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異世界転生−お前との再会からも長いこと長いこと

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異世界転生−お前との再会からも長いこと長いこと
異世界転生−お前との再会からも長いこと長いこと
アニッキーブラッザー
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
異世界転生−お前との再会からも長いこと長いこと
︻Nコード︼
N4345CX
︻作者名︼
アニッキーブラッザー
︻あらすじ︼
☆本作は、﹁異世界転生−君との再会まで長いこと長いこと﹂の
続編になります。
☆上記作品は、アルファポリス社様にて書籍化による関係で、本サ
イトより移行しております。
☆移行先:WEB小説投稿サイト・ハーメルン︵https://
novel.syosetu.org/93443/︶
1
☆あらすじ
不良高校生だった朝倉リューマが修学旅行の事故で死に、異世界に
転生して十八年。
ヴェルト・ジーハの名で第二の人生を歩んで、なんやかんやで世界
を征服しちゃったり、色んな種族のお姫様を六人も嫁にもらったり、
家族や友達や戦友や変態たちと毎日を楽しく過ごしていた。
人間も亜人も魔族も、戦争一段落したっぽくて、これからはほのぼ
のした平穏な日々を過ごせる⋮⋮⋮⋮なんて、それはありえない話
だ!
世界を巻き込んだ混沌が消えた今、その全てを飲み込むほどの、新
たなるカオスが世界に放たれる。
かつてないほど強大だったり、かつてないほどくだらなかったり、
世界を再び混乱の渦に叩き込む日々が、ヴェルト・ジーハを中心に、
また長いこと長いこと幕を開けることになる。
2
●世界観∼用語説明︵たまに更新︶
◇世界観説明
●世界観
広大な四つの大陸に分かれた世界。大陸はそれぞれ、﹃人類大陸﹄、
﹃魔族大陸﹄、﹃亜人大陸﹄、そしてかつて神々が住んでいたとさ
れる未開発の大陸である、﹃神族大陸﹄に分かれている。
世界は、それぞれの大陸に人類、魔族、亜人と分かれて生活をし、
各々の文明を発達させていった。やがて世界の種族は未だ手の付け
られていない広大な神族大陸に目を付け、海を渡ってその領土を手
にしようとした。しかし、同じ野心を抱いた他の種族も神族大陸の
領土確保に乗り出したことにより、世界はやがて領土争いを戦争へ
と発展させ、その戦争は何百年と続く異種族同士の長い戦乱の世へ
と導いた。
■人類大陸
百を超える大小無数の国々に分かれ、億を越える人間がそれぞれ暮
らしている。肉体的な強さや魔力の強さは他種族よりも劣るが、技
術と文化の発達により進化を続ける。また、異種族の強さに対抗す
るために、人類大陸最大国家である﹃アークライン帝国﹄を中心と
し、各国の優秀な人材を結集させた﹃人類大連合軍﹄を神族大陸の
戦争へと投入。さらに、特に優秀な人材である十人の選ばれし人間
には、﹃光の十勇者﹄の称号を与え、力で上回る他種族に対抗する。
■魔族大陸
かつては多くの国々があるも、魔族大陸内の魔族同士の長い争いに
より、多くの国が淘汰され他末、七つの大国と七人の魔王が大陸を
3
収めることとなった。七人の魔王は、﹃七大魔王﹄と呼ばれ、各々
の国単体で他国との争いから神族大陸の争いをこなした。魔族の中
にも、魔人族、鬼魔族、サイクロプス、アンデットなど細かい種類
に分かれており、すべての種族は未だ明らかにされていない。
■亜人大陸
多くの国、そして無数の部族に分かれており、人口は三種族の中で
も最も多いが、最も大陸内も安定していない。亜人の中でも、数多
くの獣人や神族の末裔とまで呼ばれる幻獣人族まで生息している。
無数に存在する亜人の中でも、各種族が認める最強の亜人には﹃四
獅天亜人﹄と呼ばれる称号が与えられ、称号を与えられた四人の亜
人を中心として、大陸内の争いから異種族との争いまで動かす。
■神族大陸
かつては神々が住んでいたとされ、数多くの伝説はあるものの、現
在は特定の種族は生息しておらず、豊富な自然資源が手つかずのま
ま眠っている。数多くの未確認生物や、伝説の希少生物が生息して
いるとされているが、三種族の争いと互の牽制故にその大陸の全て
が未だ解明されていない。
■三大未開世界
地上に住む、人類、亜人、魔族、とは別にどれにも属さない未知の
世界とされ、世界でも文献や伝承のみでしか伝えられず、どの種族
の国家も詳細まで掴み切れていない世界。﹃天空世界﹄、﹃地底世
界﹄、﹃深海世界﹄と呼ばれた三つの世界。その所在は何百年以上
も謎とされている。
◇用語
4
■三大称号
﹃光の十勇者﹄、﹃七大魔王﹄、﹃四獅天亜人﹄。世界に轟く三つ
の称号。
パラディン
その称号を得たものは、種族問わずに世界の歴史に名を刻む英雄と
されている。
■聖王
人類大陸に存在する六人の選ばれし聖騎士と六人の王により祀られ
た謎の存在。
■世界最強の五人
種族問わずに、その武勇伝から、世界最強と噂される五人の戦士
弩級魔王ヴェンバイ、ロックの魔王キシン、武神イーサム、狂獣怪
人ユーバメンシュ、聖母カイレ。
●人類大陸内国家
■エルファーシア王国
ヴェルトの生まれ育った国。人類大陸の西方に位置する。
人口や文化レベルは非凡だが、その人材のレベルは大陸内でも有数
であり、人類大連合軍には数多くの英雄候補を毎年送り出している。
また、王族、貴族、平民、農民、階級に関係なく誰もが大らかであ
り、平和である。姫が平気で王都の中や農村を行き来したり、農民
の子供とデートしたり、国民全員でそれをニヤニヤしながら応援し
ており、国王もそれを許している。
■アークライン帝国
人類大陸の中央に位置する人類大陸最大国家。その国土、人口、軍
事力、全てが大陸内でも飛び抜けており、エルファーシア王国の十
倍はあるとされている。
5
人類大連合軍発足の地でもあり、軍の主要拠点として常に多くのエ
リートが大陸中から集められている。
■ボルバルディエ王国
かつては、要塞国家と呼ばれたほどの大国であり、独自の技術を用
いた建設及び土地開発の能力は人類どころか他種族にまで知れ渡っ
ていた。特に、人類大陸の地下、及び他種族の大陸へと続く地下ト
ンネル及び海底トンネルを秘密裏に建設し、世界を手中に収めかけ
るも、その力を脅威とした七大魔王国の一つであるヴェスパーダ魔
王国の強襲を受けて滅亡。
■チェーンマイル王国
いずれ、記載
■ロルバン帝国
いずれ、記載
●魔族大陸内国家
■ヤヴァイ魔王国
ヴァンパイアが統治する、七大魔王国家二強を争う国。世界最強の
五人に数えられる、弩級魔王ヴェンバイを筆頭とし、魔王と遜色な
い力を誇る王子や、血族の力は世界の覇権に最も近いとされている
が、その国内の情勢については不明。
■ジーゴク魔王国
鬼魔族が統治する、七大魔王国家二強を争う国。圧倒的な王族と屈
強な鬼たちの軍事力は、国単体で人類大連合軍を遥かに上回る力を
誇っている。しかし、魔王の座にいたロックの魔王キシンは、世界
最強の五人に数えられるも気まぐれゆえに、国家の力がありながら
6
も真剣に神族大陸の覇権争いにはあまり介入していなかったが、自
国の民や国家に危機が及ぶときは、一致団結してその圧倒的な力で
容赦なく敵を殲滅する。
■マーカイ魔王国
サイクロプスが統治する、七大魔王国家の中でも中堅の国。軍事力
はヤヴァイ魔王国やジーゴク魔王国に劣るものの、魔族大陸内の覇
権争いには強気な姿勢を持ち、そのためならば他種族と組むことも
ある。
■ヴェスパーダ魔王国
魔人族が統治する、七大魔王国家の中堅の国。七大魔王国の中でも
穏健であり、長き戦乱に憂いを感じたことにより、他種族と休戦を
提案するも、人類の罠に嵌り莫大な損失をもたらされた。しかしこ
の出来事が逆鱗に触れ、人類との戦争に力を注ぎ、やがてトンネル
に脅威を覚えてボルバルディエ王国を攻め滅ぼす。しかし、後に人
類大連合軍の手により軍は壊滅し、滅亡の道を辿った。
■ヤーミ魔王国
死者を操るネクロマンサーが統治する、アンデットが蔓延る七大魔
王国家の中でも弱小国。砂漠ばかりの不毛な地ゆえに自国を安定さ
せることで手一杯であり、他種族との戦争には関心がない。
■クライ魔王国
いずれ、記載
■ポポポ魔王国
魔王チロタンが率いる、移動型の国家。特に決まった拠点を持たず
に、魔王チロタンが気まぐれに滅ぼした領土を傘下に置き、多種多
様な種族を率いて土地を転々とする。
7
しゅんじろう
●前世のクラス名簿
こばやかわ
小早川 俊二郎﹃妻子持ち。ラグビー部顧問。二つ名:熱血天然記
念物﹄
あさくら
朝倉 リューマ﹃帰宅部。入学後停学最速記録保持。たまにライブ
こうき
ハウスでバイト。不良。二つ名:ツンデレヤンキー﹄
えぐち
江口 光輝﹃動画研究同好会。レンタルビデオ店でバイト。保健体
まさよし
育学年一位。二つ名:エロコンダクター﹄ かがみ
加賀美 正義﹃バスケ部。校内にファンクラブ有り。校内彼氏にし
じゅうろうまる
たい男子二位。二つ名:チャラ男気取り﹄
きむら
木村 十郎丸﹃プロレス同好会。パチンコ麻雀賭博で停学回数歴代
りょういち
一位。二つ名:ギャンブルデビル﹄
さめじま
鮫島 遼一﹃空手部。二段。堅物。たまにボクシング部助っ人。二
はるき
つ名:スクールファイター﹄
すずはら
鈴原 春樹﹃帰宅部。新聞配達、ファミレスでバイト。クラス男子
まなぶ
貯金一位。二つ名:働く正直者﹄
たどころ
田所 学﹃男子クラス委員長。帰宅部。塾通い。医者の息子。二つ
れんと
名:マッシュルーム委員長﹄
ちしま
千島 蓮人﹃サッカー部。年中坊主。校内一長身。二つ名:トーテ
8
しおん
ム坊主﹄
どかい
土海 紫苑﹃園芸部幽霊部員。ネガティブぼっち。実は一部にモテ
ちはる
る。二つ名:勘違い高二病﹄
ななかわ
七河 千春﹃文学部。校内男の娘選手権優勝。非公式校内男が抱き
なおや
たい男一位。二つ名:シュシュ使い﹄
はしぐち
橋口 直哉﹃帰宅部。アニメオタク。体重0.1トン。二つ名:橋
がいあ
口辞典﹄
ほしかわ
星川 凱亜﹃生徒会長。男子テニス部主将。成績学年二位。校内彼
げんいちろう
氏にしたい男子一位。二つ名:残念王子﹄
みやもと
宮本 弦一郎﹃剣道部。初段。実家が剣道道場。二つ名:草食剣士﹄
むらた
村田 ミルコ﹃元軽音楽部。クロアチア人のハーフ。大学生とバン
てんが
ド。二つ名:ロックデナシ﹄
やがい
夜飼 天我﹃バスケ部。運動音痴。ナルシスト。クラス女子全員に
じょうじ
告白経験あるが、全敗。二つ名:自爆ラブテロリスト﹄
ゆざわ
遊澤 譲二﹃ラグビー部。プロップ。ベンチプレス140kg。二
しょうた
つ名:ダンベルマン﹄
りゅうぜんじ
龍善寺 翔太﹃帰宅部。パルクールチーム所属。トレーサー。普通
じんた
二輪免許所持。二つ名:平成忍者﹄
わじま
輪島 仁太﹃野球部。彼女持ち。実家が豆腐屋。二つ名:隠れリア
充﹄
9
あやせ
かゆき
綾瀬 華雪﹃女子クラス委員長、女子テニス部主将。成績学年一位。
ひみこ
校内彼女にしたい女子一位。二つ名:恋の迷走女王﹄
おさじま
筬島 比美子﹃自転車競技部。ロードレーサー。体重35kg。二
みな
つ名:無乳ペダル﹄
かみの
神乃 美奈﹃ラクロス部。模型部。漫画研究同好会。成績学年最下
らん
位。二つ名:天然劇場﹄
こみなと
小湊 蘭﹃体操部。中国人のハーフ。段違い平行棒スペシャリスト。
みこと
二つ名:なんちゃって中国﹄
ささきはら
佐々木原 美琴﹃理系学年一位。UFO研究同好会。二つ名:ロマ
ゆきこ
ンメガネ﹄
しらぬい
不知火 有希子﹃弓道部。実家が神社。保健体育学年二位。二つ名:
そのこ
肉食巫女﹄
たかはら
らいあ
高原 園子﹃図書委員。ファミレスでバイト。二つ名:真っ当女子
高生﹄
てんじょういん
天条院 來愛﹃水泳・背泳ぎインターハイ優勝。オリンピック代表
えな
候補。不登校多し。二つ名:スケバン人魚﹄
なるかみ
鳴神 恵那﹃園芸部。読者モデル。カラオケ百点経験者。校内彼女
にしたい女子二位。二つ名:ゆるふわブリッコ﹄
10
ねおん
ゆめ
音遠 夢瞳﹃帰宅部。ピアニスト。コンクール入賞常連。二つ名:
なでしこ
魔女の指先﹄
びやま
備山 撫子﹃美術部幽霊部員。成績学年ブービー。校内ギャルグル
ひびき
ープリーダー。二つ名:ピュアビッチ﹄
ふの
布野 響﹃漫画研究会同好会会長。腐女子。二つ名:腐教祖﹄
まなか
真中 つかさ﹃チアリーディング部。クラス内巨乳一位。彼女持ち。
かな
二つ名:女たらし女﹄
もがみ
最上 加奈﹃帰宅部。大食い専門店のジャンボラーメン、ジャンボ
オムライス、完食者。二つ名:銀河の胃袋﹄
むかい あゆみ
りこ
迎 歩﹃帰宅部。常にパソコン常備。メガネ。ゲーマー。二つ名:
鬼才﹄
やじま
矢島 理子﹃チアリーディング部。クラス内一低身長。彼女持ち。
まほ
二つ名:禁断超越者﹄
よしだ
吉田 麻帆﹃野球部マネージャー。彼氏持ち。豆腐屋でバイト。二
つ名:俺の嫁﹄
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●光の十勇者一覧︵前書き︶
出身とか、年齢とか、技とか、いずれ更新。
まずは一晩で書いてみた。
12
●光の十勇者一覧
﹃光の十勇者﹄*新旧含む
●ロア・アークライン﹃真勇者﹄
●アルーシャ・アークライン﹃奇跡の氷帝﹄
●フォルナ・エルファーシア﹃金色の彗星﹄
●ギャンザ・シャンドール﹃微笑み﹄
●レヴィラル・ソーディアン﹃暗黒剣士﹄
●ヒューレ・パッショネル﹃精霊戦士﹄
●ガジェ・アウロー﹃流星弓﹄
●ファンレッド・エルファーシア﹃女王大将軍﹄
●ダウン・タウ﹃魔導老師﹄
●ディラン・ゲイラル﹃聖獣騎士﹄
*後の十勇者
●シャウト・リベラル﹃風閃﹄
●バーツ・クルンテープ﹃炎轟﹄
●ドレミファ・オルガン﹃異次元剣士﹄
∼∼以下詳細∼∼
●ロア・アークライン﹃真勇者﹄
人類大陸最大国家、アークラインン帝国の王子。
幼きころからあらゆる文武や魔法の才に秀で、また分け隔てない広
い心と優しさから多くの人類に慕われ、人類の希望としてその名を
世界に轟かせる﹃真勇者﹄の異名を持つ。
13
中世的で端麗な顔立ちから、多くの女性に恋心を抱かれているもの
の、自分の立場や戦争を理由に多くの敵を殺めたことを気にし、恋
愛には積極的にはなれない。
また、普段は温厚だが、仲間や大切な存在を傷つけられたときは激
昂する感情的な一面もある。
十二歳の頃に、七大魔王のシャークリュウ、四獅天亜人のカイザー
を倒したことで、一躍頭角を現した。また、その戦いにおいて、伝
説と呼ばれる﹃紋章眼﹄を覚醒させた。
十七歳の頃、ジーゴク魔王国との戦争で、七大魔王のキシンに惨敗
したショックで打ちひしがれていたところに、偶然、ヴェルトと出
会う。これまで自分の周りにいなかったタイプのヴェルトの性格や
言葉に戸惑うことがあるも、難しいことをゴチャゴチャ考えないそ
の姿に肩の力が抜け、もう一度奮起する。
十九歳の頃、人類、魔族、亜人で休戦協定を結ぶ世界同盟を発足。
直後、ラブ・アンド・ピースの手に落ちて囚われることになるも、
ヴェルトたちがラブ・アンド・ピースと戦っているついでに、助け
られ、最終決戦の場において、人類代表の一人としてヴェルトの国
の建国を支持。
いろいろあったが、本当はヴェルトと友達になりたいと思っている
が、なかなかうまくいかない。だからこそ、妹のアルーシャがヴェ
ルトと結婚することに大賛成し、さらには若干のシスコン的なとこ
ろもあるため、アルーシャを優遇してくれるようにヴェルトにコッ
ソリお願いしている。
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●アルーシャ・アークライン﹃奇跡の氷帝﹄
人類大陸最大国家、アークラインン帝国の姫。王位継承権を持ち、
真勇者と呼ばれた兄を持つ。
自身も光の十勇者に数えられる英雄の一人にして、精鋭部隊・イエ
ローイエーガーズを率いてその名を世界に轟かせる。
氷の魔法の扱いに長け、﹃奇跡の氷帝﹄の異名を持つ。
表面上はクールに保っているが、心は熱く、リーダーシップもあり、
世代問わずに人望を集めている。
基本的に天才肌の優等生であり、大陸中のエリートが集められた軍
士官学校でもフォルナたちと同期であり、フォルナと同じ飛び級で
あり、歴代最速で卒業している。
また、兄のロア同様に多くの異性から好意を寄せられているが、そ
れは全て秒殺で断っている。しかし、恋愛そのものはまったく否定
していないため、恋に一直線なフォルナの生き方に憧れて、応援し
ている⋮⋮そんな時代もあった。
十五歳の時にヴェルトと出会い、前世のクラスメートと発覚。前世
では朝倉リューマにほのかな想いを寄せていたが、前世は前世と割
り切り、戦友でもあり、親友でもあるフォルナを応援して、自分は
一歩引いていた⋮⋮そんな時代もあった。
十七歳の時に、脱獄したヴェルトと再会し、聖騎士の真相を知り、
ヴェルトたちの考えに同調し、共に行動するようになる。共に旅す
るうちに、他の女たちがヴェルトと関係を築く状況を目の当たりに
して、後にぶっ壊れたように開き直り、ドサクサに紛れてヴェルト
の嫁の座に自分をぶち込んだ。
15
●フォルナ・エルファーシア﹃金色の彗星﹄
エルファーシア王国の姫。
幼い頃に城を飛び出して麦畑で迷子になっていた時に、ジーハ一家
に遭遇し、助けられる。その後、身分の差はあれどジーハ家とは家
族ぐるみの付き合いで、ヴェルトに初恋を抱く。
魔法の才も勉学の才も人類の中で飛び抜けており、人類の勇者の一
人、﹃金色の彗星﹄の名を大陸に轟かせている。
王族の誇りや責務、世界の情勢、自身の立場を理解しつつも、基本
的にまず行動はヴェルトへの恋を優先と開き直っており、王国中も
それを尊重している。
幼い頃は、状況次第では農家に嫁ぐことも考えていた。しかし、ジ
ーハ夫妻が亜人の強盗の手により命を落としたことで、ヴェルトが
安心して暮らせる世界を手にするためにと、戦争に身を投じること
を選んだ。
帝国に拠点を移して、何年もヴェルトと会えない日々が続くも、そ
の恋心は全く色あせることなく、帝国中や人類大連合軍の中でも自
分の恋物語を吹聴していた。
長き戦乱も終わり、人類大連合軍及び光の十勇者は凍結となり、故
郷に戻る。
ヴェルトヨメーズのリーダーとして、定期的に他の嫁と連絡を取り
合う。
ヴェルトがかつて好きだった神乃美奈が転生した、クロニア・ボル
バルディエを最大限警戒している。
●ファンレッド・エルファーシア﹃女王大将軍﹄
フォルナの母にして、エルファーシア王国の女王であり、人類大連
合軍における最強の実力者。
16
若き頃から、果敢に神族大陸の戦争に身を投じており、その好戦的
でサディスティックな性格や戦い方は多くの異種族を震え上がらせ、
七大魔王や四獅天亜人からも一目置かれている。
かつては戦のみが己の全てと、ただ本能の赴くままに血みどろの戦
争を繰り返してきた。しかしある日、偶然故郷の麦畑でヴェルトの
父であるボナパと出会い、その素朴な人柄に一目ぼれして猛アタッ
クしつづけるが、すでにボナパには後にヴェルトの母となるアルナ
と将来を誓い合っていたことで失恋。その失恋のショックと、同じ
くアルナに失恋して打ちひしがれていた当時のエルファーシア王国
王子であり後の国王の姿にイラついて、無理やり浚って寝室に監禁。
その数ヵ月後に妊娠が発覚し、ファルガが生まれた。
失恋したら本当の女王になっていたというエピソードは、エルファ
ーシア王国では有名だが、一応緘口令は出されている。
失恋はしたものの、ボナパとアルナとは家族ぐるみの付き合いを続
けており、二人の子供であるヴェルトが生まれたときは、自分の子
同然のように喜び可愛がった。時同じくして、自分もフォルナを出
産したことで、周囲の意思など関係なく二人を将来結婚させると本
気で決定した。
ファルガが国や王族に縛られることなく自由に生きることには基本
的に尊重しているが、全く甘えず頼ってこない実の息子に寂しさを
感じている反動から、必要以上にヴェルトとフォルナに絡んでいる。
●ギャンザ・シャンドール﹃微笑みのギャンザ﹄
人類最大国家、アークライン帝国将軍にして、人類大連合軍、﹃光
の十勇者﹄の称号を持つ。
フォルナ、さらにはロアよりも上の世代で天才と呼ばれ、光の魔法
17
を極めし神聖魔法の使い手。また、剣術においても他を圧倒する技
量を持っている。
帝国の姫であるアルーシャが仕官し、独自の特殊部隊であるイエロ
ーイェーガーズを設立したことで、その補佐をするべく副長の座に
着く。
帝国、人類、正義のために身を捧げ、常に微笑みを絶やず、弱きも
のに感情移入して体を張って救おうとする性格。ただし、基本的に
人に相談しないであらゆることを自己判断で物事を進め、自分の考
えに疑うことはない。敵だと判断したものには、涙を流しながらも、
どんな非道な行いも容赦なく実行し、それを邪魔するものは味方で
も切り捨てる。
その極端な人格は魔族や亜人にも知れ渡っており、捕虜にした異種
族や、投降した兵たちへ行う蹂躙行為は多くのものに恐怖される。
かつて、魔王シャークリュウの妻であるヴェスパーダ魔王国の王女
が休戦と友好を持ちかけるも、自己判断で罠だと決め付けて王女を
捕らえて、命を奪った。それに激昂したヴェスパーダ魔王国と人類
大連合軍が全面戦争を起こすも、シャークリュウはロアに敗れて敗
走。その後、残軍兵の討伐としてシャークリュウに追い討ちをかけ、
それを討ち取った功績を称えられて、十勇者の称号を得る。
アルーシャやロアからの信頼は厚いが、ヴェルトとウラとのわだか
まりは戦争が終わってもとけていない。
●レヴィラル・ソーディアン﹃暗黒剣士﹄
常に、黒一色の鎧にマント、そして長い黒髪を靡かせた男。剣の腕
18
前だけならば人類大連合軍最強である。
傭兵として数多くの戦場を渡り歩き、過去にファルガとの交流もあ
る。基本的に無愛想な性格で他者を寄せ付けない空気を出している
が、ある日、ロアと出会い、しつこく勧誘されているうちに、共に
戦いたいという意識が芽生え、神族大陸の戦争に参戦。当初はロア
の側近として戦っていたが、数多くの戦果をあげたことで、人類大
連合軍で初めて傭兵から十勇者の称号を得た。
●ヒューレ・パッショネル﹃精霊戦士﹄
人類大連合軍のムードメーカーにして元気印。アークライン帝国の
貴族の家系で、ロアやアルーシャとは幼馴染。基本的に誰が相手で
もフランクに接するために、男女問わずに友達も多い。普段はビキ
ニと短パンという扇情的な格好をしているものの、男勝りな性格と、
また本人は隠しているつもりだがロアにべた惚れしていることは周
知の事実のため、周りからはあまり女として見られていない。
多くの恋愛を敬遠したロアでも、彼女にだけは特別な感情を抱いて
おり、現在ロアのそばにいる異性で、もっともロアと近しい存在で
ある
●ガジェ・アウロー﹃流星弓﹄
人類史上最高の弓の使い手として称えられる。元は遊牧民族だった
が、その力をアークライン帝国の国王に見込まれて、人類大連合軍
の一人として戦争に明け暮れる。
ファンレッドたちと同じ時代から戦争に身を投じており、若いロア
たちの兄貴分的な存在として引っ張る。基本的に大雑把な性格で、
身分が上のロアやアルーシャたちにも気安く接している。
19
ジーゴク魔王国との戦を最後に十勇者を引退し、隠居。その後行方
をくらませるが、後にラブ・アンド・ピースの最高幹部に就任して
いたことが発覚。
アルーシャたちがその真意を問いただそうとするも、結局何も語ら
ず、最終決戦の後には再び姿をくらませた。
●ダウン・タウ﹃魔導老師﹄
ジーゴク魔王国との戦で、六鬼大魔将軍のゼツキと戦い、戦死。
●ディラン・ゲイラル﹃聖獣騎士﹄
ジーゴク魔王国との戦で、六鬼大魔将軍のゼツキと戦い、戦死。
∼∼後の十勇者∼∼
●シャウト・リベラル﹃風閃﹄
エルファーシア王国将軍の息子にして、名門貴族の子。
ヴェルトの同級生であり、成績トップ。複数の魔法属性や高度な魔
法技術を扱い、将来を有望視されている。ヴェルトの幼馴染でよく
振り回されている。たまにヴェルトに泣かされるが、同じ歳なのに
少し意地悪な兄貴分の空気をヴェルトから感じて慕っている。
フォルナとヴェルトの仲は幼い頃から目の当たりにしており、二人
は結婚するものだと思ったまま成長してきたので、身分の差や二人
の仲を疑ったことがない。
同期のホークと、皆をまとめて指揮することが多く、二人の仲の進
20
展は同期の中でも気になるものとなっている。
●バーツ・クルンテープ﹃炎轟﹄
王都にある酒場の息子で平民。しかし、その才能は同期の中でも群
を抜いており、同期の成績は二位だが、模擬戦などの単純な戦闘能
力であれば同期のトップである。
幼いころから、勇者というものに憧れというよりも、自分たちが世
界を救うんだという思いを抱いており、正義感が非常に強い。それ
ゆえ、テキトーなヴェルトとはことあるごとに喧嘩になり、ヴェル
トもバーツをからかったりして、一見非常に仲が悪い。しかし、ヴ
ェルト曰く﹁正に物語の主人公﹂と、真っ直ぐなバーツには好印象
を抱いている。バーツもまた、自分を振り回すヴェルトを天敵と思
う一方で、その存在感を誰よりも認めており、同期の中で一番ヴェ
ルトを評価している。
人類大連合軍における﹃非公式・お嫁さんにしたいランキング﹄で
トップのサンヌとは、家庭の格差があるものの幼馴染で、サンヌか
らは非常に好意を持たれている。しかし、本人はそのことに全く気
づいていなく、また恋愛に対しても非常に鈍い。そのため、戦争が
終わって故郷で同期で集まる際に、よくヴェルトから﹁お前、あん
ま女を振り回すなよな﹂と文句を言われ、すかさず﹁お前が言うな
!﹂と口論に発展するのはお約束。
●ドレミファ・オルガン﹃異次元剣士﹄
アークライン帝国で将来を有望視された若き剣士。その腕前を買わ
れ、アルーシャ率いる精鋭部隊に配属され、隊の主力として多くの
功績を挙げる。
明るくフレンドリーに接してくる性格であり、バーツやシャウトを
21
国境を越えた戦友として互いを認め合っている。
実は、アルーシャにほのかな想いを寄せていたが、ヴェルトが現れ
たことで色々と人格崩壊してしまったアルーシャに内心ではショッ
クを受けたこともあった。
22
外伝1﹁チビヴェルくん﹂
なんやかんやの世界征服。
怒涛の勢いでたどり着いた戦いの果てで、案の定俺の体は疲労
困憊だった。
全てを曝け出し、出し切って、そしてぶつかった。
体は重いが、その達成感は何事にも代え難い充実感があった。
だが、その僅か数日後、その達成感が薄れるほどの、ちょっと
した事件が起こった。
それは、あいつが行方不明になる直前だった。
﹁ヴェルトくん、私を信じてこれを飲んでちょんまげ!﹂
﹁なにいっ?﹂
神族大陸での大決戦を終え、傷が癒えたら故郷へ戻ろうと決め
ていた俺の元へ、クロニアが変な飴玉のようなものを差し出した。
ここは、神族大陸の最終決戦地。
傷ついた体を癒すために、数日だけこの場に留まろうと、俺は
大勢の仲間たちと体を休めていた。
そして、それは、俺に与えられたこの天幕の中から始まった。
﹁これは?﹂
﹁神族が残した遺産の一つ。こいつ一粒あれば、どんな怪我もあら
不思議! 三日間飲まず食わずでもノープロブレムだーッ! な飴
ちゃんです♪﹂
23
なんだ、その地球の戦士たちが愛用していたアイテムみたいな
ものは。
だが、便利なのには変わりねーけど。
﹁ほんとはさー、貴重だからあんまり使わんどこうと思っとったん
でごわすよ∼。でもさ、怪我人多くて、エルジェラ皇女とか回復の
力使える人も大変そうだし、君だって早く国に帰りたいでしょうが
焼き?﹂
﹁だからくれるって? へえ∼、しかし便利なものがあるんだな。
そこまで来ると、何でもありだな、神族は。まあ、カラクリモンス
ターとか、今更どんなビックリアイテムがあっても驚かねえけど﹂
俺は、特に疑うことも無かった。魔法があって、化け物が居て、
ゴッドジラアだって暴れる世界だ。
こういう回復アイテム的なものは、ちゃんとこの世に⋮⋮⋮
﹁はぐっ!﹂
と思って普通に飲み込んだけど、どういうことだ!
﹁ッ? えう、ちょ、ごふっ!﹂
﹁おおっ! 効き目はええええっ!﹂
か、体が、体が熱いッ!
﹁ぐっ、つ、ぐううっ! な、なんだ! 体が、と、溶けるみたい
24
に熱いッ! クロニア、テメエ本当にこれは⋮⋮⋮﹂
﹁うん、ウッソ♪﹂
⋮⋮⋮⋮怒ッ!
﹁ゴウラアアアアアア、テメエ、な、何をいきなり、ぐっ、ちょ、
心臓がバクバクいってシャレになんねーし、何だよこれはっ!﹂
まさか、毒? いや、クロニアがそんなもの食わせるとは思わ
ないけど、でも、一体、何なんだよ、これは!
すると、クロニアは腕組んで、何の悪びれも見せない笑顔で口
を開いた。
﹁ナニは君だよ∼、ヴェルトくん♪﹂
﹁君さ∼、昨日∼、綾瀬ちゃんとビーちゃんと夜中にイチャイチャ
してたでしょ∼﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮おや?
﹁一昨日の夜は、フォルナ姫とウラ姫∼、そんで∼、今日はこれか
ら∼、ここに∼、エルジェラ皇女とユズリハ姫が来るんでしょ∼?﹂
25
﹁な、なん、なんで⋮⋮⋮﹂
﹁むふふふふふ∼、ローテーションの一週間⋮⋮でも、流石に一週
間もここにいないし、一周できないから、時間短縮のためにイチャ
イチャタイムは今回に限り二倍速でお送りすることは∼、アルーシ
ャちゃんの今朝の鼻歌で全てを語っているんだぜい! 犯人は君な
のだ、ヴェルトくん!﹂
否定できない自分が、なんだか物凄い恥ずかしかった。つうか、
そんなことを前世で惚れてた女に指摘されるとか。
﹁まあ、君もかなり疲れてるから、あんなに強いお嫁さんに襲い掛
かられたら抵抗できねーってのは分かってるんですが⋮⋮私の天幕
さ∼、この天幕の隣なわけですぜい、旦那さんジェルマン。もうさ、
声がも∼ね、聞こえちゃって寝不足なんですよ﹂
その時、俺は目を疑った。か、体が! て、手足が!
﹁まあ、明日には出発するんだろうけど、私もこうも寝不足続くと
ちゃんと寝たいんで、ワリーすけど、ヴェルトくんにはイチャイチ
ャ禁止令を命じYO!﹂
手足が短くなって、俺の体が縮んでいくッ!
そんな中で、
26
﹁ダメよ、コスモス。今日はね、マッマと寝れないの。ね?﹂
﹁ぶ∼∼∼、やだやだーっ! 昨日も一昨日もパッパと一緒じゃな
い! 今日は寝るーっ! なんで、マッマとユズちゃん寝れるのに、
コスモスだけダメなの?﹂
﹁ダメだ。今日は私が婿とチューする日だから、ダメだ!﹂
﹁ユズちゃんイジワル! やだやだやだーっ! やーったら、やー
なの! コスモスも一緒に寝るーッ!﹂
この天幕に近づいてくる三人の声。
しかもコスモスまで居る! おいっ!
﹁んじゃ、バイバイキンキング∼! 明日には自然に戻るからネー
デルラント∼﹂
その気配と声を察したクロニアがニタリと笑って天幕から飛び
出していった。
って、おい! 俺をこのまま置いて行くんじゃねえっ!
﹁パッパーッ! コスモスも一緒だよー!﹂
﹁もう、ヴェルト様、申し訳ありません。この子ったら、言う事を
聞かなくて⋮⋮﹂
27
﹁婿∼、抱っこしてもらうぞ⋮⋮⋮ん?﹂
そして、目が合った。
ダボダボの服の中で、完全に体が縮んでしまった俺と、三人の
目が合い、そして⋮⋮⋮
﹁え、ええええっ!﹂
﹁あ、あーーーっ! パッパだーッ! パッパだよ! ちっちゃい
パッパになっちゃった!﹂
﹁⋮⋮えっ? あれ、婿? え、何で? 婿じゃないだろ? 子供
だ!﹂
そしてその悲鳴に連れられて、何事かと大勢の奴らがこの天幕
に集結してしまった。
﹁ちょっと、何を騒いでいますの! 一体何が⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ! 嘘⋮⋮⋮⋮幸福に満ちていた頃の、ヴェルトとの日々⋮⋮⋮⋮あの
時のヴェルトが、どうしてここにっ!﹂
俺を凝視して、何故か涙を流す、フォルナ。
28
﹁ヴェルトに何が⋮⋮⋮⋮⋮⋮ほわああああああああああああああ
あああああああああああっ!﹂
天井が血に染まるほど鼻血吹き出すウラ。
﹁エルジェラ皇女! コスモスちゃんを連れてくるなんて、何を考
えて⋮⋮⋮⋮⋮⋮これは大変ね! 私がこの男の子の面倒を見るわ
! えっ? なに? お風呂入りたいのね? 仕方ないわねお姉さ
んがあなたと一緒にお風呂入ってあげるわ。えっ? 一人じゃ寝れ
ないの? そう甘えん坊ね、君は。仕方ないわね、今日はおねえち
ゃんが君を食べ、ううん、一緒に寝てあげるから、逃がさないから、
逃げないでね? 一緒にいてあげる、ずっとね﹂
ハアハアしながら、気づけば俺を脇に抱えて走り出すアルーシ
ャ。っておいっ!
﹁おっほ! マヂ? なんなんこれ! すっげー、ちっこくなって
んじゃん!﹂
ただただ、爆笑しているアルテア。
くそ、マヂでどうなってんだよ。
﹁お待ちなさい、アルーシャ! ワタクシのヴェルトを連れてどこ
に行くつもりですの!﹂
29
﹁はっ! わ、私としたことが、つい、食べてしまいそうに⋮⋮⋮
って、ま、待ちなさい、フォルナ。彼を連れて行こうとしたのは謝
るけど、ヴェルトくんは今では私のヴェルトくんでもあるのよ?﹂
﹁待て、フォルナ! アルーシャ姫! ここ、この、この幼少期の
ヴェルトはだな∼、父上を失い、一人となった私を救ってくれた時
のヴェルトと同じぐらいの⋮⋮⋮つまり、私だけのヴェルトの時期
なんだーっ!﹂
﹁これが、ヴェルト様の幼少期⋮⋮⋮⋮⋮⋮ああ、私としたことが、
このまま連れ去ってしまいたいです﹂
﹁へ∼、でも、ヴェルトって、ガキの頃も生意気そうなツラしてん
のな♪﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮婿食べたい⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
って、食うんじゃねえ!
﹁えええい! お前ら、そんなくだらねえこと話してねえで、もっ
と俺の心配しろよ! 旦那が小さくなったんだぞ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁こ、声も高くて可愛いッ!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁真剣に悩め! クロニアだよ! クロニア! クロニアのアホ女
の持ってきた薬の所為でこんなことになったんだよ! どうにかし
ろっ!﹂
30
﹁﹁﹁﹁﹁クロニア姫⋮⋮⋮⋮敵ながら、天晴、︵ですわ︶︵だ︶
︵よ︶︵です︶︵じゃん︶︵だぞ︶!﹂﹂﹂﹂﹂
いやいやいやいや、なんでお前ら﹁クロニアに敬礼﹂みたいな
感じで六人揃って整列してんだよ。
しかし、俺も本当にどうなっちまったんだよ⋮⋮⋮⋮
﹁わ∼∼∼、パッパ∼!﹂
﹁ん? うおっ、コスモスがでっかく⋮⋮⋮⋮って、俺が小さくな
ったのか﹂
ビックリした∼、擦り寄ってきたコスモスが普通にいつもと違
うサイズだった。
いつもなら、片手でヒョイと持ち上げられるぐらいなのに、今
じゃ隣に並んでも仲の良い兄妹ぐらいに見える。
﹁んふふふ∼、チビパッパ∼かわい∼﹂
﹁うう∼、こ、コスモス、一旦離れよう﹂
﹁ん∼、すりすりすりすり﹂
コスモスは嬉しそうに俺に頬ずり頬ずり。父親の威厳がまるで
出ねえ。
すると、そんな俺とコスモスのやりとりに、エルジェラがもう、
物凄い目を輝かせている。乙女のようにキュンキュンしまくってる
顔だ。
﹁チビヴェルト様⋮⋮⋮⋮チビヴェル様⋮⋮⋮⋮チビヴェルくん⋮
31
⋮⋮⋮私のチビヴェル! 私の坊や!﹂
そして、感極まったように俺を力いっぱい包容⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮って、でけええええええっ! 俺の顔よりエルジェラの胸がデケ
えッ! こんなにデカいもんを俺は今まで好き放題していたのか!
﹁ふふ、私とヴェルト様の間に息子が生まれたら⋮⋮⋮⋮ふふ、さ
あ、マッマのおっぱいの時間ですよ∼﹂
あっ、目がもう完全にイッてるわ。
あの、エルジェラが興奮のあまり精神が⋮⋮⋮⋮なんかショッ
クだ。
﹁お待ちなさい、エルジェラ皇女!﹂
﹁フォルナ姫! 私の坊やを乱暴に取り上げないでください!﹂
﹁何が坊やですの! 苦しむ息子の頭を押さえつけて、自分の気持
ちばかりを押し付ける母親がどこにいますの!﹂
﹁はうっ! わ⋮⋮⋮⋮私は⋮⋮⋮⋮﹂
﹁とにかく! いま先決すべきことは一つですわ!﹂
おおっ! フォルナの一言に、エルジェラも自分の痴態に気づ
いてガックリとショックを受けている。
フォルナのやつ、今回の戦争で色々と精神的にも成長してるな
32
? いいことだ。
そして、言ってやれ! いま、何をすべきかを⋮⋮⋮⋮
﹁そう、いま先決すべきは、この子の将来を考え、どのように育て
るかですわ!﹂
﹁そうだ! 俺がどんな大人に⋮⋮⋮⋮って、なんねーよっ! テ
メェ、あの流れからどうしてそんなギャグをぶっこむんだよ!﹂
わかってたよ! どーせ、んなこったろーとよ!
﹁確かにフォルナの言うとおりね。流石に、チビヴェルとはいえ、
口の利き方が下品ね。今のうちにしっかりと躾をしなければいけな
いわね﹂
﹁って、アルーシャ! テメエまで真顔でギャグに乗ってんじゃね
えよ!﹂
﹁口の利き方だけじゃダメだぞ。このぐらいの時から、もう少し女
の子に優しくできるように、しっかりと指導しないとな。精神鍛錬
なら私に任せろ。カラーテの稽古で精神を鍛える﹂
﹁よーし、ウラ! まずはテメェのブッ壊れた精神をどうにかしろ
!﹂
﹁でも、こんな小さい頃からあまり厳しくしては可愛そうです。し
ばらくはお風呂に一緒に入ったり、添い寝をしたり⋮⋮⋮⋮ふふ、
33
チビヴェルとコスモスの三人で⋮⋮⋮⋮はう∼∼﹂
﹁エルジェラ⋮⋮⋮⋮テメェもとうとう壊れたか⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ギャハハハハ。でも∼、風呂はやめといたほうがいいんでね? こんな小さい頃から、エロヴェルになっちゃうしよ∼﹂
﹁アルテア、テメエは他の連中と違って、普通に楽しんでるだけだ
ろ? 目が、超笑ってるしよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮持って帰る⋮⋮⋮⋮﹂
﹁って、ユズリハ、おま、竜化して何を⋮⋮⋮⋮っておい!﹂
と、ツッコミまくった最後の最後に、竜化したユズリハが俺を
口に加えてそのまま大空へと飛び立とうとしてやがる。
﹁って、お待ちなさい、ユズリハ姫! ワタクシの子供を連れて行
ってはダメですわ!﹂
﹁私の息子を返せ!﹂
﹁母親を怒らせるとどうなるか、分かっているのかしら、ユズリハ
姫!﹂
﹁いやあああっ! 私の坊やが! 私の坊やがッ!﹂
﹁いや、エルッち普通に発狂すんのやめるし、マジどこまで本気な
34
ん?﹂
今日一日、イチャイチャ禁止令を発令して、女とイチャイチャ
できない体になって体を休めるようにと俺に告げたクロニア。
そんな気遣いの出来る天然お姫様に言ってやる!
身も心も休めなかった! と。
だが、そのセリフを言う前に、俺が今飛び出した天幕の入口の
ところで、プラカードのようなものを持ってこっちを見上げてるク
ロニアが、俺に向かって呟いた。
﹁いや∼、ドッキリ大成功∼ってやろうと思ったけど⋮⋮⋮⋮いや
∼、メンゴメンゴ、ヴェルトくん。お姫様たち、なんかみんなマヂ
になっちゃったね♪ 許してちょんまげ♪﹂
あのやろう! 元に戻ったらぶん殴るッ!
35
外伝2﹁作ります﹂
それは、最終決戦から数か月後のことだった。
俺は故郷のエルファーシア王国に戻り、ラーメン屋で働くという
ガキの頃の生活に戻っていた。
正直、国造りだ、法作りだ、各国各種族との調整だ、あとは結婚
とか、そういう対応に追われると思っていたのに、何だか俺はそう
いうのから遠ざけられた。
それこそ国造りとかは、キシンとかカー君が主導になって土台作り
をして、結婚関連についてなんて、フォルナたちヨメーズが全てを
取り仕切っていて、情報が俺まで降りてこない。
当事者なのに何故か蚊帳の外という状況ではあるのだが、まあ、
俺はとりあえず﹁その時﹂が来るまでは日常を過ごすことにした。
﹁餃子の大量発注?﹂
﹁ああ。明日、宮殿で立食パーティーがあるようでな。まあ、その
パーティーの料理の一つとして⋮⋮﹂
﹁王族の立食パーティーで餃子って⋮⋮ほんと、そういうのどうか
と思うんで﹂
﹁だよな。でも、どうしても食いたいんだってよ﹂
俺は、昼休みの時間は最近こうやってダベッていることが多い。
﹁はーい、ヴェルト君、特製トロピカルミックス・スペシャルです
∼﹂
﹁おう、サンキュ、奥さん﹂
﹁も∼う、ヴェルト君ったら、ラブラブ新婚理想の夫婦だなんて本
当のこと言われると照れますよ∼﹂
36
﹁いや、言ってねえし﹂
王都の中心の噴水広場の前に最近できた、移動式のカフェを兼ね
た、ミックスジュース屋。
俺はカウンター席でいつもこうやって、ニートとフィアリと世間
話をするのが日課になっていた。
まあ、いつもじゃねえけどな。たまに嫁に誘拐されてホニャララ
とかあるけど⋮⋮。
とはいえ、今じゃすっかり商売繁盛して王都で名物のジュース屋
の主となったニートとは、色々と親近感があった。
客商売がどうとか、嫁がキレたら怖いとかも。まあ、こいつは﹁お
前と一緒にしてほしくないんで﹂って言うだろうけど。
﹁つか、パーティーお前は出ないの? お前の嫁さんのフォルナ姫
出るだろうから、お前も出た方が自然だと思うんで﹂
﹁はあ? 出ねーよ、メンドクせー。つか、明日は俺の店は休業で、
先生とバスティスタとカミさんが孤児院にラーメン出張サービスで
出かけるから、餃子は俺とウラの二人で作んなきゃいけねーから、
暇じゃねーんだよ﹂
﹁ああ、小早川先生そういうのもしてるんだ。まあ、あの人らしい
といえばらしいんで﹂
そう、俺は今、少し面倒な気分になっていた。
今言ったように、パーティー用に餃子を大量注文受けているから、
明日は一日かけて準備をしておかなくちゃならねえ。
しかもパーティー用だから、百とか二百とか、そんなレベルじゃ
ねえ。もっとだ。それをウラと二人でやるんだから、面倒だ。
﹁ヴェルト君とウラちゃんだけじゃなくて、他のお嫁さんにも手伝
ってもらったらいいんじゃないですか∼? エルジェラさんとか、
37
フォルナちゃんとか﹂
と、その時、ニートの肩の上を指定席として座りながら俺に話し
かけてくる小さい生物。つか、妖精。
フィアリが訪ねてきた。
﹁いやいや、あれでエルジェラって実はあんま料理は得意じゃねー
んだよ。天空世界に居た時は料理とかやったことないらしくてなー。
ま、姫には必須スキルじゃねえからな﹂
﹁えっ、そうなんですか? 一児の母ですし、完璧超人だと思って
いたのに!﹂
そう、それには俺も驚いた。
嫁たちの中で﹁嫁﹂としてのレベルが一番高いと思われたエルジ
ェラだったが、料理そのものはあまり得意ではなかった。
コスモスからも﹁マッマはへたっぴ﹂って言われてショック受けて
たぐらいだからな。
﹁んで、フォルナも幼いころから俺の家に出入りして、死んだおふ
くろと一緒に料理してたこともあるから、まあ、下手ではないけど
⋮⋮やっぱ、ウラのレベルには達してねえな﹂
そう。一応、大変な作業とはいえ、手を抜くわけにもいかない。
経験値の足りない二人に教えながら作るよりは、十歳の頃から何年
も一緒にラーメン屋で働いている俺とウラ二人でやった方が効率い
い。
だから⋮⋮
﹁とにかくだ! 明日は家の中に籠って、ウラと二人で作って作っ
38
て作りまくるぜ!﹂
﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!﹂﹂﹂
と、俺が宣言したその時だった。
﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!、え、えええええっ!﹂﹂﹂
と、驚く声がしたので振り返ると、そこには口開けたまま顔を真
っ赤にしている三人の嫁が立っていた。
﹁あれ? お前ら来たのか?﹂
そこに居たのは、フォルナ、ウラ、エルジェラの三人だ。
﹁そ、その、い、今、お、お城で定期報告会を終えて、その、ヴぇ、
ヴェルトの姿を見かけましたので声をかけようと⋮⋮その⋮⋮﹂
﹁ヴぇ、ヴェルト、そ、その、お、お前、い、今、⋮⋮つ、作って
作って作りまくると⋮⋮﹂
﹁ヴェルト様⋮⋮ど、どういうことですか? なぜ、ウラさんと二
人だけで作られるのですか?﹂
⋮⋮⋮⋮は?
なんか、三人が、﹁ありえない﹂って顔で金魚のように口をパク
パクさせてるんだけど、どういうことだ?
﹁ヴぇ、ヴェルト、その、なんだ? その⋮⋮つつ、作りまくるの
39
か? 私と作りまくるのか?﹂
﹁ん? ああ、話聞いてたのか? まあな﹂
﹁いいい、い、一日中か?﹂
﹁あ∼、まあ、疲れるだろうから、そこは休み休みにな﹂
﹁な、なあああ! どどど、どうしたんだ、ヴェルト! お、お前、
い、いつもそんなにや、ヤル気満々ではないだろう!﹂
えっ、どういうことだよ。俺がやる気だすのが相当変か?
ウラだけじゃねえ。フォルナもなんか怒ったような顔してるし、
エルジェラは﹁む∼﹂と子供っぽく頬を膨らませてる。いや、なん
でだ?
﹁おいおい、やる気満々で悪いか? っていうか、そりゃやらない
わけにはいかねーだろ? 出来なかったら問題だし、いっぱい作っ
てくれって頼まれてるし﹂
﹁で、デキなかっ⋮⋮ば、バカを言うな! で、デキるに決まって
⋮⋮で、でも、い、いっぱいか⋮⋮い、いっぱい⋮⋮そ、そうか⋮
⋮ヴェルトがそこまで考えて⋮⋮﹂
いや、なんなんだ? ウラはどんどん顔を真っ赤にさせながらも、
すごい嬉しそうにニヤけながらくねくねしている。
﹁んもう、ヴェルトってば、昼間っから仕方のない奴だな! で、
でも、お前がそこまでヤル気になってくれて嬉しいというか、も、
もう、そんな一日中とかいっぱい作るとか⋮⋮もう、私だって望む
ところなんだからな!﹂
⋮⋮ウラって、餃子を作るのがそんなに好きだったか?
すると、むくれ顔のフォルナとエルジェラが口を挟んできた。
40
﹁⋮⋮その⋮⋮ヴェルトが、わ、ワタクシではなく、う、ウラと⋮
⋮﹂
﹁ヴェルト様、わ、私では⋮⋮私ではもうヴェルト様に相応しくな
いと? 不足だと⋮⋮そ、そういうことでしょうか⋮⋮﹂
フォルナとエルジェラのショック顔。
ああ、こいつ、﹁エルジェラは料理下手﹂﹁フォルナは下手ではな
いがウラほどではない﹂を聞いて、ムッとしてるんだな。
﹁だってそうだろ? ウラなら慣れてるし、俺との息もピッタリだ
し⋮⋮﹂
﹁ッ! わ、ワタクシだって、もうヴェルトとは一心同体! ヴェ
ルトの望むこと全てをちゃんと理解していますわ!﹂
﹁はううっ! わ、私とは⋮⋮い、息もピッタリ⋮⋮ううう、あ、
改めて言われると嬉し恥ずかしい⋮⋮﹂
﹁私だって、ヴェルト様の望むことは何でも! た、確かに私の技
術はまだまだ至らぬことは多いかと思いますが、それはヴェルト様
への想いで補います!﹂
えっ、なにこいつら? フォルナもエルジェラも、そんなに餃子
作りを協力したいのか?
﹁じゃあ、フォルナ、エルジェラ⋮⋮お前らも作りたいのか?﹂
俺のその問いかけに、フォルナとエルジェラは瞳を鋭くした。
﹁当たり前ですわ、ヴェルト! ワタクシが作らず、誰が作ると言
うんですの!﹂
﹁ヴェルト様! この身も心も全てがヴェルト様の所有物! しか
し、ヴェルト様と共同作業を行いたいという自分の気持ちに、私は
41
ウソをつけません!﹂
お、おお、そうか⋮⋮なんか、物凄い決意を秘めた表情で詰め寄
られ、思わず頷いてしまった。
﹁そっか。じゃ、じゃあ、明日は三人で⋮⋮作るってことでいいか
?﹂
﹁んもう、ヴェルトってば。三人でだなんて⋮⋮まあ、本来であれ
ば一対一でを望むところですが、せっかくヴェルトが作りまくると
やる気を出されている以上、贅沢は言えませんわね﹂
﹁えへ、えへへへ、いっぱい作るのか⋮⋮あう∼、もうウズウズし
てきた、私、明日には幸せすぎて壊れてしまうかもしれんぞ﹂
﹁うふふふふふ、ヴェルト様がこんなにやる気に⋮⋮では、明日は
コスモスはムサシさんにお任せして⋮⋮私、ヴェルト様と最高記録
に挑戦します!﹂
俺のその提案に三人は、トロンとした顔で俺にしなだれかかった。
驚いたな。こいつら、こんな幸せそうな顔をするほど、餃子作り
が好きだったとはな。
まあ、確かに昔、ハナビも交えて餃子パーティーしたときは、結
構楽しかったけどな。
﹁じゃあ、明日はちゃんとやれよな。あと、汚れてもいいエプロン
も用意しとけよな?﹂
﹁﹁﹁もちろ⋮⋮⋮⋮えっ? エプロン?﹂﹂﹂
﹁ああ、白いのがいっぱい飛ぶしな﹂
アレ? 俺、変なこと言ったか? だって、エプロンって、当た
り前だろ。料理するんだから。
粉を使って皮から作るんだから、小麦粉が⋮⋮。
42
しかし三人は急に作戦会議をしているかのように、俺には聞こえ
ないように小声で話し出した。
﹁⋮⋮ど、どういうことですの? し、白いのがいっぱい⋮⋮ヴェ
ルトは、そういうのがしたいんですの?﹂
﹁いや、待て。そもそも何でエプロンに飛ぶ? 外に飛ばしたらま
ずいだろ。勿体無い﹂
﹁でもエプロンを⋮⋮というのはアレではないでしょうか? ほら、
アルテアさんが新婚さんゴッコするのなら、やってみたらと提案さ
れた⋮⋮﹂
﹁ええ、それは分かりますわ。は、はだ⋮⋮か、前掛けですわね⋮
⋮ヴェルトったら、それがしたいと?﹂
﹁う∼む、ヴェルトめ、ついに衣装まで指示するとは⋮⋮本当にヤ
ル気満々だな。しかし、白いものは外ではなく中に⋮⋮﹂
﹁でも、数回だけでしたらヴェルト様のお望みを叶えてさしあげた
ほうがよろしのでは? 幸い、明日は⋮⋮一日中と仰ってくださっ
ていますし﹂
何の会議をしているのか、ボソボソすぎて聞こえない。
しかし、ようやく考えがまとまったのか、三人は顔を上げて。
﹁分かりましたわ、ヴェルト!﹂
﹁お前の望みは叶えてやろう! ただし、ちゃんと作ってもらうか
らな!﹂
﹁ヴェルト様の御心のままに。明日は、身体を清めてお待ちしてお
ります﹂
そう言って、三人は頷いて﹁さあ、準備に取り掛かるか﹂とばか
りに早足でその場を去っていった。
後に残された俺は、三人と何だか会話がかみ合ったのかかみ合っ
43
ていないのか分からず、しばらく動けずに居た。
﹁おい、ニート、フィアリ⋮⋮なんかあいつら変じゃなかったか?﹂
思わずそう尋ねた。
すると振り向いたそこには⋮⋮
﹁ぶっ、くくくく、ヴェルトくん⋮⋮やばいですまずいです作りま
くりです⋮⋮ぷっ、だめ、わ、笑いが⋮⋮﹂
何故か笑い必死に堪えようとしているフィアリ。
そして⋮⋮
﹁ヴェルト⋮⋮このまま黙って明日を迎えたらいいんで。まず絶対
に⋮⋮⋮⋮明日はとてつもないミラクルが起こるはずなんで﹂
何故か断言したようなニートの予言に、俺は首を傾げるだけだっ
た。
44
外伝2﹁作ります﹂︵後書き︶
私は何をやってんだ・・・・・
45
前日談
クズみたいな不良高校生だった俺が、クラスメートたちと修学旅
行の事故で死に、このファンタジーな異世界に転生し、ヴェルト・
ジーハとして第二の人生を歩んで十八年。
人類、魔族、亜人の何千年にも及ぶ戦に、なんやかんやで終止符
を打った俺は、とりあえず今は故郷のエルファーシア王国に戻って
いた。
半年前の、世界中を混沌とさせた日々が今では嘘のような穏やか
な日々、俺は三歳になる愛娘と遊んでいた。
﹁次! 次はコスモスがパッパ見つけるからね! 三十数える間に、
パッパ隠れてね。い∼ち、に∼、さ∼ん﹂
ここは、エルファーシア王国王都に位置する宮殿。
城の衛兵、騎士団、大臣、メイド、王族関係者に至るまで城の中
でうろついているのに、まるで我が家のように利用して遊んでいる
俺と、コスモス。
まあ、実際我が家みたいなものだ。
農民の息子だった俺も、幼い頃からこの国のお姫様に求婚され続
けて、今じゃ家族ぐるみの付き合いで、この城の中も俺にとっちゃ
知り尽くしたもの。
そんな城の中で、娘と遊んでいるのは、﹃コスモスの母親﹄の用
事が済むまで面倒を見てくれと任されたからだ。
﹁も∼い∼か∼い?﹂
46
﹁おう、まーだーだー!﹂
﹁わたしも、まーだだよーです、コスモス様!﹂
﹁まーだーです!﹂
だから、コスモスの母親であり、俺の嫁の用事が済むまでは、城
のメイドを巻き込んだ、かくれんぼ大会。
忙しいだろうに、メイドたちは、コスモスが可愛くて仕方ないの
か、快く遊びに参加してくれた。
﹁さーて、さて、んじゃあ、俺もこの部屋あたりにでも隠れるか﹂
迷路のように広い城の中、数ある彫刻や絵画、大理石の床を通り
抜け、俺はテキトーに使われていなさそうな部屋に入った。
そこには、十人程度が腰かけられるほどの円卓があり、円卓の中
央には、何故か巨大な水晶が三つも置かれていた。
おそらく、魔水晶。これを使って、遠い地に居る者の姿を映し出
し、遠距離で会議するための部屋だ。
まあ、今は使われて無さそうだし、ここでいいか。丁度クローゼ
ットもあるし、あの中にでも隠れてるか。
﹁さーて、見つけられるかな? コスモス﹂
童心に戻った気分で、俺はクローゼットの中に隠れて、コスモス
47
が探しに来るのを待っていた。
すると、部屋の外から気配がした。
コスモスか?
﹁エルジェラ皇女。ヴェルトとコスモスは大丈夫ですわね?﹂
﹁ええ、お城の方々も一緒に遊んでくださっているようです﹂
﹁ふむ、そうか。なら、さっさと始めよう。あの三人も待っている
ことだろうしな﹂
コスモスじゃなかった。
というより、部屋の外から感じた気配、聞こえた声、そして今、
部屋の扉を開けて中に入ってきた女。それは三人。
その三人は何者か? 三人とも、俺の﹃嫁﹄だった。
﹁さあ、クリスタルを起動しますわ﹂
ですわ口調の金髪ロール、お嬢様カットの女。薄いブルーのドレ
スに、見事な装飾の施された王冠と、赤いマントを羽織って現れた
のは、俺の幼馴染にして嫁であり、このエルファーシア王国のお姫
様でもある、フォルナ・エルファーシア。
﹁でも、少し気が重いです。私たちは、あの方たちと違って毎日ヴ
ェルト様とお会いできますので、また睨まれてしまいます﹂
48
金髪ストレートロングの女神様。いや、女神のように美しく整っ
た顔立ち、透き通った肌に、全てを安心させるほほ笑み。そして、
はち切れそうなスイカップ。というか、胸。背中には、真っ白い翼
があり、一瞬天使かと思うが、あれはこの世界では天空族と呼ばれ
る種族。
天空世界、天空王国の天空皇女エルジェラ。コスモスの母親にし
て、あれも俺の嫁。
﹁仕方ないではないか。皆と一緒に住むようになったら、あいつと
の時間だって減る。人数が少ない今こそチャンスだ﹂
凛とした表情、流れる銀髪と赤い瞳、その頭部からは一本の角を
生やした女。人間ではない。魔族の中でも魔人族と呼ばれている。
かつて滅んだ国の魔王の娘。ヴェスパーダ魔王国のお姫様にして、
俺の嫁、ウラ・ヴェスパーダ。
﹁ふふ、あの三人もふてくされているかもしれませんわね﹂
んで、何で三人集まってんだ? つうか、用事ってこれだったの
か? つうかさ、俺、出るタイミング逃したけど、このまま隠れて
いていいんだろうか?
﹃おー、繋がった繋がった、マヂ、元気そーじゃんン、フォルナッ
49
ち、エルッち、ウラウラ。﹄
物凄い軽いノリの声と共に、水晶の一つに映し出されたのは、若
い妖艶のダークエルフ。髪の毛が盛りに盛られてタワーみたいにな
り、その爪にはビーズやらラメやらアートが施された女。
前世的に言えば、いかにもギャルギャルしいエルフだが、これで
もルーツを辿れば、今は滅んだダークエルフの国のお姫様だったそ
うである。
そして、その中身は、前世で俺とクラスメートだったりもしたと
いう奇妙な縁で結ばれて、何故か俺の嫁ということになった、アル
テア・マジェスティック
﹃おい、婿いないのか? 婿の顔みたい。話したい。ゴミ共、お前
ら婿独占しすぎ。ムカつく﹄
もう一つの水晶に映し出されたのは、白と赤を中心として、とこ
ろどころにレースの刺繍や紋様を施され、腕や首にはジャラジャラ
とアクセサリー、頭には金色の王冠という、いかにも民族衣装丸出
しの衣に身を包む、口の悪い幼い顔立ちの女。
しかし、その正体は竜の血を引く亜人として、立派な尻尾を尻か
ら出し、やろうと思えば巨大な竜に変身することも出来る。
それが、なんやかんやで俺の嫁になってしまった、竜人族の国の
お姫様、ユズリハ・コンドゥ。
﹃ええ。だからこそ、いずれ同居した際の閨の回数は当然調整させ
てもらうわ。肝に銘じておくことね﹄
50
そして、最後は、ストレートの長い水色の髪。氷のように透き通
った瞳と整った顔立ち。その頭上には小さな王冠と、薄いピンクの
ドレスを纏った女。
人類が住むこの人類大陸における最大国家にして人類の中心とな
る国のお姫様。
んで、その中身は前世で俺のクラスメートだったというオマケ付
き。
アークライン帝国の姫、アルーシャ・アークライン。気づけば俺
の嫁になっていた。
﹁ええ、あなたたちもごきげんよう。これにて、ワタクシたち﹃ヨ
メーズ﹄の定期報告会を始めますわ﹂
あっ、これはアカン奴だ。俺が聞いたらまずい系の。
﹃ええそうね。では、まず初めに品のない話をして申し訳ないけれ
ど、フォルナ、ウラ姫、エルジェラ皇女、あなたたち三人は先週の
報告から一週間⋮⋮彼とのアレについて報告してもらおうかしら﹄
﹃うっはー、アルーシャ、いきなりそれぶち込む? あんた、マヂ、
そーとームカついてんのな♪ まあ、確かにあたしら、この半年近
く、忙しくてあいつに会えてねーから、気持ちわからんでもないけ
どさ﹄
﹃⋮⋮⋮⋮⋮おい、お前たち、忘れるな? 私は、半年前に初めて
51
婿とシタときの一回だけだ。その私を差し置いて、お前らは∼∼∼
∼、うう∼∼∼、グスン﹄
いきなり、アカンかった。つか、アルーシャのやつ、一番マジメ
キャラ路線のくせに、どうして真顔でそういうことを平然と聞くん
だよ。
﹁うっ、ま、まあ、それはやはり仕方ありませんわね﹂
﹁そうですね⋮⋮必ず報告することは、私たちの協定で定められて
いますから﹂
﹁毎週のことながら、恥ずかしいもんだな﹂
ちょっと待て、お前ら、毎週こんなこと報告してたのか! って、
しかも包み隠さず言う気じゃねーだろうな!
﹁ワ、ワタクシは、五回ですわ。夜にワタクシの部屋で三回。城の
浴場で一回。⋮⋮ヴェルトの部屋に忍び込んで一回ですわ﹂
言いやがったよ! なんか、顔を赤らめて、フォルナからいきな
りぶち込みやがった!
うん、確かに俺も覚えてるよ! 覚えてるけどさ、何で言っちゃ
うんだよ!
﹁あ∼、私は、四回だ。ヴェルトと一緒に寝た時に二回。その、そ
のまま朝になって、起きた時に二回﹂
ウラもクールなツラしてソッポ向いているが、その表情は明らか
に赤い。つうか、恥ずかしいなら言うんじゃねえよ! この狭いクローゼットの中、もう、恥ずかしすぎて頭突きしたい
52
衝動で一杯だ。
ン? でも、待てよ?
包み欠かさず報告ってことは⋮⋮⋮
﹃そう、先週より回数は減ってるわね。まあ、彼も毎日では疲れる
のでしょうけど、言っておくけど、枯渇だけはさせないよう、重々
気をつけてもらうわよ!﹄
﹃なはははは、枯渇だって∼、つか、あいつも結局やっぱヤルこと
ヤってんじゃ∼ん。さすが、エロヴェルなヤリヴェルだし∼。まあ、
問題は⋮⋮エルッちだけどね∼﹄
﹃おい⋮⋮ゴミ乳ッ! お前は何回だ⋮⋮⋮お前は何回なんだ! 言えッ!﹄
そうだ、包み隠さずということは、当然エルジェラにも矛先が向
くわけだよ!
それはまずい! ほら、ユズリハとか物凄いジト目だし!
﹁あの、えっと、その⋮⋮⋮何と申しましょうか⋮⋮⋮﹂
エルジェラもほんのり頬を赤らめているのが分かる。
まずい! エルジェラ、まさかお前まで言うのか? 言うのか!
言うんじゃねえだろうなっ!
﹁えっと、じゅ、十三回ほど⋮⋮⋮⋮⋮﹂
53
﹁﹁﹁﹁﹁じゅっ! んなっ!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁あっ、で、ですが、私も満たされすぎて、意識が飛んでしまった
こともありますので、もう三から四回ほど多かったかもしれません﹂
い、⋮⋮⋮言いやがった⋮⋮⋮
﹁ちょっ、そ、それは本当ですの! 先週よりも増えていますわ!
ワタクシ、聞いてませんわッ!﹂
﹁ぐっ、何と言うことだ! だが、確かに朝、あいつが淡白だった
ことはあった﹂
﹃し、し、信じられないわ⋮⋮か、彼って、というより冷静に考え
て、人間ってそんなに出来るものなの?﹄
﹃あーっはっはっはっは! すっげー、もう、エロヴェルなんてレ
ベルじゃねーし!﹄
﹃ぐす、うう∼、私だけ一回⋮⋮ううう∼∼∼∼!﹄
正直、俺も回数なんてよく覚えてねえ。でも、まあ、なんかエル
ジェラとの記憶がいっぱいある。
﹃つかさー、エルッち、どういうシチュでそんなに出来たん? あ
りえなくね?﹄
54
﹁確かにそうだ。エルジェラとヴェルトが寝る時は、コスモスを入
れて必ず三人で寝ている! 三人で寝ているのに⋮⋮って、まさか、
コスモスが寝ている横でシテいたんじゃないだろうなっ!﹂
﹃となると、朝とかかしら? でも、朝はウラ姫が忍び込んだりし
ていたのだから、たまに重なる時もあるかもしれないけれど﹄
﹁でも、朝と夜で、そこまで出来ると思いませんわ!﹂
﹃ずるい⋮⋮⋮﹄
いや、確かに、何回かコスモスが完全に寝静まった時もあるが、
それだけじゃなかったりもする⋮⋮
﹁あの⋮⋮⋮ヴェ、ヴェルト様のお昼休みや、休憩時間にコスモス
と遊びに行った、公園の茂みなどで⋮⋮﹂
俺も⋮⋮⋮⋮⋮⋮ムラムラしていた⋮⋮⋮
﹁ひ、昼休み! そ、その手があったか!﹂
﹁お待ちなさい! あなたたち、こ、こ、公園って、まさか外でそ
のようなことをしましたの?﹂
﹃ふ∼∼∼∼∼∼∼、これは、一緒に住むようになったら、エルジ
55
ェラ皇女には相当回数を調整してもらう必要があるわね﹄
﹃ぎゃはははははは! つうか、外とかやるじゃ∼ん。ねね、どっ
ちが誘ったん?﹄
﹁うっ、その、私の方から⋮⋮⋮その、公園で三人で一緒に居ると、
あまりにも幸せな気分になってしまい、どうしても体が疼いてしま
って⋮⋮﹂
﹃ううう∼∼∼! 婿のバカ、ゴミ婿! ゴミ婿! 今度あったら、
噛み殺す!﹄
知らなかった。まさか、半年前から毎週こんなことを報告しあっ
ていたのか。
となると、あの時のあのこととか、あれとか、ああいうのも、ひ
ょっとして全部筒抜けなのか?
﹃とにかく、来週もちゃんと報告するように。それと、誰かお腹と
か体調に変化の兆候はないかしら?﹄
﹁それは、残念ながら、まだ﹂
﹁う∼む、あんなにしてもらっているのにな﹂
﹁私も早く二人目が欲しいのですが﹂
﹃そう、分かったわ。とりあえず、それに関しては私たちの問題だ
けでなく、全世界を巻き込むほど重要なことなので、ちゃんと確認
56
しておくこと。いいわね﹄
ふう、とにかく、これで終わりか? あ∼、胃が重かった。恥ず
かしいやら、苦しいやら、もうお腹一杯だ。
これ以上は⋮⋮
﹃では、続いて本格的に結婚式の計画と準備、招待客や規模の話し
合いに移るわ。まず、アークライン帝国の構想と要望から言わせて
もらおうかしら?﹄
だから、そういうのは、俺が居ないとダメなんじゃねえのか? 結婚式って、結婚するのは俺だろうが! なんで、俺の居ないとこ
ろで勝手にそういうの決めてんだよ! もうやだ、何でこんなことになってんだ? もう、なんか、色々
とツッコミたい!
﹁アルーシャ。その前に、﹃あの方﹄の情報はつかめましたの? ワタクシたちの最大最強の敵につきましては﹂
﹃残念ながら、彼女はヤヴァイ魔王国に帰ったという情報以外は開
示されていないわ。引き続き調査は続けるけど、彼女は自由人。フ
ラッと現れて、彼を攫ったりしないよう、常に厳重注意が必要よ?﹄
﹁問題ない。エルファーシア王国では、私、フォルナ、エルジェラ
で常にガードしている。泥棒猫など一切近づけさせん﹂
57
飛び出したい、でも飛び出せない、そんなモヤモヤを抱えながら、
会議は何時間も続いた。
もうなんだろう。最近、結婚というのは何なんだろうと思う。今
はいいし、俺もまあ、楽しんでるが、このまま俺は耐えられるのか
心配になることもある。
そして俺は、﹁パッパが見つからないよ∼! どこにもいない∼
!﹂と、泣いているコスモスの存在に気づいてなかった。
58
前日談︵後書き︶
後日談というのがあるので、前日談があってもいいと思うので、な
んか書いてみました。
59
序章
今、嫁が﹃全員﹄家に居ない。
そもそも﹃全員﹄って表現がおかしいことは分かる。嫁が一人じ
ゃない時点で俺の人生はどうなのかと思うが事実だ。
そして、その嫁たちが現在、誰も家に居ないし、近くに居ないと
いうのはどういうわけか。
夫婦仲が悪化? 別居? そういう理由ではなく、普通に﹃仕事﹄
だそうだ。
俺には複数の嫁が居て、その全員が各国、﹃各種族﹄の重要なポ
ジションだったりするのである。
また、変な言葉が出た。﹃各種族﹄というのは、その名の通り、
俺の嫁の中には種族的に﹃人間﹄じゃないやつも居る。
ついこの間まで、人間、魔族、亜人と異なる種族が多種多様に存
在するこの世界では異種族間同士の戦争を遥か昔から繰り広げてい
た。
そんなこの世界からすれば、異種族の嫁さんを貰うのは異例なこ
とではあるのだが、なんかそうなった。
さて、そんな俺は、今、何をやっているか?
前世ではただの不良高校生だった俺も、修学旅行の事故で死に、
クラスメートごと、ファンタジーな異世界に転生した。
年代も種族もバラバラに転生した俺たちだが、皆、今はそれぞれ
第二の人生を送っている。
60
まあ、再会してないやつもいるし、覚えてない奴もいるので、全
員分は把握していないが。
そして、俺は、何年も前に前世の担任と奇跡的な再会を果たして、
今じゃ家族同然に一緒に暮らして、ラーメン屋で働いている。
朝から晩まで働いて、クタクタ状態になって、いつも仕事終わり
にベッドにダイビングする。
そして⋮⋮
﹁パッパーッ! おっふろ! おっふろ! おっふろ終わったら、
あそぼ! あそぼ! ご本も読んで!﹂
さて、そんな朝から晩まで働いて、疲れきってベッドにダイビン
グする俺の背中に飛び乗ってきたのは、父親の労働の疲れなど微塵
も分からない、三歳になる愛娘である、コスモス。
背中に翼があるが、嫁の一人が天使なんで、娘も天使。実際の種
族的には天空族っていう、世界の上空に住んでいる種族らしいが、
まあ、もう天使だ。
母親似のサラサラの金髪、エメラルドの瞳はパッチリと開いて、
純粋度1000パーセント。ただ、ちょっとだけ大きくなったのか、
最近はちょっとワガママだったり、すぐに拗ねたりする。
﹁こら∼、コスモス、ダメだよ、兄ちゃん疲れてるんだから∼。困
らせたらダメだよ∼﹂
そんなコスモスをお姉ちゃん風吹かせて止めるのは、まだ年齢一
61
桁なのに、妹分のようなコスモスの存在相手に、しっかりとした態
度を取る、俺の先生の娘にして、実質俺の妹分というか、もはや本
物の妹。ハナビ。
﹁やーっ! パッパと遊ぶッ! だって、パッパ昨日も遅くまで頑
張ったもん! 昨日も今日も頑張ったから、コスモスと遊ぶ時間あ
るもん!﹂
﹁昨日も今日も頑張ったから、兄ちゃんは疲れてるの。コスモスも、
それが分からないと、大人の女の子にはなれないんだよ?﹂
﹁コスモス大人やだもん。コスモス子供だもん。コスモスは、ずっ
と、ず∼∼∼っと、パッパの子供だもん!﹂
さて、さっきも言ったが、朝から晩までクタクタになるまで働い
て、今にも寝たい俺。
嫁も今は実家に帰省中で、娘は遊び相手がいなくて、かなりご立
腹になっている。
俺の疲れなんて知らずに、ギャーギャーギャーギャー背中の上で
騒いで暴れて⋮⋮。
たとえばだが、前世のサラリーマンとか、こういう状況ではどう
思っただろうか?
朝から晩まで働いて、疲れて、それでも家族のために働いて頑張
ってるのに、ようやくその仕事が終わって、疲れた体を休めるため
に、大爆睡したい状況下、娘が﹁遊べ遊べ﹂コールをしてワガママ
言う。
そんな娘にどう思う?
これは、個人の見解かもしれないが、俺はこう思う。
62
﹁ったく∼⋮⋮仕方ねえ⋮⋮⋮コスモス! ハナビッ! ⋮⋮⋮さ
っさと風呂入って遊ぶぞーッ!﹂
﹁やたーっ!﹂
﹁あーーーっ! も∼、兄ちゃん優しすぎるよ∼﹂
もうさ、可愛くて仕方ない⋮⋮⋮
﹁パッパ! おっふろ! おっふろおっふろ♪﹂
﹁あ∼、もう、コスモス、こんなところで脱いじゃダメ! レディ
は、つつしみもたないとダメなんだぞ∼﹂
﹁くはははははは、そうだぜ、コスモス。ハナビねーねの言うとお
りだぞ?﹂
てかさ、これ、ぶっちゃけた話し、幸せすぎる生活なんだが。
いや、ついこの間まで⋮⋮嫁がまだ居た頃は⋮⋮その、嫁に毎晩
毎晩夜の営み的なのや、修羅場とか、普通に死に掛けていたから⋮⋮
でも、今は違うッ!
﹁兄ちゃん、私も入る。背中洗ってあげるね﹂
﹁あーっ! ハナビねーね、コスモスも! コスモスもパッパ洗う
もん! コスモスはえらいもん!﹂
一日の疲れ? なんだそれ? もう、そんなもん忘れた。疲れな
んて吹っ飛ぶ。
前世で、サラリーマンはこう思ったんじゃないかな。
63
そう、﹁会社の疲れもストレスも、娘の笑顔一つでふっとぶ﹂と。
いや、疲れなんて吹っ飛ぶに決まってるし。それが俺の場合は幼
い妹まで居るし。
だから、ハッキリ言おう。嫁がいないこの状態が、今の俺の幸せ
かもしれねえ。
﹁もう、二人ともエラすぎるっ!﹂
ほんと、俺という人間にしては信じられないことだと思う。多分、
前世の俺のことを知っている奴らからすれば、今の俺は確実に変わ
っている。
親に、教師に、学校に、世の中に反発して生きてきた不良だった
クズの俺が、娘のために、家族のために、汗水たらして仕事をして
いるんだ。そして何よりも、その生活が全く苦にならないというと
ころが最大のポイントだな。
﹁きゃっほー! おっふろ、もくもくしてて、見えな∼い! おも
しろーい!﹂
﹁ほら、コスモス、湯船に漬かるなら、まずは体を洗ってからな﹂
﹁ぶ∼、パッパ、マッマみたいなこと言ってる∼﹂
﹁あたりめーだ、今は俺がマッマもかねてる!﹂
﹁え∼、でも、マッマはおっぱいないとやだーっ!﹂
﹁いや、マッマの胸を持ち出されたら困る。爆乳天使だし﹂
﹁パッパはパッパだも∼ん♪﹂
ここで、コスモスが﹁マッマに会いたい!﹂とか、ワガママ言っ
たり、寂しい思いをしてたりしたら少し状況も違うのかもしれない
が、基本コスモスは、今は毎日楽しそうだ。
その要因はまあ、俺の他にも⋮⋮
64
﹁ししししし! ねえ、兄ちゃん、はい! 背中ゴシゴシ﹂
﹁お、おお∼﹂
﹁兄ちゃん、今日もお疲れ様!﹂
この、出来すぎる妹がコスモスの面倒も見ていることも大きい。
まあ、普通に、先生もカミさんも、コスモスのことを孫みたいに
可愛がって寂しい思いをさせないのもある。
そして⋮⋮⋮
﹁殿︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱っ! 入浴されるなら拙者にも
一言言って戴かなければ困りますっ! 拙者が割った皿の片付けに
没頭して、マスターに説教されていたことで殿がその手を煩わせる
ことになるなど⋮⋮このムサシ、一生の不覚でござるっ!﹂
そして、こいつが皆を飽きさせないのもある。
涙流しながら、全裸で登場してきたこの女。いや、メスになるの
か?
虎耳、虎の尻尾を生やした、亜人の虎人族であり、俺の右腕だと
か懐刀を自称するペット。
﹁いや、ムサシ∼、別に風呂ぐらい自分で入るぞ?﹂
﹁あ∼、ムサシだ∼。ムサシ∼、じーじにおこられてたーっ!﹂
﹁ムサシ姉ちゃんもお風呂来ちゃったの? 四人だと狭いよ∼﹂
その名は、ムサシ。前世じゃ世界一有名な侍の名を持った、武士。
まあ、偶然再会した前世の剣道部だったクラスメートの孫娘とい
65
うことでそういう名を付けられたわけなんだが、色々あって今では
俺にベッタリとなってしまった。
﹁なりませぬっ! 拙者は戦いしか脳のない阿呆ではござらん。戦
場では殿のために誰よりも勇猛果敢に戦い、そして日常では誰より
も殿の御身に尽くすこと! それが拙者の存在意義にございまする
! ⋮⋮それに、目を離した隙に嫁が増えぬよう、奥方様たちに監
視を強く命ぜられているのもありますが⋮⋮﹂
﹁おーい、聞こえてるぞ、ムサシ。嫁が増える? お前、俺をなん
だと思ってんだよ﹂
﹁コスモスだよっ! コスモス、パッパのお嫁さんになるんだもん
!﹂
﹁私は、兄ちゃんが選んだ人なら、ハナビにとっては良い姉ちゃん
に決まってるから、増えてもいいよ?﹂
とまあ、こんな感じで今、俺の毎日が動いてる。
そんな日々が楽しくて楽しくて、だからこそだからこそ、強く思
う。
頼むから、カオスな日なんて、もう来るなと。
66
﹁う∼ん、パッパ∼﹂
﹁す∼、す∼﹂
﹁とにょ∼、せっしゃが、おまもりするでごじゃる∼﹂
風呂から上がって少し四人で遊んでいたが、すぐにこいつらも疲
れて寝ちまった。
つか、俺のベッド、普通サイズでそんなに大きくないんだけど、
俺を差し置いて先に三人寝ちまった。
んで、ムサシ、お前が先に寝たらダメだろうが! 何で、殿より
先に、殿のベッドでハナビとコスモス抱きしめたまま、幸せそうな
顔して寝てんだよ!
﹁ったく、ほんっと⋮⋮可愛いもんだぜ﹂
気づけば頬が緩んじまう。愛おしくて、癒されて、心が温かくな
る。
あれから半年。もう半年なのか、まだ半年なのか、いずれにして
もあの時からは想像もできない、ありふれたどこにでもありそうな
日常の中で、俺は充実した日々を感じている。
﹁ヴェルく∼ん、まだ起きてるの?﹂
﹁おう、カミさん﹂
﹁あら、ハナビもコスモスちゃんもこんなところで寝ちゃって∼、
しかもムサシちゃんまで﹂
67
寝巻き姿のカミさんが俺の部屋を訪ねてきては、ベッドで就寝中
の三人娘を見て思わず苦笑している。気持ちは分かる。
﹁いいよ、今日はここで寝かしとくよ。んで、カミさん、どうした
んだ?﹂
﹁ああ、そうそう。下で、呼んでるわよ﹂
﹁呼んでる? 先生が? なんだよ、﹃新弟子﹄の修行は終わった
のかよ﹂
﹁ええ。それで、ヴェルくんを呼んできてって言われたの﹂
先生の呼び出し? 何だろうな? とりあえず俺は頷いて、スヤ
スヤ眠るコスモスたちに一言﹁おやすみ﹂と耳元で囁いてから、階
段を降りて店へと向かった。
するとそこには、カウンター席に座って、最近入った新弟子と晩
酌してる先生が居た。
﹁おいおい、なんだよ先生、修行はもういいのかよ?﹂
﹁ああ、今日はな。まあ、コイツはお前より筋がいいからよ﹂
少し酒で頬を赤らめた先生が、豪快に隣に座る新弟子の背中を叩
いた。
その新弟子は、百人が聞けば百人が巨漢と答えるほどの異常な体
躯。
ハッキリ言って、ボディービルダーのように不自然に発達した筋
肉を搭載した彫りの深い短髪の男。
ピッチピチの真っ白い厨房服は、意外とサマになっている。
すると、先生に褒められた新弟子は謙遜したように首を横に振っ
た。
68
﹁俺はまだまだだ。俺のスープには深みもなければ、麺にコシがな
い。以前、ヴェルト・ジーハが、俺や家族に振舞ってくれたレベル
には達していない﹂
﹁くはははは、ったりめーだ、こちとら五年以上もガンコオヤジに
怒鳴られながら仕込まれてんだ。まだ、二週間足らずの新人に追い
つかれてたまるかよ﹂
そう言いながら、俺も新弟子を真ん中にするように、隣のカウン
ター席に座った。すると、俺の前に先生がグラスをカウンターの上
を滑らせて放ってきた。
﹁おい、ヴェルト、今日はお前も飲め﹂
﹁おっ、いいのか?﹂
﹁まあ、お前ももう十八だからな。そもそも、この世界は飲酒を十
五から認めてんだし、問題ねえだろ﹂
これは珍しい。先生はやけに気分がいいようだ。
少なくとも、俺はこれまで先生の酒に付き合ったこともなければ、
先生が飲んでいるところ自体をあまりみたことがない。
それが今日、こうやって宅飲みで、こんな機嫌よさそうにしてい
る。
断る理由もねえ俺は、新弟子に酒を注がれたグラスを軽く持ち上
げ、三人で中央にコップを集めて軽く乾杯した。
﹁っか∼⋮⋮風呂上がりに効くぜ∼﹂
﹁ヴェルト・ジーハ、お前はあまり飲まんのか?﹂
﹁まーな。これまで、そんなまったりした時間もなかったし、嫁や
子供の目もあったからな⋮⋮⋮⋮って、今の、何だかオヤジ臭くな
69
かったか?﹂
う∼む、娘をはじめとする家族が元気の源で、嫁のストレスから
解放されて喜んで、酒を飲んで笑う⋮⋮やべえ、俺、ほんとオヤジ
くせえ。
思わず笑っちまった。
﹁十八か⋮⋮ヴェルト⋮⋮お前が十歳の頃にこの家に転がり込んで
きて随分と経つが⋮⋮まだ、十八なのか、それとももう十八って言
うべきか⋮⋮﹂
﹁おいおい、先生、まだ十八だぜ? 前世的に言うと、高校生だ﹂
﹁ああ⋮⋮高校生だ⋮⋮⋮⋮﹂
そう言うと、先生は少し切なそうな笑みを浮かべながら目を細め
た。
それを誤魔化すかのように、グラスに注がれた酒を一気に飲み干
し、そして僅かな間をおいてから、新弟子に訪ねた。
﹁なあ⋮⋮お前が昔世話になったって奴⋮⋮ラグビーやってたんだ
って?﹂
やっぱりその話か。その問いかけに新弟子はゆっくりと頷いた。
﹁ああ。ラグビーをやっていた。あいつは、俺がガキの頃からの付
き合いだったが、愉快な男だった。そして暑苦しかった﹂
﹁そうか﹂
70
その一言が、先生にとっても嬉しかったんだろう。だが、同時に
昔を思い出して寂しい気持ちにもなったのだろう。
先生は、グラスに注がれた酒を一気に飲み干した。
﹁おい、先生﹂
﹁今日ぐらい許してくれよ﹂
気持ちは分からんでもない。
俺が世界を回る旅から帰ってきて、もう半年。
再会出来たやつら。会えなかったが、恐らく前世のクラスメート
なんだろうと思える奴らの情報。俺では覚えていない奴も含めて、
先生は一人一々を頭の中に顔を浮かべて、生徒のことを思い出して
いた。
そして、今、この新弟子が語った人物は、生徒の中でも先生が思
い入れがあったと思える奴。
﹁お前の故郷、チェーンマイルの近くなんだってな﹂
﹁ああ﹂
﹁は∼、そうかよ﹂
こんなふうに先生が酒を飲むのは、初めて見た。
﹁チェーンマイル王国、ロルバン帝国、人類大陸最東端。あそこら
へんは、俺が生まれ育ち、料理修行を始めた思い入れのある場所。
⋮⋮⋮⋮まさか、あの辺りにあいつが居たとはな。目と鼻の先が見
えてなかった。灯台下暗しってやつか﹂
﹁まあ、あのエリアは巨大だ。無理もないであろう﹂
71
﹁そうは言ってもな∼⋮⋮⋮⋮﹂
先生がカウンターに突っ伏した。まさか、ずっと会えなかった教
え子が、意外と身近にいたことに複雑な思いを感じているようだ。
まあ、その気持ち、分からんでもない。
ひょっとしたら、ニアミスしてたかと思うと尚更だ。
でも、だから⋮⋮⋮⋮
﹁安心しろ、先生。少し落ち着いたら、俺がひとっ飛びで連れてき
てやるよ﹂
﹁ヴェルト⋮⋮⋮⋮﹂
﹁だから、先生はここで待ってろよ。帰る場所が移動されると、困
るからな﹂
空いた先生のグラスに酒を注いでやって、軽くグラスをコツンと
ぶつけた。
﹁へん、生意気なガキが﹂
﹁ああ、生意気こそが、俺のアイデンティティみてーなもんだから
な♪﹂
それを受けて先生も、ニッと笑ってもう一度グラスに口をつけた。
そう、俺が何気なく言った、﹁前世のクラスメート探して連れて
くる﹂的な発言。
それがまさか、またメンドーごとに発展するとは思わんかった。
72
序章︵後書き︶
始めましての方、お久しぶりの方、ついこの間ぶりの方、全ての方
へ今後とも宜しくお願い申し上げます。
しばらくは、カオスの少ないヘイワナモノガタリヲカコウトオモイ
マス。
一人でも多くの方に長いことお付き合いいただけたらと思います。
73
第1話﹁いきなりの来訪者﹂
﹁あいよ、チャーシューメン!﹂
﹁おい、ハナビ! デルタ男爵家にチャーハン、餃子の出前だ! ムサシ、ハナビの警護を頼んだぞ! 絶対にお前は岡持ちに触るん
じゃねえぞ!﹂
﹁ははっ! 拙者、この命に変えましても!﹂
﹁とーちゃん、別に私一人でも大丈夫だよー。もう私は姉ちゃんな
んだから∼!﹂
﹁ねーね、コスモスもいく! コスモスもお手伝いしたい∼!﹂
ガキの頃からずっと繰り返してきた仕事だが、さすがにブランク
がある分、まだこの大変さの感覚を取り戻すには少しかかりそうだ。
十歳から十五歳まで毎日欠かさずこの店で働いた。
だが、十五歳から十七歳までの間は世界をぶらついたり、喧嘩し
たり、戦争したりと二年の空白があった俺には、意外ときつかった。
﹁お∼い、ヴェルト、俺のツケメーンが、まだ来てねーぞ?﹂
﹁ヴェルトくん、俺はミソラメーンだから、って、そんなに睨まな
いでよ∼﹂
﹁ひうっ、あの、えと、ぎょ、ギョーザを、その﹂
﹁ペット、そんなに申し訳なさそうにしなくても、私たちはお客さ
んなんだから堂々としたらいいわ。ちなみに、ヴェルトくん、私の
チャーハンもね。早くお願い﹂
74
﹁チャーシュー丼がまだ来てないんだけど? マスターが忙しいん
だから、あんたが早く作りなよ、ヴェルト﹂
﹁えっと、あの、えへへへ∼、ごめんね∼、ヴェルトくん。私もツ
ケメーンで﹂
だというのに、こっちの忙しさを目の当たりにしているくせに、
ニヤついた笑顔で俺を急かす、昼休み中の幼馴染たちにはイラっと
させられた。
いや、つうか、なんでこいつら、ここに居るんだよ!
﹁オラァ! シップ! ペット、チェット、ホーク、ハウッ! そ
れに、サンヌまで、なんでテメェら大集合してんだよ! 騎士団の
人間なら、城のデッケー豪華な食堂があるだろうがっ!﹂
﹁おいおい∼、売上に貢献している客に言う態度か∼? つっても、
貢献する必要ないほど繁盛してるみてーだけどな﹂
﹁そうなんだよ、シップ! しかも、こんなクソ忙しい昼時にテメ
ェら全員集合しやがって! 俺に嫌がらせか?﹂
お客様は神様だぜ? 的な顔で足組んで俺にニヤついた笑みを見
せるシップの言葉に続いて、他の奴らも態度を崩さねえ。
﹁いいじゃない。午前の演習でお腹空いているのよ。そういうとき、
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やっぱりここでガッツリと食べていきたいのよね∼﹂
﹁つってもな∼、ホーク、お前ら頻繁に来すぎだぞ? 最近は夜飯
も来るし、意外とテメェら暇なのか?﹂
﹁暇じゃないって、ヴェルトくん。半年前に人類大連合軍が凍結さ
れて、私たちもようやくこの国の騎士として働くことになったんだ
から。毎日覚えることが多くて、大変なんだから﹂
﹁サンヌ。だったら、出前にでもしろ。こうして雁首揃えてカウン
ターに座られてると、見張られてる気がする﹂
﹁はあ? 見張られてる気がする? バカだね。私たちは見張って
んだよ、あんたのこと﹂
なにいっ? サラッと俺を小馬鹿にしたような口調で、クールで
ショートカットの一匹狼空気を漂わせるハウの一言が気になった。
どういうことだ?
﹁あんたは今じゃ、この世界でも最も有名な人間の一人なんだ。そ
して、この国にとってもね。そのあんたがまた、周りのことも考え
ずに何かをやらかしたり、フラッとどこかに行ったりしないように、
こうやって定期的にちゃんと見に来てんのさ﹂
﹁うん、ハウの言うとおりだよ、ヴェルトくん。それに、今、他国
との会談で国を留守にされているフォルナ姫からも俺たちはキツく
言われているんだよ。君をしっかりと見張っておくようにってね﹂
76
﹁そうなの。その、今は、姫様の護衛でバーツくんもシャウトくん
も居ないし、私たちがしっかりしないと﹂
うわ∼、めんどくさ。
別に、俺も逃げる気はねえけど、こうもジーッと見られると居心
地悪いっつうのによ。
﹁でも、もう半年になるんだよね。ヴェルトくんが、この世界を征
服しちゃって﹂
﹁あ゛?﹂
﹁ふふふ。なのに、結局ここに戻ってきて、やってることは子供の
時と変わらないんだからおかしいよね∼。まあ、私はこの方が好き
だな∼って思うし、﹃ここ﹄は変わらないっていうところがいいな
∼って思うかな﹂
何だか、感慨深そうに俺を見てくるサンヌの言葉に、俺も色々と
思うところはあった。
そう、半年前、俺はノリとその場の雰囲気で世界をある意味で征
服しちまった。
これまで、人間、亜人、魔族という三種の種族が、新たなる領土
確保を目指して、広大なる神族大陸の領土の奪い合いを何百年も続
けてきたが、その神族大陸を俺は第四の勢力で支配し、そして新た
な国を作った。
まあ、その国に関しては現在、俺の戦友と悪友たちが土台作りを
して、時が来れば俺をまた呼びに来るとは言っていたが、この半年
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間あまり音沙汰なし。
それまでは、故郷で家族と過ごそうと決めたのだが、すっかり昔
に戻っちまった。
﹁まあ、世界は色々変わったけどね。人類大連合軍そのものは凍結
して、私たちは、正式なエルファーシア王国騎士団として入団。魔
族大陸も、かつては七大魔王国と言われた勢力も、今では滅亡や併
合の末に、ジーゴク魔王国の鬼カワ魔王キロロとヤヴァイ魔王国の
弩級魔王ヴェンバイの二人が仕切る、﹃二大超魔王国﹄となった﹂
﹁でも、ホーク、一番変わったのは、やっぱり、亜人じゃないかな
? なんせ、四獅天亜人の四人が全員引退ということでソックリ入
れ替わったんだから﹂
﹁ほんとだぜ。まあ、新たな四人も全員化物だけどな。武神イーサ
ムの息子にして、ヴェルトの義理の兄でもある獅子竜のジャックポ
ット王子。ヴェルトの嫁さんの一人でもある、最後のダークエルフ
のアルテア姫までが任命されてるんだからな。あとの二人も十分化
物だしよ﹂
そう、何だかんだで変わらない日々も、結局変わっちまっている
のかもしれねえ。
少なくとも、この世界は大きな変化の真っ只中にある。
俺も、俺の周りも、全部ひっくるめて。
だから、サンヌが言っていた、﹃ここだけは変わらない﹄という
言葉も、こういう激動の変化の中にある世界で、ここはこいつらが
ガキの頃から変わらない光景だからこそ、ホッとするってのもある
のかもな。
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﹁まあ、﹃ここも﹄変わってないってこともないだろ。少なくとも、
私らは帰郷するまではハナビって子を知らなかったし、今ではコス
モス姫や亜人のムサシまでこの店で走り回ってるからね﹂
﹁だはははは、そりゃ、ハウの言うとおりだよな。つか、ヴェルト
もちょうど今、他の嫁さんたちも全員居ないからこういう感じなだ
けで、やっぱ俺らからしたらフォルナ姫以外の女がヴェルトの隣に
立てば、そりゃ不自然に見えるからな∼﹂
﹁そうだよね∼、シップ。それに、ヴェルトくんは奥さんたちがみ
んなすごい分、親戚もすごいからね∼﹂
親戚がすごい。そう言われると、全く否定できないのも事実。
実際、俺はまだ正式な結婚式的なのは行ってないが、かつての仲
間だけでなく、嫁と繋がりのある親戚がほんとにヤバイ。
扱いを一歩間違えれば、再び戦争にも発展しかねねーしな。冗談
抜きで。
だから、みんなの言葉に、俺は若干引きつった笑で頷いていた。
﹁でもよー、そう考えると、ヤヴァイ魔王国とお前って、何かしら
の繋がりあんのか?﹂
﹁どういうことだ?﹂
﹁いや、ジーゴク魔王国はお前と色々あるじゃねえか。あの、先代
魔王キシンを初めとして、なんか現魔王のキロロはお前を兄さんと
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か呼んでるしよ。でも、ヤヴァイ魔王国はないんだろ?﹂
確かに、それはシップの言うとおりといえば、その通りだ。
実際のところ、俺はそこまでヤヴァイ魔王国を知らねーな。
ヤヴァイ魔王国の魔王にして世界最強の魔王ヴェンバイのことも、
顔見知りぐらいでそこまで知らねえ。
他の王族だって、﹃あいつ﹄ぐらいしか⋮⋮⋮
﹁あ∼、噂をすれば影? でも、勝手に人の国のことをベチャクチ
ャ言われるのはあまり気に食わないかな? 殺しちゃうよ?﹂
その時、俺たちは﹁何で今まで気づかなかった?﹂と、全身の鳥
肌が一瞬で逆立った。
たかが半年程度実戦から離れたぐらいで、どうしてこの存在に気
づかなかった?
﹁それに、この店さ∼、ガルリックの匂いが酷すぎない? 何だか
ムカつくな∼、僕、ガルリック苦手なのに⋮⋮殺しちゃうよ?﹂
その男は、一番端のカウンターに座っていた。
﹁ただ、そこの人間の言うとおり、そうなんだよね? 実は、僕た
ちヤヴァイ魔王国もそこらへん、結構気にしているんだよね、分か
る?﹂
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﹁テメェはっ!﹂
﹁ジーゴク魔王国の先代魔王のキシンは君の親友として、そして君
の作る国の重要役職についている。現魔王のキロロは君の義理の妹
として親戚みたいな立ち位置みたいでしょ? でも、僕たちヤヴァ
イ魔王国はそういうのないでしょ? クロニアは君と仲良いみたい
だけど、あくまで客だしね。僕たちヤヴァイ魔王国にとっては、結
構気になるところなんだよね?﹂
淀んだ気だるげな笑みとは裏腹に、片目を覆い隠すような形の頭
は、灼熱のように燃えている。
全身はユラリとした白い外套で覆い隠し、何故か片腕だけ、黒い
ギプスのようなものを嵌めている。
だが、何よりも特徴的なのは、その背中。
蝙蝠のような悪魔の翼。
そして、もう一つ極めつけの特徴がある。
﹁やあ、おひさし∼、かな? ヴェルトくん?﹂
暗闇に包まれた中に、うっすらと三日月の模様と光が入った瞳。
俺は、この男のことを知っている。
﹁テメエはッ、ジャレンガッ!﹂
﹁呼び捨てって酷くない? 殺しちゃうよ?﹂
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いや、だからさ、何で噂の超巨大魔王国の王子が居るんだよ!
﹁お、おいっ! 嘘だろ? ジャレンガ王子?﹂
﹁あのヤヴァイ魔王国、月光の四王子にして最強と言われた!﹂
﹁世界最強の異業種、ヴァンパイアドラゴン!﹂
﹁何でここに?﹂
いや、ほんと、何でこいつがここに居るんだよ!
﹁⋮⋮⋮⋮⋮ねえ、僕は冷やしチューカというのを食べたいんだけ
ど、これっておいしいの? まずいなら、殺しちゃうよ?﹂
まさか、つい最近、﹃冷やし中華始めました﹄の噂を聞きつけて
? んな、わけねーか⋮⋮
﹁ところでさ、ヴェルト君。さっきの話だけど、今僕が言ったよう
に、ヤヴァイ魔王国は君との繋がりを欲しているわけ。だから、⋮
⋮⋮⋮僕の妹を君のお嫁さんにして欲しいんだけど、いいよね?﹂
いや、よかねーし⋮⋮いきなり、何を初っ端からぶち込んでんだ
よ、この吸血鬼野郎は!
82
第2話﹁いきなり一触即発﹂
俺は、半年振りにガチツッコミを入れた気がした。
﹁なに? 僕の妹が嫌なの? 何様のつもり? 殺しちゃうよ?﹂
﹁いや、受け入れようもんなら俺が各方面から殺される。つうか、
どうしてそんなことになってんだよ﹂
﹁いいじゃない。今更一人二人増えても変わらないでしょ?﹂
﹁結婚てそういうもんなのかよ! 何でこれ以上、余計な戦争の火
種を増やそうとするんだよ。つうか、今の嫁六人に知られた時点で
戦争始まるしよ﹂
そう、嫁六人という特殊な状況下ゆえ、なんか知らんが今の嫁た
ちは団結力が凄いのだ。
お互い独占欲を剥き出しにしたり、嫉妬したりという状況もかつ
てはあったが、今では一致団結している。
例えば、今後の正式な結婚式のスケジュールやら手配やら、自分
たちの子作りのローテーション等の生々しいものまで全部だ。
すると、
﹁大雑把に六百以上﹂
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⋮⋮はっ? いきなり何だ? クールに一言呟いたハウは、その
まま続けた。
﹁ヴェルト、この数、何だか分かるかい? 半年前から、このエル
ファーシア王国宛に届けられた、あんたへの縁談の話しだよ﹂
﹁⋮⋮⋮なにいっ?﹂
﹁たまに、あんたの作った国からも経由して届けられている。どれ
も、各国の王族から貴族、亜人の部族の長の娘とか、数限りなくら
しいよ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮初耳なんだけど、どうしてそんなことになってんだ?﹂
﹁フォルナ姫たちで情報を止めてんのさ。ただ、あまりにも有益だ
ったり、無下に断ったりすると後で面倒事になりそうなのには、あ
んたの秘書のラブ・キューティーを交えて対応について検討中だっ
てさ﹂
いや、そんなこと聞いてねえよ。
どうしてそんなことになってんだ?
﹁それだけ、あんたの存在は重要視されてるってことさ。半年前、
無理やり神族大陸に国を作り、各種族の主要人物に承認されたあん
たと繋がりを持つことは、これからの世界で非常に重要な意味を持
つとされているのさ﹂
84
⋮⋮⋮⋮俺が、ラーメン作ってる間に、そんなことになってたと
は⋮⋮⋮
﹁そういうことだから、分かるよね? 僕たちヤヴァイ魔王国も、
君と繋がりがないのは嫌なわけで、逆を言えば君だってヤヴァイ魔
王国とつながりがないのは、あまりよろしくないんじゃない?﹂
﹁よろしいよ。何でテメエらと仲良くしなくちゃいけねーんだよ﹂
﹁そうかい? クロニアは、ヤヴァイ魔王国と君の国がそういう繋
がりを持ってもらわないとって、言ってたよ?﹂
なに? クロニアが?
半年前、俺の最終決戦の相手であり、前世のクラスメートであり、
そして俺がかつて惚れていた女。
今は、ヤヴァイ魔王国で世話になってるって噂だが、そのあいつ
が?
ちょっと待て、あいつがそんなこと言ったのか?
﹁お、おい、あの女はその⋮⋮なんだ? 俺に嫁増やせて的なこと
を言ったのか?﹂
﹁今更何人増えてもいいだろって言ってたよ?﹂
⋮⋮⋮地味にショックだ⋮⋮仮にも、普通に惚れていた女にそう
いうことを言われるとか⋮⋮⋮傷つく⋮⋮
﹁ただ、妹の件は置いておいて、クロニアはクロニアで君に少しお
85
願いがあるみたいだよ?﹂
﹁お願い?﹂
﹁そして、僕がワザワザここまで来たのも、それが理由さ﹂
何だか猛烈に嫌な予感がするんだけど。
ジャレンガほどの超大物が、ワザワザここに来る理由?
﹁君のお嫁さんにするはずの僕の妹なんだけど、実は今、行方不明
なんだよね、困るでしょ?﹂
﹁はっ? って、そういえば、半年前の最終決戦にも居なかったし
な⋮⋮ひょっとして、あの戦いで消息不明とか?﹂
﹁ううん。それ以前に、クロニアの自由ぶりに感化されて、世界を
探検中なんだよね、どう? ムカつくでしょ?﹂
﹁おいおいおいおい、そんな問題児を人に押し付けんなよな。つか、
そういうのはせめて見つかってからしろよ。いや、仮に見つかった
としてもお断りだがよ﹂
﹁あ∼、それなんだけどね、噂では人類大陸のどこかに居るらしい
んだ。でも、僕は人類大陸に詳しくないし、歩き回ると大騒ぎにな
るし、旧人類大連合軍からは嫌われてるし、友達も居ないから困っ
てるんだ。実際ここに来るのも大変だったしね﹂
人類大陸をうろつくと大騒ぎになる? 当たり前だ。かつての戦
争では、人類の勇者を始め、数多くの被害を人類に与えた超危険人
物。
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仮に戦争が休戦状態とはいえ、こいつ自らが人類大陸を自由に歩
き回る等、いつ爆発するかもしれない爆弾を無差別に設置するよう
なもんだ。
んで、それは分かったけど、何で俺を見る?
﹁んで?﹂
﹁だからヴェルト君、僕と一緒に妹を探しに行ってくれるよね?﹂
行ってくれないか? じゃなくて、行ってくれるよね? なにそ
れ。何で俺が行くことが前向きになってんだよ。
﹁っざけんな! 人がせっかく、女房のストレスから解放されて、
妹と娘との日々に満たされて、ムサシに癒されてるところに、何で
テメエと旅行に行かなくちゃいけねーんだよ!﹂
﹁チェーンマイル王国に居るっぽいんだけどさ、僕、全然詳しくな
いんだ﹂
﹁聞いてねーし! つか、行かねーし!﹂
﹁はっ? なにそれ? 人がこれだけ下に出ているのに、そういう
態度を取るの? ムカつくね? 殺しちゃうよ?﹂
﹁あっ? その態度のどこか下に出てんだ? つか、やるならやる
ぞ?﹂
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冗談じゃねえ。こんな奴と行動するとか、息がつまる。つうか、
単純に行方不明の妹を探すの手伝えならまだしも、俺と結婚させる
ために見つけるだ?
んな理由で旅に出てみろ。落雷落とされて、蹴りくらわされて、
氷付けにされて、邪悪な魔法をくらって、鋭い歯で噛み付かれて、
最後は天使の力をぶつけられる。
その情景がリアルに想像できるだけに、ジャレンガの話しは、文
字通りお話にならないってもんだ。
﹁その通りだぜ﹂
﹁そうね。これ以上、ヴェルト君に余計なことをさせないで下さい﹂
すると、俺の幼馴染たちも、力量では圧倒的に劣るものの、ジャ
レンガの前に立って俺をガードするように身構えた。
だが⋮⋮
﹁やめねえかコラァァァァァ!﹂
一触即発の空気をぶち壊すかのように、ずっと黙っていた先生が
ついにブチキレて大声を張り上げた。
思わず俺たち全員がビクッとしちまった。
﹁喧嘩やりたきゃ外でやれ。しかも外ってのは、ただ店の外ってわ
けじゃねえ。誰にも迷惑かけねえ広野でだ! そして、メシ食い終
ってからにしろ! 注文したばっかのメシを放り出して喧嘩するか
らにゃ、タダで済むと思うんじゃねえぞ! 分かったかッ!﹂
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⋮⋮⋮ふ∼∼∼∼⋮⋮
﹁あ∼⋮⋮わーったよ。とりあえず、ジャレンガ、まずはテメエも
冷やし中華食ってからにしろ。話はその後だ﹂
﹁⋮⋮⋮誰? ただの飲食店の店主が偉そうじゃない?﹂
﹁そういうな。世界を征服した男が、この世で唯一頭の上がらねえ
男だ﹂
﹁へ∼、奥さんたちに尻に引かれているだけじゃないんだ﹂
﹁誰がうまいこと言えって言った!﹂
先生の怒号は、ジャレンガのような短気な奴にはイラッとするも
んだったかもしれねーが、先生の迫力や俺の態度に気分が失せたの
か、溜息はいて珍しく黙った。
﹁あの、えっと、騒がせてすんません﹂
﹁冷静ではありませんでした。お騒がせしました﹂
﹁ごめんなさい。ご迷惑をおかけしました﹂
シップたちもバツの悪そうな表情で謝罪。なんつうか、やっぱ力
云々じゃなくて、先生ってコエーんだなと改めて実感した。
﹁へい、冷やし一丁﹂
それでいて、態度は粗野なくせに仕事は繊細で誠実。
ジャレンガの前に置かれた冷やし中華は、ただうまそうなだけじ
ゃない。
緑と赤の野菜。卵を添え、適量の氷を散りばめて、先生が研究の
末に開発したツユにつかり、正に、ザ・冷やし中華。それは芸術の
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域にまで達していた。
﹁へ∼、珍しい料理だね。こんな細長い紐のようなものを食べるの
?﹂
異世界人には初めて見る料理。そして、職人の工夫と手間を感じ
させる一品。 あのジャレンガがほんの少しだけ穏やかな表情にな
り、フォークで麺を啜る。
啜った麺を噛んだ瞬間、ジャレンガの片目が大きく見開き、その
まま続いて麺をもう一度口へと運んでいく。
それだけで、味の感触は悪くなかったんだと分かった。
﹁⋮⋮⋮ふ∼ん⋮⋮悪くないね。ジャックポット王子の血よりは美
味しいね﹂
﹁おう、他になんか注文がありやしたら、何でも言ってくだせいっ
!﹂
ニッと笑う先生の言葉に、ジャレンガも少し戸惑いながらそっぽ
向いた。
さすがは先生。料理で黙らせた。
﹁ふ∼∼∼∼∼ん﹂
﹁あん? なんだよ﹂
ジャレンガがなんか麺をすすりながら、俺をジッと見てきた。
﹁いや、そういえば、君のお嫁さんの一人のウラ姫も、ここで引き
90
取られて育ったんだっけ?﹂
﹁まあな。魔王シャークリュウが八年前に死んでからな﹂
﹁そうなんだ。こんなところに八年もいれば彼女も変わるだろうね。
で、肝心の彼女は今、なにやってんの?﹂
﹁ん? ほら、今、ジーゴク魔王国に旧マーカイ魔王国と旧ヴェス
パーダ魔王国、旧ポポポ魔王国が併合されたろ? その関係で、魔
族大陸に行ってるよ﹂
﹁あ∼、そうなんだ。めんどくさいね∼、政治とか公務って、くだ
らなくて潰したくなるよね?﹂
﹁王子のテメエがそれでいいのかよ﹂
まあ、ウラも大変かもしれねーが、元お姫様である以上は、そう
いう仕事も仕方ねえことだ。
ハナビも少し寂しく思うかもしれねーが、それでも今この家は賑
やかだからな。
﹁まあ、今はウラがいねーけど、ハナビはしっかりしてるし、ムサ
シもコスモスも癒されるし、何よりも今は﹃将来有望な兄弟弟子﹄
が一人増えたからな。まあ、短期間だけどな﹂
そうなんだよな。今、この家には、ウラが居ない変わりに意外な
奴が先生の弟子として住み込んでいる。
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本来は遠く離れた神族大陸に住んでいるが、俺がそいつと家族の
連中にラーメンを振舞ってやったら随分と気に入ったようで、これ
からも家族に作ってやりたいとのことで、作り方を学びたいと俺に
教えを乞ってきた。
だが、俺自身も別に免許皆伝されたわけでもないから、そこはや
っぱ先生の許可をと思ったところ、先生はそいつを気に入り、短期
間だが弟子として店で学ばせることにした。
つまり今この家には、先生、カミさん、ハナビ、コスモス、ムサ
シ、そして俺の他にもう一人住んでいる。
その人物とは⋮⋮
﹁あっ!﹂
そして、俺は思い出した。そいつとジャレンガは、実は微妙な関
係を持っていたことに。
二人の間に直接的なことはなかったと思うが、それでも⋮⋮⋮
﹁マスター。出前の皿を回収してきた﹂
そして、タイミングよく、その男は帰ってきた。
﹁おお、ご苦労さん。んじゃ、洗いもんを手伝ってくれ﹂
﹁心得た﹂
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そして、その男の姿を見て、ジャレンガの顔つきが変わった。
それは、二人が顔見知りというわけではなく、単純に今入ってき
た男から発せられる異様なまでの存在感を感じ取ったのだろう。
﹁おや∼? おやおやおや∼? ⋮⋮どういうことかな、ヴェルト
君。こいつ、誰?﹂
その存在感を一言で言うなら、﹃異常﹄。もしくは、﹃桁違い﹄
というものだろう。
常人ではありえぬほどに発達した、ボディビルダーのような筋肉
を搭載した巨躯。
純粋な人間ではあるが、普通の人間とは異質な化け物。
そんな化け物が当たり前のようにラーメン屋の店員として店に入
ってきたのだ。
さすがのジャレンガも驚くだろう。
同時に⋮⋮
﹁む? ⋮⋮⋮月の瞳⋮⋮⋮月光眼か⋮⋮⋮ヤヴァイ魔王国の者か
?﹂
同じく男もジャレンガの存在、そしてその異質な空気を察して表
情を変えた。
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﹁へえ、強いね? 人間にまだこんなのが居たの?﹂
ジャレンガならば、この世界で強い人間であればたいてい知って
いる。
しかし、そのジャレンガが知らない未知の存在が現れたのだ。
当然、臨戦態勢に入るのも無理は無い。
そして⋮⋮
﹁俺はバスティスタ﹂
その男、バスティスタがまずは口を開いた。
﹁バスティスタ? ん∼、聞いたことあるようなないような⋮⋮⋮﹂
その名に心当たりが無かったジャレンガは首を傾げる。しかし⋮⋮
﹁だろうな。だが、こう名乗れば心当たりはあるか? かつて⋮⋮
ラブ・アンド・ピースの最高幹部として、ピイトというコードネー
ムを名乗っていた﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あ゛?﹂
さすがに、それは知っていたのか、ジャレンガの目つきが鋭くな
94
った。
そう、その名を名乗れば、さすがにジャレンガも分かる。
明らかに空気が変わった。寒気のする張り詰めた空気に。
何故なら⋮⋮
﹁そっか。へ∼、そうなの? じゃあ、君が僕の兄さんを殺したの
かい?﹂
そういうことだからだ。
半年前、ラブ・アンド・ピースと名乗る人類最悪の組織は、全世
界全種族を罠にハメ、多大な犠牲を生み出した。
その中でも、ヤヴァイ魔王国は魔王が囚われ、王族にも戦死者が
出た。
それは、ジャレンガにとっての身内。
﹁俺が直接手を下したわけではないが、間違いなく俺たちが殺した﹂
﹁ふ∼ん、そうなんだ、へ∼、すごいじゃん?﹂
おい、まさか今この場でおっぱじめるつもりじゃねえだろうな?
勘弁しろよ?
﹁⋮⋮⋮は∼⋮⋮⋮メンドクサ。先生、ちょっと店離れるわ。ジャ
レンガそれ食い終わったらついてきな。バスティスタもだ。とりあ
えず、一杯奢ってやるから、ここでモメごとは勘弁しろ﹂
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心の底から、メンドクサと思った。
だって、もしこの二人がガチで戦いを始めようもんなら、冗談抜
きで王都が半壊してもおかしくねえからだ。
96
第3話﹁そして変態がまた﹂
前世のクラスメートでドカイシオンという奴が居た。
正直、まったく記憶にない。
だから、お互いの正体が分かって再会したものの、まるでピンと
来なかったことで、相当落ち込まれたことは記憶に新しい。
だが、前世は前世。今は今と割り切って、普通にこれからはダチ
と接すれば問題ないと思っていた。
﹁あのさ、ヴェルト⋮⋮無理なんで﹂
かつてはドカイシオン。今の世界では、ニートと名乗るダチが俺
の前で非常に情けないツラで落ち込んでいた。
地底族という世界でも希少な種族として転生したニート。その片
腕には肉体と一体化したドリルが特徴的。
しかし、他に特徴無し。せーぜい、黒い髪の毛の前髪が垂れて目
が隠れているぐらいの、どこにでも居そうな奴。
諸事情により、地底世界から追い出されたこいつの生活をしばら
く世話してやって、今ではこいつも独自の技術で職を得ている。
﹁そうですよー! こここここ、こんな恐い人たち連れてきて、お
客さん全員逃げちゃったじゃないですかーっ!﹂
ニートの背後から飛び出して文句垂れる、手のひらサイズの可愛
らしい妖精。名はフィアリ。
実はこいつもかつてのクラスメートで、しかもかなりの人気あっ
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た奴だが、今では何故かニートの彼女というポジションに着き、二
人でこのエルファーシア王国で露店を開いて生活している。
﹁あのですねー、私とニート君のミックスジュース屋さん、﹃フェ
アリーキッス﹄は、若い女の子向けのお店なんですから! なんで
すか! 不良! マッチョ! 残虐吸血鬼! こんな三人がカウン
ター席を占領しちゃったら、誰も近寄れませんよ!﹂
そう、ニートとフィアリが開いた店は、この世界では珍しい、ミ
ックスジュース屋。
最初は、ニートに土木作業なり、ドリルを活かした職でもと思っ
たが、フィアリの提案でこうなった。
なんでも、ニートのドリルをミキサー代わりに使うことによって、
異なるフルーツとかがよく掻き混ざったり、攪拌と剪断力に優れて
果実や野菜をジュースにした時の喉越しとか、非常に好評だったの
だ。
今では、移動式の屋台車をハートマークやら妖精の絵で装飾され
た可愛らしい店と、台車の周りに簡易的なパラソル付きのテーブル
と椅子が置かれ、店は常に王都の若い女たちが賑わう大人気となっ
ている。
この瞬間を除いて⋮⋮
﹁他に思いつかなかった﹂
﹁面倒をかけるな。ニート。そしてフィアリ﹂
﹁っていうか、地底族に妖精まで居るなんて驚きだね? でも、う
るさくない? 殺しちゃうよ?﹂
98
ニートとフィアリには悪いと思うし、トバッチリだと思うが、勘
弁して欲しい。
正直、俺一人では処理しきれねえからだ。
﹁とりあえず、ここは俺のおごりだ。おい、ニート、俺はミックス
フルーツで﹂
﹁なら、俺はミックスベジタブルにしよう﹂
﹁トマトジュースお願いね、まずいと殺すからね?﹂
エプロン姿のニートが、目に見えるほど﹁早く帰ってくれ﹂オー
ラを出しながら頷いた。
今にして思うが、俺はこいつをダチだと思うようになってるが、
ニートは俺のこと普通に嫌いだよな? なんでだ? 前世でも現世
でも、そこまで嫌われることをしてないと思うけど。
﹁ふふ、世界征服した男に奢ってもらうのは貴重じゃない? でも、
別にそんなに気を使わなくてもいいと思うよ? 少なくとも、僕は
復讐だとかダサいことする気はまるでないから。人間みたいに、ヒ
ステリックじゃないじゃない?﹂
復讐なんて考えていない? 意外なジャレンガの言葉に思わず耳
を疑った。
﹁いいのか?﹂
﹁ふふふふふ? なーに、それ、別に僕は君たちほど家族に執着も
無いしね? 敵に遅れを取るような無能なバカは、死んだほうがマ
ヌケじゃない?﹂
いや、お前もジャックに負けたじゃ⋮⋮と言おうもんなら余計荒
99
れるな。
﹁家族に対する考え方が随分と極端だな。こう言っちゃなんだが、
もし俺がお前の立場なら、百パー復讐するけどな﹂
﹁それはほら、君と違って戦争の割り切り方が違うからじゃない?
むしろ僕からすれば、君や君の周りの割り切り方も相当だと思う
よ?﹂
確かに言われてみればそうかもしれない。
俺も、俺の仲間も、実は紐解いていけばかなりの因縁がある。
復讐、恨み、憎しみ、抱くには十分すぎるほどの理由が探せばい
くらでもある。
でも、結局俺たちは、それに囚われなかった。
探さないと見つからないようなものなら、それをテキトーに放り
投げて、楽しくバカやるほうがよっぽど価値があると思ったから。
﹁それとも、バスティスタだっけ? 君は気にしてる? 後悔して
る? 償いたい? そんなに言うなら殺してあげるけど、どうする
?﹂
そう言って邪悪な笑みを浮かべてバスティスタを見るジャレンガ。
﹁僕は、ラガイア王子とは違う。混血の血を引こうとも、家族や国
民からそこまで疎まれなかった。でも、愛されても居なかったし、
僕も関心はなかった。だから、死んでよーが生きてよーが、どうで
もいいんだよね∼。ムカつくなら殺す。それだけだよ﹂
100
﹁そうか。俺もヴェルト・ジーハと同じで、俺の家族が殺されれば
間違いなく、関わったもの全員を殺す。だから、お前が復讐心を抱
いても仕方ないとも思ったが、そういう考えもあるのか﹂
﹁なに? おまえ? 兄さんが殺されたことよりも、むしろ今の呼
び方の方がむかつくけど? あんまり生意気すぎると殺しちゃうよ
?﹂
これでいいのやら、悪いのやら、よくは分からん。
正直、ジャレンガ自体の性格や割り切り方もどうかと思うが、ま
あ、それはお互い様なのかもしれねえな。
たとえジャレンガがこんな性格でも、逆にこういう性格のおかげ
で、めんどくさい復讐劇に展開が広がらないんなら、俺は別にそれ
で構わなかった。
そもそも、家族への想いなんて、人それぞれ。それこそ、﹁ヨソ
はヨソ。ウチはウチ﹂ってなもんだ。
ならば、それでいいのかもしれねーな。
﹁はい、ミックスフルーツ、ミックスベジタブル、トマト100パ
ーセント﹂
今にも死にそうなほどテンションの低いニートがカウンター越し
から俺たちの前に置いたそれぞれのジュースは、カラフルな色合い
で、可愛らしいもんだった。
少なくとも、ゴツイ男が三人並んで飲むものじゃねえが、まあ、
今日ぐらいはいいだろう。
101
﹁んじゃ、過去は置いとくとして、奇妙な出会いに乾杯とするか﹂
﹁ふっ、奇妙か。確かにそうだ﹂
﹁奇妙? なにそれ、僕のこと? 殺しちゃうよ?﹂
﹁あの、喧嘩してもいいから、お願いだからここではやめてほしい
んで!﹂
﹁っていうか、出禁にしますからねー、本当にッ!﹂
まさか、このメンツで集う日が来るなんて、半年前は全く想像も
できなかった。
﹁うむ、栄養価が豊富だ。見事な仕事だ、ニート﹂
﹁へ∼、いい野菜使ってるじゃない。ヴェルトくんの奢りだから、
もう一杯ね。今度はこのスイカジュースね。これもまずければ殺す
よ?﹂
これも妙なめぐり合わせと、戦いが本当に終わったことゆえに生
まれた縁なのかもしれねえ。
なんか、感慨深くなって、俺はフルーツジュースを一気に飲み干
した。
﹁おー、ヴェルト! お前、そんなとこに居たのか。新弟子の兄さ
んも﹂
その時、カウンターで一杯やってる俺たちを、店の常連客のおっ
さんが偶然通りかかって俺たちに声を掛けた。
﹁あのよー、今、店に変な客が居るぞ?﹂
102
﹁変な客?﹂
﹁ああ。天使のような翼を生やしたスゲー美人と、ちっちゃくて可
愛い亜人の女の子なんだよ﹂
その特徴を言われて、俺は特定の二人を頭に思い浮かべた。
﹁エルジェラとユズリハか?﹂
天空族と竜人族の俺の嫁。あの二人が、来たのか?
ようやく自由になったかと思ったのに、こんなに早く来られると、
何だか微妙な気分になってきた。
﹁君のお嫁さん?﹂
﹁多分な。つーか、先生にはキチンと紹介しねーといけねーし、あ
∼あ、メンドクサ﹂
少し気が重くなりながら、俺は三人分のジュースの代金をカウン
ターに置いて、さっさと店に戻ることにした。
﹁まいど﹂
﹁ありがとーございましたー。またご利用の際は連れてくる人をち
ゃんと考えてくださいねー?﹂
さっさと帰れと空気で伝わってくるニートとフィアリの気持ちを
背中に感じながら、ジャレンガもバスティスタもグラスのジュース
を飲み干して立ち上がる。
まあ、こんな慌しい中で二人の微妙な関係性が解消されるわけで
もねえが、とりあえずいきなり殺しあうとか無さそうでホッとした。
103
﹁やれやれ、何だか気が抜けちゃったな∼。ヴェルト君、とりあえ
ず、そこの筋肉君のことはどうでもいいけど、妹のことは考えてく
れるでしょ?﹂
﹁だから、何でそーなるんだよ。つか、その話題、家に帰ったら絶
対にすんなよな? ユズリハなんかにバレようもんなら、噛み殺さ
れる﹂
﹁え∼、あのジャックポット王子の妹のチビジャリでしょ? 関係
なくない? 文句言おうもんなら、僕が殺しちゃうよ?﹂
﹁やめろやめろ。ユズリハはテメエが苦手なんだよ。怯えさせたら
かわいそうだろうが﹂
そういえば、ユズリハはジャレンガのことを生物的に恐怖してい
たな。初めて出会った頃なんて、俺の後ろに隠れていたぐらいだ。
そんなユズリハがジャレンガの妹なんて引き合いに出されようも
んなら、あの生意気なユズリハが大泣きしちまう⋮⋮ん? それは
それで見てみたい気もするが⋮⋮
﹁ヴェルト・ジーハ。見ろ、店の前に人だかりだ﹂
﹁ん? おお、ほんとだ﹂
バスティスタに言われて顔を上げると、確かに店の周りには人だ
かりが出来ていた。
誰か有名人でも居るのか? って、あの二人に決まってるか。
特に、エルジェラに関しては、天使で爆乳で、ツラなんて金髪ロ
ングの清楚な美人。そこに居るだけで誰もが息を呑むような魅力的
な女神のような女。つーか、よく俺と結婚する気になったと今でも
104
思う。
だが、そんな女がむさ苦しいラーメン屋に現れりゃ、そりゃー誰
もが一目見ようと人だかりが出来るに決まってる。
まあ、そんな女が俺の嫁ということで、少し恥ずかしいような誇
らしいような気分になった。
﹁おお、ヴェルト! 帰ってきたのか!﹂
﹁今、店にスゲーのが居るぞ!﹂
野次馬たちが俺たちの存在に気づいて、二つに分かれて道を開け
る。
俺たちはその間を通り抜け、俺の帰りを待っているであろう嫁た
ちに、﹁ただいま﹂と﹁ようこそ﹂を言ってやろうと思った。
だが⋮⋮⋮
﹁おのれ、ジーゴク魔王国め! 魔王キロロめ! いい度胸だ! 今に見ていろ、我が夫を奪還するためならば、私はいかなる手段を
も行使する!﹂
﹁ううううう、ひっぐ、ひっぐ、カイザーのいけずなのだ! イジ
ワルなのだ! わらわを、わらわを追い出すなど、あまりにもひど
すぎるのだ!﹂
そこには、確かにとびきり美人な天使が居た。
ちっちゃくて可愛い亜人の娘が居た。
105
うん、確かにそれは間違ってねえ。
でもさ⋮⋮
﹁おお、婿殿ではないか。待っていたぞ、お前の帰りを﹂
﹁ヴェルトなのだ! 遅いのだ! わらわが来てやったというのに、
どこで道草食っていたのだ!﹂
店の中では、先生が無言で腕組んだまま難しい顔で硬直している。
コスモスが嬉しそうにハシャイでいる。
ハナビとカミさんは、よく分からずに首を傾げている。
そしてムサシは店の隅っこで怯えたように丸くなっている。
﹁とととと、とにょ∼、どどどどうしてこの方が?﹂
うん、正にその通りだよ。
﹁なんだ、婿殿。かりにも義理の姉が尋ねて来てやったというのに、
その顔は。中年があまり眉間に皺をよせると、余計に年老いて見え
るぞ?﹂
まだ、十八の男を中年とほざくこの女。
紫のロングへヤーを靡かせて、白の軍服、そして戦闘帽、下はパ
ッツンパッツンのミニスカート。
そして、スレンダーの体型の上に、俺の嫁といい勝負の胸。
そう、その女こそ、天空族最強。超魔天空皇リガンティナ。
106
﹁ほんとなのだ! おまけに遅いのだ。あまりにも遅いから、退屈
しのぎにそこのムサシをレイプするところだったのだ﹂
のっけから豪快なストレートパンチを放つこの女。
白スク水のようなフィット感のある服に、黒いマント、黒ニーソ。
こんがりと狐色な髪の毛と、まんま狐耳。
だが、何よりも特徴的なのは、その尻尾。ふんわりもっさりとし
た狐の尻尾が、九本も生えていることだ。
そう、その女こそ、前・四獅天亜人。淫獣女帝エロスヴィッチ。
まさかの濃すぎる珍客に、俺もリアクションに困っていた。
しかし、何でここに?
﹁婿殿。実は頼みがあって来た﹂
﹁ヴェルト。頼みがあって来たのだ﹂
そして、そんな二人の俺への頼み?
﹁魔王キロロから、ジーゴク魔王国への永久入国禁止処分を受けた。
なんとかして欲しい﹂
﹁お前の国の防衛大臣に就任したカイザーから、お前の国への永久
入国禁止処分を受けたのだ。なんとかして欲しいのだ﹂
なにやらかしたんだよ、この二人は! 107
﹁⋮⋮⋮⋮とりあえず、もう一杯飲みに行くか?﹂
心の中で、ニートとフィアリに謝っておいた。
108
第4話﹁短い自由時間だった﹂
﹁ヴェルト∼∼∼∼∼∼﹂
﹁恨みますよ∼、ヴェルトくん﹂
すぐに帰ってきて、またもや濃すぎる客を連れてきた俺に呪いの
ような言葉を浴びせるニートとフィアリに、﹁ワリ﹂と謝り、俺は
とりあえずもう一度カウンターに座った。
﹁つーか、リガンティナ。エルジェラが仕事で天空世界に戻ったの
に、テメエはなにやってんだ?﹂
﹁仕事? なにを言っているのだ? エルジェラはお前との結婚式
を行うにあたって、皇家のもっとも神聖なる神殿の手配や出席者の
招待をするために戻っているだけだぞ?﹂
﹁えっ、な、なにっ?﹂
﹁それとだ。その結婚式には私を含めた全皇女姉妹に、我らのそれ
ぞれの母皇も出席するので、そのつもりでいろ。みな、お前と会う
のを楽しみにしている﹂
知らなかった。つうか、エルジェラの奴、俺に内緒で何をやって
んだ? まあ、俺がそばに居ても手伝うことなんてできねーから、仕方ね
えけど、別に一言ぐらい言ってくれてもいいのによ。
109
だが、それはさておき、まずは目の前の問題だ。
﹁んで、お前は何をやらかした?﹂
まるで仕事に失敗したOLの隣で飲んでいるサラリーマンになっ
た気分に浸りながら俺が尋ねると、リガンティナはグラスを両手で
ギュッと握り締めながら、ムッとしたように語りだした。
﹁やらかしただと? 人聞きの悪いことを。私は後ろめたいことな
ど何もしていない。ただ、愛する夫と会うために、ジーゴク魔王国
に単身で乗り込んだだけだ﹂
﹁ほほう﹂
﹁魔王キロロは人の夫を国に連れ帰っただけでなく、私を遠ざけよ
うとする。それがあまりにも我慢できなくてな、一言文句言ってや
ろうと忍び込んだのだが見つかった﹂
﹁ふむふむ﹂
﹁城に忍び込んだまでは良かったのだが、小腹が空いたので途中の
脱衣所で寄り道してラガイアの下着を見つけたので食べていたのだ
が、そこを見つかった。敵地で食事に集中して警戒を怠ったのは私
の落ち度だが﹂
﹁ほうほう⋮⋮⋮⋮よし、そこで待て! テメエは何をド変態なこ
とをやらかしてんだよ!﹂
110
思わず飲んでたパイナップルジュースを吹き出してしまった。鼻
に果実が詰まるほどの勢い。
この女、凛とした態度で何をほざいている?
しかも、何でこいつがムッとした顔をし返して来てんだよ!
﹁ド変態だと? ふざけるな! 惚れた男に会うために仕方なかっ
たのだ。確かに不法侵入と言われれば反論できぬが、ド変態はない
であろう!﹂
﹁そのあとの件だよ! テメェ、ラガイアのパンツ食ったとかどう
いうことだ!﹂
﹁違う、食べかけだ。飲み込むまでには至らなかった。口に含んで
モゴモゴしゃぶっていたところに、六鬼大魔将軍とやらに見つかっ
てな﹂
﹁そこだよそこ! 何、パンツ食おうとしてんだよ! ド変態の極
みだろうが?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮? おい、好きな男の下着を口にすることが、
地上ではそれほどの罪だとでも言うのか?﹂
﹁天空だろうと地底だろうとド変態だよボケナス! エルジェラは
そんなことしねえよ!﹂
﹁そんなはずはない! エルジェラとて、きっと洗濯カゴからお前
の衣類を見つけては顔をうずめたり匂いを嗅いだりしているだろう
111
!﹂
﹁それはもっと可愛らしいやり方をしてんだろうが! テメエみた
いなイッちまった目でモグモグまでぜってーやらねえし!﹂
そう、やり方が違うはずだ。
そういえば、昔、ウラが俺の洗濯物の服を愛おしそうに抱きしめ
て顔を埋めてウットリしていたことがあったな。それまではセーフ
だ。むしろ、微笑ましい。
だが、食うのはアウトだ! 食うのは!
﹁あ∼、もう、頭いてえ。そりゃー、ラガイアの身の危険を考える
と、キロロがテメエを入国禁止にしたのは分からんでもねえ﹂
﹁な、んだと! それはあまりにも無慈悲。どうにかならぬのか?﹂
どうしろっつーんだよ。
んで、いきなり物凄いストレートパンチをぶちかまして来たリガ
ンティナに続き、このロリババアは何をやらかした。
﹁んで、エロスヴィッチ。テメェの場合は、大体想像つくけど、と
りあえず、何をやらかした?﹂
﹁ムカッ! わらわをそこの小児愛者と一緒にするななのだ! わ
らわは、ただ、カイザーの役に立ちたかっただけなのだ﹂
そう言って、シュンとした様子で語りだしたエロスヴィッチは⋮
⋮⋮⋮
﹁カイザーに会うために、わらわはお前の作った国に行ったのだ。
112
しかし、忙しそうなカイザーは構ってくれないのだ。だから、わら
わもできることは手伝おうと、そこのバスティスタが育てている孤
児たちの遊び相手や勉強に付き合うとしただけなのだ﹂
﹁ほうほう。⋮⋮⋮⋮ん?﹂
なに? バスティスタが面倒見ていた孤児のガキたちだと? そ
の瞬間、我関せずだったバスティスタの肩がピクリと動いたのが分
かった。
﹁そして、勉強で情操教育も必要だと想い、わらわが黒板に愛撫に
必要な所作や相手が感じる場所やイチモツの扱い方から、前戯や体
位の種類などを書き出したら、カイザーとチロタンにソッコーで捕
まって、国の外へ放り出されたのだ!﹂
﹁はいっ、アウトオオオオオオオオオオオオオオオ! それ、アウ
トオオオオオオオオッ!﹂
んなことだろーと思ったよ!
ほとんど年齢一桁のガキ相手に、なんつーことを教えてやがるッ
!﹂
まさかのエロスヴィッチ先生の授業は、案の定そういう内容かよ
! むしろ、それはカー君とチーちゃんの判断が正しいだろうが!
﹁エロスヴィッチ。貴様、俺の家族になにをした!﹂
113
﹁ナニもしていないのだ! むしろ、誰かが教えてやらねば、一般
常識が欠けたままになってしまうのだ! わらわはそれを危惧して、
教えようとしただけなのだ!﹂
﹁そういう次元の話ではないであろう。貴様の教えなど、言葉一つ
だけでも品性に欠ける下劣なものだ﹂
﹁ムカッなのだ! わらわの崇高な教育にケチつけるとは、生意気
なのだ! 大体、お前の家族も一番上は十歳なのだ! 年齢が二桁
に突入したならとっくに経験済みでもおかしくないのに、あいつら
はまるで無知だったのだ!﹂
﹁十歳なら? 貴様、それは誰を基準に言っている?﹂
﹁ん? イーサムとか?﹂
こわもてだが、意外と温厚なバスティスタからブチっと音がした
気がした。
俺がツッコミを入れるまでもねえ。あかんよ。いかんよ。いかん
ぜよ、エロスヴィッチ。
﹁ヴェルト∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼﹂
﹁うわああああああん、ヴェルトくん、もう勘弁してくださいよ∼
∼∼っ! 私とニート君のホーリーランドをこれ以上カオスランド
にしないでくださいよーっ!﹂
ほんと、ゴメン。もはや営業妨害クラスの空間を作り出したこの
場には、王国の民など怖くて誰ひとりとして近づかない。
114
﹁ねえ、うるさいよ、殺しちゃうよ? あと、そこの地底族と妖精。
スイカジュースをおかわりしていいかな? 品質落としたら殺すよ
?﹂
﹁そこになおれ、エロスヴィッチ。害しか生まぬ老害など、今この
場で握りつぶしてくれる。あの子達には汚れ一つ足りとも与えん﹂
﹁ああ? たかが筋肉程度で調子にのるななのだ。どんなに筋肉質
とはいえ、この世にカイザーの鼻魔羅を超えるモノなど存在しない
以上、わらわが慎む必要などないのだ﹂
﹁とにかくだ、婿殿! お前は前魔王で今、貴様の国で宰相をして
いるキシンとは無二の親友でもあり、現魔王のキロロとも交友関係
があるはず。どうか、私とラガイアを会わせてもらえるよう、便宜
を図って欲しい!﹂
一人一々が世界最強クラスの力を持ちながら、決して交わらぬ個
性たちの集い。
ハッキリ言ってこれを捌ききるのは、俺ひとりじゃまず無理だ。
なのに、何でこいつら一挙に集合してんだよ。
﹁は∼∼∼∼∼∼、嫁たちから解放されたのに⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮短
い自由時間だった﹂
今日の夕焼けは、とても切なく見えた。
115
第5話﹁手料理﹂
ラーメン屋の夜は遅く、朝は早い。昼時目指してスープの準備含
めてやることは色々とある。
既に習慣となった早起きも、もう慣れたもの。
そして今は、朝目が覚めて俺の胸に顔を埋めるように眠る愛娘と
愛妹の温もりと寝顔で一気に清々しい気持ちになる。
﹁うにゅ∼、パッパ∼、マッマ∼﹂
﹁ん、ん∼、に∼ちゃん、ねーちゃん﹂
思わず抱きしめたくなる衝動を抑えながら、二人を起こさないよ
うに軽く頭を撫でる。
﹁とにょ∼﹂
そして、部屋の片隅で寝所の警護とかほざきながら、ヨダレ垂ら
して壁際でもたれるように眠るムサシに癒されながら、俺の朝は始
まる。
﹁さ∼て、やるか﹂
正直、昨日は大変だった。
バスティスタとエロスヴィッチが一触即発になるは、ジャレンガ
がジュースにハマるは、リガンティナがキロロ打倒を叫ぶはで、王
都の中心で周りに人が誰も寄り付くかなくなる事態が発生した。
結局、無理やりな理由をつけてあの場は解散させたが、正直これ
からどうなるか分からねえ。
116
﹁起きたか?﹂
﹁お∼、バスティスタ。お前もバイトのくせに早起きは問題ねーん
だな﹂
顔を洗いに洗面所に向かうと、そこには鏡を完全に覆い隠すほど
の巨漢の男が既に居た。
タンクトップに、スエットのようなダボダボのズボン。マッチョ
には余計に似合うもんだとしみじみと感じさせられた。
﹁朝は問題ない。ラブ・アンド・ピースに居た頃も、出社前には子
供たちの朝食や洗濯もあったからな﹂
﹁お前さ、そのギャップなんなの? 脳筋パワーファイター型のく
せに、何でそんなに家庭的な父子家庭の大黒柱キャラなんだよ﹂
﹁それはこちらのセリフだ。粗野な性格で、自己中心的な男のくせ
に、娘や妹に向ける顔はしまりがなさすぎる﹂
﹁仕方ねーだろ? あんだけ可愛いんだ。口が緩むってもんだ﹂
﹁ふん。ならば、俺もお前と同じだ。かつては暴力的な本能の赴く
ままに暴れていた俺の野生など、愛おしいものの前には簡単に折ら
れた。それだけのことだ﹂
そう、こういうところかもしれねえ。
正直、先生や俺が、バスティスタとこうしてうまくやれてんのは、
単にこいつが俺の前世のクラスメートの縁者だからじゃねえ。
117
単純に、人間的に俺も先生もこいつのことが嫌いじゃねえ。
確かに過去は色々とあったし、ラブ・アンド・ピースでやらかし
ていた頃のことは、忘れていいもんではないかもしれないが、それ
でも、こいつの家族に対する想いは本物だ。
こいつもまた、荒れた性格で人生を歩んできたんだろうが、家族
を持って変わった。何となく、シンパシーを感じていた。
﹁にしても昨日は大変だったな。珍客変客の襲来でな﹂
﹁ああ。だが、ジャレンガ王子は気にしていない様子だったが、そ
れでも複雑な気分は拭えない。俺は金のために世界を敵に回し、俺
の同僚が奴の兄を殺した﹂
﹁ああ? だったら、今でもノウノウと生きてるテメェのとこの元
社長と元副社長は何だ? 人類大連合軍は? 四獅天亜人は? 七
大魔王は? どんだけ他種族殺しまくってると思ってんだよ。それ
こそ考えだしたらきりねえし、憎しみぶつけられたら考えなきゃな
んねーんだろうが、その張本人がどうでもいいと言ってることを、
テメエが悩んでどーすんだよ﹂
﹁それはそうだが﹂
﹁なら、朝っぱらから胃が重たくなるような話はするんじゃねえよ。
雑念入れてスープ作りすると、この店のガンコオヤジから鉄拳制裁
食らわされるぞ?﹂
だからこそ、こいつにも余計なことをウダウダ考えて欲しくなか
った。もう、掘り返すのもやめて欲しかった。
118
これが今の俺たちなんだから、もうこれでいいじゃねえかと
俺のそんな軽い言葉がどこまでこいつに届いたかは分からねえが、
それでもほんの少しだけバスティスタは気持ちが軽くなったかのよ
うな表情をした。
﹁ヴェルト・ジーハ﹂
﹁おう﹂
﹁⋮⋮⋮⋮救われる﹂
面と向かって言われると、ムズ痒いやら恥ずかしいやらな気分だ。
﹁んな大したこと言ってねーよ。ただ、俺は難しいこと考えるのが
嫌いなだけなんだよ﹂
そう、それだけだ。だから、気楽に俺は何でも物事を考える。そ
れが正しいか正しくないかなんて、俺にはどうでも良かった。
﹁さ、話は終わりだ。さっさと仕込みの準備を︱︱︱︱︱︱﹂
と、階段降りて店の準備に取り掛かろうとしたら⋮⋮
﹁パーコパーコパッコパッコ、ハーメハッメハッメ、ズッボズボ∼
♪﹂
史上最悪な鼻歌を歌っている白スク水のようなコスチュームにフ
リルのついたエプロンを装着し、九つの狐の尻尾をフリフリしなが
ら機嫌良さそうに厨房に立っている、一人のロリババアに俺たちは
目を疑った。
119
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮おう⋮⋮⋮⋮起きたかテメェら﹂
﹁おはよう、ヴェルくん、バッくん﹂
俺たちより早く起きていた先生は非常に難しい顔をしながら腕組
んでカウンターに座っていた。
﹁せ、先生? カミさん?﹂
﹁マスター、これはどういうことだ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮いや、こいつが世話になる礼だと言って朝食を作るとか
言ってな﹂
﹁あの高名な四獅天亜人のエロスヴィッチ様の手料理を堪能できる
なんて、私はほんと幸せね。あとで自慢しなくっちゃ﹂
エロスヴィッチの手料理だと? どういうことだ? 軽快な包丁
の音、厨房をダンスするかのように軽快な動きで移動し、確かに調
理には慣れていると思われる。
でもだ、何だ? この異臭のような匂いは。なんだ? 鍋の湯気
が紫なんだが?
﹁おはようなのだ、ヴェルト、バスティスタ。昨日は騒がせて悪か
ったのだ。昨日の侘びとこれから世話になることへの気持ちを込め
て、わらわが手料理を披露してやるのだ♪﹂
ニコ∼っと笑うエロスヴィッチは、正体と本性を分かっていなけ
れば、確かにドキッとするような可愛らしい笑みだった。
120
だが、正体と本性を知っているからこそ、怖かった。
そして、
﹁あとで、お前の娘や妹にも食わせてやるといいのだ。ほれっ!﹂
九つの尻尾の上に複数の皿を器用に乗せて俺たちが並ぶカウンタ
ーの上に次々と料理を乗せていく。
朝から随分と多くねえか? なんかヘビーな気が⋮⋮⋮⋮
﹁うぐっ!﹂
﹁ぬっ﹂
﹁うごおおっ!﹂
﹁えっと⋮⋮これは?﹂
そして、俺たちは一瞬で表情が引き気味に硬直した。
そこに並べられた料理は⋮⋮
﹁まずは端から説明すると、アシカのイチモツに馬の睾丸を蛇酒で
絡めた︱︱︱︱︱﹂
おお♪
﹁食えるかああああああああああああああああああああああああっ
!﹂
121
﹁ああああああああっ、ヴェルト、なんてことをするのだあああっ
! せっかくの、わらわ秘伝の精力増強絶倫料理をっ!﹂
﹁エロスヴィッチ! 貴様、俺の家族にはこのようなゲテモノを振
舞っていないだろうなっ!﹂
﹁バスティスタまで、なんなのだ、その暴言はッ! わらわだって
振舞ってやりたかったのに、カイザーが厨房には入れてくれなかっ
たのだ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮どこから仕入れてきやがったんだ? こんな食材﹂
﹁そうなのだ! 仕入れようとしても、この国は食材がなかったの
で、わらわが夜なべして狩りをして解体して入手してきた食材だっ
たのだ! それを、酷いのだ!﹂
﹁きゅ∼∼∼∼∼∼∼∼∼パタン﹂
﹁のわああああっ! おい、女よ、なぜ気絶するのだあああああ!﹂
んなことだろーと思ったよ! 朝からヘビー級のパンチどころじ
ゃねえ。ジャイアント級の豪腕を食らわされたかのような一撃。
﹁うぷっ、つか、見ただけで吐き気がする。テメェ、これをハナビ
とコスモスには絶対に見せるんじゃねえぞッ! わかったなッ!﹂
﹁し、しどいのだ∼! あんまりなのだ∼! カイザーもそんなこ
とを言って、一口も口をつけずにわらわの丹精込めた手料理を引っ
122
くり返したのだ∼、うえ∼∼∼∼ん﹂
﹁泣いたって騙されねえぞ!﹂
ガキのように﹁え∼∼∼ん﹂と泣くエロスヴィッチだが、まるで
心が痛まねえ。
﹁わ∼∼∼ん、いじわるいじわるいじわるいじわる! いじわるな
のだ∼、プンプンなのだ∼!﹂
﹁おい、テメェこの場にいる誰よりも年齢が上なくせに、それはど
うにかならんのか?﹂
床にひっくり返って、両手足をジタバタさせて泣きじゃくるエロ
スヴィッチ。
いい加減、うるさい。ここは力づくで追い出して⋮⋮⋮
﹁殿ーっ! どうされたでござる! 今、何やら奇声のようなもの
が⋮⋮⋮ぬぬ? こ、これはエロスヴィッチ様。それにみなさん、
どうされたでござる?﹂
騒ぎを聞きつけ寝起き寝巻きのままで登場したムサシは寝ぼけた
ツラのままで寝癖状態で首を傾げる。
それを見て、エロスヴィッチは⋮⋮⋮
﹁ふにゅ∼、お∼、バルナンドの孫娘∼、聞いて欲しいのだ∼、こ
123
やつらわらわの手料理を口もつけずに食えぬとほざくのだ∼︸
﹁えっ、ええ、えええ? え、エロスヴィッチ様の手料理にござい
ますか?﹂
あっ、なんか嫌な予感がしてきた。
そして、それは俺だけじゃなく、先生たちも感じたようだ。
﹁ムサシはどうなのだ? ムサシもわらわの料理を食べぬと言うの
か?﹂
ほら、やっぱりそうなったよ!
﹁なにをっ! 愚問にございまする! 拙者はムサシ! 我ら亜人
族の生ける伝説にして英雄エロスヴィッチ様の手料理を戴けるなど
恐悦至極にございまする! 拙者、米粒一つも残さぬでござる!﹂
ほら、そうなるんだよっ! 一気に目を覚ましたムサシが、男前
に宣言する。
あ∼、もう、このムサシはどうして想像通りの言葉を言っちゃう
のかね∼
﹁じゃあ、これ、食えなのだ﹂
﹁はは! ありがたく! ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮うえっ?﹂
そして、すぐに硬直した。
顔面硬直させて、唇の口角がヒクヒク痙攣している。
目を大きく見開いた状態でこっちを見てくる。
124
﹁え、エロスヴィチ様、ち、ちなみにどのような献立でごじゃるか
?﹂
﹁ん? おお、そうなのだ! では、説明するのだ!﹂
ムサシの前に用意される、ゲテモノ料理大集合。
﹁アシカのイチモツと馬の睾丸を蛇酒で絡めて炒めたソテーに、毒
蛇内蔵の踊り食い、亀の︱︱︱︱︱︱︱︱﹂
﹁ほわあああああああああああああああぅ! と、とにょ∼!﹂
﹁武士に二言はねーよな、ムサシ。骨は拾ってやる﹂
﹁ふにゃあああああああああああ!﹂
もう、ボロボロ涙流してムサシは完全にテンパった状態。
そして目の前にも、同じく瞳をウルウルさせた状態のエロスヴィ
ッチが、
﹁ひっぐ、やっぱり、嘘なのだ?﹂
﹁はぐうっ! ぐっ、ぐうううっ!﹂
さすがムサシ。亜人の大先輩な英雄相手に無下なことはできない
と、必死に葛藤している。
そして、
﹁いただきますでごじゃるううううううううううううううううっ!﹂
それは、正に獲物を喰らう虎。
強き獣が弱肉強食の世界の頂点に立つため、食うか食われるかの
命懸けの世界に身を投じる野獣のごとき、一心不乱な姿。
ムサシには悪いが食べている姿を見るだけで吐き気がする。
125
﹁はむ∼ッ!﹂
そして、食い始めて数秒後、なにやらムサシの様子がおかしい。
体が硬直して固まっている。プルプル震えている。
なんだ? 吐くのか? いや、の割には様子が変だ。
﹁ムサシ?﹂
﹁おい、どうしたってんだよ、ムサシ﹂
﹁ムサシちゃん?﹂
ムサシの目が熱を帯び、頬が熱く蒸気している。
一体何事だ?
﹁と、殿、せっしゃ∼、せっしゃ∼、なんか、む、むずむずするで
ござる∼せ、せっしゃ、せっしゃの体、どうなってしまったでござ
る?﹂
なに? ムズムズ? しかし、確かに何だかムサシの表情が艶っ
ぽく、トロントしている。
﹁だから言ったのだ。精力増強絶倫料理なのだ。これを食えば、亜
人の娘など強制発情期に叩き落とすほどの栄養満点なのだッ!﹂
﹁今、発情期にさせてどーすんだよっ! つうか、俺らが食ったら
どーするつもりだよっ!﹂
﹁はぐわっ!﹂
126
そーいや、そうだったよ。こいつ、そういうやつだったよ!
良かった∼、俺ら本当に食わなくて。
だが、ムサシはムサシで∼
﹁は、はう∼∼∼∼、と、殿∼∼∼∼、との∼∼∼、ううう∼∼∼、
ううう∼∼∼∼っ!﹂
涙目で訴えるかのように俺を見るんじゃねえ。股をムズムズさせ
るなっ! っていうか、ムサシ、お前、息遣いが荒くなってねえか?
﹁ふしゃああああああああっ! しぇっしゃ∼∼∼! しぇっしゃ
ー! 心臓が破裂しちゃうでごじゃるッ! あちゅいでごじゃるー
ーっ! ふにゃああ、にゃああっ! にゃああああん!﹂
狂った猫のように床にゴロゴロ転がって身悶えさえまくってるム
サシ。 もう、ここまで来ると普通に心配だ。ムサシ死なねーだろうな?
﹁おい、エロスヴィッチ! テメェ、どう責任取るんだよッ!﹂
﹁んん? ん∼、なら、まあ、うん。わらわが責任もって性欲処理
の相手をしてやるのだ∼♪﹂
男はカー君だけ。女ならば誰でも平らげられるエロスヴィッチの
目がキラリと光る。
うわ∼、ムサシ、かわいそうに⋮⋮⋮
127
﹁いやにゃああああっ!﹂
﹁ぬぬっ? おい、ムサシ、わらわが沈めてやるのだ。ほれ、落ち
着くがよいのだ!﹂
﹁いやにゃああ、いやにゃでごにゃるうううっ! しぇっしゃ、殿
のものでごじゃるううっ! いやにゃああ! 殿以外にいやにゃあ
あっ!﹂
しかし、ブッ壊れたままでも尚も俺への忠義を貫くムサシ。おお、
天晴ッ!
でも、ワリ、俺にはどうしようも⋮⋮⋮
﹁あ∼∼∼∼∼∼∼、ったく、まあ、あのジャレンガとかいう奴の
言うとおり、今更だしな⋮⋮⋮しゃーねえ、このままじゃムサシが
死んじまうし、ウラには黙っておいてやる。おい、バスティスタ!
ヴェルトとムサシを﹂
﹁承知した﹂
えっ? どうしたんだよ、先生?
﹁っておい、バスティスタ! 俺とムサシを抱えてどうするつもり
だよっ!﹂
﹁今日は、俺がお前の分まで働こう。お前はお前の仕事をしろ、ヴ
ェルト・ジーハ﹂
﹁にゃ∼∼∼、にゃーーんっ! にゃ∼∼∼っ!﹂
128
いきなり、俺とムサシを肩に無理やり担いで階段を上るバスティ
スタ。
すると、別れ際に先生がガックリと肩を落とし、エロスヴィッチ
が俺を羨ましそうに見ている。
﹁鍵はしめていく﹂
﹁ってをいっ!﹂
そのまま、俺とムサシを空き部屋のベッドに放り投げるバスティ
スタは、鍵まで締めて行きやがった。
おい、まさかっ!
﹁うふ∼∼∼、うにゅうう∼∼∼∼、うんにゅううううううっ!﹂
いや、そのまさかだった。
部屋の鍵を締められて、密室に閉じ込められた、俺とムサシは二
人きり。
そして、ムサシは完全発情状態。
なら、もう答えは決まってる。
ムサシはまだギリギリの理性から、よだれを垂らしながらも懸命
に耐えているも、部屋の鍵がガチャりと締まった音がした瞬間、も
はや目を血走らせて俺に飛びかかってきた。
﹁うんにゃああああああっ! とにょおおおおおっ!﹂
﹁ちょっ、ムサッ︱︱︱︱︱︱︱︱︱﹂
﹁むちゅううう、ぶちゅうう、あぶりゅうう、お、おゆるしをおお
っ!﹂
獣のように舐るように俺の口内に舌を侵入させて来たムサシは、
129
とにかく唇を俺に押し付けてきた。
﹁ぷっはっ!﹂
﹁ぶはっ、ごほっ、ごほっ、つっ、む、ムサシ、お、落ち着︱︱︱
︱︱︱﹂
﹁ごめんでごじゃるううっ! あむあむあむ!﹂
﹁ぬおっ、くすぐった、く、首アマガミすんなっ! な、舐めるな
ッ! 吸い付くなっ!﹂
﹁とにょおおお、拙者ーっ! せっしゃーーっ! しぇっしゃわー
ーっ!﹂
ああ、もうアカンわ。もう、こいつ何をやっても無理だ。
気絶させても、無意識に襲いかかってくるぐらい、今のムサシの
興奮状態は常軌を逸している。
これが、亜人の発情モード。
﹁御免ッ! せっしゃはもう、あとでセップクしようと、もはやた
えられませぬうううっ!﹂
色気もクソもない。身につけていた羽織袴を強引に脱ぎ捨てて、
今度は俺の服をビリビリに破いて来た。
﹁ふえええええん、との∼∼∼∼! との∼∼∼∼∼!﹂
もう、言うことが聞かない自分に涙を流しながらも、ムサシは自
分ではどうしようもない体で、俺を締め付けるかのように抱きつい
て、求愛してくる。
﹁ぐっ、お、俺もいかん﹂
130
そう、そして俺もイカン。
嫁から解放されて自由になった俺。
しかし、逆を言えば、嫁がいないことで、ストレスは解放された
が、逆にたまっちまったもんもあるわけで、あ∼∼∼∼∼∼、もう、
くそっ!
﹁ていっ!﹂
﹁んにゃん!﹂
もう、俺もどうでもいいや。
体を反転させて、俺に覆いかぶさっていたムサシと態勢を逆転さ
せ、攻守交替の態勢。
俺を見上げて、固まるムサシに、俺はもう観念して言ってやった。
﹁これは浮気じゃない﹂
﹁殿?﹂
﹂
﹁あ∼∼∼∼∼もう、くそっ! 行くぞコラッ! ペットの救助だ
! 亜人の発情期なんか軽く打ちのめしてやるッ!
﹁へっ? はう、とにょ? あ。あーーーーーーーーーーーーっ!﹂
俺とムサシが次に解放されたのは、正に昼の時間真っ只中の時だ
った。
131
第6話﹁マナーの悪い客﹂
それは、先生が倉庫に食材を取りに行くために、少し場を外した
瞬間に起こった。
﹁よし、そこのエルファーシア王国騎士団の小娘ども、一列に並ぶ
のだ。そして、わらわの前でスカートをたくし上げるのだ。パンツ
チェックなのだ﹂
︱︱︱︱︱︱ぶっぼおおおおおおおおおっ!
クソロリババアの躊躇いも恥じらいもない発言は、昼時の混雑時
の店内で、ラーメンすすってる客の口から鼻から麺を噴出させた。
﹁えっ?﹂
﹁えええええっ?﹂
﹁私たちに言ってんのかい?﹂
﹁ひゃう、あの、えっと、やですーーーっ!﹂
ターゲットにされたのは、今日もいつも通り昼休みを利用して店
に来ていた、サンヌ、ホーク、ハウ、ペットの四人だった。
今日は、シップたちは仕事が伸びてるとのことで女子四人組での
来店だったのだが、今日に限ってエロスヴィッチのターゲットにさ
れた。
﹁ふわふわ天罰﹂
132
﹁はぐわっ! な、なにをするのだ、ヴェルト!﹂
思わずフライパンを浮かして、エロスヴィッチを後頭部から叩い
てやった。
ボーンと、いい音響かせた瞬間、エロスヴィッチが涙目で振り返
るが、俺は悪いことはしてないと自信をもって言える。
﹁テメエは、このクソ忙しい時に、暇そうにカウンター席に突っ伏
しながら、何を唐突に言ってやがる! これから店もどんどん混ん
で来るんだし、手伝う気がねえならとっとと失せろ!﹂
﹁ひどいのだっ! ちょっと、わらわが暇してるんだから、誰か構
えなのだ!﹂
﹁うるせえ! 次に変なこと言いやがったら、テメエをスープに突
っ込んで狐うどんにしてやるから、覚悟しやがれッ!﹂
﹁んもう、お前もカイザーも皆、男のクセにどうして真面目ぶるの
だ! 若き女騎士たちのパンツぐらい、見たいと思うのが普通なの
だ!﹂
いかんはこいつ。つうか、まだ帰らねえのか? さっさと帰れよ。
﹁チラチラチラ﹂
﹁コソコソコソ﹂
﹁チラリチラリチラリ﹂
その時、何やら店の中の空気が変わった気がした。
133
それは、店内に居た客のおっさんたちが、微妙に頬を赤らめて、
サンヌたちをチラチラ見ていたからだ。
﹁ひうっ!﹂
﹁な、なにかしら? や、やけに怪しい視線が⋮⋮⋮﹂
﹁ちょっと、あんたら何を見てんだいっ!﹂
﹁あわわわわわわ!﹂
エロスヴィッチの発言に妙な気分になったのか、思わずその視線
がサンヌたちの下半身に向けられる悲しき大人たちのサガ。
今の四人は武装を完全に解いた騎士団の軽装の衣服を纏っている。
赤いリボンを首元に付けた、白いジャケットを羽織り、下は膝上
ほどの高さの白いミニスカート。
そして、四人とも容姿だけを言えば間違いなく、文句のつけどこ
ろがないところが余計にそそられるんだろう。
﹁あの、え、エロスヴィッチ様! じょじょ、冗談がすぎますよ∼
! そういうのは、やめてください!﹂
サンヌ・エカマイ。
ブラウンの美しいロングヘアーに、いつもコロコロと素直な感情
を可愛らしい表情で見せる女。
エルファーシア王国の王都商会を取り仕切る両親を持つ裕福な家
庭のお嬢様。
父親が元平民で事業を拡大して裕福になったとかって話だが、そ
のためにお嬢様でありながら時折、素朴で質素な一面も見られて、
誰からも親しみを持たれて愛されている。
まあ、俺もぶっちゃけ同期の中では可愛い部類だと思う。
134
﹁まったく、ほ、本当にこの方があの伝説の英雄だなんて⋮⋮⋮﹂
ホーク・ナナ。
両親を過去の大戦で無くした戦災孤児という過去を持ち、教会で
育った娘。
だが、そんな暗い過去にめげないで、非常にマジメで努力家で、
団体で動く時など率先してまとめ役を務めるなどの委員長タイプ。
メガネをかけて、その下から覗く瞳は人を寄せ付けない雰囲気を
出し、よく回りからは﹁堅物メガネ﹂と呼ばれていた。俺も呼んで
いた。
﹁ちっ、本当に、どうしてヴェルトの回りはこういうのが集まるん
だい?﹂
ハウ・プルンチット。
茶髪のショートボブ。白いミニスカートと黒いニーソ。体は細身
なのに、ニーソが食い込んだ、少しムッチリとしたふとももがそそ
られる。 正直、こいつはよー分からん。ガキの頃から誰にも媚びない一匹
狼タイプで、一人で行動していた奴で、あまり話したことはない。
親が城で働いているのは知ってるが、家庭環境も、そして裏で何
をやっていたかも知らん。
正直、そのおかげで過去にエライ目にあいかけたが、まあ、もう
相手にしないことにしてる。
ただ、コイツ自身は俺に後ろめたさがあるのか、たまに寂しそう
135
に俺を見ているような気がする。 ﹁もももも、もし、もし、今、見られたら⋮⋮ぜぜ、絶対ダメだよ
∼﹂
ペット・アソーク。
エルファーシア王国公爵家の令嬢。
チェットの双子の妹で、ぶっちゃけ、同期の中でフォルナを除け
ば一番身分が高い。
頭も良くて魔法の才能もあるらしいが、いつも怯えている臆病な
性格で、正直ガキの頃から絡みがねえ。
サラサラの黒髪のおかっぱ頭で、前髪で目が隠れているのが特徴
的で、俺らは﹁幽霊女﹂と呼んでいた。
﹁は∼、なんかそう言われると余計に見たくなるのだ∼﹂
そんな四人が、エロスヴィッチというかつて人類大連合軍に所属
していたならばどれだけ脅威か身にしみて分かっている存在だけに、
発言一つで最大限の警戒心むき出しにして、思わず席から立ち上が
って身構えだした。
しかし、そんな四人をあざ笑うかのように、このクソロリババア
はやらかした!
﹁隙ありなのだッ!﹂
四人はエルファーシア王国の中でも才気溢れるエリートたち。
136
かつては、エルファーシア王国、そして人類の代表として、大陸
の優秀な人材が集う人類大連合軍の一員として、戦争に身を投じた。
しかし、その四人が警戒して身構えようとも、反応できぬ程の速
度でエロスヴィッチは椅子に座ったまま、九つの内の四本の尾を鞭
のように延ばし、四人のスカートを捲りあげた。
﹁﹁﹁﹁おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおっ! ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂﹂﹂﹂
思わず大歓声を上げるおっさんたち。
だが、その大歓声は一瞬で驚愕に変わった。
﹁へっ? えええええええええええっ!﹂
サンヌ。可愛らしいフリルのついた純白の白。正に想像通りと言
ったところ。
﹁きゃあああああっ!﹂
ホーク。同じく白。しかしそれはいかにも安売りしてそうな何の
工夫もひねりもないただの白パンツ。
﹁ぐっ! こ、この亜人めっ!﹂
137
ハウ。素材はホークと同じでシンプルな下着。しかし、その色は
クールで強気な女を前面に押し出した、黒、との予想は大きく外れ
た!
水色の猫の刺繍が入ったパンツッ! 意外だ!
しかし、この女の評価は厳しい。
﹁ふむ、面白みがないのだ。幼児でも穿くような下着は時として男
を安心させることもあるが、それでは誰も篭絡できないのだ。そっ
ちの三人は不合格なのだ﹂
冷静にサンヌとホークとハウを評価するエロスヴィッチ。
しかし、その目はギロりと厳しい眼差しでその横へと移った。
そして、そこに居た女こそ、店内を絶句させた張本人でもある。
﹁いやああああああああっ!﹂
﹁ほほう。唯一、わらわの基準に達した娘が一人だけ居たのだ﹂
それは、幽霊女のペット!
紫! 花柄の薄い刺繍はスケスケになっている。
い、意外だ! 幼馴染の中でも一際大人しいペットが、こんな大
胆なものをっ!
138
﹁合格なのだ﹂
﹁うわあああああん、ち、ちが、違うんです! 私、その、別にこ
ういうのばっかり履いているわけじゃ、その、ヴェルトくん、違う
んだから!﹂
﹁大人しさの中に秘めた大胆さは、男のハートを撃ち抜く要素なの
だ。アソーク公爵家のペット嬢よ、あっぱれなのだ!﹂
確かにギャップに撃ち抜かれたという実感がある。
ましてや、相手は公爵家。貴族の娘。慎しみを持つ貞淑なお嬢様
であるはずが、まさかこんなものを!
﹁って、あっぱれじゃねええ! お前は俺の店で何をやっているっ
!﹂
そして、大黒柱からの烈火のごとく雷が落ちた。
﹁はうぐぅあっ!﹂
本日二度目のエロスヴィッチの脳天への一撃。先生による鉄拳制
裁。
倉庫から戻ってきた先生の怒声が響き渡った。
﹁何をするのだ、人間ッ!﹂
139
﹁ここをどこだと思ってやがるッ! 伝説の亜人だか何だか知らね
ーが、何をしてやがるっ!﹂
﹁たかがパンツの一つや二つ減るものでもないのだ! むしろ、女
騎士のパンツが見れる店ともなれば、客もたくさん来るのだ!﹂
﹁この店は味で勝負してんだよっ! 風俗店じゃねーんだ、覚えて
おけッ!﹂
さすがは先生。頑固一徹揺ぎねえ。
ジャレンガの時もそうだったが、正直、エロスヴィッチとかクラ
スになると、怒られ慣れてねえ奴らがほとんどだ。
ゆえに、先生のドストレートで相手に直接感情をぶつける説教に
は、反論する前に狼狽えちまう。
あのエロスヴィッチがどもってやがる。
﹁ったく、先生の言うとおりだぜ。つか、早く帰れよ、お前﹂
﹁むむむ、ひどいのだ、ヴェルトッ! それならば、早くわらわの
入国許可にあたって、一筆カイザーに書いて欲しいのだ﹂
﹁だーれが書くかッ! テメェは二度と俺の国に足を踏み入れるん
じゃねえッ!﹂
﹁それは殺生なのだーッ! お前はわらわへの恩を忘れたのだ? わらわが居たからこそ、お前は嫁たちで童貞を捨てられたのを忘れ
たとは言わせないのだッ!﹂
140
﹁テメェの所為でとんでもねーことになったんじゃねえかよっ! 今日のムサシも含めてなっ!﹂
﹁なんだとーっなのだ! ヴェルトのおったんこなすなのだ! い
けずなのだ!﹂
あ∼、マジでやかましい。マジでうるさい。マジで早く帰んねー
かな、こいつ。
もう、正直、扱いに困る。
いっそのこと、力づくで追い出すか? いくら前・四獅天亜人と
はいえ、俺とバスティスタの二人なら、こいつ一人ぐらいは⋮⋮⋮⋮
﹁ほうほう、匂うな匂うな匂うな。原始の文明とは思えない深みの
ある香りだ﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮?
﹁へい、らっしゃいっ!﹂
客のようだ。コロッと態度を変えて接客する先生は流石だが、騒
がしかった店内も、思わず静まり返った。
それは、突如入ってきた客が、ペットがセクシーパンツ穿いてい
たことよりも、妙な連中だったからだ。
141
﹁グリーン、勝手な行動は取るな。我々の目的はただの調査だ。寄
り道している暇などないゾ﹂
﹁ガッハッハ、お∼い、パープル、少しぐらいはいいじゃねえかよ
∼。俺もグリーンの気持ちは分かるぜ? 何千年ぶりに繋がった世
界だ。俺たちはその歴史的瞬間の体験者。辞典や博物館でしか見れ
ない世界を堪能したいと思ってもな。そう思わねえか? アイボリ
ー﹂
﹁オレンジさん、ダーメだよ。総督からも言われたじゃん。まだ、
空間は安定してないから、地上人との接触やトラブルは極力回避っ
て。ブルーも言ってあげてよ﹂
﹁ふん、関係ない。俺は自分の仕事をするだけだ。地上世界調査の
課題は完璧にこなす﹂
何だ? この戦隊ものみたいな色の呼び合いや、やり取りは。
いや、それ以前に、こいつらは何だ? 客も全員キョトンとして
るじゃねえか。
﹁一応言葉は通じるかな? おい、そこの猿。とりあえずこの店で
一番うまいものを持って来い﹂
緑髪の真ん中分けで、少し肩にかかるぐらいの男。
なんか、人をスゲー見下した態度で、いきなり椅子に座って足組
んで、俺に向かって指差して指図しやがった。
グリーンと呼ばれた男。
142
﹁おい、携帯食があるのに、本当に食べる気か? この﹃地上世界
クラーセントレフン﹄の今の文明を見てみろ。衛生面などとても期
待できないゾ?﹂
少し強気な紫色のショートカットの、ちょいカチンとくる女。
﹁まーいーじゃねえか。郷に従うのも調査の一環だぜ?﹂
一番背の高い大柄の男。身長だけならバスティスタぐらいあるか
もしれねえ。
オレンジの角刈りとイカツイ顎が特徴的だ。
﹁は∼あ、お腹壊したらどうしよっかな∼﹂
小柄の象牙色の髪の毛の女は、何かツインテールっていうのか、
なんかこういう髪型久しぶりに見た気がした。
﹁俺はいらん。そして早くしろ。滞在時間は限られている﹂
そして、いかにも﹁俺はクールな男ですよ﹂的な美形で背の高い
男。
青髪のオールバックで、不機嫌そうに座っている。
﹁え∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮んじゃ、あんたらの注文は、とんこつ四つ
でいいな?﹂
全員年齢的には若そうで、俺とあんま変わらないかもしれねえ。
とりあえず俺はそう言って厨房にオーダーを出した。
ぶっちゃけ、あのグリーンとかいう奴の発言にムカつくよりも、
143
まずはこの何とかレンジャーみたいな五人が何なのかが非常に気に
なった。
﹁おい、ヴェルト、何だありゃ?﹂
﹁先生、俺にも分からん。ただ、少なくとも⋮⋮⋮⋮あいつら、な
んか違う﹂
そう、何かが違う。それは、あまりにも﹃この世界﹄に﹃不似合
い﹄な姿だからだ。
﹁何やら、面妖な連中なのだ﹂
エロスヴィッチがそう思うのは無理もない。
まず、五人はそれぞれ、﹃自分の名前と髪の毛と同じ色の服﹄を
着ている。
だが、その服がまず問題なんだ。
なんつーか、防弾チョッキのようなジャケットを羽織って、その
下は何かピッタリとしたウェットスーツ? エルジェラが着ている
ようなものを着ている。
ただ、その改良型のように、肩、膝、肘には、メタルのような装
甲がされている。
そして極めつけは、全員右目が眼帯のようなものを付け、その目
の位置にはレンズのような人工的なものが装着されている。
うん、ぶっちゃけ本当に何だ?
人間? には見えるが⋮⋮⋮⋮
﹁ヴェルト、あんたのお友達じゃないよね?﹂
﹁おい、怪しい奴は全員俺の友達的な考えはやめろよ﹂
と、ハウに言ったものの、何か嫌な予感がしてきた。
144
﹁ヴェルくん、その、トンコトゥ四つね﹂
﹁あ、おお﹂
まあとりあえず、客は客だ。
俺はとにかく注文通り、とんこつ四つを運び、そいつらの目の前
に置いてやった。
すると⋮⋮⋮⋮
﹁むむっ! これはっ!﹂
﹁まさか、﹃ラミアン﹄! うそ? これは、﹃ラミアン﹄か!﹂
﹁なんてこった! 戦争ばかりで文明そのものは発達してねえ地上
も、料理の進化は遂げてたってのか!﹂
﹁うん、これ、スープの香りやミェンの太さが違うけど、紛れもな
くラミアンだよっ! まさか、あの大天才﹃シェンルー﹄と同じ発
想を持った生命が地上に居たなんて、驚きだねッ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ほう⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
なんか、普通に驚かれたが、驚き方がまた普通じゃない。
﹁いや、これ、ラミアンじゃねえよ。ラーメンだよ。発音がチゲー﹂
﹁むっ? おい、原始人。だから、ラミアンだろう?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮だから、ラーメンだっつてんだろ! ぶっとば︱︱︱︱
はぐっ!﹂
145
と、俺が叫んだ瞬間、先生に後ろからぶん殴られた。いてーっ!
﹁店員が失礼しやした。どうぞ、自信作です。召し上がってくだせ
い﹂
﹁ぐっ、せ、せんせー﹂
﹁馬鹿野郎が。お客様になんつー口の聞き方だ﹂
先生に頭を掴まれて無理やり頭を下げさせられた。
いや、だって、なんかムカついたんだけど。
﹁ふっ、なーに、原始人に礼儀は求めないさ﹂
﹁だから、グリーン、お前もそのような挑発するような発言は控え
ろ﹂
﹁いや、でもこれは、おおおおお、うめーぞ、これっ!﹂
﹁うんうん! ラミアンとスープの味が違うけど、十分イケって!﹂
先生に押さえつけられたものの、一言多いな、あの緑野郎!
まあ、うまそうに食ってくれるから別にいいけど⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮ん?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮先生﹂
﹁ああ﹂
その時、俺たちはあることに気づいた。
それは、こいつらが問題なくラーメンを食えていることだ。
なぜなら、こいつらは、ラーメンを﹁箸﹂で食っている。
正直、この世界ではこの店以外で箸というものが無い。フォーク
とナイフとスプーンの世界だ。
それなのに、ラーメンは初見なのに箸は使える? 妙な違和感が
146
あった。
﹁ふむふむ、なかなかのものじゃないか。﹃クラーセントレフン﹄
など、とっくに廃墟のようになっていると思っていたが﹂
﹁確かにな。そもそも、領土争いで種族間同士で戦争をしていると
思ったのだが、そういう空気は今のところ無さそうだ﹂
﹁だよな∼。予定じゃ﹃ドア﹄を封印して二千三百年後に﹃ドア﹄
を改めて完全開放して、地上の生物を一種に完全統一、そして﹃ハ
ルマゲドン﹄に備えるっていう計画だろ? ひょっとして、地上人
は忘れてるんじゃねえだろうな。それとも、その使命を受けた奴が
死んでるとか﹂
﹁あっ、かもしれないね。もしくは、﹃鍵﹄と﹃代行者﹄が見つか
ってないとかもありえるんじゃない?﹂
﹁となると、計画は全てご破算だぞ? 決して互いに交わらぬ地上
生物を一種に統一させ、我らの手足となって動く駒を大量に手に入
れ、﹃ハルマゲドン﹄に挑むのが先祖より伝えられた計画。これで
は、﹃モア﹄には勝てんぞ﹂
何やら、秘密で重要そうな会話で自分たちの世界に入っている五
人組の声のトーンは真剣そのもの。
﹁それは困るな。もし、地上人たちが自分たちの意思で戦争をやめ
ていたとなると、予定が狂うのではないか? どう思う、パープル﹂
147
﹁お前の言うとおりだ。表面上友好に振舞おうと、性質がまるで違
う種は、数が多くとも統制が取れない。特に、獣や悪魔の混じった
種族は我が強く、私たちの命令も聞かないだろう﹂
﹁だよな∼。だからこそ、一番扱いやすい人間だけを地上に残して
他は処分する計画だろ? そのために俺たちは何千年も先祖代々力
を蓄えたってのに、地上の代表者の﹃ミシェル﹄ってのは、何をや
ってんだ?﹂
﹁っていうか生きてるのかな∼。なんせ、二千三百年前の話だし﹂
﹁生きていなければ困るな。奴は、﹃モア﹄と戦うえでの切り札だ。
となると、地上の調査よりも﹃ミシェル﹄を探す方が先決か⋮⋮⋮
⋮﹂
そして、何やらただならぬ予感と匂いがプンプンだな。
俺も、バスティスタも、そしてあのエロスヴィッチも、表情が同
じく真剣そのもの。
すると、その時だった!
﹁ただいまーっ! とーちゃん、出前行ってきたよー﹂
﹁マスター! ハナビ殿の警護、無事達成したでござる!﹂
﹁パッパ、コスモスも手伝った! だっこーーーーっ!﹂
148
出前を終えた、ハナビ、ムサシ、そしてコスモスが店に戻ってき
た。
コスモスは一目散に翼をパタつかせて俺の胸にダイブ。
すると、その光景を目の当たりにした五人組が、勢いよく立ち上
がった。
﹁ッ! エンジェルタイプッ! 鳥とヒューマンのミックスではな
い! 紛れもなく、エンジェルタイプの子供ッ!﹂
﹁どういうこと? エンジェルタイプは地上統一の日までは地上と
の関係は持たないはずじゃなかったの?﹂
﹁いや、それよりも待て! あの子供、今、そいつを父親だって叫
んだぞ? どういうことだよ、エンジェルタイプは女タイプで、単
独で子を産む仕組みだったんじゃねえのか?﹂
﹁あっ、でも、確か教科書では⋮⋮⋮⋮仕組み的には、他種族と交
配することは可能だって⋮⋮⋮⋮書いてなかったっけ?﹂
﹁ちっ。どうやら、地上もかなりややこしいことになっているよう
だな﹂
いきなり椅子を倒して乱暴に立ち上がった五人。
コスモスは当然キョトン顔だ。
そして、別にこいつらが驚いて立ち上がったことぐらいは、俺も
許す。
だって、コスモスが可愛すぎて驚くとかも考えられるから、それ
ぐらいは俺も許容する。
149
だが⋮⋮⋮⋮
﹁おい、そこのエンジェルタイプの小娘、お前の一族は何をやって
いるんだ!﹂
﹁へうっ?﹂
﹁全く、我らと最も近い血筋の生命体が、よりにもよって原始人と
交わるなど、どういうつもりだ! お前の母親はどこだ!﹂
これだけは許さない。
﹁ふぇ、はう、あ、うえ、うぇ、うぇ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ん﹂
コスモスを⋮⋮⋮⋮泣かしやがった⋮⋮⋮⋮
訳が分からず、いきなり怒鳴られれば、泣くに決まってる。三歳
児だぞ?
﹁⋮⋮⋮⋮ムサシっ! コスモスを﹂
﹁御意ッ!﹂
﹁う∼∼∼ん、え∼ん。パッパ∼、パッパ∼!﹂
泣きじゃくるコスモスをムサシに預け、俺の体は一瞬で、グリー
ンとかいう奴の前に立ち⋮⋮⋮⋮
150
﹁テメェ、俺の娘に何を︱︱︱︱︱﹂
﹁邪魔だ原始人ッ!﹂
﹁あ゛?﹂
﹁ショックウェーブッ!﹂
グリーンがただ、手のひらを俺に向け、スーツに覆われた右手の
ひらの中心が赤く光った瞬間、俺は壁までぶっ飛ばされた。
﹁ヴェルトくんッ!﹂
﹁ちょ、あなたたち、どういうつもりっ?﹂
﹁ッ、仕方ない、店の人は今すぐここから出るんだよ! ペット、
あんたは誘導しな﹂
﹁う、は、はいっ!﹂
やられた。壁にめり込むほど、何メートルも飛ばされた俺。
しかし、その俺に対して、グリーンとかいうやつも、他の連中も
大して関心は無さそうだ。
﹁ちょっと、トラブルは極力禁止でしょ? それに、地上ではスー
ツの充電はできないから、節約しなさいよ?﹂
﹁がっはっはっは、まあ、これはグリーンも不可抗力だろ。それに、
そのエンジェルタイプには、色々と聞かねーといけねえからな。主
に、そのガキの母親にだがな﹂
﹁うわ∼、めんどくさいな∼、ほら、この人たちも怒ってるじゃな
151
い。どうするの? しかも、そこで睨んでる女の子達、多分﹃騎士﹄
っていう戦士みたいな奴だよ?﹂
﹁構わん。所詮原始時代の猿だ。トラブルは禁止されているが、ト
ラブル処理であれば問題ないだろう。報告書では濁しておく﹂
壁に打ち付けられた俺の耳に入る、気に食わない雑音。そして、
先生やカミさんの声。
﹁テメェら、俺の店でなにやってやがるっ! 俺の孫にどうしよう
ってんだ!﹂
﹁ハナビ、コスモスちゃん、こっちに!﹂
﹁貴様らッ! 拙者の旦那さま∼、じゃなくて、ごほん! 殿に手
を出したこと、死ぐらいで償えると思うなでござるっ!﹂
そんな声を聞きながら、俺は思わず言っちまった。
﹁おいっ! そこのカス五人組ッ!﹂
カス。
俺に興味を示さなくても、流石にカスと言われれば反応する。
五人は一斉に俺に振り返った。
152
﹁おい、そこの原始人。今、なんと言った?﹂
﹁野蛮な口の利き方だゾ﹂
﹁がっはっはっは、無知ゆえの無謀な発言ってか?﹂
﹁うわ、ちょっと今のは頭に来たよね∼、まさか地上人にカスなん
て言われるなんて、二千年前のご先祖様は誰も想像してなかっただ
ろうし﹂
﹁ふ∼、くだらん﹂
反応はそれぞれといえど、共通するのは全員俺の発言に気に食わ
ないと思っているところ。
でも、だからこそだ。
﹁なあ、何でよりにもよって今日なんだ?﹂
心の底から思ったことを俺は言ってやった。
すると、俺の発言の意味が分からずに、パープルとかいう女が訪
ねてきた。
﹁今日? 今日は何かあったの?﹂
﹁ああ。最悪の日なんだよ﹂
﹁?﹂
153
だって、そうだろ? 最悪だよ。
﹁俺が半年前に帰ってきて、いくらでもタイミングはあったはずだ。
なのに、何で今日なんだ? テメェら自信過剰に粋がってるのもい
いけど、よりにもよってこんな最悪な日に来て、問題起こさなくて
も良かっただろ?﹂
﹁だから、何が最悪の日だというの?﹂
だから何で? 言わねーとわかんねーか?
ほら、例えばだ⋮⋮⋮⋮
﹁あ∼、もう、うるせえ原始人だな。仕方ねえ、俺のパンチ一発で、
ちょいと黙らせてやっ︱︱︱︱︱︱︱﹂
巨漢のオレンジとかいう奴が俺に向けて拳を振り上げようとした
瞬間、その手首を掴んだスーパーマッスル野郎とか。
﹁⋮⋮⋮⋮おい、なんだ∼、デカイの。俺の手首掴んで何しようっ
てんだ?﹂
﹁店で暴れるな﹂
154
さらには⋮⋮⋮⋮
﹁ぐふふふふふふふふ、何者かは知らぬが、これは正当防衛なのだ。
のう? ヴェルト。確か、正当防衛ならレイプしても良かったはず
なのだ。とりあえず、妙な服は剥ぎ取ってやるのだ。そこの、パー
プルとかいうのと、アイボリーとかいう娘﹂
﹁はっ?﹂
﹁えっ?﹂
今、この瞬間、俺は心の底からお前を応援する日が来るとは思わ
なかった。
遠慮なく犯せ、エロスヴィッチ! ﹁ちっ、仕方ない。全員、スーツの力を解放しろ。油断はするな﹂
そして、俺たちをゴミクズのような目で見ながら、それをめんど
くさいけど掃除するか的な表情で偉そうに仲間に命令するブルーと
かいうやつ。
その言葉に全員が頷いた瞬間⋮⋮⋮⋮
﹁うぐぬうううう、婿殿∼っ! 頼む、公園で遊んでいる子達の母
親に誤解を解いてやってくれ! 私はただ、遊んでいる純粋無垢な
子達を持って帰ろうとしただけで、ん? なんの騒ぎだ?﹂
155
﹁ふわ∼∼∼∼∼あ、やあ、ヴェルトくん、おはよう? それとも
こんにちわかな? やっぱり朝も昼間も僕は苦手だし、枕も変わる
と寝にくいし、ホント、ムカつくよね? で、何の騒ぎ? 今、イ
ラついているから、全員殺しちゃうよ?﹂
もう、それは誤解とは言えねえが、あとで一緒に謝ってやるよ、
リガンティナ。
そして、いいぞ、俺たち以外なら殺しても。ジャレンガ。
﹁エンジェルタイプがもう一人? は∼、やれやれだ。一体この世
界はどうなっているのやら。これは、早々にゴミを掃除して真実を
確かめる必要があるな﹂
﹁ああ。なら、そのゴミ掃除は手伝ってやるよ、緑野郎﹂
﹁ッ!﹂
世界見渡しても、強さは関係なく、最悪にヤバイのトップ十に入
る連中大集結。
そして⋮⋮⋮⋮
﹁原始人め、本当に無知は羨ましいものだな。まさか、お前が今、
話している者たちがこの世界の﹃創造神﹄の血族とは想像もできま
い﹂
156
﹁いーや、想像できるぞ。頭のイカれた電波野郎どもってな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふっ、まあいい。こういう原始時代の連中を、
文明を極めた我らの力で無双するカタルシスを味あわせてもらおう
かっ! バトルスーツ開放ッ! 音速の動きを見せてや︱︱︱︱﹂
そして、今は俺が居る。
ヴェルトレヴォルツィオーン
﹁魔導兵装・ふわふわ世界革命!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ? ッ、は、はやっ!﹂
﹁そんじゃあ俺も⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ッ!﹂
﹁思い上がった連中を相手に無双するカタルシスを味あわせてもら
おうかッ!﹂
俺もまた、半年ぶりに開放。大気中の魔力を俺の魔法でかき集め
て身に纏う闘法。
なにやら、グリーンも動こうとしたようだが、俺の動きにまるで
反応できず、簡単に懐に飛び込めた。
そして、あとは、右拳で顎を力の限り打ち抜いてやる! 俺のコ
スモスを泣かせた怒りを万倍にして返してやるためにっ!
157
﹁ぐ、グリーンッ!﹂
﹁な、なんなんだ、あの野郎はッ!﹂
﹁うそ、み、見えなかった! なんで? なんでスーツもないのに、
あんな力がッ! あの地上人は一体ッ!﹂
﹁ッ、これは、一体⋮⋮⋮⋮ッ!﹂
手応えは、気の毒に思うぐらいにあった。多分、顎を粉々にへし
折っちまったと思う。
打ち上げられたグリーンは天井に勢いよく激突してから床に落下。
飛び散るテーブルの皿やらラーメンやらを浴び、ドロドロの姿で、
顔面が痛々しいぐらいに腫れ上がり、涙目になってやがる。
﹁ひゃ、ひょ、ひょんあ、ばきゃな、ぐ、お、おまえ、な、にゃに、
もの﹂
砕けた顎でうまく喋れないだろうに、頑張って喋った緑野郎に敬
意を評して俺も答えてやった。
﹁俺は、この世の麦畑で最も凶暴な奴だよ﹂
さあ、マナーの悪いお客さんをお仕置きするとするか。
158
第7話﹁最悪の日﹂
﹁このチビがっ! よくもグリーンをやりやがったな!﹂
さっきまで豪快に笑っていたオレンジという男が、怒りに満ちた
表情で俺に殴りかかろうとする。
だが、その手首は、バスティスタによって掴まれている。
﹁おい、原人。その手を離せ。力自慢なのは分かったが、痛い目み
ないうちにさっさと失せな﹂
わーお。あいつ、バスティスタになんつーことを。
﹁ふん﹂
バスティスタは僅かに口元に笑みを浮かべてオレンジの手首を離
した。
そして、片手四つの形で右手を前に差し出した。
それはいかにも、握力勝負を申し出ている。
さすがに、その考えは、さっきから何を言ってるか分からないこ
いつも本能で感じ取ったようだ。
オレンジは、呆れたように頭を掻いた。
﹁や∼れやれだぜ。仕方ねーな、野蛮な原人は。どれ、少し驚かし
てやるかな♪﹂
159
そして、その表情はどこかイタズラ心の混ざったガキのようにほ
くそ笑み、バスティスタの手を掴み返した。
﹁いくぜ、バトルスーツ開放ッ! アーム力、ピンチ力、強化!﹂
すると、どういう原理か知らんが、急にオレンジのただでさえ巨
漢な体に変化が起こった。身にまとっている全身のスーツが振動し、
まるで極太の血管のようなものがオレンジの腕や手に浮かび上がり、
いかにもパワーが強化されたような変化を見せた。
﹁ガッハッハッハ、地上世界じゃバトルスーツなんてもんが存在し
ねーから、驚くよなー。まあ、生命の進化と英知の力って奴なんで、
よろしくなっ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮ほう﹂
﹁安心しな。殺しゃしねーよ。ちょっと、静かにしてもらうだけだ
から、あんまビビるなよな!﹂
その勢いのまま、バスティスタの手首と腕をへし折るかのごとく
身を乗り出そうとするオレンジ。
そして⋮⋮
︱︱︱ボギイッ!
160
へし折れた。
﹁ぐわがああああああああああああああああっ!﹂
オレンジの手首が。
﹁⋮骨のない、脆い男だ﹂
﹁がっ、えっ、な、あ、ちょ、あれ? ぐぎ、な、なにがっ? お、
お、お、俺の腕がーーっ!﹂
﹁どれほどの進化や英知かは知らないが、大の男がそのような情け
ない声を上げるとは、むしろ退化しているのではないか?﹂
そして、こーなるわけだ。意気揚々としていたオレンジが一瞬で
涙目の激痛に満ちた表情で混乱している。
﹁お、オレンジッ!﹂
﹁うそでしょ? スーツの故障? だ、だからって、オレンジがッ
!﹂
﹁くっ、この原始人どもめ、なにをしたっ!﹂
何をした? 実に簡単だ。
﹁くははははは、なら解説してやろーか? 掴む。握る。折る。潰
す。終わりだ。ドゥーユーアンダースタンド?﹂
161
﹁ッ、ふざけないで! スーツも着ていない地上人に、そんな力が
あるはずがないっ! 何かをやったに決まっている!﹂
﹁まあ、確かに俺なら種や仕掛けはあるが、残念ながらバスティス
タにはねーよ。種も仕掛けもねえ、ナチュラルボーンファイターだ
からな♪﹂
そして、恐怖を感じた瞬間にはもう遅い。
﹁他の客に迷惑だ﹂
﹁ごわっがあああああああああああああああああああああああああ
あああああ!﹂
容赦のねえ、バスティスタ。マナーのなっていないオレンジの手
首を反るようにへし折り、そのまま手首を中心にオレンジの腕をロ
ールケーキのように巻きやがった。
もはや骨折どころじゃねえ。曲がって砕かれ、ありえない形に変
形した腕に、ついには発狂したオレンジはそのまま泡吹いて、涙流
して失神した。
﹁うそ⋮⋮うそよ⋮⋮こ、こんなことが⋮⋮ッ! 全員そこを動く
なッ! もし、一歩でも動いてみろ! 今すぐこの場で撃つッ!﹂
そのとき、パープルという女が何かを俺たちに向けた。それは小
162
型の鉄の筒。
構えや形から、それは、ある武器と酷似していた。
銃?
﹁知らないのだ∼﹂
﹁えっ、やっ、なにっ!﹂
だが、そんなことはお構いなし。
一歩も動いちゃダメなら、尻尾を動かすとばかりに、九つの尻尾
を伸ばしてパープルを捕らえたのは、エロスヴィッチ。
﹁な、なにっ! これ、く、そんな! スーツの力で振りほどけな
いッ!﹂
﹁振りほどけてたまるものかなのだ。なにせ、将来カイザーを拘束
するために鍛え抜いたわらわの尻尾なのだ﹂
﹁ぐっ、は、離せッ! 離しなさい! 私に何をするつもり!﹂
﹁ん? ちょっと、犯すだけなのだ♪﹂
﹁ッ!﹂
そして、エロスヴィッチタイムが始まる。俺はムサシとカミさん
に振り返ると、二人共頷いて、ハナビとコスモスを抱き寄せて目隠
しした。
エロスヴィッチは、まず四本のしっぽで、パープルの両手足をそ
れぞれ縛り、宙に浮かせる形でM字開脚の形で体をオープンにさせ
る。
﹁な、なにをっ! こ、こんな下品な格好、や、やめてっ!﹂
163
強気なパープルが女の子らしいセリフを弱々しく吐くが、それは
余計にエロスヴィッチを興奮させるだけだった。
五本目の尻尾でパープルの胴体に巻きついてしっかりと体を固定
させ、六本目と七本目の尻尾でまるでカッターのようにパープルの
着ていたスーツを、肌に一切傷を負わせずに切り裂いた。
﹁う、うそっ! えっ、や、いやあああああああああああああああ
ああああああああああっ!﹂
﹁おお、余計な脂肪はなく、女にしては少し筋肉質な体なのだ。胸
はあるにはあるが、少し張りがあって硬そうなのだ﹂
﹁ちょ、なに、いや、やめてっ! なにをする、ぐぼおおおおっ!﹂
そして、八本目の尻尾をパープルの口内に侵入させ、まるでディ
ープキスのように豪快に舐った。
その瞬間、カッターの代わりに使った六本目と七本目の尻尾はパ
ープルの両胸に絡みつき、そして九本目の尻尾で⋮⋮
﹁さて、ココもチェックなのだ♪﹂
﹁おぼっ? おっぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおっ!﹂
164
ここから先は、アカンので、うん、とにかくアカンかった。
﹁パープルッ! この、こんのーーーーーーーっ! 許さないッ!﹂
﹁射殺するぞ、アイボリー! 容赦なく撃てッ!﹂
パープルに襲う悲劇に怒り心頭のツインテール娘のアイボリーに、
クールな表情から感情をむき出しにしたイケメンブルー。
二人共、パープルと同じように銃のようで、オモチャのようなも
のを取り出して構える。
﹁ん∼? なになになになに? もうさ、なんなの?﹂
それをお構いなしに二人に近づく、世界最悪の異業種。
だが、追い詰められた二人はもはや言葉を交わすことなく、容赦
なくその小型の筒から光線のようなものをジャレンガに向けて撃っ
た。
レールガン
レールガン
﹁くらえっ! 超電磁砲ッ!﹂
﹁くたばれ! 超電磁砲ッ!﹂
それは、まるで光線銃のような光の柱。
飲み込まれれば、死んでしまうことが分かるほどの威力が纏われ
ているのは分かるが⋮⋮⋮⋮
165
﹁月光眼、やっちゃうよ?﹂
ジャレンガの前に、全て弾かれて消失した。
﹁えっ⋮⋮⋮⋮うそ、何で? な、なんでよッ!﹂
﹁だから、無駄だって言ってない? 殺しちゃうよ?﹂
信じられない。そんな表情で再び銃を撃つアイボリー。
だが、どれだけ連射しても、全てがジャレンガには届かない。
そして、その力を目の当たりにしたブルーが、驚愕に叫ぶ。
﹁まさか、リパルションフィールド! 馬鹿な、何の装備もなく、
なぜその力を使えるっ!﹂
りぱる? 良く分からんが、どうしてそんな力を使えるかって言
われたら、答えは簡単だ。
ジャレンガがチートだからだ。
﹁ふわふわ回収﹂
んで、危ないおもちゃは回収させてもらう。
﹁えっ? あ、アレ? 手から勝手に!﹂
﹁まさか、この力はッ!﹂
二人の手から、黒くデカイ、光る銃を回収。ずっしりとした重み
166
を感じる。
一方で、こいつらは魔法をあんま知らんのか、やけに驚いた顔を
しているな。
だが、これで驚くようじゃ、もうここから先は気の毒な展開しか
想像できない。
﹁ほれ、義姉様よ、さっさとキメてくれよ﹂
そして、トドメは⋮⋮
﹁おい、うるさい中年と熟女どもが、私は今、機嫌が悪い。少し黙
ったらどうだ?﹂
天空世界最強の変態天使。
﹁エンジェルタイプッ!﹂
﹁ッ、しかも、こ、この、この力はッ!﹂
相手が未知だろうと関係ない。エルジェラをも上回る、天空族の
魔力のような力、超天能力。
輝く全身に漲らせて、一気に放出させる。
﹁ブースト砲ッ!﹂
それだけで、アイボリーとブルーはまとめて店の外まで激しくぶ
っ飛ばされた。
167
後に残ったのは、店の中で散乱する食器。そして気絶しているグ
リーンとオレンジ。
さらに、
﹁あぼ、べ、あぼ、もう、りゃめ∼、いぐ、ゆるぢで∼﹂
﹁本番はこれからなのだ♪ 前戯はこれにて終わりなのだ。そして
いよいよブチ込むのだ﹂
﹁ッ、いやああああ! お、お願いします! わ、私、ま、まだ、
経験なく、わ、私、経験ないんですッ! お願い、やめて! お嫁
にいけないっ!﹂
もはや哀れに思うぐらいの惨状のパープル。
﹁こいつら∼もうちっと手加減しろよ。つうか、エロスヴィッチと
か言ったな! 本気でそこまでにしろっ!﹂
頭抱えて俯く先生。
﹁はは、み、みんな強いわね∼﹂
﹁拙者、なにもすることなかったでござる﹂
引きつった笑のカミさんにムサシ。
﹁あ、あのさ、ホーク、私たちって﹂
﹁言うのやめなさい。っていうか、出番ないに決まってるでしょ?﹂
﹁そうだね。この五人が動いたら、私たちに仕事なんてあるわけな
168
いよ﹂
﹁なんだか、かわいそ∼﹂
最初は自分たちが戦おうとしていたのに、何もすることなくポツ
ンと立っているサンヌたち。
そんな周りの状況を見ながら、俺は改めて思った。
﹁だから言ったろうが。よりにもよって、最悪のタイミングで暴れ
ることもねーだろって﹂
哀れな五人組に同情して、さあ、これからこいつらどうするかな?
169
第8話﹁新たなる種族﹂
昼時は過ぎたし、店は散らかってるし、今日は臨時休業だ。
失神したオレンジ、痙攣して呂律が回らんパープル、顎が粉砕さ
れてよく喋れないグリーン、頭を打って気絶したブルー。
となると、必然的に事情聴取は傷の浅い、アイボリーとかいうツ
インテールの小娘になるわけだ。
店の床に正座させ、世界最強陣で取り調べを行う。
﹁んで、テメェら何もんだ? 営業妨害してくれて、ただで済むと
思うなよな﹂
﹁いや、ヴェルト、営業妨害してんのお前なんで。何で俺まで連れ
てきたか全然分からないんで﹂
俺の言葉に対して、この場に無理やり連れてきたニートが文句を
垂れる。
こいつもフィアリと二人仕事が忙しいのは分かっていたが、ちょ
っと事情が事情なんで連れてきた。
﹁そう言うな。ただの盗賊とかチンピラが暴れたぐらいならいいん
だが、こいつら、こんな面白いもの持ってたんでな﹂
そう言って、俺はこいつら何とか戦隊モドキの奴らが持っていた
ものをニートに放り投げた。
﹁ん? これ、銃ッ! し、しかも、全然クラシックじゃないって
いうか、何だこのSFチックな銃は! 材質は? 形状も普通じゃ
ないし、どういうことか分からないんで!﹂
170
さすがに、目の色が変わったか。
まあ、だからこそ、俺や先生だけじゃ判断つかねえから、ニート
を無理やり連れてきたわけなんだが。
﹁ほんとですね∼、これ、どういう銃なんですか? 魔法とか撃っ
ちゃったりできるんですか?﹂
﹁なんか、﹃れーるがん﹄、とかって言ってたが、分かるか?﹂
﹁はい? いや∼、私には分かりませんけど、ニート君は分かりま
︱︱︱︱﹂
まるでピンとこないと首を傾げるフィアリだったが、次の瞬間、
ニートは声を張り上げた。
レールガン
﹁レレレレレ、超電磁砲ッ!﹂
﹁ん? 知ってんのか、ニート﹂
﹁ちょ、え、いや、えっと、わけわかんないんで! レールガン?
なんで! 何で、そんなのここにあるんで!﹂
﹁有名な銃なのか?﹂
﹁いや、有名とかそういうレベルじゃないんで。あえて言うなら、
未だ定義が定まっていない銃なんで﹂
定義が定まっていない?
﹁どういうことだ?﹂
﹁うん、つまりだ、ファンタジー的な代物じゃなく、どちらかとい
うと俺らの前世の文明より更に未来の舞台を想定された武器。ファ
ンタジーじゃなくてSFな武器な感じなんで﹂
ファンタジーじゃなくSF。そう来たか。
171
﹁まあ、ゴッドジラアが大暴れする世界だ。今更ファンタジー要素
もクソもねえが、そこの、おさげ女。テメェら一体何もんだ?﹂
今更、文明違いの武器の一つや二つで驚くこともねえ。
カラクリモンスターとか、地底族の文明とか、結構スゲーの見て
るからな。
だから、問題はむしろ、こいつらの正体だ。
すると俺の問いかけに、何やらずっと強気で睨みつけているアイ
ボリーが騒ぎだしだ。
﹁あんたたちこそ、一体なんなのよっ! この地上は一体、どうな
っているの?﹂
地上。そういう単語使うってことは、
﹁地底族、天空族、深海族にも見えねーな。となると、残りは幻獣
人族ってことになるが、そうも見えねえな﹂
﹁ッ、くっ、とにかく私を離してよ! こんなことしてただで済む
と思わないでよねッ!﹂
質問に答える気はねえし、強気な態度は相変わらずか。
﹁エロスヴィッチ﹂
﹁うむ、なのだ♪﹂
なら、手っ取り早く吐かせるだけだ。
瞳をルンルンに輝かせて、両手をワキワキと怪しい動きをさせる
エロスヴィッチ。
次の瞬間、アイボリーはゾクッとした表情で青ざめた。
172
﹁ちょっ、な、何する気?﹂
﹁ナニかをする気なのだ♪﹂
﹁や、え、うそ、やめ、いや、お願いだから、やめてよっ!﹂
﹁ぬふふふふふ、その邪魔な服をまずは脱がせて∼﹂
﹁喋るからッ! 私の知ってること全部喋るから、だからやめてよ
っ!﹂
そう、こうすればいい。
﹁くはははは、じゃあ、喋れよ。自己紹介から始めて、とにかくテ
メェらのことを話していけ﹂
意外とアッサリと折れたアイボリーに、エロスヴィッチは若干不
満気だが、これで話は前に進む。
﹁わ、私は、アイボリー。ヴァルハラ大陸、皇都にある、ヴァルハ
ラ士官学校卒業生よ。私たちは、卒業生で選抜されたメンバーとし
て地上世界の調査に来たの﹂
まずはじめに、俺はそんな大陸も学校も聞いたことない。
﹁俺は聞いたことねえ。お前らは?﹂
﹁俺もねえよ﹂
﹁俺もないんで﹂
﹁私もないですよー﹂
﹁わらわもないのだ﹂
﹁同じく﹂
173
﹁何それ? 僕も聞いたことないよ﹂
﹁私が知るはずもない﹂
﹁私も知らないよ﹂
﹁知らないわね﹂
﹁知らないよ﹂
﹁聞いたことないです﹂
全員口を揃えて心当たりなし。ならば、嘘か?
﹁聞いたことなくて当たり前よ。だって、私たちはこの地上世界の
異界に存在する世界の住人なんだから﹂
おお∼。エロスヴィッチほどじゃないが、のっけからいいジャブ
を打ってきたな。
﹁ま∼、前世組みの俺らからすれば、この世界自体が異世界なんだ
が、どういう意味だ?﹂
こりゃー、いきなり訳分からんことを言ってきた。
まあ、頭がおかしくなっているわけではなさそうだが。
﹁⋮⋮⋮⋮それは⋮⋮⋮私たちの世界、ううん、私たちの先祖は元
々この世界の住人だった。でも何千年も前に、世界に増殖を続けて
いた、人間、そして人間と獣の遺伝子操作で生み出された亜人、さ
らには魔界と呼ばれた異界が滅んだことにより、この世界に移り住
174
んできた、魔族と呼ばれる三種族が猛威を振るい、私たちの先祖は
地上を追われた末、この世界とは異なる次元に存在する異界に新た
なる世界を創造して移り住み、その世界とこの世界を繋ぐ﹃ドア﹄
を封印した。それが私たちの世界﹂
とりあえず、振り返ってみた。
﹁今の説明で分かった奴は?﹂
案の定、全員一斉に首を横に振った。
だが、一人だけ違った。
﹁⋮⋮⋮⋮つまり、あんたの先祖はこの世界の住人だったけど、荒
れた世界に見切りをつけてこことは異なる世界へ移り住むことに成
功。その世界とこの世界は、これまでずっと行き来や情報や関係等
が途絶えていたってこと?﹂
﹁その通りよ﹂
ニート、お、お前⋮⋮
﹁ニート、お、お前、天才か?﹂
﹁はあ? んなことないんで。こんなもん、偏差値なくても、前世
でラノベ読んだり、小説家になれいにずっと居たら分かるんで?﹂
175
﹁なれい?﹂
﹁こっちの話しなんで。まあ、それはさておき⋮⋮⋮﹂
ニートは謙遜しているが、さっきから出てくる用語が俺らには複
雑怪奇すぎてよく分からん。それなのに、堂々とアイボリーと話す
ニートが今は頼もしい。
﹁でも、それなら何であんたはここに居るのか分からないんだけど
?﹂
﹁確かに、この世界と私たちの世界を繋ぐ﹃ドア﹄は完全に封印さ
れて遮断されている。でも、長年の技術の発達で、私たちの世界は
最近になって、空間の歪みを利用して、少人数であればこの世界へ
の渡航を可能とさせる装置を開発したの。私たちは、その実験。私
たち以外にも五組、この世界のどこかに散らばってるのよ﹂
ニートは顎に手を当てて考えている。
﹁空間の歪み。ワームホール的な?﹂
﹁ニート君、なんか目が非常に輝いてるんですが、どうしたんです
か!﹂
ニート、なんかお前、半年前に巨大カラクリモンスター、ゴッド
ジラアを見たとき並に目の色が子供みたいに輝いてるんだが、何が
あった?
176
﹁驚いた。まさか、未だこんな原始文明を歩んでいる地上世界で、
話の分かる人が居るなんてね﹂
﹁とりあえず、話を続けて欲しいんで。そもそも、その異世界転移
における﹃ドア﹄ってのがあるなら、技術開発なんてしないで そ
のドアの封印解けばいいんじゃない?﹂
そして、最初は俺たちを原始人だとか原始時代だとか馬鹿にして
いたアイボリーも、ニートの言葉に段々表情が変わってきた。
﹁ううん。封印を解くことは私たちだけでは出来ないの。そして、
私たちが移動に使った﹃ジャンプ﹄っていう装置も、エネルギー使
用量とコストが莫大で、数える程度しか作れないうえに、移動でき
るのは十人ぐらいが限界。私たちは、モニターとして今回使っただ
けなの﹂
﹁封印をあんたたちだけで解けない理由は?﹂
﹁それこそ家のドアを想像してみて。家のドアって普通は中から開
け閉めできるけど、外からは鍵がないと開けられないでしょ? で
も、私たちの世界を繋ぐ﹃ドア﹄は、私たちの世界とこっちの世界
両方から鍵を開けないと解放されないの。だから、こっちの世界で
も鍵を開けてもらわないと、ドアを開放できないの﹂
﹁じゃあ、何千年前はどうやって鍵をしめたんだ?﹂
﹁こっちの世界で、私たちの協力者だった人。﹃ミシェル﹄ってい
177
う人が、こっち側の鍵をかけたの﹂
﹁なら、そのミシェルって奴⋮⋮っていっても、何千年前の話だけ
ど、その関係者とか鍵を持ってたり?﹂
﹁それはどうかな? 確かに鍵をかけたのはミシェルだけど、鍵は
相当特殊だからね。正直、今回は、機器のテストと地上の状況調査
が私たちの目的なの﹂
信じられねえ。会話が続いてる。もう、俺たちほとんどがチンプ
ンカンプンなのに、ニートだけ未だに話しについていってる。
﹁カミさん、コーヒーくれね? ちょっとギブ﹂
﹁わらわも欲しいのだ﹂
﹁僕は終わったら起こしてよ﹂
﹁パッパ∼、つまんない、お外いこ﹂
﹁とーちゃん、私、皿洗いしてくる﹂
﹁座学では同期の中でもトップだった私も分からないけど、それっ
てダメなことじゃないわよね?﹂
﹁大丈夫だと思うよ、ホーク。だって、私も意味分からないから﹂
分からねえからこそ、もはや理解しようとする努力も放棄した。
そして、俺たちは飽きた。ニートを除いて全員がテーブルに突っ
伏した。
なのに、ニートはお構い無しに会話を続けていく。
178
﹁鍵っどんなの?﹂
﹁ある条件の遺伝子が混ざり合うことで、奇跡的に発現する特殊な
瞳に映し出されるエンブレム。その瞳を三つ揃えると、眼球認証シ
ステムっていうので承認されて、鍵が開くの﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮瞳の紋章?﹂
﹁そう、でもそのエンブレムが発現するのは、本当に奇跡的な確率。
当時の学者たちの計算でも、五百年∼千年に一つの確率だって言わ
れていたみたいだからね﹂
﹁その目って、こういうやつか?﹂
﹁ああ、うん、それそれ。⋮⋮⋮⋮って、えっ!﹂
その時、話の流れでどうしてそうなったのかよく分からんが、ニ
ートが紋章眼︵偽物だけど︶を発動。
その瞬間、アイボリーの表情が固まった。
そして、
﹁ちょっ、何であんたがそれを持ってんのよッ!﹂
テーブルを強く叩いて立ち上がった。
﹁いや、色々あって。でも、これ、一応、パチモンなんで﹂
﹁嘘でしょッ! こ、こんな、こんなところに、鍵の一つが?﹂
179
よほど驚きだったのか、全身を激しく震え上がらせているアイボ
リー。
すると、ずっと黙っていたリガンティナが手を上げた。
﹁なるほどな。原理は不明だが、お前たちの正体がようやく分かっ
た﹂
﹁あなたは⋮⋮⋮エンジェルタイプの⋮⋮﹂
﹁天空族第一皇女のリガンティナ。そして、私は、五百年ほど前の
先祖が人間と結ばれて生まれた子孫。ゆえに、この瞳を持っている﹂
手を上げたリガンティナも、紋章眼を発動させる。
もはや、アイボリーは絶句していた。
﹁し、信じられない、こ、こんなこと⋮⋮この世界に転移して早々
に、鍵を見つけるなんて⋮⋮﹂
ガタガタと震えて激しく動揺を見せるアイボリー。
するとリガンティナは、一旦瞳を元に戻して、天井を見上げなが
ら口を開いた。
﹁二千年以上も互いの世界を断絶させていた我々。しかし、二千年
過ぎた今になってドアを開放しようとする理由は、﹃モア﹄との戦
いに備えるためだな?﹂
180
﹁ッ! そこまで知っているなら! そうよ! 記録によれば、ド
アを封印して二千三百年後に再び三つのエンブレムが揃う。その時
に、改めてドアを開放して、モアとの戦いに備える。そして、その
期日は今から数年前だったはず。なのに、一向にドアが開放される
気配がないからこそ、私たちは開発中の﹃ジャンプ﹄を使ってこの
世界に来たの﹂
﹁そうだったか。なるほどな。まあ、私も伝承で全てを完全に教え
られていたわけではないが、紋章眼については色々とあったからな。
さらに、ドアのある封印の祠にも、神聖魔法等、厳重な封印がかけ
られていたからな。魔法を解除することができる、﹃代行者﹄にも
色々あった﹂
﹁代行者の所在も分かっているの? それに、マホー? それって、
ひょっとして、エンジェルタイプやディッガータイプが備えた特殊
能力のように、地上人に発現した力のこと? そうか、さっきのあ
なたたちの力も!﹂
﹁お前たちは魔法を知らないようだな?﹂
﹁え、ええ。確かにその力は記録上存在していた。事実私たちの先
祖は、人間や魔界の生物がその力を覚醒させたことにより、故郷を
追われることを余儀なくされたから。それに、具体的な名称が付け
られる前に、私たちの先祖も世界を転移したから。でも、確かに、
記録上、ミシェルは三つのエンブレムと、代行者、そして六人の異
能者を鍵として定めていた﹂
﹁六人の異能者。神聖魔法使いのことか﹂
181
ニートに続いてリガンティナまであっちの世界に行ってしまった。
凛としたクールな表情で話をするリガンティナは、いかにも﹁デ
キる女﹂という雰囲気で、とてもショタコン変態女に見えなかった。
﹁次は、私から聞かせてよッ! この世界は、二千三百年前から異
種族同士で争い続け、それは永久に続くと思われていた。今は、ど
うなっているの?﹂
﹁あー、ちょっと待って欲しいんで。そこに行く前に、とりあえず
この世界を征服した男に、要点だけ伝えるんで﹂
ん? 話が一段落したのか? ニートが俺に手を上げた。
﹁おい、ヴェルト、細かいところは不明だけど、大まかなところは
分かったんで﹂
﹁なにっ? 本当か! んじゃ、百文字以内で説明してくれ﹂
﹁多分こいつら、噂の﹃神族﹄だと思うんで。封印された神族って、
コールドスリープ的なの想像してたけど、実際は異世界に転移して
たみたいなんで。んで、こいつらは、ファンタジーとは真逆のSF
的に進化した種族みたい﹂
スゲーッ! ほんとに百文字! ニートって意外とハイスペック
だな⋮⋮
182
﹁ん? はっ? 神族ッ?﹂
﹁﹁﹁﹁﹁えっ?﹂﹂﹂﹂﹂
って、ちょっと待て。こんな何とか戦隊的なのが神族とか、何を
サラッと説明してんだ?
当然、これまで意味不明だと首傾げていたみんなも、体を起こし
て驚きの表情に変わった。
183
第9話﹁新パーティー結成﹂
﹁は∼? 神族∼? これまで、聖王や聖騎士含めて散々人の人生
を狂わせた元凶の神族が、こいつらだ∼? じゃあ、何か? 俺は
神様ぶん殴ったっていうのか?﹂
それはさすがにまずい。いくら俺が宗教に入っていないとはいえ、
神様殴っちまったのか?
﹁そうでもないぞ、婿殿。神族とは別に神ではない。遥か昔の歴史
の中で、当時の人類や魔族らとは比べ物にならん技術力を持ってい
た彼らのことを、地上人がそう呼称したにすぎん。実際の生態的に
は、多分、お前たちとあまり変わりはない。﹃魔法が使える﹄のと
﹃魔法が使えない﹄の差ぐらいはあるみたいだがな﹂
俺以外にも、神に手を出したのかと一瞬心配した連中含めてフォ
ローするリガンティナ。
本当だろうな? すると、アイボリーも頷いた。
﹁神⋮⋮う∼ん、まあ、グリーンみたいに調子に乗ってそういうこ
と言ったりしてるのも居るけど、確かに私たちはそこまであなたた
ちと違いはないよ。普通に性別だって分かれてるし、恋だってする
し、子供だって産む﹂
﹁あ∼、良かった。じゃあ、殴って問題なかったんだな﹂
﹁って、その発想はどうかと思うけど! いや、うん、た、確かに、
その私たちもあんたたちを怒らせるようなことしたとは思うけど⋮
184
⋮﹂
とりあえず、神族であって、神じゃない。それだけ分かりゃ十分
だった。
﹁って、そうそう、それで、次は私の質問に答えて﹂
﹁ん?﹂
﹁私たちの先祖は、技術や兵器の開発力はあったけど、数が少なか
った。だからこそ、異世界への転移を余儀なくされた。そして、二
千年間力を溜めて、モアとの戦い前にドアを開放して、あなたたち
人間やエンジェルタイプ、ディッガータイプ、マーメイドタイプと
協力して魔族と亜人を滅亡させるっていう計画だった。それなのに、
あなたたちは、争うどころか仲良さそうだけど、どういうことなの
?﹂
アイボリーの質問。それは、さっきも聞いたように、今、この世
界はどうなっているのか? という質問。
すると、全員一斉に俺を見た。
﹁⋮⋮⋮なんだよ。なんで俺を見るんだよ﹂
﹁いや、ほら、婿殿が色々とやらかしたおかげで、神族の予定や先
祖たちの計画が大幅に狂ったようなのでな﹂
お前が言え。そんなオーラと視線を周りから感じ、俺は仕方なく
言ってやることにした。
185
﹁半年ぐらい前に、なんやかんやで人間と魔族と亜人の戦争は終わ
った。細かいイザコザはあるだろうけど、まあ、今はそんな感じだ﹂
﹁お、終わった? 終わった! どういうこと? 滅んでいるよう
には見えないけど、ひょっとして、隷属させたとか?﹂
﹁ん∼、なんかそこらへん、説明の仕方が難しいが、うん、アレだ。
なんかみんな、戦争飽きたんじゃね?﹂
﹁説明になってないわよ! どういうことよ、それは!﹂
さすがに、こんな説明では納得しないアイボリーの気持ちは分か
らんでもない。
すると、ずっと暇そうにしていたエロスヴィッチが手を上げた。
﹁まあ、事実だから仕方ないのだ、娘っ子﹂
﹁亜人ッ!﹂
﹁わらわもかつては、野心に満ちて人類も魔族も滅ぼそうと暴れ周
り、そして殺しまくったのだ。だが、突如現れたこのヴェルト・ジ
ーハは、そんな世界をぶっ壊したのだ﹂
﹁う、うそ、そんな、そんなことって⋮⋮⋮﹂
﹁こやつの作った国を見たら驚くのだ。そして嫁も見たら驚くのだ。
186
もう、戦争するのがアホらしくなるぐらいなのだ﹂
それは、エロスヴィッチだけの意見じゃない。リガンティナ、そ
してムサシやフィアリたちも頷いていた。
だが、アイボリーは納得してないのか、首を横に振った。
﹁そ、そんな、そ、それじゃあ、それじゃあ、モアとの戦いはどう
するつもり? 今は仲良さそうでも、絶対に異種族同士での問題は
また起こる! それじゃあ、モアと戦うなんてできっこない!﹂
さて、そこでようやく俺は半年前から気になっていたものの、結
局ウヤムヤになってしまったことを聞かざるを得なくなった。
﹁じゃあ、おさげ。そろそろ教えろよ。モアって何だ? 俺は、こ
の世を滅ぼす何者かとしか聞いてねえけど﹂
神族だけじゃねえ。
聖王も、聖騎士も、そしてあのクロニアすらもが、その名前に振
り回された。
これまでの全てに通ずる、モアという存在。
それについて、俺は︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱
︱︱︱︱︱︱︱ピーッ、ピーッ、ピーッ
187
その時、この世界では聞き慣れない、何か機械的な音が聞こえた。
それは前世的に言うと、何かを知らせる警告音のようなもの⋮⋮⋮
﹁えっ、この音は⋮⋮⋮そっか、﹃ジャンプ﹄のタイマーがセット
されていたんだ! 確か、ブルーが持っていて⋮⋮⋮﹂
そう、セットされたアラームが鳴るかのようなこの音は⋮⋮⋮
﹁ねー、パッパ∼、これがなんか、ピーってなってるよ?﹂
その時、俺たちは好奇心旺盛なコスモスに目玉が飛び出した。
気絶している男の持ち物を勝手に取り上げちゃいけませんと、ち
ゃんと躾けねば!
まあ、いきなり音がなったら、そりゃー驚くし、興味引かれるの
も無理ないけどさ、コスモス、それ人のものだから!
﹁これなーに?﹂
コスモスが手の平に乗せて首をかしげているのは、なんか、白い
ケースの方位磁石や手鏡のような小さく丸い何か。
それが、確かにピーピー鳴って、中央にある小さな点のようなも
のが、赤く点滅している。
188
﹁ちょっ、それがジャンプだって! それに触っちゃダメ! あな
たたちも今すぐこの場から離れてッ!﹂
﹁はっ? 何が?﹂
﹁その装置は半径五メートル以内に十人以上居ると、無差別に転移
者を選別する作りに︱︱︱︱︱︱﹂
﹁ッ! コスモス、今すぐそれから手を離せッ!﹂
だが、既に時遅し。
ジャンプとかいうものが大発光し、店内が閃光に包まれた。
俺は、かろうじてコスモスの手を掴んだが⋮⋮⋮
﹁ぐっ、か、体がッ!﹂
この感覚、記憶がある。
以前戦った、ワープの使い手に飛ばされた時と同じ感覚。
何も無い世界に飲み込まれて漂い、吸い込まれ、そして⋮⋮⋮
﹁パッパ∼、ここ、どこ?﹂
﹁ちっ、マジかよッ!﹂
﹁こ、これはどういうことでござるか?﹂
189
﹁ん? あれ? 僕、何があったの?﹂
﹁これは⋮⋮﹂
﹁コスモス、婿殿、無事か?﹂
﹁うーむ、結局どうなったのだ?﹂
﹁⋮⋮⋮だから⋮⋮だから、ヴェルトと一緒は嫌だって言ったんで
!﹂
﹁え? えええ? ええええええ!﹂
﹁うそっ! やっちゃった⋮⋮﹂
閃光の中、確かにアイボリーが言った、半径五メートル以内に十
人以上居ると転移する者をランダムで装置が選ぶという、傍迷惑な
システム。
その通りに、この場にいる十人が選別されてしまった。
そしてそこに、アイボリーを除く、他の何とか戦隊は居ない。
俺たちだけが飛ばされちまったようだ。 で、ここは?
﹁おいっ、どういうことだ! ブルー班じゃないぞ! 誰だあいつ
らは!﹂
その時、生の肉声ではなく、どこか拡張器のようなものを通した
190
音で誰かの声が聞こえてきた。
そもそもここは?
﹁なーんか、メンドクセーことになってきてねーか?﹂
俺たちは、真っ白い部屋の中央部に設置されている薄い透明なカ
プセルのようなものの中に居た。
部屋は広く、そして壁や床や天井など、﹃俺たちがさっきまで居
た世界﹄とは明らかに違う材質で作られている。
いくつかの紐状のようなもの。前世的に言えばコードのようなも
のが部屋中に散りばめられた、四角形の部屋。
そして、その部屋の壁の一面だけには、ガラスが張られ、その向
こう側には、白衣を着た人間が何人も見える。
そいつらは、俺たちを見て相当驚いている。
﹁おいっ、何者だお前たちは!﹂
﹁ッ、見ろッ! まさか、アレは、エンジェルタイプッ!﹂
﹁ビーストの遺伝子が混ざった、亜人ッ!﹂
﹁まさか、奴らは、﹃地上世界クラーセントレフン﹄の住人ッ!﹂
﹁どういうことだ? アイボリー、状況を説明しろ!﹂
正に、異常事態発生ってやつだ。お互いにな。
﹁さてさて⋮⋮⋮⋮コスモス。それ、パッパに貸してくれ﹂
﹁はーい﹂
相手が慌てている隙に、コスモスから例の﹃ジャンプ﹄を弄って
みた。
ウンともスンとも言わなかった。
191
﹁おい、おいおいおいおいおいおいおい!﹂
ちょ、マジで勘弁してくれ! 動け動け動けッ!
﹁婿殿、どうだ!﹂
﹁ダメだ、動かねえッ!﹂
﹁ちっ、なにこれ? ねえ、僕たちどうなったの? あの、うるさ
い連中何?﹂
﹁まずいぞ、ヴェルト・ジーハ。予想外の事態だ﹂
﹁わ、わらわはどうすればよいのだ!﹂
﹁殿∼∼∼、い、いったい、ここはどこでござるかっ!﹂
﹁無理よッ! それは、往復のエネルギーを充電するだけでも、す
ごい時間がかかるんだから!﹂
そして、連中同様に結局俺たちも大混乱。
﹁おい、奴らが地上世界の住人なら、まずいぞ! 何があったかは
知らないが、ブルー班に異常事態が発生したとしか考えられん!﹂
﹁おい、ラボ全体に緊急警報を発令しろッ! 今すぐ、警備兵にバ
トルスーツや武器を装備させ、全員ここに集めろ! 出入口も封鎖
しろッ!﹂
﹁馬鹿、今は﹃式典﹄の最中だぞ! 国王様も、それにあの姫様ア
イドルグループが来て、ライブしてるんだぞ? 警報なんて鳴らし
たら外が大パニックになるぞ!﹂
﹁だからって!﹂
192
﹁いいか、この中で全て処理するんだ! 奴らを絶対にここから出
すな! 可能な限り生かして捕えろ! だが、状況によっては始末
も許可する﹂
うわお、しかも向こうは既に殺気立っているよ。
お茶を飲み交わして自己紹介なんて雰囲気じゃねえ。
俺たち全員を拿捕しろと、おそらくこの設備全体に発令してんだ
ろう。
そう、拿捕するつもりだ⋮⋮⋮⋮
﹁とりあえず、今は抵抗しないで大人しく捕まっておくか?﹂
﹁ええ! あなたたちもお願い! 私が事情を説明するから、大人
しくして!﹂
話せば分かるかもしれねーしということで、一応提案してみた。
アイボリーも、必死に懇願している。
﹁うん、俺もそれは賛成なんで!﹂
﹁そ、そう、そうしたほうがいいよ、ヴェルトくん!﹂
﹁異議なしでござる!﹂
﹁同じく﹂
﹁仕方あるまい﹂
﹁うーむ、まあ、それもそうなのだ。帰る方法も教えてもらえるか
もしれないのだ﹂
コスモスの票を抜かして、俺を含めた八人のコンセンサスは取れ
193
た!
よし、これなら⋮⋮⋮⋮
﹁はっ? 何言ってんの? 捕まる? 僕が? バカじゃない? そんなの死んでもゴメンだよね?﹂
あっ⋮⋮⋮⋮
げっさん
﹁月散﹂
次の瞬間、このドアホウが月光眼を発動させ、俺たちを覆ってい
たカプセルを散開させ、更には白衣の連中が覗いていたガラス窓す
ら粉々に砕いて、白衣の連中を吹っ飛ばした。
﹁帰る方法が分からない? なら、こいつら力づくで従わせればい
いでしょ? なんなら、何人か殺しちゃえば良くない?﹂
俺たちの意思統一など、今のカプセルやガラスのように粉々に打
ち砕きやがった、世界最悪の異業種にしてクソ王子!
ジャレンガのあまりにもアホな行為に、俺たちは全員同じ顔で固
まっちまった。
それは同時に、俺、コスモス、ムサシ、バスティスタ、ジャレン
194
ガ、リガンティナ、エロスヴィッチ。
そして、この濃すぎる連中の中にぶち込まれてしまったというか、
巻き込まれてしまった、ニート。そして、ペット! おいっ!
なんか、奇妙な縁で集結しちまった一蓮托生なイベント開始の合
図となった。
195
第10話﹁シンセカイ﹂
その瞬間、アイボリーの象牙色のツインテールが逆立った。
﹁な、な、な⋮⋮⋮⋮なんてことをするのよ、あんたたち!﹂
ごめんなさい。この場に居た大半のものが心でそう思った。
しかし、団体行動とは難しいもの。たった一人の個人プレーで、
全てを台無しにする。
﹁ふふ、ふふふふふふふ。あーあ、やだやだ、うるさい勘違いサル
たちだよね? 見てよ、ヴェルト君、あいつらのマヌケな慌てぶり
と敵意をさ。ムカつくよね? 殺したくない?﹂
﹁テメエ、ちょっともう黙れッ!﹂
﹁ん?﹂
﹁ふわふわ乱キック!﹂
蹴りツッコミ。
威力を上乗せした一撃をジャレンガ目掛けて放ったが、直前で反
応したジャレンガの月光眼に弾かれた。
﹁ッと⋮⋮なになに? やってくれるじゃない、ヴェルト君? な
196
ーに、それは? 殺しちゃうよ?﹂
﹁うるせえ、テメエこそぶっ殺すぞ! クロニア以上に空気読めよ
っ!﹂
﹁何で? 読む? 空気を? 僕の月光眼でも見えないものに、何
で気を使わないといけないの?﹂
今更だが、ほんとに恨む。こんな奴を俺の元へ寄越すことを見過
ごした、魔王ヴェンバイとクロニアの二人を。
常識とか非常識とかそういうレベルじゃねえ。
四獅天亜人のように変態なんじゃなく、こいつは単に危ない奴だ。
本当にふざけてやがる。
﹁⋮⋮⋮⋮状況が少し変だな。仲間割れか?﹂
﹁どうやら、興奮して我らに攻撃した奴を、あの男が抑えようとし
ているようだな﹂
﹁戦闘の意志は無しか? 油断はできないが⋮⋮とりあえず⋮⋮﹂
すると、俺たちのやり取りを見ていた白衣の連中も殺気だってい
たものの、テンパっていた俺を見て少し落ち着いたのか、さっきま
でのように慌しくない。
すると、割れたガラスの向こうから、代表者の一人が口を開いた。
﹁ブルー隊、アイボリー。これはどういうことだ? 状況の説明を﹂
機械のようなものを通して拡声された声。まさか、マイク?
197
﹁は、はいいっ! 我ら、地上世界クラーセントレフンの、人類の
生息地への転移は成功しました! で、ですが、地元住民であった
彼らと小競り合いのトラブル、そしてタイマーがセットされていた
ジャンプにより、彼らが巻き込まれてしまい、今に至るんです!﹂
その報告は、だいぶ省略したが、嘘偽りの無い報告。
すると、白衣の連中は頭を抱えて困った顔で互いを見合っていた。
﹁クラーセントレフンの住民が?﹂
﹁ちょっと待て、人類の生息地域に転移したのでは? 魔族、亜人、
それにエンジェルタイプまで居るぞ?﹂
﹁ああ、しかもそれほど険悪には見えないぞ? 記録によれば、あ
の世界は異種族間の争いがずっと続いていたのではないのか?﹂
その説明をするとなると、想像以上に面倒で長い物語になる。
だから、そこはアイボリーたちのときのようにテキトーに流した
い反面、現状はキッチリと説明したほうがいいのではという、半々
の気持ちだった。
﹁だ∼から∼ら、どうでもいいって言ってない? 言葉わからない
? 殺しちゃうって言ってるでしょ?﹂
﹁ひっ! ちょっ、あんた!﹂
﹁もしさ∼、ここが地底族の君が言ってるように、本当に神族の世
界なんだとしたらさ∼、邪魔だよね? 本当にさ、邪魔じゃない?
198
だってこいつら、聖王の計画通りなら、僕たち魔族を絶滅させる
つもりだったんでしょ? なら、先にこっちからやっても良くない
?﹂
そういや、そうだった。
ついそのことを俺もウッカリ忘れていた。
聖騎士や聖王たちのそもそものプランでは、神族の力を利用して
魔族や亜人といった種族を絶滅させて、世界を人類一種の世界にす
るという計画だったんだ。
ならば、ジャレンガが先手で動いたのは、あながち間違いではな
いのか?
﹁ふふ、ふふふふふふ。ハッキリ言って、僕がその気になれば、こ
んな施設ぐらい一瞬で滅びるよ∼?﹂
次の瞬間、ジャレンガが相手を圧殺するかのような強烈な殺気を
意図的に飛ばした。
もし、自分たちに向けられたものだったら、思わず膝が震えてし
まうぐらいな凶暴性を孕んでいる。
それを向けられて、明らかに萎縮し、恐怖し、怯えた表情を浮か
べる白衣の連中ども。
こうして見ると、本当に人間と大して変わらなく見える。
明らかに、頭はいいけど勉強ばかりで体は弱いガリ勉タイプの研
究者たちにしか見えない。
これが、本当に噂の﹃神族﹄なのか?
こんな奴らが、魔族や亜人を皆殺しにする力があるってのか?
199
﹁こうなっては仕方ありませんね。明らかにマニュアル外の異常事
態だけれど、ここは何としても争いなく収める必要がありますね﹂
﹁ホワイト所長!﹂
﹁皆さん、ここは下がって。警備隊には待機の指示を﹂
すると、その時だった。
﹁こほん。気を沈めてください。我々に、争いの意思はありません。
我らの故郷、クラーセントレフンの世界の方々﹂
白衣の連中の中から、一人細身の白髪で、少し品のありそうなお
ばちゃんが、ジャレンガを宥めるような声で前へ出た。
﹁初めまして、我らが先祖の故郷、クラーセトレフンの方々。私は、
この﹃王立中央研究所﹄の所長をしております、ホワイトです﹂
﹁研究?﹂
﹁この度は、我らの国、いえ、世界のものが大変ご迷惑をおかけし
ました。あなた方を故郷へとお送りすることは、全力で取り組ませ
て戴きます。どうか、この場は一度怒りを沈めて頂きたく、お願い
申し上げます﹂
誠実に下げる頭と目に、演技は無さそうだ。
200
この、細身の白髪おばちゃん。
その態度に、ジャレンガは毒気を抜かれたように、殺気が収まっ
ていった。
そして、気を削がれたのは、他の連中も同じだった。
﹁うーむ、意外なのだ。てっきり、ジャレンガのバカタレの所為で、
わらわたちは取り囲まれて攻撃されると思っていたのだ﹂
だが、誰もが肩透かしをくらって、エロスヴィッチの言うように
思ったが、ニートが否定した。
﹁いや、そうでもないと思うんで。むしろ、これが正常だと思うん
で﹂
﹁えっ? あ、あの、どういうことでしょうか、ニートさん﹂
﹁既に見ての通り、この世界、俺らの世界よりもかなり発展した世
界だと思うんで。そういう発展した世界ほど、簡単に武器使って戦
闘とか殺しとか出来ないよう、規制だとか責任だとかもがんじがら
めにあると思うんで、むしろ平和的な解決望むと思うんで﹂
﹁えっと、そ、そういうものでしょうか?﹂
﹁まあ、例えばあれだけ発展してた地底族だって、マニーに唆され
てギリギリになるまで戦争には参加しなかったし、何よりも⋮⋮⋮
⋮俺らで言う日本なんて、警察官は威嚇射撃しただけでニュースに
なる世界だったと思うんで、って、このネタはこの場ではヴェルト
201
以外にわからないんで意味ないか﹂
言われてみりゃそうかもしれねえ。その感覚は、戦争ばかりで、
相手が気に食わなけりゃ即戦闘の世界に染まった俺らには、無かっ
た感覚だ。
でも、ニートの言うとおり、確かに前世では先進国でそういうこ
とはなかったと思う。そりゃー、テロリストとか凶悪犯の射殺とか
あったかもしれねーが、少なくとも、現状は、こいつらにとって長
年研究してようやくたどり着いた異世界の住人たちとの会合。未知
との遭遇って奴なんだから、お互い少し冷静にさえなれば、いきな
り殺しあうというのは、無いのかもしれねーな。
﹁しょ、所長ッ! その、わ、私、その、えっと﹂
すると、一旦場が落ち着いたかと思った瞬間、血相を変えたアイ
ボリーがホワイトのもとへと駆け寄る。
今回のことで色々とテンパっているようだ。
だが、そんなアイボリーに対して、ホワイトはあくまで冷静な顔
で返す。
﹁アイボリー。とりあえず、彼らとは私が話をします。あなたは、
まず正確に、そして確実に、何があったのかの報告を。それと、ブ
ルーたちのことについても﹂
﹁ッ、は、はいっ! で、ですが、いいんでしょうか? 彼らは、
⋮⋮⋮⋮恐ろしく強いです。私たちのスーツや光学兵器すらも寄せ
202
付けず⋮⋮⋮⋮ここで取り押さえたほうが!﹂
﹁いいえ。これはチャンスです。彼らがクラーセントレフンの住人
であるなら、彼らの世界の現状の情報を入手するにはこれ以上ない
機会です﹂
﹁それは、確かにそうですけど﹂
﹁それに、今、ここで争いを起こすわけには行かない理由が他にも
ありますが﹂
﹁理由? その、何かあるんですか?﹂
くはははははは、アイボリー、聞こえてるぞ? 俺は耳さえすま
せば、空気を伝わって振動で、ヒソヒソ話が聞こえるんだよ。
これをジャレンガに言ったらどうなるだろうか? まあ、今は俺
も会話が重要だと思うから、それはやらねーけど。
﹁忘れたのッ? ジャンプの完成記念式典として、現在、研究所の
前には大勢の市民、議員先生方や、陛下まで来てるのよ? まだ、
みんな帰らないで、研究所前に市民も含めて集まっているわ。あな
たたちが、出発のカウントダウンでクラーセントレフンに行って、
まだ数時間しか経っていないのよ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ! う、うそ、わ、私って、ひょっとして
そんなに早く帰ってきて⋮⋮⋮⋮時間軸のズレもなければそうかも
だけど⋮⋮⋮⋮﹂
203
﹁それに今は、式典のイベントの一環で、あの超人気の姫様アイド
ルグループ﹃アルカディア・ヴィーナス8︵エイト︶﹄がコンサー
ト中よ?﹂
﹁ああッ!﹂
﹁もし、今、ここでトラブルが発覚したら、私たちの責任問題だけ
にとどまらないわ。いいわね?﹂
なんか、色々大変そーだな。
まあ、大人しくしてれば、とりあえずはまだそれだけ大きな問題
には⋮⋮⋮⋮
﹁わーーーっ! すっごーい! パッパーッ! パッパー! 見て
見てーっ! すっごい、いっぱい大きなおうちがあるよーっ!﹂
っておい!
﹁コスモス! お、お、お前、何を! だから何で自由に歩き回っ
てんだよッ!﹂
﹁まったく、好奇心旺盛な年頃だ﹂
﹁おい、アイボリー、そしてホワイトとやら。問題ないな?﹂
﹁え、ええ。でも、あんまり走り回らないで!﹂
﹁ふにゃあああ、お嬢様∼∼∼! お待ちくださいでござる∼!﹂
いつの間にかこのエリアの外の通路へと飛び出していたコスモス
は、長い長い廊下の向こうから興奮したように叫んでいる。
204
一応アイボリーたちの同意を得て、俺たちも慌てて飛び出し、部
屋の外にある直線上の真っ白いピカピカの通路を駆ける。
すると、その廊下の奥には、一面の大きな窓ガラスを背後に飛び
跳ねるコスモスが居た。
﹁もう、コスモスちゃん、心配させないでよ。ダメだよ∼﹂
﹁ほんと、ヴェルトの娘なんで。人の迷惑をかえりみないところ﹂
﹁なはははは、まあ、めんこいから良いのだ﹂
﹁ねえねえ、それよりも、ここ破壊しなくていいの? ヴェルトく
ん?﹂
頼むから、今は大人しくしておいてくれと、コスモスに一言だけ
言ってやろうとした。
だが、次の瞬間、俺たちはコスモスの背後に広がる、その目もく
らむような壮大な景色に目を奪われた。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂
﹁ッ!﹂
﹁こ、これはっ!﹂
外は、既に夜だった。
だが、夜なのに、全く暗いとは思わなかった。
そこには、日の光りでも、炎の光でもない、眩いライトが、黄色
や青やみどりや赤など様々な色で、至るところから世界を照らして
いる。
﹁す、すごい、な、なに、この世界?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮なにこれ?﹂
205
﹁こ、これは、し、信じられん!﹂
﹁デカいのだ! こ、ここは、これほど高い建物の中だったのだ?
しかも、なんなのだ、この世界は!﹂
あのジャレンガやリガンティナ、エロスヴィッチですら言葉がう
まく出てこないほど、圧倒されている。
そこから見える景色。それを一言で言うなら、大都市。
どれも、俺たちの世界からは想像もつかない、巨大な人工的な建
造物の数々。
そして、地上がまるで下界に見えるほど、今俺たちのいる場所は
何十階も高い場所だった。
﹁ニート﹂
﹁あ、ああ﹂
まるで地底世界を思わせるほどの壮大さ。
﹁お前の故郷と同じぐらいだな﹂
﹁いや、あれよりすごい﹂
いや、それ以上だ。
石造りでできた建造物の並ぶ地底世界とは違う。
俺たちの世界には無い物質で建てられた建造物。
それは、前世の言葉を使うなら、﹃コンクリート﹄?
そして、更に前世の言葉を使っていいなら、今の景色はこう呼べ
る。
﹁コンクリートジャングルの、摩天楼だな⋮⋮⋮⋮﹂
206
﹁あ、ああ。まるで、ニューヨークのマンハッタン⋮⋮⋮⋮数え切
れないほどのライトも⋮⋮⋮﹂
前世で一度も行ったことなくても、その名や都市のイメージは大
抵のものができる。
建造物だって、もう、前世の言葉でそのまま言っちまえば、ビル
だよ。
しかも、言っちゃなんだが、前世よりも遥かに異様な発展都市。
なぜなら、
﹁なんだ、あれは! 巨大な建造物どうしが、細い透明の通路で繋
がって、行き来しているぞ!﹂
都市の中、至る所に伸び、至る所に繋がる透明なカプセル配管の
ような通路が蛇のように街の上に広がり⋮⋮⋮⋮
﹁な、何あれ⋮⋮⋮⋮見たこともない乗り物が空を飛んでいる⋮⋮
⋮⋮人が乗っている!﹂
タイヤの無い車やバイクに似た乗り物が、いくつも上空を飛んで
いる。
﹁あなたたちの世界とはだいぶ誓うでしょう?﹂
﹁少し、驚いちゃったかな?﹂
圧倒される俺たちの後ろには、優しく微笑むホワイトと、少し胸
207
を張っているアイボリー。
誰もがこの状況を知りたいし、聞きたいことが山ほどあるも、言
葉を失う中、ホワイトが口を開く。
﹁これが、﹃地上世界クラーセントレフン﹄から逃れた我々の先祖
が、二千三百年の歴史と共に進化と発展の末に造り上げた世界。﹃
新世界グランドエイロス﹄よ﹂
正直、この世界の名称そのものはどうでも良かった。
﹁そして、私たちの今いるこの都市の名は、﹃メガロニューヨーク﹄
よ﹂
名前知ったからってどうすりゃいいってこともなかったからだ。
ただ、それでもあえて言うとしたら、これだけだ。
﹁なあ、ニート﹂
﹁おう﹂
﹁俺たち、今更だが、ファンタジーな異世界に転生したんだよな﹂
﹁間違いなく﹂
﹁だったら、何で今、俺たちはSFな未来都市の異世界に転移して
んだよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮さあ?﹂
208
それ以上は、俺ももう、言葉が何も出なかった。
﹁あっ、パッパー! 下に、人がいっぱいいるよ?﹂
真下を何気なく見てみた。
するとそこには、戦争でもするのか、何千何万の異常なまでの人
並みが大歓声を上げて居た。
﹁な、な、なん、なんなんあれ?﹂
﹁なんか、前世で言う大統領演説とか、ワールドカップ中継をパブ
リックビューイングしてるとか、渋谷のスクランブルとか、もう、
あんな感じじゃないか?﹂
正直、俺とニートにしか、現状の形容がしづらい世界が広がって
いた。
﹁ふふん。さすがのあなたたちも驚いたでしょ? でも、私もあな
たたちの世界に行って逆に驚いた。あの壮大な大自然に。だから、
オアイコってやつかな?﹂
ちょっと自慢気なアイボリーが、ガラス窓に手をかける。
すると、ガラス窓が自動で開き、俺たちは全身に未知の世界の空
気を浴びた。
その空気は、新鮮というよりも、ファンタジー世界に染まった俺
たちの体には⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
209
﹁あっ! ね∼、パッパ∼! お歌、歌ってるの! 踊りしてる!
見て! ねえ、パッパー!﹂
空気を吸い込んでいる俺のズボンの裾をコスモスが興奮したよう
に引っ張り、下を指差している。
すると、確かに、なんか軽快な音や歓声が、より一層大きく聞こ
えてきた。
そして⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁コスモスもいくーっ!﹂
えっ?
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ここは、ビルの上、百階ぐらい? コスモス、普通
に飛び降りちゃっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁うおじょうさまあああああああああああああああああっ!﹂
﹁待てッ! お前まで飛ぶな!﹂
﹁離すでござるバスティスタ殿! お嬢様がッ!﹂
﹁娘なら飛行できるだろう。それと、ヴェルト・ジーハッ!﹂
ッ! 条件反射でムサシまで飛び降りようと! っ、危ねえっ!
﹁こ、コスモスッ! あ∼∼∼∼、もう!﹂
小さな翼を羽ばたかせ、マイエンジェルは本当に自由奔放に飛び
出した⋮⋮⋮⋮⋮⋮
210
だ∼、くそ! 最近、甘やかしすぎたかもしれん。俺もエルジェ
ラも、可愛がりまくっていたからな。
でも、そろそろ、ちょっとは叱ったりしねーとな。
﹁ったく、ちょっと待て、コスモスッ!﹂
とりあえず、俺も今は飛び降りた。
211
第11話﹁アドリブ﹂
間に合うか? 乱入される前に。
普段なら、ふわふわ回収で無理やり引き寄せるだけ。
だが、最近それは対コスモスにそれほど有効ではない。
確かに俺は半年ぐらい実戦から離れているが、別に弱くなった気
はしない。
だが、一度だけ、公園で走り回ってなかなか帰ってこないコスモ
スを、無理やりふわふわ回収しようとしたら、俺の魔力が弾かれた
ことがあった。
その時、単純に俺の腕が錆び付いたのかと焦ったが、そうじゃな
い。
﹁えへへへへ、きゃっほ∼!﹂
無意識に体から魔力と超天能力という二つの異なる力をミックス
させた異形の力を放出するコスモスが、単純に成長しているからだ。
﹁止まれ、コスモスッ!﹂
ダメだ、聞こえてねえ。
スゲー嬉しそうにパタパタ下降してる!
その真下には、地平線の彼方まで埋め尽くされる、旗やら、うち
わやら、タオルのようなものを掲げて歓声を上げている何万もの客。
そして、その視線の先には、多くのスポットライトを浴びて、全
身を使って飛び跳ね、軽やかに、華麗に、そして力強くその体を動
かし、ただただ笑顔を絶やさずに、輝く汗を震わせた、八人の女た
ちが居る。
212
﹁まずいわ! あの二人、よりにもよってアルカディア・ヴィーナ
ス8︵エイト︶! のライブにっ!﹂
ああ、まずい。俺たちが飛び降りたフロアから、アイボリーがそ
う叫んでいた。
﹁ヴィーナス?﹂
何気ない、ニートの問いかけに、どこか鼻息荒くしたアイボリー
が叫んでいた。
﹁ええ、そうよ! 八つの大陸に分かれるこの世界、それぞれの大
陸の頂点に君臨する国家が、世界の友好を示すため、それぞれの国
のお姫様たちがユニットを組んだ、奇跡のアイドルグループよッ!﹂
なんだ、そりゃ?
何で友好を結ぶためにアイドルなんだよ?
そう思いながら、俺の視界にも徐々にその八人が何となく見えて
きた。
﹁よく見なさい! まず、向かって右端のお方!﹂
﹁えっ? なに? 説明すんの?﹂
﹁あの方は︱︱︱︱︱︱︱﹂
ワリ、説明聞いてる暇はねえし、どうせ覚えられねえ。
213
つか、俺には全員同じに︱︱︱︱︱︱
﹁みっんなーっ、今日っも、あっりっがとーってね! うっれしい
っなってねっ! こっれからもっ、ヴィーナス8と、私こと、﹃マ
ルーン﹄もよろしくってね♪﹂
﹁ラブラブラックの﹃ブラック﹄ちゃんは∼、今日もラブラブラッ
クなの∼♪ だからみんなとラブラブ∼♪ それじゃあ、みんなも
一緒に、ラブラブラック∼! ⋮⋮ボソッ⋮⋮あ∼、キモチワル、
いつまでこんな平民豚どもに愛想振りまかないといけないんだっつ
ーの⋮⋮⋮⋮えへへへ! さあ、みんなもういっかいだよ∼、やっ
てくれないと∼、ブラックモードに入っちゃう∼ん﹂
﹁シ、﹃シアン﹄でし! あの、わ、私なんかに、その、嬉しひい
でしっ! っう∼∼∼、はう∼、かんじゃったよ∼⋮⋮⋮﹂
﹁は∼⋮⋮⋮﹃ピンク﹄よ⋮⋮⋮ま、歌ってあげたわ。⋮⋮⋮別に。
特にないけど⋮⋮⋮うるさいから、そんなに大声で人の名前を叫ば
ないでよ。聞こえてる。恥ずかし⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ちゃんと、届
いてる。みんなの気持ちもエールも⋮⋮⋮ぐす、私なんかのために
⋮⋮⋮あ、り⋮⋮⋮がと⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁にゃっはー! ﹃アッシュ﹄だよー! 今日も、にゃっはお腹減
ったー! でも、にゃっは頑張る∼ッ!﹂
214
﹁みんなのお姉さん、﹃バーミリオン﹄も推してくれると嬉しいわ
ね∼。うふふふふ、でも∼、こうしてみんなと一つになることが∼
⋮⋮⋮⋮⋮⋮え∼と、なんんだっかしら∼? あっ、そうそう、え
っと∼、可愛いわね∼﹂
﹁姫なんて身分でも、所詮は私なんて何の取り柄もない女です。で
すが、私は、皆さんと出会えて変わることができました。﹃アプリ
コット﹄は、多くの人との出会いと支えで、今、ここに居ます! だから、歌います! ﹃新曲・レインボー大好き♪﹄を﹂
﹁ふん、でも、国も、人気も、歌も踊りも、誰にも負けなくってよ。
この﹃ミント﹄の名を、世界に、歴史に、記憶に刻み込む! そし
て、あなたたちを導いてみせるわ! それが天に選ばれし覇王の血
脈である、私の使命であってよ?﹂
結論! 覚えられるかッ! もう、全員同じにしか見えない!
カラフルなチェック柄のパニエのスカート。上は全員胸にリボン
を付けた紺色ブレザー。
頭には、リボンつけたり、ベレー帽かぶったり、一応バラバラな
んだが、見分けがつかん!
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁ん?⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ!﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
しかし、その時、八人は、そして観客はようやく気づいた。
215
﹁お、おい、なんだあれは!﹂
﹁上空から何かが落ちてきて、あ、危ない! ⋮⋮⋮えっ?﹂
﹁ヴィーナスたまたちの上から⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁天使が⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
コスモスがゆっくりと降りていく。
その光景に、興奮に大歓声を上げていたはずの観客が一瞬で言葉
を失った。
アイドル連中も空を見上げて一瞬固まっている。
だが、その時、俺は確かに見た。
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮コクり﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
八人の女たちが一瞬だけ目を互いに合わせて何かを頷いたのを。
そして、八人はすぐに顔をアイドルモードの笑顔に戻し、ステー
ジの上で円を描くような位置取りをして、全員右手を天に伸ばし⋮
⋮⋮
﹁コスモスもうたう∼!﹂
降り立つコスモスを迎え入れ、
216
﹁よ∼っし、いっちゃおってね♪﹂
﹁曲は止めて! リズムは私たちでやるから﹂
﹁私にできましかね? ッ、またかんじゃったよ∼﹂
﹁突発的な状況に応じて対応する。それがプロ﹂
なんとコスモスを八人の中央に立たせ、
﹁にゃんにゃーにゃん、にゃんにゃーん、あまえんぼ∼の猫さんは
∼、パッパとマッマが大好きにゃー♪ おひさまのぼってポッカポ
カ∼、甘えてもっと∼、ぽっかぽにゃー♪﹂
そして可愛いいッ! っじゃなかった! そう、何で歌わせてん
だよ!
一人のアイドルが中腰になり、コスモスにさりげなく耳に何かを
つけさせた。あれは、イヤホンマイク? そして、今、曲のようなものは流れていない。
しかし、リズムには乗っている。
それは、何故か。
﹁はいっ! タンタンタン♪ はいっ♪﹂
﹁にゃんにゃんにゃーんってね♪﹂
﹁はいっ、にゃーにゃーにゃん♪ ニャンダフル∼!﹂
八人が、口でリズムを取ったり、合いの手を入れたり、そして初
めて聞くであろうコスモスの歌に合わせて、ゆっくりと可愛らしく、
まるで子供のお遊戯会を彷彿とさせる振り付けをしながら、合わせ
ていく。
217
それが、不自然ではなく、何故か自然に見え⋮⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁わああああああああああああああああああああああああ
あああああああっ!﹂﹂﹂﹂﹂
静寂になったはずの会場の空気のボルテージを、再びマックスへ
と盛り上げた。
﹁んな、あ、アホな﹂
アドリブ⋮⋮⋮だよな?
﹁なんだあの子、どっから来たんだ?﹂
﹁空から降ってきた? あの翼は、なんだ? 新しい、﹃ギア﹄か
?﹂
﹁新メンバー? ちっちゃくて可愛いな∼﹂
﹁いいぞー、お嬢ちゃん、ガンバレーッ!﹂
煽るなあああああああああああああああああっ!
﹁つっ、たく、な、なにがどうなってんだよ﹂
もう、全ての観客がステージの上に釘付けだ。
ステージ脇に降り立った俺なんて、誰も見てねえ。警備仕事しろ!
218
﹁予想以上に盛り上がってるってね♪﹂
﹁ちなみに、誰この子? キモイ客が喜んでるからいいけど﹂
﹁迷子でしか? はうっ!﹂
﹁父親は? 全く、なんで私がこんな子供騙しを⋮⋮⋮にゃ、にゃ
んにゃこにゃん♪﹂
﹁にゃっは楽しいから、にゃはいいよー♪﹂
﹁あらあらあら、まあまあまあ﹂
﹁どうしましょうか?﹂
﹁でも、なんか複雑よ。私がセンターで踊っている時よりも、観客
が盛り上がってなくって?﹂
コスモスに合わせて振り付けしながら、アイコンタクトしながら
﹁どーすんの?﹂状態のアイドルたち。
ダメだダメだ。いい加減とめねーと、コスモスは余計に調子のっ
て可愛くなる⋮⋮⋮じゃなかった、調子のってどこまでやるか分か
らねえ。
﹁くそ、この距離ならッ! ふわふわ回収ッ!﹂
ちょっと強めに、多めに魔力を込めて、コスモスをステージ中央
から袖にいる俺のもとへと回収。
﹁ふぇっ? あれ?﹂
219
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁ッ!!!!﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
空から降りてきたコスモス。そして、今度はいきなり目の前で浮
いて引き寄せられる。
その光景を目の当たりにしたアイドル八人組も目を見開いた。
だが、
﹁やー! コスモスまだうたいたいよ∼!﹂
﹁ジタバタするなーーーーっ! いいから、戻ってこい!﹂
﹁やったらやーーっ! うたう∼∼∼∼の∼∼∼∼!﹂
コスモスが暴れる! 抵抗するコスモスから発する力が、俺の魔
法を反発しようとする。
だが、俺の年季をなめんなよ? ちょいと俺が本気を出せば⋮⋮⋮
﹁にゃっは嫌がってるからやめにゃっはーっ!﹂
﹁ッ!﹂
﹁私たちの仲間を攫うなんて、にゃっは許さないっ!﹂
誰かが宙に浮いてジタバタするコスモスを抱きしめて、こっちを
キッと睨んできやがった。
220
﹁ッ、誰?﹂
﹁男ッ!﹂
﹁ちょっと、警備員さんは何をしてましか?﹂
﹁それより、アッシュ!﹂
﹁まって、お客さんも首を傾げてるわ∼﹂
﹁このままじゃ、パニックに! お父様や、各国王様たちも注目し
てますし﹂
﹁とにかく、私たちは続けるわ! 曲を流して!﹂
おいおい、何を? プロ根性? 良く分からんが、再び何か軽快
な曲が流れ出し、七人がステージ上に散って踊りだした。
だが、中央でコスモスを抱きかかえてこちらを睨む、灰色髪のボ
ーイッシュカットの女。クリッとした目に八重歯が見える女が、こ
っちをキッと睨んでいる。
﹁どんな手品を使ったか、にゃっはわからないけど、にゃっは嫌が
ってる女の子を舞台裏から連れていこうなんて、にゃっは許さない
っ!﹂
だから、俺の娘だからッ!
﹁くそっ、相手に出来るか!﹂
もういい。目にも映らぬ光速で、コスモスぶんとって、さっさと
この場から離れよう。
221
ヴェルトレヴォルツィオーン
﹁魔導兵装・ふわふわ世界革命!﹂
﹁ッ!﹂
﹁わりーな、邪魔しちまって。とりあえず、さっさと退散するから
よ!﹂
ラーメン屋で、アイボリーたちの実力から大体のことは分かった。
こいつら、技術力はSFだが、身体能力はそれほどでも⋮⋮⋮
﹁ッ! ほあちゃあーーーーーっ!﹂
﹁はっ?﹂
それは、予想もしていなかった。
あやうく、ぶつかるところだった。
﹁グッ! ん、んだと?﹂
ほうけん
﹁にゃ、にゃっは∼∼∼∼∼、にゃ、なに、今の? し、信じられ
ないぐらい速い⋮⋮⋮それに、私の崩拳を回避した?﹂
今、何が起こった?
222
﹁ッ、この女ッ!﹂
﹁この人ッ!﹂
コスモスを奪い返そうと、魔導兵装で真っ直ぐ女に向かって飛ん
だ。
しかし、直前女は、飛んできた俺に対して、コスモスを手から離
して、寸前で俺に直突きを放ってきた。
瞬間的なことで俺もちょっと驚いたが、なんとか躱したものの、
ちょっとこれは⋮⋮⋮
﹁お、おい! なんか、今度は変な男が乱入してきたぞ!﹂
﹁なんだ? しかも、体から、なんか光みたいなのが⋮⋮⋮﹂
﹁ぼぼぼぼ、ぼくたんのアッシュたんになにするだーーーっ!﹂
﹁てめえええええ、ヴィーナス8に近づくんじゃねえッ!﹂
そして、こうなるはな。
ステージ上で思わず止まっちまった俺の存在に会場中が気づく。
そしたら、大人気アイドルグループに見ず知らずの男が乱入とか
なったら、ファンは怒るわ、そりゃ。
だが、その時、
﹁パッ﹁にゃっは許さないッ!﹂﹂
223
コスモスが俺に﹁パッパ﹂と言おうとした瞬間、コスモスの前に
立った、このアッシュとかいう女が、俺に向かって構えた。
﹁警備さんも、来なくて大丈夫。みんな、にゃっはでアノ曲をお願
い♪﹂
そして、俺を確保しようとして飛び出そうとする警備たちを制止
させ、周りのメンバーにウインクしながら俺に向かって叫ぶ。
﹁ルールを守らない人には、アッシュちゃんが、にゃっはお仕置き
しちゃうぞーーーーっ!﹂
するとどうだ? 近づくな。離れろ。消え失せろと俺に向かって
いた空気がいっぺん。
力強いドラム音を響かせた曲と共に、会場中が再び熱気に包まれ
た。
﹁げーーー、マジで! これ、イベントだったんだ!﹂
﹁なんだ∼、ビックリした。次は、アッシュ姫のシングル、﹃カン
フープリンセス﹄だったんだ﹂
﹁じゃあ、パフォーマンスしながら歌ってくれるわけか! く∼∼
∼、最高!﹂
﹁しかも、ただのパフォーマンスじゃないからな﹂
﹁そうそう。アッシュ姫は、あの世界最新護身術・﹃ネオカンフー﹄
を習ってる、凄腕なんだからよ!﹂
224
会場中に溢れる熱気と歓声の中、俺だけは違う感覚に包まれてい
た。
俺の乱入というトラブルすら、まるでライブイベントのように観
客に思わせるアドリブの中、俺を見据えるこのアッシュとかいうア
イドル女の空気が張り詰めた。 ﹁誰かは知らない。でも、にゃっは強いね﹂
マイクを手で包んで、俺にしか聞こえない声で語りかけるアッシ
ュという女。
﹁ほら、お嬢ちゃんも、お姉ちゃん達と踊ろうってね♪﹂
﹁うん、次はアッシュがメインだから、お姉さんたちと踊ろ?﹂
そして、コスモス! 何を誘われてパッパを置いてトコトコと向
こうに行っちゃう!
﹁いや、そーじゃねえ! 悪かったから、とにかくそいつを連れて
俺はさっさと行きたいから!﹂
﹁にゃっはダメ。もう、お客さん、盛り上がっちゃってるから、だ
から少しのあいだ、にゃっは付き合って﹂
もう、イベントは止めることはできない。
だから、覚悟しろと、どこかイタズラめいた表情をしたアッシュ
が、曲の歌い出しの瞬間、俺に向かって飛びかかってきた。
﹁アチャッ! ホアチャーっ! ほ∼∼∼∼、アチャチャチャチャ
チャチャチャチャチャチャチャチャ!﹂
225
ッ、こ、これはっ!
﹁ぐっ、な、な、なにっ?﹂
俺の両手に手を絡ませ、引き落とし、離し、裏拳。止まらぬ連続
攻撃。
しかも、そこそこ速ェ!
俺もなんとか躱すが、こんな攻撃、これまで体験したことがねえ。
空手とも、ボクシングとも、プロレスとも、喧嘩術とも違う。
相手を翻弄するような動き
これ、どこかで見たこと⋮⋮⋮
﹁す、すごい! 私のトラッピングが、にゃっは当たらない! に
ゃっはやるじゃん!﹂
そして、何よりも⋮⋮⋮
﹁アチャチャチャチャチャチャチャチャチャ、ほ∼アチャーっ!﹂
この独特な掛け声は⋮⋮⋮指先一つで相手を粉砕するやつじゃな
くて⋮⋮⋮もっと現実的なアクション映画的な⋮⋮⋮カンフー?
何で、こんな未来SF世界のアイドルが?
しかもアイドル衣装で?
身体能力も、まあまあ高そうだな。
﹁アチャチャチャチャチャチャチャチャチャ!﹂
226
⋮⋮⋮⋮⋮⋮にしても
﹁アチャチャチャチャチャチャチャチャチャ! アチャアチャアチ
ャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャ!﹂
﹁∼∼∼∼っ﹂
﹁アチャチャチャチャチャチャチャチャチャ! アチャアチャアチ
ャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチ
ャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチ
ャアチャアチャアチャアチャアチャアチャアチャ!﹂
﹁だー、うるせええっ!﹂
と、人が真剣に考えようとしてるのに、何でそんな集中を邪魔す
るようなヘンテコな掛け声してんだよ! ギャグか?
﹁ッ! ここまで、にゃっは当たらないの、初めて⋮⋮⋮⋮⋮⋮に
ゃっは何者? これは⋮⋮⋮⋮⋮⋮スーツの力、にゃっは使うべき
?﹂
すると、どうだ? 俺が距離を離した瞬間、元気いっぱい娘みた
いだったアッシュの表情が、次第に真剣味を帯びてきていた。
どうやら、俺が予想以上だったかのような反応だな。
まあ、いいか⋮⋮⋮⋮⋮⋮とりあえず今は⋮⋮⋮⋮⋮⋮
227
﹁ちっ、アチャアチャアチャアチャ、うるせーよ。そんなに、アチ
ーなら、寒気のするような力で、身も心も震え上がらせてやろうか
?﹂
さっさと、どーにかするか。
228
第12話﹁解放せよ﹂
﹁寒気のする強さ? にゃっは何それ?﹂
﹁つうか、にゃっはうるせーよ。あざとすぎて聞いてるだけでイラ
っとくる。フィアリやクロニアを彷彿させる﹂
﹁大体、そもそも君は、にゃっは誰?﹂
﹁あの子の父親だよッ!﹂
﹁どこが! にゃっは似てないじゃん! 年齢だって私と同じぐら
いなのに、子供いるわけないじゃん! 子供は二十歳になってから
って、世界共通の法律ッ!﹂
﹁知るかーっ! 俺の世界も国も十五歳で結婚も子供もいいんだよ
!﹂
﹁にゃっは嘘つきッ! じゅ、十五歳でって、にゃっはウソ! 十
五歳じゃ、まだ﹃子作り許可証﹄どころか、﹃交際許可証﹄も発行
だってしちゃいけない年齢なのに!﹂
﹁んなアホな! 俺はチューなんて五歳で済ませたっつーの! だ
いたい、許可って誰のだよ!﹂
﹁にゃっはデタラメ! だだ、大体、き、君、それより、どこの国
の人? もう、こういう無礼講なイベントだからにゃっはいいけど
さ∼、私、お姫様だよ? 私もにゃっは権力気にしないけど、八つ
229
の大陸に散らばる八大国家、﹃セントラルフラワー王国﹄のお姫様
!﹂
﹁それがどうした! 所詮は八分の一程度の価値だろうが。世界を
一分の一に支配した俺に、ナマ言うんじゃねえよ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮にゃっは?﹂
﹁お姫様? それがどうした。俺は自慢じゃないが、片手で数え切
れないほどのお姫様を手懐けた男⋮⋮⋮⋮いや、手懐けてねえか。
あいつら、マジで自分本位だし、つうか俺はなんの会話してんだ?﹂
ってか、本当に自慢にならねえし。むしろクズと呼ばれることす
ら余裕なレベルなんだけどな。
﹁すげー! 次から次へと目にも止まらねえアクション!﹂
﹁さっすが、アッシュちゃん! でも、あのエキストラの男も普通
にすげえ!﹂
﹁アッシュちゃん、二番だよ二番! このまま、﹃必殺・十獣拳﹄
もやっちゃえー!﹂
んで、観客たちは俺たちのやりとりをコンサートの演出の一つだ
と思って大盛り上り。
まあ、返って都合はいいんだが、いつまでも遊んでるわけにはい
かねえ。
だから、どーにかする。
そのためには⋮⋮⋮⋮
230
﹁もういいや。ワリーが、瞬殺させてもらうぜ﹂
もう、一瞬でケリをつける。
﹁は∼∼∼∼∼∼、にゃっは仕方ない﹂
そう思った瞬間、アッシュが俺に向かって改めて構える。
今度はさっきと少し違う。なんか、両手の指先をこちらに向けた
独特の構えを見せ、更には身に纏っていたアイドル衣装が急に⋮⋮
⋮⋮
﹁ほ∼∼∼∼∼アチャーっ!﹂
ヒラヒラしていた服の形が変わっていく。途端に全身から蒸気を
勢いよく発し、そしてヒラヒラだった服の素材や形状が一瞬で、ア
イボリーたちが着ていたピッチリスーツに変わった。
﹁おおおおっ! 二番からは更に気合入ってる!﹂
﹁く∼、バトルスーツにまで変わるなんて、アッシュちゃんサービ
スやべえ!﹂
231
ああ、なるほどね、そういうこと。
﹁にゃっはいくよ∼! 次は、バトルスーツで更に、にゃっはなバ
トルアクションね♪ 付いてこれるかな? ネオカンフー・十獣拳
の型、﹃マッハ蛇拳﹄を、にゃっはよろしく!﹂
﹁まっはじゃけん?﹂
﹁ほら、ほら! お兄さんも早くバトルスーツ起動して﹂
そして、次のアクションはテンポアップするから、さっさと俺に
準備しろと言っている。
そういや、そうだった。俺が、この世界の住人じゃねえことをこ
いつら知らねえのか。
なら、無理もねえか。
﹁んなもん必要ねえよ﹂
﹁はっ?﹂
﹁獣の躾方を教えてやるよ。ケツを叩くか、頭を撫でるかの二つに
一つ。竜も虎も手懐けた俺に、蛇ごときが粋がるんじゃねえよ﹂
そう、この世界の連中。すなわち神族は、確かに飛びぬけた技術
力を持っているんだろう。
232
﹁は∼、もう、にゃっはいいや。じゃあ、ここはお兄さんをさっさ
とにゃっは倒しちゃって、サビに移っちゃおっかな!﹂
しかし、肉体の身体的な能力や構造は、結局、人類と大して違い
はねえ。
違いがあるとすれば、魔法が使えるかどうかの話。
なら、スーツの威力にさえ気をつければ⋮⋮⋮⋮
﹁ホアチャアッ!﹂
所詮は、﹃強くて速いだけの体術﹄だ。
飛ぶんだろう。パワーもすごいんだろう。速いんだろう。
でも、それだけだ。
キシンのように規格外じゃねえ。
イーサムのような怪物じゃねえ。
そんなもん、身に纏う空気を見りゃ分かる。
そして、道具に頼り切った連中なんざ⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁限定空間電磁パルス!﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮一つ言っておく。俺じゃない。俺、そんなの使えな
い。
﹁やるぞ!﹂
﹁分かってら!﹂
233
﹁下がれ、この世界を破滅に導く青瓢箪どもがッ!﹂
﹁オラオラオラーっ!﹂
﹁今日こそ、革命の日だッ!﹂
なのになの? そう思った瞬間、ステージの向こうの真横で巨大
な爆発音が巻き起こった。
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
俺じゃない。俺じゃねえ! つか、なんだよ、あいつらっ!
﹁なんて言ってる場合じゃねえ、コスモスッ!﹂
﹁ぱっ、パッパ? ひっぐ、うう、なに、ぱっぱ∼!﹂
突然のことでパニックで泣き出すコスモス。俺は慌ててコスモス
の元へと走って抱きしめた瞬間、さっきまで歓声に包まれていたは
ずの満員の客たちから一斉に悲鳴が沸き起こった。
﹁きゃああああっ!﹂
﹁ひ、ひっ、うわああああああっ!﹂
﹁助けてくれーっ!﹂
﹁あ、ああ、あいつら!﹂
234
なんだ? なんだ? マジで、なんだ? アイドル姫たちの表情も変わってる。怖ばっている。アッシュと
かいうのも、もう俺なんて見てねえ。
﹁くっ、にゃっは!﹂
﹁あれは、大変、お客さんがッ!﹂
﹁ちょっと、警備兵、なにやってんのよ! 早く、あいつら捕まえ
なさいッ!﹂
そう、﹃あいつら﹄と呼ばれた何者かが、
﹁わ、分かっていま、ぐっ、ダメだ、通信が繋がらない!﹂
﹁パワースーツが、起動しない!﹂
﹁レールガンもウンともスンとも言わない!﹂
﹁やられた! くそ、﹃機動兵﹄はどうだ?﹂
﹁ダメです! やられました! この一帯に集中させた電磁パルス
です!﹂
﹁野蛮極まる前時代の低俗な遺物たちめ! なんてことを!﹂
﹁急いで、都市の部の﹃非常事態電源﹄を発動! インフラ、病院、
あらゆるところでパニックになる前に!﹂
いや、だから、マジでなに?
警備兵たちが、メッチャマッチョなスーツとか、装備とか、車の
ようなものから銃みたいなものまで抱えて数百人以上一斉に出てく
るも、なんか全員動きが鈍い。
﹁ぐっ、にゃっはダメ! アッシュのスーツも動かない!﹂
﹁えっ? そ、そそそ、そんな! だ、ダメでし! 私のスーツも
!﹂
235
﹁そんな⋮⋮⋮⋮いけない! 急いでお客さんを守って! 下がら
せて!﹂
﹁お父様たちも、危ないです!﹂
﹁あらあら、これは、なんてひどい﹂
﹁ゲスども!﹂
だが、悲鳴も爆音も止まらない。
そして、そろそろ聞いていいか?
﹁な、なんだ? あいつらは﹂
突如として、会場の斜めから現れて出てくる連中は。
ドクロマークのエンブレムが入った防弾用ジャケットに、フルフ
ェイスのヘルメットを被った、全身赤の軍団。
そして、その手と両肩には⋮⋮⋮
﹁ひゃっはーっ! 電磁パルス使うと俺らもレールガンもスーツも
使えねえのが悩みだが、まあ、関係ねえ!﹂
﹁古きものにも時と場合には役に立つってこと思い知らせてやる!﹂
﹁さあ、くたばりなっ! マシンガンだぜーッ!﹂
﹁すげええ、全世界の博物館からかき集めてきた、こんな前時代の
武器も、今じゃ無敵だーッ!﹂
パラパラっと乾いた音と共に一瞬で未来の都市を悲劇へと変える
集団。
何万もの客が泣き叫び、倒れ、もみくちゃになってドミノみたい
に倒れ、砕かれたコンクリートや割れたガラスが散乱する。
﹁な、なんだ、あのテロリストみてーなのは!﹂
﹁うえ∼∼∼∼ん、パッパ∼∼!﹂
236
﹁くっそ、マジでどーなってんだ?﹂
俺はコスモスを抱き寄せて、取り敢えずステージの柱の影に避難。
倒す倒さん、助ける助けないはとにかく置いておいて、この状況
はどうなってんだ?
﹁あんたたちっ!﹂
その時、パニックに包み込まれた会場の中、俺たちの場所に逃げ
延びてきた女が一人。
﹁お∼、えっと、あの、誰だ?﹂
﹁ピンク﹂
﹁んなんどうでもいい﹂
あ∼、なんかピンク頭のセミロングの、なんかちょっとだけ気の
強そうな感じの⋮⋮⋮って、んなんどうでもいいか。
﹁あ∼、これ、どうなってんの?﹂
﹁しっ! 怪我したくなかったら、隠れて。奴らは⋮⋮⋮反世界連
邦を掲げる﹃レッド・サブカルチャー﹄よ。手段を選ばない最低の
クズたち﹂
⋮⋮⋮とりあえず、一旦整理させろ。
え∼っと、まず俺は今日、神族と出会った。んで、ワープした。
237
神族の世界に来ちゃった。その世界はSF世界だった。コスモスが
可愛かった。なんか姫様アイドルとかいうのと一悶着あった。そし
たら、いきなりテロ団体に襲われた。
﹁なんだそりゃ?﹂
すべての意味を込めて、なんだそりゃ。
﹁はっ? あんた、なに? どういうことって、あいつら、友好を
結んだ八大陸に反発してるからに決まってるじゃない!﹂
﹁なんで?﹂
﹁なんでって、そんなの︱︱︱︱︱︱︱︱﹂
って、聞いてる暇はねえ。
鳴り止まねえマシンガン、何故か全く働かないスーツを着たまま
テロ集団の確保に行こうとするも、すぐにやられる警備兵たち。
﹁おい、ちょっと待て。警備っぽい連中、何であいつら、武器使え
ねーんだよ。なんかヘンテコなスーツあったろうが﹂
﹁無理、電磁パルスでほとんどの電子製品が使用不能になってんの
!﹂
﹁∼∼∼∼なんだそりゃ! おい、超優秀翻訳家のニートはいねー
かっ?﹂
﹁この一定空間内にジャミングを起こしてあらゆる電子部品を使え
ないようにしてるってこと! 馬鹿? 全世界禁止兵器の一つ!﹂
238
いや、そんな強力な武器なら使うだろうが⋮⋮⋮って、いかんい
かん。
そうだ、世界の感覚が違うんだ。
俺が居た世界じゃ戦争の時なら、そんな強力な武器は使っちまえ
的な世界だったかもしれねーが、俺の前世の世界的には核兵器とか
細菌兵器とかみてーなもんに該当すんのか? 知らんけど。
にしても、奴ら、何でこんなことを?
⋮⋮⋮?
﹁ん? あれ? ちょっと待て、よく見ると、撃たれてるし、痛が
ってるけど、誰も死んでなくね?﹂
何気なく気づいたが、突如現れたテロ軍団は、サブマシンガン構
えて撃ちまくり。
その弾幕をモロに浴びる市民や警備たちの連中は、確かに痛がっ
てる。
でも、誰も血を流してない?
﹁し、死んでって⋮⋮⋮まあ、あいつらの武器はエアーガンだから﹂
﹁なにっ? テロリストがエアガン? なんだ、その平和な連中は
ッ!﹂
エアガンだとっ? そ、そりゃあ、エアガンとかでも打ちどころ
悪ければ結構重傷になったりするだろうけど、テロリストなのにエ
アガン? むしろそっちがなんでだよ!
すると、俺の頭が余計に混乱する中で、現れたテロ軍団が何かを
叫んだ。
239
﹁いいか! よく聞け! 俺たちは、別に殺しをしたいわけじゃね
え! ただ、訴えてるだけだ! こんな綺麗ごとだらけの腐った世
界をどうにかしろって言ってんだ!﹂
その訴えが、いったい何人に、どれだけ聞こえているかは分から
んが、それでも俺はとりあえず耳を傾けた。スゲー気になったから。
﹁三十年前に世界の戦争は確かに終わった。平和になった。お互い
破滅しか生み出さない兵器の規制だって分かる! でもな、それか
らの世界はなんだ? あらゆるものが有害有害有害と規制ばっかし
て、もはや平和な世界は人の住める世界じゃなくなってんだよ!﹂
すると、次から次へと出てくる赤ヘル軍団の一人ひとりが、エア
ガン掲げて叫びだした。
﹁そうだそうだー! ﹃娯楽文化﹄の規制を無くせーっ! 青少年
に悪影響? 犯罪助長? ふざけんな! ハンターピースを再連載
しろーっ!﹂
﹁健康に悪い? 禁酒禁煙法案? ふざけるな! 自由に酒飲ませ
ろ! 自由にタバコ吸わせろー!﹂
﹁オンラインゲームは俺の子供の頃からの生きがいだったのに廃止
しやがって! 三十年前の俺にもう一度戻せーッ!﹂
240
﹁ポルノに興味あって何が悪い! エロ本もエロ動画も完全撤廃?
自慰行為は精液の不法投棄で罰金? 交際審査? 恋愛許可? 子作り許可? ふざけんな!﹂
﹁許可制の恋愛なんてまっぴらだ! もっと、文化人なら自由な恋
愛をさせろーっ! 不倫は文明だーっ!﹂
﹁家庭崩壊しようと俺は風俗に行くんだー!﹂
﹁芸術のゲイ術を認めてよっ! 神の遺産をよみがえらせろ!﹂
﹁ギャンブルは廃止? ワシは勝負師じゃったんじゃ!﹂
﹁ナイトクラブは非行の溜まり場? 夜九時以降の外出禁止? 寝
れるわけないだろうが!﹂
﹁ロリ漫画を返せーッ! 僕は、そんなもので影響受けて犯罪なん
てしないのねん!﹂
﹁俺の馬は偉大なる七冠馬の血を引くサラブレットだったんだ! 競馬界の神馬にだってなれた! それなのに、動物虐待で競馬の廃
止? ふざけんな!﹂
ちょいちょい変なのが混じってるが⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮う∼∼∼∼∼∼む⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮なんだこのテロは?
241
﹁そう、俺たちはこの世界を壊すんじゃない! 昔の世界を取り戻
すために戦う! そのための要求は一つ! 二千三百年前、新たな
る世界に移り住んだ我らの先祖。絶望しかないと思われていた祖先
に、娯楽という文化を生み出して与えた、我らがサブカルチャーの
神、﹃レッド﹄を、コールドスリープから解放せよ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁解放せよッ!﹂﹂﹂﹂﹂
そして更に、誰だっつーの! いい加減、頭の中で処理できなく
なってきた。
今こそ、翻訳家ニートが傍にいて欲しい!
﹁だ∼、くそ! あいつは? あいつはまだ降りて来ないのか?﹂
さっさと降りてきて、俺に要点を説明して欲しい。
だから、来てくれ、ニート。
﹁降りてきて欲しかった∼? 一応、来たけど? ヴェルトくん?﹂
﹁ッ!﹂
﹁えっ? ちょっ、誰、こいつ?﹂
しかし、切に願った俺のもとへと舞い降りたのは、コウモリの翼
を生やしたヤヴァイ奴だった。
242
﹁で、どういう状況かな∼? ちょっとうるさいけど、掃除したほ
うがいい? まだ、ほかの奴ら来るの遅くなるっぽいし、あ∼、僕
たちだけで暴れちゃう?﹂
﹁お前は来んなあああああああああああああああああっ! 余計に
混乱すんだろうがッ!﹂
くそ、もう知るか! どうにでもなれ!
﹁ふわふわ回収ッ!﹂
オラァ! まずは全員マシンガン没収だァ! んで、全員そこに
なおれええ!
243
第13話﹁漢﹂
BB弾か? 結構硬いな。まあ、確かに遊びのオモチャにしても、
人に向けて撃ちまくっていいもんじゃねえな。
﹁な、あ、えっ? どういうことだ?﹂
﹁お、俺の愛銃がーっ!﹂
﹁げえ、マガジンまで、ってどこ行くんだ! とととっと、飛んで
った!﹂
﹁これは、磁力発生装置か? 武器だけが引き寄せられてる!﹂
ほ∼、サブマシンガンなんて前世の映画ぐらいでしか見たことね
えが、結構弾が入ってるな。これだけで四十連発撃てそうだな。
それに、こっちは、ドラムマガジンか。いいね∼、面白い。
﹁へ∼、ヴェルトくん、ふっきれたんだ?﹂
﹁コスモスに泣かれちゃーな⋮⋮⋮ついでに言えば、紋章眼が暴走
でもしたらとんでもねーことになるからな﹂
﹁ふ∼∼∼∼ん、ま、僕はチビちゃんはどうでもいいけど、でも、
今は憂さ晴らしに付き合いたいかな?﹂
会場中から没収したサブマシンガンを両手に構え、余った分は空
中に浮かせて、自動でトリガーを引く。
BB弾を撃ち終わったら回収して、マガジンに詰め直して繰り返
す。
﹁そんじゃ、いくぜ、赤ヘル軍団。ふわふわエンドレスショットッ
244
!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ぐわっぎゃあああああああああああああああっ!﹂﹂﹂﹂
﹂
正に俺の気分次第でいくらでも続く銃撃戦の始まりだ。
﹁うそっ! な、なんで、銃が浮いてるの? あいつ、一体何者!﹂
﹁にゃっは、どうなってるの!﹂
﹁姫様、あの者は一体! アッシュ姫とのパフォーマンスに出てい
ましたが⋮⋮⋮﹂
おおおお、我ながら恐ろしい技だ。しかも、その気になれば、銃
を自由に飛行させて、テロリスト軍団を追尾させて後ろからだった
り真正面からだったり、真距離から撃ちまくる。あんまり逃げ回ら
れるようなら、テロリスト共自身を浮かせて止めて処刑する。
﹁くはははははははははは! オラオラオラ、逃げろ逃げろ逃げろ
ーっ! おもちゃで遊んでおもちゃに殺される、本望な人生だろう
が! つか、防弾チョッキ着てるんだからそこまで痛くもねーだろ
うが﹂
これは、良い子は絶対真似しちゃいけない技だな♪
﹁あ∼あ、いいな∼、ヴェルトくん、僕も遊ぼうかな?﹂
245
﹁貴様らかッ! 複雑怪奇な現象を利用して、我らの革命を邪魔す
るのは!﹂
﹁ん?﹂
そして、そんな時、な∼んか﹁俺は強い﹂的な口調でステージの
上にテロ集団の一人が登ってきやがった。
まあ、無視で。
﹁にゃっは! あんたは⋮⋮⋮確か、﹃ネオカンフー道場﹄に居た
!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮お久しぶりです、アッシュ姫﹂
フルフェイスの赤ヘルのグラス部分を上に上げて目と鼻だけを晒
した男。な∼んか、アッシュとかいうのと知り合いみたいだけど、
無視。
﹁どうしてあんたが!﹂
﹁アッシュ姫。私もレッド・サブカルチャーの思想に賛同したまで
ですよ﹂
﹁そんな、にゃっは分からないよ! 精神と忍耐をにゃっは鍛える
ネオカンフーを、どうしてこんなことに?﹂
﹁私は、生まれる時代も世界も間違えたからです﹂
﹁えっ?﹂
246
﹁スーツなんかに頼らずに鍛え上げた、この肉体! 拳! そして
技術に力! それを試す場もなく、ただただ修練の日々! 試合も
所詮は相手に怪我をさせぬような寸止め。私は、自分の力を試した
い! 試す場が欲しかった! 政府は戦争が終われば、すぐに格闘
術もルールを厳重に定めて、今ではお遊戯にしかならない見世物と
化している! それが私には許せないのです!﹂
無視。
﹁この、肉体こそが全てを掴むための最大の武器にして道具となる。
さあ、そこの男二人よ! 何者かは知らないが、私が本気の拳を人
に叩き込めばどうなるかを、試させてもらおうかッ!﹂
﹁にゃっは待って!﹂
﹁待ちませぬ! ホアチャアアアアアアアッ!﹂
あ∼、可哀想に。俺に向かってくれば、優しく、ふわふわ技で失
神させてやったのに。
そっち行っちゃったか⋮⋮⋮
﹁うるさくない?﹂
﹁へぶほおおおおおおおおおおおおおっ!﹂
247
ジャレンガがその場で右手のギプスでそのまま、誰だか知らん男
の頭をヘルメットごと叩き割った。
﹁ほごおおおお、ひっぎゃあああああ、ぐっ、わああああ!﹂
ヘルメットで助かったんだろうが、割れてるよ。頭からも血が溢
れて、すげ∼痛そう。
﹁えっ、にゃ、にゃっは?﹂
﹁ひいいい! ななな、なんでしか、あの人!﹂
﹁嘘でしょ! ヘルメットごと叩き割るなんて、なんてパワーなの
! スーツも着てないのに!﹂
いや、パワーとか、もうこの世界の基準で図るのはやめろ。もう
さ、そいつは別格だから。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ねえ、拳の威力試させてって、人を殴ったこともな
いのに何でそんなに自信満々なの? なんで? 教えてよ。さもな
いと、頭だけじゃなくて、腕も潰しちゃうよ? あっ、踏んじゃっ
た﹂
﹁ぴぎゃああああああああああああああああ!﹂
﹁にしても、人間に近い生物とはいえ、骨脆くない? あっ、左腕
も折っちゃった﹂
﹁へぶりゃああああああああああああっ!﹂
248
あ∼あ、可哀想に⋮⋮⋮
﹁ぱっぱ、ぱっぱー! あのひと、いたそう! レン君止めたげて
!﹂
﹁ん? コスモス、レン君って⋮⋮⋮ジャレンガのことか? なん
だ、その可愛い呼び方は﹂
﹁おい、貴様ら、よくもーーーーっ!﹂
って、次から次へとなんだ∼?
この会場には各国の首脳的なのが集まってるとかって噂だったの
に、どんだけ警備が雑魚くてザルなんだよと言わんばかりに警備網
を突破した赤ヘル軍団か次々とステージに上がってきやがった。
﹁くそ、もうちょっとで占領で来たってのに、邪魔しやがって!﹂
﹁どこの国のもんだ! 見たこともねえ服装しやがって!﹂
﹁だが、このままじゃ終わらねえ。せめて、姫を一人でも捕まえて
人質にしてやる!﹂
邪魔。
﹁ふわふわパニック﹂
﹁﹁﹁ふぎゃあああああああああああああああっ!﹂﹂﹂
﹁月散﹂
249
﹁﹁﹁どわああああああああああああああああっ!﹂﹂﹂
なんだ、この脆すぎる連中は。
﹁な、に、なんなのよ、どうなってるのよ! 手品?﹂
﹁あらあら、こんなことになるなんて﹂
﹁本当に、何者なのかしら? あなたたちも本当に知らなくって?﹂
むしろ、電磁パルスとか余計なことしないほうが良かったんじゃ
ねえか? 自分たちも未来武器使えなくなってんじゃねえかよ。そ
れで、俺とジャレンガ相手とかって⋮⋮⋮
﹁おい、どうすんだよ、なんだよこの化物たちは!﹂
﹁もうすぐ、電磁パルスの効力も切れる。ほかの政府高官は? 国
王は?﹂
﹁ダメだ、さっきの混乱で誰も人質に取れねえ。みんな、もう逃走
の準備してる!﹂
﹁幹部連は!﹂
﹁もう、ここは見限ってるよ。次の作戦に移るって!﹂
﹁ぐっ、ぐぬぬぬぬぬぬん、な、なら!﹂
おっ、可哀想なぐらい追い詰められた、逃げるタイミングも逃し
た赤ヘル軍団たちの空気が変わった。
どこか、覚悟が決まったかのような空気を感じる。
﹁なら、どうせ捕まるんなら好き放題してやる! 死ぬ前に一度で
もいいから⋮⋮⋮ヴィーナス8のおっぱい触ってやる!﹂
そう来たか! 250
﹁なっ、お、お前! 分かってんのか? 交際許可も降りてない異
性の胸を無理やり触ることがどれだけ重罪になるか! しかも、八
大国家の姫だぞ!﹂
﹁サブカルチャーが死んだ時点で、俺はもう死んでるんだ! 命な
んていらねえ! ならば、せめて一矢報いる! おっぱい触って、
俺たちの最後の生き様を世界に見せてやる!﹂
﹁ああ、やってやろうぜ! 規制なんかくそくらえだ!﹂
﹁俺も規制のせいで交際審査も落ち続けた、四十歳の童貞だが、今
日こそ大人の階段登る日だ!﹂
﹁死ぬまで戦え! いけえええええええっ!﹂
もしこれが、俺らの世界のお姫様にやろうもんなら、お姫様総出
で壊滅させられるんだろうが、スーツとか武器の使えない今のこの
アイドル姫たちでは微妙なところ。
ゾッとした表情を浮かべるお姫様八人が体を捩って身構える。
﹁どうするってね! 私たちもスーツ、まだ使えないってね!﹂
﹁私が、にゃっは倒す!﹂
﹁あんなにたくさんむりでし!﹂
﹁そ、そんなの絶対ダメ! 私は、いつか出会える、真っ赤な飛び
馬スーパーカーに乗った王子様と結婚する夢があるんだから!﹂
う∼む、こいつらを全員ぶっ倒すのは正直、一瞬で終わるんだが、
251
何だか魂の叫びを聞いてると、微妙に可哀想になってきた。
⋮⋮⋮もう、いっそのこと、胸ぐらい触らせてやったらどうだ?
と、思わなくもなかった。
すると⋮⋮⋮
﹁みんな、逃げなさい!﹂
一人の姫が、他の女たちの壁になるかのように、襲いかかってき
た赤ヘルたちの前に両手を広げて立ちふさがった。
﹁バーミリオンお姉様ッ!﹂
﹁ミリオン姉ェ!﹂
﹁バーミリオン、危なくってよッ!﹂
睨んだり、涙目を浮かべたり、これからテロリストどもがアイド
ル姫たちに何をしようとしているかは、一目瞭然。
その中で、誰よりも早く駆け出したのは、銀朱色の髪。
シュッとした小柄なアイドルグループの中で、一人だけボリュー
ム感のある髪と胸。
顔つきもどこかお姉さん? 若奥様? そんな感じでちょっと、
ゆるい笑みを浮かべてる、細目の女。
しかし、今はそのゆるい笑みも震えて引きつってるように見える。
252
﹁うっひょおーーーーっ! よりにもよって、バーミリオン姫! 全世界三次元女子の最柔胸と噂される女神!﹂
﹁あの胸にむしゃぶりつけるなら、死して本望!﹂
﹁いただきまーーーーーすっ!﹂
あの女、自分が囮になって、他の連中を逃がすつもりか?
﹁バーミリオンッ! なんでっ!﹂
﹁⋮⋮⋮大丈夫♪ 私は⋮⋮⋮国も血の繋がりも違っても⋮⋮⋮み
んなのお姉さんだもんね?﹂
これから胸触られるだけなのに、なんか戦争で自分だけ犠牲にな
って仲間を助けてるかのような雰囲気を出してるバーミリオンとか
いう女の最後の微笑みのようなワンシーンに、俺も何だかどうツッ
コミ入れていいのか分からなかった。
﹁あ∼あ⋮⋮⋮あと数カ月で二十歳⋮⋮⋮素敵な王子様と結婚して
⋮⋮⋮いつか、全てを捧げたかったな⋮⋮⋮﹂
いや、胸ぐらいもう許してやれよと俺が心の中で呆れている中で、
観念したように目を瞑り、その目尻に涙が潤んでいるバーミリオン。
すると、その時だった!
﹁国も血も違えども、家族を想う気持ちに違いなどないという心。
あらゆるものが違いすぎるこの世界で、初めて共感できるものがあ
253
った﹂
あっ、ダメそれ⋮⋮⋮無理ゲーすぎる⋮⋮⋮女の胸触るための関
門が﹃それ﹄って、どんな難易度だよと、俺はもはや心底赤ヘル軍
団に同情しちまった。
﹁えっ?﹂
﹁だ、誰!﹂
﹁ちょ、な、なに、あの人! な、なん、なんて体!﹂
こんな青瓢箪な世界に染まっていれば、その男の肉体がどれだけ
異常かは誰にだって分かる。
それはアイドル姫も、
﹁ひっ、ひいいいっ! なななな、なんだこいつは!﹂
﹁パワードスーツも着てないのに⋮⋮⋮⋮⋮⋮ば⋮⋮⋮⋮⋮⋮バケ
モンだああああああああああっ!﹂
突如巨大な壁に跳ね返されて尻餅ついてるテロリストも同じ。
﹁バケモノか⋮⋮⋮。いいことだ。大切なものを守れぬ普通の人間
の力でありつづけるぐらいなら⋮⋮⋮何があっても大切なものを守
り続けられるバケモノで俺は構わない﹂
巨大なベージュのスウェットにピチッとした黒いシャツ。その半
袖の腕から伸びる超豪腕は、街ですれ違っても三度見するほどのも
254
の。
﹁⋮⋮⋮女よ﹂
﹁あら、え、あ、は、はい!﹂
﹁無事か?﹂
﹁えっ、あ、は、はい。あら、あら、こ、腰が、あら?﹂
何が起こったのか、そして一瞬緊張から解放されたからかその反
動でより体中から恐怖が蘇ってきて、思わず腰が抜けてペタンと座
り込んでしまったバーミリオン。
すると、
﹁すまなかったな。男というものは、どの時代もどの世界でも、暴
走してしまえば女を傷つけることをしてしまう﹂
﹁⋮⋮⋮あ、⋮⋮⋮その、あ、あなたは⋮⋮⋮一体⋮⋮⋮﹂
﹁だが、すべての男がそうではないと理解して欲しい。そして⋮⋮
⋮同じ男である償いとして、⋮⋮⋮お前をずっと守り続ける男がい
つ現れるかは分からないが⋮⋮⋮少なくとも⋮⋮⋮﹂
力強く前を向き、その大きな頼もしい背中は告げる。
255
﹁少なくとも、今日は俺がお前を守ろう。この体を張ってな﹂
﹁ッ!﹂
﹁⋮⋮⋮ふっ、バケモノのような男で、すまないがな﹂
そして、少しだけ笑って頷くって⋮⋮⋮⋮⋮⋮おい!
﹁ば、バスティスタ、お、お前⋮⋮⋮お前ッ!﹂
お前、かっこよすぎんだろうがあああああああああああああああ
あああああっ! なんだよそれは! お、お前、俺がゲイなら間違
いなく惚れてるぞ! なんなんだよ、お前のその漢字の漢と書いて、
オトコと読むみてーなソレは!
バケモノみたいな男だ∼? こんなことされたら⋮⋮⋮と、俺は
マシンガンを撃ちながらチラッと横目で、腰を抜かしてるバーミリ
オンとかいう女を見た。
﹁あっ⋮⋮⋮//////////////﹂
ほら! 顔真っ赤にして、ズキューンされてるよ!
いや、分かるけどさ、よりにもよって、バスティスタ、ただでさ
えもう俺も状況整理できなくなってんのにさ、これ以上余計な混乱
を生むなよな∼!
﹁殿ーーーっ! お嬢様ああああああああっ! 遅くなりましたで
256
ござるうううっ!﹂
﹁ムサシちゃん、飛び出したら危ないって!﹂
﹁むふふふふふ∼、いや∼、﹃えれべーたー﹄とかいうのが停止し
た時はどうしたもんかと思ったのだ﹂
﹁全くだ。私も普通に翼で降りれば良かった﹂
﹁あ∼あ、なになに、うるさい連中まで来ちゃったね? これじゃ
あ、このゴミどもはもうオシマイだね?﹂
とまあ、そうこうしている間に、ようやく全員来たか。
﹁あ∼、悪い、遅くなったんで﹂
﹁おせええええよおおおお! ニート、てめえどこで油売ってやが
った!﹂
﹁うおっ、何するんだよ、ヴェルト!﹂
﹁テメェがいないと、状況整理が俺にはできねーんだよっ!﹂
﹁お前、そのセリフ、前世組が聞いたら俺とお前の間に何があった
かと驚かれるんでやめたほうがいいと思うんで﹂
﹁どうでもいい! とりあえず、もう、解説しろッ!﹂
257
﹁いや、今来たばっかりだから無理なんで! ⋮⋮⋮ん?﹂
ようやく現れたニートに、俺も混乱ゆえに思わず無茶ぶりしちま
ったが、ニートはあたりを見渡してすぐに視線が止まった。
﹁あら、あらあらあら、まあまあまあ! ⋮⋮⋮なんて大きくて⋮
⋮⋮たくましくて⋮⋮⋮温かい御方⋮⋮⋮﹂
うん、見ちゃうよな。固まっちゃうよな。理解できるぜ、ニート。
そして、ニートは変な顔をしながら俺に振り返った。
﹁なんで? なんで俺たちより数秒早く駆けつけただけのバスティ
スタが、もうフラグをブッ刺すどころか、既に攻略しちゃってるの
か全然分からないんで。チョロイン?﹂
それの答えは、﹃男らしさ﹄としか言いようがなかった。
258
第14話﹁何者だ﹂
さて、バスティスタが漢を見せたのはいいんだが、正直そこでも
う終わりは確定していた。
﹁う、う、撃て撃て撃てーっ! あれを持って来い!﹂
﹁おうよ、見てビビんなよなっ! 改造バルカンだっ!﹂
回転式の連射銃。まあ、オモチャだけどな。
だが、別に身構える必要もねえ。
﹁ふんっ!﹂
まるで戦争映画定番とも言える、オモチャなんだが、相手が悪い。
激しい弾幕がバスティスタに襲い掛かかるも⋮⋮⋮
﹁⋮⋮⋮これにはどんな効果があるのだ?﹂
瞬き一つしないで平然としていた。
﹁⋮⋮はっ?﹂
﹁ちょ、うそだろ! 缶ぐらい簡単に貫通するんだぞ! 全然、痛
がらねえっ!﹂
﹁まさかこいつ、改造人間化! いや、でも電磁パルスで動けねえ
はずなのに!﹂
そりゃー、オモチャでも、あんなの食らえばそりゃ痛いし、下手
すりゃ大怪我する。
259
なのに、バスティスタの強靭すぎる肉体には、豆鉄砲にもなりゃ
しねえ。
バスティスタは攻撃されているのに、あまりにも威力が無さ過ぎ
て自分が攻撃されているのか疑っているほどだ。
﹁ふう⋮⋮⋮闘志が足りんな⋮⋮⋮握魔力弾!﹂
呆れたように溜息を吐きながら、その場で手を軽くグーパー。
それだけで、バスティスタの強烈な握力が空気を弾き、それが弾
丸となって赤ヘル軍団のバルカンが粉微塵に破裂した。
﹁げ、げえええええええええっ!﹂
﹁な、なん、なんだそれはあああっ!﹂
それでお終いだ。体を張る必要もねえ。
﹁下卑な思いだろうと、何かを成したいのなら、そんなガラクタ等
に頼らずにかかって来い。体を張ってお前たちを止めてやろう﹂
技術やら文明というものを享受している連中が、大した武器も使
えないこの状況下で、バスティスタに﹁かかって来い﹂なんて言わ
れたらどうなる?
﹁ば、ばけもんだああっ!﹂
﹁こ、こ、殺されるッ!﹂
﹁もう、俺、田舎に帰るからーっ!﹂
そうなるわな。
俺だって、同じ立場なら逃げてたかも知れねえ。
女の胸を触るための関門にしては、難関過ぎるだけに、赤ヘル軍
260
団が可愛そうだった。
﹁無事か?﹂
﹁⋮⋮⋮は、はい! あ、あの、お、お名前を⋮⋮⋮﹂
﹁名乗るほどのものではない﹂
名乗るほどのもんだよ! まあいいや、こっちのラブコメはもうほっとこう。
あとは⋮⋮⋮⋮
﹁なはははははははは! 全く、とんでもない腰抜け共なのだ。お
前たちの行いはな﹂
﹁ちっ。中年に熟女の老害共か。これが神界? ヴァルハラ? 片
腹痛いな﹂
このお姉さま方だな。
色々と圧倒される光景で、少しスタートダッシュに遅れた二人だ
が、ようやく追い抜きをするかのごとく怒涛の勢いで前に出てきた。
﹁ななな、なんだ、この、このチビッ娘ッ! け、け、獣耳に獣尻
尾!﹂
﹁天使のおねえたまっ!﹂
﹁この二人は、コスプレか? それとも、奇跡か? 幻か?﹂
﹁そんな! あらゆる社会の縛りがある世の中で、こんな二人が!﹂
ヘルメットのグラスを上げて、恐れるよりも、驚くよりも、とに
かく目を輝かせてエロスヴィッチとリガンティナを瞳に焼き付ける
261
赤ヘル軍団。
しかし、その瞳の輝きは、すぐに恐怖に染まること等、俺にはよ
く分かっていた。
﹁おぬしらの、死ぬ前に胸を無理やり触ってやるという気持ち、温
いのだ、甘いのだ、小さいのだッ!﹂
﹁﹁﹁﹁ッッッ!﹂﹂﹂﹂ ﹁陵辱をしようとする者の心構え、相手の心を恐怖で包み、破壊し、
侵略し、舐り、吸い尽くし、しかしそれでも足りぬとまだ貪り尽く
す! ⋮⋮⋮教えてやるのだ。犯すということがどういうことなの
か﹂
﹁﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱えっ?﹂﹂﹂﹂
可愛らしい容姿詐欺代表のエロスヴィッチが繰り出す、陵辱タイ
ム。
俺は、その光景をとても見る気になれず、視線を逸らした。
すると、その先には⋮⋮⋮
﹁ふむ、なかなか良い鉄や素材が揃っているな⋮⋮⋮この世界は⋮
⋮どれ、以前コスモスが披露していた、﹃アレ﹄でも真似してみる
かな﹂
両目の紋章眼を光らせて、何を企むリガンティナ?
262
すると、その瞳の輝きに連れられて、上空に次々とエアガン、電
子機器と思われる小型の何か、ステージの架台、あらゆるものが密
集し、形を変え、そしてその姿を世界に披露する。
﹁さあ、轟け! 唸れ! 爆誕せよっ! 天空機動戦人エンジェル
ダンガム!﹂
巨大な二足で世界に降り立つ、SFとファンタジーのコラボレー
ション。
ここまで来ると俺は言葉を失い、俺の代わりにニートが興奮しな
がらも、俺の思ったことを口にした。
﹁や、やりすぎなんでっ!﹂
俺も体外だが、本当にそうだと思う。気づけば俺もマシンガンを
撃つのをやめていた。
だって、そうだろう?
式典だとかアイドルのライブだとかに集っていた大勢の客。
それは、唐突なテロによって興奮が悲鳴へと変わり、世界が混乱し
た。
しかし今、現状はどうだ? 混乱しているのは、むしろテロリス
トたちの方だ。
﹁ぎゃ∼∼∼∼! もう、安全な社会でいいからーっ!﹂
﹁もうしませーん、田舎帰るーっ!﹂
﹁もう、BLなんかの復活求めませーん! 教祖様、ごめんなさい
263
ーーっ!﹂
泣いて、叫んで、助けを求め、そして逃げ惑うのはテロリストた
ちの方だ。
気づけば、世界は、まるでテロリストたちが被害者のような光景
を作り出していた。
﹁し、信じ、られない。あんたたち、なんなのよ! あの、レッド・
サブカルチャーが、たった数人に⋮⋮⋮⋮クラーセントレフンの人
たちってこんなに強かったの?﹂
﹁アイボリーさん、あの人たちを私たちの基準にしたらダメだよ∼。
あの五人は、私たちの世界で戦っても、アイボリーさんたちみたい
に反応されるぐらい、規格外な人達なんだから⋮⋮⋮⋮﹂
現状を見渡して、駆けつけてきたアイボリーは、ペットと並んで
呆然と立ち尽くしている。
煌びやかな式典会場が一瞬にして地獄と化した惨劇の中に居る俺
たちを恐れるような瞳で見て、なんかまるで俺たちがテロを起こし
たかのようじゃねえか。
﹁あは! 帰る? なんで? 君たちさ∼何で自分たちが帰れると
思ってるの?﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ッ!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁月光眼・万有引力♪﹂
そして、逃がすことすらもはや許さないとばかりに、赤ヘル軍団
264
を引力の力で引き寄せるジャレンガが、邪悪に笑い、そして悲劇は
止まらない。
気づけば、会場に居た客も、この世界の各国の警備員と思われる
連中も、アイドルも、研究員も、俺たち、特に俺を含めた五人には
畏怖の篭った瞳を向けていた。
﹁神族の血って美味しいのかな? まあ、でも、今はまずはシャワ
ーかな? 真っ赤なね?﹂
﹁﹁﹁﹁﹁いやぎゃああああああああああああああああああっ!﹂﹂
﹂﹂﹂
﹁たるんでいるな、この世界の男は。俺が性根から鍛え直してやろ
う。全員、そこに直れ! まずは千本タックルからだ! 来い、俺
が受けてやる!﹂
﹁﹁﹁﹁む∼∼∼りーーーでーーーすーーーっ!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁やれやれ、もう終わりか。せっかくのダンガムの力を、まだ発揮
していないというのに。誰か、立ち向かう猛者はいないのか! 情
けない! だから、男はラガイア以外はダメなん⋮⋮⋮⋮ッ、ええ
ええい! 思い出しただけで、魔王キロロが許せん!﹂
﹁﹁﹁﹁き、巨大な﹃機動兵﹄が大暴れし、ぎゃああああああああ
あああっ!﹂﹂﹂﹂
ジャレンガ、バスティスタ、リガンティナ、
265
﹁なはははははは、ふらつくではないのだ。ふらついたものからお
仕置きなのだ﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁ははいっ! エロスヴィッチたま∼∼∼∼∼っ!﹂﹂﹂
﹂﹂﹂
何故か、赤ヘル軍団を捕まえて、組体操のピラミッドをやらせて
その頂点で足組んで座りながら高笑いしているエロスヴィッチ。僅
かな時間で何をしたとはもう聞かない。
だが、俺が聞かなくても、世界はそうではない。
﹁さて、アドバイザーニート﹂
﹁誰がお前のアドバイザーなんで。俺、ジュース屋。ジュース屋な
んで﹂
﹁ダチだろ? 見捨てんなよ。この状況をどうやって収束できると
思う?﹂
﹁ダチなんてありえないんで。そもそも、俺がこんな状況をどうに
かできるような解を持ち合わせていたら、とっくに勇者になれたん
で﹂
俺自身が落ち着くも、もはや阿鼻叫喚な世界は変わらない。
コスモスの説教どころじゃなくなり、しばらくボロボロになった
ステージの上で、世界中の視線を集めて俺とニートはポカンとして
いた。
すると、それがどれくらい続いただろうか?
﹁助けてくれて⋮⋮あ、ありがとう、と言うべきよね⋮⋮﹂
266
一人のアイドルが俺たちに声を掛けてきた。
﹁ミント姫!﹂
﹁おさがりください、ミント様ッ!﹂
﹁ミントッ!﹂
ミント色のポニーテイル。八人アイドルの立ち位置的に、どこか
リーダー格っぽい気の強そうな感じ。
だからそれゆえ、代表的な意味合いを込めて問いかけてきたんだ
ろう。
アイドルであり、姫でもある。その身分ゆえに周りの大勢から制
止をされるが、別にもう暴れる気はねえから、そこまでビビらんで
欲しいもんだ。
﹁でも、あ、あなたたちは⋮⋮⋮⋮何者なの?﹂
みんな、誰もがその目で語っている。﹁お前たちは何者だ﹂と。
その問いかけに応えたのは⋮⋮⋮⋮
﹁クラーセントレフンの方々ですよ、姫様﹂
﹁ッ! ホワイト所長!﹂
研究所のおばちゃんだった。
﹁な、なんだって?﹂
﹁にゃっは!﹂
267
﹁ちょ、ちょっと待って! く、クラーセントレフンって、地上世
界のこと?﹂
﹁し、しかし、それなら、彼らは、異世界の住人?﹂
﹁それじゃあ、ジャンプの実験は成功したってことかよ!﹂
研究所のおばちゃんが、マイク片手に壇上にあがり、世界に語り
かけるかのように温和な口調で答えた。
そして、舞台の上から、俺たちの思いなど関係なく告げる。
﹁そう、二千三百年の盟約にしたがい、ついに我々は再び先祖の故
郷にたどり着いたのです! そして今、我々の危機をお救いくださ
りました! 是非、我らの世界を超えた友に、万来の拍手をッ!﹂
その言葉に、どれほどの効果があるのかと思ったが、﹁世界を超
えた﹂という言葉が入った瞬間、それまで俺たちを異形の目で見て
いたものたちも、どこか戸惑いながらも次々と拍手を沸き起こした。
﹁歓迎します!﹂
﹁おい﹂
﹁我慢してください。そうでもしないと、収まりません。それに、
事故で巻き込んだなどと、公表できませんし﹂
そしておばちゃんは、またもや俺たちの意志などお構いなしに、
俺の手を無理やり掴んで握手してきた。
ここで振り払うのもなんだから、なされるがままになったが、こ
のおばちゃん、なかなか狸だな。
268
だが、そんな中で、俺は確かに聞こえた⋮⋮⋮⋮
﹁なるほど⋮⋮⋮⋮クラーセントレフン⋮⋮この科学と無縁の力、
⋮⋮⋮⋮使える⋮⋮うまく利用できれば⋮⋮⋮⋮﹂
万の拍手に包まれて、俺たちが居心地悪そうにしていた中で、確
かに呟かれた一人の女の声⋮⋮⋮⋮
﹁アユミ⋮⋮⋮⋮必ず、あなたを止めてみせるから⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
やけに決意の篭った言葉だった。
思わず振り返った。
だが、そこにいるのは、八人の姫様アイドルだけ。
正直、拍手がうるさくて、ハッキリと誰の声かは聞き取れなかっ
た。
269
第15話﹁晩餐会﹂
︱︱︱というわけですが、さて、今回の一連の大事件のこと、どう
思います? 今日は与野党の両方の先生方にお越しいただきました
ので、お願い致します。 ︱︱︱ええ、これはですね、会場の警備体制もそうでしたけど、問
題は﹃ジャンプ﹄の実験を強行した現与党の体制に問題があります
ね。そして、その実験を指揮したホワイト所長、そしてそのホワイ
ト所長を任命した大臣、その任命責任を取って辞任すべき、そして
今すぐ党を解散すべきですね。こんな前代未聞の大事件を各国国王
が居る中で起こされては、国民の信頼も地に落ちたと認識すべきで
す! 国民は怒っております!
︱︱︱いいえ、今回あれだけの騒動が起きながらも、負傷者は多数
出たものの死者は一人も出ておりません。今回、全く予期できなか
った襲撃に対して、会場の警備体制が柔軟に、かつ、的確に動いた
結果だと思っております。そしてなによりも、今回の実験を行った
からこそ、我らはクラーセントレフンの住民とコンタクトを取り、
なおかつこの世界に招くことに成功しました。これは、歴史的な、
我らの偉大なる大きな一歩と認識しております。なによりも、今回
は国民、及び世界中の方々の大半の支持を得て行ったことであり、
これは、世界を上げて喜ぶべきことと私は思います。
︱︱︱はい? 的確に動いた? 警備が? あなたは本当にそうお
思いですか? いいですか、多くの負傷者を出しながら、実験は成
功した? あなたのその発言は、国民の命を軽んじているものです
よ? 今すぐ、あなたも辞職するべきだと思います! 270
︱︱︱そんなことは言っていない
︱︱︱今すぐ国民の民意を問うべきです! ︱︱︱チッ⋮⋮⋮⋮もちろん、今回負傷された方々には︱︱︱︱
︱︱︱今、舌打ちしましたね? 議員としてあるまじき態度です!
辞任しなさい辞任!
︱︱︱いえ、それよりも私は今日はここで失礼させて戴きます。番
組の途中ですが、今日、これから例の方々の歓迎パーティーを行い
ますので
︱︱︱逃げるのですか! あなたには、国民に対する説明責任があ
ると思います! 待ちなさい! 待て! ︱︱︱どいてください
︱︱︱今、押しましたね! 暴行罪だ! 暴行罪! 暴行罪! ぼ
ーこーざいっ! ぼーこーざいっ! とまあ、変なやり取りがスピーカーから聞こえてきて、俺もニー
トも思った。
﹁なあ、ニート。俺たち、前世の世界に帰ってきたのか?﹂
﹁予想はしてたけど、技術も世界も進歩しても、政治の内容だけは
271
全く進歩してないんだな﹂
ある意味で呆れ、ある意味で面白かった。
﹁不愉快なラジオね、番組を変えなさい﹂
﹁うわっ、今度はお歌が聞こえてきたー! ねえ、これなんなの?﹂
﹁はううっ! なんと摩訶不思議な! このようなブツブツした穴
から、人の声が聞こえてくるとはどういうことでござる!﹂
プチっと番組が変わり、今度は音楽が聞こえてきて、コスモスた
ちは興奮冷めやらぬ様子だ。
そんな中、俺とニートの目の前に居るおばちゃんが口を開いた。
﹁にして、クラーセントレフンの方々は、とても強い方々だったの
ですね﹂
派手すぎず、しかし質素すぎない、シンプルで白を基調としたパ
ーティードレスに身を包んだ、研究所のおばちゃんことホワイトが
落ち着いた口調で語りかけるが、今の俺の仲間たちはそういう状況
でもなかった。
﹁おお∼、パッパ∼! みてみてー、おもしろーい!﹂
﹁あ、あああ、お、お嬢様、そそ、そんなに窓に近づかれると、あ、
危のうございまする、どど、どうかお下がり下さいますよう!﹂
﹁しかし、便利なものだな。翼が無くても飛べるのか、神族は﹂
272
﹁まあ、僕らは自分で飛んだほうが早くない?﹂
﹁う∼む、なんだか護送されてる気分で窮屈なのだ。わらわは、も
っと自由奔放がいいのだ!﹂
フライ
﹁う、うわ、と、飛んでる⋮⋮飛翔の魔法を使っていないのに、飛
んでる⋮⋮すごい﹂
﹁魔法の使えない俺が空から世界を眺める日が来るとは思わなかっ
た﹂
俺たちは今、地上から百メートル以上上空に居た。
縦長の、どこのVIPを乗せて走るのかと思われる黒塗りピカピ
カのリムジン車。
特徴はタイヤがないことだ。タイヤがないのにどうやって動く?
なんか、飛んでいる。
﹁空飛ぶ車なんて、昭和世代が夢描いていた未来だと思ってたんで、
なんか変な感じなんで﹂
﹁ん∼、まあ、そうだな。交通の法律とかどーやってんだろうな﹂
俺とニート以外、目を輝かせたり、怯えたり、何だか窮屈にして
いたりの仲間たち。
全員、パーティードレスだったり、スーツだったりの正装をさせ
られた格好で、とある場所へと向かっていた。
273
﹁あなたたち二人は、落ち着かれているわね。アイボリーから聞い
た、地上世界クラーセントレフンの文明レベルからすれば、驚くか
と思ったのだけれど﹂
別に俺たちの文明を馬鹿にしているわけでなく、もうちょっと興
奮してもおかしくないと思っての質問だろう。
だが、ぶっちゃけ俺もニートも⋮⋮⋮
﹁まあ、空飛ぶ車ぐらいは、技術的には不可能じゃないとは思って
たんで﹂
﹁だな。車が空飛ぶことに比べたら、ヴァンパイアドラゴンが隕石
の雨を降らせることの方がよっぽど驚きだ﹂
確かに、俺たちの世界よりこの世界の文明は比べるまでも無い。
更に言えば、俺たちの前世の文明よりも更に先を言っている。
しかし、今のところは、俺たちの前世の技術の延長線上ぐらいに
しか見えない感じで、そう考えると、まだファンタジー世界で驚か
されたことで鍛えられた免疫が、今のところ利いてるってことなん
だろうな。
﹁そういえば、アイボリーが言っていたわ。そちらのお方は、地上
世界の住人でありながら、随分と博識でいらしたと。やはり、﹃デ
ィッガータイプ﹄はそういう教育を?﹂
﹁えっ? ディッガー⋮⋮⋮ああ、地底族か。まあ、地底族の文明
274
もまあまあだけど、ここまでじゃないんでアレだけど、俺とヴェル
トは少し特殊なんで﹂
﹁あら。そうなのですね。是非とも、晩餐会の場では色々と教えて
欲しいものですね﹂
晩餐会。
﹁つーか、他国に来て、あんなことがあったっつーのに、よくやる
よな。普通は安全を考えてすぐに王様とかは帰るんじゃねえの?﹂
﹁ええ、通常はね。でも、それでも残るということは、それほどあ
なたたちは世界にとって無視できない存在ということよ。それに、
このまま帰っては、ほかの国々もクラーセントレフンの情報を全て、
このヴァルハラに独占されるのではと、危惧しているようだしね﹂
まあ、ようするにだ、俺たちの歓迎会をやるとのことだ。
テロで襲われたとはいえ、実質的な被害はそれほど多くは無く、
ぶっちゃけた話、テロの被害よりも俺たちの登場の方がこの世界的
にはインパクト大だった様だ。
聞いた話によると、﹃ジャンプ﹄の完成は世界中が待ち望んだビ
ックイベントであり、アイドル姫たち同様に各国の首脳たちが丁度
この国に集結していたこともあり、各国こぞって俺たちとのコミュ
ニケーションの場を望んだとか⋮⋮
﹁んで、俺らいつ帰るんだ?﹂
275
﹁ご心配なく。それほど時間は取らせません。万が一にと非公式に
スペアとして用意していたジャンプの充電と調整を行っています。
それが完了次第となります﹂
﹁ふ∼ん﹂
まあ、それならいいかと思うし、そもそもこっちも色々と聞きた
いことは山ほどある。
ならば、一緒に飯を食うぐらいはいいか⋮⋮
﹁そう簡単じゃないと思うんで﹂
﹁ニート?﹂
﹁仲良く飯食べて、バイバイ? そんな簡単に、ほかの国の連中も
含めて俺らを帰すとは思えないんで﹂
だが、その時、俺に耳打ちするように小声でニートが呟いた。
﹁この世界、一見、各国仲良しみたいにしてるけど、絶対そんなこ
とないんで。こんだけ発達した世界、絶対に表面では友好を装って
も、裏では利益の取り合いしてるに決まってるんで﹂
﹁⋮⋮⋮何故、そう思う?﹂
﹁たとえば、この世界の技術力が﹃俺たちの前の世界﹄の延長上に
ある文明だったとしても、裏表無く国同士がわかりあうとか絶対に
無理なんで⋮⋮それこそ、どっかの不良が世界中のお姫様をゲット
したり魔王とか怪物と親類とかにならないかぎり、ありえないんで﹂
276
﹁俺を皮肉ってんのか?﹂
﹁そうじゃないんで。ようするに、この世界の住人も神様じゃなく
て、心を持った人間みたいな連中だってんなら、そういうものって
ことなんで⋮⋮⋮⋮⋮⋮そうでなければ、テロなんてそもそも起き
るはずなかったんで﹂
まあ、言わんとしてることは分かるけどな。
前世で、俺も政治とか外交にはまるで興味なかったが、それでも
世界中が輪になってお手てつないでみたいなのじゃなかったのは良
く分かっている。
つまり、この晩餐会も、何やらそれぞれの思惑が飛び交う的なの
があるんだろうな。
だが、俺は正直、そこまで不安に感じなかった。
﹁くはははは、まあ、いいんじゃねえのか?﹂
﹁ヴェルト?﹂
﹁だって、そうだろ? そういう裏でセコセコ考えつくような手段
でどうにかできるような⋮⋮⋮っていうか、よりにもよって出来な
そうな奴らが、今、ここに居るんだからよ﹂
そう言って、ジャレンガたちへ視線を向けさせると、ニートも深
くため息吐きながら納得したように頷いた。
﹁上辺だけの友好⋮⋮⋮痛いところをつくのね﹂
277
一方で、ニートの言葉にどこか複雑そうに苦笑するホワイト。ま
あ、ニートの発言は、的外れでもねえってことなんだろうな。
﹁ただ、覚えておいてね。あなたたちの世界ではどうかは分からな
いけれど、打算があるからこそ信用できる世界もあるということを。
だって、無償の愛ほど不安定で疑い深く、危ういものなんてないの
だから﹂
異世界人とはいえ、まるで人生の先輩からの忠告ですよと言わん
ばかりの言葉だが、その時、俺もニートも思った。
このおばちゃん、﹁俺たちがすぐに帰れると思わない﹂という言
葉を、否定しなかったということだ。
﹁あっ、パッパー、見えてきたよー!﹂
﹁うううううっ、ガクガクブルブル﹂
﹁ムサシ∼、怖いの∼? よわむし∼、ドラちゃんのお背中に乗っ
てる時はだいじょうぶでしょ?﹂
﹁い、いえ、どど、ドラだからこそ信頼できるのであって、ここ、
このような箱が空を飛んで、落ないか心配で﹂
その時、ようやく目的地に到着したようだ。
そこは、このコンクリートジャングルの摩天楼の中でも最も高い
位置にある、細長いだけの面白みのない超高層ビルの頂上。
﹁さあ、お待ちしておりました﹂
突如、ビルの窓が開き、大きな足場と手すりが伸びてリムジンに
接続された。
278
﹁お待ちしておりました。どうぞこちらへ﹂
自動ではなく、ボーイのような格好をした男がリムジンのドアを
ゆっくりと開ける。
一番に飛び出したコスモスを待ち受けていたのは、巨大なレッド
カーペット。
その奥に広がるビルの一室すべてを使ったパーティーホールはラ
イトで照らされており、その奥には噴水や大理石を使った装飾をさ
れた一段のステージ。
﹁たたたた、高いでごじゃ⋮⋮のわああっ、ゆゆゆ、床が動いたで
ごじゃるっ!﹂
﹁ッ、びび、びっくりしたのだ!﹂
﹁うわ∼∼、すごい! ねえ、パッパ、コスモス歩いてないけど前
に進むよ∼! ほらほら∼!﹂
﹁なんと、神族は、飛ぶだけでなく、歩かなくても歩道が勝手に進
むのか? これは便利だが、やりすぎではないか?﹂
﹁どうりで、筋力の退化したものたちばかりだったわけか﹂
動く遊歩道か。俺やニートからすれば懐かしいもんだが、みんな
にはそれすらも未知の存在。
完全に田舎から上がってきたおのぼりさんになった気分だが、ま
あ、仕方な︱︱︱︱︱︱
﹁﹁﹁﹁﹁ワッアアアアアアアアア!﹂﹂﹂﹂﹂
279
そして、俺たちがビルの上の強風に晒されながらも辿りついたパ
ーティーホールでは、数多くの円卓と、正装をした紳士淑女たちが
何百人と、スタンディングオベーションで俺たちを迎え入れる。
チカチカとする光はひょっとして、フラッシュ? カメラか? ムサシやペットは完全に萎縮してカチンコチンに固まってら。
﹁まるで、映画のアンカデミイ大賞を取った気分なんで。いや、取
ったことないから実際分からないんであれだけど﹂
﹁つか、今日の今日で、よくもまあ、こんな準備できたもんだな。
つか、おい、見ろあれ﹂
大歓声の中、レッドカーペットを進む俺たちがふと視線を逸らし
たら、テキパキとした動きで料理を配膳したり、来場者を案内した
り、ものすごい機械的にやるボーイ達が大勢いるんだが、機械的で
当然だった。
﹁ロボット?﹂
﹁か∼∼∼、昼間は何も役にも立たかなった連中だが、電気があれ
ば何でもアリだな﹂
いよいよ、SFチックなものが本領発揮してきたか? そんな印
象を受けた俺たちだが、大歓声の中、所々に聞こえる声を俺は聞き
逃さなかった。
280
﹁見ろ、ディッガータイプだ。データ通り、ドリルが肉体と一体化
している﹂
﹁エンジェルタイプが二人も居る。何とか、片方だけでも入手でき
ないか?﹂
﹁あれは、魔族というタイプか? 異様な空気を放っているな。あ
まり刺激しないようにしないとな﹂
﹁獣耳、獣の尻尾を生やした奴ら。あれが、二千三百年前に生み出
された亜人か。異種配合実験が廃止された現代ではありえない生体
だな﹂
﹁あの巨漢は、本当に人間か? 筋肉増強材などを使用しているの
では?﹂
﹁ヒューマンタイプ。やはり、我々とそこまでは違いが見られない
な﹂
歓迎の中で確かに行われている、俺たちへの値踏み。まあ、当然
といえば当然か。
﹁さっ、申し訳ないけれど、あなたたちには今から八人分かれても
らって、それぞれテーブルについて欲しいの﹂
﹁あん?﹂
﹁ごめんなさいね、各国平等にあなたたちとコミュニケーションを
取れるようにとなると、そうなってしまうのよ﹂
と、中に入って奥までたどり着いた瞬間、ホワイトの奴がいきな
りぶち込んできやがった。このおばちゃん、本当に何かいきなりだ
281
な。
もちろん、同じパーティー会場とはいえ、バラバラに座るのは正
直不安がある。
まあ、俺も解説者ニートが傍にいないのは不安だし⋮⋮⋮⋮
﹁なんか、さっきからパシャパシャパシャパシャ、なんなのこの光
? もう、皆殺しにしようかな?﹂
﹁ん∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮あんま美味そうな女はいないのだ。どいつもこ
いつも着飾っているが、文官や元老院みたいで面白くなさそうなの
だ﹂
﹁加齢臭がする。気分が悪くなるな﹂
﹁⋮⋮ふう⋮⋮居心地が悪いな﹂
﹁とのおおおおお、せせ、拙者、一人はいやでごじゃるうううう!﹂
﹁はう、はう∼∼∼、み、みんなとバラバラ⋮⋮だだ、大丈夫かな
∼? うう∼、怖いよ∼﹂
こいつらをバラバラにしていいもんだろうか。
そこが不安で仕方なかった。
すると、前方からドレスを着たカラフルな八人の女たちが出てき
た。
ああ、昼間の姫様アイドルたちだ。
﹁姫様たちが貴方がたを席へとエスコート致します。どうぞ、ごゆ
っくりお楽しみ下さい﹂
そう言って、ホワイトは後ずさりしながら俺たちから離れ、俺た
ちのやりとりに注目していた。
とりあえず俺は⋮⋮⋮⋮
282
﹁コスモス﹂
﹁ん?﹂
﹁お前は、パッパと一緒な﹂
コスモスだけ確保。俺たちはバラバラに分かれて座れとのことだ
が、俺たちは九人居る。なら、一人はダブるので、俺は真っ先にコ
スモスだけ確保。
後はもう知らんッ!そう覚悟を決めた。
そして今から、俺たちの前にそれぞれお姫様たちが着き、順番に
手を取って、一言挨拶してからエスコートするようだ。
まずは⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
283
第16話﹁アタリとハズレ﹂
まずは、というより、この選択肢というのは意外と重要だったり
もする。
何故なら、各国が俺たちと平等にコミュニケーションを取れるよ
うにメンツをバラけさせると言っても、俺たちがそれぞれ持ってい
る情報や引き出せるものは人それぞれだ。
つまりだ、引き出す相手によっては情報に差異が⋮⋮⋮⋮
﹁あらあらまあまあ、でしたら、その∼、えっと、あの∼、⋮⋮バ、
バスティスタ様⋮⋮﹂
っていうのは意外と気にしてないのか? とばかりに、頬を赤ら
めたチョロ⋮⋮じゃなかった、お姉さんちっくなお姫様が一番に前
へ出て、軽くスカートの裾を摘みながら一礼をした。
そう、バスティスタが助けた女だ。
﹁お前は、昼間の⋮⋮⋮⋮﹂
﹁改めてお礼を、そして是非とも我が国の席へ、バスティスタ様。
私は、バーミリオン。﹃ネーデルランディス公国﹄の姫、バーミリ
オン・ネーデルランディスです﹂
﹁⋮⋮⋮⋮そうか、無事そうでなによりだ﹂
﹁はうっ! ッ、あ、あの、その、父もお礼をしたいと⋮⋮ですの
でどうか、我が国の席へ⋮⋮﹂
少し間を置いて俺をチラッと見るバスティスタ。あ∼、もういい
284
よいいよ、今は合わせとけと顔で合図した。
﹁ふ∼⋮⋮分かった、では、言葉に甘えよう、バーミリオン姫﹂
﹁まあっ! あ、ああ、りがとうございま、あの、わ、私のことは
バーミリオンと⋮⋮﹂
なんだろう、スゲエ白けた気分だ。これは、お見合いパーティー
か?
本来であれば、色々と謀略があってもおかしくないんだが、まず
は初っ端は初々しいお姫様の恋に会場中の空気が温かくなった様子
だ。
﹁バーミリオン姉ェ、マジだね﹂
﹁あは、ミリ姉さん、可愛いってね♪﹂
﹁よ∼し、じゃあ、私もにゃっはいっちゃおーっ!﹂
するとほぐれた空気の中で、ほかのお姫様たちも出てくる。
﹁にゃっは! ねえ、そこの剣を持ってる子さ∼、私のところに来
てよ﹂
﹁にゃ、にゃにゃ! せ、拙者でござるか!﹂
昼間に少しやりあった、うるせえ女はなんとムサシ指名。一瞬俺
かと思ったけど、なんか普通に相手にされなかった。
﹁クラーセントレフン⋮⋮確かに皆、すごく強いし、凶暴な空気も
感じる⋮⋮でも、君からは、にゃっは﹃武﹄の感じがするんだよね
∼﹂
285
﹁む、むむ﹂
﹁私は、アッシュ。セントラルフラワー王国のお姫様、アッシュ・
セントラルフラワー。にゃっはよろしくね♪﹂
ほ∼、あの女、うるせーけど意外と目ざといな。確かに、色々な
戦闘能力を誇る俺たちの中で、唯一ムサシはちゃんとした剣術の英
才教育を受けてた侍だしな。
あの女も、一応格闘技をやってるみたいだし、興味を持ったか。
もっとも⋮⋮⋮⋮
﹁よし、亜人の娘だ!﹂
﹁姫様は当たりを引いてくれましたな﹂
﹁ええ。獣と人の血を引く亜人。御伽噺や歴史書の中でしか語られ
ていませんからね﹂
﹁是非色々と話を聞きたい﹂
あの女の国の連中は、他にも思惑はありそうだがな。
﹁じゃあ、私は、そちらのエンジェルタイプの御方﹂
﹁私か?﹂
﹁ええ。私はミント。この国、ヴァルハラ大陸ヴァルハラ皇国の姫、
ミント・ヴァルハラよ。あなたを、歓迎します﹂
次に動いたのは、アイドル姫たちのリーダー格っぽく、今俺たち
が居るこのエセニューヨーク的な国全体の姫様。
選んだのは、リガンティナ。
﹁さすがはミント姫! 他国の連中は、エンジェルタイプの希少性
を分からないようだな﹂
﹁ああ、それにあの娘、エンジェルタイプであり、さらにとてつも
286
ない気品を感じる。恐らく、身分もエンジェルタイプの中でも上﹂
﹁ならば、引き出せる情報は、あのメンバーの中でも郡を抜いてい
るはず﹂
そういうことね。まあ、身分が高いってのは当たっているが⋮⋮
﹁⋮⋮チッ、取られた⋮⋮っかたないわね⋮⋮えへへへへ、きゃる
∼ん♪ それじゃあ、ブラックは∼、お兄ちゃんがいいなー♪﹂
﹁⋮⋮⋮⋮えっ?﹂
その時、やけにイラっと来る可愛いアピールしながら前へ出たの
は、黒髪ビッグテールの小柄な女。
ワザとなのか、それとも自分では演技のつもりかは分からねえが、
かなりワザとらしく擦り寄った相手は、なんとニート!
﹁えへへへへ∼、おに∼ちゃん! ブラックだよ∼! ソロシア帝
国のブラック・ソロシア、よろしくね∼! ほら、お兄ちゃんも、
一緒にラブラブラック∼!﹂
﹁うっわ、ウザ﹂
﹁ああっ? あんた、いきなり何言ってやがってお兄ちゃんえへへ、
一緒にご飯食べるのいや?﹂
まさかニートを選ぶとはな。いや、そうでもねーか。
﹁エンジェルタイプは取られたか。ちっ、ヴァルハラめ﹂
﹁まあいい。ディッガータイプであれば、ハズレではないだろう﹂
287
とまあ、そういうことだ。
んで、俺は俺で何だか面白くて笑っちまった。
﹁くはははは、モテモテじゃねえか、ニート﹂
﹁ぬぐっ、ヴェルト﹂
﹁フィアリには黙っててやるから、楽しんで来いよ∼、くはははは﹂
﹁ッ! そのセリフ、ほんっと、お前に十倍返しで言ってやるんで
!﹂
どうして、ニートはああいうブリッコな女と縁が出来るのかと思
うと笑えたが、まあ、別にそれが進展するなんてことも⋮⋮
﹁えっ、ちょっと、腕組むの?﹂
﹁そ、そうよ、そういうマナーよ。分かりなさいよ、べ、べつ、別
にあんたが気になってるわけじゃないんだからね!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮うわ⋮⋮安っぽ⋮⋮全然響かないんで﹂
﹁ッ! ちょ、あんた生意気よ! 私をだれだとっ、ッッく∼、お
兄ちゃんイジワルダメだよッ♪﹂
ねえよな? 進展することなんて。
なんて、思っていたら、次は少し違う展開になった!
﹁はう、えと、みんな、こんなに早く、えっと、私はどうしればい
いでしか? はうっ、ま、またかんじゃったよ∼﹂
少しビクビクしながらオロオロしている、どこかペットに似た雰
囲気の気の弱そうな細身の女。
どこか緑味のある青い、ボリュームのあるツーサイドアップの髪
型の女。
288
どこか保護欲そそられそうな雰囲気を出している女の姿に、
﹁じゅるり﹂
なんか、よだれを舐める音が聞こえた。
﹁うまそうなのだ⋮⋮⋮⋮よし、そこの娘、わらわがそなたの国の
席に座ってやるのだ﹂
﹁え、えええ! ええええ!﹂
﹁なんならこのまま寝室に、ぬはははは、イジメたく、ん、んん!
おっと、是非ともお願いしたいのだ。よいか?﹂
﹁あ、えっと、わ、私の国に? えっと、ありがとうございます!
私は、シアンでし! ∼∼∼っ、シアンです。その、シアン・ゲ
イルマン。ゲイルマン王国の姫でし!﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮あの国⋮⋮あの姫⋮⋮可哀想に⋮⋮⋮⋮トラウマに
なるな
﹁おおおっ! シアン姫が動けるか心配だったが、亜人であれば悪
くない!﹂
﹁ああ、見た目も小柄な子供。うまく懐柔すれば⋮⋮﹂
懐柔? 無理に決まってんだろと思いながらも、残る二人の姫の
うち、一人はよりにもよってジョーカーを引きやがった。
﹁じゃあ、魔族のお兄さん? 私たちの席に来て欲しいってね♪ 私は、マルーン。ジパン帝国のマルーン・ジパン♪ よろしくって
ね♪﹂
﹁殺すよ?﹂
﹁えっ?﹂
289
ジャレンガ! 次の瞬間、俺は反射的にツッコミ入れていた!
﹁って、アホか、ジャレンガ!﹂
﹁⋮⋮ヴェルトくん? 君、今、僕の頭を叩いた?﹂
﹁叩くわ! お前、いきなり月光眼発動とか、ほんとやめろよな!﹂
急に俺がジャレンガの後頭部を叩いたことで、会場中がいきなり
ザワつきだしたが気にしてる場合じゃねえ。
つうか、おかしい。なんか、このパーティーになってから、俺の
気苦労がものすごく耐えねえ。
﹁僕さ、ああいう天然的な女は嫌いじゃん?﹂
﹁知るか、今は我慢しろッ! 大体、天然ならクロニアの方が上だ
ろうが!﹂
﹁うん。だから、僕はクロニアは嫌いじゃん?﹂
﹁えっ、そうだったのか⋮⋮お、お前ら仲間なんじゃねえの?﹂
﹁は? 仲間だと好きにならないとダメなの?﹂
﹁いや、知らんが⋮⋮⋮⋮とにかく、暴れるならもうちょいしてか
らだ! 昼間暴れたんだから少し我慢しろ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふん、まあ、未来の義弟がそこまで言うなら⋮⋮⋮
⋮﹂
なんか、暴れる前提で話をしている気もするが、いや、今はこう
としか言いようがねえしな。
﹁あの、ダメってね? その、私の国の珍味も用意してるってね♪﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮何その喋り方。イライラするよね? ねえ、ヴェル
トくん?﹂
290
にしても、ん? おい、ちょっと待て、ジャレンガはさっきなん
て言った? 未来の義弟?
あっ! そうか、ジャレンガの妹と俺が結婚したら⋮⋮って、な
んねーよっ! ﹁アプリコットです。ブリッシュ王国のアプリコット・ブリッシュ
です﹂
﹁ペット・アソークです。えっと、元の世界、エルファーシア王国
のアソーク公爵家のペットです﹂
とやり取りしているあいだに、こっちはお互いペコペコしながら
平和に決まった様子のペット。
﹁あの、剣士の女の子、なんで﹃ござる口調﹄なの?﹂
﹁あっ? 何がワリーんだよ。そっちは﹃にゃっは口調﹄のアホだ
って居るくせに﹂
そして、最後に残った俺は⋮⋮
﹁まあ、いいや。じゃあ、とりあえず来て﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
なんか、一番やる気のなさそうなピンク頭の女だった! 昼間少
しだけ話したことあるが、何だか態度が悪いぞ、この女! ツリ目
だし!
﹁一応、自己紹介。ピンク。ピンク・パリジェン。パリジェン王国
出身﹂
291
何か必要最低限の自己紹介だけしました、あとはついて来い的な
この女の態度はなんだ? 昼間は俺たちにあんなに驚いていたくせ
に!
﹁く∼、ピンク姫、本当にこういうのは真剣に動いて頂かないと﹂
﹁よりにもよって、一番何もなさそうなヒューマンか。身分も低そ
うだ﹂
﹁は∼、真っ先に動いていただかないから、最後のハズレを﹂
と、ピンク女の席から露骨にガッカリしたような声。な、な、な
んっ!
ジャレンガを止めたくせに、俺の方から暴れたくなる気分だ。
﹁えへへ、ねえ、コスモスたちもいこうよ∼﹂
﹁うぐっ﹂
コスモスがいなければ、ホント怒鳴ってた。
だが、だからこそ、俺もここは大人に、深呼吸して、オトナな対
応を⋮⋮
﹁あ、あなたは昼間の﹂
﹁コスモスだよ∼!﹂
﹁そう、よろしく。でも、あなた、席はアッチ﹂
と、その時、コスモスに気づいたピンクがリガンティナの方を指
差した。
そのテーブルも、そしてそこに居るミントとかいう姫もこっちに
292
気づいてコスモスを手招きする。
なんでだ?
﹁え∼、何で?﹂
﹁なんでって、お母さんと一緒の方がいいでしょ?﹂
と、告げるピンクと会場の視線で、俺たちは納得した。ああ、そ
ういうことか⋮⋮
﹁違うよ∼、ティナおばちゃんは、コスモスのおばちゃん♪﹂
﹁えっ?﹂
﹁コスモスのマッマはお仕事が忙しいの。だから、コスモスはパッ
パと一緒なんだよ?﹂
その発言に、会場全体が﹁?﹂に包まれたのが目に見えて分かっ
た。
そして、ピンクを始め、色々な奴らが混乱していることも。
﹁え、えと、あ、あなた、エンジェルタイプで、その、エンジェル
タイプに父親は⋮⋮﹂
﹁事実だよ﹂
﹁えっ!﹂
﹁こいつは、俺の子供だよ。俺と天空族の女との間のな﹂
293
だから、俺も事実は事実だとコスモスを抱きかかえながら言って
やった。
まあ、当然、信じられないと反応が出るけどな。
﹁そんな馬鹿な!﹂
﹁エンジェルタイプは女性型で単独で子を産むはず! いや、確か
に交配による出産も可能だったような気もするが﹂
﹁にゃっは嘘! そんなの嘘って昼間も言った!﹂
﹁大体、あの人、どう見ても二十歳以下にしか見えないし!﹂
と、姫も政治家も含めたザワめきが起こる中、リガンティナが立
ち上がって凛とした声を発した。
﹁事実だ﹂
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!
﹁その男、ヴェルト・ジーハは、我が天空族の住む天空皇国ホライ
エンドが称えし天地友好者の称号を持ち、我らが皇族の一人である
エルジェラと結ばれ、そして二人の間に生まれたのが、そのコスモ
スだ。だから、私の義弟にもあたる﹂
会場が一瞬で静寂に包まれたのが分かった。だが、その数秒後⋮
⋮⋮⋮
294
﹁﹁﹁﹁﹁えええええええええええええええええええええええええ
えっ!﹂﹂﹂﹂﹂
会場中から爆発が起こったかのような驚きの声が上がった。
﹁馬鹿な! ヒューマンが、エンジェルタイプと結ばれて子を成し
た?﹂
﹁しかも、王族だと! あんな、チンピラみたいな男が?﹂
﹁まて、二十歳には見えないが、いや、そうか、向こうの世界には
許可制度がないから﹂
﹁あらあらまあまあ!﹂
﹁そ、そんな、ななななな、なんてやらしい!﹂
﹁えっ、素敵じゃない?﹂
なんか微妙に聞き捨てならない声も聞こえた気がするが、会場の
驚きはそれだけではなかった。
﹁ちょっと∼、天空族だけじゃないでしょ? ヴェルトくんは、僕
たち魔族最強国家のヤヴァイ魔王国の王族である僕の妹とも結婚す
るんだし? あっ、ウラ姫もそうだったけど?﹂
﹁﹁﹁﹁はっ? ま、魔族もっ? って、何で複数っ!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁これこれ、魔族だけじゃないのだ。ヴェルトは亜人大陸の誇る最
強の四人、新四獅天亜人の一人にして最後のダークエルフのアルテ
ア姫とも結婚しているのだ﹂
﹁史上最強の亜人、武神イーサム様のご息女でもあるユズリハ姫も
295
でござる! 我が殿はそれだけ我ら亜人においてもとても尊い御方
でござる! ⋮⋮⋮⋮ボソッ、そして、拙者の⋮⋮えへへへへ∼﹂
﹁﹁﹁﹁なんで亜人まで!﹂﹂﹂﹂
﹁そ、それだけじゃないです! ヴェルトくんは、五歳のころから、
私たちの故郷、エルファーシア王国のフォルナ姫と結婚することが
決まっているんですから!﹂
﹁人類大陸最大国家、アークライン帝国姫のアルーシャ姫もそうだ
な﹂
﹁﹁﹁﹁いいいいいいっ!﹂﹂﹂﹂
﹁まっ、要するに世界を征服した、リア充ヤンキーなんで﹂
次々とみんながブチ込む発言に、つか、何で張り合ってるかのよ
うに言ってるかは分からないが、とにかくそれはもはや会場を絶句
させるには十分だったようだ。
やがて、誰もが今みんなが言った言葉に頭を混乱させながらも、
たった一つだけ同じことを誰もが思ったことを、俺は理解した。
﹁﹁﹁﹁﹁引き込むなら、あれが一番のアタリだったのか!﹂﹂﹂﹂
﹂
296
誰が、アタリだよ。アタリとかハズレとか、不愉快な奴らだ。
そんな空気の中、少し不愉快な気持ちのまま、俺はピンクとかい
う女の居る、パリジェン王国の席に座ることになった。
297
第17話﹁おしりあい﹂
﹁では、世界を超えて現れた友に乾杯!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁乾杯っ!﹂﹂﹂﹂﹂
正直なところ、五分ぐらい誰かも分からねえおっさんの高説がベ
ラベラと言われたが、大半が頭に入らんかった。
唯一分かったのは、最後の乾杯の言葉ぐらい。
﹁バスティスタ様、そ、その、えと、ご、ご趣味はご結婚されて好
きな方はいらっしゃいますか? わ、たしは、特に許嫁もなくもし
よろしければ、差し支えなければこのあとにでも﹃相性検査﹄をこ
のあと、う∼、まあまあまあ、私ったらはしたない。それと、こち
らお土産です。我が国の名産のレザージャケットとレザーパンツで
す。世界最高級の革を素材とした我が国の名産品として高い評価で、
その、私とどちらが良いですか?﹂
﹁少し落ち着いたらどうだ? 言葉が支離滅裂だぞ、バーミリオン
姫。だが、服はありがたく頂戴しよう。この手触りは、向こうの世
界にはないものだ﹂
﹁ほら、えーと、あんたニートだっけ? その、これ、私の国の友
好の証みたいなブレスレッド。付けたげるね、お兄ちゃん♪ あと、
私のシングルCDとか、ブロマイドとかも、えへへ、良かったら∼、
聞いて欲しいな∼♪﹂
298
﹁あっ、ブラック姫、それほんとお土産だって分かるように包装し
て欲しいんで。そんなの裸で持って帰ったら、妖精に殺されるんで、
まあ、CD持って帰っても聞けないけど﹂
﹁にゃっは! それじゃあ、おじいちゃんに剣術を教えてもらった
んだ∼。私もね、私の国の﹃仙人﹄って呼ばれてる老師様に武を教
えてもらったんだよ。もう、すごい高齢なはずなのに、にゃっは若
々しくて可愛い女の子の姿なんだけど、本当はニャっは強くてね﹂
﹁拙者の大ジジも一族のみならず、亜人大陸全土にその名と剣と心
を伝えたでござる。今は拙者も独立した身ではござるが、その受け
継いだ魂は、我が旦那様の下でも変わらぬでござる、えへへへ、旦
那様と拙者はまた言ってしまったでござる⋮⋮⋮⋮⋮⋮アッシュ姫、
今のは内緒でござるよ?﹂
﹁そういうことってね♪ 二千三百年前、私たちの先祖の天才科学
者である﹃シルバー﹄が、私たちの世界の技術の素を作って、更に
は人間、亜人、魔族の脅威に対抗するために、数多くの﹃機動兵器﹄
を完成させたってね♪ その最高傑作が、﹃七幻神﹄ってね♪﹂
﹁⋮⋮⋮⋮七⋮⋮⋮⋮ああ、﹃七つの大罪﹄⋮⋮⋮⋮ルシフェルさ
んたち? っていうか、君、ほんと喋り方イラっとくるからやめて
くれる? 口を引き裂くよ?﹂
﹁なるほど、つまりあちらの席に居る、ヴェルト・ジーハという方
が本当にあなたたちの世界を制覇して統一したのですね、リガンテ
ィナ皇女。⋮⋮⋮ボソッ⋮⋮⋮篭絡するなら、アレね⋮⋮⋮⋮⋮⋮
初めての枕営業も視野に入れてブツブツブツ⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
299
﹁まあな。流石は我が妹が見初めたといったところだ。次はこちら
から聞きたい、ミント皇女。昼間の連中について聞きたいのだが︱
︱︱﹂
﹁はう、だ、だめ、でし、エロスヴィッチさん、テーブルの下から、
そんな、し、尻尾、ダメでし、き、気づかれちゃいまし、尻尾でイ
タズラ、や、や、おねがい、やめてくだしゃい、はう、ダメ、んん
っ!﹂
﹁ん? どうしたのだ,シアン姫? ほれほれ、ここがいいのだろ
う? ふふん、あんまり真っ赤になって震えると、部下や国王、更
には他国にも気づかれるのだ。それにしても、嫌だ嫌だといいなが
ら、体は既にわらわの﹃ゴールドテイル﹄にメロメロで、ここはこ
んなに⋮⋮⋮じゅるり、今夜、戴くとするのだ﹂
﹁あの、ペットさん、その、一つ聞きたい事が⋮⋮⋮あなたたちの
世界では十代の恋愛も自由とのことですが⋮⋮⋮⋮⋮⋮その、お、
男の人同士の恋愛とかはどうでしょうか?﹂
﹁えっ? ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ? あの、アプリコット
姫?﹂
もう、既に自由な会話がそれぞれ始まった。
﹁さて、昼間は娘を含め、騒ぎを沈静化させてくれたことに礼を言
わせてもらおうか。ヴェルト・ジーハくん﹂
300
会場全体で一斉に乾杯だけしたら、後はご歓談くださいとばかり
に、全員が着席した瞬間、早速俺の目の前に居るカラフルな祭服を
身に纏った爺さんが俺に訪ねてきた。派手なローマ法王か? に見
えるが、ピンクの父親でパリジェン王国の王だとか。
その周りをまた、側近みたいな高級官僚っぽいおっさんたちで固
め、俺の隣にはピンク、反対側にはコスモス。
そして俺の目の前には⋮⋮⋮⋮
﹁なにこれ?﹂
﹁十ツ星レストランの超高性能料理マシンが作り上げた料理です。
どうぞ、お楽しみ下さい﹂
目の前の皿には、やけに綺麗に切り分けられているものの、野菜
だけ。
いや、前菜だと思えばとも思ったが、それだけじゃなさそうだ。
野菜と豆を中心とした食材ばかりで、確かに新鮮で健康的なんだ
が、これは⋮⋮⋮⋮
﹁に、肉はねえのか?﹂
﹁﹁﹁﹁﹁肉っ!﹂﹂﹂﹂﹂
俺がさり気なく聞いただけなのに、全員ガタガタッと慌てたよう
に顔を引きつらせた。
301
﹁っと、ああ、す、すみません。た、確かに、動物性の食材を我々
も摂取することはありますが、それはほとんどが、ジャンクフード
のようなものに分類されますので、このような公式の場では⋮⋮⋮
⋮﹂
﹁ぷ、くくく、肉だって﹂
﹁やはり、原人だな﹂
まるで、高級フランス料理屋で和食でも頼もうとしている非常識
なやつを見るかのような目。更に言えば見下して小馬鹿にしたよう
な陰口。
全部俺には筒抜けなだけに、イラっと来たな。
﹁どう、お嬢ちゃん、おいしい?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮ぶ∼⋮⋮⋮﹂
ピンクが俺の隣に居るコスモスに尋ねると、コスモスは案の定不
満気な顔。
コスモスの口には合わねえというか、肉とか麺とかそういうの食
ってたコスモスには物足りねえだろうな。
﹁パッパやジッジが作ってくれたゴハンの方が、あったかくておい
しい﹂
302
そして、お世辞の知らないコスモスは率直な感想を言えば、また
目の前の連中は驚いた顔をした。
それは、コスモスが料理を美味しくないと言ったことに対してで
はない。
﹁りょ、ご、はんをつく、作る? おいおいおい、ほ、本当ですか
?﹂
﹁えっと、ヴェルト・ジーハさんですね。あなたは⋮⋮⋮⋮ご自分
で料理を?﹂
なんだよ、その珍獣を発見したかのような目は。つうか、俺は、
ラーメン屋の店員だぞ、コラァ!
