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第 節 - 経済産業省

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第 節 - 経済産業省
第
2節
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
第1節において、輸出や海外展開の動向から我が国
ものづくり産業の競争力が低下している現状を分析し
た。我が国経済の再生のため、高い競争力を有するも
1.
(1)海外事業環境の誘引とともに我が国の立地環
境の悪化が企業の海外シフトを加速
のづくり産業の復活は不可欠である。本節では、その
競争力低下の要因として以下の4つの観点から我が国
企業の競争力を最大限引き出す「立地環境の整備」が必要
企業が国内生産を縮小する、あるいは海外への生産
シフトを促す要因を見ると、我が国の立地環境の悪化
ものづくり産業が抱える課題を明らかにする。
などの国内要因(プッシュ要因)では「円高」、「人
①企業の競争力を最大限引き出す「立地環境の整備」
口減少、国内市場の縮小」、「国内の電力コストの高
②企業に内在する競争力の源泉である「技術・設備の
さ」、「国内の法人税率の高さ」を挙げる回答が多い
(図121–1)。「円高」が国内生産の縮小及び海外への
維持・強化」
③企業が自らの競争力を発揮する「ビジネスモデルの
生産シフトに影響するとの回答は、
「影響する」と「大
いに影響する」とを合わせて約8割に、「国内の電力
変革」
④非効率な経営資源を有効活用し競争力を高める「新
コストの高さ」や「国内の法人税率の高さ」は約7割
に達している。一方、海外事業環境の誘引などの海外
陳代謝の促進」
要因(プル要因)では「取引先の海外展開」を挙げる
回答が多く、「影響する」と「大いに影響する」とを
合わせると80.1%に上っている。
海外での事業展開の拡大に伴い、企業は海外での従
業員数及び設備投資を増加させる見通しである。今後
3年間の見通しでは、海外従業員数を増加させると回
答した企業は52.6%、海外設備投資を増加させると
図121-1 国内生産の縮小及び海外への生産シフトの要因
国内要因
(プッシュ要因)
(%)
100
19.9
19.0
80
海外要因
(プル要因)
25.7
あまり影響しない
27.6
24.6
30.5
59.8
60
39.9
51.5
19.8
45.9
47.1
影響する
34.4
48.0
44.5
26.3
30.9
40
20
29.5
大いに影響する
22.4
0
円高
人口減少
国内市場
の縮小
国内の
電力コスト
の高さ
45.7
34.1
26.5
40.2
国内の
法人税率
の高さ
6.0
諸外国の
誘致制度
新興国市場 進出先国の
の成長
労働コストの
安さ
取引先の
海外展開
(n=3,345)(n=3,346)(n=3,333)(n=3,322)(n=3,271)(n=3,336)(n=3,329)(n=3,347)
資料:経済産業省調べ
(12年12月)
36
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第
図121-2 今後3年間の国内外での従業員数及び設備投資の見通し
減少見通し
8.5
9.8
38.5
30.8
33.0
増加見通し
32.7
大きな差は無い
60
52.6
35.0
大きな差は無い
横ばい見通し
40
29.9
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
80
2
節
(%)
100
52.3
54.3
14.7
15.9
海外生産あり
(n=1,008)
海外生産なし
(n=2,278)
42.9
43.3
22.0
24.0
海外生産あり
(n=999)
海外生産なし
(n=2,261)
59.4
20
0
海外生産あり
(n=963)
海外
従業員数
海外生産あり
(n=968)
海外
設備投資
国内
従業員数
国内
設備投資
資料:経済産業省調べ
(12年12月)
回答した企業は59.4%を占めている(図121–2)。一
海外生産の有無にかかわらず、企業は今後、国内雇用
方、海外生産を行っている企業(海外生産あり)を
を減少させる傾向が強いことがうかがえる。同様に国
対象とした国内従業員数の見通しでは、
「増加」の
内設備投資も、海外生産の有無にかかわらず減少させ
14.7%に対して「減少」が33.0%となっている。海
る見通しである。
外生産を行っていない企業(海外生産なし)を対象と
グローバル需要を取り込むために海外での事業展開
した国内従業員数の見通しも「増加」の15.9%に対
の拡大は不可避であるが、国内での事業を維持するた
して、
「減少」が29.9%となっている。このことから、
めには、立地環境の整備が必要である。
コラム
輸出企業の為替に対する見方が大きく転換
上場企業を対象として2013年1月に実施された「企業行動に関するアンケート調査」(2012年度 ) の結
果(製造業)によると、輸出企業の採算円レートは1ドル=84.1円であり、前年度調査から1.8円の円安方
向へ修正された(図1)
。採算円レートは2007年度以来5年連続で円高方向へ振れていたが、6年ぶりに円
安方向へ振れた。業種別に見ると、
「繊維製品」が91.9円、
「鉄鋼」が90.2円であり、製造業全体の平均
(84.1円)より円安水準となっている(図2)
。一方、
「機械」は83.6円、
「電気機器」は83.2円、
「輸送用機器」
は83.3円、
「精密機器」は82.4円であるなど、機械系の業種では製造業全体の平均より採算レートが円高
水準であり、円高に対して相対的に耐久性があることがわかる。
90年代以降中長期的な推移を見ると、我が国輸出企業は円高が進行する中、企業努力により採算円レー
トを改善させてきた。直近の採算円レートも、
「リーマンショック」前の2007年度の104.7円から2011年
度には82.3円へと21.4%円高方向へ改善させた。しかし2008年度以降は、採算円レートの改善以上に円
高が進んだため、我が国輸出企業は採算悪化に苦しめられた。
37
2012年末以来、我が国のデフレ脱却に向けた金融政策の見直しに対する期待感から、為替相場は「リー
マンショック」後の過度の円高が修正される動きが続いており、わずか数ヶ月で2割以上円安になり、
2013年5月には約4年ぶりに1ドル=100円を突破。1年後(2014年1月)の予想円レート88.1円を大
幅に上回っており、企業の予想を超える為替相場の動きであったことがうかがえる。また足下の為替相場
は、アンケート結果で示された我が国輸出企業の採算円レートを上回る円安水準であることから、輸出企
業を中心に企業収益などにプラスの効果が出ることが期待される。
図1 採算円レート及び1年後の予想円レートの推移(製造業)
(円/ドル)
140
130
120
110
100
90
88.1
84.1
80
83.6
70
1990
92
94
採算円レート
(製造業)
96
98
2000
02
1年後の予想円レート
(製造業)
04
06
