...

エコゲノミクスによる海洋および島嶼生態学研究の新展開

by user

on
Category: Documents
7

views

Report

Comments

Transcript

エコゲノミクスによる海洋および島嶼生態学研究の新展開
様式Ⅴ
平成27年度 中期計画達成プロジェクト経費(戦略的研究推進経費)成果報告書
部局等名
熱帯生物圏研究センター
研究事業名
エコゲノミクスによる海洋および島嶼生態学研究の新展開
実施期間
平成 27 年 7 月 17 日~平成 28 年 3 月 31 日
予算額
8,000 千円
1.研究計画の達成状況
本研究では、集団ゲノミクスの手法を生態学研究に取り込み、新たな創造的研究を展開することを目的と
した。このようなエコゲノミクス研究は国内外で既に進められているが、亜熱帯島嶼環境における多様な生
物相と、本学における多彩な生態学研究者によって、より卓越した研究分野へと発展する可能性をもつ。特
に、生態学理論や空間統計モデルと組み合わせることにより、非常に有効かつ汎用性の高い方法論の構築が
期待される。
以下に各課題の計画と達成状況を要約する。
プロジェクト全体
計画:本研究の目的は、次世代シーケンサーの開発・普及によって可能となったゲノミクス解析を生態学研
究に取り込み、新たな創造的研究を展開することにあった。「次世代ゲノミクス解析」の強みは、主に、1)
あらゆる野生生物を含む非モデル生物に適用可能であること、2)網羅的解析が可能であることである。し
かしながら、大量データが産出されるが故に、その解析にはインフォマティクス技術が必須となる。そのた
めの知識の整備や人材育成を研究室単位で行うのは非効率的であり、複数の研究室が寄り集まって、情報の
共有および解析の相互支援を行うことも、本プロジェクトが果たす機能的役割であった。
達成状況:一年間という短い期間の中で挙げられる成果は少ないが、個別の生態学的課題に対し次世代ゲノ
ミクス解析の取り組みを開始し、協力し合いながら研究を進める体制を作ったことは、ひとつの狙いが達成
されたことを意味する。また、次世代シーケンサーを用いた様々な解析プロトコルを試行し、共有の知識と
して蓄積することができた。共通手法として、次世代シーケンサ MiSeq を用いたプロトコルを検討し、特に
(1) 少量 DNA からのライブラリーの作成、(2) メタ 16SrRNA 解析、(3) long-PCR 産物から Nextra kit を用
いた解析方法の試行・改善、(4)RAD-Seq 法を用いたゲノムワイド多型解析を行った。
課題 1:温暖化へのサンゴ集団の応答(サンゴ研究)
計画:1998 年夏季の高水温による大規模白化現象によりサンゴが激減した沖縄本島と、サンゴがわずかに減
少したのみの西表島において、同種サンゴを集団ゲノミクス的手法で比較し、沖縄本島における 1998 年の高
水温によって淘汰が起こったかを検討する。更に上記の目的で採集した標本を用いて、大規模白化現象など
の大規模撹乱後のサンゴの回復にとって不可欠なサンゴ幼生の、親からの分散距離の推定を、集団ゲノミク
ス的手法で行う。
達成状況:本年度内に試料収集を行ったが、集団ゲノミクス的手法による解析には着手した段階であり、分
析は今後実施する。
計画:温暖化により増加すると予想されるサンゴの病気を、メタゲノム的に解析する。これらから、温暖化
進行下でのサンゴ集団の維持・継続条件を考察する。
達成状況:サンゴの病気(ホワイトシンドローム)の罹患部位から細菌 DNA を抽出し、メタゲノム解析
(MiSeq)を行った。当初計画に沿って、方法と解析のルーチン化が可能となった
課題 2:イカの系統と分布域から探る認知能力と社会性の進化(イカ研究)
計画:東アジア海域に棲息するイカ類を採集し、ミトコンドリア全配列および複数の核ゲノム配列を解読す
ることでメガ系統樹を描く。さらに、種の生息域、行動特性、社会構造、体サイズおよび高次認知能力を支
える器官(眼・脳)の形態を系統樹に重ね合わせることで、認知能力と社会性の進化過程について考察する。
また、群れを形成し、その中で社会構造をもつことがわかってきたアオリイカにおいて、群れ内および群れ
間の遺伝的多様性を解析し、群れの形成過程を明らかにする。
達成状況:日本周辺海域のイカ類の分布特性と系統について、特定のパターンと傾向を見出した。また、遺
伝子解析用試料として、東アジア地域より 8 科 14 種のイカ類を採集した。この過程で漁業者等と人的ネット
ワークを作り、イカ類採集のルートを確保した。また、これら標本の体計測データを得るとともに、眼・脳
についてマイクロ CT による解析を試みて、当該装置の有効性も確認した。さらに、アオリイカの群れに関す