﹁んだよ、男が料理すんのがそんなに変か?﹂
﹁﹁﹁﹁﹁じじじじじじ、自分で料理を作るッ? なんで、そんな
無駄なことを!﹂﹂﹂﹂﹂
えっ? そこ?
﹁落ち着きなさい、お前たち。クラーセントレフンには料理マシン
などがないのですな﹂
﹁料理マシン∼?﹂
﹁そうです。我々の世界での生活に欠かせない、炊事家事洗濯、送
303
迎なども含めた機能を兼ね備えたマシンやアンドロイドなどですよ﹂
そ、そういうことかよ! なんつうことだ! この世界、そんな
風になってんのかよ。
ロボットぐらいは居ても驚かないが、生活のほとんどがロボだよ
り? ニートの奴なら喜んで食いつきそうな話題だが、これは何と
も⋮⋮⋮⋮
そして、相変わらず時代遅れの猿扱いに俺を小馬鹿にしてるおっ
さんどもに、そろそろ俺もイラっと来た。
﹁へ∼、そいつは便利だな。まあ、そうか。機械が便利すぎる世の
中だから、この世界の奴らは全員青瓢箪で、昼間みてーに停電でも
したら全く役に立たねえってわけか﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ぬぬっ!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁くはははは、皮肉なもんだな。むしろ、そういう技術を全部とっ
ぱらって、オモチャの力だけで世界を革命しようなんて馬鹿なこと
をした連中の方が、まだ行動的だな﹂
先に人を小馬鹿にしてきたのはそっちだ。さあ、どう出る? プ
ライドだけは一人前か、連中もかなりムカッとした表情をしてやが
る。
さて、どうなる? 向こうの世界じゃ、こういうので簡単に一触
即発になったがこの世界は?
304
﹁ふっ、ふふ、はっはっはっは、これは一本取られましたな。確か
に、昼間はあなたたちの活躍がなければどうなっていたことか。常
に進化し続ける技術とともに、それを悪用された際の対処法が常に
後手に回ってしまうのが、我々世界全体の悩みどころでもあります﹂
﹁ぬっ﹂
﹁あなたの話は面白い。どうか、色々と教えていただけたらと思い
ます。ささ、料理が冷めないうちに﹂
へえ、受け流した。プライド高そうな高級官僚チックな連中は一
瞬だけムッとしたようだが、すぐに笑って受け流したか。
まあ、当然だろうな。
でも、これだけで、やっぱり俺たちの世界とは違うということが
分かる。
﹁さて、ヴェルト・ジーハさん、そのことなのだが、あなたは先ほ
どの話では、そちらのお嬢さんをエンジェルタイプの者との間に成
したとのことでしたが、その他にも、その⋮⋮⋮⋮﹂
少し言いにくそうにする王様だが、それは他の連中も聞きたかっ
たのか、体がビクッと跳ねてやがる。
ようするに、お前、その歳で子供だけじゃなくて、色んな種族の
嫁が居んのかよ的な質問だよな。
﹁俺たちは天空族って言ってるが、そうだな。天空族の皇女様、故
305
郷のお姫様、人類最大国家のお姫様、魔族の姫様、ダークエルフの
姫様、竜人族の姫様と、数ヶ月以内に結婚式をやる予定になってる﹂
﹁な、なんと! そんなことが許されるのですか、クラーセントレ
フンでは!﹂
﹁いや、まあ、俺もどうかと思うよ。普通、嫁なんて一人いりゃ十
分だからな。でも、まあ、なんだ? 世界を旅したり、戦争したり
しているうちに、そうなった﹂
あんま言うのも恥ずかしいことだが、ここはもう開き直って言っ
てやった。
そして、重婚とか、一夫多妻とか、そんな常識はないどころか、
むしろ結婚なんて年齢制限だとか審査までやるような世界。
非常識すぎる文化に驚きはデカイだろう。
﹁し、しかし、我々の歴史書の中では、クラーセントレフンでは異
種族同士の戦争がいつまでも続くとされていましたが!﹂
﹁まあ、俺が特殊なケースなんだよ。だから、大層な技術を持って
いたご先祖様たちも、俺みたいなバグまで見抜けなかったってこと
だ。まあ、要するに、世界も人生も、どうなるかなんて簡単には分
かんねえってことだ。だから、面白いんだよ﹂
﹁だが、それでも結果的に、あなたが異種族同士の戦を終わらせた
と?﹂
﹁ぶっちゃけ、それは語弊があるな。俺は異種族同士の戦を終わら
306
せたんじゃない。俺はただ、異種族だろうと混血だろうと、仲良く
なりたい奴らだけ集まる国を作っただけだ。まあ、今も建国段階な
んだがな。だから、戦争は俺が止めたんじゃなく、周りが勝手にや
めただけだ﹂
﹁く、に、国を作った! その若さで? ベンチャー企業を立ち上
げるどころではないですぞ? 国を作ったと!﹂
こういう会話、あのアイボリーとかいう戦隊組や、聖騎士たちも
含めてこれまで何度もしてきた話。
その度にめんどくさくて、こうやってハショッた。
だが、それでも俺の言葉に何かそれぞれ思うところがあったのか、
全員口を紡いで、少し会話が途切れた。
時折、メッチャコソコソと﹁やはりこれはアタリだ﹂﹁他国より
イニシアティブを取るには是非とも関係を構築を﹂﹁相性診断の結
果を改竄して、早速今夜にでもピンクを献上するか?﹂﹁陛下、未
成年純潔保護法はいかがいたしましょう?﹂﹁超法規的措置適用も
しくは、年齢改竄﹂とか、チラホラ聞こえるが、俺には全部丸聞こ
えだからな。
しかし、すぐにその沈黙は破られた。
﹁ねえ、あんたは⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ん?﹂
それは、ずっと黙っていたピンク。
俺の言葉を聞いていたのか聞いていないのか分からなかったが、
どうやらちゃんと聞いていたようだ。
何かを求めるような顔で⋮⋮⋮
307
﹁人生も世界もどうなるかなんて分からなくても、それでも、⋮⋮
⋮戦いたくない人と戦わなくちゃいけない、その未来が確定してい
たら⋮⋮⋮そういう事態はどうすんの?﹂
俺に何かを言って欲しいのか? 態度のワリー女が何かを訴える
かのような、縋るような目で俺に問いかけた。
そして、俺は思い返す。
戦いたくない奴と戦わなくちゃいけない時。それは、相手が強い
とか怖いとかじゃなくて、もっと違う意味で戦いたくない奴という
ことだろう。
たとえば、親友とか、恋人とか⋮⋮⋮
そういう意味で俺が真っ先に思い出したのは、ラブに裏切られた
時だったか⋮⋮⋮
﹁大変楽しんでいるようだね。僕様も参加させてもらっても?﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!﹂﹂﹂﹂﹂
その時、俺が自分の考えを述べる前に、突如会場に響いたその声
が全てを遮った。
﹁ふふふ、やあ、楽しそうだね。でも、ずるいじゃないか。世界を
超えた友愛の場を、もっと開放しないだなんて﹂
パーティー会場の扉を開けて、とある一団が中に入ってきた。
ビシッとしたスーツでキメて、周りはサングラスをかけた強面で
308
固め、一人の男が機嫌よさそうに会場の注目を一斉に向けた。
そして、それを率いて、今、言葉を発したのは、その一団の先頭
に居る、唯一なよっちい細身の男。
ひょろくて、薄紫のクセを付けたマッシュスタイルの髪型は、ど
こか現代の若者を思わせる姿だった。
中性的な顔立ちは一瞬女に見紛うほどのものだが、間違いなく男。
その男が現れた瞬間、リガンティナが座るヴァルハラ皇国とかい
う国の連中が慌てて立ち上がった。
﹁ライラック兄さんッ!﹂
﹁やあ、ミント。兄であるこの僕様を呼んでくれないのは頂けない
な﹂
ミントとかいうアイドル姫のリーダー格が、兄と呼ぶ。つまり、
こいつはこの国の王子様ってわけか。
しかし、それだけにしちゃ、会場中が何やらザワついている。
﹁あれは、ライラック皇子!﹂
﹁なるほど、あれが噂の、皇子か﹂
﹁ヴァルハラ皇国の皇子でありながら、野党の若手を集めた組織、
﹃自由友愛党﹄の党首﹂
﹁ほう、恥知らずの狂った皇子か﹂
あまり、よろしい評判じゃなさそうだな。
確かに、どことなく雰囲気がこれまで出会った青瓢箪どもに比べ、
不気味な何かを感じる。
﹁このめでたい席に、お前のような奴が来るな! 党の宣伝行為の
309
つもりか、ライラック!﹂
﹁ふふふふふふ、老害は下がってください、お父様♪﹂
国王と思われる人物が立ち上がり制止しようとするが、にこやか
にその横を通り過ぎる。
そして、
﹁やあやあやあ﹂
﹁ッ!﹂
一瞬、空間が揺れ、突風が駆け抜けて、それは俺の目の前でいき
なり止まった。
﹁ッ、殿ッ!﹂
﹁ヴェルトくん!﹂
速いな。スーツの力か? 俺を驚かすつもりだったのか良く分か
らんが、そいつは俺の目の前に現れて、ニッコリと笑って手を差し
出した。
﹁僕様は、ライラック。ライラック・ヴァルハラだ﹂
まあ、それほど驚くものでもねえし、俺も別に臆することなく立
ち上がって手を差し出してやった。
﹁ヴェルト・ジーハ﹂
310
すると、俺の態度に何かツボにハマったのか、ライラックという
男は嬉しそうに何度も頷きやがった。
﹁うん、うん、うんうん! あなたが、クラーセントレフンより現
れた新たなる友。そして、自由な恋愛を謳歌する英雄ですな?﹂
ぬっ、さっきの俺に関する話は既に色々と流れているようだな。
皮肉か? ﹁なるほど。凶暴で荒々しい雰囲気の中に、どこか強い意志のよう
なものを感じる。この世界の男とは確かに違う。なるほど。良い男
だな。お尻の形も最高だね﹂
皮肉じゃなかった。普通に、嫌味ではなく褒めている様子。
爽やかな雰囲気で俺を⋮⋮ん? ちょっと待て。今、なんか最後のほうに変なことを言わなかった
か?
﹁他の方たちも、素晴らしい個性を感じる。バスティスタさん、う
む、抱かれたい肉体だ﹂
﹁⋮⋮⋮なに?﹂
﹁あなたとも、良き、お尻合いになられたらと思います﹂
お、お知り合いだよな?
はっ? えっ? お、おい!
311
また、加速したのか、俺の前から一瞬で消えて、無遠慮にバステ
ィスタの近くまで接近し、肩に手を置いて、怪しい手つきで揉んだ。
﹁お兄様ッ! ここをどこだとお思いですか! 世界が注目する中
で、ヴァルハラを汚すような行動や言動は謹んでください!﹂
﹁いやー、ゴメンゴメン、悪気は無かったんだ。彼らがあまりにも
魅力的で、僕様のハートが止まらなかったのさ﹂
﹁恥知らずのバカ息子め! お前は、さっさとこの場から立ち去れ
!﹂
﹁お父様、恥知らずで結構。僕様の考えでは、自分の意志を押し殺
すことこそが真の恥知らずと思うのです﹂
一体、コイツ何なんだ!
ただでさえ、アイドルだとか各国だとか、もはや名前も状況も、
俺の頭や記憶力じゃショート寸前なのに、ここに来て、何でこんな
のがブチ込まれてくるんだ?
﹁さあ、こんにちは! クラーセントレフンの友たちよ! 僕様は、
ヴァルハラ皇子にして﹃新党・自由友愛党﹄の党首、キャッチコピ
ーは汝のお尻を愛せよ、自由な恋愛と友情です。恋愛に資格が必要
ですか? 性交渉には全て清らかな愛が必要ですか? 今の社会は
なんですか? 五十歳の童貞が男としての意志を無くして弱体化し
ています。それは、人の営みとは思いません! 自分にね、嘘をつ
いたらダメなんですよ! だからこそっ!﹂
312
そして、何でそこで俺を見る。
﹁ヴェルト・ジーハさん。さっき、暴露されたあなたのお嫁さんの
話を聞きました。実に感銘を受けました。人数も関係なく、種族も
関係もなく愛を育むあなたの生き方は、世界は違えど感銘を受けま
した! あなたもこの世界を見て、思うでしょう? 人種? 相性
診断? 資格? 男同士はダメ? くだらないと思いませんか?﹂
﹁待て、最後にテメエは何をサラッとぶち込んでんだ!﹂
﹁はっはっはっは、これは素晴らしい! 男同士とブチ込むをかけ
たギャグを言うとは、文明の差はあれどユーモアのセンスは先進的
だ! 是非とも私と深いお尻合い、もといいおホモだ⋮⋮友好を育
んでもらいたい﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ、こいつ⋮⋮⋮⋮確定的だわ。俺は恐る恐るピ
ンクをチラッと見た。
すると、何だか異形を見るような目で頷いた。
﹁ライラック皇子はソッチ方面の御方との噂が⋮⋮﹂
やっぱりかよ!
いかんな。いくら公式の場とはいえ、もはや握手すらしたくねえ
と思っちまった。
313
﹁いい加減にしないか、ライラック! そもそも、お前は今、証人
喚問中のために、一切の議員としての行動を禁じられているのだぞ
! お前が、支援しているフザけた協会が、レッド・サブ・カルチ
ャーとも関わりがあるのではないかという疑惑も理解しているのか
!﹂
﹁はは、カメラや主要国の前でお父様も恥知らずな。それと、協会
を馬鹿にしないでもらいたいね。彼女たちは、この縛られた社会で
過去に滅んだ至高の芸術を愛する者たち。その志に僕様は共感して
いるのですよ﹂
﹁その金がテロリストに流れているかもしれんのだぞ! いいか、
もはや貴様など我が息子などとも思わぬ! しかるべき場で、必ず
お前を裁いてくれるッ! 覚えておけ! そして、今すぐこの場か
ら立ち去れい!﹂
とにかく、なんかヤバそうなんでかかわらない方が良さそうだ。
だが、問題はそれだけに留まらない。
このライラックとかいう男。
このあと、俺たちの世界なら誰もが予想だにしないことをやりや
がった!
﹁ふふふ、あなたも可愛いお尻をお持ちですね、魔族の御方﹂
﹁はっ?﹂
﹁そして、なるほど、魔族と呼ばれるだけはあります。その魔性の
魅力的な肌は悪魔のようで、キスしたくなりますね﹂
314
ジャレンガの頬に手を置いて、まるで女を口説くかのような爽や
かイケメンスマイルで微笑むライラック。
その瞬間、俺もニートもペットも全員椅子からひっくり返っちま
った!
﹁お、おいっ! 馬鹿、おま、なんつーことをっ!﹂
皇子に馬鹿とか言っちまったが、もう遅い!
﹁ねえ、⋮⋮⋮⋮引き裂き殺すけどいいよね?﹂
﹁んっ?﹂
次の瞬間、ジャレンガの右腕のギプスが爆発して、中から異形の
ドラゴンの腕が飛び出して、その鋭い爪で、一瞬にしてライラック
とかいう男の顔面を深く切り裂いたッ!
﹁いいいいいいいいいいいいいいっ!﹂
﹁や、やりやがった⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁きゃあああああっ! ライラック皇子!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮いや、大丈夫だろう﹂
これは、完全に手遅れなほど、深く抉りやがった! いや、ジャ
レンガにあんなことしたら当たり前だけど、この事態はマジいぞ!
よりにもよって、この国の皇子の顔面を切り裂いて、パーティー
会場を鮮血に⋮⋮⋮⋮ん? あれ?
315
﹁おおおおおおお! おおおおおっ! 子供の頃、絵本の中でしか
見たことのない、悪魔の腕! それは本物かな?﹂
顔面を引き裂かれ、ズタズタにされたはずのライラック。
しかし、一切の血を飛ばすことなく、ズタズタにされた表情のま
ま、ジャレンガの腕に興奮したように声を上げて居た。
﹁それにしても、コミュニケーションが苦手ですぐに手が出ちゃう
ツンツンしたところ、可愛いですね∼、そういうのを﹃ツンデレ﹄
というのでしょう? いや∼、あなたたちとは是非お尻合いになり
たい﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮君は﹂
ッ!
俺たちは、ようやくくだらないパーティーの雰囲気から脱して思
わず立ち上がっていた。
これは、まさか! 以前、ラブやマニーが肉体を改造した、﹃あ
の技術﹄か?
﹁ふふ、少し目立ちすぎましたね。今日は挨拶だけのつもりでした
ので、僕様もここで失礼しますよ﹂
316
ペロンペロンに引き裂かれた肉体が自動的に修復されて元の姿に
戻ったライラック。
やつは結局、場をかき乱すだけかき乱して、この場から去ろうと
する。
しかし、その時、
﹁今夜ここでお待ちしておりますよ、ヴェルトさん﹂
さり際に俺のスーツの胸ポケットに、一枚のカードをさり気なく
入れていきやがった。これは? ﹁ねえ? 君さ、帰れると思っているの?﹂
と、その時、このまま事態は収拾するかと思われたのに、こいつ
はそんなことなかった!
﹁おやおや、困りますねえ、魅力的な男の子に、帰したくないと言
われるなんて、基本受身の僕様には堪らないね﹂
んで、こいつの返しもヤバイだろうが! ニコっと笑いながら、
顔面に血管が浮き上がっているジャレンガがヤバイ!
﹁うん、殺そうかッ!﹂
317
あのバカ、このパーティー会場を吹き飛ばす気かよ!
月光眼を発動させようと︱︱︱︱︱
﹁ふふ﹂
﹁ッ!﹂
その瞬間、何が起こったのかわからなかった。
ただ、ライラックが笑みを浮かべながら右手を前に差し出そうと
しただけだった。
しかし、それだけで、何かに勘づいたのか、攻撃を仕掛けようと
したはずのジャレンガが、ものすご勢いで後方まで飛び退いた。い
や、逃げた?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮君⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
ジャレンガの表情が変わった。残虐な笑みで相手を滅ぼそうとす
る表情じゃねえ。
冷静に相手を分析するクールな表情に変わった。
その反応を見て、ライラックは余計に嬉しそうに笑った。
﹁ハハハハハハ! 本当に素晴らしい。文明を享受したこの現代社
会にはない、正に、野生の勘だね。そして正解だ。もし⋮⋮⋮僕様
の﹃プラズマ砲﹄を正当防衛として撃っていたら、君もただではす
まなかった﹂
318
プラズマ⋮⋮⋮?
よく分からん。だが、ジャレンガもそれだけで、もう飛び出そう
としない。ただ、睨んでいる。
﹁ふふふふ、ではまた。可愛いお尻の男の子達♪﹂
そんな怪しい言葉を残して、ライラックは立ち去った。
一体なんだったのか? 突然のことに、会場中からホッとしたよ
うなため息が漏れザワつきだし、ヴァルハラ皇が全体に深々と頭を
下げる中、ただジッと、ライラックが立ち去った扉を見ながら、ジ
ャレンガが呟いた。
﹁彼⋮⋮⋮多分、人の身だけど⋮⋮⋮ルシフェルさんと似た性能を
持ってるね⋮⋮⋮﹂
これはまた、ちょっと面倒な奴が現れたってところかもしれねー
な。
んで、
﹁ん? なにかあったのだ? 集中してて何も見てなかったのだ。
のう、シアン姫。はは、おぬしも良好なのだ♪ テーブルの下、大
変なことになってるのだ♪﹂
319
﹁はう、ん、ヴぃ、ヴィッチおねいざま、おねがいでし、もう、い
じめにゃいで﹂
﹁あっ、そうなのだ! とりあえず今晩こやつで遊んだら、嫁がい
なくてご無沙汰なヴェルトの夜伽に、こいつをくれてやるのだ! そんな気遣いの出来るわらわに感謝し、ヴェルトもきっと国への入
国を許してくれるのだ!﹂
なんか、約二名ほど変なのが居るが、聞かなかったことにしよう。
320
第18話﹁その聖地の名は﹂
話が弾んだのか、お互い情報交換が出来たのかの答え合わせは、
全員揃ってからの確認になるが、正直なところ俺らはみんなあのパ
ーティーで一人の男に持って行かれた感がある。
﹁ヴァルハラ皇国皇子、ライラック皇子。皇族でありながら、現皇
政に反発する御方。非常に過激で大胆な発言も多く、国民からは賛
否両論を常に受けているも、熱狂的な支持者も数多く居て、皇も頭
を悩ませているわ﹂
パーティーが終わり、コスモスはすっかり夢の中へ。俺たちは本
日ヴァルハラ皇国が用意してくれた宿泊施設へと、送迎のリムジン
の中でホワイトに、さっきの男のことを聞かされていた。
﹁なんか、今、かなり変な状況みたいだったんで、実際どうなんす
か? 昼間のテロリストと繋がりがあるみたいなこと﹂
﹁ニートさん、そして皆さんも聞いているかと思いますが、この世
界では自由な恋愛は認められていません。双方の合意を持った男女
が、まずは交際審査を受け、更には相性検査、遺伝子検査、結婚審
査、色々な段階があり、それを政府は管理しています。国籍が違え
ばその審査もより厳しくなります。ですが、ライラック皇子はその
制度を撤廃し、交際も結婚も双方の合意のみで許可し、同性での交
際も認めようという法案を設立させようとしています。それは、レ
321
ッド・サブカルチャーや、その組織と関連性を疑われている、とあ
る宗教協会からは絶大な支持を集めているので、そんなことに﹂
﹁いや、待て。自由な恋愛はわかったけど、何で同性なんたらが入
ってるのかが分からないんで! っていうか、宗教?﹂
﹁ええ。遥かなる昔、世界の女性たちを洗脳し、おぞましい世界へ
と誘ったと言われる、宗教家よ。国家を揺るがした危険思想人物と
して、大昔に捕らえられ、そのまま冷凍刑務所に拘留された教祖。
でも、その影響は遥かなる時を超えた今でも、人々に腐の遺産を残
しているの﹂
﹁いやいやいや、そんな危険な宗教なら、何で潰さないの?﹂
﹁下手に潰せないのよ。その宗教協会のメンバーは世界各国に散ら
ばっているとされ、その正確な人数や勢力が未だに把握できていな
いこともあり、更には国の政府機関の上層部や王族の中にまで紛れ
込んでいるという噂まであり、政府も下手に手を出せず、手を焼い
ているのよ﹂
何ともお笑いな話だ。俺たちの前世の何百年も先を行く優れた技
術力を持ったSFの世界が、そんなアホみたいなもので政権を左右
させられるとか、平和なのか過激なのか、よく分からん世界だな。
だが、それはそれとして、ライラックとかいう変態皇子のマニフ
ェストよりも、やつ自身に少し気になるところがあった。
あのジャレンガが、一瞬怯んだと思われるほどの何かを持つほど
の只者じゃない雰囲気。
そして、去り際に俺の胸ポケットに何かを入れたこと。
それは一枚のカード。
322
随分とカラフルに色塗られているカードに書かれていたのは⋮⋮
⋮⋮
﹁おい、ホワイト。このカードには何が書いてあるんだ?﹂
﹁えっ? あら? これはっ!﹂
随分と怪しい、いかにも風俗チラシのように見えなくもないカー
ドなんだが、何が書いてあるか?
ホワイトの表情から、あまりいいもんじゃないのだろうが⋮⋮
﹁これは、ライラック皇子が所有するバーよ。何度も政府の調査で
営業停止にあったりしているお店。違法な電子書籍を公表したり、
公然わいせつ罪など、あとを耐えないという噂で⋮⋮⋮⋮ライラッ
ク皇子、また経営を始めたのかしら?﹂
﹁しかし、公然わいせつ罪ってのはどういうことだ?﹂
﹁その、あの、ステージの上で、若い美形の男同士が絡み合って、
それを客の女性が見物するというシステムで⋮⋮﹂
﹁もういい、説明しなくて! つうか、女が見物すんのかよ! 何
で?﹂
﹁ええ、ここも、例の宗教協会やレッド・サブカルチャーとも関係
があるのではとされていてね。その、アウトローな方々の集まる場
所なのよ﹂
323
﹁おい、アウトローって、そういう意味で使われてるのか? 結構、
不良的には好きな言葉なのに、一気に嫌いになったぞ﹂
つまりだ、あの野郎はそんな変態バーに俺を誘ってるってのか?
冗談じゃねえ。誰が行くかよ。
もうやめだ、やめ。
今日は色々と疲れたりキモかったりしたから、こういう時はコス
モスを胸に抱いて寝るのが一番癒されて⋮⋮⋮⋮
﹁とにかく、行かないことをおすすめするわ。この、﹃サンクチュ
アリ・イケブクロ﹄にはね﹂
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
ただ、店の名前を読み上げただけのホワイト。
しかし、その店の名前に俺とニートだけは全身が震い上がるほど
の勢いで、身を乗り出していた。
﹁ど、どうしたの? 二人共﹂
324
思わず驚くホワイト。
﹁ニート﹂
﹁おっ、おおお⋮⋮⋮⋮あ∼⋮⋮﹂
さて、俺たちもどうしたのと聞かれても⋮⋮⋮⋮
とりあえず、ニートは訪ねた。
﹁なあ、ホワイト。ちなみに、イケブクロってどういう意味か教え
て欲しいんで﹂
﹁イケブクロ? ああ、それはね、さっきも言ったけど、例の宗教
協会の教祖が言っていたものよ。いつの日か、聖地イケブクロを生
み出すとかって。どういうものかは分からないけれど﹂
聖地イケブクロ? 聖地⋮⋮⋮⋮
﹁いや、聖地の意味も分からねえし、やっぱ偶然だよな、ニート、
その名前。あ∼、ビックリした﹂
思わず、前世に関連した何かだと思ってメチャクチャビックリし
たが、そうでは無さそうだな。
俺は気が抜けてシートに深く体を預けた。
だが、ニートは違った。真剣な眼差しで拳を握っていた。
﹁ニート?﹂
325
﹁⋮⋮ヴェルト⋮⋮⋮⋮お前は知らないから分からないんでアレだ
けど⋮⋮多分、偶然じゃないんで﹂
﹁なに?﹂
﹁イケブクロ⋮⋮⋮⋮池袋⋮⋮⋮⋮そこは、乙女ロードと呼ばれる
ボーイズラブを取り扱う女性向け店舗が多数点在し、オタク界では
こう呼ばれてたんで⋮⋮⋮⋮腐女子の聖地﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮おい⋮⋮⋮⋮ちょっと待て。
﹁どう⋮⋮⋮⋮思う? えっ、これって、そういう展開か?﹂
﹁まだ、どういうものかを把握してないからアレなんで断定できな
いけど⋮⋮⋮⋮もし、そこで取り扱われているものとかが、俺の想
像通りの物なら、多分、十中八九。というより、俺、既に一人心当
たりがあるんで﹂
﹁⋮⋮⋮⋮マジかよ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
まさか、これは、来るのか? 久々の、クラスメートの⋮⋮⋮⋮
﹁っというより、ネーミングがニューヨークとかテロリストどもが
叫んでいたサブカルチャーのジャンル的なもので気づくべきだった
んで⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ひょっとしたら⋮⋮⋮⋮神族にも﹂
﹁居るのか? 俺たちの⋮⋮⋮⋮クラスメート⋮⋮⋮⋮﹂
﹁まあ、捕まって冷凍されてるみたいなんで、今は居ないんだろう
326
けど﹂
こりゃまた、もしそうだとしたらかなりメンドクセーことになっ
ちまったな。
でも、断定できねーし、気持ちわりーし、そうかもしれないと思
われるやつは今冷凍されてるんだろ?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮だったらほっとくか? メンドクセーし、先生
には内緒で⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁つーわけにもいかねーよな⋮⋮⋮⋮俺、先生に嘘つこうとすると
すぐバレるし⋮⋮⋮⋮まあ、ガキの頃から先生には何でも話せって
言われてたからな﹂
う∼∼∼∼∼∼わ∼∼∼∼∼、死ぬほどなんかめんどくせえ。
ぶっちゃけ、もう残りのクラスメートは、俺全然よくわかんねー
んだけど。
気づかなきゃよかった。知らなかったらよかった。わからないま
まの方が良かった。
だが、流石に、そのままじゃマジーか。
﹁ニート⋮⋮⋮⋮そこで扱ってるもんが分かれば、断定できるか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮多分⋮⋮⋮⋮﹂
となると、もうやることは一つだけか。
327
俺はイラついて頭を掻きむしり、どうしてこうなったのかと叫び
たい気分だった。
でも、コスモスが起きちゃうからそれもできねーし、あ∼∼∼∼
∼、もう!
﹁⋮⋮⋮⋮おい、リガンティナ﹂
﹁ん?﹂
﹁今晩、コスモスを見といてくれねーか?﹂
膝の上でスヤスヤ眠るコスモスを俺はそのままリガンティナへ手
渡した。
﹁婿殿、一体何を?﹂
﹁バスティスタ、多分大丈夫だろうけど、お前は皆を頼む。守るの
はコスモスだけで、あとは見張りだ。エロスヴィッチとかが馬鹿や
らないようにな﹂
﹁ヴェルト・ジーハ? なんだ?﹂
行くしかねーんだよな、ココに。
﹁おい、ホワイト、この店、ここから近いのか?﹂
﹁えっ? え、ええ。ここから見えるツインタワービルの下に広が
328
る繁華街に⋮⋮⋮⋮って、ヴェルトくん、まさか!﹂
案の定、場所はすぐ近くっぽいし、仕方ねえ。
ちょっくら、見てくるとするか。
俺は、リムジンのドアを開けて身を乗り出す。そして、ニートに
振り返ると、露骨に嫌そうな顔をしてきやがったが、既に諦めてい
る様子だ。
﹁ちょっと、危ないわよッ!﹂
﹁だいじょーぶ、俺、飛べるし。んじゃ、ニート、んで、ムサシ、
⋮⋮⋮⋮あとはペットでいいや、行くぞ﹂
﹁へっ?﹂
﹁えっ? ヴェルトくん、ちょ、どういうこと!﹂
止めようとするホワイトを背中に、俺はスカイダイビングのよう
にリムジンから飛び降りて、メガロニューヨークの百万ドルの夜景
を見下ろしながら夜間飛行となった。
んで、飛べない、ニート、ムサシ、ペットには、ちゃんとレビテ
ーション。
﹁は∼、メンドクサいんで、ほんと⋮⋮⋮⋮今度からジュース屋は、
エルファーシア王国から移転しよう、ほんと⋮⋮⋮⋮もう二度と巻
き込まれたくないんで﹂
329
﹁殿ッ! いったい、どういうことでござる! 何処へと? もし
や、先ほどの怪しい男のところに? ダメでござる! 殿に何かあ
ったらどうするでござる!﹂
﹁ヴぇヴぇ、ヴェルトくん、何があったかはしらないけど、何で私
まで? その、えっと、私、何で?﹂
諦めて身を任せるニートに対し、混乱中のムサシとペット。まあ、
この二人をセレクトしたのには理由があった。
﹁ムサシ、俺の身に何かあったときのために、お前に来てもらうん
だろうが﹂
﹁ッ!﹂
﹁頼りにしてるぞ∼﹂
﹁ははっ! この身に変えてもッ!﹂
ムサシはこれでOK.。
﹁ペット、お前はオマケだ﹂
﹁なんで! もし危険とかなら、リガンティナ皇女とかのほうがい
いのに!﹂
330
﹁お前な∼、エルファーシア王国騎士団の人間のくせに、エルファ
ーシア王国の姫と結婚する男の護衛が嫌なのか?﹂
﹁なんで! それ、絶対理由嘘でしょ! 嘘に決まってる。本当は
どういう理由なの?﹂
ムサシとペットを連れてきた理由? 決まってる、俺たちはノン
ケだとアピールするためだ!
そんなホモ野郎の経営する変態バーに、俺とニートの男二人だけ
で行けるわけねーだろうが!
それに、今回はちょいと真面目に確認したいこともあるし、リガ
ンティナとエロスヴィッチが暴走したら、余計に混乱しちまう。
だったら、ムサシと、常識人のペットの方が連れてくなら良い。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮そう思ってたのに⋮⋮⋮⋮
﹁ずるくない? ヴェルトくん﹂
﹁あっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁さっきの男を殺しに行くんでしょ? 僕も行くから、僕があいつ
を殺すね?﹂
四人だけ。誰も暴走しないようにと選定したのに、気づけば俺た
ちの真上に、自前の悪魔の羽でパタパタ飛行するジャレンガがニタ
リと笑っていた。
331
﹁だから、お前はくんなあああああああああああああああああああ
あああああああっ!﹂
本日、二回も叫ぶとは思わなかった。
やべえ、もう既に不安しかない。
332
第19話﹁別世界﹂
いつもオドオドしているペットが、本気で﹁う∼﹂と泣きそうに
なってやがる。
﹁どうして私まで﹂
﹁だから、そうビビるなよ。別に戦争しに行くわけじゃないんだか
ら﹂
﹁普通は起こらないのに、ヴェルト君が行くと戦争起こるでしょ!﹂
﹁うっ、否定できねえ。でも、お前、強いんじゃないのかよ?﹂
﹁ヴェルト君がいつも連れている仲間と比べられないよ﹂
ったく、情けねーな。
フォルナたちの話じゃ、こいつ、普通に魔法とか強いって話なの
に。
﹁私、自信ないよ、ヴェルト君﹂
﹁ああ?﹂
﹁ヴェルト君も、一緒に居る人たちも、いつだって私なんかじゃ想
像もつかない人たちなんだもん﹂
おまけに、沈んでるし。
人通りの少ない繁華街に着地し、恐らくそうだと思われる建物に
向かって歩き出すも、ペットはドンヨリとした空気を背負い、幽霊
みたいな暗い雰囲気を醸し出しながらトボトボと歩いていた。
そんな俺に、ニートが肘で小突いてきた。
﹁んだよ﹂
333
﹁フラグ建てない程度に励ましたほうがいいと思うんで﹂
﹁なんでだよ﹂
﹁いや、どう考えてもお前の所為なんで、でもこういうところで好
感度上げられると見ていてイラッと来るんで、そこらへんを考えて
やった方がいいと思うんで﹂
俺に耳打ちしてくるニート。目の前には背中を丸くして落ち込み
ながら前へと進むペット。
ん∼、励ます⋮⋮⋮⋮励ますか⋮⋮
﹁あ∼、悪かったよ、ペット﹂
﹁絶対、悪いと思ってないよ、ヴェルト君﹂
﹁∼∼∼ッ、あ∼、もう、しつけーな 。でも、安心しろよ、幼馴
染のよしみだし、もし何かあったとしても⋮⋮﹂
ようするに、落ち込んでいるというより、ビビッてるんだろ? こいつ、臆病だし。
なら、安心させりゃいいだろ。
﹁何があっても、俺が守ってやるから﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ!﹂
﹁バスティスタ曰く、体を張ってな。だから、心配すんなよ﹂
まあ、バスティスタより安心感は感じられないだろうけど、それ
ぐらいは⋮⋮ん? 334
﹁ん? おい、何、赤くなってんだ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮卑怯者⋮⋮⋮⋮﹂
﹁あっ?﹂
﹁卑怯者だよ、ヴェルト君。そういうこと言うの、卑怯だよ∼﹂
何がだよ、と思った瞬間、ニートが俺に肘打ちしてきやがった。
﹁ごはっ! なんだよっ!﹂
﹁いや、お前、ほんとなんなのか分からないんで。なに? 俺、好
感度上げるなと言わなかった? いや、もう、お前がそれでいいな
ら、もう俺もこれ以上言わないんで、このラブコメヤンキー﹂
ものすごい、イラッとした様子のニートに俺もキレ返そうとした
が、そこでふと思った。
前髪下げて顔を隠しているのに、真っ赤になって少し慌てている
ペット。
それはつまり⋮⋮
﹁くはははは、なんだ∼、ペット。お前、まさかこんなことぐらい
で俺に惚れたか∼?﹂
335
﹁ぶっ!﹂
﹁戦争嫌とか言ってるくせに、ワザワザ、世界戦争が起こるかもし
れないもんに飛び込むなよな∼。しかも、今更﹂
物凄い分かりやすい態度だったんで、からかうように言ってやっ
たら、案の定アタフタするペットが、何か見ていて面白かった。
んで、前のめりになってズッコけて﹁お前⋮⋮﹂とか言ってるニ
ートも印象的だった。
そして⋮⋮
﹁にゃ、にゃにゃ、にゃんですとっ! ペット殿、どういうことで
ござる!﹂
﹁ちが、違うんだよ! べべ、別に、その、違うんだよ、ムサシち
ゃんっ!﹂
﹁にゃーっ! たたでさえ、奥方様が六人も居て、拙者とてようや
くご寵愛戴けるようになったのに、これ以上はあんまりでござる、
殿∼ッ!﹂
﹁だか、ら、ム、ムサシちゃん、落ち着こうよ∼﹂
﹁うにゃ∼! どうしてでござる∼! ペット殿は殿と幼馴染だか
らこそ、昔から殿が世界一カッコいいこと知っていたはずでござる
! それなのに、どうして今更でござるっ!﹂
336
おお、ムサシ、俺が世界一とか、嬉しいやら恥ずかしいやらなこ
とを。あとで頭を撫でてやろう。
そして、ムサシの言うことも、もっともだった。
あまり話す機会はなかったとはいえ、ペットとは小さい頃からの
付き合いだ。 別に今更⋮⋮⋮
﹁べ、別に、い、今更じゃ⋮⋮前から知ってたもん⋮⋮小さい頃か
ら﹂
﹁ん? 何でござる? ごにょごにょと聞き取れなかったでござる
が﹂
﹁い、いいの、もういいの! 私は、そんなことないもん! 私は、
姫様を応援するから!﹂
ごにょごにょと、ムサシは聞き取れなかったみたいだが、俺は聞
き取れた。
なに? 前から?
﹁えっ? ペット、お前、なに? 前から俺のこと好きだったのか
?﹂
﹁ちょおっ!﹂
﹁え∼? そんな機会あったか∼?﹂
337
俺が過去にペットとそんな関わったことなんて⋮⋮
﹁いや、もうお前、黙ったほうがいいんでっ!﹂
﹁はぐうっ!﹂
すると、今度は俺の背中にニートのドロップキック! って、
﹁な、なにしやがんだコラァ!﹂
﹁それはお前の方なんで! お前、別にさ、難聴系鈍感キャラじゃ
ないのはいいけど、地獄耳デリカシー無しキャラってのもどうかと
思うんで!﹂
﹁はあっ? んな、別に大したことじゃねーだろうが。中坊じゃあ
るまいし、今更この程度のことでイチイチよ﹂
﹁うわっ、ほんと最悪なんで。こんな主人のギャルゲーとか、ぜっ
てー流行んねーし! つか、普通、十八って言えば青春真っ只中だ
と思うんで﹂
なんだよ、そこまで悪いことか? と思ってニートに殴り返そう
としたら、プルプル震えて今にも泣きそうなペット。
そして、さっきまで慌ててたくせに、﹁ペット殿、これも殿でご
ざる﹂と何だか哀れんだ表情で慰めているムサシ。
そんなに、悪かったか?
338
﹁お前、結婚が先行してただけに、恋愛とかほんとしてないんで、
そういうデリカシーとか駆け引き的なの分からないんだ﹂
﹁ああ? お前だって、妖精の彼女できるまで、たんなる根暗だっ
ただろうが!﹂
﹁失敬な。俺は、リアルな恋愛は確かに皆無だが、前世ではシミュ
レーションでの恋愛実績は抱負なんで!﹂
いや、それ、結局皆無なんじゃねえかよ。胸張るなよ。そうツッ
コミを入れようとした。
すると⋮⋮⋮
﹁キャッキャッ﹂
﹁うふふふふ、仲良いよね∼、お互い攻め合う、攻めと攻め、受身
になったら負けちゃう。ん∼、じれったい﹂
﹁ぐふふふふふ、それに、前を歩いているコウモリのコスプレして
いる人もいいし⋮⋮三角関係?﹂
﹁キャーッ! ⋮⋮⋮それより、あの二人の女ジャマじゃない? 獣耳のコスプレとか、あざといっつーの﹂
﹁ほんと。穢されるから一緒に行動して欲しくないよね∼﹂
339
﹁ねえ、でも、あの人たち、どこかで見たこと無い?﹂
なんだ? 気づけば俺たちの周りは、何やら目を爛々と輝かせた
女たちに取り囲まれて注目されていた。
しかも、女共の格好も、やけにフリルのついた服だったり、メイ
ドだったり、あきらかにSF世界と異なるような服着てたり、かな
り変だ。
妙な気分を感じながら、とりあえず無視して道を行くと、ようや
くソレだと思われる店が見えて来た。
そこは、カラフルな名刺とは対極的な、地味な雑居ビル。
﹁ここでいいよね、ヴェルト君。開けたら壊していい?﹂
﹁待て待て、ジャレンガ。壊すのは⋮⋮⋮俺も壊したいと思ってか
らにしてくれ﹂
こんなところに、本当にあるのか? と疑いたくなるも、確かに
名刺に書かれている紋様と同じ文字らしきものが書かれている。
﹁⋮⋮⋮にしても⋮⋮⋮ヴェルトとBL店に来るとか、ほんと人生
何があるか分からないんで﹂
﹁くははははは、確かにな。さあ、勇気を出して行くとしようぜ﹂
ここから先、どんな真実が待ち受けているか? どちらにせよ、
鬼が出るか蛇が出るか分からんが、もう、引き返すことは出来な︱
︱︱︱︱︱︱
340
﹁先輩、僕、自信がないんです。僕なんかがレギュラーなんて﹂
﹁馬鹿! 今更、何を言ってんだよ!﹂
﹁だって、僕なんかじゃ、試合でみんなの足を引っ張るだけ⋮⋮⋮﹂
なんだこれは? 雑居ビルの扉を開けて部屋を見渡すと、そこは想像以上に広いホ
ールのようになっていた。
薄暗い店内、オープンのシート、設置されているスタンドテーブ
ル、そしてクラブのようなライトアップと、中央に設置されたステ
ージ。
店の扉を開けると、中は随分と賑わっており、男よりもむしろ女
の方が人数は多かった。
つか、誰も俺たちなんて見ていないで、ステージに意識を集中さ
せているが、アレはなんだ?
小柄なナヨっとした女みたいな顔の美形の男と、細身だがスラッ
とした長身の男が、互いにバスケのユニフォームみたいなのを着て、
何かをやっている。これは、演劇?
﹁なあ、お前がやめると、誰よりもお前を信じている奴を、二人も
裏切ることになるんだぞ?﹂
﹁二人? 先輩、二人って⋮⋮⋮﹂
﹁一人は、お前だよ。お前自身だ﹂
341
﹁えっ?﹂
﹁この手を見てみろ。来る日も来る日も努力し続けて荒れた手だ。
この手は、お前を信じてずっとお前の努力に付き合ってきたんだ。
お前は、この手を裏切るのか?﹂
﹁せん、ぱい⋮⋮⋮⋮﹂
﹁そして、もう一人は、俺だ﹂
﹁ッ!﹂
﹁誰よりもお前を信じている。誰よりもお前の努力を俺は見てきた。
だから、俺はお前をレギュラーに抜擢するよう、監督に掛け合った
んだ﹂
小柄な男の手を握り、熱い想いをぶつける長身の男。
とりあえず、どういうシチュエーションの演劇なのかは分かった。
しかし、こういう爽やか青春スポーツものの演劇なのに、それを
見ている客の女たちの表情は、何だか恋愛ドラマを見ているかのよ
うなキラキラした目。
つうか、なんか、キャーキャー騒いでるけど、何なんだ?
そして、ニートも⋮⋮⋮
﹁これ、⋮⋮⋮どう見ても、﹃スラムのバスケ﹄のパロだし⋮⋮も
う確定的だし⋮⋮⋮﹂
342
なんか、ものすごいガックリと項垂れてる。おい、ニート、お前
に何があった?
すると⋮⋮⋮
﹁あんまり、情けねえこと言うな。そうだろ? 相棒!﹂
﹁先輩ッ! ぼ、僕をまだ、僕をまだ先輩のパートナーとして認め
てくれているんですか?﹂
﹁馬鹿が⋮⋮⋮⋮そんなつまんねーことばっか言う口なら、塞いじ
まうぜ﹂
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱えっ?
﹁先輩⋮⋮﹂
﹁震えるな﹂
えっ? えっ? えっ? おいおいおいおいおいおいおいおいお
い! ちょっと待て! 何で、その状況で二人とも顔を近づけて⋮
⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアッ!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁﹁﹁ギヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
343
アアアアアアアアアアアっ!﹂﹂﹂
次の瞬間、店内に響き渡る、女の﹁キャー﹂の歓声と、俺とムサ
シとペットの﹁ギャー﹂の悲鳴。
もう後戻りできないと思っていたはずの扉を、俺は勢いよくしめ
た。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
一旦落ち着かせてくれ。何だ? なんだよ、今のおぞましい世界
は! ファンタジー世界に転生して、今度はSF世界に転移して、そし
て今度はどんな世界だよ! なんんだよ、あの世界は!
﹁ふぁっ、ふぇ、が、にゃ、あう、あう、はう﹂
﹁は∼∼∼、う∼∼∼、な、何今の⋮⋮⋮ドキドキドキドキ﹂
﹁やっぱり⋮⋮⋮﹂
﹁ねえ、何あれ、すごく気持ち悪かったけど﹂
俺にも説明できねえよ。なんだよ、アレは。何なんだ、あの世界
は。一体、俺たちは何を見たんだ?
344
﹁⋮⋮⋮⋮帰るか?﹂
俺は、今、心底そう思っていた。こんな恐怖は生まれて初めて︱
︱︱︱︱︱︱
﹁つれないな∼、せっかく来てくれたんだから、楽しんでくれたま
えよ﹂
﹁﹁﹁﹁ッ!﹂﹂﹂﹂
その時、俺が閉めた扉が向こうから開けられた。
そこから顔を出したのは、さっきパーティー会場に現れた、あの
男。ライラック!
﹁テメエッ!﹂
﹁ふふ、ヴェルト君、ジャレンガ君、ニート君、待っていたよ。連
れの子達も新しい世界を知って楽しんで欲しい。あんなパーティー
会場では出ないご馳走も用意しよう!﹂
思わず身構えるも、色々衝撃がありすぎて体の反応が遅れた。
345
ライラックは鼻歌交じりで俺たちの背に回りこみ、ニコニコしな
がら押して、叫ぶ。
﹁さあ、聖地にようこそ、友人たち! みんなも、注目してくれ!
あるのか無いのか分からないまま伝説に尾ひれがついたクラーセ
ントレフン。その世界の友人たちが、自分たちの方からここに来て
くれたんだ! 是非とも、この世界の素晴らしい文化を教えてあげ
てくれ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁キャーーーーーーーッ!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁さあ。みんな、キリキリ動いてくれたまえ。まずは彼らに腹ごし
らえをしてもらおう。倉庫より、秘蔵の﹃ポテチ﹄と﹃チョコステ
ィック﹄、さらに厨房で﹃ピザ﹄と﹃フライドチキン﹄を作らせて
持ってきたまえ! おしりなでだ! ⋮⋮おっと、間違えた、おも
てなしだ! ハハハハハハハハハハハハハ!﹂
笑えねえ! 帰りたい! もうやだ! なんなんだよ、こいつは
! なんなんだよ、ここは! 今の俺なら、イーサムとだって戦えるぐらい強くなってると思っ
たのに、まさかこんな恐怖を味わうとは思わなかった。
だが、そんな中で⋮⋮⋮
﹁へえ、﹃ライバニ﹄、﹃テニキン﹄、﹃スラバス﹄、﹃ハンピ﹄。
346
絵は流石に完全復元とまでいかなくても、懐かしいや⋮⋮⋮無理や
りカプにしてるんはどうかと思うけど﹂
店内を見渡すニート。
ステージが衝撃的すぎて気づかなかったが、壁や店の飾りで至る
所に、キャラクターものの絵やグッズなどがあり、ニートはどこか
懐かしそうに微笑んでいる。
すると、その反応に、ライラックの肩がピクリと動いた。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮クラーセントレフンの住民が⋮⋮⋮何故、原作の略
称まで知っている?﹂
その反応はもっともだ。ファンタジーな異世界から初めてこのS
F世界に転移した俺たち。
それなのに、どうしてこの世界の創作物を知っているのか? ラ
イラックがそう思うのは無理なかった。
だが⋮⋮⋮
ふの ひびき
﹁その質問に答える前に教えて欲しいんで。﹃布野響﹄⋮⋮この名
前に聞き覚えは?﹂
﹁フノヒビキ? ⋮⋮いや、聞いたことはないな﹂
違ったか? つーか、普通に俺も﹃フノ﹄とかいう奴を知らねー
から、何とも言いようがねえけど。
347
﹁ただし、僕様が支援している宗教協会、ビーエルエス団体の﹃教
祖・クリア﹄と呼ばれていたお方は、人々を先導するだけではなく、
﹃ドージン﹄という創作物をこの世に生み出し、世界に多大なる影
響を与えた。その時、そのお方が使われていたペンネームが⋮⋮⋮﹂
ぺ、ペンネームだと?
﹁ペンネームが、確か、﹃ヒビキ嬢﹄だったな﹂
﹁それだああああああああああああああああああああああああああ
っ!﹂
勢いよく、身を乗り出して叫ぶニート。
おお、当たったよ⋮⋮⋮
348
第20話﹁目指す場所は同じでも﹂
﹁地底族のニート君。どうして君が、カリスマ教祖クリアのペンネ
ームを知っている?﹂
﹁カリスマ? 腐教祖じゃなくて?﹂
﹁ふむふむ∼。ひょっとして、ディッガータイプには何か言い伝え
のようなものが伝わって?﹂
﹁そうじゃないんで。ほんと、説明が難しいんであれだけど⋮⋮⋮﹂
遥か昔にこの世界に変な文化を広めて今でも影響力を残している
のは、クラスメートだった。
とりあえず、これで確定というところだった。
さて、それはそれとして、これからどうすっかな⋮⋮なあ? 先
生。
﹁まあいい、じっくり話を聞かせて欲しい。根掘り堀り堀り、堀ま
くってね♪﹂
奥へと進むライラック。
そこにあったのは、大きめの向かい合ったソファーとデカイテー
ブル。
その上には、俺たちの世界にはないが、前世では見たことがある
ような駄菓子や料理が盛られていた。
349
﹁へえ、店は気持ち悪いのに、食い物はウマそうだな﹂
﹁ん、懐かしいんで﹂
﹁と、殿、こ、これは見たこと無いものばかりで危険でござる! まずは拙者が毒味を!﹂
﹁これ、どうするの? ヴェルト君﹂
﹁ねえ、殺さないの?﹂
見たことの無い食べ物にうろたえるムサシとペットだが、俺らに
は良く知ったもの。
ピザ、ナゲット、フライドポテト、ポテトチップやチョコスティ
ックなど、懐かしいものばかり。
俺は、熱々でトロリとしたチーズ乗ったピザを、一切れ取り、口
に運ぼうと︱︱︱︱︱
﹁殿ッ! ですから拙者が毒味をしますゆえっ! あ∼∼∼∼∼ん、
ガブッ!﹂
口に運ぼうとしたピザをムサシが横から一気に食い取られた。
っておいおい、そんな一気に食うと⋮⋮⋮
﹁ぷぎゃああああああああああああああああああああああああっ!﹂
お前、猫舌なんだからそんなに熱いものを一気に食うなよ。
悲鳴を上げて床の上をゴロゴロ転がるムサシに、店内から笑いが
漏れた。
だが、それでも⋮⋮
350
﹁お、おいしい⋮⋮これ⋮⋮﹂
続いてピザを恐る恐る口にしたペットが、顔を上げてそう言った。
﹁おいしいよ、これ。熱い生地の上に、チーズとトマトソース? この食感もいい﹂
﹁だろ? でも、あんまここらへんのものばっか食いすぎるなよな。
デブになるからよ﹂
﹁えっ、そうなの?﹂
でも、食いすぎたらデブになるとはいえ、それでも食っちまう。
そういえば、ハンバーガーもどきを向こうの世界でも食ったが、こ
ういうのはなかったな。
懐かしくて、そして悔しいが普通にウマイと感じた。
﹁ふふん。ヴェルト君とニート君は手馴れた感じだね。正直、こう
いう手づかみで食べる料理なんて、今のこの世界では敬遠されてい
るんだよ。品が無いとか、肥満の元だとかくだらない理由でね﹂
﹁ほ∼う、そりゃ確かにくだらねーな。別に毒でも麻薬でもねーの
に、神経質すぎだな﹂
﹁その通りさ、神経質すぎなんだよ、今のこの世界はね!﹂
すると、俺の反応に嬉しそうな表情を浮かべ、ライラックは両手
を広げて立ち上がった。
351
﹁この世界には数多くの誇れる文化がたくさんあった。サブカルチ
ャーの創始者レッドが、世界に裏切られて冷凍刑務所に収監されて
も、彼の残した文化は何千年も世界に生き続けた﹂
レッド。それは、昼間のテロリスト共が叫んでいた人物の名。解
放しようとした人物の名。
﹁刑務所に収監される前に、レッドがこの世に残した超膨大なデー
ターベース。レッドデーターブックは、その時代のみならず、遥か
先を見据えたアイデアの宝庫だった。漫画、ゲーム、電子書籍、コ
ンピューター技術、テレビ番組、お笑い、お色気、映画、スポーツ、
娯楽施設、数限りなくあった。それらは、レッドの意志を継いだ者
たちが後世へと伝え、そして独自に発展をさせて未来へと繋げた。
しかし、今の社会はなんだ?﹂
政治家のように、っていうか、こいつ皇子で政治家でもあったな。
熱弁しながら、主張する。
﹁漫画もゲームも、コミュニケーション能力が乏しくなり、ジャン
ルによっては影響を受けて犯罪の元になる、ジャンクフードや炭水
化物は肥満の原因となり寿命を縮めるや、愛の無い性交渉による感
染症や売春などを無くすために一切の風俗店を排除し、交際や結婚
にも制限を設けた。スポーツのルールも大幅に改善させて、コンタ
クトの多いものは徐々に排除されて軟弱な者ばかりの世界になった。
実に嘆かわしい﹂
352
そして、その主張のすべてが、どう聞いてもこの世界の方針とは
真逆を行っていることからも、やっぱり⋮⋮
﹁昼間のテロリスト共と、テメエは絡んでいるのか?﹂
﹁そうなると、君はどう出るかな? ヴェルト・ジーハ君﹂
認めた。本当にアッサリと。
﹁それで裁判みたいになってんじゃねーのか?﹂
﹁ふふふふふ。本音を語るに値しない老害共に、僕様の真の思いを
語る必要も無い。どうせ、彼らは外面を気にして反対する。自分た
ちは権力を行使して、金に物を言わせて裏では遊んでいるというの
に、国民には我慢せよ、逆らったら逮捕しろと言う。反吐が出るだ
ろう?﹂
少し意外だった。何故なら、こいつが嘘を言っているように見え
なかったからだ。
それは、今の話が全部真実であることを意味する。
今日会ったばかりの俺たち相手に?
﹁そんな、管理管理の社会じゃ、規制された直後は荒れたんじゃね
えのか?﹂
353
﹁別に一気に規制されたわけじゃない。徐々になったのさ。例えば、
映画や漫画など、激しい残酷で暴力的な描写、性的興奮を煽るよう
な表現などは年齢制限を設け、それが徐々に人の死が関わる描写、
血が出る描写、女性の肌の露出なども規制され、何年もかけてたど
り着いた先は、既にサブカルチャーが滅んだ時代に生まれた子供が
大人になって、社会を作っていく世界になっていた。今の世界を作
る彼らは、滅んだサブカルチャーの価値を分からぬまま育ち、何の
疑いも持っていない﹂
それが﹁無い﹂時代に生まれたからこそ、﹁無い﹂ことに疑いを
持たない。その感覚、なんとなく分かるかもしれない。
朝倉リューマとして死んで、そしてヴェルト・ジーハとして生ま
れたこの人生。前世ではあって当然だったものが無い世界。しかし
世界はそれをおかしいと思わない。
俺もなんで﹁無い﹂ことに誰も疑問を持たないのかと不貞腐れて
いた。
﹁でも、無いことを疑問に思わないんだったら、お前らもそうじゃ
ねえのか? まだ、そんなに歳じゃねえだろ?﹂
﹁そうさ。僕様たちも本来はそうだった。教祖クリアや、現レッド・
サブカルチャー組織のリーダーである﹃スカーレッド﹄が立ち上が
り、僕様たちに素晴らしき文化を教えてくれなければね﹂
﹁ようするに、知らなきゃ別に何とも思わなかったのに、それを知
っちまったからこそ、もう、それがないとダメってぐらいハマッた
ってことかよ﹂
354
﹁そういうことだね﹂
これまでの会話。もはやムサシはチンプンカンプンの様子。ジャ
レンガとペットは何となく理解できている様子。
そして、ずっと黙ったままのニート。
﹁ニート、テメエはどう思う?﹂
﹁ん?﹂
﹁お前も、案外こいつら側なんじゃねえのか?﹂
俺よりも、よっぽどこういうジャンルの文化に興味ありそうなニ
ートはどう思うか?
と思ったら、ニートは別のことを考えていたようだ。
﹁その、レッドってのは何者だ?﹂
ニートが考えていたこと。それは、レッドという名の、全ての元
凶だった。
﹁二千三百年前に、クラーセントレフンから僕様たちの先祖をこの
世界に転移させた者たちの内の一人。君たちには、神族の大幹部と
でも言えばいいかな?﹂
﹁⋮⋮⋮者たちの内の一人? 者たち?﹂
355
﹁そうだ。かつて散らばっていた神族を纏め上げて異世界へ転移し、
この世界の土台を作った方々だ。まあ、時が立つにつれて、みなが
バラバラになったり、国に分かれたりしたが﹂
まあ、確かに気になるといえば当然か。
その、カリスマ教祖とやらは十中八九クラスメートだろう。
そして、それを含めた文化というものを世に広めた存在もまた⋮⋮
﹁⋮⋮⋮橋口⋮⋮⋮﹂
﹁ハシグチ? ニート、テメエまさかそいつも⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮多分⋮⋮⋮﹂
これは、随分と皮肉だな。
俺たちのクラスは、確かに皆死に、そして転生していた。
しかし、転生したとしても、国も種族も、年代すらもバラバラだ
った。
バルナンドやキシンは俺よりも遥かに年上だからだ。
でも、これはねえよな。
﹁二千三百年か。なげーな⋮⋮⋮﹂
﹁ほんとそうなんで。二千年なんて、まるでピンと来ない﹂
356
声も叫びも届くことの無いほどの大昔。
そいつらが、何を考え、何を思って生きていたのかなんて知りよ
うがない。
そりゃ、切なくなるな。
﹁ふふ、一体どうしたのか分からないが、ヴェルト君、そしてニー
ト君、君たちなら僕様たちの叫びを理解してくれると思った。共に、
このつまらない世界をぶっ壊し、共に新しい世界を作ろう! そし
て、その果てで、僕様たちと君たちの世界で手を結び、共に、﹃モ
ア﹄を倒そう!﹂
そんな俺たちが何を思っているのかをまるで知らないライラック
だが、そこで本来の目的を口にした。
俺たちと組み、この世界の文化を取り戻し、そのうえで互いに歩
み寄って手を組んで、そして共に戦おうと。
その想いを込めて、ライラックは俺の前に手を差し出して、握手
を求めてきた。
﹁ヴェルト⋮⋮﹂
﹁殿?﹂
﹁ヴェルト君﹂
﹁ふわ∼∼∼あ。話まだ?﹂
357
そして、そんな中で俺の出す答えとは?
﹁まあ、勝手にやってろ。俺には興味ねえ﹂
それが俺の答えだった。
﹁⋮⋮おやおや、ここまで熱く語ってもまるで興味を示さない? はは、嘘はやめたまえ、ヴェルト君。君は、そんな男ではないだろ
う?﹂
一瞬驚いたように目を見開いたライラック。だが、すぐに笑って
俺の発言を冗談だろ? と言ってくるが、別に俺も冗談のつもりじ
ゃなかった。
﹁そういう文化を取り戻す取り戻さないはお前らの世界の問題だろ
うが。何で、俺が関わらなくちゃいけねーんだよ﹂
そう、だって、俺らには全く関係なかったからだ。
﹁いやいや、そうじゃないよ、ヴェルト君。これから近い未来に僕
様たちの世界は互いに手を結ぶことになる。それなのに、君は、今
358
のこんなつまらない世界と手を結ぶのかい? 君の言う、青病タン
たちの世界。娯楽も何も無い世界と組むのかい?﹂
﹁娯楽ね。確かに、そういうものにハマっちまった連中からすれば、
規制されたり、無くなっちまうことに複雑な気持ちになるのは分か
らんでもない。俺も、あるのが当然と思っていた文化が、気づけば
全く違うものになっていた⋮⋮⋮そういう経験はあったからな。で
もな⋮⋮﹂
﹁でも、なんだい?﹂
そう、俺もライラックたちやテロリスト共の気持ちは分からんで
もなかった。
﹁でも、無きゃ無いで、意外と別に何ともなかったぞ? 俺はな﹂
ただ、所詮は分からなくもないというだけで、そこに俺が関わる
理由にはならなかった。
﹁この世界ほどじゃなくとも、発達した21世紀の日本から、突如
ファンタジー世界の農家の息子になった俺。最初は荒れて、やさぐ
れて、不貞腐れて、でも⋮⋮結局俺はそこまでだ。自分の中で消化
できた。親とか、幼馴染とか、恩師とか⋮⋮気安い街の連中とか⋮
⋮、新たな出会いとか、そして嫁とか娘とかな。それで十分だった。
十分すぎるぐらいだ。それ以上なんて、別に今、思いつかねえよ。
文化だ娯楽だなんて、まるで気にする暇もないほど、俺の今は毎日
359
がヤバくて、イカして、楽しいもんだぜ?﹂
そうだ。俺もあったはずのものが無くなって、自分の第二の生を
最初は呪った。恨んだ。
なら今は? そんなことはねえ。微塵もな。
﹁勿論、そうじゃねえ奴も居た。未練の塊みたいな奴で、世界を憎
み、まるでゲームみたいに破壊しようとした奴も居た。あったはず
のものが無くなり、世の中を心の底からそいつも恨んでいた。でも、
結局そいつも⋮⋮ダチとか⋮⋮娘とか⋮⋮女房とか⋮⋮なんか、そ
ういうもんで、世界を受け入れて生きようとしていたからな﹂
そして、俺の脳裏に思い浮かんだ一人の男。かつて、﹃マッキー﹄
と名乗り、誰にも本当の自分を曝け出さなかった男。
でも、今のあいつは違う。
今のあいつは、娘と女房を守る父親だ。たまにふざけるところは、
相変わらずみたいだが。
まあ、要するに⋮⋮⋮
﹁まあ、要するにだ。テメエの趣味を人に押し付けるなよ。デモは
起こしたい奴らだけでやれ。だが、それがデモだけじゃなくテロま
で発展し、その刃が少しでも俺の世界に触れてみろ。⋮⋮そん時は
⋮⋮⋮最強にイカした世界が丸ごとテメエらの相手になってやる!﹂
要するに、俺はこいつらと共に文化云々で関わる気はねーってこ
360
とだ。
それが、俺の結論だった。
すると、ニートがさりげなく聞いてきた。
﹁ヴェルト、クラスメートはどうする気だ?﹂
それは気になるところなんだろう。こいつらと組まないなら、凍
結されていると思われるクラスメートはどうするのかと。
だが、ソレはソレだった。
﹁それはこっちで考える。どうやったら、解放できるかも含めてな﹂
﹁あっ、それは助ける気なんだ。でも、それじゃあ、こいつらと目
的同じだと思うんで﹂
﹁はあ? たどり着く場所が同じだからって、一緒に行く必要もね
えだろ? だって⋮⋮友達でもなんでもないんだしな!﹂
そうだ、こいつらと組まないだけで、別に助けないとは言ってな
い。
つまり、それだけのことなんだ。
すると、どうだ?
﹁いや∼⋮⋮⋮困った困った⋮⋮⋮君たちなら、僕様の想いは受け
入れてくれると思っていたのに﹂
﹁はあ? 俺は百パーノンケだぞ! 嫁だって六人も居るしな!﹂
361
﹁いいや、そうじゃなくて、君も⋮⋮⋮世の中の定めた常識なんか
に囚われて生きていけない人種だと思っていたからね。というより、
六人も奥さん居る時点で文明壊していると思わない?﹂
それは当たっているかもしれねーな。だが、だからって、それで
何でも同調すると思うのも甘すぎる。
それで、どうする?
俺がもう仲間になることはねーことぐらい、とっくに理解できて
いるはずだ。
なら、どうする?
すると、ライラックは⋮⋮⋮
﹁でも、それでも理解してくれないとなると、君たちは僕様の敵に
なるってことかな? そうなると、面倒なことになるけどいいのか
い?﹂
最終通告のように問いかけるライラック。
それでも俺の答えは変わらないと言ってやろうとした。
すると、その時だった!
﹁話、長いよ?﹂
362
もう、我慢の限界だったのか、俺の真横を闇のドラゴンの腕が通
り抜け、ライラックの顔面に深く爪を突き立てて引き裂いた。
﹁えっ!﹂
﹁ライラック皇子!﹂
﹁きゃ、きゃあああああああっ!﹂
﹁えっえっえ、何あれ! アレもショーなの?﹂
﹁違う、本物ッ!﹂
顔面を引き裂かれてひっくり返る、ライラック。激しい音と共に、
店内が突然の出来事に大パニックになる。
叫び、そして悲鳴を上げながら店の外へと出る女たち。
そんな中、ジャレンガは三日月のような笑みを浮かべて、倒れる
ライラックに告げる。
﹁ほら、めんどくさいんだから、壊しちゃえばいいでしょ?﹂
は∼、と深く溜息吐くも、まあ、これは決別の合図だと思ってく
れて構わない。
363
﹁うわっ、とうとうやりやがった、こいつ。ほんとめんどくさいん
で﹂
﹁ジャレンガ王子∼、ううう∼、殿、拙者の後ろにお下がり下さい
!﹂
﹁えっと、あの、その、大丈夫なの、これ?﹂
仲間たちが心配するも、まあ大丈夫だろう。
どうせ、これぐらいじゃ死なないのは、さっきのパーティーで分
かってるしな。
﹁あ∼あ、そうなんだ。まあ、グダグダするよりハッキリしてて、
それはそれでいいかもね♪﹂
ほらな、無事だったよ。というより、血の一滴も噴出さず、引き
裂かれた状態の顔のままで、ライラックはニタリと笑った。
﹁でも、そうなると、現世界政府と君らが組まれるほうが僕様たち
には厄介だし⋮⋮⋮⋮ここで君たちを、どうにかしちゃおうかな?﹂
来るかッ! そう思ったとき、予想もしていなかった方角から、俺に向かって
飛び掛ってくる影。
それは、ステージの上で三文芝居していた、﹃先輩﹄と呼ばれて
いた男と、﹃後輩﹄の男。
364
﹁殿には指一本触れさせぬでござる!﹂
だが、その強襲は俺には届かない。
飛び掛った二つの影は、目の色を変えたムサシの木刀で叩き落さ
れた。
﹁へえ、流石だね。野生の反射神経﹂
勢いよく味方を叩きつけられたというのに、ライラックはとくに
変化無くニコニコしている。
すると、本来であれば悶絶ものの一撃を食らったはずの、先輩と
後輩の男が、痛がるそぶりも見せずに立ち上がった。
そして、その様子は明らかに異様だった。
ムサシに叩きつけられて破損したのか、膝関節や肘が折れたまま
立ち上がっている。
だが、次の瞬間、壊れたはずの部位が一瞬で元に戻った。
﹁ッ、なんと!﹂
﹁こいつらも改造人間ってか?﹂
おいおいおいおい、ここにも不死身が?
そう思ったとき、ライラックが笑って口を開いた。
365
﹁いいや、改造人間じゃないよ。﹃改造愛玩機動ロボ﹄の、﹃先輩﹄
と﹃後輩﹄だ﹂
﹁⋮⋮⋮なに? ろ、ロボ?﹂
﹁そうだ。プログラムしたセリフを言わせたり、感情を表したりと、
一時は大ヒットした商品だ。まあ、愛玩と同時に警備用に色々と改
造させたけどね﹂
すると、二体は先ほどあれだけ感情豊かに芝居をしていたのに、
今は真っ黒い機械の瞳で、無表情に口をパクパクさせた。
﹁侵入者排除シマス﹂
﹁デリートシマス﹂
おっ、体が少し変形している。よく見ると、体のツギハギが浮か
び上がり、更に全身にエネルギーを行き渡らせたかのように熱く滾
って見える。
随分とおっかない愛玩用だな。
まあ、おっかなさなら、俺の愛玩ペットには負けるけど。
﹁本当に、くだらねえ。愛玩用? 俺の愛玩は竜人娘と虎娘って決
まってるんでな。テメエの趣味は理解できないんで、破壊するぜ?﹂
﹁ふふふふふ、仕方ない。それじゃあ、君たち全員まとめて⋮⋮⋮
366
無理やり新しい世界に目覚めさせてあげよう。根堀り堀り堀り堀ま
くってね♪﹂
さあ、後は心置きなくやるとするか!
367
第21話﹁不死身の怪物﹂
広い店内だ。暴れる分には支障ない。
変態未知の実力者だろうと、心置きなくできる。
﹁さあ、僕様たちの加速装置についてこれるかな?﹂
二体の人形とライラックの加速。
まるで、車が加速したかのように力強く床を蹴り、俺たちへの突
進を見せ︱︱︱︱
﹁月散ッ﹂
﹁馬鹿ッ、俺らもいるってのにッ!﹂
反対に俺はムサシとペットとニートを魔法で引っ張って、逆にジ
ャレンガから遠ざかった。
ジャレンガから放たれる月光眼の威力により、まるで磁石の同じ
磁力どうしが反発するかのように、﹁二体﹂の人形は吹っ飛ばされ
て、壁にめり込む。
だが、
﹁斥力発生、ハイテクだね∼。でも、重力には斥力がないことを知
368
らないかい?﹂
﹁ッ!﹂
グラビティ
ジェネレーター
﹁重力発生装置ッ!﹂
月光眼が効いてねえッ!
まるで何事もないかのように加速して、ジャレンガに︱︱︱︱︱
ウルバ
トイ
ラブレー
ジシ
ェョ
ネン
レーター
﹁おやすみなさい! 超振動発生装置!﹂
掌を向けただけで壁を貫通するほどぶっ飛ばした!
﹁ジャレンガーッ!﹂
﹁何をしたんで、あいつ!﹂
﹁あの伝説の月光眼が、通用しないッ?﹂
﹁あの人は、一体!﹂
空間が歪むほどの力の発生、そして、耳鳴りのような音。
あれは、見覚えがある。確か、ルシフェルやキシンが⋮⋮⋮⋮
369
﹁ふふふ、魔族が相手ということで多少の力を加えたが、さすがだ
ね。通常の人間であれば素粒子まで分解できるほどの威力だ。未だ
に原型が保たれていることは、敬意に値するよ﹂
ぶち壊された壁の向こうから、瓦礫を掻き分けて、ジャレンガが
起き上がる。
だが、その姿、頭が割れたのか、目や耳からも青い血が流れ、激
しい損傷を受けた肉体では、腕や足が骨折したと思われるほど曲が
り、青黒く染まっている。
﹁ッ、ガハッ⋮⋮なにそれ⋮⋮ルシフェルさんと似た技?﹂
﹁ルシフェル? ああ、七つの大罪か。構造はよく知らないが、所
詮は二千年前のアイディアと技術だろう? 比較されても困るね﹂
確かにそうかもしれねえ。
ルシフェルと似た技と言っても、それはあくまで二千年以上前の
技術。
二千年もあれば、人間は宇宙にだって行けるほどに進歩する。
ならば、こいつも⋮⋮
﹁関係ないよ? アイデアや技術が何千年進化しようと、僕を怒ら
せた一瞬一瞬は色あせないからねッ!﹂
しかし、ジャレンガは構わずに飛んだ! 足が折れたのなら、翼
370
を広げて、真っ直ぐルシフェルに向かう。
腕が上がらないなら、その鋭いヴァンパイアの牙を立てて襲いか
かる。
﹁いや、無理だよ﹂
﹁ッ!﹂
しかし、ライラックの首筋にジャレンガが噛み付こうとした瞬間、
見えない力場に弾かれた。
﹁ぐっ!﹂
﹁振動発生させている僕様に、近づいたり触れたりするのは自殺行
為だよ?﹂
ダメだ! 戦うスタイルが違いすぎる。
いくらジャレンガでも、文明と文化が違いすぎるか?
しかも、このライラックとかいうやつは、その中でも多分ずば抜
けた力の持ち主だ。
なら、
﹁仕方ねえ、手ェ出すぞ!﹂
俺のレーザー砲で、一気に︱︱︱︱
﹁殺すよー! ヴェルトくん、僕がこいつを殺すんだからッ!﹂
﹁ッ、ば、ジャレンガッ!﹂
371
しかし、ジャレンガがふっとばされながらも、拒否してきた。
それは意地か? だが、傷つきながらもその瞳は、変わらず邪悪
に満ちている。
いや、こっちもあんまり余所見ばっかできねえか。
﹁抹殺スル﹂
﹁電子ビーム射出﹂
来たな、先輩後輩コンビ。壁まで吹っ飛ばされたが、ノーダメー
ジで起き上がって追撃してくる。
その腕に、何やら未来武器を装備して、二人がかりで俺たちに向
かってくる。
だが、余所見はできなくても、こんなもんに手間取っているわけ
にもいかねえ。
﹁けっ、連携で来るか、先輩後輩よ。相性いいんだな、お前らは。
だが、残念だがお前らと俺との相性は最悪だぜ?﹂
そう、ロボなら所詮はカラクリモンスターたちと同じだ。
生命体じゃねえ物質が相手なら、俺にはやりようがいくらでもあ
る。
372
﹁ふわふわストップ!﹂
こうして、二体まとめて身動きを封じることも容易い。
こっから、空気爆弾で爆発させるのも、そしてレーザーで撃ち抜
くのも、選択肢はいくらでもある。
まあ、とりあえず今は確実にやることにする。
﹁ふわふわレーザーッ、四連射!﹂
俺のレーザーは、閃光とともに、二体の人形の頭部と胴を抉り取
った。
﹁うわっ、容赦ないんで﹂
﹁殿! あまり活躍されると、拙者の役目がなくて、さみしーでご
ざるっ!﹂
わかってる。なら、後はトドメをさしな。
﹁螺旋茨ッ!﹂
ニートが床に手をかざした瞬間、床を突き破って枝分かれしたド
リルが、破損した二体の人形を突き刺し、
﹁ミヤモトケンドー・二刀千華繚乱ッ!﹂
373
最後は、ムサシの神業とも言える斬術の連続で、もはや分解と言
えるレベルにまで先輩後輩を細切れにした。
﹁けっ、大したことねーなー! 二千年も! これなら、戦闘用の
カラクリモンスター共の方がまだエグかったぜ!﹂
二千年の技術の進歩を披露させる間もなく破壊した。意外とあっ
けなかったが、その方がいい。
こんなところで出し惜しみしたりして、面倒なことになるぐらい
なら、相手の手の内を見せられる前に破壊する。
問題なのは⋮⋮⋮⋮
﹁マッハフットワーク﹂
﹁ッ!﹂
﹁ハハハハハハハハハハハ! 野性味が強すぎるな、ジャレンガく
ん。勘や身体能力だけでは、僕様は捉えられないぞ?﹂
そこで俺たちが見たのは、蝶のよに舞い蜂のように刺すかのごと
く? いや、そんなものじゃない。
自分の意思を持ったかのような爆風が店内を縦横無尽に駆け巡り、
ジャレンガの全身を魔族の青い血で真っ青に染めていた。
﹁ジャレンガッ!﹂
﹁はやっ!﹂
﹁な、なんでござる、あの男は!﹂
374
あのジャレンガが、まるで手も足も出ずに? そんなことってあ
りえるのか!
﹁ッ、ウザイよ、君、殺すよ?﹂
﹁はははは、無理だよ、ジャレンガくん。﹂
ジャレンガが竜の腕で切り裂きにかかろうとも、超振動の壁がジ
ャレンガを弾き返し、振動を纏ったライラックの掌を少しジャレン
ガに近づけただけで、ジャレンガの全身からいくつもの骨が粉砕し
たと思われる鈍い音が響き渡った。
﹁あがっ! がっ⋮⋮﹂
﹁ひゅう、その可愛い顔とお尻のわりに、なんと頑丈な体だ。さす
がは魔族と呼ばれる非常識な生物。でもね、所詮は改造もされてい
ない純粋な生物。脆弱なヒトも、兵器を持てば獣も国も世界すらも
一瞬で消し去るんだよ!﹂
そして、そのまま空間を振動させ、ジャレンガの全身の骨を粉々
に砕いたまま衝撃波でジャレンガを店の外まで飛ばした! これは、まずいぞ! ジャレンガの意地がどうとか言ってる場合
じゃねえ!
﹁しゃあねえ、手ェ出すぞ! ペット、お前も遠距離から何かやれ
! ムサシ、不用意に近づくのだけはやめろよ!﹂
﹁あ、う、うんっ! なら、ああいうカラクリモンスターみたいな
375
ライトニングロック
のは雷が⋮⋮雷光の礫ッ!﹂
﹁御意ッ! ならば、見せてくれよう、空を切り裂く、ミヤモトケ
ンドー・二天真空居合切り!﹂
﹁あ∼もう、だからヴェルトに巻き込まれるの嫌だったんだ! く
そ、もういっちょ、螺旋茨ッ!﹂
遠距離からの四人同時攻撃。振動だか何だか知らねえが、これで
少しぐらいは⋮⋮
﹁ふふふ、けがわらしいノンケの諸君に、僕様が本当の兵器を見せ
てあげようか?﹂
﹁ッ!﹂
今度は、一瞬にして空間の温度が急激に上昇したのが肌に感じた。
まるで電気のようにスパークされたエネルギーが、ライラックを
包んでいる。
そして、振動を放っていた右手とは逆の左手を開き、俺たちに向
ける。
これはっ! ルシフェルと同じ技だ! あれを食らったら、まずい! 死ぬっ!
﹁荷電粒子ビームだっ!﹂
376
一直線上に突き進むレーザービーム。
何万度にまで急上昇した光学兵器! 一瞬で蒸発するっ!
﹁ふわふわ方向転換ッ!﹂
なら、その砲口を曲げちまえばいいっ!
それだけで、ライラックの左手は俺たちの斜め上に向き、天井を
一瞬で蒸発させ、ビームがメガロニューヨークの夜の大空へと放た
れた。
﹁ふひ∼、危な⋮⋮⋮⋮﹂
﹁た、助かった∼、ほんと危なかったんで﹂
﹁ぐぬぬぬぬ、拙者としたことが、殿の手を煩わせるなど﹂
﹁あ、ありがとう、ヴェルトくん⋮⋮⋮一瞬ダメかと思ったよ∼﹂
俺たち四人の攻撃を一瞬で蒸発させ、一歩間違えたら俺たち全員
が消滅していた。
なんつー威力だ。そして同時に、なんつーメンドくさい敵だよ、
こいつ。
﹁ほう﹂
一方で、突如目標とは違う方向に攻撃してしまった事態に、ライ
ラックも少し不思議そうな顔をしたが、すぐにニコリと笑った。
377
﹁ふふ、一瞬、強力な力に腕を掴まれた気がした。それで思わずビ
ームを曲げてしまったが⋮⋮なるほど、それもクラーセントレフン
の力かな?﹂
﹁そういうことだよっ! ふわふわランダムレーザーッ!﹂
付き合ってられねえ。死角からのレーザー連続砲撃。これなら、
﹁ふふ、密度が足りないな﹂
﹁ッ! な、なんなんだ、こいつ!﹂
しかし弾かれた! これは、振動じゃない? ライラックの肉体
がスパークし、俺のレーザーを弾いた。
﹁ふふふ、覚えておきたまえ、諸君。物理攻撃は超振動防御で防ぎ、
光学兵器などはこのレーザーバリアで防ぎ、仮にそれらの防御を貫
いても、全身に埋め込まれたナノマシンによる超高速自動修復機能
によって、すぐに僕様は再生する﹂
その説明は、なかなか難しい単語でビッシリだったが、要するに
こういうことか。
無敵で不死身?
378
﹁そして、体内のブーストで肉体速度を向上させるだけじゃなく、
こうして目に見える範囲と空間の座標さえ把握すれば﹂
﹁ッ!﹂
その瞬間、ライラックが消え︱︱︱︱
﹁ッ! ふわふわ乱キックッ!﹂
ウルバ
トイ
ラブレー
ジシ
ェョ
ネン
レーター
﹁超振動発生装置!﹂
一瞬遅かった! 高速で回り込まれたというより、空間から消え
て、いきなり現れた感じだ。
俺の真後ろに現れたライラックに、振り向きざまに蹴りを食らわ
せようとしたが、振動の壁に俺は弾き飛ばされていた。
﹁ヴェルトッ!﹂
﹁きっ、貴様ーッ! 我が殿に何を!﹂
﹁ヴェルトくっ︱︱︱えっ?﹂
ムサシが血相を抱えてライラックに切り掛ろうとする。だが、既
にそこにライラックは居ない。
無人となった店内のステージの中央で、両手を広げて立っていた。
379
ワープ
﹁このように、目に見える範囲なら、空間転移することも可能。さ
あ、いかがかな? 新しい世界の扉は。ノンケの諸君?﹂
つっ、威力を手加減されていたのか、かなり打撲のような鈍い痛
みは感じるが、何とか俺は立ち上がることができた。
だが、それでもやはり思わずにはいられない。
こいつは、強い。
﹁ちっ、メンドクセー敵だな﹂
﹁む、無敵としか思えないんで、なに、そのチート宝庫⋮⋮⋮﹂
﹁ぐ、ぬぬぬぬ、面妖な力を使いおって﹂
﹁どうやって、戦えばいいの、こんな人⋮⋮⋮﹂
ああ、そうだな。ここまで反則だとは思わなかった。
こうなってくると、小手先でどうのこうのの問題じゃねえかもし
れねえ。
ヤルなら、こいつを遥かに超える火力でこっちもやるしかねえ。
使うか? 魔導兵装。こいつはそれぐらいの︱︱︱
﹁戦う? 勘違いをしないでくれたまえ、諸君。僕様は別に君たち
と戦っているわけじゃない﹂
380
また目の前から消えた。
だが、今度は攻撃のために消えたわけじゃねえ。
ただ、ステージの上から、壁のブッ壊れた店の外へと出ていた。
そこには、騒ぎを聞きつけたのか、多くの野次馬や、警備の関係
と思われる連中が武装した姿で取り囲んでいる。
ご丁寧に、何台もサイレンのようなものを光らせてる車まで、地
上と上空まで配備している用意の良いこと。
﹁騒ぎがあったのはこちらですね。ライラック皇子、これは一体ど
ういうことですか?﹂
﹁近隣から報告がありました。光学兵器の無断使用であれば、署に
来ていただきますよ?﹂
警備か、もしくは警察官的な奴の一人が、外に現れたライラック
に声を掛ける。
しかし、ライラックは特に連中に対して反応することもなく、た
だ両手を広げて俺たちに向かって言う。
﹁見たまえ、ヴェルトくん、ニートくん。この息苦しい社会を。ほ
んの僅かなイザコザで、すぐに国は目の色を変える﹂
どの世界に、ビーム砲を放つほんの僅かなイザコザがある! と
ツッコミ入れようとしたが、ライラックは構わず続ける。
﹁こんなところで無駄に消耗し合ってどうするんだ? 僕様たちが
戦うべきは、この世の中、社会、国、世界だ! 自由に生きようと
する君の瞳は、本来僕様たちと分かり合うことができるはずだ。僕
様に勝てなくとも、この攻防に生き残った君たちのその運と力は、
やはりここで失うのは惜しい。だからこそ、改めて言おう。ヴェル
381
ト・ジーハくん。僕様たちと手を組もうじゃないか!﹂
あくまで上から目線で勧誘の握手の手を差し出してくるライラッ
ク。
その様子に、集まった連中も何が起こっているのか理解不能とい
った様子で首を傾げている。
まあ、俺もそうだけどな。
この、メンドクセー野郎を図に乗らせたからこんなことになっち
まった。
﹁ちっ、仕方ねーな。⋮⋮⋮⋮⋮⋮本気でぶっ壊す﹂
やるしかねえな。ガチで。
魔導兵装・ふわふわ新世界。
﹁ふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ! その目
は、いいね! ハッタリじゃない! 面白いよ、ヴェルト・ジーハ
くん!﹂
俺にまだ何かあると察知したのか、ライラックはそのことをむし
ろ嬉しそうに笑った。
﹁いいよ、その、どこまでも凶暴な瞳は! 初めてだよ、僕様がお
尻以外に興味をもてたのは! その瞳の奥には、何がある? いや、
382
何を見てきてそんな瞳になったのか、興味深いね! 君のことをも
っと尻たくなったよ!﹂
このイカレ変態野郎め。だが、そんなに教えて欲しけりゃ教えて
やる。
俺は︱︱︱︱︱︱︱
﹁ううん。僕が教えてあげるよ? 暴虐を、破壊を、滅亡を。そし
て、恐怖かな? ヤヴァイぐらいにね?﹂
と、俺が意気込んで戦おうとした瞬間、世界を覆うほどの冷たい
寒気に俺は思わず鳥肌が立った。
それは、ニートもペットも思わず腰を抜かし、ムサシの全身の毛
が逆立つほど。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん?﹂
愉快に笑っていたはずのライラックの表情が変わった。
ライラックも、感じたんだ。この、這いよる悪寒を。
それは、野次馬も、警備の連中も関係なく⋮⋮⋮いやっ、という
より!
﹁きゃあああああああああああっ!﹂
383
一人の女の悲鳴が聞こえた。
するとそこには、一人の女が、細長い針のようなものが首筋にチ
クリと刺さり、僅かに血が流れていた。
そして、それは一人だけじゃない。
﹁げっ、こ、これは、なん、ぎゃああああっ!﹂
﹁うごっ、がっ、はっ!﹂
﹁ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!﹂
次々とその針が﹁上空﹂から伸びてきて、集まった何人もの群衆
に襲いかかり、繁華街は一転して阿鼻叫喚が広がっている。
そして、僅かにチクリと刺されただけにしか見えないのに、狂っ
たように叫んでいるのはどういうことだ?
そして、あの針は⋮⋮⋮いや、針じゃねえ。あれは⋮⋮⋮
﹁うふふふふふ、うふふふふふふ、煩いけど、こういう雑音は僕、
嫌いじゃないよ?﹂
上空から降り注いだのは、針じゃない。
メガロニューヨークの夜を背後に、コウモリの翼を羽ばたかせた
怪物が、青い血に染まった腕から伸ばした﹁爪﹂だ。
﹁ジャレンガッ!﹂
ジャレンガだ! 破壊されていたはずの肉体も、吸血鬼の力で徐
384
々に修復されたのか、血を流しながらも無事のようだ。
って、無事かどうかじゃなくて、これはどういうことだ!
﹁ちょっ、あいつ、なにしてるんで!﹂
﹁ジャレンガ王子! な、なぜ関係ない人たちを! 今すぐやめる
でござる!﹂
﹁ひ、ひどい、なんてことをっ!﹂
あいつ、なんつうことをしてんだよ! 無差別に殺しを?
いや、殺しじゃない? それどころか、ジャレンガの爪に貫かれ
た連中が、パニックになって恐れていた恐怖に歪んだ表情から徐々
に変わり、ついには、
﹁グワバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!﹂
﹁キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!﹂
﹁アギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!﹂
何かが乗り移ったかのように、真っ赤に充血した瞳で、鋭く伸び
た犬歯をむき出しにして変貌していた。
﹁ふふ、うふふふふふふふふふ、僕の魔力を体内に取り込んだら、
しばらくは僕の操り人形になるんだよ? 他にも、血を吸ったりと
かあるけど、これが一番手軽だからね⋮⋮⋮ふふ、でも大丈夫、あ
385
とで元に戻してあげるから⋮⋮⋮⋮⋮⋮この世界がまだ滅んでいな
ければの話だけどね?﹂
いや、そ、そうじゃなくて、なんでこんなことを?
まるで吸血鬼化したかのように、変貌した連中の姿に、他の集ま
った奴らも余計に悲鳴を上げた。
﹁ジャレンガくん⋮⋮⋮君は⋮⋮⋮一体、何を?﹂
ライラックが真顔で、上空から見下ろすジャレンガに尋ねる。
すると、ジャレンガは三日月のような笑みを浮かべた。
﹁ライラックくんだっけ? 確かに君、ちょっと驚いたけど⋮⋮⋮
やっぱり、ルシフェルさんよりは弱いね?﹂
﹁ッ!﹂
﹁確かに、武器の種類は豊富だし、火力もすごいけど⋮⋮⋮クロニ
アが改造して魔法と兵器を融合させた力を使う、あの領域には達し
ていないね?﹂
ジャレンガの口から迷いなくハッキリと告げられた言葉。
それは、俺が、﹃ライラックは強い﹄と理解した直後に、それを
真っ向から否定する言葉。
386
﹁それなのに、笑わせてくれるよね? 僕をここまでおちょくって
くれるし? だから、今度は僕が教えてあげるよ? 何千年の技術
や歴史を積み重ねたぐらいじゃたどり着けない、魔の深淵と恐怖の
極みをね? そのついでとして、君が壊したがっていたこの世界も、
まとめて壊してあげちゃおうかな?﹂
次の瞬間、ジャレンガの肉体が変化していく。
そして、大空に広がる夜の世界から、黒い瘴気のようなものが降
り注ぎ、ジャレンガを包み込んでいく。
﹁クロニアが太陽の光で強くなるのなら、僕は夜の闇で強くなる﹂
右腕だけドラゴンだったはずの腕が、気づけば両手に。鋭く光る
鉤爪。
そして、両足も服を突き破り、変異していく。
﹁くくくく、あーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ
はっはっはっ!﹂
﹁⋮⋮⋮ッ⋮⋮⋮君は⋮⋮⋮一体⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ!﹂
﹁ハハハハハハッ! 壊れちゃえ! 漆黒の闇で世界を覆い、絶望
と恐怖の音を奏でて、殺戮と狂気に狂っちゃえ!﹂
387
闇の衣がより大きく、深く、そして不気味にジャレンガを覆う。
その中から、血に飢えた巨大な怪物の笑みと、満月に光る巨大な
瞳が見えた。
それは、正に世界を破滅に導くバケモノ。
﹁えっと⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ヴェルト⋮⋮⋮⋮⋮⋮どっちが俺たち
の敵なんだ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮俺も分からん⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
まだ、王座につかなくとも、その力と存在は誰もが認め恐怖する。
そう、あれこそが、ファンタジー世界の真骨頂。
御伽噺から飛び出した存在。
世界を破滅に導く魔王の降臨だった。
388
第22話﹁不完全﹂
﹁ふふふふふ、ハハハハハハ! すごいな、ジャレンガくん! こ
れが魔族か! こんな奥の手を隠し持っていたとは驚きだ!﹂
その時、ライラックは興奮を抑えきれずに笑った。
自分の目の前に現れた存在が、ライラックの想像を遥かに超えた
存在だと理解できたからだ。
しかし、それではまだ分かった内には入らない。
ジャレンガの正体を知り、笑っていられるうちは、まだ理解した
とは言えない。
﹁ヴェルト、あいつ、ヴァンパイアって噂聞いてたけど、そう言え
ば、本当ななんなの?﹂
そういえば、ニートは知らなかったな。ジャレンガの真の正体を。
﹁噂じゃあ、ヴァンパイアとドラゴンの血を引く混血種だとか。世
界最悪の混血種、ヴァンパイアドラゴンだと﹂
闇の中から現れる、巨大な黒い影。
ドラゴンの肉体。吸血鬼の牙。悪魔の翼。
そして真っ赤に染まった満月の瞳。
﹁あのさ、ヴェルト、お前は知らないかもしれないけど、空想上生
物最強決定戦とかアンケートをとって、定番に上がるのがドラゴン
とヴァンパイアなんで⋮⋮⋮⋮そのハイブリッドってなに?﹂
389
顔面蒼白させたニートは、理解したんだろう。ジャレンガがどれ
ほど異質な存在かを。
﹁殿、どど、どうするでござる?﹂
﹁きゃああっ! ま、街の人たちが、グールのようになって、暴れ
てるよ!﹂
﹁どこのゾンビゲームなんで! これ、本当に元に戻せるのか?﹂
元に戻せるとか戻せないかというより、問題なのは、それまでに
この世界が無事でいるかどうかが先だ。
メガロニューヨークに現れた巨大なヴァンパイアドラゴンは、も
はや喧嘩とかそういうレベルを遥かに超越している。
﹁ふふふふふ、世界を破滅に導くか。素晴らしい存在だジャレンガ
くん! いいよいいよ! お尻を含めて君は最高だっ! 是非とも、
その力を利用させてもらおうかっ!﹂
ライラックが動いた。それは勇敢でもない。ただの無知だ!
ウルバ
トイ
ラブレー
ジシ
ェョ
ネン
レーター
﹁超振動発生装置!﹂
再び放たれる超振動。その出力は、巨大なヴァンパイアドラゴン
の全身を押しつぶすかのように、音波の耳鳴りが世界に響き渡った。
390
﹁残念だが、どれほど強固で質量があろうとも、所詮は生命体。僕
様の超振動出力は近代科学の粋だからね! 進化を究極まで極めた、
本当の破壊力!﹂
ヴァンパイアドラゴンが上から超重力を掛けられているかのよう
に、地面に押さえつけられてめり込んでいく。
激しく振動する全身が、軋んでいるように見える。
だが⋮⋮⋮⋮
﹁うふふふふふふ、あははははははは⋮⋮⋮⋮この振動はあれかな
? クロニアが開発した、﹃まっさーじちぇあ∼﹄とかの振動みた
いなもの? 確かに、体の血流が良くなってる気がするけど⋮⋮で
も、なんか君は不愉快だね?﹂
超振動の渦の中で、ヴァンパイアドラゴンが邪悪に笑みを浮かべ
た。
それどころか、押さえつけられていたはずの超振動の中で、一歩、
また一歩と足を踏み出した。
﹁ッ! 超振動が効かない! 馬鹿な!﹂
﹁その兵器って、ちなみに何用に作られたの? まさか、破壊? ねえ、君さ∼、技術力は進歩しても、分析力は退化してるの?﹂
次の瞬間、ヴァンパイアドラゴンがその巨大な翼と肉体を大きく
起き上がらせ、なんと、力づくで超振動の渦を振り払った。
391
﹁僕は真祖のヴァンパイア王と古代竜エンシェントドラゴンの血を
受け継いだ、史上最悪の生命体! その僕に進化だ究極だ、まして
や破壊を語るなんて、一万年は早いかなっ!﹂
巨大な腕を上空から振り下ろし。その質量、破壊力、とても振動
ガードやビームバリヤで防ぎきれるもんじゃねえ。
﹁お、おおおおっ! 空間転移ッ!﹂
防げないと判断するや、すぐに空間を転︱︱︱
﹁アーハッハッハッハッハッハ!﹂
﹁ッ!﹂
と思った瞬間、ヴァンパイアドラゴン・ジャレンガの振り抜いた
爪が、空間を歪ませ、姿を消したはずのライラックを抉っていた!
﹁ぐっ、な、なにっ! く、空間そのものを切り裂いて、僕様をっ
!﹂
﹁アハハハハハハハ! いいじゃない、その顔! 正に身の程知ら
ずの愚者が、ようやく自身の愚かさを知った表情! ようやく君の
その顔を見れたねッ!﹂
胴体を切り裂かれたライラック。だが、ライラックには再生能力
がある。
瞬時にえぐり取られた肉片が修復されていき、元に戻る。
392
そして、元に戻るやいなや、ライラックが左手をかざす。
その左手に、エネルギーが凝縮され、一気にそれを解き放つ。
﹁仕方ない、奥の手を使わせてもらうよ! プラズマ砲ッ!﹂
﹁ふふっ、奥の手? ついに、君のお尻にも火が付いたね﹂
﹁ッ! ば、馬鹿なッ!﹂
だが、ジャレンガが真っ赤な月光眼を開いた瞬間、凝縮されたエ
ネルギー砲が、そのまま見えない壁に反射されてライラックに弾き
返した。
﹁朱月の御鏡ッ!﹂
﹁ぐわぎゃああああああああああああああああああああ!﹂
しかも、ただ弾き返されただけじゃない。
赤い光に照らされたプラズマ砲は、速度も質量も倍まで膨れ上が
り、ライラックを包み込んだ。
初めて、攻撃を食らってうめき声を上げるライラック。やはり、
改造されていても、完全なロボってわけじゃないようだ。
いっそ完全なロボだったら、こんな恐怖もパニックもなかったろ
うに。
393
﹁ぐっ、が、がはっ、馬鹿な、なぜ、旧人類の世界にこれほどの⋮
⋮究極の生命体となった僕様が膝をつかなくては⋮⋮﹂
﹁究極生命体? 笑わせてくれるよね? 不完全な低脳が何を言っ
てるんだい?﹂
グシャりと、容赦なく潰れる音。
ジャレンガの足が、ライラックを踏み潰した。
﹁ごっが、ぐっ、む、無駄だ、僕様は不死身の︱︱︱︱﹂
﹁アハハハハハハっ、不死身? そんな言葉、僕には壊れにくいオ
モチャと同義だよ? 誇るものじゃないよ?﹂
﹁ぐっ、ご、おおがああっ!﹂
踏み潰し、再生させ、そしてもう一度踏み潰し、また再生させて
から踏み潰す。
壊して、治って、また壊して、治って、その目を覆うような繰り
返しに、俺たちはもう言葉を失っていた。
それだけじゃない。
﹁ファガアアアアアアアアアアアアアアアッ!﹂
﹁グギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!﹂
394
ジャレンガの魔力に操られて、暴れる市民たち。
繁華街にある店や標識を破壊し、車によじ登っては窓ガラスを割
り、人々に襲いかかる。
これが、地獄と呼ばずに何と呼ぶ?
﹁いかん、もう、何がどうなっているのか! 暴れている連中を取
り押さえろ!﹂
﹁とにかく、署に応援を呼べ! 王国軍にも出動の要請を! 突如、
ゴッドジラアが現れたと言え!﹂
﹁くっ、おい、そこのバケモノ! ライラック皇子から離れろ!﹂
﹁構うな、撃てーっ!﹂
警官隊たちが放つ銃は、アイボリーたちが持っていたレールガン
とかいう奴と同タイプのもの。
警告をし、それでも無視をするジャレンガめがけて放たれるが、
もはや今のジャレンガには着弾しようとも火傷の一つすらしない。
﹁ぐっ、か、か、りゅ、うし電子ビームッ!﹂
踏み潰されながらも、イタチの最後っ屁のように足掻くライラッ
クだが、ビームを放とうとした瞬間、ジャレンガが大きく口を開く
と、真っ黒い靄のようなものが目の前に現れ、ライラックのビーム
がその靄の中に吸い込まれた。
﹁な、なにを、いっ、たい⋮⋮﹂
395
﹁月光眼の引力最大値により生み出される、全ての光を閉ざす、僕
の防御技。ルシフェルさんたちは、ブラックホールって呼んでたね﹂
﹁ッ! ぶ、ぶぶ、ブラックホールだとっ!﹂
﹁でもね、それでもまだ不安定でコントロールしきれないから、究
極とは言えない。この意味? 分かるかな? 分からないよね∼!﹂
もう、俺もニートも空いた口が塞がらない。言葉も出ない。
ブラックホール。その意味は、例え、学のない不良でも、例えオ
タクじゃなくても、どれだけヤバイものなのか分かっているからだ。
﹁究極の生命体。僕もかつては自分をそう思っていたよ。でもね、
それでも僕も負けたことがある。頭の悪い下品なドラゴンにね﹂
その時、ライラックを踏み潰しながら語るジャレンガの言葉は、
俺の親友を指していたのが分かった。 ﹁だからさ、負けて気づいたんだよ? 究極って、結局はそれ以上
成長することを諦めた連中の限界を示す言葉でしょ? だからこそ、
そこにあまり恐怖は感じないんだよ?﹂
﹁がっ、あっ、う、あ、あ、ッ、こ、殺されるのか⋮⋮この、僕様
は⋮⋮﹂
﹁不完全な奴らほど何をしでかすかわからない恐怖、ワクワク感、
396
たまらないよ? そして、僕の世界は、突き抜けるほど何をしでか
すかわからない連中が制覇した。あの言葉を失うぐらいにスケール
の大きな光景に比べたらさ、技術しか誇れない底の浅い世界には不
愉快しか感じないよッ!﹂
今度は爪を振り下ろし、串刺しに! もう、ライラックの表情か
らは完全に戦意が失われている。
歯をガチガチ震わせ、瞳が既に恐怖に怯えている。
さらに、串刺しにされ、踏み潰されていた肉体の修復が遅くなっ
ている。
これは⋮⋮⋮⋮
﹁ほらね? 君、さっきからあんな﹃ぷらずま?﹄とか、﹃びーむ﹄
とか、異常なまでの高温の兵器を使いすぎて、君自身の体も出力に
耐え切れなくなってきてるよ? まあ、まさかここまで激しく戦う
ことなんて想定されてなかったんだろうけどね?﹂
そりゃそうだ。どこの世界に、プラズマ砲なんかを連射するほど
の戦闘があるってんだよ。
ああいうのは、本来一撃必殺の兵器だ。それで仕留められない相
手というのがそもそもおかしい。
﹁さて、ちょっとのダメージはまた時間をかけて直されるけど、一
瞬で細胞すべてを消滅させるブレスはどうかな?﹂
﹁ッ!﹂
397
倒すでも殺すでもない。消滅。さすがに、それはライラックも震
え上がった。
﹁まっ、待て! ぼ、僕様を殺すのか! なぜ、わからない! 今
のこの世界と君たちが組んでも、何も意味はないぞ! 戦う意志の
希薄な弱腰の世界! プライドばかり高く、責任を押し付け合い、
綺麗事ばかりを口にして誰もが英断を下すことはない!﹂
﹁ふ∼ん、そうか。一瞬で消滅させるのは嫌なんだね? それじゃ
あ、ジワジワやることにしようか?﹂
﹁君たちと共に、モアの侵略に立ち向かえるのは、君のお尻を満足
させられるのは、僕さ、グギャアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアっ!﹂
その時、串刺しにして持ち上げたライラックに、ジャレンガがブ
レスを放った。
﹁つ、痛覚遮断装置が、ナノマシンが蒸発し、や、やめろおおっ!
ぐっ、体がオーバーヒートする!﹂
﹁アハハハハハハハハハハ! アーーーーハッハッハッハッハッハ
! 暴虐の闇に抱かれて、永劫の苦しみとともに地獄を見なよ?﹂
398
そのブレスは闇の炎を纏い、ライラックの肉体を燃やす。
しかし、一瞬で塵芥にするわけではなく、徐々に徐々にこんがり
と焼き、ジワジワと苦しめているようにしか見えない。
その時、言葉を失っていた俺も、ようやくなんとか絞り出せた言
葉は一つだけだった。
﹁なあ、ニート⋮⋮さっきお前は、どっちが俺たちの敵かって聞い
てきたけど⋮⋮⋮⋮﹂
﹁お、おう﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ジャレンガを敵にするのはやめよう﹂
﹁異議なしなんで﹂
満場一致で、その法案は可決された。
で、どうしよっか、これ。マジで。
﹁さあ、これで終わりじゃないよ? 真に低俗な愚民たち、そろそ
ろ己を開放したらどうだい? 血と殺戮に飢えた本性を剥き出しに、
闇の王国の幕開けだよッ! アーハッハッハッハッハッハッハ!﹂
助けるか? というか、止めるにしても、どうやって止める?
﹁でも、止めねえとやっぱまずい! もう、完全にノリノリ大魔王
じゃねえかよッ!﹂
399
﹁どうやって!﹂
﹁ああ? まず操られてる連中だが、要するにジャレンガの魔力を
どうにかすりゃいいんだろ? なら、ふわふわキャストオフッ!﹂
手遅れになる前に、まずは巻き添えくらった連中をどうにかしな
いとな。
俺の魔法で、ジャレンガの魔力で操られている連中から、ジャレ
ンガの魔法を引き剥がす。
﹁ん? ちょっとー、ヴェルトくん、冷めちゃうことしないでよー
っ! いくら君が僕の義理の弟でも怒っちゃうよ、僕は!﹂
﹁って、その話はまだ生きてたのかよ! とにかくだ、もうライラ
ックはほっとけ! 元の姿に戻って帰るぞ!﹂
﹁えっ? 滅ぼすんじゃないの?﹂
﹁俺はこの世界の争いはメンドクセーから興味ねえって言ったの聞
いてなかったのかよ!﹂
﹁興味ないから滅ぼすんじゃないの?﹂
ちげーよっ! そしてこいつ、普通に本気だ! 多分、俺が﹁う
ん﹂とか言ったら、今すぐにでもこの世界に隕石落とす。
とにかく、僅かな刺激でもドカンだ。
幸い、こいつもライラックをボコりまくって、少しはスッキリと
したはずだ。
ならば、このまま落ち着かせて、どうにか元に︱︱︱︱︱︱
﹁全隊一斉発射ッ!﹂
﹁了解! イーグルワン、発射!﹂
﹁了解! イーグルツー、発射!﹂
﹁了解! イーグルスリー、発射!﹂
﹁了解! イーグルフォー、発射!﹂
400
ジャレンガの胴体に、巨大な物体が接近し、爆発を起こした。
なんか⋮⋮⋮⋮ミサイルみたいなものが、どこかから飛んできた。
﹁やったか! ⋮⋮い、いえ、見てください! まるでダメージ受
けていません!﹂
﹁馬鹿なッ! ッ、怯むな! 次弾装填せよ!﹂
﹁破壊光線の使用許可を!﹂
﹁おのれ∼、一体どこから現れたか分からないが、怪物め! 今こ
そ、太古の料理・バーベキューにしてやるぜ!﹂
﹁新機動兵の出撃整いました! いつでも大丈夫です!﹂
﹁よし、﹃ニュージェネレーションサイボーグ兵﹄の力を見せてや
れ!﹂
あっ、なんか、警官の車っぽい飛行船が何台も上空に集結し、ジ
ャレンガ目掛けて一斉攻撃しやがった。
まあ、ジャレンガの月光眼の前には届かないんだけどな。
とりあえず、俺が今思ったこと、それは﹁ヤベー、囲まれちまっ
た﹂とかじゃなくて⋮⋮⋮⋮
﹁アハハハハハハハハ! じゃあ、滅ぼしちゃおうか!﹂
﹁だああああっ、余計なことしやがってええええええッ!﹂
人がせっかくジャレンガを宥めようとしたのに、消えかけた炎に
油を大量にドバドバつぎ足しやがった!
もうダメだ。ニタリと笑うヴァンパイアドラゴンの額には﹃#﹄
こんなマークの怒りの血管が浮かび上がってかなりイラっときてる。
401
だが、そんなパニクる混乱の中で、どこかの電波に乗ったのか、
微かにある声が空気を伝わって俺の耳に入った。
﹃本部、応答せよ。緊急事態だ。ライラック皇子がやられた。ああ、
信じられないが、特殊改造を施した皇子を全く寄せ付けない。クラ
ーセントレフンを、敵に回すわけにはいかない。我ら野望の成就の
ため、奴らをヴァルハラから引き剥がす必要がある。奴らが他国に
懐柔される前に、どんな手段を使ってでも奴らを買収するのだ。そ
う、リーダーと、交渉役の姫様に伝えて欲しい﹄
どこからだ? どこから聞こえた、今の声は!
だが、辺りを見渡しても、飛び出してくるのは、両腕にガトリン
グを装着したヘンテコな、メタリックガイコツ集団。
あっ、これがまさか例の新型なんたら? っていうか、このモデ
ルってまさか⋮⋮と思ったら、ニートが目を輝かせてる。﹁ターミ
兄ちゃんだ﹂と呟きながら。
ああ、やっぱりな。は∼∼∼∼、なんつう世界だ。あんなものを
実現化してるとはな。
﹁さあ、新機動兵よ、平和を乱す怪物に、ヒトの進化の極みを見せ
てやるのだ!﹂
ったく、メンドクセーな、本当に。
まあ、仕方ねえ。
﹁おい、ジャレンガ、瞬殺してとっととズラかるぞ﹂
﹁えええええ∼∼? 滅ぼさないの∼?﹂
﹁キリがねえ。それに、ちゃんと元の世界に帰してもらうまでは、
402
もうちっと大人しくしねーとよ。かなり手遅れだが﹂
﹁ん∼∼∼∼∼∼∼、そうだね∼⋮⋮⋮⋮﹂
ジャレンガは攻撃されただけに、かなり不満げな様子だ。
だが、これ以上の戦闘は、メガロニューヨークが廃墟になりそう
で困るから、なんとかしたかった。
すると、ジャレンガは少し唸ってから⋮⋮
﹁それじゃあ、ヴェルトくんが﹃オリヴィア﹄と結婚してくれるな
らいいよ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮誰?﹂
﹁どうする! アハハハハ! さあ、どうする? 君はウンと言う
だけで、この世界は救われる! アハハハハ、さあどうする? ど
うするんだい? 答えたら? 僕の妹と結ばれて、ちゃんと子種を
ヤヴァイ魔王国に提供してくれるんでしょ? アーハッハッハッハ
ッハッハ!﹂
それは⋮⋮⋮この世界は助かっても、俺の世界が滅びそうな選択
なんだが⋮⋮⋮
思わず突きつけられた条件に、俺もどう答えるべきか、いや断る
べきなんだが言葉を失ってしまった。
そうしているあいだにも、メタリックガイコツ兵たちが俺たちに
向かって襲いかかってくる。
どうする? でも、今は言葉だけでも合わしておかねえと、かな
りまずいことに⋮⋮⋮⋮⋮
403
﹁検討する!﹂
﹁まっ、それでいいかな? 甥っ子か姪っ子が生まれるのを楽しみ
にしてるよ?﹂
とっ、二ターっと笑って元の姿に戻ったジャレンガ。もう、ほん
となんなんだよこいつは!
でに、こう言わねえと、本当にヤバかったんだから。
だからよ、ニート、お前はそうやって﹁ケッ、終わりのないハー
レムギャルゲーてなにそれ?﹂なんんつって、軽蔑の眼差しで見る
な。
ムサシ、そんな﹁殿が、それを、望まれるのでしたら、拙者は何
も言いませぬ﹂なんて寂しそうな顔でつぶやくな!
んで、ペット! ﹁バカ⋮⋮イジワル⋮⋮﹂って、別にお前関係
ねえだろうが!
﹁くそ、なんか人生詰んだ気もするが、とりあえず逃げるぞ﹂
﹁はいは∼い、じゃあ、いこっか?﹂
とりあえず、ジャレンガもアッサリと普通の状態に戻ってくれた
し、今はこの場からトンズラするのが先だ。
俺たちはすかさず、五人固まって、この場から⋮⋮
﹁そこまでよ!﹂
ん? 404
﹁目を閉じるっ!﹂
それは、突如聞こえた声。そして思わず反応しちまった俺たちが
目を閉じた瞬間、瞼の向こうに強烈な閃光が炸裂したのが分かった。
﹁ぐわあああああっ!﹂
﹁な、なんだ、これは!﹂
﹁誰だ、許可なく﹃ビッグバンスタングレネード﹄を使ったのは!﹂
﹁目がァ! め、目がああああっ!﹂
閃光弾が炸裂したのか! でも、一体誰が?
﹁これ以上は問題起こさないで! 早く乗って! 今のうちに逃げ
るから!﹂
えっ? なんで? 俺たちの前に突如現れた、一台のスカイカー。
スカイカーなんて未来的なものではあるが、その車体、そして車
のボンネットについているエンブレムは見たことある。
前世で、バイクの免許が欲しい時に、多くのバイクや車の雑誌を
眺めていたから、分かる。っていうか、車に詳しくなくても分かる。
超高級車のポルシャ。ポルシャ・パンナメール。ツーシートが主
流のポルシャでは珍しくフォーシートのフォードア。
だが、その馬力はそこらのセダンとは比べ物にならない、一千万
円超の高級車。
405
﹁あんたたちは五人ね。狭いけど、とりあえず早く乗って!﹂
車のウインドが下へ下がる。すると、運転席に座っていたのは、
意外な人物。
﹁あれ? この女って、確かあの煩い八人組の一人だよね?﹂
﹁おお⋮⋮⋮⋮なんで? つうか、運転していいのか? この世界
の免許取得は何歳からだ?﹂
﹁しかも、お姫様が自ら?﹂
﹁こ、これは、例のジドウシャとやらでござるな!﹂
﹁うそ、なんで、あなたが?﹂
なんでここに? そして、もう一つツッコミ入れるとしたら⋮⋮⋮⋮なんで、車体
がピンクなんて悪趣味なんだ? 自分の名前と同じだからって。
﹁つうか、なんだよ、この車。こんなもんに乗るのか?﹂
﹁早くする! 私だって本当は車なんて嫌いだけど、仕方なかった
の! とにかく飛ばすから、しっかり捕まってて!﹂
406
第23話﹁春が来た﹂
それが罠かはどうかは分からないが、必死に訴えている目はして
いる。
まあ、俺たちを騙そうとしている様子は無いし、今は飛び込んで
おくか。
﹁乗るぞ!﹂
﹁ねえ、狭くない? 地底族の君は、地中の中を移動して、亜人の
君は走れば? 人間の君はヴェルト君のこと好きみたいだけど、僕
の妹の邪魔だからここで死んでくれる?﹂
﹁置いていかないで欲しいんで! いま、ここは世界一恐いけど、
世界一安全な場所でもあるんで!﹂
﹁拙者が、殿の傍を離れるなどありえませぬ!﹂
﹁私が一番酷すぎる! というより、私がヴェルト君を好きという
のは確定なんですか!﹂
高級車とはいえ、車内は狭いな。
俺は助手席に乗り込んで、後ろの二人席に四人詰め込んだ瞬間、ピ
ンクは黒いサングラスをかけ、指の開いた手袋を装着し、どこの走
り屋だよとツッコミ入れようとした瞬間、ピンクは車内で喋った。
407
﹁曲をお願い。クラッシックで﹂
﹁了解シマシタ。プレイリストヨリ再生シマス﹂
おおっ、車が喋ったよ。声紋認証的な奴か?
とにもかくにも、車内に突如重厚感のあるオーケストラの曲が流
れ出し、次の瞬間車は激しく加速して、一気にメガロニューヨーク
の空を駆け抜けた。
﹁うおっ、おお、速い!﹂
﹁ちょっ、とと、飛ばしすぎなんで!﹂
﹁にゃあああ、は、早いでごじゃ、ごじゃるううっ!﹂
﹁ふ∼∼∼∼ん﹂
﹁ひっ、こ、これ、大丈夫なの? け、景色が速すぎて全然見えな
いッ!﹂
ジェット気流に乗るとはこういうことを言うのだろうか? 車に
乗っていて、手すりにしがみ付くなんてことは今まで無かった。
ドラゴンの背中に乗るよりも、驚いた。まあ、俺の肉体が既に前
世に乗っていた車の感覚を忘れているのもあるんだけどな。
﹁しっ! 静かに。あまり雑音交えられると、リズムに乗れないわ﹂
﹁はあ? リズム? なんでだよ!﹂
﹁クラシックの曲に乗せ、ポルシャエンジンとターボがかかったと
きの音が、私のリズムを作り、音に深みを持たせんの﹂
﹁意味分かんねーっ! どこの中二病だテメエは! 音楽つっても、
アイドルなんて別にそこまで音楽に博識じゃねえもんじゃねえのか
408
よ? ツラとチャラチャラした踊りこなしてニコニコしてるだけの
商売だろうが!﹂
﹁随分と偏見を持っているのね。あんた、そのセリフは世界中のア
イドルを敵に回す発言よ?﹂
なんかサングラスかけても分かるぐらいギロリと睨まれた。
だが、ピンクはすぐに前を向いて、小さく笑った。
﹁私、音にはこだわりがあるのよ﹂
﹁はあ? ポルシャの音がどんな音だっつーんだよ﹂
﹁ほんと。私には、絶対音感があるから﹂
ん? 絶対音感? あ、なんかスゲエ懐かしい単語だ! 確か、
ミルコも持っていたな。キシンとなった今はどうだろ?
﹁ニート殿、絶対怨寒とは、何かの必殺技でござるか?﹂
﹁いや、違うんで。絶対音感って、楽器が奏でる音とか以外でも、
日常生活での生じる音とかを聞いただけで、その音名が分かる能力
なんで。ピアニストとか、音楽家に多いみたい﹂
﹁えっ、そ、そんな能力があるんですか? 私も子供の頃からピア
ノを習ってるけど、そんな能力初めて聞いた⋮⋮﹂
そういや、あの世界ではそういう単語事態が無かったのか? にしても、ピアノか⋮⋮
﹁ピアノね∼、ふ∼ん⋮⋮あっ、そういえば⋮⋮﹂
そういえば、フォルナもピアノをやってて、小さい頃に王都の文化
409
会館で発表会があって、無理やり招待されたとき、ペットと初めて
⋮⋮
﹁ピアノ⋮⋮⋮なあ、ペット、まさか⋮⋮お前、あん時から?﹂
﹁ッ! なっ、ちょっ、ヴェ、ヴェルトくん!﹂
ふと何気なく聞いてみたら、ペットが目に見えるほどビクッと体
を震わせて、首を勢いよく横に振った。
でも、否定されたその態度は、明らかに⋮⋮
﹁ああ、それで⋮⋮ふ∼∼ん﹂
そうか、ペットが前から俺のこと好きだったとか、まさかあんな
程度のことで⋮⋮つうか、あんなガキの頃の話かよ! ﹁えっ、ちょっと待てよ、お前、あんな十年以上前からとか⋮⋮お
前、帝国の軍仕官学校とか、人類大連合軍時代に他にいい男いなか
ったのか∼?﹂
﹁ッ! ⋮⋮⋮うう⋮⋮う∼∼∼﹂
﹁ん? て、お前、泣くなよな∼。からかわれたぐらいで、ガキじ
ゃないんだから﹂
と、何故か急に顔を両手で覆い隠し蹲るペットに、﹁うわあ﹂っ
てなったが、同時に運転席から俺を見るピンクや後部座席でバック
ミラー越しに見えるニートの顔が、﹁最悪﹂ってな表情で俺を軽蔑
してる。
410
すると、ペットはちょっとぐずりながらも、呟いた。
﹁バカ∼⋮⋮聞かないでよ∼⋮⋮言わせないでよ∼⋮⋮﹂
⋮⋮なんだろ。近所のガキ大将が女の子を泣かしているようなこ
の感覚は。
だって、仕方ねえだろ? ソレは全く予想外だったんだから。
﹁だってよ∼、お前、俺のこと恐くて苦手だと思ってたからよ﹂
﹁⋮⋮⋮苦手だよ⋮⋮恐いよ⋮⋮ヴェルトくんは、乱暴だし、凶暴
だし、よく暴れて喧嘩してたし﹂
﹁だろ? それなのに、好きとか言われてもな∼、ピンとこねえよ﹂
﹁そうだけど⋮⋮⋮それは⋮⋮って、その前に! 好きってまだ言
ってない! いや、まだじゃなくて、そもそも好きって言ってない
から! 言ってないんだよッ?﹂
後部座席から身を乗り出して、俺の肩をポカポカ叩いてくるペッ
ト。全く、小学生か!
そして、なんか﹁じ∼∼∼∼∼﹂と見てくる周囲のこの視線はな
んだ?
だが、ペットは唇を尖らせて、少し拗ねた様子で呟いた。
﹁だって、ヴェルトくん、すっかり変わっちゃったから⋮⋮⋮﹂
﹁えっ? なに?﹂
変わった? 俺の何が? ﹁初めて会った頃のヴェルト君は、ちょっと乱暴で口が悪かったけ
ど⋮⋮⋮どんなことにも屈しないで立ち向かう、心が強くて、すご
く力に溢れていた﹂
411
乱暴で口が悪い? なんだよ、何も変わってねえじゃ︱︱︱
﹁でも、ある日を境にヴェルトくんは⋮⋮なんだろう、周りを凄く
拒絶して、壁を作って、あらゆるものから興味をなくしたような、
暗く孤独な目をしていた﹂
﹁⋮⋮なにい? そんなことあったか? いつだ?﹂
﹁そうだよ! えっと⋮⋮あれは、確か⋮⋮七歳⋮⋮ううん、八歳
ぐらいの頃?﹂
八歳。そう言われてハッとした。
その頃といえば、俺が、前世の記憶を取り戻し、すさんじまった
時期のことだ。
﹁姫様はそれでも構わずヴェルトくんと一緒に居続けた。でも、私
は⋮⋮⋮まるで人が変わってしまったみたいなヴェルトくんが⋮⋮
⋮恐かった﹂
ふ∼んと感じ、なるほどと思った。
俺の痛い時代だった。
突如前世の記憶を思い出し、存在する全ての物を受け入れられず、
両親すらも他人だと思っていたあの頃か。
412
﹁そっか。じゃあ、男前の俺が戻ってきて良かったな。まあ、既に
六人も嫁が居て手遅れだけど﹂
﹁自分で言っちゃうんだ! でも、そういう意味も無い自信満々な
ところは昔のヴェルトくんだけど⋮⋮﹂
確かに、前世の記憶を取り戻した時期は、自分自身でも荒れてい
たと思う。
まだガキだったこいつらに、その時の俺の変貌振りは、恐れるも
のだったのかもしれない。
でも、だからこそ、そんな状態でも俺に変わらず接し、それでも
好きだと言ってくれていたフォルナだからこそ、俺は⋮⋮
﹁ねえ、状況分かってる? いつまでこのラブコメディーソングを
聞かせるの?﹂
軽く咳払いしたピンクがツッコミ入れてきた。
﹁そう言うな。俺の親友は、ロックとラブソングが世界を作ったっ
て言ってんだぜ?﹂
﹁はあ? ロック? クラーセントレフンに? 嘘でしょ? あん
な破壊思想の過激な音楽が、あんたたちの世界に? なんで!﹂
﹁ロックの魔王様っていう、最強の魔王が居るんだよ﹂
413
まあ、今は魔王を辞めて、俺の国の宰相的なポジションに落ち着
いてるんだけどな。
冷静に考えると、あいつはジャレンガより強いっぽいから、恐ろ
しい。
って、今の問題はそこじゃねえか。
﹁んで、お前、何であんなところに居たんだ?﹂
そうだよ。なんであんなにタイミングよく、都合のいい場所に、
護衛もつけていないお姫様が一人で居たのかってことだ。
しかも、身につけているのは、アイボリーたちのような黒いピッ
タリスーツ。おまけにサングラスまでかけているから、どこかの女
怪盗やスパイみたいにしか見えねえ。
だからこそ、何で? その問いかけに、ピンクは前を見ながら答
えた。
﹁見張ってたの﹂
﹁なに?﹂
﹁今夜、あの店に、レッド・サブカルチャーのリーダーが来るかも
しれない。そういう情報があったから﹂
レッド・サブカルチャーのリーダー? あのテロ組織の?
﹁ほ∼。そりゃまた⋮⋮でも、何でお前自身が? そういうのは、
部下にやらせるもんだろうが﹂
国のお姫様自ら一人で、テロ組織の調査とか、ありえんのか?
すると、ピンクは小さく笑った。
414
﹁うん、ありえない。だって、私は単独で動いているから﹂
﹁単独? お姫様が、一人でか?﹂
﹁そっ。レッドサブカルチャーは八大国の至る所に影響を及ぼして
んの。だから、誰が組織と繋がっているかがわからない。正直、今
の私には信頼できる仲間が居ないの。だから一人で調査してたの﹂
﹁ふ∼ん、そりゃまたご立派なことで﹂
﹁だから、今日私を見たのは内緒にしててね。というより、アリバ
イ工作に付き合ってくれたら、尚嬉しいわ。私は今夜、あんたの泊
まっているホテルの部屋に行ったことになってるから﹂
ん? ちょっと待て。今日ピンクを見たのが内緒にして欲しいと
いう意味が分かったが、何でアリバイで俺なんだ?
﹁俺の部屋に来ることになってた? なんで? 何しにだよ﹂
﹁⋮⋮エッチしに⋮⋮﹂
﹁はあっ?﹂
﹁私のパパ⋮⋮つまり、私の国の王は、今後クラーセントレフンと
の外交を有利に進めるにあたって、私があんたに宛てがわれたの。
どう? 嬉しい? でも、公表はしないでね。アイドルのイメージ
ダウンになるし、一応、法律では禁止されているからね﹂
おい、お前さ、何で俺とペットのあんなやり取りを一部始終見な
がら、あっけらかんとそういうのブチ込むんだよ。
案の定、ニート、ペットが軽蔑顔、そしてムサシが﹁はへ? え、
あわわ﹂とパニクってる。
まあ、とは言うものの⋮⋮
﹁あっそう。アイドルの枕営業なんて都市伝説だと思ってたが、ま
さかこんな発展した世界でもそんな旧石器時代みてーな文化が存在
415
したんだな﹂
﹁そうね。私もそう思う。でも、色々と規制されてしまった世界だ
からこそ、そういう甘い誘惑が時には効果的だったりもするの。ち
なみに、今日、あんたの部屋には、多分私以外も行ってると思うか
ら﹂
﹁けっ、くっだらねえ。今の俺にハニートラップは通用しねーよ﹂
﹁へ∼、立派立派。そんな可愛い幼馴染を平気で泣かせて、奥さん
六人も居るとそうなるのね﹂
そう、今の俺の嫁を考えれば、色々な意味でハニートラップにか
かる理由がない。
というか、トラップにかかったのがバレたら殺される⋮⋮
﹁あのさ、話が脇道に逸れてると思うんで。ピンク姫があそこに居
た理由は分かったけど、何で俺たちを助けてくれたか、全然分から
ないんで﹂
後部座席から呆れながらも言うニートの言葉は、確かにそうだっ
た。
なんで、ピンクは俺たちを助けたのか?
多分、あのまま暴れてたら、俺たちはこの世界から追われる身と
なっていた。
だがそれも、こいつが俺らを助けてくれたことで、心配なさそう
な気がする。
でも、こいつが俺らを助けるメリットはあったのか?
すると、
416
﹁簡単。下心があったから﹂
﹁下心?﹂
﹁そう。私は外交がどうとかじゃなくて、私の目的のために、あん
たたちと繋がりを持ちたかった。力を貸して欲しかった﹂
あくまで、正直に語るピンク。まあ、その方が逆に言葉に真実味
を持てるのだが、でも﹁下心﹂とか普通言うか?
だが、そんな本音を、今日出会った他人である俺らに晒してまで
達成したい目的とは? ﹁目的ってどういうことか分からないんで﹂
﹁私の目的⋮⋮それは⋮⋮レッド・サブカルチャーのリーダーを⋮
⋮助けること﹂
倒すではない。逮捕するでもない。助ける?
﹁⋮⋮⋮⋮知り合いか?﹂
﹁友達。遠い遠い、誰にも言えないぐらい大昔のね⋮⋮﹂
いや、大昔って、お前どうみても十代だろうが。
﹁でも、私には力がない。仲間もいない。だから⋮⋮⋮⋮レッド・
サブカルチャーと何のしがらみもない、そして常識を打ち破れる人
たちをずっと探していた﹂
そこで意味深に俺を見てくるあたり、そういうことかと理解した。
﹁そういうことか﹂
﹁そういうこと。私は正直、クラーセントレフンとの外交とかに興
417
味ないの。ただ、あんたたちが常識を超えるほどの強さを持ってい
た。だからこそ、その力が欲しいと思っている。利用できないかと、
今日のライブで思った。そして、ライラック皇子を倒した力を見て、
それが確信に変わった﹂
あくまで俺たちの様子を伺うことなく、すべてを正直に語るピン
ク。
もしこれで、俺たちがそのことを言いふらしたら、こいつはどう
するつもりだった?
﹁ありきたりで申し訳ないけど、この世界で手に入るものであれば、
望みのものはなんでも用意するつもりよ。だから、お願い⋮⋮⋮⋮﹂
その時、高速で空を駆け抜けていたはずの車も、ようやく逃げ切
れたと判断するやいなや、停止してゆっくりと地上へ降りていく。
ジェットコースターみたいな感覚も終わり、少し静かになって間
を置いて、ピンクはサングラスを外して、俺たちに向けて言う。
﹁お願い。私に、力を貸して﹂
さて、今度は逆になっちまった。
ライラックには、組織に勧誘された。
そして、ピンクにはその組織と敵対するために手を貸して欲しい
と。
でも、
﹁やだ、興味もないのに、めんどくさ⋮⋮⋮﹂
418
﹁ッ⋮⋮⋮⋮﹂
でもまあ、俺からすればどっちもどっちだしよ⋮⋮
﹁ヴェルト、お前、ぶれないんだ﹂
﹁即答しなくてもいいのに⋮⋮﹂
﹁ニート殿、ペット殿、我が殿の決定に不服を申すでござるか?﹂
﹁僕もサンセーかな? もうこの世界にも飽きたし、早く帰らない
?﹂
まあ、意見はあるだろうが、正直俺らはそれどころじゃねえしな。
﹁ニート、忘れたか? その、何だっけ? 教祖とか、ヲタクの父
とか、俺らはそっちをどうにかする方が先だろうが﹂
﹁あっ、それは覚えてるんだ﹂
﹁まーな。だからこそ、お姫様の友情問題に関わってる場合じゃね
えってことだよ﹂
最低一人。最大で二人。前世のクラスメートだと思われる奴らが、
この世界に居て、冷凍刑務所なるもので氷漬けになっている。
それこそ、気の遠くなるような昔のクラスメートと言える。
俺にそいつらの記憶は特にないが、先生に﹁知らない奴だから助
けなかった﹂なんて報告はするわけにはいかねえからな。
﹁ケチ。それに、なによ。教祖とか、ヲタク父って。まさか、教祖
クリアとレッドのことじゃないでしょうね?﹂
﹁けっ。テメェには関係ねえよ。だが、まあ、そういうことで、仲
間集めは他でやってくれ。今日聞いた話は黙っててやるからよ﹂
﹁どうしてもダメ? ⋮⋮それに、なんであなたたちがクリアとレ
419
ッドを? もう、私たちの何世代も大昔の偉人を⋮⋮⋮⋮﹂
と、その時だった。
﹁マスター。オ父上様カラ電話ガ入ッテオリマス。オ繋ギシマスカ
?﹂
﹁っと、えっ、パパから? ⋮⋮﹂
車が突如コール音を響かせ、音声ガイダンスのような声で車が喋
った。
ピンクの父ということは、パリジェン王国の王様。夜飯を一緒に
食ったあのおっさんか。
俺たちも居るので、出るかどうか迷っているピンクに、俺は頷い
て﹁別に構わずどーぞ﹂と促した。
それを聞いてピンクも小さく﹁ありがと﹂とつぶやいて、声を発
した。
﹁ピンクです。パパ、どうしたの?﹂
﹃ピンク、今、一人か?﹄
﹁⋮⋮ええ⋮⋮一人かな? 運転中よ﹂
﹃やはりか! 運転は危ないからやめろと言っているだろう。なぜ、
リムジンを使わん。運転手が嘆いて大臣に電話してきたのだぞ﹄
﹁ごめん。でも、心配しないで。ちゃんとやるから﹂
﹃全く。だが、まだホテルに着いていないのだな?﹄
突如車から王の声が聞こえてきたので、相変わらずムサシがビク
ッと反応を見せるのはお約束だ。
にしても、ピンクのやつ、俺がアリバイ作りの了承をしなかった
からといって、咄嗟に嘘をつくとは、なかなか義理堅いやつだな。
420
﹁どうして?﹂
﹃ホテルに待機してる者からの報告だ。ヴァルハラのミント姫がホ
テルに来ているそうだ。リガンティナ皇女との面会とのことだが、
目的は十中八九、ヴェルト・ジーハ氏だろう﹄
﹁⋮⋮⋮⋮そう⋮⋮⋮⋮﹂
﹃さらに、シアン姫に関しては、エロスヴィッチ氏と随分と親睦を
深めたそうで、向こうから部屋に招待されて、今、ホテルの部屋に
居るそうだ﹄
ここでツッコミを入れたかった。それ、親睦じゃねえよ。ぜって
ー違うと。
﹃バーミリオン姫も既にホテルに到着しているそうだ。ただ、ホテ
ルのフロントでもめているようだがな﹄
﹁揉めている? あの、穏やかなバーミリオン姉さんが?﹂
﹃ああ。彼女はどうやら、例のバスティスタ氏を訪ねたそうだが、
勢い余ってその場で告白してしまったと。だが、バスティスタ氏が
それを拒絶したことで、色々と言い争っている。いや、泣きすがっ
ているということだ﹄
ふ∼∼∼∼∼∼ん、バスティスタが。へえ∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮なにっ!
﹃とにかく、各国の姫は既に積極的にクラーセントレフンとの繋が
りを確保すべく、動いている。お前も出遅れるな。分かったな?﹄
﹁は∼∼∼∼い﹂
﹃あと、ちゃんと法定速度を守るのだぞ? お前が違反したとき、
私がどれだけ恥をかいたことか﹄
421
﹁はいはい﹂
ダルそうな返事をして電話を切ったピンク。
正直、色々とツッコミたいところがあったが、今の俺は、んなこ
とより気になることがあった。
﹁おい、ピンク、早くホテルに戻れ﹂
﹁えっ、う、うん、でも、ちょっとまだ話が⋮⋮﹂
﹁んなことどーでもいいんだよ!﹂
そう、どうでもいい。
何故なら、
﹁あの、戦うパパのバスティスタに⋮⋮とうとう春が実際に訪れた
わけか。こいつは∼、兄弟子として見届けてやらんとな﹂
﹁いや、ヴェルト、ものすごい野次馬根性丸出しなんで。それに春
も何もフッたって⋮⋮﹂
そう、あの千パーセント筋肉の堅物のバスティスタだぞ?
正直、あいつ、あんなにカッケーのに、普通にそういう話がなく
て心配だったからな。
こいつは是非とも見届けんとな。
そのことばかりで頭がいっぱいになり、俺はピンクを急かした。
422
第24話﹁夢のカード﹂
にしても、バスティスタに春か。
フッたってどういうことだよと思いながらも、俺はかなりウキウ
キしていた。
ピンクの目的なんかよりずっと興味ある。
別に、俺もそこまで人の色恋沙汰に野次馬根性出すというわけで
もないはずなんだが、正直、自分の恋愛的なものが﹁こういう状況﹂
だからだろうか。
恋人が出来る前に嫁が六人も出来たうえに、結局、神乃美奈への
告白も特に進展があったわけでもなく、今に至っているからなのか
⋮⋮とまあ、御託を並べたところで結局、それは別にいいや。
単純に、﹁筋肉兄貴と、ほんわかお姫様の恋﹂という状況で、も
う、なんかそそられた。
﹁バスティスタって、例の体の大きな人でしょ? 彼、いくつぐら
いなの?﹂
﹁そういや、何歳だっけな? 結構年上だと思うけどな﹂
﹁結婚はしてないの?﹂
﹁してねえしてねえ。彼女も居ないみたいだしな。まあ、あいつの
場合は、バツなしの子持ちみたいなもんだからな﹂
﹁どういうこと?﹂
まあ、ピンクには分からねえだろうな。
バスティスタは、ああ見えて、戦災孤児の子供を何人も引き取っ
て面倒を見ている。
昔、あいつが用心棒として雇われた修道院に居た子供たちだそう
だが、色々な不幸があって修道院にも住めなくなった子達を、あい
423
つは引き取った。
その話と、だからこそ俺がふるまってやったラーメンが好きにな
ったという子供たちに、いつでも好きなものを食べさせてやりたい
という思いから、ラーメンの作り方を教えて欲しいと聞いた時の先
生は、目が潤んで感動してたっけな。
﹁バーミリオン姉さんも、随分と変わった人を好きになったものね﹂
﹁そうか∼? 力持ちで喧嘩も強くて子煩悩で頼りがいあって⋮⋮
⋮それに、あいつは普通にイイ奴だしな﹂
それに、もう何ヶ月も一緒に働いて暮らしてるんだ。俺も兄弟子
気取る気もねえが、なんだか不器用な兄貴分の新鮮な話を聞いて、
少し嬉しくなっていた。
﹁珍し。ヴェルトが他人をそこまで褒めるの﹂
﹁ああ? そうか∼?﹂
﹁だって、お前って、相手が魔王でも四獅天亜人でも勇者でも、ボ
ロクソ言う男だったと思ってたんで⋮⋮⋮ついでに言うと、俺と初
めて会った時もボロクソ言ってくれたんで﹂
﹁かもな。まあ、単純に、俺も先生も、あいつのことは気に入って
んのさ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮言葉だけ聞いてれば爽やかなんだが、どう見てもお前の
目は野次馬根性丸出しなんで。ひやかす気満々にしか見えないと思
うんで﹂
それは、ほら。ソレはソレ。コレはコレだからな。
﹁でも、なんだろうな∼、戦争が終わったからなのか、最近、そう
いう色々なところで恋が動いてるね﹂
424
﹁なんだ、ペット。お前、俺の嫁になりたいのか?﹂
﹁なんでそういう風に聞いちゃうかな! んもう、私が言ってるの
は、バーツくんとサンヌちゃんとか、シャウトくんとホークちゃん
とかのことだよ∼﹂
﹁まあ、バーツとかは、ありゃガキの頃からだろ? むしろ、あい
つらは今更だ。あんな分かりやすい女の気持ちに気づかずに振り回
していた鈍感野郎共が、ようやく人並みになっただけだろうが﹂
﹁女の子の気持ちを知りながらも無神経に振り回しているヴェルト
君が、そこまで言っちゃうの?﹂
﹁俺は責任取っただろうが。振り回した女は、ちゃんと面倒を見る
ことにしてる﹂
﹁何でだろう。責任取ったって言ってる割に、ヴェルト君が全然立
派に思えない!﹂
﹁うるせえ。つうか、女を振り回したレベルで言うなら、ニートの
方が酷いぞ!﹂
﹁絶対、ヴェルト君のほうが酷い!﹂
何を言う。俺は酷くなんか無いぞ。大体、俺は女を振り回したか
もしれんが、最終的に喰われたのは俺の方だ。⋮⋮な、はずだ。
425
﹁ペット殿、それ以上、殿への愚弄は許さぬでござる! 殿は、甘
い言葉を口にはしませぬが、寵愛を与えし相手には深い愛情を注ぐ
御方でござる! それこそ、拙者も⋮⋮⋮﹂
﹁ムサシちゃん?﹂
﹁拙者も⋮⋮えへ⋮⋮と、との、だ、旦那さま、と、ちゅちゅ、ち
ゅ∼、を⋮⋮にゃ∼∼∼ん、こ、これ以上は拙者の口からは言えま
せぬ∼﹂
恥ずかしがった猫が顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに﹁いやん
いやん﹂と頭を振る仕草に、ペットは余計に俺を﹁うう∼∼∼∼﹂
と恨みのこもったような目で拗ねてくる。
だが、そんなやりとりをすればするほど、ピンクはサングラスを
かけても分かるぐらい、不愉快そうな空気を出して俺を見ていた。
﹁なに、あんた。女の敵?﹂
﹁まだ、敵にはなりきれてねえ感じだな。まあ、これ以上、ややこ
しいことになったら、本当に敵として殺されるかもしれねえが﹂
そう、だからこそ俺自身はこれ以上ややこしいことにはなって欲
しくないんだ。
クロニアのことがあって以来、今の嫁たちの結束力と警戒心の前
に、妙なものをぶち込んだら、それは惨劇の幕開けになるかもしれ
ないからだ。
だから、俺はもう、そういうのはいいし、アイドルの枕営業だ、
幼馴染のほのかな初恋がどうとか、正直、そそられるよりも反応に
困る。
むしろ、こうやって自分が完全な第三者になって、人の恋路をひ
426
やかし⋮⋮いやいや、応援するというのは、何だか新鮮な気持ちに
なれる。
﹁っと、着いたけど⋮⋮何アレ?﹂
﹁あん?﹂
とまあ、俺が心の中でウキウキしているあいだに、天高らかにそ
びえ立つ、巨大な超高級そうなホテルの前に車が近づいた瞬間、ホ
テルの入口には既に大勢の人ごみが何かを取り囲むように集まって
いた。
いや、人だけじゃねえ。
﹁っていうか、おいおいおいおい﹂
﹁何かしら、これ!﹂
地上に並ぶ車の行列、車道にまではみ出す群衆、ホテルを飛び回
るスカイカーの数。
それは、昼間のライブ会場を彷彿とさせるほど、大規模な群衆で
溢れていた。
﹁なんのイベントだ? お前らアイドルが枕営業活動中とバレたか
?﹂
﹁そんな、はずは⋮⋮ちょっと待って、確認してみるわ﹂
予想外の事態に慌ててピンクが車に向かって誰かの名前を呼んだ。
すると、それだけで車内にコール音のようなものが響き、何回か
のコールで何者かの声がスピーカーから聞こえてきた。
﹁ピンクよ。今、ホテルの前にいるけど、どういう状況なの?﹂
﹃ピンク姫! ご苦労様です。しかし、まだホテルの外ということ
427
であれば、今は危険です。少し待機をお願いします﹄
﹁なんでこんなことに? ひょっとして、クラーセントレフンの人
たちがホテルに泊まっているのがバレたの?﹂
﹃いや、というより⋮⋮その、テレビを見てください。その方が早
いです。恐らく、今、どのチャンネルでもやっているかもしれませ
ん﹄
テレビ? こりゃまた、懐かしい響きの言葉だ。俺もニートもお
互いに顔合わせて﹁はは﹂と苦笑した。
﹁テレビ? スクリーンを出して﹂
﹁了解シマシタ﹂
すると、﹁ウイーン﹂という音と共に、前方の席、そして後方の
席に二つの液晶テレビが突如車内から顔を出し、パッと電源が入っ
た。
そこに写っているのは、取り囲む野次馬たちの中で向かい合うひ
と組の男女。
﹁なな、なんでござる、これは!﹂
﹁すごい。こんな薄いのに、サークルミラーみたいな鮮明度で、状
況を写しているの?﹂
﹁へ∼、これは面白いね。これなら僕も欲しいや﹂
﹁すげー、画質綺麗だな﹂
テレビというそのものへの反応をそれぞれ見せる一方で、やはり
最も目についたのは、そのテレビに写っている二人だろう。
そして、その映像を放映しながら、テレビからナレーションだか
キャスターだかの声が聞こえてきた。
428
﹃さあ、大変なことになりました。交際許可制度が制定されて以降、
政府認可のない交際は法に触れることとして罰せられるということ
は、子供でも分かる常識でありながら、その法を破ろうとする一人
の姫と、異世界より現れし英傑の行く末が、ネット上の投稿から噂
が瞬く間に拡散され、現在世界が注目するほどにまで発展してしま
いました﹄
そこに映っているのは、涙を潤ませながらも、真剣な眼差しで男
を見つめるお姉さん系お姫様。
そして、そのお姫様と向かい合うのは、俺の弟弟子のマッチョ。
﹃さて、ホテルの黒服が隠撮してネット上に投稿したところ、一瞬
で拡散した今回の出来事。もちろん、この黒服のIDはすぐに特定
されて現在炎上中。後に、当局からも処罰が下されることになるで
しょうが、それでもなお、この光景を今、誰も止めようとしません。
ネーデルランディス公国の姫にして、アルカディア・ヴィーナス8
の一人として世界的な大スター、バーミリオン姫の世界の壁を超え
た告白劇に、未だ誰も周りを取り囲むだけで、止める声が上がりま
せん﹄
え∼∼∼っと、待て待て待て待て。なんで、世界が注目してるん
だ?
﹁あははは、君と同じだね∼、ヴェルトくん。ほら、僕たちが初め
て会った日、君がウラ姫と結婚した日﹂
﹁ジャレンガ?﹂
﹁あれもさ∼、結局、あのプロポーズとか全部世界中に流されてた
んでしょ? どうやら君の弟弟子も、そういう流れは受け継いでる
429
んだね?﹂
ジャレンガにしては珍しい、おちょくったような嫌味だが、それ
にしてもなんでこんな大ごとになってるのか意味不明だ。
つうか、映像見る限り、あのバーミリオンとかいうお姫様は、バ
スティスタ相手にいっぱいいっぱいな様子で周りに目が行っていな
い。
一方で、バスティスタも威風堂々しすぎてて、全然周りを気にし
てない様子だった。
そして、そんな二人の間では⋮⋮⋮⋮
﹃自分には大切な家族を幸せにする使命がある。そして、あの子達
が自立し、立派な大人になるまで見届けるのが俺の使命であり、誓
いであり、夢であり、そし生きがいだ﹄
と、真剣な顔でバーミリオンに告げるバスティスタ。
えっと、この状況は恐らく⋮⋮⋮⋮
﹃ええ、その理由は分かりました、バスティスタ様。ですから私は
申し上げています。そのお手伝いを、あなたの傍で私にもさせて戴
きたいと﹄
えっ? なになに、もう、そんな話まで行ってんの? お前ら、
今日会ったばかりじゃねえのか?
﹃そして、そこで、私を判断していただくことは出来ないでしょう
か? 子供たちのためにと生きるあなたの心の優しさに、私の胸の
ときめきは既に臨界点に達しています。ですが、そのためにあなた
は、生涯自分の幸せを求めずに、自分の人生を犠牲にし続けるのは、
あまりにもさみしいと思います。だから、私にお手伝いをさせてく
430
ださい。そして、その日々の中で、私のことをもっと知っていただ
けたらと思います﹄
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮やべえ、ナニコレ?
当初の予定では﹁よ∼、バスティスタ∼、アイドルにコクられる
とか、パネエじゃねえか∼﹂と言ってやるつもりだったのに、多分
俺が今、そのセリフを言うためにこの状況の中に入ってったら、も
のすげえ、スベるだけじゃなく、反感買いそう。この世界的に言う、
炎上するってやつだ。
﹃家族のために生きることが、人生を捨てたとこになるというのか
?﹄
﹃バスティスタ様?﹄
そして、この状況でバスティスタは、シリアスにさらにシリアス
を返しやがった。
﹃犠牲だと? そんなはずはない。ヴェルト・ジーハを見てみろ﹄
﹃ヴェルト? あの、例の彼ですか?﹄
﹃ああ、そうだ﹄
ん? なんで俺の話題?
﹃毎日どれだけ労働して体に疲労がたまろうと、あいつはコスモス
や幼い妹と接する時間を惜しまない。それは、自分を犠牲にしてい
るのではない。あいつは生き生きと、絵本を読んでやったり、まま
ごとに付き合ってっやったりしている﹄
おい、そこで、ニートとペットは何を笑い堪えてやがる。
431
﹁絵本⋮⋮ヴェルトが⋮⋮ままごと﹂
﹁ヴェルトくんが、そんなことを⋮⋮ぷっ、く、く、小さい頃、フ
ォルナ姫におままごとに誘われても全然乗り気じゃなかったのに⋮
⋮コスモスちゃんとハナビちゃんにはしてあげるんだ⋮⋮﹂
﹁勿論、拙者もでござる! お嬢様がお嫁さん役、ハナビ殿が娘役、
殿が旦那様役、拙者は飼っている猫の役でござる!﹂
仕方ねえだろ。だって、コスモスもハナビもメッチャ喜ぶし。
﹃俺は、ヴェルト・ジーハの気持ちがよく分かる。自分が育て、守
り続けている一方で⋮⋮自分が子供たちからパワーを貰っているの
だ。俺も⋮⋮孤独に耐え切れず毎晩泣いていたチビたちが⋮⋮いつ
しか、寝言で﹃兄ちゃん﹄と口にしながら笑っているのを見た時⋮
⋮⋮これ以上ない幸福だったのを覚えている﹄
バスティスタの気持ち。俺も良く分かった。
子供のためにと思って、疲れてようが、大変だろうがお構い無し
に構っているようで、本当に力を貰っているのは俺の方だったりも
する。
﹃ヴェルト・ジーハも、子の為なら何でもするだろう。相手が魔王
だろうと、世界を巻き込む大戦争を起こそうとも、娘のためならば
戦う。俺も同じだ。あの子達のためなら、どのような汚いこともし
よう。この手を汚そう。全てを敵に回そうともだ﹄
ヤバイ。なんだ、この断り方は。
これじゃあ、おちょくれねえじゃねえかよ。
﹁やけくそになって結婚してるヴェルトとはエラい違いだと思うん
で﹂
432
﹁ま、まあ、殿ほどではござらんが、天晴れな男子でござる﹂
﹁でも、ヴェルトくんがバスティスタさんを気に入ってる理由、な
んか分かるかも﹂
だな。まあ、あいつらしいといえばあいつらしい。
つーか、あの姫さんも姫さんだけどな。
﹁さすがに、出会って初日はムボーだろうな。せめて、チビ共と先
に会って、気に入られて、外堀を埋めるぐらい手順を踏まねえとな﹂
あまりにも淡々と断っていることで、何だか少し気分がしんみり
してきた。
﹃だからこそ、バーミリオン姫。俺に好意を寄せてくれたことは誇
らしく思う。だが、俺がお前をどう思うかは、正直、関係ない。今
の俺は、家族のこと以外を考えられない。それが、父親として、兄
として、そして男としての俺の意地であり、幸福でもあるのだ。俺
は好きでやっている。犠牲なんかではない。俺が、そうしたいのだ。
この体は、そのためにあるのだから﹄
これはもう、挽回不可能だろう。
だが、それが誰にでも理解できているのに、誰もが言葉を発しな
い。
集まっている野次馬も、テレビのリポーター的な奴らも言葉を失
い、見入っている。
そこに歓声も励ましの言葉もなく、ただ、見守るだけ。
流れる場の沈黙が続き、やがて、バスティスタが背を向けた、次
の瞬間だった。
433
﹃な∼ん、なのだ。ちょっと、わらわが買い物行ってる間に、何を
やっているのだ?﹄
﹃はううう、ひひ、人がいっぱいでで、でし、お、おねいしゃま∼
∼!﹄
﹃ふん、そんなに慌てるとバレるのだ。クールな顔をしていないと
ダメなのだ。まあ、わらわはどっちでも構わんが﹄
﹃い、いいい、イジワルです∼﹄
それは、沈黙していた群衆を一瞬でザワつかせ、そして二つに分
かれて道を勢いよく開けてしまう存在。
﹃ん? お∼、バスティスタではないのか。なんなのだ? 逢引な
のだ?﹄
﹃バーミリオン姉さままで、んん、ッ、え、ヴィッチお姉様、こん
なところで、スイッチ入れるのダメでし﹄
﹃むふふふふふ、なら、凛としているのだ。そして、ちゃんと真っ
直ぐ歩くのだ。さもないと⋮⋮ぐふふふ⋮⋮﹄
二つに別れた群衆の真ん中を闊歩する、威厳と妖艶な雰囲気を纏
いながら、ニタニタとした笑みを浮かべている、エロスヴィッチ。
そして、その隣には、何故か体を小刻みに震えさせながら、ぎこ
ちない足取りで歩き、その頬は赤く染まり、かなり涙目になってい
る、シアンと呼ばれていたアイドル姫。
その全身は、とくにそれほど寒くもないのに、不自然なロングコ
434
ートで全身を覆い隠している。
﹃ん、ううう、あう、く、なわが、食い込み、ん、ん﹄
そして、時折漏れる艶っぽい声はなんだ? アイドル姫の中でも最も子供っぽい大人しめの少女から醸し出す
思わぬ色気のようなものに、集まった群衆もどこか顔を赤らめてい
る。
﹃ぬはははは、お∼、バスティスタ、何をやってるのだ?﹄
﹃エロスヴィッチ。部屋に居たのでは?﹄
﹃うむ。部屋でシアンと一緒に﹃色々﹄と遊んでいたのだが、それ
だけでは物足りなくて、少し買い物に行ってたのだ。意味不明なも
のばかりの中に、中々面白いものも混ざっていて、目移りしたのだ﹄
色々遊んでいた。何を遊んでいたんだ? そして、なんでシアン
とかいう姫はお前の傍らに立っているだけで、今にも失神しそうな
ぐらい全身をプルプルさせてるんだ? そして、俺だけだろうか。あのシアン姫の着ているロングコート
の下が、一体どうなっているのか気になっているのは。
﹃ほれ、見てみるのだ! 最近、肩などの凝りがひどいわらわに最
適な、この、﹃はんでぃ電動まっさーじ﹄とやらはすごいのだ♪﹄
﹃何故、九本も買う必要が?﹄
435
﹃それは、わらわは九刀流だからなのだ!﹄
九本のハンディ電動マッサージ。袋から取り出して電源入れた瞬
間に﹁ウイ∼∼∼ン﹂となって、先端の部分が振動する。
なんでだろう。一般的なマッサージ道具なのに、あの女が持って
いるだけで、卑猥にしか見えねえ。
﹃他にも、明るいところでも気にせず寝れる﹃アイマスク﹄とやら
に、荷物を縛ったりする際に便利な﹃伸縮自在のロープ﹄など、他
にも色々と性活⋮⋮生活に便利なものがあったので、買ってしまっ
たのだ♪﹄
意味不明な表情で首を傾げる、ジャレンガ、ペット、ムサシ。う
ん、それでいい。
特にムサシとペットは、俺たちの感じたような違和感を思うこと
なく、健やかにそのまま育ち、何ものにも染まらないで欲しい。
だがしかし、エロスヴィッチのお買物に、何か別の意図を感じた
俺、ニート、そして意外にもピンクは﹁うわ∼﹂と引きつった表情
のまま、車内で硬直してしまった。
だが、そんな状況の中、この場に現れたエロスヴィッチは、俺た
ちにも予想もしないブチ込みをさらにすることになった。
﹃んで、おぬしは、確か、バーミリオン姫と⋮⋮そうかそうか、コ
クったのだな♪﹄
﹃はうっ!﹄
436
超嬉しそうにニヤ∼っと笑うエロスヴィッチは、そのまま笑いな
がらバーミリオンの背中を叩いた。
﹃なれば、こ∼んなところでお見合いしとらんで、さっさと部屋に
行って乳繰り合うのだ! せ∼っかく、こんなイイモノ持ってるの
だ、こんな堅物、パイ揉ませれば瞬殺なのだ♪﹄
﹃ひゃうっ! あら、あらあらあらあら! まあまあ、いや、まあ、
なんてことを!﹄
﹃おおおおお、いい反応なのだ。どれ、耳をペロッと﹄
﹃ふひゃうっ!﹄
﹃おお、敏感なのだ! のう、バスティスタ、わらわにくれんか?
わらわ、ちょっとだけ、ちょっとだけこの娘を貸してほしいのだ
!﹄
だから振られた状況で、バスティスタが格好良くフッた直後に、
テメエは何を他国のお姫様の胸を揉みながら、大衆とメディアの前
でやらかしてんだよ!
﹃そ、そんな! ヴィッチお姉様⋮⋮ど、どうして、私にあれだけ
のことを⋮⋮﹄
﹃ん∼? なんなのだ、シアンよ。妬くとはカワイイが煩わしいの
だ。そんな女はもう、一緒に遊んでやらないのだ﹄
﹃しょんなっ!﹄
﹃だが∼、そうなのだな∼、今夜、わらわが教えたとおり、ヴェル
トの機嫌を回復してくるのなら、許してやるのだ﹄
嫌がるバーミリオンの胸を揉みながら、耳とか首とか舐め、その
傍らにはショックを受けているシアンがヘタリ込む。
437
そんな衝撃的な映像は、やがてプツリと途切れ、何やらテロップ
のようなものが画面に映し出された。
﹁おい、ピンク。なんて書いてるんだ?﹂
﹁放送事故よ⋮⋮⋮⋮﹂
﹁あの、ババア⋮⋮⋮⋮あのババアッ!﹂
ほんと、メンドクセーことしやがって。
俺は思わず車の扉を開けて外に出る。
真下に見えるエロスヴィッチの凶行を、今すぐこの場で﹁ふわふ
わパニック﹂でもして、お仕置きしてやろう。
そう思っていた、その時だった。
﹁その汚らわしい手を離せ、エロスヴィッチ﹂
﹁ぬっ?﹂
ギロりと睨んだマッチョが、エロスヴィッチの首ねっこを摘まみ
上げた。
それには、若干不愉快そうな顔を浮かべたエロスヴィッチは叫ぶ。
﹁なんなのだ! ちょっと、パイを触るぐらいは挨拶なのだ! も
う既に、あのパイは自分の物だと独占欲でも出しているというなら、
体の割に器の小さい男なのだ!﹂
いやいやいやいや、なんだよその滅茶苦茶な文化は。
スカイカーから飛び降りようと、ドアを開けた状態のまま、俺は
固まっていた。
438
﹁貴様の常識は、我々の世界でも異端だ。人の器に口出す前に、ま
ずはお前自身が恥を知れ﹂
﹁あっ? ⋮⋮⋮⋮⋮⋮バスティスタよ⋮⋮⋮おぬしの方こそ、一
体誰に向かってそんな口を聞いているのだ? たかだか、ラブ・ア
ンド・ピースの元最高幹部というだけの、チンピラ風情が﹂
﹁ふん。三大称号を捨てて引退した老兵は、過去を振り返ることで
しか自分を何者かを語れない。実に哀れだな。お前にできることは、
性欲の赴くままに、人を汚すことしかできん。カイザーとチロタン
が、貴様を国から永久追放してくれてよかった﹂
ん? あれ? おい、ちょっと、お∼∼∼い、ちょっと?
なんでお前ら、そんな一触即発な雰囲気を⋮⋮⋮
﹁⋮⋮⋮この手を離せ、筋肉だけでケツの穴の小さいクソガキが。
わらわは、今から二人の姫と親交を深めるのだ。女の手も握れぬビ
ビリなデカ物は、この電マで遊んでろ﹂
エロスヴィッチの雰囲気が変わった。
いつものド変態笑から、殺気だった、相手を地獄へ突き落とすか
のような瞳。
その圧力は、平和ボケしてるこの世界の連中に耐えきれるもので
もなく、シアンやバーミリオンは思わず腰を抜かした。
そして、集まった群衆も思わず後ずさりするほど。
﹁そういうわけにはいかん。確かに、この手は女の手も握れぬ身な
439
れど⋮⋮⋮今日はまだ終わっていない﹂
﹁なにいっ?﹂
だが、それほどの圧であっても、怯むことなどありえないバステ
ィスタは⋮⋮⋮
﹁今日は、俺がバーミリオン姫を守る。昼間に誓ったその約束は、
ギリギリまだ続いているのでな﹂
すると、次の瞬間だった。
何かブチっと鳴った音と共に、エロスヴィッチをつまみ上げてい
るバスティスタの顔面を九つの高速の尻尾が鞭のようにしなって襲
いかかった。
﹁ッ、バスティスタ様ッ!﹂
﹁お姉様ッ!﹂
突如始まった攻撃。突如として緊迫した空気が一気にして破裂し
た。
バスティスタの腕から逃れたエロスヴィッチは上空に飛び上がり
⋮⋮⋮
﹁おぬしの魔羅がどれほどのものかと気になった時期もあったが⋮
⋮⋮もういいのだ! 剛剣を抜くこともしらぬ腰抜けは、わらわに
及ばぬと知れ!﹂
440
﹁やれやれだな⋮⋮⋮⋮⋮⋮仕方ない。少し捻り潰してやるか﹂
ちょ、ちょと待てちょと待てちょと待てーーーーいっ!
﹁あははははは、なんか面白いことになってない?﹂
﹁分からないんで! どうしてこういう展開になったか、全然分か
らないんで!﹂
﹁とと、殿、どうすれば!﹂
﹁あんな二人が戦っちゃったら、とんでもないことに!﹂
ああ、その通りだよ!
﹁テメェら、何やってんだ! 何をいきなりドリーム対決やってん
だよっ!﹂
しかし、俺の叫びなど耳にも入ってない二人の尻尾と拳がぶつか
り合い、ホテル前の広場に巨大な衝撃音を響かせた。 441
第25話﹁淫獣女帝の本領発揮﹂
﹁たたた、大変なことが起こっております! 七つ星ホテルのムー
ンライトプリンセスホテルの前で騒ぎが起こっております! クラ
ーセントレフンより現れし来賓の二名が口論の末、な、殴り合い、
て、これは殴り合いなのでしょうか! この衝撃音は本当にッ!﹂
常に冷静に現場のリポートをしなければいけないキャスターです
ら、あの状況。
まあ、無理もねえよな。この二人の喧嘩を冷静に解説できるやつ
なんて、俺らの世界でも果たして居るかどうか。
﹁フハハハハハハハハハハ! わらわをただの狐の亜人と思うな、
筋肉小僧! 亜人に変革をもたらす異端児として恐れられし、魔と
獣の血を引く力を貴様に見せてくれるのだっ!﹂
飛んだエロスヴィッチが九つの尾を大きく逆立たせる。
すると、尾から光り輝く鱗粉のようなものが広がり、ホテル前の
広場に靄のように広がっていく。
あれは、毒?
﹁むっ⋮⋮⋮﹂
違う。あれは、確か、昔⋮⋮⋮⋮⋮⋮
442
﹁﹁﹁﹁﹁うひゃううううううううううううううううううっ!﹂﹂﹂
﹂﹂
そう思ったとき、ホテル前に集まっていた野次馬たちが、突然顔
を真っ赤にして興奮したように激しく叫んだ。
﹁あ、あわあああああ、びびび、ヴィッチタマアアアアア!﹂
﹁はあはあはあはあはあはあはあ!﹂
﹁ヴィッチさまぁー、わたくしめは、ヴィッチ様の奴隷にございま
すっ!﹂
﹁ヴィッチ様ッ! ヴィッチ様ッ! ヴィッチ様ッ!﹂
﹁わ、私に、ヴィッチ様のお情けをーッ!﹂
男も女も関係ない。狂ったような目でヴィッチを信奉する狂者た
ちが誕生した。
﹁あっ、やっぱり。おい、ピンク。車⋮⋮⋮ちょっと、もうちょい
離れたほうがいい﹂
﹁どうなっているの! これは、まるで麻薬でもやったかのように
国民が!﹂
ま∼、ある意味、麻薬だ。
エロスヴィッチの誘惑と洗脳の混じった相手を狂わせる技。
あの野郎、本当に遠慮がねえ!
﹁まあ! なんということに! こ、これは、バスティスタ様ッ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮下がっていろ。すぐに終わらせる﹂
突如として変わってしまった周囲の状況に、バスティスタの背中
443
で守られているバーミリオンが慌てるが、バスティスタは不敵に笑
った。
﹁なははははは! さあ、世界のお兄ちゃんとお姉ちゃんたち∼!
わらわをイジメるその筋肉バカを捕まえるのだ∼♪ 捕まえた人
にはご褒美な∼のだ♪﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
ッ!﹂﹂﹂﹂﹂
そんな中、俺たちの世界では歴史に名を残す将軍と呼ばれたエロ
スヴィッチが、一瞬でエロスヴィッチ軍を興して、その号令と共に
狂った狂戦士たちが一斉にバスティスタに飛びかかろうとする。
しかし⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁ふん、くだらん。半端に狂っただけの戦士に、俺の高ぶる闘争心
を耐えきれるか?﹂
バスティスタが僅かに足を開き、中腰に。そして、両手を広げ、
目を大きく見開き、その巨体を使って、耳が潰れるほどの大声を張
り上げた。
﹁アー、カマテカマテカーオラ! カマテカマテカーオラ!﹂
444
それは、呪文でも、技でもない。
ただの儀式のようなもの。
﹁ッ! ひいっ!﹂
﹁あ、う、あ⋮⋮⋮⋮﹂
しかし、それはただの儀式ではない。
己の闘争本能を高める儀式。
バスティスタという男が、己の全身を使って己を高ぶらせる行為。
それは、ただのエロ誘惑で洗脳されて飛びかかってきた連中など、
一瞬で正気に戻すほどの熱き雄叫び。
﹁バス、ティスタ様?﹂
﹁ぬぬ? なんなのだ、それは!﹂
思わず目を見開く、バーミリオンとエロスヴィッチ。
しかし、バスティスタの儀式は続く。
﹁アーウパ! アーウパ! アウパネカウパネ!﹂
それは、人から見れば奇行にしか見えないかもしれない。
だが、それでもこの男がするならば、決してそうは見えない。
顔に、筋肉に、全身から溢れる闘争心が、全てのものを圧倒する。
﹁ちょっと、なによ、あれ﹂
﹁獣の威嚇とは違うでござる!﹂
﹁ふ∼∼∼ん。でも、うるさいね?﹂
﹁こ、ここに、居ても、伝わってきます、この気迫は!﹂
それは、少し離れた上空に居る俺たちにだって伝わった。
445
﹁なあ、ヴェルト、アレってさ⋮⋮⋮﹂
﹁ああ。﹃ハカ﹄だな﹂
﹁やっぱり⋮⋮⋮﹂
俺も先生に聞くまでは知らなかった。
にしても、バスティスタの野郎。
以前、あいつの記憶を覗いたとき、あの儀式をあまり好意的に見
てなかったと思ったけど、あの野郎も何だかんだで⋮⋮⋮
﹁ちょ、と、待って⋮⋮⋮ねえ、あんた、今、なんて言ったの?﹂
﹁ん?﹂
すると、ピンクが物凄い驚いた顔で訪ねてきた。
まあ、そりゃあ、気になるか。
﹁ああ。ハカって言ってな。ラグビー世界最強ニュージーランド代
表。オールブラックスとか呼ばれてた連中が、試合前にああいうの
やるんだってさ﹂
﹁ラグビー⋮⋮⋮ニュージー⋮⋮⋮ランド⋮⋮⋮ですって?﹂
﹁つっても、俺らの世界にそういうのがあるわけじゃねえ。ただ、
あいつの師匠みたいな奴がそういうの広めてるみたいなんだよ。俺
らも会ったことはないけど⋮⋮⋮でも、知ってる﹂
そういや、もともとは、近いうちにバスティスタの師匠みたいな
奴に会いにいく予定だったのに、随分と予定が狂っちまったな。
446
でも、なんでピンクがそんなことにそこまで食いつく? しかも、
尋常じゃねえくらいにガタガタ震えてるし。
つってもまあ、震えてるのは、腰抜かして正気に戻った下の群衆
も同じだけどな。
﹁ふん、所詮は性欲や物欲のためだけに戦う意思などこの程度のも
の。真の闘争本能の前には、全てがまやかしだ﹂
ハカを終えて、その肉体が完全に戦闘モードに入ったバスティス
タが、笑みを浮かべて上空のエロスヴィッチを見上げる。
エロスヴィッチも、笑みを浮かべ返すも、頬に僅かに汗が流れて
いるのが分かった。
﹁ぬはははははは。闘争本能だけで、わらわの誘惑をこの場からか
き消すとは、流石なのだ。あのイーサムが一目置くだけはあるのだ﹂
﹁そうか。同じ、旧四獅天亜人とはいえ、武神イーサムの賞賛なら
ば誇らしいものだ﹂
﹁ムカッ! わらわの賞賛はいらぬと申すか! 全く、小生意気な
人間なのだ! ならば教えてやるのだ! 熱い血潮の闘争心など、
エロを求める生命の真理の前には無力ということをッ!﹂
エロスヴィッチが急速下降! しなる尻尾がかまいたちのように
高速で、不規則にバスティスタの表皮を切り裂いていく! 速いッ!
447
﹁ほう。凄まじい鋭さだな﹂
﹁ほれほれほれほれ! もっと速度を上げるのだ! 血潮噴かせる、
ゴールドテイル!﹂
九本の尾が、それぞれあらゆる死角から飛び込むように、鋭い切
れ味とともにバスティスタを圧倒していく。
あれを全部見切るのは不可能だ!
さらに、それだけじゃねえ。
﹁ふふ、教えてやるのだ、バスティスタよ。本来、亜人には魔力が
備わっていないのだ。しかし、わらわは違う。突然変異の異端児と
して、亜人でありながら魔力を持ったものたちを﹃妖怪﹄と呼び、
わらわは﹃妖狐﹄と呼ばれたのだ。亜人が魔力を持ったとき、その
力は生物界を根底から狂わせる。見せてやるのだッ!﹂
あれは、魔力の光ッ! まさか、魔導兵装かっ!
光の衣がエロスヴィッチを包み込み、獣の牙と爪と尾を表したか
のように象られていく。
﹁妖獣魔人・九尾妖怪大決戦!﹂
だから、なんでそんなにガチモードなんだよ⋮⋮⋮
﹁ふん、いいのかそれで? 半端にパワーアップされたほうが、俺
も手加減しにくいので、返って悲惨な結末になるかもしれんぞ?﹂
448
で、お前も、シリアスされたら、シリアスしか返さねえのかよ、
この堅物がッ!
﹁ナハハハハハハハハハハハ! たわけ、小僧がッ!﹂
﹁さえずるな、子狐がっ!﹂
魔力を帯びて強化された九つの尾が、より強固に、鋭く、そして
速度を上げてバスティスタの肉体を貫く!
両腕、両腿、両脇腹へと深々と突き刺さり、鮮血舞い上がる。
﹁ひっ、バ、バスティスタ様ッ!﹂
﹁ヴィッチお姉様ッ!﹂
刺した! ガチだ! そして、あんな速いもん、避けられるはず
が⋮⋮⋮
﹁ふん、温いぞ。貴様の卑猥な想いから発する力は、この程度のも
のかっ!﹂
﹁ッ!﹂
だが、避けられず、被弾しようともバスティスタは揺るがない。
尾を肉体に突き刺されながらも、全身の筋肉に力を漲らせると、
エロスヴィッチの表情も変わった。
449
﹁ぐっ、ぬ、抜けないのだ! 筋肉を圧縮することで、わらわの尾
をッ!﹂
﹁そして、見せてくれよう﹂
﹁ッ!﹂
﹁貴様と違い、魔法が使えないこの身でも、その高みに達すること
ができるということをな!﹂
今度はバスティスタの番。
尻尾を筋肉で掴まれて身動き取れずに無防備なエロスヴィッチ目
掛け、右手を前に出して、拳をグーパーする。
﹁握魔力弾ッ!﹂
﹁ほぐわっ!﹂
容赦ねえっ! エロスヴィッチの腹に、空気を弾いた弾丸をぶち
込んで、エロスヴィッチが⋮⋮⋮
あれ?
﹁むっ!﹂
煙のようにドロンして消えた?
﹁なはははははは、どうしたのだ? 狐につままれたような顔をし
て﹂
と、思ったら、エロスヴィッチの本体は、まるで最初からそこに
立っていたかのように、バスティスタの背後に。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮魔力で象った空蝉か⋮⋮⋮器用なことを﹂
450
﹁エロから目を背ける者に、真実を見抜くことはできないのだっ!﹂
変わり身の術? あのエロババア、そんな器用なことも出来たの
かよ!
﹁キシャアッ!﹂
﹁来い、発情狐ッ!﹂
いや、出来て当然か。あいつは、普段はただのエロババアだが、
その積み重ねてきた歴史は、最強の四獅天亜人の一人として、全世
界を左右させる戦争の最前線で常に戦い続けてきた女だ。
ぶっちゃけた話、残念な一面さえなければ⋮⋮⋮
﹁超亜速ッ!﹂
獣ならではの瞬発力は、人間の反応速度を大きく凌駕する。
﹁速いでござる! 拙者の踏み込みとは桁違いに!﹂
﹁あんなの、見えっこないよ⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふ∼ん、やるね⋮⋮⋮﹂
﹁やば、もう何が起こってるか全然分からないんで﹂
見えている世界が完全に違う。
全ての動きにおいて、バスティスタがついていけてねえ。
突き刺すような尾の一撃では、さっきみたいな展開になる。
だからこそ、斬り刻むかのように皮膚を切り裂き、常に縦横無尽
に駆け抜けて、その動きがまるで捉えられねえ。
451
﹁ぐっ、ぬっ、くっ、⋮⋮⋮速い⋮⋮⋮この身軽さは、亜人の極み
と言ったところか。だが⋮⋮⋮﹂
しかし、その場で一歩も動けずに切り刻まれるだけのバスティス
タだったが、全ての攻撃が薄皮を切り裂くだけで致命傷に至ってい
ない。
むしろ、半端な傷は、すぐにバスティスタの﹃超回復﹄により修
復されていく。
﹁決定打に欠けるな、エロスヴィッチよ。それに⋮⋮⋮ふんぬっ!﹂
﹁ぬわおっ!﹂
バスティスタが、その場で無造作に強烈なアッパーを放つ。
もちろん、そんな大振りに当たるエロスヴィッチじゃないが、空
振りになったバスティスタのアッパーはそのまま拳圧だけが上空で
弾け、まるで花火のような音を響かせた。
﹁小僧⋮⋮⋮﹂
被弾しなかったとはいえ、少し引きつったような声を漏らすエロ
スヴィッチ。それも当然だ。
当たらなくとも、もし当たっていたら⋮⋮⋮そう考えるだけでも
腰が引けてしまうほどの効果が、今の一撃であったからだ。
とは言うものの⋮⋮⋮
﹁くくく、ふははははははははは! そんな虚仮威しなど、常にカ
イザーの鼻魔羅を受け入れ態勢覚悟完了のわらわには、恐るに足ら
ず! そこらへんの生娘と一緒にするではないのだ!﹂
だろうな。
452
﹁まっ、そこで引き下がるほど、四獅天亜人の称号も甘くねえか﹂
﹁そうか∼? 今じゃ、お前の嫁もその称号得てる時点で、なんか
微妙な気もすると思うんで﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮だが、エロスヴィッチには不利な喧嘩だな﹂
そう、エロスヴィッチは確かに速いが、攻撃に決定打か欠ける。
﹁下手な鉄砲数打ちゃあたる戦法とは随分セコイのだな! 男なら
女を一発必中させるぐらいでなければいかんのだ! わらわのスタ
ミナは無尽蔵なのでな、その戦法は通用しないのだ!﹂
﹁なに、気長にやるさ。今夜は、まだまだこれからなのだからな﹂
常に肉体を修復するバスティスタとは相性が悪い。
さらに、バスティスタの大振りパンチは、エロスヴィッチには滅
多に当たらないが、常にブンブン振り回していたら、そのプレッシ
ャーは徐々にエロスヴィッチに重くのしかかる。 だって、当たれば一発で終わるからだ。
﹁ふん、言っておくが、わらわが一晩程度でヘタレると思うななの
だ! ヴェルトではあるまいし!﹂
﹁それは、ヴェルト・ジーハが気の毒だ。やつはお前のように自分
より弱いものをいたぶる女と違い、愛のためならばいくらでも凶暴
になる女たちを相手にしているのだからな﹂
でも、その攻防の中でちょいちょい俺を話題に出すのはやめろ!
﹁ヤってみるのだ!﹂
﹁試してみるさ﹂
453
だが、それでもこの二人の攻防は、単純なようでハイレベル。
とにかく高速で切り刻んでいくエロスヴィッチに対して、ただた
だ一発を狙うバスティスタ。
やがて、高速の円運動によって、エロスヴィッチが巻き起こす竜
巻のような高速の突風が、バスティスタの赤い鮮血に染まった風を
巻き起こし、その血が激しく周囲に飛び散っていく。
﹁ご、ごらんになっていますか! げ、現場では、強烈な赤き暴風
が吹き荒れています! スーツの力や光学兵器を使用せず、ただ己
の肉体のみでこの現象を発生させる現実に、もはや誰も近づくこと
はできません!﹂
テレビのリポーターだけじゃねえ。俺も、あんまりもう近づけね
えな。下手に近づいたら、粉砕される。
そして、誰も近づけなくとも、カメラのレンズだけは中央の攻防
をアップにする。
そこに映し出されたのは、真っ赤に染まった肉体と共に、徐々に
その硬派で穏やかだったはずの表情が、次第に凶暴な笑みを浮かべ
ている怪物の表情に、俺たちは思わず凍りついていた。
﹁ふ、ふふふふふ、クククククク、フハハハハハハハハ﹂
笑っているのは、バスティスタ!
あんな笑みは、初めて見る。
まるで溜め込んでいたものを開放したかのように笑っている。
そして⋮⋮⋮
﹁ソノテイドカ?﹂
454
﹁ッ!﹂
世界が一瞬で凍りついたかのように寒気がした。
それは、半年前の最終決戦以来の恐怖。
全身が震え上がるかのようなその圧倒的な凶暴な殺意は、この油
断の一つすら許されない状況下で、思わずエロスヴィッチの動きを
止めるほど⋮⋮⋮
﹁ふっ、随分と速く捕まったな⋮⋮⋮雌狐め⋮⋮⋮﹂
そして、その一瞬をバスティスタは見逃さなかった。
その手で、エロスヴィッチの顔面を鷲掴みにして⋮⋮⋮
﹁小競り合いとはいえ、俺に血を流させたからには⋮⋮⋮潰れる覚
悟は出来ているんだろうな?﹂
﹁ひぐっ!﹂
グシャりと果物が潰れたかのような鈍い音が響いた。
気づけば、エロスヴィッチの顔面を掴んだまま、バスティスタが
エロスヴィッチを後頭部から地面に陥没させるほど叩きつけていた。
﹁ちょっ! そ、それはやりすぎなんで!﹂
﹁や、やべえ! あいつ、キレたか!﹂
﹁エロスヴィッチ様ッ!﹂
﹁ひ、ひ、ひどいっ!﹂
だが、目を覆うような行為に俺たちがゾッとすることなどお構い
なしに、バスティスタは叩きつけたエロスヴィッチの後頭部を反転
455
させ、今度は潰した後頭部を掴んで、エロスヴィッチの顔面を勢い
よく地面に叩きつけた。
﹁ちょーーっ! そ、それはさすがにまずいだろうが!﹂
﹁⋮⋮⋮へえ⋮⋮⋮いいじゃない? 彼、容赦というものを知らな
い。なるほどね⋮⋮⋮兄さんたちが敗れるわけか﹂
こ、これは、やりすぎだ! エロスヴィッチの顔面が変わっちま
う。
﹁ぷぐっ、が、はぐっ⋮⋮⋮ッ、小僧ッ!﹂
真っ赤に染まった顔面は、元の可愛らしい幼女の面影をすっかり
無くすほど凄惨になっている。
だが、その血に染まった瞳はまだ、死んでねえ。
叩きつけられ、そして掴み上げられたエロスヴィッチは、己の尾
をしならせ、バスティスタの喉元に尾を突き刺した。
﹁ッ!﹂
﹁この小僧めが! わらわを誰だと思っているのだ! そのてい︱
︱︱︱︱︱﹂
だが、喉元に深々と尾を突き刺されながらも、バスティスタはも
う一度勢いよくエロスヴィッチを地面に叩きつけた。
﹁⋮⋮⋮ふっ⋮⋮⋮くく、がはっ⋮⋮⋮ッ、⋮⋮⋮お前が何者かだ
と? 知っていたとして、それが何になるのだ?﹂
456
トドメの強烈な一撃。
これは⋮⋮⋮⋮死んだんじゃねえだろうな⋮⋮⋮?
まさかと思われる光景に、世界が絶句する中で、とうとう耐え切
れずに、最も間近にいた女が口を開いた。
﹁バ、スティスタ様⋮⋮⋮﹂
恐怖に怯えて引きつった表情を見せるのは、ついさっきまで、バ
スティスタに愛を告げていたバーミリオン姫。
しかし、今、その表情は愛しい男を見る顔ではない。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮目を逸らすな、バーミリオン姫﹂
﹁ッ!﹂
その時、血に染まった笑みを浮かべながらも、バスティスタがバ
ーミリオンにそう告げた。
﹁その瞳でこの姿を目に刻むが良い。これが、お前がよく知りもせ
ずにその身と心を捧げようとした、愚かな男の本性だ﹂
﹁バスティスタ様! ッ、な、なにを言って⋮⋮⋮﹂
﹁普段どれほど己を押さえつけようと、暴力に取り憑かれ、相手を
壊し、潰すことでしか喜びを得られなかった男。それが俺だ﹂
457
エロスヴィッチの頭部を地面にめり込ませた腕をゆっくりと引き
上げ、バスティスタは儚い笑みを浮かべた。
﹁俺はこういう守り方しか出来ん男だ。暴力の中でしか、誰かを守
ることしかできない。守るだけならそれでいいかもしれない。しか
し⋮⋮⋮一人の女の愛に対する応え方をこの体は知らん。それが、
ヴェルト・ジーハと俺の大きな違いだ﹂
少しずつ、その凶暴に染まった表情が穏やかに戻るに連れて、ま
るで諭すかのようにバスティスタは言う。
﹁だからこそ、お前にまだ未練のようなものがあるというのなら、
この姿を目に刻み、そして知れ。この、凶暴な男の本性にな﹂
ただ、エロスヴィッチに制裁を加えただけじゃねえ。本当の自分
を曝け出し、バーミリオンに自分という人間を知ってもらうため?
だからここまでのことを?
とは言うものの、ここまですることも⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁ナ・ル・ホ・ド・ナ・ノ・ダ♪﹂
と思ったとき、さっきのバスティスタに負けないぐらいの、寒気
のするような声が響き渡った。
458
﹁そこまでの、ふにゃチンとは思わなかったのだ⋮⋮⋮くくくく、
まさか⋮⋮⋮女にコクられて、一発もヤラずにフルなど、腰抜けの
極みなのだ﹂
⋮⋮⋮その理屈はどうかと思うが、あの女、あんだけやられても
まだ?
﹁⋮⋮⋮ふっ⋮⋮⋮そこまでにしておけ、エロスヴィッチよ。ただ
の性欲発散の代償としては、あまりにも大きいだろう?﹂
﹁⋮⋮⋮ぷっくくくくく、性欲の代償に比べて? ぷくくくく、ナ
ーハッハッハッハッハッハッハ! なんとも笑わせるのだ! 女も
抱けぬ、エロも知らぬ男が何をほざくか!﹂
地面の中から勢いよく、飛び出したエロスヴィッチ。
そのグシャグシャに潰された表情でも、変わらず怪しい笑みを浮
かべていた。
﹁お前は知らぬのだ。エロの尊さを! エロが世界を変えられると
いうことを!﹂
﹁⋮⋮⋮その言葉は⋮⋮⋮⋮オーナーの⋮⋮﹂
﹁ん? なんなのだ? 貴様、﹃フルチェンコ﹄のことを知ってい
るのか?﹂
フルチェンコ? オーナー? それって、まさか、以前バスティ
スタの記憶を覗いた時に居た⋮⋮⋮
459
﹁まあ、それはどうでもいいのだ。ただ、フニャちんのお前に見せ
てやるのだ。人の凶暴性など、愛とエロスの前には無力ということ
をな!﹂
そう、そんなことがどうでも良くなるぐらいの魔の瘴気が吹き荒
れる。
魔力で光の獣の衣を包み込んでいたエロスヴィッチの肉体が変形
していく。
﹁なっ、ま、まさかっ! エロスヴィッチ様っ! 獣化する気では
ござらんかっ!﹂
﹁なにいっ、獣化だとっ!﹂
﹁エロスヴィッチ様が真の姿をっ! かつて、カイザー様と出会っ
て以来、その姿を封印されていたと聞いていたでござるが、まさか
!﹂
ちょっと待てよ! まさか、ヤル気か!
今日だけでも、ニューヨークにヴァンパイアドラゴンなんかを召
喚されて既にお腹いっぱいの状況下で、あいつは⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁ギャアアアアアアアアアアアアっ!﹂
﹁ば、ばっ、ばけものだああああっ!﹂
﹁怪獣が現れたぞーーーっ! に、に、逃げろおおっ!﹂
460
こうなるに決まっている。
建物よりも遥かにでかく、全身を獣と化したその姿は。
﹁きゅ、九尾の妖狐とニューヨークはどう考えても合わないと思う
んで! いや、それどころじゃないけども!﹂
ニートのよく分からんツッコミは、とにかく混乱している状況と
いうことで今は流しておく。
とにかく、ジャレンガだけで手一杯だったのに、まさかここまで
やるか?
あの、バカ女!
﹁ちょっと、嘘でしょ⋮⋮⋮﹂
﹁おいっ、ピンク! 流石にもう限界だ! 俺は行くぞっ!﹂
﹁殿、お待ちください! 拙者もお供するでござる!﹂
﹁手を貸そうか、ヴェルトくん? 僕の妹をいっぱい可愛がってく
れる条件でさ?﹂
﹁俺は絶対行かないんで﹂
﹁こ、こわい、あ、あんなの、戦争でも見たことないよ﹂
エロスヴィッチを止めるしかねえ。
ここまでくると、バスティスタが勝てる勝てないとかは別の話だ。
街が、世界が、崩壊する!
﹁ナハハハハハハハハハハハハ! さあ、ひれ伏すがいいのだ! 大いなる力の前に!﹂
461
闇夜に降りた巨大な狐の化物は、高らかに笑い、真下に居るバス
ティスタを見下ろす。
しかし、ここでまた面倒なことに、バスティスタも怯んでねえし!
﹁ふっ。面白い⋮⋮⋮貴様を潰すには、より、凶暴さが必要という
ことか!﹂
﹁ばす、てぃすた、様⋮⋮⋮こ、これは、い、一体⋮⋮⋮﹂
﹁下がっていろ、バーミリオン姫。これから先は、さらなる血肉沸
き立つ凶暴な世界が繰り広げられるのだからなっ!﹂
燃えるなああああああっ!
いかん、一番落ち着いて安定感があると思っていたバスティスタ
も、既に血が騒いでいる様子だ。
もう、これは戦わせるのはまずい。
だが、しかし、この時、俺たちはまだ分かっていなかった。
強いとか弱いとか、そういう次元の話じゃない。
﹁ふふふふふふ、言ったであろう、バスティスタよ。凶暴さなど、
エロスの前には無力とな﹂
﹁なに?﹂
﹁見せてやるのだ! 可愛くないから封印していた、わらわのこの
姿。この姿になった時の、わらわの力は大きく膨れ上がるっ!﹂
そして、俺たちは知る。
エロスヴィッチの真の力が、世界を変え、そして崩壊させるほど
462
のものだということを。
インコントロール
ワールド
スーテ
パン
ープテーションブレ
﹁さあ、男の貴様に耐えきれるか、見せてみろなのだ! 超誘惑洗
脳術エロス世界!﹂
それは、広大なニューヨークを包み込むほどと思われる巨大なピ
ンク色の靄。
あれは、毒か?
いや、確かあれは⋮⋮⋮
﹁洗脳術は俺には通用せんっ! 全身の血液をコントロールし、脳
を常に圧迫させることで、正常に戻す!﹂
﹁ぬははははははは。確かに、おぬしならばいかに強力に洗脳しよ
うとも無理なのだ。だが、他の連中はどうかは分からぬのだ﹂
﹁なにいっ!﹂
そして、ついに世界が変わった。
﹁っ、バスティスタ様っ!﹂
﹁なにっ、バーミリオン姫!﹂
突如、背後からバスティスタに飛びつくように抱きついたバーミ
リオン。
それは、さっきまで恐怖に怯えていたはずが、いつの間にか⋮⋮⋮
﹁あつい⋮⋮⋮あつい、ほてる⋮⋮⋮火照ってしまう⋮⋮⋮ねえ、
どうして? バスティスタ様⋮⋮⋮﹂
463
ものすっごい、トロンとした表情で、服をはだけさせ、そしてボ
タンを次々と外して、その下からレースのブラを開放し、さらには
穿いていたスカートをたくし上げる奇行に及ぶ始末。
﹁なにっ? これは⋮⋮⋮目が、正気ではない! エロスヴィッチ、
貴様ァっ!﹂
﹁ヌハハハハハハハハハ! 安心しろ、バスティスタ。貴様には効
果はない。心優しいわらわは、この一帯に居る﹃女だけ﹄に洗脳を
かける!﹂
これには、凶暴化バスティスタもビックリ⋮⋮⋮
っていうか⋮⋮⋮
﹁あ、つい、あついわああああっ!﹂
﹁もう、服なんて着てられないもん! はあっ、はあ、はあっ! 体が疼いちゃうっ!﹂
﹁今日は主人が、主人がいなくて! お願い、誰でもいいから!﹂
﹁ねえ、そこ、すぐホテル! そこ、ホテルなの! ねえ、誰かァ
!﹂
﹁お、ねえさま、ヴィッチおねえさま! 早く、シアンを、早くシ
アンを部屋に! シアンがいけない子になってしまいます!﹂
なんかもう地上にいる、女たちだけが物凄い興奮したように次々
と服を⋮⋮⋮おいおいおいおい!
464
﹁殿おおおおおっ!﹂
﹁はぐわっ!﹂
と、思ったとき、なんか背後からタックルされて、俺は気づけば
宙に放り出されて⋮⋮⋮
﹁って、ムサシィっ!﹂
﹁拙者は∼∼∼、もう、せっしゃは∼∼∼∼∼!﹂
その時、ムサシの目は真っ赤に染まっていて、そしてその様子は、
エロスヴィッチ特性の精力増強料理を食って発情したときと全く同
じ⋮⋮⋮
﹁危ないよ、ヴェルトくん! 風の精霊よ、優しき風の衣で包みこ
め! ウインドフェザー﹂
ムサシのタックルで身動き取れないまま、上空から落下する俺と
ムサシ。
今すぐ、ふわふわ魔法で浮かねえとと思ったその時、落下した俺
たちに風の魔法を使って助けたペットが、ゆっくりと下降してきて
た。
フライ
﹁ペット?﹂
﹁私、飛翔は使えないけど、⋮⋮⋮んッ⋮⋮⋮こうやってゆっくり
降りるだけなら⋮⋮⋮﹂
465
いや、それはいいんだけどさ⋮⋮⋮
﹁いや、そうじゃなくて、なんでお前まで落ちてきてんの?﹂
﹁えっ? あっ、ごめんッ! ムサシちゃんだけズルい⋮⋮⋮じゃ
なくて、アレ? わ、私、何を言って⋮⋮⋮ふう、はあ、ただ、ヴ
ェルトくんとムサシちゃんが今から目の前で、いやらしいことをし
ようとしているんじゃなんて思って⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮はっ?﹂
﹁そんなのダメだから、私は姫様の味方だから! だから、私も混
ぜてもらおうと⋮⋮⋮あ、あれ? 私、何を言って?﹂
いや、うん、ペット、お前も⋮⋮⋮なんでそんな、酔っ払ったみ
たいにトロンとした表情でフラフラと俺に近づいて⋮⋮⋮
﹁とにょ∼∼∼、んん∼∼∼、とにょ∼∼∼∼﹂
俺の胸に顔を埋めてスリスリしてくるムサシ。
そして、今のペットの様子⋮⋮⋮これはやっぱり⋮⋮⋮
﹁はあ、はあ、はあ、ッ⋮⋮⋮だめ⋮⋮⋮運転に集中できない⋮⋮
⋮ねえ、あんたたち二人⋮⋮⋮お願い、自力で助かって⋮⋮⋮ん、
だ、ダメ﹂
その時、ふと上空を見上げると、さっきまで物凄いドライビング
テクニックを見せていたたはずのピンクの車が、飲酒運転者みたい
に物凄いフラフラしているのが分かった。
﹁ちょっ、俺たちどうすればいいんで!﹂
466
﹁ねえ、なにこれ?﹂
空気を伝わって聞こえてくる、車内の会話。
そんな中、車の運転席が勢いよく開き、中からピンクが宙へ飛び
出し、同時にバッとパラシュートのようなものを開いて下降してき
た。
﹁ちょおおおおっ! なんでこんなことになってるんで!﹂
﹁あらら。あの女、あとで殺そうかな?﹂
当然、運転手のいなくなった車はフラフラと自由を失ってどこか
へと飛び、そのまま地上へ落下して爆発を起こした!
﹁あーーーーーっ! ニートが乗ってんのに! テメェ、ピンク、
なんつうことをやらかしてんだよ!﹂
えっ? ジャレンガも乗ってる? いや、あいつは絶対無事だか
ら。
と、それよりも、俺とムサシとピンクが地上へ降り立った瞬間、
パラシュート広げて降りてきたピンクは、正に名前のとおりピンク
色に頬を染めて、パッツンパッツンピッチピチのキャットスーツの
まま内股をモジモジさせて、胸元のジッパーをゆっくりと下に下げ
て⋮⋮⋮
﹁らって! うんれんなんかれきないわよ︵運転なんかできないわ
467
よ︶! ふぐっ、ていうか、触らないで! 今の私に近づくんじゃ
ないわよっ! なによこれ、んん、ジュンってなって⋮⋮⋮体の火
照りが止まらない⋮⋮⋮﹂
あ、あの、バカ女⋮⋮⋮⋮⋮⋮まさかっ!
﹁ヌハハハハハハハハハハハハハ! さあ、どうしたのだ、バステ
ィスタ! 分かったであろう? おぬしがほざく凶暴性など、エロ
ス化した女にも通用せぬのだ! さあ、今こそ、エロスの世界の幕
開けなのだ! さあ、規制により本能を押さえつけられているオス
共よ! 女たちはこうして求めているのだ! さあ、どうするのだ
? その奥底のエロスをわらわに見せてみるのだ! そして男も女
もエロスの素晴らしさを知るのだ!﹂
あのババアッ!
﹁ちっ、あのババア、もうキレた! ぶちのめして⋮⋮⋮ってやべ
え! ホテルの中にはコスモスとか居るのに! このままじゃ⋮⋮
⋮ほぐわああっ!﹂
とその時、俺は背後から三人ぐらいのタックルを後ろからくらっ
ていた。
468
第26話﹁俺は今、何と戦っている?﹂
﹁殿∼∼、拙者を置いてきぼりは∼、もう嫌でござる∼﹂
﹁うん、ごめんね、ヴェルトくん。体がよろけちゃって﹂
﹁待って。こんな状況で置いていかないでよ﹂
心の底から置いていきたい。
﹁ヴェルトくん⋮⋮⋮重たいよね⋮⋮⋮ゴメンね⋮⋮⋮すぐどくよ﹂
﹁じゃあ、今すぐどけ!﹂
﹁うん。よいっしょっと﹂
おかしい。俺に倒れ込んでいたペットが、すぐにどくよと言いな
がら、何故か俺の腹の上に馬乗りになってきやがった。
﹁んっしょ、よいしょっ﹂
﹁って、なんで顔を近づけて、ってやめんか! テメェ、もうフォ
ルナを応援って言ってただろうが!﹂
﹁うん、そうだよね⋮⋮⋮んんっ、わ、わかってるから⋮⋮⋮だか
ら、ごめんなさい⋮⋮⋮﹂
分かってねーーーーッ!
﹁じ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼﹂
﹁うおっ、ビックリした!﹂
その時、ペットを払いのけようとした俺は、思わず変な声を出し
ちまった。
469
なんか、俺の﹃手﹄をものすごく凝視しているピンクの形相に驚
いた。
﹁テメェ、何やってんだ!﹂
﹁ん、な、なにって、べつに大したことじゃ⋮⋮⋮ただ、あんたの
指が美味しそうだなって⋮⋮⋮﹂
この時、俺は思った。
これほど極限までに何かを凝視する者が発した一言が、﹁指が美
味しそう﹂っていうのはどういうことだ?
﹁ち、ちがっ! わ、私はそんなんじゃ、べ、別に指フェチってわ
けじゃないの! ただ、⋮⋮⋮あんたの手⋮⋮⋮この世界の男ども
の貧弱な手と違って、ゴツゴツして、豆もあって、ん、何かを頑張
っている手⋮⋮⋮あ∼∼∼∼∼ん﹂
﹁それは、ただ、ッ、包丁とか料理の熱で分厚くなっただけで、つ、
や、やめれーっ! 何を食おうとしてんだ!﹂
﹁何言ってんの! 食べるわけ無いでしょ! ちょっと口にふくも
うとしただけじゃない!﹂
﹁なら、バスティスタにせんかいっ!﹂
﹁だって、不自然に硬そうじゃない!﹂
いかん! 何がいかん? 全てがいかん!
﹁殿∼∼∼∼! 拙者∼、もう一度、殿の寵愛が欲しいでござる∼
∼∼、やや子が欲しいでござる∼∼∼、奥方様たちだけなんて⋮⋮
⋮殺生でごじゃるよ∼∼∼﹂
もうムサシは舌を出して俺の首筋を舐めまわす求愛行動全開に!
あのババア、なんつうことを!
470
これは、世界が荒れる!
﹁ひいいい、だ、ダメです、僕には交際審査を今度申し込む彼女が﹂
﹁ひゃあああっ! おお、女の子が、は、はだ、はだかに、不潔で
すよ∼!﹂
﹁やめてくれーっ! この体は、女房以外に触れさせないんだー!﹂
普通、逆じゃねえか?
とは思いつつも、草食化しているこの世界の男たちは、半裸にな
って求めてくる女たちに誰もが逃げ回って悲鳴を上げている。
﹁なんなのだ、せっかく人がお膳立てしてやっているというのに、
情けない男どもなのだ。ヴェルト・ジーハは、ペロリと六人平らげ
たというのに﹂
だから、俺を引き合いに出すんじゃねえよ! つうか、今、俺も
ピンチなんだよ!
﹁ワリーな、ムサシ! ペット! ピンク! 俺も操は守っとかな
いと命がヤバイんでな! ふわふわパニック!﹂
容赦? 知るかよ。洗脳だろうが、麻薬だろうが、発情だろうが
関係ねえ。
こんな状況、相手に出来るか。
﹁失神させただけだ。悪く思う︱︱︱︱﹂
﹁ふにゃあああっ!﹂
悪く思うな。そう言い掛けた次の瞬間、一匹の虎が俺に飛び掛っ
てきた。
471
﹁ッ、ム、ムサシッ!﹂
ムサシが失神してねえ? 何でだ? ちゃんと強く揺さぶったは
ずなのに⋮⋮⋮
﹁ふぐゆ∼∼、ゴメンね、ヴェルトくん⋮⋮本当にゴメンね﹂
﹁指∼、指∼、指が欲しいのよ、その、男の子の指!﹂
ムサシだけじゃねえ! 視点の定まらない瞳で、完全にラリッて
るくせに、ペットとピンクまでゾンビのように起き上がった。
﹁なはははははは! これぞ、わらわの最恐軍団、エロバーサーカ
ーモードなのだ! もう、すっごいエッチくなった女たちは、性欲
満たすまで襲いかかるのだ!﹂
まず、思ったことは、四獅天亜人として、エロスヴィッチが世界
の覇権を取らなくて本当に良かった。
そして、もう一つ。絶対、あの女はシバく!
﹁ちっ、だが、今はコスモスが先だ! 一緒に居る、あのショタコ
ン天使が暴走してるかもしれねーしな!﹂
そう、とにかく最優先すべきはそこだ。
﹁どけえええっ!﹂
﹁ひゃうっ! 殿おおお! いずこへえええ!﹂
﹁待って、ヴェルトくん、いやだ、怖いから置いていかないで! 472
私を守ってくれるって言ったのに!﹂
﹁待ちなさい! 無闇に動いても危険よ。だからその指を、って、
じゃなくて、とにかく一回口に含ませさせて!﹂
別にコスモスぐらいの幼児にそういう洗脳術が通じるとは思わな
いが、問題なのは、コスモスの面倒を見てもらっているリガンティ
ナの方だ。
あいつが、本能の赴くままに暴走されると⋮⋮⋮
﹁バスティスタ! 俺が許す、そのロリババアぶち殺せ!﹂
﹁ヴェルト・ジーハ!﹂
﹁ワリーけど、俺はホテルの中を見てくる!﹂
﹁いや、待て。俺も今、このまとわりつく女をどうにかするので手
一杯で⋮⋮⋮﹂
﹁チューでもしてやれ!﹂
本来なら、この場でエロスヴィッチをぶっ殺してやりたいが、そ
れは後回しだ。
俺はホテル前の乱痴気騒ぎを飛び越え、対峙する二人の間を通り
抜け、一人、ホテルの中へと駆け抜ける。
﹁ぬぬ、ヴェルト! おい、シアンよ、あれがヴェルトなのだ! 今すぐ追いかけて、奉仕してくるのだ!﹂
﹁はうっ∼∼、男の人⋮⋮でも、⋮⋮⋮﹂
﹁大丈夫、ヴェルトは女の扱いに慣れているのだ! 手出しさえさ
せれば、後はもう、流れに身を任せるのだ!﹂
おい、あのクソ女。やっぱ、今、ぶち殺したほうが?
もはや完全に堕ちたと思われるシアンという小柄の姫が、涙目で
俺の後を追いかけてくる。
473
﹁ううっ、これも、お姉さまに可愛がってもらうためなら⋮⋮⋮ヴ
ェルトお兄さん! シアンを、受け止めてくだしゃいっ!﹂
﹁できるかあああああああああああああああああっ!﹂
高級ホテルの大理石の階段を飛び越えて、レッドカーペットなん
か走りぬけ、でかいシャンデリアや噴水が設置されている広々とし
たロビーには目もくれず、俺は駆け抜け⋮⋮
﹁って、どの部屋か分からねええええっ!﹂
ホテルのフロントに聞くか? いや、ソレもダメだ。何故なら⋮⋮
﹁ボーイさん、私を部屋まで運んでくださらない?﹂
﹁むむむむ、無理です。しょ、小職は勤務中ですので! も、し、
体調が優れないようでしたら、介護ロボを派遣しますので!﹂
﹁んも∼、理解に乏しいですよ、ボーイさん。ふっ﹂
﹁ひゃうっ! い、息を吹きかけないで下さいッ!﹂
ダメだこりゃ。ホテルの中までこんな混乱状態。
しかし、止まっている暇もない。
﹁ヴェルトお兄さん、待ってください! シアンを∼、シアンを奪
ってくらさい!﹂
ホテルはロビーから最上階まで吹き抜けになっている。
なら、エレベーターを使う必要も無い。
474
﹁ふわふわ飛行﹂
﹁はへっ! エッ? えええっ! と、飛んだ!﹂
このまま飛んで行けばいい。
さすがにエロバーサーカーモードと化したこいつらも、これでは
追いかけられないだろう。
ようやく安全地帯に逃げることが出来たことで、俺は少し安堵し
た。
すると⋮⋮
﹁ヴェルトさん! こちらよ!﹂
ホテルの上階へと飛んでる途中で俺の名を呼ぶ女の声。
ミント色のポニーテイル。
思わず止まって、声のした方を向くと、そこには昼間のアイドル
衣装である、カラフルなチェック柄のパニエのスカート。胸にリボ
ンを付けた紺色ブレザーを纏った、アイドル姫の一人が居た。
﹁テメエは、確か、ライラックの妹の⋮⋮⋮﹂
﹁ミントでしてよ。今、どういうわけか、外では多くの人が取り乱
して危険になっているので、無闇に動き回らない方がよろしくって
よ?﹂
アイドルグループのリーダー格っぽい女。このヴァルハラと呼ば
れる国の姫。
475
そして、ついさっき、ジャレンガにぶちのめされた、変態ライラ
ックの妹。
その事実から、思わず俺は身構えていた。
﹁ああ、だから俺はコスモスを⋮⋮﹂
﹁リガンティナ姫とあなたの娘さんの部屋はこちらよ。私が案内し
ましてよ?﹂
なに? それは、好都合⋮⋮なんだけど⋮⋮
﹁何で、お前、知ってるんだ?﹂
確か、噂では、こいつ、今夜は枕営業うんたらかんたらで⋮⋮
そして、こいつはあのド変態ライラックの妹でもある。
そもそも⋮⋮
﹁そもそも、何でテメエは無事なんだ?﹂
﹁上階のVIPルームは、バイオハザード用の防護システムが作動
していましてよ。それより、早くしたほうがよろしいと思いまして
よ?﹂
バイオハザード? また、随分とニートが好きそうな単語なこと
だ。
まあ、それならそれで問題ないのか?
﹁この部屋よ。さあ、いらして﹂
そうだな。それに、今はこいつを信じるしかねえ。
俺はミントに連れられるまま、とある一室の前に案内された。
その扉は、ミントの所持していたカードキーを通すことで自動的
476
にロックが解除され、中に入った瞬間、電気一つついてなかったの
に、いきなり部屋が明るくなった。
中には広々としたリビングやソファー。アンティークものの家具
や、液晶型のディスプレイ、そしてテーブルの上には豪華な花束と
果物⋮⋮
﹁って、コスモスいねえじゃねえかっ!﹂
ガチャリ。その時、そんな音がした。
﹁⋮⋮⋮⋮ん?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮ライブ、スタンバイOK﹂
振り返ると、ドアをしっかりと閉めたミントが背中を向けたまま、
何かを呟いていた。
﹁おい⋮⋮⋮テメエ⋮⋮コスモスはどこだ?﹂
なんか、様子が変だ。いや、なんか嫌な予感がしてきた。
かなり強めの口調で問いただすと、ミントは答えた。
﹁ヴェルトさん。どうして私が、ステージ衣装でここに居たのかを、
気になさらなくって?﹂
はっ? ⋮⋮言われてみりゃそうだな。
別にライブってわけでもないのに、お忍びで現れたお姫様がどう
して、ステージ衣装で?
目立つだろうが。
﹁実はこの部屋が、今晩、あなたに宛がわれた部屋だったのでして
477
よ?﹂
﹁⋮⋮⋮だから?﹂
﹁そして、今夜⋮⋮私はこの部屋をステージに、ライブを行う予定
でしてよ?﹂
そして、ようやくドアに顔を向けていたミントがこちらを振り返
る。
その目はどう考えても⋮⋮
﹁ヴェルト・ジーハさん専用特別公演。ノー○ンライブを!﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮?
﹁あっ! か、勘違いしないでくださいませ! ノーパ○といって
も、ただ、スカートの下に下着を穿いていないだけで、ただ、それ
だけなの!﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮世間では、それを○ーパ
ンと呼ぶと思うんだが。
﹁へ、変な勘違いしないでくださいませ。元々はパンチライブを行
う予定だったのだけれど、この方が質として喜ばれると思っただけ
で、私は別に変態じゃなくて、おさわりだって別にあなたのお気に
召すままで、とにかく︱︱︱︱︱︱﹂
﹁ふわふわパニック!﹂
478
﹁はぐっ!﹂
最後まで聞いてられるか。
﹁お前も、普通に洗脳されてんじゃねえか。バイオハザード用防護
壁って、何も役に立ってねえし! まあ、各階ふきぬけになってる
時点で気づくべきなんだけどな﹂
経験に乏しかった半年前の俺ならば、ものすごいドキドキしたん
だろうが、今の俺にはハニートラップは通用しねえと何度も言って
るだろ?
問答の時間も惜しかったので、俺はミントをソッコーで気絶させ
た。
倒れこむミントの衣服がほんの少し乱れて、スカートの裾が、中
身が見えるかどうかのギリギリのラインでまくれるも、今の俺は気
にしない!
﹁つうか、国際問題にならねえよな? っていうか、お姫様の痴態
と貞操を守ったんだから、むしろヒーローか﹂
とりあえず、気絶したミントは放置して俺は⋮⋮
﹁待って、ヴェルトさん! せめて、お尻愛からでも始めさせても、
よろしくって?﹂
﹁ほぐゅわ! て、テメエまでバーサーカーに!﹂
479
背後からのタックル! 完全に油断⋮⋮って、そうか! エロバ
ーサーカーモードだから、こいつにも通用しねえのか!
なんつう、傍迷惑な力だよ!
﹁ヴェルトさん。私は、兄とは違ってよ? 兄のような奇人をパー
ティーで見て、ヴァルハラを誤解されてしまったかと思うと、私⋮
⋮私⋮⋮﹂
﹁っ、あーもう、分かったよ! 別に誤解してねえよ! ライラッ
クが特別だって分かってるから、とにかく離せよ!﹂
﹁そう、私は兄とは違う! ちゃんと私は、異性のお尻が好きでし
てよ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁愛し合う男と女。異性同士のお尻を愛し合う。だから、私と、お
尻愛になるのはいかが!﹂
何言ってんだ、こいつ。
いや、っていうか、こいつもまさか⋮⋮
﹁テメエまで変態だったか!﹂
﹁失礼! 私は変態じゃなーい!﹂
﹁どこがだよ! そもそも法律で禁止されてんだろうが! そこは
どうなんだよ、ああん?﹂
﹁ええ、勿論! 法律では禁止されている。交際許可すらも下りて
いない異性の体に触れるのは禁じられていてよ。それは、王族とて
例外ではなくってよ! それを私が破るわけがなくってよ!﹂
﹁なら、何故、俺のズボンに手をかける!﹂
ダメだこいつら。言葉も思考もすべてが支離滅裂になっている。
エロスヴィッチの力が、まさかここまでとは思わなかった。
こりゃあ、多少手荒にしてでも⋮⋮
480
﹁殿の匂いはここにゃあああああああっ!﹂
﹁ヴェルトくん、ムサシちゃんがどうしても止まらなくて、ゴメン
ネ。本当にゴメンネ﹂
﹁ヴェルトお兄さんまで、シアンいじめないでくらさい!﹂
﹁助けに来たわ! 指は無事よね?﹂
全員集合しちゃったよ!
強固なはずのVIPルームのドアなど、侍ムサシにかかれば、豆
腐のようにスパスパ斬られた。
そして、全員揃って異常な目をして⋮⋮⋮
﹁ったく。女たちにこれほど過激なアプローチされても手出しでき
ねえのは、ヘタレかホモだけだと思っていたんだけどな。これだか
ら、妻子持ちはつらいぜ﹂
だけど、そうは言っても喰われるわけにもいかないよな。
ムサシに関してもだ。こっちがムサシを可愛がるならまだしも、
ムサシが俺を喰うのは、何だか殿としての威厳が許せねえ。
﹁つうわけで、手荒にいくぞ! ふわふわモーセ!﹂
﹁殿∼∼∼! ご乱心を∼∼!﹂
﹁ご乱心はお前だろうがッ!﹂
目の前の壁は左右真っ二つに分けて、真ん中を悠々と通り抜ける。
甘いぜ、ムサシ。洗練され、極限まで集中したお前ならまだしも、
481
発情モードで混乱中のお前じゃ、俺を止めることはできないぜ。
後ろから俺を呼び止める声を耳にしながらも、俺は飛ぶ。
﹁コスモスーッ! どこだ、コスモスー!﹂
くそ、ホテルが無駄にでかすぎる! しかもパニック状態で周囲
が騒がしい中で、コスモスが果たして俺の声が聞こえるか? リガンティナだってどこに居るかは⋮⋮⋮
﹁中年ばかりしかいないではないか! 夫ーーーっ! ラガイアー
っ! 我が夫がどうしていないのだー!﹂
あっ、居たよ。
こんな叫び声、一人しかいない。
っていうか、状況的に、誰彼構わず発情してるわけでもなく、ラ
ガイアに貞操を守ってるあたり、リガンティナの執念は見事なもん
だな。
ホテルの廊下を、鬼のような形相で徘徊するリガンティナ。
どうして、俺の義理の兄貴や姉は、あんなに一癖も二癖もあるや
つばかりなんだ?
482
第27話﹁一日の終わり﹂
﹁婿殿ーッ! 何をのんびりしている! そもそも、婿殿が私をジ
ーゴク魔王国入国に口ぞえをしてくれていれば、私もこんなことに
はならなかったというのに! 今すぐ帰るぞ! ラガイアが私を待
っているのだ!﹂
なおさら、口ぞえしたくねえよ。俺は娘と妹と弟だけには、激甘
だと知ってて言ってんのか?
﹁つーか、テメエまで頭おかしくなりやがって。コスモスは?﹂
﹁ついさっきまで、私の胸を枕に寝ていたわ! おかげで、胸に涎
がついてしまった!﹂
良かった。スヤスヤ寝てるなら、最悪の事態だけは避けられたっ
てことか。
﹁どこの部屋だ?﹂
﹁婿殿! 婿殿はこの荒ぶる気持ちを抑えきれぬ義姉の願いを聞き
入れることと、愛娘の寝顔を見に行くこと、どっちが大切だと︱︱
︱︱︱﹂
﹁愛娘の寝顔に決まってんだろうがボケナス!﹂
比べるまでもねえだろうが、この独身女! といっても、天空族
はほとんど独身でエルジェラが例外なだけなんだけどな。
まあ、こいつの分裂期が遅いのは、全くの別問題ではあるがな。
﹁とりあえず、騒がしいとはいえ、手当たり次第に発情しまくって
483
ねえのは流石だな﹂
﹁くそ、何が高級宿泊施設だ! 若い利用客が全然いないではない
か! こんなところでは興奮できるものもできないに決まっている
! こんな乾いた豚どもの小屋にいつまで私を軟禁するつもりだ!﹂
﹁これを流石というのも何だか間違っている気もするけどな﹂
アイドル姫共やペットにムサシよりは、流石に総合的な実力では
ワンランク上なだけはある。
錯乱はしているけど、まだ理性は保てている。
まあ、この場に、幼い子供がいれば、状況も違ってたかもしれね
ーけど⋮⋮⋮⋮
﹁とりあえず、空高く飛んで、この瘴気から脱出するんだな、リガ
ンティナ。その後で、あのクソババアの処遇を考えようぜ?﹂
コスモスさえ無事なら、とりあえず、後はどうでもいいか。
ニートとジャレンガ、バスティスタあたりも少し心配だが、まあ
あいつらなら大丈夫だろう。
エロスヴィッチは、もう未来兵器かバスティスタのパンチでやら
れちまえ。
そう思っていた、その時だった。
﹁むっ?﹂
﹁ん?﹂
それは、特に大きい音だったわけではないが、一瞬俺たちの動き
と声が止まった。
ゴトっという男と、カランという音。まるで、中身の入っている
缶ジュースが落ちて転がったかのような音。
それは、ホテルの通路を転がり、俺たちの視界に入った瞬間、目
484
が潰れるような閃光を放って破裂した。
一体、何が転がっているのかと気にした瞬間に破裂。完全に想定
外。
﹁うぬっう、ぐっ!﹂
﹁目、目がッ!﹂
閃光弾? 何が? 一体誰が? リガンティナは? 足音? 複
数だ。突入?
ダメだ、落ち着け! それに、確か、転がっていた物体は、一つ
だけじゃなく⋮⋮
﹁ううっ!﹂
今度は目だけじゃねえ! この、息を吸った瞬間に気管に吸い込
まれる、このモクモクとした煙はなんだ? エロスヴィッチの瘴気
じゃない。
もっと、科学的な⋮⋮
﹁む、こ、殿ッ、これは!﹂
意識が遠のく! 潰れた瞼が余計重たく感じ⋮⋮眠く⋮⋮睡眠ガ
ス?
﹁ご安心ください。非致死性のガスです。人体に悪い影響はありま
せん﹂
この声は? 目に見えないが、聞き覚えのある丁寧な喋り方の女
485
の声。
﹁ごめんなさい。このホテル一帯に睡眠ガスと筋弛緩ガスを撒きま
した。あまりにも状況が混乱していましたので、強硬手段を取らせ
て戴きました﹂
女の丁寧な喋りの後ろでは、バタバタと複数の誰かが走る気配を
感じた。この足の運びから、訓練されたものたちだというのが分か
る。
治安維持部隊?
ダメだ、眠く⋮⋮
﹁ふ、ふわふわ空気清浄!﹂
もう随分吸い込んじまったが、これ以上吸い込んでたまるか。
手遅れだとしても、何とか力を振り絞り、これ以上ガスを吸い込
むことを防ぐよう、空気の流れを調節する。
だが、この様子だと、エロバーサーカーモードのリガンティナは
既に寝ちまったか?
俺も恐らく、あと数秒から数分以内に寝ちまうかもしれねえが、
せめて状況を確認しねえと。
んで、ようやく閃光弾で潰された目も直ってきた。
一応、声の主に心当たりはあるものの、確認の意味も込めて俺が
ゆっくり目を開けると、そこには⋮⋮
﹁まだ、耐えられますか。とてもすごい意志ですね、ヴェルト・ジ
486
ーハさん﹂
ガスマスク装着で素顔は分からない。
だが、パーティーの時と同じドレスを着ているし、髪の色も一致
している。
間違いない。
﹁テメエは、名前忘れたけど⋮⋮⋮アイドル姫の⋮⋮⋮﹂
﹁ふふ、それは残念です。まあ、あなたとは一言も会話できません
でしたから、仕方のないことですが﹂
何故名前を覚えていないのか?
簡単だ。こいつだけ、特に特徴がなかったからだ。
容姿も平均よりは当然上のレベルではあるが、八人もお姫様が居
る中で比べれば横並びであり、性格的なものや口調的なキャラクタ
ー性も普通。
まあ、俺がこいつと喋ってないってこともあるが、少なくとも印
象に残るような姫じゃなかった。
だからこそ、そんな中でこういう女に唐突に現れられても、驚き
はするものの、とりあえず反応に困るというところ。
﹁と、ッぐ! ふう⋮⋮はあ⋮⋮はあ⋮⋮あやうく意識が飛ぶとこ
ろだったぞ? 随分と不快な道具を使うのだな、この世界は﹂
﹁あら?﹂
﹁リガンティナ! おまえ、ね、寝たんじゃ?﹂
おっと、完全に寝ちまったと思ったリガンティナだが、堪えてい
たよ。さては、こいつも俺の魔法みたいに何かやって、吸い込むガ
スの量を減らしたな?
変態とはいえ、こういうところは流石だな。
487
﹁さすがは、クラーセントレフンの方々。凶暴な犯罪者も一瞬で寝
てしまうほどの最新式の﹃睡眠ガス﹄と﹃筋弛緩ガス﹄ですのに⋮
⋮この様子ですと、外の方たちも一部はまだ起きているのでしょう
ね﹂
﹁そうか。まあ、おかげで、外の騒ぎが小さくなったようだな。い
いことだ。私も、外の連中のように変態化していたら、錯乱してい
ただろうからな﹂
いや、お前、十分変態化していたんだが⋮⋮⋮
にしても、俺のふわふわパニックでもムサシとか失神しても起き
上がったっていうのに、睡眠ガスね⋮⋮果たして、どんだけ効果が
あることやら⋮⋮
﹁いえ、リガンティナ皇女様は、情報によると物凄い形相で館内を
徘徊しては、幼い男の子を捜していたとの情報が⋮⋮⋮﹂
﹁それの何が悪い。外やホテル内がこのような状況下だ。身を守る
すべを知らない若き男たちを、守ってやるのが大人の使命。怯えて、
小さく縮こまって、涙目で震えて⋮⋮じゅるり⋮⋮﹂
あかん。眠たそうな顔しながら、変態顔している。
睡眠ガスで動きが半減してて良かったよ⋮⋮
﹁ええ、素敵な心がけだと思います⋮⋮⋮⋮そうですか⋮⋮リガン
488
ティナ皇女はそういう性癖⋮⋮これはいいことを聞きました﹂
だというのに、ガスマスクつけた女は、ドン引きするでもなく、
普通にリガンティナを賞賛した。
何で?
つうか、最後のほうにブツブツと、この女は何を?
すると、女は、脇に抱えていた高級そうなハンドバッグを開けて、
中から薄い冊子のようなものを取り出して、リガンティナに差し出
した。
﹁お近づきの印に、これをあなたにお渡しします﹂
﹁⋮⋮これは?﹂
﹁本当は、この世界で所持するのは禁じられていますが、あなたた
ちが持って帰る分には、それを縛る法律はありません。どうぞ﹂
既に半分寝そうなリガンティナに手渡したものはなんだ?
﹁ペットさんへの腐及活動の一環のお土産でしたが、ソレはあなた
にお渡しします。他にも何冊も持ってきてますので♪﹂
リガンティナも首を傾げながら、薄目を開けて、手渡された冊子
を開く。
すると⋮⋮⋮
﹁ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおっ!﹂
閉じかけた瞳が大覚醒し、大人の女リガンティナが鼻血出した。
顔を真っ赤に赤面させ、非常に興奮したように雄叫び上げるリガ
ンティナ。
489
だが、今度はあまりにも興奮しすぎたのか、結局頭から煙を出し
て、そのままバタンと倒れこんでしまった。
﹁ッ、な、お、おい!﹂
﹁あらら。ちょっと刺激が強すぎたようですね。まあ、帰ったらジ
ックリと眺めてくださいね﹂
あのリガンティナが、一瞬で? 刺激?
﹁おい、お前、何を渡したんだ?﹂
﹁大したものではありません。ただの、ショタBL本です﹂
⋮⋮⋮⋮⋮?
ショタっていうのは、ショタコンのことだろ? BLっていうの
は、あの、ライラックみたいなのだよな?
ショタのBL。だから、ショタBL⋮⋮なるほど⋮⋮
﹁げへ、えへ、えへへへへへへ﹂
ラガイアには絶対に見せられないぐらい、天空族皇家の品格を大
きく損なうほど緩みきった顔で、本を大事そうに胸に抱きしめて倒
れるリガンティナ。
﹁ぐ、はっ、お、おそる、べし、神族⋮⋮⋮⋮﹂
まあ、本人が幸せならそれでいいか⋮⋮
﹁にしても、テメエ、そんなもんをサラッと差し出すなんざ、どう
490
いうつもりだ? あのテロリスト共の⋮⋮﹂
﹁そこから先は、あなたの興味の範疇を越えてますよ? ヴェルト・
ジーハさん﹂
﹁あっ?﹂
﹁あなたは、﹃興味ない﹄のでしょう? ライラック皇子にはそう
言われたのでしょう?﹂
それは、決定的な一言だった。
そういえば、ピンクが言っていたな。
例の組織は、八大国の至る所に影響を及ぼし、誰がどこで繋がっ
ているか分からないと。
それの一人ってわけか。
しかしまた、随分とアッサリと認めるもんだな。いや、バラすも
んだな。
﹁んで、どうするんだ? 買収するのか?﹂
﹁色々な人からはそう言われてますけど、私にそのつもりはありま
せん。文化は強制するものではなく、広めるものですから﹂ ﹁本当か?﹂
﹁今日、ここに来たのも、交渉や買収ではなく、さっき言ったよう
にあくまで友好。そして、﹃こういう文化﹄もあると知って戴き、
お土産に持って帰ってもらおうと思っただけです﹂
﹁だが、なんでバラす必要がある? 今日会ったばかりの奴に、そ
んな重要なことを﹂
そう、何故バラす? ライラックもそうだった。
俺たちがそれを言いふらせば、こいつらは立場的に世界から責め
られ、糾弾されることになるはず。
そして、だからこそ、今までずっと公表しないで秘密にしてたん
じゃねえのか?
491
ピンクだって﹁誰が敵か分からない﹂と言ってたぐらいなのに、
何故こうもアッサリ、自分がテロリストの仲間、もしくは賛同する
者と公表するんだ?
すると、女は⋮⋮⋮⋮
﹁別に、どうせすぐに忘れますから。私との話は全て﹂
﹁なに?﹂
﹁そんな怖い顔しないでください。別に、酷いことはしませんから﹂
ほんとかどうか、マスクで顔を隠されているから分からないとこ
ろだが、少なくとも今、俺たちに強硬手段でどうこうする気はない
ようだな。
だが、忘れるとはどういうことだ?
﹁私はもう行きます。それと、リガンティナ皇女の部屋はこのフロ
アのVIPルームです。そこに、あなたの娘さんもいらっしゃると
思いますのでご安心を﹂
そして、本当にこれ以上のことを今やるつもりはないようだ。
完全に、立ち去る様子を見せるこの女は、怪しい素振りを見せる
様子もなく、俺に背を向けた。
その時、女が連れてきたと思われる、武装した兵が何人かが、小
銃を携えて駆け寄ってきた。
﹁姫様!﹂
﹁はい。どうかなさいました?﹂
﹁睡眠ガスで大半の客や野次馬は眠りにつきましたが、それでも、
一部起きている者も⋮⋮﹂
492
﹁なるほど。⋮⋮でしたら、もう一本分散布してください。それで
十分でしょう﹂
﹁承知しました﹂
この女。随分と落ち着いてるな。
他の姫も一癖も二癖もある連中だが、こいつも、どこか場馴れし
ている感じが⋮⋮⋮⋮ん?
﹁ちょ、ちょっと待てッ!﹂
もう、かなりギリギリまで瞼が落ちかけている俺だが、一つだけ
どうしても気になった。
いや、気づいた。
﹁この場に居るのに⋮⋮⋮⋮エロスヴィッチの洗脳魔法はお前に何
ともないのか? リガンティナまであのザマなのに。ガスマスクで
防げるものでもねえはずだ﹂
ガスマスクつけているからと思っていたが、そうじゃねえ。
エロスヴィッチのは、別にガスとかそういうものじゃなくて、魔
法なんだ。
吸い込む吸い込まないじゃなくて、瘴気に触れる触れないの話。
ガスマスクで防げるものなのか?
そう問いかけると、逆に、女も首をかしげていた。
﹁洗脳魔法? そうですか。クラーセントレフンには、やはり科学
では証明できない力が存在するのですね。ちなみに、その魔法とは、
493
どういうものですか?﹂
﹁くだらねえものさ。瘴気に当てられた﹃女﹄を発情させるものさ﹂
自分で言ってて、より一層アホらしくなっちまったが、その問い
かけに女は何やら難しい顔をしていた。
﹁なるほど⋮⋮そういうことだったんですね﹂
﹁あっ?﹂
﹁私もおかしいと思っていました。どうして、このホテル周辺に居
た女性が皆、錯乱しているのに、私がこうして無事なのか⋮⋮それ
は、簡単な理由でした﹂
簡単な理由? どういうことだ?
﹁その魔法、﹃女性﹄にしか通用しないのでしょう? だから私に
は⋮⋮⋮ボクには通用しないってことなのかもね♪﹂
⋮⋮⋮⋮⋮えっ? ⋮⋮⋮⋮はっ?
﹁何を言って⋮⋮⋮﹂
正直、何を言ってるか分からなかった。っていうか、急に振る舞
いや身に纏う雰囲気が変わった?
それに、﹃ボク﹄だと?
礼儀正しく、非の打ち所がなく、言い換えれば面白味や特徴のな
いお姫様。
494
それが、俺が今日一日パッと見て思った、この姫の印象だった。
でも、なんだ? その、妖しい雰囲気は。
急に、俺の背中に冷たい汗が流れていた。
﹁ふふ、なんて、冗談ですよ、ヴェルトさん﹂
だが、途端にいつも通りに戻った。
今感じた妖しい雰囲気は気のせい? いや、そんなはずは⋮⋮
﹁本当は、もっとお話したかったのですが、日を改めます﹂
すると、ふきぬけになっている天井の窓が突如割れた。
その割れた天井の向こうに、黒塗りのスカイカーが現れた。
﹁そうだ、最後に一言いいですか、ヴェルトさん。ピンクさんに力
を貸さないほうがいいと思いますよ?﹂
﹁⋮⋮どういうことだ? まあ、さっき、普通に断ったけど﹂
﹁そうですか。それなら大丈夫です。だから、明日には元の世界へ
帰ってくださいね? そして、次に会う時は、もっと素敵な世界に
なった私たちをご紹介します♪ もっとも、この会話もすぐに忘れ
てもらうことになるので、意味はないかもしれませんけど﹂
そして、車から誰かが何かを投げ捨てた。
それは、あまりにも原始的な、縄梯子のようなもの。
﹁では、ヴェルトさん、リガンティナ皇女。こちらのディスプレイ
495
をご覧下さい﹂
今にでも退散する態勢に入りながらも、女が再びハンドバックか
ら、薄い液晶の何かを取り出した。
タブレット?
既に眠りかけている俺と、鼻血吹き出して意識飛びかけているリ
ガンティナに見えるように、それをこちらに向けた瞬間、画面に何
か奇妙なグニャグニャした文字や光が⋮⋮⋮⋮
ッ、これは︱︱︱︱
﹁今夜、私を見たことは忘れてもらいます。あなたは目が覚めたら、
奥の部屋に駆け込んでください。娘さんが一人で寝て、可愛そうで
すよ?﹂
そして、女がガスマスクをようやく外し、素顔を晒してニッコリ
と微笑む営業スマイルを見せて︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱?
﹁あれ? 俺、何をやってて⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっと、コスモス探して
⋮⋮リガンティナ見つけて⋮⋮⋮⋮あれ? リガンティナ、なんで
倒れてるんだっけ? つか、なんで俺はこんな眠く⋮⋮⋮⋮あっ、
もう、ダメだ⋮⋮⋮⋮﹂
あれ? ダメだ? 何かあったような、誰かと会ったような気が
するけど⋮⋮⋮⋮頭が考えられない⋮⋮思い出せない?
﹁んま、どーでもいいか⋮⋮⋮⋮やば、俺ももう、体が⋮⋮⋮⋮﹂
496
いいやもう。
このとき、もう俺の中では、違和感なんてハッキリ言ってどうで
もいいものになっていた。
とにかく、もうこれ以上体を動かすことも、意識を保っているの
も難しく、そのままその場で倒れ込んじまった。
意識の海へと投げ出され、闇が世界を覆い、完全に睡魔に取り込
まれてしまった。
とにもかくにも。
半年振りのあまりにも濃すぎる俺の一日が、ようやく終わった。
497
第28話﹁班分け﹂
朝起きたとき、俺はホテルの廊下で寝てた。
本来フカフカの高級ベッドに寝れるはずだったのに、昨晩は廊下
でそのまま倒れちまって、結局朝までノンストップで寝ちまった。
体中が痛いのと、昨晩のエロスヴィッチとバスティスタの大騒動
の影響で、随分と朝から市民やら政府関係者やらがバタバタしてい
る。
どうやら、街の至るところで、機動兵と呼ばれるロボが出動した
り、ドラゴンや九尾の化物が出現したとか、色々なニュースがあり
すぎて、情報整理もうまくできていないようだ。
それに、アイドル姫のバスティスタへの告白とか、話題に事欠か
ないだろう。
しかし、テレビでも点ければ、そんなニュースを見ながら朝飯で
も食えるんだろうが、俺は今、そういう状況ではなかった。
﹁う∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼﹂
今、俺は、VIPルームの豪華な部屋のベッドの前で、リガンテ
ィナと二人並んで正座していた。
﹁悪かったよ﹂
﹁すまん。昨晩はどういうわけか興奮が収まらず、お前を置いて部
屋を出てしまった﹂
ベッドの上に座って、頬を大きく膨らませてムス∼っとしてる天
使が一人。
498
﹁お嬢様、申し訳ないでござる。拙者も、今朝、目を覚ましたら、
その、違う部屋で⋮⋮⋮﹂
﹁私、なんであんな恥ずかしいことを夕べ⋮⋮⋮う∼、エロスヴィ
ッチさんの、ばかあ∼﹂
正座している俺とリガンティナの後ろでは、土下座して地面に額
を擦りつけているムサシ。
そして、昨晩での己の痴態を思い出して、顔を覆い隠して項垂れ
ているペット。
で、なんでこんな状況なのかというと⋮⋮⋮
﹁パッパとティナおばちゃんの、いじわるっ﹂
今、朝一で俺たちはコスモスからの説教タイムだったからだ。
﹁ウラちゃんとフォルナちゃん居たとき、パッパたまに一緒に寝て
くれなかったけど、マッマたちがお仕事でいなくなったら、毎日コ
スモスと一緒に寝てくれる約束した! ティナおばちゃんも、パッ
パくるまで一緒にいてくれるって言ったのに、ウソついたッ! コ
スモス、昨日、一人ぼっちで寝たもん! うそつきうそつきっ!﹂
なんでこうなったか。まあ、要するに、昨晩俺も力尽きたから、
結局コスモスのところまでたどり着けず、そのためにコスモスは生
まれて初めて一人で寝るということになってしまったのだ。
その結果が、これだ。
コスモスは、メッチャ怒っていた。
499
﹁だから、ごめんって。パッパもな、コスモスをほったらかしにし
てたわけじゃないんだよ﹂
﹁もーいーもん! パッパ、キレーなお姉さんとチュウしてるほう
がすきでしょ!﹂
なんでやねん。だが、今のコスモスは頑なにプイッと横を向いて
こっちを見ない。
﹁いや、別にキレーなお姉さんとなんて何もないぞ! 特に昨日な
んてパッパ頑張ったんだぞ?﹂
﹁ふーんっだ。マッマたちに言っちゃうんだから!﹂
﹁ちょっ、待て待て待て待て待て待て! コスモス、お前は自分の
発言がどれだけ世界に影響を与えるのか分からないんだろうが、と
にかくそれはやめろ! いや、やめてください!﹂
﹁でも、パッパ、キレーな人すきでしょ!﹂
﹁んなことねーって!﹂
﹁あるもん!﹂
﹁ないっ!﹂
﹁あるもん!﹂
そして、どんな言い訳をしても聞き入れてくれない。
﹁でも、ヴェルトくんは、キレーな人好きだよね﹂
﹁お待ちくだされ、ペット殿。殿は拙者のような、その∼、半端物
にもお情けを下さりましたゆえ、人の外見のみで寵愛を授けるとも
言い切れぬと⋮⋮⋮﹂
﹁ううん、ムサシちゃんスゴく可愛いし⋮⋮⋮ん? えっ? その、
ムサシちゃん? お情けって⋮⋮⋮まさか!﹂
﹁ああああああっ、しし、しまったでござるーーっ!﹂
500
﹁し、信じられない! 姫様たちが居ないからって、そんなことを
! ⋮⋮⋮うん⋮⋮⋮⋮⋮⋮コスモスちゃんの言う通りだよ。エッ
チすぎるよ∼、ヴェルトくん﹂
いや、そこでコソコソそんな会話するなよ、ムサシ、ペット。
挙げ句の果てに、怒りが頂点に達したコスモスは、ベッドの上に
立って、腕を組んだ。
﹁もういいもん! コスモス、おこプンプンだから、うそつきパッ
パ知らないもん! コスモスだってもういい子じゃないもん! ワ
ルい子になるもん。フリョーになっちゃうんだから!﹂
まさかのフリョー宣言。コスモスは翼をパタパタさせて、俺たち
を飛び越え、部屋の奥へと向かう。
そこには、腕組んで壁に寄りかかったまま、欠伸しているジャレ
ンガ。
﹁レン君! レン君はワルい子なんでしょ? コスモスにワルい子
のなりかた教えて! コスモスもフリョーになるから!﹂
﹁はあ? なに、チビちゃん。ワルい子?﹂
ってうおおおおおおおおおおおおおいい! ﹁待てーっコスモス! そいつに師事を頼むとか、やめろっ!﹂
﹁⋮⋮⋮ふ∼ん、ワルい子ね∼、まあ、でも、そうだよね? 僕だ
ってさ∼、昨日、どこかの変態姫が発情して車から飛び出してくれ
たおかげで、車が墜落して事故に巻き込まれちゃって、色々面倒だ
ったんだよね∼、ねえ? ニート君?﹂
すると、俺の制止に対して、ジャレンガはニヤリと笑みを浮かべ
501
て昨晩のことをネチネチと。でも、それは俺の所為じゃねえだろ?
﹁ぷ、くくくく、いい気味なんで。あの、ヴェルトが子供に頭上が
らないとか、マジウケるんで﹂
そして、その傍らには、昨晩の事故で怪我したのか、頭と腕に多
少の包帯を巻いているが、それでも腹抱えて笑っているニート。
うるせえよ、悪かったな。
﹁それも、ヴェルトくんが、あの変態姫どもを男らしく始末しない
からあんなことになったわけだし、これぐらいの仕返しはありかな
?﹂
﹁やめろっ! っていうか、そんなことしたら、テメエは俺の嫁に
殺される前に、チーちゃんに消滅させられるぞ!﹂
コスモスが不良になったら、国が爆発して、真っ白いカブトムシ
みたいな魔王様がやってきかねん。
﹁というより、コスモスが不良なんて絶対ダメに決まってる! 不
良なんて、クズでダメ人間の最悪な生物にさせるなんて、絶対にダ
メだ!﹂
﹁あのさ、ヴェルト。お前さ、ブーメランって言葉知らない? 全
部お前に返って来てるんで﹂
ニートのツッコミに何とも言えない中で、俺の制止は続いたが、
コスモスはこっち向いてくれない。
すると⋮⋮⋮
﹁やめないか、コスモス﹂
502
その巨体の腰を曲げてコスモスを高く持ち上げる、逞しき男、バ
スティスタ。
﹁バッくん⋮⋮⋮﹂
﹁お前の父親と母親以上にお前のことを考えている者は世界に存在
しない。だが、父親も母親も完璧ではない。約束を守れなかったり、
お前の願いをどうしても叶えられない時もある。だが、それでも世
界の誰よりもお前を考えているということは分かってやれ﹂
バスティスタ⋮⋮⋮さすが、言葉に重みが⋮⋮⋮
﹁って、元々、テメェから始まったことだけどな! そもそも、テ
メエが姫に告られて、さっさとチューでもしてやって部屋に連れ込
んでいれば、エロスヴィッチが現れることも暴走することもなかっ
たんだよ!﹂
﹁⋮⋮⋮分かっている。俺のことで、本当に迷惑をかけたと思って
いる。挙げ句の果てに、気づいたら意識を失って寝ているという堕
落ぶりだった﹂
﹁謝んなあああああああああああああッ! どう考えても、俺の八
つ当たりだろうがーっ! 十ゼロで、オメー悪くねえし! なのに
糞真面目に捉えやがって∼﹂
ちなみに、エロスヴィッチは簀巻きにして、ホテルの屋上に吊る
してる。そのあと、どうなったかは知らん。
503
﹁ぷーっくくくくく、ほんと、かわいくて面白いわね、あなたたち﹂
すると、その時、これまでずっとこのやりとりを黙って見ていた
一人のおばちゃんが、耐え切れずにとうとう笑い出してしまった。
﹁昨晩のことは、我々としても軽く見ることはできなけれど、それ
でもその中心に居たあなたたちも、こんなふうに喧嘩したり言い争
ったりするのね﹂
それは、俺たちのこっちでの生活を全て面倒見てくれている、ホ
ワイトとかいう女。
﹁本当にそう思う。私たちも向こうの世界で小競り合いすることに
なった原因は、コスモスちゃんだから、よっぽど大切にされている
のね﹂
そして、そのサポートとしてやってきたアイボリー。
昨晩での騒動を色々と処理し、俺たちの様子と今後についての話
をするために来たようなんだが、のっけから俺とコスモスの問題に
より後回しにされて、ずっと部屋の隅で待機させられていた。
﹁とりあえず、朝食と今日の夜までの観光についてを話をしたいの
だけれど、いいかしら?﹂
504
﹁あ∼、コスモスの機嫌が直るようなのを頼む﹂
﹁あらあら。それは、発達した技術を持っていると自負している私
たちにも難題ね﹂
いい加減、このコントをいつまで見せるのか? と言いたげで、
しかしそれでも面白いのかニコニコしているホワイト。
﹁でさ、ヴェルトくんさ、その、昨晩本当に何があったの?﹂
﹁ああ? なんだよ、アイボリー﹂
﹁だって、ライラック皇子は昨晩帰還されてから、あなたたちと何
があったか頑なに喋らず、王宮でブツブツ言いながら物思いにふけ
っていらっしゃるようだし、ミント姫は﹃恥を晒した﹄とか呟きな
がら部屋に閉じこもるし、他の国の姫様も⋮⋮⋮﹂
そして、色々と聞きたいことが山積みな様子のアイボリー。
正直な話、説明すべきことは多いのだが、説明したらまずいこと
ばかりなため、うまく言うことができなかった。
﹁まあまあ。とにかく、昨晩のことはどうにかこちらで処理します
ので、あなた方は是非観光を楽しんでください。今夜にでも、予備
の﹃ジャンプ﹄が作動できますので、それであなた方には帰還して
いただき、向こうに取り残されているブルーたちと交換ということ
でお願い致します﹂
そう、それがせめてもの救いだ。
とりあえず、元の世界にさっさと帰る。
これ以上、この世界のゴタゴタに巻き込まれるのは面倒だからな。
505
﹁なあ、ヴェルト。橋口とか、そこらへんはどうするんだ?﹂
﹁ああ? あ∼、そ∼だよな∼、そうなんだよな∼﹂
ただ、別に忘れていたわけじゃねえ。
クラスメートと思われる連中のことをどうするか。
﹁ビミョ∼な、ところだな。正直、コスモスたちをまずは元の世界
に返したい。つうか、ジャレンガとかエロスヴィッチとかもな。こ
んなの連れてたらトラブル対策いくらしたって足りねえしな﹂
﹁態勢立て直す? それなら、俺ももう関わりたくないんで﹂
﹁まあまあ、んなこと言うなって。今度はもうちょい安心できる仲
間連れてくからよ∼。キシンとかジャックとか﹂
﹁あのさ、頼もしすぎるけど、お前ら三人前世で何て言われてたか
知ってる? 悪童三人衆とか、俺からすればヴァンパイアドラゴン
と九尾となんら遜色ないんで﹂
そう、クラメート救出は、態勢立て直してからにしたい。トラブ
ルメーカーを元の世界に置いてきたうえでだ。
その後の人選については、色々と考えるが、まずは元の世界に帰
ることに異論はねえ。
﹁ん? はい、もしもし?﹂
その時、僅かなバイブ音と軽快な音が鳴り響いた。
アイボリーの携帯電話。
﹁どうして、アイボリー殿は独り言を言ってるでござる?﹂
﹁テレパシーかな?﹂
いや、チゲーよ。
506
そういや、携帯電話すらも、俺たちの居た世界じゃ無いものだか
らな。
携帯電話か⋮⋮⋮まあ、持って帰っても使えねえだろうし⋮⋮⋮
﹁ホワイト所長。ホテルのロビーに、他国の使者と護衛数名、そし
て姫様がお越しです﹂
﹁あら、さすがに早いわね。ちなみに希望される国は?﹂
﹁来られている姫様は六カ国の六名です。セントラルフラワー国と
アッシュ姫。ソロシア帝国とブラック姫、ジパン帝国とマルーン姫、
ブリッシュ王国とアプリコット姫、昨晩騒動をされていた、バーミ
リオン姫やシアン姫もいらっしゃってます﹂
﹁そう。バーミリオン姫とシアン姫は自粛されると思ったけれど、
さては相当官僚に後ろからつつかれたのね。でも、パリジエン王国
は? ピンク姫がいないのは、いつものように本人の気まぐれかし
ら?﹂
﹁それは、なんとも。ただ、ヴァルハラも我々だけで良いのでしょ
うか?﹂
﹁仕方ないでしょう? 姫様が部屋に閉じこもらているのだから﹂
ん? なんのことだ? それに、アッシュって、昨日の煩いニャッハ女と、ブラックは確
かニートに擦り寄ってる女で、マルーンとアプリコットは誰だっけ?
507
﹁実は、今日、あなたたちの観光で一緒に回らさせて欲しいという
姫様と護衛と官僚の方が数名お越しされていまして、申し訳ないの
ですが、あなたたちにグループに分かれていただきたいのです﹂
ホワイトの申し訳なさそうな様子から、つまりは、これも政治云
々ってわけか。メンドクサ⋮⋮⋮
﹁まあ、観光だけなら⋮⋮⋮んじゃあ、俺はコスモスと⋮⋮⋮﹂
﹁やっ!﹂
﹁⋮⋮⋮えっ?﹂
俺が何気なくメンバーを振り分けようとした瞬間、コスモスから
のまさかの﹁やっ﹂発言に俺は固まった。
えっ? コスモス?
﹁ぶ∼∼∼、レン君、一緒に遊ぼ!﹂
んなっ!
﹁え∼∼∼∼∼∼∼∼、メンドクサいんだけど?﹂
﹁やーもん! フリョー勉強するっ!﹂
コスモス! 不良なら俺がいくらでも教えてあげるから! いや、
教えないけど! ちょっ、コスモス!
﹁お嬢様ッ! 何を仰られます!﹂
﹁ふんだ! クロニアお姉ちゃんに教えてもらったもん。パッパの
お仕置きは、コスモスがパッパを、ぷいってするのが一番だって﹂
クロニアアアアアアアアアアアアアアアアアア! あの女、今度
508
あったら絶対にぶちのめすッ! なんちゅうことをコスモスに教え
やがって!
﹁はあ∼、仕方ない。今回は婿殿も色々気の毒だったが、少し頭を
冷やさせた方がいいかもしれん。コスモスには私がついて行く﹂
﹁ダメっ! ティナおばちゃんも来ちゃダメ! ティナおばちゃん
もうそつきだもん!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮な、なに?﹂
まさかの、リガンティナを拒否。それには、リガンティナも硬直。
﹁な、なれば、拙者がお供致します!﹂
﹁ムサシダメ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮へっ?﹂
﹁ムサシ、パッパにつげぐちしちゃうもん。ムサシはダメ。あっち
行ってて﹂
﹁ふひゃああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああっ!﹂
さらには、ムサシを拒否。
﹁あっちいってて、いわれてしまたでごじゃる。おじょうしゃまに、
きらわ⋮⋮⋮ふにゃああああああああ!﹂
ムサシは、白骨化した遺体のように全身の精気を奪われたかのよ
うにっ真っ白に燃え尽きてしまった。
﹁やれやれ⋮⋮⋮ならばコスモス、俺はダメか?﹂
﹁へうっ? ん∼∼∼、じゃあ、バッくんはいいよ∼﹂
509
そして、ようやく承諾されたのはバスティスタ。
﹁バスティスタアアアアアア! ど、どうか、どうか、どうか、コ
スモスを!﹂
﹁安心しろ。不良にならないように見張っておく﹂
良かった。ある意味で、もっとも安心できる男がコスモスに付い
てくれる。
とりあえず、コスモスの機嫌が治るまでは、バスティスタに見張
ってもらおう。
そして、その結果⋮⋮⋮
﹁そう。では、こういう班分けになるわね。あなたたちには、護衛
やルートの安全確保含めて、三班に分かれてもらうわ。帯同する姫
様たちも既に振り分けさせてもらいました。﹂
第一班:俺、ニート、ムサシ。
第一班帯同国及び姫:セントラルフラワー国、アッシュ姫。ソロ
シア帝国、ブラック姫
第二班:ペット、リガンティナ、エロスヴィッチ。
第二班帯同国及び姫:ブリッシュ王国、アプリコット姫。ゲイル
マン王国、シアン姫。
第三班:コスモス、ジャレンガ、バスティスタ。
第三班:ジパン帝国、マルーン姫。ネーデルランディス公国、バ
ーミリオン姫。
510
という具合に班分けを三つに分けられた。
どの班にも、数名、ヴァルハラ皇国の関係者が入り、今日の観光
に帯同する国の関係者と姫が振り分けられる。
さて、この班分け⋮⋮⋮⋮⋮⋮何も問題は⋮⋮⋮⋮⋮⋮起こらな
いよな? それと、ペット、お前、なんで泣いてるんだよ? そんなに、そ
の班は嫌なのか?
511
第29話﹁スケジュール決め﹂
さて、班分けされた俺たちを、豪華なリムジンスカイカーがホテ
ルの前に待機でお出迎えなわけだ。
俺は最後の最後まで﹁ぷい∼﹂と頬を膨らませた、拗ねた﹁拗ね
コスモス﹂にハラハラしながらも、今は目の前の光景にニヤニヤし
ていた。
﹁ほ、ほら、ニート、案内してあげるんだから感謝しなさい! べ、
別に、あんたのために案内してあげるんじゃないんだからね!﹂
﹁う∼わ∼。なんかもう、技術は最先端なのに、そのキャラは既に
絶滅危惧種なぐらい古くて、何もそそられないんで﹂
ソロシア帝国とやらのお姫様ブラック。黒髪ビッグテールの小柄
な女。
どうやら、ニートとの接点は晩餐会からあったようで、関係はま
あまあに見える。
﹁くははははは、も∼てもてじゃねえかよ、ニート。嫁さんには黙
っててやるから、お前も楽しんだら?﹂
﹁なに、お前、俺に笑われたの根に持ってるの? っていうか、フ
ラグも何もないんだからそういうのないからね﹂
俺は、これまでの仕返しとばかりに、ニヤニヤと笑ってやった。
すると、俺の発言に少し﹁ムッ﹂としたブラックが声を荒げた。
﹁ちょっ、あんた! じゃなくて、ヴェルトさん? ねえ、その、
こいつの嫁さんとか、ひょっとしてこいつ、け、結婚してるとか?﹂
512
﹁ん? まあ、まだ籍は入れてないけど⋮⋮いや、あの女のことだ。
ひょっとしたら、ニートの意思なんて無視してとっくにそういう手
続きしている可能性もあるな﹂
﹁いや、ヴェルト、マジで冗談だよな? 冗談だよね? お前と違
って、俺にそんな肉食系ヒロインが出てくるギャルゲーみたいな展
開ありえないんで﹂
果たしてそうだろうか? だって、俺は自分の意思なんて関係な
く、色々な手続きされてたんだから。
アルーシャと前世から仲良かったフィアリが、果たして﹁一緒に
ジュース屋経営して一緒に暮らす﹂だけで満足しているかどうか⋮⋮
﹁へ、へ∼∼∼、ニートって、彼女居たんだ。ふ∼ん。ま、まあ、
私には別に関係ないけど、すごく、すごく、すご∼∼∼∼∼く、ど
うでもいいことなんだけど、別に気になるとかじゃないんだけど、
⋮⋮ど、どういう彼女なのかしら? ま、まあ、ニート程度の男と
付き合うんだから、スーパーアイドルプリンセスのブラックちゃん
なんかとは比べ物にならないぐらいだと思うけど?﹂
﹁ニートの彼女? あの女は、妖精姫だったな。確か。まあ、俺も
そこらへんの素性はよく知らないけどな﹂
﹁ッ⋮⋮そ、そう、⋮⋮へ∼、妖精みたいに可愛いんだ⋮⋮⋮⋮﹂
いや、妖精みたいに可愛いじゃなくて、リアル妖精なんだけど⋮
⋮まあ、いっか。
つか、この女、やけに絡むけど、昨日の晩餐会でニートとどうい
う会話したんだ?
513
そもそも、ニートの野郎は散々、人に﹁フラグ立てるな﹂的な文
句言ってたくせに、テメエはどうなんだよ、ああん?
﹁なあ、お前、ひょっとしてニートに惚れたのか?﹂
﹁いや、お前、何言ってるんで、ほんと勘弁して欲しいんで! 俺、
こういう計算ツンデレほんとダメなんで﹂
だから、そういうのはストレートに聞いた。
ニートは﹁メンドクセーからやめろ﹂的な顔をするが、ブラック
の方は?
ああ、案の定、顔真っ赤にして慌てて﹁ふざけんな﹂と叫んでき
た。
﹁は、はあああっ? わ、私が、こ、こんな冴えない男を? ふざ
けんのも大概にしなさいよね! クラーセントレフンの王だからっ
て言っていいことと悪いことはあるんだからね! 私は、高身長、
高学歴、高収入、高身分、高外見、な男しか相手しない、超超超超
スーパースターなんだから、こんな冴えない男は相手にしないって
そとづら
ーの! そ、そうよ、それにニートだって失礼なやつなんだからね
! 昨日の晩餐会でだっていきなり、﹃そういう外面疲れない?﹄
とかいきなり言ってくんだから。そ、そりゃー、今まで私の周りに
居たやつらは、私の気持ちなんて知らないで、ちょっとニコニコし
てやれば勘違いして寄ってくる奴ばっかだったから、いきなり私に
向かってそんなこと言う奴は初めてだったから、ちょっと気になっ
たとか、ほんと、それだけなんだからね!﹂
うん。とりあえず、恋愛に関して色々と規制されている世界だか
ら、あのバーミリオンとかいう女同様に、ちょっとしたことでクラ
っとするチョロい女が多いわけか。
514
﹁殿、あまり人の恋愛をからかうのはいかがかと思うでございます
る﹂
﹁からかってねーよ。俺は、ニートの大親友として、応援してるん
だよ! 友達がモテモテだとさ、応援してやりてーじゃん!﹂
﹁も、ものすごい、悪い顔でキラキラした目をされても、拙者、ど
うすればいいでござる?﹂
﹁ん? 例えば⋮⋮くははははは、俺とムサシが仲良いところを見
せつけるとか?﹂
﹁ひゃうううっ、と、殿、きゅ、急に拙者を抱き寄せられると、び
び、ビックリするでござる∼、んもう、と、殿は拙者が拒まぬから
といって、イジワルでござるよ∼﹂
ムサシを﹁よしよし﹂と頭を撫でて﹁ふにゃ∼ん﹂と柔らかくな
るのを見るのが癖の俺は、最近無意識にやることがある。
でも、可愛いから仕方ない。それに、これは浮気じゃねーしな。
﹁ほら、ムサシ、今日は観光だから気楽に行こうぜ。ほれ、俺の膝。
膝貸してやるよ﹂
﹁はへ?﹂
﹁膝枕してやるから﹂
﹁にゃにゃああああああっ! ととと、殿の、ひ、ひじゃまくりゃ
!﹂
そして、からかえばからかうほど面白い。
蒸気機関車と化したムサシの頭から煙がプシューと吹き出してる。
﹁ししし、しかし、そ、その膝はお嬢様の聖域でありまして、せ、
拙者ごとき、身分の低いものが、し、失礼では﹂
﹁ムサシに甘えられて失礼だと思うやつはいないに決まってんだろ
う﹂
515
﹁はふう、し、しかし、⋮⋮⋮⋮あ、あう∼∼、そのような身に余
る光栄を、拙者なんかが⋮⋮拙者なんかが⋮⋮﹂
﹁それとも何だ? 家臣を労おうという殿の厚意を無下にするのが
侍なのか?﹂
﹁な、なんと申されますか! ⋮⋮そ、そうでござる⋮⋮拙者は、
殿の一番が家臣にして右腕⋮⋮そして末は⋮⋮殿とのやや子を⋮⋮
え、えへへへへへ⋮⋮⋮⋮そう、そうでござる! 何も不自然なこ
とはござらん! で、では、と、殿、し、失礼して⋮⋮﹂
リムジンのシートの上で正座しながら、ゆっくりと頭を俺の膝に
近づけて、恐る恐る俺の腿に身を預けて来たムサシは、やがて頭の
体重を俺に全て預けた瞬間、﹁はにゃ∼﹂と目をトロンとさせた。
そのまま、膝枕からの頭ナデナデは継続。もはや夢の世界へと旅
立ったかのように、ニヘラ∼としたムサシには、今なら何を要求し
ても聞き入れてくれるぐらい陥落している。
﹁あのさ、お前さ、嫁には絶対にやらないくせに、ペットには本当
に甘やかすんだな﹂
﹁くはははははは、さあ、ニート、テメェもお姫様にやってやった
らどうだ? なあ? ブラック。テメェも、こんな草食系の世界じ
ゃ、膝枕なんてされたことな⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁うそ⋮⋮ひ、膝枕⋮⋮し、信じられない⋮⋮乙女の夢ベスト5を、
こ、こんな、こんな人前でアッサリやるなんて⋮⋮﹂
ニートとブラックを煽るように俺とムサシのイチャイチャぶりを
披露してやったら、ブラックは、想像以上の衝撃を受けているよう
だ。
﹁ね、ねえ、あんた、ムサシだっけ? その、ど、どんな気持ちな
の?﹂
516
﹁はふ∼∼∼、気持ちでござるか∼? なんと申し上げれば、そう
でござるな∼、拙者は、翼が生えていないのに、天空へ駆け上って
いるかのような心地でござる∼﹂
﹁そ、そんなに、き、気持ちいいんだ⋮⋮ふ、ふ∼ん、べ、別に、
私は憧れてなんかないけどね! ちょっと気になっただけなんだか
らね!﹂
もう、何を言ってもドツボなぐらい、顔を真っ赤にしたブラック
の反応は、ニートから見れば﹁ウザイ﹂と思うかもしれないが、第
三者として見る分には面白い。
やばい、この二人をいい関係にしてみて、フィアリとの修羅場を
作ってみたい。
﹁にゃ、はははは、なんか、にゃっは賑やかだね∼。にゃっは楽し
くなりそうだね∼﹂
とまあ、その一連のやりとりをこれまで見せられていた、にゃっ
は娘のアッシュが苦笑しながらようやく口を挟んできた。
そういや、居たの忘れてたよ。
つうか、護衛やら他の官僚やらの連中も、物凄い気まずそうな顔
をしてるし。
﹁とりあえずさ∼、今日はみんなで観光しようってことで、にゃっ
は楽しもうね♪﹂
﹁おお、そうだそうだ。観光だったな。すっかり忘れてたな﹂
﹁にゃははは、にゃっは大丈夫かな∼、この班﹂
班が大丈夫か? いや、多分、この班が一番当たりだと思うが⋮⋮
﹁そういや、他の班はどうするんだ?﹂
517
﹁にゃは? えっと、第二班はお買い物とイベント参加。第三班は
遊園地だって﹂
﹁ほ∼⋮⋮⋮⋮﹂
第二班は買い物⋮⋮何を買うんだ?
そして、第三班は遊園地だと? コスモス、ジャレンガ、バステ
ィスタの三人で遊園地⋮⋮う∼∼む、想像もできん。
﹁それでさ、みんなはどうするかな? 買い物? 遊園地? 世界
遺産めぐり? 要望あればにゃっは言ってね♪﹂
さて、俺たちは? と言われても、あんまピンとこねーしな。
﹁ん∼、ムサシ、お前はなんかしたいことあるか?﹂
﹁むふ∼、せっしゃはこの時間が一番幸せでござる∼﹂
まあ、この調子だ。
ぶっちゃけ、今夜には帰れるなら、そこまで面倒なことをする気
にもなんねーし、定番に俺らも買い物とかの方が⋮⋮
﹁あっ、それなら、俺、希望があるんで。言っていい?﹂
と、その時、ニートが手を挙げた。
﹁なんだよ、アキバみたいなところに行きたいのか?﹂
﹁いや、全然違うんで。お前、オタク=秋葉原のイメージは差別な
んで、その固定観念は捨てるべきだと思うんで﹂
なんだ、違うのか。っていうか、漫画とかアニメは規制されてる
みたいだから、無いのか。
518
じゃあ、どこに?
すると、ニートは普通に真剣な顔つきで⋮⋮
﹁この世界の歴史が分かる、博物館とかに行きたいんで﹂
﹁えっ⋮⋮⋮⋮﹂
﹁いや、ヴェルト、お前まさか、普通に遊ぶ気だったとか? こう
いう状況なんだから、色々調べるの普通だと思うんで﹂
なんかマジメな選択肢で、しかし却下する理由が思いつかず、微
妙な気分になってしまった。
519
第30話﹁思い出話・幼馴染メモリアル﹂
﹁博物館? それなら∼、ねえ、ブラックちゃん、﹃大皇博物館﹄
がいいのかな?﹂
﹁まっ、定番よね。あそこなら、東西南北あらゆる大陸の文化や歴
史が展示されてるからね。ねえ、ヴァルハラの官僚さん、今から私
たちが行くように手続きしてくれる?﹂
ニートの希望場所である博物館。その行き先について、アッシュ、
ブラック、そして周りの議員の連中も色々と連絡を取り合って手続
きを進めている。
やけに大げさな気もするが、確かに普通の観光客ではなく、異世
界からの来賓と他国のお姫様、さらには議員や官僚数名。
そりゃ∼、訪問される側も何の心の準備もなくってのは気の毒だ
し、下手したら昨日同様にパニックになりかねんからな。
﹁姫様、博物館側からはOKとのことです。幸い、本日が平日とい
うこともあり、客数も少ないようですので、このまま行っても問題
ないそうです﹂
﹁うん、にゃっはありがとう! それじゃあ、行き先は﹃大皇博物
館﹄に、にゃっは決定∼∼!﹂
やれやれだな。
他の連中は買い物、遊園地、なのに不良の俺は博物館でお勉強か
よ。
﹁だってさ、ニート。でもいいのか∼? お姫様とのデートが博物
館で﹂
520
﹁いや、お前、本当にしつこいんで。嫁六人も居るのに、亜人の虎
娘を膝枕でナデナデしながら人を冷やかすとか、本当に外道なんで﹂
﹁バーカ、嫁が居ない今だからこそだろうが。こんなのユズリハの
目の前でやろうもんなら、噛み付かれるしな﹂
﹁なにっ、お前、そいつのこと好き過ぎだし!﹂
﹁あたりめーだ。俺は仮にアルーシャに﹃私とムサシさん、どっち
が大切なの?﹄とウザイ質問をされたら、迷わずムサシと答えられ
る自信が︱︱︱︱﹂
﹁いや、具体的な名前出しすぎだからね。しかも、六人も嫁が居る
中でわざわざアルーシャ出すあたり、どうかと思うんで。あと、な
んか凄惨な未来のフラグのような気がするから、気をつけようね﹂ そう、嫁の居ない今だからこそ、精一杯ムサシを可愛がれるのだ。
フラグ? 知らん。
俺の人生、コスモス、ハナビ、ムサシ、ラガイアさえ居れば、幸
せだからな。
﹁ふ、ふ∼ん、く、クラーセントレフンの人って、女の子に堂々と
好きって言えるんだ﹂
﹁にゃっは男らしいね﹂
﹁いや、あんたら、それはどうかと思うんで。男らしいか? 俺に
は、クズ男にしか聞こえないんで﹂
ムサシヘブン状態を目の当たりにしたお姫様が、何やら盛大な思
い違いを言ってるが、まあ、この世界じゃやっぱり珍しいんだろう
な。
だからこそ、バーミリオンとかいう姉さんと、バスティスタのア
レが大騒動になってるわけなんだが⋮⋮
﹁でもさ、ヴェルト。お前さ、俺のことからかってばかりだけど、
521
お前の方もどうかと思うんで﹂
﹁あっ?﹂
﹁その子以外にも、なんかお姫様数人とエロトラブルあったっぽい
し﹂
﹁アレは、エロトラブルじゃねえ。エロスヴィッチのエロカオスだ﹂
﹁⋮⋮⋮それに、あのペットって子も、なんかアレだと思うんで﹂
ん? ペット⋮⋮⋮ペットか⋮⋮思わず言葉につまっちまったな。
﹁ねえ、ペットさんて、あのちょっと大人しい感じの子でしょ?﹂
﹁うん。アプリコットちゃんとゴハン食べてた子だよね?﹂
そうなんだよな⋮⋮まさか、ペットが俺のことを好きだったとは
な⋮⋮。
昨日、そんな衝撃的な事実を知ったのに、色々ありすぎて流れち
まったな。
﹁そう言われてもな、あいつとは昔ちょっとしたことがあっただけ
で、あんま話したこともなかったから、ピンとこねーんだよな﹂
﹁ああ、ピアノがどうこうだっけ? ちなみに、どういうことがあ
ったんだ?﹂
そう、正直、俺の中ではペットと関わったことなんて﹃あの日﹄
ぐらいなんだよな。
学校でも、あんまり話をしなかったし、俺も記憶を取り戻してか
らは色々と荒れてたし⋮⋮
﹁え∼、ねえねえ、私も知りたい。興味あるな∼。ねえねえ、博物
館まで時間あるから、教えてよ∼﹂
﹁にゃっはある! クラーセントレフンって、どういうコイバナが
522
あるか、にゃっは気になる∼﹂
いや、だからコイバナってほどでもねーんだけどな。
﹁いや、ん∼、まあ、メンドクセーな⋮⋮⋮つっても、ほんっと大
したことじゃねーんだけどさ⋮⋮あれは⋮⋮﹂
そう、あれは、俺がまだ、ヴェルト・ジーハと朝倉リューマの狭間
に戸惑うことのなかった時期だった。
今の俺はヴェルト・ジーハだと胸を張って言える。
朝倉リューマの想いを秘めて今を生きる、それがヴェルト・ジーハ
だ。
でも、幼い頃に朝倉リューマの記憶を取り戻してから暫くの俺は、
前世との記憶に挟まれて、モヤモヤしていた。
なら、前世の記憶を取り戻す前の俺は? あれも俺だったんだろうが、今よりまだひねくれが少しだった頃だ
⋮⋮⋮
523
まだ、俺が七歳ぐらいの頃の話だった。
俺は、フォルナに無理やり王宮に連れてかれ、王宮の中庭で、シ
ャウトとガルバを含めた三人と遊んでいたんだ⋮⋮
﹁あ∼⋮⋮⋮まだかよ⋮⋮﹂
あ∼あ、いつになったら、俺は帰れるのかな∼。
腹減ったし、早く帰りてーな∼
﹁フォルナ姫、いま、この国にヤヴァイ魔王国軍が攻め込んで来て
います! 僕が軍を率いて討伐に行ってきます!﹂
﹁分かりましたわ。女王フォルナの名において、シャウト大将軍を
エルファーシア王国軍総大将に任命しますわ! 我が国へ侵略せし
魔王軍を殲滅するのですわ!﹂
﹁御意ッ! 承りました!﹂
﹁副将として、ガルバを任命致しますわ﹂
﹁ははあっ! しかと承りました﹂
あっ、もう空は夕方だ。はやく帰らないと、おふくろがまた心配
するからな∼
﹁ちょっと、ヴェルト、何をボーッとしてますの!﹂
﹁⋮⋮⋮えっ?﹂
﹁次は、国王から、大将軍へ聖剣を授与する儀式ですわ!﹂
524
え∼、まだやるの? でも、断るとフォルナは怒るしな∼
シャウトも怒ってるし。
﹁ヴェルト、君はもっと真剣にやらないとダメだよ。これは予行演
習なんだからね﹂
﹁そうですわ! 魔族が我が国に攻め込んできて、シャウトが勇者
として先頭を駆け抜け、ワタクシとヴェルトがその任命をする。こ
の流れはヴェルトも覚えていないとダメですわ!﹂
﹁だって、俺、王様じゃないし﹂
﹁ははははは、ヴェルトくんもまだまだ覚えることがあって大変だ
ねえ﹂
でも、俺、本当にわかんねーし。
だって、俺は、親父の麦畑を継いで働くはずなのに、何で王様な
んだよ。
それに、最近、フォルナやシャウトやガルバだけじゃねーし。会
う奴ら全員俺のことを﹃将来の王様﹄とか言うし、なんでなんだよ。
﹁おやおや、この美しい王宮庭園で、随分と物騒な話をされていま
すな?﹂
あっ、邪魔されてフォルナはまたムスっとした。
城のお手伝いの姉ちゃんや、騎士の人たちは皆、笑顔で俺たちを
見守ってたけど、この人は⋮⋮⋮
﹁あっ、パパァッ!﹂
﹁あら、タ、タイラーではありませんの﹂
﹁おおおお! これはこれは、タイラー将軍﹂
525
タイラー将軍だ! うっわ、かっけ∼⋮⋮⋮誰かと思ったら、エ
ルファーシア王国最強騎士だ。
鎧もピカピカで剣もすごいし、顔もかっこいいし、それなのに、
スゲー優しいんだよな∼
﹁姫様、只今戻りました。シャウト。良い子にしてたか? ガルバ
も元気そうでなによりだ﹂
﹁はいっ! パパも遠征お疲れ様です! お話は噂で聞いていまし
た!﹂
﹁ええ。あのジーゴク魔王国の六鬼大魔将軍の一人を退けたと聞き
ましたわ! さすがタイラーですわ﹂
﹁国王様より、また勲章授与されるそうですよ。私も、やる気満々
な姫様に、優秀な未来の将軍坊っちゃまに、そして不貞腐れ気味な
未来の国王様の子守という強敵と戦っていましたので、労って欲し
いものですな! はっはっはっはっは!﹂
えっ、六鬼って、あの魔族最強のジーゴク魔王国? そんな国の
将軍を倒したなんて、やっぱタイラー将軍スゲーなー。
魔法も剣も凄いシャウトの父ちゃんだから、当たり前か⋮⋮⋮
﹁それに、ヴェルトも久しぶりだな。未来の国王様は任命式の練習
かい?﹂
﹁タイラー将軍⋮⋮⋮﹂
﹁むむ? こらこら、ヴェルト。私のことはタイラーおじちゃんと
呼びなさいと何度も言っているだろう? 私はね、お前のオムツだ
って変えたことがあるんだからね﹂
﹁あっ、それはお父様もお母様も言ってましたわ!﹂
526
それで、そんなに凄いのに、本当に親父とお袋の友達だっていう
んだからな∼。
親父とおふくろ、王様やママともとも友達だし、本当はすごいん
だな∼
﹁そうそう、タイラーも言ってくださいませ。ヴェルトったら、﹃
王族おままごと﹄、ちっともやる気出してくれませんの﹂
﹁それはいけませんな。ヴェルト、お前ももう七歳だろう? 片手
で歳を数えられなくなった頃。そしてすぐに十歳になり、十五歳に
なればすぐに姫様と結婚だぞ? その前に、勉強のつもりでしっか
りやらないとダメだろう?﹂
﹁え∼∼∼∼∼、タイラー将軍までそういうこという∼、俺、わか
んないよ∼﹂
﹁全くお前というやつは。仕方ない。ヴェルトのやる気を出させる
魔法を、このエルファーシア王国大将軍にして聖騎士の私がかけて
やろう﹂
えっ、魔法? 俺のやる気を出す魔法って?
﹁ファンレッド女王様も、この度、休暇を取られて帰還されるぞ?
ヴェルトがやる気ないって言っちゃうぞ?﹂
﹁俺はすごーーーーーーーい、王様になってやる! フォルナと結
婚して、エルファーシア王国を良くするんだ!﹂
ママが帰ってくるのかよ! いやだよおおお。ママ、すぐ怒るし、
尻を叩くからな∼。こえーし。
527
﹁ははははははははははは! 分かりましたか? 姫様もこの魔法
は覚えられた方がいいですよ?﹂
﹁んもう、ヴェルトったら、お母様の名前を出すとすぐにやる気出
すなんて、なんだか納得しませんわ! それに、結婚するなんて当
たり前のこと、そんな力強く今更宣言するなんてどういうことです
の!﹂
﹁でも、僕もヴェルトの気持ちわかるな∼﹂
﹁ぷくくくくく、いや∼、ヴェルトくん、その宣言は取り消せない
ぞ? 今、この城中に居る全ての者が証人だ。そうだろう? 皆!﹂
うっ、ガルバ、余計なこと言いやがって∼。俺たち見ている全員
が、ニコニコしながら頷いてるし∼
﹁う∼∼∼、俺、もう帰る!﹂
﹁おやおや、国王様を怒らせてしまうとは何という不覚。では、国
王様、その罪滅しとして、このガルバが家までお送りしましょう﹂
﹁あっ、ヴェルト、ワタクシも行きますわ! 今日は、お夕飯をお
ばさまに招待されてますの!﹂
﹁あっ、そうだった、僕もなんだけど⋮⋮⋮﹂
﹁行ってきなさい、シャウト。パパはしばらく家に居るから、ご飯
は明日一緒に食べよう。では、ガルバ、後を頼むぞ﹂
で、帰ろうとしても一緒に来るし、それにフォルナっていっつも
手を繋いでくるから、恥ずかしい。
この前だって、街中で腕組んできて、みんなに笑われたし。
﹁ささ、ヴェルト、しっかりと手を繋ぎなさい!﹂
﹁繋いでるじゃんか﹂
﹁それはただ触っているだけですわ! こうやって、指の一本一本
528
絡めるように繋ぐのですわ!﹂
う∼、やだな∼、この前だって街でシップとかガウに見つかって、
あいつら﹁ひゅーひゅー﹂とかって馬鹿にしてきたし。
﹁ヴェルトも恥ずかしがり屋だな∼。姫様はこんなにヴェルトのこ
と想っていらっしゃるのに、それでも男かい?﹂
﹁なんだよ、シャウトだって、この前、教会の女の子をジーッと見
てて、声かけられなかったじゃないかよ! 一緒に遊ぼうが言えな
い臆病者︱っ!﹂
﹁うっ、ち、が、そ、それは、違うよ、遊びに誘おうとしたけど、
ホークちゃんはお勉強で忙しそうだったから僕は⋮⋮﹂
﹁あのメガネ女、ホークっていうの?﹂
﹁うん、そうなんだ⋮⋮⋮⋮⋮⋮でも、最近元気なくてね⋮⋮⋮⋮
あの子、ほら、ご両親が戦争で亡くなられてるから﹂
﹁ふ∼∼∼∼ん、そうなんだ﹂
そういえば、そういうの聞いたことあるな。戦争で親が死んじゃ
ったって⋮⋮
死んじゃうって、もう二度と会えないってことだよな。
戦争って、人がいっぱい死ぬってことだし。
なんか、やだな⋮⋮
﹁大丈夫ですわ﹂
あ、フォルナが強く手を握ってきてる。
﹁ヴェルトはワタクシが守りますわ!﹂
﹁うん、僕も守るよ! そして、この国と姫様も僕が守る!﹂
﹁おやおや、これは何と心強い。ヴェルトくん、大丈夫だ。エルフ
529
ァーシア王国の未来は安泰だ﹂
守る⋮⋮そういうの俺は恥ずかしいから言えないのに、どうして
フォルナもシャウトも堂々と言えるんだろうな。
好きとか、そういう言葉も、俺は恥ずかしくて言えないのに、フ
ォルナは言える。
でも、フォルナもシャウトも、勇者になれるぐらい強いから、言
えちゃうんだよな。
﹁ん∼⋮⋮⋮⋮ねえ、じゃあ、俺は誰を守ればいいの?﹂
﹁決まってますわ。ヴェルトは、ワタクシの幸せを守ってくだされ
ばいいのですわ!﹂
二人に比べて俺は何を守るんだろう。
親父は、男の子は女の子を守るものだって言ってたことあるけど、
フォルナは俺より強いし、逆に俺を守るって言ってるからな。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁あっ、ヴェルト∼! 姫様∼! シャウトく∼ん、おかえりなさ
∼い﹂
あっ、おふくろだ。俺の帰りが遅いから家の外で待ってたんだ。
手ェ振ってる。
えっと、あれ? 何考えてたんだっけ、俺? 確か、守るとか守
らないとか⋮⋮
﹁おばさま、遅くなり申し訳ありませんわ﹂
﹁おばさん、こんばんわ! 今日はおじゃまします!﹂
﹁いや∼、アルナ殿、遅くなって申し訳ない﹂
﹁いいんですよ∼、ヴェルト∼、ちゃ∼んと、姫様を満足させられ
530
た?﹂
ん、ま、いっか。何考えてたとか、メンドクさいし、あんまもう
興味ないし⋮⋮
﹁遊んであげたぞ﹂
﹁遊んであげたって、どういうことですの、ヴェルト! 聞いてく
ださい、おばさま。ヴェルトったら、おままごと、ち∼っともやる
気ありませんの﹂
﹁んまあ! ヴェルトったら、ダメじゃない。も∼、母のお仕置き
パンチ、エイ、エイ、エイ!﹂
あ∼、お腹すいた。ほんと、おふくろって、フォルナに甘いよな
∼。
ん、あっ、親父も帰ってきてるんだ。
﹁やあ、おかえり、ヴェルト。姫様もシャウトもいらっしゃい。お
お∼、ガルバ護衛隊長も来てくれたか。じゃあ、今夜は子供たちが
寝たら、宴会かな?﹂
﹁はっはっは、実は私もそれを楽しみに、おつまみを少々持ってき
ましたよ﹂
うわ∼、また飲むんだ∼。
この二人飲む日って夜遅くまでやってるから、全然寝れねーんだ
よな∼、ほんとヤダ。
﹁姫様、シャウト君、今日はゴハンの後は泊まっていくのかい?﹂
﹁あっ、僕は今日、パパが帰ってきてるから﹂
﹁ああ、そうだったね。タイラーもようやくの帰還だからね、精一
杯甘えなさい﹂
531
﹁はいっ!﹂
あっ、ずっりー。ガルバと親父が飲むと、夜うるさいからって知
ってるから、逃げやがったな。
﹁ワタクシも本当はお泊りさせていただきたいのですが、明日は発
表会もありますので⋮⋮﹂
あっ、フォルナも逃げたな。ん? でも、発表会ってなんだっけ?
﹁お∼、そうでしたね。明日は文化会館でピアノの発表会でしたね。
明日は、ヴェルトと一緒に花束持って行かせてもらいますよ﹂
﹁ありがとうございますわ! ねえ、ヴェルト、あとでヴェルトが
明日来て行く服のチェックしますわ! お誕生日にお母様がプレゼ
ントしました、タキシードはありまして?﹂
ピアノ⋮⋮あっ、そっか。そういえば、フォルナが発表会で着る
ドレスを選ばされたな。
全部同じに見えたから覚えてないけど⋮⋮
﹁って、タキシード? え∼、ネクタイは首が痒くてスゲーヤダ﹂
﹁むっ! 何を言ってますの、ヴェルト! 明日は、﹃チェーンマ
イル王国﹄からも﹃ピサヌ女王陛下﹄、その御息女であり、兄様の
許婚でもある﹃システィーヌ姫﹄と、その妹でもありワタクシたち
と同じ歳で今回の発表会に参加される﹃クレオ姫﹄がいらっしゃい
ますわ。ワタクシの婿ということでヴェルトの紹介もする予定です
ので、失礼のないようにお願いしますわ!﹂
なにそれ。全然聞いてねえし。
532
﹁えー、なんでー! なんだよ、それー! 俺いいよ∼、興味ない
し﹂
﹁何それではありませんわ! 他国の王族が我が国にいらっしゃる
のですから、当然、ヴェルトを紹介するに決まっていますわ! そ
んなの当たり前ではありませんの!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮え∼、めんどくさいな∼、王様って⋮⋮⋮じゃあ、俺、
王様なりたくねーよ⋮⋮⋮﹂
うん。王様って美味いもん食べて、贅沢し放題だと思ってたのに、
全然そんなことねーし。
だったら、王様になりたく⋮⋮⋮
﹁ヴェルト⋮⋮⋮そ、それって⋮⋮ワタクシとけっ、こん、し、し
たく、ないて、⋮⋮そう、ゆ、い、いみでしゅの?﹂
あっ⋮⋮ヤバイ⋮⋮フォルナが⋮⋮
﹁ヴェルト! お前は、なんてことを言うんだ!﹂
﹁ヴェルト! いくらなんでも、ママも許しません!﹂
﹁ヴェルト、僕だって怒ることはあるんだからね!﹂
﹁ヴェルトくん、いいかい? 冗談でも言っていいことと悪いこと
があるんだよ?﹂
しかも、みんな凄い恐い顔して怒ってるし! なんだよ∼、ちょ
っとヤダって言っただけなのに⋮⋮
﹁うっ、うう、ヴェルトと結婚しないなんて⋮⋮いやああああ、わ
あああああ、ああああああああ、ひっぐ﹂
﹁あ∼、姫様、よしよし。ごめんなさいね、ヴェルトったら照れち
ゃって。後で、母のお仕置きパンチをいっぱいするから﹂
533
﹁や∼だ∼、ヴェルト∼、けっこんするー、しますのー! ぜった
いぜーったい、しますのー! だから、嫌いにならないで∼﹂
んもう、いつもこれだし。
自分はいつも勝手に俺のことを決めるくせに、俺がちょっと、嫌
だって言うだけで、フォルナはすぐ泣くし。
本当は超強いのにベタベタしてくるし、みんな、フォルナの味方
するし⋮⋮⋮
﹁くくくくくくくくく、はーっはっはっはっはっはっは!﹂
えっ、ビックリした。何、この笑い声? 外からだけど⋮⋮あれ、
この声⋮⋮
﹁久々国に帰れたから、友人の顔を拝みに来ただけだってのに、随
分と驚きの声が聞こえたね∼﹂
ひぐっ! か、体が、寒い! 恐い! 震えて、え、あれ? な
にこれ!
親父もおふくろも、フォルナもシャウトもガルバまで顔固まって
るし!
家の外から、誰かが一歩一歩近づいてきて⋮⋮⋮
﹁愚婿∼、しばらく会わないうちに、あんたはいつからそんなに偉
くなったんだい?﹂
534
モンスターッ! じゃなかった、家のドアをノックもしないで入
ってくるこの人、モンスターより恐いやつだ!
全身ピッカピカで、鳥みたいにモサモサした羽のドレスに、シャ
ンデリアみたいにメッチャゴッチャリした髪の毛。
この、絵本に出てくる悪い魔女みたいに恐い笑顔で現れたのは⋮⋮
﹁ま⋮⋮⋮ママ⋮⋮⋮﹂
フォルナのかーちゃん⋮⋮女王様だ⋮⋮
﹁あんたが私の子供と結婚することは、あんたの親父とおふくろが
結婚したその日から決まってんだよ。それを破棄しようだなんて⋮
⋮⋮お仕置きが必要だね∼⋮⋮﹂
﹁ひいいいいいいいいいっ!﹂
﹁そして、愚娘。あんた、私に孫をまだ見せられないなんて、何を
チンタラやってんだい? これは、しばらく国に居て、盛大に躾け
てやらないとダメだね∼、あんたら二人とも﹂
﹁お、お、おか、あさま、お、おひさしぶり、で、ですわ。その、
あの、わたくし、その、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい
っ!﹂
もうやだ⋮⋮⋮みんな強い奴ばっか⋮⋮俺、いつも何もできねー
し⋮⋮
535
第31話﹁思い出話・小さな出会いメモリアル﹂
王都入口のでっかい正門前に国王様以外がみんなでお迎えしてい
るんだけど、皆偉い人ばっかの中に、なんで俺まで居なくちゃいけ
ないんだよ。
それに、ネクタイは痒くてやだ。タキシードは動きづらくてヤダ。
フォルナとずっと手を繋ぐの恥ずかしくてヤダ。
﹁ふ∼ん、こうしてめかしこむと、愚婿もそれなりじゃないかい。
まあ、生意気そうなツラから、育ちの悪さは出ちまうけどね﹂
﹁お母様、ヴェルトの教育はワタクシが責任もって致しますわ! 分かりましたわね、ヴェルト﹂
親父もおふくろも居ない。ここに居るのは、フォルとママと、将
軍とか貴族のおっちゃんたちだけ。
他所の国の女王様とお姫様を迎えるための待機って言ってたけど、
何で俺はここに居るんだよ。
﹁女王様。先ほど、関門より連絡がありました。チェーンマイル王
国御一行様が、間もなく到着されるそうです﹂
﹁ああ、分かったよ。あんたも大変だねえ、あんたの娘も発表会に
出るんだろう?﹂
536
﹁はい、まあ、その、本人はあまり自信が無さそうですが﹂
あ、ママに報告に来たおっさん、確か、公爵家だっけ? 城に遊
びに行ったときに何度か見たことある。
そんで、その後ろに居る、前髪で目が隠れて、オドオドしてる女
の子も。
﹁ペット! ペットではありませんの!﹂
﹁はう、ひ、姫、様、その、ご、ご機嫌うる、わしゅう⋮⋮⋮﹂
﹁発表会ではあなたも演奏されるのでしょう? お互い、頑張りま
すわよ﹂
﹁は、い、⋮⋮⋮⋮﹂
フォルナの友達みたいだけど⋮⋮いや、アレは友達なのか? な
んか、ハッキリしなくて、すっげえ、見ててイライラする。
﹁ああ、ヴェルト、紹介しますわ。この子はアソーク公爵家のペッ
トですわ。ワタクシのお友達ですのよ﹂
﹁ふ∼ん⋮⋮⋮⋮﹂
﹁そして、ペット。多分ご存知かと思いますが、こちらがヴェルト。
ワタクシの夫ですわ﹂
﹁あっ、は、はい、存じあげており⋮⋮⋮ます⋮⋮﹂
なんだよ。急に下向いてモジモジしだして、声だって聞き取りづ
らい。
俺のこと恐がってんのか?
おまけに、目が隠れてるし、なんか幽霊みたいだな、こいつ⋮⋮⋮
﹁やあ、ヴェルト君だね。こうして君と話すのは初めてだよね。私
537
は、﹃ソイ・アソーク﹄だよ﹂
﹁ん﹂
﹁この子は昔から恥ずかしがりやでね。でも、君と同じ歳だ。今こ
こに居ないけど、双子の兄でチェットという子も居てね。どうか仲
良くしてあげて欲しい﹂
﹁ん∼⋮⋮⋮﹂
公爵のおっさんはそう言うけど、こいつ自身はどうなんだ?
親父が現れた瞬間、公爵のおっさんの背中に隠れて前へ出てこな
い。
﹁でも、こいつ、俺と仲良くしたくねーって﹂
﹁ヴェルト! ですから、ペットは恥ずかしがりやだと言ってるで
はありませんの! ヴェルトも、これから王国貴族関係者とも信頼
関係を築かねばなりませんのよ? ですので、ちゃんと仲良くなさ
い!﹂
﹁ははははは、姫様にそう言っていただけて何よりです。だから、
ヴェルトくん、よろしく頼むよ?﹂
いや、宜しく頼むって言われても、こいつ全然喋んねーし。
変な奴∼、仲良くとか言われても、絶対無理だし。
﹁おい、それまでにしな、愚婿。愚娘。来たぞ﹂
﹁あっ、ママ⋮⋮﹂
﹁愚婿。とりあえず、私と愚娘が挨拶してから、あんたを紹介する。
心の準備しときな﹂
ママがそういうと、確かに向こうから兵隊が行進しながら、その
後ろで豪華な馬車が見える。
538
﹁アレが、その、チェンなんとかって国なのか?﹂
﹁チェーンマイル王国ですわ、ヴェルト﹂
カボチャみたいなデッカイ形で、てっぺんがハートマーク⋮⋮カ
ッコわりい⋮⋮でも、あれに乗ってるんだな。
そして⋮⋮⋮
﹁フォワーッハッハッハッハッハ! フォワーハッハッハッハッハ
!﹂
なんか変な笑い声が聞こえてきた。
﹁何アレ?﹂
﹁しっ、ヴェルト。今より私語は禁止ですわ﹂
﹁ふん、久しぶりだってのにあまり変わりないようだね∼、あの劇
場型姫は﹂
ゲキジョウガタ? 何型? ママの呆れたような溜息を耳にしな
がら、徐々に近づいてくるカボチャの馬車。
すると、それがようやく俺たちの目の前に到着という時に、馬車
の扉が開いて、中から誰かが飛び出して、馬車の上に飛び乗った。
﹁わっ、なんだ∼?﹂
﹁あの方は!﹂
﹁おや、あの格好は、シンセン組のバルナンドが亜人大陸に広めた
﹃キモノ﹄じゃないか。珍しいものを着ているねえ﹂
素早い動きで馬車の上に飛び乗った人は、見たことがない。しか
539
しなんか懐かしいように感じる服を着ている。
なんか、布団を被っているかのようなダボダボの布の服。袖はダ
ランとしていて、だけど腰元はベルトのようなものをしっかりと巻
いて結んでいる。
でも、柄が凄い派手。黒い柄の中に真っ赤な花が何個も描かれて
いる。
﹁フォワーッハッハッハッハッハッハ、フォワーッハッハッハッハ
!﹂
その人はただただ笑い、全身を激しく動かしながら、手を太陽に
向かって差し伸ばした。
そして、突如笑いから、いきなり目元を潤ませて、﹁ヨヨヨ﹂と
崩れ落ちた。
﹁ああ、ファルガ様⋮⋮⋮どうしてあなたはファルガ様でありんす
か? 大陸の果から果へ、あなたの元へとたどり着くのに、どれほ
ど高く険しい山あり谷あり、試練あり! 声すら届かぬ世界の果て
が、わっちの愛を妨げる! しかし、わっちは信じているでありん
す! 暗闇の壁が立ちはだかろうと、二人の愛が世界を繋ぐと⋮⋮
⋮それが、今この時でありんすよ!﹂
なんか、﹁今この時でありんすよ﹂の瞬間に、太陽に伸ばしてい
た手を俺たちに向け、﹁さあ、まいりましょう!﹂と微笑んで﹁決
まった﹂的な顔してるんだけど⋮⋮⋮
540
﹁ファルガは家出中だよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮?﹂
﹁システィーヌ姫。遠路はるばるお越しいただき申し訳ないが、愚
息は家庭のイザコザで家出中だよ。楽しみにされていたのなら、す
まないねえ⋮⋮⋮﹂
ママの淡々とした挨拶に対して、笑顔のまま固まって言葉を黙っ
ちまったよ⋮⋮⋮って、この変な人、他国のお姫様なのかよ!
﹁ファンレッド女王様、ご機嫌麗しゅう。しかし、冗談はやめてお
くんなんし﹂
と思ったら、急に怪しく笑い出して⋮⋮⋮この笑い⋮⋮⋮見たこ
とある⋮⋮⋮!
そうだ、ママがいやらしいことを思いついたときにする魔女みた
いな顔。
﹁この、不自由な籠の中の蝶を、これ以上悲しませないでおくんな
んし∼?﹂
なんなんだよ、この姉さん。
長くて、凄い量の多い茶色い髪の毛を頭の後ろで丸くモッサリと
盛って、至る所に鈴とか、花の髪飾りとかゴッチャり⋮⋮⋮なんか、
ママと良い勝負なぐらい派手だ⋮⋮⋮
541
﹁いいや∼、冗談じゃないんだよねえ。あの愚息は王族のしがらみ
やらが嫌いでねえ。﹃聖騎士フリーダ﹄に唆されて、ハンターにな
っちまったよ﹂
﹁フォワーッハッハッハ、そんな嘘を言わずとも分かっているであ
りんすよ。ファンレッド女王様は、わっちとファルガ様の結婚を反
対していることは。ファルガ様が家出したなど一大事、次期国王が
家を飛び出したなど、事実であれば今こうしてのんびり語らうよう
な暇なんてないでありんす﹂
﹁ふっ、そいつは残念だったねえ。別にあんな愚息は自由にさせて
おけばいいのさ。次期国王は既に決まっているからねえ﹂
次期国王は決まってる。
さすがに、そんなママの言葉は、相手のお姫様は凄い驚いている。
﹁フォルナ、ヴェルト、来な﹂
いま紹介されるの? なんで? 嫌だよ、なんかあのお姫様凄い
怪しい顔で睨んでるし!
﹁ご機嫌麗しゅうございますわ、システィーヌ姫﹂
﹁おや、フォルナ姫でありんすね。随分大きゅうなったでありんす﹂
﹁ありがとうございますわ。そして、紹介しますわ。私の夫のヴェ
ルトですわ﹂
ほら、なんかギロっとって一瞬睨まれた!
542
﹁夫⋮⋮⋮そういうことでありんすか⋮⋮⋮﹂
﹁ああ、そういうことだよ。このヴェルトがフォルナと結婚して、
このエルファーシア王国の王になる。もう、愚息が座る王座なんて
ないんだよ。あの愚息は、勝手に伝説でもロマンでも自由でも、そ
んな夢を食って肥える豚にでもなってりゃいいのさ。だからすまな
いねえ、システィーヌ姫。というより、チェーンマイル国王とピサ
ヌ女王陛下には、ファルガとの婚約は無しにさせていただきたい旨
は、とうに伝えているはずだけどねえ?﹂
あっ、そうなのか? そう思ったとき、カボチャの馬車からよう
やく他の奴が出てきた。
紫一色のドレスに赤マント、そして王冠を被ったおばさん⋮⋮⋮
なんだろう⋮⋮⋮多分女王様なんだろうけど、ママとこのお姉さん
が派手過ぎるから普通に見える。
﹁ええ、伺っております、ファンレッド女王陛下。本当に申し訳ご
ざいません。娘には、何度も言い聞かせているのですが、その目で
確かめない限り信じないと頑でして⋮⋮⋮﹂
﹁ピサヌ女王陛下。挨拶が遅くなり申し訳ないねえ。大陸の果へと
遠路はるばるようこそおいでなさった。心より歓迎させて欲しい﹂
﹁はい。この度は貴国との交流をとても楽しみにしておりました。
そして、もう一人本日は紹介させてください。さあ、降りてきなさ
い﹂
543
おばさんとママ⋮⋮⋮いや、女王様同士のなんか普通な会話でよ
うやく緊張が収まった。
貴族や将軍のおっさんや、向こう側の護衛の人とか、スゲーハラ
ハラしてたもんな。
でも、なんだろう、あの変な姉さん、さっきからブツブツつぶや
いてて、まだ怖い⋮⋮⋮
と、そんな時だった。
﹁母様、随分へりくだっているようね。王族であるならば、常に他
国の王を前にしても毅然と振舞わなければ国の沽券に関わるわ。ま
してや、姉様の縁談を破断させたのは、向こうの身勝手な話。こち
らが頭を下げることもないと思うけれど?﹂
な⋮⋮⋮んなの? あいつ⋮⋮⋮
﹁ただ、噂のエルファーシア王家の血筋をこの目で見れたのは収穫
ね。一匹駄犬が混じっているようで、不愉快だけれど、まあそれぐ
らいは我慢してあげるわ﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ちっちゃい⋮⋮⋮俺とフォルナよりちっちゃいのに、
なんか凄い態度偉そうなんだけど、何アレ?
﹁ッ! 黄赤色に輝く双頭の螺旋を描く頭髪! そして、暁に輝く
瞳⋮⋮⋮⋮伝説の⋮⋮﹃暁光眼﹄⋮⋮⋮⋮では、この方がそうなの
544
ですね?﹂
少し頬に汗かいてるフォルナ⋮⋮⋮⋮このチンチクリンに何をビ
ビってんだ?
それに、そうとーのらせんのとうはつ? ツインなんとかロール
っていうんじゃないの? アレ。フォルナとちょっと似た感じの。
女王様と、姉ちゃん姫様に比べたら、普通の黒のワンピース着て
るのに⋮⋮⋮なんだろう、全然普通の女の子な感じがしねえぞ?
﹁あら、随分と気高い魂を感じるわね。ひと目でわかるわ。金色の
彗星・フォルナ姫ね。初めまして。クレオ・チェーンマイルよ﹂
はき
﹁お初お目にかかりますわ。ワタクシは、フォルナ・エルファーシ
ア。お会い出来て光栄ですわ、﹃暁の覇姫・クレオ姫﹄﹂ こいつが、俺たちと同じ歳だって言われた姫? 歳下に見えるけ
ど、態度でかいし、でもなんか難しい言葉使ってるし、なんなんだ
よ⋮⋮⋮
それに、フォルナと普通に挨拶してるのに、なんか、全然﹁よろ
しくお願いします﹂って感じがしねえぞ?
全然友達になろうっていう感じがしねーぞ。
﹁それと、先ほど馬車の中で聞いていたのだけれど、そちらの彼が
あなたの許嫁?﹂
﹁ええ、そうですわ。ヴェルト・ジーハ、ワタクシの夫ですわ!﹂
﹁ふ∼∼∼∼ん、そ∼なんだ﹂
545
そして、俺を見た。なんかこの目、買い物してるおばちゃんが商
品を見比べてるみたいな目だ。
﹁あなた、爵位は?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁いえ、聞くのも野暮。どう見ても雑種。ただ、私は貴族の位でし
か相手を見れない豚とは違う⋮⋮⋮けれど⋮⋮⋮その血統の悪さを
補う覇気や魂の輝きがあるわけでもなし⋮⋮⋮ふっ﹂
あっ! しかも、なんか鼻で一瞬笑ったぞ! 今の俺でもわかっ
たぞ!
﹁あら、ふ、うふふふふふ、どうされましたの? クレオ姫。ワタ
クシの夫がどうかしましたの?﹂
お、フォルナに関しては﹁ふふふ﹂と笑ってるけど、手をギュー
ッと握りしめて肩が震えてる。それに、頭に﹁♯﹂みたいなマーク
が浮き出てる。
怒ってる⋮⋮⋮?
﹁いいえ、どうもしてないわ、フォルナ姫。末永くお幸せに﹂
﹁⋮⋮⋮え、ええ! もちろんですわ!﹂
﹁ふふふふふふふふふ、早くにパートナーを見つけられて良かった
わね。私も、この天下の覇道を共に歩むに相応しい駒が欲しいわね﹂
とりあえずわかった。こいつら、ゼッテー友達にならねえだろう
な。
どう考えても仲良くなる気がしない。
﹁ふむふむ、ファルガ様が家出されても放置されるのはその後継者
546
がいるからでありんすか⋮⋮⋮なら、逆に⋮⋮⋮この童がこの国か
ら離れたら? わっちの国からテキトーな人材とくっつけるなりし
て引き離せば、この国は後継者不在になり、ファルガ様は戻ってく
るということには?﹂
そして、なんかブツブツ言ってて怖い姉ちゃんの方はこれだし。
こうなると⋮⋮⋮
﹁なるほど、そちらの彼がファルガ王子に代わって、貴国の将来を
?﹂
﹁ああ、そうだよ。生意気そうで、躾け甲斐がありそうだろう?﹂
﹁そ、うですか。おほほほほ、私には良く分かりませんが﹂
こうなると、ママと喋ってる向こう側の女王様が一番普通だな。
なんか、変な奴ばっかだな⋮⋮⋮
一瞬ホッとしていたはずの、周りの奴らも皆また、ハラハラしだ
してるし。
﹁あっ、そ、その、ピサヌ女王陛下。長旅でお疲れでしょう。今、
皆様をご案内いたします。私が、皆様が我が国の滞在の間お世話を
させて戴きます。こちらは、娘のペットです。どうぞ、以後お見知
りおきを﹂
さすがにマズイと思ったんだろうな。だって、俺でも分かるぐら
い、なんかギスギスしてるし。
公爵のおっさんが間に入ってくれたおかげで、フォルナと向こう
のチビ姫も少し距離を離した。
﹁これはこれはアソーク公爵様。お心遣い感謝いたします。是非、
547
よろしくお願いします﹂
向こうの女王様も頷いたし、二人のお姫様もどうやら今はもう何
も言う気はないみたいで肩の力を抜いてるのが分かった。
あ∼、良かった。とりあえず、これで俺はもう帰っていいんだよ
な?
﹁∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ッ﹂
って、フォルナ? なんか、すっごい﹁ムムムム﹂って顔してる
けどどうしたんだよ?
﹁おい、フォルナ?﹂
﹁ッ、ワタクシを嘲笑いましたわ、あの御方﹂
﹁はっ?﹂
﹁ワタクシとヴェルトを交互に見て、見下したように笑いましたわ
!﹂
うん、まあ、俺もそう思ったけど。
﹁っていうかさ、なんなんだよ、あの二人のお姫様。母ちゃん普通
なのに、全然性格違うじゃん﹂
﹁声が大きいですわ、ヴェルト。それと⋮⋮⋮あの御二方は特別で
すわ。何年か前まではそれほど強国でなかったチェーンマイル王国
も、聖騎士ガゼルグ殿の輩出から次々と優秀な人材が世に現れ、中
でもあのお二人はチェーンマイル王国歴代の中でも最も才ある姫姉
妹と言われていますわ﹂
548
﹁そんなスゲーの? あの変な姉ちゃんと、チビ女﹂
はき
﹁ええ。もっともワタクシも噂でしか聞いたことがありませんが⋮
⋮⋮﹃花蝶使い・システィーヌ姫﹄、﹃暁の覇姫・クレオ姫﹄。御
二方ともいずれは、人類最高戦力の証である世界三大称号の一つ、
光の十勇者の称号を得ることを確実視されていますわ﹂
﹁光の十勇者∼? それって、ママみたいに凄い奴らが貰える称号
だろ? それをあいつらが∼?﹂
でも、まあ、フォルナがそう言うなら、本当にスゲーんだろうな、
あの二人。
なんか偉そうで凄いムカつくけど⋮⋮⋮
﹁ちょっと、そこのあなた!﹂
ほら、やっぱ偉そうだし! って、どうしたんだ? このまま泊まる場所までさっさと行ってくれると思ったのに、な
んか向こうでザワついてる?
﹁は、い、あの、その、あの⋮⋮⋮﹂
って、あの幽霊女? えっと、名前忘れたけど、なんか怒られて
る? あのチビ姫に。
﹁あなた貴族でしょう? それも公爵家の。それでいて、他国の王
族を前にして自身が何者かも口にできないわけ?﹂
﹁あっ、いえ、そうじゃ、なくて、あの、ペ、ペットです⋮⋮⋮﹂
549
﹁あら、なあに? ⋮⋮⋮声が小さいわ! 爵位の上位に位置する
身分でありながら、毅然とした振る舞いや誇らしさも持てぬ者にこ
の身を預けろと言うつもりなのかしら! この身を何と心得るのか
しら!﹂
なんか、あの幽霊女がウジウジしててムカついて怒ってんのか?
まあ、俺もイライラしたしな。
でも、もう、泣きそうじゃん、あの幽霊女。
550
第32話﹁思い出話・よい子はまねしちゃダメな技﹂
﹁クレオ姫、申し訳ございませんわ。その子、まだこういう場に慣
れていないものでして、緊張していますの!﹂
あっ、フォルナ走ってっちゃった。友達だって言ってたし、そり
ゃ、心配か。
でも、あのチビ姫、さっき俺を見て笑った時みたいな顔してる。
﹁フォルナ姫も大変ね。この国は、どんな身分にも何かしらの問題
があるようね。貴族にも、平民の駄犬にも⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ、どういうことですの? ワタクシの友人
と夫に何かありまして?﹂
﹁あら? 私は貴族と平民の駄犬と例に出して言っただけであって、
別にあなたの友人や夫に関して何かを言ったつもりはないのだけれ
ど、もしそうだと思うのなら何か自覚があるのかしら?﹂
﹁ッ! 何か⋮⋮⋮⋮⋮⋮言いまして?﹂
お、おいおいおいおいおい、ど、どうなるの?
﹁ひ、姫様、その、だ、わ、私が、いけなくて、その﹂
﹁フォルナ姫、クレオ姫、この度は娘が大変失礼をいたしました!
ですから︱︱︱﹂
﹁⋮⋮⋮わっちは知らないでありんすよ∼、クレオ∼﹂
ほら、みんなもまた困ってるし! ﹁ふ、おやおや⋮⋮⋮青いねえ、愚娘も、向こうのお姫様も﹂
551
って、ママはなんかニヤニヤしてるし! 止める気ないの? い
いの?
﹁おやめなさい、クレオ! あなたの尊大な態度がどれだけ無礼の
極みか恥を知りなさい! 慎みなさい!﹂
と思ったら、向こうの母ちゃんが止めてくれた。
本当に、あのおばさん普通な感じで良かった。
⋮⋮⋮なのに⋮⋮⋮
﹁母様、無礼の極み? 何を言っているのかしら。何故、私が慎む
必要があるのかしら? 私は常に威風堂々とこの天下に己の存在を
示すものよ。慎みなど、己の魂に対する最大の侮辱。そのような生
き方は、私も天も世界も許さないわ﹂
なんでこいつはこんな訳わかんない奴なんだよ! こういうの、
自己チューっていうやつだ。
フォルナもスゲー自己チューだけど、こいつはそれよりも酷いぞ!
もういいや。何かムカつくし⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁チーーーービッ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ぶぼわあああっ!﹂﹂﹂﹂﹂
552
言ってやった。で、全員なんか吹き出して、超焦った顔してこっ
ち見てる。
﹁ッ! ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふっ、ふっ、ふ⋮⋮⋮﹂
﹁ヴェルト! あ、あ、あなた! 何てことを言いまして!﹂
﹁おやおや、愚婿も黙ってられなかったかい﹂
﹁これはこれは愉快でありんす。よりにもよって、クレオが一番気
にしていることを﹂
﹁ひあ、あの、その、えっと、あっ⋮⋮⋮﹂
そして⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮今⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮何て言った
のかしら?﹂
この目、迫力、見たことがある! ﹁ねえ、そこのあなた⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮今⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮何
て言ったのかしら?﹂
﹁チーーーーーーーーーーーーーーーーーーービ!﹂
﹁ふふふふふ、ただの育ちの悪い駄犬どころかして、この私にチビ
なんて⋮⋮⋮⋮⋮⋮それこそ無礼の極みというもの! 他国の王族
への侮辱は国家への侮辱! エルファーシア王国は、我が国と戦争
をするつもりかしら!﹂
俺が、街で遊んでたサンヌが凄い可愛いって言ったとき、フォル
ナがこんな目で俺を睨んだ。アレと同じだ。
﹁おい、俺はチビって言っただけだぞ。別にお前のことなんか言っ
てないぞ?﹂
553
﹁⋮⋮ッ!﹂
﹁チービチビチービ! チービ、ブースチービ!﹂
﹁ちょっ、今、さり気なくブスッて言ったわね! この無礼者!﹂
﹁だから、チビって俺のただの独り言だし! なんだよ! それと
も、自分が性格ブスチビクルクル頭って自覚してるからじゃないの
か?﹂
﹁そこまでさっき言ってはいなかったじゃない! この、駄犬の分
際でなんという侮辱ッ!﹂
あん時、モンスターみたいに怖かったフォルナにぶん殴られた。
フォルナの前で他の女の子を見るなと、ママに説教された。
でも、構うもんか!
﹁やめなさい、クレオ!﹂
﹁まあ、待ちな、ピサヌ女王陛下。ガキの喧嘩だ。面白そうだしも
うちょっと見てみたらどうだい?﹂
﹁何をおっしゃっているのです、ファンレッド女王陛下!﹂
クレオとかいうチビは、本当は今すぐ走り出して俺をぶん殴ろう
としているのに、何だかギリギリで堪えながらゆっくりこっちに近
づいてくる。
でも、あと一回﹁チビ﹂って言ったら走り出してくるな。
だったら、言ってやろう。
﹁よくも言ってくれたじゃない。それに、さっきの私の仕返しのつ
もりかしら? こちらはただ、無礼な貴族の娘に常識を説いただけ
というのに、間違っているはずのあの子を庇うのがこの国の常識か
しら?﹂
554
﹁別に庇う気なんかねーし。俺だって、さっきからモジモジしてる
あいつ、スゲーイライラしてムカついてたし﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮はっ? ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮だったら、何故こ
んな馬鹿なことを?﹂
﹁そんなの決まってんじゃん、なんかオメーの方がムカついたし﹂
なんか、ピキッて音がした。
プルプル笑いながら震えてるぞ、あのチビ。
﹁ふっ、⋮⋮⋮フォルナ姫もエルファーシア王国も随分と心が広い
のね。こ∼んな礼儀知らずの駄犬を婿にするどころか、次期国王に
とは⋮⋮⋮まあ、貴女方がそれでいいというのなら、私はべつ、べ、
つに⋮⋮⋮﹂
﹁あっ、そうか。お前は、心ちっちゃいから、チビなんだ﹂
︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!
﹁こ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮このイヌッ! 今すぐ調教してあげるわ!﹂
あっ、ピキじゃなくて、今度は﹁ブッチイイッ!﹂て音が聞こえ
た!
殴られるか! くそ、もういいや! かかってこい、このやろう!
555
﹁クレオ!﹂
﹁いかん! ヴェルト君、今すぐに謝るんだ!﹂
﹁それぐらいでやめておくんなし、クレオ。来て早々、これ以上の
ゴタゴタはダメでありんすよ﹂
﹁まったく、大人が少し落ち着いたらどうかねえ。ガキ同士の喧嘩
じゃないかい。良いコミュニケーションだ﹂
﹁お母様! お母様がそれでは困りますわ! 今すぐ止めてくださ
い!﹂
止めろと、謝れと、みんな言うけど、もう遅いよな。
あのチビ、ボキボキと指鳴らしてるし。
﹁ご安心なさい。私ももう七歳の大人よ、母様。それにエルファー
シア王国の方々。これは、戦争でも決闘でもないわ。道端で見かけ
た野良犬が噛み付こうとしてくるので、少し躾けてあげるだけよ。
野良犬の調教程度で、両国の友好を反故にするつもりはないわ﹂
﹁クレオ! その少年は、エルファーシア王国と懇意にされている
少年と!﹂
﹁⋮⋮どうかしら? ねえ、ファンレッド女王陛下。私がこの野良
犬に手を出すと、両国の関係にヒビが入るかしら?﹂
とめる向こうのおばちゃんに対して、あのチビ、ママに聞いてき
やがった。
そんなのママに聞いたら⋮⋮
﹁ふん、面白そうじゃないか。これも婿修行の一つだと思って、愚
婿も少しやってみたらどうだい? あんたから噛み付いたんだから
ねえ﹂
556
﹁お母様ッ! 何を言ってますの!﹂
﹁ほほほほほほ! 流石は、英雄、ファンレッド女王陛下。その心
の広さは、感服するわ!﹂
ほらな、こうなるよ。ママは﹁おもしろそーだから、やっちまい
な﹂って顔で俺見て笑ってるし。
﹁女王陛下! クレオ姫! お待ち下さい! 此度の全ての原因は、
私の娘が全て原因。どうか、私から謝罪させて戴き、この場を⋮⋮﹂
﹁関係ないわ、アソーク公爵。確かに、あなたの娘は私に不愉快な
思いをさせたけれど、この駄犬は、私の逆鱗に触れた。これはもは
や国など関係なく、私の個人的な怒りも込めた調教。だから、下が
りなさい!﹂
そして、もう誰が言っても止まんない。公爵のおっちゃんが謝ろ
うとしても、チビのクレオが睨んだだけでビビッちゃってるし。
﹁さあ、始めるわ。私を侮辱した罪を万回に後悔なさい! そして、
この空の下で、最も高貴な覇王の前に平伏しなさい!﹂
﹁うるさいな。チビのくせに﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あ゛?﹂
でも、俺もこいつ、すっごいムカつくし、一発ぶちたいから、関
係ないし。
だからやるんだ。
﹁⋮⋮ふう⋮⋮ところで、あなた。仮にもフォルナ姫の夫であるな
557
ら魔法学校でちゃんと基礎的な力ぐらいは身につけているのかしら
?﹂
魔法? 先生は、﹁君は、魔法よりも政治の勉強かな? うん、
人には向き不向きがあるから、君はそっちを頑張りなさい﹂って言
われたな。
﹁いいえ、聞くだけ愚問ね。身に漂う魔力も、体つきも平凡以下。
こんな子犬に私は何をムキになっていたのかと、今更自己嫌悪よ﹂
ん? なんか、落ち着いてきた? 少し顔が柔らかくなったよう
な⋮⋮
﹁我が国の屈強な戦士たちすら平伏せさせてきたこの覇王たる私が、
一時の感情に流されてしまったわ。確かに、まだ忍耐力が足りない
わね﹂
そして、落ち着いてるけど、この目は凄く俺を馬鹿にしているよ
うに見える。
﹁誇り高い聖戦を求めるこの心はいつになったら満たされるのかし
ら。今日も取るに足らない駄犬を蹴散らすなど⋮⋮本当に不毛﹂
溜息まで! こいつ、なんだよ! 自分から喧嘩売ってきたくせ
に、何でそんな顔するんだよ! こいつ、本当に嫌いだ!
﹁さあ、かかってきなさい、駄犬。私は一切構えないし、避けない
し、好きにかかってきなさい。殴るもよし。蹴るもよし。あなた程
558
度の力や魔力では、私を倒すどころか、この場から一歩も動かすこ
ともできないと知りなさい﹂
﹁なにっ?﹂
﹁ただし、あなたが成すすべなくなったら、今度はこっちの番。泣
いて、みっともなく地べたに倒れ、尿を垂れ流すほどの恐怖を与え、
生涯忘れられない屈辱をその体と心に刻み込んであげる﹂
そう言って、クレオは両手を広げて、俺にかかってこいと言って
きた。
自分は一切反撃しないし、攻撃を避けないから、好きなだけ殴る
なり蹴るなりしろって。
﹁えっと⋮⋮⋮いいの?﹂
﹁ええ、どうぞ。それぐらいのハンデは与えてあげないとね。それ
に、人は、成す術がないほどの圧倒的な力の差を知り、絶望し、そ
して従順になるものよ。そのためには、これぐらいはねえ﹂
完全に俺を馬鹿にしてるぞ!
この野郎、もう怒ったぞ! 本当に何でもやってやるんだからな!
﹁よーし、それじゃあ﹂
﹁?﹂
反撃しないなら、相手が女の子だからって関係ない。一発で終わ
らせてやる!
まずは、こいつの後ろに回って⋮⋮
559
﹁あら、後ろから? なるほど。後頭部? 首筋? 脊髄への攻撃
? 死角からの恐怖? 少しは考えているようね。でも、そんな程
度じゃ私には通用しないわ﹂
後ろに回って、こいつの真後ろでしゃがみ込む。
﹁ヴェルト、何をしてますの!﹂
﹁後ろから攻撃するでありんすか? でも、聖騎士ガゼルグと常に
稽古しているクレオには、魔力も伴わない子供の攻撃なんて、痛く
も痒くもないでありんす﹂
俺は、バーツと喧嘩になったとき、タマを蹴り上げて泣かせたこ
とがある。
でも、それはこいつにはダメだよな? だって、タマがないし。
だけど、あの技なら勝てる。
﹁ん?﹂
﹁なんだ、あの構えは﹂
﹁あの少年、何をやろうとしているのだ?﹂
﹁ヴェルト君?﹂
俺にタマを蹴られてから、タマをガードするようになったバーツ
を、俺の開発した技で倒した。
あの技なら⋮⋮
﹁いくぞー! 避けるなよ?﹂
﹁?﹂
人差し指を伸ばしたまま、他の指を組む。
そして、これには手順がある。
560
どうして、こんなのを俺が思いついたか分からない。
でも、自然に頭の中で思いついて、体が動いていた。
﹁一に気をつけ、二に構え!﹂
﹁はっ?﹂
﹁三、四がなくて、五に発射ッ!﹂
俺は、しゃがんだ状態から、体中の力を使って思いっきり、一点
を目掛けて飛んだ。
短いワンピースの下から見える、オレンジ色のパンツ。ハートの
マークが入ってて、少し可愛かったけど、俺、そういうの興味ない
から構うもんか。
︱︱︱︱︱︱︱ブスリ!
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮えっ、え、え、えええええええええええええええ
えええええええっ!﹂﹂﹂﹂﹂
俺の人差し指が、根元まで突き刺さっ⋮⋮⋮
﹁んぐぶほおおおおおおおおおおお! wp9ふぇぁんvうぇp@
cwくぉflまs!﹂
561
クレオが全身をピンと張って、体中がビリビリ震えて、何言って
るか分からないぐらいの叫び声をあげた。
そして、体中の力が抜け、一気に膝から崩れ落ちて四つん這いに
なって倒れた。
スカートめくれてパンツ丸見えだけど、もうこいつ、それを隠せ
ないぐらい変な感じになってる。
﹁はべ、あぶ、ひゃ、あ、べ、あ、へ∼﹂
すぐに立つのは無理そうだ。
おまけに、こいつ、パンツがジョワって⋮⋮
﹁泣いて、這い蹲って⋮⋮あっ、それにお前、おもらし⋮⋮⋮⋮ど
うだ! バーカ、ザマミロ!﹂
見たか! 俺を馬鹿にするからこうなるんだ!
俺の勝ち︱︱︱︱︱︱︱︱
﹁ヴェルトのおばかあああああああああああああああああああっ!﹂
と、思ったら、フォルナにぶん殴られて⋮⋮
﹁ヒメサマアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!﹂
﹁ちょま、あ、あいつ、なな、なんちゅうことぉ!﹂
﹁急いでクレオ姫を運ぶのだ!﹂
﹁ヴェヴェヴェ、ヴぇるとくん、よりにもよってなんてことを!﹂
562
﹁せ、戦争に、な、なる?﹂
﹁あーはっはっはっはっは! あーはっはっは! そりゃあ、聖騎
士と訓練してるお姫様も、ソコは鍛えてないよねえ﹂
﹁女王様、何をノンキに笑っていらっしゃるのです! マジで戦争
になりますよ!﹂
﹁クレオ⋮⋮、な、なんてことを⋮⋮ッ、システィーヌも何を笑っ
ているの!﹂
﹁もう、こ、これ、わ、笑わないのは無理でありんす! ふぉ、ふ
ぉ、フォワーハッハッハッハッハッハ!﹂
フォルナにぶん殴られて、体中の力が抜けて、なんか空をプカプ
カ浮いている感じがする。
なんか、みんな慌てたり、笑ったりしてるけど、フォルナはなん
か物凄い怒って⋮⋮⋮
﹁ひ、ひどい⋮⋮恐い⋮⋮あの子⋮⋮﹂
あっ、しかも幽霊女が物凄い怯えてガタガタ震えてる。なんだよ
∼、誰の所為でこんなことになって︱︱︱︱︱
﹁ヴェルト∼、ヴェルトーーーーッ! 今日という今日は許しませ
んわ! 女性になんということをしているのです! も、もう、も
う限界ですわ! あなたには、た∼∼∼∼っぷりお仕置きですわ!﹂
563
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
﹁とまあ。そん時、ばかりはフォルナがメッチャブチキレてな。俺
は一晩中正座しながらお仕置きを⋮⋮⋮って、なんだよ﹂
まだ、話は全然途中なのに、なんか、ニートとかアイドル姫とか、
物凄いドン引きな顔で俺を見てるし。
﹁おい、ヴェルト。お前、ぶッさしたのか? 根元まで﹂
﹁あ、ああ。まあ、俺もまだまだガキだったし、子供の悪ふざけだ
ろ?﹂
﹁女の子の尻に?﹂
﹁しつけーな。だって、仕方ねえだろ? 当時は他に攻撃の仕方が
思いつかなかったんだからよ。おかげで、フォルナにキレられたし、
次の日のピアノの発表会では更に大変なことになってな。あれは⋮
⋮﹂
と続きを話そうとする前に、ニート、ブラック、アッシュの三人
が、すげージト目で俺に一言。
﹁﹁﹁さいってー⋮⋮⋮﹂﹂﹂
﹁うるせええ、お前らが聞いてきたんじゃねえかよ!﹂
なんか、俺の株が大幅に下がっていた。
564
第33話﹁思い出話・中途半端に終わらせる﹂
長いし眠いし疲れた。
﹁本日の発表会に、特別出演していただくはずだったクレオ姫が、
部屋から一歩も出てこないとのことですわ﹂
﹁ふ∼ん﹂
﹁部屋に誰かが近づいても直ぐに追い返し、部屋からは嗚咽の篭っ
た泣き声が聞こえるそうですわ﹂
﹁ふ∼∼∼∼∼ん﹂
別に、ムカつくチビが、泣いて部屋から出てこないだけなんだか
ら、別にいいと思うのに、フォルナはしつこい。
﹁ヴェルト! 自分がどれだけのことをしたか分かっていますの?﹂
もう、本当にしつこい。
だって、あのチビ、何やっても良いって言ったんだし、別に悪い
ことじゃないってのに。
それに、ああしなきゃ、俺が好き放題やられてたんだし、立場が
逆になったら責めるなんてずるいぞ。
﹁姫様、そろそろ発表会に出られる方は文化会館にお集まりする時
間です﹂
﹁う∼∼∼∼、もう、ヴェルト! ワタクシ、まだ怒っていますの
よ! おかげで、クレオ姫は出場を辞退されますし、これで両国の
関係に大きな亀裂が入ったらどうしますの?﹂
﹁姫様、ヴェルトくんもこうして反省⋮⋮しているようには全く見
565
えませんが、お時間が⋮⋮﹂
﹁分かっていますわ、ガルバ。とにかく、ヴェルト! 今日の会が
終わりましたら、必ずクレオ姫に謝罪に行きますわよ! いいです
わね! それと、ワタクシの演奏が終わったら、ちゃんと客席から
花束を持ってワタクシのところに来ないとダメですわ! 分かりま
したわね? では、ワタクシは先に行ってますわ!﹂
最近、フォルナは俺のおふくろみたいに細かいことをグチグチ言
う。
いや、おふくろは俺のこと全然怒らないから、おふくろよりも全
然口うるさ 今日だって、演奏会の本番前の練習とか段取りとか色々あるはず
なのに、こうして俺の家まで来てギリギリまで説教してるし。
﹁ヴェルト、ちゃんと反省しているのかい? 女の子に酷いことを
したんだろう?﹂
フォルナが走って出て行って、ようやく静かになったと思ったら、
親父が少しマジメな顔して俺に聞いてきた。
﹁だって親父∼、あのチビ女のほうがヒデーんだぜ?﹂
﹁ヴェルト、それはね、関係ないよ。相手が酷いからって、お前ま
で酷いことをする必要はないだろう? 酷いことをされても、それ
を許せる男の子が、カッコいいと思うな?﹂
そう言って、親父は俺の頭をポンポンと叩いた。
いつも思うけど、親父って、少し真剣な顔をしても全然怒らない
し。
おふくろもそうだし。
バーツの親父なんて、よく俺もバーツも暴れたらぶん殴るし。
566
でも、なんか親父の言葉は、いつも胸がなんだかキューっとなる
から、変な感じだ。
﹁女の子はね、怒らせたり泣かせたりするんじゃないよ。男の子な
ら女の子を笑わせて、そして守ってあげなさい。だから、ちゃんと
今日その子に謝って、笑わせてあげるまで帰って来ちゃダメだぞ?﹂
それ、絶対無理⋮⋮って言おうとしたら、ニッコリ笑ってきて、
何も言い返せない。
怒らないのはいいけど、すごい難しいことを親父は言ってくる。
クレオを笑わせろ? 無理だよ。もっと泣かせろっていうなら、
簡単だけど。
﹁さあ、行ってきなさい。あと、ちゃんとお金を持ったかい? そ
のお金で、お花屋さんで花束を買うんだぞ?﹂
﹁⋮⋮分かったよ⋮⋮﹂
親父から貰ったお金をポケットに入れて、めんどくさいけど演奏
会に行かないと。
行かないとフォルナに怒られるだけじゃなく、ママにお仕置きさ
れる⋮⋮でも、そういえばママはあまり昨日のことを怒ってなかっ
たけど、どうしてだろ? 普通に笑ってたし。
﹁お尻にさすんじゃなくて、ママみたいに叩けば良かったのかな?﹂
叩くぐらいだったら、フォルナもこんなに怒らなかったのかな?
⋮⋮っていうか、めんどくさいな、何で俺がこんなに悩まなくち
ゃいけないんだよ。
﹁おー、ヴェルト、お前、昨日とんでもないことをやらかしたよう
567
だな!﹂
﹁聞いたぞ、ヴェルト、公爵家のお嬢様を助けたんだってな?﹂
﹁えっ、俺はヴェルトが他国のお姫様を泣かせたって聞いたぞ?﹂
﹁俺はヴェルトがお姫様のお尻を触ったって聞いたぞ?﹂
で、王都に来るといつもみんなに話しかけられるけど、今日はい
つもより酷い。
みんな俺を見たら昨日のことを話しかけてくるし、本当にヤダ。
さっさと花屋に行って、テキトーにフォルナにあげる花を買っと
こ。
﹁あっ⋮⋮⋮⋮﹂
﹁あっ﹂
って、ようやく花屋が見えてきたと思ったら、なんか豪華な馬車
が止まってるし。
そんで、その馬車から降りてきたのは、あの公爵のおっさんと、
幽霊女じゃん⋮⋮⋮⋮
﹁これはこれはアソーク公爵様。ようこそお出でくださいました。
本日の発表会において、文化会館の入口に飾る花は既にご用意して
おります。どうぞこちらへ﹂
﹁面倒をかけるな。注文通り、チェーンマイル産の花も?﹂
﹁ええ。エルファーシア王国とチェーンマイル王国それぞれの花を
飾り付け、調和をとった自信作です。わざわざ種を取り寄せて丹精
込めて育てたものです﹂
公爵のおっちゃんと花屋のおっちゃんが真剣に話をしている中、
その後ろで恐る恐るこっちに気づいて、隠れたり、顔を出したり、
また隠れたり⋮⋮⋮⋮なんだよ、ほんとイライラする⋮⋮
568
﹁おっ、これはヴェルトくん。昨日は本当にやらかしてくれたね⋮
⋮まあ、その様子だと、姫様に十分キツくお叱りを受けたようなの
で、私からは何も言わないが﹂
﹁おお、ヴェルトか。どーしたよ、花屋にくるなんて珍しいな。し
かも、そんなキメて。姫様とデートかい?﹂
そんな中で、ようやく公爵のおっちゃんと花屋のおっちゃんも俺
に気づいた。
んで、やっぱり俺が花屋に来るなんて珍しいなんて言ってくる。
﹁別に。今日の発表会でフォルナが演奏終わったら持って来いって
うるさいんだ﹂
﹁ああ、そういうことか。じゃあ、ちょっと待っててくれ。今、忙
しくてな。あとで、姫様のお好きな花を見繕ってやるからよ﹂
﹁悪いな、ヴェルトくん。こちらも色々と確認作業があるのでな。
ペット、その間、ヴェルトくんとお話でもしていなさい。なんだっ
たら、お茶でもご馳走してあげなさい。お小遣いは持っているだろ
う?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ひっ!﹂
おい、せめて﹁嫌﹂とかそういう風に言えよ。なんで﹁ひっ﹂な
569
んて怯えた言葉なんだよ!
んで、二人はそのまま店の奥にそのまま行っちまったし。
残されたのは、俺と幽霊女。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮うっ⋮⋮⋮⋮うっ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮チラ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ひっ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮うっ、うう⋮⋮⋮⋮﹂
限界だった。
﹁なんか喋れよお前ッ!﹂
何なんだよ、こいつは! ウジウジモジモジオドオドチラチラチ
ラチラ。
﹁ひっ! ご、ご、ごめんな、さ、い﹂
﹁ハッキリしゃべれよーっ!﹂
﹁ひっう、ぐ、う、うう、え、⋮⋮⋮⋮﹂
﹁泣くんじゃねえよ、ひっぱたくぞ!﹂
﹁う、え、う﹂
ほら、結局泣き出すし、もう嫌だこいつ! 昨日のクレオも嫌い
だけど、こいつも見ていて嫌だ!
﹁あーーっ! ヴェルトのやつ、女の子泣かせてるぞ、いけねーん
だ!﹂
﹁しかも、お嬢様の、えっと、誰だっけあの子、えーっと﹂
570
﹁おーーーい、ヴェルト! お前、女の子泣かすなんて、何考えて
んだ!﹂
げっ! よりにもよって、シップ、ガウ、バーツの三人だし!
しかも、バーツは怒って走ってきたし!
﹁ヴェルトー、テメェ、男の子が女の子泣かすんじゃねえ! 可哀
想だろうが!﹂
﹁っ、うるせーな! 泣かせてんじゃねーし。こいつが勝手に泣い
てるだけだし!﹂
﹁そんなわけないだろ! どう見たって、お前が怒って泣かせたん
じゃないか!﹂
﹁俺に怒られるようなことしたのこいつだし!﹂
くっそー、こういうときは、フォルナもそうだけどバーツもウル
サイし!
﹁あの、け、喧嘩は、その、や、やめて⋮⋮⋮﹂
﹁うるさいっ! そもそもお前がビービー泣くからこんなことにな
ったんじゃねえか!﹂
﹁ヴェルト、お前、余計泣いちゃったじゃないか! 女の子泣かせ
るな、この野郎!﹂
なんかもう、こんなんばっかりだし。
﹁おっ、またバーツとヴェルトが喧嘩してるぞ﹂
﹁今度は何だ? 女の子を取り合ってるのか? っておい、あの子、
確か公爵家の!﹂
﹁ひゅ∼、ヴェルトはお姫様、バーツはサンヌちゃん、可愛いお嫁
さんがそれぞれ居るのに、ライバル登場か?﹂
571
ほら、バーツは声でかいから、街の奴らもすぐ注目してくるし。
もう、やだ!
﹁ほら、お前、ボーッとすんなよ!﹂
﹁えっ?﹂
﹁あっ、逃げるな、ヴェルト! 逃げるなんてズルイぞ!﹂
とにかくこれ以上目立つのはやだ。幽霊女にビービー泣かれるも
のやだし、とりあえずこいつ連れてどっか逃げよう。
﹁あの、その、ど、どこに?﹂
﹁知らねーし。お前の所為だからな? さっさと泣きやめよ!﹂
﹁あ、その、お、お父様を待ってないと⋮⋮⋮⋮﹂
あっ、でも、逃げたら逃げたで、これも目立つや。
だって、俺、こんなタキシードなんか着て、幽霊女は演奏会に合
わせたドレス姿だし。
﹁ま、待ってよ∼、走れない﹂
﹁えー? こんだけで走れないの? お前、弱いな∼﹂
﹁だって、私、は、走ったことない﹂
﹁何でだよ、フォルナは俺より凄い足速いし強いのに﹂
﹁姫様と、く、くらべ、ないで﹂
しかもコイツ遅いし。んで、バーツは追ってくるし、周りはまた
冷やかすし。
仕方ないや。早いとこ路地裏にでも逃げ込んで、落ち着くまで隠
れよ。
572
﹁あっ、ヴェルトのやつ、またそんなところに逃げ込みやがって!
待てええ!﹂
へへん、商店通りの脇道は入り組んでるから、見つかるもんか。
いくらバーツたちが住んでいるところだって言っても、更に奥に
行っちまえば、そこは裏通りって言われてるぐらい薄暗いしな。
﹁ね、ねえ! ここ、あの、どこ? ねえ。ちょっと汚いし、臭い
し⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ん? ここは、裏通りだよ。なんかスゴく安いお金で酒飲むとこ
ろとかあって、夜になるとヤラしい姉ちゃんたちが歩いてたりする
んだって﹂
﹁ひっ、そ、それって! ねえ、ここって⋮⋮⋮⋮ダメだよ∼、お
父様、ここは子供が絶対に来ちゃダメなところだって﹂
﹁知ってるよ。だから、フォルナとかバーツに追い回されたらここ
に隠れてりゃ安心なんだ。ここ、ファルガに教えてもらったんだ。
家出する前、ママと喧嘩したときとか良くここで変装して隠れてた
んだって﹂
表通りのお洒落な商店通りや、酒場とかとは違う。
ちょっと薄暗くて、汚いところがあるけど、そんなに危ないとこ
ろじゃない。
夜は酔っ払いとか居るけど、昼間は居ないしな。
﹁んで、お前ももう泣いてないよな?﹂
573
﹁あっ⋮⋮⋮⋮う、⋮⋮⋮⋮うん﹂
とりあえず、路地のところに置かれていた樽の上に飛び乗って、
テキトーに時間潰して戻るか。それがいつものことだしな。
﹁なにやってんの? お前も座れば?﹂
﹁え、その、でも⋮⋮⋮⋮﹂
﹁あ∼、ドレスだから樽に座るの汚いから嫌なのか? ウジウジし
てるし、オドオドしてるし、すぐ泣くし、わがままだし、お前もホ
ントめんどくさいな∼﹂
﹁ひうぅ⋮⋮⋮⋮その、ご、ごめんなさい⋮⋮⋮⋮﹂
そんで、すぐ泣きそうな顔で謝るし! なんかもう、こいつのこ
と段々分かってきたぞ。こればっかりだし。
フォルナのやつ、いくらこいつが貴族のお嬢様だからって、よく
友達になれたな∼
﹁なあ、お前さ∼、そんなんじゃ他に友達居ないだろ? どうやっ
てフォルナと友達になったんだ? っていうか、いつもフォルナと
何して遊んでるんだ?﹂
﹁えっ、姫様と? ⋮⋮⋮⋮その⋮⋮⋮⋮おしゃべりとか⋮⋮⋮⋮﹂
﹁お前、しゃべれねーじゃん﹂
﹁あうっ、その、姫様がお話することを私が聞いていて⋮⋮⋮⋮﹂
あー、なんだ。フォルナが一人で話してるのこいつ聞いてるだけ
574
なんだ。
﹁ふ∼ん。まあ、あいつおしゃべりだしな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あなたのこと⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁えっ?﹂
﹁姫様は⋮⋮⋮⋮いつも、あなたのこと話してるよ? 今日、ヴェ
ルトくんとお買い物したとか、喧嘩したとか、そういうこと⋮⋮⋮
⋮﹂
﹁じゃあ、⋮⋮⋮⋮お前、俺のことは知ってたの?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮う、うん⋮⋮⋮﹂
フォルナが勝手に話してるだけなら、別に問題起こらないか。で
も、それって友達じゃないと思うけど⋮⋮⋮⋮
﹁ふ、ふ∼ん、じゃあ、どんなこと? あいつのことだから、多分、
俺のこと世界で一番カッコイイとか言ってるんじゃないのか?﹂
﹁うん、言ってる﹂
﹁言ってるんだ、あいつ!﹂
なんだろう⋮⋮⋮⋮なんかちょっと恥ずかしくなった。
﹁⋮⋮⋮イジワルで⋮⋮ひねくれてて﹂
575
﹁ん?﹂
﹁やんちゃで、ナマイキで、全然女の子の気持ち分かってくれない。
⋮⋮⋮でも、いつも人の目を気にしないで堂々としてるって⋮⋮⋮
物怖じしないで、いつも自分に正直で⋮⋮⋮あと照れ屋で⋮⋮⋮﹂
﹁それ、俺のこと馬鹿にしてるの? 褒めてんの? なんかどっち
なのか全然分からねえし!﹂
﹁ひうっ! だ、だ、でも、ひ、姫様がそう言ってて⋮⋮⋮﹂
フォルナの奴∼、なんであいつって良く俺のことを怒るくせに、
人には俺のことをそういうふうに言うんだよ。恥ずかしいじゃねえ
か。
﹁⋮⋮⋮ねえ、⋮⋮⋮ヴェルトくん⋮⋮⋮﹂
﹁ああん? なんだよ∼﹂
﹁うっ! あ、ご、ごめんなさい⋮⋮⋮なんでもないの﹂
なんか聞きたそうにしてるけど、なんでもなくねーだろ。
﹁あーもう! そういうの気になるだろうが!﹂
﹁う、ううん、その、大したことじゃないの⋮⋮⋮ただ!﹂
﹁じゃあ、言えよ! そういうの! ほんっと、お前臆病だな∼﹂
576
﹁だって、⋮⋮⋮変なこと言って怒られたら⋮⋮⋮﹂
﹁いーじゃねえかよ、言って怒られるぐらい! それなら、俺はフ
ォルナやバーツにいつもどれだけ怒られてると思ってんだよ! ま
あ、ママに何かを言って怒られるのは嫌だけど⋮⋮⋮でも俺はそこ
までヒデーことはしねえぞ!﹂
﹁だって、ヴェルトくん、お、女の子に、へ、平気でひどい事する
し、き、昨日みたいに﹂
昨日? ひどい事? アレか?
﹁ひどい事? カンチョー?﹂
﹁カンッ、⋮⋮⋮わ、私、そ、そんな言葉言わないもん!﹂
﹁なんだよ、あんなのがひどいことなのか? じゃあ、怒ってもカ
ンチョーしないから、言いたいことあれば言えよな! つうか、言
わなきゃカンチョーするからな!﹂
﹁ひいっ! い、言う! 言う! 言うよ∼、⋮⋮⋮﹂
知らなかった。カンチョーって、威力が強力なだけじゃなくて、
嫌なことなんだな。
よし! 今度フォルナと喧嘩になったら、これであいつを逆に泣
かせてやろう!
577
﹁あ、あのね、その⋮⋮⋮ヴェルトくんは⋮⋮⋮⋮⋮⋮どうして怖
いことができるの?﹂
﹁はあ? 怖いこと? 何が?﹂
﹁昨日も、クレオ姫を怒らせるし⋮⋮⋮戦って怪我することだって
ありえたのに、それに今だってこんな怖いところに平気で居るし⋮
⋮⋮﹂
聞きたいことってそれか? って言われても、怖いことできるん
じゃなくて、別に怖くなかったから出来たんだし⋮⋮⋮
﹁私はいつも怖いの。人とお話するときも、怒られるんじゃないか
とか、嫌な思いされて嫌われないかとか⋮⋮⋮人の前に出るのも、
どんな風に見られているとか気になって⋮⋮⋮﹂
﹁ふ∼ん﹂
﹁ヴェルトくんは、その、ひ、人から怒られることも嫌われること
も怖くない。だから、人が嫌がることも平気でする。たくさんの人
の前に出ても、恥ずかしいと思っても、怖いと思ってないから⋮⋮
⋮どうしたらそんな風になれるのかなって⋮⋮⋮﹂
怒られることも嫌われることも怖くない? 言われても、正直よくわかんない。
少なくとも、ママに怒られることは怖いし⋮⋮⋮
でも、嫌われることは怖くないってのは考えたこともないや。
嫌われたことないし⋮⋮⋮
﹁私、今日だって、大勢の人の前でピアノも、き、緊張するし⋮⋮
578
⋮﹂
﹁ああ、そっか。お前も出るんだよな﹂
﹁うん﹂
正直、怖いことをできることについて、どう答えていいかはわか
らないや。
でも、人の前に出ることに関しては⋮⋮⋮
﹁別に人の前に出ることは気にしなくていいんじゃねえの?﹂
﹁⋮⋮⋮なんで?﹂
﹁だって、お前、幽霊みたいに影薄いから、どーせ誰も見てないん
じゃねえの?﹂
﹁⋮⋮⋮ひぐっ!﹂
そう、実際、街の中を逃げ回ってても、みんなこいつのこと、貴
族の娘ってのは知ってたけど名前まで知らなかったっぽいし。
全然知られてないんだから、どーせ誰も注目しないし、気にもし
な⋮⋮⋮って、また泣いちゃったし!
﹁なんで泣くんだよ! 注目されない方がいいんだろ?﹂
﹁だって、そんな、ひどいこと言うし⋮⋮⋮﹂
﹁注目されたくねーのか、されてーのかどっちだよ!﹂
﹁分かんないよ∼⋮⋮⋮でも、誰からも見られないのも嫌だよ∼⋮
⋮⋮﹂
こいつ、本当にメンドくさい。昨日のクレオが怒ってたのも、今
なら本当に同じ気持ちかも。
泣き虫な女の子じゃなかったら本当にひっぱたいてるぞ⋮⋮⋮
﹁じゃあ、みんなには見えなくても、俺には見えるからいいだろ?﹂
579
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂
﹁影薄いけど、俺はもうムカつくからお前のこと覚えちゃったし、
俺には見えるからいいだろそれで!﹂
ん? 今度はなんだよ? 涙が止まったと思ったらポケーっとこ
っち見て⋮⋮⋮
﹁なんだよ、嫌なのか?﹂
﹁う、ううん。⋮⋮⋮でも、ピアノ弾いたらやっぱり見えちゃうよ、
色々な人に。だって、舞台の前で、大勢の人の前で順番に弾いてい
くんだもん⋮⋮⋮だから、失敗しちゃったら笑われちゃうし⋮⋮⋮
怒られるし⋮⋮⋮﹂
﹁あ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼もう! だったら、笑った奴は俺がぶん
殴ってやるよ!﹂
﹁えっ、えええええっ! だ、だだ、ダメだよ、叩いたら!﹂
﹁いいんだよ! だって、俺は凶暴なんだから、叩いていいんだ!﹂
涙が止まってもウジウジ、ほんと面倒だから、もうこれでいいや
! 自分でも段々何を言ってるのか分からなくなってきたけど⋮⋮⋮
﹁俺はお前のこと見えるから、だからなんかあったら俺が守ってや
るから!﹂
580
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮まもる? ど、どうして?﹂
﹁親父が言ってたんだ。男は女を守るの当たり前だって。俺は男だ
から、全然おかしくねえ!﹂
うん、自分でも何言ってるのかわからないけど、﹁守る﹂って言
葉を言っておけば、親父の言ってた通りだから間違いはないよな?
﹁でも、ヴェルトくんは、フォルナちゃんの旦那様だよ? ヴェル
トくんが守らなくちゃいけないのは、フォルナちゃんだよ?﹂
﹁いいんだよ! だって、フォルナ、俺より強いから! でも、お
前は世界一臆病者だから丁度いいんだ!﹂
﹁ちょどいい?﹂
﹁そうだ! 俺はこの世の麦畑で最も凶暴なやつだから、世界一臆
病なお前は俺でも守れるぐらいに弱いんだから、守るのに丁度いい
んだよ!﹂
うん、俺が守れるぐらい弱いんだから丁度いい。
あれ、そうしたらこいつ⋮⋮⋮
﹁ッ⋮⋮⋮ふ、ぷっ⋮⋮⋮﹂
震えてる?
でも、それは、涙を堪えてるんじゃない。
581
怯えてるんじゃない。
これは⋮⋮⋮
﹁ぷっ、ふふ、あははははははは、なーに、それ!﹂
あっ、笑った⋮⋮⋮
笑うんだ、こいつ⋮⋮⋮
﹁笑うなよ∼﹂
﹁だって、おかしーんだもん﹂
気づけば、俺も笑ってた。というより、なんかホッとした。
﹁⋮⋮⋮も∼う、でも、ほんとうなの? 守ってくれるの?﹂
﹁ん、ああ、いいよ﹂
﹁何があっても?﹂
﹁しつけーな、何があってもだよ、多分﹂
﹁⋮⋮⋮ふふ⋮⋮⋮そうなんだ⋮⋮⋮﹂
女の子を笑わせて、守る。これ、親父が言ってたことだ。
じゃあ、これでいいんだよな。
良かった、これならフォルナも怒らないよな?
後で、ちゃんとフォルナにも⋮⋮⋮
﹁旦那ァ、こっちですぜい! この裏通りはこの時間、全然人がい
ねーのは確認ずみですぜい!﹂
って、誰か来た!
582
﹁ヴェルトくんッ!﹂
﹁しっ! なんか見つかると面倒だから、隠れるぞ﹂
ようやくホッとしたのに、誰かが走ってこっち来た。
慌てて樽から降りて物陰に隠れたけど、誰だ、あいつら。
なんか、二人の大人が走ってきた。俺もこの辺はよく来るけど、
見たことないやつらだ。
﹁警備がザルすぎるハンガー。これが多くの優秀な人材を輩出した
エルファーシア王国の警備体制とはお笑いダッ⋮⋮⋮ハンガー﹂
そして、何だよ、あいつ。
ちょっと大きめの白い袋を担いだ男。
一緒に居るヒゲの男に﹁兄貴﹂って呼ばれてるけど、こっちの方
が若く見える。
でも、歳よりも格好の方が気になる。
貴族みたいな高そうなコートのようなマント。
そして、絵本で出てきた海賊とかが被っているような帽子。
そんで、あの﹁手﹂はなんだ? あれって洋服をかける⋮⋮⋮
﹁にしても、兄貴∼、その口癖どうにかならないんですかい? い
つもの、ほら、アヒルみたいな⋮⋮⋮﹂
﹁今は潜入中ダッ⋮⋮ハンガー。今の私は、社長より特別な名を授
かった身。だから、今は私のことは、﹃ハンガー船長﹄と呼ぶよう
に﹂
583
なんで片手が洋服をかける木のハンガーなんだ? それに、もう一人の方は、縞々の服に、頭に頭巾かぶった柄の悪
そうな大男。
こいつはなんか海賊の下っ端にしか見えないぞ?
﹁そんなもんすかねえ﹂
﹁そうだ。それよりも、早く王都を出て、国境を越えるハンガー。
積み荷が起きて暴れださないうちに﹂
﹁へへ、兄貴の﹃極限魔法﹄のスリープ使ったんすから大丈夫でし
ょう?﹂
﹁侮るなハンガー。子供とはいえ、﹃暁光眼﹄の持ち主だハンガー﹂
ん? 暁光眼?
