ姫が! 未来の大英雄とまで言われている御方がそんなこと なさるはずないもん!﹂ ﹁ぜってーそうだよ! じゃあ、次な。はい、はい、はい、はい! チェーンマイルはど∼書くの♪﹂ ﹁∼∼∼∼∼∼∼∼っ! ふぁいふぇふぇ、ふぉーふぁいふぇ、ふ ぉーふぁふふぉッ︵こー書いて、こー書いて、こー書くのッ︶!﹂ 間違いない! ちゃんと書いた! スゲーやこいつ! ﹁なっなっ? じゃあ、次はペットもなんかやってみろよ?﹂ ﹁え、えっ? そ、そんな!﹂ ﹁ほら、俺の真似してやれよ∼!﹂ 720 ﹁じゃ、うう∼∼、は、はい、はい、はい! で、では、しゅ、し ゅんこー、暁光眼ッてどー書くの? ですか!﹂ ﹁おふぉえふぇふぁふぁい、ふぇっふぉふぁふぉーふ︵覚えていな さい、ペット・アソーク︶! ふぁいふぇふぇ、ふぉーふぁいふぇ、 ふぉーふぁふふぉッ︵こー書いて、こー書いて、こー書くのッ︶!﹂ すごい! なんか難しそうな文字だったけど、ちゃんと尻で書い た! ﹁ふぉう︵どう︶ッ! おふぇれふぁんふぉふふぁふぃふぁ︵これ で満足かしら︶! ふぉえふぇふぁんふぉふふぇふぉう︵これで満 足でしょう︶! ふぉふぁえあふぁい︵答えなさい︶! もふ、ふ ぃっふぉふぉほろふぃふぇ︵もう、いっそのこと殺して︶⋮⋮⋮﹂ でも、これでハッキリしたことで、なんか逆にペットがショック 受けてる。 ﹁そ、そんな、あの誇り高い姫様が、お、お尻文字なんて⋮⋮⋮﹂ ﹁でも、こいつ上手かったぞ? 俺、ちょっと見直した。こいつに こんな特技があるなんてな﹂ ﹁で、でも∼∼∼! わ、わたしたち、こ、殺されちゃうよ! お 尻丸出しの姫様のお尻文字なんて!﹂ 721 あっ⋮⋮⋮馬鹿⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぇ?﹂ ほら、こいつそのこと気づいてなかったのに! ﹁ペット!﹂ ﹁あうっ! ひ、姫様!﹂ ほら、あいつ呆然として固まっちまったじゃねえか。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぁいふぇふぁい︵ 穿いてない︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ あっ、とうとうバタンって倒れた。 床にすごい勢いで頭ぶつけたぞ! 大丈夫か? ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぃふぉう︵死のう︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ あっ、ヤバイ。もう全てを諦めてるような感じだ。ぜつぼー、っ てやつをしてるみたいで、もう何もかもがどうでもよくなってる感 じだ! これ、どうするんだ? ﹁どど、どど、どうしよう、ヴェルトくん! こ、このままじゃ、 姫様が!﹂ ﹁そんなこと言ったって﹂ 722 ﹁どうしよう、わ、私の所為で、私の所為だ。ひっぐ、ぐす、ひ∼ ∼∼∼∼∼∼ん﹂ あ∼、もうペットまで泣いちゃったし! これ、どうすりゃいい んだよ! ﹁と、とにかく励ませばいいんじゃないのか?﹂ ﹁励ますってどうやって? できないもん! 姫様がどれだけ恥ず かしい思いをされたか、ヴェルトくんには分からないもん!﹂ ﹁わかんねーよ! でも、とりあえずなんかやんないとダメだろ?﹂ 俺たちが助かるためには、こいつが何を伝えたかったのかを知る 必要があるんだ。 だから、こいつにはもっと頑張ってもらわないとダメなんだ。 とりあえず、励ましたり、褒めたりするんだ。 フォルナはよく﹁ヴェルト、女性を励ますときには、ソっと傍に 近づいて、褒めたりするのが高ポイントですわ。例えば、ワタクシ の髪の毛とか、服装とか、アクセサリーでもよろしいですわ?﹂ よし、褒めるんだ! ﹁なあ、クレオ⋮⋮⋮⋮⋮⋮キレーな尻だったぞ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮ッ!﹂ ﹁ヴェル゛ドグンっ!﹂ ﹁ほんとだぞ! えっと、王都の酒場で﹁ねーちゃん良いケツして んじゃん﹂とか、よく酔っ払ったおっさんが言ったりしてるけど、 お前のも良かったぞ!﹂ 723 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮⋮ふぉろふ︵コロス︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁ヴェルドグンもうダメダヨオオっ!﹂ あれ? ダメか? もう、物凄いプルプル震えてるけど? 恥ず かしがってんのかな? ﹁本当だって! ほら、俺、多分生まれてから今までで一番女の子 の尻を触ったのはお前だから、間違いないって!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぁにふぁよ︵ナニガヨ︶﹂ ﹁お前、チビでお漏らしだけど、自信持っていいぞ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮ふぃふぁふぁの、ふぃふぃおんいっう、ふぁうれあいふ ぁよ︵貴様の、これまでの一言一句全ての行い、全ての恨み忘れな いわ︶?﹂ おお、体に力が入ってきてる! 良かった、褒めたから元気出た んだな? フォルナの言ってることも、たまには役に立つんだな! ﹁ヴぇヴぇ、ヴェルトくん、なななな、なんでごどを∼∼∼﹂ 724 でも、ペットは怖そうに泣いてるし。なんでだろう。これでこい つももう一度やる気をだしてくれそうだし、一安心だろ? ﹁ングルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア ︵これほどの辱めを受けてはもう生きてはいけない。だからこそ! こいつを殺して私も死ぬ! その時まで、死んでたまるものです か︶!﹂ しかも、なんか、パワーアップしてる? ﹁ひいいいいいっ! 姫様、どど、どうか、い、怒りをお沈めくだ さい! そ、そうだ! 脱出の方法思いつきました! 私、無詠唱 や魔道具なしで魔法はまだ使えませんけど、魔力を放出して魔法陣 を作ることならできます! 小規模ですけど! それでも、風の魔 法陣を作れば、この縄を切るぐらいならできると思います! どう でしょうか、姫様? 姫様の錠までは無理だと思いますけど、私と ヴェルトくんが自由に動ければ、姫様をお助けすることもできるか もしれません!﹂ ﹁ふぉう︵そう︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あふぁふぃのふろうは︵私の こ 苦労は︶?⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぉのふぉも、ふぉろ ふ、ふぃなふ︵この娘も、コロス、死なす︶!﹂ おお、しかもペットがいいタイミングで脱出の方法を思いついた みたいだ。 725 そうか、魔法陣か。 確か、魔力を込めた紋章を床とか壁に設置すると、杖とかの代わ りに、そこから魔法を発生させられるやつだっけ? 威力は凄い弱くなるから、魔法使いが実験とかで使う感じで、あ んまり使われないみたいだけど、その手があったか! 設置したい場所に体を触れながら魔力を体に漲らせて呪文を唱え れば、自然と魔法陣の紋章が浮かび上がるやつだったはずだから、 手足が縛られててもできるんだっけ? ﹁やった、切れた!﹂ おお、やった。ペットがうまいぐあいに、縄を切って自由になっ た。 ﹁待ってて、ヴェルトくんの縄も切るから﹂ ほっ。良かった。とりあえずこれでさっきよりは何とかなりそう だ。 でも、もっと早くこれ思いついてれば、俺が頑張ってクレオのパン ツ脱がす必要もなかったのかな? ﹁はい、ヴェルトくん、これで大丈夫だよ?﹂ ﹁おお、ありがと、おまえ、すげーな﹂ ﹁うん、次は姫様の⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮でも、ダメ。姫様のこの錠も、 目隠しも特殊なものだよ。私の魔法じゃ⋮⋮⋮⋮とりあえず、この 口にはめられてるものは外せそうだから、これだけでも!﹂ ﹁そっか。じゃあ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮クレオ、とりあえずパンツ穿 かせといたほうがいいか?﹂ 726 その時、ペットが懸命に紐をほどいて、クレオの猿轡がようやく 外れた。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮結構よ。あなたの汚い唾液のついた下着なんて、 誰が二度と履くものですか﹂ ﹁あっ、しゃべれるようになったか?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮おほほほほほほ、助けてくれてありが とう、ペット・アソーク、ヴェルト・ジーハ。後は無事にここから 脱出できたら、二人には私自ら褒美を取らせるから、タ・ノ・シ・ ミ・ミ・シ・テ・イ・ナ・サ・イ?﹂ あれ? なんか急に口が三日月みたいにスゴイ鋭くなって笑って るけど、これ、スゲー怒ってないか? 尻を噛んだの、やっぱ怒ってるのか? それとも、昨日のことをスゲー根に持ってるのか? とりあえず謝っておいたほうが︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ! ﹁ッ!﹂ ﹁キャッ!﹂ ﹁くっ!﹂ その時、馬車の揺れが止まった。 ﹁さ∼、休憩時間だぞ、子供達お腹すいてね∼かな? さっ、お前 727 ら起きてるかい?﹂ 馬車の布が一気にめくられて、そこには鼻歌交じりの男が顔を出 した。 ﹁おや? 縄が⋮⋮⋮⋮⋮はは、魔法陣か。こんなガキなのにでき るとは、油断しちまったな﹂ それは、頭にターバンを巻いて、民族衣装を着た男。 服装はさっきと変わっているけど、間違いない。 こいつ、ハンガー船長とかいう奴と一緒にいた、海賊の下っ端み たいな男ッ! ﹁くそ、テメエ、よくも︱︱︱︱︱︱︱︱﹂ ﹁ん? こら﹂ ︱︱︱︱︱︱ッ! ﹁ヴェルトくんッ!﹂ ﹁なにっ? 何が起こっているの! そこのお前、何をした!﹂ いきなり、踏み潰すかのように、こいつの足が俺の腹に! こんな、ニコニコ笑いながら⋮⋮⋮ 728 ﹁テメェじゃないだろ? アリパパだ。パパと呼びなさい﹂ いたい! 痛い! イタイ! ゲロが出そうだ! 何もかも吐き 出したい! ﹁ひっぐ、え、え∼∼∼∼∼ん﹂ ﹁こーらっ!﹂ ﹁キャッ!﹂ パシン? なんだよ、この乾いた音⋮⋮⋮ッ! ペット! 頬が 赤くなって、唇が切れてる! ﹁女の子だからって泣いちゃダメじゃないか。パパはね、お前らが 強い大人になって欲しいから叩くんだよ?﹂ 殴った! こいつ、こいつ! ﹁き、貴様ァッ! 叩いたの? まだ年端もいかない少女を殴るな んて、恥を知れ︱︱︱︱ッ!﹂ また、パシンって! クレオッ! 729 ﹁貴様じゃないだろ? パパだろ? ねえ、クレオちゃん。パパっ て呼びなさいよ∼、なあ、呼べよ∼、貴様じゃなくてパパだろ? なあ、なんで呼ばないんだ? なあ! なあ! なあ、呼べって言 ってんだろうがブチ殺すぞこのクソガキャッ!﹂ ﹁ガハッ!﹂ ﹁こらこら、ガハッ、じゃねーだろうが、パパだろ? ねえ、パパ だって本当はお前たちを殴りたくないんだ。だから、お前たちを殴 るパパの手も心も痛いんだ。それでもね、お前たちが良い子になっ て欲しいからパパは手も心も痛めてんだろうが! 親の気持ちを少 しは考えろよな、コラァ!﹂ ﹁キャッ、いっ、あっ!﹂ な、なん、だこいつ? 頭、おかしいのか? ﹁や、やめろおおおおおおおおおっ! な、なにすんだよ、お前は ! 一体誰なんだよ!﹂ 気づけば、全身がガタガタ震え上がっている。怖い! 怖い! 殺される⋮⋮⋮でも、止めなきゃ、殺される! ﹁誰⋮⋮⋮? あ∼∼∼、俺としたことが、そうじゃねえか、まだ 自己紹介してなかったじゃねえか、俺は。いかんいかん。兄貴や社 長が居なくて良かったぜ。﹃クスリ﹄が切れると、すぐこうなっち 730 まうぜ。このままじゃ、クビになっちまう。もっとスマートにしね ーとな﹂ 俺が叫んだら、どこかハッとしたような顔して暴力をやめた。 そればかりか、自分が叩いたクレオや、床に倒れて泣きじゃくる ペットを撫で始めた。 ﹁よ∼し、よし、怖くねえ怖くねえ大丈夫だよ∼、も∼、怖くない から﹂ 怖いッ! 目が、見たことないぐらいドンよりしてる。 ﹁怖い思いをさせてゴメンな? 本当は、クレオ姫だけを連れて行 く予定だったんだけど、見られちゃったからな、お前たち二人も。 これから、俺たちの組織に来てもらう。でも、大丈夫だ。今日から 俺がお前たちのパパだからな!