る行動実験を進め、地域集団の気質の違い、特定の群れ構成員の遺伝的特性の変異などを明らかにした。
課題 3:シロオビアゲハの擬態型に関連するゲノム領域の同定(昆虫・魚類研究)
計画:人間活動と環境変動が原因になり、熱帯起源のさまざまな昆虫が日本に移住・定着しつつある。沖縄
は移動の中継点であることが多く、またさまざまな島が存在する事から、移住先の局所環境に適応した生物
の急速な進化が直接観測できることが、我々が行った害虫やチョウなどの外来生物の生態学的研究や分子系
統解析から明らかになってきた。そこでこれらの生物で、エコゲノミクス的手法を用い、現在自然選択を受
けているまたは、過去に選択を受けた DNA 領域の特定を試みる。本研究では、シロオビアゲハの擬態型に関
連するゲノム領域の同定を目指す。
達成状況:シロオビアゲハに加えて、アリの行動生態学にゲノム分析技術を適用する研究を開始し、概ね計
画通りの成果をあげた。また計画には含めていなかった魚類について、グッピーとカダヤシの分布調査に環
境 DNA 技術の導入を試みた。
課題 4:外来昆虫の移動分散経路の推定(昆虫研究)
計画:沖縄に侵入している外来昆虫であるゾウムシ、アリ、ホタルを対象に、ミトコンドリアおよび核ゲノ
ム配列を解読することで、研究対象昆虫が分布を拡げた経路について景観遺伝学(landscape genetics)的手
法を用いて推定する。景観遺伝学は近年様々な野生動植物への適用が始まっている解析法であり、個体の分
布情報と遺伝情報を基に、潜在的に存在する地域集団数やその位置を推定する方法である。これにより、島
嶼間の移動だけではなく、空間的に限局された地域における個体の移動分散についても推定する。
達成状況:サツマイモの害虫であるアリモドキゾウムシ、また国内侵入種であるオオシママドボタルを対象
に DNA 配列を解読し、そこから系統樹やネットワーク樹を構築し、侵入の経緯と原産地の推定を実施した。
アリモドキゾウムシについては従来の仮説通り、インド・マダガスカルが本種の起源であることが示唆され
たが、マダガスカル内で大きな遺伝変異を示す集団が少なくとも 2 箇所存在することが示された。またオオ
シママドボタルについては、沖縄島南部に侵入している集団の起源が石垣島内の集団であることが強く示唆
された。
課題 5:台湾・琉球地域におけるミナミヤモリ種複合群の分子系統地理(ヤモリ研究)
計画:ミナミヤモリ種複合体は東アジア島嶼域に分布するヤモリ属の一群で、ミトコンドリア DNA の配列変
異に基づくこれまでの分析では、分類学的な区分とは一致しない複雑な分化史を持つと推定される。その実
態はおそらく、台湾に主要系統のストックが存在し、そこから数次にわたって琉球地域に洋上分散を果たし
てきたものと予想されるが、複雑さのため、その実態は未解明である。本研究課題では、ミトコンドリア DNA
の配列変異と核ゲノム情報に基づいてミナミヤモリ種複合群の集団の分散・分化史を復元する。さらに、多
くの集団について種認知に関わる行動学的な特性、繁殖に関わる生態学的特性を評価し、その変異を系統樹
に重ねて、集団の2次的な接触が、行動学的・生態学的多様性の創出に与えた影響について議論する。
達成状況:ミトコンドリア全周解析用の LA PCR 増幅について、まず、同属種を含む有鱗爬虫類用の既存の
プライマーおよび一部改変したプライマー5 種類を準備し、シャトル PCR によって増幅を試みたが、理想的
な増幅増は得られなかった。そこで、同属種の配列を手がかりに新たに 10 のプライマーを設計し、様々な組
み合わせで PCR を行った結果、両端とも十分な長さの重複部分を持つおよそ 9k と 10k の断片をターゲット
とする2プライマーペアを見いだすことができた。また、核 DNA についても、シングルコピーであるとされ
る 3 遺伝子について数キロから 10k 程度の増幅を想定したプライマーを設計したが、増幅の確認はこれから
である。ニホンヤモリ種群の種間系統推定では、ミナミヤモリ種複合群は、島嶼部のミナミヤモリ、ヤクヤ
モリ、タカラヤモリ、台湾東北部の暫定未記載種からなることがあらためて確認され、その姉妹群は日本お
よび中国東岸に分布する系統であることが示唆された。これと、種複合群を対象とした分子系統樹とを併せ
て考えると、この複合群のなかの主な多様化は一部の島嶼を中心に起こってきた可能性がみえてきたため、
今後、そのような地域を中心に、より密なサンプリングを行って解析を進める必要性がある。
課題 6:統計モデル
計画:空間統計モデル解析と集団ゲノミクス解析を組み合わせた新しい解析手法の開発を行い、各課題にお
いて適用する。具体的には、生物の分散・定着を考慮した生物多様性の時空間動態モデルと集団遺伝学で利
