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行使条件に違反する新株予約権行使に 基づく新株発行

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行使条件に違反する新株予約権行使に 基づく新株発行
明治学院大学
【判例研究】
行使条件に違反する新株予約権行使に
基づく新株発行の効力
来住野 究
最高裁平成 24 年4月 24 日第三小法廷判決
平成 22 年(受)第 1212 号新株発行無効請求事件
民集 66 巻6号 2908 頁,金判 1392 号 16 頁,判夕 1378 号 90 頁,判時 2160 号 121 頁
〔事 実〕
Y 会社(被告・控訴人・上告人) は,信用保証業務等を目的として昭和 56 年
に設立された株式会社であり,発行する株式の全部について譲渡により取得す
るためには取締役会の承認を受けなければならない旨の定款の定めを設けてい
る。
Y 会社は,経営陣の意欲や士気の高揚を目的としてストックオプションを付
与することとし,平成 17 年改正前商法 280 条ノ 20,280 条ノ 21 及び 280 条ノ
27 の規定により,平成 15 年6月 24 日,その株主総会において以下のとおり
新株予約権(本件新株予約権)を発行する旨の特別決議(本件総会決議)がされた。
ア 新株予約権の目的である株式の種類及び数:普通株式6万株
イ 発行する新株予約権の総数:6万個
ウ 新株予約権の割当てを受ける者:平成 15 年6月 25 日及び新株予約権の
発行日の各時点において Y 会社の取締役である者
エ 新株予約権の発行価額:無償
オ 新株予約権の発行日:平成 15 年8月 25 日
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
カ 新株予約権の行使に際して払込みをすべき額:新株予約権1個当たり
750 円
キ 新株予約権の行使期間:平成 16 年6月 19 日から平成 25 年6月 24 日ま
で
ク 新株予約権の行使条件:新株予約権の行使時に Y 会社の取締役である
こと。その他の行使条件は,取締役会の決議に基づき,Y 会社と割当てを
受ける取締役との間で締結する新株予約権の割当てに係る契約で定めると
ころによる。
Y 会社の取締役会において,平成 15 年8月 11 日,Z1(補助参加人) に対し
4万個,Z2 に対し1万個,Z3 に対し1万個の本件新株予約権を割り当てる旨
の決議がされた。そして,同月,Y 会社と Z1らは,上記決議に基づき,本件新
株予約権の行使条件として,Y 会社の株式が店頭売買有価証券として日本証券
業協会に登録された後又は日本国内の証券取引所に上場された後6箇月が経過
するまで本件新株予約権を行使することができないとの条件(上場条件)を定
めるなどして,新株予約権の割当てに係る各契約を締結し,Y 会社は,本件新
株予約権を発行した。
Y 会社は,平成 17 年 10 月頃から Z1 が収受したリベート等をめぐって税務
調査を受けるようになり,税務当局から重加算税を賦課する可能性があること
を指摘され,株式を公開することが困難な状況となった。
Y 会社の取締役会において,平成 18 年6月 19 日,本件新株予約権の行使条
件としての上場条件を撤廃するなどの決議(本件変更決議)がされ,同日,Y 会
社とZ1らは,上記各契約の内容を本件変更決議に沿って変更する旨の各契約を
締結した。
Z1らは,平成 18 年6月から同年8月までの間に,本件新株予約権を行使し,
Y 会社は,これに応じて,Z1らに対し,合計2万 6,000 株の普通株式を発行し
た(本件株式発行)。
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
Y 会社の株式は,店頭売買有価証券として日本証券業協会に登録されたこと
はなく,また,日本国内の証券取引所に上場されたこともない。
そこで,Y 会社の監査役であるX(原告・被控訴人・被上告人) が,Y 会社の
取締役であった Z1らによる新株予約権の行使は,行使条件を変更する取締役
会決議が無効であるにもかかわらずそれに従ってされたものであって,当初定
められた行使条件に反するものであるから,上記新株予約権の行使による株式
の発行は無効であると主張して,主位的に会社法 828 条1項2号に基づいて上
記株式の発行を無効とすることを求め,予備的に上記株式の発行は当然に無効
であるとしてその確認を求めた。
第1審(東京地判平成 21 年3月 19 日判時 2052 号 108 頁)は,次のように判示し,
新株発行の無効原因となるとした。
「新株予約権の発行及び行使条件の決定は,一般的には取締役会決議事項で
あるが(商法 280 条の 20 第2項6号),株主以外の者に対して特に有利な条件を
もって新株予約権を発行するときは,その旨の株主総会(筆者注:「取締役会」
の誤りと思われる) の決議を要するとともに(同条の 20 第2項 13 号)
,新株予約
権の行使条件の決定について株主総会特別決議を要するとされている(同条の
21 第1項,同条の 20 第2項6号)。また,譲渡制限会社において株主以外の者に
対して新株予約権を発行するときは,持株比率の維持に関心を持つ既存株主の
利益に配慮して,その目的たる株式の種類及び数について,株主総会特別決議
を要するとされている(同条の 27 第1項ただし書)。
このような場合に新株予約権の発行及び行使条件の決定に株主総会の特別決
議を要求し,既存株主の利益を図ることを考慮した法の趣旨に鑑みれば,株主
総会決議で,行使条件の一部について,その内容の決定を取締役会に委任した
としても,取締役会は,委任された趣旨に従って行使条件を決定すべきであり,
いったん決定した行使条件の変更についても,委任された趣旨の範囲において
のみ許されるというべきであって,委任された趣旨に反する行使条件の決定又
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は変更は無効と考えるのが相当である。」
「法は,新株予約権の発行価額の払込期日(無償発行の場合には発行日)の2週