﹂ 何者なんだよ、こいつ! ﹁自己紹介がまだだったね。俺は、この世の恵まれない子供たちを 幸せにするために戦う義賊。全ての子供たちの父、アリパパだ。お 前たち三人、辛かったろ? 寂しいだろ? 可愛そうだけど、でも、 もう大丈夫だ。お前たちはパパがこれから守ってあげるからよ?﹂ こいつ、裏通りで見た時と全然印象が違う! さっきは、ハンガ 731 ーとかいう奴が居たから猫かぶってた? これが本当のこいつ? ﹁じょ、冗談じゃないわ。あんた、⋮⋮⋮どこのコソ泥か知らない けど、私の父を名乗ろうなど、身の程知らずにも程があるわ?﹂ ﹁ひっぐ、や、やだ∼、ひっぐ、た、たしけてよ∼、おとうさま∼、 おか∼さま∼﹂ クレオ! ペット! ダメだ! こいつの目が、また変わった! 732 第42話﹁思い出話・フラッシュバック﹂ ﹁こらこら、お前たち、パパになんてこと言うんだゴラア!﹂ 気づいたら飛び込んでた。 ﹁危ないッ!﹂ 頬を思いっきり引っぱたかれて、首までジンジンする。 唇が切れて、ぷっくり膨れたのが分かる。 いてえ⋮⋮ ﹁えっぐ、ひっぐ、ヴぇるどぐん⋮⋮﹂ ﹁くっ? ヴェルト・ジーハ? この目隠しを取れ! そこまで私 が恐いか、この臆病者!﹂ 二人の間に飛び込んで、代わりに殴られたけど、大人の力だ。 くそ、立てない⋮⋮ ﹁あ∼もう、なんてことだ! こんなにパパを困らせるなんて、な んてクソガキどもだ! これまで育てた奴らが悪いんだな? これ からは厳しく接するからな? でも、パパはお前たちを本当に愛し ているんだから、愛のムチを受け取れよボケがッ!﹂ 鞭だっ! いきなりこいつ、鞭を取り出して、振り回した! 空気が思いっきり破裂した音がした。 ﹁ひっぐ、や、やだ∼、うう、ひっぐ﹂ 733 ﹁おのれっ!﹂ だ、ダメだ、こ、殺される? こんな奴に? 今までにないぐらい恐くて恐くて仕方ない。 でも、その時だった。 ﹁ヒヒーーーーーーーーン!﹂ ッ! 馬車が急に揺れた? いや、走り出した! そうか、鞭の音に興 奮した馬がッ! ﹁っと、や、やべ! くそ、このクソ馬が、興奮しやがって! っ て⋮⋮あっ!﹂ アリパパが馬車の中からカーテンをめくって前を見た。 そこには地面はなく、空が広がって⋮⋮ ﹁いっ!﹂ ﹁なっ!﹂ ﹁なに? 何が起こっているの?﹂ 体が一瞬ふわりと浮かび上がったような気がしたが、そのまます ぐに俺たちは世界がグルグル回り、体を打ち付けられ、崖の下に転 がった。 734 ﹁ふっ、伏せろ! ペット、クレオッ!﹂ ﹁いやあああっ!﹂ ﹁ッ、な、なんですって!﹂ とにかくどこかにしがみ付いた。でも、そんなの意味がない。 何度も何度もグルグル回り、体をぶつけ、頭を打ち、もう何が何 だか分からな︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ﹃あっさくらく∼∼∼∼ん、トランプやろうJ! ここはお決まり の大貧民で!﹄ あれ? なんだ? 何だコレ? ﹃ああ? ざけんな、俺はネミーんだよ! 話かけんな!﹄ ﹃こんの、おばかりーな! 眠いがどうしたってんでい! 修学旅 行は寝不足上 等、夜更かし常識、不眠不休の青春クリエイトの場って奴っしょ!﹄ なんだ? 俺、どうしてこんなことを? 誰だ? ここはどこだ ? こいつは誰だ? なんで俺⋮⋮⋮こんなの見てるんだ? 夢? ﹃こーら、美奈、いつまでも遊んでいないの。もうすぐ山の頂上に 到着なんだから、トランプをしまって﹄ 735 ﹃ぶ∼、ぶひ∼、ぶも∼、だぜい、綾瀬ちゃん。せ∼っかく、朝倉 くんとトランプしよって思ってるのに∼⋮⋮あっ、一緒にやりたい ?﹄ ﹃な、なにをっ!﹄ 山の頂上? トランプ? 修学旅行? ⋮⋮⋮ミナ? なんだっけ、コレ⋮⋮⋮ ﹃うわっと、お、おお! な、なんかバス揺れて⋮⋮ッ!﹄ ﹃あ゛? そんなのどうだって︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!﹄ ッ! だ、ダメだ! ダメだ! ここから先は⋮⋮わかんないけ ど、ここから先はダメだ! 乗り物が激しく揺れて、悲鳴がいっぱい聞こえて、柵みたいのに 追突して、そこから崖からころがって︱︱︱︱︱︱︱︱ 火が燃えて、爆発起こって、みんな倒れて、血まみれになって⋮ ⋮⋮そして⋮⋮⋮ ﹁あっ、あ⋮⋮⋮うわああああああああああああああああああああ あああああああああっ!﹂ 736 どんどん動かなくなっちまうあいつを⋮⋮ ﹁がっぐ!﹂ ﹁あ、うっ⋮⋮⋮ヴぇ、ヴぇる⋮⋮ト⋮⋮くん⋮⋮﹂ 崖下に落ちた! 体中が痛い! それに、なんだったんだ、今の は? いや、そんなのどうだっていい! ペット、頭から血が⋮⋮それ に、手も足も怪我してる⋮⋮ あの時の、俺たちみたいに⋮⋮⋮えっ? あの時? 俺たち? 何のことだ? 何で俺は⋮⋮ ﹁いつつつつ、やっべーな、ミスった。これじゃあ、兄貴に怒られ ちまうな。馬も積荷もメチャクチャだ。どっかの村で補給しねえと﹂ アリパパッ! 生きてる⋮⋮⋮足が折れてるように見えるし、頭 からすごい血を流してるけど⋮⋮生きてる。 クレオは? ﹁ッ⋮⋮⋮あ⋮⋮⋮⋮か⋮⋮は⋮⋮﹂ 体が投げ出されて、転がって、仰向けになって痙攣している! 手足も縛られて目も見えないんだ。受身とか出来ない状態のまま、 地面に落ちたんだ! ﹁あ∼、ったく、あぶねーあぶねー、意識を失いかけてるが、どう 737 やら生きてるようだな。さすがは、クレオ姫だな。まあ、このまま だとチトヤベーな﹂ クレオが⋮⋮あのときの⋮⋮⋮カミノミタイニ⋮⋮⋮カミノ? 誰だよ、カミノって! でも、助けないと、死ぬ! カミノが死んじまう! あんなに笑っていたカミノが、動かなくなって、血まみれで、そ のまま⋮⋮逝っちまう⋮⋮ ﹁ん? おいおい、クレオ! お前、何で下着を穿いてないんだ? まさか、お前、パパの子供じゃなくてママになりたかったのか! パパを誘っていたんだな? そうか⋮⋮禁断の関係なんてダメか もしれないが、パパはクレオの意思を尊重してやるぜ? だから、 パパ、お前を受け入れるよ。今、お前をママにしてあげよう!﹂ あのやろう⋮⋮⋮なにやってんだ? なに、動かねえ、カミノに 興奮して、ズボン脱ごうとしてるんだ? ﹁これだけ弱っていたら、暁光眼の力も使えないだろう。よし、今 からその目隠しを外してあげよう。ほら、起きなさい。パパが今か らお前にあげる、剣を見せてあげよう。ほら、目を開けて。開けろ って言ってんだろうが!﹂ ざけんな。助けねえのか? このままだと、カミノが死ぬっての に、何を考えてんだ? 738 助けろよ。カミノを。助けろよ、カミノを! 助けねえのに、神乃に手を出すんじゃねえ! 神乃は! 神乃美奈は! ﹁俺の惚れた女に何しやがるんだゴラァッ!﹂ 怪我? 知るか、そんなもん! ﹁あっ? なんだ、お前⋮⋮生きてたのか? って、パパにその口 の聞き方はなんだ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮ヴぇる⋮⋮と⋮⋮くん?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮///////////////// /ッ?﹂ この手がどれだけ不良どもをぶちのめして来たと思ってやがる! この足で、どれだけの修羅場を潜り抜けてきたと思ってやがる! ﹁テメエええええッ! その女に⋮⋮触れるんじゃねええええっ!﹂ カミノにナニヲシヤガルッ! 殺すッ! あのヤロウを、ブチコロスッ! 739 ﹁こらこら、何を言ってるんだ? 今日からこの子はパパのお嫁さ んになるんだから、変なことを言うんじゃねえよ、ゴラ!﹂ ﹁っざけんなァ! その女のことは、俺はもっと前から見てたんだ ! 俺の人生を変えた、俺に新しい世界を教えてくれた、俺を! 俺をッ!﹂ ﹁あ? テメエ何を言ってる?﹂ ﹁テメエ、俺が惚れた女に何をしようってんだ! ブチ殺すぞ、ゴ ラァ! 誰にも手を出させねえ! 俺はまだ、そいつに伝えてねえ ! ずっと素直になれなかったが、本当はずっと惚れていたと言う って決めていた! このまま、死なせてたまるかよっ!﹂ ﹁ああん? ナマ言ってんじゃねえぞ、クソガキが! テメエなん かが守れるかよッ!﹂ ﹁死んでも守るッ! 気の利いた言葉も、接し方も、バカな不良の テメエ 俺には出来ねえ。でもな、その分、この体だけは嘘をつかねえ! 自分の大事なもんは、体張って守るのが、不良ってもんだろうがっ !﹂ そうだ、あいつは俺の手を無理やり引っ張り、学校に連れてきた。 ﹁どう、したの、ヴェル、と、くん? つ、い、いたい⋮⋮体⋮⋮ うごか、ない⋮⋮﹂ 740 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮///////////////ッ﹂ 俺に、俺に、俺にッ! あいつが俺に教えてくれたんだ! だから、走れ、俺ッ! ﹁ぷくくく、ぎゃーはっはっはっは! とんでもねえ、無知なガキ だぜ。こりゃーパパの教育が重点的に必要だぜ。この子はテメエな んかと住む世界が違うんだよ!﹂ ﹁んなこたー俺が一番分かってんだよ! 俺みてーな、喧嘩しかで きねー屑が、日の当たる世界を懸命に生きるそいつとじゃ、住んで る世界が違うってことぐらいな! でもな、それでも、惚れちまっ たんだよっ! スタイルだってよくねーし、会えば会話でイライラ させられることだってあるのに、俺は、俺はッ! もう、そいつの ことしか考えられねーんだよッ!﹂ ﹁⋮⋮⋮ドキドキ⋮⋮/////﹂ 死なせるかよッ! あの女を死なせてたまるかよっ! ﹁ゴラァ!﹂ ﹁はっはっは、子供のパンチなんかじゃ俺は︱︱︱︱︱︱︱︱ごほ っ!﹂ 741 容赦しねえッ! 抉るッ! ﹁がっ、ふ、筆? 荷物に入ってた筆をを突き刺し⋮⋮このガキッ、 誰に向かってこんなことしてやがっッッ!﹂ 手加減しねえ。フルコースだ。 こんなヤロウに、正々堂々喧嘩してやる必要なんてねえ! 幸い雑貨が散乱してる。怯ませ、目潰しして、鼻鉛筆してやって、 踏みつける! ﹁ぷぎゃああああああああああああああっ!﹂ ﹁オラア! 喰らえよ、腹いっぱいにな!﹂ ﹁ウラァッ!﹂ ﹁げぶっ!﹂ ﹁コラァッ!﹂ ﹁ぐぼほっ!﹂ 落ちているジャリ石を口の中にぶち込んでやって、顔面を殴り続 ける。 口の中で、血が飛び散り、歯が砕け、二度とメシが食えねえぐら いにしてやる。 ﹁テメエこそ、誰に上等こいてんだコラァ! 俺を誰だと思ってや ニトロ クルセイダーズ おさじま やまと がる! 湘南漆黒の六日間を制覇し、渋谷・池袋連合を潰し、あの 伝説の走り屋・爆轟十字軍七代目総長・筬島大和と共に、西のダン ジリ戦争を乗り越えた、この俺を、誰だと思ってんだッ!﹂ 742 ﹁がっ、ぐっ、て、こ、このガキッ!﹂ ﹁俺はッ! 俺はっ︱︱︱︱︱︱︱︱ッ⋮⋮えっ?﹂ ッ! あ、アレ? ⋮⋮⋮俺は⋮⋮⋮⋮急に景色が真っ白になっ て、俺は⋮⋮⋮? なにをやって⋮⋮ッ! ﹁ガキがッ!﹂ ﹁がはっ!﹂ いって! な、殴られた! ⋮⋮ど、どうなってんだ? なんか、頭がスーッとなって、なんか訳わかんないこと叫んでた 様な気がしたけど、俺、どうしたんだ? なんて言ったんだ? カミ? カミノ? なんだっけ、それ? って、今はそれどころじゃねえ! ﹁もう、もうっ! お前はパパの子じゃないッ! お前は勘当だ! ぶち殺してやらァ!﹂ このアリパパって野郎、怪我だらけだけど、鞭だしてメッチャ怒 ってる! しかも、こいつ、何でズボン脱いでんだよっ! えっ、なんだこいつ。アレか? 変態とかってやつか? 743 ﹁ヴェル、トく、ん﹂ ﹁ッ、ペット! 無事⋮⋮じゃなさそうだな、痛そうだ⋮⋮﹂ ﹁痛いよ⋮⋮立てないよ⋮⋮﹂ 足から血が出てる。右手が曲がってる⋮⋮折れてる? くそ、それにここ、崖下で回りに家とかなにもない。誰も来ない ぞ? ﹁クレオ! おい、クレオ、無事なのか!﹂ ﹁ん、う、う∼ん//////////////////////﹂ ここから叫んでも、クレオは起き上がらない。何故か目隠しが外 されてるけど、目は開けてない。 気絶してんのかな? 顔が少し赤く見えるけど⋮⋮ ﹁ねえ、ヴェルトクン、さっき、どうしたの?﹂ ﹁ん? さっき? 俺、何か言ってたか?﹂ ﹁う、うん、すごい恐い顔で⋮⋮叫んでた﹂ ﹁そっか?﹂ ダメだ。全然覚えてないや。俺、何を叫んだんだ? ただ、体が物凄く熱くなって、あいつをメチャクチャ殴ってたの は覚えてる。 でも、もうあいつには通用しなそうだ。凄い恐い顔で睨んでるし。 武器は? 馬車の中にあったものは? 俺が何とかしないといけないんだ! 744 ﹁ッ、これは⋮⋮⋮割れてないのが何個かある! これなら!﹂ 落ちてるのは、馬車にあった小麦粉とか卵、塩・コショウ・香辛 料、雑貨⋮⋮そうだ! ﹁ペット、小さい声で話せ。お前、火の魔法使えるか?