08
(年度)
12
10
調査直前月の円レート
備考:
「採算円レート」
は、輸出を行っている企業のみの値。
資料:内閣府「平成24年度企業行動に関するアンケート調査」
図2 業種別の採算円レート
(2012年度)
(円/ドル)
94
91.9
92
90.2
90
88.0
88
87.8
86
84
84.1
83.6
82.5
82.3
83.2 83.3
82.4
82
80
38
精密機器
備考:輸出を行っている企業のみの値。
資料:内閣府「平成24年度企業行動に関するアンケート調査」
輸送用機器
電気機器
機械
金属製品
非鉄金属
鉄鋼
化学
パルプ・紙
繊維製品
製造業
78
第1章
力比較)
以降では、製造業の競争力を、①産業基盤、②産業
集積、③技術力、④経営力、⑤労働力、⑥グローバル
化、の6つの要素から分析した。なお、上記6つの要
は、企業の競争力を最大限引き出す立地環境の力(産
素の強さ・弱さを示すために、統計資料及び既存調査
業基盤、労働力、産業集積)、個々の企業の力(技術
から33の個別指標を選定し、分析した(図121-3)。
力、経営力)
、海外市場獲得に向けた国際展開力(グ
主要国・地域における製造業の競争力を比較する
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
ここでは、主要国・地域における製造業の競争力
2
節
は劣位(主要国・地域における製造業の競争
ローバル化)で構成されると定義する。
第
(2)技術力や産業集積は優れるものの、立地環境
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
図121–3 製造業の競争力の構成要素
定 義
評価項目
全体のインフラの質
①産業基盤
法人所得課税
経済規模、インフラの充実度合い、エネルギー価格、
法律・制度など、その国・地域において製造業がビ 技術開発・応用に対する法制度・環境整備
ジネスを行う上で基本的な環境が整っているかを測 科学研究・イノベーション促進法制
る指標
GDP
産業電力コスト
ローカルサプライヤーの量
②産業集積
ローカルサプライヤーの質
ローカルサプライヤーの量の豊富さや質の高さ、連
携効果をもたらす地域への産業の集中度合いなど、 産業クラスター開発の状況
製造業が発展しやすい地域環境が整っているかを測 バリューチェーンにおける存在感
る指標
新技術の入手可能性
地域競争の激しさ
イノベーション能力
③技術力
製品・プロセスの独自性、新技術を生み出すイノ
ベーションの能力など、企業の持つ技術レベルの高
さと新しい技術を生み出す能力の高さを測る指標
製品・プロセスの差別化
生産プロセスの洗練度
企業による研究開発投資
知的財産権保護
企業による市場変化への適応力
④経営力
市場変化へ柔軟に対応する力や、流通管理、マーケ
ティングなど企業内の市場・事業環境変化への適応
能力を測る指標
産学連携・技術移転
マーケティング技術
国際流通・マーケティングの実施度合い
マネジメント・ビジネススクールの質
⑤労働力
国の労働規制や、労働力となる人の多さ、賃金水準
の高さ、一般的な労使関係の良好さなど、その国の
労働市場が製造業にとってビジネスをしやすい環境
にあるかを測る指標
労使協調関係
専門教育の充実度
15-64歳の生産年齢人口比率
賃金水準(ワーカー)
労働規制
グローバル化に対する姿勢
グローバル戦略による企業の生産性
⑥グローバル化
国際取引量、関税及び国際展開への姿勢など、国際
的にビジネス展開をする力を測る指標
財貿易額の対 GDP 比
対外直接投資額(ストック)の対 GDP 比
海外のアイデアへの開放性
貿易関税
資料:経済産業省作成
39
と、我が国は「産業集積」、「技術力」で優位性がある
トが高いことや、イノベーション促進法制が不十分
ものの、
「産業基盤」、「労働力」、「経営力」、「グロー
であることなどにより、
「産業基盤」の競争力が弱い。
バル化」では相対的に他国に劣位となっている。一方、
(b)米国は、世界第1位の GDP 規模を有しているこ
ドイツ、英国、米国など欧米諸国は「経営力」に強み
とや、LNG など多様なエネルギー資源に恵まれ、
を持っている(図121- 4)ほか、シンガポールや台
産業電力コストが低く抑えられていること、2010
湾は「労働力」と「グローバル化」に優位性が見られ
年の米国競争力再授権法などに基づき、政府によ
る(図121- 5)
。以下では、これら分析の詳細につ
るイノベーション関連研究に積極的な投資が行われ
いて述べることとする。
ていることを背景に、技術開発・応用に対する法制
①産業基盤
度・環境整備、科学研究・イノベーション促進法制
「産業基盤」では、経済規模、インフラの充実度合
に関する評価が高いことなどから、「産業基盤」の
い、エネルギー価格、法律・制度など、その国・地域
競争力が10ヵ国・地域中で最も強い。
で製造業企業がビジネスを行う上で基本的な環境が
(c)韓国は、全体のインフラの質が先進国と同等の
整っているかについて評価した。
「産業基盤」に関す
水準であることに加え、産業電力コストが低いこと
る評価の結論としては、国・地域によって強みとする
などから「産業基盤」の競争力が我が国よりも強
ところは多種多様であったこと、米国・シンガポール
い。例えば、韓国の産業電力料金は原価の9割に抑
は全体的に評価が高く、
「産業基盤」上大きな欠点が
えられ、赤字分を公的資金で補填する政策的料金と
ないことの2点が大きなポイントであった。
位置付けられており、製造業にとって有利な立地環
境を政策的に創出しようとしている。
(a)我が国は全体のインフラの質の面では他の先進国
(d)シンガポール・台湾では、全体のインフラの質、
と同様に優れているものの、相対的に産業電力コス
科学研究・ イノベーション促進法制の観点から、
図121-4 主要国の製造業競争力チャート
(日本・
ドイツ・韓国・英国・米国) ①産業基盤
100
80
⑥グローバル化
60
②産業集積
40
20
⑤労働力
③技術力
④経営力
資料:World Competitiveness Yearbook, IMD, Switzerland, 2012
Global Competitiveness Report, World Economic Forum, Switzerland, 2012-2013
WDI Database, World Bank, USA
UNCTADstat, United Nations Conference on Trade and Development, Switzerland
JETRO
40
日本
ドイツ
韓国
英国
米国
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
量の豊富さを主因として「産業集積」においては非
教育を重視する政策を実行しており、海外からの優
常に強い競争力を持っている。我が国の場合、東京
秀な人材の誘致など、特に人材面でのイノベーショ
都大田区に代表される、中小ものづくり企業が集積
ン促進政策に注力しており、強い「産業基盤」の評
する地域が全国各地に点在しており、ローカルサプ