間前に新株予約権事項を公告又は通知すべき旨定めるが(商法 280 条の 23),新
株予約権の行使については,公告又は通知に関する規定が設けられておらず,
新株予約権の払込価額全額の払込みをして新株予約権を行使した新株予約権者
は,当該新株予約権を行使した日に,当該新株予約権の目的である株式の株主
となる(会社法 282 条)。そうすると,新株予約権の行使が行使条件に違反する
場合であっても,株主がこれを察知して,新株発行を事前に差し止めることは
事実上不可能に等しい。
株主は,行使条件に違反する新株予約権の行使による新株の発行を事前に差
し止めることは事実上不可能に等しいにもかかわらず,行使条件に違反する新
株予約権の行使により,株式の財産的価値の低下という損害を被ることになる
が,このような結果を容認することは,第三者有利発行に係る新株予約権の行
使条件の決定について株主総会特別決議を要求し,株主の負担に帰す第三者に
対する過度の財産上の利益提供の防止を図った法の趣旨(商法 280 条の 21 第1
項,同条の 20 第2項6号) を没却することになる。このような場合,株主は,
新株予約権の行使に関与した取締役又は新株予約権を行使した者に対して損害
賠償を請求することもできるとしても,株主の救済として実効性があるとはい
えない。
そこで,第三者有利発行に係る新株予約権の行使条件に違反する新株予約権
の行使は,当該行使条件が,新株予約権の目的に照らして細目的な行使条件で
あるといえない限り,新株発行の無効原因となると解すべきである。
このように解しても,新株発行無効の訴えの提訴期間は,公開会社にあって
は新株発行の効力発生日から6か月以内,公開会社でない株式会社にあっては
同1年以内とされている(会社法 828 条1項2号)から,取引の安全を過度に害
することにはならないし,新株発行に関する公告又は通知を欠くことは,新株
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
発行の差止事由がないため差止請求が許されなかったと認められる場合でない
限り,新株発行の無効原因となるとされていること(最高裁平成5年(オ)第
317 号同9年1月 28 日第三小法廷判決・民集 51 巻1号 71 頁) にも合致するもので
ある。」
「本件では,……上場条件は,本件新株予約権の権利行使期間内における,
Y 会社の株式の上場を目標とすることで,取締役に対し,Y 会社の業績ひいて
は株主の利益向上に対するインセンティブを与えるものであって,本件新株予
約権の目的の本質に由来するものということができるから,本件新株予約権の
目的に照らして,細目的な行使条件であるとはいえない。
したがって,本件新株予約権の行使において上場要件に違反することは,本
件新株発行の無効原因となるというべきである。」
控訴審(東京高判平成 22 年1月 20 日金判 1392 号 24 頁)は,次のように判示し
て第1審判決の結論を支持した。
「行使条件は,新株予約権の権利内容を構成するものであり,株主以外の者
に対して特に有利な条件をもって新株予約権を発行する場合には,株主総会の
特別決議及び取締役会の決議により行使条件は確定し,所定の手続を経て新株
予約権が発行されれば,新株予約権者は,当該行使条件を内容とする権利を取
得する。いったん発行された新株予約権について新たに行使条件を設け,又は
既に定められた行使条件を変更することは,関係者の利害に不測の影響を及ぼ
しかねないものであり,法令上,新株予約権発行後に行使条件を新たに設け,
又は変更することを予定した規定はない。」
「本件授権は,本件総会決議において決議された普通株式6万株を目的とす
る新株予約権を発行するについてのものであり,新株予約権を発行した後にお
いて行使条件を新たに設定し,又は変更する権限を取締役会に授与したと認め
るに足りる証拠はないから,Y 会社の取締役会が本件授権に基づいて上場条件
等を行使条件として定めて Z1らと本件割当契約を締結し,6万株全部につい
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ての新株予約権を発行したことにより,取締役会にゆだねられた行使条件を定
める権限は消滅したというべきである。」
「したがって,Y 会社の取締役会が,上場条件の撤廃等を内容とする本件変
更決議をし,これに基づき Z1らとの間で本件割当契約を変更する合意をして
も,従前の行使条件を変更する効力は生じないから,上場条件が充足しないに
もかかわらず,Z1らが上場条件を撤廃する内容の新株予約権割当契約の変更契
約に基づき権利を行使し,権利行使価額の全額の払い込みをしても,Y 会社が
Z1らを株主として取り扱うことはできないというべきである。」
「新株予約権の発行と異なり,その行使については,公告又は株主に対する
通知に関する規定がなく,新株予約権発行後にされた取締役会の違法な行使条
件変更の決議に基づき新株予約権者が権利を行使しても,株主がこれを知るこ
とは困難である。また,新株予約権者は,その権利を行使して権利行使価額全
額の払込みをすれば,当然に新株予約権の目的である株式の株主となる(会社
法 282 条)から,株主が会社に対し,新株発行の差止めを求めることも困難で
ある。新株発行に関する事項について,商法 280 条ノ3ノ2に定める公告又は
通知を欠く場合には,新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないた
めにこれが許容されないと認められる場合でない限り,新株発行の無効原因と
なる(最高裁平成9年1月 28 日第三小法廷判決・民集 51 巻1号 71 頁) ことにかん
がみれば,違法な新株予約権の権利行使については,商法 280 条ノ 10 所定の
新株発行差止めの事由がないと認められる場合でない限り,新株発行無効の訴
え(会社法 828 条1項2号)を提起することができると解するのが相当である。」
「本件において,上場条件は,Y 会社の株式の店頭売買有価証券としての日
本証券業協会への登録又は日本国内の証券取引所への上場後,6か月を経過す
ることを行使条件とするものであり,本件総会決議がされた株主総会において,