﹁にしても、想像以上に楽でしたね。まさかこのガキが発表会に行
かずに公爵家の屋敷に閉じこもっていたとは。おかげで、女王陛下
ともう一人の姫の護衛と警備のため、ほとんどの兵が発表会に行っ
てて、公爵家には僅かな護衛しかいなかったんすから。おまけに、
一番厄介だと思っていたこのガキも、簡単にこうして眠らせて浚え
たんすから﹂
﹁確かに拍子抜けハンガー。何やら泣き疲れて元々眠っていたよう
だったハンガー。今はその眠りを更に深くしているハンガー﹂
﹁屋敷の連中も全員三日は起きないでしょう? 三日もありゃ、俺
たちは楽に﹃スタト﹄まで行けやすね? あとは、姐さんの﹃邪悪
魔法﹄の﹃洗脳﹄で、このガキを逆らえないようにすりゃあ、完璧
584
ですぜい!﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮なんだろう⋮⋮⋮⋮⋮⋮なんか、スゴイ大変な
ことが起こってるっぽい。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
﹁とまあ、初めてまともにペットと話したのがそん時だったわけで
⋮⋮⋮⋮って、お前ら食いつきすぎだぞ?﹂
気づいたら、ニート、アッシュ、ブラック、そして俺の膝枕でヘ
ブン状態だったムサシまで起き上がって⋮⋮⋮⋮
﹁と、ととと、殿! お待ちくだされ! 今、殿とペット殿の思い
出話が、なにやらとんでもない大事件の脇で起こっているように思
うのですが⋮⋮⋮⋮﹂
﹁お、おお、ほんとそうなんで! えっ、なんなの、それ? お前、
それ、なんか凄いこと起こってねえ? ぶっちゃけ、今ので、お前
とペットって子の話が一気にどうでもよくなったんで!﹂
﹁にゃっはどうなったの! そのあと、そいつらなんだったの?﹂
﹁そうよ! ちゃんと話しなさいよ!﹂
585
あっ、ああ、そっちね。まあ、そうだよな⋮⋮⋮⋮
﹁つうか、だから話すのめんどくさかったんだよ! 俺とペットの
話は大したことねーけど、それを話すと色々と面倒な話も絡むし!﹂
﹁だって、こっちはそういうの全然予想してなかったんで!﹂
ニートの言葉に同意するように、ムサシたちも同時に頷いた。
なんか、﹁お前とペットの話はどうでもいい﹂のあたりが、実際
そうなんだけど、なんか釈然としねえ。
だが、同時に⋮⋮⋮⋮
﹁あの、皆様⋮⋮⋮⋮博物館に着きましたが⋮⋮⋮⋮その⋮⋮⋮⋮
どうされますか?﹂
運転手が運転席から俺たちに声をかけて来た。
ああ、なんだよ着いたのか。
周りの景色なんて全然見れなかった。こっちも話すのに気を取ら
れてたからな。
﹁ほら、着いたってよ。なら、行こうぜ。この続きも話すとなると、
すげー長くなるから﹂
﹁いや、ちょ、ちょっと待って欲しいんで!﹂
﹁さて、ニートの言うとおり、この世界の歴史とやらを拝みに行く
586
とするか﹂
今は、そんな昔の話よりも、ニートの言うとおり、多少なりとも
この世界のことを知っておく必要が⋮⋮⋮⋮
﹁殿∼∼∼∼! 殺生でござる∼!﹂
﹁無理なんで! この後で、世界のどんだけトンデモな歴史が仮に
あったとしても、全然頭に入らない自信があるんで!﹂
﹁にゃっは気になって仕方ないよーッ!﹂
﹁ちょっとー、だから、そのあとどうなっ、行くなーーーっ! 中
途半端に終わらせるなーッ!﹂
まるで、野球場のドームのような巨大な建造物。これは、元の世
界じゃお目にかかれないような大きさだ。
この、巨大な分だけ多くの歴史があるわけだ。
まずは、それを見に行くとするか。
587
第34話﹁お勉強﹂
ドーム上の巨大な建物を見上げる俺の前方には、スーツ姿でニッ
コリと笑う白髪のジーさん。
その背後には、メタリックな肉体の上にスーツを着た、いかにも
ロボちっくなのが四体ほど。
﹁ようこそいらっしゃいました、クラーセントレフンの皆様。私は
当館の館長をさせて戴いております、セピアと申します。以後お見
知りおきを﹂
俺の姿を見て、深々と頭を下げる、セピアと名乗ったジーさん。
なるほど、館長か。
﹁ヴェルト・ジーハだ。ワリーな、急に邪魔して﹂
﹁いいえ。世界の壁を越えて現れた奇跡の方々をお目にするだけで
なく、当館にお越しいただけるなど感激の至りにございます。どう
ぞ、今日はごゆるりと、我が国、いえ、この世界の歴史をご覧にな
ってください﹂
俺よりも随分年上と思われるジーさんが、礼儀正しくだけじゃな
く、何やら嬉しそうに握手を求めてきた。
まさかこんなに歓迎されるとはな⋮⋮
588
﹁おっと。興奮して申し訳ありません。長年、こうして世界の歴史
の管理人のような仕事をしておりますと、新たに刻まれる歴史的な
人物とこうしてお会いできて、年甲斐もなく興奮しております﹂
﹁くはは、じゃあ、悪かったな。ようやく現れた異世界の住人が、
よりにもよってガラの悪い男でな﹂
﹁何を仰いますか。面白味のない普通の方が来られるほうが肩透か
しをくらわされます。やはり、異なる世界、異なる文明を歩んだ方。
多少常識はずれでなければ、こちらが困ります﹂
﹁へ∼、言うじゃん。気に入ったぜ、カンチョーさんよ。んじゃあ、
バッチリ案内してもらうか﹂
結構、ノリのいいジーさんだな。越も低くて枯れ枝のように細い、
いかにもTHEジーさんって感じなのに、俺を見るその目は、夢を
追いかけるガキのようにキラキラしている。
博物館でオベンキョーなんて、最初は退屈極まりないと思ってい
たが、少し楽しくなってきた。
﹁いや、ヴェルト! ハンガー船長の件、結果だけでも教えて欲し
いんで! てか、クレオ姫とかどうなったんで!﹂
﹁私もにゃっは気になる! お願い、結果だけでも教えて!﹂
﹁も∼、なんか体の中がムズムズしてて、仕方ないのよ! ちゃん
と言いなさいよね!﹂
589
﹁殿∼∼! 後生でござるよ∼!﹂
って、こいつら、気になるのはそっちの方かよ。ニートのヤロウ
も、テメエがここに来ようって言ったくせに。
﹁だから、話せば長いんだよ﹂
﹁じゃあ、何でワザワザ、ハンガー船長を登場させたんで! 区切
りをよくするなら、お前がペットを守ってやる宣言して、向こうが
惚れた。それだけで良かったと思うんで!﹂
﹁はあ? ⋮⋮いや、それは俺がペットと話した瞬間の話であって、
多分あいつが俺のこと好きだーってなったのは、その後、そのハン
ガー船長と⋮⋮﹂
多分そうだと思う。まあ、多分ペットも、あの後にあったアレが
⋮⋮
﹁さて、ではこちらへお越し下さい﹂
と思ったら、ジーさんが物凄いやる気満々で俺たちをアテンドし
ようとしている。
こんな状況で話せるわけねーし⋮⋮
590
﹁じゃあ、話は後でな﹂
﹁﹁﹁﹁ハンガー船長とどうなった!﹂﹂﹂﹂
って、しつこい。
﹁おい、あんま関係ねえ話をしてると、ジーさんが泣くぞ?﹂
﹁じゃあ、これだけは教え欲しいんで! その、誘拐犯のハンガー
船長と色々あったみたいだけど、こうしてお前もペットも生きてる
し⋮⋮つまり無事だったでいいのか?﹂
﹁無事⋮⋮んまあ、そうだな。ネタバレすると﹂
無事⋮⋮⋮まあ、無事だな⋮⋮。ニートの言うとおり、こうして
俺もペットも生きてるし。
﹁でも、俺もあんま詳しくないんでアレだけど、そのクレオって子
は、お前の嫁みたいに、天才で十勇者確実だったんだろ? でも、
十勇者にそんな子居たか?﹂
﹁ん? ああ、⋮⋮⋮まあ、それはそれでな⋮⋮﹂
﹁それはそれで? 何があった?﹂
﹁クレオって姫様は⋮⋮死んだよ。随分昔にな﹂
まあ、あん時は俺も物凄いガキだったし、それにそのすぐ後ぐら
いに、俺も前世の記憶を取り戻したりで、そのことについて感傷に
浸ることもできなかったが⋮⋮
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮えっ?﹂﹂﹂﹂
﹁ささ、まず世界創生の前、紀元前のエリアをご紹介します﹂
591
﹁﹁﹁﹁ちょっ、⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮サラッと何をッ!﹂﹂﹂﹂
少しだけ、なんか切ない気持ちになりながら館長の後を⋮⋮⋮⋮
って、ムサシたち口あけたまま呆然としてんじゃねえか!
﹁ご覧下さい。当時の我らの祖先は、あなた方の世界に住んでおり
ました。当時世界は、﹃人類﹄、﹃地上人﹄、二種のヒューマンが
生息しておりました。まあ、中には、我らの祖先の手で、人と獣の
遺伝子操作により生み出された﹃亜人﹄、ディッガータイプやエン
ジェルタイプ、アンドロイドなどの﹃新人類﹄等、徐々に増えたそ
うですが﹂
案内されたその部屋は、部屋の至るところガラス張りされた展示
コーナーが数多く設置されていた。
広く、天井も高く、清潔感ある空間に大事そうに設置されている
のは、棍棒や剣に杖など、この科学技術の発展した世界では珍しい
と思われるクラシックなもの。
﹁ちょっと待てよ。魔族はいねえのか?﹂
﹁いいえ。本来であれば、魔族という種族は存在しておりませんで
した﹂
展示のガラスの向こう側に、世界の成り立ちのようなものを描い
ている写真が写っている。
そこには、いくつも並ぶカプセルの中に、肉体の一部をドリルに
したヒト、背中から翼を生やしたヒト、耳が尖ったヒト、それを囲
592
んでいる白衣を纏った研究者らしき人間たち。
﹁そして、失礼な話、あなた方の祖先は人類とは呼ばれておりませ
んでした。当時のクラーセントレフンではずば抜けた技術力や文化
を所有していた我らの祖先を人類と呼び、文化的に進化の乏しかっ
たあなた方を、我らの祖先は﹃地上人﹄と呼びました。まあ、時に
は﹃原人﹄と呼んでいたりしていたようですが。また、地上人側は
自分たちこそ﹃人類﹄と主張し、逆に我々の祖先の文明や技術力を
目の当たりにして、我々の祖先を﹃神族﹄と呼んだりと、ややこし
い感じだったようですが﹂
ムサシやニート、エルジェラの祖先は、元々は人工的に作り出さ
れた存在? そういや、幻獣人族は神族によって生み出されたとか
言ってたが、亜人もそうってことか。
しかも、それはファンタジー世界ならではの生み出し方ではなく、
こんな試験管みたいなやり方で?
﹁にしても、俺らの祖先は原人か。まあ、猿からまだそれほど進化
してなかったってことか。どうりで、調査員として俺らの世界に来
たアイボリーたちが、俺らのことを原人なんて言ってたわけか﹂
﹁そうでしたか。しかし、原人というのは、ある意味では﹃負け惜
しみ﹄で祖先は言っていたものとされています﹂
﹁なに?﹂
﹁我ら人類が何故それほど発達した技術や文明を持っていたか。そ
れは、弱かったからです。優れた文化や技術を持つ一方で、地上人
のような特殊能力を持っているわけではなかった﹂
593
特殊能力? それはどういうことだ? 原人にそんな力は⋮⋮
﹁ほら、あなたもテロ集団と戦っていた時に使っていたでしょう。
手を使わずに物を浮かせたり⋮⋮﹂
﹁魔法か!﹂
﹁今、あなたたちの世界ではそう呼んでいるのですか。そうです。
その力の有無が人類と地上人の決定的な違いでした。その力がある
からこそ、地上人にはそれほど便利な技術なども必要なかった。空
を飛ぶことも、火を使うことも、水を使うことも、一切の道具なし
で、あなた方の祖先は出来たのですから﹂
なるほどな。確かに、魔法の力で空飛んだり、物浮かせたり、火
を出したり水を出したり。そんな力が自在に使えるなら、機械だっ
てそんなに必要でもない。
ケータイなくても、テレパシーとか魔水晶とか使えるもんは色々
ある。
だからこそ、人類と原人は進化の仕方が違うのか?
だが、その説明を聞いていて疑問となるのは⋮⋮
﹁じゃあ、魔族は?﹂
そういうことになる。
594
じゃあ、魔族はどこから来たのかと。
﹁彼らは突如としてクラーセントレフンに現れました。その諸説は
色々とあります。不毛な大地となった月から現れたとか、次元の異
なる異界より現れたなど。地底よりもその更に下の、地獄から現れ
たとか。いずれにせよ、﹃魔界﹄と呼ばれた彼らの故郷が滅び、新
天地を求めてクラーセントレフンに辿りついたと言われております﹂
そういや、アイボリーもそんなこと言ってたな。
魔族は元々、俺らの世界に住んでいたわけではなかったと。
本当だったのか。 ﹁当時、世界は彼らを受け入れようとしました。しかし、その数、
気性、亜人のような強靭な肉体、地上人と同様に操るマホー。その
全てが脅威となり、誰が始めたわけでもなく、気づけば世界は異な
る種族同士で生存と領土を懸けた戦いへと発展しました﹂
順に展示のパネルを眺めていく。
﹁亜人も本来であれば人類の生み出した産物。しかし、その繁殖力
は想定を遥かに越え、人類では管理できぬ程に増殖し、ついには魔
族との争いの中で、亜人は人類から独立した社会や国を造りました。
同時に、地上人も自分たちの生存権を守るために杖や剣を掲げまし
た﹂
595
最初は異なる種族同士の代表と思われる者たちが、円を作ってガ
ッチリと握手している写真。
しかし、その次からは、戦場の写真と思われる、目を覆いたくな
るような血みどろの争いの地獄絵図が広がっていた。
﹁我らの祖先も、その技術、武器、さらにはまだ管理下にあった﹃
新人類﹄等を兵器として活用して抵抗しました。そして、それぞれ
の種族、軍、国、または英雄同士を筆頭に戦いは激しくなりました。
﹃六百六十六魔王﹄、﹃千獣王者﹄、﹃百軍の勇戦士﹄、﹃七つの
大罪﹄、等、数限りなく争いが続いておりました﹂
色々と戦場のパネルをチラチラと眺めていく中で、ふと一枚の写
真で足が止まった。
そこに写っていたのは、 エルジェラと同じ天使の翼と、ジェレ
ンガの悪魔の翼、左右異なる翼が背中にある一人のヒト。
身に纏うのは、黄金に輝く騎士の鎧。くせっ毛の、無駄にイケメ
ンなやつ。
﹁⋮⋮⋮⋮こいつは﹂
まさか、ここでこいつの写真を見ることになるとはな。
あいつ、本当にこんな時代の存在だったのか⋮⋮⋮⋮
﹁それは、七つの大罪の筆頭でもあり人類の軍総司令を務めていた、
596
当時の最高傑作と呼ばれた新人類。﹃ルシフェル﹄です。ご存知な
のですか?﹂
まさか、実物を見たことあると言ったら驚くだろうな。フツーに
俺の結婚を祝福してくれた奴だし。
にしても、やっぱスゲー奴だったんだな、あいつ。クロニアの仲
間ってだけで、なんかコメディグループの一員のようにも思えるけ
どな。
まあ、あいつもかつて、キシンと互角に戦ってたんだ。そりゃー、
大物か。
﹁しかし、優れた技術も人材も、やがては数の力に押しつぶされま
した。当時の人類は数千万人程度。原人も亜人も魔族も、激しい戦
争で数が減るどころかむしろその繁殖力で増殖。それぞれ十億以上
の人口が居たとされていますので﹂
徐々に部屋の奥に進むにつれて、﹃人類=神族﹄の故郷での歴史
が終盤に近づいていくのが分かった。
﹁もはや滅ぶのも時間の問題と思われた人類の残された手は、限ら
れていました。最後まで抵抗するか、隷属するか、それともどの種
族の手も届かぬ新天地を求めるか⋮⋮⋮⋮その時、ある事件が起こ
りました。そして、その事件を機に、世界の歴史が大きく動くこと
となったのです﹂
﹁事件?﹂
597
﹁世界に、ある一人の預言者が現れました。その預言者は、﹃選ば
れし六人﹄の地上人と、﹃代行者﹄と呼ばれる一人の地上人をつれ
て、我らの祖先の元へと現れたのです。預言者の名は﹃ミシェル﹄。
残念ながら、資料として名は残されておりますが、写真などの公開
は禁止されておりますので、私も見たことはありませんが﹂
ああ、そこでようやく出てきたか。チョイチョイ出てきた、例の
野郎か⋮⋮
﹁そしてミシェルの告げた予言。それは﹃モア﹄と呼ばれた存在が、
二千三百年後に全ての世界を滅ぼすという壮大な予言でした﹂
そして、ついに出てきたか。
﹁世界を破滅。いかにもファンタジーチックなことだが、正直俺も
そのことが原因で色々とメンドクサイことになった。閉じ込められ
たりしたし、狙われたりもした。全てがそこに繋がっていた。モア
ってのはなんだ? 何者なんだよ﹂
今まで、ずっと振り回されてきた、その言葉。
結局いつもいつも何かあって聞くことができなかったソレ。
あの変態リガンティナですら、シリアスな顔を見せるほどの存在。
普通、世界を滅ぼすなんて聞いても、﹁何言ってんだ? 頭おか
しいのか?﹂としか思わないが、果たしてこれは⋮⋮⋮
598
﹁モアこそは、神であり、王であり、ヒトであり、種族であり、国
であり、世界でもある。記録上、それら全てをモアと呼びました﹂
﹁⋮⋮⋮どういうことだ?﹂
﹁残念ながら、私もそこまで詳しくは存じ上げませんし、当館でも
その情報は開示されておりません。ミシェルやモアに関する詳細な
情報は、全ての世界のトップシークレットとされているようです。
ただ、我々一般人には、伝承のような言葉のみが伝えられています。
その伝承というのが⋮⋮⋮﹂
だいおう
伝承というのが? なんだ? すると、館長は、まるで昔話をす
るかのような語り口調で⋮⋮
しん
﹁天に広がる星の川。果てすら見えぬ世界の果てより、恐怖の大王
神が現れる。大王神の下す無慈悲な最後の審判・ハルマゲドンが、
全ての創世と輪廻の旅を無へ返す﹂
空から恐怖の大王神が現れる? なんだそりゃ。なんか神々しい
神様みたいなのが空から舞い降りてくるとでも言いたいのか?
﹁つーか、昔の人間も、よくそんなアホみたいな話を真に受けたな。
なあ、ニート、お前はどう思⋮⋮う⋮⋮⋮って⋮⋮⋮﹂
599
こういうときは、解説者ニートの出番だと思っていたのに、ニー
トはムサシたちと一緒に屍のようにショックを受けてフラフラして
る。
﹁ツンなお姫様がデレる前に死んだんだ⋮⋮なにそれ、もう、なん
か続き気になるのに、続き聞いても鬱にしかならないんで﹂
﹁うう∼、殿∼、何故∼、何故∼、何故サラッと言っちゃうでござ
る∼﹂
﹁クレオ姫ってのが、あんたにイジメられて凄くかわいそうって思
ったときに誘拐。それを助けてロマンチックなラブストーリーが⋮
⋮とか一瞬でも思った私の気持ちを返せこの野郎∼﹂
﹁もう、なんか、今日は、にゃっは気分が乗らないよ∼﹂
お前らが聞いてきたんだろうが、ネタバレを!
こいつら、全員、館長の話を全然聞いてねえや。
ったく、感情移入してんじゃねえよ⋮⋮
600
第35話﹁エゴイスト﹂
﹁お連れの方々は?﹂
﹁もう、いいよ。ほっとけ。んで、続きだ。その予言は分かったが、
どうして当時の奴らは、そんな壮大な予言を信じたんだ? だって、
二千年後だぞ? ピンとこねーよ﹂
﹁ええ。実はそこのところが、私にもよく分からないのです。しか
し、当時の人類と地上人は、その予言を信じたそうです﹂
いや、当時の連中だけじゃねえ。
それこそ、聖騎士の連中も、そしてアイボリーたちの様子からこ
の世界も未だにその予言を確信している。
どうしてだ?
﹁そして、そこでご説明しなければならないのは、当時の人類の主
要人物。後に文明の父と呼ばれた﹃サブカルチャーの父・レッド﹄、
我らの世界の技術の素を作って、僅かな期間で人類の歴史を飛躍的
に進歩させた﹃人類史最高の頭脳・シルバー﹄、さらには﹃仙人・
シェンルー﹄、そして︱︱︱︱︱﹂
そして? 思わず話にずっと聞き入っていたからこそ、俺は気づ
いていなかったのかもしれない。
それは、あまりにも自然に現れていたから、てっきり関係者だと
601
思っていた。
﹁レッド、シルバー、シェンルー、レインボー。後はなんだ? ブ
ロンズか? どうせ一度に説明しても入りきらない説明を、ウゼー
ダラダラ続けることに意味はあるのかよ? ウゼエだけだぜ﹂
違う⋮⋮こいつは⋮⋮カタギじゃねえ。
それは、傷んだ紅い色の極太ドレッドヘヤー。
そいつは、このエリアに足を踏み入れてゆっくりと俺たちに接近
していた。
﹁えっ⋮⋮⋮⋮ええっ!﹂
﹁にゃっは嘘でしょ!﹂
それは、その人物を見た瞬間、俺の後ろで魂の抜け殻状態だった、
ブラックとアッシュがいきなり顔を上げて、その表情を驚愕に染め
た。
﹁はっ? 誰なんで?﹂
﹁むむむ? 何奴! そこで止まるでござる!﹂
そして、そいつは周りの声や反応など一切気にしない。
ジャレンガのように口角を釣り上げた笑み。
四角いメガネをかけ、そのレンズの奥では、ウラのように真紅に
輝く瞳ではなく、赤黒く染まった瞳。
そして、亀裂が走ったかのように顔面に刻まれた稲妻のようなデ
カイ傷跡。
どこか寒気を感じさせた。
602
﹁あなたは⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ、ま、まさか! そんな! どうしてこ
こに!﹂
そして、姫二人と同様に狼狽え出す館長。
なんだ? 顔見知りか? そして、なんかビビるぐらいヤバイ奴
なのか?
いや、ヤバイかどうかは別にして、ちょっと待て⋮⋮⋮⋮⋮⋮ナ
ンダコイツハ?
﹁ッ、ちょっと、そこで止まりなさい!﹂
﹁にゃっは警備は何をやってるの! 機動兵!﹂
姫二人が血相を変えて俺の前に回り、現れた男に構える。
すると、アッシュが叫んだ言葉に従って、館長が引き連れていた
四体のメタリックロボが目を光らせて、男を取り囲もうと︱︱︱︱
﹁ウゼーな∼。ストロベリードリル﹂
極太の長いドレッドが捻りながら伸び、一瞬でロボたちを貫いた。
﹁ッ!﹂
﹁えっ?﹂
目を疑った。いや、一瞬頭の中で﹁なんで?﹂という言葉が、俺
と、そして特にニートに過ぎったはずだ。
603
﹁カカカカカカカカ。ウゼエぐらいくだらねーだろー? 展示物の
見学なんてウゼエだけだ。本は表紙を見るものじゃねえ。中身がウ
ゼエぐらいに大切なんだ。つまり、歴史も文化も、博物館に飾るも
のじゃねえ。自分で体験するものだぜ。ウゼーぐらいにそう思わね
ーか∼? クラーセントレフンのダチたちよ∼﹂
その男は、何事もなかったかのようにロボたちを破壊し、そして
その場でドカッと偉そうに座り込んだ。
俺たちを下から見上げ、まるで見下ろすかのような高圧的な態度。
しかも何でこいつ⋮⋮⋮⋮
﹁おい、神族は、魔法が使えない、普通の人間の青瓢箪共の集まり
じゃねえのか? なんだよ、こいつは﹂
普通の人間しかいない? そんな馬鹿な。
﹁何でこいつは、耳が尖ってんだ? 何でこいつは、髪の毛ドリル
なんだ? なんでこいつ、半身が褐色肌で、もう半身が色白なんつ
う意味の分からねえ肌の色なんだ? そんでなんで⋮⋮⋮⋮天使み
たいにデッカイ翼が生えてんだよ﹂
エルフのような耳。体の半分がダークエルフのような肌の色。ド
レッドヘヤーの髪の毛先がドリルになり、そしてその背中には天空
族のような羽?
すると、男は俺の反応に更に口元の笑みを鋭くし、突如語り始め
た。
﹁亜人や、新人類の研究は、俺たちの祖先がこの世界に移り住むと
604
同時に全て取りやめになった。亜人をウゼーぐらいに管理できなく
なった前例から、再び同じ過ちを繰り返さぬようにと、そして当時
は兵器として利用していた新人類もいずれは反旗を翻すのではない
かと恐れた祖先は、研究データを全て廃棄し、そして新人類も全て
クラーセントレフンに置き去りにした﹂
この、各種族のパーツを体の至る所に身につけた男は、何なんだ!
しかし、男の話は続いた。
﹁だが、時代が進めば同じ過ちを繰り返そうとするウゼーバカは増
えるもの。科学者共のただの伝説を復活させたいというウザイぐら
いのエゴから、決して公にできねえ違法で非人道的な研究の積み重
ねでたどり着いたのが、俺だ⋮⋮⋮⋮ってのは、まあ、ウゼーぐら
いどーでもいい話なんだよな!﹂
そして、突如狂ったように笑い、そして叫んだ。
﹁ケツのクソふきの役にも立たねえ、ウゼー過去の歴史をありがた
がって、道を妨げるウザイ粗大ゴミを撤去しねえ。だから今の世界
はウゼークソミソなんだよ!﹂
人を外見だけで差別しちゃいけねえ⋮⋮⋮⋮っていうレベルを超
越しやがって。何者だよ、こいつは。
605
﹁カカカカカカ。まさか、政府のジャンプの実験早々に、クラーセ
ントレフンの地上人たちがこうして現れるとはな。色々と予定が狂
ったが、嬉しい誤算だ。正に、新たなる歴史の幕開けに、俺もまた
胸が踊っている⋮⋮⋮⋮テメェらは、ウザくねーな﹂
そして、目を見開き、手を天井に伸ばす。
﹁そう。過去の遺物も新たなものを生み出さなければ、ウザイくら
いに意味を成さねえ。展示されるだけで何も生み出さねえ遺産なん
ざウザイゴミと同じ。新たなる歴史の一歩を歩く者たちの、ウザイ
妨げにしかならねえだろうが﹂
突如、空気が変わっ! 何をする気⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ!
﹁テメェッ!﹂
﹁え、えええっ! マジなんで?﹂
﹁ちょっ、何すんのよ!﹂
﹁にゃっは危ないッ!﹂
男の腕が巨大なドリルへと変化して、何の躊躇いもなくそのドリ
ルを天井に突き刺した。
すると、一点を突かれた天井は、そこが起点となって部屋中に亀
裂が伸び、次の瞬間、砕け散って瓦礫が俺たちに降り注ぐ。
ヴェルト
﹁ふわふわ世界!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮おっ、カカカカカカ、それが魔法か。ウザさの無い素敵
606
な出会いに感謝だ﹂
﹁ッ、テメェ⋮⋮﹂
何の躊躇いもなく突き刺しやがった。
世界遺産の宝庫みてーな博物館で、こいつはいきなり何を⋮⋮
﹁だが、解体工事は邪魔すんじゃねえ。そこは、やっぱちょっとウ
ゼーか?﹂
﹁ッ!﹂
﹁サイコキネシス﹂
掌を俺に向け⋮⋮⋮⋮ッ!
﹁ッ、う、おおおおおっ!﹂
見えない力! まるで、全身を何かに掴まれたかのように、そし
て見えない壁が飛んできたかのように、俺が、耐え切れず、吹っ飛
ばされる!
﹁ッ、ヴェルト!﹂
﹁殿ッ! き、貴様ァ! 拙者の殿に何をするでござるか!﹂
にしても、この力⋮⋮⋮⋮どういうことだ? まるで、エルジェ
ラやリガンティナたちみたいな⋮⋮⋮⋮
﹁ッ、や、やめろおっ! ここは神聖なる世界の遺産が眠る聖域!
607
なんてことをすッ! ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ガハッ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
ッ! 館長⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ!
﹁遺産は使わなきゃ意味ねえだろうが、ウゼー老害が﹂
気づいたときには、男のドレッドドリルが、鋭く尖り、それは、
館長の枯れ枝のように細い体を貫いていた⋮⋮⋮⋮
﹁セ、セピア館長ッ!﹂
﹁ぐっ、や、にゃっはなんてことをっ!﹂
﹁ちょ、おい、おいおいおいおいおい! おい、誰か人を、医者を、
救急車とかいないんで! 早くッ!﹂
﹁ッ、貴様⋮⋮⋮⋮何者か知らぬが許さぬッ! たたっ斬ってくれ
るでござる!﹂
美しく、埃一つない透明なショーケースやガラスに夥しい血が飛
び散った。
それは、さっきまで年齢も関係なく、ガキのようにキラキラした
目で、俺に話をしていた館長の⋮⋮⋮⋮
﹁テメエッ! ッ、テメェら、早く館長をどうにかしろ! 俺がこ
いつをブチ殺す!﹂﹂
﹁ふっ、そんなウゼー顔で睨むなよ。ライラックをビビらせた奴ら
を相手に、意味なく喧嘩をするわけがねえ。今日は、挨拶と、新た
608
なる道を進むものたちのために、道を歩きやすいように中古のウザ
イ粗大ゴミの山を掃除に来ただけだ﹂
知ったことか! 見えない力で部屋の壁まで飛ばされようと、相
手が何者であろうとも、そんなもん俺がキレねえ理由にならねえ。
﹁そうだ、まだ名前を、名乗ってなかったな。俺は、レッド・サブ
カルチャー、副リーダー。エゴテロリスト・ストロベリーだ﹂
﹁知るかよ、ボケナスが!﹂
﹁カカカカカカカカ、いいね∼、まるで動じねえ。でもよ⋮⋮⋮⋮
知っとけよ、ウゼーな﹂
﹁それは、テメェのほうだ!﹂
その瞬間、まるでスローモーションのように世界が止まって見え
た。
ただ、自分の掌をギュッと握り締めたこの男は、俺が接近した瞬
間、一気に掌を解放し、すると溜め込んだ力が一気に破裂したかの
ように⋮⋮⋮⋮
﹁サイコキネシス・ブラスト﹂
眩い閃光が破裂した。
609
それは、魔法じゃねえ。爆薬でもねえ。
エルジェラやリガンティナたちと同じ、超天能力のような⋮⋮⋮⋮
﹁ふわふわキャストオフッ!﹂
﹁おっ⋮⋮⋮⋮カカカカカカカ! スゲースゲーウゼエ。崩落する
天井の瓦礫を浮かせながら、俺のサイコキネシスをエナジーごと引
き剥がして、爆発を圧縮して押さえ込んだか。クラーセントレフン
の地上人は、そんなウゼエことができるのか﹂
って、冷静に解析してる場合じゃねえ。
こいつ、何の迷いも躊躇いもなくやりやがって。
﹁随分とハシャイでくれるじゃねえか、ボケやろう。おかげで、テ
メェのナリとか聞きてえことが色々あったのに、全部どうでもよく
なったよ﹂
﹁カカカカカカカカカカカ、ウゼーな∼、怒るなよ。ちょっとウザ
イだけのシャレじゃねえか﹂
﹁ワリーな、俺もウザイ奴は嫌いなんだよ﹂
俺はこの時、妙な感じをこの男から受けていた。
強いとか、弱いとか、未知の存在とか、そういう意味での感じじ
ゃねえ。
何だろう⋮⋮⋮⋮こいつは⋮⋮⋮⋮このあり方は⋮⋮⋮⋮
﹁つうわけで、テメェ、覚悟は出来てるんだろうな?﹂
これまで色々な奴と戦ってきたが、この男は、正義でも英雄でも
610
なく、もっと己の欲望や感情だけに忠実な存在。
﹁カカカカカ。勘弁しろって。弱いものイジめしか出来ねえウザイ
キモオタの俺が、テメェらみたいにウザイぐらいに強そうな奴らに、
勝てるわけねーじゃん? カカカカカカ!﹂
不良とも違う。
﹁ちょっとウザイ挨拶と、ウザイ伝言だけすりゃー帰るよ﹂
﹁挨拶∼? 伝言だ∼?﹂
﹁ライラックは言ってなかったか? 間もなく、﹃文化大革命﹄の
日が訪れる。その時、改めてこの世界に来いとな。そうすりゃ、ウ
ザイと言われようが、底すら見えねえディープなサブカルチャーの
世界を味あわせてやる﹂
かつて、己の悪意のままに世界を思うがままにやりたい放題した、
マッキーことラブ。
アレを彷彿とさせる存在。
﹁頭の固い、ウザイ老害やお利口さん共を皆殺しにしてなァ! カ
カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ! だからよ、世界間
同士の外交だか何だか知らねーが、そんなお姫様共と仲良くしたっ
て意味ないぜ?﹂
あく
そう、悪だ!
﹁んで、ウザイ伝言の方なんだけど、ヴェルト・ジーハと、そこの
611
目隠れがウゼエ、ニートだっけ? テメェらに会いたがってる奴ら
がいる。ウザくてワリーかもしれねえが、それぞれ来てもらうぜ?﹂
そして、そんな悪意に満ちた笑みで俺たちを手招きして、一体何
に引き込もうとしているんだ?
﹁ヴェルト。テメエは、﹃教祖・クリア﹄を信奉するウゼー宗教団
体・﹃ビーエルエス団体﹄の現代表である、﹃メロン﹄が。そして、
ニート。テメエは﹃レッド・サブカルチャー﹄の現リーダーである、
﹃スカーレッド﹄が会いたがっている﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?
﹁なに? びーえるえす∼? それって、あのライラックが言って
た、腐った組織か!﹂
﹁えっ、俺ッ? ちょっと待って欲しいんで! レッド・サブカル
チャーって、あの赤ヘルのテロ軍団だろ? なんで俺なのか、全然
分からないんで!﹂
引き合わせようとしている相手が、あまりにも意外すぎる。
館長の手当にあたっていたニートも驚いて立ち上がっていた。
まあ、俺も驚いたけど。
すると
﹁メロンは、﹃説教﹄だと。そして、スカーレッドは、﹃確認﹄だ
と﹂
612
と、言われても、正直俺もニートもピンとこねえ。
説教? なんでだ? 俺は何か怒らせるようなことしたか?
確認? どういうことだ? ニートの何を確認しようってんだ?
﹁つか、何で俺がそんな団体に呼ばれてるんだよ﹂
﹁そっちのウゼー目隠れは知らねーが、ヴェルト、テメエはどうや
らビーエルエスの女共を怒らせたそうだ﹂
なに? 俺、何をやった?
﹁奴らの贔屓するライラックが経営しているウゼー店、イケブクロ
を破壊したのはテメエらだろ?﹂
﹁それは俺じゃねえよ! ジャレンガだよ!﹂
﹁あと、女を馬鹿にしたように六人も嫁が居るとか、六人も嫁が居
てその中に一人も男が居ないとか、そういう非常識なところを説教
したいそうだぜ?﹂
それは大きなお世話⋮⋮ってちょっと待て!
﹁何で、嫁の中に同性が居ないと非常識なんだよ! 俺に何を説教
しようとしてるんだ、そいつらは!﹂
﹁いいじゃねえか、ウゼーからさっさとついて来いよ。さもないと
⋮⋮⋮俺の部下が、⋮⋮⋮子供とマッチョと魔族が遊んでる遊園地
を爆破したり⋮⋮⋮エンジェルタイプや亜人や地上人の娘がいるア
イドルコンサートをふきとばすか? カカカカカカカカカカカカカ
!﹂
613
﹁ッ! テ⋮⋮⋮メエ﹂
﹁カカカ、冗談だよ、ウゼーな。笑えよ。俺にそんな命令を下す度
胸があるわけねえじゃん? カカカカカカカカカ!﹂
こいつ⋮⋮⋮本当に今すぐ首をへし折って、ブチ殺してやりたい
ところ。
だが、今はまだ、こいつの言うことを聞いておくのが⋮⋮⋮クソ
⋮⋮⋮なんか、も∼、今日帰るはずなのに、なんでこんな面倒なこ
とになってんだよ。
614
第36話﹁その程度のこと﹂
﹁ブラック姫、何がありましたか!﹂
﹁ご無事ですか、姫様!﹂
この騒ぎを聞きつけて、ようやく付き添いの連中も駆けつけてき
た。おせーよ。
﹁こ、これは!﹂
﹁あなたたち、早く館長に医療装置を装着させ、直ちに病院に運び
なさい! 輸血の準備も!﹂
﹁分かりました、姫様も!﹂
﹁いいから! 最低限の人だけここに残して、早く館長を連れて行
きなさい!﹂
ブラックの指示で、血だらけの館長が運び出されていく。
正直、助かるかどうかは微妙な感じがする。
この野郎⋮⋮⋮
﹁ほら、ジジイなんてどうでもいいだろうが。ウゼーな、早くしろ
よ。また俺にウゼーことされたくなければな﹂
にしても、こいつは自分でウゼーと自覚しながらウゼーウゼー言
いやがって。おかげでかなりウゼー。
﹁仮にも来賓だろうが、俺らは。会いたきゃそっちが来いよ﹂
﹁だよな。それは俺もウゼーと思うよ。ただ、スカーレッドリーダ
ーは指名手配されてるし、メロン代表は色々と布教するには来ても
615
らったほうが早いんだとよ。さもないと⋮⋮⋮﹂
さもないと? 崩落した一室の瓦礫の上に立つ、ストロベリーという男は、何か
を俺に差し出し、それを壁に投影した。
スマホ?
﹁動画アプリとプロジェクタアプリ。これ、ウゼーぐらいに便利な
んだよね、こういう時﹂
プロジェクターを使って壁に映し出される映像。
それは⋮⋮
﹁妖怪ポケットストレッチ、始めるよ∼﹂
﹁﹁﹁﹁﹁は∼∼∼∼∼∼∼い!﹂﹂﹂﹂﹂
なんか、妖怪なのかモンスターなのか、変な着ぐるがステージの
上で、歌って踊り始めた。
それに歓声を上げて、ステージの下で一緒になって歌って踊って
いるガキたち。そのステージから少し離れた場所では⋮⋮
﹁試しに買ったけど、何なのこのふざけたオモチャ。最強の種族は
ヴァンパイアドラゴンに決まってるのに、そんな種類居ない? ム
カつくよね? 壊しちゃおうか?﹂
616
﹁うう∼∼、レンくん、コスモスも欲しい∼、ヨーカイポケット欲
しい∼! 歌うの∼、踊るの∼、遊ぶの∼!﹂
ステージから少し離れたところで、異様な空間を作り出しながら
座り込んで、買い込んだと思われるオモチャを広げて、何やらイラ
ついてるジャレンガ。
それを見て、コスモスは﹁頂戴﹂と駄々こねてジャレンガの服を
引っ張っている。おお、我が娘ながら、なんという恐いもの知らず
⋮⋮
平日ながら混雑している遊園地において、二人の空間は、誰も近
づけない異様な世界となっていた。
って、そうじゃなくて!
﹁これを撮ってるのはテメエの仲間ってか?﹂
﹁ああ。ウザイだろ?﹂
脅しじゃねえぞ∼、お前の娘も仲間も俺の仲間はいつでも手を出
せるんだぞ∼、って言いたいのか、殴りたいほど顔をニヤつかせて
やがる。
一方で⋮⋮
﹁バスティスタさん、一緒に写真を撮ってください!﹂
﹁俺も握手してください!﹂
﹁胸板触らせてください!﹂
﹁あっ、ずるい、私は二の腕よ!﹂
﹁バーミリオン姫を幸せにしてあげてください!﹂
﹁アルカディア8は恋愛禁止だけど、あんたなら許す! ファンク
ラブの俺も許す!﹂
617
﹁兄貴って呼ばせてください!﹂
誰も近づけない、ジャレンガとコスモスの独特な空間とは打って
変わり、随分と騒がしい人だかりが見える。
その中心に居るのは⋮⋮
﹁ん? おっ、おおおおおっ!﹂
﹁あっ⋮⋮ああああああああああっ!﹂
そこに居るのはバスティスタなんだが、俺とニートは、その予想
もつかなかったバスティスタの格好に思わず状況を忘れて声を上げ
ちまった。
﹁あらあらあら、まあまあまあ、バスティスタ様ったら⋮⋮﹂
﹁ふふ∼ん、やきもちってね、オネエ﹂
﹁ええ。せっかくお忍びということもありましたので、昨夜のこと
で一躍有名人になってしまったバスティスタ様の素顔を隠すように
変装していただいたのに、逆効果でした﹂
﹁そうってね。アレは逆効果ってね﹂
本来は自分たちの方がキャーキャー言われるはずの、アイドル姫
二人組みも、バスティスタの人気ぶりに少し驚いている。
でも、仕方ない。
昨夜のことで、男気バスティスタを見せて、一瞬で神族たちの心
を鷲掴みにしたバスティスタは、本人はまるで狙っていないのに、
正に狙いすましたかのような格好をしていたからだ。
果たしてこの世界の何人が、バスティスタの変装している﹃元ネ
タ﹄を知っているか分からないが⋮⋮
618
﹁あの、バスティスタさん。そのサングラスはどうしたんですか?﹂
﹁これは、バーミリオン姫に渡された。変装用とのことだったが、
まさかこれほど早くに正体がバレるとは思わなかった﹂
﹁そのレザージャケットとパンツは?﹂
﹁これは、昨日の晩餐会でバーミリオン姫からの贈り物だ。昨夜の
騒ぎで俺も服がボロボロになったのでな。せっかくなので着てみた﹂
﹁バスティスタの兄貴ッ! ﹃戻ってきたぜ﹄って言ってください
! なんなら、﹃くたばれベイビー﹄でもいいっす!﹂
﹁ん? よく分からんがそれぐらいなら⋮⋮⋮﹃戻ってきたぜ﹄⋮
⋮これでいいのか?﹂
あっ、元ネタ知ってたか、この世界。まあ、どういう形で再現さ
れていたのかは知らねえが、それで興奮するのは俺らも同じ。
﹁﹁﹁﹁﹁キタアアアアアアアアアアアアアア! ターミニイチャ
ン!﹂﹂﹂﹂﹂
そう、ターミニイチャンだ。
﹁おい、スゲーな、ニート。ジュラちゃんだ﹂
﹁ああ。元俳優の世界一マッチョなアメリカ合衆国大統領。アーマ
ード・ジュラシックネッガー⋮⋮﹂
619
﹁あれで、ショットガンとか持って、バイク乗ったら完璧だな﹂
﹁なんか、半年前までは何があってもヴェルト万歳な戦いだったの
に、今は何が起こってもバスティスタ万歳になってるな。実際、お
前は嫁が六人居ると暴露されてる以外、そんなに目立ってないし﹂
ニートの中々厳しい指摘ではあるが、全く悔しくないし、アレに
印象で負けるぐらい、全然何とも無かった。
﹁おお。ウザくないな⋮⋮あの野郎は。まさか、ターミニーチャン
とはな! あの映画も過激描写と言われて数年前に放映及び閲覧禁
止になったが、その名は映画史に残る名作として今尚語り継がれて
るからな。おまけにツエーな。あれじゃあ、仮にウザくても戦いた
くねえ。勝てるわけねーしな。カカカカカカカカ。でも⋮⋮こんな
大混雑なところで爆破でも起こしたらどうなるかね? まあ、死な
ないだろうけどな﹂
そして、こいつも、正直なところバスティスタやジャレンガの力
を分かっているのかもな。
襲撃やらテロやらで勝てる相手じゃねえし、どうにかできる相手
じゃねえ。
まあ、他の観客にどれだけ被害が出るかと言われたら、微妙な気
分にさせられるが。
﹁ふん。テメエの言うとおりだ、バスティスタたちにテメエらが勝
てるわけねーだろうが﹂
﹁だね。でも、回りの客はどうかな?﹂
﹁知るかよ。何で異世界の住人の俺が、今この場に居ない連中にま
で気にかける必要がある?﹂
ここでこいつに言いくるめられると微妙な空気になりそうだから、
620
試しに突っぱねてみた。
だが、こいつは⋮⋮
﹁カカカカカ、ムリムリ、ムリすんなって﹂
﹁あっ?﹂
﹁今日会ったジジイが抉られただけで怒るあたりが、テメエの限界
だよ。テメエは、ワリーことは出来るが、外道なことは出来ねえ男
だ。そういう半端なとこ⋮⋮⋮ウザッ﹂
⋮⋮⋮こいつ⋮⋮⋮
﹁それと、今、メールが入った。テメエの仲間の女たち、途中から
別行動してるみたいで、その内の一人は、ビーエルエス団体の贔屓
にしている店に今居るとよ﹂
﹁えっ? 女たち? それって、あの三人組か?﹂
まあ、エロスヴィッチなら見捨てるし、リガンティナなら大丈夫
だと思うが⋮⋮
﹁いよう、もしもし。俺だ、ストロベリーだ。ああ。ああ、今、例
のヴェルトが目の前に居る。そいつの声を聞かせてやれよ﹂
突如として電話し始めたストロベリー。どうやら、その例の団体
のところに掛けているみてーだ。
つうか、テロ組織とその団体が関係しているかもしれないっての
は、内緒じゃなかったのか? だから、ライラックは裁判とかにな
ってたって話なのに、こんなにアッサリバラすか? しかも、ブラ
ックとかアッシュの前で。
それとも、﹁今更そんなことどうでもいい﹂ということなのか、
単にこいつが考えなしか⋮⋮⋮
621
﹁ほら、スピーカーにしてやったから聞こえるだろ? おい、その
まま話せよ﹂
﹃⋮⋮⋮えっと、こ、これで、話ができるんですか?﹄
とにもかくにも聞こえてきたのは⋮⋮⋮
﹁ほら。あの大人しめのウザそうな女だ﹂
﹁ペット⋮⋮やっぱりかよ⋮⋮﹂
まあ、予想通りだった。
﹃あの、その、き、聞こえてますかー? ⋮⋮⋮あの、これで使い
方はあってるんですか?﹄
初めて﹃電話﹄というものを使うってことで戸惑ってるんだろう
が、あのバカ⋮⋮⋮
﹁ペットオオオオオオ、お前ええええ、何やってんだコラァ!﹂
﹃ひっ! えっ、えええ? ヴェルトくん? す、すごい、魔水晶
でもないのに、こんなに平べったくて小さいもので会話ができるな
んて⋮⋮⋮﹄
﹁んなことはどうでもいいだよ、バカ! お前、何簡単に捕まって
んだよ!﹂
622
﹃えっ、あっ、えと、ヴェルトくん?﹄
流石にいきなり怒られると思わなかったのか、戸惑って歯切れの
悪いペット。
だが、すぐに状況を察知して申し訳なさそうに言ってきた。
﹃ご、ごめんなさい、ヴェルトくん⋮⋮⋮その、エロスヴィッチ様
とリガンティナ皇女がコンサート会場で騒動を起こして⋮⋮⋮その
時、気を使って下さったアプリコット姫が、連れてきてくれたお店
に行ったら、その、変な人たちが待ち構えていて⋮⋮⋮私も姫様も
お付の人も急に囲まれて⋮⋮⋮﹄
﹁どーして、簡単に敵に捕まったりするんだよ! 本当にメンドく
せえ! つか、てめーそれでも元人類大連合軍に選ばれたエリート
かよ! エルファーシア王国騎士団の人間かよ! 強いんだからも
うちょっと抵抗しろよ! それもダメなら、それこそ飼われたペッ
トみてえに首輪でも付けて家の中でワンワン吠えて御主人様の帰り
でも待って尻尾振ってろ、このバカやろう! しかも、護衛だなん
だの連中も本当に使えねえし!﹂
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮ひ、ひどいっ! そ、そこまで言わなくても⋮⋮⋮
わ、私が悪いのはわかるけど⋮⋮⋮ごめんなさい⋮⋮⋮﹄
ちっ、そして涙声になりやがって。
だから、あいつは昔からイラつくんだよ。
623
﹁いや、ヴェルト。お前、マジ、ふざけるなって感じなんで﹂
﹁こいつ、何を泣かせてんのよ﹂
﹁にゃっは最低﹂
﹁これも殿と言えばそれまででござるが﹂
しかも、ニートもブラックもオレンジもムサシも、俺の過去話を
聞いたあとだから、なんかかなり視線が痛い。
でも、今も言ったが、ペットは普通に戦えばソコソコ強いハズな
んだからもうちょい抵抗してもって思うのは︱︱︱︱︱
﹃ちょっと、あんた! 女のくせに何を男と電話してんのよ! ざ
けんな! もう一度あんたにしっかりと教育してやるから!﹄
﹃わかります、ペットさん。私も見た目はただの文学少女でカモフ
ラージュしたいと思っていた時期がありました。でも、自分を偽っ
ても何もいいことはないのです。女は男に触れてはいけないのです。
男の逞しき肉刃と交えられるのは同じ刃を持つ者同士! 男子の!
男子による! 男子のためのチャンバラごっこ! 激しい斬り合
いの末、突き刺すのはどっちなにょかあああ、ぶっはあああっ!﹄
﹃もうたくさんだ! 貴様は不純物だとなぜ気づかない! あれほ
どの素材が揃っているメンバーの中に居る自分を不自然になぜ思わ
ないのか! ブーメランパンツレスリングバスティスタ! ダウナ
ー系ジャレンガ! 受けヤンキーヴェルト! オールマイティプレ
イヤーニート! これをなぜ邪魔しようとするッ! お前に女子と
しての礼節や矜持はないというのかああああっ!﹄
﹃さあ、ゲームを始めましょう! 受け・攻め当てゲーム! 今か
ら、美青年の写真パネルを次々見せていきますので、この美青年は
624
受けなのか攻めなのかを一瞬で当ててもらいます! さあ、どっち
!﹄
﹃それが終わったらBLカップリング神経衰弱をやります! 美青
年カードを裏にしてテーブルの上にばら撒いて、ランダムで二枚め
くっていきます。めくったカップリングで一つ妄想ストーリーを発
表してもらい、回りが興奮したらポイントゲット! 最後に一番ポ
イントの高かった者が勝利!﹄
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ペットの声をかき消すほどの迫力のある女たちの声
が聞こえた。
⋮⋮⋮なるほど⋮⋮⋮怖くて抵抗できなかったか⋮⋮⋮ ﹁おい、ペット﹂
﹃ひうっ、ヴェ、ヴェルトくん⋮⋮⋮あの⋮⋮⋮﹄
﹁仕方ねえから、とりあえず行ってやるよ。だから、洗脳は堪えろ
よ。すぐに助けてやるからよ﹂
﹃ッ、ヴェルトくん⋮⋮⋮﹄
ったく、仕方ねえな。助けてやるか。あ∼、メンドくさい。
﹁そういう約束だったからな。それに、世界一臆病なお前は俺でも
守れるぐらいに弱いんだから、守るのに丁度いいからな﹂
﹃ッ!﹄
すると、ペットが息を飲んだようにビックリして黙った。だが、
625
すぐに、クスリと声が漏れた。
﹃ズルい⋮⋮今更そんなこと思い出すなんて⋮⋮遅いよ∼⋮⋮﹄
﹁ふん、お前だって俺のことを二年間忘れてたくせに﹂
﹃ほらズルい! 気にしないって言ってたのに、その話⋮⋮それ言
われちゃうと⋮⋮私、どうしようもないよ∼⋮⋮本当に、ヴェルト
くんって酷い﹄
﹁それこそ今更だろ?﹂
さっき、昔の話をしたから、何だか久しぶりに弾んでペットと会
話した気がした。
それが電話越しというのも何か変な気分だ。しかも、純正ファン
タジー世界の住人ペットを相手に。
﹃﹃﹃﹃だから、男とイチャつくんじゃない!﹄﹄﹄﹄
﹁﹁﹁だから、本命じゃないくせにフラグ立てるな!﹂﹂﹂
とまあ、電話の向こうからと、ニート、ブラック、アッシュの三
人からの同時ツッコミを入れられる始末。
﹁はう∼、殿∼、もう、殿はかっこいいでござる∼⋮⋮さすがは、
拙者の⋮⋮えへへへへ﹂
626
ムサシは除いてだが⋮⋮
まあ、なんか、少し恥ずかしい気もした。
とは言いつつも、フラグ云々は抜きにして、俺がこのまま行くの
はほかの連中は簡単には許さなかった。
﹁とはいえ、殿、危険です。この妙な男の口車に乗っては、どのよ
うな罠があるやもしれませぬ!﹂
﹁ってか、それってバラバラに行くのか? 俺、バラバラなら勘弁
して欲しいんで。ヴェルトは別行動だし、ムサシは絶対ヴェルトの
方に行くから、俺が一人になっちゃうんで﹂
﹁ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そもそも、そんな面会は私たち
が許さないわ! エゴテロリスト・ストロベリー! むしろ、あん
たはこの場で逮捕するわ!﹂
﹁こんな所に、にゃっは堂々と来られたのに逃がすなんて、にゃっ
はできないんだから!﹂
まあ、そうなるよな。
﹁おいおい、散々ウザイラブコメ見せた後でそれ? うわ、ウザ。
テロには屈しないって? ウゼー、アイドル姫共﹂
﹁当たり前よ!﹂
﹁あ、そうなんだ。ふ∼∼∼∼∼∼∼∼∼ん、ウザ﹂
その時、不愉快そうな表情を浮かべながら、ストロベリーは何か
627
のスイッチを押した。
すると⋮⋮
﹁ッ!﹂
﹁なっ!﹂
﹁⋮⋮えっ⋮⋮﹂
﹁にゃっ!﹂
近くから巨大な爆発音がした。
既に半壊している俺らのエリアにもその揺れが伝わってきた。
﹁こことは離れたエリアにある、⋮⋮何のエリアだっけ? 忘れた。
んで、ついでだからウザくもう一つポチッとな﹂
﹁ちょっ、あ、あんたっ!﹂
﹁あっ、ここも押しとこ。ここも。ここも﹂
﹁な、ちょっ、ぐっ、や、やめっ!﹂
ちょ、おいおいおいおい! 次々と巨大な爆音が響き渡り、揺れ
が! ま、まずい! 俺らのエリアも、瓦礫が余計にふってきて⋮⋮
﹁ふわふわレーザーッ!﹂
もう、流石に支えるのは無理だ。だから、俺は、天井から落ちて
くる瓦礫を、いっそのことレーザーで消滅させた。
628
そして、空に伸びる光の柱が消えたとき、周りを見渡したら、さ
っきまで館長が目を輝かせて説明していた展示品が、無残に瓦礫に
潰されて、メチャクチャになっていた。
﹁おお、ありがとな、ヴェルト。あんまここに影響が無い離れたエ
リアを爆破してたんだけど、ここが元々壊れかけてたの忘れてた。
カカカカカカカカ!﹂
﹁テメエ⋮⋮﹂
﹁恐い顔すんなよ、ウゼーな。もうやらねーって。これ以上ここを
爆破したら、俺も巻き添えくらって死んじまう。だから、次は⋮⋮
こっち♪﹂
﹁ふわふわ回収ッ!﹂
﹁⋮⋮⋮おっ⋮⋮﹂
ここでは爆破はもうやらない。なら、次は? 決まってる。コスモスやリガンティナたちが居るところだ。
俺が後一歩、こいつの手からスイッチを取り上げなければ、こい
つは本当にやっていた。
﹁あ⋮⋮あんた、なんてことをッ! こ、ここがどれだけの歴史が
詰まった場所か⋮⋮どれだけの遺産が残っていたと思っているの!﹂
﹁じゃあ、ウゼーお姫様、テメエは人生で何回ここに来たことがあ
629
る? 数えられる程度のもんだろ? じゃあ、ここに毎日来いと言
われてテメエはここに毎日来るか? こねーだろ? 所詮、その程
度のもんだよ。展示品だって、昔からあるものとウゼーぐらい変わ
らねーだろ?﹂
﹁それが、一体なんだっていうのよ!﹂
﹁でも、俺は毎日スナック菓子もジャンクフードも食える。それこ
そ数え切れないほど食える。一生コミックを読んで生活しろといわ
れても喜んでやる。そういう数え切れないほど行うことを許容でき
る、むしろ自らやる。それこそが、サブ・カルチャーの魅力。それ
を廃止して後世に残さず、カビの生えた博物館の方が後世に残す遺
産∼? カカカカカカカカカカ! 断言するぜ? サブ・カルチャ
ーを廃止したら永遠に恨みを持って戦う奴らは現れる。だが、博物
館が爆破されても、せいぜい二∼三週間ニュースで騒ぎになって、
たまにやる特番の世紀の衝撃映像とかで取り上げられる程度。その
程度のことだぜ? 俺のやったことは﹂
ふ∼∼∼∼⋮⋮⋮⋮とりあえず⋮⋮
﹁うるァ!﹂
﹁ッ!﹂
﹁ちょっと、黙れ﹂
ベラベラうるせえ、こいつのドタマを一発警棒でぶん殴っておい
た。
手に痺れが残るほど、振り抜いて。
630
﹁ごっ、お、おおっ! ⋮⋮って∼⋮⋮テメェ、何ウザイことして
んだよ!﹂
完全不意打ちだったからか、こいつも若干驚いたように目を見開
いたが、すぐに俺を不愉快そうに睨んできた。
でも、これで済むだけまだいい方だ。
﹁おい、その程度のことだ? お前のやったことは? 何を勘違い
してやがる﹂
﹁あっ?﹂
﹁今はこんなもんで我慢してやるが⋮⋮ペットを助けたあとでじっ
くり教えてやるよ。俺を怒らせたことがどれほどのもんかをな﹂
だから、さっさと案内しろ。その後で、俺を怒らせた奴がどうな
るか、テメエを使って後世まで伝えてやるよと言ってやって、俺は
ストロベリーのケツを一度蹴り上げて、前を歩かせた。
﹁⋮⋮⋮⋮おお、ウザ怖﹂
かなりイラっとしてストロベリーは振り返ったが、コイツ自身も
何か思うことがあるのか、結局俺に何かするでもなく、黙って俺た
ちの前を歩いた。
631
第37話﹁現実の男﹂
瓦礫の上を歩きながら、ようやく外へと出た瞬間に目の当たりに
したのは、騒ぎを聞きつけた野次馬や、警察や警備みたいな連中が
グルリと入り口を取り囲んでいる光景だ。
そして、振り返れば、既に取り返しがつかないほど甚大な被害を
受けている博物館の惨状。
何千年と積み上げた歴史も、馬鹿の気まぐれで一瞬にして壊れる。
博物館にまるで興味のない不良とはいえ、俺も何だか少し感傷的
になる。
﹁ブラックちゃんだ!﹂
﹁アッシュちゃんも居る! それに、クラーセントレフンの奴らも
!﹂
﹁そうだ! ヴェルトとムサシだ!﹂
﹁姫様、どうされましたか!﹂
﹁お、おい、それよりもアレ。あの、奇妙な奴ってもしかして﹂
﹁ああ、まさか、テロリストのストロベリーッ! あのイカれたク
ソ野郎!﹂
﹁ひいいいっ、逃げろッ、殺されるぞ!﹂
﹁でも、あの前髪下ろした奴は誰だ? ストロベリーの仲間か? ストロベリーと同じでドリル腕だし!﹂
﹁クラーセントレフンの奴か?﹂
﹁えっ、あんな奴居たか?﹂
﹁ほら、ニー、なんとかだよ、ニー、なんとか﹂
全員一緒に出てきたのが、全員今の世界じゃ有名人の奴らばかり。
そりゃー、こうなるか。⋮⋮一人だけ哀れな奴が居るが⋮⋮
632
﹁どうなってんだよ! クラーセントレフンの奴が来た途端に、テ
ロリストたちも活発なるし、いろいろな場所で騒動が起こるし﹂
﹁そうだよ。今、動画サイトで、クラーセントレフンのエロスヴィ
ッチが、アルカディア8と並ぶ大型アイドルユニット、﹃ハロー小
娘﹄のテレビ収録に乱入してるとか、リガンティナが何故か小柄な
男性用パンツを大量に買占め、﹃ラガイアを私色に染める﹄とか呪
文のように繰り返して誰も近づけないとかだし!﹂
おい、エロスヴィッチとリガンティナ。お前ら、もっとしっかり
しろよ! 変態でもいいから、せめてペットを守れよ。何をやって
んだよ、タコ共。
つまり、そんな風に鼻息荒くしてこの世界の自由時間を堪能して
いる奴らを前に、ペットも距離を置きたかったってところか。まあ、
それで敵の罠にハマって捕まるのもマヌケだが。
﹁んで、どこにあるんだよ、その変態な店は﹂
﹁安心しろ。ここから歩いて行ける場所だ。ウゼエ、イケブクロの
店とそれほど距離はねえ﹂
﹁そんなに近いならそっちから来いよッ!﹂
﹁ウゼーな。少なくともビーエルエス団体の連中とは、簡単に外で
は会えねーよ。あいつらの趣味は、もはやこの世界じゃ認可されて
ねえ犯罪だからな。だからこそ、閉ざされた店内じゃねえと、テメ
エに説教したり、布教したりできねーんだよ﹂
﹁いや、布教されたくもねーし、説教受ける義務もねーんだが﹂
本当にイラつかせる。しかもこんな表通りを堂々と歩きやがって。
本当に指名手配されてるテロリストか?
俺たちが前へ進むと、立ちふさがっていた人壁もすぐにワッと二
手に分かれて道を開けるが、当然俺たちと一定の距離を取りながら
633
も、連中は後ろからついて来る。
そんな中⋮⋮
﹁待て、エゴテロリスト・ストロベリー!﹂
﹁大人しく武器を捨てて、降伏しろ! さもないと、う、う、撃つ
ぞ!﹂
﹁十数える! 早くしろ!﹂
なんか、かなりビビッてる警察関係と思われる連中が、タイヤの
無いスカイカータイプのパトカー越しからマイクを通して叫ぶ。
だが、それでこいつは止まらねえ。止まるわけがねえ。
むしろ、ウザイと言って蹴散らすだろう。
﹁カカカカカ、ヴェルト。テメエはこの世界はウザイし、警備もヨ
エーと言ったな。それは、間違いないんだよ﹂
﹁なに?﹂
﹁分かるだろう? あらゆる規制を敷いたお利口さんな世界は、人
から牙や戦う意志を奪った。昔はボクシング映画の﹃ロッカー﹄を
見終われば、フードかぶってシャドーしたりと影響される奴がいた
が、今の世界じゃそんなことはありえねえ。ウザイだろ?﹂
﹁⋮⋮⋮ロッカー? ⋮⋮アイ・オブ・ザ・リオン?﹂
﹁おお、そうだよ、獅子の目だ! って、何で知ってるんだよ、ク
ラーセントレフンの住人が!﹂
634
ターミニイチャンに続き、ロッカーか⋮⋮
﹁おい、ニート。サブカルチャーの父・レッドってのはクラスメー
トなんだろ?﹂
﹁多分な﹂
﹁二千年を越えるほど、どんだけあいつは残してるんだ? どうな
ってんだよ、そいつは﹂
﹁⋮⋮いや、俺もあいつはただのアニメオタクだと思っていたけど
⋮⋮まさか、ここまであいつが雑学王だとは思わなかったんで﹂
いや、もはや王を越えた神だろ? 何でここまでのもんを残せる
んだよ。
だが、それと同時に、これだけのものを世代を越えて残している
となると⋮⋮
﹁おい、ストロベリー﹂
﹁ん?﹂
﹁⋮⋮⋮テメエらが信奉する、サブカルチャーの父・レッドは、一
体何の罪で捕まったんだ?﹂
そう、これだけ世界に貢献しまくっている男が何で? 話を聞く
限り、禁止や規制が引かれようとも、世界の発展にそれだけ貢献し
た男だろう? その功績ですら許されない、一体どんな罪を?
635
﹁⋮⋮へえ、興味ある?﹂
﹁いいから早く言えよ﹂
俺の質問に少し意外そうにしながらも、少しニヤつきながら、ス
トロベリーは言った。
﹁レッドの罪。それは、教祖クリアと同じ罪。超危険な異物を持ち
込んで、この世界を滅ぼしかけたからだ﹂
﹁滅ぼし⋮⋮かけた?﹂
﹁ああ﹂
滅ぼしかけた? どういうことだ? なんか、ヤバイもんでも開
発したか?
﹁二千三百年前。クラーセントレフンとこの世界のドアを完全に遮
断した後に発覚したこと。なんと、レッドとクリアは、当時世界を
ウゼーぐらいに追われていた﹃六百六十六魔王﹄の一人を、この世
界に連れてきて匿っていたのさ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮なっ⋮⋮⋮⋮に?﹂
﹁なぜ、敵である魔族の王を二人が匿っていたかは知らない。しか
し、その魔王は当時の他種族含め同族の魔族からもウゼーぐらい嫌
われていた魔王だ。そりゃー、世界は大慌てだ。モア云々を抜きに
して、侵略により自分たちを異界の地へ追いやった魔王の一人がこ
の世界に紛れ込んでいたんだからな。カカカカカカ、この世界一丸
となって総攻撃して捕らえて、レッド、クリアと、三人まとめて冷
凍刑務所にぶち込んだって話だ﹂
636
俺は思わずニートと顔を見合わせた。
当時、人類、神族、魔族、亜人の争いは激しく、他種族同士の友
好なんてありえない時代と世界。
そんな中、自分たちの宿敵でもある魔族の、ましてや魔王を匿っ
た? なんでだ?
当然、その謎は誰にも分からない。
でも、顔を見合わせた俺とニートは、ある一つのことが頭に思い
浮かんだ。
レッド。そしてクリアはニート曰く、十中八九クラスメートなん
だろう。
その二人が、異種族の魔王を、誰にも分からない理由で匿おうと
したワケは⋮⋮⋮まさか⋮⋮⋮
﹁ほら、ウゼー話してたら着いたぜ?﹂
あっ、やべ、全然気付かなかった。
博物館からどれだけ歩いたか? 多分、そんなに歩いていないだ
ろう。
後ろの野次馬たちだって全然減ってないし。
﹁その店は、会員制の?﹂
﹁待て、テロリスト・ストロベリー! 止まれと言っている! ク
ラーセントレフンの来賓をつれてどうするつもりだ!﹂
そして、言葉とは裏腹に、物凄い逃げ腰の警察諸君。完全にビビ
ってる。
まあ、俺たちの世界以上に平和ボケしているらしいから、凶暴な
犯人を逮捕とか、経験がないんだろうな。
637
﹁ちょっと、あんた、本当にそのまま行く気? ねえ、待ちなさい
よ!﹂
﹁にゃっはやめたほうがいいって! あとは、私たちに任せて!﹂
そして、だからこそ任せろなんて言われても、何も任せられる気
がしねえわけだ。
つうか、任せられるなら、ペットだってこんな易々と捕まらない
んだしな。
だから⋮⋮⋮
﹁安心しろ。会員制だか何だか知らねえが、こんな店、本日限りで
閉店だ﹂
﹁ヴェルトッ!﹂
さて、扉を開けたそこは、昨日のライラックの店と遜色ないよう
なものだった。
アンティークチックな喫茶店に、その中央には小芝居をやるため
のステージ。
店内は大変賑わっており、女しかいない。
しかし、普通、女しかいなければ、もう少しいい匂いだったり、
華やかな感じがするはずなのに、この熱気はどうだ?
﹁きさまあああ! なんだその妄想はーっ! どれだけ私を寝不足
にすれば気が済むのだーっ!﹂
﹁素晴らしい芸術品よ。ブラックマーケットで卸したいのだけれど、
いくらになるかしら?﹂
﹁この時代の造形物は本当に素晴らしい。政府の国立図書館のデー
638
ターベースにハッキングすれば、もっといいのが?﹂
﹁いいえ。これらは非公認の団体が作ったもので、一般的に出回っ
ているものではありませんわ﹂
﹁ペットさん、こちらも教材として非常に素晴らしいものです。見
なければ人生損します﹂
﹁さあ、腐りましょう! 人は、腐ってこそ味わい深いものになる
ものです!﹂
まず、容姿についてなんだが、普通な女、結構可愛い女、豚みた
いな女、色々な女が居る。
その誰もが熱い激論を交わしながら、店内のモワッとした空気を
作り出してる。
昨日のライラックの店は、劇の衝撃に言葉を失っていたが、こい
つらのこの熱さ、改めてみると、なんか引く⋮⋮
﹁カカカ、相変わらず、ウゼーキメエ﹂
まさか、こんなウザイ男と、意見が合うことがあるとは思わなか
った。
そればかりは心の底から同意だった。
﹁来たようだな﹂
その時、まるで自動音声のような抑揚の無い機械的な声が聞こえ
た。
っていうか、機械だ。 639
﹁こ、これは、また個性的な人。反応に困るんで﹂
﹁な、にゃ、にゃんでござる? この者は﹂
さすがのニートもムサシも、警戒しようにも反応に困る衝撃だっ
た。
しかし、機械声の一言が流れただけで、物凄い形相の女たちが、
入り口に立つ俺たちに一斉に振り返った。
コワ⋮⋮⋮
﹁カカカカカ。来たぜ、メロン代表﹂
メロン代表。そう呼ばれた
本当にメロンの被り物してるよ。なんつーセンスだ。流行ってん
のか?
身長は少しスラッとして、ウェストもかなりしまって、そしてこ
っちもメロンのような両胸。
しかしどうしてだろうか? 何だかこの女の体に違和感を覚えた。
どこか自然さを感じさせない体。エルジェラの天然巨乳を堪能し
ている俺だから感じるのだろうか。
この女、何か不自然だ。
﹁体中を見渡すな。下劣な男﹂
そして、メロン女は、手に薄いタブレットのようなものを持ち、
それをカタカタとタイピングし、それに伴って、タブレットから声
が発せられた。
こりゃまた、変な奴が⋮⋮⋮
﹁う、うそ、あ、あのビーエルエス団体の、メロン代表? 本物!﹂
640
﹁私たちもこうして会うのは、にゃっは初めて!﹂
いや、ブラックとアッシュも驚いているが、別にこんなのに会っ
てても、会ってなくてもどうでもいいだろうが。ただの変な奴にし
か見えねーし。
﹁随分と個性的なコミュニケーションする奴だな﹂
思わず俺がそう言った瞬間、周りの女たちが一斉に立ち上がった。
﹁ふざけるな、クズ男! メロン様が、お前のようなクズ男と直接
言葉を交わされるはずがないだろう!﹂
﹁本来、メロン様はあなたのような方と、同じ空間で呼吸をするこ
とすら苦痛だということを知りなさい!﹂
ビックリした。いきなり、女が鼻息荒くして捲くし立てるなよ。
ヒステリックなのはアルーシャだけで十分なんだから。
﹁んなこと言われたって、呼んだのは、そのメロンだかパイナップ
ルだか分かんねーが、そいつの方だろうが。説教するだとかほざい
てるみてーだが、文化も世界も違う人間同士に、テメエの価値観押
し付けるなよな﹂
﹁んまっ! なんなのですか、この男は! 一人の女性を愛し、生
涯守り続けるというのであれば、百歩譲って、男女の交際は認めま
しょう! しかし、それすらせず、肉欲の赴くままに妻を六人娶る
などということを平然と許容している最低最悪な男が、文化を語る
資格はありません!﹂
641
﹁それは、俺じゃなくて、俺の嫁に言え! 三人ほどは、俺の意思
など関係なしに、ドサクサに紛れて無理やり嫁になってきた女だし
!﹂
﹁女の所為にするとは、恥を知りなさい! このブ男め!﹂
﹁ああん? 勝手なこと抜かしてんじゃねえぞ! 大体、女っての
は、なんかあるとすぐに男女差別とかほざいてくるくせに、ちょっ
とこっちが厳しく接したら、女相手なんだから気を使え? 冗談じ
ゃねえ! 気を使ってほしけりゃ、もっとこっちが気を使いたくな
るぐらいの女になれってんだよ! 男と付き合ったことも無さそう
な、鼻息荒くしてる腐ったメス豚共に、何で俺が男としてどうだと
ののしられなくちゃならねえ!﹂
イラッとしたので俺も負けじと言い返してやった。目に見えて女
共の不愉快そうな顔が益々強くなっていってる。
﹁いや、お前、そういうこと言うから女に怒られるわけなんで﹂
﹁知らないけど、あいつのお嫁さん、よくあいつと結婚したいなん
て思ったわね﹂
﹁なんか、家庭内暴力とか、にゃっは厳しそう﹂
﹁むむむ、それは違うでござる! 殿は確かに言葉が乱暴なところ
はありますが、甘えればとても可愛がってくださるでござる!﹂
うるせえ。
そして、俺が可愛がるのは、コスモス、ハナビ、ムサシ、ラガイ
ア限定だ。
すると⋮⋮
642
﹁男であれ、女であれ⋮⋮﹂
﹁あん?﹂
﹁お前の愛は軽い。ヴェルト・ジーハ﹂
メロン頭が俺に向かってアッサリ一言。流石に、イラッ、じゃな
くてムカッと来た。
自分の声で話さず、機械を通して話しながらも、俺を貶すその声
が、余計にムカつく。
だが、メロンは続ける。
﹁そんな男がクラーセントレフンを支配し、称えられている? こ
の世界でも来賓として歓迎する? ふざけるな。世間から白い目で
見られようとも、たとえ法で規制されようとも、決して揺らぐこと
無くその思いを貫き通す心こそ本物。ここに居る彼女たちのBL魂
こそ本物。そして、それが愛。しかしお前はどうだ?﹂
﹁あ゛?﹂
﹁女なら誰でもいいのではないのか? 半端に女を振り回し、愛を
知らぬまま、ただ好き勝手に生きる。ペット・アソーク、お前はこ
んな男に振り回されて、自分が情けないと思わないのか?﹂
なんだこいつは? ようするに、いい加減な俺がチヤホヤされて
いることが、回りから白い目で見られようともBL好きを貫く自分
643
たちには不愉快だと言いたいのか?
どうでもいいが、スゲー大きなお世話どころか、単なる八つ当た
りだろうが。
っていうか、メロン女がちょっと視線を逸した先には、五人ぐらい
の女に囲まれて、テーブルで号泣しながら座っているペットが居た。
﹁おう、ペット。まだ洗脳されてないか?﹂
﹁ふぐ∼∼、ヴェルトく∼∼ん、こ、怖かったよ∼⋮⋮ジーゴク魔
王国との戦いより怖かったよ∼⋮⋮﹂
ペットの座る丸いテーブルの周りには、薄い本が数え切れぬほど
積み上げられ、なんかペットがゲッソリとやつれていた。
しかも、なんか、耳にはヘッドホンを付けさせられて⋮⋮
﹁ペットさん! ッ、それにアプリコット! あんたまで何やって
んの!﹂
ん? アプリコット? ああ、あのアイドル姫の一人か。確か、
ペットと行動を一緒にしてた。
そいつも捕らえられたのか、周りを囲まれてる。
﹁ごめんなさい、ブラックちゃん、それにアッシュちゃん。私たち
もいきなりで⋮⋮﹂
ん? ちょっと待てよ。ペットならまだしも、お姫様まで誘拐さ
れたにしちゃ、随分と⋮⋮
それに、あのアプリコットって女。攫われたにしちゃ、どこか反
644
応が不自然に見える⋮⋮
﹁う、ううう、うわあああああん、私の頭の中で音楽が鳴り止まな
いよ∼、﹃うたのキングさまっ﹄が頭から離れないよ∼﹂
って、今はペットが先決か? 頭を抱えながら悶えるペット。
セーフか? アウトか? まあ、とりあえず可哀想に⋮⋮
﹁ったく、人の幼なじみを勝手に連れ回しては、トラウマになるよ
うなことしやがって。テメェら覚悟出来てるんだろうな?﹂
﹁笑わせるな、ヴェルト・ジーハ。彼女は元々そういう素養があっ
た。それをお前のようなクズの性欲の被害に遭う前に救出し、至高
の道を教えてやったに過ぎない﹂
って、ちょっと待てよ。俺の発言に間髪いれずに言い返してきた
メロンだが、今のは聞き捨てならねえ。
﹁ざけんな! 何が性欲の被害だ! 俺がいつ、ペットにセクハラ
した! 欠片もしようと思ったこともねえ! 大体、俺が、ペット
にそんなほにゃらら的なことしたら、嫁にブチ殺されるってわかっ
てんのに、そんなことするか! 大体、ムサシがここに居るんだ!﹂
﹁は、はにゃあ、と、とにょ∼∼﹂
﹁ど∼∼∼しても、我慢できなくなった時はムサシが居るのにそん
なことするか! こんな素直で従順でゴロゴロ甘えてくるムサシが
645
居るのに、んなガキの頃から根暗でオドオドビクビクして、別にス
タイルだってそんなにいいわけでもねえ引っ込み思案のメンドクセ
ー女に、手なんて出すかァッ!﹂
俺は、慌ててムサシを抱き寄せて、メロンを睨みつけてやった。
すると⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮ん?
﹁ひっぐ、うっぐ、うう、わ、⋮⋮分かってるもん⋮⋮⋮⋮⋮⋮ヴ
ェルトくんの周りは⋮⋮姫様含めて、みんな素敵な人ばかりだって
⋮⋮分かってるもん⋮⋮⋮⋮⋮⋮私の現実なんて⋮⋮⋮⋮そうだも
ん⋮⋮分かってるもん⋮⋮﹂
いや、お前、泣くなよ⋮⋮⋮⋮まるで俺が悪いみたいに⋮⋮
﹁ヴェルト、お前、王になるんだからそういう発言マジヤバイと思
うんで。もし、元の世界にSNSがあったら、一瞬でお前が炎上す
る未来が見えるんで﹂
﹁さいってー⋮⋮⋮⋮あの過去話聞いた後だからこそ、こいつ、ほ
んっと最悪﹂
﹁もう、にゃっは嫌い、こんな男!﹂
﹁カカカカカカカカカ、無駄にいい顔するより、ハッキリ言う分、
646
俺は別にウザイと思わねーけどな﹂
﹁しねーーーーー、爆ぜろ、この糞男!﹂
﹁おまえなんて、妄想するにも値しない! ゲス男、クズ男!﹂
﹁ペットさん、リアルの男なんてこんなものです! でも、妄想の
王子様たちはあなたを裏切りません! さあ、現実を捨てるのです
!﹂
俺が悪いみたいじゃなくて、完全に悪くなっちまったよ。
﹁うるせえ! 人から罵倒されて炎上することが怖くて不良ができ
るかよ! テメェら、妄想でしか愛だのを語れねえ奴らはそんだけ、
ウゼーってことなんだよ!﹂
もう、照れてるムサシ以外、なんか味方もいなくなっちまった。
ペットも、﹁もうどうでもいいや﹂的な魂が抜かれたかのように
落ち込んでる。
あ∼∼∼∼、メンドクサ!
﹁ただな、それでも俺がこうしてここに来たからには、ペットは返
してもらうぜ! それは別に愛でもねえし、下心でもねえ。それで
も、守ってやると約束したから、俺はこうしてここに居る。何があ
ろうと、これ以上好き勝手させねえ。それが、俺がガキの頃からの、
あいつとの約束だ﹂
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
647
⋮﹂﹂﹂﹂﹂
﹁俺がペットをどう思うか、ペットのためにどう動くか、俺たち二
人のことにいちいちイチャモンつけるやつは、勝手に騒いでろ! 罵倒も批判も、俺には興味ねえ⋮⋮⋮⋮って、な、なんだよ、急に
黙りやがって﹂
すると⋮⋮⋮
﹁はう∼∼∼∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮何でそういうこと言うの∼⋮⋮⋮もう、
恥ずかしいよ∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮落として上げるなああああああああああッ!﹂﹂﹂﹂
﹁どっちなんだよ!﹂
なんなんだ、こいつら! どっちにすりゃいいんだよ、俺は! もう、訳がわからん! さ
っさとこいつらブチのめして、ペット連れて帰るか。
﹁現実でも初めて見る。これほど、一人の男を殺したいと思ったの
は﹂
すると、嫌悪の中に殺意を混ぜたメロンが一歩ずつ俺に近づいて
くる。
648
こいつ、まさか、ヤル気か? ﹁だからこそ、お前には教えてやらねばならない。お前など、称え
るに値しないただのクズだということを。そして、女をバカにする
お前に真の愛とはどういうものかを教えてやろう。そして、ペット・
アソークを救い、文化の素晴らしさを教えてやろう﹂
﹁結局それかよ! どいつもこいつも、意味の分からねえ理論で、
偉そうに何を寝ぼけたこと言ってやがる! 愛を教えるとか、説教
とか、布教活動とかほざいて、それが無関係のやつを拉致ってノン
ケからBL推進派に変えることってか? ふざけんな! ただの迷
惑なんだよ、んなもん!﹂
そして、そこで文化に何で繋がるのかが全く意味不明だ!
﹁それでも、そっちが腐った文化を押し付けるというなら、目には
目をだ。テメエらこそ覚悟しろ。女だろうが関係ねえ。異世界産の
クソ不良が、不良の暴力文化を叩き込んでやるからよ!﹂
なら、もう、こっちもこっちでやらせてもらう。
力ずくで来るなら、こっちもベソかかせてやるよ。
誇れることでもねえが、女を泣かせるのは昔からの得意分野化だ
からな。
﹁驕るな、半端者の原人が。お前ごときが私に勝てると思うか?﹂
649
﹁ッ!﹂
﹁お前は、何も分かっていない﹂
な、にい?
﹁ッ、う、うおおおっ!﹂
ッ、な、何が起こった!
﹁お前に見せてやろう。クズには分からない、世界最新鋭の究極の
技術というものを﹂
どういうことだ? 一瞬で、何の前触れもく、地面が突如真っ黒
い穴に? 落ちる! 床が、壁が、どこまでも奈落の底へと!
しかも、その奥底には⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ、嘘だろ! ま、ま、マグ
マあああッ!
﹁お前のクズな五感で味わうが良い。アルティメットホログラフィ
ックタクティクスをな﹂
650
第38話﹁うろたえ﹂
機械の声で見下したような声が聞こえてきた。
にしても、どうなってやがる! 急に落とし穴に落とされ、その
下に、マグマが!
﹁って、落ちるかよッ!﹂
俺は空を飛べるんだから、このまま黙って落ちることも⋮⋮
﹁ビッグウェーブ﹂
って、マグマが大津波! 俺を飲み込む勢いで⋮⋮って、これも
効くかよ!
ヴェルト
﹁ふわふわ世界! 俺に、その手の技は通用しねえ!﹂
慌ててマグマをコントロールして難を逃れたが、どういうことだ?
急に世界が変わったかと思ったら、急にマグマに襲われるし、こ
いつ、一体どうやって?
﹁ならば、灼熱地獄に身を焼かれろ﹂
また聞こえた、機械の声。メロンの声か! しかし、どこから声を発してるのか分からねえ。壁も天井も見え
ない世界。
ここはどこだ? メロンは?
651
﹁太陽熱﹂
ッ⋮⋮う、嘘だろ?
﹁ちょ、ちょおまてええ!﹂
太陽! 空に輝く太陽が、気づけば俺の目の前に! 目が一瞬で焼かれ、体が⋮⋮
﹁っ、ぐあああああああああああああああああああっ!﹂
と、溶けるッ! 皮膚が、血が、内蔵が、脳が、一瞬で溶け⋮⋮
ヴェルトレヴォルツィオーン
﹁ふ、ふわふわ世界革命!﹂
何かをしなくちゃならねえ。無我夢中で魔力を最大放出していた。
だが、次の瞬間、どういうわけか世界が粉々に割れた気がした。
気づけば、俺は、変態店の中で、メロンと向かい合っていた。
﹁ッ! あ、あれ? 手も、足も⋮⋮なんともねえ?﹂
俺の全身は、間違いなく一瞬黒焦げになって爛れた。
そして、紛れも無く今の痛みは本物だった⋮⋮どういうことだ?
﹁ヴェルト、お前、一体何があったんで!﹂
﹁殿、急にどうされたのでござる!﹂
652
ニートたちは気づいていない? 俺に何があったのかを⋮⋮
﹁無我夢中の精神力で無理やり現実に戻れるとは思わなかった。ク
ズでも、少しはできるようだ﹂
﹁ッ、テメェ、今、何をしやがった!﹂
﹁これが、超最新鋭の映像技術だ﹂
映像技術だと?
ちょっと待て、あれが映像だと? でも、あの感覚は⋮⋮
﹁ふふん、いい気味! メロン代表の技術力に言葉を失ってるよ、
あのクズ男﹂
﹁それだけ代表の技術は素晴らしいんだから! そのまま精神を壊
して、爆ぜろッ!﹂
技術だと? 武器でもなく?
こいつ、一体、何をしたんだ?
﹁ヴェルト・ジーハ。お前は﹃ノーシーボ効果﹄というものを知ら
んか?﹂
﹁ああっ?﹂
﹁お前のようなクズでは理解できない世界ということだ。こんなふ
653
うにな﹂
また、光った⋮⋮⋮⋮って、おい!
﹁キシャアアアアアアアアアアアアアッ!﹂
巨大なアナコンダがいつの前に俺の目の前に口を広げて飲み込も
うと!
避け⋮⋮ッ、無理だ、遅い、って!
﹁ジャアアアアっ!﹂
﹁シュルルッ!﹂
いつの間に、体中に何匹もの蛇が俺に絡みついて! ヌルッとし
た感触が、き、気持ち悪いッ!
しかもアナコンダは俺を頭から飲み込むわけじゃなく、素早い動
きで俺の体をグルグル巻きにして、身動き取れないようにして締め
付けてきやがって!
﹁ぐっ、か、体がッ! ぐっ、んのおおおっ! ふわふわ乱気流ッ
!﹂
体の内側から、外へ魔力を一気に解き放つ! たかが蛇ごときが、
この俺に⋮⋮⋮ッ!
﹁うっ、なっ⋮⋮⋮﹂
俺から力づくで引き剥がされた蛇は、内蔵を破裂させて、中から
ドロドロにウネった何かを飛び散らせた。
654
蛇の内蔵? しかも、やけに毒々しい何かを纏ってる。
﹁さあ、次は毒の霧に犯されて死ね﹂
ダメだ、訳がわからんっ! 吐き気がする!
﹁ッ、そ、もうよく分からねーが、とにかくテメエをぶっ倒せばい
いだけだろうがっ! ふわふわレーザーッ!﹂
とにかくわかっているのは、このメロンが何かをやっているとい
ういことだけだ。
なら、こいつ本人を撃ち抜けばいい。
こいつの足を目掛けて、レーザー砲を⋮⋮⋮
﹁その力が、お前を自惚れさせているのか?﹂
﹁な、なにいっ?﹂
レーザーで撃ち抜いた⋮⋮⋮と思ったら、すり抜けた? どうい
うことだ?
﹁お前は最早、何が現実で、何が作られた映像なのかも理解できて
いない。真実を見通せぬ者が、愛を語るな﹂
ッ! 背中から痛みがッ!
655
﹁ッ、な、なに?﹂
﹁這いつくばっていろ。ゴミクズ﹂
振り返ると、そこにはメロンがいた。
俺を後ろから蹴り飛ばしたのか? 馬鹿な! 何も分からなかった! どうなってんだよ!
﹁お、おい、ヴェルト、さっきから何してるんで! いきなり慌て
たり、レーザーを誰も居ないところに撃ったりッ!﹂
﹁殿、ご乱心を? ッ、ならば、ここは拙者がッ!﹂
﹁ヴェルトくん、ど、どうしたの!﹂
ニートもムサシも、ペットもやっぱり気づいてねえ? 俺に何が
あったのかを。
﹁落ち着きなさい、ヴェルト! あんた、完全にメロンの術中にハ
マってるわよ!﹂
﹁噂ではにゃっは聞いてたけど⋮⋮⋮そんなにリアルに体感するも
のなの? メロンの映像技術は⋮⋮⋮﹂
映像技術。さっきもそう言っていた。
確かに、映像なのかもしれねえ。でも、感じた感覚は全て⋮⋮⋮
﹁まるで本物のような感覚だった。そう言いたいのか?﹂
﹁ッ!﹂
﹁それは間違っていない。そして、そう思い込ませることこそ、私
の技術力・アルティメットホログラフィックタクティクスだ﹂
ッ! 完全に虫けらを見下すかのような態度で、こいつ!
しかし、驚いたな。怪我そのものは特に目立ったものはないが、
656
精神的にかなり疲れた。
こいつ、一体どうやってこれほどのことを?
﹁ヴェルト、どういうことなんで?﹂
﹁分かんねーよ。ただ、いきなり俺の視界が真っ暗になったり、マ
グマが襲ってきたり、太陽に溶かされたり、蛇に飲み込まれそうに
なるは、とにかくよくわかんねーことが起きてんだよ!﹂
﹁はあ? それって、幻覚か?﹂
﹁いや、幻覚なんだろうけど⋮⋮⋮ただ、感触も痛みも、本物だっ
た﹂
そう、映像技術ということは幻覚だったのかもしれねえ。
しかし、あの瞬間感じた痛みは、まるで本物のようだった。
それはどういうことだ?
すると⋮⋮⋮
﹁そういえば、あいつノーシーボ効果って⋮⋮⋮確かそれって⋮⋮
⋮えっと、なんだっけ?﹂
﹁ニート殿、何か分かったでござるか? 一体、殿の身に何が起こ
っているでござる?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ! 分かった! 確か、ノーシーボって、﹃脳の
思い込み﹄のことだ!﹂
えっ? 脳の思い込み? どういうことだよ、ニート。
しかし、それが正解だったのか、周りは息を飲むようにニートに
注目した。
﹁あんた、ノーシーボのこと知ってるの?﹂
﹁さすが、ディッガータイプは、にゃっは博識?﹂
657
えっ、正解なんだ! スゲーな、ニート、お前何者だよ!
﹁知っているものがいたか。どうやら、男でも、ヴェルト・ジーハ
よりは頭がいいようだな。それでも結果は何も変わらないが﹂
メロンが少しだけニートに感心したような声を発する中で、ニー
トが俺に叫んできた。
﹁ヴェルト、お前に何が見えてるかわからないけど、それは全部幻
覚なんで!﹂
﹁はあ? 幻覚って、だから、痛みは本物だったって言ってるじゃ
ねえか!﹂
﹁多分、それがノーシーボ効果で、お前の脳が勝手に痛みを思い込
んでいるだけなんで!﹂
どういうことだ? 俺は黙ってニートの言葉を聞いていた。
﹁思い込みの力。全く効果のない薬を飲んで、思い込みで副作用が
出たり、暗示でショック死したり、そういうことが実際現実にある
んで!﹂
﹁お、思い込み∼? んな、マンガじゃねーんだし⋮⋮⋮﹂
658
﹁魔法使うファンタジー野郎がそれを言ったら身も蓋もないんで!﹂
馬鹿な。それじゃあ、あの痛みは全部俺の思い込みで? そんな
馬鹿なことがあんのか?
だが、俺の否定をメロンは遮った
﹁全ては映像の見せ方にある。たとえ、映像だと分かったところで
同じ。本来、痛覚というものは、神経や脊髄を通してから脳に情報
を伝達する。しかし、私の開発した映像技術は、脳から神経へ情報
を伝達させる﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ほお⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁そう、こんなふうに﹂
また、世界が変わった! 今度は氷の世界ッ!
ッ、と思った瞬間、体中の神経が凍りつく感覚が!
息すら凍って、全身の体温が一気に!
﹁映像、音、見せ方、その全てが現実でないものを現実だと錯覚さ
せる。幻覚などと一緒にするな? そんな曖昧なものを超越した世
界だ﹂
﹁馬鹿なッ! それじゃあ、何で俺だけ! ほかの奴らは平気なの
に!﹂
659
﹁言ったはずだ。見せ方だと。周り全員にも見えるようにしてしま
ったら、同志たちまで巻き添えをくらう。お前だけにしか映像を見
えないようにする⋮⋮⋮その程度の技術、朝飯前だ﹂
口がうまく開けられねえ! 視界が吹雪で奪われて、鼻水まで凍
っちまう!
﹁目を閉じても無駄だ。既にお前の脳は﹃氷の世界﹄という情報に
満たされている。音だけで錯覚する。音がなくても、ちょっと部屋
に冷房を入れるだけで、冷気がお前の肌に﹃寒い﹄というイメージ
を与える﹂
たしかに、こんなの、幻覚だなんて思えねえ。本物の⋮⋮⋮
﹁さあ、半端なクズめ。いつまでもつかな? 地獄、炎獄、氷獄、
雷獄、風獄。全ての世界がお前の敵だ﹂
﹁つっ、ああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああっ!﹂
正直な話、あらゆる感覚が超越しまくって、まるで世界崩壊の中
心に居るような状況になり、俺は最早何が起こっているのか訳が分
からなかった。
地の奥底に落とされ、灼熱の炎に身を焼かれ、全身を切り刻む吹
雪に襲われ、全身を駆け抜ける雷に撃ち抜かれ、そして暴風雨に飲
660
み込まれる。
これが全部幻覚だと? ふっざ⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁っざけんなッ! 効くかよ、んな幻覚がッ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮まだ壊れないか﹂
﹁ったりめーだっ!﹂
危ねえっ。危うく意識が飛ぶところだった。
惑わされるな。感じる痛みが全部偽物なら、精神で堪えれば、耐
え切れるはず。
そして、これが全部映像を利用した攻撃ってなら⋮⋮⋮
﹁テメェこそ、幻覚ばっか見せてねーで、リアルで味わってみるん
だな! いくぞコラァ!﹂
﹁何をだ?﹂
﹁映像を利用した攻撃かもしれねーが、裏を返せばテメェ自身は正
面から戦えば大したことねーってことだろうが!﹂
映像が途切れた瞬間こそ、勝機だ。
そうすりゃ、こんな青瓢箪の世界の女ぐらい、一瞬で背後に回り
込んで気絶⋮⋮⋮
661
﹁愚か者が﹂
﹁⋮⋮⋮ッ!﹂
き、消えた?
﹁どこを狙っている?﹂
その声は、俺の背後から? 回り込まれた? 一瞬で?
﹁馬鹿な! 空気の流れでも分からなかった!﹂
﹁空気の流れ? それは感覚だろう? その身に感じる空気の流れ
を、幻覚ではないかと何故思わない?﹂
﹁な、にいっ!﹂
﹁言ったはずだ。お前はもう、何が現実で幻覚かも分からないと﹂
っ、なんてこった! 俺の空間把握も通じないってのか? じゃ
あ、俺が今、感じてるもの、聞こえてるもの、見えてるもの、その
全てが幻覚かもしれねーってことか?
﹁そして、私自身は正面から戦えば大したことないと言ったが、果
たしてそうかな?﹂
﹁ッ!﹂
次の瞬間、慌ててその場から飛び退いた俺を追撃するかたちで、
メロンが俺に向かって飛び、距離を詰めて来た。
慌ててカウンター気味に殴る俺の拳は空を切り、その瞬間、俺の
顎にメロンの掌打が⋮⋮⋮
﹁がっ、はっ、のやろうっ!﹂
﹁なんと乱暴で醜い戦い方。それが原人の、クズの領域﹂
662
どういうことだ? 俺の拳が、蹴りが、全て見切られて、いなさ
れている。
こいつ、拳法でも使えるのか? それとも、これは全部幻か? じゃあ、このあしらわれながら返される、腹に、顎に、顔面に貫く
痛みはどっちなんだ?
﹁ちょ、お、おいおいおいおいおい! う、嘘だろッ! あのヴェ
ルトがッ!﹂
﹁あ、あの、あの殿が⋮⋮⋮ぐっ、おのれええ、拙者がたたっ斬っ
てくれるでござる! 拙者の旦那様になにするでござるか!﹂
﹁ウソ、でしょ? 七大魔王や四獅天亜人、光の十勇者にだって負
けない、ヴェルトくんが⋮⋮⋮って、ムサシちゃん、危ないって!
ムサシちゃんまで巻き込まれたら、それこそ一大事だから!﹂
ニート、ムサシ、ペットからはどんな現実が見えてるんだ? 俺
が、ボコボコにされている現実か?
それは分からねえ。だが、一つだけ言えることがある。
﹁カカカカカカカカ、おっそろしーねー、メロン代表。ウゼーぐら
いにな﹂
﹁あの性悪ヴェルトが、ここまで﹂
﹁あのお兄さん、にゃっは強いのに、手も足も出ない﹂
663
そう、このメロンとかいうやつ⋮⋮⋮⋮⋮⋮強いッ!
﹁どうした、口数が少なくなってきたな、ヴェルト・ジーハ。所詮
お前はその程度。半端な男。半端な愛。半端な誓い。最早、見るに
耐えない﹂
﹁ごぼはっあああ!﹂
ッ! メロンの手刀が俺の心臓を貫いて⋮⋮⋮
﹁つうああああああああああっ!﹂
俺の両手足を切り刻んで⋮⋮⋮
﹁︱︱︱︱ッ!﹂
最後に、俺の首を切り落とし⋮⋮⋮
﹁ッ、はあ、ぐっ、は、はあ、はあ、はあ﹂
664
⋮⋮⋮ある⋮⋮⋮手も、足も、首も、心臓も⋮⋮⋮これも全部幻
覚か⋮⋮⋮クソ。
気づいたら地面に片膝ついてやがった。この俺が⋮⋮⋮
﹁クソ、舐めやがって﹂
﹁舐めている? これほどの実力差で、対等に扱ってもらえると思
っていたのか?﹂
﹁あんだとっ!﹂
﹁確かに私は今、お前の心臓を貫き、手足を切り落とし、首を切り
落とす⋮⋮⋮そういうイメージを植え付けた。だが、それは確かに
幻覚だったが、現実だったらどうなる?﹂
﹁ッ!﹂
﹁分かったか? 別に、映像を使わなくても、私は実際にそうする
こともできたのだ。つまり私は⋮⋮⋮お前をいつでも殺せるという
ことだ﹂
ゾクッとした。
この、奇怪なメロンの被り物をした女。別に、舐めていたわけじ
ゃねえが、こんなことになるなんて思わなかった。
気づけば、店内はそれほど荒れちゃいない。
周りにいる女どもが、クスクス俺を哀れんだように笑っているだ
けで、店は何も壊れちゃいないし、争った形跡もそれほど酷くない。
つまり、俺は、最初からこの女の手の平で踊らされてる⋮⋮⋮⋮
665
⋮⋮
﹁この、クソ女が⋮⋮⋮ッ!﹂
くそ、ふざけんな。こんな女に、このままコケにされて終われる
かよ。
だが、どうする? まさか、SFな銃とか、スーツとか、そんな
んじゃない技術でこうも圧倒されるとは思わなかった。
﹁で、口汚くわめいてどうする?﹂
﹁つおっ!﹂
ッ! お、俺は今、この女がちょっと前へ踏み出しただけで、後
ろへ下がっていた⋮⋮⋮
﹁どうした、恐ろしいのか? この私が﹂
﹁ざ、ざけんな! 誰がテメエなんかに! イーサムたちに比べり
ゃ、テメェなんかにビビれるか!﹂
嘘だ! 俺は、今、紛れもなくビビった! くそ、何で俺がこん
な女に⋮⋮⋮ふっざけんなっ!
666
﹁怯えるのは無理もない。この店に入った時点で、お前は私のフィ
ールドに足を踏み入れたも同然。勝てるわけがない﹂
だが、その時、一個俺は気づいたことがあった。
店が、こいつのフィールド?
﹁初めてお前をテレビで見たとき⋮⋮⋮クラーセントレフンの世界
との歴史的な会合に胸が高鳴った。しかし、あの晩餐会で、お前の
妻六人発言で一気に殺意を覚えた。なぜ、こんな男が! と。そう
思わないか? ペット・アソーク﹂
店がこいつのフィールド。それはつまり、この戦い方はこの店の
中だけ?
そうだ。映像を使って俺を振り回すってことは、その映像をなく
せばいい。
そして、映像を流すとしたら? カメラ? パソコン? それは
分からねえが、機械を使ってるはず。
なら、その機械はどこにある? この店のどこかに設置されてい
る。もしくは、この店そのものがそうか?
﹁ペット・アソーク。こんな口だけの男は見限れ。忘れろ。切り捨
てろ。罵倒しろ。見下せ。貶せ。地獄へ落とせ。それほどの罪をこ
の男は背負っている﹂
667
なら、もしこの店が無くなれば⋮⋮⋮
﹁か⋮⋮⋮⋮⋮⋮勝手なことを言わないで下さい!﹂
その時、ちょっと考え事をしていた俺の耳に、ペットの叫んだ声
が聞こえた。
﹁確かに、ヴェルトくんは意地悪です! 女の子にも優しくないし、
露骨に贔屓するし、乱暴だし、え、エッチなことだって隠さないし、
空気あんまり読めないし!﹂
って、おいおいおい、ペット! お前、それ、フォローじゃなく
て俺を貶して⋮⋮⋮
﹁だけど! ⋮⋮⋮だけど、そんなヴェルトくんは、魔王軍に侵略
される帝国の危機に駆けつけ、帝国を、私たちを、姫様を救ってく
れた! 光の十勇者がジーゴク魔王国に惨敗した絶望の中に現れて、
再び人類に光をもたらしてくれた! 人間なのに、多くの魔族にも
亜人にも慕われて、戦争の局面を一気にひっくり返した! 聖騎士
の手に落ち、世界がヴェルトくんの記憶を失い、世界がヴェルトく
んの敵になっても⋮⋮⋮地の底から這い上がって、瞬く間に世界の
頂上にヴェルトくんは駆け上がった! 全てを思い出した私たちに、
一生恨まれても仕方のない私たちに、イジワルな仕返しをするだけ
で、ヴェルトくんは笑っていた! 自分の娘が攫われて、世界の果
てまで命懸けで取り戻しに行き、強大な敵に怯むことなく立ち向か
668
っていった! 私たちの世界の全ての歴史と種族を変え、亜人も魔
族も人間も関係もなくなった世界を作った!﹂
途中から、ペットは涙を流しながら、それでも必死に叫んでいた。
﹁あなたに、ヴェルトくんの何が分かるんですか! ヴェルトくん
を、ちょっとエッチで乱暴者で、奥さんの多い人とだけしか知らな
いくせに、ヴェルトくんのことを言わないでください!﹂
﹁ペット・アソーク⋮⋮⋮お前は⋮⋮⋮﹂
﹁私は知ってる! 小さい頃から、ヴェルトくんのことを知ってい
ます! 私の知っているヴェルトくんは⋮⋮⋮あなたたちの妄想の
王子様より、私にとってはずっと大きくて、勇敢で、素敵な人なん
です! そんな、ヴェルトくんを私はずっと前から! ずっと前か
ら⋮⋮⋮﹂
ずっと前から⋮⋮⋮えっ、お、おまえ、まさか?
﹁ずっと前から、だいす⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ⋮⋮⋮⋮⋮はうっ! だ、
だい、だいじょ∼ぶなひとだとおもってたんだよ∼∼∼∼﹂
今、お前が大丈夫じゃねえ!
鼻息荒くして、なんか、言いたいことを言おうとした瞬間、ペッ
トは周りをキョロキョロ見渡し、状況を把握し、すぐに顔を真っ赤
669
にして、煙をプシューと頭から吹き出した。
﹁ぺ、ペット、そ、そんなに俺のこと大好きなのは分かったが、ダ
メだからな? おれ、結婚してるから、これ以上は嫁増やせないか
ら﹂
﹁こ、こ、ここここここ、こ、こけ∼こ、す、こういうところ、本
当にアレだけど、ヴェルトくんはとにかくすごい人なんです!﹂
あ∼、危なかった、一瞬、俺もクラっとしかけたけど、うん、あ
∼、危なかった。
﹁い、意外な展開なんで。あのヴェルトが照れて、うろたえた﹂
﹁た、確かに、そ、そうでござる。しかし、ペット殿の言葉は拙者
も同意でござるが、女性経験豊富な殿がどうしてこれほど?﹂
﹁いや、考えてみるんで。付き合いの短い俺でも分かるが、あいつ
の嫁六人を思い浮かべたら一瞬で分かるんで!﹂
どういうことだよ、ニート。⋮⋮⋮俺の嫁六人を思い浮かべたら
分かる?
フォルナの場合。﹃さあ、ヴェルト。今宵は寝かせませんわ! 運命で結ばれしワタクシたちの愛の育みに、無駄な時間は許しませ
んわ! さあ、さあっ!﹄
670
ウラの場合。﹃ヴェルト、み、見てみろ、は、は、裸エプロンだ
ぞ? こ、このスケベーめ。く、来るなら来いッ!﹄ エルジェラの場合﹃ヴェルト様。さあ●●△■□××、●●××、
です、ああ、ヴェルト様、●○◇××□■﹄*表現不可
アルーシャの場合。﹃あら、ヴェルトくん。その疲れたって顔は
どういうつもりかしら? まさか、私のことが嫌になったとか? 残念だけど、もうそれは手遅れよ。あなたがどれほど嫌がろうと、
別れてあげないし、逃がしてあげないんだから﹄
アルテアの場合。﹃ギャハハハハハ、あ∼、ウケる。ヴェルト、
枯れて死ぬなよな∼﹄
ユズリハの場合。﹃婿∼、交尾♪ 交尾♪ んっ、ちゅ∼∼う﹄
まあ、俺とニートやムサシが思い浮かべる俺の嫁のイメージに差
はあれど、俺はこんな感じだ⋮⋮⋮
﹁考えてみるんで。あいつの濃すぎるプレデター系プリンセスにい
つも付きまとわれている中で⋮⋮⋮あんな純粋な良い子が居たら癒
されるに決まってるんで! 自己中のウザとい妖精にまとわりつか
れている俺にも理解できるんで! っていうか正直、俺もドキッと
したし、羨ましいと思ったんで! っていうか腐女子たちの言うと
おり、あいつ爆ぜたらいいんで!﹂
ニートの言ってること⋮⋮⋮⋮⋮⋮そうなのかも⋮⋮⋮しれん。
671
なんだろう。自分のこととはいえ、なんか恋愛ってこういう甘酸
っぱいものなんじゃねえの? と思っちまった。
こんな時だけど⋮⋮⋮
﹁くははは、くはははははははははは﹂
笑っちまった。なんだか中坊のような青春茶番なんだが、そこま
で悪い気もしなかった。
そして、同時に思った。
﹁それが、ペット・アソークの答えか﹂
﹁くはははは、らしいぜ? ここまで言われたら、負けるわけには
いかねーな。男としてな﹂
そう、負けられないと思った。
被り物越しでも分かる、メロンの嫌悪感。これは錯覚ではなく、
リアルなものだと分かった。
でも、もうそんなのどっちでも良かった。
﹁だが、結果は変わらない。お前がクズであり、口だけというのは、
今こうしてハッキリしている﹂
﹁どうかな? 確かに、こんな引きこもりな店内じゃ、俺は勝てね
ーかもな。だから、今度は不良の文化⋮⋮⋮ストリートでケリつけ
672
るか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮どういうことだ?﹂
そう、もう、勝つしかない。そして、そのためには、錯覚だとか
映像だとか、そういうもんを根本から無くしちまえばいい。
﹁言ったはずだ、今日限りでこの店は閉店だ!﹂
﹁⋮⋮⋮ヴェルト・ジーハ、お前はまさか?﹂
﹁ニート! ムサシ! ペットとアイドル姫連れて、伏せてろッ!﹂
そのためには、映像使ってる機械とかそういうものをひっくるめ
て、この店そのものを破壊しちまえばいいのさ!
673
第39話﹁幻﹂
この店、そのものが仕掛けなのだとしたら、仕掛けごとぶっ飛ば
す。
ヴェルト
﹁ふわふわ世界!﹂
壁も天井もテーブルも食器も、オタク商品も関係ねえ。
全部浮かせる。
地震のような揺れとともに、建物全体に亀裂が走り、破壊されて
いく店内。
﹁カカカカカ。博物館を壊した俺に文句言っておいて、自分はBL
喫茶破壊かよ﹂
﹁ちょ、器物破損なんで! っていうか、何でお前はいつも悪びれ
ないんで!﹂
﹁い、いやああ、私の宝物がッ!﹂
﹁なんで! 浮いてる! や、やめてええっ!﹂
キャーキャー、ギャーギャー喚く女たちにも容赦はしねえ。
俺を舐めた奴は、全員有罪判決!
674
﹁なんという単細胞﹂
﹁褒め言葉だそれは! ふっとべーーーーーーっ!﹂
亀裂の走ったコンクリートが、粉々に空へとふっ飛んだ。
正直、外に集まっている野次馬や警察関係者たちは、ぶったまげ
ただろうな。
テロリスト、変な協会、お姫様、異世界の来賓、それの集った店
が突如崩壊したんだからな。
﹁ちょおおっ! ななな、い、一体、何が起こった!﹂
﹁ひ、ひい、が、瓦礫が落ちてくるぞ! にげ⋮⋮落ちてこない?﹂
まあ、俺も瓦礫までその辺に落とすほど鬼じゃねえ。
後は人のいなそうなところに適当に落とし、この辺をただの廃墟
にさえしちまえばそれでいい。
﹁女をバカにするだけでなく、現実の男に失望した少女たちの理想
郷を、よくも壊してくれたな、ヴェルト・ジーハ﹂
﹁じゃあ、現実を見ろってことだよ。そして、覚悟しな? もう、
妄想の王子様は助けに来てくれねーぞ?﹂
機械声でも、態度で不愉快そうな気持ちになっていることは見て
675
分かる。
だが、別に俺はおちょくるために、これをやったわけじゃねえ。
とにもかくにも、これでもう訳の分からん幻想に惑わされること
はなくなった。
﹁さあ、相手になろうか、お姫様。リアルな男はヒデーってことを
思い知らせてやるよ﹂
こいつのフィールドは破壊した。そうなれば、ここが俺のフィー
ルドだ。
店内にあったと思われる映像を映す機械なんかは、開放されたこ
の場には存在しねえ。
﹁おい、アレ、ヴェルト・ジーハだぞ!﹂
﹁それに、メロンだッ! あの被り物は、ビーエルエス団体代表の、
メロンだっ!﹂
﹁どういうことだ? 戦っているのか、あの二人は!﹂
さあ、ギャラリーも増えて注目されたところで、このクソ生意気
な女を、大恥かかせて︱︱︱︱︱
﹁で、コレで何か変わるのか? ヴェルト・ジーハ﹂
676
﹁⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂
その時、空から燃え上がる隕石が突如俺に降り注ぎ、俺の全身が
激しい炎に包まれ⋮⋮
﹁ぐお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!﹂
この、肉を焦がす匂い、全てを焼き尽くされるかのような痛みは
ッ!
﹁ッ⋮⋮⋮な⋮⋮⋮えっ?﹂
だが、気づけばそこは何も変わらない風景になっていた。
瓦礫の上に立つ俺は、燃え尽きたかと思っていたが、体は何とも
ない。
﹁えっ⋮⋮? な、ど、どういう⋮⋮⋮﹂
﹁何かの機械を店の中で使っているのなら、店を破壊すれば錯覚の
映像技術は使えない。そう思っていたか?﹂
﹁ッ!﹂
﹁原人が思いつくような対処方法で、どうにかできると思っていた
677
か?﹂
本日二度目だった。全身の鳥肌が一気に立った。
﹁えっ、ヴェルト、どうなってるんで?﹂
﹁殿、まさか、こ、これでも⋮⋮これでもダメでござるか!﹂
完全に予想外だった。
俺は、メロンの言うとおり、店さえ破壊すれば、この映像技術は
使えねえと思っていた。
だが、実際には違う? じゃあ、あの女はどうやって?
﹁愚かしいな、ヴェルト・ジーハ。お前は本当にクラーセントレフ
ンを支配したのか? まるで信じられない﹂
部屋じゃない? じゃあ、あの女が身につけているタブレットは?
﹁ちなみに、このタブレットが幻覚映像を流していると思ったのな
ら、それも見当はずれだ﹂
﹁げっ⋮⋮﹂
678
それも違うのか? じゃあ、何がどうなってんだよ!
だが、とにかくそうだとしたら、ダラダラ考えている暇はねえ。
﹁これほど生きた女たちを傷つけているのだ。たまには死霊に抱か
れるのはどうだ?﹂
次の瞬間、俺の周囲に深い霧が発生した。光が届かないほど濃く、
ニートやムサシたちの姿も見えねえ。
くそ、惑わされるな。これも幻覚ッ!
﹁ひゅ∼∼∼∼ドロドロドロ∼!﹂
﹁この恨み∼晴らさで∼﹂
って、今度はミイラかよ! 地面の底から腐った死体が次々と出現し、俺に押し寄せる!
くそ、幻覚だって分かってるのに、この匂い、吐き気、どう見て
も本物にしか⋮⋮
﹁っそ、いいかげんにしやがれっ!﹂
警棒を振り回した。手に残る粘土を潰したようないやな感触も、
白骨化した骨が砕ける嫌な音にも、惑わされるな!
惑わされるな⋮⋮そう思っているんだが⋮⋮
﹁哀れだな。惨めだな。滑稽だな、ヴェルト・ジーハ。真実を見通
せぬお前は、何も見れぬまま、ここで朽ち果てる﹂
﹁うるせえっ! こんなもんで俺がいつまでもやられてると思うな
ッ!﹂
679
﹁言ったはず。お前は所詮、口だけだ。お前の半端な愛がそれを証
明しているのだから﹂
ダメだ。ゾンビが次から次へと襲い掛かってくる。足場も悪く、
体も重くなってくる。
別に幻覚なんだからやられてもいいんじゃねえのか? そう思っ
ても、体がどうしても抵抗しようと無駄に動く。
﹁ふわふわレーザーッ!﹂
レーザーで撃ちぬいても、高速で駆け抜けても、景色は何も変わ
らない。
どこまでも続く霧の中で、俺は休む間もなく幻覚の死体の相手を
⋮⋮
﹁もう、見るに耐えない。今、楽にしてやる﹂
﹁ッ!﹂
﹁死ね!﹂
まずい、リアルの攻撃か? 何処から来る? この幻覚の中に紛
れて、俺にトドメを⋮⋮
ッ、ダメだ! 奴の本物の気配が分からねえ。どれもが本物にも
680
幻覚にも見える。
このままじゃ⋮⋮
﹁っそ、ふわふわキャストオフッ!﹂
﹁ッ!﹂
その時だった。
﹁⋮⋮⋮⋮アレ?﹂
俺は、これも幻覚なのかと一瞬目を疑った。
景色がいきなり、元に戻った?
﹁⋮⋮⋮ッ⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
気づけば、俺を背後から手刀で俺の首筋に振り下ろそうとしてい
たメロンが、慌てて俺から飛び退いて距離を離していた。
﹁えっ、何でだ?﹂
正直、俺自身が何が起こったのか全然分からなかった。
無我夢中で何かをやったら、急に幻覚が消えて、元の景色に変わ
った?
いや、何でだよ。
ふわふわキャストオフは、﹃相手の衣服を脱がす﹄か、﹃相手の
681
身に纏った魔力を引き剥がす﹄技だ。正直、この戦いでは特に使用
する考えは無かった。ただ、昔のように追い詰められた状況下で、
自分の身を守るために相手から魔力を引き剥がしていたクセが、思
わずこの技を使った。
でも、何でそれで幻覚が消えた?
ひょっとして、今のでドサクサに、メロンから錯覚映像を使って
いた機械か何かを奪い取ったのか?
いや⋮⋮そんな感覚じゃない⋮⋮。
﹁おい、ヴェルト、どうしたんで?﹂
﹁殿?﹂
﹁ヴェルトくん?﹂
あいつらは何が起こったか分かってないのか?
ちょっと待て。俺は今、何をやって、メロンの幻覚映像を破った
? 無我夢中で何かを掴んで浮かばせた。浮かばせたのは、何だ?
機械じゃねえ。こいつ自身でもねえ。それは、俺がいつも戦いで
掴んでいるものと同じもの。
でも、なんでそれをこいつが?
だって、神族は、﹃アレ﹄を持っていないはず。
﹁少し映像が乱れたか。だが、何も変わらない﹂
映像?
よくよく考えれば何か変だぞ? あまりにもリアルな映像で、痛
みや苦痛を現実と錯覚する。これだけ進歩した世界なら、それだけ
の技術があってもおかしくないのかもしれねえ。
だが、それなら変だ。技術なら当然、機械を使っているはず。で
も、店を破壊したのに、それらしいものは無かった。だからこうし
682
て、店の外で戦っても同じことを繰り返している。
機械がスマホみたいに小型だからか? それとも、あいつの持っ
ているタブレットがその機械? それは否定されたが、あいつが嘘
を言ってる可能性もある。
そう、嘘⋮⋮⋮そうだよ⋮⋮そもそも、あの女が、嘘をついてい
る可能性をどうして俺は考えなかった?
なんか俺、根本的に何かを勘違いしてねーか? 騙されてねーか?
﹁もし、俺が何の予備知識なくこいつと戦ったら⋮⋮﹂
そう考えろ。錯覚の映像を流している機械を探すんじゃねえ。
単純に、俺が、﹃幻﹄を使って相手をかく乱する敵と戦っている
と考えたらどうなる?
現実だと錯覚するほどの幻を使う⋮⋮⋮ッ!
﹁あ⋮⋮⋮⋮﹂
その時、何の固定観念も無くして考えてみたら、分かったかもし
れない。
絶対にありえないはずなのに、何故かそう考えれば辻褄が合うこ
と。
しかし、本当にそうなんだろうか? こんな⋮⋮こんなことが⋮⋮
﹁ッ、確かめてみるしかねーか﹂
俺が一つの推測にたどり着いたとき、俺は頭の中で何度もその考
えを否定しながらも、体はそれを確かめようと自然に動いていた。
﹁終わりだ、ヴェルト・ジーハ。幻想と現実の狭間に落ちて死ね﹂
683
感じろ。空気であいつの居場所を感じるんじゃない。
空気で感じるのは⋮⋮
﹁ふわふわキャストオフ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ッ!﹂
それは、機械の声じゃねえ。
起こった事態に驚いて、思わず漏れた女の声。
そして、感じる。ハッキリと。
﹁ふわふわ空気爆弾ッ!﹂
正面から向かってきていたはずのメロンの姿は直前で消え、代わ
りに﹃俺の背後﹄から俺を仕留めよとしていた、実物のメロンが、
俺のカウンターに捕まり、吹っ飛ばされていた。
﹁お、おおおっ!﹂
﹁殿の攻撃がついに通ったでござる!﹂
﹁おっ! カカカカカカカ、どうなった!﹂
﹁メロン様ッ!﹂
ああ。ようやく捕まえた。
捕まえられた。
そして、それは驚いたことに、俺の予想が当たっていたことを意
味する。
684
﹁やーれやれ。ま∼っさかこんなことになるとはな。ペットの告白
よりも驚いちまった﹂
俺に吹き飛ばされ、床の上を二転三転転がったメロンが起き上が
る。
その姿は、さっきまでと違っていた。
﹁メロン代表!﹂
﹁そ、そのお体は!﹂
さっきまで、スラッとした、メロンカップ女だったのに、今はど
うだ?
ユズリハと大して身長が変わらねえ、チンチクリンになっていた。
﹁ヴェルト・ジーハ⋮⋮貴様⋮⋮﹂
﹁それでも機械声を貫くか。まあ、勝手にすりゃいいが、それがテ
メエの本当の姿か。実は、幻使って自分をナイスバディに見せてい
たとか、可愛いところあるじゃねえか﹂
間違いない。これは幻覚じゃない。あいつ本人。あいつのリアル
な姿だ。
胸もペッタンコ。身長も小さい。それがこいつの本当の姿。
﹁なーにが、映像技術だ。すっかり騙されてたぜ。テメエの力の正
体をな﹂
685
﹁ッ!﹂
﹁お前に感じていた気配そのものは、現実なのか錯覚なのか分から
なかった。だが、お前から溢れていたものは、間違いなく現実だっ
た﹂
ありえないはずの仮説。ありえないはずの事実。しかし、それが
真実なのだと知った瞬間、俺は余裕に満ちた顔を作りながらも、心
は激しく動揺していた。
﹁殿、どういうことでござる? 殿は、一体何を見破ったでござる
?﹂
﹁なーに。ようするに、こいつは最初から嘘をついてたってことさ﹂
何が起こってるかまるで分かってなさそうなムサシたちに答えを
言うが、正直、これから俺が言うことは、あまりにも根本的にこれ
までのことをひっくり返す答えなだけに、俺はみんなのこの後の反
応が容易に想像できた。
﹁つまり、そもそもこいつの使っていたものは、映像技術がどうと
かそういうものじゃねえってことだ﹂
それなのに、俺はこいつが何とかタクティクスとか言うし、この
686
世界の技術力だからと頭で勝手に納得しちまったから、深く考えな
かった。単純に、こいつの最初の発言や、回りの言葉に騙されてい
たってことだ。
いや、この様子だと、こいつの仲間の腐女子共も、知らなかった
な? 全員首を傾げてるし。
﹁いや、待って欲しいんで、ヴェルト! 映像技術じゃないなら、
どうやって? ノーシーボ効果を起こして、お前をここまで追い詰
めたのは、一体どんな技なんで? まさか、催眠とか?﹂
﹁ある意味、催眠にも近いかもな。結果的に、俺の脳はこいつの作
った幻に騙されまくっていたからな。でもな、そうじゃねーんだよ、
ニート。俺が分かったのはそういうことじゃねえ﹂
﹁じゃあどういう?﹂
﹁重要なのは、催眠だろうと錯覚だろうと、こいつがやったことは、
﹃科学技術﹄じゃねえ。﹃能力﹄だってことだ﹂
そう。﹃技術﹄じゃないんだ。﹃能力﹄なんだ。
それなら、機械がないのも頷ける。機械を使って俺に錯覚を見せ
ていたんじゃなくて、﹃能力﹄で俺に幻を見せていたんだから。
と言っても、こんな訳の分からん説明だけじゃ、ニートたち全員
首を傾げたままだがな。
﹁つ、つまり、その、メロンって奴は、催眠術を使っていたってこ
とか? エロスヴィッチみたいに?﹂
687
催眠術。それも一つの可能性としてはあった。
でも、違う。
﹁確かに、その可能性もあった。でも違う。俺のふわふわキャスト
オフが、幻覚を破ったのがその証拠﹂
﹁はっ?﹂
﹁何で俺のふわふわキャストオフが幻覚を破れたのか? 簡単だ。
﹃魔力﹄で作られた﹃幻覚﹄を、俺が無我夢中でやった、ふわふわ
キャストオフで魔力を引っぺがしたから、幻覚が破れたんだ﹂
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!
それは、魔法というものに知見のないこの世界の連中には意味の
分からない話だろう。
だが、ニート、ペットはこの説明で余計に混乱した顔を見せた。
﹁ちょっと待って、ヴェルトくん! そ、それじゃあまるで、こ、
この人が⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮ちょ、つまり⋮⋮ヴェルト⋮⋮お前は、こいつが、﹃魔法﹄
を使ってお前に幻術をかけていたってことか?﹂
688
そうなんだ。
俺があの時に掴んだものの感触は、紛れも無く魔力だった。
メロンから溢れていたものは、魔力だった。
﹁よくよく考えれば、そこに居るストロベリーだって、エルジェラ
たちと似た力を使ったんだ。そう考えれば、不思議じゃなかった﹂
﹁いや、そ、それじゃあ、ヴェルト、このメロンって女は⋮⋮魔法
を使える⋮⋮改造人間か何かか?﹂
改造人間。それも一つの可能性としてはあった。
神族が魔法を使えないんだから、魔法を使えるとしたら、改造か
何かされている奴かもしれないと。
でも、俺の考えは違った。
﹁しかし、殿! 拙者もそれほど魔法の知識は深くないでごさるが、
そのような、限りなく現実に近い幻惑魔法や幻術など、あるでござ
るか?﹂
その時、これまで黙っていたムサシが口にした疑問こそが、正に
俺に衝撃的な事実へ辿りつかせるものだった。
﹁そ、そうなんで。フィアリの幻術だって、あれは当事者が望むも
のを見せる幻術だったんで、細かく何を見せるとか、そういうこと
まで出来なかったんで﹂
﹁そうだな。フィアリは、幻術をかけられた奴の望むものを見せる
689
幻術。だから、見せられるものは選べなかった。どんな幻を見るか
は、術をかけられた本人任せだった。でも、こいつは違う。術者の
思うがままに相手を幻術にかけた﹂
そう、フィアリの言霊を使った幻術とは少し違う。
術者の思うがままに、際限なく幻を見せ、そしてダメージや感じ
たもの全てがリアルと錯覚してしまうほどの、強力な幻術。
すると⋮⋮⋮
﹁ある⋮⋮⋮そういう魔法⋮⋮ううん。そういう能力⋮⋮確かに存
在する﹂
それは、ペットだった。
そして同時に、ペットも俺と同じことが頭に浮かんだはず。
﹁分かった気がする⋮⋮私も、メロン代表の力が、この発展した世
界の技術によってもたらされたもの⋮⋮そういう前知識を忘れて、
もしこれを魔法の力だと考えてみたら、全然違うことが私も⋮⋮﹂
ペットの唇は震えていた。
﹁でも、うそ? そんなことって? だって、だって、⋮⋮そんな
ことがありえるはずが⋮⋮﹂
690
それは、俺と同じように﹁そんなことがありえるのか?﹂という
思いからもたらされる震えだ。
﹁おい、ペット、一体どういうことなんで!﹂
ニートや、ムサシには分からないのも無理はない。
正直、これは﹃魔法の力﹄とか﹃能力﹄といっても、ハッキリ言
って希少すぎる力だからだ。
﹁それは、魔法でありながら、能力でもある。究極の幻術使い⋮⋮
⋮夜と朝の狭間、世界を曖昧に照らす光⋮⋮それは世界の現実と幻
想の境界を支配する力⋮⋮⋮﹂
そして、ニートの問いかけに、ペットは震える唇で答えた。
﹁月光眼と並ぶ、伝説の魔眼⋮⋮⋮⋮﹃暁光眼﹄の力!﹂
ペットのその言葉に、驚愕の表情を浮かべたのは、ニート、ムサ
シ、そしてアイドル姫のブラックとアッシュの四人だった。
﹁⋮⋮いや、ちょっと待って欲しいんで⋮⋮﹂
691
﹁と、殿⋮⋮暁光眼とは、確か⋮⋮﹂
﹁ね、ねえ、その眼って、本当に伝説なの? よくある眼なの?﹂
﹁にゃっはどういうことなの!﹂
こいつらがそう聞きたいのも無理はない。
そして、同時に俺もそう言いたいくらいだったからだ。
だからこそ、俺は気を落ち着かせながら、メロンに聞くしかなか
った。
﹁メロン。お前⋮⋮⋮⋮何者だ?﹂
全てを込めて、俺は聞いた。お前は何者かと。
すると⋮⋮⋮
﹁ふっ⋮⋮⋮ふふふふふふふふふふふ﹂
﹁ッ!﹂ 次の瞬間、メロンは持っていたタブレットを破壊した。
そして、同時に、メロンの被り物の下から、女の声が聞こえた。
人を嘲笑うかのような、メロンの本当の声。
そして、メロンは俺に相対しながら、初めて俺に肉声で言葉を放
った。
692
﹁私が何者か? ここまで謎解きをしておきながら、最後の解を相
手に求めるなんて、やはりあなたは阿呆のようね、ヴェルト・ジー
ハ﹂
この口調! そして、この、尊大な態度は!
﹁ッ、テメエ! ま、まさか!﹂
﹁口を閉じなさい、ヴェルト・ジーハ! 今、こうして貴様と会話
することすら虫唾が走る!﹂
この、俺に対する怒り、憎しみ、そして殺意⋮⋮。
こいつの小さな体から、溢れ出ている。止まることなく、激しく。
﹁ふふ、本当にあなたに対する失望は大きいわ。たかだか十年⋮⋮
⋮運命的な危機を共に乗り越え、あれほど身も心も燃え上がった私
との愛を忘れ⋮⋮今では妻が六人? 娘が居る? 人を⋮⋮女をバ
カにするのもいい加減になさい、ヴェルト・ジーハッ!﹂
⋮⋮⋮⋮ん?
﹁あれ? ワリ、それなんだっけ? お前の正体、ひょっとして?
693
⋮⋮とか思ったけど、それはまるで心当たりがねえ。まさか人違
いか?﹂
なんか、まるで身に覚えのないことを、物凄い恨みを込めて言わ
れてるが、なんか違う?
だが⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ!﹂
何かを思い出したペットが声を上げた。いや、﹁あっ﹂てなんだ
よ、﹁あっ﹂って。
﹁ヴェルトくん⋮⋮⋮⋮ひょっとして⋮⋮あの時のアレ⋮⋮⋮﹂
いや、﹁アレ﹂ってなんだよ、﹁アレ﹂って。
だが、それを確認する前に、メロンは既に動いていた。
﹁もう、口を閉じなさい! 女の敵、ヴェルト・ジーハ! お前を
ここで殺すッ!﹂
ちっ、今はノンビリしている場合じゃねえか。
クソ、訳の分からないことを言いやがって。
だがな⋮⋮
694
﹁俺に言いたいことがあるなら、まずは、そのツラを見せてからに
しやがれっ!﹂
﹁ッ!﹂
﹁ふわふわキャストオフッ!﹂
相手の力が、機械でなく魔法の一種だと分かったからには、もう
俺には通じねえ。
魔力を込めて発動させるなら、その魔力を引き剥がせばいい。
幻術を発動させようとした瞬間、魔力を引き剥がす。こいつから、
ガクッと力が抜けているのが分かった。
それを見て、俺はもう一つ、こいつから剥ぎ取る。
﹁そのツラを見せろッ! チーーーーーービ!﹂
次の瞬間、メロンの被り物が宙を舞った。
695
第40話﹁思い出話・あの時の俺たちはただの子供だったからお
互い忘れよう﹂
ペットとのことがなければ、俺はもうお前を思い出すことなんて
二度となかったかもしれない。
あの日に起こったちょっとした出来事よりも、あの事件の後に、
俺が朝倉リューマの記憶を取り戻した時の絶望や取り乱しが大きく、
お前のことを弔ったり思い返したりしてやることもできなかったか
らだ。
そう、あの日、ペットと裏通りで少し話していたところに、袋を
抱えた大人二人が走ってきたんだ。
見たことのない二人組。
海賊の船長と思われる男と、下っ端に見える男。
ハンガー船長と呼ばれた男と、その部下だ。
白い袋を掲げて、人目を気にして、怪しいコソコソ話をしている
のを、俺とペットは通りにあった樽の影に隠れて聞いていた。
﹁で、ハンガー船長、この後の段取りすけど﹂
﹁分かってるダッ、ハ、ハンガー。各関門に提示する、通行手形は
用意しているハンガー?﹂
﹁抜かりなく。元々自分はそっちが本職ですからねえ﹂
﹁頼りにしているハンガー。元大盗賊にして、現在ではあらゆる国
696
へ商人として潜入できる諜報員、﹃アリパパ﹄の力を見せてもらう
ハンガー﹂
﹁兄貴、今の俺の潜入用のコードネームはそっちじゃないっすよ﹂
﹁そうだったハンガー。では、移送はお前に任せるハンガー。私は、
このままシロムに向かうハンガー。お前は、正規のルートで堂々と
積荷を持って移動するハンガー﹂
﹁積み荷は暴れないですかね∼?﹂
﹁暴れても、魔法封じの錠をしているハンガー。魔法さえ使えなけ
れば、ただのガキハンガー﹂
﹁ああ、そういうことですかい﹂
ハンガー? アリパパ? どうなっているんだ? あいつら、何
者だよ。
元盗賊? 海賊? 全然意味不明だ。それに、さっきあいつらは
⋮⋮⋮⋮
すると、その時だった。
﹁んーっ! むーっ! むーっ!﹂
ハンガー船長が肩に担いでいた袋が、激しく動いた。
それは明らかに、袋の中に何かが入っている。いや、﹁何か﹂で
はなく、﹁誰か﹂だ。
﹁ひいっ!﹂
697
﹁ッ!﹂
バカッ! ビックリしたペットが思わず声を⋮⋮
﹁誰ハンガーッ?﹂
﹁って、⋮⋮おやおや、可愛いガキどもじゃねえの﹂
すぐにバレた。ハンガー船長と盗賊アリパパとかいう奴が、ギロ
ッとこっちを睨んでるっ!
﹁に、逃げるぞ、ペット!﹂
俺は慌ててペットの手を掴んでその場か︱︱︱︱
﹁極限魔法・スリープ﹂
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱世界が真っ暗になった。
そして、気づけば、ガタガタとした揺れと音で目が覚めた。
両手足はロープで縛られて、蓑虫状態。
回りは、樽や木箱、袋に囲まれている部屋。いや、これは移動し
ているから馬車?
どうして俺は?
﹁んー、むー、むー、んー!﹂
﹁ヴェルトくん⋮⋮⋮﹂
698
そして、目の前には、俺と同じように縛られている、ペット、そ
してあのチビ女が居た。
昨日、俺がカンチョーしてお漏らしした、クレオって姫だ。
クレオは、猿轡と目隠しまでされている。
﹁ペット、それにお前は、お漏らしチビ女!﹂
﹁ふぉふぉっふぇふぁ︵その声は︶! ふぁふぇふぁふぁふぁふぃ
︵誰がお漏らしよ︶!﹂
﹁し∼っ、ヴェルトくん、大きな声出しちゃダメ、気づかれちゃう
よ﹂
ペットが﹁静かに﹂と言ってくるが、これは?
そうだ⋮⋮⋮俺たち、ハンガー船長とかいうやつらに見つかって、
そのあとどうなった?
あれ? これって?
﹁ヴェルトくん、わ、私たち、ひっぐ、⋮⋮⋮ゆ、ゆーかいされて
⋮⋮⋮﹂
﹁え∼∼∼∼﹂
気づけば顔が一瞬でクシャクシャになって急に泣き出すペット。
そうだよ、俺たち誘拐されたんだ!
くそ、それじゃあここは?
誘拐犯の馬車の中か?
699
﹁どうしてこんなことに?﹂
﹁⋮⋮⋮ふぉふ、ふぁふぁふぁふぁふぃふぉふぁふぃふぉふぁえふ
ぁふぉふぇ︵そう、あなたたちも巻き込まれてしまったのね︶?﹂
﹁いや、何言ってんのか分かんねーよ﹂
にしても、俺とペットに比べ、クレオはやけにガッチリと縛られ
てるな。
俺とペットは、体を縄でグルグル巻きにされているだけ。
それに比べて、クレオは、目隠しに猿轡。そして両手を後ろに回
して、手首を手錠みたいのでガッチリと固定して、両足首も同じよ
うに枷を嵌められてる。
﹁ふぁふぁふぃふぉふぃふぁふぉふぉふぁ、ふふぁんふぃふぁふぁ。
ふぉのふぉうふぉ、ふぁふぉふふうふぃふぉふぁふぉふふぃんふぁ
ふふぃふぉふぁふぇふぇふぃふぃふぁ︵私としたことが完全に油断
したわ、こうもアッサリ捕まった。そしてこの錠、これには魔法封
じが施されているから自力で脱出もできないわ︶﹂
何言ってるかわからないけど、なんとなくだけど言いたいことが
分かった。
こいつ、今、魔法使えないのかもな。だから、逃げられないと言
ってるっぽい。
﹁どうして? 誰がこんなことを? 私たち、どうなっちゃうのか
な∼?﹂
700
馬車はまだ動いたままだ。どこに向かってるかも、外の景色が見
えないから分からない。
どうしてハンガーとかいうやつらが、クレオを攫ったのかわから
ないし、このまま俺とペットもどうなるか分からない。
どうしよう。
なんとかしないと⋮⋮⋮
ペットを守ってやるって約束したばっかだしな。
すると
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぁふっ!﹂
﹁ん? どーしたんだよ、お漏らしチビ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ﹂
その時、クレオが物凄い顔を赤くして、内股になってモジモジし
ているのが分かった。
何か落ち着かない様子。震えている。今更恐がっているのか?
﹁恐いのか?﹂
﹁んーん﹂
首を振ってる。違うと言ってる。
でも、落ち着きの無さはどんどん大きくなって、何だか貧乏ゆす
りまでしだしてる。
﹁寒いのか?﹂
﹁んーー、むーむっ!﹂
違う? ムキになって首を横に振って、俺もペットも、どうすり
ゃいいか分からない。
701
﹁なんだよ∼、それじゃあ、小便とかじゃないよな∼?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
シュンとなった。正解だった。
﹁そ、そんな、姫様⋮⋮で、でも、ここじゃ⋮⋮﹂
そうだよな。こんな場所じゃするところなんてないし、こんな状
態じゃ⋮⋮
﹁あっ、そうだ﹂
そうだ。ここには積み荷が色々とある。
小麦粉の袋、卵、雑貨、それになんかの坪とか。それなら⋮⋮
﹁よし、お前の横に壺が転がってる。そこにしろよ﹂
﹁ッッッッッッッ!﹂
﹁ヴェヴェヴェ、ヴェルトくん、ひひ、姫様相手にそ、それはひど
いよ∼!﹂
﹁だって、他に方法ねーだろ? この鎖とか全然取れないし﹂
﹁ッ⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁だ、だからって、ひ、姫様に、そ、その、お、おし、っこ、壷に
702
しろって⋮⋮﹂
﹁ほら、俺、後ろ向いてるから、そのまましちゃえよ﹂
﹁∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ッ!﹂
﹁うー、ううう∼∼∼⋮⋮⋮ッ、姫様、私も目を瞑ってます!﹂
クレオが目と口が塞がれてるのに、物凄い顔を真っ赤にして、物
凄い唸っているのが分かった。
ほんとに女ってメンドクサイな∼。
﹁また漏らすぞ?﹂
﹁んんんーーーっ︵あなた、殺すわよ︶! んん、んんーっ、んん
ん、ん、んむむむむ、んんーっ︵じょ、上等よ、この程度のことで、
私の誇りは穢されたりしないわ︶!﹂
俺とペットは後ろを向いて、目まで閉じた。
終わったら教えろよと伝えたのだが⋮⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
なんか、物凄い静かでいつまでたっても合図が来ないけど、どう
703
したんだ?
でも、これ振り返って途中だったらまずいよな? ペットにはい
いけど、フォルナにバレたら後で殺されるし。
﹁ん、ん⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん、んっ!﹂
終わったのか? そんな様子じゃなさそうだけど。
﹁ん、んっん︵ちょっと︶!﹂
呼んでるのか? 振り向いていいのか? 俺とペットは目を開け
て、ゆっくりと後ろへ振り返った。
すると、クレオは壺の前で固まったまま、まだ何もしていない。
どうしたんだ?
﹁ん⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん⋮⋮⋮﹂
物凄い気まずそうに、何かを俺たちに言いたいのか?
なにぶん、クレオは俺たちとは違い、目も口も塞がれているから、
何を言いたいのかが分かりづらい。
﹁ふぃ、ふぃふぁふぃ︵し、下着︶﹂
﹁はっ?﹂
704
﹁ん、⋮⋮⋮ん、ふぃふぁふぃんげはい︵下着が脱げない︶﹂
何が言いたいんだ?
﹁んが、んんんはら、はんふがんふふぁん︵手が縛られているから
下着が脱げないの︶!﹂
なんだろう。この様子、フォルナが﹁言葉で言わなくても察して
もらわないと困りますわ。今、ワタクシは凄く手を繋ぎたいのに、
ワタクシの口から言葉にする前に、ヴェルトが察して繋いでくださ
らないとダメですわ﹂って言ってたときと似てる。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮拭くものが欲しいのか?﹂
﹁んほんふふうんん、ほがっ︵それもそうだけど、違う︶!﹂
違うのか? じゃあ、なんだ?
だが、俺が分かる前に、ペットが何かに気づいたように﹁アッ﹂
となった。
﹁そ、そっか、ひ、姫様⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮へっほんほーふ、ふぁんふぉふぁふぃふぇふふぁふ
ぁん︵ペット・アソーク、ど、どうにかしてくださらない︶?﹂
﹁って、そ、そうおっしゃられましても、私も手足ぐるぐる巻きに
705
されて⋮⋮⋮﹂
なんだよ? なんなんだ? ペットは顔真っ赤にしてるけど、恥
ずかしいことなのか?
﹁おい、ペット∼?﹂
﹁あ、あのね、ヴェルトくん、そのね、姫様その⋮⋮⋮ごにょごに
ょごにょ﹂
﹁はあ? な∼んだ、パンツが脱げねーのか、じゃあ、そのまま漏
らせば? どうせ、もうお前は﹃お漏らしクレオ﹄なんだしさ﹂
﹁ちょっ、ヴェヴェヴェヴェ、ヴェルトくんッ!﹂
そっか。クレオはスカートだけど、下にパンツ履いてるんだから、
それを降ろさないとできないよな?
でも、両手足を縛られてるクレオは、壁に寄りかかりながら立ち
上がることはできるけど、パンツを自力で下ろすことができない。
くだらね∼⋮⋮⋮
﹁ほろふっ︵殺すッ︶! へるふぉひーふぁ︵ヴェルト・ジーハ︶
! ふぁふぁらふほろふっ︵必ず殺す︶!﹂
﹁ヴェルトくんさいていだよ∼、そんなひどいことダメだよ∼!﹂
706
﹁馬鹿、俺たちユーカイされてるのに、お漏らしぐらいでギャーギ
ャー言うなよな!﹂
そうなんだよ。今、俺たち三人は変な二人に誘拐されてるんだ。
そっちのほうが問題だよ。
なのに、クレオは、物凄い黒いオーラみたいなの出して、何だか
鼻水すすってる声?
﹁ひふぉい︵酷い︶⋮⋮⋮もふふぃにふぁい︵もう、死にたい︶⋮
⋮⋮ふぁんふぇふぉんふぁおふぉに︵なんでこんなことに︶﹂
﹁あ∼、もう! お漏らしぐらいで泣くなよ∼! ⋮⋮⋮ッ仕方な
いな∼﹂
そんなに嫌なのかよ。ほんっと、高慢ちきな女ってのは嫌だ。
仕方ねえ、俺もうまく動けないけど。
﹁ふぁ、ふぁにふぉ︵な、なにを︶?﹂
﹁ヴェルトくん?﹂
クレオは両手首と両手足を、鉄の輪っかで手を後ろで縛られ、足
首も同じ輪っかでガッチリ縛られている。
それに比べて俺とクレオは縄でぐるぐる巻きにされている。
だから、俺は立ち上がることはできないし、こうやって虫みたい
に這って進むしかない。
﹁俺がお前のパンツ下ろしてやるよ﹂
707
﹁ふぁっ!﹂
﹁へっ!﹂
だって、それしかできねーし。ペットみたいなトロイ奴は、こう
やって体をうまく使って、這って進むことはできないし。
﹁ふぉ、ふぉっふぉっ︵ちょっ、ちょっとっ︶!
﹁ヴェヴェヴェヴェヴェ、ヴェルトトくん! そおそそ、そんなの
なんてことを!﹂
﹁だって、漏らすの嫌なんだろ? だったら、これしかねーだろう
が!﹂
﹁ふぉふぉ、ふぉふふぁふぇふぉ︵そそ、それはそうだけれど︶!﹂
﹁だ、大体ヴェルトくんだって両手縛られてるのに、どうやってク
レオ姫の下着を?﹂
﹁ん? こいつスカートだし、顔突っ込んでゴムのところを口で引
っ張れば下げられるだろ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぇっ︵えっ︶?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮えっ?﹂
これしか思いつかねーんだけどダメか?
708
﹁ふぁっふぇふぃふぃふぁってふふぇふぉっ︵ダメに決まっている
でしょう︶!﹂
﹁なんでそんなエッチなことしようとしちゃうの! ヴェルトくん
のスケベ∼!﹂
﹁エッチじゃねーし。大体、こいつのパンツなんて昨日見てるし、
俺子供だからそういうの興味ねーし﹂
﹁ふぁ、ふぉふぇふぇふぉふぉっ︵そ、それでもよっ︶!
﹁そういう問題じゃないよ! お、男の子が女の子のスカートの中
に頭入れるって、し、しかも、し、下着を口で引っ張って脱がすな
んて⋮⋮⋮だ、ダメだよーっ!﹂
﹁じゃあ、ペットがやれよ! それか漏らせよ!﹂
﹁へっほんほーふ︵ペット・アソーク︶!﹂
﹁⋮⋮⋮うう∼、う、うんしょっ、ん、だ、ダメ⋮⋮⋮ヴェルトく
んみたいに這って動けないよ∼⋮⋮⋮﹂
別に俺はどっちでもいい。クレオが漏らして泣き叫んでも、俺に
は関係ねーし。
ただ、昨日のカンチョーはやりすぎたから、そのお詫びの意味で
助けてやろうとしただけだし。
脱がされるより、漏らす方がいいんなら⋮⋮⋮
709
﹁じゃ、じゃあ、ヴェルトくんは目を瞑って! わ、私が、ここか
ら位置を指示するから、ヴェルトくんは絶対に目を開けないで、姫
様の下着をッ! 姫様、それならどうでしょうか?﹂
つまり、ペットが俺を誘導して、うまい具合に俺にクレオのパン
ツ脱がせってことか? それ、難しいぞ?
﹁ふぁ、ふぁんふぉゆふ、ふぃふぁふぁふぃう︵な、なんという、
二者択一︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁姫様⋮⋮⋮そのそれで、よろしいでしょうか?﹂
﹁ふうううううううううううううううううううううううううううう
うううううううううううううううううううううううううううううう
うううう! ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
コクり﹂
漏らすのそんなに嫌なんだ。
クレオは、何だか魂抜かれたみたいに呆然として、足をだらんと
伸ばして﹁もうどうにでもなれ﹂みたいな様子だった。
﹁じゃ、じゃあ、ヴェルトくん、もうちょっと、前に出て﹂
まあ、めんどくさいけど、そういうことならもう、俺もやろう。
目を瞑ったら本当に何が何だか分からねえけど、ペットに言われ
710
た通りに俺はもう少し這って前へ出た。
﹁ゆっくり、ゆっくりだよ? そう、そこ! そこで、ちょっとだ
け顔を下ろして、そう、ゆっくりゆっくり⋮⋮⋮そこでちょっと口
で摘んで首を上げて! それ、スカートだから﹂
﹁ふぁふっ︵ひゃっ︶! ふぃ、ふぃふぃふぁ︵い、息が︶、ふふ
ぉふぉっふぃ︵ふとももに︶⋮⋮⋮﹂
ゆっくりと顔を下ろして何かが口にあたって、それを摘んで持ち
上げた。
ペロンとめくれたような感覚。これがスカートか。
なら、今、クレオはスカートが完全にめくれた状態⋮⋮⋮って言
われても、目を閉じてるからわからないけど。
﹁そ、そこからだよ? 重要なのは、そこからだよ? ゆっくり、
ゆっくり、口を開けて⋮⋮⋮そこっ!﹂
﹁あむっ﹂
﹁ふぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーっ! ふぉふぉふぉふぁあああーっ︵そそそそそそこはーっ
!︶!﹂
﹁ちがーーーーーうっ! ヴぇ、ヴェルトくん、そ、そこは女の子
の一番ダメなところっ! もうちょっと上だよ∼!﹂
711
﹁あっ? そんなこと言ったって⋮⋮⋮も、もっと上? あ∼∼∼
∼、ん﹂
﹁んんんんーーーーーーっっ! おふぇふぉーーーっ︵おへそーー
ーーっ︶!﹂
ダメだ、難しいぞ、これ! しかも、ちょっとズレたところにい
くと、クレオメチャクチャ暴れるし。
もう、目を開けてやった方が早くないか?
﹁よし、そこだよ! うん、ゆっくりゆっくりずらす感じで⋮⋮⋮
あっ、姫様、少しだけお尻を浮かせて下さい、そうしたら⋮⋮⋮ッ、
あっ、だめ! バランスが崩れちゃ⋮⋮⋮あーーっ! 姫様のお尻
にヴェルトくんが! ッ、ヴェルトくん、早くそこから抜け出して、
でも目を絶対あけちゃダメ! あっ、ヴェルトくん、苦しくてもフ
ガフガしないで! ひ、姫様、堪えてください! って、姫様が痙
攣を! 姫様、お股に力を入れないでください! ヴェルトくんが
挟まれて抜け出せなくなってます! あああ∼∼、そんな、どうし
てそんな態勢に? もう、ダメだよ∼、見てられないよ∼、ううう
∼、ヴェルトくん、姫様、頑張ってください!﹂
正直、この時、どういう態勢で悪戦苦闘をしていたか、ペットに
しか分からない。
﹁そうだ! 姫様、膝を折り曲げて、お尻を突き出して四つん這い
になってください! そうすれば脱がしやすくなります! そう、
712
ヴェルトくんゆっくりゆっくり、そうそこ! ⋮⋮⋮⋮ッキャッ!
ば、馬車が揺れて⋮⋮⋮⋮あーーーっ!﹂
﹁うごっ、がぶ⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁むふぉーーーーーーーっ! ふぁ、ふぁまれ︵か、噛まれ︶?﹂
﹁ヴェ、ヴェルトくんが姫様のお尻を⋮⋮⋮⋮もうむずかしいよ∼
!﹂
ただ、結局そのあともイロイロと失敗したし、クレオも極限状態
だったけど、なんとか間に合った。
そのあと暫く⋮⋮⋮
﹁もふ、ふぃふぃふぉふぁらふふぃふぉふぁふぇふぉふぉふぇふぃ
⋮⋮⋮ふぉふふぃふぇふぁふぃ︵この私が、一度ならず二度まで同
じ男に辱められ⋮⋮⋮もう生きていけない︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
死んだように項垂れてるけど、ようやくスッキリしたんだし、早
くどうやって助かるかを考えようよ。
713
第41話﹁思い出話・コワレタ﹂
すごくショック受けてるけど、今は逃げないと。
でも、俺もペットもクレオも全員縛られてるから逃げれない。
馬車から飛び降りるか? でも、そこから逃げるには、やっぱり
この縄を、そしてクレオは手錠とかをどうにかしないと。
﹁ねえ、ヴェルトくん、どうすればいいかな?﹂
﹁ペットは魔法使えないのか? ドカーンやるの﹂
﹁無理だよ∼、杖もないし、手が使えないから魔法も放出できない
し。スゴイ人は、魔導兵装みたいに体中から魔法を放出できるけど、
私なんかじゃ全然そこまでできないよ∼。まだ、杖や手のひらから
魔法を出すしかできないの﹂
だよな。
クレオの方は俺たちよりももっと酷そうだし期待できない。
となると、俺とペットでどうにかするしかない。
でも、俺は魔法なんて一つも使えない。
ペットもこんなにグルグル巻きにされたままだと魔法使えない。
そうなると、この縄をどうにかするしかない。
﹁どっかに引っ掛けて、この縄を切れないかな?﹂
﹁うん、私も何度も試してるけど、できないよ∼﹂
714
馬車の中にある、たくさんの荷物。
木箱。塩や胡椒の袋。小麦粉の袋。卵。肉や果物。あとは壺とか、
雑貨とかだ。
ハサミとかないかな?
﹁ふぁふぉうひんふぁ、んへはへんほひら︵魔法陣は、書けないか
しら︶?﹂
その時、落ち込んでいたクレオが顔をようやく起こして何かを言
ってきた。
なに?
﹁ふぁふぉうひんふぉ︵魔法陣よ︶!﹂
ダメだ。全然何を言ってるか分からない。小便の時はジェスチャ
ーで分かったけど⋮⋮⋮
ん? そうだ、ジェスチャーなら⋮⋮⋮って言っても、俺たち手
足をうまく動かせないし⋮⋮⋮
﹁∼∼∼∼∼∼∼っ! ふぁふぁふぁひ︵あなたたち︶!﹂
そのとき、両手を縛られている状態なのに、壁に体重を預けなが
ら、クレオが揺れる馬車の中でなんとか立ち上がっていた。
どうしたんだ? 何かあるのか? 715
すると、クレオは俺たちに背中を向けた。
どうするか分からない、だけど、猿轡を噛んているクレオの口は、
物凄い怒ってる? 噛み切りそうなほど、ギチギチと歯が食い込ん
でいる。
﹁ぐっ、ふぉの、ふぉふぉふぃふぁあふぃふぁふぁふぃふぁ、ふぁ
んふぇふぉふぉを︵この誇り高き私が、なんてことを︶⋮⋮⋮⋮⋮
⋮ふぉふぉふぃいふぉふふぃっふぉうふぁふふぇあいふぁ︵この屈
辱一生忘れないわ︶!﹂
どうする気だ? すると、クレオは⋮⋮⋮
﹁︵ま・ほ・う・じ・ん・よ︶! ︵ま・りょ・く・を・ゆ・か・
に・あ・つ・め・て・ね・ん・じ・て・ま・ほ・う・じ・ん・を・
せ・い・せ・い・し・な・さ・い︶! ︵そ・う・す・れ・ば・し
ょ・う・き・ぼ・だ・け・ど・な・わ・を・き・る・ぐ・ら・い・
は・で・き・る・で・しょ・う︶? ︵か・ぜ・ぞ・く・せ・い・
の・か・ま・い・た・ち・の・ま・ほ・う・じ・ん・を・つ・く・
り・な・さ・い︶!﹂
クレオは何を俺たちに伝えたいんだ?
クレオはお尻をフリフリ振りながら、踊ってるみたいだ?
﹁姫様? って、姫様!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮うわ⋮⋮⋮﹂
716
クレオ。何をやりたいのか分からないけど、さっき俺がお前のパ
ンツ脱がしたままで、穿かせてないんだぞ?
そんなお尻丸出しで、何でお尻踊りしてるんだ?
﹁な、なあ、ペット。こいつ気づいてるのか?﹂
﹁多分、忘れてるよ∼。ヴェルトくん、みちゃだめ! 姫様にも内
緒だよ! これ以上、姫様は耐え切れないよ∼!﹂
﹁ふぁふぁふぁっふぃ︵あなたたち︶! ふぁふぃふぉふぉっふぉ
ふぃふぁふぁふぃふぇふふぉ︵何をコッソリ話してるの︶? ふぁ
んふぉふぃふぁふぁい︵ちゃんと見なさい︶!﹂
なんか更に怒ってるよ、こいつなんなんだよ。
﹁ペット、なんか見ないと怒られるぞ?﹂
﹁うう∼、わからないよ∼、姫様が何を仰りたいのか﹂
そうだよな。あんなにお尻を使ってクイクイ動いて、お尻でも見
せたいのか? それか伝えたい? あっ、⋮⋮⋮⋮⋮⋮ジェスチャー? お尻使
ってジェスチャー?
﹁あっ! 尻文字か!﹂
717
﹁コクりッ!﹂
俺がそう言うと、クレオは物凄い勢いで頷いた。
﹁ヴぇヴぇ、ヴェルトくん、お、おしり文字ってなに?﹂
﹁ケツで字を書いて、何を書いてるか当てる遊びだよ。罰ゲームで
もやったりするけど、クレオのやつ、この遊び知ってたんだ。俺も
よく、シップたちとその遊びやってるし﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮︵下僕を屈服させるために、目の前でやらせ
ていたけど、まさか自分でやる日が来るなんて⋮⋮⋮助かっても死
にたいわ⋮⋮⋮それか、この二人を口封じ⋮⋮⋮︶﹂
あ∼、なるほど。そういう伝え方があったのか。
でも、ペットは信じてないな。
﹁そ、そんなはずないよ。姫様は、そ、そんなお下品なことなさら
ないもん!﹂
﹁だって∼、それしか考えられねーし﹂
﹁ウソ! きっと、えっちなヴェルトくんがウソついてるだけだよ
!﹂
﹁ちがうよ∼、ぜってー尻文字だって! クレオも頷いてるし!﹂
718
﹁違うよ! あれは、ヴェルトくんが変なこと言うから怒っていら
っしゃるだけだもん!﹂
う∼ん、でも尻文字に見えるんだけどな∼。
あっ、そうだ! それなら⋮⋮⋮
﹁じゃあ、クレオ、試しに練習でやってみようぜ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぇ︵えっ︶?﹂
﹁ヴェルトくんどういうこと?﹂
そう、試しにやってみせればいいんだ。
﹁先に何書くかを決めとけば、本当にそれを尻文字で書いてるかど
うかわかるだろ?﹂
﹁そ、そうだけど⋮⋮⋮﹂
﹁よーし、じゃあ、やるぞ? いいな、クレオ?﹂
そう言うと、クレオはさっき以上に猿轡をギチギチ噛みまくって
て、今にも爆発しそうなほど何か怒ってるように見える。
でも、それやんないとペットも信じてくれないし、クレオももう
諦めてるみたいだ。
よ∼し、それじゃあ⋮⋮⋮
﹁いくぞ∼、じゃあ、はい、はい、はい、はい! クレオの名前は
ど∼書くの♪﹂
﹁∼∼∼∼∼∼∼∼っ! ふぉ⋮⋮⋮ーふぁいふぇふぇ、ふぉーふ
ぁいふぇ、ふぉーふぁふふぉッ︵こ⋮⋮⋮こー書いて、こー書いて、
719
こー書くのッ︶!﹂
﹁ほらー、今、ク・レ・オッて書いたぞ!﹂
スゴイやけくそになってたけど、間違いない! ちゃんとクレオ
は書いた。
両手足縛られて、揺れる馬車の中で、パンツも穿かないで尻文字
なんて、こいつやるじゃん!
﹁う。う、うそだよ、ひ、ひめさま、が、あ、暁の覇姫と呼ばれた
クレオ姫が! 未来の大英雄とまで言われている御方がそんなこと
なさるはずないもん!﹂
﹁ぜってーそうだよ! じゃあ、次な。はい、はい、はい、はい!
チェーンマイルはど∼書くの♪﹂
﹁∼∼∼∼∼∼∼∼っ! ふぁいふぇふぇ、ふぉーふぁいふぇ、ふ
ぉーふぁふふぉッ︵こー書いて、こー書いて、こー書くのッ︶!﹂
間違いない! ちゃんと書いた! スゲーやこいつ!
﹁なっなっ? じゃあ、次はペットもなんかやってみろよ?﹂
﹁え、えっ? そ、そんな!﹂
﹁ほら、俺の真似してやれよ∼!﹂
720
﹁じゃ、うう∼∼、は、はい、はい、はい! で、では、しゅ、し
ゅんこー、暁光眼ッてどー書くの? ですか!﹂
﹁おふぉえふぇふぁふぁい、ふぇっふぉふぁふぉーふ︵覚えていな
さい、ペット・アソーク︶! ふぁいふぇふぇ、ふぉーふぁいふぇ、
ふぉーふぁふふぉッ︵こー書いて、こー書いて、こー書くのッ︶!﹂
すごい! なんか難しそうな文字だったけど、ちゃんと尻で書い
た!
﹁ふぉう︵どう︶ッ! おふぇれふぁんふぉふふぁふぃふぁ︵これ
で満足かしら︶! ふぉえふぇふぁんふぉふふぇふぉう︵これで満
足でしょう︶! ふぉふぁえあふぁい︵答えなさい︶! もふ、ふ
ぃっふぉふぉほろふぃふぇ︵もう、いっそのこと殺して︶⋮⋮⋮﹂
でも、これでハッキリしたことで、なんか逆にペットがショック
受けてる。
﹁そ、そんな、あの誇り高い姫様が、お、お尻文字なんて⋮⋮⋮﹂
﹁でも、こいつ上手かったぞ? 俺、ちょっと見直した。こいつに
こんな特技があるなんてな﹂
﹁で、でも∼∼∼! わ、わたしたち、こ、殺されちゃうよ! お
尻丸出しの姫様のお尻文字なんて!﹂
721
あっ⋮⋮⋮馬鹿⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぇ?﹂
ほら、こいつそのこと気づいてなかったのに!
﹁ペット!﹂
﹁あうっ! ひ、姫様!﹂
ほら、あいつ呆然として固まっちまったじゃねえか。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぁいふぇふぁい︵
穿いてない︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
あっ、とうとうバタンって倒れた。
床にすごい勢いで頭ぶつけたぞ! 大丈夫か?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぃふぉう︵死のう︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
あっ、ヤバイ。もう全てを諦めてるような感じだ。ぜつぼー、っ
てやつをしてるみたいで、もう何もかもがどうでもよくなってる感
じだ! これ、どうするんだ?
﹁どど、どど、どうしよう、ヴェルトくん! こ、このままじゃ、
姫様が!﹂
﹁そんなこと言ったって﹂
722
﹁どうしよう、わ、私の所為で、私の所為だ。ひっぐ、ぐす、ひ∼
∼∼∼∼∼∼ん﹂
あ∼、もうペットまで泣いちゃったし! これ、どうすりゃいい
んだよ!
﹁と、とにかく励ませばいいんじゃないのか?﹂
﹁励ますってどうやって? できないもん! 姫様がどれだけ恥ず
かしい思いをされたか、ヴェルトくんには分からないもん!﹂
﹁わかんねーよ! でも、とりあえずなんかやんないとダメだろ?﹂
俺たちが助かるためには、こいつが何を伝えたかったのかを知る
必要があるんだ。
だから、こいつにはもっと頑張ってもらわないとダメなんだ。
とりあえず、励ましたり、褒めたりするんだ。
フォルナはよく﹁ヴェルト、女性を励ますときには、ソっと傍に
近づいて、褒めたりするのが高ポイントですわ。例えば、ワタクシ
の髪の毛とか、服装とか、アクセサリーでもよろしいですわ?﹂
よし、褒めるんだ!
﹁なあ、クレオ⋮⋮⋮⋮⋮⋮キレーな尻だったぞ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ッ!﹂
﹁ヴェル゛ドグンっ!﹂
﹁ほんとだぞ! えっと、王都の酒場で﹁ねーちゃん良いケツして
んじゃん﹂とか、よく酔っ払ったおっさんが言ったりしてるけど、
お前のも良かったぞ!﹂
723
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮ふぉろふ︵コロス︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ヴェルドグンもうダメダヨオオっ!﹂
あれ? ダメか? もう、物凄いプルプル震えてるけど? 恥ず
かしがってんのかな?
﹁本当だって! ほら、俺、多分生まれてから今までで一番女の子
の尻を触ったのはお前だから、間違いないって!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぁにふぁよ︵ナニガヨ︶﹂
﹁お前、チビでお漏らしだけど、自信持っていいぞ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ふぃふぁふぁの、ふぃふぃおんいっう、ふぁうれあいふ
ぁよ︵貴様の、これまでの一言一句全ての行い、全ての恨み忘れな
いわ︶?﹂
おお、体に力が入ってきてる! 良かった、褒めたから元気出た
んだな? フォルナの言ってることも、たまには役に立つんだな! ﹁ヴぇヴぇ、ヴェルトくん、なななな、なんでごどを∼∼∼﹂
724
でも、ペットは怖そうに泣いてるし。なんでだろう。これでこい
つももう一度やる気をだしてくれそうだし、一安心だろ?
﹁ングルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
︵これほどの辱めを受けてはもう生きてはいけない。だからこそ!
こいつを殺して私も死ぬ! その時まで、死んでたまるものです
か︶!﹂
しかも、なんか、パワーアップしてる?
﹁ひいいいいいっ! 姫様、どど、どうか、い、怒りをお沈めくだ
さい! そ、そうだ! 脱出の方法思いつきました! 私、無詠唱
や魔道具なしで魔法はまだ使えませんけど、魔力を放出して魔法陣
を作ることならできます! 小規模ですけど! それでも、風の魔
法陣を作れば、この縄を切るぐらいならできると思います! どう
でしょうか、姫様? 姫様の錠までは無理だと思いますけど、私と
ヴェルトくんが自由に動ければ、姫様をお助けすることもできるか
もしれません!﹂
﹁ふぉう︵そう︶⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あふぁふぃのふろうは︵私の
こ
苦労は︶?⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふぉのふぉも、ふぉろ
ふ、ふぃなふ︵この娘も、コロス、死なす︶!﹂
おお、しかもペットがいいタイミングで脱出の方法を思いついた
みたいだ。
725
そうか、魔法陣か。
確か、魔力を込めた紋章を床とか壁に設置すると、杖とかの代わ
りに、そこから魔法を発生させられるやつだっけ? 威力は凄い弱くなるから、魔法使いが実験とかで使う感じで、あ
んまり使われないみたいだけど、その手があったか!
設置したい場所に体を触れながら魔力を体に漲らせて呪文を唱え
れば、自然と魔法陣の紋章が浮かび上がるやつだったはずだから、
手足が縛られててもできるんだっけ?
﹁やった、切れた!﹂
おお、やった。ペットがうまいぐあいに、縄を切って自由になっ
た。
﹁待ってて、ヴェルトくんの縄も切るから﹂
ほっ。良かった。とりあえずこれでさっきよりは何とかなりそう
だ。
でも、もっと早くこれ思いついてれば、俺が頑張ってクレオのパン
ツ脱がす必要もなかったのかな?
﹁はい、ヴェルトくん、これで大丈夫だよ?﹂
﹁おお、ありがと、おまえ、すげーな﹂
﹁うん、次は姫様の⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮でも、ダメ。姫様のこの錠も、
目隠しも特殊なものだよ。私の魔法じゃ⋮⋮⋮⋮とりあえず、この
口にはめられてるものは外せそうだから、これだけでも!﹂
﹁そっか。じゃあ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮クレオ、とりあえずパンツ穿
かせといたほうがいいか?﹂
726
その時、ペットが懸命に紐をほどいて、クレオの猿轡がようやく
外れた。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮結構よ。あなたの汚い唾液のついた下着なんて、
誰が二度と履くものですか﹂
﹁あっ、しゃべれるようになったか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮おほほほほほほ、助けてくれてありが
とう、ペット・アソーク、ヴェルト・ジーハ。後は無事にここから
脱出できたら、二人には私自ら褒美を取らせるから、タ・ノ・シ・
ミ・ミ・シ・テ・イ・ナ・サ・イ?﹂
あれ? なんか急に口が三日月みたいにスゴイ鋭くなって笑って
るけど、これ、スゲー怒ってないか?
尻を噛んだの、やっぱ怒ってるのか?
それとも、昨日のことをスゲー根に持ってるのか?
とりあえず謝っておいたほうが︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!
﹁ッ!﹂
﹁キャッ!﹂
﹁くっ!﹂
その時、馬車の揺れが止まった。
﹁さ∼、休憩時間だぞ、子供達お腹すいてね∼かな? さっ、お前
727
ら起きてるかい?﹂
馬車の布が一気にめくられて、そこには鼻歌交じりの男が顔を出
した。
﹁おや? 縄が⋮⋮⋮⋮⋮はは、魔法陣か。こんなガキなのにでき
るとは、油断しちまったな﹂
それは、頭にターバンを巻いて、民族衣装を着た男。
服装はさっきと変わっているけど、間違いない。
こいつ、ハンガー船長とかいう奴と一緒にいた、海賊の下っ端み
たいな男ッ!
﹁くそ、テメエ、よくも︱︱︱︱︱︱︱︱﹂
﹁ん? こら﹂
︱︱︱︱︱︱ッ!
﹁ヴェルトくんッ!﹂
﹁なにっ? 何が起こっているの! そこのお前、何をした!﹂
いきなり、踏み潰すかのように、こいつの足が俺の腹に!
こんな、ニコニコ笑いながら⋮⋮⋮
728
﹁テメェじゃないだろ? アリパパだ。パパと呼びなさい﹂
いたい! 痛い! イタイ! ゲロが出そうだ! 何もかも吐き
出したい!
﹁ひっぐ、え、え∼∼∼∼∼ん﹂
﹁こーらっ!﹂
﹁キャッ!﹂
パシン? なんだよ、この乾いた音⋮⋮⋮ッ! ペット! 頬が
赤くなって、唇が切れてる!
﹁女の子だからって泣いちゃダメじゃないか。パパはね、お前らが
強い大人になって欲しいから叩くんだよ?﹂
殴った! こいつ、こいつ!
﹁き、貴様ァッ! 叩いたの? まだ年端もいかない少女を殴るな
んて、恥を知れ︱︱︱︱ッ!﹂
また、パシンって! クレオッ!
729
﹁貴様じゃないだろ? パパだろ? ねえ、クレオちゃん。パパっ
て呼びなさいよ∼、なあ、呼べよ∼、貴様じゃなくてパパだろ? なあ、なんで呼ばないんだ? なあ! なあ! なあ、呼べって言
ってんだろうがブチ殺すぞこのクソガキャッ!﹂
﹁ガハッ!﹂
﹁こらこら、ガハッ、じゃねーだろうが、パパだろ? ねえ、パパ
だって本当はお前たちを殴りたくないんだ。だから、お前たちを殴
るパパの手も心も痛いんだ。それでもね、お前たちが良い子になっ
て欲しいからパパは手も心も痛めてんだろうが! 親の気持ちを少
しは考えろよな、コラァ!﹂
﹁キャッ、いっ、あっ!﹂
な、なん、だこいつ? 頭、おかしいのか?
﹁や、やめろおおおおおおおおおっ! な、なにすんだよ、お前は
! 一体誰なんだよ!﹂
気づけば、全身がガタガタ震え上がっている。怖い! 怖い! 殺される⋮⋮⋮でも、止めなきゃ、殺される!
﹁誰⋮⋮⋮? あ∼∼∼、俺としたことが、そうじゃねえか、まだ
自己紹介してなかったじゃねえか、俺は。いかんいかん。兄貴や社
長が居なくて良かったぜ。﹃クスリ﹄が切れると、すぐこうなっち
730
まうぜ。このままじゃ、クビになっちまう。もっとスマートにしね
ーとな﹂
俺が叫んだら、どこかハッとしたような顔して暴力をやめた。
そればかりか、自分が叩いたクレオや、床に倒れて泣きじゃくる
ペットを撫で始めた。
﹁よ∼し、よし、怖くねえ怖くねえ大丈夫だよ∼、も∼、怖くない
から﹂
怖いッ! 目が、見たことないぐらいドンよりしてる。
﹁怖い思いをさせてゴメンな? 本当は、クレオ姫だけを連れて行
く予定だったんだけど、見られちゃったからな、お前たち二人も。
これから、俺たちの組織に来てもらう。でも、大丈夫だ。今日から
俺がお前たちのパパだからな!﹂
何者なんだよ、こいつ!
﹁自己紹介がまだだったね。俺は、この世の恵まれない子供たちを
幸せにするために戦う義賊。全ての子供たちの父、アリパパだ。お
前たち三人、辛かったろ? 寂しいだろ? 可愛そうだけど、でも、
もう大丈夫だ。お前たちはパパがこれから守ってあげるからよ?﹂
こいつ、裏通りで見た時と全然印象が違う! さっきは、ハンガ
731
ーとかいう奴が居たから猫かぶってた? これが本当のこいつ?
﹁じょ、冗談じゃないわ。あんた、⋮⋮⋮どこのコソ泥か知らない
けど、私の父を名乗ろうなど、身の程知らずにも程があるわ?﹂
﹁ひっぐ、や、やだ∼、ひっぐ、た、たしけてよ∼、おとうさま∼、
おか∼さま∼﹂
クレオ! ペット! ダメだ! こいつの目が、また変わった! 732
第42話﹁思い出話・フラッシュバック﹂
﹁こらこら、お前たち、パパになんてこと言うんだゴラア!﹂
気づいたら飛び込んでた。
﹁危ないッ!﹂
頬を思いっきり引っぱたかれて、首までジンジンする。
唇が切れて、ぷっくり膨れたのが分かる。
いてえ⋮⋮
﹁えっぐ、ひっぐ、ヴぇるどぐん⋮⋮﹂
﹁くっ? ヴェルト・ジーハ? この目隠しを取れ! そこまで私
が恐いか、この臆病者!﹂
二人の間に飛び込んで、代わりに殴られたけど、大人の力だ。
くそ、立てない⋮⋮
﹁あ∼もう、なんてことだ! こんなにパパを困らせるなんて、な
んてクソガキどもだ! これまで育てた奴らが悪いんだな? これ
からは厳しく接するからな? でも、パパはお前たちを本当に愛し
ているんだから、愛のムチを受け取れよボケがッ!﹂
鞭だっ! いきなりこいつ、鞭を取り出して、振り回した! 空気が思いっきり破裂した音がした。
﹁ひっぐ、や、やだ∼、うう、ひっぐ﹂
733
﹁おのれっ!﹂
だ、ダメだ、こ、殺される? こんな奴に?
今までにないぐらい恐くて恐くて仕方ない。
でも、その時だった。
﹁ヒヒーーーーーーーーン!﹂
ッ!
馬車が急に揺れた? いや、走り出した! そうか、鞭の音に興
奮した馬がッ!
﹁っと、や、やべ! くそ、このクソ馬が、興奮しやがって! っ
て⋮⋮あっ!﹂
アリパパが馬車の中からカーテンをめくって前を見た。
そこには地面はなく、空が広がって⋮⋮
﹁いっ!﹂
﹁なっ!﹂
﹁なに? 何が起こっているの?﹂
体が一瞬ふわりと浮かび上がったような気がしたが、そのまます
ぐに俺たちは世界がグルグル回り、体を打ち付けられ、崖の下に転
がった。
734
﹁ふっ、伏せろ! ペット、クレオッ!﹂
﹁いやあああっ!﹂
﹁ッ、な、なんですって!﹂
とにかくどこかにしがみ付いた。でも、そんなの意味がない。
何度も何度もグルグル回り、体をぶつけ、頭を打ち、もう何が何
だか分からな︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
﹃あっさくらく∼∼∼∼ん、トランプやろうJ! ここはお決まり
の大貧民で!﹄
あれ? なんだ? 何だコレ?
﹃ああ? ざけんな、俺はネミーんだよ! 話かけんな!﹄
﹃こんの、おばかりーな! 眠いがどうしたってんでい! 修学旅
行は寝不足上
等、夜更かし常識、不眠不休の青春クリエイトの場って奴っしょ!﹄
なんだ? 俺、どうしてこんなことを? 誰だ? ここはどこだ
? こいつは誰だ?
なんで俺⋮⋮⋮こんなの見てるんだ? 夢?
﹃こーら、美奈、いつまでも遊んでいないの。もうすぐ山の頂上に
到着なんだから、トランプをしまって﹄
735
﹃ぶ∼、ぶひ∼、ぶも∼、だぜい、綾瀬ちゃん。せ∼っかく、朝倉
くんとトランプしよって思ってるのに∼⋮⋮あっ、一緒にやりたい
?﹄
﹃な、なにをっ!﹄
山の頂上? トランプ? 修学旅行? ⋮⋮⋮ミナ?
なんだっけ、コレ⋮⋮⋮
﹃うわっと、お、おお! な、なんかバス揺れて⋮⋮ッ!﹄
﹃あ゛? そんなのどうだって︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!﹄
ッ! だ、ダメだ! ダメだ! ここから先は⋮⋮わかんないけ
ど、ここから先はダメだ!
乗り物が激しく揺れて、悲鳴がいっぱい聞こえて、柵みたいのに
追突して、そこから崖からころがって︱︱︱︱︱︱︱︱
火が燃えて、爆発起こって、みんな倒れて、血まみれになって⋮
⋮⋮そして⋮⋮⋮
﹁あっ、あ⋮⋮⋮うわああああああああああああああああああああ
あああああああああっ!﹂
736
どんどん動かなくなっちまうあいつを⋮⋮
﹁がっぐ!﹂
﹁あ、うっ⋮⋮⋮ヴぇ、ヴぇる⋮⋮ト⋮⋮くん⋮⋮﹂
崖下に落ちた! 体中が痛い! それに、なんだったんだ、今の
は?
いや、そんなのどうだっていい! ペット、頭から血が⋮⋮それ
に、手も足も怪我してる⋮⋮
あの時の、俺たちみたいに⋮⋮⋮えっ? あの時? 俺たち? 何のことだ? 何で俺は⋮⋮
﹁いつつつつ、やっべーな、ミスった。これじゃあ、兄貴に怒られ
ちまうな。馬も積荷もメチャクチャだ。どっかの村で補給しねえと﹂
アリパパッ! 生きてる⋮⋮⋮足が折れてるように見えるし、頭
からすごい血を流してるけど⋮⋮生きてる。
クレオは?
﹁ッ⋮⋮⋮あ⋮⋮⋮⋮か⋮⋮は⋮⋮﹂
体が投げ出されて、転がって、仰向けになって痙攣している! 手足も縛られて目も見えないんだ。受身とか出来ない状態のまま、
地面に落ちたんだ!
﹁あ∼、ったく、あぶねーあぶねー、意識を失いかけてるが、どう
737
やら生きてるようだな。さすがは、クレオ姫だな。まあ、このまま
だとチトヤベーな﹂
クレオが⋮⋮あのときの⋮⋮⋮カミノミタイニ⋮⋮⋮カミノ? 誰だよ、カミノって!
でも、助けないと、死ぬ! カミノが死んじまう!
あんなに笑っていたカミノが、動かなくなって、血まみれで、そ
のまま⋮⋮逝っちまう⋮⋮
﹁ん? おいおい、クレオ! お前、何で下着を穿いてないんだ?
まさか、お前、パパの子供じゃなくてママになりたかったのか!
パパを誘っていたんだな? そうか⋮⋮禁断の関係なんてダメか
もしれないが、パパはクレオの意思を尊重してやるぜ? だから、
パパ、お前を受け入れるよ。今、お前をママにしてあげよう!﹂
あのやろう⋮⋮⋮なにやってんだ? なに、動かねえ、カミノに
興奮して、ズボン脱ごうとしてるんだ?
﹁これだけ弱っていたら、暁光眼の力も使えないだろう。よし、今
からその目隠しを外してあげよう。ほら、起きなさい。パパが今か
らお前にあげる、剣を見せてあげよう。ほら、目を開けて。開けろ
って言ってんだろうが!﹂
ざけんな。助けねえのか? このままだと、カミノが死ぬっての
に、何を考えてんだ?
738
助けろよ。カミノを。助けろよ、カミノを!
助けねえのに、神乃に手を出すんじゃねえ!
神乃は! 神乃美奈は!
﹁俺の惚れた女に何しやがるんだゴラァッ!﹂
怪我? 知るか、そんなもん! ﹁あっ? なんだ、お前⋮⋮生きてたのか? って、パパにその口
の聞き方はなんだ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮ヴぇる⋮⋮と⋮⋮くん?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮/////////////////
/ッ?﹂
この手がどれだけ不良どもをぶちのめして来たと思ってやがる!
この足で、どれだけの修羅場を潜り抜けてきたと思ってやがる!
﹁テメエええええッ! その女に⋮⋮触れるんじゃねええええっ!﹂
カミノにナニヲシヤガルッ!
殺すッ! あのヤロウを、ブチコロスッ!
739
﹁こらこら、何を言ってるんだ? 今日からこの子はパパのお嫁さ
んになるんだから、変なことを言うんじゃねえよ、ゴラ!﹂
﹁っざけんなァ! その女のことは、俺はもっと前から見てたんだ
! 俺の人生を変えた、俺に新しい世界を教えてくれた、俺を! 俺をッ!﹂
﹁あ? テメエ何を言ってる?﹂
﹁テメエ、俺が惚れた女に何をしようってんだ! ブチ殺すぞ、ゴ
ラァ! 誰にも手を出させねえ! 俺はまだ、そいつに伝えてねえ
! ずっと素直になれなかったが、本当はずっと惚れていたと言う
って決めていた! このまま、死なせてたまるかよっ!﹂
﹁ああん? ナマ言ってんじゃねえぞ、クソガキが! テメエなん
かが守れるかよッ!﹂
﹁死んでも守るッ! 気の利いた言葉も、接し方も、バカな不良の
テメエ
俺には出来ねえ。でもな、その分、この体だけは嘘をつかねえ! 自分の大事なもんは、体張って守るのが、不良ってもんだろうがっ
!﹂
そうだ、あいつは俺の手を無理やり引っ張り、学校に連れてきた。
﹁どう、したの、ヴェル、と、くん? つ、い、いたい⋮⋮体⋮⋮
うごか、ない⋮⋮﹂
740
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮///////////////ッ﹂
俺に、俺に、俺にッ! あいつが俺に教えてくれたんだ!
だから、走れ、俺ッ!
﹁ぷくくく、ぎゃーはっはっはっは! とんでもねえ、無知なガキ
だぜ。こりゃーパパの教育が重点的に必要だぜ。この子はテメエな
んかと住む世界が違うんだよ!﹂
﹁んなこたー俺が一番分かってんだよ! 俺みてーな、喧嘩しかで
きねー屑が、日の当たる世界を懸命に生きるそいつとじゃ、住んで
る世界が違うってことぐらいな! でもな、それでも、惚れちまっ
たんだよっ! スタイルだってよくねーし、会えば会話でイライラ
させられることだってあるのに、俺は、俺はッ! もう、そいつの
ことしか考えられねーんだよッ!﹂
﹁⋮⋮⋮ドキドキ⋮⋮/////﹂
死なせるかよッ! あの女を死なせてたまるかよっ!
﹁ゴラァ!﹂
﹁はっはっは、子供のパンチなんかじゃ俺は︱︱︱︱︱︱︱︱ごほ
っ!﹂
741
容赦しねえッ! 抉るッ!
﹁がっ、ふ、筆? 荷物に入ってた筆をを突き刺し⋮⋮このガキッ、
誰に向かってこんなことしてやがっッッ!﹂
手加減しねえ。フルコースだ。
こんなヤロウに、正々堂々喧嘩してやる必要なんてねえ!
幸い雑貨が散乱してる。怯ませ、目潰しして、鼻鉛筆してやって、
踏みつける!
﹁ぷぎゃああああああああああああああっ!﹂
﹁オラア! 喰らえよ、腹いっぱいにな!﹂
﹁ウラァッ!﹂
﹁げぶっ!﹂
﹁コラァッ!﹂
﹁ぐぼほっ!﹂
落ちているジャリ石を口の中にぶち込んでやって、顔面を殴り続
ける。
口の中で、血が飛び散り、歯が砕け、二度とメシが食えねえぐら
いにしてやる。
﹁テメエこそ、誰に上等こいてんだコラァ! 俺を誰だと思ってや
ニトロ クルセイダーズ
おさじま やまと
がる! 湘南漆黒の六日間を制覇し、渋谷・池袋連合を潰し、あの
伝説の走り屋・爆轟十字軍七代目総長・筬島大和と共に、西のダン
ジリ戦争を乗り越えた、この俺を、誰だと思ってんだッ!﹂
742
﹁がっ、ぐっ、て、こ、このガキッ!﹂
﹁俺はッ! 俺はっ︱︱︱︱︱︱︱︱ッ⋮⋮えっ?﹂
ッ! あ、アレ? ⋮⋮⋮俺は⋮⋮⋮⋮急に景色が真っ白になっ
て、俺は⋮⋮⋮? なにをやって⋮⋮ッ! ﹁ガキがッ!﹂
﹁がはっ!﹂
いって! な、殴られた! ⋮⋮ど、どうなってんだ? なんか、頭がスーッとなって、なんか訳わかんないこと叫んでた
様な気がしたけど、俺、どうしたんだ? なんて言ったんだ? カミ? カミノ? なんだっけ、それ?
って、今はそれどころじゃねえ! ﹁もう、もうっ! お前はパパの子じゃないッ! お前は勘当だ!
ぶち殺してやらァ!﹂
このアリパパって野郎、怪我だらけだけど、鞭だしてメッチャ怒
ってる!
しかも、こいつ、何でズボン脱いでんだよっ!
えっ、なんだこいつ。アレか? 変態とかってやつか?
743
﹁ヴェル、トく、ん﹂
﹁ッ、ペット! 無事⋮⋮じゃなさそうだな、痛そうだ⋮⋮﹂
﹁痛いよ⋮⋮立てないよ⋮⋮﹂
足から血が出てる。右手が曲がってる⋮⋮折れてる?
くそ、それにここ、崖下で回りに家とかなにもない。誰も来ない
ぞ?
﹁クレオ! おい、クレオ、無事なのか!﹂
﹁ん、う、う∼ん//////////////////////﹂
ここから叫んでも、クレオは起き上がらない。何故か目隠しが外
されてるけど、目は開けてない。
気絶してんのかな? 顔が少し赤く見えるけど⋮⋮
﹁ねえ、ヴェルトクン、さっき、どうしたの?﹂
﹁ん? さっき? 俺、何か言ってたか?﹂
﹁う、うん、すごい恐い顔で⋮⋮叫んでた﹂
﹁そっか?﹂
ダメだ。全然覚えてないや。俺、何を叫んだんだ? ただ、体が物凄く熱くなって、あいつをメチャクチャ殴ってたの
は覚えてる。
でも、もうあいつには通用しなそうだ。凄い恐い顔で睨んでるし。
武器は? 馬車の中にあったものは?
俺が何とかしないといけないんだ!
744
﹁ッ、これは⋮⋮⋮割れてないのが何個かある! これなら!﹂
落ちてるのは、馬車にあった小麦粉とか卵、塩・コショウ・香辛
料、雑貨⋮⋮そうだ!
﹁ペット、小さい声で話せ。お前、火の魔法使えるか?﹂
﹁えっ? つ、使えるけど、私の攻撃魔法じゃ、まだ戦えないよ。
火だって、お料理に使えるぐらいにしか﹂
料理に使えるぐらいの火の魔法。それこそが今、俺が欲しいもの
だ。
それなら⋮⋮
﹁ペット、今すぐあいつに見えないように、これを火で熱くしろ﹂
﹁えっ? なんで?﹂
﹁いいから!﹂
ペットはもう走れないし、立てないから逃げることもできない。
でも、魔法だけなら使える。
それなら、それで戦うんだ。
﹁おいおい、コラコラ。パパに隠れてコソコソ何かするクソガキは
⋮⋮⋮鞭で百叩きしてからぶち殺してやるァァァァ!﹂
来たッ! 足を引きづりながら、凄い恐い顔して来た!
﹁ペット!﹂
﹁う、うん、やったよ!﹂
﹁よし、貸せッ!﹂
745
俺は魔法を使えないし、子供の俺がパンチしてもキックしても勝
てない。
だから、できることをやってやる!
﹁くらえっ!﹂
俺は、ペットから渡されたものを、アリパパ目掛けて投げた。
一つだけじゃない。とにかくいっぱい投げた。
それは⋮⋮
﹁ん? 石? ⋮⋮ぷはーっはっはっは! 卵か! そんなのでパ
パを倒せるわけプギャアアアアッ!﹂
よっしゃあ! 成功した! あいつが油断して避けなかったおか
げで、顔面命中! 馬車が落ちて、積荷にあった卵のほとんどが割れていたけど、割
れていないのも何個かあった。これなら使えるッ!
﹁へ、えっ、ど、どうして?﹂
ペットもまさか卵に火を使って熱くしただけでこんなこと出来る
なんて分からなかったみたいだ。
この、卵爆弾を!
﹁くらえくらえくらえっ!﹂
﹁つつつつ、ぎゃっ、ぷぎゃ、アチイイイイイイイイ!﹂
爆発して飛び散った卵がうまいぐあいに、アリパパの目に入った
746
! 熱くて目も開けられない! そして、怯んでる!
この隙に⋮⋮
﹁ほ、ほぎゅわあああああああああああああああ!﹂
なんでか分からないけど、あいつはズボン下げてるんだ。
チンチンに卵爆弾をお見舞いしてやった! よっしゃ、効いてる!
でも、まだだっ!
﹁いくぞー、次はこれだっ!﹂
﹁つっ⋮⋮ッ! ぷぎゃあああっ!﹂
卵爆弾でチンチンと目がやられているこいつの顔に、コショウと
か、真っ赤で辛そうな調味料とかをぶっかける!
﹁ぎゃあああっ! 目がーーーっ! やけるうーーーっ! ぎゃあ
あああ、こ、このクソガキーーっ! どこだーー! どこだーーっ
!﹂
そして、地面の上をのたうちまわるこいつにトドメだ!
﹁小麦粉ハンマーッ!﹂
﹁ッ!﹂
小麦粉が入った袋は、重たいんだ! それを思いっきりぶつける
! 何度も何度も何度も!
747
﹁ぷ、ぷご∼∼∼∼⋮⋮⋮﹂
夢中で何度も殴ってたら、気づいたらこいつがタンコブだらけに
なって伸びていた。
気絶したのかな? つんつん指で背中をつついてみたけど、痙攣
して起き上がらない。
﹁そ、そうだ!﹂
この隙に、こいつの服の中のどこかに⋮⋮あった! クレオを縛
ってる錠の鍵だ! これさえあれば⋮⋮
﹁クレオっ、しっかりしろよ、今、鍵開けるからな?﹂
﹁⋮⋮///////﹂
﹁よし、これでもう大丈夫なはずだ⋮⋮でも、起きないな⋮⋮でも、
ちょっと顔が赤いから死んでないと思うけど⋮⋮﹂
とりあえず逃げないと。あいつが倒れているうちに、どこかに逃
げて、誰か見つけないと。
﹁しょうがないな。よいしょっと﹂
﹁ッッ!﹂
﹁う∼ん、チビだからフォルナより軽いや﹂
﹁⋮⋮⋮#﹂
748
とりあえず、おんぶするか。
こいつ軽いけど、俺も怪我してるし、それにペットのこともある
し、どうにかしないと⋮⋮
﹁ヴェルトくん、す、すごい⋮⋮﹂
﹁へへ、だって約束しただろ? 守ってやるって﹂
﹁⋮⋮う、うん!﹂
ペットも、あいつが気絶してるからホッとした顔しながら泣いて
る。
まあ、ペットが居なかったら危なかったんだけどな。
﹁ペットは立てるか?﹂
﹁ううん⋮⋮⋮立てない⋮⋮でも、私はいーよ。姫様の方が心配だ
から﹂
﹁馬鹿! お前も俺に捕まれよ! 二人ぐらい、俺が運べるし!﹂
﹁無理だよ∼、ヴェルトくんだって、怪我してるし、私に構わない
で、姫様を連れて早く逃げて!﹂
﹁泣き虫のクセに、泣きながら言うなよ! そんなことできねーよ
!﹂
﹁だっ、だって、私なんかより、姫様の御命のほうが⋮⋮⋮⋮⋮あ
っ!﹂
その時、ペットが声を上げた瞬間、俺の背中がモゾモゾしたのが
分かった。
﹁う、う∼∼∼∼ん﹂
﹁あっ、クレオッ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あ、あああ、るうけ、お、おほんっ⋮⋮⋮歩けるわ﹂
749
クレオが目を覚ました。なんか混乱してるのか、最初は何を言っ
てるか分からなかったけど、すぐに俺の背中から離れて立った。
﹁クレオ、無事か? 怪我どうだ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮プイッ﹂
クレオの体が心配になって聞いたのに、クレオはすぐに俺に背中
を向けて、プイッと顔をソッポ向いた。
な、なんだよ!
﹁ちょ、どうしたんだよ、お前!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
無視しやがった! なんだよ、こいつ! あっ⋮⋮でも、そっか⋮⋮こいつ⋮⋮
﹁な、なあ、お前、まだ怒ってるのかよ? 昨日のこととか、馬車
でのこととか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮﹂
﹁あ∼∼∼∼、もう、わ、悪かったよ∼、俺が悪かったって。謝る
からさ、許してくれよ∼﹂
もう、こんなときにメンドクサイな∼、こいつは!
でも、ここで口喧嘩しても仕方ねえし、ここは謝って⋮⋮ん?
﹁こ、コホンッ! そ⋮⋮⋮そ、そうね⋮⋮わ、分かったわ、ヴェ
ルト・ジーハ﹂
﹁おっ?﹂
﹁ッ、ふ∼∼∼、は∼∼∼、ふ∼∼、落ち着きなさい、私。た、た
750
かだか子供に想いを告げられた程度で、お、落ち着きなさい。すー、
はー、すー﹂
あれ? なんだろ、クレオが深呼吸しながら急に振り返った。
でも、なんだよその顔は?
﹁ま、まあ、そうね。あなたには随分と恥をかかされたものよ。本
来であれば、その首を刎ね飛ばして極刑こそが妥当よ﹂
文句言ってるくせに、なんかニヤケそうな顔を必死に我慢してい
るみたいな顔だ。
﹁で、でも、その、まあ、そうね。素直になれないあなたの本音も
聞くことができたことだし⋮⋮⋮ま、まあ、覇王たるこの私がいつ
までも素直になれない子供のイタズラに激昂するのも大人気ないわ
けだし⋮⋮そ、そうね⋮⋮ま、まあ、私もこういった経験がないの
で、とまどってはいるけど⋮⋮まあ、私があなたのような下賎な雑
種の想いを受け入れることはまずありえないのだけれど、そ、それ
でも、まあ、あ、あなたが身を挺して私を守り、そして心からの気
持ちを明かしてくれたことは、わ、わ、悪い気はしないとだけ言っ
ておくわ﹂
何言ってんだこいつ? 俺の本音? 謝ったのがそんなに嬉しい
のか?
﹁私と釣り合う男は、せいぜいロア王子ぐらいと思っていたわ。そ
れが、こんな下賎な平民、武も知も品もない男。私に最低最悪の行
751
いをした憎むべき底辺の男。でも、その勇敢さと魂だけは、一定の
評価をしてあげるわ。口だけだと思っていたあなたの言葉、そして
気迫には、真の熱き想いが込もっていたわ﹂
言葉に魂こもってた? とりあえず﹁ごめん﹂としか言ったつも
りはないのに、なんでこいつはこんなに大げさに考えてんだ?
まあ、でも、なんか許してくれるみたいだし、機嫌もよさそうだ
し、これなら大丈夫だ⋮⋮ッ!
﹁ふ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
∼∼、イタタ⋮⋮殴られまくったおかげで、頭がスーッとしたぜ⋮
⋮⋮でも、やりすぎだぜ、ガキ共が﹂
あいつ!
﹁あら﹂
﹁ひいいい、ヴぇ、ヴェルトくん!﹂
﹁あいつ、もう起きやがった!﹂
あんなに殴ってやったのに、あいつもう起きたのか? くそ、もっと殴っておけばよかった!
﹁ガキは大人に対して遠慮も手加減もしないんだな。油断したよ⋮
⋮⋮⋮だから、今度はッ!﹂
鞭がッ! さっきよりも力強く、﹁バチンッ!﹂て音が弾けた。
752
﹁次は、大人の教育をしてやろう。クソガキ共が⋮⋮⋮﹂
俺の目潰し攻撃で真っ赤になった目。だけど、今はすごく鋭く睨
んでる。
凄く落ち着いてるように見えるけど、物凄い怒りが沸いてるのが
分かる。
くそ⋮⋮どうす︱︱︱︱︱︱︱︱︱
﹁頭が高いわ屑。これ以上空気を穢すな。もはや存在そのものが不
愉快よ﹂
その時、さっきまでのニヤけた顔から一瞬にして、こいつの顔つ
きも変わった。
﹁お前⋮⋮﹂
﹁姫様ッ!﹂
クレオだ。
すごく堂々としていて、すごく力強くて、輝いて見えて、チビな
のにとても大きく見えた。
﹁解放されちまったか、クレオ姫。メンドクセーな﹂
﹁メンドクサイ? 幼い子供に思う存分痛めつけられる程度の分際
で、この私と相対するという身に余る栄誉を前にして、よく言えた
753
ものね﹂
﹁ふん、やれやれだな⋮⋮クレオ姫が解放されたとなると、いよい
よ俺も全力を出す必要があるな⋮⋮﹂
空気が痛い! こ、ここにいるだけで、腰が抜けそうだ。
この二人、さっきまで俺の前に居た二人じゃない。
まるで、別世界の化け物みたいな⋮⋮⋮でも⋮⋮
﹁ヴェルト・ジーハ﹂
俺とペットの前に出て、背中を見せながらクレオは俺に言った。
﹁私は貴様を許さない。貴様は、この覇王たる私を辱めた。生涯、
誰にもさせるはずのないこと、見せるはずのないこと、全てを貴様
が私に行った﹂
﹁お、おう﹂
﹁でも⋮⋮逆を言えば、それはもう、私は貴様に⋮⋮いいえ、あな
たに全てを曝け出してしまったことを意味する。そして、知ってし
まったあなたの気持ち⋮⋮⋮軽はずみに受け入れていいはずがない。
周りが許すこともない。でも! でも⋮⋮⋮この私がこの世に生を
受けて以来、あなたは誰よりも勇敢に戦い、誰よりも身を挺して私
を守り、誰よりも熱い想いを叫んだあなたの気持ちは無下にはでき
ないと思っているわ﹂
754
⋮⋮⋮⋮?
軽はずみに受け入れてはいけない? 回りが許さない?
なんだよ、許してくれるのかと思ったけど、俺のことは簡単に許
さないし、国の奴らも許さないってことか?
でも、なんでそんなことを誇らしげに言ってるんだ?
﹁ただ、その前に、聞いておきたいことがあるわ。あなた⋮⋮フォ
ルナ姫にはどう言うつもり?﹂
フォルナに? えっ、やっぱ言うのか?
﹁えっ、やっぱ言うのかっ?﹂
﹁当たり前でしょう! それが、筋でしょう?﹂
こいつの尻を噛んだことを言わなくちゃいけないのか? そんな
の言ったら殺される⋮⋮
﹁こ、殺されるかもしれないけど⋮⋮謝るしかねえかな⋮⋮﹂
﹁そう。殺されてでも⋮⋮想いを貫くと⋮⋮。ふふ、全く⋮⋮あな
たがこんなに熱い人だとは思わなかったわ﹂
その時、少しだけクレオがクスリと笑った気がした。
﹁共に生きるわよ、ヴェルト・ジーハ。そして、今度は私が守る。
指一本、触れさせないわ﹂
755
それだけ言って、クレオの全身が、夜明けの光のように淡く輝い
た。
でも、その前に、お前、パンツ穿けよ⋮⋮⋮
756
第43話﹁思い出話・真にカッコイイ男﹂
さっきまで、俺を舐めていた、頭のおかしなアリパパじゃねえ!
アリパパは、服の中から何かを取り出した。それは、金色に輝く、
ティーポット?
でも、なんか、アレから変な空気が漂っている。
まずい気がする。
﹁見せてやろう、我が主、﹃アラチン﹄様より拝借してきた、マジ
ックアイテムの力をッ! 砂漠の世界に伝わりし大秘宝ッ! この
ランプを擦れば、中から︱︱︱︱︱︱﹂
でも、アリパパが本気を出そうとして、懐から金色の道具を取り
出した瞬間⋮⋮⋮
﹁貴様は愛の鞭というものをよく分かっていないようね。だから、
貴様には王罰を与えてあげるわ﹂
それはいきなりだった。
あいつの目が光った瞬間、急にアリパパが悲鳴を上げた。
﹁ぐっ、うぐああああああっ!﹂
757
﹁罪の重さ。そして大きさ。その身と心に刻み込むがいいわ!﹂
﹁ひ、火がッ! 氷がッ! 風が! 岩がッ! 毒がッ! 針がッ
! 剣がっ! 大蛇がっ! 鬼がッ! な、いぐわああああっ! 助けて﹃ランプの魔人様﹄!﹂
再びクレオの目が光った。その瞬間、アリパパが顔面が崩壊して
いるみたいに、苦しんだ顔になった。
﹁な、なにもしてないのに、苦しんでる!﹂
﹁ひ、ひいいっ! 姫様、な、何をなさったのですか?﹂
、十、百、千、万、
どうしたんだ? アリパパに、何があったんだ?
﹁貴様にあらゆる罰を与えよう。その数は、一
億、兆、京、垓、禾予、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、
那由他、不可思議、無量大数⋮⋮⋮終わらない﹃夢幻無限地獄﹄の
刑に処する﹂
発狂して、痙攣して、涙を流して、目が白目を向いて、小便漏ら
して、アリパパはもう⋮⋮
﹁な、なにを、したんだよ⋮⋮⋮クレオ⋮⋮﹂
俺は恐かった。クレオが何をしたか分からないけど、もしこいつ
を怒らせたら、俺も同じことをされるんじゃないか?
っていうか、こいつ、さっき俺のことを許してくれるっぽかった
758
けど、やっぱやめるとか言い出さないよな?
﹁これが私の力。そして、この屑どもが欲したものよ﹂
クレオが振り返る。そして、もう一度、目が光った。
やべえ、俺もお仕置きされ︱︱︱︱︱︱︱
﹁幻想と現実の境界線を支配する。現実には存在しないものを、五
感を通して感じることができるものとする力﹂
気づけば、崖下の砂利ばかりの場所が、満開の花畑に変わってい
た。
﹁えっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮⋮綺麗⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
怪我も、状況も、今は頭から抜けていた。
花なんて、まるで興味ない俺なのに、今、色んな花が咲いている
このどこまでも続く花畑の世界に、飲み込まれていた。
触ってみても、間違いなく花だ。香りも本物だ。
すると、クレオが俺に一輪の花を差し出した。
赤い薔薇の花⋮⋮⋮
﹁ヴェルト、あなたは赤い薔薇の花言葉を知っているかしら?﹂
759
﹁はなことば? 花語なんてあるのか?﹂
﹁まったく、知性も足りないようね。これは、しっかりと躾が必要
ね。花言葉はあとでちゃんと調べなさい。そこに、あなたの想い対
する私の答えがあるのだから﹂
俺の言葉にクレオは呆れながらも、なんか物凄い真剣な顔をして
いる。
やべえ、怒ってんのか? なんか、唇も震えてるし、顔もまた赤
くなっていってる。
﹁ヴェルト・ジーハ、この花は所詮幻想。幻想は幻想。現実の前に
は劣る存在。目で見て、触れることができても、この花は幻想。そ
れは、決して覆すことのできないこと。しかし、この花に込められ
た想いは、確かにここにあるのよ。それは、目で見ることも、触れ
ることも、叶わないものかもしれない。でも、感じることはできる
はず﹂
そう言って、クレオは薔薇を俺に押し付けるように持たせた。刺
が痛え⋮⋮⋮。これ、本当に幻なのか?
確かに、痛いと感じた。
﹁ヴェルト・ジーハ。私とともに、確かに存在する、世界に一つだ
けの花を咲かせることを、ここに誓いなさい﹂
﹁はなあ?﹂
760
﹁その花は、覇王である私といえども、決して一人では咲かせるこ
とのできない花。あなた自身も己を磨き、高め、そして育みなさい﹂
なんか、物凄い回りくどいこと言ってるけど、世界に一つだけの
花? そんなのどうやって作れっていうんだよ。
俺、畑に住んでるけど、花なんて詳しくねえのに。
﹁つっても⋮⋮⋮俺、そういうの詳しくねーし﹂
﹁あら、奇遇ね。私も初めてのことだから、当然詳しくは知らない
わ。だから、これから私も学んでいくつもりよ。時間をかけて、ゆ
っくりとね﹂
﹁え、え∼∼∼∼? ⋮⋮⋮つまり⋮⋮⋮それやらねーと、お前は
許してくれねーってことか?﹂
﹁ええ。私も、世界も、天も、神も許さない。それを肝に銘じてお
きなさい。できなければ⋮⋮⋮夢幻無限地獄に叩き落とすわ﹂
ッ! 一瞬、メンドクセーから、それならもう許してくれなくて
いいよと言おうと思ったけど、危なかった∼⋮⋮⋮
どうしよ⋮⋮⋮なんか、スゲーニッコリ笑ってるから、怒ってな
いように見えるんだけど、ほんとはスゲー怒ってんのか?
﹁あ、あの⋮⋮⋮わ、私もここに居るんですけど⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
761
⋮﹂
あっ、なんかペットはペットでスゴイ気まずそうな顔してた。
俺も気まずい。
そんな俺に復讐を考えついたからか、クレオはスゲー嬉しそうに
してる。
くそ、こいつ、パンツ穿いてねーくせに⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁やはり、僕の部屋からランプを盗んだのは、アリパパだったよう
ですな∼。しか∼し、合流地点に到着が遅いから来てみれば、まさ
かこんなことになっているとは思わなかったですな∼。本部長にバ
レる前に来て正解でしたな∼﹂
ビクッとした。
そして、クレオの笑顔が途端にまた怖くなった。
﹁ちっ、無粋ね。まだ誰か?﹂
まだ誰か居たのか? そういえば、ハンガーは? そう思ったと
き、花畑の幻想が解かれ、元の風景に戻った瞬間、俺たちは声がし
た空を見上げた。
するとそこには⋮⋮⋮⋮
﹁な、なんですか、アレッ!﹂
762
絨毯が空を飛んで、その上に人が乗っていた。
﹁魔法の絨毯ッ! これはまた、随分と珍しい道具を⋮⋮⋮⋮﹂
﹁あいつも、こいつの仲間か?﹂
初めて見た。空を飛ぶ絨毯なんて。
﹁とーうっ!﹂
﹁飛び降りたッ!﹂
そして、絨毯から飛び降りてきたその男は、アリパパのように頭
にターバンを巻いてる。
服はダボダボの白い布のズボンに、上着にマント。
ベルトのところには、スゴイ弧を描いている短剣を差している。
アリパパより全然若いぞ? ファルガくらいかもしんない。
﹁こんにちは、坊やにお嬢ちゃんたち。僕の名は、アラチン。この
度は部下のアリパパが大変失礼なことをしましたな∼﹂
爽やかな顔して、パッと見る限り優しそうだ。
でも、俺は全身がゾワッとなった。
なぜなら、この兄ちゃん。アリパパってやつよりも、どこかイッ
ちまったような、どんよりした目をしているからだ。
﹁あーあ、アリパパ、これは再起不能に近い症状ですな∼。幻術で
極限状態まで追い詰める。怖いですな∼。マリファナでもここまで
の幻覚はないですしな∼﹂
763
﹁あ、あが、う、あ、あば、げ∼⋮⋮⋮﹂
﹁それにしても、ランプを無闇に使っちゃダメですな∼。これに封
じられし、ナンバーオブビーストの魔王が解放されちゃったら、大
変でしたな∼﹂
痙攣しているアリパパに近づき、顔を覗き込みながら首を横に振
るアラチン。
今のところ、俺たちに何かするようには見えないけど、どうなん
だろう?
﹁貴様もこの誘拐犯の仲間のようね。ならば、私の前に現れること
の意味を理解しているのかしら?﹂
﹁暁の覇姫クレオ⋮⋮⋮本部長の話では、魔封じの錠で捕らえてい
たはずなのに、なぜ逃げ出せたのですかなあ?﹂
﹁そんなこと、今から深い深い地獄の世界へと旅立つ貴様に、関係
あるのかしら? それとも、貴様も私を力づくで口説いてみるかし
ら?﹂
優しい顔してても、アリパパの仲間なんだ。
既にクレオは戦う気満々だぞ。でも、大丈夫か?
すると、アラチンとかいう男は⋮⋮⋮
764
﹁いいや、やめておくのがいいですな∼﹂
両手を挙げて降参したかのようなポーズをした。
﹁あら、戦わないの?﹂
﹁解放された暁光眼に抗う術は思いつきませんな∼。だからと言っ
て、あなたも二人の足でまといを抱えたまま僕と戦うのは得策とは
思えませんな∼﹂
﹁戦う? 戦いになると思っているのかしら? そもそも、私がそ
のイカれた男にされた屈辱的な行いについて、まだまだこの程度で
は収まりつかないほどのものよ? 一族も上官もまとめて根絶やし
にしたいぐらいの衝動よ?﹂
﹁勘弁して欲しいですな∼。まあ、監督不行届は否定できないです
が∼、まあ、こいつがここまでイカレた麻薬中毒者になったのも、
僕の責任でもあるわけですが∼﹂
﹁あら。なら、その償いをしないとならないでしょう?﹂
クレオが一歩前へ踏み出す。こいつ、こんな自信満々で大丈夫か
? この兄ちゃん、強いのか弱いのかも分からないけど、アリパパ
の上司ってことは、アリパパよりは強いんだろ?
俺にカンチョーで負けたくせに、クレオは本当に勝てるのか?
すると、
765
﹁もちろん、償いはした方がいいですな∼。だからここは⋮⋮⋮⋮
⋮⋮ここは僕の体を張った渾身の芸で笑わせてあげることで、許し
て欲しいですな∼﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮はっ?﹂
芸ッ? クレオと一緒に、俺も﹁はっ?﹂ってなった。
あまりにも予想外なアラチンの言葉に俺たちは一瞬聞き間違いか
と思ったが⋮⋮⋮って、おいっ!
﹁なっ、なにをっ!﹂
﹁ひっ、い、い、いやああああああああああああああっ!﹂
アラチンがいきなりズボン脱ぎやがった! なんで?
そして、丸出しにしたヤバイ部分に、アリパパが使おうとした黄
金のランプと重ねた。
﹁組織の慰安旅行で社長に教えてもらったこのギャグで、僕は一気
に幹部に上り詰めましてな∼。君たちに、この僕の渾身の芸で笑顔
にしてあげるので、よろしいですな∼?﹂
な、なにを、する気だ?
ペットが余計に泣き出したし、クレオが今にもブッ倒れそうだ。
股間を黄金のランプで隠して、何を?
766
﹁ア∼ラ、よかよかよかよかよかちんちん♪﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮?
﹁一つ! 一つ人より、よかちんちん! アラ、よかよかよかよか
よかちんちん! 二つ! 振れば振るほどよかちんちん、アラ、よ
かよかよかよかよかちんちん! 三つ! 見れば見るほどよかちん
ちん、アラ、よかよかよかよかよかちんちん!﹂
ヤバイ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ペットがメッチャ泣いてる⋮⋮⋮
ヤバイ⋮⋮⋮⋮⋮⋮クレオが目力だけで人を殺せそうな顔してる
⋮⋮⋮
ヤバイ⋮⋮⋮⋮⋮⋮笑ったら負けだと分かってるのに、俺だけ笑
いそう⋮⋮⋮
﹁貴様ァッ! 暁の光に飲まれて滅びなさいっ!﹂
﹁四つ! って、ま、待ってほしいですな∼、この数え歌は十まで
あるんですが∼﹂
﹁今すぐ地獄に落ちなさいッ!﹂
案の定、魔人のような顔してブチ切れたクレオの目が光った。
767
﹁破滅への使者からの審判を受けなさいッ! メテオデスペナルテ
ィッ!﹂
﹁あ∼、隕石ですな∼、痛みも苦しみも味わうとなると、ショック
死するかもしれませんな∼⋮⋮⋮仕方ないですな∼﹂
多分、様子から見て、クレオは幻術で隕石を空から降らせている
んだろう。
俺たちには分からないけど、アラチンにはきっとその光景が見え
ているはず。
でも、アラチンに慌てる様子はない。じゃあ、どうやって⋮⋮⋮
⋮⋮⋮
﹁要するに、僕が隕石すらも防げる防御をイメージできれば、問題
ないのではないですかな∼?﹂
その時、アラチンが真剣な表情の中で、手を挙げた。
すると次の瞬間、アラチンの周りに金色に輝く丸い玉が現れて、
アラチンを包み込んだ!
﹁なっ、これはっ、黄金ッ!﹂
﹁ボースト・オブ・マイ・ゴールデンボール︵僕の自慢の金の球︶
!﹂
768
金! 金だ! 金の玉だ! ﹁僕の黄金の防御態勢は、あらゆる脅威から身を守る⋮⋮⋮自分で
そう揺るぎない自信を持ち続ければ、幻術の隕石すら防げてしまっ
たようですな∼。暁光眼対策の一つ。燃え盛る炎には氷魔法。猛獣
にはそれより強固な力。剣には、それに耐え切れる鋼の肉体。つま
り、幻術の脅威より強い防御方法を自分が持っていれば、堪え切れ
るというものですな∼﹂
いや⋮⋮⋮でも、隕石だぞ? 隕石! 隕石って黄金で跳ね返せ
るようなものなの? 違うだろ?
﹁⋮⋮⋮⋮その対策方法の是非は置いておいて⋮⋮⋮⋮貴様、﹃金
属性﹄の魔法使い⋮⋮⋮﹃錬金術師﹄なの?﹂
んで、れんきんって何? クレオがさっきまで怒り任せになって
いた顔が、またクールっていうか、キリッとした顔になってる。
そして、その質問に対して、金の玉から出てきたアラチンは頷い
た。
﹁いかにもですな∼。僕はアラチン。この世のあらゆる珍品金品を
追い求める、トレジャーハンター上がり。人呼んで、﹃黄金の錬珍
術師﹄ッ! 以後、よろチンチンッ!﹂
769
で、なんだろう、こいつ⋮⋮⋮⋮⋮⋮多分こいつ、スゴイやつな
んだと思う。
スゴイと思うんだけど⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁では、気を取り直していってもよろしいですな∼? 四つ、よじ
ればよじるほどよかちんちん、アラ、よかよかよかよかちんちん♪﹂
色々と台無しなんだけど、なんなんだよ、こいつ! ﹁ふ・ざ・け・る・なッ! 人が運命の岐路を一人の男と語り合っ
ていたところを、下劣な行いで汚すなど、万死に値するわッ!﹂
﹁あ∼、もう、どうしてウケないのですかな∼? 宴会ではバカウ
ケだってのに、おかしいですな∼⋮⋮⋮⋮やれやれ、ゴールデンス
ティック︵金の延べ棒︶ッ!﹂
﹁ッ!﹂
﹁幻術使い対策。それは、幻術者に先手を取らせないこと。幻術を
発動させる間もないほど攻めて攻めて攻め立てるのがコツですな∼﹂
金の延べ棒が次から次へと空から降ってきやがるッ!
﹁く、小賢しいッ!﹂
770
﹁よろしいんですかな∼? お友達も巻き添えですな∼﹂
﹁ちっ!﹂
﹁本当は戦う気はなかったのですなが∼、まあ、正当防衛ですな∼﹂
あっ、やべえッ! 俺とペットの所にも降ってくるッ! は、走
れねえッ!
﹁暁の覇姫を侮らないことねッ! 幻術だけの女だと思っているの
かしら? この、現実に存在する至高の存在を誰だと思っている!﹂
﹁ですな∼﹂
﹁無属性魔法バリヤ!﹂
防いだ! 透明なガラスみたいな何かが俺たちの周りを囲んで、
金の延べ棒の雨が防がれている。
クレオがやったのか?
﹁ふん、これであなたのターンは終わりね。そして、これがラスト
ターン!﹂
﹁それはまずいですな∼! まだ、数え歌終わってないですな∼!﹂
﹁それが遺言でいいのかしら? まあ、貴様のような、下劣な下半
771
身を露わにして痴態を繰り広げる汚物のような男など、細胞一つ残
す気はないけれどね! 滅びなさいッ、夢幻︱︱︱︱︱︱﹂
そして、このままクレオがアラチンを倒し︱︱︱︱︱︱
﹁下半身丸出しの痴態? 自分こそ下着を穿いていないので、おあ
いこですな∼﹂
﹁無限地ご⋮⋮えっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ!﹂
倒せたのに! 急にピタリとクレオが固まって、顔が真っ赤にな
って、いきなり頭抱えて叫びだした。
﹁ああああああああああああああああああああああああああああっ
! な、い、い、ああああああああああああああああっ!﹂
おまえ、自分でパンツ穿くの拒否したくせに、何で今更ッ! も
う、いいじゃん別に!
﹁馬鹿! バリヤ壊れちゃったぞ!﹂
﹁姫さま、あ、危ないです!﹂
﹁み、見られたッ! こ、こんな男にまで! ヴェルトだけでなく、
こんな男にまで!﹂
くそ、バリヤが粉々に砕けて、延べ棒が次から次へと降ってくる。
772
ダメだ、動け! あ∼、もう、動けーっ!
﹁クレオーッ! ペットーッ!﹂
金の延べ棒の一つが、頭に当たった。
頭がガンガン響いて、ドクドクしたものが頭から流れているのが
分かった。
目の前がすぐに真っ赤になって、でも、俺が動くしかないから、
クレオとペットを脇に抱えて俺は、とにかく延べ棒が降っていない
ところ目掛けて飛び込んだ。
﹁ッ、ヴぇ、ヴェルトくんッ!﹂
﹁あ⋮⋮ヴェ、ヴェルト・ジーハッ! そ、そんな! く、な、な
んてことを⋮⋮﹂
ヤバ⋮⋮頭だけじゃない⋮⋮なんか、色々なところにあたって、
当たった場所が熱くなって、ぷっくり膨れてる感じがする⋮⋮
﹁おやおや、随分と可愛らしいナイトですな∼。とまあ、それはさ
ておき! 六つ! むけばむくほどよかちんちん、アラ、よかよか
よかよかよかちんちん♪﹂
くそ∼∼∼∼∼! なんで、なんで! なんでこんな変な奴に!
773
悔しい⋮⋮
ゴールドエクス
﹁よくも、ヴェルト・ジーハを! もはや無限では足りないわ! 輪廻の果てまで貴様に地獄を味あわせてやるわ!﹂
ポジション
﹁ふ∼⋮⋮幻術対策⋮⋮というより、魔眼対策。目潰し! 黄金御
開帳﹂
﹁ッ! ま、まぶしいっ!﹂
め、目が痛い! 世界が一瞬で金色に光って、太陽の光みたいに
強烈にッ!
﹁そして、チン縛!﹂
﹁な、なにをする、離しなさいッ!﹂
何が? ッ、クレオッ! クレオが、金色のロープに縛られて、
目隠しまで!
﹁才能は天下一品でも、やはりまだ七歳の子供ですな∼。意外と簡
単に捕獲できましたな∼﹂
そんな! うそだろ、こんなやつに? くそ、なんでこんなこと
774
になってんだよ!
﹁では、七つ! なめ︱︱︱︱︱﹂
﹁や、めろっ! クレオを離せこの野郎ッ! ウリャァ!﹂
﹁って、おおおっ! これは怖いですな∼﹂
あいつは変な踊りをしようとして油断している。俺は、メチャク
チャ痛い体だけど我慢して走り、金玉目掛けて思いっきり殴ってや
っ︱︱︱︱︱
﹁いってえええええ!﹂
﹁ヴェルトくんッ!﹂
﹁ヴェルト・ジーハ!﹂
かっ、かってええ! 黄金のパンツ! こいつ、いつの間にこん
なもん! さっきまでモロ出しだったくせに。
﹁危ないですな∼、あと一瞬、この金の下着を精製しなければ、大
珍事が起こっていましたな∼﹂
﹁∼∼∼っ、大人のくせに固いオムツ穿きやがって! 恥ずかしく
ねーのかよッ!﹂
775
大人のくせに丸出しで、いつまでもギャグばっかやってて、子供
相手にズルい能力使いやがって。
でも、アラチンのやつ、俺の言葉を﹁やれやれ﹂なんて溜息吐い
て首横に振ってやがる。
﹁違いますな∼、子供はやはり分かってないですな∼。本当にカッ
コイイ男というものがどういうものかのか﹂
﹁なんだとッ! でも、少なくともお前なんか全然かっこよくねー
よ!﹂
﹁ふふふ⋮⋮⋮⋮金球珍擊!﹂
黄金の球がいっぱいっ! 俺の体全部にスゴイ威力で、飛んで⋮⋮
﹁う、が、ああああああああっ!﹂
﹁いやあああああ、ヴェルトくん! いや、た、助けてください、
や、やあああっ!﹂
﹁く、お、おのれええっ! この、こんな金属の拘束ぐらい、す、
すぐに解いて貴様ごとき瞬殺してくれるっ!﹂
体中が痺れて⋮⋮ダメだ⋮⋮崖から落ちたときとかの怪我も含め
て、もう、体中の骨がボロボロになった気がする。
776
﹁坊やもお嬢ちゃんもお姫様も、覚えておいたほうがいいですな∼。
真にカッコイイ男とはどういうものか﹂
なんか、本当に体がダメになっちゃうと、痛いってことも感じな
い。体中がボーッとしている感じだ。
立てない⋮⋮
﹁そう、真にカッコイイ男とは、恥を恐れずに常に自分を曝け出し、
自分の道を突き進む。そういう男を本当にカッコイイというんです
な∼﹂
こんな、カッコ悪いやつに、みんなやられちまう⋮⋮クソ⋮⋮ク
ソ!
﹁そうだ、え∼っと、まだありましたかな∼? えっと、おお、あ
ったあった。ほら、坊や、このタバコを吸ってみたらどうですかな
∼?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁このタバコは特別製でしてな∼、吸うと脳みそがとろけて、陽気
に、どこまでもハイテンションに弾け、自分の全てを曝け出せるマ
リファナという魔法の薬でしてな∼。大丈夫。アリパパのように吸
いすぎると中毒になるが、そこまで危険なものではないので、おす
すめなんですな∼。これで、君もカッコよくなれますな∼﹂
777
何がカッコイイだ! こんなふざけた野郎、全然格好良くねえ!
本当にカッコいいのは⋮⋮⋮⋮⋮⋮本当にカッコいいのはッ!
本当にカッコいいのはッ! ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん? なんだこれ?
﹃なんであいつらぶっ潰さねーんすか、ヤマトさん! ブクロの奴
らが渋谷と連合組もうとしてやがるんだ! これは俺らへの挑戦状
じゃねーっすか! 売られた喧嘩を買わねーで、何が不良だ! 一
them
all! ヤマトヘッド⋮⋮⋮⋮ミーのマ
人残らずブチ殺すッ!﹄ ﹃kill
インドは既にファイヤーだ! ジェノサイドの幕開けだ!﹄
﹃せや、あのゴミ虫共、血祭りに上げたらなァ、もうワイらも収ま
りつかんのやッ! いかせてくれや、ヤマトはん! 高原のクソを
ぶちのめすんや!﹄
なんで、俺はこんなことを思い出して? 思い出す? いや、誰なんだ? 何なんだこの光景は?
分からねえ。でも、これだけは分かる。あの人も⋮⋮そうだった
⋮⋮⋮⋮。
778
恥なんて恐れなかった。常に自分を曝け出していた。自分の道を
突き進んでいた。
でも、違うッ!
こいつと、あの人は、違う。
﹃よう、バイクにも乗れねえ中坊共⋮⋮今日は気分がいい⋮⋮喧嘩
なんてしてねーで、ほら、ケツに乗せてやる。乗りな﹄
そうだ、あの人は⋮⋮目を血走らせる俺らを、いつも呆れたよう
に笑いながら、頭を軽く叩いて⋮⋮⋮⋮
﹃今日はとことん走ってみるか、全開で﹄
ああ⋮⋮そうなんだ⋮⋮うまくいえねえけど⋮⋮アラチンの言っ
てる男のカッコよさってのは、別に間違ってるわけじゃねえ。
でも、それだけじゃ足りねーんだ。
﹁それだけじゃ⋮⋮⋮⋮ねえっ!﹂
﹁ッ!﹂
俺に、変なタバコを差し出してきたアラチンの手に、俺は噛み付
779
いてやった!
子供の力だろうが、ガブリと噛み付いてやりゃー、この変なやろ
うだって、顔をしかめやがった。
﹁うおッ? どーしたですかな∼、坊や﹂
﹁はあ、はあ⋮⋮⋮⋮俺が思う⋮⋮真にカッコイイ男って奴は⋮⋮
⋮⋮﹂
﹁?﹂
男のカッコよさ? そんなもん、上げようと思えばいくらでもあ
んだろう。
ツラが良い、喧嘩が強い、頭がいい、性格、器のデカさ、優しさ
とか、生き方、キリがねえ。
どれも間違ってねえし、一つになんて決められねえ。
だから、俺が言うとしたら⋮⋮⋮⋮
﹁あんな男になりたいと⋮⋮同じ男なのに憧れちまう⋮⋮そんな魅
力を持った男こそが、真にカッコイイ男なんだよ﹂
そう、だから⋮⋮
﹁だから、俺の基準から言えば、テメェなんかには死んでもなりた
くねえ! お前なんか、ぜーんぜんっカッコよくなんかねーんだよ、
780
バーカッ!﹂
言ってやった。死んでも言ってやりたがった。
もう、それだけで俺の中にあった力を全部使っちまったみたいだ。
でも、言えてスッキリした。
﹁ふ∼∼∼∼∼、十まで数えて、アラ、これでとうとうよかちんち
ん⋮⋮と、したったですがな∼⋮⋮ちょっと、眠っててもらえます
かな∼、坊や﹂
殴られるッ! でも、俺は言い切った。だから、アラチンがムッ
とした顔をしても、怖くなかった。
そう思った次の瞬間、俺を金属の棒で殴ろうとしていたアラチン
の武器が、粉々に砕け散った。
﹁ッ! なっ⋮⋮に?﹂
﹁あっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
アラチンも驚いている。何で? 誰が? そう思ったとき、俺の
後ろにはあいつが立っていた。
﹁真にカッコイイ男? 二人共、あまりにも的外れな答えすぎて、
呆れてモノが言えないわ﹂
クレオだっ! 目隠しも、金の縄も外されている。
781
﹁クレオ姫ッ! いつの間にッ!﹂
﹁ええ。役に立たないと思っていた凡人は、意外と優秀だったと私
も驚いていたところよ。覇王の目にも誤りがあったと、少し反省し
ているところよ﹂
そう言って俺の隣に来たクレオはウインクして、後ろを軽く見た。
そこには、ガタガタ震えながらも、アラチンを睨んでいるペット
が居た。
﹁まさか、その娘が!﹂
﹁ええ。解除してくれたわ。あなたたちが、的外れな論争を繰り広
げている間にね﹂
﹁ぐっ! しまっ、か、体が!﹂
﹁もう遅いッ! その金メッキを剥がしてあげるわ!﹂
さっきまで、のんびりとした喋り方だったアラチンが、慌てて後
ろへ下がろうとした。
﹁あ∼あ、僕もまらまらですな∼、どうしても遊んじゃって⋮⋮⋮
⋮⋮﹂
でも、もう既に遅かった。
アラチンは金縛りにあったみたいにガチガチに固まった。
そして、クレオはゆっくりと俺の顔を覗き込んできて、ちょっと
不機嫌そうに頬を膨らませた。
782
﹁ヴェルト、あなたは何を言っているのかしら? 真にカッコイイ
男は、男が憧れる魅力を持った男? そんなわけないじゃない。女
の意見がまるで含まれていない馬鹿な答えを、自信満々に言うもの
じゃないわ﹂
そう言って、プイッと俺に背中を向けて、アラチンにトドメを差
そうとするクレオ。
その顔が、ほんの少しだけ赤かったのが、確かに見えた。
﹁ヴェルト、真にカッコイイ男⋮⋮⋮⋮それはね⋮⋮⋮⋮この、覇
王たる私に選ばれた男。それ以外の回答なんて、この世にあるはず
がないでしょう?﹂
次の瞬間、アラチンが化物を見たかのように絶叫して気を失った。
ははツエー⋮⋮まともにやりあえば、クレオの方が全然ツエーん
だな。
あれだけ対策だとかしてきたアラチンだけど、不意をつかれたら
敵わなかったみたいだ。
なんか、それだけで俺もなんか全身から力が抜けて、ホッとして
⋮⋮⋮⋮意識が⋮⋮⋮⋮
﹁品がなくても、そこまで端正な顔立ちでなくても、身分が低くて
も、⋮⋮熱い魂、そして命懸けの勇敢さを持ち、体を張り、女を守
る。ヴェルト、それが私の選んだ男よ⋮⋮⋮⋮って、気を失ってい
るじゃないッ! ちょっと、しっかりなさい!﹂
783
気がついたら倒れて、目が閉じかけて⋮⋮⋮そんな俺にクレオと
ペットが慌てて駆け寄って⋮⋮⋮
意識を失う最後の直前に俺が見たのは⋮⋮⋮⋮俺の隣で中腰にな
ってるクレオのスカートの下は、ちゃんとパンツが穿かれてた⋮⋮
⋮赤だった⋮⋮⋮
あとから聞いたけど、赤じゃなくて、ウォーターメロンカラーだ
って。何が違うんだ?
784
第44話﹁思い出話・幽霊女﹂
変な夢を見ていた気がする。
その夢に俺は登場していないのに、知っている奴らなんて一人も
居なかったのに、俺は﹃その世界﹄を知っている。
思い出せない。思い出したい。でも、怖い。
あと少しで思い出せるかもしれないのに、それがたまらなく怖い。
﹁⋮⋮⋮あれ?﹂
白い天井? ベッドの中? あれ? 俺、どうなったんだっけ?
﹁目を覚ましたか?﹂
キョロキョロ部屋の中を見渡そうとしたら、俺の横には、本を読
みながら座っていたタイラーが居た。
﹁えっ? あれ?﹂
﹁まだ寝ていなさい。もう少しで、お前のお父さんとお母さんもこ
こに来る﹂
なんでタイラーがここに? それに、城の騎士団の人とかまで居
るし⋮⋮⋮
って、そうだ!
﹁二人は! クレオとペットはッ! それに、あの誘拐した奴らは
785
!﹂
思わず起き上がろうとした俺だけど、その頭をタイラーが優しく
撫でて抑えてくれた。
﹁大丈夫だ。二人は無事だ。クレオ姫も、ペット嬢もな。賊の二名
も既に捕らえている﹂
﹁あっ⋮⋮⋮そうなんだ⋮⋮⋮﹂
﹁この大捕物は、エルファーシア王国内で起こったことだが、二名
の賊はチェーンマイル王国の姫君を攫ったのだ。これには、チェー
ンマイルも激昂してな。二人の身柄はチェーンマイル王国に移送さ
れている。死刑が無期懲役か、どちらにせよ二度とお前の前に現れ
ることはない﹂
そっか、二人は無事なんだ⋮⋮⋮ホッとして、急に力が抜けて、
ベッドにもう一度倒れ込んじまった。
そんな俺の様子を見ながら、タイラーはもう一度俺の頭を撫でな
がら、笑った。
﹁まったく、信じられなかったぞ? 姫様が攫われ、お前とペット
嬢が攫われたと聞いたときにはな﹂
﹁うん⋮⋮⋮俺も、ビックリした⋮⋮⋮﹂
﹁あまり心配させるなよ? 今日のことは、まだフォルナ姫様には
伝えていない。怪我だらけのお前を見たら、さぞお嘆きするだろう
から、肝に銘じておけ?﹂
だよな。あいつ、絶対怒りながら泣くだろうな∼
まあ、でも、よその国のお姫様とあいつの友達も無事だったんだ
し、大丈夫かな?
786
﹁で、ペットとクレオは? ペットは結構怪我していたと思うけど﹂
﹁ああ。あの二人なら今頃⋮⋮⋮⋮⋮⋮発表会だろな﹂
そうか、発表会か。そういえば今日はピアノの⋮⋮⋮って!
﹁え、ええええっ! ピアノ∼? 無理だろ、だって、ペットは怪
我してたじゃん!﹂
多分、右腕だったか左腕だったか忘れてたけど、折れてたよな?
それなのにピアノの発表会って無理じゃん!
﹁ああ、皆止めたよ。でもな、ペット嬢は頑なになって、片手でも
演奏すると仰っていたよ﹂
﹁なんで? あいつ、そういうのダメっぽいやつじゃん。恥ずかり
なのに?﹂
だってあいつ、緊張してオドオドビクビクしているのがお似合い
じゃん。
なのに、そんなあいつが意地になって出る?
﹁あの子は言っていたよ。約束通り、何かあったら守ってくれた人
がいる。だからこそ、自分も約束を守る。だから弾く。そう言って
いたよ、あの引っ込み思案の子がね﹂
その時、俺は思い出した。
それって⋮⋮⋮あいつ⋮⋮⋮あの裏通りでした俺との約束を⋮⋮⋮
﹁その心意気に胸を打たれたのか、出場を辞退されていたクレオ姫
が、ペット嬢に肩をお貸しになって、二人で行くと仰っていた﹂
﹁クレオまで?﹂
787
﹁どうやらお前たちは、誘拐犯を退治する以上のことを成し遂げた
ようだな?﹂
退治する以上のこと? それが何なのかは正直分からなかった。
でも、俺の頭を撫でながら笑っているタイラーの言葉を聞いてる
と、何だか胸が温かくなった。
﹁じゃあ、俺も行かなきゃ。見てやるってのも約束だったしな﹂
﹁ヴェルト? コラコラ、どこに行くんだ。お前のケガだって酷い
んだぞ? もうすぐ、お父さんとお母さんも来るんだ。ジッとして
いなさい﹂
本当だ。気づいたら、体中が包帯だらけだった。体を起こすだけ
でも痛いと思った。
足のつま先から、頭のてっぺんまで一気に痺れるような感じ。体
中がミシミシ言ってる気がした。 ﹁う∼∼∼、いって∼な∼﹂
﹁ヴェルト?﹂
でも、俺はベッドから降りていた。
行かなきゃいけないんだと、もう決めていたからだ。
﹁行くよ、タイラー⋮⋮⋮⋮俺、行くんだ﹂
﹁何を言ってるんだ、ヴェルト。今日一日、怖かっただろう? 誘
拐され、傷つけられ、一歩間違えていたら命が無かったかもしれな
いんだぞ? だから、少なくとも今日は無理をするんじゃない。こ
れ以上、心配させないでくれ﹂
﹁同じ目にあった、あの泣き虫ペットは出てるんだぞ! あいつは、
今日無理してるんだから、俺も今日無理する! 明日のんびりする
788
!﹂
俺だけ寝てるなんて情けない。だから、俺は意地でも行こうとし
た。
すると、困った顔して俺を寝かそうとしていたタイラーだったけ
ど、﹁やれやれ﹂と溜息を吐いて、諦めたように両手を上げた。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふ∼⋮⋮⋮⋮このガキンチョ⋮⋮お前が男の顔をし
て、まさか私を困らせる日が来るなんてな⋮⋮﹂
﹁タイラー⋮⋮?﹂
﹁国の将として、お前の両親の親友として、無理をするなと言って
縛り付けておきたいところだが⋮⋮⋮⋮ここは同じ男として、その
無理を許可してやろうじゃないか﹂
そう言って、タイラーは立ち上がって、部屋のドアを開けて、俺
にニッと笑った。
﹁行って来い、ヴェルト!﹂
俺は、返事をする前に既に部屋の外に飛び出していた。
ありがとうっていう代わりに、俺もニッと笑い返してやった。
その時、タイラーが⋮⋮⋮⋮
﹁ふう⋮⋮⋮⋮ヴェルト⋮⋮まさかお前が巻き込まれるなんてな。
⋮⋮すまなかったな⋮⋮⋮⋮。﹃プルンチット騎士団団長﹄聞いて
いるな? ⋮⋮⋮⋮社長と本部長に緊急連絡だ。あの二人が逮捕さ
れた﹂
俺が飛び出した後に何をしていたかは、まるで気にしなかった。
ただ俺は、﹁待ってろ、ペット、クレオ﹂と頭の中はそれでいっ
789
ぱいだった。
廊下を走る俺を、医者のじいさんや、看護師の姉ちゃん達がビッ
クリしたように叫んでるけど、俺はとにかく逃げて、病院なのか医
療棟なのかよく分からんとこから飛び出した。
外に出たら、そこは王宮の中庭で、よく知っているところだ。
ここから、ピアノの発表会をやってる文化会館はすぐだ。
﹁ん、あ、でも、俺、手ぶらだけどいいのかな? そうだ、しかも
フォルナに花をあげなきゃいけないんだ!﹂
手ぶらだし、俺はママに貰ったタキシードじゃなくて、既に病院
患者の服を着せられている。
服はまだ大丈夫だと思う。どーせ、文化会館の警備の人も受付も
客も、ほとんど顔見知りだし。
でも、フォルナにしつこく言われたけど、花束持って行かなくち
ゃいけないんだろうし⋮⋮⋮⋮
﹁おーーーーい、ヴェルト! お前、何をやってんだ!﹂
その時、王都のど真ん中を走ってた俺を、花屋のおっちゃんが呼
び止めた。
あっ、そうだった⋮⋮俺、注文したのにまだ貰ってなかったんだ
⋮⋮
﹁あーーー、いいところに、おっちゃん、俺の花は?﹂
﹁あ、ああ、も、もう準備できてるが、お前、その怪我どうしたん
だ? それに、その格好は! 何があったんだ!﹂
﹁ん? あー、もうぜんぜんヘーキだよ! それより、早く花頂戴
790
!﹂
﹁だ、だがなよ∼﹂
﹁早く行かないと終わっちまうんだよ! だからさ、早くくれよー﹂
早く行かないとフォルナの雷が落ちる。ペットの演奏も終わっち
まう。
﹁⋮⋮本当に大丈夫か?﹂
﹁ああ。大丈夫だからさ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮は∼⋮⋮⋮⋮後で何かあったか教えろよな? ほれっ!﹂
そう言いながら、おっちゃんは渋々と俺の両手いっぱいの大きさ
の花束をソっと渡してくれた。
薄い水色の新鮮な花が咲いている。
﹁姫様は水色がお好きだってのはお前もよく知っているだろう? だから、ここはこのブルースターの花束を渡してやれ﹂
﹁へ∼、綺麗じゃん﹂
﹁ったりまえだ。それとな、ヴェルト。この花の花言葉を教えてや
ろう。この花は結婚式の花嫁のブーケにも良く使用され、花言葉は
⋮⋮ってヴェルトッ!﹂
﹁ワリ、急いでるからもう行くな! 花、あんがと!﹂
よし、これでフォルナに怒られることも⋮⋮って、そうだ⋮⋮ペ
ットやクレオにも花をあげないとまずいのかな? ペットなんて友達居ないから誰からも貰えなさそうだし⋮⋮でも、
俺、もう金も持ってないし⋮⋮
﹁あっ、文化会館見えてき⋮⋮⋮⋮あっ﹂
791
その時、ようやく見えてきた文化会館の入口は、貴族の奴らが利
用している高級そうな馬車や、執事の連中とかがいっぱい立ってい
た。
でも、その入口の扉の傍に、発表会用に送られている大きな花束
が飾られているのが見えた。
そうだ! あんなにいっぱいあるんだから、何本か抜いちゃって
もバレねーよな!
﹁おや? 君はヴェルトくん⋮⋮って、どうしたんだね、その格好
は! その怪我は!﹂
﹁えっ? ヴェルトくんですか? ま、まあっ! ヴェルトくん、
どうしたの?﹂
﹁おい、ヴェルト、お前、何があったんだ!﹂
﹁って、その前に、その花を持って行っちゃダメだろうが! って
おい!﹂
ワリ、今、みんなと話している暇ないんだ。それに、花を持って
いくのはやっぱ普通はダメみたいだから、走って逃げないと。
へへ、なんか皆慌ててる声が聞こえるけど、なんだろう。体が軽
いや。
怪我でさっきまで痛かったのに、﹁早く行かなくちゃいけない﹂
と思っていたら、俺は立ち止まったり休んだりすることないまま、
講堂まで来ることができた。
あとはこのドアを開けて⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁ッ!﹂
792
その時、俺はドアを開けた瞬間、全身がゾワッてなって、思わず
後ろに下がってしまうぐらい、圧倒された。
一瞬、翼の生えた女騎士が空の上で勇敢に戦っている風景が見え
た。
何百人の観客が入る大きな講堂では、客席は完全にいっぱいで、
でもその客席の目はみんな、舞台の上に向いていた。
﹁ペット⋮⋮⋮クレオ⋮⋮⋮﹂
ペットとクレオが並んで、二人で一つのピアノで演奏していた。
怪我して片手しか使えないペットを助けるように、クレオが隣で
引いている。
﹁⋮⋮⋮﹃戦女神たちの先陣﹄の連弾だよ﹂
﹁ッ!﹂
思わず﹁ひゃっ﹂と声が出そうになった。
いきなり後ろから耳元に声かけられ、誰かと思ったらそこにいた
のは、ママだった。
﹁マッ︱︱︱﹂
﹁し∼∼、静かに﹂
なんでママが? 王族は特別な席に座ってるんじゃないの? 出
歩いて大丈夫なの? ﹁ふふ、今、誰もがあの舞台に夢中だよ。誰も、私の存在に気づか
793
ないぐらいにねえ﹂
俺の口元を抑えながら、ママはニヤニヤしながら舞台のペットと
クレオを見ていた。
﹁大したもんだよ。練習もしないで、初めての連弾。息もピッタリ
だ。そしてあのクレオ姫は、片手の使えないペットの分まで弾いて
いる。昨日はあんなんだった二人が、どうしてこうなっちまったの
かね∼﹂
本当だ。クレオが動かしている指の方が多い。でも、それをまる
で慌てることもなく、涼しい顔で優雅に弾くクレオは、すごかった。
﹁フォルナの出番はもう終わっちまったよ。あとで、慰めてやりな﹂
﹁あっ⋮⋮⋮そ、そうなんだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ヴェルト、何があったかは聞いている。無事でなに
よりだよ﹂
あっ、ママは知ってたんだ。そう言って、俺の口を抑えながら抱
き寄せるママの手は、ギュッと、少しだけ強かった。
﹁ヴェルト、本当は色々と言ってやりたいし、フォルナにも言い訳
しなきゃならないんだろうが、とりあえず今日は大目に見てやるよ。
今はただ、大変なことがあったのに、強い意志でこの演奏会に出て、
これだけ力強い演奏をしている二人をあんたが労ってやりな。その
花束は、あの二人にやりな﹂
﹁えっ、でも、これ⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
794
﹁誘拐犯退治でどんなことがあったかは知らないが、あの二人は、
あんたのために弾くと言っていたよ。だったらあんたも、花ぐらい
贈って労ってやんな。その程度で浮気だと騒ぐような姑じゃないん
だよ、私は﹂
男ならビシッとキメてきな。ママの顔はそう言って笑っているよ
うに見えた。
次の瞬間、講堂は大歓声が巻き起こっていた。
席から誰もが立ち上がり、拍手を舞台に居る二人に送っていた。
ペットと手をつなぎながら、ピアノから離れて、舞台の中央に立
ってお辞儀するペットとクレオ。
その瞬間、ママに尻を叩かれて、俺は講堂の階段を駆け下りて舞
台の真下まで向かっていた。
﹁あれは、ヴェルトくん?﹂
﹁本当だ、アルナとボナパの子じゃないか﹂
﹁姫様の演奏では出てこなかったのに⋮⋮⋮それに怪我しているぞ
?﹂
﹁ヴェルトくん! な、なにがあったんだい!﹂
﹁おやおや、ナイト様の到着でありんすね﹂
﹁ヴェルト、今までどこにいましたの! それに、その怪我、一体
何がありましたの!﹂
知っているやつ、知らない奴、フォルナたちも含めて、拍手の中
で戸惑ったり驚いたりしている声が講堂の中に響いたが、俺は構わ
ず行ってやった。
俺を見て、驚いた顔しているクレオとペット。
俺がここに来たことが信じられないのか、言葉が出てこないみた
いだから、代わりに俺が言ってやった。
795
花束を差し出して⋮⋮⋮
﹁ペット、はいこれ。テキトーに選んだから、あまり綺麗じゃない
けど、やる﹂
入口の壺に入っていた花をテキトーに抜いて束ねたもの。
花屋のおっちゃんが作る花束なんかと全然比べ物にならないけど、
ないよりマシだと思ってソレをペットに渡した。
﹁ヴェルトくん⋮⋮⋮⋮⋮⋮来て⋮⋮⋮くれたの?﹂
﹁ああ、俺が見ていてやるって、約束だったからな。でも、スゲー
じゃん、お前。幽霊だからみんなに見えないと思ってたのに、みん
なお前を見てんじゃん。生きてて良かったな﹂
するとペットは、相変わらず泣きそうな顔になった。
でも、泣きそうになりながら⋮⋮⋮
﹁⋮⋮⋮うん!﹂
笑った。
﹁⋮⋮⋮でも⋮⋮⋮その﹂
﹁ん?﹂
﹁⋮⋮⋮その、幽霊じゃなくて、みんなが私を見れるようになっち
ゃったけど⋮⋮⋮それでもヴェルトくんも変わらずに⋮⋮⋮これか
らも⋮⋮⋮見てくれる?﹂
これからも∼? まあ、フォルナが怒らなくて⋮⋮⋮
﹁話しかけても泣かないんならいいよ﹂
796
﹁ッ! うん、泣かないよ!﹂
うん、別に見るぐらいなら、全然いいよな。そう思って俺も頷い
てやった。
そして⋮⋮⋮
﹁ん、ん、おほん﹂
さっきっから、﹁私は?﹂みたいな様子のクレオにも、花束を渡
してやった。
﹁はい、クレオも。これやる﹂
﹁あら、ありが⋮⋮⋮ッ! まあ⋮⋮⋮素敵⋮⋮⋮ッ!﹂
やっぱ、花屋のおっちゃんが作った花束なだけあって、綺麗に形
が整ってるから、クレオも驚いてる。
本当はフォルナに上げるやつだったけど、まっ、いっか。ママの
お許しも出てるし。
だけど、その時、
﹁げっ、あんな花だったのか⋮⋮⋮渡せって言ったのは失敗だった
かね∼﹂
ママがなんか、そんなこと呟いているのが聞こえて⋮⋮⋮
﹁ッ! ヴぇ、ヴェルト! わ、ワタクシには何も⋮⋮⋮ペットだ
けでなく、クレオ姫には⋮⋮⋮あんな素敵な花をッ!﹂
﹁⋮⋮⋮ま、まるで⋮⋮⋮花嫁のブーケみたいですね﹂
797
﹁ブルースター⋮⋮⋮花言葉は、信じあう心⋮⋮⋮でありんすね。
昨日の様子では、一番あの二人には程遠い言葉でありんすが、これ
はこれは⋮⋮⋮﹂
しかも、なんだろう。会場中がガヤガヤしているけど、やっぱ俺
がこんな格好しているから変なのかな?
そう思ったとき、クレオが俺が差し出した花束を受け取って、笑
顔で花に顔を寄せた。
﹁鮮やかな色。爽やかな香り。⋮⋮⋮ヴェルト・ジーハ⋮⋮⋮あな
たから私へ贈る花、この花に込められし気持ち⋮⋮⋮私はありがた
く受け止めさせてもらうわ﹂
そう言って、クレオはまた会場全体に一礼して、もう一度舞台に
居る二人へ盛大な拍手が送られた。
俺はそのあと、捕まって、フォルナやママや、親父やおふくろに
説教されたり、抱きしめられたり、心配されたり、結局怪我がひど
くなって入院したりと散々だった。
その後、発表会は無事終わり、チェーンマイルとの間で友好の行
事とか交流とか、難しい会議も含めて暫く行われていたみたいだけ
ど、俺はその間、もうクレオと会うことはなかった。
だけど、入院した俺の病室に赤いバラの花束が贈られていたのは
分かった。
それと、ママとタイラー、そしてチェーンマイルの女王様から、
今回の誘拐事件は一部を除いて秘密にするという話になった。
俺は良く分からないけど、この事件が公になると、エルファーシ
798
ア王国とチェーンマイル王国の関係が悪くなるとかなんとか⋮⋮⋮
ただ、ママに強く言われたから俺は内緒にした。
それが⋮⋮⋮俺が七歳の頃の記憶だった。
そして、あの七歳での出来事がきっかけになり、俺はその後、日
々の生活の中で定期的に記憶がフラッシュバックすることが起こり、
結局その半年後の八歳の誕生日の頃、俺は前世の記憶、﹃朝倉リュ
ーマ﹄の記憶を全て思い出した。
その時の、俺の絶望、悲しみ、混乱、それはしばらく自分の周囲
を取り巻くあらゆるものを拒絶してしまうほどの出来事だった。
それは、俺の誕生日から数週間後に、チェーンマイル王国の王族
の船が他国への会談に向かう途中に海難事故に遭い、激しい嵐の中
でクレオ姫が海に投げ出され行方不明となり、懸命な捜索にもかか
わらず発見されず、公式的にクレオ姫が死亡したとして世界中に知
れ渡った時も、俺はそのことに涙一つ流すことなく、頭の片隅に追
いやったほどだった。
そう、あの七歳の頃を最後に、俺はクレオのことを忘れた。名前
だって、一度も口にすることもなかった。
ペットとの過去話をするようなことがなければ、思い返すことも
なかった。
一生、もう、この名を本人に呼んでやることもなかったのに⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
799
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮お前は⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
そうして、俺は過去の記憶が改めてフラッシュバックし、気づけ
ば目の前には、メロンの被り物を飛ばされた一人の女と向き合って
いた。
チビで、しかしその瞳と髪は、暁の黄赤色に輝いている。
俺が知っている頃のあいつよりは大きくなっている。
だけど、その程度の変化があっても、一瞬で﹁あいつだ﹂と分か
るほど、俺の記憶の中にある﹁あいつ﹂と目の前のこの女は、かけ
離れてはいなかった。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮クレオ﹂
﹁ッ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ヴェルト・ジーハ⋮⋮⋮﹂
俺は、しばらく言葉が出なかった。
そんな俺の代わりに、あいつは俺の後ろにいるムサシたちを指差
した。
﹁暁光眼の幻術で、私の記憶をあなたたちの脳に流し込んであげた
わ。どうかしら?﹂
どうりで、俺がすんなりと昔のことを僅か数秒の間に、忠実に思
800
い出せたわけか。
つまり、今、俺が思い出したことをムサシたちも見て⋮⋮⋮って、
どうした! ムサシたちが顔を真っ赤にしてプルプル震えて⋮⋮⋮
﹁殿おおおッ! ひひ、ひ、ひ、ひどいでござるッ! どう見ても、
殿は愛の告白をしているでござるっ!﹂
⋮⋮⋮いや、それは⋮⋮⋮だから、前世の記憶がフラッシュバッ
ク⋮⋮⋮
﹁にゃっは最低! 何が、人違い? 心当たりない? よ! にゃ
っはお兄さんのせいじゃん!﹂
﹁あんた、ふっざけんじゃないわよ! 幼い頃とはいえ、擁護でき
ないぐらいあんたのせいじゃん!﹂
﹁はい、そうなんです⋮⋮⋮私も改めて思い返してみると、やっぱ
りヴェルトくんあの時、クレオ姫に好きって言っているんです⋮⋮
⋮﹂
アッシュ、ブラックは俺に対してゴミを見るような目で。ペット
は頭抱えて混乱して⋮⋮⋮
﹁ッ、いや、その、あれだ。いや、お前らの言いたいことは、まあ、
分からんでもねえ。ただな、あの時、俺にも色々と⋮⋮⋮って、お
い、ニート?﹂
前世の話はこいつらにしたって分からないから、どう言い訳すれ
ばいいのか全然思い浮かばず、そんな時、真剣な顔をしながらも、
全身を震わせて、口元を物凄いピクピクさせているニートがボソッ
と呟いた。
801
﹁ヴェルト⋮⋮⋮事情は分かったんで⋮⋮⋮⋮何があったかも分か
ったんで⋮⋮⋮⋮その上で、これだけは聞きたいんで?﹂
そうだ、ニートが居た! ニートなら、あの時の俺がどういう状
況だったのかを完全に察してくれている。
何かうまい言い訳でも⋮⋮⋮
﹁もう、限界なんで。お願いだから⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮腹抱えて笑
ってもいいよな?﹂
フォローする気ゼロだった。
笑ったら殺す! ニートがブラックといい雰囲気で浮気しそうだ
と、フィアリにチクる!
⋮⋮⋮あっ⋮⋮⋮でも、なんかそれは藪蛇になりそうだからやめ
ておくか⋮⋮⋮
﹁で、本来ならば言葉を交わすことも、素顔を晒すことも、もう二
度としてやるものかと思っていたけれど、恍けていたことは思い出
したかしら? ペット・アソークと同じで、私も幽霊ではないわ。
でも、私は生きていてごめんなさいね、ヴェルト・ジーハ﹂
802
第45話﹁今の、そして本当の俺を知れ﹂
生きててごめんなさいって、随分と皮肉を言いやがる。
﹁つうか、お前は死んだと聞いてたんだけど、生きていたんだな?﹂
﹁あら、私を既に忘れていた貴様に、私の生死など、どうでもよい
のではないかしら?﹂
どうしてそんなにひねくれちまったのかと、本来なら言ってやり
たいところだが⋮⋮やっぱ、俺の所為なのかね⋮⋮
﹁⋮⋮ったく、んなこと言うなよな? あまりにも意地の悪い言葉
過ぎて、言葉もねえとはこのことだぜ﹂
﹁この状況で貴様が吐き捨てることができる言葉があるのかしら?
自分はまるで悪くないと言いたげな態度はやめてもらえないかし
ら? 不愉快よ。今すぐ殺してやりたいぐらいにね。この裏切り者﹂
⋮⋮⋮⋮めんどくせ∼∼∼∼∼∼∼!
﹁ぷくっ、くっ、ぷっ、やば、ダメだ⋮⋮たとえ笑ったら殺される
としても笑えるんで⋮⋮﹂
んで、ニートは一人ツボにハマっているかのように、必死に爆笑
と格闘してやがる。この野郎⋮⋮⋮⋮
しっかし、言い訳っつても、﹁あの告白はお前にじゃなくて、前
世の記憶がフラッシュバックして思わず叫んじまった﹂で通じるわ
けがねえ。
それを説明するとスゲー長くなりそうだし、それをこいつが聞く
803
耳もつとも思えねえ。
本来なら、﹁久しぶり﹂とか﹁生きてて良かったな﹂とでも言っ
てやりたいところだが、そんな言葉すらこいつは殺意を持って拒絶
しそうな様子だ。
ってか、なんで俺は女房が浮気現場に乗り込んできた感じの修羅
場を味わってるんだ? 言い訳通用しない状況とはいえ、俺は悪く
ない気もするんだが⋮⋮⋮⋮
﹁∼∼∼∼∼ッ、は∼∼∼∼∼∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮もう、分かった分か
った。俺が悪いってことはな。で、テメエは俺に何を求めるんだ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮何を求めるか⋮⋮だとっ?﹂
と、ちょっと俺が投げやりな態度になった瞬間、俺の腕が闇の中
に飲み込まれ︱︱︱︱
﹁ッ、ふわふわキャストオフッ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふん⋮⋮⋮器用なことを⋮⋮⋮。それが、あの純粋
な熱き心を失ってまで手に入れた力ということかしら?﹂
危ね∼。また幻術に飲み込まれそうになっちまった。
随分とイラついた顔したクレオには、最早容赦という言葉はねえ
みたいだ。
﹁私が何を求めるか? 人を馬鹿にするのも大概になさい、ヴェル
ト・ジーハッ!﹂
被り物を外し、タブレットの人口音声ではない生の声。
それゆえ、クレオの素顔を知っている者も、知らない者も、その
804
あまりにも人間らしい感情を顕にする姿にかなり戸惑っているのが
分かった。 だが、そんな周りの反応を気にすることなく、クレオはただただ、
怒りと悲しみに満ちた表情で、ヒステリックに叫んだ。
﹁私は、信じたッ! あの時、私を愛していると言った貴様の熱い
想い、言葉を、魂をッ!﹂
だから、それはお前に言ったんじゃねーんだよ⋮⋮⋮と言ったら、
殺されるだろうな⋮⋮⋮
さだめ
﹁命懸けで私を守り、愛を誓った貴様を信じた! 国も身分も違え
ど、信じあう心さえあれば、私たちは結ばれる天の運命なのだと確
信していた! 十年前⋮⋮⋮不慮の事故により神隠しにあった私は、
何の頼りも、知識もないまま、この世界に漂流した! 誰も私を知
らず、誰もチェーンマイル王国を知らず、ただのクレオとなった私
は、ただ一人だった! だが、いつの日か、いつの日か元の世界に
戻ることを信じ、何年経っても貴様のもとへと帰るのだと心に決め、
この体も心も指一本足りともこの世界の男に触れさせなかった! しかし、貴様は⋮⋮⋮貴様はッ!﹂
貞操を守り続けてきたクレオに対して俺は? 妻六人娘一人⋮⋮
⋮ほんと、こんなゲス野郎死ねばいいのに⋮⋮⋮
つうか、クレオが男を遠ざけていたのは分かったが、それでなん
でBLで、なんでその組織の代表みたいになってんだよと、色々と
聞きたいことはあるが、ただ⋮⋮⋮
805
﹁仮にも勇者候補だった伝説のお姫様が、そこらの女みたいに騒ぐ
な﹂
﹁⋮⋮⋮なんですって?﹂
﹁戦争して、勢力争いあって、騙し騙され血で血を洗う野蛮な時代
の野蛮な世界のお姫様なんだ。男に騙されたとかで、相手を恨んで
感情的に叫ぶのは、みっともねーぜ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ! だ、誰が、誰の所為で!﹂
そう、誰の所為か? 俺の所為だ。
﹁分かってるよ、クレオ。お前にネチネチ言われるまでもなく、悪
いのは俺で、そのことに対してなんの言い訳もできねーし、謝るこ
とすらできねーほどだってことはな﹂
で、俺の所為なのは分かった。言い訳も謝罪もできねえ。
なら、俺に何ができる?
﹁そして、今更お前にしてやれることなんて何もねえってこともな。
今の嫁と離婚しろとか言われても、無理だしな。俺が嫁に殺される。
だからって俺自身がお前に殺されて償うことも無理だな。これで死
ぬのも阿呆らしい﹂
806
﹁あ、ほらしい、だとっ?﹂
﹁そうさ。お前がこの十年間、俺への想いを抱き続けたのに対し、
俺はお前のことを十年前から一度も思い出したこともねえ。もう既
に、そんなことすらとっくに忘れてた﹂
今更取り繕うことなんて何もねえ。事実なんだ。
だから、真実と現実を教えてやるしかない。
俺はクレオの死に涙を流すこともなく、そしてそのことをたまに
思い返すとかそういうこともなかった。
ましてや、相手は別に俺が惚れていた女だったわけでもねえ。
前世の記憶がフラッシュバックして、意味も分からず叫んだ言葉
に、こいつが勘違いした。
そのまま十年後、死んだと思ってたけど、やっぱり生きていて、
今になって現れて、現在の俺の嫁関係を知って﹁裏切り者﹂と叫ん
でくる。
それが、俺にとっての今のクレオ。
そのクレオに対して、﹁俺が悪かった﹂という気持ちはあるもの
の、それで死んで償おうなんていうのは阿呆らしい。それが俺の本
心だ。
ただ⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁ただな、クレオ⋮⋮⋮お前が俺のことをどう思おうと、俺はそれ
を否定できねえ。女たらしだ、口だけだ、裏切り者だ、女の敵だ、
最低のクズだ、好きに罵れよ。でも、それでもな⋮⋮⋮⋮⋮⋮お前
が生きていて残念だなんて、欠片も思ってねーよ﹂
807
そう、それだけは間違いない。
あの時の、生意気なガキは生きていた。そのことについて、俺は
残念とは思ってねえ。
﹁どの口が⋮⋮⋮どの口がッ!﹂
﹁まあ、それを信じようが信じまいが、そんなのお前の自由だ。そ
れを信じてくれなんて訴える気も、俺にはねえ﹂
そう、言い訳しない代わりに、たとえ信じてもらえなくても、そ
れぐらいは言ってやりたかった。
お前が生きていて、残念だとは思っていないと。たとえその言葉
が、余計にクレオの怒りを生むことになったとしても。
﹁うう、殿に一体何が⋮⋮まさか、殿も今は拙者を愛でてくださる
が、いつの日か拙者を捨てることも⋮⋮⋮﹂
ムサシがものすごいクレオに感情移入して、自分に置き換えてメ
ッチャ焦ってる。大丈夫だムサシ。お前は捨てない。一生可愛がる
から。
﹁⋮⋮⋮はあ、くだらないんで、ほんと⋮⋮⋮﹂
んで、何故かニートは物凄い呆れたように溜息吐いてる。
その様子に、ブラックたちが目を鋭くするが⋮⋮
﹁ちょっと、ニート! あんた、何のんきなこと言ってんのよ! あの最低男、どうにかしてやろうって思わないの? このままじゃ、
クレオ姫が可愛そう過ぎるじゃない!﹂
﹁いや、もうなんか結末が見えたんで⋮⋮⋮⋮どーせ、最後は嫁が
808
一人増えるだけだと思うんで﹂
おい、こら、ニート! テメエ、俺がめんどくさくなればとりあ
えず結婚する男みてーなこと言ってんじゃねえよ。
だが、ニートやムサシたちの反応はそれぞれでも、クレオの反応
は変わらない。
﹁殺す!﹂
俺の言葉で余計にイラついた表情を浮かべ、ついに爆発した。
﹁そう言うな。最低で、女垂らして、エロくて、ガラ悪い男⋮⋮俺
の女になるのは、そんな俺でも構わねえと、力ずくで俺と一緒にな
りやがった女たちだけだ﹂
﹁黙れッ! どうせ、今一緒に居る女たちすら、貴様は真剣に愛し
てなど居ないのであろう! ヴェルト・ジーハ⋮⋮貴様は有史以来
の史上最悪のオスよ⋮⋮今、その存在を遺伝子一つ残さず死滅させ
るわ!﹂
暁光眼が発動するか? いや、違う⋮⋮
﹁無属性魔法・グラビディボール!﹂
俺の力なら、暁光眼に対抗できることは既に証明済み。それを理
解しているからこそ、クレオも戦い方を変えてきたな。
黒い球体が、空間を歪めながら俺に放たれる。
ラブの力に似ている。つまり、あれに触れたら高重力で潰される
ってことか?
﹁ふわふわ方向転換!﹂
809
だが、それがどうした。俺の力なら、向かってくる魔法そのもの
を俺が自動操作して空の上まで飛ばすことも可能。
それどころか、相手にそのまま跳ね返すことだって出来る。
﹁暁光眼流魔法術・魔法分身ッ!﹂
﹁んっ、お、おおっ!﹂
次の瞬間、クレオの放った魔法球が分身した。俺の上下四方全て
を囲むかのように⋮⋮
﹁魔法が分身した?﹂
﹁ヴェルト・ジーハ。どういう仕掛けかは分からないが、貴様は相
手の魔力を感知し、それを引き剥がしたり、動かしたりすることを
できるようね。でも、この数全てをコントロールできるかしら?﹂
幻術で分身した魔法球。本物の重力魔法は一つなんだろうが、分
身した魔法球全てにクレオの魔力が篭ってるから、本物と偽物の判
断が出来ねえ。
つっても⋮⋮⋮
﹁まあ、やろうと思えばできなくもねーが⋮⋮こういうこともでき
るぜ? ふわふわ乱気流!﹂
メンドクセーから、気流を起こして全部強制的に弾き飛ばす。
そうすりゃ、こんなもん⋮⋮⋮ん? クレオ⋮⋮何を笑って⋮⋮
﹁そうね。真偽は別にして、仮にも四獅天亜人のエロスヴィッチや、
ヤヴァイ魔王国の王族が貴様をクラーセントレフンの覇者と認めて
いる以上、その程度はやるのでしょうね。でも⋮⋮これはどうかし
810
ら!﹂
その時、俺は自分の足元が突如光り輝いたのが分かった。
慌てて下を見ると、俺の足元には淡く輝く六芒星の魔法陣が⋮⋮
グラビディハンドカフス
﹁罠魔法・重力手枷!﹂
突如、俺の両腕に、鉄球のついた手枷がッ! ﹁ッ、これはっ!﹂
﹁貴様が破壊したこの店は、私の設計した店よ? この程度の仕掛
けぐらい作っておくに決まっているでしょう? 本来小規模な威力
しか発揮しない魔法陣も、練り上げれば強固な力を発揮するのよ?﹂
罠かよ。乱気流で視界が僅かに塞がれた瞬間に発動されたってこ
とか。
だが、この程度なら⋮⋮
﹁そして、貴様の特殊な魔法⋮⋮正体は分からないけれど、所詮魔
法なら話は早い。その根本を断ち切ればいいだけの話!﹂
俺が身を捩って拘束の魔法を引き剥がそうとした瞬間、クレオは
既に俺との距離を詰め、ゼロ距離から俺に向かって手を翳す。
その瞬間、まるで自分の体内から何かがゴッソリと引き抜かれて、
クレオの手に吸い込まれる感覚が襲った。
マジックアブソープション
﹁無属性魔法・魔法吸収!﹂
引き抜かれたもの。それは、魔力だ!
俺の体内から魔力を大量に⋮⋮こいつっ!
811
﹁うおっ⋮⋮⋮ぐっ⋮⋮テメェ⋮⋮﹂
﹁これだけ魔力を吸収すれば、もはや何もできないでしょう?﹂
一気に体が重くなり、その場で跪いちまった。
流れるように間髪いれずに次々と魔法を繰り出して相手を飲み込
むクレオの力。
確かに強い⋮⋮素直にそう思った⋮⋮
﹁すごい⋮⋮クレオ姫⋮⋮この魔法のキレは⋮⋮フォルナ姫、アル
ーシャ姫⋮⋮ロア王子と遜色ないレベル⋮⋮﹂
同じ魔法技術に長ける者として、ペットも目を見開いて驚いてい
る。
そう、これが⋮⋮本来、勇者になるはずだった女の力⋮⋮
﹁す、すごい! あの、メロン代表が、これほど強かったとは⋮⋮﹂
﹁これが、魔法!﹂
﹁そんな⋮⋮代表が、クラーセントレフンの住人だったなんて⋮⋮﹂
﹁じゃあ、この力も、これまでのも、全て⋮⋮魔法⋮⋮﹂
﹁ふっ⋮⋮なるほどね∼、ウゼエぐらい強気なのもそういう訳か﹂
その力は、たとえこの世界の住人といえど、﹁スゴイ﹂というこ
とは容易に理解できるほどのものだった。
まあ、腐女子たちは未だに、クレオの正体に驚いて呆然している
みたいだが⋮⋮
しかし、もうそんな反応は、クレオにとってはどうでもいいよう
だ。
今のクレオは、俺への憎しみでいっぱいだった。
812
﹁無様ね、ヴェルト・ジーハ。この程度で圧倒されるなど、貴様は
本当にクラーセントレフンを支配したのかしら?﹂
跪いている俺を、ゴミ虫を見るかのような冷たい目で見下ろして
くるクレオ。
俺も思わず苦笑しちまった。
﹁やるじゃねえか。十年のブランクがあり、オタク街道まっしぐら
の女になった割にはな⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ふっ、当然よ。大規模な戦争こそなかったものの、私自身もこの
世界で身を守り、今の地位まで上りつめるには、当然、裏の世界で
は力を使ったイザコザがあったわ。それも全ては、生き残るため⋮
⋮そして、いつか⋮⋮元の世界に帰るために⋮⋮﹂
この力は、勘違いとはいえ、俺の元へと帰るために身に付けた力
ってわけか⋮⋮⋮なんだか⋮⋮切なくなってくるな。
﹁ちょ、ちょっと∼、あいつやられちゃうんじゃない? ねえ、ニ
ート! どうすんのよ!﹂
﹁はっ、何が?﹂
﹁何がって! だから、あいつ普通に負けそうじゃん! 助けなく
ていいの? ムサシだって、心配でしょ?﹂
まあ、そう見えるよな。正直、相手の力の正体が分かったとはい
え、それを差し引いてもクレオは強い。
だからこそ、俺がコテンパンにやられているように見えるよな。
実際、現時点では俺の魔力は結構吸われたし。
813
﹁も、もちろんでござる! いかに一騎打ちとはいえ、もしもの時
は拙者が割って入る所存! たとえ、殿の逆鱗に触れようとも、拙
者はイザとなれば黙っていないでござる﹂
色々とテンパってるムサシもこんな状態だ。だから、周りはクレ
オ優勢という認識だった。
ただ、俺以外の一人の男を除いて⋮⋮
﹁いいと思うんで。あんなやつ、一回女にぶっ殺されれば﹂
﹁ちょっ、ニート!﹂
﹁⋮⋮でもまあ⋮⋮⋮⋮そうならないんだろうけどな⋮⋮⋮あいつ、
⋮⋮ハーレム野郎だけど⋮⋮普通に色々と乗り越えてるやつなんで
⋮⋮﹂
ニートだけは、全く俺のことを心配しないで、冷静に見てやがる。
それが、﹁この野郎﹂と思う一方で、﹁まあ、その通りだ﹂とも
思えるから、複雑なところ。
﹁ヴェルト・ジーハ! 全ての禍根はここで断ち切るわ! さよう
なら⋮⋮⋮最初で最後の⋮⋮恋に!﹂
すると、クレオが魔力を凝縮した掌を俺に向かって振り下ろそう
としてきた。
トドメの一撃のようだ。
せめて、最後は楽に死なせてやることがせめてもの情け⋮⋮そん
な気持ちなんだろうが⋮⋮
814
﹁ふわふわキャストオフ!﹂
﹁ッ! ⋮⋮⋮なっ⋮⋮⋮﹂
俺は、クレオの魔力を普通に引き剥がしてやった。
俺にとっては別に普通のこと。
だが、クレオは時が止まったかのように驚愕していた。
﹁ば、馬鹿な⋮⋮⋮な、なぜ! 貴様の魔力は尽きたはず! なの
に、なぜ?﹂
﹁確かに、結構吸い取られたな⋮⋮でも、ほんの僅かでも魔力が残
っていれば、俺にはそれだけで何の問題もないんだよ﹂
﹁な⋮⋮なんですって?﹂
そう、魔力が尽きれば魔法は使えない。それは常識だ。
でも、完全なゼロにさえならなければ、俺には問題ない。
﹁簡単な話だ。魔力が消費したなら、大気を漂う魔力をかき集めて
体内に取り込む。そう、それだけで俺は無限に戦える﹂
﹁そ⋮⋮そ、そんなことが! き、貴様が、そんな力を? 馬鹿な、
そんな魔法、聞いたこともない!﹂
﹁ああ、俺も編み出そうと思って編み出したわけじゃねえ。この力
は⋮⋮死んだ親友に⋮⋮そいつの娘を、家族として⋮⋮一人の女と
して⋮⋮俺が一生幸せにしてやると、誓った時に身につけた力だ﹂
そう、鮫島ことシャークリュウのアンデットと戦ったとき。
ウラを、俺が幸せにしてやると誓い、覚悟を決めたときのこと。
815
﹁クレオ⋮⋮⋮さっきも言ったように、お前が俺のことをどう思お
うと、俺はそれを否定できねえ。お前には俺を罵る資格はあるし、
俺に否定する理由はねえ。でもな⋮⋮そんな俺でも俺なりに⋮⋮お
前がいなくなった十年間⋮⋮俺自身も軽くねえ日々を過ごしてきた
⋮⋮命懸けで、全開で⋮⋮それは決して偽物なんかじゃねえ⋮⋮本
物だ﹂
そういえば、あの時も、こんな感じだったな。
エルジェラとイチャついてたところを、ウラに見つかって、ウラ
が拗ねてヤーミ魔王国に家出して、魔王ネフェルティの力で鮫島の
アンデットと戦わされて、その戦いの中で、俺はウラに叫んでやっ
た。
そして、自分の全てをさらけ出してやった。
﹁だから、クレオ。お前に謝ることも償ってやることもできねえ代
わりに⋮⋮俺が見せてやるよ⋮⋮せめて⋮⋮今の俺をな﹂
﹁な⋮⋮⋮なにを⋮⋮⋮﹂
クレオが勘違いした、妄想の中の理想のヴェルト・ジーハは存在
しない。
だから、俺がしてやれることは、今度こそこいつが勘違いしない
ように、今の俺を、本当の俺を見せてやることぐらいだ。
﹁十年前、お前が想いを抱いたヴェルト・ジーハはもう居ねえ。出
会った男が悪かったと、諦めてくれ。その代わり、あの時のヴェル
816
ト・ジーハの成れの果ての姿を⋮⋮⋮それこそ命懸けで、包み隠さ
ず、全開で見せてやるよ!﹂
集めろ⋮⋮魔力を⋮⋮収縮し、凝縮し、濃縮し、そして一気に爆
発させるッ!
﹁お前にとっては最低な男になったとはいえ、それでもヴェルト・
ジーハはここまで強い男になったのかってことを、せめてお前に教
えてやるよ!﹂
ここまで力を込めるのは、半年前、クロニアと戦ったとき以来だ
⋮⋮
﹁大気が⋮⋮揺れている⋮⋮ヴェルト・ジーハ、き、貴様は一体!﹂
そして、俺は改めてクレオに名乗る。
これが今のヴェルト・ジーハだと。
本物のヴェルト・ジーハなのだと。
﹁見せてやる。お前の居なくなった世界の麦畑で、最も凶暴な男の
力をな!﹂
817
第46話﹁全部曝け出す﹂
いい感じだ。
気分も凄く充実している。
﹁バカな⋮⋮貴様、本当に⋮⋮あの、ヴェルト・ジーハなの?﹂
半年前のクロニアと戦った時以来の開放。
それは、前世で惚れていた女と再会した時と同じテンションで戦
うということだ。
その相手が、クレオというのも皮肉なもんだが⋮⋮
﹁いくぞっ!﹂
自分の目でも追いきれないぐらいの、俺自身の動き。
気持ち的には、たった一歩足を前に踏み出した程度のものなのに、
誰にも捉えられることなく、俺はクレオの懐に飛び込んでいた。
﹁ッ⋮⋮暁光眼ッ!﹂
﹁おせえっ!﹂
今の俺は、クレオが瞬きしようとするよりも速く、クレオの動き
を察知できる。
暁光眼を発動させなければ、感覚を誤魔化されることもない。
クレオの佇まい、筋肉の動き、視線、表情、全てが空気を伝わっ
て俺に流れ込んでくる。
懐から一気に背後へ回り込み、警棒伸ばしてクレオの首筋に付け
る。
818
﹁なっ⋮⋮は⋮⋮速い!﹂
クレオの頬に汗が流れている。首筋に付けた警棒から、クレオの
驚きと緊張が伝わってくる。
でも、この程度で終わらせるわけがねえ。
﹁クレオ⋮⋮何でもやれよ﹂
﹁なん、ですって?﹂
﹁溜め込んでいるものを吐き出しつくせ。どんな奥の手だろうと、
俺はその全てを引き出したうえで、言い訳できねえぐらい完膚なき
までテメエを負かしてやるよ﹂
今のクレオは、十年溜め込んだ想いを解放することも出来ずに苦
しんでいる。
立場や状況は違えど、似たような奴を過去に見たことがある。
﹁私の溜め込んでいるものだと?﹂
﹁ああ。変な趣味に目覚めたり、腐った女たちを付き従えても、結
局テメエは本当の自分を曝け出せないままこの十年間過ごしてきた。
今、俺に対してヒステリックに叫んでいるテメエの姿に驚いている
腐女子共を見りゃ、一目瞭然だ﹂
そうだ、あいつだ。
﹁テメエのそういうところは、ロアと同じだ﹂
﹁⋮⋮ッ、ロア? まさか、ロア王子のことか!﹂
﹁そうだ。本当の自分を誰にもさらけ出すことが出来ず、本当の自
分を誰にも理解されない、哀れで孤独な野郎﹂
819
真勇者ロア⋮⋮
BL愛好家団体の代表と勇者様とじゃ、随分と立場に違いはある
が、誰にも曝け出せずに溜め込んでいたものがあるのは同じだ。
なら、その全てを引き出して、一度スッキリさせてやる。
それぐらいのことなら、俺もやってやる。
一応、俺にも多少の責任はあるみたいだしな⋮⋮
﹁思い上がるな! 平民の雑種の分際で、何様のつもりだ!﹂
﹁思い上がったんじゃねえ。成り上がったんだ。平民から、世界の
支配者にな!﹂
﹁それが思い上がりだと言っている! 最低な男へと堕ちた貴様が、
高みに登ったつもりか!﹂
クレオが振り向き様に俺の警棒を手で払って、バックステップで
距離を取る。
目に魔力が集まっている。懲りずに暁光眼か?
まあ、今の俺なら魔力引き剥がしで無効化できるが⋮⋮コレはも
はや戦いじゃねえ。俺という男をクレオに教えてやるためのもの。
だから、それも避けねえ、潰さねえ、受けてやる。
、十、百、千、万、億、
﹁せめてもの情けで一思いにと思ったが、もうそれもやめた! 貴
様にあらゆる罰を与えよう。その数は、一
兆、京、垓、禾予、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那
由他、不可思議、無量大数⋮⋮⋮終わらない﹃夢幻無限地獄﹄の刑
に処する﹂
﹁なら、その刑を無事に終えたら、許してくれるか?﹂
﹁ッ⋮⋮⋮できるものなら、やってみなさい!﹂
820
クレオが俺に見せる、今のクレオの頭で想像できる脅威。
あらゆる自然現象が、世界の崩壊が、怪物が、兵器が、全て俺に
襲い掛かる。
さっきまで、その幻想に驚いて、押しつぶされそうになったが⋮
⋮⋮
﹁クレオ、テメエのほうこそ、自惚れてんじゃねえ!﹂
全てを吹き飛ばす突風、燃え盛る炎、極寒の吹雪、鳴り響く雷鳴、
それがどうした!
﹁シャウトの風のほうが研ぎ澄まされていた! バーツの炎の方が
熱く滾っていた! アルーシャのストーカー的思考の方が寒気がし
た! フォルナの雷の方が輝いていた!﹂
どんなに現実に近い幻想でも、俺は現実にこれ以上のものを見て
きた。時には体験してきた。
今、俺の目の前で、涎を垂らして踏み潰そうとしてくる、見たこ
とも無い巨大な怪物だってそうだ。
﹁イーサムの方が、遥かに恐かったぜ!﹂
クレオの想像できる脅威に対して、俺はそれ以上の物を知ってい
る。だから、耐え切れる。乗り越えられる。打ち砕ける!
だから、こんな幻想にも潰されねえ。
﹁世界崩壊がどうした! 世界の大陸が割れようと、隕石が降ろう
と、それでぶっ壊れるほど、今のあの世界は、ヤワじゃねーぜ!﹂
821
思い出せ⋮⋮⋮あの、世界を破滅に導こうとした、ゴッドジラア
と戦った時、あの場に集ったメンツを。
七大魔王、十勇者、四獅天亜人。今のあの世界は、過去のしがら
みなんて蹴り飛ばし、笑って共に戦う。
﹁⋮⋮な⋮⋮そ、そんな! 私の、無限夢幻地獄を、精神を崩壊さ
せずに、受けきるというのか!﹂
﹁ああ⋮⋮⋮そうだ! そうなんだよ! ヒステリックに叫ぶ腐女
子が想像できるような脅威に潰されるような精神じゃ、あの世界は
乗り越えられねーんだよ、クレオ! お前の故郷は、今、そんな精
神じゃ過ごせねーぐらいに、カオスなんだよッ!﹂
そして、そのカオスな日々を全部全開でぶち抜いてきたのが、今
の俺だ! それが、今のヴェルト・ジーハだ!
﹁つっ、罠魔法・機雷火!﹂
﹁何が罠だ! ラブやマニーの方がもっと胸糞悪いことやってきた
ぜ!﹂
俺の足元がクレオの詠唱と共に爆発するが、魔道兵装で強化中の
今の俺の耐久力を貫くほどのものじゃねえ。
受けて、それでも平然と何事も無かったようにやり過ごしてやっ
た。
﹁これを耐えると⋮⋮なら、これならどうかしら! 天空より降り
注ぎし、天罰の雷を!﹂
822
空が、雲が、急に騒ぎ出した。
クレオの魔力に呼応するかのように、それなりに強力な魔法を⋮
⋮でも、だからなんだ?
﹁だから、どうした? 世界を支配した俺は、既に天空だって支配
してんだよ!﹂
﹁なにっ?﹂
﹁そんなものかよ、クレオ! テメェの溜め込んだ怒りは、そんな
もんじゃねえだろうがッ!﹂
俺は、手を空に掲げ、ありったけの大気中に漂う魔力を掻き集め、
凝縮し、そして空気爆弾の要領で、溜め込んだ魔力を一気に空の上
で爆発させた。
﹁ふわふわビッグバン!﹂
それは、花火なんて生易しいものじゃなかった。
地上でやっちまえば、自分でもゾッとしちまう力。
﹁く、雲が⋮⋮け、消し飛んだ⋮⋮⋮ば⋮⋮バケモノめ!﹂
﹁そーでもねえぜ? これぐらいのこと出来る奴らは、クラーセン
823
トレフンには結構いるぜ? まあ、ほとんど俺のダチだったり親戚
なんだけどな﹂
ギャラリーたちはバカみたいに口をあけたまま腰を抜かし、クレ
オすらも唇が震えていた。
﹁な⋮⋮何をッ! なら、動きそのものを止めてあげるわ! 無属
性魔法・グラビディプレス!﹂
本当に優秀なことだ。強力な魔眼だけじゃなく、本当に多彩な魔
法を使う。
こいつがあのまま、本当に戦争に身を投じていれば、確かに人類
を代表する英雄になっていたんだろうな。
この全身を押しつぶすように、洗練された重力魔法だって大した
もんだ。
だが俺は、膝が地面につきそうになるも、ギリギリで踏ん張って
堪えてやった。
﹁そ、んな⋮⋮これすらも耐えるというの?﹂
﹁あたりめーだ⋮⋮⋮今の俺は、子を持つ一家の大黒柱だぜ? 傍
から見れば女垂らしの最低男だが、それでも俺なりに、不良パッパ
として⋮⋮子を持てば、それなりに重いもんを常に背負ってんだよ
!﹂
824
幻術も、魔法も、全部受けきってやる。
あとは何だ?
﹁くっ、ふ⋮⋮ふざけるなァ!﹂
あとは、魔力で肉体を強化した肉弾戦か?
怒りを込めた拳で、俺の頬を思いっきりクレオは殴った。
﹁⋮⋮へっ⋮⋮そんなもんか?﹂
﹁ッ、だ、黙れ! 黙れ黙れ黙れッ!﹂
俺自身も肉体強化しているとはいえ、無防備な顔面を殴らせてや
ったため、僅かに唇が切れた。でも、それだけだ。芯まで響かねえ。
こんなの、何発殴られても耐えられる。だから、思う存分殴らせ
てやった。
﹁ふざ、けるな! 私は、暁の覇姫クレオ! 貴様のような、下賎
な平民の雑種! 口だけの、最低の、裏切り者なんかに! そんな
こと、あるはずがない!﹂
受け止める俺を、クレオは何度も殴った。途中から、クレオの言
葉が途切れ途切れになり、その顔が歪み、瞳が潤んでいるのが分か
った。
だが、それでもクレオは俺を殴り続けた。
それが徐々に弱々しくなり、鋭く振りぬいていたクレオの拳が、
やがてポカポカと軽いものに変わったとき、俺はその拳を手で受け
止めてやった。
﹁⋮⋮ッ⋮⋮なぜ⋮⋮なぜ、なぜ! 私の力が通用しない⋮⋮なぜ
!﹂
825
クレオは顔を下に向け、悔しそうに唇を噛み締めている。
本来この戦い、クレオの頭の中では、クレオが正義であり、最低
な俺を打ち倒すことは正しいことであるはずだった。
しかし、現実はクレオの想像通りにはならなかった。
もう、クレオはワケが分からず、ただただ悔しそうにしているだ
けだった。
﹁クレオ⋮⋮俺はこの十年間、色んな奴らに殴られてきた。その中
で、人生最高に痛かった拳は⋮⋮七大魔王のチロタンに殴られた時
かな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁その力が痛かったんじゃねえ。あんなロリコン魔王に、自分の間
違いを指摘されて、それが全く否定できなくて、俺は心ごと粉々に
砕かれた⋮⋮マジであれは痛くて⋮⋮へこんだ⋮⋮﹂
あの時。そうだ。ゴミダメ島での出来事だ。
再会したコスモスと一緒に居てやることはできないと言った時、
チーちゃんに殴られた。
︱︱︱家族を大事にするやり方を勘違いしてるクソバカ野郎に、変
えられる世界なんて一つもねーんだよボケナスがッ!
あれは、痛かったな⋮⋮
﹁クレオ、俺は俺なりにこの十年、濃い人生を過ごした。どん底ま
826
で落ちたし、後悔もしたし、叩きのめされたりもして、でもそこか
ら這い上がり、今、色々と手に入れることができた﹂
良いことも悪いこともひっくるめて、全てを糧にして今の俺があ
る。
﹁テメェにとっては最低の男だとしても、俺は俺なりに男を上げて
きたつもりだ﹂
そして、だからこそ⋮⋮
﹁で、クレオ。テメエはどうなんだ?﹂
﹁⋮⋮な、に⋮⋮を﹂
﹁この十年間、つらいことから始まって、でも色々と乗り越えて今
の居場所を作ったんだろうが、その日々がどれだけお前という女を
上げられたんだ? 正直、今のお前は十年前の生意気なガキが腐女
子になって、興奮して叫んでいるだけにしか見えねーぜ?﹂
だからこそ、クレオはどうなんだ? つらかっただろう。苦しか
ったんだろう。抗ったんだろう。
で、その結果、クレオという女は、どれだけの女を上げて来たん
だ?
﹁俺に謝らせたいなら、⋮⋮俺が自分から、今の妻と別れるし一生
浮気なんてしないから許してください∼、なんて土下座しながら言
いたくなるぐらいの、良い女になっているべきだったな。そして、
俺に復讐したいなら、そんな俺をケチョンケチョンに貶しまくって
高笑いしながらフッてやるぐらいが、最高の復讐になったんじゃね
えか? んで、最後はそのことに激怒した俺の嫁が俺をぶっ殺す。
827
くはははははははは、どうだ、男としてこれ以上の情けねえ話はね
えぞ?﹂
俺の冗談交じりの言葉に、クレオは涙で腫らした瞳で睨んできた。
﹁ッ、なにを、ふざけたことを! どこまで私を侮辱する! 裏切
りだけでなく、私自身に問題があると言うつもり? どうせ、今の
妻だって、それほど真剣なわけじゃないのでしょう?﹂
﹁そいつは心外だな。色々と問題はあったりもするが⋮⋮それはそ
れで、俺たちは自分たちなりに互のことを想ってるよ﹂
あ∼、ここにあいつらが居なくて本当に良かった。
ニートとムサシは後で口止めしとくとして、どのみち、こんな話
を人前でするなんて恥ずかしいからな。
それこそ、こんな時でもなければ、決して言うことはねえ。
﹁フォルナは⋮⋮ガキの頃から俺のことを、この世の誰よりも想っ
てくれた。俺もたまにウザいと思うことはあっても、それでもあい
つに救われることもあった。それこそ、あいつが居てくれなければ、
ヴェルト・ジーハは存在しねえ﹂
﹁⋮⋮フォルナ姫⋮⋮そう⋮⋮あの子⋮⋮本当に貴様と⋮⋮﹂
﹁ウラは⋮⋮親友の⋮⋮魔王シャークリュウの娘だ。人類大連合軍
との戦いで、国も家族も仲間も失い、一人になったあいつを守って
ほしいというダチの願いを俺は受けた。だからこそ、もはや好きと
か嫌いとかそんな次元の話じゃねえ。ウラはこの世の誰よりも俺が
幸せにしてやらなきゃいけねえ。それが俺の役目だ﹂
828
﹁⋮⋮⋮な⋮⋮え? ま、魔王の⋮⋮娘?﹂
﹁エルジェラは⋮⋮とにかく美人でエロくて胸がマジでサイコッ、
じゃなかった⋮⋮とある事情であいつが子を出産するとき、非常に
危険な状態でな。そのとき、俺の魔力を使って出産に協力した。生
まれてきたコスモスは俺の魔力を継いでいたこともあり、気づけば
俺はその子供を自分の本当の娘だと思っていた。そんな子供を守る
こと、戦うことは、自分をクソ野郎だと自覚して生きてきた俺が、
生まれて初めて自分を誇らしく思える瞬間だった。だから、エルジ
ェラと二人で俺は子供を守り、育て、そして幸せにすると決めた﹂
﹁天空族⋮⋮そうか! 娘とはそういう⋮⋮﹂
﹁アルーシャは⋮⋮正直、あいつとの結婚は無理矢理感もあるが⋮
⋮それでもあいつはあいつなりに、悩んで、考えて、苦しんで、そ
れでも最後は俺を好きだという気持ちを優先しやがった。決して軽
くない人生を送って、築き上げてきたもの全てをかなぐり捨てでも
⋮⋮⋮あれほどの女がそこまで想ってくれて⋮⋮まあ、かなり引く
ときもあるけど、バカになってでも突き進む強引なところは、最後
は俺も降参しちまうぐらい重いもんだったよ﹂
﹁⋮⋮アルーシャ? ⋮⋮えっ? えっ? ⋮⋮ちょっと、待ちな
さい⋮⋮アルーシャってまさか⋮⋮アークライン帝国の⋮⋮﹂
﹁アルテアは⋮⋮ぶっちゃけ、嫁たちの中で一番特殊だ。ノリで結
婚したところもあるし、アルーシャたちほど俺のことが好きってわ
けでもねーのかもしれねーし、俺も正直、嫁としてあいつを扱えと
言われると困る。でもな、そういう大事なことも細かいことも大し
て気にしねーで、今を誰よりも楽しく生きるあいつの存在は、正直、
829
救われたりもするんだよ﹂
﹁アルテア⋮⋮その女は、知らないけど⋮⋮なんなのよ﹂
﹁ユズリハは⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮、口が悪くて嫉妬深いが、甘えてく
れば可愛いからな。あれは一家に一匹必要だから、傍に置いておく
のは仕方ねえ﹂
﹁ちょっと待ちなさい! なんかそこだけものすごいテキトーに感
じるのだけれど!﹂
あ∼、恥ずかしい。こんなの本人たちの前で言ったら、ゼッテー
調子乗ってくるからマジで言えねえな。
でも、それでも、俺はクレオにはそのことを言わなくちゃいけね
ーと思った。
﹁嫁六人。確かにふざけた話だろうぜ。ましてや一般的な恋愛から
発展したものでもねえからな。本来なら、あらゆるものに反発する
不良としては、こんなふざけた話はぶっ壊していたところだ。でも、
そうはなってねえ。あいつらは⋮⋮そんな俺すらも力づくで押さえ
込み、それでいて最後は俺も屈服させた⋮⋮そして、俺自身も、も
うそれでいいやと思わせた。それだけの力と想いと⋮⋮あいつらそ
れぞれに魅力があるんだよ﹂
本当はまだ、最高に可愛すぎる妹や弟のことも紹介しときたいと
ころもあるが、そんなところだ。
830
﹁なあ、ブラック⋮⋮⋮この世界のお土産にタブレット欲しいんで、
くれるか?﹂
﹁はあ? ちょっ、ニート、なんなのよ、唐突に﹂
﹁いや、だから、お前が顔を赤くしながら携帯で自然と撮っていた、
今の光景の一部始終の動画データを、そのお土産のタブレットに入
れて欲しいんで。⋮⋮⋮俺が、ヴェルトの弱味を初めて握れた⋮⋮
ん、いや、むしろこれをあいつの嫁たちに見せることで、恥ずかし
さで悶え苦しむヴェルトを見るのも一興かも⋮⋮⋮﹂
とりあえず、ニートは後で抹殺するとして⋮⋮つうか、なんか気
づけばこの場にいるほとんどの連中が、携帯カメラで俺を撮ってね
えか?
⋮⋮⋮まあ⋮⋮とりあえず、俺は俺なりに今の嫁のことも考えて
るし、⋮⋮まあ、想っている⋮⋮ということは言いたかった。
すると、クレオは⋮⋮
﹁何を⋮⋮⋮ふんっ、最低男が嫁を自慢でもしているつもりかしら
?﹂
強がりだとひと目で分かるような皮肉。でも、俺はそれを開き直
ってやった。
﹁ああ、そうだ。それが、今のヴェルト・ジーハ。十年前のお前が
知るヴェルト・ジーハの今の姿だ﹂
その俺の開き直りは、何よりもこいつの心を壊したんだろう。
﹁なぜ⋮⋮裏切り者の最低男の最低な思考回路なのに⋮⋮⋮⋮そん
な、真剣な目をしているのよ⋮⋮⋮昔と同じように⋮⋮⋮﹂
831
既に膝がガクガグ震えて、絶望しかない表情となったクレオは、
ただ俯いた。
﹁ッ、私だって⋮⋮⋮あんな事件さえなければ⋮⋮⋮そんな女たち
よりもずっと傍に⋮⋮貴様と⋮⋮⋮あなたと⋮⋮誰よりも、一番傍
に居たはずなのに⋮⋮⋮﹂
そしてついに耐え切れずに膝から崩れ落ちた。
﹁どうして⋮⋮⋮どうしてなの? それだけ誰かを真剣に想えるな
ら⋮⋮⋮どうして私だけ⋮⋮⋮﹂
﹁ああ⋮⋮そうだな⋮⋮言えよ。思ってること全部﹂
そうだ、吐き出せ。力の限り全てをやり尽くし、その上で思って
いること全部を吐き出しちまえ。
思いっきり叩きのめされ、泣いて、叫んで、少しぐらい心をスッ
キリさせろ。
﹁好きだって言ったくせに! 命懸けで守るって言ったくせに! 確かに子供の時よ、今のあなたからすれば昔の話かもしれないわ!
でも、それでも⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
その勘違いに対する責任は取ることはできねえ。
だから、せめて、その溜め込んだものを全て受けてやる。
﹁ッ、うぅ、わ、私のお尻を指で貫いたくせに⋮⋮⋮下着を脱がせ
ようとして、私の、あの場所を⋮⋮⋮口でモゴモゴしたくせに⋮⋮
832
⋮﹂
そうだ、俺は責任を取ることはできないが⋮⋮⋮⋮⋮⋮責任を⋮
⋮⋮取る⋮⋮⋮ことは⋮⋮⋮できな⋮⋮⋮あっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁あっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
ああああっ! そのことをすっかり忘れていたァ!
カンチョーと口でモゴモゴ⋮⋮こ、これは?
ど、どうなんだ、それは? 勘違いの告白についての責任は取れ
ねえと開き直ってやったが、そのことに関しては⋮⋮⋮いや、七歳
のガキのやったこと⋮⋮⋮それに、口でモゴモゴは不可抗力もあっ
たし⋮⋮⋮セーフだよな? セーフでいいよな?
なんか、不意に俺の背中から嫌な汗が流れた気がした。
﹁何が、全部曝け出せよ⋮⋮私の恥ずかしい所も全て知ったあなた
こそ⋮⋮私の⋮⋮﹂
よし、流そう。ソコを気にしてうろたえたり、揺らいだりしち
まうと、つけこまれるからな。
﹁もう、こんな⋮⋮こんなことなら、あの時、出会わなければ⋮
⋮私の十年間は何だったの! どうして私がこんな想いをしなけれ
ばならない﹂
﹁ああ。男運が悪かったな﹂
833
﹁ッ、う、う⋮⋮うわああああああああっ!﹂
暁光眼が再び発動される。それは、こいつの最後の溜め込んだ
ものの発散になるだろう。
ならば、その幻想も受け止めてやる。受けきってやる。
﹁来い。せめて、空っぽになるまで、俺が受け止めてやる﹂
最後、どんな脅威の幻術が俺を飲み込むかは分からないが、俺
がそれを受けてやろうとした、その時だった。
﹁は∼⋮⋮ウゼエな∼⋮⋮天下のメロン代表。これまで底すら見
えない謎の人物と思っていたが、蓋を開ければただの失恋に泣き叫
ぶただのウザイ女⋮⋮もう、いらねーや、こんな女﹂
俺の視界の端で、ニヤけた笑みを浮かべたストロベリーが、S
F銃を構え、クレオ目掛けて引き金を引いていた。
それに俺が気づいた時、全てが取り返しのつかないことになっ
ていた。
834
第47話﹁後戻りできぬ現実﹂
﹁クレオ、あぶ︱︱﹂
あぶねえと、叫ぶことすらできなかった。
それは、正に一瞬のできごと。
﹁あっ⋮⋮⋮﹂
俺が何かをしようとする間もなく、気づけば光の光線が、クレオ
の左胸を貫いていた。
﹁あっ⋮⋮あ⋮⋮な⋮⋮﹂
自分に何が起こったか分からねえクレオ。俺だってそうだ。
ただ、呆然と立ち尽くすクレオの左胸はポッカリと穴が開き、そ
のことに気づいた瞬間、クレオは大量の血を吐き出してその場に倒
れ⋮⋮
﹁ク⋮⋮クレオーーッ!﹂
何で! どうしてクレオが!
気づいたら駆け出して、倒れるクレオを受け止めた俺の腕には、
力の無くなったクレオがガックリと⋮⋮
﹁い、い、い、いやああああっ! 代表ッ!﹂
﹁メロン代表! メロン様! メロン様がッ!﹂
﹁これは、な、なんてことを!﹂
835
﹁き、貴様、何をしたでござる! クレオ姫に、何をッ!﹂
もはや敵も味方もねえ。何の前触れもなく起こった現状に誰もが
悲鳴を上げる。
それも全て、あの、クソみたいな笑みを浮かべている、あのクソ
野郎が!
﹁ぐっ、か、かはっ⋮⋮⋮﹂
﹁クレオッ! おいっ、⋮⋮おい! 誰か医者呼べ! この世界の
技術なら治せんだろ! ペット、回復の呪文を! とにかく早くし
ろ!﹂
﹁ヴェル⋮⋮ト⋮⋮わ⋮⋮たし⋮⋮﹂
﹁ああ、しっかりしろ! 俺はここに居る! だから、大人しくし
ていろ!﹂
俺も自分で何を叫んでいるのか分からず、ただ無我夢中だった。
だが、そんな俺の腕を、弱々しくクレオが掴んできた⋮⋮
﹁もう⋮⋮がはっ、無理よ⋮⋮ヴェルト・ジーハ⋮⋮﹂
﹁喋るな! 大人しくしてろ!﹂
いや、これは⋮⋮俺にだって分かる。
人間にとって欠かせない器官が、完全に⋮⋮
﹁ッ⋮⋮う、そだろ、⋮⋮なんでだよッ!﹂
喋ろうが、喋らなかろうが、同じだ。
今から、どんな強力な魔法を使おうと、どれほど優れた医療技術
をしようと、これを元に治せるはずがねえ。
それが分かった瞬間、俺の頭の中で何かがブチキレた。
836
﹁へへ。おー、おー、自分の女でもない奴も傷つけられたら怒るか
? そういうのウゼーな﹂
今目の前で、血まみれになって倒れたクレオ。
それは全てこの、クソッタレ野郎がやった!
どんな理由も、万が一にもそこに大義や正義があるなんて微塵も
思えねえほど、悪意に満ちた笑い。
ふざけるな⋮⋮
殺してやる⋮⋮ぶっ殺してやるッ!
俺の全身がそう叫んでいた。
だが⋮⋮
﹁ま、て⋮⋮ッ、⋮⋮まって⋮⋮ヴェル⋮⋮ト﹂
その時、俺に手を伸ばし、今にも掻き消えそうな声で訴えるクレ
オの声が聞こえた。
﹁ッ、クレオッ!﹂
俺はその手を掴んで握り締めてやった。
だが、俺がどれだけ強く握り締めようとも、クレオの力はどんど
んなくなっていく。
﹁この、わ、たし⋮⋮と、したことが⋮⋮﹂
﹁もういい、喋るな。クレオ、もういいから⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮なんで⋮⋮私だけ⋮⋮⋮⋮⋮⋮こんなつもりじゃ⋮⋮よ
うやく⋮⋮あえ、たのに⋮⋮﹂
﹁クレオッ!﹂
837
そんな状態になりながら、クレオはうっすらと涙を浮かべ、儚い
笑みを浮かべていた。
﹁ゆるせな⋮⋮かった⋮⋮あなたが⋮⋮⋮わたしは、あな、たを、
しんじ⋮⋮⋮あなたと、結ばれる天命だと⋮⋮⋮でも、ちがった⋮
⋮﹂
違うんだ、クレオ。
﹁ヴェル⋮⋮ト⋮⋮やは、り、私は⋮⋮⋮⋮生きていてはダメ⋮⋮
だったのかしら⋮⋮﹂
俺はただ、こういう奴だから。こういう性格だから。
うまい誤解の解き方も分からないし、お前の救い方も分からなか
った。
謝ることもできなかったし、償うこともできなかった。
だからせめて、バカな俺なりに出来ることをと⋮⋮
﹁くそ、どうして俺はこんなやり方しか⋮⋮くそ! くそっ!﹂
俺は、何回後悔すりゃいいんだよ!
どうして、もっと、何か思いつかなかった? こいつをもっと救
ってやろうと思えなかった?
違う、どうして今だってもっと早くに気づけなかった! どうし
て守れなかった! どうしてなんとかできなかった!
何で俺はいつもいつも⋮⋮
﹁ヴェルト⋮⋮教え⋮⋮て﹂
そんな俺に語りかける、クレオの言葉。
838
俺はただ、それを聞いてやることしかできなかった。
﹁ヴェルト⋮⋮⋮もし、仲直りできていたら⋮⋮⋮今度こそ、あな
たは私を⋮⋮お嫁さんにして⋮⋮くれたのかしら?﹂
もう、最後だとその目は訴えていた。願いにも似たような、クレ
オの言葉。
その言葉を、もう、俺には聞いてやることしか出来ねえ。
﹁⋮⋮かもな。テメエ、チビでスタイルはそんなでもないが、基本
的に可愛い部類だからな。性格はキツイが、もうちょいお互い仲良
くなって⋮⋮誤解もなく、本当に分かり合えたら⋮⋮﹂
そして、こんな時にも、俺はこんなひねくれた言葉しか言ってや
れない⋮⋮
﹁でしょうね⋮⋮でも、私は、世が世なら、覇王となっていた女⋮
⋮なら、きっと、自分の望みを叶えられたはず。あなたを今度こそ
本気に惚れさせていた⋮⋮そうだと思わない?﹂
﹁⋮⋮⋮そう、⋮⋮⋮かもしれねーな﹂
﹁ぐっ、か、はあ、はあ⋮⋮⋮だったら、最後に⋮⋮⋮それを前借
りさせてもらえないかしら?﹂
最後に? その言葉を聞いた瞬間、クレオを支えている俺の腕は
839
自然と力が入っていた。
クレオの最後の願い⋮⋮
﹁いつかあなたが私に惚れて⋮⋮あなたからプロポーズしてキスを
する前借りを⋮⋮⋮⋮今⋮⋮⋮⋮﹂
それが、本当に最後の願いだとクレオの目が訴えていた。
それに対して、俺はどうしてやれる?
﹁クレオ⋮⋮でも、それは⋮⋮﹂
﹁ッ、がっ、こ、こ、心なんて篭っていなくていい! はっ、つ⋮
⋮口だけの見せ掛けだけの幻想でもいい⋮⋮ヴェルト⋮⋮﹂
気持ちなんて込められるはずもない。そんな形だけのもので、本
当にいいのか? それで満足なのか?
でも、悩んでいる暇なんて無い。もう、クレオは逝っちまう。
なら、そんな願いぐらい!
﹁んっ﹂
﹁︱︱︱︱ッ!﹂
唇を重ね、離し、そして俺は言ってやった。
﹁俺の嫁になれよ、クレオ﹂
840
どこまで上から目線の最低すぎるプロポーズ。俺ってほんとこう
いうのはダメだな。
でも、今度は勘違いされないように、クレオの名前を含めて言っ
てやった。
すると、クレオはそれでも満足したのか、クスリと笑った。
﹁ほんとう? 私⋮⋮胸⋮⋮小さいわ?﹂
﹁くははは、大丈夫。お前、十年前から尻が可愛かった﹂
﹁性格だって悪いのに、こんな私でいいのかしら?﹂
﹁ああ。確かにトゲがあるが⋮⋮そのトゲさえ抜けば、結局お前も
普通の女だ。だから、黙って俺の嫁になっとけよ﹂
どこまで俺は笑ってやれたかは分からない。
俺はそれでも、今出来る限りの笑顔を見せて、あいつを見送って
やろうとした。
それを受けてクレオも⋮⋮
クレオも⋮⋮⋮
﹁ふふ⋮⋮⋮そうね⋮⋮⋮﹂
クレオも笑顔を⋮⋮
というか⋮⋮
﹁ふふ。ふふふふふふふふ∼⋮⋮⋮もう、言い逃れは出来ないわ?
841
ヴェルト・ジーハ!﹂
クレオは笑顔⋮⋮というか、物凄い悪役チックな、三日月のよう
に口元を吊り上げた笑みを急に浮かべやがった。
⋮⋮えっ?
﹁ふふ、あーっはっはっはっはっは! 全く無様ね、ヴェルト・ジ
ーハッ!﹂
次の瞬間、パリンと世界の風景が粉々に砕け散って、一瞬何が起
こったのか分からなかった。
だが、気づけば俺の腕の中に居たクレオは、あれだけ痛々しく刻
み込まれた左胸の傷なんて全く無く、ただニヤニヤと笑ってやがっ
た。
﹁えっ?﹂
いや、マジで、えっ?
﹁ぷく、ぷぷぷ、いや、ほんとマジで⋮⋮無様なんで⋮⋮あいつ、
何やらかしてんのか意味不明なんで﹂
﹁と、殿∼∼∼∼、どうして∼、どうしてでござる∼﹂
﹁ヴェルトくんの節操なしバカ⋮⋮﹂
﹁ちょっ、ちょっと∼、あいつ、いきなり何をやらかしてんの?﹂
回りは? えっ? 842
さっきまでクレオが傷ついて、回りも悲鳴を上げていたのに、な
んか全然そんな様子はなく、普通に携帯カメラでみんなが顔を真っ
赤にしながら俺たちを撮っていた。
これは⋮⋮
﹁あなたたち、今の動画は今すぐにネットにアップしなさい! そ
して、可能な限り拡散なさい! BLS団体代表メロンの正体を。
そしてこの私が、クラーセントレフンの支配者であるヴェルト・ジ
ーハにプロポーズされてキスされたことを、世界中に流しなさい!﹂
クレオ? え、お前、死にかけだったんじゃ? 何でピンピンし
てるんだ?
そうだよ、確かに心臓をストロベリーに撃ち抜かれて⋮⋮って、
何で撃った本人のストロベリーはキョトンとしてるんだ?
﹁お、おい、ストロベリー! テメエ、今、クレオを撃ったんじゃ
?﹂
﹁⋮⋮はっ? 何をいきなりウゼエ訳の分からないこと言ってんの
?﹂
な、なにい?
﹁ふっ、ふふふふふふふ、うふふふふふふふふふふ﹂
その時、俺を見ながら﹁計画通り﹂みたいな顔を見せているクレ
843
オは、さっきまで泣きじゃくっていたり、しおらしくなっていた様
子とは打って変わっていた。
それを見て、俺は気づいた。
﹁クレオ! ま、まさか、お前、暁光眼でお前が撃たれて死に掛け
る幻想を俺に!﹂
﹁あら、何のことかしら? いきなり人を抱きしめて、愛を語り、
あまつさえ唇まで奪っておいて、何の言いがかりをつけるのかしら
?﹂
こ、こいつっ! や、やられたっ! じゃあ、今の一部始終は全部こいつが作り出した幻術!
﹁テメェ⋮⋮だ、騙しやがったのか!﹂
思わず俺がそう叫んだ瞬間、クレオはわざとらしくトボけたよう
に笑みを浮かべた。
﹁だから、何のことだか分からないと言っているでしょう? まあ、
たとえ私があなたを何か騙したのだとしても、仮にも世界を支配し
た男が、そこらの男みたいに騒ぐのはどうなのかしら?﹂
﹁なッ!﹂
﹁戦争して、勢力争いやって、騙し騙され血で血を洗う野蛮な時代
の野蛮な世界を支配した男なのでしょう? 女に騙されたとかで、
844
相手を恨んで感情的に叫ぶのは、みっともないのではないかしら?﹂
それは正に、俺がさっき言った言葉をそっくりそのまま嫌味と皮
肉を込めたことをブーメランにして返してきやがった。
﹁ざ、ざけんな、テメエッ! や、やっていい冗談と悪い冗談があ
るだろうがッ!﹂
﹁先に乙女の純情を弄び、傷つけて、裏切ったのはどこの誰? そ
れを謝らないということは、あなたの行いは、やってもいい冗談だ
ったとでも言うのかしら?﹂
﹁⋮⋮い、いや、そ、そうじゃねえけど⋮⋮だって、お前、死ぬと
思ったから!﹂
﹁あら、何よ。やはり私が生きていて不満というのかしら? さっ
き、私が生きていて残念だなんて、欠片も思っていないと言った言
葉すら、偽りなのかしら?﹂
しまった。こいつの攻撃を全部受け止めてやるぜ的な感じだった
から、俺もまさか今のまで幻術だったなんて気づかなかった。
じゃあ、ストロベリーがクレオを撃つあたりから全部?
っていうか、つまり、これでどうなるんだ?
﹁そ、そんな⋮⋮代表が⋮⋮あんなリアルな恋愛をなさるなんて﹂
﹁ひどい! 美少年同士の恋愛を至高の文化にと仰っていたのに、
こんな裏切り!﹂
845
﹁でも、どうして? 私、代表に裏切られたのに、胸がこんなにド
キドキしています⋮⋮顔が熱くなっています﹂
﹁あれが⋮⋮現実の恋愛⋮⋮男と女が生み出す⋮⋮愛﹂
﹁すごいですわ! 今の動画を上げたら、再生数、コメント、掲示
板への書き込みが一瞬で!﹂
﹁祝福の声まで上がっています!﹂
﹁こ、これは、ぜ、全世界中からッ!﹂
いや。ほんとマジで、どうなるのこれ⋮⋮⋮
﹁ヴェルトくんさ∼⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ペット⋮⋮⋮⋮﹂
﹁私を助けに来てくれたはずなのに⋮⋮どうして目の前でプロポー
ズなんて⋮⋮ひどいよ、ばか⋮⋮ばか∼⋮⋮ぐすっ﹂
もう、物凄い呆れたような顔と目をしているペットに、俺は背中
がゾワッとした。
いや、だって、お前らは分からないかもしれないけど、今の幻術
は本当にどうしようもなくて⋮⋮
﹁ブラック姫、今のもう一回再生して欲しいんで﹂
﹁う、うん⋮⋮ドキドキ⋮⋮どきどき⋮⋮﹂
そして、俺を撮っていたらしいブラックが、ニートに言われて携
帯をカチャカチャして、一部始終を再生。
それは、俺の視点ではなく、みんなの視点から見えていた光景。
﹃クレオーッ!﹄
846
﹃ちょっと、急にどうしたのかしら? そんなに強く抱きしめたら
痛いじゃない。この体を傷つける気?﹄
﹃クレオッ! おいっ、⋮⋮おい! 誰か医者呼べ! この世界の
技術なら治せんだろ! ペット、回復の呪文を! とにかく早くし
ろ!﹄
﹃そこまで酷い怪我をするわけないでしょう。でも、急にどうした
のかしら? 穢らわしいから離しなさい。意識が遠のいてしまうわ﹄
﹃ああ、しっかりしろ! 俺はここに居る! だから、大人しくし
ていろ! ッ⋮⋮う、そだろ、⋮⋮なんでだよッ! 喋るな! 大
人しくしてろ!﹄
﹃だから、別に怪我なんてしないわ。私のような魅力的な女を思わ
ず抱きしめて興奮しているのはわかるけど、取り乱しすぎよ﹄
俺が幻術で見ていたクレオの姿と、実際のクレオが異なっている
じゃないか。
クレオの野郎、俺の言葉に合わせた会話を!
﹃それで? これは、なんのつもり? さっきまで人を散々罵倒し
ておいて﹄
﹃もういい、喋るな。クレオ、もういいから⋮⋮﹄
﹃嫁自慢をしておいて、今更なに?﹄
847
﹃クレオッ! くそ、どうして俺はこんなやり方しか⋮⋮くそ! くそっ!﹄
﹃あら、まさか今になって懺悔の気持ちが出てきたのかしら? で
も、もう遅いわ。私、あなたなんて大嫌いよ。それとも、今更私の
魅力に気づいて、私と仲直りして、あまつさえ結婚したいだなんて
言うつもりではないでしょうね?﹄
﹃⋮⋮かもな。テメエ、チビでスタイルはそんなでもないが、基本
的に可愛い部類だからな。性格はキツイが、もうちょいお互い仲良
くなって⋮⋮誤解もなく、本当に分かり合えたら⋮⋮﹄
お、おかしい⋮⋮⋮か、会話が成立している!
﹃ちょっ、あいつどうしたんで、いきなり!﹄
﹃いやああ、メロン代表が男なんかに抱きしめられている!﹄
﹃け、汚らわしい、なんなのよ、あの最低男! さっきまであんな
に言いたい放題言っておいて、急に性格が変わったみたいに!﹄
﹃ヴェルトくん、ど、どうしちゃったの?﹄
﹃と、殿がご乱心を!﹄
そして、そんな俺に驚く回りの声も、動画にはしっかり入ってい
た。
﹃ふざけるな、ヴェルト・ジーハ! 人を裏切り、女を弄び、好き
勝手に生きてきて、何を都合の良いことを言っている! 大体、私
は世が世であれば覇王となっていた身。そもそも釣り合いなど永劫
に取れぬ身だと自覚しているのか? それでもこんな行動を取ると
848
いうことは、まさかさっきまでの行いは、全て愛情の裏返しだった
とでも言うつもりか!﹄
﹃⋮⋮⋮そう、⋮⋮⋮かもしれねーな﹄
﹃ならば、貴様はこの私をどうしたいのだ! ならば今、貴様の嘘
偽りのない真実の気持ちを言ってみろ! そして行動に表してみろ
!﹄
﹃クレオ⋮⋮でも、それは⋮⋮﹄
﹃臆病者め! それすらできぬ軟弱者は、手を離せ!﹄
そんなこと言ってたんだ⋮⋮⋮現実では⋮⋮⋮
﹃んっ﹄
﹃︱︱︱︱ッ!﹄
﹃俺の嫁になれよ、クレオ﹄
いやあああああ! もう、な、なんじゃそりゃあっ!
﹃ほんとうでしょうね? 先ほど現在の嫁の魅力を語っていたけど、
なら、私には何の魅力を語れるかしら?﹄
849
﹃くははは、大丈夫。お前、十年前から尻が可愛かった﹄
﹃あなた、私がそこまで優しい女だと思わない方がいいわ? 次に
そんな冗談を言ったら、本気で殺すわ?﹄
﹃ああ。確かにトゲがあるが⋮⋮そのトゲさえ抜けば、結局お前も
普通の女だ。だから、黙って俺の嫁になっとけよ﹄
﹃ふふ⋮⋮⋮そうね⋮⋮⋮ふふふふふふふふ∼⋮⋮⋮もう、言い逃
れは出来ないわ? ヴェルト・ジーハ!﹄
こんなんあっていいはずがねえ!
ヴェルト
﹁ふわふわ世界!﹂
こんな動画を放置できるか! 今すぐ、消去してやる! この場にある、携帯、スマホ、タブレット、とにかく手当たり次
第にぶっ壊してやる。
﹁いや、ヴェルト、もうネットにアップされているから無理なんで。
既に拡散されまくっているから、完全消去は永久に無理なんで﹂
そして、ニートが﹁ご愁傷様﹂と手を合わせている姿を見て、俺
は、俺は⋮⋮⋮⋮⋮⋮どうすりゃいいんだああああっ!
つうか、いっそのこと、神族との関わりを永久に断絶でもしねー
850
限り、俺はヤバイぞ! こんなのあいつらに知られたら⋮⋮⋮
﹁ふふ⋮⋮⋮まさか、あなたがこれほどまで高みの領域に居たとは
思わなかったわ⋮⋮⋮大分当初の予定と狂ってしまったわ。まあ、
それでも最低限の復讐はできそうで良かったわ﹂
その時、未だ興奮冷めやまらないこの場において、クレオが俺の
背中に体重を預け、俺にしか聞こえない声で呟いた。
﹁ヴェルト、私はあなたを許すつもりはないわ。今回だって、まさ
かこんなことになるとは思わなかったけど、真実はそう。私はあな
たを許せない﹂
﹁クレオ⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁でも、あなたに力で復讐できないと分かった以上⋮⋮⋮そして、
あなたが私を裏切ったことに対して罪の意識を抱いていない以上、
無駄なことはしないことにしたわ。だから⋮⋮⋮﹂
だから⋮⋮⋮なんだよ⋮⋮⋮
﹁これからもあなたの傍に居て、何が一番の復讐になるか考えてや
るわ。そのうえで、あなたを一生苦しめてあげるわ。だから、覚悟
なさい!﹂
いや、そんなガキみたいに満面の笑みをされても、困る。
851
でも、そう言いながらも、クレオは背中越しから俺の手をソっと
握ってきた。
﹁だけど、さっきのあなたの言葉⋮⋮⋮この場に居た者たちには、
あなたが乱心したように見えたのでしょうけど、私だけは分かって
いるわ⋮⋮⋮あの瞬間、あなたは本当に私のことだけを考え、そし
て言葉をくれた﹂
ほんのりと頬を染めて、だけどちょっとソッぽ向いて、素直にな
れない女のような様子で、クレオは言った。
﹁だから、今日はもう、それでいいわ﹂
そして俺は思った。
いや、よくねえよっ! と。
やべえ、本当に取り返しのつかないことになっちまった。 852
第48話﹁さあ、次はお前の番だ﹂
さて、この際、クレオが俺を恨んでいるとか、許すとか許さない
とか、もはやどうでもいい話である。
﹁覚悟なさい。一生付きまとってあげるから﹂
俺がすべきは、クレオをどうにかする前に、まずやるべきことが
ある。
﹁ニート! ペット!﹂
この場において、ムサシはダメだ。ムサシは逆効果になる。
だからこそ、やはりニートとペットしか居ない。
﹁頼む。もしもの時の言い訳を一緒に考えてくれ﹂
一応、この世界でクレオはメロンという名前で、国の上層部の連
中には評判が悪いようだ。
いっそのこと、俺たちが元の世界に帰る時に置き去りにするとい
う手段が無くもないが、なんか雰囲気的にそれをやるのは無理っぽ
い。
ならば、元の世界に帰って、嫁たちにバレた時のための言い訳を
⋮⋮
﹁はっ? いや、無理に決まってるんで。あっ、ブラック、動画と
タブレットの件、頼むんで﹂
﹁ヴェルトくんのバカ⋮⋮私、もう知らないんだから⋮⋮姫様たち
853
と喧嘩しちゃえばいいんだ⋮⋮バカ⋮⋮﹂
おいこら、ニート。お前は何を﹁むしろバラす気満々なんで﹂的
なイキイキとした様子なんだよ。
おいこら、ペット。そんなに拗ねるな⋮⋮確かに、本当はお前を
ロマンチックに助けてやろうともしながらも、途中からすっかり蚊
帳の外にしちまったが⋮⋮
﹁お、お、お、奥方様がまた一人増えてしまったでござる∼! せ、
拙者、これからは七人の奥方様をお守りしなければならないでござ
るか? し、しかも、これでは⋮⋮拙者が殿のご寵愛を戴く回数が
⋮⋮うう∼、これは、フォルナ姫やアルーシャ姫に相談したほうが
⋮⋮いや、ウラ殿にでも⋮⋮﹂
ムサシ、後で目いっぱい可愛がってやるから、お願いだから少し
黙っててくれ。
お前のは、﹁相談﹂じゃない。﹁核弾頭発射﹂だ。
﹁そんな、代表! 我々はどうすれば! 代表は我々を見捨てるの
ですか?﹂
﹁あら、見捨てるわけ無いでしょ? むしろ私は次のステージに向
かう気よ。とりあえず、私がヴェルト・ジーハの嫁となったのは形
式上でのこと。私はこの男に取り付いて今の嫁たち以上にこの男と
愛し合っ⋮⋮こほん、復讐をしつつ、クラーセントレフンに我々の
文化を普及するつもりよ? ﹃教祖クリア﹄の意志を継ぐつもりよ﹂
﹁ですが、そのために代表が男に穢され、男女の恋愛だなんて不自
然なものの犠牲者になるなど耐えられません!﹂
854
﹁ありがとう。でも、あなたたちには教えていないけど、私は既に
この男に穢されているのよ。先ほども唇を汚されたことにより、私
は全身の穴という穴をこの男に既に穢されている。穢れきった私は
地獄へ堕ちると共に、新たなる代表は別の相応しいものに引き継ぐ
つもりよ﹂
そして、テメエは何をサラッと団体の説得と引継ぎをしようとし
ていやがる!
﹁おい、ブラック! アッシュ! こんなこと言ってるが、こいつ
ら逮捕しなくていいのかよ?﹂
﹁う、う∼ん、にゃっはそうなんだけど⋮⋮正直、今、私たちに彼
女たちを裁いたり捕らえたりする権限がにゃっはないし⋮⋮﹂
﹁このBLなんたらの趣味は全部非合法なんだろうが! こいつら
全員しょっぴいてやれよ!﹂
そう、もうこんな団体と絡むのも、こりごりだ。今すぐ潰せ! 俺が許す! むしろ逮捕しろ!
だが⋮⋮
﹁あら、そんなことは無理よ﹂
﹁クレオッ!﹂
﹁知っているでしょう? この団体は、この国の王子でもある、ラ
イラック王子が支援する団体よ。ましてや、この団体にはこの国の
みならず、他国のおエライ様も関わっているのよ? 潰せるはずが
ないわ。身内の恥を公表することになるのだから﹂
集まっている野次馬たちには聞こえないよう、俺の傍に寄ったク
855
レオが、俺に耳打ちしてきた。
そういや、あの変態王子が関わっているんだったな。
だが、今回はこれだけの大騒ぎ。さらに、今はクレオのことが世
界中で話題になっているほどだ。
これを揉み消すことはできないんじゃねえか?
﹁それに、どちらにせよ、間もなく﹃文化大革命﹄が起きる。もは
や団体を活動停止の手続きをしたところで、全てが無意味よ﹂
革命? 何か意味深にクレオが呟いた言葉は、聞き覚えがあるも
のだった。
そうだ、確か、さっきストロベリーの奴が⋮⋮
﹁まあ、そんなことは今の私にはもう関係ない。ほら、あなたも少
しは嬉しそうに私を抱き寄せて、手でも振ったら? これからクラ
ーセントレフンとこの世界が交流を交わしていくにあたって、私の
扱い方を間違えるだけで、世界を敵に回すと知りなさい?﹂
﹁知るか! つうか、テメエはもうどっからどこまでが本当で嘘か
も分からねーんだよ! 死んだと思ったらこの世界に居るし、腐女
子になってるし、ペットに変な趣味を植えつけようとするし、俺を
恨んでいるとかほざいて戦ったり、ビービー泣いたり、急に嫁にな
ったり、なんなんだよテメエは!﹂
﹁あら、なあに? あなた、形だけとはいえこの私と夫婦になった
だけでは満足せず、身の程知らずにもこの私の全てを知った上で愛
されたいとでも言うつもり? 全く、だらしないのは下半身だけで
なく、頭も相当ね。体だけの関係にすら満足できないと?﹂
856
﹁ああん? 身の程知らずはどっちだチビ女! そんなエラそうな
口は、エルジェラを見てから言うんだな!﹂
﹁エルジェラ? それが、あなたが一番お気に入りの女? そうい
えば、胸がどうとか⋮⋮ふん、子供ね。いつまでも乳離れできない
男がクラーセントレフンを支配したと? 女の魅力を胸でしか判断
できない、つまらない男ね、あなたは﹂
﹁けっ、エルジェラをただの胸がデカイだけの女だと思うんじゃね
ーよ。あいつは技術も日々向上し、それでもあいつは満足すること
なく﹃少しでもヴェルト様に喜んでもらいたい﹄なんて男心をくす
ぐるような、献身的で奉仕精神があるんだぞ! しかも、たまに子
供っぽくやきもち焼いたりするというギャップもあり、あんなのも
う気に入るに決まってんだろうが!﹂
﹁献身的な奉仕精神? そんなもの、それこそ﹁喜ばせ組﹂でも設
立させ、性欲を満たすためだけの愛人の女たちにでもさせればいい
ものでしょう? 王の妻となる女に最も必要な資質は、そんなもの
ではないはずよ? やはりあなたはまだまだ半端者よ、ヴェルト・
ジーハ! この私が生涯をかけて調教してあげる必要があるわね!﹂
誰が調教だッ! くっそ、こいつ、同情なんてするんじゃなかっ
た! もう、心置きなくぶっ飛ばせば良かった。
﹁じゃあ、ブラック、このタブレット遠慮なく貰うんで。それじゃ
あ、さっそく⋮⋮痴話喧嘩ナウ﹂
﹁ヴェルトくんのばかばかば∼か⋮⋮⋮⋮⋮いいな∼、クレオ姫⋮
857
⋮結局言ってることは、ヴェルトくんと結婚してこれからもずっと
傍に居るってことだし⋮⋮さりげなく、か、か、体だけの関係って
⋮⋮体の関係はやっぱり持っちゃうんだ⋮⋮﹂
﹁うう∼、せ、拙者はどうすれば⋮⋮うう∼⋮⋮拙者だって、殿が
望むのであればどのような御奉仕であろうと∼⋮⋮﹂
マジでウザイこの女。どうしよう、心の底から破談にしたい。
つうか、何でこいつ俺と結婚なんだ? とりあえず、復讐云々言
ってるが、こいつ、そんなに俺のことが好きなのか?
なら、逆にこいつの好感度を下げれば⋮⋮
﹁ムサーーーーーーシ!﹂
﹁ぶつぶつ、拙者だって⋮⋮にゃにゃっ! と、殿?﹂
﹁命令だ。こっちに来い﹂
こうなりゃ、もうヤケだ。この世界からの評価なんて知ったこと
か! 今はこの世界での評価より、元の世界での平穏が一番!
﹁にゃ、にゃんにゃ! と、とにょ!﹂
﹁許せ、ムサシ!﹂
首を傾げるムサシを呼びつけ、そして後ろから抱きしめて胸を揉
む!
﹁ッ!﹂
858
﹁﹁﹁﹁いや、なんでっ!﹂﹂﹂﹂
うん、そりゃー、この場に居る全員がそう思うだろう。
ましてや、こういうエロに対する規制も厳しそうなこの世界じゃ、
驚きだろう。
腐女子共は顔を赤くして、俺をゴミ虫を見るような目で見てくる。
いや、その目は、他のギャラリーも、ニートやブラックたちも同
じなのだが⋮⋮
﹁これが基準だ、クレオ﹂
﹁⋮⋮なんですって?﹂
﹁俺の女は、この胸の大きさが最低基準だ! テメエみたいな大平
原は、お呼びじゃねえっ! 乳離れできない男? そうじゃねえ!
そもそも男ってのは全員そうなんだよ!﹂
こんなことユズリハにバレたら噛み殺されるから言えねーが、こ
れにはクレオも⋮⋮
﹁ふっ。やれやれね⋮⋮﹂
呆れたように笑みを浮かべて、どこか余裕に満ちて俺に近づき⋮⋮
﹁暁光眼﹂
﹁んなっ!﹂
859
さっきまで、ただのチビ女だったクレオが、いきなり金髪ポルノ
女優のようなスーパーボディにっ!
回りは⋮⋮全然気づいていない? まさか、これは幻術?
﹁ん、殿∼、だめ∼え、見られているでござる∼、そ、そういうの
は∼、うう∼、あ、との∼﹂
悶えるムサシの胸を揉み続ける俺の手を掴み、クレオは豊満にな
った自分の胸に⋮⋮や、やわらかっ!
﹁幻術だと思って侮らないようにね。痛みを実際に感じ取れるのだ
から、感触や気持ちよさだって本物よ? どう? 私にかかれば、
サイズなんて思いのままよ?﹂
ッ! な、なんだと、この女! ﹁⋮⋮ヴェルトからはどう見えているか分からないけど⋮⋮物凄い、
けしからん魔眼の使い方なんで﹂
﹁ちょっ、ね、ねえ、ニート、その、すごーくどうでもいいんだけ
ど、あのバカ、男は全員って言ってたけど、あ、あ、あん、たも、
その、胸の大きさとか、気にする男だったりするわけ?﹂
﹁ブラックちゃん、あんまりお兄さんの言うことは、にゃっは気に
しないほうがいいと思うよ?﹂
﹁は∼⋮⋮私は⋮⋮ムサシちゃんより小さいし⋮⋮﹂
くそ、この女、そう来たか⋮⋮なら⋮⋮
﹁⋮⋮ペット、ワリッ!﹂
﹁⋮⋮はう?﹂
﹁ふわふわスカートめくり﹂
860
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂
なら、これならどうだ! ラーメン屋で、エロスヴィッチがペットのスカートめくりをした
ことによって発覚したこと。
ペットが、その大人しい容姿とは裏腹に、大人の花柄スケスケの
紐パンツを穿いていたこと!
﹁ひ⋮⋮⋮い、い、⋮⋮いやあああああああああああああああああ
ああっ!﹂
響き渡るペットの大絶叫。そして、そういうものに免疫の無いこ
の世界の男たちは一斉にぶっ倒れる。
すまん、ペット⋮⋮
﹁⋮⋮あら、随分と淫らな下着ね⋮⋮⋮で、それがなに?﹂
﹁へっ、テメエが所詮どんな幻術使おうと、こ∼んなエロいパンツ
は、その幼児体型じゃ似合わねーだろ? 昔からテメエはガキパン
ツだったからな!﹂
こんなのユズリハにバレたら、泣かれるが、今はよし!
ここで、クレオから、﹁最低な男、やはり、貴様はうんたらかん
たら﹂になって、結婚は破談⋮⋮
﹁ふっ、⋮⋮暁光眼・ブラックカーテン!﹂
しかし、クレオは余裕の表情。そして、目を光らせた。
今度は何をする気だ? だが、俺は正直何の変化もない。
その代わり⋮⋮
861
﹁な。なんだ、世界が真っ黒になったぞ?﹂
﹁なにも見えないーっ!﹂
﹁ぱ、パンツが、ま、まだ動画で記録していないのに!﹂
﹁なんで、真っ暗!﹂
回りの連中の見えている世界が暗闇になっているのか? つうか、
最早、何でもありだな。
クレオの魔眼で暗黒世界を見せられて混乱しているギャラリーた
ちの中、クレオは、胸を揉ませていた俺の手を、自分のスカートの
下に⋮⋮⋮⋮ァ⋮⋮⋮アラ?
これって⋮⋮何もな⋮⋮⋮ッ!
﹁さ、さすがに、こ、この光景は見せられないからね﹂
恥ずかしいのか、顔をソッポ向けているクレオだが、いやいや、
そんなレベルじゃなくて⋮⋮
﹁お前、は、い、てな⋮⋮ッ!﹂
﹁な、なによ、人を露出狂みたいに! べ、別にいつもじゃないん
だからね! きょ、今日は、その、あなたと会えると思うだけです
ぐに下着が⋮⋮じゃなくて、た、たまたまよ! とにかく、下着一
枚なんかで女の評価は決まらないということよ!﹂
﹁こ、⋮⋮このビッチめ!﹂
﹁あら、私はこの体をこの十年間誰にも触れさせて居ないと言った
はずよ? まあ、その証拠は今晩にでも、あなたがメロメロになっ
た、このお尻と一緒に見せてあげるから安心なさい﹂
862
それは想像もしてなかった! そういう対抗をしてくるとは思わず、ビックリしちま⋮⋮
﹁うう、うううう、ううううううっ! なん、ひどい⋮⋮ひどいよ
∼! ヴェルトくんのバカ! ど、どうしてこんなことするの!﹂
そして、無駄になったペットのパンツ。
まさかこんなことになるとはな。案の定、ペットの奴、泣いちゃ
ったよ。
﹁ああ? だから、謝ってからめくっただろうが!﹂
﹁そそそ、そういう問題じゃないよ! 普通、めくる? めくらな
いよ! どうして! 子供じゃないのに、しかも、こんな大勢の前
で! さいってい! 本当に、さいってい! もう、だいっきらい
!﹂
そのセリフをクレオに言わせたかったんだよ! ⋮⋮あっ、そう
だ。クレオのスカートめくれば良かったんだ⋮⋮やり方を間違えた
⋮⋮
﹁ふ∼。本当にかわいそうね、ペット・アソーク。だから私は、あ
なたにいつまでも可愛そうな想いをしないよう、文化の世界に誘お
うとしたのに﹂
863
﹁ひっぐ、うう、く、クレオ姫∼﹂
﹁本当に可愛そう。これだけ最低なことをした、外道の極みの男に、
いつまでも心を奪われるんだから⋮⋮あなた﹁も﹂⋮⋮ほんっと、
嫌いになれないから困るのよね。もはや呪いね。惚れたら負けって、
本当なのね﹂
うずくまって泣きじゃくるペットを抱き寄せて、﹁よしよし﹂と
頭を撫でるクレオ。そんな優しい顔も出来るんだ⋮⋮。つうか、ど
うして俺にはその顔をしない。
﹁メロン代表、ご再考を! やはり、こんな男はやめるべきです!﹂
﹁そうです、メロン代表! こんな男にメロン代表の芸術品のよう
な肉体を、性欲の赴くままに弄ばれるなんて、我慢できません!﹂
﹁妄想の材料にするにも嫌悪するような男です! どうか、メロン
代表!﹂
そうだよ、もっと言え。こんな男やめておけと、もっと言ってや
れ、腐女子共。
だが、そんなときだった。
﹁カカカカカ、まあ、もうそういうのは、当人たちで勝手にやって
いればいいさ。なあ? アプリコット姫﹂
﹁⋮⋮⋮どうして、私に聞くんですか?﹂
﹁カカカカ、なんだ、まだ惚けるか。ウゼーな、新代表? まあ、
いいさ。とりあえず、BLS共の用事はこれで終わりだろう? ウ
864
ゼエぐらい待たされたが、ようかくこっちの番だ。次は、レッド・
サブカルチャーの用事を済まさせてもらうぜ。なあ? ニート﹂
あっ、そういえばすっかり忘れていた。
﹁⋮⋮⋮えっ? 俺?﹂
ペットと一緒に攫われたアイドル姫の一人のアプリコット? と
かいう奴の隣で、ストロベリーが一歩前に出て、完全に用事を忘れ
ていたニートが、タブレット持ったまま固まっていた。
865
第49話﹁ニート無双﹂
﹁さてさて、本来なら俺らのアジトまでウゼエ来てもらいたいとこ
ろだが、これだけBLS共がウザイぐらい派手にやらかした状態で、
俺らのアジトへ連れて行くのは、メディアにウゼエぐらい追われる
から面倒だ。そこで今、スカーレッドリーダーが直々にこっちに向
かってきている。少しこのウゼエ環境で待っててくれよな﹂
いや、おかしいだろ。注目集めた状況でアジトに連れて行きたく
ないのなら、中止にすりゃいいだろうが。
よりにもよって、お尋ね者の犯罪集団のリーダーがここに来るっ
ていう意味が分からん。
﹁あら、珍しいわね。あの引きこもりのスカーレッドが自ら来るだ
なんて、よっぽどの用事ね﹂
﹁カカカカカ、まあ、俺もよく分からねえ。だが、ウゼエがこれも
リーダー命令だ。それ以外は知らねえし、もはや知っててもテメェ
に教える理由もねえよな? メロン代表。いや、元代表か?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ふっ、まあそうね。今となっては私には興味ないわ。今
はただ、どうやって私がヴェルトの正妻になる⋮⋮⋮じゃなくって、
私がヴェルトに制裁を与えることができるか、そして、クラーセン
トレフンにBL文化を。それ以外は、興味ないわ﹂
クレオは多分嘘を言ってない。こいつ、本当にもう興味が無いの
866
かもしれない。
というか、今のこいつの興味は完全に俺をどうしてやろうか、俺
とどうなってやろうか、そこに意識が向いてるのかもしれねえ。
今から、協力関係にあるテロ組織のリーダーが自ら来るっていう
のに。
﹁スカーレッド⋮⋮⋮⋮そう、彼女が自ら⋮⋮一体何を考えている
のやら﹂
その時、ポツリと誰かが呟いた。それは、ペットと一緒にこの腐
女子共に攫われたアイドル姫の一人。
確か、アプリコットだったな。
そして、その表情を見て、俺は何か違和感を感じた。
こいつは、晩餐会でもペットと打ち解けていたし、あの濃いアイ
ドルたちの中では一人だけ特徴のない大人しめの女だった。
それが今は、どうしてそんな鋭い瞳をしている?
﹁アプリコット、あんたは無事だったの? こいつらに、変なこと
されてない?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はい、大丈夫です、ブラック姫。でも、申し訳ありませ
ん。私が不甲斐ないばかりに﹂
﹁うん、でも、無事でよかったじゃん﹂
ブラックたちが声をかけた瞬間、普段通りの礼儀正しい表情に戻
った。
この女⋮⋮なんだ? さっきは、クレオのことや、それ以前はペ
ットのことでそれどころじゃなかったが、この女⋮⋮⋮⋮なんか、
引っかかる⋮⋮⋮⋮
﹁でさ、あのさ、ほんと勘弁して欲しいんで。これ以上は、マジで
867
蛇足なんで。ヴェルトとクレオ姫のハッピーエンドで十分なんで。
っていうか、こんな世界が注目している中で、無理して俺に会って
も得られるものは何もないと思うんで! だから、帰らしてもらう
んで﹂
そしてニートもまた、今更マジで勘弁して欲しいという様子で頭
を下げている。
まあ、そうだよな。ただでさえ目立つのが嫌いなニートに、こん
な状況下で、テロ組織のリーダーが自ら会いに来るってんだからな。
しかも、ニートを指名して。
気になるといえば気になるが、ニートからすれば、ほんと勘弁し
てくれという状況だろう。
﹁まあ、そう言うな。男のくせにウゼエな。覚悟を決めろよ﹂
﹁てか、何でほんとあんた逮捕されないのか不思議なんで? この
世界の警察、マジで何をやってるか教えて欲しいんで﹂
そう、これほどの大騒ぎになり、一応この世界では大物指名手配
犯と思われるストロベリー。
これだけ堂々と多数の野次馬やカメラの前に現れているというの
に、マジでこの世界の警察は何をやっているのか、俺も知りたかっ
た。
だが⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁だな。俺も気になってちょいと調べてみたら、今、人手はほとん
ど別の場所に送り込まれて、それどころじゃねえみたいだな。なん
でも、狐の化物と天使が︱︱︱︱﹂
﹁﹁ああ、もうそれ以上はいいや﹂﹂
868
俺とニートがハモった。正直、それ以上は聞くのが怖かったので、
諦めた。
あの、変態狐とショタコン天使め⋮⋮
﹁カカカカ。それに、リーダーが動いているんだ。警備ロボだって、
既にハッキングで無力化にされてんだろ。ウゼエぐらいにな﹂
ん? なんか、サラッと聞き捨てならねえことをストロベリーが
言ったような気がしたが、どちらにせよ、リーダーとやらがここに
来るまで待てってか? 冗談じゃねえ。
すると、ストロベリーが何かを思いついたかのように手を叩いた
﹁そうだ。俺たちのリーダーに会う前に、ウゼエと思うがちょっと
したゲームでもするか? クリアできたら、ご褒美にお土産をたく
さんくれてやるよ。だから、帰るだなんて言うなよ。ウゼエからよ﹂
ゲームだと? 何の悪巧みか知らねえが、ほんとウザイ顔でこい
つは笑う。
﹁何がゲームだ。ニートに何の用かは知らねえが、俺は俺で今、今
後のことでスゲー頭が痛いんだ。そのリーダーとやらも今すぐ来な
いようなら、帰らせてもらうぞ?﹂
﹁まあまあ、そう興奮すんなよウゼーな。ゲームって、本当にゲー
ムだよゲーム﹂
そう言いながら、ストロベリーが取り出したのは、携帯用ゲーム
869
機? なんか、前世ではよくやっている奴らが居たが⋮⋮
つうか、なんか前髪で隠れているはずのニートの目がピカッと光
ってるんだが。
﹁この世界にはこういった持ち運べるゲーム機が大量にあってな、
まあ、最近じゃソフトの規制が多くなったが、大量に敵を殺しまく
ったり、レースをしたり、冒険をしたりとウゼエぐらいに色々だ。
その中で、俺らの組織の中で、現実の女との恋愛に絶望した男共が
ハマってるのが、このゲームだ﹂
ストロベリーがゲーム機を起動させて、俺に投げてきた。投げ渡
されたゲーム機の画面には⋮⋮
﹁バクバク・メモリーズ・Ω、だ﹂
⋮⋮なんか⋮⋮聞いたことあるような、無いような⋮⋮⋮
とりあえず、映し出された画面には、学校の制服らしきものを着
た、オタク風の絵の女たちが何人も映っていた。
﹁三年間の学園生活。主人公の名前を決めて学校生活でパラメータ
ーを上げながら、出会うウザイ女たちとイベントを重ねて、デート
をして、そしてカップルになって、カップルになってからも個別で
色々と困難乗り越えて、グッドエンディングを迎えればゲームクリ
アの、恋愛シミュレーションゲームだ﹂
ダメだ⋮⋮意味が分からん。それの何が楽しいんだ?
一方で、俺の背中越しから俺の手元の画面を覗き込む女たちも、そ
れぞれの反応を見せている。
﹁な、なんなの、これ。すごい、絵がキレー﹂
870
﹁は∼、これまた面妖な⋮⋮この娘たちは、この箱の中でどうやっ
て暮らしているでござるか?﹂
﹁ふん、また気持ちの悪いものを出したものね﹂
﹁ほ∼⋮⋮ほ∼⋮⋮ふむふむ﹂
﹁げっ、これって噂になってた奴じゃん﹂
﹁あ、あははは、にゃっは初めて見る﹂
俺も初めて見る。つうか、やったこともねえ。元々、そんなにゲ
ームなんてやるほうじゃなかったのに、いきなり恋愛シミュレーシ
ョンゲーム?
ニートだけは﹁ほ∼﹂と何やら興味を示しているが、俺はこんな
の渡されても、正直困るだけだ。
﹁おいおい、確か﹃バクメモ﹄って、何年か前に販売中止になった
奴だろ?﹂
﹁ああ。でも内容は知らない。どんなゲームなんだ?﹂
﹁ちっ、男用の恋愛シミュレーションゲーム? 男が女のヒロイン
を落とすとか、つまらねーつうの。ね∼?﹂
﹁ほんっと、だからレッドサブカルチャーの連中はキモイのよ。あ
んなもんを出すなんて﹂
更に、集まっているギャラリーや腐女子共も注目して、それぞれ
の反応を見せている。
その様子を見て、何やらストロベリーは妙な企み顔になりやがっ
た。
﹁カカカカ、ギャラリーも既に入手がほぼ不可能になったゲームに
ウゼエぐらい興味深々のようだな。なら、その希望には応えてやら
ねえとな。ウザイけど﹂
871
ストロベリーが指を鳴らした。すると、どこからともなく、黒服
とサングラスを身につけたガッチリムキムキの⋮⋮ロボ? がギャ
ラリーの中から現れて、巨大なスクリーンのようなものを、キャス
ター付きの台に乗せて運んできて、瓦礫の上に設置し、画面を点け
た。
そこに映し出されたのは、今、俺の手元にあるものと同じ映像だ
った。
俺の手元にあるゲームの画面と繋がっている? ﹁さあ、どうぞ。ウゼエぐらいに楽しんでくれよ﹂
いやいや、ちょっと待てよ。何でこんな状況の中で、こんなゲー
ムをやるんだよ。
﹁いや、ふざけんなよ。こんなメンドくさそうなゲームをどうして
俺がやるんだよ。くだらねえ﹂
﹁カカカカカカ、まあ、そう言うとは思ったが、ウザいと思わない
でやってみろよ。ケッコー面白いぜ? ほら、もうテメエの名前を
入れてるからよ﹂
だから、何でだよ! こいつ、まさかこんなゲームで俺をソッチ側に連れてこうとして
んのか? ふざけんな。興味もねえのに⋮⋮
﹃あ⋮⋮君、ヴェルト君だよね! 私だよ、私、小さい頃よく一緒
に遊んだ⋮⋮ねえ、覚えてる?﹄
と、思ったら、いきなり手渡されたゲーム機から、アニメ声で俺
の名前を呼ばれた。
ビックリして画面を見ると、なんか、ぶつかって転んだ女が驚い
872
た顔して話しかけてきていた。
﹁幼い頃に引っ越して離れ離れになった幼馴染との再会から、学園
生活スタートだ﹂
﹁いや、何でだよ。何で初めて見た女が俺の幼馴染になってんだよ﹂
﹁ウゼエこと言うなよ。こういうウゼエ幼馴染こそ、初心者が最も
簡単に攻略できる、カップルになりやすいキャラなんだよ﹂
いや、だから、そんな感情移入もできねえものを攻略してどうす
ん⋮⋮ペット? 何でそんなムスッとしてるんだよ。
﹁幼馴染がカップルになりやすい⋮⋮⋮ウソだよ、そんなの⋮⋮⋮﹂
ペット⋮⋮からかったら、普通に泣きそうだから聞かなかったこ
とにしてやるか。
﹁つうか、暇つぶしなら他のゲームねえのかよ﹂
﹁カカカカカ、七人の女を手篭めにしたという噂のテメエなら、ウ
ゼーぐらいに楽勝だと思ったんだがな﹂
﹁あ゛?﹂
﹁つまり、コンピューターよりも楽勝な安っぽい女しか手に入れら
れないってことか。なんか、ウゼーチョロイな﹂
あからさまな挑発だな。この野郎。俺の嫁が全員チョロイだと?
チョロイ⋮⋮⋮チョロ⋮⋮チョ⋮⋮
﹁けっ! 女ってのはな、嫁になった後のほうが大変なんだよ!﹂
﹁手篭めにするまでチョロイは否定しないんだな﹂
﹁うるせえっ! とにかく、こんな機械ごときと比べるんじゃねえ
!﹂
873
ちっ、ふざけやがって。俺がコンピューターより安い女しか落と
せない?
ふざけやがって。あの脅威のフォーメーションを一度でも相手し
てからそんなこと言うんだな。
俺にはできない? クソが、上等だよ。こんな薄っぺらなもの、
俺なら楽ショーだよ。
﹁上等だ、見てやがれ。所詮は機械だ。キレられたり、襲われたり、
枯渇させられもしねえ女なんざ、恐れるものなんて何もねーんだか
らよ!﹂
さっそくゲームを流れのままに初めてみたが、パッと見て、なん
とかなりそうな気がした。
なんか、ステータスとか、部活とか、色々あるが、ようするに出
てくる女の誰かと仲良くなりゃいいだけの話だろ?
﹁んで、女たちはどんなのがっ⋮⋮うおっ、なんだこりゃ!﹂
ゲームを進めていくうえで、どんな女たちが出てくるのかと思い、
とりあえず画面を操作していくと、ヒロイン説明ページ? みたい
のが出てきた。
なんか、色々居るんだな∼と、テキトーに流して見ようとした瞬
間、俺はひっくり返りそうになった。
﹁い、いっぱいだね⋮⋮﹂
﹁は∼、何とも不思議でござるな﹂
幼馴染の元気活発女。学園のマドンナ、先輩生徒会長。天然の明
るいバカ女。引っ込み事案の図書委員。剣道少女。音楽家。不良女。
874
不思議ちゃん。ぶりっこ。金持ちのプライドの高いお嬢様。部活マ
ネージャー。スポーツ女⋮etc
⋮⋮ダメだ、まだまだ居るけど、全然覚えられねえ。
つうか、何人居るんだ?
まあ、ようするにこの中から誰かをオトせばいいわけか。
﹁ふ∼ん。ねえ、ヴェルト、この金持ちのプライド高いお嬢様を口
説きなさい。あなたには、このキャラクターがお似合いよ﹂
﹁殿∼! 拙者、よく分からぬでござるが、パッと見たところ、こ
の剣道少女という娘が良いかと存じます! ペット殿は?﹂
﹁⋮⋮⋮ひ、⋮⋮引っ込み事案の図書委員とか⋮⋮⋮うう∼、ウソ
ウソ! 私は知らない! 分からないもん!﹂
何でだよ。意外とどれもなんか難しそうじゃねえか?
つってもまあ、誰でもいいんだから⋮⋮
﹁ふ∼ん⋮⋮とりあえず、自分の行動を選択するわけか⋮⋮何の授
業を受けるか? サボりだサボり。⋮⋮どこでサボる? 図書室っ
と⋮⋮﹂
﹃あの、いつも図書室に居ますよね⋮⋮本⋮⋮好きなんですか?﹄
あっ、さっそく女が出てきた。
﹁あっ、ヴェルトくん、ちょっと臆病な図書委員の女の子だよ? ヴェルトくんに話かけて来てるよ!﹂
﹁ああん? 知るかッ! 何でどうでもいい女が話しかけて来るん
だよ! 選択は? ﹃無視﹄、無視ッ!﹂
875
﹁⋮⋮⋮⋮∼∼∼∼っ﹂
﹁あ? なんだよ、ペット?﹂
いきなり出てきたキャラクターが話しかけてきたが、興味が沸か
なかったから無視したら、なんかペットが落ち込んで⋮⋮
﹃あっ、ヴェルトくん、今から帰るの?﹄
って、今度は放課後にまた別の女が話しかけてきやがった!
﹁あっ、ヴェルトくん、幼馴染の女の子だよ! 幼馴染の女の子﹂
﹁知るかッ! 選択は⋮⋮一緒に帰る? 一人で帰る? 何でこん
な女と帰るんだよ、﹃一人で帰る﹄だ! 好きでもねー女と一緒に
帰ってどうするんだよ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁お、おい、ペット?﹂
にしても、これはかなりメンドクサイな。
授業したり、部活したり、サボったり、自分の行動を決めて、そ
れでステータスが伸びたり、自分の行動や向かった場所にヒロイン
が居て、コンタクトをとるわけか。
そうなると、とにかくオトす女に徹底的に話しかければいいわけ
か? そして、その時だった。
﹃おや∼? 君もサボりですかい? こんにちワンダフル!﹄
たくさんヒロインが居る中で、また一人出てきた。確か、これは
天然バカ女⋮⋮
876
﹁⋮⋮なんだ∼? なんか、イラっとくる女だな∼⋮⋮選択肢は⋮
⋮仕方ねえ、とりあえず﹃話しかける﹄で﹂
﹁﹁﹁なぜっ? よりにもよって、その女を?﹂﹂﹂
﹁テキトーだ、テキトー。どーせ、ゲームなんだから誰でも良いだ
ろうが! おっ、アドレスゲット? ⋮⋮おお、すげえ! これで
デートに誘えんのか!﹂
どっちにしろ、誰か女をオトさない限り、ゲームは進まねえんだ
ろうし、とりあえずこの天然バカ女をオトすか⋮⋮まあ、誰でもい
いしな⋮⋮テキトーだ、テキトー。
⋮⋮って、ちょっと待てよ! アドレスゲットしてデート行けば、
もうこれクリアじゃねえのか? 楽ショー過ぎるだろうが、なんだ
よ、このゲームッ!
しかし、ストロベリーはニヤニヤしたまま。
すると、今まで黙っていたニートが⋮⋮
﹁なあ、もう一台同じゲームある? 俺もやりたいんで﹂
﹁ああ、ウザイぐらいに持ってる﹂
﹁じゃあ、やるんで﹂
えっ、ニートが? どうしてだ? こんなのが、面白そうだった
のか? しかも、そんな真剣な顔で⋮⋮
﹁おいおい、ニート、こんなのやりたいのか? 随分簡単なゲーム
だが﹂
﹁お前、甘いんで。このゲーム⋮⋮好感度の上げ、そしてパラメー
877
ターの上げ、そのバランスがキモなんで。デートに誘っただけでカ
ップル成立は、電子世界じゃありえない話しなんで﹂
どうしたんだよ、ニート! 急に凄んできやがって。ちょっと驚
いたじゃねえか。
﹃お∼∼∼い、ヴェルトくん、待ったでございましょうか∼?﹄
と、そう思っている間に、デートに誘った天然バカ女がやって来
た。
別に何か問題があるわけでもねえ。このまま仲良くなりゃいいん
だろ?
デートは映画だな? 見る映画を選択するわけか。
﹃ね∼ね∼、今日はな∼んの映画を見るでおじゃるか∼?﹄
見る映画を選べる訳か。見れるのは、三つの選択肢から選ぶわけ
か。﹁アクション映画﹂﹁アニメ﹂﹁恋愛映画﹂。
くはははは、楽勝!
﹁なんだよ、くだらねえ! 個人的にはアクションだが⋮⋮これは、
ゲームだ! 女なんて恋愛映画でも見せとけばいいんだよ!﹂
俺に迷いは無かった。ボタンを押して、いざ恋愛映画。
しかし、映画館から出てきた女は⋮⋮
﹃ふわ∼あ。な∼んか、寝ちゃったよ∼﹄
え⋮⋮なに、この反応は? つうか、寝た? 男と映画来て? いや、百歩譲って寝るのは分かるが、それを開口一番に言うか?
878
﹃なんか疲れちゃったから帰るよ∼、バイバイバイ∼﹄
そして、帰った⋮⋮えっ? 映画見ただけで終わり? なんでだ
? 普通、この後、どっか行ったりするだろうが! 何でこいつ勝
手に帰ってんだ?