価につながっている。
ライヤーとして重要な役割を担っている。これらの
(e)中国・インド・タイなどの新興国においては、
集積地域においては、世界的な大手メーカーからも
道路、電気、水道など全体のインフラの質に対する
発注を受けるような高度かつ独自の技術を有する中
評価が低く、
「産業基盤」の競争力は弱い。インド
小ものづくり企業が多数存在しており、これらの優
の「デリー・ムンバイ産業大動脈構想」やタイにお
れた技術力が我が国の競争力の源泉であるといえ
ける「南北経済回廊」など、各国ともインフラの整
る。
備に取り組んでいるが、いずれも発展途上の段階で
2
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
は、
「知識集約型産業構造への転換」を掲げ、科学
節
(a)日本とドイツは、ローカルサプライヤーの質・
第
「産業基盤」の競争力が強い。特にシンガポールで
(b)中国・インド・タイなどの新興国では、我が国
ある。
を始めとする先進国の大手メーカーが自動車・エレ
②産業集積
クトロニクス機器などの大規模な生産拠点を設けて
「産業集積」では、ローカルサプライヤーの量の豊
いるものの、サプライヤーの質・量という観点では
富さや質の高さ、連携効果をもたらす地域への産業の
未だ成長段階であり、先進国と比較して「産業集
集中度合いなど、製造業が発展しやすい地域環境が
積」の競争力は低い。
整っているかを評価した。
図121-5 主要国・地域の製造業競争力チャート
(日本・中国・インド・シンガポール・台湾・タイ)
①産業基盤
100
80
⑥グローバル化
60
②産業集積
40
20
⑤労働力
③技術力
④経営力
日本
中国
インド
シンガポール
台湾
タイ
資料:World Competitiveness Yearbook, IMD, Switzerland, 2012
Global Competitiveness Report, World Economic Forum, Switzerland, 2012-2013
WDI Database, World Bank, USA
UNCTADstat, United Nations Conference on Trade and Development, Switzerland
JETRO
台湾行政院主計處
41
コラム
東日本大震災からの復興とともに、産業集積によるイノベーション創出を実現
・・・みやぎ復興パーク
みやぎ復興パークは、宮城県多賀城市のソニー仙台テクノロジーセンターの遊休施設や設備を活かし、
東日本大震災により被害を受けた東北地域のものづくり産業の復興と新たな産業創出・発展を図るため、
被災企業、団体などへの工場など施設の貸出を行っている拠点である。公益財団法人みやぎ産業振興機構
が運営をしており、入居の契約期間は2年以内(以後更新可)だが、負担金として月額700円/㎡のみで
利用できることが魅力である。
復興パークの利用者の条件は、既存事業活動の早期復興を目指す者、または新たな事業展開を図ろうと
する中小企業者、産学連携により新たな実用化・事業化を目指すための研究開発を行う大学・研究機関及
び企業などとされており、震災からの復旧だけでなく、産学官連携による地域企業の技術力の向上やもの
づくりのイノベーションを連鎖的に創出し、復興につなげていくことを目指している。
同施設には、既に被災企業のみならず、地域の有力ベンチャー企業や大学・研究機関、技術研究組合ま
で多様な企業・機関が入居しており、産学官連携が活発化している。例えば、医療福祉機器の開発を手が
ける(株)TESS は、仙台市内のベンチャーで「足こぎ車いす」を開発し、高い評価を受けている。また、
東北大学未来科学技術共同研究センターの長谷川史彦教授が、次世代移動体システム研究会を立ち上げ、
自動車メーカーや地元中小企業などとも連携を図り、次世代自動車産業の創出に向けた拠点化を進めてい
る。さらに、多賀城市も、減災リサーチパーク構想を立ち上げ、災害を減ずる製品や技術開発などにつな
がる「減災」をテーマに企業・技術集積やイノベーションの創出を図ろうとしている。
図:みやぎ復興パーク
42
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第
コラム
2
節
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
産業集積のメリットを最大限に活用した、顧客へのワンストップ対応
・・・
(株)牛越製作所
(株)牛越製作所は、長野県岡谷市を拠点とした、半導体検査装置・航空関連部品・光学部品など産業
用のユニット部品メーカーである。近年は試作・開発研究部品に注力しており、顧客は諏訪・岡谷地域に
とどまらず、県内外企業との取引も多い。
同社が立地する諏訪・岡谷地域は、古くから時計などの精密機器産業が盛んな産業集積地域である。同
社の強みは、産業集積地域の利点を活かした、ワンストップで短納期の供給ができる点にある。同地域内
に様々な業態の企業が集積しているため、部材調達、組み立て、後処理工程について短時間で対応するこ
とが可能である。試作・研究開発ではスピードが重視されるため、こうした同社の柔軟な対応力に対する
顧客の評価は高い。
また近年では、開発設計をコンピュータ上で実施できるため、顧客の研究・開発担当者がものづくりの
現場から遠くなっている傾向がある。同社は、ものづくりの現場感覚を重視し、現場に合った低コスト・
短納期を実現する設計についてのアドバイスを提供しているため、顧客から厚い信頼を得ている。
こうした地域内における企業間連携は、個々の企業同士のつながりによるものも多いが、組織的な取り
組みとして、同社も参加する岡谷市次世代経営研究会(通称“NEXT”)があり、会内で積極的な情報交
換を行うことにより地域内の連携をさらに強めている。
諏訪・岡谷地域は精密機器の産業集積地域であることから、全国的に「諏訪・岡谷地域=精密機器」
というブランドイメージが構築されている。毎年開催される同地域の大規模な展示会「諏訪圏工業メッ
セ」には、県内外から多くの企業が来場し、諏訪・岡谷のものづくり技術に関心を寄せている。同社は、
“NEXT”と合同で本展示会に出展し、情報発信を積極的に行っている。こうした地域の展示会を活用し
た情報発信によって、県内外企業との新しい取引を増加させるといった成果をあげている。
製造業全体の低迷により、多くの下請け中小企業が苦戦を強いられる中、同社は、地域内連携による柔
軟な生産体制や産業集積地域としてのブランドイメージといった利点を最大限に活用することで、地域を
活性化する中核企業として機能している。
写真:(株)牛越製作所の製造現場の様子
43
コラム
技術力と「大田区」ブランドを活かした競争力強化・・・小松ばね工業(株)
小松ばね工業(株)は、国内3工場、海外1工場で精密ばねの生産を手掛けるメーカーである。取引先は、
電気・通信機器、自動車、楽器、事務用機器、電子部品、医療機器と多岐に渡り、日本のものづくりのお
家芸ともいうべき精密機械産業を支えている。
本社工場は中小企業が集積する東京都大田区に立地している。本社工場にはホームページを見た顧客か