﹂ ﹁えっ? つ、使えるけど、私の攻撃魔法じゃ、まだ戦えないよ。 火だって、お料理に使えるぐらいにしか﹂ 料理に使えるぐらいの火の魔法。それこそが今、俺が欲しいもの だ。 それなら⋮⋮ ﹁ペット、今すぐあいつに見えないように、これを火で熱くしろ﹂ ﹁えっ? なんで?﹂ ﹁いいから!﹂ ペットはもう走れないし、立てないから逃げることもできない。 でも、魔法だけなら使える。 それなら、それで戦うんだ。 ﹁おいおい、コラコラ。パパに隠れてコソコソ何かするクソガキは ⋮⋮⋮鞭で百叩きしてからぶち殺してやるァァァァ!﹂ 来たッ! 足を引きづりながら、凄い恐い顔して来た! ﹁ペット!﹂ ﹁う、うん、やったよ!﹂ ﹁よし、貸せッ!﹂ 745 俺は魔法を使えないし、子供の俺がパンチしてもキックしても勝 てない。 だから、できることをやってやる! ﹁くらえっ!﹂ 俺は、ペットから渡されたものを、アリパパ目掛けて投げた。 一つだけじゃない。とにかくいっぱい投げた。 それは⋮⋮ ﹁ん? 石? ⋮⋮ぷはーっはっはっは! 卵か! そんなのでパ パを倒せるわけプギャアアアアッ!﹂ よっしゃあ! 成功した! あいつが油断して避けなかったおか げで、顔面命中! 馬車が落ちて、積荷にあった卵のほとんどが割れていたけど、割 れていないのも何個かあった。これなら使えるッ! ﹁へ、えっ、ど、どうして?﹂ ペットもまさか卵に火を使って熱くしただけでこんなこと出来る なんて分からなかったみたいだ。 この、卵爆弾を! ﹁くらえくらえくらえっ!﹂ ﹁つつつつ、ぎゃっ、ぷぎゃ、アチイイイイイイイイ!﹂ 爆発して飛び散った卵がうまいぐあいに、アリパパの目に入った 746 ! 熱くて目も開けられない! そして、怯んでる! この隙に⋮⋮ ﹁ほ、ほぎゅわあああああああああああああああ!﹂ なんでか分からないけど、あいつはズボン下げてるんだ。 チンチンに卵爆弾をお見舞いしてやった! よっしゃ、効いてる! でも、まだだっ! ﹁いくぞー、次はこれだっ!﹂ ﹁つっ⋮⋮ッ! ぷぎゃあああっ!﹂ 卵爆弾でチンチンと目がやられているこいつの顔に、コショウと か、真っ赤で辛そうな調味料とかをぶっかける! ﹁ぎゃあああっ! 目がーーーっ! やけるうーーーっ! ぎゃあ あああ、こ、このクソガキーーっ! どこだーー! どこだーーっ !﹂ そして、地面の上をのたうちまわるこいつにトドメだ! ﹁小麦粉ハンマーッ!﹂ ﹁ッ!﹂ 小麦粉が入った袋は、重たいんだ! それを思いっきりぶつける ! 何度も何度も何度も! 747 ﹁ぷ、ぷご∼∼∼∼⋮⋮⋮﹂ 夢中で何度も殴ってたら、気づいたらこいつがタンコブだらけに なって伸びていた。 気絶したのかな? つんつん指で背中をつついてみたけど、痙攣 して起き上がらない。 ﹁そ、そうだ!﹂ この隙に、こいつの服の中のどこかに⋮⋮あった! クレオを縛 ってる錠の鍵だ! これさえあれば⋮⋮ ﹁クレオっ、しっかりしろよ、今、鍵開けるからな?﹂ ﹁⋮⋮///////﹂ ﹁よし、これでもう大丈夫なはずだ⋮⋮でも、起きないな⋮⋮でも、 ちょっと顔が赤いから死んでないと思うけど⋮⋮﹂ とりあえず逃げないと。あいつが倒れているうちに、どこかに逃 げて、誰か見つけないと。 ﹁しょうがないな。よいしょっと﹂ ﹁ッッ!﹂ ﹁う∼ん、チビだからフォルナより軽いや﹂ ﹁⋮⋮⋮#﹂ 748 とりあえず、おんぶするか。 こいつ軽いけど、俺も怪我してるし、それにペットのこともある し、どうにかしないと⋮⋮ ﹁ヴェルトくん、す、すごい⋮⋮﹂ ﹁へへ、だって約束しただろ? 守ってやるって﹂ ﹁⋮⋮う、うん!﹂ ペットも、あいつが気絶してるからホッとした顔しながら泣いて る。 まあ、ペットが居なかったら危なかったんだけどな。 ﹁ペットは立てるか?﹂ ﹁ううん⋮⋮⋮立てない⋮⋮でも、私はいーよ。姫様の方が心配だ から﹂ ﹁馬鹿! お前も俺に捕まれよ! 二人ぐらい、俺が運べるし!﹂ ﹁無理だよ∼、ヴェルトくんだって、怪我してるし、私に構わない で、姫様を連れて早く逃げて!﹂ ﹁泣き虫のクセに、泣きながら言うなよ! そんなことできねーよ !﹂ ﹁だっ、だって、私なんかより、姫様の御命のほうが⋮⋮⋮⋮⋮あ っ!﹂ その時、ペットが声を上げた瞬間、俺の背中がモゾモゾしたのが 分かった。 ﹁う、う∼∼∼∼ん﹂ ﹁あっ、クレオッ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮あ、あああ、るうけ、お、おほんっ⋮⋮⋮歩けるわ﹂ 749 クレオが目を覚ました。なんか混乱してるのか、最初は何を言っ てるか分からなかったけど、すぐに俺の背中から離れて立った。 ﹁クレオ、無事か? 怪我どうだ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮プイッ﹂ クレオの体が心配になって聞いたのに、クレオはすぐに俺に背中 を向けて、プイッと顔をソッポ向いた。 な、なんだよ! ﹁ちょ、どうしたんだよ、お前!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ 無視しやがった! なんだよ、こいつ! あっ⋮⋮でも、そっか⋮⋮こいつ⋮⋮ ﹁な、なあ、お前、まだ怒ってるのかよ? 昨日のこととか、馬車 でのこととか⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮﹂ ﹁あ∼∼∼∼、もう、わ、悪かったよ∼、俺が悪かったって。謝る からさ、許してくれよ∼﹂ もう、こんなときにメンドクサイな∼、こいつは! でも、ここで口喧嘩しても仕方ねえし、ここは謝って⋮⋮ん? ﹁こ、コホンッ! そ⋮⋮⋮そ、そうね⋮⋮わ、分かったわ、ヴェ ルト・ジーハ﹂ ﹁おっ?﹂ ﹁ッ、ふ∼∼∼、は∼∼∼、ふ∼∼、落ち着きなさい、私。た、た 750 かだか子供に想いを告げられた程度で、お、落ち着きなさい。すー、 はー、すー﹂ あれ? なんだろ、クレオが深呼吸しながら急に振り返った。 でも、なんだよその顔は? ﹁ま、まあ、そうね。あなたには随分と恥をかかされたものよ。本 来であれば、その首を刎ね飛ばして極刑こそが妥当よ﹂ 文句言ってるくせに、なんかニヤケそうな顔を必死に我慢してい るみたいな顔だ。 ﹁で、でも、その、まあ、そうね。素直になれないあなたの本音も 聞くことができたことだし⋮⋮⋮ま、まあ、覇王たるこの私がいつ までも素直になれない子供のイタズラに激昂するのも大人気ないわ けだし⋮⋮そ、そうね⋮⋮ま、まあ、私もこういった経験がないの で、とまどってはいるけど⋮⋮まあ、私があなたのような下賎な雑 種の想いを受け入れることはまずありえないのだけれど、そ、それ でも、まあ、あ、あなたが身を挺して私を守り、そして心からの気 持ちを明かしてくれたことは、わ、わ、悪い気はしないとだけ言っ ておくわ﹂ 何言ってんだこいつ? 俺の本音? 謝ったのがそんなに嬉しい のか? ﹁私と釣り合う男は、せいぜいロア王子ぐらいと思っていたわ。そ れが、こんな下賎な平民、武も知も品もない男。私に最低最悪の行 751 いをした憎むべき底辺の男。でも、その勇敢さと魂だけは、一定の 評価をしてあげるわ。口だけだと思っていたあなたの言葉、そして 気迫には、真の熱き想いが込もっていたわ﹂ 言葉に魂こもってた? とりあえず﹁ごめん﹂としか言ったつも りはないのに、なんでこいつはこんなに大げさに考えてんだ? まあ、でも、なんか許してくれるみたいだし、機嫌もよさそうだ し、これなら大丈夫だ⋮⋮ッ! ﹁ふ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ ∼∼、イタタ⋮⋮殴られまくったおかげで、頭がスーッとしたぜ⋮ ⋮⋮でも、やりすぎだぜ、ガキ共が﹂ あいつ! ﹁あら﹂ ﹁ひいいい、ヴぇ、ヴェルトくん!﹂ ﹁あいつ、もう起きやがった!﹂ あんなに殴ってやったのに、あいつもう起きたのか? くそ、もっと殴っておけばよかった! ﹁ガキは大人に対して遠慮も手加減もしないんだな。油断したよ⋮ ⋮⋮⋮だから、今度はッ!﹂ 鞭がッ! さっきよりも力強く、﹁バチンッ!﹂て音が弾けた。 752 ﹁次は、大人の教育をしてやろう。クソガキ共が⋮⋮⋮﹂ 俺の目潰し攻撃で真っ赤になった目。だけど、今はすごく鋭く睨 んでる。 凄く落ち着いてるように見えるけど、物凄い怒りが沸いてるのが 分かる。 くそ⋮⋮どうす︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ﹁頭が高いわ屑。これ以上空気を穢すな。もはや存在そのものが不 愉快よ﹂ その時、さっきまでのニヤけた顔から一瞬にして、こいつの顔つ きも変わった。 ﹁お前⋮⋮﹂ ﹁姫様ッ!﹂ クレオだ。 すごく堂々としていて、すごく力強くて、輝いて見えて、チビな のにとても大きく見えた。 ﹁解放されちまったか、クレオ姫。メンドクセーな﹂ ﹁メンドクサイ? 幼い子供に思う存分痛めつけられる程度の分際 で、この私と相対するという身に余る栄誉を前にして、よく言えた 753 ものね﹂ ﹁ふん、やれやれだな⋮⋮クレオ姫が解放されたとなると、いよい よ俺も全力を出す必要があるな⋮⋮﹂ 空気が痛い! こ、ここにいるだけで、腰が抜けそうだ。 この二人、さっきまで俺の前に居た二人じゃない。 まるで、別世界の化け物みたいな⋮⋮⋮でも⋮⋮ ﹁ヴェルト・ジーハ﹂ 俺とペットの前に出て、背中を見せながらクレオは俺に言った。 ﹁私は貴様を許さない。貴様は、この覇王たる私を辱めた。生涯、 誰にもさせるはずのないこと、見せるはずのないこと、全てを貴様 が私に行った﹂ ﹁お、おう﹂ ﹁でも⋮⋮逆を言えば、それはもう、私は貴様に⋮⋮いいえ、あな たに全てを曝け出してしまったことを意味する。そして、知ってし まったあなたの気持ち⋮⋮⋮軽はずみに受け入れていいはずがない。 周りが許すこともない。でも! でも⋮⋮⋮この私がこの世に生を 受けて以来、あなたは誰よりも勇敢に戦い、誰よりも身を挺して私 を守り、誰よりも熱い想いを叫んだあなたの気持ちは無下にはでき ないと思っているわ﹂ 754 ⋮⋮⋮⋮? 軽はずみに受け入れてはいけない? 回りが許さない? なんだよ、許してくれるのかと思ったけど、俺のことは簡単に許 さないし、国の奴らも許さないってことか? でも、なんでそんなことを誇らしげに言ってるんだ? ﹁ただ、その前に、聞いておきたいことがあるわ。あなた⋮⋮フォ ルナ姫にはどう言うつもり?﹂ フォルナに? えっ、やっぱ言うのか? ﹁えっ、やっぱ言うのかっ?﹂ ﹁当たり前でしょう! それが、筋でしょう?﹂ こいつの尻を噛んだことを言わなくちゃいけないのか? そんな の言ったら殺される⋮⋮ ﹁こ、殺されるかもしれないけど⋮⋮謝るしかねえかな⋮⋮﹂ ﹁そう。殺されてでも⋮⋮想いを貫くと⋮⋮。ふふ、全く⋮⋮あな たがこんなに熱い人だとは思わなかったわ﹂ その時、少しだけクレオがクスリと笑った気がした。 ﹁共に生きるわよ、ヴェルト・ジーハ。そして、今度は私が守る。 指一本、触れさせないわ﹂ 755 それだけ言って、クレオの全身が、夜明けの光のように淡く輝い た。 でも、その前に、お前、パンツ穿けよ⋮⋮⋮ 756 第43話﹁思い出話・真にカッコイイ男﹂ さっきまで、俺を舐めていた、頭のおかしなアリパパじゃねえ! アリパパは、服の中から何かを取り出した。それは、金色に輝く、 ティーポット? でも、なんか、アレから変な空気が漂っている。 まずい気がする。 ﹁見せてやろう、我が主、﹃アラチン﹄様より拝借してきた、マジ ックアイテムの力をッ! 砂漠の世界に伝わりし大秘宝ッ! この ランプを擦れば、中から︱︱︱︱︱︱﹂ でも、アリパパが本気を出そうとして、懐から金色の道具を取り 出した瞬間⋮⋮⋮ ﹁貴様は愛の鞭というものをよく分かっていないようね。だから、 貴様には王罰を与えてあげるわ﹂ それはいきなりだった。 あいつの目が光った瞬間、急にアリパパが悲鳴を上げた。 ﹁ぐっ、うぐああああああっ!﹂ 757 ﹁罪の重さ。そして大きさ。その身と心に刻み込むがいいわ!﹂ ﹁ひ、火がッ! 氷がッ! 風が! 岩がッ! 毒がッ! 針がッ ! 剣がっ! 大蛇がっ! 鬼がッ! な、いぐわああああっ! 助けて﹃ランプの魔人様﹄!﹂ 再びクレオの目が光った。その瞬間、アリパパが顔面が崩壊して いるみたいに、苦しんだ顔になった。 ﹁な、なにもしてないのに、苦しんでる!﹂ ﹁ひ、ひいいっ! 姫様、な、何をなさったのですか?﹂ 、十、百、千、万、 どうしたんだ? アリパパに、何があったんだ? ﹁貴様にあらゆる罰を与えよう。