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フランケンシュタイン』 の物語構造と自然のイメージ

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フランケンシュタイン』 の物語構造と自然のイメージ
Kobe University Repository : Kernel
Title
『フランケンシュタイン』の物語構造と自然のイメージ
Author(s)
米本, 弘一
Citation
近代,87:35*-49*
Issue date
2001-03
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81001588
Create Date: 2017-04-01
『フランケ ンシュタイ ン』の
物語構造 と自然のイメー ジ
米
本
弘
一
Ⅰ
「フランケ ンシュ タイ ン」 とい う名 は、 実 際 には 「怪物 (
Fr
an
ke
ns
t
e
i
n'
s
」を創造 した人物の名前 なのであるが、 しば しば彼 が生 み出 した怪
mon
s
t
e
r
)
物の名前 として使われている。 これは、原作者 の手か ら離れた作品が一人歩 き
を始め、通俗化 されてい く過程の典型的な例であると言えよう。 メア リ・シェ
リー (
Mar
ySh
e
l
l
e
y,1
7
9
7
1
8
5
1
)が書 いた 『フランケ ンシュタイ ン』 (
1
81
8
)
の物語 は、す ぐに劇 として舞台で上演 され、2
0世紀 に入 ってか らは、 何度 も
映画化された。 また、子供向けの読み物や漫画 といった形で も広 く読 まれてお
り、原作の小説を読んだ ことのない者で も 「フランケ ンシュタイ ン」 という名
を知 っている。 このような通俗化の過程で、創造者 と披創造物 たる怪物 との名
前の混同が起 こったのであ り、「
頑のおか しな科学者が生 み出 した極悪非道 の
怪物 -フランケ ンシュタイン」 という図式が定着 して しまったのである。
この名前の混同の もう一つの原因 と して、 フランケ ンシュタインと怪物 とが、
性格や行動の点で重な り合 う部分が多 いとい う事実が挙 げ られ る。 この ことに
ついては、 これまで多 くの批評家 によって様 々な形で論 じられている。 その代
表的な例が、怪物 とフランケンシュタイ ンは同一人物の二つの側面を表 してい
1
)そ こか ら、二重人格、 自我の分裂、抑圧 された潜在
るという考え方である。(
2
)こ うい った解
意識の投影 といった、精神分析的な見方が生み出されているO(
-3
5-
釈 はすべて、1
8世紀 か ら1
9世紀初頭 にか けて大量 に書 か れ た ゴ シ ック小説 で
doubl
e
)
」 とい うテーマに収赦す る ものである。 こ
しば しば使 われた、 「
分身 (
のテーマ以外 に も、 この作品で は数多 くの ゴシ ック小説 の要素 が使 われている
3
)
ことが指摘 されて いる。(
また、 この小説 に見 られ る神話的 な要素 につ いて も、 これ まで多 くの研究が
なされてい る。中で も最 も明 白な もの は、「
現代 の プロメテウス (
TheMode
r
n
Pr
ome
t
he
us
)
」 とい うサ ブ ・タイ トルに表 されて いる、 プロメテウスの神話 と
の類イ
以であ る。 この作品 で は、粘土 と水 で人間を創造 し、 それ に生命 を与 え、
人類 のために太 陽か ら火 を盗 んだ者 と しての プロメテ ウスのイメー ジが使われ
ている。 また、知識 の追求 とそれ によ る破滅 とい う点 で は、 ファウス ト神話 も
そ こに重 な り合 う。 さ らには、神 による創造 の物語 とい う、聖書 に基づ く神話
の要素 も明 らか に見 られ る。 この小説 で は、 その点 で ミル トンの 『
失楽園』 の
4
)
物語が重要 な役割 を果 た して い る。(
そ して もちろん、 ロマ ン派 の詩人 や そ の作 品 の影 響 も忘 れ て はな らな い。
1
8
31年版 の 「序文」 にあ るよ うに、 この小説 はメ ア リが詩 人 シェ リー と共 に
スイスに滞在 して いた時 に、恐怖小説 を書 こうとい うバ イ ロンの提案 によって
書 き始 め られた もので あ る。 メア リは 「
読者 が恐怖 のあま りあた りを見回 し、
血が凍 りつ き、心臓 が どきど きす るよ うな」恐 ろ しい話 を考え出そ うと した と
5
)その時彼女 は、 バ イ ロ ンとシェ リーが ダー ウィンの進化論 と生
言 って いる。(
命 の創造 につ いて話 を して い るのを聞 く。 メア リの想像力 はその話 に刺激を受