用されるコアレセント理論を用いたシミュレーションにより、群集の分散・定着・成長などに関するパラメ
ータを推定する方法を考案する。
達成状況:空間統計モデルを用いた生物群集パターン形成のメカニズム解明を試み、エコゲノミクスへの適
用可能性を検証した。具体的には、生物の分散・定着を考慮した生物多様性の時空間動態モデルと集団遺伝
学で利用されるコアレセント理論を用いたシミュレーションにより、群集の分散・定着・成長などに関する
パラメータを推定する方法を分析した。また、日本に分布する維管束植物や脊椎動物の種レベルの系統情報
を収集し、空間統計モデルを用いた進化的多様化プロセスを検証するための基盤データを整備し、各分類群
特有の進化的ホットスポット形成過程の分析を行った。
2.中期計画達成への貢献
1.
理学部、農学部、医学研究科及び熱帯生物圏研究センターの教員をメンバーとして実施された本プロ
ジェクトにより、部局の垣根を越えた活発な共同研究の場が提供され、新たな学術領域を育んだこと
で、中期計画に記載されている「学際的研究の推進のために、組織横断型研究及び文理融合研究を支
援する仕組みを整備する」ことに貢献した。
2.
本学の強みとして、多彩な研究材料と解析スキルを併せ持つ生態学者の存在が挙げられる。次世代ゲ
ノミクス解析を行うによって、新たな進化的視点・機能的視点を加えることが可能となり、生態学研
究の更なる強化に貢献した。
3.
人材育成の面では、ゲノムデータに代表されるビッグデータを解析できる人材の育成に貢献した。
4.
中期目標に記載されている「熱帯・亜熱帯島嶼の地域特性に根ざした世界水準の教育研究拠点大学」
を実現し、学際的・複合的研究を創出・推進するためにも大学院組織の改編は重要である。既存研究
科を統廃合して、あるいは新規研究科として、本学の強み・特色を活かした先端研究を担う分野横断
型の大学院組織を新設することを視野に入れつつ、本プロジェクトを展開した。
3.部局等における戦略的研究への貢献、波及効果
1.
生態学や保全学の分野において、次世代ゲノミクス解析で得られる情報を活用することは今後間違いな
くスタンダードとなる。本学において、次世代ゲノミクス解析技術を強化することは、様々な面で研究
の高度化を促すことになる。特に、過去の集団サイズや移動・交雑を含めたデモグラフィ―の解明、自
然選択が働いたゲノム領域の検出、特定の表現型に関連する遺伝子の同定、トランスクリプトーム解析
による遺伝子発現解析などが挙げられる。生態的現象を理解する上で、このような解析が重要な突破口
となることが期待される。
2.
熱帯生物圏研究センターの、共同利用・共同拠点としての重点研究分野であるフィールドに特化した研
究において、サンゴのメタゲノム解析を推進し、研究を高度化することに貢献した。
3. 亜熱帯性害虫のゲノム研究は、亜熱帯の農業生産に貢献する。また農林業を脅かす侵略的外来性物の侵
略機構を解明する手がかりになると期待される。
4.当該研究事業の今後の発展、展開
1.
大型競争的研究資金の申請:本研究のメンバーを中心として、新たな研究チームを組んで、大型外部研
究費の獲得を目指す。
2.
ワーキンググループの継続:本プロジェクトで構築されたワーキンググループを継続・拡大し、共同
研究を発展させる。合同セミナーやシンポジウムを主たる活動として、部局を越えた大学院生の交流
プログラムを創設し、学際研究を担う人材を育成する。
3.
ゲノミクス解析支援センター設立:本プロジェクトのシステムを母体として、学内のゲノミクス解析
を支援するための時限付きのセンターを設立する。本プロジェクトのメンバー以外にも支援の輪を広
げ、生物学研究の基礎情報を供給するゲノミクス解析をさらに普及させる。
4.
新規大学院講義の開講:本プロジェクトのメンバーを中心とした講師陣による「エコゲノミクス」関
連の講義を開設する。
5.
大学院組織改編:中期目標である「アジア太平洋地域の卓越した教育研究拠点大学」を実現し、学際
的・複合的研究を創出・推進するためにも、大学院組織の改編は重要である。既存研究科を統廃合し
て、あるいは新規研究科として、本学の強み・特色を活かした先端研究を担う分野横断型の大学院組
織を新設することを視野に入れつつ、その前段階として、本プロジェクトのメンバーを中心とした学
際副専攻を創設する。
6.
海外の大学との研究交流:アジア地域を中心とした海外の大学との研究交流を促進させる。
7.
本研究の成果を踏まえて、平成 28 年度熱帯生物圏研究センタープロジェクト型共同利用・共同研究
へ申請し(BBD 病他、罹患サンゴのメタゲノム解析)、さらなる大型競争的研究資金獲得を目指す。
Fly UP