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Network Physiology Network Physiology (神経回路生理学)の夜明け

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Network Physiology Network Physiology (神経回路生理学)の夜明け
Network Physiology (神経回路生理学)の夜明け
テンソル・バイオサイエンス & カリフォルニア大学アーバイン校
下野 健
1.はじめに
脳の高次機能は神経細胞が複雑に絡み合った神経回路により始めて発現すると考えられている。したがって神経回路の挙動を
観測するためには、できるだけ多くの測定点から、しかも神経回路の変化を捕らえるに十分な時間、神経回路の活動を記録しな
ければならない。この目的のために、様々なデバイスやシステムが開発されてきたが、中でもMEDシステムはその信頼性、安
定性そして汎用性の面で、他のデバイスを一歩リードしていると思われる。
本講演では、我々のグループがMEDシステムを用いて今までに得たいくつかの結果を示すことにより、神経回路レベルの脳
研究、つまり「神経回路生理学」が、ついに現実のものになりつつあるということを紹介したい。
2.MED システム (www.med64.com)
MEDシステムは、ガラス基板上に64個の平面微小電極をパターニングした MED プローブ、64チャンネルMEDアンプ
およびこれらを制御しデータを測定・解析するソフトウエアからなり、既に様々な in vitro の神経試料を用いた研究に使われてい
る[1-7]。
3.連続2次元電流源密度解析法(continuous two-dimensional current source density analysis)
電流源密度解析法は70年代半ばには理論的に完成されたが[8, 9, for review 10]、3次元のデータを測定する手段がほとんど無
いため、本来の3次元で用いることは実験上ほぼ不可能で、主には1点ずつ位置をずらして測定した1次元のデータセットに対
してしか用いることができなかった。この場合には、その1次元軸に直行する電流が無いことを仮定せざるを得ないので、3次
元である脳自体はもちろん、擬似2次元である脳スライスに応用することも困難であった。唯一の例外は、海馬錐体細胞の樹状
突起のように整然と並んだ細胞の場合で、主な電流は樹状突起に平行して流れると考えられているので、樹状突起に沿って幾つ
かの測定点を設定すれば、ある程度の信頼できる1次元解析ができると考えられている。
我々は、64点から同時に測定できるMEDシステムの特徴を活かし、海馬スライスから得た64chデータを連続2次元電
流源密度解析法(2D-CSD)により解析し、海馬神経回路内の電流の流れを2次元的に捕らえることに始めて成功した。以下に
二つの応用例を示す。
3−1.海馬 CA1 領域のシナプス分布[11]
海馬 CA1 領域の先端樹状突起部に投射している Schaffer-commissural 線維は層構造を保っている一方、その側枝が樹状突起
に対して様々な角度で広がっていることが解剖学的に報告されている。層構造と側枝の広がりのバランスについては未だ分かっ
ておらず、したがって Schaffer-commissural 線維の刺激により活性化されるシナプス分布が果たして層構造を保っているのか、
あるいは刺激場所からの距離に伴って広がるのかは不明であった。今回、64点から同時に記録したデータを 2D-CSD によって
解析し、電気生理学的にシナプス分布を解析した。さらに、LTP がその分布に及ぼす影響をも検討した。
図1は、Schaffer-commissural 線維を刺激して得られる応答を 2D-CSD 解析した結果である。刺激直後のシナプス前発火に
続いて、興奮性のシナプス応答が電流シンク成分として現れ、これが Schaffer-commissural 線維に平行に、ビーム状の分布を形
成した。これは、海馬 CA1 での Schaffer-commissural 線維の刺激により活性化されるシナプス分布が、距離に伴って広がるの
ではなく、コンパクトな層構造を保っていることを示している。また、刺激位置を樹状突起に沿って移動すると、ビームの位置
も刺激位置に応じて平行に移動した。また、LTP の前後でこのビームの形状や場所はほとんど変化せず、電流シンクの強度のみ
が変化した。
図1 Schaffer-commissural 線維を刺激して得られる応答の 2D-CSD 解析
3−2.コリン作動性ベータリズム起源、分布およびメカニズム (12)
海馬スライスで観測されるコリン作動性のリズムは、脳の整然とした活動の基本となるもので、認識や記憶といった脳の高次
機能を発現する上で、非常に重要であると考えられている。しかしながらこれまでは、最大でも数点でしか活動を記録できなか
ったので、特定の場所でのリズムの有無程度しか分からなかった。今回、64点から同時に記録したデータを 2D-CSD によって
解析し、場所によるリズムの違いはもちろん、どのエリア、さらにどの細胞が起源となってこのリズムを作っているかを解明す
ることができた。
図2 コリン作動性リズムの 2D-CSD 解析
図2はコリン作動性ベータリズムを生み出している電流シンク成分とソース成分の周期的な変化を示している。この図から、
このベータリズムは、まず錘体細胞で発火がおこり、その信号が介在ニューロンへ伝わってフィードバックが起こり、その介在
ニューロンが錘体細胞の樹状突起先端部に信号を送り、そこで抑制性信号による過分極がおこる、という繰り返しによって作ら