﹁な、なんで? エイガ? よく分からないけど、男の人と恋愛に
関する物語を見て、何でこんな反応なの?﹂
﹁こ、これは摩訶不思議な﹂
﹁⋮⋮⋮へえ、この娘はこういうキャラクターなのね﹂
俺の横から画面を覗きこんで、同じように不思議そうな顔をする
ペットとムサシ。
しかし、クレオだけはどこか納得したように、鼻で笑ってた。
すると⋮⋮
﹁いや、ヴェルト、お前、甘いんで。その子、服装とか身につけて
るもの、あと携帯のストラップ、キャラクター物が多いと思うんで﹂
﹁な、なにいっ! ⋮⋮そ⋮⋮そういえば⋮⋮﹂
﹁こういうゲームの初心者なんだから、まずはヒロインのプロフィ
ールぐらい見といた方がいいと思うんで﹂
俺の隣でゲーム機をピコピコさせながら、ニートがこっちも見な
いでツッコミ入れてきた。
﹁好感度も大して上がっていない段階、その子には恐らくアニメが
正解なんで。多分、恋愛もので良いレスポンスが帰ってくるのは、
もっと仲良くなってからなんで﹂
879
⋮⋮⋮いや、何でだよ⋮⋮そうとは限らねえだろうが⋮⋮と言い
たかったが、やけに自信満々のニートの言葉に、何故か納得せざる
を得ない。
このゲーム⋮⋮奥が深いのかもしれねえ⋮⋮
でも、それはそれとして、何でたったそれだけの情報でニートは、
そんなことが分かるんだ?
﹁ヴェルト⋮⋮一時間半⋮⋮﹂
﹁あっ?﹂
﹁一時間半後には全ての答えが出ているんで﹂
な、なんだ! ニートがやけにキリッとした顔でニヒルな笑みを
浮かべてやがる。こんな自信満々なニートを俺は初めて見た。
つうか、一時間半って、また微妙に長いな。こんなのを一時間半
もやらなきゃいけねーのか? ﹁ちっ、だが、一回ミスっただけだし、今の情報さえ分かっていれ
ば、後はどうにでもなるはずだ⋮⋮って、また知らねえ女が出てき
やがった! こんなん無視無視! オラァ、天然バカ女どこにいや
がる!﹂
﹁⋮⋮ねえ、ペット・アソーク⋮⋮ヴェルトの嫁に⋮⋮天然の馬鹿
な女でも居るのかしら? 何で、そんなにヴェルトはこだわってい
るの?﹂
﹁さ、さあ⋮⋮私にも分かりませんが⋮⋮ですが、確か姫様が以前
呟いていましたね⋮⋮⋮⋮あの、天然劇場姫は要注意とか⋮⋮﹂
なんだよ、みんなして。別にゲームなんだから、誰でもいいだろ
うが。こんなの俺はテキトーに選んだだけなんだからよ。
﹁ん? おお、放課後にようやく会えた! 選択肢は一緒に帰⋮⋮
880
ん? なんだ? この選択肢、﹃マイク﹄⋮⋮ってのは﹂
他の女たちが登場したときは、選択肢を﹃無視﹄とか﹃一人で帰
る﹄をソッコーで選んでいたから気づかなかったが、これは?
﹁カカカカカ、それがそのゲームのウゼエ特徴だ、ヴェルト﹂
﹁あ? どういうことだよ、ストロベリー﹂
﹁そのゲーム機、実はマイクの機能がついていてな⋮⋮上級者とも
なれば、選択肢なんかに頼らないで、その時々にプレイヤーが好き
な言葉を言えて、ゲーム機がプレイヤーの叫んだ言葉を感知して、
ヒロインに自分の言葉で話かけられるんだよ﹂
﹁なにいっ? ど、どんな言葉でもか?﹂
﹁ああ。それをコンピューターは瞬時に解析して、ヒロインはその
言葉を受けて反応を︱︱︱﹂
ストロベリーの説明が全て終わる前に、気づけば俺はゲーム機に
向かって叫んでいた。
﹁お⋮⋮俺と一緒に帰ろうぜ? つか、どっか寄ってこーぜ!﹂
これはこういうゲームなんだ。こうでもしねえと先に進まねーん
だ。そう、これはあくまでゲームのイベントなんだ。だから仕方ね
え。
んで、反応は? 反応は⋮⋮どうだよ?
﹃おほ、いいですな∼、いいですな∼! 私も寄りたいところあっ
たんだよ∼、うん! 一緒に帰ろっか!﹄
﹁ッ!﹂
881
よしっしゃあ、キタァ! これでうまくいけば一気に勝てる!
﹁⋮⋮⋮⋮遊び⋮⋮なんだよね? なんで、ヴェルトくん、そんな
真剣な顔でニヤけてるの?﹂
﹁なんだか、釈然としないわね。この男の、照れた初々しさを、こ
んな形で見るなんて﹂
﹁な、と、殿? 殿が平べったい娘に興味を示しているでござるッ
!﹂
﹁ねえ、ちょっとまずい状況なんじゃない?﹂
﹁にゃっはまずいかも﹂
なるほどな。こうやって女と仲良くなっていくわけか。しかも、
マイクで声をかけて、その言葉に対して機械が反応して答えるなん
て、よくできてるじゃねえか。
﹃ねえねえ、ヴェルトくんはさ∼、学校は楽しいかい?﹄
おっ、一緒に帰りながらヒロインと会話していくわけか。この会
話でも、好感度とやらに影響を与えるんだな。
なら、やることは決まっている。
﹁ああ、楽しいぜ! お前がいるからなッ!﹂
﹃⋮⋮⋮⋮はい?﹄
﹁はい?﹂
﹁は、はいっ?﹂
﹁にゃにゃっ?﹂
﹁はっ?﹂
﹁にゃっは!﹂
882
何故か、ゲームのキャラクターだけじゃなく、ペットたちまで驚
いているが、何を驚いてるんだよ。これがゲームだって分かってる
はずだろ?
﹃え∼っと、ヴェルトくん、それはどういう意味かな?﹄
この反応は戸惑い? いや、悪くない反応か? 案外、こういう
年がら年中ふざけた態度をしている女ってのは、意外と真剣にコク
ったりすると、案外弱いのかもしれねえ。
まだ、ゲーム始めて僅かな段階だが、いけるのかもしれねえ。
そうだ、出会った時間なんて関係ねえ。そもそも、俺とエルジェ
ラなんて、出会ったその日に子供を作ったんだからよ。
ならっ!
﹁俺の嫁になれよ﹂
これでいけるはずだ! ⋮⋮⋮ん?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮って、違うでしょ、ヴェルトくん! まずは
お友達とかからじゃないの?﹂
﹁⋮⋮⋮私に向けた言葉を⋮⋮⋮、私以外の女に向けるんじゃない
わよ﹂
﹁にゃ、にゃにいいっ! と、殿が、殿がついに平べったい娘にま
で手を出されるとはっ!﹂
﹁⋮⋮⋮っていうか、このタイミングで告白するどころか、プロポ
ーズって、何考えてんの?﹂
﹁な、なんか、お兄さんの恋愛観が、にゃっは分からない﹂
883
はっ? 何でダメなんだよ! 俺の嫁たちはこれで⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮ッ! そ、そうかっ!
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮ごめん、ヴェルトくん。わたし∼、自分でも冗談は
言う方だけど、そういう冗談だけはキライなんだ。⋮⋮⋮なんか見
損なっちゃったよ﹄
﹁し、しまっ! ち、違うんだ!﹂
﹃もう、帰る!﹄
ま、間違えた! そうだよ、普通なら、﹁付き合ってくれ﹂だよ。
﹁しまった⋮⋮⋮つい、いつもの癖でプロポーズしちまった!﹂
﹁﹁﹁﹁つい? いつもの癖でプロポーズって、こいつどんだけっ
!﹂﹂﹂﹂
そうか、そんなの当たり前だよ。確かに普通なら、出会って間も
ない女にプロポーズはありえねーんだよ。
でも、フォルナ、ウラ、エルジェラあたりは、ほとんど出会った
その日から俺のこと大好きになったし、その所為で⋮⋮
つうか、俺、よくよく考えたら、彼女居たことが⋮⋮⋮女と付き
合ったこととか、じっくり時間をかけて育むとか、そういうの一度
も経験がねえ⋮⋮
だが、これが普通の恋愛なんだ。それを、気づかされるとは⋮⋮
884
﹁恐るべしだぜ⋮⋮⋮バクメモか⋮⋮なんつう恐ろしいゲームだ⋮
⋮﹂
これじゃあ、ただでさえコミュニケーション能力が欠けているニ
ートには難しすぎるゲームだろうな⋮⋮
﹃あの∼、⋮⋮シオンくん、一緒に帰って⋮⋮くれちゃったりしま
すかな∼?﹄
﹁⋮⋮⋮はっ?﹂
その時、ニートの持っているゲーム機から、俺が今まさに振られ
た女が、ものすごくトロンとした甘えた声を出していたのが聞こえ
た。
っていうか、シオン?
﹁ああ。俺も、一緒に帰りたいと思ってたところだよ。どこか寄り
道していこうよ﹂
﹃やっほ∼い、そうこなくっちゃー! ぐーですよ、ばっちぐー!﹄
そして、あのニートが、女に向かってサラッと言いやがった! なんで? いや、つうか、シオンってなんだよ。
﹁に、ニート? お、おまえ、ど、どうなって﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮そうだな。この店、仲良いカップルが多いな⋮⋮⋮
885
⋮俺たちも、ふくめてかな?﹂
﹁いや、ニートッ! つーか、何で名前が⋮⋮﹂
﹁ギャルゲーやるなら、土海紫苑の名前じゃないと、気合入らない
んで﹂
あれ? こいつ、ニートじゃないのか? ニートだよな? なん
か、すげえ真剣な顔つきでさっきからゲーム機に話しかけてる。
しかも、途中から女の声も聞こえて来ないし。
﹁好きな歌は演歌。コブシに自信がある﹂
﹃まあ! わた︱︱﹄
﹁少し、寄り道していこうか。ここの団子屋、俺のお気に入りなん
だ。ふたりだけの秘密な﹂
﹃ええ、ふたりだけのやくそ︱︱︱﹄
﹁家まで送っていくよ。⋮⋮あのさ、手⋮⋮つないでいいかな?﹂
﹃えっ?﹄
ちょ、ちょっと待て! ニートはさっきまで、俺が振られた女と
放課後一緒に帰ってたくせに、次の日は別の女とデートしてやがる。
なんか袴着た女が、すごい頬を染めてるんだが、どうなってんだ?
すると、その様子に気づいたストロベリーが、指を鳴らした瞬間、
俺のゲーム機の画面が写っていた巨大スクリーンが、突如ニートの
ゲーム機の画面に切り替わった。
そして、その画面を見た瞬間、あのウゼエぐらいにニタニタ笑っ
ていたストロベリーが、ガチで驚いた顔して声を上げた。
﹁な、なにい! いや、マジ凄い! 学校生活二年目のこの段階で、
全員の好感度がウザイぐらいにMAX!﹂
886
⋮⋮はっ?
﹁しかも、難関の女教師! エンカウントが難しい他校の生徒! 更に隠しレアキャラ、サイボーグメイドロボットまで!﹂
お、おいおい、そんなのまで居るのか? って、二年目!
﹁ちょっと待てよ、ニート! 何で二年目なんだよ! 俺、まだ一
年目の夏休みも終わってねーのに!﹂
同じぐらいに始めたはずのニートが、何でもうそんなに早く?
すると、ニートはとんでもねえことを言いやがった。
﹁ヴェルト、お前、いちいちセリフを読んでるから遅いんで﹂
﹁はっ?﹂
﹁俺、会話は全部スキップしてるんで﹂
﹁す、すきっぷ?﹂
﹁つまり、会話を早送りしてるんで。時間のかかるゲームには、そ
ういう機能ついてるんで﹂
ど、どういうことだ? 意味が分からずニートの画面を覗いて見
た。
すると、会話の吹き出しが、超高速で次々と送られて、そのキャ
ラが何を話してるのか全然分からねえ。
﹁ちょ、お、おい、待てよ! 何を話してるか分からねえのに、何
で好感度が全員高いんだよ!﹂
﹁ふっ、俺からすれば、会話を見なくてもグラフィックと女の子の
887
容姿を見るだけで十分なんで﹂
﹁何でだよ!﹂
ただ、事実、ニートはそうだった。
﹁おっ、ここは⋮⋮⋮⋮俺は、カントリーミュージックが好きだ﹂
﹃まあ、嬉しいデース! ワターシも祖父の影響で好きデース﹄
ちょっと待て! 海外からの留学生が、発情したユズリハみたい
な顔で嬉しそうな顔してるぞ!
前後の会話が分からねえのに、何で!
﹁いや、カラオケでこの選択肢なら、どうせ﹃何の歌を歌う?﹄の
質問なんで。んで、次の日のデートはこいつか⋮⋮﹂
しかもおかしい! こいつ、一度女とデートした場所で、今度は
違う女を連れて来てデートしてやがる!
﹁カラオケが一番、経費削減で手っ取り早くて、好感度も上がりや
すいんで⋮⋮んで、ここは﹃アニソン﹄で﹂
﹃マジですかい、シオン君! こいつは∼、デュエリますか? デ
ュエリスト! てへへへへへ﹄
今度は違う選択を! 何でだ! 何でそんなこと分かるんだ!
さらに、次々とイベントが起こってる。全部早送りにされて、何
の会話をしているのか分からないけど、女たちが物凄い嬉しそうに
してるのが分かる。
﹁うおおお! ウゼエ凄い! 超レアイベント。マドンナ先輩のお
んぶイベント! これは、先輩が卒業する前に好感度MAXになら
888
ないと発動しない、超レアイベントとして話題! ウゼエすごいな
ニート!﹂
﹁ふ⋮⋮学園のマドンナはおんぶしたら陥落⋮⋮そういうとこは現
実と同じなんで﹂
ニ、ニートが輝いている! 後光が! まるでピアニストのよう
に指先を軽やかに動かして次々と女たちを落としまくっているニー
ト。
イキイキとしている。
889
第49話﹁ニート無双﹂︵後書き︶
﹁君長﹂書籍化ですが、こっちはこっちで変わらず突き進みますの
で、今後とも宜しくお願いします!
890
第50話﹁クラスの中の残り物﹂
﹁す、すげえ! この男は、神か?﹂
いや、お前らのほうが、神族だろ? と言いたい所だが、気持ち
は分かる。
たとえ、そのゲームに精通していなくても、分かる。今のニート
が、凄いことをやっているというのは。
気づけば、ギャラリーたちもヒートアップ。腐女子たちはドン引
き。そんな両極端な空間が作り出されている。
だが、そんな中で⋮⋮
﹁ふ、ふふふ⋮⋮⋮うふふふふふ⋮⋮﹂
この空間の中、一人の女が笑みを浮かべながら⋮⋮
﹁シオン⋮⋮ドカイ⋮⋮シオン⋮⋮そうか⋮⋮そうなんだ⋮⋮ッ!
ふふ、うふふふふっ!﹂
思わず、背筋がゾクッとなった。誰もがスクリーンとニートに注
目している中で、一人の女が笑いながら泣いていた。
そのことに気づいたのは、俺ぐらいかもしれない。
驚きながら、涙を流しながら、しかしその声は、歓喜に打ち震え
ているように見える。
891
どういうことだ? 何でこの女が⋮⋮
﹁ね、ねえ、これって、凄いことをやっているみたいだけど、最後
はどうなるの? まさか、ヴェルトくんみたいに全員と結婚とかで
きるのかな?﹂
﹁なんと! では、ニート殿はこの僅かな時間に、十人以上の娘と
!﹂
﹁無理よ。一応はかつて公式に売られたゲーム。そんな非現実的な
エンディングはありえないわ﹂
﹁まあ、そこの男は現実にそういうエンディングだけどね﹂
﹁やっぱり、にゃっはありえないよね﹂
その女が泣いていることに気づいていない、ペットやブラックた
ち。
俺へのディスりは置いておいて、どうせ一人しか攻略できないの
に、全員の好感度を上げてどうするんだ? と言った様子で、ニー
トのゲームに目が離せない様子だ。
そう思ったとき、ニートが前髪の奥の瞳を大きく見開いたのが分
かった。
﹁来た! ﹃ショコラデイ﹄だ﹂
ショコラデイ? なんか、いきなりニートが叫んだ。
892
﹁女が一年に一度、男にショコラを送る日。友人や親族には義理シ
ョコラ。本命の男には、想いの込めた手作りショコラを送るそうな
んで﹂
﹁いや、何でお前が知ってるんだ?﹂
﹁決まっている。今は二年目⋮⋮つまり、二回目なんで﹂
なに、そんなのがあるのか? そこまでたどり着いてねえから知
らなかったが、ようするに前世でいうバレンタインみたいなのか?
つうか、二回目?
﹁そ、そんなのが、この世界にあるんですか?﹂
﹁ええ、そうよ。大昔から伝統としてある、恋する乙女たちの祭典。
一年に一度、どんな女でも、男に想いを伝えることが許される日。
ちなみに、BLS団体は意中のキャラクターに送ったりしていたわ
ね﹂
架空の人間にどうやって送るんだよ? と思いつつも、ペットが
どこか﹁ほ∼﹂と憧れたような顔してるが⋮⋮
だが、そんなことはお構い無しにニートはやってのけた。まるで、
このゲームはこの瞬間のためだけにと言いたげに⋮⋮
﹁恋愛シミュレーションゲームで、一人のキャラクターを落として
遊ぶのは下の下なんで! 本当の遊び方は同時攻略なんで!﹂
﹁カカカカカカ、こりゃ驚いた。難易度もウザイぐらいに関係ねえ。
893
本来なら単純に、ヒロインたちの好感度がどの程度かを把握するだ
けのイベントなのに、全員から本命ショコラを貰うということをや
ってのけるとは、ウザイスゲーじゃん。しかもこんな短時間で!﹂
このときばかりは、俺もクレオたちも全員同じことを思っただろ
う。
このゲーム、こういう遊び方じゃねえだろと。
﹁さて、三年になったか⋮⋮ん? ここからは、どうなるんで?
ん? 選択肢? ⋮⋮﹃誰と一緒にこの一年過ごすか﹄? ⋮⋮
ふ∼ん﹂
ニート、お前のゲームのやり方はどうなっているんだ?
﹁なるほど、三年になったら出会った一人の中から自分が告白して、
好感度高ければカップル成立。不成立ならゲームオーバー。カップ
ル成立なら三年目のイベントはそのメインヒロインと一年かけて、
色々なイベントやトラブルを乗り越えて、最終的に卒業までカップ
ルで居ればいいわけか⋮⋮﹂
自分が告白するキャラを選ぶ? しかし、全キャラクターを既に
発情させているニートは、選び放題だ。
つうか、こいつまともな会話を一度も見ないで、十人以上の女を
落とすとは、なんつう恐ろしい奴だ。
俺はもう既に自分でゲームをやることを忘れ、他のやつらもニー
トがどうするかを見物していた。
すると⋮⋮
﹁んじゃ、このサイボーグで﹂
894
﹁﹁﹁なんで!﹂﹂﹂
そして、ニートは普通のキャラクターを選ばずに、雨の日に道端
で倒れていて、介抱したら、それは学校の科学教師が開発した最新
鋭の美少女ロボットメイドで、なんかのバグで主人公を﹁御主人様﹂
と認識してしまい、なんやかんやで主人公が引き取ってしまったと
いう、ストロベリー曰く隠しキャラのサイボーグだ。
﹁さ、さいぼ∼ぐって、ようするに、作られた人形みたいなものな
んですよね? この画面に映っているのは、喋ったりしてますし、
可愛い格好してますけど、話し方は無機質ですし⋮⋮﹂
サイボーグという単語を知らないペットとムサシはさておき、俺
も驚いた。
﹁いや、ニート、お前、どうせならこの⋮⋮ぶりっこ、選べよ。彼
女的に﹂
﹁ちょ、ニート! あんた、まさか⋮⋮に、人間じゃない女の方が
いい、とかじゃないわよね?﹂
そう、あんな彼女が居るんだからこういう時は⋮⋮と思ったけど、
ニートに迷いはなかった。
ブラックも驚いたように声を上げるが、ニートは表情を変えない。
﹁こいつだけ、まだ本格的にデレてないから⋮⋮本当はデレている
が、まだ﹁好き﹂という気持ちを本当に理解していないレベル。こ
の手のキャラクターは、それをマシーンが理解できるようになって
こそのエンドのはず﹂
895
ストロベリーを見る。ストロベリーは、﹁ひゅう﹂と口笛吹いて、
ニートに感心したように頷いた。
マジかニート⋮⋮お、お前、そんなに凄かったのか⋮⋮なのに、
何でお前は彼女一人作るのに、あんなメンドクサイ回りくどいやり
方で⋮⋮ すると、その時だった。
﹁⋮⋮⋮⋮そして多分⋮⋮⋮これ、告った瞬間、ロボ女に負けたと
いう現実に絶望した他の好感度マックスのヒロイン達が狂気と化し
て、包丁持って主人公を刺すバッドエンド⋮⋮⋮になると思うんで﹂
急に、ゲーム機を持っていたニートの手がピタリと止まった。
そして、どこか、懐かしいものを見るかのような表情で、意味の
わからんことを話し始めた。
どういうことだ? 誰もがそう思った、その時だった。
﹃どういうこと、シオンくんっ! そんな女と!﹄
﹃私のこと、気にしてくれていたんじゃないの?﹄
﹃おい、テメェ、ふざけんなよ! 何で、そんな奴と! 人間で
もねーんだぞ?﹄
﹃ジーザス! 許せまセーン!﹄ ﹃ダメ⋮⋮⋮誰にも渡さない⋮⋮君は私のものだよ⋮⋮渡さない
渡さない渡さない⋮⋮﹄
ちょっ、ど、どうなってんだ! ついさっきまでは、全員発情し
た顔してたのに、今はキレたアルーシャみたいになってんじゃねえ
かよ!
896
っていうか、こんなとんでもない展開なのに、なんでニートは驚
かねーんだ?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮昔⋮⋮⋮恋愛シミュレーションゲームに飽きた俺に⋮
⋮⋮トラウマになるようなゲームって言って、こんな自作ゲームを
貸してくれた女が居たんで⋮⋮⋮前半は普通の恋愛ゲームなのに、
ヒロインの好感度を上げた状態で他の女に手を出すと、トラウマな
バッドエンドになる⋮⋮⋮あいつが作ったゲームは、こんな感じだ
った﹂
ニートの手が止まった。そして、画面の中の女たちが鬼の形相に
変わり、主人公をズタズタに引き裂いていく光景が映し出された瞬
間、俺も含めてこの場にいた連中は言葉を失い、同時にニートはゲ
ーム機の電源を切った。
そして、ショックを受けた状態の俺たちをよそに、軽くため息つ
いたニートが声を上げる。
むかい
﹁⋮⋮⋮これで満足か? ⋮⋮⋮迎?﹂
ムカイ? ニートがそう呟いた、その時だった。
﹃ケケケケ、十分だっつーの﹄
﹁ッ!﹂
897
﹃名前だけじゃないっつーか、この、ギャルゲーを最短最速完全攻
略を目指そうとする本能⋮⋮間違いない⋮⋮土海紫苑以外、ありえ
ねーっつうの⋮⋮﹄
ニートのゲーム機の画面、そして巨大スクリーンの画面が揺らい
だ。
そして、何者かが映し出された。テロ集団と同じ、赤いヘルメッ
トをかぶった謎の人物。
﹁ッ、赤ヘル!﹂
﹁まさか、こいつ⋮⋮﹂
更に⋮⋮
﹁うん⋮⋮⋮そういうことだったんだ⋮⋮ずっと、会いたかったよ
?﹂
画面に映し出された赤ヘルだけじゃねえ。急に、この場に居たア
プリコットとかいう姫が、目元を潤ませて、ニートに微笑んでいた。
﹁ずっと会いたかったんだからね、紫苑!﹂
ムカイってどういうことだよ、ニート。
そして、このアプリコットは、どうして泣いている?
898
﹁ちょっと待って欲しいんで。⋮⋮⋮迎⋮⋮マジでこれどういうこ
とだか教えて欲しいんで﹂
その言葉を受けて、画面に映った赤ヘルが⋮⋮って、うおおっ!
﹁なっ、なにいっ!﹂
﹁こ、これはっ!﹂
﹁画面の中から⋮⋮﹂
﹁平べったい世界から、人が出てきたでござるっ!﹂
ちょっと、待て。こ、これは、どうなってるんだ? 突如、画面
の映像をジャックしたかのように映し出された、謎の赤いヘルメッ
トを被った人物が、画面を歪ませ、そしてゆっくりと、﹁画面の中﹂
から外に出てきやがった!
﹁カカカカカカ。そういう登場しちゃうわけか、ウゼ∼な∼、リー
ダー﹂
り、リーダー? ちょっと、待てよ! それじゃあ、この女が?
﹁⋮⋮⋮もう、なんか、色々ありすぎて、驚くのも疲れたんで⋮⋮
⋮﹂
すると、ニートだけは、驚くというよりもむしろ呆れたように苦
笑しながら、現れた謎の赤ヘルにそう言った。
赤ヘルは、画面から飛び出して、ゆっくりと歩き出し、そして、
何故かアプリコットの隣に並んだ。
﹁ちょっ、あんた! アプリコットから離れなさいよ!﹂
﹁にゃっは、危ないッ!﹂
899
突如現れた謎の人物の接近に、ブラックたちは慌てたように声を
上げる。
だが、アプリコットはそんなことを気にしたりせず、ただ、ニー
トを見つめながら、歓喜に打ち震えた表情をしていた。
そして、ついに⋮⋮
﹁⋮⋮スカーレッドちゃん⋮⋮ううん、アユミちゃん⋮⋮気づいて
いたなら、教えてくれても良かったのに、どうして私に⋮⋮ううん、
﹁僕﹂に教えてくれなかったの? クラーセントレフンのニート君
が⋮⋮紫苑だったなんて⋮⋮﹂
ッ!
﹁確証があったわけじゃねえっつーの。最初にオヤッと思ったのは、
監視カメラの映像だっつーの。ライラック王子の店で、こいつらが
大暴れした時の映像⋮⋮クラーセントレフンの連中のお手並拝見っ
つーの? ハッキングして見ていたんだが、こいつらの会話が、マ
ジでビンゴだったっつーの。⋮⋮﹃布野﹄のことも知ってるみたい
だったっつーか。嬉しいっつーの。なあ? チハル﹂
ライラックの? あの、変態王子の店での騒動を見て? 会話?
シオン? アユミ? チハル?
⋮⋮こいつら⋮⋮まさかっ!
900
﹁ッ! チハルッ? 千春だと? ま、まさか⋮⋮⋮お前⋮⋮なな、
七河⋮⋮なのか?﹂
七河? おい、ニート、どうなってんだよ!
もう、ペットも、ムサシも、ギャラリーも、そしてこの会話だけ
はクレオすら意味不明だと首をかしげている。
でも、俺だけは﹁まさか﹂という思いがわき上がってきた。
﹁ニート、まさか、こいつら⋮⋮⋮﹂
﹁は、はは⋮⋮⋮迎は予想できたけど、これまでは予想できなかっ
た⋮⋮まさか、七河なんて⋮⋮﹂
その時だった。スカーレッドとアプリコット。並んだテロリスト
とお姫様という異質同士が、そろえて名乗った。
﹁そうだっつーの。私こそ、レッドサブカルチャーのリーダー、ス
カーレッドだっつーの。素顔は勘弁しろっつーの。バレると面倒だ
っつーの﹂
赤いヘルメット。身に纏うのは、黒のピチピチのスーツ。体つき
も普通。正直、今、瞬殺しようと思えば軽くできるだろう。
言ってみれば、﹁普通﹂。しかし、それでも、その正体はこの世
界の脅威となるテロ組織のリーダー。
そして、その正体は⋮⋮
901
むかいあゆみ
﹁そう、私は⋮⋮スカーレッド⋮⋮でも、あんたにはこう言ったほ
うがいいっつーの? 私は⋮⋮迎歩だっつーの﹂
その正体は、俺たちの前世の因縁でもあった。⋮⋮俺は全く覚え
てないが⋮⋮
そして、それだけじゃ終わらねえ。
スカーレッドこと、迎歩の隣に並ぶ、アイドル姫の一人でもある
アプリコット。
こっちも、礼儀正しい以外の特徴なんて、まるで無かったはず
なのに、今は違う。
恋する女の顔をしながら、その正体を明かした。
﹁そう、そして私は⋮⋮ブリッシュ王国の王族、アプリコット・ブ
リッシュ。そして⋮⋮BLS団体の筆頭支援者!﹂
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮なっ!﹂﹂﹂﹂
﹁でも、君にはこう言うよ。私は⋮⋮ううん。僕は⋮⋮七河千春だ﹂
BLS団体の筆頭支援者!
﹁ちょ⋮⋮な⋮⋮い、いきなり、何を言ってんのよ、アプリコット
! あ、あんた、そんな冗談言う奴じゃなかったでしょ!﹂
902
﹁アプリちゃん、にゃっはどうしたの!﹂
そら、驚くだろうな。ブラックも、アッシュも、信じられないと
いった表情で叫ぶ。
それは、ギャラリーも同じ。アイドル姫として世界的な知名度
を持っているであろう、アプリコット。
その正体が、腐女子団体の支援者?
﹁事実だよ、ブラックちゃん、アッシュちゃん。ゴメンね⋮⋮⋮メ
ロン元代表や、ライラック王子には、私のことを秘密にしてもらっ
ていたからね﹂
﹁そ、そんな! ⋮⋮ちょ、本当なんですか、メロン⋮⋮じゃなく
って、クレオ姫!﹂
どうやら、本当のようだな。クレオが腕組んだまま、真剣な顔で
頷いている。
だからこそ、ブラックやアッシュ、そして今、この光景を目の当
たりにしているギャラリーも、ネットの閲覧者も、ショックで言葉
を失っているだろう。
だが、正直な話、俺にとっては、このアプリコットという女が、
腐女子団体と関わっていようがいまいが、どうでも良かった。
なぜなら、今、こいつは、それ以上に衝撃的なことを言ったから
だ。
﹁ナナカワチハル! ムカイアユミ! ⋮⋮⋮⋮ダメだ⋮⋮思い出
せねえけど⋮⋮⋮こいつは、驚いたな﹂
903
ニートを見る。
すると、さっきまで、恋愛ゲームで無双状態だったニートも、も
う笑うしかないといった表情をしていた。
﹁まさか二人同時とは、随分と豪華じゃねえか。なあ、ニート。つ
か、まさかアイドル姫の中にも居たとはな⋮⋮﹂
﹁ほんと、そうなんで。しかも相手は、あのクラスカーストでも異
質の存在なんで、ある意味では豪華﹂
二千年以上昔にこの世界の人間に捕らえられたといわれている。
﹃サブカルチャーの父・レッド﹄、﹃腐女子たちの教祖・クリア﹄
の二人。
この二人は、クラスメートだと、俺もニートも確信していた。
でも、この可能性までは、正直考えるまでに至ってなかった。
﹁久しぶりだっつーの。シオン。そしてあんたは⋮⋮⋮朝倉だろ?﹂
﹁シオン⋮⋮⋮ああっ! シオンなんだね! シオン⋮⋮⋮僕は⋮
⋮⋮生まれ変わって、今日ほど嬉しいと思ったことはないよ﹂
向こうは俺のことを覚えている? だが、それよりもこの反応⋮
⋮こいつら⋮⋮ニートと前世で⋮⋮
904
﹁ニート、俺に比べたら、随分と感動されてるじゃねえか。お前、
クラスに友達居たのか?﹂
﹁いや、友達じゃないんで。ただ⋮⋮⋮寄せ集められたクラスの異
端たちの集まりだったんで⋮⋮⋮﹂
ニートの前世の友達か? それに対して、ニートは否定している
が、その表情は⋮⋮
﹁修学旅行は別だったけど、それ以前のイベントごと⋮⋮六人ぐら
いで好きな人同士で班を作って∼、とか、クラスのボッチたちには
無理ゲーな要望⋮⋮誰にも班に入れてもらえず、必然的に残り物同
士がくっついた班。俺、橋口、七河、迎、布野、佐々木原⋮⋮まあ
⋮⋮残り物の縁っていう感じなんで﹂
聞いてて非常に悲しい言葉ではあるんだが、本人は、それほど悪
い思い出でもないのか、何だか満更でもねえといった感じに見える。
それは、俺も初めて見るし、彼女のフィアリだって見たこと無い
かもしれない、ニートの表情だった。
905
第51話﹁思わせぶり﹂
﹁で、軽く紹介してくれよ、ニート﹂
前世のクラスメートだと分かった。ニートとは、縁がある奴らだ
というのも分かった。
しかし、どういう奴らだったのかは、俺も全く分からない。
迎歩。七河千春。この二人は何者なのかと、俺は問いかけた。
そして、ニートは、苦笑しながら答えた。
﹁ゲーセン、オンラインゲーム、携帯ゲーム、あらゆるゲームを極
め、あらゆるゲーム大会で賞を取りまくった、ゲーム界では有名人。
やがて、自分を満足させるゲームが無いことから、ついには自分で
ゲームを作り上げ、ゲームマーケット市場では伝説となった、孤高
のゲーマー。鬼才・迎﹂
⋮⋮⋮ようするに、ただのゲーマーでいいのに、何故そんな大物
みたいな紹介なんだよ。
﹁その容姿ゆえに、女から疎まれ、あらゆる男を狂わせた。彼氏が
こいつに惚れたということで破局になったカップルは数知れず。半
端な女で童貞捨てるぐらいなら、むしろこいつを抱きたいという男
も珍しくなかった。魔性のアイテムであるシュシュを自在に使いこ
なす、存在自体が既に奇跡。シュシュ使い・七河﹂
906
⋮⋮⋮?
﹁ようするに、モテモテの女ってことか? 意外だな。モテるのは、
アルーシャやフィアリ⋮⋮綾瀬や鳴神だと思ってたのに、そんな奴
がクラスメートに居たのか?﹂
﹁ああ。ちなみに、お前が言ってるのは、﹁男にモテる女﹂の話で
あって、俺が言ってるのは﹁男にモテる男の娘﹂の話なんで﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はっ?﹂
⋮⋮今の説明で、おかしいと思ったのは俺だけか? 正直、今の
この状況がまるで理解できずに戸惑っているペットやブラックたち
の反応は参考にならねえ。
男にモテる⋮⋮おと⋮⋮
﹁ちょっと待て! それじゃあ、こいつ、前世は男だったのか?﹂
っていうことになるな。
だが、その時、アプリコットはニートに向けていた微笑から一変
して、妖しい笑みを俺に向けた。
﹁あはははは、全く、早とちりだな∼、朝倉君は。やっぱ、お嫁さ
んが七人も居るぐらい手当たり次第な人は⋮⋮⋮人のことを詳しく
907
見ていないのかな? 昨日のホテルでの騒動でも思ったけど、よく
そんな洞察力で、メロン代表⋮⋮ううん、クレオちゃんを手篭めに
したね﹂
な⋮⋮えっ⋮⋮どういうことだ?
﹁⋮⋮⋮おい、七河、お、お前、まさか⋮⋮﹂
﹁さあ? ﹃どっち﹄かな? 紫苑になら⋮⋮⋮僕が﹃どっち﹄な
のか、教えてあげても⋮⋮いいかな?﹂
⋮⋮⋮このとき、俺は思った。
会話がおかしい。でも、その内容を詳しく知っちゃいけない気が
する。掘り下げるのは、色々まずいと、本能が訴えている。
﹁朝倉⋮⋮⋮リューマ⋮⋮⋮﹂
その時、戸惑う俺に、スカーレッドが話しかけてきた。
﹁正直、あんたと一度も話したことはないけど、昨日のライラック
王子とのやり取りで、あんたの正体はすぐに分かったっつーの。ク
ラスメートで、あんなキャラ、そしてメロンに対する態度。朝倉だ
ろうなって、思ったっつーの。っつーか、紫苑と行動を一緒にして
るとは思わなかっつーの﹂
﹁テメエ⋮⋮⋮⋮﹂
908
﹁つーか、紫苑。あんた、朝倉のこと嫌いだったんじゃなかったっ
つーか、綾瀬が寝取られたっつーの? そこらへん、どうしたんだ
っつーの?﹂
いや、寝取ったわけじゃ⋮⋮
﹁いや、寝取られるどころじゃないんで。取られる以前に、一度も
手元に来たことなんてないんで。それどころか、再会したら既にこ
の二人、結婚してたんで﹂
結婚したんじゃねえよ! させられたんだよ! と言っても、こ
ういう話になると⋮⋮
﹁ちょ、ヴェルトくん、どういうこと! 私、そんな人、知らない
よ? 誰なの、アヤセって人は!﹂
﹁殿ォっ! お、お、お、奥方様が増えるのは拙者も構いませぬが、
せめて拙者には報告して欲しいでござるッ!﹂
﹁アヤセ? へえ、それもあなたの嫁ってわけね。どんな女?﹂
ほらな、こうなるよ。そりゃー、ペットたちがそういう反応をす
るのも無理はねえけどさ。
﹁あ∼もう、勘違いするなって。アルーシャのことだよ、アルーシ
ャ!﹂
﹁えっ⋮⋮あ、そ、そうなの?﹂
﹁あ、そ、そうでござったか﹂
﹁アルーシャ⋮⋮そう、アークライン帝国の﹂
909
そう、こいつらはそれで納得するだろう。
だが、今度は、スカーレッドとアプリコットが驚く番だった。
﹁ちょ、そ、それってどういう⋮⋮⋮﹂
﹁迎。それと七河。実は俺たち⋮⋮朝倉や綾瀬含めて、クラーセン
トレフンで、何人かのクラスメートと再会したんで﹂
﹁ッ!﹂
﹁それで、ヴェルト⋮⋮朝倉は、人類大陸最大国家のお姫様に生ま
れ変わった綾瀬と、ダークエルフのお姫様に生まれ変わった備山と
結婚してるんで﹂
そう、あの時、死んだ俺たちのクラスは、今ここに居る俺たちだ
けじゃなく、他の奴らも別の人生を歩んでいる。
﹁綾瀬⋮⋮あのリア充不公平代表のくせに迷走していた女と、ギャ
ルのクセに実は純情処女の備山?﹂
﹁⋮⋮綾瀬さんと備山さんが⋮⋮⋮っていうか、朝倉君はクラスメ
ートを二人ともお嫁さんに?﹂
他のクラスメートも生きている。その可能性はこいつらも知って
いたようだ。
910
でも、その状況までは、知らなかったようだ。
これで、魔王になってるあいつとか、最強の亜人に数えられてい
こみなと
るあいつとか、全部話したら日が暮れちまうし、こいつらも驚きす
ぎて辛くなるだろうな。
だが、それを今、全部話すことまでは出来なかった。
なぜなら⋮⋮
ねおん
﹁そうか。まあ⋮⋮そうなんだ⋮⋮驚いた。﹃音遠﹄と﹃小湊﹄も
驚くだろうな⋮⋮﹂
⋮⋮⋮ちょっと待て。誰だよその二人は。まさか、まだ誰か居る
のか? そう思ったとき、スカーレッドとアプリコットの空気が変
わった。
﹁もう既に、察してるだろ、紫苑。この世界には、何千年も前にレ
ッドとクリアという名前の⋮⋮橋口と布野が居て、捕らえられてい
るっつーのをね﹂
﹁二人を必ず救い出すこと。それが僕たちの望み。たとえ⋮⋮今の
この世界が壊れたとしてもね﹂
だが、どんな空気に変わろうと、世界がどんなに複雑になろうと
も、結局その世界を混乱させている代表の二人の口から出た言葉は、
いたって単純なもの。
そう、﹁クラスメートを救い出す﹂ということだ。
しかし、それなら、今のこの状況は?
911
﹁クラスメートを救う。そのために戦う。まあ、そこは分かった。
でも、そいつら救うことと、文化のテロが何の関係してるんだ?﹂
俺が普通に思ったことを問いかけたとき、ヘルメットの下から、
明らかにガッカリしたため息が、スカーレッドから聞こえてきた。
﹁ふっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮だから⋮⋮⋮⋮あんたは、私たちとは違うカー
ストの人間なんだっつーの﹂
﹁はっ? どういうことだよ﹂
﹁聞かせてもらったっつーの。あんたの演説。ライラックにあんた
言ってたね⋮⋮⋮文化⋮⋮⋮無きゃ無いで、なんともなかったつー
の? それはね⋮⋮私らからすれば、侮辱以外のなにものでもない
っつーの!﹂
急にキレだした? なんだ? 今の言葉は、確かに俺がライラッ
クに言った言葉だ。
あの日の俺たちのやりとりを監視カメラで見ていたというのなら、
知っていてもおかしくないが、どうしてそれでこいつがキレる?
﹁無いからこそ問題なんだっつーの! あんたみたいなリア充の意
見は迷惑なんだっつーの! 友達が居れば? 家族が居れば? 出
会いがあれば? 冗談じゃないっつーの! 友達一人作るのすらど
うやればいいかも分からないコミュ症の気持ちが、あんたに分かる
のかっつーの!﹂
912
﹁⋮⋮⋮⋮はあっ?﹂
﹁そういう奴らの心の拠り所。たとえリアルな人との繋がりがなく
ても日々を過ごすことができる⋮⋮⋮⋮だからこそ、前世では引き
こもり自宅警備員が大勢居たんだっつーの。そんな私たちから文化
を規制して奪うだなんて⋮⋮生きたまま死ねって言ってるもんなん
だっつーの!﹂
﹁おいおい、別に文化なんてもんは、そもそも引きこもりのオタク
共のために作られているもんじゃねーんじゃねえか?﹂
﹁かもな。でもな、この世には、ソレが無くても生きていける人間
は居るかもしれないが、逆にソレが無いと生きていけない人間だっ
ているってことだっつーの﹂
⋮⋮⋮怒られている内容に、全く共感できないのは、こいつが言
うように、俺がこいつらとは全く違う人間だからだろうか?
まあ、俺は無くても大丈夫だったけど、この世には大丈夫じゃね
えやつも居るってのも、なんとなくだが分かった。
﹁それじゃあ、ニートはどうなんだよ。こいつだって、前世は根暗
な野郎だったかもしれねーが、今じゃ妖精の彼女持ちで、王国で大
人気のジュース屋だぞ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ほ∼う⋮⋮⋮じゃあ、聞くが、朝倉。紫苑は⋮⋮あんた
の言うニートは、あんたたちにこれまで、さっきのギャルゲーやっ
ていた時のようなイキイキとした顔を見せていたか、教えろっつー
913
の﹂
その言葉に、俺は思わずハッとした。
そのことは、まさに俺も思っていた。あの恋愛シミュレーション
ゲームをやっている時のニートは、気分も乗って、笑みを浮かべ、
弾けていた。
付き合いは半年足らずとはいえ、それなりにほぼ毎日顔を合わせ
ていたのに、あんな顔は一度も見たことなかった。
﹁あんたが、喧嘩したり女とエロいことするのと同じっつーの? 何に興奮して、何に熱くなって、何に夢中になるかは人それぞれだ
っつーの。あんたなら分かると思ったつーか⋮⋮綾瀬とかみたいな
カースト最高位グループのマドンナに惚れられてるのに、せいぜい
中堅グループどまりの美奈に惚れてたあんたなら、理解出来ると思
うっつーの﹂
言ってることは、もはや呆れるぐらいなものなのに⋮⋮なんか⋮
⋮一瞬、分からんでもないと思っちまった。
俺が、こいつらに自分の趣味を人に押し付けるなとキレるなら、
こいつらは俺が文化が無くても問題なかったからって他人も同じだ
と思うなってところか。
﹁⋮⋮あの∼、ヴェルトくん、さっきから何の口論してるの? そ
れに、⋮⋮知り合いなの?﹂
知り合い⋮⋮ではない⋮⋮けど、どう言えばいいのか、ペットの
言葉に対してうまく答えられなかった。
すると、黙っていたニートがようやく口を開いた。
914
﹁それで、迎、そして七河。俺を確認して、何しろって言うんで?﹂
そうだ。こいつらの目的は、ストロベリーの話によれば、ニート
に﹁確認﹂することがある。っていうものだった。
そして今、ニートの正体を、﹁土海紫苑﹂だと確認した。
それで、こいつらは何を望む?
﹁取り戻したいだけだっつーの。もう二度と帰れない前世には、当
たり前のようにあったはずの文明を⋮⋮再びこの手に⋮⋮﹂
⋮⋮⋮ようするに、オタク文化が無いのが嫌だから、それを復活
させるために世界を滅ぼすってか? なんつー、迷惑な奴らだ。
﹁文化のためなら、正直な話、社会も人間関係も不要だっつーの。
極端な話、私なんて、食う寝るに困らなければ、あとはゲームさえ
あれば一生生きていける﹂
﹁迎⋮⋮⋮おまえ⋮⋮﹂
﹁でも、人間関係は不要と言いつつも⋮⋮それでもやっぱり、縁な
のか、特別視しちまうのはいるっつーか⋮⋮⋮あんたは、分かるだ
ろう? 紫苑﹂
俺には理解できない言葉だった。でも、どうしてだ? ニートは、
915
どこか寂しそうな、それでいて心が揺らされているような表情に見
えた。
﹁ゲームばっかで学校中からドン引きされた私。男のくせに男の娘
に目覚めたことで学校中から遠目で見られていた七河。天才変人頭
脳ゆえに理解者が居なかった佐々木原。アニメ、ゲーム、漫画、二
次元の世界に生まれたかったと嘆く橋口。常に腐った妄想から抜け
出せない布野。そして⋮⋮⋮⋮全てのことを後ろ向きにしか捉えら
れないネガティブぼっちだった土海紫苑⋮⋮⋮﹂
⋮⋮⋮なんだ、その六連チャンは⋮⋮つうか、そんだけ濃いのが
六人も居れば、逆に印象的すぎて覚えているはずなんだが、正直俺
は全く思い出せねえ。
﹁そう⋮⋮紫苑⋮⋮私らは別に友達だったわけでもないっつーか、
学校以外で会うことも無かったし、休み時間だって特に一緒に遊ん
だり、そんなに会話したわけでもないっつーの? たまに、ゲーム
やアニメの話をするぐらいで、特別な班分けでもない限り、全員が
全員、自分の世界に閉じこもって、他者との関わりを拒絶してたっ
つーの。でも⋮⋮⋮⋮それでも⋮⋮⋮それでも、私たちは、なんか
お互いに何かを感じ取っていたはずだっつーの﹂
そして、ニートは否定しない。
友達じゃない。それなのに、他人とは言い難い、何とも言えない
関係性。
916
﹁⋮⋮⋮それで⋮⋮⋮だから、俺にどうしろっていうのが全然分か
らないんで! そうかもしんないかもしれないけど、もう大昔の話
なんで! そんなのを今、ほじくり返されたり、諭されたりしても、
俺に何をどうして欲しいのか全然分からないんで!﹂
ニートは、どこか迷ったような表情をしながら叫んだ。自分にど
うして欲しいのかと。
だが、その問いかけに対し、スカーレッドは答える代わりに何か
をニートに投げた。
﹁ほら﹂
﹁?﹂
ニートが受け取ったそれは、小さなカバン⋮⋮どこから出したん
だ?
しかし、それを渡しただけで、スカーレッドはニートの問いかけ
には答えない。
﹁お土産だ。帰ってゆっくり中を見て⋮⋮考えて⋮⋮あんたの思っ
た通りにすればいいっつーの。私も千春も強制しないっつーの﹂
中身は、なんだ? ニートは受け取ったカバンの中身を見ること
もなく、ただ、ジッとスカーレッドトを見たまま。
そしてスカーレッドはそれだけで要件が終わったのか、そのまま
俺たちに背を向けた。
さらに、アプリコットは⋮⋮
917
﹁紫苑⋮⋮今日は会えて、本当に嬉しかったよ﹂
﹁⋮⋮七河⋮⋮⋮﹂
﹁懐かしくて、嬉しくて⋮⋮⋮そして⋮⋮思い出したよ⋮⋮僕たち
がまだクラスメートだった頃⋮⋮僕が、男の人に告白されたり⋮⋮
女の人から恨まれたりで、人間関係に積極的になれなかった僕に⋮
⋮紫苑は言ってくれたよね? 不良に誑かされて迷走する女より、
あざといだけのウザイ女より、ガラ悪かったり、ギャルだったり、
百合だったり、変な女の子ばかりのクラスメートの中で、一番女の
子らしいのが僕だって。それをトラウマに思わないで誇っちゃえば
? ⋮⋮って﹂
そんなことを言ったのか? でも、こいつ男なんだろ? ⋮⋮今
はどっちなのか、判断がつかねえけど⋮⋮
﹁紫苑⋮⋮僕は、誇れる自分になろうと思っている。だから、そん
な僕を⋮⋮これからも紫苑に見てもらいたいと思っている。だから、
待っているよ? 君の彼女がどこのどいつか知らないけど、その子
⋮⋮君の本当の笑顔を引きずり出せないような女なんでしょ?﹂
アプリコットも、そう言ってもう一度微笑んで、背を向けた。
その二人に従うように、ニタニタ笑ったストロベリーも後を追う。
﹁ちょっと待てよ、行くのか? まだ、話はなんも終わってねーだ
918
ろうが! 急に現れて、思わせぶりなこと言って、んで、どーすん
だよ、結局は!﹂
これで帰る気か? まだ、何も話は終わってねーっつうのに。
だが、俺がそう叫んだ瞬間、アプリコットとストロベリーは、ス
カーレッドの背中に触れ、そして気づけば三人の体が歪み、そのま
まスクリーンの中に吸い込まれちまった。
﹁なっ、なにいっ!﹂
﹁スカーレッド! アプリコット!﹂
﹁なななな、ここ、これは、どうなっているでござる!﹂
﹁アプリちゃん!﹂
ど、どうなってんだ? スクリーンの中に入っちまったぞ? ﹁これが、私の力だっつーの。コンピューター、テレビ、ゲーム機
を始めとする全ての電子機器の電気と同化して、中に入ることもで
きるし。電気のあるところならどんなところでも移動できるし、な
んだったらこの電脳世界の中で永住することだって可能。オンライ
ンゲームの世界で永住っつーのも捨てがたい﹂
電気と融合? 移動もできる? 最初に現れた時も、そうやって
現れたってことかよ!
﹁そ、そんなことが可能なの?﹂
﹁にゃっは信じられない! そ、それなら、政府機密のファイルな
んかがいつも盗み出されていたのは、この力?﹂
919
もし、それが本当なのだとしたら、ブラックたちの言うとおり、
とんでもない能力だ。
俺たちのファンタジー世界じゃ通用しなくても、科学技術の発達
したこの世界なら、ほとんど無敵の力じゃねえか。
この女⋮⋮
﹁クレオちゃん。今日より、私が⋮⋮いいえ、僕がBLS団体を指
揮するよ。今までお疲れ様でした。どうか、元の世界でお幸せに﹂
﹁⋮⋮⋮ええ。全てを公表し、表に立つというのなら好きになさい。
もう私にそれを止める気はないのだから⋮⋮。でも、これだけは言
わせて。この世界で右も左も分からなかった私を拾い、保護してく
れたブリッシュ王国には心から感謝しているわ。ありがとう。そし
て、さようなら。アプリコット﹂
そして、もはや追いかけることも不可能。最後の最後にアプリコ
ットは、クレオに一言別れを告げ、そしてスカーレッドは⋮⋮
﹁さようなら、朝倉。そして、紫苑⋮⋮⋮あんたの答えを楽しみに
してるっつーの﹂
それだけを言い残し、次の瞬間にはスクリーンの電源が落ち、オ
ーバーヒートしたかのように煙を吹き出して破裂した。
結局奴らは何がしたかったのか、俺たちにははほとんど分からな
いまま、あいつらは消え、しばらく静まり返った瓦礫の上で、俺た
ちは呆然と立ち尽くしていた。
920
そんな中でニートは⋮⋮⋮⋮
えん
﹁縁⋮⋮シンパシー⋮⋮友達でもなく他人でもない⋮⋮⋮俺たちの
⋮⋮グループ⋮⋮﹂
スカーレッドに渡されたカバンの中身を確認することもなく、た
だ下を向いて呟いたままだった。
そして、そのあとはもう何もなかった。
アプリコットの問題もあり、ブラックやアッシュの計らいで、俺
たちをこれ以上連れ回すわけには行かないとし、俺たちはこのまま
研究所へ連れて行かれることになった。
研究所で待ち、そして皆が来たら、俺たちはこの世界から立ち、
元の世界へ帰ることにした。⋮⋮⋮ちなみに、クレオも一緒に帰る
とのこと⋮⋮⋮それだけで、更に気分が重くなった。
921
第52話﹁擁護﹂
昨日初めてこの世界に連れてこられて、最初に見た光景。
ジャレンガに破壊された爪跡が残っている、無機質な白い空間と、
並ぶ機械。
部屋の中央では十人程度が入れるぐらいのカプセルを設置し、そ
の周りには多くのコードが伸び、数人の白衣を着た研究者たちが、
機械の調整を行っている。
それぞれ観光を楽しんでいる組が来るのを待ちながら、俺たちは
部屋の外に並べられているベンチに座りながら、その時を待ってい
た。
﹁海難事故じゃない? チェーンマイル王国の船は、激しい嵐に飲
み込まれて沈没したんじゃなかったのか? それでお前は死んだっ
て聞いたんだが﹂
﹁いいえ、違うわ。確かに、この世界に私が来てしまったことは事
故だったのかもしれない。そして、激しい嵐というのは間違ってい
ないけれど、あの日、私たちの身に起こったのは嵐だけではなかっ
たわ﹂
皆が帰ってくるまでの間、俺とペットはクレオを真ん中に挟みな
がら並んで座り、昔のことを話していた。
﹁あの日、私たちはある一味に襲われたの。私の身を守る近衛兵も
乗組員も、奴らに襲われた﹂
922
それは、世界が知らない歴史の真実。
十年ほど前、チェーンマイル王国のクレオを乗せた船が、他国へ
向かう途中に海難事故に合い、激しい嵐に合いクレオを含む乗組員
のほとんどが海に投げ出されて行方不明。 そして、懸命な捜索を行うも発見されず、チェーンマイル王国の
クレオは死んだとされていた。
しかし、真実は違った。
﹁十年前、激しい嵐の中で私たちの船を襲った一味。あれは⋮⋮⋮
﹃深海族﹄⋮⋮﹂
深海族? それって⋮⋮
﹁おいおい、それって地底族のニートや、天空族のエルジェラやコ
スモスと同じ⋮⋮﹂
﹁ええ。三大未開世界と呼ばれる、深海世界に住む、神族の創り出
した生命よ﹂
半年前の戦いで、魔族も亜人も人類も、地底族も天空族も巻き込
んで戦った。
だが、結局、深海族だけは姿を現さなかった。
正直、そこまで気にはしなかったが、まさかそいつらがクレオを
⋮⋮
﹁し、知りませんでした⋮⋮まさか、深海族がそんなことを⋮⋮し
かし、どうして深海族が姫様を?﹂
ペットも、衝撃的な歴史の真実に驚きを隠せなかったようだ。
そして、俺もペットと同じことを思った。なぜ、深海族が?
923
﹁奴らは⋮⋮恐らく、ただの深海族ではなかったわ。と言っても、
普通の深海族を見たことなかったから、断言は出来ないのだけれど
⋮⋮⋮﹂
﹁違う? 何がだ?﹂
﹁あれは⋮⋮﹃深海族﹄でありながら、やっていることは⋮⋮﹃海
賊﹄⋮⋮⋮そう、奴らは自分たちを、﹃深海賊団﹄と名乗っていた
わ﹂
⋮⋮⋮深海族と海賊を掛けたわけか⋮⋮随分とドストレートなギ
ャグだな。
﹁おいおい、海賊って⋮⋮なんだよ、お前ほどの女が、ガキの頃と
はいえ、海賊ごときにやられたのか?﹂
﹁悪かったわね。そもそも、大した準備もせず、強襲された状況下
の海上で、深海族に勝てというのはキツイ話よ﹂
﹁⋮⋮そんなに強かったのか?﹂
十年前の話。しかし、その出来事がクレオの人生を大きく左右さ
せた。
クレオは瞼を閉じて、当時を思い返しながら話した。
924
﹁海を自在に操り、海底から巨大なクラーケンや人喰魚を付き従え、
そして人間を一気に海の藻屑へと化す力⋮⋮⋮そしてあの、見惚れ
るような美しいコバルトブルーに染まった海の戦乙女たち⋮⋮⋮深
海族⋮⋮別名、海の妖精・ウンディーネ⋮⋮強いというよりも、何
もさせてもらえなかったというところね。この私も、戦闘態勢に入
る前に大津波に飲み込まれたわ﹂
海の妖精・ウンディーネ。そんなの御伽噺の世界だ。まあ、俺は
俺で嫁さんの一人が天使だったりしてるし、あんまバカにしたもん
でもないがな。
﹁それで、⋮⋮どうして、この世界に?﹂
﹁さあ、分からないわ。次元の歪みにより出現したワームホール、
巨大な魔力の暴走による影響、それとも別の何か⋮⋮色々な仮説も
立てられるし、何が真実なのかは分からないけれど、次に私が目を
覚ましたのは、ブリッシュ王国王家の中庭だったわ﹂
ブリッシュ王国。それが、アプリコットこと、七河千春の居た国。
﹁ブリッシュ王国は私の説明、素性、そして私の魔力を見て、すぐ
にクラーセントレフンの人間だと理解し、同時に利用しようとした
わ。そして、開発中の﹃ジャンプ﹄が完成し、実験にも成功した暁
には、私をクラーセントレフンに返すという条件で、私はBLS団
体にアプリコットの手引きで入ることになったわ﹂
925
﹁なんで、その団体なんだよ﹂
﹁私の暁光眼の力を使えば、相手に幸せな幻術を見せて、BLの魅
力を伝え、組織に引き込み、そして勢力を拡大させるのが簡単だっ
たからよ﹂
﹁いや、その目は他に使い道がいくらでもあるだろうが。何でそん
な無駄遣いなことするんだよ﹂
﹁言ったでしょう? BLSもレッドサブカルチャーと同じ。その
内部には各国の王族や中枢人物にも関係者がいる。組織を勢力拡大
し、主要な人物となるのは、政治的な意味でも大きな力になるのよ
?﹂
もう隠す必要もないとばかりに、ペラペラと喋るクレオ。
もしそれが本当なのだとしたら、随分とこの世界も間抜けな話だ。
結局、世界に影響を及ぼすテロ集団だけでなく、それを滅ぼそう
とする真面目な国々の中にも、実はテロを支援する奴らがいるって
事だ。
そういえば、ピンクも言っていたな。信用できる人がいないと。
そういうことなら、納得かもな。
﹁で、あのスカーレッドとアプリコットの二人は、何を企んでやが
る?﹂
﹁⋮⋮それを聞いてどうするのかしら? 止めようというの?﹂
926
﹁はっ? あのな∼、あんだけ勿体ぶって、思わせぶりされて、そ
れで秘密って言われたら、なんか気になるだろうが。つうか、ブラ
ックやアッシュがテメェのことを誤魔化さなきゃ、今頃テメェは檻
にでも閉じ込められて、拷問でもされてたかもしんねーんだから、
もうちょい殊勝な態度でもしたらどうだ?﹂
﹁ええ、感謝してるわ。せっかく好きな人とさいか⋮⋮こほん⋮⋮
復讐すべき男ともう一度会えたのだから、と気を使ってくれたのだ
から。でも、そんな口利きされなくても、暁光眼使えばどうとでも
なったけれどね﹂
ったく、こいつ、マジでいっぺん凹めよ。さっきまでビービー泣
いてたのに、意外とそれも演技だったんじゃねえかと思っちまう。
﹁まあ、もういいさ。最悪な話、こっちの世界がどういう結末にな
ろうと、俺らの世界に影響がなければな。ただ、クラスメートのこ
とはどうするか⋮⋮なあ、ニート?﹂
文化が規制されるか規制されないかの戦争は、正直知ったこっち
ゃねえ。勝手にやってろって感じだ。
ただ、そうは言っても、あいつらが何を考え、どうしようとし、
そして捕らえられている奴らをどうするつもりなのか⋮⋮
﹁ニート?﹂
﹁ん、お、おお﹂
﹁んだよ、ボーッとしてよ。やっぱ、気になんのか? お前のお友
達がよ﹂
927
さっきから、ずっと突っ立ったまま、ボーッとしているニートは、
完全に上の空。大丈夫か?
﹁なあ、ニート、あいつらの事なんだが⋮⋮﹂
﹁ワルい、ちょっと、一人で考えさせて欲しいんで⋮⋮﹂
﹁ニート⋮⋮⋮⋮﹂
﹁後で、帰ったら相談するんで⋮⋮今は、ちょっと一人にして欲し
いんで﹂
やっぱ、かつてのクラスメートが二人同時に、しかもそれなりに
縁のあったやつが現れたんだ。
こいつの心境も複雑だろうな。
俺の言葉に、肯定も否定もしないで、ただ、何かを考えているか
のように、ただ、ジッとしていた。
﹁さて、こちらの準備は問題ないわ。あとは、あなたたちの仲間が
帰ってくるのを待つだけよ﹂
﹁ああ、ワリーな、おばちゃん﹂
そんな俺たちに声をかけてきたのは、研究所所長のホワイト。俺
たちを安心させるかのような笑顔で、そう言った。
そして、その後ろからも、アイボリーが顔を出してきた。
﹁いいのよ。もともとは、アイボリーたちがあなたたちを巻き込ん
でしまった事故なのだから﹂
﹁ヴェルト・ジーハ。あなたたちの帰還に私も同行させてもらい、
そこで置いてきてしまった仲間を連れて、私はそのままこちらへ戻
928
ってくる⋮⋮その、ブルーたちはみんな⋮⋮だ、大丈夫だろうか?﹂
﹁だいじょーぶだよ。良くも悪くも、あの国はどこまでもお人好し
だからな。怪しいから即処刑なんて野蛮なことはしてねーよ﹂
しっかし、よくよく考えると、この世界に来てからまだ二日目な
んだよな。
たった二日で随分と濃い内容過ぎて、正直な話、﹁ようやく帰れ
る﹂みたいな気持ちになっちまう。
まあ、みんなも心配しているだろうし、そろそろ帰ったほうがい
いんだが⋮⋮⋮⋮帰った方がいいんだけど⋮⋮これがなあ⋮⋮
﹁で、ヴェルトくんは本気でどうしちゃうわけ?﹂
さて、そんな俺の気持ちに敏感に反応したのか、ペットがジト目
で俺に訪ねてきた。
﹁ど、どうしちゃうって、なんのことだよ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮私、ヴェルトくんを擁護してあげないからね﹂
﹁ッ、わ、悪かったよ! 頼むから、そんな顔すんなよな?﹂
なんのこと? 分かっているよ。クレオのことだよ⋮⋮
﹁あら、随分と憂鬱そうな顔ね。妻を、自分の故郷に連れ帰るのが、
そんなに嫌なことなのかしら?﹂
929
﹁いや、お、お前、本当に今の俺の嫁はまずいことになってんだよ。
六人だぞ六人。しかも、丁度あいつらが居ない時に限って嫁が増え
たなんてことになったら⋮⋮俺はもう二度と一人で家から出しても
らえねーかもしれねえ﹂
﹁ふふ、結構なことじゃない。どうせなら、首輪でも付けて部屋で
飼ってあげるわ。そそられるわ﹂
くっそ、コイツは本当に⋮⋮⋮⋮
だが、それでも不幸中の幸いなのは、今はまさに嫁たちは仕事で
エルファーシア王国から離れているということだ。
あいつらの誰かが帰ってくる前に、何か言い訳を考えねえと。
でも、今のペットは協力してくれなそうだし、ニートはさっきか
らボーッとして何考えてるか分からねえし、ムサシはヘマするから
絶対にダメだ。
そうなると⋮⋮⋮⋮
﹁そうだ。まだ、あなたの仲間が来るまで時間があるのでしょう?
それなら、ヴェルト。少しいいかしら?﹂
﹁あん?﹂
そんなことを考えていた俺に、クレオが急に真面目な顔をして立
ち上がった。
そして、俺をまっすぐ見ながら、俺の手を引っ張ってベンチから
立たせた。
何のつもりだ?
930
﹁ちょっと、大事な用があるの、ヴェルト。だから、ペット・アソ
ーク。悪いけど、この男を少し借りるわ?﹂
﹁えっ、あ、あの、大事な用って?﹂
﹁安心なさい。別に、二人になった途端、彼を殺そうとか、そんな
ことは考えていないから。ただ、ちょっとね⋮⋮⋮⋮﹂
俺だけに用事? 大事な? それは、さっきの話の続き的なこと
か?
それなら、ニートも呼んだほうが? だが、クレオはそれだけを
言って、俺の手を強く引っ張りながら、廊下をまっすぐ進んだ。
﹁おい、クレオ?﹂
﹁黙ってついてきなさい﹂
俺の手を掴んだクレオの手から、熱が篭っているのが分かった。
そして、若干の震え。
これは、ただ事じゃねえ。
クレオはひょっとしたら、他の連中には言えない、何か重要なこ
とを伝えようと⋮⋮⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あ゛?﹂
と思った瞬間、なんか俺の視界に広がる世界が突如変わった。
何だここは? 部屋? メガロニューヨークの輝く夜景が一望で
きる⋮⋮なんか、超高級ホテルの一室のような⋮⋮?
この研究所にこんなところがあったのか? ⋮⋮いや、違う!
931
﹁これは、幻術?﹂
﹁察しがいいわね。ええ、そうよ。この建物の中にある、とある個
室なのだけれど、流石にムードが欲しくてね、こうさせてもらった
わ﹂
この高級ホテルのVIPルームに見える部屋は幻術? って、こ
んな幻術を俺に見せて、何を⋮⋮
﹁なんだこりゃ? 何考えてるんだ、テメエは﹂
﹁そうね、少しだけ現実的な話をしようと思ってね﹂
現実的な話? 何で現実の話をするのに、幻術見せてんだよ。
だが、クレオの表情は、顔を赤らめているものの、いたってマジ
メ。
そして、俺を真っ直ぐ見据えて、開いた口から出てきた言葉は。
﹁それで? 本当に、どうするつもりなの?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮はっ? どうするって、テメエが連れて来たん
だろうが﹂
﹁そうじゃないわ。だから、ペット・アソークが言ったでしょう?
私とのこと、本気でどうするつもりなの?﹂
﹁いや、どうって⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
どうもしなくていいというのなら、どうもしない方向に持ってい
932
きたいと言えばいいのか? ﹁正直、私も矜持の欠片もない、みっともないやり方をしたと思っ
ているわ。ただ、あの瞬間は、ああするしか方法はなかった﹂
まあ、そうだけど、だからと言って、他の嫁たちと一線越えた話
も、ムードもへったくれもなかったものだが。
﹁まあ、いいんじゃねえか。みっともない姿を曝け出すってのも重
要なことだってのは、俺も言ったことだしな﹂
﹁あら、嬉しいわね。それなら、私のことに関してもしっかりと責
任を取ると認識してもいいのかしら?﹂
責任⋮⋮泣かした、カンチョーした、口に出せないことも⋮⋮⋮
そして、幻術にハメられて、勢いに任せてプロポーズを⋮⋮⋮
﹁つってもな∼、現実問題として⋮⋮⋮⋮⋮⋮俺、お前のこと、別
に好きなわけでもねーしな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮あら⋮⋮⋮最低な女たらしな人間こそ、こういう時
こそ嘘でもお前を一番愛していると言うものではなくって?﹂
﹁くはははは、最低だからこそ、俺はハッキリ思ったことを言っち
まうんだよ﹂
﹁ふふふふ、ほんっと最低ね。ペット・アソークも不運ね。あれだ
けあなたを嫌いになれないオーラを出しているのに、痴漢まがいの
嫌がらせしかしないなんて﹂
933
﹁痴漢まがいでも命懸けなんだよ。痴漢は捕まって逮捕されるが、
俺の場合は痴漢したら嫁たちに処刑されるからな﹂
﹁あら、それなら、痴漢を凌駕するほどの性的な行いをしてしまっ
たらどうなるのかしら?﹂
どうなるかなんて、答えは明らかに分かっているというのに、ク
レオは⋮⋮⋮
﹁おい、クレオ、なにを︱︱︱︱ッ!﹂
﹁んっ﹂
⋮⋮⋮何をする気なのかと思った瞬間、されてしまった⋮⋮⋮⋮
クレオは背伸びし、俺の頭を掴み、無理矢理唇を重ねてきやがっ⋮
⋮ちっちゃくて、やわら⋮⋮っじゃねえよ!
﹁ッ、ぷはっ! く、クレオ、テメェッ、何しやがるっ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ふふ、あら、もう慣れたものでしょう? あなたにとっ
ては﹂
﹁はあ?﹂
そして、クレオが顔を真っ赤にしながらも、それでも無理に余裕
ぶって上から見下すような態度で、両手を自分のスカートに伸ばし
て⋮⋮
﹁お、おいおい⋮⋮まさか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮言ったでしょう? この肉体は、十年間誰にも触れさせ
934
ていないと⋮⋮その証拠を早いうちに見せてあげるわ⋮⋮﹂
﹁ちょ、い、今かァッ!﹂
﹁どうせ、クラーセントレフンに戻れば、帰還したことで色々と騒
いだりバタバタしたりになって、ウヤムヤにする気でしょう? な
ら、その前に、いつヤルの? 今でしょう?﹂
﹁使い方が違げーよ、それは! 言葉の使い方が違うッ!﹂
﹁あむっ!﹂
﹁んっ。⋮⋮ん、お、ん﹂
今度は、ただ唇を重ねるだけじゃねえ。舌を使って俺の口の中を
チロチロと⋮⋮い、息が⋮⋮しかも、こいつ、ぎこちねえな⋮⋮
﹁む⋮⋮⋮⋮む⋮⋮﹂
﹁ぷはっ、はあ、はあ、あ゛? むっ?﹂
﹁む、胸の大きいのが好みなのだとしたら、二回目の時に楽しませ
てあげるわ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はっ?﹂
﹁でも、今は⋮⋮その、今の私の⋮⋮ありのままの私の姿で愛し⋮
⋮じゃなくて、し、搾り取ってあげるわ!﹂
935
﹁やめんかーっ!﹂
ふわふわキャストオフ!
﹁ッ、ちっ!﹂
﹁テメェ、よりにもよって、シリアスなツラして何かと思ったら、
なんちゅうことをしやがるんだ、このチビ女! しかも、いつの間
に俺のズボンをズリ下げやがって!﹂
あぶね∼⋮⋮危うく言い訳不可能な既成事実という名の家庭崩壊
をもたらす復讐をされるところだった。
セ∼∼∼∼∼フ、って、無我夢中で幻術解いたら⋮⋮⋮⋮
﹁って、ここ、トイレの個室じゃねえか! よりにもよって、こん
なところで!﹂
﹁わ、わ、私だって、こんな所では嫌だったけれど、他にテキトー
な個室がなかったのよ!﹂
﹁そうじゃなくて、何で何の前触れもなく、ヤルんだよ! 全然ッ、
その気にもなってねーのに!﹂
﹁だ、だって、⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮だって⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
936
トイレの狭い個室で、便座に座る俺と向かい合うように、俺の膝
に座っているクレオ。
その顔が、徐々に潤んで来て⋮⋮
﹁だって、私だけはまだなのでしょう? 他の妻たちは、とっくの
昔にあなたと⋮⋮なら、公平な立場になるには、これしかないじゃ
ない!﹂
﹁はあ? だからって、今はねえだろうが! さっきのニートを見
たろ? なんかスゲーシリアスな顔して悩んでんのに、何で俺は個
室でチビ女と一発ヤル展開になってんだよ!﹂
﹁⋮⋮だ、⋮⋮だって⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮そんな、顔したって騙されねーからな﹂
騙されるな! この女は、涙すら武器にする。幻術も現実も、最
早気を抜いていいもんじゃねえ。
しかし、そんな時だった。
﹁おちっこ∼、おちっこ∼、しっしする∼﹂
﹁あらあら、コスモスちゃん、女の子がそんな大声ではしたないわ
よ?﹂
937
⋮⋮⋮⋮⋮トイレに誰かが入って⋮⋮⋮って、今この世界で一番
ここに来て欲しくないのが来てんじゃねえかっ!
﹁バーミーちゃん、マッマみたいなこという∼﹂
﹁あら、それって喜んでもいいのかしら? でも、私も⋮⋮⋮いつ
か、好きな人と結ばれて、コスモスちゃんみたいな可愛い子供が欲
しいな﹂
﹁すきなひと? バッくん?﹂
﹁ちょっ、コスモスちゃんったら!﹂
ば、ば、バーミリオンとコスモス! 到着したのかッ! しかも、
よりにもよって、こんな時に!
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふふ、あらあら、最悪なタイミングね﹂
﹁静かにしろ。これ、マジでバレたら、洒落にならん﹂
超小声。とにかく黙れと訴える俺に対して、俺の膝に座りながら、
クレオはニヤニヤしてやがる。
この女、さっきまでシュンとしてたくせに。
まるで、主導権は自分にあるとでも言いたげな笑みで、しかも俺
に嫌がらせするかのように⋮⋮⋮
﹁ふふ、こんなところ、バレたら、あなたの娘はなんて言うかしら
?﹂
938
﹁ちょ、っ、ま、マジでやめろ! テメェ、本気でぶっころすぞ!﹂
﹁あら、私はあなたが苦しむ顔を見るのが人生の生きがいなの。こ
んな状況で何もしないなんて、ありえないわ﹂
こ、声が、も、漏れそうになる。くそ、この女ッ! と、とにか
く、コスモスとバーミリオン、一秒でも早くここから出て行ってく
れ!
﹁それにしても、今日はたくさん遊んだわね、コスモスちゃん﹂
﹁うん! 今度は、パッパとマッマの三人で遊ぶんだ∼。お土産も
いっぱい買ったもん﹂
﹁あら、それは楽しそうね。でも、すっかりご機嫌ね。朝は、あん
なに不機嫌だったのに、よっぽど楽しかったのね﹂
あれ? そ、そういえば、コスモス、朝、俺のことを怒ってたよ
な? 一緒に寝てあげなかったから。
でも、今、コスモスが言った﹁パッパ﹂という言葉の中に、怒っ
ている様子が無くなっている?
﹁うん、コスモス、パッパにおこだったよ? レンくんにフリョー
教えてもらおうと思ったの。でもね⋮⋮⋮バッくんが教えてくれた
の﹂
939
バスティスタが? コスモスに何を?
﹁あのね、バッくん言ってたんだよ? パッパは、らんぼーだし、
色んな女の子とちゅっちゅするし、おしごと大変だからコスモスと
遊んであげられない時もあるけど⋮⋮⋮⋮世界で一番コスモスのこ
と大好きなんだって⋮⋮⋮パッパ、毎日コスモス居ないとダメなん
だって﹂
その言葉に、俺は、胸が激しくポンプした。
﹁だから、パッパはコスモスにおこられるとダメになっちゃうから、
許してあげるの!﹂
ば、ばすてぃすた⋮⋮⋮⋮お、俺には、お前が居た⋮⋮⋮⋮俺の
弟弟子みたいなもんだけど、俺は今、心からお前に感謝している!
もう、いてもたってもいられない。
今すぐコスモスを抱きしめて仲直りするんだ!
﹁コスモスーーーっ!﹂
﹁ちょっ、ヴェルト、急に立ち上がっ、つっ、いっあ、アアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ⋮⋮
﹁はうっ?﹂
940
﹁あ、あら?⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂
俺は、勢いよく立ち上がって、トイレの個室を開いた。
そして、同時に、クレオが絶叫してしまった。
俺は、トイレの個室を開けて、ポカンとするコスモスと、口開け
たまま硬直しているバーミリオンと目があった瞬間、自分がどうい
う態勢だったのかに気づいた。
﹁パッパ?﹂
﹁ちょっ、え? な、なんで女子トイレに⋮⋮そ、それに、⋮⋮そ
の格好は⋮⋮い、い、い、いやああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああっ!﹂
バーミリオンが慌ててコスモスを抱き寄せて視界を塞ぎ、そして
耐え切れずに悲鳴を上げる。
﹁バーミちゃん、パッパだよ! パッパ! でも、なんでパッパ、
知らない女の人を抱っこしてるの?﹂
﹁だめええ、みちゃだ、見ちゃダメッ! し、信じられない、な、
なん、こんなところで何をッ! い、い、いやああああああっ!﹂
﹁や、やめろおおお! こ、これには、とんでもなく深い事情があ
って、た、頼むから言い訳させてくれ! く、クレオッ! テメェ
も何か言え!﹂
941
﹁かっ、はっ、く、あ⋮⋮⋮⋮⋮⋮あ、⋮⋮⋮⋮⋮⋮い、あ⋮⋮⋮﹂
あっ、ダメだ⋮⋮⋮クレオが、言葉も発せないような状態になっ
ちまった。
そして、バーミリオンの悲鳴。いくらここが女子トイレとはいえ、
一国のお姫様が絶叫すれば、当然⋮⋮⋮
﹁何だ、今の悲鳴は! バーミリオン姫、コスモス、一体何がっ⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ヴェルト⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
一番早くにたどり着いて、勢いよく扉を開けたのはバスティスタ
だった。
バスティスタは、暫く無言で俺を見て、そして今まで見たことな
いぐらい冷めた目でため息を吐き、そして言った。
﹁ヴェルト⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮おう⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁これは、俺も擁護できん﹂
だよな⋮⋮⋮ですよね⋮⋮⋮そうっすよね⋮⋮⋮
そして、こういう時に限って⋮⋮⋮
942
﹁ハーメハッメハッメ、ハッメハメ∼♪ なんなのだ∼、今の悲鳴
は∼。わらわ好みの何かが起こっているのだ。ほれ、愛馬シアンよ、
さっさと行くのだ。﹂
﹁ひ、ひひ∼ん、い、いきましゅ、あん、お姉様、ムチを⋮⋮⋮ム
チを∼﹂
﹁むふふふふ、いや∼、いい具合になったのだ。これならヴェルト
に自信を持って献上することが⋮⋮⋮⋮⋮⋮おおっ! さすがは、
ヴェルトなのだ! 自力で調達するとは、やはりおぬしは只者では
ないのだ!﹂
四つん這いになった、シアンとかいうお姫様の背中に乗って、エ
ロスヴィッチが顔を出し、親指をグッと上に突き出した。
その親指をへし折りたい!
そして、なんか皆が研究所に揃ったようなんだが、急激に帰りた
くなくなった⋮⋮⋮
943
第53話﹁トリプルスリー﹂
とにかく、今の俺にはコスモス以外の声は全て遮断する。
﹁パッパ、さっきなにしてたの∼? パッパのだっこは、コスモス
とハナビねーねのだもん!﹂
﹁ああ、そうだな、コスモス。アレはだっこじゃねえけど、もう二
度とあんなことはしねえ﹂
﹁ほんと∼?﹂
コスモスを膝の上に載せて、ベンチに座りながら絶賛御機嫌取り
中。だから、誰も話しかけるな。
﹁ねえ、ヴェルトくん。クレオ姫と何があったの?﹂
コスモス以外の声は遮断。だから、ペットの質問にも答えない。
﹁ねえってば! ちょっと二人で話して来るっていって、何で数十
分後にクレオ姫があんな風になっているの?﹂
ペットが指差した先には、廊下の壁際に寄りかかり、頬を緩ませ
ながら息を粗くし、﹁生意気な女﹂の顔から﹁艶のある女﹂の顔を
しているクレオ。
﹁想像以上の痛みが⋮⋮裂けるかと思ったわ。でも⋮⋮ふふふふ⋮
⋮この痛みに勝る喜びは言葉にできないわ。あんな快楽がこの世に
存在するなんて⋮⋮ちゃんと、種が花咲けばいいのだけれどね﹂
944
クレオは腰抜かしてうまく立てず、その体はどこか痛々しそうな
のに、どこか幸せそうに見えるが、俺には何も答えられん。
﹁は、初めて、み、う、ううう⋮⋮あ、あんなおぞましい光景を⋮
⋮﹂
﹁ねえ、ミリ姉エ、何があったってね?﹂
﹁トイレで何があったの?﹂
﹁こんなに怯えてるバーミリオンお姉さん、にゃっは初めて﹂
そして、俺とクレオの﹁トラブル﹂を﹁間近﹂で﹁ハッキリ﹂と
見てしまったバーミリオンは、ショックを受けて、かなり怯えた様
子で震えていた。
﹁なははははははは、旅に出るたびに嫁が増えるところが、イーサ
ムと同じなのだ。さすがは、ヴェルトなのだ。だからシアンよ、ア
レに重宝されたくば、かなり﹁まにあっくぷれい﹂とやらもせねば
ならんのだ﹂
﹁は、はう∼、し、シアン、ダメでし。お、男の人の、あ、あんな
の、む、無理でしゅ∼!﹂
まあ、何があったのかは、正直な話、ほとんどの連中が理解して
いるんだけどな。
だって、俺を見る目が物凄い汚物を見るような目だし。
945
﹁俺がギャルゲーやエロゲーをクリアするよりも早くに、リアルエ
ロ攻略するとは、やっぱお前、とんでもないやつなんで﹂
うるせえ、ニート! つうか、さっきまでシリアスな顔して、話
しかけるなオーラ出してたくせに、こういうとこには口挟んでくる
んじゃねえ。
畜生。俺だって、まさか⋮⋮まさか⋮⋮あんなことになるとは思
わなかったんだよ。
まさか、一日で二回も取り返しのつかない過ちを犯すとは思わな
かったぜ。
﹁まあ、しかし⋮⋮ヴェルトを取り巻く人間関係にそこまで口を出
す気はないが、驚いたな。まさか、暁光眼を持ったチェーンマイル
王国の姫、クレオ姫がこの世界で生きていたとはな﹂ ﹁死んだってのは僕たちヤヴァイ魔王国でも話は聞いてたのに、何
で生きていたのかな? しかも、ムカつくよね∼、七人目のヴェル
トくんの奥さんの座には僕の妹を予約していたのにね∼、ムカつく
な∼、殺しちゃおうかな?﹂
バスティスタとジャレンガに関しては、俺が便所でクレオとほに
ゃららしていたことよりも、クレオの存在そのものに興味を示した
ようだ。
﹁二人とも、クレオのことは知ってたんだな﹂
女共やニートは置いておいて、マジメな話になりそうだったので、
946
そこだけは俺も反応した。
まあ、ガキの頃に死んだとされていたとはいえ、やっぱそれなり
に有名だったんだな、クレオは。
﹁まあな。俺がまだ、ラブ・アンド・ピースに居た頃、ブラックダ
ックあたりが気にしていた。デイヂの邪悪魔法、ブラックダックの
極限魔法、そして暁光眼の力があれば、武力に頼ることなく、あら
ゆる面で政治や商取引の場で優位だからな﹂
﹁ああ、そういうこと﹂
ラブや、あのブラックダックの考えそうなことだ。実際、暁光眼
が目当てで、クレオも過去に誘拐されたりしたしな。
すると、その時、今まで黙っていたリガンティナが険しい顔して
俺に話しかけてきた。
﹁婿殿よ。そちらの娘が何者かなど、今の我々の世界では取るに足
らない問題だ﹂
いや、取るに足る問題だよ。つーか、お前、人に文句を言うのは
いいけどさ、まずはその⋮⋮
﹁しかしだ、その娘が、お前の七人目になるというのであれば、話
は別だ。ただでさえ、結婚式の順番や序列等が注目されているこの
状況下で、増やすというのはどうかと思うぞ? これで、我ら天空
族の扱いがないがしろにでもなるようであれば、その時は︱︱︱﹂
947
﹁いや、その前にお前、まずはその両手の手さげ袋をどうにかしろ
よ。なんだよ、その袋から溢れて飛び出している、男物のアイドル
グッズみたいのは。衣装は。つうか、そのローラースケートみたい
の、なんなんだよ﹂
まずは、お前のその、いかにも﹁堪能してきました﹂な状況をど
うにかしろと言うしかなかった。
﹁な、なにを⋮⋮こ、これは、そこのアイドル姫たちと並ぶ美少年
アイドルグループ、世界の弟たちと呼ばれる、﹃セクシー・ショタ
リオン﹄たちの衣装だ。見ろ、この機能的な服を。ヘソ出し短パン
だぞ! 是非ラガイアに着せなければ!﹂
﹁人の弟を着せ替え人形にしようとしてんじゃねえよ!﹂
相変わらず過ぎるリガンティナだが、その時だった。
﹁あら、セクショタが気に入ったのかしら?﹂
﹁ぬぬ?﹂
俺とのほにゃららで恍惚な表情をして気分に浸っていたクレオが、
突如振り返って話題に入ってきた。
しかし、リガンティナからすれば、クレオは妹の恋敵にもなるわ
けなので、明らかに不愉快そうな顔をしている。
948
これは、一触即発か? だが⋮⋮⋮
﹁なら、これをあなたにあげるわ。二次元化したセクシーショタリ
オンメンバー同士の大乱戦が描かれている同人誌よ。BLSのメン
バーの子が書き上げたものよ﹂
﹁な、こ、こ、これは⋮⋮ふわおおおおおおおおおおおおおおおっ
! か、か、か、⋮⋮神よっ!﹂
一触即発の空気は、クレオがどこから取り出したのかも分からな
い、薄い小冊子の本でぶち壊された。
リガンティナは迷うことなく受け取ったその本を、天に掲げるよ
うに叫び、なんか違う世界に旅立ったような様子だった。
﹁ちょっと、クレオ姫! せっかくあなたを秘密にしようとしてい
たのに、変な真似はしないでよね!﹂
﹁あら、別にいいじゃない、ブラック姫。どうせ、この天空族の皇
女はクラーセントレフンに帰るのだから。ただのお土産よ﹂
﹁だからって、これでクラーセントレフンの人たちが、この世界に
変なイメージを抱いたらどうすんのよ! 勘違いされるじゃない!﹂
﹁それをどうにかするのは、あなたたちの仕事でしょう? アプリ
コットを含めてね﹂
﹁う、うぐつ﹂
違法なお土産に慌てるブラックを始めとする姫たちだが、アプリ
コットの名前を言われて全員が気まずそうに顔を変えた。
949
﹁⋮⋮アプリちゃん⋮⋮⋮私、全然気づかなかったってね。まさか、
アプリちゃんが、BLSの支援者だったなんて﹂
﹁私もですわ。まさかアプリコットちゃんが、そんなことになるな
んて﹂
﹁でも、にゃっはどうなるのかな? さっき、ニュースを見たでし
ょ? ブリッシュ王国が、八大陸の連合から、離脱を宣言したって
⋮⋮﹂
そう、世界は今、そのニュースで持ちきりだった。
俺たちとの一幕で、アプリコットがBLSの支援者だったという
話題がネットをはじめ、あらゆるメディアに拡散されたと同時に、
アプリコットの国、ブリッシュ王国が、世界の友好同盟みたいのか
ら離れると宣言したんだ。
俺たちが元の世界に帰るというのに、各国の国王とか他の官僚た
ちがあまり見えず、アイドル姫たちとその他数名ぐらいしか見送り
に来ないあたりが、その慌しさを物語っている。
﹁ピンクとも連絡取れないし、ミントもこっちには来れないみたい﹂
﹁そう⋮⋮でも、こんな状況じゃ、にゃっは仕方ないよ﹂
そうか⋮⋮ピンクとミントは来ないのか。それはそれで、逆に俺
は助かった。
この世界の国家間の緊張よりも、俺としてはあの指フェチ女と、
クレオと同様のノーパンで、そして兄と同様の尻フェチな女とは、
昨日のトラブルもあって、顔を合わせづらかったからな。
﹁いずれにせよ、このように慌しくあなたたちを追い返すようなマ
ネをして、本当にごめんなさい。もっと色々とご案内したり、パー
ティーをしたりとしたかったのだけれど﹂
950
そんな雰囲気の中で、俺たちに改めて頭を下げる、研究所のホワ
イト。
確かに、この二日間はあらゆることが激動過ぎて、全くゆっくり
できなかったからな。
でも、まあ、これはこれで仕方ねえし、誰もそのことについては
文句を言う気は無さそうだった。
そんな中で、バスティスタが俺たちを代表して口を開いた。
﹁構わん。我々は十分に堪能できた。そして、今、この世界で混乱
が始まろうとしていることも理解している。むしろ、あれだけの騒
動を我々が起こしたにも関わらず、ここまで温情な扱いをしてもら
ったのだ。感謝している。この世界の問題に対して力になれないの
は申し訳ないが、武運を祈る。﹂
﹁バスティスタさん⋮⋮﹂
﹁神族世界と地上世界⋮⋮これほどの文化の違いだ。そう簡単に二
つの世界が交わることはできないかもしれないが、いずれまた会え
る日を楽しみにしている﹂
お∼⋮⋮俺の言うこと、もう無くなっちまったよ。そして、これ
でもう十分だった。
バスティスタの別れの言葉は、色々と互いに名残惜しいものがあ
るものの、次の再会を約束するもの。
そう簡単にもう一度会うことは難しいだろうが、それでも﹁もう
一度会おう﹂という言葉には、アイドル姫たちも寂しそうにしなが
らも、笑顔で頷いていた。
951
﹁ん? ちょっと待つのだ、バスティスタ! シアンをオモチャと
して持って返りたいのだが、そ︱︱︱﹂
空気の読めないエロスヴィッチの頭にバスティスタの拳骨が落と
された中、アイドル姫たちもそれぞれ別れの言葉を言ってきた。
﹁ジャレンガ君、コスモスちゃん、楽しかったってね♪ 今度はも
っと遊ぼうってね♪﹂
﹁バスティスタ様。ジャンプの実験が成功した以上、これが今生の
別れにはなりません。今、国家間の問題があるために、私もこの世
界から離れることはできませんが⋮⋮⋮この問題が落ち着き⋮⋮そ
して、私もアイドルを引退した暁には⋮⋮その時には!﹂
﹁はう∼∼∼、お、おねえしゃま∼、し、シアン、シアンは、お姉
さまがいないと、もう壊れてしまいましゅ∼⋮⋮﹂
﹁は∼あ、これで面倒な奴らが帰ってくれて、せいせいするわ! ニート、あんたもさっさと⋮⋮か、かえり⋮⋮な、さいよ⋮⋮⋮で
も、また来なさいよ﹂
﹁スケベなお兄さん、にゃっはバイバイ。エッチほどほどにね﹂
見送りに来た五人の姫たちにそれぞれ別れを告げ、そして俺たち
は、転送するための装置の前で待つアイボリーの元へと向かった。
952
﹁ああ、またな!﹂
ここへ来た時よりも、クレオが一人増えちまったが、とにかく濃
い二日間を過ごしながらも、何とか全員無事でホッとした。
﹁ふふ、私は十年ぶりね。何だか、ガラにも無く緊張してきたわ、
ねえ? あ・な・た﹂
﹁ッ、やめろ! 今から行くのは、エルファーシア王国なんだよ。
突然消えた俺たちが帰った瞬間に、知らない女が俺の腕にまとわり
ついていたら、全員から睨まれる﹂
﹁⋮⋮えっ、ヴェルトくん、そもそも君は睨まれないとでも思って
るの?﹂
﹁ぶ∼、パッパから離れてよ∼! パッパの隣、コスモス!﹂
﹁はう∼、拙者、七人も奥方様がいらっしゃると、殿が拙者に寵愛
を下さるのがいつになることやら⋮⋮﹂
﹁で、言い訳は考えたのか? ヴェルト。俺は何も言えんぞ?﹂
﹁は∼あ、僕の妹は八人目なのかな? ムカつくな∼﹂
﹁⋮⋮はあ⋮⋮ほんと、お気楽なんで﹂
﹁うぇへへへへ⋮⋮⋮BL同人誌⋮⋮なんという文化! これは、
是非天空世界に広めねば!﹂
953
まったく、全員他人事だと思って。
だが、確かに言い訳を俺も考えねーとな。
幸い、今は国に嫁は誰も居ないんだ。だから、その間にどうにか
しねえとな。
﹁エルジェラ、ユズリハ、アルテアは多分大丈夫だろうな⋮⋮﹂
エルジェラはたまに嫉妬したりすることもあるが、やっぱりコス
モスが居る分、他の嫁たちよりもどこか余裕がある。
ユズリハは、噛み付いてくるけど、猫可愛がりすれば、多分ふに
ゃふにゃになって誤魔化せるはず。
アルテアは、なんか爆笑して終わりそうだ。
だから問題は⋮⋮
﹁あの、三人だよな⋮⋮⋮﹂
フォルナ、ウラ、アルーシャ。この三人は、ガチでキレる。
だからこそ、誤魔化しに集中しなけりゃならねえのは、この三人
だ。
﹁それじゃあ、行くよ。準備はいい? 転送先は、私たちが飛んだ
のと同じ座標に﹂
準備は出来たかと尋ねるアイボリーに、俺たちは同時に頷き、そ
してもう一度俺たちは振り返って、ホワイトやアイドル姫たちに手
を振る。
そして、﹁また会おう﹂と改めてみんな言っていた。
954
﹁それじゃあ、みんな、行くわ! ジャンプ発動!﹂
そして、次の瞬間、眩い閃光が俺たちを包み込み、俺たちは何か
に吸い込まれた。
これで、神族世界とはおさらば。僅か二日間で何が出来たかとい
うのもあるが、正直、色々なことがありすぎた。
世界の真実や、クラスメートたちのこと。そして、それがあまり
にも大きなことになり過ぎていて、簡単にどうにかなるようなもの
でもなかったということだ。
正直、この世界の文化がどうとかの話は勝手にやっていろって感
じだ。
しかし、やがて俺たちの世界と交わる時や、その先にある世界の
崩壊云々などを考えると、やはりこのままの別れというわけにはい
かねえだろうな。
まずは、みんなと相談でもして、神族世界についてどうするか一
回考えねえとな。
﹁⋮⋮⋮⋮っ、まぶし! 一体何が⋮⋮⋮⋮アッ⋮⋮⋮﹂
955
そして、そんなことを考えている間に、俺たちを包み込んだ光が
落ち着いた途端、俺たちの視界には慣れ親しんだ光景が眼に映った。
そこは、俺の帰る場所。
﹁兄ちゃん! コスモスッ!﹂
﹁ハナビッ!﹂
良かった。どうやら問題なく帰ってこれたようだ。
とんこつラーメン屋。まぎれもねえ、俺の家だ!
﹁ヴェルト! おお、バスティスタも、みんなも、無事だったのか
!﹂
﹁マスター。心配をかけて申し訳ない﹂
﹁まったくだぜ! お前ら、急に消えちまうんだからよッ! 国中
大騒ぎだったんだからよッ!﹂
先生も居る。厨房から飛び出してきて、笑顔で俺たちの肩を何度
も叩く。
﹁心配させたな、先生﹂
﹁まったくだ。だが、無事ならよかったよ﹂
﹁はは、ワリーワリー﹂
たった二日とはいえ心配させたが、とにかく俺たちもこれで本当
に、帰って来たって気になった。
956
﹁ふわ∼∼∼、良かった∼、帰ってこれた∼﹂
﹁まあまあ、楽しかったのだ﹂
﹁だが、一安心ではあるな。さて、私はこの同人誌を部屋に帰って
読まねば!﹂
﹁まあ、僕はもういいかな? あの世界はウルサイし? もう行き
たくないかな?﹂
﹁えへへへ、ジージもただいま∼!﹂
﹁なんか、こうして帰ってみると⋮⋮何だか、夢みたいな世界だっ
たんで﹂
さっきまでのような、コンクリートジャングルと超最先端科学技
術に満たされた世界から帰ってみると、色々と不思議な体験をした
気分になるが、やはり元の世界のほうが落ち着くな。
俺も、何だか肩の力が抜けた気がした。
﹁ヴェルトくん! ペット! それに、みんなも! 良かった、無
事だったのね﹂
﹁まったく、心配させたね﹂
﹁ペット、よかった∼!﹂
﹁うわ∼∼∼∼ん! ホークちゃん、ハウちゃん、サンヌちゃん!
こわかったよ∼、ヴェルトくんが最低だったよ∼﹂
おお、偶然店に来ていたのか、ホークたちも来ていたか。
俺たちの無事な姿を見て、安堵の表情を見せていた。
﹁あの⋮⋮その、それで⋮⋮あの﹂
﹁おお、そうだったな、アイボリー。なあ、先生。ホーク。俺たち
が消えたせいで取り残されちまった、こいつの仲間は今、どうして
る?﹂
957
再会や帰還を喜ぶ皆の中で、気まずそうに尋ねてくるアイボリー
を見て、アイボリーの仲間たちを思い出した。
﹁ああ、例の奴らは、とりあえず王宮に客として招かれているよ。
まあ、怪我が酷くて、まだ治療を受けてるけどな﹂
ああ、そういえばそうだった。
あいつらが暴れて、俺たちが返り討ちにしてやったんだった。
俺たちがこの二日間、神族世界を堪能している間、あいつらは寝
たきりだったわけか。可愛そうに⋮⋮
﹁まあ、無事なら良かったわ﹂
﹁だな。これで処刑でもされてようなら、どうしようかと思ったぜ﹂
アイボリーも、とりあえず仲間たちの無事に安堵して、ホッと胸
を撫で下ろした。
これで心配事は何もなくなっ⋮⋮⋮
﹁本当ですわ! ようやく国に帰って来れましたのに、ヴェルトが
居なくなったと言われたときは、ワタクシもどうしようかと思いま
したわ!﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮お⋮⋮⋮⋮⋮⋮おや?
﹁全くだ! 家に帰ったら、ハナビが泣きながら飛びついてきたん
だぞ? 家族を心配させるとは、何事だ!﹂
958
⋮⋮⋮⋮⋮あ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あれえ?
﹁まあ、いいじゃない、二人とも。こうして無事に帰ってきたわけ
だし。今は素直に、ちゃんと帰ってきた夫を広い心で迎え入れてあ
げましょう﹂
⋮⋮⋮⋮⋮な⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮なにい?
﹁お、お前ら⋮⋮なん⋮⋮で⋮⋮﹂
そこには、予想もしない三人が居た。ニッコリと笑って。
﹁ふふ、ようやく仕事が一段落して、帰ってきましたわ、ヴェルト
!﹂
政務に追われて中々帰ることのできなかった妻が、満面の笑顔を
している。
﹁魔族大陸からここまで、本当に遠かったが、しかしようやく帰っ
て来れたぞ、ヴェルト!﹂
959
世界の果てから海を越え、遠くに行っていた妻が、少し涙目にな
っている。
﹁私も、帝国での政務や隊の引継ぎ等が無事に終わってね。兄さん
やお父様とも相談し、これからは本格的に、君と同棲をして関係を
深めたいと思ってね。でも、まずは半年振りね、ヴェルトくん﹂
そして、﹁これからはずっと一緒よ﹂という笑顔の妻が⋮⋮
﹁よ⋮⋮よりにもよって、トリプルスリー!﹂
そう、フォルナ、ウラ、アルーシャの三人が居た。
﹁いや、ヴェルト。トリプルスリーの使い方、間違ってるんで。意
味が全然違うんで。まあ、気持ちは分かるけど⋮⋮ぷくくく⋮⋮﹂
ニートのツッコミには、どこか﹁同情﹂と﹁いい気味﹂な感情が
混じっているようだった。
﹁あら、その三人が⋮⋮﹃側室﹄かしら? あ・な・た?﹂
﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮はっ?﹂﹂﹂
960
そして、ゴングが鳴った。
961
第54話﹁復活の姫﹂
﹁ニートくーーーん! 良かった、無事だったんですねー! も∼
う、彼女をほったらかしにして何を⋮⋮って、この空気なんですか
?﹂
店の扉が開き、小さな妖精フィアリが店内に入ってきた瞬間、俺
は即座に反応した。
考える前に体が動き、気づけば店の外へと飛び出そうと、俺は扉
へと走っていた。
ようするに、逃げ出したのだ。
﹁どちらへ行くつもりですの?﹂
しかし、回り込まれた! っていうか、フォルナ、何で普通に雷
化してんだよ!
﹁もう、ヴェルトくんったら、そんなに慌ててどうしたの?﹂
そして、気づけば俺の足が床と同化しているかのように氷漬けに
されている! っていうか、アルーシャ、何で普通に店内で氷魔法
使ってるんだよ!
﹁私たちが急に現れたからビックリしただけだろう? ﹃さぷらい
ず﹄というやつだ。なあ? そうだろう? なあ? なあ? なあ
? ヴェルト﹂
そして、回り込まれ、身動き取れなくなった俺の、首筋やら腕や
962
ら胸やらのツボみたいのを、ちょちょいと突かれた! っていうか、
ウラ、お前のツボ押しの効果なのか、俺、魔法が発動しないんだけ
ど!
﹁ヴェルト、皆さんの前であまりイチャイチャするのも恥ずかしい
という気持ちは分かりますわ。ですが、ようやく帰ってきた妻に労
いもないのはいただけませんわ﹂
﹁本当にね。中にはあの最終決戦以来、山のような激務や後処理に
追われながらも、君と幸せになるためにという想いを心の支えによ
うやくここまで来た女も居るのよ?﹂
﹁半年でも数ヶ月でも数日でも同じ。家を離れた嫁が帰還したのだ。
そんな私たちがお前からの息も苦しくなるような強い抱擁と、熱い
口づけをどれだけ待ち望んでいる思っている?﹂
顔はニッコリと笑う妻三人。だが、それは数秒前の笑顔と違う。
なんか、全身から黒っぽい何かが漂っている。
﹁困りますわ、ヴェルト。いくら恥ずかしいからといって、そんな
風に逃げ出そうとしたり、そんな追い詰められた罪人のような表情
をされては、何かワタクシたちに顔向けできないような何かをした
のではないかと疑ってしまいますわ﹂
﹁ふふふ、なんてね。いくら君がヴェルトくんとはいえ、妻が誰も
傍に居ない期間がほんのちょっとできてしまっただけで、火遊びな
んてしないわよね? こ∼んなに可愛い妹さんや、純粋無垢な子供
963
だって居る、パッパなのにね∼?﹂
﹁そうだろうな。あの最終決戦でめでたく、身も心も結ばれ、それ
からも何度となく愛し合った私たちを裏切るマネをヴェルトはしな
いだろう﹂
裏切る気なんて欠片も無い。いや、無かった。俺の身に起こった
ことは、本当に悲劇だったんだ。
﹁あらあら、情けないわね。世界を制覇した男と聞いていたのだけ
れど、家庭の天下も取れないとはね﹂
そして、言葉を発せない俺の代わりに、一番黙っていて欲しい女、
クレオが尊大な態度で割って入った。
その瞬間、ニコニコしていたはずの、フォルナ、アルーシャ、ウ
ラの三人の笑顔が消え、絶対零度の冷たい表情に変わった。
﹁何者ですの?﹂
﹁初めて見るわね﹂
﹁貴様、名を名乗れ﹂
その時に見せた迫力といえばもう⋮⋮
﹁にににに、兄ちゃん⋮⋮寒いよ∼、恐いよ∼、ね、ねえちゃんた
ちどうしたの?﹂
﹁パッパ∼、フォルナちゃんたち、お顔恐いよ∼﹂
﹁は、はうわ∼、こ、こうなってしまうと、と、殿を守るよう言い
964
つけられた拙者の命も危ういのでは⋮⋮﹂
怯えるハナビ、コスモス、ムサシ。
﹁⋮⋮⋮半年前、戦争が終わってヴェルトがこの家に帰ってきたと
き、妻が六人になったといわれたときは呆れたが⋮⋮数日で増えた
か﹂
﹁マスター、すまない。俺にはどうすることもできなかった﹂
﹁ね、ねえ、あなた! 私、これから何人の子供から、おばあちゃ
んって呼ばれるのかな?﹂
呆れる、先生、バスティスタ、カミさん。
﹁ふんだ。ばーか、ヴェルトくんのばーか。怒られちゃえばいいん
だから﹂
﹁ねえ、ペット。あんた、ヴェルトくんと何かあったの?﹂
完全に俺を見捨てているペットに、戸惑うホークたち。
﹁ここ、こんな描写まで、は、はうわ、な、なんという愛くるしい
⋮⋮私もラガイアにこんな顔をさせたい⋮⋮やはり縛ったほうが⋮
⋮﹂
同人誌読んで、こっちに無関心なこいつはどうでもいいや。いや、
ある意味ではどうでも良くないリガンティナ。
﹁あーあ、ウザイくない、ああいう女たちさ? ヴェルトくん、や
っぱり僕の妹にしとけばよくない?﹂
﹁なはははははは。しかし、ここは怒るのではなく、ヴェルトを褒
めるところであろう。なんせ、今回は半年前のようにわらわが後押
965
しして嫁を抱いた時や、興奮したムサシを救うために抱いた時とは
違い、わらわの影響がないところで、自ら便所でズッコンバッコン
だったのだ!﹂
そして一番黙れえええええ! ジャレンガッ! エロスヴィッチ
ッ!
﹁﹁﹁あ゛∼? い、いもうと∼? ⋮⋮ムサシを抱いた時∼? ⋮⋮師匠の影響がない時にズッコンバッコン∼?﹂﹂﹂
畜生、三連チャンで反応しやがって! つうか、こいつら、エロ
スヴィッチのことを師匠とか呼ぶのやめろ!
﹁は、はうわ∼∼! え、エロスヴィッチ様、それを言ってはダメ
でござる! ち、違うでござる奥方様ッ! あ、あれは、エロスヴ
ィッチ様の手で、拙者が壊れてしまいそうになってしまった際、殿
はそれを救うためにとしてくださっただけでござる!﹂
﹁﹁﹁⋮⋮⋮ほう⋮⋮⋮﹂﹂﹂
﹁そう、一回、たった一回だけでござる! 殿は、哀れな配下を救
うため、やむなく一回だけ拙者と! ⋮⋮⋮あっ、しかし、一回は
一回でござるが、回数的には、ひい、ふう、みい⋮⋮⋮う、うへへ
へへへ∼⋮⋮んもう、殿は何度も何度も拙者に⋮⋮うへへへへへ∼﹂
﹁ムサシーーっ! そこで指折り数えてんじゃねえっ! 嬉しそう
にしてんじゃねえ! つうか、お前はもう黙ってろ! 今すぐ、コ
966
スモスとハナビを連れて部屋に戻ってなさい!﹂
もう、ダメだ。ニコニコから絶対零度。そして、今度は⋮⋮⋮阿
修羅だ。
﹁ヴェルトォオオオオオオオオオオオオオオオ! あなたは、一体、
何を考えていますの! 足りませんの? 六人では足りませんの?
何が足りませんでしたの!﹂
﹁ふ、ふふ、ふふふふふふ。初めてよ⋮⋮⋮前世でも、現世でも⋮
⋮これほど一人の人をいたぶりたいと思ったのは⋮⋮氷の牢獄の中
で永久凍結させてしまおうかしら⋮⋮誰の目も声も届かぬ世界の果
てで⋮⋮﹂
﹁本来なら、今すぐにでもお前と寝室に行きたいところだが、まず
は地獄に行ってもらわないといけないようだな⋮⋮⋮⋮まずは、下
段回し蹴り一万回⋮⋮生まれたての子鹿のように震えさせてやろう﹂
俺も初めて見る。これまで、こいつらが嫉妬したり、やきもちで
怒ったりするのは何度もあった。
だけど、こ、こ、ここまで⋮⋮ここまでの憎悪を出せるもんなの
か? もう、ダメか? いや、そうだ!
﹁お前ら、その話は後でだ。フォルナ、聞け! この女は、チェー
ンマイル王国のクレオだ!﹂
﹁⋮⋮えっ?﹂
967
﹁アルーシャ、聞け! 俺たちは、さっきまで飛ばされていた場所
で、クラスメートに会った!﹂
﹁⋮⋮えっ?﹂
﹁ウラ、俺たちの飛ばされた世界は、神族世界だったんだ。今から
そのことについて、話をしなくちゃダメだ! 至急、魔王たちと会
議するぞ!﹂
﹁なに?﹂
どうだ、意識逸らし作戦だ。これなら流石に反応⋮⋮
﹁クレオ姫! ま、まさか、そ、そんなことが! し、しかし、確
かに言われてみれば⋮⋮あなたは!﹂
﹁クラスメートに再会? どういうこと? ヴェルトくん! 一体、
君は、誰と再会したの?﹂
﹁神族の世界だと? それは、本当か、ヴェルト! もし、それが
本当だとしたらとんでもないことだぞ!﹂
フィーーッシュ! 囮の餌に引っかかった! これなら⋮⋮
﹃俺の嫁になれよ、クレオ﹄
と思ったら、俺の声が、ニートが向こうの世界からお土産で持っ
て帰ってきたタブレットから聞こえてきた。
﹁⋮⋮⋮へえ﹂
﹁あら﹂
﹁ほう⋮⋮﹂
968
一度食いついたはずの餌なのに、こいつら吐き出して、元の阿修
羅顔に戻っちまった!
﹁ニート、テメエ、何をやってやがる!﹂
﹁⋮⋮わあ、たいへんだ∼、操作を間違えたんで∼、すまんヴェル
トー﹂
﹁なんだよ、そのクソ棒読みは! なんだよ、そのニタニタは! テメエ、俺になんか恨みでもあんのかよ!﹂
﹁別に。なんだかんだで、神様はお前に天罰与えなかったんで、代
わりに俺が与えただけなんで﹂
﹁ふっざけんな! さっきまでドシリアスだったくせに、急に思い
出したかのように復讐しやがって!﹂
だが、もう既に遅い。
そして、今のニートの嫌がらせにより、一人の阿修羅が半年ぶり
に独自の世界を創世しやがった。
﹁ねえ⋮⋮ヴェルトくん?﹂
来たっ! アルーシャだ! アルーシャは、俺の肩を掴み⋮⋮
﹁ヴェルトくん、君は分かっているのかしら? 半年よ? 半年。
半年前、全ての戦が終わった私たち。その後、数日間は治療期間を
設けられ、その際に何度か肌を重ねたけれど、結局それが最後。君
は半年間、帝国に様子を見に来てくれることも、手紙を書いてくれ
ることも、魔水晶による連絡も一切してくれなかったわ。確かに、
君が働いていることは知っているから、暇ではなかったというのは
分かっているわ。でもね、フォルナ、ウラ姫、エルジェラ皇女、三
人合わせて数え切れないぐらいに肌を重ねていることは既に私たち
969
ヨメーズのホウ・レン・ソウで、明らかになっているのよ? 私は
その話を聞くたびにいつも嫉妬していたわ。私だって、君に会いた
い、傍に居たい、抱きしめてもらいたい、口づけが欲しい、貪るよ
うに愛し合いたい、君の子供が欲しい。でも、私はそれでも帝国の
姫。本来であれば自由な恋愛を認められない身である私が、心から
愛する人と結ばれただけでも身に余るほどの幸福なのだと自覚しな
ければいけないと自分に言い聞かせ、そしてこれまで私を慕ってく
れた帝国民、仲間、そして私を支えてくれた兄さん達に失望された
りしないよう、責務をキッチリと果たすまでは君の元へは行かない
と決めていたの。寝る間もないほどの激務や会談がいつまでも続き、
正直逃げ出したいと思うときもあったわ。更にそんな中でヨメーズ
定期報告会で、君がドレス姿のフォルナとシたとか、ウラ姫が裸エ
プロンを披露したとか、エルジェラ皇女がローションを駆使してあ
なたを悦ばせたとか、幸せいっぱいの皆の姿にいつもいつも心が苦
しかったわ。でもね、そんな中で、私の姿を見かねた兄さんやドレ
ミファたちは、自分たちも忙しいにもかかわらずに私の負担を減ら
すべく動いてくれたわ。そしてついに先月、お父様から私に﹃超重
要任務、ヴェルト・ジーハの傍に居て、次代の子を成せ﹄と言われ
たわ。そしてその日、多くの人たちが私に﹃どうか幸せに﹄と言葉
を送ってくれたの。だからこそ、私もそれに応えたい。幸せになり、
そして子を作り、皆に感謝の気持ちを伝えたいと思ったわ。そのた
めにも、君と再会した際には、ただイチャイチャするだけではダメ。
半年の遅れを取り戻すべく、体を張らなければいけないと、色々考
えたわ。妊娠しやすくなるように、激務によって不規則な生活習慣
で乱れたホルモンバランスを元に戻すように栄養バランス等を改善
し、食生活も見直したわ。更に、君との閨に備えて、帝国に伝わる
﹃帝国式房中術大全﹄の本を完全読破し、亜人大陸に伝わる媚薬や、
回数が必然的に増えてしまう君のために滋養強壮に効く超高級強力
精力剤も大量に仕入れたわ。更には、エルジェラ皇女の胸に対抗す
るバストアップのエクササイズ、更に牛乳を何杯も飲んだわ。ちな
970
みに、少し、大きくなったと思わない? あとで、好きなだけ確か
めてね♪ そうそう、君を誘惑するために、帝国一の職人に頼んで、
とっても可愛い下着を作ってもらったわ。後で見せてあげるわ♪ でも、それだけではまだ不足。そう子供が出来た時に備えた準備も
必要。実際、ヨメーズの中で子育ての経験があるのは、エルジェラ
皇女と、幼いハナビちゃんの面倒を見ていたウラ姫ぐらい。その差
を埋めるべく、城の女中に、抱っこの仕方、おむつの替え方、あや
し方、離乳食等のハウツーを学んだわ。そしたら、兄さんや、ドラ
ミファやヒュールたちが、﹃子供の名前をどうする?﹄なんて聞い
てくるから、私も﹃それもあったわね﹄と新たな課題に頭を抱えた
わ。ちなみに、最終的には君との協議で決めさせて貰えたらと思う
のだけれど、男の子でも女の子でも﹃リュウカ﹄はどうかしら? リューマと華雪。輪廻の果てに結ばれた二人の名前から取ったの。
素敵だと思うでしょう? でも、最終的には君と話をして決めたい
と思っている。子供の名前を二人で考える。なんて素敵な話かしら。
それだけで胸が踊り、そしてようやくここまでたどり着いた私に見
せる光景がこれなのかしら? 君、少々おいたが過ぎるのではない
かしら? 百万歩譲って、ヨメーズが一人も居ない状況の中で、エ
ッチな君が堪えきれずにムサシさんにセクハラをしてしまったとい
うのなら、まだ情状酌量の余地はあるわ。でも、これは認めないわ。
美奈ことクロニアでもなく、いきなり現れた女性と私たちの相談も
なく結ばれた? 既に肌も重ねている? しかも、私の時は私から
君にプロポーズしたにもかかわらず、君からした? ねえ、私を苦
しめてそんなに楽しい? 許さないわ。渡さないわ。誰にも渡さな
い。離さない。仮に君が浮気ではなく、彼女のことを本気で好きに
なったとか、私と別れたいなんて泣いて懇願したって許さないわ。
死んでも離れないし別れてあげない。仮に次に転生しても、その次
の世界でも結ばれてみせるわ。そう、私は生涯、魂の果てまで君と
結ばれるつもりなのだから、絶対に逃がさない。離さない。渡さな
い!﹂
971
もはや、氷の魔法で寒いからではない。身も心もある種の恐怖で
震え上がる。
﹁というわけで、嫁の増員は認めないわ。それを大前提に話を進め
させてもらうわ﹂
ある意味での復活のアルーシャが本領発揮しやがった。
﹁さて、それにしても、これはどういうことかしら? ⋮⋮本当に、
チェーンマイル王国の、クレオ姫?﹂
﹁ふふ、ええ、久しぶりじゃない。アルーシャ姫。随分と性格が変
わったようね。フォルナ姫は相変わらずのようだけど﹂
さて、ここでようやく矛先がクレオに向けられたわけだが、一応
はフォルナたちも顔見知り。
﹁どういうことですの? クレオ姫、あなたは十年も前に⋮⋮﹂
﹁人類大陸、チェーンマイル王国のクレオ姫か。たしか、暁の覇姫
と呼ばれていた⋮⋮私たち魔族大陸にもその名は轟いていた﹂
﹁ええ。生きていてごめんなさいね、フォルナ姫。そして、その赤
い瞳と角は魔人族ね⋮⋮更にその顔⋮⋮あなたが、ウラ・ヴェスパ
ーダね。母親にそっくりね﹂
まずは、死んだと言われていたはずの女の存在には、驚きはして
いるようだ。
972
﹁クレオ姫。この十年、あなたがどこで何をされていたのかは知り
ませんわ。しかし、ご存命だったのならば大変喜ばしいこと。今す
ぐにでもチェーンマイル王国のみではなく、人類大陸全土にその報
を告げるべきですわ﹂
﹁そうね。私も十年ぶりの帰郷。この世界に帰ってきて、ようやく
その実感が沸いてきたわね﹂
﹁ええ、ですので、今すぐこちらでもその報と、チェーンマイル王
国へあなたをお送りする準備をしますわ。今すぐにでも帰られるべ
き︱︱︱﹂
﹁あら、それはできないわね。だって、せっかく夫と結ばれたのに、
また離れるような真似はするものではないでしょう?﹂
﹁あ゛?﹂
フォルナは、クレオの生存に驚き、そして喜び、そして﹁じゃあ、
とっととチェーンマイルに帰れよ﹂という流れを繰り出そうとした
が、クレオは笑みを浮かべたまま、それを拒否しやがった。しかも、
その拒否の仕方があまりにもドストレート過ぎて、フォルナのこめ
かみに血管が浮き上がった。
﹁せっかく結ばれた夫? どういうことだ! そもそも私たちが居
ない間にヴェルトのことを好きになったとかのくせに、とうとう結
ばれた等と言って嫁ヅラするのはどういうことだ!﹂
973
﹁ふふ、ウラ・ヴェルパーダ。どうやら、あなたは何も知らないの
ね? 私とヴェルトは、七歳の頃に出会い、既に将来を誓い合って
いるのよ? そうよね? ペット・アソーク﹂
﹁はい、そーでーす。ヴェルトくんは七歳の頃にクレオ姫のお尻に
イタズラしたり、お股に顔をうずめてモソモソしたあげく、熱烈な
告白したあげくに、プロポーズの花束を送ってます∼﹂
﹁ペット、テメェ! なんで、そんなジト目で! おまえ、そんな
に俺に怒ってんのか? だから、あれには色々と事故なりフラッシ
ュバックなり、勘違いがあったんだよ!﹂
ペットは完全に﹁ざまーみろ、ふーんだ﹂と頬を膨らませてプイ
ッとそっぽ向いている。
﹁ど、どういうことですの、ヴェルト! 十年前に事故があったの
は知っていますが、その詳細とプロポーズは聞いてませんわ! ⋮
⋮ッ! まさか、あのピアノの発表会の時に送られたブルースター
は、それを意味していましたの?﹂
﹁なっ、わ、私とで、出会う前のヴェルトだと⋮⋮わ、私の知らな
い時のヴェルト⋮⋮﹂
﹁ちょっと、二人とも、そんな大昔のことを持ち出された程度でシ
ョックを受けてどうするの? 私たちの宿敵は、クロニアのはずよ
? この程度でショックを受けている場合ではないわ!﹂
974
そして、これまで俺に向けられていた怒りが、ついにクレオ本人
に向けられ、三人と一人の意見がぶつかりあった。 ﹁クレオ姫! 十年前に何があったかは知りませんが、その後の十
年はワタクシたちとヴェルトは時間も思い出も、愛も、そして肌の
重ね合いも積み重ねてきましたわ。それを前にして、よくも今更、
そのような身の程知らずなことを言えますわね﹂
﹁あら、物語によくありそうな素敵な展開じゃない。離れ離れにな
った男と女が運命的な再会を果たし、今までの時間も思い出も愛も、
これから互いに取り戻していきましょうということでしょう? そ
れに、肌の重ね合い? まさか、あなたほどの女が、男と寝た回数
で優越感を示すだなんて、少々落ちぶれたのではなくて? ちなみ
に、回数は劣っても、私とて既にその男のイチモツの味も痛みも温
もりも知っているのよ? ならば、むしろイーブンではなくて?﹂
﹁これから取り戻すだと? 甘いことを言うな! 私、フォルナ、
アルーシャ姫、エルジェラ、アルテア、ユズリハ、この六人が常に
ヴェルトの傍に居て、そしてこの六人で、時には単独での時間を調
整できるような体制をこれからしようとしているのだ。貴様の入る
隙など一時もない! 大体、胸とお尻の小さい嫁要員なら、既にユ
ズリハというヴェルトのお気に入りが居る!﹂
﹁ふふ、六人の体制で満足というところが、既にあなたたちに王の
隣に立つ唯一無二の王妃としての自覚はないわ。せいぜい、性欲処
理の愛人ではなくて? 愛情も時間も六分の一。それで幸福だと感
じる底の浅い愛情なんて、私の敵ではないわ﹂
975
﹁勘違いしているようだけれど、ヴェルトくんからの私たちのへの
愛情が六分の一というのは間違っているわ。六人一体の私たちは常
にWin−Winな関係で居るのよ? それは、決して愛情を六分
の一にするものではない。むしろ、愛情や楽しさを六倍にするもの
なのよ! 少なくとも、閨での私たち六人一体のチームワーク及び
フォーメーションから繰り出す必殺技には、あなたは加わることの
できないものよ。更にこの半年間、連絡を取り合うための魔水晶に
よって、エロスヴィッチ師匠の男を満足させる通信教育も受けた私
たちに死角はないわ﹂
﹁通信教育? 百聞は一見に如かず。実践もしていないフォーメー
ションを心の拠り所にしているようでは、まだまだね。それに、逢
瀬や閨の回数が減るのは事実でしょう? ちなみにこの男、だいぶ
溜まっていたわ? 少々刺激をして、私の体に突き刺した瞬間、大
量の︱︱︱︱﹂
やべえ、俺、この場から立ち去りたい。
っていうか、エロスヴィッチの通信教育? なにそれ、知らねえ
よ。そんなことやってたのか?
でも、逃げようとしたら、殺される。
しかも、この激論まだ終わりそうもねえ。
﹁まったく、どいつもこいつも思考が若いのだ。口で対決しとらん
で、今すぐベッドに行って、誰が一番ヴェルトを性的に満足させら
れるか勝負をすれば良いだけなのだ。仕方ない、ここは師匠たるわ
らわが、半年前のように一肌脱いで︱︱︱﹂
﹁バスティスターーーっ! 頼む、そこのキツネ女を放り出してく
976
れ! 今すぐこの場からぶん投げてくれー!﹂
﹁やれやれだな⋮⋮﹂
だが、俺は分かっていなかった。
この激論が終わるとかどうとか、そんなもんじゃなかった。
﹁は∼、あの、ニート君、これってどういうことでしょうかね∼?﹂
﹁さあ、とりあえず、リア充大爆死しろってやつなんで﹂
爆死? そんなものでも生ぬるい。
﹁なんだい? 騒がしいねえ。昼時だってのに、客が中に入れずに
戸惑ってるじゃないかい。一体、何の騒ぎだい?﹂
俺は、その声を聞いた瞬間、感じたのは圧倒的な恐怖。
店の扉が開かれ、その瞬間、目も眩むような神々しいオーラとシ
ャンデリアみたいなド派手なドレスから光を発して、ラーメン店と
は不釣り合いすぎる人が入ってきた。
﹁おや﹂
そして、そいつは、俺を見た瞬間、ニタ∼っと悪魔のような笑み
977
を浮かべた。
﹁なんだい、ちゃんと無事に帰ってきたんじゃないかい。愚婿﹂
﹁ま、ままままままま、ママーーーーーーっ!﹂
978
第55話﹁ザマア﹂
世界を支配した男? 嫁の憤怒に怯え、更には嫁の母親の存在そ
のものにビクつく体たらくで言えるのか?
しかし、許してくれ。これは、情けないとかそういうレベルじゃ
ない。本能的にそうなっちまうんだ。
﹁愚娘たちに心配させたようだが、ちゃんと帰って来たみたいだね
え、愚婿。感心感心﹂
﹁ま、ママ⋮⋮だ、黙って消えて、わ、悪い﹂
﹁⋮⋮ああん?﹂
﹁ッ!﹂
その瞬間、俺の体に鞭が一瞬で巻きついて、ママまで引き寄せら
れた。
回避することも、抗うことも、体が拒否して言うこと聞かねえ。
ママは俺を引き寄せて、胸ぐら掴んで見下ろしてきた。
﹁黙って消えてごめんなさい、ママ許してね、だろ? ええ? 愚
婿∼﹂
﹁黙って消えてごめんなさい、ママ許して!﹂
どんなに強くなろうと、どんだけ修羅場を乗り越えようと、どれ
だけ高い地位に登っても、俺はこの人にだけは一生勝てる気がしね
え。
﹁大体、どういうことだい、ヴェルト。あんたにね∼、自由なんて
979
あると思ってんのかい? しばらく嫁たちが居ないという休息期間
が終わったんだから、さっさと寝室に嫁共を連れ込んで種を仕込ま
ないでどうすんだい? ああん?﹂
﹁ぎゃ、お、おわあああああっ!﹂
グルグル巻きにされた俺を、今度はコマのように回して開放し、
そのまま俺の体を強く鞭で引っぱたいてきやがっ、い、いてえええ
ええ!
﹁ま、ま、ママ、お、俺、今、帰ってきたばっ⋮⋮ぎゃう、い、い
てえええ!﹂
﹁今、帰ってきた? 今、帰ってきたってんなら、何で未だに服す
ら脱がずにダラダラしてんだい、ええ? あんたは、分かってんの
かい? 半年前、愚娘以外の女たちを持って帰ってきたところまで
は許してやるが、どうして、まだ誰も孕んでないんだい! いつに
なったら、私に孫を見せるんだい!﹂
﹁ぎゃ、いっ、いて、だ、だから、お、俺も頑張ってんだよ!﹂
﹁あ? 頑張ってますけど、なかなか仕込めず申し訳ありませんだ
ろうが! あんたのピー、も○○××がなって、○○△■して、ふ
にゃってんのが悪いんだろうが! ラメーンなんか作ってないで、
あんたは種馬のごとく働かないでどうすんだい!﹂
﹁い、いたい、痛いって、ご、ごめんなさい、ママ!﹂
980
﹁ほらほら、鍛錬が足りないね∼、少しはイーサムを見習ったらど
うだい。魔力より低い性欲と、根性のない白濁液は、ここで作られ
てんのかい? ほらほらほら!﹂
﹁む、鞭で俺のナニを叩くんじゃね、い、いや、叩かないでくれよ、
ママ!﹂
﹁フハハハハハハハ! 許して欲しければ、もっと懇願しな! 瞳
潤ませて媚びた犬みたいに従順になりな! ほらほらほら!﹂
り、理不尽すぎる! でも、逆らえねえ。
ぐっ、は、半年前のママはどこに行ってしまったのか。
半年前、全ての戦いが終わって帰還した俺。
聖騎士たちの魔法によって、俺に関する記憶を消されていたママ。
二年間も俺のことを忘れてしまったこと。更に一度会ったとき、
他人と思って俺に敵意を向けたこと。
そのことを強く悔いていたママは、再会した瞬間、俺を強く抱き
しめた。
何も言わず、無言で、肩を震わせながら、俺を抱きしめた。
ひょっとしたら、ママは泣いていたんじゃないか? そう思った
とき、俺も抱きしめ返した。
でも、数日後には今と同じ状態になっていた。
﹁大体、あんたは分かってんのかい? 早めに今手元に居る嫁たち
と子供作っとかないと、すぐに大変なことになるんだよ? あんた、
自分の新しい親戚を分かってんのかい?﹂
﹁は、はあ? な、なにが?﹂
﹁エルジェラ皇女は別として、今ここに居ない、アルテア姫とユズ
リハ姫の二人だよ﹂
981
﹁あ、アルテアと、ユズリハ?﹂
﹁アルテア姫はユーバメンシュの娘。ユズリハ姫はイーサムの娘だ
よ? もし、子作りが滞ったら、どうなるか分かってんのかい?﹂
ぎゃあああああああああああああっ! そ、それを言わないでく
れえええ!
元四獅天亜人の狂獣怪人ユーバメンシュことママンに、元四獅天
亜人の武神イーサム。
自他共に認める世界最強の五人に数えられる規格外の怪物。そし
て、変人!
俺は、半年前からそのことだけが怖かった。
史上最強の親戚。ママ、ママン、イーサムの三人が揃った時の恐
怖は⋮⋮⋮⋮
﹁まあ、ヴェルトったら、あんなに怯えて⋮⋮キュンとしますわ﹂
﹁ふふふふふ、私たちもあれくらいのトラウマを彼に与えた方が、
今後のために良いのではないかしら?﹂
﹁うむ。そうなるとだ⋮⋮やはり、以前教えてもらった、ヴェルト
にお尻ペンペンだな﹂
フォルナ、アルーシャ、ウラの三人は尊敬の眼差しでママを見る。
くそ、冗談じゃねえ。嫁がママみたいになって、それが六倍にで
もなろうもんなら、俺は死ぬぞ?
﹁やっぱタブレット便利なんで。ず∼っとこの光景を撮りたいと思
ってたんで﹂
﹁ちょっ、ニート君、何サラッとそんなのを⋮⋮どこで手に入れた
んですか?﹂
﹁ヴェルトくんのばか、ざ、ざまーみろなんだから⋮⋮﹂
﹁ペット、あなた、やっぱり相当頭に来ることがあったようね﹂
982
﹁ヴぇ、ヴェルくんが∼、あなた、ヴェルくんが∼﹂
﹁いや、いいだろ。むしろ、ああいう人が居てくれる方が、あのバ
カには丁度いいんだよ﹂
﹁マスターの言うとおりだな。あの男は自由にさせすぎると、破滅
に向かう﹂
﹁うわ∼、光の十勇者最強のファンレッドじゃない? あ∼、確か
に他の雑魚とは桁が違うね⋮⋮魔王たちが一目置くわけだね?﹂
くそ、こんな公衆の面前で、恥さらしも言いところなのに、情け
ない⋮⋮
﹁ふふふふ。流石にあなただけは変わっていないようで、嬉しい限
りね﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ん? ⋮⋮あんたは⋮⋮﹂
その時、十年前から何一つ変わらないママの姿に嬉しさを滲ませ
ながら、クレオが前へ出た。
﹁まさか⋮⋮あんた﹂
﹁ええ。お久しぶりね。ファンレッド女王陛下。私はチェーンマイ
ル王国の第二王女。クレオ・チェーンマイルよ。いいえ、元第二王
女と言うべきかしら?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮なんだって?﹂
983
流石に、天上天下唯我独尊ママでも、表情が変わった。
そりゃそうだ。ママにとっても予想外の人物だからな。
﹁こりゃ驚いたねえ。とんでもない客じゃないかい。幽霊⋮⋮って
わけじゃなさそうだねえ?﹂
﹁ええ。十年の時を超えて、一人の男と愛し合⋮⋮復讐するために
ヴァルハラより舞い戻ってきたわ﹂
﹁ほう⋮⋮⋮﹂
そこで、ギロっと俺を見るママ。
だが、さすがのママもこの状況の中でお仕置き続行はしなかった。
世界的にも有名なチェーンマイル王国のクレオ姫が生きていたと
いうのだから当然だ。
とりあえず、俺たちは要点を噛み砕き、神族世界、神族たちのこ
と、文化、そこで起こったトラブル、そしてクレオのことを一通り
説明した。
﹁ふ∼ん、なるほどねえ。神族世界か⋮⋮⋮そういうことがあった
わけかい。どうやら、昨日のブルーとかいう奴らの話は嘘じゃなか
ったわけかい﹂
もちろん、クラスメート云々の話は、先生とアルーシャを交えて
改めて別途行うが、まずはここに居るクレオは紛れもなく俺たちが
知っているクレオで、十年前に死んだのではなく、どういうわけか
神族世界に飛ばされ、そして生きていたことを説明した。
まあ、流石にホークたちは驚き戸惑ったままだが、ママやフォル
984
ナたちは十分理解したようだ。
﹁まあ、生きていたことが悪いことだなんてありえないからねえ。
無事で何よりじゃないかい。クレオ姫﹂
﹁ええ、それだけはワタクシたちも本心ですわ﹂
﹁そうね。もうこの世界も、あなたが知っていた頃と大分かけ離れ
てしまったかもしれないけれど、おかえりなさい﹂
﹁そういうことだな。私は魔族だが、それでも今は敵対していない。
そこまで目くじら立てる気はない﹂
さ、そういうわけで生きていて良かった良かったというわけで⋮
⋮⋮
﹁﹁﹁で、嫁っていうのはどういうこと?﹂﹂﹂
あっ、やっぱそこだけは流せねえか。
﹁くくくくくく。まさか、十年前のあの時からの想いを貫くとはね
え、あんたも中々意志が強いじゃないかい、クレオ姫﹂
﹁あら、当然じゃない。十年前、私にあれだけの辱しめをした男を
ようやく捕まえたのよ? 一生かかって償わせるに決まっているじ
ゃない﹂
﹁ふっ、しかし、愚婿がプロポーズねえ? そこはキッチリ説明し
てくれるんだろうねえ、愚婿﹂
そして、その話題がついにママから。
もうダメだ、俺、今日いろいろと取り返しのつかないことになっ
たんだな⋮⋮⋮
985
﹃んっ﹄
﹃︱︱︱︱ッ!﹄
﹃俺の嫁になれよ、クレオ﹄
いやあああああ! もう、な、なんじゃそりゃあっ! ニート、
テメェ! この状況の中で、ニートが再びタブレットの動画を大音量で流し
やがった。
﹁ニーーーートーーーーっ! テメェえ、ぶち殺してやらァ!﹂
﹁まあ、ドンマイなんで﹂
﹁この野郎! テメェ、親友だと思ってたのに裏切りやがったな!
この野郎、もう勘弁ならねえ! テメェ、俺が嫁とママに殺され
る前にぶっ殺してや︱︱︱﹂
﹁黙りな、愚婿! ⋮⋮⋮くくくく、ほ∼う、中々興味深いものが
あるじゃないかい﹂
俺がニートをぶち殺そうと思った瞬間、ママが俺を床に叩きつけ、
うつ伏せになった俺の背中にドカッと座りやがった。
そして、ジックリと、あの時の俺とクレオのやりとりを、この場
にいる全員に聞かれた。
﹃ほんとうでしょうね? 先ほど現在の嫁の魅力を語っていたけど、
なら、私には何の魅力を語れるかしら?﹄
﹃くははは、大丈夫。お前、十年前から尻が可愛かった﹄
986
﹃あなた、私がそこまで優しい女だと思わない方がいいわ? 次に
そんな冗談を言ったら、本気で殺すわ?﹄
﹃ああ。確かにトゲがあるが⋮⋮そのトゲさえ抜けば、結局お前も
普通の女だ。だから、黙って俺の嫁になっとけよ﹄
﹃ふふ⋮⋮⋮そうね⋮⋮⋮ふふふふふふふふ∼⋮⋮⋮もう、言い逃
れは出来ないわ? ヴェルト・ジーハ!﹄
そして、あの時、あの場にいなかった連中はこう思った。
﹁﹁﹁⋮⋮⋮許さない⋮⋮⋮お尻がそんなにいいの?﹂﹂﹂
﹁ま、待て、お前ら! これは、暁光眼の所為で!﹂
嫁三人は怒り。
それ以外は⋮⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁どういう状況でそんなことになってんだ?﹂﹂﹂﹂﹂
そりゃそう思うよな⋮⋮⋮全員呆れていたり、もう俺に失望した
ような目で見てるよ。
﹁あ∼、あの∼、ヴェルトくんって、新婚半年目ですよね? 新婚
で浮気とか、正にゲスの極みですね﹂
﹁フィアリ∼、騙されるな! ニートだってなあ、ニートだってな
あ! 向こうの世界じゃなあ、色々と︱︱︱﹂
一人では死なねえ。ニートも道連れにしてやる。ニートがブラッ
クと何だか良い雰囲気だったと告げ口をしてやる。
987
﹁ちっ、なら、これなんで!﹂
俺が告げ口しようとした瞬間、ニートは舌打ちしてタブレットを
再び操作した。
すると⋮⋮⋮
﹃どうせ、今の妻だって、それほど真剣なわけじゃないのでしょう
?﹄
﹃そいつは心外だな。色々と問題はあったりもするが⋮⋮それはそ
れで、俺たちは自分たちなりに互のことを想ってるよ﹄
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ゑ?
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮なに?﹂﹂﹂﹂﹂
この場に居た、ニートとクレオ以外の全員が同じ顔で固まった。
再び流れた動画の音声。これは、確か⋮⋮⋮これも、俺とクレオ
のやり取りで⋮⋮⋮ッ、確かこれは!
﹁やっ、ちょ、それまやめええ!﹂
﹁静かにしろって言ってんだろう、愚婿ッ!﹂
ち、違うんだ、ママ! こ、これは別の意味で、別の意味で、別
の意味でええええ!
﹃フォルナは⋮⋮ガキの頃から俺のことを、この世の誰よりも想っ
てくれた。俺もたまにウザいと思うことはあっても、それでもあい
つに救われることもあった。それこそ、あいつが居てくれなければ、
ヴェルト・ジーハは存在しねえ﹄
988
﹁⋮⋮えっ? は、う、え? あ、あの、ヴぇ、ヴェルト? ⋮⋮
う、うそ? ヴぇ、ヴェルト?﹂
タブレットから流れてきた俺の言葉に、フォルナが顔を真っ赤に
してアタフタしている。
そして、今聞こえてきた俺の声が、夢なのか幻なのか分からぬと、
戸惑っている。
さらに⋮⋮
﹃ウラは⋮⋮親友の⋮⋮魔王シャークリュウの娘だ。人類大連合軍
との戦いで、国も家族も仲間も失い、一人になったあいつを守って
ほしいというダチの願いを俺は受けた。だからこそ、もはや好きと
か嫌いとかそんな次元の話じゃねえ。ウラはこの世の誰よりも俺が
幸せにしてやらなきゃいけねえ。それが俺の役目だ﹄
﹁はう、し、幸せにッ! ヴェ、ヴェルト⋮⋮ヴェルトが⋮⋮私を﹂
ウラも。
そして、
﹃アルーシャは⋮⋮正直、あいつとの結婚は無理矢理感もあるが⋮
⋮それでもあいつはあいつなりに、悩んで、考えて、苦しんで、そ
れでも最後は俺を好きだという気持ちを優先しやがった。決して軽
くない人生を送って、築き上げてきたもの全てをかなぐり捨てでも
⋮⋮⋮あれほどの女がそこまで想ってくれて⋮⋮まあ、かなり引く
989
ときもあるけど、バカになってでも突き進む強引なところは、最後
は俺も降参しちまうぐらい重いもんだったよ﹄
﹁⋮⋮ヴェルトくん⋮⋮﹂
アルーシャもだ。
俺は実を言うと、こいつらと何回も寝たりしてるし、法的にも夫
婦になったりしているが、こいつらに俺が各自のことをどう思って
いるかを口にしたことは無い。
今更な感じもするし、何よりも恥ずかしかったから。
だから、あの時、クレオとの戦いの場に、こいつらが居なくて本
当に良かったと思っていた⋮⋮思っていたのに⋮⋮
﹃嫁六人。確かにふざけた話だろうぜ。ましてや一般的な恋愛から
発展したものでもねえからな。本来なら、あらゆるものに反発する
不良としては、こんなふざけた話はぶっ壊していたところだ。でも、
そうはなってねえ。あいつらは⋮⋮そんな俺すらも力づくで押さえ
込み、それでいて最後は俺も屈服させた⋮⋮そして、俺自身も、も
うそれでいいやと思わせた。それだけの力と想いと⋮⋮あいつらそ
れぞれに魅力があるんだよ﹄
い、あ、うわああああああっ!
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂﹂
990
正直、なんつうか誰もが、俺らしからぬ言葉を聞いて反応に困っ
ていた。
﹁い、意外に⋮⋮直球勝負じゃねえか、ヴェルト。なんで、それを
面と向かって言わねーんだ?﹂
﹁ヴェルくん、良かった! ちゃんとお嫁さんたちのことを想って
いたのですね。すごく安心しました﹂
﹁ふっ、そういえばラブが言っていたな。確か、こういうのをツン
デレと呼ぶのだったな﹂
先生とカミさんにバスティスタ⋮⋮
﹁い、言うじゃない、ヴェルトくんも﹂
﹁やっていることはゲスなのに、ちょ、ちょっとドキドキしちゃっ
た⋮⋮﹂
﹁く、反則ってやつだね⋮⋮﹂
聞いてて恥ずかしかったのか、顔を赤らめている、ホーク、サン
ヌ、ハウ。
﹁⋮⋮ニート君、面と向かって私に言うことはないですか? かも
∼ん﹂
﹁ないんで﹂
羨ましそうにしているフィアリに、一つ仕事を終えたぜみたいな
ニート。
﹁ほ∼∼∼∼う、たまには言うね∼、愚婿も﹂
﹁う、ぐううう、き、聞かれちまった﹂
991
ただ、その何とも言えないような甘酸っぱいような、恥ずかしい
ような空気の中、俺の言葉を聞いた嫁三人は、ママの尻に敷かれて
いる俺を抱き上げて、感極まって飛びついてきた。
﹁ヴェルト! そうですわ! そうなのですわ! 昔も今もこれか
らも、ヴェルトのことをこの世の誰よりも想っているのはワタクシ
ですわ﹂
﹁私を幸せにするだと? まったくもう⋮⋮もう⋮⋮とっくに幸せ
なのに⋮⋮、と、とにかく! お前のやることは私を幸せにするの
ではなく、私と幸せを築くことなんだからな! もっと、ら、らぶ
らぶ、して、こ、子供とか、な?﹂
﹁何が重くて引くのよ。言っておくけど、この程度の重さで引いて
はダメよ? 私の想いはこれからももっともっと重くなるんだから
ね♪﹂
もう、さっきまでの怒りはどこかへいったのか、俺を起こしては
モミクチャにしながら抱きついたり擦り寄ったり⋮⋮
﹁むふふふふふふ、むふ∼∼∼∼! ヴェルトったら、本当に素直
じゃありませんわね﹂
﹁えへへへへへへ、えへ∼∼∼∼! ヴェルトの恥ずかしがり屋め。
父上をいちいち引き合いに出さなくても、素直に言えばいいものを﹂
﹁うふふふふふふ、うふ∼∼∼∼! ヴェルト君ったら、なんだか
んだで、私たちのことを、ちゃ∼∼∼んと考えてくれていたのね。
照れちゃって可愛い! マイダ∼リン♪﹂
992
くそ、こいつらの顔⋮⋮﹁勝った! ついに勝った! 主導権は
もうこっちのもんだぜ!﹂みたいな顔してデレデレニヤニヤしてや
がる。
﹁ふん、全く、デレデレして情けないわね﹂
﹁おやおや、クレオ姫。あんたも人のことを言えないと思うけどね
え﹂
つまらなそうな顔をしているクレオと楽しそうにしているママ。
﹁くそ、もう、いっそ殺してくれ⋮⋮﹂
﹁ダメですわ、ヴェルト。世界一あなたを想う私が許しませんわ♪﹂
﹁私ともっともっと幸せを築いていくのだろう?﹂
﹁安心しなさい。殺すことはできない代わりに、死ぬほど愛してあ
げるから﹂
殺される心配はなくなった。でも、何だか死にたくなった! このすべての流れを、ニートの野郎にコントロールされているの
かと思うと、無性に腹立たしくなる。
﹁く、くそ∼、ニ∼∼∼∼トォ∼∼∼﹂
﹁いや、そんな顔で睨まないで欲しいんで。めでたしめでたしに導
いたのは、俺の功績なんで。死ななくて済んで感謝して欲しいんで﹂
畜生、ニートにも天罰を! それでなくても、一発ぶん殴りたい!
なんかリア充爆死しろとか呟いているけど、恥ずかしくて死ぬぞ!
だが、この時⋮⋮
﹁しっかし、まさかタブレットとは懐かしいですね∼⋮⋮こんなの
が向こうの世界に⋮⋮﹂
993
俺の痴態を晒したタブレットを、興味深そうに弄っているフィア
リ。
するとその時、ニートも知らなかった、そして想定していなかっ
た事態が起こった。
﹁動画もいっぱい入ってますね∼、これとかこれとか、ん? これ
は⋮⋮﹂
実はニートは、そのタブレットの中身は俺の痴態を録画した動画
だけが入っていると思っていたようだ。実際俺もそうだと思ってい
た。
ニートは、ブラックからお土産にもらったというタブレットのデ
ーターフォルダを、そこまで詳しく見ていなかったこともあり、ニ
ートは﹃その動画﹄ファイルを知らなかった。
﹃え、えへへ、やっほー、ニート! ビックリした?﹄
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!
﹁えっ? な、なんで?﹂
﹁⋮⋮ん? ニート君、この子、誰ですか?﹂
ニートの体がビクンと跳ねた。俺もちょっとビックリした。
﹁⋮⋮ぶ、ブラック?﹂
フィアリが何気なく弄って再生した動画。そこにはブラックの姿
994
が映し出されていた。
﹃へへ∼ん、タブレットにコッソリとメッセージを残しちゃったん
だから! これぞまさしく、ブラックサプライズ∼! どう? 嬉
しいでしょ? か、感謝しなさいよ! この、スーパーアイドル、
みんなのブラックちゃんから、ニートだけにメッセージ贈ってあげ
るんだから、な、泣いて喜びなさいよ!﹄
ブラック⋮⋮そんなことをしていたのか? 確かにサプライズだ。
ブラックサプライズだ。
でも、泣いて喜ぶのは無理かもな。だって、今のニートは普通に
泣きそうだから。
﹃そ、そのね、ニート、み、短い間だったけど、まあ、楽しかった
わ。それに、あんたって、私が可愛こぶっているキャラクターなん
か簡単に見破って、素顔の私と接してくれて、そ、その、うう、う、
うれし、ちょ、ちょびっとだけ嬉しかったかな? まあ、あんたも、
私みたいな超可愛い女の子と話をできたんだから、天にも登るほど
嬉しいでしょ?﹄
天に登るほど? 今のニートは地獄に落とされたような顔をして
いるぞ?
﹃だ、だからね、その⋮⋮⋮⋮ちゃ、ちゃんとまたこっちに来なさ
いよってこと! いい? 約束だからね! だから、いつもはファ
995
ンの人たち皆に向けてやることだけど、今日は特別に、ニートだけ
にやったあげるから!﹄
や
何をやるつもりだ? まあ、ニートは殺られそうだけどな。
すると、ちょっと恥ずかしいのか、照れているのか、顔を赤くし
たブラックは一度深呼吸をして、目をカッと見開いた。
﹃ラブラブラックのブラックちゃんは∼、今日もラブラブラックな
の∼♪ だからニートとラブラブラック♪ それじゃあ、ニートも
一緒に、ラブラブラック∼! ニートの色が、どんな色でも、私と
混じればどんな色でも黒くなる! ブラックカラーであなたを私色
にそ・め・ちゃ・う・ぞ♪ ニートに届け、ラブラブラック!﹄
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮くはははは
﹁お∼い、ニート、やらねえのか? 言ってるじゃねえか、ニート
も一緒にラブラブラック∼、だろ? くはははははははは!﹂
やべ、わ、笑いが堪えきれねえ。もう、俺は冷やかす感じで思う
存分言ってやった。
すると⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮なるほど、これが向こうの世界のスパムメールのよう
なん︱︱︱﹂
﹁動画ですニート君﹂
早いッ! 抑揚のない声でフィアリのカウンターツッコミが入っ
996
た。
﹃それじゃあ、ニート、またすぐこっちに遊びに来なさいよ! そ、
それとさ、あ、あんたってば、か、彼女居るみたいだけど、どうせ
あんたなんかすぐに振られるに決まってるんだからさ、そ、そうな
ったら、か、可愛そうだし、ま、まあ、私が︱︱︱︱︱﹄
︱︱︱ブチッ!
まだブラックが話しているのに、ニートがタブレットを強制シャ
ットダウンしやがった。
そしてニートは、俺たちに背中を向けて足早に扉へと向かった。
﹁さあ、俺も仕事あるんでそろそろ戻るん︱︱︱﹂
﹁おいこらニートくん、ちょっとお話があるので一旦私たちの愛の
巣に戻りましょうね﹂
だが、回り込まれた。
満面の笑みのフィアリ。俺にはその光景が、フォルナとウラとア
ルーシャのデジャブに見えた。
そして、それをニートも思ったのか、全身がガクガク震えて、汗
がダラダラと流れている。
そりゃそうだ。さっきまで、﹁ヴェルトざまあ﹂とかって思って、
第三者の安全ポジションで笑っていたこいつが、まさか自分も同じ
シチュエーションになるとは思っていなかっただろう。
﹁えへへへ、みなさ∼∼ん、私、ちょっとカレシと∼二人で∼、お
話があるので、今日はここで失礼します∼﹂
﹁⋮⋮⋮⋮い、いや、フィアリ、じゅ、ジュース屋を﹂
﹁えっ? なんですか? ミキサーで攪拌されたいんですか?﹂
997
﹁⋮⋮⋮⋮い、いえ、なんでも﹂
﹁ではでは∼﹂
今の俺は、多分、悪魔と呼ばれてもいいぐらいの笑顔を浮かべて
いるだろう。
心の底から思った。ザマア!
998
第56話﹁帝国の兄妹﹂︵前書き︶
一度は書きたかった。日常だああっ!
999
第56話﹁帝国の兄妹﹂
エロスヴィッチのドーピング。
アルーシャが持参してきた、精力増強剤。
それが交わった時に何が起こったかなんて⋮⋮言えるはずがねえ。
﹁もう⋮⋮朝か⋮⋮体、ダル⋮⋮﹂
半年前にも思ったが、こういう時は本当に世界が黄色く見える。
最初は俺も役得みたいなところもあったが、限度ってものがある。
色々と出し尽くした感のあるダルい体をベッドから起こしたくな
い。
そんな気持ちになっていると、傍らから声をかけられた。
﹁ふふ、まだちょっと早いわよ。ヴェルトくん﹂
﹁あっ⋮⋮﹂
﹁おはよう。ん﹂
﹁ッ!﹂
流れるように唇を軽く塞がれた。
目覚めた俺に微笑んでいるのは、アルーシャ。ちなみに、服は着
てない⋮⋮としか言えない。
﹁なんだよ⋮⋮お前も目ぇ覚めたのか?﹂
﹁ええ。少し早くね。ちょっと君の寝顔を眺めていたわ﹂
﹁っ、つう⋮⋮はずかしーことを⋮⋮﹂
﹁いいえ、とても幸せだったわ﹂
1000
恥ずかしくなって起きようとしたら、足元やら反対側から身じろ
ぎや吐息が聞こえてきた。
﹁あっ、こいつらは爆睡中か⋮⋮﹂
﹁ほんと、無防備ね。これがみんなお姫様なんだから、不思議ね⋮
⋮﹂
とても満ち足りた表情で未だに夢の中に居る、フォルナとウラ。
うずくまったように体を丸めて寝るクレオ。その表情は分からな
い。
ちなみに、三人とも服は着てない。
﹁ふふふ。流石にフォルナとウラ姫は満足そうだけど、クレオ姫は
色々とキツかったようね。あれだけ余裕な態度を取っていたのに、
途中から泣いちゃうんだから﹂
﹁⋮⋮言うな⋮⋮﹂
﹁まあ、私も半年振りだったからどうかとも思ったけど、幸せが勝
ったというところかしら?﹂
まあ、昨晩何があったかというと、うん、まあ、そういうことだ。
こうして冷静になると、俺も満足感というよりも、むしろ恥ずか
しさのほうが勝る。
そんな風に思っていると、アルーシャがまたクスクス笑い出した。
﹁なんだか不思議ね﹂
﹁何が?﹂
1001
﹁君とこうしていることが。結ばれて、夫婦になって、一緒に寝て、
君の寝顔を隣で見て、目が覚めればキスをする⋮⋮夢のようよ﹂
夢かどうかは別にして、まあ、確かにこいつとこういう関係にな
るというのは、昔は考えていなかった。
そして今では、こうして俺の目の前で脱ぎ散らかした下着を堂々
と穿きなおしたり、着けたり⋮⋮なんか、普通にこっちが恥ずかし
い!
﹁どうかしら、ヴェルトくん。まだお店の時間でも無いでしょう?
ちょっと、朝の散歩でもしない?﹂
﹁え、えええ∼∼∼、なんか、めんどくさ⋮⋮もう一回寝たい⋮⋮﹂
﹁あらあら、もう一回寝たいだなんて、昨日私たちとあれだけした
のに、まだ足りないの? まあ、それならそれで私は構わないけど
⋮⋮三人ともまだ寝ているから静かにね♪﹂
﹁そういう寝たいじゃねえよっ! ったく⋮⋮わーったよ、なんか
もう目が覚めちまったし﹂
なんだろう。昨日の俺の恥を晒したことから、どうもこいつの態
度に余裕があるように見える。
半年前までは、かなり目が血走ってたし、色仕掛けしてきたり、
襲ってきたり、持っていた避妊具の先端に穴が開いていたときはビ
ビッたしな。
でも、それも昨日の一件で、変わっちまったのかな?
そんなことを考えながら、俺も脱ぎ散らかした服を着なおして、
寝ているフォルナたちを起こさないように部屋から出た。
﹁ふふ、こんな朝早くに街を歩くなんて新鮮ね。まだ、牛乳屋さん
も新聞屋さんも働いてないわね﹂
﹁だろーな。いつも一番早く起きる先生より早く起きちまったぐら
1002
いだからな﹂
まだ、明け方に近いぐらい、外は微妙に暗い。普通に夜かと勘違
いしそうだ。
広大な王都の街には当然、誰一人歩いてないし、店だって開いて
いない。
こんな時間帯に出歩くのは、俺自身も初めてで、これはこれで新
鮮に感じた。
﹁ふふ、本当にのどかで平和ね。私自身、朝早くに起きるなんて、
戦争の奇襲に備えたり、作戦とかそういう時ばかりだったからね﹂
﹁まあ、平和になったぶん、色々と変わっちまったこともあるけど
な﹂
二人しか居ない王都を歩きながら会話を重ねる俺達。
あっ、なんか気づいたら、アルーシャが俺の腕に絡み付いてる⋮
⋮ま⋮⋮いいけど⋮⋮夫婦なわけだし⋮⋮
﹁お前は引き継ぎなり雑務なりあったみてーだけど、どういうこと
してたんだ?﹂
﹁どうもなにも、普通に後処理ばかりよ。人類大連合軍も凍結にな
ったし、私も退役して、君の作る国の王妃になるための調整よ。イ
エローイエーガーズは、十勇者のドレミファに引き継ぎ、軍備縮小
によって職を失う人たちの就職先の斡旋、法の改正や、魔族大陸と
亜人大陸との国際条約を︱︱︱﹂
1003
﹁すまん、もうそれ以上聞いてもよく分かんねーから、いいや﹂
﹁いいやじゃないでしょう。君が支配した世界よ?﹂
つっても、細かい仕事みたいなのは全部丸無げだからな。キシン
とかラブとかカー君に⋮⋮って、今更だけど、ラブとキシンに任せ
て大丈夫か? まあ、カー君が居るからそういうのはキチッとして
くれそうだけど。
﹁そして、君に関してはフォルナ、ウラ姫、エルジェラ皇女と楽し
くよろしくしていたみたいだけどね? 特にエルジェラ皇女とは、
家でも外でも、いつでもどこでもだったようね?﹂
﹁だ、だけど、ここ数週間はエルジェラとは会えてねーし!﹂
﹁あら、半年も会えなかった嫁を前にして、ここ数週間だけと言う
のかしら?﹂
﹁うっ⋮⋮いや、それは⋮⋮﹂
﹁そして、半年振りに再会したと思ったら、君は忠義を尽くす侍を
手篭めにしたうえに、お嫁さんが一人増えているというとんでもな
い事態。あらあら、さすがね♪﹂
﹁だーもう、悪かったよ。悪かった。なんか俺も感覚がぶっ壊れて、
自分でも訳分かんなくなってるからよ﹂
1004
言い訳も、強く言い返すことも、このことに関しては出来ない以
上、俺はこうやって狼狽して謝るぐらいしか出来なかった。
昨日のこと、そして今回のこと、しばらくはそのネタでネチネチ
と言われて逆らえねーんだと思うと、やっぱ憂鬱な気分になる。
世界を支配したのに家庭の天下は取れない。クレオの嫌味は的を
得ていたな。
だがしかし、ネチネチ言われるのは仕方ないとして、正直意外で
もあった。
﹁お前らさ、クレオのこと、よかったのか?﹂
そう、クレオのことだ。
ぶっちゃけ、もうちょいネチネチではなく、ガミガミ言われてボ
コボコにされることも覚悟していた。
だが、結局は昨日の夜だって⋮⋮まあ⋮⋮なあ⋮⋮
すると、アルーシャは少しムッとした顔になった。
﹁いいわけないでしょう。今すぐにでも追い返したいぐらいよ。で
も⋮⋮全部君が悪いわけだし⋮⋮﹂
﹁いや、しかしあれはクレオが勝手に勘違いして⋮⋮﹂
﹁まあ、そうなのだけれど、正直、私たちからすれば、クレオ姫云
々よりも⋮⋮過去に君がフラッシュバックして、美奈のことを無意
識に叫んでいた方が、嫉妬するわ﹂
フラッシュバック。十年前の、クレオが誘拐されたときの話だ。
1005
実は、あのあと、クレオが﹁自分が十年前にもプロポーズされた
証拠﹂とか言って、暁光眼の力で、十年前の記憶を皆に流した。
そして、俺の前世的な事情を知らないクレオの勘違いをフォルナ
やアルーシャは気づいた。
そしたら、なんかクレオのことをそれ以上は言わなくなった。と
いうか、むしろ同情的になった。
クレオを哀れに思ったんだろうな⋮⋮
﹁前世か⋮⋮﹂
﹁ん?﹂
﹁それで? 君たちは、向こうの世界で誰と再会したの?﹂
急にマジメな顔をしたかと思えば、そのことか。
ひょっとして、フォルナたちの傍でその会話をするのもどうかと、
気を使って散歩に誘ったのか?
つーか、そういうことは、昨日ヤル前に聞けよ。
﹁再会したのは二人。過去に存在していたと思われる奴らが二人。
橋口、布野、七河、迎⋮⋮お前はこの四人を覚えているか?﹂
﹁あら⋮⋮⋮それはまた⋮⋮懐かしいというか、特徴的な人たちの
名前ね。君とはそれほど関わりが無かったと思うけど﹂
﹁まあな。正直、名前を聞いてもどんな奴だったか、全然分からね
え﹂
1006
流石はアルーシャ。ちゃんと覚えていたか。
そりゃー、ドカイシオンくんのことを覚えているぐらいだから、
当然か。
﹁神族世界⋮⋮予想もしていなかっ⋮⋮いいえ、佐々木原さんのこ
とで、もっと予想できたはずなのにね﹂
﹁佐々木原。ああ、あの名簿を作った⋮⋮そういや、あの名簿をも
っと見とけば良かったな﹂
そういや、あの名簿はどうしたっけ? つうか、俺のことをツン
デレヤンキーとか意味不明なこと書いてやがったから、そこまで気
にもしなかったな。まあ、それにその名簿を見たときは、ラブが裏
切ってコスモス攫われたりとか、それどころじゃなかったからな。
﹁橋口くん、七河くん、布野さん、迎さん、その四人はニート君、
つまり土海くんとグループを作っていた印象ね。と言っても、普段
はそれほど一緒に居たわけでもないけれど、クラスの行事の班分け
では自然と集まっていたわね﹂
﹁それはニート曰く、余り物が集まっただけだとよ﹂
﹁あ、あら、それはなんとも⋮⋮そうだったの⋮⋮。でも、そのお
かげで、よくフィアリこと恵那に、どうにか土海くんと同じグルー
プになれないかといつも相談されていたわ。だから、修学旅行は私
1007
が班分けするという、ちょっとしたズルをしたのよ﹂
﹁そんで、自分はドサクサに紛れて、大好きだった朝倉リューマを
班に入れたわけか﹂
﹁ふふふ、そうね。でも、ズルなんてする必要なんて無かったわ。
こうして私は自力で君と結ばれたのだから﹂
﹁かなり、無理やり強引だったがな﹂
﹁あら、な∼に? 不満? 別れたいの? 殺しちゃおうかしら?﹂
﹁やめろ、アホ。どういうわけか、お前が言うとギャグに聞こえね
え﹂
﹁よろしい﹂
若干冗談交じりながらも、重要なのは、クラスメートと再会し、
そしてこれからどういう行動を取るか。
アルーシャは。﹁それで、どうするの?﹂と言いたげな表情で俺
の言葉を待っている。
﹁つっても、昨日のうちにアイボリーは仲間たちを連れて帰っちま
ったし、もうこっちから向こうに行く手立てなんてないから、どう
しようもないんだけどな﹂
﹁あら、そうなの? それならしばらくは、様子見ということにな
るのかしら?﹂
1008
﹁だろうな。それに、クラスメートだって言われても、言ってるこ
とや考えていることが良く分からん連中だからな﹂
﹁あら、随分と弱気ね。半年前の熱い君はどこにいったのかしら?﹂
﹁いや∼、正直、今回の連中は俺には難しい。どっちかってーと、
ニートがどうにかする問題じゃねえの? まあ、その張本人は昨日
の件で彼女にお仕置きされて、生死不明だけどな﹂
﹁君だって一歩間違えていたら同じことになっていたのよ? やっ
ぱりもう少しトラウマになるぐらいお仕置きした方が良かったかし
ら? ファンレッド女王陛下のように﹂
﹁そうなったら、離婚以前に逃亡する⋮⋮つうか、ママはもう﹃女
王陛下﹄じゃねえし﹂
まあ、逃亡したところで逃げられるとも思えねえけどな。
で、クラスメートの件は、とりあえずもう少し流れがあってから
考えるか⋮⋮
そう思ったとき、話題がママに移ったことで、アルーシャもママ
のことで思い出したかのように頷いた。
﹁そういえば、そうだったわね。女王の座からは完全に退いて、今
では後進の指導ということで、王国最強の訓練教官だったわね。新
兵も可哀想に﹂
1009
そう、エルファーシア王国のみならず、光の十勇者最強とも呼ば
れたママだが、半年前に十勇者の称号を返還し、女王という身分を
捨てるという大事件が起こった。
その理由は、フォルナの親父でもある前国王様が、国王の座から
降りるということから、ママもそれに従った形だ。
聖騎士に関する問題、俺への罪悪感、そして新しい時代を目指す
意味でも自分は責任を取って国王の座から退くということだった。
﹁でも、随分あっさりと退かれたのね。他国、他種族にその名を轟
かせた、女王将軍引退は、軍事的な面で随分と大きな損失じゃない
の?﹂
﹁それを言うなら四獅天亜人なんて総入れ替えだろうが。それに、
エルファーシア王国の新しい女王様も、怒らせたらコエーってのは
変わらねえしな。まあ、ちょっと食いしん坊だけどよ﹂
半年前、そこらへんのことでゴタゴタしたからな。
前国王は、玉座から退き、全てを次の世代に託した。
今は、新しい若い国王様と女王様が、この国を支えている。
﹁でも、どうなるのかしら、チェーンマイル王国のこと。だって、
チェーンマイル王国のシスティーヌ姫は今の国王様の許婚だったの
でしょう? 破談になったの?﹂
﹁本人は破談にしたと思ってるけどな。あいつが家出したときに⋮
⋮だけど⋮⋮ちょっと今、それで揉めそうなんだよな﹂
﹁なるほど。そんなときに、クレオ姫まで帰ってきたのだから、色
々とタイミングが重なるものね﹂
﹁他人事みたいに言いやがって⋮⋮﹂
﹁あら、そんなことないわ。だって、私は君の身内だから﹂
そう、チェーンマイル王国だ。
1010
話がそこに行き着いたことで、俺は以前から考えていたことをア
ルーシャに打ち明けた。
﹁アルーシャ。実はな、神族たちとのゴタゴタでそれどころじゃな
かったが、元々クレオのこと関係無しに、俺もチェーンマイルには
近々行くつもりだったんだ﹂
﹁あら、どうして?﹂
﹁先生に会わせたい奴がいる﹂
まあ、むしろ行く先はチェーンマイル王国というよりは、その近場
の島なんだけどな。
バスティスタの故郷。そして、そこにいると思われるバスティスタ
の師である人物。
話を聞く限り、多分そいつも﹁そう﹂なんだろうな。
﹁ふ∼ん。全く⋮⋮で、いつ行くの? 私にだって準備があるのよ
? 同棲早々にたまらないけど﹂
﹁⋮⋮⋮やっぱ、来んの?﹂
﹁当たり前でしょう! また、増えたらどうするつもりよ!﹂
また増える。それだけで、何が増えるのかが分かっちまう俺は、
きっとおかしくなっている。
﹁本当はバスティスタに来て欲しいところだったが、そういうわけ
にもいかねーしな。ニートは⋮⋮もうついてきてくれなそうだし⋮
⋮リガンティナは、今はそれどころじゃねえって感じだ。なら、メ
1011
ンツは自然に⋮⋮﹂
﹁君、私、フォルナ、ウラ姫、クレオ姫⋮⋮状況によって、ムサシ
さんとコスモスちゃんってところかしら。あと師匠も﹂
﹁師匠は連れて行くわけねーだろうが!﹂
﹁あら、ダメよ。師匠にはまだまだ学ぶべきことがあるのだから﹂
勘弁してくれ。エロスヴィッチだけは連れて行きたくない。
そして、もう一人。あの、最強のヴァンパイアドラゴンだ。そう
いえば、あいつの妹云々のことを何とかしないと⋮⋮
にしても、どうして俺は何かをしようとするたびに、行動するパ
ーティーが変わり、変わったら変わったで、全員なんか問題ありそ
うな奴らなんだよ。
そんな風に、思っていた、その時だった。
﹁おやおや、こんなに朝早くにどこのお似合い夫婦かと思ったら、
アルーシャとヴェルトくんじゃないか﹂
えっ? こんな朝早くに誰? 普通にビックリして振り返ったら、
そこには全く想定していなかった人物が居た。
﹁やあ、ヴェルトくん、おはよう﹂
﹁お前は⋮⋮ロアッ!﹂
爽やかな朝以上に爽やかスマイル全開の男。
﹁あら兄さん、おはよう。昨日は宮殿に戻らずごめんなさいね﹂
﹁いやいや、お前もヴェルトくんと久しぶりに再会したんだから、
多分そうなんだろうと思っていたから気にするな﹂
1012
全人類のみならず全世界が認めてその存在を知る、光の十勇者の
真・勇者ロア。
そして、アルーシャの兄貴⋮⋮
﹁おいおいおいおい、何であんたがここに! つうか来てたのか?﹂
まさか居るなんて思わなかったから普通に驚いた。
だが、ロアもアルーシャも﹁何を今更﹂といった表情だ。
﹁あのねえ。私は帝国のお姫様よ? いくらなんでも、一人で他国
に来るはずがないでしょう? 兄さん。そして十勇者のヒューレに
同行してもらったのよ﹂
﹁そういうことだよ、ヴェルトくん。妹が嫁いで暫くはこの国に滞
在するわけだからね。エルファーシア国王に挨拶はしておかないと
ね。でも、僕はそんなに長くはいないから、安心してアルーシャと
仲良くしてくれたまえ﹂
だからって、さらっと出てくるなよ。
﹁それで、兄さんは朝早くから相変わらず鍛錬かしら? 戦争が終
わったというのに﹂
﹁ああ、これも日課だからね。日々の走りこみや素振りをしないと、
何だか気持ち悪くてね﹂
﹁だからって、勇者が他国の街の中を単独でウロチョロしてんじゃ
ねえよ。ビックリするだろうが﹂
走りこみって、どこのアスリートだよと俺が文句を言うと、爽や
かな汗を流しながらも、ロアが少しムッとした表情を見せた。
なんか、そういうところ、アルーシャに似てるな。
1013
すると、
﹁ヴェルトくん。前々から思っていたんだけど⋮⋮﹂
﹁ああん?﹂
﹁僕のことは⋮⋮兄と呼んでくれていいんだよ?﹂
﹁呼ぶかッ! ったく⋮⋮つくづく俺の新しい親戚は⋮⋮﹂
﹁つれないね。昨日の晩餐会では、それも議題に上がったよ。エル
ファーシア国王と女王陛下は、未だに君から﹁兄﹂とも﹁姉﹂とも
呼ばれてないとね﹂
﹁お前らさ、勇者だったり王族だったり同士が顔合わせてるんだか
ら、もっと他の話題ねえのかよ﹂
こいつと初めて会ったのは二年前。最後に会ったのは半年前。
ぶっちゃけ、それほど会話したわけでも、親しかったわけでもね
え。
だが、それでもこいつは俺の何が気に入ったのか分からねえが、
こんな感じだ。
本来は、クソ真面目な優等生みたいなやつのくせに、時折こうい
う冗談交じりの話を笑いながらする。
だが、そんなロアが突如何かを思い出したかのように、真剣な顔
になった。
﹁そうだ、それよりヴェルトくん、今日は時間あるかい?﹂
空気が若干変わった? かなり真面目な話?
﹁ん、まあ、仕事の合間とか終わった後とか⋮⋮﹂
﹁それなら、ちょっと話せないかい?﹂
話? しかもなんかマジメな顔をして。この流れって⋮⋮
1014
﹁兄さん、話って何を?﹂
﹁ああ、これはアルーシャには聞かせられないな。ちょっと、男同
士で一度ヴェルトくんと話をしたかったんだ﹂
﹁あら、ずるいわね⋮⋮と言いたい所だけれど、まあ、許してあげ
るわ。そういうことを了承してあげるのも、妻の務めだからね﹂
やっぱりな。この流れはアレだ。自分の可愛い妹を奪っていく男
と酒を飲み交わす的なアレか!
どうしよう⋮⋮普通にメンドクセー⋮⋮
と思ったとき、ロアがアルーシャには聞こえないように、俺に耳
打ちしてきた。
﹁ゴメンね。ちょっと⋮⋮⋮君に、恋愛相談をしたいんだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮はあ?﹂
えっ? 俺の聞き間違い? それとも、こいつが単純に聞く相手
を間違えてんじゃねえのか?
1015
第57話﹁男子会﹂
日が落ちて、一日の仕事を終えた労働者たちが、満ちたりた笑み
を浮かべながら、仲間たちとテーブルを囲んで乾杯している。
賑やかというよりは、少々やかましい。しかし、酒場でやかまし
いというのは、商売繁盛を意味する。
王都の酒場は、本来であれば飲食店である﹁とんこつラーメン屋﹂
の商売敵とも言える。
だが、両店舗の間にはそのようなライバル意識はなく、むしろ一
次会を酒場で飲んだ客たちが、締めのラーメンを食いに行くという
循環が出来上がっており、関係は良好。
何より、この酒場は幼馴染の実家でもあり、ガキの頃からよく顔
は利く。まあ、実際にここで飲むことはねえけどな。
﹁おっ、ヴェルトじゃねえか。よく来たな﹂
﹁おう、おっちゃん。バーツたち居るか?﹂
﹁ああ。二階席に来てるぜ。しっかし、本当に今日はスゲー日だな。
ウチの息子含めた﹃三人の勇者﹄と﹃世界を支配した男﹄の飲み会
だからな﹂
よく見知った酒場のマスターは、バーツの親父さん。
本来、人類大連合軍に選ばれたり、ましてや光の十勇者に選出さ
れるような奴は、家柄だって普通とは違う。
しかし、そんな中でバーツだけは酒場の親父の息子という平民。
だから、親父さんも鼻が高いだろうな。
だが、そんな最高の孝行息子だが、親父さんには最近息子に一つ
の悩みがあるようだ。
今回、俺がここに来たのもそれが目的だったりする。
1016
﹁頼むぜ∼、ヴェルト。この間、あのバカ息子があんまりにも鈍感
発言したってことで、サンヌお嬢さんのお父上の商会長さんが、も
のすごく怒っていてよ。だから、キツく叱ってやってくれよ﹂
﹁ったく、メンドクセーな。どうして、男の勇者は揃いも揃って、
こういう奴らばっかなんだよ。つうか、相談相手間違ってるっての
に﹂
俺は、少し憂鬱な気分になりながら、酒場の階段を上がっていく。
すると、これだけ客足が絶えない店だというのに、二階だけはガ
ランとしていた。
木製のテーブルや椅子がいくつも並びながらも、客が座っている
のは、奥隅の一角だけ。
そこには、三人の男たちが座っている。
まあ、流石にこの三人がこの酒場でメシを食うというのなら、二
階フロアの貸切ぐらいの気を使わないといけねーよな。
﹁やあ、ヴェルトくん。こっちだ﹂
﹁おう、おせーぞ、ヴェルト﹂
﹁もう料理は頼んでいるけど、まずは乾杯をしようか﹂
そこに居た三人。簡単に説明するなら、俺の嫁の兄貴と幼なじみ
二人。
しかし、プロフィールを詳細に説明するなら、こうだ。
﹁君も忙しいのに時間を取ってもらってすまないね、ヴェルトくん﹂
1017
アークライン帝国の王子にして、人類が誇る光の十勇者の一人。
真・勇者ロア。
﹁そうだよな。姫様やら姫さんが帰ってくると、お前も忙しいんだ
ろうな﹂
エルファーシア王国の騎士団所属。光の十勇者の一人。炎轟バー
ツ。
﹁でも、このメンバーで飲むのは初めてで、何だか新鮮だよね﹂
エルファーシア王国の最年少騎士団長。光の十勇者の一人。風閃
シャウト。
﹁んで? 勤労と家族サービスをしなけりゃいけない一家の大黒柱
を呼び出して、人類の誇る勇者三人衆がこの俺になんつう相談しや
がる﹂
そんなメンツ三人に呼び出された俺は、この三人からのあまりに
も下らない相談を持ちかけられた。
今朝、アルーシャと街を散歩していた頃に、ロアから頼まれた恋
愛相談。
すると、まるで示し合わしたかのように、バーツとシャウトまで
便乗し、結果、こうした﹁男子会﹂が開かれることになった。
﹁ごめんね、でも、恋愛相談なら、幾多の女性をも虜にし、そして
幸せにしている君しかいないと思ったんだ﹂
1018
﹁最近さ∼、サンヌがスゲエうるせーんだよ。意味なく怒ったり、
泣いたりでさ、あいつが何考えてんのか全然分からなくてさ∼、そ
れで親父や商会長にもメッチャ怒られてさ﹂
﹁僕は単純に、僕自身の恋愛を進展させるため、君に色々学びたい
なと﹂
そう、イケメン勇者三人衆の恋愛相談! 何でだよ!
﹁お前ら、三人とも勇者だろうが。勇者が恋愛相談するなよな? 勇者ってのはとりあえず、魔王でも倒せば好きな女と結ばれるんじ
ゃねえのか? つうか、何がわからなくて悩んでるんだよ﹂
﹁女性の気持ちが分からないんだ﹂
﹁女がなに考えてんのか分かんねーんだ﹂
﹁女性と親しくするにはどうすればいいか分からないんだ﹂
その瞬間、こそっと酒場の店員が音を立てないようにこっそりと
俺の前にコップをおいてコソコソ立ち去った。
その表情が、ものすごく笑いをこらえているのが分かった。﹁勇
者もお子様ね﹂なんて表情だ。
そして、俺は俺で、ものすごくめんどくさいというよりも、くだ
らねえという気持ちの方が強くなった。
1019
﹁まずは、僕からいいかい? 僕の場合は、僕自身の恋愛相談では
ないんだけどね﹂
そんな中、まずはロアが少し身を乗り出して話してきた。
﹁僕の幼馴染にヒューレという娘がいる。十勇者の一人で、君も何
度か会っている﹂
﹁ああ。あのジャレンガに殺されかけた女か﹂
﹁お、覚え方⋮⋮⋮いや、まあ、いい。そう、彼女はね、小さい頃
から一緒でね、僕にとってもかけがえのない大切な人なんだ。だか
ら、戦争が終わり、ようやく平和な世界になった以上、彼女にも普
通の女性としての幸せを掴んで欲しいと思ったんだ﹂
﹁ほうほう。それで?﹂
あんまりハッキリとは覚えてないが、これだけは覚えている。
明るく活発的な女で、恐らくはロアにベタ惚れということだ。
なんだ、こいつも満更じゃねーんだったら、もうどっちかが告れ
ば解決じゃねえか。
﹁だから、彼女が幸せになれるよう、僕が信頼できる男性たちを見
繕って、彼女にお見合いを勧め︱︱︱﹂
﹁はい、お前が死ね! 以上!﹂
1020
﹁めて、結婚したらどうだと⋮⋮⋮って、ヴェルトくん、まだ話の
途中じゃないか。それに、なんでそんな酷いことを言うんだい!﹂
俺は、持っていたコップを力強くテーブルに叩きつけて、一言で
終わらせた。
﹁な、なんでだい? ヒューレには力の限り殴られるし、⋮⋮もう
それ以来、女性の気持ちが分からなくて、僕の何が悪かったのかと
⋮⋮⋮結婚なんて、彼女自身が決めることなのに、余計なお世話を
やいてしまったのかと⋮⋮⋮﹂
いや、だって、誰が聞いても﹁お前、死ねよ﹂な話だろうが。
言ってみれば、俺が、幼馴染でガキの頃からずっと一緒に居た、
フォルナやウラに﹁お見合いして、結婚したらどうだ?﹂って言う
ようなもんだろ?
そんなこと俺があいつらに言ったら、多分あいつら発狂するぞ?
そして最後は俺がぶっ殺される。 つまり、ロアの野郎はそれだけのことを言ったってーのに、自覚
してねえ。
もうそれは、死ぬしかないだろ。
﹁お前がその女と結婚すりゃいいじゃねえか﹂
﹁何を馬鹿なことを。僕と彼女は幼馴染だよ? そして僕のかけが
えのない人だ。そんな彼女を僕のような血に汚れた︱︱︱﹂
﹁はい、一生仲直りできない。以上﹂
﹁そんな適当に言わないでくれ! これでも僕は、君の義兄になる
んだよ?﹂
死ぬしかないっつーか、もう死ね! 以上!
1021
﹁もういいや。んで、バーツは?﹂
﹁ああ。あのさ、サンヌのことなんだけさ、なんかあいつが最近俺
に、弁当を︱︱︱﹂
﹁チューしてやれ。以上!﹂
﹁⋮⋮って、まだ何も話してねーのに!﹂
俺自身、嫁が六人⋮⋮⋮いや、七人か。と言っても、俺自身が恋
愛マスターってわけでもねえ。
でも、そんな俺でも、こいつらほど酷くはねえと思う。
﹁んで、シャウトは?﹂
﹁ああ。ホークのこと︱︱︱﹂
﹁押し倒せ。以上﹂
﹁もっと仲良くなりた⋮⋮って、ヴェルト!﹂
それにしても、ロアだけじゃなく、まさかバーツとシャウトもこ
こまで酷いとは思わなかった。
﹁つうか、ロアはよく分からねーけど、シャウトとバーツはガキの
頃からあの二人と居て、さらに人類大連合軍で七年間もあいつらと
一緒に居たんだろ? なんで今更なんだよ﹂
﹁いや、俺は、人類大連合軍の頃は⋮⋮⋮⋮⋮⋮強くなることしか
考えてなかったしな﹂
﹁僕は、⋮⋮⋮それなりに親しくなれたと思っているけど、君を見
ていると僕のやっていることは、ママゴトのように思えてきて⋮⋮
⋮﹂
1022
サンヌは幼なじみの中でもかなり可愛い部類に入るが、ハッキリ
言ってガキの頃からバーツのことばかり見ているのは周知の事実だ。
ホークも、シャウトと同じ優等生でクラスのまとめ役で、いつも
二人で何かをやっていた印象がある。
それを今になって、サンヌが訳わからねえ? ホークともっと仲
良くなりたい? もう、死ねよ。
﹁つってもなー。てか、お前ら三人とも、勇者なんだからモテモテ
だったんじゃねえの? ラブレターもらったりとか、告られたりと
か、もっとあっただろうが。そこら辺はどうだったんだよ﹂
﹁確かに恋文などもらったりしたことはあるが、血に汚れた僕︱︱
︱﹂
﹁馬鹿野郎! 多くの人が苦しみ悲しんでいるときに、人類に希望
の光を照らすべき俺らが︱︱︱﹂
﹁そういった女性の気持ちは嬉しくもあったが、僕は︱︱︱﹂
﹁あ∼、もういいや。お前ら三人、一生童貞でいろ。魔王に立ち向
かえるくせに、女相手にビビりやがって﹂
﹁﹁﹁なんで!﹂﹂﹂
こいつら、超絶鈍感とか、奥手とかそういうレベルじゃねえ。
言ってみれば、こいつら恋愛絡みに免疫や経験が無さすぎるんだ。
1023
﹁もう、俺じゃなくて、フォルナに相談したら? あいつこそ、戦
と恋を両立した、代表そのものじゃねえか。それこそ、そのヒュー
レとかいう女も、サンヌやホークとも仲が良いし﹂
﹁﹁﹁相談したら、怒られた﹂﹂﹂
﹁相談済みかよ! しかも、三人揃って!
情けねえ。つうか、だから人類大連合軍や光の十勇者なんか、キ
シン一人にボコボコにされたりしたんじゃねえのか?
だがしかし、﹁だからこそ﹂とロアが身を乗り出した。
﹁だからこそ、君の意見や君の話を聞きたいんだ。君の経験上でこ
ういうケースでは女性はどう思っていると思うか、仲直りしたり親
しくなったりするのにどういうやり方があるのかなど、話を聞かせ
て欲しいんだ。正直、人類大連合軍での戦友たちも、こういう相談
ができなくて困っていたんだ﹂
中学生か! それとも、高校生か! 思春期真っ只中か!
つってもまあ、こいつらはそういう灰色で血みどろの青春時代を
過ごしてきたのだから仕方ねえのかもしれねえ。
で、そんなやつら相手に俺の経験を語るって言ってもなあ。
﹁やれやれだぜ。つうか、俺の話を参考にする? まあ、参考つっ
ても俺の場合は⋮⋮⋮﹂
さて、そんな中で、こいつらに対して俺はどうか?
1024
俺は手元にあったグラスの中身を一気に飲み干し、自分自身のこ
とを思い返してみた。
﹁⋮⋮⋮ん?﹂
俺の場合⋮⋮⋮
フォルナ。十年以上前から単純に結婚を予約されていた。
ウラ。恋愛とかそういうの飛び越えて、いきなり家族になって、
ある日を境になんやかんやで夫婦に。
エルジェラ。事故があって出会った初日にコスモス出産。
アルーシャ。ドサクサ。
アルテア。ノリ。
ユズリハ。おまけ。
クレオ。勘違いの積み重ね。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ!﹂
その時、俺は気づいた。いや、思い出した。
神族世界で、恋愛シミュレーションゲームをやっているときに気
づいたこと。
よくよく考えれば、俺自身も普通の恋愛なんてまるでしていない
ってことを。
朝倉リューマの時だってそうだ。好きな女に告白して、恋人にな
って、そこからどういう接し方をしていくとかイマイチピンと来な
い。
甘酸っぱい恋愛ドラマのような積み重ねをしていない。
俺の場合、出会って、なんやかんやで、気づけば夫婦というよく
分からん法則⋮⋮⋮
1025
﹁ヴェルトくん?﹂
それに気づいたとき。偉そうな態度を振る舞いながらも、自分自
身も経験不足なことに気づき、何だか急に微妙な気分になった。
どうする、なんてアドバイスする? 告れ? いや、俺、よくよ
く考えたら告ったことがねえ。クロニアに言った言葉も、ヴェルト・
ジーハとしてはノーカンな気もするし。
ベッドに連れ込め? いや、今になって思うと、俺から女を連れ
込んだ経験がねえ。ほとんど、誘惑されるか、強制される。
﹁どうしたんだよ、ヴェルト﹂
﹁ヴェルト、もったいぶらないで教えてくれないか?﹂
そう、妻七人居ながら恋愛初心者? これじゃあ、俺も人のこと
が言えねえじゃねえか。
このままじゃ俺もバカにされる。なら、どんなアドバイスを⋮⋮⋮
﹁ッ、そうだ! つまり、テメェら全員、そういう恋愛の機会が不
足しているから、頭の中でうまくシミュレーションできねえってこ
とだろ?﹂
﹁しみゅれーしょん?﹂
﹁なんか難しい言葉だな。ヴェルトがそんな頭よさそうな言葉使う
だなんて﹂
﹁ヴェルト、では、そのしみゅれーしょんとやらは、どうやってや
るんだい?﹂
1026
そう、その時、俺は気づいた。
神族世界に行って、そのまま服のポケットにしまったままだった、
向こうのストロベリーから借りパクしたもの。
﹁これだ! 恋愛シミュレーションゲーム・バクバク・メモリーズ・
Ω、だ! これでちっとは女のことを勉強しな﹂
ポカンとしながら、初めて手渡されたゲーム機に戸惑うロアたち。
正直、俺もこのゲームを最初はバカにしていたが、なかなか奥が
深いゲームだというのがやってみて分かっている。
これなら、恋愛初心者にはうってつけの教材と言える。
﹁な、なんだい、この絵は。動いている? こんなの見たことない
よ。これは、一体! とてつもない高度な技術を感じる⋮⋮⋮ッ、
真理の紋章眼発動!﹂
そして、ロアは、手渡された謎の物体を解析すべく、紋章眼⋮⋮
⋮って、なんだよその能力の無駄遣いは!
恋愛シミュレーションゲームを解析するのに、ファンタジーな魔
眼を使うとか、もう眼が可哀想だろ。
﹁すごい。架空の世界に存在する女性との恋愛⋮⋮⋮こんな教材と
技術がこの世に存在するだなんて。しかも、架空の世界の女性か。
これなら、血に汚れた僕でも⋮⋮﹂
﹁ほんとかよ! こんなちっこい平べったい物の中に居る女と恋愛
? すげえ。これなら女が何考えてんのか、勉強になるな﹂
1027
﹁素晴らしい。これほど高度なアイテムがあるなんて﹂
そして、ついには恋愛シミュレーションゲームを全身震え上がら
せながら大絶賛する勇者三人。
シュールな光景だった⋮⋮⋮
﹁ん? なるほど⋮⋮⋮これはどうやら⋮⋮⋮同時に四名までの﹃
ぷれいやー﹄が参加できるようだね。毎ターンずつ参加者同士でゲ
ーム機を回し、共に競争したり、協力して﹃パラメーター﹄を上げ
たり、告白する女性が重複すしてしまった場合は戦いすらある。な
んという奥の深いものなんだ﹂
そして、俺の知らなかった機能まで明かされた。つか、一人用ゲ
ームじゃなかったのな、それは。
紋章眼でそんな機能まで解析したロアだが、そこで魔眼を閉じた。
﹁おっと、これ以上の解析は、選択肢の答えなどがわかってしまう
から、フェアじゃないな。でも⋮⋮⋮大体分かった﹂
そして、ロアはとても爽やかな笑みで俺たちに言う。
普通ここまで爽やかな笑顔が似合うイケメンは、﹁遊びに行こう
ぜ﹂とか﹁甲子園を目指そうぜ﹂とか、そういう言葉が似合うはず
なのに⋮⋮⋮
﹁よし、バーツ、シャウト、そしてヴェルトくん! 一緒にこのバ
クバク・メモリーズ・Ωをやろうじゃないか!﹂
こんな爽やかなツラで﹁恋愛シミュレーションゲームやろうぜ﹂
と来たもんだ。
なんともまあ、笑える状況だったが、バーツとシャウトが断るこ
1028
ともなく、結局俺もこの場で一緒にやらされることになった。
そして、俺たちは知らなかった。
まさか、俺たちと関係ある女たちも、﹁女子会﹂を計画していた
ということを。
1029
チラシの裏﹁女子会﹂︵前書き︶
この話は読まなくても問題ないです。
そもそも、第57話で﹁次は女子会の話だ!﹂と思われてしまった
方がいたのですが、あれは単に別の場所で女子会やっていた女子た
ちが合流しちゃう・・・・という意味だったので、別に女子会の話
をこの場で書く予定はありませんでした。
でも、勘違いさせてしまったこともありますので、楽しみとか言わ
れたら書くしかないので、テキトーにとりあえず書きました。
1030
チラシの裏﹁女子会﹂
﹁お待ちしておりました、フォルナ姫様﹂
﹁ええ。急に大人数で申し訳ございませんわね﹂
﹁いえいえ。いつもひいきにして頂いてますので﹂
王都の中でも格式高い居住区にある高級レストラン。
一人分のフルコースの価格は、最低でもトンコトゥラメーン屋の百
倍ほど。
ワタクシたち王族貴族がよく利用する特別な空間。
店内に入るには正装が義務付けられ、完璧なマナーを身につけた
黒服に案内され、店内は派手過ぎず、しかし質素過ぎずない調和の
取れた落ち着いた空間であり、更に案内された部屋は美しい星空と
その下に広がる王都の明かりが灯された風景を背景にした一室。
一度くらい、ヴェルトとここでゆっくりと語り合いたいと子供の
頃から思っていましたわ。
ですが、今日の席は、ワタクシの﹁愛﹂のためではなく、﹁友情﹂
のため。
再会した宿敵⋮⋮というより、旧友含め、幼馴染や戦友たちと女
子だけで飲み語らう日。
本来であればヴェルトと肌を触れ合いたいところですが、とりあ
えず昨晩ヴェルト成分はそれなりに補給しましたし、抜けがけしそ
うな方々もこの場に出席していることもありますので、今宵は友情
を選ぶということで、ワタクシはテーブルに笑顔でつきましたわ。
﹁へ∼、なんかすごいとこだね∼。私、フォルナの旦那が居る、な
んとかラメーン屋でもよかったんだけどね﹂
1031
さっそく台無しなことを言うのは、共に幾多の死地を乗り越えた
戦友である、十勇者のヒューレ。
いつもは露出の多い下着姿のような服ばかりですが、今日は自身
の桃色の髪に合わせたパーティードレスという可愛らしい姿。
ですが、普段も豪快に食事したりする彼女にとって、こういった
店は﹁肩が凝って疲れそう﹂と漏れるのが、なんとも残念ですわ。
﹁ヒューレ、そういうこと言わないの。ここは、ロルバン帝国の伝
説の美食家カイバルが認めた世界でも有数のシェフが腕を振るうお
店よ? 本来であれば何ヶ月先も予約でいっぱいなのよ?﹂
そんなヒューレを諌める、アルーシャ。
﹁そうだよね∼、私たちも地元だけどお祝いごとがないとあまり来
ないしね﹂
﹁私も小さい頃はたまに来てましたけど、戦争終わってからは久し
ぶりです﹂
﹁サンヌとペットはお嬢様だからね。私なんて初めてよ。別世界だ
と思っていたし﹂
﹁姫様。いいんですか? ご馳走して戴いて﹂
そして、この会に是非同席をとお呼びした、サンヌ、ペット、ホ
ーク、ハウ。
﹁ふふ。まあまあの店ね。旦那の故郷にもこのような立派な店があ
るのなら、少しホッとしたわ。いつもいつも塩分過多のラメーンば
かりだとどうしようかと思っていたから﹂
昨晩より、最早他人ではなくなった、クレオ姫。
1032
﹁私はエルファーシア王国に住んで七年になるが、初めてだな﹂
盟友ウラ。
﹁あう∼、せ、拙者のようなものが、このような格式高い場にいて
よろしいでござるか∼?﹂
ヴェルトを守る護衛剣士及び監視員のムサシ。
本来であれば、アルーシャやヴェルトの旧友である、妖精のフィ
アリもお招きするところでしたが、家に行ったら﹁カレシ調教中誰
も入るべからず﹂という札を目にし、やめましたわ。
今日は、同世代の女性だけの無礼講の場。クレオ姫の﹁一応﹂の
歓迎も込めた場を設けることとしましたの。
﹁でもさ∼、私、その例のヴェルトくん? のことって、フォルナ
の自慢話以外ではあんま知らないんだよね∼。話したのも数回だけ
だし。そんなにすごいの? フォルナ、アルーシャ、ウラ姫、そし
て今ではクレオ姫まででしょ?﹂
﹁私たちだけではないわ、ヒューレ。更に、エルジェラ皇女、アル
テア姫、ユズリハ姫も忘れてはいけないわ﹂
﹁いや、アルーシャ、あんた言ってて気づかないの? どう考えた
って異常でしょ? あんた、ほんとにそれでいいの?﹂
﹁仕方ないじゃない。強敵な彼を倒すには、多人数で襲いかかるし
か方法がなかったのよ﹂
1033
流石はヒューレ。昔から思ったことは、相手の身分に関係なく真
っ直ぐ聞いてきますわね。
まあ、そう言った相手の顔色を伺わないところが、彼女のいいと
ころであるのですけれど。
でも、あまりワタクシたちの関係を﹁変﹂と言われ過ぎるのも気
持ちのいいものではありま⋮⋮というより、ペット。あなた、なぜ
しきりに頷いていますの?
﹁まあ、本来であれば私一人でも良かったんだけどな。そもそもヴ
ェルトが十五歳の頃に旅に出ようとしなければ、私とヴェルトの二
人でトンコトゥラメーン屋二号店を夫婦として切り盛りしていたの
だからな。今の嫁たちとも出会うことなかったし、どーせ、フォル
ナたちも戦争で死んでたしな﹂
﹁お待ちなさい、ウラ! ワタクシがヴェルトを残して死ぬなどあ
りえませんでしたわ! た、確かに、ヴェルトが助けに来なければ
危うい場面もありましたが⋮⋮﹂
﹁あまり不貞腐れないことね、ウラ姫。あのときあんなことがなけ
れば⋮⋮それを言ったらキリがないし、仮に言ってもいいのだとし
たら、私なんて十年前にヴェルトにプロポーズされているしね﹂
﹁クレオ姫! そもそも、それは色々な勘違いですわ! だいたい、
ヴェルトとの結婚の予約など、ワタクシは五歳のころからしていま
すのに!﹂
前菜、スープ、次々と運ばれてくる料理を口に入れながらも、気
1034
づけば大きな声を出してワタクシたちは品が無い言い合いをしてい
ましたわ。
いくらこの部屋が防音の取れた個室とはいえ、ここまで騒いだの
は初めてですわ。
ですが、その声が途絶えることも小さくなることも終始ありませ
んでしたわ。
﹁は∼、そうなんだ。なんか今までは、ヴェルトくんは、ただのス
ケベな女好きで、色んな女を口説きまくってる⋮⋮的なことを考え
てたけど。むしろ、口説かれて襲われてるのはヴェルトくんの方な
んだ﹂
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮うっ⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂
﹁じゃあ、昨晩はお楽しみだったとか∼? 久々会えた旦那様に、
四人がかりで∼とか、そんなんだったり? あははは、なんて、さ
すがにそれはないっか!﹂
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂
﹁ちょっ! 否定しなさいよ、目線そらすんじゃないわよ、このド
スケベ姫四人衆!﹂
ド、ドスケ⋮⋮ドスケ⋮⋮、ちょ、そ、それはあんまりですわ!
﹁な、何を言いますの、ヒューレ! ワタクシがドスケベなど、侮
辱もいいところですわ! ワタクシは、いやらしいヴェルトが喜ぶ
1035
ならとこの身を捧げていますのに。それに、愛する殿方と肌を重ね
ることの幸せと神聖さ知らないあなたに言われたくありませんわ﹂
﹁まったくよ。だいたい、そういうことが多いっていうことは、つ
まりそれだけ夫婦円満である証拠でしょ? それに、彼ってヤラし
いけど自分の口からは中々そういうことを誘えないシャイなところ
があるから、私たちの方から襲っ⋮⋮求めているだけよ。兄さんの
ことを子供の頃からずっと好きだったのに、幼馴染から前進できな
い臆病なあなたと一緒にしないでよね﹂
﹁なんだ、十勇者の女。お前は勇ましそうな態度のくせに、そうい
うことはダメなのか。まあ、お前がそれでいいなら好きにすればい
い。だが、ハッキリ言ってやる。男から家族として、娘のような、
妹のような、幼なじみとかそんな目で見られているとしたら、何か
強力な行動を起こさない限り一生そのままだぞ?﹂
﹁へえ、あの真・勇者ロアをねえ∼。競争率激しそうな物件に目を
つけたものねえ。それで? 私たちをドスケベ女と中傷するからに
は、あなた自身、相当参考になりそうな恋愛ストーリーがあるので
しょう? 教えてくれるかしら? ちなみに、肌の重ね合いをドス
ケベと言っているけど、あなたはどこまで進んでいるのかしら?﹂
ワタクシ、アルーシャ、ウラ、クレオ姫の四連続カウンターです
わ。
﹁うっ、うう、な、なによ∼、全員揃って∼﹂
﹁そういう経験ないくせに﹂﹁自分はできないくせに﹂﹁今のま
までは一生そのまま﹂﹁で、あなたはどうなの?﹂
1036
容赦ない言葉を浴びせられたヒューレは、とても悔しそうな表情
で歯ぎしりをし、そしてついには⋮⋮⋮⋮
﹁だって⋮⋮だって∼⋮⋮⋮⋮⋮⋮だって、あのバカ! ほんっと、
人の気持ちを全然分かってないんだもん!﹂
ついにヒューレは涙腺を決壊させて泣き叫んでしまいましたわ。
﹁キスどころか⋮⋮手ェつないだことだって、子供の時以来ないわ
よ、こんちくしょーっ! どうしてよ! それっぽい雰囲気になり
かけた時だってあったのよ? 私が目ェ閉じて唇近づけようとした
ら、あいついきなり私の両肩掴んで私を引き剥がして﹃できない。
君が穢れてしまうから﹄とかこの状況でそれ言うかよみたいなこと
言ってんのよ?﹂
﹁それは単純に、あなたがロア王子に好かれてないだけじゃないの
?﹂
﹁うっ! う、⋮⋮うう∼、しかも、しかも、この間なんてもっと
最低なんだから! あいつ、急に執務室に私を呼び出して、﹃今日
は王子でも勇者でもない。君の幼馴染のロアとして、君に言わなく
ちゃいけないことがあるんだ﹄みたいなこと言ってくっから、ひょ
っとして告白されるんじゃないかとドキドキして、﹃戦争が終わり、
平和な時代がようやく始まろうとしている。だからこそ、僕にとっ
てかけがえのない君は誰よりも幸せになって欲しいと思っている﹄
なんて更に言ってくるわけ! そんで﹃アルーシャは、恋をして誰
よりも幸せそうな表情になった。だから君も一人の女としての幸せ
を掴んでみないか?﹄で、キタアアアアっ! って思ったの。もう
1037
その時の私は表面では﹁んで? あんた何が言いたいの?﹂みたい
な態度だったけど、もう心の中では﹃来い来い来い来い!﹄みたい
な感じで、あいつが告った瞬間に受け入れる準備万端だったっつう
のに、それが⋮⋮それが⋮⋮﹂
もはや涙なしでは語れないヒューレの悲劇。それは、先ほど中傷
されたワタクシたちでも同情せざるを得ないほどの悲劇。
﹁あいつってば、たくさんの男の名前が入ったリストを私に見せて
! ﹃僕が、これはと思う方たちをここに記した。この中から、君
の生涯のパートナー選んでみないか?﹄とかほざきやがったから、
思いっきりぶん殴ってやったわよ、あのバカ勇者! ううう∼∼∼、
酒えええ! お酒ちょうだあああああい! うっ、ううう、うわあ
あああああああああああん﹂
⋮⋮ふ、⋮⋮不憫な人⋮⋮
﹁ヒューレ。兄さんの妹として、あなたに心より謝罪するわ﹂
﹁なんだか⋮⋮その⋮⋮すまん。一生そのままとか言ったりして﹂
﹁わ、私も言葉が過ぎたわね﹂
その悲劇は、アルーシャ、ウラ、クレオ姫すら引いてしまい、ヒ
ューレに謝ってしまうほどのもの。
愛するヴェルトと好きなように愛を確かめられるワタクシたちが、
いかに恵まれているかが良く分かってしまいましたわ。
すると、
1038
﹁う、ううう、わ、分かるよ、ヒューレちゃん! 鈍感な男の人っ
てほんとダメだよね!﹂
﹁行動を起こしてくれない男の人ってダメね﹂
涙ながら、テーブルを乗り越えてヒューレの手をガシッと握り締
めるのは、サンヌとホーク。
それは、同情ではなく、同調。その気持ちを理解できると言わん
ばかりに、何度も頷いていましたわ。
﹁私は、小さい頃から姫様とヴェルトくんが一緒にいるところを見
るのが大好きで憧れてたの。好きな人にべったりで、好きな人に堂
々と好きって言える姫様に憧れて、そしてついに結ばれたのを見て、
私も憧れてるばかりじゃなくて頑張ろうって⋮⋮戦争も終わったん
だから、バーツだって﹃色恋なんてやってる場合か!﹄なんて言わ
ないと思って、頑張ったの⋮⋮﹂
サンヌが幼い頃からバーツを好きなのは、バーツ以外には周知の
事実。
正直、サンヌは可愛らしくて、誰にでも友好的だからとても人気
があり、恋人を作ろうと思えば引く手数多ですわ。
しかし、そんな彼女が一途な恋を頑張ろうとする姿は誰もが応援
したくなるほど健気なもの。
だからこそ、ワタクシも応援していますのに⋮⋮
﹁私、あんまり料理したことないけど、頑張ったの! 朝早く起き
て、栄養とか考えたり、冷めても味が落ちないように工夫したり、
量を考えたり、胃にもたれないように味の濃さも調整して、そして
1039
ようやく作ったお弁当を、バーツに食べてもらったの! そしたら、
⋮⋮そしたら、う、うわあああああああん!﹂
サンヌも人目も憚らずに涙を流し⋮⋮
﹁バーツったら、私のお弁当を食べたら、﹃ヴェルトが作ったラメ
ーンとチャハーンの方がうまい。というか、今度から昼飯はトンコ
トゥラメーン屋で食べるから、弁当いらねえ﹄⋮⋮⋮⋮って言った
んですよ∼∼∼∼! うわあああああああああああん﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ひ⋮⋮⋮⋮⋮⋮酷い⋮⋮
﹁そ、それは、わ、笑えないわね﹂
﹁私でも泣くぞ﹂
﹁私なら殺すわね﹂
アルーシャもウラもクレオ姫も、当然ワタクシも、もはや完全に
聞き手となり、ヒューレやサンヌの悲しい出来事に同情することし
かできませんでしたわ。
﹁私はちょっと違うけど、ただ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮もう少し自信持っ
て行動して欲しいっていうのはあるかな﹂
﹁ホーク? ホークはシャウトと何かありましたの?﹂
﹁あったというより、無い⋮⋮が正解です、姫様。シャウトくんは
1040
⋮⋮シスターである私に遠慮している⋮⋮と最初は思っていたので
すけど、実際のところは照れて何もしてこないんだなと、最近分か
りました﹂
あら、それは、そもそもの気持ちが届かないヒューレやサンヌと
は違った悩み。
﹁私はシスターですから、生涯この身を神に捧げるものとして育っ
てきました。だから私はそれでいいと思っています。ですから、そ
んな私が誰かと恋に落ちるなら⋮⋮そんな私を思いっきり奪い去っ
てくれるような人⋮⋮⋮その気もないのに、ウロチョロするのだけ
はやめてほしいです。迷惑ですから﹂
つまり、ホークはシスターであるからこそ、自分から進んで殿方
を求めるようなことはできないと考えている。
だからこそ、シャウトが子供の頃から好きだったホークも、自ら
積極的にはなれない。
そんなホークの恋をどうにかするのは、シャウト自身の行動によ
るもの。
しかし、シャウトは、誰の目から見ても明らかにホークのことが
好きですのに、未だに思い切った行動を取れずに、距離間を保った
まま手を出さない。
﹁あら、つまり、あのリベラル家のお坊ちゃんはヘタレってことか
しら?﹂
﹁クレオ姫、身も蓋もないことを言ってはいけませんわ﹂
1041
まあ、ようするにそういうことになるのかもしれませんわね。
にしても、自分が幸せ過ぎて気づきませんでしたが、みさなん色
々と悩みが⋮⋮
﹁ふ、ふふふふふふ⋮⋮﹂
その時でしたわ!
﹁ペットちゃん?﹂
﹁ペット?﹂
急に妖しく笑い出した。ペット。思わずゾクッとしましたわ。
何故なら、引っ込み思案で大人しいペットがこれほど黒い瘴気の
ようなものを出すだなんて。
﹁ペット、どうしましたの?﹂
﹁あなた、随分と暗黒化が進んでいるわね﹂
誰もが寒気を感じてしまったペットの笑み。すると、ペットは顔
を上げて語り始めましたわ。
﹁女性の気持ちが分からない⋮⋮鈍感⋮⋮行動をしない⋮⋮ならば
みなさんは、その条件を満たしていれば合格なんですか? この世
には、気持ちを知ってるくせに、鋭いくせに、行動的なくせに⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮それでも、女の子を傷つける男の人だっているんです
から⋮⋮い、いるんですから∼!﹂
1042
ペットがこれほどまでに憎しみを込めて大きな声で話すのを初め
て聞きましたわ!
そして、ペットの恋話なんてあまり聞いたことがありませんでし
たわ。
何故なら、ペットが恋話をしようとすると、サンヌやホークたち
がいつも顔を青ざめて話を中断していましたし。
﹁ペット、何やらとても傷つくことがあったようですわね。話して
みなさい。あなたの友人として、あなたを傷つけた男をワタクシは
決して許しませんもの!﹂
﹁姫様に相談できるわけないですよ∼∼∼∼! できないんです、
私なんてもう、こんなんなんですから∼!﹂
嗚咽混じりで泣き出すペット。どういうことですの! 一体、こ
れほど良い子のペットをどこの誰が苦しめていますの! 許しませ
んわ! 必ずワタクシが見つけ出して⋮⋮って、何故かサンヌとホ
ークとクレオ姫だけは、あさっての方向を向いて、何かご存知なん
ですの?
すると、そんな状況の中でひとつのため息が聞こえてきましたわ。
﹁は∼⋮⋮世界でも名だたる方々が集まって、さっきからこんな話
ばかり⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ちょっ、ハウッ! そんな呆れた顔しないでくださいませ! 今
宵は無礼講の場。淑女が揃えば話題の内容は、殿方との恋話になる
のは必然ではありませんの!﹂
1043
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮私は、公式の場でも姫様が恋話をしていた記憶も多
いのでなんとも﹂
﹁なっ! で、では、あなたはどうですの! あなただって、好き
な人ぐらい居るのではありませんの?﹂
そういえば、ペット以上にハウの恋愛話は聞きませんわね。まあ、
ハウが普段からあまりこのような場には出席しないことも多く、常
にクールで近寄りがたい雰囲気を出しているのもありますが。
﹁私にその手の話はありませんよ。それに、恋人とか夫婦とか、そ
んなのになって何が変わるんですか?﹂
﹁いっぱい変わりますわ! 好きな人と結ばれたのでしたら最早、
天にも上るかのよう! もう、なんでもしてあげたくなってしまい
ますわ! そして、なんでも言うことを聞いてしまいますの! 時
折、動物のように激しく淫らに交じり合い、絶頂に達した瞬間に貪
るように唇を重ねた瞬間、激しく体が痙攣して⋮⋮﹂
﹁は∼∼∼⋮⋮⋮⋮あいつに買ってもらった青いリボンを自慢して
いた可愛らしい姫様が、随分と淫らに⋮⋮﹂
本当にハウはこの手の話にはノってきませんわね。というより、
謎ですわね。
今度、お父上のプルンチット将軍に聞いて見たほうがよろしいか
もしれませんわね。
1044
ただ、その時、ハウがほんの僅かに頬を緩めて⋮⋮
﹁そうですね、姫様。私はそういったことにあまり興味がないとい
うよりは⋮⋮ただ、距離詰めて、飽きられたり喧嘩したり失望され
たりして距離が離れるぐらいなら、一生安定した距離から見ていら
れる片思いとかの方が私はいいというだけかもしれませんね﹂
この時、誰もが思ったことでしょう。﹁恋してるじゃねーですの
!﹂と。
﹁でも、姫様は私や友人よりも、旦那の浮気を心配するなら、むし
ろソッチを気にしたほうがいいのではないですか?﹂
﹁えっ?﹂
皆の注目がハウに向けられた瞬間、ハウはその視線を逸らすため
に、皆に次の注目を指しましたわ。
それは⋮⋮⋮⋮
﹁こ、このような美味しい料理を、拙者のような身分の低い者が⋮
⋮拙者はなんと果報者でござるか⋮⋮⋮⋮⋮⋮へっ?﹂
さっきからワタクシたちの会話に一切入らずに、出された料理を
幸せそうに食べるムサシ。
1045
そ、そうでしたわね。この子は、ヴェルトのお気に入りでしたわ
ね。
﹁そうそう、私、前から気になってたんだけど、ムサシちゃんって
ヴェルトくんのこと大好きでしょ? ヴェルトくんだってムサシち
ゃんはなんか特別扱いしてるし﹂
﹁にゃにゃにゃ! サンヌ殿、お、奥方様の前で何を! そんなこ
とはありま⋮⋮い、いえ、拙者、殿に仕えるものとしてお慕い申す
のは当然のことでございまするが、それは色恋を超越した想いにご
ざいまする!﹂
﹁だが、私たちが居ない間にヴェルトに一回抱かれたのだろう?﹂
﹁一回ではござらん! 合計で⋮⋮⋮⋮はうううっ、せ、拙者とし
たことが! う、ウラ殿、違うでござる、それにあれはエロスヴィ
ッチ様の魔の手により拙者が壊れかけたことで、殿が救いの手を差
し伸べて下さったに過ぎないでござる!﹂
﹁膝枕して頭なでてもらったり、ムサシちゃんに関してはむしろヴ
ェルトくんの方からイチャイチャしてきてるよね﹂
﹁ペット殿、なぜそのような拗ねた表情をされるでござるか! そ、
それに、い、イチャイチャではないでござる! あれは、殿がよく
やってくださる、労いでござる!﹂
﹁よくやるんだ⋮⋮⋮⋮﹂
1046
そういえば、クレオ姫のことですっかりその話題が流されていま
したわね。
ヴェルトが、ついにムサシまで手篭めにしたということを。その
話、言い訳も含めてまだなにも聞いていませんでしたわね。
にしても、膝枕? 頭ナデナデ? そんなこと、ワタクシもされ
たことがありませんわ! ワタクシがされたいですわ!
そしてなによりも﹁ヴェルトの方から?﹂とはどういうことです
の!
やはり、キッチリ確認する必要がありますわね。
﹁やれやれね﹂
﹁今夜な﹂
﹁立場を分からせてあげないとねえ﹂
アルーシャ、ウラ、クレオ姫もどうやらワタクシと同じ気持ちの
ようですわね。
ならば、今夜も四人で⋮⋮
﹁でもいーじゃん、あのヴェルトくんは態度ハッキリしてんだしさ
∼、ロアよりマシじゃん。いや、マシかどうか分からないけどさ∼﹂
﹁私、いつまでバーツと幼なじみなのかな⋮⋮﹂
﹁私はどうなるのかな?﹂
と、その前の今はこの三人でしたわね。勢いよく酒を飲み続ける
ヒューレ、そして同調するサンヌにホーク。
この三人の想い人に関する問題でしたわね。
1047
﹁ねえ、それじゃあさ∼⋮⋮ひっぐ、フォルナたちはさ∼、どうす
ればあのバカが私のことを好きになってくれると思う?﹂
﹁もう、いっそのことあなたの方から告白されては?﹂
﹁そしたら、あいつのお決まりのセリフ言って断るに決まってんじ
ゃん! そうじゃなくて、あいつが私を好きになって欲しいの! フォルナとかどうやったの?﹂
﹁そうですわね⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ!﹂
と、その時でしたわ。ヒューレの言葉にワタクシたちは思わぬこ
とに気づいてしまいましたわ。
﹁あっ﹂
﹁ちっ﹂
﹁ふん﹂
それは、アルーシャも、ウラも、クレオ姫も同じ。
ワタクシたちは既に身も心もヴェルトと結ばれた夫婦。そこに間
違いがありませんわ。
そして、ワタクシたちはヴェルトに恋をし、愛し、そして結ばれ
た。
一方で、ヴェルトは? ワタクシたちを愛してくれますわ。
でも、ヴェルトはワタクシたちに恋をしては⋮⋮⋮⋮
それなのに、どうやって結ばれた?
1048
﹁ん? どーしたのよ、何かいいアドバイスないの?﹂
ワタクシは、ヴェルトの情けにつけ込みましたわ。
アルーシャは、無理矢理便乗しましたわ。
ウラは、噂では家出してヴェルトを困らせて無理矢理プロポーズ
させたとか。
クレオ姫は、幻術で罠にはめて。
⋮⋮⋮⋮こ、これでどんなアドバイスをしろと?
﹁そ、そうですわね。た、たまには一日だけ言うことを何でも聞く
奴隷になったりするのはどうですの?﹂
﹁⋮⋮穴を開けた避妊具を使わせて、一定の期間を置いた後、お腹
をおさえながら子供が出来たと言うとか⋮⋮﹂
﹁は、裸エプロンで、新婚さんごっことか⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ノ⋮⋮ノーパンで悩殺というのはどうかしら?﹂
その時、ヒューレがものすごい軽蔑するような眼差しでワタクシ
たちを見ていましたわ。
まるで参考にならないと言いたげに⋮⋮
﹁やーれやれなーのだ∼﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ッッッッッ!﹂﹂﹂﹂﹂
1049
その時でしたわ。
妖艶な声がこの部屋の外から聞こえてきましたわ。
﹁隣の部屋で、ファンレッドと宴会をやっていたら、何やら処女臭
い話ばかり聞こえてきて耐え切れなかったのだ∼﹂
﹁青臭い小便タレたちが、ギャーギャー騒いでたまらないねえ。防
音している部屋の外まで聞こえてきたよ﹂
こ、この二人で飲み会をなさっていた?
そこに居たのは、全世界を震撼させるほどの二人の女傑。
﹁師匠! お母様ッ!﹂
みな、思わず起立して固まってしまいましたわ。お酒も一瞬で抜
けましたわ。
まさか、ワタクシたちが盛り上がっていた隣の部屋で、﹃女王大
将軍﹄と﹃淫獣女帝﹄が食事をしていたなんて予想もしていません
でしたわ。
﹁しかし、話は聞いたのだ、娘っ子ども。ヘタレ勇者共に困ってい
るとな。ならば、ここは世界を支配したヴェルトを見事一夫多妻に
した功労者たるわらわが、可愛い乙女たちのために一肌も二肌も脱
ぎ脱ぎ脱いでやるのだ﹂
1050
そう言って、師匠はこの場にいたワタクシたち全員に怪しい瓶を。
何やら怪しい色の液体が入ってますが⋮⋮
﹁わらわが調合した薬なのだ。すごいぞ? これさえあれば、男は
誰でもイーサムのごとき性欲を爆発させる! これ飲ませて襲って
やるのだ! 勃たぬなら、襲って泣かそう男の子。それがおぬしら
に与える合言葉なのだ!﹂
﹁そうだねえ。そんなやつら、泣かしてやりな。今の私はただの訓
練教官だが、今の女王陛下とは友達みたいなもんでねえ。あいつに
言って、今晩起こる事件は全て無罪にするようにしてやるよ﹂
な、なんとも、危ないような⋮⋮し、しかし、頼もしいようなお
言葉⋮⋮しかし、あまりにも直球過ぎますわ。
免疫のないサンヌたちが⋮⋮あっ、でも何か決心したような顔を
していますわね。
﹁∼∼∼∼∼、そ、そうよね。このままじゃ、あのバカと私は一生
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ、なら! やってやろーじゃんか!﹂
﹁そ、そうだよ、あのヴェルトくんだって既成事実作ったら姫様た
ちと⋮⋮なら﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮これ飲ませて私が襲われたら⋮⋮一応、私から
ってことにはならないから⋮⋮いいのかな⋮⋮って、私は何をッ!﹂
1051
どうやら、ヒューレもサンヌもホークもよっぽど追い詰められて
いたようですわね。
まさかここで、彼女たちが乗るとは思いませんでしたわ。
﹁まあ、私たちは私たちで、師匠のこれは最早必需品だからな﹂
﹁そうね。いつも亜人大陸から取り寄せていたからね﹂
﹁へえ。そんなにすごいの、これ。まあ、昨晩は私も不覚を取った
けれど。今夜はそういうわけにはいかないわ﹂
﹁はあ、⋮⋮私はいらないよ﹂
﹁ほら、ハウもそんなこと言わずに素直になる時ですわ﹂
﹁にゃああ! せ、拙者、もう、もうこんなのは口にしたくないで
ござる∼! ペット殿にあげるでござる﹂
﹁い、いらない、いらないいらないから! だ、だから、わ、私が
ムサシちゃんの分も処分しておくね⋮⋮⋮⋮⋮⋮一応とっておこ⋮
⋮⋮⋮﹂
強力な後押しがあると、とてつもなく頼もしくなり勇気を与えて
くれるもの。
これまで溜まりに溜まった鬱憤を全て晴らすかの如くヒューレが
叫び、皆一斉に店の外へ
﹁それじゃあ、さっそく行こうじゃない。今日は、ヴェルトくんは、
兄さんたちと飲み会って言ってたわ﹂
﹁うん、バーツの家でやってるって!﹂
﹁ならば、そこへ向かいますわ!﹂
1052
我ら恋愛同盟は、むしろ夜はこれから始まるのだと気持ちを高ぶ
らせて師匠とお母様の声援を受け、目指すはバーツの実家の酒場。
そこに居る、ロア王子たちとの決着をつけるため。
そして、結論から言いますと、ワタクシたちは⋮⋮⋮⋮酒場で目
にした光景に⋮⋮⋮⋮ブチ切れましたわ。
1053
第58話﹁俺たちは前へ進む﹂
互いの状況を把握できるようにゲーム音量はMAX。
まあ、俺たち以外の客はこの二階フロアに居ないから大丈夫だろ。
最初はこいつらも貴族の坊ちゃんらしく、綺麗に食事をしていた
が、今では酒場らしく騒いで食べ散らかされた食器や、空のグラス
を散乱させ、ゲームに熱中している。
それにしても、四人同時プレイなら、落とす女が重複することだ
って考えられるのに、俺たちは見事にバラけた。
﹃うれしいな。引越ししてそれっきりになっちゃったロアくんと、
また同じ学校に行けるんだから﹄
幼い頃に離れ離れになったものの、高校で再会を果たした幼馴染。
﹃バーツくん、私、剣道部マネージャーになったの。よろしくね♪﹄
体育会系部活の癒し系マネージャー。
﹃シャウトくん、これから同じクラス委員として、クラスを盛り上
げていきましょう﹄
メガネをかけたマジメ委員長。
﹃てへへへへへ、いや∼、ヴェルトくん、授業サボるとはおぬしも
ワルよの∼﹄
天然バカ女。
1054
別に相談したわけでも狙ったわけでもねえ。本当だ。俺は別に狙
ったんじゃなくて、たまたまだ。
まあ、前回このゲームの奥深さを知らずにうまくいかなくて悔し
かったってのもあるといえばあるが。
とにかく、俺たちはこれから関わっていく女たちが見事にバラけ
た。
﹁ふむ。﹃コウコウセイ﹄、つまり十代の若者が通う学校か。しか
し、授業内容が⋮⋮魔法や軍事訓練等がないんだな﹂
﹁なんか、この制服もスゲー、ヒラヒラしてるし、みんな弱そうだ
な∼。こいつら、学校で何習ってんだ? 強くなろうって気構えは
ねえのか?﹂
﹁クラス委員の仕事は⋮⋮何やら雑務が多いな。模擬戦の指揮官役
とか、そういう役割はないのか?﹂
そういや、このゲームの世界は、どちらかというと朝倉リューマ
の世界よりの話。
魔法学校や軍士官学校出身のこいつらには、色々なカルチャーシ
ョックはそりゃあるだろうな。
だが、どんな世界の学校に似てようと、このゲームでやるべきこ
とは変わらない。
ようするに、女を落とすということだ。
﹁なるほど。女性をデートに誘い、校舎内でイベントを重ね、更に
はこのマイクというものを使って語りかけることで、より女性と親
密になる! ならば、攻略の鍵はこの三つを同時に行うことになる
1055
! つまり、下校のイベントでデートに誘うためにマイクを使う!
これが効果的なはず!﹂
そして、すげえ、ロアのやつ! この短い時間にこのゲームの傾
向を既に把握し始めやがった。
女の心は分からねえくせに、文化の違う世界のゲーム機を理解す
るとか、どんだけ無駄にすごいんだよ!
そして、ロアは真っ先に動く。ゲーム機を手に持ち、表情は真剣
に、そして爽やかに。
﹁アスカちゃん! 僕と一緒に帰らないか? 君と同じ道を歩いて
帰りたいんだ﹂
﹃ロアくん⋮⋮う∼ん、でもな∼⋮⋮﹄
つっても、コンピューターがロアの爽やかさとイケメンを認識し
てるわけじゃないから、反応は微妙そうだ。
その様子を見て、何だかロアが少し弱気になった。
﹁まずいな。彼女、嫌がっているのではないか? やはり血に汚れ
た僕では⋮⋮﹂
﹁だーっ、めんどくせーな、それはこのゲームに関係ねーよ!﹂
﹁ヴェルトくん、しかし⋮⋮﹂
﹁つーかな、本気で惚れたんなら、血に汚れてようとゲロに汚れて
ようと関係ねーんだよ! テメエは血に汚れてるからダメじゃなく
て、ハッキリしねーからダメなんだよ!﹂
﹁ッ⋮⋮⋮⋮そ、そうだね⋮⋮そうだったよ。それに、これはシミ
ュレーション。ここで引いては何の進歩もしない⋮⋮ありがとう、
1056
ヴェルトくん。僕、やってみるよ!﹂
ウダウダ言いそうだったロアのケツを引っ叩き、ロアが人生で初
めて女相手に強引に踏み込んだ。
﹁聞いてくれ、アスカちゃん! 僕は、今まで自分は誰か特定の人
を幸せにできない人間だと思っていた。誰か個人のために生きるこ
とのできない男だと思っていた。だからこそ、恋愛などを遠ざけて
いたのかもしれない。でも、僕も変わりたい、僕も前に進んでみた
いと思うようになったんだ! 僕は⋮⋮⋮⋮君のことがもっと知り
たいんだ! 君がいつも見ている風景を、君の隣に並んで、同じ視
線で、そして同じものを聞いて、同じ風を受けて、同じ夕日を浴び
て︱︱︱︱﹂
︱︱︱︱︱ピー、言葉が多くて認識できません。
なんか、ゲーム機から、そんな無機質な声が聞こえてきた。
そして、ロアの言葉の内容など無視して、アスカというヒロイン
は気まずそうな顔をう変えた。
﹃ごっめーん。今日、クラスの子と先約があって駅前で遊ぶことに
なってたの。じゃーねー!﹄
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あれ?﹂
⋮⋮⋮⋮まずい⋮⋮⋮⋮腹抱えて笑いたい。
1057
﹁ぷっくくくく、ぶっくくくくく。あんな真剣なセリフに対してこ
のレスポンス⋮⋮﹂
﹁は、はははは、いや∼、ふられちゃったよ﹂
﹁へ∼、ロア王子でも振られるんだ﹂
﹁なるほど。確かに難易度の高い模擬戦のようだね﹂
俺はしばらく笑いが止まらなかったが、このゲームの難易度をシ
ャウトやバーツも実感したようだ。
正直、ロアなんてそのへんで歩いてるだけで女が擦り寄ってくる
ような男だが、このゲームではそういった容姿や爽やかさや身分な
ど、あらゆる才能が通用しない。
全員平等な平均からのスタートなんだ。
まあ、前情報がある分、俺が少し有利ではあるんだが⋮⋮
﹃ヴェルトくんは何を歌うの∼?﹄
﹁俺は、アニソンだ!﹂
﹃うっほほ∼∼い、マジですか∼い! デュエりますか? デュエ
ルスタンバイっすか! デュエリストっすか!﹄
こんなふうにな。ありがとよ、ニート。お前の死は無駄にしねえ。
﹁すごいな、ヴェルトくん! 順調に親密になっているじゃないか
!﹂
﹁ほんとだぜ。やっぱ、嫁がたくさんいるやつは違うんだな∼﹂
﹁う∼む、レディの扱い方に関してヴェルトを見習うことになると
は⋮⋮﹂
ふっ、見てろよ、天然バカ女。必ずお前を落としてやる。
そして必ず告って、成功して⋮⋮⋮⋮まあ、その後はどうなるか
分からねえけど、だからって、やらねえ理由にはならねえ。
1058
﹁よっしゃ、次は俺だな。何をやる? 当然、稽古場で素振り素振
り素振り!﹂
で、バーツは関わる女を決めたというか、自然に決まったんだが、
単純に剣道部に所属したらそのマネージャーが関わってきたってだ
けの話なんだが、こいつ⋮⋮⋮⋮
﹃ねえ、バーツくん、お疲れ様。いつも一番稽古してて本当に感心
だね。どう? 今日は息抜きに帰りに寄り道して一緒にアイスでも
食べて帰らない?﹄
マネージャーの女がタオルを持ってバーツにアプローチ。
俺なんて、天然バカ女の好感度を上げるために話しかけまくって
るのに、こいつは部活で剣道やってるだけで女を呼び寄せやがった。
なのに⋮⋮⋮
﹁息抜きだと! 何言ってんだよ、この女は! もうすぐ、﹃いん
たーはい﹄とかいう大会が近いって主将が言ってたのに、なにノン
キなこと言ってんだよ! えっと、選択肢は⋮⋮⋮断って特訓! 特訓だ!﹂
﹁って、バーツ、おまえ何やってんだよ!﹂
﹁バーツ、それでは女の子と仲良くなれないじゃないか!﹂
﹁そうだよ。それに、せっかく女性の方から声をかけてくれたのに、
その態度は酷いんじゃないか?﹂
バーツはバーツでこの始末。なのに、こいつ、俺らに対してもキ
ッと鋭い目をして⋮⋮⋮
﹁何言ってんだよ、大会になれば、学校の名前を背負って代表とし
1059
て戦うんだぞ! それなのに恋愛なんかしている場合かよ! 俺の
剣で、てっぺんを獲ってやるんだ!﹂
﹁いや、おまえ、これってそういうゲームじゃねえからっ!﹂
そう、バーツはゲームの方向性をすっかり見失ってやがる。
だが、そんな時だった。
女の誘いを断って夜遅くまで特訓していたバーツが、ようやく帰
ろうとしたとき⋮⋮⋮
﹃はい⋮⋮⋮お疲れ様⋮⋮⋮﹄
﹁あれ?﹂
﹁なにいっ!﹂
﹁どういうことだい? さっき、バーツが断った女の子が、待って
いるじゃないか!﹂
﹁しかし、こんな夜遅くまで女性が?﹂
そう、バーツをデートに誘って断られた剣道部のマネージャーが、
バーツの帰りを待っていた。
タオルとスポーツドリンクを差し出して、ニッコリと笑っていた。
﹁⋮⋮⋮おまえ、帰ったんじゃないのか?﹂
﹃初めは帰ろうとしたよ。でもね、バーツくんが頑張ってるの分か
ったら⋮⋮⋮戻ってきちゃった。てへ♪﹄
﹁なんだよ。別に戻ってこなくても良かったのに﹂
1060
﹃ううん。ダメ。選手の体調や健康管理、オーバーワークしすぎな
いように見ているのも、マネージャーの努めなんだぞ!﹄
このゲーム、ただ単純に女とデート積み重ねとかそういうだけじ
ゃねえ。
﹃バーツくんは、不器用で、剣でしか自分を表現できない困ったさ
んだよね﹄
﹁なに?﹂
﹃でもね、だからこそ、バーツくんが振るう剣の一つ一つを見てい
るから、私には分かる。不器用で、だけどひたむきで努力家で一途
で⋮⋮⋮ああ、この人は、本当に強くなりたいんだなって⋮⋮⋮剣
のように真っ直ぐな人なんだって﹄
﹁ッ! 俺が、剣のように真っ直ぐ⋮⋮⋮﹂
﹁私は剣道家じゃない。だから、どんどん剣の道を突き進むバーツ
くんと一緒にいることはできないけれど⋮⋮⋮⋮今こうして、一休
みして剣を手放している時だけは⋮⋮⋮一緒に居て⋮⋮⋮いいかな
?﹂
真摯に何かに打ち込む姿を見せることで、上がる好感度もあるっ
てことか?
そういえば、ニートも言っていた。パラメーターも重要だと。な
るほど⋮⋮⋮侮れねえな、このゲーム。
⋮⋮⋮って、ちょっと待て。なんか、バーツ⋮⋮⋮様子が⋮⋮⋮
1061
﹁い、いや、一緒にって、俺なんかと一緒にいても、つ、つまん、
ねーと思うぞ?﹂
なんで、しどろもどろになってんだよ! ゲームだよゲーム! なんで、幼馴染の俺ですら見たこともねえぐらいに顔を赤くしてん
だよ!
まさか、こいつ? そう思ったとき、トドメの一言が⋮⋮⋮
﹃うん、一緒にいる! だって、私は⋮⋮⋮剣道部マネージャーで
⋮⋮⋮剣士バーツくんの応援団長だから♪﹄
﹁ッ!﹂
⋮⋮⋮終わったな⋮⋮⋮女を落とすゲームで、こいつ逆に⋮⋮⋮
﹁は、初めてだ⋮⋮⋮﹂
﹁バーツ?﹂
﹁⋮⋮⋮俺ってさ、ガキの頃から勇者になるとか言って、ヴェルト
とかにバカにされてたから⋮⋮⋮だから初めてなんだ。俺を真剣に
応援してくれる奴がいるなんて⋮⋮⋮﹂
それ、サンヌに言ったら泣くぞ! あいつ、ガキの頃からお前の
ことを応援していただろうが。
﹁すごいじゃないか、バーツ! ならば、僕もバーツのように頑張
1062
ろう! 勇気を出して!﹂
バーツに触発されてシャウトが動く。
場面は放課後遅くまでクラス委員の仕事をしていたシャウトとメ
ガネ委員長が河川敷を並んで歩いて帰っているところ。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹄
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹄
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹄
さっきからずっと同じ場面。いい加減に思った。
﹁なんか喋れよ、どっちか!﹂
﹁そ、そんなこと言われても、共通の話題が!﹂
﹁あるだろうが! クラスのことでも勉強のことでも! なに、ひ
たすら歩いてるだけなんだよ!﹂
﹁しかし、彼女は何か考え事をしているのかもしれない! なら、
話しかけたりしたら迷惑なんじゃ!﹂
﹁男と遅くにノコノコ二人で帰ってるくせに、話しかけて迷惑とか
いう女なんかフッちまえ!﹂
﹁そんな簡単に言わないでくれ!﹂
﹁んなビビりだから、テメエは進歩しねーんだよ! 仮想ホークを
ここで果たさないでどうすんだよ!﹂
﹁うっ、⋮⋮⋮わ、分かったよ⋮⋮⋮﹂
このままじゃ先に進まねえ。シャウトも勇気を出して前へ進むと
1063
決意して、緊張でカタカタ震える指先を動かしていく。
選択肢、﹃話しかける﹄、﹃黙って手をつなぐ﹄、﹃このまま無
言で帰る﹄の中で⋮⋮⋮
﹁手をつなぐッ!﹂
﹁﹁﹁いきなりそれいった!﹂﹂﹂
﹃きゃっ! な、なによ、シャウトくん! セ、セ、セ、⋮⋮⋮セ
クシャルハラスメントです!﹄
しかし失敗した! メガネ委員長は顔を真っ赤にしてそのまま逃
げ出した⋮⋮⋮まあ、好感度足りなかったんだろうけど⋮⋮⋮
﹁そんな! ッ、ヴェルト、ひどいじゃないか! 怒られてしまっ
たじゃないか!﹂
﹁⋮⋮⋮はは、しっかし、手を握っただけでセクハラとか、⋮⋮⋮
もう、俺の嫁って逆セクハラで訴えたら絶対俺勝てるんじゃねえか
?﹂
﹁ばっかだなー、シャウト。仲良くもねえ女と手ェ握ったら怒られ
るに決まってるじゃねえか﹂
﹁バーツにバカと呼ばれるとは⋮⋮⋮シャウト⋮⋮⋮君も大変だね﹂
正直、俺たちは悪戦苦闘した。
俺の前知識も話が先に進めば進むほど役に立つこともなく、純粋
に選択肢やマイクで喋る言葉を真剣に考えた。
それは、ロアもシャウトもバーツも同じ。
最初は色々と失敗を重ねていったが、ゲームに慣れ始めると、徐
1064
々に表情が明るくなっていた。
いや、むしろ失敗を続けていたからこそなのかもしれない。
自分たちの選んだ行動や発言で女が不愉快そうな顔をしていたも
のが、笑顔を見せたり、頬を赤らめたりする姿に、俺たちは気づけ
ば一喜一憂していた。
そして、三時間ぐらいたっただろうか⋮⋮⋮酒を何杯おかわりし
たか忘れちまった頃⋮⋮⋮
﹃見てよ、ロアくん。懐かしいよね∼、昔もこうやって一緒に縁日
に来たよね∼。⋮⋮⋮十年前にロアくんと一緒に回って、そして十
年後の今日もロアくんと一緒に回れて⋮⋮⋮何だか嬉しいな⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮十年後も一緒だったら⋮⋮⋮∼∼∼、へへ、な∼んち
ゃって! へへ、私、一人で何言ってるんだろうね∼、恥ずかしい
な∼﹄
﹁ッ! ⋮⋮⋮いいや、恥ずかしいのは僕の方だよ。だって⋮⋮⋮
二十年後も三十年後も、アスカちゃんと⋮⋮⋮いいや、アスカとこ
うして一緒に居れたらと思ってしまったんだから﹂
﹃⋮⋮⋮ロアくんっ!﹄
そして、回が重なっていき、女たちの好感度がある程度いけばロ
アのようなスカした言葉が本領発揮してきやがった。
﹃フレー、フレー、バ・ア・ツ! 頑張れ頑張れバーツ! 頑張れ
頑張れバーツ!﹄
1065
﹁負けられねえ! 優勝するんだ! 分かったんだ! 俺は、自分
一人の力だけで強くなったんじゃねえ! 人間は一人だけで強くな
ることなんてできないんだ! 支えてくれる奴が、応援してくれる
奴がいるから強くなれるんだ! 俺、ようやくわかったんだ! だ
から、この試合は負けねえ! 優勝して、あいつと喜びを分かち合
うんだ!﹂
ゲームのやり方が若干違うように思っていたが、ある意味では正
解だったのかもしれないバーツ。そして、何かに気づいたのか、そ
の背中は前よりも大きく感じる。
﹃はあ⋮⋮⋮クラス委員長も楽じゃないわね⋮⋮⋮いつもいつもこ
んな遅くまで二人で学校に居たら、シャウトくんと変な噂が立ちそ
うね﹄
﹁⋮⋮⋮ぼ⋮⋮⋮僕は、う、噂になってもいいかな! い、委員長
と噂になっても⋮⋮⋮いや、むしろ、委員長と噂になって、それが
噂だけじゃなく⋮⋮⋮そんな男になりたいと思っている﹂
﹃はうっ! ッ、な、なによ、きゅ、急にそんなこと言って! は、
早く仕事を終わらせなさい⋮⋮⋮⋮⋮ゴニョゴニョ⋮⋮⋮私も⋮⋮
⋮君と噂になるなら⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹄
シャウトも積極的になるべき場面を見極めて、女の心の中に入り
込んだ。
飲み会初めてかなりの時間がかかったが、ようやくここまで来た。
1066
気づけば俺たちはそれぞれのヒロインたちの反応を見ては、ハイ
タッチしたり笑ったりしていた。
﹃いや∼、ヴェルトくん⋮⋮⋮⋮なんちゅうか、クリスマスの遊園
地は仲良さそうな男女が多いですな∼⋮⋮⋮﹄
﹁そうだな! 俺とミナコも含めてな﹂
﹃ちょっ! ∼∼∼っ、い、いえ∼∼∼∼∼す! そうなので∼す
! 軍曹! ここにもリア充爆発せよなカップルがいるでございま
す! なにい? それはどこだ? イエッサー、私たちでした∼!
いや∼は∼、照れ之介♪﹄
く∼∼∼∼∼∼∼∼∼、顔を赤くしやがってこのバカ女! か、
かわい、く、こ、こんの、こんちくしょーが!
もう、なんか俺はニヤけが抑えきれずに、何度も自分の太ももを
グーで殴った。
﹁すごいじゃないか、ヴェルトくん! とても仲が良いじゃないか
!﹂
﹁おお! お前こそな、ロア! この女も、いけるぞ! もうこれ、
どう考えてもお前に惚れてるだろ!﹂
﹁かもしれない。今の僕には、アスカの気持ちが分かるよ。きっと、
アスカの想いは僕と同じだ。⋮⋮⋮人の気持ちが分かることがこん
なに嬉しいなんて。シャウトとバーツも素晴らしい!﹂
﹁そうすね! ﹃いんたーはい﹄にも優勝できたし、それも全てマ
ネージャーのおかげだ。いつも弁当を作ってくれたり、部活でもサ
ポートしてくれて、本当に感謝だ! 俺、ようやくそのことに気づ
1067
いたんだ!﹂
﹁僕もだ。委員長と今の関係が壊れてしまうのではないかと、それ
を恐れて前へ進まない⋮⋮⋮でも、それでは後悔しか残らないんだ。
僕は⋮⋮⋮前へ進んで良かった﹂
俺たちが共に戦うステージはそれぞれ別々だし、共に同じ女を狙
っているわけではない。
女がかぶっていないからというのもあるが、ここまでくればそれ
だけじゃない。
俺たちにはある種の連帯感みたいなものが生まれていた。
それは、﹃どうか、皆の恋がうまく成就するように﹄という想い
だ。
そして、その時が近づいてくる。
﹁ヴェルトくん﹂
﹁どうした、ロア﹂
﹁君は言ったよね⋮⋮⋮三年生になったら、告白をしなければいけ
ないと。僕は⋮⋮⋮アスカに告白しようと思う﹂
﹁ッ!﹂
それは、ロアが真っ先に言い出した。さすがに﹁告白﹂にまで行
くと俺たちの表情は変わった。
そう、三年生になったら、告白するというルールがある。
もう、そのときは目の前まで近づいてきていた。
﹁分かったんだ、ヴェルトくん。いつも一緒にいるのが当たり前だ
と思っていた幼なじみ。今もこれからも、ずっとそうなんだと思っ
ていた。恋愛を拒絶していた僕には、それでいいんだと思っていた。
幼馴染でもいいんだと﹂
1068
その時、酒を飲んで酔っているというのもあったんだと思うが、
あのロアがかなりふらついた状態ながらも、真剣な顔をして自分の
気持ちを言っていた。
﹁でもね、僕は気づいたんだ。幼馴染とか関係なく、一緒に遊びに
行ったり、一緒に話したり、歩いたり、そんな時間を一緒にこれか
らも過ごしていきたいと思う人⋮⋮⋮多分⋮⋮⋮それが恋愛なんだ
と思う﹂
﹁ロア⋮⋮⋮﹂
﹁アスカもそう思ってくれているはず。だから⋮⋮⋮僕は、言おう
と思う!﹂
こいつ⋮⋮⋮この決意を込めた目を、俺は知っている。
﹁あん時同じだな。ロア﹂
﹁えっ?﹂
﹁二年前。ジーゴク魔王国との戦いの時。キシンにズタボロにされ、
打ちのめされ、しかしそれでももう一度戦おうと皆を奮い立たせた
時。あの時のお前の目だ﹂
﹁ヴェルトくん⋮⋮⋮﹂
﹁なら、俺も続くぜ。俺も⋮⋮⋮ミナコに告白する!﹂
勇気を持って立ち向かう。それが勇者の証。その目をされて、俺
だけ指くわえて黙って見ていられるかよ。
お前が戦うなら、俺も戦う。
1069
﹁ッ、俺もだ! 俺も、マネージャーに、これからも俺のマネージ
ャーで居てくれって言う!﹂
﹁抜けがけは感心しないな、みんな。ここまで共に戦った戦友。最
後は共に更に上へと行こう。僕も、委員長に言う!﹂
バーツとシャウトも、俺たちも戦うと決意した。
ったく、こいつら⋮⋮⋮仕方ねえ、なら⋮⋮⋮
﹁じゃあ、武運を祈って⋮⋮⋮﹂
﹁ああ。乾杯といこう﹂
﹁だな。乾杯して、そんで、必ず勝つぜ!﹂
﹁次に乾杯するときは、僕たちが勝利の美酒を味わうとき﹂
もう何時間も経っているから、そのあいだに俺たちは相当酒を飲
んだ。
よく見りゃ、ロアも、バーツもシャウトも、顔を赤くして若干呂
律が回らなくなっている。
でも、構うもんか! ﹁かのじょつくってやるぞーっ! ミナコ、テメエを俺の女にして
やるッ!﹂
﹁勇者も王子も関係ない! 僕は、男としてアスカを幸せにする!﹂
﹁俺はマネージャーにこれからも一緒にいてもらいてえ!﹂
﹁僕も、委員長とこれからも同じ道を歩いていきたいッ!﹂
1070
俺たちは円を作って、それぞれのグラスを中央に差し出してぶつ
け合う。
﹁﹁﹁﹁かんっぱーーーーーーーーーーーーーーーーーい!﹂﹂﹂﹂
そして⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ほ∼∼∼∼う﹂﹂﹂﹂﹂
﹁﹁﹁﹁ッッッッ!﹂﹂﹂﹂
その瞬間、かつてないほどの強烈な殺意と悪寒に俺たちは全身を
震え上がらせた。
﹁お店に入った瞬間に上から大変盛り上がった声が聞こえて、どう
したのかと来てみましたが⋮⋮⋮随分と興味深い話ですわね。告白
? 誰が誰にですの?﹂
なんで? このフロアは俺たちの貸切じゃ?
でも、振り返ったそこには、憎悪を纏った怪物たちが勢ぞろいし
ていた。
1071
﹁楽しそうですわね∼、ヴェルト。で? そのミナコとかいう命知
らずの女はどこですの?﹂
﹁ねえ、ヴェルトくん。君は今朝私と話したことをもう忘れてしま
ったのかしら? で? その女はどこ? どこに隠したの? ねえ、
ねえ、ねえ? 素直に出したら、殺さ⋮⋮⋮怒らないから。ね?﹂
﹁⋮⋮父上⋮⋮⋮あまりに危険ゆえに封印された空手の禁止技⋮⋮
⋮その禁を破ります⋮⋮⋮﹂
﹁ふふん。とりあえず今晩は、添え木をあててでも絞り出すでどう
かしら? 夢幻無限地獄と共にねえ﹂
﹁はわわわわ、と、とにょ∼∼∼、せっしゃ、殿の命をお守りする
のが役目とはいえ、そうそう命の危機を自分で作られるのはどうに
かして欲しいでござる∼﹂
﹁ばーか⋮⋮⋮⋮⋮⋮ヴェルトくんのばーか⋮⋮⋮いっかいぐらい、
捨てられちゃえ﹂
おや∼? おや∼? いかんいかん。酒を飲みすぎたようだ。酔
いが回りすぎたようだ。
なんか、全員集合している幻が見えるぞ? なんだ、現実か。
フォルナとアルーシャがとても笑顔なんだけど、額に﹁♯﹂のマ
ークが浮かび上がっている。
ウラ、どうしたんだ? 何でお前、今から空手の瓦割りでもしそ
うな気合の入れ方してんだよ。
クレオ、なんかお前は﹁全部事情知ってるけど、いい気味ね﹂み
たいな顔して何で笑ってるんだよ。
1072
ムサシが泣いてる。
もう、ペットが単純に怖い。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮で、どこよ、ロア⋮⋮⋮﹂
﹁ヒューレ?﹂
﹁その、アスカとかいう女はどこだって聞いてんのよ! いったい、
いつそんな女と! っ、とにかくどこよ! 私の目の前に連れてき
なさいよ!﹂
﹁まってくれ、ヒューレ。アスカならまた時期を見て紹介するから、
今は帰ってくれ! アスカは繊細で、初対面の人を前にすると緊張
してしまうんだ!﹂
﹁っざけんじゃないわよ! そんな顔真っ赤にベロンベロンに酔っ
払って、何が告白するよ! 幸せにするよ! しかも、誰よその女
はッ! ゴチャゴチャ言ってないで、今すぐ出せって言ってんのよ
!﹂
そして、なんか胸ぐら掴まれて物凄い剣幕で怒鳴られているロア
に⋮⋮⋮
﹁バーツ⋮⋮⋮ねえ⋮⋮⋮マネージャーさんって⋮⋮⋮だ、誰? どこの人? い、いつからなの?﹂
﹁ん? マネージャーは、俺をずっと応援してくれた女だ!﹂
﹁ッ! ず、ずっとって⋮⋮⋮え、なにそれ、わ、私だって、ずっ
と、えっ? え、ええ?﹂
もう、予想もしていなかった事態にただ大粒の涙を流すサンヌ⋮
⋮⋮
﹁シャウトくん。⋮⋮⋮委員長って⋮⋮⋮私じゃないよね。シャウ
トくんは私のことを委員長って呼ばないし﹂
1073
﹁⋮⋮⋮ホーク⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮バカみたい⋮⋮⋮私⋮⋮⋮バカみたい⋮⋮⋮﹂
裏切られた⋮⋮⋮そんな顔をして顔を俯かせるホーク。
そして⋮⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁﹁覚悟しろ、女の敵どもッ!﹂﹂﹂﹂﹂﹂
﹁﹁﹁﹁えっ、なんで?﹂﹂﹂﹂
そのあと、正直な話し、何がどうなったのかはよく分からんかっ
た。
そして、俺たち⋮⋮⋮ゲームで何やってたんだ? と酔いが覚め
て冷静になった頃、俺たちは王都の門の前に﹁首だけ出して体を全
部地中に埋められた﹂状態で晒首のように四人並べられていた。
二日酔いには王都の朝日が眩しくてキツいなと感じていた。
で、冷静になればなるほど、昨晩の出来事を整理して考えてみる
と、俺たち四人の中に、何か腑に落ちないことがあった。
今回、俺たち、そんなに悪くなくねえ? と。
だって、俺たち、ゲームをやっていただけだし、あいつらが勝手
に勘違いしただけだし。
そもそも、ロアも、バーツも、シャウトも浮気はしてねえ。だっ
1074
て、あの女たちは嫁でも彼女でもねーんだから。
俺の嫁どももだ! 俺も今回はこいつらの相談にのって、一緒に
ゲームをして楽しんでただけだろうが! なのに、浮気浮気言いや
がって!
その想いが頂点に達した時、俺はある提案をしていた。
どこか⋮⋮⋮遠いところへ行かねえか?
1075
第59話﹁男たちは旅立つ﹂
この国でコソコソとするのは初めてかもしれねえな。
俺たち四人は人目を避けるかのように、城の庭の隅で話をしてい
た。
まあ、コソコソと言っても、この場にいるメンツで注目されるな
ってのも無理な話だけどな。
白の女官や騎士たちが遠目でボソボソとこっちを見ながら話をし
ている。気にしているのだろう。
だが、それに構うことなく俺は話した。
﹁待ってくれ、ヴェルトくん。それではアルーシャが!﹂
﹁ああん? だって、昨日のは理不尽だろうが! いっそのこと、
本気で俺が嫌になったぐらい匂わせて、少し反省させりゃいいんだ
よ﹂
﹁だからって、半年ぶりに会えたアルーシャを放置して家出をする
なんて!﹂
﹁家出じゃねえよ。チェーンマイルに行く用事があったから、それ
を俺はあいつらに言わずに行ってくるってだけの話だ﹂
﹁チェーンマイルって⋮⋮クレオ姫にも内緒に?﹂
﹁ん? だって、あいつ帰る気ねーんだから、言っても仕方ねえじ
ゃん﹂
俺の言葉に慌てて反対してくるロアを含めて、この場にいるバー
ツとシャウト。
﹁いや、ヴェルト、反省って言っても、嫁を一人増やしたお前も悪
いだろ?﹂
1076
﹁それに、僕も昨日はホークを傷つけてしまったし﹂
﹁だーかーらー! もう、そういう女絡みのゴタゴタが俺ももう嫌
になったし、バーツもシャウトも思うところはあんだろうが。だか
ら、ちょっと息抜きも兼ねて遠くに行こうぜって話してるんだよ﹂
昨晩の女たちの理不尽な被害者となった俺たちは集まり、しばら
くはあの女たちと距離を置こうと俺が提案。
俺なんて、今までコスモスとハナビに囲まれて嫁のいない生活を
満喫していたのに、嫁が半分帰ってきただけであのザマだ。
正直、ちょっとあいつらを困らせて反省させてやりてえ。
だが、俺と違って優等生なこいつらは、あまり乗り気じゃなさそ
うだ。
﹁でも、僕はアークライン帝国の王子。国に戻ってやることもある
から、そんな自由はないよ﹂
﹁俺も騎士団の仕事あるし﹂
﹁僕も同じだよ、ヴェルト。ましてや、君がフラッとどこか行くな
んてそれこそ大問題だよ﹂
﹁んだよ! だから俺の護衛とかなんとか理由つけて来いって誘っ
てんじゃねえかよ。でも、俺は一人ででも行くからな! しばらく
家に帰んねーからな!﹂
俺はもう決めていた。正直、嫁が増えた俺にも責任あるが、あい
つらはあいつらで結託して、最近理不尽すぎる。
っていうか、あいつらの要求ばっかに応えてると、俺は普通に早
死するぞ。
だから、こういう冷却期間も必要だ。そして、それが今なんだ。
﹁行くのは、チェーンマイル王国の南の海に浮かぶ島。﹃サバス島﹄
。そこに、﹃ケヴィン﹄って漁師が居る。訳あって俺はそいつに会
1077
いに行く。お前ら来ないなら、みんなにそう言っておいてくれ。少
なくとも、先生はそれで分かるからよ﹂
﹁待ちたまえ、そもそもチェーンマイル王国なんて、アークライン
帝国を越えた更にその先じゃないか! とてつもない長旅だぞ? 船でもどれだけかかるか﹂
﹁俺なら飛んでいける﹂
おまけに、俺の用事も元々あったし一石二鳥。
﹁って、お前が飛んで行けても、俺たちは無理じゃねえかよ。それ
じゃあ、どっちにしろ大変なことになるじゃねえか﹂
﹁そうだよ、ヴェルト。それにやっぱり家出は⋮⋮﹂
﹁あんだよ、家出もしたこともねえお坊ちゃまどもめ。だから、も
ーいーよ。俺一人で行くから!﹂
﹁だから、君一人では行かせられないと言っているではないか!﹂
くそ、メンドクセーな。これだから親に反抗したこともねえ良い
子ちゃんたちは行動力がねえ。
こんなことなら誘うんじゃなかったぜ。
もう、俺一人で⋮⋮
﹁いいだろう、愚弟﹂
﹁﹁﹁﹁えっ?﹂﹂﹂﹂
﹁この俺も、最近図に乗っている愚妹や愚母を始めとする女どもに
うんざりしていた頃だ。チェーンマイル王国への訪問ということで、
テメエを同行者として連れて行く﹂
1078
俺たちは油の切れたブリキ人形のようにゆっくりと振り向いた。
すると、そこには、王冠と権威のマントを纏った、正にあんた何
やってんだよと言いたくなる人物が居た。
﹁ファルガッ!﹂
﹁ファルガ王!﹂
﹁陛下ッ!﹂
﹁ちょっ、陛下、な、なにをっ!﹂
そこに居たのは、今ではこのエルファーシア王国を統べる国王と
なったファルガが、王冠以外は昔となんら変わらない姿で俺たちの
井戸端会議に入ってきやがった。
﹁愚弟。テメェも知っての通り、この俺も過去のクソめんどくせえ
精算をするために、どのみちチェーンマイルには赴く予定だった。
だが、事情が事情だけにクソ大っぴらにできないこともあり、行く
なら少人数でと思っていた。だから愚弟、テメエが行くなら俺が一
緒に行ってやる﹂
﹁﹁﹁﹁はあっ?﹂﹂﹂﹂
﹁バーツ、シャウト。テメェらは護衛としてついてこい。どのみち、
テメェらを連れて行く予定だった。留守の間のことはプルンチット
将軍に任せてる﹂
いやいやいやいや⋮⋮こいつは何を言ってんだ? と、思ったの
はロアもシャウトもバーツも同じ。
1079
﹁陛下、何を言ってるんですか! いくらなんでも急すぎますよ!
王がそう簡単に出かけるとか、そんなのダメっすよ!﹂
﹁そうです、陛下、お考え直しください。それに、陛下のチェーン
マイルへの用事というのは、﹃システィーヌ姫﹄のことですよね?
それでしたら、女王陛下が﹃断固無視﹄と仰られていましたが⋮
⋮⋮⋮﹂
﹁そういうわけにもいかねえから、俺が行くっつってるんだ。この
件に関して、あの愚后は感情的になっているだけだ。冷静に今のチ
ェーンマイルの状況を考えると、クソメンドクセーが、邪険にする
わけにはいかねえ﹂
えっ? つか、本気で行く気か? いや、もはやそれはかなりの
大ごとだぞ?
しかも、奥さんとも相談してなさそうだし、シャウトとバーツの
言うとおり、一国の王が他国にフラッと行ってくるって、ダメだろ?
つっても俺も王様だけど⋮⋮
まあ、この国には最強の連中がいっぱいいるし、ママも居るし、
そこまで大きな問題はないだろうけど⋮⋮
すると、黙っていたロアが、少し真剣な顔してファルガに訪ねた。
﹁ファルガ国王。チェーンマイルを邪険にできないというのは⋮⋮
やはり、半年前よりの不満⋮⋮ということでしょうか?﹂
﹁⋮⋮それもあるな﹂
半年前の不満? どういうことだ?
1080
﹁ヴェルトくん、君のことだよ﹂
﹁えっ、俺ッ?﹂
﹁ああ。半年前、突如世界の表舞台に現れた君が、それまでの神族
大陸で起こっていた大規模な戦のほとんどに終止符を打った。その
際に、君が、各種族各国の主要なものと縁者になったということあ
り、意外と反対意見は少なく、世界はその流れに従った﹂
それは覚えている。みんなが、俺の嫁になったり家族になったり、
ダチだったりになっていたこともあり、魔王も四獅天亜人も半ばノ
リのような形で俺側についた。
あんときの光景は今でも良く覚えている。
﹁でもね、その輪の中に入れなかった者たちにとって⋮⋮つまり君
との関わりがそもそもない国にとっては、不満などもあるというこ
とさ。神族大陸での領土分配や今後の貿易を始めとする外交を考え
ると、君との関わりがないものたちは国際的な立場で物凄い不利に
なる。その例として、東の大国家ロルバン帝国だったり、チェーン
マイル王国だったりする﹂
﹁⋮⋮⋮⋮チェーンマイルとの関わりならクレオが居るじゃん﹂
﹁それが出来たのは昨日だろう? チェーンマイル王国は、君の義
兄でもあるファルガ王とチェーンマイルのシスティーヌ姫を結ばせ
ることによって、ある程度の繋がりを確保したかったという目論見
があったはずだ。⋮⋮まあ、噂では、元々システィーヌ姫本人が幼
い頃からファルガ王に想いを寄せていた⋮⋮というのは聞いたこと
あるが﹂
1081
なるほどね。そーいや、ジャレンガも言ってたな。ヤヴァイ魔王
国は俺との繋がりが薄いからこそ、俺にあいつの妹と結婚しろと⋮
⋮って、ジャレンガの妹のことすっかり忘れていた!
﹁まあ、そういうことだよね? だからさ、僕が連れて行ってあげ
るからさ、僕の妹探しと、そのチェーンマイルのゴタゴタをどうに
かするために、さっさと行こうよって話なんだよね?﹂
って、そう思っていたら、その張本人がファルガの後ろからひょ
っこり顔出してきやがった!
﹁ジャ、ジャレンガッ! お、おまえ、なんでこここに!﹂
﹁やあ、おっは∼よ∼、ヴェルトくん。なんでって、ファルガ王と
交渉してたからに決まってるじゃん﹂
﹁こ、交渉だと?﹂
ファルガは﹁そういうことだ﹂みたいな顔してるが、驚かせんな
よ。ジャレンガが居るなら先に言えよ。
﹁ジャレンガ王子⋮⋮﹂
﹁やあ、誰かと思ったら、真・勇者か⋮⋮なあに、その目は。ひょ
っとして、まだ半年前のことを怒ってるの? あの⋮⋮君の仲間の
女を半殺しにしり、人類大連合軍の連中をボコボコにしたこと﹂
﹁ぐっ、な、なんだとっ!﹂
﹁えっ、何? ﹃なんだと﹄だって? 僕に向かって、なに? 殺
しちゃうよ?﹂
﹁なにを⋮⋮大体、なぜあなたがこの国に! それに、妹とはどう
1082
いうことだ?﹂
﹁妹? ああ、僕の妹もヴェルトくんのお嫁さんにしてもらうんだ
よ。だから、今度から君も僕の親戚になるのかな? はは、ウザイ
な∼、殺しちゃいそう﹂
﹁な⋮⋮なんだって!﹂
ほら、こうなるんだよ! ロアとジャレンガは過去にガチで殺し
合いしてたし、あのヒューレはジャレンガに殺されかけたから、こ
の二人を引き合わせたらまずいってのに。
あやうく、綺麗な中庭が廃墟になるところだったじゃねえかよ。
﹁まあ、今回テメエがチェーンマイルのあのクソチビ姫を手篭めに
したってことなら、クソ話がはええ。テメエがそのことをチェーン
マイル国王にそれを言え。そうすりゃゴタゴタも消える﹂
﹁んで、テメエは過去の婚約破棄ごめんなさいねをするわけか。⋮
⋮しっかし、そうなるとクレオを連れて行った方がいいのか?﹂
﹁本人に帰る意志がねえってのもあるが、⋮⋮それは今はやめてお
け。少なくとも、今回の場ではな。向こうには、次の機会に帰らせ
るとで言っておく﹂
﹁えっ、何でだよ? 連れて行かなかったら、エルファーシア王国
がクレオを人質にしてるみたいじゃねえかよ﹂
正直、今回の遠出に嫁関連は連れて行きたくないって気持ちだっ
たが、流石にチェーンマイル国の王とかに会うんだったら、クレオ
は連れて行くべきだろうと思ったのに、どういうことだ?
すると、ジャレンガと一触即発だったロアがため息はいた。
﹁ふ∼⋮⋮色々と親戚が増えて大変だろうけど、ヴェルトくん、と
りあえず僕もクレオ姫を連れて行くのは反対だね﹂
﹁だから、何でだよ!﹂
1083
﹁今回は、ファルガ王のシスティーヌ姫との婚姻の破談の謝罪と、
クレオ姫の生存報告と、彼女を君の妻として迎えたことの報告にな
るのだろう?﹂
﹁ま、まあ⋮⋮な⋮⋮﹂
﹁そうなった場合、必ず話は、クレオ姫の序列やチェーンマイル王
国への見返りなどの話になる。そんな場に、暁光眼の使い手を連れ
て行くわけにはいかないだろう﹂
あっ⋮⋮そう言われて心底納得した。
序列とかチェーンマイルへの見返り的な話になったとき、幻術使
って自分が正妻とかチェーンマイルを第一にするとか正式に契約結
ばせるとか⋮⋮やるな⋮⋮クレオならやるだろうな。
そう考えると、確かに今回クレオを連れて行くのは別の意味でま
ずい。
んで、ロアはロアでそうなるとアルーシャや帝国の立場がなくな
るってのも嫌だってことか。
﹁りょーかい、分かった。ファルガ、ジャレンガ。チェーンマイル
に行くぞ。途中寄り道してもらいてーが、そっちにも付き合ってく
れよ﹂
﹁まあ、クソ構わねえ﹂
﹁僕の妹を探すのも忘れないでね?﹂
なら、話は決まりだ。チェーンマイル王国に行こう。
﹁そんな、本気ですか、陛下?﹂
﹁ぼ、僕たちもですか?﹂
﹁ああ。だが⋮⋮別にクソ嫌だってなら、構わねえ。愚弟とこのク
ソヴァンパイアドラゴンの三人で行く﹂
﹁って、それが心配なんじゃないすか!﹂
1084
﹁あ∼∼∼∼もう、分かりました、行きます! 行きますよ、僕も
!﹂
こうなっては仕方ない。国王が行くっていうのに、バーツやシャ
ウトが断れるはずがねえ。
こいつらもメッチャガックリ項垂れながらも、同行を了承した。
そして⋮⋮
﹁ロア、お前はどうすんだ?﹂
﹁えっ⋮⋮い、いや⋮⋮僕は⋮⋮﹂
﹁なんだったら、立会人みたいな形でついて来たらどうだ?﹂
もうついでだから、お前もどうかとロアを誘ってみたが、まあ、
当然すぐに行くとは言えないようだ。
﹁しかし、いいのか∼、ヴェルト。このメンツだけってことはコス
モスは置いていくんだろ? コスモス泣くぞ?﹂
﹁大丈夫だろ。腹違いのマッマが三人も居るしな。いや、今では四
人か。それに酷いことを言えば、今回みたいな旅でコスモスを連れ
て行くのはまずい﹂
﹁えっ、何でだ?﹂
﹁コスモスを連れて行方不明⋮⋮そんな騒ぎになってみろ。神族大
陸の元魔王の最強ベビーシッターとか、天空世界総出で捜索活動が
始まっちまう﹂
俺のその言葉に﹁なるほど﹂と頷くロアたち。
そう、ハッキリ言って、コスモスが手元に居ないのは寂しいこと
このうえないが、この状況なら仕方ない。
だからこそ、今朝は寝ているコスモスの頬に何度もキスして抱き
しめてコスモス成分を補給してきたところだ。
1085
つまり、それだけ俺も今回は本気ってことだ。
﹁ロア、あとはテメエだけだ。いいじゃねえかよ、少しぐらいハメ
を外しても﹂
﹁ヴェルトくん⋮⋮﹂
﹁男は家を出てこそ一人前とか言うじゃねえか﹂
﹁ゴメン、それ、初めて聞いたよ⋮⋮﹂
﹁とにかく、来たいのか来たくねえかで考えろよ﹂
今までのこのお坊ちゃんなら、多分こう言われても来なかっただ
ろう。
自分が勝手に行動することで、どれだけの者に迷惑をかけること
になるのかを、ちゃんと理解している奴だからだ。
だが、こいつも少し、考えが変わってきているようだ。
﹁ハメを外せか。まあ、⋮⋮チェーンマイル王国やロルバン帝国と
は今後も交渉ごとで赴く必要があるし、まずは顔だけ出すという名
目であれば⋮⋮アリ⋮⋮か﹂
迷惑をかけるから行かないのではなく、適当な言い訳があれば行
く。こいつはそんな考えだ。
まあ、それでいいんじゃねえかと俺たちも笑いながら頷き、これ
で男たちの旅路メンバー決定ってことになった。
﹁んじゃ、行くか。あ∼、なんか久々解放された気分だぜ﹂
﹁ふん。そういや、愚弟とどっかに行くのも久しぶりだな﹂
﹁とりあえず、ヒューレには心配するなと書置きだけ⋮⋮﹂
﹁やれやれ、僕の背中に乗るのは五人か。ちょっとメンドくさいね。
1086
一人ぐらい殺して減らす?﹂
﹁シャウト。俺ら、かなり責任重大だぞ﹂
﹁だよね。﹃世界の支配者﹄、﹃エルファーシア国王﹄、﹃アーク
ライン帝国王子﹄、﹃ヤヴァイ魔王国王子﹄の護衛だからね﹂
こうして、俺、ファルガ、ロア、ジャレンガ、バーツ、シャウト
の男だらけの解放感溢れる旅が始まった。
あっ、そういえばニートは⋮⋮⋮⋮いや、あいつは俺を裏切った
し、助けなくていっか。
1087
第60話﹁穢れを洗い流す﹂
やっぱ旅の途中に立ち寄って、こびりついた女の香りを洗い落と
して身奇麗になるなら温泉に限る。
二年前は廃れた村が、偶然温泉を掘り起こして僅か二年で観光
名所へと進化を遂げ、今じゃ村というより立派な街になっている。
近隣の大きな街や国から離れたこの場所は大勢のハンターたち
の協力で道が開拓されて、物の出入りも活発に行われ、宿泊施設も
充実している。
街には一攫千金を成し遂げた腕利きの元ハンターたちも常駐し
ているから、賊に襲われることや、チンピラたちが横行する等のト
ラブルも無い。
半年振りか。ここに来るのも⋮⋮
﹁そーいや、半年前にもここに来て、ファルガと再会したんだよな。
でも、あんときゃファルガは俺のこと覚えてなくて、ちょいと戦っ
たっけな﹂
﹁ああ。クソ忌々しい記憶だ﹂
いくらジャレンガの背中に乗るとはいえ、そんなに早くに大陸の
端から端までの大移動は出来ねえからな。休憩もかねて俺たちは、
以前から縁のある、温泉街まで来ていた。
﹁随分と賑わっているね。本当にヴェルトくんが掘り当てた温泉な
のかい?﹂
﹁ここが噂の温泉名所か。俺らが帝国に居た頃から有名になって
たな﹂
﹁うん。休暇を取って一度ぐらいは来てみたいと思っていたんだ。
1088
ようやく来れたよ﹂
エルファーシア王国でもアークライン帝国でも有名となったこの
地。今じゃ、お忍び旅行等で各国の王族貴族たちも利用したりする
この土地の温泉は、実は俺が掘り当てたんだとロアたちに教えてや
ったら、そりゃ驚いていた
まあ、結局その時、温泉の権利がうんたらかんたらは、その場
に居たハンターたちにくれてやったんだよな。
あん時はドラも居たし、帝国がラブのアホたちに攻め込まれたと
かで、最後はバタバタしちまったからな。
﹁そういや、あいつら俺のことを覚えているかな? いや、思い出
したか? 半年前は完全にド忘れされていたからな﹂
二年半前に一晩飲み会をした程度の仲ではあるが、それなりに仲
良くなったと思われるあのときのハンターたち。
半年前に立ち寄った時は聖騎士たちの手によって、俺の存在が
世界から忘れられていたこともあったが、今は違うだろう。
俺を見たらどんな反応をするかな? そう思って、俺たちが街
の中へと足を踏み入れた、その時だった。
﹁ヴェルトくん、なんだなーっ!﹂
驚いたように俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
声のした方向を向くと、そこには汗を掻いた豚が、目を輝かせ
て俺に向かって走ってきた。⋮⋮あっ、豚じゃない。豚⋮⋮じゃな
くって人間だ。
はち切れそうなピチピチのYシャツにサスペンダー。デブ専用
の腹回りの広いズボン。
汗でこびりついた髪の毛が額にペったりとくっついてる。
1089
人は見かけで判断しちゃいけないと分かっていても思ってしま
う。気持ち悪い男だと。
だが、俺はその男を知っていた。
﹁キモーメン!﹂
そうだ。キモーメンだ。
元帝国貴族の七光りのバカ息子だが、親に勘当されたとかで、俺
が拘留されていた監獄の平職員として働いていた男。
監獄の中で話し相手があまり居なかった俺が、よく話をしたり、
ちょっとしたことに協力したりしてくれた男だ。
﹁な、なんだって? ッ、キ、キモーメン! オルバント大臣のご
子息の!﹂
﹁げっ、ほ、ほんとだ! 何であいつがここに!﹂
﹁勘当されて帝国から追放されたって⋮⋮しかも、何でヴェルト
のことを知っているんだい!﹂
あっ、そっか⋮⋮元帝国の貴族なわけだから、ロアは当然知って
いるよな。
それに、バーツやシャウトが知っているのも意外だったが、と
にかく三人ともあまり良い印象がないのか、顔が引きつっている。
﹁ちっ、クソ豚息子か﹂
﹁なにあれ? 見ているだけで気持ち悪い。食をそそらない豚と
か、生きている意味無くない?﹂
んで、ファルガとジャレンガ、お前ら酷いな! とはいえ、俺自身もこいつとは色々と話をしたけど、あんまり
良い思い出があるわけでもないんだけどな。
1090
でも、こいつは何故か俺のことを﹁友達﹂と思っているようで、
非常に嬉しそうな顔して走ってきやがった。
﹁久しぶりなんだな、ヴェルトくん! ずず、ずっと会いたかった
んだな!﹂
﹁まーな。そーいやー、半年前に監獄から脱獄した時にお前はつ
いてきて、でもここに置いてきちまって、それっきりだったんだよ
な﹂
﹁そそ、そうなんだな! あれから、ヴェルトくんが凄いことに
なってて、僕すごい驚いて興奮したんだな! 世界を支配したって
!﹂
﹁ああ、まーな﹂
﹁あ、あの、あのフォルナ姫は僕が結婚したかったけど、ヴェル
トくんなら許してあげるんだな﹂
﹁はは。何だそりゃ。俺の知らんところでフォルナとテメエには
そういう話があったのか?﹂
とりあえずは元気そうだな。まあ、だから何だってわけでもねえ
けどよ。
﹁んで、お前はあれからずっとここに居たのか? 今、何やってん
だよ﹂
﹁うん! 僕は、ここでお客さんへのサービスのアドバイスをし
たり、僕が昔関わりのあった有力者に宣伝して資金を出資してもら
ったりして、今では僕がこの街の組合長なんだな!﹂
﹁なにい? そんなことになってんのか? お前が?﹂
﹁そうなんだな! そ、それに、今では結婚して、しかも奥さん
も二人居て、毎日イチャイチャなんだな!﹂
その時だった。
1091
﹁﹁﹁﹁ぶっほおっ!﹂﹂﹂﹂
俺、ロア、シャウト、バーツの四人が噴出した。
えっ? 何ソレ?
﹁けけけ結婚だと! お、おおお、お前がッ!﹂
﹁キ、キモーメン氏が⋮⋮結婚⋮⋮﹂
﹁さ、先を越されたとかそういうレベルじゃなくて⋮⋮そ、そん
なのが⋮⋮しかも二人?﹂
﹁マジで⋮⋮どんな女がこの人と⋮⋮﹂
こいつという人間を知っていれば、誰もがそれがどれほどのこと
か分かる。
﹁むふふふふふ、ヴェルトくんの六人には敵わないけど、僕もモテ
モテなんだな。組合長権限で、僕は何人でも結婚していいことにし
ちゃったんだな﹂
気持ち悪い変態エロ豚。そのキモーメンが、結婚? しかも奥さ
ん二人?
﹁で、どんな弱みを握ったんだ?﹂
﹁キモーメン氏、あなたは権力を使って?﹂
﹁まさか、無理やり!﹂
﹁そうでなければ、相手はそもそも人間か?﹂
いや、まあ、俺も六人というか、つい先日にもう一人増えて嫁が
1092
七人になったからあんまり人のことを言えないが、それでもこれは
予想してなかった。
﹁ひひひひ、酷いんだな! ぼ、僕はラブラブで結婚したんだな!
僕の仕事ぶりと、僕の夜のテクニックに今の奥さんたちはメロメ
ロなんだな。ほほ、本当はフォルナ姫やアルーシャ姫も僕がメロメ
ロにしてあげたかったぐらいなんだな。あの綺麗なお口をムチュウ
ってペロペロしながら、可愛がってあげたかったんだな!﹂
﹁⋮⋮⋮キモーメン氏⋮⋮あなたという人は﹂
﹁クソ豚が﹂
﹁ひいいい、ロア王子、ファルガ王子、ウソなんだな、だから怒ら
ないで欲しいんだ⋮⋮⋮って、ヴェルトくん、今気づいたけど、何
でロア王子やファルガ王子、それにシャウトにバーツまで居るんだ
な?﹂
﹁今更ですか! 最初から僕たち居たじゃないですか!﹂
﹁おい、愚弟。テメエ、本当にこんなクソ豚とダチになったのか?﹂
相変わらず気持ち悪いことを次から次へと吐き出しやがって。
つうか、フォルナとアルーシャ、こいつに狙われてたのか⋮⋮
それはそれは⋮⋮
しかし、だからこそ、直のこと気になる。
こいつと結婚したとかいう奥さんって何者だと。
すると⋮⋮
1093
﹁あれ∼、あんた∼、なにやってんの∼﹂
﹁働かない豚はただの豚∼、私らを食べさせるのが∼、あんたの
仕事でしょ∼﹂
二人の女の声がした。
﹁ん? お∼い、こっちなんだな! 早く来るんだな! 世界一の
有名人が来てるんだな!﹂
その時、キモーメンが少しはなれた場所から真っ直ぐこっちへ向
かってくる、二人の女に手を振った。
その二人の姿を俺たちが視界に入れた瞬間、俺たちは驚いた。
二人の女はとんでもない格好をしてたからだ。
﹁は∼、な∼に∼? 今日は∼、貴族の団体客に∼、女体盛り大サ
∼ビス祭りの準備する∼って言ってなかった∼?﹂
﹁それを∼、ほったらかして世界一∼? 一体誰が∼⋮⋮⋮⋮⋮
⋮あっ⋮⋮⋮⋮﹂
アメリカのポルノ関係に出てきそうなブロンドの巨乳、むっちり
とした尻、目を奪われる二人組だった。
服装はハーフパンツにマイクロビキニという、エロス。
ハッキリ言って、ロアたちのような童貞には刺激が強すぎる。
そして俺は二人の顔を見て、思わず﹁あっ﹂と言ってしまった。
そして、向こうも俺とファルガを見て目を丸くした。
﹁僕の妻のクリとリスなんだな﹂
1094
﹁そう来たか!﹂
キモーメンに思わずツッコミ入れちまった。
こいつと結婚したのは、この二人組か! つまり⋮⋮財産目当
てか⋮⋮
﹁あ∼∼∼、坊やじゃ∼∼ん﹂
﹁しかも∼、ファルガも∼居るし∼!﹂
﹁ヴェルトくんとファルガ王子も知ってるんだな。二人から、こ
この温泉を掘り当てたのが、ヴェルトくんとファルガ王子だって教
えてくれて、ビックリしたんだな﹂
淫乱のハンター。妖艶絶技コンビのクリとリスだ。
二年半前、童貞を喰われかけたのが未だに鮮明に思い出せる。
まさか、この二人が⋮⋮
﹁いや、その前に、その⋮⋮キモーメン。その⋮⋮扇情的な格好を
されている二人が⋮⋮﹂
﹁こ、こんな変態みたいな格好した女が、あんたの嫁さんなのか
?﹂
﹁⋮⋮でも、普通にしていたら美しいお二人だ⋮⋮なんだか、シ
ョックだ⋮⋮﹂
で、普通に考えると、童貞勇者三人衆からしたら、色々とショッ
クのでかい事実だっただろう。複雑そうな顔を浮かべている。
ジャレンガは大して興味なさそうに欠伸しているけど。
そして、そんな中、勇者たちが目の前にいるというのにまるで
気づいていないのか、結婚したとはいえこの二人は相変わらずだっ
た。
1095
俺とファルガにしなだれかかり⋮⋮
﹁ほ∼んと失敗したな∼。今はそれなりに贅沢できてるけど∼、坊
やなんか世界を支配した男ってやつでしょ∼? ケタ違うじゃ∼ん﹂
﹁だよね∼、あ∼あ。あんとき∼、喰っちゃえば良かったよね∼。
ウラちゃんとムサシちゃんが邪魔してできなかったけどさ∼。てか、
今からでも間に合ったりする? 六人もお嫁さん居るなら、二人ぐ
らい愛人問題なくな∼い? なら、すぐに離婚しちゃう∼﹂
﹁むひょー! そ、そんなのダメなんだな。いくらヴェルトくんで
も、二人はあげないんだな! あっ、でも、こっちが二人に対して、
フォルナ姫かアルーシャ姫のどっちかと交換ならいいんだな? も
しくは、エルジェラ皇女でも、ユズリハ姫でも全然いいんだな! むしろ、ユズリハ姫が欲しいんだな! ユズリハちゃんを抱っこし
て可愛がりたいんだな!﹂
なんなんだ、このゲス共は! ﹁ざけんな! つうか、なんつう会話をいきなりぶち込んでんだテ
メェらは! 三人揃ってゲスの極みモードかコラァ! つか、あげ
ねーよ。そんな話題が欠片でも出ようもんなら、世界が一瞬で崩壊
するぞ? ユズリハの親族を誰だと思ってんだよ﹂
よくもまあ、そんな命知らずのことを⋮⋮
しかも、こいつら微妙に本気で言ってるっぽいところが、恐ろ
しい。
あ∼、頭痛くなってきた。
1096
﹁もういいや。さっさと温泉にでも入れてくれ。んで、適当な宿で
も案内してくれ﹂
﹁分かったんだな! ヴェルトくんは友達だから、この街で一番
良い宿の部屋を用意するんだな! あと、温泉で体を洗ってくれる
女の子を何人か用意するから、好きな子選んでいいんだな! みん
なとっても可愛くて上手なんだな!﹂
﹁って、待て待て待て待て! なんだ、そのいかにもエロそうな
サービスは!﹂
﹁何を言ってるんだな! こういうサービスとか、ヌルヌルお風呂
で女の子と遊んだりとか、そういうのがスゴく人気あるんだな!﹂
﹁こちとら、嫁のエロ総攻撃に嫌気が差して家から飛び出してき
たってのに、そんな風俗みてーなエロいこと出来るわけねーだろう
が! 普通でいいんだよ、普通で!﹂
﹁んもう、ヴェルトくんは分かってないんだな。このおもてなし
は、僕がこの世で最も尊敬する御方、﹃フルチェンコ氏﹄が考えた
至高のおもてなしなんだな﹂
﹁何が至高だ! 誰だよそれは! どっかで聞いたことあるよう
な気もするが、そんなもんは俺には必要ねえ!﹂
﹁フルチェンコ様を知らないなんて、ダメなんだな! 何かの罪
を犯したとかでチェーンマイル王国でしばらく捕らえられていたけ
ど、半年前に出てきて、今ではチェーンマイル王国の経済に大きく
1097
貢献している方なんだな﹂
やべえ、果てしなくこいつをぶん殴りてえ。
こいつも、本当は俺に喜んでもらいたいという純粋な気持ちなん
だろうが、あまりにもゲス過ぎて俺も思わず大声で怒鳴っちまった。
﹁まあまあ、ヴェルトくん。その、気持ちは分かるが落ち着いて﹂
﹁とりあえず、普通の風呂に入って落ち着こうぜ﹂
﹁そうそう。この方を何だか殴りたいという君の気持ちは分から
なくもないけど﹂
﹁は∼⋮⋮クソめんどくせーな﹂
﹁ねえ∼まだ∼? っていうか、この豚気持ち悪いから殺したい
んだけど、いいよね?﹂
こんな調子のまま、せっかくのリフレッシュが憂鬱な気分になり、
それどころか、後ろの方からキモーメンたちが、﹁今日は宴会なん
だな!﹂とか言ってくるもんだから、更にメンドくさい気分になっ
た。
1098
第61話﹁ゲスの都へ行こう﹂
豪華な宿泊施設も、シェフが腕によりをかけた料理も俺には必要
ない。
ただ、そこに腹を割って話せる奴らさえいれば、最低限のツマミ
と喉を潤すものさえあれば十分なんだ。
﹁いやあ、兄ちゃんにファルガ、本当に久しぶりじゃねえか! い
や、今は支配者様と国王様か?﹂
﹁ファルガはまだしも、あの時の坊主が本当にスゲーことになっち
まったもんだぜ﹂
﹁ずっと会いたかったぜ! 魔族の嬢ちゃんに、亜人の姉ちゃんは
元気か?﹂
﹁あれからここもデカくなってな。もう、贅沢三昧だぜ!﹂
ナイトクラブのような盛り上がりを見せる酒場では、うるさい弦
楽器や歌が常に鳴り響き、たくさんの懐かしい顔ぶれたちが、俺や
ファルガたちを囲んでいた。
﹁しかも、噂の真・勇者様を始め、十勇者が三人。さらに、俺ら元
ハンターからすれば伝説とまで言われたヴァンパイアドラゴンまで
居るんだ﹂
﹁それを引き連れてんのが、俺らのダチの兄ちゃんだってんだから、
俺らも鼻が高いってもんだぜ﹂
1099
半年前にこいつらと再会したとき、こいつらは俺のことを忘れて
いた。だが、もう、俺はそのことを話題に出す気はなかった。出し
ても意味のねえもんだしな。謝られても気まずいだけだし、これで
よかった。
だから、せっかく会って酒を飲んでいるなら、出す話題は⋮⋮
﹁世界をセーフクしたって、なんかあんまり変わらねえよ。あんな
に可愛くって純粋だったウラも、かなりガッツク女になっちまった
からな∼。まあ、ムサシは変わらずおもしれーけど﹂
こういうシモを交えたり、バカな話をして純粋に盛り上がる。そ
れで良かった。
﹁でもさ∼、良かったね∼、ウラちゃん。ちゃ∼んと坊やと結婚で
きてさ∼。ウラちゃん、坊やのことチョー好きだったし∼﹂
﹁だよね∼。でも、ウラちゃん奥手だったし∼、経験値足りなそう
だったし∼、意外と難しいかな∼って思ってたけど∼、ちゃ∼んと、
夫婦生活の﹃営み﹄はシテるんだね∼﹂
﹁むふおーっ! う、うらやましいんだな、ヴェルトくんは! ね
えねえ、ヴェルトくんはお嫁さんたちの誰が一番お気に入りなんだ
な?﹂
いや、やっぱりシモの話は控えよう。こいつらゲス夫婦が自重し
ねえからな。
1100
﹁にしても、キモーメン、あなたがここに居ると思わなかった。あ
なたのお父上はこのことを知っているのか?﹂
﹁むふぉ、ロア王子もパパも、帝国の人たちはみんな酷いんですだ
な。僕が勘当されてからは、誰も僕のことを探しに来ないし気にか
けてくれなかったんですだな﹂
﹁⋮⋮そう⋮⋮だね。僕も、あなたが勘当されたと聞いたときは、
神族大陸に居たしね⋮⋮﹂
﹁それでもなんですだな! ぼぼ、僕と幼馴染なのに、ロア王子も、
アルーシャ姫も、ヒューレも、ドレミファも、ソラシドも、ギャン
ザだって、僕がパパに家を追い出されたときに、誰も助けてくれな
かったんだな!﹂
にしても、ロアたちとキモーメンが幼馴染ねえ∼。
物凄い並んでいて違和感があるな。そして、こいつもこんな性格
だから、昔からロアたちの間でも評判は良くなかったんだろうな。
幼馴染と再会したってのに、あのお人よしのロアが複雑そうな顔を
しているし。
﹁ま、まあ、元気そうで何よりだよ、キモーメン。今では立派な職
に就いて、身を固めているようだしね。オルバント大臣も安心され
るだろう﹂
﹁そんなことないんですだな! パパは酷いんだな! 僕がちょっ
とイタズラしただけで怒ったんだな!﹂
1101
﹁そういえば⋮⋮あなたは何をして、勘当を?﹂
﹁酷いんですだな! パパが奴隷として買っていた兎人族のメスを、
僕がちょっと可愛がってあげようとイタズラ︱︱︱﹂
﹁いや、もういい。それ以上は聞きたくない﹂
﹁な、なんでなんですだな? 僕は何も悪く無かったんですだな!
可愛い亜人の女の子はモフモフしないとダメなんですだな! ち
ょっと嫌がっても、僕の家の所有物だから問題ないんだな!﹂
昔からまるで変わっていない。
そして、それは俺よりもこいつと付き合いの長いロアたちにとっ
ても同じなんだろう。
仕事も家庭も、ある意味では成功を収めた勝ち組になったっての
に、その人間性にまるで成長も更生も見られねえ。
ロアたちは、あからさまな軽蔑の眼差しをしていた。
﹁ヴェルトくんなら理解してくれるんだな? ヴェルトくんだって、
亜人の女の子にイタズラしたくなるんだな?﹂
って、そこで俺に振るんじゃねえ。
﹁んなわけねーだろうが。テメエみたいな野郎と一緒に⋮⋮⋮﹂
ふざけるな。テメエと一緒にするんじゃねえ⋮⋮と言おうとした
とき、俺にはふと、ムサシのことが頭に浮かんだ⋮⋮
﹃殿∼、だめえ、⋮⋮あう、や⋮⋮あう∼∼∼⋮⋮拙者のような未
1102
熟者に、このような∼、このようにゃ∼、んにゃああん﹄
それは、嫁たちが家に居ない時、俺が暇つぶしでムサシにスキン
シップしている時の話。
﹃ひゃうっ! と、との∼、尻尾をイタズラ∼ひっぱったらダメえ
∼⋮⋮ひゃうう、み、耳、くすぐったいでござる∼⋮⋮殿∼、お戯
れがす、過ぎ、ん、あふうっ⋮⋮だめでござる∼、お、奥方様に申
し訳ないでござるよ∼⋮⋮んにゃ∼∼∼んにゃ∼ん﹄
嫌がるムサシの反応が面白くて、可愛くて、膝枕してやって頭を
ナデナデ、尻尾をサワサワ、耳かきのサービス、たまに胸をモミモ
ミ、ホッペをプニプニ⋮⋮
﹁⋮⋮⋮ま、まあ、亜人へのイタズラ云々の話は置いておいてだ⋮
⋮﹂
﹁﹁﹁待て、なぜ否定しない!﹂﹂﹂
やべえ、一瞬、俺がキモーメンと同じ? とか思っちまったじゃ
ねえか。俺のアレは別にイタズラじゃねえし。別にムサシは俺の所
有物だから何をやってもいいとか思ってるわけじゃねえ。スキンシ
ップだ。ムサシだって﹁ダメニャ∼﹂とか言っても、ほんとは喜ん
でいるんだし!
﹁全く、ヴェルトくんもうろたえないでくれ。ヴェルトくんのやっ
ていることは子孫繁栄のため、言い換えればこれから何百年と続く
1103
平和な世界を担う申し子たちのためだろう? 下劣な性欲を先行さ
せて、女性を傷つけるようなマネを君はしないだろう?﹂
﹁アタリマエ。オレ、亜人ニイタズラシナイ﹂
オオ、ソノトオリダ。オレ女ヲ、傷ツケタリハシナイ。
﹁ヴェルトくん。なぜ、そこで片言になるんだい?﹂
﹁そういえば、ヴェルト。君は臣下のムサシに手を出したとか⋮⋮﹂
﹁あっ、それに、先日、ペットがやけにむくれてたぞ? なんか、
お前にイジワルされたとか⋮⋮﹂
ぐっ、む、ムサシとのことは既に知れ渡っていたか。
でも、ペット? 何で、ペットなんだ? 俺があいつにしたこと
とすれば、せーぜい、スカートめくったぐらいだぞ?
なのに、ロアも、シャウトもバーツも、何だかジト目で俺を見や
がって⋮⋮
﹁う、うるせえな! つーか、キモーメンは極端な例だけど、お前
らも少しはそういうことにも興味を持てよな? そんなんだから、
女共に怒られるんだよ﹂
﹁君が極端すぎるんだ! そういうのは、アルーシャにしてあげた
まえ。あの子は喜んで君の相手をするだろう﹂
﹁ヴェルト、品性というものを持ちたまえ。ま、まあ、君の場合は
奥さんの方にも問題がないといえば嘘になるけど﹂
﹁でさ∼、おまえ、本当にペットに何をやったんだ? なんか、帰
ってきてから、あいつがブツブツとスゲー怖いし﹂
酒も入って来たことで、言いたいことを思いっきりぶつけ合う俺
1104
らだが、そんな俺たちを見ながら、ファルガは深い溜息。
何だか弟分たちのみっともない言い合いに呆れているかのようだ。
﹁すげえ、勇者様は女に免疫なしか! なんだか急におこちゃまに
みえてきた!﹂
おっさんのハンターたちも大笑いしている。
すると、そんな中で一際、ゲス夫婦は目を光らせた。
﹁へ∼、そうなんだ∼、勇者様って∼、経験ないんだ∼、いが∼い。
っていうか∼。今、十八∼二十ぐらいでしょ? それで経験ないと
か、ヤバすぎ∼!﹂
﹁そうだよね∼、ふつう∼、勇者様ぐらいだと∼、女の子なんて毎
晩∼、選り取りみどり取っ替えひっかえしょ∼?﹂
﹁驚いたんだな! ロア王子たちが平和な世界でも未だにそんなこ
と言ってるだなんて! ヴェルトくんの言うとおり、それはまずい
んだな!﹂
こんな奴らにまで心配される勇者たち。もはや哀れだ。
﹁な、なんですか、皆さん! 別に、僕たちとて来るべき時がくれ
ば自然に⋮⋮それに僕にはアスカが⋮⋮﹂
﹁ぼ、僕だって、その、好きな人ぐらいは⋮⋮﹂
﹁別に、女なんて今は居なくたってやることいっぱいあるんだから
いいんだよ! でも、いつか俺だってマネージャーみたいな女の子
と⋮⋮﹂
1105
いや、まずい! キモーメンの言うとおりまずいよ、それは! 特にロアがかなりヤバイ。それ、実在しない女だから!
すると、そんな勇者たちが皆の笑いの視線に縮こまっている中で、
キモーメンが立ち上がった。
﹁よし! ロア王子、それなら僕にいい考えがあるんですだな!﹂
いい考え? それが本当に﹁いい考え﹂とは誰も思っていないが、
キモーメンが興奮したようにロアたちに言った。
﹁ロア王子たちは、女の子のことが全然分かっていないんですだな
! だから、この世で最も女の子のことを勉強できる街に行ったほ
うがいいんですだな!﹂
この世で最も女を勉強出来る街? なんだそりゃ? 少なくとも
恋愛シミュレーションゲームよりはマシなものなのか? つうか、
そんな都市があるのか?
ロアたちも、﹁そんな街が?﹂と驚いた表情を浮かべている。
﹁じょ、女性のことを最も勉強できる? キモーメンそれは、一体
?﹂
﹁うぷぷぷぷぷ、その街は、チェーンマイル王国の領土。王都から
南の海岸沿いに位置する港街なんですだな! 本来はただの港街だ
ったんだけど、長旅でイロイロと﹃溜まった﹄大勢の漁師や商業船
が立ち寄ることに目をつけた﹃ある御方﹄が、そこに一大娯楽都市
1106
を作り上げたんだな!﹂
﹁一大娯楽都市? 馬鹿な、そんな話、僕は聞いたこともない。そ
んな都市がチェーンマイル王国に?﹂
﹁そうなんですだな。蛇の道は蛇。エロの道はエロなんですだな。
ただ、そこが本格的に有名になったのは戦争終わったからだから、
ロア王子もまだ知らないんですだな﹂
エロの道はエロ? それって、つまりエロい街ってことか? よ
くある悪所的なやつか? ﹁そうそう∼、そこ行けばいいよ∼、そんで男になっちゃえ∼﹂
﹁ね∼。私らもハンター時代にそこで働いて情報収集してたし∼、
勇者様たちなら∼、女の子たちがすご∼い寄ってくるよ∼﹂
﹁おっ、それってあの街のことか! いいね∼、俺らだって休暇が
取れれば行きたいぐらいだぜ﹂
﹁ああ。俺だって所持金が底を尽きなければ永住したいと思ってい
たぐらいだ﹂
﹁でも大丈夫か∼? お子様たちには刺激が強すぎるんじゃねえの
か?﹂
クリとリスたちを始め、周りもゲスな笑みを浮かべて俺たちの背
を叩いてくる。
だが、こいつらが﹁オススメ﹂なんていうからには、そうとうヤ
バイとこなんだろうなという、嫌な予感がプンプンする。
そして、キモーメンの口から出たのは⋮⋮
﹁その街こそ、僕が尊敬する御方、﹃フルチェンコ・ホーケイン﹄
1107
様の改革によって発展した、裏社会最大の娯楽都市、﹃カブーキタ
ウン﹄なんですだな!﹂
案の定、俺も全く聞いたことのない街だった。まあ、そもそもチ
ェーンマイルのことだって、クレオとその姉ちゃんぐらいしかよく
分からねえからな。後は秒殺された聖騎士とか。
﹁カブーキタウン⋮⋮あのクソ品のねえ街か⋮⋮﹂
﹁ファルガ王はご存知で?﹂
﹁まあな。これまで神族大陸で戦争してたテメェらが知らねえのは
無理もねえ﹂
﹁どのような街なのですか?﹂
﹁そうだな、言ってみれば⋮⋮﹃シロム﹄に近い街だな⋮⋮﹂
シロム⋮⋮ああ、初めてイーサムと出会った、あの胸糞悪い街か。
権力を持った人間たちの醜い欲望が蔓延った街。
暴力、違法な取引、人身売買、上げればキリがねえし、良い思い
出もねえ。
﹁だが、あのクソシロムは、旧ラブ・アンド・ピースが管理してい
たこともあり、どちらかといえば利用者も、金を持った腐ったクソ
貴族やクソ有力者が多かった。だが、﹃カブーキタウン﹄はどちら
かと言えば、ハンターを始め、一般人が主に利用するような街だ。
旅の冒険者、漁師、行商人などな。だからこそ、ハンターにとって
は生きた情報が集うから、無視もできねえ街だ﹂
正直な話、ファルガの説明ではイマイチよく分からなかった。
ようするに、シロムは金持ちたちが利用していた娯楽国家で、カ
ブーキタウンとかいうところは一般人が利用するリーズナブルな街
ってことか?
1108
﹁まあ、俺もハンターを引退した以上、クソ行きたくもねえ街だが
⋮⋮愚弟⋮⋮テメェの目指すサバス島はその港街から直行船が出て
いる﹂
﹁えっ、そうなのか?﹂
﹁だから、行くならその街を目指したほうがいいのは、事実だがな
⋮⋮﹂
なるほどな。そこでそう繋がるのか。
サバス島⋮⋮旧友が居ると思われる、バスティスタの故郷か⋮⋮
﹁でもな∼。一般人が利用する娯楽都市って、なんか危ねえところ
なんじゃねえの?﹂
﹁そんなことないんだな、ヴェルトくん。確かに、戦争中はほとん
ど無法状態だったんだな。でも、﹃フルチェンコ﹄様が街を管理す
るようになって、安全・安心・信頼・信用を大原則とした街づくり
を目指してるって話なんだな﹂
﹁なにが、安全・安心・信頼・信用だよ。そーいうのは、いかにも
怪しいキャッチセールスじゃねえかよ﹂
正直、その街に行くことは気分があまり乗らねえんだが、キモー
メンが鼻息荒くして﹁問題ない﹂と強調してくるが、お前はその﹁
フルチェンコ﹂とかいうやつをどんだけ尊敬してんだよ!
﹁まあ、俺が現役の時は確かにクソ品のねえ街だったが、今は違う
みたいなのは事実だ。昔は、クソ真面目なチェーンマイル王の政治
で、その街の違法者たちの摘発を繰り返していたんだが、﹃システ
ィーヌ姫﹄が政に介入できるようになって、かなりそこらへんは柔
らかくなったようだ﹂
1109
システィーヌ姫。クレオの姉ちゃんで、ファルガの許嫁だった、
あの変な笑いが特徴的だった女か⋮⋮
﹁そういったクソ色街は違法にしたところで、どうせ根絶できねえ。
ならば、国家が管理しようという革新的な案をあの女が推し進めた。
実際、それで経済的な利益もクソ大きかったみたいだからな﹂
へえ、そういうものね。要するに、水商売な店を、ヤクザがケツ
持ちするんじゃなくて、国が後ろについて管理するってことか。
あの姉ちゃん、そんなことをやってたのか。
そんなことを考えていたら⋮⋮
﹁ふ∼ん、じゃあ、その街に行こっか?﹂
と、提案してきたのは、今まで黙っていた意外な男。
﹁ジャレンガ! おま、なんで?﹂
﹁なんでって、そこには色々な情報が集まるんでしょ? なら、僕
の妹の居場所も分かるかもしれないしね?﹂
まさか、﹁そういうことに一番興味なさそう﹂なジャレンガから
の提案に驚いたが、そういうことか⋮⋮そういえば、こいつの妹の
問題もあったな⋮⋮
﹁そういえば、ジャレンガ王子の妹君は家出をされて、今はチェー
ンマイルの方面にいらっしゃるんですよね? と言っても、僕もヤ
ヴァイ魔王国は、魔王ヴェンバイと﹃月光の四王子﹄以外は知りま
せんが⋮⋮﹂
﹁まあ、戦争には出なかったから、ロア王子が知らないのも仕方な
いよね? クロニアのバカ女に唆されて、今、どこをほつき歩いて
1110
いるか分からないけど、そういうところに情報が集まるなら行って
みても良さそうだよね?﹂
となるとだ、ジャレンガは妹探しのため。俺は旧友探しのため。
ロア、シャウト、バーツは社会科見学のため。
そう考えると、確かにその街に行ったほうがいいのかもしれねえ
な。ただし、ハメを外しすぎねえように。
﹁ん∼、ファルガはそれでいいか?﹂
﹁まあ、サバス島に寄り道という約束だったからな﹂
なら、チェーンマイル王国に行く前に、その街を目指して行くか。
﹁おっ、じゃあ、兄ちゃんたちはこのままカブーキタウンに行くわ
けか。羨ましいぜ﹂
﹁楽しんで来いよ! んで、是非この温泉の宣伝もしてきてくれ!﹂
﹁女の子が、この温泉街で働きたかったらいつでも歓迎つってくれ
!﹂
﹁いいじゃん∼、行ってきなよ∼、それで∼、浮気∼、バレないよ
うにね∼﹂
﹁ああ、いいんだな∼、ヴェルトくん、僕も行きたいんだな∼! ねえ、クリとリス、僕も行ってきちゃダメなんだな?﹂
﹁お金を∼、いっぱい置いていってくれれば∼、いいよ∼﹂
俺たちの旅の目的地が決まって、周りは再び賑やかに騒ぎ出した。
まあ、目的はバラバラだが、この際、構わねえか。とりあえず、
嫁たちには内緒にしとかねえとな。そう思って、俺もコップに注が
れていた酒に再び口をつけた。
だが、そんな騒ぎの中、一人の元ハンターが、何かを思い出した
かのように俺たちに言った。
1111
﹁あっ、でも、一応気をつけろよ、兄ちゃんたち。ハンター仲間の
情報網だと、最近そのあたりの近海は物騒だって噂だからよ﹂
物騒? そんな歓楽街みたいなところで、物騒なことがまるでな
いことのほうが珍しいと思うが⋮⋮
﹁噂では、そのあたりの海では、突如海上に海の女神が現れて商船
を海中に引きずり込むとか、カブキーキタウンに謎の二匹の雌竜人
が現れて街から女たちを次々と攫っていくとか、結構騒ぎになって
いるって噂だぜ?﹂
そしてその物騒な噂というのは、何だかよく分からん物騒な話だ
った。
1112
第62話﹁攫われた﹂
﹁りょっこう、りょっこう、旅行なんだな∼♪﹂
空はどこまでも快晴で、白い雲の下を掻い潜りながら目的の地へ
と飛ぶドラゴンの背中に乗っている俺の視界には、不愉快極まりな
い存在がルンルン気分で歌っていた。
﹁おい、うぜーんだよ、キモーメン。ちっとは黙ってろ。あんま騒
ぐと、ジャレンガがキレるぞ?﹂
﹁だって、楽しみなんだな∼! 今の僕は楽しい毎日だけど、やっ
ぱりいつも同じお風呂と女の子じゃ飽き始めてたところなんだな!
そんな中でヴェルトくんと一緒にカブーキタウンに行けるなんて、
もう僕はすごいハッピーなんだな!﹂
なんでこいつがついて来てるんだよ。俺を除けば、国王と王子と
勇者三人というメンツに、なんで変態エロキモ豚がくっついてきて
るんだよ。
つーか、どうしてこうなったんだ?
﹁先日は酒飲んでて、あんまり覚えてねえが⋮⋮⋮⋮なあ、俺は本
当にこいつが来ることを了承したのか?﹂
﹁多分⋮⋮というより、ヴェルトくん。なんだかんだで、君もキモ
ーメンと仲が良さそうだったよ?﹂
なに? そうだったのか? まあ、確かに、ムサシが可愛いとい
う自慢をしたり、ユズリハのケツをひっぱたいて大人しくさせたと
1113
かの話しをキモーメンにして、盛り上がって肩を組んでいたような
記憶はあるが⋮⋮
﹁ちっ、クソ豚が。邪魔になったら捨てていくからな。こいつが消
えたって、帝国はもう文句を言ってこねーだろうしな﹂
﹁ファルガ王子、ひどいんだなーっ!﹂
﹁おい、俺はもう王子じゃねえ。国王だ。クソ間違えるんじゃねえ﹂
誰一人として歓迎していないキモーメンの加入。正直、ロアやシ
ャウトも苦笑しているが、本当はスゲー嫌なんだろうな。まあ、気
持ちは分からんでもねえが。
だって、そうだろう? 俺が涙を堪えて、ハナビやコスモスを置
いて家を出たってのに、何が悲しくてこんな豚を⋮⋮
﹁そうだ、ヴェルトくん。君のお嫁さんや飼ってる亜人の話は聞い
てるけど、子供のことも教えて欲しいんだな。ヴェルトくんは子供
居るんだな?﹂
﹁ん? まーな。世界一可愛い子が居るぞ?﹂
﹁やっぱり可愛いんだな?﹂
﹁いや∼もう、ミニチュア版のエルジェラだぞ? しかも、パッパ
パッパといつもくっついてくる甘えん坊でな∼。最近わがままにな
ってきたから、あんまり甘やかすのはよくねーとは分かってるんだ
が、ついつい甘くなっちまって﹂
﹁エルジェラ皇女! う、羨ましいんだな! 以前、マッキー社長
のサークルミラーで、エルジェラ皇女をチラっとだけ見たことある
1114
けど、すっごい美人で、すっごいおっぱいだったんだな! それな
ら、子供もすごい可愛いんだな!﹂
⋮⋮まあ、相手が豚とはいえ、娘を褒められることに悪い気はし
ねえけど⋮⋮
﹁テメエはどうなんだ? 一応毎晩お盛んなら、ガキぐらいできね
ーのか?﹂
﹁むふふふふ、実はその兆候があるんだな! クリとリス両方とも
なんだな! 二人ともこれからお腹が大きくなって、僕もパパにな
るんだな!﹂
﹁な、なにいっ! テメエ、どうしてそれをこの前言わなかったん
だよ! ⋮⋮おい、いくらか祝い金でも包もうか?﹂
﹁何言ってるんだな、そんなのいらないんだな、ヴェルトくん! 偶然とはいえ、会いに来てくれただけで嬉しいんだな﹂
サラッとドラゴンの上で衝撃的な事実をぶち込んでくるキモーメ
ン。つうか、今の発言に、ロアたちはショックを受けたのか呆然と
している。
しかし、こいつが父親に⋮⋮つうか!
﹁つうか、テメエは子供ができるかもしれねーのに、そんなゲスの
都に行くのかよ! そういう時こそ家族サービスしろよ!﹂
1115
﹁子供が生まれてからは行きにくいから、今、行くんだな! それ
に、それならヴェルトくんだって、子供居るのに、色々な女の子と
遊んでるんだな!﹂
﹁俺は遊んでねーよ。襲われてるんだよ﹂
﹁むひょーっ! あんな綺麗な奥さんたちに教われるなんて、羨ま
しいんだな!﹂
ったく、こいつが父親になるとか本当かよ! つうか、生まれて
くる子供が不憫だ。どうか、父親にだけは似ないように⋮⋮と言っ
ても、淫乱母親に似るのも幸せとは言いがたいが⋮⋮
﹁ヴェルトくんは子育て大変なんだな?﹂
﹁まーな。でも、まあ⋮⋮なんだろうな⋮⋮その大変っていうのも、
こいつのためなら悪くねえ⋮⋮そう思ったりする﹂
﹁そういうものなんだな?﹂
﹁テメエも、子供を抱きかかえりゃ分かるさ。まあ、仲にはそうい
う親も居ねえし、子供を不幸にする親だっているが⋮⋮俺は少なく
とも、あいつのためならなんだって出来る⋮⋮そう思ってる﹂
﹁⋮⋮ヴェルトくん⋮⋮﹂
﹁けっ、急にマジメな話しをしちまったが、まあとりあえず、ガキ
1116
が生まれたらゲスな遊びも発言も控えるんだな﹂
﹁⋮⋮難しいんだな⋮⋮僕は、パパに捨てられてるから、親ってい
うのがよく分からないんだな⋮⋮でも、ヴェルトくんがそう言うな
ら⋮⋮頑張ってみるんだな﹂
﹁おお、頑張れよ。んで、おめでとさん﹂
まあ、こいつがどんなガキを作って、どんな家庭を築くかは知ら
ねえが、とりあえず今は最低限の祝いの言葉と激励だけしてやって、
俺はキモーメンの背中を叩いてやった。
すると、そんな俺たちのやり取りをボーっと見ていたロアたちが
⋮⋮
﹁⋮⋮キモーメンに子供ができることがショックなのは置いておい
て⋮⋮﹂
﹁ねえ、ヴェルト⋮⋮やっぱり、君とキモーメン氏⋮⋮﹂
﹁二人共⋮⋮やっぱ、仲がいいな﹂
おいっ!
﹁って、よくねーよ別に!﹂
と、俺は心の底から叫んでやった
﹁ねえみんな∼、僕一人だけに力使わせてゴチャゴチャとムカつく
な∼? 殺しちゃうよ∼?﹂
1117
すると、黙って俺たちを背に乗せて、世界最速の乗り物として飛
んでいたジャレンガが、竜の首を上げて俺たちに言ってきた。
﹁お∼、ワリーな、ジャレンガ。あとでちゃんと、何か驕ってやる
からよ﹂
﹁それはいいや∼、ただ、ヴェルトくんが僕の妹を∼﹂
﹁さーて、カブーキタウンではあんまりハメを外さねえようにしね
えとな!﹂
﹁オリヴィアをさ∼﹂
﹁いくら俺も家から飛び出したとはいえ、そんなゲスの都で遊んだ
のがバレたらぶっ殺されるから気をつけねえとな!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮誤魔化そうとしているなら、殺しちゃうよ?﹂
﹁おう⋮⋮検討しておく﹂
くそ、忘れた頃に何度も言いやがって! 何で俺が会ったことも
ないうえに、ヤヴァイ魔王国の王族なんてそれだけで既にヤバそう
な女を嫁にしないといけねーんだよ! そして、ヤバイな。そのオリヴィアってのがどういう奴かはわか
らねーけど、もしチェーンマイルにいるなら、そろそろ何か対策を
考えねえと、またとんでもねえことになっちまう。
どうするか⋮⋮
﹁おい、それよりもそろそろじゃねえのか?﹂
その時、ファルガがジャレンガの背から地上を覗き込んで、そう
言った。
俺たちもそれにつられて、地上を覗き込むと、広い草原のど真ん
中にある、整備された馬車道が目に入った。そして、その道の先に
は広大な大海原。
1118
ということは、この道の先に⋮⋮
﹁だと思うよ∼? 距離とこれまでかかった時間的に。疲れたな∼、
僕だけ働かせてムカつくな∼、誰か一人ぐらい殺したいな∼? あ
っ、豚なら殺していい?﹂
﹁流石はドラゴンの飛行能力ですね。まさか、大陸の端から端への
大移動を、僅か数日で可能にするなんて⋮⋮あと、ぶ⋮⋮キモーメ
ンは殺さないでください﹂
﹁騎獣を所有しているロア王子はまだいいでしょう。僕たちなんて、
全てが初めてなんですから﹂
﹁だよな、シャウト。そんで、ヴェルトはドラゴンに乗るのも、空
の旅もスゲー慣れてそうなのが、スゴイな。⋮⋮ン? おい! あ
れ、見ろよ! 見えて来たぞ!﹂
ああ、本当だ。前方の方に見えて来た。
﹁おお⋮⋮﹂
思わず俺は口に出して感嘆の声を発した。
濃厚な潮の香りに包まれて、俺たちの視界に入ったその街は、エ
ルファーシア王国やアークライン帝国でもない他国の領土。
港町を改装しまくって、今ではチェーンマイル王国の経済を担う
役割を果たしている街。
二年半前に、ファルガとウラと一緒に旅に出て、最初に立ち寄っ
た港町とは比べ物にならない規模。
1119
まあ、デカイと言っても、王都や帝国のように馬鹿でかいわけで
はない。
ただ、どこか落ち着きのあるレトロな建物がズラリと並んでいる。
﹁なんだよ。ゲスの街というわりには、結構普通の街じゃねえか。
俺はてっきり、バニーガールの看板でもデカデカと飾っているよう
な街だと思っていたが﹂
﹁今は昼間だから落ち着いているように見えるんだな。夜になると、
街灯が朝まで消えることなく街を照らして、大勢の男と女が街中を
行き交っているんだな﹂
なるほど、夜になるとか⋮⋮
昼間の風景だけなら、コスモスたちにも観光の一環で見せてあげ
てもいいかなとも思ったが、やっぱやめとくか。
﹁ジャレンガ王子、この辺で降りて、後は歩いていきましょう。さ
すがに、ドラゴンに乗ったまま街に下りれば、パニックになるでし
ょう﹂
﹁え∼、注文多いな∼、ロア王子。いくら僕と親戚になるからって
なれなれしくしすぎじゃない? 殺しちゃうよ?﹂
﹁⋮⋮えっ? ⋮⋮親戚⋮⋮えっ?﹂
﹁出発の時にも言ったでしょ? 僕の妹も君の妹もヴェルトくんの
お嫁さんなんだから、僕と君も親戚になるでしょう? 二人ともヴ
1120
ェルトくんの義理のお兄さんだよ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あっ!﹂
いや、あっ! じゃねえよ。何を﹁そうだった!﹂みたいな顔し
てんだよ、ロア!
﹁おい、テメエら。義兄の序列で言えば、俺がクソダントツで一番
だってのは覚えておけ﹂
﹁そ、そうでした! そうだったんですね。よくよく考えれば僕と
ファルガ王だけでなく、そのオリヴィア姫という方がヴェルトくん
と結婚したら、僕とジャレンガ王子も親戚に⋮⋮﹂
﹁あと、ジャックポット王子もだよね? なんだか、ムカつくけど
面白そうだね?﹂
ファルガもムッとした顔で張り合ってるし、ロアも普通に納得し
ちまったし、ジャレンガは当たり前のように言ってるし、このメン
ツにジャックも加わるのか?
なんだよ、その﹃ヨメーズ﹄に付随してできた、﹃アニーズ﹄は。
﹁バーツ⋮⋮冷静に考えなくても、やっぱりヴェルトの交友関係は
異常だよね﹂
﹁おいおい、こんなんじゃねーぞ、シャウト。だってよ、ジャレン
1121
ガ王子やジャックポット王子どころじゃねえぞ? ユズリハ姫の父
親は武神イーサムだし、アルテア姫の親は狂獣怪人ユーバメンシュ
だし、それこそフォルナ姫のお母様はファンレッド前女王陛下だぜ
? んで、そのオリヴィア姫っていう人の父親は、あの弩級魔王ヴ
ェンバイだぞ?﹂
なに、その地上最強の﹃オヤーズ﹄は! 恐いよ、恐い! 恐い
って!
﹁ヴェルトくんも大変なんだな。それなら、もし嫌になったら、い
つでも僕のところに来ていいんだな! 匿ってあげるんだな!﹂
ニッとキモイ顔で笑うキモーメンの心遣いだけが、何故かちょっ
とした救いの気分だった。
﹁さて、クソ当たり前のことをいつまでも話してる場合じゃねえ。
そろそろだな﹂
﹁おい、ファルガ! そこは﹃クソくだらないこと﹄じゃないのか
よ! ﹃クソ当たり前のこと﹄ってなんだよ!﹂
そんな話をしながら、俺たちはようやく地上へと降り立ち、ジャ
レンガは竜化を解いて人の姿へと戻った。
﹁うっはは∼! ようやく着いたんだな∼、早く行くんだな∼、い
い女の子が、みんな予約されちゃうんだな∼!﹂
そして、地上に降り立った瞬間、キモーメンが素早いスキップを
1122
しながら一人先頭でさっさと街へ向かっちまった。っていうか、お
前、意外と身軽だな。
﹁本当に気持ち悪い豚だね。殺さなくていいの?﹂
﹁クソ同感だが、今はやめておけ。あれでも愚弟のダチなら、我慢
してやる﹂
﹁やれやれですね、彼は。相変わらず、ああいうところは変わって
いない。本当はその血筋どおりの素晴らしい魔法の才能の持ち主だ
ったのに﹂
決してブレないキモーメンに、何度も呆れながら、俺たちはその
後に続くように街を目指して歩いた。
まあ、キモーメンの話では、今から行く街がいかがわしいゲスな
街に変貌するのは夜からみたいだし、こんな真昼間ならまだ大丈夫
だよな?
そんなことを考えながら、一歩一歩街へと足を進めていった俺た
ちだが、街が近づくに連れて、異変を感じた。
﹁ん?﹂
異変を感じたのは当然俺だけじゃない。
﹁おいちょっと待て⋮⋮⋮⋮あの街⋮⋮⋮﹂
﹁ッ! 並んでいる建物が!﹂
遠目からは、レトロな真っ白い石造りの四角い家が階段状に並ん
でいるように見えていたんだが、こうして近くによって見ると、そ
の並んでいる建物が、何軒も砕かれていたり、亀裂が走っていたり、
屋根に大きな穴が開いている。
それは、壊れているわけではない。
1123
だからといって、天災なんかで被害にあったわけでもない。
明らかに、人為的に破壊された傷跡だ。
﹁ッ! シャウト、行くぞ!﹂
﹁陛下たちはお待ちを。まずは僕とバーツが状況を見てきます!﹂
﹁んな、クソチンタラしてられるか。すぐ行くぞ﹂
全員の表情が変わった。
俺たちは一斉に駆け出していた。
どういうことだ? 何があった? その時の俺は、二年半前にイーサムたちの襲撃によって炎に包ま
れたシロム国の光景が頭を過ぎった。
まさか⋮⋮
そう思って足早に向かった俺たちの前方には、街の入り口で立ち
尽くすキモーメンの背中。
その背中に追いついて、俺たちがそこから見た光景は⋮⋮
﹁こ、これは⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮クソひでえな⋮⋮﹂
襲撃されたというよりは、既に襲撃された後の街。
道も、建物も、あらゆるものが破壊されたその街は、すっかりゲ
スの都の面影は残していなかった。
﹁な、なんでこんなことに⋮⋮なんでなんだな! なんでこんなこ
とになっているんだな!﹂
﹁⋮⋮おいおい、メチャクチャじゃねえかよ⋮⋮﹂
﹁襲撃の後みてーだが、随分と新しい傷だな﹂
何が起こったのかまるで理解できず、ただ、潮騒だけしか俺たち
1124
の耳には入らなかった。
本来なら、夜も朝も関係なく大騒ぎしている眠らない街と思われ
た、カブーキタウンは、完全に死んでいた。
﹁一体誰が⋮⋮﹂
誰がこんなことをした? 俺たち全員がそう思ったときだった。
﹁あんたら、何者だ? 王国の騎士団様か?﹂
街の瓦礫の影からひょっこり顔を出したのは、汚れた正装に身を
包んだ男。
怪我は無さそうだが、かなり疲れきっている表情だ。恐らくは、
﹃何か﹄の店の従業員。客引きなんかをやりそうな、ボーイだった
と思われる。
そして、現れたのは一人だけじゃねえ。
﹁おい、どうした? 騎士団か? さっき出航したんじゃないのか
?﹂
﹁なあ、あんたらは復興の手伝いに来たのか?﹂
﹁だったら、手を貸してくれ。もう、色々とメチャクチャにされち
まってよ∼﹂
﹁って、随分と人数少ないな∼。まあ、﹃奴ら﹄の討伐に人数割い
てるんだろうけど、もうちょい来てくれてもいいのによ∼﹂
なんだか、普通に生き残りが結構いるようだ。全員、姿は汚れて
いるものの、誰も目立った外傷は無さそうだ。
そして、よく見渡せば、壊れた建物の前や街の通りには、普通に
1125
多くの﹃男たち﹄が行き交って、瓦礫の撤去や、荷物を荷車に運ん
だりしている。
これは⋮⋮?
﹁失礼、僕たちはチェーンマイル王国の者ではありません。僕たち
は訳あってこの港町に来た旅行者です﹂
ロアが正体を隠したまま街の男にそう言うと、男たちも﹁ああ﹂
と納得したように頷いた。
﹁なんだ、兄ちゃんたちは遊びに来た人たちか。そいつは、とんで
もねー時に来ちまったな﹂
﹁あの⋮⋮それは一体? いえ、その前に、一体、何があったので
すか?﹂
一体何があったのか? その質問に対して男たちは途端に悔しそ
うな顔を浮かべて⋮⋮
﹁この街はな、海賊に襲われたんだよ。街は破壊され⋮⋮そして、
奪われた。いや、攫われたんだ。この街に居た女は⋮⋮一人残らず
な﹂
﹁﹁﹁﹁﹁なっ、か、海賊ッ?﹂﹂﹂﹂﹂
それは、このファンタジー世界の戦乱の世を渡り歩いた俺ですら、
1126
これまで縁のなかったもの。
﹁バカな、海賊だと? こんなデカイ港町がか?﹂
﹁おい、ここはチェーンマイルでもクソ重要な都市だろうが。警備
だってクソ万全だったはずだろ?﹂
﹁それなのに、たかが賊程度に陥落したというのですか? 確かに、
元ハンターの方たちの情報によれば、この海域では海賊が出没する
という話でしたが、それにしても⋮⋮﹂
﹁むほーっ! 女の子が一人残らず攫われたとか、どういうことな
んだな!﹂
海賊。それは確かに脅威だろう。だが、それでも軍隊のように千
や一万とか居るはずがねえ。
それなのに、このデカイ港町が堕ちたなんて、いまいちピンとこ
ねえ。
それは、ロアやファルガたちも同じ気持ちだっただろう。
だが、男は空を見上げながら言った。
﹁奴らは⋮⋮ただの海賊じゃなかった⋮⋮﹂
ただの海賊じゃない? まあ、普通の海賊ってのもよくわからね
ーが、一体何が違ったんだ?
﹁これまでだって、ちょっとした商船への襲撃とか、トラブルとか
色々とあったんだ。だけど、全部派遣された騎士団や守備兵、自警
団や店の用心棒たちで対処してたのに⋮⋮⋮なのに、突然だったん
だ⋮⋮﹂
何があったのか思い出しながら語り出す男は徐々に震え出してい
る。
1127
そして⋮⋮
﹁フルチェンコオーナーが営業のために他国へ出張している時に⋮
⋮奴らは⋮⋮これまでとは比べ物にならねえほど大規模で、そして
大勢の巨大海獣やドラゴンの群れを率いてこの街を襲撃したんだ!﹂
それはもはや、賊程度の話じゃない。
﹁巨大海獣やドラゴンの群れ? バカな! そんなもの、もはや軍
の規模の戦力ではないですか! 一海賊がそれほどの戦力を抱えて
いるということですか!﹂
﹁一海賊⋮⋮じゃねえ⋮⋮あいつら⋮⋮自分たちのことを﹃同盟﹄
って言っていた﹂
﹁同盟⋮⋮? それは、異なる海賊同士が手を組んだと?﹂
﹁ああ⋮⋮いや、そもそも海賊っていうのも⋮⋮﹃海賊同士が手を
組んだ﹄っていうより、﹃手を組んだ奴らの中に海賊もいた﹄って
いう感じかもしれねえ﹂
⋮⋮? どういうことだ? 海賊同士が組んだ海賊じゃなく、海
賊と手を組んだ集団? ﹁奴らは言った。街中の女たちを攫いながら⋮⋮自分たちは﹃リリ
ィ同盟﹄だと⋮⋮﹂
1128
りりい? 聞いたこともねえな。
﹁おい、ファルガ、ロア﹂
﹁クソ聞いたこともねえ﹂
﹁僕もです﹂
﹁僕もだよ﹂
﹁俺も﹂
﹁僕が知ってるわけないでしょ?﹂
﹁僕だって知らないんだな! なんなんだな、その不届き者たちは
!﹂
人類最強ハンターだったファルガでも知らねえとなると、一体ど
んな奴らなんだ?
しかも、話はまだ終わらねえ
﹁それに、なんと言っても⋮⋮﹂
﹁おいおい、まだ何かあんのか?﹂
﹁ああ。なんと言ってもあいつら⋮⋮海獣もドラゴンも、そして人
型の奴らも色んな種族が居たけど⋮⋮全員⋮⋮﹂
﹁全員?﹂
﹁雌と女しか居なかった﹂
⋮⋮それもなに?
﹁⋮⋮どういうことだ?﹂
﹁それってつまり⋮⋮﹂
それってつまり⋮⋮
1129
﹁女と雌の海賊みてーなやつらが、この街に居た女を全員攫ったっ
てことか?﹂
男は頷くが、マジで何ソレ?
女が女を攫ってどーすんだよ?
あっ! っていうか、今気づいたが、この街には男しか居ねえ!
1130
第63話﹁そういや、勇者って正義の味方だ﹂
﹁ところで、あんたらどこかの貴族さんかい? どっかで見たこと
あるような顔だが⋮⋮﹂
﹁ええ、まあ、そのようなところです﹂
街のおっさんの問いかけに、ロアは苦笑しながら俺たちの身分を
誤魔化した。
まあ、テレビがあるような世界じゃねえから、俺たちの顔だって、
パッと見たぐらいじゃ正体は分からねえだろ。半年前にラブの馬鹿
が俺たちの姿を全世界同時放映とかやらかしたが、一回顔を見たぐ
らいでそんな覚えてないだ⋮⋮
﹁あーーーーーっ! あんたら、勇者様たちに、それに確か、ヴェ
ルト・ジーハっていう⋮⋮ッ!﹂
﹁そうだ! 間違いない! 半年前に空に映し出された戦争で見た
ことがある!﹂
﹁なんてこった、とんでもないVIP様たちが来てくださったんじ
ゃないか! それなのに、万全の状態で歓迎できねえなんて⋮⋮カ
ブーキタウン、一生の恥だ!﹂
覚えていたーーーーっ!
﹁ちょっ、お、お前ら、何で俺らの顔を知ってんだよ! 一回ぐら
いしか見てねーんじゃねえのか?﹂
﹁そんなの新聞とか見ていれば分かりますよ! それに、我々は常
に客をもてなすプロのボーイ。一度でも来店されたことがある御客
様や初めての御客様をちゃんと見分けられるよう、人の顔と名前を
1131
覚える訓練されているんですから!﹂
なんてことだよ! 結局俺たちの正体が一瞬でバレて、騒ぎが大
きくなって、街中から男たちが顔を出して押し寄せてきた。
そして、縋る。
﹁御願いします、勇者様! どうか、どうかウチの店で働いていた
女の子たちを助け出してください!﹂
﹁あの子達はみんな良い子たちなんです。それなのに、奴らは全員
⋮⋮俺の店のナンバーワンの子も奴らにッ!﹂
﹁チェーンマイル王国の騎士団たちがリリイ同盟とかいう連中の討
伐に、ここの港から出航されましたが、どうか勇者様たちのお力を
お貸しください!﹂
で、まあ、こうなるよな。
全員、土下座状態で俺たちに必死に懇願している。店の女の子を
助けてくれと。
﹁⋮⋮分かりました。僕たちが何とかしてみせます﹂
﹁﹁﹁﹁﹁おおおっ! 勇者様ッ!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁っておいおいおいおい、ロア、何を安請け合いしてんだよ!﹂
で、どうしようかと話し合う間もなく、ロアがいきなり頷いたか
らビックリした。
って、何でお前は相談する間もなく、いきなり了承してんだよ!
1132
﹁おい、こら、テメエ何を勝手に言ってやがる!﹂
﹁何って⋮⋮何が問題なんだい、ヴェルトくん?﹂
そして、俺が慌ててこいつの胸倉を掴んで怒ると、こいつは完全
にキョトン顔だ。
﹁いいか! 相手がどこの誰かもよくわからねーうえに、既にチェ
ーンマイルの騎士団とか動いてるのに、なんで俺らまで動くんだよ
!﹂
﹁いいじゃないか、ヴェルトくん。チェーンマイルの騎士なら僕も
顔が利く。協力させてもらえるように許可を貰うよ。この戦力なら、
決して足手まといなんかにはならないはずだしね﹂
﹁そうじゃなくて、何でそういうことを簡単に決めちまうんだよ!
別に俺らは正義の味方ってわけじゃねーんだぞ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
そう、正義の味方ってわけじゃ⋮⋮⋮⋮ん? その時冷静にメン
ツを見渡して俺はハッとした。
﹁えっと、一応、僕は勇者なんだけど?﹂
﹁ヴェルト、僕も﹂
﹁俺もな﹂
﹁あー、そうだったよ、こいつら勇者だったよ! ザ・正義の味方
オブ正義の味方だったよ!﹂
1133
ロア、シャウト、バーツ。
困った人は放っておけない正義の味方の代名詞たる勇者様が三人
も居るんだ。
しかもこいつらは、もっとガキの頃からそう呼ばれて、そういう
称号を背負って生きてきたんだ。
こういう状況で﹁助けて﹂なんて言われたら、助けるのが当たり
前の奴らなんだ。
﹁え∼、めんどくさいから僕は嫌だな∼。でも、最近イライラして
いるから、全員殺していいならやってあげてもいいけど?﹂
﹁いや、愚弟の言うとおり、クソ様子見したほうがいいだろうが。
仮にもチェーンマイルの騎士団が動いてるところに、俺たちが出張
っても、奴らのメンツをクソ潰すだけだろ?﹂
﹁ぼぼぼぼぼ、僕も恐いから絶対に嫌なんだな! ⋮⋮あっ、でも、
女の子たちを助けたら、お店のナンバーワンの子がサービスしてく
れるとかなら、考えてあげてもいいんだな!﹂
でもまあ、勇者以外の反応はそれぞれ。ストレス解消したいジャ
レンガ、冷静に状況を把握してからと言うファルガに、下心満載の
キモーメン。
まあ、正直なところ、俺はファルガの意見に賛成だな。
﹁僕は迷わず力を貸すべきだと思います。正義に国境は関係ありま
せん﹂
んで、ロアはこの調子。ったく、本当にメンドクセーな⋮⋮
﹁おーーいっ、大変だーっ! みんな、今すぐ港に来てくれーっ!
騎士団の船が帰ってきたぞーっ!﹂
1134
その時、今度は別の男が血相を変えて走ってきた。
﹁なにい? バカな、数時間前に出たばかりだぞ!﹂
﹁じゃあ、もう討伐したっていうのか?﹂
﹁それは本当か! じゃあ、俺の店の娘たちも全員無事なんだな!﹂
なんだ、もう終わったのか。そりゃ、とんだ肩透かしだな。
まあ、それなら面倒なことはもう⋮⋮と、思ったその時だった。
人生はそう甘くなかった。
走ってきた男が真っ直ぐ指を海に向かって指す。
するとその先には⋮⋮
﹁見ろ! 船が⋮⋮騎士団の巨大ガレオン船がボロボロになって帰
ってきたぞ!﹂
そこには港に大きな影を落とすほどの巨大な船。一体、何千人乗
員できるんだと思ったりしたが、すぐに別のことに意識を奪われた。
船の外装もマストも、まるで幽霊船のようにボロボロになり、船
のあちこちに巨大な銛のようなものが突き刺さっている。
そして何よりも⋮⋮
﹁お、おい、み、見ろよ! 船首に! 船の船首に誰かがくくりつ
けられているぞ!﹂
そう、航海の無事を祈るかのような、船首に設置されている女神
像のようなものの上に、紐で誰かがくくりつけられている。
それは、見るからに屈強そうな巨大な肉体をあらわにした男が、
顔をボコボコに腫らして、しかも全裸で縛られていた。
正に、生き恥! しかしどこかで見たことあるような⋮⋮
1135
﹁ま、まさか⋮⋮あ、あれは、ガゼルグ将軍!﹂
ロアが顔を真っ青にして叫んだ名前。ガゼルグ? 誰だっけ? ﹁あ、あああっ! 本当です、ガゼルグ将軍です! な、そんなバ
カな!﹂
﹁ウソだろッ! まさか、⋮⋮ガゼルグ将軍が⋮⋮やられたってこ
とか?﹂
シャウトやバーツも知っているのか? いや、俺も多分知ってる
ぞ? あれは確か⋮⋮
﹁クソが⋮⋮どうなってやがる! あれが⋮⋮チェーンマイル王国
の豪将と名高き将軍にして⋮⋮聖騎士の一人、ガゼルグだってのか
?﹂
聖騎士? ⋮⋮あっ! 思い出した!
﹁あああああっ! ガゼルグって半年前の戦いで、そりゃもうスゲ
ー大物風に登場してきたわりには、キシンに完膚無きまでに秒殺さ
れた、あの聖騎士か!﹂
﹁ヴェルトくん⋮⋮⋮覚え方⋮⋮⋮﹂
そうだよ、あの時の男だ。あの時の男が、ボコボコにされて全裸
でくくりつけられてやがる。
1136
﹁むひょー、ガゼルグ将軍って、パパと同じ聖騎士なんだな! そ
んな人が、まさか返り討ちにされたってことなんだな!﹂
﹁へえ⋮⋮聖騎士を返り討ちにするほどの敵ね∼⋮⋮ん∼、微妙過
ぎて僕にはイマイチ、ピンとこないや。聖騎士なんて所詮、カイレ、
フリード、タイラーぐらいでしょ? まだ、まともに戦えるのって﹂
ああ、そういやキモーメンは聖騎士の息子で⋮⋮んで、ジャレン
ガ、お前もひどいな⋮⋮まあ、その意見には俺も同感だが。だって、
結局、あのガゼルグってのがどれだけ強いのか、イマイチ分からな
い状態のままだからな。
﹁馬鹿な、ガゼルグ将軍率いる軍が全滅⋮⋮⋮⋮ッ、急いで救護に
あたりましょう。皆さんも手伝ってください!﹂
っと、ボーっとしている場合じゃねえな。ロアの言うとおり、怪
我人とかどれだけ居るかもわからねえが、さっさとしないと、手遅
れの奴もいるかもしれねえからな。
﹁面倒だ。俺がやる。その代わり、全裸のあの聖騎士はお前らで助
けろ。縛られてるし﹂
﹁ヴェルトくん?﹂
みんなで船に登って、人を運んだり降ろしたりの繰り返しは面倒
1137
だし時間がかかる。
だから、ここは一気にやる。
俺の空間把握能力。空気の流れから、あの巨大船にどれだけの人
間が乗っているかを把握し、そして一気に浮かせる!
﹁ふわふわレスキュー﹂
﹁﹁﹁﹁﹁オオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ! う、浮
いたッ!﹂﹂﹂﹂﹂
甲板、船内、あの船に乗っている全ての人間を掴んで引っ張り上
げる。
﹁おい、テキトーに広場に下ろすから、それぞれテキトーに介抱し
ろ﹂
結構多いから、かなり力を使うな。まあ、どれだけ魔法を使って
も、俺の魔力は無尽蔵だから関係ないんだけどな。
﹁全く、メチャクチャだね、ヴェルトくんは﹂
﹁本当に。僕と決闘した時には、小便ビームだなんて最低な技を使
っていたのがウソみたいだ﹂
﹁ああ、それ聞いたことあるぜ。全く、あいつは強くなり方が予想
外すぎるぜ﹂
﹁ふん。やるじゃねえか、愚弟﹂
﹁ふ∼ん、相変わらず便利だね? 僕の月光眼でもあそこまで応用
1138
して使えないからね﹂
﹁すっごいんだな∼、ヴェルトくん! 僕があんな力使えたら、絶
対にスカートめくりとか毎日するんだな!﹂
久々に大規模に力使ったから、仲間たちもみんな呆れたような顔
して苦笑してる。
つうか、キモーメン、何が毎日スカートめくりだ! 俺はそんな
ことにこの力は⋮⋮数えるほどしか使ってねえし⋮⋮
﹁おい、医者を早くよべ! 回復魔法できる奴がいたら来てくれ!﹂
﹁とりあえず、水とシーツをありったけかき集めろ!﹂
﹁了解した! シーツとベッドならこの街には腐るほどあるんだか
ら、任せろ!﹂
さてと。とりあえず、その他大勢の騎士団の騎士たちの介抱は街
の連中に任せておけばいいだろう。
問題は⋮⋮
﹁ガゼルグ将軍! 目を開けてください、ガゼルグ将軍! どうか、
しっかりしてください!﹂
ロアたちが必死にガゼルグに叫ぶ。
くくりつけられていた船首から降ろし、体をシーツで覆っている
ものの、すぐに痛々しい傷跡から血が滲み出している。そして顔も、
必要以上に殴られまくったかのように腫れあがっている。
息はしているし、多分、死んじゃいないだろう。
だが、かなり派手にやられたのは間違い無さそうだ。
﹁うぐっ⋮⋮がっ⋮⋮ロ⋮⋮ロ⋮⋮ア?﹂
﹁ッ! ガゼルグ将軍!﹂
1139
おっ、意識が戻ったか? と言っても、掠れ声で、膨れ上がった
瞼で目も開けられない状態だ。
寝かせて置いた方がいいな。
ただし、それは勿論最低限の役目を果たしてからだ。
﹁教えてください、ガゼルグ将軍。一体、何があったんですか? あなたほどのお方が、一体どれほどの敵と戦ったのですか?﹂
そう、せめて何があったのかだけを報告すること。
﹁す、すま、ぬ⋮⋮⋮奴らが⋮⋮これ、ほど⋮⋮﹂
﹁はい。一体、何があったのですか?﹂
それを分かっているからこそ、ロアは傷ついたガゼルグに必死に
問いかけていた。
すると⋮⋮
﹁ロ⋮⋮ア⋮⋮気を、つ、けろ⋮⋮り、リリィ⋮⋮同盟に⋮⋮は⋮
⋮﹂
﹁はい。リリイ同盟は?﹂
﹁やつ、らがっ! ゆり⋮⋮りゅう⋮⋮がっ⋮⋮﹂
その瞬間、ガゼルグは再び気を失った。死んじゃいないようだが、
大分弱ってるようだ。
こいつが強い弱いは別にして、これほど頑丈そうな奴が、ここま
1140
でボロボロになるとはな。
にしても、気を失う前に、こいつは何を言いかけたんだ?
ユリリュウ? ⋮⋮なんだったんだ? 一体⋮⋮ん?
﹁⋮⋮百合竜⋮⋮ですって?﹂
ロアが驚愕の表情で⋮⋮いや、ロアだけじゃねえ。
﹁ほ、本当ですか?﹂
﹁ま、マジかよ﹂
﹁⋮⋮一体⋮⋮クソどういうことだ?﹂
﹁⋮⋮へえ⋮⋮これはまた、意外な名前が出てきたね?﹂
﹁むほーっ! ぼ、僕も聞いたことあるんだな!﹂
おいおい、全員知ってるのかよ? なんなんだよ、それは。
いや、俺もどこかで⋮⋮ユリリュウ⋮⋮どこかで⋮⋮
﹁ロア?﹂
﹁⋮⋮ヴェルトくん。君は、エロスヴィッチと仲が良いのに知らな
いのですか?﹂
﹁仲良くねーよ! つうか、何でエロスヴィッチが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮百合竜⋮⋮旧四獅天亜人・淫獣女帝エロスヴィッチの率いる
軍の主力にして、エロスヴィッチの右腕と左腕とまで言われた竜人
族です﹂
ああ、そういえば、名前だけはチラッと聞いたことが⋮⋮
﹁でも、半年前の神族大陸の争い。ラブ・アンド・ピースの罠にハ
マって、エロスヴィッチ軍は崩壊。その際に、百合竜は行方不明に
1141
なり、もはや戦死されたのだと誰もが思っていたのですが⋮⋮﹂
﹁おいおい、なにか? じゃあ、そいつが生きていて、海賊になっ
たとでも言うのか?﹂
﹁それはなんとも⋮⋮ですが⋮⋮今回の出来事、ちょっとただ事で
はなさそうですね﹂
まあ、既にただ事じゃにないってことは間違いないけどな。
にしても、エロスヴィッチの関係者か⋮⋮まともな奴であること
を期待するのは無駄なことかな?
この海の向こうで一体何があったんだ? どうやら、クラスメー
トに会いに来たってのに、その前にまたメンドクサイことになりそ
うだな。
﹁おおおおおおおおおおおお! どうなってんだこりゃあああああ
あああ!﹂
そして、その時だった。
広場に集まっていた俺たちの背後。港町の入り口から、誰かの叫
ぶ声が聞こえた。
﹁俺っちのエロアルカディアが! エロユートピアがっ! エロテ
ーマパークが! エロエデンが! エロドリームランドが! エロ
いチン大事じゃないかああああ!﹂
ワンダーランドが! えっろいことになってんじゃないかああああ
あああいっ!
1142
そこには、肌の上に直接、真っ白い毛皮のコートを羽織り、その
首からは装飾された十字架のアクセサリーをぶら下げた、ボーズ頭
の中年の男が立っていた。
たたずまいも、体つきから見ても、明らかに普通の人間。
なのに、その男が現れた瞬間、街に居た男たちは涙を流し、キモ
ーメンは純粋?な子供のように目をキラキラさせていた。
﹁誰の仕業か知らんが、平和なエロスをよくも滅茶苦茶に! 俺っ
ち許さん! この怒り、これぞまさに、怒チン天を突くッ!﹂
そして何でだろう。
ファルガやロアたちはスゲー呆れたような顔をしているのに、俺
はこのくだらねえことを言う変な男を、どこか懐かしいと思った。
1143
第64話﹁タチアガレ﹂
﹁やれやれ、せっかく視察を兼ねて亜人大陸のお客さんを連れてき
たのに、とても見せられないな。これが俺っちの街か⋮⋮﹂
懐かしい。しかしどこかで会ったことがある? でも、こんな奴にガキの頃から会っていれば、忘れるはずがない
んだが。
﹁オーナ∼⋮⋮オーナー! 申し訳ありません! 俺たち、抵抗し
たんですが奴らに敵わず、女の子達が全て攫われてしまいました!﹂
﹁やつら、大型の怪物を引き連れて、それにあの二人組の雌の竜人
族まで現れて何もできず⋮⋮申し訳ありません、フルチェンコ様ッ
!﹂
こいつがフルチェンコ! どうりで、キモーメンが目を輝かせて
いるわけか。
街の男たちは全員、膝をついて涙を流し、むせび泣いた。
それは己の無力さを悔いている涙。
﹁せ、世界にエロの輝きを⋮⋮その役目も果たせずに、女たちだけ
奪われて生き延びた俺たち⋮⋮なんという愚かな﹂
﹁お許しを⋮⋮オーナー⋮お許しを⋮﹂
な、なんでただのゲスの街のトップが帰ってきただけでこうなる
んだよ? 俺やロアたちはもはや意味不明だった。
すると、その涙ですすり泣く男たちの輪の中に、オーナーと呼ば
れた男、フルチェンコがゆっくりと歩み寄り、切なそうに街中を見
1144
渡した。
﹁雌の竜人族。なるほど、そいつらか。俺っちたちのホーリーラン
ドを穢したのは﹂
どんな街であれ、この男が自分の力でここまで大きな港街に発展
させたのだ。それがここまで無残に破壊されたのだから、当然ショ
ックはでかいはず。
﹁これからは、異文化ならぬ異種族エロコミュニケーションの時代。
亜人の女の子も安心して働ける環境づくりを整えて、亜人を受け入
れる営業活動をしていたのに、まさかその亜人に破壊されるなんて
⋮⋮俺っちも先走り汁だったな﹂
フルチェンコが街を歩き出し、落ちたガレキを拾い上げる。
その看板には﹁大きいパイナップル食べ放題﹂と書かれていた。
だが、パイナップルは既にこの街にはない。
そして、それはこの街が完全に死んだことを意味する。
﹁さっき、チェーンマイルの騎士団が女の子たちを救出に向かった
んですが、返り討ちにあって⋮⋮﹂
﹁は∼、なるほどね。この野戦病院みたいなのは、それが理由か﹂
﹁はい。帰還した騎士団たちの話では、これも全部、百合竜とかい
う奴らが⋮⋮そして、あの女しかいない海賊たちが!﹂
百合竜。その名前を聞いてフルチェンコは首を傾げた。
﹁百合竜ってなんだっけ?﹂
﹁あの、旧四獅天亜人のエロスヴィッチの両腕と呼ばれた二人です﹂
﹁エロスヴィッチだって?﹂
1145
﹁あっ、そうか、百合竜が戦争で名を挙げていた頃は、リーダーは
牢屋に。それに、百合竜も半年前に行方不明で戦死扱いでしたから﹂
フルチェンコは百合竜と呼ばれた二人組は知らなかったようだが、
エロスヴィッチのことは知っているようで、目を細めた。
﹁エロスヴィッチか。懐かしい。よく二人で種族を越えて、エロス
の未来について酒を飲み交わして熱く語り合っていたな。あのエロ
スヴィッチのお気に入りだというのであれば、きっとこの街の素晴
らしさをエロく理解してもらえると思っていたんだけどな﹂
遠い昔を懐かしむかのように語るフルチェンコ。すると、その切
なそうな言葉を聞いた街の男たちは余計に涙を流した。
﹁申し訳ありません、オーナー! オーナーの留守中に街を守りき
れなかった俺たちのせいで、この街は死んでしまいました!﹂
もう、何もかも失ってしまった。唯一の希望の騎士団たちも完膚
無きまでに叩きのめされた。
全て終わってしまった。その絶望が男たちを、そして死んだ街全
体を包み込もうとしていた。
しかし、その時だった!
﹁でも、お前たちは生きているじゃないか﹂
先程までとは打って変わり、フルチェンコが強い瞳で、そして強
い言葉で叫んだ。
その言葉に男たちは下を向いていた顔を上げた。
﹁確かに街は破壊された! 騎士団も壊滅した! 女の子たちは全
1146
員攫われた! でも、まだ俺っちたちは生きているじゃないか! たとえこの世界が終わろうと、俺たちが生きている限り、エロスは
死なない!﹂
⋮⋮⋮⋮? ⋮⋮聞き間違いか? 俺やロアたちも一瞬首を捻っ
てしまった。
だが、フルチェンコは続けた。
﹁いいか、お前たち。チェーンマイル王国の騎士団が敗れたのであ
れば、もはや援軍は期待できない。近隣のロルバン帝国だって、こ
の街がチェーンマイル王国にもたらす経済効果を面白く思っていな
かった奴らだしな。それに、違法スレスレのこの街のために、他国
が無理して動く理由もないしな﹂
今度は理解できた。そして、それは知らなかった。
確かにこの街がチェーンマイルを潤わせていたのだとしたら、近
隣で徐々に力をつけている国を、他国が喜ぶはずもない。
それに、こんなゲスの街に、善意で力を貸すというのも考えにく
いのかもしれない。
﹁でも、オーナー⋮⋮あの聖騎士ガゼルグまでやられてしまった以
上、もうこれ以上は⋮⋮﹂
﹁分かっている。でも、このまま何もしなければ、暴力に屈してエ
ロスが死んでしまうことになる。それだけは避けなければならない﹂
⋮⋮なんか微妙に変な言葉が混じっているが、大体は分かった。
チェーンマイル王国の騎士団はやられた。他国の援軍は期待でき
ない。
そして、このまま何もしなければ、本当に全てを失ってしまう。
だったらどうするのか? その答えは既に、街の男たちも雰囲気
1147
から察しているようだ。
﹁まさか、オーナー⋮⋮﹂
﹁俺たちが戦えと⋮⋮﹂
そういうことになるだろう。だが、相手は聖騎士が率いる騎士団
を完膚無きまでに叩きのめした奴らだぞ? こいつらに勝てるはず
がねえ。
確かに、街の治安を守るための自警団や守備兵や用心棒ちっくな、
腕っ節に自信のありそうな奴らも混じってるが、それでも軍を壊滅
させた敵に勝てるはずがない。そもそも、敵に襲撃された時に、そ
いつらの力じゃどうしようもなかったから、こんなことになってい
るんだ。
フルチェンコはそれを分かっているのか?
だが⋮⋮
﹁みんな、恐ろしいのは分かっている。でもな、俺っちたちの野望
を忘れたのか?﹂
野望。その言葉を聞いて、街の男たちがハッとしたような表情を
見せた。
﹁俺っちたちの野望。エロは人と人とを繋ぎ、世界と世界を繋ぐ文
化なんだ。エロは世界を変えられる。だからこそ、世界も救える。
エロは絶望なんかに負けはしない! それを証明するために、俺っ
ちたちはエロいんじゃないのか?﹂
やべえ、また意味不明になった。
俺だけ、こいつの言葉を聞き間違えてるのか?
1148
﹁ッ、し、しかしオーナー! 例えどれだけ俺たちがエロくなって
も、女の子たちはもう⋮⋮﹂
﹁攫われただけで殺されたわけじゃない! ならば、助けに行けば
いいだろう! そもそも、女は騎士団に手に入れてもらうものなの
か? 違うだろう。女を手に入れるのも自分の力。エロに持ってい
くのも自分の力!﹂
聞き間違いじゃなかった。
﹁エロは暴力には屈しない! 暴力には更なるエロで抗う! だか
らこそ、勃ちあがれ! エロい男に落ち込んでいる暇なんてないぞ
!﹂
こいつ、なんでこのシリアスな状況で熱く﹁エロ﹂を連呼してる
んだ?
しかも、なんで街の男たちもその言葉が心に届いているんだ?
﹁俺っちはいくぞ! そして、女の子たちを助けてエロい展開にも
っていく! それどころか、敵の百合竜も海賊の女たちも、﹃くっ
ころ﹄なエロ展開にもっていけるかもしれない!﹂
﹁ッ! ま、まさか、⋮⋮まさか、オーナーは、この状況でもエロ
い展開をッ!﹂
﹁当たり前だ! エロが生きるか死ぬかの瀬戸際に、誰よりもエロ
い俺っちが命をかけないでどうするんだ。この絶望をエロに変える
ためならば、俺っちはいくらでも命懸けにエロくなるさ! 考えて
みろ? 女しかいない敵? それは、敵の数だけ穴があるってこと
じゃないのか!﹂
1149
もう、ロアとか絶句して言葉もない状態だし。
そんで、なんで街の連中は唇を噛み締めて、拳を強く握りしめて、
今すぐにでも心の炎を燃やしそうな寸前までいってるんだ?
そしてついに⋮⋮
﹁ぼ、僕は戦うんだな!﹂
おまえかいいいいいいいいっ! キモーメン!
﹁ッ、あんたは⋮⋮たしか、温泉街労働組合長のキモーメン! ん
? それに、ほかの連中は⋮⋮﹂
﹁そんな肩書き関係ないんだな! 僕は⋮⋮僕はただのスケベなキ
モーメンなんだな! 今度子供が生まれるから、もう悪い遊びがで
きないねって話を最近していたから⋮⋮だから、だから! 最後の
最後にはスッゴイエッチなことしたいんだな!﹂
キモーメンが己の魂を震わせて涙の決意を宣言する。
ボケでも真面目でも、こういう時にツッコミを入れる俺は何も言
うことができず、それどころか今のキモーメンの言葉に感化された
男たちが次々と立ち上がる。
﹁きゃ⋮⋮キャバレー・ギロッポン! オーナーと共に死地へ向か
うことを誓います!﹂
﹁スナック・マドモアゼル、やってやります!﹂
﹁女騎士コスプレガールズバーだって、ソフトエロでもエロはエロ
! 負けません!﹂
﹁出張デリバリーシスター・アーメン二号店のボーイ一同、オーナ
ーが作った第一号店の魂を受け継ぎし私たちが逃げるなどありえま
1150
せん!﹂
﹁我ら、人妻たちの昼下がり店は、預かった奥様たちを必ず家に連
れて帰ります!﹂
﹁調教豚小屋一同、ビヨネットお姉様は必ず助けるのです!﹂
﹁チーム・ヨシワラ! 最高級店のエロはいつだって誇りは捨てま
せん!﹂
﹁激安店だって負けない!﹂
﹁俺たち用心棒がしっかりしていればこんなことにならなかったん
だ! この優待券を使うため、女の子たちを必ず救出します!﹂
立ち上がる? ﹁﹁﹁﹁﹁そして、この損害賠償は、敵の女たちに体で支払っても
らおうか!﹂﹂﹂﹂﹂
いや、勃ちあがったのか?