無償で新株予約権を発行する理由として,
『当社の業績と株主利益向上に対す
る経営陣の意欲や士気の高揚を目的と』するとされていたこと……からしても,
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その重要性は明らかである。そして,本件変更決議は,Z1らが……取締役を辞
任せざるを得ない状況に至り,上場条件を撤廃しなければ,新株予約権の権利
を行使することができないためにされたことが明らかであり,これらの事情か
らすれば,Z1らの権利行使による株式発行は,株主が不利益を受けるおそれが
あり,著しく不公正な方法によるものというべきである。」
〔判 旨〕 上告棄却
(1) 本件変更決議の効力について
「旧商法 280 条ノ 21 第1項は,株主以外の者に対し特に有利な条件をもって
新株予約権を発行する場合には,同項所定の事項につき株主総会の特別決議を
要する旨を定めるが,同項に基づく特別決議によって新株予約権の行使条件の
定めを取締役会に委任することは許容されると解されるところ,株主総会は,
当該会社の経営状態や社会経済状況等の株主総会当時の諸事情を踏まえて新株
予約権の発行を決議するのであるから,行使条件の定めについての委任も,別
途明示の委任がない限り,株主総会当時の諸事情の下における適切な行使条件
を定めることを委任する趣旨のものであり,一旦定められた行使条件を新株予
約権の発行後に適宜実質的に変更することまで委任する趣旨のものであるとは
解されない。また,上記委任に基づき定められた行使条件を付して新株予約権
が発行された後に,取締役会の決議によって行使条件を変更し,これに沿って
新株予約権を割り当てる契約の内容を変更することは,その変更が新株予約権
の内容の実質的な変更に至らない行使条件の細目的な変更にとどまるものでな
い限り,新たに新株予約権を発行したものというに等しく,それは新株予約権
を発行するにはその都度株主総会の決議を要するものとした旧商法 280 条ノ
21 第1項の趣旨にも反するものというべきである。そうであれば,取締役会
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が旧商法 280 条ノ 21 第1項に基づく株主総会決議による委任を受けて新株予
約権の行使条件を定めた場合に,新株予約権の発行後に上記行使条件を変更す
ることができる旨の明示の委任がされているのであれば格別,そのような委任
がないときは,当該新株予約権の発行後に上記行使条件を取締役会決議によっ
て変更することは原則として許されず,これを変更する取締役会決議は,上記
株主総会決議による委任に基づき定められた新株予約権の行使条件の細目的な
変更をするにとどまるものであるときを除き,無効と解するのが相当である。」
(2) 行使条件に反した新株予約権の行使による株式発行の効力について
「会社法上,公開会社(同法2条5号所定の公開会社をいう。以下同じ。)につい
ては,募集株式の発行は資金調達の一環として取締役会による業務執行に準ず
るものとして位置付けられ,発行可能株式総数の範囲内で,原則として取締役
会において募集事項を決定して募集株式が発行される(同法 201 条1項,199 条)
のに対し,公開会社でない株式会社(以下「非公開会社」という。)については,
募集事項の決定は取締役会の権限とはされず,株主割当て以外の方法により募
集株式を発行するためには,取締役(取締役会設置会社にあっては,取締役会)に
委任した場合を除き,株主総会の特別決議によって募集事項を決定することを
要し(同法 199 条),また,株式発行無効の訴えの提訴期間も,公開会社の場合
は6箇月であるのに対し,非公開会社の場合には1年とされている(同法 828
条1項2号)。これらの点に鑑みれば,非公開会社については,その性質上,会
社の支配権に関わる持株比率の維持に係る既存株主の利益の保護を重視し,そ
の意思に反する株式の発行は株式発行無効の訴えにより救済するというのが会
社法の趣旨と解されるのであり,非公開会社において,株主総会の特別決議を
経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合,その発
行手続には重大な法令違反があり,この瑕疵は上記株式発行の無効原因になる
と解するのが相当である。」
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
「非公開会社が株主割当て以外の方法により発行した新株予約権に株主総会
によって行使条件が付された場合に,この行使条件が当該新株予約権を発行し
た趣旨に照らして当該新株予約権の重要な内容を構成しているときは,上記行
使条件に反した新株予約権の行使による株式の発行は,これにより既存株主の
持株比率がその意思に反して影響を受けることになる点において,株主総会の
特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場
合と異なるところはないから,上記の新株予約権の行使による株式の発行には,
無効原因があると解するのが相当である。
これを本件についてみると,本件総会決議の意味するところは,本件総会決
議の趣旨に沿うものである限り,取締役会決議に基づき定められる行使条件を
もって,本件総会決議に基づくものとして本件新株予約権の内容を具体的に確
定させることにあると解されるところ,上場条件は,本件総会決議による委任
を受けた取締役会の決議に基づき本件総会決議の趣旨に沿って定められた行使
条件であるから,株主総会によって付された行使条件であるとみることができ
る。また,本件新株予約権が経営陣の意欲や士気の高揚を目的として発行され
たことからすると,上場条件はその目的を実現するための動機付けとなるもの
として,本件新株予約権の重要な内容を構成していることも明らかである。し
たがって,上場条件に反する本件新株予約権の行使による本件株式発行には,
無効原因がある。」
〔研 究〕
判旨(1)には賛成するが,判旨(2)には反対する。
1 本件は,非公開会社において株主総会決議に基づき発行されたストックオ
プションとしての新株予約権をめぐって,①その行使条件の取締役会決議によ