れていると考えられる。
つぎに、このリズムに対し、様々な中枢神経系薬剤がどのような影響を及ぼすかを観察した。ここで用いた薬剤は、興奮性グ
ルタミン酸レセプターおよび抑制性 GABA レセプターの修飾物質、拮抗剤など計 7 種であり、それぞれリズムに対して特徴的な
効果を示した。
例えば、GABA レセプターの正の修飾物質であるジアゼパムの添加に伴い、リズムの振幅が増大する現象が見られた。しかも
増幅率は海馬内の領域によって大きく異なっていた。一方、同じベンゾジアゼピン系化合物であるトリアゾラムを添加した場合
には、このような増大は見られなかった。両化合物のリズムに与える影響の差は、臨床効果における両者の差異を反映している
と考えられる。
4.まとめ
MED システムによって、神経回路レベルでの活動を捉えることが可能になり、その結果上述のような今まで全く不可能であ
った実験が可能となり、脳の高次機能解明にまた一歩近づいた。我々は、このようなネットワークレベルでの生理学を、神経回
路生理学 Network Physiology と呼ぶことを提唱したい。
最後に、テンソル・バイオサイエンス社は松下電器およびカリフォルニア大学と共同で、この技術を薬品開発に応用し、現行
のボトルネックである薬効評価の問題を解決することにより、特に中枢薬開発に貢献しようと考えている (www.tensorbio.com)。
1)
S. Honma et. al. (1998) Circadian periods of single suprachiasmatic neurons in rats. Neurosci. Lett. 250(3):157-60.
2)
H. Oka et. al. (1999) A new planar multielectrode array for extracellular recording: application to hippocampal acute slice. J. Neurosci. Methods 93:61-67
3)
S. Honma et. al. (2000) Synaptic communication of cellular oscillations in the rat suprachiasmatic neurons. Neurosci. Lett. 294:113-116
4)
G. Zhu et. al. (2000) Dysfunction of M-channel enhances propagation of neuronal excitability in rat hippocampus monitored by multielectrode dish and
5)
T. Shirakawa et. al. (2000) Synchronization of circadian firing rhythms in cultured rat suprachiasmatic neurons. Eur. J. Neurosci. 12:2833-2838
6)
Masayuki Kobayashi et. al. (2000) Selective suppression of horizontal propagation in rat visual cortex by norepinephrine. Eur. J. Neurosci. 12:264-272
microdialysis systems. Neurosci. Lett. 294:53-57
7)
T. Funabashi et. al. (2001) Immortalized Gonadotropin-Releasing Hormone Neurons (GT1-7 Cells) Exhibit Synchronous Bursts of Action Potentials.
Neuroendocrinology 73:157–165
8)
C. Nicholson (1973) Theoretical analysis of field potentials in anisotropic ensembles of neuronal elements. IEEE Trans. Biomed. Eng 20:278-288
9)
C. Nicholson and J. Freeman (1975) Theory of current source-density analysis and determination of conductivity tensor for anuran cerebellum. J. Neurophysiol.
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10) U. Mitzdorf (1982) Current source-density method and application in cant cerebral cortex: investigation of evoked potentials and EEG phenomena. Pysiol. Rev.
65:37-100
11) F. Brucher et al. (1999) Neurosci. Abs. 25, 363.1
12) K. Shimono et al. (2000) Origin and distribution of cholinergically induced beta rhythms in hippocampal slices. J. Neurosci. 15, 8462-8473.
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