け、彼女 はその夜生命 を創造 す る科学者 が出て くる恐 ろ しい夢 を見 る。 その夢
に基づ いて書 かれた話 が この作品 の骨格 とな ったのである。 ここでのダーウィ
ンの進化論 は純粋 に科学 的な もの と してで はな く、 ロマ ン派 の詩人 によ って受
容 され た一 つの形 と して現 れて い るo しか し、確か な科学的根拠 に基 づ くもの
で はない と して も、 みずか らが創造 した もの によ って破滅 に導 かれ る科学者 と
6
)
い うテーマは、 その後 の SF小説 につ なが る もの と考 え られている。(
-3
6-
このように、 この小説 は様 々な解釈の可能性 を秘 めた作品である。 しか し、
一つの物語 として客観的に見てみ るな らば、 この小説 は数多 くの欠点 が 目立っ
作品である。 この小説 を書 き始 めた時、 メア リは まだ 1
8歳 とい う若 さで あ っ
た。 ウィリアム ・ゴ ドウィンとメア リ・ウルスタンクラフ トとい う有名 な著述
家を両親 に持っ彼女 は、読書 と空想 に耽 る少女時代を過 ご し、文学作品 につ い
ての豊かな知識 を持 っていた。 しか し、『フランケ ンシュタイ ン』 は彼女 が初
めて書 いた小説であ り、 その欠点 の多 くは彼女 の未熱 さか ら来 るものだ と考え
られる。荒唐無稽 とも言え るプロッ トや人物描写 の椎拙 さ、都合良 く起 こる出
来事 による筋の運 びなどが これ まで この作品の欠点 と して指摘 されているo L
か し、最 も大 きな欠陥 は現実感 の希薄 さであると思 われ る。 た とえば、生命の
ない体 に生命を与え る手段 について、主人公 はただその方法を発見 した と述べ
ているだけで、その過程を具体的に説明す ることはない。 また、人物描写 の面
で も、主 人公 の恋人 の エ リザ ベ ー トは 「絵 に描 か れ た天 使 よ り も美 しい
(
f
a
i
r
e
rt
ha
npi
c
t
ur
e
dc
he
r
ub)
」 と言われているだけで あ り (
p.
3
5
)、 怪物 の
醜 い姿 につ いて も、 ただ 「筆舌 に尽 くしが たい (
Ic
an
notf
i
nd wor
d
st
o
」 とあるだけで、詳細 に描 かれ る ことはない (
p.
2
1
8
)。 そ うい った
d
e
s
c
r
i
b
e
)
意味で、 この物語 は単なる夢 に基づ く非現実的な話 とい う印象を与えかねない
ものである。
それにもかかわ らず、 この物語 は異様 なまでの迫力を持 った もの とな ってお
り、読者の心 を捉えて離 さない魅力を備えた もの とな っている。 この力強 さは
どこか ら来 るものなのであろ うか。 その問題 を解明す る手かか りは、 この小説
の物語構造 とそれに関連す るイメー ジ、特 に自然 の力のイメージの扱 い方 にあ
るように思われ る。
Ⅱ
ー3
7-
『フランケ ンシュタイ ン』 の物語 は、三重の同心円状の構造を成 している。
Robe
r
tWal
t
on)
まず、一番外側の枠組み として、 ロバ ー ト・ウォル トン (
という人物が姉のマーガ レッ トに宛てた手紙がある。 その手紙の中でウォル ト
ンは、北極を目指す航海 に出ることになった経緯 と、北の海でのフランケンシュ
タイ ンとの出会 いについて説明する。 そのあと、船の中で フランケンシュタイ
ンがウォル トンに語 る、怪物の創造 についての物語が続 くが、 これがこの作品
の主要な部分 となっている。 さらに、物語の中心 には、 フランケ ンシュタイン
が生み出 した怪物がみずか らの経験 について語 る部分がある。 このように、 こ
の小説 はすべて一人称 による語 りで構成 されているのであるが、 この三つの部
分は互いに密接 に絡み合 っている。そのような意味で、 この作品の物語構造は、
Chi
ne
s
eboxe
s
)」 のよ うな も
単なる同心円状の ものではな く、「
入れ子細工 (
のと言 った方がよいか もしれない。
8
1
8年
物語の冒頭 と最後 に置かれているウォル トンの い くつかの手紙 は、1
に出版 された最初の版 にはなか った ものであ り、物語 はフランケ ンシュタイン
が語 る生命創造の場面か ら始 まっている。 作者 メア リは、1
8
3
1年 に この作品
の改訂版を出版す る際に、 い くつかの加筆修正を行 っているが、 ウォル トンの
手紙 はこの時書 き加え られた ものである。 メア リは改訂版の 「
序文」の中で、
me
r
eadj
unc
t
s
)」 に しか過 ぎず、物語 の主
この加筆部分 は 「
単 なる添え物 (
1
0ll
)。 しか し、手紙 と
要部分 とは関係のない ものであると言 ってい る (
pp.