る変更の可否,②行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
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が争われたものである。過去に類例はなく,ストックオプション実務において
重要な意義を有するとともに,争点②については理論的に重大な問題を提起す
る。
2 まず,新株予約権の行使条件の取締役会決議による変更の可否について検
討する。
新株予約権の発行は,潜在的新株発行としての性質を有し,それに対する既
存株主の利害は通常の新株発行(募集株式の発行等)の場合と同様であるため,
通常の新株発行の場合と同様の手続を要する。すなわち,現行会社法上,新株
予約権を発行するには,公開会社では原則として取締役会決議で足りる(会
240 条1項) のに対して,非公開会社では原則として株主総会の特別決議を要
する(会 238 条1・2項,309 条2項6号)。本件新株予約権の発行に適用される
平成 17 年改正前商法では,新株予約権の発行には原則として取締役会決議で
足りるが(280 条ノ 20 第2項),第三者に対して特に有利な条件で発行する場合
または非公開会社において第三者に対して発行する場合には株主総会の特別決
議を要するものとされていた(280 条ノ 21 第1項,280 条ノ 27 第1項)。本件では,
取締役に対してストックオプションとしての新株予約権を無償で割り当てるの
であるから,株主総会の特別決議を要するいずれの場合にも該当する。そして,
本件では,新株予約権の行使条件の決定については株主総会決議をもって取締
役会に大幅に委任しており,新株予約権割当契約においていったん設定された
上場条件がその後撤廃されたため,どの程度まで取締役会決議のみによって変
更できるかが問題となる。
本件では特に争われていないが,新株予約権の行使条件の決定を取締役会に
委任することができるかということも検討しておく必要がある。本判決はこれ
を肯定し,学説上も,㋐行使条件は新株予約権の行使を制約するものであるか
ら,その決定を取締役会に委任しても濫用のおそれは少ない,㋑取締役会の決
定は無制約ではなく,新株予約権付与の目的や株主総会の委任決議の趣旨から
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
一定の制約が課せられる,㋒株主総会は,ストックオプションのようなインセ
ンティブ報酬の具体的内容を決定するには適当な機関ではないとして,これを
肯定している(1)。しかし,平成 17 年改正前商法の下では,新株予約権の発行
を取締役会の権限としつつ,有利発行の場合には株主総会の特別決議を要し,
そこでの承認事項には行使条件も含まれているから,取締役会に行使条件の決
定を委任できるとすれば,行使条件を株主総会に諮る意味を失わしめる。株主
総会の決議により募集事項の決定を取締役会に委任できるとする現行会社法
239 条1項の解釈としても,行使条件は新株予約権の内容をなすものとして,
その決定を取締役会に委任することはできず,株主総会の決議をもって定めな
ければならないと説明されている(2)。したがって,仮に委任を認めるとしても
かなり限定的な内容にならざるをえず(3),本件のような行使条件決定の広範な
委任は大いに疑問である。取締役会に対する行使条件決定の委任が違法である
とすれば,株主総会の新株予約権発行決議はその内容の法令違反または不確定
により無効であるとして新株予約権発行の無効原因となると解する余地はある
が,本件では新株予約権発行無効の訴えの提訴期間(会 828 条1項4号)は経過
しており,もはやこれを争うことはできない。そこで,本件では行使条件の変
更の効力が問題となる。
新株予約権の行使期間は長期にわたることが多いため,新株予約権発行後の
事情によって新株予約権の行使を実効的なものにするため,その内容を変更(緩
和)することはありうるが,学説上も,当事者の自治を尊重して一般に変更を
許容している(4)。この点につき,本件第1審判決は,委任の趣旨の範囲内で取
締役会による行使条件の変更を認めるのに対して,控訴審判決は変更の授権を
否定する。本判決は,明示の委任があった場合と細目的な変更を除外するもの
の,行使条件の設定が委任されたにすぎずその変更まで委任されたわけではな
いと解する(5) 点において控訴審判決と同様である。これは,委任の趣旨の合理
的意思解釈の問題である。なるほど,変更されることまで想定して行使条件の
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決定を委任しているとは通常考えにくいが,他方で,株主の利害に重大な影響
のない事項として行使条件の設定が委任されている以上,新株予約権の同一性
を損なわない限り,委任の趣旨の範囲内で行使条件の変更を認めても差し支え
ないようにも思われる。控訴審判決・本判決が変更の可否につき厳格な態度を
とったのは,本件では行使条件決定の委任の範囲がかなり広いため,変更権限
の濫用を危惧したからではないかと推測される。思うに,ストックオプション
としての目的に沿っていったん行使条件を設定した以上,その主要な行使条件
を変更することは,委任の趣旨に反することになるし,また新株予約権の要素
の変更として新株予約権の同一性を失わしめ,新たに新株予約権を発行したに
等しいことになるから(民 513 条1項参照),委任の趣旨に従って行使条件を変
更できるとしても,それは細目的事項に限られることになろう。本判決も細目
的事項の変更は許容するが,その根拠は委任の趣旨に求めるほかはなかろう。
そうであれば,第1審判決と本判決は,実質的には大差ないと評価しうる。な
お,本判決は明示の委任があれば取締役会は行使条件を変更できるとしている
が,新株予約権の同一性を失わしめる行使条件の変更は明示の委任があっても
できないと解すべきである(6)。
問題は,本件において上場条件は新株予約権の同一性を維持するための要素
といえるかである。本判決は,本件新株予約権がストックオプションとして発
行されたというだけで,上場条件が新株予約権の重要な内容を構成していると