だが、それでも熱く自分たちの胸の内をさらけ出した男たちの姿
に、フルチェンコは号令をかける。
﹁なら、いくぞ! そして叫べ、俺っちたちの合言葉を!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ、エロ イ
ズ ノーボーダー!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁失われたエロスを取り戻すため! そして、エロを理解できない
奴らに教えてやるんだ! 生物は誰でもエロいことを! エロを滅
ぼすことなんて誰にもできないことを世界に証明してやるぞッ!﹂
1151
﹁﹁﹁﹁﹁うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!﹂﹂﹂﹂﹂
その叫びは、天に、そして世界に響かせるかの如き勢いで大地を
揺らした。
鳥肌が立つほどの男たちの決起。それはこの街に払拭した絶望を
一気に消し飛ばし、男たち全員から戦う意志が滲みだしていた。
そして俺たちは⋮⋮⋮⋮
﹁な⋮⋮なんでこうなるんですか!﹂
﹁い、意味が、わ、わからない。彼らは洗脳されているのか?﹂
﹁え、エロってなんだ? いや、本当にどういうことなんだ?﹂
﹁これまで世界中を渡り歩いたが⋮⋮こんなクソ意味分からねえこ
とは、初めてだ﹂
﹁⋮⋮ねえ、彼らってさ⋮⋮変な薬でも飲んで頭がイカれてるのか
な?﹂
そう、ロア、シャウト、バーツ、ファルガ、ジャレンガと同じよ
うに俺も思った。
﹁い⋮⋮意味がわかんねええええええええっ!﹂
俺もこれまで色々な意味が分からねえ状況を目の当たりにしてき
たが、これほど意味の分からねえ経験は初めてだ。
そう、初めての⋮⋮⋮⋮ん? いや⋮⋮違う⋮⋮
﹁こんな意味のわかんねーこと⋮⋮初めて⋮⋮いや⋮⋮初めて、だ
よな? でも、どこかで⋮⋮﹂
1152
その時、俺はデジャブを感じた。
こんな意味の分からないことは初めて? いや、違う。どこかで
ある!
この、意味の分からないぐらいにエロを叫ぶやつを⋮⋮どこかで
⋮⋮
﹁オーナー、船はどうします? 騎士団の船はボロボロですが⋮⋮﹂
﹁心配ない! 連絡用の魔水晶を用意して、﹃サバス島﹄の﹃ケヴ
ィン﹄に事情を説明しろ!﹂
﹁な、あ、あの人にですか!﹂
﹁そうだ! 俺っちの権限で発行する、この街での無料優待券を報
酬として、﹃サバス島﹄の選ばれし十五人の最強漁師たち、﹃オー
ルブラックス﹄に助っ人要請しろ!﹂
ッ! サバス島のケヴィン! デジャブで頭を悩ませている中で、
フルチェンコの口から発せられたその名前に俺は意識を取られた。
ケヴィン。それは、バスティスタの師匠にして、クラスメートだ
と思われる男!
そいつが、ここに来るのか?
思わず俺が顔を上げたら、なんと、フルチェンコがまっすぐ俺に
向かって歩み寄ってきていた。
﹁ッ、お、お前⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ふふん﹂
フルチェンコは俺たちの前に立ち、何やら思わせぶりに笑った。
そして、俺たちを見渡して⋮⋮
﹁まさか、アークライン帝国やエルファーシア王国、さらには魔族
のVIP様たちにお越しいただいているとは思わなかったですね﹂
1153
俺たちの顔を知っている。そしてその正体も。
﹁あなたが、フルチェンコ⋮⋮﹂
﹁はい、初めまして。私は世界の事情には訳あって疎いですが、あ
なたのことは新聞でよく拝見しています、ロア王子。おもてなしで
きず申し訳ありませんが、その話はまた後で。問題は⋮⋮﹂
そして、フルチェンコは、俺たちを見渡したあとに俺を真っ直ぐ
見てきた。
その目は、どこか嬉しさと、懐かしさがにじみ出ているように見
えた。
﹁お、おい? なんだよ﹂
﹁⋮⋮ふっ⋮⋮いやいや。俺っちは、半年前はまだ牢屋に居たから、
お前のことは半年前の新聞で見た顔だけしか知らない﹂
お前? いきなりやけに馴れ馴れしいが、こいつ⋮⋮
﹁でも、半年前に、ヴェルト・ジーハという男がこの世界で何をや
ったか、どんな言葉を叫んだか⋮⋮そして、お前が一体誰なのか⋮
⋮ケヴィンから聞いている﹂
﹁⋮⋮ケヴィンからだと?﹂
ケヴィンから? どういうことだ! 半年前に俺が何をやったか
? 俺が叫んだこと? 俺が一体誰なのか? 俺とケヴィンはまだ会ったこともねえが、もしケヴィンが俺のこ
とで何かを言うとしたら⋮⋮
﹁ああ。⋮⋮⋮⋮久しぶりだな、あさちゃん﹂
1154
それが全ての答えだった。
こいつもそうだったのか!
﹁お、お前はッ!﹂
このやりとり、ロアたちには意味不明過ぎて首を傾げるものだろ
う。
だが、俺はそんなことを気にすることもできないほど、驚いた。
そして、同時に思った。こいつがクラスメートだとしたら、こい
つの正体は⋮⋮
﹁お前、まさか⋮⋮クラスメート⋮⋮なのか? しかも、あさちゃ
んって、その呼び方は、確か!﹂
すると、俺の問にフルチェンコは頭を抱えて上を見上げた。
﹁おいおい、あさちゃん。俺っちのことを忘れちまったか? まあ、
昔の話だから仕方ねえが⋮⋮しょうがねえ。顧客の守秘義務は守る
のが俺っちのモットーだが、これならどうだ?﹂
顧客?
﹁ヴェルトくん、どういうことだい、顧客って! 君は、まさかア
ルーシャが居ながら!﹂
﹁愚弟、テメエは⋮⋮金を払ってこいつから女を⋮⋮﹂
﹁ち、違うぞ、ロア、ファルガ! 俺はこんな奴の世話になったこ
となんてねえ! こいつに金を払ったことなんて⋮⋮﹂
そうだ、金を払ったことなんて⋮⋮
1155
﹁体育祭、学ラン羽織って、ウケ狙いでブルマを穿いた神乃ちゃん
⋮⋮﹂
﹁ッ!﹂
﹁六百円﹂
あ⋮⋮⋮⋮アアアアアアアアアッ!!!!
﹁え、え⋮⋮江口いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
いいッ!﹂
その時、全てが繋がった。
この男は、あのクラスで唯一、俺の弱味を知っている男だ!
1156
第65話﹁もう一つの再会﹂
前世で俺は不良高校生だった。しかし、フライパンなどはしたこ
とがない。
むしろ俺は、金を払っていた方かもしれない。
えぐち こうき
あの時代、しかも同級生相手に俺が唯一金を払った相手。
それは、﹃エロい光﹄と書いて、江口光輝と読む男。
二つ名は﹃エロコンダクター﹄。
﹁あさちゃん、他にもあるぞ? そうだな∼、スク水の︱︱︱﹂
﹁江口だったんだな、お前! よく、この世界で生きてやがったな
! テメエは江口だ! もう分かった。だから御願いだからこれ以
上は黙っていてくれ﹂
再会を喜ぶ前に、まずすべきことは、こいつに余計なことを喋ら
せないこと。
まあ、こいつ自身は秘密を墓場まで持っていくタイプだから心配
ないのだが、死んだら無効ということもあるから、まずは黙らせる
のが重要だった。
すると、俺がこいつの正体を信じたのが嬉しかったのか、江口こ
とフルチェンコは歯を剥き出しにして笑って手を差し出してきた。
﹁改めて、久しぶりだな、あさちゃん。いや、今はヴェルトくんだ
ったか?﹂
﹁⋮⋮ああ⋮⋮ヴェルトだ。相変わらず、元気⋮⋮いや、つうかと
にかくテメエは何やってんだよ﹂
お互い握手して俺も笑った。ある意味では﹁悪友﹂というより﹁
1157
ビジネス関係﹂に近い俺たちの間柄だが、神族大陸で再会したニー
トの友達よりは、こいつのことを良く知っている。
だから俺も、懐かしさを感じて笑っていた。
﹁ヴェルトくん、フルチェンコ様と知り合いだったんだな!﹂
そして、俺たちの関係性を知らないみんなにとっては驚くべきこ
と。
しかも、相手はこのフルチェンコ・ホーケインだ。
﹁ヴェルトくん、その⋮⋮君はあんなにたくさんの妻が居るのに⋮
⋮それでも満足できずに⋮⋮﹂
﹁ヴェルト、これは僕も看過できないよ! どういうことかキッチ
リ説明してよね!﹂
﹁おまえ、なんて奴なんだよ! 幾らなんでも、金で女を買うなん
て⋮⋮﹂
ロアたちが物凄い俺を軽蔑したような目をしてくる。ヤバイ、や
っぱそう思うよな。
﹁ちげーんだよ、童貞勇者三人衆。俺がこいつから買っていたのは、
女じゃない。ただの写真だ。そう、ただの写真⋮⋮あ∼、この世界
でいうなら、絵だ! そう、絵画みたいなもんだ! つまり芸術だ
よ! そう、ゲイジュツだ﹂
﹁おい、愚弟。ガクランとかブルマってなんだ?﹂ ﹁そういう民族衣装があるんだよ! そう、芸術の一環だ!﹂
1158
くそ、ファルガまで! つうか、そんなことに食いつかないでく
れよ。
だが⋮⋮
﹁ブルマ? ああ、それなら、クロニアが修行している時に着てい
る変な服のこと? なんか、あいつ自分でデザインして作ったとか
言ってたけど﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮なに?﹂
えっ、ジャレンガ、いま、なんて? クロニアがブルマ?
は、はは、そ、そんな、バカな⋮⋮この世界じゃ、あんなワガマ
マボディのあいつが、そんなマニアックなもんを⋮⋮
﹁確か、紺色の下着みたいなのだったな﹂
﹁ッ!﹂
バカな! ざけんじゃねえぞ、あの女は! ただでさえ、既に日
本では絶滅していたブルマを、この異世界でもだと?
そういった間違った文化を持ってくるやつがいるから、変な世界
になっちまうんだよ。
でも、世界が違うからブルマだって完全再現なんて無理だよな。
それなら、ひょっとしたら世界を変にするかどうかなんて、見て
みないと分からねえかもな。
1159
じゃあ、やっぱり一度見たほうが⋮⋮
﹁あひゃっひゃっひゃっ! クロニアって神乃のことでしょ? 嫁
さんいっぱいいるのに、変わんねーな∼、あさちゃんは。思考読め
すぎ﹂
﹁ッ、江口!﹂
﹁ケヴィンの話じゃ、あの神乃もこの世界じゃ、イイ女になってる
って話だろ? 俺っちも一度見てみてーな∼﹂
くそ、こいつニヤニヤしやがって! そもそもラブがサークルミ
ラーなんて余計なもんであの日のことを世界に流さなければ⋮⋮ん?
ん? でも、こいつはケヴィンに俺のことを聞いたって⋮⋮それ
に今もこいつ、見たかったって言ってたってことは⋮⋮
﹁見たかった? おい、江口。お前はあの日のことを見てなかった
のか?﹂
﹁おお。言ったじゃん。俺っち、牢屋の中に居たって﹂
﹁あっ、そういやお前は⋮⋮﹂
﹁そうそう。前チェーンマイル王国の王は本当に堅物のマジメでね
∼、俺っちの商売をけしからんと思ったらしいのよ。でも、今のシ
スティーヌ姫はかなり柔軟な人で、俺っちも税金をたっぷり納める
ことで、見逃してもらってんのよ﹂
そうだった、キモーメンもそう言っていたな。こいつは牢屋の中
にずっと居たって。
しかも、俺のように二年とかそんなレベルじゃねえだろう。
ましてや、俺は牢屋という名前の快適な空間。
こいつは当然違うだろう。それなのに、ここまで前世とブレない
ままで居れるなんて、どういう精神力だよ。
1160
﹁あさちゃんやみんなのことは、牢屋を出てカブーキタウンを作っ
たとき、港に立ち寄ったサバス島の漁師たちの中にケヴィンが居て
気づいた﹂
﹁ケヴィン⋮⋮ラグビー部のやつか。テメエはそいつとも仲良かっ
たのか?﹂
﹁まね。あさちゃんと同じような感じかね。それと俺っちが昔牢屋
に入る前に雇っていた用心棒がね、ケヴィンの縁者だったってのも
あってね﹂
同じって⋮⋮
すると、突然、フルチェンコが手を叩いた。
﹁はいっと。まあ、本当ならもっと話したいことがエロエロあるん
だけどさ、でも、今はそんな時間もあんまないよね﹂
確かにこのままいつまでもベラベラと話している場合じゃねえの
は本当だ。
この街の女たちが攫われたままだ。
時間が経てば経つほど、何が起こるか分からねえ。
﹁俺っちは腕っぷしには自信ないけど、エロを取り戻すために行く
よ。でさ∼、あさちゃんも⋮⋮いや、ヴェルちゃんも手え貸してく
んない? 無料優待券つけちゃうよ∼? いっぱいおっぱいだよ∼﹂
両手を合わせて俺を下から覗き込んでくるように助けを求めてく
るフルチェンコ。
まあ、一応こいつ旧友だし、困ってるみたいだが⋮⋮でもなあ⋮⋮
﹁いらねーよ、無料優待券なんて。そんなもん使ったら嫁に殺され
る。胸が触りたければ、エルジェラが居るしな﹂
1161
﹁はははは、嫁がたくさんいると余裕だね∼。でもさ、頼むよ∼、
前世ではいっぱい、俺っちに借りがあったでしょ?﹂
﹁借り? バカ言うな、俺はちゃんとお前には金を払ってたぞ﹂
昔を思い返してみるが、確かに俺はこいつに借りなんてなかった
はず⋮⋮
﹁⋮⋮夏休みにファミレスで︱︱︱﹂
﹁ちょまっ! み、水くせえじゃねえか、江口! 前世のよしみだ、
いくらでも力を貸してやるよ! まかせろ、俺のダチも兄ちゃんも
全員強いから安心しろ!﹂
くそ、こいつ覚えてやがった! あの、思い出しただけでも恥ず
かしくて死にたくなるようなことを!
﹁ヴェルトくん、一体どうしたんだい? ふぁみれすとは何だい?
さっきからフルチェンコ氏とやけに親しいようだが、君は、アル
ーシャを裏切るようなことを、本当にしていないだろうね﹂
﹁おい、愚弟。テメエはガキの頃からたまに意味不明なことを喋る
が、それと何か関係あるのか?﹂
﹁気にすんな! なんでもねーから! 大丈夫だから! ロアもフ
ァルガも気にすんな! それに困っている奴らを助けるのは当然だ
! 正義に国境はないんだろ、ロア!﹂
くそ、何で俺がこんなメンドクセーことを。
だが、仕方ねえ。所詮、エロスヴィッチの子分程度ならこのメン
ツで行けばどうにでもなるだろう。
それに、江口は良くも悪くも約束は守る。つまり、借りをちゃん
と返せば、守秘義務はちゃんと守る男だ。
1162
﹁オーナーッ! 大変です、サバス島に連絡を取ったんですが、ケ
ヴィンとオールブラックスが遠洋漁業に出ているそうで、留守だそ
うです!﹂
﹁な、⋮⋮なにいっ?﹂
腹をくくって行く準備をしたところだったが、その時、この街の
ボーイの一人が慌てて駆け寄ってきた。
なに? ケヴィンが居ない?
それは、想定外だったのか、フルチェンコも舌打ちしている。
﹁あ∼、そっか、この時期は⋮⋮あ∼、そういやそんな話をしてい
たな∼、あ∼、まいったな﹂
﹁一応、空いている漁船は貸し出ししてくれるようですが、どうし
ます? あのオールブラックスが居ないのは⋮⋮﹂
﹁う∼∼∼∼∼∼∼ん﹂
腕組んで空見上げながら悩み声を上げるフルチェンコ。だが、正
直俺らにはあんまり関係なかった。
﹁なに、大丈夫だろ、そいつら居なくても﹂
﹁ヴェルちゃん?﹂
﹁今ここに、誰が居ると思ってんだ? 十勇者三人、人類最強の元
ハンター、最凶生物ヴァンパイアドラゴン、そして⋮⋮俺。これだ
けで、おつりが出るほどの援軍だと思うぞ?﹂
俺にとってはケヴィンに再会できないだけで、それで戦力がどう
こうなるとも思えなかった。
﹁そうですね。でも、油断は禁物だよ、ヴェルトくん。相手は、ガ
ゼルグ将軍を圧倒するほどの戦力﹂
1163
﹁それがピンとこねーんだって。でも、あの騎士団たちが俺たち六
人より強いとも思えねーけどな﹂
﹁ひどいんだな、ヴェルトくん! 僕も居るんだな! 相手が女の
子なら、ひーひー言わせちゃうんだな!﹂
事実そうだと思っている。これは、敵を舐めてるわけじゃねえ。
ある種の自信のようなもんだ。
そしてそれは、ロアたちもそう思っているようだ。
このメンツなら⋮⋮⋮
﹁ガハハハハハハハハハハハハ! なにやら、面白そうなことをし
ているではないか!﹂
その時だった! 俺たちの背後から、すご∼∼∼く、聞き覚えの
ある豪快な声が聞こえた。
それは、俺もファルガも、ロアもシャウトもバーツも、そしてジ
ャレンガすらも予想外過ぎてビビッちまった。
﹁ちょ∼、馬車の中で待っててくださいって言ったじゃないですか
∼、せっかく下見に来てくれて恐縮ですが、俺っちもこんな街を見
せるわけにもいかないんで﹂
フルチェンコが声を放った主に向かってそう言うと、男は更に笑
った。
1164
﹁ガーハッハッハッハ! 何をつまらんことを言っておる。メスが
攫われたというのであれば、オスとして、種族の壁など気にしてい
る場合ではないわい﹂
﹁しかし、あなたはまだ、俺っちのことを信用していないはずです
よ。それに、やはりこれは俺っちたちの問題﹂
なな、なんでここに⋮⋮なんでいるの? 大柄の、戦国武将の鎧に身を包み、その腰元には俺の体よりもデ
カイ刀。
立派な鬣を生やし、その顔面に刻まれた無数の傷跡が、その男の
⋮⋮いや、亜人の歴史を物語っている。
全身から異常なほどに溢れ出す﹁武﹂と﹁戦﹂の雰囲気は、目の
前に立つだけでも腰を抜かしそうになる。
﹁確かにのう。女を食い物にする街など、ワシは好かん。じゃが、
おぬしの言うとおり、種族が違えどそういった商売がこの世界から
無くならないのも事実。そういったもので、手っ取り早く金を稼ぎ
たいというオナゴたちが居るのも事実。なればこそ、自分たちが管
理することで、客もオナゴも安心して益を得られるような街づくり
をしたい⋮⋮それを確認して、ワシはこの街にそのようなオナゴた
ちを斡旋するかどうか決めようと思っておった﹂
﹁ええ、ですから、それが今こんな状態で叶わない以上、また日を
改めてから俺っちはあなたをまた招待しますよ。ですから、今日の
所は⋮⋮﹂
﹁じゃがしかし! ワシが戦う理由はおぬしを信頼できると判断し
1165
たからとか、そんなもんじゃないわい! ワシが戦うのは、当然、
攫われたオナゴたちのため。そしてオイタした百合竜共を、亜人の
代表として懲らしめてやるため。そして、何よりも⋮⋮﹂
この、化け物の男が戦う理由。女たちのため。こんなことをした
百合竜とかいう奴らを、同じ亜人として見過ごせないため。
そして何よりも⋮⋮
その時、その男は、力強く俺の肩を後ろから掴んだ。
﹁何よりも、ワシの可愛い娘の婿が戦うのじゃ! 義理の息子が戦
おうとしているのじゃ! 義父として、手を貸してやるのは当然じ
ゃ!﹂
﹁⋮⋮⋮イーサム殿⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん? ヴェルちゃん、ど
ういこと?﹂
そう、史上最凶オヤーズの一角、旧四獅天亜人の一人にして、自
他共に認める世界最強の男。いや、オス。
﹁﹁﹁﹁﹁な⋮⋮なんでここに居る!﹂﹂﹂﹂﹂﹂
﹁ばば、化け物なんだなあああああああああああああああ!﹂
武神イーサムがそこにいた。
1166
﹁グワーハッハッハッハッ! 久しぶりだな、婿よ。元気そうでな
によりじゃ。まさか、ユズリハよりもワシが先にお前と再会できる
とは思わなかったぞ。帰ったら、ユズリハが泣いてキレるわい。ガ
ーハッハッハッハ!﹂
﹁イーサム⋮⋮⋮おまえ⋮⋮なんで⋮⋮﹂
﹁ん? 今、言ったじゃろ? 身売りをしようとするオナゴたちを、
国やワシらのようなものが管理して支えるためじゃ。正直、ワシは
そういうのは好かんが、このフルチェンコの言っていることも一理
あったし、何よりも、ワシもやらしいことは大好きなのでこやつの
言葉に胸打つものがあった﹂
イーサムは嬉しそうに何度も俺の背中をバシバシ叩くが、もうそ
れだけでぶっとばされそうだ。
﹁ヴェルちゃん、婿って、まさか⋮⋮﹂
﹁あ、ああ、そうだよ。こいつの娘のユズリハは⋮⋮一応、俺の嫁
ってことになってんだ⋮⋮﹂
﹁ははっ! そいつはスゲーや! スゲーよ、ヴェルちゃん! あ
さちゃんは、ヴェルちゃんになってもスゲエ! ケヴィンの野郎、
そこまで言ってくれなかったからな!﹂
﹁なんだよ、知らなかったのか?﹂
﹁ああ。ユズリハ姫って、亜人大陸のクライ国の姫ってぐらいしか。
それに、武神イーサムって家族いっぱいいるから⋮⋮あれ? でも
ユズリハ姫の年齢って⋮⋮まっ、いっか! とにかく、最高だ!﹂
興奮したように喜ぶフルチェンコは飛び跳ねている。まあ、当然
1167
だろうな。
ぶっちゃけ、この世界の種族問わずに一番強い男が助っ人してく
れるんだから、これ以上望むことはねえだろう。
でも、このとき、俺は思った。
この戦力で敵に勝てるとか、もうそんなのどうでもよくなった。
ただ⋮⋮⋮もはや、敵がかわいそう⋮⋮⋮
それだけだった。
1168
第66話﹁船上への刺客﹂
﹁ぐわはははは、でじゃ、婿よ。そろそろ腹がでかくなった嫁はお
るか?﹂
﹁まだだよ﹂
﹁ぬわにいい! あれから半年も経っておるのに、何をやっとるん
じゃ! 嫁は何人じゃ﹂
﹁先日、七人目が出来た﹂
﹁たった一人しか増えておらんのか! なんちゅう草食的な奴じゃ﹂
イーサムは船の甲板に腰を下ろして、肩組みながら俺の最近の女
事情を聞いてくるが、なんだよこの会話は。
ロアたちは俺たちに関わらないように離れたところから﹁お気の
毒に﹂みたいな顔をして、助ける気はゼロ。
つうか、草食系ってどういうレベルのことをそう呼ぶんだっけ?
﹁おい、婿、ワシの話を聞いておるか? ユズリハがもう可哀想で
可哀想での∼﹂
﹁お、おお、あいつ元気なのか?﹂
﹁うむ。本当なら今すぐにでもおぬしの所に行って、交尾しまくら
せてやりたいところじゃが、奴の母親がの∼。基本的な花嫁の常識
を叩き込むまでは、恥ずかしくて嫁に出せんとか言って、ユズリハ
を躾けとるんじゃよ。普段は大人しいくせに、急に張り切りだしお
って﹂
花嫁の常識ね⋮⋮でも、ユズリハの母親ってことはイーサムの嫁
の一人だろ?
そのユズリハの母ちゃんも常識云々の前に、男の選び方もどうに
1169
かしろよ。
つうか、母娘揃って、嫁が複数居る男に嫁ぐとか何をやってんだ
よ。
そしてそもそも、俺、嫁たちの親に未だに会ったことねーのもい
るし。
﹁そしてじゃ! もう、ユズリハは毎晩毎晩枕とアレを濡らして、
﹃婿に会いたい、グスン﹄と言いながら、枕に乗って腰フリながら、
﹃婿∼、婿∼﹄と自分で自分を慰めてじゃな⋮⋮﹂
﹁娘のそういうとこを覗くどころか、報告してんじゃねえよ!﹂
﹁カーッ、何を言うか! つまり再会したらおぬしは、ユズリハを
腰が抜けるまで交尾してやれと言っておるのじゃ! だいたい、お
ぬしがユズリハと初めてまぐわった時に、一発必中させていれば、
ユズリハも子供を抱きながら寂しさを誤魔化せたものを! ちゅう
か、一回ぐらいそっちから会いに来るぐらいの甲斐性なくてどうす
るんじゃ!﹂
世界最強にして、極度の親バカであり、ある意味では家族想いな
んだが下世話なイーサムの説教がとまらねえ。
まあ、俺もユズリハを放置して、何も連絡してやらなかったのも、
ワリーとは思ってるけどよ。
おまけに、あいつの居ない間に嫁が増えてるし⋮⋮
﹁でじゃ、最近増えたのはどんな嫁じゃ? まさか、ムサシか? ちゃんと交尾したか?﹂
﹁ムサシじゃねーよ。ムサシとは交尾しただけだ﹂
1170
﹁孕んだか?﹂
﹁さあ。最近の話だからまだ分からねーよ﹂
﹁なんじゃ、つまらんの∼、ワシとバルが親戚になれるかと思った
のにの∼﹂
んで、やっぱ気になるわけか、俺の嫁が。んで、これがユズリハ
に報告されて、再会したら噛まれるんだろうな⋮⋮
﹁ねえ、シャウト、バーツ。ヴェルトくんとイーサム氏の会話がお
かしいと思うのは僕だけかな?﹂
﹁いえ⋮⋮俺もおかしいと思います、ロア王子。というより、ヴェ
ルト、そんな真顔で交尾しただけとか⋮⋮﹂
なんだよ、ロアたちはコソコソと。
別にムサシとヤッたぐらいは、嫁にバレた時点で、もう隠すこと
でもねえだろうが。
それに、あれは緊急事態だったしな。エロスヴィッチの馬鹿の仕
業だ。
それに、あの時は、何かやるたびに反応して﹁はにゃ∼ん﹂﹁あ
ん、と、とにょ∼﹂とかって涙目になって喘ぐムサシは、初々しく
て⋮⋮やっぱ、ムサシぐらいは連れてきたほうが良かったな⋮⋮
﹁でじゃ、どこのオナゴを嫁に貰ったのじゃ?﹂
﹁ん? ああ、クレオだよクレオ。クレオ・チェーンマイル。チェ
ーンマイル王国のお姫様だよ﹂
﹁⋮⋮なんじゃと?﹂
﹁十年ぐらい前に行方不明になったけど、実は生きていたらしくて
な、最近色々あって再会したんだよ﹂
おっ、イーサムも驚いたようだな。流石に、暁光眼の使い手なら
1171
知っていてもおかしくは⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁ええええええええええええええええええええええええっ
!!!!﹂﹂﹂﹂
と思ったら、その瞬間、フルチェンコや街の男たち全員が驚いて
飛び跳ねていた。
﹁クレオ姫って⋮⋮あの姫様が! 十年前にお亡くなりになられた、
あの姫様が生きていた!﹂
﹁ちょ、ちょっと待て! 随分サラッと言ったが、ちょ、え、ええ
ええっ!﹂
おいおい、騒ぎすぎじゃ⋮⋮と思ったけど、それも無理はなかっ
た。
﹁ちょ、ちょいまち、ヴェルちゃん! 本当にあのクレオ姫が生き
ていたのかい?﹂ ﹁まあな。ちょっと色々あったんだよ﹂
﹁は∼、それは、えええ、っていうか本当かい? システィーヌ姫
とかは知ってるのか?﹂
﹁いいや、まだ言ってねえし。つうか、今回はそれを教えに来たん
だし﹂
﹁じゃあ、姫様本人は? 何で連れてきてないの?﹂
﹁夫に対する態度がなってねーから、ムカついて置いてきた﹂
﹁いや、意味がわからねーんだけど!﹂
そりゃ驚くか。だってここ、チェーンマイル王国だし。
1172
﹁驚いたんだな。ロア王子、本当にヴェルトくん、あのクレオ姫と
結婚したんだな?﹂
﹁ええ、まあ。ヴェルトくんは罠に嵌められたと言っていたけれど
⋮⋮﹂
﹁むひょー、う、う、う、羨ましいんだな! 僕は子供の時に一回
会った時、声かけようとしただけで、汚物を見るような目で見られ
たんだな﹂
クレオが生きていただけでもビッグニュースなのに、しかも俺の
嫁と来たもんだ。
サラッと言って流れるような話じゃなかったため、未だに船中か
らガヤガヤと声が聞こえてくる。
そして、驚いたのはイーサムも同じだったようだ。
﹁ぐわーはっはっはっは! こいつは、たまげたわい! あの暁光
眼の使い手が生きていただけでなく、嫁にするとはのう! ぐわー
はっはっはっは!﹂
イーサムは、物凄い機嫌良さそうに何度も何度も俺の背中をバシ
バシと叩いて、豪快に笑った。
﹁しっかし、そうなるとじゃ、婿の親類関係は、今ではとんでもな
いことになっておるの∼。のう、ジャレンガよ。いっそのこと、お
ぬしらも、あの﹃流浪の月姫﹄も婿に差し出したらどうじゃ?﹂
﹁そのつもりだよ∼。オリヴィアはヴェルトくんと結婚してもらう
し﹂
1173
﹁なんと! そうじゃったか! ならば、ワシとヴェンバイも親戚
か! ぐわーはっはっはっは! これはよいぞ! よいぞ!﹂
全然ッ、よくねーよ! そのおかげで女関係の問題がいろいろと
ウザイことになって、俺は今こうして離れて男たちだけで旅してん
だし! なのに、イーサムはとまらねえ。
﹁となるとじゃ、あとはロルバン帝国もどうにかせんといかんな。
よし、カイレばーさんに相談して見繕ってもらうか。むむ、待てよ。
ヤヴァイ魔王国からも嫁が出た場合、現在、人間の嫁三人、魔族二
人、天空族一人、⋮⋮アルテア姫を亜人と呼ぶには微妙じゃが、四
獅天亜人じゃから、亜人は二人⋮⋮ううむ、やはりバランスよくす
るには、亜人はもう一人必要じゃな。この際、幻獣人族でも⋮⋮く
∼、惜しいのう、あのハイエルフの娘が生きていれば、器量も容姿
も文句なしに推薦できたんじゃが。それと魔族のもう一人は⋮⋮う
うむ、キシンとキロロに相談するか⋮⋮﹂
なーーーんにも聞こえない。俺、何も聞いてない。もう聞く気も
ねえ。
あ∼、さっさと女海賊共を崩壊させよ。そんで、さっさとこのジ
ジイと離れて行動しねえと、何が起こるか分からねえ。
﹁ったく、このジジイが。人をなんだと思ってんだ。そう次から次
へと嫁を増やせるわけねえだろうが﹂
﹁﹁﹁﹁﹁どの口がそれを言う﹂﹂﹂﹂﹂
⋮⋮⋮みんなつめてえ⋮⋮⋮
海風が非常に穏やかな中、俺は憂鬱な気分のまま、船は真っ直ぐ
1174
と突き進んでいた。
﹁むむ﹂
その時、ずっとゲスい話をしていたイーサムの顔つきが突然変わ
った。
何かに気づいたか? まだ何も見えない⋮⋮いや⋮⋮
﹁﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱ッ!﹂﹂﹂﹂﹂
その瞬間、俺たちは反射的に動いていた。
俺はただ咄嗟にその場から飛び退いた。
ファルガは振り返って槍を一突き。
バーツは剣を抜いて﹁何かを﹂弾いた。
ジャレンガは咄嗟に月光眼を発動して﹁何か﹂をふっとばした。
ロアもシャウトも同じように剣を抜いて防いだ。
﹁⋮⋮⋮ほほう、つまらんことをやってくれるのう﹂
そして、イーサムは、﹁何か﹂を掴んでいた。
それは⋮⋮短刀を持った黒頭巾と黒いマスクを被った何者かの腕。
﹁ちっ⋮⋮化け物め⋮⋮﹂
1175
顔を隠しているが、漏れたのは間違いなく女の声。
いつからそこに居た? いや、﹁居た﹂んじゃない。﹁現れた﹂
だ。
﹁なんだ、テメエらは?﹂
﹁ヴェ、ヴェルちゃん、こいつらは!﹂
﹁な、なんなんだな! ふ、不届きものなんだな!﹂
突如現れたそれは、俺たちを背後から短刀で一突きしようとして
いた。
俺たち七人を奇襲した、謎の七人。
﹁ひねりがないの∼。いかに不意打ちとはいえ、こんな力技でワシ
らの首を取れると思ったか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁匂いから察するに、貴様らは亜人じゃな。しかし、どうやってこ
こまでたどり着いた? 気配と匂いが直前まで感じられんかった。
のう。何か⋮⋮言ったらどう︱︱︱︱︱ッ!﹂
﹁始末する﹂
イーサムが掴んでいた謎の女の手首。しかし、次の瞬間、その手
首から女が﹁スポッ﹂と音を立てて抜け出した。
義手かっ!
そして、イーサムの手から逃れた瞬間、義手を抜いた腕から刃が
飛び出して再びイーサムに斬りかか︱︱︱
1176
﹁カアアアアアッ!﹂
﹁ッ!﹂
まあ、それで仕留められるイーサムじゃねえよな。雄叫び一つで
謎の女を船の壁までふっとばした。
背中を壁に強打した女は、顔こそ隠しているが、頭巾の下から漏
れる苦悶の声は隠しようが無い。
そして、攻撃を防いだのはイーサムだけではない。
﹁クソ共が⋮⋮随分とくだらねえ真似してくれるじゃねえか﹂
﹁そうだね。でも、ツメが甘いね﹂
﹁テメエら、一体なにもんだ! 後ろからキタねえやつらだ﹂
﹁何者かは知らないですが、そこまでです﹂
﹁それとも、僕たち相手に無駄な抵抗を続けますか?﹂
流石に、こんな不意打ちなんかで首が取れるほど安い首じゃねえ。
ファルガたちは楽々と攻撃を回避して、逆に敵を追い詰めている。
頭巾の連中は無言で俺たちから距離を取り、イーサムにぶっとば
された女を守るように円を作って俺たちを身構える。
だが、状況は既に︱︱︱
﹁⋮⋮⋮流石に半端者ではないか⋮⋮もう少し情報収集させてもら
おう⋮⋮﹂
その時、イーサムにふっとばされた女が小さく呟いた。
情報収集? こいつら、例の百合竜やら女海賊やらたちと同じ、
リリイ同盟とかいうものの関係者か?
まるで俺たちを暗殺するかのように突然現れては、この追い詰め
られた状況でもそれほど慌てた様子はねえ。
1177
色々と謎ではあるが、油断しないでここは一気に取り押さえた方
が⋮⋮
﹁魔忍法⋮⋮⋮﹂
﹁ッ!﹂
﹁魔分身の術!﹂
その時だった。謎の女たちが同時に動いた。
独特な手の形。まるで、忍者がドロンするかのような手の形を作
った瞬間、一瞬の舞い起こった煙と共に、全く同じ姿をした無数の
黒頭巾たちが出現。
﹁お、おおお、これは!﹂
ちょっと待て⋮⋮この技⋮⋮
﹁ちょっ、どうなってんだ! 幻術でもねえ。霧で作り出した分身
でもねえ! 実体がある分身だぞ! 戦争でもこんな魔法は見たこ
ともねえ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮クソが。しかも、亜人だと? まさか、こいつら⋮⋮⋮
⋮﹂
﹁ッ、イーサム! この人たちが亜人というのは本当ですか?﹂
﹁もしそうだとしたら、この人たちは、エロスヴィッチと同じ、魔
を操る亜人?﹂
1178
バーツやファルガ、ロアやシャウトたちが驚くのは無理もない。
そして、俺は別の意味でも驚いている。
それにこいつらの格好! 黒い装束に身を纏い、足は足袋、腕に
は手甲、背中には短剣の鞘。
そして黒頭巾とマスクに、額には銀色の額当てを着けている。
よく見ればこの格好はどう見ても⋮⋮
﹁魔を操る亜人の暗殺集団⋮⋮おぬしら⋮⋮まさか⋮⋮﹂
目を見開くイーサム。
そして、その技があまりにも珍しいもののためか、ロアやファル
ガたちも驚いた表情を見せている。
そんな中で⋮⋮
﹁⋮⋮へえ⋮⋮珍しいね? 彼と同じ技か⋮⋮。彼の元同僚? 後
輩? それとも弟子? まあ、とりあえず⋮⋮僕はその技はウザく
て嫌いなんだよね? 殺しちゃうよ?﹂
ジャレンガだけは邪悪な笑みを浮かべる。
だが、その笑みも一瞬。
﹁ん? あらら⋮⋮⋮⋮今度は大勢かな?﹂
ジャレンガは何かに気づいて、溜息を吐いた。
﹁ジャレンガ?﹂
﹁斥候のような先鋒部隊でまずは船内を混乱させて、一気に叩く戦
法かな?﹂
途端に不愉快そうな表情を浮かべるジャレンガ。
1179
そして、逆にイーサムは不敵な笑みを浮かべた。 ﹁ほう。休む間もなくオナゴたちの群れか⋮⋮⋮⋮ぐわはははは。
たまらんのう﹂
その言葉と共に、俺たちも気づいた。
遥か上空。雲に覆われた空の上で、無数の巨大な物体が飛行して
いることを。
そして、果てまで続く海の底からもまた、無数の何かが船に接近
していることを。
1180
第67話﹁宝石竜﹂
﹁魔忍法・風魔手裏剣!﹂
忍法なのか魔法なのかは置いておいて、風を纏った手裏剣は、ど
う見ても忍者のもの。
﹁ぐわははははは⋮⋮随分と予想外のことが起こったのう。さて、
どうするか。のう? ヴェンバイの倅よ﹂
﹁そうだね、イーサム。まあ⋮⋮ハットリくんは置いておいて⋮⋮
﹃奴﹄が関わっているなら、ちょっとめんどくさいことになるかも
ね? まあ、こいつらに聞いてみるけどね?﹂
半年前に出会ったあの男と同じ。いや、出会ったというより再会
したか?
あの、忍者ルックで俺たちの前に現れた、﹃ハットリ﹄と同じ。
﹁月光眼!﹂
風に乗って威力を上げられた手裏剣は、威力もそれなりなんだろ
う。
だが、それもジャレンガが発生させた斥力の壁で弾かれた。
まあ、今更驚くことでもねえが、黒頭巾の女たちからは舌打ちが
聞こえてきた。
﹁ちっ、ヤヴァイ魔王国の魔眼か⋮⋮⋮﹂
﹁せーかい。で? 君たちはハットリくんの関係者かな? まあ、
だからって手加減しないけどね?﹂
1181
﹁⋮⋮ふっ⋮⋮先代か⋮⋮。あんな抜け忍など、知ったことか﹂
﹁知ってるじゃない? どーでもいいけどね?﹂
黒頭巾の女たちが分身も含めて一斉に動き出す。
その素早い動きに対して、ジャレンガは飄々と躱していく。
﹁でもさ、これだけは教えてくれる? 半年前の最終決戦では誰も
深く追及しなかったけど⋮⋮君たち、暗殺ギルドを﹃創設したと思
われる人物﹄は、今回のことと何か関わりがあるの?﹂
﹁答える義務はない﹂
﹁君さ∼、会話の仕方を知らないの? 殺しちゃうよ?﹂
ジャレンガが何か思わせぶりな問いかけをしたかと思えば、次の
瞬間に強烈なプレッシャーを放って空気を震え上がらせる。
しかし、黒頭巾たちは決して狼狽えず、手を忍者のドロンの形に
して、一斉に唱える。
﹁魔忍法・風遁・魔風波の術!﹂
﹁魔忍法・水遁・水攻め大津波の術!﹂
複数の一斉攻撃。
大竜巻、大津波、どちらも海では想像以上の脅威になる。
どちらも船を破壊して飲み込むほどの威力があるほど、大きく、
範囲が広い。
月光眼の壁を力ずくで突き破るつもりだ。
だが⋮⋮
﹁真理の紋章眼で解析しました。少しアレンジしているようですが、
紛れも無く風魔法と水魔法。ならば、同じもので相殺します﹂
1182
その時、動いたのはロア。
かつて自分の仲間の女を半殺しにしたジャレンガに、強い殺意を
剥き出しにして戦っていた男が、今は共に戦おうとしている。
それを無意識に、そして自然にやっちまうんだ。
そんな奴らに、こんな黒頭巾たちが勝てるはずがねえ。
﹁こうやって、こうですね! 魔忍法・風遁・魔風波の術! 水遁・
水攻め大津波の術!﹂
黒頭巾の忍者たちが放った竜巻と大津波と同様の魔法を、ロアは
同時に放ち、正面からぶつけて相殺しやがった。
﹁な、なにっ! 我らと同じ魔忍法を! しかも異なる属性を一人
で同時に!﹂
﹁ッ、あ、あれは紋章眼か! あれが⋮⋮真勇者ロア!﹂
さすがは世界にその名を轟かせる勇者様。その力と存在に、忍者
たちも驚いているようだ。
更に⋮⋮
﹁風魔法なら僕も負けませんよ?﹂
﹁まともにやり合えば、お前らなんかにゃ負けねーんだよ!﹂
船上の分身体たちを次々と蹴散らして、本体の黒頭巾たちにもそ
の刃を届かせようとしている、シャウトとバーツ。
そう。不意打ちだろうと、簡単に倒せるような奴らじゃねえ。
まともな戦闘は不向きなのか、イキがっていた黒頭巾たちも次々
と船の壁に追い詰められていっている。
ここは、大丈夫そうだな。となると⋮⋮
1183
﹁となると、問題は上と海か﹂
雲の上に現れた巨大な影の群れ。それは明らかにドラゴンのシル
エット。
大小無数のドラゴンの群れが、上空で待機。
そして、海に見える無数の影。明らかに﹁何か﹂が海面の下でこ
の船の周りを囲んでいる。
忍者にドラゴンに、そしてまだ姿を見せない何者か。
﹁ファルガはどっちをやる? ⋮⋮つっても、竜殺しなんて異名が
あるんだから決まってるか﹂
﹁まあな。だが、お前は気をつけろ。何が下に居るか分からねーか
らな﹂
﹁ぐわはははは、ヤリたいオナゴを選べるとは、随分と贅沢な状況
じゃな。さ∼て、ワシはどいつにするかのう﹂
﹁ワオ。ヴェルちゃんたちったら、スゲーヤル気ビンビンで頼もし
いね∼。俺っちたちも、負けてられないでしょ﹂
﹁ぼ、僕は戦わないけど、ほ、捕虜の女の子たちのお世話なら任せ
るんだな!﹂
だが、どっちにしたってやることは変わらねえ。身に掛かる火を
払うことはな。
﹁そういや、竜の群れを相手にするのは初めてだな。鬼魔族とか、
カラクリモンスターの群れなら経験あるが﹂
﹁だろうな。だが、気にする必要もねえよ、愚弟。そもそも武神の
血を引く獅子竜すら、テメエにとってはペットなんだからよ﹂
﹁ぐわはははは、おいおい、ファルガよ。ワシの可愛いユズリハち
ゃんはペットではなく、ちゃんとした嫁じゃ。言うなれば、貴様の
妹と同格じゃ﹂
1184
さてさて、不運なドラゴンたちと、海の下から迫ろうとしている
連中は、俺たち三人で追い払ってやるか。
リリイなんとか、全部まとめてな。
さあ、いつまでも隠れてねえで、出て来いよと俺たちは身構えた。
だが、その時だった。
﹁海を、地上を、空を、世界を汚す糞豚男子共⋮⋮一体、何のため
にあんたたちはここに居る?﹂
その声は、少しの怒気を交えた女の声だった。
空から聞こえた。
空を埋め尽くすドラゴンの群れ。その中で一際目立つ、眩い光を
放つドラゴンが居た。
﹁ッ、まぶし! なんだ、あれは!﹂
﹁⋮⋮青玉の鱗を纏ったドラゴン⋮⋮⋮あれか⋮⋮﹂
そのドラゴンは、濃密な青に染まった輝く全身を羽ばたかせて、
その青い瞳で俺たちを見下ろしていた。
その輝く全身は、宝石。
それは、正に目も眩む光。
﹁世界三大宝石竜⋮⋮⋮サファイアドラゴンじゃな⋮⋮⋮となると、
あやつが百合竜の片割れじゃな⋮⋮﹂
ウラが持っている指輪︵*本人は頑なに結婚指輪と主張するが︶
は、確かエメラルドドラゴンとかいう、いかにもレアそうなドラゴ
ンの鱗から取った宝石を加工した指輪だったな。
となると、名前からして、今俺たちの上空に居るアレもまたレア
1185
なドラゴンでもあり、そして今のイーサムの発言からして、今回の
面倒ごとの首謀者ってわけか。
﹁お前か、俺っちたちの街から女の子を攫ったのは! 返してもら
おうか!﹂
﹁そうなんだな! ひどいんだな! せっかく楽しみにしてカブー
キタウンに来たのに女の子が居ないなんて、それじゃあ具のないハ
ンバーガーと同じなんだな!﹂
サファイアドラゴン。そう呼ばれたドラゴンの問いかけに対して
真っ先に言葉を発したフルチェンコとキモーメン。
﹁醜い⋮⋮臭い・汚い・耐えられない⋮⋮もはやあんたたちが息を
するのも不愉快だよ⋮⋮﹂
すると、二人の姿を見たサファイアドラゴンは、ドラゴンのクセ
に人間臭さを感じさせるような、明らかに不愉快そうな顔を浮かべ
た。
﹁所詮は金と醜い性欲だけの街⋮⋮体も心も傷ついた花たちを散ら
すだけの汚物たちの蔓延る街⋮⋮女を踏み躙る世界を⋮⋮私は許さ
ないから﹂
﹁な⋮⋮なんでそんなことを言われるのか、俺っち分かんねーんだ
けど! 女の子たちは俺っちが無理やり働かせたわけじゃないし!
俺っち、手助けしてるんだし!﹂
﹁黙ったら? もう、あんたたちと話をする気は私にはない。女を
食い物にして私腹を肥やすことを正当化する街も国も世界も、勇者
も英雄も⋮⋮全員消えろ﹂
こりゃまた随分と﹁大きなお世話﹂なドラゴンなことだ。
1186
風俗反対という思想だけで、街を破壊して女たちを攫うとはな。
この手のタイプは、平和的に話し合いで解決するとか無理だ。ま
ずメンドクセえ。
﹁ぐわははははは、相変わらずの男嫌いじゃの∼、﹃トリバ﹄よ﹂
﹁武神⋮⋮イーサムッ⋮⋮世界最低の男﹂
﹁しかし、おぬし生きておったか。ヴィッチちゃん、心配しておっ
たぞ?﹂
トリバ。それが奴の名前か。随分と嫌っているのか、不愉快そう
な顔を継続させたままイーサムをにらんでいる。
だが、イーサムが発した﹁生きていたか﹂という言葉に同調して、
黒頭巾たちを追い詰めたロアも顔を上げて声を発した。
﹁そうです、トリバ副将! あなたは、半年前に﹃ディズム副将﹄
と一緒に、ラブ・アンド・ピースの手に落ちて、行方不明だったは
ず! 生きていらっしゃったのなら、どうして?﹂
生きていたなら、何をやっていた? その問いにトリバという雌
竜はゆっくりと語りだした。
﹁そう⋮⋮私もディズムもラブ・アンド・ピースの罠にハマり、当
時奴らと結託していた﹃大深海賊団﹄に敗れ、逃走を試みるも結局
捕まり、深海世界で幽閉されていた⋮⋮でも⋮⋮その深海世界で私
たちは﹃あの方﹄と出会うことができ、そして決心した!﹂
シンカイゾクダン? ああ、深海族の海賊か。あの、クレオを十
年前に襲ったという奴らか。
かつて、ラブ・アンド・ピースと手を組んでいたようだが、そこ
らへんの情報を全然マニーから聞いてなかったな。
1187
んで? 不機嫌な顔から突如恍惚な表情で語りだすこの雌竜は、
他に誰と出会ったって言うんだ?
﹁あの方は、遥か昔の大戦でその肉体を深海世界に封じ込められ、
意識のみでしか私たちに語り掛けることができない。でも、言葉だ
けで十分に伝わる。その思想、魂、エロスヴィッチ様の愛やエロス
すらも霞んでしまうほど⋮⋮そう、あの方こそ、真の愛の伝道者!﹂
いやいやまてまてまて。この雌竜、今とんでもないことをサラッ
と言ったぞ? エロスヴィッチが霞む存在?
﹁って、そんなの居るわけねーだろうが! あの変態女が霞むとか、
どんな変態に心を奪われているんだよ、テメエらは!﹂
エロスヴィッチ以上とか、そんなの居るはずがねえだろうがと俺
が叫んだ瞬間、雌竜のトリバが俺を見て、突如驚いたように目を見
開いた。
﹁⋮⋮⋮朝倉⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮なに?﹂
⋮⋮⋮⋮俺⋮⋮⋮そして、江口ことフルチェンコも、思わず目を
丸くしちまった。いま、間違いなくあの竜は俺のことを﹁朝倉﹂と
呼んだ。
﹁かつて、あんたはあんたなりの愛に生きる男だと思っていた。不
1188
器用ながらも想いを貫く男だと思っていた。でも、違った。あんた
はただの女好きだった﹂
﹁⋮⋮⋮⋮おい、テメエ⋮⋮⋮一体⋮⋮﹂
﹁あの方は言ってくれた! 男と女が交わるのはただの生理現象に
過ぎないと! 動物的本能に過ぎないと! 子孫を残そうという無
意識な想いに過ぎないと! だからこそ、それは愛ではないと。し
かし非生産的だと理解しながらも、それでも交わることを求める心。
常識から外れ、周りから奇異な目で見られても抑えきれない想いが
あるのならば、それこそが本当の愛だと! そう、つまり私たちの
こと!﹂
いや、そういう主義主張はどうでもいい⋮⋮そんなの好きにしろ
よ⋮⋮でも⋮⋮
﹁おい、テメエは今、俺のことを朝倉って⋮⋮﹂
﹁深海世界に捕らわれていた私も、半年前の戦いのすべてを知って
いる。あんたの正体もね。そして、その嫁事情もね﹂
﹁ッ、まさかテメエは!﹂
﹁ふざけてるよ、本当に。偽愛の安売りをするあんたが世界の支配
者? 冗談じゃない!﹂
そのとき、サファイアドラゴンが翼を大きく広げて咆哮した。
﹁ちょうどいい。あんたがここに居るのなら色々と利用できる! 聖騎士のようにボコって、そしてあんたは人質にしてやるよ!﹂
その振動が海上を揺らして、船が傾きかける。
1189
﹁愚弟。テメエまた例のよくわからねえ事情か?﹂
﹁ぶひいいい、どどど、ドラゴンが怒っちゃったんだな! ヴぇル
トくん助けてなんだな!﹂
﹁ぐわははははは、なんじゃ婿よ。やけに嫌われておるではないか。
何かあったか?﹂
正直な話、どうして俺が嫌われているのかはよくわからねえ。
そして、このサファイアドラゴンの正体もよくわからねえ。
﹁フルチェンコ、こいつは⋮⋮﹂
﹁だろうね、ヴェルちゃん﹂
﹁だな。んで、心当たりは?﹂
﹁⋮⋮綾瀬華雪や鳴神恵那に続く、校内女生徒写真ランキングでも
売り上げトップクラス⋮⋮思春期男子を悩ます⋮⋮最巨乳に心当た
りが⋮⋮﹂
﹁はあ?﹂
でも、それでも俺とフルチェンコは理解した。
こいつも、﹁俺たちと同じ﹂なんだと。
﹁まあ、いいや。⋮⋮んで? 宝石ドラゴン。こうして再会しちま
ったクラスメートをぶっ殺そうとしてまで、テメエは何をやりたい
んだ? つか⋮⋮誰だお前﹂
﹁ふん⋮⋮決まっている。あの方を復活させ、そして私たちだけの
⋮⋮女だけの国を作るため! 現状の法律に縛られることなく、真
に愛する人と結ばれて家庭を築くための世界を!﹂
﹁おお、そうかそうか。この世界じゃ法的には同姓婚は認められて
ねーわけか⋮⋮⋮⋮で? だからどうしたってんだよ!﹂
1190
でも、だからってなんで俺がこんな奴に殺されなくちゃいけねー
んだよ。
﹁ふわふわ天罰レーザー!﹂
雲を突き破り、天より降り注ぐ極太レーザー光線を、サファイア
ドラゴンめがけてぶち込んでやった。
何の前触れも、気配も感じさせず、一瞬で大気中の魔力を掻き集
めて、凝縮して放つレーザー光線。
いくら、数年前までは世界に名を馳せたドラゴンとはいえ、避け
ることなんてできなかった。
﹁お、おおおおお! ヴェルトくん、すごいんだな!﹂
﹁ほほう。前戯もなくいきなり極太のものをぶち込むとは、婿も容
赦がないの∼﹂
巨大なドラゴンが勢いよく海に落下。巨大な水しぶきが上がり、
男たちからは歓声が上がる。
船上の忍者や、上空のドラゴンの群れも突然の出来事に動揺して
いるのが分かる。
そう、人をナメてるからそうなるんだよ。
つっても⋮⋮
﹁おい、あんた⋮⋮⋮⋮なにすんのよ!﹂
﹁へえ∼、硬い鱗だな。手ごたえはあるが、傷ついてねーみたいだ
な﹂
そう、まともに攻撃を食らわせることはできた。だが、相手を粉
1191
砕した感触はない。
とはいえ、本人は激オコ状態だけどな。
﹁男嫌いとか、女同士がどうとか、そんなのに口出す気はねえ。俺
なんてついこの間は腐女子軍団と遭遇したんだから、別に驚きはし
ねえ。それも一つの文化ってもんなんだろ? 勝手にやってろよ、
俺は興味ねえ。でもな⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮あんたッ!﹂
﹁とりあえずお前ら攫ったやつら返せよ﹂
トリバは海の中からズブ濡れになった状態で飛び出して、今にも
俺たちに噛みつこうとしている。
来るか? まあ、とりあえず、この雌竜がクラスの誰で、んで何
があってこんなんなっちまったのかなどの話は、この場を抑えてか
らにするしかねえな。
すると⋮⋮⋮⋮
﹁ひどい⋮⋮⋮ひどいよ∼、トリバちゃんになんて酷いことするの
∼⋮⋮朝倉君∼⋮⋮﹂
あさっての方角から、なんとも情けない泣きそうな女の声が聞こ
えてきた。いや、﹁女﹂というより﹁少女﹂のような声。
その情けなさは、一瞬、幼馴染のペットを彷彿とさせた。
そして、その声のした方角には無数のドラゴンに紛れて⋮⋮なん
か、透明なキラキラ輝く鱗を散りばめた、犬猫のように抱きかかえ
られるぐらいの大きさのドラゴンが、半泣きで俺を見ていた。
﹁おおお! ほほう、あれもまた懐かしいのう⋮⋮ぐわはははは、
1192
相変わらずちっこいのう﹂
﹁ヴェルトくん、あっちに、すごく小さいけど宝石の鱗のドラゴン
居るんだな! でも、泣きそうなんだな! ファルガ王子は知って
るんだな?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あれは⋮⋮三大宝石竜のダイヤモンドドラゴン⋮⋮⋮⋮
そして、あのクソ小さい体ながらも、ドラゴンの群れを率いること
ができる存在⋮⋮例のクソ百合竜のもう一人か﹂
百合竜! アレが? あんな抱っこできるぐらいの大きさのドラ
ゴンが、こっちの巨大サファイアドラゴンのコンビっていうのか?
いや⋮⋮それよりも⋮⋮
﹁ヴェルちゃん⋮⋮あっちの子も⋮⋮﹃朝倉くん﹄⋮⋮って、呼ん
だんじゃない?﹂
ああ、フルチェンコのいう通り、あのチビドラゴン、間違いなく
俺を﹁朝倉﹂と呼びやがった。
おいおいまさか⋮⋮⋮⋮
﹁それに、トリバちゃんもダメだよ∼、こんな怖い人たちを相手に
無闇に飛びかかって、もしトリバちゃんに何かあったら⋮⋮⋮私⋮
⋮⋮生きていけないよ∼⋮⋮﹂
﹁ディズム⋮⋮⋮うん、そうだよね、ごめんね、泣かないでよディ
ズム。私はあんたの笑顔だけが見たいんだから。ねえ、私に何かあ
ってほしくないなら笑ってよ。それだけで私は、なんでも出来ちゃ
うから﹂
1193
⋮⋮なんか、いろいろと、どうすりゃいいのかよく分からなくな
ってきた⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮とりあえず、まとめてボコって捕虜っておくか。
1194
第68話﹁ねじ込む﹂
﹁じゃあ、一緒に行こう、ディズム﹂
﹁うん、トリバちゃん。私たちは、ずっと一緒だから﹂
ドラゴンの姿で雌同士がイチャついてんじゃねえよとツッコミ入
れたかったが、自分たちの世界に入り切った二匹の宝石竜は、同時
に俺を睨み、そして飛び込んできた。
﹁海の藻屑となりな、朝倉! 私たちの、ダブル︱︱︱﹂
﹁ダブル・ジュエリーメテオッ!﹂
全身が硬い宝石に覆われている竜。それは、体当たりだけでも威
力はとんでもないものを生み出す!
アレを二つ同時に食らったら、船が粉々になるぞ!
﹁ふわふわ飛行!﹂
なら、こうすりゃいい。
﹁ちょおお、船が浮いた!﹂
﹁どうなっているんだな、ヴェルトくん!﹂
上から、下から、敵の大軍が迫ってこようとしている。
海の上の船じゃ、的になるだけだ。なら、こうすりゃいい。
俺の力で船を浮かせて、自由自在な空中戦。
﹁ふん、相変わらず器用だな、愚弟﹂
1195
﹁ぐわははははは、暗殺集団も面食らっておるのう。さてさて、で
は、ワシも遊ぶとするかのう﹂
﹁よっしゃあ! 俺っちたちもやるぞ! 黒服さんたち、戦闘準備
!﹂
﹁ひえええええ! 来ちゃったんだな!﹂
船を海から離しちまえば、海底に居たと思われる集団から距離が
離せる。
そうなると、敵はドラゴンと忍者たちに絞れる。
まあ、黒服たちが気合入っているのはいいことだが、正直、イー
サムやファルガたちが居るんだから大丈夫だろう。
で、俺は⋮⋮
﹁どれ、俺はクラスメートと遊んでやるか﹂
﹁愚弟!﹂
﹁ファルガ、他のドラゴンたちは頼んだ。俺は空を飛び回って、あ
の宝石ドラゴン共をやる﹂
本来はあんな強そうなのはめんどくさいからパスしたいところだ
が、まあ、あいつらは俺を狙ってきてるし、それに縁があるやつな
ら、こっちもそれに応えてやらねえとな。
フルチェンコはあの二匹の宝石竜に心当たりありそうだが、俺は
正直分からねえ。多分、名前を聞いても分からねえだろう。
なら、今から知ればいい。
その代わり、容赦はしねえけどな。
﹁ふん、ナメてんじゃない、朝倉? 船を魔法で浮かせながら、そ
の片手間に私らを倒そうっていうの?﹂
﹁朝倉君⋮⋮⋮許さないよ許さないからトリバちゃんに攻撃したこ
と絶対に許さないから私のトリバちゃんにあんなことしたの許さな
1196
いから絶対に私はあなたを許さないから﹂
おいおい、もう片方の小さいダイヤモンドドラゴンがものすごい
ブツブツ言っているんだけど、大丈夫か?
でも、まあ⋮⋮
﹁片手間? 十分さ。嫁七人をこれから相手にしなくちゃならねー
んだから、二人の女ぐらい片手で捌いてやるよ﹂
関係ねえ。二匹同時にボコってやるよ。
﹁ふわふわダブル・ランダムレーザー!﹂
そして、同時に二匹の死角からレーザー光線をぶち込んでやる。
硬い鱗に覆われた二匹の竜には生半可な攻撃は通用しねえ。なら
ば、威力の高い攻撃で押しまくる。
﹁つっ、ま、またやったね!﹂
﹁あうっ! ⋮⋮触られた⋮⋮男の人に⋮⋮トリバちゃん以外に!
⋮⋮⋮⋮汚された⋮⋮汚されちゃった⋮⋮き、汚いッ!﹂
一、二、三、四、五。連射で二匹にレーザーをぶち込む。空が何
度も光線の光で照らされる。
だが、レーザーの直撃を受けているはずの中心地からは、何やら
まだ元気そうな声が聞こえる。
﹁⋮⋮レーザーの速度と威力でも削れねえか⋮⋮宝石なだけあって、
大した硬さだぜ﹂
なるほどな。攻撃は受けているし、怒りは与えられているが、ダ
1197
メージは与えられていなさそうだ。
﹁ッ、朝倉⋮⋮⋮よくも、よくも私のディズムに手ェ出したね! あんた、絶対に許さない!﹂
﹁よくも⋮⋮トリバちゃんだけの私の体になんてことするの! 許
さない、洗っても洗っても落ちない男の人のもので、私を汚した!﹂
ッ! レーザーが、はじき返された!
中心地から突如咆哮した二匹の竜のプレッシャーが、突風のよう
に駆け抜けてくる。
﹁サファイア・ラッシュ!﹂
﹁ダイヤモンド・ラッシュ!﹂
危ねえ! 二匹の咆哮と同時に、弾けたようにサファイアとダイ
ヤの礫の嵐が、俺に向かって⋮⋮
気流の壁を? 無理だ、貫かれる。空気の流れから回避? 無理
だ、隙間なく飛んできて、避けるもくそもねえ。
﹁ッ、たく! 宝石の無駄遣いしてんじゃねえよっ!﹂
とっさに警棒を取り出し、弾く! だが、全部は無理だ。頬をか
すめ、足に、腕に、宝石の礫が何度も俺の体を痛めつけていく。
つっ、いってえええな!
﹁トリバ、安心して。この戦いが終わったら、私が穢されたあんた
の体を入念に愛で上書きしてあげる。だから、泣かないで。私のト
リバ﹂
﹁ディズムちゃん⋮⋮⋮⋮うん、私も⋮⋮同じ⋮⋮かな? トリバ
ちゃんの汚れた体も、私は何度でも上書きする﹂
1198
﹁もう、可愛い子。私のトリバ﹂
﹁ふふ、私だって知ってるもん。ディズムちゃんの可愛いところ﹂
こ、こいつら、人に礫をぶつけまくりながら、何をイチャついて
んだよ! しかも、ドラゴンの姿で二匹並んで寄り添うようにして、
二匹の周りがなんだかピンク色に見える!
⋮⋮にゃろう!
だったら、こいつはどうだっ!
﹁ふわふわビッグバンッ!﹂
幾重にも凝縮した魔力を放出するのがレーザー。今度は、それを
弾けさせる。爆弾のようにな。
その威力は、空を覆っている雲ごと吹き飛ばすッ!
﹁ちょっ、ヴェルちゃんスゲーけど、ひでえ! つか、容赦ねえッ
!﹂
﹁と、とんでもない爆風なんだな!﹂
容赦? 女相手に容赦していたら、こっちが殺される。俺はそれ
を私生活で十分に知り尽くしている。
だからこそ、手加減なんてできねえ。
水平線の彼方まで届かせるぐらいの閃光。二匹の竜どころか、他
のチョロチョロしているドラゴンたちごと吹き飛ばす。
﹁ほう。あんなこともできるか、愚弟﹂
﹁ぐわははははは、しかし、耐え切れずに暴発させるとは、まだま
だオナゴに対する気遣いができておらんのう﹂
自分たちの獲物を奪われたかのように、少し肩透かしな表情を浮
1199
かべるファルガに、あくまで笑うイーサム。
まあ、ちょっとやりすぎたかもしれねえが、これで⋮⋮⋮⋮
﹁ん? いや⋮⋮⋮そうでもねえか﹂
これで少しは大人しくなったかとも思ったが、そんな感じでもな
さそうだ。
爆発と閃光の中に包み込まれた、二匹の宝石竜。手ごたえ十分だ
と思ったが、この空気から伝わってくる感じは⋮⋮⋮⋮
﹁あさくら⋮⋮⋮⋮⋮ッ⋮⋮⋮⋮私のディズムに汚い埃をつけてん
じゃないよっ! あんた、どんだけディズムにちょっかい出せば気
が済むっていうのよ!﹂
﹁また⋮⋮ひっぐ⋮⋮ごめんね、トリバちゃん⋮⋮でも、嫌いにな
らないで⋮⋮心までは私、穢されてないから⋮⋮こんな私だけど⋮
⋮嫌いにならないで⋮⋮﹂
∼∼∼∼∼∼∼硬い⋮⋮⋮⋮爆発の中から出てきた宝石竜は無傷
だ! そして、なんかもうこの二人はよくわからん! なんかもう、本当によく分からんカップル過ぎて、ゾッとしてき
た。
﹁⋮⋮⋮⋮は∼、めんどくせー敵だぜ。おまけに宝石のように硬い
絆で何よりだ﹂
俺が使える技の中でも、相当自信があったものなのに、怒ってる
だけでピンピンしてやがる。
性格は変なドラゴンだが、流石に世界にその名を轟かせているだ
1200
けはあるってもんだぜ。
﹁つかさ、お前ら二人とも、前世からそんな感じだったのか? こ
んだけ印象的なら覚えていると思ったんだが﹂
さて、それはそれとして、俺はここまでの攻防の中で、こいつら
自身の強さ云々よりも、これだけ特徴的なクラスメートなら忘れな
いと思っていたから聞いてみた。
すると、俺と向かい合うようにパタパタと翼を羽ばたかせる二匹
の竜は、同時に小さく頷いた。
﹁⋮⋮まあ、そうね。でも、あのクラスは他に変な奴らがいっぱい
居たしね。それに、あんた学校あんまり来てなかったし﹂
﹁トリバちゃん! なんで、私が傍に居るのに男の人と話をしてる
の? ⋮⋮浮気∼?﹂
﹁ああ、ごめんねディズム。そんなむくれた顔を見せないでよ、私
の可愛いお姫様。でも、やきもちやかれるって、なんだか愛を感じ
て少しうれしかったりするかな?﹂
﹁も、⋮⋮も∼、トリバちゃんの意地悪!﹂
もう、爆発しろお前ら!
﹁ふわふわビッグバン!﹂
﹁って、今、私たちは話のとちゅ︱︱︱︱﹂
﹁いやああああああ、もう、私に触らないで!﹂
1201
と、本来なら暗殺集団とかドラゴン軍団とか、結構やばそうな奴
らと全面対決しているというのに、なんだか俺たちの空間だけ少し
緊張感がなかった。
つうか、こいつら間髪入れずにイチャつきやがって、ちっともま
ともな話ができねえ。
こんな不毛なやり取りをどうして繰り返してんだよッ! ﹁ったく⋮⋮⋮⋮まあ、いいや。テメエらが仲良いのは分かった。
勝手にイチャついてろよ。でもよ、カブーキタウンの女たちはちゃ
んと返せよ。別にあいつらはテメエらと何の関係もねえだろうが﹂
﹁つつ⋮⋮⋮⋮はあ? なんであんたにそんなこと言われなくちゃ
いけないのよ。それに、悪いけど女たちは返さないよ? 私たちの
目的のためにね﹂
﹁例の国造りのためってか? ふざけんなよ。女たちが自分たちの
意思で行ったならまだしも、無理やり誘拐しておいて何を言ってや
がる﹂
倒せないと分かっていながらも、むかついたのでもう一回爆発さ
せてやったついでに、俺は呆れながら言った。
すると、再びくらった爆発に、余計に怒り狂うかと思った宝石竜
だが、俺の言葉に対して、今度はどこか冷静そうな口調で返してき
やがった。
﹁決まってる⋮⋮⋮⋮﹃あの方﹄を⋮⋮⋮﹃太古の王﹄を復活させ
るため。そのためには、戦力が必要なのよ。その戦力を補い、尚且
つ私たちの作る国の国民としても迎え入れられる⋮⋮⋮⋮だから、
女なのよ﹂
﹁トリバちゃん! それはまだ言ったら⋮⋮﹂
﹁いいじゃない、ディズム。仮にも前世のクラスメート⋮⋮⋮⋮こ
れぐらいはね﹂
1202
あの方? 太古の王? こいつ、何を? それに、戦力ってどう
いうことだ? 攫ったのは女たちだけだろ? しかも、カブーキタ
ウンで水商売をしている。それが、何の戦力になるっていうんだ?
﹁ねえ、朝倉。半年前までは私も神族の正体を知らなかった。聖騎
士や聖王の嘘も知らず、エロスヴィッチ様と共に亜人を率いて戦っ
ていた。すべては、戦争が終わった世界の先で、ディズムと幸せに
暮らすためにね。でも、世界の真実は違った。私たちは、ただ、聖
王たちの都合で掌の上で転がされているだけだった。それどころか、
利用されるだけ利用されて、亜人は滅ぼされるところだった﹂
⋮⋮⋮急に真面目な話をしやがって⋮⋮。
だが、そういや、こいつらは聖王たちのシナリオを知らなかった
んだよな。
﹁朝倉。私はね、この世界で生まれて結構立つよ。前世の記憶を思
い出したときは、既にエロスヴィッチ様の副将として世界を舞台に
戦っていたころだった。⋮⋮⋮ディズムと⋮⋮⋮理子と再会できた
のも、もう後戻りができないほどの地位や状況に居た頃だった﹂
﹁⋮⋮⋮⋮トリ⋮⋮⋮⋮つかさちゃん⋮⋮⋮﹂
りこ? つかさ? それがこいつらの名前か? チラッと船でこ
っちを見ているフルチェンコに視線を送ると、﹁やっぱり﹂という
顔で頷いている。
1203
﹁でもね、世界の真実とか、私たちが騙されていたこととか、そし
てあんたたちが現れて、神乃が更に登場したり⋮⋮⋮⋮もう、訳が
分からなくなって、ディズムと一緒に深海世界で捕らえられて、ず
っと心が真っ暗った⋮⋮⋮⋮でもね、そのときだったの。世界の真
実も、未来も、聖王も、亜人も魔族も人類も、それどころか前世す
らもどうでもよくなってしまう、出会いが私たちを変えてくれた!﹂
﹁⋮⋮言っちゃうんだね、トリバちゃん。うん、わかった⋮⋮⋮⋮
うん、しょうがないよね。せめて、もう私たちが、たとえ前世のク
ラスメートが相手でも関係ないってことを教えてあげないとね﹂
出会いが変えてくれた? 変わった? つまりこいつら、変わっ
たってことか? もともと、こういう奴らじゃなくて? いや、レ
ズで男嫌いってのは元からなんだろうけど。
﹁そう、朝倉。世界は⋮⋮愛さえあればそれでいいの⋮⋮⋮⋮私た
ちは、その想いと共に集い、あの方を復活させ、そして私たちの世
界を作ろうとしている! それを邪魔なんてさせない!﹂
﹁それが、私たちのリリィ同盟⋮⋮⋮すべては⋮⋮⋮私たちの王様
が復活するため! その邪魔はさせない! 誰にもさせない! 許
さない!﹂
王⋮⋮⋮⋮それは、どこのどいつのことを言っているんだ? 深
海族の王? それとも他の亜人? 1204
﹁エロスヴィッチ様は、私たちの関係を認めてくれた! 自分も混
ぜてくれとか、そういう大きな心で認めてくれた! でもね、エロ
スヴィッチ様以外は、同じ亜人でもやっぱり私たちを不気味そうに
見る奴らがいた! そんなの関係ないって言い聞かせていたけど、
法律とか常識がいつも私たちを邪魔しようとした!﹂
﹁でも、あのお方はそれだけじゃない! 認めてくれただけでなく、
私たちの進むべき道を教えてくれたの! 世界を、国を創るという
道を! だから、私たちは、あの方と共に行くんだから! 邪魔さ
せない!﹂
まあ、なんだかもう、マインドコントロールされているかのよう
に一心不乱に叫びだした二匹の宝石竜は、見ていて痛々しかった。
正直な話、イマイチ話がピンと来なかった。
﹁はあ⋮⋮⋮⋮まあ、いいや、細かい話はもう少し場が落ち着いて
から聞くか﹂
とりあえず、今の状況では話を聞いていてもよく分からんし、や
っぱりまずは倒してからにしたほうが良さそうだな。
それに、俺一人で聞くより、みんなで聞いたほうが、もう少し何
かわかるかもしれないし。
だが、同時に俺の心はめんどくさいという気持ちが改めてよぎっ
た。
だってそうだろう? それで、こいつらの事情なんかを聞いて、
その後はどうするか?
攫われた女たちを取り戻して、あとはこいつらをボコってそれで
終わり?
最初はそれでよかったかもしれない。女を取り戻し、ヘンテコな
1205
テロ集団みたいなのを倒せばそれで終わりだと。
でも、今はそれだけじゃ、終わりにすることができない。
なぜなら、この二匹の雌竜が、両方ともクラスメートだと分かっ
ちまったからだ。
﹁だったら、ボコって終わり⋮⋮じゃあ、許してくれねえよな? そうだろ、先生⋮⋮⋮⋮﹂
生まれ変わったクラスメート。そいつが何かを抱えて苦しんでる
のなら、力になる。
それが、めんどくさいが、先生が俺に望んでいること。
だから、こいつらもボコることはボコるが、それで終わりじゃあ
許されねえ。
なんともめんどくさいことだ。
﹁ボコる? 何言ってんのよ! あんた、こんだけやっても私たち
の鱗に傷一つつけられないくせに、いつまで大口叩いてんのよ!﹂
﹁見せてあげるよ、朝倉君。百合竜と呼ばれた私たちの真の力!﹂
そして、俺のボコる発言に不愉快そうな表情を浮かべた二匹の宝
石竜は動いた。
巨大なサファイアドラゴンの背に乗るように、小型のダイヤモン
ドドラゴンが飛んだ。
何かやる気か?
﹁この技は、かつて多くの魔族や人類を葬った力!﹂
﹁さよならだよ、朝倉君。私たちを恨んでもいいからね?﹂
相当な自信があるようだ。多分なんかのコンビ技なんだろうけど
⋮⋮⋮⋮
1206
﹁まあ、いいや。とりあえずお前らは俺がどうにかしてやるよ。だ
が、その前にはまずは倒させてもらうからよ﹂
その怖そうなコンビ技や力を発揮させる前に、さっさと倒しちま
うことにした。
﹁無駄よ! あんたの攻撃力じゃ私たちを倒せない!﹂
﹁レーザーも、爆発も、全部私たちの宝石を砕くことはできなかっ
たんだから!﹂
そう、極太レーザーもビッグバンも、こいつらを傷つけることは
できなかった。
そんな相手をどうやって倒す? まあ、津波を起こして海の底に
突き落とすとか方法はいくらでもあるが、ここはもっと力づくでい
くか。
つまり、こいつらが自信を持っているその宝石の肉体を突き破る
こと。
﹁なあ? お前ら、貫けないものを貫くときは、どうしたらいいと
思う?﹂
﹁﹁?﹂﹂
﹁気合で突き刺してねじ込むんだよ﹂
本日再びの天からの極太レーザー光線。だが、それではこいつら
を倒すことはできない。
1207
だから、改良した。
﹁突き刺しねじ込み抉って削る! さあ、宝石を加工してやるよ!﹂
レーザーの先端を、捩じって捩じって捩じりまくって、先端の尖
ったレーザーと化し、更に回転させる!
﹁ふわふわドリルインパクトッ!﹂
巨大なドリル型レーザー。
超高密度の魔力を強烈なスクリュー回転させて相手にねじ込む。
﹁⋮⋮⋮⋮えっ⋮⋮⋮⋮あっ⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮うそ⋮⋮⋮⋮⋮﹂
そのドリルは、次の瞬間には、宝石で出来た二匹の竜の両翼を削
って撃ち抜いて破壊していた。
﹁おお。ニートの技っぽいが、なんか普通にできたな﹂
自分たちに何があったかも理解できない宝石竜二匹は、さっきま
での威勢が一瞬で消え、呆然とした状態のまま二匹そろって海に落
下。
﹁とまあ、こんなところだ。安心しろよ、溺れないように助けてや
るし、怪我だって治してやるよ﹂
とまあ、そんなところだ。
1208
巨大な水しぶきを上げて海に落下した二匹の宝石竜に、最後にそ
れを伝えてやった。
﹁さあ、これにて︱︱︱︱﹂
さあ、これで片付いた⋮⋮⋮⋮なんて甘いもんじゃねえってこと
ぐらいわかってたけどな。
﹁⋮⋮⋮⋮変わり身?﹂
二匹の竜の両翼を破壊して海に叩き落した。そう思っていた。
だが、違う。
海面に漂っているのは、二つの大きな丸太⋮⋮⋮⋮
そして、さっきまで何も感じなかった空間に感じる、何者かの気
配が、俺の直ぐ傍に。
﹁⋮⋮どういう関係かは知らないが、侮りすぎだと存じます、百合
竜様﹂
そこには、見たこともない巨大な怪鳥が目の前に現れ、その背中
に誰かが乗っていた。
足元には、肌を露出した竜の角と尾を生やした二人の竜人。気を
失っている。ひょっとして、その二人こそ、百合竜の人型の姿かも
しれない。
で、一方でこいつは何者だ?
﹁忍者の格好⋮⋮ッ、誰だテメエは!﹂
1209
忍者ルックの黒頭巾! だが、船の上に現れた連中とは少し違う、
白くて目立つロングコートを黒装束の上に羽織っている。
素顔は分からないが、若い女の声が聞こえるが、尾から出ている
長い尻尾。そして、頭巾から飛び出している耳は⋮⋮⋮⋮猿?
らっぱ えんま
﹁⋮⋮⋮⋮オレは、暗殺ギルド、魔獣忍軍二代目頭領⋮⋮⋮サルト
ビにございます。二つ名は⋮⋮乱波猿魔﹂
とにかく⋮⋮⋮⋮ツエーな⋮⋮⋮こいつ⋮⋮⋮
﹁リモコン様⋮⋮⋮⋮その首を戴きたく存じます﹂
そして、その時だった。
﹁そして、後ろの連中は、﹃彼女﹄に任せよう。さすがに、武神や
十勇者たちを、オレ一人では難しいので﹂
﹁あっ?﹂
﹁参られよ。⋮⋮⋮⋮地獄の剣闘鬼⋮⋮⋮鬼嫁様﹂
目の前の忍者が誰かを呼んだ瞬間、俺の後方にあった皆の乗って
いる船に、巨大隕石が墜落したかのような衝撃音が響き渡った。
1210
第69話﹁集った女たち﹂
この場に居るだけで吹き飛ばされそうなほどの衝撃音。
一体何があった? みんなは?
そう思って、慌てて振り返った俺の視界に写ったそこにあったも
の。
それは、今の衝撃で破壊されたかと思った船は無事で、その衝撃
音は、想像を超える力で襲撃した﹁者﹂の攻撃を、イーサムが大剣
で受け止めたため、その互いの武器が交差したことによって発生し
た音だった。
﹁イーサム!﹂
だが、それはそれでゾッとした。なぜなら、イーサムと武器を交
差させている人物は、巨大な怪物でもなく⋮⋮ ﹁わっははのはーーーーーーーっ! い∼じゃん、いーじゃん。や
っぱ、男はそうでなくっちゃよ∼﹂
ドラゴン? 違う、人型だ! じゃあ、なんだ? 竜人族? そ
れとも、他の亜人?
﹁友を救い、強さを求めて、あたい登場!﹂
1211
その瞬間、俺はようやく気づいた。
イーサムに振り下ろしていたのは、巨大な金棒。
その金棒を振りまわしているのは、女の細腕。
いや、確かに細いが、引き締まった筋肉に見える。
﹁ッ、おぬしは!﹂
攻撃を受け止めたイーサムが、驚いた表情を浮かべている。知っ
ている奴か?
全身が赤黒い皮膚に、格好がなんとも大胆だ。
上下が黄色い虎柄の毛糸ビキニパンツにスポーツブラっぽい下着
? 胸もクロニアぐらいは⋮⋮⋮⋮
整った顔立ちに、ボーイッシュのショートヘヤーと、情熱的な熱
のこもった目。
﹁わっははのは。久しぶりじゃねえか、イーサム﹂
﹁ッ、やはり⋮⋮⋮⋮おぬし、﹃ヤシャ﹄か!﹂
ヤシャ? それがあいつの名前か? ﹁なっ、だ、誰だあの女は!﹂
﹁ん? リモコン様。あなたは、ロックの魔王様と盟友でありなが
ら、彼女をご存じない?﹂
俺の反応を見て、少し不思議そうにしているサルトビ。にしても、
ロックの魔王? キシンのことか?
だが、知らない。﹃ヤシャ﹄なんて聞いたこともねえ。
あいつは誰かと俺が問いかけようとした瞬間、俺は確かに見た。
その女の頭から、二本の角が生えていることを。
1212
﹁鬼魔族か!﹂
﹁そうです。そして、ただの女ではない。彼女は、魔族大陸におけ
る、最強の女﹂
﹁な⋮⋮魔族大陸⋮⋮最強?﹂
﹁ええ。ああ、それと、リモコン様⋮⋮﹂
﹁ッ!﹂
俺がヤシャと呼ばれた女の肩書きに驚いた瞬間、目の前に居たは
ずのサルトビが消え︱︱︱︱
﹁ふわふわ離脱!﹂
﹁ッ、ほう⋮⋮反応良し﹂
気づけば俺の背後から、俺の首筋にナイフを突き立てようとして
いやがった。
いや、ナイフじゃねえ。あれは、忍者がよく投げたりする、クナイ!
あと少し、俺の緊急離脱が遅ければ? ちょっとゾッとした。
﹁隙だらけかと思いましたが、流石に敏感ですね、リモコン様﹂
﹁あ、っぶね∼⋮⋮いきなり、やってくれんじゃねえかよ﹂
﹁人間的に魅力があるだけではなく、尋常ではない世界を潜り抜け
て、積み重ねてきただけはあります。闇に生きてきた、オレたちと
は違う﹂
何だか、背筋が冷たい。
これまで、殺し合いはそれなりにやってきた。
強い奴とは幾らでも戦ってきたと思っている。
でも、こいつは、なんか違う。
﹁そんなお方を、全力で殺すのではなく生け捕りにするのは、難儀
1213
だな﹂
今までであったことが無いが、ひょっとしたらこういう奴らのこ
とを言うのかもしれねえ
﹃殺し屋﹄って。
でも、だからこそ気になった? 何でこんな奴らが、こんなこと
をしているのかと。
﹁⋮⋮⋮⋮で? ハットリの同僚であるお前に、あの豪快な姉ちゃ
んは一体なんだ? お前らまで女同士がうんたらかんたらって言い
出すのか?﹂
﹁別にそういうわけではありません。オレはオレの任務のために動
いている。先代とも無縁。それに、鬼嫁様も動機は別のところにあ
ります。ただ、共通する目的は一つ﹂
﹁ああ、古代の王? 百合竜どもが言っていた奴を復活させること
か。誰なんだよそれは?﹂
﹁そう簡単に任務内容をベラベラ喋るわけがないでしょう、リモコ
ン様﹂
だよな。
だが、こいつらが単純に女同士でイチャつきたいだけの国を作る
っていう、簡単な理由だけで全員が動いているわけじゃなさそうだ。
となると、気になるのはその古代の王。一体誰⋮⋮⋮⋮
﹁ぐわははははは、ヤシャ∼! 久しいのう。しかも前よりも更に
漲っておるわい! このワシの血肉が無条件で沸き立つほどにのう
!﹂
﹁わっははのはーっ! イ∼サム∼、そーいや、あんたとはあたい
1214
の結婚式に酒をコッソリ持ってきてくれて以来じゃねえか。あんと
きから、あんたとは一度戦いたいと思っていたんだよ!﹂
って。こっちがまだ話しているところだってのに、宙に浮いてい
る船のほうからは、戦争勃発したかのような衝撃音が聞こえてきや
がった。
何度も何度もぶつかり合う轟音。そして、発生していく、乱気流!
ちょ、ちょおおお、お前ら!
﹁ぐふ、ぐわは、ぐわははははは、重いのう!﹂
巨大な得物同士。だというのに、速過ぎて追いきれねえほどの速
度。それで居て、もしあの乱気流の中に一歩でも近づけば、その瞬
間に全身が肉片となって飛び散る。
それは、イーサムとヤシャと呼ばれた鬼魔族が、互いの武器を笑
いながら打ち合って作りだした異常空間だった。
﹁あんたは、思った以上に軽いんじゃねえの? 戦争から一歩引い
て隠居したって聞いたけど、ナニもふにゃけてんじゃねえのか!﹂
次の瞬間、二人を包み込んでいた乱気流が突如乱れ、更に加速し
て形が保てなくなり、その空間に耐え切れなくなった一方が気流を
突き破って船の甲板から大空へと吹っ飛ばされた!
その一方は⋮⋮イーサムだ!
﹁つ、な、い、イーサム!﹂
﹁クソジジイ!﹂
﹁なっ、い、イーサム殿が!﹂
﹁ちょっ、お、おいおい!﹂
1215
それは、船の上で各々の戦いを繰り広げていた全員の手を止めて
しまうほどの、信じられない出来事。
﹁ぬおおお、な、なんちゅう力!﹂
﹁んなんでおでれーてる暇なんか、ねーんじゃねえの?﹂
そして、天高く飛ばされたイーサムに、ヤシャは両足に力を込め
て大ジャンプ。一瞬で飛ばされたイーサムの肉体を追い抜いて、同
時に金棒を振り上げた。
叩きつける気だ!
﹁あぶねえぞ、イーサムッ!﹂
思わず叫んじまった俺だが、そんな声なんかなくてもイーサムは
分かっている。
﹁ふん、おぬしがこれぐらいやるのは知っておるわ︱︱︱︱﹂
﹁飛び散りやがれ、イーサムッ!﹂
吹っ飛ばされながらも空中で体勢を立て直して、それどころか真
上に飛ばされた力を利用して、刀を真上に向かって突き刺さ︱︱︱︱
きてれつだいひゃっか
﹁鬼天烈大百火ッ!﹂
﹁ッ!﹂
突き刺そうとしたイーサムを、何のお構いもなしにヤシャが叩き
落した。
それは、何の種も仕掛けも無い、ただ金棒を振り下ろしただけ。
しかし、その何の小細工も無い一撃が今、世界最強の男を叩き落
1216
した。
遥か上空から叩き落されたイーサムが受身も取れずに激しい音を
立てて甲板に落下。
全身の血がパンクしたかのように一気に噴出している。
﹁そんな、あのイーサム殿が!﹂
﹁⋮⋮⋮あのクソ鬼女⋮⋮なにもんだ?﹂
誰だって今目の前で起こった現実に、頭がついていかねえ。
それは、ロアやファルガだけでなく、イーサムという男を知って
いる者なら誰だってそうなるはずだ。
この女は一体⋮⋮
﹁ぐふ、⋮⋮ぐわはははははは、容赦ないの∼、ヤシャよ⋮⋮頭打
って昨日の酒が抜けてしまったわい﹂
だが、それでもイーサムはすぐに立ち上がった。
﹁おっ、さすがに丈夫じゃん﹂
﹁まったく、おぬしが戦争に参戦していたと思ったら、ゾッとする
わい﹂
全身から血を噴出しながらも、笑いながらケロッと立ち上がるイ
ーサムは流石だ。
でも、あのイーサムをふっとばせる女がこの世に存在する? そのことのほうが俺たちには驚愕だった。
﹁へへ∼ん、んなことねーって。あたいは戦争なんて、でーきらい
なんだからよ。正々堂々一対一でヤリ合うこと。そして最強へと到
達する。それ以外に興味ねーんだよ、あたいはな﹂
1217
俺はこの女を知らない。それは、俺だけじゃなく、ファルガもロ
アも知らなそうな表情だ。
じゃあ、誰なんだよ、この女は! こんな奴がこの世に⋮⋮
﹁へえ、あなたがヤシャ? ジーゴク魔王国最強と呼ばれた鬼女?﹂
いや、もう一人この女を知っている男が居た。
それは、ニタリとした笑みを浮かべながら、船のマストの上から
見下ろしている、ジャレンガだった。
﹁ん? あ∼、あんた⋮⋮その目は月光眼? じゃあ、ヴェンバイ
の子供か∼。じゃあ、あたいのことを知っていてもおかしくないな﹂
﹁⋮⋮鬼姫⋮⋮そう呼ばれながらも、結婚と同時に国を飛び出して、
世界中の闇社会の剣闘大会に身を投じて大会を荒らしまわっていた
ってね。でも、行方が分からなくなって死んだかもって、噂だった
のにどうしたの?﹂
﹁なに? あたい、死んだって噂になってんの? か∼、そりゃ∼
まいったな。ダーリンも心配してんだろうし、たまには会いに行っ
てやらねーと、ダメかな∼? あたいが居ない間に色々あったみた
いだし﹂
ジーゴク魔王国? 結婚? ダーリン? ⋮⋮こいつ、女同士が
いいとかそういう組織に居ながら結婚してたのか? だが、こんな
メチャクチャな女と結婚できるなんて、どんな奴が⋮⋮
1218
﹁で? あなた、何やってるの? こんな奴らに手を貸して何を企
んでるの?﹂
﹁ああ、ちょっと欲しいものがあってな、そのためには、古代の王
様っての? それ復活させるのが手っ取り早いんだよ﹂
﹁古代の王様?﹂
それは、さっきサルトビに問いかけたけど教えてくれなかった、
この女たちの共通の目的。古代の王を復活させること。
これほどの奴らが集まってまで、一体誰を復活⋮⋮
﹁六百六十六魔王って知らない? それの一人、今は滅んだサキュ
バス族の女王。淫靡魔王リリイってやつ﹂
⋮⋮⋮⋮言っちゃったよ⋮⋮
﹁⋮⋮鬼嫁様⋮⋮それは、まだ一応内緒⋮⋮﹂
マスクしてるけど、ちょっと困った声を出しているサルトビ⋮⋮
つまり、今のあのヤシャって女が言ったのは、全て真実?
六百六十六魔王? それって、神族の世界で確か⋮⋮
﹁あ∼ん? なんだよ∼、サルトビ∼、別にいいじゃん。あんただ
って、リリィ復活させて、叶えたい願いあんだろ? 願い事は口に
出して言わなきゃ叶わないんだぞ∼?﹂
﹁いえ、オレたちはそもそもがボスの指令を受けている任務であっ
て、願い事は二の次であって⋮⋮﹂
﹁わっははのはー、だよ、おめーはよ。なあ、イーサム、聞いてく
1219
れよ。あのサルトビって、美人な女なのに、自分のことは男だと思
い込んでるんだってよ。だから、快楽から苦痛まで人体をあらゆる
姿に改造できるって伝説を持っているリリイを復活させて、男にし
てもらいたいんだってよ。もったいねーよな?﹂
﹁鬼嫁様、オレのことはいいから、自分の役目を果たして!﹂
⋮⋮⋮⋮どうしよう、何だか色々と衝撃的事実過ぎて、どこから
突っ込めばいいのか分からねえ。
﹁ッ、み、そんな目でオレを見ないで戴きたい、リモコン様。今は
そんなことは関係ないであろう﹂
俺が今している、そんな目とは? 別に差別している目じゃない。
何だかどうすればいいのか分からずに困っている目だ。
﹁まあ、そうだよね? どうでもいいよね、今はそんなくだらない
こと? そんな歴史の教科書でギリギリ出てくるかどうかぐらいの、
昔の魔王の話なんてさ﹂
するとその時、ヤシャと話をしていたジャレンガが一言。
﹁鬼姫も暗殺ギルドも、結局僕たちの敵なんでしょ? なら、結局
は殺しちゃえばいいだけでしょ?﹂
1220
事情なんてどうでもいい。戦って倒せばいい。ジャレンガのいつ
もどおりのシンプルシンキングだった。
すると、その言葉に対してヤシャは⋮⋮
﹁わっははのはー、いいじゃんいいじゃん! 流石は、あたいのダ
ーリンと肩を並べたヴェンバイの血を引いている息子。そういう考
えは、あたいも好きだぜ? でも⋮⋮﹂
豪快に笑ったかと思えば、一瞬で目の前から姿を消して︱︱︱
﹁ッ、月光眼!﹂
﹁でもさ、あたいに勝てるわけねーじゃん?﹂
一瞬でジャレンガの背後に回りこんだ、ヤシャ。デカイ金棒を持
ちながらなんてスピード!
でも、ジャレンガも月光眼を⋮⋮発生させていたから、攻撃は弾
き返せると思っていた。
﹁ジャレンガッ!﹂
甲板から船内の壁を突き破ってぶっ飛ばされる。
数え切れないほど回転し、肉が潰れて、人体の骨が粉々に砕ける
音。
﹁がっ、はっ、ぐっ⋮⋮⋮⋮がっ⋮⋮﹂
気づけば、脇腹をトゲの着いた金棒で、肉を潰され骨を砕かれ、
魔族の青い血だまりでもがく、ジャレンガが居た。
﹁っそだろ⋮⋮ジャレンガッ! あの、ジャレンガが!﹂
1221
あのジャレンガが、月光眼を力ずくで破られて、しかも一撃で! 竜化していないとはいえ、今の姿のままでも十分すぎるほどの強
さを持っている、あのジャレンガが!
﹁あ∼あ、ほらな? 戦争なんかで戦ってるから、勘違いしちまう
んだよ。自分は強いってな。そんな強さなんか、あたいは認めねえ
ぜ?﹂
血のついた金棒をペロリと舐めてウインクするヤシャ。
戦慄した。それ以外、言いようがなかった。
﹁ちっ、このクソ鬼が!﹂
﹁待ちなさい、勝手なことはさせません!﹂
この女はヤバイ! 誰もがそう思ったからこそ、真っ先にロアと
ファルガが剣と槍で左右から挟みこむように襲い掛かった。
だが、ヤシャは⋮⋮⋮⋮
﹁ほほ、ほほほいのよいよい﹂
ファルガの突きを、ロアの洗練された剣を、二人がかりの攻撃を
その場から一歩も動かずに、上半身を動かすだけで全て回避しやが
った。
﹁ッ! このクソ鬼⋮⋮﹂
﹁な、なんて身のこなし!﹂
まるで、大人が子供相手にいなしているかのような余裕の態度。
動きそのものは目にも止まらねえ、殺傷能力の高い攻撃だって言う
1222
のに、ヤシャ自身はまるで遊園地のアトラクションでも楽しんでい
るかのような表情だ。
﹁へ∼、人間にしちゃ∼、やるじゃん。でも、そっちの槍の兄ちゃ
んは、リミッターかけてて本気じゃねえじゃん。女とヤルのに全力
ださねーとか、失礼じゃねえか!﹂
﹁な⋮⋮⋮こいつ⋮⋮⋮﹂
﹁紋章眼の兄ちゃんは、あと五年ぐらいしたら、もっと楽しくヤリ
あえそうだな。だから二人とも⋮⋮⋮﹂
﹁ッ!﹂
次の瞬間、ヤシャが金棒から手を離し、左右の手でファルガとロ
アの頭を鷲掴みしやがった。
取り押さえられた二人はそのまま⋮⋮
﹁もっと頑張って、あたいのダーリンみたいに強くなりな!﹂
ロアとファルガの頭同士をゴツンと大きな音を立ててぶつけ、そ
のまま二人を甲板の上に放り投げた。
﹁へ、⋮⋮陛下ッ! そ、そんなバカな!﹂
﹁陛下! ロア王子! うそだろ? なんなんだよ、あの女!﹂
ありえない⋮⋮
イーサムをぶっとばして、更にロアとファルガとジャレンガをア
ッサリと?
これは夢か? クレオの暁光眼の幻?
そうでもねえと説明つかねえよ⋮⋮な、なんなんだよ、あの女は!
1223
﹁でだ、あんたはまだピンピンしてんだろ? イーサム。あんたは、
ちゃんとあたいの相手してくれるんだろ?﹂
あのイーサムを前によく、そんなことを言える。
だが、この女なら⋮⋮そう思わせるほど、俺はこの女の力に旋律
していた。
イーサムは⋮⋮
﹁ぐわはははは⋮⋮懐かしいのう⋮⋮ヴェンバイ、キシン、カイレ
ちゃん、ファンレッド⋮⋮そして、おぬし。昔を思い出して、ワシ
もまた⋮⋮⋮獣に戻れそうじゃのう!﹂
﹁⋮⋮にひっ! 交尾ばっかして隠居してるからどうかと思ったけ
ど、まだ、そんな殺気出せんだな﹂
イーサムの様子も変わった! ﹁おい、シャウト! 俺たちも、イーサムの援護を?﹂
﹁ま、待て、バーツ。今、あの二人の戦いに僕たちが行っても⋮⋮﹂
﹁ぶひいいいい、ちょ、あの二人どうにかしないとまずいんだな!﹂
﹁いや∼、戦いの素人の俺っちにも分かるは∼、もう、死ぬでしょ、
これ﹂
さっきまでは、ただのゲスいお節介な親戚のおっさんだったイー
サムが、半年前の戦いで、バスティスタたちと戦っていたときに見
せた、暴れまわる獣の瞳と殺気に戻った。
そんな二人が相対する光景を見せられれば、誰もが無意識に思っ
ただろう。
1224
この一帯が、消滅する⋮⋮巻き添えをくらって自分たちも死ぬ⋮
⋮と⋮⋮
﹁やっめるスラーーーッ!﹂
しかし、その時だった!
ここに来てだ。ここに来て、また聞いたこともない何者かの声が
聞こえた。
その予想もしていなかったことに、思わず俺たちも、イーサムた
ちへ向けていた視線をそっちに向けていた。
﹁んもう、ダメスラ! いきなり、海から船が空に飛んで行っちゃ
って、どうすればいいかオロオロしていたら、空中で戦ってるなん
て反則スラ! それで、血とかドラゴンとかポトポト海に落として
汚すなんて、酷いスラ!﹂
今度は一体誰だ? と思った瞬間、俺は目を擦った。見間違いじ
ゃないかと擦った。
﹁ちょっと気になって、ドラゴンちゃんの背中に乗せてもらって見
に来てみれば、いつまで戦ってるスラ! 秒殺できなければ、海を
汚すだけだからダメって言ったスラ! それ以上、戦ったらダメス
ラ!﹂
人型の女? 女? 女でいいのか?
1225
ドラゴンの背中に乗せてもらって、上空へ現れたのは、これまで
見たことのない生物。
三叉の矛を携えて、その頭にはパイレーツハット。正直、身につ
けている﹁物﹂はそれだけだった。
長い髪、肌、瞳、そこそこある胸も含めて、全身の全てがアクア
ブルーに染まった十五∼六ぐらいに見える女。
魚の鰭のような耳の形をして、そしてその全身は帽子以外の服を
一切身につけていない。
最低限の隠すべき部分は、ボリュームのある髪の毛でピッチリと
した水着のように隠しているだけで、ほとんど裸。
だが、裸に近いその格好に、正直目を奪われなかった。
目を奪われたのは、その生物の存在そのもの。
全身がみずみずしく、細身のクセに全身がプルンプルンに柔らか
そう⋮⋮っていうか、ゼリーみたい。
それは、エロイ意味ではなく、絶対に触れば柔らかいと見ただけ
で分かる。
﹁ふう⋮⋮⋮キャプテン・スララ⋮⋮⋮あなた様まで来ましたか。
しかし、彼女たちの意思を尊重するなら、この戦いもここまでです
ね﹂
﹁キャプテン・スララ?﹂
サルトビが﹁やれやれ﹂といった感じで口にしたその名前は、勿
論初めて聞いた。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮俺っち、そこまでオタクじゃないけど⋮⋮⋮⋮昔、橋
口ことハッシーが教えてくれた二次元キャラにあんなのが居たよう
な⋮⋮⋮⋮﹂
その時、俺たちの目の前に現れたその謎の生物の姿に誰もが言葉
1226
を失っている中で、フルチェンコが口を開いた。
その生物を見て、ブツブツと呟きながら口にした言葉は⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮スライム娘?﹂
いや、なんだよそれは。
1227
第70話﹁受けと攻め﹂
次から次へとゾロゾロと。
今の俺は、私生活でも女に囲まれている時は憂鬱になるというの
に、勘弁してくれ。
空には無数のドラゴン。目の前には忍者のコスプレ女。いきなり
現れて反則的な強さを見せる鬼に、極めつけはスライム娘? 一体
何から処理していいのか分からねえ。
﹁みんなもやめるスラ! 海が汚れちゃうスラ!﹂
﹁わっははのは、いや∼、ワリーなスララ。分かっちゃいるけどや
められねえってやつ?﹂
﹁ヤシャは嫌いスラ! 環境破壊の源スラ!﹂
﹁お∼お∼、おびえちゃってまあ。これだから、女しかいない深海
族ってのは、全員ガキなんだよな∼﹂
﹁ヤシャ、何やってるスラ! お前ならこんな奴ら瞬殺できるスラ
ッ! なんでやらないスラ!﹂
﹁え∼? 人に言わないで、お前らもやってみろよ。母なる海を守
る、海の王者、大深海族団船長・キャプテン・スララちゃん?﹂
あのプルンプルンに柔らかそうなよく分からん生物には、流石に
ほとんどの連中が反応に困っている。
それは、イーサムも同じだった。
﹁随分と面妖な⋮⋮珍種じゃな﹂
正に未確認生物。ファンタジー世界じゃ定番過ぎるドラゴンやそ
の他諸々の怪獣たちも、今じゃ俺だってそこまで驚かねえ。
1228
でも、この何とも言いがたい、というかなんか触ってみたい、と
いうか柔らかそうな体にダイブしてみたいとか、よく分からん衝動
にかられる。
いや、それは俺だけでないはずだ。
﹁す、スライムのような柔らかそうな⋮⋮プルプルボディ⋮⋮半透
明のゼリーみたい﹂
﹁柔らかさも、弾力もありそうな⋮⋮⋮﹂
﹁む、むしゃぶりついたら⋮⋮おいしいのかな?﹂
﹁むふぉおおおお、欲しいんだな! あれ、欲しいんだな! どこ
で売ってるんだな!﹂
船の上の黒服たちも、﹁そういう店﹂で仕事をしている以上、女
の裸体には慣れているはずだろう。
にもかかわらず、興味がつきない、スライム娘と呼ばれた生物の
体。
正直、気持ちは分からんでもなかった。
﹁ヤシャよ、その娘は何者じゃ?﹂
﹁ん? イーサムは知らねえのか? 半年前ぐらいに戦争あったと
きに、深海族も関わってたんじゃねえの?﹂
﹁なに⋮⋮⋮?﹂
﹁まあ、深海世界というより、深海世界からのはみ出し者集団だけ
どな。大深海賊団はな﹂
深海族! じゃあ、まさか、こいつが⋮⋮
﹁やれやれ、鬼嫁様は本当に口が軽い。しかし、リモコン様も深海
族を見たのは初めてのようですね﹂
﹁サルトビ⋮⋮じゃあ、あのヘンテコな奴が?﹂
1229
﹁ええ、そうです。しかし、そうなると、リモコン様はまだ、深海
世界も﹃乙姫様﹄とも面識がないようで⋮⋮それはそれで好都合﹂
﹁ああん? なんなんだよ、それはもう! お前らいい加減にしろ
よな! ただの同性愛集団じゃねえのかよ!﹂
﹁ふっ、世界の支配者があまり差別的な発言をされないことだ、リ
モコン様﹂
もういい加減にしろ。俺はついていけねえと頭抱えちまった。
そんな中で、現れたスライム娘に、男たちが興味本位で声をかけ
た。
﹁おおい、姉ちゃん、そ、その、胸を触らせてくれねえだろうか?﹂
﹁かわいいね、年齢と経験人数教えてくれる? いいバイトがある
んだけど、ちょっと話聞いてみない?﹂
﹁ちょっと、一回面接だけでも⋮⋮いや、研修だけでも⋮⋮﹂
スカウトしてんじゃねえよ! つうか、嫌だろあんなの! そり
ゃ、触ってみたいかもだけど、やっぱ不気味だろうが!
﹁ったく、あいつら⋮⋮おい、フルチェンコ! 部下に少し自重し
ろって言えよな⋮⋮って、フルチェンコ?﹂
﹁⋮⋮⋮Fカップ⋮⋮⋮90⋮⋮60⋮⋮85⋮⋮﹂
﹁品定めしてんじゃねえよ、テメエも!﹂
ちくしょう、どいつもこいつも!
フルチェンコの野郎なんて、昔、クラスの女たちのスリーサイズ
を鑑定していた頃と同じ、集中力を極限まで高めた目をしてるし!
分かってんのか? 深海族だぞ? 半年前に世界に喧嘩売った奴
らだぞ?
どんな奴らか未知。
1230
﹁ひぐっ! お、お、男スラッ! ⋮⋮気持ち悪いスラッ! こん
な奴らが海に入ったら、汚い出汁が出るスラッ!﹂
すると、集まる男たちの視線や言葉に、ゾッとした表情で体をプ
ルルンと震え上がらせるスララは、か弱い女が抵抗するかのように、
黒服たちに向かって何かを投げつけた。
﹁いなくなるスラッ! 汚い男は廃人になるスラッ! 必殺・トラ
ブルスライムッ!﹂
スララの体から放たれたもの、それは自分の体の一部を切り離し
た、変幻自在のスライム。
そのスライムが黒服たちに襲い掛かり、袖や服の隙間に入り込ん
だ。
﹁ひっ、な、なんだこれは!﹂
﹁なんか入り込んだッ! 毒か? や、ヤバイ、誰か取ってくれ!﹂
﹁急いで服をッ⋮⋮ひゃうっんん!﹂
そして、未知の生物が服の中に入り込んで、思わず顔を青ざめた
黒服たちだが、途端に顔を真っ赤にして喘いだ。
﹁ちょっ、なんか、こ、これ、ぎゃう、くすぐっあ、じょわあああ、
そ、そんなところは!﹂
﹁ぎゃああっ、くす、くすぐったきもち、ぎゃ、ちょ、うぎゃああ
あああああああっ!﹂
⋮⋮なるほど⋮⋮そういう技か⋮⋮
1231
﹁抗えない地獄の苦しみを味わうスラッ! この海を穢す男たち!﹂
鼻息荒くして、男たちに胸張って告げるスララ。
それは、街で起こったトラブルなどに対して体を張って処理する
用心棒的な存在である屈強な黒服たちが、⋮⋮気持ち悪い顔して、
ビクンビクン痙攣しながら甲板の上をのたうち回ってしまう力。
なんつう恐ろしく、そしてアホらしい⋮⋮
﹁ふっ、正にエクスタシークレイジーフェイス⋮⋮リモコン様。あ
の技の前には、いかにあなたと言えど太刀打ちできまい﹂
﹁誰得だよ。死んでも喰らいたくねえな⋮⋮﹂
﹁ならば、大人しく投降を進める。ちなみに、オレら魔獣忍軍にも、
相手の尊厳を踏み躙る拷問がある⋮⋮抵抗するなら、リモコン様に
も実行することになるが?﹂
﹁ざけんじゃねえよ、このクソ女共がッ! さっきからどいつもこ
いつも調子に乗りやがって! ちょっと、いい加減にマジで俺も激
オコだぜ?﹂
そして、ここまでよく分からん展開になり過ぎて、流石にそろそ
ろ俺も限界になった。
こいつらは強い。ヤシャだって怪物だし、このサルトビも、そし
てあのスララとかいう奴だって十分強い。
でも、それでも思っちまう。
﹁ったく⋮⋮テメエら全員調子に乗りすぎだ⋮⋮﹂
﹁投降されないですか⋮⋮リモコン様⋮⋮﹂
場が荒れすぎて、頭の中が状況についていけない展開が続き過ぎ
た。
でも、だからこそ、そうなると俺の頭はもう一つのことしか考え
1232
られねえ。
もう、こんな奴らに興味ねえ!
﹁くっそが、⋮⋮⋮⋮もう、テメエら全員いい加減にしやがれ! 全員ぶっ飛ばすッ!﹂
全員ぶっ飛ばす。もう、細かいことはその後に考える。
﹁おやおや、オレたちを倒すとは、流石の自信だ、リモコン様は﹂
﹁がははのはーっ! ヴェンバイの息子といい、最近のワケーのは、
口はいいね∼。よっしゃ、スララ、あんたらも男をマジでイカせて
やんな!﹂
﹁スラアアアア! だから、戦っちゃだめって、あううう、もう、
どうなっても知らないスラー! もういいスラ! 大掃除スラ! 野郎共、いくスラーッ!﹂
俺の叫びに敵側が呼応するように動き出した。
こいつらはこいつらで、本気で俺たちを倒すようだ
上等だ!
﹁げっ、こいつら⋮⋮スライム女たちが次から次へと!﹂
﹁まずいね⋮⋮陛下、ロア王子、ジャレンガ王子がやられて、イー
サムもあの鬼で手一杯だろうし⋮⋮﹂
﹁おっほ∼、⋮⋮是非俺っちの店で一人は雇いたい、スライム娘⋮
⋮そして、尊厳を失っても、あのスライムプレイを体験してみたい
⋮⋮ここは、勇気を出して⋮⋮﹂
﹁フルチェンコ様、ず、ずるいんだな、ぼぼ、僕だって⋮⋮って、
ドラゴンが来ちゃったんだなーっ! 嫌なんだな、あっち行けなん
だな!﹂
1233
俺は、情けないことを口にして押され気味の男たちに活を入れて
やるべく、叫んだ。
﹁オラア! さっきから、情けねーぞ、男共! ファルガ、ロア、
ジャレンガ! 寝てんじゃねえ! 女相手に恥ずかしくねえのか!
手え抜いてんじゃねえ! バーツ、シャウト、お前ら全然目立っ
てねえぞ! 何のために来たんだよ! フルチェンコ、キモーメン、
それに黒服の連中! このクソ生意気な女たちにお仕置きしてやれ
! イーサム、もし負けたら、孫ができても会わせてやらねーから
な!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂﹂
さっきから、襲撃されて以降は全部、俺たちは受身に回っていた。
襲ってくる敵を迎え撃つスタイルで。
でも、そうじゃねえだろ? 男がいつまでも女相手に受身になっ
ているわけにはいかねえだろうが。
だから、煽ってやった。
そもそもここで負けたら、攫われた女たちも救出できない。
つか、このままじゃ情けなさ過ぎる。
だから⋮⋮
﹁つっ⋮⋮⋮ふん、愚弟が⋮⋮まあ、確かにこのままじゃ、クソ情
けねえ⋮⋮﹂
﹁いたたたた⋮⋮全く、その通りですね。ドラゴン、鬼魔族、深海
族、妖怪⋮⋮確かにこれを相手にいつまでも情けないところを見せ
られませんね﹂
﹁言ってくれんじゃねえか、ヴェルト﹂
1234
﹁だね。ヴェルトはヴェルトで百合竜を一人で倒したんだ、僕たち
がボヤボヤしているわけには、いかない!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮殺す⋮⋮⋮ころす⋮⋮⋮アハハハハハハハハハハハ
ハハハハハハハ! よくも、ボクをやってくれたね、鬼女! 月の
果てまで飛ばされる覚悟はあるんだろうね?﹂
﹁なんと、孫を見せぬとは、なんともイジワルなことを言いおる!
ならば、仕方ないの∼⋮⋮⋮愛に狂った獣と化して、こやつら全
員お仕置きじゃな﹂
だから、今度は男の力も見せてやる!
﹁じゃあ、いくぞごらあああああ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁オオオオオオオオオオオオッ!﹂﹂﹂﹂﹂
反撃を決意した雄叫びと共に、全員が立ち上がった。
﹁んんもう、うるさいスラ! 海を汚すなスラーーーーっ!﹂
敵も黙っちゃいねえ。スララというスライム娘が手を上げた瞬間、
ドラゴンの背に乗った、無数のスライム娘たちが上空へと姿を現し
た。
誰もが、サーベル、ピストル、バンダナ等を装備しているが、そ
れだけ。全員がスライムの肌を露出した姿で、俺らの船に飛び乗っ
てきた。
﹁キャプテンのお許しがデロ∼ン!﹂
﹁ヤルぷに! 海の王者の力を見せるぷに!﹂
﹁人間⋮⋮⋮⋮男、覚悟するスベ!﹂
現れた、アクアブルーのスライム娘集団。体型や容姿はそれぞれ
1235
であるが、全員が十代∼二十代ぐらいの若い女たちにしか見えない。
そういや、海賊は女海賊とか言ってたが、こいつら全員⋮⋮って
いうか、スライムに性別ってあるのか?
﹁うおりゃああああ、俺たち黒服の力を見せてやるぜ!﹂
﹁うちのナンバーワンを取り返すためなら、容赦しねえ! いくぜ
ええ!﹂
武器を持った黒服たちが集団で正面から深海族たちに向かって攻
撃をしかける。
だが、その攻撃に対して、深海族たちは一歩も逃げようとしない。
それどころか、剣や槍や棍棒で襲い掛かる攻撃に対して⋮⋮
﹁デロ∼ン﹂
﹁ぷに∼﹂
﹁スベ!﹂
体が流動した! 水を斬ったかのように受け流されたり、柔らか
い肌の弾力で弾き返したり、ヌルヌルの肌で攻撃を滑らせて⋮⋮全
員無傷。
﹁な、お、なんだ、その体は!﹂
﹁残念んデローン、私たちにはそういう攻撃利かないデローン。本
当に地上人は⋮⋮﹂
﹁ひっ、な、なにを!﹂
﹁脆弱デローン!﹂
その時、攻撃を受け流された黒服の一人が、そのまま体全体を変
形させた深海族に全身を蛇のように巻きつかれ⋮⋮⋮⋮
1236
﹁ヌルヌル地獄の刑ッ!﹂
﹁ひゃっ、やめ、ぬる、くすぐった、ひゃ、きもち、や、ほ、あっ、
ああああああああああああああああああああああああ!﹂
ヌルベチョグチョヌルデョピュジュルブチュバチュクチュクチュ
﹁⋮⋮⋮あへ∼∼∼∼∼⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ふふん、いっちょ上がりデロン﹂
なんとも形容のしがたい音を発しながら、ヌルヌルグチョグチョ
にされ男は、何やら絶頂に達したかのようにアホ面で痙攣したまま
甲板の上を転がされた。
それは、男の尊厳やプライドなんて無視して、一生の恥にもなる
であろう快楽に染まった顔で、思わずドン引きするほどの⋮⋮
﹁ほほう、何やら興味をそそられる技じゃのう﹂
﹁わははのは、スゲーだろ、イーサム。あれが、深海族の必殺技。
あらゆる物理攻撃を受け流す自由自在な肉体。そして、その肉体を
利用して敵にまとわり突いて締め落とす。あんなの、味わったこと
ねーだろう?﹂
確かに恐ろしい技。
例えるなら、くすぐりだって、度を越せば立派な拷問になる。失
禁して、痙攣して、頬の筋肉が吊る。
今の技は、それプラス、快楽が伴うという恐ろしい技だ。
うかつに近づいたら⋮⋮
﹁へん、ならばこれでどうだ!﹂
﹁スライムの肉体なら、魔法で倒せばいい﹂
1237
だが、スライムなんて、ゲームじゃ雑魚キャラ中の雑魚キャラだ。
そして、今この船に居るのは誰だ?
﹁スライムは炎に弱いッ! なら、俺の練り上げた灼熱の炎で、全
ての水分を消し飛ばしてやる!﹂
﹁どんな軟体の体も、僕の風で全身の水分を飛ばしてあげますよ!﹂
そう、勇者だ。
﹁何者デローン! お前らだって、バカな顔にしてやるデローン!﹂
﹁そいつは無理だな! だって、俺らは、こうして真っ向から戦う
ことしかできねえ、既にバカなんだからよ!﹂
﹁デロンデロンに涎を垂らせ! これが私の︱︱︱︱﹂
﹁これが、僕たちの!﹂
しかも、勇者は一人じゃない。
風、炎。燃え盛る炎を更に風の力で倍増させる複合技。
﹁﹁エレメンタル・フレイムサイクロンセイバー!﹂﹂
ほら、やりゃできるんじゃねえかよ。
バーツも、さっき暗殺者たちと戦っていたとき、﹁まともにやり
合えば負けない﹂と言っていた。
それは、そのとおりだ。
有無も言わせない、燃え盛る炎の風が、たちまち船に乗り込んで
きた深海族たちを包み込んだ。
攻撃を受け流すことの出来た深海族たちには、予想もしていなか
った痛みの悲鳴が響き渡った。
﹁ッ、イガアアアア! あ、熱い! 熱いいいッ!﹂
1238
だが、蒸発させてねえところを見ると、威力を抑えているか。そ
ういうところは優しいもんだぜ。
とは言っても、火力を抑えているから死なない分、余計に苦しん
でいるようにも見えるけどな。
﹁なっ、なにやっているスラ!﹂
﹁ほほお、ちっとは、男共が反撃返しってわけかい? いいね∼、
あたいも燃えてきた﹂
﹁⋮⋮サルトビ隊! 深海族団を援護しろ! 水遁の術で対抗せよ
! 百合竜様、あなたたちも早く起きて、ドラゴンたちに指示を﹂
これまで押せ押せだった、リリィ同盟たちが乱れた。ここは見逃
さねえ。
まず、百合竜がやられたことで、どうすればいいのか分からずに
空中で右往左往している何百体のドラゴンたちは⋮⋮
﹁ちっ、⋮⋮クソ情けねえ⋮⋮随分と愚弟に置いてかれたもんだ⋮
⋮全く⋮⋮いてーな⋮⋮なあ? クソドラゴン共ッ!﹂
おお、ドラゴンたちはあいつに任せればいいや。
となると、他の暗殺集団は⋮⋮⋮⋮
﹁炎を消すぞ。魔忍法︱︱︱︱﹂
﹁海竜天昇術ッ!﹂
暗殺集団が、バーツとシャウトの炎の風を消そうと、海面の水を
竜に変えて炎を飲み込もうと⋮⋮
1239
﹁海竜天昇術!﹂
だが、そこも同じ技で相殺。一瞬でコピーして、同じ術を披露す
るのはロア。
﹁ッ、真勇者⋮⋮﹂
﹁真理の紋章眼の持ち主として、深海族とは浅からぬ因縁が僕には
ありますので、彼女たちと早く話をしたいところです。ですが、ま
ずはあなたたちを⋮⋮﹂
﹁ちっ、武器を構えろ! 術では勝負にならん! 我らの連携で︱
︱︱﹂
﹁数の差ですか? ならば、これでどうですか? 魔忍法・分身の
術ッ!﹂
その時、ロアの廻りに十体ほどの分身体が現れ、全員が剣を抜き、
そして紋章眼を発動させていた。
﹁貴様⋮⋮⋮化け物か⋮⋮﹂
﹁さあ、魔の深遠と真理をお見せしましょう﹂
ほらな、結局こうなるんだよ。
﹁そーだよ、それでいいんだよ。やりゃできんじゃねえかよ、メン
ドくせえ奴ら﹂
そりゃ、ビックリドッキリな連中がいきなり現れたら、そりゃ俺
たちも驚くさ。
でも、驚き慣れたら、それまでだ。
負けやしねえ。
1240
そんな中で⋮⋮⋮
﹁いやあああああ、誰か助けてぷにいいいいいいいっ!﹂
むしろ、敵の悲鳴が聞こえてきた。
一体何が⋮⋮
﹁ぶひひひひひひ、ヌルヌル、気持ちいいんだな! 体やわらかい
んだな、ぷにぷになんだな!﹂
﹁いや、なに、この男! 気持ち悪い、いや、全然私の攻撃が通用
しないぷにっ!﹂
⋮⋮⋮キモーメンが、襲ってきたと思われる深海族を返り討ち⋮
⋮なんか、⋮⋮うん⋮⋮なんか⋮⋮あいつ、自ら攻撃喰らった喜ん
でいる⋮⋮
﹁ちょっ、あいつ何をやってるスラ! ちょ、そんな奴、早くヌル
殺しするスラッ!﹂
﹁キャプテン、だめですぷにいい! こいつ、全然、むしろ気持ち
良さそうに、いやああああああああああぷにいいいいい!﹂
⋮⋮ちょっと敵に同情しちまった⋮⋮
だが、それが一つのきっかけになり⋮⋮
﹁なるほど。受身のエロスにならないことが、道を切り開くという
ことか﹂
﹁スラッ?﹂
﹁ならば、俺っちの出番か。教えてやるぜ、リリィ同盟。そっちが
愛の伝道師を復活させようというのなら、エロの伝道師がここに居
るってな﹂
1241
その時、これまでずっと参戦していなかったこの男がついに動き
出した。
﹁この世はエロで出来ている。種族も血も身分も戦争も平和も関係
ない。当然、強さも関係ない。エロはノーボーダー⋮⋮エロこそ世
界を変える﹂
﹁何者スラ!﹂
つか、何する気だ? やけに、クールな雰囲気を醸し出し、一歩
一歩前へ踏み出すあいつ。
﹁俺っちは⋮⋮エロコンダクター⋮⋮この世の真理を見せてやる﹂
⋮⋮⋮よし、俺はもうあっちの様子は見ないでおこう。
真剣にサルトビと戦おう。
どうなってるのかは気にしないことにした。
1242
第71話﹁だって男の子だもん﹂
﹁深海族団。お前たちは百合というよりも、単純に男を知らないだ
けだ。俺っちの目は誤魔化せない﹂
﹁どういうことスラ?﹂
﹁教えてやるってことだ。お前らは深海族やスライム娘である前に、
女だってことをね⋮⋮俺っちが唯一使える魔法⋮⋮俺っちと、妄想
を共有してみない?﹂
反撃返しだから、そうやって大物ぶって登場するのはいいが、本
当に大丈夫か? つうか、あいつまともに戦えるのか?
まあ、あっちの鬼と獅子の対決ぐらい頑張れとは言わねえが⋮⋮
﹁グガアアアアッ! ヤシャアアアアアアアアッ!﹂
﹁ウドリャアアア! 死ねええええ、イーサムゥッ!﹂
﹁グワハハハハハハハ!﹂
﹁わははのはあああああ!﹂
一進一退の、獅子と鬼は互いの剣と金棒で誰もが近づけない空間
の中、轟音響かせ全身全霊の一撃を休むことなく打ち合っている。
まあ、ああいう怪獣大決戦は勝手にやっていてくれと、俺はその
光景からは背を向けた。
﹁さーてさて、サルトビちゃんよ、そろそろこっちも始めようか。
もう、テメエらのペースには合わせねえぜ?﹂
﹁⋮⋮ふっ⋮⋮全く、楽に世界は獲らせてはくれないか、リモコン
様は﹂
1243
サルトビが身に纏っていたマントのような白いコートを投げ捨て
る。
その下は、両腕の素肌を肩まで出すような軽装の忍装束。顔こそ
は黒頭巾で隠しているが、その露出した肌からは動物の体毛がビッ
シリと見えていた。
﹁ああ、楽にはさせねえよ。﹃楽しい﹄と﹃楽﹄って字は、同じ漢
字でも意味は全然違うんだからよ?﹂
﹁カンジ?﹂
﹁こっちの話だ。ようするにだ、テメエの言うように、世の中そん
なに甘くないってことだよ! お猿さんよ!﹂
身軽そうな物腰。さっきの一瞬でのやり取りでも、こいつのスピ
ードは速かった。おまけに、どんな術を使うかも分からねえ。
でも、俺のやることに変わりはねえ。
レヴォルツィオーン
﹁ふわふわ世界ヴェルト革命!﹂
﹁⋮⋮魔道兵装⋮⋮⋮⋮﹂
どうせ、腹の探りあいなんて俺には向いてねーんだ。
単純な力。それでいいんだ。
﹁体は女でも心は男だったな? なら、殴っても問題ねえな!﹂
﹁愚問ですね。あなたほどのお方が、敵が男か女かどうかを気にす
るなど⋮⋮どんな性別であれ、殺す気で戦うのが戦人というもので
しょう?﹂
﹁戦人である前に、俺も男なんでなッ!﹂
この力を使っちまえば、俺は何でも出来る。
だから、なんだってやってやる。
1244
﹁オラッ!﹂
﹁疾いッ⋮⋮ッ!﹂
光速で駆け抜け、サルトビの背後に回りこんで警棒を振り向き様
に叩き込む。
だが、サルトビも反応。しっかりと俺の警棒を、仕込んでいたク
ナイで弾きやがった。
﹁やるな⋮⋮﹂
﹁流石です。オレより速いお方と戦うのは初めてです﹂
﹁そいつはありがとよ! でも、俺より速い奴はもっと居るし、そ
れに俺はまだまだ速くなるっ!﹂
止められた。だが、それでも構わない。二本の警棒を休む間もな
くふり抜いていく。
サルトビも、弾く、弾く、弾く。
だが、反撃の隙なんて与えねえ。そして術を使うことだってさせ
ねえ。
術と魔法の違いなんてよく分からねえが、これまでのこいつらは
ドロンの構えをしてから術を口で唱えていた。 なら、そんな隙を与えなければいい。その隙を与えなければ、すば
しっこいただの猿だ。
超接近戦で一気にケリをつけてやる。
だが、それによってこいつ自身の攻撃は封じることはできている
が、やっぱこいつの反応はいい。この状態の俺の攻撃を、なんとか
クナイだけで捌いて、被弾しねえ。
まっ、関係ねーけどな。
﹁ふわふわパニックッ!﹂
1245
﹁な⋮⋮ぬぐっあっ!﹂
﹁からの∼、ふわふわメリーゴーランド! 目ぇ回しちまいな! これぞ本当の猿回し!﹂
こいつの動きが優れている? ならば、捕まえて揺さぶればいい。
こいつ自身がどんな動きをしようとも、この世界に存在して空気
に触れている限り、俺はなんだって掴んでやる。
﹁ぐっ、⋮⋮体が⋮⋮﹂
﹁ついでに、その武器も貰っちまうぜ! ふわふわ回収ッ!﹂
﹁なっ、く、クナイがっ!﹂
そして、相手の持っている武器すら、強制的に浮遊魔法で相手の
手から無理やり奪って回収しちまう。
﹁忍ばず、自重しない男で悪かったな﹂
﹁ッ!﹂
﹁ふわふわ乱警棒ッ!﹂
そして、無防備になった敵を、気流をまとって渦巻いて威力を倍
以上にした警棒を相手の腹部に突き立てる。
えん
我ながら、ずいぶんとヒデー男だと、呆れちまうような流れだっ
た。
じょうしょうほう
﹁っ、なんと重く、速く⋮⋮強い⋮⋮ならば⋮⋮魔忍法・火遁・炎
上衝砲!﹂
﹁苦し紛れの忍術じゃあ、俺は止められねえぜ? ふわふわキャス
トオフッ!﹂
サルトビは俺の攻撃を受けて吹き飛ばされながらも、空中で態勢
1246
を立て直して、野球ボールのような火の玉を連続で俺に投げつけて
くる。
しかし、忍法だろうと魔法だろうと、俺には関係ない。
放たれた魔法を俺の魔法で包み込んで方向転換させるのと同じ原
理。
サルトビの術を遥か上空まで飛ばして四散させる。
タイム
﹁⋮⋮⋮⋮なんという反則技⋮⋮これがリモコン様の戦法⋮⋮ふわ
ふわ時間か⋮⋮﹃ボス﹄の報告以上の脅威⋮⋮体感したものにしか
分からぬ、抗えぬ力⋮⋮﹂
﹁反則? そうさ、常識や当たり前のルールを守れない、それが不
良さ! たとえ、嫁のDVや娘のわがままに翻弄されようと、その
根幹は変わらねーんだよ!﹂
サルトビは、どこか呆れて脱力したような様子で俺に言う。
だが、手加減はしねえ。
何もさせねえ。
すると、その時⋮⋮
﹁リモコン様⋮⋮オレはあなたを卑怯とは呼ばない。どのような手
を使っても勝利へ執着する心。自分の心を全て曝け出し、相手の心
すらも曝け出させるリモコン様は、オレたち忍にはないものを感じ
ます﹂
俺の警棒やふわふわ技の複合で追い詰められていくサルトビ。
その目を見張る身体能力や忍術で回避しようとしても、俺の技で
封じられて無傷は避けられない。
このまま押し切れば、時間の問題だ。
﹁流石は、ボスが認められた御方だ⋮⋮男とはいえ感服しますよ、
1247
リモコン様⋮⋮﹂
だが、どういうわけか、サルトビに追い詰められている様子も、
焦っている様子もない。
﹁なんだあ? ペラペラ喋って舌噛むぞ? 余裕のつもりか? そ
れとも、諦めてるのか?﹂
﹁尊敬しているということです。百合竜様たちはあなた様を偽物の
愛だと口にされていましたが、オレはそうは思いません。ただの、
女体好きでは、そこまでの境地には至れないでしょう﹂
それどころか、傷つきながらも、何故か俺を賞賛するような言葉
を口にし続けていた。
そして⋮⋮
﹁だから、あなたにはこのような揺さぶりは通用しないでしょう?
⋮⋮魔忍法・変化の術! アルーシャ・アークラインよ。ヴェル
トくん、君は愛する妻である私を殴る気かし︱︱︱︱﹂
﹁ふわふわ乱キックッ!﹂
﹁ぶぐはっあ!﹂
なんか、サルトビが忍者らしく変化の術を使って、アルーシャの
姿に化けたが正直全く関係なかった。
顔面を思いっきり蹴り飛ばした。
﹁ぐっ⋮⋮やはりか⋮⋮偽りの姿に捕われることなく⋮⋮己を貫く
1248
⋮⋮さすがです、リモコン様﹂
﹁あたりめーだろうが。つうか、今の俺は嫁たちの暴虐ぶりに腹立
ってるから、いつも以上に容赦ねえぞ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮なるほど⋮⋮では、このように⋮⋮⋮⋮変化の術! パ
ッパ∼、いじめるのやめてよ∼、コスモスのこと嫌いな︱︱︱﹂
﹁ふわふわキャストオフッ!﹂
これは殴れねえ。絶対に殴れねえ。だって、コスモスの姿なら偽
者といえど殴れるはずがねえ。
でも、こうすれば解決できる。変化の術なんてどうせ魔力使った
幻術だろ? だったら、それをこうして引っぺがせば元の姿に戻る。
そして何よりも⋮⋮
﹁おい、人を試すにも限度があるぜ? コスモスの姿に化けてどう
こうしようとか⋮⋮⋮⋮マジでテメエどうなるか分かってるんだろ
うな?﹂
﹁ふ⋮⋮⋮ふふふ⋮⋮ほら、想いは本物ですね⋮⋮⋮⋮﹂
やっていいことと悪いことがある。
そのことを理解しているのか理解していないのか分からないが、
サルトビのそれは、俺にとっちゃ、やってはいけないことだ。
いい加減、この女にこれ以上付き合うことも不愉快になってくる。
だから、もう、終わらせてやる。
﹁サルトビ⋮⋮ハットリの後輩だか弟子だかよく分からねえが、遊
びはこれで終いだ。もう⋮⋮終わらせてやるよ﹂
恐らく、こいつにも奥の手や、まだ強力な術もあるんだろう。
だが、俺とこいつじゃ相性が悪い。
こいつのやり方じゃ、俺の首は落とせねえ。
1249
すると、サルトビは⋮⋮
﹁しかし、あなたの愛は本物でも、男であることには変わりない﹂
﹁あっ?﹂
﹁確かに、オレの技や術、戦闘ではあなたには勝てない。しかし、
あなた自身は男。それは変えることのできない事実⋮⋮ならば、こ
ういうのはどうでしょうか?﹂
あっ? 男だから? それが何かあるのか?
それで俺をどうにか⋮⋮
﹁変化の術! クロニア・ボルバルディエだぜい、ヴェルトくん!
こんにちワンダフルッ!﹂
⋮⋮⋮⋮そう来たか⋮⋮⋮⋮。
変化の術の発動により、煙で自分の姿を包み隠し、その煙が晴れ
たとき、中から現れたのはあの女。
最終決戦の時と同じ、黒いヘソ出しタンクトップに、迷彩柄のホ
ットパンツ。
豪快に強調した胸は、何となく視線を向けてしまう。
でも⋮⋮
﹁残念だったな。俺はその女を殴れるぜ? つか、半年前にもボコ
ったしな。でも、それ以前に、俺がふわふわキャストオフすりゃ、
直ぐにその変化だって︱︱︱﹂
別に殴れる殴れないなんて関係無しに、今すぐ俺がふわふわキャ
ストオフさせすりゃ、クロニアに化けた姿なんてすぐに引っぺがせ
る。
そう⋮⋮思っていた⋮⋮
1250
﹁∼からの∼⋮⋮﹂
しかし、その時、クロニアの姿をしたサルトビが笑った。どこか
妖しく。
そして⋮⋮
﹁魔忍法・卑猥の術ッ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮なっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮にっ?﹂
その時、俺は目を疑った。そして、思考と動きが完全に停止しち
まった。
なぜなら、変化の術から追加で発動させたサルトビの術。それは、
クロニアの衣服のみを変えたもの。
それは、今でさえ露出の激しいクロニアの服装に対し、﹁卑猥﹂
と名づけたくせに、むしろ露出が減った、しかしそれはどこか懐か
しい服。
﹁女子高生の制服⋮⋮?﹂
﹁どうでい? ハットリくんに教えてもらった、コスチュームって
やつだぜい﹂
﹁あいつ⋮⋮なにやってんだ⋮⋮まあ、アルテアも学生服広めたり
と、同じことしたけどよ﹂
それは、ローファー、ルーズソックス、ミニスカート、シャツ、
ブレザーを纏ったクロニア⋮⋮?
⋮⋮なんで?
1251
﹁いっくぜい、ヴェルトくん! ほ∼∼∼∼、はいっ! チャララ
ラッララ∼♪﹂
﹁⋮⋮⋮⋮えっ⋮⋮はっ? ちょ、ちょおお、おいっ!﹂
その時だった。妙な歌を口ずさみながら、クロニアがブレザーを
脱ぎ捨てた。
そして、もったいぶるように、シャツのボタンに手をかけて、一
つ一つゆっくりと外して⋮⋮
﹁って、テメエは何をやってんだよッ!﹂
﹁チャラララッララ∼♪ ん? 何をやっているかと来ましたかい、
ヴェルトくん。決まってるルンルンルン!﹂
ちょ、み、谷間! ぶ、ブラの端っこ! レースの部分! あっ、
もうちょい! くそ、見えな⋮⋮じゃなくて、だから何で!
﹁そう∼、チ∼ラ∼リ∼ズ∼ム? からの、ドッキドキな脱ぎ脱ぎ
サ∼ビスタイム?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮は⋮⋮⋮はあっ?﹂
サルトビが、扇情的に、そして俺を挑発するかのように笑った⋮
⋮⋮⋮って、なんつうくだらねえことを!
そんな幻、今すぐ消してやる。
1252
﹁アホかっ! そんなもんで俺がどうにかできると思ってんのかよ
っ! 俺に、ハニートラップは通用しねーんだよっ! そんなもん、
今すぐふわふわキャストオフで︱︱︱﹂
﹁いいのかいヴェルトくんや∼。この中身を君は気にならんのかい
?﹂
﹁ッ!﹂
俺がサルトビから変化の術を解除しようとした瞬間、クロニアが
ペロッと舌を出して、ただでさえ短い制服のミニスタートをほんの
数センチだけ足を這わせるように、上へズラした。
ッ、み、見え⋮⋮見えない⋮⋮あとちょいで見えるけど⋮⋮見え
ない⋮⋮
﹁し∼⋮⋮そんなビックリした声出さないで、周りに気づかれます
ぜ∼、旦那﹂
﹁お、おう⋮⋮﹂
﹁ま∼、ほら、アレだ。⋮⋮⋮⋮記念に見てみんかい∼?﹂
ちょおおおっ! み、み見る? はっ? バカかこの女。見るっ
て、クロニアのパンツか? 何を言ってんだ? 俺にハニートラップは通用しねーって言ってるのに、そんな俺に
今更女のパンツ? 馬鹿が。中坊でもあるまいし、そんなのに俺が
引っかかるかよ。
﹁ほれほれ、こ∼い、かま∼ん、ダイブこ∼い⋮⋮このスカートの
1253
裾を、君が掴んじゃっても、いいんじゃぞ? よいぞなよいぞな?﹂
親指と人差し指で軽くスカートの裾を摘まんで、パタパタさせる
クロニアッ! だから、見え、いや、見えないけど、ギリギリ見え
ねえけどさ、その、だから⋮⋮
﹁ポチッとな﹂
﹁ッ!﹂
﹁それとも旦那は、コッチの方が良いでスカイ?﹂
余っている指で、クロニアは今度はシャツのボタンを一つ外しッ
! つうか、こんなのクロニアじゃねえな! あいつはこんなことは
ゼッテー言わねえしよ。
いや、神乃は前世じゃ幼児体型だったから、こんなセリフを言う
姿なんて想像もできねーが、こんなワガママなボディを入手したク
ロニアだったら言うかもしれねえ。いや、言うだろうな。相手をか
らかうように、挑発して、そんで﹁やーいやーい、ひっかかりまし
たな∼﹂とか言うに決まってる。
そう、あいつは言うけど見せねえ! 本物のあいつは見せねえ。
ん? 待てよ? でも、こいつはクロニアじゃなくてサルトビだ。
で、体はクロニア。
クロニアじゃなくて、サルトビだったら見せるんじゃねえのか?
だって、卑猥の術とかって言ってるぐらいだから、パンツぐらい
は見せるだろうし、下手すりゃもっと重要箇所だって見せるかもし
れねえ。
そうなった場合、俺は耐え切れるか? ならば、今すぐふわふわ
キャストオフで変化を解除するしかねえ。でも、解除したら、そっ
から先は? いや、待てよ。俺はハニートラップは通用しねえって
言った。だったら、大丈夫だろう? むしろ証明しなくちゃいけね
1254
え。それを証明するにはどうする?
俺がハニートラップは通用しないと証明する方法は一つ。最後の
最後までこの卑猥の術を使わせて、それでも俺はなんともないぜと
言うことだ。そうすれば、俺の勝ちだ。そう、この勝負はどっちが
強いとかそういうことじゃねえ。サルトビの最後の足掻きに付き合
ってやって、それでも俺はなんともないことをアピールすれば、サ
ルトビにはもう打つ手はない。そうなれば俺の完全勝利だ。
だから⋮⋮
﹁いいぜ、付き合ってやるよ、サルトビ。そして知りな。そんなく
だらねえ手を使ったって、俺は何も変わらねえ。スカートめくるか
って? 別にめくったって何てことはねえぜ? やってやるよ﹂
﹁⋮⋮⋮うおっと、そういう言い訳きましたかい? いや∼、おぬ
しもやらし∼の∼?﹂
﹁ち、ちげーし! やらしいのは否定しねーけど、そんなもんで俺
をどうにかできるほど甘くねえって証明してやるために、あえてテ
メエの策に乗ってるだけだし!﹂
﹁にゃははのは⋮⋮しゃーないですの∼、では、カマ∼∼∼∼ン﹂
俺は、平静を全面に押し出してクロニアに近づいた。
クロニアは両手を広げて目を瞑り、ちょっと頬を赤らめて無防備
を強調。
俺は目の前まで近づき、視線を下に。そこにはヒラヒラとしたク
ロニアのミニスカ。
1255
﹁あ∼、ヴェルトくんや。あんまりバッと勢いよくやられるのもア
レなんで、ゆっくりでいーですかい? ちょち、恥ずかしいもんで
揉んで﹂
﹁ふん、くだらねえ恥じらいだ⋮⋮まあ、別に勢いよくやっても、
ゆっくりやっても、かわ、か、か、⋮⋮コホン、俺は変わらねえけ
どな﹂
﹁じゃあさ、屈んでくれるかのう。他の人には見えないよう、ちょ
びっと、ね? ちょびっとめくる感じでよろしいかいな?﹂
﹁お、おう⋮⋮ゆっくりな⋮⋮﹂
言われるままに、俺はクロニアの目の前で屈んだ。
その瞬間、俺の目の前には真っ白いクロニアの太ももとスカートの
裾の境目⋮⋮あとちょっとこのスカートをめくれば⋮⋮
﹁あん、ちょ、これこれ、ヴェルトくん。ふ、太ももに息があたっ
てるぜい? まさか、君は興奮してルンルン?﹂
﹁ばっ、して、ふう、し、してねーし、ちょ、別にこんなのなんて
ことねーし﹂
大丈夫だ。俺は、そこいらの奴らとは違うほどの経験値を積んで
きた。たかがクロニアのミニスカートを目の前でめくるぐらいで動
揺したりなんてしねえ。
別にこの太ももに顔を埋めてえとか、そんなことねえし、このス
カート⋮⋮
﹁ゴクッ⋮⋮じゃあ、め、めくるぞ?﹂
俺は人差し指と親指でクロニアのスカートの裾をつまむ。クロニ
アは、小さくコクリと頷いて、俺はゆっくりとソレを引き上げ︱︱
︱︱︱
1256
﹁魔忍法体術・零距離真空膝蹴り﹂
﹁ッッッッッッ!﹂
あ、頭を捕まれ、膝蹴りが鼻にッ!
﹁ぐぬお、ぐあああああああああああああああああああああああっ
!﹂
いっ、いてえ! なんか目の端で火花が飛んだような、も、モロ
に! いてえ! 涙が出るッ!
﹁⋮⋮リモコン様⋮⋮今⋮⋮もし、オレがクナイで頚動脈を切って
いれば、死んでいましたよ? まあ、その場合はあなたの反応も変
わっていたでしょうが⋮⋮﹂
﹁がっ、て、テメエ! だましやがっ⋮⋮って、テメエ、なんで元
の姿に戻ってるんだよッ! スカートめくっていいんじゃなかっ⋮
⋮﹂
﹁⋮⋮⋮ふう∼⋮⋮⋮男の子ですね、リモコン様⋮⋮﹂
あ、呆れたような溜息ッ! こ、この女⋮⋮騙しやがっ⋮⋮の⋮
⋮やろう⋮⋮
﹁なあ、シャウト⋮⋮⋮⋮さっき俺らにあんなこと言ってたのに、
ヴェルトのやつ、何やってんだ?﹂
﹁⋮⋮一応⋮⋮フォルナ姫には内緒にしておこう、バーツ﹂
1257
くそ、さっきまでイイ顔でギラついていたあいつらまで俺を呆れ
顔で見てる⋮⋮ちくしょうっ!
﹁テメエッ、ブチ殺すッ! もう勘弁ならねえ、どうなっても知ら
ねえからなッ! グッチャグチャにしてやるよォッ!﹂
﹁変化卑猥の術! ⋮⋮いや、ヴェルトくん、許してちょんまげ♪﹂
﹁ああああん? もう、騙されねえぞ、そんなツラしてももうダメ
だッ! つうか、そいつのツラでそういうこと言われるのが一番ム
カつく! そのツラのままボコボコにしてやるよっ!﹂
﹁んも∼う、も∼う、牛さんだモ∼。それじゃあ、こいつで許して
くんしゃい、はい、チラリ⋮⋮純白の白ですぜ∼﹂
﹁はうっ! あ⋮⋮⋮あ⋮⋮⋮お、おお⋮⋮﹂
もう一度クロニアになったサルトビ。ウインクテヘペロ顔で、ほ
んの一瞬だけスカートを自分でパッと捲り上げてすぐ降ろした。で
も、ほんの一瞬だったけど確かに⋮⋮
﹁リモコン様⋮⋮⋮⋮﹂
﹁はっ! ご、ご、こ、て、このや、ろ∼⋮⋮﹂
気づけば、元の姿に戻ったサルトビが、頭を抑えて﹁やれやれ﹂
と呆れた様子⋮⋮なんだろう⋮⋮この気持ちは⋮⋮
﹁分かりましたか、リモコン様? 百合竜様の言葉を訂正するなら、
確かにあなたの愛は本物です。強く重く揺るがない。しかし⋮⋮妻
も娘も居るのに、他の女にも劣情を抱く⋮⋮それがリモコン様、あ
なたたち男というものです﹂
1258
﹁⋮⋮⋮⋮い、いやそれは⋮⋮﹂
ヤバイ⋮⋮否定するはずが、否定できねえ⋮⋮
﹁でも、オレはそんなことはしない。愛する者、ただ一人を生涯愛
し続ける。それは、あなたの妻であるフォルナ姫たちのような愛。
オレは、男の体を手にしたならば、そんな愛し方の出きる、真の男
になりたいと思っている。そして⋮⋮いつの日か、﹃ボス﹄と⋮⋮﹂
その時だった。顔こそ見えないが、ハットリの言葉に熱が篭って
いた。
それは、フォルナたちが愛を語っている時のような強い想いを感
じる。
﹁⋮⋮真の男になりたいって⋮⋮お前、そう言いながら⋮⋮恋する
乙女の桃色の空気が⋮⋮⋮﹂
﹁さあ、リモコン様、雑談はこれまでにしましょう。オレはオレの
任務を果たすため、あなたを倒しましょう。確かにあなたはオレよ
り強い。しかし、オレがあなたより強くなる必要はない。何故なら
⋮⋮やり方を問わずに、勝てばそれでいいのだから﹂
くそ⋮⋮ダメだな⋮⋮ペースを握らせずに、俺たちのペースに持
ち込んで押せ押せで行くつもりだったのに、どうにもペースが掴め
ねえ。
多分、まともに戦えば負けないだろう。でも、まともに戦うこと
ができねえ。
強くなる必要はない。どんな手段を使っても負けなければいい。
1259
正に、こいつの言っている通り、俺はこいつにペースを狂わされて
いる。
こんなやつ、どうやって戦えばいいんだか⋮⋮めんどくせー⋮⋮
﹁ちっ、クソが⋮⋮来るなら来やがれッ!﹂
﹁さあ、もっと凄いのをあなたに披露しましょうッ!﹂
だが、⋮⋮
﹁︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!﹂
﹁ん?﹂
その時だった。
﹁⋮⋮⋮⋮報告が遅くなり申し訳ございません⋮⋮⋮はい、⋮⋮は
い、難儀な状況です⋮⋮﹂
急に、サルトビの動きが止まった。
そして、何か独り言のようにブツブツと呟き出した。しかし、今
はサルトビの横には誰も居ない。
じゃあ、誰と話しているんだ? ﹁しかし、ボス⋮⋮今、この場で敵の人数を減らさなければ、﹃サ
バト﹄に邪魔が入ります⋮⋮それに、今、オレの目の前には、あの
リモコン様が居ます。この方の身柄を抑えれば後々⋮⋮いえ、侮っ
てはいませんが⋮⋮はい⋮⋮そうですが⋮⋮⋮⋮はい⋮⋮はい⋮⋮﹂
1260
⋮⋮テレパシーか? そして、ボス? こいつらの黒幕か?
﹁⋮⋮⋮⋮あの国の刺客がこちらに向かっている? ⋮⋮ボスの動
向がバレたのでしょうか? ⋮⋮分かりました、祠の防衛に努めま
す﹂
何を話しているのかは分からない。だが、サルトビはどこか残念
そうな顔を浮かべながら俺を見て⋮⋮
﹁残念ですが、時間です。リモコン様⋮⋮﹂
﹁あっ?﹂
﹁⋮⋮オレたちは、この場から退散させて頂きます⋮⋮﹂
⋮⋮なに? か、帰る?
﹁って、ちょっと待てコラァ! いきなり喧嘩売ってきたくせに、
帰るだと? 何を勝手なことを言ってやがる!﹂
この女、これだけのことをしておいて、何をサラッと帰るとか言
い出してんだよ。予想外すぎて普通にビックリしちまったじゃねえ
かよ。
だが⋮⋮
﹁残念ながら、オレに意思などないのです﹂
﹁はあ? なにを⋮⋮ん?﹂
その時だった。すると、その時だった。
サルトビの足元に、小さな魔法陣のようなものが浮かび上がり、
1261
その光に包まれていく。
これは⋮⋮
﹁な、なんだ?﹂
しかも、それはサルトビだけじゃねえ。
﹁ちょお、マジかい! いま、あたいはスゲー楽しんでんのに、あ
たいもかよっ!﹂
﹁す⋮⋮スラ⋮⋮もうやら⋮⋮おうち帰るスラ⋮⋮あんな⋮⋮おえ
え、気持ち悪い⋮⋮ガタガタブルブル⋮⋮あんなのされたら、頭が
絶対バカになる⋮⋮死んじゃうスラ⋮⋮﹂
ヤシャ、ドラゴン、深海族⋮⋮っておいおい、何があった? ス
ライム娘たちが物凄いおびえた顔してるんだけど。
って、そんなんどうでもいいか。あいつらまで、足元に魔法陣が?
﹁なんじゃ、ようやくワシの体も温まってきたのに⋮⋮水をさされ
たの∼﹂
﹁ちょお、俺っちのソフトハード触手なエロ妄想はこれからだって
のに!﹂
﹁はあ? え? なになになになに? 僕にこれだけのことをして、
逃げる気? 帰る気? 何それ?﹂
﹁ちょ、僕はまだまだ気持ちよくなりたいんだな! これで帰るな
んてひどいんだな!﹂
﹁ロア王子、あれはっ⋮⋮まさか!﹂
﹁ああ。間違いない! これは、召喚魔法陣ッ! しかも、全員に
? バカな、一体誰がこれほど大規模なことを⋮⋮?﹂
それは、魔法陣が出現して僅か数十秒足らずのことだった。
1262
﹁ま、待ちやがれ、テメエらッ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ご無礼をお許しください、リモコン様。ですが⋮⋮⋮﹂
﹁サルトビッ!﹂
﹁今度はもっとすごいことをして、ボスやオレたちを驚かせてくだ
さい﹂
一体何が起こったのかと、周りがざわつく中で、俺たちに強烈な
インパクトを与えた女たちは勝手に消えた。
さっきまでの争いが嘘だったかのように、海も空も穏やかで静か
な世界を取り戻し、俺たちはしばらく呆然としたままだった。
結局何が何だか分からないまま、俺たちには不完全にモヤモヤさ
せられた空気だけが残っていた。
だが、そんな中で⋮⋮
﹁ふん⋮⋮魔女を⋮⋮契約したオナゴたちを自由自在に召喚する魔
法か⋮⋮⋮⋮やはり﹃あやつ﹄が絡んでおったか⋮⋮﹂
目の前で好敵手とやりあっていたのに、不完全燃焼状態で終わら
されたはずだというのに、イーサムはどういうわけかニタリと笑っ
ていた。
1263
第72話﹁黒幕は?﹂
イーサムの思わせぶりな顔。何に気付いた?
﹁あ∼とりあえず、怪我人の人数や、スライム娘たちの手でアヘア
へした黒服たちの人数を俺っちに報告して﹂
﹁んもう、もっともっと楽しみたかったんだな! でも、あいつら
のアジトに行けばプニプニぬるぬるの深海族の子が⋮⋮むふふふふ、
なんだな﹂
敵が消えて戦闘が終わった。
随分と肩透かしな気もするが、戦いの緊張から解放された黒服た
ちがドッと疲れた表情を浮かべながら船の甲板に座り込んだ。
とりあえず、空中に浮かせていた船はゆっくりと海へと降ろし、
フルチェンコが中心となって被害状況を確認してから、ここから先
どうするかを決める。
だが、その間に俺たちは俺たちで、確認することがあった。
﹁おい、イーサム。なんか心当たりがあるみたいな言い方をしてい
たな?﹂
﹁ん? まあの⋮⋮﹂
ついさっきまで血だらけだったのに、全くなんともないようにケ
ロッとしているイーサムの回復力は本当に化け物だった。
だが、問題なのは、そのイーサムと正面からやり合うことができ
るほどの実力を持った、ヤシャという鬼。そして、深海賊団や、あ
のサルトビを始めとした忍者集団が、何者かの手によって強制的に
ワープしたかのように消えて退却した。
1264
﹁そうですね。話してくれませんか、イーサム。あの召喚魔法陣⋮
⋮それをあれほどの数⋮⋮一体誰が⋮⋮﹂
﹁そうだ。しかも、あんなにたくさんの人数を、あんな簡単に転移
させられるなんて、戦争でも見たことねえ﹂
﹁世界が知らない強豪⋮⋮そんな存在は居てもおかしくはないです。
しかし、彼女たちは組織としての力が桁違いです。一体、誰が黒幕
なんですか?﹂
怪我自体は浅いが、それでも敵の力を肌で感じ取った、ロア、バ
ーツ、シャウトも、流石に今回のことは納得できていないようだ。
あれほどの実力者たちを、しかも組織となって、一体誰が束ねてい
るのか。
そのとき、船の壁に寄りかかって座っているジャレンガにファル
ガが近づいた。
﹁⋮⋮おい、クソ吸血竜﹂
﹁はっ? なに? 今、僕はあのヤシャに腹をズタズタにされて気
分最悪なんだよね? 殺しちゃうよ?﹂
﹁いいから教えろ。テメエもあのヘンテコなクソ黒頭巾集団に、何
か思うところがあったみてーだな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ああ⋮⋮そのこと⋮⋮﹂
ジャレンガも? つっても、ジャレンガは連中と関係のあったハ
ットリと旧知なんだから知っていても⋮⋮
﹁愚弟。半年前の最終決戦で現れた、ハットリとかいう野郎。詳し
い関係は聞かねえが、テメエの旧友だったな﹂
﹁ああ﹂
﹁そして、奴らはそのハットリという名を、﹃先代﹄と呼んだ。そ
1265
して、そのハットリとやらは今回のこととは無関係だと﹂
﹁⋮⋮だろうな。まあ、俺もあいつのことをよく知らねーけど、あ
のサルトビたちの話から察するにな﹂
それは、ジャレンガの様子や奴らの話からみても多分その通りな
んだろう。ハットリは今回のことと関係がない。だが、ファルガが
気になったのはそこじゃなかった。
﹁奴らは自分たちの頭を、﹃ボス﹄と呼んだ。そして、クソ吸血竜。
テメエは最初にあの黒頭巾共と相対したときに、確かこう聞いたな
? 暗殺ギルドを﹃創設したと思われる人物﹄は、今回のことと何
か関わりがあるのかと。それは、一体誰のことだ?﹂
そのとき、俺たちも﹁あっ﹂となって、そのことを思い出した。
確かに、ジャレンガはそんなことを奴らに聞いていた。
まあ、奴らはノーコメントだったが⋮⋮
﹁そうですね。もし、その暗殺ギルドの創設者という方が⋮⋮今、
彼女たちをまとめている黒幕なのだとしたら⋮⋮、そしてイーサム、
あなたもその人物を誰か知っているのですか?﹂
ロアがイーサムを見る。それにつられて俺たちもイーサムを見た。
イーサムは、ケロッとしながらも、どこか遠くを見るような目を
している。それは、何か懐かしいものを思い出しているかのような。
﹁イーサム。あの忍者集団は、亜人だったな。テメエもよく知って
るやつなのか?﹂
すると、俺がそう聞くと、イーサムは頷いた。
1266
﹁あのオナゴ共、身のこなしや耳や尻尾など、紛れも無く亜人のも
のじゃった。しかし、魔法を使った。亜人はエロスヴィッチやカイ
ザー、幻獣人族などの例外を除いて、基本的に魔法を使えぬ。しか
し、使った。それで十分じゃ﹂
﹁どういうことだ?﹂
﹁亜人大陸で噂になっておった。妖怪でも幻獣人族でもなく、魔を
操る亜人の﹃組織﹄が存在する。それは戦争等の表舞台で披露する
ものではなく、闇に紛れて現れて影の仕事をこなす暗殺ギルド⋮⋮﹂
暗殺ギルド⋮⋮そして、奴らは言っていた。自分たちのことを。
魔獣忍軍と。
しっかしまあ、バルナンドがシンセン組を作って侍を世に広めた
と思えば、ハットリの野郎は忍者を広めていたとは、何考えてたん
だかな。
﹁おい、ジャレンガ。その暗殺ギルドとやらとハットリはどういう
関係なんだ?﹂
﹁うん、元々ハットリくんは、暗殺ギルドの創設者に仕えていたん
だよ。その後、しばらくは指導者として組織に席を置いていたみた
いだけど、もう脱退している﹂
﹁⋮⋮なんで、あいつは脱退したんだ?﹂
﹁さあ? でも、僕たちが彼と⋮⋮いや、クロニアと彼が出会った
とき⋮⋮お互い初対面のはずなのに、なぜか互いを知っているよう
な様子で、僕たちの知らない何かが二人の間であったみたいでね。
その直後、彼は仕えていた主から離れて、クロニアと行動するよう
になったんだ﹂
1267
その話を聞いて、この場にいる俺だけが分かった。
どういう経緯でクロニアとハットリが出会ったのかは分からない。
でも、出会ったときに、二人は互いが前世のクラスメートだと知
ったんだ。
そして、その再会がきっかけで、ハットリはクロニアの傍に⋮⋮
﹁でも⋮⋮その彼が本当に今回関わっていないとなると⋮⋮ハット
リくんは、暗殺ギルドの創設者のあの人に、完全に決別されたって
ことになるのかな? ⋮⋮いや、問題はそんな小さなことじゃない
か⋮⋮﹂
﹁あん? どういうことだよ、ジャレンガ﹂
﹁問題は⋮⋮今回の黒幕が﹃あの人﹄だとしたら、ヤヴァイ魔王国
は⋮⋮いや、魔族大陸そのものも、ちょっとバタバタするかもね⋮
⋮せっかく無理やり安定させてきたのに、裏切り者が出ちゃうんだ
から﹂
それは、全く意味不明な言葉だった。それは俺の頭が悪いからで
なく、ロアたちだって首を傾げている。
だが、その意味不明な言葉に、イーサムは頷いた。
﹁まったく、その通りじゃ。さらには、百合竜に深海族⋮⋮更に、
どう口車に乗せたのか、ヤシャまで引き込むとは⋮⋮⋮⋮ふん⋮⋮
⋮⋮あやつめ、何年たってもオナゴに対する考えが根本的にワシと
は違う﹂
1268
いや、何でだよ。だから、そこは百合竜や深海族は置いておいて、
問題なのは⋮⋮
﹁いや、だからなんでだよ。その暗殺ギルドとやらや、創設者やハ
ットリ、その魔法を使える亜人たちがどうとかってのは、亜人の世
界での話だろ? なんで、ヤヴァイ魔王国とか魔族大陸がそこで出
てくるんだよ﹂
そう、あいつらは亜人だ。亜人の暗殺集団が中心となって、深海
族や百合竜を巻き込んで、リリィ同盟とかいう組織を立ち上げた。
それが何で、ヤヴァイ魔王国とか、魔族大陸の問題になるんだ?
﹁ふふ、それはヴェルト君、それにロア王子やファルガ王たちが暗
殺ギルドのことを全然知らないからだよ。暗殺ギルドに関する問題
は、これまで魔族と亜人の間だけでの問題だったんだ﹂
﹁その通りじゃ、婿よ。そもそも暗殺ギルドとは、亜人大陸内の要
人を暗殺するために、﹃魔族﹄の手によって送り込まれた、改造さ
れた亜人の集団だからじゃ。つまり、暗殺ギルドは、魔族の手によ
って作られた組織なのじゃ﹂
⋮⋮⋮⋮⋮?
1269
﹁そもそもじゃ、さっきワシが言ったように、魔法を使える亜人な
んておったら、それこそエロスヴィッチやカイザーのように戦争の
表舞台に立って、亜人の代表として戦ってもらうが、それをできな
いのは、そやつらが亜人のために戦う亜人ではなく、亜人を殺すた
めの亜人だからじゃ。実際、過去にはワシも狙われたしのう﹂
﹁そういうことだよ。亜人の姿かたちをした、魔族の手先。亜人大
陸内で自由に行動できる。正に、暗殺にはうってつけだよ。実際、
過去の七大魔王国の一部の魔王は、それを利用していたしね﹂
それは、あまりにも意味不明すぎて、俺たちは思わず反応に困っ
た。
亜人を殺すために魔族が送り込んだ亜人?
﹁ちなみに、ハットリくんは妖怪。彼は、魔人族と猫人族の混血。
異形の存在として、亜人大陸から魔族大陸に逃れてきて、そして、
そこである人物と出会った。暗殺ギルドの創設者とね。その人とハ
ットリくんは、暗殺集団を作り、創設者が亜人を改造し、改造され
た亜人をハットリくんが指導⋮⋮そうやって、暗殺ギルドは創設さ
れたんだよ﹂
﹁誘拐されたのか、洗脳されたのか、素性が一切不明の亜人たち。
分かっておるのは、奴らが魔法を使える亜人であり、亜人大陸内部
で暗躍しているということ。そして、魔族大陸のそれぞれの国家か
ら依頼を受けて任務を遂行するということじゃ。まあ、黒幕の目星
は着いておるし、半年前の婿の建国宣言の際にこっそりと、そやつ
に暗殺ギルドの解散と亜人大陸からの追放を申し入れたんじゃがな
⋮⋮﹂
1270
そして、意味不明だけじゃなくて衝撃的過ぎる。
これには流石にロアたちですら声を荒げた。
﹁待ってください、イーサム! その⋮⋮魔族が亜人を改造して暗
殺集団として亜人大陸に解き放ったと⋮⋮それが本当だとしたら大
変な事実ですが、そんなことを一体どこの国が! いえ、誰がそん
なことをできるというのですか? しかも、半年前の建国宣言の時
って⋮⋮あの中に居たのですか?﹂
﹁そうじゃ。それは魔法というよりも呪い⋮⋮⋮どのような種族も、
どのような人種も、どのような才能の持ち主も、たとえ本人が望ま
なくとも、オナゴを魔法の使える﹃魔女﹄に変えてしまうという力
の持ち主。奴ならば⋮⋮亜人すらも魔法を使える存在へと変える事
ができるかもしれんと思って問い詰めた。まあ、すっとぼけられた
がのう﹂
そうだ。あの時、世界と歴史が変わった瞬間。あの場には世界の
主要な奴らが大集結していた。
あの時、俺たちはそれまでの過去や種族の壁なんて物を全て乗り
越えて一つになった。
そんな中に?
﹁のう、ロア王子よ。おぬし、四獅天亜人や七大魔王とこれまで戦
ってきて、誰が一番強かった?﹂
﹁えっ? な、何故急にそんなことを⋮⋮﹂
﹁いいから答えよ﹂
1271
その唐突な質問に何の意味があるか分からない。とりあえず、ロ
アは少し考えながら⋮⋮
﹁勿論、どの方も強敵でしたよ。カイザー大将軍、魔拳シャークリ
ュ⋮⋮三大称号にこだわらなければ、ヴェルトくんも。ですが、単
純に一番強かったというのであれば、やはり魔王キシンですね⋮⋮﹂
﹁ぬははははは、そうか。まあ、キシンなら文句なしじゃろう。ワ
シも結構、手を焼いたしの﹂
キシンか⋮⋮まあ、ロアにしてみりゃそうだよな。実際、あいつ
は一人で十勇者を壊滅させたほどだしな。
﹁ワシも、ヴェンバイ、キシンとも戦ったし、人間ならカイレばー
さんやファンレッド。み∼んな強かったぞ﹂
﹁⋮⋮どうして急にそんな話を?﹂
そう、﹁誰が一番強かった﹂ってのは、なかなか興味深い話では
あるが、今の状況とどういう関係があるのか分からなかった。
﹁ワシも、これまで戦った中で﹃誰が一番強かった﹄と問われれば
頭を悩ませる⋮⋮⋮じゃがな、もう二度と戦いたくないという者は、
いつだって一人しかおらん﹂
すると、イーサムは目を細めながら海の彼方を見つめた。
﹁あやつと戦ったのは一度だけ。しかし、一度で十分じゃった。強
い弱い以前の話。戦っても熱くならんかった⋮⋮あやつの国も、兵
も、全員⋮⋮ワシらとは見ているものが根本的に違っていた⋮⋮ゆ
えに、言葉でも、そして剣でも拳でも語り合うことは不可能じゃっ
1272
た⋮⋮まともに殺し合えば、ワシらよりは遥かに弱いのだろうがの
う﹂
そしてイーサムれはどこか複雑な表情を浮かべながら⋮⋮
﹁その者こそ、キロロとヴェンバイの二大魔王時代と化した今より
前、旧七大魔王の一角だった者じゃ﹂
その時、不意に俺の頭の中には、ある一人の魔王の姿が頭の中に
浮かんだ。
それは、俺だけでなく、ロアたちも今のイーサムの言葉で気付い
たようだ。
そしてジャレンガが全ての答えを口にした。
﹁その通りだよ、イーサム。あなたの予想は当たっているよ? 暗
殺ギルドは⋮⋮旧七大魔王国家の﹃クライ魔王国﹄で誕生した﹂
そのとき、俺の脳裏に浮かんだのは、あの魔王だ。
頭に王冠と、最初から最後までず∼っと黒いフードつきの外套を
纏った怪しい奴。
﹁ハットリくんは、ヤヴァイ魔王国に来る前までは、その国に仕え
ていた。クライ魔王国の⋮⋮﹃冒涜魔王ラクシャサ﹄に仕え、二人
で暗殺ギルドを作った﹂
︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!
﹁冒涜魔王ラクシャサの、禁断の魔法⋮⋮﹃サバト﹄を使ってね﹂
俺は、その魔王と二回会ったことがあった。
1273
﹁これは、僕たち魔族大陸での認識だけど、ラクシャサ自身は昔か
ら世界の覇権にまるで興味がなかった。暗殺ギルドだって、小国の
クライ魔王国の維持のためのお小遣い稼ぎみたいだったしね。せっ
かく作った魔法を使える亜人たちが、世界の表舞台で大暴れしてな
かったのも、それが理由だよ﹂
半年前の最終決戦。そして、その数日前。
そう、俺がヤーミ魔王国でシャークリュウのアンデットと戦い、
ウラにプロポーズをした時だ。
あの時、奴はギャラリーとして戦いを観戦し、そして最後は俺た
ちを祝福してくれた。
そういえば⋮⋮サルトビのやつ⋮⋮
︱︱︱流石は、ボスが認められた御方だ⋮⋮男とはいえ感服します
よ、リモコン様⋮⋮
そういう⋮⋮ことか⋮⋮
﹁そういうことじゃ。色々と何やら複雑なことになりそうじゃ。半
年前は最後の最後まで静観しておったあやつが、なぜ今になって、
しかも深海族まで巻き込んで動き出したのかは分からん。それに、
攫われたオナゴたちもこのままではどうなるか分からん﹂
そして、イーサムの言葉で俺たちはハッとなった。
そうだ、相手は女を﹁魔女﹂に変えられる魔法を使う⋮⋮だった
よな⋮⋮
それによって、どれほどの変化があるのか分からねえが、どっち
にしろ、事態は軽くねえ。
1274
﹁全く難儀じゃのう。太古の六百六十六魔王なんぞまで持ち出して、
あやつ自身はどうするつもりなのやら。おまけに、キシンの嫁のヤ
シャまで、な∼んで関わっておるのか意味不明じゃしのう﹂
そう、それにあのヤシャっていう強力なキシンの嫁が⋮⋮⋮⋮キ
シンの⋮⋮⋮えっ?
﹁﹁﹁﹁えええええええええええええええええええええッ!﹂﹂﹂﹂
﹁⋮⋮ん? なんじゃ、おぬしら知らんかったのか? というより、
婿よ。おぬしもか?﹂
いや、⋮⋮ワリ⋮⋮俺には、そっちのほうが衝撃だったわ。
﹁だがのう、婿よ。これは認識しておくのじゃ。もはや問題は、オ
スメスがどうのこうのの問題程度では収まらぬ⋮⋮世界を揺るがす
どでかい問題に発展しそうじゃ﹂
口を半開きにして衝撃の事実に固まっている俺たちに向かって、
最後にイーサムは真顔でそう付け足した。
1275
第73話﹁それぞれの過去﹂
知らんかった。いや、キシンだって元は魔王なんだから、嫁の一
人や二人ぐらい居て当然なんだけどよ。
﹁嫁と言っても実態はどうか分からん。ヤシャはあのように奔放ゆ
えに、戦争にも参加せずに何年もブラブラしておったし、キシン自
身もああいう性格のためにヤシャを咎めたりせんかったという噂じ
ゃ。それ以上のことはワシもよく知らん。キシンと酒を飲んでも、
あいつは嫁の話も愚痴も言わんからのう﹂
﹁まあ、キシンらしいよな⋮⋮つか、それって夫婦なのか?﹂
﹁一応のう。それに、二人に子供もおらんからのう。まあ、だから
こそ、ジーゴク魔王国の現魔王は、姪のキロロになったわけだがの
う﹂
﹁ああ、そういうこと⋮⋮﹂
まあ、嫁が自由すぎるってだけじゃなく、キシン自身が自由な男
だからな。あいつが家庭のために汗水流して何かをしようとするな
んてところ、全く考えられねえ。
なんだかな∼。キシンの嫁はあんなんだし、イーサムには何百人
も嫁居るし、キモーメンの嫁はどう考えても財産目当てだし、色ん
な夫婦がこの世に居るもんだな⋮⋮俺も人のことを言えねーけど⋮⋮
そんな世の中の家庭事情に俺が複雑な想いを抱いている中で、ロ
アは真剣な顔をして話を元に戻した。
﹁まあ、それはそれとして、今重要視するのは、やはり魔王ラクシ
ャサでしょうね。いえ、元魔王というべきですが⋮⋮﹂
﹁そうだね。そこは僕もロア王子に賛成だね。まあ、ヤシャを殺し
1276
たいっていうのもの大事だけど、まずは僕たちヤヴァイ魔王国に併
合されながらも、僕たちに黙ってこんな大それたことをやらかした、
あの人だよね?﹂
確かに、ロアとジャレンガの言う通り、今はキシンの嫁よりも、
まずは今回のキーパーソンと思われる、そのラクシャサだな。
ラクシャサ⋮⋮つっても、俺もあんまり覚えてねーんだよな。
確か、山羊の顔をした魔族の部下⋮⋮バフォ⋮⋮バフォメットだ
ったか? そんなのを引き連れていたな。
﹁そういや、クライ魔王国は過去の神族大陸での戦争にそこまで積
極的じゃねえって話だったが、ロアたちは戦ったことねーのか?﹂
﹁ええ⋮⋮それに、魔王ラクシャサは名前だけ知っているだけで、
僕も実際に見たのは、半年前の最終決戦の時が初めてでしたし。噂
だけは色々と聞いていましたが﹂
﹁ふ∼ん⋮⋮でもよ、イーサムは戦ったことあるんだろ? どうな
んだよ。ツエーのか?﹂
未だ未知数の魔王。もし、そいつが絡んでいるとしたらどの程度
の強さなのか。
ロアや、バーツたちなどの俺たち世代はそこまで知らないようだ
が、実際はどうなんだろうか?
﹁難しいのう。単純な戦闘能力で言ったならば、それほど大したこ
とはないのう。ただ、厄介な魔法を使う⋮⋮ゆえに、面倒じゃ。お
ぬしら人類でも奴を知っているのもごく僅か。今のロアたちより前
の世代⋮⋮そうじゃのう、聖騎士ならタイラーにカイレばーさんに、
ファルガの師であるフリード。勇者ならファンレッドにアウリーガ
ぐらいだのう﹂
1277
ママにタイラー、そしてあの最強ばーさんに、アウリーガか⋮⋮
確かに、それは俺たちより前の世代だな。
﹁おい、クソジジイ。そのラクシャサって奴は、どんな魔法を使う
んだ?﹂
﹁ん? ファルガも母親や師からは何も聞いておらんか。まあ、好
んでおぞましい話をせんのも頷けるが⋮⋮﹂
イーサムがあまり気が進まなそうな顔をしている。それだけで、
嫌な予感が拭えない。
空気も段々と重くなっている。
﹁さっきも言ったように、ラクシャサは生物を改造できる。魔力を
持たぬ亜人のオナゴ、魔法の訓練をしていない人間のオナゴ、属性
的に本来なら扱えないはずの属性魔法すらも使えるようにする⋮⋮
オナゴや雌を魔女に変えることができる﹂
それはさっきも聞いた。だからこそ、本来は魔法を使えないはず
の亜人が魔法を使えるなど、脅威以外の何者でもない。
﹁でじゃ、それをどうやって行うか⋮⋮その魔力はどこから? そ
れを可能とするのが、あやつの扱う禁断の魔法⋮⋮サバト⋮⋮実態
は、魔法というか儀式⋮⋮悪魔の宴⋮⋮そういうもんじゃった⋮⋮﹂
悪魔の宴? 魔族ではなく、悪魔?
﹁過去のラブ・アンド・ピース⋮⋮それが、まだラブ・アンド・マ
ネーという組織として、世界の闇社会に手を広げていた頃よりも更
に前の時代。色々な闇組織が中心となって敗戦兵や難民の奴隷や希
1278
少種族の乱獲などの人身売買が横行しておった。じゃから、ラクシ
ャサも魔女の素材はそういったルートから入手したのかもしれんが
のう。まあ、これは結局未だに明らかにされておらん、あくまで憶
測の話じゃがのう﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ふん、クソ反吐が出そうな話だ﹂
﹁じゃろう? まあ、昔は色んな国でやっていたことではあるがの
う。ただ、戦争にも積極的に参加せず、更には魔族大陸の中でも鎖
国しておったクライ魔王国に関しては、あらゆる情報が遮断されて
いたゆえ、国内の情報が一切入ってこなかった。ゆえに、大昔にワ
シ自身が寡兵を連れて乗り込んだことがあった。⋮⋮そしてそこで
見たものに⋮⋮ワシはゾッとしたわい﹂
サラッと言ってるが、俺がイーサムと初対面時、燃える街の中で
この野郎は素っ裸で沢山の女たちと⋮⋮。その時、俺たちをドン引
きさせたイーサムがゾッとするって、どれほどの⋮⋮
﹁正に悪魔の狂宴じゃったわい。太古の、もしくは空想上の悪魔を
信奉し、肉を喰らい、凄惨な血の贄を捧げ、臓腑を弄び、常軌を逸
したオナゴたちが、あるところでは肉体が壊れるまで殺し合い、あ
るところでは裸になって交わり合う⋮⋮⋮オナゴの裸が大好きなワ
シでも、あの時ばかりは興奮せずにゾッとしたわい﹂
それは、正に俺の前世の世界で言う、カルト教団の儀式のような
ものという印象を受けた。
﹁⋮⋮そんなんで、亜人が魔法を使えるようになるのかよ﹂
﹁それは分からぬ。じゃが、その儀式に参加していた、全く鍛えて
1279
なさそうな普通の娘たちが、上級の攻撃魔法を放って、侵入したワ
シらを迎撃しようとしてきたわい。中には、箒で空を飛んでいる奴
らもおったわい﹂
この世界にとって、そういったカルト的なものがどういう存在な
のかはよく分からねーが、少なくともロアたちには馴染みがないん
だろう。少し顔色が悪そうだ。俺もそうだけど。
﹁更に、ラクシャサ自身は召喚魔法を使う。あやつと契約さえすれ
ば、転送魔法の要領で使える。さっきのあやつらも、それで移動さ
せたのじゃろう。直前まで気配を感じなかったのは、それが理由じ
ゃ﹂
﹁なんだかな⋮⋮確かに、色々と厄介そうだな⋮⋮。じゃあ、あの
百合竜も、スライム娘たちも、⋮⋮んで、さらには攫われた女たち
もこのままだとその宴に? ⋮⋮だが、そうなると、何でキシンの
嫁まで居るのかが気になるところだが﹂
﹁さあのう。まあ、ヤシャの場合は、何か他の目的があって、用心
棒的な役割で手を貸しているといったところだろうがのう﹂
ラクシャサか。カルト教団のボスとでも考えればいいのか? ま
あ、話を聞く限りじゃ、たとえ戦闘能力そのものが弱くても、色々
と面倒そうな敵であることは間違いなさそうだ。
ただ、一つ言えることは今回の旅に俺たち側に女が居なくて良か
ったってところだな。流石に、刺激が強すぎるだろうからな。
﹁しかし、困ったもんだぜ。ただの同性愛だ同性婚やらの問題だけ
なら、どうにでもなったんだが、元魔王が絡むか⋮⋮だが、ボヤボ
ヤしていたら、攫われた女たちがどうなるかも分からねえ⋮⋮結局
行くしかねーってことか﹂
1280
まあ、どっちにしろ、面倒だろうが、面倒でなかろうが、結局先
に進むことには変わりはねえ。
﹁そう言ってくれると、ありがたいぜ、ヴェルちゃん。俺っちたち
の大事な女の子たちが、入信したり、生贄にされたりは、マジ勘弁
だからね。まあ、それに⋮⋮昔の縁もあるしねえ﹂
その時、フルチェンコが呟いた﹁縁﹂という言葉。そう、それも
忘れちゃならねえ。百合竜とも、話をしとかねーとな。
﹁じゃあ、ヴェルトくん。それに、皆さん。とりあえず、引き続き
先に進むということでよろしいですね﹂
とりあえず、方向性についての変更はないことを確認するように、
ロアが手を叩き、その上での話をすすめる。
﹁で、イーサム。その﹃サバト﹄というのはどういう条件下で行わ
れるのでしょうか?﹂
﹁うむ、ワシもそこまで詳しくないが、儀式が夜に行われていたの
は間違いない﹂
﹁夜ですか⋮⋮﹂
﹁うむ。太陽が好まんのか、それとも夜の闇が何かの条件なのかは
知らぬがのう﹂
﹁となると、日が落ちるまでの数時間以内に勝負を決めないといけ
ないということですね﹂
どちらにせよ、元々ダラダラと長期戦をする気はなかったから、
分かりやすくていい。
ようするに、夜になる前に奴らを叩けばいいわけか。
1281
﹁でも、その儀式が深海世界とかでされていたらどうするんだ? ヴェルトも、深海世界の場所までは知らねーだろ? 深海世界には
お前の嫁いねーし﹂
﹁確かに、バーツの言うとおりだな。どうなんだよ、イーサム﹂
﹁多分、それも大丈夫じゃろう。少なくとも、昔の儀式は全て、夜
に野外で行われていた。だから、今回もそうなるはずじゃ﹂
野外で儀式は行われる。それが本当なのだとしたら、色々と予想
が立つ。
フルチェンコたちもこの海域の地図を取り出して、指差していく。
﹁この海域で、更にそれなりの人数で上陸できるような島になると
限られているね。⋮⋮⋮そうだね⋮⋮今、ケヴィンたちが遠洋漁業
に行っている為に、守りが手薄な、﹃サバス島﹄とかね⋮⋮﹂
﹁ふむ、いい線じゃのう。どうじゃ、ヴェンバイの倅よ。フルチェ
ンコの言うように、その方角に竜の気配は感じるかのう?﹂
﹁多分ね⋮⋮っていうか、僕よりもあなたの鼻の方がよく利くんじ
ゃないの? 特に、雌が相手ならなおさらね。ねえ? 武神イーサ
ム﹂
サバス島。バスティスタの故郷であり、クラスメートが取り仕切
るマッチョ漁師たちの島か。
チラッと俺も地図を見せてもらうが、確かにこの一帯には転々と
小さな島がいくつかあるが、それなりの人数で上陸したりするとな
ると、その島が一番都合が良さそうだ。おまけに、守りが手薄って
いう情報があるなら尚更だ。
1282
﹁サバス島ね⋮⋮じゃあ、そこに行ってみるか。船ごと飛んで行け
ば、そんなに時間もかからねえだろ﹂
そう、船でチンタラ移動しても時間がかかるが、俺が船を飛行船
のように浮かせて進めば、時間なんていくらでも早くなる。
﹁サバス島か∼、いや∼、残念だね∼。ケヴィンも居れば、いきな
り同窓会になったのにね∼﹂
目的地が決まり、各自準備を進める中、少し残念そうに呟くフルチ
ェンコの言葉で、俺はちょっと気になったことを聞いてみた。
﹁そういや、フルチェンコ。お前、百合竜の正体が分かったっぽか
ったな。誰なんだ?﹂
﹁ん? ああ⋮⋮あの二人ね⋮⋮﹂
そう、こいつは百合竜の正体に気付いたみたいだが、俺は分からな
かった。つうか、向こうは俺のことを知っているみたいだったしな。
まあ、逆に百合竜の方はフルチェンコが江口だってのには気付いて
なかったみたいだが。
﹁ヴェルちゃんは、﹃真中つかさ﹄と﹃矢島理子﹄って覚えてない
?﹂
﹁⋮⋮分からん⋮⋮﹂
案の定、知らん⋮⋮というか、覚えてない名前だった。
﹁マジか。あ∼⋮⋮クラスで一番胸でかかった女って覚えてる?﹂
﹁なに? 巨乳⋮⋮巨乳⋮⋮﹂
1283
巨乳の女か⋮⋮あのクラスで⋮⋮誰だ? もはや、俺の中での巨
乳及び美乳というか、胸基準がエルジェラだから、記憶が薄れちま
う。
﹁ほら、体育祭で学ラン着た神乃の横でチアの格好して、バインバ
インで縦に横に二つの胸が暴れまくってた子を覚えてない? まさ
にカウボーイのロデオのごとく暴れていた、ロデオッパイ!﹂
神乃の横に⋮⋮チアの格好⋮⋮あっ! 居た⋮⋮確かに、居た。
﹁あ∼、うっすらと覚えてる﹂
﹁いや、うっすらとって⋮⋮普通、男なら忘れないでしょ﹂
﹁いや、前世の俺は巨乳にそこまで興味なかったし﹂
あんときは、神乃のブルマしか見てなかっ⋮⋮じゃなく、印象的
だったからな。
でも、確かにその左右で、片方がバインバインに暴れてて目障り
だったのを覚えてる。
もう片方は、確か小学生ぐらいのチビだったのをかろうじて覚え
てる。
まあ、二人とも顔は完全に忘れたけどな。とりあえず、顔はそこ
まで特徴あるやつじゃなかったと思う。それこそ、アルテアこと備
山みたいにガングロでスゲー髪型みてーなのでない限り。
﹁そこで、﹃前世﹄は巨乳に興味ないと言うあたり、今のヴェルち
ゃんの性活が伺えるね∼。でも、あの二人を覚えてないってのは、
多分珍しいと思うぜ? 大山脈と大平原のコンビは、かなり有名だ
ったし、大山脈の方は、チア写真とかバカ売れしたしな﹂
1284
﹁バカ売れか。相当、儲かったみたいだな﹂
﹁まあね。クラスメートの写真では売り上げ三位だったからね﹂
﹁けっ、犯罪者予備軍め⋮⋮⋮⋮﹂
親指と人差し指で丸のマーク作って笑うフルチェンコ。
当時は、喧嘩や校則違反ばかりの不良だった俺や木村田コンビ以
上に、こいつの方が色々な意味で犯罪度が高いんじゃねえかと思っ
たぐらいだ。
更に、こいつはそれを誇らしげにしているし。
﹁いや∼、懐かしいねえ。綾瀬、鳴神、真中、不知火、小湊、天条
院、の六人が常に安定収入だったね∼。綾瀬のテニスウェア、鳴神
のオフショット、真中のチア姿、不知火の巫女装束、小湊のレオタ
ード、天条院のスク水⋮⋮儲かったな∼⋮⋮ちなみに、神乃の写真
を買ってるのはクラスで一人だけだけどね。つうか、客が一人だけ
だと、むしろコストの方が高くなるから赤字になるというのに、俺
っちのそんな苦労を知らずに、夏休みにはファミレスで︱︱︱︱︱﹂
﹁うるせえええ、悪かったなあ、売り上げに貢献しないで! つう
か、ファミレスの話はやめろ! それに当時の恩を返すために、今
はめんどくせことに手ェ貸してやってんだろうが!﹂
﹁ほんとだぜ∼、ヴェルちゃん。まあ、お前自身の写真は賄賂に使
えたけどさ﹂
1285
﹁いや、まあ、もうそれはどうでもいいよ。ただ、話を戻すと、あ
の百合竜の正体は、そのチアの二人だってことでいいんだな?﹂
﹁多分ね。つうか、女同士で前世からああいうラブラブっぽかった
のは二人だけだしね﹂
まあ、こいつが言うんだからそうなんだろうな。なんだかんだで、
こいつはクラス内の事情やらをほとんど把握していたからな。
となると、今回、問題をどうにかしてやらなきゃならねえクラス
メートは、その二人か。
って⋮⋮ん?
そのとき、何やら聞き流せないことを言われたのに気付いた。賄
賂?
﹁ちょ、ちょっと待てよ、フルチェンコ。賄賂? 俺の写真になん
か需要があったのか? 俺の写真も⋮⋮売れたのか?﹂
まさか、俺の写真に需要があったのか? 確かに、何枚かこいつ
に隠し撮りをされた記憶はあるが⋮⋮
﹁いんや、売れてはいないよ。だって、お前の写真は、ある一人の
女子にデータごと没収されたし。まあ、それと引き換えに、俺っち
の商売を見逃してもらってたんだけどさ。あの、学園のマドンナに
ね﹂
一体誰が? と、一瞬思ったが、どう考えても一人しか思いつか
ねえ。そんなことをやるのはあいつしかいねえし⋮⋮
一瞬、まさか神乃が俺の写真を買ったりとか? と思っちまった
じゃねえかよ。
1286
﹁ちなみに、男子で売り上げが良かったのは、星川、加賀美、七河、
鮫島、千島の五人だったな。この五人はクラスや学年問わずに写真
の売り上げが良かった。あと売り上げがそこそこ良かったのは、特
定の人物にのみ買われていた、土海くんの写真かな?﹂
星川とか加賀美、あと鮫島か。まあ、あそこらへんはモテて⋮⋮
ん?
﹁ドカイくん? ドカイシオンのことか!﹂
﹁おっ? へ∼、ヴェルちゃん、土海紫苑くんのこと覚えてるんだ。
そうそう、意外だよね∼。あの、ネガティブぼっち君が、意外とモ
テてさ∼﹂
なにい? ドカイシオン。つまりニートが?
いや、別に張り合うわけじゃないし、悔しいわけじゃねえし⋮⋮
そんなの前世の話だし、俺は今じゃ嫁が七人も居るし⋮⋮でも⋮⋮
俺⋮⋮売り上げでニートに負けたのか?
﹁あひゃっひゃっひゃっ、そんなショック受けなさんなって。さっ
きも言ったように、朝倉リューマの写真は学園のマドンナ様に全部
没収されてたから、売ろうにも売れなかっただけだって。まあ、そ
れを差し引いても、土海くんの写真の売り上げは中々だったけどね﹂
なんだろう。正直、﹁ドカイシオン﹂は全く覚えてねえけど、今
のニートを知っている分、負けた気がして少し微妙な気分だ。
っていうか、ニート自身もフィアリとか、ブラックとか、あと神
族世界の変態たち含めれば結構モテてるんだよな∼。
﹁本来守秘義務は守る俺っちも、前世の話だしもう言っちゃうけど
1287
さ∼、いや∼、当時は本当に誰かに言いたくて仕方なかった! あ
の土海くんの写真を、クラスで三人も買う奴が居たからね∼﹂
こいつは秘密を死んでも守るやつだ。でも、死んだ以上は無効?
前世の話だから? 多分、そんなところだ。
だからこそ、今回だって俺がこいつに力を貸したりしなければ、
こいつは俺の﹁あの秘密﹂をバラすのもやぶさかじゃねーんだろう
な。
そして、こいつはクラス内の事情に詳しすぎた。内緒にはするも
のの、正直誰かに話したくて話したくて仕方なかったんだろう。
今はもう、解放されたかのようにイキイキとした顔で、秘密を暴
露しまくってる。
そして、俺もフルチェンコも、そんな昔の話をしていたものの、
この時点ではまだ何も分かっていなかった。
フルチェンコの持っている前世の知識とこの世界での手にした俺
の力。
この二つが今回の出来事に、そして今後の世界を大きく左右させ
ることになるということに。
1288
第74話﹁日差しに頭がやられた﹂
あの夏のことは今も忘れない。
﹁あっち∼。どーなってんだよ、この夏の暑さは。風がねえと死ぬ
ぞ?﹂
あれは、今でも異常だったと覚えているほど暑い夏だった。
立っているだけで大量の汗が流れ、歩くだけで意識が遠のく。
数え切れねえほど喧嘩をしてきた俺でも、あの暑さにだけは白旗
を上げちまう。
それが、朝倉リューマ最後の夏休みだった。
﹁トゥ∼ホット。どこかでティータイムしないか?﹂
﹁あすこのファミレスや。クーラーがビンビンに利いとる部屋入ら
んと、死んでまうわ﹂
﹁だな。集合時間にはまだ余裕あるし、時間潰すか﹂
そう、あの夏休み、いつもの三人で用事があって出かけていたん
だ。ミルコ、そして十郎丸と一緒に。
あのファミレスに寄ったのは、その用事に向かう前のこと。
﹁ク∼∼ル!﹂
﹁は∼、生き返るわ∼! 一瞬で冷たなったわ﹂
高校の近所にあるファミレス。あまり利用することはなかったが、
その日はとりあえず冷たい飲み物と冷たい部屋が恋しかった。
扉を開けた瞬間、あまりの外気温との差にブルッと震え上がるも
1289
のの、﹁生き返った﹂と思わず呟くほど快感な世界だった。
﹁ひゅ∼、しかし、ミーたちはまだマシだ。トゥデイはベリー遠く
から来るフレンドたちも居るみたいだからな﹂
﹁既に働いとる先輩や、関西あたりから来る奴らもおるらしいから
な。みんな忙しいのによう来るわ﹂
俺たちは、空いているテーブルに腰掛けて、まったりしながら話
していた。
朝倉リューマの人生。喧嘩ばかりで、つっぱって、くだらねえ奴
らとつるんで、人に迷惑をかける。そんな虚しい中坊時代を過ごし
ていた。
高校生になると、痛い昔の自分に少し恥ずかしいと思うときもあ
る。
だが、それでも、全てが無意味だったのか? と聞かれれば、そ
うではなかったかもしれない。
﹁スゲー人望だ。流石⋮⋮俺らの兄貴分ってところか⋮⋮﹂
﹁オフコース﹂
﹁せやな﹂
くだらない日々の中にも、それでも誇らしかったものだって確か
にあった。
﹁葬儀の時は、五百人近い不良たちが各地から集まったんだったな
⋮⋮﹂
﹁イエス﹂
﹁今日の命日にもぎょうさん来ると思うで。せやけど⋮⋮もう随分
たったように感じるわ。あの日から⋮⋮﹂
1290
中学時代からこの三人で集まって、何だかんだで高校でも腐れ縁
で俺たちの関係は続いていた。
﹁あの日か⋮⋮﹂
ニトロクルセーダーズ
﹁⋮⋮レジェンドとなった⋮⋮二人のヤンキーが死んだ日か⋮⋮﹂
﹁極川が誇る爆轟十字軍・筬島大和⋮⋮ブクロの武闘派チーム、ア
ザトース・高原紳一郎⋮⋮今でも忘れられんわ。ヤマトはんが死ん
だなんて﹂
バカなことをやったり、話したり、笑ったり、そんな毎日だった。
だけど、この日だけはどうしてもしんみりしちまった。
﹁やめろやめろ、もうその話をすんのはよ。誰も望んじゃいねーだ
ろ﹂
その空気が嫌だった。俺がそう言うと、ミルコも十郎丸も同じ気
持ちで頷き返してきた。
﹁それで、リューマ。ヤマトヘッドに何を報告する? やはり、ユ
ーがフォーリンラブしたインフォメーションか?﹂
﹁なはははははは、せやな! ヤマトはん、生前からえっらい心配
しとっからな∼。リューマは喧嘩ばかりで、女を作ろうともせんし
心配やて﹂
﹁うるせええええ! つか、それは関係ねえ! 大体、別に俺は好
きでもねーよ、あんなバカ女!﹂
﹁ワッツ? ヘイ、リューマ。ミーたちは、別に誰とは言っていな
いぞ?﹂
﹁せやせや、あのバカ女って誰のことや?﹂
﹁なっ、こ、な、に、ニヤついてんじゃねえ、ぶっとばすぞ!﹂
1291
このときの俺たちは、周りの迷惑を顧みずに大声で話して、多分
回りの客からすれば不愉快でしょうがなかっただろう。
誰もが、﹁うるさい﹂﹁関わりたくない﹂﹁無視﹂﹁さっさと店
から出よう﹂と思っていたかもしれない。
だが、そんな中で、陽気な女の声が聞こえた。
﹁ほうほうほうほう。お兄さんは、恋しちゃっているのかネアンデ
ルタール?﹂
それは、あまりにも不愉快すぎる言葉で、声で、しかし思わず俺
の心臓が大きく跳ね上がった。
いや、何で?
﹁えっ?﹂
俺も、ミルコも、十郎丸も思わず目を丸くして言葉を失った。
そこに立っていたのは、ノースリーブと超ミニホットパンツとい
う海外のビアガーデンに居そうな服装を着て、その服装がその幼児
体型には全く似合っていないのに、何故か堂々とドヤ顔でオーダー
用紙を持った神乃が立っていた。
﹁か、かみ、の、なん、で?﹂
﹁ん? なんだね、君たちは今日がコスプレdayというのを知ら
なかったのかねい? 私のお気にのセクシーダイナマイトコスチュ
ームを見に来たんじゃねーんですかい!﹂
﹁そっちじゃねえよ! 何でテメエがいんのかって聞いてんだよ!﹂
まさか思いもよらない人物が居たことに、俺は動揺して声を荒げ
1292
ちまった。
﹁ん? バイトだよ。バ∼イト。今月ちょっちゲームとか色々買い
すぎてね∼。﹃鈴原﹄くんに紹介してもらったんだよん﹂
﹁スズハラ∼? 誰だよ﹂
﹁ひどす! クラスメートじゃないか∼い! って、そういえば、
朝倉君たちは﹃園子﹄ちゃんに何かした? あの子、オーダー取り
に行こうとしたら、君たち見て急に顔を真っ青にしちゃって逃げち
ゃったんだから﹂
近いッ! 顔近づけてくんじゃ、ちょ、おいおい! 近づくと、
ノースリーブの下に、ハミ⋮⋮み、みえ⋮⋮
﹁えええい、やめえい! うっとおしい! んな、似合わねえかっ
こしてんじゃねえよ! 萎えるんだよ! つーか、ソノコって誰だ
よ!﹂
﹁んま? なんて子ですか! クラスメートを本当に覚えてないと
は、ヨヨヨヨヨ、お母ちゃん悲しいぞい﹂
似合わない? 萎える? ウソだ。ギャップが⋮⋮つうか、かわ
い⋮⋮って、そうじゃねえ! 前々からこのうるせえ女にはドキド
キさせら⋮⋮じゃなくて、イライラさせられる。
大体! こ、こいつ、まさかノーブラ? お、おい、そのポチッ
としたのはまさかッ! まさか⋮⋮サクランボ⋮⋮
神乃の⋮⋮サクランボ⋮⋮サクランボ? 神乃の?
﹁賑やかだな。なあ、リューマ? ⋮⋮ワッツ?﹂
﹁ダメやこいつ。なんや知らんが、頭の中がショートしとるわ﹂
神乃のサクランボ? 何で? え、見えるのか? 今なら見える
1293
? それにここはファミレスだろ? ファミレスならサクランボって
食えるんじゃねえのか?
注文したら食えるんじゃないのか?
サクランボパフェ⋮⋮って、俺は何を考えてんだよ! アホか!
ったく、俺はなんつうことを妄想してんだよ。
﹁んで、三人の注文は?﹂
﹁オー、ミーはコーラ﹂
﹁冷コー頼むわ﹂
やめやめ。暗くなる必要もねえが、今日は特別な日なんだ。
こんなんじゃ、あの人に笑われちまう。
バカなことを考えてねーで、俺は⋮⋮
﹁ねえ、朝倉君? オーダーは?﹂
﹁へい、リューマ、ユーは?﹂
﹁お前、いつまでボーっとしとんねん?﹂
えっ? あれ? あ、れ? えっと⋮⋮何が?
﹁朝倉君、ちゅ∼∼∼もん﹂
﹁えっ? あ、ああ、えっと、ちゅ、注文?﹂
﹁そーだよ∼、あとは君だけ? さあ、何かな何かな?﹂
﹁じゃあ、サクラン⋮⋮⋮⋮⋮⋮アイスコーヒーで⋮⋮﹂
﹁サー、イエッサ! んじゃ、待っててくんろ∼!﹂
あっぶねえ∼、あやうくアホなことを言うところだった。
つうか、流石に口走ってたら、ミルコと十郎丸にもドン引きされ
るし、また俺が神乃が好きとか意味不明な勘違いされるところだっ
1294
たぜ。
幸い、俺の言い間違いに気づくことなく、神乃はツカツカと厨房
に向かおうとしていた。
だが、急にクルッと振り返って⋮⋮
﹁そ∼だ、朝倉君、それに村田君も木村君も。今日はご覧の通り、
コスプレdayだから、店内にはメイドさんとか割烹着女子とか、
執事とか色々居るけど∼、写真撮影は禁止だからね∼?﹂
﹁⋮⋮あっ?﹂
あっ、今気づいた。この店の店員⋮⋮
﹁ひゅ∼、随分とクレイジーな店だ﹂
﹁何でこないなことやっとんのや?﹂
﹁売り上げ上げるための工夫だよん。まあ、楽しいからいいんだけ
どねん﹂
コスプレdayって何のことだよと思ったが、店員たちが色々と
変な格好をしている。
意味わからねえ、何が楽しいんだ? こんなの衣装を用意するほ
うが金がもったいねえだろ。
﹁くだらねえ、誰が撮るかよ﹂
﹁にゃはははは、信じるよ∼。もし、盗撮バレたら今後は出禁だけ
じゃなく、オーナーが怒って学校にチクっちゃうかもしれないから
気をつけてね∼﹂
1295
ったく、あのバカ女は俺をなんだと思ってるんだよ。
嵐のように現れては嵐のように去っていくあの女に呆れながら、
ようやく俺は落ち着いて溜息ついた。
すると⋮⋮
﹁へい、リューマ⋮⋮少し騒がしいが、ミス神乃もキュートだな﹂
﹁せやな、ワイら相手に物怖じせんで話しかけてくるのは、結構ポ
イント高いで﹂
﹂
﹁あ、あのなあ、俺は別にそんなつもりはねーんだよ﹂
﹁ヒュ
﹁まっ、そういうことにしといたるわ﹂
﹁ぐっ、テメエら⋮⋮﹂
なんか、ミルコと十郎丸がニヤニヤして俺を見てきやがった。
くそ、なんか恥ずかしいな⋮⋮
﹁さて、ミーはちょっとトイレ﹂
﹁あっ、ワイは外で電話してくるわ。一応、今日の大体の人数把握
しとかなあかんからな﹂
言いたい放題冷やかして、そそくさと席から一旦離れる二人。
一方で俺は、冷やかされた状態のまま、なんだかモヤモヤとした
ままで、微妙な気分だった。
そんな中⋮⋮
﹁いらっしゃいませー、五名様ですね∼。今、テーブル片付けちゃ
うんで少々お待ち下さい∼﹂
元気に接客して店内を駆け回る神乃の姿が目に入り、気づけば俺
はその姿を自然と追いかけていた。
1296
その姿、やっぱり何度見ても、とびぬけて美人なわけでもない。
スタイルだってそんなんでもないし、喋り方なんていつもイライラ
する。
だけど、なんだろうな⋮⋮笑ってる姿を見ると⋮⋮なんかこう⋮
⋮胸がバクバクというか、キューッとくるっていうか⋮⋮
﹁よっ、ほっ、ほいっと、ピカピカふきふきつるてんこ∼♪﹂
そしてあのヘンテコな歌を歌いながらテーブルを拭く姿とか、他
の動作にまで目が追ってしまうというか気になるというか⋮⋮なん
なんだろう⋮⋮俺、あいつのこと⋮⋮
﹁ッ!﹂
その時だった。俺は、全身の毛穴と鳥肌が一斉に開いたり逆立っ
たりした気がした。
テーブルを拭いている神乃は前かがみになっている。
前かがみになった神乃のノースリーブと肌の隙間が空いて⋮⋮見
え? 見えな⋮⋮ッ! ヤバイ、スゲードキドキしてきた。何でだ
? 何で俺があんなので⋮⋮
﹁ふっきふっき∼、ピッカピッカツルツル∼♪﹂
あんな、機械的な雑用一つを、こいつはどうして一生懸命に、そ
してあんな眩しい笑顔で出来るんだよ。
あんな、ノースリーブにホットパンツとか、超不釣合いなふざけ
た格好で⋮⋮格好で⋮⋮
﹁⋮⋮ミルコと十郎丸は⋮⋮まだ帰ってこねーな?﹂
1297
その時、俺の中で、抑え切れない何かが生まれた。
二人のダチはまだ帰ってこない。他の客だって、俺たちに関わり
たくないという思いからか、こっちをまるで見ないようにしている。
そう、今の俺を誰も見ていない。
神乃も気づいてない。
﹁⋮⋮⋮この距離なら⋮⋮﹂
気づけば、俺は携帯を取り出してカメラの機能を作動していた。
顔は精一杯ポーカーフェイスで、あたかも暇つぶしで携帯を弄く
っているという態度を全面に押し出しながら、その画面には神乃の
姿が⋮⋮
こんなことはダメだと分かっている。
常識とかそういう以前に、不良としても終わっちまうような行為
だ。
しかも、俺は予め﹁写真撮影は禁止﹂と神乃本人の口から言われ
ている。
なのに、俺は⋮⋮
﹁ッ!﹂
俺が周囲の目を最大限に警戒しながら、いざ、親指でプッシュ。
すると、次の瞬間!
︱︱︱︱︱カシャッ!
シャッター音わすれてたああああああああああああああああああ
ああああ!
﹁ッ、ちょ、なに、今の音!﹂
1298
﹁えっ、今、カメラの音が⋮⋮﹂
﹁ちょっ、誰ですかーっ!﹂
その時、騒がしかったはずの店内も、シャッター音だけはどうい
うわけか運悪く店内に居た連中の耳にはしっかりと届いていた。
慌ててスカートの裾なり胸元なりを、コスプレした女店員たちが
自分の手で隠して、回りを鋭い目で見渡す。
﹁ちょ、どなたか知りませんけど、撮影は禁止ですよ! それに、
無断で撮影したら、それはもう盗撮ですよ!﹂
﹁信じられない、そんなことする人が居るなんて⋮⋮誰?﹂
﹁向こうの方から聞こえたような⋮⋮﹂
テメエらなんか撮ってねーよ! 俺が撮ったのは⋮⋮
﹁にゃははは、いや∼、えっちいお客さんも居るんですな∼。まあ、
私らもこんな格好しといてアレですけども∼﹂
スゲー呆れた顔で苦笑している神乃! や、ヤバイ、なんか店の
女たちが急に集まって、犯人捜しみたいなのを始めようとしてやが
る。
もし、俺がやったとバレたら⋮⋮
﹁ねえ、あっちからだよね。ちょ、今、携帯電話を取り出している
人はしまわないで!﹂
﹁絶対とっつかまえてやるんだから!﹂
くそっ! そりゃー、携帯を取り出しているのは俺だけじゃねえ
けど、シャッター音がした方角とか、子連れの母親とかそういうの
がどんどん消去されていくと、すぐに俺まで⋮⋮
1299
ヤバイ。喧嘩で警察に世話になったことはいくらでもある。でも、
こんな隠し撮りで問題になるのは、スゲー恥ずかしい。っていうか、
死ぬ! くそ、ここは怒鳴って誤魔化して、さっさと店を出るか⋮⋮いや、
わざとらしすぎる! ヤバイヤバイヤバイ、どうすれば⋮⋮⋮⋮
﹁禁止なのは分かっている。罪だということも承知している。でも
そこに、そそるものがあるのなら⋮⋮撮らずに後悔するなら、撮っ
て後悔する⋮⋮それが俺っちの生き様だから﹂
その時だった。俺の一つ斜め前の席で、一人の男が手を上げた。
俺は、今この瞬間までその男がそこに座っていることに全く気づ
いていなかった。
それは、どこまでも真っ直ぐで清々しい瞳を輝かせ、やらしい笑
みを口元に浮かべた男。
片手に携帯、片手にデジカメ、そして頭にタオルを巻いた男。
あまりにも不審者全開の男。
だが、俺はその男を知っている。クラスメートだ。
﹁ちょ、あんたね、今写真を撮ったのは! 禁止されてるって分か
ってるでしょ?﹂
﹁奥の部屋に来てください。話を聞きます。あと、カメラとか没収
だから。データも全部します﹂
何で⋮⋮? あいつも同時に写真を撮ったのか? それで、自首
して⋮⋮いや!
1300
﹁ニカッ!﹂
あいつ、こっちを見て笑ってる! じゃあ、あいつは俺に気づい
て? まさか、あいつ、俺の代わりに? 何で!
﹁ちょおおおおおい、江口くんじゃねええかいいい! ぬわあああ
あにやってんでーーーい!﹂
﹁なに。俺っちの履歴書なんて、元々エロエロだらけ。この程度、
なんともねえぞ、神乃!﹂
﹁って、そんなんじゃないでしょうがやきいいいい! しかも、何
も悪びれてないじゃない!﹂
﹁仕方ねーだろう? ピュアな心から生まれたエロを、罪だと罵倒
される兄弟の姿を、俺っちは見たくなかったのさ﹂
﹁⋮⋮兄弟∼?﹂
﹁そう、人間、エロマインドを共有できれば皆兄弟、皆親友だ!﹂
顔を真っ赤にしてプンスカ状態の神乃。だが、江口は俺のことは
一切話さず、ただ笑っているだけ。
﹁だいじょーぶだいじょーぶ、写真は全部消したって。ほらほらほ
ら、見てよ∼﹂
﹁うっそで∼、君なら消去したデータを復元できるって知ってるん
だからね∼﹂
﹁うっは∼、それも知られてたか。ん∼、この十万のカメラを手放
すのは惜しいが⋮⋮まっ、仕方ねーか﹂
そう言って、江口は身につけていたカメラ、携帯、そしてついで
に所持していた鞄の中にあったビデオカメラ、何かのアルバム、レ
ンタルDVDの束⋮⋮っておいおい、なんか本当に不審者じゃねえ
のか、あいつ。
1301
でも、そんな男が何で俺を庇った? あんな高そうなカメラ没収
されてまで⋮⋮
﹁ちょっと、あんたなんで笑ってんのよ!﹂
﹁オーナーに言って今後出入り禁止にするし、学校にも連絡するか
らね?﹂
店員の女たちが汚物を見るような目で江口を罵倒するが、江口は
清々しい顔で⋮⋮
﹁まっ、十万のカメラより⋮⋮パンチラ、ムネチラ、コスプレ写真
より⋮⋮もっと尊いものが手に入ったから、俺っちにはいいんだけ
どね﹂
﹁ん? 江口くん何を⋮⋮﹂
﹁エロが繋ぐ⋮⋮友情って奴をね⋮⋮⋮﹂
そう言って、店の奥に連れてかれた江口は案の定ファミレスに出
入り禁止となった。
その時、俺とすれ違い様に、俺だけに聞こえる僅かな声で、江口
は確かに呟いた。
﹁今度、シャッター音の消し方を教えてやる﹂
その後、江口は多くの大人たちに囲まれて、それはもう怒られた
ようだ。
隠し撮りということだが、データは消したし、カメラも没収した
1302
し、店、連絡された小早川先生、そして奴の両親にメチャクチャ怒
られたこともあり、一応は大きな処罰もなかったようだ。
ただ、その噂が学校中に流れ、江口は学校中の女から⋮⋮元々メ
チャクチャ嫌われていたが、余計に嫌われた。
しかし、奴はそれも特に大したことと捉えずに、言い訳もせず、
真実を誰にも告げず、江口は変わらずにエロ道を突き進み⋮⋮まあ、
その後、なんやかんやで⋮⋮
﹁その後、なんやかんやで俺と江口はダチになったとか⋮⋮言えね
え⋮⋮言えるわけがねえ﹂
俺が神乃の隠し撮りをしたことがバレそうになったことを江口が
庇ったのが、仲良くなったきっかけとか、今の嫁たちにバレるわけ
にはいかねえ。だって、情けなさ過ぎる! かっこ悪すぎる!
﹁なっつかしいね∼、いや∼、あんときは俺っちもビビビっと来た
んだよ。神乃を目で追いかけて、無意識に胸チラ姿を隠し撮りした
朝ちゃんに、俺っちは、エロはボーダレスだと改めて認識したんだ
から﹂
﹁つっ、あんときは俺も本当にどうかしてた。多分、夏の日差しに
頭をやられたんだよ﹂
サバス島へ向かって、俺の魔法で上空を駆け抜ける船の上で、俺
とフルチェンコは思い出したくもない俺の黒歴史を話していた。
﹁とにかく、その話は墓場だけじゃなくて輪廻の果てでも秘密にし
ておいてもらいたいもんだぜ。嫁にバレたら俺のイメージが崩れか
ねねーしな﹂
﹁それはヴェルちゃん次第∼? つっても、大丈夫じゃね? 嫁っ
て、アルーシャ姫⋮⋮綾瀬とかでしょ∼? むしろ君の隠し撮り事
1303
件より、彼女の方が色々とドン引きするような過去が⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮えっ? なに? なんか今、すごいゾッとすること言わな
かったか?﹂
﹁へへ∼ん、やっぱり、な∼い∼しょ♪ やっぱ、学園のマドンナ
という夢は壊したくないし∼﹂
江口ことフルチェンコと再会して、何やかんやですぐに海に出て
戦闘に入ったから、あんまりゆっくりと話はできていなかった。
だから、移動の少し間が空いたときに、俺たちは自然と二人で話
をしていた。
昔のくだらない話や、今の自分のことも含めて談笑した。
すると、俺の黒歴史の話題になって、そのことを秘密にするよう
に改めて話をしたら、フルチェンコが少し真面目な顔をして、まっ
すぐ空の向こうを見ながら俺に聞いた。
﹁でもさ、ヴェルちゃん、前世のことなんだし、ぶっちゃけ、今さ
らそんなの嫁にバレても、あんまり問題ないんじゃね?﹂
こいつ、急に真面目な顔をしたと思ったら何を!
﹁って、ダメに決まってんだろうが! どこの世界に、テメエの旦
那が昔ヨソの女の写真を隠し撮りしたなんて聞いて、平常で居られ
るんだよ﹂
﹁いや、だからさ、それはもう前世の話じゃん。今は今なんだから
関係なくね? それに、当の本人の神乃ことクロニアだっけ? 別
に嫁じゃないんだから、よくね?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮いや、そうは言うけどよ⋮⋮﹂
前世の失態だし、クロニアは俺の嫁じゃないんだから、バレても
別によくねえ? いや、よくねーだろ⋮⋮
1304
だが、フルチェンコはどこか確信したかのように⋮⋮
﹁嫁七人も居るくせに、クロニアに嫌われるのがそんなに嫌かい?﹂
﹁ッ!﹂
﹁おいおい、そりゃ嫁さんたち可愛そうなんじゃないの?﹂
クロニアに嫌われるのが嫌? いや、そもそも俺はもうクロニア
との⋮⋮神乃との想いに決着はつけたはずだ。
半年前の最後の戦いで、朝倉リューマが神乃美奈が好きだったこ
とを明かした。
だから、その想いの代わりに、ヴェルト・ジーハがクロニア・ボ
ルバルディエの力になる。
それが全てだ。じゃあ、何で俺は⋮⋮
﹁ヴェルちゃんよ∼、家出してきた理由をさっき聞いたけど、嫁が
怖いとか拘束するとか嫉妬深いとか夜中に襲われるとか言ってるけ
ど⋮⋮それって何でか分かる?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮それは⋮⋮﹂
﹁不安だからに決まってんでしょ。形や法的には夫婦になってんの
かもだけど、今日再会したばかりの俺っちにすら、クロニアに対す
るヴェルちゃんの特別視が手に取るように分かるからねえ﹂
少し、悔しかった。
﹁まあ、俺っちみたいにエロと愛は別腹と割り切ってるならいいけ
ど、ヴェルちゃんはそうじゃなくて、更には真実の愛やら強い愛や
らを語る人間として改めて百合軍団と戦うんだから⋮⋮﹂
反論できなかったからだ。
1305
﹁言われていることは分かるが⋮⋮⋮⋮テメエに言われると、なん
か腹立つな﹂
﹁はは。だが、何百人と色んな女の子と面接してきた俺っちならで
はだ。参考にするんだね。まっ、百合竜とナシつけるんなら、そこ
らへんをハッキリしといた方がいいんじゃねえの?﹂
俺の想い⋮⋮そういや、神族世界でクレオと戦っている時にもそ
んな話になったな。
正直、口に出すのは恥ずかしかったが、あん時の戦いで出た言葉
が俺の本音なのは変わりねえ。
でも、それはそれとして、結局クレオを連れ帰っちまったし、ギ
ャルゲーやっているところ見られたり⋮⋮まあ、確かにフォルナた
ちが色々と気が気じゃねえのは仕方ねえのかもしれねえな。
俺に対する不安があるからこそ、ヨメーズ定期報告会とかやって
いるわけだしな。
俺がフォルナたちにどうしてやるべきか⋮⋮正直その答えはもう出
ている。ようするに、俺がハッキリとしてやることだ。あいつらが
不安に感じねえように。
だから、ちゃんとそれを実行してやるためにも⋮⋮
﹁島が見えたぞ︱︱︱︱︱︱ッ! サバス島だーっ!﹂
﹁見ろ、ドラゴンの群れが島を包囲している! やっぱり間違いな
い! 奴らはあそこに居る!﹂
﹁っていうか、あの島⋮⋮襲撃されてないか? 火の手も上がって、
多くの漁船がドラゴンに応戦しているぞ!﹂
1306
そのとき、ゴチャゴチャとした気分を吹き飛ばす大声が聞こえた。
船のマストの上で前方を望遠鏡で覗いて監視している奴らの声だ。
﹁ありゃりゃ、ビンゴだね、ヴェルちゃん﹂
﹁だな。ったく、なかなかのんびりと落ち着けねーな﹂
﹁はは、そうだね。まっ、他にもエロエロと話すことはあるけど、
まずはこっちの片をつけるとしましょうか﹂
﹁確かに、色々と片をつけねえとな﹂
﹁にしても、この船を貸してくれたサバス島に、こんなに早く船を
返しにくるなんてね﹂
﹁だが、ちゃんと利子を付けて返してやれよ。早期返済とはいえ、
キッチリとな﹂
サバス島はマッチョな漁師たちが集う島。前世のクラスメートの
ラグビー部がマッチョ文化や筋トレとかを浸透させている島という
ことは知っている。
今は、そのクラスメートを筆頭とする主力の漁師たちが遠洋漁業
に行っているから守りは手薄だと考えた俺たちは、例のリリイ同盟
がその島に上陸すると予測し、そこへ向かった。
案の定、視界に入った小ぶりな島の上空を、多数のドラゴンが飛
んでいる。
そして、その中には⋮⋮
﹁あっ! ト⋮⋮トリバちゃん! 後ろをッ!﹂
﹁えっ? なっ、あ、朝倉たちっ! ウソ⋮⋮どうしてこんなに早
くッ! 奴らは、あのまま深海世界を探すために、海を漂っている
と思ったのに!﹂
﹁まさか、私たちの行動を読んで?﹂
﹁そんなはずは⋮⋮くそ、守りが手薄だって聞いてたのに、島に残
っていた漁師にここまで手こずるなんて⋮⋮﹂
1307
輝く宝石竜二匹は遠く離れていても一目でわかる。
驚いた顔してこっちを見ている。
﹁まずいよ、トリバちゃん⋮⋮このままじゃ、サバトの準備もでき
ない! 急いで、サルトビさんや深海賊団を呼んだ方が⋮⋮﹂
﹁無理よ⋮⋮あいつらは、﹃例の国﹄との交戦に備えて、封印の祠
の防衛に当たっているんだから⋮⋮そんな余裕はないわよ⋮⋮私た
ちだけで、やるしかないわよ!﹂
どうやら連中は、俺たちの存在を恐れて、早急に例の危ない儀式
をやろうと思って、その準備の一環でサバス島を奪取しよとしてい
たらしいが、そう簡単にはいかなかったようだな。
おまけに、俺たちが想定以上の速さでここに辿り着いたことが、
奴らの計算外でもあったようだ。
だが、例の深海族や忍者集団、それにヤシャの姿は見えねえな。
まあ、神出鬼没な奴らだ。周りをとりあえず警戒しつつ、今はこ
の追いかけっこに終止符を打つのが先か。
﹁さーて、カブーキタウンのエロ兄弟たちよ! この光景を見るが
いい! 俺っちたちの超重要顧客でもあるサバス島の皆様に、彼ら
が望まぬ女たちが宛がわれているではないかい! 顧客を満足させ
る女の子たちを常に手配する俺っちたちが、サービスの悪い女に迷
惑をかけられているお客様を見て見ぬふりしては、カーブキタウン
の名折れってもんだ!﹂
敵の姿を見るや否や、フルチェンコが先頭に立ち、再び黒服たち
を鼓舞する。
そして、俺も⋮⋮
1308
﹁だな。今度は逃がさねえ。ワリーが、瞬殺でいくぜ﹂
前世の因縁含めて、ソッコーで片づけてやるとするか。
1309
第75話﹁合体﹂
いくつもの漁船が、島の周りでドラゴンと攻防を繰り広げている。
﹁おお、結構危なかったみたいだな﹂
﹁でも、良かったです。ちゃんと間に合って、ヴェルトくんの魔法
のおかげだね﹂
﹁あ∼あ、ドラゴンがハエのように群がっちゃって、見ていて不愉
快じゃない?﹂
﹁ふん、やるもんだな、愚弟﹂
﹁ぐわははははははは、だからこそ、ロア王子もジャレンガもファ
ルガ王もそろそろ活躍せんとのう。無論、炎轟のバーツと風閃のシ
ャウトものう﹂
島には決して上陸させてなるものかと、島に残った漁師たちが少
ない戦力ながらも銛を投げ、網を投げ、果敢に挑んでいる。
そんな中で、俺たちの援軍は奴らにとっては正に光だっただろう。
俺たちの姿を視界に入れた漁師たちが、歯を食いしばった表情か
ら一気に希望に満ちた表情へと変わったからだ。
﹁援軍だーッ! カブーキタウンのみんなが、来てくれたぞーっ!﹂
﹁こんなに早く、船を返しに堂々と来てくれやがって!﹂
さあ、さっきの続きだ! 不完全燃焼でモヤモヤした俺たちは正
に、寸止めでお預け食らったようなもんだ。
今度こそすべてを出し切るためにも、俺たちは吠えた!
﹁っしゃああっ行くぞーっ! 蹴散らせーっ!﹂
1310
そして、正直なところ、油断さえしなければ既に勝負は明白だ。
﹁おらァ! どけどけどけーッ!﹂
﹁道を空けやがれーーッ!﹂
﹁手当たり次第に大砲ぶちはなってやれーッ!﹂
﹁兄さんたちの援護だッ! 俺らもプロ根性見せるぜ、野郎ども!﹂
いくら何百匹の強力なドラゴンが襲い掛かろうと、こっちは全員
で立ち向かう必要はない。
メインの攻撃は俺らでやって、他の連中はサポートしてくれりゃ
いい。
先の戦いで、連中の実力は既に分かっている。
深海族も忍者集団もどういうわけか今は居ない。奴らの余計な茶
々にさえ気を付ければ、今この場にいるドラゴンに、ジャレンガみ
てーな規格外の奴はいない。
警戒するのはクラスメートの百合竜二匹。その二匹の実力も、大
体分かっている。
だからこそ、油断だけをしないように、瞬殺する。
﹁ふわふわドリルインパクトッ!﹂
﹁エルファーシア流槍術・イブニングシャワー﹂
﹁アハハハハハハ! 下等な飛竜風情が僕の相手になると思ってい
るの? 月光眼で散らしてあげるよ!﹂
蹴散らす。寄せ付けねえ。このメンツの火力で押して押して押し
まくる。
﹁シャウト、バーツ、二人は念のため、海上で防衛している漁師さ
んたちの船に向かってくれ。海に落ちている人が居るなら、その救
1311
護に﹂
﹁了解しました。ロア王子は?﹂
﹁とりあえず⋮⋮僕は、空を覆う影を晴らしてきます﹂
十分だった。最強のイーサムが出るまでもなく、ドラゴンの群れ
だけならば、俺、ファルガ、ロア、ジャレンガだけで十分に蹴散ら
せた。
こうなってくると、敵が何か他に罠を仕掛けていないかどうかだ
が、さっきみたいに伏兵みたいなのが出てくる気配はない。
案の定、サバス島を襲撃するドラゴンたちを率いている百合竜た
ちも⋮⋮
﹁くっそ⋮⋮こいつら⋮⋮どこまでも邪魔を⋮⋮﹂
﹁トリバちゃん、私たちも行くしかないよ! 下級種の飛竜だけじ
ゃ、何百匹居ても勝負にならない。ここは、私たちが⋮⋮﹂
﹁分かってる! 邪魔男どもなんかに、止められてたまるか!﹂
﹁ようやく、ようやく前世から引き裂かれた私たちが、今度こそっ
て時に⋮⋮邪魔はさせない、朝倉君ッ!﹂
連中にとって、俺たちがこんなに早くに来たことは予想外という
のは間違いない。
慌てているのも間違いない。
﹁さっさと来やがれ、今度こそケリをつけてやるよ﹂
無意味にドラゴンたちを戦わせても仕方ないと判断したのか、百
合竜二匹が早々に前へ出てきやがった。
好都合だ。逆に返り討ちにしてやるまでだ。
そう思っていた。
だが、イケイケ状態だった俺たちの中で、唯一イーサムだけは珍
1312
しく渋い顔をしていた。
﹁にしても⋮⋮解せんのう⋮⋮本当に暗殺ギルドや深海族は出てこ
んのか? 連中に何かあったか?﹂
何かがあった? そういや、こいつらはさっきの戦いでは﹃何か﹄
があったから急遽退散したんだよな。
そう⋮⋮どこかの国が動き出したとか⋮⋮
﹁はっ? 関係なくない? ナメたマネをしたんだから、当然全員
死刑でしょ?﹂
﹁当初は女性たちの救出が目的でしたが、新たなる国の建国や、古
の魔王の復活、更にはチェーンマイル王国領土のサバス島の襲撃、
到底看過できるものではありません。何が待ち受けていようと、今
は手を緩めるわけにはいきません!﹂
そう叫ぶのはジャレンガにロア。想いは両極端なものの、まあ、
そういうことだ
どちらにせよ、サバス島を守るには、このまま戦うしかない。
﹁朝倉アアアッ!﹂
﹁私たちの邪魔をしないでよ、朝倉君ッ! 見せてあげるんだから、
私たちの力をッ!﹂
来た! 百合竜二匹! 上空から宝石の礫の雨を次々と振らせて
来る。
あんなもん、頭に当たったら、頭が割れちまう。勿体ないところ
ではあるが、全部返品だ。
﹁ふわふわクーリングオフッ!﹂
1313
﹁﹁いっ!﹂﹂
飛ばされた宝石の雨を全部包み込んで即返品。
同じ硬度の宝石でできた奴らの鱗とぶつかって、奴らの宝石の皮
膚に亀裂が走っていく。
﹁ッ、あ、朝倉∼∼∼ッ!﹂
﹁いっ、たい⋮⋮そんな⋮⋮今まで、どんな魔法も攻撃も跳ね返し
てきた私たちの体が!﹂
ドラゴンの姿でも、苦虫をつぶした顔ってのは分かるもんだ。
悔しそうに俺を睨む二人のクラスメートに、俺は言ってやった。
﹁二匹揃えば四獅天亜人クラスって話だったが、そうでもなさそう
だな。それとも、なんか奥の手があるのか?﹂
奥の手があるならさっさと出しやがれと挑発してやった。もっと
も、そんな奥の手を出そうとした瞬間に勝負を決める。
今、サルトビが居ないなら、今度は変わり身の術なんかで回避は
不可能。
両の翼を新技レーザーで撃ち抜くまでだ。
すると⋮⋮
﹁どうして⋮⋮どうして、邪魔すんのよ、朝倉⋮⋮﹂
﹁は? 何言ってんだよ、テメエらがアホなことやらかしたんだろ
? えっと⋮⋮真中つかさと、矢島りこ⋮⋮だっけ?﹂
﹁ッ! 朝倉⋮⋮私たちのことを⋮⋮﹂
﹁いや。覚えてねえよ。とりあえず、巨乳とチビ女っていう情報だ
けは知ってるけど、そこまでだ﹂
1314
話に入るか? それならそれでいい。メンドクせーが、こいつら
はただぶっ飛ばせばいいっていう敵じゃねえからだ。
どっちにしろ、話は付けなくちゃいけない。だから、無駄な抵抗
をしないのなら、それに越したことはねえ。
ジャレンガあたりはブーイングだろうが、これは特別なことだか
ら。
﹁朝倉⋮⋮言ったでしょ? 私たちは女を攫ったんじゃない。救出
したんだって。それともあんたは、女たちを無理やりもう一度歓楽
街へと連れて帰ると言うの?﹂
﹁それはテメエらの勝手な決めつけだろうが。それが女たちにとっ
て良かったかどうかは、一度フルチェンコと話をさせたらどうだ?﹂
﹁そう? 確かに私たちも最初は無理やりだったかもしれないけど、
彼女たちもほんの少し私たちや、ボス⋮⋮そして、あの方の話を聞
いてくれたら、全て納得してくれるはず﹂
どこからそんな自信が来るんだ? だが、トリバはどこか確信し
ているかのような言い方だ。洗脳でもする気か?
だが、問題は現時点ではそれだけじゃなくなっている。
﹁つっても、それはそれとして、さっきロアも言ってたけど、どっ
ちにしろいきなり変な国を作るとか、昔の魔王を復活させるとか、
そういう問題もあるだろうが﹂
﹁はあ? 先に勝手に自分の都合のいいような世界にしたのは、あ
んたでしょうが!﹂
﹁だからテメエもテメエの都合のいい国を作ろうってか? お互い、
世界にとっては迷惑極まりない存在だな﹂
そして、問題全てをどうにかするなら、結局のところ元凶まで行
きつかなきゃならねえ。
1315
そのためには⋮⋮
﹁おい、テメエらのボス⋮⋮ラクシャサに会わせろ。話をさせろ﹂
﹁ッ! あ⋮⋮あんた⋮⋮ボスを⋮⋮﹂
﹁サバス島を襲ってたのも、サバトとかいう異常な何かをやろうと
していたんだろ? 同性愛がしたい奴らは勝手にすりゃいいが、そ
ういうものまでは見過ごすのも立場上できねーんでな。それを攫っ
た女たちに強制でさせようとしているなら、尚更だ﹂
どうやら、俺が⋮⋮というより、俺たちがラクシャサの存在を認
識していたのは予想外だったようだ。向こうも驚いている。
だが、同時に強く首を振った。
﹁無理よ。ボスは今⋮⋮リリイ同盟全戦力を集結させ、戦争の準備
中。そして、新たなる同志となる女の子たちと話をしているところ
⋮⋮﹂
⋮⋮なに? 新たなる同志となる女と話⋮⋮それはカブーキタウ
ンから攫った女たちのことなんだろうが、その前にこいつは今なん
て言った?
戦争?
﹁戦争の準備⋮⋮だと?﹂
﹁ええ、そうよ。そして、私たちの同志となることを自分の意思で
決めた子たちには、一緒に戦ってもらう⋮⋮サバトで魔女の力を得
てからね﹂
戦争? バカな。半年前にとてもメンドクサイことや、人生の墓
場に入ってまで終わらせたってのに、また何かやらかそうっていう
のか?
1316
しかも、これだけ一癖も二癖もありそうな奴らが、一体、どこの
誰と戦おうっていうんだ?
ロアやイーサムたちも、心当たりがないと首を横に振っている。
じゃあ、誰が⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮願いを叶えるため⋮⋮⋮⋮﹂
その時だった。
﹁おっ!﹂
﹁ぬっ?⋮⋮ほほう、もったいぶらずに出てきおって﹂
空間が陽炎のように揺らいで、何もなかった空間から誰かが出て
きた。
それは、真っ黒いローブで頭からつま先まで全身を覆った謎の人
物。声だって初めて聞いた。
しかし、姿も顔もまるで不明のその何者かが現れた瞬間、イーサ
ム、そしてジャレンガが口元に笑みを浮かべた。
﹁ぬははははははは、ず∼いぶんと大それたことをやろうとしてい
るようじゃのう、のう? ラクシャサ﹂
﹁あははははははは! よく出てきたじゃない! ⋮⋮で? 僕た
ちヤヴァイ魔王国の支配下となった人がさ、何をやらかそうとして
いるの? ねえ? ねえ? ねえ!﹂
二人は現れた人物に正体を問う前に既にラクシャサと確信して言
葉を発した。
﹁おい、愚弟﹂
﹁ああ。あいつみたいだな⋮⋮俺もまだ一度も話をしたことねーん
1317
だけどな﹂
正体も、その歴史も、力も、あらゆるものが正体不明。歴史に埋
もれてこれまでずっとベールに包まれた魔王。
﹁ボスッ! そ、そんな、なんで! 今は、封印の祠の防衛に当た
っているはずでは!﹂
﹁逃げてください、ボスッ! ボスを失ったら私たちは戦う意味を
失ってしまいます! 私たちの野望をかなえるためにも!﹂
敵の総大将がいきなり現れたことは、百合竜たちにとっても想定
外だったのか、慌ててラクシャサに下がるように言っている。
だが、この大乱戦の中、一人プカプカと空中に浮かびながら、静
かに佇んでこちらを見ているラクシャサはまるで百合竜の言葉を意
に介していない。
だからこそ、何を考えているのかが全く分からなかった。
﹁はあ⋮⋮ダンマリか⋮⋮本当、元魔王のくせにイライラするね。
一言以上の言葉を決して話そうとしない。ねえ、本当にあなた⋮⋮
何考えているの?﹂
﹁ぐわはははは、無駄じゃ、ヴェンバイの息子よ。こやつはこうい
う奴じゃ。むしろ、一度口を閉ざせば数年は黙っているとまで言わ
れている変わり者じゃ。実際、ワシも、長い年月で二言三言ぐらい
しか声を聞いたことがないからのう﹂
現れたものの、何をする気なのか分からずに黙ったままのラクシ
ャサ。流石に短気なジャレンガはイライラしているようだ。
だが、これじゃあ埒が明かねえ。お喋りが苦手だろうと、話をし
ない限り一向に問題は解決しな︱︱︱︱︱
1318
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁えっ、ボス、どういうことですか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁このままでは勝てない? 確かに厳しい状況ですが、今、リリイ
同盟の戦力を割けないことは理解しています! だからこそ、私た
ちが命に代えても⋮⋮えっ? 何を仰るのですか、ボスッ!﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮? どういうことだ? なんか、トリバが一人でブ
ツブツ呟き出したが⋮⋮⋮⋮
﹁ああ、念話だね﹂
﹁ジャレンガ?﹂
﹁多少親しい人とかとは、あの人はあれで会話するみたいなんだよ
ね。おかげで、回りは何を話しているのか全然分からない﹂
なんともまあ、めんどくせえ⋮⋮ニートを遥かに上回るコミュニ
ケーション能力が欠けた奴だな⋮⋮
だが、それはそれとして、何の話をしているのかは非常に気にな
る。
何故ならば、念話を使ってラクシャサと話をしていると思われる、
トリバとディズムの二人の顔色が徐々に青ざめているからだ。
﹁そ、そんな⋮⋮ッ! いくらなんでもそれは! 私とディズムの
二人の力だけで何とかしてみせます!﹂
﹁待ってください、ボス! まだ、私とトリバちゃんの﹃必殺フォ
ーメーション・貝合わせ﹄があります! その力は、あの四獅天亜
人にだって! だから、ボスッ!﹂
なんだ? 流石にこのメンツを相手に百合竜だけじゃキツイって
ことで、ラクシャサが参戦するのか?
1319
だが、それでどうにかなるものか? すると⋮⋮
﹁だから、待って、ボスッ! 確かに私たちは命を懸けるつもりだ
けど︱︱︱︱︱﹂
﹁それだけは許してください! トリバちゃん以外を受け入れたく
ない⋮⋮私が私じゃなくなるなんて嫌アアアアアアアッ!﹂
違う! 何か様子がおかしい。ラクシャサが普通に参戦するって
わけじゃねえ。何か別のことをやる気だ。
この世界では歴戦の猛者であるはずの百合竜が揃って、弱々しい
女のように叫びだすなんて、何をする気だ?
そう思ったとき⋮⋮
サーヴァントフュージョン
﹁古代禁呪⋮⋮使い魔⋮⋮融合⋮⋮﹂
それは、とても小さく呟かれた僅かな言葉。
しかし、激戦の音が飛び交う海上で、何故かその言葉は俺たちの
耳にしっかりと届いたような気がした。
するとどうだ?
﹁ッ、な、⋮⋮えっ?﹂
﹁どうした? ドラゴンが急に全部動きを止めたぞ?﹂
そう、交戦しいていた何百匹というドラゴンが全て、咆哮をやめ、
攻撃をやめ、動きも硬直したように止まった。
そして、百合竜の二人もまた⋮⋮
﹁ぼ、す⋮⋮ぎ、⋮⋮あと、で⋮⋮もど⋮⋮すって⋮⋮でも、こ、
れは⋮⋮﹂
1320
﹁いや⋮⋮よご、され⋮⋮ちゃう⋮⋮トリバちゃ、い、がい⋮⋮に﹂
動きが止まったんじゃない。強制的に止められたんだ。百合竜の
二匹は、その何かに抗おうとするも、身動き取れずにただ体をピク
ピクと痙攣させている。
だが、その抵抗もむなしく、その数秒後には何かに引っ張られる
ように百合竜が、そしてドラゴンが⋮⋮
﹁ッ、おい、ラクシャサ! テメエ、何をやろうとしてやがるっ!﹂
この場の海域に存在していた全てのドラゴンが一斉に、一つの中
心地に向かって引き寄せられ、その空間が禍々しい黒い瘴気のよう
なものに包まれていく。
あれは⋮⋮なんか、まずい気がする!
﹁させるかよっ! ふわふわキャストオ︱︱︱﹂
何か分からないが、これをこのままにしたらまずい気がした。だ
から、俺はその何かを引き剥がそうと、ふわふわキャストオフを発
動させようとした。
だが︱︱︱︱
コンフュージョン
﹁⋮⋮混乱⋮⋮﹂
これまで何度もやってきたこと。空気中に感じるものを俺の魔法
で引き剥がす。
今やろうとしているのは、突如ラクシャサがドラゴンたちに使っ
たと思われる魔法の引き剥がし。
だが、それなのに俺の魔法は⋮⋮
1321
﹁ぶほおおお、なななな、なんで服がいきなり脱げるんだなーっ!﹂
この世界の誰もが喜ばない、キモーメンの服を何故か脱がしてい
た。
﹁そ、そんな! 何で? くそ、もう一度、ふわふわキャストオフ
!﹂
﹁ぬわああ、パンツが脱げたんだな! 何でなんだなー!﹂
こっちが何でなんだな、だよっ! どうしてだ? 魔法が全然思
ったように発動しねえ。
﹁ちっ、婿よっ! 無闇に魔法を使うでない! 神経撹乱系の魔法
じゃ! おぬしの感覚が奴の魔法で狂わされているぞい!﹂
﹁なっ⋮⋮神経⋮⋮撹乱?﹂
イーサムの言葉に、俺は自分の体の異変に気づいた。これまで当
たり前のように感じていたはずの体の中に流れる魔力の感覚が、い
つもと全然違うことを。
これじゃあ、魔法を発動しようにも、全然繊細なコントロールが
できねえ!
﹁おい、愚弟! なにしてやがる!﹂
ダメだ、魔力の流れや空気の流れが全然掴めねえ。クレオの暁光
眼すら打ち破れたってのに、魔法そのものが発動できねえ。
アレと似た感覚だ⋮⋮フォルナの﹃封雷世界﹄やウラのツボ押し
みたいなもんだ⋮⋮引き剥がすに引き剥がせねえ!
実際この二つを同時に食らった日なんて俺は身動き取れずに二人
にそのまま寝室に拉致され⋮⋮あの夜は全てされるがままで男の尊
1322
厳もあったもんじゃなかった。今思い出しても⋮⋮って、今は俺の
合体の話はどうでもいい!
問題なのは今の俺のこの状況。
そして⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮クイ⋮⋮﹂
ラクシャサが指を俺たちの後ろへ向かって指した。
そこには、百合竜含めたドラゴンたちが得体の知れない何かに引
き寄せられ、収縮され⋮⋮
﹁な⋮⋮なんだ⋮⋮あれは⋮⋮﹂
闇が晴れ、何かが世界に飛び出した。
一面の海や、浮かぶ島、漁船、そのすべてを覆い隠すほどの巨大
な何かが、まるで雲のように俺たちすべてに影を落とした。
それは、島よりもでかい、海に突如出現した山。いや、山ではな
く、それは超巨大なドラゴン⋮⋮⋮⋮ドラゴンなのか?
﹁化け⋮⋮もの⋮⋮﹂
ドラゴンじゃない。なら、なんと表現すりゃいい?
﹁おい、クソどうなってやがる!﹂
﹁真理の紋章眼解析ッ! ⋮⋮⋮⋮ッ、これは! 契約を結んだ使
い魔たちを⋮⋮⋮⋮強制融合させているっ!﹂
この世界に生きてきて、カラクリドラゴンや、超巨大ヴァンパイ
アやダンガムとかゴッドジラアとか、異形のものはいくらでも見て
きた。
1323
これもまた、その部類に入る、規格外の何か。
デカく、そして眩い宝石の散りばめられた鱗や爪など、そこまで
はいい。巨大な胴体、そこまではいい。だがその﹃一つの胴体﹄に
対して、ドラゴンの頭が何百以上も生えている。あれは何だ?
最終決戦で俺とコスモスとドラで生み出した三つ首の竜・キング
ドラどころじゃねえ。前世の空想上の化け物として知られていたヤ
マタノオロチ? いや、もっとだ。まるで、髪の毛の一本一本の全
てが蛇だというメデューサとかいう怪物のように、何百もの首を生
やしたドラゴン。
だから、もうそんなものはドラゴンなんて呼べない。
化け物としか呼べない。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮千の顔を持つ⋮⋮邪竜王アナンタ⋮⋮召喚﹂
ラクシャサがポツリとそう呟いた。
1324
第76話﹁L﹂︵前書き︶
現在、当サイトにおいて書籍化によるダイジェスト化作品投稿が今
後禁止になることが決定し、つきまして本シリーズの移行先を検討
中です。
確定次第、改めて報告致します。
1325
第76話﹁L﹂
凄いとか、でかいとか、何だコリャとか、色々思うけど、真っ先
に思ったのは﹃気持ち悪い﹄ってことだ。
一つの胴体からウジャウジャと伸びる無数のドラゴンの首は、思
わずゾッとしちまうくらい奇怪なものだった。
﹁⋮⋮⋮⋮使い魔融合⋮⋮そんなことも出来るだなんて⋮⋮﹂
﹁クソ紋章眼なら解析して同じことできるんだろ? こっちも何か
テキトーに融合させるか?﹂
﹁いや⋮⋮無理ですよ、ファルガ王子。そもそも強制融合はまだし
も、使い魔契約は相手の同意なしにはできませんから⋮⋮﹂
だが、しかし、これだけ規格外のバケモノが現れて、島の漁師や
同乗している黒服たちが腰抜かして呆然としている中で、俺たちだ
けはそこまででもなかった。
そりゃ、このバケモノが強くてヤバイことなんて一目見りゃ分か
るし、ナメてるわけでもねえ。
ただ⋮⋮
﹁バーツ⋮⋮どう見る?﹂
﹁厄介なのは間違いねえよ。でもさ、なんか⋮⋮ああいうの、もう
慣れちまったからな⋮⋮﹂
バーツとシャウトも苦笑しながら現れた化け物﹃アナンタ﹄とか
いうものを見上げていた。
そう、正直な話、ジーゴク魔王国との戦いとか、カラクリモンス
ターとか、ゴッドジラアとかと戦ってた俺らからすれば、ああいう
1326
怪獣的なものは正直、﹃またか﹄という気持ちになってしまう。
だからこそ、ビビッたり慌てたりすることもなく、﹃じゃあ、こ
いつをどうする?﹄と即座に考えることができた。
﹁あは、⋮⋮あははははははははははは! 何ソレ! 面白くなく
ない? まさか、そんなもので生物としての格があがったつもり?
それがラクシャサさんの奥の手? なんだか凄いガッカリじゃな
い? 底辺の下級種がいくら集まったってさ∼ちょっとやかましく
なるくらいだよ!﹂
で、こいつにいたっては実の父親等が規格外ゆえに、普通に高笑
いしながら巨大で禍々しいヴァンパイアドラゴンの姿へと竜化して、
早速、怪獣大決戦の幕を開けやがった。
﹁おい、ジャレンガッ!﹂
﹁あははははははははは! 調子が悪いヴェルトくんは残ったら?
ここはさ∼、僕がちょっと虐殺してくるからさ♪﹂
巨大な翼を羽ばたかせ、狂気に染まった笑みを浮かべたヴァンパ
イアドラゴン・ジャレンガが飛ぶ。
すると⋮⋮
﹁単純にクソ大暴れするだけじゃ、島も潰れちまう﹂
﹁ええ。単純に倒すだけではダメです、ジャレンガ王子﹂
﹁それに、何だかんだでアレは相当強いですからね﹂
﹁ここは、俺らでやろうじゃねえか﹂
その背中に許可なく飛び乗る四人。
ファルガ、ロア、シャウト、バーツだ。
1327
﹁はあ? なになになに? 僕の背中に乗るとか何考えてんの? ねえ、調子乗ってる? ねえ、殺しちゃうよ?﹂
﹁広い心で許してください、ジャレンガ王子。だって、僕はあなた
の親戚ですよ?﹂
﹁クソ忌々しいがな⋮⋮﹂
﹁それを言うなら、俺とシャウトはあんたの義弟の幼馴染だしな﹂
﹁そういうことですね﹂
それは、ジャレンガ自身は物凄く不愉快そうな顔をしているもの
の、どこか自然に見えた。
﹃物凄く気分が悪い﹄という気持ちなんだろうが、結局ジャレン
ガは四人を背中に乗せたまま、アナンタに突っ込んでいく。
ラクシャサの魔法の効果で戦えそうにない俺はその姿を見送りな
がら、こういう状況で真っ先に﹃血が滾る﹄とか言って飛び出すは
ずのイーサムがニヤニヤしながらみんなの姿を見守っていることに
気づき、首をかしげた。
﹁おい、イーサム、どうしたんだよ?﹂
何で笑ってるんだ? という疑問に対し、イーサムはいつもの﹁
武人﹂というより、﹁じいちゃん﹂みたいな表情で笑っていた。
﹁ぬははははははははは、文句を言いながらも、何だか普通に戦う
奴らだと思っての∼﹂
﹁はあ?﹂
﹁たとえ、和睦や休戦協定が成されたとしても、半年前なら想像で
きんかっただろう? 勇者たちが魔族の王族の背に飛び乗って、ぶ
つくさ言いながらも戦うというのは。ましてや、婿よ。今、おぬし
が参戦しておらんというのにじゃ﹂
1328
その時、今更ながら俺もようやく気づいた。
これまで、俺は色んな種族の奴らと、その壁を気にせず戦ってき
た。
そしてあいつらも、﹃俺が戦いに参戦できない﹄という状況でも、
普通に一緒に戦っていることを。
﹁くくくくく、ああいう粋がっている若造たちが、どんどん新しい
光景をジジイに見せてくれるのじゃ。あんまりでしゃばらん方が良
さそうだのう。じゃから⋮⋮⋮⋮﹂
ああやってどんどん昔の関係や常識を超えて戦おうとする若者の
活躍の場を奪うのはよろしくない。それがイーサムが飛び出さなか
った理由だった。
でも、だからこそ⋮⋮
﹁じゃからこそ、太古の遺物の老兵は⋮⋮ケツの拭き残しを次代の
ために拭いておくことが役目。そう思わんか? ラクシャサよ﹂
だからこそ、ラクシャサは別だ。何十年も前から世界の裏で暗躍
し続けてきた魔王が、ようやく変わった世界でいきなり現れて何か
をやらかそうとしている。
イーサムからすれば、﹁余計なことはするな﹂と言いたいのだろ
う。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁のう、おぬしは一体何をしようとしているのじゃ? 今更、雌同
士でイチャつける国を作るや、原始時代の魔王を復活させるなど、
多様な種族を巻き込んで何をしようとしている? おぬし自身の本
当の願いはなんじゃ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
1329
イーサムは聞く。余計なことはするなと言いながらも、それでも
何かをやろうとしているラクシャサ。その目的は本当になんなのか
と。何が、ラクシャサの願いなのかと。
だが、ラクシャサは何も語らない。何も言おうとしない。語り合
おうとする気配がまるで感じない。
﹁ぬははははは、相変わらず、ノリ悪し。ましてや、おぬしは戦で
語り合うということもせん者じゃ。ほんと∼に、いやな奴じゃの∼。
⋮⋮⋮⋮じゃがっ!﹂
語り合うことも、ぶつけ合うこともしないラクシャサの存在は、
生粋の武人であるイーサムにとっては心が惹かれる存在ではないこ
とは明白。だが、それでもこの場は何もしないというわけにもいか
ない。
﹁それでもワシらの時代からの拭き残しは拭き残しッ! それが害
になるというのなら、子や孫の世のために、ワシはおぬしを討ち取
らんといけんのうっ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁くく、ここまで言ってもダメならば、とりあえず噛んだら少しは
良い声を出すのかのう!﹂
イーサムが猛獣の貌へと変わった。狙った獲物を喰らおうという、
肉食獣の凶暴な貌に。
それは、相手がかわいそうになるぐらい、世界最強の野生。
牙と爪を剥き出しにしてラクシャサへ向かって跳んだ。
イーサムなら、魔法だ撹乱だとかそんなもん無視して、その反則
的な力だけで相手をぶっ飛ばす。
そう、イーサムなら⋮⋮
1330
ストロングスメール
﹁⋮⋮激臭⋮⋮﹂
フラッシュ
﹁ッ!﹂
﹁閃光﹂
﹁あっ⋮⋮ッ!﹂
その瞬間、ラクシャサが何かをやりやがった!
くっさ眩しい! な、涙が出るような刺激臭! 一瞬視力がなく
なったかと思えるぐらい眩しい光!
だが、こんなもん、嫌がらせ程度の⋮⋮いやっ!
遠くの女に匂いだって余裕で嗅ぎ取れちゃうほど鼻が利くイーサ
ムにはこの刺激臭は苦痛のはず! 更に、鼻だけじゃなく、視界ま
でつぶした。
だが⋮⋮
﹁んぬ⋮⋮関係あるかあああああっ!﹂
だが、鼻が潰れようとも、視界を奪われようとも本能だけで怯ま
ないイーサムの雄叫び。
怯んじゃいねえ。見えねえし、鼻も潰れて俺もそれどころじゃね
えが、イーサムがそのまま攻撃しかけているのは分か︱︱︱
シェアセンス
﹁⋮⋮⋮⋮お見事⋮⋮⋮⋮⋮⋮古代禁呪・感覚共有⋮⋮⋮﹂
閃光の中、確かに聞こえた賞賛の声。
だが、次の瞬間には、鋭い何かが肉を貫く音が聞こえた。
光が徐々に晴れていく。潰れた鼻も何とか息を吸える位には治っ
てきた。
ラクシャサはどうなった?
そう思ってゆっくりと目を開けたら⋮⋮
1331
﹁なにいッ!﹂
イーサムの豪腕より繰り出された手刀。
紛れもなくラクシャサのローブごと体に突き刺し、貫通している。
その証拠に、ラクシャサを覆っているローブから、魔族の青い血
が噴出している。
だが同時に⋮⋮
﹁⋮⋮ラクシャサ⋮⋮おぬし⋮⋮やってくれるのう。相変わらず、
ヤル気を削いでくれる魔法じゃのう!﹂
目を疑った。
たとえ、見えなかったとはいえ、イーサムは攻撃をしたが、ラク
シャサが攻撃をした気配はなかった。
なのになんで⋮⋮イーサムの体に、腹に﹁穴﹂が空いてるんだ?
﹁イーサムッ!﹂
しかもその傷は、イーサムがラクシャサに付けた傷と同じ箇所に、
同じような抉れ方をしている。
イーサムは攻撃を喰らっていないはず。なのに何故?
するとイーサムは、ラクシャサの肉体を貫きながら、自身の傷に
顔を歪ませることもなく笑みを浮かべた。
﹁術者の血を一定以上に浴びてしまうことで、その血が呪いとなっ
て、術者と感覚を共有するという禁呪か⋮⋮⋮ワシの手刀で噴出し
たおぬしの血を浴びたのはまずかったのう﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ぬははははは、となるとこのままおぬしを力ずくで引き裂くと、
1332
おぬしと感覚を共有しているワシもどうなるか分からんのう﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
感覚を共有する? つまり、負った傷も痛みも共有してしまうっ
てことか? そんな魔法が存在すんのかよ!
いや、もはや魔法というよりは呪い?
だが、その割にはイーサムは余裕の貌だな。
﹁う∼む、ワシがおぬしを攻撃すればそのダメージがワシにも跳ね
返ってくるか。ふ∼む⋮⋮⋮困ったの∼⋮⋮⋮ッ、な∼んて言うと
思っておったか!﹂
﹁ッ!﹂
んなっ!
﹁ぬどりゃああああああああ!﹂
﹁ッッッッ!﹂
俺たちは思わず目を疑った。
なんとイーサムは、自分が敵に与えたダメージがそのまま返って
くるということを理解しながらも、ラクシャサに突き刺した爪をそ
のまま真横に動かして脇腹を削り取った。
当然魔族の青い血が噴水のように飛び散るが、それはイーサムも
同じ。
屈強な肉体を誇るイーサムの脇腹が突如抉られ、赤い血が飛び散
る。
だが、そんなことをイーサムは毛ほども気にしてねえ。
それどころか、ラクシャサから引き抜いた爪をそのまま真上に持
ち上げて、今度は力任せに真下に向かって振り下ろし、ラクシャサ
を叩きつけやがった。
1333
﹁っておいおいおいおいおい、いいの? あれ、いいの? ねえ、
ヴェルちゃん!﹂
誰もが顔を青くするのは当然のこと。
船の甲板に埋まるほど勢いよく叩きつけられたラクシャサは、呻
き声こそ上げないものの、体が痛みで痙攣しているのが分かる。
だが、そのダメージはイーサムにも跳ね返る。頭蓋が割れて頭か
らも血が噴き出している。
なのに、なぜかイーサムは普通に笑っていた。
﹁侮るな、ラクシャサよ。痛みを共有する? それがどうした! おぬしが痛いと思う痛み程度、ワシには屁でもないのう﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁腹が抉れようと、心臓を貫かれようと、臓腑が飛び散ろうと、四
肢が砕かれようと、傷つく覚悟も痛みに耐え抜く度量もないものに
戦をする資格などなしっ!﹂
なぜ、イーサムはあんだけの傷で平気なツラしている? 自分の力がそのまま跳ね返ったとはいえ、ラクシャサが感じる痛
みや傷がイーサムにとっても致命的に感じるものとは限らねえって
ことか? いや、つうかそもそもそこに小難しい理屈はいらねえ。多分、気
合の一言で片づく。
そして、それがイーサムって男そのものなんだろうな。相変わら
ず呆れちまったよ。
で、それはそれとしてラクシャサ自身はどうだ? 全身を痛みで
震わせながらも、何とか立ち上がろうとしている。
リカバリー
﹁⋮⋮修復⋮⋮﹂
1334
それは、ラクシャサ自身が痛みに耐えきれなくなったと証明して
いるような魔法。回復魔法だった。
暖かい光が漏れ、ラクシャサを包み込んでいく。
だが、それは意味のないこと。
﹁ぬはははは、ほれ、結局同じことじゃ。おぬしが回復すればワシ
の傷も修復される。これでは意味がないのう﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁どうした? 狂気に染まったオナゴ共や、口八丁で言い包めた貴
様の部下共でも出さんのか? よもや、このままワシとやりあって
勝てると思っているわけではあるまいな?﹂
ラクシャサ自身が傷に耐え切れずに回復魔法を使えば、自然とイ
ーサムも修復される。
現に、ラクシャサが自分の傷を治そうと魔法を使った途端、イー
サムに刻まれた傷も修復されてしまった。
確かに、これでは意味が無い。
すると⋮⋮
センソリーディプリベーション
﹁古代禁呪・感覚遮断﹂
﹁ぬぐっ! ⋮⋮⋮⋮ほう⋮⋮﹂
傷を修復させながらゆっくりと立ち上がったラクシャサは、再び
何かの呪文を唱えた。
次の瞬間、荒々しい笑みを浮かべていたイーサムの表情が変わっ
た。
1335
イーサムは、ボーっとした顔のまま辺りをキョロキョロ見渡した
り、両手をジッと見たりしながら立ち尽くした。
﹁って、おいおいおいおい、イーサムッ!﹂
それだけじゃねえ。イーサムは目の焦点が定まってねえ。
流石に何か異常を感じ、慌てて駆け寄る俺だが、イーサムは俺の
声に全く反応しない。
ただ、ボーっとした目のまま空だが、途端に皮肉な笑みを浮かべ
た。
﹁ぬはははは、本当にやる気を削いでくれるの∼﹂
一体イーサムに何が起こっているんだ? いくら俺がイーサムの
名を呼んでも、間近で叫んでいるのに聞こえないのか、まるで反応
しない。
すると⋮⋮
﹁おい、婿よ。ワシの側におるか∼? ちょっとメンドクサイ呪い
にかけられてしもうてのう﹂
﹁呪い?﹂
﹁ラクシャサのやつ、感覚遮断などという魔法を自分自身にかけよ
った。この魔法が発動しておる間、視覚も、嗅覚も、聴覚も、触覚、
ましてや今なら味覚すらも、肉体のあらゆる感覚が遮断されておる
わい﹂
﹁⋮⋮⋮な、なにい?﹂
﹁じゃから、今、ワシは何もできんわい。ぐわははははははは、ま
いったのう。まあ、それは向こうも同じじゃがのう﹂
か⋮⋮体の感覚を全て遮断? そんなことができんのかよ! 1336
﹁ヴェ、ヴェルトくん、大変なんだな! ヴェルトくんも、イーサ
ムも戦えないなら、誰がやるんだな!﹂
﹁ん? でも、そういう感覚遮断とか使ってるんなら、今、あのラ
クシャサっていう魔王は完全に無防備だから攻撃し放題じゃない?
そう、正にイップス状態!﹂
﹁いや、⋮⋮⋮ダメだぜ、フルチェンコ。それやると、イーサムに
もダメージが⋮⋮﹂
そうだ。今、ラクシャサに攻撃をしかけたら、イーサムだって⋮
⋮。だから、あいつはこんな魔法を使ったんだ。イーサムの動きを
封じるため。そして、これを使ったらラクシャサ自身も何もできな
いが、俺たちがイーサムに気を使って手出しできないということを
分かっているから⋮⋮⋮⋮?
イーサムを⋮⋮俺たちが⋮⋮気遣って? ⋮⋮イーサムをか⋮⋮
﹁⋮⋮ぬう? おい、婿よ! 体の五感が封じられても、ワシの第
六感が告げておるぞ! おぬし、今、ワシなら気遣わなくても大丈
夫とか思わんかったか?﹂
﹁ッ! お、お、思ってねえよ﹂
﹁よいか! 確かにワシは多少の怪我ぐらいなんでもないが、娘の
晴れ姿と孫をこの目で見るまでは死ぬ気はないからのう! 覚えて
おくのじゃ!﹂
ちっ! いや、まあ、イーサムを見捨ててもいいかなとか別に本
気で思ってたわけじゃねえけど、何故か舌打ちが出た。
しかし、なら、どうする? この状況、言い換えれば、ラクシャ
サ自身が自分を犠牲にしなければイーサムを封じることができなか
ったってことだ。
なら、今、敵の大ボスが完全無防備な状態で何もしないなんて勿
1337
体なすぎる。
何か手は⋮⋮
﹁婿、聞いておるか? 五分時間をやろう! 五分経ってもワシの
体が元に戻ってないようなら、ワシはとりあえず、辺り一体をぶっ
飛ばす。おぬしも死なんとは思うが、巻き添えをくらいたくなけれ
ば何とかせい﹂
﹁いや、なんとかって言われてもーーーーーーっ!﹂
その手がねえから、今は何もできねーんじゃねえかよ! しかも
俺自身は、未だにあのラクシャサの魔法の効果でうまく魔法が使え
ねえ。こういうときこそ必要な、魔法を引き剥がせるふわふわキャ
ストオフが使えねえ。
﹁とりあえずさ、あの大怪獣は勇者様たちに任せて、俺らであの魔
王をどうにかするしかないね、ヴェルちゃん﹂
﹁ああ。だが、一体どうすれば⋮⋮﹂
﹁とりあえず、つついてみる?﹂
とにかく、どうにかするしかねえ。
だが、魔法を解除するかどうかはラクシャサ次第。感覚を遮断し
ているラクシャサに拷問ちっくな攻撃は無意味。それに、あまり致
命的なダメージを与えると、イーサムにまで影響が及ぼされる。
よくよく考えると、感覚遮断に感覚共有⋮⋮実に恐ろしい技だな。
自分だけじゃなく、自分にとっての大切な存在と感覚共有された状
態でラクシャサを攻撃したり殺したりすると、自分の大切なものま
で失っちまう。
手出しができねえ⋮⋮
﹁⋮⋮とりあえず、ローブを剥いでツラだけ拝むのはどうかな?﹂
1338
﹁ひいい、やめたほうがいいんだな、フルチェンコ様! こんな大
昔から居る魔王なんて、とんでもないバケモノみたいなコワイ姿に
決まってるんだな!﹂
甲板の上で立ち尽くすラクシャサを目の当たりにして、俺はこの
時、フルチェンコの提案に﹁そういえば﹂と思った。
そういえば、ラクシャサの素顔を知らねーんだ。それなら、ロー
ブを剥ぎ取るぐらい⋮⋮
まあ、キモーメンの言ってることも分からんでもないが、やっぱ
りそこだけは少し気になって、俺もフルチェンコに頷いて、微動だ
にしないラクシャサのローブに手を伸ばして剥ぎ取った。
すると⋮⋮
﹁ォ⋮⋮お、おおお⋮⋮﹂
﹁ッッッッッッッッッ! やはりかっ! これだからファンタジー
は侮れねえな、ヴェルちゃん!﹂
﹁すす、むひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、なんだ
なっ!﹂
俺たち三人は、いや、この船に乗っていた黒服たちも全員、ロー
ブの下に隠されていたラクシャサの姿に目を見開いて驚愕した。
さらに、フルチェンコとキモーメンに関しては、さっきまでの恐
いもの見たさから一転して、急に拳を握り締めて興奮し、口もとに
やらしい笑みを浮かべた。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
感覚を完全に遮断しているラクシャサは、今自分に何が起こって
いるかを理解していないだろう。
まあ、こんな高リスクな魔法を使うぐらいだから、自分自身の怪
1339
我や素顔を見られることぐらいは想定していただろうが⋮⋮
﹁は⋮⋮⋮⋮初めて見た⋮⋮⋮⋮こんな⋮⋮こんな⋮⋮﹂
初めて見た? それは、別にラクシャサの素顔のことじゃない。
まあ、確かに素顔は少し意外ではあった。
二本の羊の角を生やし、背中にはカラスのような黒い大きな翼。
だが、その表情は、灰色の肌の色をした、人間の娘に近い系統の
顔。例えをあげれば、ウラのような魔人族のような顔だ。
しかも、かなり若々しく、凛々しい顔をした黒のロングヘアーの
女。どうしてだ? イーサムたちの世代の魔王ってことは結構年上
のはずじゃ? しかしだ! ﹁初めて見た!﹂というのはそこじゃねえ。まあ、
若く見えるのだって、エロスヴィッチのようなロリババアが居る世
界なら不思議じゃねえ。
なら、服装か? 確かにローブで全身を隠していたかと思えば、
その下はかなり大胆だった。肩を露出させてヘソを出すような黒い
鉄製の胸当てをつけているだけだ。だが、大胆な服装というのであ
れば、ビキニアーマーとか着ていたキモーメンの嫁二人からすれば
⋮⋮
なら、下半身か? 下半身は普通の足ではなく、二本の獣の足だ
った。腹より下は、正に山羊の形をして、真っ黒い体毛を覆われた
人外のもの。だが、別に亜人とかそういうものが存在する世界なん
だから、魔族でもこういう獣ちっくな下半身が居るのはそこまで珍
しいものじゃない。
そう、なら、何が初めてなのか?
﹁ど、どど、どうやってあのローブの下に収まっていたんだ?﹂
その時、俺は自分の嫁であるエルジェラと初めて出会ったときを
1340
思い出した。
あの、豊満で柔らかく、形も整った、世界最高峰の⋮⋮まあ、果
実。
だが、これはどう表現すればいい? エルジェラがスイカップ
そして、あのクロニアがパイナップルなら⋮⋮
﹁⋮⋮﹃パラミツ﹄⋮⋮それは、かつて俺っちたちの居た世界⋮⋮
アジアやアフリカなどで栽培されていたフルーツ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮な、なに? ど、どうした、フルチェンコ﹂
﹁⋮⋮ヴェルちゃん⋮⋮聞いてくれ。その果物は世界最大の果実と
言われていた⋮⋮まあ、スイカを果物として分類したらどうか分か
らんけど⋮⋮、でも、そんなことはどうでもいい。やはり重要なの
は、その称号。世界最大⋮⋮﹂
世界最大⋮⋮その称号は正直、大げさじゃないかもしれん。少な
くとも、俺はこれほど巨大な物体を直に見たことが無い。
﹁そして⋮⋮﹃L﹄⋮⋮かつて、俺っちたちの世界ではサイズの表
Size﹄の
記として使われていた一文字。数値としての定義は明確に定まって
いないが、単純に﹃Lサイズ﹄とは、﹃Large
略称。そう、Lとはイコール大きい。その他に余計な意味等ない。
大きい。ただ、大きい。純粋に大きいという意味⋮⋮ゆえに、﹃L﹄
という言葉はかつての俺っちたちの世界において、万国全人種共通
に﹃大きい﹄という意味を浸透させた根源の言葉﹂
L⋮⋮おいおいおいおい⋮⋮ま、まさか⋮⋮
﹁⋮⋮⋮Lカップ⋮⋮⋮⋮﹂
1341
フルチェンコは震える唇で確かにそう呟いた。
そして、ラクシャサを前にして、フルチェンコは両膝をついて正
座して、頭を下げた。
﹁オッパラミツなLカップのバフォメッ娘ッ⋮⋮⋮⋮俺ッち、なん
て頭が高いんだ⋮⋮この、超乳魔王を前に、俺っちはなんてことを
⋮⋮﹂
多分、人から見れば、ラクシャサに頭を下げるフルチェンコに、
なんて馬鹿なことをやっているんだと言えなくもないが、正直俺は、
フルチェンコの気持ちも分からんでもなかった。
なぜならば、理由も無く、拝んでしまう。意味も無く頭を下げた
くなる。そのわけの分からん衝動が、何だか分からなくもなかった。
それは、もう敵とか味方とか、趣向とか、種族とか、そんなもの
を超越していたかもしれない。
気づけば、驚愕の表情で腰を抜かした黒服たちも、正座をして甲
板に座っていた。
そして、みんなが穏やかな表情を見せて、頭を下げた。
﹁﹁﹁﹁﹁ありがとうございます﹂﹂﹂﹂﹂
と、何故かラクシャサにお礼を言っていた。
だが⋮⋮
﹁あっ、婿よ∼、一つ言い忘れておったが、ラクシャサの衣を全て
剥ぎ取るでないぞ? あれは、あらゆる禁呪の習得や儀式などを行
った副作用として、あやつ自身が代償として様々な呪いを受けてお
り、それを抑える役割を果たしていたとかいう噂じゃ。だから、衣
だけは剥ぎ取らぬほうがよいぞ∼﹂
1342
拝んでいる男たちの中で響いたイーサムの声に誰もが思った。
﹁それを剥ぎ取ると、その呪いは抑えきれずに周りも巻き込むそう
じゃから、気をつけるのじゃぞ∼﹂
もう、遅え!
って、まさかラクシャサはこうなることも予期して、あえて無防
備に?
1343
第77話﹁さわるな危険﹂
﹃呪い﹄⋮⋮なんかめんどくさいな⋮⋮
そんなふうに思っている俺たちだったが、そんな俺たちとは明ら
かに違う空気とテンションの中で、勇者たちと大怪獣の戦いは激化
している。その争いの余波に波も船も大きく揺れて、俺たちは思わ
ずバランスを崩す。
ドラゴンに乗った勇者たちが力を合わせてバケモノを退治する。
何とも、子供向けのファンタジー物語っぽいなと思っていた。
﹁﹁﹁﹁﹁ジャギャアアアアアアアアアアアアアッ!﹂﹂﹂﹂﹂
もはや、どの頭のドラゴンがメインなのかも分からぬほど、千の
頭のドラゴンたちは狂ったように吠える。
だが、狂っていても、相手は巨大合体生物。吠えて暴れるだけで、
世界の地形を変えちまうんじゃないかと思うほどの存在だ。
﹁グルルルルルルッ、ギャガアアアアアアアア!﹂
あのパーツの中に百合竜も混ざっているのだろうが、もはやどれ
がどれなのか分からない。
そんな中で、今、吠えている無数のドラゴンの頭たちは、目の前
に現れたヴァンパイアドラゴンと勇者チームに本能で脅威と感じた
のか、狂った状態のまま、迎撃のために攻撃を仕掛けた。
﹁ちょっ、あっちこっちでドラゴンが口を開いて⋮⋮ブレスを放と
うとしてやがるっ!﹂
﹁ロア王子、属性を解析してください!﹂
1344
﹁えっと⋮⋮あっちが炎、斜め下が雷、向こうの両隣が水泡、あっ
珍しい! 向こうには重力球を放つドラゴン⋮⋮ゴメン、数も属性
もバラバラだから解析しきれないっ!﹂
﹁ふん、クソ役にたたねえ目だな﹂
ドラゴンたちが各々の首から、多種多様な属性を纏った咆哮を放
つ。そこにあるのは、﹁目の前の敵をぶっ倒す﹂というたった一つ
の意思から放たれるドラゴンたちの攻撃。
だが、その﹁目の前の敵をぶっ倒す﹂という意志は⋮⋮
﹁月光眼・月散ッ!﹂
その意志は、勇者とヴァンパイアドラゴンのチームも同じことだ。
﹁おおお、すげえ、これがフルパワーの月光眼ッ! ドラゴンのブ
レスを全て弾き飛ばした!﹂
﹁ふふふふふふふ、アハハハハハハハハハハ! 頭数だけ揃ってる
だけで、勇者たちも全く役に立たないねえ! もうさ、ただの重量
負担でしかないから、今すぐ僕の背中から飛び降りてくれない? 邪魔だからさ!﹂
数え切れないほど放たれたドラゴンたちの一斉ブレスを纏めて弾
き飛ばすジャレンガ。その表情はどこまでも余裕に満ちている。
だが、相手もまた、多種多様なドラゴンたちの集合体。
当然、ジャレンガにも有効なドラゴンも⋮⋮
﹁ピギャオオオオオアアアアアアッ!﹂
﹁ッ! シャイニングドラゴンッ? あんなものまで混じっていた
の?﹂
1345
世界が眩く輝く。さっき、ラクシャサが放った閃光の魔法と同じ
目潰し! これは、ジャレンガの月光眼対策だ。あのドラゴン共、
狂っていながらも、ちゃんと有効な対策を打ってきやがった。
﹁ガグッッ!﹂
﹁ガルラアアアアアアアアアッ!﹂
そして、月光眼が発動できず、ドラゴンたちの牙が一斉にジャレ
ンガに向けて襲い掛かる。
あの数で一斉に噛まれたら、一たまりも無い。
だが⋮⋮
﹁⋮⋮クソ抉り取る⋮⋮⋮⋮エルファーシア流槍術・メイルストロ
ムッ!﹂
﹁アークライン流剣術・グローリースラッシュ!﹂
螺旋状に一直線に突き進み、それどころかその螺旋の大渦に周囲
のドラゴンの首まで引き寄せて、まとめて引きちぎる力任せの槍。
そして、とにかくなんか光った剣をスラッシュ上に放つというい
かにもな剣技が、ジャレンガを噛み千切ろうとした数十のドラゴン
の首を纏めて粉砕しやがった。
﹁意外とクソ役に立たねえな、その伝説の眼とやらは⋮⋮﹂
﹁ご安心を、ジャレンガ王子。乗せて戴いた運賃分は、しっかりと
僕たちも働きます﹂
目が見えなくても気配で敵の位置は分かるとばかりに飛び出した
二人。
役立たず発言をしたジャレンガに、﹁どうだ?﹂とばかりの働き
を見せる、ファルガとロア。そのドヤ顔に、なんかジャレンガも不
1346
愉快そうに額に血管を浮かべてる。⋮⋮お∼い⋮⋮仲良くしろよ∼
⋮⋮
﹁ッ∼∼∼∼∼∼ガギャアアアアアア!﹂
で、またイライラしたように一斉に叫ぶアナンタだが、今度は何
を⋮⋮って!
﹁ッ、なにこれ!﹂
﹁うおおお、か、風が!﹂
突風。いや、暴風? 荒れ狂ったような強い風が一帯を駆け抜け
た。って、うおおい、船が引っくり返るぞッ!
﹁これは、風属性のブレス⋮⋮いや、違うッ!﹂
﹁あのクソドラゴン⋮⋮巨大な翼を羽ばたかせ、クソ不規則でクソ
強烈な風を生み出しやがった!﹂
それは、ブレスじゃない。ただ、海の上でアナンタがその超巨大
な両翼を羽ばたかせているだけ。
だが、それだけで人間にとっては大災厄に等しい効果がある。
大きく荒れ狂う海はあらゆるものを飲み込もうとし、吹き荒れる
風はあらゆるものを吹き飛ばそうとする。
﹁や、やべえ、近づくどころか、俺たちまで!﹂
﹁なに、このウザったい風! 本当にムカつくなあッ!﹂
﹁でも、こんなの僕の瞳でも解析も何もあったものじゃ⋮⋮くっ⋮
⋮﹂
そして、この単純すぎる攻撃だからこそ、ロアの瞳で解析しよう
1347
としても、解析したから何だって話になる。
ジャレンガの月光眼で一時的に弾こうとしても、休み無く次から
次へと発生する風全てを永続的に弾くこともできねえ。
打つ手は⋮⋮
﹁ふふ⋮⋮ふふ、大丈夫です。風は幼い頃から僕の友達です﹂
だが、そんな中、ジャレンガの背にしがみ付いていたあいつが、
ゆっくりと立ち上がり、荒れ狂う突風に耐えながら両手を広げて叫
んだ。
﹁ロア王子は僕同様に風属性魔法を扱えますが、こうした魔法では
ない、魔力も帯びない風には不慣れでしょう? でも、幼い頃から
慣れ親しんできた僕なら⋮⋮⋮⋮﹂
それは、シャウトだ。
いつもはなよっちいあいつが、幼馴染の俺でも珍しいと思えるほ
ど頼もしい顔つきで、この安定しない荒ぶる状況下でしっかりと立
ち、オーケストラの指揮者のようにその両手を動かす。
﹁風の流れを把握するだけでなく、不規則に流れる風に手を加えて
あげるだけでその流れを誘導してあげ、そして僕の魔力で包み込む
ことでむしろ味方にする⋮⋮﹂
突如、風の猛威が収まった。
荒れ狂っていた海も次第に揺れが小さくなっていく。
アナンタは相変わらず両翼を強くバタつかせているのだが、そこ
から発生されるはずの風が全て誘導され、引き寄せられ、それはシ
ャウトの頭上に巨大な球体となって凝縮していく。
1348
﹁ふふ、流石はシャウト。風に対する理解は、僕よりも深い﹂
﹁クソぶっとばせ﹂
﹁へ∼、やるじゃん﹂
アナンタが発生させていた巨大な猛威を全て巨大な球体に凝縮し
たシャウト。その爽やかな笑みとは似つかわしくないほど凶暴な威
力を纏った球体を、シャウトはアナンタ目掛けて容赦なくたたきつ
けた。
﹁風閃ッ!﹂
それは、風というよりも、もはや爆発のように見えた。
ただし、爆弾のような爆発ではなく、風船の破裂音のような爆発。
シャウトの意思で凝縮して乱回転させた風の球体は、一瞬で巨大
なアナンタ激しく歪ませて、上下左右に高速で弾かれていく。
﹁よし、トドメは任せたよ! いつものように!﹂
﹁馬鹿、こういう状況なんだから、いつも以上だぜ!﹂
アナンタに会心の攻撃を喰らわせたシャウトは、そのままウイン
クをして一歩横にずれる。
すると、﹁待っていた﹂とばかりにあいつが不適な笑みを浮かべ
て、天に向かって手をかざしていた。
バーツだ。シャウトとは違ってガキの頃から好戦的なあいつがこ
のギリギリまで我慢していたのは、ただ、溜めていたからだ。
全てを燃やし尽くす、熱せられた炎を。
その炎は、自然界で見られるような赤い炎じゃない。
1349
前世の世界で何度か見たことある、ガスバーナーやコンロなどで
見られた、青い炎。
﹁おや⋮⋮バーツも腕を上げたね。そして、深いね⋮⋮﹂
﹁えっ? なんで? 炎がなんで青いの? ねえ、どういうこと?
何か違うの?﹂
﹁おおありですよ、ジャレンガ王子。赤い炎は青い炎に比べて酸素
が不足しているため、完全燃焼していないんです。しかし、今のバ
ーツの青い炎は完全燃焼した炎です。当然、完全燃焼しているので
すから、その熱量は違いますよ﹂
ロアが感心したように解説する、バーツが頭上に作り出した青い
炎の球体。それは、青い太陽。
﹁いくぜ! これが俺の新必殺技! ブルースフィアだッ!﹂
と、まあ、バーツが中二病的な魔法を放ったするなど、向こうは
向こうで集ったメンツに相応しい伝説の戦いを繰り広げている。
そんな中、本来あの戦いを眼に焼き付けて後世に伝えるとか、応
援するとか、色々と俺たちにも役目はあるのだろうが、正直、今の
俺たちの意識は、そっちよりこっち。今、俺たちの目の前のことで
おっぱ⋮⋮いっぱいだった⋮⋮
﹁とりあえず、こっちもこっちで早くなんとかするぞ!﹂
目の前で立ち尽くすラクシャサは、ロアたちがあれだけの戦いを
しているのに無反応のままだった。
どうやら、本当に感覚全てを遮断していて、状況が何も分かって
いないんだろう。
1350
にしても、﹃呪い﹄か。
これまで、バチあたりなことは数多くしてきたが、呪いなんても
のを気にしたことなんてなかった。
ファンタジー世界に転生して、魔法とか、人智を超える力の存在
を目の当たりにしてきても、これまで呪いなんてものをお目にかか
ったことはねえ。
﹁おい、急いでローブを被せろ!﹂
だが、何か起こってからじゃ遅い。何かまずいことが起こる前に、
剥ぎ取ったローブを被せようと⋮⋮
﹁はあはあはあはあはあはあはあはあ⋮⋮もう⋮⋮我慢できないん
だなーっ!﹂
何か起こる前にまずいことが起きちゃったよ。
興奮で鼻息荒くしたキモーメンが、目の前で無防備な状態で晒さ
れた超乳に我慢できず、その谷間に喰らいつくかのように飛びつい
たその時だった。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
無言で立ち尽くすラクシャサの体から、黒い靄のようなものが発
生し、その靄が飛び掛ってきたキモーメンに触れた。
すると⋮⋮
﹁って、ほんぎゃああああああ! い、痛い! いたいんだなああ
あ! や、い、ママアアアアッ!﹂
キモーメンがラクシャサに飛びつこうとした瞬間、その両手が超
1351
乳に触れたかどうか定かではないところで、キモーメンが奇声上げ
て甲板の上を転がりまわった。
﹁ひぎゃ、た、助けて、い、痛いんだな! 僕のアレが、針で串刺
しになったみたいに痛いんだなッ!﹂
一体、何が起こったか分からなかった。
だが、何かが起こった。あの黒い靄がキモーメンに触れた瞬間⋮⋮
﹁ひ、ひい、ま、まさか! 呪いか?﹂
﹁そんな! 呪いなんて、そんなものがこの世に?﹂
黒服たちが慌てて叫びだす。そして、誰もが否定しようとしても、
その﹁まさか﹂を否定できずにいる。
呪い⋮⋮まさか、本当に?
﹁でも、何でキモーメンだけが? 俺たちはまだ平気なのに⋮⋮﹂
﹁まさか⋮⋮魔王ラクシャサに襲いかかったら? いや、むしろ⋮
⋮パイタッチしようとしたら?﹂
パイタッチしようとしたら? そのフルチェンコの妙な洞察に黒
服たちが即座に反応。
﹁では、オーナーッ! もしそうだとしたら⋮⋮いえ、まだ確証は
持てません!﹂
﹁そうです! 本当にパイタッチしようとしたら呪いにかかるかど
うかは⋮⋮やはり試してみないと!﹂
﹁しかし、呪いはそれだけじゃないかもしれません! パイをタッ
チするだけじゃなく、揉みしだけばまた何か別の呪いが発動するか
もしれません!﹂
1352
﹁オーナー、そしてヴェルト様、ここは我らにおまかせを! 我ら
が屍となりて、奴の呪いを暴いてみせましょう!﹂
こいつら⋮⋮⋮⋮もう、建前ばかりで本音がものすごく分かりや
すすぎる。
でも、いいのか? 無闇にラクシャサに触れようとしたら何かあ
るかもしれないってのに。
いや、こいつらのツラ⋮⋮
﹁敵︵Lカップ超乳︶を前にして何もせず黙って指をくわえている
など、我らにはできません! 今こそ、この命を捧げます!﹂
もう、なんかあってもいいからとにかく飛びつきたいってことな
んだろう。
普段、女なんて見慣れているはずの歓楽街で働く黒服たちが、思
春期入りたての中坊みたいなツラしてやがる。
だが、そんな男たちが勇気?を振り絞ってラクシャサに飛びかか
ろうとした次の瞬間ッ!
﹁ぎゃああああああ、い、い、いてええええ!﹂
﹁急に股が、いや、こ、股間がッ!﹂
﹁千切れるうううっ! なん、いてええええ!﹂
何人かの黒服たちがキモーメンと同じ痛みの症状を訴えて転がっ
た。
﹁な、何でだ? こいつら、ラクシャサに触れてもいないのに!﹂
﹁パイタッチが呪いの発動条件じゃない? となると⋮⋮⋮⋮ッ!﹂
その時、フルチェンコが倒れている黒服たちを見て何かに気づき、
1353
慌てた顔で俺を見てきた。
﹁ヴェルちゃん! お前は、あのオッパラミツのLカップを見ても
何とも思わないのか? エロい気持ちにならないのか? 真中つか
さのIカップを遥かに凌駕するあの超乳を!﹂
﹁は、はあ? なんだよ、急に⋮⋮つか、さり気に百合竜の前世の
カップを暴露してんじゃねえよ﹂
﹁いいから答えてくれ! ムラムラしなかったか?﹂
﹁⋮⋮⋮いや⋮⋮そりゃ驚いたけど⋮⋮⋮まあ、これより二回り小
さいとはいえ、それでも巨乳のエルジェラとかで慣れてるし⋮⋮⋮﹂
﹁なるほどっ!﹂
﹁っていうか、確かにここまでデカけりゃ目がいくが、元々巨乳派
だったわけでもねえ俺的にはここまで突然変異な大きさは、そそら
れるというよりも普通に引く⋮⋮﹂
﹁OK,エロエロと分かってきたぜ﹂
そう、とにかくバカデカイというだけじゃ、俺は別に⋮⋮。そう
いう意味では、エルジェラはただデカイだけじゃなくて、全てのパ
ーツをあわせた総合力、あとは形とか柔らかさ! 少しはユズリハ
やクレオに分けてやりたいくらい⋮⋮って、こんな状況で何でこん
なアホみたいなことを! と言おうとしたが、どうやらそれが重要だったのか、フルチェン
コは他の﹃倒れていない黒服﹄たちを見た。
﹁今、立っているお前たちは、﹃ビッグバインインフィニティ﹄、
﹃パイ脂肪率秘密♪﹄とか巨乳専門店の奴らだ⋮⋮そして、巨乳に
多少の免疫があるヴェルちゃんに、ムラムラよりも今はLカップに
感動という感情が先行している俺っち⋮⋮これが導き出す答えは一
つ!﹂
1354
﹁⋮⋮おい、まさか⋮⋮﹂
﹁そう、この空間内で我慢できないぐらいムラムラしちゃった奴が、
股間に何か激痛を与える呪いに掛かっちゃうんだよっ!﹂
な、なんだってー!⋮⋮とでも言って欲しいのか? あまりにも
アホ過ぎる呪いに、もはや俺も言葉も出ねえよ。
﹁だが、呪いの発動条件さえ分かっちまえばこっちのもん! 巨乳
専門店、急いでローブを超乳魔王にかけるんだ!﹂
呆れる俺を置き去りに、フルチェンコが即座に指示を出して黒服
たちを動かす。
黒服たちも﹁もう怖いもんはねえ﹂とばかりにローブを手にとっ
て、ラクシャサの体を覆うとする。
だが⋮⋮
﹁しっかし、胸は胸ですごいか、肌もスベスベしてそうでキレーだ
な。ほれ、この頬っぺたをツンと触れれ⋮⋮ぶはあっあふあ!﹂
それはほんの少しだった。
ラクシャサの肌が綺麗だと、その頬に指先を僅かにつつかせた黒
服が、全身に痙攣を起こして泡ふいて倒れた。
﹁なっ、ちょ、何があったの?﹂
﹁やべえ、こいつ瞳孔が開いて⋮⋮明らかに何かの毒だ!﹂
﹁まさか、この女に触れるだけでも何か呪いが?﹂
1355
ラクシャサの肌に僅かに触れてもダメ? その光景を目の当たり
にした黒服たちが、怯えたように慌ててローブから手を離してその
場から後ずさりした。
もし、ローブをかけるときに、ほんの僅かでも肌に触れてしまっ
たら? ﹁おいおいおい、マジかよ。これもローブを外したことで起こる呪
いの一つってか?﹂
﹁多分ね。あのイーサムって亜人がローブ越しにこの人を手刀で貫
いてもなんも問題が起きなかったしね⋮⋮まいったね⋮⋮ローブを
はがさないで、グルグル巻きにして拘束しちゃえばよかったね﹂
本当だ。ちょっとラクシャサの素顔見たさに、安易にローブを外
してしまったこのザマだ。
ムラムラしてもダメ。触れてもダメ。じゃあ、どうすりゃいいん
だ?
こいつの肉体に触れないようにローブを掛け直すしかねえのか?
﹁しゃーない⋮⋮感覚遮断されて、肉体に触れられもしないなら⋮
⋮⋮意識の世界で戦うしかないね⋮⋮﹂
その時、何か観念したかのようにフルチェンコが溜息つきながら
前へ出た。
﹁フルチェンコ?﹂
﹁見せてやるよ。そっちが感覚共有魔法なら、こっちは妄想共有魔
法! もう、この超乳魔王を赤らめて動揺させて、思わず魔法を解
いちゃうようなすごいエロスを叩きつける!﹂
何か、自信に満ちた笑みを浮かべ、人差し指と中指の間に親指を
1356
通して頷いてくるフルチェンコ。
次の瞬間、フルチェンコは、全身の感覚を遮断しているラクシャ
サに向かって、光る何かの魔法を放った。
﹁エロイムエッサイムエロイムエッサイム!﹂
﹁おい、お前、もっとまともな呪文の詠唱はねえのか?﹂
﹁おだまりな、ヴェルちゃん。俺っちは今、エロの精神世界に飛び
込む。俺っちのエロ妄想を魔王の脳内に鮮明に送り込む! さあ、
まずは触手ハードプレイ︱︱︱︱︱︱﹂
と、その時だった! ﹁ッ⋮⋮こりゃー、想像以上だね⋮⋮魔王様﹂
﹁おい、どうした、フルチェンコ。顔が真っ青だぜ?﹂
ほんの一瞬。フルチェンコが魔法を使って一秒も経たないうちに、
フルチェンコの全身がゾワッと鳥肌が立ち、滝のような汗が滲み出
た。
﹁誰もがドン引きするような俺っちのエロ妄想にも心の中で波風一
つ立たせてねえ⋮⋮⋮サバトなんてグロイことやっているだけあっ
て、この魔王様⋮⋮ハードエロに免疫があるっ!﹂
⋮⋮⋮⋮それは、凄いのかどうかよく分からんが、こいつが言う
なら相当なんだろう⋮⋮⋮⋮
まさか、フルチェンコのエロ世界に着いて来れる奴が居るとは。
いや、それだけじゃねえ。
﹁そして更に⋮⋮⋮⋮すまねえ、ヴェルちゃん⋮⋮⋮⋮﹂
﹁フルチェンコ?﹂
1357
全身から脂汗を出して体を震わせるフルチェンコ⋮⋮明らかに何
かが⋮⋮
﹁エロ妄想したせいで⋮⋮俺っち、極限にムラムラしちゃった⋮⋮
⋮て、てへペロ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮はっ?﹂
﹁だから⋮⋮すまん、ヴェルちゃん⋮⋮⋮うごああああああ! 股
間に猛烈な痛みいいいいい!﹂
あっ、そっか⋮⋮⋮⋮さっき、フルチェンコが自分で言ってたん
じゃねえか。
この空間内でムラムラした奴は呪いにかかるって⋮⋮
﹁って、アホかテメエ! なんで普通に自爆してんだよッ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁オーナーッ!﹂﹂﹂﹂﹂
やばい、アホすぎる! アホすぎて、結構ピンチな状況なはずな
のに、全然緊迫感がねえ! だが⋮⋮ ﹁⋮⋮ッ! ⋮⋮?﹂
その時、俺自身にも何かが! の、喉が⋮⋮うまくしゃべれな⋮⋮
﹁あ? ヴェル、さ⋮⋮あ、で? うっぷ、あ、あああ!﹂
﹁しゃべ、お、なか、いたい⋮⋮さむけ⋮⋮﹂
俺だけじゃねえ! 他の残された黒服たちも急に言葉を喋れなく
なり、それに体調もどこかおかしい。全身に寒気がする。何だか腹
1358
も痛くなってきたし、頭もボーっとする。
なんで? 俺たちはムラムラしてもないし、ラクシャサに触れて
もいないのに、何でだ?
こなた
﹃一定の時間以上⋮⋮一定の範囲内に此方と共に居る⋮⋮﹄
ッ! 誰だ? 誰の声だ? 急に頭の中にテレパシーのように⋮⋮
﹃ただそれだけで体調に異常をきたす⋮⋮敵も味方も問わず⋮⋮そ
れが、此方の呪い⋮⋮数ある呪いの一つ﹄
この声⋮⋮頭の中に響く寂しそうな女の声⋮⋮
﹃女として生きるどころか、触れられることも、同じ空間に存在す
るだけでも相手を不幸にする⋮⋮⋮⋮あらゆる生命を冒涜し、禁呪
に手を出し続けた果てに辿りついた⋮⋮害そのものの存在⋮⋮それ
が此方だ⋮⋮ヴェルト・ジーハ⋮⋮﹄
全ての感覚を遮断しているラクシャサには、今の自分に何が起こ
っているか、回りの状況がどうなっているかも分からないはず。
しかし、それでも自分の存在がどのような状況を作り出すのかを
完全に理解していたかのように、狙い済ましたタイミングで、ラク
シャサの声が俺に、そして俺たちに響いた。
﹃此方が声を発さぬのは無口だからではない。呪いの副作用により、
一定の言葉以上声を発することが出来ないのだ⋮⋮ゆえに、此方は
呪文の詠唱以外はほとんど言葉を発しない⋮⋮﹄
テレパシーで伝えられるラクシャサの声。自分のことを語⋮⋮っ
て、それどころじゃねえ!
1359
﹃おい、テメエがラクシャサか? テレパシーか?﹄
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹄
﹃テレパシーで俺の声も聞こえねえか? あと少ししたら、イーサ
ムが暴れちまうんだよ!﹄
俺は、声を発せない代わりに心の中で大声で叫んだ。今、敵も味
方も含めてこのままだったらまずいことが起こると。
だが、ラクシャサは淡々としていた。
﹃っておい! 聞いてんのか? イーサム暴れちまうぞ? お前も
やばいぞ? おいっ!﹄
﹃状況は全て把握している。たとえ、此方の感覚を全て遮断してい
ようと﹄
﹃えっ⋮⋮⋮⋮?﹄
俺が必死に叫んでいると、呆れたようなラクシャサの声が聞こえ
た。遮断しているのに聞こえる?
﹃喋れぬ此方はテレパシーで意思相通する。ゆえに、テレパシーで
人が心の中で思っていることも分かる。だからこそ、先ほどの汝等
の痴態も理解している﹄
﹃んな!﹄
﹃当然、汝の考えていることもな、ヴェルト・ジーハ⋮⋮⋮⋮。例
えば、此方の乳房は大きいだけなのに対して、エルジェラ皇女の乳
房は大きいだけでなく︱︱︱︱︱﹄
﹃分かった、信じる! 信じるから! だから、まずはイーサムが
何かしちゃう前に、まずはどうにかしてくれよ!﹄
﹃ユズリハ姫らにも少しは分けてやりた︱︱︱︱︱︱︱﹄
﹃ごめんなさい! 御願いだから、俺の心の中を報告しなくていい
1360
から!﹄
場は誰も言葉を発せずに無言のままなのに、俺はただひたすら恥
ずかしくてよがり狂ったり、頭を下げたりと⋮⋮なんか⋮⋮屈辱だ
った。
1361
第78話﹁普通﹂
結局何も出来なかった俺たちは単純にからかわれただけ。
﹁ん? おお、感覚が元に戻ったぞい。とりあえずは、最悪の事態
は防げたようじゃの∼、婿よ﹂
元の感覚に戻ったことでゆっくりと体を動かし出したイーサム。
だが、正直俺は何もしていない。ラクシャサが普通に感覚遮断の魔
法を解除しただけだからだ。
その証拠に、俺たちは全員呪いが掛かった状態で蹲っているし、
一部悶え苦しんでいる奴らがいる。
﹁して、ラクシャサよ∼、こんな時間稼ぎをして何か意味があった
のか? って、なんじゃいおぬしら! 全員ぶったおれとるではな
いか!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁貴様、その魔性の肉体を晒しおったか! 懐かしいの∼、若かり
し頃のワシもその肉体に興奮したせいで、呪いにかかり、苦しんで
いるところを見つかって潜入がバレたのじゃからのう﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁今のワシのように性欲をコントロールできるような強靭な精神力
が無ければ、こうなるわけじゃ。全く、どいつもこいつも若いの∼﹂
イーサム、俺はムラムラして呪いにかかったわけじゃない。全く
別の呪いにかかって身動き取れないだけだから。
これ、メチャクチャ重要だから。﹁ムラムラ呪い﹂じゃなくて﹁
違う呪い﹂だから、嫁には言わないでね。
1362
﹁まあ、欲情せんでもおぬしの側にいるだけでも呪いにかかってし
まうようじゃからのう。ワシもあまりノンビリとおぬしとこうして
話はできぬが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ふん、それでもワシには何も語らぬか。全く、やる気の感じられ
ぬ魔王じゃの∼、おぬしは﹂
つまらん⋮⋮そんな表情で溜息を吐くイーサム。にしても、何も
語らない? テレパシーでもか? ラクシャサは呪いでそれほど多
く喋れなくなったという話だが、テレパシーは使える。さっき俺に
話しかけてきた限りでは、それなりに話はする奴だったように思え
た。でも、あまり話をしないのは何か理由でもあるのか?
するとその時、イーサムの問いかけに無言を貫いていたラクシャ
サが、テレパシーではなく⋮⋮
﹁︱︱︱︱︱になりたい⋮⋮⋮⋮﹂
たった一言。しかしその一言こそが全てと思われる言葉が、ラク
シャサの口から小さく呟かれた。
勿論、﹁聞こえなかった﹂というほど俺たちも鈍くはない。
﹁︱︱︱︱いらない︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ただ︱︱︱︱になりたい﹂
﹁おぬし⋮⋮なにを⋮⋮ッ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹃あの姫﹄の笑顔を見て⋮⋮⋮⋮⋮そう思うようになっ
た﹂
俺も、そして当然イーサムの耳にもちゃんと届いた。
1363
﹁なんじゃと⋮⋮おぬしッ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮魔道兵装︱︱︱︱︱﹂
﹁待つのじゃ、ラクシャサ!﹂
ラクシャサの言葉に込められた願い。
イーサムは思わずラクシャサを制止した。
だが、ラクシャサは直ぐに次の行動へと移った。
溢れる禍々しい魔の力をその身に纏いながら、今、ロアたちと死
力を尽くして激戦を繰り広げているアナンタに向かって飛んでいっ
た。
﹁ラクシャサアアアアアアアアアアアアアアア! それがおぬしの
願いか! そのことのためにこれほどのことをしたと? あらゆる
生命への冒涜行為の代償として背負った業という業を抱えたおぬし
が、今更ながらそうほざくか!﹂
アナンタへと飛び出したラクシャサに向かって、イーサムが船の
上から大声で叫ぶ。だが、ラクシャサは振り返りもしない。
﹁それでか? そのために古代魔王を復活させる⋮⋮それがおぬし
の望みか!﹂
もしそれが本当なのだとしたら、それはもはや目的がどうとかよ
りも、望みに近いものだ。その望みを叶える為に、こんな大それた
ことをやったってのか?
するとイーサムは、ラクシャサに少し切なそうな表情を浮かべな
がら、先ほどまでの威圧するような気迫から、複雑そうな表情で叫
んだ。
﹁幾多の生命を奪い、多くの憎しみを背負ってきた者が、それでも
1364
ささやかな望みを願うこと⋮⋮その気持ちは分からんでもない! ワシとて殺されても仕方の無いほどの人生を過ごしてきたが、それ
でも子の幸せや、孫の姿を見たいとか思うからのう! じゃが、そ
の願いを叶える為に、百合竜たちを先導し、カブーキタウンの娘た
ちを攫っい、狂った宴を催して自分の兵としようなど、限度という
ものがあるじゃろう? 自己の欲望を叶えるためだけの行為として
は、これは違うじゃろうっ!﹂
イーサムの言葉にラクシャサは一切反応せず、ただ無言のまま。
イーサムの語りが心に届いているのか届いていないのかは分からな
い。だが、結局ラクシャサは一度も振り向かぬまま、無数のドラゴ
ンの首を伸ばして狂ったように叫ぶアナンタの胴体の背に乗って、
魔力を解放した。
﹁な⋮⋮に? 誰です、あの女性は? ⋮⋮あの魔力⋮⋮まさかっ
!﹂
﹁クソ魔王か⋮⋮﹂
﹁あは、あははははははは! ようやく観念して出てきたね、ラク
シャサさん! それじゃあ、殺してあげるよ!﹂
突如入り込んできたラクシャサにロアたちが反応する。
そして、ロアにいたっては、ラクシャサの姿を見た瞬間、青ざめ
てゾッとした顔になった。
﹁な、なん、なんですか⋮⋮あれは⋮⋮バカな、し、信じられない
⋮⋮あれが、魔王ラクシャサ?﹂
それは、別に超乳にびっくりしたわけではない。
﹁ねえ、ど∼いうこと、ロア王子? あの脂肪の塊に驚いてるの?﹂
1365
﹁あの魔王ラクシャサの肉体⋮⋮バカな⋮⋮信じられない⋮⋮あれ
ほど重度な呪いや肉体的な苦痛を数多く抱え⋮⋮どうして、生きて
いられることが⋮⋮なんであんな平然とした顔で⋮⋮いや、違う⋮
⋮顔の筋肉も固まり、表情をうまくつくることもできないのか⋮⋮﹂
ラクシャサの姿を見たら誰だって、あの胸にまず目が行く。しか
し、ロアはラクシャサの胸ではなく、その全身を紋章眼を通して見
たことにより、ラクシャサが抱えている呪いや病の全てを理解した
のかもしれない。
それにしても、ラクシャサの奴、何をする気だ?
魔道兵装状態でアナンタの背に乗り、これ以上何を⋮⋮
﹁あっ⋮⋮﹂
そのとき、俺は思わずハッとした。だが、すぐにその考えを否定
した。
いや、否定したかった。そんなことをされたらまずい。そう思っ
たからだ。
だが、その思いも、無表情のラクシャサから発せられた一言によ
り打ち砕かれた。
﹁魔道兵装・騎獣一体﹂
﹁﹁﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!﹂﹂﹂﹂﹂
その言葉から何が生み出されるかなんて、正直考えたくもなかっ
た。
1366
﹁な、な⋮⋮だと?﹂
き、⋮⋮騎獣一体だと?
アナンタの背に乗ったラクシャサが魔道兵装の状態のまま、口を
開いて出た言葉がそれだった。
﹁ッ⋮⋮⋮⋮まずいっ! 急いでこの場から退避を! 漁師の皆さ
んも急いでこの海域から避難し⋮⋮ダメだ、間に合わないッ!﹂
そんな中、何が起ころうとしているのかを誰よりも察知したのが、
ロアだ。
そして、その呪いの被害を受けた俺たちも分かっている。ラクシ
ャサ単体でもこれほどの効果のある呪い。なら、騎獣一体なんても
のをやったら⋮⋮⋮⋮?
それはさっきまでとは比べ物にならない、この海域全体を包み込
むほどの⋮⋮
﹁やれやれ⋮⋮無表情なオナゴのヒステリックはつらいの∼う。じ
ゃが、それでもオナゴの気持ちを察してやれんワシにも落ち度があ
る。婿よ、感情の読み取りづらい嫁を貰った時の教訓にするのじゃ
ぞ?﹂
そんな一大事の中で、イーサムはただ、寂しそうな表情でラクシ
ャサとアナンタのコンビを見つめている。
おそらく、さっき知った、ラクシャサの望みに思うところがある
のだろう。
だが、それはそれとしてこの状況をどうにか⋮⋮と思うが、俺は
俺でどうにもできん。
﹁にしても、騎獣一体か⋮⋮⋮⋮婿よ、調子はどうじゃ?﹂
1367
﹁最⋮⋮あくだ⋮⋮﹂
﹁ダメそうじゃな⋮⋮﹂
ダメだ。喋ろうと思っても、声が出ねえ。それに、ラクシャサが
俺にかけた混乱の魔法からもまだ回復できてねえ。
だからこそ、この状況をどうにかするとしたら⋮⋮
﹁ワシがもう一度でしゃばって奴を仕留めるという方法もあるが⋮
⋮そもそも、ワシらの時代のケツの拭き残しじゃからのう。じゃが
⋮⋮﹂
そう、この状況を変えるには⋮⋮
﹁本人たちは気合が入っとるようじゃし⋮⋮あの勇者たちに魔王を
討ち取らせるかのう。まあ、人間の世界では魔王を討ち取るのは勇
者の役目と決まっているから丁度良かろう⋮⋮ヴェンバイの倅は別
じゃがのう﹂
あいつらに任せるしかない。
悔しいが、今の俺は声すら届きそうに無い状況。
だからこそ⋮⋮
﹁どちらにせよ、僕たちが逃げるわけにはいきません⋮⋮活路は前
にしかない⋮⋮僕たちが魔王ラクシャサを討ち取らなければ﹂
あいつらには逃げず、身の危険を顧みずにやってもらうしかない。
ムラムラは⋮⋮まあ、あのメンツなら心配ないだろう。
ラクシャサに触れずに⋮⋮まあ、剣や魔法とかが戦闘のメインな
あいつらなら大丈夫だろう。
問題なのは、一定以上の時間、肉体をさらした状態のラクシャサ
1368
の側にいることで掛かる呪い。
その他にも、まだ俺たちが把握していない呪いもあるかもしれな
い。
だが、それでもあいつらにはやってもらうしかねえ。
﹁まあ、逃げねえことには納得だが、実際このクソ魔王とクソ竜の
騎獣一体は、どんなもんだ? そのクソ眼はこういう時に解析する
ためにあるんだろうが﹂
﹁勿論、解析してます。まず、あのドラゴンそれぞれのブレス等の
威力が魔力との相乗効果で跳ね上がっていると思われます。そして、
魔王ラクシャサ自身から発せられる、他者を巻き込む呪いの効果の
範囲も広がろうとしています﹂
ファルガに問われて状況をその眼で解説していくロア。確かに、
未知のものの出現に対しては便利な眼ではあるな。
一目見ただけで状況を把握し、更にラクシャサが掛かっている呪
いやら副作用だって分かるってことだろ?
﹁そして⋮⋮彼女の全身を包む、呪術等に伴う副作用なども当然解
析できます⋮⋮ひどいですよ?﹂
そして、理解できるからこそ、ラクシャサがどれだけ異常な状態
なのかも、ロアは誰よりも理解できてしまう。
﹁声を数秒間しか発せられない⋮⋮表情の筋肉が固まっている⋮⋮
視力もほとんど見えていない⋮⋮さらに、全身の神経系に問題が生
じて手足に軽度の痺れや麻痺が生じている⋮⋮体温が常人なら寝込
んでしまうほど高い⋮⋮脳の慢性的な疾患が見られ⋮⋮内臓系にも
異常が⋮⋮﹂
1369
上げたらキリがないほどの異常。更に、今ロアから挙げられた呪
いの副作用一つでも日常生活ではかなりの問題になるというのに、
それがまとめて⋮⋮
﹁それに、彼女の呪いも、中には他者へ広がるものがあるようです
ね⋮⋮例えば性的興奮をすると局部に激しい痛み⋮⋮空気感染によ
る身体の異常など⋮⋮喉、痺れ、発熱⋮⋮⋮ヴェルトくんの魔法引
き剥がし技ならば何とか防げるかもしれませんが⋮⋮でも、それが
できないとなると、このままダラダラしていては僕たちも体に異常
が起こるかもしれませんね﹂
シャウトやバーツたちも絶句しながらラクシャサの状態を聞いて
いた。
なぜ、これほどの苦痛を一人の女が受けているのかと。
だが⋮⋮
﹁ふん、かんけーなくない?﹂
﹁ああ、クソその通りだ﹂
しかし、ジャレンガとファルガはあくまでクールな表情で、余計
な同情や迷いをバッサリと切り捨てた。
﹁そんな半死半生な状態でもこんなことをやらかそうとしてるんだ
よ? そこに容赦なんて必要ないでしょ?﹂
﹁奴自身は何か言い訳や弱音を口にしているわけじゃねえ。なら、
俺らが同情すんのも奴にとっては別にクソどうでもいいことだ。奴
が奴の意思と判断で俺らとやり合おうってなら、ただ、ぶち破るだ
けだ﹂
今は戦争しているんだ。なら余計な考えに惑わされるな。
1370
下手な同情をしないで、容赦なく相手を討ち取ること以外を考え
るな。
ファルガとジャレンガの意見は真っ当な意見だった。
その言葉は、当然数々の経験を積んできたシャウトやバーツにだ
って理解できる意見だ。だからこそ二人も、納得して頷いた。
だが⋮⋮
﹁だから、容赦なく倒す。そういうことになるんでしょうか? で
も、それでは⋮⋮﹂
ロアだけは、どこか違った思いを抱いた表情だった。
どういうことだ? 誰もがそう思ったが、ロアがそれに答える間
もなく、ラクシャサは先手に出た。
﹁古代禁呪・ウイルスエア⋮⋮⋮⋮﹂
ラクシャサを中心に周囲を包み込むような毒々しい霧のようなも
のが周囲に伸びて範囲を広げていく。
﹁ッ、あの空気に触れたらまずいです! 毒ではなく⋮⋮病気を発
生させる禁呪!﹂
﹁ならば、僕の風で吹き飛ばしてさしあげますよ!﹂
﹁俺の炎で滅っしてやらあッ!﹂
ならば、届く前に全部消し去ってやると、シャウトとバーツが同
時に竜巻と炎で毒々しい霧を吹き飛ばそうとする。
だが⋮⋮
コンフュージョン
﹁⋮⋮混乱⋮⋮﹂
1371
俺に使われた、魔力の流れを混乱させる魔法だ!
シャウト、バーツの魔法が発動してねえ。あのままじゃ⋮⋮
ノーマリゼーション
﹁正常化!﹂
だが、そう思った途端に、シャウトとバーツの剣から巨大な竜巻
と炎が遅れて飛び出し、間一髪のところでラクシャサの魔法を消し
飛ばした。
これには、無表情ながらも、僅かにピクリとラクシャサの目元が
動いたのが分かった。
それをやったのは、ロア。
﹁混乱の魔法は、受けないことが対処の第一条件⋮⋮もし、受けて
しまえば時間を置いて自然に回復するのを待つというところですが
⋮⋮時間がかかるので、混乱を正常化する魔法を作ってみました﹂
魔法を作った。そうだ、奴はそういうことができるんだ。その眼
で見た魔法はどこまでも理解して、そしてそれを応用して自分で魔
法を創造する。それが、ロアの力。
そして更に⋮⋮
﹁ついでに、あなたからの呪いを受けた人たちも元に戻す魔法も開
発しました﹂
ディスペル
﹁ッ!﹂
﹁解呪!﹂
ロアはあまりにもサラッと言ったが、それは言葉で言うほど簡単
なものじゃないほど大規模なもの。
ロアが遠くから俺たち目掛けて両手の平から魔力の紋様のような
ものをいくつも飛ばし、それが俺たちの体に絡みついた瞬間、体を
1372
縛っていた戒めみたいなものが全部解けた気がした。
﹁う、お、おおおおおおおっ! な、治った﹂
﹁俺っちも!﹂
﹁あ、な、なおったんだなーっ! 良かったんだな、もう僕のアレ
が取れちゃうかと思ったんだな! さすが、ロア王子なんだな!﹂
健康な体に戻った俺たちは思わず、﹁おおっ!﹂と唸りながら立
ち上がった。
物凄く楽になった体を実感しながら、体の感覚を確かめた。
そんな俺たちに一度微笑み、ロアは再びラクシャサと向かい合っ
た。
﹁魔王ラクシャサ⋮⋮もっとあなたの呪いを深く解析できれば⋮⋮
あなたの身に降りかかっている呪い全てを解除することだって出来
ます﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁それと⋮⋮その魔道兵装も騎獣一体もやめたほうがいいです。さ
らにこのアナンタという合体竜。合体をさせて形を保つために魔力
を常に流しているようですが、それもやめたほうがいいですよ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁表情には出していなくても分かります。あなたは魔法の一つを放
つのも、相当の肉体的な痛みやリスクを伴っています⋮⋮禁呪習得
等の後遺症でしょう。そんな中で、それほど強力な力を発動し続け
れば、苦しみも想像を絶するものでしょう﹂
魔法の一つを放つにも痛みが伴う? ラクシャサ自身の表情が読
み取れないから気づかなかったが、そんなにあいつの体はヤバイこ
とになっているのか?
だが、もし本当にそうなのだとしたら、ラクシャサ自身がこれま
1373
で歴史の表舞台に積極的に出ず、あまり戦おうとしなかったのもそ
れが?
﹃⋮⋮此方の呪いを解除したところで⋮⋮既にボロボロになった器
官も神経も感覚も⋮⋮元には戻らない。老いた神経や骨に治癒呪文
を唱えても若返らないのと同じ⋮⋮此方の外面とは裏腹に、此方の
肉体は既に衰え切っている⋮⋮﹄
﹁⋮⋮魔王ラクシャサ?﹂
﹃真勇者ロア⋮⋮汝に此方の症状を解析できても⋮⋮汝に此方は救
えぬ﹄
すると、その時だった。俺の頭の中に⋮⋮いや、俺だけじゃない。
多分、この海域に居た全員の頭の中に声が響いた。
ラクシャサの声。ラクシャサのテレパシー。
﹃真勇者ロアよ⋮⋮この場の脅威を払うにはもっと簡単な方法があ
ろう? それは、此方が使用した使い魔融合の禁呪を解析して除去
すること⋮⋮だが、それをしないのは、数千の竜を自在に操って一
つにするほど大規模な禁術⋮⋮ゆえに、解析や除去魔法の開発によ
って発生する脳への負荷が耐え切れずに自身が暴走してしまうか、
最低でも甚大なダメージを受けてしまうと汝は一目で判断した⋮⋮
ゆえに、汝は実行しない⋮⋮自己犠牲の塊であるはずの勇者が自分
の身を率先して犠牲にしない⋮⋮それもまた、戦争が終わった世界
ゆえに自分の命が惜しくなったか?﹄
今にして思えば、ラクシャサが呪いでたくさん喋ることができな
くなっても、テレパシーが使えるんだからもっと話せばいいとも思
ったが、魔法の一つを使うだけで痛みを伴うのなら、これまであま
りテレパシーでも喋らなかったのは理解できる。
1374
﹃逆に問おう。汝らは戦争が終わり⋮⋮争いも戦う必要も昔ほどな
くなったそれなりに平和な世界⋮⋮戦の代わりに汝らは、自分自身
のために何かをしたいと思わなんだか?﹄
だが、今、それでもテレパシーを使って俺たち全員に語るという
ことは、それはそれだけ重要なことだということ。
﹁⋮⋮僕が自分の命が惜しくなったかどうかは別にして⋮⋮何をし
たいかですか? 決まっています。掴んだ平和を保ち、そしてこれ
からもその平和を繋いでいくことです﹂
そんな中、お利口さん代表のロアが模範的なことを叫んだ。
だが、ラクシャサは首を横に振った。
﹃それは、勇者として⋮⋮アークライン帝国の王族として⋮⋮人類
の代表としての言葉⋮⋮。此方が聞きたいのは、もっと私欲のある
願い。わがまま。戦争が終わったからこそ思うことだ﹄
ロアの言葉はあくまで勇者としての回答に過ぎないと否定。
そんな模範解答ではなく、もっとエゴのあるものを答えろとラク
シャサは言う。
俺は⋮⋮まあ、イーサムとかフルチェンコたちもポンポン出てき
そうだけど、あいつらは⋮⋮
﹁⋮⋮わがまま⋮⋮そうですね⋮⋮あえて言うのだとしたら⋮⋮⋮
⋮妹の晴れ姿を早く見たいとかですかね?﹂
あんま面白味のない回答。まあ、これは﹁兄﹂としての回答だろ
うな。
すると、ラクシャサは⋮⋮
1375
﹃⋮⋮ふむ、十勇者のヒューレが普通の女としての幸せを掴んで欲
しい⋮⋮⋮⋮もし可能なら、自分はアスカともっと色々な時間を積
み重ねていきたい⋮⋮か⋮⋮アスカという者が何者かは知らんが、
まあ、そういうところか﹄
﹁なっ⋮⋮えっ? ッ、魔王ラクシャサ! このテレパシーは、僕
の心の中も!﹂
ッ! ラクシャサの野郎、ロアの心を読みやがって⋮⋮っていう
か、ロアのやつ、まだアスカがどうとか言ってんのかよ、あのアホ
は! どんだけあのゲームにハマッたんだよっ!
思わず噴出しそうになった俺。首を傾げるイーサム。
そしてビクッとしたシャウトやバーツ。
﹃⋮⋮炎轟のバーツは⋮⋮⋮⋮もっと強くなって、まね∼じゃ∼と
やらを幸せに⋮⋮⋮風閃のシャウトは⋮⋮二人の委員長の間で揺れ
動いている⋮⋮﹄
︱︱︱︱︱ッ!
さっき大活躍していた二人とは思えぬほど顔を真っ赤にして慌て
る二人。つか⋮⋮お前ら⋮⋮
﹃ファルガ王もジャレンガ王子も、そもそも戦争云々に関係なく自
己の想いを優先する者たち⋮⋮汝等に、此方のことは言えぬ⋮⋮此
方も此方の想いのままに動き、叶えたい願いがある⋮⋮それだけだ﹄
それは、今の時点ではロアたちにはラクシャサが何を言っている
のか理解できないだろう。
だが、俺やイーサム、ラクシャサのさっきの一言を聞いた者には
1376
分かる。
思想でもない。大義でもない。種族の問題でも性別の問題でもな
い。もっと小さいささやかな願い。
﹁のう、婿よ。ラクシャサについてじゃが⋮⋮﹂
その時、俺の横に立ってこの状況を静観しているイーサムが俺に
語りかけた。
﹁遥か昔、おぬしが生まれるよりずっと昔。旧クライ魔王国の先代
魔王であったあやつの父は戦争で、カイレばーちゃん⋮⋮聖騎士カ
イレに敗れて戦死した。しかし、クライ魔王国はその時に滅亡まで
はしなかった。それは先代魔王が死んだ直後に、当時まだ幼かった
ラクシャサが魔王の座を引き継いだことで、なんとか滅亡を回避し
たからじゃ。しかし、以降あやつの人生は大きく変わったと聞いて
おる﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁滅亡の危機にあった弱小国家を建て直すため、自身を強くするた
めにあらゆる禁呪の習得や使い魔契約、サバトによる兵の補充、暗
殺ギルドの設立⋮⋮幾多の呪いや恨み、凄惨な光景を目の当たりに
し続け、さらにはあやつ自身もまた呪いや病にまみれた肉体へと変
わり果てた﹂
それは、恐らく世界のほとんどの者には知られていない過去なん
だろう。実際、俺も初めて聞いた。
過去にクライ魔王国に自ら潜入したというイーサムだからこそ知
1377
っているラクシャサの過去なのかもしれない。
﹁そんな人生を歩みながらも、ワシは戦場ではあやつと何も語り合
えず、あやつの本心と触れることが出来なかった。じゃからこそ、
ワシにとってあやつは、得体の知れぬ存在としか思えんかった。そ
れが今になって、あんな本音を聞くとはのう⋮⋮⋮⋮やはり、半年
前の終戦が全ての起因かもしれんのう﹂
いや⋮⋮違う⋮⋮。イーサムの言っている半年前の終戦も理由の
一つかもしれないが、俺はなぜかこのとき、根本的な起因は別のと
ころにあると直感的に思った。
どうしてかは分からない。だが、そう思えた。
それは終戦の少し前だ⋮⋮そう、ラクシャサが俺を初めて見たあ
の日⋮⋮
﹁多分⋮⋮⋮⋮俺がウラへプロポーズした日⋮⋮⋮⋮あの時のウラ
を見て、なんかそういうささやかな想いが出たんじゃないかと思う﹂
﹁あの娘っ子との? ⋮⋮﹂
言われて一瞬イーサムは首をひねったが、すぐに納得したように
頷いた。
﹁そうじゃったな。あの姫は魔王シャークリュウの娘。しかし、シ
ャークリュウの死後、王位を継ぐこともなく国をそのまま滅亡させ
た。じゃが⋮⋮それでもあの娘は⋮⋮一人の女としての幸せを得る
ことができた。⋮⋮ラクシャサとは正反対⋮⋮そうじゃのう⋮⋮だ
からかもしれんのう﹂
ラクシャサは、国を滅亡させないために、魔王としての力を手に
入れるために、自分のあらゆるものを犠牲にしてきた。
1378
あの若い容姿からは想像も出来ない長い年月、ずっと肉体や精神
が蝕まれる苦しみの中に居ても、国を滅亡させないために自分自身
を犠牲にし続けた。
だが、半年前、世界の大規模な戦争は終わってしまった。クライ
魔王国もヤヴァイ魔王国に吸収される形で世界からその名を消した。
ならば、今、ラクシャサが味わっている苦しみは何のためにある
んだ? 争いのなくなった世界では、もう何の意味もないかもしれ
ない。
﹁もう⋮⋮言葉はいらなぬ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮続きだ、勇者たちよ。﹃
あの国﹄と戦う前に⋮⋮汝らを退ける﹂
その時、ラクシャサはテレパシーでもなく、小さな声でそう呟い
たのが聞こえた。
﹁待ってください、魔王ラクシャサ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
もう、問答も何もいらない。
ラクシャサ自身も身の上話や言い訳をするつもりもないようだ。
ラクシャサは再びアナンタと共に魔力を全身に漲らせた。
当然、ロアたちは迎撃態勢に入る。もう、戦うしかない。
一方で俺は、ロアのおかげで体も元に戻ったというのに、すぐに
加勢に迎えなかった。
正直、ラクシャサたちのやっていることに賛同する気なんて欠片
もないし、俺は本来こういうことに同情する奴でもねえ。
むしろ、そんなもん、﹁自業自得﹂とか﹁運が悪かったな﹂とか軽
口叩いて跳ね除ける奴だ。
なのに、ラクシャサのささやかな願いを聞いていたから、いつも
のように敵をぶっとばすという気持ちが湧き上がらなかった。
1379
多分、それはほんの僅かな間でも体にラクシャサの呪いを受けて
苦しんだからこそ、俺が感じた苦しみなんかとは比べ物にならない
ほどの苦しみを何年も受けていたラクシャサに、何かを感じちまっ
たのかもしれない。
︱︱︱︱︱普通になりたい
それが、あの時、ラクシャサの言ったささやかな願い。
︱︱︱︱︱幸福でなくても構わぬ。力もいらぬ、不老の肉体もいら
ぬし、弱くなってもかまわん。生きているだけで害悪を撒き散らす
こともなく、不自由な肉体や苦痛や病もなく、誰かに触れることも
触れられることも出来る⋮⋮ただ⋮⋮普通になりたい⋮⋮
その願いだけが俺の頭の中にこびりつき⋮⋮
︱︱︱︱あの姫の笑顔を見て⋮⋮⋮⋮そう思うようになった
俺は奴を倒すために動くことが出来なかった。
1380
第79話﹁それは許されないこと﹂
まったく⋮⋮聞かなきゃよかったよ⋮⋮だから、他人の身の上話
ってのは嫌いなんだよな⋮⋮
でも、だからこそ、戦っているロアたちには聞かれてないのがせ
めてもの幸いか。
ファルガやジャレンガはともかく、ロアたちが聞けば、迷いが出
ちまうからな。
﹁魔竜合成咆哮⋮⋮⋮⋮﹂
複数のドラゴンの首から放たれるブレスが一箇所に向けられ、巨
大な球体を作り上げる。
そこには、あらゆる属性が混ぜられ、ラクシャサの魔力で凝縮し
て形を作り上げている。
あれを放つ気か?
﹁させねえよ、クソ魔王にクソ竜﹂
だが、その巨大な咆哮が放たれる前に、その球体は突如破裂して
粉々に砕け散った。
﹁俺の槍は、ドラゴンも魔法も全て砕く。魂のねえ咆哮なんざ、ク
ソデカいだけで何の脅威もねえよ﹂
狩人の目で相手を射抜く。研ぎ澄まされた力を纏い、静かに相手
に身構える。そして、気づいた時には既に貫かれた後という目にも
見えない速度の槍。
1381
そして、俺やフォルナには甘いくせに、敵には本当に容赦の欠片
もねえ目だ。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁確かにテメエの言うとおり、俺は俺の意思のまま、思うがままに
生きている。だからこそ、自分の主張はいつだって自分の力で貫い
てきた。俺も容赦なんてしねえ。押し通したきゃ、押し通してみや
がれ﹂
ラクシャサは言葉を返さない。ただ、返答の代わりに攻撃を続け
る。
﹁古代禁︱︱︱︱︱﹂
﹁クソおせえ!﹂
﹁ッ!﹂
だが、魔法の発動すらさせねえとばかりに、ファルガの槍の突き
が真空波のように飛び、ラクシャサの呪文を砕きやがった。
やはり、ラクシャサは肉弾戦ではなく魔法で敵を翻弄するタイプ。
魔法すら発動させねえファルガの速度には、例え魔道兵装を使って
も追いつかねえ。
それどころか⋮⋮
﹁ちい、あやつらしくもない⋮⋮大将たるあやつが前線に出て戦う
こと事体、本来あやつにとってはありえぬこと。慣れない戦いや、
魔道兵装や騎獣一体なんかを使っている所為で、消耗が激しく、既
に身を包む魔力が弱々しくなっているわい﹂
イーサムがラクシャサの姿に舌打ちしながらそう言った。
1382
﹁昔、ワシらが戦ったときはもっとやりづらかったわい。思い通り
に動く部下だけでなく、捕虜の兵や戦争とは関係のない娘たちを狂
わせて戦争の道具にしてワシらを襲わせたり、肉の壁にされたりし
たわい。精神力の弱いものには呪いで恐怖と苦しみを与えて戦意を
削ぐ。そして、戦争に正々堂々もクソもないとはいえ、使用が好ま
れぬ毒兵器を平然と使う。何よりも、あやつ自身は滅多に前に出る
ことも無く、見えないところで他者を操り苦しめる。それがあやつ
のやり方。⋮⋮⋮⋮そんなゲスが、なんというザマじゃ﹂
そうなんだ。魔道兵装も騎獣一体も俺もやったことがあるから良
く分かる。本来であれば、その生み出される莫大な力がもっと猛々
しく高ぶるもの。
だが、ラクシャサを覆っている魔力は、目に見えて不安定に、大
きくなったり小さくなったり、形が定まってねえ。
ロアもさっき言っていた。﹁それはやめたほうがいい﹂と。正に
そのとおりだ。強くなるどころか、むしろ弱くなっている。
でも、それなのに、なんでラクシャサは今になってこんな戦いを
⋮⋮
﹁あやつは国を生かすため、早々に神族大陸の争いから手を引いた。
時折、ワシのような潜入者と戦うことはあったじゃろうが、元々が
最前線であまり戦わぬ魔王⋮⋮⋮⋮衰えておるのう⋮⋮﹂
ラクシャサの全盛期を知らないが、日常生活も苦しくなる体は、
時が立つにつれて悪化していっているんだ。イーサムが戦った時代
より弱くなっていて当たり前だ。
それなのに、どうして今更自らの体で戦おうとする? 最後に潔
く散ろうってか?
いや、それだけには見えねえ。あいつは⋮⋮
1383
﹁邪魔だ、クソ竜共ッ! 全部抉り取るッ!﹂
﹁気をつけてください、ファルガ王! ドラゴンの鱗が変質して宝
石のように⋮⋮百合竜の性質を全身に流そうとしています!﹂
﹁クソ関係ねえよ﹂
宝石のように輝き全身を覆うアナンタの鱗は、百合竜の力。ラク
シャサの魔力によって、防御力をあげようとしている。
だが、弱々しい魔力で全身を覆うとしても、そこに大した力は見
込めねえ。
﹁光の女神の微笑みは、天地を生み出す創造の光。時に闇を消し去
る護符となり、時に闇を穿つ刃となる。エレメントランス・アウロ
ーラトライデント!﹂
出た。久々に見た。
ファルガの魔力を覆った槍が光の三叉の矛へと変わる。ファルガ
が本気モードの時にやっていた技だ。
まあ、ファルガは魔法苦手だし、アレやるとすぐバテるから、あ
んまり使おうとしねーんだけどな。
エレメンタル・アームズ
﹁おお⋮⋮陛下の﹃精霊兵器﹄⋮⋮そういや、俺、初めて見た﹂
﹁僕も⋮⋮﹂
﹁なんだ、シャウトとバーツもだったんですか?﹂
まあ、人類大連合軍に入っていなかったファルガのアレをロアた
ちが見たことが無いのも当然かもしれねえ。俺はたまに見てたけど
な。
だから、どんだけ威力があるかも分かっている。
﹁へ∼、まあまあ凄そうなの使えるじゃん、ファルガ王。そんじゃ、
1384
あの下級雑種ドラゴンも、裏切り者のラクシャサさんも、まとめて
消しちゃおっか?﹂
﹁ふん。俺はあんなクソ竜にも、クソ魔王にも、何の因果もねえ。
ただ、抉るだけだ﹂
ジャレンガが意気揚々と翼を羽ばたかせて突進していく。その背
に乗ったファルガが、槍を構えて突く態勢に。
竜殺しの槍と、最凶竜の爪が、同時にアナンタの肉体に刻まれる。
じゃれんそう
﹁ギガ・アストラルボルッテクス!﹂
﹁邪煉爪!﹂
目も眩む発光。そして同時に肉が抉り取られるようなゾッとする
音が響き渡る。
光が止んで目を開いて見ると、そこにはその巨大な胴体に巨大な
ドリルをねじ込まれたかのような大穴と、その大穴に爪を捻じ込む
ジャレンガ。
魔力で象られた三叉の矛は巨大化し、宝石の鱗など一瞬で抉りと
って下の肉にまで深く達し、アナンタの胴体に大きな穴を開けて貫
通させた。その傷穴にジャレンガの爪を更に抉りこむ。
流石に痛いと感じたんだろう。無数のドラゴンの首が一斉に大口
開けて悲鳴にも似た声を上げた。
﹁アハハハハハハハハ! アーッハッハッハッハ! ガバガバに穴
が開いたね? 貫通したね? アハハハハハハ! どう? ねえ、
なんか言ってみたら? せっかく口がそんなにたくさんついている
んだから、悲鳴だけじゃなくて何か言ってみたら? アハハハハハ
ハハハハハ!﹂
決まったな⋮⋮
1385
ジャレンガの悪魔とも呼べるほどの形相は置いておいて、もうこ
の戦いは⋮⋮
﹁古代禁呪・使い魔超速再生﹂
﹁⋮⋮⋮はっ? なにそれ? なんか萎えることするねえ?﹂
なっ、あ、穴がふさがっ⋮⋮傷が修復されていってる。あいつ、
あんなことも⋮⋮
ん? だが、傷の治りが⋮⋮遅い⋮⋮
﹁ッ⋮⋮⋮﹂
﹁アハハハハハ、治んないじゃん? 禁呪なんて言っておいて、結
局疲れて使えなくなってるんじゃない? 無様じゃない!﹂
やっぱりだ。ラクシャサ。顔には出さないようにしているが、明
らかに疲弊している。
もう限界だ。それは、対峙しているロアたちにも分かっている。
﹁一体どうしちゃったのさ、ラクシャサさ∼ん! 昔、ハットリく
んからあなたのことを教えてもらったことあるけどさ∼、そんな根
性? みたいに懸命に戦う人じゃないんじゃないの? まあ、今に
なってはどうでもいいけどね、どーせ殺すからさ? だからさ? さっさと死んじゃったらいいんじゃない?﹂
ただ、限界とはいえ戦うなら容赦しない。ジャレンガはそう言っ
て再び突撃していく。
一方でラクシャサは、アナンタの胴体の上で、とうとう膝が崩れ
て肩膝ついている。
すると⋮⋮
1386
﹁⋮⋮ハットリ⋮⋮⋮⋮﹂
テレパシーではない、自嘲気味な生の声。
ラクシャサは確かにそう呟いた。 ハットリ⋮⋮、そういや、あいつはラクシャサの元仲間だったん
だっけ?
﹁なになに、もう言葉はいらないんじゃないの? なに普通に話し
てきてるの? どうせなら命乞いでもしたら? まあ、どっちにし
ろ殺すけどね?﹂
すると、ジャレンガのその言葉に対して、ラクシャサのテレパシ
ーが俺たちの頭に響いた。
﹃⋮⋮⋮⋮ハットリは⋮⋮⋮⋮此方をどう言っていた?﹄
それは、どこか寂しさを感じるような声だった。
﹁ねえ、このテレパシー、頭に響いてイラつくからやめてくんない
? っていうか、ハットリくん? 直接本人に聞けばよかったんじ
ゃない? あなたも彼も、客人として今ではヤヴァイ魔王国に一緒
に住んでいたんだからさ!﹂
﹃⋮⋮半年前に再会したが⋮⋮結局一言も言葉を交わしておらん⋮
⋮その後もすぐにクロニア・ボルバルディエと共に、あやつは消え
た⋮⋮⋮⋮⋮そう⋮⋮⋮かつてあやつがクライ魔王国から消えたよ
うに⋮⋮此方の前から消えた﹄
﹁アハハハハ、よっぽど嫌われてたんじゃない? まあ、僕にはど
1387
うでもいいことだけどね!﹂
だが、そんなの関係ないとばかりにジャレンガは爪やブレスを容
赦なく放ってアナンタと交戦していく。
﹃嫌われていたか⋮⋮⋮⋮その通りだ⋮⋮⋮⋮此方は⋮⋮それをあ
やつの口から直接聞くのが怖かっただけやもしれぬ⋮⋮﹄
そして、終わりが見えて来た。このまま援軍も来なけりゃ、確実
にあいつらがラクシャサを仕留める。
そして、その時⋮⋮⋮⋮
﹃⋮⋮⋮⋮此方は無様であろう⋮⋮⋮⋮ヴェルト・ジーハ⋮⋮﹄
俺の頭の中に、ラクシャサのテレパシーが弱々しく、時々ジャミ
ングのように途切れているが、確かに聞こえた。
みんなの様子を見ている限り、どうやら俺にしか聞こえないよう
だ。
﹃分かっている⋮⋮⋮⋮普通に戻ったところで⋮⋮⋮⋮もはや此方
には何の意味もないことを⋮⋮﹄
それは、まるで最後の遺言のように、儚げな声。
﹃国を滅ぼさぬため、此方は身も心も未来も捨てて国を生かした⋮
⋮。そのことに、後悔はない。後悔などあろうはずがない。例えこ
の身が地獄に落ちようとも﹄
俺の頭の中で、ラクシャサは語り始めた。
1388
﹃だが、此方と同じように魔王であった父を失い、それどころかそ
の意思も継がずに国を滅ぼさせたウラ・ヴェスパーダは⋮⋮あれだ
け幸せそうに笑っていた⋮⋮﹄
ウラは鮫島の、魔王シャークリュウの意思を継がなかった。
それは、鮫島自身の望みだったからだ。
鮫島は人間と戦った。だが、その意思をウラまで継ぐ必要はない
というのが、あいつの遺言だった。
そして、ウラはその意思に従い、俺や先生と一緒に日々を過ごし
た。
﹃此方は人の心を読むことが出来る。だからこそ、ヴェルト・ジー
ハとウラ・ヴェスパーダが、偽りのない本当に強い想いで結ばれた
ことを理解した。そして、此方は思った⋮⋮⋮⋮国を滅ぼされ、怨
敵である人間に保護され、本来であればあの姫のその後の人生など
容易に想像できるもの⋮⋮だがしかし、そうではなかった。あの姫
はその人間に支えられ、愛され、それどころか目も眩むような幸福
を手にした﹄
俺はウラとは﹃家族﹄って言葉で、特にそれ以上の何かになるつ
もりもなかったし、あいつの想い的なものもあしらってきた。俺に
とっては、親友の娘であり、可愛い妹みたいなもんだった。だが、
聖騎士の魔法で世界が俺を忘れ、ウラが俺のことを忘れ、それでも
ウラに刻まれた俺に関する何かがあいつを苦しめて、それに耐え切
れずにあいつが家出したとき、俺はあいつとの関係をもっとハッキ
リさせてやることにした。
あいつが、一番幸せになれることをしようと。
それがまあ、プロポーズだったわけだが⋮⋮
1389
﹃なんと不公平な⋮⋮だが、それでもあの姫の笑顔は⋮⋮温かく、
眩いほどに光り輝いていた⋮⋮﹄
まさかそれが魔王ラクシャサにも影響を与えていたとはな。
﹃あれほどまでとは贅沢を言わぬ。だが、それでも望みが叶うのな
ら⋮⋮⋮⋮⋮⋮せめて、普通になりたい⋮⋮そう思った﹄
多分、現在俺の頭の中に流れるこのラクシャサの声は、刃と魔法
を交えて激戦を繰り広げているロアたちには流れていないんだろう。
ラクシャサに、そんな想いを抱かせるきっかけとなった俺だから
こそ、あいつは俺に言ってるんだ。
﹁ロアの紋章眼での解析や⋮⋮マニーの魔法無効化でもダメなのか
? あいつを普通に戻すのは⋮⋮﹂
俺が思わずつぶやいた言葉に隣で立っていたイーサムが渋い顔を
した。 ﹁ダメじゃろうな。あやつが言ったように、魔法による解呪や無効
化で、悪化していく肉体へのダメージは無くせるじゃろうが、既に
限界を超えるほど脆弱になった肉体や毒にまみれた肉体は元には戻
らぬ。毒蛇に噛まれた者に解毒をして治せても、毒蛇に解毒剤を飲
ませても体の毒は消えん⋮⋮何故ならそれはもはや、肉体の一部だ
からのう。そして、その肉体の一部となった呪いを無理に消しても
⋮⋮その反動でむしろ悪化するかもしれんのう﹂
勿論、ダメなのはイーサムの答えを聞かなくても分かっている。
俺が思いつく程度のことなんて、ラクシャサだってとっくに思いつ
いているはず。
1390
そして、そんな中で導き出した、あいつが普通になれる方法とい
うのが⋮⋮
﹁だからこそ、肉体を自在に改造することが出来る⋮⋮古代魔王の
復活なのうじゃろうな⋮⋮﹂
ああ、分かっている。そして、そんなもんは阻止しなきゃなんね
えことだってのはな。
だが、それを阻止するということは、ラクシャサの望みを絶つと
いうことになる。
くそ⋮⋮、ここに来て、まさかこんなクソ重いことに悩まされる
とはよう⋮⋮
﹁ラクシャサッ! そんなこと、どうして俺に教える! 俺がそん
なもんに同情して手を緩めるとでも思ってんのかよ!﹂
手を緩めることはできない。でも、それでも迷ってしまった。こ
んなことを聞いちまって。
すると、ラクシャサは⋮⋮
﹃⋮⋮元凶にぐらいは語りたかったのかもしれぬ⋮⋮。ようするに、
此方はそれでももう後戻りはせぬ⋮⋮だから、邪魔はさせぬという
ことだ﹄
ッ、今のテメエが勝てるわけねーだろうがッ!
﹁ヴェルちゃん、あの超乳魔王が何言ってるか分かるの?﹂
﹁ああ、現在進行形のリアルタイムでな。どうやら、元凶である俺
に恨み言なのか泣き言なのか、ブツブツと教えてくれてるよ。教え
てくれとも言ってねーのによ﹂
1391
どうやら、フルチェンコや黒服、キモーメンたちにもラクシャサ
の本音のテレパシーは届いてないようだ。
だから、俺は愚痴のような気分で教えてやった。
﹁もう、普通になりたいんだってよ。弱っていく体も、病気の体も
毒の体も、ボロボロになった感覚も、全てを普通に戻したいんだっ
てよ﹂
重い⋮⋮。
ラクシャサの重い独白を俺が代弁してやると、当然フルチェンコ
たちも神妙な顔になった。
﹁誰にも触れられない、触れることも出来ない、一緒に居ることす
らもできない、満足に会話することもできない、そんな体を普通に
⋮⋮⋮⋮魔族だ魔王の娘だなんて関係なく幸せそうに笑う俺の嫁の
ウラを見て、そう思ったんだってよ﹂
こいつらだって分かっている。普通になりたいというラクシャサ
のささやかな願いが、どれほど重い願いなのかということを。
ラクシャサが俺の頭の中で呟く声を、俺はただ口に出して代弁し
てやることしかできなかった。
こんなこと、戦っているロアたちが知っちまったら、余計な悩み
を生んで戦いづらくなるだけだから言えねーけど。
﹁ん?﹂
ただ、人がせっかくシリアスに迷っている時に、ラクシャサの奴、
本音なのかギャグなのか、変なことまでテレパシーで俺の頭の中に
送りやがった。
1392
﹁ヴェルちゃん、どうしたん?﹂
俺がシリアス顔から急に目を丸くしたことに気になったフルチェ
ンコたちが俺の顔を覗きこんでくるが⋮⋮
﹁あっ、いや⋮⋮なんかあいつ⋮⋮もし叶うなら⋮⋮呪いとか禁呪
とかとはまったく関係ないのに、何故か大きくなりすぎた、不自然
で不気味なこの胸も自然な大きさにしたかったとか⋮⋮﹂
ギャグなのか? 俺にツッコミ入れさせたいのか? それとも天
然か? つか、あの胸は自前なのかよっ!
﹁﹁﹁﹁﹁ッッッッッッッ!﹂﹂﹂﹂﹂
だが、俺が呆れながら代弁したラクシャサのそのささやかな願い
は⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁ちょ、ちょっとまてえええええ! それは絶対にゆるさ
あああああああん!﹂﹂﹂﹂﹂
黒服やキモーメンにフルチェンコが、魂を込めて断固反対の意思
を叫んだ。
﹁そんなことが許されると思っているのか! あの、生命の至宝と
も言える双丘を自らの意思で捨てると?﹂
﹁ふざけるな! なんという生命に対する冒涜! これが冒涜魔王
の正体だというのなら⋮⋮俺たちは絶対に許しません!﹂
1393
いや、だからアレはラクシャサのギャグなのかもしれねーのに、
こいつら、何をそんなムキになって⋮⋮
﹁ああっ! た、大変なんだな! このままだったら、ロア王子た
ちに魔王が殺されちゃうんだなッ!﹂
﹁ぐっ⋮⋮⋮⋮くそ、なんてことを⋮⋮⋮⋮魔王ラクシャサ⋮⋮そ
んな悲しい願いを聞いちまったら⋮⋮黙って指くわえているなんて、
俺っちたちは男じゃねえ!﹂
するとフルチェンコたちは⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁魔王ラクシャサを救えーーーーーーっ!﹂﹂﹂﹂﹂
傷つき、そして間違った道? に進もうとしている女を救うため、
なんとフルチェンコたちは一斉に叫んだ。
お、おいおい、お前ら何を⋮⋮
﹁ヴェルちゃん、もう魔法は使えるだろ? 俺っちたちを魔王ラク
シャサの元へと連れて行ってくれ?﹂
﹁⋮⋮は、はあ? お前ら、何を言ってんだよ!﹂
﹁あの魔王は⋮⋮いや、ラクシャサは、深く傷つき迷う一人のか弱
い女の子! あんな女の子を守らずして、俺っちたちは、何にムラ
ムラすればいいんだ!﹂
いや、言ってる意味が全然分からな⋮⋮つか、今、向こうに行っ
てもロアたちに迷惑がかか︱︱︱︱︱
﹁伝えるんだーっ! あなたは今のままでも十分魅力的なんだと!﹂
﹁そうだ、変わらなくてもいい。胸を張って生きればいいんだと!﹂
﹁そう、教えてあげなきゃ。ラクシャサに。僕たちはあなたを否定
1394
しないと!﹂
だから⋮⋮胸の件はギャグみたいなもんで、あいつが普通になり
たいって望みはもっと別の⋮⋮つか、こいつらコエーよ! 目が血
走りすぎて、全員鼻息荒くして俺に掴みかかって、﹁早く船を浮か
せてラクシャサの元へ﹂と叫んできやがる。
﹁ぬはははははははは⋮⋮まったく、性欲に種族も国境も関係ない
⋮⋮フルチェンコの言う通りじゃのう﹂
﹁イーサム、何を笑ってんだよ!﹂
﹁よいではないか、婿よ。根本は色々と違うかもしれぬが、それで
もラクシャサを想う牡がこんなにいるんじゃ。あやつがどんな反応
をするのかも見物じゃ﹂
どういうわけか、イーサムもこのワルノリに便乗して、俺に﹁や
ってやれ﹂と促してきやがる。
くそ、本当にいいのか? どうなっても知らねーぞ?
1395
第80話﹁世界を繋ぐ文化﹂
﹁あ∼、もう、分かったよ。その代わり、どうなっても知らねーか
らな? つか、ジャレンガやラクシャサがキレて攻撃してきても責
任もたねーぞ?﹂
﹁おうよ、ヴェルちゃん! リスクなしで手に入れられぬエロなん
かに価値はない! だからこそ尊いんだ! そう、エロ・イズ・ボ
ーダレス!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁うおおおおおおおお、エロ・イズ・ボーダレスッ!﹂﹂﹂
﹂﹂
﹁頼むからお前ら、頭が混乱する魔法にでもかかっていてくれ。正
常な頭でこんなんじゃ、流石に俺もついてけねーよ﹂
ふわふわ宙船。船を浮かせていざ、伝説の決闘のど真ん中に。
﹁⋮⋮ん? おい、愚弟たち⋮⋮いや、あのクソ共は何をやってん
だ?﹂
﹁えっ? って、何でこっちに来てんだよ、あいつら! あぶねー
ぞ!﹂
﹁ヴェルト、君は何をやっているんだ!﹂
﹁な∼に∼、あいつら。邪魔だな∼、殺しちゃっていい?﹂
当然、あいつらもすぐに気づく。そして、何やってんだよと睨ん
でくる。
1396
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮?﹂
ラクシャサも表情は変えないものの、俺たちが何をやろうとして
いるのか分かっていない。
つか、俺も何が起こるかは全然分からない。
そして、幸運なことにロアたちもラクシャサも状況がイマイチ理
解できないからこそ、ドラゴンのブレスとか、魔法とか剣だの槍だ
のの攻防がピタリとやみ、両者無言で俺たちを見ていた。
そして、一瞬の静寂となったのだが、俺を押しのけてフルチェン
コとキモーメンが真っ先にラクシャサに向けて叫んだ。
﹁ラクシャサーッ!﹂
﹁ラクシャサおねえさまーーーん!﹂
おい、何を⋮⋮つか、キモーメン、ラクシャサは一応はかなりの
年上だぞ? だが、そんなことは関係ねえとばかりに二人は⋮⋮
﹁普通になりたいだと? 美人でデカいくせになんて贅沢なことを
言うんだ、ラクシャサ! なんて贅沢な悩み! 俺っちは絶対に許
さない! この世には貧しさ︵貧乳︶に苦しむ人︵女︶は沢山いる。
なぜ、それが分からない! なぜ、胸を張って生きようとしない!﹂
﹁結婚したウラ姫が羨ましいって言ってたんだな! それなら、結
婚したいってことなんだな! はーい! はいはいはいはいはい!
なら、僕が結婚するんだな! もう、呪いが解けたら僕が結婚し
てあげるんだな! っていうか、呪いもかかっててもいいんだな!
だから、そんなこと言わないで欲しいんだな! だから、まずは
その胸当て外しておっぱい見せて欲しいんだな!﹂
1397
⋮⋮⋮⋮⋮?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮?﹂﹂﹂﹂﹂
テレパシーで人の心の中も読めるラクシャサ。なのに、今、二人
が叫んだ言葉の意味も考えもまるで理解できないのか、無言のまま、
コテンと首を傾げた。
ラクシャサに分からないんだから、当然、ロアやファルガたちに
も理解できるはずがない。
だが、フルチェンコ、キモーメンに続き、他の黒服たちも一斉に
船の手すりから身を乗り出して声を張り上げた。
﹁是非一度、我が﹃ビッグバインインフィニティ店﹄で働いてみて
ください。あなたがいかに素晴らしい存在か、いかに求められる存
在か実感することが出来ます﹂
﹁あなたは多くの人を不幸にして許されない行為をしてきたかもし
れません。しかし、断言します。あなたのその胸は、あなたが不幸
にしてきた人たち以上に多くの人︵男︶を幸せにすることができま
す!﹂
﹁どうでしょうか、あなたの胸をそのままに、人に迷惑をかけるこ
となく呪いや体の病気を無くす方法を一緒に探してみませんか?﹂
1398
﹁胸はそのままに! これ重要です! 胸は何の罪もありません!
むしろ、大きく育った我が子を褒めてあげてください!﹂
男たちは叫び出した。ラクシャサに訴え、諭し、スカウトした
り、どこから取り出したのか横断幕に﹃世界文化遺産登録と保護申
請!﹄とか掲げている。
﹁⋮⋮⋮?⋮⋮?⋮⋮?⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮??﹂
ああ、もう困惑しまくってるよ、ラクシャサの奴。無表情でまる
で感情を読めないのに、今は絶対に困惑しているとすぐに分かる。
﹁いや、あの⋮⋮あなたたち、何を言ってるんですか?﹂
当然、そうツッコまれるよな。ロアがあまりにも意味不明すぎる
と、フルチェンコたちに尋ねた。
すると、フルチェンコたちは一斉に目を鋭くして、ロアたちを睨
んだ。
﹁ロア王子、この戦いはもうそれまでだ! これ以上、悲しい戦い
はやめなきゃダメだぜ!﹂
﹁は、はい?﹂
﹁あのおっぱいを守るためなら、俺っちたちはあんたらにだって反
抗する!﹂
﹁はっ? え、えええええええええ? っていうか、僕たちはあな
たたちカブーキタウンで働く女性たちを助けに来たんですよ?﹂
﹁ソレはソレ! っていうか、戦いを最初から見ていたけど、何で
誰一人おっぱいについて語らないんだ! 本当に男か! それじゃ
1399
多分、ロアたちも何年も何度も戦争を続けてきていても、これ
あ、敵を倒せても、男として問題大ありだ!﹂
は初めてだろう。
﹁天はおっぱいの上におっぱいを作らず。おっぱいの下に正義を作
る。つまり、正義より優先すべきがおっぱいである! 否、おっぱ
いこそが絶対究極正義であるッ!﹂
おっぱいが理由で戦いをやめろと言われるのは。
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮汝等⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮なんなのだ? 此方
のこの乳房に何をこだわっている?﹄
流石にこればかりは聞くしかない。
魔法を発動するだけで痛みを伴うのだが、それでもラクシャサは
呆れた感じで男たちに聞いた。
すると、男たちは誇らしげな顔をして笑った。
﹁ラクシャサ。さっき俺っちが妄想共有で見せたハードエロにあん
たは反応しなかった。それだけあんたはエロについても免疫がある。
しかし、あんたはそれでも⋮⋮男のエロ魂まで完全に理解していな
かった﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁何をこだわる? 理由なんてない! それが答えだ! 勇者が人
を救うことに理由なんていらないのと同じ! 男がおっぱいを守る
ことに理由なんていらない! 登山家が山を登るのはそこに山があ
1400
るからだ! 男がおっぱいを愛するのはそこにおっぱいがあるから
だ!﹂
多分、今の説明で理解できた奴は手を挙げろ。と俺が聞けば、ラ
クシャサもロアたちも手を挙げないだろう。
しかし、黒服たちは全員、今のフルチェンコの言葉を理解できた
のか頷いている。
何でだ? 何で理解できない奴のほうが少数派なんだ?
だが、それでもこれだけは理解できたはずだ。
﹃⋮⋮⋮⋮⋮呆れるほどの阿呆共だ⋮⋮⋮﹄
うん。そう言われるよな。
テレパシーで、明らかに呆れた溜息を吐くラクシャサ。
すると、その超乳を覆い隠している胸当てに手を当てて⋮⋮って
おいおい何をっ!
﹁﹁﹁﹁﹁うっぽおおおおおおおおっ!﹂﹂﹂﹂﹂
ポロンと、覆い隠していたものをあらわに⋮⋮ッ! で、でけえ
え! それでいて、あの先端の突起も含めて形は整っ⋮⋮いや、で
もあの肌⋮⋮
﹃見るがよい、阿呆共。この肉体はあらゆる病や毒に侵され、醜く
変色している﹄
胸に目を奪われたが、上半身裸になったラクシャサの肉体には、
紫やら赤黒い痣のようなものが至るところに痛々しく浮かんでいる。
⋮⋮でも⋮⋮
1401
﹃それを知り、それでも此方の乳房を魅力と申すか? 共にあるだ
けで、触れるだけで、万が一欲情したとしても呪いで己まで苦しむ
という害悪である此方にそう申すか? この醜くく不自然な肉体、
物珍しさで見る以外に何の価値がある? 戦場でも何度かローブを
脱いで肉体を晒したが、誰もが驚愕の表情で慄き、誰もが目を逸ら
した⋮⋮このような不気味なものは直視できぬのだろう﹄
いや、あの、ラクシャサ⋮⋮それは逆効果だって⋮⋮お前は、自
嘲気味に言ってるだろうけど、こいつらは目が血走っちゃってるよ
⋮⋮。
多分、お前が昔戦場で目を逸らされたのは、誰もが恥ずかしくて
ガン見できなかったからだよ。
あっ、それにそういえば⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁うぬぐおおおおおお、また股間があああああっ!﹂﹂﹂﹂
﹂
んで、そうだよ⋮⋮ムラムラしたら呪いが発動するんだよな。
さっきまでは、フルチェンコも巨乳専門店とかいうデカイ胸に免
疫があるためにセーフだった奴らも、流石にナマを御開帳されたら、
反応せざるをえなかったようだ。
良かった、俺はセーフで。
フルチェンコたちはさっきの繰り返しで、再び呪いで苦しみ、激
痛でのたうち回った。
﹃ド阿呆どもが⋮⋮⋮⋮﹄
やっぱダメだこいつら⋮⋮つか、俺だってこのままこの場に居た
ら、呪いで再び⋮⋮
1402
﹁ひょっ、しょ⋮⋮しょれでも⋮⋮⋮⋮﹂
だが、そんな中でもフルチェンコは、苦しみのた打ち回りながら
も叫ぶ。
﹁ひょ、お、お゛っばい゛に罪はない!﹂
⋮⋮⋮⋮⋮ブレねーなこいつ⋮⋮もう、俺は何も言葉が思いつか
なかった。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮えっと、一応正常化させたほうがいいでしょうか?﹂
ディスペル
﹁ロア王子⋮⋮彼らにとっての正常って、何でしょうかね?﹂
﹁まあ、でも一応⋮⋮えっと、解呪﹂
もう、どうすりゃいいのか分からねえロアたちもポカンとしたま
まだ。
あのジャレンガだって意味不明すぎて、暴れるどころか首傾げて
んだから。
﹁はあ、はあ、はあ⋮⋮⋮﹂
んで、一応、ロアの魔法で呪いが解けたフルチェンコたちは脂汗
を流しながらも立ち上がる。
だが、全然懲りてねえのは、目を見れば分かる。
その上で⋮⋮
﹁ラクシャサ⋮⋮呪いを解いて、更にあんたの肉体を胸を除いて普
通に戻す方法は、古代魔王復活以外ないのか?﹂
1403
あくまで胸は普通に戻すなという前提で尋ねるフルチェンコ。
ラクシャサもそれに関しては肯定した。
﹃そうだ。それ以外に、此方が普通に戻る方法はない。あらゆる魔
法やアイテムも意味が無い。それしか、方法はない﹄
ああ、そうだ⋮⋮それは分かっていた。それ以外に方法はないん
だよ⋮⋮だから、こんなに悩んじまうんじゃねえか⋮⋮
だが、そんな俺の気持ちも知らずに、フルチェンコは続ける。
﹁ちなみにだけど、その古代魔王ってどうやって復活するの? っ
てか、それとカブーキタウンの女の子、何の関係があるの?﹂
﹃なぜ、此方が汝ごときにそのようなことを⋮⋮⋮⋮﹄
﹁⋮⋮⋮⋮もしさ⋮⋮女の子たちが犠牲になったり傷ついたり、そ
れどころか変な儀式もしないで⋮⋮っていうかむしろ、女の子たち
を使わなくて復活させることができるなら⋮⋮⋮⋮俺っちたちも協
力するってことでどうだ?﹂
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮な、なに?﹄
いや、お前まで何を真顔で言ってんの?