いう外側の枠組みを与え られることによって、 この現実感の希薄な物語は統小
感 と奥行 きを持 った もの とな っている。 その意味で、 この小説の三重の物語構
造 は、作者 自身 も意識 していなか った重要 な効果を持 っていたのである。
その点で大 きな意味を持つのは、それぞれの人物が置かれている状況や行動
の平行関係である。 ウォル トンは姉への手紙の書 き出 しの部分で、極北の地へ
の旅の動機について語 っている。それは、人類 にとっての未知の世界への憧れ
i
n
e
s
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i
mabl
e
であり、冒険家 としての名声を得、人類 に 「計 り知 れない利益 (
-3
8-
be
ne
f
i
t
s
)
」を もた らしたいとい う野心である (
p.
1
6)
。 これ は既 に主人公 フラ
ンケンシュタインの知識欲 と生命創造の試みを予想 させ るものとな っている。
ウォル トンにとって北極の海 は夢の世界であ り、 そこは 「霜 と荒廃 の地 (
t
he
s
e
atoff
r
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tandde
s
ol
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i
on)
」ではな く、彼 の想 像力 に とって は 「美 と喜
びの地蟻 (
t
her
e
gi
onofbe
aut
yandde
l
i
ght
)
」で あ る。 彼 はみずか らの夢
を 「白日夢 (
mydaydr
e
ams
)
」 と呼んでお り、それはますます 「
熱 く、生 き
f
e
r
ve
ntandvi
vi
d)
」 もの とな って い く (
p.
1
5)。 しか し、 実 際
生 きとした (
の航海 は危険に満ちた ものであ り、彼の船 は北 の海の氷 に取 り囲 まれ、全 く身
動 きがとれな くなって しまう。
果て しな く続 く氷の平原 に囲 まれ、 日常世界か ら隔離 された空間で、 ウォル
トンはまず氷の上を犬ぞ りに乗 ってい く怪物を目撃す る。 その次の日、彼 は氷
の海を漂 うフランケ ンシュタイ ンを発見 し、船 に助 け上 げる。 そこで彼 は、 フ
ランケンシュタイ ンのこれまでの生涯の驚 くべ き話を聞か され ることになる。
その話の内容 は、 よ く知 られているように、墓場か ら死体を集 めて きて、それ
を組み立てたものに生命を与えるという、荒唐無稽 な ものであ り、それだけ取
り出 したならば、単なる狂人の妄想 と片付 けられて しまいそ うな話である。語
り手 フランケ ンシュタイン自身 もそのことに気付いてお り、次のように述べる。
これか らお話 しす る出来事 は、普通 にはとて もあ り得 ないことと考え られ
ていることです。私たちが もっと穏やかな自然の中にいたな らば、 あなた
はとて も信 じられないと思 い、おそ らくばかにす るだろうと思 いますが、
このような荒涼たる神秘的な地域では、絶えず変化す る自然の力 に親 しん
だことのない人々の笑 いを誘 うような多 くの ことも、 あ りそ うに思われて
くるものです。(
p.
3
0)
このように、物語の一番外側の枠組みとしてのウォル トンの手紙 は、人間の心
-3
9-
の中の想像の世界を氷のよ うに囲い込み、作者 の想像力を奔放に働かせる役割
を担 っている。 それ と同時に、 この外側の枠組みが、 フィクションの世界 と現
実の読者の世界 との接点 となっている。つ まり、荒唐無稽なフランケ ンシュタ
インの話をいきな り読者 に提示す るのではな く、 ウォル トンか ら姉への手紙 と
いう形で、 いわば緩衝地帯 を置 くことによって、 この物語を読者 にとってより
受 け入れやすい ものに しているのである。姉のマーガ レッ トは現実の世界に属
す る読者 の代表である。 また、彼女 は作者 メア リ自身の分身で もある。 ウォル
トンは姉 に 「あなたは世間か ら引 きこもり、本を読むことで教養を身に付けて
きた」 と言 っている (
p.