判示するが,非(未)上場会社におけるストックオプションは上場を不可欠の
条件としているとは限らない(7)。したがって,本件におけるストックオプショ
ンは,上場に向けたインセンティブ報酬として付与されたものであるというこ
とまで前提事実として摘示しなければ,説得力を欠く(8)。
3 行使条件の変更が許されない以上,変更後の行使条件に基づく新株予約権
行使の効力が問題となる。
理論構成としては2つが考えられる。第1に,行使条件の変更は無効であり,
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
変更前の行使条件の新株予約権が存続しているという構成である。第2に,行
使条件が変更されて新株予約権が同一性を失った以上,更改契約(民 513 条1項)
に準じて,変更前の新株予約権は消滅し,変更後の新株予約権が新たに発行さ
れることになるが,それが新株予約権発行の手続を経ていない以上,新株予約
権発行無効の訴えに服するという構成である(9)。この構成によれば,新株予約
権発行無効の確定判決には遡及効がないから(会 839 条),無効判決確定前に変
更後の新株予約権を行使して新株が発行された場合,その効力は妨げられない
ことになる(10) から,法的安定性の確保が株主の利益保護に優先することにな
るが,会社には変更前の新株予約権を消却して変更後の新株予約権を発行する
という積極的な意思があるとはいいがたいから,この構成は実態に即していな
いように思われる。したがって,第1の構成によるのが穏当である。
本件では,三審いずれも第1の構成を前提とした上で,行使条件違反の新株
予約権行使を新株発行の無効原因としているが,第1審判決と控訴審判決は,
新株予約権の行使には新株発行事項の通知・公告に関する規定がなく,株主が
新株発行を差し止める機会がないため,通知・公告(会 201 条3・4項)を欠く
新株発行の効力に準じて判断している。すなわち,判旨が引用するように,最
判平成9年1月 28 日民集 51 巻1号 71 頁は,新株発行事項の通知・公告は株
主の新株発行差止請求権(会 210 条)を行使する機会を保障するものであり,
その欠缺はその機会を奪う重大な瑕疵であるとして,差止事由がない場合を除
き無効原因となると解しているため,通知・公告制度のない新株予約権行使に
基づく新株発行については差止事由が直ちに無効原因となりそうである。そこ
で,第1審判決は,行使条件に違反する新株予約権の行使により株主は株価低
下という損害を被り,第三者に対する新株予約権の有利発行において株主総会
の特別決議を欠く場合に等しいとして,行使条件違反自体を差止事由=無効原
因と解するようである。これに対して,控訴審判決は,行使条件違反に加えて
差止事由があることを無効原因と解するようであり,本件では,新株予約権行
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
使に基づく新株発行には著しく不公正な方法によるという差止事由があるとし
ている。すなわち,行使条件違反は通知・公告義務違反に相当し,行使条件違
反のみでは無効原因とならないことになる。一方,上告審判決は,非公開会社
において株主総会の特別決議を欠く新株発行の効力に準じて判断している。非
公開会社において株主総会の特別決議を欠く新株発行の効力については,公刊
判例としては横浜地判平成 21 年 10 月 16 日判時 2092 号 148 頁・東京地決平成
24 年1月 17 日金判 1389 号 60 頁がこれを無効原因と認めており,本判決はこ
れを確認するものである。この論点については,必要な決議を欠く新株発行の
効力に関する従来の判例との整合性に問題はあるが,結論自体に異論はなかろ
う(11)。しかし,このように理由づけが分かれること自体が,問題の本質の捉え
方に対する混迷を物語っている。
一方,学説上は,無効原因と解する見解が多いが,新株発行無効の訴えの対
象となる理由については新株発行をめぐる法的安定性を強調するにすぎない。
これに対して,違法な新株予約権の行使は,新株発行無効の訴えを待たずに当
然に無効または不存在であると解する見解も有力に主張されている(12)。その理
由としては,㋐いつ株式が発行されたかを当事者以外が認識することは困難で
あるから,出訴期間の制限がある無効の訴えの提起を要求することはできない
こと(13),㋑多数の新株予約権者がバラバラに権利を行使し,バラバラに効力が
発生する株式発行について1件ごとに無効の訴えを提起することは煩に耐えな
いこと(14),㋒権利行使者の違法行為への関与が大きいことが挙げられている。
そこで,第1審判決・控訴審判決について検討するに,上場条件をみたさな
い新株予約権の行使によって害されるのは既存株主の持株比率の低下という支
配的利益であるから,第1審判決が既存株主の経済的不利益のみを問題として
いることは疑問であるし,控訴審判決については,行使条件違反を通知・公告
義務違反と同視し,無効原因としてさらに差止事由の存在を要求することは理
解に苦しむ。また,新株予約権の行使について新株発行事項の通知・公告に関
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
する規定がなく株主がこれを差し止める機会がないのは,新株予約権行使によ
る新株発行は形成権行使の効果であって,会社の行為としての新株発行が存在
しないからである。新株予約権の発行が株主平等原則に反して著しく不公正な
発行にあたることを理由として新株予約権に基づく新株発行の差止を認めた判
例もあるが(東京高決平成 20 年5月 12 日金判 1298 号 46 頁:ピコイ事件),差止の
対象が存在しない以上,差止は,判旨のいうように事実上不可能なのではなく,
会社法上不可能なのである。差し止められないものについて,差止事由の有無
を問題としても意味がない。したがって,通知・公告を欠く新株発行の効力を
援用することはできない。
次に,上告審判決について検討するに,本判決は,既存株主の支配的利益の
保護という点において株主総会の特別決議を欠く場合と利害状況が類似してい
るという点に着目したものである。しかし,瑕疵ある新株発行の効力を決する
