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石川孝医師プリゼンスライド
日米両国の乳がん治療の違い 東京医科大学 乳腺科学分野 石川 孝 1) 乳がん治療は大きく変化しています 2) 日米で診療体制が違います 1) 乳がん治療は個別化に向かっています 30年前に左乳がんの治療を受けた女性が、右乳がんで受診しました 30年前は外科治療だけの時代でした 仮想の症例を使って治療の変化をお示しします 39歳女性 58歳女性 二人とも2㎝の乳がんの診断で、治療を開始すると仮定すると・・・ スイスのSt.Gallenで乳がん治療のコンセンサス が2年に一度話し合われています その時代のコンセンサスに基づいて 二人の治療を行うとどうなるか? 1990年頃 乳腺外科は消化器外科の一部でした 1990年頃の消化器外科の術前症例検討会 乳がんの手術術式の変遷 胸筋温存切除術 胸筋合併切除術 部分切除術 拡大切除術 Sonoo H and Noguchi S Breast Cancer 2008 1990年当時、乳がんは・・・ 1) リンパ節に転移してから全身に広がる 2) ホルモン依存性の乳がんは、ホルモン治療を行うと 転移を抑制できる 3) 化学療法は有効だが、対象と薬剤はわからない St. Gallen Recommendation 1998 閉経前か後か、リンパ節転移があるかないか 閉経前:化学療法 閉経後:タモキシフェン(ホルモン剤)+化学療法 JNCI 1988 39歳女性 58歳女性 2㎝の大きさで画像上リンパ節転移のない乳がんが発見されました 細胞診で診断していました Class IIIa Class V 確定診断ではありません・・・ 39歳 閉経前 腫瘍径2cm CTではリンパ節転移なし 細胞診:Class V → 乳房切除術+リンパ節郭清 手術標本の病理結果 腫瘍径1.5cm 乳頭腺管癌 リンパ節転移なし(0/15) ホルモン受容体陰性 St.Gallen治療指針 1990 2000 2005 2010 現在 リンパ節転移なし 閉経前 リンパ 節転移 陽性、 閉経前 中等度リス ク? HER2陽性 HER2 化学療法 化学療 法 化学療法 化学療法 +抗HER2療 法 化学療法 +抗HER2療 法 2010 抗HER2療法 のみ 58歳 閉経後女性 腫瘍径2cm CTではリンパ節転移なし 細胞診:Class V → 乳房切除術+リンパ節郭清 手術標本の病理結果 腫瘍径2.5cm 硬癌 リンパ節転移あり(1/15) ホルモン受容体陽性 St.Gallen治療指針 1990 2000 2005 2010 現在 2020 リンパ節転移あり 閉経後 リンパ節 転移あり 中等度リス ク ホルモン 療法感受 性 Luminal Alike Luminal A タモキシフェン + 化学療法 化学療 法→ TAM ・TAM ・アロマターゼ阻 害剤(AI) ・化学療法→TAM ・化学療法→AI ? AI ホルモン治 療 閉経前 2000年頃 乳がんがまだ外科の疾患でした まだ状況はあまり変わっていません 臨床試験の結果から部分切除術が浸透し始めていました 胸筋合併乳房切除術 部分切除術 乳房切除術 Veronesi U NEJM 1985 & 2002 部分切除術 部分切除術+放射線 乳房全切除=部分切除 Fisher B NEJM 1985 & 2002 乳がんの手術術式の変遷 胸筋温存切除術 胸筋合併切除術 部分切除術 拡大切除術 Sonoo H and Noguchi S Breast Cancer 2008 St. Gallen Recommendation 2003 ホルモン反応性 閉経前 転移なし 低リスク タモキシフェン or 治療なし 転移なし 高リスク 卵巣機能抑制+ タモキシフェン[±化学療法] or 化学療法→タモキシフェン[±卵巣機能抑制] or タモキシフェン or 卵巣機能抑制 転移あり 高リスク 化学療法→タモキシフェン[±卵巣機能抑制] or 卵巣機能抑制+ タモキシフェン[±化学療法] 閉経後 タモキシフェン or 治療なし タモキシフェン or 化学療法→タモキシフェン 化学療法→タモキシフェン or タモキシフェン ホルモン非反応性 閉経前 閉経後 ― ― 化学療法 化学療法 化学療法 化学療法 まだリンパ節転移の有無と閉経前後は重要で、あまり変化は見られません 温存術は標準治療になりましたが、 薬物療法にあまり変化は見られませんでした 