ら、
「今日中に納品して欲しい」、「アメリカから調達しているばねを日本でも調達できないか」、「新製品
を開発したい」などの問合せが日々やってくる。こうした顧客の短納期対応や各種相談に応えることには
技術力やノウハウが必須であり、海外に生産拠点を設けた現在においても、本社工場にとって重要な役割
になっている。
「リーマンショック」以降、上流に位置する部品メーカーは非常に厳しい環境に置かれており、同社も
例外ではなく受注減少などの影響を被っている。しかしながらこうした厳しい状況においても、同社は顧
客ニーズに応えることを重視し、試作だけの注文であっても対応している。試作段階から対応することで、
試作から本格的な量産へ移行する際の対応がスムーズに行えることや、顧客ニーズに柔軟に対応すること
で信頼関係を構築でき、継続した取引関係につながり得ることなどのメリットがある。
他方で、いかに技術力に優れているといっても、それだけでは生き残ることは難しい。同社は技術力に
加えて、
「大田区」というブランドイメージを営業面に活かそうとしている。「大田区=ものづくり」とい
うイメージは全国的にも有名である。企業単体ではブランド力のない中小企業にとって、この「大田区」
というブランドは、新規の取引先からの関心や信頼を得るための要素として非常に重要であり、同社が大
田区に本社工場を残す理由のひとつでもある。また、大田区には同社のような受注生産型の中小企業が集
積していることから、積極的な情報交換を行うなど、地域の利点を最大限に活かした活動を行っている。
同社は持ち前の優れた技術力と柔軟な対応力、そして「大田区」という地域ブランドの強みを最大限に
活用し、中小企業としての競争力を高めている。
写真:小松ばね工業(株)の製造現場の様子
44
第1章
③技術力
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
み出すイノベーションの能力など、企業の持つ技術レベ
イン・タイム」といった効率性の高い生産方式の考
ルの高さと新しい技術を生み出す能力の高さを評価した。
案や、「カイゼン」の概念に基づいた効率性向上へ
(a)我が国は、企業が研究開発を通じて新製品及び
新プロセスなどを創出する「イノベーション能力」
2
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
きた。また、生産プロセスに関しては、
「ジャスト・
節
「技術力」では、製品・プロセスの独自性、新技術を生
第
出し、画期的な発明や独創的な技術開発を実現して
の意識が総じて高いことなどが技術力が高く評価さ
れる要因として考えられる。
が高いことや、製造プロセスが効率化され洗練度が
(b)世界の工場と呼ばれる中国や、我が国のものづ
高いことなどから、「技術力」における競争力が比
くり産業の進出が近年目覚ましいタイは、製造業に
較対象10か国・地域の中で最も強い。例えば、我
おいては注目される存在ではあるものの、相対的な
が国の研究機関や企業では多くの優れた研究者を輩
地場企業の技術力の蓄積は少ない。
コラム
スピントロニクス素子と半導体集積回路の融合でナノテクノロジーを深化
近年のスマートフォンの普及などにより、世界の半導体市場は、持続的に拡大をしているにもかかわら
ず、我が国の半導体産業は勢いを失いつつある。
一方、技術面では、半導体の消費電力をいかに減らすかが課
題となるが、製品の高機能化が進むと消費電力が多くなり、ト
レードオフの関係にある。とりわけ、スマートフォンなどのモ
バイル機器は、バッテリーの容量が限られた中で様々な処理を
行う必要があり、消費電力をいかにマネジメントするかが課題
となっている。
これらの問題に対し、半導体に磁性体(磁石)を組み合わせ
ることで画期的なソリューションを導きだそうとの研究が、東
北大学の省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセン
ター
(大野英男センター長)の下で進められている。「スピント
ロニクス」とは、電子が持つ「電荷(電気を伝える性質)」と
「スピン(磁石になる性質)」という2つの特性を利用して、全
写真:スピントロニクス論理集積回路を
試作した 300 mm ウェハ
౮⌀㧦ࠬࡇࡦ࠻ࡠ࠾ࠢࠬ⺰ℂ㓸Ⓧ࿁〝ࠍ⹜૞ߒ
く新しい機能を持つ素材や素子を開発する研究分野のことであ
ߚOO࠙ࠚࡂ
䉴䊏䊮䊃䊨䊆䉪䉴⚛ሶ
る。主に「電荷」の性質を利用してきたエレクトロニクスに対
౮⌀㧦ࠬࡇࡦ࠻
ㅧࠍ␜ߔ
㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖㧖
して、
「スピン」の性質も大いに活かして、エレクトロニクス
では実現できなかった新しいデバイスの開発などが進められて
いる。
スピントロニクスを用いることで、電力などのエネルギーを
使わずに記憶を保持することが可能な「待機電力ゼロ」の電子
機器が可能となる。また、スピントロニクス素子と半導体集積
回路を融合させることで、より省エネルギーかつ高性能な機器
の頭脳を創ることも可能となる。
写真:スピントロニクス論理集積回路の断面構
造を示す電子顕微鏡写真
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45
コラム
高性能電子顕微鏡群の民間企業への供用による製品開発の支援
・・・国立大学法人名古屋大学エコトピア科学研究所
国立大学法人名古屋大学は、平成19年度より、文部科学省の「先端研究施設共用促進事業」の実施機
関の一つとして、同大学が保有する高性能な電子顕微鏡群による観察・分析・解析技術を産学官に提供し
て、新規材料の研究開発、評価技術、特性発現機構の解明などの支援事業を実施している。
活動の中心となっているのは同大学のエコトピア研究所が保有する超高圧電子顕微鏡施設である。同研
究所には超高圧電子顕微鏡が2台あり、そのうちの1台は世界で唯一の反応科学超高圧走査透過電子顕微
鏡である。この最先端電子顕微鏡は、反応ガス中で厚い試料でも高分解能で観察が可能である。これらは、
触媒反応、電池反応などのその場観察や厚い試料の3次元観察などに活用されている。
同研究所では、電子顕微鏡での観察・分析に際して、観察手法に関する相談、観察用試料の作成、結果
の解析なども行っている。また超高圧電子顕微施設の専任技術者および同大学に属している各分野の教
官・研究者が連携して支援事業に当たっているなど、ハード・ソフト両面にわたって民間企業を支援する
体制を整えている。
この高性能電子顕微鏡群による支援事業の利用は、平成19年4月から25年3月までの間に182件あり、
民間企業は168件(92%)であった。利用企業は自動車、セラミックス、半導体、金属などさまざまな
業種にわたっている。内容的には、触媒、電池、ナノファイバー、磁性材料などに関する新複合材料の観
察・分析が代表的である。
大企業の場合は製品の新規開発に直接かかわる応用研究がほ
とんどで、大企業が持っている設備・機器を利用する分析レベ
ルよりも一段高い分析レベルの観察・分析に対応している。中
小企業の場合は、素材加工技術を検証したり、品質管理に利用