29)
0
ウォル トンは主人公 フランケ ンシュタイ ンと重なり合 うところがあると同時
に、彼が置かれている状況 にはフランケ ンシュタイ ンが創造 した怪物の境遇 と
重な り合 うところもある。彼 は私 には欠 けているものが一つあ り、それは 「
友
人」であ り、本当に共感 し合 うことがで きる存在が自分にはいないと嘆いてい
る。そのような彼の目には、 フランケ ンシュタイ ンは心か ら共感す ることがで
きる友人 と映 り、兄弟のように彼を慕 い、彼の話 に熱心に耳を傾 ける。 フラン
ケ ンシュタイ ンが創造 した怪物 も、 自分を作 った人物 に見捨て られ、その醜 さ
故に人々との関係を拒絶 され、深 い孤独を味わ うのである。のちになって怪物
は、 自分の創造者であるフランケ ンシュタインを探 し出 し、 ウォル トンと同 じ
ように彼の愛情 と共感 を求めることになる。
フランケ ンシュタイ ンと怪物 との再会 もまた氷の世界で起 こる。怪物はアル
プスの氷河の中でそれまでの自分の行動 について語 る。 この氷河 はここでは文
字通 り 「
氷の海 (
t
h
es
e
aori
c
e
)
」 と呼ばれて お り、 物語 の冒頭 に出て くる
北極の海 との類イ
以が暗示 されている (
p.
98)
。 ここで語 られ る話 が この作品の
中核を成 している。 そ して、 まわ りの現実か ら遠 く離れた場所で語 られるこの
話 は、 ます ます現実離れ したものにな ってい く。つまり、人間の手によって作
られた存在が、言葉を習得 し、話す ことがで きるようになるばか りか、読み書
-4
0-
きまで も覚え、知識を獲得 し、 自分の存在 について反省 し、それに疑問を抱 く
ようになるという、驚 くべ き内容の話である。 しか も、怪物の学習のために、
様々な出来事が都合良 く起 こり、舞台が設定 されてい くのである。 しか し、読
者はあり得ない話だと思 いっつ も、怪物の話 に引 き込 まれて しまう。 これ も現
実か ら隔離 された空間の持つ効果の一つであると考え られ る。
以上のように、『フランケ ンシュタイ ン』の物語 は、その三重構造 によって、
現実 との距離を巧みに利用 した ものとな ってお り、現実感の希薄な物語に統一
感が与え られているのである。 メア リ・シェ リーは、実生活では、もの静かで、
ほとんど感情を外に表す ことのない女性であったと言われている。彼女に会 っ
た者の多 くが、彼女が氷のように冷たい女性だ という意見を述べてお り、 メア
7
)しか
リの性格を表す比喉 として しば しば 「
氷」 とい う言葉が使われてい る0(
し、そのような外見 とは裏腹 に、彼女の心 は決 して冷たい氷のような ものでは
なく、その中には 「
熱 く、生 き生 きとした」想像の世界があ ったのである。 メ
ア リにとって、厚 い氷に閉ざされた世界は、心の中の夢 と想像を表現す るのに
最 もふさわ しい場所であった。そのような意味で、 ウォル トンは作者 メア リの
分身で もあるのだ。
Ⅲ
rフランケンシュタイン』の物語の大 きな特徴の一つは、 目付 けや季節、天
候についての言及が非常 に多いということである。先 にも述べたように、 この
小説の初版 は、 フランケ ンシュタイ ンによる生命の創造の場面か ら始 まってい
るのであるが、その書 き出 しの言葉 は 「
私が 自分の労作の完成を見たのは、l
l
月のあるものさび しい夜 (
adr
e
ar
yni
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mbe
r
) のことであ った」
というものである.外では陰彰な雨が降 ってお り、 ほとんど燃え尽 きたロウソ
クの光の下で、彼はその生命のない体に 「
生命の火花 (
as
par
k orbe
i
ng)」
-4
1-
を与え る。 しか し、彼 は自分が作 り出 した怪物 の予想以上 の醜悪 さに恐怖 と嫌
悪を抱 き、その場か ら逃 げ出 し、「暗 く気持 ちの悪 い空か ら降 り注 ぐ雨 に濡れ
なが ら」街の中を さまよい歩 く (
p.