﹁って、アホかフルチェンコ! テメエは何を言ってやがるんだ!﹂
﹁いや、そりゃー、女の子がサバトとかいうのをして、改造された
り洗脳されたり同性愛に目覚めたりとかってのは勘弁だけど、そう
いうのなしで復活させられて事が収まるなら、解決じゃね?﹂
1404
﹁だから、そーじゃねえだろうが! それじゃあ、魔王が復活しち
ゃうんだよって話ッ!﹂
﹁はっ? だったら、復活した魔王にラクシャサ治してもらった後
に、ヴェルトくんたちがその魔王を倒しちゃえば解決じゃね?﹂
いやいやいや⋮⋮⋮⋮⋮⋮更に真顔でこいつは何を言っちゃって
んの?
﹁ちょっ、フルチェンコさん、何を言ってるんですか! 古代魔王
を復活させることに協力なんて、何を軽々しくッ!﹂
﹁おい、このクソを黙らせるぞ﹂
﹁ふっざけんじゃねえ! しかも復活した魔王を倒すのは人任せ?
何無責任なことを言ってんだよ!﹂
﹁いい加減にしてください。そんなふざけた軽い気持ちで、世界の
平和が崩れたらどうするんですか!﹂
おお、俺が言いたいことをロアたちが全部纏めて言ってくれた。
そのとおりだよ。
﹁フルチェンコ、いくら俺がテメエと前世からの縁とはいえ、そん
な軽々しく魔王復活とか言ってんじゃねえよ。つうか俺に倒せって、
ナメてんのかテメエは﹂
そう、そんな簡単じゃねえ。
だから⋮⋮
﹁そーいや、ラクシャサ。俺っちはその古代魔王はよく知らないけ
ど、さっき百合竜が言ってた話では、身動き取れないけど思念とい
うか意思と言うか声が聞こえるみたいなこと言ってたんだけど﹂
1405
﹃ま、待て⋮⋮⋮⋮汝は先ほどから何をでたらめなことを⋮⋮﹄
﹁つうか、そもそも、淫靡魔王だっけ? んで、サキュバスでしょ
? あのよくエロの代名詞と言われている、伝説の。それってさ⋮
⋮むしろ男からすれば復活させてよくね? っていうか復活させち
ゃわね?﹂
いいわけねーだろうがっ! ﹁よ∼∼∼し、ならばヴェルちゃん、こうしよう! 責任は全て俺
っちが持つ! その魔王に復活しても悪いことはしないように交渉
して、ラクシャサを救ってあげよう!﹂
﹁フルチェンコ! て、テメエ、なにをふざけたことを言ってんだ
よ! そんなの無理に決まってんだろうがッ!﹂
﹁大丈夫だって、ヴェルちゃん。だって、魔王だろうと名前と種族
からして、そのリリィってのはエロイんだろ? なら、大丈夫だ。
エロい奴に悪い奴はいねえ﹂
﹁悪い奴はいっぱいいるっての!﹂
手の平をポンと叩いて、誰もが予想も出来なかった提案をしてく
るフルチェンコ。
そんなもの、当然俺だけじゃなく、ロアたちだって大反対だ。イ
ーサムは⋮⋮静観しているが⋮⋮とにかくダメに決まっている。
1406
だが、フルチェンコは空を見上げて、どこか清々しい表情で語り
始めた。
﹁ヴェルちゃん聞いてくれ。これは多分、前世から生まれ変わり、
この世界で転生した俺っちの存在理由。なすべきことなんだと思う﹂
それは、俺も前世からの付き合いでも初めて見るほどの真剣な顔。
﹁世界中の江口という名前の者は﹃江口﹄と書いて、﹃エロ﹄と呼
ばれたことがある。子供というものは残酷であり、ちっちゃい頃は
そこまでエロくもなかった俺っちをエロと誰もが呼んだ。エロくも
ないのに、女子には笑われた。ネタにされた。この世は江口に何か
恨みでもあるのだろうか? ある日、俺っちは両親に言った。友達
にからかわれる。苗字が嫌だ。変えたいと。そんな時、親父は逞し
い手で俺っちの頭を撫でて、こう言った﹂
ツッコミどころが多数だし、俺以外には意味不明な話だが、とり
あえず皆黙って聞いていた。
﹁友達にからかわれるお前は、誰よりも友達が出来る。覚えておけ
? エロ イズ ノーボーダー。エロに境界はない⋮⋮って。その
時の親父の言葉は俺っちには何の意味も分からなかった。だけど、
思春期に入れば理解できた。なぜなら、皆隠しているだけで、この
世の人間は全てエロが好きなんだ﹂
思春期に入ったら理解できた? じゃあ、その言葉を理解できね
え俺はなんなんだよ。
﹁オタクもチャラ男も不良も。清楚で通っていたクラスのマドンナ
的女生徒も、好きな男のためにとエロを勉強していたのを俺っちは
1407
知っている。しかし人間と言うものは、見栄を張る。エロを恥ずか
しいと思い、素直にならない。だから、そんな彼らに俺っちはエロ
を提供した。親父の趣味と、レンタルショップでバイトしていた俺
っちは、違法なルートであらゆるエロを提供した。エロ漫画、エロ
DVD。校内で秘密裏に校内女子と男子の隠し撮り写真を売ったら、
意外と売れた。あん時は色々な客が居た﹂
⋮⋮余計なことは言うな⋮⋮その客の中には俺も居るんだよ。
﹁クラスの不良が居たり⋮⋮マジメで清楚なクラス委員長でもある
マドンナ⋮⋮読モをやっている可愛い子が、なんと需要の無いと思
っていたクラスの根暗な引きこもりの写真を求めるということもあ
った。エロと同時にクラス内の人物相関図も書けてしまうようにな
った俺っちは、エロこそ人と人を繋ぐコミュニケーションだと理解
し、充実していた。学校が毎日楽しかった﹂
で、結局それと魔王復活と何が関係するんだ? とツッコミ入れ
たかったが、フルチェンコは止まらない。
﹁しかし、そんな俺っちも、実はまだ分かっていなかった。分かっ
ていなかったことに気づいたのは、死んだ後だった。死んで、マン
ガや映画みたいな西洋だかファンタジーみたいな世界に転生して、
俺っちは初めて分かったんだ﹂
分かった? 何に?
﹁エロは人と人とを繋ぐコミュニケーションなんてチャチなもんじ
ゃない。エロは世界と世界を繋ぐ、文化なんだ。エロは世界を変え
られる。それが、二度目の人生で俺っちが学んだことだった﹂
1408
⋮⋮⋮我慢して聞いてて損した。真顔で最初から最後まで意味不
明なままだった。
﹁だから、ヴェルちゃん。相手がエロなら、こっちもエロだ。その
古代魔王の思念と俺っちが話をしてみる。もし、互いのエロを尊重
することが出来れば⋮⋮みんなを救え⋮⋮そしてきっと、素晴らし
い関係性を築けると思うんだ﹂
﹁却下﹂
﹁だから、ヴェ⋮⋮って、早いなヴェルちゃん! ちょ、人がせっ
かくマジメな話をしているのに!﹂
﹁マジメに聞いた俺がアホだった。つか、俺も大概これまでの人生、
色んな奴に行動や発言について呆れられてきたが、俺がここまで人
の発言に呆れたのは初めてかもしれねえ。時間を返せよ﹂
﹁ひどっ! なんで理解できない! 黒服だって、キモーメン坊ち
ゃんだって理解している! それに⋮⋮ッ、ラクシャサ! あんた
はどうだ? ハードエロにも免疫のある、あんただって俺っちの言
葉は理解できたはずだ!﹂
そこでラクシャサに聞くなよ。つうか、普通に﹁ふざけんな﹂っ
て感じで怒るんじゃ⋮⋮
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹄
ほら、無言で怒ってらっしゃ︱︱︱
1409
﹃大半意味が分からなかったが⋮⋮とりあえず真剣なのは分かった
⋮⋮⋮⋮﹄
﹁って、いいのかよ! 届いちゃったのかよ! 本当にそれでいい
のかよッ!﹂
なにやら、とんでもない展開になってしまった。
だが、そんなのが許される話じゃないはずだ。
﹃ただ⋮⋮それは無理だな。百合竜たちの手前、男たちの協力を得
ようというのはな。そもそも、リリイは⋮⋮男に性的な興味は無い。
ゆえに、汝との話しになど応じぬ﹄
﹁ちっちっち、あまいぞラクシャサ。俺っちは男と女との会話をし
ようっていうんじゃない。エロについて話し合いをしようっていう
だけだ。男に興味ないエロ? 上等だ。俺っちが、レズ物の知識に
疎いと言ったかな?﹂
こいつ本気か? まさか、古代魔王をそのエロ知識及びエロトー
クで仲良くなろうっていうのか?
そんなこと⋮⋮
﹁おや、ヴェルちゃん、不満気だね。無理だって言っちゃう? あ
のヴェルちゃんも家庭を持つと保守的になっちゃうのかい?﹂
﹁⋮⋮あ゛?﹂
﹁俺っちが監獄の中に居る間は、とんでもないことのやらかしクリ
エイターだって聞いていたけど、単なる皆の買いかぶり?﹂
お、俺が保守的だと? ⋮⋮そんな風になった覚えは⋮⋮いや⋮
1410
⋮どうだろうな。確かに昔なら、﹁そんなもんに興味ねえ﹂とでも
言って、やりたいようにやっていた気もする。
とはいえ⋮⋮⋮⋮
﹁つうか、テメエは俺に女の胸を守るために魔王の復活を許可しろ
ってのかよ?﹂
それはいくらなんでもダメだろう。流石に承諾しかねると、俺は
首を縦に振らなかった。
それに⋮⋮
﹃よい、ド阿呆男よ。此方は別に助けを求めているわけではないの
だからな。此方は此方で勝手にやらせてもらう﹄
﹁ラクシャサ∼ッ!﹂
﹃それに⋮⋮⋮⋮もう、時間だ。﹃あの国﹄が来る。残念だが、サ
バトによる戦力増強もできなくなった此方たちは、今の戦力のまま
戦争を始めなくてはならない﹄
戦争? そうだよ、確かこいつらはどこかの国と戦争するからと
か⋮⋮そういえばどこと⋮⋮
﹁戦争? ラクシャサ。横から挟んで申し訳ないですが、一体どこ
と? この平和となった世界で、あなたたちは一体どこの国と戦争
をしようというのですか!﹂
ロアがたまらず声を上げた。
ラクシャサたちは、﹃戦い﹄と言わずに﹃戦争﹄と言った。もし、
それが何かの比喩ではなく、言葉通りの戦争なのだとしたら、当然
ロアたちだって看過できない。
さっきだって、船の上での戦いも、サルトビたちだって俺たちよ
1411
りもその戦争を優先した退散した。
こんな曲者ばかりのリリイ同盟と戦争をやらかそうなんて、どこ
の国だ?
﹃⋮⋮⋮⋮ジャレンガ王子がこの場に居るというのに、どうやら本
当に何も知らぬのだな⋮⋮汝等は⋮⋮。もしくは、自分たちの管理
不足を問われるのが嫌で、﹃あの国﹄も内密にしていたか⋮⋮﹄
ジャレンガ⋮⋮? それと何の関係が⋮⋮
﹃此方が動くことを看過できぬ国など一つしかあるまい。旧クライ
魔王国を自国へと吸収した、二大超魔王国のヤヴァイ魔王国!﹄
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!
﹃弩級魔王ヴェンバイが直属の私兵を率いて、此方たちの元へと向
かってきている﹄
ヴェ⋮⋮うわお⋮⋮
﹁へえ、お父様⋮⋮僕には何も教えてくれなかったけど、ちゃんと
気づいてたんだ、ラクシャサさんのこと⋮⋮へえ∼﹂
﹁って、うそだろおおおおおっ! おい、ジャレンガ、何でテメエ
は知らねーんだよ!﹂
ジャレンガは、まったく知らなかったようだ。マジかよ⋮⋮
﹃⋮⋮⋮⋮ヴェンバイには気づいていたというよりは、告げ口され
たというべきか⋮⋮⋮⋮此方は内密に動いていたが、他の者たちは、
チェーンマイル王国周辺で色々と騒ぎを起こした⋮⋮⋮そこから情
1412
報が漏れた。偶然、チェーンマイル王国に居た⋮⋮﹃あの女﹄にな﹄
﹁⋮⋮⋮⋮あの女?﹂
﹃ああ。ジャレンガ王子もよく知る女⋮⋮いや、姫といったところ
か⋮⋮﹃流浪の月姫﹄だ﹄
﹁へ∼、そう。へ∼∼、そうなんだ∼、ふ∼∼∼∼ん、あは、あは
ははははは、ああ、そういうことなんだ。へ∼、それはそれは⋮⋮
ちょっと面白くなってきたかも?﹂
何故か、ジャレンガはものすごく嬉しそうに邪悪な笑みを浮かべ
ているが、問題はヤヴァイ魔王国か。
﹁ちっ、エルファーシア王国に情報はクソ来てねえ﹂
﹁僕たちアークライン帝国にもです。恐らく、内々で処理をしよう
と、情報を公開しなかったのかもしれません﹂
﹁って、どうするんすか、ファルガ王、ロア王子!﹂
﹁それってつまり、ヤヴァイ魔王国が、軍をつれて人類大陸に進行
しているってことですよね?﹂
そうなるよ。それってつまり、かなりまずいことだ。
いくらヤヴァイ魔王国の目的が、そのリリイ同盟だからといって
も、あの世界最強国家であるヤヴァイ魔王国がこの平和協定みたい
なものが結ばれた世界で人類大陸に向かうなんて、人類と魔族の関
係に大きな亀裂を入れるようなもんだ。
﹁ぬはははは、そうかそうか、ヴェンバイが来るか。これは中々荒
れた展開になりそうじゃのう﹂
﹁イーサム、笑ってる場合じゃねえだろうが!﹂
﹁な∼に、心配するでない、婿よ。大丈夫じゃろう。流石にそれを
考えぬほどヴェンバイも阿呆ではない。ヴェンバイとて、今の世界
を壊す気など毛頭ないはずじゃからのう﹂
1413
﹁本当か∼? 俺、あいつのことよく知らねーから、何とも言えね
ーし⋮⋮﹂
﹁うむ。まあ、何万もの軍を率いては流石に気づかれるじゃろうか
ら、恐らくはあやつと僅かな寡兵程度じゃろうな。といっても、あ
やつ一人で十万人規模の軍事力はあるがのう﹂
それでか。確かに、あんなバケモノが来るなら、守りを固めるよ
な。戦力だって増やそうとするよな。
だが、そうすると、フルチェンコのアホな提案は本格的に無理に
なってきたな。
﹁おい、ジャレンガ⋮⋮ちなみにだけどよ⋮⋮﹂
﹁アハハハハハハハハハ! 僕は止めないよ? ヴェルトくん、僕
はお父様に戦いをやめろとか話し合おうとか、そんなこと言わない
からね? っていうかさ∼、僕が今、ラクシャサさんを殺しちゃダ
メなの?﹂
期待はしてなかったが、案の定こうだ。つまり、俺らがどうこう
別にして、やはりもうどうしようもなさそうだな。
﹁フルチェンコ、聞いただろ? ただでさえ俺らが納得してねえの
に、古代魔王復活させてラクシャサ救って、ついでに古代魔王とも
仲良く話をするってのは無理だ﹂
﹁おおおい、ヴェルちゃん、つれね∼な∼。確かに俺っちもヤヴァ
イ魔王国は知ってるけど、ヴェルちゃんはこの世界の覇王になった
んだろ? 王様としての繋がりもあるんだろ∼?﹂
﹁まあ、それもそうなんだが⋮⋮だが、ヤヴァイ魔王国は別だ。あ
1414
そこに対しては俺もそこまで仲が良いわけじゃねえ。繋がりだって
薄い。とてもじゃねえが、テメエのふざけすぎな提案をできるよう
な相手じゃねえ。唯一の望みのジャレンガだって、こんな感じだし﹂
これが、ジーゴク魔王国だったら、まだ何とか話ぐらいはできた
かもしれねえ。
キロロもキシンも、それに他の奴らだって知っている奴が居る。
っていうか、今ならジーゴク魔王国にはラガイアが居るしな。ラガ
イア可愛いからな。ってか、そろそろ会いてーな。会いにいっちゃ
おうかな? つか、あいつ一人で寂しくねえかな? 風引いたりし
てねーだろうな? もういっそのこと会いに行くか? コスモスと
ハナビも連れて行って、ムサシを護衛にして、そん中にラガイア入
れて五人で旅行とか⋮⋮
﹁ヴェルちゃん?﹂
﹁ん? あ、おお。そうそう。だからよ、ラクシャサは哀れだし同
情するかもしれねーが、そんな簡単に救うことに協力する義理はね
ーよ﹂
一瞬、別のことを考えちまったが、まあそういうことだ。
俺だって、いつまでも身軽に生きてるわけじゃねえ。世界を左右
しちまう問題を簡単には⋮⋮
﹁アハハハハハハハハハハ! うそばっか∼、ヴェルトくん。お父
様を止める方法は一つあるじゃない? とぼけちゃってる? ダメ
だよ? ムカつくな∼、とぼけてばっかりだと殺しちゃうよ?﹂
なんか、いきなりジャレンガが愉快そうに笑いながら、俺とフル
チェンコの会話に入り込んできやがった。
1415
﹁どういうことだよ。テメエは止める気はねーんだろ﹂
﹁うん、﹃僕は﹄止めないよ? それに、お父様が仮にも自ら出兵
しているんだから、お父様だって説得されたぐらいじゃ手ぶらじゃ
帰れない。相応の﹃お土産﹄がないと帰れないよね∼?﹂
ジャレンガは何を言いたいんだ? つまり、ヴェンバイに賄賂か
なにか? 土産でも渡してご機嫌とって、この件を俺たちに預けて
欲しいとお願いしろと?
でも、ヴェンバイに土産って⋮⋮何を? とんこつラーメンじゃ
ダメだよな?
﹁土産は、お父様が今一番欲しがっているもの。ヤヴァイ魔王国と
君との、他の国や種族にも負けない繋がりに決まってるじゃな∼い
?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮お、おい⋮⋮⋮⋮ま
さか⋮⋮⋮⋮﹂
﹁それならお父様も考えるんじゃない? あと、孫は二人ぐらいっ
て言えば、大丈夫じゃない? アハハハハハハ!﹂
いや⋮⋮⋮⋮その理屈はおかしいよな? 絶対におかしい⋮⋮⋮
⋮ってか、無理だ。
だって、お前、これまではジャレンガに色々と言われても所詮は
口約束だから、テキトーに﹁検討する﹂つって誤魔化してあしらっ
てきたけどさ、相手が弩級魔王ヴェンバイだったら⋮⋮もう、決定
になっちまうぞ? 公認になっちまうだろ? それは⋮⋮どうなんだよ⋮⋮? いや無理だよ。うん、ムリ。
1416
第81話﹁平和的なネゴ﹂
﹁⋮⋮待て、まだ弱い! そんな理由じゃ、俺だって嫌だ!﹂
﹁どうしてだい、ヴェルちゃん。ヴェルちゃんはこの哀れな女を救
おうと思わないのかい?﹂
フルチェンコとジャレンガの異色タッグが、事態の方向性を決め
ようとしていることに、俺はまだ﹁待った﹂をかけた。
つうか当たり前だ。フルチェンコの要望だと、﹁ラクシャサを助
け﹂﹁古代魔王も復活させたうえで説得﹂ってことになるが、それ
を許容し、挙句の果てにヴェンバイを説得するためにほにゃららな
展開を俺が持ちかけるなんて、あってはならねえ。
そう、俺が動くには、まだ理由が弱すぎる。
﹁最初からラクシャサが助けを求めるとかそういうのがあれば、ま
だ考えなくもなかった。一応、こいつは俺とウラの結婚をノリで祝
福してくれたし、半年前の最終決戦でも俺の国づくりを後押しして
くれた。確かに借りはある。だが、その借りと、今のテメエの提案
を天秤にかけても、やっぱりその提案は受け入れられねえよ﹂
そう、比べるまでもねえ。それに、ラクシャサ自身も助けを求め
るどころか、自分で全部勝手にやろうとして、他の連中を巻き込み、
事を大きくしすぎた。深海族、百合竜、暗殺ギルド。
そこまでしておき、更にあの弩級魔王ヴェンバイまで出張らせて
るのに、﹁かわいそうだからラクシャサ助けたい。ヴェンバイの娘
を俺の嫁にするから見逃して?﹂そんなこと言えるわけがねえよ。
つうか、言った瞬間にぶっ殺される自信がある。
1417
﹁まあ、愚弟にしては珍しくクソ無難な見解だが、実際俺も似たよ
うな考えだな。クソふざけすぎだ、テメエら﹂
﹁僕も陛下やヴェルトの意見に賛成です。というより、フルチェン
コさんや、ジャレンガ王子の提案は論外です﹂
﹁俺もだ。大体、弩級魔王ヴェンバイが目の前に迫ってきてるって
いうのに、今になってそんな提案できるはずがねえ﹂
俺の意見に同調するように、ファルガ、シャウト、バーツもフル
チェンコの考えに反対を示した。つうか、当たり前だ。こんなの、
誰も納得するはずもねえ。
だが⋮⋮
﹁ふむ。だそうじゃが⋮⋮おぬしも同じか? 真勇者﹂
その時、俺たちのやり取りを高みの見物のような形で黙って見て
いたイーサムが、ロアに話を振った。
だが、ロアだって考えは同じはず⋮⋮と思っていたが⋮⋮
﹁⋮⋮⋮僕は⋮⋮⋮﹂
悩んで? いや、何か俺たちと違う意見なのか、意外にもロアは
頷かずに、回答に間が空いた。
そして⋮⋮
﹁僕は⋮⋮究極的に全員の望みが叶うのなら、フルチェンコさんの
言うことも一理あると思っています﹂
﹁よし、お前、いっぺん頭を医者に見てもらってこい﹂
まさか! まさかの? 俺は即行でツッコミ入れたが、ぶっちゃ
け耳を疑った。つうか、この勇者は今、なんつった? こいつ、本
1418
当にロアだよな? ファルガもシャウトもバーツだって口開けて固
まっちまった。
﹁おい、ロア! テメエは何を考えてやがる! よりにもよって、
テメエがそれを言っちゃダメだろうが!﹂
そう、世界を救う勇者。世界の平和を守る王子が、なんつーこと
を言ってんだと、俺は口調キツめに言ってやった。
だが、そんな俺の言葉に対して、ロアは真っすぐな目を俺に向け
てきた。
﹁僕もさっきまでは、ヴェルトくんやファルガ王も言っているよう
に、ここで魔王ラクシャサを討ち取るのも仕方ないと思っていまし
た。でも、フルチェンコさんの言葉を聞いていると⋮⋮違う考えが
浮かんできました﹂
どういうことだ? 俺も含めてそう思った時、ロアがゆっくりと
語り始めた。
﹁ヴェルト君の言っていることはよく理解できるよ。だけど、意見
が合わないからと最初から決めつけて話し合いをせず、問題を起こ
した相手だからとそれを排除しようとする⋮⋮それでは、これまで
の神族大陸での戦争と何も変わらないんじゃないかな?﹂
それは、俺らの言葉を理解しつつも、それでも違う何かに至った
言葉。
﹁ヴェルト君、皆さん、戦争は⋮⋮もう終わったんです。そして、
これが半年以上前の話ならまだしも、魔王ヴェンバイは既に僕たち
と同盟関係にあるんです。可能性は低いかもしれませんけど、一言
1419
も話さずに諦めてしまうのは早計かもしれません。勿論、ヴェルト
くんとの親縁関係を結ぶかどうかに関わらず﹂
昔なら、相手が異種族というだけで既に戦争は不可避な時代だっ
た。だが、今はそうではないだろうというのがロアの意見。たとえ、
相手が魔王ヴェンバイで、交渉の可能性が非常に低くとも、話しぐ
らいしてもいいのではないか。
﹁勿論、リリィ同盟たちが市民を襲っていることや、世界を揺るが
すことをしようとしているのは、理由を聞いたからって許容できる
ことではありませんし、彼女たちが力を奮う以上は僕たちも抵抗の
ために戦う必要があります。しかし、それでも何も語り合うことも
せずに一刀両断するのやはりこれからの時代には合わないのではな
いでしょうか?﹂
そんな大げさな⋮⋮と思っても、結局そういうのの積み重ねが戦
争に繋がっているとロアは理解している。
﹁ロア王子⋮⋮でも、それならどうするんすか? ラクシャサだっ
て、それにリリイとかいう古代魔王とも話し合いは既に無理みたい
なこと言ってるじゃないすか?﹂
バーツの言うとおりだ。それが出来たら苦労しねえ。
実際、俺も百合竜とも言葉を交わしたが、結局何も解決しなかっ
たからだ。
だが、ロアは⋮⋮
﹁ええ。でも、バーツ。何だかんだでラクシャサの事情は分かった
じゃないですか。痛みを伴いながら語り合ったことと、自分を偽ら
ずに本心を曝け出す人たちのおかげで﹂
1420
まあ⋮⋮確かに、最初はまるで無反応無言だったはずのラクシャ
サの願いとやらも、今では分かってしまった。
﹁でもだからって、それで古代魔王を復活させるっていうのは違う
んじゃないすか?﹂
﹁だけど、僕たちはまだ古代魔王のリリイとは一言も言葉を交わし
ていないよ? 確かに、ラクシャサは古代魔王もリリイ同盟も男と
の話し合いには応じないだろうと言っているが⋮⋮本当かどうか、
それを試してみるのも悪くないんじゃないかな? 復活させる復活
させないは別にしても、思念体のリリイと会話ができるというのな
ら⋮⋮⋮⋮話をしてみる価値はあると思う﹂
だからって、そんなの⋮⋮ファルガも、そしてシャウトもバーツ
も納得できないといった表情だ。無論俺もだ。
﹁おい、相手が相手だ。そんな、甘ったれた考えでなんでもかんで
もクソうまくいくと思ってるのか?﹂
﹁そうでしょうか、ファルガ王。むしろ⋮⋮話し合いができないか
ら相手を倒して終わりという、ありきたりな方法で決着をつけない
男が、かつてこの世界を変えたんです。そんな彼に同調した僕たち
は⋮⋮僕たちだからこそ⋮⋮僕たちも彼のようにやってみてもいい
んじゃないでしょうか?﹂
ああ? 誰だよ、そのメンドクサイ男⋮⋮って、俺のことかよ!
相手を倒して終わりという、ありきたりな方法で決着をつけない
男? ⋮⋮そういえば、半年前にロアにそう言われたことがあった
な⋮⋮
﹁どうだろうか、ヴェルトくん。君は何かしらの理由を求めている
1421
けど⋮⋮たまには理由もなくこういうことをしてもいいんじゃない
かな?﹂
そう言われても⋮⋮ぶっちゃけ困る⋮⋮。
かつて、俺がロアの言うメンドクサイやり方をしていたのは、そ
れには相応のそうする理由があったからだ。
相手がクラスメートだったりとか、縁のあるやつとか⋮⋮
﹁⋮⋮⋮理由⋮⋮縁⋮⋮か⋮⋮﹂
﹁ヴェルト君?﹂
俺がそうするための理由⋮⋮か⋮⋮
百合竜? いや、ぶっちゃけあいつらのことをクラスメートとし
ても全然覚えていないし、理由としては弱い。
なぜなら、百合竜が戦う理由は要するに、女だけの国を作るとか
同性愛を認めろとかそういうものだ。そのために古代魔王を復活さ
せるというのは理由としては弱い。
ならば、ラクシャサは? ラクシャサを救うため? ⋮⋮だが、
今、俺が抱いているラクシャサへの思いは、半端な同情みたいなも
んだ。そんな一時だけの感情で古代魔王復活もありえねえ。
そうなると⋮⋮⋮⋮
﹁⋮⋮おい、魔王ラクシャサ⋮⋮戦争始めて死ぬ前に⋮⋮フルチェ
ンコとロアの二人でその古代魔王と話をさせてみろ﹂
﹃なにいっ?﹄
﹁フルチェンコ、ロア⋮⋮俺は反対なんだ。だから話し合いをした
けりゃテメエらでやれ。その代わり、俺はどうなっても知らねーか
1422
らな。ヤヴァイ魔王国が来るまで時間がねーみたいだし、それまで
に何とかしろ﹂
どっちにしろ、今、魔王復活させる理由が俺には無い以上、古代
魔王と話をしてどうにかするっていうのは俺には無理だ。
﹁ヴェルちゃ∼ん、来てくれねーの?﹂
﹁テメエが責任を取るって言ったんだ。そこはやり通せよ。ロアも
だ。異色過ぎる二人で、ディベートとネゴシエーションしてみろよ﹂
フルチェンコは﹁ケチ﹂と言うものの、正直その場に俺が居てど
うにかなる問題じゃない。だからやるなら、言い出しっぺと賛成派
だけでやれということにした。
﹁ヴェルトくん⋮⋮それは、やりたいやつだけ勝手にやっていろっ
てことなのかい?﹂
﹁そこまでは言わねえよ、ロア。ただ、今のままじゃ俺は心の立ち
位置的にそっちに行けねーってことだ。俺がそっちの立ち位置に行
くかどうかは、別の用事が済ませられたらの話だ﹂
そう、別に俺は﹁もう後は勝手にやってろ﹂と突き放すわけじゃ
ねえ。心情的には﹁ラクシャサ可哀想だしなんとかならねーかな﹂
ぐらいには思っている。ただ、それだけの理由で古代魔王を復活さ
せて、ヴェンバイと話をするには理由として弱すぎる。
なら、その理由を強くするしかない。
そして、俺がこいつら側にいくための理由が強くなるかどうかは、
その﹃用事﹄次第だ。
1423
﹁ラクシャサ。俺を⋮⋮⋮⋮キシンの嫁⋮⋮ヤシャとかいう女と会
わせろ﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ッ!!!!﹂﹂﹂﹂﹂
だから俺は、どういうわけかラクシャサたちと行動を共にする、
親友の嫁と話をすることにした。
﹁ほほう。どういうことじゃ、婿よ。何ゆえ、今更あの鬼嫁に?﹂
﹁今更じゃねーよ、イーサム。未だになんだよ、俺は﹂
そう、実際のところ、俺はまだ何も知らない。
﹁ラクシャサの事情は分かった。男嫌いだという百合竜や、女しか
いないという深海賊団たちのも、まあとりあえず分かった。サルト
ビたち暗殺集団たちも、性別変わりたいとかどうかとも思うが、ま
あ分かった。だが⋮⋮正直、一番縁がありそうなのに、全く事情が
分からないやつが居る﹂
そして、それこそが俺の立ち位置をハッキリさせる﹁理由﹂にな
るのかもしれない。
だから、俺はリリイとかいう古代魔王よりも、そっちと話をする。
﹃待て⋮⋮此方は何も了承していない⋮⋮汝等と馴れ合う気などな
い﹄
﹁うるせえよ。馴れ合いぐらい、我慢しろ。テメエやテメエらの思
惑を全て力ずくでぶっ潰そうとしているわけじゃねーんだからよ﹂
﹃ヴェルト・ジーハッ!﹄
﹁どの道、このまま戦ってもテメエに勝ち目がねえのは明白だ。本
来は、このまま海の藻屑になるところが、二人の男が手を差し伸べ
1424
てるんだ。もうけもんだと思って、その手を掴んどけ﹂
ラクシャサを無視して話を進めているが、本人は当然簡単に了承
するはずがなく、慌てて口出ししてきた。
だが、そんなもん関係ねえ。
﹁え∼、ヴェルトくんがお話しするのは、ヤヴァイ魔王国とでしょ
∼? オリヴィアをお嫁さんにします∼ってさ?﹂
﹁愚弟⋮⋮テメエ本当に⋮⋮﹂
﹁ヴェルト、大丈夫かい? あのヤシャという女性はかなり強く危
険だと思うが﹂
﹁俺らもついてくか?﹂
ロアとフルチェンコでリリイと話をする。そして俺はヤシャと話
をする。そのことには仲間内からも納得できないといった意見も出
るが、仕方ねえ。フルチェンコたちの所為で戦う空気も壊れちまっ
たしな。
だから、後は、ラクシャサに納得してもらって俺たちをそれぞれ
の話し相手の所へ連れて行ってもらえれば⋮⋮
﹃汝ら⋮⋮いい加減に⋮⋮⋮ッ!﹄
だが、その時だった。
﹁ん?﹂
ラクシャサが急に目を見開いて言葉を止めた。
一体どうしたのかと思ったその数秒後⋮⋮
1425
﹁⋮⋮⋮⋮がっ⋮⋮⋮⋮が⋮⋮ぐぼはっ!﹂
急に咽だしたラクシャサは、青色の血を大量に吐き出した。
一瞬何が起こったか分からずに呆然としちまった俺たちだが、慌
てて駆け寄ろうと⋮⋮
﹁ラクシャサ姉さまーっ! 僕が救ってあげるんだな∼⋮⋮うべあ
ほあっ!﹂
﹁どうしたんすか、ラクシャサさん! ぐぼおあっあ!﹂
﹁うおおおおお、至宝を救えーっ! へぶらうあっ!﹂
と、俺たちより早くにフルチェンコたちが駆け出してラクシャサ
を支えようとするが、ラクシャサの体に触れた瞬間、全員呪いでぶ
っ倒れた⋮⋮そうだった⋮⋮触っちゃだめだったんだ⋮⋮
﹁ラクシャサ⋮⋮お前⋮⋮﹂
表情こそは一切変わらないものの、その吐き出された血の量はど
う考えても普通じゃない。
だが、俺たちには近寄ることも触れることも出来ない。それが、
ラクシャサ⋮⋮
﹃ふ、ふん⋮⋮使い魔融合⋮⋮魔道兵装⋮⋮騎獣一体⋮⋮やりすぎ
たか⋮⋮﹄
﹁ラクシャサ⋮⋮お前⋮⋮﹂
﹃そんな、顔を⋮⋮するな⋮⋮ヴェルト・ジーハ⋮⋮もう長くない
ことも分かっている⋮⋮﹄
長くない⋮⋮それが示す意味は一つしかない。
1426
もう、ラクシャサは命すらも⋮⋮
﹁ふわふわキャストオフッ!﹂
俺は慌てて、ラクシャサが百合竜たちを合体させている魔法を引
き剥がした。合体した形を維持するだけでも相当の力を失っている
ことが目に見えて分かったからだ。
﹃ふっ、⋮⋮優しいな⋮⋮ヴェルト・ジーハ。しかし、此方の負担
を軽くするためとはいえ、こうもアッサリ解除されるのも⋮⋮微妙
な気分だ⋮⋮﹄
俺の魔法でアナンタが光の衣のようなものに包まれ、次の瞬間に
は光が勢い良く遥か上空へ飛ばされた。 ﹁あれ? わ、私たち⋮⋮何を?﹂
﹁確か私たち⋮⋮⋮⋮ッ、トリバちゃん! ボスがッ!﹂
百合竜たち含めた多くのドラゴンたちが合体を解除されて宙や海
に投げ出される中、意識をハッキリとさせたトリバとディズムの二
人が俺たちを睨んだ直後、血を吐いて弱々しく肩で息をするラクシ
ャサの姿に顔を蒼白させていた。
﹁ボスッ! ⋮⋮朝倉ーッ! あんた、ボスに⋮⋮ボスに何をッ!﹂
﹁許さないんだから、朝倉君ッ! 私たちの道標でもあるボスをッ
!﹂
敵意むき出しで俺たちに殺意の篭った目で睨んできやがる。どう
やら合体していた時の意識はハッキリしていなかったようで、今、
どんな話が俺たちの間でされていたかを理解してないようだ。
1427
メンドクセー⋮⋮
﹁人がせっかく助けてやったってのに、やかましい奴らだ。少し黙
ってろよ。今から戦いはやめて、話し合いをしようってことを提案
中なんだからよ﹂
﹁話し合いッ? はあ? 何を今更! あんたたち男と話をするこ
となんて何もないんだから! さっさとボスから離れなさい、朝倉
!﹂
やれやれだ。こりゃー、初めから説明していくしか⋮⋮いや、そ
もそもこいつらは、ラクシャサの本当の願いを知らないわけだから、
逆効果か? 少なくともこいつらは、女だけの国を作るっていうこ
とのためにラクシャサをボスと崇めてついていってるんだから⋮⋮
﹁やれやれ、時間がないんだ、ヴェルちゃん。ここは俺っちに任せ
てくれ﹂
フルチェンコが前へ出た。確かに、ヤヴァイ魔王国とヴェンバイ
が近づいてきているなら時間は無いが、こいつはどうやって⋮⋮
﹁文芸部一年の期待の新星と呼ばれたアヤちゃん﹂
⋮⋮⋮⋮?
フルチェンコは意味の分からないことを呟いた。
それは当然百合竜も⋮⋮
﹁えっ!﹂
⋮⋮そうでもなかった。少なくとも、トリバこと真中つかさとか
いう前世巨乳女は、何故かビクッとした表情で固まった。
1428
﹁トリバちゃん?﹂
一方でディズムことヤジマリコという前世チビ女は意味が分から
ず首を傾げている。
だが、フルチェンコは続けた。
﹁ラグビー部マネージャーだった隣のクラスの、さつきちゃん。後
輩一年生でもっともちっちゃいロリッ娘の、ゆいちゃん﹂
﹁いっ! あ、あわわ⋮⋮えっ? は、え、えええ? あっ、え?
な、なに、を?﹂
﹁校内で、バイト先で、時には自宅で⋮⋮摘み取ったのは誰ですか
∼?﹂
フルチェンコがどこまでもゲスな笑みを浮かべているのに対して、
トリバは大量の汗をドバドバと出して、混乱した表情でうろたえて
いる。
﹁他にも、映像研究部のジュンちゃんを︱︱︱︱︱︱﹂
﹁いいいいいいいいいいいいやああああああああああああああああ
ああああああああああああああっ!﹂
トリバ、頭を抱えて発狂。ドラゴンの咆哮とは思えないほど、甲
高い悲鳴だった。
にしても、どういうことだ?
﹁ふっふっふ。かつて、﹃落としたい女がいるから情報頂戴﹄と、
女を口説くたびにその女生徒のプロフィールなり行動パターンや趣
味などを調査させて、その情報を買い取った一人の女が居た﹂
1429
﹁ッ! う⋮⋮そ⋮⋮あん⋮⋮た⋮⋮ま、まさか⋮⋮まさかッ!﹂
﹁俺っちが調査した人数は⋮⋮十人ぐらいだったかな?﹂
﹁え⋮⋮⋮江口ッ!﹂
ああ、なるほどね。そういうこと⋮⋮はは⋮⋮なんつう恐ろしい
弱味を⋮⋮
﹁え、ぐち、くん? えぐちくんって、あの、す、すっごい、いや
らしいクラスメートの人だよね! ねえ? トリバちゃん?﹂
﹁あ、あ⋮⋮な、なんで、江口が⋮⋮も、もう二度と会うことは⋮
⋮う、うそでしょ⋮⋮﹂
突如明らかになったフルチェンコの正体に驚きを隠せないトリバ
とディズム。トリバなんて、後ろめたいことがありすぎなのか、メ
チャクチャ動揺しまくっている。そして、その様子にディズムもハ
ッとした。
﹁⋮⋮⋮⋮ねえ、トリバちゃん⋮⋮⋮さっき、江口くんが言ってた、
文芸部の子とか隣のクラスの子とか⋮⋮どういうこと?﹂
﹁ギックウウウウウッ!﹂
﹁⋮⋮ねえ、トリバちゃん、違うよね? トリバちゃん⋮⋮つかさ
ちゃんは、私に昔言ったよね? 同じ女の子同士でこんなこと思う
のは変かもしれないけど⋮⋮自分だってこんな感情が初めて⋮⋮そ
れだけ私のことを抱きしめたいって⋮⋮言ったよね?﹂
﹁あ、あ、あの、あのね、理子⋮⋮そ、そのね⋮⋮う、うん。あ、
あのエロ男、なんか勘違いしているみたい。言ったでしょ? 現世
1430
も前世も、私は理子が最初で最後、理子しかいないんだって﹂
ジト目で浮気? の容疑で疑いの目を向けるディズムに対して、
トリバはアタフタしながら誤魔化そうとするが、フルチェンコは止
まらない。
﹁俺っちルートを使って色んなオモチャを購入。映研部のジュンち
ゃんを落とす時に、初めて双頭ディr︱︱︱︱︱﹂
﹁平和的に話し合うのならそれもいいんじゃないかしらあああああ
あああああああああああああああああああああ!﹂
こん⋮⋮な⋮⋮簡単に。
誇張かどうかは別にして、世界的には二人揃えば四獅天亜人級と
呼ばれた百合竜の片割れが、﹁かんにんしてください﹂と頭を下げ
て震えている。
﹁ちょ、トリバちゃん!﹂
﹁ディズム! こうして朝倉だけじゃなくて、私たちはあの悲劇を
乗り越えてクラスメートと会えたのよ? これって何かの思し召し
じゃないかしら? ここは、たとえ相手が男でも話し合いをするの
もいいんじゃないかな? ね? ね? そんなプクッと怒った顔を
しないでよ。可愛い可愛い、私のディズム﹂
この様子にフルチェンコは大満足。それ以上は喋らずに、親指を
突き立ててウインク。正直、俺も弱味を握られているだけに、トリ
バに激しく同情しちまった。
﹃一体⋮⋮どういう⋮⋮ぐっ⋮⋮﹄
﹁無理すんなラクシャサ。ものすごくショボイ話しすぎて、知って
も損するだけのことだ﹂
1431
ポーカーフェイスも段々難しくなっているな。ラクシャサは相当
弱っている。こりゃ∼、グダグダやっている場合じゃねえ。さっさ
と、それぞれの話すべき相手と話をする方が⋮⋮
﹁ボスッ! 急にボスの魔力の反応が弱く⋮⋮ッ、ボスッ!﹂
その時、忍者のドロンを使って一人の女が血相を抱えて煙の中か
ら現れた。
サルトビか。
﹁丁度いい、サルトビ。ここでテメエらのボスが死ぬか⋮⋮僅かな
可能性に賭けてみるか⋮⋮ちょっと話を聞いてくれ﹂
1432
第82話﹁俺の所為﹂
俺が保守的になったかどうかは分からない。俺も俺なりに自分の
やりたいように生きてきた。
世界の流れも種族の関係も知ったこっちゃねえとツッパって生き
てきた。
でも、ラクシャサの事情を知った俺は、同情しながらも、世界の
行く末と天秤にかけて物事を考えた。
ラクサシャを救うことよりも、世界の平和を⋮⋮なんて、勇者み
たいなことを考えた。
そんな俺は変わってしまったんだろうか? 少なくとも、フルチ
ェンコやロアにはそう見えたんだろう。
自分ではそう思っていなかった。単純に、俺自身がラクシャサと
そこまで仲良くもねえからとか、そういう理由で俺はフルチェンコ
の提案をつっぱねた。
だけどもし、俺に、﹁相応の理由﹂があるならどうだ? そう思
ったとき、俺はふと、ある一人の女が頭の中に思い浮かんだ。
百合竜も、暗殺ギルドも、深海賊団も、ラクシャサも、それぞれ
の理由があって今回の行動を起こした。
でも、その中で、あの﹁女﹂だけは理由が分からなかった。
だからこそ、俺は、ロアとフルチェンコにはついて行かずに、あ
の女と話をすることにした。
﹁ロアの魔法は便利だな。深海でも呼吸ができて、目も開けられて、
深海の圧力にも影響を受けない⋮⋮テメエらもこういう魔法を受け
てるんだろ?﹂
深い深い海の底は、もっと暗い世界だと思っていた。
1433
だが、目を開ければそこに広がるのは、コバルトブルーの世界。
そこにただ存在するだけで心が癒される海草や宝石のような珊瑚。
色鮮やかな様々な魚の群れが視界の端を泳ぎ、美しく、そして穏
やかな世界が広がっていた。
﹁リリイ同盟共はザワついていたぜ。戦争に備えて海賊船や武器、
兵の配置を済ませて身構えていた中で、瀕死で倒れそうなラクシャ
サと共に、男たちが深海に足を踏み入れたんだからな﹂
そんな世界にポツンとただ一人、その女は海底の大きな岩の上に
足組んで座り、ただ真っ直ぐ深海の果てを見ていた。まるで、何か
が来るのを見張って、待っているかのように。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あ゛?﹂
その女の周りには、兵は一人も居なかった。戦争であれば大将ク
ラスの実力を誇るのに、護衛も側近も引き連れずにたった一人で敵
を待っている。
それは、今目の前にいるこの女から発せられる、燃え上がるよう
な闘争心のオーラを見れば一目瞭然。
精神統一をしてどこまでも張り詰めたその空気は、近くにいるだ
けで凡人なら倒れちまう。
余計な足手まといは近くに居ても迷惑であり、一人の方が思う存
分に暴れられるということだろう。
それゆえ、この女は、リリイ同盟の戦力が集結している中央から
少し離れた位置に一人で居た。
それは、俺にとっては好都合だった。
﹁魔王ヴェンバイと戦う気か?﹂
1434
俺が近づき問いかけると、その女は特に警戒心も見せず、張り詰
めた空気を解いて普通に笑った。
全身赤黒い皮膚に、上下が黄色い虎柄の毛糸ビキニパンツにスポ
ーツブラっぽい下着。
巨乳ではあるが、まあ、ラクシャサを見た後だと、とても慎まし
く見える。
整った顔立ちに、ボーイッシュのショートヘヤーと、情熱的な熱
のこもった目。
そして、その傍らには、巨大な建物の柱ぐらいの大きさもある金
棒。
﹁どーなってんの? ラクシャサと百合竜がサバトで戦力増やすと
か言ってたけど、何でお前が来てんだよ?﹂
敵意を見せずに笑いながら問いかけてきた女。
その名は、﹁ヤシャ﹂。
キシンの嫁さんだ。
﹁こっちにはスケベ代表の男たちが居てな。ラクシャサの事情やら
を知っちまって、色々あったんだよ﹂
﹁ぷっ、わっははのはーっ! なに? それで味方になってくれた
ってこと? か∼、マジか∼。そんじゃ、船での戦いでは、あたい
も胸をボロンと出しちまえば良かったか?﹂
﹁十分既に出てるよ。その格好。つか、人妻なんだからもう少し格
好を気をつけろよ﹂
ヤシャは、俺や、そして男たちが現在この深海に下りてきている
ことを知りながらも、特に敵意を見せることも、俺たちを力ずくで
追い返すようなこともしなかった。
1435
﹁イーサムも来てるのか?﹂
﹁ああ、高みの見物しているよ。次世代を担う若造たちが、何をや
らかそうとしているか見届けるって言ってな﹂
﹁わははのはっ! す∼っかり、隠居したジジイのセリフだな!﹂
ただ、普通に笑っていた。
だが、一頻り笑い終えたヤシャは、すぐに俺に尋ねた。
﹁んで? 何の用だよ、リモコン﹂
その問いかけに、俺もストレートに質問で返すことにした。
﹁なあ、ヤシャっつったな。さっき、船の上ではまともに話せなか
ったから聞きてーんだ﹂
﹁あん? なにをさ?﹂
﹁テメエはキシンと結婚してるってことは、別に同性愛者でもねー
んだろ? だったら、なんで百合竜やらたちと一緒に行動して、古
代魔王なんて復活させようとしてんだ?﹂
そんなヤシャにより近づき、俺は近くに腰掛けて本題に入った。
﹁ひょっとして、テメエも、ラクシャサみてーに、何かリリイが復
活しねーと叶えられねえ願い⋮⋮治せねえもんでも持ってんのか?﹂
俺が知っておきたかったことはこれだ。なぜ、この女は?
すると、ケラケラ笑っていたヤシャが、少し切なそうな顔を浮か
べた。
﹁んなの聞いてどーすんの? つか、何で初対面のあんたに、あた
いのこと教えなきゃいけねーの? 好きなように考えたらいいだろ
1436
うが。あたいが本当は女好きとか、単純に用心棒として雇われたと
か、ツエー敵と戦いてえとか、そんなとこでよ。あたいに、そんな
深い理由なんてねーよ﹂
俺の問いかけに心を遮るように誤魔化しの言葉を並べるヤシャ。
だが、俺は引かなかった。
﹁関係あるさ。俺はテメエの旦那の親友なんだからよ﹂
こいつとは初対面とはいえ、それでもこいつはキシンの妻。
俺の親友の嫁なんだからよ。
そして、キシン自身は今も、そしてこれからも俺と共に国造りか
ら運営までずっとやってくんだ。
そんな相棒の嫁を他人で済ませるわけにはいかねーからな。
﹁ダーリンの⋮⋮か⋮⋮そういや、そーみたいだな﹂
﹁ああ﹂
﹁⋮⋮はあ⋮⋮まあ、あんたならダーリンとも仲良くなれそうだか
らな。なんてったって、ノリでシャークリュウとイルマの娘を嫁に
したんだしよ﹂
ウラのことか? まあ、こいつも俺のウラへのプロポーズをサー
クルミラー通して見てたんだろうけどよ。
﹁ヴェスパーダ魔王国とジーゴク魔王国は特につながりもなかった
けど、昔から大陸を自由奔放に渡り歩いていたあたいは、ヴェスパ
ーダ魔王国の王妃だったイルマとは、あいつが結婚する前から会っ
ていた。子供が生まれたときも、チラッとだけ見たことがある﹂
﹁ウラの母ちゃんか。俺がウラやシャークリュウと会った時には既
に死んでいた。だから会ったことねーんだけどな﹂
1437
﹁そーなんか? 成長した娘とソックリだよ。でも⋮⋮頭はおめで
たかったな。脳みそお花畑でいつもニコニコしていて、恋する乙女
ってな感じで⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ウラも大概そんなもんだぞ?﹂
﹁わははのはーっ! そっかー! でも、まあ、そんな奴だからさ、
あたいとは正反対に生きる奴だからさ⋮⋮だから、本当なら友達に
もなれねーような奴なんだけど⋮⋮どうもウマが合ってな⋮⋮ちょ
っと、憧れた﹂
そういえば、俺はウラの母親について何も知らねーんだよな。鮫
島からも聞かなかったし、ルンバたちからも聞いてねえ。ギャンザ
に殺されたってことぐらいしか知らなかったな。
すると、ウラの母親を語りながら、ヤシャは目を細めた。
﹁多分⋮⋮あいつがあんな幸せそうに笑ってなかったら、あたいは
⋮⋮結婚したいだなんて思わなかったな﹂
﹁ッ、じゃあ、それでお前はキシンと?﹂
﹁おうよ﹂
まさかの繋がりだな。つうか、キシンとシャークリュウ、嫁同士
が仲良かったってことは、会えるチャンスはあったかもしれねえの
に。でも、あいつらは再会できなかった。なんか皮肉なもんだな。
と、少し感傷に浸っていたが、本題からズレ過ぎた。
俺が聞きたかったのはそこではなく、何でヤシャがラクシャサた
ちの仲間になったかってことだ。
﹁だけどさ。結婚まではあたいもしたけど、イルマの赤ちゃん見せ
てもらったとき、まあ、可愛いとは思ったけど、あたいはすぐに子
供欲しいとか作ろうとは思わなかったね。そん時のあたいは、闇社
会の剣闘士として、ツエー奴らと命がけの戦いをする日々にハマッ
1438
てたからな﹂
それでも昔を語り続けるヤシャの話を、どこで中断させて本題に
戻そうかと俺が考えていたその時だった。
﹁でもさ、そんなある日だったよ。メチャクチャツエー奴と戦って
⋮⋮メッチャ怪我して、腹もグッチャグチャにされて⋮⋮まあ、何
とか死なずにすんだし、こうして目に見える怪我的なもんは治った
けど⋮⋮それでもあたいは重症でな⋮⋮⋮⋮﹂
ヤシャは、顔を少し俯かせ、苦笑しながら自分の腹を擦った。
﹁気づけば⋮⋮あたいはもう、子供を産めない体になってた⋮⋮﹂
俺は、その言葉に思わず言葉を失っちまった。
﹁おまけに、イルマは人間に殺され⋮⋮シャークリュウも死んで、
子供も行方不明、そしてヴェスパーダ魔王国は滅んだ⋮⋮なんだか、
もうそっからは色んなことがどーでもよくなっちまって⋮⋮気づけ
ば、あたいはもう国にもダーリンのとこにも戻らなくなっちまった﹂
自分が子供を産めない体になってしまい、そして自分が憧れた女
は、本人も家族も国もこの世から消えた。
子供を産めない辛さってのは、男の俺には分からねえが、それで
もこいつがその時にやさぐれちまったってのも⋮⋮まあ、分からな
くもなかった⋮⋮
﹁でさ、そっからは魔族大陸だけじゃなく、亜人大陸とか神族大陸
とか自由に回って、ツエーモンスターぶっとばしたり、そうやって
憂さ晴らしながら何年か過ごしてたよ。途中でダーリンの記憶もな
1439
くなっちまうぐらい、好き放題にな。でも、そんなある日だったよ﹂
その時、ヤシャは顔を俺に向けて笑った。
﹁太陽に映像を映すサークルミラーで、イルマの娘が登場してきて、
その娘に人間がプロポーズして、アンデットのシャークリュウぶっ
とばして、んであのガキ⋮⋮スゲー幸せそうに笑って⋮⋮⋮⋮それ
を見たときに思ったんだよ﹂
それは、俺がウラと一緒に世界公認バカップルになった日⋮⋮
﹁イルマが惚れた男と結ばれてこの世に遺したもんがちゃんと生き
ていて⋮⋮あんな幸せそうになってるの見て⋮⋮あたいは⋮⋮あた
いも遺したい⋮⋮あたいも、あんな風に遺したいって思うようにな
った﹂
⋮⋮直訳すると⋮⋮
﹁つまりテメエは、あの時のアレを見て、ようやく自分も子供が欲
しいって思うようになったと﹂
﹁おうよっ!﹂
⋮⋮⋮⋮聞いといてよかったと思う反面⋮⋮聞かなきゃよかった
と思う俺も居た。
だって⋮⋮
﹁つまり全部⋮⋮俺の所為ってことかよおおおおおおおおおおおお
おおおっ!﹂
畜生、そういうことになっちまう!
1440
ラクシャサは俺とウラを見て、自分も普通の女になりたいと思う
ようになったと言っていた。
そして、ヤシャは俺とウラを見て、子供が欲しいと思うようなっ
たと⋮⋮そうなると、こうなった原因って全部俺に? なんつうメ
チャクチャな!
﹁わははのはっ! んで、あんたはイルマの娘との間に、もうガキ
は居るの? 子供は?﹂
頭を抱えて項垂れる俺の肩をバンバンと叩きながら、ヤシャはま
た豪快に笑った。
﹁ま、だだよ。ウラとはまだだ。⋮⋮他の女との間には居るけど⋮
⋮﹂
﹁おお、そーいや、そうだったな、お前。んで、その子はどうだ?
やっぱ可愛いか?﹂
﹁あ? まあ、そりゃたりめーだ。世界一可愛いよ﹂
﹁わははのは、そっかーッ!﹂
ヤシャは俺のその言葉に目を輝かせて興味心身に食いついてきた。
﹁なあなあ、子供が生まれたときとか、抱っこした時とか、どうだ
った? イルマはスゲーニッコニコでよ∼、お前もそうか?﹂
﹁まあな。俗に言う一目ぼれに近いな⋮⋮子供が生まれた瞬間⋮⋮
当然俺はその子と会うのも触れるのも全部初めてなのに⋮⋮俺はそ
の子を見た瞬間⋮⋮自分の命よりも大事だと思っちまった﹂
﹁おほっ! へえ∼、そっか∼﹂
﹁最近はワガママ言ったり、暴れまわったりと日々大変だけど⋮⋮
それでも⋮⋮幸せ⋮⋮だと思ってる﹂
1441
なんだろうな。そもそも、嫁たちとの喧嘩が原因で俺たちはこん
なとこに来ちまったが、ラクシャサとかヤシャとかの話を聞いてる
と、普通に嫁たちと一緒に過ごして、子供も居て⋮⋮それで何の不
満があるってんだってなっちまう。
そんなんで、生活が嫌になって家出をするなんて、俺もまだガキ
だな。
﹁ちゃんと、家に帰らねえとな。俺もお前も﹂
帰ろう。いつまでもアホなことやってないで、家に。無性にそう
思った。
そしてだからこそ⋮⋮
﹁協力してやるよ。ヤシャ。テメエのダーリンの親友としてな﹂
﹁リモコン⋮⋮﹂
﹁だからこそ、約束しろ。ちゃんと願いが叶ったら⋮⋮キシンの元
へ帰れ。俺たちが作った国へな﹂
俺は、ちゃんとケリをつけることにした。
自分の立ち位置をハッキリとさせて、この場のケリをつけて、俺
は家に帰る。
その言葉を受けて、ヤシャはまた笑った。
﹁わははのはーっ! いいのか∼、そんな理由で。もう愛想つかさ
れてるかもしんねえ女が数年ぶりに帰ってきて子供欲しいとかって、
ダーリン拒否するかもしれねーのに、それでもお前は協力するって
?﹂
﹁ああ。それでいい。それが、まあ、ロックってやつなんじゃねえ
1442
の? 女でオタオタするあいつも見てみてー気がするしな﹂
﹁ッ! おお、ロックンロールってやつか。なるほどな。流石は、
ダーリンの親友ってやつだな﹂
俺も笑った。腹を抱えて笑った。色んなことがスッキリしたから
だ。知りたかったこと。迷っていた選択。それが全部クリアになっ
て、ようやく俺がどうしたいのかが分かったからだ。
ラクシャサもヤシャも何とかしよう。百合竜たちのことは、まあ、
もうどうしてやろうかは考えてるしな。
だからこそ、後は﹃こいつ﹄をどうするかだ!
﹁ッ!﹂
その時、深海が大きく揺れた! 地震? いや、違う。
っていうか⋮⋮ッ!
﹁海が⋮⋮⋮割れた⋮⋮﹂
そうとしか言いようがなかった。だって、本当に割れたんだ。
高さ何メートルどころではない。何キロもあると思われる海が真
っ二つに割れ、その中央を戦艦が浮きながらこっちへゆっくりと近
づいている。
その戦艦を最初視界に入れた瞬間は遠目だったこともあるし、何
よりも船の上に人が一人座っているのが見えたので、最初は小船ぐ
らいに見えた。
だが、近づくにつれ、その船が巨大な戦艦であることが分かった。
なら、何故小船と勘違いしたのか? それは単純に、船に座ってい
た人物が、とてつもなく巨大なだけの話。
1443
巨漢とかそんなレベルじゃない。十メートルを越える規格外の存
在は、正に弩級。
にしても、そうか⋮⋮地球で神話になっていたモーセって、ひょ
っとしたら月光眼の使い手だったのかもな⋮⋮
﹁わははのは。おいでなすったな。下がってな、リモコン。ここは
あたいがやるんでな﹂
﹁残念ながら、そういうわけにはいかねーって、さっき言っただろ
?﹂
さて、こっちとも語るか⋮⋮会話になればいいけどな⋮⋮
﹁ほう。⋮⋮⋮⋮少々想定外な者たちが、我の前に現れたものだな
⋮⋮﹂
圧倒的存在感! 圧倒的威圧感! 圧倒的巨躯! その全てが圧
倒的。
黒いタキシード姿に赤いマント。肌は不健康そうに青白い。
長い金髪の髪を全て逆立たせて、そのツンツン頭が何メートルも
伸びている。
その存在は、俺とヤシャの姿を、満月のように輝く月光眼で睨ん
でくる。
その力は、イーサムとだって肩を並べる、この世界でも最強の力
を誇る存在。
﹁地獄の剣闘鬼ヤシャ⋮⋮そして⋮⋮なぜ貴公がここに居る? ヴ
ェルト・ジーハよ﹂
僅かな言葉だけで風圧を感じる。
半年前はこいつも洗脳されていたりとかで、そこまで圧迫される
1444
感じでもなかった。
大きさも、カラクリモンスターやゴッドジラアとかの所為で、遠
近感が狂っていたのもあったが。
だが、こうして目の前で立たれると、なんていうか⋮⋮体の大き
さ以上の大きさを感じる。
全身から溢れる絶対王者みたいなオーラが。
﹁ああ、久しぶりだな。こっちはあんたの送り込んだジャレンガが
いつも何かやらかすから、ハラハラしっぱなしだ﹂
こんな奴と話し合いか⋮⋮なんか普通に無理そうだけど⋮⋮やるし
かねえよな?
﹁ほう⋮⋮⋮⋮どうしているのかとも思ったが、ちゃんと取り入っ
ているようだな﹂
﹁そっ。んで、その流れの中で行きがかり上、ラクシャサたちと遭
遇して戦い⋮⋮こうなった﹂
﹁そうか。我がヤヴァイ魔王国の身内がとんだ迷惑をかけた。王と
して人類大陸の者たちにはしかるべき謝罪をせねばなるまいな﹂
﹁いいって、別に。ただ⋮⋮その代わりと言っちゃなんだが⋮⋮俺
の話を聞いて欲しい﹂
﹁話⋮⋮だと? その話とは⋮⋮愚かな行為をした馬鹿者どもを全
員始末した後ではダメだろうか?﹂
全員始末⋮⋮その言葉にだけ込められた寒気のするような冷たい
言葉からも分かるように、どうやらヴェンバイは、容赦はまるです
るつもりもないようだ。
﹁ラクシャサたちを殺すのか?﹂
﹁無論だ。この長き戦乱の世が終わりし時代に、他者を扇動して謀
1445
反を起こすものたちなど⋮⋮月に代わってお仕置きしてくれよう⋮
⋮﹂
⋮⋮なんか、今、サラッとキメ顔で呟いた言葉⋮⋮教えたの、ク
ロニアなのかな⋮⋮?
って、そんなアホなことを言ってる場合じゃねえか。
﹁ああ、ダメだ。ラクシャサ自身の本心は別にしても⋮⋮今回、こ
れだけの騒ぎを起こしたリリイ同盟⋮⋮全員無礼者つって、しょっ
ぴく手もあるが、俺はそこで⋮⋮別の手を考えた﹂
一言次第で、このままバトルになるかどうかが決まる。
﹁半年前に俺が言った⋮⋮俺が作る国についてなんだが⋮⋮正直そ
の土台作りは人任せだ。カー君やチーちゃん、ラブ、キシンが現在
その枠組み作りをやってくれている。まあ、元七大魔王二人に四獅
天亜人一人に巨大組織の元社長だ⋮⋮法作りやら運営やらはその手
の専門家にお任せしている﹂
﹁それで良いのではないか? 元々王族ではない貴公が頭を捻るよ
りも、それぞれの種族で傑物であったその者たちならば存分に手腕
を発揮するであろう﹂
﹁ああ、だから俺はこれまで自分の国の﹃法律﹄みたいなもんに口
出しはしなかった。でもな⋮⋮ちょっと今回の出来事を踏まえて、
一つだけ法を作ることにした﹂
正直言った後どうなるかなんて想像するだけでも恐いんだが⋮⋮
やるしか⋮⋮ねえよな?
﹁法律とは?﹂
﹁俺の国のコンセプトは、混血やら⋮⋮言ってみれば、世間からの
1446
はみ出し者たちを受け入れる国だ⋮⋮﹂
﹁承知している。ゆえに、人間、魔族、亜人、種族の壁に囚われる
事のない国を作るのだろう?﹂
﹁そうだ。でも、今回のラクシャサの件で⋮⋮種族の壁だけじゃね
ーんだ⋮⋮どうやら、性別の壁もどうにかして欲しいって奴らが居
るんだ﹂
そう、ラクシャサ本人は単純に戦力を集めたいがために女だけを
集めただけかもしれないが、このリリイ同盟のとりあえずの野望は、
﹃女だけの国を作る﹄だ。言っちまえば女同士で結婚できる国作る
ってことだろ?
﹁俺の国では、同性婚を認める法律を作ることにした﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮なに?﹂
ヴェンバイも、そして隣で聞いていたヤシャも同時に目を丸くし
やがった。
当たり前だよな。俺だって、まさかこんな法律を作るとは思わな
かったから。
﹁つーわけで、このことを伝えてリリイ同盟たちが俺の国に来るっ
てことになったら⋮⋮⋮⋮その女たちをここまで一つにまとめて従
えて来たラクシャサにその分野の責任者となってもらいたい。元ク
ライ魔王国の国民も希望があるなら受け入れる﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ヴェルト・ジーハ⋮⋮貴公は⋮⋮﹂
﹁そうすりゃ、多分、色々と丸く収まりそうなんだよ。そして、そ
れを叶えるためにも、ラクシャサには生きていて貰わないと困るん
1447
だよ。むしろ、今、あいつを失ったら暴走する女たちが何するか分
かんねーしな﹂
まあ、女しかいない国ってのは無理だから、そこは妥協してもら
うがな。
でも、この法をぶち込むことだけなら、俺にだってできるはずだ。
だって俺って一応⋮⋮王様だしさ⋮⋮
しかし、生まれて初めての職権乱用がコレってのもどうかとも思
うけどな。
さて、それでどうなるか⋮⋮
﹁ヴェルト・ジーハ⋮⋮貴公は⋮⋮我に⋮⋮ラクシャサの今回の行
動には目を瞑れと⋮⋮ラクシャサを貴公の国に人材登用すると⋮⋮
⋮⋮そして⋮⋮我が、絶対なる超魔王国であるヤヴァイ魔王国より
⋮⋮移民を出すという醜態を晒せと⋮⋮そう言っているのか?﹂
そりゃ⋮⋮うまく⋮⋮いくはずねーよな⋮⋮。この海底地震のよ
うに揺れているのは、ヴェンバイから発せられる⋮⋮怒り。
﹁王が、情に流されて裁くべき愚か者を裁かずに、気安く法に口出
しするのか? それは、政治の世界では優しさでも何でもないぞ!﹂
そりゃそうだ。俺だってこんなの聞いたら、ふざけんなって卓袱
台をひっくり返すところだからよ。
でも、もう決めちまったんだ。
﹁そうさ、わがままさ。そして、そういうわがままを自分勝手に力
づくで強引に貫いていく。例え王としては失格でも⋮⋮今も昔も前
世の世界でも⋮⋮DQNな不良はそうやって生きてきた。例え世間
1448
の常識が認めなくても、自分たちのルールを自分たちで作ってきた﹂
例え、世界の常識的に相手の方が正しくても、自分が従いたくな
ければそれに反発する。
﹁自分の立場を分かっているのか? 誇張なしで、今、種族同士の
戦争が終わったこの世界の均衡は貴公自身が保っているというのに、
それを自らの手で壊そうというのか? この⋮⋮我を相手に﹂
そうだ。だから、これでいいよな? フルチェンコ。ロア。
俺は、笑みを浮かべてヴェンバイに意思を示した。俺は引くつも
りはねえと。
﹁おいおいおいおい、リモコン、どうなってんだ? どういうこと
だ? ってか、あたいはどうすりゃいいんだ?﹂
すると、ヤシャは意外な展開過ぎて現状を理解できていないのか、
混乱している。まあ、あんま頭良くなさそうだからな。
だが、ヴェンバイは深いため息。
﹁⋮⋮⋮⋮ふう⋮⋮⋮⋮我は、どうやらとてつもない阿呆に未来を
託していたようだな⋮⋮⋮⋮クロニアとそういうところは似ている﹂
宙に浮いている船から飛び降りて、俺を見下ろしながら目の前に
立った。
﹁そこをどけ、ヴェルト・ジーハ。ラクシャサとそれに付き従う愚
か者どもを、我が手で始末する﹂
﹁俺がその命令に対してどう応えるか、もうとっくに分かっている
んだろ? 俺の立ち位置はもう、ハッキリしちまったんだからよ﹂
1449
そして、次の瞬間には、ただでさえデカかったヴェンバイの存在
感が更に増したかのような圧迫感が俺を襲った!
﹁話し合いは、これ以上無駄か?﹂
﹁相手が女なら男としては話し合いでどうにかしたいところ。だが、
男同士ならそこまで遠慮することはねえだろ? 男同士なら、暴力
も立派なコミュニケーションだ﹂
ここまでの寒気は半年ぶり。戦争が終わってから、ちょいちょい
戦う機会もあったが、ここまでのものはない。
間違いなく、俺の人生の中でも最恐クラスの脅威。それを相手に、
何で俺はこんなことしちまうんだよ⋮⋮
﹁一つ聞こう、ヴェルト・ジーハ。これは⋮⋮戦争か?﹂
﹁そんな高尚なもんかよ。デカい男と小さいバカが言い合いから発
展してぶつかり合う。世間じゃそれを喧嘩と呼ぶんじゃねえか?﹂
﹁ペラペラと口の減らない男だ。王同士がぶつかり合うことの重大
性をとことん理解できていない⋮⋮未熟すぎて底も浅すぎる⋮⋮⋮
⋮が、仕方あるまい!﹂
ヴェンバイが魔力を開放。その両目の月光眼の輝きが更に増した。
﹁よかろう! まだまだ未熟な覇王に、超魔王自ら、月に代わって
教育してくれよう! 少々荒っぽいがな!﹂
は∼⋮⋮コエーな⋮⋮震えちまうよ⋮⋮誇張なしでイーサムとタ
メ張る世界最強の力⋮⋮なんで俺ってこんなバカなんだよ⋮⋮それ
でいて、何でそれなのに逆らっちまうのか。
ワリーな、キシン、カー君、チーちゃん、ラブ。一生懸命お前ら
1450
は仕事してくれているんだろうけど、ダメな上司の所為で、かなり
迷惑かけるぞ。
1451
第83話﹁舐めプ﹂
﹁くくくくく、ふはははははは! 滾るぞ! 沸き立つぞ! 荒ぶ
るぞ? 少し乱暴になるが、大丈夫か? ヴェルト・ジーハよ!﹂
﹁だいじょばなくても、大丈夫ッて言っちまうのが、男の本能だろ
うが﹂
﹁よかろうっ! ならば、死に物狂いで耐え忍ぶがよい! 万が一
でもこの我を力で屈服させようものなら、貴公の望み通り、ラクシ
ャサたちの身柄は貴公に預けよう!﹂
﹁へっ、人に王としての在り方云々語ってたわりには、そういうと
ころは決断がいいじゃねえか﹂
﹁そうでもない。我は貴公のように何事も公私混同で判断する政治
など、恐ろしくてできんからな﹂
﹁俺程度の公私混同の何が悪い! 本当に悪い公私混同ってのは、
市民の血税や政治資金を横領したりして、私物を経費で購入したり、
領収書の人数や金額をごまかしたり、公用車を私物化したり、温泉
旅館で会議したりするようなことを言うんだよ!﹂
﹁ははははは、そいつは確かにたまらんな﹂
パワーとかスピードとか魔力とか中二病の目とか、正直脅威なの
はそんなところじゃねえ。
思えば、イーサムも、ユーバメンシュことママンも、カイレとい
うあのバーさんも、そしてキシンだってそう。
﹃こいつら﹄は、ただ訳もなく、あらゆるものが不公平と思えるほ
ど規格外すぎるんだ。
こっちがどれだけとっておきをぶつけても、こいつらは笑って力
づくで正面から打ち破りそうな空気を常に放っている。
だからこそ、こいつらは最強と呼ばれた。
1452
そして、だからこそ、何の遠慮も必要ねえ。
﹁いくぜ、ふわふわ空気爆弾!﹂
ジャレンガがラクシャサにやられたように、月光眼対策は既に俺
だってある程度分かっている。
例えば、目つぶし!
目に見えない圧縮した空気をヴェンバイの眼前で爆発させてから
の⋮⋮
﹁からの∼、ふわふわドリルインパクトッ!﹂
のっけから、百合竜の鱗を突き破ったドリル状レーザー光線で先
手必勝。
螺旋を描いた魔力の巨大な渦がヴェンバイの胴体を⋮⋮
﹁相変わらず器用なことをするな。だが⋮⋮それで貫けると思った
か?﹂
硬いッ! 俺のドリルレーザーが、先端部分が僅かにヴェンバイ
の胴体に突き刺さっただけで、回転が腹筋で止まっちまった!
﹁おいおいおいおい! 百合竜の宝石鱗を突き破ったってのに、て
んでダメか?﹂
﹁ふん。宝石は確かに希少価値は高いものだが⋮⋮忘れたか? 我
は世界において二つとない唯一無二の存在であるということを!﹂
ヴェンバイが更に腹筋に力を入れた瞬間、俺の放ったドリルレー
ザーが折れて砕け散った。
今度は向こうからか? 何で来る? 魔法? 体術? 月光眼?
1453
﹁魔道兵装・ふわふわ革命ッ!﹂
﹁革命家というものは、失敗すればただの愚か者になるということ
を覚えておくのだな﹂
﹁ッ!﹂
ヴェンバイがアッパーをするかのように、下から上へと拳を突き
上げた。
俺の全身に突風が! 俺の体が浮いて⋮⋮違うッ! 激しい衝撃
波のようなもので俺がはるか上空に吹き飛ばされている!
さっきまで、俺の四方には、ヴェンバイが月光眼で左右に割った
コバルトブルーの深海の壁に囲まれた世界だったのに、気付けば俺
は何回転しているかも分からない状態で上空まで飛ばされて、気付
けば空に居た。
﹁おえええ、気持ちワリ⋮⋮目ェ回った⋮⋮しっかし、何つうやつ
だ⋮⋮﹂
アッパーで俺を殴るのではなく、その拳圧だけで上空までふっと
ばしやがった。
魔道兵装状態でなければ、体が今の拳圧だけで砕け散っていたか
もしれねえ。
そして何よりも、空気の流れで相手の動きを先読みして被弾を避
けることを得意としている俺が、来ると分かっていた攻撃に対して
反応が遅れた。
あの図体で、なんつうスピードだよ。
﹁あの場であのまま戦うと、ヤシャまで相手にせねばならんからな。
そうなると⋮⋮流石に加減がうまくいかずに、﹃間違い﹄が起こっ
てしまうのでな。だが、この空の上なら誰の邪魔もないぞ? それ
1454
とも、降伏するか? ヴェルト・ジーハ﹂
巨大な蝙蝠の翼を羽ばたかせ、ヴェンバイがゆっくりと海の中か
ら空へと飛んできた。
その笑みは、ワルガキをこらしめる大人の態度が見て取れた。
⋮⋮ふん、俺はまだまだガキ扱い⋮⋮そりゃ対等扱いはされねえ
か⋮⋮でも、そういう大人がガキを見下すような目は、俺には逆効
果なんだけどな!
﹁降伏? ざけんなよ。そういうものに反逆することこそ︱︱︱﹂
﹁貴公の生きる道なのだろう? 分かっていたとも﹂
﹁ッ⋮⋮か∼、舐めてくれちゃってよお! 見てろよ、すぐに度肝
を抜いてやるよッ!﹂
もう一度俺から仕掛けてやる。月光眼には気を付けながら周囲を
高速で飛び回り、ヴェンバイにヒットアンドアウェイで中距離から
攻撃を仕掛けつつ、隙を作っ︱︱
﹁と言いつつ、接近戦を避けて、スピードで撹乱しながら離れた距
離から戦うのか? 意外とオーソドックスな戦法を使うものなのだ
な﹂
﹁んなっ!﹂
なんで! 俺が速度を上げようとした瞬間、俺の真正面にヴェン
バイが現れてその行く手を遮った! は⋮⋮速いッ!
﹁ただデカいだけで動きがとろい様なデクの棒が、最強などと呼ば
れていると思ったか?﹂
こいつ、さっきのアッパーといい、スピードもとんでもねえ! 1455
それに、ただでさえスピードがある上に、こいつの一歩は俺にとっ
ては十歩ぐらい。簡単に回り込まれる!
﹁では、今度はこちらからもやらせてもらおう!﹂
来るッ! ヴェンバイの全身に禍々しく巨大な魔力が漲り、瘴気
に包まれた巨大な両手を俺に向けて伸ばした。
この魔力、ラクシャサとは比べ物にならねえほど強大ッ!
ネガティブ
チェイン
﹁邪悪魔法・負の連鎖!﹂
魔法? 攻撃? 炎とか雷とかそういう類のものじゃねえ。邪悪
魔法? アルテアとかが使う、よく分からんけど凄そうな分野の魔
法!
効果は? 黒い靄が俺の世界を包み込んで⋮⋮
︱︱︱パッパ⋮⋮パッパ!
⋮⋮⋮⋮暗黒の世界に現れたのは⋮⋮コスモスッ? なんでここ
に? しかも、なんでそんなふくれっ面で⋮⋮
︱︱︱べ∼っだ! パッパなんてもう大嫌いなんだから!
ッ! コスモス! 何が⋮⋮
︱︱︱お兄ちゃん⋮⋮僕はもう⋮⋮お兄ちゃんの弟なんてウンザリ
だ。今日から他人だ
︱︱︱殿⋮⋮もう、ついていけないでござる。今日より、拙者お暇
を戴きたく申し上げます
︱︱︱にいちゃんなんて、どこにでもいっちゃえばいいんだから!
1456
ラガイア! ムサシ! ハナビッ!
⋮⋮なるほど、こういう魔法か⋮⋮
︱︱︱ヴェルト君。今日から私、アルーシャ・ジーハは、元のアル
ーシャ・アークラインに戻ることにするわ。君となんて離婚よ!
﹁普通にイラっとするぜ! ふわふわキャストオフッ!﹂
暗黒の靄の塊を引きはがして消し飛ばすッ!
靄の晴れた世界が一変して青空の下、俺の目の前には笑みを浮か
べるヴェンバイ。
﹁ちょっと泣きそうになったが、こんな精神攻撃で今さらダメにな
るかよ! コスモス、ラガイア、ムサシ、ハナビが俺に、あんなこ
とを言うなんて世界が崩壊したってありえねえからな﹂
﹁ああ、それほどの絆で結ばれていることも知っている。だが、少
し遅いぞ?﹂
⋮⋮? 空気が⋮⋮ピリピリしている? なんだ? 静電気?
﹁戦場で相手から数秒目を離すことは死に直結するぞ? ⋮⋮と言
っても、これは戦争ではなく喧嘩とやらなのだがな﹂
巨大な音が聞こえる。何かが、何かが近づいて⋮⋮ッ!
俺が思わず空を見上げたら⋮⋮
﹁って!﹂
さっきまでは青空が広がる太陽の下で戦っていたはずなのに、い
つの間にか太陽が黒い雲に覆われている。
1457
なんで?
﹁クロニアの天候魔法と同じようなもの。引力を操ることで、この
ようなことも可能ッ! 黒き積乱雲から発せられる爆発的なエナジ
ーに我が魔力を加えることで降り注ぐ⋮⋮爆雷ッ!﹂
雲を掻き集めた? まずい! 俺はそういった天候やらの知識は
ねえが、この手は確かにクロニアとの戦いでやられたことだ!
こいつもまた、器用にとんでもねえことをやりやがる。
﹁ふわふわ乱気流! 雷の流れを変えてやるッ!﹂
﹁ふははははははは、最愛の妻の力が雷なだけに良い反応だな。こ
っちもそうかな?﹂
雷の直撃を防いだかと思えば、今度は⋮⋮氷塊?
﹁降り注げ大氷雨ッ! 天の恵みを凶兆と変えて!﹂
氷の雨? あられ? いや、もっと規模のデカい氷の塊が次から
次へと降り注いできやがる!
﹁ふわふわマシンガンレーザーッ!﹂
威力ではなく、とにかく連射! 降り注ぐ氷塊すべてを撃ち抜く、
息もつかせぬレーザーの連射だ。
﹁粘るではないか。では、氷の世界から一気に、氷河の時代にまで
引き上げてくれようか?﹂
﹁ッ!﹂
﹁吹き荒れよ、瞬間風速計測不能の大暴風!﹂
1458
今度はハリケーンかよッ! 俺が生み出した気流の流れの全てを
かき消すほどの暴風まで。こんなの巻き込まれたら一たまりもねえ
ぞ?
﹁そう、二つの属性を同時に放つ、合成魔法。氷河の大暴風⋮⋮ブ
リザード・オーバーロードッ!﹂
猛吹雪! 白い世界が一面を覆って⋮⋮まずい! 飲み込まれた
ら氷漬け⋮⋮戦闘不能⋮⋮ならッ!
﹁雲ごと吹き飛ばすッ! ふわふわ極大レーザーッ!﹂
人間の力でどうにかできるようなものではない、桁違いの天変地
異。
だが、そういうものは根本から絶つ! レーザーで雲を消滅させ
るッ!
﹁⋮⋮そういえば、クロニアの天候魔法と戦った時も、そうやって
雲を飛ばしていたな⋮⋮。便利なものだな、連射も射出も自由自在
で詠唱も必要のない力⋮⋮それに、迷いもなく的確な判断だ﹂
危なかった⋮⋮雲を吹き飛ばして太陽が再び顔をだしたことで、
天変地異が消え去った⋮⋮は∼、死ぬかと思った⋮⋮
﹁ま∼な⋮⋮それに、俺は雷やら氷やらには敏感に反応する体にな
ってるんだよな。家庭の事情でな!﹂
俺に同じ手は通用しねえ。舐めんじゃねえぞと俺も口に笑みを浮
かべるも⋮⋮
1459
﹁ほっとしている場合か?﹂
﹁ッ!﹂
﹁我が月光眼の引力で引き寄せるものが、雲だけと思うなよ?﹂
今度は熱い? かなりの上空まで来たから太陽に近づいて⋮⋮?
いや、んなバカな! むしろ上空まで来たら普通は寒くなるはず。
なら、何で熱くなっている?
﹁⋮⋮⋮⋮あっ⋮⋮﹂
もう一度俺が空を見上げた。
暗黒の雲を消し飛ばして青空と太陽を取り戻したと思ったら、そ
の空の向こうから、小規模だが⋮⋮⋮⋮岩の塊⋮⋮いや、⋮⋮
﹁メテオディープインパクト﹂
﹁隕石かよおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!﹂
それは確かに使えるけど! でも、まさか使ってくるとは⋮⋮く
そ、俺も甘いぜ! 相手に舐めプしやがってと言いつつ、心のどこ
かで殺されはしねえだろうなんて甘えていた! 恥ずかしいぜ。
そしてヴェンバイもまた、ある程度の力を見せても本気で俺を殺
す気まではない。この隕石だって、﹃これぐらい何とかしてみろ﹄
と言わんばかりの笑みを浮かべている。
なら、何とかしてやるよッ!
﹁ありったけの魔力を掻き集めて、圧縮して、一気に爆発させるッ
! 砕け散りやがれッ! ふわふわビッグバンッ!﹂
﹁⋮⋮ほう⋮⋮﹂
1460
直径どれぐらいくらいか測る余裕もないほど目前まで迫っていた
隕石を、収束した魔力を一気に爆発させて打ち砕く。
俺自身も光で視界が遮られ、爆風で吹き飛ばされる威力だが⋮⋮
手ごたえありだ! 砕いた! ゆっくりと目を開けると、砕かれた大きな隕石の破片が海へと落
下していっている。
﹁へへ、どーよ⋮⋮俺も、ただ小さいだけの馬鹿でもねえだろ?﹂
かなり焦って疲れたが、俺はひきつった笑みを浮かべてヴェンバ
イに言ってやった。
﹁流石だな。四獅天亜人や七大魔王たちともそれなりに戦って修羅
場を潜ってきているだけはある。実際、七大魔王のチロタンを倒し
たのも、貴公だったな﹂
﹁けっ、そ∼んな昔の武勇伝、俺もチーちゃんも今さらどうとも思
ってねえよ。過去の栄光に浸るほど、俺も老いぼれちゃいないから
な﹂
に対して、ヴェンバイは﹁お利口さん﹂と子供を褒めているかの
ように、笑みを浮かべて拍手していた。
﹁そうか⋮⋮。だが、貴公は一つ勘違いをしている﹂
﹁あ?﹂
﹁我は貴公を舐めてなどいない。とうに認めている。貴公がクロニ
アと戦った時に放った輝きを見た時からな﹂
﹁ああ、そうかい。だが、テメエはテメエで勘違いしているぞ? こんな状況で言われても嬉しくねえよ﹂
ヴェンバイが言っている、俺を認めているという言葉。この男に
1461
限ってリップサービスなんてつもりはねーんだろう。
だが、それはあくまで﹁相手を下に見ている余裕から生まれる﹂、
そんな感じで認めているに過ぎない。
認めるって言葉にだって、ピンからキリまであるんだ。そんな余
裕ぶっこいた表情で認めているなんて言われても、響かねえよ!
﹁贅沢な男め。あくまで、貴公が満足する状況下で認められなけれ
ば気が済まぬか。だが、そのギラついた眼光は迷いがなく⋮⋮更に
猛っている⋮⋮か。貴公も変なところで妥協しない男だな﹂
舐められたまま認められても⋮⋮そう思ったときだった!
﹁だが、貴公もまた、少々我を舐めているのではないか? 魔法の
引き剥がしやら、月光眼対策やら魔力の収束圧縮解放やら⋮⋮そも
そもそんなもので、この我をどうにかできるという次元の話ではな
いということを!﹂
ヴェンバイの気迫が、更にあがった! ﹁何度も言うぞ。我は貴公を舐めてなどいない。それでもなぜ我が
笑っているのかというと、それは余裕ではない! 魔王の座に慢心
し、うぬぼれているからでもない!﹂
宙に浮いてなければ、尻餅つくほど圧倒的に!
﹁ただ貪欲に高みを目指すものにとって、自分を脅かすかもしれぬ
未知の可能性ほど、心が躍ってしまうもの! 武神イーサムもそう
であろう? そして日常では王として、支配し管理する立場ゆえに
個を主張できぬこの身と心を、一時でもしがらみを忘れて解放する
ことができることもまた、我の今の喜びの一つなり!﹂
1462
⋮⋮へっ⋮⋮とんだストレス解消に付き合わされているもんだぜ
⋮⋮だが、やるしかねーってことには変わりねえ。
とは言ったものの、どーしたもんか。
こういうとき、前世のコンビニで立ち読みした漫画とかだと、魔
道兵装2やら3とかになって髪形が変化して強くなったりするもん
だが、そういう変化の兆しは無い。
俺にできることはただ、ふわふわビッグバン並みにかき集めた魔
力。大気に存在する魔力をかき集められるだけかき集めて、それを
力に変えてこいつに立ち向かうだけだ。
すると、その時⋮⋮
﹁⋮⋮ん?﹂
ヴェンバイが何かに気付いて、視線を俺から逸らした。
﹁ほう、近づいてきているな⋮⋮あやつら⋮⋮一⋮⋮その背中に、
二、三、四、五⋮⋮噂をすればだな。ラクシャサが絡んでいること
で、居ても立っても居られずに現れるか。だが、驚いたな。この気
配、あやつとも合流している。あやつも我に情報を流した手前、事
の成り行きを気にして見届けに来たか⋮⋮⋮⋮もしくは、未来の夫
をその目で見に来たか⋮⋮﹂
なんだ? 俺も思わずつられてその方角を見るが、水平線の果て
まで海といくつかの島ぐらいしか見えない。
﹁ふん、あやつらの立ち位置がどちらにつくかは分からないが⋮⋮
とりあえず、あの愉快な仲間たちの存在で緊迫した空気が壊される
前に、まずはこの一対一を今のうちに堪能しておくか。なあ? ヴ
ェルト・ジーハよ!﹂
1463
どういうことだ? 誰かがこっちに近づいてきているのか? 俺
の感知や視力ではまだ何も分からない。
敵か? ラクシャサの味方か? だが、どういうわけか、ヴェン
バイはやけに上機嫌なのが気になるが、それ以上はヴェンバイも言
わず、再び猛って俺へ向かって飛んできやがった。
1464
第84話﹁オーロラの彼方﹂
彼方を見て笑っているヴェンバイ。誰か近づいて来ているみたい
だが、一体誰が?
まあ、誰かは知らねーけど、今はそんなことを気にしている場合
じゃないんだけどな。
﹁さて、続きだ。ヴェルト・ジーハ﹂
﹁望むところだ﹂
微塵も望んじゃいねーし、正直、こんな奴とどうやって戦うか?
そう思った時、ヴェンバイが俺に尋ねてきた。
﹁貴公は、魔法学校中退だったな?﹂
﹁あん? それがどーしたよ。低学歴を舐めんなよ?﹂
﹁そうではないさ。だが、だからこそ少々知識が無いようだ。いか
に巨大な魔力を集めようとも、そこに付随する何かが無ければ魔力
に深みは生まれぬ。貴公はただ、魔力の塊を纏ったりぶつけている
だけだ﹂
まるで教師が教育するような口調で語り始めたヴェンバイ。する
と⋮⋮
﹁んぬうううん!﹂
﹁ぬおおおっ!﹂
たった一歩で俺との距離を詰めて、何の小細工も無い右パンチ。
回避したものの、衝撃波の波が空の彼方まで飛んでいきやがる。
1465
魔力の強化とかそういうやつもない、素の力でこれかよ。
﹁確かに貴公の技術は素晴らしい。二千年を越える種族同士の争い
の中でも前代未聞の技術。しかし、魔力が本領を発揮するのは、自
然界に存在する属性と自分の魔力を融合させて放たれる力。何も付
随する力もないその魔法では、我クラスが相手になると決定打に欠
けるぞ?﹂
回避する俺に追撃の手を緩めないヴェンバイ。素の力だけで速度
は今の俺並⋮⋮まあ、分かっていた⋮⋮
実際、俺が魔道兵装で力を増しても、スピードはフォルナ未満。
俺の技の破壊力や爆発力は、チーちゃんよりも劣る。
ただ、俺は空気の流れを感じ取っての回避技術や魔法引き剥が
しが使えることもあり、魔法の使い方やその場の機転でこれまでは
乗り越えてきたが、相手がこういう風に小細工を利用しないで力を
極めた相手には分がワリい。
ましてや、魔力も何も篭っていない単純なパンチやケリの空振
りだけで、衝撃波を飛ばしたりその場の地形を変えたりするような
規格外が相手じゃな。
﹁ふわふわランダムレーザーッ!﹂
死角という死角から、一斉に放つレーザーの乱れ撃ち。回避不能
のこの技は⋮⋮
﹁我の表皮は貫けぬぞ? 仮に多少抉ったとしても、この身は不死
のヴァンパイアであることも忘れるなッ!﹂
レーザーの連射が足止めにもならねえ。
月光眼の絶対防御も使わず、あえて俺の攻撃を受けてやがる。
1466
多少皮膚に傷ついたところで構わず突進してくる。
﹁うおおおおおおお、極大ビーム警棒ッ!﹂
﹁懲りぬ男だな。ちゃんと狙うが良い﹂
なら、抉れねえなら叩き潰してやる! かき集めた魔力を警棒に
伝わらせ、直径数十メートルの巨大な柱みてーな魔力の棒を力任せ
に叩き潰︱︱︱
﹁がっ! ⋮⋮う、おおおおおおっ! っ、う、腕がッ!﹂
全身がしびれるほどの手ごたえを感じた。ヴェンバイの脳天目掛
けて強烈な一撃を。
だが、全身に伝わった痺れはやがて、俺の右腕の肘を粉砕⋮⋮
骨が⋮⋮折れてやがる!
ヴェンバイは? 多少頭蓋から青い血が流れているものの、か
すり傷程度⋮⋮マジかよッ!
﹁そういえば、貴公の技、相手を高速で前後に揺さぶる技⋮⋮月光
眼で応用すれば、我にも出来るだろう⋮⋮こんな風にな!﹂
ふわふわパニック! 引力と斥力を交互に切り替えて、俺が前後
に激しく揺さぶら⋮⋮
﹁がっ、ふ、ふわふわエスケープッ!﹂
アブねえ! あと一瞬遅れたら意識が完全に遠のくところだった
! ヴェンバイの月光眼の射程から緊急脱出でなんとか避けられた
⋮⋮がっ!
1467
﹁どこへ行く? 弩級魔王からは逃げられぬぞ?﹂
﹁んの! は、速すぎるッ!﹂
さっきまで俺の視界に写っていたはずのヴェンバイが一瞬で消え、
突風が駆け抜けたと思ったら俺の背後に⋮⋮
﹁さらに、魔力の塊を飛ばしたりする程度なら、我にも出来る。こ
んな風にな﹂
そう言って、ヴェンバイはデコピンをするように中指を親指に添
えて⋮⋮
﹁魔指弾ッ!﹂
弾いた! 飛んでくる。これは、強靭な握力を誇るバスティスタ
が指を弾くだけで、空気の弾丸を飛ばしたのと同じ! いや、それ
をヴェンバイのこの巨大な体で、更に魔力まで上乗せして撃ったら
⋮⋮
﹁ぶほあっ!﹂
内臓が潰れ⋮⋮口から飛び散りそうなほど⋮⋮
﹁げはっ! が、は、ぐ、あ、がっ!﹂
﹁ちなみに、我も連射が可能だ。ソレ、そら、ほらっ!﹂
弾丸なんてレベルじゃねえ! もはや、大砲だ! こんなの一撃
だけでとんでもねえダメージくらっちまう!
しかも、速くて、連射できて⋮⋮ダメだ、全部回避なんて不可能
だ!
1468
﹁ぐっ、な、なろ⋮⋮⋮全部弾き飛ばしてやらァ! ふわふわビッ
グバンッ!﹂
﹁おや、またその技か。段々、ネタ切れしてきたのではないか?﹂
襲い掛かる大砲全てをかき消すように、ビッグバンを起こして相
殺させる。さらには、その衝撃波を利用してワザと俺も吹き飛ばさ
れることで、ヴェンバイから距離を⋮⋮
﹁どこへ行く?﹂
﹁んなっ!﹂
﹁仮にも弩級魔王に喧嘩を売ったのだろう? 買い手が満足するよ
うに尽くすのが礼儀ではないか?﹂
と思ったら、衝撃波でふっとばされて距離を取ろうとした俺の飛
ばされた先には、既にヴェンバイが回りこんでいやがった!
そして、ヴェンバイはまるでバレーボールのアタックをするかの
ように⋮⋮
﹁後で、存分に治療を受けるが良い。多少の後遺症が残っても、覇
王が大きくなるための授業料と思え!﹂
パチンと、鼓膜が破れるほど大きく乾いた音が響いた。
魔道兵装で身体の力を大幅に上げ、かき集めるだけかき集めた
魔力の壁も気流の壁も、何の意味も持たない。
この全身を粉々にするような威力は⋮⋮あれだ⋮⋮あの時と同
じ⋮⋮修学旅行で崖下に転落したときと同じ、痛みを通り越して痛
覚すらなくなるような⋮⋮
﹁がっ⋮⋮ァ⋮⋮あぐ⋮⋮﹂
1469
意識を一瞬で飛ばされなかったのは奇跡に近い。多分、ヴェンバ
イが俺を殺さないように絶妙の手加減をしたのも理由の一つなんだ
ろうが⋮⋮あの巨大な豪腕で叩かれて、海に叩きつけられて、全身
が痙攣したかのように身動きが取れずに、纏っていた魔力すらも全
て吹き飛ばされた⋮⋮
﹁つ⋮⋮えー⋮⋮﹂
ただただ、強すぎる。
﹁ふむ⋮⋮、こんなところか﹂
これでも、まだ本気じゃねえってのかよ。
﹁がっ、は⋮⋮こ、こんなバケモン⋮⋮ッ、ど、どうやって⋮⋮た
たかえば⋮⋮いい、ってんだよ﹂
これが、弩級魔王ヴェンバイ。魔族大陸最強の魔王。
﹁流石に聖母カイレとまでいかんが、それでも我が戦った人間たち
の中では郡を抜いている。クロニアが勝てなかったのも頷ける。実
力は、十勇者より上。カイレ以下といったところだな﹂
俺の体が宙に引き寄せられる⋮⋮ヴェンバイが引力で俺を回収し
ているのか?
﹁伸び代はある。あと、ニ・三年すれば我に魔道兵装を使わせるま
でになりそうだ。だが、そのためには、やはりしっかりとした魔法
技術の習得が必要だろうな。﹃奴ら﹄と戦うために﹂
1470
腕を組んで俺を査定しているかのような顔のヴェンバイの正面ま
で引っ張られたのが、うっすらと分かった。
⋮⋮奴ら⋮⋮?
﹁ヴェルト・ジーハ。よく聞け。我々は、こうした小競り合いをし
ている場合などではない。二千年の時を超えて現れる者たちとの戦
いに備え、その力を結集させる必要がある﹂
身動き取れず、ウンともスンとも言えない俺に、ヴェンバイはた
だ語っていた。
﹁当初は、長すぎる三種族の争いの時代が続き過ぎたゆえに、異種
族同士が手を組んで世界が一つとなることなど想像もせず、我々魔
族は魔族、人類は人類のみで、それぞれの種族の中だけで﹃奴ら﹄
に対抗する準備を進めていた⋮⋮しかし、貴公とクロニアが現れ、
今はその壁がなくなり世界の種族が一つに結集した。ゆえに、希望
がある﹂
ああ⋮⋮二千年とか、敵とか⋮⋮そういや、その話⋮⋮神族世界
でも聞いたな⋮⋮
﹁だからこそ、今、小事で揉めることは断じてならん。ラクシャサ
を放置しては、ようやくまとまりかけた団結すらも崩壊させる危険
性がある。ゆえに、この場で阻害要因を排除せねばならん﹂
世界が一つにならなければ⋮⋮その世界を壊すラクシャサは⋮⋮
リリイ同盟は⋮⋮
﹁二千年前に現れた奴らは、我ら魔族の故郷である⋮⋮月の世界・
1471
魔界を不毛の世界へと変えた者たちだ。何億という犠牲と引き換え
に、絶滅までは避けられたが、その脅威が間もなくこの世界に迫ろ
うとしているということを理解しておけ!﹂
ダメだ、なんか色々語られたり、ラクシャサやヤシャのことが頭
を過ぎったり、体中がボーっとしたりでちっとも頭の中が働かない。
せーぜい、頭の中を過ぎってるのは、空の上だから太陽が眩し
いなってことぐらい⋮⋮
﹁貴公はただの依り代ではない。戦うべき戦士として我が鍛えてや
ろう。国の建国と他種族との調整が終わり次第、我が師となり貴公
に教示してやろう。だから、今は、眠れ﹂
太陽か⋮⋮こういうとき、あのバカ女を思い出しちまうな⋮⋮ク
ロニア⋮⋮。
前世のことも、くだらないことも、半年前の戦いのときのこと
も思い出す。
あの時、あいつの力になるって約束しておいて、俺はまだ⋮⋮
⋮⋮いやっ!
﹁俺の師は⋮⋮先生だけで十分だ⋮⋮﹂
相手が強いだけでなんで屈服する。強い奴に圧倒的にボコられる
なんて、俺の人生はそういうのばっかだっただろうが。だからこそ、
こういうとき、いつだって⋮⋮
﹁お日様に弱い吸血鬼が昼間っからペラペラ喋りやがって。いつま
でもやかましいと、ガルリックを鼻から大量にぶち込んでやるぞ?﹂
﹁ほう。その体でそこまで吠えるか。そういう意地だけは、全種
族を含めてトップクラスだな﹂
1472
こういうとき、いつだって、舌出して抗ってきただろうが!
﹁ああ⋮⋮さっきから、なんか、よくわかんねーこと言って⋮⋮俺
だって頭の中がよくわかってねえけど⋮⋮でも、⋮⋮一つになった
世界のためにラクシャサたちを始末とか⋮⋮まあ、俺も⋮⋮さっき
まで同じこと考えてたけど⋮⋮じゃあ、その世界って、どっからど
こまで含まれてる世界なんだよ⋮⋮ちゃんと線引きあんのかよ! 例え犯罪者でも、生きていて欲しいと思う奴がいるんなら、それだ
けでそいつは世界にとって十分価値あるってもんだ!﹂
反発こそが俺の証明だ。そうだろ? クロニア。
﹁ふっ、意地だけではなく、まともな口喧嘩も貴公には勝てそうも
ないな。暴論を、ああいえばこういう⋮⋮まあ、嫌いではないがな。
口先だけではない暴論は﹂
﹁ああ! 証明してやらあ! この全身バキバキになった体でも、
まるで折れちゃいねえ、俺の反逆心をなッ!﹂
⋮⋮⋮⋮で、士気は取り戻したものの、正直どうするか。
普通の攻撃じゃダメなら、もっと小ざかしい手を使って⋮⋮ガ
ルリックは? いや、手持ちで携帯してねえ。
他に吸血鬼の弱点は⋮⋮十字架? ダメだ、持ってねえ。
となると、オーソドックスで太陽か? ⋮⋮でも、さっきから
太陽の下で戦ってるけど、何か影響があるように見えねえし。
﹁太陽か⋮⋮﹂
そういや、クロニアも太陽を使ってたな。
魔道兵装で、太陽エネルギーを身に纏ったり、太陽の熱で灼熱
1473
地獄みたいな攻撃したり⋮⋮。
クロニアの使った魔法は天候魔法。そんなレアなもの俺にはで
きねえ。
だが、ヴェンバイは引力で雲を引き寄せて天変地異を再現した
りしていた。ならば、俺も似たようなことができるんじゃねえか?
さっき、ヴェンバイが、魔法は自然界に存在する属性を付加さ
せることで深い威力を発揮するって言っていた。俺には、氷や雷と
かの属性やら詠唱はできねーけど⋮⋮この照りつける太陽のエネル
ギーならどうだ?
﹁どうした? 何か姑息な手でも浮かんだか?﹂
太陽の熱を俺の魔法で包み込んでかき集めて、身に纏ったり放っ
たりの攻撃? そんなこと出来るのか? だけど、俺は空気を操っ
て気流を発生させたり、大気中に存在する魔力をかき集めたりする
ことができる。なら、太陽も?
﹁ふう⋮⋮不良に考えるのは似合わねえ。思いついたら、とにかく
動けだ﹂
﹁ん?﹂
できるかどうかを考えるんじゃなく、無理やりやってやる。イメ
ージし、引き寄せる。収束する。
光を、光線を、熱を、太陽を! 属性なんて知らねえ。俺の武
器は属性じゃなく、世界に存在しているもの全てなんだからよ!
﹁⋮⋮ん? ⋮⋮少し気温が⋮⋮いや、太陽の光が集中しているな
⋮⋮貴公がやったのか?﹂
環境の変化にヴェンバイも気づいたようだな。でも、﹁ちょっと
1474
暑くなった﹂ぐらいで、全然効果がなさそうだ。
いや、っていうか、太陽の光⋮⋮集められたよ⋮⋮
﹁一つ勘違いをしているようだが、別に吸血鬼は太陽に弱いわけで
はない。単純に、夜なら闇の力を得られる分、夜のほうが強いとい
うだけだ。そうでなければ、我はクロニアには勝てないということ
になるからな﹂
集められた。太陽の光。なら、これを俺の魔力と融合させて魔道
兵装を進化させれば!
だが、これじゃ威力が全然足りねえ。クロニアの魔法には及ばね
え。
だから、もっとだ。もっと沢山のエネルギーを、もっと熱量を、
もっと光を、もっと太陽の力を身に纏え。
﹁それを越えるため、ありったけの力を俺に纏わせ、テメエにぶつ
けてやる!﹂
それこそ宇宙空間に存在する太陽を引っ張るぐらい⋮⋮っていう
か、宇宙には空気が存在しないから無理か⋮⋮って、そうじゃねえ。
心意気の話だ! 太陽をヴェンバイ目掛けて落とすぐらい! 太陽のエネルギー
を全部俺に集めて力に変えるぐらい! 引っ張る! 集める! ぶ
つける! 身に纏うッ!
﹁ん? ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ! おい、ヴェルト・ジーハッ!﹂
その時、何かに気づいたヴェンバイが血相を変えたように叫んだ。
どうした? ちょっと暑かったか?
1475
﹁それは⋮⋮何だ?﹂
集中していたので俺は自分自身の変化に気づかなかった。
ヴェンバイに言われて俺は自分の体を見る。太陽の光を集める
だけ集めてそれを力に変えるという方法で、きっと目も眩むような
輝く魔道兵装になっているはず⋮⋮と思っていたが、そうでもなか
った。
﹁あれ? ⋮⋮変化⋮⋮して⋮⋮るのか?﹂
俺が身に纏っている魔道兵装の輝きは確かに変化している。しか
し、それは予想に反してそこまで眩しくもないもの。
﹁淡い⋮⋮真珠?﹂
そう、一言で言うなら、淡い真珠色の魔力の光。これ⋮⋮失敗か
? 成功しても今の俺の限界はこれぐらいか? どっちなんだ?
﹁⋮⋮ッ! な⋮⋮んだと?﹂
だが、どういうわけだ? あの最強無敵を誇っていたヴェンバイ
が、顔を引きつらせ、額から汗を流し、何故か驚愕の表情を浮かべ
て、激しく動揺している。
﹁その熱量⋮⋮貴公の魔力と融合させたその属性は⋮⋮ッ、太陽か
ら降り注ぐ日差しなどというレベルではないッ!﹂
いや、だったらなんなんだよ。俺は何を纏ってるんだよ? ﹁馬鹿な⋮⋮ありえん⋮⋮ありえるはずが⋮⋮バカな。我の月光眼
1476
とてそんなものは⋮⋮しかし、この熱量はッ!﹂
しかも、何で自分だけ分かったかのように震えているんだよ! 俺、大丈夫なのか? ヤバイのか? どうなんだ?
﹁ヴェルト・ジーハ⋮⋮貴公は、微量とはいえ⋮⋮﹃コロナ﹄を?﹂
コロナ? なにそれ? 暖房? とかで聞いたことあるような単
語だけど⋮⋮
ただ、今気づいたんだが⋮⋮俺は今、生まれて初めて、﹃あるも
の﹄を見た。
俺自身というより、世界の変化? どういうわけか、昼間なのに⋮⋮空にオーロラが現れた。まっ、
今は関係ねえ。
﹁コロナだかコロ助だか知らねーが、どっちみち、今の俺にはこれ
しかねーんだ! 後先考えねえ不良をつつくとどうなるか、思い知
りやがれッ!﹂
﹁待て! 貴公は⋮⋮世界を滅ぼす気か! 状況が何も分かってい
ないのか? ﹃フレア﹄を起こす気か﹂
あん? 世界を滅ぼす? んなオーバーな力を俺が使えるわけね
ーだろうが。だが、こいつの慌てようから、それなりにツエー力な
のか?
﹁⋮⋮ありえぬ⋮⋮いくら自分の魔力と融合させたからと言って、
生身で纏えるものなのか? マグマの熱などとは比べ物にならぬほ
どの⋮⋮こんな⋮⋮ことがっ! これは、クロニアの言っていた⋮
⋮⋮﹂
1477
まあ、この際、細かいことなんて気にしていられるか。
やるしかねーんだよ、全開で。
そう、全開だ⋮⋮⋮⋮
︱︱︱今日も走るか、リューマ。全開でな
⋮⋮ああ、全開でやるぜ、大和さん⋮⋮
﹁いくぞッ! 全開だああああああああああああああああああああ
ッ!﹂
﹁待てと言っているだろう! それほどの熱量! 更に超高濃度の
放射風を! ⋮⋮おのれええっ!﹂
ヴェンバイがマジ顔になって、両目を大きく開き、月光眼が強い
光を放った。どうやら、こいつもマジモードのようだな。
﹁煌け、大月光眼ッ! 全てを防げッ!﹂
これを防がれたら、もう俺は全てを出し尽くすことになる。限界
突破。臨界点突破。全身に漲る新たな力を、ガキの頃からの相棒の
二本警棒に滾らせて、その壁を叩き︱︱︱︱
﹁⋮⋮⋮⋮時空間忍法・時間外世界⋮⋮﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮はっ?
1478
﹁えっ?﹂
それは一瞬だった。
突如聞こえてきた謎の声
マグネットフィールド
同時に、視界に入る世界全体に影が遮った。
﹁荷電粒子砲!﹂
クラウドメイキング
﹁天候魔法・人口雲生成&天候魔法・磁場﹂
﹁困ったワンパク君だ。⋮⋮月光眼発動!﹂
何が起こったかは分からなかった。ただ、突如世界が一変し、次
の瞬間にはとにかく強烈な何かが俺の発動させた力を防いで掻き消
し、その反動で俺が飛ばされた。この⋮⋮突如と変わった異空間⋮
⋮これは⋮⋮まさか⋮⋮
﹁にいさあああああああああああああああん!﹂
そして、俺が吹っ飛ばされた先には、俺を受け止めるように、あ
いつが待ち構えていた。
全身鋼で覆われた、涙もろくて臆病な子分⋮⋮
﹁⋮⋮ドラ?﹂
﹁うわああん、にいさ∼∼∼ん、会いたかったっすよ∼、にいさ∼
∼∼ん!﹂
1479
俺をその背中で受け止めて、涙と鼻水を出しながら泣きじゃくる
⋮⋮ドラ⋮⋮なんで?
それに⋮⋮
﹁うおお∼∼い、ヴェルトくん、チミ∼、チミ∼、チミ∼∼∼∼。
危険すぎて私も使ったことも無い技を、な∼に、君はサラッとやら
かそうとしていルクセンブルグ?﹂
﹁会うたびに新しい進化を見せてくれるが、今回の進化はやりすぎ
だな。ヴェルト氏﹂
﹁何がひどいって、自分が無意識に辿りついた力が、どれだけすご
いことなのか分かっていないところが、酷すぎさ∼﹂
﹁確かに、噂以上のワンパク君だ。だけど、まさかパパを追い詰め
るほどとは驚きだよ﹂
目の前には、ハイソックスと短パンで絶対領域を強調し、更に見
上げればツンツンと指で突きたくなるヘソ! タンクトップで見え
る二の腕、脇の下! そして⋮⋮ラクシャサやエルジェラよりは劣
るものの、それでも名所として登りたくなるような二つの山ッ!
﹁お、お前は⋮⋮ッ!﹂
活路を見出すために、俺は天を力づくで味方につけようとした。
太陽を無理やり引っ張ろうとした。
その結果、太陽が本当に、俺の目の前に現れやがった!
1480
﹁にひ! お久しブルドーザーだね♪ ヴェルトくん。仲間に入∼
れて♪﹂
この状況下、聞きたいことや言いたいことが色々あるはずが、そ
んな言葉が思い浮かばないほど、俺の心は持っていかれていた。
﹁く⋮⋮クロニアッ!﹂
あとはまあ、ルシフェルとかハットリ、それに知らない女が一人
居るけど、そっちはどうでもいいや。
﹁クロニア⋮⋮なんでテメエがッ!﹂
こいつ自身が太陽に見えるほど眩い笑顔と、陽だまりのような温
かさの空気⋮⋮クロニアだ⋮⋮
﹁いやいや、ヴェルト氏。久しぶりだね﹂
﹁っていうか、俺たちのこと全然気にしてないさ∼。半年前とそう
いうところ、変わっていないさ∼﹂
﹁おやおや、彼がクロニアにお熱だったという話は本当のようだね。
全く、おませさんだね﹂
ドラの背中で仰向けになっていた俺は、額をクロニアにポンポン
と撫でられて⋮⋮ヤバイ⋮⋮なんか、スゲー、ムラムラしてきた⋮⋮
他の奴ら? 今はどうでもいいじゃん、そんなの。
﹁ハットリ⋮⋮貴様の魔法か⋮⋮そして、何しに来た、クロニア!
ルシフェル! オリヴィア! ドラウエモンッ!﹂
1481
俺の攻撃を全力で防ごうと身構えていたヴェンバイが、結構服と
かボロボロの状態になっていた。直撃しなかったと思っていたけど、
結構ダメージがあったのか?
﹁怒らないでくれたまえ、ヴェンバイ氏。これはヤヴァイ魔王国云
々を抜きにして、我々の仲間であるハットリ氏が男として、この地
に行きたいという願いだったのでね﹂
﹁許して欲しいさ∼。まあ、それに⋮⋮あのままやってたら、多分、
二人はおろか、この辺り一帯の近海が大変なことになってたさ∼﹂
﹁ひいいいい、お、オイラに怒んないでほしいっす∼! それに、
どうして大旦那がにいさんと喧嘩なんてしてるっすか! 仲良く御
願いするっすよ∼! 喧嘩オイラいやっす∼﹂
﹁私は見届けに来ただけだよ。まあ、噂のワンパク君がこの地に居
て、パパと戦っていたのは予想外だったけどね﹂
ルシフェル、ハットリ、ドラ⋮⋮んで、そーいや、この女誰だ? つか、女のくせに身長高いな。170cmぐらいありそうだな。
俺よりちょっと低いぐらいか? 中世的な顔立ちに、ベージュ色のショートボブ。黄金の額飾り。
凛とすました顔つきは、どこかリガンティナのような大人の女を
思わせる。
高身長のスラッとスレンダーで、多分、俺より年上だろう。
っていうか、女でいいんだよな? 少しだけ胸が膨らんでるし。
でも、何でこいつは黒い執事服のような男が着そうな服を着てる
んだ? 男装麗人?
1482
おまけに、黒いマントも纏って、完全に美形ドラキュラだな。
そして⋮⋮オリヴィア⋮⋮オリヴィア⋮⋮あれ? オリヴィアっ
て⋮⋮ジャレンガの⋮⋮
すると、女は起き上がった俺を⋮⋮って、をいをいをいをッ!
﹁たった一人で弩級魔王とよく戦った。ワンパク君﹂
﹁いやいやいや、お、お前、何をッ!﹂
⋮⋮な、何で俺⋮⋮初対面の女に顎をクイって持ち上げられて、
頭ポンポンされてんだ?
﹁よいしょっと⋮⋮ふふ、パパに対してこの小さい体でよくやった
ものだよ﹂
﹁って、何でだよ! つーか何で? どういうこと?﹂
﹁混乱して震えているね。ヤンチャなバンビーノ﹂
よいしょって! 何で俺、初対面の女にお姫様抱っこされている
んだよ!
﹁君とは初めましてだったね、ワンパク君。随分と怪我が酷いよう
だが、もう大丈夫だ﹂
なに? この女のクセに、美人というかイケメンっていうか、キ
ザな女は! なんで、笑顔がイチイチキラキラを発生させてるんだ
よ!
とりあえず、なんか変な女が現れたぞ!
1483
第85話﹁最強コンビ﹂
﹁おやおや、警戒しているね。悲しいものだね、ワンパクくん。そ
うだ、ならば私の魔法で君を笑顔に変えてあげよう﹂
﹁いや、んなのどうでもいいから、まずは降ろせよ!﹂
つうか魔法で笑顔? それってどんな⋮⋮
﹁ある夫婦の物語。妻は夫にこう言った。私はあなたの服になりた
いと。そうすれば、あなたの温もりを常に感じて一緒に居られるか
らと。すると、夫はこう言った﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁自分もお前が服ならば良かった。飽きたり古くなったら、新しい
のに買い換えられるからと﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮? ⋮⋮⋮⋮⋮⋮おや?﹂
魔法⋮⋮? 全然何も魔力を感じねえけど⋮⋮なんでこのイケメ
ン女はキョトンとした顔をしてんだ?
﹁ぷーーーーっくくくくくく! いいね∼、オリーちゃん最高ッ!
流石は、世界最強の劇団員を目指す女は伊達じゃネーデルラント
1484
! 前説ようのネタまで完璧だね♪﹂
﹁姉さん、いつもいつもキレキレっす! ⋮⋮って、何で兄さん笑
わないんすか?﹂
何故か、クロニアとドラはバカウケしてるけど⋮⋮なんだ?
﹁わ、笑っていいのだよ、ワンパクくん? 新婚で重婚の君用にと
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮はっ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ふ、ふふ⋮⋮これは驚いたな。私もまだまだ未熟だ
な。この程度では君の笑顔を取り戻せないとは。ならば⋮⋮これは
どうだい?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁働きに出た夫が家に帰ってきた。夫の帰りを待っていた妻は夫の
労を労いながら、こう言った。おかえりなさい、今日はとても遅か
ったのね? すると夫は、面倒な仕事を全部済ませてきた、と答え
た﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁妻はまた尋ねた。ご飯は食べる? 夫は答えた。ついでに外で済
ませて来たと。なら、寝る前にお酒でも飲む? 夫は答えた。それ
もついでに外で済ませて来たと﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
1485
﹁妻はまた尋ねた。扇情的な笑みを浮かべて、今晩は久々にどう?
夫は答えた。それも外で済ませてき⋮⋮あっ⋮⋮と。夫は失言で
顔を蒼白させたとさ﹂
⋮⋮⋮⋮?
なんだかまるでよく分からない話をペラペラと喋るイケ女子は、
俺の反応を見ながら、目を大きく見開いた。
そして、クロニアとドラは大爆笑。
ルシフェルは苦笑。ハットリは溜息。ヴェンバイは頭を抱えてい
るが⋮⋮
﹁やれやれ⋮⋮手ごわいな⋮⋮手ごわいよ、ワンパクくん。ならば
君にはクロニア直伝の最強の笑顔創生魔法をかけてあげよう。⋮⋮
コホン! ⋮⋮嫁の余命が読めない!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ッ、⋮⋮バカな⋮⋮こ、これでもダメと? 嫁のヨメと余命のヨ
メと読めないのヨメを掛けた三連弾を!﹂
異空間の中なのに、しらけた風がピューッと吹いた気がした。
﹁⋮⋮クロニア⋮⋮この姉さんは何なんだ?﹂
﹁んにゃ? ジャレンガくんからなんも聞いてないの? って、ヴ
1486
ェルトくん、お姉さんはないっしょ。オリーちゃんは、まだ十四歳
なんだから﹂
ジャレンガから⋮⋮⋮⋮まさかっ! ﹁クロニア、私を子ども扱いしないでくれたまえ。もうすぐ十五歳
になる。そうなれば、私も成人だ﹂
⋮⋮ん? ⋮⋮十四歳? じゅうよん? 十四ってあれだよな?
十三の次で十五の前。
俺は今、十八歳だから、十七、十六、十五、十四⋮⋮四つ年下か
⋮⋮へ∼⋮⋮年上のお姉ちゃんだと思ってたけど⋮⋮って、おいお
いおいおいおい!
﹁じゅ⋮⋮⋮十四歳いいいい?﹂
とりあえず⋮⋮なんか、変な女が出てきた!
にしても、ジャレンガの妹って、全然妹らしさがねえじゃねえか
よ。同じ学校に居たら、こんな女、絶対に先輩って呼んじまうぞ!
﹁っていうか、いつまで俺をお姫様抱っこしてんだよ、さっさと降
ろせ!﹂
﹁おやおや。困った照れやさんだね﹂
あまりの衝撃で今、俺がどういう状態だったのかもすっかり忘れ
ちまっていた。俺は慌てて痛む体に鞭を打ってイケ女の腕から降り
た。
そして、改めて、こいつ含めて、突如乱入してきたこいつらを見
る。
1487
﹁にしても、テメエら⋮⋮なんなんだよ、このメンツは。クロニア、
これが噂の愉快な仲間たちか?﹂
﹁そうそう。ここにジャレンガくんも加えちまえば、最強布陣ので
きあがりだぜい!﹂
変だよ、絶対変。もはや、意味不明な集合体過ぎて、全然頭が冷
静に働かねえよ。
﹁オリヴィア。家出をして人類大陸で行方不明と聞いていたが、何
をやっていたのだ?﹂
俺と同様、すっかり戦う気が萎えちまったヴェンバイが溜息吐き
ながら尋ねた。そういや、この女、行方不明だったんだよな。
﹁人類大陸で姿と身分を偽って、とある楽団の一座に入って腕を磨
いていたよ。人々を笑顔にさせるために﹂
﹁⋮⋮なぜ、そんなことを⋮⋮﹂
﹁愚問だよ、パパ。幼い頃、笑顔の無かった私を、心から笑わせて
くれたクロニアのように⋮⋮私も、誰かを笑顔にしてあげたい。そ
の夢は、今も色褪せていないからさ﹂
クロニアをチラッと見る。
すると、クロニアは俺の耳元でコソコソと⋮⋮
﹁ほら∼、戦争で両親もお兄さんたちも忙しいし、身分が高貴すぎ
るから友達もいないとかで、いつも一人で寂しそうにしてたからさ
∼、ちょっと笑わせてやろうと思って、駄洒落とか漫談とかお風呂
でおっぱいビ∼ム、とかって悪ふざけしたら、ツボにハマちゃって
ね﹂
1488
﹁生物最上種相手に、何をやっ⋮⋮⋮⋮お、おっぱ⋮⋮ビーム?﹂
﹁いやいや、何でそこに反応スリランカ! こらこら、ヴェルトく
ん、そんなんじゃ六人も居るお嫁さんが怒っちゃうぞ∼?﹂
﹁七人だよ。なあ、それよりも、その体を張ったギャグってどうい
う⋮⋮﹂
﹁ああ、そ∼だっ⋮⋮⋮⋮増えてる? おい、こらこら、なになに
なに? な∼んで、半年前から増えてるんでスカイ?﹂
おっぱいビーム? 光線が出るのか? 知らなかった。これまで、
エルジェラからは、枕とか、サンドとか、プレスとか⋮⋮いやいや、
そうじゃなくて、そんなビームがあるのか? レーザー攻撃を使う
俺としては見ておかないとダメなんじゃねえか? これも俺が強く
なるため⋮⋮
﹁いや、見せないよん。つか、心の声ダダ漏れだよ?﹂
﹁はっ、し、しまった!﹂
﹁ヴェルトくん、前世じゃ喧嘩好きで恥ずかしがり屋で素直になれ
ない、ひねくれツンデレくんだったのに、今じゃすっかり、おっぱ
い星人ではないのかい?﹂
くそ、いかん。何で俺は⋮⋮ラクシャサの胸でもここまでウロタ
エなかったのに、クロニアの胸からは光線が出ると分かった途端に、
こんなに動揺しちまう⋮⋮
﹁楽団をやっていると、観客で⋮⋮なぜか、女の子たちのファンも
1489
多くてね。私は女だというのに、年上の方から﹁お姉さま﹂なんて
呼ばれて恋文やプレゼントを貰ったりしていたときに、リリイ同盟
の話を聞いてね。調べてみると、吸収したはずのクライ魔王国と魔
王ラクシャサも動いていることが判明し、流石にまずいと思って、
パパに情報を伝えたのさ﹂
﹁それは理解しているし、正直、ラクシャサの謀反をまるで気づか
なかった我としては感謝している。が、なぜ、クロニアたちとこの
地へ来た?﹂
って、俺がクロニアの胸のことばかり考えていたら、オリヴィア
とヴェンバイは俺らを無視して普通に話を続けていた。
そして、何故、この地に来たかという問いかけに対して、オリヴ
ィアは横にずれて、ハットリを指差した。
﹁彼の頼みでね﹂
﹁⋮⋮そうか⋮⋮ハットリ⋮⋮貴公か?﹂
ハットリが全ての理由と答えるオリヴィア。
そして、俺は同時に、ハットリがかつてラクシャサの仲間だった
というのを思い出した。そして、暗殺ギルドを一緒に作ったと。
だが、ハットリはその後、ラクシャサの元から姿を消したと。
﹁どういう風の吹き回しだ? かつて、ラクシャサのあり方を受け
入れることが出来ずにクライ魔王国から抜けたはずの貴公が﹂
﹁⋮⋮⋮そうさ∼⋮⋮俺は、ラクシャサから逃げたさ∼。どんどん
変わり、狂い、堕ちていくあいつに耐え切れず、恐くなって逃げ出
したさ∼⋮⋮﹂
1490
あの時、ラクシャサは確かに呟いていた⋮⋮追い詰められ⋮⋮瀕
死になりながら、それでも呟いた言葉⋮⋮ハットリの名前を⋮⋮
﹁っざけんな、テメエ!﹂
俺は気づいたら叫んでいた。
﹁女から逃げ出しただ? 男のくせに何を︱︱︱︱︱﹂
そして、俺は叫んだと同時に、先日恋愛シュミレーションゲーム
をしている時に、嫁たちに見つかりお仕置きされたときを思い出し
た。
︱︱︱ふふふふふ、ヴェルト、足りませんの? まだ足りませんの
ね。ワタクシたちの想いを微塵も理解していないようですわね。そ
こに正座なさい! ︱︱︱ヴェルト、ふくらはぎを出せ。ローキック地獄で生まれたて
の小鹿の用にしてやろう。手加減はしないぞ? 簡単に歩けるよう
になったら、またお前はフラフラとどこかへ行くからな
︱︱︱それよりも、氷付けにして身動き取れないようにするのはど
うかしら? 私たちが居ない間は氷付けにして、一緒に居る時だけ、
解凍してあげるのよ。
︱︱︱それはいい案ね。では、氷付けで意識が絶たれている間のヴ
ェルトには、幻術の世界で夢を見させてあげるわ。もう、浮気は絶
対しないと心から誓えるほどの地獄の世界をね
つい先日の、フォルナ、ウラ、アルーシャ、クレオの発言。
1491
その出来事の果てに、俺はロアたちに、旅に出ようと⋮⋮
﹁⋮⋮まあ、男だって、女が恐くてたまに逃げ出したくなるって時
もあるかもしれねえけど⋮⋮﹂
﹁ちょい、待て、ヴェルトくん。君は今、何で言い直した? 何を
共感したんだい?﹂
﹁兄さん、また、姉さんたちを怒らせたんすか?﹂
怒鳴ろうと思ったがシュンとなっちまった俺を気にせず、ハット
リは続ける。
﹁忘れていた過去の記憶を思い出したり、自分がやってきた罪や呪
いの重さに耐え切れず⋮⋮俺は逃げたさ∼⋮⋮そして、クロニアと
も出会い⋮⋮いや、再会したりして、その間色々と大変な日々を送
る中で、俺は、ラクシャサのこともクライ魔王国のことも遠ざけて
いたさ∼⋮⋮﹂
前世の記憶を思い出して、自分の行いに耐え切れなくなった。そ
りゃそうだ。平和な日本の高校生が、カルト集団真っ青な行いや儀
式、そして非道な戦争での行いを目の当たりにして、耐えられるは
ずがねえ。
そんな中で、クロニアと再会できたっていうのは、確かに色々と
救い⋮⋮
﹁って、それはふざけんじゃねえぞ、ハットリ!﹂
﹁⋮⋮朝倉⋮⋮﹂
﹁俺はラクシャサと話をした。声を聞いた! だからこそ、あいつ
にとってテメエがどういう存在だったかも、何となくだが分かった
!﹂
﹁ラクシャサの声を⋮⋮朝倉が?﹂
1492
﹁それなのに、テメエは⋮⋮テメエは自分のことを想っている女の
気持ちなんて考えずに、他の女のケツヲ追いかけるとか、ふざけん
︱︱︱︱﹂
自分のことを想ってくれる女が苦しんでいるときに、他の女を追
いかける⋮⋮?
かつて、俺が嫁たちの前でクロニアのことで、口元がニヤけた時
があり⋮⋮
︱︱︱ッ、ヴェルトッ! ちょっと、ヴェルト! なんですの、そ
れは!
︱︱︱おい、ヴェルト! ど、ど、なん、なんなんだ、その顔は!
︱︱︱∼∼∼∼ッ、ふざけないで! やめて、そんな顔をしないで
よ、君にはもう、私たちがいるんだから
︱︱︱⋮⋮⋮ヴェルト様が、⋮⋮⋮まるで、ヴェルト様を想う私た
ちのような表情をなさって⋮⋮⋮
︱︱︱う∼∼∼、その顔やめろ、婿! どこの女かも知らないやつ
に、その顔やめろ!
︱︱︱いや∼∼∼、ね∼わ∼、マヂね∼わ∼、そりゃねーわ
フォルナ、ウラ、アルーシャ、エルジェラ、ユズリハ、アルテア
のあの不満顔⋮⋮
つうか、そもそも俺はフォルナが戦争行ったり、ウラが俺とラー
1493
メン屋を二人でやりたがっていた時、十五歳になったらクロニアを
探すための旅に出て⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮まあ、その話はしても仕方ないので、続きを話せ、ハッ
トリ﹂
﹁いや、朝倉、お前、さっきから本当にどうしたさ∼?﹂
﹁コラコラ、ヴェルトくん! なんだい、君は! なんか、ものす
げー気まずそうな顔してどうしたんでい? ブーメラン? ブーメ
ランだったのか! 君はゲスの極みどころか、ゲスの臨界点突破で
すな!﹂
はい、ごめんなさい! ブーメランです! このことは俺には何
も言えませんので、もう余計なツッコミ入れないから、俺のことを
気にせず続きをどうぞ!
﹁ハットリよ。貴公は、ラクシャサをその手で始末するために来た
のか? それとも、情けを掛けるためにここまで来たのか?﹂
俺の余計なツッコミの所為で話が長くなり、とりあえず結論を述
べろと告げるヴェンバイ。
そう、結局、こいつらは、そしてハットリは何をしに来たのか。
ヴェンバイと同じで、ラクシャサを倒すのか。それとも救うのか。
それによって、状況がガラリと変わる。
すると⋮⋮
﹁⋮⋮俺は、朝倉が⋮⋮ヴェルト・ジーハのことが嫌いさ∼。うる
さいし、暴論ばっか、意味分からない、性格も粗い。おまけに、女
関連にはとことんなまでに酷いものさ∼﹂
って、なんでそこで俺? とツッコミたかったが、もう俺は余計
1494
なことを言えない立場なので大人しくシュンとしていると⋮⋮
﹁でも、そのヴェルト・ジーハは⋮⋮ちゃんと責任を取ったさ∼。
ちゃんと、女たちの気持ちを受け入れ、愛し、結婚までしたさ∼﹂
結婚式はまだだけどな⋮⋮
﹁そういうの見せられると、俺も決着を着けないといけないとって
思ったさ∼。そして、その決着とは⋮⋮過去に俺ができなかったこ
と⋮⋮ラクシャサを止めて⋮⋮救う⋮⋮それが答えさ∼﹂
そこで俺を例に出すのはどうかとも思ったが、今は最後の一言だ
けで十分だった。
ラクシャサを、﹁救いたい﹂ってこいつはちゃんと言った。
ならば!
﹁それなら、ツッコミなしで大賛成だぜ、ハットリッ!﹂
俺は再び立ち上がって、そう叫んだ。
﹁ハットリ、貴公は⋮⋮﹂
﹁すまないさ∼、魔王ヴェンバイ! 俺は⋮⋮行くさ∼!﹂
次の瞬間、異空間がガラスのように粉々に砕け散り、元の青空と
一面に広がる大海の世界へと俺たちは戻った。
﹁ドラちゃん! ルシフェル君! ハットリ君を援護だよー! 深
海賊とかには気をつけてねッ!﹂
﹁任された! では、行こう!﹂
﹁ええええ、オイラもっすかーっ! せっかく兄さんと再会できた
1495
のに∼!﹂
宙に投げ出された俺たち。ドラが、ルシフェルとハットリをその
背中に乗せて、海へと一直線に突き進む。
﹁ッ、待たぬかーっ! ちい、月光眼よ! 奴らを引き寄せろッ!﹂
ヴェンバイが月光眼を発動。引力であいつらを引き戻すつもりだ!
だが⋮⋮
マグネットフィールド
﹁天候魔法・磁場!﹂
眩い稲妻が空間を歪ませ、ヴェンバイの月光眼の発動を阻止した。
それをやったのは、あの女。
神族の兵器とかいう、SFチックなジェットアイテムを使って空
を浮かぶ、クロニア。
﹁クロニア⋮⋮貴公は⋮⋮﹂
﹁行かせないよん、魔王様﹂
クロニアは残った⋮⋮まさかこいつ、ヴェンバイの足止めをする
気か? 無茶だ!
﹁⋮⋮やれやれだな、クロニア。貴公らは、ヤヴァイ魔王国の国民
ではないものの、我にとっては対等に意見を交わせる友と思ってい
るというのに⋮⋮﹂
﹁そーだよ。私だってそう。感謝してるし、実際魔王様がいなけれ
ば、私たちは今、こうして生きていないからね﹂
1496
﹁そうか。だが、別に我は恩を売るわけでもないため、そのことを
とやかく言うつもりは無いが、例え貴公やハットリにラクシャサを
救いたいという気持ちがあったとしても、我はそれでもここでラク
シャサを生かすべきではないと考えている﹂
﹁たとえ、世界が死んだほうがいいって思っても⋮⋮それでも死な
せたくないって思う人が居るんだから⋮⋮それが私にとって大切な
仲間の想いなら、やっぱそこは引けないよ。半年前に、マニーを救
おうとした私だからこそ﹂
クロニアは、引かない気だ。ハットリの意思を尊重し、過去、こ
いつがマニーを助けた時にハットリが力を貸したように、今度はク
ロニアが⋮⋮
﹁オリヴィア! お前はどうするつもりだ? クロニアと共に、我
を止めるか?﹂
オリヴィア⋮⋮あっ、あのイケ女はハットリたちと行ったわけじ
ゃねーのか。飛翔の魔法でプカプカ浮いたまま、腕組んでキザな笑
みを浮かべている。
﹁いーや、いや。私はラクシャサとそこまで関係がなかったから、
そのことでパパと対峙するなんてことはしないよ。最初に言ったよ
トラジェディー
コメディー
うに、私は見届けに来ただけだよ。この、悲哀に満ちた世界を最後
に彩る幕が⋮⋮悲劇となるのか、それとも喜劇となるのかを﹂
﹁ならば、何故この場に残る? クロニアの援護をするためか?﹂
1497
﹁いいや。ただ、幕も気になるところだが、今は舞台の袖裏にも興
味があってね。ちょっと、こちらを見学してから、私も客席へと向
かおう﹂
⋮⋮なんか、イチイチキザな奴だな、この女。男だったらイラっ
と来てぶん殴ってるぞ? まあ、とりあえず、こいつは参戦しない
ってことらしいが。
﹁そうか。まあ、良い。となると⋮⋮クロニア⋮⋮貴公一人で我を
足止めするということか? よく鍛錬で遊んでやったが、今回は事
態が事態故に、少々荒っぽくどかせるが、それでも構わんな?﹂
邪魔するなら、怪我してもしらねーぞ? と、怒気と気迫を込め
た重たい言葉。ビリビリと空気が痛い。
だが、クロニアはそんな脅しで引っ込むような奴じゃねえ。
クロニアは笑いながら⋮⋮
﹁一人? な∼に言ってんのさ、魔王様。ここに∼、世界最強のモ
テ男がいるでねーデスティニー﹂
﹁なっ! なんだと、そ、⋮⋮そう来るかッ!﹂
そう、クロニアは笑いながら、さっきから置いてきぼりの俺の肩
に手を回して引き寄せて、そう言いやが⋮⋮って!
﹁って、俺ッ?﹂
1498
﹁オフコースだぜ、ヴェルトくん﹂
確かに、普通に考えれば当たり前のこと。
俺はヴェンバイと対峙していた。そしてクロニアたちもまたヴェ
ンバイと反対派ならば、自然に俺とクロニアは共闘することに何の
問題もないってことになる。
だが、正直、俺はこれまでそんなことを一度も考えたことが無か
った。
ガキの頃から、前世の頃から、いつも俺の前を笑いながら走って
たあのバカ女に、俺はいつも追いつこうとして手を伸ばしても、捕
まえられず⋮⋮だけど今は⋮⋮
﹁背中をずっと見ていたんだが⋮⋮こうして、隣に並んでお前と一
緒に同じ方角を見る日が来るなんて⋮⋮考えたこと無かったぜ﹂
クロニアに⋮⋮神乃に告って⋮⋮そこまでは想像できていたのに、
こうしてこいつと一緒になる未来までは、どうしても考えられなか
った。
だけど、今は違う。
﹁体もボロボロなのに⋮⋮心は⋮⋮正直なもんだな⋮⋮﹂
﹁ヴェルトくん?﹂
﹁⋮⋮漲ってくるよ⋮⋮何でもできるって気分になる﹂
クロニアにも神乃にも、ドキドキさせられてた。ガキみたいに甘
酸っぱいことを妄想したりもした。
だが、今、こうしいてこいつと隣に並んで、俺は違う気持ちがこ
み上げてきた。
それは、恋愛じゃねえ。友情でもねえ。ただ、無性に熱くこみ上
げる何か。
1499
その気持ちの正体は、口ではどうも説明できねえが、少なくとも
俺は今この瞬間に胸が高鳴り、そしてどこかしっくりとしている気
がした。
恋人だったり、結婚したり、そうしてイチャつく妄想よりも、こ
っちの方がよっぽどしっくり来る。
﹁ふん、これまで色んなやつらから自分の恋愛問題に援護射撃して
もらってきたが⋮⋮俺が援護射撃側になり、影から頑張るのは初め
てだな﹂
﹁そうだよそーだよソースだよ。誰だって先のことは分からないん
だもん。可能性は無限に広がっている。だから、魔王様、それに賭
けてみてもいいんでないでしょーか?﹂
ワリーな、ハットリ、ラクシャサ、ヤシャ。ぶっちゃけ、今の俺
はお前らのために戦おうとか、そういう気持ちよりも、今の状況に
ばかり意識が奪われちまってる。
でも、それが結果的にお前らのためになるんなら、構わねえだろ?
﹁こんな怪我人を引っ張りまわしやがって。酷い女だぜ。でも、ど
ーやって倒す?﹂
﹁酷い女はクラスメートからのお墨付き♪﹂
﹁また、俺も太陽なんたらの力使うか?﹂
﹁ああ、アレはダメ。アレは危なすぎるから。っていうか、アレや
ると味方も全員死んじゃうから気をつけてね﹂
﹁んな、オーバーな﹂
﹁うおおおおい、君は本当に困ったくんですなーっ! あとで、手
取り足取りみ∼っちり、教えてあげるから、今はあの力は忘れてチ
1500
ョンマゲ﹂
﹁みっちり? ⋮⋮みっちり、⋮⋮手取り足取り? お前がか?﹂
﹁あっ、エロイの期待しちゃダメだからね? さーせーん﹂
それと、嫁共! これは、浮気じゃねーからな。
﹁我が未来を賭けた、クロニア・ボルバルディエとヴェルト・ジー
ハが⋮⋮二人揃って我が前に立つと言うのかッ! ふふ、ふははは
はははははははは! これは傑作だ! 心躍るとはこのことだ! よかろう、力で我を退けて、その無限の可能性とやらに賭けてみる
がよいっ!﹂
ヴェンバイは、怒るでもなく、殺気をむき出しにするでもなく、
ただ機嫌よさそうに笑った。
俺とクロニアが並んで戦うことで、こいつもまた、心の中の何か
が刺激されたのかもしれない。
﹁行くか、クロニア﹂
﹁おうよ、ヴェルトくん﹂
今の、ヴェンバイは、イーサムと同じ目をしている。
その目は、﹁自分をうならせてみろ!﹂と言っている。
だから、俺たちはそれに応えなくちゃいけねえ。
﹁くはははははは! 成り行きだけど、ある意味︱︱︱﹂
﹁うん! 最強コンビの完成だね♪﹂
1501
俺たちは、共に笑い合いながら、世界最強へと向かって行った。
そんな俺たちに、オリヴィアはキザったらしく微笑んでいた。
1502
第86話﹁月と太陽﹂
そういや、俺、右腕が折れてたっけ? 体もバッキバキだったは
ず。
だけど、自分の体をふわふわ技でコントロールすれば動かせる。
今は、アドレナリンが出まくってるから、むしろこの痛みも快
感だっ!
﹁﹁魔道兵装!﹂﹂
同時に魔道兵装を身に纏う、俺とクロニア。
俺は元の手当たり次第に魔力をかき集めて纏うバージョン。
クロニアは本家本元の太陽エナジー。
﹁いくぞコラァッ!﹂
﹁やっちゃいまソウルッ!﹂
俺は左手一本に警棒を持ち、クロニアは大型トンファーを。
十メートル越えるヴェンバイの図体を相手にするには心もとない
大きさの武器も、今では何の不安もなく振れる。
﹁ふははははッ! 生物界の極み、思い知るがよいッ!﹂
ヴェンバイは俺との遊びモードの時よりも更に嬉しそうな顔で、
しかしその身に纏う魔力は猛々しく漲っている。
ヴェンバイが手を前にかざし、吼える。
﹁さあ、今こそ我が前に現れるがよい、古の魔剣よッ! 戦場の匂
1503
い、血肉の味、強者の命を喰らいつくさんがため、固き封印の門よ
り今、解き放たれよッ!﹂
ヴェンバイが伸ばした手の先、丸い空間の穴のようなものが出現。
最早何でもありだな。
そして、その穴の向こうから、これまたヴェンバイサイズの巨
大な禍々しい黒い剣が俺たちの前に現れた。
﹁いでよ、我が一族伝家の宝剣! その名も︱︱︱﹂
なにやらスゲー剣が出てきたな。正に、魔王剣って感じだな! まあ、今更、ビビることもねえ。
﹁極大ビーム警棒だッ!﹂
﹁ミリオンサンライトンファーッ!﹂
魔剣を構えて何やら口上を述べようとしたヴェンバイを無視して、
俺たちは同時に巨大な一撃をかましてやった。
﹁貴公らッ! 少しは空気ぐらい読まぬかっ! せっかく我が武神
イーサムとの戦以来何十年ぶりにこの剣で戦うというのに!﹂
﹁空気を読める男と女なら、俺たちに関わるやつらは誰も迷惑か
かってねーっての!﹂
﹁それに∼、その剣だって昔、自分の武勇伝を語りながら、いっ
ぱい自慢されたり見せびらかされているから耳タコ焼きなんですね
∼﹂
ヴェンバイも、少しムカッとした表情で、手に持った剣で俺たち
の攻撃を捌いた。
1504
﹁ならば、耳だけでなく、その魂にまで刻み込むがよい! 我が、
魔王剣の力ッ!﹂
﹁なんつー、フツーな名前ッ!﹂
﹁それを言っちゃ∼、終わりでんがな、ヴェルト君﹂
対して、俺たち二人は笑っていた。
﹁二人まとめて遥かなる高みの力にて圧倒してくれよう! 我が魔
王剣に魔力に月光眼。その全てを同時に放つことにより、空間を歪
め極限に圧縮させ、あらゆる物を飲み込む脱出不可能な無限の無の
世界を作り出す! 一筋の光明すら届かぬ世界にて、少しは頭を冷
やすのだな!﹂
上空に現れたあらゆる物を吸い込む無限の闇の世界。あれは⋮⋮
﹁って、アレはジャレンガが使っていた⋮⋮ブラックホールかっ!
しかも、規模がデケエッ!﹂
﹁にはははは、手加減ないね∼、相変わらず! ヴェルトくん、
私たちを逆方向に引っ張って! 私も逆風を発生させるから!﹂
ブラックホール。飲み込まれた時点で終了だ。
だが、向こうの吸い込む力に対して、俺は自分とクロニアをふ
わふわ魔法と天候魔法で逆方向に引っ張って、奴の吸い込みに抗う!
そして、何度も言う。吸い込まれたら終わりで、敵はヴェンバ
イ。状況は何一つ変わってもいない。
なのに、俺たちはそれでも笑っている。
﹁くはははは、で、どーするんだ? 低学歴DQNな俺でも、あの
ブラックホールはヤバイってのは分かってる。何か手はあんのか?﹂
1505
﹁もちのロンドン! す∼∼∼∼∼∼、はい! マ∼オちゃ∼ん、
朝だから起きなさ∼∼∼∼い!﹂
マオちゃん? 誰だ? 俺に引っ張られながらクロニアが⋮⋮の
前に、ブラックホールの吸引で凄い風が吹いて、クロニアの胸がバ
インバインに揺れまくって⋮⋮これがダブルドリブル! いや、フ
ルチェンコが言っていた、ロデオッパイ!
﹁ふわ∼∼∼あ⋮⋮アレ? あ∼、クロニアちゃんですーっ! わ
ー、私、外に出られたですね∼!﹂
えっ⋮⋮?
俺は耳を疑った。
﹁なな⋮⋮なにいっ?﹂
ヴェンバイも目を大きく見開いている。あまりにも驚きすぎて、
ブラックホールが解除されたぐらいだ。
だってそうだろう? 突如と聞こえてきた、なんか凄い幼い幼
女の声。
その剣は、禍々しいヴェンバイの魔王剣から聞こえてきたから
だ。
﹁お⋮⋮おい⋮⋮﹂
﹁あーっ、あなたが今の私の所有者である主様ですね∼。初めま
してです。魔王剣のマオです﹂
﹁なっ、に、な、ど、どういうことだ! 魔王剣がしゃ、しゃべ
っ⋮⋮﹂
1506
﹁あ、い、いやです∼、寝起き姿は綺麗じゃないから見ないで欲
しいです∼﹂
しかも、喋っているだけではない。刀身から、目と口が現れ、黒
い刀身が若干赤らんで、イヤイヤンとクネクネ動いている⋮⋮
こ、これは!
﹁ま⋮⋮まさか⋮⋮お⋮⋮おい、クロニアッ!﹂
その時、ヴェンバイは何かに気づいて、ハッとした表情でギロリ
とクロニアを睨んだ。
ヴェンバイも知らなかった、この意思を持って喋る剣には、ク
ロニアが何か絡んで⋮⋮
﹁貴公は! 聖命の紋章眼で、我が魔王剣に命を与えたなッ!﹂
あっ⋮⋮そういや⋮⋮クロニアの紋章眼⋮⋮すっかり忘れてた。
すると、クロニアは、殴りたいほどイラッとするテヘペロ顔を
した。
﹁オフコーーーース! いや∼、三年ぐらい前にほら∼、宴会やっ
てて魔王様その剣を見せびらかせたまま、その日寝ちゃったでしょ
∼? その時に、私も試しにやっちゃったら、できちゃいましてね
∼。んで、魔王剣のマオちゃんが完成したのデストローイ!﹂
こいつ、何やら凄そうで神話にすら出てきそうな伝説の魔剣にな
んちゅうことを!
﹁というわけで、マオちゃーん! 私と∼、この目つき悪いお兄さ
んには攻撃しないでね♪﹂
1507
﹁勿論です∼、クロニアちゃん! 私の初めてのお友達のクロニ
アちゃんとは、まだまだ遊びたいですーっ!﹂
﹁おい! 魔王剣よ! 我が魔王剣よ! 主である我を無視して
何を! ええい、ならばこのままたたっ斬ってくれようッ!﹂
ヴェンバイがもう構わねえとばかりに、コウモリの翼を羽ばたか
せて、魔王剣を振りかぶって俺たちに斬りかかる。
そりゃ、剣なんだから、意思なんて無視して斬りかかれば⋮⋮
﹁暴力やめるです∼∼∼!﹂
﹁な、なにいっ! け、剣がッ!﹂
と思った瞬間、ヴェンバイが振り下ろした魔王剣の刀身が、鞭の
ようにしなって直角に曲がり、俺たちを避けたのだ⋮⋮
﹁ふ∼んだ、クロニアちゃんイジメル主様嫌いです∼。クロニアち
ゃんと戦うなら、主様の魔力なんて受け付けないですし、戦わない
です∼﹂
魔王剣が頬を膨らませたようにプイッとヴェンバイからソッポ向
く。更に、その剣に伝わっていたはずのヴェンバイの魔力が逆流し
て、ヴェンバイに戻っている⋮⋮
﹁お、お、おのれええええ! クロニア! き、貴公は、なんてと
んでもないことを! 魔王剣をいつの間に懐柔しているとは!﹂
﹁わっはっは! 空気は読めなくても、友達百人作るのは、私の
前世からの特技なんですよ! 私は、魔王剣だって、ツンデレヤン
キー君だって、仲良くなっちゃうので、シクヨロ!﹂
ったく、こいつは本当にイラつかせたり驚かせたり、相変わらず
1508
だ。
﹁くはははは、イラつく気持ちは分かるぜ、ヴェンバイ! 俺も、
その被害者だったから良く分かるんだ。こいつは、空気が読めない
んじゃねえ。その場の空気を自分色に染めちまうんだ!﹂
そうなんだよ。相手が強すぎたり、どんな奴だったとしても、気
づけばこいつのペースに巻き込まれる。
﹁くっ、もうよい! もう一度寝ていろ﹂
﹁あああん、後で起こしてくださいです∼、クロニアちゃんと遊び
たいです∼!﹂
﹁そもそも最強なのは、この我が肉体だ! 剣などに頼らずに、こ
の四肢、そして膨大な魔力にて貴公らを圧倒してやろう!﹂
さすがに、ヴェンバイもこれはアカンと思って、せっかくカッコ
よく出した魔王剣をもう一度異空間の中に返した。
にしても、あのヴェンバイが、随分とキャラが崩壊しているじ
ゃねえか。いい兆候だ。
ミラージュボディ
﹁どれが本物? どれが本物チャララララ∼∼∼∼♪ 天候魔法・
蜃気楼体!﹂
おお、分身! しかも俺もだ! クロニアが、俺と二人の蜃気楼
分身を空中に何十も配置してヴェンバイを撹乱。
﹁くだらぬッ! 全て消し去ってくれよう! 魔指連弾!﹂
﹁うわっちゃあ、なにこれ! ちょ、撃ちすぎ撃ちすぎっ! 蜃
気楼が全部消されちゃってるッ! タンマタンマ、プリーズッ!﹂
﹁うっざたいわァッ!﹂
1509
魔力弾のマシンガン連射! しかも、一発一発が強く重い。さっ
きだって俺は防ぎきれなかった。
だが、
﹁もう、させるかよおおおっ!﹂
俺の前でもう二度と、惚れて﹃いた﹄女を傷つけさせるかよッ!
できない? だったら、死ぬ気でどうにかしろ! 体を張ってど
うにかしやがれッ!
﹁突き上げろ海流! ふわふわ海流アッパーッ!﹂
﹁な⋮⋮にいッ! ヴェルト・ジーハッ!﹂
気流と魔力の壁に、更に辺り一面に広がる大海原だ。分厚い円柱
状の海水の柱を突き上げて、ヴェンバイの弾丸を防いでやった。
﹁お、おおお、ヴェルト君、ナイスッ!﹂
﹁不良もやるときゃやるんだよッ!﹂
﹁合点承知! なら、このまま連携いっちゃおー! ヴェルト君、
そのまま大津波を!﹂
﹁ああ! 初めての共同作業ってか!﹂
﹁ヴェルト君、ちなみにさっきからチョイチョイ口説いとるんで
すかい?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮チガウ⋮⋮口説イテナイ⋮⋮嫁二内緒御願イ﹂
﹁しゃーないな∼もう、んじゃあ、文字通り、水に流してあげち
ゃおうっ!﹂
﹁くははは、魔法連携はアルーシャ以外とは初めてかな?﹂
﹁ああ、それなら絶対綾瀬ちゃんことアルーシャちゃんには内緒ね。
私がアルーシャちゃんに殺されちゃう。ヤキモチで﹂
1510
クロニアとの連携? くははは、こいつ、今度は何を一緒にやっ
てくれるんだ?
だが、俺に反対する理由なんて微塵もなく、俺は大量の海水を掻
き集めて、巨大なヴェンバイを飲み込むほどの大津波を注文通り起
こしてやった。
﹁ッ、なんと巨大な! だが、我には届かぬ! 自然界の猛威など、
天に輝きし月の力には及ばぬッ!﹂
月光眼を発動させる気だ。せっかく発生させた大津波も、このま
まじゃ打ち破られちまう。
だが、それは、お前が何とかしてくれるんだろ? クロニアッ!
﹁大洪水! からの∼∼∼∼∼、天候魔法・太陽光サンライト!﹂
﹁ッ、しまっ! こんなしょ、初歩的なッ!﹂
眩い太陽の目つぶし攻撃! 俺ですら目が見えなくなるほどの強
烈な太陽光線で、ヴェンバイは目も開けられずに月光眼を発動でき
ねえ。
今、奴が言ったように、こんな初歩的な月光眼対策も、冷静な
ままなら防げたはずが、あいつ自身のペースが乱されて、冷静さを
失ってやがる。
いいぞ、このまま一気に飲み込め!
ハリケーン
﹁っしゃあ、そして、天候魔法・暴風雨!﹂
強烈な乱回転を発生させながら唸る大嵐が、大洪水とセットにな
ってヴェンバイに襲い掛かる。
正に、天変地異! 超自然災害! 生身のヴェンバイは⋮⋮⋮⋮
1511
﹁うおああああああああああああああああっ!﹂
激しい放流をぶつけられ、圧されて、巨大な乱回転に肉体の自由
を奪われて、ヴェンバイはその衝撃に耐えきれずに俺たちの魔法に
ただ飲み込まれていく。
だが、これで奴がくたばるタマじゃねえってのは分かっている。
クロニアだって、これで勝ったとも思ってねえ。
俺たちはすぐに互いの視線を合わせて頷き合い、吹き飛ばされ
るヴェンバイに向かって飛んだ。
すると、ヴェンバイを飲み込んでいた大津波と大嵐が、徐々に
黒い闇に包まれて、徐々にその威力がかき消されていく。
あれほど激しい天変地異が嘘のように静まり返りだした瞬間、
海底から身に纏う魔力の質を大幅に変えたヴェンバイが吠えながら
飛び出してきた。
﹁ウオワアアアアアアアアアアアアアア! 月の恩寵よ、偉大なる
真祖の遺伝子よ、我にひれ伏した万の魂たちよ! 我が血肉となり
て愚かなる小さき者たちを、共に月に代わってお仕置きしてくれよ
うではないかッ! 魔道兵装・黒月魔王ッ!﹂
魔道兵装! ヴェンバイの野郎、もう完全にやる気モード全開じ
ゃねえかよ!
でも、あまり変わりはなさそうだが⋮⋮いや、金色に輝いていた
月光眼の色が、真っ黒に染まっている。
﹁それがどうした! 日本人だって目は黒いんだ! 全部普通だッ
!﹂
﹁やることは変わらないッ! 全ては思いの力一つで変わる!﹂
1512
ヴェンバイが動き出す前に、俺とクロニアは既にヴェンバイの顔
面に接近。
俺は渾身の回し蹴りを、ヴェンバイの鼻と口の中間にあたる、人
中に叩き込む。
クロニアは、振り回した渾身の一撃のトンファーを、ヴェンバイ
のこめかみに打ち込んだ。
だが、人体急所に打ち込んだものの、硬いッ!
﹁させぬわッ! そして全て終わらせる! この一撃にて、ラクシ
ャサ及び深海族もまとめて消し去ってくれようッ! 死にたくなけ
れば今すぐこの海域から立ち去ることだなッ!﹂
﹁くっ! 天候魔法・太陽光サンライト!﹂
﹁無駄だクロニアッ! 貴公ごときの発する一筋の光など、暗黒
の世界が全て飲み込んでくれるッ!﹂
黒い月光眼が発動。ヴェンバイの唸りと共に頭上に黒い球体が生
み出される。
その球体はみるみると大きさを増し、やがては少しずつ周囲の景
色が陽炎のように歪みはじめた。
﹁な、なんじゃこりゃ! 周りの風景がぐにゃぐにゃしていきやが
るッ!﹂
﹁これは⋮⋮まさか⋮⋮重力崩壊現象ッ! やっば、おちょくりす
ぎた! 魔王様ブチキレ!﹂
﹁クロニア、テメエ、バカのくせになんでそんな難しい単語をッ!﹂
﹁んな場合じゃないっての、ヴェルトくん! このままだったら、
この一帯が!﹂
分かってる。単語の意味が分からなくても、何が起ころうとして
いるのかは俺だって分かる。
1513
空気の流れが教えてくれる。
あの球体を放たれたら、このあたり一帯が大爆発を起こして消し
飛んじまう。
俺のふわふわビッグバンとは比べ物にならねえほどの爆発。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮やり過ぎたね、わんぱく君﹂
その時だった。少々呆れたような口調でゆっくりとオリヴィアが
俺たちの傍へと降りてきた。
﹁早く謝った方がいいぞ⋮⋮と言おうとしたが、微塵もそんなこと
を考えていないな、君たちは。そのボロボロの翼でまだ羽ばたこう
というのかい?﹂
そっか、そーいや、こいつ居たんだったな。
すると、オリヴィアは俺とクロニアの顔と目をジッと見て、笑
った。
﹁絶望せず、立ち止まらず、立ち向かい、跳ね返されても再び立ち
上がる。何が君たちの心を支えているんだい?﹂
何故まだ無駄に足掻くのかと聞いているんだろう。
何故戦うのか、何のために戦うのか。
その答えは、戦い始めた頃と変わってしまっている。
ヴェンバイと最初に戦ったときは、ラクシャサとかヤシャとか、
そういう理由が絡んでいた。
でも、今は違う。
今は単純に⋮⋮
﹁決まってる。男として、かっこ悪い所を見せたくねえ女が居るか
1514
らさ﹂
﹁︱︱︱︱︱︱︱ッ!﹂
ちんけな理由だ。昔好きだった女の前でカッコつけたい。
それに、こいつが戦うというのに、男の俺がギブするわけにはい
かねえ。
﹁にひひひひ。反発することが、君の生き様⋮⋮だったね﹂
﹁クロニア⋮⋮﹂
﹁なら、世界の崩壊だろうとなんだろうと、抗っちゃおうよ! ど
こまでもね!﹂
﹁ふん、たりめーだ!﹂
俺とクロニアは、互いの意思を確認し合い、同時に手を繋いだ。
それは、お互い何をし合うかを話し合ったわけでもなく、自然と
そうなった。
恐らく、極限状態だった俺たちは、これから何をやろうとしてい
るのかが、多分同時にイメージを共有できたからだと思う。
﹁いくぜ、ふわふわインフィニティッ!﹂
俺はかき集めた。大気中に漂う、何の付加もされていない純粋な
魔力をかき集めるだけかき集める。
それこそ、際限なく、常に吸収し続ける。太陽だなんだは気にせ
ず、とにかく今この一帯に存在する魔力を。
だが、ヴェンバイの言うとおり、このデカイだけの魔力をぶつけ
たところで、ヴェンバイクラスにはプラスアルファの威力は望めな
い。
でも、それでいい。
1515
﹁にはははは、そんな大きくって逞しいの、扱いきれないよ∼﹂
﹁⋮⋮⋮⋮だったら、捻じ込むさ﹂
﹁ふふ、おけ∼∼い、かもんべいびーっ! 男の子のかっこつけだ
けじゃなく、女の意地も見せてあげルーマニアッ!﹂
何故なら俺は魔力をかき集めるだけかき集め、そこにプラスアル
ファの力を、俺と繋いだ手を通して、クロニアが付け足してくれる
からだ。
﹁私には、君のように魔法を無尽蔵に取り込む技術が無いから⋮⋮
ソコまで達しない。そして君は無尽蔵に魔力を取り込めても、それ
を活かすための属性付加技術が無いうえに、下手したら暴発したり
暴走しちゃう。でも、君が魔力を集めて、それを私がコントロール
しちゃえば⋮⋮﹂
﹁はん! テメエらしくもねえ難しい単語を並べてねえで、いつも
通りいっちまえばいいんだよ、クロニアッ!﹂
俺たちの頭上には、ヴェンバイの黒い月とは対照的な、眩い光を
放つ人工的な太陽が生み出された。
クロニアの技術でその球体は、洗練され、研ぎ澄まされているの
が分かる。
﹁ふははははは、月と太陽! 果たしてどちらが世界を染めるかな
ッ!﹂
同時に、ヴェンバイも深く冷たい黒い月で、世界を闇に染めるべ
く、その力を振り下ろした。
1516
﹁オリジナル魔法・ブラック・ムーンッ!﹂
だが、その闇を払うべく俺たちもまた、無限の光を放つ太陽を放
った。
﹁宇宙天気魔法・太陽プラズマッ!﹂
閃光と闇の塊が同時にぶつかり合う。
互いに互いの色で世界を染めるべく、一歩も譲らねえ。
﹁ッ、⋮⋮おのれえ⋮⋮黒き月よ! 更なる闇をッ! 魔の深遠を
ッ! 星の力を! 更なる力をッ!﹂
ヴェンバイが魔力を上げて黒月の力を更に上げていきやがる。
だが、そんなのこっちも同じだ!
でも⋮⋮
﹁ぐあっつ⋮⋮﹂
﹁クロニア!﹂
俺と繋いでいる手から、クロニアの血が溢れている。血管が破裂
したかのように痛々しくッ!
そうか、クロニアが操れる許容量を越えてるんだ、俺はただ魔力
をかき集めているだけで、それを実際にコントロールしているのは
クロニア。
1517
このままじゃ⋮⋮
﹁へへ⋮⋮あらら⋮⋮初めての共同作業⋮⋮こいつが破瓜の痛みっ
て∼やつでスカイ?﹂
手加減するな⋮⋮その目がそう言っている。
その目は一切の弱味も見せていない。
ならば、俺もビビるな。応えろ!
﹁俺はお前に遠慮はしねえ! ドバドバとパンクしちまうぐらいに
注ぎ込んでやらァ!﹂
﹁よっしゃあ! そんじゃあ、一緒にイクとこまでイッちゃおうッ
! ﹁ああ、イク時は一緒だぜ!﹂
世界を染めるのは俺たちだっ! 俺たちは吼えた。世界の果てか
ら宇宙の彼方まで。
そして⋮⋮
﹁ッ! な、なにっ!﹂
その時だった。ヴェンバイの身に纏っていた魔道兵装が解除され
た。
同時に、ヴェンバイの放った黒月が俺たちの太陽に完全に飲み込
まれた。
そして更に⋮⋮
﹁ば、バカなッ! こ、この⋮⋮この私の姿がッ!﹂
弩級魔王ヴェンバイの姿が⋮⋮俺たち人間となんら変わり無い背
1518
丈にまで縮んだ!
いや、違う⋮⋮あれが⋮⋮ヴェンバイの本当の姿ッ!
あいつ、魔法の力で巨大化していたんだ。
でも、それが解けたってことは⋮⋮
﹁ぐっ、ぬうっ!﹂
黒月を破られ、魔道兵装が解け、そして巨大化まで失ったヴェン
バイは、残る吸血鬼の翼を使って急いでその場を離脱。
俺たちの放った太陽がどこまでも天高く上昇して行き、やがて空
の向こうへと飛び出したのが分かった。
﹁⋮⋮ば、バカな⋮⋮こ、これは⋮⋮﹂
無事回避できたとはいえ、ヴェンバイはこれ以上ないほど震えて
自分の体を見ていた。
﹁我には⋮⋮まだ⋮⋮魔力に余裕があった⋮⋮しかし⋮⋮一瞬で搾
り取られた⋮⋮﹂
絶望に染まった顔。そして、震える唇で⋮⋮
﹁ヴェルト・ジーハ⋮⋮貴様、大気中の魔力をかき集めているだけ
でなく⋮⋮我のブラック・ムーンも⋮⋮我自身の魔力も全て吸収し
たのかッ!﹂
俺は、ヴェンバイに言われたことの意味が良く分からなかった。
ただ、無我夢中だった。
でも、その結果⋮⋮
1519
﹁生まれて初めて⋮⋮我の魔力が⋮⋮尽きた⋮⋮﹂
魔族大陸最強にして世界最強の超魔王であるヴェンバイの力を完
全に奪い取った。
﹁最早⋮⋮言葉も無いな⋮⋮⋮⋮あるのは一言だけ⋮⋮﹂
そして、それは、最早戦いの終結を意味し、それを理解した時、
ヴェンバイは絶望の表情から呆れたような笑みを浮かべ、ハッキリ
とした言葉で俺たちに言った。
﹁降参だ、ヴェルト、クロニア。貴公らの勝ちだ。後は、好きにす
るがよい﹂
その言葉は、世界が知らない、この場に居た者たちにしか分から
ない、歴史では決して語られない大事件。
ヤヴァイ魔王国の弩級魔王ヴェンバイの降伏の言葉。
俺とクロニアはその言葉の大きさを未だに理解できず、ただ今は、
互いに握り締めていた手を離し、直ぐに血まみれのハイタッチを交
わした。
1520
第87話﹁王のサイン﹂
バキバキで、ボコボコにされた俺たちは海上に浮上してきたヴェ
ンバイの乗ってきた船の上で治療を受けていた。
ヴェンバイの側近と思われたヤヴァイ魔王国の精鋭部隊たちも乗
っていたはず。
今回のことで色々と大変な噂が広まるだろうし、ヴェンバイが本
当は人型サイズの魔族だとバレるのも大ニュースになるはず。
そう思っていたのだが、ヴェンバイの乗ってきた船に居た精鋭部
隊たちは、現在船内で全員気絶していた。
﹁わはははのはーっ! いや∼、驚いたぜ。いきなりリモコンがヴ
ェンバイと外へ飛び出すは、他の手下共があたいに襲い掛かるわで、
場がメチャクチャになっちまったぜ。まあ、返り討ちにしたけどさ﹂
ケラケラと大笑いしているのは、ヤシャ。
俺とヴェンバイに取り残されたヤシャは、そのまま乗り込んでき
たヤヴァイ魔王国の精鋭部隊と激突し、どうやらその全てを叩きの
めしちまったようだ。
なんつう、恐ろしい奴⋮⋮
﹁ぐわはははははは、婿とヴェンバイの戦など、見逃すわけには行
かぬとコッソリ見ておったが⋮⋮ぐわはははは、傑作じゃわい! の∼う、ヴェンバイ?﹂
﹁いや∼、あたいもイーサムと一緒に見物してて、こ∼、血がウズ
ウズ騒いじまったよ﹂
そして、ヤシャと一緒に船に乗って俺たちの回収に、イーサムま
1521
で居合わせていた。
どうやらイーサムは、俺とクロニアのこともコッソリと影から見
ていたようだ。
だから、当然、俺とクロニアがヴェンバイに勝ったところも見て
いる。
﹁私も素晴らしい活劇を見せてもらったよ。素敵なお姫様たち﹂
そして、そんな俺たちは現在傷や疲れの反動で身動きが取れない
状況なのだが、俺とクロニアを左右片方ずつの足で膝枕しながら、
俺たちの二人のデコを撫でているこの⋮⋮
﹁って、俺はお姫様じゃねえだろうがッ! このフケ顔男女ッ!﹂
﹁おや、口汚い言葉を言うじゃないか。ダメだよ? 汚い言葉は心
まで穢してしまう。せっかく、それほど素晴らしい煌きを持ってい
るというのに﹂
﹁こーれこれ、オリーちゃん、撫で方がなんだかくすぐったいんだ
けど、頬プニプにしたりやめてクレープ﹂
なんなんだ、このキラキラスマイルは! ロアとは別の意味でも
イラっと来るぞ!
﹁ぐわははは、しっかし勝った方がボロボロというのも珍しいのう。
弩級魔王ヴェンバイよ。いいや、今は、普通魔王ヴェンバイか? ぐわはははは!﹂
﹁わははのは! まっさか、ダーリンと並んで魔族大陸最強のヴェ
ンバイが、魔法で巨大化してたなんて、あたいも知らなかったぜ。
ま∼、確かにあんだけでかけりゃ、どうやって子作りしたんだって
思ってたからよ﹂
1522
そんな様子をイーサムとヤシャは二人揃って大笑い。つか、お前
ら二人も殺し合いしてたのに、何で普通に仲良くなってんだよ。
んで、小さくなったヴェンバイはというと、黙ってマストに寄り
かかりながらジッと俺たちを見ていた。
だが、ひとしきりイーサムたちが笑い終えたのを見ると、ようや
く口を開いた。
﹁ヴェルト・ジーハ、クロニア⋮⋮先ほども言ったように、我の負
けだ。精鋭部隊もヤシャに叩きのめされた以上、ラクシャサの身柄
については貴公等に預けよう﹂
こういうところは潔く、逆に器の大きさを感じさせるヴェンバイ。
だが、﹁しかし﹂と後を続けた。
﹁しかし、ヴェルト・ジーハの国で女好きの女たちを受け入れると
いうのは分かったが、古代魔王リリイを説得して、ラクシャサの呪
いや病を治すというのは本当に可能なのか?﹂
ヴェンバイが気にしたこと。それは、ヤヴァイ魔王国は今回のこ
とから手を引くが、ラクシャサは本当に大丈夫なのかと。それはつ
まり、フルチェンコやロアたちがやっている、古代魔王をどうにか
すること。そしてそれは、同時に子供を産めない体になったヤシャ
を治すことにも繋がる。
﹁さーな。とりあえず現在、異色のコンビが説得にあたっているが、
正直そっちがどうなるかは俺には分かんねえ﹂
﹁およ? ヴェルトくん、その説得に当たっている異色コンビって
誰なのさ?﹂
﹁十勇者のロア。そんで、フルチェンコ⋮⋮こと江口だ﹂
﹁⋮⋮フルチェンコ? それって何年か前に逮捕されていた⋮⋮え
1523
っ? 江口くん?﹂
﹁なんだよ、クロニア。お前は知らなかったのか?﹂
﹁ちょいちょいちょーーーーい! 江口くんって、あのエロコンダ
クター江口くん? うっそ!﹂
﹁そーだ、クロニア。お前、マナカツカサとヤジマリコって知って
るか?﹂
﹁はい? え? つかさちゃんとリコちん?﹂
﹁ああ。お前も知ってるだろ? 亜人の百合竜っての。どうやら、
それがその二人らしい。さっきまで一緒に居た﹂
﹁えっ⋮⋮ええええええええええええええええええええッ!﹂
こいつは珍しい。いつもいつも人を驚かせてばっかのクロニアが、
目を大きく開いて口をあんぐりと開けてやがる。
﹁まあよい。その件は貴公らに任せよう。事が収まった際、改めて
ヤヴァイ魔王国と貴公の国で、その後の成り行きは調整しよう﹂
﹁ああ、ワリーな。魔王様﹂
﹁ふん。まあもはや、先ほどの戦いで、問題はそのようなことなど
小さく感じるほどのことが起こってしまったからな﹂
ラクシャサの問題が小さくなった? どういうことかと尋ねよう
とした瞬間、ヴェンバイが急に目をギロリとさせて恐い顔になった。
﹁ヴェルト・ジーハ。貴公が先ほど、クロニアたちが現れる直前に
見せた新たなる力。太陽の力を借りた技についてだ﹂
ああ、アレか。なんか世界が滅ぶとかこいつらやけに大げさにし
ていたけど⋮⋮
﹁あの技だが⋮⋮今後二度と⋮⋮いや、少なくとも我のような月光
1524
眼を持つ者。もしくは天候魔法で磁場を操れるクロニアが居る時以
外⋮⋮絶対に使用するな。何があろうとな﹂
なんかものすごい鬼気迫るような形相で言われてるけど、何で?
せっかく凄そうな力を身につけたってのに。
だが、それにはクロニアも、オリヴィアも、俺たちの戦いを見て
いたというイーサムとヤシャも頷いていた。
﹁そだね、ヴェルトくん。理科の授業はあとでしてあげるけど、ア
レはヤバイよ。アレはその場に存在する人たちも巻き込んじゃうか
ら﹂
﹁ワシにはよう分からんかったが、あの技からは戦いのための力は
感じなかったぞ。全てを消し去る破滅の匂いしかせんかった﹂
﹁アレ、あたいでも感じた。くらったら多分⋮⋮戦っている相手以
外も全員死ぬな﹂
﹁私も嫌いだよ、あの技は。君の後悔する顔も見たくない﹂
マジで? えっ、マジで? 俺ってどうなっちゃったの? 流石に七大魔王、四獅天亜人、四獅天亜人クラス、ヤヴァイ魔王
国王族まで、世界でもVIPな顔ぶれに揃って言われるなんて⋮⋮
しかも、前世では成績学年最下位だったクロニアにまで!
﹁不安だろう、お姫様。でも、心配はいらないよ。君の不安も恐れ
も、私が守ってあげよう﹂
﹁んで、イケメン王子が言いそうなセリフを、俺の両手を掴みなが
ら言ってるんじゃねえよ。つか、お姫様はやめろ﹂
﹁そだね。オリーちゃんも女の子なんだから、言い方変えなあかん
ぜよ﹂
急に恐くなってきた俺を励まそうとオリヴィアが爽やかに⋮⋮つ
1525
か、なんなんだよこいつは、今はドシリアスな場面だろうが。
するとヴェンバイは、そんなコントを止めるよう咳払いを一回し
て、続きを話す。
﹁もちろん、貴公の力であるし、あの力は今後必要となる日はきっ
と来る。ゆえに、その時までに鍛錬を続け、力をコントロールでき
るようになれ。我らの許可の無いところでは、どれほど追い詰めら
れようとも使ってはならない﹂
﹁マジかよ⋮⋮そんなヤバイ代物なのかよ⋮⋮﹂
﹁そうだ。まあ、今回は我が負けた故に、我も大人しく引き下がり、
ラクシャサたちの件は貴公らに任せる。本当は反対したいところだ
が、古代魔王についても貴公らに任せよう。だからこそ、これだけ
は最低約束して欲しい。あの力は使わぬと﹂
俺はもう、恐くなって普通に何度も頷いちまった。まさか、知ら
ぬ間にそんなやばそうなものを使おうとしてたなんて⋮⋮
﹁ちなみに、クロニア。危ないってどれぐらい危ないんだ? ミサ
イルぐらいか?﹂
﹁ううん、それよりもっと﹂
﹁⋮⋮⋮⋮まさか⋮⋮はは、核爆弾とか言わねーよな?﹂
﹁うん、もっと。だって、あの技の危険度や破壊力は、核爆弾なん
かじゃ比べ物にならないもん﹂
﹁⋮⋮⋮⋮えっ?﹂
﹁でも、それでも比較するとしたら⋮⋮え∼っと、確か昔読んでた
マンガでは、何倍だったかな? 水爆の、ひゃ︱︱︱︱︱︱﹂
1526
俺は、耳を塞いだ。クロニアが言うんだから冗談かもしれないけ
ど、何かこの状況だったら、どんな情報でも全部信じちまう。
つか、ふ、震えてきた⋮⋮俺⋮⋮どうなっちまったんだ?
﹁よいな、肝に銘じておけ。守るべきものどころか世界すら崩壊さ
せるということを﹂
﹁わ、分かった⋮⋮使わねえよ。恐いもの見たさの不良の俺でも、
それぐらい分かる﹂
﹁ならば、念のため、誓約書にサインをしろ﹂
﹁おお、分かった﹂
﹁これだ。先ほど貴公らが気を失っている間に、簡易的だが我が作
成した。既に我の署名はしてある﹂
ああ、絶対に守るよ。つか、誓約書でも何でも書いちゃうよ。
﹁その一番下のところに貴公の名前を書け﹂
﹁おお﹂
﹁我が国と貴公の国で一枚ずつ管理する。二枚目は予備用の写しに
なっているので、計四枚だ﹂
俺は力のない返事をして、使用禁止されたその技を使わないため
の誓約書にサインを⋮⋮
﹁⋮⋮って、なんで誓約書なん︱︱︱﹂
﹁よし、署名したな。これを早々にヤヴァイ魔王国に、そしてもう
一枚を貴公の国にいるキシンの元へと送付しよう﹂
﹁いや、そうじゃなくて、なんでわざわざ誓約書なん︱︱︱︱﹂
何で、技を使う使わないのことで、いちいち誓約書なんて交わす
1527
んだ?
俺がそう思ったのは、既に俺が自分の名前を書き終えた直後。
ヴェンバイは俺の問いに答えもせず、俺から誓約書をソッコーで
奪い取ってから、指笛を鳴らした。
指笛と同時に、大型の怪鳥が二羽空から現れて、ヴェンバイの腕
に止まった。
﹁伝書の鳥だ。これでこの誓約書は互いの国へと送付される﹂
﹁いや、そうじゃなくて⋮⋮あーあ、いっちゃったよ﹂
なんか慌しく鳥を呼んでは直ぐにその鳥を大空へ放つヴェンバイ。
なんだろう。物凄い不自然なんだが。
つか、だから、何で誓約書?
﹁誓約書は写しで四枚組みになっている。一枚はヤヴァイ魔王国に
て保管。一枚は貴公の国にて保管。残り二枚は﹃当人同士﹄で保管
すればよい﹂
当人同士って、だから何のことだよ! しかも、何でシレっとそ
の誓約書を、俺とオリヴィアに渡すんだよ!
﹁パパ、これは?﹂
﹁言った筈だ。月光眼の持ち主の許可無くあの技を使用してはなら
ちいにい
ないと。だから、お前にも関わることだ﹂
﹁ああ、そういうこと。でも、レン小兄は?﹂
﹁あいつは事態を真剣に捉えぬだろう。ゆえに例外とした﹂
﹁はは、全く、小兄は相変わらず⋮⋮んん? ⋮⋮これは⋮⋮何だ
か小さい文字が⋮⋮ッ、これは!﹂
⋮⋮おい、オリヴィア⋮⋮誓約書に何か書いてあったのか? つ
1528
か、俺も言われるがまま、全く読まないで書いちまったけど。
﹁不服か? オリヴィア﹂
﹁ふむ⋮⋮クロニアから話は聞いていたけど⋮⋮こうなると、なか
なか思うところがあるね。でも⋮⋮これも良い経験かもしれないね﹂
﹁経験か?﹂
﹁ああ。劇をやっていた頃、先輩からは演技に深みが無い、人生経
験が足りないと言われたばかりだったからね﹂
いや、そうじゃなくて、お前の演技力やら人生経験が何でそこに
関わって来るんだよ。
﹁それに⋮⋮彼を守ってあげたいと、今では思うよ。あの、どこま
でも不屈な魂を燃やす彼の笑顔を、私も⋮⋮守ってあげたい﹂
俺は嫌な予感がしてならなかった。
そのとき、オリヴィアに手渡された誓約書の写しをクロニア、イ
ーサム、ヤシャが覗き込んだ。
すると、イーサムはなにやら目を細めてジーっと誓約書を読んだ
かと思ったら、途端にニンマリとした顔を浮かべている。
なに? なんなの?
﹁なになに∼? え∼っと、書いてるのは、ヴェルトくんが、﹃ふ
わふわコロナ﹄を使っちゃダメ⋮⋮って、﹃ふわふわコロナ﹄にし
ちゃったんだ。んで、いかなる場においてもそれの使用を固く禁ず
るんだって∼﹂
クロニアが誓約書を読み上げた。
ふわふわコロナ? ダセーッ! いや、俺もネーミングセンスは
ねえからいいんだけどさ。
1529
でも、普通だな。普通の文章だよな?
﹁ただし、以下のものが立会いの下、立会い者の許可がある場合の
み例外とする。えっと、ヴェンバイ・ヤヴァイ、オリヴィア・ヤヴ
ァイ、クロニア・ボルバルディエ⋮⋮﹂
まあいいよ。とりあえずその三人の月光眼なり磁場魔法なりがあ
れば、少しは安全ってことなんだろ? ならいいよ。
﹁また、ヴェルト・ジーハはオリヴィア・ヤヴァイと婚姻の儀を交
わし、子を最低二人以上もうけることとする⋮⋮だってさ∼♪﹂
﹁はい、そこっ! そこ! そこそこそこ! 最後の一文! 最後
の一文がどう考えてもおかしすぎッ!﹂
クロニアがニヘラ∼っと笑いながら読み上げているが、冗談だろ
? 俺は慌てて手渡された誓約書の写しをよく読んだ。
﹁なにそれ? えっと、書いてない⋮⋮書いてないぞ! 書いてね
ーじゃねえかよ、そんなもん! 驚かせやがって!﹂
﹁ノンノン、ヴェルトくん。その﹃例外﹄の項目の文の真下をよー
く見て﹂
クロニアの悪ふざけなのか、そんな文章何も書いてねえからホッ
としたのに、どういうことだ? ﹃例外﹄の項目の下の文⋮⋮ンン?
﹁なんだこれ⋮⋮ものすごい小さい文字で⋮⋮あっ! アアアアア
1530
アアアッ!﹂
ものすっごい小さい文字で、なんかオリヴィアと結婚して子供作
れって書いてあるッ!
﹁って、ふっざけんなああああああ! なんだよ、これは! 詐欺
だろうが、これ! どこの悪徳金融業者だ!﹂
﹁ヴェルトく∼ん、王様が軽はずみにサインしちゃダメでしょ∼が。
王様同士の誓約書なんだから、ちゃんと書類は読まないと。これで、
物凄い不利な条件とか書かれてたらどうすんの?﹂
﹁いやいやいや、そうじゃなくて、あんな小さい字で書いた文なん
てインチキだろうが! つか、無効だ無効! もう一回誓約書を作
り直してサインさせろ!﹂
こんなの無効に決まっていると、俺はビリビリに誓約書の写しを
破ってやった。
だが、
﹁何を言う、ヴェルト・ジーハ。既にヤヴァイ魔王国、そして貴公
の国へと誓約書は送られている。ましてや、王同士が一度署名を交
わした誓約書を、後から破棄など、許されると思っているのか? 王の署名を、貴公はなんと心得るッ!﹂
﹁ぐわーはっはっはっは! こいつはよい! これで∼、ワシとユ
ーバメンシュ、ファンレッドに続き、ヴェンバイ! おぬしまで親
1531
戚になったか! これはよいぞ!﹂
﹁い∼な∼、あたしもダーリンともっと早く子供作ってたら、スゲ
ー楽しそうだったのによ∼。しゃーねえ、ヴェンバイの孫かイーサ
ムの孫と、あたいの子供結婚させるか?﹂
﹁ほう! なるほど⋮⋮我は孫を手にするだけでなく、曾孫まで見
れるということか﹂
﹁ぐわはははは! あ∼、楽しみじゃ! よし、これ終わったらさ
っさとユズリハを連れ戻して婿の下へと送ってやろう。花嫁修業な
んかユズリハには必要ないわい!﹂
﹁はは、いいないいな∼、あたいも何だか楽しくなってきた! つ
か、あたいも親戚になりて∼! ぜってー子供産んでやろ!﹂
なんかもう、既に決定事項だといわんばかりに、史上最強の親戚
︱ズが未来予想を描いてスゲエはしゃいでるんだけど! ﹁っ、お、オリヴィア! テメエはそれでいいのかよ? 好きでも
ねえ男と結婚だぞ! しかも、俺、ソートーエロイ男だ! こんな
男と結婚したらお前、ヤバイぞ! それに他にも嫁が七人も居るし
! いろーんな、女とヤリまくってる史上最低の汚れまくった男だ
ぞ!﹂
﹁ははは、素直だね∼、ワンパクくん⋮⋮いや⋮⋮今日からはダン
ナ君だな﹂
1532
﹁んなっ!﹂
こうなったら自分のネガティブキャンペーンだ! とにかく俺は
自分が凹むぐらい自分を貶しまくった。
だが、そんな俺の様子を、オリヴィアはクスクス笑いながらゆっ
くりと近づいてくる。
何だかその笑顔が恐くて俺は徐々に後ろに下がり、船の壁まで追
い詰められた瞬間、オリヴィアは右手を伸ばして俺の顔の真横を通
過して、ドン!
更には、左手で俺の顎をクイっと持ち上げる!
﹁おお! 壁ドンからの顎クイ! オリーちゃん、イケメンですな
∼﹂
こ、これ、確か前世で死ぬ前ぐらいにブームになってるって聞い
たことが⋮⋮でも、これって女が男にやるもんだったのか?
﹁ふっ、君は穢れてなんかいないよ。だって、君の魂も瞳も、こん
なに綺麗じゃないか﹂
息が鼻にかかるぐらいの距離で! しかも、何でこいつ髪やら息
やらから、スゲー良い香りを出してんだよ! ちょっとドキッとす
るじゃねえか。
﹁確かに私たちは普通の恋愛でない。政略結婚に過ぎない。しかし、
それでも私は君を幸せにすることに全力を注ぐことをここに誓おう﹂
﹁あ、いや、そ、そんな、がんばんなくても⋮⋮じゃなくて、けっ
こんやめね? それが俺の幸せ﹂
﹁ふっ、気の強いところも可愛いじゃないか﹂
1533
会話ができねえええええ! なんで? っていうかさ、さっきま
での状況は?
クロニアと再会して俺たち二人は、なんつーか、スゲエ心の底ま
で繋がったり、信頼しあったりで、世界最強の壁を打ち破ったんだ
ぞ? なんだったら、そのまま関係が発展するまであったのに、何
でコッチにこうなるんだ?
﹁ッ、え、ええい、離れろ!﹂
﹁おっと、暴れん坊のダンナ様だな﹂
ダメだ、こいつ。ペースが全然掴めねえ。つか、クロニアのやつ、
何で大爆笑してるんだよ。腹抱えて何で笑ってるんだよ。
つか、テメエは何とも思ってねーのかよ。一応、前世で俺がお前
のこと好きだったって言ったよな? 知ってるよな? なんかこー、
ちょっと嫉妬するとかねーのかよ!
何で俺が壁ドン・顎クイされて爆笑してんだよ⋮⋮
壁ドン⋮⋮顎クイ⋮⋮試してみるか⋮⋮
﹁おい、クロニア﹂
﹁ん? なんだねなんだね⋮⋮って、ちょいちょい!﹂
俺は乱暴に歩きながらクロニアに詰め寄った。クロニアはちょっ
と驚きながら壁に追い詰められていく。
そして俺は、クロニアに⋮⋮
﹁俺の目を見ろ﹂
片腕折れているから、足でドン。足ドンだ。
そして、無事なほうの腕で顎クイを発動さ︱︱︱
1534
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ぷぶほっ! ご、ゴメン、だ、ダメ⋮⋮ぷくくく、
も、もう笑っちゃう﹂
クロニアは、頬を風船みたいに膨らませたかと思ったら、スゲー
不細工な顔で噴出されて笑われた⋮⋮
﹁畜生、やるんじゃなかった! こんなののどこがいいんだよ!﹂
﹁あ∼、メンゴメンゴ∼、ヴェルトくん。ちょっと笑っちゃっただ
けだって。お嫁さんたちにやったあげなよ。ヴェルトくんのことが
好きな女の子たちは、もう目がハートになっちゃうこと間違い無し
だよ♪﹂
ッ! 俺のことを好きな女には⋮⋮なんだよそれ! 俺って、遠
まわしにフラれたのか? えっ、俺、フラレタ? ふ、ふら⋮⋮
﹁おや、ダンナ君、どうしたんだい? なんだか魂が抜けたように
真っ白に⋮⋮ふふ、疲れたのかな? 仕方ない、私が運んであげよ
う。今は私の胸の中で休みたまえ﹂
俺はもう、何だか色々とどうでもよくなって、オリヴィアにお姫
様だっこされて、そのまま項垂れた⋮⋮
﹁さて、ここまで来たのだ。深海では何が起こっているか、そろそ
ろ我らも見に行こうではないか、ヴェルト・ジーハ。いや、我が娘
婿よ﹂
あ∼、そーだね、あいつらどーなったか見に行くか⋮⋮も∼、ど
ーでもいいけどさ⋮⋮
1535
﹁ん? しかし、ヴェンバイよ。おぬしその姿で行くのか? 一応、
おぬしが本当は背丈が普通なことは秘密ではないのか?﹂
﹁大丈夫だ。顔を隠していく。たまに魔力が減って巨大化を保てな
くなりそうな時は、顔を隠して王都を歩いては、市民の生活に触れ
ながら、魔力回復に努めていた。この白い頭巾を被った⋮⋮月光マ
スクマンでな﹂
﹁ああああ! 魔王様! その白い頭巾! ヤヴァイ魔王国王都で、
たまに現れては市民のトラブルを解決していた、あの噂のヒーロー
!﹂
﹁わははのはーっ! なんだよそれー。いいんじゃね? 孫とか喜
ぶんじゃね?﹂
﹁はは、では、パパには孫が生まれたときは、遊んでもらわないと
ね﹂
どーでもいーよ。
1536
第88話﹁本性﹂
﹁青き世界よ。我らの新たなる門出を祝い、その深き母なる海に我
らの足跡を残すことを許されよ。月光眼﹂
ヴェンバイが魔力切れのため、奴ほどの規模ではないものの、オ
リヴィアが月光眼を発動させ、船が通り抜けられるぐらいの大きさ
の穴を海に開け、トンネルを潜るかのように俺たちはゆっくりと深
海へと下降していく。
その際、船首の上に立って、かっこつけるのはいいんだけどさ、
俺をお姫様抱っこしながらやるのやめてくんね?
まあ、俺ももう色々と疲れたしヤル気なくなったから、どーでも
いいんだけどね。
﹁念のため、酸素ボンベ作ったから、一応みんな持っといてくんろ﹂
﹁酸素ぼんべえ? なんじゃあ、それは?﹂
﹁ふ∼ん、これで海の中潜っても呼吸できるのか? 便利だな∼。
あたいも深海族たちの魔法が切れた時はどうすりゃいいんだと困っ
てたからよう﹂
﹁相変わらず、貴公は色々なものを発明するな﹂
酸素ボンベ? クロニアのやつ、あんなもんまで作ったのかよ。
この何でも屋め。
前世の学力の学年順位はドベだったくせに、なんかこの世界のあ
いつ、頭良くなってねーか?
バカバカしいことやるくせに、頭がいいとか反則だろうが。
﹁は∼い、ヴェルト君とオリーちゃんも﹂
1537
﹁あいよ∼⋮⋮﹂
﹁ちょお、ヴェルトくん、なんだかすごい元気なくない? ダメだ
よ∼、ヤル気元気無敵! ニッコニッコぷり∼ず。せっかく美人の
お姫様が増えたんだからさ∼。あっ、この場合は王子様?﹂
﹁うぜ∼∼∼∼﹂
﹁なんでさ! さっきは私とあんなに息ピッタリ心ピッタリ一心同
体だったのに!﹂
それはこっちのセリフだよお! テメエこそ、俺の心境ぐらい察
しろよこのバカ女! って言えたらどんなに楽か⋮⋮
﹁まったく、何を拗ねているんだい? 旦那くん。ちゃんと、この
酸素ぼんべえを着けなければ、万が一のことがあった場合、海で呼
吸ができなくなるよ? まあ、そのときは、私が口移しで空気を送
ってあげるがね﹂
﹁きゃ∼! オリ︱ちゃん、だ∼いたん! でも∼、恥ずかしくな
∼い?﹂
﹁ふふ。こうして、﹃大胆﹄に﹃抱いたん﹄だから、﹃息﹄だって
﹃イキ﹄イキと送って﹃生き﹄てもらうよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮お、おおお! ちょ∼っと家出している間に、ダジャレ
の腕あげてますな∼、オリ︱ちゃん﹂
レベル低すぎだろうが。
しかも、このオリヴィアについてはどう扱えばいいのか全然分か
らねえよ。つか、フォルナたちになんて説明すりゃいいんだよ。家
出したけど、そろそろ帰って仲直りしようとさっきまで思っていた
のに、家出して帰ってくる頃に嫁が一人増えてるって⋮⋮
﹁まっ、とりあえずヴェルトくんは私にとってもマブダチくんだか
らね。幸せにしてあげてね、オリーちゃん﹂
1538
﹁ああ。女の約束だ﹂
﹁あのさ、俺、もう十分幸せだから特になんもやんなくていいから﹂
おまけにクロニアは、純粋に祝福してる感じだし⋮⋮なんだかな
⋮⋮
いや、別に俺も今さらクロニアと恋人になりたいとか結婚したい
とか、イチャつきてえとかはもう思ってはいない。せーぜい、乳を
一回ぐらい⋮⋮じゃなくて! そう、ぶっちゃけ、俺自身のクロニアへの想いは、もう半年前の
こいつとの戦いでケリはつけたと思っている。でも、それはそれと
して、なんつーか、仮にもずっと好きだった女なわけで、まあ、俺
が他の女と結婚とかするっていうことに対して、少しぐらい、嫉妬
してくれたりしたら、なんとなく嬉しいわけで⋮⋮
﹁しっかし、オリーちゃん入れて八人だっけ? 誰が増えたか知ら
ないけど、なんつうーか、豪華だね∼、ヴェルトくん。よーく、ア
ルーシャちゃんも我慢できるね∼﹂
だけど、クロニアは全然嫉妬してることなんてないわけで、それ
が何だかすごい複雑というか、つらいというか⋮⋮
いや、別にアルーシャクラスの嫉妬見せろとは言わないけど。
﹁でさ、今、アルーシャちゃんとかアルテアちゃんとかとも一緒に
暮らしてるのん?﹂
﹁あん? ⋮⋮まあ、アルーシャはこの間、ようやく抱えてた仕事
を全部後任に引き継げたってことで、エルファーシア王国に引っ越
してきたよ。アルテアは、まだだな﹂
﹁ふ∼∼∼∼ん。でも、そっか。⋮⋮まともな恋愛とは言えないか
もだけど⋮⋮アルーシャちゃんも幸せなんだろうな⋮⋮﹂
1539
その時、嫉妬の表情は皆目見せないものの、何か思うところがあ
るのか、クロニアは少し感慨にふけった表情を見せた。
﹁どーしたんだよ、急に﹂
﹁ん? ああ、ほら、私もさ、綾瀬ちゃんがどれだけ朝倉君のこと
不器用に好き好きレーザービームを放ってたのか目の当たりにして
いたからさ、ほんと、生まれ変わっても好きな人と結ばれるって、
すごい素敵で、幸せなんだろうなってさ﹂
ああ、そういうことか。でも、アルーシャこと綾瀬が⋮⋮ねえ⋮
⋮。俺の記憶じゃ、どこかお高くとまった優等生で、クラスの仕切
り屋のイメージしかなかったからな。
﹁そりゃ、全然気づかなかったな。ああいう綾瀬みたいのって、星
川とか、そこら辺と付き合ってんだと思ってた﹂
﹁ええええええ? 全然? 全く気付いてなかったの? ちょっと、
ヴェルトくん、それ鈍いよ! ニブチンマックスだよ! ラノベ主
人公じゃないんだからさ! ってか、それ、ぜ∼∼ったいアルーシ
ャちゃんに言っちゃダメだよ?﹂
おまえに鈍いって言われたくねえよお! だって、俺が前世で誰
が好きだったかって、これまで出会ったクラスメート全員知ってた
ぞ!
﹁でも、そんな鈍感ニブ助くんは、生まれ変わったらゲスの極みか
ら始まるも、責任取り太郎くんになって、一人一人の女の子に責任
とってるんだから、驚きだよ﹂
﹁いい加減なクソ野郎ってことで、全然すごくねえよ﹂
﹁そんなことないよ。これが、例えば本命をハッキリさせないでフ
ラフラしているだけの優柔不断君とか、女の子を弄ぶだけの男だっ
1540
たとしたら、みんな君の周りに居ないよ。それこそ、ハットリくん
だって、影響を受けたりなんかしない﹂
影響か⋮⋮。実際、ラクシャサもヤシャも、そしてハットリも、
俺に関する色々を見て心が動いたらしいけど⋮⋮
﹁って、そーいや、ハットリのやつ、どーすんだ? ラクシャサに
プロポーズでもすんのかな?﹂
﹁にひひひひ、だったら面白いよね∼。でも、そーなったら⋮⋮面
白いよね♪﹂
ハットリは、ラクシャサを救いたいと。そして責任を取るって言
ってたけど、それってやっぱそういうことだよな。
あいつを救うってのは、当然体を治してやること。そして、責任
つったら、責任だよな?
ただ、それはそれとして、少し気になることがあった。
﹁つーかさ、クロニア。お前はどうなんだよ?﹂
﹁ほへ?﹂
﹁人の恋愛ごとをおちょくったり、応援したり、お前自身は⋮⋮け
け、結婚とか考えたりとかしたことあんのか?﹂
﹁え? けっこん? ぜーんぜん﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
まあ、今好きな人がいるとか言われたら普通にショックだったが、
こうもあっけらかんと言われるのもなんだか⋮⋮
だが、そんな俺の問いかけに対して、クロニアは小さく笑って、
真上を見上げた。
﹁私は⋮⋮多分、そういう女なんだと思う。前世からずっと⋮⋮﹂
1541
そう切り出して、クロニアは少しだけ自分の心を曝け出すように
語りだした。
﹁私はさ、特定の人と恋したり、一緒に時間を過ごしたりとかより
も、皆でわいわいするのが本当に好きで、⋮⋮なんだろうな⋮⋮一
緒に居る目の前のたくさんの友達と最高に楽しい時間を過ごしたい
って思ってるの。だから、その輪の中に居ない人たちだって無理や
り一緒に巻き込んで仲良くなって、もっとたくさんの皆と一緒に楽
しみたい。そういう想いがずっと強かったな﹂
その、輪の中に居ない人を一緒に巻き込んで仲良くなったのって、
俺のことか?
にしても、こいつ、恋愛そのものに心が動かない? 友達が欲し
いけど、恋人は欲しいと思わない?
﹁キョーミないわけじゃないよ? 綾瀬ちゃんとかビーちゃん、恵
那ちゃん、有希子ちゃん、豆腐屋カップルとか、そういうのは全力
で応援したり、イジくったりしてたしね。ただ、私自身が誰かとそ
ういうふうに⋮⋮っていうのは⋮⋮なかったかな∼?﹂
その時、ほんの一瞬だけ俺は今まで感じたことのない、神乃であ
りクロニアであるこいつを見た気がした。
﹁いつも友達と一緒に楽しんでたし、逆に友達が周りに居ないとき
も、前世も今も、私は一人での時間の過し方だって色んなことで楽
しめてるし⋮⋮プラモや漫画にゲームとか。むしろ、この一日をい
つも満足に余すことなく過ごしている私の時間の中に、どこに恋愛
ごとの時間を入れればいいっちゅうんだって話? うん⋮⋮私って
⋮⋮君のお嫁さんたちが肉食系なんだとすると⋮⋮私は絶食系なの
1542
かな?﹂
そして、切なそうに俺を微笑むクロニアを見て、俺はハッとした。
﹁勿論。男の人から好きだったとか、そういうことを言われるのは
純粋に嬉しい。だから、﹃朝倉リューマ﹄くんの想いは⋮⋮すごい
誇らしい⋮⋮心にとても届いてる⋮⋮でも⋮⋮﹂
これは、明らかに、﹁そっち方面﹂に関しての壁をクロニアは俺
と作っている。
さっきまで、クロニアは前世で俺がこいつのことを好きだったこ
とを気付いてなかったり、忘れていたりしている鈍感女だと思って
いた。
でも、今、クロニアの様子を見て分かった。
こいつ、俺が半年前に告ったことをちゃんと覚えている。
覚えている上で⋮⋮
﹁ヒデー、女だな。お前。それでいて、人の恋愛応援とかってどの
口が言う﹂
﹁にはははははは、今頃気付いた? そうなのだ∼、私はとんだ悪
女なのだ∼! にはははははは! ⋮⋮⋮⋮ゴメンね﹂
俺は、苦笑しちまった。もう、その話はこれ以上この場でしない
ことにした。
そして、こいつのことを少しだけ分かった気がした。
俺は、こいつは自分の全てをいつも曝け出して全力で生きている
女だと思っていた。
そして、根は単純で物凄いバカな女だと。
もちろん、それは偽りじゃないのは分かっている。でも、それと
は別に、何か深い﹃何か﹄。それがあるような気がした。
1543
でも、今はもうそのことを追求しないようにした。
こいつが俺を恋愛対象でなくても、マブだと想っていてくれるな
ら、いつかそのことについても触れられると思うから。
だから、今はもう聞かない。
﹁俺は、フォルナたちを幸せにするよ⋮⋮⋮⋮勿論、アルーシャと
アルテアもな﹂
﹁およっ!﹂
﹁ふん、本人に言うと、調子に乗ってウゼーことになるから、口が
裂けても言わねーけどな﹂
﹁ぷっ! にひひひひひ、かっこいいですな∼! よっ、色男ッ!﹂
そう言うと、クロニアもいつもの馬鹿笑顔に戻って、俺の肩をバ
ンバン叩いてきた。
俺もちょっと恥ずかしかったが、笑って返してやった。
﹁ふふふ、旦那くん。私を忘れないでくれないか? こうして君を
抱きしめているのに、他の女のことを語られると、妬いてしまうな﹂
﹁は? ⋮⋮ぎゃあああっ! お、俺、なんつーかっこで!﹂
﹁にはははははは! 女の子にお姫様抱っこされながら⋮⋮俺、フ
ォルナたちを幸せにするぜえ! ⋮⋮ぷくくくく、やっぱハンサム
ボーイですな∼、ヴェルトくん♪﹂
って! 俺、こんなチョッピリシリアスなことを、何でお姫様抱
っこされながらッ!
それに気づいたとき、俺は顔が真っ赤になったのが自分でも分か
り、その様子を見て、クロニアが更に爆笑しているのが分かった。
すると⋮⋮
﹁おい、雑談はそれまでにせよ。見えてきたぞ﹂
1544
月光マスクマンことヴェンバイの声が聞こえ、俺たちは船から下
をのぞき込むと、深海の底がようやく見えてきた。
地上にあるような住居や建物や塔などが存在している、深海の都
市。
建物から感じる文明のレベルは、俺たち地上人とあまり変わらな
い。神族だったり、地底族のように発展しすぎてレベルが違うほど
の文明では無さそうだ。
しかし、文明のレベルは同じぐらいでも、地上にあるものが美し
い深海に存在するだけで、なんとも幻想的に見えるもんだと感慨に
ふけった。
﹁これが、深海世界か。いや、深海世界の一部⋮⋮深海賊団のアジ
トみてーなもんか﹂
﹁にゃははは、ザッ・海のファンタジーだね。およ、見て見て! あの丘の上にはパルテノン神殿みたいなのが見えるよ! でも、こ
こはあくまで海賊団の子たちの街で、実際の深海世界の王国本土の
ようなところは、もっと別の場所にあるんだろうけどね﹂
﹁クロニア。お前は行ったことねーのか? 深海世界﹂
﹁ないね∼∼∼。ラブくんとかマニーは行ったことあんのかもしれ
ないけど﹂
そして、そこには何隻もの深海族の海賊船が陣形を組んで敵を待
ちかまえ、海竜たちが辺りを飛び回っているのが分かった。
だが、待ち構えてはいるものの、攻撃してくる様子もないし、先
に俺たちよりもこっちに来ていたはずのロアたちと争った形跡も見
られない。
にしても、人間の女たちもチラホラ混ざってるな。あれらも全員
リリイ同盟か? それとも、フルチェンコの国から攫われた女たち
か?
1545
﹁ヤシャよ。おぬし、身を乗り出して手を振っておれ。奴らが勘違
いして攻撃してきても迷惑じゃからのう﹂
﹁おっしゃ! おーーーーーい! あたいだーっ! お前らー、聞
こえるかー!﹂
更に、船からヤシャが大声を飛ばし、リリイ同盟たちも気づき、
ざわつき出した。
﹁急に海が割れたと思ったら⋮⋮アレは、鬼嫁様ッ!﹂
﹁ヤヴァイ魔王国の船に乗っているプニイ! でも、ヴェンバイは
乗っていなさそうプニイ!﹂
﹁まさか、⋮⋮あの最強魔王ヴェンバイを、鬼嫁様一人で?﹂
仲間であるヤシャが、ヤヴァイ魔王国の船に乗って現れ、その船
にはヴェンバイが乗っていない。まあ、単純にあいつらは巨人のよ
うな奴の姿が見えないからヴェンバイがこの船に乗っていないと勝
手に思いこんでいるだけで、実際のヴェンバイは月光マスクマンの
姿で、俺たちと同じサイズになって乗っているんだけどな。
でも、それをバラすと色々と面倒だからここは黙っておかねえと
な。
﹁お∼∼∼い、みんなーーーっ! 魔王ヴェンバイは話し合いでど
うにかなっちまったぞー! ここに居る、リモコンのヴェルトが、
見事に魔王ヴェンバイを説得してくれて、あたしらのやることを見
逃してくれたぞーッ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁え⋮⋮え、ええええええええええええええええええええ
ええッ!﹂﹂﹂﹂﹂
1546
と、いうシナリオに今はしておいた。
ヴェンバイが負けたこととか、リリイ同盟を俺の国で面倒を見ると
かのくだりについては、ラクシャサたちと存分に話し合わねえとい
けねーからな。
本当は説得じゃなくて殴り合いで解決したんだが、どっちにしろ
あの魔王ヴェンバイが手を引いたという事態にはリリイ同盟たちも
驚きを隠せず、至る所から驚愕の声が上がっていた。
それを俺たちは真上から見下ろしながらゆっくりと下降して行っ
た。
﹁その通りだよ、可愛いプリンセスたち!﹂
そして、ザワつくリリイ同盟たちに向かって、今度はオリヴィア
が身を乗り出して口を開いた。
その瞬間、イケメンライクな中世的ルックス美少女であるオリヴ
ィアの姿に、同性愛者のリリイ同盟たちは目を奪われて言葉を失っ
た。まあ、これでオリヴィアが男だったら色々と問題だが、実際女
なだけに、むしろリリイ同盟たちには⋮⋮
﹁ちょっ、確かあの人! チェーンマイル王国の﹃王国歌劇団﹄の
超新星として噂されている!﹂
﹁キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、月の王
子さまあああああああ! おねええさあまあああああ!﹂
﹁うっそ! 本物? 私、超超超々大ファンなんだけど!﹂
﹁ぷにいい? アレ、男じゃなくて、女ぷにい?﹂
まあ、こうなるよな。つか、こいつそういう方面で随分と有名じ
ゃねえか。深海賊団たちには、馴染みがねーんだろうけど、まるで
1547
アイドルのサプライズ訪問に大盛り上がりみたいな感じになってる
じゃねえか。
﹁そう、私は君たちお姫様たちに夢を与える月の王子。しかし、そ
の正体は⋮⋮ヤヴァイ魔王国の王族! 弩級魔王ヴェンバイの血を
引く、オリヴィア・ヤヴァイだ。そしてその名において、ヤヴァイ
魔王国は此度のことについて黙認することを、ここに約束しよう。
ここに居る、ヴェルト・ジーハこと⋮⋮私の、いいひとと共にな!﹂
そして、投げキッス。すると、発狂したミーハーな女たちが全員
泡を吹いて目をハートにしてぶっ倒れていく。
なんか、最初からこいつに出てきてもらえば、リリイ同盟関連の
話し合いがうまくいってたんじゃねえのか?
﹁そう! ﹃王子﹄は話し合いに﹃応じ﹄る!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂﹂
まあ、こういうところが無ければ、うまくいくだろうな。
そんな風に感じながらゆっくりと船が海底まで降り立った。
都市のど真ん中にある、円状のだだっ広い広場は、丘の上にある
神殿へと続く横幅の広い巨大な階段がある。
その階段の一番下には、百人以上のリリイ同盟の面々に主要幹部、
及びロアやファルガたちが居た。
﹁ヴェルト君!﹂
﹁愚弟か﹂
﹁⋮⋮あれえ? あれえ? あれれれ? あははははは! 何アレ
? 何でヴェルトくんが、オリヴィアに抱っこされてるの? それ
に、クロニアに⋮⋮それにあの匂いは⋮⋮アレ? お父様だったり
?﹂
1548
﹁あ、あいつ⋮⋮魔王ヴェンバイを説得いったんじゃ⋮⋮アレ、嫁
さんか? 増えてるよ﹂
﹁⋮⋮バーツ⋮⋮これ、姫様にバレたら僕たちなんて言われるかな
?﹂
ロア、ファルガ、ジャレンガ、バーツ、シャウト。五者五様の反
応を見せ⋮⋮
﹁驚いたな⋮⋮リモコン様⋮⋮流石はボスが認められた御方﹂
﹁朝倉がッ! 朝倉が、何であんな⋮⋮カッコいい奴に抱きかかえ
られて⋮⋮へえ、いい女じゃ⋮⋮ひっ!﹂
﹁トリバちゃん? 浮気? あれ? 浮気? ねえ、ねえ? まだ
私、さっきの江口君の話だって聞き終わってないのに、目の前でも
う浮気?﹂
サルトビ、百合竜のトリバとディズム。
そしてそいつらが周りを取り囲むように⋮⋮
﹁随分と早かったな、ヴェルト氏。そしてクロニア﹂
﹁⋮⋮なんでちょっと目を話したら、あいつは嫁さん増えているの
か、本当に気になるさ∼﹂
﹁うわああん、兄さん無事だったすねーッ! さすがっすよー! 大旦那にも負けないなんて、オイラ感動で涙ちょちょぎれっすよー
!﹂
ルシフェル、ハットリ、ドラ。
そして、そのハットリが腰を下ろして抱きかかえているのは⋮⋮
﹁ラクシャサ?﹂
1549
間違いない。ローブを身に纏ったラクシャサだ。
ラクシャサがハットリの腕の中で体を預けていた。
そして、どうやら俺たちが近づいていることにも気づいていない
ほど、ラクシャサは弱っているようだ。
﹁ヴェルト君! 良かった、無事だったんだね﹂
﹁ああ。にしても、ロア、こりゃ一体どういうことだ? フルチェ
ンコは? それに、ラクシャサはどうして⋮⋮?﹂
俺たちの無事にホッとした表情で駆け寄ってくるロアたち。
俺の問いかけに、ロアたちは少し浮かない表情を浮かべた。
﹁ラクシャサの協力もあり、何とか僕たちの話はリリイ同盟の方た
ちにも聞いてもらえた。でも⋮⋮ラクシャサはどうやら限界だった
ようだ。地上での僕たちとの戦いのときの影響もあるけど、元々も
うあまり長くなかったようだ⋮⋮急に、血を吐いて倒れられたよ﹂
ロアのその言葉に、サルトビや百合竜たちは悔しそうな顔を浮か
べながら拳を強く握っている。
ローブにくるまれているラクシャサの表情は伺えないが、そのロ
ーブの中から苦しみ悶えるようなラクシャサの声が聞こえてきた。
その弱弱しいラクシャサを、サルトビはただ黙って抱きかかえて
いた。
﹁ハットリ⋮⋮﹂
﹁朝倉か⋮⋮魔王ヴェンバイを退けて、オリヴィア姫まで簡単に落
とすなんて、流石さ∼。それに比べて、俺はいつも遅すぎるさー﹂
弱ったラクシャサを抱きかかえながら、自嘲気味な言葉を呟くサ
ルトビ。
1550
俺は、その背中に何も声をかけてやることができなかった。
正直、ここから先、俺にできることはない。
あるとすれば、祈ることだ。そう、今、このラクシャサを救うこ
とができるのは⋮⋮
﹁フルチェンコは? 古代魔王リリイに説得って話だったが、どう
なっているんだ?﹂
そう、すべてはあいつがカギを握っている。そのあいつはどこだ
? それに、他の黒服やキモーメンも居ない。
一体どこに⋮⋮
﹁フルチェンコ⋮⋮江口は凄いさ∼⋮⋮リリイとちゃんと話をした
さ∼﹂
﹁なに? それで⋮⋮⋮⋮どうなったんだ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮江口が、百合専門の風俗店を開店させるから、その永久
VIP会員パスポートで手を打ったさ∼﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮いいのか? それ、いいのか? ラクシャサ死にそ
うとはいえ、そんなんでいいのか?﹂
なんでこう、ド緊迫な空気が漂う中で、あいつはソレで物事解決
できちゃうんだよ。
色んな奴と友達になれるクロニアみたいに、あいつは同好の存在
が相手ならどんな怪物とでも打ち解けられるんだな。
笑っちゃいけない場面なんだけど、俺もクロニアも半笑いが浮か
んでしまった。
だが、それはそれとして、あいつはどこだ? そう聞こうと思っ
たら、ハットリが続けた。
﹁この上にある神殿の中⋮⋮そこが封印の祠になっていて、リリイ
1551
は石像の姿となって封印されているさー。その封印を解くには、封
印によって力を失ったリリイに力を与えるしかないさー﹂
封印によって力を⋮⋮それで力を与える? なんだかよくわから
ねえけど、それとフルチェンコが何の関係があるんだ?
そう聞こうと思ったとき、なんだかロアやリリイ同盟たちも、少
し恥ずかしそうに顔を背けていた。
﹁古代魔王リリイの正体はサキュバス。リリイ自身がたとえ女好き
だったとしても、サキュバスである以上、力の源は⋮⋮⋮⋮男の精
さ∼﹂
SEI?
﹁⋮⋮とにかく、リリイが復活するほどの大量の男の精をこれでも
かと石像にぶっかければ、復活するみたいさ∼⋮⋮江口、そして黒
服の男たちは、それを自分たちの手でやっているさ∼⋮⋮﹂
⋮⋮精をかける? その時、ハットリが右手でグーを作り、上下にしごく動作を見せ
た。
それは、嫁たちと暮らしてこの半年、俺が一度もやっていない動
作。いや、行為というべきか。
かける⋮⋮精を⋮⋮あっ!
﹁そういうことです、リモコン様﹂
﹁サルトビッ!﹂
﹁なぜ、オレたちがカブーキタウンから女性を攫ったのか。働かさ
れている彼女たちの救出、国家建設のための国民として迎え入れる、
サバトで戦力とする⋮⋮色々と言ってきましたが、本当の理由はこ
1552
れです。オレたちのように男に対して良い感情を持っていないリリ
イ同盟は⋮⋮男の精を集める術がなく⋮⋮そこはもう、職人に仲間
になって戴き⋮⋮その⋮⋮﹂
そういうことかああああああああああああっ! じゃあ、あいつ
ら、今、あの神殿の中でッ!
﹁なんつー、アホらしいことを⋮⋮そりゃ、ロアたちも協力しにく
いな。だから外で待ってんのか﹂
﹁そういうことです。今となっては最早隠す必要はありませんが⋮
⋮リモコン様、これまでの無礼をお許しください﹂
﹁ああ、いーよ、サルトビ。なんかもう、色々と呆れて言葉もねえ
からよ。つか、こんなので助かって嬉しいもんか∼?﹂
﹁仕方ないではないですか。オレたちもボスの体を治すための手段
は色々と探したのです﹂
なんだかアホらし過ぎて言葉が思い浮かばず、クロニアもヤシャ
もイーサムも爆笑していた。
﹁つか、何で自家発電でやっているんだよ。カブーキタウンの色っ
ぽい女たちも居るんだから、協力してもらえばいいだろうが﹂
﹁それを俺も言ったけど、江口に怖い目で睨まれたさー。あいつい
わく、オーナーや店の従業員が、店で働く女の子に手を出すことは、
重大なルール違反であり、客の信頼を裏切る最もやってはいけない
行為ということらしいさ∼﹂
そしてまた、何だかスゲーこだわりもあるようで⋮⋮フルチェン
コ⋮⋮お前、色んな意味でスゲー奴だな。呆れを通り越してむしろ
尊敬しちまうかもしれなかった。
そんな風に考えていたとき、周りがザワついて階段の上の神殿を
1553
指さしているのが分かった。
見上げてみると、そこにはやつれ過ぎて、骨と皮の状態で髪の毛
も真っ白に見えるぐらい、色々と搾りかすの一滴に至るまで出し尽
くした何十人もの男たちがフラフラとした姿で現れて、同時にVサ
インを俺たちに向けた。
﹁フルチェンコッ! それにキモーメン⋮⋮やせたな∼、あいつ⋮
⋮。でも!﹂
﹁あのVサインッ! っていうことは⋮⋮﹂
広場に居た全員が息を飲み込んだ。
あのVサインが示すものは?
階段の上に居た男たちが、同時に道を左右に開ける。
するとそこには⋮⋮
﹁⋮⋮アレが、古代魔王⋮⋮伝説のサキュバス⋮⋮﹂
﹁の、ようじゃなあ﹂
流石のヴェンバイとイーサムも息をのんで見上げている。そこに
姿を現した女に。
﹁アレが、サキュバスか﹂
﹁にはははは、エッロイ体∼! それと取引したり、復活させた江
口君もすげー﹂
﹁⋮⋮でも、これで、助かるさ∼⋮⋮ラクシャサ⋮⋮﹂
現れた女。それは、一目で魔族と分かる容姿。
黒い髪。赤い唇。尖った耳にヴァンパイアのような蝙蝠の翼。
年齢はいくつか分からない。人間なら二十代後半ぐらいだろうが、
それもどうだろうな。
1554
ラクシャサのように異常にデカいわけではないが、それでもはち
切れそうな胸、引き締まったウェスト、それでいてプリンとしてい
るデカいケツ。
そして、全身が黒のボンテージと来たか⋮⋮まあ、ラクシャサの
姿の方がインパクトがあったし、このぐらいは想定の範囲内だった
けどな。
でも、とにかく復活したんだな。
それが分かったとき、広場に居た連中たちも希望に染まった表情
⋮⋮⋮⋮で⋮⋮⋮? ﹁えっ?﹂
アレ? 何でほとんどの奴らが嬉しそうな顔をしているのに﹃あ
いつらだけ﹄⋮⋮
﹁ぷく、ふふふふ⋮⋮⋮⋮こんなに早く、こんなに簡単に、こんな
にうまく、こんなバカバカしい方法でリリイ様が⋮⋮いや、リリイ
が復活できるとは思わなかったスラ⋮⋮﹂
なんで、深海族⋮⋮いや、深海賊団だけ⋮⋮あんな、邪悪な笑み
を浮かべ︱︱︱︱
﹁そう、この時を待っていただわね﹂
1555
それは、俺たちの声じゃない。黒服たちの声でもなければ、復活
したリリイの声でもない。
復活したリリイが、俺たち大勢の姿を見て、何か言葉を発しよう
とした瞬間に、その何者かの声が聞こえ︱︱︱
ブレインコントロール
﹁邪悪魔法・洗脳!﹂
︱︱︱︱︱︱えっ?
﹁いかに古代魔王とはいえ、復活した直後であれば対魔法の耐性が
整っていないため⋮⋮⋮⋮洗脳も容易だわね﹂
それは、突如として現れた。
ピンク色のリボンを頭につけた、アヒルの着ぐるみを着た何者か
が神殿の上から現れて、リリイに不意打ちで何かの魔法を放った。
フルチェンコたちはあまりにも突然のことで⋮⋮いや、俺たちも
そうだ⋮⋮誰も反応できなかった。
でも、あれはッ⋮⋮あいつはッ!
﹁誰も動くなスラ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁ッッッッッッ!﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
﹁ふふふふふ、流石は﹃デイジ・ピンクダック﹄の洗脳魔法。惚れ
惚れするスラ﹂
1556
そして、どうなっている? 深海賊団船長のキャプテン・スララ
とかいう奴を始め、この場に居た深海賊団たちが、剣を抜いて、呆
然としているカブーキタウンから攫われた女たちの首筋に剣を当て
ていた。
誰も言葉を発せない。それは、俺たちは勿論、クロニアやルシフ
ェルにハットリも、イーサムも、ヴェンバイもだ。
﹁キャ⋮⋮キャプテン・スララ?﹂
﹁ふふふふふふ、ごめんスラ、サルトビ。全て、﹃私たち﹄の計画
通りスラ﹂
更に、リリイ同盟のサルトビやヤシャも百合竜も状況が分かって
ねーみたいだ。
そんな中で⋮⋮
﹁実際は計画通りだったわけではなく、色々な予想外なことがあり
過ぎたが、結果的に我々の計画で目指した結果になったダック﹂
︱︱︱︱︱︱ッ!
﹁いや、ここは⋮⋮多大な貢献をしてくれた深海賊団に見習って、
この格好の方がいい⋮⋮ハンガー?﹂
俺たちがもう一度上を見上げる。すると神殿の上には、男が居た。
1557
貴族みたいな高そうなコートのようなマント。
そして、絵本で出てきた海賊とかが被っているような帽子。
また、何故か片手が洋服をかける木のハンガーを付けた男。
そしてその両隣や後ろには、その男に付き従うような形で、見た
ことあるような顔の奴らが数人立っていた。
この旅が始まり、色々なことをツッコミしてきた俺だったが、今
回だけは何も言葉が出てこなかった。
1558
第89話﹁不可能﹂
なんでこいつらがここに? 深海賊団たちも裏切り? それに覚えている。あのハンガー船長って奴も、その周りに居る
奴らも⋮⋮
﹁ロア⋮⋮バーツ、シャウト、オマケに嬢ちゃんの兄貴のファルガ
⋮⋮久しぶりだぜえ﹂
﹁はははははは! 驚いているな、まあ、無理も無いな少年少女た
ち。思い通りにいかないことも青春の痛み﹂
﹁邪魔なヴェンバイをヤシャと潰し合わせる予定だったけど、クロ
ニアたちも参戦したり武神イーサムが居るのも予定外だっただわね﹂
あいつら⋮⋮
﹁お、おい! シャウト! ロア王子! あ、あそこに居るのは⋮
⋮﹂
﹁ウソ、な、なんで⋮⋮何でここに居るんですか! あなたが!﹂
﹁アルーシャとフォルナ姫から話は聞いていたけど⋮⋮どういうつ
もりだ! ガジェッ!﹂
全身緑一色の服で統一されて巨大な弓を携えている男。
元光の十勇者の一人。流星弓のガジェ。
﹁やあやあ、私を覚えているかい? 少年。ヴェルト・ジーハだっ
たかな?﹂
白衣を身に纏い、その肉体には螺旋の力が備わっている女。
1559
地底族最強の女と言われた、メイル元帥。
﹁どこに居ても関わってくるだわね﹂
ピンク色のアヒルの着ぐるみを着た女。
邪悪魔法の使い手で、元ラブ・アンド・ピースの執行役員デイヂ・
ピンクダック。
更に⋮⋮
﹁あらら、ようやくシャバに出られた直後に、こうも凄いメンバー
と顔を会わせるのは驚きですな∼。あ∼ら、ヨカチンチン!﹂
この下品な歌は、まさか! ﹁あれは、俺っちが前世の文化祭での打ち上げで発表した、ヨカチ
ンコールッ! なんで、あいつが?﹂
ダボダボの白い布のズボンに、マントの着いた上着に、ターバン
を巻いた頭。
鋭く弧を描いた短剣を携えた⋮⋮確か⋮⋮って、フルチェンコ?
何かお前、今、さり気にすごいこと言わなかったか?
﹁イーサム、ヴェルト・ジーハ、クロニア、ハットリ、ルシフェル、
オリヴィア姫。余計なことはするなダッ⋮⋮ハンガー。人質がどう
なってもいいハンガー?﹂
そして、ハンガー船長。十年ぶりぐらいか⋮⋮。
まさか、ここにきてこんな再会をすることになるなんてな。
﹁ぬはははははははははははは! これはこれは⋮⋮せっかく、親
1560
戚が増えて愉快な気持ちになったところに⋮⋮ず∼いぶんと不愉快
な連中が現れてくれたのう﹂
その時、笑いと同時に深く圧倒的な殺意。怒気が深海を埋め尽く
した。
イーサムが、残虐な瞳へと変わり、今すぐにでも飛び出してハン
ガー船長たちを切り裂こうとしている目だ。
﹁おい、おぬしら、ワシらを脅しているつもりか? おぬしらが人
質の娘たちを切り殺す前に、ワシが深海族共を全て引き裂くことが
できないと思っておるのか? おぬしらが束になったところで、ワ
シに勝てると思っておるのか? のう? ブラックダック﹂
ブラックダック! ハンガー船長が? えっ、ちょ、じゃあ、俺、
あのブラックダックとガキの頃に⋮⋮じゃあ、あの時、クレオとペ
ットと一緒に戦った、あの変態野郎も、ラブ・アンド・ピースの?
﹁ダメだよ、ライオンさん。深海賊団を倒したら。そうしたら、皆、
死んじゃうよ﹂
﹁ぬう? クロニアとやら⋮⋮どういうことじゃ?﹂
すると、イーサムが奴らを血祭りに上げようと飛び出そうとした
その手を、クロニアが止めた。そして、ロアも一緒にだ。
﹁ダメです、イーサム。僕たちや魔王ラクシャサと部下数名以外の、
ここに居るほとんどの女性たちが、深海族の力によってこの深海で
過ごせています。水の中で呼吸、会話、目を開けられる、深海の圧
力の影響を受けない、深海の加護の力です﹂
1561
﹁深海賊団たちの意思一つでその深海の加護を無くせる。それはつ
まり、深海族を倒した瞬間、ここにいる人たちのほとんどが深海に
殺されてしまうってことだよ﹂
ロアとクロニアの言葉に、イーサムも手を止める。
なんてことだよ。迂闊に手が出せねえ。
﹁心配する必要ないハンガー。魔王リリィの身柄をこちらで引き取
らせてもらえれば、お前たちはちゃんと地上へ送り返してあげるハ
ンガー﹂
﹁ブラック⋮⋮ダック! おぬし⋮⋮おぬしは、どれだけこのワシ
に殺意を抱かせる?﹂
﹁約束は守るハンガー。流石に私たちがお前たちと戦っても勝算が
低いハンガー﹂
ブラックダック。それともハンガー船長? どっちでもいいが、
何であいつらがこのタイミングで? つか、全然頭の中が整理できねえよ。
﹁ねえ。魔王リリィをどうしてあんたたちが必要なの? ブラック
ダック﹂
﹁クロニア・ボルバルディエ⋮⋮、ふん、元社長と副社長は元気ハ
ンガー?﹂
﹁ええ。ラッブラブだってさ。んで、質問は⋮⋮こっちがしてんの
? どーういうこと?﹂
クロニアの目が鋭く! 初めて見た。前世も含めて、こいつが憎
しみも篭った目で誰かを見るのも。
そんなクロニアの問いかけに対して、ブラックダックは⋮⋮
1562
﹁肉体の傷や損傷はナノマシンで修復可能。でも、﹃生物の肉体で
は構造的に生息できない環境に適用﹄するには、魔王リリイの生物
の肉体を改造できる能力が必要ダック﹂
﹁⋮⋮改造?﹂
﹁そう。﹃箱舟﹄に乗り、﹃ハルマゲドン﹄から逃れて新たな世界
へと行くには、その力が必要ダック﹂
ハコブネ? ハルマゲドン? 新しい世界? どういう⋮⋮
﹁箱舟はもう使い物にならないんだよ! 聖王ミシェルの箱舟は、
もう直らないし、使えないんだからッ!﹂
一体その言葉が何の意味があるのかは分からない。しかし、あの
クロニアが血相を変えたように叫んでいる。どういうことだよ、ク
ロニア。何かあるのか? お前は何を知っているんだよ。
﹁お前らしくないダック。クロニア。確かに、二千年前の時点では
箱舟は使い物にならなかったハンガー。しかし、紋章眼の力⋮⋮更
に、二千年経った現在の﹃神族﹄の技術力なら、修復も可能なはず
ハンガー。お前には最初からそれが分かっているハンガー﹂
﹁なっ! そ、れは⋮⋮﹂
﹁半年前の戦いでロア王子とコスモス姫、ニート・ドロップを手に
入れられなかったのは痛かったハンガー。しかし、真理の紋章眼は
深海族の協力を得て⋮⋮﹃箱舟﹄を解析してどのように修復させる
かの計画は遂行中ハンガー﹂
1563
﹁ッ! だ、で、でも! 神族の協力なんて無理ゲーでしょ! 大
体、﹃ドア﹄の開錠だってまだしてないんだから、神族世界とコン
タクトなんて取れっこないでしょ!﹂
﹁そうでもないハンガー。そもそも、紋章眼の力がなくても、ある
特殊な状況下であれば、この世界からでも神族世界へと渡航できる
ハンガー﹂
﹁⋮⋮なん、⋮⋮えっ?﹂
﹁先日、﹃神族﹄の若者の調査団が、偶然に我々と遭遇したハンガ
ー﹂
﹁神族が? なんで! まだ、ドアだって開いてないのに!﹂
ブラックダックの言葉に絶句するクロニア。そして、まるで意味
が分かっていないこの場に居る全員は、ただ呆然と二人を交互に見
ているだけだった。
そんな中で俺は⋮⋮なんとなく、分かっていた。
﹁その、﹃神族世界﹄の調査団は、﹃ブリッシュ王国﹄の住人だと
名乗った。その人物は、十年ほど前にこの世界の住人であった一人
の少女が、事故で次元の歪みに巻き込まれて神族世界に現れるとい
う事故があったと教えてくれたハンガー。その少女の事故をブリッ
シュ王国が研究し、その研究成果を元に神族世界の各国が共同で、
ある装置を発明させたハンガー﹂
そう、すべては⋮⋮
1564
﹁世界を渡航する﹃ジャンプ﹄は、クレオの事件を参考にして作ら
れたってことか﹂
そういうことなんだろうな、多分。
﹁ヴェルト君⋮⋮なんで⋮⋮クレオッて⋮⋮それって⋮⋮﹂
﹁ヴェルト・ジーハ⋮⋮貴様⋮⋮﹂
これには、クロニアも、そしてブラックダックも目を大きく見開
いている。
﹁神族世界からの調査団は複数送られてたんだったよ。忘れてた。
てっきり遭遇したのは俺らだけかと思っていたのによ﹂
なんてことは無い。アイボリーたちがエルファーシア王国で俺た
ちの目の前に現れたように、他にも調査団は居て、そのうちの一つ
が、よりにもよってこいつらに遭遇したってことか。
﹁そーいや、昔クレオが乗っていたチェーンマイル王国の船は、深
海族に襲われたって言ってたな。それはテメエらも絡んでいるのか
?﹂
﹁⋮⋮ヴェルト・ジーハ⋮⋮なぜ、そのことを⋮⋮なぜ暁光眼の娘
を、貴様が⋮⋮﹂
﹁仕方ねーだろ? 神族のやつらに巻き込まれて、偶然神族世界に
行っちまった俺は、偶然にクレオと再会して、なんやかんやで結婚
1565
することになっちまったんだから﹂
﹁なっ⋮⋮にいっ!﹂
そう、それも全てこいつらの所為。そして何よりも、そもそも俺
がクレオと結婚するというか、色々な勘違いが発生しちまったのも、
かつてクレオがこいつらに誘拐されかけた時から始まっている。
﹁十年前⋮⋮全ては、ハンガー船長⋮⋮テメエがクレオを誘拐しよ
うとした時から始まった。そうだよな? アラチン!﹂
そう、アラチンだ。ブラックダックの横に居るアラビアンナイト
ルックのコスプレをしている男。
あの、アラチンだ。
俺に名前を呼ばれたアラチンは、少し首を傾げたものの、すぐに
俺の正体に気づいて驚愕の表情を浮かべた。
﹁⋮⋮ッ! そうか! はは⋮⋮そういうことなのですなー! 噂
のヴェルト・ジーハ! それは、あの時の少年ッ!﹂
﹁どういうことハンガー⋮⋮アラチン?﹂
﹁ふふふふふ、私が監獄に叩き込まれ、クレオ姫誘拐に失敗した件
⋮⋮アレはクレオ姫と、そこに居る少年の手によって失敗したんで
すな∼﹂
1566
﹁なに? では⋮⋮あの時、エルファーシア王国の路地裏で、偶然
私を目撃した少年⋮⋮あの時眠らせた少年は⋮⋮貴様だったダッ⋮
⋮だったハンガー?﹂
ああ、俺だよ。そして俺もあの時のハンガー船長がブラックダッ
クだって気づいたのはついさっきのことなんだけどな。
だが、今、問題はそこじゃねえ。
﹁おい、倒産会社の社員共。よく聞け? テメエらの企みやら計画
やら、正直よく分かんなくてウザってーところなんだが、その古代
魔王についてはこっちに返せよ。ラクシャサやヤシャを治すには、
そいつが必要なんだ﹂
そう、こいつらの企みやら、飛び交うよく分からん単語について
は、今は﹁?﹂のままでいい。
ただ、俺らがまずやるべきは、ラクシャサを救うこと。
﹁そうだ! 俺っちたちが溜めに溜め込んだ白濁を抜け殻になるま
で放出しまくって解放したリリイちゃんを返せーっ!﹂
﹁そうなんだな! おっぱいのために、おっぱいを救うこと以上に
大事なことなんてないんだな!﹂
﹁私たちのボスを、そしてリリイ様を助けるのが先決なんだから!﹂
﹁リリイ様を返せええええ!﹂
俺の言葉につられて、フルチェンコやキモーメン始め、リリイ同
盟からも声が上がる。
更に⋮⋮
﹁こればかりは俺も耐え忍ぶつもりはないさ∼⋮⋮⋮⋮殺すぞ?﹂
1567
殺意を剥き出しにしたハットリもまた、覆面で顔を隠しているも
のの、怒りが滲み出ているのが分かる。
しかしブラックダックはどこ吹く風。
﹁無理ハンガー。ラクシャサの信頼を得るために深海賊団には、ラ
クシャサと使い魔契約したままハンガー。それを解除するには、ラ
クシャサを殺す以外方法はないハンガー﹂
ああ⋮⋮こいつらにこんな話をしたところで、﹁じゃあラクシャ
サ治すハンガー﹂とか言うわけないってのは分かっていた。
﹁オリヴィアッ! ジャレンガッ!﹂
﹁分かっているよ、パパ! さあ、レン小兄!﹂
﹁よくかなんないけどさ、こいつら不愉快だね⋮⋮吹き飛ばしちゃ
う? 深海? そんなの割っちゃうよ?﹂
月光マスクマンことヴェンバイの言葉と同時に、オリヴィアとジ
ャレンガが同時に動いて、その両目を光らせる。
二人の月光眼。さらに⋮⋮
﹁魔力はちっとも回復しておらんが⋮⋮微力でも力に! 月光眼!﹂
魔力が回復していない状態のヴェンバイも気力を振り絞って二人
に援護するように月光眼を発動。
それで何が起こるか?
それは、俺たちが今立っている深海から海上まで何キロもある海
を二つに割り、この大都市に空気を送り込んだ。
﹁ふわふわ回収ッ!﹂
1568
と、同時に、俺はこの場に居る深海賊団たちが人質にあてている
ソレゾレの武器を、本人たちの手から魔法で無理やり奪い取って宙
に浮かせる。
﹁忍法・多重分身ッ!﹂
と、同時に、サルトビたち暗殺ギルドのくの一たちが、分身と同
時に一斉に飛びまわる。
それは⋮⋮
﹁キャプテン・スララッ! 人質は返してもらうぞ!﹂
﹁スラッ?﹂
忍びの高速スピードで、武器を失った深海賊団たちを電光石火で
討ち、人質を救出するため。
そして⋮⋮
﹁まずは、死ねい。この畜生めがッ!﹂
その一瞬の隙に、イーサムがブラックダックの背後に回りこんで
おり、ブラックダックが気づいて振り返ろうとした直後、イーサム
の鋭い手刀が、ブラックダックの腹部を貫いていた。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮な⋮⋮⋮⋮に?﹂
そう、こうなるわけだ。
さらに⋮⋮
﹁おっと、動かないでもらおうか、残党諸君たち﹂
1569
﹁よくわからねーけど、あたいら前にして随分と見下した態度をし
てくれたじゃねーか﹂
イーサムがブラックダックに一撃を入れ、そのことにデイヂやメ
イルたちが気づいたとき、既に奴らもルシフェルとヤシャに背後を
取られていた。
これがほんの僅か数秒間の出来事。
俺たちは、何の作戦会議もなしに、一瞬ですべてをやり終えてい
た。
﹁お⋮⋮おお、スゲエ⋮⋮さすが﹂
﹁ひゅ∼、お見事ですな∼﹂
﹁ハハハハハハハ! いやいや、恐ろしい人たちではないか﹂
﹁確かに、まともにやりあっても勝てる気がしないだわね﹂
ブラックダックが一瞬で貫かれ、深海賊団たちが一瞬で人質を失
い、そしてメイルたちもその左右をヤシャとルシフェルに挟まれて
いる。これで、王手だ。
まるで、お手上げといった表情でメイルたちは苦笑している。
だが、その態度には、まだどこか余裕があるような気が⋮⋮
﹁流石だっく。常にドリームチームを作れる環境⋮⋮ヴェルト・ジ
ーハの交友関係は恐ろしいハンガー﹂
ブラックダック? 生きて? いや、でも確かに腹部を貫かれて
いる。でも、何事も無かったかのように立ち上がりやがった。
﹁おぬし⋮⋮﹂
﹁イーサムは知らなかったハンガー? この程度の傷、ナノマシン
で自動修復するハンガー﹂
1570
ブラックダックの腹部の貫かれた傷が修復されていっている。ア
レは、回復魔法じゃねえ。半年前の最終決戦で、ラブとマニー、そ
してその娘のピースが⋮⋮
﹁ふん、不死身の肉体か。それがどうかしたのかのう? なら、お
ぬしがもう死にたいと自分から言いたくなるほど、徹底的にいたぶ
ってくれようか?﹂
だが、イーサムもその程度でうろたえる奴じゃねえ。いくら傷が
再生されるっていっても、強くなったり無敵になったわけじゃねえ
からだ。
しかし⋮⋮
﹁いや、残念ながらそれはできないハンガー。お前たちの方から海
を割ってくれて好都合だったハンガー﹂
﹁なんじゃと? ⋮⋮ッ!﹂
その時だった。いくつもの光の柱が海の上から注がれて、ブラッ
クダックを、そしてメイルたちを、挙句の果てには深海賊団たちま
でその光の柱に一人一人が包まれていた。
﹁リリイを回収し、お前たちから全員無事に海上まで逃げるのは難
しいと思っていたハンガー。こうしてくれるのは好都合ハンガー﹂
一体何が? この光はどこから⋮⋮?
﹁な、なんだ? あの巨大な雲は⋮⋮﹂
俺とクロニアとヴェンバイが戦っていたときは、途中で色々と異
1571
常気象などを発生させたりもしたが、最後は満天の青空だった。
なのに急に、何でこんな巨大な雲が? 雲というよりも、まるで
大陸に近いほど、太陽を完全に覆い隠すほどの巨大雲が海上に現れ、
そしてその雲から何百もの光の柱を注ぎ、ブラックダックや深海賊
団たちを包み込んだ。
﹁海で覆われた深海にはこの光は届かない。しかし、海が割られた
ことで、この光が届き、我々を守るハンガー。この光の内と外は完
全隔絶された世界ゆえ、破壊も不可能ハンガー﹂
これは一体何なんだと、俺が叫ぼうとしたとき、先にブラックダ
ックが俺を見下ろしながら⋮⋮
﹁超天能力だっく﹂
﹁ッ!﹂
﹁ヴェルト・ジーハ。天空世界にもまた、いくつかの国があるハン
ガー。エルジェラ皇女もリガンティナ皇女、さらに貴様らと交友関
係のあるレンザ皇女もロアーラ皇女も一つの国の姫に過ぎないハン
ガー。天空世界全てが、お前の味方だと思ったら大間違いハンガー﹂
やっぱりか! あれは、天空世界の一部!
﹁天空族までがッ!﹂
﹁そういうことハンガー﹂
1572
﹁バカな! そ、それじゃあ、エルジェラたちは何をやってんだ!﹂
﹁天空世界最強のリガンティナ皇女は現在不在。エルジェラ皇女や
ほとんどの王族関係者や天空族は、結婚式の準備で忙しいとかで⋮
⋮我らの協力者と密通するのは非常に容易かったハンガー﹂
⋮⋮お、俺の所為かよッ! いや、そうじゃなくて、それじゃあ
こいつは、深海族、地底族、天空族、三種族の全てと、俺とは違っ
たルートで協力を得て?
だが、そんなことを考えている間にも、光の柱に包まれたブラッ
クダックたちは、まるでエレベーターのように上空へと引っ張られ
ていっている。
まずい! リリイまで連れて行かれている! このままじゃ⋮⋮
﹁オリヴィア! ジャレンガ、今すぐ月光眼を解除しろ! そうす
りゃあの光も消えるだろ?﹂
﹁⋮⋮それは無理だ、ダンナ君。これだけの量の海を割ったのだ。
急に元に戻したら、この大量の割られた海に挟まれて、全員一たま
りもなくなるよ。深海の加護ももうないだろうしね﹂
﹁ッ、でも、このままじゃあいつら逃げちまうッ!﹂
そう、このままじゃ、奴らの目的が何であれ、全てが無意味にな
っちまい、ラクシャサも救えない。
だが、誰も手が思いつかねえ。
それは、もうこの状況はどうにもできねえと理解しちまっている
からだ。
そんな俺たちを見下ろしながら、天へと引っ張られるブラックダ
ックはクロニアに向けて告げた。
1573
﹁クロニア。これが、答えハンガー。これで全てハンガー。魔族も
亜人も残る人間も、もうこれ以上は救えないハンガー。この中に、
神族世界の協力者を加えて、箱舟の﹃定員﹄はここまでハンガー﹂
﹁ブラックダック⋮⋮ッ、なんてことしてるのさ⋮⋮なんてことを
!﹂
﹁クロニア。お前も聖王も全て無意味ハンガー。﹃モア﹄を倒して
﹃ハルマゲドン﹄を防ぐことは⋮⋮不可能ハンガー。お前や魔王ヴ
ェンバイや聖王の考えはすべてをゼロにするだけハンガー。救える
命も救われない未来は、受け入れられないハンガー﹂
クロニアとブラックダックが何の話をしているのかは分からない。
だが、このまま逃がすわけにはいかねえ。
あの雲が、天空世界だってなら⋮⋮俺が直接行ってナシをつけて
⋮⋮
﹁待て、愚弟ッ!﹂
﹁とめんなよ、ファルガ! このままじゃ奴らが逃げちまう﹂
﹁落ち着けって言ってんだろうが。冷静にあの雲を見ろ。至る所か
ら砲台が顔を出して、こっちを狙っているだろうが﹂
ファルガに肩をつかまれて、俺は初めて気づいた。
あの上空に現れた巨大雲から、巨大な砲台がいくつも顔を出して、
俺たちを狙っているのを。
もし、俺たちの誰かが飛び出そうとしたら? きっと砲撃して、
海を壊し、俺たちを深海の藻屑にする気だ。
1574
くそ⋮⋮
﹁ヴェルト・ジーハ。神族世界へ行ったという事は、また色々とと
んでもないことをやってきたと思うハンガー﹂
﹁ああん? だったら何だってんだよ! つか、リリイを返せって
言ってんだろうが! そいつが居なけりゃ、ラクシャサもヤシャも
!﹂
﹁もし、神族世界でもそれなりに交友関係を広げていたとしたら、
それを失う覚悟もしておくハンガー。調査団の話では、間もなくあ
の世界では大規模なクーデターが起こるらしいハンガー。﹃文化大
革命﹄という名の﹂
ダメだ、動けねえし、どうしようもねえ。
俺に最後の最後で言葉を投げかけてきたブラックダックの言葉を
最後に、あいつらは全員雲に吸収され。
その雲も、空かさず空の色と同化して、完全に姿を消しやがった。
後に残された俺たちは、誰もが悔しさで顔を滲ませながらも、何
も言うことができず、ただ、ずっと空を見上げているだけだった。
1575
第90話﹁当たり前の存在﹂
奴らが完全に立ち去ったのを確認し、俺たちは深海に居た仲間も
攫われて人質になっていたカブーキタウンの女たちも全員まとめて
海上へ引き上げて、今は適当な島に上陸して夕日を眺めていた。
浜辺に集まっているのは、種族もごちゃ混ぜの男女多数。
最初は男VS女みたいな戦いだったのに、気づけば今は、一人の
事切れそうな魔王を取り囲み、誰もが悲しそうな顔を浮かべていた。
﹁ボス⋮⋮ボスッ! 申し訳ありません。オレにもっと力があれば
⋮⋮﹂
﹁ボスッ! ちっくしょう、ちっくしょう! あんなワケの分から
ないやつらに!﹂
﹁ひっぐ、ボス⋮⋮ううう、ボス∼﹂
﹁⋮⋮ラクシャサ⋮⋮﹂
その輪の中で、横たわるラクシャサの側にいるのは、サルトビ、
百合竜のトリバとディズム、そしてヤシャだった。その輪の中に、
深海族は一人も居ない。結局、こいつらはハメられたんだ。あいつ
らに⋮⋮
﹁もうよい⋮⋮此方は最初から⋮⋮手遅れであり⋮⋮どうしようも
なかったのだ⋮⋮﹂
﹁そんな⋮⋮ッ、ボスッ!﹂
﹁⋮⋮世話になった⋮⋮サルトビ⋮⋮後のことは⋮⋮ヴェルト・ジ
ーハと、ヴェンバイと一緒に⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ボスッ⋮⋮﹂
1576
それはテレパシーではない、ラクシャサの生の声。
呪いや病を拡散させないようにローブで全身を覆ったままでも、
その声には、諦めと切なさが混じっているのが手に取るように分か
った。
﹁ハレンチな男共よ⋮⋮汝等も⋮⋮すまなかった⋮⋮あれだけ迷惑
をかけ、それでいて、恥を捨てて此方のために⋮⋮﹂
回りを囲むリリイ同盟と混じって、フルチェンコたちも神妙な顔
つきでその場に立っていた。
フルチェンコたちにはもう、リリイ同盟がカブーキタウンにし
でかしたことなんて既に気にも留めず、今はただ、救えなかったラ
クシャサに、頷いているだけだった。
﹁勇者ロア⋮⋮汝等もまた⋮⋮強いだけでなく⋮⋮初めて出会う男
たちだった⋮⋮数多くの勇者と戦ってきたが⋮⋮此方たちと話し合
いなど⋮⋮﹂
直接刃を交えた、ロア、バーツ、シャウト、ファルガも側に居た。
ラクシャサがここまで弱ってしまったのも、元を辿れば俺たちと
の戦いが原因ではあるのだが、ラクシャサはそのことにはまるで触
れず、ただ純粋に言葉を送っていた。
﹁ヴェルト・ジーハ⋮⋮﹂
そして俺への言葉は⋮⋮
﹁姫たちを、幸せに⋮⋮﹂
﹁ああ、幸せにするさ。必ず。約束するよ﹂
1577
ウラたちを幸せにしろ。ラクシャサが俺に伝える言葉はそれだけ
だ。
でも、俺はそれ以上の言葉はいらないし、その言葉だけで十分だ
った。
﹁イーサム⋮⋮それに⋮⋮ヴェンバイにも⋮⋮迷惑をかけた⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮うむ﹂
まるで、これで最後のように、一人一人に声を掛けるラクシャサ。
その言葉を誰も遮ることなく、その言葉を貰い、頷いていた。
そして⋮⋮
﹁もう⋮⋮目も見えない⋮⋮ハットリは⋮⋮﹂
﹁ここにいるさ∼﹂
手を伸ばすラクシャサの手を、なんの躊躇いも無く握り締めるハ
ットリは、ゆっくりと腰を下ろして、ラクシャサの顔をのぞき込ん
だ。
﹁結局ゆっくり話せなかったさ∼⋮⋮言い訳の理由とか、謝ること
とかいっぱいあって⋮⋮どう責任を取ろうか考えてたけど⋮⋮遅く
なって本当にゴメンさ∼﹂
ゆるい口調でも、その言葉一つ一つに力強い想いが篭っているの
が分かる。
そして、覆面越しから見える、ハットリの、何か強い決心をした
ような雰囲気。
﹁ハットリ⋮⋮⋮もう、何年ぶりになるか⋮⋮汝と会うのは。此方
は⋮⋮その気になれば汝を見つけることはできた。探すことも出来
1578
た。しかしできなかった⋮⋮⋮⋮あの時、黙って此方の前から消え
た汝に⋮⋮⋮ハッキリ拒絶の言葉を投げられてしまったら⋮⋮此方
はもう⋮⋮。そう、此方は心が弱かった⋮⋮﹂
想っていた男に消えられ、そのうえ拒絶までされてしまえば⋮⋮
その気持ち、分からんでもねえ。
﹁ハットリ⋮⋮確かに、此方は⋮⋮多くの命を奪い、鬼畜のごとき
非道な行いに手を染め、多くの人生を狂わせ⋮⋮身も心も底辺まで
落ちきった⋮⋮⋮⋮でも⋮⋮やはり⋮⋮当時の此方には他に選択肢
がなかった⋮⋮だから、後悔はない﹂
ラクシャサは、地獄に落ちても仕方が無いほどの行いをし過ぎた。
例え、﹁国を守る﹂とかそういう大義名分があったとしても、度を
越えた領域にまで達してしまった。そんなどこまでも行ってしまう
ラクシャサを止めることができず、変えることが出来ず、ハットリ
は耐え切れずにラクシャサの元から逃げた。
﹁ラクシャサ。俺は世界を渡り⋮⋮出会いと別れを繰り返す中で、
過去の自分を思い返していく中で⋮⋮いつもいつも気にしていたさ
ー。でも、もう一度戻ることが出来なかったさー。逃げ出した俺に
は何も言う資格もないなんて言い訳して、半年前の終戦でも⋮⋮幼
馴染でもあったお前に声をかけられなかったさー﹂
ラクシャサはハットリが姿を消したことを仕方が無いことだと思
っている。一方で、ハットリは、自分の所為でこうなってしまった
と、後悔の念が強く溢れているのが分かる。
﹁俺の居た世界では、﹃忍﹄という字には、耐え忍ぶ⋮⋮つまり、
つらいことに耐えたり、我慢したり、堪えるという意味があるさー。
1579
でも、俺は耐え切れずに逃げ出したさー。逆にお前はずっと孤独や
つらい呪いや病に耐えながら、今日まで懸命に生きてきたさー。俺
は、お前以上に心が強い女なんて知らないさー﹂
ハットリのウソ偽りの無い言葉。その言葉を受けて、ラクシャサ
は小さく頷いた。
﹁ふふ⋮⋮後悔はないと此方は言ったが⋮⋮一つだけ⋮⋮あった。
それはいつも側にいた汝が⋮⋮消えたことの大きさを⋮⋮当時の此
方はすぐに理解していなかった﹂
﹁ラクシャサ、それは俺も⋮⋮﹂
﹁あの時、もっと早くに気づいていれば⋮⋮当たり前のように居た
存在がどれだけ尊いものだったのか⋮⋮気づくのが遅すぎた⋮⋮あ
の時の此方に⋮⋮ヴェルト・ジーハやウラ・ヴェスパーダのような
ハッキリとした感情があれば⋮⋮﹂
いつも当たり前のようにあった存在が急になくなる。前世の記憶
を取り戻したばかりの俺も、そんなようなことを考えたことがあっ
たな。
そしてそれは⋮⋮
﹁いつも⋮⋮当たり前のように⋮⋮﹂
小さく、そう呟いたのはロア。そして、その言葉に何か心に来る
ものがあったのか、バーツとシャウトも何かを考えている表情を見
せた。
すると、その時だった!
1580
﹁ぐっ、あっ、がっ、あ、アアッ!﹂
ラクシャサの体が跳ね上がった。まるで発作のように血を吐き出
して、体が震え、苦しみ悶えている。
﹁ラクシャサッ!﹂
﹁ボスっ! だ、誰か回復魔法を! 少しでも病状を和らげて! 誰か、誰かボスをッ!﹂
もう、限界だ。女たちはその状況に耐え切れずに涙を流すも、ラ
クシャサはゆっくりと手を伸ばして皆を制止した。
﹁もうよい⋮⋮もう、全て⋮⋮手遅れだ。此方はもう⋮⋮﹂
もう、どうしようもないということぐらい、本人が一番分かって
いる。もう、十分だと、ラクシャサの言葉から伝わってきた。
もうダメか? これで最後なのか?
誰もがそう思っていたとき、ハットリがラクシャサのローブを
剥ぎ取り、力強く抱きしめた。
﹁⋮⋮ハットリ⋮⋮何を? 呪いと病が感染する⋮⋮ッ、何をする
! 此方に直接触れるな! お前にまで⋮⋮﹂
﹁大丈夫、すぐに終わるさー﹂
ハットリからは、さっきからずっと﹁何かを決意﹂した雰囲気が
漂っている。
何をする気だ? ラクシャサからローブを剥ぎ取ったら、触れな
くても、近くに居るだけで回りに異変が起こるというのに。
1581
﹁ルシフェル⋮⋮後は頼むさー⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ああ⋮⋮任されたよ、ハットリ﹂
ルシフェルが? 何をする気だ? 急にルシフェルを呼んだハッ
トリ。
その後ろには、涙を流しているドラに、切なそうに笑うクロニア。
﹁ハットリにいや∼∼ん﹂
﹁ハットリくん﹂
こいつらは、これから何が起こるのか分かっているのか? でも、
何をする気だ?
﹁ドラ、元気でいるさ∼。クロニア⋮⋮神乃⋮⋮色々ありがとうさ
∼。また、会おうさ∼!﹂
﹁うん⋮⋮必ず⋮⋮手はあるはず。だから、見つけてみせるよ。も
う一度、君に会う方法を﹂
それはまるで、今生の別れのような言葉だった。
いやな予感がした。まさかこいつ⋮⋮
﹁ハットリ⋮⋮此方に何をする気だ?﹂
﹁ルシフェルの力を借りるさ∼。半永久結晶化ガス⋮⋮これはま
るで対象者の時が止まったかのようにあらゆるものを結晶化させる、
コールドスリープのようなものさ∼﹂
﹁⋮⋮こーるど⋮⋮すりーぷ?﹂
﹁今、お前を助ける手段はないさー。でも、それはこれから先、
見つかるかもしれないさー。どれだけ、何年かかるかも分からない
さー。でも、少なくともこれで、呪いや病の侵攻も止められる﹂
﹁な、なん⋮⋮だと?﹂
1582
﹁これまで何年も苦しみ、ゆっくり眠ることはできなかったはず
さ∼。今はもう、痛みも苦しみも忘れて、少しの間、安らかに眠る
さー﹂
それは、言ってみれば封印のようなもの。ラクシャサをコールド
スリープで眠らせて、その間にラクシャサを救う手立てを見つける
ってことか?
﹁ハットリ⋮⋮もうよい⋮⋮此方の安息は眠りではなく、もはや死
しかない⋮⋮﹂
だが、ラクシャサは首を横に振った。
﹁それに、結局手段が見つからず、何年も何百年も経ってしまえば
⋮⋮目覚めた時には此方を知るものは誰も居ない。例え生き永らえ
ても⋮⋮孤独の苦しみなど耐え切れぬ﹂
ラクシャサは、一思いに死なせてくれと拒否している。
そう、もし何年も、それこそ俺たちが死ぬまでにラクシャサを救
う方法を見つけられない可能性もある。何年も何百年も。もしそう
なったら? もし誰も居ない世界で、何かの拍子で目覚めてしまっ
たら?
﹁そうか⋮⋮だからハットリは⋮⋮そういうことか⋮⋮﹂
俺は、理解してしまった。ハットリが何をやろうとしているのか。
何を決意したのかを。
﹁ラクシャサ、一人にはさせないさー。寝るときも、目覚める時も、
例え死ぬ時も、今度はずっと一緒さー﹂
1583
﹁ッ!﹂
その時、ルシフェルが構えた手の平から、透明なレーザ光線が二
人に向かって放たれた。
﹁ボスッ!﹂
﹁ラクシャサおねえ様ッ!﹂
﹁龍善二くん!﹂
両足から徐々に凍り付いていく二人。そう、ハットリも、ラクシ
ャサに付き合う気だ。
﹁ばかな⋮⋮ハットリ、お前はどうして此方と! ハットリ、どう
してこんなバカなことを!﹂
﹁ああ、馬鹿さー。でも、⋮⋮これが俺の答えさー。もう二度と、
離さないさ∼﹂
きっとハットリは最初からラクシャサとこうなることを決めてい
たのかもしれねえ。
ラクシャサに安らぎを、そして今度は一人にさせないことを、そ
れがこいつの責任の取り方だったんだ。
クロニアたちは最初から知っていたんだな。こうなることを。
かつてのクラスメートたちともう一度別れることになったとし
ても、ラクシャサと共に居ることを選ぶ。
それが、ハットリの答え。
だから俺も⋮⋮
﹁次の再会に、来世まで待たせねえよ﹂
ハットリに俺も約束してやることにした。
1584
﹁安心しろ、ハットリ。奴らをソッコーでボコってリリイを取り戻
す。それ以外にも、病気や呪いをどうにかするために、世界一の医
者とか巫女さんでも探してお払いさせるさ。とにかく俺が⋮⋮俺た
ちに任せておけよ﹂
俺たちが必ずなんとかしてみせる。そう、俺は約束してやったら、
マスク越しでも分かるようにニッコリとした微笑を、ハットリは見
せた。
﹁それは心強いさ∼﹂
その笑顔を最後に⋮⋮そしてラクシャサもまた、凍り付いた鉄仮
面の表情がほんの少しだけ和らいだかのように⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮ありがとう⋮⋮﹂
その言葉を最後に、二人は互いを抱きしめ合う姿のまま、完全に
結晶化してしまった。
﹁ボス⋮⋮ボスッ! くっ、ぐううううっ!﹂
﹁ラクシャサお姉さまん⋮⋮ひっぐ、僕たちのやったことは⋮⋮﹂
﹁ええええん、ラクシャサさまああ、ラクシャサさまああっ!﹂
その瞬間、男女問わずに大粒の涙と声が浜辺に響き渡った。
二人の安らかな眠りに、ただ、皆大粒の涙を流した。
﹁普通になりたいか⋮⋮なれたじゃねえか⋮⋮好きな奴と心を通わ
せる⋮⋮そのことを嬉しいと思って笑っちまう⋮⋮それが普通の感
情だぜ、ラクシャサ⋮⋮﹂
1585
結晶化し、ハットリの腕の中に包まれているラクシャサの頬が僅
かに笑みを浮かべていることに、俺は無性に胸が熱くなった。
さっきのは、気休めなんかじゃねえ。本当に、この二人を、一
日でも早く目覚めさせてやりてえ。そう思った。
﹁⋮⋮いつも側に居て⋮⋮居なくなって初めて気づいた⋮⋮か⋮⋮﹂
涙を流す面々の輪の中で、少し輪から外れてロアが呟いた。その
表情はまだ何かを考えているようだ。バーツとシャウトも同じ顔だ。
きっと、ラクシャサとハットリの二人を見て、こいつらも大切
なことに気付いたのかもしれねーな。
俺と同じで⋮⋮
﹁おい、ロア、バーツ、シャウト。お前らもラクシャサのことで色
々と何か思うことがあったと思う。でもな、今、お前らの頭の中に、
バーツの家で遊んだゲームのキャラクターが浮かんだんだったら⋮
⋮お前らマジでぶん殴るからな﹂
冗談交じりだが半分本気でロアたちに俺がそう言うと、こいつら
もまた、真剣な眼差しで俺に頷き返してきた。
﹁その心配はないよ、ヴェルト君。僕は今⋮⋮別の女性が頭の中に
浮かんだ﹂
﹁俺も﹂
﹁僕もだよ⋮⋮ヴェルト﹂
1586
どうやら、ゲームのキャラクターを思い浮かべているわけではな
さそうだ。
﹁ヴェルト君。僕はこれまで、自慢ではないが色々な女性に交際を
申し込まれたり、想いを告げられてきた⋮⋮僕はその全てを断って
きた。血にまみれた人生を行く僕に、誰かを愛する資格も愛される
資格も無いと。でも⋮⋮﹂
でも⋮⋮。そう言って、ロアの視線の先には、互いを想いあった
ハットリとラクシャサの二人。
﹁血にまみれた人生を行く者に愛する資格も愛される資格もない⋮
⋮そんなはずはないんだ。それならば、ラクシャサたちを否定する
ことになる。そもそも、資格なんてものは何も必要ないんだ。大切
なのは、もっと単純な⋮⋮気持ち⋮⋮それさえあれば良かったのに
⋮⋮﹂
今、ロアの頭の中に誰が思い浮かんだかは、あえて聞かない。こ
いつが誰のことを頭に思い浮かべたのか、その答えは、こいつ自身
がその女に向かって直接言えばいいことだからだ。
それに、俺もロアたちばかりに言っていられない。
﹁俺も⋮⋮気持ちが足りなかったかもな。そもそも俺がもっとしっ
かりしてれば、嫁たちも定期会議なんかやって外敵を警戒するとか、
そういうのも必要なかったんだ。でも、俺は⋮⋮あいつらから愛さ
れてるっていうことに胡坐をかいて、流されて⋮⋮俺があいつらを
どう想っているかの気持ちは伝えてねーからな﹂
ラクシャサは、気持ちに気づかなかったことを後悔していた。俺
1587
はどうだろうか。あいつらは年がら年中発情したみたいにストレー
トに俺に気持ちをぶつけているが、俺はそれを受け入れるだけで、
こっちの気持ちをぶつけることはなかった。
だからこそ、これからはなるべく変わっていかねーといけねえ。
気持ちを伝えなかったことを後悔したりしないように。
﹁勇者様も、そしてヴェルト君も、この二人の愛は君たちの心にま
で何かを与えたってことだね?﹂
﹁お前はどうなんだよ、クロニア。こんな二人を見せられても、絶
食貫くのか?﹂
﹁それは言わんでくださいませませだよ、ヴェルトくん﹂
切なそうにハットリの姿を見つめるクロニアからは、いつものよ
うなバカバカしいバカッぷりが見えなかった。
﹁私がね。ハットリくんと⋮⋮龍善二くんと再会したのは、もう随
分前。私が家出して⋮⋮その後に故郷のボルバルディエ王国が滅ん
だ後ぐらいだったかな?﹂
﹁⋮⋮前世でクラスメートであり、現世でも十年以上の付き合いか
⋮⋮なげーな⋮⋮俺と先生と同じぐれーだな﹂
﹁うん。長かったよ。いっぱい⋮⋮助けてもらったよ﹂
そりゃそうか。ある意味で、誰よりも長く、誰よりも側に、さら
にはこの世界のほとんどの奴に相談できない前世絡みの話も出来る。
これまで最も側に居た奴がこうなったんだ。こいつだって、バカ
みたいな明るさをいつまでも振る舞えるわけじゃねえ。
﹁ハットリか。俺ももうちょいゆっくり話をしたかったし⋮⋮先生
とも会わせてやりたかったな⋮⋮﹂
﹁うん。だから、⋮⋮一日でも早く、元に戻す方法を見つけ出さな
1588
いとね﹂
﹁今度はテメエが助けてやらねえとな。ハットリを。当然、俺も約
束しちまった手前、いくらでも力を貸してやるけどな﹂
﹁うん、もちのロンドン﹂
﹁⋮⋮そーいや、ハットリって偽名だろ? 本名なんつーんだ?﹂
﹁さあ? 今度再会したときに、聞いてみたらいいんじゃないの?﹂
﹁なるほど。気になって仕方ねーから、早く聞き出さねーとな﹂
ハットリとラクシャサ。この二人の姿を心に刻み込み、こいつら
と再び再会することを誓うと同時に、自分も自分の気持ちをもっと
あいつらに伝えてやれるように少しずつ変わっていこう。そう思っ
た。
俺は今、無性にあいつらに会いたくなった。
だから、帰ろう。エルファーシア王国に。俺たちの帰る場所に。
そのためにも⋮⋮
﹁ヴェルちゃん⋮⋮これから、どうしよっか? この二人を助ける
のもそうだし、今回の件も結局よくわからなくなっちゃったけど﹂
﹁だな。そこらへんもケリをつけとかねーとな﹂
そのためにも、ここでの件をキッチリとケリを着けねーとな。
今回のことで、リリイ同盟や俺の国の法律、ヤヴァイ魔王国と
の関係、そしてラクシャサやヤシャ、ハットリを救うことや、居な
くなったブラックダックたちのことなど、課題が色々と増えすぎた。
どれもが真剣に取り掛からなくちゃならねえ重要なことだ。
だが、まずはこのリリイ同盟に関することを⋮⋮
﹁フォワーッハッハッハッハッハ! フォワーハッハッハッハッハ
1589
!﹂
なんか変な笑い声が聞こえてきた。
﹁これはなんという運命でありんすか! 運命が二人の愛を阻んで
幾星霜! ファルガ様もどこぞの馬の骨かも分からぬ狩人女と契り
を交わされ、このわっちがどれだけ枕を濡らしたことか!﹂
全員一斉に海へと視線を向けた。
﹁しかし、あなた様は現れた! 我が王国においても重要都市であ
るカブーキタウンを襲撃した愚か者たちは、英雄ガゼルグたちをも
退ける実力者たち! 我が王国に暗雲漂い、最早これまでかという
時に、ファルガ様が現れたでありんす! なればこそ、このわっち
も、今立ち上がらずしていつ立ち上がる!﹂
すると、そこにはチェーンマイル王国の国旗を着けた巨大船が、
この小さな島へと向かっていた。
その船首に飛び乗って、劇場の女優のように激しい動作をしなが
ら叫ぶ女。
長くて、凄い量の多い茶色い髪の毛を頭の後ろで丸くモッサリと
盛って、至る所に鈴とか、花の髪飾りとかゴッチャり。
布団を被っているかのようなダボダボの布の服。袖はダランとし
ていて、だけど腰元はベルトのようなものをしっかりと巻いて結ん
でいる。
そして、柄が凄い派手。黒い柄の中に真っ赤な花が何個も描かれ
1590
ている。
アレは、花魁の衣装だよ⋮⋮
﹁あら、懐かしい。十年ぶりだが、一目で気づいた。なあ? ファ
ル⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
ファルガの顔を見ると、ファルガは手の平で顔を覆い隠し、﹁な
んてこった﹂みたいな様子だ。
にしても、そうか。あのガゼルグっていう聖騎士たちがやられた
ってのもあったし、チェーンマイル本国のやつ等が、加勢に来てく
れたんだろうな。
﹁システィーヌ姫だったな。ったく⋮⋮皆でしんみりとしている所
に、空気をぶち壊してくれる⋮⋮﹂
クレオの姉ちゃんでもあり、チェーンマイル王国の姫でもある、
システィーヌ。俺も会うのは十年ぶりぐらいだ。
そういや、ファルガとの婚約破断になったことに対する釈明や、
クレオの生存報告を兼ねてチェーンマイル王国に来てたんだよな。
それが、とんだ寄り道になっちまって⋮⋮
﹁も∼、狩人女って酷いな∼、システィーヌ姫は。その狩人女のハ
ンターの情報網があったからこそ、ファルガやあなたの新しい弟君
にたどり着いたんですからね∼?﹂
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ! なんで! 1591
﹁⋮⋮なん⋮⋮だと?﹂
あっ、ファルガが珍しくうろたえている。まあ、俺もビックリし
たよ。
船の船首に飛び乗っているシスティーヌ姫の肩をポンポンと叩き、
ニッコリとした微笑を見せる女。
古代ローマみたいなトーガのドレスを纏った、女王様。
なんで、エルファーシア王国の現女王様が居るの?
﹁ええ、本当。いきなり家出したかと思えば、温泉街から歓楽街へ
? あらあら、私たちのダーリンってば、よっぽど懲りないようね。
さっ、部屋で遊んでいるフォルナ、ファンレッド様、コスモスちゃ
んにも教えてあげないと﹂
﹁全くだ。まあ、たった数日だから、流石に﹃増えてはいない﹄だ
ろうが、ローキックのお仕置きだな。それに、先ほど、天候魔法と
思われる異常気象があったことについても、確認せんとな。まさか、
﹃あの女﹄がいたりせんよなあ?﹂
﹁本当ね。てっきり、私を妻として娶ったことを報告に来ているの
かと思ったけど、王国を目指さず歓楽街へ寄り道とは⋮⋮なかなか
いい度胸のようね!﹂
氷のお姫様。銀髪のお姫様。暁のお姫様。⋮⋮OH⋮⋮なんで⋮
⋮?
﹁うわ! しかも凄い数の女の人たち! ロアのやつ∼∼∼∼ッ!
1592
あいつ、本当にどうしてやろうかしら!﹂
﹁ひっぐ⋮⋮本当だったんだ⋮⋮バーツが⋮⋮バーツが、歓楽街で
⋮⋮﹂
﹁だから、違うでしょ、サンヌ。彼らは、カブーキタウンから攫わ
れた女性たちを救うために⋮⋮うん、遊ぶ予定なんてなかったはず
よ。シャウトくんたちは、そういう人たちじゃないでしょ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮? 何言ってるの⋮⋮ホークちゃん⋮⋮なに言ってるの
? ヴェルト君が居るんだよ? 女の子とエッチなことになること
で右に出るものは居ないヴェルトくんだよ? 予定がどうのこうの
じゃないよ? そういうことになっちゃうんだよ?﹂
﹁うわああああん、殿∼∼∼ッ! どうして拙者を置いてっちゃう
でござる∼∼∼∼!﹂
アレは、ロアの幼馴染の十勇者の女! それに、涙目のサンヌ!
慰めているホーク! そして、お前に何があったんだよ、闇の衣
がすごいことになってるぞ、ペット! んで、ワンワン泣くムサシ。
﹁ぬわはははははははははは! これは凄いことになっているのだ
! 中々素質がありそうな女たち。そして妾の盟友・フルチェンコ
が居るのだ! 更に、妾のオモチャ、トリバとディズムも居るのだ
! 生きていたのだ︱ッ! 久しぶりに貝殻遊びをやるのだーっ!﹂
カブーキタウンの関係者たちが居るところで一番来ちゃまずい奴
まで居るし! なんで、エロスヴィッチまで! つか、何であいつ
ら⋮⋮
1593
﹁な、何で? ちょっ、ちょっと待って⋮⋮僕たちはジャレンガ王
子の背中に乗ってここまで来たんだよ? 途中で温泉街に立ち寄っ
たりと寄り道をしたけど、何で彼女たちが追いついて⋮⋮﹂
そう、ロアの言うとおり、俺たちはジャレンガに乗って、相当早
くカブーキタウンに辿りついた。エルファーシア王国からチェーン
マイル王国までは、大陸の端から端への大移動。
船や陸地からの移動だったらとんでもない時間がかかる。
なのにあいつらは、どうやって⋮⋮?
クレランの情報網で俺らがチェーンマイル王国とカブーキタウン
を目指したというのが分かったというのは理解したが、それでもこ
んなに早く追いつかれるなんて⋮⋮
﹁でも、あなたたちが入れ違いで丁度来てくれて、本当に助かった
わ。おかげで、随分早くに追いつくことが出来たわ♪﹂
その、俺たちの疑問に対する答えは、アルーシャが労った人物が
全ての答えだった。
﹁当たり前や∼! せっかく、おふくろの目を盗んで、かわいそう
な妹のためにとワイが一肌脱いであいつを連れ出したっちゅうのに、
ヴェルトが入れ違いで家出なんやからな∼。あんな癇癪起こして泣
いて暴れる妹見たら、兄貴としては放っておけへんっちゅうこっち
ゃ!﹂
へいっ! へいへいマイフレンド、ユーはなぜそこに居る! と、
キシンなら言っていただろう。
1594
つか、⋮⋮何お前⋮⋮タッチの差で入れ違いでエルファーシア王
国に来てたのか? つか、お前の所為かよ! お前がアルーシャたちを背中に乗せて
来たってのか!
﹁ん? ちゅうか、なんやアレ! 親父おるやん! なんでやねん
! 親父、仕事やゆうてたのに、何でこんな所におんねん!﹂
お前さ、いや、お前の親父もそうなんだけどさ、お前は今じゃ現
役バリバリの四獅天亜人なんていうとんでもない称号持ってるんだ
から、そんな無闇に出てくんなよ。
しかもを連れ出した? その妹って、アレか? 今正に、船の甲
板から飛び降りて、竜化して、一目散にこっちに向かって飛んでく
るドラゴンのことか?
﹁むふふふふふ∼、う∼∼∼∼∼∼∼、ムコーーーーーーッ!﹂
お前らさ、来るならもっと早く来い。ブラックダックたちをどう
にかできたかもしれねーのに!
そして逆に今来るな!
確かに会いたいと思ってたけど、今は違うよ。
来るの遅いけど再会早いよ。⋮⋮言ってる意味が分からないけど、
とにかくそういうことだ。
1595
第91話﹁会心の剛速球﹂
このタイミングで、怒涛の勢いでこいつらが現れるということは
思っていなかった。
だが、俺が考える前に、嫁のドラゴンが一目散に海を越えて俺
の元へと飛んでくる。
俺を目前にした瞬間、巨大な竜化が解けて元の人型小柄サイズ
に戻ったと同時に、俺の胸の中へとダイビング及び完全ホールドコ
アラ抱っこへと移行した。
﹁むふ∼∼、ムコーッ! クンクンクンクン、はう∼、ムコの匂い
∼、ムコだ∼。えへへ、ム∼コ∼﹂
俺の胸に顔を埋めて匂いを嗅ぎまくっては、心地よさそうに何度
も嬉しそうに悶える竜人娘。それはユズリハだった。
﹁ムッコムコ∼! ムコ∼、うにゅ、ムコだ∼⋮⋮ううう∼∼、ム
コ∼!﹂
そして、よく見ると、着物を着ているユズリハ。
それは、システィーヌ姫のような花魁ルックではなく、平安時代
の貴族の娘を思わせる、十二単のようなスタイルだった。俺に抱き
着いて少々着崩れしているが、本人はまるで気にしていない。
そして、服がかなり重いものの、俺はどこか観念したように抱き
返してやって、久々会って感情爆発させている嫁の頭を撫でてやっ
た。
﹁花嫁修業していたわりには、幼児化が前よりひどくなってねーか
1596
? でも、久しぶりだな、ユズリハ。元気そうでなによりだ﹂
﹁ッ! ううう∼∼∼∼、ムコ︱︱︱ッ!﹂
なんだか、以前よりも甘えんぼになっている気もするが、まあ、
半年ぶりぐらいだし、今日は許してやるか。
﹁ムコ∼、ねえ、ムコ∼、舌! ねえ、舌!﹂
﹁あん? 舌? なに?﹂
﹁チュウ。チュウするぞ。舌出せ。ペロペロチュウ! ペロペロチ
ュウするぞ! ムコと私フーフだから、ペロペロチュウ!﹂
ペロ⋮⋮ペロ⋮⋮?
﹁あむっ、れろえろれろえろぅ!﹂
﹁はうっ! ごっ、お、じゅ、じゅじゅりは! ほごっ!﹂
﹁むこ∼∼∼、むこ、おいひい∼! ん∼、むこ、ちゅき∼﹂
﹁ぷはっ、や、やめいっ!﹂
﹁ん? やっ! もっとする∼!﹂
あ、ああ、そ、そういうことね。そういう、チュウね。
でも、御願い⋮⋮今、この浜辺にはさ、ラクシャサとハットリ
の二人の姿に悲しんだり、何かを学んだり、自分たちが何をすべき
なのかを考えたり、今はそういう結構大事なシーンだったりするわ
け。
いくらお前が年齢的にセーフ︵多分? ってか、セーフじゃな
いと困る︶とはいえ、見かけがこんなにチンチクリンの幼女と、い
きなりこのチュウを公衆の面前でやるのはまずいわけなんだが。
﹁ひゅう、流石はヴェルトくん。前世の動物博士イツツゴロウさん
の動物とのディープなチッスを彷彿とさせるね♪ この場合は、動
1597
物からだけど﹂
﹁ヴェルちゃん、何それ! どこの子? ヴェルちゃん、異世界で
も法律守ろうよ! ねえ、その娘色々アウトじゃない? 仮にセー
フだったとしても、今はアウトだよ!﹂
﹁あ、朝倉⋮⋮あんた⋮⋮あんたそんなとこまで堕ちたのッ! 龍
善二はこんなにボスのために⋮⋮なのにあんたは! そんな可愛い
子とうらやま⋮⋮何考えてんのよ!﹂
﹁朝倉君って、ちっちゃい女の子好きなんだ⋮⋮どうしよ、トリ
バちゃん⋮⋮私⋮⋮怖いよ∼﹂
ほら、クラスメートたち全員ドン引きしているよ。つか、さっき
のシリアス返せよとばかりに、海岸線の男女たちは呆れた顔して俺
とユズリハの行為に溜息。
﹁ぬははははははは! 来おったか! 来おったかユズリハ! ぬ
はははは、ジャックめ、良い仕事をする!﹂
﹁おい、イーサムよ。貴公の娘⋮⋮幼過ぎやしないか? 我の記
憶が正しければ、我が娘のオリヴィアと同年代だったと思っていた
が﹂
﹁は∼、でも、いいじゃねえか。あたいもダーリンと再会したら、
あんな風にしてーな﹂
オヤーズのイーサムとヴェンバイ、未来の親戚ヤシャは微笑まし
そうにしているけど、恥ずかしーよ。
なのに、ユズリハ様は怯まない。
﹁ねえ、ムコ∼、交尾しよう!﹂
﹁ぶぼほぅ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ぶぼほううううっ!﹂﹂﹂﹂﹂
1598
ユズリハの会心の剛速球に噴き出したのは俺だけじゃない。つか、
全員だ。
﹁ば、お、おま、交尾って、今か!﹂
﹁うん、今ッ! いま∼! あそこの森の茂みで交尾しよう!﹂
﹁し、茂みッ? ば、ばか、できるわけねーだろうが! 何考えて
んだよお前! 交尾は夜まで待ちなさい!﹂
﹁ううう∼! やだ、交尾交尾! 今! だってムコ、ゴミ乳女と
は公園の茂みでいっぱい交尾したって聞いたぞ!﹂
それを言わないでくださいよ、ユズリハ様ああ!
﹁ヴぇ、ヴェルト君? 乳女って、あれだよね? エルジェラ皇女
? 君は∼、公園はそういうとこする場所じゃナイジェリアッ!﹂
﹁ヴェルちゃん⋮⋮き、君ってやつは⋮⋮俺っちに散々エロ江口エ
ロ江口と言ってたくせに⋮⋮﹂
﹁さいってい! さいってい! さいってい! なんなの、こいつ
! ただのエロ男じゃない!﹂
﹁や、やだ⋮⋮朝倉君、こんな人なのに、この期に及んでリリイ同
盟の女の子を自分の国にとか⋮⋮本当は何を考えてるの?﹂
ほらあああっ! 俺の評価がスカイダイブするかのように急降下
してるから! せっかくリリイ同盟たちを俺の国で面倒見て、みん
なでラクシャサたちの救い方を見つけ出すために一つになろうって
いう、事態を丸く収める作戦が全部ダメになっちまうじゃねえかよ
おッ!
そんな俺の叫びの中、ようやくチェーンマイル王国の船も海岸線
に到達し、ゾロゾロと色々な奴が下りてきた。
﹁ファルガ様︱︱︱っ! 久方ぶりでありんす∼! ああ、ファル
1599
ガ様! わっちをどれだけ待ち望んでいたことか!﹂
﹁ファルガ︱ッ! 分かってる? 仕事押し付けて勝手に旅出るな
んて何考えてるの? 逃がさないよ? 逃げられるわけないでしょ
? 弟君と一緒にお仕置きだよ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮クソうぜえ⋮⋮
⋮⋮⋮⋮﹂
元許嫁と現嫁女王様に囲まれるファルガ。だが、ウゼエと言いな
がらも逃げないあたり、今回の件でファルガも何か思うところがあ
ったのかもしれない⋮⋮と、勝手に想像してみた。
他にも⋮⋮
﹁⋮⋮やあ、ヒューレ⋮⋮﹂
﹁なにさ、ムッツリエロ勇者。新しい弟に火遊び教えてもらって、
どういう気分?﹂
﹁⋮⋮ああ⋮⋮色々と、大切なことを気づかされたよ。いつも当た
り前のように側に居てくれた人がどれだけ大切で⋮⋮僕が、どう思
っているのか⋮⋮﹂
﹁ひょえ? は、え? あ、な、あ、え、ええ?﹂
ロアを糾弾するかのようにジト目のヒューレが、ロアに強い口調
をぶつけるも、真顔で意外な反応を返す勇者に、ヒューレは思わず
戸惑って動揺。
﹁ひっぐ、バーツ⋮⋮バーツ⋮⋮本当に最低だよ⋮⋮お、お金で⋮
⋮お金で女の子を⋮⋮﹂
﹁サンヌ⋮⋮俺はそんなことしようとはしてねえ﹂
﹁うん⋮⋮分かってるよ⋮⋮どうせ、ヴェルトくんに巻き込まれて、
そして誰かを助けるために⋮⋮でしょ? 分かってるもん。分かっ
てるけど⋮⋮﹂
1600
﹁⋮⋮なあ⋮⋮サンヌ⋮⋮ちょっと⋮⋮いいか?﹂
おっ? ぶきっちょなバーツも、サンヌに対して何か言うべきこ
とがあるって感じだな。いいことだ。
﹁お疲れ様、シャウトくん。大変だったね、ヴェルトくんに巻き込
まれて﹂
﹁ホーク⋮⋮うん、その通りだよ。でも、おかげで、僕は色々なこ
とを学ぶことが出来たよ﹂
﹁学ぶ? 悪い遊びじゃないでしょうね?﹂
﹁違うよ。気づいた気持ちを伝えるのが遅くなりすぎると⋮⋮どれ
だけ後悔してしまうか⋮⋮ってね﹂
シャウト、まさかこの場でいくのか? コクるか? いや、まあ、
もう頑張れお前。ヘタレ坊ちゃんから脱却しろ。
んで、他は⋮⋮
﹁うおおおおおお、俺っちの盟友エロスヴィッチイイイイイ!﹂
﹁ぬおおおおおお、妾の盟友フルチェンコオオオオオオオオ!﹂
﹁エロイ∼∼∼∼∼ズ?﹂
﹁ノーボーダーなのだああああ!﹂
最悪タッグのフルチェンコとエロスヴィッチ。あ∼あ、ここは離
れとこ。
﹁むふふふふふ、いや∼、懐かしいのだ。まさか出所しているとは
思わなかったのだ∼。それに∼、むは∼、妾の百合竜も生きておる
ではないか∼! もう、今日は寝かさないのだー!﹂
﹁ちょ、ちょちょ、え、エロスヴィッチ様! ご、ご無沙汰してお
り、ひゃうっ! い、いきなり、尻尾攻撃は! い、いや、私はま
1601
だソッチは入らな、だ、だめえっ!﹂
﹁トリバちゃん! あ、あう、え、エロスヴィッチ様、そのこうし
て生きていたのにこれまで黙っていたことは謝罪ひゃふうっ! え
っ? そ、そんな、足の指を、え? そ、そんなところ、舐めるだ
なんて、あっ、お仕置きダメ! あ、見られちゃいま、いや!﹂
更に、エロスヴィッチの尻尾に捕まった百合竜。おい、あいつら、
いきなりナニをやらかし⋮⋮関わらないで置こう。
﹁は∼、アレが噂の百合竜かいな。ワイも初めて見るわ﹂
﹁おー、そうかそうか。しかし、ジャックよ、よくぞ母親の手から
ユズリハを連れ出したわい! でかしたぞ!﹂
﹁まーな、親父。そら∼、あんだけ毎晩ヴェルトに会いたいて泣か
れたら、そら∼な。それに、ワイもあいつに久々会いたかったしな﹂
﹁じゃが、婿への挨拶は少しかかりそうじゃのう。ユズリハや嫁ど
もが占領するからのう﹂
﹁せやな。あのアホ、なに家出しとるっちゅうねん。姉ちゃんたち
を連れてくるとき、恐くて恐くてしゃーなかったわ﹂
と、本来なら俺もすぐにハイタッチでもして﹁久しぶりだな﹂と
男同士の再会をやりたいところではあるんだが、ジャックがワザワ
ザ連れてきてくれたこいつらをどうにかするのが⋮⋮
﹁にゃああああん、殿オオオォォォォッ!﹂
﹁⋮⋮ふんだ⋮⋮⋮⋮ぺ、ロペロチュウって、ひどすぎるよ⋮⋮バ
カ⋮⋮﹂
とっ、嫁たちがゆっくりと恐い笑顔で近づいてくる中で、まずは
ムサシが俺にダイビング。ユズリハが俺に抱きついていようと関係
ない。そして、超ジト目のペットは俺の目の前で思いっきり﹁ふん
1602
だ!﹂と言ってプイッとそっぽ向いた。
﹁ううう、殿∼、ひどいでござるよ∼。拙者を置いていかれるなん
て⋮⋮朝、目が覚めて殿の寝室へと起こしに行った拙者の心臓が止
まりそうになったというのに! フォルナ姫、ウラ殿やアルーシャ
姫やクレオ姫の四姫の恐怖、さらにはユズリハ姫の癇癪⋮⋮拙者も
う、恐くて恐くて∼ッ!﹂
﹁お、おお、悪かったなムサシ。あん時は俺も、女を排除して男だ
けの羽を伸ばす旅でもするか∼、みたいなことを考えててな。まさ
か、こんな大事になるとは思わなかったよ﹂
﹁ムコーっ! ゴミ猫撫でるのやめろ! 私を撫でろ! もっとチ
ュウッ! チュウ∼∼!﹂
ああもう⋮⋮飼っているペットが自分に構えと言ってジャレてく
るこの感覚⋮⋮少し前まではこれも﹁飼い主﹂として宥めてやるよ
うな感覚だったが、でも、まあ、これがこいつらなりの真剣な愛情
表現なわけなのだから、あんまり無碍にも出来ないわけで⋮⋮
﹁いやいやいや、随分と可愛らしい子猫ちゃんたちだね。旦那君の
慕われぶりが伺える﹂
⋮⋮そして、今、このタイミングでその爽やかキラキライケメン
スマイルでお前も現れるのはやめろ! オリヴィア!
﹁ペロペロ∼⋮⋮ん? ダンナ? ムコ、ダンナってなんだ? お
い、ムコッ!﹂
1603
﹁⋮⋮あ⋮⋮が、な、なんと女性でありましたか⋮⋮し、しかし、
殿⋮⋮だ、ダンナとは?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮旅の途中で姫様たちと話してたの⋮⋮まだ数日だし、
まだ﹃増えることはない﹄⋮⋮って、ねえ? ヴェルトくん?﹂
ペロペロアマガミモードのユズリハが、突如鋭い牙をむき出しに。
ムサシが、近づいてくる嫁たちとこっちを何度も振り返りながら
ビビる。
そして、もう昔のお前は居なくなってしまったのかと問いたくな
る、ペット。
しかし、そんな三人にオリヴィアはぶち込んだ。
﹁やあやあ、情熱的なベーゼをここまでするとは、随分と大人の階
段を登っているね。お姫様﹂
﹁ぬっ! 何だお前、あっち行ってろ! シッシッ! ムコから離
れろ! ガルルルルルル!﹂
﹁こんなに可愛い子猫ちゃんに甘えられたら、旦那君も心が温かく
なるだろう。今度からよろしく﹂
﹁あ、よ、宜しく御願いしますでござる⋮⋮って、殿? 殿ォ! この方は一体?﹂
﹁君も旦那君のお嫁さんかい? 恨みの深さは愛情の深さだね﹂
﹁⋮⋮は、はいい? ちょ、お、お嫁さ、ち、ちが、私お嫁さん違
います! ちがうんです! 私はヴェルトくんの幼馴染で、たまに
イジワルされたりスカートめくられたり、あっ、でもヴェルトくん
カッコいいところ知ってますし、ドキドキしますけど、私⋮⋮私な
んか、全然ダメなんです⋮⋮﹂
ああ、もう本当にこいつは⋮⋮それに、ムサシとペットまで俺の
嫁と勘違いしているし、そんな爆弾を放り込んだら当然⋮⋮
1604
﹁ハニーよ﹂
﹁お嫁さんだ﹂
﹁后よ﹂
その短い言葉には、言いようの無い圧迫感と恐怖があふれ出して
いた。
﹁おやおや、これは失礼したね。あまり睨まないでくれたまえ、お
姫様﹂
笑顔で圧力をビンビンに出す、アルーシャ、ウラ、クレオの三人。
に対して、あくまでイケメン笑顔で受け答えるオリヴィア。
初対面同士。だけど、アルーシャ、ウラ、クレオの三人は直感で
気づいたのかもしれない。
こいつは敵だと。
いや、ユズリハ入れたら四人か。
﹁さて、どこの馬の骨か魔族の方かは存じませんけど、彼はこう見
えて安易に妻を増やせない身。あまり軽はずみに﹃旦那﹄なんて呼
ばないで貰いたいわね﹂
﹁お前がヴェルトに何をされて、何が起こってヴェルトのことを旦
那と呼んでいるかは分からないが、ヴェルトのお嫁さんの座は既に
締め切っている。例外でクレオが入ったが、そこで打ち止めだ﹂
﹁随分と端正な顔立ちね。多分あなた、神族世界でBLS団体から
は圧倒的な支持を受けるでしょうね。でも、あなた、この男のモノ
を受け入れて次代の申し子を生み出す器として、自分がふさわしい
と思っているのかしら?﹂
1605
﹁グルルルルル、ガウウウウウ! グウ、ガウッ! ムコになれな
れしくするなッ!﹂
自分たちを誰だと思っている? お前はこのメンバーに喧嘩を売
る気か? と、強気な態度を見せる嫁たち。
だが、⋮⋮
﹁何者、か。確かに名乗るのが遅れたね。私は、オリヴィア・ヤヴ
ァイ。ヤヴァイ魔王国の魔王、ヴェンバイの娘。王同士の協定によ
り、新しく旦那くんのいい人の一人に加わったものだ。以後、宜し
く﹂
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂﹂﹂﹂
ヤヴァイ魔王国の姫。もう、それがどれだけのインパクトであり、
どこの馬の骨かなんてとんでもないことかなんて一目瞭然だ。
そして、予想もしないカウンターに言葉をつまらせたアルーシャ
たちは、徐々にその顔を憤怒に染め、ついにその鋭い眼光を俺に向
けてきた。
﹁ヴェルトくううううううん! どういうこと? ねえ、増えたの
? ねえ、君は増やしたの? しかも、ヤヴァイ魔王国ッ? どう
いうことよ!﹂
﹁ヴェルトォォ! よ、よりにもよって、ヤヴァイ魔王国だと? 1606
しかも、王同士の協定とはなんだ! あれは、ジャレンガ王子がふ
ざけてお前に持ちかけてきた話ではないのか? お前は、魔王ヴェ
ンバイとそんな協定を交わしたのか?﹂
﹁ふ、⋮⋮ふふふふふ⋮⋮これは⋮⋮笑わずにいれないわ⋮⋮ねえ、
ヴェルト。私はこの世界に戻ってきて、まだそこまで世界の情勢は
把握していないのだけれど、あなた、ただでさえこれだけの女を手
篭めにしただけでは飽き足らず、ついにはヤヴァイ魔王国も攻略し
たっていうのかしら? あなた、なんなの? ちょっと、出歩いた
ら姫を嫁にしてしまう能力者なの?﹂
﹁う、∼∼∼∼∼ガブウウウうウッ! ガブウッ! ムコのガブウ
ウウッ!﹂
だから、再会が早すぎるッていったんだ! そりゃ俺も﹁早くあ
いつらに会いたい﹂﹁早く帰ろう﹂と思ったけど、それは自分のタ
イミングで会って、帰りたいっていう話で、こういうのやめろよ本
当に。
話を整理して伝えるために考える時間ぐらいは欲しかったんだよ!
﹁ち、ちげーんだよ、今回は本当に、俺は、何も! そのな、ヴェ
ンバイとちょっとした誓約書を交わしたんだよ。俺に関わることで
な? そしたらその誓約書にものすご∼い小さい文字でオリヴィア
と結婚って書いてあって、気づいたらそのサインした書類はもうヤ
ヴァイ魔王国と俺の国に送られた後で、どうしようもなくって!﹂
﹁⋮⋮書類? ねえ、なんの誓約書かは知らないけど、まさかそん
なベタ過ぎて、もはや誰もひっかからなそうな、悪徳金融業者のよ
1607
うな手にハメられたっていうのかしら?﹂
﹁おい。いくら小さい文字で書かれていても、よく読めば分かった
はずだ。王同士の誓約書のサインだろ? 国が関わるのだろう? なぜ気づかなかった﹂
﹁まさか、ヴェルト。あなた、書類をよく読みもしないで署名した
んじゃないでしょうね? いくらなんでも、王が署名するというの
に、書類を何度も熟読しないで署名を? ま・さ・か⋮⋮ねえ?﹂
そうだよ、ベタな手で、気づかないで、書類もよく読まないで署
名したんだよ! ﹁⋮⋮⋮うう⋮⋮﹂
﹁﹁﹁﹁なにをやっている!﹂﹂﹂﹂
俺が言葉を返せずシュンとなっちまったら、こいつらはそれだけ
で俺の答えを理解して、全員怒髪天状態になってしまった。
いかんいかん、このままじゃいつもの流れになるし、リリイ同盟
たちの件もグダグダになっちまう。
﹁あ∼、悪かったよ、アルーシャ、ウラ、クレオ、ユズリハ。俺が
悪かったよ﹂
﹁⋮⋮ふん、なによ⋮⋮今更謝ったって遅いんだから﹂
そう、ここで俺がまた逆切れしたり逃げたりしたら変わらない。
だからここは潔くならないと。
1608
﹁増える増えないについて、正直俺もどうしてこうなっちまったん
だって思うが⋮⋮でも、それでも、増えようが一人一人に対して蔑
ろにするってことは⋮⋮しねーよ﹂
﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂
﹁その、なんつーかよ⋮⋮全然説得力ねーかもだけど⋮⋮頑張るか
らよ、俺。男としても⋮⋮まあ、お前らがもっと安心できるような
⋮⋮お、お、⋮⋮おっとっと⋮⋮夫、としてよ⋮⋮﹂
や⋮⋮ヤバイ、頬がメチャクチャ熱いんだけど! つか、恥ずか
しいッ! ひねくれずに発言するってこんなに恥ずかしいことなの
か?
ほら、俺がガラじゃねーこと言うもんだから、こいつらも目と耳
を疑うような顔で呆然としてるよ。
﹁だからよ⋮⋮愛想尽かしたいかもだけど⋮⋮もうちょい、我慢し
て⋮⋮い、一緒に居てく⋮⋮だあああああああ、もうやめた!﹂
ダメだ! これ以上言えねえよ! つか、何で俺のほうからこん
なこ︱︱︱︱︱
﹁⋮⋮⋮⋮ねえ、ウラ姫⋮⋮私の頬を叩いてくれるかしら?﹂
﹁クレオ。これはお前の見せている幻術じゃないよな?﹂
﹁私以上の幻術使いが? あのヴェルトがこんなことを言うはずが
ないもの﹂
﹁⋮⋮? ムコが⋮⋮かわいくなった﹂
ッ! ああ、そうだよ、キャラじゃねえよ! 畜生、こいつら、
1609
俺が言ってることが幻だとか思ってやがるよ。
﹁そ、そっか、これは夢なのよ! 同じ夢を見るシンクロよ! そ
うよ、きっと私たち、チェーンマイル王国でまだ寝ている頃よ!﹂
﹁そうか! そうかそうか! そういうことか! では、フォルナ
に起こったことも全部夢なんだな! あ∼、そっか夢か!﹂
﹁ふ、ふふふ、そうよ、夢よ。あ∼、驚いたわ。そうよね、あのヴ
ェルトがこんなこと言うはずがないもの。それに、これでフォルナ
姫のことにも複雑な想いを抱える必要はないわね﹂
﹁なんだ夢か⋮⋮でも、夢でもムコといっぱいチュウできたからい
い﹂
こいつら⋮⋮と、思うと同時に、俺もようやく気づいた。つか、
あいつは?
﹁って、フォルナがいねえじゃねえか! どうしたんだよ、あいつ
は? まさか留守番? んなわけねーよな﹂
フォルナが居ない。コスモスも居ない。ニートが居ないのはどう
でもいいや。リガンティナが居れば、天空世界の件で聞きたいこと
があったんだけど⋮⋮
だが、俺の問いにブツブツとさっきから呟いているこいつらはま
るで聞いていない。
すると⋮⋮
1610
﹁フォルナ姫は、ちゃんと来ていらっしゃるよ、ヴェルトくん﹂
頬を膨らませてブスっとしたペットが代わりに応えた。
でも、来てる? フォルナが? でも、だったら何で出てこない
んだ?
﹁⋮⋮ヴェルトくんの所為なんだから⋮⋮﹂
﹁えっ?﹂
﹁⋮⋮私たちがチェーンマイル王国から出航した直後に⋮⋮姫様は
体調不良を訴えられて、そのまま船室で休まれているの﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂
﹁お医者様にも見てもらったけど⋮⋮今、船内の部屋で、ファンレ
ッド様とコスモスちゃんと一緒に⋮⋮﹂
フォルナが⋮⋮体調不良?
﹁全部⋮⋮全部、ヴェルトくんの所為なんだから!﹂
一瞬、俺の頭の中に、病で苦しむラクシャサの姿が脳裏に浮かん
だ。
﹁ッ、フォルナッ!﹂
俺は、ペットの答えを全て聞き終わる前に、既に浜辺から飛び出
して、停泊中のチェーンマイル王国の船へと飛んだ。
体調不良? ちょっとだけ風邪気味とかそんなものかもしれない。
でも、万が一、重大な病気とかだったら?
ダメだ、そんなのは! 1611
﹁くそ、俺は、あいつをほったらかして、何やってんだよ!﹂
いつも最も俺の側にいてくれて、最も俺のことを思ってくれて、
ガキのころから最も俺のことを救ってくれた。
ダメだ、フォルナ。俺はお前にまだ何も言ってやってねえ。
﹁フォルナ⋮⋮クソ、フォルナッ! どこだ、フォルナッ!﹂
王族の船ということもあり、無駄にデケー船内で部屋もいくつも
ある。
途中でチェーンマイル王国の船員たちとすれ違って、慌しく走り
回る俺に驚いたりしているが、俺はそんなこと気にしている場合じ
ゃねえ。
一秒でも早くフォルナに。それしか考えられなかった。
﹁くそ、感じろ! あいつの位置を⋮⋮この半年間ずっと触れ合っ
てきただろうが⋮⋮あいつの位置をッ!﹂
二階、三階と数多くある客室、武器庫、食堂、プール。んなもん
に惑わされるな。
この船の中に居る、フォルナを感じ︱︱︱︱︱
﹁⋮⋮居た⋮⋮﹂
空気の流れが教えてくれる。フォルナ。そしてコスモス。ママも
いる! 近くの部屋から⋮⋮ここだ!
﹁ここだな! おい、フォルナッ!﹂
1612
俺はノックの一つもせず、フォルナたちの存在を感じた部屋の扉
を勢いよく開けた。
すると、そこには⋮⋮
﹁タッタラッタラ∼∼∼! ラーラーラーラー♪ ラーーーー♪ おほほほほほ! さあ、コスモスも続きなさい!﹂
﹁タラッタラ∼だよ∼! タラッタラ∼よ! えへへへ∼!﹂
﹁おや、うまいじゃないかコスモス。さあ、もっと声量を上げな、
愚娘!﹂
どういうことでしょうか?
なんか、白いフリフリの寝巻き姿のフォルナに、ニコニコのコス
モスに、メチャクチャ上機嫌なママが居た。
三人は輪になって手を繋いでキングサイズのベッドの上で飛び跳
ねて踊ったり、ミュージカルのよう振り付けをしながら、オペラの
ような歌を歌っていた。
フォルナとママが無駄に歌がうますぎるのは置いておいて、これ
はどうなって⋮⋮
﹁あーーーっ! パッパだーーっ!﹂
その時、歌と踊りに夢中になっていた三人が俺に気づいた。
コスモスは急にふくれっつらを見せながらも天使の翼を羽ばたかせ
て俺まで飛んできた。
﹁もう、パッパのばかばかばか∼! またコスモスおいてった! 1613
パッパのばか∼!﹂
﹁あいたたたた、コスモス、ごめんって、コスモス﹂
﹁ううう∼∼、約束やぶりのパッパ! コスモス、もう、パッパな
んかプイッてしちゃうんだからね!﹂
ユズリハのように俺の胸の中に飛びついたコスモスは、すかさず
俺をちっちゃな両手で何度もグーパンチでポカポカ殴ってきた。
だが、いつもならこの可愛い娘を抱きしめてご機嫌を取るものな
のだが、正直これはどういうことだ?
﹁おやまあ、愚婿じゃないか∼。あんた、家出なんて随分といい度
胸じゃないか∼﹂
ママもどうした! 本当なら鞭で百叩きぐらいされると思ってい
たのに、物凄い上機嫌でニコニコしているよ。
そして何よりも⋮⋮
﹁ラー、ラララ∼ラララララー! フフフ∼ン♪ ん? あら? あらあらまあまあまあ! そこに居るのは我が愛しの夫でもあるヴ
ェルトではありませんの!﹂
﹁よ、⋮⋮よお、フォルナ⋮⋮﹂
﹁まったく、あなたにはほとほと困りましたわ、家出だなんて。で
も、時には夫とて、一人になりたい時や男同士の付き合いというも
のがあるもの。そういう気持ちを察してあげるのが、妻のッ! ア
ッ妻の務めなのですから! そう、ここは正妻でもあるワタクシが
広い心で許してあげないとダメですわね!﹂
1614
そう言いながら、フォルナは鼻歌混じりでバレーダンサーのよう
にクルクルと回っていた。
なんで?
﹁ママ⋮⋮﹂
﹁なんだい、愚婿?﹂
﹁俺⋮⋮フォルナは体調不良って聞いたんだけど⋮⋮悪くなったの
は体調じゃなくて、頭の方なのか?﹂
﹁ん∼? そーだね∼、医者にも見てもらったよ∼。くくくくく﹂
いや、マジでそう思った。だって、今のフォルナ、俺が十歳の頃
に初めての給料でリボンを買ってあげた時の様に浮かれまくってい
るんだから。
でも、ママはなんか、ニヤニヤ笑ったまま中々答えない。
すると⋮⋮
﹁もう、パッパ! はんせーしてるの?﹂
﹁あ? あ、ああ﹂
﹁ほんとう? コスモスおいてったの、ごめんないさいって思って
る?﹂
﹁あ、ああ。ほんとにゴメンってコスモス。もうおいてかねーよ。
だから許してくれよ﹂
俺の頬を引っ張ってブスっとしているコスモス。
とりあえず、コスモスにも謝って機嫌を直してもらわねーと。そ
う思ったら、怒っていたはずのコスモスが、すぐにニッコリと笑っ
た。
﹁もう、しょがないな∼。うん! いいよ! じゃあ、コスモス、
1615
パッパのこと許してあげる!﹂
えっ? あっさり? 神族世界では﹁コスモス、フリョーになる
もん﹂って言ってたのに?
﹁コスモス⋮⋮優しいじゃないか、随分と簡単に許してくれるな?﹂
﹁むふふふふふふふ、そだよ∼、だってコスモス、大人のレディに
なるんだもん。大人のレディはやさしくて、心広くないとダメなん
だよ∼?﹂
大人のレディ? ああ、そういや、ハナビがよくそう言ってコス
モスを叱ったりしていたけど⋮⋮
﹁だってコスモス、もうすぐお姉ちゃんになるんだもんッ!﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮えっ?
その時⋮⋮フォルナが⋮⋮頬を赤らめながら⋮⋮とても幸せそう
な笑顔で、お腹を擦っていた⋮⋮。
1616
第92話﹁気持ちを口に出す﹂
言葉にならない。何か感想を言えと言われたら、それしか思いつ
かなかった。
ラクシャサという女と出会ったことで、普通であること、普通に
恋ができること、ありきたりな物を普通に手にすることができるこ
とが、どれだけ満たされたものであるかを理解できた。
だから俺は、これが普通の恋とは決して言えないものではあるが、
それでも俺は今、俺のことを想ってくれている女たちを大切にしよ
う。出来る限り幸せにしてやろう。それが、俺がついさっき心に決
めたことだった。
でも、これはいいのか? なんか、俺まで幸せな気分なんだが⋮⋮
﹁くくくくく、五歳の頃に愚婿と愚娘の将来を決めて、それから十
年以上もかかっちまったが、ようやく仕込んでたものに芽が出たっ
てことだねえ﹂
﹁えっとね、コスモスね、妹だったらね、一緒におままごとしてあ
げるの! それでね、弟だったらね、えっと⋮⋮だんがむ作ってあ
げるの!﹂
実質、コスモスが居るから俺にとっては二人目になる。でも、コ
スモスの時とは違う、生まれてはじめての感覚だった。
俺とフォルナの間に⋮⋮子供?
いや、別にそういう行為もしていたし、そういうことになるのも
フォルナも望んでやっていたわけなのだから、これは必然と言えば
それまでなのだが、それでも⋮⋮
﹁あら、どうしましたの? ヴェルト。そんなみっともない顔では
1617
困りますわ。生まれてくるこの子の父親として、立派な姿を見せて
いただけないと困りますわーっ! オーッホッホッホ!﹂
お姫様の有頂天。それをまさに体現しているフォルナ。
でも、俺もまた、心の底からこみ上げてくるものが全身に行き渡っ
た瞬間、駆け出して、力強くフォルナを抱きしめていた。
﹁フォルナッ!﹂
﹁キャッ、ヴェ、ヴェルト⋮⋮﹂
﹁フォルナ⋮⋮﹂
こういうとき、どういう言葉をかけてやればいいのか分からなか
った。
っていうか、言葉がうまく出てこなかった。フォルナが有頂天な
ら、俺は感極まるっていう感じだ。
﹁ヴェルト⋮⋮﹂
今はフォルナが⋮⋮とても愛おしく感じていた⋮⋮
ここまでになるのは、正直今までなかった。
そもそも、昔は⋮⋮
﹁前世の記憶を取り戻して⋮⋮﹂
﹁?﹂
﹁それ以来、お前のことはずっとマセた妹みてーに思ってた時代も
あったんだよな⋮⋮﹂
﹁なっ! ヴェルト、それは本当ですの? ワタクシは妹ではなく
妻だと五歳の頃から何百回何千回言ってきたと思ってますの?﹂
俺に抱きしめられたまま、フォルナはムッとした顔をして睨んで
1618
くる。でも、それは事実であり、しかし昔の話。
もうこいつは、とっくにただの幼馴染でも、マセた妹分でもない。
神乃に、そしてクロニアに抱いている想いとは違うと言えば違う。
でも、それでも俺はこいつを⋮⋮
﹁そうだな。そして、フォルナ。覚えているか? 半年前、ラブ・
アンド・ピースとの戦争のとき、俺と一緒に地底世界に落ちて、そ
こでフィアリの幻術にお前が巻き込まれた時を﹂
フォルナは、どうして俺がそんな話をしているのかと疑問に思っ
たようだが、スグに頬を膨らませて俺の胸に頭を預けた。
﹁忘れるはずがありませんわ。魔法によりワタクシがあなたに関す
る記憶を忘れ、そして記憶を取り戻した後、ワタクシがあなたへの
罪悪感に押しつぶされて幻術世界で捕らわれていたところを⋮⋮あ
なたがワタクシの意識の世界に飛び込んで、助けに来てくれたこと
を⋮⋮そして⋮⋮﹂
﹃そして⋮⋮﹄、とママが居る前で恥ずかしいからか、少しゴニ
ョゴニョとしているが、ちゃんと分かっている。
フォルナは言った。﹃そして、⋮⋮ワタクシが初めてあなたに⋮
⋮抱かれた時ですもの。忘れるはずがありませんわ﹄と。
そう、そしてあの時⋮⋮幻術世界とはいえ⋮⋮俺とフォルナはあ
の世界の中で、幼馴染でも妹分でもなくなった。
でも、俺が覚えているかを聞いたのは、そっちのことじゃない。
﹁フォルナ、あの時、お前が俺への罪の償い方が分からずに苦しん
でいた時⋮⋮そんなお前に、俺が言った罪の償い方⋮⋮﹂
﹁ッ⋮⋮あっ⋮⋮﹂
1619
フォルナは気付いたようだ。俺があの時、フォルナに何を言った
のか。
︱︱︱お前は、もう、償いとかじゃなくて、お前が感じた罪悪感の
分、俺のことを幸せにしてくれればいいんじゃねえのか?
あの時は、ただ、フォルナと気まずい関係のままでいることが、
俺にも耐え切れず、その時はただ、あまり深くは考えないで言って
いたかもしれない。
それがどれだけフォルナに響いたかは分からない。
でも、あの時の俺の言葉からもう一度やり直した俺たちはこうして
⋮⋮
︱︱︱親父とおふくろが死んだとき、俺は心の底から悲しかった。
ハナビが生まれたとき、俺は心の底から嬉しかった。コスモスが生
まれたときは、自分の何と引き換えにしても守ってやらなきゃ⋮⋮
そう思った。ラガイアがお兄ちゃんと呼んでくれたとき⋮⋮思わず
抱きしめた。
﹁覚えていますわ。あなたは、家族を失うとつらく、家族が増える
と幸せになる。それがあなたを幸せにする方法。だから、ワタクシ
の罪悪感や罪、あなたのワタクシに対する恨みも霞んじまうぐらい
に⋮⋮ヴェルトを幸せにすることが⋮⋮﹂
︱︱︱そして、いつか俺がお前無しで生きていけなくなるぐらいに
幸せにしてみて⋮⋮⋮⋮俺からお前に懇願するぐらい⋮⋮⋮⋮俺を
惚れさせて⋮⋮⋮あのひねくれたニートが素直になっちまったよう
に、俺が観念するような恋でもさせてくれよ⋮⋮⋮
1620
﹁覚えているに⋮⋮決まっているではありませんの⋮⋮﹂
そう言って、俺の腕の中でフォルナが徐々に小刻みに震えだし、
嗚咽が漏れだしているのが分かった。
フォルナは、その時の俺の言葉を、叶えてくれた。
﹁俺の前世の問題が⋮⋮世界の戦争が⋮⋮魔法による記憶消去が⋮
⋮これまで俺たちを何度も阻んだ。でも、それでも、お前はこうし
て俺の前に居る。居てくれる﹂
まあ、これが﹁恋﹂かどうかは別にして⋮⋮それでも、俺はもう
こいつなしでは多分⋮⋮だから、言うんだ。俺は。
﹁フォルナッ、俺と⋮⋮出会ってくれてありがとう⋮⋮俺のことを
好きになってくれて⋮⋮あり、がとう⋮⋮﹂
恥ずかしがるな、俺も堂々と言ってやれ。慣れないことで顔が熱
くなったって構うもんか。
それだけ俺の心も、熱く燃え上がってるってことだろう。
﹁ヴェ⋮⋮ッ⋮⋮ヴェル⋮⋮ト⋮⋮﹂
この、俺の気持ちを伝える。ぶつけてやる。正直に。
﹁俺を、幸せにしてくれて、ありがとな﹂
後悔しないように。
﹁⋮⋮あっ⋮⋮あ⋮⋮っぐ⋮⋮ヴェル⋮⋮﹂
1621
そうだろ? ラクシャサ。ハットリ。
﹁だから、これからもずっと一緒に⋮⋮い⋮⋮一緒に居て欲しい﹂
﹁ッ! あっぐ、あ、⋮⋮あ、たりまえ⋮⋮で、すわ⋮⋮﹂
そして、まだ、俺がこいつに一度も言ったことのない言葉を言う。
今まで、フォルナは俺には何度も言ってくれたし、俺だって言っ
てやるタイミングぐらいいくらでもあった。
だけど、俺は今まで一度も言わなかった。例え、俺がこいつと男
と女の関係になっても、そういう﹃コト﹄をしている時ですら、一
度も言ったことがなかった言葉。
﹁愛してるぜ、フォルナ﹂
﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ! ⋮⋮⋮⋮⋮あ⋮⋮い⋮⋮﹂
ああ⋮⋮恥ずかしいから言うのを戸惑っていたのに⋮⋮言ってみ
れば⋮⋮なんとも自分の心がスッキリする⋮⋮どこか誇らしい感じ
がする。
﹁うっ、う∼∼∼∼∼ッ、ぶ、ぶわああああああああああああああ
ああああああああああああああああッ!﹂
そして、ため込んでいたものが全て決壊、崩壊、大参事な状態に
なった泣きじゃくるフォルナは、これまでの人生でも最もブサイク
で、でも、可愛かった。
1622
﹁ヴェ、じゅ、十年も⋮⋮あ、わ、そ、その言葉が⋮⋮ずっと⋮⋮
ずっとほじぐで⋮⋮﹂
﹁おお、でも、だからってこれからも気軽には言わねえぞ? 安っ
ぽくなるから﹂
﹁ずっと⋮⋮はんどじまえがらあなだど、からだをかざねあっでも
⋮⋮それだげは、いじどもいっでぐれなぐて⋮⋮﹂
この世界のどこかで生まれ変わっている神乃を探したい。その想
いから、ヴェルト・ジーハのこの世界での生きる目的が決まり、そ
して旅が始まった。
その旅の果て、辿り着いたのがココだ。
そこは、スタートする前から一緒に居た、一番近くに居た場所。
これがヴェルト・ジーハの答えだ、クロニア。これでいいんだよ
な? 先生。
﹁ッ⋮⋮な∼に、今さら言ってんだい、愚婿。愚娘﹂
﹁お、ま、ママ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ったく、二人とももう十八だってーのに、愛だの幸せだのウ
ンタラカンタラ回りくどいんだよ﹂
そう言いながら、ママは俺が抱きしめているフォルナごと包むよ
うに俺たち二人とも抱きしめた。
ママの顔は見えない。でも、とてもその声は嬉しそうだった。
﹁あ∼、ずるい∼、コスモスも! パッパにギュっするのーっ!﹂
そう言って、コスモスは俺の足にギュっとしがみついて抱っこを
せがんできた。
﹁くはははは、コスモス∼、もうお姉ちゃんになるんだから甘えん
1623
ぼはダメなんじゃないのか∼?﹂
﹁え∼∼∼! そ、そんなの、やだもん! お姉ちゃんになっても、
パッパに抱っこしてもらうのいいんだもん!﹂
﹁はは⋮⋮そりゃそーだ。なら、ジャンプだ、コスモス!﹂
﹁ん! コスモスもギュ∼ッ!﹂
全く、幸せすぎるもんだ。俺たち四人はしばらくそんな状態のま
まで居た。
すると⋮⋮
﹁﹁﹁どうわああああ!﹂﹂﹂
と、なんかドアが突然開いて、ドミノのように誰かがドタバタと
前のめりに倒れて山ができた。
そこには⋮⋮
﹁あっ⋮⋮﹂
﹁お、おお⋮⋮お前ら⋮⋮﹂
﹁くくくくく、なんだい、お姫様たちがそろいもそろってはしたな
いんじゃないのかい? なあ? 愚婿﹂
そこには、愛想笑いをしながら見上げてくる、ウラ、アルーシャ、
クレオ、ユズリハ、そして一人だけ倒れずにキザな笑顔で拍手をし
ながら部屋に入ってきた、オリヴィア。
﹁はっはっは、いやいやワンパクな旦那君とフォルナ姫の素敵なラ
ブストーリーを見せていただいたよ。どんな名優でも再現できない、
真実の愛に心を打たれたよ﹂
こいつら、覗いてやがったな! いや、つかさ、俺もここに居る
1624
のもどうかと思うけどさ、一応、外ではリリイ同盟なりヴェンバイ
やイーサムだったりフルチェンコだったり百合竜だったり、更には
クレオの姉ちゃんやクレランとか、とにかくスゲー奴らがいっぱい
集まって、これからの事後処理について話し合わなきゃいけねーん
だからさ、こんなことしている場合じゃねえんだけどさ。
しかし、オリヴィア以外はみんな、複雑と嫉妬と祝福がごちゃ混
ぜになった微妙な顔で﹁ムムムム﹂と俺たちを見ていた。
﹁ヴェ⋮⋮ヴェルト⋮⋮﹂
﹁どうした? ウラ﹂
﹁そ、そのな⋮⋮わ、私だって、き、きっともうすぐ兆候が表れる
はずなんだぞ! 家族を増やせるんだからな!﹂
﹁ッ⋮⋮﹂
﹁そもそもエルジェラほどの回数はこなしていなくても、あれだけ
してもらっているんだから、そろそろ私だって体調悪くなったりす
るはずなんだからな!﹂
何バカなこと言ってんだ⋮⋮と言いつつも⋮⋮まあ、確かにその
可能性だって十分あるわけだけどな⋮⋮
﹁わ、私だってこれから遅れた分は取り返すもの! これからごぼ
う抜きよ! それに、フォルナもウラ姫もこれまで散々自分たちだ
けでヴェルト君を独占していたのだから、しばらくは私に融通して
もらうわよ!﹂
﹁あら、アルーシャ姫、それなら私の方が融通されるべきではなく
て? というよりもむしろ、私だって七歳の頃からヴェルト・ジー
ハとは互いの愛を確認しているんだから﹂
﹁私、⋮⋮婿とまだ一回! まだ一回だぞ! 交尾するなら私が先
だ!﹂
1625
おい、アルーシャ、今から何を追い抜く気だよ。クレオ、それ、
勘違いだから。あと、ユズリハ、お前は花嫁修業で何の修業したん
だよ、前よりひどくなってるぞ?
何だか、さっきまでちょっと違う空気だったのに、結局またいつ
もの空気になっちまった。
﹁ひっぐ、っと、ふう、ふう、ふう⋮⋮見苦しいところを皆さんに
お見せしましたわね﹂
﹁ああ、でも、その涙は幸せの涙、拭わずに、存分に流したらいい
のではないかな? お姫様﹂
﹁ええ、そうですわね⋮⋮って、ところで、あなたは誰ですの?﹂
﹁ああ、紹介遅れたね。今日から君たちの家族の一員になる、オリ
ヴィアだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ヴェルト?﹂
涙をとめようと慌てているフォルナに爽やかに話しかけるオリヴ
ィアだが、初めて見る女の存在にフォルナも怪訝な顔。
そして、ママもまた、オリヴィアの名前を聞いて﹁ああ、噂の⋮
⋮﹂と頷いた。
﹁ほう、あんたかい。あのヴェンバイの娘ってのは﹂
﹁ええ、初めまして、ファンレッド様﹂
﹁ジャレンガ王子から聞いていたよ。まさか、本当に私もヴェンバ
イと親戚になっちまうとはねえ﹂
﹁武神イーサム様は非常に喜ばれていますよ﹂
﹁ふん、こりゃまた昔なら考えられないねえ﹂
流石に、ママも機嫌がとてもよろしいようで、増えたことに対し
て俺には何も言う様子はない。
だが当然、フォルナは﹁増えましたの?﹂と、目で俺に問いかけ
1626
ていた。
ゴメン。あんなこと言っておいて、そらねーかもしれねえけど、
増えました。いや、増やされました。
でも、フォルナは軽くため息をついた途端、苦笑して俺の胸に頭
を預けてしな垂れかかった。
﹁まったく⋮⋮仕方ありませんわね⋮⋮﹂
⋮⋮アレ? ⋮⋮⋮⋮それだけ?
それがあまりにも意外な反応のため、ウラたちも驚いた顔でフォ
ルナに問い詰めた。
﹁お、おいフォルナよ、それだけか? 我々ヨメーズの中に、ヴェ
ルトを愛するどころか恋もしていない女が加わるのだぞ?﹂
﹁クレオ姫は例外中の例外よ。実際、彼女の話は深く同情するもの
があった。でも、オリヴィア姫は違うわ。ただの政略結婚じゃない
? フォルナ、あなたはそんなこと許せるの?﹂
﹁ひょっとして、フォルナ姫。あなた、自分が子を授かったという
ことで、未だ授かっていない者たちは勝手に争っていればいいとで
も思っているのかしら?﹂
﹁私が交尾、先にする! もう一回! もっといっぱい! そして
赤ちゃんほしいぞ!﹂
だが、ウラたちの言葉に対して、フォルナはどこか落ち着いた雰
囲気で⋮⋮
﹁あら? だって、仕方ないとしか言いようがないではありません
の。だってワタクシたちは⋮⋮﹃そういう男﹄を死ぬほど愛してし
まったのですもの﹂
1627
そういう男って⋮⋮いや、まあ俺はこういうことに何故かなっち
まう男なんだが⋮⋮。
しかし、フォルナの言葉は効いたのか、ヨメーズたちは言葉に詰
まって何も言い返せなさそうだ。
そして、オリヴィア自身はウラたちの言葉を全く気にしている様
子はなく、心配そうにフォルナを覗き込んだ。
﹁それより、フォルナ姫。君は、今、身重だと聞いたが、体調はど
うだい?﹂
﹁ええ、今は落ち着いていますわ﹂
﹁そうか。正直、子を身ごもる女性は見たことはあるが、自分自身
が経験ないゆえにその大変さを理解することはできないが、やはり
色々とあるのかい?﹂
それは率直な疑問だったのだろう。妊娠して、気分や体の状態な
どどうなのかと。
それは、ウラたちも興味津々だったのか、食い入るように耳を立
てている。
すると⋮⋮
﹁勿論、気分だって優れているわけではありませんわ。それに、こ
れからももっとその頻度も増えていくと思いますし、お腹が大きく
なれば滅多に動くこともできなくなると思われますし、食欲もなく
なるはず。精神的にもつらいこともあると思いますわ。それに、体
形だって崩れないか心配ですし⋮⋮﹂
やっぱ、腹の中に子供がいるっていうのは、それだけで大きく違
うものなんだろうな。
男の俺と違って、ただ、幸せなだけではない。フォルナはこれか
ら何か月間も普通とは違う生活を強いられる。
1628
ウラやアルーシャたちも、最初は嫉妬光線が溢れていたし、でも
喜んでお祝いしてあげたいという気持ちもあるので、その板挟みで
複雑な顔をしているのだが、今のフォルナの発言で、やはり子供を
授かるということが、ただ幸せに満ち溢れているばかりではないん
だと感じたようだ。
﹁色々とこれからのことを思うと、ワタクシ自身今まで以上にしっ
かりとしなければならないと思いますし、責任が大きく伴うわけな
のですから色々な覚悟を決めなくてはと思います。そう感じるよう
になって、ワタクシはようやく気付きましたわ﹂
そんな中フォルナは⋮⋮
﹁女とは、このような苦労や辛さを乗り越えて母親になるのですわ
! それこそが夫婦の、そして家族の幸せ! オーッホッホッホ!﹂
﹁﹁﹁こ、こいつ、最後に勝ち誇りやがって!﹂﹂﹂
さっきの様子とは一転して、勝ち組だけが出せる超幸せ達観モー
ドのドヤ顔を披露。
まあ、でも今日ぐらいは仕方ねえよな。それはウラたちも十分わ
かっているから、それ以上は何も言おうとしない。
ただ、代わりに俺に﹁今夜こそ﹂みてーな目で睨んで、気合を入
れているように見える。
まあ、でも確かに、アルーシャとクレオとユズリハは別にしても、
ウラも、そして今はいないけどエルジェラとか、回数的にはそろそ
ろ出来ていてもおかしくはないといえば、おかしくないんだよな。
﹁ははははは、いいじゃないか。面白いよ。実に楽しそうじゃない
か。そうやって、悔しいという気持ちがあるものの、心では祝福し
ているし、心配だってしている。普通、同じ男に抱かれた女たちは
1629
競い合ったり憎み合ったりするものだと思っていたけど、君たちは
何か共通の想いを持って深くつながっているようだね﹂
オリヴィアの言葉に、ウラたちも互いを見合って、﹃何か共通の
想い﹄とは何かを確認し合って、﹁あっ!﹂とその心当たりに気付
いたようだ。それは、新参のクレオは持っていないが⋮⋮
﹁﹁﹁打倒クロニア﹂﹂﹂
﹁ははははははははははははは! そうか、君たちはクロニアに対
する敵対心で!﹂
そーいや、こいつら、ソレについても定期報告とか見張りとかし
てんだったな。
オリヴィアもクロニアとは仲が良いからか、大爆笑していた。
﹁ははははは、いや∼、笑わせてもらったよ。でも、お嫁さんたち
はソレで納得したが、正直、旦那君の方は意外だったな﹂
﹁えっ? 俺?﹂
﹁ああ。君のさっきのフォルナ姫の言葉は偽りない本気の想いと理
解したが、だからこそ、君はそういうことを口にするタイプじゃな
いと思っていたからね﹂
オリヴィアは意外そうに言ってるが、実際そうだ。
﹁不器用で、ひねくれて、口で愛を語るような男ではないと思って
いたんだけどね⋮⋮だけど、今は、何かふっきれたようじゃないか。
さっき、浜辺でそちらのお姫様たちにもそうだったしね﹂
俺だってそうなったのはついさっきの話で、これまでは全く違っ
た。
1630
でも、それでも変わったのは⋮⋮
﹁だったら、それは⋮⋮ハットリとラクシャサから何かを学んだか
らかもな⋮⋮﹂
俺がそう言うと、オリヴィアも納得したかのように笑って頷いた。
﹁ちょっと、ヴェルトくん、ラクシャサって⋮⋮魔王ラクシャサよ
ね? それに、ハットリくんって⋮⋮﹂
﹁おい、ヴェルト、どういうことだ? なぜ、そこでその二人が出
てくる?﹂
って、アルーシャたち、浜辺まで降りてきたくせに、すぐそばに
結晶状態のラクシャサとハットリが居たのに、そこらへんを気付か
ず、しかも聞いてきてねーのかよ! 俺が船の中に入ったら追いか
けてきたのか? ったく、こいつら⋮⋮
﹁事情は後でゆっくり話す。だが、今言ったのは事実だ。俺は、ラ
クシャサとハットリから教えてもらった。気持ちが言葉で伝えられ
るうちに伝えておかないと後悔すること。そして、いつも当たり前
にあるものが、どれだけ大切なものかってのを﹂
そう、俺は教えてもらった。そして気付いた。だからこそ、これ
からは変わろうと思った。
そして、それを教えてくれたあいつらを⋮⋮
﹁だからこそ⋮⋮それを教えてくれたあいつらを⋮⋮俺は助けてえ。
過去、ラクシャサがやってきたこと、今回起こした騒動について、
1631
全部水に流すことは無理だろう。でも、俺は助ける﹂
それが今、俺が思っていること。
勿論、これだけで今回の騒ぎで一体何があったのかをこいつらが
理解できるはずはない。
でも、俺がそこまで言うからには何か事情があるのだろうと、こ
いつらは察してくれているようだ。
だからそれには、これからまずはこいつらに今までの経緯を説明。
そのうえで、リリイ同盟たちについても説得。
そして、今回の件で被害を受けたチェーンマイル王国への落とし
前とか色々と⋮⋮⋮⋮
﹁あ∼、クロおねえちゃんだーっ!﹂
⋮⋮その時、コスモスの無垢な声が響いて、俺たちは一斉にコス
モスの⋮⋮部屋に取り付けられている窓を指さして叫ぶコスモスに
振り返った。
すると、そのガラス窓の向こうには、明らかにビクッと何かが動
い⋮⋮いやいや、ちょっと待て、お前⋮⋮
﹁クロニアッ! お、お前、何で!﹂
﹁クロニア姫ではありませんの! ど、どうしてこの方がここに?﹂
﹁ッ、現れたな、クロニア姫!﹂
﹁美奈⋮⋮相変わらず、あなたって空気を読まないわね﹂
﹁ふん。クロニア・ボルバルディエ﹂
﹁ガルルルルルルルル! あっちいけ、お前!﹂
反応は様々。ただ、ヨメーズたちはみんな微妙な顔。ユズリハな
んて牙剥き出しにしている。
1632
﹁たははははは、いや∼、メンゴメンゴ。ちょっと入りづらかった
から、タイミング伺って覗いてただんだよね∼﹂
ヘラヘラ笑いながら頭を掻きながら窓をから侵入してくるクロニ
ア。とは言っても、ハットリがあんなことになったことで、少し元
気がないように見える。
でも、すぐにクロニアは真剣な顔で俺に向いた。
﹁でも、色々と聞かせてもらったよ、ヴェルトくん。君のフォルナ
姫への想い。そして、ハットリくんやラクシャサのこともね﹂
﹁ああ⋮⋮つか、お前も聞いてたのかよ?﹂
﹁そして、それは当然、私も協力させてもらう。私だって思うもん。
あの二人がこれまで過ごしてきた人生でどこが間違いだったかなん
て分からない。でも、あの二人を、あのままにしていいだなんてい
うのは間違っているからね﹂
一緒に、あの二人を助けよう。そのことにこの世界がどう反応す
るかは分からない。
でも、俺たちは二人はあの二人を助けると心に決め、そして誓い
合った。
そんな俺とクロニアのやり取りを面白くなさそうな顔をしながら、
ヨメーズたちも事情を話せという目で俺に訴える。
さあ、幸せムードなところに辛いが、これはこれで、真剣に話し
合わねえとな。
大変なのはこれからだ。そう思った、その時だった!
﹁ふむ、ところでクロニア。なぜ、サークルミラーを手に持ってい
るんだい?﹂
﹁ギックウウウウウウウッ!﹂
1633
それは、オリヴィアがさり気なく言った一言だった。
クロニアはこれでもかというくらいビクついた反応を見せた。
にしても、サークルミラー? それって、ラブがペンダントにし
て持っている伝説のアイテムだよな?
なんだ、こいつも持ってたのか? つか、伝説のアイテムなのに
複数存在するのか?
まあ、こいつならそういうもの、なんでも持ってそうだけど。
でも、そんなの使って何を⋮⋮と、思ったその時だった。
﹁ん? ねえ、なんだか⋮⋮外から⋮⋮大勢の人の笑いが聞こえな
い?﹂
うん、俺も聞こえる。
一人や二人じゃねえ。なんか、何百以上の男女入り混じってクス
クスと笑っているような?
﹁おい、フォルナ、ちょっと窓を全開にするぞ?﹂
﹁ん? おい、ヴェルト、浜辺を見てみろ! なんか、⋮⋮みんな
空を見上げて笑っているぞ?﹂
ほんとだ。何でみんな空を見上げて、何だか温かい眼差しで、微
笑ましいものを見ているかのように笑っている?
空に何か⋮⋮⋮⋮ああ⋮⋮⋮⋮太陽に⋮⋮俺たちが写っている⋮⋮
﹁でかした⋮⋮愚妹﹂
﹁ファルガ∼、私も∼、欲しいな∼﹂
﹁ファワーハッハッハッハッハ! ファルガ様、わっちのお腹はス
ペースがありあまっているでありんすよ!﹂
﹁あのヴェルト君だって、あんなにハッキリと想いを伝えたんだか
ら、僕だって﹂
1634
﹁ロア、ちょ、ねえ、本当にあんたロアよね?﹂
﹁フォルナ姫、ヴェルト、おめでとう。僕もお二人に続きます﹂
﹁なはははははは! やりおったな、ヴェルト。こら、なんぼか包
まんとあかんなあ﹂
﹁なんじゃようやくか。この分じゃとユズリハちゃんが孕むのはま
だかかりそうじゃのう﹂
﹁でも、あの朝倉が⋮⋮女関係凄くいい加減だと思っていたのに⋮
⋮あんな真剣に愛を語るなんて﹂
﹁あんなヴェルちゃん⋮⋮朝ちゃん⋮⋮俺っちも初めて見たぜ﹂
﹁アレが⋮⋮ボスの認めた御方⋮⋮﹂
﹁ボスのこと、あそこまで認めて助けようとしてくれるなんて⋮⋮﹂
﹁私たちも、⋮⋮私たちもボスを!﹂
﹁子供を授かる喜びか∼⋮⋮あたいも⋮⋮あたいもやっぱ、知りた
いな﹂
まあ、サークルミラーってそういうアイテムだし⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
男も女も種族も関係なく、浜辺に居た全員が空を見上げて、色々
な言葉が飛び交っていた。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮おいッ!
その時、俺は抜き足差し足で部屋から出ていこうとするクロニア
の頭を鷲掴みにした!
1635
第93話﹁隠し撮り進行中﹂
何があったかは聞かなくても分かっている。でも、一縷の望みを
抱いて聞いてみた。
﹁おいコラ、バカ女﹂
﹁ぎゃああ、いたいいた、女の子の頭を鷲掴みって、ひどいひドイ
ツだよ∼!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮頭を潰されるか、俺のふわふわパニックで頭の中身をシ
ェイクして意識が飛ぶのどっちがいい?﹂
﹁ちょおお、なに、その二択! あんまりにもひどいではないでで
スカイ! 流石の私も、おこになるよ?﹂
﹁⋮⋮じゃあ、その二択以外の刑になるかどうかは、テメエの答え
次第だ?﹂
﹁答え? はてはて、なんのことかにゃ?﹂
﹁そのサークルミラーで⋮⋮テメエは何をした?﹂
引きつった笑顔で汗ダラダラ流しているクロニアの頭をガッチリ
と掴んで、俺は答えを待った。
そして、答えは⋮⋮
﹁決まっているじゃ内科医! 世界の覇王となったヴェルトくんの
子を、フォルナ姫が身籠ったんだから、そんなの世界トップニュー
スでしょーが焼き! だからこそ、その平和で幸せなニュースを皆
にも知ってもらわないと!﹂
やっぱりな⋮⋮うん⋮⋮まあ⋮⋮そうだろうと思ったよ⋮⋮
1636
﹁クロニアアアアアア! このヤロオオオオ!﹂
﹁ぎゃあああ、なんで怒るんダイヤモンド! 君はもう、ただの
一般人じゃないんだよ? 世界を支配した世界の覇王! つまり、
結婚も子供も、全て君一人の問題じゃなく、全世界を揺るがすこと
なんだからね!﹂
﹁ぬああああにをソレっぽいこと言って正当化しようとしてやが
るッ! つか、ラブといい、テメエといい、俺がウラにプロポーズ
したときも、今回のフォルナに言ったことといい、何で人の恋愛問
題を恋愛劇場にして世界同時放映しやがるッ!﹂
﹁だって、そんなの、おもしろいからにきまっ⋮⋮じゃなかった、
コホン。君の存在はこの世界においてそれだけ重要なんだよ? ど
の種族、どの国のお姫様が先に身籠ったかを気にする人たちだって
居るんだよ? だからこそ、君に関する情報はなるべく速く、詳細
に、そして情報は共有化しないとね?﹂
﹁はああ? 身籠った順番だ∼? んなの誰が気にするっていう
んだよ、あほらしい。そんなの誰が先に身籠るかだなんて運次第だ
ろうが!﹂
もう、憧れだ、かつての初恋の女だ、こいつの抜群のわがままボ
ディがどうとかなんて今は何も感じず、俺たちは激しい口論をしな
がら、ほぼ取っ組み合いの状態になっていた。
だが、俺が、﹃身籠った順番なんて誰が気にする?﹄と言った
瞬間、
﹁﹁﹁﹁﹁﹁いや、気にする﹂﹂﹂﹂﹂﹂
﹁⋮⋮えっ?﹂
1637
なんと、ヨメーズやママが口を揃えて俺の言葉を否定した。思わ
ず、俺がクロニアの首を絞めてた手が緩み、クロニアが抜け出しち
まったよ。にしても、気にする? 何でだよ。そりゃ、例えば、ず
∼っと子供が産まれてねえとかだったら問題あるだろうけど。
﹁ヴェルト。あまり子供と政治を絡めたくはありませんが、残念な
がら、ワタクシたちとあなたとの子供に関しては、生まれる順番な
どは、とても世界からは気にされますわ﹂
﹁そうだぞ、ヴェルト。お前は私たち、各国の、それぞれの種族の
姫を妻として娶るのだ。それは、お前を中心とすることで、各国各
種族同士のつながりを強くし、かつての大戦のような争いを無くす
ことにもなった﹂
﹁ええ、でもね、それでも優劣をつけたがるのが政治というもの。
一番早くに子供を産んだ姫こそが皇后となり、その姫の故郷の国が
世界の中でも大きな力を得られるとか、あなたの国から優遇される
とか、そういうことを思う人たちは必ずいるわ。むしろ、大半と言
ってもいいわ﹂
﹁逆に、いつまでも子種を授かれない姫と、その姫の国は、自分た
ちは冷遇されているのではないかと思ってしまうものよ。実際、私
はあなたに嫁ぐのが遅れている分、チェーンマイル王国は乗り遅れ
ている⋮⋮そう思っているわ﹂
﹁婿! 私、一回だ! まだ一回だぞ? 全然可愛がってもらって
ないぞ!﹂
﹁まあ、パパが私と旦那君の祝言を無理やり急がしたのも、クレオ
1638
姫が言うように、時代の流れに乗り遅れないようにという意味もあ
るね。それにしても、旦那君。ユズリハ姫は一回とのことだが、そ
れでは亜人大陸の者たちは怒るのではないのかい? 種族の壁を無
くすと言っておいて、結局は同じ人間のフォルナ姫を優遇している
のに、亜人は冷遇しているとね﹂
フォルナ、ウラ、アルーシャ、クレオ、ユズリハ、オリヴィアの
順番で論じられてしまった。
しかも、結構真顔で。しかも、相当迫力込めて。だから、俺も
思わずのけ反っちまった。
﹁そういうことですぜ∼い、旦那∼。まあさ∼、フォルナ姫は∼、
君と幼馴染だし∼? もう、デキちゃったものはしょうがないし、
みんなも納得するけどさ∼、ユズリハ姫は一回とかさ∼、こりゃ∼
君が異種族を冷遇してるって周りは思っちまいますぜ∼?﹂
そんで、クロニアはドヤ顔してる! 何その顔、めっちゃぶん殴
りたい!
ユズリハは便乗して頷きまくってるし。
﹁ふむ、旦那君の体は身一つとはいえ、その身は誰か一人のための
ものではないからね﹂
﹁おっ、オリーちゃん分かってるね∼﹂
﹁ちなみに、私は新参者ゆえにあまり事情は詳しくないが、人類、
亜人族に比べて、我ら魔族の方の待遇はどうなんだい? ウラ姫は
?﹂
んで、亜人は冷遇されていて魔族はだと?
1639
﹁ちょっと待てよ、お前だって俺がウラにプロポーズしたのを見た
んだろ? ラクシャサだって祝福してくれるぐらい、俺はウラを大
切にしてるって証明したろうが﹂
﹁でも、プロポーズはちゃんとしたとはいえ、夫婦生活がどうか
なんて分からないだろう? 実際、旦那君とウラ姫はずっと同じ家
に住んでいるのに、先に子を授かったのはフォルナ姫なのだろう?﹂
﹁いや、それはタイミングの話なだけで⋮⋮う、ウラだってそろ
そろ⋮⋮﹂
﹁本当かい? 本当は、フォルナ姫の方がたくさん愛してあげて
いるのではないのかい?﹂
ちょっと待て。その論法でいうと、エルジェラの方が回数は圧倒
的に⋮⋮いや、それは言わんでおこう⋮⋮
だが、そんな中でウラは少し恥ずかしそうにしながらも、自ら
口を開きやがった。
﹁ま、待て、私は⋮⋮た、確かにまだ兆候はないが⋮⋮ヴぇ、ヴェ
ルトには種族の壁なんて一度も感じたことがないぐらい、あ、愛し
てもらっている! ら、ら、らぶらぶだ!﹂
な、なんか、人前で言われるとかなり恥ずかしいな⋮⋮
と、その時だった。ウラが服のポケットに手を入れて何かを取
り出した。
﹁ま、待ってろ! 私は冷遇なんてされてないと証明してやる。え
っと⋮⋮ッ、こ、これを見ろ!﹂
ウラが取り出したのは、小さなメモ帳?
﹁ウラ姫、それは?﹂
1640
﹁こ、これは、ここに居る者たちの中だけの秘密だ。実は私はこ
のメモ帳の⋮⋮カレンダーの欄に⋮⋮ヴェルトと、し、した日をハ
ートマークで印をつけているのだ!﹂
﹁⋮⋮ほ⋮⋮ほう﹂
﹁つ、つまりだ、このハートマークを数えれば、私がヴェルトの
嫁になってからどれだけ愛し合ったかを数字で証明することができ
るんだ!﹂
やめえれええええええええええええええええええええええッ! ﹁う、ウラア! ちょ、おま、バカ! そんなのここにいるものた
ちにも秘密にしておけよッ!﹂
つか、﹁内緒な? しー﹂って、内緒のポーズをとりながらも語
る気満々なのはなんでだよ!
﹁あら、ワタクシだって記録をつけていますわよ、ヴェルト﹂
﹁さ、さすがね。私はまだ指で数えられる程度しかしていないか
ら⋮⋮やはり、私も早めに引っ越してきて正解だったわね﹂
﹁確かに、私も焦るわ。どこかで何回か抜け駆けしないと、追い
つけないわね﹂
﹁グスン⋮⋮まだ、一回⋮⋮﹂
いや、何で慌ててるのは俺だけで、フォルナもアルーシャもクレ
オも普通に感心したり納得してるんだよ!
ユズリハは余計にシュンとなっちまうし。
ウラも、恥ずかしいくせに、何をお前はどこかの副将軍の印籠
みたいにメモ帳を見せびらかしてんだよ。
クロニアもママも、腹抱えて笑ってるし!
オリヴィアも微笑みながらも興味深そうにウラと俺の記録を眺
1641
めてるし。
﹁ふむふむ、なるほどね⋮⋮ん? ウラ姫、このハートマークの中
に数字が入っているのは?﹂
﹁あ、ああ⋮⋮それは⋮⋮その、ヴェルトと愛し合ったときに⋮
⋮な、何回したかの数字だ﹂
ぐっ⋮⋮がっ⋮⋮
﹁あ∼、パッパ、どうしたの? 急にお咳して倒れちゃった! ね
え、パッパ∼﹂
﹁ほっときな、コスモス。愚婿は今、精神を鍛えられてるのさ。
まっ、愚婿もイーサムに比べりゃ火遊びは少ないほうさ﹂
ああ、コスモス⋮⋮ママ⋮⋮俺⋮⋮恥ずかしいよ⋮⋮
﹁では、このハートマークの横に書いてある、プラス・フォルナと
か、プラス・フォルナ・エルジェラ、というのは?﹂
﹁そそ、それは⋮⋮そ、その日はな、みんなで一緒にした日だ。
も、もう、言わせるな馬鹿者、恥ずかしい﹂
﹁はははは、旦那君も大変だねえ。おっ? ちなみに、ここのメ
モは?﹂
﹁ん? ああ、これはな、ヴェ、ヴェルトが⋮⋮気持ちよさそうに
してくれた私の技を⋮⋮﹂
﹁おやおや、ほうほう、なるほど⋮⋮しかし、旦那君は随分と受身
1642
ではないかな? 嫁にさせてばかりでは、男としてどうなのかな?﹂
﹁な、何を言う! ヴェルトだってな∼、その、やはり回数を重ね
ている分、て、て、テクニックはすごいんだからな! 私をいつも
蕩けさせてくれる! だからこそ、私もヴェルトに喜んでもらいた
くて、色々と頑張っているんだ!﹂
﹁なんと。旦那君はテクニシャンだったか。それは一度相伴に預か
りたいものだな﹂
﹁そ、そうだぞ∼、ヴェルトはすごいんだからな! いつだって、
私をメロメロにしてくれる! だからこそ、私だって日々研究を怠
らない。エルジェラの必殺技、﹃滅びのバストストリーム﹄のよう
な破壊力のある技を身に着けて、私もヴェルトをメロメロにするの
だ!﹂
ぎゃあああああああああああああ!
﹁にゃははははは、そりゃすげーじゃん、ウラちゃん。もうさ∼、
鮫島君⋮⋮お父さんのシャークリュウのお墓で教えてあげタラコ唇
?﹂
﹁余計なお世話だ、クロニア。わ、私はヴェルトとのことは毎日
欠かさず父上の墓前に報告しているのだからな!﹂
鮫島あああ、許してくれええええ! 来世で、俺をぶん殴ってい
いから今は許してくれええ!
﹁うわあああ、もう、やめろおお、やめてくれよおおお、あああ、
もう誰か俺を殺せええ、殺してくれええ、死にたいいいい、死にた
1643
いよおおお!﹂
﹁ヴェルト! 生まれてくるこの子のために、そんな発言許しま
せんわ! それに、そんな寝っ転がってジタバタ悶えて暴れるなん
て、みっともないですわ! ほら、床を叩きつけたりしてはダメで
すわ。し、振動で⋮⋮胎教に響きますわ、ポッ///﹂
だって、なんで、いや、ぶっちゃけラクシャサとハットリには悪
いけど、あの二人の愛を見ておいて﹁死にたい﹂発言は問題だろう
けど、今、本当に消えてなくなりたい! ﹁はあ、はあ、はあ、⋮⋮と、とにかく! 俺がこれで異種族を冷
遇してないって分かったろ! ユズリハが回数少ないのは、単純に
まだこいつと暮らしてないからだよ!﹂
﹁ああ、理解したよ、旦那君。だから、落ち着きたまえ﹂
﹁つかよ、俺の国のそもそものコンセプトは、﹃混血﹄とかそう
いう奴らの国なんだよ! つまりだ、その国を作った俺自身が、そ
もそも種族がどうのこうので嫁を冷遇しねえよ﹂
﹁そうか、そういうことなら私もとりあえず寵愛をもらえそうで
安心だよ﹂
﹁そう、そして! 今回のことで俺に色々と気付かせてくれたラ
クシャサとハットリに借りを返すためにも、あいつらを復活させる
! そんでもって、普通とは違う恋愛しかできねえ奴らは、とりあ
えず俺の国で預かっておく!﹂ 1644
もうやけくそになってとにかく叫んだ。なんだか、ユズリハが目
をウルウルさせながら嬉しそうに頷いているけど、機嫌が直ったよ
うで良かった。
﹁そうか⋮⋮リリイ同盟のことか⋮⋮それが君の考えというわけだ
ね﹂
﹁ああ﹂
﹁ふふ⋮⋮そうか⋮⋮ふふ﹂
だが、オリヴィアだけはなんか妖しい笑みを浮かべて俺に詰め寄
ってきた。
﹁しかしだ、旦那君。乙女同士の恋愛を許容するということは、王
子様同士の恋愛も許容する国ということになるんじゃないのかい?﹂
﹁⋮⋮あ、ああ⋮⋮まあ、そうなるけど⋮⋮つか、お前、近いよ、
顔近い。顎クイもやめろ﹂
﹁君はその者たちをまとめてラクシャサに管理させようとしたみ
たいだが、ラクシャサはあの通りだ。どうする気だい? ﹂
﹁わ、分かってるよ⋮⋮そりゃ、リリイ同盟が俺の話に頷くなら、
早々に上に立ってあいつらをまとめる奴らが必要だってな﹂
﹁そうだよ。ちなみに、百合竜は⋮⋮無理だろうね。彼女たちは
男という存在に嫌悪を抱いているから。さあ、どうするんだい? 旦那君の反則的なコネクションは、一体誰を選ぶんだい?﹂
分かっている。ラクシャサの代わりに、リリイ同盟とか、その他
の﹃そういう連中﹄をまとめてくれる奴が必要だってことは。
そのためには、﹃そういう恋愛﹄に対する理解はもとより、男
の気持ちも女の気持ちも平等に理解してやれるような奴が望ましい。
そのうえで、そんな奴らをまとめるには、相応に名が通ってい
て、誰もが納得するような奴がいい。
1645
そんな中で百合竜ならいいんじゃないかとも俺も思ったが、今
のオリヴィアの意見も一理ある分、確かに難しいかもしれねえ。
他にはエロスヴィッチとかも頭に浮かんだが、あいつは俺の国
に人材登用したくないので却下。
となると⋮⋮
﹁⋮⋮となると⋮⋮一人しか思い浮かばねえな﹂
﹁ほう。居るのかい?﹂
﹁ああ⋮⋮まだ、本人には何の相談もしてねーから分かんねーし、
もう引退したやつだから力貸してくれるかは分からねえけど⋮⋮う
ん、一人だけ思い浮かんだ﹂
あいつだったら、名前なんて知らないやつもいないし、こういう
問題に対してもきっといい対応をしてくれそうな⋮⋮気がする⋮⋮
だが、オリヴィアは多少余計なスキンシップはしてくるものの、
疑問自体はまともだった。
﹁でも、だからといって今回のリリイ同盟が起こした問題は消える
わけではないんじゃないのかな?﹂
それは、言われてみれば当然のこと。
﹁詳しい被害状況までは分からないが、彼女たちはチェーンマイル
王国領土内のカブーキタウンを襲い、一般人を拉致、更には王国騎
士団と交戦までしたのだろう? そんな罪を犯した者たちを受け入
れ、罪をもみ消すのかい?﹂
そして、なんとなくオリヴィアの真意が分かった気がした。こい
つは素朴な疑問を俺に聞いてるんじゃない。俺がどういう答えをだ
すかを試している。そんな感じだ。
1646
まあ、そりゃそうだよな。実際、今日初めて会った者同士で結婚
なんだ。こいつもまた俺のことを知らない。だからこそ、俺がどう
いう奴なのか見定めようとしてんのかもしれねえな。
とはいえ⋮⋮
﹁別にその罪については、俺もどうこうする気はねーよ。そんなも
ん、被害者のフルチェンコや攫われた女たち、それとあの愉快な笑
い方するクレオの姉ちゃんが決めることだ。それで懲役くらって、
監獄にぶち込まれるってんなら、ちゃんと刑期を終えてから俺の国
にくりゃいいさ。まあ、死刑になるってなら⋮⋮嘆願書なり、考え
るけどな﹂
それで俺がこいつの様子を伺いながら腹の内の探りあいをする気
もねーんだけどな。
﹁はは、随分と簡単に言うねえ。でも、それでは君の国は元犯罪者
たちを受け入れるということかい?﹂
﹁染み付きの履歴書なんか気にしてたらやってられねーよ。俺も、
そして俺の国で正に土台作りしているやつらも含めて似たようなも
んだ。いいんじゃねえのか? セカンドチャンスっつーのか、リサ
イクルっつーのか知らねえがな﹂
オリヴィアは相変わらず笑ったままだが、目は真剣だ。そして重
要なことであるからこそ、フォルナたちも、そしてクロニアすらも
俺たちのやり取りを黙って聞いている。
﹁では、最後に聞こうか? そんな一癖も二癖もある連中ばかりが
集う国⋮⋮ほんの少しのバランスが崩れるだけで、世界規模に大き
な影響を及ぼすのではないのかい? いまだかつて前例の無い、異
種族、混血、世間からのはみ出し者たちが集う国。そんな国をこれ
1647
からも維持し続けることが、君に出来るのかい?﹂
それは恐らく、誰もが思っていただろうが、誰もがあまり触れよ
うとしなかった部分かもしれない。七大魔王も四獅天亜人も光の十
勇者もだ。
だからこそ、半年前の最終決戦や、それまでの世界での戦争に絡
んでいなかったオリヴィアだからこそ、客観的な意見を言うことが
できる。
ここで、﹁俺が命がけで守る﹂とでも言えればカッコいいんだろ
うが、俺はそんな勇者みてーなことを言えるほどの男でもねえ。
俺が言えることは⋮⋮
﹁そのためにも、色んな奴ら、色んなスゲーやつらに集まってもら
って、力を貸してもらう。そして俺は、そんな奴らを繋ぎとめるた
めの橋になる。俺が上に立ってあれこれ指示するんじゃねえ。色ん
なやつらに手え貸してもらって、そいつらの中心になって俺が、そ
して俺の家族がそれをこれからも繋いでいく。そうなったらと思っ
ている﹂
そう、俺が国の上に立って政治家の真似事なんて無理に決まって
る。それに、ヴェンバイやイーサムなんかが俺に求めているのもそ
んなことじゃねえ。上に立つんじゃなくて、中心に立って繋ぎとめ
る。それが俺の役目だ。
﹁ふふ⋮⋮はははは、これはまた随分と謙虚な支配者様だ。自らの
手を使うのではなく、回りの手を使うとは﹂
﹁まっ、それが一番いいだろう。ほら、昔から言うだろ? 神輿は
軽くて馬鹿がいいってよ。つまり、馬鹿は余計なことしないで、出
来る奴に任せるのさ。まあ、今回は俺の判断で余計なことをしまく
ったから、反省しねーといけないけどな﹂
1648
オリヴィアが俺に呆れるか、それとも答えに満足したのかは分か
らないが、これが俺のやり方。
だから⋮⋮
﹁だから、嫁共。幸せにするから、これからも俺と繋がっていてく
れよな?﹂
と、俺は笑って嫁共に言ってや⋮⋮ったけど、やべえ、言い終っ
た後でかなり恥ずかしくなってきた!