にあたっては,その瑕疵が新株発行において法的にいかなる意味を有するかと
いうことこそが重要であるから,単に利害状況が類似しているからといって全
く異なる瑕疵のある新株発行の効力を借用できるものではない。確かに,本件
株式発行は株主の意思に裏づけられたものではないが,それは新株予約権の行
使条件が株主の意思に裏づけられていないからであって,瑕疵の次元が異なる。
もし非公開会社において株主の意思を反映していない新株予約権の行使は新株
発行の無効原因となるとすれば,株主総会の特別決議を欠いて発行された新株
予約権に基づく新株発行でも,新株予約権発行無効の訴えによらずに新株発行
無効の訴えによってその効力を否定できることになってしまい,新株予約権発
行無効の訴えの制度趣旨に反する。また,新株発行の実体的手続を全く欠く場
合は不存在原因となるところ,非公開会社において株主総会の特別決議を欠く
新株発行においては,新株引受契約という新株発行を構成する実体的手続が存
在するのに対して,本件において新株発行のいかなる実体的手続が存在するか
について本判決は何ら判示していないから,不存在原因と解する余地は依然と
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
して残る。非公開会社において株主総会の特別決議の効力を欠く新株発行の効
力に関する本判決の判旨は,この論点に関する最初の最高裁判例として重要な
意義を有するが,本件における理由づけとしては筋違いというほかはない。ま
た,本判決を公開会社にあてはめれば,取締役会決議を欠く新株発行の効力ま
たは株主総会の特別決議を欠く新株の有利発行の効力の問題となるが,判例(最
判 昭 和 36 年 3 月 31 日 民 集 15 巻 3 号 645 頁, 最 判 昭 和 46 年 7 月 16 日 判 時 641 号 97
頁)・通説はいずれも無効原因とはならないと解しているから,本判決は行使
条件違反の新株予約権行使に基づく新株発行も公開会社では有効であると解し
ているに等しい。しかし,それは事実上,新株予約権発行後にその内容を恣意
的に変更することにより,新株予約権発行手続・新株発行手続の潜脱に道を開
くことになりかねない。
そもそも,新株発行はそれが法律行為だからこそ有効・無効が問題となるの
であって,新株発行無効の訴えも,株式の創設を目的とする全体として一個の
法律行為としての新株発行を対象とする。しかし,新株予約権が形成権である
と解される以上,新株予約権行使による新株発行は形成権行使の効果であるか
ら,そこには新株予約権者による単独行為が存在するにすぎず,会社の法律行
為としての新株発行は存在しない(15)。利益衡量論的にも,新株発行が外形上会
社の意思の発現として行われるからこそ,その瑕疵には会社の帰責性があるも
のとして,新株発行無効の訴えに服せしめることによって,既存株主の利益を
第三者の利益(新株をめぐる取引の安全・法的安定性)に劣後させることができる
というべきである。もっとも,新株予約権行使の効果は「株式の交付」を受け
ることであるから(会2条 21 号),会社の行為が介在すると解する余地もある(16)。
ここでいう「株式の交付」は新株の発行と自己株式の移転を含む概念であるが,
新株予約権行使により会社が新株を発行するか自己株式を移転するかの決定を
要するとすれば(17),新株予約権は請求権にすぎないことになる(18)。そうであ
れば,会社がその決定を遅滞している場合,会社の債務不履行責任が問題とな
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
るにすぎず,新株予約権者は株式を取得できないことになり,株式取得時期は
会社の決定時期に左右されることになるが,かかる解釈は,新株予約権者はそ
の権利行使の日に株主となる旨の会社法 282 条に反する。同条は,新株を発行
するか自己株式を移転するかの決定時期が権利行使の翌日以降であったとして
も,その効力を権利行使日に遡及させる趣旨であると解する余地もあるが,新
株発行という法律行為は新たな株式の創設を目的とするものであるから,その
性質上効力発生を遡及させることはできないはずである。あるいは,新株予約
権者はその行使により直ちに所定の種類・数の株式を取得できることに変わり
がない以上,新株を発行するか自己株式を移転するかは発行済株式総数増加の
登記手続をするか保有自己株式数減少の計算処理をするかという事後的な内部
処理の問題にすぎないと評価するのが実態に即しているかもしれないが,そう
であれば,理論構成はともかく,新株予約権者の株式取得は新株予約権行使の
効果ということになろう。いずれにせよ,新株予約権行使に対して会社に新株
を発行するか自己株式を移転するかの選択の余地があること自体を省察すべき
である(19)。したがって,やはり新株予約権は株式の取得を目的とする形成権で
あり,新株予約権行使に基づく新株発行は,その性質上当然に新株発行無効の
訴えの対象とはならないと解すべきである(20)。
百歩譲って,新株予約権の行使としての新株発行には会社の行為を観念する
ことができるとしても,行使条件違反の新株予約権の行使がなされた場合,会
社には新株発行または自己株式移転の義務は生じないから,その場合の新株発
行はたかだか代表取締役の不作為義務違反を構成するにすぎないはずである。
前述のように,取締役会決議を欠く新株発行や株主総会の特別決議を欠く新株
の有利発行は無効原因とはならないと解するのが判例・通説であるが,新株予
約権行使に基づく新株発行には何ら手続を要せず,代表取締役が単独で行うこ
とができるから,代表取締役の不作為義務違反は,取締役会決議や株主総会決
議を欠く場合よりも瑕疵は軽微であるとして,無効原因とはならないのではな
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
いだろうか。本判決のように,非公開会社に特有の既存株主保護を理由として
無効原因と解する余地はあるが,適法な新株予約権行使でないのに新株を発行
したという代表取締役の同一の義務違反について,公開会社と非公開会社とで
効力を区別することは理論的根拠を欠く。
判例・学説のかかる誤りの根本的な原因は,新株発行の無効原因の判断につ