39歳 閉経前 腫瘍径 2 cm CTではリンパ節転移なし 細胞診:Class V → 部分切除術+リンパ節郭清 手術標本の病理結果 腫瘍径1.5cm 乳頭腺管癌 リンパ節転移なし(0/15) ホルモン受容体陰性 1990 2000 リンパ節転 移なし 閉経前 化学療法 St.Gallen治療指針 2005 2010 現在 リンパ節転移なし 閉経前 中等度 リス ク? HER2陽性 HER2 放射線 化学療法 化学療 法 化学療法 +抗HER2療法 化学療法 +抗HER2療法 2010 抗HER2療法の み 58歳 閉経後 腫瘍径 2 cm CTではリンパ節転移なし 細胞診:ClassV → 部分切除術+リンパ節郭清 手術標本の病理結果 腫瘍径2.5cm リンパ節転移あり(1/15) ホルモン受容体陽性 St.Gallen治療指針 2000 2005 2010 現在 2020 閉経前 リンパ節転移あり 閉経後 中等度リス ク ホルモン療 法感受性 Luminal A-like Luminal A タモキシフェン (TAM) 放射線 化学療法+TAM ・TAM ・アロマターゼ 阻害剤(AI) ・化学療法 →TAM ・化学療法 →AI ? AI ホルモン治療 1990 リンパ節転移あり 2005年頃 ・ 生物学的な特徴が治療に反映されはじめました ・ さらに手術は縮小傾向です 変化が激しくなり始めました ハーセプチンとセンチネルリンパ節生検 HER2(増殖因子受容体)が過剰発現していると予後が悪い HER2に対する抗体薬が開発されました Winstanley J. Br J Cancer 1991 St. Gallen Recommendation 2005 再発リスクがクローズアップされてきました リンパ節転移なし、かつ以下の項目を全て満たすもの: 低リスク ●病理学的腫瘍径≦2cm ●グレード1 ●脈管浸潤がない ●HER2陰性 ●年齢≧35歳 リンパ節転移なし、以下の項目が1つでも該当するもの: 中間リスク ●病理学的腫瘍径>2cm ●グレード2~3 ●脈管浸潤がある ●HER2陽性 ●年齢<35歳 リンパ節転移1~3個あり、かつ ●HER2陰性 高リスク リンパ節転移1~3個あり、かつ ●HER2陽性 リンパ節転移4個以上あり 閉経前後はなくなりました センチネルリンパ節生検 National Cancer Instituteから 転移がなければ、郭清の必要はありません 廣田彰男 広田内科クリニック から 腕のむくみ、しびれ、へこみを生じる・・・ 色素と放射性同位元素でセンチネルリンパ節を同定します 腋窩 滅菌のカバーを付けたガンマプロ―ブです ピンポイントでリンパ節の部位が同定できます 乳輪周囲の皮下に色素を注入しました 信号を感知した場所をマークしました 手術開始時に乳輪周囲に皮下注した色素が見えました リンパ節を一つ摘出しました 39歳 閉経前 腫瘍径 2 cm CTではリンパ節転移なし 細胞診:Class V → 部分切除+センチネルリンパ節生検(転移なし 0/3) 手術標本の病理結果 腫瘍径1.5cm リンパ節転移なし(0/3) ホルモン受容体陰性 HER2陽性 Grade 3 St.Gallen治療指針 1990 2000 2005 2010 現在 リンパ節転移 陰性 閉経前 化学療法 リンパ節転移 陰性、 閉経前 化学療法 中間リスク HER2陽性 HER2 放射線 化学療法 2010 化学療法 化学療法 抗HER2療法 +抗HER2療 +抗HER2療 のみ 法 法 まだハーセプチンは標準治療ではありませんでした 58歳 閉経後 腫瘍径 2.5 cm CTではリンパ節転移なし 細胞診:Class V → 部分切除+センチネルリンパ節生検(4つ中1つに転移あり)→ 郭清 手術標本の病理結果 腫瘍径2.5cm リンパ節転移あり(1/15) ホルモン受容体陽性 HER2陰性 Grade 1 St. Gallen治療指針 1990 2000 2005 2010 現在 2020 リンパ節転移あり 閉経前 リンパ節転移 あり 閉経前 中間リスク ホルモン療法 感受性 Luminal A-like Luminal A タモキシフェン (TAM) 化学療法→ TAM 放射線 化学療法 → アロマターゼ ? AI ホルモン治療 阻害剤(AI) 2010年頃 薬剤の重要性が増していきます 手術が先か、薬物が先か? 