その数は、一 億、兆、京、垓、禾予、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、 那由他、不可思議、無量大数⋮⋮⋮終わらない﹃夢幻無限地獄﹄の 刑に処する﹂ 発狂して、痙攣して、涙を流して、目が白目を向いて、小便漏ら して、アリパパはもう⋮⋮ ﹁な、なにを、したんだよ⋮⋮⋮クレオ⋮⋮﹂ 俺は恐かった。クレオが何をしたか分からないけど、もしこいつ を怒らせたら、俺も同じことをされるんじゃないか? っていうか、こいつ、さっき俺のことを許してくれるっぽかった 758 けど、やっぱやめるとか言い出さないよな? ﹁これが私の力。そして、この屑どもが欲したものよ﹂ クレオが振り返る。そして、もう一度、目が光った。 やべえ、俺もお仕置きされ︱︱︱︱︱︱︱ ﹁幻想と現実の境界線を支配する。現実には存在しないものを、五 感を通して感じることができるものとする力﹂ 気づけば、崖下の砂利ばかりの場所が、満開の花畑に変わってい た。 ﹁えっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮⋮綺麗⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ 怪我も、状況も、今は頭から抜けていた。 花なんて、まるで興味ない俺なのに、今、色んな花が咲いている このどこまでも続く花畑の世界に、飲み込まれていた。 触ってみても、間違いなく花だ。香りも本物だ。 すると、クレオが俺に一輪の花を差し出した。 赤い薔薇の花⋮⋮⋮ ﹁ヴェルト、あなたは赤い薔薇の花言葉を知っているかしら?﹂ 759 ﹁はなことば? 花語なんてあるのか?﹂ ﹁まったく、知性も足りないようね。これは、しっかりと躾が必要 ね。花言葉はあとでちゃんと調べなさい。そこに、あなたの想い対 する私の答えがあるのだから﹂ 俺の言葉にクレオは呆れながらも、なんか物凄い真剣な顔をして いる。 やべえ、怒ってんのか? なんか、唇も震えてるし、顔もまた赤 くなっていってる。 ﹁ヴェルト・ジーハ、この花は所詮幻想。幻想は幻想。現実の前に は劣る存在。目で見て、触れることができても、この花は幻想。そ れは、決して覆すことのできないこと。しかし、この花に込められ た想いは、確かにここにあるのよ。それは、目で見ることも、触れ ることも、叶わないものかもしれない。でも、感じることはできる はず﹂ そう言って、クレオは薔薇を俺に押し付けるように持たせた。刺 が痛え⋮⋮⋮。これ、本当に幻なのか? 確かに、痛いと感じた。 ﹁ヴェルト・ジーハ。私とともに、確かに存在する、世界に一つだ けの花を咲かせることを、ここに誓いなさい﹂ ﹁はなあ?﹂ 760 ﹁その花は、覇王である私といえども、決して一人では咲かせるこ とのできない花。あなた自身も己を磨き、高め、そして育みなさい﹂ なんか、物凄い回りくどいこと言ってるけど、世界に一つだけの 花? そんなのどうやって作れっていうんだよ。 俺、畑に住んでるけど、花なんて詳しくねえのに。 ﹁つっても⋮⋮⋮俺、そういうの詳しくねーし﹂ ﹁あら、奇遇ね。私も初めてのことだから、当然詳しくは知らない わ。だから、これから私も学んでいくつもりよ。時間をかけて、ゆ っくりとね﹂ ﹁え、え∼∼∼∼? ⋮⋮⋮つまり⋮⋮⋮それやらねーと、お前は 許してくれねーってことか?﹂ ﹁ええ。私も、世界も、天も、神も許さない。それを肝に銘じてお きなさい。できなければ⋮⋮⋮夢幻無限地獄に叩き落とすわ﹂ ッ! 一瞬、メンドクセーから、それならもう許してくれなくて いいよと言おうと思ったけど、危なかった∼⋮⋮⋮ どうしよ⋮⋮⋮なんか、スゲーニッコリ笑ってるから、怒ってな いように見えるんだけど、ほんとはスゲー怒ってんのか? ﹁あ、あの⋮⋮⋮わ、私もここに居るんですけど⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 761 ⋮﹂ あっ、なんかペットはペットでスゴイ気まずそうな顔してた。 俺も気まずい。 そんな俺に復讐を考えついたからか、クレオはスゲー嬉しそうに してる。 くそ、こいつ、パンツ穿いてねーくせに⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁やはり、僕の部屋からランプを盗んだのは、アリパパだったよう ですな∼。しか∼し、合流地点に到着が遅いから来てみれば、まさ かこんなことになっているとは思わなかったですな∼。本部長にバ レる前に来て正解でしたな∼﹂ ビクッとした。 そして、クレオの笑顔が途端にまた怖くなった。 ﹁ちっ、無粋ね。まだ誰か?﹂ まだ誰か居たのか? そういえば、ハンガーは? そう思ったと き、花畑の幻想が解かれ、元の風景に戻った瞬間、俺たちは声がし た空を見上げた。 するとそこには⋮⋮⋮⋮ ﹁な、なんですか、アレッ!﹂ 762 絨毯が空を飛んで、その上に人が乗っていた。 ﹁魔法の絨毯ッ! これはまた、随分と珍しい道具を⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁あいつも、こいつの仲間か?﹂ 初めて見た。空を飛ぶ絨毯なんて。 ﹁とーうっ!﹂ ﹁飛び降りたッ!﹂ そして、絨毯から飛び降りてきたその男は、アリパパのように頭 にターバンを巻いてる。 服はダボダボの白い布のズボンに、上着にマント。 ベルトのところには、スゴイ弧を描いている短剣を差している。 アリパパより全然若いぞ? ファルガくらいかもしんない。 ﹁こんにちは、坊やにお嬢ちゃんたち。僕の名は、アラチン。この 度は部下のアリパパが大変失礼なことをしましたな∼﹂ 爽やかな顔して、パッと見る限り優しそうだ。 でも、俺は全身がゾワッとなった。 なぜなら、この兄ちゃん。アリパパってやつよりも、どこかイッ ちまったような、どんよりした目をしているからだ。 ﹁あーあ、アリパパ、これは再起不能に近い症状ですな∼。幻術で 極限状態まで追い詰める。怖いですな∼。マリファナでもここまで の幻覚はないですしな∼﹂ 763 ﹁あ、あが、う、あ、あば、げ∼⋮⋮⋮﹂ ﹁それにしても、ランプを無闇に使っちゃダメですな∼。これに封 じられし、ナンバーオブビーストの魔王が解放されちゃったら、大 変でしたな∼﹂ 痙攣しているアリパパに近づき、顔を覗き込みながら首を横に振 るアラチン。 今のところ、俺たちに何かするようには見えないけど、どうなん だろう? ﹁貴様もこの誘拐犯の仲間のようね。ならば、私の前に現れること の意味を理解しているのかしら?﹂ ﹁暁の覇姫クレオ⋮⋮⋮本部長の話では、魔封じの錠で捕らえてい たはずなのに、なぜ逃げ出せたのですかなあ?﹂ ﹁そんなこと、今から深い深い地獄の世界へと旅立つ貴様に、関係 あるのかしら? それとも、貴様も私を力づくで口説いてみるかし ら?﹂ 優しい顔してても、アリパパの仲間なんだ。 既にクレオは戦う気満々だぞ。でも、大丈夫か? すると、アラチンとかいう男は⋮⋮⋮ 764 ﹁いいや、やめておくのがいいですな∼﹂ 両手を挙げて降参したかのようなポーズをした。 ﹁あら、戦わないの?﹂ ﹁解放された暁光眼に抗う術は思いつきませんな∼。だからと言っ て、あなたも二人の足でまといを抱えたまま僕と戦うのは得策とは 思えませんな∼﹂ ﹁戦う? 戦いになると思っているのかしら? そもそも、私がそ のイカれた男にされた屈辱的な行いについて、まだまだこの程度で は収まりつかないほどのものよ? 一族も上官もまとめて根絶やし にしたいぐらいの衝動よ?﹂ ﹁勘弁して欲しいですな∼。まあ、監督不行届は否定できないです が∼、まあ、こいつがここまでイカレた麻薬中毒者になったのも、 僕の責任でもあるわけですが∼﹂ ﹁あら。なら、その償いをしないとならないでしょう?﹂ クレオが一歩前へ踏み出す。こいつ、こんな自信満々で大丈夫か ? この兄ちゃん、強いのか弱いのかも分からないけど、アリパパ の上司ってことは、アリパパよりは強いんだろ? 俺にカンチョーで負けたくせに、クレオは本当に勝てるのか? すると、 765 ﹁もちろん、償いはした方がいいですな∼。だからここは⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮ここは僕の体を張った渾身の芸で笑わせてあげることで、許し て欲しいですな∼﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮はっ?﹂ 芸ッ? クレオと一緒に、俺も﹁はっ?﹂ってなった。 あまりにも予想外なアラチンの言葉に俺たちは一瞬聞き間違いか と思ったが⋮⋮⋮って、おいっ! ﹁なっ、なにをっ!﹂ ﹁ひっ、い、い、いやああああああああああああああっ!﹂ アラチンがいきなりズボン脱ぎやがった! なんで? そして、丸出しにしたヤバイ部分に、アリパパが使おうとした黄 金のランプと重ねた。 ﹁組織の慰安旅行で社長に教えてもらったこのギャグで、僕は一気 に幹部に上り詰めましてな∼。君たちに、この僕の渾身の芸で笑顔 にしてあげるので、よろしいですな∼?﹂ な、なにを、する気だ? ペットが余計に泣き出したし、クレオが今にもブッ倒れそうだ。 股間を黄金のランプで隠して、何を? 766 ﹁ア∼ラ、よかよかよかよかよかちんちん♪﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮? ﹁一つ! 一つ人より、よかちんちん! アラ、よかよかよかよか よかちんちん! 二つ! 振れば振るほどよかちんちん、アラ、よ かよかよかよかよかちんちん! 三つ! 見れば見るほどよかちん ちん、アラ、よかよかよかよかよかちんちん!﹂ ヤバイ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ペットがメッチャ泣いてる⋮⋮⋮ ヤバイ⋮⋮⋮⋮⋮⋮クレオが目力だけで人を殺せそうな顔してる ⋮⋮⋮ ヤバイ⋮⋮⋮⋮⋮⋮笑ったら負けだと分かってるのに、俺だけ笑 いそう⋮⋮⋮ ﹁貴様ァッ! 暁の光に飲まれて滅びなさいっ!﹂ ﹁四つ! って、ま、待ってほしいですな∼、この数え歌は十まで あるんですが∼﹂ ﹁今すぐ地獄に落ちなさいッ!﹂ 案の定、魔人のような顔してブチ切れたクレオの目が光った。 767 ﹁破滅への使者からの審判を受けなさいッ! メテオデスペナルテ ィッ!﹂ ﹁あ∼、隕石ですな∼、痛みも苦しみも味わうとなると、ショック 死するかもしれませんな∼⋮⋮⋮仕方ないですな∼﹂ 多分、様子から見て、クレオは幻術で隕石を空から降らせている んだろう。 俺たちには分からないけど、アラチンにはきっとその光景が見え ているはず。 でも、アラチンに慌てる様子はない。じゃあ、どうやって⋮⋮⋮ ⋮⋮⋮ ﹁要するに、僕が隕石すらも防げる防御をイメージできれば、問題 ないのではないですかな∼?﹂ その時、アラチンが真剣な表情の中で、手を挙げた。 すると次の瞬間、アラチンの周りに金色に輝く丸い玉が現れて、 アラチンを包み込んだ! ﹁なっ、これはっ、黄金ッ!﹂ ﹁ボースト・オブ・マイ・ゴールデンボール︵僕の自慢の金の球︶ !﹂ 768 金! 金だ! 金の玉だ! ﹁僕の黄金の防御態勢は、あらゆる脅威から身を守る⋮⋮⋮自分で そう揺るぎない自信を持ち続ければ、幻術の隕石すら防げてしまっ たようですな∼。暁光眼対策の一つ。燃え盛る炎には氷魔法。猛獣 にはそれより強固な力。剣には、それに耐え切れる鋼の肉体。つま り、幻術の脅威より強い防御方法を自分が持っていれば、堪え切れ るというものですな∼﹂ いや⋮⋮⋮でも、隕石だぞ? 隕石! 隕石って黄金で跳ね返せ るようなものなの? 違うだろ? ﹁⋮⋮⋮⋮その対策方法の是非は置いておいて⋮⋮⋮⋮貴様、﹃金 属性﹄の魔法使い⋮⋮⋮﹃錬金術師﹄なの?﹂ んで、れんきんって何? クレオがさっきまで怒り任せになって いた顔が、またクールっていうか、キリッとした顔になってる。 そして、その質問に対して、金の玉から出てきたアラチンは頷い た。 ﹁いかにもですな∼。僕はアラチン。この世のあらゆる珍品金品を 追い求める、トレジャーハンター上がり。人呼んで、﹃黄金の錬珍 術師﹄ッ! 以後、よろチンチンッ!﹂ 769 で、なんだろう、こいつ⋮⋮⋮⋮⋮⋮多分こいつ、スゴイやつな んだと思う。 スゴイと思うんだけど⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁では、気を取り直していってもよろしいですな∼? 四つ、よじ ればよじるほどよかちんちん、アラ、よかよかよかよかちんちん♪﹂ 色々と台無しなんだけど、なんなんだよ、こいつ! ﹁ふ・ざ・け・る・なッ! 人が運命の岐路を一人の男と語り合っ ていたところを、下劣な行いで汚すなど、万死に値するわッ!﹂ ﹁あ∼、もう、どうしてウケないのですかな∼? 