そしてこいつらは調子に乗ったかのように﹁ニタリ﹂と笑みを浮
かべてるし!
﹁オホホホホ! ついに、ヴェルトが陥落しましたわね! まあ、
ワタクシは出会った瞬間からあなたと繋がっていますので、当然と
言えば当然でありますし! というよりも、ワタクシがあなたとの
繋がりを切ろうとすること事態がありえませんもの! ワタクシも
! そして、このお腹の子も!﹂
﹁やれやれ、仕方の無い奴だな、ヴェルトは。まあ、お前は小さい
頃から私が居ないとダメなんだからな。当然だ。というより、むし
ろ繋がりを絶とうとしてみろ⋮⋮お前を殺して私も死んでやるから
な﹂
﹁あら、前世から繋がっている私を前にしてよく言えるわね。むし
ろ君こそ覚悟なさい? 君と私のつながりは、たとえ死んだって切
れることは無い。これから先、何度生まれ変わろうとも繋がってい
るのよ? ただ、繋がるのは当然だけれども、早いところ私も繋が
っているという物的に証明できる存在が欲しいわね。法律上の婚姻
1649
とかそういうものではなく、このお腹の中にね﹂
﹁この私と繋がっていたいというのならば精進なさい。男としても
王としても。そうすれば、末永く面倒見てあげるわ﹂
﹁じゃあ、早く繋がれ! まだ私、一回しか繋がってない! もっ
といっぱい交尾!﹂
フォルナ、ウラ、アルーシャ、クレオの勝ち誇った顔。分かって
るのか分かっていないのか心配なユズリハだが、これが俺たちの形
だ。
それを確認し、俺はオリヴィアに、﹁どうだ!﹂という顔してや
った。
すると⋮⋮
﹁分かったよ、旦那君。その幸せ家族による国づくりと、世界への
架け橋⋮⋮私も協力させてもらうよ﹂
﹁おう﹂
オリヴィアも観念したように両手を挙げて、笑った。
しかし、オリヴィアはすぐに俺をからかうような笑みを浮かべて、
また顔を近づけてきやがった!
﹁しかし、もしそれでうまくいって、男女愛以外の恋も法律で認め
られる国になるのだとしたら⋮⋮不安だな⋮⋮君に言い寄る子も増
えるんじゃないかい?﹂
﹁ちょ、お、おい、お、お前、何を?﹂
﹁君は、女の子以外にも興味があるのかい? 現状ですらまだ不安
な私を、これ以上困らせないでほしいな。ねえ? 私の旦那君﹂
1650
だ、だから近⋮⋮壁ドン顎クイ股ドンやめろ!
﹁それに、いかに政略結婚とはいえ、私もどうせならやはり純粋に
愛し合いたいものだ。君に私を惚れさせることができるかな? 口
説き落とすことが出来るかな? ⋮⋮まあ、私が君を口説いてもい
いのだけどね⋮⋮﹂
ちょ、息が鼻にかかる! 髪の毛からいい匂いが! ﹁幸い、ウラ姫からのメモ帳で君の感じる箇所や、好みの愛撫は分
かったからね⋮⋮君は私に⋮⋮どんな、ストリームをして欲しいか
な?﹂
﹁ちょをあああああああ! だから、そういうのを口に出して言う
んじゃねえ!﹂
﹁ははははは、そんなことを言って、君も好きなのだろう? 素直
になりたまえ⋮⋮メチャクチャにしてあげるよ?﹂
﹁ッ、が、て、テメエは心臓に悪いんだよ! つか、やめ、手、手
え! そんなとこ今、触ってんじゃ、ん!﹂
﹁体は素直だね。感じて⋮⋮いるのかい?﹂
ダメだ! やっぱこいつ苦手だ! 全然ペースが掴めえね! つ
か、こんなの他の嫁たちだって怒って⋮⋮
﹁な、なんですの、この感覚。なんだか、高身長の美形の方がヤン
チャなヴェルトを手玉に⋮⋮ちょ、ちょっとドキドキしますわ﹂
﹁なんか、嫉妬というよりドキドキというか⋮⋮﹂
1651
﹁これは⋮⋮前世で布野さんから没収した、あの薄い本⋮⋮決して
解けない方程式が書かれた本を読んだときの、何ともいえないドキ
ドキが⋮⋮﹂
﹁やはり、オリヴィア姫をBLS団に見せないほうがいいわね。全
員鼻血を出して昇天してしまうわ﹂
﹁ぶ∼、あのゴミ新顔⋮⋮さっきから、私のムコにイチャイチャす
るな! イチャイチャは私が先だッ!﹂
っておおおい、嫁たちはいまだかつて触れた事の無い領域に少し
興味が⋮⋮って、オリヴィアは男じゃねえからな? 女だからな?
つか、何でまともな反応をしているのがユズリハだけなんだよ!
やっぱ⋮⋮かなりヤバイのが嫁になっちまったな⋮⋮ママもクロ
ニアも笑って⋮⋮ん? クロニア?
﹁⋮⋮おい⋮⋮クロニア⋮⋮﹂
﹁はにゃ?﹂
あれ? 俺、今、ちょっと恐いことに気づいたんだけど⋮⋮
﹁そのさ⋮⋮お前、さっき⋮⋮俺に注意されて⋮⋮サークルミラー
⋮⋮ちゃんと切ったよな?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
何でそこで無言になるんだよ! クロニア! えっ、ちょ、ちょ
っと待て! ﹁あ∼⋮⋮ヴェルトクンゴメンヨ。ワタシ、サークルミラー、キル
1652
ノワスレテタヨ﹂
こいつ、何をいきなり片言になって、とんでもないこと言ってや
が⋮⋮ッ!
ってことは、今の俺たちのやり取りも全部?
俺は、恐る恐る船の窓から浜辺を覗き見た。
すると⋮⋮
﹁さて、百合竜、そして暗殺ギルドのサルトビ。それとフルチェン
コ。これからのことを王都に戻って話し合うでありんす。わっちら
も経済的な損害や騎士団の被害を受けているわけでありんすから、
無罪放免とはいかないでありんす。ただ、その落とし所は、ストリ
ームが好きなわっちの新しい義理の弟と交えて、決めるでありんす﹂
﹁分かりました。オレたちもラクシャサ様の想いや、ストリームが
好きなリモコン様にあれほどの心遣いを示していただいた以上、大
人しく降伏します﹂
アアアアアアアアッ! つか、あいつら、俺抜きで普通にもう話
し合ってるし! つか、聞かれてるし! 俺をからかいながら重要
な話してるし! くそ、たまに素直になったかと思ったらこれだ。もう、嫁問題で
これ以上カオスになるのは勘弁して欲しいぜ。
そんな想いを抱いたまま、俺たちはとりあえず今後の話を進めて
いくうえで、チェーンマイル王国へと招かれることになった。
1653
一旦、嫁問題は落ち着かせ、リリィ同盟やラクシャサについてこ
れからどうしていくかについて話し合う⋮⋮そう思っていた。
でも、俺はまだ甘かったようだ。
今回、嫁たちが集まって、俺がデレたということが世界同時放映
されてしまったことで、この状況に立ち会えてなかった二人の嫁。
この二人の嫁の襲撃が刻一刻と、俺の側まで近づいていた。
1654
第93話﹁隠し撮り進行中﹂︵後書き︶
区切りが良いので少しお休みします。
八月はちょっと忙しいのと、例の引っ越し云々の調整もありますの
で、次の再開はちょっと未定です。
活動報告で定期的に報告はします。
1655
第94話﹁再会関連の整理﹂
とりあえず、細かい話は明日にでも⋮⋮
そういう方針となったことで、俺たちはチェーンマイル王国で一
夜過ごすことになる。
エルファーシア王国クラスの繁栄した王都に足を踏み入れた俺た
ちは、今夜は嫁たちと激しい夜を⋮⋮というわけではない。
ユズリハに物凄い噛まれるのを覚悟で、俺たちは特殊なメンバー
での飲み会が始まった。
﹁そんじゃ∼、グラスを持ったかニャ? これより、色々暴露され
たヴェルト君残念会⋮⋮加えて、ヴェルト君二人目の子供及び、懐
かしいみんなとの再会を祝して、かんぱ∼∼∼∼∼い!﹂
クレオの姉ちゃんに頼んで、王宮の少し広めの客室を借りて、俺
たちはグラスをぶつけあった。
﹁しっかし、江口がおったとは、ほんま驚いたわ∼。まあ、真中や
矢島とは話したことなかったけど、それでも久しぶりやな∼﹂
﹁ええ、久しぶりね、真中さん。矢島さん。それと、江口くんはあ
とでちょっといいかしら? あなたに前世のことで口止⋮⋮確認し
たいことがあるの。断ったら、殺⋮⋮怒るからね♪﹂
﹁ちょおお、委員長! 委員長、笑顔恐い恐い! 俺っち大丈夫!
﹃あのこと﹄も﹃あれのこと﹄も何一つバラしてないから! ほ
ら、例えば抱き枕に⋮⋮ぎゃあああ、ウソウソウソ! 言わない言
わない! 笑顔でグラスを握りつぶさないで!﹂
﹁はあ⋮⋮本当に、木村があのイーサムの息子のジャックポット王
子だったなんて⋮⋮結構、ニアミスしてたのに気づかなかったわ﹂
1656
﹁綾瀬さんもお久しぶりです。元気そうでなによりです﹂
今、この場に居るのは、前世組み。
ジャックポット、アルーシャ、フルチェンコ、トリバ、ディズム。
そしてクロニアと俺だった。
﹁せやけどハットリ⋮⋮龍善寺は残念やったな⋮⋮。あんま話もで
きひんかったから余計な﹂
﹁ええ。聞いた時は驚いたわ。それに、まさか彼と魔王ラクシャサ
にそんな繋がりがあったこともね﹂
﹁俺っちも、魔王ラクシャサとは僅かな間とはいえ話をしたから⋮
⋮残念だった﹂
﹁うん。でもボスは⋮⋮とても嬉しそうだった⋮⋮﹂
﹁だからこそ、私たちはボスと、そしてハットリくんを元に戻す方
法を見つけないとね﹂
再会を喜ぶものの、この輪の中に加わることができなかった龍善
寺ことハットリのことを残念に思いながらも、必ずあいつらを助け
てみせると改めて誓い合う俺たちに、もはや種族だ性別だのわだか
まりはなかった。
﹁まあ、朝倉に新しい子供ができるっていう日に、私たちもこれ以
上はやり合う気はないけど⋮⋮えっと、綾瀬にも一応、結婚おめで
とう、っていうので正しいの?﹂
﹁そ、その、けけ、結婚おめでとうございます∼﹂
﹁ああ、こうして改めて見ると俺っちも驚いてる。委員長、うまい
ことやったな∼⋮⋮﹂
1657
﹁あら、ありがとう、真中さん、矢島さん。それと、江口くんはそ
ろそろ黙りなさい♪﹂
さて、それはそれとして再会できたこのメンツ。とくに、トリバ、
ディズム、フルチェンコからすれば、クラスメートとの再会だけで
なく、今の俺たちの相関図を頭に入れるだけでも大変そうだった。
そんな中、俺の隣に居たアルーシャが、俺に腕を絡ませながら、
頭を俺の肩に乗せてウインク。
﹁改めて話をするけど、私は朝倉リューマくんことヴェルト・ジー
ハくんと、この度結婚してラブラブよ。みんなにも早く再会できて
よかったわ。結婚式には、ぜひ出席してね♪ 同窓会を兼ねて、み
んなにも出てもらうけど、いいわよね? ね? あ・な・た♪﹂
いや、そもそも俺たちの結婚式っていつやるのか、まだ俺自身が
聞いてないんだが⋮⋮
だが、同窓会を兼ねた結婚式に招待か。まあ、悪くないな。
﹁にひひひ∼、いや∼、アルーシャちゃんラブラブルガリアだね∼。
さあ、チューウ、チューウ、チューウッ!﹂
﹁も、もう∼、クロニアったら、そんな恥ずかしい事みんなの前で
出来るはずがないじゃない! だから、ちょっとだけよ? ね? あ・な・た♪ チュッ♪﹂
そして、冷やかしまくるクロニアに、﹁恥ずかしくてそんなこと
1658
できないわ∼﹂とか言いながらもやる気満々のアルーシャは、俺の
ホッペに軽くチュッと⋮⋮ここまでくると、恥ずかしいより、なん
かウゼエ⋮⋮
﹁うわあ⋮⋮⋮⋮ねえ、この人、本当にあの綾瀬なの? あのクー
ルビューティーがこんなことに⋮⋮﹂
﹁で、でも、トリバちゃん。綾瀬さんは文化祭あたりから、だんだ
んこんな感じにならなかった?﹂
﹁俺っちには珍しくないな。むしろ、あの委員長だったからこそ、
ヴェルトと結ばれたらこうなるのは全然不思議じゃない﹂
﹁おい、ヴェルト∼、お前、ちゃんとユズリハも可愛がってくれん
とアカンで? これは、おどれの新たなる義理の兄貴としての命令
やで?﹂
﹁おっほー! そうだった! ジャックくんは、ヴェルトくんのア
ニキングになっちゃったんだ! まあ、それを言うなら、鮫島くん
なんて、ヴェルト君の義理のお父さんになるわけ出し汁⋮⋮なんか、
クラスメートの中で親戚が増えてるネバーランド﹂
そんな中、酒の席ということと結婚やら親戚やらの話題になった
ら⋮⋮
﹁でもさ、確か備山さんも、朝倉と結婚したんでしょ? 確かにク
ラスメートで親戚増えてるね﹂
﹁トリバちゃん、それを言うなら、あの加賀美くんだって、私の妹
のマニーと結婚してるよん♪﹂
﹁ニートの野郎も⋮⋮そう、ドカイシオンも、フィアリこと鳴神と
結婚してるしな。いや、結婚はまだか? 同棲か﹂
﹁あの、に、ドカイシオンさんって誰ですか?﹂
﹁なんや、矢島、ドカイシオンくん知らんのか? ⋮⋮まあ、ワイ
も前世では全く覚えとらんけど﹂
1659
﹁あのねえ、土海紫苑君は園芸部の、そしてフィアリは鳴神恵那。
覚えてるでしょ? 読モやっていた﹂
⋮⋮あれ? なんか、話しながら思ったんだが、確かにクラスメ
ートで⋮⋮なんか親戚やら結婚が多くなってねえか?
というか、多すぎてだんだん整理ができなくなってきた。
すると、フルチェンコが⋮⋮
﹁ふ∼∼∼∼む、よし、ちょっと待ってくれ! 今、書いて整理す
る! 今、俺っちたちのクラスの中でどうなっているのか! 委員
長、ヴェルちゃん、順に上げてって。俺っちの前世の知識もフルに
活用しちゃうぜい!﹂
﹁ええ、分かったわ。まずは、先生からだけど︱︱︱︱︱﹂
一度整理しよう。そう言って、フルチェンコが紙と筆を取り出し
て、殴り書きのようにクラスメートたちの名前を一言二言添えて書
き出した。
そういや、こいつも前世のクラスメートのことをちゃんと覚えて
るんだよな。すげえな。
そして、ワイワイやりながら出来上がった名簿には⋮⋮
まあ、俺らも気分が上がってたし、みんな多少酔っぱらっていた
から、結構、プライバシーとか秘密とかそういうの無視して結構え
ぐいのが出来上がっていた。
1660
こばやかわ
しゅんじろう
●小早川 俊二郎
■前世特徴:妻子持ち。ラグビー部顧問。
■前世二つ名:熱血天然記念物
■現世:メルマ・チャーシ
■現世家族構成:妻子持ち。奥さんはララーナ。娘はハナビ︵*ヴ
ェルちゃんいわく、超かわいい︶
■現世職業:エルファーシア王国でとんこつラーメン屋
■クラスメートと現在:ヴェルト︵朝倉︶とウラ︵鮫島の娘︶の身
元引受人。
■備考:クラスメートの誰もが頭が上がらない。
あさくら
●朝倉 リューマ
■前世特徴:帰宅部。入学後停学最速記録保持。たまにライブハウ
スでバイト。不良。
■前世二つ名:ツンデレヤンキー
■現世:ヴェルト・ジーハ
■現世家族:妻子持ち。現在嫁八名。娘一人。妻が一人妊娠中。
■現世職業:エルファーシア王国でとんこつラーメン屋、新国の王、
種馬
■クラスメートと現在
:アークライン帝国の姫、アルーシャ︵綾瀬︶とダークエルフの姫、
アルテア︵備山︶と夫婦。
:旧ヴェスパーダ魔王国魔王シャークリュウ︵鮫島︶の娘であるウ
ラと夫婦。よって、シャークリュウは義理の父になる
:四獅天亜人ジャックポットの妹であるユズリハと夫婦。よって、
ジャックポットは義理の兄になる。
■備考:前世では神乃が好きだった。写真を買ってた。今は⋮⋮?
1661
えぐち
こうき
●江口 光輝
■前世特徴:動画研究同好会。レンタルビデオ店でバイト。保健体
育学年一位。
■前世二つ名:エロコンダクター
■現世:フルチェンコ・ホーケイン
■現世家族:独身
■現世職業:カブーキタウン全体のオーナー
■クラスメートと現在:特になし
■備考:前世でも現世でも、女子の友達がたくさんいたが、彼女は
まさよし
一度もできなかった。
かがみ
●加賀美 正義
■前世特徴:バスケ部。校内にファンクラブ有り。校内彼氏にした
い男子二位。
■前世二つ名:チャラ男気取り
■現世:ラブ・キューティー
■現世家族:妻子持ち。娘が一人。
■現世職業:ヴェルトの国の財務大臣
■クラスメートと現在:クロニア︵神乃︶の妹、マニーと結婚。
じゅうろうまる
■備考:前世では隣のクラスの子と付き合ってた
きむら
●木村 十郎丸
■前世特徴:プロレス同好会。パチンコ麻雀賭博で停学回数歴代一位
■前世二つ名:ギャンブルデビル
■現世:ジャックポット
■現世家族:独身
■現世職業:四獅天亜人として亜人の統率
■クラスメートと現在:妹のユズリハが、ヴェルト︵朝倉︶と結婚
1662
して、法的にヴェルトの義理の兄になる。
りょういち
■備考:現世では、現在お見合いをしろと何度も言われている。
さめじま
●鮫島 遼一
■前世特徴:空手部。二段。堅物。たまにボクシング部助っ人。
■前世二つ名:スクールファイター
■現世:シャークリュウ・ヴェスパーダ
■現世家族:妻子持ち。娘一人
■現世職業:旧ヴェスパーダ魔王国魔王
■クラスメートと現在:八年前に亡くなった。娘のウラはヴェルト
︵朝倉︶と結婚して、法的にヴェルトの義理の父になる。
はるき
■備考:前世では下級生と付き合ってた
すずはら
●鈴原 春樹
■前世特徴:帰宅部。新聞配達、ファミレスでバイト。クラス男子
貯金一位。
■前世二つ名:働く正直者
■現世:不明
■家族:不明
■職業:不明
■クラスメートと現在:不明
まなぶ
■備考:前世では高原さんと⋮⋮?*クロニア︵神乃︶情報
たどころ
●田所 学
■前世特徴:男子クラス委員長。帰宅部。塾通い。医者の息子。
■前世二つ名:マッシュルーム委員長
■現世:不明
1663
■現世家族:不明
■現世職業:不明
アルーシャ
■クラスメートと現在:不明
■備考:前世では綾瀬が好きだったが、文化祭の前に諦めた。しか
れんと
し、写真の購入は継続。
ちしま
●千島 蓮人
■前世特徴:サッカー部。年中坊主。校内一長身。
■前世二つ名:トーテム坊主
■現世:不明
■現世家族:不明
■現世職業:不明
トリバ
■クラスメートと現在:不明
しおん
■備考:前世では真中が好きで、写真を購入しまくっていた。
どかい
●土海 紫苑
■前世特徴:園芸部幽霊部員。ネガティブぼっち。実は一部にモテ
る。
■前世二つ名:勘違い高二病
■現世:ニート・ドロップ
■現世家族:独身
■現世職業:エルファーシア王国でジュース屋
アルーシャ
■クラスメートと現在:フィアリ︵鳴神︶と同棲中
ちはる
■備考:前世では綾瀬が好きで、一回だけ写真を購入。
ななかわ
●七河 千春
■前世特徴:文学部。校内男の娘選手権優勝。非公式校内男が抱き
1664
たい男一位。
■前世二つ名:シュシュ使い
■現世:アプリコット・ブリッシュ
■現世家族:不明。*つか、性別不明。ヴェルト情報
■現世職業:神族世界の王族及びテロリスト
■クラスメートと現在:よく分からん
■備考:前世では土海くんに禁断の思いを抱いていた。写真は全部
なおや
コンプリートされた。七河自身の写真も常に完売。
はしぐち
●橋口 直哉
■前世特徴:帰宅部。アニメオタク。体重0.1トン。
■前世二つ名:橋口辞典
■現世:レッド*多分。ヴェルト情報
■現世家族:不明
■現世職業:神族のサブカル普及者
■クラスメートと現在:不明
がいあ
■備考:前世では二次元以外の女に興味なし。
ほしかわ
●星川 凱亜
■前世特徴:生徒会長。男子テニス部主将。成績学年二位。校内彼
氏にしたい男子一位。
■前世:二つ名:残念王子
■現世:不明
■現世家族:不明
■現世職業:不明
■クラスメートと現在:不明
■備考:前世では校内一のモテ男。しかし、不知火にハメられてそ
の後捕食される。
1665
みやもと
げんいちろう
●宮本 弦一郎
■前世特徴:剣道部。初段。実家が剣道道場。
■前世二つ名:草食剣士
■現世:バルナンド・ガッバーナ
■現世家族:孫にムサシとジュウベエ
ヴェルト
■現世職業:シンセン組参謀、ミヤモトケンドー師範、和の文化の
普及
■クラスメートと現在:孫のムサシが朝倉と超ラブラブ
■備考:前世では浮いた話はなく、写真の購入履歴もなし。
むらた
●村田 ミルコ
■前世特徴:元軽音楽部。クロアチア人のハーフ。大学生とバンド。
■前世二つ名:ロックデナシ
■現世:キシン・ジーゴク
■現世家族:妻が出現した
■現世職業:元ジーゴク魔王国魔王。現在、ヴェルトの国の宰相で
実質No.2。
■クラスメートと現在:姪のキロロがヴェルト︵朝倉︶の最愛で超
かわいい弟のラガイアと親睦を深めている最中。
てんが
■備考:前世では大学生の彼女が居たという噂
やがい
●夜飼 天我
■前世特徴:バスケ部。運動音痴。ナルシスト。クラス女子全員に
告白経験あるが、全敗。
■前世二つ名:自爆ラブテロリスト
■現世:不明
1666
■現世家族:不明
■現世職業:不明
■クラスメートと現在:不明
■備考:前世では女子の写真を全て購入したうえで、自分の自撮り
じょうじ
写真を俺っちに売り込んできた。
ゆざわ
●遊澤 譲二
■前世特徴:ラグビー部。プロップ。ベンチプレス140kg。
■前世二つ名:ダンベルマ
■現世:ケヴィン・スタロン
■現世家族:妻子持ち。子供九人。
■現世職業:漁師。筋トレ講師
クロニア
■クラスメートと現在:特になし
しょうた
■備考:前世では神乃が好きだった。写真コッソリ購入。
りゅうぜんじ
●龍善寺 翔太
■前世特徴:帰宅部。パルクールチーム所属。トレーサー。普通二
輪免許所持。
■前世二つ名:平成忍者
■現世:ハットリ*本名不明
■現世家族:なし
■現世職業:忍者
■クラスメートと現在:クロニアと長らく行動をしてきたが、特に
変わったことは無し。
じんた
■備考:特になし
わじま
●輪島 仁太
1667
■前世特徴:野球部。彼女持ち。実家が豆腐屋。
■前世二つ名:隠れリア充
■現世:不明
■現世家族:不明
■現世職業:不明
■クラスメートと現在:不明
かゆき
■備考:吉田とバカップル
あやせ
●綾瀬 華雪
■前世特徴:女子クラス委員長、女子テニス部主将。成績学年一位。
校内彼女にしたい女子一位。
■前世二つ名:恋の迷走女王
■現世:アルーシャ・アークライン
■現世家族:ヴェルト︵朝倉︶と結婚。子供は現在、仕込み中
■現世職業:主婦及び妃
ヴェルト
■クラスメートと現在:最近、ヴェルト君と自然にキスができるよ
うになったわ♪
ヴェルト
■備考:前世から朝倉が好きだった。﹃ただし美人に限る﹄という
のがなければ、ストーカーと診断されてもおかしくなかった。朝倉
ひみこ
の写真は販売前に全て没収していた。
おさじま
●筬島 比美子
ないちち
■前世特徴:自転車競技部。ロードレーサー。体重35kg。
■前世二つ名:無乳ペダル
■現世:不明
■現世家族:不明
■現世職業:不明
1668
ジャックポット
■クラスメートと現在:不明
みな
■備考:一度だけ木村の写真を購入
かみの
●神乃 美奈
■前世特徴:ラクロス部。模型部。漫画研究同好会。成績学年最下
位。
■前世二つ名:天然劇場
■現世:クロニア・ボルバルディエ
■現世家族:妹一人。独身
■現世職業:自由人
一度だけある男の写真を購入しようとしたが、その写真
■クラスメートと現在:とにかくフリーダム
■備考:
らん
は販売される前にある一人の女に全て没収されたので買えなかった。
こみなと
●小湊 蘭
■前世特徴:体操部。中国人のハーフ。段違い平行棒スペシャリス
ト。
■前世二つ名:なんちゃって中国
■現世:不明
■現世家族:不明
■現世職業:不明
キシン
■クラスメートと現在:不明
みこと
■備考:村田の写真の購入履歴あり。
ささきはら
●佐々木原 美琴
■前世特徴:理系学年一位。UFO研究同好会。
■前世二つ名:ロマンメガネ
1669
■現世:不明
■現世家族:不明
■現世職業:不明
■クラスメートと現在:不明
ゆきこ
■備考:不明*つか、お前は一体何者なんだよ!
しらぬい
●不知火 有希子
■前世特徴:弓道部。実家が神社。保健体育学年二位。
■前世二つ名:肉食巫女
■現世:不明
■現世家族:不明
■現世職業:不明
■クラスメートと現在:不明
そのこ
■備考:前世で星川をハントして自宅で食べつくしたという噂。
たかはら
●高原 園子
■前世特徴:図書委員。ファミレスでバイト。
■前世二つ名:真っ当女子高生
■現世:不明
■現世家族:不明
■現世職業:不明
■クラスメートと現在:不明
らいあ
■備考:前世では鈴原と⋮⋮?*クロニア︵神乃︶情報
てんじょういん
●天条院 來愛
■前世特徴:水泳・背泳ぎインターハイ優勝。オリンピック代表候
補。不登校多し。
1670
■前世二つ名:スケバン人魚
■現世:不明
■現世家族:不明
■現世職業:不明
ニート
■クラスメートと現在:不明
■備考:土海の写真を定期的に購入。オリンピック選考前に怪我で
えな
入院したときに、何かあったみたい?
なるかみ
●鳴神 恵那
ニ
■前世特徴:園芸部。読者モデル。カラオケ百点経験者。校内彼女
にしたい女子二位。
■前世二つ名:ゆるふわブリッコ
■現世:フィアリ
■現世家族:不明
■現世職業:エルファーシア王国でジュース屋の手伝い
ニート
■クラスメートと現在:ニート︵土海︶と同棲中
ート
■備考:前世から土海が好きで、写真を定期的に購入。園芸部に土
ゆめ
海目当てで入部し、その後女子の入部希望者は全員追い返していた。
ねおん
●音遠 夢瞳
■前世特徴:帰宅部。ピアニスト。コンクール入賞常連。
■前世二つ名:魔女の指先
■現世:不明
■現世家族:不明
■現世職業:不明
■クラスメートと現在:不明
■備考:箱入りお嬢様だったので不明。
1671
びやま
なでしこ
●備山 撫子
■前世特徴:美術部幽霊部員。成績学年ブービー。校内ギャルグル
ープリーダー
■前世二つ名:ピュアビッチ
■現世:アルテア・マジェスティック
■家族:ヴェルト︵朝倉︶と結婚。親が一人。父でも母でもなく、
ママン。
■職業:四獅天亜人として亜人の統率、ファッションリーダー
ヴェルト
■クラスメートと現在:旦那と別居中*喧嘩したわけじゃない
■備考:前世から朝倉が好きで、写真を購入できないことに不貞腐
ひびき
れていた。
ふの
●布野 響
■前世特徴:漫画研究会同好会会長。腐女子。
■前世二つ名:腐教祖
■現世:クリア*多分。ヴェルト情報
■現世家族:不明
■現世職業:BL推進団体より教祖様扱い
■クラスメートと現在:不明
■備考:好きな男ではなく、好きなカップリングはあった。土海×
七河。朝倉×木村×村田の本を販売していた。
まなか
●真中 つかさ
■前世特徴:チアリーディング部。クラス内巨乳一位。彼女持ち。
■前世二つ名:女たらし女
■現世:トリバ
■現世家族:なし
1672
■現世職業:元エロスヴィッチ軍副将
■クラスメートと現在:ディズム︵矢島︶と婚約
ディズム
■備考:前世では色んな女に手を出していたが、最終的に矢島に落
かな
ち着いた。
もがみ
●最上 加奈
■前世特徴:帰宅部。大食い専門店のジャンボラーメン、ジャンボ
オムライス、完食者。
■前世二つ名:銀河の胃袋
■現世:不明
■現世家族:不明
■現世職業:不明
ケヴィン
■クラスメートと現在:不明
■備考:前世では遊澤が好きだった。理由はよく食べそうだから
むかい あゆみ
●迎 歩
■前世特徴:帰宅部。常にパソコン常備。メガネ。ゲーマー。
■前世二つ名:鬼才
■現世:スカーレット
■現世家族:不明
■現世職業:テロリスト
■クラスメートと現在:よく分からん
ニート
■備考:俺っちのパソコンをハッキングされて、写真データが奪わ
りこ
れた。調査したところ、土海くんの写真データを奪われていた。
やじま
●矢島 理子
■前世特徴:チアリーディング部。クラス内一低身長。彼女持ち。
1673
■前世二つ名:禁断超越者
■現世:ディズム
■現世家族:なし
■現世職業:元エロスヴィッチ軍副将
トリバ
■クラスメートと現在:トリバ︵真中︶と婚約中
まほ
■備考:前世から真中に手籠めにされた。
よしだ
●吉田 麻帆
■前世特徴:野球部マネージャー。彼氏持ち。豆腐屋でバイト。
■前世二つ名:俺の嫁
■現世:不明
■現世家族:不明
■現世職業:不明
■クラスメートと現在:不明
■備考:輪島とバカップル
つ、つかれた⋮⋮なんだか、ちょいちょい細かいことで色々とツ
ッコミ入れたいものがあったが、とりあえずここまで作り上げるだ
けで、全員ドッと疲れてテーブルに突っ伏した。
﹁うい∼∼、ひっく、あ∼、酒が回っちゃうよ∼、頭がグルグル∼、
いんや∼、佐々木原さんの残した名簿に付け足す形で書いたけど、
疲れたねえ∼﹂
﹁ふう、プライバシーもへったくれもないわね⋮⋮ひっぐ、うっ、
わ、私もだんだんお酒で正常な判断が⋮⋮でも、確かに疲れたわね﹂
﹁せやけど、まあ、随分と輪が広がっとるな∼﹂
1674
にしても、最初はクラスメートの一人と再会するだけで奇跡みた
いな感じだったのに、意外と再会できてるもんだと感心した。
﹁ふっ、こんだけ輪が広がっていくと、俺とアルーシャの結婚式に
ゃ、もっとたくさんで同窓会ができるかもな。まあ、アルテアの時
でもいいけどな﹂
まあ、この出来上がった名簿の詳しい中身に対するツッコミは別
にして、ジャックの言う通りこれだけ輪が広がってきたことには素
直に喜んでもいいことだ。
そう思いながら、俺は、酔いが回ってみんながテーブルに突っ伏
している中で立ち上がった。
﹁あん? おい、ヴェルト、どうしたんや? 今からこの中身につ
いてダベるんやないんか?﹂
﹁ああ。そろそろ遅いからよ、俺は先に抜けさせてもらうよ﹂
﹁なんだよ、ヴェルちゃん、つれね∼な∼。もっちょっと飲もうよ
∼﹂
夜はまだまだこれからだぜという感じの皆には悪いが、今日ばか
りは俺もこのままこうしている気はなかった。
﹁しかたね∼だろ∼? もっと付き合いてえとこだけど⋮⋮今、コ
レが、コレなもんだからな﹂
俺はちょっと自慢げに、小指をつきたててから、腹を撫でた。
それは、﹃嫁が妊娠中﹄というジェスチャー。
それをした瞬間、場が大爆笑に包まれた。
1675
そう、今日はあいつと一緒に居てやりたい⋮⋮そう最初から決め
ていた。
﹁あらあら、それをもう一人の嫁である私の前で君は言うのかしら
?﹂
﹁にゃははははははは! ヴェルト君が正に新婚旦那にッ!﹂
﹁なんや、急に所帯じみおって。ユズリハもちゃんと相手したれよ
な?﹂
﹁ヴェルちゃん、やる∼!﹂
﹁⋮⋮朝倉が大人に見えてきた⋮⋮﹂
それなら仕方ない。そんな感じで笑うクラスメートたちは笑って
いた。
﹁じゃあ、俺は抜けるぜ。また明日な﹂
﹁私はもう少しみんなと話をしているわ。今日はフォルナと寄り添
ってあげなさい。だから、ヴェルト君﹂
﹁ん? アルーシャ?﹂
﹁ん、おやすみなさいのアレをお願い♪﹂
その時、酒で酔いが見られるアルーシャが、立ち上がった俺の服
の裾を掴んで、目をつむり、少し口を突き出してきた。
﹁本当は今日は可愛がってもらいたいところだけど、フォルナに気
を使って我慢してあげるのよ? だから、ね♪﹂
﹁ったく、お前まで、ソートー酔ってるな?﹂
ああ、そういうことね⋮⋮鼻でも摘まんでねじって⋮⋮いや⋮⋮
1676
﹁ったく⋮⋮⋮⋮ん﹂
﹁ッ!﹂
﹁﹁﹁﹁お、おおおおおおおおおおおおおおおっ!!﹂﹂﹂﹂
まあ、うん、今日は⋮⋮うん。特別だってこともあるし、俺は屈
んでアルーシャに口づけをしてやった。
﹁お⋮⋮お前も体に気を付けて、あんま飲み過ぎんなよ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁いや、おま、自分からしろって言っておいて、何で無反応なんだ
よ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁ったく、じゃあな﹂
アルーシャが俺からしてやったことに、驚きのあまりリアクショ
ン取れずに硬直していた。
ここで発狂されたりするのも困るから、俺はこいつが何かを言う
前にそのまま足早に部屋から出た瞬間⋮⋮
﹁うくううううううううううううううっ! か、彼の方からあああ
ああああ! 彼の方からああああああ!﹂
部屋の中から有頂天になって飛び跳ねているアルーシャの音が聞
こえてきた。
﹁今のアルーシャちゃん見たら、昔好きだった人たちもショック受
1677
けるねえ﹂
そんなクロニアの呆れた声を耳にしながら、俺は愛するもう一人
の嫁の元へと向かった。
こうして、今日はフォルナと寄り添って夜を過ごす⋮⋮⋮⋮かに
みえた。
﹁クンクンクンクン! ⋮⋮婿発見ッ!﹂
結論から言うと、廊下を徘徊していた嫁に襲われた。
﹁よく見つけたわ、ユズリハ姫。お互い回数が少ない同士で手を組
んで正解だったわね﹂
そう、嫁たちの中で俺の知らないところで動きがあった。
1678
﹁アルーシャ姫は飲み会。ウラ姫はフォルナ姫に付き添い。オリヴ
ィア姫はリリイ同盟の娘たちと交流。なら、今、動かないわけには
いかないわね﹂
﹁おい、最初婿とするのは私だぞ?﹂
﹁ええ。まあ、それは許してあげるわ。でも、二回目からは混ざら
せてもらうわ﹂
﹁ん、それなら、我慢する﹂
ヨメーズ内貧乳同盟が結成されていた。
1679
第94話﹁再会関連の整理﹂︵後書き︶
皆さま、いつもお世話になっております。
活動報告などでも報告させて戴いておりますが、
﹃君との再会まで長いこと長いこと﹄について、移行に向けて別サ
イトでも作業始めました。
https://syosetu.org/?mode=user
&uid=86100
<WEB小説投稿サイト・ハーメルン・アニッキーブラッザーのペ
ージ>
なお、こちらで掲載しているものは8月27日に削除致します。よ
ろしくお願い致します。
1680
第95話﹁夜食を食べよう﹂
不思議なもんだ。
初めて出会ったときは、口うるさいウザい幼馴染。
それからしばらくは、マセた妹分。
それが今ではどうだ? フォルナは俺の子を宿し、肉体や法律上
だけでなく、俺と確かな関係となった。
ハットリやラクシャサの二人に影響されたってのもあるが、今じ
ゃあいつが愛おしい。
今日は、ヤルとかヤラないとか、そういうことじゃなく、純粋に
あいつの傍に居てやりたい。
そう思って、飲み会を抜け出して俺はあいつの部屋に⋮⋮
﹁あれ⋮⋮?﹂
俺は今の今まで、チェーンマイル王国王宮の廊下を歩いていたは
ずなのに⋮⋮なんでいつの間にか俺は花畑に居るんだ? ⋮⋮いや、
これは!
﹁ちっ、幻術⋮⋮暁光眼だな! クレオか!﹂
こんなこと出来るのはあいつしかいない。俺がすぐに気づいて声
を上げると⋮⋮
﹁元々、このチェーンマイル王国王宮は私の家よ? 私の家で私の
夫が他の女と逢瀬をしようだなんて、面白くないに決まってるじゃ
ない﹂
1681
花畑に響くあいつの声。花畑の先には、一本の巨大な木。
名前を付けるなら、思わず﹃世●樹﹄とでも名付けたくなる木の
下で、不敵な笑みを浮かべているクレオが⋮⋮
﹁って、おま! なんちゅうカッコしてんだよ!﹂
クレオが、上下黒の下着に黒ニーソ、そしてガーターベルトとい
う明らかに人を誘った姿で、足を組んで木に寄りかかかって座って
いた。
﹁あら、今さらこんな格好程度で何を言うのかしら? 既に私の体
は、この布で覆われている部分も余すことなく堪能しているでしょ
う?﹂
いや⋮⋮そりゃ⋮⋮でも、凝視はしてねーよ。つか、別にスタイ
ル云々で差別的なことを言う気はねえが、そんな残念な体つきで、
どうしてそこまで自信満々にエラそうなんだよ。
しかも、クレオ様モードはとどまらねえ。クレオがパチンと指を
鳴らした瞬間、目の前には⋮⋮こいつは珍しい!
﹁これは⋮⋮ふとん⋮⋮じゃねえかよ﹂
﹁あら、知っていたの? そう、フトンよ。亜人大陸で伝わってい
る寝具よ。ベッドもいいけど、結構気に入ってるのよ﹂
転生してから一度も見たことがねえ。ふとんが二つの枕を並べて
花畑の上に出現した。
しかも、この枕! なんか、﹃YES﹄って書かれてるんだけど!
﹁しかも、これは伝説の﹃YES/NO枕﹄じゃねえかよ!﹂
﹁あら、それまで知っていたのね。それは神族世界で知ったのよ。
1682
まさか、自分が使う日が来るとは思わなかったけどね﹂
﹁っておいおいおいおい、ヤル気満々かよ。お前な∼、だから、そ
の、今日は勘弁してくんねえか?﹂
今日はそういうのは無しにしてくれよと、俺は﹃YES﹄と書か
れた枕をひっくり返して拒否を⋮⋮って、
﹁って、ちょっと待て! 何で﹃YES﹄の裏にも﹃YES﹄って
書かれてるんだよ!﹂
﹁あら? ﹃YES/YES枕﹄よ。この私に対して、拒否という
選択肢があると思っているのかしら?﹂
あっ、こいつ駄目だ。逃がす気ねえし、アルーシャみたいに﹁今
日はフォルナに気を遣う﹂とかって気遣いまるでねえ。
やべえ⋮⋮めんどくせ∼⋮⋮
クレオは小さく笑って、指を慣らす。すると⋮⋮
﹁ただ、この私も義理は通すわ。だから、まずはあなたとの交わり
は彼女に譲ることになっているの﹂
﹁え⋮⋮⋮⋮なっ!﹂
布団の上にもう一人の女がいきなり出現した。
それは、薄着の着物を着たユズリハだ。
﹁ムコ⋮⋮﹂
﹁ゆ、ユズリハ?﹂
ユズリハが、布団に正座して、手をついて⋮⋮
1683
﹁ふ、⋮⋮えっと、ふつつかものですが、おいしく召し上がってく
ださい﹂
ふつつかものですが召し上がってください? 生まれて初めて言
われた言葉をそのまま頭の中で繰り返してしまった。
﹁いや⋮⋮⋮⋮召し上がってくださいって言われても⋮⋮﹂
﹁えっ? ⋮⋮食べれないのか? あっ、着物脱ぐか? ムコは脱
がせるの好きじゃないのか? 脱ぐぞ。脱ぐ脱ぐ﹂
﹁いや、脱がんでいい!﹂
﹁この帯引っ張れ! ムコ、引っ張れ!﹂
﹁⋮⋮っと⋮⋮﹂
﹁あ∼∼∼∼∼∼れ∼∼∼∼∼∼∼﹂
おい、まさかこれも噂の花嫁修業で身に着けた作法じゃねえだろ
うな?
ユズリハが俺に無理やり着物の帯を握らせた瞬間、ユズリハがフ
ィギュアスケートのようにスピンでクルクル脱ぎ脱ぎ。
いや、ちょっと待てと俺がユズリハの手を掴むと、ユズリハは﹁
ぽ∼﹂となって俺を見つめながら手を握り返してきた。
﹁ムコ⋮⋮えへへへへ⋮⋮ん、ちゅ∼∼∼しろ﹂
で、唇を突き出して求めてくる⋮⋮
﹁ほら、まずは彼女を先に食しなさい。メインディッシュがまだ控
えてるのよ?﹂
﹁クレオ∼、つか、何でお前らが結託してるんだよ!﹂
﹁あら、決まってるじゃない。そんなことも分からないの?﹂
1684
﹁⋮⋮貧乳同︱︱︱﹂
﹁いいから早く食べなさいッ!﹂
﹁だから、食べろって言われても、今はそういう気分じゃねえって
言ってんだろうがっ!﹂
ダメだこいつら。もういい。今すぐ、ふわふわキャストオフで解
除︱︱︱
﹁ムコ︱︱︱︱ッ!﹂
﹁ごふっ!﹂
そのとき、お淑やかモードだったユズリハが、俺の腹に勢いよく
ダイブしてきた。
﹁いや、ま、ちょ、一回落ち着け!﹂
﹁ん∼∼∼! ムコー! ムコ、んんん∼、クンクンスリスリチュ
ッチュッペロペロ﹂
﹁やめい! 匂い嗅ぐな、擦り付けんな、チュウしまくるな、舐め
てくるな!﹂
﹁もういい! 私がお前食べる! アムアムカムカム﹂
﹁アマガミしてくんな!﹂
ユズリハが俺の体中をマーキングしてくる。顔が完全にトロ顔に
なって、俺を責め立てる!
﹁ん、⋮⋮んん⋮⋮⋮ふう⋮⋮見ているだけっていうのも意外とキ
ツイものね⋮⋮﹂
クレオが足を組んだまま、股をモジモジさせて、少し息が荒くな
ってる。余裕たっぷりだった、さっきまでの様子とは変わってきて
1685
いる。
いかんぞいかんぞいかんぞ、このままじゃ。
﹁あむちゅるちゅるちゅるちゅる﹂
﹁ひゃ、く、くすぐっちゃ!﹂
﹁ムコの指おいひいい﹂
﹁ねえ、ムコもたべてよ、おいしいぞ?﹂
﹁ひゃっ、う、く、くすぐっ、だ、ユズリハ、ちょ、おちつ!﹂
﹁いいもん、ムコも脱がせる。全部食べちゃう﹂
ユズリハの食事タイムが始まった。俺の手の指を口の中に頬張り
だして、一本一本余すことなく舐めまわして唾液まみれにして、く、
くすぐっちゃい!
っていうか、気付けば俺は小柄なユズリハに覆いかぶされて、布
団の上に押し倒されていた。
﹁ん、うらやま、ん⋮⋮あんなにヴェルトを味わって⋮⋮ふう、は
あ、はあ⋮⋮ッ、ダメね⋮⋮もう﹂
倒された俺の視界の端では、イライラしているのか貧乏ゆすりを
しまくって、息が荒くなっているクレオ。
そのクレオがもう我慢の限界と立ち上がって⋮⋮
﹁失礼。ん﹂
﹁むぐっ!﹂
﹁む、ぐにゅ、ほ、おい! ゴミペッタンコ女! お前の番は後な
のに、なんでムコにチューしてる!﹂
俺の体中にユズリハがマーキングしている最中に、クレオが俺の
頭を両手で持ち上げて、俺に情熱的なキスをしてきた。
1686
﹁ぷはっ⋮⋮悪いわね⋮⋮目の前にこれだけ美味しそうな一品があ
るなら、食べてみたくなるものでしょう?﹂
﹁むうう∼∼∼、パクパクアムアム!﹂
﹁ふふふふ、果報者ね、ヴェルト・ジーハ。でも、あなたにも極上
の美味を味あわせてあげるのだから、光栄に思いなさい﹂
なななななな、なんなんだ! なんなんだこの感覚は! 何でこ
いつら、こんな怒涛の攻めをしてくるんだよ!
﹁︵*´ε`*︶チュッチュ︵*´ε`*︶チュッチュ︵*´ε`
*︶チュッチュ︵*´ε`*︶チュッチュ︵*´ε`*︶チュッチ
ュ︵*´ε`*︶チュッチュ︵*´ε`*︶チュッチュ︵*´ε`
*︶チュッチュ︵*´ε`*︶チュッチュ︵*´ε`*︶チュッチ
ュ︵*´ε`*︶チュッチュ︵*´ε`*︶チュッチュ︵*´ε`
*︶チュッチュ︵*´ε`*︶チュッチュ︵*´ε`*︶チュッチ
︵^ε
ュ︵*´ε`*︶チュッチュ︵*´ε`*︶チュッチュ︵*´ε`
*︶チュッチュ﹂
これぞ正にユズリハストリームッ!
︵^ε^︶−☆Chu!!
︵^ε^︶−☆
︵^ε^︶−☆Chu!
︵^ε^︶−☆Chu!!
﹁︵^ε^︶−☆Chu!!
^︶−☆Chu!!
︵^ε^︶−☆Chu!!
︵^
︵^ε^︶−
︵^ε^︶−☆Chu!!
︵^ε^︶−☆Chu!!
︵^ε^︶−☆Chu!!
Chu!!
!
ε^︶−☆Chu!!
︵
︵^ε^︶−☆Chu
︵^ε^︶−☆Chu!!
︵^ε^︶−☆Chu!!
︵^ε^︶−☆Chu!!
☆Chu!!
!!
^ε^︶−☆Chu!!﹂
1687
これぞ正にクレオショットガン!
嵐の中の散弾銃が容赦なく俺を責め立てる。
俺のふわふわ技で引きはがそうにも意識が集中できなくて、くす
ぐった気持ちよくて、と、と、飛んじまうううう!
﹁ふっ⋮⋮ふわふわキャストオフ&エスケープ!﹂
﹁ッ!﹂
﹁ひゃっ、ムコォ!﹂
ダメだ! このままじゃ快楽の海に沈んじまう。
俺は、ギリギリのところで理性を全身にみなぎらせ、暁光眼の幻
術と、貧乳コンビの同時攻撃を引き剥がした!
﹁はあ、はあ、⋮⋮あ∼、危なかった﹂
花畑が一変して、俺の目の前には広々とした畳の大広間が広がっ
ていた。
﹁ッ、ムコ、なにする! ムコお!﹂
﹁ふっ⋮⋮随分と贅沢なことをするものね⋮⋮超高級料理をテーブ
ルから引っ繰り返すだなんて⋮⋮﹂
﹁いや、ワリーな。別に口に合わねえとかじゃねーんだけど、今日
は勘弁しといてくれねーか?﹂
大広間のど真ん中に敷かれている布団から吹き飛ばされて転がっ
ている、衣服を乱したクレオとユズリハが俺を鋭い目で睨んでいた。
でも、今、この二品を平らげるわけにはいかねーんだよ。
﹁今日だけはフォルナの傍に居てやりてーんだ!﹂
1688
そう言って俺は服の着崩れを直そうとした、その時だった。
﹁やだ﹂
︱︱︱カサカサカサカサ
﹁ぬおおっ! ご、ゴキブッ!﹂
﹁一回食べてから! 一回もないのやだあ!﹂
﹁耳の中に舌入れるな! 耳を咬むなあ!﹂
カサカサカサカサ、と四つん這いになってゴキブリのように走行
するユズリハは一瞬で俺の間合いのうちに入り込み、俺の足からよ
じ登って、俺の体にしがみ付いた。
こんなところ、ジャックとイーサムに見られたらと思うと怖くな
る。
そんなことを考えていると、俺の背後からクレオが妖しく微笑み
ながら、俺の尻を撫でてきた。
その時、パサリと布団の上に何かが落ちた。⋮⋮黒いブラだ。サ
イズは小さい。
﹁ふふふふ、その通りよ、ヴェルト﹂
﹁ッ、クレオ!﹂
﹁据え膳喰われぬは女の恥。据え膳喰わぬは女の恥。互いに食べ終
わるまでは決して食卓からは退席させないわ﹂
俺の正面からユズリハ。
背後からはクレオ。
互いに肌を露わにして、自分の体を俺に押し付け、そして前後か
ら挟み込んでの同時攻撃!
⋮⋮⋮⋮でも、押し付けてるけど⋮⋮ちっさ⋮⋮柔らかさがなく、
1689
合計四つの小さなサクラ⋮⋮いやいやいやいや! でも俺は愛する
フォルナに今日は誠意を示すためにも⋮⋮
﹁食べろ⋮⋮食べてよ⋮⋮交尾しようよ⋮⋮ムコ∼﹂
﹁⋮⋮そこまで拒まれると、女として⋮⋮妻として⋮⋮皇后として
⋮⋮深く傷つくわね﹂
と、その時、前後で俺を責め立てていた二人の攻撃の感覚や威力
が弱まり、それどころかその言葉から寂しさがにじみ出ていた。
﹁⋮⋮な⋮⋮泣いているのか?﹂
俺がそう聞くと、ユズリハは俺の胸の中に顔を埋め、クレオは俺
の背中に顔を摺り寄せて、二人とも俺に顔を見せないように、少し
拗ねた口調だった。
﹁あなた、女を篭絡するまでが楽しくて、その後には興味がないっ
ていうところなのかしら?﹂
クレオがポカッと俺の背中を小さく叩いた。⋮⋮震えて⋮⋮
﹁神族世界では自由な恋愛が認められていない。多くの審査を経た
許可が必要。ただ、中には、その審査を通った瞬間こそが互いの男
女の愛のゴールとなってしまい、結果的に恋愛許可を得た男女の愛
が冷め切ってしまうという例もあったぐらいよ﹂
それ、前世でもそういう話は聞いたことがある。女を落とすまで
が楽しくて、その後は⋮⋮みたいな⋮⋮最低な話。
﹁十年の歳月と世界の壁が私たちを阻んだ⋮⋮でも、私はあなたと
1690
再会して結ばれることをゴールとして設定したつもりなんてないわ
⋮⋮それこそ私たちを再び運命が別つ日まで⋮⋮いいえ、もはや神
でも悪魔でも私たちを別とうとするものは引き裂いてあげるわ⋮⋮
でも⋮⋮あなたは⋮⋮﹂
そしてクレオは⋮⋮俺の核心に触れる。
﹁ヴェルト、あなた色々考えるのめんどくさいから、とりあえず結
婚しとけば後はどうでもいいやと思っているんじゃないかしら?﹂
思ってましたあああああ! いや、そりゃ結婚生活で徐々に変わ
ったり、ラクシャサとの出会いで心を入れ替えようとは思っていた
けど、確かにそう思っていたよ、畜生!
﹁篭絡された女はたまったものじゃないわね。身も心も落ち切って、
さあ、これから愛の詩を互いに紡いでいこうというところで、あな
たからは何もない。それどころか、運よく先に孕んだ女を優先させ、
寵愛する。ねえ、酷いと思わない?﹂
⋮⋮⋮⋮ひでーな⋮⋮なんか、ぐうの音も出ねえぐらいヒデーな
⋮⋮。
そして今度は⋮⋮
﹁ムコ⋮⋮私、花嫁修業頑張ったぞ⋮⋮﹂
﹁ユズリハ⋮⋮﹂
﹁正座だって十秒ぐらいできるようになった⋮⋮ゴミ父の書いた交
尾体位百科事典を何度も読破した⋮⋮料理も、卵かけごはん作れる
ようになった⋮⋮掃除とか片づけとか生け花とかまだ出来ないけど、
1691
ムコのお嫁さんになるために頑張った。半年もムコに会えなかった
けど、我慢した。⋮⋮牛乳飲んで、毎日自分で胸揉んでおっきくす
るのも頑張った⋮⋮﹂
胸は全然大きくなってな⋮⋮って、そうじゃなくて⋮⋮まあ⋮⋮
心には届いた。
こいつはこいつで相変わらずだし、精神が幼児化しちまったんじ
ゃねえかとも心配したが、それでもフォルナたち同様にこいつら二
人とも、二人なりに俺のことを⋮⋮
︱︱︱嫁共。幸せにするから、これからも俺と繋がっていてくれよ
な?
その時、昼間、俺がオリヴィアとの話の中で、啖呵切った言葉を
自分で思い出した。
運悪く世界同時放映されちまった、俺の宣誓みたいなもんが。
﹁ったく⋮⋮⋮﹂
﹁あう﹂
﹁ちょっ、ヴぇ、ヴェルト!﹂
こうなったら仕方ない。今日の今日宣言した自分の言葉を偽るわ
けにはいかねえよな。約束したんだから。
俺は二人を俺から引き剥がし、そのまま二人布団の上に並べた。
﹁正直なところ⋮⋮生々しい話をすると、俺たちは恋愛から結びつ
いたわけじゃねえ。でもな⋮⋮﹂
1692
ユズリハはおまけ。
クレオは罠にハメられた。
でも⋮⋮
﹁でも、⋮⋮それでも俺がお前らをこれから大切にしていく⋮⋮贔
屓とかそういうのは気を付けるし⋮⋮ずっと、一緒にって思ってる
から⋮⋮それだけは証明する﹂
でも、今はこの二人はもう俺の女であり、俺の嫁だっていうのは
公式としてそうなっている。
だから、こいつらを幸せにするっていうのを心に決めたんだから、
それをこいつらに疑われて泣かれたまんまにするわけにはいかねえ
な。
⋮⋮とまあ、自分でそういう言い訳をして⋮⋮
﹁一晩中ってのは、今日だけはかんべんな。でも⋮⋮その分⋮⋮﹂
長さじゃねえ。濃さで⋮⋮
﹁ムコ⋮⋮ムコオオッ!﹂
﹁ッ、ヴェルトッ!﹂
この時間だけは、こいつらに俺の想いもぶつけた。
1693
︱︱︱︱︱︱諸事情により詳細な描写はカットする
﹁ふう⋮⋮何時間ぐらいだ? あいつら、何杯もおかわりしやがっ
て⋮⋮﹂
お互い夜食を食べ合った。夜食な? 夜食。夜食だぞ?
だが、夜食に満足したのか、ユズリハは布団の中でグッスリと眠
りにつき、クレオは艶々させた表情で笑みを浮かべて、俺に言った。
︱︱︱とりあえず、今日はこれで我慢するわ。だから、今日は特別
⋮⋮多少の贔屓は認めることにするわ。でも、覚えておきなさい、
ヴェルト! 私たちだけではないわ。私たちと同じように、あなた
に落とされて、それでも寵愛が貰えずに苦しんでいる哀れな女がま
だ居ることを
1694
そう言って、俺にフォルナの元へ行けと促した。
それを受けて、俺はそのままフォルナの部屋へと向かっていた。
体は疲れたけど、まあ、今日はそういうことをするためにあいつ
に会いに行くわけじゃねえしな。
﹁でも、だいぶ時間とられたし、あいつもう寝てるかもしれねえな﹂
もう時刻は深夜だろうし、正直、フォルナは絶対に寝ているだろ
うと思った。
でも、俺はそれでも良かった。あいつが寝てるなら、横であいつ
の頭を撫でながら今日は俺も寝よう。そう思った。
そんな考えをするようになった俺自身の考えの変化に笑っちまい
そうになるが、心は清々しかった。
フォルナに、﹁愛してる﹂と言ってやった瞬間から、俺自身、な
んか心が解放されたような気分だった。
︱︱︱フォルナ姫は宮殿の客間エリア⋮⋮奥から二番目の部屋で休
んでいるわ
﹁おっ、ここだな﹂
去り際にクレオが教えてくれた、フォルナに宛がわれた客室。中
からは声もしない。動く気配はない。
それが、もうこの部屋の中に居る人間がグッスリと夢の世界へと
行っていることを雄弁に表していた。
俺はそんな部屋の扉を、音がしないようにゆっくりと開けた。
そこは、重厚感漂うアンティークや美術品などが飾られている、
いかにもVIP専用の部屋という感じがした。
そして、キングサイズのベッドにはシーツを被って寝息を立てて
いるあいつが、俺とは反対側を向いて寝ていた。
1695
やっぱり休んでいたか。でも、ここで部屋から出ていくことはな
く、俺はベッドへ向かい、シーツに手をかけて⋮⋮
﹁ったく、これじゃあ夜這いみてえじゃねえか⋮⋮まっ、いっか。
実際そんなようなもんだしな⋮⋮﹂
そしてゆっくりと、大きすぎるベッドの中へと侵入した。
﹁⋮⋮ッ! ⋮⋮﹂
その時、シーツを頭まで被った山がビクッと動いたのが分かった。
起こしたのか? いや、それとも⋮⋮
﹁なんだ⋮⋮起きてたのか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
フォルナは何も答えない。シーツを頭からかぶったまま、身動き
とらず、顔もこっちまで向けない。
でも、呼吸が乱れているのが空気を通して伝わってきているから
分かる。
狸寝入りしやがって⋮⋮いつもはお前の方から俺のベッドに侵入
するくせに、俺からされることに驚いて戸惑ってんのか?
そんなフォルナの反応が面白くて、俺は一気にベッドの中で距離
を詰めた。
﹁そう、驚かなくていい。ただ、今日は俺の方がお前とずっと一緒
に居たいって思っただけだ﹂
﹁/////////////////////////////
1696
////////????﹂
﹁安心しろ。今日は一緒に寝るだけだ。特にそれ以上何かをするわ
けじゃねえ。ただ、朝まで⋮⋮近くに居させてくれねーか?﹂
﹁????????????????﹂
﹁ま、そもそも今は俺のコンディション的にできねーけどな。くは
はははははは﹂
そして俺は、あいつをベッドの中で後ろから抱きしめて!
﹁ひゃうっ! ⋮⋮あ、あわわ⋮⋮へ? な、なん⋮⋮で?﹂
俺に抱きしめられて体をビクッと跳ね上がらせて声を上げて⋮⋮
﹁なななな、なん、で、な、に、ど、なんで⋮⋮ヴぇる、ヴぇ、ヴ
ェルト君?﹂
⋮⋮顔を真っ赤にして明らかに混乱しまくっていた⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ペットが居た⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あれ?﹂
1697
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あれ?
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮フォルナじゃない?
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮やべえ、部
屋間違えた?
﹁き、きゃ、き⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮なん、で、ヴェルト君、
は、半裸で私のベッドに!﹂
﹁いや、これはさっきまでの戦いで! いや、そ、じゃ、お、落ち
着け!﹂
﹁ひ、い、いい⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮!﹂
まずい! 混乱しまくったペットは、もはや限界とばかりに⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁きゃああああああああああああああああああああああああ! な
なな、なんでヴェルト君が!﹂
﹁しいいいい、静かに! 誤解だ誤解! とにかく落ち着けって!﹂
﹁バカバカバカバカ! なんで? 姫様がご懐妊された日に、何で
ヴェルト君が私を襲おうとしてるの?﹂
﹁と、ちが、とにかく落ち着け! 深呼吸しろ! これには色々と
事情がある!﹂
1698
﹁お、おちつ、く? むむむむ、無理だよお! こ、こんな不意打
ちにヴェルト君がいきなり私と一緒に居たいとか、そ、それに、さ
っき、ちょっと抱きしめながら私の胸も触ったし!﹂
﹁あれは抱きしめたらちょっと触れただけで、ソレが目的だったわ
けじゃなくて、と、とにかく誤解なんだ!﹂
﹁なななん、にが、ごかかかかかい? ととと、とりあえず、そそ、
そう、お、おちつ、おちつ⋮⋮えとえと⋮⋮こここ、これでも飲ん
で落ちちちち着いてててて﹂
﹁いや、お前が落ち着け⋮⋮ってこれでも飲んでって⋮⋮って、こ
れはエロスヴィッチの栄養ドリンクじゃねえかよ! 何でお前がこ
んなの持ってるんだよ!﹂
ヤバい、つか、なんで? ここって、フォルナの部屋じゃ?
﹁つか、何でお前がこの部屋に居るんだよ! こんな豪勢な!﹂
﹁そ、それは、クレオ姫が、十年前とか神族世界で私に迷惑をかけ
たお詫びとかって⋮⋮﹂
﹁な、なに? クレオが?﹂
そういや、俺にこの部屋の場所を教えた時、クレオの奴⋮⋮⋮な
んか妖しく笑っていたような⋮⋮⋮ッ、まさか、俺、ハメられた?
﹁一体何があった!﹂
﹁おい、ペットの声だ! ペットの悲鳴が聞こえたぞ?﹂
﹁ペット殿、どうされたでござる!﹂
﹁ペット、なにがありましたの?﹂
1699
﹁この部屋だ! おい、どうしたんだ?﹂
そしてその時、ペットの悲鳴を聞きつけた、バーツとかシャウト
とか、ホークたちまで含めた幼馴染とか、ムサシとかフォルナとか
ウラとか⋮⋮
﹁ハーメハッメハッメ、ハッメハメ∼♪ なんなのだ∼、今の悲鳴
は∼。わらわ好みの何かが起こっているのだ∼。リリイ同盟の娘た
ちと遊び疲れて寝ようと思っていたのに、なんなのだ∼? おおお
お、今まさに臨戦態勢に入るとこではないかなのだ! ペット・ア
ソークが、わらわの作った特製精力剤を自ら差し出しているのだー
!﹂
﹁ん? おやおやおやおや、旦那君⋮⋮それはないんじゃないかな
? まだ、お手つきもされていない私を差し置いて、愛人を増やそ
うとするのはいただけないねえ﹂
エロスヴィッチとオリヴィアまで⋮⋮そして⋮⋮
﹁さあて、愚婿。説明してくれるかい? くくくく、これはどうい
うことだい?﹂
ニコ∼っと笑った最恐の微笑みを浮かべたママが、鞭でパチンパ
チンと床を叩きながら現れた。
1700
そして俺は⋮⋮⋮⋮⋮⋮もう、説明するのは勘弁してくれ⋮⋮⋮
⋮
1701
第95話﹁夜食を食べよう﹂︵後書き︶
作者はとても真面目な人間です。そのため、この物語はとても健全
で上品な物語を目指しております。
1702
第96話 ﹁刀を扱う資格とノーカウント﹂
﹁クスン⋮⋮う、うう﹂
﹁もう大丈夫だよ、もう大丈夫だから、ペット。しばらくこうして
あげるから、落ち着いて。ね? ⋮⋮ッ、ヴェルトくん最低ッ!﹂
汚物を見る目。嫌悪。憎悪。まあ、とりあえず色々と負の感情を
向けられていた。
怯えて震えているペットを、幼馴染のサンヌとホークが抱きしめ
ながら﹁もう大丈夫だから﹂と慰めている。
そんな中、俺はペットが宛がわれたVIP客室の床の上で正座さ
せられていた。パンツ一丁でだ。
﹁愚婿。女とまぐわうのはあんたの仕事だ。あんたが、愚娘以外の
女とヤルのは別に構わない。でもな、それはちゃんとした両者の合
意があった場合だ﹂
﹁⋮⋮いや、俺は部屋を間違えて⋮⋮﹂
﹁どんな理由があろうと、あんたはこうしてエルファーシア王国の
大切な国民であり、騎士団であり、公爵家の娘を犯そうとしたあげ
く、その心に一生消えない傷を残した。それは理解してるんだろう
ねえ﹂
﹁はい﹂
﹁アルナやボナパが草葉の陰で泣いてるよ⋮⋮これも、あんたに対
する躾けが足りなかった、私と愚娘が温かった所為だねえ﹂
俺は、パンツ一丁の半裸状態で正座。肌にヒリヒリと無数の鞭の
痕が刻まれている。痛い⋮⋮
1703
﹁ヴェルト⋮⋮ッ、流石にこれはダメですわ! ペットに謝りなさ
い!﹂
﹁そうだ! 大体、何で私の部屋に夜這いに来ない! 準備万端だ
ったんだぞ?﹂
騒ぎを聞きつけたフォルナとウラも起きてきて、寝巻き姿のまま
俺にマジ怒りだ。
アルーシャとかクレオにユズリハは⋮⋮多分、ぐったりして寝て
るんだろうな⋮⋮
一応、俺がクレオにハメられたことと、ペットにエロいことまで
はやっていないということは信じてもらえたが、それはそれとして、
ただでさえ男が苦手なペットの心に深い傷をつけたとして、俺は今、
お仕置きやお叱りは受け止めていた。
﹁とりあえず、クレオ姫にはあとでキッチリと問いただすにしても
⋮⋮やはり夫の不貞は妻としても償わなければなりませんわ﹂
﹁まあ、そうだろうな⋮⋮私もそう思う⋮⋮﹂
すると、呆れた顔をしながらも、寝巻き姿のフォルナとウラが共
に俺の両隣で正座した。
﹁ペット、この度は夫が⋮⋮ヴェルトがあなたにしたことを許して
欲しいとは言いませんわ。ですが、本当にごめんなさい﹂
﹁ヴェルトは確かにエッチではあるが、それでも無理やり女を襲う
ようなことはしない。言い訳ではないが、本当に間違いなんだと思
う。そこは信じて欲しい﹂
と、二人して正座しながらペットに頭を下げた! こいつら⋮⋮
なんていいやつなんだ⋮⋮
1704
﹁ひ、姫様ッ! ちょ、お、おやめください! わ、私は大丈夫で
すから! むしろうれs、じゃなくて、ビックリしたけど、本当に
もう大丈夫ですから!﹂
流石に、自分が仕える姫と魔族の姫に同時に頭を下げて謝罪され
たら、ペットは余計にパニくった。
そりゃ、シャウトやバーツたちだって驚いて卒倒しそうだしな。
もう、本当に自分は大丈夫だと涙を拭いてアピールして、ペット
はむしろ自分が正座して﹁御願いですから頭を下げないでください
∼﹂と慌てていた。
しかし、フォルナとウラは本当に申し訳ないという思いから⋮⋮
﹁いいえ、こればかりは本当に許されざること。当然、今後、ヴェ
ルトをワタクシたちでしっかりと監督し、特別な用事が無い限りは
極力ヴェルトがペットに近づかないように配慮しますわ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂
﹁分かりましたわね、ヴェルト! 今後、ペットには近づかないこ
と! いいですわね!﹂
あっ⋮⋮ペットが固まった⋮⋮
﹁フォルナの言うとおりだ。ムラムラしたら私に言え! 妊娠した
フォルナの分も全て私が受け止めてやる。夜這いなんてドンと来い
だ!﹂
﹁ウラ、それは単純にあなたがそれをされたいだけでは⋮⋮ですが、
これもペットを守るため。分かりましたわね、ヴェルト!﹂
1705
それに、なんか、その発言をされてサンヌやホークたちも何だか
⋮⋮﹁それは逆にかわいそう⋮⋮﹂とか呟いている。
あれ? そういや、フォルナは知らねーのか? ペットは昔、俺
を⋮⋮
﹁あ、あの姫様、その∼﹂
﹁ペット、どうされましたの?﹂
﹁えっと、わ、わたし、もう大丈夫っていいますか⋮⋮あの⋮⋮ヴ
ェルトくんは大切な幼馴染ですから⋮⋮極力近づかないとか⋮⋮そ
ういうことしないで大丈夫ですから⋮⋮﹂
﹁ッ、何を言っていますの、ペット! 幼馴染だからこそですわ!
大切な幼馴染だからこそ、無理に顔を会わせて気まずい雰囲気な
ど嫌でしょう? ですので、ここは時間がペットを癒して、ヴェル
トとのわだかまりが完全に無くなるまでは⋮⋮﹂
﹁あ、ほんとうに、その大丈夫ですから⋮⋮わ、わた、別に、その
⋮⋮だから、その⋮⋮もう話をしないとかそういうのは⋮⋮﹂
フォルナはペットを大切な幼馴染だと思っているからこそ、ツラ
イ思いをさせたくないと純粋に思っているんだろう。
でも、なんかペットは⋮⋮
﹁御願い、ペット! あなたがワタクシとヴェルトを想って心を押
1706
し殺しているのは分かっていますわ! ですから、苦しいのに、苦
しくないなんて言うのはやめてくださいませ!﹂
﹁い、いえ、で、ですから、その、べ、べつに⋮⋮﹂
﹁ワタクシは誰よりも人を愛すということを理解しているからこそ
分かるのですわ! 好きでもない男に触れられることがどれほどお
ぞましいことか!﹂
﹁で、ですから! 別に好きでもないわけじゃなくて! わ、で⋮
⋮あれ?﹂
﹁⋮⋮⋮え?﹂
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!?
﹁あっ⋮⋮⋮﹂
あっ、おい⋮⋮今、ドサクサに紛れて、なんか凄いことが⋮⋮
﹁ああ、なんじゃ、どうりで先ほどから会話の辻褄があっていない
と思っていたが、フォルナ姫は、ペット・アソークがヴェルトを好
きなのを知らなかったのだ?﹂
これまで腕組んでずっと黙っていたエロスヴィッチがようやく声
を発した。
やばい! こいつが口出すといつもとんでもない方向に⋮⋮
﹁え⋮⋮? えっ⋮⋮え、ええ? えっ⋮⋮ペット⋮⋮﹂
1707
フォルナは目がグルグル回っている。ウラも驚いているし、ママ
も﹁ほう﹂と関心ありそうに頷いている。
でも、幼馴染たち⋮⋮特に、ホークとかサンヌとか⋮⋮まるで知
ってたみたいに﹁あちゃ∼﹂って顔をしてる。
﹁え、え、エロスヴィッチ様! ななな、ひ、姫様になんてことを
言うんですか! ち、違います! 私、もう、ヴェルト君のことな
んて何とも思ってないんですから!﹂
﹁ふふ∼ん、本当はヴェルトの夜這いではなく、むしろペット・ア
ソークがヴェルトを誘っただけかもしれないのだ∼。このペット・
アソークは、意外とエロエロなのだ∼﹂
﹁ち、ちが、そんなことするはずないじゃないですか! 姫様のお
めでたい日に、なんで私がヴェルト君を!﹂
﹁本当なのか疑わしいのだ∼。このペット・アソークはわらわの見
立てでも、エルファーシア王国の若き騎士団の中でも人一倍エロエ
ロな下着を穿いているのだ。今夜もエロエロな下着穿いて、ヴェル
トを誘ったのだ∼?﹂
﹁そ、そんなこと、ひ、ひどいです、私、そんな⋮⋮そんないやら
しい女じゃないですよ∼⋮⋮そういうの穿いているのは、たまたま
で⋮⋮その証拠に今だって普通の⋮⋮ヴェルト君が夜這いに来るっ
て分かってたらもっとお気に入りの下着を穿いて準び⋮⋮って、そ
うじゃなくって、そ、そう、お風呂で念入りに体だって洗ってない
し⋮⋮だから、今日、私から誘ったからとか、そういうの全然ない
のに⋮⋮ひどい⋮⋮﹂
1708
どうしてだろう⋮⋮何だかちょいちょい変な発言が混ざっている
ようなのは気のせいか? つか、ペット、その言い方だとちゃんと手順踏んでたら問題なか
ったみたいな発言はどうにかしろ。
﹁あの⋮⋮俺、そろそろ部屋に戻っていいすか?﹂
﹁あ、僕も明日はこちらの騎士団の方々の演習に特別参加するとい
う約束がありますので⋮⋮﹂
あっ、バーツとシャウトは﹁巻き込まれたくねえ﹂とばかりに逃
げようとしてやがる! やめろ、この空間に俺を置いてくな!
﹁ぐふふふふふ、これは面白いのだ∼、ならば、貴様の本性を引き
ずり出すのだ∼﹂
﹁な、なにを? ひゃ、ひゃあああああああああ!﹂
その時、エロスヴィッチが動いた! 九つの尻尾を伸ばし、ペッ
トを拘束。
ワンピースタイプの寝巻きをしているペットの手足を拘束して、
宙でM字開脚状態で固定した!
⋮⋮青の⋮⋮なんだそりゃ?
﹁ほうほう、ローライズなのだ。いつも紐パンとか、Tバックとか、
豹柄とは違うが⋮⋮これも十分勝負パンツなのだ﹂
﹁いやああああああああああああああああ! いや、み、離して下
さいいい! って、ヴェルトくんみないでえええ! いや、たすけ
てえええ!﹂
1709
いや、ペット、何で寝るのにそんな際どいの穿いて⋮⋮つか、今
日は全然﹁そういうパンツ穿いてない﹂って言ってたのに、それか
よ!
﹁ちょっ、師匠! いくらなんでもペットがかわいそうですわ! 今すぐ拘束を解いてくださいませ!﹂
﹁まあ、落ち着くのだ、フォルナ姫よ。これは、ペット・アソーク
がエロエロであることの証明なのだ。ちなみに、お前との同世代の
騎士団の娘たちは⋮⋮ぐふふふふ﹂
﹁ひっ!﹂
﹁いっ!﹂
その瞬間、エロスヴィッチのゲスな目は、とどまるどころか、サ
ンヌとホークに向けられ⋮⋮
﹁すまねえ、ヴェルト、後は任せた!﹂
﹁僕は、無力だ! 一人しか救えないんだから!﹂
﹁え、えええ? ば、バーツ?﹂
﹁ちょ、シャウトくん!﹂
と、思ったら、立ち去ったと思っていたバーツとシャウトが踵を
返して、サンヌとホーク⋮⋮それぞれの女を担いでこの魔の痴態か
ら脱出しやがった。
﹁ちょ、ね、ねえ、バーツ! 待って、このままじゃペットが!﹂
﹁すまねえ、サンヌ。でも、あのままじゃお前まで⋮⋮お前まで!﹂
﹁シャウトくん! 仲間が、まだあそこに!﹂
﹁僕は無力だ⋮⋮先代とはいえ、四獅天亜人の力にはまだ対抗でき
ない﹂
1710
自分たちの女の貞操を守るために、仲間を見捨てでも逃げる。ま
あ、あいつらの判断は正しいと思う。
﹁ちい、小童どもめ。まあいいのだ⋮⋮どーせ、ガキパンツなのは
既に分かっているのだ﹂
﹁それはそれとして、ですから師匠! ペットを早く放してくださ
いませ! このようなこと許しませんわ! ヴェルトだって居ます
のに!﹂
﹁な∼に、大丈夫なのだ。ヴェルトはペットのスカートめくりなん
て慣れてるのだ。パンツ見まくってるから大丈夫なのだ﹂
いやいやいやいや! 慣れてねえよ!
﹁おい、テメエ! 別に見慣れてねえよ! つか、今だってこんな
パンツ初めて見たし!﹂
﹁何を言ってるのだ? ふわふわスカートめくりでペットのスカー
トをめくりまくりなのだ。ペット・アソークはむしろ、いつめくら
れてもいいようにこのような⋮⋮﹂
﹁違いますうう! お、御願いだから、も、もういやあああ!﹂
俺がペットのスカートをめくったことなんて、数回しかねえのに、
こいつは! だが、早くエロスヴィッチを黙らせようと思ったが、フォルナた
ちは聞き捨てならなかったようだ。
﹁ヴェルト⋮⋮⋮あなた⋮⋮まさかペットといつの間に? まさか
⋮⋮ワタクシたちに隠れて⋮⋮﹂
﹁ち、ちげーって! 別にそんな浮気みてーなことをしてねーって
の!﹂
﹁でも、もし、ヴェルトが間違いではなく、確信犯でペットの部屋
1711
に夜這いに行ったのだとしたら⋮⋮﹂
﹁だから、そんなわけねーだろうが! つか、嫁以外に夜這いすん
なら、ムサシに夜這いするっつーの!﹂
フォルナのやつ、ペットやエロスヴィッチの爆弾発言で色々と混
乱してやがる。
こいつ、俺とペットが隠れて交友を深めてるとか、俺がむしろペ
ットを自分の意思で襲ったとか、勘違いしてんな?
﹁いや、ヴェルとよ。そこでそう強調されても、私たちはどうすれ
ばいい? なあ、ムサシよ﹂
﹁はう∼、う、ウラ殿、もも、申し訳ないでござる∼、せ、拙者、
殿に求められれば、拒むことなんてできないでござるよ∼﹂
そうだ、俺は浮気なんかするつもりはねえ。するならムサシとす
るっつーの。当然だろう⋮⋮って、ママがいきなり恐い顔で笑って
る!
﹁愚婿∼、それは⋮⋮自信満々に言うことじゃないんじゃないかい
?﹂
﹁ご、ごめんなさいっ!﹂
﹁あんたの親父はそんなやつじゃなかったってのに、誰に似たんだ
い? こいつは、ちょっとキツメのお仕置きが必要だねえ!﹂
鞭が弾ける。俺は幼い頃からのトラウマで、身が縮こまって、反
撃することも避けることもできずに、ただ目を瞑ってしまった。
だが、その時だった!
﹁変わり身の術!﹂
1712
︱︱︱︱︱︱ッ!
なんか、聞いたことのある女の声と、﹁ドロン﹂という音が聞こ
えた。
﹁な、ど、どういうことですの?﹂
﹁なんだ? 誰の仕業だ!﹂
﹁ほう⋮⋮こいつは⋮⋮ラクシャサの飼い犬かい?﹂
何が起こった? そういや、鞭の痛みが無い? 俺は助けられた
? 誰に?
﹁あまりに見るに耐えられず⋮⋮危機と判断し、助太刀させて戴き
ました﹂
目を開けた俺の目の前には、肩膝ついて頭を下げる、一人の忍び
装束をした、女⋮⋮猿の尻尾を生やして顔は⋮⋮
﹁お前、素顔を!﹂
﹁⋮⋮はい﹂
昼間までは、黒頭巾を被って素顔を一切晒していなかった女が、
その素顔を俺に晒していた。
オーソドックスの猿っぽい、薄いオレンジのショートボブ。
額には、孫悟空のような金の輪。
容姿は意外に若いぞ?
オリヴィアは年上美形男装女子なのだとしたら、こいつは⋮⋮
1713
らっぱ えんま
﹁⋮⋮⋮⋮オレは、暗殺ギルド、魔獣忍軍二代目頭領⋮⋮⋮サルト
ビにございます。二つ名は⋮⋮乱波猿魔﹂
﹁サルトビッ!﹂
初対面の時は年上の女だと思っていたが⋮⋮なんか、顔は中学生
の美形男装女子って感じだ⋮⋮
﹁あなたは、確かリリイ同盟とやらの幹部であり、魔王ラクシャサ
の右腕の方ですわね? 一体、どういうことですの?﹂
我が国の妃たちがプリプリしながら突如乱入したサルトビに、ど
ういうつもりか尋ねると、サルトビは俺に肩膝ついて拝手した。
﹁余計な手出しをしてしまったご無礼を許されよ。しかし、少々見
るに耐え切れず、オレは動いてしまいました﹂
見るに耐え切れず? 半裸で鞭でお仕置きされる俺は、かつての
敵から見ても情けないものだったのか?
そう思ったのだが、サルトビはそうではなかった。それどころか
⋮⋮
﹁まずは、リモコン様。昼間のご無礼を許していただきたい。そし
て、結果的にボスの命もリリイ同盟の命運もあなた様に預けました。
ゆえに、オレ自身もまた、その恩義をあなた様に報いるのが道理。
ボスをお救い下さるというあなた様に付き従います。この身も心も
いかようにでもお使いください﹂
1714
との
あれ? なんか、場面や状況や理由は違うが、デジャブを感じた。
あれは⋮⋮かつてムサシが⋮⋮俺を初めて﹃殿﹄と呼んだ日のこ
と。
まさか⋮⋮
おやかた
﹁今この時より、暗殺ギルド・魔獣忍軍頭領・サルトビ⋮⋮リモコ
ン様に⋮⋮いえ、﹃御館様﹄の忠臣として、席に加えて戴きたくご
ざいます﹂
﹁んな⋮⋮ッ!﹂
﹁今日よりこの身は御館様の右腕となり、お仕え致します!﹂
その瞬間、誰もが口をあんぐりと開けて、この唐突な出来事に絶
句していた。
誰もが俺のペット夜這い事件のお仕置きお叱り、ペットが夜這い
されても別に良かった発言?を掻き消すようなことが起こった。
ママなんて﹁やれやれ﹂ってな感じで、エロスヴィッチは﹁オモ
チャが増えたようなのだ﹂なんて感じだ。
だが、そんな中で誰よりも真っ先に声を上げたのは、フォルナや
ウラではなかった。
﹁ま⋮⋮待つでござるううう!﹂
ふところがたな
自称・俺の右腕、俺の懐刀を名乗る、ムサシだった。
1715
﹁貴様、何を突然そのようなことを申す! 殿の右腕は拙者の役目。
無礼な新参者に勤まるわけがないでござる!﹂
おお。どんなに嫁が増えてもイジケたり嫉妬したりしないムサシ
が、こればかりはプンスカ状態だ。
やべえ、可愛い⋮⋮ちょっと黙って見ておくか⋮⋮
﹁ん? 右腕? ほう、双剣獣虎のサムライが右腕でしたか? オ
レはてっきり、ただの妾かと思いましたが﹂
すると、サルトビは涼しい顔でムサシにそう言い放った。いや、
別に間違ってねーけど⋮⋮
﹁にゃ、にゃにいい! 拙者を愚弄するなでござる! 拙者、妾な
どではない! 殿の右腕として戦い、その任の中に夜伽も含まれて
いるゆえにでござる!﹂
﹁ならばオレも問題ない。房中術におけるくの一の知識を侮らない
でいただきたいですね。この身はまだ生娘なれど、その知識量はサ
ムライごときと比較になりません!﹂
﹁にゃにゃあああ! にゃーにが術でござる! 刀の扱いでサムラ
イに勝てるはずがないでござる! 殿の天下を制覇し、数多の姫君
を虜にした名刀を、一介の隠密ごときに手なずけられるはずがない
でござる!﹂
﹁武芸百般。それが忍びの道。牙の抜けた飼い猫と成り下がったそ
なたに、オレの御館様は預けられません!﹂
1716
﹁にゃ、にゃああああああああ! 拙者の殿でござるうううう!﹂
﹁この身は本来ボスに捧げるための体。しかし、⋮⋮恩義に報いる
ためならば、いくらでもこの体を差し出しましょう! ボスも、き
っと理解して下さる!﹂
﹁ふがあああああ! も、もうゆるさんでござるーー! た、たた
っきってくれるでござるう!﹂
まさかの展開だ。女同士で取り合いされたことはあるが、猿と猫
に忠臣の取り合いされるとは思わなかった。
俺もフォルナたちも、驚きつつも、まだこの光景を少し眺めてい
た。
すると⋮⋮
﹁ふっ、ならば、これを見てもそんなことを言えますか? ドロン
!﹂
﹁なっ⋮⋮えっ?﹂
その時だった。ドロンと煙が発生。何事かと目を見開くとその煙
の中から⋮⋮
﹁早く大きくならないかな∼? 早く芽が出ないかな∼? 芽∼が
出∼てふくらんで∼、お腹が大きくならないかな∼﹂
素っ裸で床をゴロゴロしながら、お腹を擦って鼻歌歌っているユ
1717
ズリハ⋮⋮
﹁あら? 忍びの女、どういうつもりかしら?﹂
ツヤツヤツルツルテカテカな肌のクレオがバスタオルを巻いた状
態で俺たちの前に現れた。
﹁ユズリハ姫? クレオ姫? どういうことですの? ⋮⋮しかも、
お二人とも、その格好⋮⋮汗とこの生臭さは⋮⋮﹂
あっ⋮⋮やば⋮⋮
何でこの二人が出現したかは分からない。
だが、この二人が直前までナニがあったかは、身を持って何度も
経験しているフォルナとウラは一瞬で察した。
﹁ほ∼う⋮⋮随分と盛っていたようだねえ、愚婿﹂
﹁わらわとしたことが、気づかなかったのだ! ヴェルとは既に一
戦終えていたのだ!﹂
そして、ママとエロスヴィッチも察したようだ。
﹁にゃにゃにゃにゃにゃにゃ、と、とにょ∼⋮⋮﹂
ムサシも理解して、顔を真っ赤にして俺を潤んだ目で見てくる。
だが、サルトビが知らせたかったのは⋮⋮
﹁三人で行為に及ばれている時の御館様は非常に無防備でした。オ
レが刺客なら、一体何回暗殺できたことか﹂
﹁ッ!﹂
1718
いや、つうかこいつ、あの時、見てたのかよ!
﹁覇王である御館様には常に危険が隣り合わせ。ゆえに、日常生活、
食事や女を抱かれている時すらも警護の対象。それを怠っていなが
ら、何が御館様の懐刀か﹂
﹁ぐ、ぐぬ、せ、拙者は⋮⋮お、お嬢様を寝かしつけていて⋮⋮﹂
﹁そう。御館様には複数の奥方様、そしてこれからは数多くの御子
が誕生されること。たった一人のポンコツ侍にその任は重すぎます。
しかし、オレならば、分身の術などで全てをカバーすることも可能
!﹂
ムサシは反論ができなくなり、オロオロと泣きそうになりながら
俺に縋るような目をしてくる。
だが、サルトビは容赦ねえ。更にトドメとばかりに⋮⋮
﹁更に、夜伽もオレならば七変化で御館様を飽きさせることなく満
足させる! 例えば⋮⋮変化の術!﹂
その時、サルトビが変化の術で⋮⋮マイクロビキニのクロニアに
っ!
﹁ヴェルトくん、えっちいことヤリマスカット?﹂
﹁ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!﹂
ヤリマスマスカッ︱︱︱︱
1719
﹁﹁却下だ︵ですわ︶!﹂﹂
﹁ッ、⋮⋮お、おお、そ、そうだぜ、サルトビ! 俺はもう、そん
な幻なんかでうろたえるような男じゃないぜ!﹂
﹁﹁⋮⋮ヴェルト?︵ニッコリ︶﹂﹂
﹁⋮⋮ホ、ホント、オレ、ウロタエナイ﹂
と、その時、フォルナとウラが間髪入れずに却下した。
って、あ、あぶねえ⋮⋮危うく俺も昼間の誓いを忘れるところだ
った⋮⋮サルトビ⋮⋮恐ろしい奴だ!
﹁それはさておき、そもそも、ムサシにワタクシたちは夜伽を許可
などしていませんわ。事情を確認したところ、過去にそういうこと
があったというのも、応急処置で致したというだけですわ。基本的
にはムサシもダメですわ﹂
﹁⋮⋮え、えええええ? お、奥方様ァ?﹂
﹁そうだ。まあ、例えば妻全員が懐妊状態で、ヴェルトに物凄く我
慢を強いるなどの局面では、特例措置としてヨメーズ会議で対策案
を検討するが、基本はダメに決まっているだろう?﹂
﹁ウラ殿オオオ!﹂
あっ、つうか、ムサシとするのダメだったんだ⋮⋮まあ、当たり
前といえば当たり前だけど⋮⋮
だが、そんな事実にムサシは半泣きで、サルトビは嘲笑った。
﹁ふっ、これは早とちりをした。なんだ、ヘッポコ侍。そなた、忠
1720
臣としてそれほどの信を得ていないのですね?﹂
﹁にゃあああ、そ、そんなことないでござるうう! 殿はえっちだ
から拙者にも寵愛してくれるでござるもん!﹂
嗚呼、ムサシが拗ねてるユズリハみたいにジタバタして駄々こね
てる。
なんてかわいいやつ⋮⋮
だから、俺は言ってやる。たとえ、嫁に怒られたとしても、嫁を
これからは大切にすると誓ったとしても⋮⋮
﹁安心しろ、ムサシ﹂
﹁あう、と、との∼﹂
﹁俺がお前を捨てるなんてありえねえ﹂
抱きしめて安心させてやる。俺がお前を捨てるぐらいだったら、
アルーシャと離こ⋮⋮いや、まあ、それはしないにしても、とにか
く俺はムサシを手放す気は微塵もないと教えてやる。
﹁むう、ヴェルト、ムサシのこと好き過ぎではありませんの?﹂
﹁⋮⋮なんか、妻として面白くないぞ⋮⋮﹂
フォルナたちは少々ムスっとしてるが、これだけは譲れない。こ
れは、冗談抜きで真剣な⋮⋮
﹁ヴェルト君や∼、この私の胸のポッチの発射ボタンを押してみ内
科医?﹂
﹁おおお、ポチッとな⋮⋮﹂
﹁あん﹂
﹁あああああああああああ、しまったああああああああああ!﹂
1721
あれえええ? 指が勝手に! また、マイクロビキニクロニアに変化したサルトビに、俺の指が
勝手に発射スイッチならぬ自爆ボタンを押してる!
﹁ブチッ! ヴェルトォオオオオオオオオ!﹂
﹁ええええい、もう許さないぞ! フォルナ、いくぞ!﹂
﹁ええ、あまり激しい運動はできませんが、これも夫を教育するた
め! ウラ、主導はあなたに任せますわ!﹂
﹁ヴェルトッ! お前がもう変なことをこれ以上しないように、搾
り取ってやるううううッ!﹂
ああ、ほら、爆発したよ。フォルナとウラが飛び掛り⋮⋮
﹁え? おかわり? 私もするぞ! 食べる食べる! あ∼ん、パ
クッ﹂
﹁あら、延長戦かしら? ふふ、壊れてしまったらどうしようかし
ら? でも、いいわ。今宵は激しく乱れようじゃないの!﹂
ユズリハとクレオがドサクサに紛れて参戦して⋮⋮
﹁殿は拙者がアアアアアアア!﹂
ムサシが俺を守るようにと立ちはだかり⋮⋮
﹁おもしろい。ならば、誰が御館様の相手として相応しいか、いざ、
尋常に勝負! 御館様の刃の大きさや威力等は、既に先ほどのクレ
オ姫とユズリハ姫との戦いを見て、把握しています!﹂
サルトビがムサシをどかそうとぶつかり合い⋮⋮
1722
﹁はあ⋮⋮くだらん⋮⋮もう、私は知らないよ。愚婿の教育は愚娘
たちに任せるよ﹂
ママはもう呆れて部屋の外へと出て、俺を助ける気も、この状況
を止める気もなく⋮⋮
﹁むはははははは! ヤルのだヤルのだ! わらわが一部始終見な
がら口出ししてやるのだあ! そ∼れ、パ∼コパコパコハ∼メハメ
!﹂
エロスヴィッチはまるで監督のようにノリノリになり⋮⋮
そして⋮⋮
﹁わ⋮⋮わたしはどうなってるいるんですかああああああああ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ﹂﹂﹂﹂﹂
M字開脚のまま放置されていたペットが叫んだ。
あっ、すっかり忘れてた⋮⋮
﹁⋮⋮⋮おお、忘れてたのだ⋮⋮﹂
﹁ひっぐ⋮⋮ぐす⋮⋮もういや⋮⋮どうしてこんな⋮⋮もう、ひっ
ぐ、いやあ⋮⋮﹂
エロスヴィッチに拘束されたまま、また泣き出すペット。
流石にマジ泣きに入り、フォルナたちも俺の服を脱がせた態勢の
まま、急に申し訳無さそうな顔になり固まってしまった。
だが、エロスヴィッチは!
1723
﹁おお、ココがスゴイ染み⋮⋮﹂
﹁いやああああああああああああああああ!﹂
﹁ぬははははは、興奮したのかなのだ? 惚れた男が目の前で他の
女たちに犯されているところを見て、苦しみながらも興奮している
のだ! 寝取られ興奮というものなのだ!﹂
﹁もうやだああ! 助けて、や、いやああ、誰か、もう、いやあ!
こんなの、ひどいよお、どうして、どうじてこんなに私をいじめ
るの? もう、やだああ!﹂
﹁え∼∼∼∼∼∼∼い、うるさいのだ! そんなに言うなら、お前
も混ざればいいのだ。ソレ!﹂
﹁えっ、ええええええええ!﹂
エロスヴィッチは、尻尾を振り回して、拘束していたペットを俺
目掛けてぶん投げてきた。
そして⋮⋮
﹁どわあああ、っ⋮⋮ッ⋮⋮いてっ!﹂
﹁あぶっ⋮⋮ング⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
ッ!﹂
俺たちの中に放り投げられたペット。気づけばペットは俺の⋮⋮
﹁ンーーーーーーーっ! ンーーーーー! ンンンンーーーーーー
! ぷはぁ、ゴホッゴホッ⋮⋮あ、あわわわわ⋮⋮﹂
間違いなく、今、ペットは俺の⋮⋮
﹁⋮⋮ヴェ、ヴェルト⋮⋮くん⋮⋮﹂
﹁お、おう⋮⋮﹂
1724
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮の、のーかうんとだよね?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁事故⋮⋮⋮⋮⋮⋮だもんね? の、のーかうんとだよね?︸
﹁⋮⋮お、おお、そーだな。のーかんだよな?﹂
いや、お前がそれでいいんだったら⋮⋮
まあ、コレってそもそもカウントするもんなのかは知らねえけど
⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂﹂
流石に嫁たちも飼い猫も猿も絶句。
この時の光景は正にアレだ。
大道芸で、口で剣を飲み込むパフォーマンス。
﹁ムハハハハハハー! た∼しかに、まだ何も出してないからノー
カウントとも言えなくもないのだ!﹂
﹁ひっぐっ!﹂
﹁にしても、い∼いハプニングなのだ∼! わらわもああやってか
つてはカイザーの鼻を頬張ったものなのだ⋮⋮ポッ///﹂
エロスヴィッチがワザとらしく頬を染めるが、今はただ⋮⋮
﹁そーれ、はやく1本いっとくのだ! カウント1本! あっ、な
んだったら、カウント1マラ︱︱︱︱︱﹂
1725
﹁﹁﹁﹁これ以上はやめてあげてくださいいいいっ! ノーカウン
トでいいじゃないですか!﹂﹂﹂
皆、ペットが可哀想すぎて仕方なかった。
﹁や⋮⋮いっ、やああああああああああああああ、ヴェルトくんな
んかもう顔も見たくないんだからぁ!﹂
全速力でこの部屋から飛び出して逃げたペットを誰も追いかける
ことが出来ず、俺たちは結局この後は何もしないで、ペットに申し
訳ないという想いを抱いたまま過ごすことになった。
こうして、チェーンマイル王国での初めての夜が終わった。
1726
第97話 ﹁真面目な話ができない﹂
光の十勇者だった、ロア、アルーシャ、フォルナ、シャウト、バ
ーツ。
更に、人類大連合軍でもあったサンヌやホークたちを始めとする
奴らは、朝早くからチェーンマイル王国騎士団たちの演習だの交流
だので、宮殿と併設された闘技場にて、盛り上がっている声が聞こ
える。
まあ、人類大連合軍だった時代の顔見知りなどが居るから、和気
藹々っていう雰囲気を感じる。
そんな声を、少し離れた宮殿の中庭にある、湖の傍に建てられた
屋根付きのテーブルで俺は聞いていた。
いかにも王族貴族のお茶会などで使われていそうな空間で、俺は
悪友とダベッていた。
﹁なははは、そら不運やったな∼、ヴェルト﹂
﹁そ∼かい、ジャック君? 私は役得やと思いまんがな﹂
この三人だけでダベるのは結構珍しかった。
ジャックポットとクロニア。
現役四獅天亜人と、かつてマニーの罪を被ったことにより世界最
大級の犯罪者となっちまったクロニア。
そして、俺。
この世界での仲間やダチや嫁や他の前世組が混じらず、この三人
だけで話すのは初めてだった。
﹁おい、ペット・アソーク。お前は騎士団の交流には参加しないの
だ? そんな所で打ちひしがれてどうしたのだ?﹂
1727
﹁あ、エロスヴィッチ様⋮⋮うぅ⋮⋮もう、私のことは⋮⋮ほっと
いてください∼⋮⋮今日は体調が⋮⋮﹂
﹁そんな中庭の隅っこで座ってないで、朝食にこれでもどうなのだ
? 昨日は流石にやりすぎたということで、わらわがお前のためだ
けに、詫びとして丹精込めて作ったものなのだ﹂
﹁えっ? エロスヴィッチ様が⋮⋮直々に⋮⋮私のために?﹂
﹁うむ。ほれ、極太ソーセージなのだ!﹂
﹁⋮⋮そ、ソーセージ⋮⋮ですか?﹂
﹁うむ、一口食べてみるのだ。⋮⋮それとも⋮⋮わらわのような狐
女の作る料理など⋮⋮﹂
﹁ッ、た、た、食べます食べます! そ、それなら、ひ、一つ、い、
いただきます⋮⋮あ∼ん⋮⋮パクッ﹂
﹁にひ∼∼∼∼、どうなのだ?﹂
﹁えっ、あ、そ、そうですね⋮⋮と、とてもおいしいと⋮⋮﹂
﹁形と太さと味⋮⋮ヴェルトのソーセージと食べ比べてみてど∼な
のだ∼♪﹂
﹁ぶふううううううううううううううううううううううううううっ
! いやああああああああああ!﹂
⋮⋮中庭の隅でそんなやりとりがされていたが、俺は無視した。
ジャックとクロニアは腹抱えて大笑いしているが、俺は触れない
ことにした。
﹁アルーシャがおらんで良かったな。せっかく昨日はデレデレっと
した感じで幸せそうやったのに、その場におったらブチキレとった
で﹂
﹁おまけに∼、ハットリくんの後輩のサルトビちゃん? あれもゲ
ットしちゃったんでしょ∼? なんか、ヴェルトくん、何モンマス
1728
ター目指してるの? つか、サルトビちゃん、見えないけど、今も
近くに控えてるんでしょ?﹂
そうなんだよ。ペットだけじゃなく、昨日はサルトビのことでも
大変だった。
﹁じ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼、殿⋮⋮拙者、この距
離は保つでござる﹂
んで、自分の存在に危機感を覚えたムサシはさっそく、俺から片
時も離れずに見張り態勢。
ただし、この三人の茶会はこの三人だけで行いたいため、会話が
聞き取れない程度の距離で、ムサシはジ∼っとこっちを見て待機し
ていた。
ほんとかわいい。
﹁着々と覇王様としての役割果たしてんじゃ内科医、ヴェルトくん﹂
﹁本人は、ラーメン屋で働いとるだけなんやけどな∼﹂
﹁ちっ、おーきなお世話だよ、なんかよく分かんねーけど、色々と
増えたんだよ﹂
昨晩は酔っぱらっていたが、前世組の整理をしたことで、俺を取
り巻く環境について色々とすごいことになっていた。
そのことを思い出しながら、俺たちはふざけ半分に笑い合いなが
ら、徐々に本題に入っていく。
﹁んで、俺が覇王云々の件だが、キシンとカー君、そしてラブの三
人で大体の枠組みはそろそろできそうだ。オリヴィアの件や同性婚
1729
云々の法律についてどういう反応しているかは気になるところだが﹂
﹁そ∼かい? カイザー大将軍は真面目だけど、キシン君とラブ君
ならノリでOKすると思いマスカット﹂
﹁せやな。つか、キシンの嫁のこともあるしな。あいつに嫁がおっ
たなんて、ワイも知らんかったから、そのことについてもあいつに
はちょいと出張ってもらわんとな﹂
そう。そろそろあいつらにも出てきてもらわねーとならねえ。
俺が結構勝手に決めちまった事をこれからチェーンマイル王国、
フルチェンコ、リリイ同盟と話をしていかなくちゃならねえ。
そのためには、やはりあいつらとも顔を合わせて話し合いをして
いく必要がある。
﹁世界同盟のサミット⋮⋮そろそろそういう時期だね⋮⋮﹂
﹁ああ。以前、お前の妹がぶっ潰したアレな﹂
﹁こりゃこりゃ、ヴェルトくん、それを持ち出しちゃいまスカイ?﹂
世界同盟のサミット⋮⋮懐かしい単語だ。
かつてはロアたちが主導になってそういうのをやろうとしていた
が、それもマニーとラブ・アンド・ピースの裏切りによって全てが
台無しになった。
だが、あれから半年。そして、世界の争いも段々と落ち着いてき
たことにより、今ならそれも可能だ。
ただ、その前に⋮⋮
﹁で? それで、クロニア⋮⋮俺とジャックに何の話だ?﹂
﹁せやな。アルーシャやフルチェンコたち、それに親父や魔王たち
1730
すら同席させへんで、ワイらだけに何の話だ?﹂
そう、まずは聞かなきゃならねえ。
今、チェーンマイル王国には、先代四獅天亜人や各国の王族に魔
王、それに各種族などで名が通った奴らまで居る。
しかし、クロニアはそいつらと顔を合わせて話をする前に、俺と
ジャックだけ呼び出した。
﹁ちょ∼っと二人に聞きたいことがあってさ∼﹂
そう言って、クロニアは急に状態をテーブルから前のめりになっ
て、顔を俺たちに寄せてきた。
﹁ヴェルトくんさ∼、神族世界に行ったんだって? んで、そこで、
歩ちゃんたちに会ったって本当?﹂
なんだ、そのことか。
まあ、昨日は宴会で詳しい話まではしなかったからな。
﹁ああ。つっても、奴らの前世のことは俺も覚えてねーけどな﹂
﹁⋮⋮そう⋮⋮なんだ⋮⋮﹂
﹁な∼んか、文化がどうのこうのと結構あぶねえ奴らだったな。お
まけに、ニートと何やら思わせぶりな話もしてたし﹂
﹁ふふ、にはははははは、歩ちゃんたちがね∼﹂
なんか、思うところでもあるのか? それとも前世で結構関わり
があった奴らなのか?
だが、そんなこと聞いてどうすんのかと思ったら、クロニアは真
剣な顔で⋮⋮
1731
﹁⋮⋮﹃クラスメートへ。封印される前にここに願いを記す﹄⋮⋮
﹃前世のクラスメートへ、何千年後になるか分からないが、頼みが
ある﹄⋮⋮﹃モアの仲間にクラスメートが一人居る﹄⋮⋮﹃誰かは
分からなかったが、間違いない﹄⋮⋮﹃私の記憶を頼りに下記に記
す者の中に居る君へ。この中に居るであろうモアの仲間を止めてく
れ﹄⋮⋮﹂
それは確か! 聖騎士ヴォルドが言っていた、神族のこの世界で
の封印の祠とやらにあったという⋮⋮
﹁君たちも知ってるでしょ? 美琴ちゃんのメッセージ⋮⋮﹂
ああ、覚えている。まあ、佐々木原美琴ってやつ自体のことをあ
んまり覚えてないんだが、そのメッセージは覚えている。
﹁何だかんだで、前世のクラスメートたちと再会をしてきた私たち
⋮⋮そして、⋮⋮未だに再会できてないクラスメートたち⋮⋮美琴
ちゃんのメッセージを信じるなら⋮⋮消去法で﹃モア﹄が限られて
くる⋮⋮﹂
言われてみりゃそうだった。
神族世界でも、そしてこの世界の連中からも、いずれこの世界を
滅ぼすために現れるという﹃モア﹄という存在についてが所々で出
てきた。
その詳細についてはよく知らんが、その中にクラスメートが居る
と⋮⋮
﹁⋮⋮そういう話なら、ワイらだけやなくて、クラスメート全員覚
えとる、フルチェンコやアルーシャ呼んだ方がええんちゃうか?﹂
1732
と、その時、ジャックが一言挟んだが、俺もそう思った。
結構真剣な話になるうえに、クラスメートたちが絡む話なら、前
世であんまり学校に行かなかった俺とジャックよりも、あいつらも
同席させた方がいい。なのになぜ?
﹁ちょっと不思議に思ってたの。美琴ちゃんは、モアの仲間に﹃ク
ラスメートが居る﹄って書いてたのに﹃誰かは分からなかった﹄っ
てメッセージを残してる。どうしてだと思う?﹂
どうしてだと思うって⋮⋮そんなの⋮⋮
﹁前世組⋮⋮クラスメートにしか分からん情報をそいつが口にして
いたものの⋮⋮そいつと前世で仲良くなかったとか、関わりが無か
ったとかで、誰かまでは特定できひんかった⋮⋮そういうことやろ
?﹂
まあ、そうだよな。そうなるよ。
実際俺だって、﹁あっ、こいつ転生者だ﹂って分かっても、名前
聞いても﹁誰それ?﹂ってのがあった。
﹁そう、ジャックくんの言う通り。美琴ちゃんって、頭良くて記憶
力もあったから、クラスメート全員の名簿やどういう人だったかを
残せるぐらいクラスメートたちのことを覚えていたし、こうやって
書き残している。なのに分からなかった。つまり、美琴ちゃんと関
わりが少ない人だったから。そして、誰かを特定できるほどの特徴
が無かったから﹂
⋮⋮どういうなぞなぞなのかが分からない⋮⋮クロニアは何を言
いたいんだ?
俺もジャックも答えが分からずに首を傾げた。
1733
﹁私の中で、美琴ちゃんと関わりが少なくて、言っちゃ悪いけど特
徴の無かったクラスメートって、大体候補者が頭の中に浮かんでる
の﹂
﹁⋮⋮候補者だと?﹂
その時だった。
俺とジャックだけを呼び出した理由は、次のクロニアの一言に全
てが込められた。
ニトロ クルセイダーズ
﹁ヴェルトくん。ジャックくん。私も詳しくは知らないけど⋮⋮﹃
爆轟十字軍﹄と、池袋の⋮⋮﹃アザトース﹄って知ってるよね?﹂
それは、あまりにも意外過ぎる名前だった。
﹁⋮⋮おい、クロニア⋮⋮なんのつもりだ?﹂
﹁⋮⋮せや⋮⋮ワイやヴェルト、キシンすらも話題にも出してへん
のに⋮⋮なんでそんな名前を出すんや?﹂
⋮⋮気付いたら⋮⋮俺とジャックはテーブルを叩き割っていた。
周りに人が居なかったのは幸いだったかもしれない。
ムサシがちょっとアタフタして、サルトビの気配がちょっと揺れた
気がしたが、今はそんなもんどうでも良かった。
﹁私も、そこまで詳しいわけじゃないよ? でもね、これは⋮⋮本
当に⋮⋮偶然で、多分先生も知らなかったんだと思うけど⋮⋮本人
同士たちすら知らないだろうけど⋮⋮﹂
1734
なんだ? こいつは何が言いたいんだ? 段々と落ち着かずに苛
立ち始めた俺たちだったが⋮⋮
﹁君たちは知らなかっただろうし、それほど珍しい苗字じゃないか
ら⋮⋮気づかなかったんだろうね⋮⋮﹂
﹁何がだ?﹂
﹁私たちのクラスには、お兄さんを殺された人と、お兄さんがその
人を殺した人⋮⋮被害者の家族と加害者の家族が、悪魔的な奇跡の
確率で同じクラスだったんだよ?﹂
⋮⋮身内⋮⋮だと?
俺たちは一瞬、頭の整理がつかなかった。
﹁ちょ、ちょー、待ちや、クロニア。おどれ何を言うとんのや? ニトロ
お、お兄さんが殺された人? お兄さんがその人を殺した? しか
も、爆轟とアザトースの名も出すって⋮⋮﹂
﹁ざ、ざけんな。じゃ、じゃあ何か? 俺たちが憧れたあの人と⋮
⋮あのブクロを震撼させた、あの暗黒カオス時代を作った⋮⋮あの
クソ外道チームの身内だと?﹂
それは、俺とジャック、そしてキシンの前世の中学生時代。俺た
ちが憧れた男たち。俺たちの兄貴分のような人が居たチーム。
そして、既に暴走族だ、チームだ、そんなもんが流行らなくなっ
た時代に突如誕生した無法集団、﹃アザトース﹄。
﹁この世界で大抵の外道行為やら戦争やらで耐性がついたかもしれ
1735
ねーが、⋮⋮奴らのことは思い出したくもねえよ﹂
﹁せやな。特に、⋮⋮﹃悪の遺伝子﹄言われとった⋮⋮チームのボ
スやったあの男はな⋮⋮﹂
当時、そういうのに憧れを持っていた中坊時代の俺らは、ある一
人の男に憧れて、背伸びしてそういう世界に飛び込んで⋮⋮色々あ
った。
失った人も居た。
そのショックからか、高校に上がっても、しばらくは死んだよう
な虚しい日々を送っていた。そう、神乃美奈と出会うまで。
それなのに、なんで今更⋮⋮
﹁この二人だよ﹂
﹁﹁ッ!﹂﹂
昨晩作り上げたクラス名簿資料で、ある一人の名前をクロニアが
指差した。
その瞬間、俺もジャックも、﹁何故これまで気づかなかった?﹂
と身震いした。
﹁⋮⋮おい⋮⋮ほ、本当か? どこにでもありそうな苗字だろうが﹂
﹁⋮⋮せやな⋮⋮ちゅうか、ワイ、こいつのことをよう知らんのや
けど⋮⋮誰や、こいつら⋮⋮﹂
俺とジャックはすぐに飲み込めなかった。
ただの偶然かもしれない。苗字が﹃そう﹄だからって⋮⋮
﹁ヴェルトくんたちが覚えてないのも仕方ないよ。ニートくんがさ、
よく、自分はクラスのカースト最下位的なこと言ってたでしょ? でも、ニートくんたちは一種のグループが出来上がっていた。土海
1736
くん、歩ちゃん、千春くん、橋口くん、響ちゃん、美琴ちゃんたち
という、少し変わった人たちのグループが。でも、この二人は違う。
どこのグループにも所属してなかったし、何か問題のある人でもな
かった。だから⋮⋮逆に皆の記憶にはあまり印象強く残っていなか
った⋮⋮﹂
言われて、どこか納得した気がした。
確かに俺はニートを覚えていなかったが、アルーシャとかアルテ
アとか覚えてたし、フィアリなんてずっとニートが好きだったって
ぐらいだ。
それに、神族世界では普通に歪んでモテてたしな。
でも、こいつは⋮⋮こいつらは⋮⋮
﹁ム∼コみ∼つけた∼! 見つけった! チュー! ふがっ!﹂
﹁昨日、あんだけしただろうが。今はちょっと我慢しろ﹂
そんな時に、向こうの空からいきなり百パーセントスマイルで嫁
の一人が空気も読まずに飛んできたから、本当にイラッとしたので、
その顔面を思わず鷲掴みしていた。
﹁むーこ! いたい∼! いたいー! 離せ! 痛いのはお尻にし
てよ∼! ムコー!﹂
俺に顔面掴まれてジタバタするユズリハだが、今は相手をする気
分じゃなかった。
﹁ムサシ! サルトビ!﹂
﹁﹁ここに!﹂﹂
﹁今、大事な話をしてんだよ。連れてけ﹂
﹁﹁ぎょ、御意っ!﹂﹂
1737
俺が名を呼んだ瞬間に、高速で目の前まで飛んできて二人片膝つ
いて並ぶ。
その二人にユズリハを俺は放り投げて、かなり強めに⋮⋮
﹁やだあああああ! いやああ! 離せ、ゴミ猫にゴミ猿離せえ!
ムコが居るからイチャイチャするうう!﹂
したら、ユズリハが泣きじゃくりながらジタバタ暴れまくった。
﹁⋮⋮おい、ユズリハ⋮⋮ほんま頼むわ⋮⋮ワイら、ちょっと今、
シャレにならん話ししとんのや﹂
﹁にゃははは、ワリーね、ユズリハちゃん。サルトビちゃん、ムサ
シちゃん、連れてったげて﹂
ユズリハがいくら暴れようとも、俺たちの話題は目の前のこと以
外は、今は無理だった。
だから、ここは心を鬼にして⋮⋮
﹁なんで∼! ムコ、昨日はいっぱいしてくれたのに、何でイジワ
ル? まさか、もう、飽きたのか! 飽きるほどしてないのに!﹂
サルトビとムサシがユズリハを抱えて俺の命令を聞いて連れて行
こうと思うが、ダダこねて、爪を地面に食い込ませ、絶対にここか
ら離れないと言っているかのごとく、意地でも動こうとしなかった。
﹁胸小っちゃくてもいいよって言ってくれたのに! 赤ちゃんみた
いに、ちゅ∼って、してくれたのに! アレをペロペロしたら頭撫
でてくれたのに! 抱っこしながらいっぱいお腹の中に入れてくれ
たのに! どうして今日はイジワルする、ムコォ!﹂
1738
今は目の前のこと以外⋮⋮
﹁締め付けだけだったら、嫁の中でも︱︱︱︱﹂
﹁そのお姫様をさっさと連れていかんかああああああああああああ
!﹂
畜生、こんな大声で喋りやがって! これじゃあ、回りにも聞こ
えちま⋮⋮
﹁そうなのだそうなのだ∼、のう、ペット・アソーク、おぬしもヴ
ェルトのアレをペロペロしたのに、今日のあいつはつれないと思う
のだ?﹂
﹁ちょっ! ぺ、ペロペロなんてしてません!﹂
﹁ぐふふふふふ、ウソを言うななのだ∼﹂
﹁ウソじゃありません! ちょっと、パクッて咥えただけで⋮⋮っ
て、ななななな、なんてことを言わせるんですか!﹂
﹁パクではないのだ。喉の奥までズッポリだったのだ﹂
﹁ななななあな、も、もう、い、いじめないでください∼⋮⋮﹂
﹁よいのだよいのだ、切ない片思いはつらいというのは、わらわも
よく分かっているのだ。だからこそ、昨日の騒ぎの後⋮⋮コッソリ、
一人でトイレに籠って⋮⋮イジイジしていたのだろう?
﹁な、なんで、しって⋮⋮ちょぎゃああああああああああああああ
ああああああああ!﹂
﹁切ない声で愛おしく名前を呼んでいたのだ∼、﹃ヴェルト君、バ
カ、⋮⋮切ないよ⋮⋮苦しいよ∼⋮⋮あんなところに、私のファー
ストキスを⋮⋮ひっぐ、どうすればいいの∼⋮⋮止まらないよお∼﹄
って、言ってたのだ♪﹂
﹁いいいいいいやああああああああああああああああああああああ
あ!﹂
1739
クソお、あのコンビをいい加減引き剥がせねえものか。
しかし、今のペットに俺から動くのは可哀想な気もするし⋮⋮っ
て、そうじゃねえだろ! 思い出せ、今、俺はかなり割かし重要な話し合いを⋮⋮
﹁ん?﹂
その時だった。
美しいチェーンマイル王国宮殿の中庭で、揺れが起こった。
地震? いや、地震じゃない。この揺れは、地響きと共に何かが
近づいている音だ。
どんどん大きくなっ⋮⋮
﹁って、なんだ! す、砂煙が!﹂
﹁なんやアレ! なんか、来たんか?﹂
流石にここまで場を乱す存在が立て続けに乱入して来れば、苛立
っていた俺もジャックも話題が攫われる。
砂煙を上げて、音もどんどんと大きくなり、まるで巨大な獣が猛
スピードでこっちに向かってきているような⋮⋮
﹁うっふ∼∼∼∼∼ん! ヴェ∼∼∼∼ルちゃ∼∼∼∼ん♪﹂
女装した巨大なカバがこっちに向かって走ってきていた。
⋮⋮いや、アレ、一応俺の義理の親に当たるわけだが⋮⋮
﹁マママママ、ママンッ!﹂
1740
﹁ゆ、ユーバメンシュやないかい!﹂
﹁うわっは、なんで?﹂
﹁お、おおおおお、我が友なのだ!﹂
﹁なななな、何ででござる?﹂
﹁あれが⋮⋮﹂
そう、旧四獅天亜人の一人にして世界最強の一人。
そして、俺の嫁の父でもあり母でもある怪物。
いきなり会えたかと思えば、その勢いのまま、ママンは俺にタッ
クルするような猛スピードで俺を抱きしめた。
﹁会いたかったわ∼∼∼∼∼ん、私のム∼スコ∼! んちゅううう
うう!﹂
﹁ぎゃあああああああ、ちょ、ママン、ぎゃあああああ!﹂
内臓が全部飛び出すかの如く威力のタックル。そして俺の頬っぺ
たに濃厚な口紅と力強さで作ったキスマーク。
﹁ああああ! ムコにチューした! ガルルルルルル!﹂
ユズリハがどれだけ可愛かった今になって理解できた。
って、だから俺たちは今真面目な話をしていたのに、何でこう、
話をぶっ飛ばすインパクトが強いことばっかり⋮⋮
1741
第98話 ﹁ソフーズとヘタクソスナイパー﹂
﹁ごほっ、ごほっ、ま、ママン﹂
﹁半年ぶりね∼ん、ヴェルちゃん♪﹂
何でここに居るんだよ! そう聞こうとしたら、ママンは俺を抱
きしめながらウインクした。
﹁んもう、決まってるじゃな∼い。昨日の空の映像見せられて、ジ
ッとしていられるわけないじゃな∼い! 我が息子が父になり、そ
なか
して新たなる文化創成へと踏み出したのを、黙って指咥えて見てら
れないわよ∼ん♪﹂
﹁⋮⋮ママン⋮⋮﹂
﹁もう、そんな顔しないのん。私とヴェルちゃんの膣内じゃな∼い﹂
﹁⋮⋮なんだろう、若干発音が⋮⋮まっ、いいか﹂
力になるためにやってきた。
そう力強く言ってくれるママンが、とてつもなく頼もしかった。
﹁御館様⋮⋮この者が、旧四獅天亜人の⋮⋮﹂
﹁はわわわわ、ゆ、ユーバメンシュ殿ォ∼、ご機嫌麗しゅうござい
ますでござる∼﹂
﹁あら∼ん、ラクシャサのお気に入り御猿ちゃんに、ん∼、ムサシ
ちゃんも元気∼いん? 相変わらず可愛い食っちゃいたいわあん﹂
1742
﹁ッ! あ、ど、どうも、お、お初お目にかかります。御館様の新
たなる右腕、サルトビにございます!﹂
﹁にゃあ、拙者を食べてもいいのは殿だけっ⋮⋮って、サルトビ殿
! 貴様、何をドサクサに紛れて殿の右腕を名乗っているでござる
!﹂
流石にママンの存在感や内に秘めた力は、何でもアリのサルトビ
ですら思わず後ずさりするもの。
ムサシも今は怯えた猫のように震えながら跪いて頭を下げていた。
﹁ふしゅ∼、ガルルルル、ムコ離せ、ゴミオカマ化け物!﹂
﹁あらん、ユズリハちゃん⋮⋮私もあなたのママンなのよ∼ん? あんまり失礼なこと言っちゃうと∼ん、⋮⋮⋮怒るぞコラ﹂
﹁ひぐうう! ビクビクガタガタブルブル!﹂
おとめ
﹁私はオカマじゃなくて、漢女よん♪﹂
俺を抱きしめてるママンにユズリハが牙剥き出して睨むも、ママ
ンのウインク一つでユズリハは小動物のように震えちまった。
なんか、引退しても、イーサムといい、エロスヴィッチといい、
何で四獅天亜人ってのは規格外生物なんだよ。
﹁いや∼、いきなりすぎてびっくらこいた∼。でもさ、何でユーバ
メンシュ様がこんなに早く?﹂
1743
﹁ほんまやな∼。昨日、あんな映像見せられて居てもたっても居ら
れへんゆうのは分かるが、せやけど早すぎやないか?﹂
流石にクロニアとジャックポットも驚いているが、二人が驚くの
も無理はない。
元々、俺やラクシャサに用があって近くまで来ていたクロニアと
ジャックならまだしも、昨日の今日でママンがあの映像を見て亜人
大陸から人類大陸まで来るなんて、いくらなんでも無理過ぎる。
すると、
﹁あらん? 忘れたの∼ん? 私の自慢の娘でもあり、ヴェルちゃ
んのお嫁さんだって、邪悪魔法を極めし四獅天亜人よ∼ん! マニ
ーほど頻繁にできないけどん、転移魔法ぐらい出来るわよ∼ん!﹂
あっ、そうか⋮⋮そういえば、アルテアの奴も転移魔法が使えた
な⋮⋮
﹁そうっか、アルテアちゃんの⋮⋮﹂
﹁あいつも意外と何でもアリやな⋮⋮﹂
﹁本当にな⋮⋮﹂
そっかそっか⋮⋮⋮ん?
﹁﹁﹁アルテア︵ちゃん︶も来てんのーっ?﹂﹂﹂
﹁んもう、あったりまえじゃなーい!﹂
人差し指と中指の間に親指を入れて、独特なサムズアップをする
1744
ママン。
サラッと、嫁さんがこの国に来ていることを告げるも、俺たちは
口開けて固まっちまった。
﹁そ、そっか、アルテアも⋮⋮﹂
それは、ユズリハ同様に半年以上も会っていなかった嫁の一人。
そっか、あいつも⋮⋮あいつも来て⋮⋮
﹁ぐわはははははははははーーーッ! よく知った匂いを感じたと
思ったら、やはりおぬしだったか! ぐわははははは!﹂
﹁くくくくく、そうだねえ! こうして会うのは本当に久しぶりだ
ねえ﹂
﹁やれやれ。引退したとはいえ、変わらずやかましい奴だ﹂
その時だった。
ママンと同様に規格外の存在感を醸し出しながらこの中庭に現れ
た三人の超人たち。
﹁あら∼∼∼ん! イーサムゥ! ファンレッドォ! そこのマス
クマンは小さいけど∼、クンクンッ、ヴェ∼ンバ∼∼∼イ!﹂
そう、イーサム、ママ、月光マスクマン︵ヴェンバイ︶というか
つて世界の伝説を作った三人がそろい踏みだった。
ママンは俺を手放して三人に向かって駆け出して⋮⋮ 1745
﹁イ∼サムう、マブダチン○∼!﹂
﹁ぐわははは、うむ! マブダチ○コ∼!﹂
﹁ヴェンバイも∼、マブダ○ンコ∼!﹂
﹁やめぬかあああ!﹂
﹁ファンレッドも∼、マブダマン︱︱︱﹂
﹁やめなっ!﹂
この世でこのメンツ相手にこんな史上最悪の挨拶を出来るのはマ
マンぐらいだということをやりやがった。
三人の股間を掴み⋮⋮って、ヴェンバイとママは避けたけど⋮⋮
﹁んふ∼、ファンレッドとは何年振りかしら∼ん。ど∼う。おばあ
ちゃんになる気持ちは﹂
﹁ふっ、わるかないよ。﹂
﹁イーサムも∼、ユズリハちゃんもいよいよ本領発揮かしらん?﹂
﹁当然じゃ。ワシも早くユズリハちゃんが孕んで、おじいちゃんと
呼ばれたいわい﹂
﹁ヴェンバイも∼、うちの娘がヴェルちゃんと会えない間に、随分
とドサクサに紛れてやってくれたじゃな∼い。オリヴィアちゃんを
使うだなんて﹂
﹁貴様らや他種族に遅れをとるわけにはいかなかったのでな﹂
って、なんだよこのとんでもないメンツは! 1746
﹁ひ、光の十勇者最強の女王軍神ファンレッド⋮⋮旧七大魔王最強
にして現役二大超魔王の弩級魔王ヴェンバイ⋮⋮旧四獅子天亜人に
して世界最強武人の武神イーサム⋮⋮旧四獅天亜人にして世界最恐
生物と呼ばれた狂獣怪人ユーバメンシュ⋮⋮お、御館様⋮⋮、その
方々を身内にしてしまったあなた様はやはり傑物です﹂
この四人の揃った姿にはサルトビも圧倒されて小さく跪いたまま
だった。
そりゃそうだ。俺だって、身内になった今でも、このメンツを前
にすると狼狽えちまう。
そして⋮⋮
﹁そうなのだそうなのだ∼、そして! おぬしらが、じーちゃん、
ばーちゃんになれるかは、嫁共に対するわらわの指導と、わらわ直
伝の精力剤にかかっているのだーっ!﹂
そして、出て来ちゃったよ! さっきまでペットをイジメていた
エロスヴィッチまで!
﹁あら∼ん、エロスヴィッチ∼、マブダ○○コ∼!﹂
﹁ぬはははは、マブダチン○∼なのだ∼!﹂
だからその挨拶やめええええ!
﹁クロニア、テメエか、あの史上最悪の挨拶教えたのは!﹂
﹁んなわけねーじゃん、ヴェルトくんやい。アルテアちゃんじゃね
?﹂
1747
﹁は∼、しっかし、このメンツ揃っとると、ワイ、四獅天亜人の称
号もっとるけど、なんや自信なくなってくるわ∼﹂
つか、さっきまでかなりガチのマジ話をしていたのに、なんなん
だよ。何でそれを全てぶち壊す展開になってんだよ。
俺はだ、﹃あの人﹄と﹃あのクソ野郎﹄の身内だっていうクラス
メートのことを早く話をしたくて仕方ねえってのに!
﹁ひっぐ、ひっぐ、ううう、どうして私が⋮⋮﹂
﹁って、ペット! お、おま、どーしたんだよ!﹂
しかし、状況は真面目な話を許さねえ。
エロスヴィッチ登場とともに、エロスヴィッチの尻尾で胴をグル
グル巻きにされているペットも引きずられてやってきた。
﹁あらん? ねえ、その子わん? 元人類大連合軍の子かしらん?﹂
﹁私らの国の騎士団で、アソーク公爵家のペットだよ﹂
﹁うむ、そうなのだ。そして、ヴェルトの愛人にするためにわらわ
がこれから調教するのだ﹂
って、ちょっと待てい! 俺は気付いたら、エロスヴィッチの頭
をぶん殴っていた。
﹁コラァこの狐女!﹂
﹁いた、何するのだ、ヴェルト! せっかく、わらわが無償で協力
を申し出ているというのに!﹂
﹁そーじゃねえだろうが! 何が愛人だ! 何、勝手なことやって
んだよ!﹂
﹁お前こそ何を言っているのだ! よいか? これからはフォルナ
姫同様に、多くの娘が子を孕むことになるのだ! もし、嫁全員が
1748
同時に腹が大きくなったらどうなるのだ? おぬし、エロエロでき
なくなるのだぞ!﹂
﹁やらんでいいわ! つか、そんなことありえねーだろうが!﹂
何で殴られるんだと言わんばかりのエロスヴィッチと口論になる
も、その時、四人のオヤーズは⋮⋮
﹁﹁﹁﹁ありえるな﹂﹂﹂﹂
﹁うをいっ!﹂
エロスヴィッチに同意した。
﹁妊娠してから出産まで十か月⋮⋮フォルナはあと少しであんたと
は激しい運動できなくなる⋮⋮その間、他の娘たちも⋮⋮まあ、時
間の問題だろうね﹂
﹁むしろ、孕まねば困るぞ、婿よ! ワシなんてそれこそ同時に何
人の嫁が妊娠したことか!﹂
﹁オリヴィアはまだ年齢的に成人ではないが、肉体は既に出来上が
っているので問題ない。ヤヴァイ魔王国としても他国が既に子を設
けている以上、遠慮せずに作ってもらいたいものだ﹂
﹁そうね∼ん。全員余すことなく相手をしてあげたら、必然にそう
なるわね∼ん﹂
1749
と、まあ、こんな感じだった。
﹁って、何で私がヴェルトくんの愛人なんですか! 愛人って、そ
んなの嫌です! わ、私、そんなの嫌です!﹂
﹁な∼に、言ってるのだ、ペット・アソーク。これは、ヨメーズ特
別顧問たるわらわの決定事項。既に、わらわがある程度選考してい
るのだ。人類からはエルファーシア王国公爵家のペット・アソーク、
亜人からはそこのムサシとサルトビ、魔族からは旧ヴェスパーダ魔
王国ロイヤルガードのルンバ、神族からはゲイルマン王国のシアン
姫、⋮⋮あとは、天空族からもテキトーな娘を選びたいと思ってい
るが、既にこの五人は確定なのだ!﹂
﹁だから、何で私確定なんですか︱ッ!﹂
﹁よいではないか。昨日のトイレで願ってたこと全部叶えられるの
だぞ? ﹃こ、これぐらいだったかな⋮⋮⋮ちょっと、ツンとした
匂いで⋮⋮⋮でもあったかくて⋮⋮⋮あんなの、こんなところに入
るのかな⋮⋮⋮姫様たち、毎日してもらってるんだよね⋮⋮⋮だめ、
切ないよ∼⋮⋮⋮﹄⋮⋮⋮って言ってたのだ!﹂
﹁もうやめてくださいよおおおお! うわあああああん、もういや
あああああああああ!﹂
いや、つか、その前にそうだよ。ペットの意志を完全無視かよ。
1750
﹁つか、ムサシはいいとして、何でペットに、ルンバとか、あの神
族世界でテメエが調教した姫まで入ってんだよ!﹂
﹁殿∼、拙者はいいとか、んも∼、えへへへへへ﹂
﹁む∼、ガルルルル! 必要ない! 婿に愛人いらない! 私がい
っぱいするもん!﹂
﹁まあ、愚娘は既に妊娠中だし、私は構わないよ。アソーク家も断
るどころか、むしろもろ手を挙げて喜ぶよ。娘が覇王国の室に入る
んだからねえ﹂
﹁ユズリハちゃんが妊娠したあとならのう。しかしのう、エロスヴ
ィッチよ。ワシが考えるにじゃ、世の中の不公平を無くすには、ま
ずは愛人よりも婿の嫁たちをもう少し増やすべきと考えておるぞ。
例えば、ロルバン帝国とかそこらへんの姫も考慮せんとのう﹂
﹁それを言うなら、まずはオリヴィアと、契りそのものを交わして
もらいたいものだがな﹂
﹁すげーね、ヴェルトくん。いつか死ぬね。ナンマンダ∼ナンマン
ダ∼。ってか、イーサムさんや∼、サラッとロルバン帝国って⋮⋮
あの、不思議ちゃんお姫様はやめた方がいいと思いマスカラ﹂
﹁いつかやなくて、ヴェルトのやつ近いうちに死ぬで、ありゃ﹂
いや、よかねーよ、何言ってんだよこいつらは!
なぜか、この会話に入ってから少し黙っていたママンが、ようや
く口を開いた。
1751
﹁でもね∼ん、そんな先の話よりはまずう∼、ヴェルちゃんには目
の前のことをこなして欲しいわね∼ん。コスモスちゃん居るとはい
え、色々と初めての経験なんでしょ∼ん?﹂
ママンが、少し穏やかな温かい表情で俺の頭を撫でてきた。
﹁親になるってね∼ん、やっぱり幸せだし楽しいけど、でも、その
分、苦労も責任も伴うものなんだから∼ん﹂
﹁ママン⋮⋮﹂
﹁もっちろ∼ん、こ∼んな頼もしいおじいちゃんおばあちゃんがい
っぱいいるんだから∼ん、手伝うし、なんだったらおこづかいなん
てい∼っぱいあげちゃうけど∼ん、ヴェルちゃんもお嫁さんたちも、
ちゃんとそのことを覚悟しないとねん♪﹂
ある意味で、このメンツの中で、国とか戦争とかそういうものに
関わることなく、普通の親としてアルテアを育ててきたママンだか
らこその、どこか実感めいた重みのある言葉に感じた。
愛人だ嫁の数だの前に、まずは目の前のことを。つか、んなの当
たり前だしな。
﹁ああ。分かってるよ﹂
そこだけは同意して俺は頷いたら、ママンは嬉しそうに笑った。
1752
﹁そう、だったら∼ん、ちょ∼っとヴェルちゃんには∼、今、色々
とブルーになってる私の娘に∼、男として∼ん、夫として∼ん、気
にかけてあげて欲しいわ∼ん﹂
﹁⋮⋮ブルー?﹂
﹁私もね∼、これまで何度もヴェルちゃんに会えって娘に説得した
けど今まで頑なに拒否されてね∼ん。今日だって、無理やりここに
連れてきてもらったのよ∼ん?﹂
そんなママンの言葉に、俺は、つかクロニアもジャックも首を傾
げた。
﹁おい、ママン、ブルーって? アルテアのことか?﹂
あの年中お気楽ポジティブ全開ギャルが、ブルー? あいつにブ
ルーって、一番ほど遠い言葉じゃねえのか?
そう思った、その時だった。
﹁だ、だから、あたし会わねーって言ってんじゃん! つか、マジ、
あたしママン連れてきただけだから、帰るし! なあってば! つ
か、あたしの居ねー間に、嫁二人も増やしたバカとこんなんで会い
たくねーし!﹂
その時、何だかダダこねている懐かしい声が聞こえた。
あいつの声だ。
1753
﹁ダメに決まってるでしょう、アルテアさん! いい? これは重
大なことなのよ? 常にホウ・レン・ソウを欠かしてはならないと
いうヨメーズ鉄の条約を、あなたは破ったのよ?﹂
﹁そうだ! これは、重大なる背信行為だぞ! 今まで⋮⋮今まで
何で隠していた! 定期報告会で、私やフォルナやエルジェラが、
ヴェルトと何回寝たとか、まだ兆候がないとか、そういう話をして
いる時も、お前は腹の中では笑っていたのか?﹂
﹁というより、あなた定期報告会の時は、﹃そんな恰好﹄していな
かったではありませんの! さては、自分の姿を邪悪魔法を使って、
﹃服装﹄や﹃体形﹄を変えていましたわね!﹂
﹁ふ、ふふふふふ、ここまで出遅れたとなると、私も手段を選んで
いられないわね。この暁光眼を使って、これからヴェルトの独占を
本格的に考えないといけないようね﹂
そして、その声の主、すなわち嫁であるダークエルフのアルテア
と付き添う形で、アルーシャ、ウラ、フォルナ、クレオの四人が、
﹁不機嫌﹂で﹁複雑﹂な表情で同行していた。
そして、俺は振り返って約半年以上ぶりに会う嫁の姿に⋮⋮
﹁アルテア⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮よ、よう⋮⋮エロヴェル﹂
気まずそうにソッポ向きながら挨拶してくるアルテアだが、俺は
驚愕した。
1754
﹁な、なんやてえええ!﹂
﹁ちょま、あ、あ、アルテアちゃん!﹂
﹁ああああああああああああああっ!﹂
そして、その姿に驚いたのは俺だけじゃない。ジャックもクロニ
アもユズリハも、つか、ママン以外の全員だった。
なぜならアルテアが⋮⋮
﹁お前⋮⋮その服装は? 今まで、腹出しノースリーブのミニスカ
だったのに﹂
﹁か⋮⋮風邪ひく⋮⋮と思って⋮⋮﹂
そう、いつもは露出の多い服だったアルテアの格好が、膝下まで
伸びたフリルのついた黒っぽいドレスを着ていた。
﹁⋮⋮厚底ブーツは⋮⋮﹂
﹁⋮⋮こ、転ぶかもしんねーし﹂
異常なまでに長かった厚底ブーツが、地味な庶民の革靴を履いて
いる。
﹁⋮⋮付け爪は?﹂
﹁⋮⋮外した⋮⋮﹂
ギャル丸出しのラメを張りまくったカラフルな付け爪はなく、普
通の白い爪になっている。
﹁盛りまくってた頭は?﹂
﹁⋮⋮時間かかるし⋮⋮やめた⋮⋮﹂
1755
フルーツパフェみたいに盛りまくっていた、デカ盛りヘアーがな
くなって、さらにカラーリングしていた髪も、本来のダークエルフ
と思われる黒い真っすぐのロングヘアーになっていた。
﹁なんか⋮⋮ちょっと上品な感じのする⋮⋮フツーのダークエルフ
になっちまったな﹂
﹁⋮⋮おう、ワリーか?﹂
そう、ダークエルフでも異端と思われるギャルエルフだったはず
のアルテアが、ただのダークエルフになっていたのだ。
そして更に⋮⋮
﹁でお前⋮⋮⋮⋮ちょっと太った?﹂
﹁⋮⋮っせーよ、た⋮⋮⋮食べ過ぎたんだよ。⋮⋮⋮体力付けねー
とだし⋮⋮⋮﹂
いや、太っているという表現は変だな。
別に頬が膨れているわけではない。むしろ、そこは前と変わって
いない。
太ったというよりも、お腹が出ているという感じだ。
﹁そっか⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮おお、そうだっつーの⋮⋮⋮﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっと
1756
﹁何ヶ月?﹂
﹁⋮⋮⋮約七か月⋮⋮⋮つか、決まってんだろ、逆算しろっつーの
!﹂
ニトロ
そういや、えっと、俺、クロニアとジャックと一緒に、えっと、
何の話してたんだっけ? えっと⋮⋮そう、爆轟とアザトースの話
してて⋮⋮⋮
1757
﹁⋮⋮⋮最終決戦の時の?﹂
﹁⋮⋮⋮まあ、その後も数回ヤッたけど⋮⋮多分⋮⋮﹂
﹁怒られるの承知で聞くぞ? ⋮⋮⋮勿論⋮⋮⋮俺だよな?﹂
﹁あたりめーだっつーの! つか、あたし、お前としか、えっちっ
ちなことしてねーっての!﹂
えっと、だからクラスメートの中に、大和さんと、それと、えっ
とあのクソ野郎の身内が⋮⋮⋮
﹁⋮⋮⋮なんで⋮⋮⋮黙ってた?﹂
﹁⋮⋮⋮ッ⋮⋮⋮言えるわけねーし⋮⋮⋮フォルナっちやウラウラ
まだなのに⋮⋮⋮つか、お前、あたしのことそんな好きなわけじゃ
ねーじゃん⋮⋮⋮結婚だとか嫁とか、ノリだし⋮⋮⋮そう思ったら、
言うタイミングっつーか⋮⋮⋮﹂
﹁ッ、ば、バカかテメエは! こんな大事なこと隠して! んで、
そのヨメーズ報告会とかそういうのは、ヘラヘラした顔で誤魔化し
てたってのか? くそ、な、何でだよ、バカ!﹂
﹁バカはそっちだし! つか、なんであたしなんだよ! あんだけ
撃ちまくって、命中してたのあたしだけって、どんなヘタクソスナ
イパーなんだよ、あんたは!﹂
1758
ダメだ⋮⋮目の前の現実と、瞳を潤ませだしたアルテアのことし
か考えられなかった。
1759
第98話 ﹁ソフーズとヘタクソスナイパー﹂︵後書き︶
感想を送ってくれた方々・・・・・・何でこの展開が分かったんで
すか?
ネタバレしちゃダメだと思って、感想返しで私、生まれて初めてウ
ソついちゃったじゃないですか。
1760
第99話﹁やだ﹂
前世も通して、こういうシリアスな空気の中でこいつと喋るのは
初めてだった。嫁なのに。
中庭の席に座らせて、錚々たるメンツが回りで見守る中、俺はア
ルテアと向かい合っていた。
﹁ずっと隠してたのか?﹂
﹁⋮⋮おお。ママンは何度もあんたに教えろって言ってたけどさ⋮
⋮なんか嫌だった﹂
﹁なんで嫌なんだよ。フォルナたちに気を使うにしても、気を使う
ってのはそんなんじゃねえだろ﹂
﹁わーってるよ! でもよ⋮⋮でもさ⋮⋮﹂
つうか、前世を通しても、こいつのこんなツラは初めて見る。
﹁タイミングとか⋮⋮皆の腹具合とか⋮⋮そういうのあって、言い
づらいっつーか⋮⋮﹂
こいつもまた、ダークエルフとして相当ハードな出生だったはず
なのに、初めて再会したときはそんな気も全然させないくらいに能
天気な奴で、第二の人生を堪能していた。
なのに、今は、トレードマークのド派手なギャルファッションを
捨て去って、いっぱしの妊婦の姿で大人しく座ってた。
﹁でも、あんたがさ、フォルナっちの妊娠知ったときに言ってた言
葉⋮⋮家族増えたら幸せになるってやつ⋮⋮あれ聞いてママンが、
1761
あたしの不安なんて取るに足らないもんだったって言ってよ、強制
でここまで連れて来させたんだよ﹂
﹁じゃあ何か? 昨日のアレが無ければ、テメエはず∼っと黙って、
更には子供のことも俺に内緒にするつもりだったのかよ﹂
﹁だ∼から、わーってるって。あたしが間違ってたって言ってんだ
ろ? 悪かったよ、悪かった!﹂
半ば投げやりに謝ってくるアルテアにカチンとくるも、俺は堪え
た。
だって、こいつをそんな不安にさせたのは俺だから。
﹁でもよ! 一度も好きとも言われたことのねえ不良の子供孕んで
⋮⋮そんで⋮⋮あんたのことを本気好きな、フォルナっちや、ウラ
ウラたちが子供できねーって嘆いてるところによ⋮⋮あたしがって
⋮⋮﹂
不安げな顔を浮かべ、大きくなったお腹を擦りながら、アルテア
は呟いた。
そこで、アルーシャとユズリハが﹁自分も超本気﹂とアピールし
てるが、今は触れないでおこう
﹁そう考えるとよ、色々不安になるっていうか⋮⋮それに、あたし
バカだしよ⋮⋮こんなバカがちゃんと親になれんのかとか⋮⋮エル
ッちとかママンみたいにさ、子供を大事にできんのかとか⋮⋮﹂
⋮⋮一度も好きと言った事が無い。それはその通りだ。つか、昨
日、フォルナにすら初めて言ったのだ。
1762
更に言えば、アルテアに関してはプロポーズすらしてねえ。
そんな状態で子供できちゃったって⋮⋮そりゃ不安だよな⋮⋮
ましてや俺、半年もこいつほったらかして、様子すら見に行かず、
更に言えば、こいつの居ない間に嫁が二人も増えたし⋮⋮
﹁まあ、それを言うなら俺だって、親の資格が云々言われたら自信
ねえけど⋮⋮﹂
﹁でも、お前にはコスモスっち居るから、なんだかんだでパパやっ
てんじゃん。しかも、お前はエルッちとはガチでラブラブだしさ⋮
⋮﹂
いや、別にエルジェラを特別扱いは⋮⋮って、何でアルーシャた
ちはそこで﹁ウンウン﹂って頷いてんだよ。
﹁それに、どーすんだよ、子供に聞かれたら⋮⋮﹂
﹁あん?﹂
﹁子供に、おとーさんとおかーさんってどうやって出会ったのとか、
愛し合ってたから自分は生まれたの? とか、聞かれたらどーすん
だよ! なんか、ヤッたらデキちゃったって言うわけにゃいかねー
だろ!﹂
そうやって背負って、抱えて、溜め込んで、そうやってこいつは
この半年以上を過ごしてきたわけか。
その弱音を吐き出さずに⋮
﹁そう考えたらよ⋮⋮なんか、ズルズル⋮⋮﹂
そんなこいつに⋮⋮俺が⋮⋮こいつに言わなくちゃいけねえこと
は⋮⋮
1763
﹁ったく、バカが。今更⋮⋮んなこと言うなよ⋮⋮もう、俺の壮大
な家族計画にも未来予想図にも、お前も腹の中の子供も勘定されて
るんだからよ⋮⋮﹂
﹁おー、バカだよ、悪かったよ⋮⋮でもさ⋮⋮お前がそういう気持
ちにさせてんじゃん⋮⋮﹂
﹁ああ⋮⋮そうだよな⋮⋮﹂
昨日のフォルナの二番煎じみたいに﹁アイシテルヨ﹂と言っても
仕方ねえし、そんなのこいつだって別に嬉しくねえだろ。
ただ、﹁アイシテルヨ﹂とも﹁スキダヨ﹂とも言わないにしても、
それでももう俺の描く未来に入ってるのは事実なんだ。
﹁一つ教えてくんねーか、アルテア⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あんだよ∼⋮⋮﹂
だから、そんなアルテアに、どうしてもこれだけは確かめずには
居られなかった。
﹁妊娠したって分かった時⋮⋮お前は、そのことを⋮⋮不幸だと思
ったか?﹂
いや、聞かなくても答えは分かってる。
その証拠に、ブスっとした顔でアルテアはソッポ向いて⋮⋮
﹁⋮⋮なわけ⋮⋮ねーじゃん﹂
そう。だったらそれでいい。
﹁だったらよ、⋮⋮これからは、んなこと言わねーで⋮⋮相談して
くれよ⋮⋮そして⋮⋮これからも一緒に居てくれよ⋮⋮﹂
1764
正直、それ以上の言いようがなかった。
﹁立派なパパとまではいかねーかもしれねーけど⋮⋮それでも、コ
スモスやフォルナの腹の中に居る子も含め⋮⋮お前と一緒に子供を
⋮⋮精一杯、思いやりてえ﹂
アルテアとは前世でもそれほどの思い入れはなく、この世界でも
こいつとの思い出ってぶっちゃけそんなにねえ。
初めてこいつとヤッたときも、なんつーか、無我夢中というか、
それに六人まとめて相手にしてだし、そこまでの印象は、あっ、で
もエルフの尖がった耳で⋮⋮いやいや、そうじゃねえだろ⋮⋮っと、
そういや、戦終わって数日間神族大陸で事後処理関連で留まってい
る間、アルーシャとアルテアの三人でヤッたときがあったけど⋮⋮
あんときは、アルーシャが主導になって⋮⋮って、そうじゃねえ!
っていうか、こいつとの思い出ってヤッたときの思い出ぐらいし
かねえぞ⋮⋮
いや、そうじゃねえ。
だからこそ⋮⋮
﹁だから、これからは⋮⋮もっとお前とも色んなことしてみて⋮⋮
そんで子供に⋮⋮ちゃんと俺とお前が愛し合った子供なんだって言
えるぐらい⋮⋮頑張っ⋮⋮からよ⋮⋮﹂
くっそ、何で俺は二日続けてこんな恥ずかしいことを⋮⋮
ウラたちは超うらやましそうな顔してるし⋮⋮
んで、アルテアは⋮⋮
﹁⋮⋮別の女にも言ってんだろうが、同じようなセリフ⋮⋮﹂
1765
ダークエルフの褐色の肌が染まるぐらい顔を真っ赤にして、目元
を潤ませている。
そんなアルテアに、俺は歩み寄ってから腰を落とし⋮⋮
﹁なあ⋮⋮腹に⋮⋮さわっていいか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮おう﹂
アルテアのお腹に頬と耳をつけて、両手をアルテアの腰に回した。
﹁男か女か分かるのか?﹂
﹁分かるわけねーじゃん⋮⋮この世界じゃ⋮⋮﹂
﹁ああ。でも、⋮⋮どっちでも⋮⋮なあ?﹂
﹁まーな⋮⋮﹂
﹁名前は⋮⋮ある程度は考えてたりすんのか?﹂
﹁⋮⋮うん⋮⋮でも、候補ありすぎて決めてねえ⋮⋮﹂
﹁そっか⋮⋮﹂
温かく、そして重みを感じる、もう一つの生命の存在。
改めてそれを実感しながら⋮⋮
﹁⋮⋮結婚すっか⋮⋮⋮⋮形だけとか、法律上とかそういうんじゃ
なく⋮⋮﹂
まだ、付き合ったことも無い、思い出すらもそれほどない女。
でも、政略結婚とか、世界のためとかそういうのを抜きにして、
俺は申し入れた。
そんな俺に対してアルテアは⋮⋮
1766
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮やだ﹂
その時、アルテアから零れ落ちた涙が、俺の頬を伝った。
俺の頭を両手で包み込みながら、アルテアは頷い⋮⋮?
﹁えっ?﹂
﹁⋮⋮だから、⋮⋮嫌っつってんじゃん﹂
⋮⋮断られた⋮⋮あれ? 俺の聞き間違い? いや、違う。だっ
て、フォルナたちもスゲー驚いた顔をしているし。
﹁えっと、アルテア?﹂
えっ? 今の状況で俺は何でフラれるんだ? すると、アルテア
は少し涙を潤ませた顔で、しかしちょっとイタズラ心の混じった笑
顔を見せた。
﹁いやに決まってんじゃん! 何か今、仕方ねーからとりあえずプ
ロポーズしたって感じじゃん! んなのやだし﹂
﹁⋮⋮えっ、いや、だから、そのお腹の子供は俺の子で、で、お前
は俺の⋮⋮﹂
﹁あーそだよ。あたし、ほーりつ上お前の嫁だし、この子はお前の
子供だけど、でも⋮⋮この子は、あたしが育てるし!﹂
ダメだ、言ってる意味がよく分からん⋮⋮
﹁こ、断りましたの? ヴぇ、ヴェルトがあんなに素直になったと
いいますのに!﹂
1767
﹁な、なんなんだ、あの女は! 私ならば即決で受け入れるぐらい
のことなのに!﹂
﹁あ、あんな、あんな羨ましいことを彼の方から言ってもらってお
きながら、なんて贅沢な!﹂
﹁ダークエルフ⋮⋮随分変わった姫ね⋮⋮﹂
﹁ムコの赤ちゃん、いいな∼⋮⋮いいな∼⋮⋮﹂
アルテアの﹁やだ﹂発言に理解不能といった感じの嫁たち同様、
俺もまたアルテアの発言が理解できていなかった。
﹁あんたさ、女があんたに惚れてるからって、プロポーズすりゃ簡
単に靡くと思ってんじゃねーっつうの! つかさ、えっちっちはし
たけどよ⋮⋮一度もデートすらしてねーし、手も繋いでねーし、メ
ールのやり取りも、旅行も、⋮⋮バレンタインとか⋮⋮クリスマス
とかも、誕生日とかすら一緒に過ごしてねーのに⋮⋮結婚なんてい
きなしできるわけねーじゃん! つか、指輪くらい用意しろっつー
の、バカじゃん!﹂
⋮⋮だよな⋮⋮
﹁アルーシャ⋮⋮ばれんたいん、とか、くりすます⋮⋮ってなんで
すの?﹂
﹁私たちの前世の世界で恋人たちが人目も憚らずにイチャイチャす
ることが公認される特別な日よ﹂
﹁そ、それは本当ですの! ⋮⋮では、是非とも覇王国ではその日
を設けますわ!﹂
﹁それなら大丈夫。ラブくんが既にそれは計画しているみたいだか
ら﹂
おい、アルーシャ、そうじゃねーだろうが。牧師とキリストに謝
1768
れ。
つか、ラブの奴がそんなことを? 俺、なんも報告受けてねーん
だけど。
いや、そうじゃねえか、今はアルテアだ。
﹁えっと⋮⋮つまり、これからお前とイベントをこなしていけばい
いのか?﹂
﹁イベントとか言うなし! よーするにだ、アルーシャとかフォル
ナっちとかウラウラには、あんたが殊勝な顔してちょっとデレたら
陥落するかもだけど、あたしそんな簡単じゃねーって言ってんの!﹂
﹁じゃ、じゃあ、どうすりゃいいんだよ!﹂
﹁んなの、男なら自分で考えろっつーの! 少なくとも、この子の
父親になりてーって言うなら、言葉じゃなくて態度で見せろよな!
これからの! 少なくとも、今この場で告って、最後にチューぐ
らいすりゃ丸く収まるとか思ってんだったら、超あめーし!﹂
ヤバイ⋮⋮至極真っ当なことを言われて、何も反論することがで
きねえ⋮⋮
﹁アルーシャ、ウラ⋮⋮ワタクシたち、甘い女でしたの?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮だって、ヴェルトに好きだなんて言われたら、それだけ
でしばらく生きていけるぞ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮私も同じ立場なら即陥落だったわ⋮⋮﹂
﹁私も神族世界では、⋮⋮プロポーズとキスだけで決まったから⋮
⋮なんとも言えないわね⋮⋮﹂
1769
﹁ガルルルルル、あいつ、ムコの赤ちゃんできたくせにワガママだ
ぞ!﹂
というか、何でだろう、こいつが一番嫁の中で常識的なまともな
ことを言いやがった。実際、この場に居ない、オリヴィアは政略結
婚だし、エルジェラは絶対に断らないし⋮⋮
﹁うっふ∼∼∼ん、アルテアったらムキになっちゃって∼ん。でも
ん、ヴェルちゃんもそれぐらいの要求は呑まないとね∼ん﹂
﹁うう、ママン∼⋮⋮﹂
﹁ヴェルちゃん、ぜ∼∼∼∼ったい、しっかりとした態度でアルテ
アに認められてから、アルテアと私の孫を幸せにしないと許さない
わ∼ん! できなかったときは∼⋮⋮そんときゃ⋮⋮ブチ殺すから
覚えておけよ⋮⋮﹂
ニコニコしながらママンが、アルテアのお腹に影響がないように
ゆっくりと、そして優しく俺たち二人を抱きしめた。
そんな場面を、ぶつくさ言ってぶち壊す嫁たちは居ない。
﹁ま、まあ、仕方ありませんわね⋮⋮アルテア姫がそれを望まれる
のなら⋮⋮﹂
﹁むっ、ま、まあ、そうだな。それに、もうここまで育っているの
だ。後は母子共に健康であるよう、我々も協力するか⋮⋮﹂
﹁ええ、そうね⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮次は絶対に私が
⋮⋮⋮﹂
﹁でも、ヴェルト。あなたがアルテア姫に認められるように努力す
1770
るにしても、私たちを蔑ろにすることは許さないわ﹂
﹁いいな∼、ムコの赤ちゃん。いいな∼⋮⋮﹂
順番云々は抜きにして、どっちにしろ子供は誰かしらに出来る予
定だったし、そういうことをしていたんだ。
俺とアルテアの今後云々は俺たちの間で決めるとして、今はまず
は、このおめでたいことに対する祝福の声が上がった。
﹁まっ、ヴェルトくんとアルテアちゃんの今後はヴェルト君次第と
して、それはそれとして、ビーちゃん、⋮⋮ううん、アルテアちゃ
ん、おめでとうもろこし﹂
﹁まあ、これぞほんまの、おめでたいことやな﹂
﹁ぐわはははは、そうじゃのう! よし、ユーバメンシュよ、今日
は飲み明かすぞ! 酒じゃあッ! ヴェンバイ、ファンレッド、お
ぬしらも異存ないのう?﹂
﹁まあ、愚娘が孕んでいるからよしとしよう﹂
﹁ユーバメンシュの娘、アルテアよ。今後、我が娘のオリヴィアも
子を授かるであろう。今、お前の腹の中に居る子の弟か妹になる。
宜しく頼むぞ﹂
﹁うっはー! もう、拙者! 拙者! 殿の御子様がいっぱいで今
から楽しみニャ∼!﹂
﹁御館様⋮⋮教育はこのサルトビにお任せ下さい﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ヴェルト君の⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮赤ちゃんか∼⋮⋮⋮い
いな∼⋮⋮結婚⋮⋮お嫁さん⋮⋮あれ? そういえば、愛人って法
律上はどうなっちゃうのかな⋮⋮って、私のバカ! そんなのなれ
るわけないじゃない!﹂
ここは素直に祝福しよう。
ちょっと苦笑交じりではあるものの、気づけば皆、アルテアに拍
手していた。
1771
﹁ふむふむ、だが、これはこれで良かったのだ! これでエローテ
ーションも滞りなくできそうなのだ!﹂
と、その時、一番黙っていて欲しいエロスヴィッチが愉快そうに
笑っていた。
その言葉に皆が振り返った。
﹁師匠、どういうことですの? ローテーションの滞りなくとは?﹂
﹁考えてみるのだ、フォルナ姫。元々、ヴェルトの嫁六人の一週間
エローテーションは嫁たちが一日交代で、七日目には六人の嫁全員
でヴェルトに御奉仕という流れだったのだ﹂
﹁え、ええ⋮⋮そうですわね⋮⋮﹂
﹁でも、クレオ姫とオリヴィア姫が嫁になったことで、一週間エロ
ーテーションが崩れると思っていたが、ここに来てフォルナ姫とア
ルテア姫が妊娠によりローテーション枠から外れるので、問題なく
エローテーションを組めるのだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あっ!﹂
﹁まあ、妊娠中にできるプレイとやらもエロエロとあるが、⋮⋮ま
あ、そこはもう、フォルナ姫もアルテア姫も我慢して、未だに受精
しとらん姫たちに譲るのだ!﹂
そうか! これで滞りなくローテーションが組める⋮⋮って、こ
の狐女はなんつうことをこんなときに!
﹁そうか! では、さっそく今日からだな、ヴェルト!﹂
﹁ええ、しかも今は一人だけ回数を稼ぎまくっていたエルジェラ皇
女もいないし⋮⋮﹂
﹁足腰立たなくなるぐらい相手をしてもらおうじゃないの﹂
﹁今からしよ、ムコ!﹂
1772
しかも、ウラ、アルーシャ、クレオ、ユズリハの四人が、﹁確か
に問題ない﹂ってな感じで、ヤル気満々に頷いて⋮⋮
﹁中出しだ・みんな孕んで・幸せだ⋮⋮これぞ、わらわが送る一句
タイム
! さあ、ヴェルト、覇王の務めを果たすのだ! おぬしの新たな
る必殺技! ハメハメ時間の開幕なのだ!﹂
史上最悪な開幕宣言するエロスヴィッチに、俺は少し強めのツッ
コミ入れて黙らしてやろうと思っていた。
すると⋮⋮
﹁では、順番や回数的に、その開幕戦の相手は、私が務めさせても
らうべきかと思うけど、どうかな? 旦那君﹂
﹁げっ!﹂
﹁はっはっは、﹃ゲッ﹄、とはひどいのではないかい、旦那君。そ
れとも、こんな生娘は相手にできないかい?﹂
余計な奴まで来ちゃったよ。
騒ぎを聞きつけてかは知らないが、相変わらずロア並みのキラキ
ラオーラを発散させながら微笑むオリヴィアの登場だ。
﹁オ⋮⋮オリヴィー!﹂
﹁やあ、久しぶりじゃないか、黒姫﹂
ッとその時、アルテアが普通にオリヴィアに声をかけていたので
1773
びっくりした。
﹁えっ、ちょ、ちょっと待て、お前ら知り合いか?﹂
﹁ああ。劇団の衣装を購入するにあたって、ジェーケー都市から色
々と取り寄せてね。黒姫とは良き友だ﹂
﹁ま、オリヴィーがヤヴァイ魔王国のお姫様って知らなかったし。
つか、普通にヴェルトの嫁になったってので、驚いたし﹂
意外な繋がり⋮⋮世間は狭いっつーかなんつーか⋮⋮
﹁にしても、旦那君も酷いじゃないか。新妻になりたての私をほっ
たらかし続けるのは。昨日なんて、私が頑張ってリリィ同盟の娘た
ちを口説い⋮⋮説得して、君の国への移住を話し合っていたという
のに﹂
﹁いや⋮⋮んなこと言われても⋮⋮つか、サラッと現れて人の顎を
クイっとすんな!﹂
﹁ははは、パパになる男が細かいことを気にしないことだよ﹂
﹁人の頭をポンポンすな!﹂
﹁逃げないでくれたまえ。月光眼﹂
﹁こっ! こんなことに伝説の眼を使うんじゃねえ!﹂
さり気なく現れてまたいらんコミュニケーションをしてくるオリ
ヴィアから距離を置こうとするが、月光眼で引き寄せられてそのス
1774
ラッとした体、正面から抱きしめられてしまった。
﹁でも、不思議な感覚ですわ。昔は、ヴェルトを抱きしめる女は誰
であれ睨んだものですけど、これはあまり⋮⋮﹂
﹁というより少しドキドキするぞ!﹂
﹁ヴェルトくんって、攻められるのは弱いのね﹂
﹁お、お、オリヴィ∼⋮⋮攻めで、ヴェルト受けなんじゃん⋮⋮﹂
﹁ッ! あら、アルテア姫だったわね。あなた、BLの知識も?﹂
﹁ガルルルルル! あのゴミ男女!﹂
ついに集結してしまった七人の嫁たち。しかも内二名は妊娠中。
この光景にママンたちオヤーズっていうか、ソフーズは満足そう
に頷いていた。
すると⋮⋮
﹁さて、旦那君。黒姫が妊娠という大変おめでたい話の中で申し訳
ないのだが⋮⋮少し真面目な話をしても良いかい?﹂
﹁ああん? なんだよ⋮⋮つか、離せよ﹂
そんな中で、オリヴィアは俺を抱きしめながら⋮⋮
﹁これから私は君の妻となり、そしてリリィ同盟の者たちは君の国
の国民になるわけだ。だがね、私たちは君という男を知っても、君
の国そのものについてはそこまでは詳しくない﹂
﹁ま、まあ、まだ建国中っていうか地盤を作ってるところだし⋮⋮﹂
﹁それは承知している。だが、何も知らないまま、私もリリィ同盟
たちもこのまま君に身を委ねるのもどうかと思ってね。そこでどう
1775
だろうか?﹂
オリヴィアの提案。それは⋮⋮
﹁黒姫の転送魔法を使ってもらって、今から、君の国に皆で下見に
いかないかい?﹂
それは⋮⋮また⋮⋮濃い∼濃い∼、あいつらとの久々の再会に繋
がる提案だった。
1776
第100話﹁下見ツアー﹂
チームとか、暴走族とか、ヤンキーとか、そもそもそんなもんは
時代錯誤だった。
だからこそ、生まれた時代が悪かったと思った。
雑誌やテレビやマンガの世界と違い、自分の居た時代と現実は、
警察や法律や学校、そして大人や社会という枠組みが自分たちを縛
りつけ、アウトローなやつらには生きづらく、むしろ絶滅危惧種に
もなっていたかもしれない。
そんな日々の中、あの人は言った。
︱︱︱時代や社会の所為にして死ぬ奴は所詮そんなもんだ。でもな、
そんな生きづらい世界でも、むしろ変わらずに楽しく生き続けられ
りゃ、そいつは本物ってことだ。なあ、中坊。全開で、楽しんでみ
ろよ。
神乃と出会って以来、そしてこの世界で前世の記憶を思い出して
以来、あの時の思い出は自分の中では薄れていた。
でも、今の自分が満たされて、そして神乃とも再会でき、さらに
はあの人の影がここに来てチラついたことで、俺は不意にあの人を
思い出した。
楽しかった思い出と共に、思い出したくもないことも入り混じっ
た記憶を、俺は今になって⋮⋮
﹁ああ、朝か⋮⋮﹂
頭が痛む。
確か昨晩は、世紀の大宴会を終えた後、エロスヴィッチとヨメー
1777
ズが密かにラブたちに建設させていたという、俺と嫁たちが過ごす
ことになる﹁大奥﹂という施設に、俺は放り込まれていた。
絢爛豪華な貴族の屋敷には、ヨメーズそれぞれの自室と空き部屋
と﹁今後入る住み込みのお手伝いさんたち﹂用の部屋まである、何
だか無駄にデカイ家が、王族エリアの中にあった。
十人寝ても大丈夫という超特大覇王サイズベッドから体を起こす
も、今は俺以外誰も寝ていない。
⋮⋮って、別に俺は必ず誰かと寝なければいけないというルール
があるわけじゃねーんだが⋮⋮
まあ、どうしてこうなったかというと︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
⋮⋮そう、アルテアとママンと再会して、アルテアがおめでただっ
たんだよな。父親? モチ俺だよ。
チェーンマイル王国の王宮の中庭で、それが発覚したんだ。
﹁おい、アルテア。あんま立ち歩くなよ﹂
﹁大丈夫だってーの。つか、運動にもなるんだよ﹂
﹁転んだりしたら危ないだろうが。おい、捕まれよ﹂
﹁はっ? ちょ、マジ恥いッ! 腕組んで歩くとか、あたしらカッ
プルかっての!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮嫁だろ⋮⋮﹂
﹁お、おおう。⋮⋮じゃあ、いいんか⋮⋮お、おう、じゃあ、お邪
魔します﹂
1778
﹁⋮⋮おう﹂
身重のアルテアに何かがあったら大変だからな。ちょっとの移動
も気を抜いてはならない。
だから、こうして俺自らが気遣って⋮⋮
﹁あっ、段差だ。気をつけろ﹂
﹁﹁﹁﹁構いすぎだから!﹂﹂﹂﹂
と、その時、不満そうな顔をした嫁たちが一斉に声を揃えた。
﹁ヴェルト、確かに、ワタクシはまだ初期ですので、それほど気を
使う必要はありませんが、ちょっとアルテアに構いすぎですわ!﹂
﹁私だってな∼、私だってもうちょっとすればお腹が大きくなるん
だぞ!﹂
﹁というか、夫婦なのだから⋮⋮そんな付き合いたてのカップルの
ような羨ましい空気を出さないでもらえるかしら?﹂
﹁ふん⋮⋮全く。この私と神族世界で再会した時は、既に女が二人
も孕んでいたとは、つくづく私を馬鹿にしているわね、ヴェルト﹂
﹁う∼、赤ちゃんいいな∼⋮⋮欲しいな∼⋮⋮﹂
いや、今は仕方ねえだろうが。だって、今のアルテアは、ザ・妊
婦状態なんだしよ。
﹁あ∼あ、こうやって睨まれるの嫌だから、あんま会いたくなかっ
たんだよな∼﹂
﹁おいおい、お前って本当に普段は人に遠慮しねーくせに、こうい
うことだけは遠慮すんのな﹂
﹁仕方ねーじゃん。あたしは元々、一歩引いてこの環境を楽しんで
眺めている的なポジションに居ようと思ってたんだからよ⋮⋮﹂
1779
居心地悪そうに苦笑するアルテア。確かにこいつは、これまでは
俺が嫁の誰かと何かやってるのを冷やかしたりして楽しんでる奴だ
ったからな。
まさか、自分が最初に妊娠して子供を生む立場になるとは思わな
かったんだろうな。
﹁きゃっほほーい! 妹♪ 弟♪ どっちかな∼♪ ねえねえ、ア
ルテアちゃん、どっちなの? コスモスはどっちのお姉ちゃんにな
るの?﹂
そんなアルテアの足元で満面の笑みを見せながら、アルテアのお
腹に手を伸ばして擦るコスモス。
昨日は、フォルナ妊娠発覚で有頂天で、ここに来てアルテアまで
という事実に、コスモスは嬉しさのあまりハシャギまくっていた。
﹁ん∼、どっちかはわかんね。でもさ∼、どっちでも遊んであげて
よな∼、コスモス﹂
﹁むふ∼、いいよー! だって∼、コスモスはお姉ちゃんだもん!
お姉ちゃん⋮⋮むふーっ! アルテアちゃんと、フォルナちゃん
が生んでくれたら、コスモスはお姉ちゃん! お姉ちゃんだもーん
♪﹂
﹁にひひひひ、大丈夫か∼? 赤ちゃんって大変なんだぞ∼? い
や、あたしも育てたことねーけど﹂
﹁むふふ、大丈夫だよ∼。コスモスは大人のレディだもん⋮⋮うう
ん、コスモス大人のレディなのです、大人なのです。だから大丈夫
だもん!﹂
俺も最初は驚いたし反応に困ったものの、実際、フォルナの時と
同様に、アルテアが俺の子供を身ごもったってのは普通に嬉しく思
1780
っている。
ただ、それは感情を前面に出して大喜びしているのは、コスモス
だけだった。
あ、いや、ママンもそうか。
﹁さあ、それはそれとして、旦那くん。奥さんが心配なのは分かる
が、こちらのツアーコンダクターも頼むよ﹂
で、そんな状況だっていうのに、オリヴィアから、下見ツアーを兼
ねて俺の国に行こう。そういうことになってしまった。
と言っても、下見をするにしても、向こう側の状況にもよる。
流石にいきなり全員をつれていくわけにはいかないってことと、
まだ建国途中の安定していない国に他国の主要な連中を連れて行く
わけにはいかないという意見があったので⋮⋮
﹁わーったよ。じゃあ、ちょっと顔出して向こうの様子見てから戻
ってくるから、お前らは待っていてく⋮⋮﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ダメに決まっている﹂﹂﹂﹂﹂
ヨメーズが却下した。
いや、俺とアルテアと後はジャックあたりで顔を出そうと思った
のに、それをヨメーズがダメだと口を挟んだ。
﹁ちょっとどこかへ出かける⋮⋮ヴェルト、あなたそれがこれまで
どれほどの事態を招いたと思っていますの?﹂
﹁私たちが目を話した数日間で、﹃増える﹄という事態をもう少し
重く捕らえろ﹂
﹁もう、決して目を離さないように、しっかりとガードさせてもら
うわよ﹂
﹁ええ、閨の回数にも支障が出るしね﹂
1781
﹁ねえ、ムコ。私がいるからもう増えなくていいだろ?﹂
いや、ちょっと向こうに顔出して様子を見てくるだけだから、別
に増えるわけ⋮⋮増えるわけ⋮⋮
﹁旦那君。いいじゃないか。別に他国の視察団というわけではなく、
君の身内だよ? 私たちは。だから、もっと緩く考えてくれたまえ﹂
オリヴァイはそう言うが、身内とはいえ他国の王族関係者が入る
から、だからそうなるとほとんど視察みたいで、そうなるとなんか
ゴッチャになって⋮⋮
﹁そういうことだぜい、ヴェルトくん! 私は、マニーとラブくん
と、ピースちゃん⋮⋮妹と義弟と姪っ子に会いたいから、モチ行く
よ?﹂
﹁ワイはヴェルトの義兄やさかい、当然問題ないやろ?﹂
﹁それを言うなら、この場に居るものほとんどが家族同然じゃァ!﹂
﹁そうだねえ。なんせ、母でもあり、祖母でもあるんだからねえ﹂
﹁うっふ∼ん、私も、今度からはママン改め、グランママンかしら
ん?﹂
﹁拙者は殿の懐刀ゆえ、当然!﹂
﹁オレは御館様の右腕。離れることはありませぬ﹂
﹁わらわは、愛しのカイザーに会うため! 入国拒否されているが、
王であるヴェルトと一緒なら、問題ないのだ!﹂
そして、なんつうか、全員行く気満々だ。全員っていうと⋮⋮ま
あ、全員だ。
﹁おい、何の話をしてやがる、愚弟﹂
﹁ヴェルトくん?﹂
1782
﹁ヴェルト?﹂
﹁おーい、俺っちたちを置いて何の話をしてんだー?﹂
﹁ねえ、トリバちゃん⋮⋮あのダークエルフの人、ひょっとしたら
⋮⋮﹂
﹁あれ? た、確か⋮⋮び、備山⋮⋮さん?﹂
そう、全員だ。人数数えるのもめんどくさくなるほどである。
﹁ねえ、パッパ! ねえ、ピースちゃんたちと会えるの? チーち
ゃんたちの所に遊びにいくの? ねえ、パッパ∼! だったら、コ
スモスも∼! ピースちゃんに、コスモスはお姉ちゃんになるって
教えてあげたいの!﹂
流石に、こんな人数全員連れて行っていいのかとも思ったが⋮⋮
まあ、あいつらなら、﹃ノープロブレム﹄、﹃ハハ、パナイじゃん﹄
、﹃やれやれだゾウ﹄、﹃ウガア、コスモス! 元気だったかー!﹄
ぐらいの反応で済みそうだしな。
仕方ねえな⋮⋮
﹁アルテア? この人数⋮⋮大丈夫か?﹂
﹁はん、ラクショーだし。あたし四獅天亜人だし? 覇王の嫁だし
? つか、相変わらず賑やかでマジウケる﹂
﹁ああ、だけど無理すんなよな? もうお前一人の体じゃねーんだ
からよ﹂
﹁⋮⋮わーってるっつーの⋮⋮おめえ、一児の親のくせに、アタフ
タしすぎだっつーの。つか、女を孕ませたからって急にコロッと態
度変えすぎ。キモイ﹂
﹁∼∼∼ったく、お前はお前で⋮⋮まあいいや。んじゃ、頼んだぞ
?﹂
1783
そんなアルテアとのやり取りを経て、俺たちはアルテアの作り出
した魔法陣に行きたい奴ら全員をまとめて神族大陸へワープという
ことになった。
チェーンマイル王国中庭に集った数十人の多種多様な種族の者た
ちが集り、淡い光に包まれて、アルテアの魔法によって︱︱︱︱︱︱
﹁とりっくおあとりーと∼⋮⋮お、お菓子くれないと、いたずらし
ちゃいます∼!﹂
﹁おかしちょーだい! ねえ、おかし∼!﹂
﹁おばけだぞ∼! おどかしちゃうぞ∼!﹂
光が晴れて、次に俺たちの視界に写ったのは、相変わらず騒々し
くメルヘンチックなデスティニーランド。
しかし、今日は、いつもと様子が少し違う。
街のいたるところに、カボチャやオレンジの装飾がなされ、街中
には仮装した孤児の子供たちが、お菓子の入った籠を持って、楽し
そうにハシャイでいた。
﹁うがあああ、お前らあ、もう休み時間は終わりだから、とっとと
着替えて教室にいけーっ! 次は、お歌の時間だろうが! キシン
の野郎が待ってんぞ!﹂
そしてそこには、仮装等一切せず、しかし素の姿で怪物なので問
1784
題ない、荒れた言動でも実は子煩悩なよい子の味方が子供たちを叱
っていた。
﹁え∼、チーちゃんせんせ∼、まだ遊びたい∼! 今日は、ラブお
じさんが言ってた、ハロウィンパーティーなんだよ?﹂
﹁今日は、僕たち、おかしをいっぱい貰える日なんだよ?﹂
﹁おかしくれないなら、チーちゃん先生にイタズラだ! 全員かか
れーっ!﹂
﹁おーっ!﹂
叱られている子供たち。しかし、誰もが恐がったりなど一切せず、
むしろ心から信頼した瞳と微笑みを浮かべて、イタズラッ子の顔し
ながら、チーちゃんに飛び掛った。
﹁こら、いてーいてー、いてーだろ、クソガキども!﹂
チーちゃんの足にしがみ付き、背中によじ登り、子供のパンチで
チーちゃんの顔面を叩いたり。
﹁くらえー! チーちゃんせんせー、かくごー!﹂
﹁えい、えい、えい、どうだー、まいったかーっ!﹂
﹁ええええん、みんな∼、チーちゃんせんせ∼、いじめたらダメだ
よ∼﹂
このとき、ワープした直後にこんな光景を見せられた俺らは、誰
もが絶句していたのは言うまでもない。
世界三大称号の一つ。既に廃止されたものの、かつては世界の歴
史にその名を残した魔王であった、七大魔王の一人である爆裂魔王
のチロタン。
それが⋮⋮これは⋮⋮
1785
﹁へい、チロタンティーチャー! エンジョイしているか?﹂
そんなチーちゃんに、機嫌よくギターを弾きながら現れたのは、
こちらもまた、七大魔王の一人にして、かつては世界最強の一人と
まで言われたキシン。
キシンの出現に子供たちを嬉しそうにハシャグ。
﹁キシンせんせー、チーちゃんせんせーが、教室行けってイジワル
するー!﹂
﹁せんせーからも言ってよ∼!﹂
子供たちがワラワラとキシンの元へと集る。そんなキシンに、チ
ーちゃんはイラッとした顔を浮かべる。
﹁おい、キシン! テメエが甘いからクソガキどもがつけあがるん
だろうが! 遊ぶのも大事だが、勉強ってのはもっと大事だ! 戦
争が終わった世界ではこれからは勉強できるやつが重要になるんだ
よ! クソガキどもの将来が心配じゃねーのかよ!﹂
﹁ノンノンノン。ならば、教室なんかで歌を歌わないで、このブル
ースカイの下でシングアソングだ! チルドレンのスタデイの場所
は、教室ではない! この広いブルースカイの下ならどこでも教室
だ! へい、チルドレン! レッツ、パーティー!﹂
﹁﹁﹁﹁いえす、おーらい、キシンせんせー!﹂﹂﹂﹂
そう言って、街中でいきなり音楽を鳴らして、音楽の授業を始め
1786
るキシンだった⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮おい、
﹁ちょっ、お前らァ! そろそろこっちに気づけええええええええ
ええ!﹂
と、たまらず俺が叫んだ瞬間、目を丸くしたキシン、チーちゃん、
そして子供たちがこっちに振り返った。
俺⋮⋮一応、この国の王様なのに⋮⋮
﹁⋮⋮ヴェルト? へい、それに⋮⋮みんなも⋮⋮﹂
﹁クソガキッ! それに⋮⋮ッ、コスモスッ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁王様ッ!﹂﹂﹂﹂﹂
ようやく俺たちの存在に気づいたキシンとチーちゃん。そして子
供たち。
だが、流石にいきなり俺や、これだけのメンツがいっぺんにいき
なり現れたことには驚きを隠せないようだ。
そんなこいつらの反応に、俺はようやく気を取り直して手を上げ
る。
1787
﹁いよう。久しぶりだな。キシン。チーちゃん。それに、ガキども﹂
再会の挨拶の一声を俺が放った、その時だった!
﹁⋮⋮お兄ちゃん⋮⋮?﹂
︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!
俺はその時、心臓を鷲掴みされたかのような衝撃を覚えた。
聞き覚えのある声。しかし、本当ならこの国には今は居ないはず
の声。
その声の方向に振り向いた。
するとそこには⋮⋮
﹁かわい⋮⋮⋮⋮あっ、ら、ラガイア⋮⋮﹂
付け猫耳と付け尻尾で、化け猫の仮装をしたラガイア⋮⋮
﹁お前⋮⋮どうして﹂
﹁あ、うん⋮⋮ほら、あのゴミの島からこっちに移住してきた子た
ちが、僕と会いたがっているってマニーに言われて⋮⋮ちょっと遊
びに⋮⋮﹂
﹁そのカッコウは⋮⋮﹂
﹁あっ、う、こ、これは、今日は仮装の日って教えられて、どうせ
なら、違う種族の亜人の格好にと⋮⋮に、似合ってないかな?﹂
1788
不安そうに上目遣い。いやいや、似合ってますよ、っていうかグ
ッときてますよ、可愛いですよ。
そして何よりも、ラガイアが居る。
この半年間、忙しかったりで全然会えなかったが、あのラガイア
が居る。
﹁ラガイアアアアアアアアア!﹂
感極まって、俺は気づいていたら走り出していた。
﹁おーい! なんか、パナイ魔力の波動を感じたってマニーちゃん
が⋮⋮って、ヴェルト君! それにみんなも、パナイなんで︱︱︱
︱﹂
﹁邪魔だあ!﹂
﹁ほぐわああ!﹂
あれ? 誰か居たか? まあ、いいや。
﹁ちょっ、ラブ! なにがあっ⋮⋮あ、ヴェルトくん! それにお
姉ちゃんも! あれ、他の人たちもなんで?﹂
﹁ラガイア、一体何が⋮⋮あっ⋮⋮ヴェルト兄さん⋮⋮﹂
﹁何の騒ぎだゾウ! ⋮⋮ん? あっ!﹂
﹁いや∼、このハロウィンというのは、正にアンデットの王たる余
のためのものだな! ヴェンバイに黙ってこっそり遊びに来たが⋮
⋮って、⋮⋮おお?﹂
あん? なんだ∼?
ああ、マニーか。二大超魔王でキシンの姪のキロロか。カー君か。
1789
ん? なんで、魔王ネフェルティがここに居るんだ?
ま、どうでもいいや! 今は⋮⋮
﹁ラガイアァ! 元気だったか、ラガイアッ!﹂
﹁あぶっ、ちょ、い、痛いよ、お兄ちゃん。く、くるし⋮⋮﹂
﹁このやろう、元気だったか? ちゃんとメシ食ってるか? どこ
も体調悪いところはないか? 寂しくねえか?﹂
﹁ちょ、落ち着いてって、お兄ちゃん、僕は大丈夫だから⋮⋮でも、
⋮⋮ちょっと寂しかったかな?﹂
﹁うおおおおおおおお、ラガイアアアアアアアア!﹂
今はラガイアとの再会を喜び、こうして力強く抱きしめてやるこ
とが一番だ。
そんな俺の抱擁に、ラガイアはくすぐったそうにしながらも、強
く抵抗はしなかった。
そして⋮⋮
﹁あっ、そうだお兄ちゃん﹂
﹁ん?﹂
﹁見ていたよ⋮⋮空の映像⋮⋮お兄ちゃんの告白も⋮⋮﹂
﹁お、おう﹂
俺に抱きしめられながら、ラガイアが笑いながら俺の恥ずかしい
ことを言ってきた。あのフォルナの妊娠が発覚してからの一連のや
り取りのことだ。やっぱ見てたのか。
恥ずかしい⋮⋮
﹁ふふ、相変わらずだったけど⋮⋮でも、かっこよかったよ、お兄
ちゃん﹂
﹁ッ、ラガイアッ!﹂
1790
﹁⋮⋮本当に、おめでとう。お兄ちゃん﹂
﹁ッ!﹂
ああもう、なんて可愛い子! もう、ラガイアは婿にはやらん!
キロロもリガンティナも俺が倒す!
﹁なあ、フォルナッち。あたしさ⋮⋮あいつがあたしに少しデレた
けど⋮⋮あそこまで愛されるのにどんぐらいかかんのかな?﹂
﹁アルテア姫、その不安はワタクシにもありますわ⋮⋮﹂
﹁な、なあ。その⋮⋮我々のライバルは⋮⋮クロニア姫とムサシと
コスモスとハナビと⋮⋮そしてラガイアなのではないか?﹂
﹁ウラ姫、それは言ってはダメよ!﹂
﹁⋮⋮あれが⋮⋮ヴェルトの弟⋮⋮? ま、まずいわね。この光景
を神族世界のBLS団体が見たら、全員発狂して祭りになるわ﹂
﹁む∼∼∼∼、ムコにあんなにスキスキされてる⋮⋮﹂
﹁おやおや、これは旦那くんの意外な一面を見たな﹂
俺とラガイアの再会にかなりドン引きの表情で見守るヨメーズた
ち。
そして⋮⋮
﹁いや、あのさ、ヴェルト君。パナイ嬉しそうなところで悪いんだ
けど⋮⋮﹂
﹁ん? おお、ラブ。お前ら久しぶりだな。でだ、ラガイア、最近
どうなんだよ、教えてくれよ﹂
﹁いやいやいやいや! ヴェルト君、なにそのパナイ態度! ねえ、
俺! 俺たち!﹂
﹁うるせええ、後にしろ!﹂
﹁ええええええええ!﹂
1791
ラガイアとの再会にいちいち口挟んでくるラブ。そしてキシンた
ちはいっせいに⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁いや、半年振りの再会がそれ!?﹂﹂﹂﹂﹂
という声が、国に響き渡った。
1792
第100話﹁下見ツアー﹂︵後書き︶
しばらくは、ハーメルンで投稿しまくってましたが、少しずつまた
こっちでも遊んでいこうと思います。100話だからって別に特別
なことをしないで、普通に再開と再会をさせましいた。
まあ、このほのぼのがどこでどうなるかは、まあ、気長に待ってく
ださい。
1793
第101話﹁夢の国の力﹂
夢の国には魔力があると言われている。
そこでデートすれば、女も男も魔法にかかったかのようにその世
界に魅了される。
まあ、中には、そこでデートしたカップルは別れるというジンク
スがあったりもするが、それでも付き合いたてのカップルだったり、
意中の相手がいる場合は、その場所でデートしたいと思うものらし
い。
そして、﹃キャスト﹄と呼ばれる夢の国の住人たちは、お節介な
までの粋な計らいをもするらしい。
﹁わあ、かわいーじゃん! ちっちゃい子たちが一生懸命踊ってる
!﹂
ハロウィンに包まれ、そして世界のVIPたちが電撃訪問という
こともあり、今日はアトラクション解禁だとばかりにランドは賑わ
っている。
ここがかつては世界を震撼させたラブ・アンド・ピースの総本山
だったというのは複雑ではあるものの、夢の国の魔力はあらゆる者
たちを魅了していった。
﹁ああ。テーマパークっていうものらしいよ、ヒューレ。それにし
ても、こんなに笑顔で子供たちが催しをしてくれるなんて、嬉しい
ね﹂
﹁ロア、帝国にもこういうの作ったらいいんじゃない? 戦争で使
ってたお金を、今度は娯楽につぎ込まないとね﹂
1794
かつて、十勇者として戦争ばかりの青春時代を過ごしていた、勇
者ロアとその幼馴染のヒューレは、ランドの一角にあるオープンテ
ラスのカフェテリアに二人で座って、コーヒーを飲みながら微笑み
合っていた。
そんな二人の目の前にはバスティスタの弟分やら妹分やら、ラガ
イアがかつて過ごしていたゴミため島に居た子供たちが、皆、それ
ぞれの暗い過去を感じさせない笑顔で、仮装した姿で一生懸命歌っ
て踊っていた。
普段はこのランドで遊んで楽しんでいる子供たちが、今日はもて
なす側だということだ。心優しい大人たちは、そんな子供たちの催
しにニコニコと微笑みながら拍手している。
すると、踊っている子供たちの内の一人が前へ出て、座ってコー
ヒーを飲んでいるロアの手を引っ張った。
﹁ねえ、勇者様も僕たちと踊ってよ∼﹂
﹁え、ええ? ぼ、僕もかい?﹂
急なご指名とご要望に、慌てた様子を見せるロア。
その様子に、皆は笑いながらロアを冷やかす。
﹁兄さん、子供の願いをかなえるのが勇者の務めよ!﹂
﹁しっかりやんなさいよ、ロア!﹂
そうやって皆が後押ししながら、ロアは少し狼狽えたように子供
たちに連れられて前へと押し出された。
だが、その時だった。
﹁へい、マニーちゃん!﹂
﹁まかせてよ、ラブ♪﹂
1795
どこからか聞こえたラブの合図と、マニーの声。
すると、ロアの全身に一瞬のノイズが走り、気付いたときにはロ
アの姿が変わっていた。
それは、勇者の甲冑の姿ではなく、白を基調としたプリンスの衣
装だった。
﹁えっ⋮⋮⋮⋮?﹂
急に何事かと声を出して首を傾げるヒューレ。
そして一方で、さっきまで狼狽えていたはずのロアが、急に自信
満々な笑みを浮かべて、鳴り響く音楽に合わせてクルクルと回転し
ながらリズミカルに踊り始めた。
﹁えっ、ちょ、ろ、ロア?﹂
﹁⋮⋮兄さん?﹂
まるで練習していたかのように、一糸乱れぬ踊りを見せるロアと
子供たち。
そして音楽がだんだん小さくなっていったとき、ロアが急にヒュ
ーレの前まで行き、跪いてヒューレの手を握った。
﹁ヒューレ⋮⋮﹂
﹁ちょっ、え、はっ、⋮⋮え、えええ? ろ、ロア? は、はあ?
なんなのこれ?﹂
急に始まった展開に訳が分からずに慌てるヒューレ。
そんなヒューレにロアは優しく微笑みかけながら、語りかける。
﹁ヒューレ。僕は⋮⋮魔王ラクシャサと出会い、そして気付いたん
1796
だ。異次元に存在するアスカとは違い⋮⋮子供のころからずっと僕
の傍に居て⋮⋮支えてくれた、誰よりも幸せになってほしいと思う
女の子のことを﹂
﹁ろ⋮⋮ロア⋮⋮⋮⋮﹂
﹁アルーシャは最愛の男と結ばれ、心の底から幸せそうに笑う。そ
して、ヒューレ⋮⋮僕は君にもそうなってほしいと思っている。そ
してその役目は⋮⋮⋮⋮僕が果たしたいと思っている﹂
気付けば、ハロウィンの仮装をしていた子供たちが、いつの間に
か二人を見守るように、手作りの羽を背中につけた天使の子供たち
の役になって、ヒューレとロアの回りを囲んでいた。
﹁ヒューレ。勇者の名を捨て⋮⋮僕の姫になってほしい﹂
パチンッ。誰かが指を鳴らした。すると、今度はヒューレの全身
にノイズが走り、気付けばヒューレは品のある美しい青いドレスに
身を包んでいた。
誰もが予想もしていなかったサプライズに、妹のアルーシャや戦
友のバーツやシャウトたちまで口を大きく開いて驚いている。
いきなりやらかすロアに対して、もう驚きすぎて涙が溢れている
ヒューレ。
そんな二人のやり取りを、俺は少し離れた建物の屋上から眺めて
いた。
﹁⋮⋮⋮おい、キシン。なんだ、あの茶番は?﹂
1797
﹁ヒュ∼、ヴェルト、ユーは知らないのか? あれは、ラブが仕込
んでいた﹃フラッシュモブ﹄のプロポーズだ﹂
﹁ああ、偶然を装って、次々人が集まってパフォーマンスする的な
アレか?﹂
﹁イエス。ラブはああいうことには、ベリー目ざとい。デートをし
ながら、何かシンキングしていたプリンス・ロアに、イベントを持
ち掛けたんだろう﹂
﹁けっ。俺とウラの時といい、あいつって、本当に人のああいうの
で企画したがる奴だな﹂
まさかの、ロアとラブがタッグを組んでのサプライズプロポーズ。
歓声に包まれるカフェテリアを離れた場所から眺めながら、俺た
ちは呆れていた。
﹁キャアアアアアア! 兄さん、なんって、ろ、ロマンチックな!
ッ、ラブくん! こ、これをヴェルト君にやらせてもらえないか
しら!﹂
﹁ずるいですわ、アルーシャ! ワタクシが順番的には!﹂
﹁あ、あたしはマジいいや。こういうの、マジ、ハズイ﹂
﹁王子⋮⋮いつの間に⋮⋮僕も、この夢の国でホークに想いだけで
も伝えるべきか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮俺、ああいうの絶対できそうにないけど⋮⋮サンヌ、ああい
うの好きそうだな⋮⋮﹂
﹁ちっくしょー、ダーリン、どこだー! どこに逃げたー! 今か
らあたしらも、とりあえずイチャコラしろーっ!﹂
羨ましがる嫁集団だったり、いつの間にか抜け駆けしたロアに焦
りを見せる童貞勇者たち。そして、肉食獣のように夫を探す鬼女。
素直に祝福したり、キャーキャー女たちが騒いだりと騒々しいが、
拍手喝采のカフェテリアには、幸せそうな雰囲気が漂っていた。
1798
で、俺はというと⋮⋮
﹁くはははは。おい、キシン。嫁が呼んでるぞ? チューくらいし
てやったらどうだ?﹂
﹁せやな。嫁がおったの黙っとるなんて、水臭いで﹂
﹁ソーリー。タイミングがなかった﹂
キシンを交え、久々揃った俺、キシン、ジャックの前世からつる
んでいた三人で、他の連中たちとは離れた場所で、ケーキをつつき
ながら談笑していた。
﹁しかし、ユーたちがいきなり来たのには驚いた。まあ、イエスタ
デイにユーたちがサークルミラーを使って騒ぎを起こしていたから、
久しぶりに会いたいとは思っていたが。あっ、ヴェルト。ニューベ
イビーにコングラッチュレーション﹂
﹁おお、サンキュ。俺も何だかんだで、お前らとはあまり連絡取れ
てなかったからな。ジャックに会ったのも昨日だしな。お前らに、
国の土台作りを任せっぱなしで悪いとは思ってたんだけどよ﹂
﹁ワイも四獅天亜人になったばかりで、色々と部族の統率だとかで
顔見せとか、ゴッツ忙しかったからな。気付けば半年も経っとった
わ﹂
﹁にしても、クラスメートたちが増えているのにアメージングだっ
た。Mr.江口とか、あのチア部のコンビなど﹂
﹁ああ。しかもラクシャサも絡むは、ヴェンバイ出てくるは、クロ
ニアと愉快な仲間たちも乱入するは、最終的にはオリヴィアってい
1799
う嫁が増えるはで、大変だったんだぞ?﹂
﹁フツー、大変でも嫁が増えるっちゅう展開がそもそもありえんの
やけど、ほんま、おどれはどうなっとんのや﹂
用意されていたジュースを飲みながらだべっていると、再び大き
な歓声が聞こえた。花火まで上がった。
王子とお姫様のコスプレした、ロアとヒューレが抱き合っている。
いや、あいつらの場合はコスプレじゃなくて、本物か。
でもまあ、なんか成功したってことでいいのか?
﹁ヒュー。ここでも、ニューカップルの誕生か﹂
﹁へっ。結構大変な時だっつうのに、のん気な奴らだ⋮⋮とは、俺
の口からは絶対に言えるもんじゃねえけどな﹂
﹁当り前や。嫁八人ってなんやねん。まあ、ワイの親父はその百倍
近くやけど⋮⋮﹂
﹁まあ、ノープロブレムだ、ヴェルト。ハッピーな話は、いつあっ
てもいい﹂
﹁まっ、そうだな。⋮⋮あっ、そうそう、キシン。お前さ、俺たち
の前世のクラスにさ、大和さんの妹と、あの高原の妹がいたって知
ってたか?﹂
﹁おー、せやせや。その話がしたくて、こうして三人になったんや﹂
1800
﹁ん? ほ∼、ヤマトヘッドに、あの高原⋮⋮⋮⋮⋮ん?﹂
その時だった。弾んでいた会話がいきなり途切れ、カップに口を
付けてコーヒーを口に含んだままキシンは固まり⋮⋮
﹁ぶぼおおおおおおっ!﹂
そして、コーヒーを盛大にぶちまけたのだった。
﹁あっ、その様子じゃ、やっぱ知らなかったか﹂
﹁当然やろな。ワイらも、さっき知ったばかりやったからな﹂
当然と言えば当然の反応を見せるキシン。
﹁へ、へいへい、ヴェルト、ジャック! なんだ、今のボンバー発
言は! ノーマルなカンバセーションの中に、ベリービッグインパ
クトな話題があったぞ!﹂
キシンはこれまで見たことがないぐらい激しく慌てた様子で身を
乗り出してきた。
﹁ヴェルト⋮⋮ジャック⋮⋮リアリー?﹂
さっきまでの軽い雰囲気とは打って変わり、重苦しい雰囲気と口
調が溢れるキシン。
そういうことだ。俺やジャックだけでなく、こいつにとっても﹃
この話題﹄はそれだけのものってことだ。
﹁クロニア情報ではあるが、苗字は確かに同じだった。⋮⋮だが、
1801
それ以上は、分からねえ。先生なら、何か知ってるかもしれねーが
⋮⋮﹂
﹁大和さんの葬儀の時も、集まった不良が多すぎて、あの人の家族
までは見んかった⋮⋮いや、あんときは、ショックがデカすぎて、
そこまで気が回らんかったな⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ミーも、知らない。そもそも、ヤマトヘッドとそういうファ
ミリーの話題は⋮⋮それに⋮⋮高原⋮⋮? ワッツハップン!﹂
﹁向こうは⋮⋮お互い知っとったんかな⋮⋮そんで、ワイらのこと
は知っとったんかな?﹂
﹁俺らもニトロの中じゃ下っ端もいいところだったが⋮⋮知ってた
ニトロ クルセイダーズ
んだろうな⋮⋮﹂
﹁爆轟十字軍⋮⋮アザトース⋮⋮ヒュ∼⋮⋮オーマイゴッド﹂
俺たちが知らないといけないはずのことを知らぬまま俺たちは死
んだ。クロニアに教えてもらわなければ、このまま知らないままだ
った。
しかし、知っちまった。
知りたくなかった、知らなくてはいけないことを。
だが、キシンに教えなきゃいけないのはそれだけじゃない。
﹁﹃モアの仲間にクラスメートが居る﹄⋮⋮このメッセージ、テメ
エも覚えてるだろ?﹂
﹁ワッツ?﹂
﹁⋮⋮クロニア曰く⋮⋮そいつらが怪しいんだとよ⋮⋮﹂
﹁ッ! ⋮⋮ひゅ∼⋮⋮ヘビーな話だ⋮⋮﹂
そこからしばらく沈黙が流れた。
結局、知ったものの、キシンも正直どう反応していいのか分らな
かったからだ。
そんな中で、多種多様な種族たちから祝福を受けている、ロアと
1802
ヒューレを見ながら俺は言う。
﹁ラブもマニーもロアたちも、それこそキシンも⋮⋮いや、もはや
全員か。戦争で、家族や仲間を互いに殺され殺し合い⋮⋮でも今は
こうしている。あんなアホみたいなことをな﹂
﹁⋮⋮イエス。ユーがそういうワールドを作り、ミーたちもそれに
アグリーした﹂
﹁⋮⋮その理屈で言えば⋮⋮ましてや前世の問題⋮⋮ヤマトさんの
妹のことも、高原の妹のことも⋮⋮前世のことは水に流そうってこ
とには⋮⋮なるんだろうか⋮⋮﹂
﹁それをその二人が⋮⋮アグリーするなら⋮⋮﹂
そう、前世の俺たちにとっては忘れられない出来事でも、この世
界の今の俺たちからすれば、ありふれたものでしかない。
あそこにいる連中はかなり強引な俺のやり方に、最後は同意して、
種族同士の争いに終止符を打った。
ならば、答えなんておのずと出るものだ。
﹁まっ、いずれはこの世を滅ぼすと言われる、そのモアってやつに
絡んでるのが、どっちの妹だったとしても⋮⋮ガチでこの世を滅ぼ
そうってんなら⋮⋮﹂
もちろん、その時の答えだって、もう出ている。
﹁見つけたわ、ヴェルトくん! この恋愛の聖地でこの私から逃げ
られると思っているのかしら! 言ったはずよ? 君はもう、逃が
さないわ!﹂
と、その時、激しく息を切らせて嫁がこの場に現れた。
それは、アルーシャだ。
1803
﹁お前⋮⋮⋮⋮﹂
﹁さあ、ヴェルト君! この夢の国で、デートをしてもらおうじゃ
ないの! 妊娠したフォルナとアルテアさんは一回休み。昨晩抜け
駆けした、クレオ姫とユズリハ姫も罰として一回休み! 半年分の
貯金のあるウラ姫も今はお預け! というわけで、私と一対一のデ
ートをしてもらうというのは、公平性を保つためにも必要事項なの
よ!﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮はあ⋮⋮⋮⋮ほんと空気を読まない⋮⋮でも⋮⋮
﹁は∼∼∼∼∼、しゃーねーな。穴埋めになるか分かんねーけど、
ちょいと回るか﹂
﹁ふん、そうよね! あなたなら、こんなメルヘンなとこで遊ぶか
よ、興味ねえ、ハズイとか言うでしょうけど、ここは女の子にとっ
ては聖地なのよ! だからこそ、私も一歩も引きさが⋮⋮⋮⋮えっ
?﹂
ん? 俺がデートを了承して飲み干したカップを置いて立ち上が
ったら、なんかアルーシャがポカンとした顔になった。
﹁なんだよ⋮⋮お前が誘ったんだろ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ムギュッ⋮⋮頬が痛い⋮⋮ッ、夢ではなく現実! あの夜の
口づけもそうだったけれど、やっぱりヴェルトくんが家出以来、変
わったわ!﹂
次の瞬間、アルーシャは己の世界に入った。いつものアレだ。
﹁一体君に何があったというの? この半年間、捻くれた君を魅了
1804
するためにあらゆる事態をシミュレーション妄想続けてきた私でも、
君がここまで変わってしまうのはハッキリ言って予想外よ。そう、
それこそ前世の頃から既に日常と化していた君を振り向かせるため
の日々、君と彼氏彼女の関係になってシャンデリア城をバックに口
づけするというベタな夢をどれだけ考えたことか! そう、最初は
君も恥ずかしがって仏頂面をするの。二人のデート。だけど君はこ
んなメルヘンな環境を恥ずかしがって、どんなアトラクションでも
あまり笑顔を見せないの。でも、回りは幸せそうな仲睦まじいカッ
プルばかりで、流石の君でも自分もデートをしているという意識が
芽生え、私をだんだんと気にし始めて少しぎこちなくなるの。でも、
君は自分から私に対して動きを見せようとしない。だって君は、不
良ぶっても、こういうことに関しては恥ずかしがり屋だから。だか
ら、私から動くの。﹃えいっ﹄って声を出して、君の手を握るの。
君はびっくりして目を見開いて私を見る。だけど、私はその手を離
さないの。指を一本一本絡めるような恋人繋ぎをして、﹃郷に入っ
ては郷に従うものよ、朝倉君﹄な∼んて、セリフをウインクしなが
ら言うの。君は普段なら、﹃ざけんな﹄と言って私から無理やり手
を放そうとするも、私を意識し始めた君は、顔を真っ赤にしながら
﹃ちっ﹄な∼んて言いながらされるがまま。でも、すました顔で﹃
別になんともねえぜ﹄的な態度を取っても無駄。握った君の掌が、
緊張して熱くなっているの。そして、アトラクションに並ぶ待ち時
間が長ければ長いほど君とただ手をつないでいるだけの時間ばかり
が過ぎ、ついに耐え切れなくなった君は沈黙を破るように言う。﹃
やっぱ混んでるな。来なきゃよかった﹄なんてことを。でも、私は
こう答えるの﹃いいえ、私は来てよかったわ﹄。君は言う﹃あんま
たくさん乗れねーだろ?﹄、﹃いいえ、何かに乗れるからいいんじ
ゃないの。君とこうして過ごせるだけで、私は満足よ。今日この後、
どんなアトラクションに乗ろうとも、君と手をつないで歩くという
アトラクションが私にとっては最高なのよ﹄、そして君はまた顔を
真っ赤にして﹃おお⋮⋮﹄と、恥ずかしそうにつぶやく。そこまで
1805
いけば、第一段階はクリア。徐々に手をつないで歩くことに慣れは
じめ、二人の距離が徐々に縮まっていくかのように、二人は互いの
ことを話し合うの。学校での話。友達の話。家族の話。何でもない
会話。でも、互いに互いのことを知っていくうちに、気付けば二人
は冗談も交えた会話をしながら笑顔を見せているの。そんな二人は
やがて、アトラクションに乗るために強制的に手を放す瞬間があっ
たとしても、アトラクションが終われば何も言わずに、それが当た
り前かのように再び手をつないで歩き始める。そこで、君は意識す
るの。﹃あっ、俺は今、自分からこいつの手を握ってる﹄そう意識
して、一瞬君は恥ずかしいと思うものの、それとは別に﹃でも、こ
いつと一緒にいると⋮⋮﹄、﹃なんだろう⋮⋮自然に振る舞える⋮
⋮﹄、﹃こいつと過ごす時間を、悪くないと思っちまう﹄とか、穏
やかな気持ちまで芽生え始め、﹃こういう時間を積み重ねることが、
付き合うってもんなのか﹄⋮⋮という答えに辿り着くのよ! そし
て、楽しいと思い始めたら時間がたつのも早く感じるもの。気付け
ば空も暗くなり始める。しかし、夢の国は、暗くなってからが本領
発揮。ナイトパレード、素敵なイルミネーションやライトアップさ
れたお城と、好きな人を陥落させるにはこれ以上ない絶好のシチュ
エーション。そこで私は君と繋いでいた手をようやく離し、君の横
ではなく正面に立って君と向き合う。﹃魔法のような時間ももう終
わりね﹄と。君は頬をかきながら目線を逸らし﹃まっ、俺もちょっ
とは楽しめたぜ﹄。そこで私は、少し寂しそうに微笑むも、頬を赤
らめさせながら力強い瞳で唇を噛みしめながらこう返す。﹃でも、
最後に⋮⋮夢の国の魔法にもう一度頼るわ﹄。君が首を傾げた次の
瞬間、私は君の唇に問答無用で口づけをするの! そう、これが私
と君のファーストキスの流れ。多分、君はどんなにデレても、君の
方から私にファーストキスをしてくれるというシーンがどうしても
想像できなかったので、最初は私の方から積極的に動く。そして、
それが私と君のメモリアルデートとなり、そこからの流れは、夢の
国の残りの魔力次第。それが私が何度もイメージトレーニングして
1806
きたことなのよ!﹂
そして、ポカンとした顔をしたものの、すぐに気合の入った目を
して、アルーシャは俺の腕を引っ張っていく。
﹁前世からの努力がついに報われたわ! この機は逃さないわ! 今日は最後までよ! 手をつないでデートから、おやすみなさいま
で全部だからね!﹂
﹁いや⋮⋮もう、最後までしてんだから今さら⋮⋮まあ、いいけど
さ⋮⋮﹂
俺はそれに黙って引っ張られながら、その後に続いた。
すると、俺が立ち去る寸前に、キシンが後ろから訪ねてきた。
﹁へい、ヴェルト﹂
﹁⋮⋮ん?﹂
﹁仮に⋮⋮ヤマトヘッドのシスターが⋮⋮というケースになっても
⋮⋮それでも⋮⋮か?﹂
最後に、俺の覚悟を確認するかのようなキシンの問い。
﹁話し合いで済むならベスト⋮⋮バット、もしそうならなかった場
合は⋮⋮﹂
俺は、キシンの問いに首を傾げるアルーシャの手を握り返しなが
ら、思ったことをそのまま口にした。
﹁キシン。ジャック。俺は、今でもあの人を尊敬してるし憧れてる
よ。でもな⋮⋮俺は﹃今﹄以上に大切なものはねえ⋮⋮こいつや、
1807
あいつらや、お前らや⋮⋮これから生まれてくる俺のガキと、比べ
る気はねえ﹂
そう言って、今度は俺がアルーシャの手を引っ張ってその場から
離れた。
すると、空気を伝わって、小さくつぶやいたキシンの声が、俺に
届いた。
﹁⋮⋮ミートゥーだ⋮⋮マイフレンド⋮⋮﹂
そして、同時にジャックの口から⋮⋮
﹁ちゅうか、アルーシャのアレはもう、スルーなんやな﹂
というツッコミも聞こえた。
1808
第102話﹁愛の季節﹂
ジャイアント・サンダーマウンテン。
赤茶けた岩山を舞台にした絶叫マシーン系のコースター。それ
は、このテーマパークにおける定番中の定番。
前世の世界ではこれを乗るのに二時間並ぶとかそういうことも
珍しくないらしいが、この世界では違う。
今は住民も客も、前世のテーマパークの一日の平均客数よりも
圧倒的に少ない。
ゆえに、並ぶどころか乗ろうと思ったら数分で乗れる。希望があ
れば何度でもグルグルできる。
﹁並ばないで何度も好きなものに乗れる。でも、これはこれで味気
ないわね﹂
﹁はっ?﹂
﹁並んでいる時間に色々な会話ができるでしょ? そういう時間も
また、デートの醍醐味ではないかしら?﹂
﹁そんなもんかね⋮⋮﹂
﹁それに、やはり子供や一般向けにレベルが調整されているわね。
これぐらいの速度やGでは、絶叫するまでには至らないわね。絶叫
しながら、さりげなくバーを掴んでいる君の手を握りしめるという
ベタイベントは難しいわね﹂
﹁ったく、だから⋮⋮今さら手をつなぐのに、そういうイベントが
必要なのか?﹂
﹁甘いわ! こ∼、繋ぎたいけど恥ずかしくて繋げなくて、そんな
もどかしい想いで葛藤しながらも、繋いだ瞬間にこれ以上ないくら
いに幸せな気持ちになれる、甘酸っぱいベタな青春イベントを︱︱
︱︱﹂
1809
﹁じゃあ、この手はとりあえず今、離した方がいいのか?﹂
﹁それは、NO!﹂
前世に居た頃から俺とのデートをシミュレーションしまくってい
たというアルーシャがぼやいていた。
遊園地を楽しむのではなく、ミッションを実行するためのプロの
ような目をしている。
﹁とりあえず、次は絶叫系ではなく、ホラー系でいくわ! そう、
これもまた定番中の定番、デッド・マンションよ!﹂
﹁お化け屋敷か⋮⋮お化けなんかより、お前の方が強いだろうに﹂
﹁いいえ、私はか弱い娘よ。だから、最愛の人に寄り添って、悲鳴
と同時に抱き着くというのがお約束﹂
﹁その作戦を俺にバラしてどうすんだよ﹂
﹁∼っ、前世ではそれをやりたかったのよ!﹂
デートしたらしたで、随分と細かくてめんどくさい⋮⋮
でもまあ、﹁想定とは違う﹂ということでぶつくさ文句言いな
がらも、横顔を見れば、何だかんだで鼻歌混じりなのは分かる。機
嫌は良さそうだ。
つないだ手を、アルーシャが俺を引っ張って先導する。
こういうとこに来たら男がリードするもんなのかもしれないが、
俺も全然詳しくないし、この方が楽でいい。
だから、アルーシャの望むように、次はお化け屋敷に付き合っ
てやることに⋮⋮
﹁ひっ、うっ、うううう、ここ、怖かったよ∼∼﹂
﹁だ、大丈夫か、サンヌ⋮⋮あ∼∼∼、俺も怖かった⋮⋮お化け
屋敷か⋮⋮恐怖を煽るための作り物の屋敷つってたけど、所詮は作
り物だと思ってたが⋮⋮お化けなんてこの世に居るはずないっての
1810
に⋮⋮あんなに怖いとは﹂
﹁ひどいよ∼、怖そうだから絶対嫌だって言ったのに、こんなと
ころに入るんだもん⋮⋮﹂
﹁いや、ごめん⋮⋮あんなに怖いとは思わなくて⋮⋮﹂
その時、お化け屋敷の前でデート中のカップルが物凄いゲッソリ
としていた。
男は顔を青ざめさせ、女は恐怖で泣いている。
バーツとサンヌだ。
﹁おお、あいつらもデートか。ロアに続いて、勇者もガールズハン
トに身を乗り出して絶賛婚活中か﹂
﹁ええ、そうね。でもまた随分と怖かったようね⋮⋮﹂
この世界にテーマパーク的なものはない。だからこそ、お化け屋
敷なんてものは誰もが初めてだろう。
だが、所詮は子供向けの作り物のはず。
なのに、数多くの戦場を乗り越えたあいつらが、あんなにビビ
るなんて⋮⋮
﹁こんなお化け屋敷に何を⋮⋮ん?﹂
その時、俺が何気なく見た、いかにもホラー全開のオンボロ屋敷
の前に一つの看板があった。
その看板にはこう書かれていた。
﹁⋮⋮﹃冥界魔王ネフェルティによる特別プロデュース中﹄⋮⋮そ
う来たか⋮⋮﹂
⋮⋮ワオ。幽霊屋敷を魔王が指揮を執って怖さを演出しているわ
1811
けか。
﹁違うところ行くか。もう、ガチで嫌な予感しかしねえ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁アルーシャ?﹂
お化け屋敷とは、怖さを楽しむところでもある。
しかし、単純に怖いだけのものなんて疲れるだけだ。ましてや、
アンデットを作り出せる魔王がプロデュースするなんて、本物の幽
霊が出てきても不思議じゃねえしな。
だが、アルーシャは何かを真剣に考えているかのように、バー
ツとサンヌを凝視していた。
﹁うっ、ううう、だめ、し、しばらく、歩けないよ∼、腰抜けちゃ
って⋮⋮﹂
﹁だ、大丈夫かよ⋮⋮し、仕方ねえな⋮⋮ほら、手⋮⋮﹂
恐怖で怯えて腰抜かしたサンヌの手を握りしめるバーツ。そのバ
ーツの温もりにサンヌは安堵を浮かべ、同時に微笑む。
﹁⋮⋮バーツ⋮⋮うん⋮⋮あったかい⋮⋮ちょっと、安心かな⋮⋮
お化け屋敷でもずっと繋いでいればよかった⋮⋮﹂
﹁そ、そのよ⋮⋮お、俺、こういうのよく分かんねーし、どう気
を遣えばいいのか難しいけど⋮⋮なんつーか﹂
﹁⋮⋮バーツ⋮⋮﹂
﹁そのよ、俺、急に何かするってのは無理だから⋮⋮ゆっくりっ
つーか⋮⋮俺なりにその気を使えるように頑張るっつーか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮うん。ゆっくりでいいよ、バーツ。こっちは⋮⋮十年以上
待ったんだから、今さら急がさないよ⋮⋮ゆっくり歩こう?﹂
1812
ゆっくりと二人のペースで歩き出した二人。一応は、雨降ってな
んとやらか?
すると、こんな光景を見せられたんだから、アルーシャは当然
⋮⋮
﹁行くわよ、ヴェルトくん! さすがは、ヴェルト君とウラ姫の結
婚をプロデュースした魔王ネフェルティね!﹂
﹁⋮⋮おい⋮⋮﹂
﹁手を離してはダメよ! 怖かったら、私、君に抱き着いてしま
うかもしれないけど、受け止めてね!﹂
こいつ、お化け屋敷よりもお化け屋敷の中で発生させるイベント
のことしか考えてねえな。
やる気満々で鼻息荒くしながらお化け屋敷へと突き進むアルーシ
ャ。
その手が禍々しい屋敷の扉に手を触れた。
だが⋮⋮
﹁そなたらはダメだ。面白くない﹂
と、いつからそこに居た?
扉に手をかけた瞬間、全身包帯だらけのミイラが俺とアルーシャ
の肩に手を置きとめた。
﹁ひゃうっ!﹂
﹁ひっ!﹂
思わず声を上げてビックリしちまったよ。つか、普通に恐かった。
って⋮⋮
1813
﹁って、ネフェルティじゃねえかよ! 何でお前がいきなり出てく
るんだよ﹂
﹁あ∼、驚いた。しかし、どういうことかしら? あなたのプロデ
ュースするお化け屋敷を私たちも体験したいというのに﹂
まさかの入場禁止に不快な顔を浮かべるアルーシャ。
だが、ネフェルティは首を横に振った。
﹁くっつきそうでくっつかない二人の距離を縮めるのが楽しいのだ。
あとは、純粋に泣いてしまう子供の可愛い姿とかな。既に円熟した
夫婦に利用されても、余が見ていて面白くない﹂
⋮⋮とまあ、随分と自分本位なことをシレッと言った。
﹁ちょっ、既に円熟した仲むつまじいラブラブ夫婦というのは嬉し
いけれど、なぜあなたが面白い面白くないで私たちが入れないとい
うのかしら!﹂
﹁ではもっと言ってやろうか? このお化け屋敷を利用して男を襲
うようなことを考える女には利用して欲しくはない。そんなものの
片棒を担ぐ気はない﹂
﹁ちょっ、お化け屋敷を利用して男を襲うって⋮⋮﹂
﹁そうであろう? 魔王キロロ、淫獣女帝エロスヴィッチ、女王ク
レラン、先ほどこの三人も入ったが、全員恐さに便乗して男を暗闇
に乗じて襲おうとした。まあ、三人とも返り討ちにあったのだが、
その度に施設が壊れて余が修理⋮⋮たまったものではない﹂
暗闇に乗じて男を襲う。そんな女が居るのかと思ったら、容易に
想像できる奴らが既に居たのね。
1814
﹁そう、ヴェルト・ジーハ。そなたとウラ・ヴェスパーダの時のよ
うにあと少しで距離がゼロになるような男女を見るのが余は好きな
のだ! 先ほどの十勇者たちも余にとってはジュルジュルであった
! しかし既にある種の境地に達したそなたは、もう余にとっては
面白くも無い!﹂
﹁⋮⋮お前、さっきの適当な再会に怒ってるのか?﹂
﹁とにかくだ、神聖なるお化け屋敷を利用して、中で破廉恥なこと
をしようと企む者たちなどお断りだ! アルーシャ・アークライン。
どうせそなたも、暗闇に乗じてヴェルト・ジーハを食べる気であろ
う?﹂
何つうメチャクチャな⋮⋮と思ったが、アルーシャが悔しそうに
言葉を失ってる。って、本当に暗闇に乗じる気だったのかよ。
﹁というわけだ。さっさと去れ! ヴェルト・ジーハもここに入り
たければ、距離を縮めたい新しい嫁候補でも連れてくるのだな!﹂
とにもかくにも、そんな感じで﹁しっし、あっちいけ﹂とミイラ
にされる俺とアルーシャは、どこか納得いかない気分になりながら
もお化け屋敷を後にした。
と、その時、お化け屋敷の出口から寄り添う奴らがまた出てきた。
それは⋮⋮
﹁ひっぐ、うう、⋮⋮うぇ∼ん、恐かったよ∼﹂
﹁うう、でも、でも⋮⋮オリヴィア様が傍に居てくださってよかっ
た⋮⋮﹂
1815
ッ!?
出てきたのは三人の女。
泣きじゃくる二人の女たちの肩を抱きしめながら現れたのは⋮⋮
﹁ふふ、恐かったろう? でも、もう大丈夫だよ、可愛いお姫様た
ち。さあ、顔を上げて、その濡れた瞳を拭ってあげるよ﹂
﹁お、オリヴィア様⋮⋮﹂
﹁何も言ってはダメだ。さもないと、その唇を閉じてしまうよ?﹂
﹁だ、だめです⋮⋮今、私すごい変な顔してて⋮⋮﹂
﹁そうかな? では私は、変な顔の女に口付けをしたいと思う変な
女かな?﹂
﹁そ、そんなこと!﹂
﹁でも、疲れたから少し休んだ方がいいね。どうだろう、適当な部
屋に今から⋮⋮﹂
キラキラスマイルで女とイチャつく⋮⋮おい⋮⋮。
オリヴィアがリリイ同盟と思われる女たちを連れてお化け屋敷か
ら出てきた。
﹁見なかったことにしよう﹂
﹁そ、そうね⋮⋮﹂
嫁が、見知らぬ女と浮気中だった⋮⋮浮気⋮⋮浮気でいいのか?
まあ、とりあえず気にしたらダメだと思って、もう俺もアルーシ
ャも見ないことにして、その場を後にしようと⋮⋮
﹁おやおや、旦那くん。それにアルーシャ姫も。二人ともデートか
な? 羨ましいね。嫉妬してしまうな﹂
と、口説いている女たちを置き去りにしてこっちに近寄ってきた
1816
オリヴィア。
俺とアルーシャは早歩きで逃げようとするが、オリヴィアは俺の
後ろから覆いかぶさり、マフラーのように両手を首に回して抱きし
めてきた。
﹁そんなに慌てて行かなくてもいいだろう? 私への当てつけかな
? それとも、私が他の女とデートをしていたことに対する嫉妬か
な?﹂
んなわけねーだろと睨み返すが、オリヴィアは微笑みながら自分
と俺の額をコツンとつけて来た。
﹁そんなつれない態度も可愛いじゃないか﹂
うわ、うっぜー!
﹁ちょっと、離れてもらえないかしら、オリヴィア姫。今は私が彼
とのデートを楽しんでいるところよ。空気を読んでもらえないかし
ら?﹂
﹁ん? 君も随分と冷たいではないか、アルーシャ姫。氷帝の名に
違わぬと言ったところか? だが、国や種族は違えど、これからは
同じ立場。そして同じ姉妹になるのだから、少しは歩み寄ってもい
いのではないかな?﹂
姉妹? ああ⋮⋮竿⋮⋮
﹁言っておくけれど、正直、私たちはまだあなたを認めてはいない
わ。本来なら、嫁は六人で打ち止め。情状酌量の余地があるという
ことで、クレオ姫の加入は認めたけれど、あなたは別よ?﹂
1817
あくまで爽やかで涼しい面を崩さないオリヴィア。そんなオリヴ
ィアに鋭い瞳で、アルーシャは心を許さぬ態度に出ていた。
﹁ふふ、随分とお堅いな。同性婚すら認める自由恋愛の国の后にな
るのだから、もう少し度量が広くてもいいのではないかな?﹂
﹁あら。だからこそ、本当に心からヴェルト君を愛しているかどう
かも分からないあなたを、自分たちと対等の存在として受け入れら
れないと言っているのよ﹂
﹁旦那君のこと? 嫌いではないよ。旦那君が抱いて欲しいのなら
ば、今晩にでも抱いてあげるが? まあ、私も初めてだが、精一杯
優しくするさ﹂
いや、結構だ。正直、まだオリヴィアとそうなりたいと思わん。
﹁その気はねーよ。お前をこれから他の嫁たちと同じように平等に
扱う⋮⋮なーんてことになったら、今まで俺のために色々と想って
くれた奴らに対して、逆に不公平だからな﹂
ヴェンバイの罠でこんな関係になっちまったものの、まだフォル
ナたちとこいつを﹁同じように扱う﹂っていうのは無理だからだ。
俺の発言に、腕に抱きついているアルーシャが笑みを浮かべなが
ら力強く﹁うんうん﹂と頷いている。
一方で、オリヴィアは俺の発言に一瞬目を丸くしたものの、再び
クスリと笑みを浮かべた。
﹁ふふ。性格の荒いヤンチャくんというのが、クロニアから聞いた
君の話だったが、フォルナ姫やアルテア姫の時にも思ったが、君は
意外と恋愛ごとにはピュアじゃないか﹂
﹁ああん? どこがピュアだ! ピュアってのは生涯一人の女を愛
し続けるような奴を言うんだよ! どこの世界に複数の嫁をはべら
1818
すピュアな男が居るんだよ!﹂
﹁ははははは、言われてみればそうだな。確かに傍目から見れば、
いろいろなタイプの女に手を出す好色王。しかし、いざこうして君
の室に入ってみると、意外と一人一人に対して真剣に向き合ってい
るのだな﹂
すると、オリヴィアはどこか機嫌良さそうに笑いながら俺の頬に
手を添えた。
﹁旦那君。そしてアルーシャ姫。確かに、今の私は完全に政略結婚
として君のものになったに過ぎないよ。正直なところ、フォルナ姫
やアルーシャ姫のように、君を心から愛しているわけではないし、
今すぐ一緒に寝て、子供が欲しいとまで思っていない﹂
爽やかに言ってはいるものの、﹁別にお前のことは好きじゃねえ﹂
ということだろう。まあ、それは分かってたことだし、俺も別にそ
のことについてどうこう言う気はねえ。
だが、オリヴィアは﹁別に俺のことは好きではない﹂ものの⋮⋮
﹁だけど、君の行く末は見てみたいと思ったよ。お芝居の世界でも
ありえない環境に身を置き、独特な考えを持って世界を渡る君にね﹂
俺自身に対して﹁無関心﹂というわけではないと付け加えた。
﹁形だけとはいえ、夫婦になったのだ。他の嫁たちの邪魔をする気
はないが、それなりに君に近い場所で君の事を見ていようと思うよ。
だから宜しく頼むよ、旦那君﹂
そんな風に、息が当たるくらい顔を近づけ、キザったらしくウイ
ンクしながら俺の頭をポンポン撫で⋮⋮ウザイけど、ちょっとドキ
1819
ッとするからこいつはムカつく。
﹁つか、互いにデート中だろうが。そっちの相手をしてやれよ。女
の嫉妬はコエーからよ﹂
﹁ふふ、照れるな照れるな﹂
照れてねーよッ!
﹁ちょっ、いい加減、人の夫を口説くのはやめてもらえないかしら
! 行きましょう、ヴェルトくん!﹂
アルーシャもいい加減鼻息荒くして俺の腕をつかんで強引にオリ
ヴィアとの距離を取らせる。
後ろから﹁おやおや﹂と呆れたように苦笑するオリヴィアに決し
て振り返らず、アルーシャは俺を引っ張りながら、恨み言のように
俺に言う。
﹁ねえ、ヴェルトくん﹂
﹁あ?﹂
﹁何で君って、こんなメンドクサイ男で、イジワルで、少しやらし
いところもあるのに⋮⋮モテるの?﹂
﹁んなの俺が聞きてーよ。モテ期なんじゃねえの? つか、お前も
その一人なんだろうが!﹂
﹁悪かったわね⋮⋮。でも、私をただの惚れっぽい群がるだけの女
とは思わないことね! それこそ、前世の頃から想いを抱いていた
私は、ある意味でフォルナよりも最初に君と結ばれていたと言って
も過言ではないのよ?﹂
﹁いや、前世では⋮⋮結ばれなかったと思うぞ? あのままでも﹂
﹁そんなことないわ。君の事は下調べもちゃんと済んでいたもの。
住んでいる場所や通学路や通学の時間帯や下校ルートを調査して⋮
1820
⋮﹂
﹁⋮⋮あのさ、こうして夫婦になったとはいえ、今だから時効みた
いな感じでストーカー告白とかやめろよ﹂
﹁ストーカーではないわ! 調査の一環よ! 江口くんにきょうり
ょ⋮⋮げふんげふん⋮⋮もう、そんなこと気にしないで。愛してい
るわ、ヴェルトくん。ね、キスしましょ♪﹂
﹁いや、今、何を誤魔化した! 江口の名前が出てきた時点で、碌
なことが想像できねーぞ!﹂
オリヴィアだけでなく、ちゃんと身も心も結ばれた嫁︵?︶でも
こんな感じなんだ。それが他にも何人も居るわけだから、やっぱり
これから色々と大変になるだろうなと、俺も少しだけ気が重くなっ
た。
﹁でも、私なんてまだまだ可愛いほうよ。それこそ、クラスメート
には手段を選ばない子だっていたし。有希子とかもそうだったしね
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ユキコ?﹂
会話の中であまり聞き覚えの無い名前が出てきたので素で聞き返
してしまった。
﹁ああ、確かに君とはあまり関わりが無かったわね。有希子。不知
火有希子よ。よく、私と恵那⋮⋮フィアリと一緒にコイバナをした
り、普段から一緒によくいた、仲の良かった子よ。覚えてないかし
ら? 修学旅行の班分けや、星川くんのこと﹂
﹁星川? あ∼、あの星川を色仕掛けで攻めてた、京都弁の女か。
思い出した﹂
﹁あの子、実際に星川君を誘惑して関係を持って、彼のマジメな性
格を利用して⋮⋮正直笑えないことをしていたわね。バレたら退学
1821
だったでしょうし﹂
﹁お前やフィアリが惚れた男に対して肉食系になってるのは、そい
つの影響か?﹂
﹁に、肉食、って、失礼ね。私は単純に君が大好物だったのでがっ
ついてしまっているだけよ!﹂
不知火有希子。そういや、修学旅行でも同じ班だったよな。
綾瀬、鳴神、不知火、星川、ドカイシオンくん、そして俺。この
六人が修学旅行の班分けだった。もう、ハッキリ覚えてないけど。
結局、あんなことがあったから、自由時間に一緒に回るとか、六
人での思い出は皆無だった。
でも、よくよく話を聞けば、あの班分けは綾瀬がクラス委員長の
権限を利用したものであって、綾瀬は俺、鳴神はドカイシオンくん、
そして不知火は星川にターゲットを決めて、修学旅行では何かをや
らかす気だったようだ。
もう、今になってはそれを確認することはできないが、きっとと
んでもねーことになっていたような気がした。
﹁有希子⋮⋮今頃何をしているのかしら⋮⋮それとも、もっと昔に
⋮⋮それともこれから先の未来に⋮⋮それは分からないけれど⋮⋮﹂
そう言って、俺の腕にしがみ付いていたアルーシャが俺の正面に
回り、ギュッと顔を俺の胸に埋めて抱きついてきた。
﹁私も恵那も、生まれ変わり、そして最愛の人と再会してこうして
結ばれた。有希子も⋮⋮そうであって欲しいわ⋮⋮﹂
﹁アルーシャ⋮⋮﹂
﹁ねえ、ヴェルトくん。⋮⋮抱きしめてくれないかしら⋮⋮﹂
あの事故で死んだ自分たちは前世で結ばれることは無かったが、
1822
こうして転生し、同じ時代に再会し、そしてなんやかんやで結ばれ
た。
﹁私、君と結ばれたという認識で間違いないのよね。君の妻だと堂
々と名乗っていいのよね? 愛されていると思ってもいいのよね?
オリヴィア姫のように形だけなんかじゃないって思っていいのよ
ね? 子供が出来たら、ちゃんと⋮⋮愛してくれるわよね?﹂
未だ再会できていない友のことを想い、寂しそうに甘えてくるア
ルーシャ。
﹁再会した当初は、君を前世の思い出と割り切って、フォルナに遠
慮しようとしたけど⋮⋮しなくてよかった。幸せよ、今の私は。そ
して、狂おしいほど君を愛している﹂
俺の腰に回してくる両手の力をより一層強くして俺に抱きついて
くるアルーシャを俺は無言で抱きしめ返してやった。
でも、﹁愛してるぜ﹂とかプロポーズ的なことは言わなかった。
だって、フォルナに言って、アルテアにまで言って、その舌の根
が乾かないうちにこいつにまで言うのは気が引けたから。
だから代わりに、とりあえず俺も強く抱きしめ返してやった。
﹁ねえ、ヴェルトくん⋮⋮どこかの部屋で休まない?﹂
俺の胸の中で少し恥ずかしそうに尋ねてくるアルーシャ。
その意味を察せ無いほど、俺も経験不足じゃねえ。
﹁おいおい、こんな昼間から﹂
﹁君は⋮⋮我慢できるの? 私は⋮⋮無理よ﹂
﹁乗物のアトラクションはもういいのか?﹂
1823
﹁今、一番乗りたい物があるから、誘っているのだけれど﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁引かないでよ⋮⋮恥ずかしいのだから、これ以上、言わせないで
⋮⋮﹂
昼間から⋮⋮。だが、夜になったらなったで色々と忙しいし、確
かに二人きりになれるのは今しかないのかもしれねえ。
まあ、こいつもこんなに望んでくれているんだし⋮⋮
﹁わ、かっ、たよ⋮⋮﹂
ちょっと恥ずかしくて噛んでしまった。
そんな俺にアルーシャはクスリと笑い、
﹁してほしいことがあったら、何でも言ってね。何でもするから。
だから⋮⋮君も私のこと、愛して可愛がってね﹂
そんな、ありふれたバカップルのようになった俺とアルーシャは、
少し照れながらも並んで歩き︱︱︱︱︱
﹃ピンポンパンピーン。園内放送園内放送∼、今、エルファーシア
王国から魔水晶を使った急ぎの通信が入ったよ∼♪ 面倒だから、
みんなに聞こえるように直接繋いじゃうね∼。みんなちゃんと聞い
ててね∼♪﹄
その時、のん気な口調で、マニーの園内放送が鳴り響いた。
それはあまりにも急だったこともあり、俺もアルーシャも驚いて
ビクッとなってしまった。
1824
そして、何事かと俺たちがあたりをキョロキョロ見渡していると
⋮⋮
﹃ふええええええん、アルーシャちゃん! ヴェルトくーーん、早
く帰ってきてくださいー! 大変です大変です、大事件です∼!﹄
聞こえてきたのは、正につい先ほど、話題として上がっていた、
妖精フィアリ。
エルファーシア王国で、ニートと一緒に留守番しているためか、
今回はこいつらと同行していなかった。
そのフィアリが泣きながら緊急で通信をするなんて、一体何が⋮⋮
﹃ふええええん、監禁調きょゲフンゲフン⋮⋮ちょっと口げんかし
ちゃったニート君が⋮⋮目を離した隙に、家出しちゃいましたよー
っ! ニート君が、どこにも居ないんですよー! ふええええええ
ん!﹄
思わず言葉を失い、どこにツッコミ入れるべきか分からずに言葉
を失う俺とアルーシャ。
そしてこの﹃ニート失踪事件﹄が、後々に意外とかなり大事な面
倒になるのだった。
1825
第103話﹁他所の問題より自分の嫁﹂
なんか、ニートが家出したらしい。まあ、そんな大げさに騒ぐも
んでもないだろうけど。
魔水晶で泣きじゃくっているフィアリの対応は、前世からフィア
リの友達であるアルーシャに任せた。
俺は行かなかった。メンドクセーから。
それに、ニートだってたまには羽を伸ばしたいと思うだろうし、
そのうち帰ってくんだろうと思って、それほど深く考えなかった。
にしても、まさかあの神族世界での﹁ブラックメッセージ﹂から、
今に至るまでずっと喧嘩中だったとは、フィアリも随分と嫉妬深い
もんだ。
﹁やれやれ、こんなんだったら、キシンたちともうちょいだべって
ればよかったな﹂
元々、今日は二人で回る予定だったこともあり、アルーシャが他
の嫁たちにも手回ししていたおかげで、何だかんだで俺は結局一人
ポツンと園内のベンチに座っていた。
﹁他の嫁たちは女子会みたいにしてるだろうし、コスモスはお友達
と遊んでるだろうし⋮⋮こういうとき、ムサシが居れば暇つぶしが
できるんだけどな∼。そうだ、ラガイアは? あいつとも遊んであ
げねーと﹂
こういうテーマパーク的なものを一人で回っても楽しくは無いだ
ろう。
1826
誰か捕まえて一緒に遊ぼうかと思ったその時、
﹁なんでしたら、オレがお相手させて戴きましょうか?﹂
﹁どうわっ!﹂
欠伸して、ベンチで伸びをしようとした瞬間に、突如背後に現れ
たのは、忍装束に身を包んだ﹁くの一﹂だった。
﹁さ、サルトビ! お、おま、ビックリするだろうが。いきなり現
れんなよ﹂
﹁いきなり? いいえ、オレは最初からずっと御館様の後ろをつい
てましたよ? 主の身を影からお守りするのは当然﹂
﹁な、なにい? そ、それじゃあ、さっきのアルーシャとのデート
も﹂
﹁無論です﹂
﹁∼∼∼∼っ﹂
﹁御館様。もし、アルーシャ姫との情事に至らなかったことで不満
があるようでしたら、オレが変化の術でアルーシャ姫になって、代
わりにお相手させていただきますが?﹂
﹁いただかんでけっこーだよ。せっかく、デレデレで可愛くなった
アルーシャが、狂気に包まれて氷柱でぶッ刺してくるシーンが容易
に想像できる﹂
流石は一流の忍び。全然気づかなかった。空気の流れを感知でき
る俺だが、尾行されていることに気づかなかった。
これじゃあ、これから先の日常生活、なんだか気になって仕方ね
えな。
それに、夜のアレ的なものもひょっとして監視されることになる
んじゃ⋮⋮
しかもこいつはこいつで﹁夜伽も万全﹂的な態度で、何だか油断
1827
ならん。
そういや、こいつ変化の術も使えるんだよな。クロニアに変化し
たし⋮⋮まあ、確かに⋮⋮色々と魅力的ではあるが。
﹁つか、変化の術って誰にでもなれるのか?﹂
﹁顔と体を見れば大体は。肌触りに至るまで完全に再現します。な
んだったら、人にまで変化の術をかけることも可能です﹂
﹁⋮⋮人に?﹂
﹁ええ、例えば⋮⋮ドロンッ!﹂
次の瞬間、俺の周りが煙につつまれた。体に感じる変化のような
ものを全身に感じ、気づけば⋮⋮
﹁あ、あれ? む、胸が! それに、この格好は⋮⋮﹂
煙が晴れて自分の全身を見て驚いた。タンクトップに短パン。こ
の大胆な格好はクロニアのもの!
﹁お、おお! これって⋮⋮﹂
﹁幻術などではなく、一時的に肉体を変質させました﹂
一瞬で俺がクロニアになった。幻術でそう見せているわけではな
い。この身体つきや声の高さまで全部⋮⋮この胸も?
﹁⋮⋮お察しします、御館様﹂
﹁ッ!﹂
﹁ささ、黒カーテンをご用意しました。この中で御館様が﹃ナニ﹄
をされようとも外からは見えないようにします﹂
ササっとサルトビが俺の姿を隠すように、服屋の試着コーナーの
1828
ようなスペースを作って、周りを囲った。
﹁い、いや、でも、ナニをされようとって⋮⋮ま、まあ、そこまで
いうなら、主として子分の能力をある程度把握しておかないといけ
ないしな! そういうことなら、イロイロと確かめないとな﹂
いや、別に、﹁変化したスゲー﹂で終わりでもいいんだけど、サ
ルトビがそこまで変化の能力の効果を体の隅々まで気の済むまで全
部確かめろって言うんなら、確かめないでもないけどよ、まあ、ほ
ら、せっかくだし。
﹁お、おお、やっぱ胸って重いんだな、エルジェラほどの大きさは
ないが、こんなものがぶら下がってると肩が疲れるな⋮⋮ふむふむ、
ほうほう⋮⋮ほ∼う。ふむふむ、そういえば服の下も再現されてい
るのかを念のため確かめないと⋮⋮っほおおおおおおう、なるほど
なるほど⋮⋮形はなかなか⋮⋮ここまで再現されているとは天晴れ
⋮⋮ほうほう、となると、このホットパンツの下も念のため確かめ
ないと⋮⋮ほおおおおおおおう﹂
変化の術というものは、今後もイロイロと何かの役に立つはずだ。
だからこそ、主たる俺もその性質をよく理解する必要がある。
そう、これは必要な調査だ。
﹁御館様⋮⋮﹂
﹁⋮⋮いや、うん、まあ、イロイロと参考になった﹂
何分ぐらい調査したか分からないが、何だか空がとても眩しかっ
た。
サルトビが再びドロンと唱えると、俺の姿は元に戻った。
少し名残惜しい気もしたが、その時、サルトビは耳打ちで⋮⋮
1829
﹁昨晩も申し上げましたが、お望みとあればオレがクロニアになり
きって夜伽のお相手を致しますが?﹂
﹁ほ、ほ∼う⋮⋮﹂
なるほど、とても優秀な人材のようだな、ハットリ。うむ、アッ
パレだ。
ムサシとは違ったタイプではあるが、これは傍に置いておく事で
悪いことはないな。
うん、まあ、ムサシは嫉妬するかもしれないが、仲良くしてもら
おう。うん、別に右腕左腕で、両腕ってことでいいじゃねえか。
﹁しかし、この変化の術ってのは面白いな。回りは気づかないもん
かな? 悪いこと考えりゃいくらでもできるな﹂
﹁ええ、潜入から暗殺に至るまで全てが可能です。まあ、魔力にも
制限がありますので、四六時中変化ということはできませんが⋮⋮﹂
﹁ふ∼ん。でも、⋮⋮な∼んか、イタズラに使ってみてー気もする
な∼﹂
﹁ならば、試しに使ってみましょうか? 例えば御館様の姿を勇者
に変化させて、勇者の女たちを寝取ることも可能ですが?﹂
﹁いやいや、真顔でそういうこと言うなよ、スゲー恐いからそれ。
そんなクズいことじゃなくて、ちょっとしたものでいいんだよ﹂
変化の術を使ってイタズラ。考えただけで色々できそうで、何だ
かワクワクする。
バレるかバレないかっていうドキドキもあるし、面白そうだ。
﹁ならば、御館様。こういうのはどうでしょうか? 今、奥方様た
ちはレストランで女子会というものをされております。そこに、参
加してみるなどはどうでしょうか?﹂
1830
なにいっ? じょ、女子会に参加? 女子同士の生の会話⋮⋮普
段、男が居ないところでどんな話をしているのか⋮⋮なるほど、気
になるといえば気になるな⋮⋮
﹁今、丁度アルーシャ姫が魔水晶から身動き取れない状況ですし、
何食わぬ顔で参加されてみては?﹂
アルーシャに変化して、女子会に参加か。
何だか恐い物見たさ的な気分で興味が沸く。
﹁面白そうだ﹂
﹁では、ドロンッ!﹂
となれば、後は早い。
サルトビのドロンと共にアルーシャの姿になる俺。
体も服も声もアルーシャに完全になった。
﹁ほ∼、スゲーな、完璧だ﹂
﹁念のため、アルーシャ姫の服の下を念入りに確認されますか? ちなみに再現している下着は︱︱︱﹂
﹁ん? 別にいいよ。どーせ、アルーシャの体だろ? 大体、こん
な感じだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
確認? 別にいらねーよな。実物を十分確認したことあるんだし。
ん? 何だか、サルトビが一瞬、哀れんだような目をしたが、俺、
なんか変なこと言ったか?
って、今はそんなのどうでもいいか。
俺はワクワクしながら、男の居ないところで会話する女の本性を
1831
見てみようと、女子会会場へと向かって︱︱︱︱
︱︱︱︱︱向かって、
﹁ヴェルトって、最後のあの瞬間、﹃んっ﹄て声が出ますが、それ
がワタクシ、本当に可愛いっていつも思って、こう終わった後もギ
ュッとしてしまいますの﹂
レストランの個室に入った瞬間に吹いた。
﹁あっ、フォルナ、それは私も分かるぞ! もう、私もキュンキュ
ンとなって、ヴェルトを離してやるもんかと、行為が終わってもし
ばらく抱き合ったそのままの体勢で足を絡めてしがみ付いている。
師匠曰く、ホールドとか、プレスとかいうものらしい﹂
﹁私は婿に正面から抱っこしてもらうのが一番好きだ。チュウも出
来るし﹂
﹁私はまだ回数はそれほどではないけれど⋮⋮そうね⋮⋮強引に荒
々しくされるのは好きね。覇王たる私が、愛する男に蹂躙されて屈
服させられたという気分になるもの﹂
﹁うわ、みんなナマナマしすぎだっつーの。あたしは⋮⋮ノーマル
でいいっつーか⋮⋮まあ、もう半年もご無沙汰だけどな﹂
1832
サルトビに案内されてたどり着いたのは、ファンシーな創作料理
等を出すレストラン。
まあ、まだ国民も少ないし料理人もそんなに居ないから、そこま
で味は期待できるわけではないが、キャラクター者の形やデコレー
ションを施した料理は女子ウケしそうだ⋮⋮っていうのはどうでも
いいや。
﹁まあ、でしたらアルテア姫は、ヴェルトと会えなかった半年は、
その⋮⋮自分で自分をお慰めに? はあ∼、分かりますわ! ワタ
クシも人類大連合軍時代はそうでしたもの!﹂
﹁私もヴェルトと一緒に住んでいたとき、13∼15歳ぐらいの頃
はお風呂で⋮⋮たまにヴェルトの洗濯物から下着や枕カバーを抜き
取って部屋で⋮⋮ハブラシに関しては何回盗んだか分からない﹂
﹁私は婿と会えないときは毎日だ﹂
﹁私も自分で自分に幻術をかけて、夢の世界で⋮⋮というのはある
わね﹂
﹁いや、あたしは言わねーよ? 何でガチの一人でスルやつの話を
しないといけない流れになってんの?﹂
問題なのは、個室の中に居た、フォルナ、ウラ、ユズリハ、クレ
オ、アルテアの五人が、俺が部屋に入った瞬間からとんでもない会
話を繰り出していたからだ。
女子会っていうか、嫁会だ。
っていうか、こんな形で、昔よく俺のパンツや歯ブラシがなくな
っていた謎が解けるとは。
﹁あら、アルーシャ、どうしましたの? ヴェルトとデートでしょ
う? それに、先ほどの放送は?﹂
﹁うむ。どうせ今日は明日の朝まで独占されると思っていたのに、
まさかもう終わったのか? ならば次は︱︱︱﹂
1833
﹁ん? だったら、次は私だ! 私今から行く﹂
﹁待ちなさい、ユズリハ姫。やはり次は私になるのではなくて? まあ、一緒でも私は構わないけど﹂
﹁もう、ウラウラとユズッちとクレオっちでジャンケンすれば?﹂
もうデートが終わったのかとアルーシャになっている俺に尋ねて
くるあたり、どうやら気づいていないようだが、にしてもこいつら
⋮⋮
﹁あ、ああ。じゃなくって、ええ、まあね。キシン⋮⋮くんと、ジ
ャックくんとなにやら重要そうな会話があったみてー⋮⋮みたいで、
少しだけ待たせてもらうだけよ。そ、それに、フィアリのことも心
配いらないわ。大したことではなかったの﹂
アルーシャ口調でたどたどしく言いながらも、何とか誤魔化す。
﹁そうでしたの。ああ、それと、アルーシャ﹂
﹁な、なんだ⋮⋮にかしら?﹂
﹁アルーシャはヴェルトとしているときで一番好きなのは、確か、
対面でされるものですわよね?﹂
﹁ごぶほっ!﹂
なんか、フォルナが普通に猥談してきやがった! ヤバイ、これ⋮⋮ちょっとイタズラのつもりだったんだけど、色
々な意味で直ぐに帰らないとまずいやつだ!
にしても、そうか、アルーシャ⋮⋮アレが一番好きだったのか⋮
⋮そういえばさりげなくそういうポジショニングを取っていたよう
な⋮⋮っていかんいかん、そうじゃない!
﹁でも、ヴェルト本人が一番興奮するのは⋮⋮やはりエルジェラの、
1834
バストストリームだろうがな。エルジェラ本人も凄い幸せそうな顔
をしているし⋮⋮﹂
﹁ふん。でも、あのゴミ乳女は今いないんだ。その間に私がいっぱ
い婿とするんだ﹂
﹁私はまだ会ったことないけれど、そんなにすごいの? その天空
族の女というのは﹂
﹁まあ、ヴェルトはおっぱい星人だしな。つか、エルっちのあの胸
を自由に出来るなんて言ったら、あいつじゃなくてもむしゃぶりつ
きたくなるし﹂
顔から火が出るというのは、今正にこの瞬間のためにあるような
言葉だ。
﹁ふふ、まあ、もう既に子を身篭ったワタクシとしては今更そんな
ことに嫉妬したりはしませんけど、ヴェルトが興奮というのであれ
ば、裸エプロンも有効な手段ですわ﹂
﹁おお、そうだな、フォルナ。色々と勘違いでとんでもないことに
なったが、あの餃子パーティー事件では凄かったからな﹂
﹁は? なんだそれは! おい、私はその報告を聞いてないぞ﹂
﹁へ∼、裸前掛けね∼。随分とベタなものにあの男も反応するもの
なのねえ﹂
﹁うっわ。なになに、フォルナッち。あたしその事件知らねーし、
一体何があったん?﹂
そういえば、昔、どこかで聞いたことがある。
普通女子会と言われて想像するのは、﹁スイーツがどうとか﹂﹁
芸能の話がどうとか﹂華やかなイメージがあるがそれは全て幻想で
あり、実際の会話のほとんどは猥談だと。
﹁まあ、ヴェルトが興奮するかどうかは別にして、私もやってみた
1835
いことならあるわね。ヴェルトが私に甘えるというものよ。あの小
生意気なヴェルトが赤ん坊のように甘える⋮⋮ふふ、考えただけで
もゾクゾクするわ!﹂
﹁婿が私に甘える⋮⋮スゴくイイ!﹂
﹁いや∼、クレオっち、ユズッち、それはねーは、それはねーって。
マジキモイよそのヴェルト﹂
﹁そうですわね。やはりヴェルトがワタクシたちに甘えるというの
は想像できませんわね。いつも甘えて尽くすのはワタクシたちの方
ですしね﹂
﹁尽くすといえば、師匠は今居ないが、﹃ファイナルフォーメーシ
ョン﹄におけるそれぞれのポジショニングについて相談しておくか
?﹂
ダメだもう。早くこの場から逃げよう。聞かなかったことにしよ
う。嫌だよなんか色々と。なんで高貴なお姫様たちがこんな生々し
い話をしてるんだよ。
﹁って、アルーシャ、先ほどから随分と静かですわね。いつもなら
率先して指揮をとりますのに﹂
﹁ッ!?﹂
﹁まあ、どうせ今晩ヴェルトとすることしか考えていないのでしょ
うけど、会議の時は活発に意見を出してもらわないと困りますわ。
せっかくヴェルトがワタクシたちに陥落したのですから、この機に
全員の力を合わせて、もう余計な余所見をしないようにさせません
と﹂
ずっと黙っていたアルーシャに忠告するフォルナ。危うくバレる
と思ってビクビクした。
﹁えっと、その、私、も、もうそろそろ、ヴェルトくんの話も終わ
1836
っただろーし、むむ、迎えに行ってくる﹂
﹁あら、もう行きますの?﹂
とりあえず、これ以上愛する嫁たちの会話にドン引きする前にさ
っさと脱出しよう。
と、思ったとき、
﹁ねえ、クレオ姫はいないかしら? ちょっと神族世界について話
を聞きたいの! ひょっとしたらニート君ッ⋮⋮へっ?﹂
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮えっ?﹂﹂﹂﹂﹂
あれええええ! アルーシャ、今はフィアリを慰めてたんじゃ?
もう終わったの? 終わったからって、そんな血相を変えて急い
でこなくてもいいのに!
﹁えっ、な、なんで私が?﹂
﹁ど、どういうことですの! アルーシャが、二人? ど、どちら
が本物ですの!﹂
アルーシャが二人現れた。ま、まずい。このまま俺の正体がバレ
て、この会談を聞いたのをバレたら⋮⋮
この事態を打破するには⋮⋮ッ、これだ!
﹁わ、私が本物のアルーシャだ! そいつは偽者だ! そ、そう、
きっと、忍者サルトビが変化しているんだ!﹂
﹁⋮⋮はあ? ⋮⋮って、何でよ! 偽者はあなたの方でしょう!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮えっ?﹂﹂﹂﹂﹂
1837
そう、もう俺が本物と押し切って、ウヤムヤにしてこの場から逃
げるしかない。
﹁そ、そんな、し、しかし、両方ともアルーシャですわ⋮⋮﹂
﹁だが、しかし、どちらかが偽者ということに⋮⋮﹂
どうせ見た目は同じなら、どっちが本物偽者かなんてお互いが主
張しても水掛け論だ。
幸い、フォルナたちは見た目じゃ判断できないようだし⋮⋮
﹁ならば⋮⋮二人に聞きますわ!﹂
その時、何かを思いついたかのようにフォルナがテーブルを叩い
て俺とアルーシャに尋ねる。
﹁第三回ヨメーズ定期報告会での一番大きな議題となったのは?﹂
︱︱︱︱︱︱︱ッ! あれか! エルファーシア王国で魔水晶の
通信使って、城で定期的にやっていたという⋮⋮。
一度だけ偶然その会議を盗み聞きしたことがあるが、あれは第何
回の議題だった?
と、その時、
﹁結婚式の出席者で誰を呼ぶか︱︱︱﹂
本物のアルーシャが答えた。ので、俺も間髪いれずに、
1838
﹁そう、それだそれ! 結婚式で誰を招待するかとか、結婚式の順
番についてが一番大きな議題だったな!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮ほう﹂﹂﹂﹂﹂
慌てて俺も便乗した⋮⋮ら⋮⋮あれ? なんか、その会議の頃に
はまだ神族世界に居たために出席していないクレオを除いた他のヨ
メーズが、邪悪な笑みを浮かべて⋮⋮
﹁ええ、そう。第三回の会議は結婚式の出席者で誰を呼ぶかを最初
の冒頭で﹃少し﹄話をし⋮⋮その時、いきなり会議に乱入してきた
エロスヴィッチ師匠が、﹃結婚よりも、男の胃袋よりも、まずは男
のエロを掴むことが重要﹄と私たちに告げて、夜の性活における女
の嗜みを何時間にも渡り講義してくださった日⋮⋮ちなみに、その
日以降、我々はあの方のことを﹃師匠﹄と呼ぶようになったのよね﹂
本物のアルーシャが冷たい口調でそう呟いていた。
その時、ニッコリと笑みを浮かべたアルーシャの腕には、氷の氷
柱のような剣がキラリと輝いていた。
しまった⋮⋮ハメられた!
﹁ッ、さ、さ⋮⋮サルトビーーーーーッ!﹂
﹁ここに! ドロンッ!﹂
その時だった。俺が悲鳴のようにサルトビの名を叫んだ瞬間、室
内に煙の爆発が起こった。
﹁ちょっ、なんですの!﹂
﹁これは、煙玉よ!﹂
1839
﹁おのれええ、待て、よくも極秘会議に潜入してくれたな!﹂
﹁忍びの女ね!﹂
視界を完全に覆いつくした煙は、さすがのヨメーズたちもすぐに
は行動できなそうだ。
そんな中、俺は誰かの脇に抱えられ、強制的にこの場から離脱。
﹁危ないところでした、御館様﹂
﹁サルトビッ、よくきてくれた!﹂
﹁ありがたき御言葉。御館様の右腕として当然のことです﹂
こいつ、使える! 単純にそう思えるほど優秀で、俺のことを理解しているサルトビ
に俺は感心しながら、建物の屋根の上を飛び跳ねながら逃げるサル
トビの脇に抱えられていた。
ちなみに、あとで、結局嫁にバレた。
ただ、その前に俺は、生々しい女たちの会話を目の当たりにした
かと思えば⋮⋮
1840
﹁ラッくんは、いいの? キロちゃんと一緒じゃなくて﹂
﹁うん。怖いから逃げ⋮⋮よ、用事があるから途中で別れたんだ﹂
﹁ふ∼ん。コスモスも∼、ピースちゃんたちお勉強の時間だから一
緒に遊ぶのちょっと待っててって言われたの﹂
﹁そう。残念だったね﹂
﹁でも、コスモスいい子に待つもん。だって、コスモス、お姉ちゃ
んになるんだもん! 大人だもん﹂
﹁うん、そうだね。君は、あの世界一かっこいいお兄ちゃんの子供
なんだから⋮⋮立派なお姉ちゃんになれると思うよ﹂
﹁うん!﹂
サルトビに抱えられたまま逃走している俺たちが、たまたま屋根
の上からパッと下を見た時に視界に入ったとあるベンチに、純真無
垢な子たちが二人並んで座っていた。
えっ、何この天国?
﹁お嬢様∼! 勝手に行かれては困ります。この広い園内で迷子に
でもなったら﹂
﹁大丈夫だもん! ムサシうるさい﹂
﹁はううっ!﹂
﹁それに、ラッくんと会ったから平気だもん﹂
あっ、慌てたように走ってきたムサシまで加わった! えっ、天
国よりさらに上の世界になった!
﹁おお、良かった。お嬢様は居たでありますか﹂
﹁も∼、勝手に居なくなったら、ヴェルトくんが心配するから駄目
だよ、コスモスちゃん﹂
ん? 懐かしいルンバも来た。あと、ペットか。
1841
なんか⋮⋮結構異色な組み合わせだな⋮⋮
1842
第103話﹁他所の問題より自分の嫁﹂︵後書き︶
ようやく、三巻発売されました。
実は表紙に関しては初めて見たんで、ウラも出ていたことに驚きま
した。
これでウラは三巻連続で表紙に出るという快挙ですね。まるでメイ
ンヒロインみたいです。
メインヒロイン・・・ウラはヴェルトの家族でもあり妹分でもあり、
10歳から一緒に暮らしてて、ラーメン屋でも働いて、共通の妹を
可愛がって、旅も一緒、で最終的に結婚・・・・ああ、メインヒロ
インでいいのか・・・?
1843
第104話﹁神話生まれし日﹂
﹁ガルルルルル! 貴様、殿から離れるでござる! 殿の御身に触
れるとは、この無礼者ッ!﹂
﹁御息女の可愛さにデレデレして、殿の危機にも駆けつけることの
できぬ駄猫に言われたくはありません﹂
﹁フシャアアアッ! もう許せんっ! たたっ斬ってくれるッ!﹂
﹁面白い。どちらが御館様の右腕に相応しいか、この場で決めるの
も良いでしょう﹂
俺を脇に抱えて、嫁会から逃げているところに遭遇したムサシ。
サルトビの姿を見て歯をむき出しにして敵意を向けている。
だが、会うたびにこれではこっちが疲れる。
だからここは、
﹁やめろ、ムサシ﹂
ムサシを止めよう。
﹁殿ォっ! 止めてくださるな! これは、拙者の威信を懸けた︱
︱︱﹂
だが、勿論ムサシが簡単にこの件で止まるはずも無い。
そん時は、この手段が有効。 ﹁はいはい、いいこいいこ、ナデナデナデナデ﹂
﹁ふ、ふにゃああ、と、とにょ?﹂
﹁はいはい、ムサシはいいこ、喧嘩ダメ。ナデナデスリスリ﹂
1844
﹁にゃ、なにゃああん、と、とにょお、み、皆に見られ、ん、との
お∼﹂
﹁ナデナデ、モミモミ、スリスリ、はい、喧嘩やめるな? ムサシ﹂
﹁はううう、んもう、との∼、胸は、あん、袴の中はダメえ∼﹂
﹁ほら。もう、喧嘩はしないな? ﹃はい﹄って言わなきゃ、チュ
ーするぞ﹂
﹁え、ええええ! そ、そんな、⋮⋮ん? でも、﹃はい﹄って言
わなければ、殿がチューを⋮⋮﹂
﹁ん、今、﹃はい﹄って言ったな﹂
﹁ふにゃああああ! 殿ォ、それはずるいでござるーっ!﹂
﹁くはははは、んじゃ、ご褒美にホッペにチュー﹂
﹁はぬっ! ⋮⋮えへ、えへへへへへへへへ﹂
そう、これでオッケー。ムサシはたとえ目の前にどんな敵が現れ
ようとも、抱きしめて猫可愛がりすれば大抵大丈夫。
まるで、マタタビでメロメロになった猫のごとく、虎がウットリ
と俺に身を預けた。
﹁魔王ヴェルト様、女の扱い方が前よりも鍛えられているでありま
す﹂
﹁⋮⋮っていうか、ナデナデは分かるけど、なんでさりげなく、胸
を揉んだり、服の中に手を入れてるの? ヴェルトくん﹂
﹁お兄ちゃんのスキンシップは相変わらずだね﹂
﹁ぶー、コスモスも! ねえ、パッパ、コスモスもお姉ちゃんにな
るけど、パッパはコスモスを抱っこするのー!﹂
そんな俺のムサシ手なずけ光景を目の当たりにした、ルンバ、ペ
ット、ラガイア、コスモス。
﹁ははは、まあ勘弁してくれよな。⋮⋮にしてもお前ら⋮⋮なんか
1845
変わった組み合わせだな﹂
それぞれ、苦笑したように笑ったり、羨ましそうにしたりと反応
様々だが、なんだろう⋮⋮このメンツ⋮⋮結構異色の組み合わせだ
な。
﹁ルンバ。お前は、ここに居てキシンたちの手伝いをしてたんだよ
な。忙しかったか?﹂
﹁事務作業ばかりでありましたが、戦争の時と違って新鮮でありま
した。それに、これもウラ姫様のことを思えば!﹂
﹁そうか。まあ、元気そうで何よりだ。ただ、俺に魔王をつけて呼
ぶのはやめろ﹂
﹁では、覇王ヴェルト様で呼ばせていただくであります! ⋮⋮そ
れはそれとして、覇王様、その、奥様たちが立て続けに妊娠されて
いるのは非常に喜ばしいことですが⋮⋮ウラ姫様もそろそろ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮安心しろ。回数的には、あいつだってそろそろのはずだ!﹂
まずはルンバ。元ヴェスパーダ魔王国で、ウラ専属の側近だった、
魔法銃士の魔人。
赤毛とそばかすが特徴の魔人。このランドに合わせているのか、
西部劇に出てくるようなガンマンルックとホットパンツとカウボー
イハットの衣装だった。
今はキシンの秘書みたいな立場で魔族大陸とこの国を繋ぐ作業を
助力している。
﹁そういや、ラガイア。お前、キロロとデートしてたんじゃねえの
か?﹂
﹁⋮⋮聞かないでよ、お兄ちゃん⋮⋮﹂
﹁⋮⋮はは、つらそうだな。リガンティナも、エルファーシア王国
に来て、お前のことについて︱︱︱︱﹂
1846
﹁お兄ちゃんッ! ⋮⋮御願いだか⋮⋮その話題は⋮⋮﹂
﹁は、はは⋮⋮お互い、女には苦労してんだな﹂
そして、説明不要の世界一可愛い俺の弟ラガイア。
今は、キロロに連れて行かれて、ジーゴク魔王国に席を置いてい
るが、早々に俺が引き取らないとな。
やっぱ、あの女にラガイアを婿にやれん。
ラガイアに相応しい女は、俺が見繕わねえと⋮⋮ん?
﹁そうだ、ラガイア! なら、今度ハナビを紹介してやろう! あ
あ、そうだそうだ! まあ、お前とちょっと歳が離れているが、ハ
ナビは器量もよくて将来間違いなく美人の良い女になる!﹂
﹁いや、あの、お兄ちゃん?﹂
﹁ハナビは誰の嫁にも出したくなかったが、ラガイアなら大丈夫だ。
それに、ハナビとラガイアが結婚すれば、これでラガイアは法的に
も俺の義弟ってことになるから、全て丸く収まるじゃねえか!﹂
あれ? むしろキロロとかリガンティナに任せるより、そっちの
方が完璧じゃね?
正直、この世のどんな男を将来ハナビが連れてきても、俺は全力
でその男をぶっ飛ばす自信がある。
でも、ラガイアなら別だ! むしろ、これ以上に相応しい奴が居
ない!
そんで、将来、俺とウラの子供と、ラガイアとハナビの子供で一
緒に遊びに出かけたり、男の子と女の子で分かれているなら、むし
ろ子供同士も結婚させるか! ﹁いや、あの、お兄ちゃん?﹂
﹁ダメであります。覇王様、妄想の世界へと旅立っているでありま
す﹂
1847
﹁ラッくんと、ハナビねーね、けっこん? ラッくんカッコいいか
ら、ハナビねーねも嬉しいと思うよ?﹂
﹁しかし、御館様も、このような穏やかで嬉しそうな顔もされるの
は意外でした。よほど、義弟殿や妹君を大切にしていらっしゃるの
ですね﹂
﹁っていうか、ヴェルトくん、よくファルガ国王陛下のことをシス
コンとかブラコンって言ってるけど、自分もそうだよ⋮⋮っていう
か、ヴェルトくん⋮⋮﹂
その時、俺の幸せな未来を頭の中で描いている時、何故かペット
がプルプルと震えながら⋮⋮
﹁妄想するのはいいけど、いつまでムサシちゃんの胸を揉んだり、
し、し、し、下着の中に手を入れてイジったりしてるの!﹂
﹁⋮⋮えっ?﹂
ペットが耳にキーンと来るぐらいの大声を俺に⋮⋮あっ!
﹁んっぐ、と、との、っぐ、あ、あ、あへええ⋮⋮﹂
﹁ぬおおおお、ムサシ! すまん、忘れてた! 無意識のうちにお
前を!﹂
﹁とにょお、せ、せっしゃ、きょ、きょうえちゅしごく⋮⋮﹂
ムサシが俺の腕の中でトリップしてる! もう痙攣してる!
﹁信じられない、む、無意識で女の子にそんなことばっかり⋮⋮コ
スモスちゃんだって居るのに!﹂
﹁パッパはいつも色々な女の子とチュッチュしてるよ?﹂
﹁⋮⋮覇王様⋮⋮それだけ辛抱できない方なら、その、早めにウラ
姫様に御子を⋮⋮﹂
1848
﹁ぬわあああ、すまん∼! 嫁相手にはこんなことしないんだけど
⋮⋮﹂
俺は、達してしまいだらしのない笑みを浮かべてしまっているム
サシを介抱しながら平謝りだった。
﹁ふむ⋮⋮御館様は虎娘を妾として重宝されているのですね﹂
﹁妾じゃねーって。ムサシは、俺の所有物だ!﹂
﹁ヴェルトくん、それはそれでヒドイから⋮⋮﹂
にしても、嫁相手にもここまで自分からするってことはあまりね
ーのに、俺、どんだけムサシのことが好きなんだ?
もう、これは病気みてーなもんかもしれねえな。
﹁しかし、御館様。せっかくですので教えていただきたいのですが、
実際のところ、妾はどの程度の数、種類を予定しておりますか? チェーンマイル王国でエロスヴィッチ氏が話しておられましたが、
結局ウヤムヤになりましたから﹂
そしてサルトビ、お前は改まって何を聞いてくんだよ。
﹁いや、いねーし、作る予定もねえよ。愛人なんか、そもそも嫁た
ちが許さねーだろ﹂
﹁御館様こそ何を仰られていますか? 居ない方がおかしいのが、
世の王というもの。それに、王ともなれば眉目秀麗な娘などには飽
きて、公には明かせぬ特殊な性癖の持ち主というのも珍しくありま
せん。小児愛や⋮⋮男色など⋮⋮﹂
1849
﹁いや、やめろ。俺はまだそこに至ってねーから。つか、お前はお
前でチョイチョイ自分も夜伽を的なことも言ってるが、そもそもオ
メーはラクシャサが好きな、同性愛者だろうが。つか、本当は男に
生まれたかったとか、男になりたいって女だろうが﹂
﹁勿論そうです。ボス⋮⋮ラクシャサ様こそが我が最愛。しかし、
御館様に恩義があるというのも事実。そのために、御館様とまぐわ
うのも、特殊な夜遊びもこの一身に受ける覚悟はできております。
それに、オレは見てくれは男に見えなくもありません。もし、御館
様が﹃その世界﹄に興味を抱かれるようであれば、そういった内容
でお相手させて戴きます﹂
﹁いただかなくてけっこーだよ!﹂
真顔で愛人どうすんの? って言われても⋮⋮ほら、ペットが超
ドン引きしてるし!
ラガイアは苦笑しながら、コスモスの耳を塞いであげてる。なん
ていい子。
ルンバは⋮⋮
﹁まあ、しかし、サルトビさんの仰ることも分かるでありますが、
別に愛人の居ない王とて居るであります。それこそ、かつて私が仕
えていた、魔王シャークリュウ様は、王妃様ただ一人を生涯愛し、
王妃様が崩御されてからも、ずっと独り身を貫かれていましたであ
ります﹂
シャークリュウ⋮⋮そうか⋮⋮鮫島はそういう日本人的な夫を貫
いていたのか。
あいつ自身、前世のことは﹁幻﹂とか﹁夢﹂とかって認識してい
1850
ただろうが、それでも生涯一人の女を愛し続けたってことか。
﹁そうか。あいつらしいな。かっこいいやつだぜ﹂
俺とは違う。一人の女にすべての愛を注ぐ。それが普通であり、
最高にカッコいいのかもしれねえな。
﹁でもま、俺とシャークリュウは違うが、でも、愛人はやっぱいら
ねーな。嫁以外の女が恋しければムサシが居るし。だから、サルト
ビ、その話題は忘れろ。それに、この話題をしていると、いつ﹃あ
の女﹄が来るか分からねーからな﹂
そう、だからこの話はもうここでお終いだ。
これ以上、﹁妾﹂とか﹁愛人﹂とか、そういう話を続けていると、
あの女が⋮⋮
﹁潮の匂いがするのだ∼、誰かが絶頂したのだ∼、夢の国で雌の匂
いを発散させる獣はどこなのだ∼?﹂
そう、あいつが⋮⋮
﹁人がカイザーにぶっとばされているというのに、イチャイチャエ
ロエロしているのは誰なのだーっ!﹂
ああ、来ちゃったよ。
顔面に何故か青痣作っているものの、エロに対する嗅覚は江口こ
とフルチェンコに匹敵する淫獣がッ!
﹁テメエは呼んでねえ、どっか行けえ! 人がせっかく、コスモス
とラガイアとムサシでほっこり幸せな気分になっていたというのに
1851
!﹂
﹁ぬっ、何だ、ヴェルトなのだ。ふむふむ⋮⋮ん? ほ∼、サルト
ビ、ムサシ、ルンバ、そして⋮⋮ニタ∼ッ、ペットなのだ∼﹂
今すぐどっか行けとエロスヴィッチを追い払おうとするが、エロ
スヴィッチは三日月のような笑みを浮かべる。
﹁ふむふむ、それで? こんな所でこんな組み合わせで何の話をし
ているのだ∼? のう、サルトビ﹂
﹁別に大したことではないです。ただ、御館様の妾についてです﹂
﹁ッ! ほほ∼う!﹂
だからーっ! それをこいつに言っちゃアカンだろうが!
﹁あ、お兄ちゃん、僕、コスモスとどこかで遊んで︱︱︱﹂
﹁行くな、ラガイア! お兄ちゃんを置いていくなーっ! コスモ
スの教育には悪いけど、だからって俺を一人にしないでくれ!﹂
もしここでラガイアとコスモスまで居なくなったら、会話の流れ
がとんでもないことになりそうだからな。
それにいくらエロスヴィッチとはいえ、子供の居る前で品のない
話は⋮⋮
﹁ヴェルトの妾については、ヨメーズ特別顧問のわらわが決めてい
はいって
るのだ! チェーンマイル王国でもちゃんと言ったのだ。というか、
はいる
おぬしも含めて、ルンバもペットも入ってるのだ。まあ、まだ挿入
はいないが、これからいっぱい挿入のだ♪﹂
子供が居てもサラりとエロトークをぶちこんできやがった!
1852
﹁クルァ、エロスヴィッチ! テメエ、コスモスの前でなんつーこ
とを! つか、妾とかふざけんじゃねえ!﹂
﹁ちょっ! わ、私も入っているでありますか! な、なぜ? そ
れは無理であります! ウラ姫様を裏切るようなことはできないで
あります!﹂
﹁もう、だから何で私まで入ってるんですかーっ! いやです、愛
人だなんて! 私、そんなこと絶対にいやなんですからーっ!﹂
そういや、ルンバに関しては初耳だったらしく、目を丸くして驚
いてるよ。そりゃ当然だよな。まあ、ペットは相変わらずだが。
﹁あの、エロスヴィッチ様。私は、本来ウラ姫様のお傍仕えですの
で、そのウラ姫様の最愛の方の妾にするのは、あまり⋮⋮﹂
﹁何を言うのだ! ウラ姫の子供が生まれたら、その子供のお傍仕
えをするのは、おぬしの子供になるのだ! おぬしなら、ウラ姫も
認めるのだ﹂
﹁そ、それは、まあ⋮⋮しかし、私が何故、覇王様の⋮⋮﹂
﹁お金と同じなのだ。愛人は、いっぱいあればいっぱいあるだけい
いのだ﹂
いいわけねーだろうが。
﹁もう、黙れ﹂
﹁ぐぎゃあああ、首絞めるななのだ! わらわは特別顧問なのだ!
いかに王とてわらわへの暴力はダメなのだ!﹂
もうこれ以上こいつを生かしておいてはダメだと、俺はエロスヴ
ィッチにチョークスリーパーをかましてやった。
ジタバタと暴れるこいつの息の根を止めるのが、世のため人のた
めになるというものだ。
1853
﹁しかし、エロスヴィッチ様の計画される愛人たちも、結局は全員
オナゴ。それだけでは御館様も飽きるというもの﹂
﹁いや、だから、何でお前はそこでそんなことを持ち出すんだ? お前、アレか? 俺が国の法律でど同性婚を認めただけでは飽き足
らず、もっと推進させるために俺自身をそういうのに目覚めさせよ
うって魂胆か?﹂
﹁⋮⋮オレハオヤカタサマノコトヲカンガエテ﹂
﹁おい、目を逸らすな! しかも片言になってるぞッ!﹂
そして、このサルトビもまた、使える奴ではあるものの、本心で
は何を考えているか分からないってところでまだ安心できない。
つか、こいつ、愛人の話題でチョイチョイ男の話題を交えたのは、
それが理由か! すると、サルトビは⋮⋮
﹁では、御館様⋮⋮こういうのはどうでしょうか?﹂
﹁あん?﹂
﹁秘術・衣装早着替えの術ッ! ドロンッ!﹂
その時、風が走って、煙が起こった。
﹁⋮⋮へっ?﹂
その風と煙は、ラガイアを一瞬で包み込み、そして⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮あ⋮⋮⋮あれ?﹂
ラガイアの着ていた服が一瞬で変わった!
ハロウィン用の猫耳と猫のしっぽはそのままに、黒いフリフリの
1854
メイド服⋮⋮か、くわいい⋮⋮
﹁な、なんで、そ、そんな! 僕の服が! な、なんで?﹂
慌てるラガイア! そんな慌てたらフリフリのスカートがめくれ
ちゃう! 白髪の猫耳クール系眼帯メイド?
でも、普段はクールなラガイアが恥ずかしそうに慌てて⋮⋮
﹁こ、これは、女の人の服じゃないか! ぼ、僕に何をしたんだ!
くっ、お、お兄ちゃん、見ないで⋮⋮﹂
見ないで? それって、この場じゃ芸人が言う﹁押すなよ? 絶
対に後ろから押すなよ?﹂ぐらい無意味なもの。
﹁こ、これは何でありますか! ラガイア王子が!﹂
﹁か、かわい⋮⋮い﹂
﹁あーっ! ラッくんが、おねーちゃんになっちゃった! かわい
ーっ!﹂
普通、男が女装したら、ウケるかドン引きする。気持ち悪いって。
でも、元々幼い顔つきで、中世的な顔のラガイアは、女装すれば
ショートカットの女の子に見えなくもない。いや、つうか、女の子
にしか見えない。
いや、っていうか、これ⋮⋮か、仮に⋮⋮男だと分かっていても
⋮⋮
﹁御館様。確かにこの方は男ですが⋮⋮どうでしょうか? こうい
うのはお嫌いでしょうか? 同じ男かもしれません。ですが嫌いで
すか? 抱けませんか? 子は生めないかもしれませんが、それで
1855
も愛人としてこういうのはどうでしょうか?﹂
こういうのは嫌い? もし嫌いって言ったら? 俺がラガイアに
嫌いって言うことになる? そんなことは言えない。俺はラガイア
が大好きだ。
抱けない⋮⋮? いや、ラガイアを抱きしめてやることはよくや
るぞ?
っていうか、かわいい⋮⋮
﹁は、早く僕を元の服に戻したまえ! こんなの、恥ずかしすぎる
ッ! ⋮⋮お兄ちゃん?﹂
しかも、おいおい﹁僕﹂呼びか⋮⋮
﹁ちょ、は、覇王様がフラフラとラガイア王子に歩み寄っているで
あります!﹂
﹁だ、ダメだからね、ヴェルトくん! ラガイア王子は男の子なん
だから! って、何でそんな夢遊病患者みたいに!﹂
俺は首絞めしていたエロスヴィッチを放り捨て、恥ずかしがって
顔を真っ赤にしながらサルトビに怒ってるラガイアへ向かっていた。
﹁げほっげほっ⋮⋮ぬっ! ッてヲイ! それはダメなのだヴェル
ト! わらわも同性のオナゴをたまに喰うので分からんでもないが、
おぬしにその道はダメなのだ! おぬしにその道を行かせてしまえ
ば、苦労して積み上げてきたヨメーズたちからの信頼を失ってしま
うのだ! ダメなのだ、ヴェルト!﹂
分かっている。この道は進んではダメなことぐらい。ん? 何で
ダメなんだ? ラガイアがこんなに可愛いのに⋮⋮
1856
﹁い、いかんのだ! 急いでヴェルトに女体の魅力を思い出させね
ばならぬのだ! ムサシは夢の世界に行っている以上⋮⋮ぐっ、ル
ンバッ! ペット! 今からわらわの言うとおりにして、ヴェルト
の目を覚まさせるのだ! ごにょごにょごーにょごにょぬぎぬぎく
ぱあくぱあ⋮⋮と、こんな感じで!﹂
﹁わ、私がそれをやるでありますか!﹂
﹁だだだ、ダメええッ! そんなことできません! 何で、い、い
やあああ、絶対にいやああああ!﹂
﹁言うとおりにするのだ! ルンバ、ウラ姫の最愛の男が男の道に
走っていいのかなのだ? ペット、初恋の男が男に走っていいのか
なのだ?﹂
﹁﹁うっ⋮⋮そ、それは⋮⋮﹂﹂
﹁やるのだーっ! さあ、ヤルのだーっ!﹂
その時だった。
﹁ううう∼、ウラ姫様、緊急事態ゆえ、今だけはお許し下さいであ
ります!﹂
﹁なんでよ∼、最近、こんなのばっかり⋮⋮このままじゃ私⋮⋮た
だの変態な子になっちゃうよ∼﹂
意を決したような顔をした二人の女が俺の前に立ちはだかった。
1857
ルンバとペット。邪魔だ⋮⋮
﹁は、覇王様、こ、この的に、覇王様の射撃を見せて欲しいであり
ます⋮⋮お、奥まで正確に⋮⋮う、撃ち抜いて欲しいであります⋮
⋮﹂
俺の目の前でM字開脚で座りながら、﹁的を撃て﹂というルンバ。
恥ずかしがっているのが目に見て分かる。
﹁俺は⋮⋮簡単に銃をぶっ放すやつじゃねえ!﹂
﹁は、覇王様ッ!﹂
だが、俺にハニートラップは通用しない! 誘惑してくるルンバ
の真横をサラリと通り抜けてやった。
﹁いくのだ、ペット・アソーク! ほれ、小道具もやるのだ!﹂
﹁ど、どこからソレを⋮⋮で、でも、ほ、本当に⋮⋮﹂
﹁ヴェルトを正気に戻すことが出来るのは、もうお前しかいないの
だーっ!﹂
ルンバの横をすり抜けた俺の前に残るのはペット。
ペットはかなり迷った様子だが、何をする気だ?
その時、エロスヴィッチが何かをペットに投げた。それは⋮⋮二
つの⋮⋮ポンポン?
ポンポン⋮⋮そうだ、前世で体育祭で応援アイテムで必須だった
アレだ。
あんなもんを何で⋮⋮?
﹁そ、その道をい、行っちゃダメ、ヴェルトくん! 頑張って、た、
耐えて! が、頑張れ頑張れヴェルトくん! 頑張れ頑張れヴェル
1858
トくん!﹂
恥ずかしがりながらも、ポンポンをシャンシャンとふり、お尻を
フリフリしながら応援するペット。
それはさながら、なんちゃってチアリーディング。
﹁⋮⋮ペット⋮⋮お前、それどこで⋮⋮﹂
﹁こ、これ、帝国軍仕官学校時代に、国別騎士対抗模擬戦大会での
応援で⋮⋮アルーシャ様が考案されて⋮⋮﹂
﹁ああ、そういうこと⋮⋮﹂
顔を真っ赤にしながら、﹁フレッフレッ﹂と応援してくるペット。
﹁うう∼、ぐっ、えい! えい! えい! いち、にっ! いち、
にっ! がんばれがんばれ、ヴェルトくん!﹂
足を真っ直ぐ交互に上げ下げして応援するペット。
でもお前、そんなに足を上げたら⋮⋮
ペットの服装は、エルファーシア王国騎士団の純白の正装服。そ
して下はヒラヒラのスカート。
だから、ちらちらと⋮⋮見えるんだよ⋮⋮
そして、ペットもそれは確信犯のようだ。もう耐え切れずに、目
をつぶっている。
﹁うう∼、恥ずかしいよ∼⋮⋮下着が見えちゃうよ∼⋮⋮でも⋮⋮
ヴェルトくんを変な道に行かせないためにも⋮⋮ううう、が、頑張
れ頑張れヴェルトくん! ふ、フレッフレッ、ヴェルトくん!﹂
元来大人しくて引っ込み思案のペットは、大きな声を出したり、
ダイナミックに動いたりしない。
1859
でも、今は、恥ずかしさでオドオドしながらも、懸命になんちゃ
ってコサックダンスのように足を前に蹴り上げてる。
いや、だから⋮⋮
﹁い、行っちゃダメだよ、ヴェルトくん、た、耐えないとダメ! こっちの方が、お、おんなのこの方が楽しいよ∼? 頑張れ頑張れ
ヴェルトくん﹂
今度は、ヤケクソのように尻を向けてフリフリ。
だから、見えるって⋮⋮それともこいつ⋮⋮﹃ソレ﹄が見えてる
のに、気づいてないのか?
﹁お、お兄ちゃん⋮⋮あ、あの人⋮⋮頭がおかしいのかな?﹂
﹁なるほど。御館様の妾もやりますね﹂
女装した姿で呆然とするラガイアに、ペットの奮闘に感心するサ
ルトビ。
そして⋮⋮
﹁ペットちゃん、なんでおパンツはいてないの∼!﹂
コスモスが、コテンと首をかしげて下から見上げながらペットに
指摘する。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮えっ?﹂
ペットの動きが完全に固まった。ああ、やっぱこいつ、気づいて
1860
なかったのか⋮⋮
﹁どうしたのだ、ペット・アソーク! もっとお前も頑張るのだ!
体を張って頑張るのだ!﹂
その時、俺たちは見た。
エロスヴィッチが人差し指で、まるで皿回しをしているかのよう
に、ペットの下着と思われる布をクルクルと回していた。
﹁エロスヴィッチ様⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮い、いつの間にわ、私の下着
を⋮⋮﹂
﹁さあ、もっと足を上げて広げてイチ・ニッ、なのだ! 女体の魅
力をもっとヴェルトに伝えるのだ!﹂
﹁そ、そそそ、そ、それ、わ、私の下着⋮⋮﹂
﹁ん? 応援の邪魔なので、コッソリ剥ぎ取っておいたのだ﹂
残念でした。穿いてませんよ? ノーパンはクレオの専売特許だというのに。
﹁そ、それじゃあ、い、今まで⋮⋮い、い、いっ⋮⋮いやああああ
ああああああああああああっ!﹂
絶叫してヘタリ込むペットは、ワンワンと涙を流して叫んだ。
ドンマイ、ペット。
そして、その悲鳴は当然のごとく、色々な者を呼び寄せることに
なる。
﹁今、こっちに悲鳴がッ! ヴェルトくん⋮⋮それにペットも⋮⋮
それに⋮⋮ッ!﹂
﹁ねえ、ロア、待ってってば! ふう、おいつい⋮⋮あら、ペット
1861
? それに⋮⋮な、なに、あのメイド服の子! か、可愛い⋮⋮﹂
﹁おい、今、こっちでペットの悲鳴が聞こえ⋮⋮また、ヴェルトに
エロスヴィッチ様が⋮⋮それに⋮⋮ん!?﹂
﹁ペット! それに、ヴェルトくんまで! ヴェルトくん、またペ
ットを泣かせたのッ!﹂
﹁今の悲鳴は⋮⋮ッ!﹂
﹁ねえ、一体なんなの?﹂
デート中のロア、ヒューレ、バーツ、サンヌ、シャウト、ホーク。
﹁むひひひひ、お、女の子が悲鳴あげてたんだな。ぶひっ! なな
な、あのメイド服の子、誰なんだな! 欲しいんだな!﹂
ポップコーン等のおかしを両手に抱えて登場するキモーメン。
﹁ちょっとなになに∼? ねえ、なんか悲鳴が聞こえたけど、リリ
イ同盟の子じゃないでしょうね?﹂
﹁あの、えっと、ヴェルト君に、エロスヴィッチ様も⋮⋮それに⋮
⋮っ!﹂
ああ、デート中の百合竜まで現れて⋮⋮ん? あれ? どうしたんだ? こいつら、ペットの悲鳴を聞きつけて
現れた割には、ペットじゃなくて、ラガイアを見てねーか?
しかも、ロア、バーツ、シャウト、キモーメン、トリバ、ディズ
ムは、若干﹁ぽ∼﹂っとした顔でラガイアを見てる。
あれ、こいつら、ラガイアに気づいてないのか?
﹁はっ! い、いかんいかん⋮⋮僕にはヒューレが⋮⋮﹂
﹁び、びっくりした⋮⋮なんか、すげえ、ドキッと⋮⋮﹂
﹁か、可憐だ⋮⋮﹂
1862
﹁むほー、可愛いんだな!﹂
﹁やばっ! か、可愛いじゃん⋮⋮超欲しい⋮⋮﹂
﹁すごい可愛い女の子⋮⋮可愛いな∼⋮⋮﹂
おい、ちょっと待て! お、お前らまさか⋮⋮いやいや、ロア、
お前何を告った当日に心を揺るがしていやがるっ!
﹁むほーっ! ねえ、ねえねえねえねえ、お、お名前を教えて欲し
いんだな! ねえねえ、教えて欲しいんだな!﹂
その時、鼻息をメッチャ荒くしたキモーメンが女装ラガイアへ詰
め寄った。
まさか気づかないとは⋮⋮まあ、確かに可愛いけど⋮⋮
﹁ま、待て、キモーメン、汚いツラを寄せるな。それにそいつは︱
︱︱︱﹂
そいつは﹁ラガイア﹂だ、と俺が教えてやろうとしたら、ラガイ
アが訴えるような目で俺の服の裾を摘まみながら、首を横に振った。
﹁︵御願いお兄ちゃん、だ、黙ってて!︶﹂
﹁︵ラガイア?︶﹂
﹁︵こ、こんなの恥ずかしすぎて、バレたくない!︶﹂
女装していることがバレるのが恥ずかしいのか、ラガイアは正体
をバラすことを拒否。
言いたそうなコスモスの口をラガイアは塞ぎ、エロスヴィッチた
ちは状況を静観。
俺は⋮⋮
1863
﹁ちょ、ちょっと朝倉! あんた、まさかこの娘もあんたの嫁とか
言うんじゃないでしょうね! ねえ、誰なのよ、この子? 名前は
?﹂
俺に詰め寄ってくるトリバ。
﹁こ、こいつは⋮⋮俺の大切な⋮⋮大切な存在だ⋮⋮な、名前は⋮
⋮﹂
﹁名前は?﹂
その問いに対して俺は⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮あ、⋮⋮アヤナミ・ライだ﹂
こうして、一つの神話が生まれた。
ちなみに、ペットはずっと凹んだままだった。
あれ? そういや、今日、誰か家出したって話をさっき聞いたよ
うな⋮⋮まっ、どうでもいいか。
1864
第105話﹁正気に戻す﹂︵前書き︶
あけましておめでとうございます。今年も宜しく御願い致します。
1865
第105話﹁正気に戻す﹂
まさか、神族大陸の戦で名を上げた十勇者や百合竜が、女装した
ラガイアに気付かずに魅了されるとは思わなかった。
愛すr⋮⋮大切なラガイアをこいつらの前にこれ以上出すわけに
はいかないと判断した俺は、コスモスとラガイアを脇に抱えて走り
出す。
﹁お兄ちゃんッ!﹂
﹁わあ、きゃっほーい、いっけー、パッパ∼!﹂
だが、持って運ぶのは二人が限度。
諸事情によって痙攣して失神しているムサシは、ふわふわ技で運
ぶ。
﹁サルトビィ! お前らは勝手についてこい﹂
あとは知らん。ラガイア、コスモス、ムサシをキープしたら、と
にかくここから退散だ。
﹁承知しました、御館様﹂
﹁えっ、あ、あの、自分もでありますか!﹂
﹁もう私はしばらく一人にしてくださいよー!﹂
﹁ダメなのだ、ペット・アソーク。ヴェルトを元の世界へと戻すに
は、おぬしの力が必要なのだ!﹂
そして、俺たちの後を追うように、サルトビ、ルンバ、ペット、
エロスヴィッチが。
1866
急に走って逃げだした俺たちに対し、ラガイアに見惚れていたロ
アたちはハッとして叫ぶ。
﹁なっ、ヴぇ、ヴェルトくん! まちたま、えっと、その少女は一
体!﹂
﹁⋮⋮あ、あのさ、ロア⋮⋮わ、私たち、今日、こ、恋人同士にな
ったわけだから、も、もうよくない?﹂
﹁⋮⋮アヤナミ⋮⋮ライさん⋮⋮あの子も⋮⋮まさか、ヴェルトの
奥さん⋮⋮﹂
﹁シャウトくん?﹂
﹁なんっか、すげー、可愛いは可愛いんだけど、なんつーかそれだ
けじゃなくて、独特な⋮⋮﹂
﹁むー、バーツッ! いつまで見惚れてるの、バカ!﹂
﹁むはーっ! かわいいんだな! ほしいんだな。ヴェルトくん、
あの子を貸してくれないかな?﹂
﹁⋮⋮朝倉のやつ⋮⋮モテるってのは知ってたけど、なんであいつ
ばかりあんな上玉⋮⋮﹂
﹁トリバちゃん? ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ⋮
⋮確かにあの子は可愛かったよ? でも、それとトリバちゃんは何
か関係あるの?﹂
何やらそれぞれ揉めているようで、あいつらもすぐに追いかけて
くることはなさそうだ。
ロアたちからだいぶ距離が離れたのを確認し、急におかしくなっ
て俺は笑った。
﹁くははははは、しっかし、まさかお前がこんな形であいつらの顔
色を変えるとはな、ラガイア﹂
﹁んもう、お兄ちゃん⋮⋮恥ずかしいから言わないでよ⋮⋮、それ
と、そこの忍びの女! 早く僕を元の服に戻してよ!﹂
1867
﹁災難だったな∼、ラガイア。かわいいけど﹂
﹁お兄ちゃん! 女装した姿を可愛いって言われても、嬉しくない
よ!﹂
﹁はあ? 何言ってんだ。女装したラガイアが可愛いんじゃねえ。
ラガイアはもともと可愛いんだよ﹂
﹁⋮⋮えっ? あ、あ、う、そ、それは、ありがとう⋮⋮で、いい
のかな? ごめん、こういうときどんな顔をすればいいのか分から
なくて⋮⋮﹂
﹁笑えばいいと思うぞ、ラガイア﹂
反応に困ったのかちょっと戸惑っているラガイア。
そんな俺の様子に、脇を走るサルトビからは、﹁シメシメ、これ
は重畳﹂という声がボソッと聞こえた。
﹁待てって、朝倉! ちょ、その子の、せめて名前を!﹂
﹁朝倉君、せめてその子と友達になりたいかな∼、なんて思ってた
り⋮⋮﹂
﹁ちょ、ディズム、浮気じゃないでしょうね!﹂
﹁トリバちゃんこそッ!﹂
いや、勇者たちは女たちに捕まり、キモーメンは機動力の関係上
ついてこれず、しかしトリバとディズムの百合竜だけはお互いを睨
み合いながら走って追いかけて来た。
﹁ちょ、あいつら俺のラガイアに何しようってんだ!﹂
﹁おい、ダメなのだ、ヴェルトよ。いや、お前が女を抱くにあたっ
て、巨乳でもペッタンコでも男装麗人でもチビッ子でも構わぬが、
男はダメなのだ!﹂
﹁覇王様にはもう聞こえてないであります。やはり、コスモス姫、
ハナビ殿、ラガイア王子、ムサシ殿は、覇王様にとっては特別とい
1868
う噂は本当でありましたか。ウラ姫様⋮⋮なんとも⋮⋮﹂
ラガイアを脇に抱えながら逃げる俺を、ルンバたちは目を細めて
複雑そうな顔をしている。
しかし、そんな視線なんかで怯む俺じゃない。ラガイアは、俺が
まも⋮⋮⋮⋮
﹁⋮⋮誰? いま、幻聴が聞こえた⋮⋮ラガイアが⋮⋮誰かが言っ
ていた。俺のラガイア? ラガイアは私の。私だけのもの。私だけ
のラガイアを奪うものは天空族でも義兄さんでも許さない⋮⋮﹂
﹁あん? おい、キロロー、お前、自分の旦那見つかったのか? あたいはまだダーリン見つけてねーってのに、羨ましいぜ﹂
⋮⋮ん?
なにやら、前方から歩いてくる二人の影。
魔法使い丸出しのローブを羽織った、小柄な⋮⋮鬼⋮⋮キロロじ
ゃねえか!
しかも、その隣には、ヤシャまで居るし!
﹁おばさん、協力を求む。ラガイアを取り戻せれば、叔父さんの捕
縛に協力する﹂
﹁か∼、しゃ∼ね∼な。可愛い姪っ子のためにも、人肌脱いでやる
か﹂
な⋮⋮なんなの、あの夢の競演は!
﹁義兄さん⋮⋮ラガイ⋮⋮っ!﹂
1869
﹁おい、ヴェルトー! あのさ、あたいのダーリン知ら⋮⋮って、
何やってんだ?﹂
俺たちの正面から現れた二人。キロロとヤシャとバッタリと出く
わしてしまった。
ヤシャは呆気にとられた顔で俺にドン引き。
一方でキロロは⋮⋮
﹁ラガイア⋮⋮﹂
どうやら、流石にキロロは女装をしていても一発でラガイアに気
づいたようだ。
女装ラガイアを無表情な顔で見つめるも、その無表情の人形のよ
うなツラから鼻血を出していた⋮⋮
﹁義兄さん⋮⋮﹂
﹁お、おう﹂
﹁⋮⋮こういうとき、叔父さんならこう言う。⋮⋮義兄さん、べり
ーぐっじょぶ! わんだふる!﹂
親指を突き立てて力強く俺に言ってくるキロロ。どうやら、女装
ラガイアがお気に召されたようだ。
﹁ラガイア⋮⋮こわくないからこっちへ⋮⋮﹂
﹁ま、待ってくれキロロ姫、ぼ、僕は⋮⋮その、ぐっ、み、見るん
じゃない! しかも鼻息荒くして近づくな! 気持ち悪いよ!﹂
﹁大丈夫⋮⋮ちょっと、そのスカートの下⋮⋮完璧? 完璧でない
のなら、今、私が穿いているのをラガイアに穿いてもらっても構わ
ない。ラガイアと下着を共有する日が来るとは思わなかった﹂
﹁ちょっ! ふ、ふざけるな! そんなの気にするんじゃない! 1870
狂っているのか、君は!﹂
﹁狂ってない。これこそが、ろっく、というもの﹂
両手をワキワキさせて狂気に満ちた表情でキロロが近づいてくる。
正直、俺でも恐い。
俺の嫁たちとは別の意味の恐さがこのキロロから感じる。
﹁え∼っと、キロロの旦那が独眼王子ってのは知ってたけど⋮⋮ど
ういう状況なんだ?﹂
ある意味ではヤシャの方が常識人の反応。これをどうすりゃいい
のか分からずに、戸惑っている。
しかし、俺はラガイアを守るためにも、キロロの魔の手から︱︱
︱︱
﹁義兄さん、今日は、はろうぃんパーティーというもの﹂
﹁あん?﹂
﹁多種多様な衣装が揃っている﹂
その時、動き出そうとする俺に向かってキロロが俺に何かを言っ
てきやがった。
﹁義兄さん⋮⋮ラガイアは私の⋮⋮でも、義兄さんなら、一緒に衣
装遊戯などでラガイアを愛でることは許可する﹂
﹁な、⋮⋮んだとお? い、衣装遊戯? ラガイアで? ざけんな、
んなコスプレごっこでラガイアに可哀想なことを⋮⋮﹂
コスプレラガイア⋮⋮
︱︱︱お兄ちゃん、僕はお兄ちゃんが大好きなラガイア猫だにゃん
1871
♪ お兄ちゃん、あんまり僕を怒らせると、ひっかいちゃうよ?
⋮⋮⋮ロックだな⋮⋮
﹁着せ替え遊びをする年頃でもねえが⋮⋮親友の姪っ子でもあり、
未来の俺の義妹のため⋮⋮たまには遊びに付き合ってやるか⋮⋮﹂
﹁さすが、義兄さん。ろっく﹂
﹁いやだよ、お兄ちゃん! なんで!? やだよ、御願いだからや
めてよ! 僕、そんなの嫌なんだから!﹂
涙目で訴えてくるラガイア。でも、許せ。これも、未来の妹、そ
してジーゴク魔王国との親睦を深めるためにも必要な儀式⋮⋮
﹁御館様! その心意気、アッパレです! ならば、衣装はオレが
古今東西あらゆる種類のものをご用意致します!﹂
﹁サルトビ!?﹂
その時、サルトビが目を輝かせながら、己の力を発揮させる。
そして、キロロたちに自己紹介すらせずに、ドロンと煙と共に色
々な衣装を出現させた。
﹁こ、これは!?﹂
﹁義兄さんの新たな従者の乱波閻魔⋮⋮これは⋮⋮あなたも、ぐっ
じょぶ﹂
俺もキロロも目を見開いた。
﹁これは、ミニスカとカーディガン⋮⋮JKギャルの衣装か!? こっちは、ブレザー等のお嬢様学校仕様!? セーラー服も!?﹂
﹁ジェーケー都市から取り寄せました﹂
1872
﹁これは、白のスクール水着! しかも、胸元に、わざわざ平仮名
で﹃らがいあ﹄って書いてある!﹂
﹁それは、カブーキタウンのフルチェンコが開発したという衣装に
ございます。文字は過去に先代頭領のハットリより習いました﹂
色々とジャンル的にも危なそうなのも混ざっているが、これもジ
ーゴク魔王国との親睦を深めるためにも必要なもの。
﹁義兄さん⋮⋮こういうのはどう?﹂
﹁ああ、だが、ラガイアならこっちも似合う⋮⋮﹂
﹁キロロ姫、御館様、こちらなどはいかがでしょうか?﹂
﹁これも、ラッくん似合う! かわいいよー﹂
﹁ちょっ、何で打ち解けているの!? お兄ちゃん! キロロ姫!
それとそこの猿! コスモスまで!?﹂
﹁なんかスゲーことになってんな。あたい、どうすりゃいいんだ?﹂
さあ、ラガイア、恐くないからお兄ちゃんたちに身を委ね⋮⋮
﹁そうはさせるかなのだーーーっ!﹂
﹁降ろしてくださいよー、エロスヴィッチ様ァ!﹂
﹁あの、私は自分で走れるであります!﹂
ちい、邪魔が入りやがった! ﹁義兄さん、アレは⋮⋮﹂
﹁エロスヴィッチたちだ。追いつきやがったな﹂
﹁やれやれ。しかし、オレは御館様の従者。この精なる儀式は邪魔
させない﹂
エロスヴィッチが尻尾でぐるぐる巻きにしたペットとルンバを引
1873
きづりながら追いついてきやがった。
俺を変な世界に行かせないとかワケの分からないこと叫んでやが
る。
﹁ヴェルトはエロになっても、そっちの世界だけはダメなのだ! 止めてみせるのだ!﹂
﹁エロスヴィッチ! テメエもいい加減、俺の邪魔をするんじゃね
え!﹂
﹁させるかなのだ! 女体の魅力を思い出すのだ! ペット、開脚
してヴェルトを誘うのだ!﹂
﹁で、できわるけないじゃないですかああああ! それに、下着だ
ってエロスヴィッチ様が取り上げた所為で、私は今、何も穿いてな
いのに!?﹂
﹁もう、全部見られたのに今更恥ずかしがるななのだ!﹂
エロスヴィッチはペットを使って俺を止めようとしているが、そ
んなことで俺たちは止められない。
﹁義兄さんを⋮⋮私たちの邪魔はさせない﹂
﹁ぬっ!﹂
﹁沈むといい﹂
その時、キロロが魔法を発動。キロロの魔法は、透過。
走ってきたエロスヴィッチたちの地面が突如分解され、エロスヴ
ィッチたちは胴体の半分が地中に埋まった状態で身動きを封じられ
た。
﹁し、しまったのだー!﹂
﹁ちょ、私まで!?﹂
﹁これは動けないであります!﹂
1874
エロスヴィッチ、ペット、ルンバの三人を一瞬で拘束したキロロ。
流石は魔王。見事な手並みだ。
﹁さあ、義兄さん、邪魔はいなくなった。楽しもう﹂
﹁お、おお、そうだな﹂
涼しい顔で告げるキロロにゾクッとするものの、今は、この衣装
をラガイアに着せるのが先か。
﹁のわあああ! ダメなのだアアア! 目を覚ますのだ、ヴェルト
ォ! 誰かァ! ヴェルトが本物の好色覇王になってしまうのだァ
! 二刀流になってしまうのだァ!﹂
﹁おにいちゃん、だ、だめだって、い、いやだよ、ねえ、お兄ちゃ
ん!﹂
俺はキロロとアイコンタクトをして、可愛く怯えるラガイアに二
人で手を伸ばす。
エロスヴィッチの叫び等、俺の耳には届かない。
しかし⋮⋮
﹁待てい、ヴェルト! 貴様、今日ここにこれだけの嫁が居るとい
うのに、どういうつもりだ! しかも、そんなに可愛い女を⋮⋮女
? ⋮⋮ら⋮⋮ラガイア?﹂
﹁先ほどまで、私と熱烈なカップルぶりを発揮してくれたのにいい
度胸ね。それに、先ほどの女子会に潜入したお仕置きもまだしてい
ないものね?﹂
﹁ムコ∼、がるるるる﹂
﹁神族世界でBLSに所属していたころならそそられるものだけれ
ど、今はもうダメよ? 男同士なんて非生産的なものはね﹂
1875
その声を聞きつけた奴らが居た。
﹁げっ!? お前ら、追いついたのか!﹂
嫁たち。それは、ウラ、アルーシャ、ユズリハ、クレオの四人。
﹁って、ヴェルト! お、お前はラガイアに何をやっている! い
や、かわいいけども! っていうか、傍にキロロ姫が居なければ本
当に分からなかったぞ!﹂
﹁違うぞ、ウラ! こいつは、ラガイアじゃねえ! アヤナミ・ラ
イだ!﹂
﹁どうしたんだ、ヴェルト! お、お前、目が物凄い洗脳されたみ
たいになんだか正気じゃないぞ!﹂
フォルナとアルテアはお留守番でこの四人が追いかけて来たわけ
か。
四人の登場に、胴体の半分が地中に埋まっているエロスヴィッチ
が目を輝かせた。
﹁おおおお! いいところに来たのだ! 今、ヴェルトがピンチな
のだ! 今すぐ女体の良さをヴェルトに思い出させるのだ!﹂
エロスヴィッチがすぐさま四人に余計なことを言う。
その瞬間、嫁四人は瞳をキラリと光らせて、サルトビが用意して
ズラリと並べられているコスプレ衣装に注目する。
そして⋮⋮
﹁ヴェルトめ⋮⋮まさかラガイアと禁忌を!? させるか、馬鹿者
! まったく、仕方のない奴だ。ならば、いつものヴェルトに私が
1876
戻してやる! お嫁さんとして!﹂
﹁確かに由々しき事態のようね。私の愛すべきダーリンを正気に戻
すには、多少の恥をかこうとも身を削るのが妻の務めね。いいわ、
見せてあげるわ、ヴェルトくん! お仕置きはあとで、今はこれね
!﹂
﹁よし、これ着ればいいんだな? まってろ、婿。メロメロだぞ!﹂
﹁独眼王子を愛でる前に、自分の女ともっと関係を深めることね!
あなたが望むのなら、こんな衣装遊びぐらいいくらでも付き合う
わ!﹂
ウラ、アルーシャ、ユズリハ、クレオが並べられている衣装をそ
れぞれ掴んで、そそくさと物陰へと行く。
⋮⋮着替えてんのか? こいつら⋮⋮
﹁朝倉ァ! 追いついた、ねえ、その白髪の子の名前だけでも!﹂
﹁待ってよ、トリバちゃん! 浮気は⋮⋮あれ? あの⋮⋮これ⋮
⋮何やってるの? どういう状況なの?﹂
そんな中、百合竜たちも追いついたようだ。
ロアたちはそれぞれの女に止められ、機動力に欠けるキモーメン
たちは追いつかなかったか?
しかしこいつらもよりにもよってこんな状況で⋮⋮
﹁ヴェルト! ⋮⋮お前、こういうの好きだろ? 昔、ジェーケー
都市で気にしていただろ? こんな短いスカートだと、風がちょっ
と吹くだけでチラリだぞ? ムラムラするだろう?﹂
ウラが着たのは、夏服半そでシャツにエンブレムの入ったベスト。
胸元にリボン。そして、チェックのミニスカート。
アイテムとして、肩にかけられるタイプの学生鞄。
1877
いかにもなJK女子だ⋮⋮
﹁朝倉⋮⋮あんた、鮫島の娘になんてことを⋮⋮﹂
﹁鮫島君かわいそう⋮⋮﹂
呆れる百合竜に対して言葉をつまらせてしまう。だが、そんな俺
への怒涛のアピールはまだ終わらない。
﹁さあ、ヴェルトコーチ! 君のラケットで、私にレッスンしてく
れないかしら?﹂
アルーシャは、ピンクと白を基調とした襟付きシャツに、下は白
いスカート。
頭にはサンバイザー。アイテムとしてテニスラケット。
テニスコス⋮⋮
﹁あの綾瀬が⋮⋮ここまで⋮⋮﹂
﹁なんだか、もう見ていて可哀想⋮⋮﹂
前世の同期の姿に溜息をつく百合竜。でも、こいつに関しては俺
の所為じゃねーぞ!
﹁ムコー! ちゅー、しよう!﹂
ユズリハは、ランドセルに⋮⋮紺のスクール水着⋮⋮胸元のネー
ムには、﹃5−3﹄と書いてある⋮⋮いやいや、なんちゅうチョイ
スしてんだこいつは!
﹁朝倉⋮⋮違法⋮⋮? こいつ、通報する?﹂
﹁多分、したほうがいいと思う。おまわりさん、探してこようか?
1878
おまわりさん、朝倉くんはここです﹂
﹁ちが! いや、ネームプレートだけだ! ユズリハは年齢的にも
この世界ではセーフなんだよ! あれは、仕様であってリアルじゃ
ないはず!﹂
流石にこればかりは俺も言わないとガチでまずいと思い、言い訳
のようだが、トリバとディズムに叫んでしまった。
﹁さあ、ヴェルト! 床の上でも寝具の上でも、私は華麗に舞って
みせるわ!﹂
薄いピンクのレオタードと、リボンを持ったクレオ⋮⋮お前ら⋮⋮
﹁ねえ、朝倉⋮⋮本当に疑問なんだけど、どういう好かれ方したら、
女の方からここまでしてくれるわけ? 私がディズムに着せ替えす
るのも凄い手こずったのに⋮⋮﹂
﹁トリバちゃん、何の参考にしようとしているか分からないけど、
でも⋮⋮朝倉君⋮⋮ごめん、私ね、あなたたちの関係⋮⋮ちょっと
本気で引いちゃう⋮⋮﹂
﹁お兄ちゃん⋮⋮色々と疲れてるから、僕にこんなイタズラをしち
ゃったの? まあ、この光景を見せられると、なんだかその気持ち
も分かるけど⋮⋮﹂
﹁ラガイア⋮⋮望むなら、私も色々とラガイアの望む服を着る﹂
﹁ははは⋮⋮ダーリンと最近ご無沙汰なあたいには、レベルが高す
ぎてついてけねーな、お前ら﹂
﹁姫様たち⋮⋮何だかんだでノリノリ⋮⋮﹂
﹁シャークリュウ様⋮⋮イルマ様⋮⋮ウラ姫様は⋮⋮大変元気に育
っているであります⋮⋮﹂
﹁しかし、こう立て続けに見せられたら、ヴェルトだって再び女体
の素晴らしさを思い出すのだ! 頑張るのだ、四人とも! ヴェル
1879
トを正常に戻すのだ!﹂
﹁パッパ∼、ウラちゃんたちどうしちゃったの?﹂
トリバ、ディズム、ラガイア、キロロ、ヤシャ、ペット、ルンバ、
エロスヴィッチ、コスモスの順番に各々の反応を見せる。
まあ、確かにこいつらのコスプレは俺も可愛いとは思うけど、こ
こまで露骨にされると、どう反応すればいいか困るというか⋮⋮あ
りがたみがあまりないというか⋮⋮
﹁御館様、こういうのもできますが? ドロンっ!﹂
その時、嫁たちの姿に心が戸惑っている俺を再び新世界へと導こ
うとするサルトビが﹃ドロン﹄を唱える。
すると⋮⋮
﹁んな!? ぼ、僕の髪の毛が!﹂
﹁ららら、ラガイアの髪がロングヘアーに!﹂
﹁おおおお!﹂
ラガイアの髪の毛がサラサラのロングヘアーになったのだ。これ
には俺もキロロもガチ驚き。
﹁少々頭部のツボを刺激しました。さらにここからポニーテールに
! さらに、メイドカチューシャもお付けしましょう! さらには、
伊達メガネも!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁か、かわいっ!?﹂﹂﹂﹂﹂
﹁ラッくん、びじんさんになったー! すごいすごーい!﹂
1880
最上級の忍の動きには、ラガイアすらも反応も抗うこともできず、
されるがまま。
その結果、そこには、穢れなき小柄な猫耳メイドの最終形態が居
た。
っていうか、サルトビ⋮⋮仕事しすぎ⋮⋮
その可愛さは、女装男装関係なく、この場に居た全員が思わず﹁
可愛い﹂と口にしてしまうほどのものであった。
﹁ぐっじょぶ⋮⋮素晴らしい⋮⋮乱波閻魔⋮⋮ジーゴク魔王国に仕
えてもいいけど、どうする?﹂
﹁おい、待てキロロ! その前に⋮⋮ラガイアを⋮⋮いや、アヤナ
ミ・ライを⋮⋮エルファーシア王国に持って帰っていいか?﹂
﹁ヴェルト義兄さんといえど、それは許さない。でも、その気持ち
は分かる。だから、今は一緒に楽しもう﹂
﹁おお、そうだな⋮⋮﹂
ハッキリ言って、嫁よりかわいい⋮⋮
﹁ま、まって、お兄ちゃん! 目を覚ましてよ、お兄ちゃん!﹂
ああ、泣き顔で怯えるアヤナミ・ライがかわいい⋮⋮
﹁っ、ちょ、待て、ヴェルト! ほら、ミニスカートだぞ! ぱぱ、
パンツ見えちゃうぞ! 見てもいいんだぞ!﹂
﹁ヴェルトくん、ほら、こっちに女の子が居るわよ! 見て、アン
スコよ! これ、君なら脱がしてもいいのよ? ねえったら!﹂
﹁ムコー! なんでこっち見ない! ムコー!﹂
﹁ちょ、本当に待ちなさい、ヴェルト! このレオタードの食い込
1881
みを直す権限を与えるわ! だから、ヴェルト! ちょ、待ちなさ
い!﹂
俺とキロロの前に、露骨なセクシーショットで誘惑しようとして
くる嫁たちだが、残念だが、今の俺の心を動かすほどでもない。
残念だが俺は⋮⋮
﹁のわあああああ! マジでヴェルトが洒落んならなくなるのだー
! 誰かおらんのかー! 誰かー!﹂
ある意味で、これほどまでに助けを求めるエロスヴィッチも初め
てだった。
これはこれで貴重だが、もうその声は誰にも届かな⋮⋮
﹁⋮⋮⋮ん?﹂
﹁?﹂
その時だった。
﹁えっ、空が急に暗く⋮⋮﹂
空が急に暗くなったのだ。
思わず俺たちはあたりをキョロキョロ見渡した。
すると、暗くなったのではない、空一面を覆いつくさんばかりの
巨大な雲が、太陽を全て遮っているのだ。
﹁な、なんだ? いつの間に雲が⋮⋮﹂
1882
先ほどまで、雲ひとつない晴天だったのに、一転変わって曇りに
変わった。
少々不気味な空気を感じ取った、その時だった。
﹁んん!?﹂
コスモスが、全身をビクンと跳ね上がらせて空を見上げた。
その表情が徐々に花が咲くような笑顔になっていく。
﹁⋮⋮だ⋮⋮﹂
﹁コスモス?﹂
﹁やったー! やったやったやったー!﹂
コスモスは急に大喜びしながら飛び跳ねた。
この巨大な雲と何か関係が?
﹁っ、ちょ、何かが来る!﹂
﹁何かがこっちに飛んでくるよ! 翼⋮⋮が⋮⋮﹂
そして、俺たちもそのときようやく気づいた。
雲の切れ目から、翼を羽ばたかせた人影が真っ直ぐこっちへ向か
ってきていることを。
﹁あれは⋮⋮まさか!﹂
思わずハッとなった俺は目をよく凝らしてみる。
雲の向こうから翼を羽ばたかせ、その全身を神々しい光のオーラ
に包んだ人影。
﹁てん⋮⋮し?﹂
1883
﹁だよね? 鳥人族じゃなくて⋮⋮天使?﹂
ソレを初めて見たであろう百合竜が思わずそう呟いてしまうのも
無理はない。
その真っ白い大きな翼。
透き通るような白い肌。
金色に輝く長い髪。
そして、天女のような美しきその容姿。
俺だって、あいつを初めて見たときは、この世のものとは思えず
に﹁天使﹂と思ってしまったぐらいだった。
﹁ちょ、あ、アレはまさか⋮⋮!?﹂
﹁間違いないわ、彼女よ!﹂
﹁グルルルルルル、ゴミ乳女!﹂
﹁ちょ、誰なの? ねえ、あなたたち、あの⋮⋮天空族の⋮⋮な、
なんなの、あの凶暴な胸は!﹂
ウラとアルーシャとユズリハも気づいたようだ。知らないのはク
レオだけ。
そして、どうやら間違いないようだ。
あいつは正真正銘⋮⋮
﹁マッマーーーーー!﹂
そのとき、待ちきれずにコスモスが小さな翼を羽ばたかせて空へ
と飛んだ。
降りてきた天使は飛んでくるコスモスを、両手を大きく広げて迎
え入れ、そして優しく抱きとめた。
1884
﹁ただいま、コスモスっ!﹂
そう、現れたのは紛れもなく、俺の嫁の一人でもあり、コスモス
の実の母親。
天空世界の皇女、エルジェラだった。
﹁マッマ、マッマー! マッマーーー!﹂
﹁アア、コスモス! 私のコスモス∼! ごめんね、お留守番させ
て。ごめんね、コスモス﹂
﹁んん! コスモスはもうおねえちゃんだから、お留守番大丈夫だ
ったよ!﹂
﹁エライわ、コスモス。本当に、いい子ね、コスモス﹂
﹁んふ∼! マッマだ∼、マッマだー!﹂
互いに温もりを感じあい、再会のキスをお互いの頬に交わすエル
ジェラとコスモス。
その、天使の親子の姿に誰もが見惚れて声を発せなかった。
﹁ふふふ⋮⋮ヴェルト様⋮⋮みなさん⋮⋮ごきげんよう﹂
コスモスを抱きかかえながら、ゆっくりと地に降り立つエルジェ
ラ。
俺を見て微笑み、そして⋮⋮
﹁⋮⋮っ、ヴェルト様!﹂
﹁お、おお﹂
急に感極まったようにコスモスを抱きかかえたまま俺に向かって
真っ直ぐ駆け出すエルジェラは、そのまま俺の胸に飛び込んできた。
1885
俺は慌ててそれを抱きとめると、エルジェラが俺の温もり、香り、
存在を確かめるかのように身を寄せながら、息がかかるほどの距離
で俺に告げる。
﹁ヴェルト様、只今あなたの下に戻りました﹂
﹁お、おお、そうか⋮⋮お、おかえり⋮⋮﹂
﹁アア、ヴェルト様⋮⋮あなたとコスモスにどれだけ会いたかった
か⋮⋮私のヴェルト様⋮⋮﹂
天使、天女、女神。エルジェラを形容する言葉は色々とあるだろ
う。
しかし、今、俺の腕の中に居るこのエルジェラは、まるで少女の
ように甘えてきた。
﹁なななな、ちょ、うそ⋮⋮何アレ?﹂
﹁あ、あのひとも⋮⋮朝倉君の?﹂
エルジェラを初めて見る百合竜は驚くのも無理はない。
﹁ちょ、な、何よあの女! ねえ、あれが噂の天空族の嫁なの? あ、あの胸⋮⋮本物なの?﹂
﹁﹁﹁﹁コクリ⋮⋮﹂﹂﹂﹂﹂
クレオもそうだった。
だが、今、俺は周りの反応は気にならなかった。一ヶ月近くぶり
のエルジェラから意識を他に逸らせなかった。
﹁本当はエルファーシア王国に戻りたかったのですが、ヴェルト様
が今こちらに居ることが分かっていましたので⋮⋮﹂
﹁おお⋮⋮﹂
1886
﹁申し訳ございません。ヴェルト様との結婚式の準備、そしてそれ
に伴う天空世界の意思をより強固にと思い里帰りしていたのですが
⋮⋮想定外の謀反が起こり、一部の天空族が⋮⋮﹂
﹁ああ、ブラックダックたちとの繋がりな。まあ、俺も想定外で驚
いたが⋮⋮とりあえず、お前が無事で良かったよ﹂
﹁っ、ヴェルト様!﹂
天空族の一部の裏切り。それは、俺も目の当たりにした。
ブラックダックたちとどういうわけか繋がり、最後の最後でやら
かされた。
正直、どうしてそうなったのかは分からない。勿論、エルジェラ
に聞けば色々と分かるだろう。
でも、ソレも非常に大切なものだとは分かっているが、今は、エ
ルジェラがこうして帰ってきたことを喜ぶべきだろう。
そう思って、エルジェラを労った瞬間、エルジェラはもう堪え切
れなかったようで⋮⋮
﹁ヴェルト様! んん! んっ! んん!﹂
﹁んっ!﹂
目をトロンとさせ、エルジェラは次の瞬間、俺に貪るように唇を
押し付けてきた。
﹁あー! マッマ、パッパとチュッチュしてるーっ!﹂
﹁ぷはっ! ⋮⋮ごめんね、コスモス。マッマはコスモスともパッ
パとも会えなくて寂しかったの﹂
﹁んふ∼、いいよー! マッマがあまえんぼさんになっても、コス
モスはお姉ちゃんになるから許してあげる! いいよー、パッパと
チュッチュして﹂
﹁ありがとう、コスモス!﹂
1887
少しおませになったコスモスの許可を得たことで、エルジェラは
もう我慢の限界とばかりに俺に身を強く寄せてくる。
﹁エルジェラ、ちょ、す、少し落ち着きなさい﹂
﹁落ち着き・ま・せ・ん♪﹂
﹁いや、お、落ち着きなさい、そ、その、たかが一ヶ月程度ぶりと
はいえ、そんなに押し付けると⋮⋮﹂
﹁ふふふふ、なんです?﹂
そんなに押し付けられると⋮⋮二つの柔らかい大山脈が⋮⋮押し
付けられているわけで⋮⋮
﹁ヴェルト様、色々と積もる話はありますが⋮⋮今宵はコスモスと
三人で一緒に寝ていただけますよね?﹂
﹁やたー! マッマとパッパと一緒だー!﹂
いや、まあ、それは全然⋮⋮あっ⋮⋮でも、今日は昼間の流れで
はアルーシャと⋮⋮
だが、そんな俺の考えなど関係ないとばかりにエルジェラは、コ
スモスに聞こえないようにソッと俺に耳打ちしてきた。
﹁ヴェルト様⋮⋮コスモスが寝静まったあとは、お覚悟を﹂
﹁えっ?﹂
﹁里帰りする前は、毎日のようにヴェルト様と肌を重ねていました
のに、ずっとお預けでしたから⋮⋮私、今宵だけは遠慮はしません
ので﹂
﹁っ!?﹂
﹁ふふふふ、ヴェルト様。一回や二回では終わらせません。今宵は
一睡もさせませんので、お覚悟を♪﹂
1888
自分でも顔が真っ赤になってしまうのが分かった。
慌てて顔を離してエルジェラを見ると、エルジェラが少しイタズ
ラめいた表情で舌をペロッと出している。
エルジェラのこういう誘惑には一生勝てそうもない。
﹁ヴェルト様?﹂
﹁な、ん、でもない⋮⋮﹂
ヤバイ⋮⋮そんなことを耳元で⋮⋮しかもいい香りするし⋮⋮エ
ルジェラとは少しご無沙汰だったし⋮⋮
﹁あの⋮⋮お兄ちゃん?﹂
﹁ん? ⋮⋮って、ラガイア! お前、冷静に考えたら、なんちゅ
うかっこしてんだよ! おい、サルトビ! 悪ふざけはやめて、い
い加減ラガイアを元に戻せよな!﹂
﹁あ⋮⋮お兄ちゃん⋮⋮正気に戻ってくれたんだ⋮⋮良かった∼﹂
正気に戻る? 俺、そんなに変だったか? ラガイアとエロスヴ
ィッチが物凄くホッとした顔してる。⋮⋮サルトビとキロロは若干
舌打ち気味だが⋮⋮
﹁ふう⋮⋮良かったのだ⋮⋮本当に良かったのだ。ヴェルトが道を
狂わせそうになったときは⋮⋮嫁たちの色仕掛けも構わずに突き進
みそうになったときはどうなるかと思ったのだ⋮⋮しかし、流石は
エースのエルジェラなのだ! 見事、ヴェルトを正気に戻したのだ
!﹂
﹁﹁﹁﹁でも、なんか釈然としないっ!!!!﹂﹂﹂﹂
1889
とりあえず、エロスヴィッチが安堵して、でも嫁たちは何だか複
雑そうな顔をしていた。
そして⋮⋮
﹁結局⋮⋮私⋮⋮ヴェルトくんに見られただけ⋮⋮ぐすっ⋮⋮エロ
スヴィッチ様⋮⋮とりあえず⋮⋮下着返してください⋮⋮﹂
この世の全てに絶望したかのようなペットの泣き声が、いつも通
り響いていた。
1890
第105話﹁正気に戻す﹂︵後書き︶
しばらくです。
最近はずっとハーメルンで二次創作投稿しておりました。そんな最
近の私のブームは、某国民的ファンタジーバトルテニス漫画です。
ご興味ありましたら、チラ見してみてください。
さて、特にネタがなくなっていたわけではなく、私はどうやら集中
して他作品を並行して書けないというのを今更ながら実感し、しば
らくこっちを放置しておりました。これから書こうとしていた、大
まかな全体の流れは覚えてはいるものの、正直、細かいネタをどう
収拾するのかは完全に忘れておりました。ぶっちゃけ、ラガイアと
かの話をどう解決するかを忘れました。少なくともエルジェラはこ
こで出す予定ではなかったはずだったと思います。そんな感じで、
これがどういう弊害を生むかは今のところ分かりませんが、まあ、
元々そんな真剣に考えて書いていた話ではないので、今年も気まま
に書いていこうと思います。
また宜しく御願いします。
1891
第106話﹁嫁だヨ!全員集合﹂
エルジェラの登場。それに空で待機中の天空王国。
この二つの登場で、この夢の国もかなりガヤガヤと騒ぎが大きく
なっていた。
そんな中で、俺、エルジェラ、コスモスを中心に、周りをさっき
までのメンツが取り囲んでいるので、注目も大きいものだった。
しかし、そんな中でも、エルジェラはとてもマイペースだった。
﹁ヴェルト様。今、上空にロアーラお姉さまやレンザお姉さまたち
も居ますので、後でご挨拶を﹂
﹁ったく⋮⋮ま、まあ、それは後でな。お前もとりあえず、みんな
にも挨拶しとけよ。フォルナとかにも﹂
﹁はい! フォルナさんもめでたく御懐妊ということですしね。私
たちも頑張らないと⋮⋮ね? ウラさん﹂
﹁いや、待て、エルジェラよ。お前は少しぐらいサボっていてくれ
たほうが私たちにとってはありがたいというか⋮⋮﹂
﹁ねえ、マッマー、コスモスお姉ちゃんになるんだよ∼? すごい
でしょ∼、お姉ちゃんだよ?﹂
﹁ええ、良かったわね、コスモス。これからはお姉ちゃんとしてし
っかりしないとね。マッマも頑張るから﹂
コスモスを間に挟んで俺とエルジェラが両端から手を繋いで歩く
親子繋ぎ。
先ほどまでの大混乱が嘘のように、ほのぼのとした雰囲気が俺た
ちの間に漂っていた。
﹁それにしても、半年前のこの地は敵陣の中ということで周りを見
1892
渡す余裕はありませんでしたが、とても素敵な夢溢れる空間になっ
ていますね。住まわれている子供たちも戦災孤児と聞いております
が、皆、とても可愛らしく微笑んでいます﹂
﹁まあ、そりゃあ、ラブとかキシンとかチーちゃんとかカーくんと
かの功績だけどな﹂
﹁でも、その全てはヴェルト様から始まったのです。本当に⋮⋮私
はヴェルト様の奥様として誇らしいです﹂
﹁よせよせ、俺は実際のところはお飾りみたいなもんで、あとの大
変なことは全部丸投げという物凄い最低なことしてんだからよ﹂
エルジェラにとってもこの旧ラブ&ピースの夢の国は久しぶりだ
ったために、感慨深い想いがあるようだ。
短いような長いような日々だったが、ここまでこの国がまとまっ
ていることを嬉しく思って、俺に優しく微笑みかけてきた。
実際、俺は何もしてないので、物凄く複雑な気持ちではあるが⋮⋮
﹁ねえ、ちょっと⋮⋮普通に聞いていい?﹂
﹁うん、すごく、気になっているというか⋮⋮﹂
その時、黙って俺たちの後ろについて歩いてきていたトリバとデ
ィズムが何かを聞きたそうな顔で俺たちに声を掛けてきた。
﹁なんだよ、お前ら。ラガイアが男だって分かったんだからもうい
いだろ?﹂
﹁いや、うん、それは分かったっていうか、私も危うく男に⋮⋮い
や、まあ、可愛いからアレはアレで⋮⋮とも思ったけど、今はその
⋮⋮あんたの奥さんの⋮⋮エルジェラさんに色々と聞きたいのよ!﹂
トリバとディズムが気になっているのは、やはりエルジェラのよ
うだ。
1893
そりゃ∼、同じ女同士で恋愛云々のこいつらからすれば、エルジ
ェラについては同じ女として色々と思うことがあるんだろう。
﹁ま、まず、その胸⋮⋮本物?﹂
﹁はい?﹂
いきなりそこかよ! いや、気持ちは分かるけども!
﹁ああ、それは私も気になっていたわ。その、ヴェルトが夢中だと
いうその胸⋮⋮﹂
そして、その話題にはクレオまで加わってきた。物凄い平静を装
おうと無理しているために動揺してしまっているのが手に取るよう
に分かる。
そういや、この嫁同士も初顔合わせか⋮⋮
﹁マッマのお胸は本物だもん!﹂
﹁もう、コスモスったら⋮⋮ですが⋮⋮ええ⋮⋮一応この胸は自前
ですが⋮⋮﹂
エルジェラが恥ずかしそうに頷いた瞬間、トリバとディズムとク
レオがゴクリと唾を飲んで、エルジェラの胸を凝視している。
﹁ボス⋮⋮ラクシャサ様よりは小さいけど⋮⋮﹂
﹁この形は⋮⋮﹂
﹁私の暁光眼で作り出すような幻ではなく⋮⋮本物と? あんなの、
ヴェルトが夢中になるのも⋮⋮いいえ、その分私は、あらゆるジャ
ンルを作り出せる力を利点として⋮⋮﹂
ブツブツと呟いている三人。そして三人は同時に⋮⋮
1894
﹁﹁﹁とりあえず、一回触っていい?﹂﹂﹂
と、まずは確認させて欲しいと懇願したのだった。
まあ、同じ女同士だから触るぐらい⋮⋮と思ったが、エルジェラ
はニッコリと微笑んで⋮⋮
﹁ダメです♪﹂
意外にも拒否したのだった。
そして、とても眩しい笑顔で⋮⋮
﹁だって、私の胸はコスモスと⋮⋮ヴェルト様の所有物ですから♪﹂
﹁ぶぼっ!﹂
思わぬ不意打ちに俺は噴出してしまった。
﹁い、いや、待て待て、俺は一度も自分の物だなんて宣言したこと
はねえぞ!﹂
﹁まあ、心外ですわ、ヴェルト様。自分のものだと独占欲を出して
戴いた方が、私も女として非常に誇らしいといいますのに﹂
﹁マッマのお胸はコスモスとパッパのだよ∼? マッマのおっぱま
くらは︱︱︱︱﹂
﹁コスモス、後でお菓子を買ってあげるからちょっと、しー、な?﹂
﹁あらあら、困ったヴェルト様です。分かりました、では今宵、こ
の胸がヴェルト様のものであるということを今一度その身でご理解
戴けるように致します﹂
エルジェラの発言に誰もが俺にジト目だった。だが、エルジェラ
は構わずニコニコのまま。
1895
﹁え、るじぇら⋮⋮﹂
﹁はい?﹂
﹁子供の前だし⋮⋮昼間だし⋮⋮そういう発言は⋮⋮﹂
﹁まあ! 前は昼も夜も関係なかったではありませんか♪﹂
﹁ッ! そ、ひ、人が居るし!﹂
﹁人がいる公園でも散々ヴェルト様は私を御賞味していただいたで
はありませんか﹂
﹁がっ! いや、あの、お、弟も居ることだし⋮⋮﹂
﹁ふふふふ、相変わらず可愛らしいヴェルト様。私のヴェルト様の
下へようやく帰ってこれたと、改めて実感します﹂
なぜなら、エルジェラは冗談のような言葉を天然で言うが、その
冗談のような言葉は全て事実や本心なのである。
﹁ウラさん、アルーシャさん。皆さんはしばらく御寵愛を戴けてい
たのでしょう? でしたら、今宵からの閨はしばらく私が担当とい
うことでよろしいですね?﹂
﹁はあ? ちょ、待て! 私たちだってしばらくお預けだったんだ
ぞ! 勝手に決めるな!﹂
﹁ええ、そうよ! それに本来なら今日は私なのよ! っていうか、
あなた、既に何回分私たちより回数を稼いだと思っているのよ!﹂
だからこそ、こいつが﹁今宵∼∼﹂とか言ってる発言は全部本気
なために、俺も困ってしまう。
﹁いや、だからお前ら、そういう話は嫁だけの空間で︱︱︱﹂
すると、そんなエルジェラの様子に我慢の限界とばかりにクレオ
が声を張り上げる。
1896
﹁ちょっと、待ちなさい⋮⋮先ほどから随分とイチャイチャと見せ
つけてくれるようだけれど、勝手に閨の順番までいきなり現れて仕
切るのはどうなのかしら?﹂
スラッとしたエルジェラより遥かにチンチクリン。
大山脈に対して大平原。
ボンキュッボンに対して、ギュっと全てがコンパクト。
しかし態度だけは誰よりもでかい、そんなクレオが腕組みながら
威圧するようなプレッシャーを飛ばしながら口を開いた。
﹁はい? あの⋮⋮ところで、そのご挨拶が遅れましたが、そちら
のお方は⋮⋮今にして思えば、サークルミラーでチラチラと映って
いらっしゃっていたので、気になってはいたのですが⋮⋮﹂
そういや、初顔合わせのエルジェラとクレオ。エルジェラはクレ
オのプレッシャーに対して鈍い反応を見せてポカン顔。
するとクレオは⋮⋮
﹁私は事実上のヴェルト・ジーハの初恋であり、この世界の誰より
も最初にプロポーズをされた、覇王たるヴェルトの正妻となる、チ
ェーンマイル王国が王女、クレオ・チェーンマイル! 人呼んで、
暁の覇姫!﹂
﹁﹁﹁一部ねつ造するなああああ!﹂﹂﹂
俺とウラとアルーシャの同時ツッコみ。エルジェラはポカンとし
ていたが、すぐにハッとなって手を叩いた。
1897
﹁ヴェルト様⋮⋮ひょっとしてこちらの方は⋮⋮お妾さんでしょう
か?﹂
﹁ッ! ちょ、違うわよ! だから、正妻よ! せ・い・さ・い!﹂
﹁正妻⋮⋮何を御冗談を⋮⋮﹂
﹁冗談ではないわ! その証拠に、もう私はこの身体をヴェルトに
賞味いただいたわ!﹂
﹁ッ!?﹂
﹁胸の大きさが大層自慢のようだけど、あまり関係ないのよ? だ
って、ヴェルトってば、私やユズリハ姫のように少々慎ましい胸に
だって何度も劣情を催したのだから!﹂
いや、そんな何度も何度もは⋮⋮
﹁ヴェルト様⋮⋮﹂
﹁はいっ!﹂
その時、ニッコリと微笑んだエルジェラが俺に聞いてきた。
﹁あの⋮⋮増えたのですか?﹂
﹁⋮⋮悪い⋮⋮諸事情により増えた⋮⋮﹂
﹁あら⋮⋮まあまあ⋮⋮そういうことでしたの﹂
そりゃ、自分の居ない間に浮気されたとかそういうレベルじゃな
い。
自分が居ない間に嫁が増えたんだ。流石のエルジェラだっていい
気分はしないはず。
﹁ヴェルト様⋮⋮﹂
﹁はい﹂
1898
﹁私⋮⋮ちょっと怒ってます⋮⋮﹂
﹁おお⋮⋮こればかりは、怒っていいことだと思う⋮⋮﹂
思わず姿勢をピンと正してしまう。
俺、実はこれまで一度もエルジェラに怒られたことないんだけど、
今回ばかりは⋮⋮
﹁フォルナさん、アルテアさん、ウラさん、アルーシャさん、ユズ
リハさんが居る中で⋮⋮ただでさえ、私だけが除け者の状況下で、
更に増えているだなんて⋮⋮﹂
﹁い、いや、ちょ、待て! 他の嫁たちが集合したのもここ数日の
話であって!﹂
﹁数日もあれば、何度ヴェルト様と愛し合えるとお思いですか?﹂
頬をプクッと子供のように膨らませるエルジェラ。ゆっくりとそ
の手が俺に伸び、そして⋮⋮
﹁困ったパッパさんです。メッ﹂
ポカッとちょっと俺を小突き、エルジェラは苦笑した。
﹁エルジェラ⋮⋮⋮⋮?﹂
⋮⋮これだけ? いや、というより、エルジェラの表情に黒いド
クドクとしたものが何もない。
するとエルジェラは﹁仕方がないです﹂と呆れたように笑った。
﹁ヴェルト様⋮⋮﹃浮気﹄ではなく、﹃本気﹄だというのであれば、
私はこれ以上は申しません。それに、本来こういうことに強く反対
1899
するはずのフォルナさん、ウラさん、アルーシャさんも許容してい
るということは、並々ならぬ事情があったのだとお察しします﹂
﹁エルジェラ⋮⋮⋮⋮﹂
﹁その場に居なかった私が、今さら見苦しく叫ぶことで家族の仲が
拗れることは私も望みません。女としての嫉妬や複雑な気持ちはあ
えて飲み込みます。ですので今は⋮⋮新しい家族が増えて良かった
です、と笑うことにします﹂
その笑顔が眩しくて、神々しすぎて、それにはもはやケンカ腰だ
ったクレオもポカン顔。
﹁というわけで、クレオさんでしたね? これからもよろしくお願
いします﹂
﹁⋮⋮あ、え⋮⋮ええ⋮⋮まあ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ、なに? この
敗北したような気分は⋮⋮﹂
言い争いではなく穏便に済ませたことで、逆にクレオに敗北を実
感させた。
お、恐ろしすぎる、エルジェラ⋮⋮
﹁⋮⋮ちょ、あんたたち⋮⋮ダメ、もう我慢できない﹂
﹁トリバちゃん⋮⋮ちょっと﹂
﹁ダメ! やっぱりもう限界! ちょっと、あんたたち!﹂
するとその時、次はトリバとディズムが我慢の限界とばかりに声
を張り上げてきた。
1900
﹁ちょ、やっぱ本当に理解できない! どうして? あなたみたい
な超絶な美人で気品もあって、身分も申し分もなくて、そんな人が
どうして朝倉⋮⋮こんな男を選ぶの? ついで言うなら、他の子た
ちも!﹂
⋮⋮こんな男⋮⋮まあ、否定はできねえが⋮⋮
﹁おい、百合竜! 貴様、さりげにヴェルトを侮辱してないか? 私たちの夫なんだぞ!﹂
﹁ええ、そうよ。それに私が前世から彼をどれだけ愛していたかな
んて、あなたたちなら知っているはずでしょう?﹂
﹁ムコはかっこいい﹂
﹁まあ、この私が選んだ男なのだから、間違いはないはずよ?﹂
ウラたちは若干イラッとしているようだが、正直、トリバたちの
疑問はぶっちゃけ第三者の立場から見たら当然の疑問なのかもしれ
ない
﹁いや、ウラちゃん、それに、あなたたちもそうよ! 何で、こい
つなの? ウラちゃんも、綾瀬も、ユズリハちゃんも、クレオ姫も、
ぜ∼∼∼ったいもっといい男を捕まえられるって! なんで? な
んでこいつなの?﹂
どうして﹁ヴェルト・ジーハ﹂なんだ。正直、今更過ぎて誰も改
まって聞かないようなことをトリバは声を大きくして問い詰めてき
た。
しかし⋮⋮
﹁もっと⋮⋮いい男⋮⋮ですか? あの⋮⋮仰っている意味がよく
分からないのですが⋮⋮﹂
1901
問われたエルジェラはキョトンとした顔で首を傾げていた。
﹁ちょ、だから! あなたほどの人なら、こいつ以上に良い男と結
ばれることだってできるでしょ? なのに、なんでこいつなの? ってか、女にだってこいつより良い人いるはず! っていうか、私
はどう? テクすごいよ!﹂
﹁トリバちゃん、浮気? 話、脱線してるよ?﹂
お前たちなら﹁もっと良い男捕まえられる﹂というトリバの質問。
だが、エルジェラはその質問を、別の意味で理解できていないよ
うだ。
それは⋮⋮
﹁いえ、ですから、その⋮⋮ヴェルト様より良い殿方⋮⋮というの
がまるで分からないのですが⋮⋮﹂
﹁はあ、なんで?﹂
﹁えっ? 何故と言われましても⋮⋮そもそも、ヴェルト様より素
敵な殿方が⋮⋮この世に存在するはずがないではないですか﹂
⋮⋮恥ず/// なんで、そんなことをキョトンとした顔で、さ
も当たり前のように言っちゃうの!?
﹁ウラさん、あの、私⋮⋮何かおかしなこと言っているでしょうか
?﹂
﹁⋮⋮いや、そんなことはないぞ! そうだ。ヴェルトよりカッコ
1902
いい男がこの世にいるはずがない! ヴェルトは世界一かっこいい
んだ﹂
や、やめて、お願いだから⋮⋮
﹁アルーシャさん?﹂
﹁ええ、当然よ。そうでなければ、死んで生まれ変わっても同じ人
を好きになるなんてことありえないものね♪﹂
アルーシャまで便乗⋮⋮やめて、あの、だから、ほら、トリバと
ディズムが真っ白になって放心状態だし⋮⋮
﹁ユズリハさん?﹂
﹁ムコは一番カッコいい!﹂
﹁クレオさん、あなたはどう思われます﹂
﹁こればかりはあなたに同意ね。この覇王たる私が選んだ、男よ?
この天下において誰にも劣らぬ男よ﹂
もうやめてってばあああああああああああああああ!
﹁ぬわああああああ、もう、やめ、やめてくれえええ!﹂
俺は恥ずかしすぎて頭を抱えたままゴロゴロと地面を転がってし
まった。
﹁ちょ、お兄ちゃん! だ、大丈夫だよ、お兄ちゃん、お兄ちゃん
は本当にカッコいいよ!﹂
﹁ふへ∼、殿は∼、天下一でごじゃる∼、ふにゃあ﹂
﹁ムサシちゃんが無意識でヴェルト君を褒め称えている! なんか
もう、ここまで来たら主従云々超越してるよー!﹂
1903
﹁そういうペット・アソークもヴェルトをカッコいいと思っている
のだ。だって、この前の夜はヴェルトの刀を口いっぱいに頬張って
︱−︱︱︱﹂
﹁ぬっ、待つであります、エロスヴィッチ殿! 覇王様が素晴らし
いことは否定しませぬが、ペット殿が何やら今の発言でご乱心を!﹂
何故、今この状況には俺信者みたいな奴しかいないんだ! 誰か
否定してくれよ! 恥ずかしすぎてたまんねーよ!
んで、そんな俺のことなどおかまいなしに、エルジェラは誇らし
げに⋮⋮
﹁そう、ヴェルト様はこの世で最も素敵な殿方。そんなお方の妻に
なれ、そしてコスモスという愛の結晶を授かることができた私はこ
の上ない幸せ者なのです﹂
﹁そ、⋮⋮ソーナンダ⋮⋮﹂
﹁はい。そして、ヴェルト様の周りには素敵な奥様方が常に居ます。
私はむしろ見捨てられぬように、これからもヴェルト様のお傍に置
いていただけるように自分を磨き上げる努力をしなければなりませ
ん﹂
お前がこれ以上努力してどーすんねん。トリバもディズムも正に
そんな顔をしていたが、何だか圧倒されてしまったのか、もう声も
出せずに呆気に取られていた。
しかし、この中で唯一エルジェラにもっと頑張れと言う者が居た。
﹁そだよ∼、マッマはもっと頑張るの! フォルナちゃんやアルテ
1904
アちゃんみたいに、コスモスにいっぱい弟か妹作ってくれないとダ
メだよ∼?﹂
﹁ふふふふ、そうね、コスモス。なら、コスモスもパッパにもっと
マッマを可愛がってってお願い⋮⋮⋮⋮へっ? アルテアさん⋮⋮
?﹂
あっ⋮⋮そういや、さっき話の流れで嫁が増えたことは教えたけ
ど⋮⋮アルテアについては⋮⋮
﹁まあ! 素敵です! アルテアさんも御懐妊されたのですね、ヴ
ェルト様!﹂
﹁おお、まあな⋮⋮つか、あいつは随分前からしてたみたいだけど、
それを俺らに隠してたみたいだ⋮⋮﹂
﹁まあまあ! でしたら、なおのこと! ヴェルト様、もう、今宵
は片時も離れません! 私だって、もっと欲しいです!﹂
怒るどころか、目を輝かせちゃって
もう、こいつ少しぐらい怒れよ! 何だか、俺ばかりが申し訳な
くなっちゃうだろうが!
﹁ちょ、だから今日は私だって! ⋮⋮ぐっ∼、コスモスちゃん!
今日は私も一緒に同じベッドで寝てはダメかしら? ご褒美に、
近い将来に弟か妹を作ってあげるから。ね?﹂
﹁ほんとー! アルーシャちゃんもー? うん、だったらいいよ!﹂
﹁まっ、ぐっ、で、では、私もだ! コスモス、私だってコスモス
の家族を増やしてやるぞ?﹂
﹁むふー! ウラちゃんもなんだ∼! コスモス、もう楽しみで、
ニコニコ止まらないよ∼﹂
もうやだ。怒られたり殴られたりした方が気が楽だよ⋮⋮
1905
﹁お兄ちゃんがもう精神がすり減って真っ白に⋮⋮﹂
﹁義兄さんたちの関係性はすごいけど見習えない。私はラガイアを
独占する。だから、あの邪魔な天空族の皇女は絶対に受け入れない﹂
﹁あたいもな∼、ダーリン、女作ってねーといいな∼﹂
﹁うむうむ、ヴェルトはこれでいいのだ。一時は二刀流になるとこ
ろであったが、これでわらわも一安心なのだ。これで心置きなく、
愛人たちの調教ができるのだ﹂
﹁ウラ姫様、ご武運をお祈りするであります﹂
﹁⋮⋮ヴェルトくんのばーか⋮⋮⋮⋮⋮⋮いいなあ、姫様たち⋮⋮
⋮⋮﹂
﹁もういや⋮⋮ディズム⋮⋮部屋帰ろ⋮⋮私たちは私たちで幸せに
なろ﹂
﹁うん。もう、朝倉くんたちの世界は気にしたらダメだよね⋮⋮﹂
恥ずかしさで燃え尽きて地面にのたうち回った俺の回りで、そん
な各々の声が聞こえていた。
もう、俺は何も言わん。しばらくそのまま地べたに転がっていた
ら、また別の声まで聞こえてきた。
﹁あら、やはりエルジェラ皇女がいらしてましたの﹂
﹁おおお、エルっちじゃん! マジ、おひさじゃん!﹂
顔をチラッと上げると、二人でゆっくりとこっちに歩いてくる、
フォルナとアルテアの身重コンビ。
﹁まあ! フォルナさん、アルテアさん! この度は本当におめで
とうございます!﹂
﹁ええ、ありがとうございますわ﹂
﹁たははは⋮⋮ちっと照れる⋮⋮﹂
1906
二人の姿を見て、すぐに嬉しそうに駆け出して、再会と祝福の言
葉を告げるエルジェラ。
その真っすぐな言葉に、フォルナもアルテアも照れくさそうに応
える。
でも、そっか⋮⋮これで⋮⋮
﹁ふふふ、嬉しいです。しばらくは、私、フォルナさん、ウラさん
だけでヴェルト様のお世話をしておりましたが、でもこれで、六人
全員⋮⋮更にクレオさんも入れて、合計︱︱︱︱﹂
そう、今ここに、フォルナ、ウラ、アルーシャ、エルジェラ、ア
ルテア、ユズリハ、そしてクレオも集っているのだ。
エルジェラの言うように、これで⋮⋮
﹁そうかそうか。これで、旦那君の現在の妻たちが全員集合という
ことだね、いやあ、八人全員揃うとなると壮観だね﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮へっ?﹂
﹁まあ、王族であるならば夫人が十人百人は珍しくないが、ここま
で層々たる顔ぶれの夫人たちもまた珍しい﹂
あっ⋮⋮⋮⋮
﹁では、このおめでたい日を祝して小ネタを一つ。男が友人に相談
をした。今度父親になるのだと。友人はおめでとうと言った。しか
し男は困っていた。それは何故か? ⋮⋮妻にまだ教えてないから
1907
だと⋮⋮⋮⋮HAHAHAHAHAHA! そんなことが実際にあ
るものなのかと思ったが、正に旦那君はそれを体現する男。事実は
ジョークよりも奇なりというものだね!﹂
現れた男装麗人。流石にエルジェラも﹁?﹂で戸惑っている。
すっかり俺も忘れてた⋮⋮
﹁おお、挨拶が遅れて申し訳ないね、マドモアゼル。私は、ヤヴァ
イ魔王国が魔王ヴェンバイの娘である、オリヴィア・ヤヴァイだ﹂
﹁は、え、あの、はあ⋮⋮えっと⋮⋮﹂
﹁この度、旦那君⋮⋮覇王ヴェルト・ジーハの妻となった。公私共
によろしく頼むよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮はい?﹂
オリヴィアの存在を⋮⋮
﹁ヴェルト様⋮⋮﹂
﹁はい?﹂
﹁⋮⋮二人も⋮⋮ですか?﹂
﹁⋮⋮怒っていいぞ、エルジェラ⋮⋮っていうか、怒ってくれ⋮⋮﹂
とにもかくにも今日は、嫁が八人集結という俺的にも世界的にも
歴史的にもちょっと刻まれるような日になるのだった。
﹁ぷぎゃはははははははははは! な∼んか来た∼と思ったらエル
ジェラちゃんカンボジア∼! ついに嫁だヨ全員集合! ってね!