術後 vs 術前 化学療法 より早く効率的に抗がん剤が入るので、生存率を向上できるのでは・・・ AC(60.600) 手術 乳がん1523例 手術 AC(60.600) NSABP B-18 (1988-1993) 残念ながら予後は改善できませんでしたが・・・ 温存率は向上した ・術前 ・術後 Rastogi P. JCO 2008 手術前に化学療法を行って病理学完全消失(pCR)の 症例は再発しにくいことがわかりました Rastogi P. JCO 2008 確実にpCRであった場合、ほとんど治るようです 生存率 pCR (n=73) 薬物治療は急速に進歩します non-pCR (n=321) Ishikawa T. Oncology Res. 2012 術前化学療法が治療の形態を変えました ・乳房を温存できる症例が増える ・化学療法の効果が手術の際に確認できる 温存を希望する症例、または術後に化学療法が必要な症例は 術前に化学療法を行う方針へ 化学療法剤が効果的な症例は? 治療前にがんの性質の情報を知ることが重要になってきました 治療方針の決定には組織診が必要です St. Gallen Recommendation 2009 リスクより誰に何を使うか? 治療 適 ホルモン療法 ホルモン受容体が少しでもあれば ハーセプチン HER2が基準値以上であれば ホルモン受容体陽性 HER2陰性 化学療法 年齢はなくなった! 応 ホルモン療法と併用 ER/PgR 組織学的グレード 増殖能 リンパ節転移 脈管浸潤 病理学的腫瘍径 患者の希望 多遺伝子発現解析 をもとに判断 する: このサブタイプが最も難しい! HER2陽性 ハーセプチンと併用 トリプルネガティブ ほとんどの症例 39歳 閉経前 腫瘍径2 cm CTではリンパ節転移なし 針生検の病理結果 ホルモン受容体陰性, HER2陽性, Grade 3, Ki67: 45% → 術前化学療法 (ハーセプチンを含む) → 部分切除術+センチネルリンパ節生検 → 放射線+ハーセプチン 完全消失していた ! St.Gallen治療指針 1990 2000 リンパ節転移 リンパ節転移 陽性、 陽性、 閉経前 閉経前 化学療法 化学療法 2005 2010 現在 中等度リス ク? HER2陽性 HER2 化学療法 放射線 化学療法 +抗HER2療 法 +ハーセプチン 2010 抗HER2療法 のみ 58歳 閉経後 腫瘍径2.5cm CT上明らかなリンパ節転移なし 針生検の病理結果 ホルモン受容体陽性 HER2陰性 Ki67 10% Grade 1 → 部分切除+センチネルリンパ節生検(4つ中1つに転移あり)→ 郭清 St.Gallen治療指針 1990 2000 2005 2010 現在 2020 リンパ節転移あ り リンパ節転移あ り 中間リス ク ホルモン 療法感受性 Luminal A-like Luminal A タモキシフェ ン (TAM) 化学療法→ TAM ・TAM ・アロマター ゼ阻害剤 (AI) ・化学療法 →TAM ・化学療法 →AI アロマターゼ阻害剤 AI ホルモン治療 閉経前 閉経前 転移はあるが おとなしい 化学療法は必要? 手術から薬物療法の順番が崩れて、 手術はますます縮小傾向になってきました 現在 乳癌は一つの病気ではありません 2つの因子が4種類を決定しています 細胞膜 核 ホルモン受容体 (HR) 上皮細胞成長因子受容体(HER2) ホルモン受容体(+/-)X 増殖因子受容体(+/-)=4種類 HR Luminal A Luminal-HER2 HER2 Triple negative HER2 63% 4.5% 14.5% 18% St. Gallen Recommendation 2013 少なくとも5種類あります サブタイプ Luminal A-like 治療手段 ホルモン療法 多遺伝子発現解析で再発リスクが高い リンパ節転移が多い Grade3症例では、化学療法の追加 Luminal B-like ホルモン療法 + 化学療法の追加を考慮 Luminal-HER2 化学療法 + ハーセプチン + ホルモン療法 HER2 Triple Negative 化学療法 + ハーセプチン 化学療法 39歳 閉経前 腫瘍径 2 cm CTでリンパ節転移なし 針生検の病理結果 ホルモン受容体陰性, HER2陽性, Grade 3, Ki67:45% → 術前化学療法 → 部分切除術+センチネルリンパ節生検 がん細胞はすべて消失 → 放射線+ハーセプチン St.Gallen治療指針 1990 2000 リンパ節転移 リンパ節転移 陽性、 陽性、 閉経前 閉経前 化学療法 化学療法 2005 2010 現在 中等度リス ク? HER2陽性 HER2 化学療法 化学療法 +抗HER2療 法 放射線 ハーセプチン 2010 抗HER2療法 のみ 化学療法でがん細胞が完全に消失する症例が増えてきました 術前化学療法 手術しないですべて癌が消失していることが確定できれば、手術はいらない? 