宴会ではバカウ ケだってのに、おかしいですな∼⋮⋮⋮⋮やれやれ、ゴールデンス ティック︵金の延べ棒︶ッ!﹂ ﹁ッ!﹂ ﹁幻術使い対策。それは、幻術者に先手を取らせないこと。幻術を 発動させる間もないほど攻めて攻めて攻め立てるのがコツですな∼﹂ 金の延べ棒が次から次へと空から降ってきやがるッ! ﹁く、小賢しいッ!﹂ 770 ﹁よろしいんですかな∼? お友達も巻き添えですな∼﹂ ﹁ちっ!﹂ ﹁本当は戦う気はなかったのですなが∼、まあ、正当防衛ですな∼﹂ あっ、やべえッ! 俺とペットの所にも降ってくるッ! は、走 れねえッ! ﹁暁の覇姫を侮らないことねッ! 幻術だけの女だと思っているの かしら? この、現実に存在する至高の存在を誰だと思っている!﹂ ﹁ですな∼﹂ ﹁無属性魔法バリヤ!﹂ 防いだ! 透明なガラスみたいな何かが俺たちの周りを囲んで、 金の延べ棒の雨が防がれている。 クレオがやったのか? ﹁ふん、これであなたのターンは終わりね。そして、これがラスト ターン!﹂ ﹁それはまずいですな∼! まだ、数え歌終わってないですな∼!﹂ ﹁それが遺言でいいのかしら? まあ、貴様のような、下劣な下半 771 身を露わにして痴態を繰り広げる汚物のような男など、細胞一つ残 す気はないけれどね! 滅びなさいッ、夢幻︱︱︱︱︱︱﹂ そして、このままクレオがアラチンを倒し︱︱︱︱︱︱ ﹁下半身丸出しの痴態? 自分こそ下着を穿いていないので、おあ いこですな∼﹂ ﹁無限地ご⋮⋮えっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ!﹂ 倒せたのに! 急にピタリとクレオが固まって、顔が真っ赤にな って、いきなり頭抱えて叫びだした。 ﹁ああああああああああああああああああああああああああああっ ! な、い、い、ああああああああああああああああっ!﹂ おまえ、自分でパンツ穿くの拒否したくせに、何で今更ッ! も う、いいじゃん別に! ﹁馬鹿! バリヤ壊れちゃったぞ!﹂ ﹁姫さま、あ、危ないです!﹂ ﹁み、見られたッ! こ、こんな男にまで! ヴェルトだけでなく、 こんな男にまで!﹂ くそ、バリヤが粉々に砕けて、延べ棒が次から次へと降ってくる。 772 ダメだ、動け! あ∼、もう、動けーっ! ﹁クレオーッ! ペットーッ!﹂ 金の延べ棒の一つが、頭に当たった。 頭がガンガン響いて、ドクドクしたものが頭から流れているのが 分かった。 目の前がすぐに真っ赤になって、でも、俺が動くしかないから、 クレオとペットを脇に抱えて俺は、とにかく延べ棒が降っていない ところ目掛けて飛び込んだ。 ﹁ッ、ヴぇ、ヴェルトくんッ!﹂ ﹁あ⋮⋮ヴェ、ヴェルト・ジーハッ! そ、そんな! く、な、な んてことを⋮⋮﹂ ヤバ⋮⋮頭だけじゃない⋮⋮なんか、色々なところにあたって、 当たった場所が熱くなって、ぷっくり膨れてる感じがする⋮⋮ ﹁おやおや、随分と可愛らしいナイトですな∼。とまあ、それはさ ておき! 六つ! むけばむくほどよかちんちん、アラ、よかよか よかよかよかちんちん♪﹂ くそ∼∼∼∼∼! なんで、なんで! なんでこんな変な奴に! 773 悔しい⋮⋮ ゴールドエクス ﹁よくも、ヴェルト・ジーハを! もはや無限では足りないわ! 輪廻の果てまで貴様に地獄を味あわせてやるわ!﹂ ポジション ﹁ふ∼⋮⋮幻術対策⋮⋮というより、魔眼対策。目潰し! 黄金御 開帳﹂ ﹁ッ! ま、まぶしいっ!﹂ め、目が痛い! 世界が一瞬で金色に光って、太陽の光みたいに 強烈にッ! ﹁そして、チン縛!﹂ ﹁な、なにをする、離しなさいッ!﹂ 何が? ッ、クレオッ! クレオが、金色のロープに縛られて、 目隠しまで! ﹁才能は天下一品でも、やはりまだ七歳の子供ですな∼。意外と簡 単に捕獲できましたな∼﹂ そんな! うそだろ、こんなやつに? くそ、なんでこんなこと 774 になってんだよ! ﹁では、七つ! なめ︱︱︱︱︱﹂ ﹁や、めろっ! クレオを離せこの野郎ッ! ウリャァ!﹂ ﹁って、おおおっ! これは怖いですな∼﹂ あいつは変な踊りをしようとして油断している。俺は、メチャク チャ痛い体だけど我慢して走り、金玉目掛けて思いっきり殴ってや っ︱︱︱︱︱ ﹁いってえええええ!﹂ ﹁ヴェルトくんッ!﹂ ﹁ヴェルト・ジーハ!﹂ かっ、かってええ! 黄金のパンツ! こいつ、いつの間にこん なもん! さっきまでモロ出しだったくせに。 ﹁危ないですな∼、あと一瞬、この金の下着を精製しなければ、大 珍事が起こっていましたな∼﹂ ﹁∼∼∼っ、大人のくせに固いオムツ穿きやがって! 恥ずかしく ねーのかよッ!﹂ 775 大人のくせに丸出しで、いつまでもギャグばっかやってて、子供 相手にズルい能力使いやがって。 でも、アラチンのやつ、俺の言葉を﹁やれやれ﹂なんて溜息吐い て首横に振ってやがる。 ﹁違いますな∼、子供はやはり分かってないですな∼。本当にカッ コイイ男というものがどういうものかのか﹂ ﹁なんだとッ! でも、少なくともお前なんか全然かっこよくねー よ!﹂ ﹁ふふふ⋮⋮⋮⋮金球珍擊!﹂ 黄金の球がいっぱいっ! 俺の体全部にスゴイ威力で、飛んで⋮⋮ ﹁う、が、ああああああああっ!﹂ ﹁いやあああああ、ヴェルトくん! いや、た、助けてください、 や、やあああっ!﹂ ﹁く、お、おのれええっ! この、こんな金属の拘束ぐらい、す、 すぐに解いて貴様ごとき瞬殺してくれるっ!﹂ 体中が痺れて⋮⋮ダメだ⋮⋮崖から落ちたときとかの怪我も含め て、もう、体中の骨がボロボロになった気がする。 776 ﹁坊やもお嬢ちゃんもお姫様も、覚えておいたほうがいいですな∼。 真にカッコイイ男とはどういうものか﹂ なんか、本当に体がダメになっちゃうと、痛いってことも感じな い。体中がボーッとしている感じだ。 立てない⋮⋮ ﹁そう、真にカッコイイ男とは、恥を恐れずに常に自分を曝け出し、 自分の道を突き進む。そういう男を本当にカッコイイというんです な∼﹂ こんな、カッコ悪いやつに、みんなやられちまう⋮⋮クソ⋮⋮ク ソ! ﹁そうだ、え∼っと、まだありましたかな∼? えっと、おお、あ ったあった。ほら、坊や、このタバコを吸ってみたらどうですかな ∼?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮?﹂ ﹁このタバコは特別製でしてな∼、吸うと脳みそがとろけて、陽気 に、どこまでもハイテンションに弾け、自分の全てを曝け出せるマ リファナという魔法の薬でしてな∼。大丈夫。アリパパのように吸 いすぎると中毒になるが、そこまで危険なものではないので、おす すめなんですな∼。これで、君もカッコよくなれますな∼﹂ 777 何がカッコイイだ! こんなふざけた野郎、全然格好良くねえ! 本当にカッコいいのは⋮⋮⋮⋮⋮⋮本当にカッコいいのはッ! 本当にカッコいいのはッ! ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん? なんだこれ? ﹃なんであいつらぶっ潰さねーんすか、ヤマトさん! ブクロの奴 らが渋谷と連合組もうとしてやがるんだ! これは俺らへの挑戦状 じゃねーっすか! 売られた喧嘩を買わねーで、何が不良だ! 一 them all! ヤマトヘッド⋮⋮⋮⋮ミーのマ 人残らずブチ殺すッ!﹄ ﹃kill インドは既にファイヤーだ! ジェノサイドの幕開けだ!﹄ ﹃せや、あのゴミ虫共、血祭りに上げたらなァ、もうワイらも収ま りつかんのやッ! いかせてくれや、ヤマトはん! 高原のクソを ぶちのめすんや!﹄ なんで、俺はこんなことを思い出して? 思い出す? いや、誰なんだ? 何なんだこの光景は? 分からねえ。でも、これだけは分かる。あの人も⋮⋮そうだった ⋮⋮⋮⋮。 778 恥なんて恐れなかった。常に自分を曝け出していた。自分の道を 突き進んでいた。 でも、違うッ! こいつと、あの人は、違う。 ﹃よう、バイクにも乗れねえ中坊共⋮⋮今日は気分がいい⋮⋮喧嘩 なんてしてねーで、ほら、ケツに乗せてやる。乗りな﹄ そうだ、あの人は⋮⋮目を血走らせる俺らを、いつも呆れたよう に笑いながら、頭を軽く叩いて⋮⋮⋮⋮ ﹃今日はとことん走ってみるか、全開で﹄ ああ⋮⋮そうなんだ⋮⋮うまくいえねえけど⋮⋮アラチンの言っ てる男のカッコよさってのは、別に間違ってるわけじゃねえ。 でも、それだけじゃ足りねーんだ。 ﹁それだけじゃ⋮⋮⋮⋮ねえっ!﹂ ﹁ッ!﹂ 俺に、変なタバコを差し出してきたアラチンの手に、俺は噛み付 779 いてやった! 子供の力だろうが、ガブリと噛み付いてやりゃー、この変なやろ うだって、顔をしかめやがった。 ﹁うおッ? どーしたですかな∼、坊や﹂ ﹁はあ、はあ⋮⋮⋮⋮俺が思う⋮⋮真にカッコイイ男って奴は⋮⋮ ⋮⋮﹂ ﹁?﹂ 男のカッコよさ? そんなもん、上げようと思えばいくらでもあ んだろう。 ツラが良い、喧嘩が強い、頭がいい、性格、器のデカさ、優しさ とか、生き方、キリがねえ。 どれも間違ってねえし、一つになんて決められねえ。 だから、俺が言うとしたら⋮⋮⋮⋮ ﹁あんな男になりたいと⋮⋮同じ男なのに憧れちまう⋮⋮そんな魅 力を持った男こそが、真にカッコイイ男なんだよ﹂ そう、だから⋮⋮ ﹁だから、俺の基準から言えば、テメェなんかには死んでもなりた くねえ! お前なんか、ぜーんぜんっカッコよくなんかねーんだよ、 780 バーカッ!﹂ 言ってやった。死んでも言ってやりたがった。 もう、それだけで俺の中にあった力を全部使っちまったみたいだ。 でも、言えてスッキリした。 ﹁ふ∼∼∼∼∼、十まで数えて、アラ、これでとうとうよかちんち ん⋮⋮と、したったですがな∼⋮⋮ちょっと、眠っててもらえます かな∼、坊や﹂ 殴られるッ! でも、俺は言い切った。だから、アラチンがムッ とした顔をしても、怖くなかった。 そう思った次の瞬間、俺を金属の棒で殴ろうとしていたアラチン の武器が、粉々に砕け散った。 ﹁ッ! なっ⋮⋮に?﹂ ﹁あっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ アラチンも驚いている。何で? 誰が? そう思ったとき、俺の 後ろにはあいつが立っていた。 ﹁真にカッコイイ男? 二人共、あまりにも的外れな答えすぎて、 呆れてモノが言えないわ﹂ クレオだっ! 目隠しも、金の縄も外されている。 781 ﹁クレオ姫ッ! いつの間にッ!﹂ ﹁ええ。役に立たないと思っていた凡人は、意外と優秀だったと私 も驚いていたところよ。覇王の目にも誤りがあったと、少し反省し ているところよ﹂ そう言って俺の隣に来たクレオはウインクして、後ろを軽く見た。 そこには、ガタガタ震えながらも、アラチンを睨んでいるペット が居た。 ﹁まさか、その娘が!﹂ ﹁ええ。解除してくれたわ。あなたたちが、的外れな論争を繰り広 げている間にね﹂ ﹁ぐっ! しまっ、か、体が!﹂ ﹁もう遅いッ! その金メッキを剥がしてあげるわ!﹂ さっきまで、のんびりとした喋り方だったアラチンが、慌てて後 ろへ下がろうとした。 ﹁あ∼あ、僕もまらまらですな∼、どうしても遊んじゃって⋮⋮⋮ ⋮⋮﹂ でも、もう既に遅かった。 アラチンは金縛りにあったみたいにガチガチに固まった。 そして、クレオはゆっくりと俺の顔を覗き込んできて、ちょっと 不機嫌そうに頬を膨らませた。 782 ﹁ヴェルト、あなたは何を言っているのかしら? 真にカッコイイ 男は、男が憧れる魅力を持った男? そんなわけないじゃない。女 の意見がまるで含まれていない馬鹿な答えを、自信満々に言うもの じゃないわ﹂ そう言って、プイッと俺に背中を向けて、アラチンにトドメを差 そうとするクレオ。 その顔が、ほんの少しだけ赤かったのが、確かに見えた。 ﹁ヴェルト、真にカッコイイ男⋮⋮⋮⋮それはね⋮⋮⋮⋮この、覇 王たる私に選ばれた男。それ以外の回答なんて、この世にあるはず がないでしょう?﹂ 次の瞬間、アラチンが化物を見たかのように絶叫して気を失った。 ははツエー⋮⋮まともにやりあえば、クレオの方が全然ツエーん だな。 あれだけ対策だとかしてきたアラチンだけど、不意をつかれたら 敵わなかったみたいだ。 なんか、それだけで俺もなんか全身から力が抜けて、ホッとして ⋮⋮⋮⋮意識が⋮⋮⋮⋮ ﹁品がなくても、そこまで端正な顔立ちでなくても、身分が低くて も、⋮⋮熱い魂、そして命懸けの勇敢さを持ち、体を張り、女を守 る。ヴェルト、それが私の選んだ男よ⋮⋮⋮⋮って、気を失ってい るじゃないッ! ちょっと、しっかりなさい!﹂ 783 気がついたら倒れて、目が閉じかけて⋮⋮⋮そんな俺にクレオと ペットが慌てて駆け寄って⋮⋮⋮ 意識を失う最後の直前に俺が見たのは⋮⋮⋮⋮俺の隣で中腰にな ってるクレオのスカートの下は、ちゃんとパンツが穿かれてた⋮⋮ ⋮赤だった⋮⋮⋮ あとから聞いたけど、赤じゃなくて、ウォーターメロンカラーだ って。