5
7
)
。 この冬 の夜 の暗 くさび しい雰囲気 が
そのあ とに続 く話 を支配す ることになる。怪物の創造 を初めとす る主人公の重
要な行動 は、すべて暗い冬 の夜 に行われ る。創造 された怪物 も、人 目を避 けて
行動す るために、夜の間 に暗い森 の中を移動す る。 そ こには、人物の心理や行
動 と季節や天候 とい った自然 のイメージとの間のはっきりとした対応関係が見
られ る。
特 に、怪物 自身が語 る話で は、季節の循環 が重要 な意味を帯 びている。怪物
は初 めか ら人間 に危害 を加 える残忍 な存在であ ったわけではない。彼 は、 自分
に似ているが、美 しい姿 を してい る人間 に対 して憧れの気持 ちを抱 き、人間の
世界 との接触を図 りたい と思 う。 しか し、 その醜 い姿のために人間 との関係を
拒 まれ、迫害 を受 ける。 そ して、最終的には人間に対す る憎 しみの感情を持っ
ようにな るのである。 そのよ うな気持 ちの変化が、周囲の自然界の季節の移 り
変わ りと呼応す るもの と して描かれている。
初めて外 に出た怪物 にとって、 まわ りの世界 は混沌 とした ものに見える。視
覚、聴覚、嘆覚、触覚 などの様 々な感覚 を刺激す るものが一度に押 し寄せて き
て、怪物 は戸惑 いを感 じる。やがて雪が降 り始 め、暗 く寒 い冬の森の中で、彼
は孤独 と寂参感 を覚え、 自分が 「哀れで、頼 りない、み じめな もの (
apoor
,
he
l
pl
e
s
s,mi
s
e
r
abl
ewr
e
t
c
h)」だ と思 う (
p.
1
0
3
)
O そのあ と彼 は、ある一家が
住む小屋の納屋 の中に隠れ住 む ことになるが、そ こは彼 にとって 「
雪や雨か ら
の快適 な避難場所」で転 り、荒涼 とした冬 の森 とくらべると、 「本 当の楽園」
p.
1
0
7
)
0
のよ うに感 じられ る (
人間の世界を知 ることによって、 これ までの感覚だけの世界に感情が入 り込
んで くる。怪物 はその小屋 に住む家族 の行動 を壁の穴か ら観察 し、その光景を
美 しい もの と思 い、貧 しいけれ ども幸せそ うに暮 らしている一家の様子 に喜び
-4
21
を感 じる。彼 はその家族の役 に立 ちたいと願 い、彼 らに受 け入れ られようとし
て言糞を覚える。 しか し、池の水 に映 った自分の姿を見た時、彼 は驚 きと恐怖
を感 じ、自分の醜 さを自覚す る。彼 は自分が 「
実際にこのような怪物である (
I
wasi
nr
e
al
i
t
yt
hemons
t
e
rt
hatIam)
」 とい うことをその時初 めて納得 し
たと語 っている (
p,
11
4)
0
冬が終わり春がや って くると、暖かさと美 しい自然が怪物 に慰 めと喜 びを与
t
hee
nc
hant
i
ngappe
ar
anc
eornat
ur
e
)
」を見て、
える。「
美 しい自然の様相 (
彼の気持ちは高揚する。「
過去 は記憶か ら消え去 り、現在 は平静 で あ った、 そ
して未来 は希望の光 と歓喜の期待で黄金色 に輝 いた」のであ った (
p.
11
5)
。怪
物は春の訪れとともにその一家に受 け入れ られたいとい う気持 ちを強め、その
成功に期待を抱 くようになる。 自然界の美 しさに対す る喜 びは、夏になるとさ
らに強まっていき、彼 は花や小鳥の鳴 き声などの華やか さに感動す る。 その時
怪物は、小屋 に住む家族 に対 して愛情 と尊敬の気持 ちを抱 くようになり、彼 ら
mypr
ot
e
c
t
or
s
)
」 と呼ぶ (
p.
1
21
)。
を 「
私の保護者 (
t
he
秋 になり木々の葉が枯れ落 ち、 自然界が再 び 「
荒廃 した荒涼 た る様相 (
」を帯 びて きたのを見 て、 怪物 は 「驚 きと悲
bar
r
e
nandbl
e
akappe
ar
anc
e
)
しみ (
s
ur
pr
i
s
eandgr
i
e
f
)
」を感 じる (
p,
1
31)。彼 は自分が人間たちの 「優 し
ki
ndne
s
sands
ympat
hy)
」を必要 としているが、 それを受 ける資
さと同情 (
p.