き,新株をめぐる法的安定性(取引の安全)と既存株主の利益保護の単なる利
益衡量のみに終始し,新株発行無効の訴えの対象となる新株発行とは何かとい
う理論的考察を怠ったことにあるといえよう。
そして,本件三審を通じて根本的な疑問を感じるのは,Y 会社が新株を発行
したという事実認定において,そこでいう新株の発行とはどのような具体的事
実として捉えられているのかという点である。それが株主名簿への記載や変更
登記を意味するのであれば,株主名簿の記載や変更登記があるだけで新株発行
としての実体的手続が全く履践されていない場合は,新株発行不存在原因の典
型であるから(浦和地判平成 12 年8月 18 日判時 1735 号 133 頁参照),新株発行の
事実を認定したことにはならず,新株発行無効の訴えとも結びつかない。それ
が株券の発行を意味するのであれば,株式取引の安全を図るべき要請が生ず
る(21) が,株券は非設権証券・有因証券であり,株式が発行されていないのに
株券を発行しても無効であるから,株券発行という事実から株式発行の事実を
導くこともできない。本件控訴審判決では払込の存在は認定されており,これ
が株式発行の具体的事実を意味すると解する余地もある(22) が,払込の事実自
体は第三者に対して新株発行の外観を作出するものではないし,払込金の受領
という会社の消極的行為が新株発行という会社の積極的行為の存在を肯定する
に足る事実とは思えない。このように,本件では新株発行無効の訴えの前提と
なるものとしての,新株発行と評価すべき事実があるかは疑わしい。新株発行
には事実(行為)としての側面と効果としての側面があると考えられるが,本
件で問題となるのは後者のみである。本件において株式発行という法律効果に
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
対応する法律要件は新株予約権の行使であるから,まさに行使条件違反の新株
予約権行使の効力の問題であることは明らかであるが,第1審判決と本判決は
それを直視せず,問題をすりかえているようにしか思えない。控訴審判決は,
本件新株予約権行使の効果について「Y が Z1らを株主として取り扱うことはで
きない」と判示するが,新株発行無効の訴えの対象となることとの関係は不明
である。本件では新株発行無効の訴えの対象とした上で無効原因としたほうが
法的安定性と既存株主保護の妥当な調整が図れると考えられたのかもしれない
が,それは利益衡量論への盲信というほかはない。本質的な理論を歪めてまで
法的安定性を金科玉条とする理由はどこにあるのであろうか。
結局のところ,行使条件に違反する新株予約権の行使は無効であり,新株発
行の効果を生ぜず,新株発行不存在確認の訴え(会 829 条1号) の対象となる
にすぎない(23)。
4 本判決は,上訴係属中における下級審判例評釈の存在意義についても,重
大な問題を提起する。
上訴係属中の下級審判例の評釈を公表することは,判旨の妥当性について検
証し,その法的理論に誤りがあれば上級審において改めるよう促す役割をも担
うはずである。本件においては,第1審判決の結論に賛成する判例研究は,必
ずしもその理由づけを支持していたわけではないが,非公開会社において株主
総会の特別決議を欠く新株発行の効力に準ずるべきであるという明確な主張は
なかった(24)。他方で,第1審判決の根本的な問題点を正当に指摘する判例研究
が公表されていたにもかかわらず,それが顧みられることもなかった。すなわ
ち,第1審判決に対する判例評釈は本判決に対する指導的役割を果たしていな
かったのである。その意味においても残念な判決である。
注
(1) 本健一「本件第1審判批」金融商事判例 1327 号(2009 年)4頁。
(2013)
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
(2) 相澤哲編『Q&A会社法の実務論点 20 講』(2009 年・金融財政事情研究会)25∼
26 頁。
(3) 行使条件(特に主要な行使条件)決定の委任に消極的な見解として,鳥山恭一「本
件第1審判批」法学セミナー657 頁(2009 年)125 頁,吉川信將「本件第1審判批」
山口経済学雑誌 58 巻5号(2010 年)167 頁,荒谷裕子「本件第1審判批」ジュリ
スト 1417 号(2011 年)161 頁,尾関幸美「違法な新株予約権の行使による株式発
行の効力について」成蹊法学 75 号(2011 年)105 頁,李秀䇃「本件第1審判批」
愛知大学法経論集 191 号(2012 年)94 頁。
(4) 酒巻俊雄=龍田節編集代表『逐条解説会社法第3巻』(2009 年・中央経済社)244
頁[前田雅弘執筆],江頭憲治郎編『会社法コンメンタール6』(2009 年・商事法務)
17∼18 頁[江頭執筆]。
(5) 同旨,杉田貴洋「本件第1審判批」法学研究(慶應義塾大学)83 巻5号(2010 年)
72 頁。
(6) 久保田安彦「本件判批〔下〕」商事法務 1976 号(2012 年)18 頁は,明示の委任
があっても白紙委任は許されないとする。
(7) 杉田・前掲注(5)71 頁。
(8) この点に関する事実認定が不十分であると指摘するものとして,
本・前掲注
(1)5頁,片木晴彦「本件第1審判批」判例時報 2075 号(2010 年)201 頁,杉田・
前掲注(5)71 頁。
(9) 栗山徳子「本件第1審判批」商事法研究 75 号(2009 年)17 頁参照。
(10) 新株予約権の発行を無効にする目的は,終局的には新株予約権行使の効果とし
ての新株発行を阻止することにあるから,無効判決確定前の新株予約権行使の効
力を否定できなければ意味がない。そのため,立法論としては,無効判決確定に
より新株予約権のみならず新株予約権行使によって発行された株式も将来に向
かって無効とすべきである。
(11) 拙稿「判批」明治学院大学法学研究 93 号(2012 年)193 頁以下参照。
(12) 江頭編・前掲注(4)286 頁[江頭執筆],江頭憲治郎『株式会社法〔第4版〕』
(2011 年・有斐閣)656・740 頁,杉田貴洋「瑕疵ある新株予約権行使と株式発行