したりする場合が多い。企業がこの事業を活用して得た成果の
中には、次世代の新技術開発製品として発売される日が近いも
のも多く、また高分解能の電子顕微鏡写真、解析結果などは、
企業の技術営業にも効果的に用いられている。
このように大学が保有する高性能設備を大学内の研究開発の
みに限らず民間企業に供することは、イノベーションを促進
し、製品の付加価値を向上させ、ひいては我が国の競争力強化
につながるだろう。
写真:反応科学超高圧電子顕微鏡
46
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第
コラム
2
節
電子ビーム溶解によるチタンスクラップのリサイクル化・・・東邦チタニウム ( 株 )
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
チタンは、戦後工業化された「若い」金属で、耐食性が極めて高く、かつ軽くて強いという優れた特性
を発揮することから、使用量が伸び続けている。チタン鉱石を精錬して得られるスポンジチタンの日本の
生産量は59,700t(2012年度 日本チタン協会発表値)にものぼる。チタンの用途は、産業用機器向
けや航空機向けはもとより、めがね、ゴルフドライバー、インプラント材へと身近な分野まで広がってい
る。東邦チタニウム(株)は、1954年から神奈川県茅ヶ崎市にてチタン鉱石からの製錬を開始し、得ら
れたスポンジチタンの高い品質を活かし海外に輸出するとともに、それを原料としたインゴットの製造も
1960年から開始した。当初、インゴットを鋳造するための溶解工程は、真空アーク溶解法であったが、
この方法はチタンスクラップをリサイクル(再溶解)するのが難しい。同社では、いずれ環境面の観点か
らリサイクルは必須となると判断し、技術的な難易度は増すが、リサイクル可能な電子ビーム溶解に日本
で最初に取り組み、長年の蓄積技術を活かし、2008年世界最大・最新鋭の電子ビーム溶解炉を、エコタ
ウン事業を展開する北九州市に設置し、本格的にチタンのリサイクル事業を開始した。
チタンのリサイクルの難しさは、他の金属のように溶解中に精錬が出来ないことにある。従って、異材
はもとより異種のチタンが混ざっても成分異常を起こす危険があり、また、適切な前処理を行なわず溶解
すると介在物が残存する危険もある。同社は、主要ユーザーである新日鐵住金(株)と一体でチタンスク
ラップの徹底管理および前処理方法を確立し、この問題を克服した。現在まで、累計数千トンのチタンス
クラップがリサイクルされ、製品となって各市場で使用されている。
さらに、同社が新日鐵住金(株)と共同で開発した
DC スラブⓇ(直接鋳造スラブ)を世界で初めて本格
量産化するため、2基目の電子ビーム溶解炉(世界最
大)が2013年秋よりの稼動開始を目指し建設中であ
る。この、DC スラブⓇにも同社のリサイクル技術が
積極的に応用されており、環境に優しく国際競争力の
あるチタン製品が日本より世界にさらに広がることが
期待される。
写真:チタンの電子ビーム溶解炉
47
④経営力
「経営力」では、市場変化へ柔軟に対応する力や流
通管理、マーケティングなど企業内の市場・事業環境
変化への適応能力を評価した。
意識”も必要であるが、我が国企業は海外企業に比
べてこれらが低い可能性がある。
(b)米国・ドイツ・英国は、企業による市場変化へ
の適応力の高さや、マーケティング技術の高さ、活
(a)我が国は、企業による市場変化への適応力の低
発な産学連携・技術移転などから、経営力における
さや、マネジメント・ビジネススクールの質や産学
強い競争力を有している。例えば米国では、1980
連携活動への評価が低いことなどを背景に、経営力
年のバイ・ドール法(政府資金による研究開発から
が弱い。製造業を取り巻く市場での競争環境は、必
生じた特許権を民間企業などに帰属させることを骨
ずしも「技術動向」だけではない。市場の変化に合
子とする特許法の一部改正法)を契機として、歴史
わせて対象顧客を想定し、どのような製品をどのよ
的に早い時期から産学連携・技術移転に取り組んで
うな価格や見せ方で販売していくのかといった“顧
おり、起業活動も活発である。研究機関などの知見
客に対する意識”が必要である。また、技術の流出
を活かしながら、市場環境の変化に適応した新しい
防止や、国際標準化など競争ルールへの対応、ある
事業モデルを持つ企業が登場しやすい下地があり、
いは他社や研究機関など外部との連携など、グロー
これらが経営力の強さにつながっている。
バル市場で競争に勝ち抜くための“優位性に対する
コラム
企業の経営力を補う外部コンサルタントの活用・・・富士市産業支援センター
(f-Biz)
富士市産業支援センター(f-Biz)は、富士市で中小企業を対象に活動する産業支援機関である。同市では、
国内外の産業構造や事業環境の変化に伴い、地場産業である製紙業が苦しい経営を強いられている。その
ような環境下、同センターでは起業支援、新製品や新サービスの開発、ブランド構築など様々な事業支援
を行っている。支援対象業種も製造業、サービス業、農業をからめた6次産業など幅広く、中小企業や個
人事業主からの相談対応を通じて新産業の創出と地域経済の担い手育成に取り組んでいる。
センター長である小出宗昭氏は、地元金融機関の(株)静岡銀行の出身で、2001年に静岡市に開設さ
れた創業支援施設「SOHO しずおか」へ出向し、インキュベーションマネージャーに就任。起業家の創
出と地域産業活性化に向けた支援活動が高い評価を受け、「Japan Venture Award 2005」経済産業大
臣表彰を受賞するなど、事業支援への高い能力と意欲を持つ人物である。同氏は郷里である富士市からの
要請により2008年に独立、同センターの運営受託会社である(株)イドムを創業し、事業を開始した。
同センターは、①セールスポイントを明確化する ②対象を絞る ③他社と連携する、を支援の柱にし
ているという。既存の公的支援機関では、アドバイス内容が「課題指摘型」に偏りがちであるが、同セン
ターでは相談企業との対話を通じて、企業自身も気づいていないセールスポイントを見出し、それを新た
なビジネスに結び付けるための「見せ方」、「売り方」、「パートナー探し」をともに考え、継続的に支援し
ていく。例えば、売り上げ低迷に悩む金属加工の下請企業から相談を受けたケースでは、対話の中で当該
企業自身が気づいていなかった「短納期での対応能力」というセールスポイントを見出し、短納期での試
作品作りに特化した新たな事業への取り組みを支援、当該企業の業績向上につなげた。さらには、こうし
たセールスポイントを上手く発信できたことが突破口となり、完成車メーカーから電気自動車の部品を大
量に受注することに成功し、単なる下請け企業からの脱却も視野に入るようになったという。
48
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第
このように、徹底して相談企業の伴走者としての姿勢を貫く信頼感から、2008年の開設以来、同セン
して全国的にも注目が集まっている。同センターの取組を学ぶために、全国の行政機関、商工会議所、金
2