1
32
)
。そ してまた冬が巡 って きて、怪物 が創
格がないという気持 ちになる (
造されてか ら一年が経過 した時、彼 はその家族 と接触 しよ うと決意す る。 しか
し、それが失敗 に終わ り、人間に完全 に拒絶 された時、怪物 は初めて人間に対
r
ageandr
e
ve
nge
)
」の感情を抱 くのである (
p.
1
3
6
)
。
する 「
怒 りと復讐 (
そのあとまた春が巡 ってきた時、怪物 は暖かい陽 ざ Lに喜 びを感 じ、再 び優
しい気持 ちを取 り戻す。 しか し、川 に落 ちた少女を救 ったに もかかわ らず、そ
ki
ndne
s
sand ge
nt
l
e
ne
s
s
)」
の父親に銃で撃たれた時、「
親切 な優 しい感情 (
は「
業火のような憤 り (
he
l
l
i
s
hr
age
)
」 に変わ り、彼 は 「
人類すべてに対す る
-4
3-
永遠の憎悪 と復讐 (
e
t
e
r
nalhat
r
e
dandv
e
nge
n
c
et
oal
lma
nki
nd
)
」 を誓 う
(
p.
1
41)。 まぶ しい日の光 も春 のそよ風 も彼の傷ついた心 を慰 め る もの とはな
らず、怪物 は もはや自然 の美 しさを感 じることがで きな くなる。怪物が最終的
に向か ってい くのは 「
極地 の永遠 の氷 (
t
h
ee
v
e
r
l
as
t
i
n
gi
c
e
soft
h
en
or
t
h)
」
の世界である (
p.
2
0
4
)
。 それ は彼の心の中の 「
永遠の憎悪 (
e
v
e
r
l
a
s
t
i
n
gh
at
r
e
d
)
」
の世界を蓑 している (
p.
2
05
)
。 そ して、怪物を追 って北 の海 にたどり着いた フ
ランケ ンシュタイ ンは、 この氷 に囲 まれた世界でみずか らの生涯の物語 を語 る
ことになる。
このように、 自然 の力のイメー ジはこの作品で は極 めて重要 な役割を果た し
ているO特 に、冬 の寒 さとそれに結 び付 く氷のイメージは、 この小説の物語構
造 と密接な関係を持 った ものとな っていると言 うことがで きる。
Ⅳ
この作品で重要 な意味を持 っていると思われ るもう一つの自然の力のイメー
ジは、冷 たい氷の世界の対極 に位置す る火 と光 のイメージである。 そ して、 こ
の二つのイメー ジは物語 の結末部分で は互 いに結 び付 き、完結 したものとなる.
物語の冒頭で 怪物 に生命を与 えることになる 「
生命 の火花」に関 して、特 に
注 目すべ き自然の力のイメー ジは、雷雨 を伴 う 「
嵐」である。この自然のイメー
ジは、 この作品以前 の数多 くの ゴシック小説で もしば しば使われているもので
あ り、作者 メア リが恐怖小説 の典型的な舞台装置の一つ としてそれを利用 した
ことは確かであ る。 しか し、 この小説 では、雷の光 は作品中の他の光のイメー
ジと結 び付 いてお り、極 めて効果的な使われ方を しているのである。
幼 い頃か ら自然科学 に興味を抱 いていた フランケ ンシュタイ ンは、 自然界の
神秘を探 りたいと思 い、最初 は錬金術や魔術 につ いての本 を読みあさり、その
世界に心を奪 われ る。 しか し、1
5歳 の時 に見 た 「とて も激 しく恐 ろ しい雷雨
-4
4-
(
amos
tvi
ol
e
ntandt
e
r
r
i
bl
e thunder
sto
r
m)」 に強 い衝撃 を受 け、 彼 の心
は変わる。ユラ山系のかなたか ら進んで きたその雷雨を、彼 は 「
好奇心 と喜び」
を感 じなが ら見守 っているのであるが、 目の前で起 こった落雷の光景 は次のよ
うに描かれている。
戸口に立 っていると、私 たちの家か ら2
0ヤー ドばか り離れたところにあっ
た美 しい樫の老木か ら突然一条 の火が燃え上が るのを私 は見 たo E
]
の くら
むような光が消えるやいなや、その樫の木 はな くな っていて、ただ爆破 さ
れた切 り株が残 っているだけであった。翌朝そ こへ行 ってみ ると、その木
は奇妙な ぐあいに粉砕 されていた。一撃の もとに裂かれたのではな く、 ま
るで木でこしらえた薄い リボ ンみたいにな っていた。私 はこれほどまでに
41
)
完全に破壊 された ものを見たことはなか った。 (
p.