よ・よ・ヨメーズ大爆笑∼!﹂
﹁うはっ、パナ! パナイ! っていうか、この国の大臣でもある
俺が、妃全員揃っただけで驚いちゃう! パナいパナイ!﹂
1908
そんな俺たちの様子を大爆笑している、クロニアとラブ。その他
にもゾロゾロとこの歴史的瞬間に立ち会う奴らが集っていた。
そんな中、エルジェラはクロニアを見てハッとして、急に今まで
見たことがないぐらい真剣な顔つきで⋮⋮
﹁ヴェルト様!﹂
﹁は、はい!﹂
﹁⋮⋮クロニア王女までは⋮⋮増えてませんよね?﹂
﹁⋮⋮お、おお⋮⋮﹂
一応、エルジェラにも許容できない奴だけは居たようだ。
そんなこんなで、俺たちはニートが家出したことの話題をすっか
り忘れてしまっていた⋮⋮
1909
第107話﹁順序﹂
宴会を兼ねた情報交換会。
今、この国に居る主要な奴らは全員、ホール上の大スペースに集
っていた。
困ったことは、人が多すぎるのと、重要な情報が飛び交いすぎて
整理が難しい事だ。
﹁八人の天空皇女が統治する天空王国ホライエンド⋮⋮その内の二
人の皇女と付き従う者たちが、国を出て、例の組織の残党たちにつ
きました。そのことにより、婿殿をはじめ、地上世界に多大な迷惑
をおかけしたことをここにお詫び申し上げる﹂
﹁申し訳ございません。半年前の大戦⋮⋮その終戦とともに、それ
まで天空世界を統治していました私たちのお母様たちが引退をされ、
私やロアーラお姉さま、リガンティナお姉さまたちが正式に八人の
天空皇女として天空世界の統治を任され、そしてその結束を高める
ためにもヴェルト様との結婚式を大々的にという計画でしたが⋮⋮
二人の皇女の離反は止められず⋮⋮我々身内の問題で大変ご迷惑を
⋮⋮﹂
天空世界の軍を司る皇女。エルジェラの姉でもある第三皇女のロ
アーラが、エルジェラと共に一度俺たち全員に深々と頭を下げた。
﹁離脱したのは、﹃第二皇女スザク﹄⋮⋮﹃第四皇女アトラ﹄⋮⋮
この二人。現在、第六皇女のレンザが行方を調査しています﹂
1910
﹁これまで二人のお姉さまもそこまで直接的な行動は取られていな
かったのですが、今回急遽⋮⋮突然のことと、リガンティナお姉様
が不在の時で私たちも対応が遅れてしまいました﹂
あの時、深海で俺たちの前に現れたブラックダックをはじめとす
る、旧ラブ&ピースの残党たち。
その残党たちに、地底族、深海賊団、そして天空族までついてい
た。
裏切ったのは、どうやら、エルジェラの血の繋がらない姉ちゃん
二人。
過去にエルジェラから、天空世界は八人の皇女が統治していると
言っていたが、その内の二人の様だ。
﹁しかし、随分と急ですね。半年前の人類大連合軍が中心となった
世界同盟⋮⋮あの時、そのような反対勢力は無いと思っていました
が⋮⋮﹂
少し懐かしい話をロアが口にした。
そう、俺やキシンの記憶が聖騎士たちによって世界から忘れられ
ていた頃、ロアたちは人類、魔族、亜人、天空族の一部の者たちと
手を組んだ大連合を作っていた。
その流れで、こいつらと戦うことにもなったし、リガンティナと
もその戦いで出会った。
﹁ええ。だからこそ、今回のことは我々にとっても予想外の事態で
した⋮⋮確かに二人は元々、地上世界との干渉にそこまで積極的で
はなかったのですが、今後の神族たちへの対応や世界の危機を鑑み
て、地上との干渉を受け入れていました⋮⋮しかし、まさかここに
来てこのような行動を取るとは⋮⋮﹂
1911
ロアーラは己が不甲斐ないと、少し悔しそうな顔を浮かべている
のが分かった。
なぜ、身内の離反に気付けず止められなかったのか? と。
﹁しかし、だからこそ、今回の件で天空族内及び地上の方々に多大
な不信感を与えてしまった以上、我らの結束を強めるためにも、例
の件を早急に進める必要があります﹂
その時、ロアーラが瞳に強い意志を込めて言う。
だが、同時に俺は何のことだか分からなかった。
﹁ん? 結束を強めるために例の件? なんだよ、それ。異種族同
士で宴会とかでもやるのか?﹂
俺が素でそう聞いたところ、ロアーラの発言の中身が分からなか
ったのは俺だけではなく、ほぼ全員が俺の質問に頷いていた。
するとロアーラは⋮⋮
﹁決まっています。婿殿⋮⋮つまり、ヴェルト殿とエルジェラの結
婚式です!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ぶぼっほ!?﹂﹂﹂﹂﹂
噴いた⋮⋮
いや、ちょっと待︱︱︱︱︱
1912
﹁確かに⋮⋮今はまだヴェルトくんたちは世界的な﹃公認﹄という
だけで、そういう正式な﹃儀式﹄のようなものは済ませていない。
種族同士の繋がりを明らかにするためにも、そういった公式なお披
露目は早めに済ませるべきなのかもしれませんね⋮⋮﹂
アレ? ロア?
﹁確かにのう。ちょこちょこサークルミラーでそういう報告を世界
にしたり、種族の長や国王や親同士では既に公認とはいえ、そうい
ったものはキチンとしておかんとのう﹂
イーサムまで! いやその他の奴らもみんな!?
俺が﹁何言ってんだよ!﹂とロアーラにツッコミ入れようとした
瞬間、周りはやけに真剣な顔して納得したように頷いている。
﹁わーい、パッパとマッマのけっこんしきー! けっこん⋮⋮パッ
パー! マッマー! パッパとマッマはけっこんしてなかったの!
?﹂
﹁いや、コスモス⋮⋮結婚はしてるんだけど、式は⋮⋮いや、何て
言えばいいのか⋮⋮﹂
コスモスは大はしゃぎしちゃってるし、エルジェラは⋮⋮
﹁ふふふ、ヴェルト様はお嫌ですか? 私なんかでは⋮⋮?﹂
﹁いや、んなわけねーけど⋮⋮﹂
﹁ふふ、はい。聞いてみただけです♪﹂
照れたようにハニかんでるし。お前、可愛いなクソ!
﹁でも、確かに冗談ではなく、それは重要なことですわね﹂
1913
﹁そうだな。だからこそ、我々ヨメーズもそういった段取りは水面
下で進めていたのだ﹂
﹁ええ。既に私も帝国での根回しは済んでいるので、正直後はGO
サインを待つだけだったのよ﹂
﹁婿と⋮⋮結婚式⋮⋮うへへへ⋮⋮﹂
﹁うわ、あたし何も考えてねえ﹂
﹁なるほどね。しかし、私はまだまだ準備不足だけど⋮⋮いいえ、
ちゃんとチェーンマイル王国も期日までには準備してみせるわ﹂
﹁ふむ⋮⋮私は何を着ようかね⋮⋮あまりヒラヒラしたドレスは好
まないのだがな⋮⋮しかし、我らヤヴァイ魔王国が出遅れるわけに
もいかないからね、劇団で好評だった衣装をいくつか取り寄せると
しよう﹂
しかもヨメーズもノリノリでいらっしゃるし!
﹁おおお、ついに殿の結婚式でござるかー! く∼、殿の晴れ姿を
想像しただけで、このムサシ、涙腺が潤んでしまいまする﹂
﹁ふっ、そういった場面こそが暗殺等の危険があるのだが、その様
子では御館様の警護は任せられないですね。やはりオレがしっかり
しましょう﹂
﹁あああ、もう、ムサシちゃんもサルトビさんも喧嘩しないでよ∼
! それにしても、ついにヴェルト君の結婚式の話か⋮⋮な∼んか、
憧れちゃうな⋮⋮いつか私もバーツと⋮⋮えへ、なーんてね! ⋮
⋮あれ? ペット⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ブツブツブツブツブツブツブツブツ⋮⋮姫様ズルい、いいな、
⋮⋮ヴェルトくんのばか⋮⋮﹂
﹁ペット殿? どうされたでありますか? 何だか呪詛のようなも
のが⋮⋮﹂
アレ? っていうか皆、結婚式やりましょうの意見に賛成なの? 1914
﹁そういうことならパナイ任せて!﹂
そして、物凄いやる気満々なラブが立ち上がって、自分の胸を力
強く叩いた。
﹁これまでの要望では、お嫁さんたちそれぞれの故郷と、この国の
シャンデリア城を使った結婚式で、一人計二回!﹂
﹁に、二回っ!? ちょっとまて、ラブ! そんなの聞いてねえぞ
! そうなると俺って⋮⋮十六回結婚式やれってのかよ!?﹂ ﹁だいじょーぶ、予算は折半だから。国の財政にそこまで影響ない
し﹂
﹁俺に色々と影響があるんだよ! つか、全員一度にまとめてやり
ゃいいじゃん!﹂
﹁うわ∼、ヴェルトくん、何そのパナイテキトー感。女の子にとっ
て夢の結婚式を、メンドーだからいっぺんにやっちゃえとか、ねー
わ﹂
﹁なら、最低でもこの国での式は一回で全員まとめてやれば、合計
九回で済むじゃねえか!﹂
一回ずつでも八回もやらないといけないのに、何で一人二回も!?
しかし、俺のそんな意見は無視されて、話はどんどん進んでいく。
﹁たーだ、スケジュールや出席者の調整をする上で、ぶっちゃけ一
番先に決めなきゃいけないことが、パナイ決まってないんだけどね
⋮⋮﹂
﹁﹁﹁﹁﹁コクリ﹂﹂﹂﹂﹂
1915
その時、ラブを中心にヨメーズが腕組んでコクリと呟いた。
まだ決まってないこと? つうか、俺からすれば、その手の話は
全て嫁たちが勝手にやってたから、何が決まっているのかすらも知
らないんだが⋮⋮
﹁結婚式の順番⋮⋮パナイどうする?﹂
﹁⋮⋮なに?﹂
順番⋮⋮⋮⋮?
﹁やはり、ここは当然ワタクシですわ! この中に居る誰よりも先
にヴェルトと出会い、ヴェルトと誰よりも先に愛を紡いだワタクシ
に決まっていますわ!﹂
﹁いや、待てフォルナよ。今回の結婚式は、言ってみれば異種族同
士の繋がりを強固にするお披露目でもある。つまりは、魔族と人間
という異種族同士でありながらも幼い時からも愛を育んだ、この私
こそが最初に結婚式をあげるのが相応しい!﹂
﹁ちょっと待ちなさい、ウラ姫。異種族同士の前に、まずは同じ人
類同士でまとまりを強くしてからが筋というもの。そうなると、人
類大陸最大国家である、アークライン帝国の姫たる私が先よ!﹂
﹁ふふふふふふ、ヴェルト様との子供を最初に生んだのは私ですよ
?﹂
﹁私が先だ! 今までムコとイチャイチャするのお預けだったんだ
! だから、結婚式は私が一番先だ! ガルルルルルルル!﹂
1916
﹁ユズッち落ち着けし。まあ、あたしは⋮⋮子供生まれてから考え
る。つか、あたしはこいつのプロポーズは一応断ったんだし♪ ⋮
⋮まあ、ウェディングドレスも一度ぐらい⋮⋮着てみてーけどさ⋮
⋮﹂
﹁あら、それは余裕のつもりかしら、ダークエルフ。でも、誰より
も先に告白されたのは、一応私が先よ! 順番でいうなら、私が先
ではないかしら?﹂
﹁ふふふふふふ、乙女たちの可愛いわがままだね。しかし誰と結婚
するかではなく、誰との結婚式を先にやるか⋮⋮か⋮⋮HAHAH
AHA、流石は旦那君! 悩みが尽きそうもなくて楽しいね! ち
なみに、私は後で構わないよ。レディーファーストという奴だよ﹂
こいつら⋮⋮なんつう、くだらんことで口論を⋮⋮
しかも、それは⋮⋮
﹁そう、エルファーシア王国が最初だよ。当たり前じゃないかい。
愚婿と愚娘の結婚式場だって、十年以上前から予約してるんだよ?﹂
﹁クソたりめーだ。国王として、兄として、クソ妥協はする気ねえ﹂
﹁はいはーい、そういうことで、弟君の結婚式はエルファーシア王
国が先にけってーい!﹂
そこに更に嫁たちに援護射撃をするかのように、エルファーシア
王国からは、ママとファルガとクレランが⋮⋮
﹁何を言うでありますか! 覇王様とウラ姫様の結婚こそが、世界
が種族の壁を乗り越えたという象徴になるであります! 是非にウ
1917
ラ姫様に!﹂
﹁旧ヴェスパーダ魔王国の民は現在ジーゴク魔王国の民として受け
入れているが、やはり民たちに不安の顔が見られる。そこでウラ姫
の結婚は嬉しいニュースになり国民は喜ぶ﹂
﹁余がウラ姫とヴェルトの結婚をプロデュースしたのだ。そして、
そのプロポーズこそが一番最初に世界に同時中継された。なればこ
そ、ウラ姫が最初が筋であろう。
ウラのロイヤルガードであるルンバを援護するように、旧ヴェス
パーダ魔王国を自国に取り入れたジーゴク魔王国魔王キロロ。
そして、ウラと俺のキューピットになった、ネフェルティ。
ってか、キシンとヤシャの二人が居ねえ。あの二人、まだ鬼ごっ
こやってんのかよ⋮⋮
﹁我々アークライン帝国もこの順番だけは妥協したくはないのです。
帝国の威信にかかわりますので、アルーシャを最初に。そもそも、
エルファーシア王国は既にフォルナ姫とヴェルトくんは結婚してい
るようなものなのですし、めでたく懐妊もされています。ですので、
ここはアルーシャに譲っていただけないでしょうか?﹂
アークライン帝国からロアが⋮⋮
﹁常識で考えて戴きたい。一番最初に婿殿の娘を出産したのは、エ
ルジェラです。子を最初に産んだものが序列として一位となること
は、天空でも地上でも同じはずです。是非に天空世界が最初に﹂
天空世界からはロアーラが⋮⋮
﹁かーーー! なーにが幼馴染やら人類やら子を最初に生んだじゃ
! おぬしらは肝心なことが分かっておらん。今の世の覇王はヴェ
1918
ルトじゃが、そもそも今、この世界で最も強い雄は誰じゃ? もち
ろん、この武神たるワシじゃあ! つまり、世界一強いワシの娘の
ユズリハちゃんが一番最初にならんのはおかしいじゃろうが!﹂
﹁あ∼⋮⋮おやじ、その理屈が一番メチャクチャや⋮⋮まあ、ワイ
も兄貴として、ヴェルトのダチとして、いっちゃん最初にユズリハ
にっちゅう気持ちはあるけどな﹂
イーサム、ジャックの最強親子⋮⋮
﹁んふ∼ん、全く醜い争いね∼ん。生まれてくる子供には見せられ
ないわね∼ん。でも、⋮⋮ヴェルちゃんと〇○〇〇して〇〇〇され
て純粋に妊娠したのはアルテアが最初なのよね∼ん。うふふふふふ
ふふ﹂
順番なんか気にしねーよ? という感じとは裏腹に何だか独特な
雰囲気を発しているママン。
﹁ふぉわーっはっはっはっはっは! ふぉわーはっはっはっはっは
! 十年前の誘拐事件を経て愛を誓い合った二人、しかし運命は二
人を引き剥がしたでありんす、ヨヨヨヨヨ。しかーし、二人の愛の
奇跡が世界を超え、時を超え、今ここに結ばれたでありんす! こ
の感動の物語こそ、今の世に語られるべく明るくロマンあふれるス
トーリーでありんす! ゆえに、わっちはクレオが最初であること
が一番有益と思うでありんす!﹂
チェーンマイル王国からはクレオのねーちゃん、システィーヌ女
王。
﹁うぬら⋮⋮よもや、世界最強国家ヤヴァイ魔王国を後回しにする
というのではないであろうな?﹂
1919
﹁だよねー、てか、僕の妹を後回しとか、殺すよ?﹂
月光マスクマンがマスクの下から物凄いギロリ! いや、ヴェン
バイなんだけど⋮⋮
ジャレンガまで睨んでるし⋮⋮
つか、マジでこの親戚一同は⋮⋮
﹁いや∼、改めて見ると、ほんとヴェルちゃんエロエロとヤバいね。
⋮⋮で、⋮⋮⋮⋮⋮いいの、クロ⋮⋮いや、神乃ちゃん? 君も、
前世では︱︱︱︱﹂
﹁リームーリームー。私でもこの輪の中に飛び込む勇気はナイジェ
リア。あと、フルチェンコくん、それはもう封印でシクヨロ﹂
そう、フルチェンコとクロニアの言う通り、パナすぎるよ。
つうか、あの二人何をコソコソ話してんだよ。なんか、あの組み
合わせ気になるだろ。
﹁あのよ、順番はもう、くじ引きとかジャンケンで⋮⋮﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁ア゛ア゛ン?﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
嫁たちと親戚一同に睨まれた。はは、重要なんだな、順番。
﹁うむ、確かにそれを決めないことには、誰を招待するかや日取り
も決められないゾウ。ヴェルトくんはどう思うゾウ?﹂
﹁いや、カー君、俺との半年振りの会話がそれでいいのかよ! つ
か、カー君まで何を真剣な顔して⋮⋮﹂
﹁いやいや、ヴェルト君が思う以上に各々の結婚式は重要だゾウ。
1920
その結婚があるからこそ、世界の戦争はなくなり、世界はまとまる
のだゾウ﹂
カー君までもが真剣な顔でそう言う。
そうなのか⋮⋮まあ、カー君がそう言うなら本当にそうなんだろ
うな。
でも、順番か⋮⋮まあ、俺の中で順番は既に決まっているが⋮⋮
にしても、何でまたいきなりこんな会話に。
﹁はあ⋮⋮これも全て、あのアヒル野郎の所為だ⋮⋮﹂
そう、全ては⋮⋮半年ぶりに奴が現れたからだ。
不意にそう思った瞬間、目の前にラブが居たこともあり、俺は自
然と聞いていた。
﹁そういやラブ、お前にも聞きたいことがあった﹂
﹁ん?﹂
﹁そう、さっきのロアーラの話で思い出したんだが⋮⋮﹂
順番云々で言い争いをする宴会場の中、俺の雰囲気を察したラブ
が先ほどまでとは違うトーンで返ってきた。
﹁⋮⋮残党の話?﹂
おちゃらけているくせに、ちゃんと察している。
周りの宴会に聞こえないトーンでラブから返ってきた。
﹁⋮⋮正直、残党狩りについてはお前や旧人類大連合軍や亜人や魔
族のそれぞれの組織に丸投げしていたし、この半年間目立ったこと
もなかったし、俺もそこまで気に掛けなかった﹂
1921
そう。それに、残党たちは確かにそれなりに脅威とはいえ、今の
一つにまとまった世界をどうこうできるほどまでとは考えていなか
った。だが、今回はその怠慢がラクシャサやハットリ、そして深海
族やら天空族やらを巻き込んだ騒動に発展した。
﹁単刀直入に聞くけどよ⋮⋮ブラックダック⋮⋮あいつ、本当に何
者なんだ?﹂
﹁⋮⋮おお⋮⋮本部長か⋮⋮﹂
全ては奴が絡んでいる。
﹁極限魔法⋮⋮確かに厄介だが⋮⋮ぶっちゃけ戦闘能力でいえば、
同じ幹部だったバスティスタの方が強え⋮⋮でも、奴の存在がこれ
まで様々な場面で世界や俺らに影響を与えたのは間違いねえ﹂
そう、他にも色々な曲者ぞろいな旧ラブ&ピースの残党たち。し
かし、その中でもブラック・ダックだけはかなり特別めいている。
﹁クレオを⋮⋮暁光眼を奪おうとして、十年前にエルファーシア王
国に来たのも奴だ⋮⋮﹂
﹁ん∼⋮⋮ああ、あの事件もね⋮⋮﹂
﹁今更テメエが過去に何をやったとかで、あーだこーだ言う気はね
え。俺らはそういうのをひっくるめてこういう形になることを選ん
だんだ。でも、テメエの作った組織に居たブラックダックは今もこ
うして何かをやらかそうとしている。だから、教えろよ﹂
そう、バルナンドやムサシの家族を殺したのも、十年前のクレオ
の事件も、そして今回の件も全てあいつは関わっていた。
ここまで来たら、シカトできるレベルじゃねえ。
1922
だからこそ、奴の正体を知らなければならなかった。
すると、ラブはぼんやりと天井を見上げながら⋮⋮
﹁⋮⋮と言っても、俺もそこらへんはあんまパナイ詳しいわけじゃ
ないんだよね。実際、クレオ姫攫うとかの企画も発案も全部、本部
長がやってて、俺はその予算取りに判子を押してあげただけだし﹂
﹁そうか⋮⋮でもよ、あいつの正体ぐらいは⋮⋮﹂
﹁手柄を立てた彼を昇格させて色々な権限を与えたのは、俺だけど
⋮⋮彼を採用したの、俺じゃないしね。だから、ぶっちゃけ素顔や
プロフィール上の名前とかは知ってるけど、詳しい過去は知らない
んだよね⋮⋮俺もそういうの気にしなかったし﹂
採用したのは自分じゃない? なら、誰があいつを? すると、
ラブは続けて⋮⋮
﹁本部長を連れてきたのは⋮⋮そして多分その詳しい素性を知って
るのは⋮⋮聖騎士⋮⋮タイラー、カイレ、この二人。⋮⋮ヴォルド
は⋮⋮どうだろうな∼?﹂
﹁聖騎士? ちょっと待て、あいつはタイラーたちがお前に紹介し
たってのか?﹂
﹁うん。組織を運営する上で、汚いことを実行できる人間ってこと
でね⋮⋮実際、彼はパナイ有能で役に立ったしね⋮⋮その後、組織
の人材の採用やら昇格は、俺とマニーちゃんと本部長の三人で行っ
てたよ﹂
聖騎士か⋮⋮これまた、あんまり良い思い出のない奴らが絡んで
1923
いたか。
正直、タイラーが裏で何をやっていたかなんて、今更掘り起こし
たくはないんだけどな。
﹁まあ、タイラー将軍が死んじゃってる以上、カイレばーさんに聞
けば分かるんだろうけど⋮⋮﹂
﹁つまり⋮⋮聞くならあの妖怪ババアの方か⋮⋮ヴォルドの方は話
しててムカつくから会いたくねーから丁度いいがな﹂
﹁そうなるね。まあ、聖騎士が本部長を本気で捕まえようとしてい
るなら、とっくに色々な情報が公開されているはず⋮⋮なのにこの
半年間まだされてないってことは、まだ聖騎士は聖騎士で本部長使
って何かを企んでるのかもしれないから、正直に言うかどうかはパ
ナイ分からないけどね﹂
聖騎士の企みか⋮⋮内容が分からないのにイラッとする話だ⋮⋮。
つーか、あいつら未だに俺に対して何の謝罪もねーしな。まあ、
そういうの全部ひっくるめて過去を水に流して戦争が終わった以上、
俺も声を大きくしてイチャもんつけられねーんだけどな。
それに、事情がどうあれ、ここに居る連中はみんな、過去を見返
せば互いの家族や仲間を殺し殺された関係の奴らばかり。それでも
今はこうして笑い合っているんだから、俺も個人的な感情で文句を
言える立場じゃねーしな。
﹁あっ⋮⋮そういえば⋮⋮君の嫁の中の⋮⋮クレオ姫見て思い出し
た⋮⋮﹂
1924
すると、その時だった。
﹁クレオを⋮⋮? なんのことだ?﹂
﹁あ∼、確か⋮⋮聖騎士じゃなかったけど、もう一人だけ⋮⋮本部
長の正体を知ってる奴いたな⋮⋮﹂
﹁んだと?﹂
ラブが何かを思い出したように呟いた。
﹁十年ぐらい前はヴォルド以外、タイラーとカイレは戦争で忙しか
ったから、代わりにそいつが連絡窓口ってことで紹介されて⋮⋮聖
騎士じゃなかったけど、何度か話したことが⋮⋮えっと⋮⋮もう、
十年も前だからパナイ覚えてねーな⋮⋮名前なんつったっけな?﹂
﹁連絡窓口? いや、待てよ。そんなのが居たのは今さら驚かねえ
が、何でそいつがブラックダックの正体を知ってるって?﹂
﹁ん? 本部長の旧友だから、やり取りに問題はないだろうってタ
イラーがポロッと口にしててさ⋮⋮当時は特に俺も気にしなかった
けど⋮⋮﹂
﹁⋮⋮旧友?﹂
聖騎士以外にもう一人? ラブは過去を思い返しながら目を瞑る。
﹁そう。例のクレオ姫誘拐にあたっても、本部長がエルファーシア
王国に潜入できるように手引きしたのもそいつだしね⋮⋮えっと、
名前、なんて言ったかな⋮⋮確かエルファーシア王国の⋮⋮﹂
1925
エルファーシア王国の? その瞬間、俺の心臓が跳ね上がった。
﹁ちょ、ちょっと待て! それならクレオ誘拐の時、ブラックダッ
クの野郎は、エルファーシア王国に居る奴が手引きしたってのかよ
!﹂
﹁まあ、そうなるね⋮⋮﹂
そもそも、タイラーがラブ&ピースと繋がっている時点で分かる
話だ。エルファーシア王国にも他にラブ&ピースと関わりの持つ奴
が居た? しかも、そいつがブラックダックと旧友?
﹁えっと、名前⋮⋮なんて言ったっけな⋮⋮十年以上前の話しだし
⋮⋮昔の、しかもそんな大事件の危ない報告書は読んだらすぐに処
分しちゃったしな⋮⋮ダメだ、パナイ忘れた﹂
﹁いやいや、そこまで言ったら思い出せよな! 前世のクラスメー
トを覚えてるんだから、十年前のビジネスで関わった奴の名前ぐら
い!﹂
だが、気になるところまでいったところで、ラブは﹁てへへ﹂と
苦笑した。可愛くねえよ畜生。
結局気になることが増えてまたモヤモヤが増えただけ。
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁おい、ボソボソ話してないで、結婚式の順番をど
うするのかちゃんと考えてるのか!!﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
﹁ああ? そこで俺に聞くのかよ、こんな時に!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁お前の結婚式でもあるんだぞ!!﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
1926
﹁∼∼∼、ったく、わーったよ、じゃあ、こうするぞ!﹂
その時、今の今までギャーギャー論争していた嫁と親戚たちが一
斉に俺に意見を求めてきた。
こっちが結構マジな話をしてるってのにこいつらは∼⋮⋮
﹁結婚の順番が、嫁の序列とかそういうのに関係ない⋮⋮なんて俺
が言ったところで、世間はそう見ないんだろ?﹂
俺は半分キレ気味でやけくそになってまくし立てるように言った。
そう。俺が物凄い博愛主義で公平な旦那で、みんなを等しく愛す
るだなんて薄ら寒いことを言っても、世間はそう見ない。
結婚した順番こそが序列だと認識する。
これまで結構色々な奴にそう言われていた。
﹁で、お前らは全員同時に結婚式ってのは嫌なんだろ? ⋮⋮一生
もののことだから尚更な⋮⋮﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁コクリ﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
﹁でも、半年話し合ってるようだけど、その様子だと多分いくら時
間をかけても話し合いじゃ決まらねーだろ? だからよ、もう、順
番は⋮⋮俺が決めるぞ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁ッ!!??﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
1927
全員同時がダメな以上、どうしても順番は決めなければならない。
たとえ、それで泣く嫁が居たとしてもだ。
なんか、まるで﹁たくさん女が居る中でただ一人の女を選べ﹂み
たいなのとは違うが、今の俺の言葉に嫁たちの表情に緊張が走った
のが分かる。
正直、﹁もう全員と結婚するんだから、今さら順番とか⋮⋮﹂と
いうのが本音だが、それでもどうしても結婚式の順番を決めろとい
うのなら、最初はやはり⋮⋮
﹁フォルナ。お前との結婚式をまずやるぞ﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁̶︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!!!!????﹂﹂﹂﹂﹂
﹂﹂﹂
こいつしかいない。だから俺はハッキリと宣言した。
先ほどまでは騒がしすぎた会場が一瞬で静まり返ってしまった。
これは、他の嫁や親戚から大ブーイングか来るか? そう思って
思わず身構えた。
すると⋮⋮
﹁フォルナ﹂
静寂を真っ先に破ったのはウラだった。
俺はその時、ウラが泣きわめいて大暴れするのではと思った。
﹁全く⋮⋮妊娠だけでなく、式すらも遅れをとるとか⋮⋮私だって
すぐに追いついてやるんだからな﹂
﹁⋮⋮ウラ⋮⋮わ、わたく⋮⋮しは⋮⋮﹂
1928
だが、ウラは、俺の今の発言で呆然としているフォルナに歩み寄
り、そっとその体を抱きしめて⋮⋮
﹁ふふふふ、やったな、フォルナ!﹂
ウラは何の含みもない、心からの笑顔と祝福の言葉をフォルナに
送った。
﹁ええ、ウラ⋮⋮あ、りが⋮⋮⋮とう、ござい⋮⋮ま⋮⋮すわ⋮⋮
ぐっ、⋮⋮うっ⋮⋮ひっぐ⋮⋮﹂
その瞬間、フォルナがポロポロと大粒の涙を流した。
それを皮切りに、他の嫁たちも一斉に笑顔でフォルナに抱き着い
た。 ﹁そうね、フォルナなら、仕方ないわね﹂
﹁羨ましいです。ですが、おめでとうございます、フォルナさん﹂
﹁いいな∼⋮⋮﹂
﹁まあ、フォルナッち最初じゃなきゃね﹂
﹁ふう、仕方ないわね⋮⋮﹂
﹁ふふふふふ、どうやら、彼女なら誰もが納得の様だね﹂
嫁たちは皆、﹁フォルナなら仕方ない﹂と誰も文句を言うことな
く、フォルナを祝福していた。
その様子に親戚一同も﹁やれやれ﹂とばかりに苦笑していた。
そう、なんか、なんやかんやでそういうことになってしまった。
﹁では、結婚式の順番の一番最初はフォルナさんとのことですが⋮
⋮夫婦の営みでは遠慮しません♪﹂
1929
﹁うおっ!? え、エルジェラ!﹂
そして、再び賑やかになりだした状況の中で、エルジェラはニコ
ニコ笑いながらフォルナから離れて俺の腕に抱き着いてきた。
﹁ぬっ! ちょ、待てエルジェラ! お前はそれこそ遠慮しろ!﹂
﹁そうよ! 式そのものは仕方ないかもしれないけど、まずは私た
ちが一人目を授かるまでは自重しなさい!﹂
今の今までフォルナに祝福の笑顔を向けていたウラたちが鋭い目
つきで牙を剥き出しにしてエルジェラを引き剥がしにかかる。
だが、エルジェラもからかうように⋮⋮
﹁ダメです♪ 今日から私も復活させて頂きます。二人目もすぐに
生んでみせます!﹂
﹁﹁﹁ちょ、それはズルすぎる!﹂﹂﹂
今日から復活ということでヤル気満々なエルジェラは、ギュっと
俺の腕に力を入れて抱き着き、そして肩に頬を乗せてきた。
それに反応するウラやアルーシャたちとの言葉の応酬で、場がま
た賑やかになり、笑いが起こった。
だが⋮⋮
﹁ッ、お、おい、ちょっと待つのだ、エルジェラ! お前⋮⋮それ
は本気で言っているのか?﹂
1930
﹁はい? ⋮⋮お姉さま?﹂
その時、血相を変えたようにロアーラが声を荒げた。
その様子は何やら只事ではなさそうで、思わず皆の視線がロアー
ラに向けられた。
エルジェラも、突如姉がどうかしたのかと首を傾げている。
﹁いや、エルジェラ⋮⋮お前⋮⋮二人目を生むとか⋮⋮何を言って
いるのだ?﹂
﹁は⋮⋮えっ? あの⋮⋮お姉さま、変とは?﹂
﹁いや⋮⋮だって⋮⋮お前⋮⋮コスモスを生んだではないか⋮⋮﹂
﹁え⋮⋮ええ⋮⋮それの何が?﹂
﹁⋮⋮な⋮⋮ちょっ、ちょっと待て⋮⋮お前⋮⋮知らないのか?﹂
﹁何がですか?﹂
エルジェラがコスモスに続く二人目の子供を生みたい。
まだ、妊娠していないウラやアルーシャたちからすれば﹁なんち
ゅう贅沢な!﹂みたいな話。
しかし、それの何が変なのだ?
﹁天空族は⋮⋮分裂出産⋮⋮異種族との交配⋮⋮どちらでも子を生
1931
むことはできるが⋮⋮⋮⋮どちらの方法でも、生涯に子を生めるの
は、一度だけだぞ?﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
そのロアーラの言葉に、この場に居た全員がポカンとした。俺も
⋮⋮
﹁ちょ、え、いや、お姉さま! 分裂出産が生涯に一度で⋮⋮殿方
と肌を重ね合わせることでの出産は⋮⋮﹂
﹁いや、そうではないぞ⋮⋮そもそも、子供を生むということ自体
が、生涯で一度だけだ。まあ、基本的に天空族が異種族と交配とい
うのがほとんどないので、勘違いしているのかもしれんが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そ、え、で、では! お、お待ちください、お姉さま! わ、
私、既にヴェルト様とは数えきれないほど⋮⋮で、では、あの行為
は全て⋮⋮﹂
いや、確かに、ちょっと疑問に思ったことはある。
下品な話をすると、嫁たちの中で、そういうことを行った回数で
言えば、エルジェラがダントツなのだ。
しかし、アルテア、フォルナと続く中、どうしてエルジェラは未
だに? と思ったことがなかったわけではない。
﹁⋮⋮お、お前と婿殿がその⋮⋮肌を重ねる行為は⋮⋮ただの愛を
1932
確認し合う⋮⋮まあ、言ってしまえば単なる性的快楽⋮⋮﹂
﹁∑︵゜д゜lll︶!?﹂
あまりの事態に誰もが言葉を失い、深い沈黙がしばらく続いてい
た。
1933
第108話﹁一番やりたいこと﹂
親戚一同の宴会は夜通し続き、終わりが見えないでいた。
この国の子供たちは既に眠りにつき、コスモスもエルジェラの膝
枕でウトウトしている。
その無防備なコスモスの頭を撫でながら、嫁たちと雑談している
エルジェラは笑顔だった。
その笑顔が俺にはとても痛々しく見えた。
﹁⋮⋮エルジェラ⋮⋮﹂
ロアーラの爆弾発言。それを受けて少しエルジェラは呆然として
いたが、すぐに﹃作り笑い﹄を浮かべて、﹃仕方がありませんね。
しかし、私にはコスモスが居ますから幸せです﹄と誤魔化して、皆
ももうそれ以上その話題については触れようとしなかった。
この世には子供を授かれない親なんて星の数ほどいる。
そんな中で、コスモスという最愛の愛娘を授かり、健やかに成長
している。幸せに決まっている。
しかし、だからと言って、﹁もう俺との子供を生むことは出来な
い﹂という事実に﹁仕方ない﹂と簡単に諦められるのか? という
と、エルジェラの痛々しい作り笑いからはそう思えない。
俺は男だから、女のそういう気持ちを完全には理解できないんだ
けどな⋮⋮
﹁はあ⋮⋮かける言葉が見つからねえな⋮⋮﹂
居たたまれなくなった俺は、気付けば宴会の途中で誰にも気づか
れないぐらいコッソリと抜け出していた。
1934
外に出て涼しい風を受け、夜の星空を眺めながら、色々と整理し
た。
﹁ったく、世界的にも個人的にも、何だか色々と抱えることが多す
ぎだぜ﹂
クロニアから聞いたかつてのクラスメートの情報、ブラックダッ
クたちのこと、結婚式の順番、そして最後の最後でエルジェラたち
天空族が子供は生涯に一度しか産めないという体質。そういや、あ
と誰かが家出したような⋮⋮ああ、そういやキシンとヤシャが見当
たらねえな⋮⋮
﹁しゃーねーだロイヤルミルクティー。世界を支配した覇王であり、
世界中のお姫様たちを手籠めにしちゃったんだからさ。世界規模の
大きな問題から、乙女の悩みまで、ぜ∼んぶ背負う必要が君にはあ
るんだぞよ﹂
そんな、頭を抱えて愚痴を零した俺の背後から、能天気な女の声
が聞こえた。
それはまた、こんな夜空の下で二人きりで居る光景を嫁に見られ
たら殺されてしまうような相手。
﹁なんだよ、お前も抜け出したのか?﹂
﹁にははははは、君が逃げ出したのに気付いてね♪ 気にしナイチ
ンゲール﹂
﹁⋮⋮ウゼエ⋮⋮﹂
そう言って、クロニアはウインクしながら、俺の背中を豪快に叩
いた。
本当にこういうところ、やかましくてうざくてかわいくてうっと
1935
おしい。
﹁⋮⋮結婚式八回以上か∼⋮⋮ご祝儀大変だねえ。だから、私、全
部の出席は無理だからね?﹂
﹁わーってるよ﹂
﹁にはははは、でも⋮⋮そーだね、アルーシャちゃん、アルテアち
ゃん、オリーちゃんの三人の結婚式は出とかんと、怒られちゃうね﹂
﹁⋮⋮だろうな⋮⋮﹂
﹁アルーシャちゃんとアルテアちゃんの結婚式は、これ完全に同窓
会だね﹂
﹁そうなるな﹂
なんだろうな⋮⋮少し前まではこいつと二人きりなんて、緊張以
外の何物でもないはずだった。
でも、今はテキトーな言葉しか思い浮かばない。
﹁⋮⋮ふふん⋮⋮抱える問題が多すぎて、何から手を付けていいか
も分からず⋮⋮頭が痛いってところカナダ?﹂
⋮⋮だろうな⋮⋮クロニアの言う通りだ。
俺はそれを否定できず、苦笑しながら無言で頷いていた。
﹁そうかいそうかい。なんだか⋮⋮ず∼∼∼∼∼いぶんとイイ子ち
ゃんになっちゃったね∼、ヴェルトくん⋮⋮良い意味でも⋮⋮悪い
意味でも﹂
そんな俺に対してクロニアは⋮⋮皮肉? からかい? それとも
⋮⋮? 真意が読めない笑顔を俺に向けていた。
﹁世界のことを考え、自分を愛してくれる人たちのことも考え、気
1936
を使い、家族や友達を大切にして⋮⋮⋮⋮大人になったんだね∼、
君も﹂
﹁⋮⋮なんだよ、上から目線だな⋮⋮﹂
﹁ほら、一応この世界じゃ年上だし﹂
﹁ああ⋮⋮そういや⋮⋮﹂
﹁昔の君なら、﹃くだらねえ﹄、﹃めんどくせえ﹄、﹃興味ねえ﹄、
のどれかで投げ出してたけどね。うんうん、おねーさん、ボーヤの
成長に少し寂しーラカンス∼﹂
なんだろうな⋮⋮誉め言葉なのに、褒められている気がしないの
は⋮⋮
クロニアの言葉の中の本心が俺にはよく分からなかった。
するとクロニアはまた笑った。
﹁飲み直すかい、ヴェルトくん。この夢の国でおもろい店を見つけ
たから﹂
﹁⋮⋮なに?﹂
えっ⋮⋮? あの、いや、どういう展開だ?
これってサシ? 俺ってデートに誘われてる?
年頃の男と女がサシで酒を飲んだら、その後、間違ったことが起
こっても⋮⋮
﹁しゅ⋮⋮終電には帰るからな﹂
﹁君はOLかッ! てか、それは私のセリフなんじゃないんかーい
!﹂
緊張を誤魔化すような俺の冗談に、クロニアは芸人のようにオー
バーリアクションでツッコミを入れてきた。
流石に俺も雰囲気に流されて、結婚式の順番だとか、プロポーズ
1937
だとか、そういうのの整理をしているところで、更にややこしいこ
とをするわけにはいかねえからな。
つか、こいつ、何で今になってこういう人を惑わすようなことす
んだよ⋮⋮
﹁で、どこなんだよ?﹂
﹁すぐそこだよーん。まあ、もう夜も遅いし、他にお客さんは居な
いだろうけどね⋮⋮﹂
ハロウィンやらナイトパレードやらイルミネーションやらそうい
う感じのものが消えて、少し薄暗く静かな街並みを二人歩いている
と、その先に僅かな光の灯った酒場のようなものが見えてきた。
いや、酒場というよりカフェか?
しかし、なんちゅう外観だ。
﹁なんだありゃ、UFOか?﹂
カフェの屋根の上に簡易な円盤型の模型やら星の飾りつけなどが
されている。
﹁そ。君も知ってるでしょ? 前世では世界的に有名だった映画の
﹃スペースオーシャンウォーズ﹄。究極のSF映画。あそこは、そ
れにちなんだデコった料理や、店員のコスプレなどで子供たちを楽
しませるお店なのだよん﹂
﹁ファンタジーの世界でSFなんて⋮⋮いや、まあ、神族世界もた
いがいSFだったが⋮⋮﹂
﹁ああ、そういや、君は行ってたんだってね⋮⋮神族世界﹂
あまりにも場違いのような店に足を踏み入れると、流石に店内に
客は誰もいない。これじゃあ、夜遅くまで店を開く意味はねえだろ?
1938
そう思いながら店内を見渡すと、何やら前世で見たことがあるよ
うなフィギュアやら絵やらが店を埋め尽くしていた。
﹁へい、マスター! この国の王様を連れてきたぜーい﹂
静かで、しかしどこか異質で不気味な店内に能天気な声をクロニ
アが響かせると、店の奥から⋮⋮
﹁こ、こりゃまた⋮⋮すげえ着ぐるみが⋮⋮﹂
特番とかあったら出て来そうな王道。グレイ⋮⋮エイリアン⋮⋮
まあ、そんな感じだ。
銀色の肉体と、デカい頭部に大きな黒目。
﹁おもろいでしょ﹂
﹁こんなの、子供が逆に怖がるだろ。ラブの提案か?﹂
前世では有名すぎる王道のエイリアンコスプレ定員が一人出てき
た。
エプロンしているのがギャグにしか見えないが⋮⋮
﹁オ・ウ・サ・マ・コ・ン・ニ・チ・ハ。ワ・タ・シ・ハ・ウ・チ・
ュ・ー・ジ・ン・デ・ス﹂
﹁昭和の芸人か! つか、バイトかなんか知らねーが、例えラブの
指示でも嫌なら断ってもいいんだぞ!﹂
とまあ、まさかこんなネタを本当にやるとは思わず、無意識でツ
ッコんでしまったものの、とりあえず俺とクロニアは二人カウンタ
ーに座った。
1939
﹁はあ⋮⋮やれやれ⋮⋮夢の国の夜に男と女が二人でカウンターの
ある店に⋮⋮それだけなら、何ちゅうロマンチックなとも思うが、
これじゃあ全然そんな気にならねーな。まあ、今日に限ってはあり
がたいが﹂
﹁にゃははははは、そりゃー、ムーディーな店に行ったらお嫁さん
たちにぶっ殺されるからねえ∼。私もあの八人を敵に回すのはリー
ムリームだね♪﹂
﹁だろうな。あのエルジェラすらもお前には敵対心を抱いているか
らな。相当、お前は警戒されてるぜ?﹂
﹁残念無念。ヴェルトくんの嫁さんに入れてくれれば、将来安泰、
悠々自適な性活が待ってたのにな∼。く∼、逃した魚はデカすぎた
かね∼﹂
﹁けっ、よく言うぜ。散々人を振り回しやがって。その気もねーく
せに⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ふひ∼⋮⋮⋮⋮意外と君も⋮⋮分かってないというか⋮⋮ま
あ、別にいいんだけどさ⋮⋮﹂
﹁はあ?﹂
﹁べっちゅに∼﹂
雰囲気はぶち壊しだ。でもまあ、これなら間違ったことは絶対に
ならんだろうから、その点はどこか安心な気もした。
﹁さ∼て、何から話をしま生姜焼き。前も真面目な話をしてたのに、
いきなり発情したユズリハちゃんが乱入したり、ユーバメンシュが
来たり、アルテアちゃん妊婦バージョンが登場するわで、お流れに
なったし∼﹂
﹁ああ⋮⋮前世のクラスメートの話だったな⋮⋮大和さんや高原の
野郎の家族が居たとか⋮⋮もう、処理できねえよ⋮⋮ゴチャゴチャ
1940
し過ぎてよ﹂
俺は頭を抱えてカウンターに突っ伏した。そんな俺の肩をポンポ
ン叩き、クロニアはケラケラ笑った。
﹁ダメだよ、ヴェルト君。問題を細かく分けるからややこしくなる
んだよ。君はもっとでっかい男なんだから、小分けされた問題一つ
一つに頭抱えてないで、ドドーンと構えてりゃいいのダイエット﹂
﹁でかくねーよ、俺なんて。迫りくる嫁たちに戦々恐々したり、コ
スモスやハナビやラガイアの愛くるしさに夢中になって回りが見え
なくなったり⋮⋮そういうもんだぜ?﹂
﹁でも、かつてはそんな君が、この世界で何百何千年と続いた戦や
各々の種族間同士の問題全部を終わらせたんだよ? ﹃国作って世
界征服して色んな種族の嫁さんゲット﹄。そんな感じで、数えきれ
ないほど複雑で様々な想いのあった戦の歴史をぶっ壊した⋮⋮君の
起こした一つの行動でね﹂
﹁おい、なんかそれだと俺が戦争終わらせたのは、色んな嫁が欲し
かったみたいに聞こえるから訂正しろよ!﹂
目の前にはいつの間にかグラスが二つ置かれており、クロニアは
その一つを取って、カチンと残る一つのグラスに軽く当ててウイン
クした。
﹁ヴェルトくん。君のスタイルは、細かい問題を一つ一つ潰してい
1941
くんじゃなくて、君が自分でやりたいように動いた行動一つで問題
をまとめて潰してきた。だったら今度もさ、どうやって一つ一つの
問題を潰していくか⋮⋮じゃなくてさ、とりあえず、今何を君がや
りたいか⋮⋮やりたいようにやればいいんじゃないの?﹂
﹁⋮⋮どの問題を解決するかじゃなく⋮⋮俺がまず何をやりたいか
⋮⋮?﹂
﹁君の場合、そういう星の下に生まれているのか⋮⋮その行動一つ
が、案外色々なことに繋がったり、色んな解決に繋がったりしちゃ
うかもしれないしね﹂
何から問題を解決するかではなく、俺のやりたいことをまずはや
れ。クロニアはそう言った。
﹁君は元々、世界を救い、全てを救うために戦っていたわけじゃな
い。ただ、自分の手の届く範囲の身近な大切なものを守るため。そ
こが、戦争で戦っていた戦場の英雄たちと君との違い﹂
﹁⋮⋮手の届く範囲⋮⋮﹂
﹁彼らは世界のため、国のため、各々の種族のために戦った。でも
君は、自分の手の届く範囲の大切なもののために戦った。そして結
果的にそれが世界を変えた。それが君のやり方だよ﹂
ひょっとして、クロニアは、俺に﹁難しく考えないでもっと肩の
力を抜け﹂と言ってくれてるんだろうか?
1942
﹁そうやって君は、こんなにすごい国を作ったんじゃないか。多く
の人たちと一緒にね﹂
そんなクロニアの言葉と心に、何だか少しだけ気持ちが楽にはな
ったような気がした。
﹁⋮⋮テメエはいつもそうだ⋮⋮バカは死んでも変わらねえのは俺
と同じだが⋮⋮そうやって、ゴチャゴチャ考えるのをアホらしくす
る﹂
﹁にゃははははは。この世界の人たちから、君こそそういう風に思
われてるだろうけドネルケバブ﹂
そんなこいつに惹かれて、救われていた⋮⋮
﹁だな⋮⋮あまりにもこの短い間で色々な問題が山積みになった所
為で、肝心なことを俺は忘れていた﹂
そして、大事なことを思い出した。
﹁フォルナに気持ちを伝えて、更にフォルナとの結婚式も今日決め
た。勿論、他の嫁たちに対してもちゃんと一人一人向き合うつもり
だし、考えている﹂
1943
﹁ふむふむ﹂
﹁でも、ちょっと前までは俺は面と向かってあいつらに﹃愛してる﹄
とか口にしたり、﹃これからも傍に居てくれ﹄だなんて恥ずかしく
て言おうともしなかった。でも、最近それを言えるようになったの
は、俺を愛してくれて、傍に居てくれるあいつらがどんだけ大事な
のかに気付いた⋮⋮気付かせてくれた奴が居たからだ⋮⋮﹂
そうだった。つい最近のことなのに、最近の怒涛の流れの中で危
うくごちゃ混ぜになっちまった。
全く俺は恩知らずで不義理な奴だ。
でも、もう大丈夫だ。
﹁俺はフォルナと最初に結婚式をやる。ガキの頃からずっと俺の傍
に居て、俺を想ってくれたあいつ。あいつが居なければヴェルト・
ジーハなんてありえねえ。そんなあいつの気持ちに応えてえと思っ
たからだ﹂
﹁ヒューヒュー、よ、お熱いねェ!﹂
﹁こんな話、絶食系女子のお前に言っても仕方ねえかもだが⋮⋮だ
が⋮⋮それだけ俺にとってフォルナが大事な存在なんだと気づかせ
てくれたのは⋮⋮あいつだ⋮⋮だからあいつらを早く救ってやりた
い﹂
ソッコーで救ってやる⋮⋮そう誓ったんだ⋮⋮一日でも早く。
1944
﹁さっさと、ラクシャサとハットリを救ってやりてえ﹂
一度頭を空っぽにし、﹁今、自分がやりたいこと﹂ということで
頭に思い浮かんだのはそれだった。
自然に頭の中に思い浮かび、口にした言葉。それは偽りのない俺
の本心だった。
俺がそう言うと、クロニアはニンマリと笑みを浮かべた。
﹁そっか⋮⋮じゃあ、そうするにはどうすればいいのかにゃ?﹂
﹁決まってる⋮⋮奪われた古代魔王リリイを奪い返す⋮⋮そのため
には⋮⋮﹂
そう、二人を救うためには、古代魔王リリィが必要。
ラクシャサの体の病や呪いを治すためにもだ。
しかし、それをするにはどうすればいい?
﹁ブラックダックをとッ捕まえる。素直に捕まらねえなら、ちょっ
と手荒にしてでもな﹂
俺はこの時、まるで喧嘩をしにいくようなテンションでそう口に
していた。
だが、それがやけにしっくりきて、俺らしいような気もした。
そして、クロニアもまた俺の言葉に満足したようだ。
1945
﹁うんうん、いいね∼。そうやってやりたいようにやるのが君は一
番いいよ。それに、リリィの力があれば、ラクシャサだけじゃない
⋮⋮キシン君の奥さんとか⋮⋮エルジェラちゃんの悩みもどうにか
なるかもしれないしね♪﹂
﹁あっ⋮⋮⋮⋮そういえば⋮⋮﹂
﹁いよおおおおし! それじゃあ、リリィ奪還に動くとしまショウ
タイム!﹂
クロニアがハイテンションで飛び上がって叫んだ。
それが合図になったのか、客二人だけだったこの店の扉が、勢い
よく開けられた。
﹁ふふふ、ヴェルト氏の口からちゃんとハットリの名前が出てきて
よかったよ﹂
﹁にいさあああああん! やっぱ、兄さんは友達思いッス!﹂
﹁ねえ、僕も行くの? 流石にめんどくさいな∼⋮⋮でも、あの黒
アヒルは殺したいかな?﹂
﹁相変わらず血の気が多いね、ジャレンガ小兄。でも、私も少々奴
らに頭に来てるから、気持ちは少しは分かるかな?﹂
そこには、ルシフェル、ドラ、ジャレンガ、そしてさっきまでヨ
メーズで雑談していたオリヴィアまで!
誰もが好戦的な笑みを浮かべている。
﹁ヴェルトくん。私もブラックダックを知り尽くしているわけじゃ
ない。でも、あいつが次にどこに行き、何をしようとしているかは
1946
見当がつく。⋮⋮というより、どこの﹃世界﹄に行こうとしている
か⋮⋮かな⋮⋮﹂
﹁クロニア⋮⋮お前ら⋮⋮﹂
﹁むふふふふふ、ハットリくんを助けたいのは、君だけじゃナイジ
ェリア。私たち⋮⋮﹃クロニアと愉快な仲間たち﹄もね♪﹂
親指を突き立てて、歯を見せて笑うクロニアは、待ってましたと
ばかりに準備万端だ。
ひょっとして、俺は誘導尋問されたか? まあ、これに関しては
誘導でも構わないが⋮⋮
﹁共同戦線ってやつだよ、ヴェルトくん。君も何人か連れて行ける
人を連れてきて⋮⋮私たちと一緒に行こう﹂
こりゃまた随分と頼もしい連中と協力し合えるもんだ。つうか、
あんな黒アヒルぐらい、このメンツでも十分じゃねえのか?
﹁おっと、それでさ。連れていくメンバーについてなんだけど、ク
レオ姫は絶対誘って欲しいカナリア﹂
﹁⋮⋮はっ? クレオ⋮⋮? なんで?﹂
﹁そりゃー、十年も﹃あの世界﹄に住んでたんだから、色々と教え
てもらわないとね∼。あと、絶対に居てもらわないといけないのは、
コスモスちゃんと、ロア王子﹂
ああ⋮⋮なるほど⋮⋮そういうことか⋮⋮﹃あの世界﹄か⋮⋮
確かに、深海でそういう会話をしていたような気もするな。
っていうか、コスモス? ロア? そこは何で?
1947
﹁あとは誰を連れていくかは相談っちゅうことデンマーク。幸い、
頼もしい人たちがてんこ盛りだからねん♪﹂
⋮⋮あれ? でも、仮に﹃あの世界﹄に行くとして⋮⋮どうやっ
て行くんだ?
﹁なら、あたいも加えてもらおっかな。その、リリィにはあたいも
用事があるんだからな。な? ダーリン♪﹂
﹁⋮⋮⋮⋮OH∼、ジーザス⋮⋮﹂
その時、全身汗だくでいかにも長時間の鬼ごっこを終えたばかり
に見えるヤシャがとても笑顔で、全身を縄でグルグル巻きにしたキ
シンを引きずりながら現れた。
﹁キシン! ヤシャ!﹂
話は聞いていたぜとばかりに笑みを浮かべるヤシャ。観念して苦
笑しているキシン。
更に⋮⋮
﹁ふふふふふ、君はヨメーズ探知能力を甘くみないことね﹂
﹁ふん、宴会場にお前とクロニアが居ないというだけで、私たちが
どれほど敏感になるか分かるまい﹂
﹁ヴェルト様。この身がたとえこれ以上の子を成せずとも、ヴェル
ト様からは離れないという誓いは変わりません﹂
﹁私たちに隠れて、クロニア姫と一緒に旅だなんて許すはずがない
でしょ?﹂
﹁ガルルルルルル﹂
ちょ、物凄い怖い笑顔でニッコリとしている、アルーシャ、ウラ、
1948
エルジェラ、クレオ、ユズリハまで! しかもエルジェラの腕の中
にはスヤスヤと眠りについているコスモスまで!
﹁僭越ながら、既におねむな虎娘ではやはりこれから先は無理でし
ょう。何よりも、ボスを救うためというのなら、このサルトビは地
獄の底でも地の果てでも⋮⋮﹂
﹁フシャアアアアア! 拙者は起きてるでござる! どさくさに何
を無礼な! そもそも、殿の警護は拙者の使命でござる!﹂
ドロンと俺の傍らに急に現れたサルトビ。慌てて飛び出してくる
ムサシ。
﹁嫁さんのための喧嘩やろ? 手ェ貸すで、ヴェルト。キシン﹂
ちゃっかりと好戦的な笑みを浮かべて参上しているジャック。
﹁ぬははははは、ヴェルトとクロニアがエロエロ展開にならなかっ
たのは不満だが、﹃あの世界﹄にもう一度行くならわらわも行くの
だ。流石にあの黒アヒルを捕まえれば、カイザーもわらわにメロメ
ロなのだ! あの鼻でわらわのアソコをイジイジズボズボしてくれ
るのだ!﹂
﹁ひう、だ、だからって、なん、なんで、私まで! 私は残って姫
様の結婚式の準備をォ!﹂
﹁その方がおもし⋮⋮ではなく、向こうの世界に行った経験がある
やつは行った方がいいのだ。世界のためなのだ⋮⋮それに、わらわ
も向こうに置き忘れた玩具を持って帰りたいのだ﹂
1949
ひょっこりと顔を出したエロスヴィッチ。その尻尾には⋮⋮OH
∼⋮⋮可哀想に⋮⋮
﹁お兄ちゃん、僕も何かお兄ちゃんの力になれないかな?﹂
﹁ラガイア行くなら私も行く。ブラックダック捕まえたら、ラガイ
アもその功績で私の婿として国中から認められるはず﹂
お、おお、ま、まさか、ラガイアと⋮⋮しかもキロロまで! ちょっと待て。俺はクロニアとコッソリ抜け出した気分だったの
に、こいつら普通につけてきて、更には全員今の話を聞いてたとか
⋮⋮ハズイことを言っちまってたな⋮⋮
さらには、メンバーを今から相談して選抜しようと思ったのに、
同行希望を自ら宣言して次から次へと押し寄せやがって。
しかもなんつうか⋮⋮
﹁いや⋮⋮ちょっと待て⋮⋮これじゃあ、人数多すぎだろ⋮⋮﹂
でも、誰も引き下がる気はなさそうだった。
⋮⋮班分けでもしねえとな⋮⋮
1950
第109話﹁先発メンバーと三つの班分け﹂
その言葉を言えば死亡フラグ。
あまりにも有名すぎる話である。
でも、この状況、それでも言わないといけないので、俺は言う。
必ず、そんなフラグはへし折ってやると心に誓って。
﹁フォルナ。この戦いが終わったら結婚式だ﹂
﹁ええ⋮⋮楽しみにしていますわ、ヴェルト。準備して待っていま
すわ﹂
翌朝、全ての準備を整えて昨夜のカフェの前で俺たちは集合した。
まだお腹は大きくないとはいえ、それでも同行させることは誰も
が許さず、フォルナ自身も今回は大人しく身を引いた。
﹁ママ、ファルガ、クレラン⋮⋮フォルナのこと、あと結婚式の準
備なんだが⋮⋮﹂
﹁ふん、小さい事を気にしてんじゃないよ、愚婿。あんたはしっか
りとやるべきことをやってきな﹂
﹁そっちに手ェ貸してやりたい気持ちもクソあるが、こっちもこっ
ちでクソ重要だからな﹂
﹁段取り、出席者の確認、諸々任せておいてよ、弟君﹂
まずはエルファーシア王国で俺とフォルナの結婚式を行う。
準備を本格的に行うために、ママとファルガとクレランもお留守
番してもらうことにした。
その分、色々と手ェかけることになるが、三人とも﹁こっちは任
せろ﹂と俺に言ってきた。
1951
﹁ヴェルト、あとのことは任せろよ﹂
﹁帰ってきたらビックリする式が待ってるよ﹂
もちろん、バーツやシャウト、更にサンヌやホークも残る。
身重のフォルナは任せておけと、頼もしく笑っている。
﹁ヴェルト﹂
﹁ああ﹂
﹁武運を祈りますわ﹂
もう一度フォルナと向かい合う。
フォルナは、この瞬間だけは、かつて勇者と名乗っていた時の、
そして国を背負った王族としての表情を見せて俺に告げる。
俺もまた、それを茶化すことなく真剣な顔で頷いた。
﹁おう﹂
俺がそう答えると、フォルナはまたいつものような笑みを見せて、
今度は冗談交じりで⋮⋮
﹁あと、これ以上は増えないことを祈りますわ♪﹂
何が増える? とまでは聞き返さなかった。なぜなら、俺がそれ
にツッコミ入れる前に⋮⋮
﹁﹁﹁﹁大丈夫。そのために私たちが居る﹂﹂﹂﹂
俺の後ろに居た、ウラ、アルーシャ、エルジェラ、クレオ、ユズ
リハ。
1952
この五人が確固たる決意を秘めた目でフォルナに誓った。
いや、そんな約束しなくても、流石にもう増え⋮⋮ふ⋮⋮え⋮⋮
とにかく無事に帰えらねえとな!
﹁ふふふふ、ええ、任せましたわよ﹂
そんなウラたちの宣言にフォルナも安心したように微笑み返して
頷いた。
そうだ。こいつと結婚するんだ。式を挙げるんだ。その準備をし
ておいてもらうんだ。
そんな所に﹁新しい嫁連れてきた﹂は洒落にならないからな。
﹁フォルナ﹂
﹁はい? ッ!?﹂
﹁ん﹂
だから俺も言葉ではなく、もっと雄弁に伝えられる行動で示した。
﹁ほほう、愚婿もやるねえ﹂
﹁あっ!?﹂
﹁⋮⋮いいわね⋮⋮﹂
多少冷やかされようと、もう関係ない。
フォルナと唇を重ね合わせた。
数秒間のキスの後に唇を離すと、フォルナは頬を染めて少し不満
そうに俺を睨んでいた。
﹁ヴェルト! あなたからというのは嬉しいですけど⋮⋮ちょっと
ビックリして、ワタクシはまだヴェルトを堪能できませんでしたわ
!﹂
1953
我儘を言ってくる。でも、別に今の俺は構わなかった。
﹁ったく、⋮⋮じゃあ、もう一回⋮⋮か?﹂
﹁ええ。勿論ですわ⋮⋮。ん! んん、ちゅ、ん、んんんん!﹂
そう言って、俺とフォルナはもう一度唇を重ねた。
今度は唇を重ねるだけではない。深く。
互いの舌が絡み合い、強く抱きしめ合い、一つになるぐらい強く
だ。
﹁うう∼、あんなにムコと∼、いいな∼﹂
﹁我慢なさい、ユズリハ姫。その分⋮⋮今夜からは私たちで毎晩よ
?﹂
⋮⋮まあ、そうなるんだろうけどな⋮⋮
﹁んんんん! ∼∼∼∼∼、ぷはっ⋮⋮⋮ふふ﹂
そんな中、ようやく唇を離すと、目の前にはトロンとしたフォル
ナ。
フォルナは指先で唇を撫でながら俺にウインクしてきた。
﹁ふふふふ、少しヴェルト成分は補給しましたが、あまり長くはも
ちませんわよ、ヴェルト﹂
﹁ああ。だから、ソッコーで帰ってきてやるよ﹂
俺もそう言って、改めてフォルナに誓った。
﹁は∼∼∼∼∼い、ヴェルちゃ∼∼∼∼ん? 君は∼、お留守番の
1954
嫁はフォルナちゃんだけじゃないのよ∼∼∼ん?﹂
その時、ニッコリしながらも﹁いつまでイチャついてんだ、こっ
ちも待ってんだぞ?﹂的な空気を醸し出したママンが俺の肩を力強
く握ってきた。ちょっと痛い⋮⋮
﹁ママン⋮⋮。わーってるよ﹂
そう、フォルナがお留守番なんだ。
既に腹が大きくなっているアルテアなんて、当然だが連れて行く
わけにはいかない。
まあ、アルテアも別に行きたいと思っていたわけじゃねーんだけ
どな。
﹁じゃ、せっかく再会できたばかりだったんだが、ちょっくらまた
でかけてくるぜ﹂
ママンに寄り添うアルテアにそう言うと、アルテアは呆れたよう
に笑ってきた。
﹁勝手にしろっつーの。でも、早く帰ってこねーと、出産時に居合
わせられねーから、気を付けるんだな♪﹂
﹁ああ、勿論だ。つか、気を付けるのはお前の方だからな。体の方
な⋮⋮﹂
﹁へん、お前に言われまでねえし。つか、体ならお前の方が心配じ
ゃね? ウラウラたちの進撃が今夜からすげえと思うぞ?﹂
﹁けっ。それをちゃんと受け止めてこその、一家の大黒柱だろうが﹂
﹁うわ、なんかもうお前、開き直り過ぎ!﹂
アルテアとは、フォルナの時とは打って変わり、何だか結婚する
1955
前の関係とあんま変わらないやり取りと雰囲気だった。
それはそれでいいのかもしれないが、フォルナにあれだけのこと
をしたんだし⋮⋮
﹁アルテア⋮⋮﹂
﹁ん?﹂
﹁一応⋮⋮お前ともチューくらいしとくか?﹂
﹁ぶぼっ!﹂
試しに聞いてみたら、噴き出され、そしてグーで殴られた。
﹁ちょ、お前、どんだけデリカシーないやつだし! 聞き方っつー
のあるだろ! なんだよ、フォルナっちのついでにチューしとく?
みたいなの!﹂
ダメだったようだ。
ママンやフォルナやウラたちも今の俺の発言に呆れたようで頭抱
えていた。
﹁いや、ほら、数日前に一応形的にはお前にプロポーズ断られてる
し、そこらへんフォルナと違って許可なくいきなりやるのも⋮⋮﹂
﹁らしくねーことすんなし! つか、フォルナっちとあんだけ濃厚
なべろちゅーした数秒後に他の女とキスすることがまずいと思えっ
つーの!﹂
まあ、でも、こいつとはこういうやり取りの方が、何だか﹁俺ら
らしい﹂って気にもなる。
こうやって気を楽にして一緒に居られる。
それはそれでいいことなんだと思う。
1956
﹁わーったよ。まっ、何度も言うけど気を付けろよ﹂
﹁おう。お前も枯渇して帰ってくんなよな?﹂
そう言って、俺たちは言葉を交わし合った。
そして⋮⋮
﹁あっ、そうだ﹂
﹁ん?﹂
もうここまで大きくなった﹁こいつ﹂にも言っておかねーとな。
俺はアルテアの前で屈み、大きくなったお腹に手を置いて⋮⋮
﹁じゃ、父ちゃんちょっくら出かけてくるから、ちゃんといい子に
してろよ?﹂
﹁ちょまッ/////////﹂
﹁﹁﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!?﹂﹂﹂﹂﹂
お腹の中の子供にそう呟いたら、なんかアルテアが顔を真っ赤に
⋮⋮いや、他の奴らも⋮⋮
﹁お、おま、ぐっ⋮⋮やば⋮⋮こんな時にズキュンさせんの反則だ
っつーの⋮⋮﹂
﹁ああ? どーした、アルテア﹂
﹁ぐっ⋮⋮まぢ最悪⋮⋮まぢありえねえし⋮⋮⋮⋮くそ、まぢニヤ
ケがおさまんねーし⋮⋮﹂
1957
突如顔を隠してプルプルと震えだすアルテア。
なんだ? そんな笑いが堪えられないほど俺はおかしなことを⋮
⋮? いや⋮⋮
﹁ッ、ヴェルトー! このお腹にも! まだ大きくはありませんが、
このお腹の中にはあなたの子供が! この子にも行ってきますを!﹂
﹁ぐうっ、あ、アレ、なんかいいな⋮⋮う、うらやましい⋮⋮新婚
のお嫁さんだ⋮⋮﹂
﹁しかも彼の方から自然に⋮⋮ちょっと、今のは私もキタわね⋮⋮﹂
﹁ヴェルト様⋮⋮はあ⋮⋮やはり、少し妬けてしまいますね⋮⋮﹂
﹁うう∼∼、いいな∼、ムコの赤ちゃん⋮⋮﹂
﹁やはり、私もこの旅で確実に種付けされないといけないわね⋮⋮﹂
なんか、まずいことを言ったようではないようだ。
ただ、何だかすごい恥ずかしいことを俺は無意識で言ってしまっ
たようだ。
すると、震えていたアルテアが⋮⋮
﹁あ∼∼∼∼、もう! ヴェルトッ!﹂
﹁ん? ︱︱︱︱︱︱︱ッ!?﹂
﹁ん﹂
我慢の限界とばかりに唸ったアルテアが、いきなり俺に唇を重ね
てきた。
フォルナと逆で、今度は俺が不意打ち食らって驚いてしまった。
﹁ん⋮⋮⋮⋮このアホ﹂
﹁つおっ!?﹂
そして、数秒間のキスを終え、唇が離れた瞬間、真っ赤な顔した
1958
アルテアが俺の頬を軽くビンタした。
﹁ちょ、なんで殴る!﹂
﹁うるせー。もう、お前の所為だし。あ∼∼∼もう、クソ! は∼
∼∼、惚れた方が負けって⋮⋮もう、どの世界でも同じなんだな⋮
⋮﹂
少しやけくそ気味で、もう呆れたように呟くアルテア。
何だか俺もドキッとした。
そして、アルテアはもう観念とばかりに苦笑して、俺の胸を軽く
グーで叩いた。
﹁しっかりやってこい、こんのバカ亭主﹂
﹁ッ! ⋮⋮ああ、当然だ﹂
不覚にも⋮⋮それを嬉しいと思っちまった。
何だか、アルテアに負けたようで少し悔しい気もしたが、それは
お互い様なのかもしれねえな。
﹁﹁﹁﹁﹁︵つーか、いつまでイチャついてんだ、こいつら︶﹂﹂﹂
﹂﹂
そんな俺たちのやり取りを、最初は微笑ましそうにニヤニヤニマ
ニマ眺めていた連中も、何だか今ではイライラしているような雰囲
気を感じた。
﹁いや∼∼∼∼⋮⋮半年会ってないけど、前以上にラブラブになる
とは⋮⋮やっぱ、子供の力はパナいね⋮⋮﹂
1959
バカップルさんそろそろ⋮⋮みたいな感じで声をかけてくるラブ
に慌てて振り返った。
﹁ああ。ラブ、お前ともゆっくりできなかったが⋮⋮まあ、アレだ。
結婚式の段取りだが⋮⋮﹂
﹁もう、そっちはパナイ任せて。本当は俺もそっちについていきた
い気もするけど⋮⋮﹂
﹁しゃーねーだろ、コスモスは事情があるが、流石にピースをつれ
てくわけにはいかねーだろ﹂
今回、ラブは来ないことになっている。
本来、組織の社長だったラブが居てくれた方が、残党たちを捕ま
えるのに良いというのもあった。
しかし、今回クロニアの提案により、マニーが来てくれることに
なった。
ここで、ラブまで来ることになると、まだ幼いピースが一人にな
ってしまうこともあり、それは避けさせた。
﹁マニーちゃんのこと⋮⋮パナイ頼んだよ﹂
﹁まあ、それこそパナイ大丈夫だと思うけどな﹂
そう言って、少し離れた場所に居るマニーをチラッと見ると、マ
ニーは小さなピースを抱えてキスをして﹁行ってくるね∼﹂と挨拶
していた。
﹁ピースちゃん、お留守番だよ? チュッチュッ。お土産いっぱい
買ってきちゃう∼!﹂
﹁はい、あの、お気をつけて⋮⋮ピースいい子に待ってます﹂
﹁ん∼∼∼∼、ピ∼∼スちゃ∼∼∼ん!﹂
1960
マニーが一緒に来る。正直、戦力的にも人数的にも申し分ないメ
ンツが揃っているものの、正直、マニーの存在と重要度はこの中で
非常に高かった。
なぜなら、マニーの魔法無効化能力があれば、ブラックダックの
魔法等を完封できる。
まあ、ぶっちゃけガチの戦闘でもこの戦力なら勝てるとは思うけ
ど、それ以上に、マニーのテレポートが一番重要だ。
これだけの大人数、しかも班分けして行動する以上、常に俺たち
の間を行き来できるマニーは非常にありがたい存在だ。
﹁お∼い、ヴェルトくんや∼い、それにみんなさんも。そろそろい
いでスカイ?﹂
そんな、各々がそれぞれのやり取りをしている中、そろそろ出発
だとクロニアが手を叩いた。
﹁一応、おさらいだけど、行く人と現地で基本的な行動をする班分
けはこうだからネーデルラント?﹂
クロニアの言葉を聞いて、行く奴らが前へ出て、そして各々三つ
のグループに分かれる。
その班分けはこうだ。
●チーム・愉快な仲間たち:
クロニア、ルシフェル、ドラ、ジャレンガ、ジャックポット、
ネフェルティ、マニー、フルチェンコ、キモーメン
1961
●チーム・ロイヤルファミリー:
ヴェルト、ウラ、エルジェラ、アルーシャ、ユズリハ、
クレオ、オリヴィア、ムサシ、サルトビ、コスモス、ペット
●チーム・純恋愛ズ:
キシン、ヤシャ、キロロ、ラガイア、ロア、ヒューレ、
カイザー、エロスヴィッチ、トリバ、ディズム
っとまあ、こうなった。
1962
第109話﹁先発メンバーと三つの班分け﹂︵後書き︶
流石に、ヴェンバイとイーサムとユーバメンシュを連れて行くと、
パワーバランスがおかしくなるので・・・・・・・嗚呼、もう手遅
れやった。
新シリーズでは、そこそこ長く大きな戦いになると思えるため、﹁
こいつ入れとくか﹂﹁こいつ置いてきぼり可哀想か?﹂﹁こいつせ
っかくまた出てきたんだから連れてかねえと﹂とやっていった結果、
大変大所帯な人数になりました。
﹁やっぱあいつ出しときゃ良かった﹂と後になってで後悔するより
も、最初から後悔する荊の道を選びました。
1963
第110話﹁新たなる旅立ち﹂
﹁あの⋮⋮私本当に行かないとダメですか?﹂
﹁まあ、そう言ってはダメよ、ペット・アソーク。せっかく向こ
うの世界を経験したのだから、その経験を活かしてもらわないと﹂
﹁⋮⋮でも∼∼、なんか、この班⋮⋮嫌なんです⋮⋮もう心から
嫌です⋮⋮﹂
ちなみに、ほとんどが皆、自分の意思で参加表明している中で、
唯一嫌がりながらも強制参加させられたのはペットだった。
悲しみに打ちひしがれているペットを、クレオが頭を撫でて慰
めている。
﹁できれば⋮⋮私、愉快な仲間たち⋮⋮に入れてもらえたら⋮⋮
チーム・純恋愛ズは居場所ないですけど⋮⋮愉快な仲間たちなら⋮
⋮﹂
﹁ねえ、ペット・アソーク⋮⋮あなた⋮⋮昨日、下着を穿いてい
なかったそうね⋮⋮﹂
﹁ひうっ!? クレオ姫様、ど、どうしてそれを⋮⋮そ、それは、
エロスヴィッチ様がイジワルして⋮⋮﹂
﹁⋮⋮帝国貴族のあの気持ち悪いブタ⋮⋮そのこと知って、さっ
きからずっとあなたの下半身を凝視してるわ?﹂
1964
﹁⋮⋮へ⋮⋮?﹂
ペットとクレオがチラッと視線をズラす。そこには、ゲスで気
持ち悪い笑みを浮かべているキモーメンがジーっとペットのスカー
トを凝視して、独り言を呟いていた。
﹁ぐふ、ぐふふふ⋮⋮ペットちゃん⋮⋮お、大人しい顔して、い、
淫乱、なんだな⋮⋮ヴェルトくんはペットちゃんいらないみたいだ
し⋮⋮ぼ、僕の奥さんの一人にして、あ、あげるんだな⋮⋮身分も
ピッタリなんだな﹂
﹁ヒッ!?﹂
﹁今も⋮⋮穿いてないんだな? ぐふ、ぐふふふふふふふ﹂ これでもかと顔を青ざめさせるペットはガタガタブルブル震え
て泣きそうだった。
﹁⋮⋮あなた、愉快な仲間に入ったら⋮⋮狙われるわよ?﹂
﹁ひいいいいっ!? や⋮⋮いやぁ⋮⋮ひっぐ⋮⋮ううう﹂
﹁大人しく、こっちに居た方がいいわよ? 色々な意味で﹂
﹁で、でも⋮⋮ヴェルトくんと同じ班なんて絶対に嫌ですし⋮⋮﹂
﹁それは何故かしら? ⋮⋮ドサクサに紛れて進展⋮⋮﹂
﹁そういうのが嫌なんです! これ以上、本気になっ⋮⋮と、と
にかく、どーせ旅先で毎日ヴェルトくんは皆さんとその⋮⋮そ、そ
んな中で生殺しとか⋮⋮でも、確かにドサクサで⋮⋮ううん、とに
かくもうヴェルト君と一緒に行動するのは嫌なんです!﹂
1965
﹁⋮⋮⋮じゃあ、あのブタと⋮⋮﹂
﹁だから、行かないっていう選択はダメなんですか∼!?﹂
﹁⋮⋮ちなみに、今は穿いてるの?﹂
﹁穿いてるに決まっ! ⋮⋮あれ?﹂
とまあ、そういうことや、その他諸々の事情によりこういう班
分けになったのだが、なんだろう⋮⋮他の班の方が戦闘力ヤバそう
なの。
そして、俺の班は真面目な旅になるんだろうか? 夜とか⋮⋮
何だか物凄いいかがわしい旅になりそうな気もするが⋮⋮
﹁ふしゃーっ! 殿とお嬢様の御身は拙者が守るでござる! 猿は
あっちに行ってるでござる!﹂
﹁まあ、勝手に吼えているがいいです、虎猫﹂
そして、この二人が俺から離れることなく、既に臨戦態勢のム
サシとサルトビ。
こいつらに囲まれるのはどうなんだろうか⋮⋮
個人的に班の戦力を考えると、キシンとかジャックあたりが居て
くれたら頼もしいんだが⋮⋮まあ、この班はこの班で戦闘力にも問
題はそんなに見られないけど⋮⋮
﹁ぬわっはっはっはっは! カイザーとズボズボの旅なのだ∼!﹂
﹁ぐっ⋮⋮⋮⋮なぜ⋮⋮小生まで⋮⋮﹂
﹁大人しく言うこと聞くのだ。さもなくば、この国に残って子供
たちに保健の授業をわらわが行うのだ﹂
﹁⋮⋮ヌっ⋮⋮﹂
﹁もう、簡単にはぶっ飛ばされぬのだ。今度は本気の状態でわら
わも抵抗するのだ⋮⋮﹂
﹁そんなことをしたら、せっかくここまで作り上げられた国が壊
1966
れるゾウ!﹂
﹁なら、黙ってわらわと、旅に出るのだ∼﹂
そういや、意外なメンツと言う意味では⋮⋮まさか、カー君ま
で来てくれるとはな。
エロスヴィッチの半ば脅迫で仕方なくという可哀想なことにな
ったが、やはりエロスヴィッチにこの国で保健体育をやらせるわけ
にはいかねーから、ここは大人しく従ってもらうしかない。
﹁はあ、俺っちは崩壊したカブーキタウン修復に行きたいところ
だけど⋮⋮﹂
﹁ごめんちゃいちゃい、フルチェンコくん﹂
そう言えば、ペットやカー君以外の意外なメンツという意味で
は、何と今回の同行者の中にフルチェンコが居ることだ。
新たなる世界の文化を調査という名目ではあるが、フルチェン
コの同行はクロニアの推薦でもあった。
﹁ほらさ、ヴェルトくんの話だとさ、どうやら向こうの世界にク
ラスメートたちが何人か居るみたいでさ。万々が一トラブルが起こ
ったら、そこはも∼、前世のクラスメートの弱みを知り尽くしてい
るフルチェンコくんの出番というわけでさ∼﹂
ゲヘヘヘ、と悪だくみな顔をしているクロニア。まあ、フルチ
ェンコの同行の意味はそんな所だ。
﹁⋮⋮まあ、いいけどさ⋮⋮でさ∼、クロニアちゃん、君は君で
こっちの班でいいの∼?﹂
﹁ん? 何がダイヤ?﹂
﹁⋮⋮絶食系女子︵笑︶のクロニアちゃんにはアレだけど、ヴェ
1967
r︱︱︱︱︱︱﹂
﹁んふ∼、フ∼ルチェ∼ンコく∼ん? ぶっとばっすぜ∼い?﹂
にしても、クロニアとフルチェンコって意外と仲良かったんだ
な⋮⋮知らなかった⋮⋮。べ、別に羨ましいとか思ってねーんだか
らな!
﹁ダーリンと旅行は久しぶりだぜ﹂
﹁この旅行で私もお腹の中の人口を一人増やす。ラガイアと⋮⋮﹂
﹁へい⋮⋮ラガイアボーイ⋮⋮⋮⋮生きてるか?﹂
﹁⋮⋮せっかくお兄ちゃんの力になりたかったのにこの班分け⋮
⋮﹂
にしても、キシンとラガイアを捕縛した状態で引きずっている
ヤシャとキロロ⋮⋮こいつら、目的変わってねーか? ⋮⋮それは
ウチの班にも言えることだが⋮⋮
﹁ぐわはははははは、まあ、若者たちで精々気張るんじゃな。おぬ
しらが不在の間の世の平定は、ワシらに任せておけ﹂
﹁ようやく敗北を知って世代交代かと思えば、ノンビリ隠居させ
てはもらえぬか⋮⋮まあ、あまり向こうの世界を騒がせぬことだな﹂
﹁いってらっしゃいね∼∼∼ん﹂
﹁愚婿、遅くなるんじゃないよ!﹂
﹁クソ早く帰ってこい﹂
﹁お姉ちゃん、とびっきりおいしい料理を準備して待ってるよ♪﹂
﹁アヒル共に興味はねえ。ただ、ガキどもの教育とその身の安全
はこの俺様が命がけで守ってやるから安心しろ﹂
﹁パナイ気を付けてね﹂
﹁ウラ姫様、お体に気を付けて。後は私に任せてほしいでありま
す﹂
1968
また、同行組に戦力やら人材が偏っている半面で、残留組には、
イーサム、ヴェンバイ、ママン、ママ、ファルガ、クレラン、チー
ちゃん、ラブやルンバ等のメンツも居るから安心して後は任せられ
る。
﹁さ∼て、じゃあ、とういうわけで、THE・ラクシャサ・ハッ
トリくん救出大作戦のために、ブラックダックたちをぶっ飛ばすツ
アーに行きまっせ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁おおおおおおおおおおおおッ!!﹂﹂﹂﹂﹂
というわけで、約三十名近くの大所帯でのツアーが始まるのだ
った。
まあ、ブラックダックやら、残党やら、深海族やら地底族やら
天空族やら、そこら辺が絡んでいるとなると、普通ならば国家級の
軍を派遣するレベルのところだが、まあ、このメンツで十分だろう
と、安心感というか、逆に敵が気の毒になりそうな雰囲気が漂って
いた。
で、ようやく準備が出来たわけだが⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁で、どうやって行くんだ?﹂﹂﹂﹂﹂
と、のっけからほとんどの奴が行き方を知らないようだ。
だが、クロニアは笑って⋮⋮
1969
﹁じゃあ、準備といきまっか。マニー。そして、コスモスちゃんと
ロア王子、協力お願いね♪ ﹃正規のルート﹄で向こうの世界に行
くには、私を含めたこの四人の協力が不可欠﹂
正規のルート? それは一体⋮⋮
﹁今から、﹃ドア﹄を一時的に開放するよ﹂
その時、クロニアの瞳の紋章眼が輝いた。
紋章眼を発動させたクロニアは続ける。
﹁かつて神族がこの神族大陸を捨てて、新たなる地を求めて旅立っ
た世界。異界に存在するその世界と行き来を可能としたその通路を
﹃ドア﹄と呼び、2000年以上昔、そのドアを六人の選ばれし者
たちが封印した。ちなみに、その六人というのは神聖魔法の使い手。
今でいう聖騎士だね。以降、その扉は長く封印され、この世界と神
族の干渉は途絶えた。そしてその扉は、いつの日か現れる﹃代行者﹄
と﹃三つの鍵﹄を揃えるまでは、決して開かないようになっていた。
まあ、それが神族封印に関するウンチクね﹂
その話は、以前、神族世界の奴らがこの世界に現れた時に聞いた
話だった。
なんか、あのクロニアが難しい単語をツラツラ並べているのが、
何だかムカつく。
こいつ、前世では成績最下位だったくせに。
﹁もっとも、どうやら最近になって、ドアを通る以外で神族世界と
の行き来もできるようになってたみたいだけどね﹂
1970
そう言って、クロニアや周りの視線がクレオに向けられた。
クレオも頷いて、クロニアに続く。
﹁ええ。十年前、嵐の夜に深海賊団に襲撃された際、私は次元の歪
みに飲み込まれて神族世界へとたどり着いたわ。当時、その私を保
護してくれた、ブリッシュ王国は、その事実をトップシークレット
とし、世界各国の優れた技術者のみを集めて、次元の歪みの研究を
行い、その結果、こちらの世界と神族世界を渡航できる装置を開発
したわ﹂
それが、俺たちが以前、神族世界を行き来できた﹃ジャンプ﹄と
いう装置。まあ、膨大なエネルギーが必要だったり、人数に制限が
あったりと、結構制限があったみたいだけどな。
﹁そう、で、ブラックダックの話だと、彼らもその装置を手に入れ
て神族世界に向かったっポイよね。だから、あいつらを捕まえるに
は、私たちも神族世界に行く必要がアルジェリア﹂
そして、ここで最初に戻る。
そう、どうやって神族世界へ行くのかだ。
で、それを可能にするのが、今、集められたメンツというわけだ。
﹁で、その装置のない私たちが神族世界に行くためには、一つしか
ない。正規のルート。つまり、ドアを開けて行くしかないってこと﹂
そこでクロニア、ロア、コスモス、そしてマニーとなる。
﹁まず、ドアの封印を解く。二千年前の神聖魔法、死して尚も残る
ほど強力な封印魔法。それを解くことが出来るのが、﹃代行者﹄⋮
1971
⋮すなわち、﹃魔法無効化能力﹄を持つ、マニーだよん♪﹂
その瞬間、場がざわつき出した。戦えば対魔法では無敵を誇るマ
ニー。
しかし、その正しい使い方は、神族世界とこの世界を繋ぐドアの
封印を解くこと。
﹁でも、封印の魔法を解除するだけではドアは使えない。ドアを完
全に解放するには、﹃三つの鍵﹄⋮⋮﹃三種の眼球認証システム﹄
が必要となる。それが⋮⋮三種類の紋章眼﹂
クロニア。続いて、ロア、そしてコスモス。
聖命の紋章眼。
真理の紋章眼。
創造の紋章眼。
今、その三つの瞳までもがこの場に揃っている。
﹁ちなみに、この三つの瞳とマニーの能力があれば、世界各地の神
族の封印の祠も全部開けられるんだよね♪ これは余談ダンダン﹂
それは、正に世界が今こそ征服されたかのような感覚。
この四人の力を手にした者こそが、世界の行く末を全て左右させ
ることが出来るかのような。
﹁ヘイ、ミス・クロニア。とりあえず、その説明はアンダースタン
ドだ。ただ、問題なのは⋮⋮そのドアがどこにあるかだ﹂
そこでキシンが疑問を口にした。
そうだ。その﹃ドア﹄ってのが結局どこにあるのかが、まだ俺た
ちは知らない。
1972
しかし、クロニアはニヤニヤ笑いながら意外なことを口にした。
﹁この国にあるよん﹂
﹁﹁﹁﹁﹁なにいいいいいいっ!?﹂﹂﹂﹂﹂
その瞬間、その場に居た全員が驚きの声を上げた。
﹁えっ、ほんとなの、クロニアちゃん? なに、そのパナイ偶然﹂
﹁ううん。偶然じゃないよ、ラブくん。そもそもラブくんがこの地
に夢の国を建設できたのは、他種族がかつて神族大陸の領土争いの
戦争をしたとき、その場所が奪われないようにラブ&ピースに守ら
せるために聖騎士がそうさせたんだよ。まあ、当時はアジト建設が
目的であって、夢の国建設は聖騎士も予想外だったと思うけどね﹂
クロニアの言葉に、この地に夢の国を作ったラブは口を開けて固
まってしまった。
﹁いや、ラブ、お、お前、知らなかったのか?﹂
﹁う、うん⋮⋮俺はただ、素でアジトを兼ねた遊び場が欲しかった
だけで、細かい場所の選定は聖騎士ヴォルドに任せ⋮⋮ぬわあああ
あああああ、そういうことか!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁いや、気づけよ!!﹂﹂﹂﹂﹂
この事実に、ラブは頭を抱えてのたうち回った。
かつては、色々な人や命を使って世界を舞台に遊んでいたラブ。
しかしその実態は、誰かの手の平の上で利用されていたこと。
1973
﹁⋮⋮つか、クロニア⋮⋮お前、聖騎士でもねーのに、何でそこま
で詳しいんだよ﹂
﹁そりゃーもう、私の半生波乱万丈な人生の中で色々と、もうそれ
を説明するだけでライトノベル三冊ぐらい書けちゃうん♪﹂
こいつ、本当に色々あったんだろうな。あのバカ女が、知り、動
き、そしてこれまで背負ってきた。
まだまだほじくれば色々と出てきそうではあるがな⋮⋮
﹁とりあえず、分かった。まあ、細かい話はまたゆっくりってこと
で⋮⋮んで、そのドアはこの国のどこにあるんだ?﹂
﹁ん? ここ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮ぬわにっ!?﹂﹂﹂﹂﹂
その瞬間、また全員でハモって声が出てしまった。
クロニアが指をさした先にあるのは、なんと昨日俺とクロニアが
サシで飲んでいたカフェ。
そして現在俺たちが集合している、UFOやら円盤やらの装飾が
された店。
﹁ちょ、マジで! この﹃スペースオーシャンウォーズ﹄のお店に
? パナイ知らなかった!﹂
﹁自分も知らなかったゾウ﹂
﹁アンビリーバブル。まさか、ここに? いや、ここにはミーも来
たことはなかったが﹂
﹁バイトの着ぐるみが恐すぎるってことで、ガキ共も近寄らなかっ
たしな⋮⋮﹂
しかも、ラブやカー君たちも普通に知らなかったようだ。
じゃあ、クロニアが昨晩、俺をここに連れてきたのも⋮⋮
1974
﹁いや∼、なんかもう、俺っちには驚きの連続でついてけないね∼。
しっかも、﹃スペースオーシャンウォーズ﹄のカフェか⋮⋮クロニ
アちゃんこういうの好きそうだね﹂
衝撃の事実の連続で、もう呆れたように笑うフルチェンコはそん
なことをシミジミと口にした。
すると、その時だった。
﹁では、準備スタンバイ! 開け∼、ゴマッ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!!??﹂﹂﹂﹂﹂
クロニアが声を張り上げた。その瞬間、俺たちの足元に揺れが走
り、店の入り口の地面が割れた。
そこには地下へと続くダダッ広い階段と、その奥に、城の城門ぐ
らいのサイズはありそうな、デッカイ鋼鉄製の厳重そうな扉があっ
た。
﹁こ、こんなものが⋮⋮この店の下に⋮⋮﹂
正に灯台下暗しとはこのことだと、誰もが呆れていた。
そして、扉を前にして、まずマニーが前へ出る。
すると、その瞬間、扉に何重もの異様な紋様が浮かび、輝き、そ
してその全てが砕け散った。
﹁⋮⋮扉ノ開錠ニハ、眼球認証ガ必要デス⋮⋮提示シテクダサイ﹂
1975
そういうシステムなのか、扉から機械音声が聞こえてきた。
まさかのSF仕様か⋮⋮
﹁指示が⋮⋮これは僕たちが?﹂
﹁ねえ、コスモスなにするの?﹂
﹁そう、ロア王子とコスモスちゃん⋮⋮そして私の紋章眼を発動さ
せて扉の前に﹂
まあ、前世組はそこまで驚くものでもないが、ムサシとかビクビ
クして怯えてる。かわいい。
﹁認証完了シマシタ。ドアロック解除シマス﹂
プシュッと空気が外に漏れる音、僅かな蒸気が下から噴いてくる。
それは、二千年以上前に設置された扉。
世界と世界を繋ぐ伝説のもの。
それを目の当たりにしたにしては、俺自身はそこまでの感動はな
いが、この世界の奴らは少し感嘆の表情を浮かべていた。
﹁この向こうにあの世界が⋮⋮つっても、何だか回りがグニャグニ
ャして光も見えねえし⋮⋮本当に大丈夫なのか?﹂
扉の向こうには、壁も天井も、それどころか大地もない。
どこまでも歪んだ暗い世界が広がっていた。
﹁これは⋮⋮次元の歪み?﹂
﹁大丈夫なの? っていうか、これって神族世界のどこに繋がって
いるの?﹂
1976
﹁しかも二千年間使われてなかった扉だからな⋮⋮﹂
正規のルートとはいえ、何だか誰もが不安な顔を浮かべている。
確かに、これでちゃんと向こうに行けるのか、しかもどこに繋が
っているか分からないのは不安だ。
俺も若干気が進まなかった。
だが、クロニアは⋮⋮
﹁大丈夫。所詮は次元の歪み。今から神族世界に行こうとしている
このメンバーの方が遥かに強くて恐くてヤバイから、ラクショーだ
って♪﹂
次元の歪みよりも、俺たち全員の方が恐い。そう言われると、﹁
確かに﹂と誰もが納得したように笑い、肩の力が抜けた。
﹁じゃっ、行くか! つーわけで、行ってくるぜ、フォルナ。アル
テア﹂
﹁ええ、くれぐれも増やさないように気をつけるのですよ?﹂
﹁ははは、ウケる。心配なのはヴェルトの体じゃなくて、嫁が増え
るかどうかって!﹂
そろそろ行こうと、俺は一度振り返ってフォルナたちに告げる。
その他の奴らも各々軽い挨拶を済ませている。
すると⋮⋮
﹁ミ・ナ・サ・ン・イ・ク・ノ・デ・ス・ネ﹂
1977
意外な存在の声がこの場に響いた。
昨晩の﹁ワレワレハ﹂口調のエイリアンコスプレバイト。
これは⋮⋮いやいやいや、その前に⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁な、何か現れたッ!?﹂﹂﹂﹂﹂
当然、皆、ビックリしてそういう反応を見せるわな。
﹁うええええええん、恐いよ∼、パッパ∼、ムサシ∼、チーちゃん、
ええええん﹂
﹁貴様ァ! さては次元の歪みから現れた怪物でござるか!﹂
﹁ウガアアアア、テメエが噂の怪物着ぐるみバイトか! コスモス
を泣かせるんじゃねえ!﹂
﹁エイリアンコスプレエエエエエ! えっ? ていうか、俺、パナ
イ知らなかったけど、誰この人!﹂
昨日、俺とクロニアに飲み物を一杯出した後は、店の奥に行って
しまったために、実はここに居る連中には初顔合わせ。
この世界では流石にありえない、エイリアンというコスプレには、
人間、亜人、魔族問わずに皆が驚いている。
﹁いや、っていうか、ラブ、お前がこういうコスプレと宇宙人言葉
をやらせてんじゃねえのか?﹂
﹁えっ? なにそれ? 俺もパナイ知らなかったよ? えっ、てい
うか、これ誰がやらせてるの? キシンくん?﹂
﹁へい、ミーも知らなかった。ユーではないのか?﹂
あれ? ラブもキシンも知らない? えっ? じゃあ、こいつ誰
なんだ?
1978
﹁ク・ロ・ニ・ア⋮⋮オ・マ・エ・ノ・ミ・チ・ヲ・シ・メ・ス・
ガ・ヨ・イ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮うん⋮⋮﹂
しかも、ただのバイトじゃねえ。
クロニアと何か意味深な⋮⋮
﹁お前⋮⋮なんか、普通に事情知ってるっぽいけど、何なんだ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁クロニア、誰なんだよこいつは!﹂
﹁ふっ⋮⋮いいよ、もう。行こう、ヴェルトくん。みんな⋮⋮﹂
こいつは只者じゃない。
クロニアに問いかけると、クロニアは無言のままエイリアンコス
プレを見つめている。
すると⋮⋮
﹁グワハハハハハハハハハハハハハハ! なるほどな⋮⋮ワシも直
接会うのは初めてじゃが⋮⋮なるほどのう⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ふっ⋮⋮そういうことか⋮⋮クロニアめ、隠していたな?﹂
このエイリアンの何かに気づいたのか、イーサムとヴェンバイは
笑みを浮かべた。
二人は、こいつの正体に気づいたのか? すると⋮⋮
1979
﹁ヴェ・ル・ト・ジ・イ・ハ⋮⋮⋮⋮もう、面倒なので普通に喋ら
せてもらおう、ヴェルト・ジーハ﹂
﹁﹁﹁﹁﹁しかも普通に喋れんのかよ!﹂﹂﹂﹂﹂
エイリアンが突如俺の名を口にして普通に喋りだした。
しかし、男なのか女なのかも判別しづらい、どちらかというとド
アから聞こえたのと同じ、機械的な声に感じる。
クレオと神族世界で戦った時、最初正体を隠していたクレオが機
械音声を使って喋っていたかのような、あの声質に似ている。
﹁ヴェルト・ジーハ。﹃箱舟﹄は⋮⋮この世を統一した君に委ねる﹂
﹁はあ? つか、箱舟? それなんだよ!﹂
﹁そして、全てを知った後⋮⋮クロニアのように﹃モアと戦う道﹄
を選ぶか、﹃ノイ﹄のように﹃モアから逃れる道﹄を選ぶか⋮⋮い
や、今はブラックダック⋮⋮そう名乗っているのだったな⋮⋮﹂
﹁ッ!?﹂
そう言って、エイリアンコスプレ野郎の体にノイズが走った。
それは、転送の魔法か何かか?
いきなり現れて、言いたいことだけ言って勝手に消える気か?
﹁待て、テメエは何者だ! 勝手に現れていきなり消えんな! お
い!﹂
1980
お前は何者だと俺が叫んだ瞬間、そのエイリアンは最後の最後に
⋮⋮
﹁我は全ての始まり⋮⋮ミシェル⋮⋮聖王と呼ばれし者だ﹂
その瞬間、俺たちは次元の穴に吸い込まれ、この世界から旅立っ
たのだった。
1981
第111話﹁新尻ーズ︵×︶⋮⋮新シリーズ︵○︶﹂
﹁あの野郎⋮⋮覚えてやがれ⋮⋮帰ったら、ぶっ飛ばしてやる⋮⋮
つうか、クロニアも隠してやがったな⋮⋮﹂
フォルナとの結婚式のため、そしてアルテアが子供を生む前に、
早く帰ってラクシャサとハットリを復活させる。
それ以外に帰る目的がもう一つ増えた。
あの、ふざけたエイリアンコスプレ野郎を一発ぶん殴ることだっ
た。
﹁みんな、見て! 向こうの出口のドアがある! マニー、ロア君、
コスモスちゃん!﹂
次元の世界に飲み込まれた俺たち。つか、ちゃんと人数確認しな
いと、一生この世界に閉じ込められそうで恐いな。
存在感薄い奴だったら、絶対に取り残されていただろうな。まあ、
俺の周りに存在感が薄い奴なんて居ないんだけどな。
﹁認証シマシタ。ドアロックヲ解除シマス﹂
神族世界側のドアが開いた。この向こうにあの世界が広がってい
る。
﹁ねえ、ヴェルトくん。確認だけど、その神族世界って、私たちの
前世よりも更に発達した科学技術の世界っていう認識でいいのよね
?﹂
﹁ほんで、アレやろ? 草食系の奴らばっかやとか聞いたで?﹂
1982
﹁ニューヨークを模した世界でロックを知らないという、実にsh
itなワールド﹂
﹁結婚や恋愛にも国の許可が必要だってね。まあ、俺っち的にはそ
ういう響きって逆にエロエロに感じるけど﹂
﹁そんでさ∼、橋口くん、響ちゃん、歩ちゃん、七河くんたちが色
々とやらかしたり、やらかそうとしている世界だってね♪﹂
﹁BLなんて私は興味ないんだけどね⋮⋮むしろ、百合の推進はな
かったの?﹂
﹁うん、そういうジャンルだって人気あると思う⋮⋮﹂
アルーシャ、ジャック、キシン、フルチェンコ、クロニア、トリ
バ、ディズムの順に確認ということで聞いてきた。
そう、俺たちにとってはどこか前世を思わせるような世界であり、
そして俺たちの元クラスメートたちも絡んでいる世界。
﹁ああ。草食系たちが世界の治安を維持しようとしている中で、娯
楽文化で革命を起こそうとしている奴らが潜んでいる、まあ、⋮⋮
俺としては、ちょっとジャンル的にあまり共感できなかった世界だ
ぜ﹂
俺たちの居た前世の近未来世界をイメージできる世界。
そして、あらゆるものが規制されてガチガチになったお利口さん
たちの世界。
﹁それが新世界グランドエイロス⋮⋮まあ、魔法がない分、技術力
は俺らの世界の非じゃねえから、そういう方面では気をつけたほう
がいいぜ﹂
こっちが、剣や魔法で戦う世界なら、向こうはレーザー光線など
をぶっ放す世界で。
1983
あまりにも異色過ぎる世界との対面だから、いくら戦闘方面でこ
っちが頼もしい奴らばかりとはいえ、不安がないわけでもない。
﹁つうか、しくったな﹂
﹁何が?﹂
﹁いや、こういう時は、色々と雑学に長けた、天才ニートが居たら
なってさ⋮⋮﹂
﹁ああ、ニートくん⋮⋮そういえば、ニートくんも前回の旅で一緒
だったのよね?﹂
﹁おお。いや∼、あいつが居てくれて結構助かったんだぜ?﹂
﹁へえ﹂
そんな会話をアルーシャとしていて、俺たちはふとニートのこと
を思い出した。
そう、前回はあいつが⋮⋮
あいつが⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁あっ!?﹂﹂﹂﹂﹂
そしてその時、俺たち前世組みは一斉に気づいた。
﹁﹁﹁﹁﹁家出したニート︵くん︶のことをすっかり忘れてたァ!
!??﹂﹂﹂﹂﹂
そうだった! こういう時のニートをすっかり忘れてた! そん
で、あいつ、家出してたんだった。
そうだよ、フィアリが泣きながら通信してきて⋮⋮
﹁そういや、アルーシャ。お前、フィアリと話してたんだよな? 1984
ニートってどこに家出したかって分からなかったのか?﹂
﹁っていうか、私もミステイクしちまったぜい。布野さんとか七河
くんとか、そこらへんのメンツなら、むしろ土海紫苑くんこと、ニ
ートくんを呼ぶべきだったぜい﹂
俺も、そしてクロニアもその存在をすっかり忘れていた。惜しい
ことをしたな⋮⋮と思っていたら、アルーシャが⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
アルーシャが何故か顔を背けて、物凄い汗をダラダラ流していた。
﹁おい? アルーシャ?﹂
何かあったのか? そう思って顔をのぞきこむと⋮⋮
﹁ヴェルトくんの所為よ⋮⋮﹂
﹁はあ?﹂
アルーシャがうろたえながら、俺に当たってきた。
﹁あ、あの時! 君がサルトビさんの忍術で私に変化して女子会に
乱入したり、その後、ラガイアくんに異常愛を見せたり、いきなり
登場したエルジェラ皇女とイチャイチャしたり⋮⋮そ、そうよ、君
の所為なんだから!﹂
そのあまりにもメチャクチャな言葉に、俺たちはジト目になった。
1985
﹁﹁﹁﹁﹁お前、ニートの家出の事情をフィアリに相談されてたの
に、忘れてたな?﹂﹂﹂﹂﹂
﹁う、うううう、だ、だって⋮⋮﹂
こ、こいつ! 図星かよ!?
﹁お、お前、何てひどい奴だ! よりにもよって、俺の親友ニート
が家出した事情を相談されてたのに、それを忘れてたなんて!﹂
﹁ちょ、君だって忘れてたじゃない! そ、それなのに、色んな子
とイチャイチゃして全然興味なさそうだったじゃない! 本当は私
とデートだったのに!﹂
つうか、忘れてたのはアルーシャと俺だけではない。
フィアリが泣きながら連絡してきたのは、むしろ国中全員知って
いる。
なのに、宴会の時とか話題にも上がらなかった。
﹁ま、まあ、夫婦喧嘩はそれまでにしてクレタ島。んで、アルーシ
ャちゃん。フィアリちゃんは何て言ってたの?﹂
クロニアも忘れていたので、苦笑しながら俺たちを宥める。
そして、アルーシャは⋮⋮
﹁そのね、ニートくん⋮⋮書置きがあったみたいなの⋮⋮そして、
神族世界から持って帰ってきた荷物とかも無くなっていたみたいで
⋮⋮﹂
1986
書置き? ﹁実家に帰らせていただきます﹂的なのか? いや、
あいつは故郷にも居場所がねえから、それはねえか。
﹁⋮⋮﹃土海紫苑の顔見知りともう一度会ってくる﹄⋮⋮と書いて
あったそうなの﹂
前世の⋮⋮顔見知り?
ドカイシオンくんに前世で顔見知りの奴なんて居たのか? と、
ふざけたツッコミは入れられねえな。
そして何よりも、﹃もう一度﹄⋮⋮と来たか。
だって、﹃ニート﹄の顔見知りならまだしも、﹃ドカイシオン﹄
の顔見知りときたら⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁いや、早く言えよ!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁ご、ごめんなさい!﹂
いや、こいつ、頭良くて天才とかそういう優等生女なのに、なぜ
それを忘れる!
﹁でもよ⋮⋮それってつまり、ニートも神族世界に行ってるっちゅ
う話になるんか?﹂
﹁いや、でも、ニートくんて、パチもんの紋章眼持ってるとはいえ、
一人だけなら向こうには行けないでしょ? それこそ、転送装置み
たいなの持ってない限り﹂
1987
ニートが神族世界に行ってるかもしれない。
確かに、あいつ、こっちの世界に帰ってくる前に、向こうの奴らと
結構、思わせぶりなやり取りをしていたからな。
でも、ジャンプの装置は持ってなかったはず。それに俺たちを送
ってくれたあの女もそのまま帰ったはずだし。
﹁いや、行けないんだから⋮⋮神族世界ってことはねーんじゃねえ
のか?﹂
﹁でも、ヴェルトくん⋮⋮その、言ったら悪いけど、今私たちが再
会できてるこの世界で、私たち以外に彼の前世を知ってる人なんて
⋮⋮﹂
ニート一人では神族世界に行けない。
しかし、この世界にドカイシオンくんを知ってる奴は⋮⋮
﹁俺っちは知ってるよ。土海くんって、意外とモテたから、結構写
真で利益あったし﹂
﹁そうなの? 私、そのドカイくんだっけ? 全然、思い出せない
んだけど﹂
﹁ごめん、私も⋮⋮﹂
ドカイシオンくんについては、フルチェンコは覚えているようだ
が、トリバとディズムは全く記憶に残っていないようだ。
﹁バルナンドに会いに行くことはないだろうし⋮⋮なあ、フルチェ
ンコ。ちなみに、クラスメートで他にドカイシオンくんを知ってる
奴っていったら、誰がいる?﹂
﹁ん∼? 今この場に居ない奴らだと、さっきの橋口とかのグルー
プだろ∼、それ以外なら、鳴神⋮⋮あとは⋮⋮天条院くらいかな⋮
⋮﹂
1988
誰だっけ? いや、名前ぐらいは⋮⋮この間の飲み会で⋮⋮
﹁おお、それならワイも覚えとる。よく校舎に垂れ幕が張っとった
からな﹂
﹁YES。あの頃は、テレビクルーも取材に来ていた﹂
﹁ええ、我が校の誇りとまで言われた人よ﹂
﹁えっ? 天条院って、あの水泳のだよね?﹂
﹁そんな凄いヒトが、そのドカイシオンくんって人と知り合いだっ
たんですか?﹂
水泳で凄い奴⋮⋮ああ、そういえば、アルテアが仲良かったとか
前話してた奴が、そんなの居たな⋮⋮
﹁まあ、知り合いというか⋮⋮顧客だったというか⋮⋮﹂
﹁﹁﹁﹁﹁なにいいっ!?﹂﹂﹂﹂﹂
そ、それは、また⋮⋮ってか、ドカイシオンくんスゲーな。読モ
だった鳴神といい、あの男か女か分からないナナカワってやつとい
い、普通にモテモテじゃねえか。
﹁あいつ、前世を呪ってたくせに、⋮⋮まあ、それは全部、アルー
シャ⋮⋮綾瀬の所為だったんだけど﹂
﹁えっ? わ、私? 何で?﹂
﹁はあ? だって、あいつ前世ではお前のこ⋮⋮あ、⋮⋮これ言っ
たらまずかったか?﹂
﹁⋮⋮え? え、ええええ!? そ、そうだったの? ⋮⋮そ、そ
れは、本当に申し訳ないというか⋮⋮﹂
思わず口がスベッちまった。ちなみに今この場に居るメンツでは、
1989
フルチェンコ以外はそのことを知らなかったのか、意外そうに﹁へ
∼﹂という顔をしていた。
﹁そうだったの⋮⋮私、彼とは恵那とくっつけようとばかり⋮⋮だ
から、そこそこ彼に話かけたりとかしていたけれど⋮⋮でも、⋮⋮
あの時の私は、朝倉リューマくん⋮⋮恋愛対象は君しかいなかった
もの﹂
と、そう言ってアルーシャは俺の手を握って肩に頬を乗せて来た。
﹁そんな君と、今ではこうして結婚して妻になってしまって⋮⋮、
私は幸せよ、ヴェルトくん﹂
﹁ッ、アルーシャ⋮⋮﹂
﹁たとえ妻が八人居ても、愛情まで八分の一は許さないわ? 私は
欲張りだもの。覚悟しておくことね?﹂
﹁ああ、覚悟というか、もう観念してるよ﹂
﹁ふふふ、まあ! 失礼ね、私の愛しい⋮⋮愛しい⋮⋮﹂
そう言って、俺たちは何だかキスをしそうになる甘酸っぱい雰囲
気に⋮⋮って、ならねえよ!
﹁﹁﹁﹁﹁おいこら、誤魔化すな﹂﹂﹂﹂﹂
﹁ぐっ!?﹂
っと、アルーシャがニート関連の話題や自分の失態を誤魔化そう
としたが、ジト目の仲間にツッコミ入れられた。
1990
﹁ま、その話は置いておいて、天条院來愛ちゃんこと、ライちゃん
のことだけど、彼女がどこに居るのかは誰も知らないんでしょ? そもそもこの時代に転生してるかも分からないんだし。それに、ニ
ートくんが一人で神族世界に行くのも無理なんだし⋮⋮そこまで心
配いらナイジェリア?﹂
まあ、確かにクロニアの言うとおり、とりあえずニートの件はそ
こまで心配しなくても⋮⋮心配しなくても⋮⋮いや、いかん、何だ
かドンドン心配になってきた。
﹁ねえ、ヴェルトくん。それにクロニア姫たちも、そろそろ扉の向
こうに行きたいんだけど⋮⋮﹂
﹁あ、メンゴメンゴ、ロア王子。ほんじゃ、行ってみまショウタイ
ム!﹂
そんな芽生えた不安を抱えたまま、ついに新世界の扉が開いた。
その扉の向こうには⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮何もねえな﹂
無人の空間。
初めてこの世界にやってきたときの、ガラス張りした転送ルーム
と似た感じがする。
﹁ドアロック解除シマシタ。ドアロック解除シマシタ﹂
部屋内に響き渡る機械音声の言葉。
しかし、それに反応するこの世界の住人は誰も居ない。
鋼鉄の床、天井、壁、そして俺たちが通ってきたドア。
1991
部屋の出入り口と思われる扉はあるが、窓一つない空間。
﹁一応⋮⋮これで、神族世界にこれたって事でいいのかな?﹂
無人の空間とはいえ、目に映る部屋の様子は、俺たちの居た世界
とは明らかに違う文明を感じさせる。
ここが神族世界だというのは、ほぼ間違いないだろう。
﹁しかし、さっきから声とか、ウーウー音が鳴り響いているでござ
るが、付近に人の気配がないでござる。この声の主はどこから喋っ
ているでござる?﹂
﹁御館様。どうされます?﹂
ドアが開錠されたことで、アナウンスと警報のようなものがずっ
と鳴り響いているが、確かに誰かがここに駆けつける気配が感じね
え。
その時、ルシフェルが前へ出て、何やら瞳が光ったかと思えばピ
コピコと何かを検索しているような音が聞こえてきた。
﹁ふむふむ⋮⋮クロニア⋮⋮ここは随分と地上から離れている。地
下⋮⋮120階といったところだ﹂
﹁うわお。そりゃまあ、超重要なものだから、そんぐらい厳重にな
ってないと、おかしいからねい﹂
﹁しかし、この地下と連なる地上の建物も、階数がまたすごいな。
⋮⋮百階以上あるな⋮⋮﹂
ちょまっ! ルシフェルにそんな能力? 機能? いや、そうい
や、こいつって元々神族が創った人工生命体みたいなもので⋮⋮
﹁地下百階以上に、地上百階以上? なるほどね。どうやらここは、
1992
ヴァルハラ皇国の首都メガロニューヨークにあるタワービルに間違
いないわね﹂
ルシフェルの言葉を聞いて、どうやら心当たりがあったのか、ク
レオが付け足した。
﹁クレオ、知ってるのか?﹂
﹁知ってるも何も、あなたも知ってる場所よ。ほら、あなたたちが
以前この世界を行き来した場所⋮⋮あれよ﹂
﹁あっ! あのビルか!﹂
ジャンプによって、この世界と向こうの世界を行き来した研究所。
そうか、あのビルの地下深くに⋮⋮
﹁そう⋮⋮あなたが私の処女を奪った建物よ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ぶぼおおおっ!?﹂﹂﹂﹂﹂
﹁ちょっ、その情報は言わんでいいだろうが!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁って、本当なのかよ!?﹂﹂﹂﹂﹂
まあ、事実なんだけど!
くそ、クロニアとかヨメーズの視線が物凄い冷めてる。
フルチェンコは瞳をキランと光らせてる。
くそ、ハズイ⋮⋮・
﹁ったく⋮⋮だが、ここがあの場所なら都合がいいな。ここの研究
1993
所のおばさんたちは顔見知りだし、そこそこ話が分かる﹂
﹁ええ、そうね。それに、この世界の者たちは、クラーセントレフ
ンの頂点に立ったのはあなただと理解しているから、突然の訪問で
はあるけど、無下にはされないでしょうね﹂
なら、さっさと誰か出迎えてもらいたいもんだが、残念ながら未
だに誰も来ない。
﹁ねえ、それよりさ∼、早く出ない? 地下深くだろうと、破壊し
て無理やり出ない?﹂
﹁せやな、ええかげん暇や﹂
﹁あたいもあたいもー! こんなんじゃせっかくダーリンと遊びに
来たのに、ちっとも楽しくねえ﹂
﹁うう∼∼∼ん、そだね、誰も来ないし来る気配なさそうだし⋮⋮
マニー、テレポートで地上に出れる?﹂
﹁お姉ちゃん、私、ここらへんの座標が分からないから、今はまだ
出来ないよ∼?﹂
﹁見て、この扉⋮⋮エレベーターのようね﹂
﹁YES.バット⋮⋮マスターキーか何かが必要のようだ。ミーた
ちでは動かせないな﹂
そろそろ色々な奴らが痺れを切らしそうだ。
おまけに、地上まで長いし、エレベーターも動かなそうだし⋮⋮
﹃ふふふふふふふ、ははははははははは!﹄
﹁﹁﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!?﹂﹂﹂﹂﹂
1994
その時だった。
部屋の中に突如、スピーカー越しで一人の男の声が響いた。
全員が表情を強張らせて、周囲を警戒する。
しかし、俺を含めた一部は、その声に心当たりがあった。
﹃いやー、すまないすまない。今、研究員や警備員の入れ替えを行
っていてね、今、この建物は外の警備だけで、中は無人だったんだ
よ。そんな中で、ドアの開錠の警報が僕様に届いて、驚いて勃起し
てしまったよ﹄
﹁﹁﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!?﹂﹂﹂﹂﹂
そして、その声と言葉の内容に、誰もが微妙な表情を浮かべた。
﹃いやあ、それにしても⋮⋮﹃新時代﹄を迎えて間もなく君たちが
来てくれるとは⋮⋮ふふふ、嬉しいよ、ヴェルトくん。ジャレンガ
くんにも、色々とお世話になったね﹄
﹁テメエ⋮⋮まさか⋮⋮﹂
﹃しかも今回は以前よりも大勢で。ふふふふふ、とても可愛いお尻
がいっぱいあるね。是非とも皆さんとお尻合いになりたいよ﹄
やっぱあいつか!
﹁ちょ、な、なんやこの声? しかも、なんやけったいなこと言う
1995
とるで?﹂
﹁なんとも不気味だゾウ。しかし、ヴェルトくんのことを知ってい
るとは⋮⋮知り合いか?﹂
まあ、﹁こいつ﹂を知らない奴は、そういう反応するよな。
あっ、ジャレンガが舌打ちして﹁やっぱ殺しておけばよかった﹂
って呟いてる。
そんな中⋮⋮
﹁可愛いお尻? ⋮⋮ッ、婿! こいつ、私のこと言ってるぞ! 私のお尻が可愛いから興奮してる! でも、私のお尻は婿のだ! 私のお尻は、私のお尻が大好きな婿のだ!﹂
﹁あら、ユズリハ姫、ヴェルト好みのお尻というのであれば、私の
ほうが素晴らしいわ。だって、ヴェルトったら、十にも満たない幼
い頃から、私のお尻に夢中だったもの。指で遊んだり⋮⋮かじった
り⋮⋮うふ♪﹂
﹁違う、私だ! ねえ、婿、私だろ? 私でしょ? 婿の一番のお
尻私だろ?﹂
って、ユズリハとクレオが変な方向で争っている! ほら、みん
なが変な目で俺を見てるし、やめなさい!
﹁ユズリハさん、クレオさん、ヴェルト様が困っております。それ
までになさったらどうなのです?﹂
﹁﹁むっ!?﹂﹂
1996
おおお! その時、エルジェラが二人を宥めるように間に入った。
流石はエルジェラだ。こういうときは⋮⋮
﹁コホン。そもそも、誰のお尻がどうとかというよりも⋮⋮ヴェル
ト様がお好きなのは、お尻ではなく胸だというのは周知の事実では
ありませんか♪﹂
そう、こういう時のエルジェラは、何故か余計なぶっこみを入れ
るんだよ!
﹁ちょ、な、何を言って⋮⋮エルジェラ! ヴぇ、ヴェルトはその
⋮⋮あうう﹂
﹁ヴェルト君は、ど、どこかに特化して好きとかではなく、そう、
オールマイティだから関係ないわ!﹂
﹁おやおや、グルメな旦那君だな。さて、旦那君は私との初夜では、
一体どの部位を好んでくれるかな?﹂
そして、ウラとアルーシャもオリヴィアも状況考えろよ。
﹁ほうほうふむふむ! ヴェルちゃんはもう⋮⋮ロリからナイスバ
ディまで全部大好物と⋮⋮﹂
﹁はあはあはあはあはあはあはあ、ユズリハたんとクレオたんのお、
お尻⋮⋮ペットちゃんといい、一人ぐらい僕に欲しいんだな﹂
フルチェンコとキモーメンがハアハア言ってる!
﹁半年以上前から更にパワーアップしてるぜい、ヴェルトくんよい
⋮⋮ええんかい、本当に?﹂
1997
﹁あんなあ、ヴェルト⋮⋮ユズリハは一応ワイの妹なんやから、も
うちょい普通に⋮⋮いや、まあ、ユズリハが幸せならええんやけど
⋮⋮﹂
クロニアとジャックも⋮⋮いや、皆して俺をそんな目で見るな。
俺、一言もしゃべってないのに!
そんな風に頭を抱えてへこむ俺だったが、ヨメーズの中で、すぐ
にクレオが笑みを浮かべて⋮⋮
﹁まあ、冗談は置いておいて⋮⋮ふふふふ、まだそれほど時間は経
っていないけど⋮⋮あなたは相変わらずのようね、ライラック王子﹂
そう、ライラックだ。つうか、みんな、もっと状況を思い出せ。
今聞こえているのは、あの野郎の声だ。
﹃ふふふふふふ、いやあ、元気そうで何よりだよ、BLS団、メロ
ン元代表⋮⋮いや、もう本名でいいかな? クレオ嬢﹄
﹁ふふふ、違うでしょう? 世界を制した覇王ヴェルトの妻のクレ
オよ。この世界ではそう浸透しているはずよ? ライラック王子﹂
﹃ああ、そうだったね。君にヴェルトくんがプロポーズした動画は、
再生回数が歴代記録を更新するほどだよ﹄
⋮⋮あっ、そういえば⋮⋮そんなの撮られてたな⋮⋮余計に頭が
痛くなった⋮⋮
だが、そんな中で、ライラックは聞き捨てならない言葉を次の瞬
間、口にした。
1998
﹃それと、クレオ嬢。それを言うなら、今の僕様も王子ではないよ
? ヴァルハラ皇国⋮⋮新国王ライラックだよ? クラーセントレ
フンの方々にも是非、お尻戴けたらと思います﹄
新⋮⋮王? あれ? こいつって、確か、BLSとかレッドサブ
カルチャーとかの組織との繋がりを疑われていて、糾弾されたりと
かしてたんじゃ⋮⋮?
すると、全てを察したかのようにクレオが小さな笑みを浮かべた。
﹁そう。ついに⋮⋮文化大革命が実現したのね⋮⋮﹂
その言葉に、スピーカー越しのライラックから、クスクスと笑う
声が聞こえた。
﹃ふふふふふ、さあ、改めて歓迎しよう、クラーセントレフンの方
々よ! 新世界の新時代が、あなたたちに精一杯の、おしりなでを
させてもらおう! ⋮⋮ふっ、おっと、間違えた、おもてなしだ!
ははははははははははははは!﹄
どちらにせよ、初日に出会う一人目の神族が、これではキツイ⋮⋮
1999
第112話﹁ご宿泊? 休憩? サービスタイム?﹂
﹁え∼っと、ジャレンガくん。君ィはこの世界の王族を半殺しにし
たのでスカイ?﹂
﹁僕的には九割ぐらいは殺せたと思ったんだけど、しぶとかったね
⋮⋮﹂
﹁ちょーーーっ! そういうのは早めに言ってくんろォ!﹂
クラーセントレフンと神族世界。その歴史的会合を果たすという
のに、以前俺たちが立ち寄った際にやらかした大騒動。
その中でクラスメートと再会したり、クレオのことの話題などは
クロニアたちにも説明していたが、この世界にある国の変態王子を
ジャレンガがフルボッコにしたことの説明は忘れていた。
のっけから頭が痛くなったと、誰もが頭を抱えていた。
﹁まあしかし、随分と機嫌良さそうだったし、大丈夫なのではない
かしら? 最早、彼の目的は達しているようだしねえ﹂
しかし、クレオだけは﹁心配いらない﹂と思わせぶりな笑みを浮
かべていた。
そういえば、クレオはそこら辺の事情や、ライラックのことを俺
たちより遥かに知っているはず。
それに、先ほど口にしていた⋮⋮
﹁クレオ⋮⋮そういや、レッドサブカルチャーの⋮⋮スカーレッド
⋮⋮あの女とかも口にしてたな⋮⋮文化だ革命だ⋮⋮どういうこと
だ?﹂
2000
俺の問いかけにクレオは⋮⋮
﹁まあ、すぐに分かるわよ。あなたが以前に見て感じたこの世界⋮
⋮その世界に不満を持っていた者たちが⋮⋮どう世界を塗り替えよ
うとしたのか⋮⋮どういう世界を望んだのか⋮⋮神々同士の争いの
末を⋮⋮﹂
その時だった。固く閉ざされていた部屋のエレベーターが開いた。
どうやら、ライラックが俺たちをおもてなしするために、乗れと
いうことだろう。 ﹁な、なんだ、これは? 箱?﹂
﹁広いが⋮⋮こんな空間に僕たちを入れてどうしようと?﹂
﹁いいのよ、兄さん。これで地上に出れるわ﹂
﹁う、うわ、な、なんなんだな、これ! 床が浮き上がっているみ
たいなんだな!﹂
﹁御館様、今すぐオレにおつかまりを!﹂
﹁お、お兄ちゃん、これ大丈夫なの?﹂
﹁ムコォ、こわい! 狭いぞ、浮いてるぞ!﹂
﹁え∼、ユズちゃんこわがりさんだよ∼﹂
﹁お嬢様は逞しいでござる。拙者、一度経験しているとはいえ、や
はり慣れぬでござる⋮⋮﹂
エレベーターを初めて見た奴らもいるが、そういうやつらの背中
も押して俺たちは大人しく乗った。
デジタルで表示されている三桁のマイナス回数から地上1Fめが
けて一気に登っていく。
すると、地上に近づくにつれて、段々と賑やかな音が聞こえてき
た。
2001
﹁地上に近づいてきたみたいよ﹂
﹁⋮⋮随分と騒がしい音が聞こえるわね﹂
﹁音楽や⋮⋮人のざわめき⋮⋮﹂
そういや、初めてこの世界に来た日は、﹁ジャンプ完成記念﹂み
たいな感じで、各国代表のアイドル姫たちがライブやって大盛り上
がりだったな。
となると、何か催しでもやってるのか?
﹁自由だああああ! 僕たちは自由になったんだー! お肉を食べ
ろー!﹂
﹁俺はポルノを見まくるぜー!﹂
﹁これまで規制されてた違法アニメも違法漫画も堂々と世界中にバ
ラ撒けー!﹂
﹁自由に音楽を鳴らしてやるぜ!﹂
﹁審査で通らなかったあの人とも自由に恋愛できるようになったわ
!﹂
﹁子供作り放題︱!﹂
﹁風俗が合法なんて夢のようだ!﹂
﹁俺、タバコって吸ってみたかったんだ!﹂
﹁酒が売られてるぞー!﹂
﹁カジノが今日から開店だ!﹂
かつて、このコンクリートジャングルの支配者は、何の面白みも
ない、法と秩序と技術によって支配されていた草食系たちのものだ
った。
しかし、この光景はどうだ?
﹁⋮⋮前は⋮⋮どこか不自然な匂いがした世界だったのだ。自然や
動物や、本来人間が発するような匂いも感じられない、無機質なも
2002
のばかりの世界⋮⋮それがどういうことなのだ?﹂
エロスヴィッチも、流石に今のこの世界が、以前に見た世界とか
け離れた雰囲気に驚いていた。
人の営みは全てが機械任せ。
だからと言って、排気ガスをまき散らすような環境破壊もなく、
清浄された空気が都市を覆っていた。
ほとんどの物が草食系の貧弱そうな奴らで、清潔で近未来都市に
ふさわしい服装で、色気も奇抜さもない。
それが今ではどうだ?
﹁すごい⋮⋮こ、これほどの建物の数をどうやって人の手で? こ
れが神々の御業?﹂
﹁見て、ロア! 馬もないのに車輪のついた箱が動いている。空に
も!﹂
﹁窓が付いてる⋮⋮あれにも人が乗っているのか? それに、あの
天まで届きそうな建造物は⋮⋮﹂
﹁これが、神族世界の文明⋮⋮小生らとは桁外れの文明だゾウ﹂
そう、初めてこの世界を見た奴らからすれば、その巨大なビルの
数々や車や飛行機などの技術に圧倒されてしまうだろう。
だが、既に一度この世界を見た俺たちは、以前までの世界との違
いに目が行っていた。
﹁何だか⋮⋮デモが起こったかのように都市が荒れているわね﹂
﹁それに、格好も⋮⋮浮浪者のような者たちもたくさん⋮⋮しかも
随分と嬉しそうだね﹂
そう、あれほど完全なる大都市であったが、破壊とまではいかな
いが、まるで嵐が吹き荒れた後のように街が荒れていた。
2003
更に、街に溢れている何百、何千、何万という数え切れぬほどの
群衆。
その群衆は、以前までなら規制されていたような娯楽文化のアイ
テムなどを所持していたり、まるで浮浪者のような汚らしい格好の
連中が瓶に入った中身の分からぬ飲み物を飲んでは陽気に笑い、タ
バコを吸い、耳障りな歌を大声で歌っていた。
さらには、草食系だった連中が、人目もはばからずに男女分け隔
てなくカップルのように寄り添い、抱き合ったり、熱烈なキスを交
わしたり、中には半裸になってハシャイでいる奴らまで居る。
まるで祭り。
一方で、どこか、規制や取り締まる者たちが居なくなった、無法
地帯のようにも見えた。
これは一体どういうことだ?
﹁おい、見ろ! あそこに、クラーセントレフンの⋮⋮ヴェルト・
ジーハが居るぞ!﹂
﹁元BLS団のメロン⋮⋮クレオまで居るぞ!﹂
その時、地上に出て呆然としていた俺たちの存在に群衆が気付い
た。
そして、先頭に居た俺やクレオを見て、一斉に騒ぎが大きくなっ
た。
﹁﹁﹁﹁﹁﹁間違いない! あれは⋮⋮﹃プロポーズのヴェルト﹄
だ!﹂﹂﹂﹂﹂﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ぶぼっほ!?﹂﹂﹂﹂﹂
2004
その瞬間、緊張が走っていた仲間たちも思わず堪えきれずに噴き
出して笑っていた。
﹁って、ちょっと待てェ! なんだ、そのふざけた二つ名は! 未
だかつて聞いたこともねえ、﹃リモコン﹄以上に最悪な二つ名は!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁あの愛が、この世界の愛の在り方を変えたのです!﹂﹂﹂
﹂﹂
﹁つか、ふざけんじゃねえ! 俺がそんな誰彼構わずプロポーズす
⋮⋮と、とにかくその二つ名はやめろ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁なぜ言い直す?﹂﹂﹂﹂﹂
俺とクレオのイベントが、まさか本当に神族世界でこれほどまで
に浸透していたとは思わなかった。
﹁素敵い! 本物よ! あの歴史的プロポーズで有名なヴェルトよ
!﹂
﹁クレオまで居るぞ! やった、あの二人は今でも仲良しなんだ!﹂
﹁しかも、他にもたくさんの女性が⋮⋮なんだ、あのけしからん胸
は、まさかアレが、他のワイフ!﹂
﹁あの、サインください!﹂
﹁一緒に写真撮ってください!﹂
﹁ターミニーチャンことバスティスタの兄貴は居ないんですか!?
俺、あの人の大ファンなんす!﹂
﹁コスモスちゃんだー! こっち見て! ポーズなにかしてよ∼﹂
2005
気付けば、ワッと一斉に大勢の神族たちが俺たちへ向かって駆け
寄ってくる。
﹁っていうか、ヴェルトくんや∼い! 君たち、人気者過ぎじゃ内
科医!?﹂
﹁一体、前回の旅でどれだけのことをやらかしたのよ!?﹂
﹁ふん、な、何がプロポーズのヴェルトだ⋮⋮ヴェルトが最初にプ
ロポーズしたのは私なんだぞ?﹂
﹁やれやれ、余が冷やかしていた頃の青臭いヴェルト・ジーハが懐
かしい。⋮⋮して、この人並みはどうすべきか⋮⋮﹂
それを蹴散らすわけにもいかず、ヤバいと思った、その時だった。
﹁アプリコット姫が先頭に立ち、ブリッシュ王国が八大陸の連合か
ら離脱したのを機に、世界各地の地下に眠っていたレッド・サブカ
ルチャーやBLS団、更にはその他の文化の保護や復活を訴える無
数の団体が同時に動いてね﹂
バカみてーに長いリムジン。最早、列車の車両を思わせるほどの、
白塗り車が人の波を割って俺たちの前に現れた。
﹁まあ、本来ならそこから各国首脳とデモ隊のにらみ合いが長期続
くところだが⋮⋮ふふふふ、レッド・サブカルチャーの﹃スカーレ
ッド﹄のハッキング技術で、各国の軍事システムは掌握され、相手
にすらならなかった。更に、既に各国の首脳や大臣の大半は僕様た
ち側だった。革命は実に容易いものだったよ﹂
2006
リムジンの窓がゆっくりと自動で開く。
そこから顔を出したのは、あの男だった。
﹁というわけで、多少の武力行使や犠牲はあったものの、実にスマ
ートに、僕様たちは君たちに誇れる世界を取り戻せたというわけだ
よ、ヴェルト・ジーハくん?﹂
﹁ライラック⋮⋮﹂
﹁ハハハハハハハハハ! 見てみたまえ、ヴェルトくん! デモの
影響で街や人もまだ汚いままだが、誰もが活き活きとした目をして
いるだろう? コレステロールも体液交換も、品のない歌やテレビ
や漫画も下品も大歓迎だ! これが取り戻したかった! ヒトとし
て当たり前の世界だ!﹂
前に来てからどれぐらい経ったか? 少なくともそこまでの月日
が経ったわけではない。
なのに、前来た時とはまるで別世界のような印象を受ける。
﹁これまでの世界を受け入れていたつまらぬ官僚やゴミたちは引き
こもり、逆にこれまで引きこもっていた者たちが外の世界に飛び出
した! 近いうちに父を含め、これまでの歪んだ世界を作り上げた
馬鹿どもはすべからく冷凍し、これまで定められた法を破壊するた
めの法を世界投票で可決して、世界は真に誇れる世界へ生まれ変わ
るのだよ!﹂
元々無かった神聖さは余計に消え、娯楽に満ちた大衆文化の世界。
2007
同じ世界とは決して思えなかった。
⋮⋮とはいえ⋮⋮
﹁そうかい。でもま、お前らの世界での出来事だ。勝手にやってり
ゃいいさ。どっちが良いかなんて、俺が口出すことでもねえしな﹂
そう。どっちの世界でも、俺がどうこう言う資格もないし、関係
もない。
むしろ、大規模な世界大戦に発展しないように終わり、更にそれ
が終わった後に来たということで、タイミングが良かったと思うよ
うにした。
﹁なんだかま∼、すごい理由でクーデター起こっちゃうもんなんだ
ね∼、神族世界は。まさか娯楽文化だとか恋愛問題云々で世界が揉
めるとはねえ﹂
すると、この状況とライラックの言葉で、クロニアは呆れたよう
にそう呟いた。
﹁ん? 君は初対面だね。君も女の子にしては、まあまあのお尻を
しているね。以後、お見尻おきを﹂
﹁そりゃどうも。私も確かにお尻のプリンプリン度には自信があり
マスカット。でも、私はこう見えて下ネタ微妙に苦手なんで、勘弁
してくんろ﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ええええええっ!?﹂﹂﹂﹂﹂
﹁いや、仲間が驚かないでくんろ﹂
2008
タンクトップにショーパンの軽装で体のあらゆるところを強調し
ている服のくせに下ネタ苦手ってどの口がいいやがる! と、俺も
含めて皆と一緒にツッコミ入れた。
﹁ハハハハハハハハ、今回も愉快なお尻たちがたくさん来てくれて
うれしい限りだよ。とりあえず、皆を案内しよう。メガロニューヨ
ーク一の僕様ら王族関係者も利用する最高級ホテルに案内しよう。
前回君たちが泊まったホテルだ。そこで少し話でもしようじゃない
か。それとも先は観光がいいかな?﹂
そう言って、ライラックは上機嫌で俺たちを誘おうとリムジンの
扉を開いた。
正直、この世界に突然の訪問であるにもかかわらず、こっちの世
界の王族が、宿泊場所まで提供してくれる上に、話をする機会も設
けてくれるのだ。
ライラックという存在そのものに嫌悪感を示す奴らも一部いるが、
ぶっちゃけこのお誘いは甘えた方が得策ではある。
すると、﹁観光﹂やら﹁宿泊﹂という単語がライラックから出た
瞬間、街の住民たちからも一斉に声が上がった。
﹁ディナーは復活したファーストフード店へ! 是非記念に!﹂
﹁メガロテレビのものです! 是非、当番組への出演を!﹂
﹁ショッピングなら我がモールへ! 常に時代の最先端を取り扱う
当店は、既に新たなる合法商品が入荷済み! お土産をぜひ!﹂
﹁ヴェルトさ∼ん、どうです? 高級ホテル泊まるぐらいなら、新
たに新装開店したラブホテルにでも?﹂
2009
声を上げての宣伝がいたる方面から聞こえてくる。ハッキリ言っ
てほとんどの単語が、俺たちの世界では無縁のものばかりであった。
ロアも一部の嫁たちも、その飛び交う単語のほとんどが分からず
に首を傾げるだけなのだが⋮⋮
﹁ねえ、ムコ∼。﹃らぶほてる﹄ってなんだ?﹂
﹁よりにもよって、それに反応するんじゃねえ、ユズリハ!﹂
純粋無垢な表情で、ユズリハがよりにもよってその単語を拾いや
がった。
﹁うむ、しかし⋮⋮私も聞いたことがないな。ホテル⋮⋮というの
は、話の流れから宿泊施設のようなものと想像できるが﹂
﹁はい。あの、ひょっとして、ラブさんと関係のあるものですか?﹂
ウラもエルジェラもキョトンとした顔で聞いてくんな。
あと、ラブは全く関係ねえぞ。関係あるのは別のラブだ。
すると⋮⋮
﹁ラブホテル⋮⋮へえ、復活したのね。私も用語は知識としては知
っていたけれど⋮⋮﹂
クレオが感心したように頷いた。
どうやら、クレオは知っていたようだ。
﹁ラブホテル⋮⋮それは通常の宿泊施設と違うもの。通常の宿泊施
設はあくまで﹃宿泊の利用﹄を目的にしているもの。だからこそ、
一人や家族連れなどで使われるわ。でも、ラブホテルは﹃愛し合う
者たちの利用﹄を大前提としたホテルよ。ただ、ずいぶん昔に、い
2010
かがわしいということと、売春などの温床になるということで世界
中から廃止されたものなのだけれど⋮⋮そう、新たなる世界では復
活したようね。伝説のラブホテル⋮⋮通称・﹃ラブホ﹄が!﹂
俺は前世も含めて未だかつてラブホをここまで感慨深そうに説明
する奴は初めてだった。
そして、今のクレオの﹃愛し合う者たちの利用﹄という単語に惹
かれたのは⋮⋮
﹁それって、あたいたちのための場所じゃねえか!﹂
﹁間違いない。私は、ラガイアと一緒にらぶほを所望する!﹂
﹁そんな宿泊施設があったとは、前回知らなかったのだ! しかし、
カイザー帯同時に知ることが出来るとは幸運なのだ!﹂
﹁ふ、ふ∼ん、愛し合う者たちか⋮⋮どういうものか知らないけど
⋮⋮ふ、ふ∼ん、そうなんだ⋮⋮﹂
チーム、純恋愛ズのヤシャ、キロロ、エロスヴィッチとか、ちゃ
っかりロアの彼女のヒューレも⋮⋮
﹁ムコ! らぶほだ! 私も、らぶほがいいぞ! らぶほに行こう
!﹂
﹁そうだな、ヴェルト。愛し合う者たちが利用だなんて、最早、私
たちのためだけにあると言っても過言ではないぞ! らぶほだ!﹂
﹁ヴェルト様、ぜひ、私ともらぶほに! らぶほがいいです!﹂
ユズリハ、ウラ、エルジェラまで⋮⋮
﹁えええい、やめろ! つうか、俺たちは別に遊びに来たわけじゃ
ねーんだから、そういうのは控えろよな!﹂
﹁やだ、ムコとらぶほに行く! ムコは、らぶほ知ってるかもしれ
2011
ないけど、私は知らないんだ。不公平だ!﹂
﹁俺だって、ラブホなんて行ったことねーよ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁えっ!?﹂﹂﹂﹂﹂
ユズリハの駄々に俺がそう言うと、何故か前世組が反応。いや、
驚くなよ。
﹁そ、そうだったの⋮⋮朝倉君は前世では⋮⋮いやだ、私ったら、
キュンキュンしちゃった。じゃあ、彼は前世でも現世でも私たち以
外の女は知らないのね! ⋮⋮だったら、私と彼のラブホテルデビ
ュー⋮⋮悪くないかもしれないわね⋮⋮前世では彼と入りたいと思
っていたけれど、叶わなかったもの♪﹂
﹁アルーシャちゃん、メチャ嬉しそう。でもそっか⋮⋮朝倉君⋮⋮
そういう経験前世ではなかったんか⋮⋮不良だからそれぐらいって
思ってたけど⋮⋮﹂
﹁へい、ミスクロニア。いや、ミス・神乃。未練か?﹂
﹁俺っちは一人で入ったことあるけどな。調査の一環で。そういや、
俺っちが調査した、﹃自動精算で身分もバレないラブホ10選﹄の
リスト、綾瀬ちゃんに没収されたけほぶほああああああああ!?﹂
﹁私は彼女と二回ぐらいあるかな?﹂
﹁⋮⋮ねえ、トリバちゃんどういうこと? 私、トリバちゃんと前
世でラブホテルに行ったことないよ? ねえ、誰と行ったって? ねえねえねえ?﹂
悪かったな、前世では未経験者で! でも、こっちの現世ではメ
ジャーリーガーだからな! まあ、威張ることでもねえが⋮⋮
﹁ダーリン、らぶほだらぶほ! らぶほに行くぞ!﹂
﹁ラガイア逃がさない。私とラガイアのこの世界での拠点はらぶほ
にする﹂
2012
﹁カイザーよ! 年長者であるわらわたちが、らぶほとは何たるか
を調査せねばならぬのだ!﹂
﹁あのさ、ロア⋮⋮その、らぶほってどういうのか分からないけど
さ⋮⋮私たちもさ⋮⋮なんていうか⋮⋮﹂
﹁らぶほ! ムコ、らぶほ行こう!﹂
﹁ヴェルトよ、私も、らぶほとやらに行きたいぞ﹂
﹁ヴェルト様、私たちと、ぜひ、らぶほに!﹂
つうか、女子が公衆の面前でラブホ連呼するんじゃねえ!
つうか、ユズリハとか年齢的に多分入れねーぞ!
つうか、昼間からラブホに行けるわけねーだろうが! ﹁うおおお、クラーセントレフンがラブホ宣言だ! これは歴史的
光景だぞ!﹂
﹁プロポーズのヴェルトの次は、ラブホのヴェルトってか?﹂
﹁やっぱり女の子は好きな男と肌重ねたいってね∼﹂
﹁男女なんて不潔よ! やっぱり時代は男×男の掛け算よ!﹂
﹁ひゃっはー!﹂
んで、そんな俺たちの会話に民衆がまたハイテンションになりや
がった。
﹁くそ、またウルセエことに⋮⋮なんなんだよ、こいつら。草食系
の引きこもり世界だったくせに⋮⋮﹂
くそ、つうかこの世界は草食系じゃねえのかよ。
なんでいきなりみんなノリノリになってんだ? いくら自由にな
ったからと言っても⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮ッ!? ヘイ⋮⋮ヴェルト⋮⋮﹂
2013
その時、ヤシャに首根っこ掴まれて無理やりラブホに引きずられ
ていきそうになったキシンが、ヤケに珍しいぐらい真剣な眼差しで、
集まった民衆を見ていた。
﹁あん? どーしたんだよ、キシン。ガチで嫁から助けてほしいの
か?﹂
俺が投げやりにそう聞くと、キシンは⋮⋮
﹁ユーはこの世界を⋮⋮草食系の引きこもりたちと、歪んだ文化思
想を持ったオタクボーイやガールたちの世界と言ったな⋮⋮﹂
﹁ん? ああ、まあな。でもまあ、ここまでハイテンションで歓迎
されると憂鬱になるけどよ⋮⋮﹂
そう、当初俺が伝えた神族たちの印象は既にぶち壊されていると
言っても過言ではない。
規制されていたものがようやく自由になったから、その喜びでこ
こまでハイテンションなのだろうと。
だが、キシンは⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮ハイテンション⋮⋮普通のハイテンションではない⋮⋮﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ッ?﹂﹂﹂﹂﹂
﹁違和感⋮⋮この瞳⋮⋮⋮⋮昔⋮⋮⋮⋮どこかで⋮⋮﹂
どこか、怖い顔をしている。
だからこそ、キシンがただ事ではない何かに気付いたのではない
かと俺たちは思わず感じた。
しかし、その﹁何か﹂の答えが分からぬまま、ライラックはにこ
やかに笑いながら話をやめない。
2014
﹁ふふふふ、僕様たちの世界と違って、やはりクラーセントレフン
はお盛んで何よりだ。それなら、二∼三時間程度はそれで時間を潰
してもらっても構わないよ? それぐらいなら、今日の歴史的イベ
ントには出席できるだろうしね﹂
そんな俺たちの恥ずかしいやりとりにも機嫌良さそうに笑うライ
ラック。
だが、今、ちょっと気になることを言っていたな。
今日の歴史的なイベント?
﹁ねえ、えっと、ライラック王子様だっけ? そのイベントって何
やるノルマンディー?﹂
クロニアもちょっと気になったのか尋ねた。すると⋮⋮
﹁ふふふふふ、それはね、これまで民衆をくだらぬ法で抑えつけた
前政権や世界の過ちを認めるためのイベント⋮⋮ふふふふふ、即ち
⋮⋮⋮⋮我ら神族の更なる神⋮⋮全ての始まりの神でもあり、父で
もある存在を復活させること!﹂
神の中の神? 父? それって⋮⋮
﹁今宵、冷凍刑務所より⋮⋮サブカルチャーの父・レッドと⋮⋮カ
リスマ教祖クリアを復活させる!﹂
2015
⋮⋮少なくとも⋮⋮ラブホどころの話じゃなかった⋮⋮
2016
第113話﹁玉遊びをする店﹂
この世界の二大偉人の冷凍解凍の前に、事件が起こった。
﹁うおおおおお、パチがあるやないか!﹂
昼間からラブホに行けるかと抵抗する男と女の引っ張り合いが繰
り広げられていた中で、未来都市の一角にある建物の様子に、ジャ
ックが激しく興奮して叫んだ。
そこには、最近新装開店でもしたのか、看板の電光掲示板がド派
手に店の中を映し出し、そこに映し出されたものにジャックが吠え
た。
﹁アレはカジノだよ。この世界での賭け事は完全非合法だったのだ
が、ようやくそれも撤廃され、多くの企業や財閥がスポンサーにな
って、巨大カジノ施設を作った。そして、そのカジノでの目玉とし
て過去の技術を用いて復活させた⋮⋮﹃パチンコ﹄⋮⋮せっかくだ
からやってみるかい? 色々な種類があって面白いよ?﹂
ライラックの言葉を聞いて、ジャックは返事もするまでもなく、
俺たちの輪から一人抜け出し、血相を変えて駆けていた。
﹁い、色々な、ぱ⋮⋮ちん⋮⋮ッ! な、なんだそのいかがわしい
店は! カジノになんでそんなものがあるのだ!﹂
﹁ウラ?﹂
﹁ふん、そんな店に誰が行くか! 何が、い、色々な⋮⋮ちん⋮⋮
だ。私は生涯ヴェルト以外のモノに興味ない!﹂
2017
そんな中、ウラが顔を赤らめて俺の腕にしがみ付いて⋮⋮何か勘
違いしているようだった。
しかも、勘違いしているのは、ウラだけではない。
﹁その通りだ、ムコの以外に興味ない!﹂
﹁ええ、そうです。本当に下賤なお店です。私たちは既にヴェルト
様という至高のモノをお持ちの方に夢中だといいますのに﹂
﹁せ⋮⋮拙者も行かないでござる! 殿の虎徹以上のものなどこの
世にないでござる!﹂
﹁ひうううう、わ、私も絶対に嫌! ⋮⋮ヴぇ、ヴェルトくんのは
耐えられたけど⋮⋮それ以外なんて考えただけでも絶対に!﹂
ユズリハとエルジェラにムサシにペットまで⋮⋮
﹁だな。あたいも何年もダーリンのを味わってねーってのに、他の
ものに興味持つかよ﹂
﹁ラガイアのモノ以外、この世から消滅しても構わない﹂
﹁⋮⋮わらわは興味深々なのだ⋮⋮はっ!? これは浮気ではない
ぞ、カイザー! わらわは、ちょっとおませさんなだけなのだ!﹂
﹁私は行かないし! っていうか、神族って、もっと神聖なんじゃ
⋮⋮なんでそんな下品な名前の⋮⋮﹂
ヤシャ? キロロ? エロスヴィッチ? ヒューレ?
なんか、ラブホの時といい、この世界に来てからこいつらヤケに
変なことで騒がしくなるな。
一体⋮⋮
﹁あ⋮⋮あああ! そういう⋮⋮﹂
その時、ワケに気付いたフルチェンコが手を叩いた。
2018
﹁あの、嫁さんたち皆さんチョイチョイ⋮⋮﹂
そして嫁たち彼女たちを集めて⋮⋮
﹁あのね、パチンコってね⋮⋮ほにゃららしかじか⋮⋮だから、チ
ンとは何も関係ないわけで⋮⋮﹂
﹁﹁﹁﹁﹁/////////////////////////
//ッ!!??﹂﹂﹂﹂﹂
と、何やら全員が顔を真っ赤にさせたのだった。
⋮⋮ああ、そういう⋮⋮まあ、可哀想だから気付かないふりして
やるか⋮⋮
﹁やれやれだな⋮⋮子連れで、あんま空気の悪い所には行きたくね
ーんだがな﹂
俺たちの世界でも、かつてラブがラブ&ピース時代に非合法なカ
ジノを作っていた。
カジノと言われれば前世のイメージ的にはタキシードやドレスを
着た紳士淑女たちが集う娯楽場。まあ、ラブが作っていたカジノは
拳闘大会があったりとか、血なまぐさい野蛮なものもあったが⋮⋮
﹁ハハハハハ、新装開店したばかりのアミューズメントパーク、﹃
メガロラスベガス﹄だ。そんなに空気が悪いはずがないさ。君ほど
の男がお尻の穴が小さい事を言わないことだね。小さいお尻は好き
だけどね﹂
ライラックのキモイ発言に嫁たちがキッと睨むが、カジノの空気
が悪くない?
2019
確かにカジノはそうかもしれねえが、パチンコがあるとなると話
は別じゃねえか?
パチンコは俺もやったことねえが、タバコ吸った連中の煙が店内
に充満して、台をバンバン叩いたりブツブツ言ったりしている光景
が眼に浮かぶ。
まあ、ジャックにとっては、そこがベストプレイスなんだろうが
⋮⋮
そんなことを考えながら、自動ドアを通って、一目散と店内に駆
け込んだジャックの後を、俺たちも仕方なく追いかけた。
そしてそこは⋮⋮
﹁最高ッやあああああああ!﹂
喧嘩や戦争に勝った時よりも豪快なガッツポーズをしているジャ
ックがハシャいでいた。
入り口を通って入った世界は、巨大なワンフロアで、各スペース
ごとに、カードゲームやらルーレットやら、スロットやらパチンコ
台やらが散らばっていて、店内も、そこそこの人が溢れてやかまし
かった。
﹁へえ、結構の集客率ね、ライラック王子。いいえ、国王。カジノ
法案はこれまで常に却下され続けたけれど、合法になってからの行
動は早いものね﹂
﹁ふふふふふ、お褒め戴きありがとう、クレオ嬢。カジノに関して
はあまりBLSからの後押しがない分、苦労したよ﹂
﹁あら、そうでもないでしょう? パチンコやスロット等に使用さ
れるアニメーション等には、BLSの一部門が携わっていたはずよ﹂
何だか、クレオが﹁今だから言える﹂みたいな過去をどんどん暴
露してるな。
2020
まあ、別に今更そんなの聞いたからって、俺がどうこう言うもん
でもないし、それにジャックも大喜びだしな。
﹁こっちには、﹃森物語﹄、⋮⋮お、おお、﹃オヴァ﹄や﹃南斗﹄、
﹃花の刑事﹄、﹃ウパン﹄⋮⋮くうう∼∼∼、なんやこれ、滾って
きたわ∼!﹂
そして、ジャックが向かうフロアは当然、パチンコ・スロットコ
ーナー。
他のルーレットやらカードやらには目もくれない。
﹁お、おおお、なっつかしいもんが⋮⋮ッ、1/399のMAX機
まであるやないかあああ! うお、やっば、テンション上がってき
たわ∼! ッ、キタでええ! CR虹色騎士牙獅のMAX機やない
かあああああああああああああ!﹂
にしても、こいつがここまでテンション上げるとはな。
前世組みでこういうのを知ってるのは、ジャックだけだと思って
たんだがな。
﹁これも橋口くんが再現して遺した遺産ってやつかね∼。ほら、パ
チンコって題材でアニメとか二次元の奴を使ってるから、橋口くん
もそれ目的でパチンコのことも詳しかったんだろうね∼﹂
しっかし、俺自身もパチンコはやったことはねーけど、確かに前
世を感じさせる。
まさか、前世の記憶を頼りに、こういうものすらも再現させると
はな⋮⋮
2021
﹁ジャックくん、パチンコは知ってるけど、MAX機って何かしら
?﹂
﹁なんや、アルーシャ、知らんのかいな! MAX機っちゅうのは
な︱︱︱︱︱﹂
ちなみにこの時、そのアルーシャの何気ない一言で、ジャックが
アルーシャワールドを発動させたのではと思わせるほど熱く語り始
めた。
﹁パチンコには初当たり確率っちゅうもんがあるんや。﹃1/10
0で甘デジ﹄、﹃1/200∼1/250ぐらいでライトミドル﹄、
﹃1/300ぐらいをミドル﹄っちゅう感じで分かれとる。パチン
コは当たりに対する出玉の数や、大当たりの継続率っちゅうもんが
あってな、甘デジとかっちゅうのは初当たりは結構な確率で期待で
きる分、出玉も少のうて、あんまり球が稼げないんや。つまりや、
逆に初当たりの確率が低い台で大当たり出したりすると、一気に球
を稼げる可能性が高いっちゅうことや。ライトミドルやミドルでも、
運がええと五万∼六万ぐらい稼げるんや。ほんで、かつてワイらの
世界では、ライトミドルやミドルを超える、初当たり確率1/39
9っちゅうMAX機があったんや。これは、初当たりが難しい分、
当たれば一攫千金っちゅう、パチ打ちには広く愛されとった夢の台
やったんや。せやけど、規制やら何やらで国内からMAX機が全撤
去されるっちゅうことが起こってな∼、もうMAXは二度とおがめ
んと思っとったんやけど⋮⋮く∼∼∼∼∼、これ作った奴、分かっ
とるやないか∼!﹂
そーいや、前世で﹁さらばMAX!﹂みたいなこと言って、こい
つスゲエ落ち込んでたときがあったな⋮⋮俺もパチンコには興味ね
えから知らねーけど。
2022
﹁う∼、これできひんのは生殺しや∼。なあ、ヴェルト、おどれゼ
ニ持っとらんか?﹂
﹁持ってるわけねーだろうが﹂
﹁ぐううう、この右手が疼くんや! アカン、生殺しや! 今のワ
イ、ヴェルトとイチャつけんユズリハの気持ちがよう分かる!﹂
﹁その例えはどうかと思うが⋮⋮でも、持ってねえよ﹂
そういや、前回この世界で色々見て回ったが、正直、金を使った
ことはなかったな。
っていうか、通貨も見てねえし。
﹁まあ、この世界はほとんど電子通貨が主流だから、ヴェルトが持
ってないのも仕方ないわ﹂
﹁クレオ?﹂
﹁でも、いいわ。ヴェルトの親友がそこまで遊びたいというのなら、
ヴェルトの正妻である私がこの世界に居た時の個人口座で︱︱︱︱
︱﹂
そうか、この世界って電子通貨なのか⋮⋮、まあ、ウラたちには
﹁?﹂な単語だわな。
そしてクレオがドヤ顔で、スマホを取り出した。それは、クラー
セントレフンでは使用することができなかったものだが、この世界
では⋮⋮
﹁あら?﹂
と、思ったら、クレオが首をかしげた。何かあったか?
2023
﹁残念だが、クレオ嬢。文化大革命の際に、八大陸連合は、僅かな
抵抗のつもりで君の個人口座を凍結させていたよ。まあ、実際の中
身はその後に、スカーレッドがハッキングで根こそぎ奪い返したよ
うだが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
クレオ、どうやらこの世界ではそこそこ金を持っていたと思われ
るが、今ではもはや無一文のようで、せっかくのドヤ顔をすぐに背
けて無言になってしまった。
﹁おい、ペットとかエロスヴィッチは持ってねーのか?﹂
﹁私も持ってないよ∼。前回は攫われちゃったし⋮⋮助けにきたヴ
ェルトくんはクレオ姫と⋮⋮イチャイチャしちゃうし⋮⋮﹂
﹁わらわは全部使ってしまったのだ。大人のオモチャにな﹂
ペットは俯き、エロスヴィッチは役に立たない。
つか、ペット、もうなんかお前恐いぞ⋮⋮
﹁くっ、私も現金通貨はあまり持ち歩かない主義だけれど御札を何
枚かは⋮⋮﹂
﹁ハハハハハハ、別にいいよ? 僕様たちとの親睦の記念に、お金
ぐらい我々が⋮⋮﹂
﹁いいえ、あなたに貸しを作ると後が恐いからお断りよ。えっと⋮
⋮あったわ、十枚ほど﹂
クレオが財布から取り出した、この世界での通貨と思われる札が
十枚。
その札には、﹃10,000﹄と数字が掘られている。
2024
それが十枚で合計、100,000ってことか。
﹁でも、これだけでは、ここに居る三十名弱全員で生活はできない
わね⋮⋮﹂
この世界での物価がどれほどのものか分からないが、それじゃあ
心もとないってことか。
すると⋮⋮
﹁気にせんでええ、クレオの姉さん﹂
﹁えっ?﹂
﹁ワイに任せたらええんや﹂
そう言って、ジャックは自信満々にクレオから札一枚を受け取っ
た。
﹁ワイがこれをすぐに増やしたる。帰ってきたときには十倍返しや﹂
その自信がどこから来るのかと、俺とキシンは同じような微妙な
顔を浮かべていた。
﹁あら、あなたのお友達、頼もしいじゃない、ヴェルト﹂
﹁ウム、流石は武神イーサム様の血を引く、新たなる四獅天亜人の
称号を受け継ぎしかたでござる﹂
﹁賭け事は感心せぬが、どうやらあの者には勝負師の血が流れてい
るのだゾウ﹂
自信満々の四獅天亜人。その姿を見りゃ、誰もが期待するのは当
然かもしれない。
しかし、俺とキシンだけは違った。﹁絶対やらかす﹂と既に結果
2025
が予想できていた。
﹁おい、ジャック、やめといたほうがいいんじゃねえか?﹂
﹁YES.ベストフレンドのワイフからマネーを受け取るのは感心
しない﹂
既に興奮で瞳が炎のように燃えているジャックを今更止めること
は不可能と知りながらも、俺とキシンは試しに言ってみた。
だが、ジャックは⋮⋮
﹁なんや、ヴェルト、キシン。おどれら、ワイを誰だと思っとるん
や。ギャンブルデビル⋮⋮パチスロ界では、﹃諭吉の閻魔﹄とまで
言われたワイやで? 前世では一体、何人の福沢諭吉を生贄にして
きたかは分からん。せやけど⋮⋮生贄にした分、多くの諭吉を復活
させてきたんも、このワイや!﹂
つまり、儲かってねえって話だろうが。
ああ、やっぱ、アカンはこいつ⋮⋮
﹁まあ、ジャックのアレはあんま期待しないでおくとして⋮⋮金か
⋮⋮確かに、あんまりこの世界の奴らにそういう貸し借りは、後で
何か言われそうだから、どうにかしねえとな﹂
とりあえず、この世界でブラックダックたちを捜索するにしても、
この世界で生活する以上、やはり金は必要だ。
何だか、ライラックたちが世話してくれそうな気もするが、あん
まりこいつらの世話になりっぱなしになったり、クレオの言うよう
に貸しを作ったりしたくもない気がする。
2026
仮に金を借りたにしても、このメンツでこの人数なら、相当な金
の消費にもなりそうだし⋮⋮
﹁仕方ねえな。一家の大黒柱として家族や仲間に金の心配をされる
のも情けねえ。幸いカジノだし⋮⋮⋮⋮ここはビシッとやってやる
か﹂
だから、俺もまた勝負に出ることにした。
﹁ちょ、ヴェルト!﹂
﹁ワリーなクレオ。一枚だけ借りてくぞ﹂
クレオから札を一枚受け取って、俺もカジノフロアに足を踏み入
れる。
ただし、一人でではない。
﹁ほら、コスモス、行くぞ﹂
﹁ん? パッパ、どーするの?﹂
﹁ふふーん、コスモスの可愛さをこの世界にもっと広めようと思っ
てな﹂
そう言って、俺はエルジェラと手を繋いでいたコスモスを抱き上
げた。
﹁ヴェルト様?﹂
﹁ちょ、待て、ヴェルト! まさか、お前も賭け事をする気か? やめろ! メルマさんが怒るぞ? 賭け事は家庭崩壊の引き金にも
なるんだ!﹂
﹁確かに、やめるべきよ、ヴェルトくん。あまり言いたくはないけ
ど、パチンコもカジノも、大前提として店側が勝つようになってい
2027
るものでしょう?﹂
俺もギャンブルで一攫千金を狙ってくる。そんな俺に嫁たちは怒
った顔して止めようとする。
だが、俺はやめる気はなかった。
﹁安心しろ。勝算はあるさ﹂
俺には自信があったからだ。だから、俺は余裕の笑みを浮かべた。
﹁ちょいちょい、ヴェルトくんやい。その自信はどこから来るんダ
イヤモンド?﹂
﹁決まってんだろ∼、クロニア。何故なら⋮⋮世界から愛された⋮
⋮勝利の女神がここに居るからさ﹂
そう、コスモスが俺の傍に居る。だからこそ負けるわけがないと、
俺は自信に満ち溢れていた。
﹁﹁﹁﹁﹁いや、それ、理由になってないから!﹂﹂﹂﹂﹂
そんな仲間たちの叫びを背中に浴びて、俺はジャックとは違うエ
リアに足を進める。
そこにあるのは、赤と黒の二色で彩られていた巨大ルーレット。
﹁おい、これ一枚とチップを交換してくれ﹂
カジノの黒服ディーラーに俺がそう告げると、その瞬間、カジノ
にざわめきが起こった。
﹁お、おい、クラーセントレフンの、プロポーズのヴェルトだ!﹂
2028
﹁本当だ! コスモスちゃんも居るぞ!﹂
﹁ルーレットやる気だ! すげえ、クラーセントレフンの覇王の運
が見られるぞ!﹂
流石に俺とコスモスが席に座ると注目が集められる。
正直、俺はルーレットは初めてだが、あくまで自信満々な笑みを
浮かべた。
﹁おい、ルール教えてくれねえ?﹂
﹁はい、かしこまりました。このように、均等に区切られた回転盤
に回転させたボールをポケットに落とします。ポケットには数字と
赤と黒の色分けがされており︱︱︱︱︱︱︱﹂
俺の問いかけに、紳士な黒服ディーラーが丁寧な口調で俺にルー
レットのルール説明をする。
まあ、俺も大雑把なルールは知っているから、確認みたいなもん
だ。
﹁つまり、ボールが落ちるポケットの色と数字を当てれば、一番高
い36倍ってことだな?﹂
﹁ええ、そうなります。さて、どうされます?﹂
確認は終わった。細かいルールなんて必要ない。大前提さえ確認
できればそれで。
﹁よ∼し、コスモス。じゃあ、あのボールがあのポケットのどこに
落ちると思う? コスモスが選んでいいぜ?﹂
﹁いいの? じゃあ、コスモス選ぶね、パッパ。えっとね、ん∼っ
とね⋮⋮じゃあ、ここ!﹂
﹁おし、そこだな? じゃあ、ディーラーさんよ。ルージュの21
2029
番に全額だ﹂
コスモスが選んだのは、赤の21。数字が読めないコスモスは指
差してそう俺に告げた。
﹁ぜ、全額!?﹂
﹁ちょ、ヴェルトくん! コスモスちゃんに選ばせるの? しかも、
一点買い!?﹂
﹁こらこら、ヴェルトくん! そんないい加減に貴重なお金を!﹂
﹁ヴェルト、何を考えているのよ! あなた、賭け事を甘く見すぎ
よ!﹂
コスモスが選んだポケットに全額賭ける。そんな俺のやり方に誰
もが慌てて止めようとするが、俺の意思は変わらない。
﹁えっと、よろしいのでしょうか?﹂
﹁ああ。やっていいぞ﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ちょっと待っ︱︱︱︱︱︱︱﹂﹂﹂﹂﹂
ディーラーがボールを回す。回転盤にカジノ中から注目が集る。
そして、ボールの回転の勢いが落ち、ボールが回転盤の上をバウ
ンドし始める。
﹁お、おい、そろそろ⋮⋮﹂
﹁ああ、全額一点買いなんてスゲエ度胸だ。でも、どうなるんだ?﹂
徐々に歓声も静かになり始め、カジノに緊張が走る。
そして⋮⋮
﹁⋮⋮へっ?﹂
2030
﹁ん?﹂
﹁あ⋮⋮﹂
﹁﹁﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!!??﹂﹂﹂﹂﹂
ポケットにボールが落ちた。そこは、ルージュの21番。
﹁﹁﹁﹁﹁あっ⋮⋮⋮⋮当たったアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアア!!??﹂﹂﹂﹂﹂
一瞬、誰もが言葉を失ったものの、その数秒後には爆発的な歓声
となってカジノ全体が大きく揺れた。
﹁す、すごい、い、一発目でいきなり!﹂
﹁しかもいきなり、36倍の最高配当を!?﹂
﹁うそ⋮⋮ヴぇ、ヴェルト⋮⋮﹂
﹁か、勝っちゃったよ⋮⋮なんで?﹂
客も仲間も家族もこの瞬間は関係ない。ディーラーまで含めて目
を丸くして、いきなり大当たりをかましたこの状況に誰もが驚きを
隠せないでいた。
﹁うわ∼、きゃっほーい、パッパ、コスモスね、当たったよ? す
ごいすごい!﹂
﹁ああ、すごいな、コスモス。いいこいいこ﹂
俺の膝の上で大はしゃぎをするコスモス。
本来ならその可愛らしい姿に誰もが頬を緩めるところだが、今だ
けは違った。
さらに⋮⋮
2031
﹁じゃあ、コスモス。もう一回だ。どの穴に落ちる?﹂
﹁ん∼っとね、じゃあ、今度はコッチ! 黒い方!﹂
﹁ノワールの10な。よし、じゃあ、そこに⋮⋮今36倍で勝った
36万を全額だ﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ぶぼほっ!!??﹂﹂﹂﹂﹂
続けての全賭け。今の驚きの状況から抜け出せなかった皆も、更
に慌てて声を上げた。
﹁すげえ、もう一発だ! もう一発、大勝負しかける気だぞ!﹂
﹁いけええ、ヴェルト・ジーハ!﹂
﹁ちょ、やめろ、ヴェルト! せっかくまぐれで勝ったのに!﹂
﹁そうよ、ほどほどになさい! いつまでもラッキーが続くと思わ
ない方が︱︱︱︱﹂
その時、俺は思った。
今、俺を慌てて止める仲間や嫁たちは、どうやら何が起こってい
たのかを本当に気づいていないのだと。
逆に⋮⋮
﹁キシンよ⋮⋮ヴェルトくんは⋮⋮﹂
﹁しっ、ミスターカイザー⋮⋮シークレットだ⋮⋮﹂
おっ、流石に目ざとい何人かは気づいているようだな。
でも、やめねーけどな♪
﹁で、では、勝負させて戴きましょう。ハイッ! ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ッ
!?﹂
ディーラーがボールを勢いよく回すが、数秒後には顔面を蒼白さ
2032
せた。
何故なら⋮⋮
﹁ちょ、ま、また当たったアアア!﹂
﹁どうなってんだコレ! ひょっとして、カジノ側の接待か?﹂
﹁いや、ディーラーとか他の奴らもスゲエ驚いている! ガチなん
だよ!﹂
﹁じゃあ、ヴェルト・ジーハは二回連続で?﹂
36万の36倍。え∼っと⋮⋮とにかくたくさんだ。
﹁えっと、な、何が起こっているんだ? ヴェルトが⋮⋮﹂
﹁36万の36倍だとすると⋮⋮1296万⋮⋮﹂
﹁せ、せんっ!? ちょ、あいつこの数分でそれだけ稼いだと言う
の!?﹂
おお、流石はアルーシャ。暗算が速い。
しっかし、こんなウマくいくとはな⋮⋮
﹁また当たったよ∼! パッパ、コスモスてんさいだよ! ねえ、
パッパ! コスモスすごいでしょ!﹂
﹁ああ、コスモスは本当にいい子だな∼﹂
またもやお手柄だとコスモスの頭を撫でる。
しかし、コスモスに﹁そんな未来予知﹂みたいな能力がないこと
は、仲間も嫁も分かっている。
ならば、どうやって?
﹁ラガイア⋮⋮ひょっとして、ヴェルト義兄さん⋮⋮﹂
﹁うん⋮⋮お、お兄ちゃん⋮⋮コスモスを巻き込んでなんてことを
2033
⋮⋮﹂
﹁全く。あの男は⋮⋮呆れる⋮⋮﹂
おお、流石に二回もやれば魔に長けた奴らは気づくな。
キロロとラガイア、ネフェルティとかも気づいたようだ。
するとその時⋮⋮
﹁く∼、アカン、もうカラになってもうた∼﹂
なんと、数十分前ぐらいに意気揚々と飛び出したジャックが、申
し訳無さそうにトボトボ歩いてきた。
ああ、負けたのか、こいつ⋮⋮
﹁ジャックポット王子⋮⋮あなたもう⋮⋮﹂
﹁うう、堪忍な、クレオの姉さん。もう、ぜんっぜんアカンかった
わ! この台作ったやつ、全ッ然分かっとらんわ!﹂
さっきまで、﹁パチンコ作った奴、分かってる!﹂てきな感じで
言ってたのに⋮⋮
﹁全部演出バランスが悪すぎや! こんだけイライラしたんは、前
世の時もなかったわ。レインボー保留、レインボーカットイン、レ
インボー文字で普通に外れるとか、製作者は何を考えとんねん。流
石に今のワイが台パンやったら店ごと崩壊なってまうから、グッと
堪えたけど﹂
﹁れ、レインボー? ダイパン? 何だかその用語は流石の私も知
らないわね﹂
2034
﹁こういう時に隣に座っとるジーさんが、全く熱うない演出で普通
に大当たりかましたときはホンマにイラっときたわ。しかも、ワイ
に見せ付けるかのように、その後もドンドン台パンするわ、十連以
上するわ、二万発以上は余裕で出とったわ⋮⋮ほんまアカンは∼、
もう、ワイが製作に携わったろうかな?﹂
ちなみに、ジャック。お前、それと似たようなセリフを前世でも
言ってたぞ?
﹁んで、この騒ぎはなんやねん⋮⋮って、ヴェルト! おどれ、ど
うしたんや! メチャ、チップ稼いどるやないか!﹂
んで、そこでようやくこいつもこの騒ぎに気づいたか。
﹁おお、ジャック。負けたみてーだな﹂
﹁う、面目ない⋮⋮﹂
﹁まあ、ほどほどにしとけよな。まっ、せっかくだしもう少し遊ん
どけよ。幸い軍資金がたんまり手に入ったから構わねえよ﹂
﹁おおお、ほんまか! ええんか!? おーし、ほならパチはもう
やめや! スロットや! あっちのメガロマックスっちゅうスロッ
トで大当たりしたるわ!﹂
せっかくだし、賭けとしてではなく遊びとして楽しめと、俺は稼
いだチップの山の少しをジャックにくれてやった。
﹁さあ、端数を切って、1290万の全賭けだ﹂
﹁﹁﹁﹁﹁また全賭けキタアアアアアア!?﹂﹂﹂﹂﹂
﹁最後はコスモスではなく、俺が決める! 腹黒い嫁が八人という
ことで⋮⋮ノワールの8だ!﹂
2035
その言葉に流石のディーラーも口をパクパクさせている。
嫁たちも口をアングリさせ、だが、一部の仲間は呆れている。
﹁どうした? ここのカジノに上限があるのか?﹂
﹁い、いえ、それは⋮⋮しかし⋮⋮﹂
これは本当に受けても良いものなのか? まるでそんな感じでデ
ィーラーもうろたえている。
すると、ライラックが⋮⋮
﹁ハハハハハハ、いいではないか、ディーラーよ。受けてやりなさ
い﹂
﹁ライラック国王陛下!﹂
﹁そもそもこのカジノでは毎晩、億単位の金が動いているのだから、
別に驚く額ではないだろう? まあ⋮⋮連続でここまでアッサリと
⋮⋮というのは見たことがないが﹂
ライラックは、少し目を細めて笑った。
多分、ライラックも、﹁俺が何かをやっている﹂というのには気
づいているのだろう。
だが、そのネタが分からない以上、イカサマということができな
いんだ。
だから、ライラックは⋮⋮
﹁でも、あと一回にしてくださいね、ヴェルトくん。それまでなら、
肛門を瞑りますよ。いや、目を瞑ります﹂
小声で俺に耳打ちするように、ライラックはそう言った。
2036
﹁これ以上は、流石に不自然を超えてますので﹂
﹁まっ、別にいいけどよ⋮⋮﹂
俺もニヤリと笑って頷いてやった。確かに、後一回勝てば、もう
十分だろうからな。もともと最後のつもりだし。
﹁で、でも、一千万の金を、また全賭けだなんて⋮⋮大丈夫なのか、
あの男!﹂
﹁でもよ、ガチでもしこれで勝てたら⋮⋮伝説になるぞ!﹂
ゴクリと唾を飲み込んで、誰もがこの世紀の大勝負に注目する。
だが、俺は負けない。膝の上の勝利の女神も可愛いからな。
﹁伝説か。まあ、伝説っていうもんを、正直向こうの世界で腐るほ
ど作ってきた俺たちからすれば、運だけで左右されるルーレットな
んざ、屁でもねえ﹂
さあ、最後の勝負が始まった。
ディーラーがプルプル震えながらボールを回す。
そして、その時、俺は⋮⋮
﹁あっ!﹂
﹁⋮⋮⋮あっ⋮⋮﹂
﹁そ、そういうこと⋮⋮﹂
そして、ここで嫁たちがすべてに気づいたようだ。
何故、俺がここまで運が良かったのかを。
もっと早くバレテもいいはずだが、俺が最小限の力しか使わなか
ったからかもしれない。
2037
レビテーション
﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁﹁︵こいつ、浮遊を使って、ボールを操作している
!!??︶﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
まあ、そういうことだ。
ぶっちゃけこんな方法、魔法が常識となっている向こうの世界で
は使える手じゃない。
しかし、魔法の存在そのものに疎いこの世界なら話は別。
前回俺がこの世界に来たとき、物を浮かせたりする技を見せたり
はしたが、まさか今のこの瞬間も、その力でボールを動かしている
等と誰も思っていなかった。
﹁1290万の36倍⋮⋮あ∼、いくらか分からねえけど、これで
当面の生活費は大丈夫だろ?﹂
黒の8のポケットにボールが入った瞬間、もはや歓声はなく、誰
もがこの奇怪な出来事に怯えてしまっている中、俺のその言葉に嫁
と仲間たちは頭を抱えていた。
そして更に⋮⋮
﹁大変だアアアアアアアアアアア! 向こうのメガロマックスで、
﹃ジャックポット﹄を当てた奴が居るぞー!﹂
﹁な、なにい、あのメガロマックスでジャックポットをか!﹂
ん? こことは違うエリアから歓声が聞こえてきた。
メガロマックス?
2038
﹁なははははははははは! 流石、ワイや! 負けても負けても、
最後の最後ですべてを引っくり返す男やァ!﹂
おお、ジャックの声が聞こえる。
﹁ジャックくんの声ね⋮⋮﹂
﹁なんか、当たったっぽいね﹂
どうやら、あいつも勝ったようだな。
にしても、ジャックポットがジャックポット⋮⋮紛らわしいな⋮⋮
﹁んな、め、メガロマックスだと?﹂
﹁おいおい、嘘だろ! そんなの当てたって言うのかよ!﹂
﹁究極のヴァルハラドリームを叶えた奴が!﹂
と、その時、俺が今、数億稼いだと言うのに、話題がそっちに持
っていかれるかのような勢いで客たちが騒ぎ出した。
しかも意外なことに⋮⋮
﹁ヒュウ⋮⋮恐ろしいな⋮⋮クラーセントレフンのお尻たちは﹂
ライラックも少し驚いている。
なんだ? 何がそんなにすごいんだ?
﹁おいおい、一回スロットが当たったぐらいだろ? 何でそんなに
みんな騒いでるんだ?﹂
2039
万札何度かつぎ込んだら、そりゃ一回ぐらい当たるだろ⋮⋮そう
俺は思っていたのだが⋮⋮
﹁カジノの目玉スロット⋮⋮プログレシップ型⋮⋮積立方式のスロ
ットだ。それは、フロアにある同タイプのスロットを連動させ、全
てのマシンに投じられる掛け金を積み立てていく⋮⋮つまり、大当
たり⋮⋮すなわち、ジャックポットを出せば、これまで積み立てら
れたお金のすべてを得ることが出来るのだよ﹂
それは初めて聞いたな。そういうスロットがあるのか。
まあ、ラスベガスとかには本当にありそうだな。
でも、積み立てた金を全部貰えるっていくらぐらいだ?
﹁なあ、ディーラーの兄ちゃん、これでなんぼ貰えるんや? ワイ
もよう分からんままやってもうたが⋮⋮﹂
﹁あ、あの⋮⋮じゅ、じゅうはち⋮⋮﹂
﹁じゅうはち? 18万か! く∼、やったで! ヴェルトほどや
ないけど、少なくともヴェルトやその嫁さんから借りた分はこれで
チャラや!﹂
最後の最後でどんでん返し。これがギャンブラーとしての醍醐味
とばかりに笑うジャック。
しかし、ディーラーは震える唇で⋮⋮
﹁いえ、18万ではありません﹂
﹁はっ?﹂
世界が一転する言葉を口にした。
2040
﹁18億⋮⋮です﹂
こうして俺たちは初日からビリオネアになった。
現在チーム所持金総額:約22億
2041
第114話﹁ヴェルトVSヨメーズ﹂︵前書き︶
この話では、同行中のヨメーズとヴェルトが突如戦います。
戦いです。普通の戦いです。上品で白熱の戦いです。
しかし、万が一この話を﹁いやらしい戦い﹂という見方をされてし
まう方が居ましたら、相当病んでいると自覚してください。
ちなみに、作者は健全で上品で清廉潔白です。いやらしい話なんて
大嫌いです。
2042
第114話﹁ヴェルトVSヨメーズ﹂
︱︱︱︱︱今夜のイベントまではホテルの部屋で、それぞれ待機。
カジノの後の流れはそうなった。
この世界に居ると思われる俺たちの世界の犯罪者、ブラックダッ
クを捕まえるため。
ライラックには俺たちの渡航の目的を素直にそう説明した。
その事情は理解をしてもらえたし、ある程度俺たちが動き回るこ
ともライラックは承認した。こういう時、いい加減な奴が責任者な
のはありがたく、話もすんなり通った。
ただ、一応この世界にはこの世界の事情もあり、そこそこデリケ
ートな時期でもあるから、あまりド派手な大立ち回りだけは避ける
ことと、大前提としてこの世界の神族を巻き込んだ戦いなどは避け
ることは俺たちも約束した。
して、とりあえずホテルの超デラックスVIPルームを拠点に︵
金は当然払う︶、まず今日は、今夜行われるイベントまでは部屋で
休むということになった。
だが、俺たちに休む時間なんて無かった。
何故なら、諸事情により、俺は嫁と戦わないといけなくなったか
らだ。
しかも複数同時にだ。
2043
﹁さあ来いよ! 全員相手してやるよ!﹂
そう。唐突にバトルロイヤルが始まった。
﹁ヴェルト、覚悟しろ!﹂
まずは、空手家のウラからだ。立ち技最強のウラ。最近は俺との
実戦を経て、寝技も実にスムーズになった。
ハイキックが出来るほど関節が柔らかくて足が大きく開く。だが、
俺はその足を掴み取り、がら空きになった場所に一撃を打ちこむ。
﹁カハッ、ヴェルトめ⋮⋮いきなり⋮⋮﹂
一撃だけではダメだ。連打だ。
連続で攻撃を叩き込む。
しかし、その時、俺が僅かに呼吸をした隙をついて、ウラが反撃
に出る。
﹁ぬっ!﹂
﹁はっは、油断したな、ヴェルト! 攻守交替だ!﹂
体勢を無理やり入れ替えられ⋮⋮馬乗りにされる。これはマウン
トポジション!?
﹁反撃返しだ、ヴェルト!﹂
﹁つおっ!?﹂
今度はウラが俺に連続攻撃。素早い高速の連打は俺の息を荒くす
る。
だが、これで負けるわけにはいかない。
2044
なぜなら、これは一対一の戦いではないからだ。
﹁ふふふふ、隙だらけよ、ヴェルトくん!﹂
﹁覚悟しろ、ムコ!﹂
氷女神アルーシャの息吹と、ドラゴンユズリハの牙が同時に俺の
顔面を攻撃してくる。
二人同時に俺の顔面を攻撃してくるトライアングルフォーメーシ
ョンだ。
これをされると、俺は鼻だけで呼吸しなければならなくなり、酸
欠になりかける。
だが、甘い。
俺の両手は空いている。
﹁んあ!?﹂
﹁ふがああ!?﹂
十歳の頃からラーメン屋で働いていた。
灼熱のキッチンで、熱い中華鍋を振ってきた。
その鍛え上げられた俺の指先一つで相手の急所さえ突けばダウン
させることだってできる。
そしてこの指は、どんなに熱い秘し⋮⋮場所にだって突き刺して
みせる。
﹁ぐっ、アルーシャ! ユズリハ! おのれえ、ヴェルト!﹂
二人の意識を飛ばした。
その瞬間、激高したウラの意識に隙が生じ、俺はマウントポジシ
ョンを跳ね返してウラを押し倒し返した。
ここでウラも倒す。そうすれば、相当有利になる。
2045
そう思って俺は渾身の力をウラに何度も叩き付けた。
流石のウラも悲鳴を上げる。だが、俺は今ココでウラを倒すべく、
心を鬼にして何度も挿し⋮⋮刺し続けた。
しかし、
﹁あら、イジメは感心しないわよ、ヴェルト﹂
﹁ウラさんばかりに負担させません﹂
やはり出てきたか。
クレオとエルジェラ。
このフィジカルも戦闘スタイルもまるで違う二人のコンビは俺に
も未知数だ。
﹁今、助けるわ、ウラ姫!﹂
まだウラを倒しきれていなかった中で、クレオが俺の体を無理や
りウラから引き剥がし、俺の攻撃が解除された。
﹁んな! ちょ、待てクレオ! 私はまだ戦えるぞ!﹂
﹁あら、あれだけやられそうになってよく言うわね。もう選手交代
よ!﹂
行き場をなくし、むき出しになった俺の剣。戦いの影響で壊れそ
うだった。
そんな剣をクレオは臆すどころか、むしろ妖艶な笑みを浮かべて、
有無も言わせずに俺の剣を納刀した。
﹁クレオ!?﹂
﹁ふふふ、あなたの剣は今ココに封印させてもらうわ!﹂
﹁ぐっ、だが⋮⋮甘いぜ、封印できるかどうかやってみやがれ!﹂
2046
﹁なっ!? バカな、無理やりこの封印を破ろうというの!?﹂
﹁お前は、俺を甘く見すぎだ﹂
﹁そんな! 一度ならず二度三度⋮⋮私はこの力に勝てないと!?﹂
剣は鞘に収めればいい。しかし、剣と鞘のサイズが違う。剣が力
を増せば、鞘はいつまでもその剣を納めておくことなどできない。
﹁ぐっ、この私が! ッ、ひっぐ、⋮⋮ダメ⋮⋮壊れてしまう⋮⋮﹂
﹁泣いてるのか⋮⋮クレオ﹂
﹁ッ、な、泣いてないわよ! ぐすっ、わ、私が、は、覇王たる私
が涙など⋮⋮﹂
﹁そうか⋮⋮﹂
﹁なら、もっと攻撃して構わないな?﹂
﹁えっ!? も、もっろっれ!?﹂
思えば、例え気は強くても、戦場では新兵のクレオにはまだまだ
過酷な戦いは難しいものなのかもしれない。
本当はもっと手を抜いて戦ってやった方がいいのかもしれない。
しかし、俺は手を抜かない。
なぜなら、たとえ涙を流そうとも、プライドの高いクレオは手加
減されることを望まないからだ。
﹁ぐすっ、ううう⋮⋮私を倒すのなら⋮⋮容赦なく意識を奪いなさ
い⋮⋮ヴェルト! 次は負けないわ!﹂
﹁ああ﹂
それでこそクレオ。
俺もまた、渾身のエネルギーを放出してクレオに叩き付けた。
﹁ふう、はあ⋮⋮はあ⋮⋮はあ⋮⋮﹂
2047
次は誰だ?
﹁おいたはメッですよ、ヴェルト様﹂
今の疲弊したこの状況下でエルジェラか! ﹁ふん、だったらどうすんだよ、エルジェラ!﹂
﹁決まっています。この胸に秘められし嵐の力を、ヴェルト様はお
忘れですか?﹂
全身にゾクッと戦慄が走る。エルジェラは手を一切抜かない気だ。
天使の翼を大きく広げ、俺の全身を包み込み、そして抱擁し⋮⋮
﹁おいたをする旦那様を、少し懲らしめて差し上げます。天空の力、
母神の力よ、今こそ⋮⋮滅びのバストストリーム!﹂
この衝撃は、何度食らっても抗うことが出来ずに、毎度精神が飛
んでしまう。
正常な意識が保てずに、俺の中の反逆精神を根元から砕くかのよ
うな力だ。
だが⋮⋮
﹁⋮⋮はあ⋮⋮はあ⋮⋮いつまでも、ガキじゃねーんだ。そうそう
くたばってたまるかよ﹂
﹁⋮⋮ッ、ヴェルト様!? そんな! 私のバストストリームを﹂
堪えきった。俺の皮肉めいた笑みに、流石のエルジェラも衝撃を
2048
覚えたようだ。
﹁ふ、俺だっていつまでもやられてばっかじゃねえ。この嵐、確か
に脅威だが⋮⋮悟りの境地に達すれば、モチを頬張っていると思え
ば、まだまだ耐えられるぜ﹂
俺だって日々精長⋮⋮成長してるんだ。そう振る舞うと、エルジ
ェラも微笑み返した。
﹁モチ? ああ、前、エルファーシア王国でメルマさんが振る舞っ
てくださったお料理ですね。あの白くて柔らかくて⋮⋮﹂
﹁ああ、そういや∼、一緒にペッタンペッタンやったな﹂
数か月前、王都の商人から粘りの強い米が手に入ったことで、先
生が﹁餅つき大会やろう﹂と提案して、皆でやったんだ。
あの時は、コスモスも大はしゃぎしたり、エルジェラもウラもフ
ォルナも幼馴染たちも、初めて食べたモチに感動して楽しかったな
⋮⋮
すると、エルジェラもその時を思い出したのか⋮⋮
﹁でも、私の技がオモチみたいというのは、少々オモチさんに失礼
ですよ?﹂
﹁なに?﹂
﹁だって⋮⋮オモチは突けば突くほど美味しくなるものでしたでし
ょう? ⋮⋮まだ私は一回も突かれてませんよ?﹂
ふふふん、と笑みを浮かべるエルジェラ。ドキッとする。
だが、その挑発と誘いに俺は乗る。
﹁なら、覚悟しろよ?﹂
2049
﹁ええ、受けて立ちますよ、ヴェルト様﹂
俺は既に激戦を終えたばかりの剣を持って、エルジェラに挑む。
︱︱︱︱︱ペッタンペッタンペッタンペッタン
ぐっ、これは! エルジェラは流石にクレオと違ってまだ余裕が
ある。それどころか⋮⋮
﹁ヴェルト様﹂
﹁なんだ?﹂
﹁⋮⋮オモチは突くだけではなく、捏ねないとダメではないのです
か?﹂
﹁ぐっ、わ、分かってるよ﹂
﹁♪﹂
ここに来て、エルジェラはノーガード戦法で更に攻撃してみろと
俺を誘う。
︱︱︱︱︱ペッタンコ、こねてこねて、ペッタンコ! ペッタンコ、
こねてこねて、ペッタンコ! ペッタンコ、こねてこねて、ペッタ
ンコ!
どうだ? そう思ってエルジェラの様子を伺うと、エルジェラの
笑みは崩れていなかった。
﹁ふ、ふふふ、さすが、ヴェルト様⋮⋮的確に私の急所を責め立て
る⋮⋮ですが、今の私はもうクレオさんのように意識を飛ばしたり
はしません! この猛攻に自ら飛び込みます!﹂
2050
俺の攻撃をエルジェラは避けようとするどころか、むしろ自分か
ら俺の攻撃にカウンターをしかけて反撃してくる。
これでは、攻撃しているはずの俺が逆にやられちまう!
やはり、エルジェラは強い。
このままでは負けちまう。
そして、その時だった。
俺が剣から溜め込んだエネルギー砲をエルジェラにぶっ放した。
しかし、エルジェラは心地よさそうにしながら変わらず余裕だっ
た。
﹁ふふふふ。たくさん力を放っていただいたようですが⋮⋮ですが、
たった一度の攻撃では、もはや私は倒せませんよ? ヴェルト様﹂
﹁ぐっ⋮⋮﹂
﹁さあ、ヴェルト様、続きです! あなたの力を私はもっと感じた
いのです!﹂
﹁はあ、はあ、エルジェラ⋮⋮﹂
﹁来ないのなら、こちらから!﹂
甘かった。俺だって日々力を付けて成長しているかもしれないが、
それはエルジェラも同じだった。
俺とこれまで何度も組手をしてきたことで、エルジェラもレベル
アップしている。
この程度の攻撃では、最早、倒れない。
エルジェラに突き刺した剣を一度抜き、俺は距離を取って態勢を
整えようとした。
しかし⋮⋮
﹁ムコ∼、まだ、終わってないぞ∼﹂
﹁ふふふふふ、油断したけど、もう同じ手では倒れないわよ? さ
あ、奇跡の氷帝から、トロトロの熱いカマクラのような力を見せて
2051
あげるわ!﹂
ここに来て、ユズリハとアルーシャまで復活しやがった!
更に⋮⋮
﹁どうした、ヴェルト。組手はまだ終わってないぞ?﹂
ウラまで⋮⋮。
まずい! 流石にこの状況では⋮⋮
そう思ったとき、ウラが俺の腰にしがみ付いた。
﹁⋮⋮ふふふふ、なあ、ヴェルトよ。以前、流れの大道芸人が口で
剣を飲み込むショーをやっていたな﹂
﹁ん? あ、お、おお﹂
﹁あの時は驚いて拍手したが、今にして思うと、アレはそんなにす
ごい事だったのか? だって、剣を飲み込むぐらい⋮⋮私にだって
できるぞ? ペット・アソークにだってできたぐらいだしな﹂
ウラが動いた。
﹁ちょ、ま、待て、ウラ!﹂
﹁待たん。ふふふ⋮⋮いただきます!﹂
ウラが剣を!
ヤバい、武器を封じられた! こいつ、武器を破壊する気か?
まずいまずい! 更にエルジェラとアルーシャとユズリハも⋮⋮
﹁﹁﹁覚悟ッ!!﹂﹂﹂
2052
ダメだ! ヤラれる!?
﹁甘くみるな! この戦いは回復アイテムを使うことが許されてる
んだ! この狐印の回復薬さえあれば、俺はまだ戦える!﹂
消費したHPもMPも、これで強制的に回復させる。俺はまだま
だ負けてねえ。
﹁ぐっ、ヴェルトくん! 何をするの!? しまっ、回り込まれた
! くっ、男が背後からの攻撃は卑怯よ! 正面から戦えないの?﹂
﹁ヴェルトめ! まさか、まだ、こんなに力が!﹂
うおおおおおおおおおおお! 俺を甘くみるんじゃねえ! っていうか⋮⋮⋮⋮そもそも、なぜ、こんな戦いが急に勃発した
かというと⋮⋮
⋮⋮数十分前
2053
﹁パッパ! お風呂、おっきいよ! ジャバジャバーって泳げるよ
?﹂
﹁あ、ああ、なら遊んできなさい﹂
﹁きゃっほーう。ムサシ∼、あそぼー!﹂
﹁はうわ! お任せくださいであります、お嬢様!﹂
ライラックが用意してくれた高級ホテルの最上階フロアのVIP
ルーム。
当初は宛がわれた部屋で各々の時間をまずは過ごして、落ち着い
たら集まって作戦会議でも⋮⋮と思ったんだが⋮⋮
﹁すごいぞ、ヴェルト! この十人寝ても大丈夫なベッド! 建設
中の大奥にあるベッドよりも材質がいい。フカフカだ﹂
﹁おまけに、とても素敵な景色ね。百万ドルの景色。この未来都市
を見下ろせるほどの絶景﹂
﹁なかなかの部屋ね。少々人数が多いけれど⋮⋮﹂
落ち着かない。
﹁いや、待て、お前ら﹂
ベッドの上で飛び跳ねたり、デカイ窓ガラスからこのメガロニュ
ーヨークの景色にウットリとしている奴やら、痛む頭を抑えながら
俺がとにかく思ったことは⋮⋮
﹁あのよ、チーム・愉快な仲間たちは、それぞれ個室。チーム・純
恋愛ズはカップル同士の強制相部屋で決まった⋮⋮なんで俺らだけ
十人全員のタコ部屋なんだよ﹂
2054
タコ部屋といっても、部屋の数やら中の設備やらは確かにいいも
のが揃っている。
部屋の中には、プールかと思ってしまうジャグジー付きの風呂ま
である。
でも、人数多すぎる。
﹁仕方がないだろう、旦那くん。誰かが君との二人で相部屋となっ
ても怒るし、個室になっても夜這い合戦だ。ならば最初から全員同
じ部屋の方が平和的だろう﹂
俺の肩を組んで爽やかに笑うオリヴィア。
しかし、この、一人で居られる空間もない、常に大人数が居る状
態と言うのは、なんとも落ち着かない。
﹁ヴェルト、なんだったら宿泊施設を変えるか? それなら、私は、
らぶほがいい﹂
﹁やめろ、ウラ。それとだ、ラブホという単語は、向こうに帰った
ら使うなよな? 特に、先生にバレたら⋮⋮いや、まあ、もう俺が
お前とラブホに行っても、先生も怒らねーだろうけど⋮⋮﹂
そんな感じで、部屋には嫁たちと、コスモス、ムサシ、サルトビ、
ペットという大所帯で、何だかもう肩身が狭いというかなんという
か⋮⋮
﹁ふ∼ん⋮⋮でだ、ヴェルト。そろそろ教えてくれ。らぶほとはど
ういうことをする場所なんだ?﹂
と、その時、フカフカの超キングサイズのベッドの上で体育座り
しているウラが聞いてきた。
まだ、それを引っ張るか⋮⋮しつこい⋮⋮
2055
﹁いや、まあ、俺も詳しくは知らねーが⋮⋮ようするに、いつも俺
やお前がベッドでしているようなことをするのが目的のホテルだよ﹂
言わせんな、恥ずかしい。と思ったら⋮⋮
﹁ん? いつも私とお前がしている⋮⋮何だ?﹂
と、ウラがすっとぼけたような口調で聞いてきた。
﹁って、だから∼! ⋮⋮⋮ウラ⋮⋮﹂
﹁ん? どうした♪﹂
俺は若干口調を荒っぽくして、﹁しつこい﹂とウラに言おうとし
たが、その時、気づいた。
俺の目の前のベッドの上で、正面向いて体育座りしているウラ。
その閉じていた足が若干開いている。
ウラは短パンで、スカートじゃないから別に下着が見えるという
ことは⋮⋮これが実はあるのだ。
﹁ウラ⋮⋮﹂
﹁ん?﹂
﹁お前⋮⋮無防備すぎだ﹂
ウラの穿いている短パンは、ピッチリタイプじゃないから、だか
ら隙間からチラチラと見えるのだよ。黒のレースが。
するとウラはクスクスと上機嫌に笑った。
﹁ふふん。ヴェルト⋮⋮もう一度聞くぞ? らぶほとはどういうこ
とをする場所なのだ?﹂
2056
その言葉を発した瞬間、ウラの足がまた少し開いた。徐々に開脚
していく足は、明らかに俺を誘っていた。
﹁コラコラ⋮⋮ちょっとまて、ウラ、今︱︱︱︱︱︱﹂
﹁神族世界の技術や世界観は未だに分からないが、少なくともこの
景色、この宿がとても素晴らしいものだというのは私にも分かるぞ
!﹂
俺の言葉に被せるようにウラが少し声を大きくした。
そして俺の目をジッと見つめ⋮⋮
﹁素敵な空間に最愛の男と居るのだぞ? 最近はお前も家出したり、
フォルナのことがあったりとバタバタしていたし⋮⋮﹂
﹁いや、だから、ウラ⋮⋮﹂
﹁ヴェルト、もう一度聞く。⋮⋮らぶほとは⋮⋮どういうことをす
る場所なのか⋮⋮直接教えてくれないか?﹂
少し照れたように微笑みながら、そう口にするウラは、明らかに
引く意思はないようだ。
でも、俺は思ってしまう。
いや、可愛いけどお前、状況考えろよと。
ブラックダックたちのことではなく、この部屋の状況だ。
だって、今、俺たちは二人きりではなく⋮⋮
﹁ええ、そうね。教えてあげる必要があるわね、ヴェルト。私とあ
なたが実演して、教えてあげましょう?﹂
﹁って、クレオッ!﹂
﹁ふふふふふふふ﹂
2057
居るんだよ、他の嫁がたくさん!
いつの間にか俺の前に回りこんだクレオが、俺の腕を掴んで無理
やりクレオの体の特定の場所に置いて⋮⋮って!
﹁だから、何でおまえ、穿いてな⋮⋮って、ちょ、擦るな!﹂
﹁ふふふふ。あらあら、覇王は常に胸を張ってないと。中腰になっ
てどうしたの?﹂
﹁だから、寄るな!﹂
﹁だーめ。ふふ、ん、あなたこそ嫌いじゃないでしょう?﹂
頬を紅潮させながらサディスティックな笑みを浮かべるクレオは、
既に﹁その気﹂のようだ。
﹁むうう、おい、クレオ! お前はこの間の夜にユズリハと抜け駆
けしたのだろう! ヴェルトは、こっちだ!﹂
﹁ちょっ、ひっぱるな!﹂
その時、むくれたウラが俺の手を強引に引っ張り、ベッドの自分
の上に引きずりこみ、俺はウラに覆いかぶさるような形でベッドに
⋮⋮
﹁あらあら、まだ夜まで少し時間があるのに、早いのではないかし
ら? まあ⋮⋮目の前でそんなことをされたら、私も引き下がるわ
けにはいかないのだけれど﹂
と、俺がウラに覆いかぶさった瞬間に、俺の両頬が冷たい手に包
み込まれ、首を真横に曲げられて、そこにはアルーシャの唇があり
︱︱︱︱
﹁んんんーっ!﹂
2058
﹁ん、ヴェルトくん、んん、ん、んん!﹂
こ、これは? この態勢は? 俺はウラに覆いかぶさりながら、
他の女と⋮⋮まあ、よくあったことではあったが⋮⋮
﹁ガルルルルルルルルル、お前たち⋮⋮ムコになにやってる! ず
るいぞ! 私もムコとするーっ!﹂
﹁んぐううううううう!﹂
﹁アムアムカミカミアムアムカミカミ﹂
怒る。飛び込む。噛む。それを一瞬でやったユズリハがベッドに
飛び込み、そのままカサカサと俺に這いよってピンポイントな箇所
にアマガミしてきた。
ああ、これはもうダメだ⋮⋮
ジャレ合いじゃなくて、本当にこいつら、﹁その気﹂になったん
だ。
﹁ふふふふ、フォルナさんとウラさん以外の方とも同時にこれだけ
の人数で⋮⋮初めての日を思い出しますね﹂
そしてついに最終兵器まで動いてしまった。
エルジェラが照れたように微笑みながら歩み寄ってきた。
急に心臓が熱くなった。たった一∼二ヶ月程度ぶりぐらいだとい
うのに。
そんな俺に、エルジェラは柔らかい笑みを浮かべながら腰を曲げ
て、俺に耳打ちするかのようにボソッと⋮⋮
﹁たとえ、子をこれ以上生めなくとも⋮⋮私の体はヴェルト様無し
では生きていけません﹂
﹁ッ!?﹂
2059
﹁何でもします⋮⋮全て⋮⋮ヴェルト様の御心のままに⋮⋮﹂
﹁ま、て、こ、スモスが、向こうの部屋に⋮⋮﹂
﹁はい、今、ムサシさんとお風呂に入っています。広いお風呂で楽
しそうで⋮⋮もうしばらく遊んでいると思います﹂
気づけば、ウラ、アルーシャ、クレオ、ユズリハ、エルジェラは
俺を逃がさないように既に周りを取り囲んでいた。
四面楚歌。いや、五面楚歌。
﹁ふふふふ、ヴェルト様⋮⋮逃がしません♪﹂
過剰な刺激と誘惑で、脳も体も溶けてしまいそうだ。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮もういいや⋮⋮⋮⋮
﹁⋮⋮分かった⋮⋮分かったから⋮⋮お前ら⋮⋮今から俺と戦うぞ﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ヴェルト︵様︶︵ムコ︶︵くん︶!﹂﹂﹂﹂﹂
もういいや。だって、別に悪いことじゃねえ。
﹁この戦いに勝ったら、好きなようにしてくれて構わねえ。俺に勝
てたら、いくらでもイチャついてやる﹂
こいつらはれっきとした、俺の妻なんだから、家族なんだから、
戦うなら遠慮なく戦えばいい。
﹁ガチンコバトルだ。俺と甘ったるいカップルみてーなことしたけ
れば、俺を屈服させることだな。力と力の勝負だ﹂
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮チン⋮⋮バトル?﹂﹂﹂﹂﹂
2060
﹁そういう意味で言ったんじゃねえよ!﹂
いや、ある意味でそういうバトルでもないこともないけど!
ただ、別にそういうことをしたって問題ないはず。
だから、堂々としてやればいい。
﹁とにかくだ! もう、逃げも隠れもしねえ! 別に問題なんて何
もねーんだしよ。まあ、何だかんだでこういう機会があんまなかっ
たし、とにかく戦うぞ! 全員、かかってきやがれ!﹂
その言葉と同時に、バトルロイヤルが始まって⋮⋮
⋮⋮で、俺は力尽きて負けたみたいだ。
﹁⋮⋮⋮う⋮⋮あっ⋮⋮﹂
そしてこうなったわけだ。
﹁つっ、今⋮⋮何時⋮⋮どんだけ⋮⋮体が⋮⋮﹂
戦いがいつ頃終わったのかも分からず、ベッドの上で意識を失っ
ていた俺。
どうやら、俺は負けたようだ。
2061
﹁⋮⋮ッ、⋮⋮こいつら⋮⋮﹂
そして、同時に気付いた。
横たわっていた俺の回りでは、戦いに満足した戦姫たちが笑みを
浮かべてスヤスヤと俺を囲むように寝息を立てていた。
そして寝言では俺の名前を呟いたり、﹁すき﹂、﹁もう一回﹂と
か口にしてる。
それを聞いた瞬間、何だか照れくさくなってしまった反面、情け
なくも体が恐怖でガタガタと震えた。
﹁まずいな⋮⋮こんな戦いをいつも繰り広げたら⋮⋮俺⋮⋮死んじ
ゃうぞ⋮⋮﹂
そのことが俺を恐怖させた。
﹁⋮⋮⋮⋮とりあえず、風呂ぐらい入るか⋮⋮﹂
つうか、どれぐらいの時間が? イベントはどうなった?
誰も呼びに来なかったから、まだ大丈夫だと思うが⋮⋮
﹁お∼い、誰か居るか∼?﹂
とりあえず、起き上がった俺は重たい体を引きずりながら、隣の
部屋まで行ってみた。
するとそこはリビングになっており、デカいソファーと壁に埋め
込まれた液晶テレビなどがあり、その部屋では、オリヴィア、ムサ
シ、そしてコスモスが居た。
﹁と、とにょ!? お、おわ、終わったでござ⋮⋮その、お、お疲
2062
れ様でございまする。お嬢様はテレビとやらを見たら、疲れて眠っ
てい、いるでござ⋮⋮⋮⋮にゃあああああああああああ!﹂
ソファーで座っているムサシに膝枕されて寝ているコスモス。心
地よさそうにぐっすりだ。
今日一日、外でハシャいだり、風呂に入ったりで、眠くなったん
だろうな。
⋮⋮でも、何で、ムサシは全身逆立たせて驚いている?
﹁や、やあ、旦那君。じ、実に、激しい戦いが繰り広げられていた
ようだね。い、いい、いきなり、君と他の嫁たちが戦いを始めたの
にはビックリして、空気を読んで退席したが⋮⋮は、はは、すごい
戦いだったね﹂
そしてこっちは一人掛けの椅子に座って足を組み、優雅に紅茶を
飲んでいるように見せているオリヴィア。しかし、紅茶を持つ手が
震えて、顔も若干赤く、何だかモジモジしているような気も⋮⋮あ
れ? まさかこいつ照れてる? ﹁まあ、旦那君が普段どのような戦いをしているかは見たことなか
ったから、い、いいものを見せてもらった。君の実力は大体⋮⋮ッ
!? ひうっ!?﹂
と、その時、いつも爽やか王子全開だったオリヴィアが、俺を見
て普通の女みたいに狼狽えた。
そのあまりにもレアな姿に俺も驚いたが、そもそもムサシもオリ
ヴィアも何を驚いているかというと⋮⋮
﹁だ、旦那君! ぷ⋮⋮その、プラプラを隠したまえ!﹂
2063
﹁へっ⋮⋮?﹂
﹁い、一応⋮⋮私もレディのつもりだ!﹂
あっ⋮⋮気付かなかった⋮⋮俺、今、戦いを終えたばかりで服を
⋮⋮
﹁わ、ワリー。気付かなかった﹂
﹁ッ∼、全く、君は⋮⋮﹂
﹁ちょっと風呂入ってくる!﹂
そういや、オリヴィアも何だかんだで十四歳。
女同士でってのはあるかもしれないが⋮⋮ひょっとして男のは初
めて⋮⋮?
まあ、今はもうその手の話題はいいや。
とりあえず、さっさと風呂に入って汗を⋮⋮
﹁あっ、旦那くん! お風呂には今、ペッ⋮⋮⋮まあ⋮⋮いいか⋮
⋮愛人みたいだし⋮⋮流石に戦いで力尽きた旦那君もこれ以上何か
しないだろうし⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮私もそろそろ⋮⋮背中ぐ
らいは洗ってやろうかな⋮⋮⋮﹂
そんな俺は、オリヴィアが言いかけたことが何だったのか分から
ないまま、風呂場へ向かった。
2064
第115話﹁覇王剣と太極図﹂︵前書き︶
受験のシーズン。学生の皆様頑張ってください。遊びで世界史の問
題を話の中に出してみました。上品な皆さんなら分かるはずです。
そして、今話では、一人の少女が一人の男との決別を誓う物語にな
ります。
色々と迷った結果、こうなりました。その結果、彼女のファンから
は恐らく賛否が分かれる話になると思います。もし、不快な思いを
させてしまいましたら申し訳ありません。
先に、ここで謝罪させていただきます。
2065
第115話﹁覇王剣と太極図﹂
本当にプールだよ、これ。
広いし、飛び込み台もあるし、一人用のジャグジー浴槽もあるし、
サウナもある。
湯気が立っているから、もう、温水プールだな。
そんな風に思いながら、俺は風呂場に足を踏み入れた。
別に今の俺に脱ぐものもないし、中には誰も居ないだろうから気
兼ねなく入れる。
まずは、汗やら色々な液やらでベタベタになった体を洗い流して
えし、サッパリしたい。
流石にこんな状態で、夜のイベントに参加したら、怪しまれるし
な。
﹁さ∼って、サッパリとするか!﹂
思えば、一人で風呂に入るのも久しぶりかもな。ハナビやコスモ
スと入ったり、嫁たちと一緒に入るときもあるし⋮⋮
久々、広い湯船でユッタリと⋮⋮
﹁⋮⋮ん、あ⋮⋮ん⋮⋮⋮⋮⋮﹂
あら? おやあ? あれ? あれえ? ﹁ひっぐ、どうしてまた⋮⋮私こんなこと⋮⋮これじゃあ、ただの
いけない子だよ⋮⋮どうしてこんなことに⋮⋮﹂
先客が既に居るようですぞ?
2066
何だか、風呂の椅子に座って鏡の前で体をゴシゴシと洗っている
ようだ。大事なことなのでもう一回言うけど、洗っているようだ。
イジイジと⋮⋮いや、ゴシゴシと体を洗っている。
﹁ア⋮⋮﹂
﹁ッ!?﹂
その瞬間、俺と先客は完全に目が合って硬直した。
ペットだった。
そいつは、一瞬何があったのか分からずに呆然と、俺の足のつま
先から頭のてっぺんまでゆっくりと何度か目を往復させ、俺が誰で
俺が今どういう格好なのかの理解に数秒かかった。
そしてそいつは、みるみると顔を紅潮させていき、瞳にウルウル
と涙まで溜め、そして⋮⋮
﹁き、い、や、い、い、いいい!﹂
﹁ま、待て! 待て、ペット! ワザとじゃない! ワザとじゃね
え! 俺はそこまで飢えてねえ! 本当に知らな︱︱︱︱︱﹂
﹁○×■■ッ、んfくぃおksn!?﹂
﹁言葉にならねえのは分かるが、落ち着け!﹂
どうなる? 椅子が飛んでくる? シャンプー? 石鹸? 多分
手当たり次第に投げられるだろう。俺はそう予想して身構えた。
だが⋮⋮
﹁うっ、ひっぐ⋮⋮もう⋮⋮いやあ⋮⋮ひっぐ、う、ううう﹂
ペットは蹲るような体勢で自分の体を隠し、震えて小さく泣いて
いた。
2067
﹁⋮⋮ペット⋮⋮﹂
﹁どうして⋮⋮ひっぐ、どうして私ばかり⋮⋮こんな⋮⋮﹂
これはガチの奴だった。一人だったから、タオルで体も全く隠さ
ずに、全裸で﹃体を洗って﹄いるところを男に見られたのだ。
元来大人しい気弱なキャラのペットには耐えられるものじゃない。
﹁⋮⋮悪い、ペット⋮⋮ワザとじゃねーんだ⋮⋮居るなんて知らな
くて⋮⋮﹂
でも、俺は言い訳のようにそう言うことしかできなかった。
するとペットは蹲りながら⋮⋮
﹁うん⋮⋮分かってるよ⋮⋮ヴェルトくんは、ワザとそんなことし
ないって﹂
﹁⋮⋮ペット?﹂
﹁だって、あんなに素敵なお姫様たちといつでも⋮⋮淫らなことで
きるんだもん⋮⋮ヴェルトくんは私なんかの裸を見るためにワザワ
ザお風呂に入ったりしないもん⋮⋮分かってるもん⋮⋮﹂
不貞腐れたようにそう言うペット。だが、言葉の端々から悲しみ
が感じられる。
﹁でも⋮⋮みちゃったでしょ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ひっ⋮⋮ぐ⋮⋮ぜったい⋮⋮みたでしょ⋮⋮なにをしてたかも⋮
⋮み、みたでしょ⋮⋮﹂
バッチリ見てしまった。
しかし、なんつうか、こういうシーンとバッタリ出くわしたこと
2068
なんて、未だかつて⋮⋮いや、思春期に入ったウラがしているのは
見たことあったか⋮⋮。
でも、あん時は、空気を読んで見なかったことにしたりしたので、
こうやって対面してしまうと、イザなんて声をかけていいか分から
ねえ。
こういう時⋮⋮
選択肢1:えっ? 湯気で見えなかった。
選択肢2:ウラもよくやるから普通だ。気にすんな。
選択肢3:誰にも言わねーよ。
選択肢4:頻度はどれぐらい?
選択肢5:手伝ってやろうか? ﹁ウラもよくやるから普通だ。気にすんな﹂
﹁そういう問題じゃないよぉ⋮⋮っていうか、ヴェルトくん! 結
構考える時間あったのに、出てきた慰めがそれってどういうことな
の!?﹂
なんもフォローになってねえよ、俺のバカ! 何を親指突き立て
て笑顔見せてんだよ!
そして、すまんウラ。こんな最低な旦那でゴメンな⋮⋮
﹁ぐす⋮⋮もういいよ⋮⋮ヴェルトくん、寒いから早くドアしめて
⋮⋮﹂
﹁お、おう⋮⋮ん?﹂
言われて俺は慌ててバスルームの扉を閉めたが、その時思った。
あれ? 出ていかなくていいのか? 俺。
俺、今すぐ外に出なくていいのか?
いや、こいつにバスタオルぐらい⋮⋮
2069
﹁こっち見ないで⋮⋮﹂
﹁おう⋮⋮﹂
それなら心配いらない。
普通、男ってのは、目の前に女の裸とかパンツとかが視界に入っ
た時、﹁見てはダメ﹂と言われても、どうしても見てしまう習性が
ある。
しかし、今の俺は普通の男じゃない。
空前絶後の強敵たちとの戦いを終えたばかりの俺は、言ってみれ
ば、大賢者モードだ。
目の前にペットの裸があろうとも、欠片も興味が沸かない! だからこそ、見るなと言われたら、別に見ない。
﹁⋮⋮ねえ、ヴェルトくん⋮⋮﹂
﹁ん?﹂
すると、ペットが静かに口を開いた。
﹁⋮⋮ヴェルトくん⋮⋮ちょっと⋮⋮お話⋮⋮いい?﹂
その時、掠れる様な声で、しかしはっきりとペットの悲痛な雰囲
気が入り交じった声が俺に届いた。
⋮⋮ってか、これは話を聞いてやった方がいいパターンか? ﹁⋮⋮ねえ、⋮⋮教えて⋮⋮﹂
﹁何をだ?﹂
﹁ヴェルトくんは⋮⋮クロニア姫をどうやって諦められたの? ど
うやって次の恋に進めたの?﹂
こいついきなり何を⋮⋮
2070
﹁事情は私もよく分からないよ? でも、姫様たちのお話を聞いて
いると、ヴェルトくんがクロニア姫に特別な想いを向けていたのは
分かるよ⋮⋮そんな人を諦めて⋮⋮他の人と結婚できたのは⋮⋮な
んで?﹂
この流れの中でどうしてそういうことを聞いてくるのか分からな
かった。
しかし、次のペットの言葉は⋮⋮
﹁好きだった人を諦めるのは⋮⋮どうやったら⋮⋮できるの? 私
⋮⋮もう⋮⋮くるしいよ⋮⋮もう、だめだよ⋮⋮﹂
何となくだが、その真意が分かったような気がした。
﹁別に、俺はクロニアを諦めたからフォルナたちと結婚したわけじ
ゃねえ。そんないい加減じゃねえよ。フォルナたちと結婚したのは、
ちゃんとフォルナたちを愛しいと思ったから結婚したんだ﹂
﹁⋮⋮⋮でも⋮⋮﹂
﹁まあ、オリヴィアとかはどーなんだと聞かれたら言葉もねえが⋮
⋮少なくとも、そういうんじゃねえ。それに、俺は確かにクロニア
に⋮⋮神乃美奈に恋をしていたが⋮⋮諦めたわけでも失恋したわけ
でもなく、一つの決着をつけられたからなんだよ﹂
﹁カミノ⋮⋮ミナ?﹂
2071
ペットの真意は分かった。
そして、だからこそ、この質問は適当に誤魔化しちゃいけないだ
ろうというのは分かった。
だから、俺は話した。
﹁タイラーが死んだときに少し話したろ? 俺には前世の記憶があ
り、前世ではまるで文化も歴史も世界観も違う世界で育ち、そして
死んだ。気づけばエルファーシア王国で生まれ変わり、ある日を境
にその時の記憶がよみがえった。アルーシャもアルテアも、キシン
とかジャックとか、その他の奴らも同じクラスメートだった。そし
て、クロニアも、神乃美奈という名前で、俺のクラスメートだった﹂
﹁あっ⋮⋮そういえば⋮⋮﹂
ペットも思い出したようだ。
あの時、正直、状況的には誰もそのことについてそれ以上のこと
を聞いてこなかった。
そして、戦争が終わっても、そのことを誰も聞いてこなかった。
だから、俺ももう話すことはなかった話だ。
﹁俺が前世で死んだとき⋮⋮同時に目の前で一人の女も死んだ。そ
のことを思い出してからはずっと後悔ばかりだった。何もできなか
った。何も言えなかった。何も伝えられなかった。後悔だけが残っ
た⋮⋮だからこそ、その未練をずっと断ち切れなかった﹂
フォルナやウラの想いに対してもずっと向き合ってやれなかった
のもそれが理由だった。
2072
﹁いつしか、自分と同じように生まれ変わっている彼女を探し出し、
前世の分もあいつに何かしてやりたい。言いたかった言葉を言いた
い。伝えられなかったことを伝えたい。それが、俺の人生の目標で
あり、生きる意味となっていた。そして、最終決戦の時に、見事あ
いつと再会できて⋮⋮そして全部伝えられた⋮⋮そこで、決着を付
けられたんだ﹂
俺がペットに伝えたいこと。
それは、俺がクロニアを諦めてフォルナたちと結婚したわけじゃ
ない。
クロニアよりフォルナたちが好きになったから結婚したというわ
けでもない。
クロニアとの決着を付けられた。
フォルナたちは、クロニアがどうとか関係なく、あいつら自身と
向き合って、そして関係を進めた。
﹁好きだった女を諦めて他の女と結婚したんじゃない。好きだった
女と決着を付けられたからこそ、俺は前に進めたんだ﹂
そして、俺の言葉をペットは黙って聞き、そして⋮⋮
﹁じゃあ、私も⋮⋮決着を付けたら⋮⋮次の恋に⋮⋮前に進めるの
かな?﹂
そう。それが、俺の思ったこいつに対する回答だった。
﹁だと、思う。そして⋮⋮悪かったな⋮⋮ペット。俺が最低野郎だ
ったばかりによ﹂
﹁えっ?﹂
﹁そのよ⋮⋮出会ってから十年以上の日々⋮⋮俺が無責任で、思い
2073
やりもなく振り回し⋮⋮ましてや、お前の気持ちにも途中で気付き
ながらも⋮⋮ずっとお前を苦しめた⋮⋮本当にすまなかった﹂
初めてこの世界に来た時、こいつが巻き込まれて俺たちと一緒に
来てしまった。
その時、俺は十年ぶりにこいつとまともに接したことで、こいつ
の気持ちには気付いていた。
でも、俺はそれを無責任に、そして何の思いやりもない態度で接
し、挙句の果てにはそんなこいつの前でクレオと結婚までした。
その後も、エロスヴィッチのイジメに合っているこいつも放置し
ていた。
オリヴィアのことも、その後のフォルナやアルテアの妊娠も、こ
いつは目の当たりにさせられていた。
本当に最低だと自覚させられる。
﹁そうだよ⋮⋮それに、さっきだって⋮⋮急に姫様たちとイチャイ
チャするし⋮⋮﹂
﹁⋮⋮言葉もねえよ⋮⋮﹂
本心から、こいつに﹁すまない﹂と思った。
すると、ペットは⋮⋮
﹁ぷぷ⋮⋮ふふふふふ﹂
﹁ペット﹂
﹁ふふ、えへへへへ、もう、だめ、くすくす﹂
顔を上げると、ペットも椅子から立ち上がり、俺と向かい合いな
がら、笑いを堪えきれずに笑っていた。
﹁ヴェルトくん⋮⋮私⋮⋮すごい女の子かもしれない⋮⋮だって、
2074
世界を支配した覇王様に謝罪されちゃったんだもん!﹂
﹁⋮⋮ああ⋮⋮そうかもな﹂
どこかスッキリしたような顔をして笑うペット。
さっきまで抱え込んでいた黒いモヤモヤしたものが晴れたような
顔だった。
﹁あはは、っていうか、わ、私たち、お風呂で何の話をしているん
だろうね?﹂
﹁お前が俺を呼び止めたんだろうが﹂
﹁うん⋮⋮そうだったね。そして⋮⋮本当にヴェルト君は⋮⋮やっ
ぱりイジワル。私、今、裸だよ? 何も⋮⋮隠してないよ? 本当
は⋮⋮すごくすごく恥ずかしいのに、ヴェルトくんは全く動揺した
りしないんだもん。本当⋮⋮ヴェルトくんって、全く私に興味ない
のが分かっちゃう﹂
﹁バカ。それはお前⋮⋮今、世界大戦を終えたばかりだからな。イ
ンターバルを取った後だったらどうなってたか分かんねーよ﹂
﹁⋮⋮え? どうなってたの?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮えっ⋮⋮ど、どうなってたって⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ぷっ、えへへ、冗談だよ♪ でも嬉しい。なんか初めてヴェルト
くんが私を意識してくれたのかも﹂
2075
ここ最近、ずっと不幸体質全開で嘆いてばかりだったペットが、
幼い少女のように笑っていた。
その笑顔は、久しぶりに見た気がした。
十年前に見せてくれた、あの時のペットの笑顔だった。
それがすごく懐かしくて、心に来るものがあった。
そして⋮⋮
﹁ヴェルトくんの言う通り⋮⋮私は⋮⋮あなたに⋮⋮あなたと決着
をつけてなかったよ。それなのに、あなたをどうやったら諦められ
るのか⋮⋮そんなことばかり⋮⋮﹂
そして、ペットはその言葉と共に、改めて真剣な顔をして俺の目
を見てそう言った。
﹁ヴェルトくんは私の気持ちを知ってくれてたけど⋮⋮私はハッキ
リと伝えてなかった⋮⋮そのまま、ズルズルとこうなってたの⋮⋮
でも、それじゃダメなんだよね?﹂
﹁ああ﹂
﹁私もね⋮⋮やっぱり前に進まないといけないんだと思う。家はお
兄ちゃんが継ぐとしても、私だって一応、公爵家の娘⋮⋮こう見え
て、縁談の話だっていっぱいあるの。でも、ずっとそれも先延ばし
にしてきた。でも、もう⋮⋮いい加減に⋮⋮前に進みたい。だから
⋮⋮お願い。ヴェルト君を諦めるためじゃない。決着をつけて前に
進むために、私の言葉と気持ちを⋮⋮聞いてくれる?﹂
ペットは決意したんだ。覚悟を決めたんだろう。
2076
﹁そして、私がもうヴェルト君に⋮⋮いつかひょっとしたら私も姫
様たちみたいに⋮⋮なんて夢を見ないくらい、ハッキリと引導を渡
してね﹂
だからこそ、俺はそれに向き合って、こいつの望む決着をつけて
やらなければならない。
﹁ああ。決着をつけよう。ペット﹂
お互い、結果は既に分かっている。
自己満足な儀式。
しかしそれでも必要だからこそ、こうして俺たちは改めて向かい
合う。
﹁ヴェルト君⋮⋮私は⋮⋮ペット・アソークは⋮⋮子供の時から⋮
⋮⋮⋮ずっと⋮⋮ずっ⋮⋮と⋮⋮ず⋮⋮ひっぐ⋮⋮ずっ⋮⋮あな、
たの⋮⋮ッ﹂
決着のための言葉を告げようとするペット。
しかし、想いに反してその瞳からは涙がポロポロと流れていた。
それを見て、胸が痛んだ。
それだけ、こいつもずっと軽くない気持ちを抱いていたんだと改
めて思い知らされたからだ。
でも、俺はその涙をぬぐってやることも、応援してやることもで
きない。
こいつをもう振り回したり、淡い期待が抱かないように、俺は︱
︱︱︱︱︱
2077
﹁ずっと! ずっと、あ゛だの゛ごとが、しゅ、しゅきでしたぁ!﹂
生まれて初めての告白だろう。そして、それだけの想いがヒシヒ
シと感じてきた。
﹁ありがとな。でも、俺は︱︱︱︱︱︱︱︱︱﹂
それだけの想いを抱いてくれたこいつに感謝を。
そして︱︱︱︱︱︱︱︱︱
﹁ほっほほ∼い、ヴェルトく∼ん! 嫁世界大戦お疲れサマンサ!
お背中洗ってあげマスカット!﹂
予想だにしていなかった女の乱入が全ての雰囲気をぶち壊した。
﹁えっ?﹂
﹁へっ?﹂
思わず、振り返る俺とペット。
そこには、ゴシゴシタオルを片手にサムズアップして現れた⋮⋮
その張りのある二つのパイナップルとその上に咲く二つのチェリー
! ムッチリとした桃! そしてくびれ!
な、なんだ、このとてつもない女は! って⋮⋮
2078
﹁なんで、クロニアが嗚呼ぁアアアアアア!?﹂
﹁く、クロニア姫、ちょ、なんで!? しかも、なんで裸!?﹂
なんで? しかも、クロニアの全裸っては、初めて、み、見た⋮
⋮ごくり⋮⋮
﹁いんや∼、ヴェルトくんが超お疲れだってのを聞いちゃってね∼。
それなら、労ってやらんとアカンでごわすって思ってね∼﹂
﹁い、いや、え、つか、なんで⋮⋮?﹂
﹁つーわけで、お背中洗いマスカット? それとも、他のデザート
がいいのかにゃ?﹂
いや! あの、デザートは別腹って⋮⋮いや、べ、べつに、く、
くれるって言うなら⋮⋮
﹁騙されるな、旦那君! そこにあるのは偽りの果実だ!﹂
﹁﹁﹁ッ!?﹂﹂﹂
と、その時、更なるカオスが何故か乱入。
クロニアと違い、体を大きなバスタオルで覆い隠し、しかしその
スラッと細く、隠れているが胸は控えめ。
しかし、クロニアのようにデカくてエロいというよりは、美しい
と感じさせるその肉体に一瞬目を奪われた。
っていうか、オリヴィアだった。
﹁お、オリヴィアまで!? な、なんで?﹂
﹁ふっ、いやあ、旦那君の背中を私も洗ってあげようと思ったのだ
2079
が、彼女が抜け駆けをしようとしてね﹂
ちょっと頬を赤く染めながらも、爽やかにウインクしてくるオリ
ヴィア。
なんで、オリヴィアとクロニアが争い⋮⋮って、クロニア? い
や、あいつがそもそもこんなことをするはずは⋮⋮
﹁お前⋮⋮サルトビか?﹂
﹁⋮⋮さあ、なんのことかにゃん?﹂
あさっての方向を向いて誤魔化すが⋮⋮絶対そうだ。でなければ、
こんなウンマイ話があるわけがねえ。
﹁ふっ、別にオレは御館様が喜んでいただければと⋮⋮しかし、何
故、止める? オリヴィア姫。あなたは別に妾の存在には寛容であ
ろう?﹂
あっ、クロニアの姿のまま普通にサルトビ口調で話し出した。
で、サルトビの問いかけにオリヴィアは、
﹁まあ、それは否定しないよ。でもね、一応形式上では、彼は私の
いいひとなのだ。そして私が珍しくも、少々その気になっているの
だから、ここは譲ってほしいと思っただけだよ﹂
﹁その気に?﹂
﹁ああ。ヤンチャな旦那様を⋮⋮少し可愛がってあげたいと思って
ね﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁というか、君はどうなんだい? 現れるのが少し遅かったが、本
当はずっと旦那君とお嫁さんたちの戦いを天井裏で監視して、先ほ
どまでしばらく天井裏で悶えていたのだろう? 旦那君を労うので
2080
はなく、君自身の欲⋮⋮ではないのかな?﹂
微妙な火花を散らすオリヴィアとサルトビ。いや、お前ら、女好
きだったんじゃねえのかよ?
あと、サルトビ。事情はどうでもいいが、まずはその変化の術を
解いてくれ。
そうじゃねえと⋮⋮
﹁ねえ⋮⋮ヴぇるとくん? どーいうことかなあ?﹂
っと、そのとき! しまっ、わ、わすれてた!?
﹁ひっ!? ぺっ、ペッ!?﹂
﹁ヴェルトくんはクロニア姫と決着付けたって言ったよね? 数十
秒前はそう話していたよね? だよね? なんで反応してるの?﹂
そうだ。そう言っていた。だけど、俺は今、唐突に現れたクロニ
ア︵偽︶の裸に反応⋮⋮
いや、違う!
﹁ち、違う! ちょっとビックリしただけだ! そりゃー、いきな
り他の女が裸で乱入したら驚くだろ!﹂
﹁世界大戦終えたばかりだから、反応しないんじゃないの?﹂
﹁だから、ビックリしただけで、反応なんて言い方はやめろ!﹂
﹁∼∼∼ッ⋮⋮⋮じゃあ、それは⋮⋮なんなの? ⋮⋮なの?﹂
あれ? さっきまでの昔のペットはどこに? なんか、パワーア
ップしてすごい怖くなってるんだけど? 2081
しかも、それ? ペットは怒りに震えながら顔を真っ赤にして、
何指をさして⋮⋮って!?
﹁ッ、だ、旦那君! 覇王剣が⋮⋮復活している!?﹂
敗れたとはいえ、世界大戦を戦い抜き、既にボロボロになったは
ずの覇王剣が猛々しく復活している!? き、気付かなかった!
﹁ち、あ、こ、これは、えっと!?﹂
﹁ヴェルトくんの⋮⋮⋮⋮ばかああああああああああああああああ
あああ!﹂
ブチィッ!
そのとき、そんな音が聞こえた。
いつものペットなら、覇王剣を見たら腰を抜かして怯えるはず。
しかし、今のペットは、その瞳に殺意のような炎を浮かべている。
だが、その時、俺は嫌な予感がした。
﹁待て、ペット! 殺意に囚われると足元をすくわれる! こうい
うとき、たいていピンポイントに石鹸とか︱︱︱︱﹂
﹁へっ、きゃ、きゃあああ!﹂
ピンポイントに石鹸が落ちててそれを踏んで転んじゃって、互い
にぶつかるなどの事故がこの空間では起こるのだと忠告しようとし
たが、既に遅かった。
足を滑らせたペットが体全体が投げ出されるような態勢で俺に突
撃し、俺はそれにぶつかってしまい、互いにゴチャゴチャとなって
この空間で倒れてしまった。
﹁ぐっほっ!? ぐっ、んちゅ⋮⋮んんーーーーーー!?﹂
2082
﹁きゃっ、いっ、あん!? ッ、パクッ、ングッ!? ﹂
世界が暗転した。
俺は背中からコケたと思うが、どうなった?
覇王剣は? ﹁んぐっ!? ⋮⋮んんんんんんんんん!? ぷはっ!? はわ⋮
⋮はわ⋮⋮はわわわわわわわわわ!?﹂
﹁むご、むごもごもご⋮⋮かはっ!? っ⋮⋮ま、またか⋮⋮ッこ
の態勢は!?﹂
俺は目を開けて、そして覇王剣に感じる状態と、今の目の前の景
色で全てを察した。
これは、前回の事故よりもパワーアップしていると。
そしてその時、俺は前世でフルチェンコこと、江口との会話をこ
の時、何故か思い出した。
︱︱︱ねえ、あさちゃん。世界史の問題を出すよ∼? インカ帝国
の前身である、クスコ王国初代国王の名前は?
知らねえよ。と俺が答えたら、江口はスゲエニヤニヤしながら答
えを教えてくれた。
何で、今、そんなことを⋮⋮
﹁旦那君! ペット嬢! だいじょ⋮⋮ッ! こ、これは!﹂
﹁御館様! 申し訳ない。オレが支えるべき⋮⋮で⋮⋮ッ、これは
!﹂
2083
そして、同時に、事故から逃れたオリヴィアとサルトビから、驚
愕の声が上がっていた。
二人は震える唇で⋮⋮
﹁こ、これは、い、いったい、私は何を見ているのだ?﹂
﹁我ら忍の座学で学んだ⋮⋮万物の陰と陽は表裏一体であるという
ことを示す⋮⋮﹃太極図﹄!?﹂
これ⋮⋮どうすりゃいいんだ? と、俺は最早何が何だか分から
なかった。
﹁ふえええええん、ええええん、な、んで⋮⋮なんでよ∼、よ、よ
りにもよって、に、二回目の、口付けも同じところに⋮⋮し、しか
も、ヴェルトくんからの⋮⋮初めてのキスも⋮⋮とんでもないとこ
ろを、モゴモゴされて⋮⋮﹂
するとペットは⋮⋮
﹁ひっぐ、ぐす⋮⋮もう⋮⋮無理だよお⋮⋮やっぱりダメ⋮⋮やっ
ぱり⋮⋮ヴェルトくんなんか⋮⋮嫌い⋮⋮だいっきらい⋮⋮﹂
いや、こんな太極図? みたいな態勢のまま泣かれても⋮⋮。
しかも、俺の鼻先と息がかかるほどの目の前には、クスコ王国初
代国王。
さらには、鮮明に見えるが故に⋮⋮
︱︱︱続いての問題は∼、紀元前460年ごろ、古代ギリシャの哲
学者で原子論を唱えたとされるのは⋮⋮デモ〇〇〇〇。さあ、〇の
中に答えを入れてね。
2084
知らねーよ。答えを聞いてもピンと来なかったよ。
すると、完全にブチ切れたペットは⋮⋮
﹁ひっぐ⋮⋮だから⋮⋮大嫌いだから⋮⋮ヴェルト君はもう、困っ
ちゃえばいいんだ! ∼∼∼∼∼∼んっ!んんっ!﹂
﹁̶︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱−ッ!?﹂
ペットはもう全てを投げ出して、太極図を展開した状態で、覇王
剣に立ち向かった。
︱︱︱はいはい、あさちゃん、次の問題ね。イラン建国からササン
朝滅亡までの説話を融合して成立した、ペルシア語文学最大の民族
叙事詩はなに? ﹁王の書︵シャー=〇〇〇︶﹂。はい、〇に埋ま
るのはなーに?
って、そんな問題どうでもいいわ!
﹁もう、知らない! どうなったって、知らないんだから! 困っ
ちゃえ! 嫌い! だいっきらい! ばか、ばか、ばーか!﹂
﹁いや、いやいやいやいや、待て、ペット! 俺たちの数分前のあ
の極めてシリアスな会話はなんだったんだ!? 思い出せ、なんか、
普通に爽やかな感じで終われる感じだっただろう!﹂
﹁シラナイシラナイ! もう、知らないもん! それでももういい
もん! いいんだもん!﹂
まずい! まさか暴走したペットが覇王剣から逃げずに立ち向か
2085
うとは予想もしていなかった。
しかし、戦いはド素人なペットの攻撃など、ぎこちなく、雑なだ
けだった。しかし、一生懸命だというのは誰の目にも明らか。
﹁ぷはっ、も、もし⋮⋮やめて欲しいんだったら⋮⋮ヴェルトくん
だって、私に反撃すればいいんだから!﹂
﹁ッ!?﹂
この状況でどんな反撃しろと!?
やばい、精神を乱すな。
こういう時は、計算だ! 1
23=?
69=?
頭の中で算数の計算でもして、意識を逸らすんだ!
3
138÷2=?
って、違う! 考えるのは素数だよ!?
﹁ちょ、待ちたまえペット嬢! 一人で戦う気か⋮⋮ゴクリ⋮⋮全
く⋮⋮狂った世の中だ⋮⋮しかし⋮⋮私も逃げるわけにはいかない
ようだな﹂
﹁ッ、御館様、今、お助けします! ペット殿、その程度の技法で
覇王剣を倒せるとお思いか! 甘くみるのもそれまでだ。舐めるな
ァ!﹂
﹁ぷはっ⋮⋮、な、舐めているかもしれませんけど⋮⋮あ、甘くみ
てません! しょっ、しょっぱいと思います! でも、私はもうど
うなってもいいんです! ヴェルト君を困らせるんです!﹂
一人で戦おうとするペットに、各々が動く。オリヴィア。そして
サルトビ。
このままではまず︱︱︱︱︱
2086
﹁う∼ん、やはり激しい戦いの後は本当に充実するな﹂
﹁ええ、本当にね。彼もいつもあれほど好戦的なら助かるのにね﹂
﹁でも、ヴェルト様との戦いは久しぶりでしたが、やはり心が躍り
ますね﹂
﹁また寝る前にも戦う﹂
﹁そして、朝一にも戦い。ふふふふ、まさに息つく暇もないとは、
このことね﹂
いや、そりゃさ。激しい戦いを終えたら、体を洗いたいとか思う
のは普通だよ。しかも女ならなおさら。
でもさ、お前ら寝てたんだから今、全員起きるなよな。
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮あっ⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂﹂
そして、風呂場の扉が開けられて、五人の嫁たちが一斉に入って
きて、そしてすぐに目が合った。
﹁﹁﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂﹂
﹁おい⋮⋮⋮こ、これは⋮⋮﹂
﹁﹁﹁﹁﹁まだ、戦いを望むと?︵ニッコリ︶﹂﹂﹂﹂﹂
ああ、怒ってる。笑顔でとても。そして⋮⋮
﹁殿∼、そんなに騒がれてどうしたでござる∼? あまり騒がれま
すと、お嬢様が起きてしまい⋮⋮にゃあああああああああ! せせ、
2087
拙者だけ除け者なんて酷いでごじゃるうう!﹂
だよな。お前も来るよな。そりゃあな⋮⋮
ああ⋮⋮どうしてこうなったんだろう⋮⋮最初の俺とペットのシ
リアスな雰囲気は何だったんだ?
こんなデカいプールで全裸の女たちとこんな戦いをするなんて。
これじゃあ⋮⋮
︱︱︱さあ、あさちゃん。1654年に勃発した第一次英蘭戦争に
おける大規模な海戦は、なーに?
なんで、こう、真面目な話を真面目なまま終わらせることが出来
ないんだ?
そしてこういうとき、たいていはトドメの一撃が⋮⋮
﹁よっと! うん、お姉ちゃん、テレポートできた。だからもう大
丈夫だと思⋮⋮⋮う⋮⋮⋮﹂
﹁おっす、メンゴメンゴヴェルトくん! ちょっち、マニーのテレ
ポート実験でお邪魔しちゃった。許してちょんま⋮⋮⋮⋮⋮﹂
⋮⋮実験すんなよ⋮⋮
固まっている、マニーとクロニア⋮⋮
ああ、しかも、クロニア本物だし。
どういう気分だろう。
かつてのクラスメートだった男が、嫁六人、サルトビ、ペット、
そしてたった今、服を脱ぎ散らかして慌てて来たムサシ。
九人の女と裸で風呂に居る光景を。
しかも、サルトビなんてクロニアに変化してる。
2088
ましてや、覇王剣とペットが太極図を戦場で展開して戦っている。
するとクロニアは⋮⋮
﹁うん、実験成功ってことで、お姉ちゃん帰ろっか?﹂
﹁オ∼ケ∼。んじゃま、バイバイキングコーング♪ 君たちもイベ
ントではちゃんとしてね﹂
クロニアはもう俺と目も合わせずに立ち去ろうとした。
すると、クロニアは背中を見せたまま、明るい声で⋮⋮
﹁あ、そーだ、ヴェルトくん﹂
﹁⋮⋮おう⋮⋮﹂
﹁あのさ∼、ぶっちゃけヴェルトくんって⋮⋮フルチェンコくんや
エロスヴィッチより、ヤバいんじゃない?﹂
その言葉にトドメを刺され、俺の心も覇王剣も完全に撃チンした。
2089
第115話﹁覇王剣と太極図﹂︵後書き︶
少女は初恋の男と決別を誓ったけど、結局決別できなくて申し訳ご
ざいません。
そして、彼女がもう元に戻れない道に一歩踏み出してしまいました。
彼女のファンの皆さん改めて申し訳ございません。
2090
第116話﹁生きた伝説﹂
野球でもやるかのような巨大なドーム上のスタジアム。
何百何千何万なのか分からぬほどの神族たちが、着飾り、一部の
ものは普段着ではあるが色々な文字の入った大きめのタブレットを
掲げ、更にはドームに入れない者たちも巨大なオーロラビジョンの
ようなものの前に集い、世紀の瞬間を待っているようだった。
そんな光景を、俺たちはホテルの部屋の大き目のテレビを眺めな
がらくつろいでいた。
﹁ふーん。このイベントに俺らも飛び入り参加して、レッドとクリ
アの復活に立ち会えってか⋮⋮﹂
どのチャンネルに変えても、この中継しかしていない。やれ、﹁
世紀の瞬間までのカウントダウン﹂、﹁レッドとクリアの歴史﹂、
﹁文化の復活﹂とか、そんな感じだった。
﹁ヴェルトくん。あなたの話だと、そのレッドというサブカルチャ
ーの父と呼ばれる者が、橋口くん。そして、クリアという教祖が、
布野さんということなのよね?﹂
﹁多分な﹂
ソファーに腰を下ろす俺の右腕にしなだれかかり、肩に頬を乗せ
てイチャイチャしてくるアルーシャは落ち着いた口調で聞いてきた。
﹁ふん、またお前たちのその話か。やれ、前世がどうとかこうとか
⋮⋮そんなもの私には関係ない。ヴェルトも、目の前に最愛の女が
居るのだから、あまり昔にばかり囚われないでくれ﹂
2091
アルーシャの反対側の俺の左腕には、これまたアルーシャと同じ
体勢で俺に寄りかかっているウラ。
﹁私もその事情については知らないけれど、この世界で十年過ごし
た者として、伝説のレッドとクリアの復活には、少々感慨深いもの
があるわね﹂
そして、そんな何気ない言葉を、さも当たり前のように俺の右腿
に腰を下ろして俺の右胸に体を預けるクレオ。
﹁どうでもいい。お腹すいた﹂
そして、こちらも当たり前のように反対の左腿に座って俺の左胸
に体を預けて、退屈そうにしているユズリハ。
﹁ヴェルト様、果物を剥きました。お一つどうぞ。あ∼ん⋮⋮あっ、
私ったら、フォークでなんて⋮⋮やはり口移しがよろしいですよね
? はい、んん∼∼∼﹂
そして、ソファーに座る俺の目の前で立膝をして、口に小さな果
物を入れて俺の口に直接移そうとしてくる、エルジェラ。
﹁ふふふ、旦那君。こちらのお菓子も美味だよ。食べてみないかい
?﹂
最後は、ソファーの後ろに回りこんで、俺の首にマフラーのよう
に両腕で巻きつきながら、チョコみたいなお菓子を指で挟んで俺に
食べさせようとしている、オリヴィア。
さて、そろそろツッコミ入れるか⋮⋮
2092
﹁つーか、テメエらうっとーしいんだよ! こんだけ広い部屋とデ
カイソファーなのに、何で密集してんだよ! もう十分ヤッたんだ
から少しは、まったりさせろよ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁まったりしているけど︵ますけど︶?﹂﹂﹂﹂﹂
﹁俺が落ちつかん! 俺はどこの世界の石油王だ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁世界の覇王様﹂﹂﹂﹂﹂
つうか、テレビの画面が見づらい! しかも、何だかんだで覇王
剣を使いすぎて、流石にもう何が起こってもピクリともせん。ベタ
ベタに甘えてくる嫁たちのこのフォーメーションに、俺はもう解放
されたくてたまらなかった。
﹁いいんじゃないかな? でも、ヴェルトくん。流石におねむなコ
スモスちゃんの前ではそれ以上のことはやめてよね?﹂
﹁ええ、ですので、もし殿がまた辛抱できなくなるようでしたら、
今度は拙者が⋮⋮﹂
﹁オレがお望みの女に変化して奉仕しましょう﹂
ジト目で投げやりな感じになっているペット。コスモスに膝を貸
しているムサシ。アピールしてくるサルトビ。
なんだろう⋮⋮思ったんだが⋮⋮将来、俺って普段はこういう日
常を毎日送らないといけないのか?
しかも、子供生まれたら、ここにフォルナとアルテアも加わるわ
けか⋮⋮うーむ、やっぱ死ぬな、俺。
2093
﹁くそ、散々だぜ。おまけにクロニアには変態呼ばわりされるし⋮
⋮つかさ、お前らさ∼、ハプニングとはいえ、俺がペットとあんな
ことになってたり、サルトビたちと風呂に居たりで色々思うことあ
ったろうが! もっと怒れよ! 何でご機嫌なんだ?﹂
そう、実はあの後、風呂場に入った瞬間のヨメーズたちは残虐な
笑みを一瞬浮かべたものの、すぐに俺を許して全員ご機嫌になった。
そして、風呂から上がったらこうやって俺に身を寄せて鼻歌混じ
りで甘えてくる。
何でだ? すると⋮⋮
﹁確かに、そこのペットや猿やオリヴィアと風呂に入っていたのは
気に入らないが、まあ、ヴェルトはワザとあんなことをするような
奴ではないしな。︵*本音:最初は驚いたが、サルトビのおかげで、
一番邪魔なクロニア姫がヴェルトを軽蔑した! これで⋮⋮くくく︶
﹂
﹁ええ。それに⋮⋮ヴェルトくんだもの。もう、ああいう展開にイ
チイチ怒って夫婦仲が拗れるのも困るしね。︵*本音:ペットとヴ
ェルトくんが、あの体位でお互いに触れあっていたのには正直殺意
が沸いたけれど、結果的にあれが、美奈の⋮⋮ふふふ、クロニアが
ヴェルトくんを見限るキッカケになったのだから、良しとしましょ
う︶﹂
﹁私はヴェルト様が望み、そして私とコスモスのことも見捨てるこ
とがないようであれば、全てを受け入れます︵*本音:私は醜い女
かもしれません。クロニアさんに侮蔑されたヴェルト様⋮⋮そのこ
とがとてもうれしいと⋮⋮クロニアさんがヴェルト様を間違っても
2094
好きになるようなことはないと分かった瞬間⋮⋮ああ、私はなんて
醜い⋮⋮︶﹂
﹁だからこそよ。私は怒るよりも甘える方を選ぶわ。その方が私に
とっても嬉しいもの。︵*本音:これまでの話によれば、あの女が
一番の邪魔だったということを考えれば、良しとしましょう。ふふ
ふ、それに、我が友でもあるペットが、事故とはいえ、最終的には
自らの意志でヴェルトの覇王剣に立ち向かったのだから⋮⋮怒るの
は無粋というものよ︶﹂
﹁あの邪魔なゴミ女がムコを嫌ったからもういい。あと、ムコ。さ
っきそこの女とお風呂でやってた、ペロペロし合うやつ。あれ、私
やってもらったことない。だから、今夜やろうな。︵*本音:あの
邪魔なゴミ女がムコを嫌ったからもういい。あと、ムコ。さっきそ
この女とお風呂でやってた、ペロペロし合うやつ。あれ、私やって
もらったことない。だから、今夜やろうな。︶﹂
﹁私は最初から君にはそういう女性関係が付き物だと知ったうえで、
君のモノになったのだよ。恥ずかしがって誤魔化そうとするところ
も可愛いじゃないか。︵*本音:良かった⋮⋮あのまま、もしドサ
クサまぎれで最後までしていたら⋮⋮やはり、初めては⋮⋮ちゃん
と⋮⋮ベッドの上でしたいからね⋮⋮︶﹂
ウラ、アルーシャ、エルジェラ、ユズリハ、クレオ、オリヴィア
はニコニコと笑いながら、何やら建て前の裏で何か別のことを考え
ているのはなんとなく分かった。まあ、ユズリハだけは裏表ないだ
ろうけど⋮⋮
﹁でもまあ、そろそろ予定の時間のようね。ライラック国王が私た
2095
ちを迎えにきてくれるわ﹂
だが、流石にこのままいつまでもイチャイチャして一日を終える
わけにはいかない。
どちらにせよ、今日のパーティーに出ないといけないからだ。
﹁だな。つーわけで、お前ら全員離れろ﹂
﹁﹁﹁﹁しゅん⋮⋮﹂﹂﹂﹂﹂
﹁つか、他の部屋の奴らは⋮⋮特に純恋愛ズはどうなってんだ?﹂
俺は何気ないことを言いながらも若干不安であった。正直、これ
まで数時間ほど。俺ですら嫁たちと思う存分戦ったんだ。
あの純恋愛ズはどうなったんだ? ホテルが崩壊していないこと
からも、まあ、ヤバイ事態にはなってないとは思うが⋮⋮
﹃カカカカカカカカカカカ、迎えにきてやったから、さっさと降り
て来いよ、ヴェルトくん。ウゼーからさ♪﹄
﹁﹁﹁﹁﹁ッ!!??﹂﹂﹂﹂﹂
その時だった。
何気なく着けていたテレビだったが、何の前触れもなくその映像
が切り替わり、そこには悪意に満ちた笑みを浮かべる男が居た。
2096
﹁ちょ、何よ、この人!﹂
﹁こいつ、まさか覗いているのか? ヴェルト、知り合いか!?﹂
﹁邪悪な笑み⋮⋮何者です?﹂
その瞬間、甘え甘えモードだった嫁たちの表情も一瞬で切り替わ
った。
それだけの雰囲気を感じたからだろう。
だが一方で、この存在を、俺もクレオもムサシもペットも知って
いた。
﹁あらあら、これはまたいきなり⋮⋮﹂
﹁殿! こやつはあの時の⋮⋮﹂
﹁あの人は⋮⋮﹂
そう、以前俺たちがこの世界にやってきたとき、俺たちの目の前
に現れた男。
エルフのような耳。体の半分がダークエルフのような肌の色。ド
レッドヘヤーの髪の毛先がドリルになり、そしてその背中には天空
族のような翼。
あらゆる種族のハイブリッドのような存在。
﹁テメエは確か⋮⋮レッドサブカルチャーの⋮⋮ストロベリー﹂
そう、俺たちをBLSやクレオと引き合わせた、あの男だ。
﹃カカカカカ、久しぶりだな、ヴェルトくん。おっと、この通話は
ゲストの全部屋に同時通信されてるから、俺とヴェルトくんの会話
がウゼー意味不明でも気にすんなよな。カカカカカカカ﹄
機嫌良さそうに、ライラック同様、ウザイくらいに笑う。そして
2097
不愉快だった。
﹁確か、テメエはテロリストだろ? 何でそんなのが迎えに来てん
だよ﹂
﹃カカカカカカ、テロリストも革命ミスれば犯罪者。しかし成功す
れば英雄ってな。今の俺は、ウゼーことに、政府とレッドサブカル
チャーの大使てきな役をウゼーくらいに仰せつかってんのさ﹄
﹁大使⋮⋮こんなのが? 大丈夫かよ⋮⋮﹂
﹃まあ、どうでもいいからさっさと降りてこいよ、ウゼーな。忙し
い国王に代わってワザワザ迎えに来てやったんだ。それとよ、ヴェ
ルトくん。イベント会場で⋮⋮俺たちの﹃リーダー﹄が待ってるぜ
?﹄
﹁ッ!?﹂
﹃今、再びこの世界に現れたテメエらに世界は注目してんのさ。確
実に送り届ける護衛って感じで、俺が派遣されたのさ。まあ、ウゼ
ーけど、さっさと来いよ﹄
流石にそれは聞き逃せない言葉だった。
﹁ヴェルトくん。今、彼はレッドサブカルチャーと言っていたわね
? だとすると、そのリーダーって確か⋮⋮﹂
﹁ああ。ムカイ⋮⋮奴だ﹂
前回は結局俺とはあまり会話することなく言いたい放題言って目
の前から消えたあの女。
そりゃー、レッドとクリアの復活ともなれば、奴も直接出てくる
のは不思議ではないが⋮⋮
﹃おい、乳くりあってねーで、さっさと来いって言ってるだろ? 2098
ウゼーから。トロトロしていると、ウザイから⋮⋮力ずくで連れて
ッちゃうぞ?﹄
客に対する礼儀もなってねーような⋮⋮まあ、俺も礼儀を文句言
えるような奴ではないが、よりにもよってライラックもこんな奴を
迎えに寄越すとはな。
こんなの、ジャレンガあたりと一触即発になってもおかしくねえ。
﹁まあ、いいぜ。行ってやるから、大人しくしてろよ﹂
その瞬間、テレビ電話のような映像はブチッと切れた。
﹁ヴェルト、なんだったんだ、あの無礼な男は﹂
﹁御館様にあの言葉⋮⋮オレも少々不愉快でした﹂
﹁確かに、私の旦那君に随分と乱暴な口の聞き方だったね﹂
俺同様、初見も二度目の奴も含めて、とにかく印象最悪なストロ
ベリー。俺は半分笑っちまって、部屋のドアを開けた。
﹁おーい、エロヴェルくんやーい。なんだったの? さっきのあの
ドレッド兄ちゃん﹂
﹁本当、不愉快で殺したいよ﹂
﹁しかし、言動は別にして、なかなか面白い改造をされた男ではあ
ったね﹂
﹁なんや、イラッとくる奴やったな。あいつ、強いんか?﹂
部屋を出ると、同じように今のテレビ電話を見て外に出てきたク
ロニアたち。
こちらもかなり印象が悪かったようだ。
2099
﹁ん? キシンたちは?﹂
そういえば、チーム純恋愛ズはどうした?
あいつらのことだ、肉食狂獣たちとの激しい戦いが⋮⋮って、ラ
ガイアは大丈夫なのか?! そう思ったとき⋮⋮
﹁ソーリー。スロウリイだった。ワイフたちが今、スリーピングか
ら目覚めたばかりでね﹂
﹁危うく、汚れるところだったよ⋮⋮お兄ちゃん﹂
﹁なんとか性獣たち食い止めたゾウ﹂
﹁ちっくしょー、寝過ごした! ダーリン、よくもスローなロック
であたいたちを眠らせたな!﹂
﹁油断した。絶好の数時間を無駄にした﹂
﹁ぐす、カイザーとハメハメズボズボドピュドピュ腹ボテな時間を
過ごそうとしたのに、ぬかったのだ!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ッ!!??﹂﹂﹂﹂﹂
OH∼、部屋の扉が重たく開き、中からギターを抱えて疲弊しき
った鬼やら魔族やら亜人が出てきた。
﹁キシン!? おま⋮⋮﹂
2100
﹁ふっ、ミスター・カイザー、ラガイアボーイと協力してね。襲っ
てくるワイフたちを、ミーのロックで眠らせた⋮⋮手こずったが⋮
⋮﹂
⋮⋮いや、まあ、ホテルが倒壊するような戦いにならなくて良か
ったけど⋮⋮なんちゅう、夢のカードで対決してるんだよ、お前ら
⋮⋮
﹁いや、ラガイアとカー君はまだしも⋮⋮キシン、お前もダメなの
か? 嫁さんだろ? しかも何年も会ってねえ。何でそんなに嫌が
るんだ?﹂
﹁そーだ、リモコンのヴェルト、ダーリンに言ってやれ!﹂
﹁OH∼,ヴェルト、夫婦のプロブレムにコメントはNoだ。ミー
たちにはミーたちのプロブレムがある﹂
いや、まあ、ヤシャも結構バイオレンス肉食系だとは思うが、俺
の嫁たちとあんまそういうところは変わらねーんじゃねえかと思う
と、別にそこまでキシンが逃げ回るのはどうなのかとも思ったが、
なんだかキシンとヤシャの間ではこの二人にしか分からない何かが
あるのかもしれねーな。
その事情は、親友でも教えられないと、キシンがどこか壁を作っ
たように笑うから、俺ももうそれ以上は聞かなかった。
﹁まあ、いいか。それより、あのウゼーのが待っている。さっさと
降りるぞ﹂
とりあえず、全員居るのが分かって俺はエレベーターのスイッチ
をおして、皆で乗った。
その時⋮⋮
2101
﹁ディズム、かわい﹂
﹁トリバちゃん、かえったら、もっとしよーね♪﹂
トリバとディズム⋮⋮こいつらイチャイチャしてるけど⋮⋮ヤッ
たな。
﹁ふ、ふう、い、いや∼、ヒューレ、何だか、うん⋮⋮ごめんね⋮
⋮うまくできなくて﹂
﹁あは、えっと、うん、あは、あはははは⋮⋮き、気にしないでよ、
ロア。うん、あ、ああいうこともあるんだね⋮⋮ま、まあ、いいじ
ゃん、また⋮⋮ね?﹂
何だか顔を赤らめて、何だかギコちなく笑い合うロアとヒューレ。
こいつらひょっとして⋮⋮ヤろうとしたけど、失敗したのか?
とまあ、各々、それぞれの時間を過ごされていたようだと俺が思
ったとき、急にマジメな口調で奴が口を開いた。
﹁ヴェルト氏。先ほどの、暴力的な彼だが⋮⋮俺をベースにして、
天空族などの様々な種族の能力を組み込んでいるな。大分、改造さ
れている﹂
ストロベリーのことを口にするルシフェルの言葉に、俺も頭を切
り替えて頷いた。
﹁ああ。ほんの少し戦ったが⋮⋮まあまあ強かったな。もっとも、
あんときは向こうも本気じゃなかったがな﹂
俺がそう応えると、今度はクレオが俺の言葉に付け足した。
﹁ええ。確かにあの男は性格や素行に大きな欠陥があるものの、そ
2102
の強さは間違いないわ。神族の技術の粋を集めて研究し、創造した、
﹃新人類﹄。その詳細な研究技術は禁忌とされ、二千年前に封印さ
れたのだけれど、それを現代の技術で再現し、生み出されたのがあ
の男よ﹂
以前この世界にいた時に、博物館で少し勉強した。
世界の成り立ち。
神族が生み出した、亜人、幻獣人族、天空族、深海族、地底族、
七つの大罪などの歴史。
クレオの今の話だと、その研究技術の一端を用いて生み出された
のが奴だとのこと。
﹁クレオ。お前、あんな男の居る組織と協力してたのか? BLS
は﹂
﹁それは言わないで。それに、言い訳ではないけど、実際にあの男
と連絡を取り合っていたのは、アプリコット姫の方よ?﹂
﹁アプリコット⋮⋮ナナカワか⋮⋮﹂
﹁その、ナナカワというのは知らないけど、アプリコットがストロ
ベリーを間に挟んで、レッドサブカルチャーのリーダーである、ス
カーレッドとコンタクトを取っていたのよ。だから、必然的にBL
Sとストロベリーは顔を合わせる回数はそれなりにあったわ﹂
俺が皮肉っぽくそう言うと、クレオもムッとした顔をした。
どうやら、昔色々とあったようだが、本当にクレオも奴のことを
嫌いのようだ。
なんつうか、ここまで嫌われるのはスゲーな。
﹁でも、強いわ。身に備わった兵器も力もね。あまり侮らない方が
いいわよ?﹂
2103
最後にそう付けたして、要するに喧嘩とか売ったりしてモメ事起
こすなとクレオは言っている。
まあ、俺は奴の出方次第だが、こっちからやる気はねえけど⋮⋮
ジャレンガとかがな∼⋮⋮
そんな不安を感じながら、ようやくエレベーターが最上階からグ
ランドエリアに到着し、扉が開いたその時だった。
﹁﹁﹁﹁﹁キャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!??﹂﹂﹂
﹂﹂
﹁﹁﹁﹁﹁︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!?﹂﹂﹂﹂﹂
多くの悲鳴が聞こえた。
その瞬間、俺たちは一斉にエレベーターから飛び降りた。
するとそこには⋮⋮
﹁ホ∼∼∼∼∼ワチャー!﹂
﹁アちゃーーーっ! アチャアチャアチャアチャー!﹂
﹁ハイイイ! ハイハイハイハイハイハイイイイイイ!﹂
この草食系の世界や、オタクや、文化を解放されて喜ぶ奴らとは
違う。
そんな奴らには出せないような、しかしどこか知っているような
掛け声。
そして同時に、聞こえてくる騒音。
﹁な、なんじゃこりゃあ!?﹂
2104
そこには、予想だにしない光景が映し出されていた。
﹁散るがよい、妄想とオンラインの世界でしか生きれぬものたちよ﹂
﹁ネット強者など、現実では無力﹂
﹁前政権の劣勢を見て、アッサリとライラック派に鞍替えした、尻
軽政府高官共よ、我が拳にて成敗してくれよう﹂
この世界で何度か戦ったが、ほとんどの連中が科学兵器などの優
れた技術や武器を駆使して戦っていた。
そんな中、今、ここで暴れている者たちは、己の拳や、特に極端
な改造はされていないと思われる棒やヌンチャク、鉄扇等という珍
しい武器。
﹁ちょま、なんやこいつら!﹂
﹁おい、ヴェルト! なんなんだ、こいつら!﹂
﹁うわあ、ハゲばっか、まぶしい⋮⋮﹂
﹁⋮⋮カ、カンフースーツ?﹂
そして、驚くべきは奴らの服装だ。
それは、どこかコスプレめいた格好ではあるものの、どこか懐か
しい格好。
カンフー映画などに出てくる、拳法家などが来ているカンフース
ーツを纏っている。
そして、何故か全員スキンヘッド。
そして、動きも伊達ではなく、一人一人の体格は正直ずば抜けて
ゴツイわけではないが、引き締まって無駄な筋肉の無い完成された
肉体を思わせた。
そんな連中が十人程度で、俺たちを迎えに来たと思われる、政府
関係者や、同行していたと思われる赤ヘルメットを被ったレッドサ
ブカルチャーたちをズタボロにしていた。
2105
﹁って、ホッとくわけにはいかないわ! ちょっと、何をやってい
るの、あなたたち!﹂
数秒呆然としていた俺たちの中で、アルーシャが慌てて叫んで俺
たちもハッとした。
その響いた声に、連中は俺たちを見る。
すると、俺たちを見た連中は特に驚くでも顔色を変えるわけでも
なく、硬い表情のまま、ただ俺たちをジッと見つめていた。
その瞬間、互いに睨み合い、僅かな沈黙が場に訪れた。
やるのか?
そう思ったとき、俺の傍らに居たクレオが前に出た。
﹁こいつら⋮⋮恐らく⋮⋮セントラルフラワー王国⋮⋮﹃仙人・シ
ェンルー﹄が創り上げた、﹃ネオカンフー道場﹄の武道家たちね⋮
⋮﹂
ネオカンフー? それって確か⋮⋮
﹁あの、アチャアチャと、にゃっはうるさかった姫⋮⋮アッシュも
使っていた奴か﹂
﹁ええ。あらゆる技術が進歩し続けるこの神族世界において、唯一
己の五体と原始的な武器のみを使用する格闘術、護身術、殺人術、
武器術、全てを併せた秘伝の武術よ。その戦闘集団よ﹂
そう。あのアイドル姫の一人で、喋り方もウザく、少しだけ戦っ
たこともあり、クレオとの戦いのときもブラックと一緒に俺たちと
行動を共にしていた、あの姫だ。
そういや、初めてこの世界に来たライブ会場でも、レッドサブカ
ルチャーの中にそんな拳法を使う奴がいたな。ジャレンガが瞬殺し
2106
たけど。
﹁にしても、どうしてヴァルハラに? ⋮⋮しかも、政府関係者や
レッドサブカルチャーを襲撃して⋮⋮﹂
クレオの言葉で俺もまた疑問に思った。こいつら何が目的だ?
すると、その時だった。
﹁カハ⋮⋮う、が⋮⋮ハッ﹂
ドサッと何かが俺たちの前に放り投げられた。
そこには⋮⋮
﹁ッ、お、お前ッ!﹂
﹁う、ぜー、ぐらいに⋮⋮が、は⋮⋮つ、ツエー⋮⋮﹂
血にまみれ、翼は折られ、全身を青痣で腫れ上がらせ、そのドレ
ッドは崩壊している。
だが、間違いない。
今、俺たちの目の前に放り出された、この瀕死の重傷を起こった
男は⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁す⋮⋮ストロベリーッ!?﹂﹂﹂﹂﹂
2107
そう、ストロベリーだった。
こいつ、どうして? まさか⋮⋮
﹁お、おい! お、お前、何やってんだよ!﹂
﹁ぐっ、が⋮⋮はっ⋮⋮﹂
﹁おい! お前まさか⋮⋮まさか、こんな奴らに負けたのかよ!﹂
一体何が起こっているんだ? 状況がまるで分からない。
流石にクロニアたちも動揺している。
すると⋮⋮
﹁ハッハッハッハ、功夫が足りないアルヨ。せっかくのいい素材も、
鍛えなければただの宝の持ち腐れネ。まあ、功夫という言葉は、引
きこもりなオタクくんたちには馴染みがないので仕方ないネ﹂
その時、女の声が聞こえてきた。
その瞬間、拳法集団が拳を合わせて礼をして、一歩下がって真ん
中に道を作った。
すると向こうから⋮⋮
﹁﹁﹁﹁お見事です、老師!!﹂﹂﹂﹂﹂
いかつい男たちが後ろに下がって道を開け、そして一斉に頭を下
げた。
その真ん中を、ニコニコと笑みを浮かべた一人の女が前へ出た。
それは、明らかに異質だった。いや、ある意味で﹁ベタな王道﹂
な恰好でもあった。
2108
その恰好は⋮⋮
﹁な、なんやこいつ!﹂
﹁チャ⋮⋮チャイナドレス⋮⋮﹂
﹁なんだ、あの格好は! 両横の裾に切れ込みが⋮⋮何だかちょっ
と破廉恥だぞ! ヴェルト、見るな!﹂
その服装は、真っ赤なチャイナドレスで、ドラゴンの刺繍が全体
に施されている。
スラッとした身長で、チャイナドレスの裾の切れ目から見える白
く長い脚は色っぽさを感じ、エルジェラほどではないがそれなりの
大きさを見せる胸が、全体のラインに起伏をもたらして、より妖艶
さを感じさせる。
頭の黒い髪は二本の長い三つ編みと、二つのお団子という、﹃俺
たちの世界﹄では珍しいものの、﹃俺たちの前世﹄ではベタすぎる
と思わされるものだった。
大人っぽさの中に感じる、幼い笑み。年齢は俺より少し上くらい
? 二十歳そこそこか?
すると、その時⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁﹁ま、まさか⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂﹂﹂﹂
現れた女を見て、クロニア、アルーシャ、トリバ、ディズム、フ
ルチェンコ、そして何故かキシンが目を見開いて驚愕している。
そして、そいつは俺たちを見て⋮⋮
﹁ふふふふ、ニーハオ、我が故郷のクラーセントレフンの皆さん。
2109
私は⋮⋮﹃シェンルー﹄という者ネ﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ッッッッ!!??﹂﹂﹂﹂﹂
﹁今回、ドアを使ってくれたおかげで、私にもすぐに分かたヨ。前
回は、ジャンプの事故であなた方が来るとは思わず会えなかたが、
ようやく会えたネ。ミシェルはまだ、ちゃんと生きてるカ?﹂
軽く中国語で挨拶してきやがっ⋮⋮ちゅ、中国語?
シェンルー? それって、ネオカンフーの⋮⋮
﹁シェンルーですって!?﹂
すると、その名に、クレオが一番に反応した。
﹁お、おい、クレオ⋮⋮﹂
﹁わ、私も初めて見るわ⋮⋮でも、ほ、本物? ⋮⋮かつて、この
神族世界⋮⋮﹃新世界グランドエイロス﹄の創生に携わった、五人
の偉人。﹃レッド﹄、﹃シルバー﹄、﹃レインボー﹄、﹃ブロンズ﹄
、そして﹃シェンルー﹄よ﹂
その話は、俺も博物館の勉強会で、ほんの少しだけ覚えている。
﹁彼女は、純正な神族ではなく、天空族や七つの大罪と同じ、造ら
れた﹃新人類﹄と言われていた⋮⋮二千三百年の歴史を誇るこの世
界をただ一人見続けた不老不死の仙人⋮⋮。戦争や政治には一切の
関与をせずに、並みの人では踏み入れぬ秘境で道場を開いて世界を
傍観し続けていると言われていたけど⋮⋮あのシェンルーが⋮⋮﹂
2110
﹁に⋮⋮に、二千三百年!? ちょ、ちょっと待て、じゃあこいつ、
これで二千三百歳だってのか!?﹂
あまりにも途方もない年齢に俺はそっちに驚いてしまったが、ク
ロニアたちにはそんなことは頭に入っていないようだ。むしろもっ
と別のことで⋮⋮
﹁ふっ。もはや、言葉で表すのも気が引けるが⋮⋮久しいな、シェ
ンルー氏﹂
﹁んん? お、おおおお! えっと、ちょっと待つネ! え∼っと、
え∼っと⋮⋮ルシフェルネ! 封印解かれてたカ! 二千三百年ぶ
りネ!﹂
﹁偉大なる先輩であるあなたに覚えていてもらえて、光栄ですよ﹂
そんな中、なんかサラッととんでもない再会をしているかのよう
な会話をする、ルシフェルとシェンルー。いかん、色々と混乱して
きた。
﹁それはさておき⋮⋮、ニーハオ、ヴェルト・ジーハくん。私は⋮
⋮﹃シェンルー・ロルバン﹄というものヨ﹂
﹁ッ、あ、お、おお⋮⋮どうも⋮⋮﹂
2111
﹁おっと、私のことを説明するには⋮⋮ヴェルト・ジーハではなく
⋮⋮﹃朝倉リューマくん﹄と呼んだ方がいいカ?﹂
﹁ッ!!??﹂
ゆ
俺の頭が少し混乱しかけた時、いきなり俺に話しかけてきてはこ
の女、更になんつうとんでもないことを!
め
ねおん ゆめ
﹁とりあえず、君のことは、パリジェン王国のピンク姫こと⋮⋮夢
瞳ちゃん⋮⋮音遠夢瞳から聞いているネ﹂
﹁﹁﹁﹁﹁ッッ!!??﹂﹂﹂﹂﹂
﹁夢瞳ちゃんも待っているネ。レッドサブカルチャーの﹃真の目的﹄
を止めるため、私たちと一緒に来てほしいネ﹂
ピンク? あの女! ネオンユメ? その名前⋮⋮。
チラッとアルーシャやクロニアの顔を見ると、驚きの顔を浮かべ
ている。
っとなると、あの女⋮⋮そして目の前のこいつも⋮⋮
﹁おっと、私の前世の名前を言ってなかたネ。ちなみに、私の前世
の名は︱︱︱︱︱︱﹂
﹁﹁﹁﹁なーーーーにやってんの、小湊老師ッ!!??﹂﹂﹂﹂
2112
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮オロ?﹂
その瞬間、クロニア、トリバ、ディズム、フルチェンコが大声で
叫び、アルーシャも﹁やっぱり﹂と口にしている。
これは予想外だったのか、シェンルーは二千三百年の仙人とは思
えぬほどベタに、口をパクパクさせて驚いていた。
そして、気になることがもう一つ。
キシン⋮⋮お前なんで⋮⋮シェンルーから思いっきり目ェ逸らし
てんだ?
2113
第117話﹁オフレコ﹂
事前に前世関連の復習を皆でやっていたから、名前だけなら知っ
ている。
ただ、話した記憶は多分ない。
﹁え∼っと、ちょっと待つネ。流石に心の準備は朝倉君までだたか
ら⋮⋮え∼、一人一人名前を御願いネ﹂
予想外だったということで、シェンルーも若干首を傾げながら俺
たちに尋ねる。
引き続き、ウラたちには不明な会話ではあるが、今はとりあえず
俺たちはそれぞれ、名を明かしていく。
﹁アルーシャ・アークライン。前世の名は⋮⋮綾瀬華雪よ﹂
﹁ッ!? い、いいんちょ!? まさか、いいんちょか!?﹂
﹁ええ、そうよ。小湊さん。お久しぶりね﹂
﹁い、え!? いいんちょが居るとか⋮⋮しかも、朝倉君と既に再
会済みとか⋮⋮朝倉君大丈夫カ?﹂
﹁ちょっ、失礼ね。今の私は、この朝倉くんであり、ヴェルト・ジ
ーハくんの妻。ラブラブな新婚よ﹂
﹁ちょまっ!? ええええ!? 本当カ、朝倉君!? ヴェルト・
ジーハには妻が複数居るというのはテレビで知ってるガ⋮⋮いいん
ちょ、奇跡の逆転勝利ネ﹂
どうやら、アルーシャとは前世ではそれなりに交友があったと思
われる。
互いに気さくな会話をしあいながら、次々と皆が名乗っていく。
2114
﹁クロニア・ボルバルディエ。前世の名前は、神乃美奈だよ、小湊
老師⋮⋮ううん、蘭ちゃん♪﹂
﹁美奈ちゃんカ!? うわああ、二千年経っても忘れないヨ! す
ごいものヨ。二千三百年前のクラスメートを今でも覚えている⋮⋮
それだけあなたは鮮明⋮⋮ん? ちょっと待つネ⋮⋮﹂
﹁ん∼?﹂
﹁⋮⋮美奈ちゃん、結婚してるカ?﹂
﹁してないよ?﹂
﹁⋮⋮つまり、朝倉君は美奈ちゃんとも再会していながら、いいん
ちょと⋮⋮いいんちょ、どんなウルトラG難度の大技を使たネ?﹂
﹁たは⋮⋮たはははは﹂
ちょっと照れくさそうに頬を掻くクロニア。つか、すごくねえか
? 二千三百年前のクラスメートの誰が誰を好きだったかを、こい
つは覚えてんのか!? つか、俺の気持ちはどれだけクラス全体に
バレバレだったんだ!?
﹁私は、トリバ。前世の名前は、真中つかさ。覚えてるかな? 小
湊老師﹂
﹁ディズム。前世では、矢島理子だよ﹂
﹁ははははは、忘れるわけないネ。だって、私たちの運命を変えた
修学旅行で同じ班だったではないカ。つかさちゃん、リコちゃん。
それに、加賀美くん、﹃遊澤﹄くん、そして﹃夜飼﹄くんの班だっ
たではないか。⋮⋮というより、二人は当然のように再会して、相
変わらず仲が良いいネ⋮⋮なんか、もう、それは奇跡を通り越して
色々と凄いネ﹂
ほう、意外だったな。百合竜とこのチャイナ女にそんな繋がりが
あったとはな。
2115
﹁俺っちは、フルチェンコ・ホーケイン。前世じゃ、江口光輝。覚
えてるかな? 小湊老師﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ハテ、ナンノコトカワカラナイアル⋮
⋮二千年前ノクラスメートナンテ覚エテナイアルヨ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ボソッ、ライブの写真を集めたアルバム﹂
﹁ッ!? さ、さあ、なん、ナンノコトアルカ? 私、記憶曖昧ヨ﹂
﹁⋮⋮ギターのピック⋮⋮バンドTシャツ⋮⋮録音した生声⋮⋮﹂
﹁ッ!? ちょ、ちょまっ!?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮特注等身大︱︱︱︱︱︱﹂
﹁ウソヨ! ウソネ! 覚えているネ! 江口くん、久しぶりアル
ネ! いや、できれば再会したくなかっ⋮⋮再会できて嬉しいヨ。
うんうん。多くを語らずともよいアル!﹂
⋮⋮僅か数秒で、二千三百年を生きる伝説の仙人を⋮⋮フルチェ
ンコ⋮⋮なんて恐ろしい奴!? ﹁ジャックポット・コンドゥや。ワイのことは覚えとらんやろうけ
ど、前世じゃ木村十郎丸やった。よろしゅうな﹂
﹁いやいやいやいや、ある意味で覚えてるネ! あなたたちのこと
は、彼とのコンビ⋮⋮ッコホンッ、い、印象的だったのでよく覚え
てるネ! カジノでぼろ儲けしたときは笑ったヨ﹂
ほう。こいつはスゲーな。まさか、十郎丸のことまで覚えている
とはな。二千年前のクラスメート⋮⋮忘れないもんなのか? まあ、
あの学年、あのクラスだけは特別だったかもしれねえが。
で、ん? 一頻り自己紹介はし終わったか? ﹁こんなとこか? あとは、この世界に今は来てねえが、俺の嫁さ
2116
んの一人にアルテアってのが居てな、そいつは備山っていうやつだ
ったんだが、覚えてるか?﹂
﹁び、ビヤマ? ああ、うう∼ん、シルバーさんが⋮⋮佐々木原さ
んが残した名簿ではチラッと⋮⋮しかし、申し訳ないけど、多分話
したことがないネ﹂
﹁そっか。あとは、ラブっていう奴が居て、そいつは加賀美。んで、
バルナンドっていう剣士が剣道部の宮本。ちなみに、そこに居る虎
耳の可愛い剣士は、バルナンドの孫だ。あとは、俺が最初に再会し
たのは⋮⋮小早川先生﹂
﹁ほうっ! 加賀美くんは覚えてるネ。宮本くん⋮⋮う∼ん、覚え
てないネ。だけど、小早川先生はよく覚えているネ!﹂
﹁そうそう、あと妖精のフィアリってのが居て、そいつは鳴神のこ
とだ﹂
﹁ナルカミさん? あ、あ∼∼∼、な∼んか、ちょっと覚えてるネ﹂
﹁あと、その彼氏のニートって奴が居て、そいつが、ドカイシオン
くんのことだ﹂
﹁誰ソレ? そんな人、クラスに居たカ?﹂
こんなところだろうな。
おっと、そうだった。あと忘れちゃならないのが⋮⋮
﹁ウラ﹂
2117
﹁う、うむ、なんだ?﹂
急に呼ばれてビクッとしたウラ。俺はウラを手招きして肩を抱き
寄せて⋮⋮
﹁こいつも俺の嫁のウラ﹂
﹁おお、そうか。⋮⋮しかし、サラッと嫁を続けて複数紹介すると
は、あなたももう色々と開き直ってるネ﹂
﹁ハハハ、まあ、流石にもうな。んで、こいつは⋮⋮俺がガキの頃
に出会った、シャークリュウという魔王の娘⋮⋮そのシャークリュ
ウってのは、鮫島のことだ﹂
﹁サメジマ? サメジマ⋮⋮ああ、⋮⋮あのスクールファイターの
彼カ⋮⋮。少しだけ覚えているネ。彼はお留守番カ?﹂
﹁⋮⋮あいつは、八年前に死んだよ﹂
﹁ッ!? ⋮⋮そうカ⋮⋮﹂
既に、二回目の死を迎えた奴もいる。その話にほんの少しだけ場
が暗くなる。
しかし、その時、シェンルーは首をかしげた。
﹁ちょ、ちょっと待つネ。朝倉君、今、君は鮫島君の娘は君の嫁と
言たか?﹂
﹁ん? お、おお﹂
﹁で、いいんちょとも結婚してると?﹂
俺とウラとアルーシャを見てシェンルーは難しそうな顔を浮かべ
る。何が引っかかったんだ?
﹁え∼っと、では、そのアレカ? 夫婦の営み的なのも?﹂
2118
いや、こいついきなり何を⋮⋮そりゃあ、だって⋮⋮
﹁うむ、私たちは夫婦なんだから問題あるまい。さっきだって、私
たちは皆で一緒に部屋で⋮⋮それに、近い将来、子供だって生んで
みせるんだからな﹂
﹁ええ、そうよ。私たちの鍛え抜かれたチームプレーは凄いのよ?﹂
と、その話題には﹁当然﹂とウラとアルーシャが強く肯定。
﹁い、皆で一緒に!? いや、いやいやいやいや、朝倉君。君、⋮
⋮つまり⋮⋮元クラスメートと⋮⋮クラスメートの娘を同時に抱く
わけカ?﹂
﹁エ⋮⋮﹂
﹁そ、それって、モラル的にどうカ? いいんちょも、クラスメー
トの娘と一緒に同じ男と寝るとか⋮⋮﹂
﹁へっ⋮⋮?﹂
俺は今まで、ウラをウラとして見てきた。そりゃあ、ガキの頃は、
鮫島の娘ってことで俺にとっても娘的な、妹的な感じで見てきた。
しかしだ。しかしだ。しかし⋮⋮
⋮⋮クラスメートの⋮⋮親友の娘に⋮⋮
︱︱︱︱ヴェルト、見ろ、新しいエプロンだ。可愛いだろ? なあ、
新婚さんごっこしよう! ふふふふ、お帰りなさい、あ・な・た。
お風呂で食べる? リビングで食べる? そ・れ・と・も・こ・こ・
2119
で・私を食べるか?
ここまではセーフだ。しかし⋮⋮
︱︱︱︱ん! ヴェルト、全部欲しい! 今日は、ピーーーーーー
︵描写不可能︶たっぷり濃いのをピーーーー︵描写不可能︶に全部
もらうぞ!
あんなことや⋮⋮
︱︱︱︱チュパチュパチュパッ。ん? ふふ、おはよう、ヴェルト。
ん? なにって、朝のピーーーーーーーーー︵描写不可︶だぞ? いただきます♪
あんなことや⋮⋮極めつけは⋮⋮
︱︱︱ふふふ、なあ、ヴェルト。私とアルーシャどっちが美味しい
? ⋮⋮食べ比べてみ、あ、ピーーーーーードピーーーードピイイ
イイイ︵描写不可︶
︱︱︱ちょ、ヴェルトくん! ウラ姫ばかりずるいわ! 私もピー
ーーーーードピーーーードピイイイイイ︵描写不可︶
こんなことを⋮⋮親友の娘に⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
2120
そして、アルーシャも似たようなことを思ったのだろう。ズーン
と影が重くなっている。
なんか、俺たち物凄い⋮⋮
﹁ちょ、どうした、ヴェルト! 何故落ち込む! 私がヴェルトを
愛しているんだから何の問題もないぞ!﹂
いや、ごめん、何だか立ち直るのにすごい⋮⋮いや、うん⋮⋮も
うちょい待ってくれ⋮⋮。
フルチェンコ、キモーメン、ハアハアするな⋮⋮
だが、その雰囲気を察してウラが口を開いた。
﹁その! わ、私はその、前世がどうとかの話題は知らないが⋮⋮
父上も最後はとても満足そうに逝かれた⋮⋮ヴェルトと出会い、私
の全てを託された。以来、私はずっとヴェルトに助けられ、守られ、
温もりをもらっている。だから、私は幸せだ。父上も、きっと喜ん
でくださるはずだ﹂
そう言って、ウラは俺の胸に頬を寄せて笑った。
ちょっと照れくさかったが。
すると、シェンルーも﹁そうか﹂と呟いた。
﹁うむ、まあ、それなら⋮⋮ウム、⋮⋮仲睦まじくて何よりネ﹂
さて、とりあえずこんなところか?
あれ?
﹁⋮⋮キシン?﹂
﹁︱︱︱︱︱︱︱ビクッ!?﹂
﹁﹁﹁﹁﹁?﹂﹂﹂﹂﹂
2121
って、キシンがまだ自己紹介してなかったじゃねえか。
なんで、無言なんだ?
﹁ほう、鬼族カ。二千三百年前のクラーセントレフンでは、魔界か
らやってきた魔族として、ヴァンパイア、鬼、トロルやサイクロプ
スあたりは格が違ったが、やはり絶滅せずに存在してたカ。しかし、
それと仲間になるとは、ヴェルト・ジーハは伊達に世界を征服して
ないネ﹂
人でも亜人でもない種にシェンルーが関心を寄せるが、そういう
ことではなくて⋮⋮
﹁いや、そうじゃなくて。こいつも俺たちと同じなんだよ﹂
﹁え?﹂
am.⋮⋮﹂
you?﹂
﹁鬼族の魔王⋮⋮元魔王のキシン。こいつはミルコだよ。村田ミル
コ﹂
﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッ!?﹂
その時だった。
シェンルーの目尻が動いた。
are
そして、キシンは観念したように顔を上げ⋮⋮
﹁ご⋮⋮ごぶさただな。ミス・小湊。How
I
﹁⋮⋮あ⋮⋮ガッ⋮⋮む、むらたくん⋮⋮カ?﹂
﹁⋮⋮Yes,
﹁んぬああッ!?﹂
ちょっと引きつった笑みを見せて挨拶するキシン。やけにぎこち
ない。
2122
その不自然なキシンには、皆も気づいているようだ。
﹁ほうほう⋮⋮なるほど⋮⋮あ、ああ⋮⋮む、村田くんも居たか⋮
⋮﹂
﹁YES.げ、元気そうで、なによりだ﹂
﹁は、はは、あ∼、いや、まあ、その、アレネ。ぜ、前世ではい、
色々と⋮⋮す、すまなかたネ。謝る前に死んでしまたヨ﹂
﹁の、ノープロブレム。い、今は、再会をスマイルしよう。という
より、も、もう昔のストーリーだ⋮⋮﹂
﹁は、はは、⋮⋮そ、そうネ⋮⋮で、でも、まあ、﹃あのこと﹄は、
一万年経っても忘れられそうにないヨ⋮⋮本当に、逃げてすまなか
たヨ⋮⋮﹂
んん? なんだ? この二人、前世で何か絡みがあったか?
ってか、知り合いか? 俺は知らんぞ? ジャックを見ても、﹁
知らない﹂と首を横に振っている。
只ならぬ雰囲気の二人の様子に、クロニアたちも首を傾げてる。
ただ、その時、俺たちはあることを思いだした。
﹁あっ、⋮⋮ヴェルトくん﹂
アルーシャが俺の袖を引っ張ってボソボソと耳打ちしてきた。
﹁この間の、前世関連の整理の時に、確か、小湊さんって江口くん
から写真を⋮⋮﹂
そういや、そうだった。
あの日は、フォルナが妊娠したということもあって、俺の意識は
ずっとそっちに行って、結構ふわふわしてたから、あんまり気にし
なかった。
2123
でも確かに、一人だけ村田ミルコの写真を購入している女が居た
な。
﹁フルチェンコ⋮⋮小湊って女⋮⋮﹂
﹁うん。御得意様。正直、彼女自身の写真の売り上げも凄かったけ
ど、小湊老師は俺っちの超重要顧客の一人。いっぱい金を落として
くれた。本人の写真もかなり売れたしね﹂
そうか、この女、前世ではミルコのことが好きだったのか。
この様子だと、キシンもそのことを多分知ってるんだろうな。
でも、あんとき、ミルコは彼女が居たからな⋮⋮
﹁なあ、ダーリン、この女、一体なんなんだよ? つか、あたい以
外の女と変な空気作ってんじゃねーよ﹂
その時だった。
この変な空気を壊したのは、ヤシャ。
まるで見せ付けて、﹁こいつはあたいの﹂と威嚇するかのように
キシンの腕にしがみついて、そう言った。
﹁ッ、だ、だーりん? あ、ああ、む、村田くんも流石に結婚して
たカ﹂
﹁い、イエス。ミーのわ、ワイフだ﹂
﹁そ、そかそか。いや∼、うん、し、幸せそうで何よりネ﹂
そう言って、シェンルーは特に嫉妬や肉食な顔を浮かべたりする
でもなく、ぎこちないながらも祝福した。
しかし、それで気になった。
﹁ん∼∼∼∼∼∼? ねえ、蘭ちゃってさ∼﹂
2124
﹁ん? どうしたネ、美奈ちゃん﹂
﹁いや、もう今更かもだけどさ、前世では村田ミルコくんのことを
そうだったかもしんないけどさ∼⋮⋮キシンくんにとっても、何十
年も昔の話、蘭ちゃんにとっても二千三百年以上も前の話なんでし
ょ∼? ぎこちなさ過ぎない?﹂
そう、それは思ったことだ。
キシンはこう見えて、かなりの年齢だ。
で、シェンルーなんて何千年も生きているリアル仙人だ。
﹁だな。お前らさ、中坊じゃねーんだからよ﹂
別に告白したとか、フラレタとかフッタとか、ぶっちゃけた話、
そういう話なら今となっては﹁その程度の話﹂だ。
鬼と仙人が気まずくなるほどではないと思う。
﹁ああん? つか、ダーリン、本当にこの女となんもねーのか? 前世とかそういうのよく分かんねーけど、そういうのねーよな? あたいは、リモコンのヴェルトの嫁たちみてーに寛大︵?︶じゃね
ーからな? どーなんだよ、ダーリン!﹂
流石にこの妙な空気はヤシャもピンと来て、キシンに詰め寄る。
しかし、キシンは⋮⋮
﹁い、いや⋮⋮み、ミーたちは⋮⋮﹂
﹁う、うん、そ、そうアル。実際、﹃あの日﹄から修学旅行までお
互い気まずくて話もしなかったアル。で、そのまま死んでしまった
ヨ⋮⋮﹂
自分たちの間に何もなかった。そう言う二人だが、今のシェンル
2125
ーの言葉に皆が反応。
﹁﹁﹁﹁﹁あの日?﹂﹂﹂﹂﹂
﹁あっ⋮⋮﹂
﹁ヘイ、ミス・小湊!?﹂
その瞬間、誰もが思った。
やっぱお前ら、何かあったんじゃねーか、と。
そして、俺は思わず⋮⋮
﹁まさかお前ら⋮⋮付き合ってはいなかったけど、ヤッたのか?﹂
﹁﹁ッ!!??﹂﹂
﹁はあ!? ちょ、ほんとかよ、ダーリン!﹂
何となく、そうなのではないかと思った。だが、それを二人は慌
てて否定。
﹁Noだ! ヴェルト、ミーたちは決してそんなことはしていない
!﹂
﹁そうヨ! 私、そういう体だけみたいなのは許さない女ネ! だ
から、﹃ソレ﹄はしていないアル!﹂
神に誓ってヤッてない。こんな空気を出すぐらいだから、てっき
りそれぐらいはやっているのかと思ったが、そうではないと二人は
否定した。
2126
﹁ヤッてねーなら、チューくらいしたんじゃねえだろうな! テメ
エ、あたいのダーリンにもし手ェ出したことあるってなら、ぶっ殺
すからな!﹂
﹁いや、ほんと、そういうのではなく、ちょっと昔、事故というか
そういうのがあっただけで⋮⋮﹂
﹁事故だァ? じゃあ、それを教えやがれ! じゃねえとぶっ殺す
!﹂
﹁いや、ちょ、それは勘弁して欲しいネ! に、二千三百年も誰に
も語らなかったことを、よりにもよって、本人の奥さんには⋮⋮﹂
﹁って、そんだけスゲーことがあったってことだろうが! 言えよ
コラァ!﹂
相手が、伝説の仙人であろうと、この鬼嫁には関係ない。
﹁へい、ハニー。それ以上、ミス・小湊を︱︱︱︱﹂
﹁ダ∼リンは黙ってろよなゴラァ!﹂
﹁アウチッ! へい、へい、ギブギブギブ!﹂
慌てて止めようとするキシンの顔面を掴んでアイアンクロー⋮⋮
す、すげえ⋮⋮流石は最強の鬼嫁⋮⋮強さだけなら俺の嫁たちより
も遥かに強い⋮⋮。
しかし、だからこそ、﹁そうまでして言えない事故﹂というのは
気になった。
﹁ジャック⋮⋮﹂
﹁ワイも知らんわ﹂
﹁フルチェンコ⋮⋮﹂
﹁俺っちも知らない﹂
ミルコのダチだった俺たちすら知らない事件。それは何だったの
2127
か。ソレが気になって、どうやらみんな、やりすぎなヤシャを止め
ようとしていない。
﹁ひゃ、ヒャハ! お、おい、ウゼー連中が、いつまで⋮⋮いつま
でこの俺をドムシしてやがる、ウゼー⋮⋮﹂
﹁ぬっ!? 老師! ストロベリーが立ち上がっています、それに
他の連中も!﹂
﹁ヒャハ! おい、ウゼーカス下僕共! 政府のクソ虫共! 丁重
にクラーセントレフンの御客様を送り届けるのが仕事だろうが! 辺境の田舎共にいつまでやられてんだ!﹂
ヤシャはシェンルーの胸倉を掴み、シェンルーも動揺しまくって
目をグルグル回している。
﹁はあ、はあ、はあ、はあ、文化を取り戻したんだ⋮⋮レッドとク
リアの復活の日に余計なことするな⋮⋮はあはあ、お前たちなんか
恐くないぞ! 恐くない怖くない怖くない⋮⋮ヒャハーーーー! 恐くないぞーッ!﹂
﹁ちい、レッドサブカルチャーめ! どうやら、スカーレッドが開
発した﹃電子ドラッグ﹄の影響を相当受けているのか、痛覚が既に
ない! だから、一瞬で気を失わせなければと⋮⋮って、老師! 何をされているのですか、早く!﹂
告白を断ったとかでもなく、試しにヤッてみたとかそういう関係
でなく、男女が気まずくなるとすれば何か?
﹁おい、ウゼーな! 俺を無視するんじゃねえ! ちい、この力を
使いたくなかった⋮⋮ウゼーッ! 見せてやるぜ! 俺はまだ50
%の力も出してねーんだ! リミッターを解除すれば、俺の肉体は
2128
パワー、スピード、エネルギーが全て倍になる! いかに、天才仙
人・シェンルーといえど、時代遅れの力を振り回す奴には⋮⋮って、
俺の話を聞けェ!﹂
﹁だから言えって言ってんだろうが! テメエ、あたいのダーリン
と何をした! チューしたんかコラァ! 乳でも揉ませたかゴラァ
!﹂
﹁だから話を聞けって⋮⋮言って︱︱︱︱︱︱︱﹂
﹁今、取り込み中だ、うっせーよ!﹂
﹁あぶりゅあら!?﹂
なんか、そのとき、ゴチャゴチャ騒がしかったドレッド野郎がヤ
シャに蹴り飛ばされ、吹き抜けになっているホテルのロビーから高
々と打ち上げられた。
まあ、それは置いておいて⋮⋮って、置けるか!?
﹁って、ヤシャ! そいつ、仮にも大使! 大使! ぶっとばした
らダメだろうが!﹂
﹁ああん? そんなもん、この仙人の所為にすりゃいいだろうが!
あたいに関係あるか!﹂
と、そしてそこで俺たちはハッとした。
この状況を。
﹁というより、ヴェルトくん! 君たちの事情は正直僕には皆目分
からないが、どうするんだい? 僕たちは、今日のイベントに出る
2129
のだろう? それなのにこんなことをして⋮⋮﹂
﹁そうだゾウ。少し落ち着くゾウ、ヴェルト君。君とその仙人たち
の関係は分からないゾウ。しかし、今、この神族世界を統治してい
るのは、昨日のライラックという王なのであろう? それと揉め事
を起こせば、大事になるゾウ﹂
﹁そうだな。まずは、余らがどうすべきか、状況を冷静に見る必要
があるな﹂
そして、ここにきてようやく冷静な常識組のロア、カー君、ネフ
ェルティが口を開いた。
そう、小湊との再会ということで俺たちもすっかり気を取られた
が、今の俺たちはクラーセントレフンから来た客。
そしてこの世界を現在統治しているのは、ライラックやレッドサ
ブカルチャーたち。
で、この小湊ことシェンルーや、あのピンク姫はそれに反旗を翻
す奴らってことだ。
﹁確かに、今はそれどころじゃねえな。おい、小湊⋮⋮いや、シェ
ンルーでいいな? お前らの目的は何だ?﹂
一旦落ち着いて、状況を整理しようということで、改めてマジメ
な話を。
すると、シェンルーも気を取り直して、咳払い一つを挟んで、俺
たちに向き合う。
﹁ヴェルトくん。君は、レッドサブカルチャーに、迎さん、七河く
んが絡んでいることは知ってるネ?﹂
それなら知っていると、俺も頷いた。
2130
﹁ああ。まあ、前世でどういう奴だったかは全然覚えてないけどな。
あと、レッドとクリアが、橋口ってやつと、布野ってやつってこと
はな﹂
﹁うむ。それまでは正解ネ。そして、私自身も、世界の世論や情勢
がどう動こうとも、とりあえず時期が来たのであればレッドくんを
復活させる。まあ、クリアという布野さんが現れて冷凍されたのは
予想外だたが、まあ、二人とも解放する。⋮⋮あとは、まあ、古代
魔王を一人ほど⋮⋮それは私も同じネ﹂
シェンルー自身、どうやらレッドとクリアを復活させることにつ
いては、レッドサブカルチャーやライラックたちと同じようだ。
だが⋮⋮
﹁しかし⋮⋮そこまでは迎さんやライラックと同じだが⋮⋮そこか
ら先は違う。これまで王国関係者でもトップシークレットとされた、
﹃モア﹄の存在を、民間人だった迎さんは知った。そして、ライラ
ックと出会った。彼らは表向きになんと言おうと、心の中では﹃モ
ア﹄と本当に戦う気はない。﹃箱舟﹄を使い、自分たちと、自分た
ちの選定した者たちだけで、﹃別の星﹄へと逃げようとしているネ﹂
⋮⋮⋮⋮?
﹁別の星? 何のことだ?﹂
﹁だから、宇宙から攻めてくるモアに対抗するには、どうしても箱
舟が必要ネ! しかし、迎さん⋮⋮スカーレッドたちは戦わずに、
限られた者たちだけを連れて逃げようとしているということヨ!﹂
﹁⋮⋮ハコブネで⋮⋮?﹂
2131
﹁そう。箱舟に乗れる人数には上限がある。とても世界全員は不可
能ネ。本来、その席の奪い合いが行われるところだが、迎さんこと
スカーレッドの開発した﹃電子ドラッグ﹄で⋮⋮って、アレ? な
んで、ポケーッとしてるネ?﹂
俺だけじゃねえ。ロアとかキシンとか、皆が目を丸くした唯一違
うのは、クロニアとルシフェルぐらい。
﹁ちょ、待った! 蘭ちゃん! 君は事情を全部知ってるみたいだ
けど、その話はまだ話ちゃダメキシコ! 順序がァ!?﹂
﹁はあ? ちょ、どういうことネ? ドアを開けてこっちに来たと
いうことは、ミシェルから全ての話を聞いて、モアを打倒するため
に神族と手を組むためではないのカ? あれ? シルバーさんの⋮
⋮佐々木原さんのメッセージとか見てないカ? ルシフェル! 貴
方はその伝言用として封印していたハズヨ?﹂
⋮⋮⋮⋮えっと⋮⋮
﹁えっと⋮⋮そういや、フォルナの後の結婚式を誰とやるかだが⋮
⋮﹂
﹁おお、そうだな、ヴェルト。次は当然、私だぞ! フォルナには
一番を譲ったが、二番は私だぞ?﹂
﹁待ちなさい、ウラ・ヴェスパーダ。本来、ヴェルトと最初に出会
ってプロポーズされたのは、この暁の覇姫・クレオよ!﹂
﹁ちょっと待ちなさい! 出会った順番で言うなら、私は前世から
よ?﹂
﹁ヴェルト様! 先にヴェルト様の子を生んだのは私です!﹂
﹁ぐす⋮⋮私だけ⋮⋮ムコとの一番がない⋮⋮﹂
2132
﹁ははは、いや∼、私は式の前に、まずは旦那君との初夜だな⋮⋮﹂
そうだ⋮⋮結婚式の話をしないとな⋮⋮えっと⋮⋮
﹁⋮⋮あれ? あの、これ、まだ言っちゃダメな話だたカ??﹂
そうだ⋮⋮フォルナとの結婚は⋮⋮あの人にも挨拶に行かねーと
な⋮⋮孫ができるんだからな⋮⋮
2133
第118話﹁暴露﹂
恐らくクロニアは、全ての準備が整ってから皆に真実を告げるつ
もりだったのかもしれない。
﹁つまり、ハルマゲドンとは、モアという異星人たちが、私たちの
世界を侵略して人類を滅亡させることだったんだよ!﹂
﹁﹁﹁﹁な、なんだってええええええ!!!!﹂﹂﹂﹂﹂
とりあえず、前世組みたちだけでお約束なことをやってみた。
ったく、麦畑で育った悪ガキが、な∼んで世界の覇王になるどこ
ろか、宇宙戦争にまで関わらねえとダメなんだ?
﹁⋮⋮えっと、なんか、ヴェルト・ジーハは既に世界を統一してい
たから⋮⋮そういう選択を世界はしたんだと思てたが⋮⋮違ったカ
?﹂
そんな俺たちを気まずそうな顔で苦笑しているシェンルー。
さすがにここまで来たらと、クロニアも諦めたように語り始めた。
﹁神族と聖王ミシェルや聖騎士とその王たちの考えた二千三百年前
のシナリオ⋮⋮それは、当時あらゆる種族が争いを続けていた世界
に残された道⋮⋮人類と神族のみで箱舟で逃げるか⋮⋮全世界の全
種族が力を合わせてモアと戦うか⋮⋮そのどちらかを後の未来に託
2134
すこと﹂
﹁ほ、ほう⋮⋮﹂
﹁ちなみにここ十年ぐらい前までは、世界の統一は諦めて選ばれた
人類と神族だけで箱舟を使って脱出という方向性だったけど⋮⋮ヴ
ェルトくん。君という存在が現れたことで、そのシナリオに聖王ミ
シェルと聖騎士たちの間で再検討されることになったの﹂
で、そこで観念されてペラペラ喋られても、正直困る。しかも、
クロニアのくせにマジメに話しやがって。
﹁ふむ⋮⋮小生にはいまいち、その宇宙からというものにピンと来
ないが⋮⋮それが事実である以上、まず、小生らは何をしなければ
いけないゾウ?﹂
﹁うん⋮⋮僕も⋮⋮その、話の全容がイマイチ⋮⋮﹂
純正ファンタジー住民の奴らがほとんどの中で、宇宙から宇宙人
が攻めて来るとか言われても、眼が点だ。
そして、こういう時ほど思う。
﹁だから、何で俺はニートを連れてこなかったんだ! こういう時
こそ名解説者のニートが単純明快に説明してくれるってのに!﹂
﹁いや、だから、私が説明してあげマッスルだよ﹂
﹁クロニア、テメエはいまいち、緊張感が伝わらねえから、無理な
んだよ! くそ、ちょっと落ち着かせろ⋮⋮﹂
俺は頭をイライラして掻き毟りながら、さすがにこれがガチなら
色々な意味で頭が混乱する。
2135
まずは気持ちを落ち着かせて⋮⋮
﹁こんなときは、ムサシだ。ムサシ、来なさい﹂
﹁はい? 殿? ⋮⋮にゃああああ!﹂
﹁こういう時は、ムサシで癒されて落ち着いてからだ⋮⋮﹂
﹁ああん、殿∼、はう∼、なでなで気持ちいでごじゃる∼⋮⋮はう
う、しっぽモフモフ、耳ハムハム∼!? 殿ってば∼!﹂
はあ、ムサシかわいいよムサシ⋮⋮嫁とあんなにヤッても、ムサ
シは別腹だ。
﹁ついにヴェルトが、クロニア姫の前でムサシにセクハラするまで
に! 確かに既にヴェルトはクロニア姫に軽蔑されているとはいえ、
ここまで堂々と!﹂
﹁まあ、現実逃避したくなるのは分かるわ⋮⋮正直私も⋮⋮ねえ﹂
﹁モア⋮⋮我等天空族にも代々語られていた、いずれ現れる恐怖の
大王神⋮⋮﹂
﹁ん? なんだ? みんな何の話してる? どうでもいいが、ムコ
ォ! かわいがりは、ゴミ虎じゃなくて私だ! 私にしろ!﹂
﹁私も、BLSに居た時には少しだけ話を聞いたことがあるけど、
まさか異星とはね⋮⋮﹂
﹁ふむ⋮⋮どうやら、旦那君だけでなくほとんどの者が知らなかっ
たようだね⋮⋮まあ、私が知ったのもつい最近ではあるが⋮⋮﹂
嫁たちも流石に俺を咎めずに、各々今のシェンルーの言葉に戸惑
いを隠せていない。っていうか、クレオも知らなかったのか。まあ、
オリヴィアは知ってたみたいだが⋮⋮
﹁さあ、クロニア、かかって来い。どんな真実も受け入れてやるぜ﹂
﹁いや、うん、君、バルナンドくんにぶっ殺されるんじゃ⋮⋮いや、
2136
まあ、ムサシちゃん幸せならいいけど⋮⋮うん、えっと要するにだ、
二千三百年前に月にあった魔界を滅ぼしたのはモアたちね﹂
﹁⋮⋮お、おお、サラッとぶち込むじゃねえか⋮⋮だが、まあ、そ
れは以前にチラッと聞いたことがあるから大丈夫だ﹂
﹁うん。でさ、どうやらモアたちの母星は私たちの世界と行き来す
るのに、二千三百年ぐらいかかるみたいなんだよね。んで、前回魔
界は滅んだけど、何とかモアを追っ払うことはできたんだけど、援
軍連れてまたやってくるぜい的ことになった⋮⋮そういうこと﹂
OKOK、どうやら冗談じゃなくて本当に宇宙戦争があったみた
いだな。
で、こういうとき、どう質問すればいい? 何から聞けばいい?
どこからツッコミ入れればいい?
くそ、ニート! お前、こういう時に居なくてどーすんだよ!
﹁クロニア⋮⋮単純な質問だけれど、モアという異星人は⋮⋮何で
人類を滅亡させようと? 前回も、何故魔界を?﹂
優等生アルーシャがまずは質問。うん、まあ、悪くないな。そも
そもの目的は何なのかと。
﹁これは私も美琴ちゃんのメッセージとかミシェルの話を聞いただ
けだけど、シェンルーちゃんの方がひょっとして詳しいんじゃない
の?﹂
そして、質問されたクロニアは話を横に振った。なぜならここに
は、その二千三百年前の生きた証人が居るからだ。
﹁勿論ヨ。当時のモアたちの目的⋮⋮それは単純に彼らが移住でき
る世界を手にして、そこに移住することだったようネ。分かりやす
2137
くいうと、テラフォーミング化ネ﹂
⋮⋮分からねえよ。SF用語っぽいが、俺が分からねーんだから、
ロアたちに分かるはずもない。
﹁モアの母星⋮⋮それは、神族よりも遥か何千年も先に行く技術力
の発達した世界。そして、これは私もミシェルから聞いたが、モア
は物理的に殺すことは出来ても、モアの世界は無病息災不老の世界
であり、ほとんど﹃死﹄という概念がなく、ゆえにその人口が増加
しすぎて星から溢れてしまったと。そこで、彼らは宇宙に目をつけ、
自分たちの住める世界を探し続けた。広大すぎる宇宙で彼らの体が
環境に適応できる世界を探すには途方もない時間を要するガ⋮⋮寿
命で死ぬことのない彼らには問題のないことだたヨ﹂
だめだ⋮⋮この空気、耐え切れん⋮⋮なんか、場を和ませないと
⋮⋮
﹁で、キシンとお前は前世で何があったんだ?﹂
﹁うむ。体育倉庫で私がマ⋮⋮⋮⋮ってウォイッ! マジメに聞く
ネ! あなた世界の代表なんだから、あなたマジメに聞かないとダ
メヨ!﹂
体育倉庫でマ? なんだ、マ?
﹁おい、その話題ならあたいも黙ってねーぞ! つか、ウチューと
か全然意味不明だけど、それだけは別だぞ!﹂
﹁へい、ハニー。今はそれどころでは⋮⋮﹂
﹁だってよ! だって、あたい⋮⋮気になるじゃん!﹂
流石にちょっと今は黙ってろと、キシンがヤシャを制すが、気の
2138
強いヤシャが少し拗ねたように俯く。
その様子に、キシンも思わず驚いたが⋮⋮
﹁だって⋮⋮しゃーねーじゃん。あたいは今までやりたいように生
きてて、ダーリンほったらかしにしてたから、もうダーリンあたい
のことはって⋮⋮元々、政略結婚みてーなもんだし⋮⋮﹂
﹁ハニー⋮⋮﹂
﹁それに⋮⋮あたい⋮⋮もう、子供生めねえ体になっちゃったし⋮
⋮﹂
シュンとなるヤシャ。流石にそんな弱々しくされたら、キシンも
強くは言えないのでうろたえて⋮⋮
﹁まあ、鬼夫婦は勝手に乳繰り合っててもらって、話を戻すが⋮⋮﹂
﹁いや、ヴェルトくんから脱線させたネ! ⋮⋮と、えっと、うん、
まあ、それで、魔界が滅んじゃって、戦いの余波で結局モアも住め
ない世界になってしまったけど、月の直ぐ近くにクラーセントレフ
ンという、モアが移住できる環境の整った星があることが分かった
モアは、援軍を連れて二千三百年後にまた来るということになった
ネ﹂
そう言われて、ボンヤリと俺は天井を見上げた。
﹁二千三百年⋮⋮そんなに期間あるなら、その宇宙人だって他の星
ぐらい探せただろうが⋮⋮ワザワザ、同じような場所をもう一度と
か、何考えてんだか⋮⋮﹂
二千三百年⋮⋮その途方もない言葉にいまいちリアリティが感じ
ないが、少なくともクロニアとシェンルーは本気。
スカーレッドも本気。
2139
そして、それはブラックダックも同じというわけか⋮⋮
﹁⋮⋮箱舟を使って逃げるか⋮⋮まあ、全部を理解できたわけじゃ
ねーけど、段々とそれぞれの動きが分かってきたな﹂
この話は多分、語りつくせば日が落ちるぐらいになるだろう。だ
からクロニアも、ちゃんと場を整えて話をしようとしていたんだろ
う。
しかしこうなった以上、俺たちはまず、今この場で何をどうする
かを決める必要がある。
だから⋮⋮
﹁クロニア。宇宙とか、この星とか、宇宙人とか、正直出てくる名
詞や主語が大きすぎていまいちまだ理解しきれねー。だが、だから
と言ってテキトーに決めていい話じゃねえってのは、頭の悪い俺で
も分かった﹂
﹁ヴェルトくん⋮⋮﹂
﹁だからこそ、教えて欲しい﹂
だから、俺はクロニアに尋ねた。
﹁お前と初めて再会したとき⋮⋮そしてそれ以前からずっと⋮⋮お
前がずっと背負い込んできたもんは、コレのことなのか?﹂
クロニアは故郷を飛び出して家出した。その後、国が滅んでも、
妹の記憶を失っても、それでもずっと世界を渡り、何かと戦い、悩
2140
み、そして抱え込んできていた。
﹁うん⋮⋮そうだよ﹂
そして、俺は再会直後にそのすべてを理解してやることは出来な
かった。しかし、それでも約束した。
俺に頼れ。
そう、クロニアに告げた。だから⋮⋮
﹁なら、教えてくれ。俺はどうすれば、お前の背負った重荷を軽く
してやれるんだ?﹂
これまで全ての事情を知って、そして悩み続けてきたこいつ。あ
の、成績学年最下位のバカ女が、いつも空気をぶち壊す能天気女が
直面したもの。それに対する答えは⋮⋮
﹁分かんない⋮⋮でも⋮⋮私は⋮⋮この星も見捨てず⋮⋮この星も
滅ぼさず⋮⋮どうにかならないかをずっと探し続けていただけ⋮⋮﹂
その時、俺もクラスメートも初めて見る。クロニアでも、神乃美
奈でもこれまで見せた事のなかった、弱々しい表情。
﹁みんなと力を合わせて立ち向かおう⋮⋮そう言うのは簡単だよ。
でも、負ければ全部失っちゃう! 箱舟で逃げれば、少なくとも私
たちとその近しい人たちぐらいまでは助かると思う! でも、それ
で本当にいいの? それで本当に⋮⋮どうすれば⋮⋮ずっと、苦し
かった⋮⋮﹂
それがクロニアの悩み続けてきた答えだ。
正直、こいつ自身は、世界の力を合わせて戦いたいのかもしれな
2141
い。しかし、負ければ本当に全員死ぬ。だからこそ、打ち明けられ
なかった。
﹁なるほどな。そう考えると、スカーレッドやブラックダックは⋮
⋮その二択から答えを出したわけか⋮⋮それが、悩んで苦しんで出
した答えかどうかは分からねえが⋮⋮﹂
そして、これでブラックダックの行動にも合点がいった。あいつ
は、確実に救える命だけでも救おうとしている。
スカーレッドたちはどうかは知らねえが⋮⋮
﹁どっちにしろ、やっぱスカーレッドとは話す必要がありそうだな。
オタクな話は抜きにしてな﹂
﹁ヴェルトくん!﹂
このままシェンルーと一緒に行って、話を聞いて、そして今後の
ことについて話し合うのもいいだろう。
だが、今回行われるイベントでスカーレッドたちが俺たちを待っ
ている以上、これも無視するわけにはいかねえ。
﹁よし、シェンルー。やっぱ、俺たちはイベントの方に行く。そこ
で、スカーレッドたちと話をしてくる﹂
﹁ヴェルト君! しかし、無理ヨ! 私や音遠さんがいくら話をし
ても、彼女たちは︱︱︱︱︱︱﹂
﹁それでも、片方の意見ばっか聞いても仕方ねーだろうが。こう見
えて俺は、種族や履歴には囚われない王様なんだよ﹂
だから、シェンルーの誘いは蹴り、俺はイベントを選ぶことにし
た。
ただ、勿論、じゃあシェンルーやピンクの話を完全に蹴るのか?
2142
というわけでもない。
﹁でだ。シェンルー、俺たちはまだどっちの方に着くかを決めたわ
けじゃねえ。﹃俺個人﹄の答えは既に出ているが、それ以外はそう
でもねーからな﹂
﹁なに?﹂
だからこそ、ここは両方の意見と話を聞く。そのために、班を分
けたんだ。
﹁クロニア。お前は既にこの問題を知ってるみたいだし、お前の考
えはどちらかというと、﹃モアと戦う派﹄だから、シェンルーと考
えは同じだろ?﹂
﹁え、あ∼、まあ、そうだけど⋮⋮﹂
﹁なら、そんなお前がシェンルーと話をしても、どーせ話が偏るだ
けだ。だから、キシン! お前たち、純恋愛ズが話を聞け﹂
﹁ワッツ!?﹂
﹁お前たちはこのままシェンルーについて行って、こいつらの話を
聞いてくれ。俺たちはイベントに行く﹂
そう、別行動をする。それが俺が思いついたこと。
﹁キシンとシェンルーの間に何があったかは知らねーけど、トリバ
とディズムもシェンルーの旧友なら話もしやすいだろ? それに、
そっちには世界一まともな亜人のカー君に、人間代表の真勇者ロア
が居る。メンツとして申し分ねーはずだ﹂
まあ、エロスヴィッチとかヤシャとかキロロとか、結構余計だっ
たりもするが、まあいいだろう。
2143
﹁ヴェルトくん、んじゃあ、私たちは⋮⋮﹂
﹁とりあえず、クロニアは俺と一緒に来てくれ。俺は迎のことは何
も知らねーが、お前は前世でそれなりに関わりがあったんだろ? あと、佐々木原とかいう未だに謎な女とも﹂
﹁⋮⋮うん、そうだね⋮⋮確かに⋮⋮うん、それがいいかも﹂
どっちに行けばいいかなんて今の時点では判断できないから、両
方行く。俺たちはそうすることに決めた。
﹁でも、ヴェルトくん。話をするのはいいが、スカーレッドもいよ
いよとなれば、強硬手段に出るネ。そこに転がっているメンバーた
ちが、﹃電子ドラッグ﹄で正気を失っていたように、侮らない方が
いいアル﹂
と、その時、シェンルーーがサラッと付け足した。
﹁そういや、電子ドラッグって何だ? さっきは、シカトしたが⋮
⋮﹂
﹁コンピューターの音や画像を使って脳に影響を及ぼす、スカーレ
ッドお手製の麻薬ヨ﹂
麻薬⋮⋮その言葉は、﹁宇宙人﹂よりは現実的で、少し俺たちも
ザワついた。
﹁そもそも、引きこもりなオタク集団たちが、国や政府や軍を恐れ
ずに行動を起こすなんて、そう簡単には出来ないネ。だからこそ、
スカーレッドは、人体に興奮作用を働かせ、恐怖心などを取り除く
電子ドラッグを開発して、それを広めて一つの軍団を作ったネ﹂
2144
﹁そりゃまた何とも⋮⋮﹂
﹁もっとも、最終的な使い方は、これで世界の人の意識を操って、
世界の人たちで箱舟の席の奪い合いをしないようにして⋮⋮自分た
ちだけ助かるように⋮⋮ネ﹂
﹁な、何だそりゃ⋮⋮なんともまあ⋮⋮そんなスゲーもん開発した
んなら、そのドラッグで宇宙人を操って追い返せよな﹂
また、随分とサラッとスゲー話をされたもんだ。
まさか、電子の麻薬とは、初めて聞いた。
だが、同時に合点がいったと、キシンが頷いた。
﹁そうか⋮⋮ドラッグか﹂
﹁キシン?﹂
﹁⋮⋮この世界に降り立って、エキサイトして街をウォーキングす
る神族たちに違和感を覚えたのは、それか⋮⋮﹂
そういや、キシンはこの世界に降り立って、神族を見て、どこか
それに疑問を感じていたな。
︱︱︱ヘイ⋮⋮ヴェルト⋮⋮ユーはこの世界を⋮⋮草食系の引きこ
もりたちと、歪んだ文化思想を持ったオタクボーイやガールたちの
世界と言ったな⋮⋮ハイテンション⋮⋮普通のハイテンションでは
ない⋮⋮違和感⋮⋮この瞳⋮⋮⋮⋮昔⋮⋮⋮⋮どこかで⋮⋮
そう、あの時、キシンが感じていたのはこれだった。
2145
﹁ミーが前世で14の頃⋮⋮ミーにギターを教えてくれたユニバー
シティーのバンドマンは⋮⋮ドラッグで死んだ⋮⋮だからミーも覚
えている﹂
そして、そのキシンが語る苦い前世の思い出。それをこの中で知
ってるのは、俺とジャックだけだった。
﹁そうだったな⋮⋮池袋の﹃アザトース﹄⋮⋮﹃高原﹄たちが広げ
ていた脱法の奴だろ?﹂
﹁⋮⋮YES⋮⋮﹂
俺もそのことは覚えている。実際、それが俺やキシンやジャック
の前世で色々とデカイ傷を負うことに発展したからだ。
﹁お姉ちゃん、ドラッグってあれかな? ラブが昔、マリファナっ
ていうの作ってたけど﹂
﹁ん? ん∼、まあそうだね⋮⋮色々と、人を破壊しちゃう危ない
ものなんだよね⋮⋮﹂
まあ、ラブがやってたのはとっくに廃止になったけどな。
しかし、それが電子となると、止めるのは中々骨が折れそうだ。
﹁ヴェルト⋮⋮ジャック⋮⋮例え、元が引きこもりのオタク集団で
も、ドラッグで人格がクラッシュしたヒューマンは⋮⋮何をするか
分からない。そっちも気をつけろ?﹂
つらいことを互いに少し思い出したが、そっちは任せたと俺たち
に託したキシン。
俺もジャックもそれには﹁当然﹂と頷き返した。
2146
﹁よし、じゃあ、さっさとこの気絶している連中を起こして、イベ
ントに連れて行ってもらうか。エルジェラ、傷の手当してやれ﹂
﹁分かりました。ペットさん、少し手伝ってください﹂
﹁一応、キシンくんたちがシェンルーさんたちに着いて行くことは
秘密なんでしょ? なら、ホテル側にも口止め料とか払って置いた
方が?﹂
﹁な∼に、心配いらぬのだ、アルーシャ。わらわが居るであろう?
ほんのちょ∼っと、わらわがこいつらにエロエロパワーで洗脳す
れば、なんとかどらっぐとやらなど目ではないほどの力で︱︱︱︱
︱﹂
で、とりあえずのシェンルーたちが蹴散らした連中についての処
理は⋮⋮
﹁はあはあはあはあ、何もなかったです、ヴィッチさまあ! 我々
はクラーセントレフンの皆様を迎えに来て、はあはあはあはあ、ヴ
ィッチさまたちはお部屋でお留守番すると伝えます! はあはあは
あはあ﹂
とまあ、こうなった。
エロスヴィッチの力で、ストロベリーもレッドサブカルチャーも
政府関係者もこうなった。
﹁ふふん。この誘惑洗脳は個人差があるので、そのうち切れるが、
まあ、しばらくは大丈夫なのだ。⋮⋮どうだ? カイザー? 惚れ
たのだ? 惚れたのだ? ジュブルジュブル唾液まみれのキスのご
褒美ぐらいくれても大丈夫なのだ﹂
実は俺は、エロスヴィッチとは戦ったことがない。
2147
初めて出会ったのは、ラブ&ピースとの最終決戦で、こいつと
キロロが牢屋に閉じ込められていた時だ。
つくづく思う。
いや∼⋮⋮本当⋮⋮こいつと戦わないで済んで良かった⋮⋮
﹁二千三百年前にはこんな魔法なかたヨ﹂
﹁気にしちゃダメキシコ、だよ、シェンルーちゃん。アレは突然変
異なエロ術だから﹂
二千三百年を生きる仙人すらもドン引きしてしまうエロスヴィ
ッチの洗脳で、とりあえず俺たちを迎えに来た連中への処理はこれ
で問題なくなった。
こうして、俺たちは一旦一部別行動を取ることになった。
戦力を分断することになるが、このメンツなら分かれても大丈夫
だろう⋮⋮と⋮⋮そう思っていた。
しかし、今はそんなことまでは分からず、とりあえずは⋮⋮
﹁で、⋮⋮実際、キシンとシェンルーは前世で何があったんだ?﹂
﹁﹁ちょッ!?﹂﹂
﹁﹁﹁﹁﹁確かに﹂﹂﹂﹂﹂
と、最後にやっぱりそれだけ確認したくて聞いてみた。
そして、それは前世組もヤシャも同じで、俺に同調したように頷
いた。
﹁そうだ、言えよコラァ! 今から、テメエらと話をするなら、隠
し事なんてしねーで全部話しやがれ! じゃねーと、あたいが許さ
ねーぞ!﹂
再びヤシャがシェンルーの胸倉掴んで激しく前後に揺らす。
2148
もうここまで来たら、流石に話をしないと前に進まないと、シェ
ンルーもどうやら観念したようだ、
﹁うううう∼∼∼∼、分かった、分かったネ。話すヨ。何があった
か言えばいいネ?﹂
﹁ッ!? ミス・小湊! しかし、それは⋮⋮﹂
﹁ううう∼、仕方ないヨ、村田くん。そうでもしないと、あなたの
お嫁さん、許してくれなそうヨ。それに、元々﹃あの日﹄のできご
とも全部私の所為ヨ⋮⋮﹂
ようやく観念したシェンルーは全てを語ろうとする。
しかし⋮⋮
﹁ただし! 男は全員アッチ行ってるネ。教えるのは、女の子だけ
ネ!﹂
﹁﹁﹁﹁な、なに!?﹂﹂﹂﹂﹂
しかし、性別は分けたようだ。その言葉にフルチェンコとか、メ
ッチャ残念そう。
だって、女が男とのことで、男には教えられないような事件って、
少なくとも⋮⋮﹁そういう系﹂のハプニングとしか思えないからだ。
﹁OH∼⋮⋮﹂
キシンもシェンルーに同情か哀れみか、悲しみの呟きを漏らした。
そして、シェンルーは、女だけで集って小さい輪を作ってボソボ
ソと話し出した。
2149
﹁まず、私⋮⋮村田くんが好きだったアル﹂
﹁ええ、まあ、そうだというのは私たちも知っているわ﹂
相槌を打つように、アルーシャが代表して受け答えをしている。
﹁私、高校入ったばかりのころ、まだ言葉苦手だたヨ。友達少なく
て。そのとき、村田くんにライブに誘われたよ﹂
﹁えっ? そ、それって⋮⋮﹂
﹁ただの客数増員のためという気軽なお誘いだたが⋮⋮凄くカッコ
よくてドキドキしたネ﹂
﹁そうなの⋮⋮うん、可愛らしい思い出じゃない﹂
﹁村田くんには彼女居たから、諦めてたケド、江口くんから写真を
買ったり⋮⋮色々と特注したり⋮⋮等身大ポスターとか﹂
﹁ふ、ふ∼ん。ま、まあ、等身大のポスターとか抱きまくらカバー
とか3Dプリントとか、そういうの好きな人のだったら、欲しいと
思うのも普通じゃないかしら?﹂
﹁は? 抱きまくらカバー? 3D? いいんちょ?﹂
﹁ッ!? ゲフンゲフン⋮⋮な、なんでもないわ。そ、それで? 好きだったから恥ずかしいとか?﹂
﹁そうじゃないネ⋮⋮その⋮⋮﹂
﹁?﹂
アルーシャとシェンルーが中心になって、女たちは何の話をして
いるのかは誰も分からない。
ボソボソ何をしているんだと、男たちは皆気になっている。
まあ、俺は⋮⋮空気に伝わって、耳を凝らせば二人の会話は聞こ
えちゃうんだけどな。
っていうか、アルーシャ⋮⋮お前⋮⋮
2150
﹁その、村田君、学校来ては授業サボって、体育倉庫で昼寝したり
してたヨ⋮⋮﹂
﹁そうなの?﹂
﹁う、うむ。それで、私、知らなかったが、どうやら新曲を考えた
りする時は時間を忘れて、気づいたら夕方になっていることも⋮⋮
疲れてそのまま夜まで気づかず寝てしまうこともあるそうネ﹂
それは知ってる。
学校行っても、十郎丸が居なければ﹁どうせパチンコ屋﹂、ミル
コが居なければ﹁晴れで寒くなければ屋上、そうでなければ体育倉
庫﹂という感じだった。
﹁で、それで⋮⋮うう、やはり言わないとダメカ?﹂
﹁気になるじゃない。それに、聞かないと、ヤシャさんが止まらな
いわよ?﹂
﹁う、うううう﹂
で、核心だ。何で、キシンとシェンルーはこんなに気まずい雰囲
気を発しているのか?
﹁その⋮⋮ある日、私、一人で居残り練習していて⋮⋮大会前で興
奮やらプレッシャーやらイライラやら⋮⋮そんなとき、生徒手帳に
お守り代わりに入れていた、村田君の写真を見て気持ちを落ち着け
てネ﹂
﹁え、ええ。その気持ち分かるわ。好きな人の写真を生徒手帳に入
れて、気持ちを落ち着けるのは私もよくやっていたもの﹂
2151
おどれもやっとったんかい。と心の中でアルーシャにツッコミ入
れるも、あくまで聞こえないフリをしている俺は、バレないように
反応しなかった。
しかし⋮⋮
﹁でも、その日⋮⋮私、体育館に誰も居なくて⋮⋮ちょっと、気持
ちが⋮⋮﹂
﹁?﹂
﹁とりあえず、体育館のドアを閉めて、体育倉庫で⋮⋮レオタード
姿で⋮⋮﹂
﹁⋮⋮?﹂
﹁その、ちょっと、アレヨ。なんというか、ま、ますたー的な⋮⋮﹂
﹁はい?﹂
﹁だ、だから、その、べー的な、しょん的な⋮⋮﹂
﹁ッ!!?? ちょ、あなた、まさか体育倉庫で!﹂
﹁う、うむ、何だか学校という空間でちょっとゾクゾクっと好奇心
で⋮⋮﹂
いや、まさか⋮⋮
と、俺も心の中でバクバクもんだった。
2152
まさかその場面を⋮⋮
﹁その、私がその⋮⋮結構、大きめな声で、村田君の名前を連呼し
て⋮⋮そして、達した瞬間、実は体育倉庫で爆睡していた村田君が
ガバッと目を覚まして⋮⋮﹂
﹁ッ!!??﹂
﹁そ、その、か、彼の、か、顔に、い、色々と⋮⋮ひ、ひっかけ⋮
⋮しかも、目が合った瞬間、究極に興奮していつも以上に⋮⋮く、
鯨のように⋮⋮私、もう耐え切れずそのまま逃げて、結局そのまま
一言も話さずに、修学旅行で死んで⋮⋮﹂
アウトオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
﹁もう、いいわ! それ以上、言わなくていいわ、小湊さん! い
いえ、シェンルーさん!﹂
﹁﹁﹁﹁もう、もう十分苦しんだ! もういいから! だからもう
苦しまないで!!﹂﹂﹂﹂﹂
﹁もう、いいの! つらかったわね。気づいてあげられなくてごめ
んね。まさか、そんな事件があったなんて⋮⋮そんな心の傷、百万
年あったって癒えることはないわ!﹂
その瞬間、アルーシャと女たちは大声を上げながらシェンルーを
2153
抱きしめた。
男たちは余計に﹁?﹂な状態になった。
そして、キシンは顔をずっと俯かせている。
だが、すべての事情を知った女たちは、皆が前世もクソも関係な
く、シェンルーを慰めた。
﹁私も、ヴェルトとの関係が進展する前は、一人でシた⋮⋮だが、
その場面をヴェルトに見られたら⋮⋮恥ずかしくて死んでしまう!
一生の恥!﹂
悪い、ウラ。お前が気づかなかっただけで、俺はそのシーンを見
たことある。スマン。
﹁ふ∼ん⋮⋮そのシーンを本人に見られたら一生の恥で死んじゃう
んだ⋮⋮じゃあ、私⋮⋮死んだほうがいいのかな?﹂
ペット。恐いよ。ゴメン。
﹁うん、まあ、そうでスカイ。いや∼、うん、アレじゃん? ⋮⋮
ドンマイ﹂
﹁確かに、付き合ってもいない男にソレは⋮⋮うん⋮⋮﹂
﹁私はよくプレイの一環で、トリバちゃんに目の前でヤレとか言わ
れるけど⋮⋮﹂
﹁なんなのだ? 好きな男にそんなシーンを見られたのなら、逆に
告白する手間が省けてよいであろうが。そのまま押し倒せばよいと
いうのに、仙人ともあろうものが、随分と小便臭い女なのだ﹂
﹁いや、師匠⋮⋮そう思うのは師匠だけ⋮⋮﹂
﹁ギャハハハハハハハハ! とりあえず、前世云々はよくわかんね
ーけど、何があったかは分かった! テメエ、あたいのダーリンに
何やってやがる!﹂
2154
うん、でも、とりあえず分かった。
そりゃ気まずいわ。
2155
第119話﹁お前のことは知っている﹂
テレビで見るより、やはり実際のその場に居れば熱気が伝わって
くる。
﹁数万⋮⋮いや、十万ちょいかな⋮⋮なかなかの数だね﹂
﹁だな。この神族世界にどれぐらいの神族が居るかは知らねーけど
⋮⋮まあ、大した行列だな﹂
野球を見に行くのか。それともアイドルのコンサートでも行くの
か。
煌びやかなライトに照らされたメガロニューヨークの摩天楼の中
心にある巨大ドーム。
その周辺には隙間なく大勢の神族たちが列を作り、ドームから溢
れ出ている。
﹁伝承によれば、二千三百年前⋮⋮クラーセントレフンからこの異
界に辿りついた神族は、その傷を舐め合い、当初は一つの国として
まとまっていた。しかし、レッドやクリアの逮捕や、人口の増加に
伴う人々の思想や未来に対する考えの違いから、国はやがて八つに
分かれ、争い、同盟を結び、また争い、それを二千年繰り返し、今
ではようやく落ち着いたとされていたのだけれど⋮⋮﹂
十年もの間、この世界に住んでいたクレオは感慨深そうに、リム
ジンの中から窓の外に映る光景に呟いていた。
﹁かつて、サブカルチャーの父・レッドが神族に与えた文化の数々
は、異界に移り住んだ神族たちにとっては癒しそのものだった。し
2156
かし、時代に伴う規制や制限が過剰化し、更にはレッド自身が天敵
であったはずの古代魔王を匿ったことで、糾弾され、弾圧され、失
望され、そして世論は文化離れへの道を進んだものの⋮⋮やはりみ
んな⋮⋮心の中では文化の復活を望んでいたのね﹂
古代魔王を匿ったことで⋮⋮それは、チラッと聞いた話⋮⋮あっ!
﹁あっ、そういやー、その古代魔王って誰なんだ?﹂
シェンルーに確認するのをすっかり忘れていた。
以前、ニートと一緒に、俺はストロベリーから聞いたことがあっ
た。
二千三百年前、レッドとクリアは当時、古代魔王の一人をこの世
界に連れてきて匿っていたと。
それがバレたことで、世界が敵に回って捕まったと。
レッドとクリアはクラスメート。そんな二人が何で古代魔王を連
れてきて、そして匿ったのか。
俺とニートはその魔王もかつてのクラスメートなんじゃないか?
という疑問を互いに口に出す前に、あのときは別のトラブル対応
で、結局その話は流れていた。
﹁なんか、サラッと今の話しを聞いてたらさ、橋口くんと響ちゃん
が、魔王を匿ったために冷凍されたって話じゃ内科医?﹂
﹁ええ。その話は、私も初耳よ?﹂
﹁な∼んか、俺っちも今の話を聞いてる限り、その古代魔王ってさ、
あのリリィみたいなのでしょ? それでいて、橋口くんと布野ちゃ
んが匿うって⋮⋮﹂
﹁なんや、ゴチャゴチャしてきて、よう分からんな。実際、ムカイ
だハシグチとかいうのも、ワイは全然覚えとらん。せやけど⋮⋮魔
王か⋮⋮﹂
2157
流石に、クロニア、アルーシャ、フルチェンコ、ジャックも今の
話で察したようだ。
﹁あら、ヴェルト。あなた、知らなかったのね、古代魔王について
は﹂
﹁ああ。前回来た時は⋮⋮その話をしている間に、俺はお前と戦う
ハメになったからな﹂
﹁ふふ⋮⋮あなたが私にプロポーズした日ね。愛を誓い合い、再び
結ばれ、その日のうちに身も心も結ばれて︱︱︱﹂
クレオが﹁ふふん﹂と当時を思い出して、どこか勝ち誇った笑み
を見せている。
だが、今はそんなのどうでもよくて、
﹁で、クレオ。その魔王ってどういう奴なんだ?﹂
流石にクラスメートの誰かまでは分からねーだろうけど、どんな
魔王なのかを知りたかった。
するとクレオは⋮⋮
﹁まあ、私も、そこまで知っているわけではないけど⋮⋮ほら、イ
ンターネットの﹃カミペディア﹄にも載ってるわよ?﹂
と、クレオは自身のスマホを俺たちに提示。か、カミペディア⋮
⋮そんなのがあったのか⋮⋮知らなかった。
で、そこに写し出されていたのは⋮⋮
﹁⋮⋮花魔人⋮⋮﹃陶酔魔王・ルナシー﹄⋮⋮かなり狂った魔王と
いうことで、何故レッドたちが匿おうとしたのかは不明なのよ﹂
2158
そこには、変なのが映っていた。
﹁な、なんだそりゃ?﹂
一見、ウラのような魔人族にも見える。
ナヨっちい細い体に、長い手足。白と青の高級感漂う、肩章のつ
いた軍服のようなものを着て、胸元のポケットに一輪、そして口に
も一輪薔薇を咥えている。
そして、思いっきりカメラ目線でウインクしながら指さしている。
長い金髪ウェーブで⋮⋮目が凄い⋮⋮なんか、少女漫画みたいな
目だ。
なんか、濃ゆい⋮⋮濃ゆすぎる⋮⋮自分に相当自信があるのか、
実に堂々としているが⋮⋮
﹁な、なんだ? これは⋮⋮随分とかっこつけな魔族だな⋮⋮オリ
ヴィアみたいな﹂
﹁おやおや、ウラ姫、それは酷いんじゃないのかな? 私は、自分
に酔ったりなどしないよ。私は⋮⋮自分ではなく人を酔わせるのさ﹂
﹁⋮⋮それはまあ、さておき⋮⋮なんだか、少女漫画の王子様みた
いね⋮⋮確かにかっこいいけど、私はちょっと⋮⋮﹂
﹁ふん、ムコの方がずっとカッコいい﹂
﹁ユズリハさん、ヴェルト様と比べては世の殿方全て不憫です。ヴ
ェルト様が一番なのは当然なのですから﹂
まあ、嫁たちの反応なんてどうせいつものことだから放っておく。
問題なのは⋮⋮
﹁せやけど、随分とカッコつけな兄ちゃんやな。最初はクラスメー
トかとも思ったが、こないなやつはおらんやろ﹂
2159
ジャックの言う通り、ここまで痛々しいイケメンは居ないはず。
俺もそう思った。
しかし⋮⋮
﹁ふむ、痛々しいイケメン⋮⋮﹂
﹁陶酔⋮⋮﹂
﹁⋮⋮自分に酔った⋮⋮﹂
その時、クレオのスマホをジッと見ながら、フルチェンコ、クロ
ニア、アルーシャが目を細め、そして⋮⋮
﹁﹁﹁あっ!?﹂﹂﹂
何かに気付いたのか、一斉に声を上げた。
﹁どうした? まさか、心当たりでも居るのか?﹂
俺がそう聞くと、三人は汗をダラダラ流しながら﹁まさか⋮⋮?﹂
と呟いた。
本当に心当たりがあるのか?
一体誰が? それを訪ねようとしたその時、俺たちを乗せたリム
ジンが停止した。
﹁ん? 到着したようね﹂
気付けばリムジンは、既に人でごった返しの会場外から既に中に
入っていたようだ。
薄暗い駐車場のような通り。ドアを開けた正面には、正装をした
十人程度の政府関係者と思われる連中と、ライラックが俺たちを待
2160
っていた。
﹁やあ、ヴェルトくんたち。ホテルで少し面白いことがあったよう
だけど、ちゃんと﹃こっちにも﹄来てくれたようで嬉しいよ﹂
﹁ライラック⋮⋮﹂
にこやかな笑みを浮かべながら、まさかいきなりその話をしてく
るとは思わなかった。
一応、ホテルの連中や政府やレッドサブカルチャーの迎えに来た
奴らには口止めはしていたんだが、そこまで甘くはねえか。
﹁なんだ∼? やけに余裕じゃねえか。ストロベリーたちはぶちの
めされたってのに﹂
﹁いやいや、スカーレッドもそのことについては、話がややこしく
なるから、特に触れないでくれと言ってきてね。君たちが全員、シ
ェンルーの所に行っていたら少し動きも変わったが、ちゃんとこっ
ちにも、ましてやヴェルト君が来てくれたのだから、僕様的にはそ
れでいいよ﹂
﹁ほう、やけに心が広いな﹂
﹁心じゃないよ。広いのはお尻の穴さ。ハハハハハ! ⋮⋮大事な
話がどんどん先延ばしになるから、小さいことでイチイチいがみ合
っても仕方ない。違うかい?﹂
大事な話⋮⋮それは﹁モア﹂、そして﹁箱舟﹂のことに間違いな
いだろう。
シェンルーの話が本当なら、こいつらは﹁モア﹂とやらと戦う意
思はなく、﹁箱舟﹂を使って自分たちだけ助かろうとしているとの
こと。
﹁そうか。なら、余計な腹の探り合いは無しにしようぜ? さっさ
2161
と、スカーレッドを交えて、お前らの考えを聞かせろよ﹂
﹁ふふふふ、ふふふふふ、もう、がっつきすぎだよ、ヴェルトくん。
別にレッドたちが復活した後でもいいじゃないか。そんなに早くお
話尻合をしたいのかい? おっと、お話し合いだ! ハハハハハハ
ハハ!﹂
相変わらず、こいつは本当にツッコミどころが⋮⋮おっと!
﹁やめろよ、ジャレンガ! 爪を出すな﹂
﹁⋮⋮ちぇっ⋮⋮﹂
﹁ふふふふ、さあ、僕のお尻について来たまえ。すぐそこの会議室
を取っている。スカーレッドもそこで待っているよ。ジャレンガく
んも、待ちきれないからって後ろから襲ってこないようにね?﹂
﹁ねえ、ヴェルトくん、やっぱりこいつ殺そうよ﹂
﹁⋮⋮い、いや、もうちょい待て﹂
あぶねえあぶねえ。ジャレンガがあと一歩でライラックを引き裂
いていた所だ。足を前に踏み込もうとしていた。
まあ、気持ちは分からんでもねえがな。
﹁しっかし、歩ちゃんも、よくまあ、こういう人と手を組んでるネ
アンデルタール。あの子、前世から色々なことに文句言う子だった
けど﹂
そんなライラックの姿に、クロニアがボソッと呟いた。
そういや、あのスカーレッドってやつは、初めて会った時は随分
と俺を嫌っていたなあ。
文化大好きな男とはいえ、こいつはよくて俺はダメってのは、何
だか釈然としない気もするが⋮⋮
そんなことを思いながら、俺たちはライラックの後に続き、ドー
2162
ム内駐車場から室内へと続き無機質な廊下を通って行った。
そして⋮⋮
﹁どうぞ、皆さん。お尻の⋮⋮じゃなかった、お星の命運を左右さ
せる会談の場へ﹂
一つの扉の前に一度立ち止まって、俺たちにそう告げながら笑み
を浮かべるライラック。
先ほどまでのフザケタ態度から、どこかマジな空気が一瞬だけ感
じ取れた。
思わず俺たちも息を呑みこんだ。
そして、ライラックが扉を開けた瞬間︱︱︱︱︱︱︱
﹃なんか、随分と早い再会で、けっこう面倒だっつーの﹄
それは、二十人程度の席が設置されている、円卓上の大会議室。
その部屋の光景が目に映った瞬間、奴の声が聞こえた。
﹁はあ? お前が俺たちを呼び寄せたんだろうが﹂
間髪入れずに俺も言い返すと、奴は更に不機嫌そうな声を漏らし
た。
その会議室に、確かにスカーレッドは居た。
﹁ヴェルトくん⋮⋮彼女がそうなの? レッドサブカルチャーとい
う組織のリーダーにして⋮⋮その前世は⋮⋮﹂
居たことには居た。
2163
だが、
﹁つうかよ、何でテレビ会議なんだよ﹂
そう、あったのは、大きめのスクリーンのみ。そのスクリーンに
赤ヘルメットを被ったスカーレッドの姿が映し出されている。
つまり、中継だ。本人は居ない。
﹁せっかく他のクラスメートも連れてきたんだ。直で来いよ﹂
﹃命令すんなっつーの。つか、クラスメート? 私のように、あの
クラスにそこまでの思い入れのないやつにとって、ましてや自分が
関わりのあった最低限の奴については既に再会したり、今どうなっ
ているかも知ってるんだから、どうでもいいっつーの﹄
こいつは、かつて自分たちはクラスの中でも特殊なカーストに居
たと言っていた。
そしてそのカーストにいた奴らとは既に再会、もしくはどうなっ
ているかも知っている。
だから、今更俺が連れてくるクラスメートには何の思い入れも感
慨も感じないと、あくまで壁を作っている。
だが、これじゃあ、主導権は向こうにあるようなもんだ。
何よりも、離れた場所で冷めた感じで、俺たちに呆れるような態
度は腹が立つ。
﹁歩ちゃん⋮⋮﹂
﹃⋮⋮⋮⋮あんた⋮⋮⋮⋮はあ⋮⋮神乃か⋮⋮﹄
そんな中、少し切なそうな顔を浮かべたクロニアが一歩前に出た。
ヘルメットで顔を隠しているものの、画面に映るスカーレッドも
反応した。
2164
﹃シェンルーとのホテルでのやりとり⋮⋮監視カメラの映像をハッ
キングして、既に確認済みだっつーの⋮⋮全員、私にとってはどう
でもいいクラスメートばかりだっつーの⋮⋮﹄
﹁相変わらずだネパール⋮⋮歩ちゃん。ううん、スカーレッドちゃ
んだよね、今は﹂
﹃⋮⋮神乃⋮⋮あんたも相変わらず⋮⋮ウゼエぐらいにイラっとく
るっつーの⋮⋮﹄
﹁えええ? 酷いでごわす! 友達じゃん∼!﹂
﹃トモダチ? ⋮⋮へっ、これだからリア充上位カーストグループ
は、気安くて嫌だっつーの﹄
シェンルーと違って、特に再会に対しての想いや感動があるわけ
でもなく、﹁何の用?﹂と冷めた感じのスカーレット。
前世でもこいつらとそれなりに親交があったと思われる、クロニ
アですら、スカーレッドは壁を作って辛辣な態度だった。
﹁カーストだとかグループだとかくだらねえ。仮にそんなもんがあ
ったとしても、もう前世の話だろうが。ゴチャゴチャ言ってねえで、
さっさと来いよ﹂
﹃⋮⋮朝倉⋮⋮本当にむかつくっつーの。もう前世の話? ああ、
あんたにはそうなんだろうっつーの﹄
﹁あ゛あ゛?﹂
﹃前世で好きだった女と再会できても、結局違う女たちを囲って口
説いて落して、ほんとうにクズイ男だっつーの﹄
2165
﹁テメエ! 画面の向こうから好き勝手言いやがって! 今の俺の
恋愛事情を全く知らねーくせに、鼻で笑ってんじゃねえ!﹂
﹃今のあんたの恋愛事情? ああ、少しなら分かるっつーの﹄
﹁なに⋮⋮?﹂
スカーレッドの言葉に俺が腹を立てて怒鳴ったら、次の瞬間、ス
カーレッドが映っていた画面が突如切り替わった。
まるで、テレビのチャンネルが突然変わったかのようで、一瞬惚
けてしまったら⋮⋮
︱︱︱︱それは⋮⋮世界を超えた恋の物語⋮⋮
なんか、変なBGMと一緒にナレーションが流れた。
そして、夕焼け色に染まったメガロニューヨークの様々なショッ
トが画面に映し出され⋮⋮
︱︱︱︱あの日⋮⋮俺たちは⋮⋮
︱︱︱︱あの日⋮⋮私たちは⋮⋮
︱︱︱︱まだ、子供だったけど⋮⋮結ばれるんだと思っていた⋮⋮
⋮⋮なんだこりゃ? 電波が悪くなったのか?
﹁ねえ、これって一体?﹂
2166
﹁お∼い、スカーレッドちゃーん、どったのー? 映像が変なのに
なっちゃっ︱︱︱︱!?﹂
﹁⋮⋮んなっ!?﹂
一瞬、ただの通信トラブルかと思った。
だが、この、今画面に映し出されている光景は⋮⋮
︱︱︱しかし、運命が二人を引き離し⋮⋮そして、十年の時を超え
て再会した二人は⋮⋮もう、あのときのようには⋮⋮
俺がなんか、映っていた。
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮クレオ﹄
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮ヴェルト・ジーハ⋮⋮⋮﹄
で、クレオも映っていた。
﹁ちょ、あれはヴェルト! 何でだ? なんでヴェルトが!?﹂
﹁しかも、クレオさんと⋮⋮﹂
﹁あっ!? これ、まさか⋮⋮ペット殿、ひょっとしてこの光景は
!﹂
﹁うん⋮⋮ムサシちゃん⋮⋮あの時のだよ⋮⋮﹂
そう、間違いなかった。
それは、俺とクレオがこの世界で再会し、そして戦ったときの映
像だった。
それが何故か、変なナレーションやらテロップやら、そして切な
い感じのBGMと一緒に流れていた。
2167
﹃私は、信じたッ! あの時、私を愛していると言った貴様の熱い
想い、言葉を、魂をッ! 命懸けで私を守り、愛を誓った貴様を信
さだめ
じた! 国も身分も違えど、信じあう心さえあれば、私たちは結ば
れる天の運命なのだと確信していた!﹄
︱︱︱︱少女は叫んだ。
﹃クレオ。お前に謝ることも償ってやることもできねえ代わりに⋮
⋮俺が見せてやるよ⋮⋮せめて⋮⋮今の俺をな。十年前、お前が想
いを抱いたヴェルト・ジーハはもう居ねえ。出会った男が悪かった
と、諦めてくれ。その代わり、あの時のヴェルト・ジーハの成れの
果ての姿を⋮⋮⋮それこそ命懸けで、包み隠さず、全開で見せてや
るよ﹄
︱︱︱︱男は今の自分の全てを曝け出すことで、少女と向き合おう
とした。
﹃好きだって言ったくせに! 命懸けで守るって言ったくせに! 確かに子供の時よ、今のあなたからすれば昔の話かもしれないわ!
でも、それでも⋮⋮⋮⋮⋮﹄
﹃来い。せめて、空っぽになるまで、俺が受け止めてやる﹄ ︱︱︱︱すれ違った運命。ぶつかり合う言葉。傷つけあう力。二人
はもう二度と交わることは⋮⋮
﹃クレオッ! くそ、どうして俺はこんなやり方しか⋮⋮くそ! くそっ!﹄
︱︱︱︱しかし、その時、ようやく男は気付いた。そして思い出し
た。目の前の人がどれだけ愛おしく大切な存在だったのかを。
2168
﹃ならば、貴様はこの私をどうしたいのだ! ならば今、貴様の嘘
偽りのない真実の気持ちを言ってみろ! そして行動に表してみろ
!﹄
︱︱︱︱今こそ、真実の気持ちを世界が知る。
﹃俺の嫁になれよ⋮⋮﹄
︱︱︱︱これは、再生の恋の物語⋮⋮
︱︱︱︱キーワードは⋮⋮お尻い!?
﹃ッ、うぅ、わ、私のお尻を指で貫いたくせに⋮⋮⋮下着を脱がせ
ようとして、私の、あの場所を⋮⋮⋮口でモゴモゴしたくせに⋮⋮
⋮﹄
︱︱︱︱世界が泣き、世界が笑った二人のラブコメディ! このケ
ツ末を見逃すな!
︱︱︱︱製作チーム、BLS団
︱︱︱︱スーパーCGにより、再現!
︱︱︱︱革命記念日に放映決定!
2169
︱︱︱︱ライラック国王大絶賛!
︱︱︱︱映画、﹃君の尻は。﹄
﹁って、なんだこりゃああああああああああああああああああああ
! え、え、え、映画化したあああああ!? っていうか、何だこ
のタイトルはああああああ!?﹂
しばらく見入ってしまったためにツッコミ遅れたが、マジでなん
だよこれは!
俺とクレオのやり取りの動画が拡散して再生数がヤバいとか聞い
てはいたけど、マジでなんなんだよ、これは!
﹁あ、あらあら、まあまあ⋮⋮⋮⋮ねえ、これ、出来ているものを
見せてもらえないかしら? 私がヴェルトの正妻という証拠に⋮⋮
ぜひ、タブレットに⋮⋮というか、DVDはあるのかしら!? 観
賞用や保存用含めて十枚はもらえないかしら!﹂
﹁ふ、ふざけるなああ! 何で、ヴェルトとクレオがこんな風に取
り扱われているのだ! ずるいぞ!﹂
﹁⋮⋮むう⋮⋮わ、私だって⋮⋮コスモスが生まれた日のことを取
り扱って戴ければきっと⋮⋮もっと⋮⋮むう﹂
﹁う、う、う、うらやましいわ⋮⋮え、映画化なんて⋮⋮﹂
﹁おやおや、アルーシャ姫が情緒不安定になってしまったね。しか
し、旦那君⋮⋮こんなラブストーリーを⋮⋮妬けちゃうな﹂
﹁なあ、なんなんだ? アレはなんだ? なあ、私は出てこないの
か? ムコとゴミペッタンコがイチャイチャしてるのしか出てこな
いぞ?﹂
嫁たちの反応も様々。まんざらでもなさそうにちょっと照れた感
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じのクレオに、嫉妬する他の嫁たち。
そして、他の仲間たちは⋮⋮
﹁﹁﹁﹁﹁なんかちょっと、見てみたいかも⋮⋮﹂﹂﹂﹂﹂
と、半笑いで興味を持たれてしまっている。
くそ、なんて恥ずかしい! つうか、何でこんなことに!
﹃けっ。良かったな、あんたは何だかんだで有名になったっつーの。
やっすい恋愛映画になるほどにな﹄
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