節
ターには延べ9千件以上の中小企業や個人事業主が相談のため来場し、高度に活性化した公的支援機関と
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
融機関などからの視察や問合せが増加しているほか、東京都豊島区や北海道釧路市など、同センターをモ
デルにした産業支援機関を開設する地域も出てきている。
我が国ものづくり企業は、優れた技術を有していても、
それをビジネスに結び付けることが苦手であるといわれて
いる。企業が持つ潜在力を引き出し、ビジネスでの成功を
勝ち取るためには、同センターにみられるような高度なコ
ンサルタント人材を育成し、企業支援体制を充実させるこ
とが求められる。
写真:富士市産業支援センターでの相談の様子
⑤労働力
(b)シンガポールと台湾は15-64歳の生産年齢人口
「労働力」では、国・地域の労働規制や、労働力と
比率の高さ、賃金水準の低さ、柔軟な労働規制など
なる人の多さ、賃金水準の高さ、一般的な労使関係の
により労働力の競争力が強い。例えば、シンガポー
良好さなど、その国・地域の労働市場が製造業企業に
ルでは多様な労働需要に対応するために、積極的に
とってビジネスをしやすい環境にあるかを評価した。
外国人労働者の就労を促進し、労働力の強化につな
げている。
(a)我が国は、労使協調関係では評価が高いものの、 (c)英国・ドイツは、良好な労使協調・専門教育の
15-64歳の生産年齢人口比率が10か国・地域中で
充実度が強みとなっているほか、米国では雇用関連
最も低いことや、ワーカーの賃金水準が高いことな
の規制が緩く、人材の流動性が高い特徴がある。
どから、
「労働力」における競争力が低い。
49
コラム
労働規制が企業に与える影響
企業に対して、各種の労働規制や雇用制度が事業に与える影響を聞いたところ、「影響がある」と答
えた企業の割合は、「企業年金・退職給付金の負担」で57.5%、「希望者全員の65歳までの雇用義務で
55.9%、
「労働時間の制約(柔軟な残業時間の確保が困難)」が51.3%となった(図1)。
このうち、労働時間の制約について、具体的にどのような影響が出ているか聞いたところ、「業務改善
を検討する時間が捻出できない」が24.5%、「現場力の維持に必要なコミュニケーションの時間が捻出で
きない」が20.0%、
「技術承継の時間が捻出できない」が16.8%、
「新製品などの検討時間が捻出できない」
が15.3%、
「技術開発の時間が捻出できない」が12.5%となった(図2)。
図1 労働規制が事業活動に与える影響
0
20
労働時間の制約(n=3,790)
40
60
51.3
55.9
希望者全員の65歳までの雇用義務化(n=3,793)
57.5
企業年金・退職給付金の負担(n=3,787)
影響あり
影響なし
図2 労働時間の制約による具体的影響
その他
10.8%
業務改善を検討する
時間が捻出できない
24.5%
新製品などの検討時間が
捻出できない
15.3%
現場力の維持に必要な
コミュニケーションの
時間が捻出できない
20.0%
技術継承の時間が
捻出できない
16.8%
(n=1,895)
資料:経済産業省調べ
(13年2月)
50
100(%)
47.1
1.6
42.1
2.1
38.7
3.8
わからない
資料:経済産業省調べ
(13年2月)
技術開発の時間が
捻出できない
12.5%
80
第1章
(c)米国・ドイツは、両国の企業が生産拠点・販売
び国際展開への姿勢など、国際的にビジネス展開をす
務、データ分析センター、コールセンターなど)を
る力を評価した。
グローバルに展開し生産性を高めていることから、
(a)我が国は、グローバル化に対する姿勢の積極性
グローバル戦略による企業の生産性の高さが高く評
が比較対象国の中では見劣りすることや、海外のア
価されている。また、ドイツでは海外に積極的に進
イデアへの開放性が低いことなどから、「グローバ
出し、海外市場の取り込みに成功しているいわゆる
ル化」における競争力が比較対象10か国・地域の
“隠れたチャンピオン企業”が多数存在しており、
中で最も低い。比較的大きい母国市場が存在するた
「グローバル化」の強さにつながっている。
め、我が国企業が海外市場の開拓に意識を向けにく
2
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
拠点のみならず、開発拠点やその他拠点(経理業
節
「グローバル化」においては、国際取引量、関税及
第
⑥グローバル化
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
(d)韓国は、国内の市場規模が小さく、成長の糧を
い構造となっている可能性がある。
(b)シンガポールと台湾は、経済が小さいことから、
海外に求めるという意識が強いことや、官民連携で
の積極的な海外へのインフラ進出に取り組むなど、
海外市場に重きをおいていることが高評価の要因
グローバル化に対する積極性が強い。また、大手財
と考えられる。台湾はグローバル化に対する姿勢
閥系企業を中心に巧みな海外展開を行っていること
やグローバル戦略による企業の生産性への評価が
から、グローバル戦略における企業の生産性も高く
高いが、これはグローバルな分業体制を取っている
評価され、「グローバル化」における競争力は我が
EMS(Electronics Manufacturing Service) 注1
国よりも強い。
企業などの存在によるものと考えられる。
注1 詳細は第1部第1章第4節4.外部経営資源の有効活用を図る を参照。
51
コラム
日韓エレクトロニクス企業の地域別売上高の比率
我が国と韓国のエレクトロニクス企業の地域別売上高比率を比較すると、我が国企業の方が相対的に
母国市場での売上高比率が高い傾向にある。売上高に占める海外市場(日本以外)の比率はソニー68%、
パナソニック47%、シャープ52%であるのに対し、韓国・サムスン電子の海外市場(韓国以外)の売上
高比率は84%に達しており、海外市場の開拓に出遅れていると言える(図)。
図 日韓エレクトロニクス企業の地域別売上高の比率
ソニー
(2011年)
パナソニック
(2011年)
母国市場
その他地域
12%
中国
13%
中国
19%
日本
32%
アジア・他
14%
アジア・太平洋地域
10%
欧州
19%
母国市場
日本
53%
欧州
10%
米国
19%
米国
10%
サムスン
(2011年)
シャープ
(2011年)
母国市場
中国
14%
アジア・アフリカ
17%
欧州
24%
資料:各社公表財務資料から作成
52
その他
9%
韓国
16%
中国
20%
アメリカ
29%
母国市場
日本
48%
欧州
11%
米国
12%
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第
コラム
2
節
TPP などの経済連携を活用した立地環境の改善が急務
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
経済連携の目的は関税及び非関税障壁の撤廃、外国に投資した財産の保護等を通じて貿易や投資を促