この出来事をきっかけに、彼 はこれまで知 らなか った 「
電気の法則」を学 び、
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「
電気 と流電気の問題 (
を向けるようになる。 この雷の威力 は、錬金術 に代表 される古 い学問に基づ く
フランケ ンシュタインの妄想を うち砕 くものであ り、「
生命 の火花」 とな って
彼を生命の創造 に向かわせ るもの となる。 しか し、その火花 は彼を破滅へ と導
くもので もあったのだ。
雷雨の光景が次に描かれるのは、弟のウィリアムが何者かに殺害 されたとい
う知 らせを受 けたフランケ ンシュタイ ンが、 ジュネーヴに帰 って きた時の こと
である。彼 はアルプスの山々や湖の美 しい風景を久 しぶ りに見て、傷ついた心
を癒 される。 しか し、家に近づいた頃には夜の闇が迫 り、空 は黒 い雲 におおわ
れ、大粒の雨が降 り始め、嵐が急速 に近づいて くる。そ して、 まわ りの山々に
雷鳴が響 き渡 り、「
電光の活発なひ らめ きが私 の目を くらませ、 湖 を明 る く照
らし、一面の広大な火の帯のように見せたか と思 うと、一瞬何 もか も真 っ暗に
-4
5-
な った」 (
pp.
7
5
7
6
)
。 その時彼 は稲光 に照 らされた怪物 の姿を目撃す る。
私 は暗闇の中 に、近 くの木立 のかげか らそ っと出て くる人影をみ とめた。
私 は見誤 ったはず はない と思 って、 じっと立 ちつ くして一心 に見つめてい
ると、一閃の電光がその姿を照 らし出 し、 その形が私 にはっきりとわか っ
た。 その巨人のよ うな背丈 と、人間の もの としては恐 ろ しす ぎるその顔の
醜 さか らして、 それが私が生命 を与えた、 あの怪物、 あのおぞま しい悪魔
だ とい うことがわか った。(
p.
7
6)
その怪物 の姿 を見て、 フランケ ンシュタイ ンはす ぐに この怪物が弟を殺 した犯
人だ とい う確信 を抱 くのである。
雷 の光 と結 び付 くもう一つの光 は、 これ もまた ゴシック小説 によ く出て くる
要素 の一つである、月の光であ る。 フランケ ンシュタイ ンは怪物を完成 させた
あと、 その姿 の醜悪 さにおびえ、仕事場か ら寝室 に逃 げ込む。 しば らくして、
ベ ッ ドに横 たわ っている彼 の ところに、歩 き始 めた怪物がや って くる0 「窓 の
よろい戸 の隙間か ら入 って くる、 ぼんや りとした黄色 い月の光 (
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」 に照 らされたその姿を見て、 フランケ ンシュタ
イ ンはそれが 「
私が創造 したみ じめな怪物 (
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」 だ と言 う (
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)
。創造 された生命 はここで初 めて 「怪物」 と
呼ばれている。 そ して、月の光 はこのあ とに続 く重要 な場面でたびたび登場す
ることにな る。
のちにな って、怪物 自身が語 る話 の中で、 まわ りの 自然界にある様 々な物が
認識 されてい く過程が措かれ る。太陽の光 は怪物 にとって最初 はあまりにもま
ぶ しす ぎるものであ り、彼 はその強烈 な光 に圧倒 され る。 それに対 して、初め
て月を見た時の彼の気持 ちは、次 のよ うに詳細 に描かれている。
-4
6-
やがて優 しい光がそ っと空 に現れ、私 に喜 びの感覚を与えた。私 ははっ
として立ち上が り、光 り輝 くものが木 々の間か ら昇 るのを見た。私 は驚 き
の気持 ちでそれを じっと見つめた。それはゆ っくりと動 いて私の道を照 ら
して くれたので、私 はまた木の実を探 しに出かけた。 まだ寒か ったが、木
の下で大 きな外套を見つけたので、私 はそれを身にまとって地面 にすわ り
こんだ。 はっきりとした考えは頑 に浮かんで こないので、すべてが混乱 し
ていた。光 と空腹 と渇 きと暗黒を感 じ、無数の音が耳の中で鳴 り響 き、 ま
わ り中か ら様々なにおいが押 し寄せて きた。私がはっきりと見分 けること
ができるものは明 るい月だけだ ったので、私 はそれに目を据えて、喜 びを
感 じた。(
p.