何が違うんだ? 784 第44話﹁思い出話・幽霊女﹂ 変な夢を見ていた気がする。 その夢に俺は登場していないのに、知っている奴らなんて一人も 居なかったのに、俺は﹃その世界﹄を知っている。 思い出せない。思い出したい。でも、怖い。 あと少しで思い出せるかもしれないのに、それがたまらなく怖い。 ﹁⋮⋮⋮あれ?﹂ 白い天井? ベッドの中? あれ? 俺、どうなったんだっけ? ﹁目を覚ましたか?﹂ キョロキョロ部屋の中を見渡そうとしたら、俺の横には、本を読 みながら座っていたタイラーが居た。 ﹁えっ? あれ?﹂ ﹁まだ寝ていなさい。もう少しで、お前のお父さんとお母さんもこ こに来る﹂ なんでタイラーがここに? それに、城の騎士団の人とかまで居 るし⋮⋮⋮ って、そうだ! ﹁二人は! クレオとペットはッ! それに、あの誘拐した奴らは 785 !﹂ 思わず起き上がろうとした俺だけど、その頭をタイラーが優しく 撫でて抑えてくれた。 ﹁大丈夫だ。二人は無事だ。クレオ姫も、ペット嬢もな。賊の二名 も既に捕らえている﹂ ﹁あっ⋮⋮⋮そうなんだ⋮⋮⋮﹂ ﹁この大捕物は、エルファーシア王国内で起こったことだが、二名 の賊はチェーンマイル王国の姫君を攫ったのだ。これには、チェー ンマイルも激昂してな。二人の身柄はチェーンマイル王国に移送さ れている。死刑が無期懲役か、どちらにせよ二度とお前の前に現れ ることはない﹂ そっか、二人は無事なんだ⋮⋮⋮ホッとして、急に力が抜けて、 ベッドにもう一度倒れ込んじまった。 そんな俺の様子を見ながら、タイラーはもう一度俺の頭を撫でな がら、笑った。 ﹁まったく、信じられなかったぞ? 姫様が攫われ、お前とペット 嬢が攫われたと聞いたときにはな﹂ ﹁うん⋮⋮⋮俺も、ビックリした⋮⋮⋮﹂ ﹁あまり心配させるなよ? 今日のことは、まだフォルナ姫様には 伝えていない。怪我だらけのお前を見たら、さぞお嘆きするだろう から、肝に銘じておけ?﹂ だよな。あいつ、絶対怒りながら泣くだろうな∼ まあ、でも、よその国のお姫様とあいつの友達も無事だったんだ し、大丈夫かな? 786 ﹁で、ペットとクレオは? ペットは結構怪我していたと思うけど﹂ ﹁ああ。あの二人なら今頃⋮⋮⋮⋮⋮⋮発表会だろな﹂ そうか、発表会か。そういえば今日はピアノの⋮⋮⋮って! ﹁え、ええええっ! ピアノ∼? 無理だろ、だって、ペットは怪 我してたじゃん!﹂ 多分、右腕だったか左腕だったか忘れてたけど、折れてたよな? それなのにピアノの発表会って無理じゃん! ﹁ああ、皆止めたよ。でもな、ペット嬢は頑なになって、片手でも 演奏すると仰っていたよ﹂ ﹁なんで? あいつ、そういうのダメっぽいやつじゃん。恥ずかり なのに?﹂ だってあいつ、緊張してオドオドビクビクしているのがお似合い じゃん。 なのに、そんなあいつが意地になって出る? ﹁あの子は言っていたよ。約束通り、何かあったら守ってくれた人 がいる。だからこそ、自分も約束を守る。だから弾く。そう言って いたよ、あの引っ込み思案の子がね﹂ その時、俺は思い出した。 それって⋮⋮⋮あいつ⋮⋮⋮あの裏通りでした俺との約束を⋮⋮⋮ ﹁その心意気に胸を打たれたのか、出場を辞退されていたクレオ姫 が、ペット嬢に肩をお貸しになって、二人で行くと仰っていた﹂ ﹁クレオまで?﹂ 787 ﹁どうやらお前たちは、誘拐犯を退治する以上のことを成し遂げた ようだな?﹂ 退治する以上のこと? それが何なのかは正直分からなかった。 でも、俺の頭を撫でながら笑っているタイラーの言葉を聞いてる と、何だか胸が温かくなった。 ﹁じゃあ、俺も行かなきゃ。見てやるってのも約束だったしな﹂ ﹁ヴェルト? コラコラ、どこに行くんだ。お前のケガだって酷い んだぞ? もうすぐ、お父さんとお母さんも来るんだ。ジッとして いなさい﹂ 本当だ。気づいたら、体中が包帯だらけだった。体を起こすだけ でも痛いと思った。 足のつま先から、頭のてっぺんまで一気に痺れるような感じ。体 中がミシミシ言ってる気がした。 ﹁う∼∼∼、いって∼な∼﹂ ﹁ヴェルト?﹂ でも、俺はベッドから降りていた。 行かなきゃいけないんだと、もう決めていたからだ。 ﹁行くよ、タイラー⋮⋮⋮⋮俺、行くんだ﹂ ﹁何を言ってるんだ、ヴェルト。今日一日、怖かっただろう? 誘 拐され、傷つけられ、一歩間違えていたら命が無かったかもしれな いんだぞ? だから、少なくとも今日は無理をするんじゃない。こ れ以上、心配させないでくれ﹂ ﹁同じ目にあった、あの泣き虫ペットは出てるんだぞ! あいつは、 今日無理してるんだから、俺も今日無理する! 明日のんびりする 788 !﹂ 俺だけ寝てるなんて情けない。だから、俺は意地でも行こうとし た。 すると、困った顔して俺を寝かそうとしていたタイラーだったけ ど、﹁やれやれ﹂と溜息を吐いて、諦めたように両手を上げた。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふ∼⋮⋮⋮⋮このガキンチョ⋮⋮お前が男の顔をし て、まさか私を困らせる日が来るなんてな⋮⋮﹂ ﹁タイラー⋮⋮?﹂ ﹁国の将として、お前の両親の親友として、無理をするなと言って 縛り付けておきたいところだが⋮⋮⋮⋮ここは同じ男として、その 無理を許可してやろうじゃないか﹂ そう言って、タイラーは立ち上がって、部屋のドアを開けて、俺 にニッと笑った。 ﹁行って来い、ヴェルト!﹂ 俺は、返事をする前に既に部屋の外に飛び出していた。 ありがとうっていう代わりに、俺もニッと笑い返してやった。 その時、タイラーが⋮⋮⋮⋮ ﹁ふう⋮⋮⋮⋮ヴェルト⋮⋮まさかお前が巻き込まれるなんてな。 ⋮⋮すまなかったな⋮⋮⋮⋮。﹃プルンチット騎士団団長﹄聞いて いるな? ⋮⋮⋮⋮社長と本部長に緊急連絡だ。あの二人が逮捕さ れた﹂ 俺が飛び出した後に何をしていたかは、まるで気にしなかった。 ただ俺は、﹁待ってろ、ペット、クレオ﹂と頭の中はそれでいっ 789 ぱいだった。 廊下を走る俺を、医者のじいさんや、看護師の姉ちゃん達がビッ クリしたように叫んでるけど、俺はとにかく逃げて、病院なのか医 療棟なのかよく分からんとこから飛び出した。 外に出たら、そこは王宮の中庭で、よく知っているところだ。 ここから、ピアノの発表会をやってる文化会館はすぐだ。 ﹁ん、あ、でも、俺、手ぶらだけどいいのかな? そうだ、しかも フォルナに花をあげなきゃいけないんだ!﹂ 手ぶらだし、俺はママに貰ったタキシードじゃなくて、既に病院 患者の服を着せられている。 服はまだ大丈夫だと思う。どーせ、文化会館の警備の人も受付も 客も、ほとんど顔見知りだし。 でも、フォルナにしつこく言われたけど、花束持って行かなくち ゃいけないんだろうし⋮⋮⋮⋮ ﹁おーーーーい、ヴェルト! お前、何をやってんだ!﹂ その時、王都のど真ん中を走ってた俺を、花屋のおっちゃんが呼 び止めた。 あっ、そうだった⋮⋮俺、注文したのにまだ貰ってなかったんだ ⋮⋮ ﹁あーーー、いいところに、おっちゃん、俺の花は?﹂ ﹁あ、ああ、も、もう準備できてるが、お前、その怪我どうしたん だ? それに、その格好は! 何があったんだ!﹂ ﹁ん? あー、もうぜんぜんヘーキだよ! それより、早く花頂戴 790 !﹂ ﹁だ、だがなよ∼﹂ ﹁早く行かないと終わっちまうんだよ! だからさ、早くくれよー﹂ 早く行かないとフォルナの雷が落ちる。ペットの演奏も終わっち まう。 ﹁⋮⋮本当に大丈夫か?﹂ ﹁ああ。大丈夫だからさ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮は∼⋮⋮⋮⋮後で何かあったか教えろよな? ほれっ!﹂ そう言いながら、おっちゃんは渋々と俺の両手いっぱいの大きさ の花束をソっと渡してくれた。 薄い水色の新鮮な花が咲いている。 ﹁姫様は水色がお好きだってのはお前もよく知っているだろう? だから、ここはこのブルースターの花束を渡してやれ﹂ ﹁へ∼、綺麗じゃん﹂ ﹁ったりまえだ。それとな、ヴェルト。この花の花言葉を教えてや ろう。この花は結婚式の花嫁のブーケにも良く使用され、花言葉は ⋮⋮ってヴェルトッ!﹂ ﹁ワリ、急いでるからもう行くな! 花、あんがと!﹂ よし、これでフォルナに怒られることも⋮⋮って、そうだ⋮⋮ペ ットやクレオにも花をあげないとまずいのかな? ペットなんて友達居ないから誰からも貰えなさそうだし⋮⋮でも、 俺、もう金も持ってないし⋮⋮ ﹁あっ、文化会館見えてき⋮⋮⋮⋮あっ﹂ 791 その時、ようやく見えてきた文化会館の入口は、貴族の奴らが利 用している高級そうな馬車や、執事の連中とかがいっぱい立ってい た。 でも、その入口の扉の傍に、発表会用に送られている大きな花束 が飾られているのが見えた。 そうだ! あんなにいっぱいあるんだから、何本か抜いちゃって もバレねーよな! ﹁おや? 君はヴェルトくん⋮⋮って、どうしたんだね、その格好 は! その怪我は!﹂ ﹁えっ? ヴェルトくんですか? ま、まあっ! ヴェルトくん、 どうしたの?﹂ ﹁おい、ヴェルト、お前、何があったんだ!﹂ ﹁って、その前に、その花を持って行っちゃダメだろうが! って おい!﹂ ワリ、今、みんなと話している暇ないんだ。それに、花を持って いくのはやっぱ普通はダメみたいだから、走って逃げないと。 へへ、なんか皆慌ててる声が聞こえるけど、なんだろう。体が軽 いや。 怪我でさっきまで痛かったのに、﹁早く行かなくちゃいけない﹂ と思っていたら、俺は立ち止まったり休んだりすることないまま、 講堂まで来ることができた。 あとはこのドアを開けて⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁ッ!﹂ 792 その時、俺はドアを開けた瞬間、全身がゾワッてなって、思わず 後ろに下がってしまうぐらい、圧倒された。 一瞬、翼の生えた女騎士が空の上で勇敢に戦っている風景が見え た。 何百人の観客が入る大きな講堂では、客席は完全にいっぱいで、 でもその客席の目はみんな、舞台の上に向いていた。 ﹁ペット⋮⋮⋮クレオ⋮⋮⋮﹂ ペットとクレオが並んで、二人で一つのピアノで演奏していた。 怪我して片手しか使えないペットを助けるように、クレオが隣で 引いている。 ﹁⋮⋮⋮﹃戦女神たちの先陣﹄の連弾だよ﹂ ﹁ッ!﹂ 思わず﹁ひゃっ﹂と声が出そうになった。 いきなり後ろから耳元に声かけられ、誰かと思ったらそこにいた のは、ママだった。 ﹁マッ︱︱︱﹂ ﹁し∼∼、静かに﹂ なんでママが? 王族は特別な席に座ってるんじゃないの? 出 歩いて大丈夫なの? ﹁ふふ、今、誰もがあの舞台に夢中だよ。誰も、私の存在に気づか 793 ないぐらいにねえ﹂ 俺の口元を抑えながら、ママはニヤニヤしながら舞台のペットと クレオを見ていた。 ﹁大したもんだよ。練習もしないで、初めての連弾。息もピッタリ だ。そしてあのクレオ姫は、片手の使えないペットの分まで弾いて いる。昨日はあんなんだった二人が、どうしてこうなっちまったの かね∼﹂ 本当だ。クレオが動かしている指の方が多い。でも、それをまる で慌てることもなく、涼しい顔で優雅に弾くクレオは、すごかった。 ﹁フォルナの出番はもう終わっちまったよ。あとで、慰めてやりな﹂ ﹁あっ⋮⋮⋮そ、そうなんだ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ヴェルト、何があったかは聞いている。無事でなに よりだよ﹂ あっ、ママは知ってたんだ。そう言って、俺の口を抑えながら抱 き寄せるママの手は、ギュッと、少しだけ強かった。 ﹁ヴェルト、本当は色々と言ってやりたいし、フォルナにも言い訳 しなきゃならないんだろうが、とりあえず今日は大目に見てやるよ。 今はただ、大変なことがあったのに、強い意志でこの演奏会に出て、 これだけ力強い演奏をしている二人をあんたが労ってやりな。その 花束は、あの二人にやりな﹂ ﹁えっ、でも、これ⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ 794 ﹁誘拐犯退治でどんなことがあったかは知らないが、あの二人は、 あんたのために弾くと言っていたよ。だったらあんたも、花ぐらい 贈って労ってやんな。その程度で浮気だと騒ぐような姑じゃないん だよ、私は﹂ 男ならビシッとキメてきな。ママの顔はそう言って笑っているよ うに見えた。 次の瞬間、講堂は大歓声が巻き起こっていた。 席から誰もが立ち上がり、拍手を舞台に居る二人に送っていた。 ペットと手をつなぎながら、ピアノから離れて、舞台の中央に立 ってお辞儀するペットとクレオ。 その瞬間、ママに尻を叩かれて、俺は講堂の階段を駆け下りて舞 台の真下まで向かっていた。 ﹁あれは、ヴェルトくん?﹂ ﹁本当だ、アルナとボナパの子じゃないか﹂ ﹁姫様の演奏では出てこなかったのに⋮⋮⋮それに怪我しているぞ ?﹂ ﹁ヴェルトくん! な、なにがあったんだい!﹂ ﹁おやおや、ナイト様の到着でありんすね﹂ ﹁ヴェルト、今までどこにいましたの! それに、その怪我、一体 何がありましたの!﹂ 知っているやつ、知らない奴、フォルナたちも含めて、拍手の中 で戸惑ったり驚いたりしている声が講堂の中に響いたが、俺は構わ ず行ってやった。 俺を見て、驚いた顔しているクレオとペット。 俺がここに来たことが信じられないのか、言葉が出てこないみた いだから、代わりに俺が言ってやった。 795 花束を差し出して⋮⋮⋮ ﹁ペット、はいこれ。テキトーに選んだから、あまり綺麗じゃない けど、やる﹂ 入口の壺に入っていた花をテキトーに抜いて束ねたもの。 花屋のおっちゃんが作る花束なんかと全然比べ物にならないけど、 ないよりマシだと思ってソレをペットに渡した。 ﹁ヴェルトくん⋮⋮⋮⋮⋮⋮来て⋮⋮⋮くれたの?﹂ ﹁ああ、俺が見ていてやるって、約束だったからな。でも、スゲー じゃん、お前。幽霊だからみんなに見えないと思ってたのに、みん なお前を見てんじゃん。生きてて良かったな﹂ するとペットは、相変わらず泣きそうな顔になった。 でも、泣きそうになりながら⋮⋮⋮ ﹁⋮⋮⋮うん!﹂ 笑った。 ﹁⋮⋮⋮でも⋮⋮⋮その﹂ ﹁ん?﹂ ﹁⋮⋮⋮その、幽霊じゃなくて、みんなが私を見れるようになっち ゃったけど⋮⋮⋮それでもヴェルトくんも変わらずに⋮⋮⋮これか らも⋮⋮⋮見てくれる?﹂ これからも∼? まあ、フォルナが怒らなくて⋮⋮⋮ ﹁話しかけても泣かないんならいいよ﹂ 796 ﹁ッ! うん、泣かないよ!﹂ うん、別に見るぐらいなら、全然いいよな。そう思って俺も頷い てやった。 そして⋮⋮⋮ ﹁ん、ん、おほん﹂ さっきっから、﹁私は?﹂みたいな様子のクレオにも、花束を渡 してやった。 ﹁はい、クレオも。これやる﹂ ﹁あら、ありが⋮⋮⋮ッ! まあ⋮⋮⋮素敵⋮⋮⋮ッ!﹂ やっぱ、花屋のおっちゃんが作った花束なだけあって、綺麗に形 が整ってるから、クレオも驚いてる。 本当はフォルナに上げるやつだったけど、まっ、いっか。ママの お許しも出てるし。 だけど、その時、 ﹁げっ、あんな花だったのか⋮⋮⋮渡せって言ったのは失敗だった かね∼﹂ ママがなんか、そんなこと呟いているのが聞こえて⋮⋮⋮ ﹁ッ! ヴぇ、ヴェルト! わ、ワタクシには何も⋮⋮⋮ペットだ けでなく、クレオ姫には⋮⋮⋮あんな素敵な花をッ!﹂ ﹁⋮⋮⋮ま、まるで⋮⋮⋮花嫁のブーケみたいですね﹂ 797 ﹁ブルースター⋮⋮⋮花言葉は、信じあう心⋮⋮⋮でありんすね。 昨日の様子では、一番あの二人には程遠い言葉でありんすが、これ はこれは⋮⋮⋮﹂ しかも、なんだろう。会場中がガヤガヤしているけど、やっぱ俺 がこんな格好しているから変なのかな? そう思ったとき、クレオが俺が差し出した花束を受け取って、笑 顔で花に顔を寄せた。 ﹁鮮やかな色。爽やかな香り。⋮⋮⋮ヴェルト・ジーハ⋮⋮⋮あな たから私へ贈る花、この花に込められし気持ち⋮⋮⋮私はありがた く受け止めさせてもらうわ﹂ そう言って、クレオはまた会場全体に一礼して、もう一度舞台に 居る二人へ盛大な拍手が送られた。 俺はそのあと、捕まって、フォルナやママや、親父やおふくろに 説教されたり、抱きしめられたり、心配されたり、結局怪我がひど くなって入院したりと散々だった。 その後、発表会は無事終わり、チェーンマイルとの間で友好の行 事とか交流とか、難しい会議も含めて暫く行われていたみたいだけ ど、俺はその間、もうクレオと会うことはなかった。 だけど、入院した俺の病室に赤いバラの花束が贈られていたのは 分かった。 それと、ママとタイラー、そしてチェーンマイルの女王様から、 今回の誘拐事件は一部を除いて秘密にするという話になった。 俺は良く分からないけど、この事件が公になると、エルファーシ 798 ア王国とチェーンマイル王国の関係が悪くなるとかなんとか⋮⋮⋮ ただ、ママに強く言われたから俺は内緒にした。 それが⋮⋮⋮俺が七歳の頃の記憶だった。 そして、あの七歳での出来事がきっかけになり、俺はその後、日 々の生活の中で定期的に記憶がフラッシュバックすることが起こり、 結局その半年後の八歳の誕生日の頃、俺は前世の記憶、﹃朝倉リュ ーマ﹄の記憶を全て思い出した。 その時の、俺の絶望、悲しみ、混乱、それはしばらく自分の周囲 を取り巻くあらゆるものを拒絶してしまうほどの出来事だった。 それは、俺の誕生日から数週間後に、チェーンマイル王国の王族 の船が他国への会談に向かう途中に海難事故に遭い、激しい嵐の中 でクレオ姫が海に投げ出され行方不明となり、懸命な捜索にもかか わらず発見されず、公式的にクレオ姫が死亡したとして世界中に知 れ渡った時も、俺はそのことに涙一つ流すことなく、頭の片隅に追 いやったほどだった。 そう、あの七歳の頃を最後に、俺はクレオのことを忘れた。名前 だって、一度も口にすることもなかった。 ペットとの過去話をするようなことがなければ、思い返すことも なかった。 一生、もう、この名を本人に呼んでやることもなかったのに⋮⋮ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ 799 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮お前は⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ そうして、俺は過去の記憶が改めてフラッシュバックし、気づけ ば目の前には、メロンの被り物を飛ばされた一人の女と向き合って いた。 チビで、しかしその瞳と髪は、暁の黄赤色に輝いている。 俺が知っている頃のあいつよりは大きくなっている。 だけど、その程度の変化があっても、一瞬で﹁あいつだ﹂と分か るほど、俺の記憶の中にある﹁あいつ﹂と目の前のこの女は、かけ 離れてはいなかった。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮クレオ﹂ ﹁ッ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ヴェルト・ジーハ⋮⋮⋮﹂ 俺は、しばらく言葉が出なかった。 そんな俺の代わりに、あいつは俺の後ろにいるムサシたちを指差 した。 ﹁暁光眼の幻術で、私の記憶をあなたたちの脳に流し込んであげた わ。どうかしら?﹂ どうりで、俺がすんなりと昔のことを僅か数秒の間に、忠実に思 800 い出せたわけか。 つまり、今、俺が思い出したことをムサシたちも見て⋮⋮⋮って、 どうした! ムサシたちが顔を真っ赤にしてプルプル震えて⋮⋮⋮ ﹁殿おおおッ! ひひ、ひ、ひ、ひどいでござるッ! どう見ても、 殿は愛の告白をしているでござるっ!﹂ ⋮⋮⋮いや、それは⋮⋮⋮だから、前世の記憶がフラッシュバッ ク⋮⋮⋮ ﹁にゃっは最低! 何が、人違い? 心当たりない? よ! にゃ っはお兄さんのせいじゃん!﹂ ﹁あんた、ふっざけんじゃないわよ! 幼い頃とはいえ、擁護でき ないぐらいあんたのせいじゃん!﹂ ﹁はい、そうなんです⋮⋮⋮私も改めて思い返してみると、やっぱ りヴェルトくんあの時、クレオ姫に好きって言っているんです⋮⋮ ⋮﹂ アッシュ、ブラックは俺に対してゴミを見るような目で。ペット は頭抱えて混乱して⋮⋮⋮ ﹁ッ、いや、その、あれだ。いや、お前らの言いたいことは、まあ、 分からんでもねえ。ただな、あの時、俺にも色々と⋮⋮⋮って、お い、ニート?﹂ 前世の話はこいつらにしたって分からないから、どう言い訳すれ ばいいのか全然思い浮かばず、そんな時、真剣な顔をしながらも、 全身を震わせて、口元を物凄いピクピクさせているニートがボソッ と呟いた。 801 ﹁ヴェルト⋮⋮⋮事情は分かったんで⋮⋮⋮⋮何があったかも分か ったんで⋮⋮⋮⋮その上で、これだけは聞きたいんで?﹂ そうだ、ニートが居た! ニートなら、あの時の俺がどういう状 況だったのかを完全に察してくれている。 何かうまい言い訳でも⋮⋮⋮ ﹁もう、限界なんで。お願いだから⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮腹抱えて笑 ってもいいよな?﹂ フォローする気ゼロだった。 笑ったら殺す! ニートがブラックといい雰囲気で浮気しそうだ と、フィアリにチクる! ⋮⋮⋮あっ⋮⋮⋮でも、なんかそれは藪蛇になりそうだからやめ ておくか⋮⋮⋮ ﹁で、本来ならば言葉を交わすことも、素顔を晒すことも、もう二 度としてやるものかと思っていたけれど、恍けていたことは思い出 したかしら? ペット・アソークと同じで、私も幽霊ではないわ。 でも、私は生きていてごめんなさいね、ヴェルト・ジーハ﹂ 802 第45話﹁今の、そして本当の俺を知れ﹂ 生きててごめんなさいって、随分と皮肉を言いやがる。 ﹁つうか、お前は死んだと聞いてたんだけど、生きていたんだな?﹂ ﹁あら、私を既に忘れていた貴様に、私の生死など、どうでもよい のではないかしら?﹂ どうしてそんなにひねくれちまったのかと、本来なら言ってやり たいところだが⋮⋮やっぱ、俺の所為なのかね⋮⋮ ﹁⋮⋮ったく、んなこと言うなよな? あまりにも意地の悪い言葉 過ぎて、言葉もねえとはこのことだぜ﹂ ﹁この状況で貴様が吐き捨てることができる言葉があるのかしら? 自分はまるで悪くないと言いたげな態度はやめてもらえないかし ら? 不愉快よ。今すぐ殺してやりたいぐらいにね。この裏切り者﹂ ⋮⋮⋮⋮めんどくせ∼∼∼∼∼∼∼! ﹁ぷくっ、くっ、ぷっ、やば、ダメだ⋮⋮たとえ笑ったら殺される としても笑えるんで⋮⋮﹂ んで、ニートは一人ツボにハマっているかのように、必死に爆笑 と格闘してやがる。この野郎⋮⋮⋮⋮ しっかし、言い訳っつても、﹁あの告白はお前にじゃなくて、前 世の記憶がフラッシュバックして思わず叫んじまった﹂で通じるわ けがねえ。 それを説明するとスゲー長くなりそうだし、それをこいつが聞く 803 耳もつとも思えねえ。 本来なら、﹁久しぶり﹂とか﹁生きてて良かったな﹂とでも言っ てやりたいところだが、そんな言葉すらこいつは殺意を持って拒絶 しそうな様子だ。 ってか、なんで俺は女房が浮気現場に乗り込んできた感じの修羅 場を味わってるんだ? 言い訳通用しない状況とはいえ、俺は悪く ない気もするんだが⋮⋮⋮⋮ ﹁∼∼∼∼∼ッ、は∼∼∼∼∼∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮もう、分かった分か った。俺が悪いってことはな。で、テメエは俺に何を求めるんだ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮何を求めるか⋮⋮だとっ?﹂ と、ちょっと俺が投げやりな態度になった瞬間、俺の腕が闇の中 に飲み込まれ︱︱︱︱ ﹁ッ、ふわふわキャストオフッ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふん⋮⋮⋮器用なことを⋮⋮⋮。それが、あの純粋 な熱き心を失ってまで手に入れた力ということかしら?﹂ 危ね∼。また幻術に飲み込まれそうになっちまった。 随分とイラついた顔したクレオには、最早容赦という言葉はねえ みたいだ。 ﹁私が何を求めるか? 人を馬鹿にするのも大概になさい、ヴェル ト・ジーハッ!﹂ 被り物を外し、タブレットの人口音声ではない生の声。 それゆえ、クレオの素顔を知っている者も、知らない者も、その 804 あまりにも人間らしい感情を顕にする姿にかなり戸惑っているのが 分かった。 だが、そんな周りの反応を気にすることなく、クレオはただただ、 怒りと悲しみに満ちた表情で、ヒステリックに叫んだ。 ﹁私は、信じたッ! あの時、私を愛していると言った貴様の熱い 想い、言葉を、魂をッ!﹂ だから、それはお前に言ったんじゃねーんだよ⋮⋮⋮と言ったら、 殺されるだろうな⋮⋮⋮ さだめ ﹁命懸けで私を守り、愛を誓った貴様を信じた! 国も身分も違え ど、信じあう心さえあれば、私たちは結ばれる天の運命なのだと確 信していた! 十年前⋮⋮⋮不慮の事故により神隠しにあった私は、 何の頼りも、知識もないまま、この世界に漂流した! 誰も私を知 らず、誰もチェーンマイル王国を知らず、ただのクレオとなった私 は、ただ一人だった! だが、いつの日か、いつの日か元の世界に 戻ることを信じ、何年経っても貴様のもとへと帰るのだと心に決め、 この体も心も指一本足りともこの世界の男に触れさせなかった! しかし、貴様は⋮⋮⋮貴様はッ!