し、経済を活性化させることにある。特に、貿易投資立国日本を支えるものづくり産業にとっては、経済
連携を進めることで輸出競争力を高めることは不可欠である。また、アジア太平洋地域を中心に我が国企
業を含めたグローバルなサプライチェーンが構築されている中で、広域的な経済連携が果たす役割はます
ます重要になっている。
世界では、WTO(世界貿易機関)でのドーハラウンド交渉が停滞する中、WTO 外で地域・国家間の
FTA 交渉が活発化している。例えば、隣国の韓国は、米韓 FTA、EU 韓 FTA を既に発効させている。こ
れにより、我が国から米国へ輸出する乗用車には2.5%、ベアリングには9%の関税がかかる一方で、韓
国から輸出される乗用車については2016年1月までに、ベアリングについては2021年1月までに、それ
ぞれ関税が撤廃される予定である。同様に、我が国から EU に輸出される乗用車は10%、薄型テレビは
14%の関税がかかるが、韓国から輸出される乗用車及び薄型テレビについては、ともに2016年7月まで
に関税が撤廃される予定であるなど、経済連携の有無によって我が国と韓国との立地環境格差が生じてい
る。
また、2006年にニュージーランド、シンガポール、ブルネイ、チリの4カ国で発効した P4協定に、米
国、オーストラリア、ペルー、ベトナムが加わり、2010年3月に TPP(環太平洋パートナーシップ)協
定として交渉が開始された。その後、マレーシア(2010年10月)、メキシコ及びカナダ(2012年10月)
が加わり、現在、11カ国で交渉が行われている。我が国も2013 年3月に交渉参加を表明し、4月に現交
渉参加11カ国から交渉参加を歓迎された。今後、全ての関係国の国内手続が完了した後に、我が国は正
式に交渉参加国として認められることになる。
TPP は、成長著しいアジア太平洋地域の成長を取り込み、同地域での貿易・投資ルールの土台となるも
のとして非常に大きな意義を持つ。上記のとおり、WTO での交渉が停滞し、米国や EU など先進国が中
心となって高いレベルの EPA を通じたグローバルなルール作りが進められる中、日本が TPP でのルール
作りに主体的に参画することは、貿易投資立国としての我が国の国益となるものである。より具体的には、
我が国ものづくり産業にとって、交渉参加国の高関税品目の関税撤廃が実現すれば、輸出競争力の強化に
資することになる。また、非関税の分野でも、模倣品・違法コピーなどの取締り厳格化によるブランド力
強化、使いやすい原産地規則(統一のルール、統一のフォーマット)の実現などが挙げられる。
53
参考:米国・ドイツとの競争力比較
図1 日本と米国の製造業競争力チャート
①産業基盤
100
80
⑥グローバル化
60
②産業集積
40
20
⑤労働力
③技術力
④経営力
日本
米国
資料:World Competitiveness Yearbook, IMD, Switzerland, 2012
Global Competitiveness Report, World Economic Forum, Switzerland, 2012-2013
WDI Database, World Bank, USA
UNCTADstat, United Nations Conference on Trade and Development, Switzerland
JETRO
コラム
米国の「製造業ルネサンス」の実態-第2期オバマ政権下の政策に注目
2011 年 8 月、 ボ ス ト ン コ ン サ ル テ ィ ン グ グ ル ー プ が“Made in America, Again-Why
Manufacturing Will Return to the U.S. ”という報告書を発表して以来、米国の製造業が国内回帰し
ていると注目されている。
中国の人件費の上昇、シェールガス・ブームによるエネルギー価格の低下などを背景に、生産拠点を
海外に移す「オフショアリング」でなく、海外拠点を再び自国に戻す「リショアリング」が起きている
という。確かにキャタピラーや GE などが米国内で工場を新設するといった事例があり、製造業雇用者も
2010年1月から2012年1月にかけて年率2%増加している。ただし、上記のキャタピラーや GE の新規
雇用者数は数百人規模であるのに対し、中国への「オフショアリング」により1999年から2009年にか
けて生み出された雇用は100万人以上にのぼるという。さらに新規製造事業所数は2003年からほぼ横ば
いで増加しておらず、閉鎖件数が上回っている状況である。したがって、本格的な「リショアリング」の
実現には、より大規模な新規雇用を生み出す事例が必要となる。
54
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第
他方で、シェールガス・ブームはエネルギー・原材料価格の低下を通じて、化学・金属などのエネルギー
運営し、米国からの輸出を目指す動きが活発化している。
2
節
多消費・素材産業が米国内で生産量を拡大させる可能性がある。我が国企業も米国で石油化学プラントを
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
また、本年4月、再選したオバマ大統領は2014年度予算教書を公表し、その中で、法人税引下げ、研
究開発税制の拡充などの税制優遇策の他、特定地域における製造業の投資喚起・雇用創出策を実行してい
くことを表明している。こうした動きを通じ、米国の「製造業ルネサンス」に拍車がかかるか注目される。
図 米国製造業回帰に注目が集まる背景
(%)
60
(万 / 人民元)
51
8
38
40
31
6
30
23
4
16
20
0
2
2005
2010
2013
(年)
0
人件費差(左軸)
トータルコスト差(左軸)
中国の平均賃金(右軸)
資料:The Hackett Group Reshoring Global Manufacturing: Myths and Realities などから経済産業省作成
コラム
シェールガス掘削への活用を目指す PGA(ポリグリコール酸)
・・・
(株)クレハ
(株)クレハは、高機能材、医薬品、農薬、家庭用ラップ等を製造する化学メーカーである。一般には
家庭用ラップのブランドである「NEW クレラップ」が有名である。
同社は、他社に先がけて PGA(ポリグリコール酸)の量産プロセスの開発に成功した。PGA は生分解
性・加水分解性・高強度・ガスバリア性を持つ樹脂であり、1932年にデュポンの化学者によって合成さ
れたものであるが、長年量産の目処が立たず、抜糸の必要の無い手術用糸など少量かつ一部用途での使用
に限定されていた。
他の多くの化学メーカーが PGA の量産に挑戦する中で、同社が量産プロセスの開発成功に至ったのは、
同社の持つ技術の融合によるものである。当初、いわゆる「アングラ研究(担当する職務以外に研究者が
独自に実施する研究)
」で始まった PGA の研究は難航したものの、直接当研究には関係していない農薬
の研究者の協力により、大きく進展した。2007年に PGA の事業化を決定し、2008年には米国でのプラ