1
0
3
)
暗闇の中で様々な感覚 によって戸惑 っている怪物 にとっては、 まぶ しい太陽の
光ではな く、穏やかな月の光 こそが、慰めと喜びを与えて くれるものなのであっ
た。
この作品では、月の光 は狂気を もた らす ものとい う通常のイメージとは逆に、
怪物に理性 と優 しい心を保たせ るものとして作用 している.重大な場面でその
月の光が失われた時、怪物 は残忍な破壊者 に変身す る。納屋 に隠れ住んで接触
する機会を うかが っていた家族 に拒絶 された時、怪物 は一家が立 ち去 った家に
火を放ち、すべてを破壊 して しまう。 その時彼 は月が沈むのを待 ってか ら行動
を始める。
夜が更けるにつれて、森の中か ら強い風が起 きて きて、空に ぐずついて
いた雲をさっと吹 き払 った。その強風 は巨大な雪崩 のように吹 き荒れ、私
の心の中の理性 と反省のあ らゆる限界を突 き破 って、一種の狂気を生み出
した。私 は乾いた木の枝に火をっけ、月の下辺がまさにふれん とす る西の
地平線に目を据えたまま、家のまわ りを踊 り狂 ったOついに月の一部が隠
-
47 -
れ ると、松明を振 りかざ し、月が沈んで しまうのを合図に、大声で叫んで、
集 めておいた藁 と草 と潅木 に火をっけた。風が火をあお り、家 はたちまち
炎 に包 まれた。(
pp.
1
3
8
9
)
強い風が怪物の心 に狂気 を生み出 し、彼 は風 と火 による破壊 に喜 びを感 じる。
それまで彼 に慰 め と喜 びを与 えていた月が姿を隠す ことが、人間に対す る彼の
愛情の消滅を象徴す るものとな っているのである。
物語の クライマ ックスでの結婚式の直後 のエ リザベー ト殺害の場面では、天
候の急変が これか ら起 ころ うとしている悲劇 の前兆 とな り、 フランケ ンシュタ
インの心 を恐怖 と不安で満 たす。
南へ落 ちか けていた風が、今度 は西 か らとて も激 しく吹 き起 こり、月は
空の頂上 に達 し、やがて傾 きかけていた。雲 が猛禽が飛ぶよりも早 く月の
面 をかすめ、湖 はその忙 しい空 の雲行 きを映 して、起 こりかけた騒が しい
波 でい っそ う忙 しくな っていた。 そ して突然 ひどい嵐 にな り、雨が降 り始
めた。(
p.
1
9
4
)
このよ うに して、恐怖小説 の典型的な舞台装置が整 ったところで、 エ リザベー
トの叫 び声が夜 の闇の中に響 き渡 る。怪物 に絞 め殺 され、冷 た くな った妻の体
を抱 いていた時、 彼 は 「月 の淡 く黄 色 い光 (
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」が部屋 の中を照 らしているのに気 づ き、 恐怖 を感 じる。 そ して窓 の
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外 に 「もっとも恐 ろ しくいや らしい ものの姿 (
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」 を見 るのである (
p.
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9
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)
。 この場面で も月の光 が怪物 につ き
まとうイメー ジと して効果的に使われているO
苦悩 に満 ちた生涯 の物語 を語 り終 えた時、 フランケ ンシュタイ ンはウォル ト
ンに怪物を探 し出 し、殺 して くれ るよ うに頼 んで息絶え る。 その時船の中に突
-4
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然怪物が現れ、 自分 を創造 した者 の死 を嘆 き悲 しみ、彼 に許 しを請 う。船 か ら
立 ち去 る時、怪物 はウォル トンに向か って、みずか らの罪 とみ じめな存在 を消
すために、地球 の北 の果て まで行 って、 自分の体 を焼 いて死 ぬつ もりだ と約束
す る。怪物 は自分が安 らぎを求 め ることがで きるの は 「
光 も感情 も感覚 もない」
世界であ り、「自分 の火葬 の薪 の山 に勝 ち誇 って上 り、苦 しみ の焔 の苦 悶 に喜
p.
22
3)
。 この氷 に囲 まれた世界での火葬によって、
びを感 じるだろ う」 と言 う (
氷 と火 のイメ- ジは一 つ に結 び付 け られ、完結 した もの とな る。
註
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