等の効力」法学研究(慶應義塾大学)82 巻 12 号(2009 年)284 頁,同・前掲注(5)
74 頁,李・前掲注(3)100 頁。
(13) これに対しては,株主が新株発行の事実を知り得た日をもって新株発行無効の
訴えの提訴期間の起算日となると解する見解もあるが(鳥山・前掲注(3)125 頁。
公開会社につき同旨,新谷勝『会社訴訟・仮処分の理論と実務〔第2版〕
』(2011 年・民事法
研究会)522 頁)
,提訴期間の制限は客観的な時間の経過をもって新株発行をめぐ
る法律関係の画一的確定を図るものであるから,株主の主観によって法律関係の
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
確定時期を流動化させることは背理といわざるをえない。
(14) これに対して,実際上の不都合はないであろうと主張するものとして,
本健
一「新株予約権の行使による株式発行等の差止めおよび無効」奥島孝康先生古稀
記念論文集第1巻上篇『現代企業法学の理論と動態』(2011 年・成文堂)244 頁,
久保田安彦「新株予約権発行の瑕疵とその連鎖」阪大法学 61 巻3=4号(2011 年)
816∼817 頁,同・前掲注(6)22∼23 頁。
(15) 江頭編・前掲注(4)281 頁[江頭執筆]。
(16) 本健一『会社法』(2010 年・中央経済社)282 頁,同・前掲注(14)235∼236 頁,
久保田安彦「新株予約権制度の効用と法的問題点」法学セミナー675 号(2011 年)
25 頁,同・前掲注(14)192∼193 頁。新会社法の立案担当者も,新株予約権は債
権であるとした上で,新株発行無効の訴えの対象には新株予約権行使に基づく新
株発行も含まれると説明しているため(相澤哲=葉玉匡美=郡谷大輔『論点解説新・会
社法』(2006 年・商事法務)217・227 頁)
,会社の行為の介在を想定しているのであろ
う。
(17) 平成 17 年改正前商法 280 条ノ 19 第1項は,新株予約権とは,新株予約権者が
会社に対して行使したときは,会社が新株予約権者に対して新株を発行しまたは
これに代えて会社の有する自己株式を移転する義務を負うものと定義していた。
他方で,平成 13 年の新株予約権制度創設当初から,新株予約権は新株引受契約
の予約完結権としての性質を有すると説明されてきたが(前田庸「商法等の一部を
改正する法律案要綱の解説〔上〕
」商事法務 1606 号(2001 年)12 頁)
,そうであれば新株
予約権は形成権と解されよう。
(2012
(18) 太田洋=山本憲光=豊田祐子編集代表『新株予約権ハンドブック〔第2版〕』
年・商事法務)90∼91 頁[豊田執筆]
。
(19) 代用自己株式としての利用は自己株式の長期保有を正当化するには根拠が薄弱
であるため,新株予約権行使の際に新株発行に代えて自己株式の移転を認めるこ
と自体に立法論的に省察の余地があるし(拙稿「自己株式取得・保有・処分規制の問
題点と違法取得の効力」法学研究(慶應義塾大学)83 巻7号(2010 年)52 頁),仮に認め
るとしても,新株を発行するか自己株式を移転するかは新株予約権の内容とすべ
きではないか。少なくとも,会社に自由な選択を認めるのではなく,自己株式を
保有している場合には自己株式を移転するものとみなすなどといった規定を新設
すべきである。
(20) 杉田・前掲注(5)73 頁。
(21) 譲渡制限株式については,会社とは無関係に流通することが予定されていない
以上,取引の安全に配慮する必要などないはずであるが,会社の承認を欠く譲渡
制限株式の譲渡も少なくとも当事者間では有効であると解する判例・通説の立場
(2013)
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行使条件に違反する新株予約権行使に基づく新株発行の効力
によれば,一応取引の安全の要請が生ずる。
(22) 現実の払込があることをもって新株発行不存在の訴えの対象外とする見解とし
て,
本・前掲注(1)5頁,吉川・前掲注(3)173 頁。判例(名古屋高金沢支判
平成4年 10 月 26 日民集 51 巻1号 60 頁,名古屋高判平成 14 年8月 21 日判タ 1139 号 251
頁)も,不存在となるかの判断において現実の払込の有無を重視していると評価
される(潘阿憲「判批」ジュリスト 1294 号(2005 年)163 頁)。志谷匡史「新株発行不
存在確認の訴えの再検討」姫路法学 38 号(2003 年)209∼210 頁も,現実の有効
な出資の有無を不存在と評価するための重要なメルクマールとするが,代表権の
ない者が勝手に新株を発行した場合は出資があっても不存在と評価すべきである
とする。この見解によれは,違法な新株予約権の行使については払込があっても
新株発行は不存在と解されよう。
(23) 本件では,予備的請求として「新株発行の無効確認」が求められているため,
第1審ではかかる訴えの適法性が争われているが,正確にいえば,会社法上の訴
えの類型としては新株発行不存在確認の訴えの対象となり,その中で新株予約権
行使の無効を主張すべきことになる。
(24) わずかに,片木・前掲注(8)201 頁が本判決と同様の理由づけの可能性を示
唆していた。
上記に引用したもののほか,本判決の評釈・解説として,弥永真生・ジュリスト
1442 号(2012 年)2頁,鳥山恭一・法学セミナー691 号(2012 年)155 頁,受川環大・
金融商事判例 1398 号(2012 年)8頁,第1審判決の評釈・解説として,森本滋・私法
判例リマークス 41 号(2010 年)78 頁,松岡啓祐・監査役 577 号(2010 年)59 頁,尾関
幸美・会社法判例百選〔第2版〕(2011 年)64 頁があり,本件を素材とする論文として,
松山三和子「新株予約権の目的の新株発行の瑕疵」民事法情報 280 号(2010 年)14 頁
がある。
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法学研究 94号(2013年1月)
2013/01/15 15:29:53
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