58歳 閉経後 腫瘍径 2 cm CTでリンパ節転移なし 針生検の病理結果 ホルモン受容体陽性, HER2陰性, Ki67:10%, Grade 1 → 部分切除+センチネルリンパ節生検(4つ中1つに転移あり)→ 郭清? St.Gallen治療指針 1990 2000 リンパ節転移あり リンパ節転移あり 閉経前 閉経前 タモキシフェン (TAM) 化学療法→ TAM 現在 2020 中等度リスク ホルモン療 法感受性 Luminal Alike Luminal A ・TAM ・アロマター ゼ阻害剤 (AI) ・化学療法 →TAM ・化学療法 放射線 アロマターゼ 阻害剤 ホルモン治療 2005 2010 ? 年齢以外は同じように見えた乳がんが全く違う治療になっています HER2 Luminal A 閉経前 過去 現在 未来 過去 乳房切除+ リンパ節郭清 部分切除+ センチネル リンパ節生検 手術なし? 乳房切除+ リンパ節郭清 化学療法 放射線 化学療法+ 抗HER2療法 放射線 抗HER2療法 のみ? タモキシフェン +化学療法 閉経後 現在 未来 部分切除+ センチネル リンパ節生検 →郭清 部分切除+ センチネル リンパ節生検 のみ? 放射線 アロマターゼ阻 害剤 放射線 個別化 ホルモン治療 薬物療法の進歩がめざましく、手術の重要性が低下している ように見えますが、手術も依然重要な治療法のひとつであり、 特に整容性に関しては大きく進歩しています 手術の進歩を数字で示すことは難しいので、現在の手術症例 のビデオを提示します 整容性を重視した乳房切除+再建術の症例を2例紹介します ・皮下乳腺全切除+センチネルリンパ節生検 +再建術 ・乳頭乳輪温存皮下乳腺全切除+リンパ節郭清 +再建術 乳頭まで進展する非浸潤がん 右乳がん MRI 乳頭乳輪は後で形成外科で再建できます 広範囲の浸潤がんですが乳頭への浸潤はないと診断しました 右乳がん MRI 腋窩郭清は追加しましたが、乳頭乳輪は温存できました 手術も進歩して個別化されています 術前 術後 乳がん治療は個別化に向かって進歩しています その方向性とレベルは日米に違いはないと思います 2)日米では乳がんの診療体制が違います 日本乳癌学会会員の多くは外科医です 看護師・技師 など 病理・基礎研究 外科以外 の臨床医 腫瘍内科 放射線科 外科医 外科 会員: 10197 (2016年1月1日現在) 外科医が放射線治療以外のすべての乳がんの診療を 行っています 診断 1) 検診の視触診 2) マンモグラフィーの読影や超音波検査 治療 1) 手術 2) 薬物治療(ホルモン剤、抗癌剤、分子標的薬) 3) 放射線治療 4) 緩和治療 日本の外科医は3択を迫られているように見える スーパーマン 時代遅れ 燃え尽き なぜこのような違いが生じたか? 術後に化学療法を行うと予後が改善することが示され、 腫瘍内科が乳がんの薬物療法を行うようになりました The Birth of the Subspeciality of Medical Oncology and Examples of Its Early Scientific Foundation Band PR. JCO 2010 外科が何でもやる日本 vs 複数の科で分業する米国 外科が何でもやる日本 いい点 ・ ・ 各症例の全体像が把握でき、責任の所在が明らかである 疾患を深く理解して治療ができる 悪い点 ・ ・ 担当医個人の力量に任される 各分野の最新情報について行くのが困難である 複数の科で分業する米国 いい点 ・ ・ 各分野の最新治療を提供できる 多角的に病状を観察して治療できる 悪い点 ・ ・ 各症例と診療の全体像がつかみにくい たぶんお金がかかる 日米の診療体制の違いから思うことは ・日本の乳がん診療の問題点を認識しつつも、専門医制度 に関わる問題であり、急に変えられる体制にはありません ・日本の乳腺外科医の乳がんに対する包括的な知識や技術は、 乳がんの治療には重要であると考えます スーパーマンをめざしてと思っています ご清聴ありがとうございました