﹂ 貞操を守り続けてきたクレオに対して俺は? 妻六人娘一人⋮⋮ ⋮ほんと、こんなゲス野郎死ねばいいのに⋮⋮⋮ つうか、クレオが男を遠ざけていたのは分かったが、それでなん でBLで、なんでその組織の代表みたいになってんだよと、色々と 聞きたいことはあるが、ただ⋮⋮⋮ 805 ﹁仮にも勇者候補だった伝説のお姫様が、そこらの女みたいに騒ぐ な﹂ ﹁⋮⋮⋮なんですって?﹂ ﹁戦争して、勢力争いあって、騙し騙され血で血を洗う野蛮な時代 の野蛮な世界のお姫様なんだ。男に騙されたとかで、相手を恨んで 感情的に叫ぶのは、みっともねーぜ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ! だ、誰が、誰の所為で!﹂ そう、誰の所為か? 俺の所為だ。 ﹁分かってるよ、クレオ。お前にネチネチ言われるまでもなく、悪 いのは俺で、そのことに対してなんの言い訳もできねーし、謝るこ とすらできねーほどだってことはな﹂ で、俺の所為なのは分かった。言い訳も謝罪もできねえ。 なら、俺に何ができる? ﹁そして、今更お前にしてやれることなんて何もねえってこともな。 今の嫁と離婚しろとか言われても、無理だしな。俺が嫁に殺される。 だからって俺自身がお前に殺されて償うことも無理だな。これで死 ぬのも阿呆らしい﹂ 806 ﹁あ、ほらしい、だとっ?﹂ ﹁そうさ。お前がこの十年間、俺への想いを抱き続けたのに対し、 俺はお前のことを十年前から一度も思い出したこともねえ。もう既 に、そんなことすらとっくに忘れてた﹂ 今更取り繕うことなんて何もねえ。事実なんだ。 だから、真実と現実を教えてやるしかない。 俺はクレオの死に涙を流すこともなく、そしてそのことをたまに 思い返すとかそういうこともなかった。 ましてや、相手は別に俺が惚れていた女だったわけでもねえ。 前世の記憶がフラッシュバックして、意味も分からず叫んだ言葉 に、こいつが勘違いした。 そのまま十年後、死んだと思ってたけど、やっぱり生きていて、 今になって現れて、現在の俺の嫁関係を知って﹁裏切り者﹂と叫ん でくる。 それが、俺にとっての今のクレオ。 そのクレオに対して、﹁俺が悪かった﹂という気持ちはあるもの の、それで死んで償おうなんていうのは阿呆らしい。それが俺の本 心だ。 ただ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ﹁ただな、クレオ⋮⋮⋮お前が俺のことをどう思おうと、俺はそれ を否定できねえ。女たらしだ、口だけだ、裏切り者だ、女の敵だ、 最低のクズだ、好きに罵れよ。でも、それでもな⋮⋮⋮⋮⋮⋮お前 が生きていて残念だなんて、欠片も思ってねーよ﹂ 807 そう、それだけは間違いない。 あの時の、生意気なガキは生きていた。そのことについて、俺は 残念とは思ってねえ。 ﹁どの口が⋮⋮⋮どの口がッ!﹂ ﹁まあ、それを信じようが信じまいが、そんなのお前の自由だ。そ れを信じてくれなんて訴える気も、俺にはねえ﹂ そう、言い訳しない代わりに、たとえ信じてもらえなくても、そ れぐらいは言ってやりたかった。 お前が生きていて、残念だとは思っていないと。たとえその言葉 が、余計にクレオの怒りを生むことになったとしても。 ﹁うう、殿に一体何が⋮⋮まさか、殿も今は拙者を愛でてくださる が、いつの日か拙者を捨てることも⋮⋮⋮﹂ ムサシがものすごいクレオに感情移入して、自分に置き換えてメ ッチャ焦ってる。大丈夫だムサシ。お前は捨てない。一生可愛がる から。 ﹁⋮⋮⋮はあ、くだらないんで、ほんと⋮⋮⋮﹂ んで、何故かニートは物凄い呆れたように溜息吐いてる。 その様子に、ブラックたちが目を鋭くするが⋮⋮ ﹁ちょっと、ニート! あんた、何のんきなこと言ってんのよ! あの最低男、どうにかしてやろうって思わないの? このままじゃ、 クレオ姫が可愛そう過ぎるじゃない!﹂ ﹁いや、もうなんか結末が見えたんで⋮⋮⋮⋮どーせ、最後は嫁が 808 一人増えるだけだと思うんで﹂ おい、こら、ニート! テメエ、俺がめんどくさくなればとりあ えず結婚する男みてーなこと言ってんじゃねえよ。 だが、ニートやムサシたちの反応はそれぞれでも、クレオの反応 は変わらない。 ﹁殺す!﹂ 俺の言葉で余計にイラついた表情を浮かべ、ついに爆発した。 ﹁そう言うな。最低で、女垂らして、エロくて、ガラ悪い男⋮⋮俺 の女になるのは、そんな俺でも構わねえと、力ずくで俺と一緒にな りやがった女たちだけだ﹂ ﹁黙れッ! どうせ、今一緒に居る女たちすら、貴様は真剣に愛し てなど居ないのであろう! ヴェルト・ジーハ⋮⋮貴様は有史以来 の史上最悪のオスよ⋮⋮今、その存在を遺伝子一つ残さず死滅させ るわ!﹂ 暁光眼が発動するか? いや、違う⋮⋮ ﹁無属性魔法・グラビディボール!﹂ 俺の力なら、暁光眼に対抗できることは既に証明済み。それを理 解しているからこそ、クレオも戦い方を変えてきたな。 黒い球体が、空間を歪めながら俺に放たれる。 ラブの力に似ている。つまり、あれに触れたら高重力で潰される ってことか? ﹁ふわふわ方向転換!﹂ 809 だが、それがどうした。俺の力なら、向かってくる魔法そのもの を俺が自動操作して空の上まで飛ばすことも可能。 それどころか、相手にそのまま跳ね返すことだって出来る。 ﹁暁光眼流魔法術・魔法分身ッ!﹂ ﹁んっ、お、おおっ!﹂ 次の瞬間、クレオの放った魔法球が分身した。俺の上下四方全て を囲むかのように⋮⋮ ﹁魔法が分身した?﹂ ﹁ヴェルト・ジーハ。どういう仕掛けかは分からないが、貴様は相 手の魔力を感知し、それを引き剥がしたり、動かしたりすることを できるようね。でも、この数全てをコントロールできるかしら?﹂ 幻術で分身した魔法球。本物の重力魔法は一つなんだろうが、分 身した魔法球全てにクレオの魔力が篭ってるから、本物と偽物の判 断が出来ねえ。 つっても⋮⋮⋮ ﹁まあ、やろうと思えばできなくもねーが⋮⋮こういうこともでき るぜ? ふわふわ乱気流!﹂ メンドクセーから、気流を起こして全部強制的に弾き飛ばす。 そうすりゃ、こんなもん⋮⋮⋮ん? クレオ⋮⋮何を笑って⋮⋮ ﹁そうね。真偽は別にして、仮にも四獅天亜人のエロスヴィッチや、 ヤヴァイ魔王国の王族が貴様をクラーセントレフンの覇者と認めて いる以上、その程度はやるのでしょうね。でも⋮⋮これはどうかし 810 ら!﹂ その時、俺は自分の足元が突如光り輝いたのが分かった。 慌てて下を見ると、俺の足元には淡く輝く六芒星の魔法陣が⋮⋮ グラビディハンドカフス ﹁罠魔法・重力手枷!﹂ 突如、俺の両腕に、鉄球のついた手枷がッ! ﹁ッ、これはっ!﹂ ﹁貴様が破壊したこの店は、私の設計した店よ? この程度の仕掛 けぐらい作っておくに決まっているでしょう? 本来小規模な威力 しか発揮しない魔法陣も、練り上げれば強固な力を発揮するのよ?﹂ 罠かよ。乱気流で視界が僅かに塞がれた瞬間に発動されたってこ とか。 だが、この程度なら⋮⋮ ﹁そして、貴様の特殊な魔法⋮⋮正体は分からないけれど、所詮魔 法なら話は早い。その根本を断ち切ればいいだけの話!﹂ 俺が身を捩って拘束の魔法を引き剥がそうとした瞬間、クレオは 既に俺との距離を詰め、ゼロ距離から俺に向かって手を翳す。 その瞬間、まるで自分の体内から何かがゴッソリと引き抜かれて、 クレオの手に吸い込まれる感覚が襲った。 マジックアブソープション ﹁無属性魔法・魔法吸収!﹂ 引き抜かれたもの。それは、魔力だ! 俺の体内から魔力を大量に⋮⋮こいつっ! 811 ﹁うおっ⋮⋮⋮ぐっ⋮⋮テメェ⋮⋮﹂ ﹁これだけ魔力を吸収すれば、もはや何もできないでしょう?﹂ 一気に体が重くなり、その場で跪いちまった。 流れるように間髪いれずに次々と魔法を繰り出して相手を飲み込 むクレオの力。 確かに強い⋮⋮素直にそう思った⋮⋮ ﹁すごい⋮⋮クレオ姫⋮⋮この魔法のキレは⋮⋮フォルナ姫、アル ーシャ姫⋮⋮ロア王子と遜色ないレベル⋮⋮﹂ 同じ魔法技術に長ける者として、ペットも目を見開いて驚いてい る。 そう、これが⋮⋮本来、勇者になるはずだった女の力⋮⋮ ﹁す、すごい! あの、メロン代表が、これほど強かったとは⋮⋮﹂ ﹁これが、魔法!﹂ ﹁そんな⋮⋮代表が、クラーセントレフンの住人だったなんて⋮⋮﹂ ﹁じゃあ、この力も、これまでのも、全て⋮⋮魔法⋮⋮﹂ ﹁ふっ⋮⋮なるほどね∼、ウゼエぐらい強気なのもそういう訳か﹂ その力は、たとえこの世界の住人といえど、﹁スゴイ﹂というこ とは容易に理解できるほどのものだった。 まあ、腐女子たちは未だに、クレオの正体に驚いて呆然している みたいだが⋮⋮ しかし、もうそんな反応は、クレオにとってはどうでもいいよう だ。 今のクレオは、俺への憎しみでいっぱいだった。 812 ﹁無様ね、ヴェルト・ジーハ。この程度で圧倒されるなど、貴様は 本当にクラーセントレフンを支配したのかしら?﹂ 跪いている俺を、ゴミ虫を見るかのような冷たい目で見下ろして くるクレオ。 俺も思わず苦笑しちまった。 ﹁やるじゃねえか。十年のブランクがあり、オタク街道まっしぐら の女になった割にはな⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁ふっ、当然よ。大規模な戦争こそなかったものの、私自身もこの 世界で身を守り、今の地位まで上りつめるには、当然、裏の世界で は力を使ったイザコザがあったわ。それも全ては、生き残るため⋮ ⋮そして、いつか⋮⋮元の世界に帰るために⋮⋮﹂ この力は、勘違いとはいえ、俺の元へと帰るために身に付けた力 ってわけか⋮⋮⋮なんだか⋮⋮切なくなってくるな。 ﹁ちょ、ちょっと∼、あいつやられちゃうんじゃない? ねえ、ニ ート! どうすんのよ!﹂ ﹁はっ、何が?﹂ ﹁何がって! だから、あいつ普通に負けそうじゃん! 助けなく ていいの? ムサシだって、心配でしょ?﹂ まあ、そう見えるよな。正直、相手の力の正体が分かったとはい え、それを差し引いてもクレオは強い。 だからこそ、俺がコテンパンにやられているように見えるよな。 実際、現時点では俺の魔力は結構吸われたし。 813 ﹁も、もちろんでござる! いかに一騎打ちとはいえ、もしもの時 は拙者が割って入る所存! たとえ、殿の逆鱗に触れようとも、拙 者はイザとなれば黙っていないでござる﹂ 色々とテンパってるムサシもこんな状態だ。だから、周りはクレ オ優勢という認識だった。 ただ、俺以外の一人の男を除いて⋮⋮ ﹁いいと思うんで。あんなやつ、一回女にぶっ殺されれば﹂ ﹁ちょっ、ニート!﹂ ﹁⋮⋮でもまあ⋮⋮⋮⋮そうならないんだろうけどな⋮⋮⋮あいつ、 ⋮⋮ハーレム野郎だけど⋮⋮普通に色々と乗り越えてるやつなんで ⋮⋮﹂ ニートだけは、全く俺のことを心配しないで、冷静に見てやがる。 それが、﹁この野郎﹂と思う一方で、﹁まあ、その通りだ﹂とも 思えるから、複雑なところ。 ﹁ヴェルト・ジーハ! 全ての禍根はここで断ち切るわ! さよう なら⋮⋮⋮最初で最後の⋮⋮恋に!﹂ すると、クレオが魔力を凝縮した掌を俺に向かって振り下ろそう としてきた。 トドメの一撃のようだ。 せめて、最後は楽に死なせてやることがせめてもの情け⋮⋮そん な気持ちなんだろうが⋮⋮ 814 ﹁ふわふわキャストオフ!﹂ ﹁ッ! ⋮⋮⋮なっ⋮⋮⋮﹂ 俺は、クレオの魔力を普通に引き剥がしてやった。 俺にとっては別に普通のこと。 だが、クレオは時が止まったかのように驚愕していた。 ﹁ば、馬鹿な⋮⋮⋮な、なぜ! 貴様の魔力は尽きたはず! なの に、なぜ?﹂ ﹁確かに、結構吸い取られたな⋮⋮でも、ほんの僅かでも魔力が残 っていれば、俺にはそれだけで何の問題もないんだよ﹂ ﹁な⋮⋮なんですって?﹂ そう、魔力が尽きれば魔法は使えない。それは常識だ。 でも、完全なゼロにさえならなければ、俺には問題ない。 ﹁簡単な話だ。魔力が消費したなら、大気を漂う魔力をかき集めて 体内に取り込む。そう、それだけで俺は無限に戦える﹂ ﹁そ⋮⋮そ、そんなことが! き、貴様が、そんな力を? 馬鹿な、 そんな魔法、聞いたこともない!﹂ ﹁ああ、俺も編み出そうと思って編み出したわけじゃねえ。この力 は⋮⋮死んだ親友に⋮⋮そいつの娘を、家族として⋮⋮一人の女と して⋮⋮俺が一生幸せにしてやると、誓った時に身につけた力だ﹂ そう、鮫島ことシャークリュウのアンデットと戦ったとき。 ウラを、俺が幸せにしてやると誓い、覚悟を決めたときのこと。 815 ﹁クレオ⋮⋮⋮さっきも言ったように、お前が俺のことをどう思お うと、俺はそれを否定できねえ。お前には俺を罵る資格はあるし、 俺に否定する理由はねえ。でもな⋮⋮そんな俺でも俺なりに⋮⋮お 前がいなくなった十年間⋮⋮俺自身も軽くねえ日々を過ごしてきた ⋮⋮命懸けで、全開で⋮⋮それは決して偽物なんかじゃねえ