ント建設を開始している。
55
現在、PGA の特性を活かした様々な用途開発が進められているが、中でも特に注目されているのは、
その加水分解性と高強度を活かしたシェールガスの掘削への活用である。シェールガスの掘削時に、地中
で使用する掘削部品で、従来であれば金属で作られていたものを PGA に置き換えることにより、使用後
の回収の工程が必要なくなることが期待されている。
同社は、2012年秋に米国プラントの稼動を開始しており、米国における「シェールガス革命」による
需要増加を期待し、数年後の黒字化を計画している。PGA は同社事業の中では、売上高としては小さい
ものの、同社の次世代のコア事業の1つとなることが期待されている。
写真:PGA(ポリグリコール酸)成形品
図:PGA 製造プロセス
図2 日本とドイツの製造業競争力チャート
①産業基盤
100
80
60
⑥グローバル化
②産業集積
40
20
⑤労働力
③技術力
日本
ドイツ
④経営力
資料:World Competitiveness Yearbook, IMD, Switzerland, 2012
Global Competitiveness Report, World Economic Forum, Switzerland, 2012-2013
WDI Database, World Bank, USA
UNCTADstat, United Nations Conference on Trade and Development, Switzerland
JETRO
56
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第
コラム
節
2
ドイツの事例 (1)
“隠れたチャンピオン企業”
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
前述の分析結果は、我が国のものづくり産業の競争力は、「産業集積」の厚さと「技術力」の高さにお
いてはドイツとほぼ同水準にあるとされる一方で、「経営力」の高さと「グローバル化」への対応につい
ては、ドイツの方が高い競争力を有することを示している。こうしたドイツのものづくり産業の強さを支
える要素の一つに、“隠れたチャンピオン企業”の存在がある。
「グローバルビジネスの隠れたチャンピオン企業(Hidden Champions of the 21st Century)」の著
者であるハーマン・サイモン氏によれば、“隠れたチャンピオン企業”とは、世界市場において業種上位
3位以内、またはその企業が位置している大陸のトップであり、収益は50億ドル以下、一般にはほとんど
無名な企業を指し、ドイツにはこうした企業がおよそ1,300社存在しているという(図)。
我が国ものづくり企業の多くは、
“隠れたチャンピオン企業”になるだけの能力や技術力を持ち合わせてい
るが、ドイツ企業のように精力的、迅速にグローバル化を進めていないため、潜在力を十分に活かせていな
い。サイモン氏の指摘によれば、こうした問題は部分的には日本文化に根ざしており、言語も含め、外国に
対する消極性や大企業への依存、起業家でなく従業員として働くことを好む傾向にも影響されているという。
我が国がものづくり産業の競争力を維持・向上させていくためには、“隠れたチャンピオン企業”の取
り組みも参考にしながら、各企業が自社の事業領域を見極め、強いリーダーシップのもとグローバル市場
の獲得に果敢に取り組むことが求められる。
図 ドイツの“隠れたチャンピオン企業”の一例
社 名
概 要
ウィンターハル
ター・
ガストロノーム
病院やレストラン向けの業務用食器洗浄機専門メーカー。ヨーロッパ、アジア、米国、南米
など世界21カ国に子会社を保有し、50カ国以上で製品を販売。ドイツ、スイスに生産工場を
有する。従業員数約980名。
ワンズル
ショッピングカートや空港荷物カート専門メーカーで、世界最大の販売実績を誇る。ドイツ
国内、フランス、チェコ、中国に生産工場を有し、従業員数約4,000名。
ケルヒャー
高圧洗浄機の世界トップメーカー。社名であるケルヒャーは欧米で高圧洗浄機の代名詞とし
て日常的に使われている。海外の現地法人60社、世界190カ国で販売展開しており、売上の
8割超がドイツ国外での事業による。
エネルコン
風力発電用タービンのメーカー。高効率な発電システムの開発など技術力の高さを強みとし、
世界第3位のシェアを有している。ドイツ国内に8カ所、国外に16カ所の営業所を持つほか、
世界に300以上のサービス拠点を展開。
デロ
太陽光パネルやスマートカード、自動車向けの特殊接着剤のメーカー。欧州のみならず、エ
レクトロニクス産業が集積するアジアにも積極的に事業展開。スマートカード用接着剤では
世界シェアの8割(同社推定)を有する。
シャルトバウ
鉄道など交通・産業システム向け電気機械ユニット部品(接続コネクター、スイッチなど)
のメーカー。新興国市場の開拓に注力し、中国で現地国有企業との合弁を糸口に事業を拡大。
売上の4分の1を中国事業で稼ぐ。従業員数約700名。
エロバウ
非接触型センサーをコア技術とし、農業機械向けユニットを供給。ドイツ国内での生産にこ
だわりつつも、柔軟な開発体制と信頼できる商品供給を武器に、建設機械分野や資材搬送分
野でも世界の有力企業との取引拡大を進めている。
フレキシ
犬の散歩用に使う伸縮リードのメーカーで、製品を世界90カ国に輸出。高い機能性やデザイ
ンにより世界シェアの7割を有するとされる。従業員約300名。
資料:
(独)日本貿易振興機構 調査レポート「欧州中堅・中小企業の国際化戦略を探る」、(独)経済産業研究所 「世界の視点から 21世紀
の隠れたチャンピオン」、及び各社ウェブサイトから経済産業省作成
57
コラム
ドイツの事例 (2)マイスター制度
ドイツでは、各職人の専門的な技術や理論を完全にマスターした人が、マイスターとして称号を与えら
れる。このマイスターには「手工業マイスター」と「工業マイスター」の二種類があり、「手工業マイス
ター」がいわゆる世界に知られる「マイスター制度」のマイスターであり、その資格・地位は、1953年
に制定された「手工業規則」で守られている。また、41職種では独立開業に必ず手工業マイスターの資
格が必要となる。一方、工業マイスターは工場の現場で働く管理監督者・指導者として教育訓練を受けた
職人である。
<手工業マイスター>
通常、3年間の職業教育の教育終了試験に合格したもの、つまり職人になった者で、基本的には、その
後最低3年間それまでに学んだ職業に従事し、各地の手工業会議所の試験に合格した者がなれる。手工業
マイスター試験には、実技試験のほか、経済的・法律的知識の試験(簿記、会社法等)などの四つの試験
がある。
手工業マイスターの受験料は、主催する各州の手工業会議所で異なるが、一次試験から四次試験までの
トータルでおおよそ、1,000ユーロ前後かかる。合格すれば、マイスター証書が授与されるが、マイスター
資格には、上級、中級、下級などレベルは存在しない。近年、ドイツの手工業マイスターの合格者数は、
10万人前後で推移している。今後、グローバル化や EU 域内の資格共通化の中で、ドイツの伝統的なマ
イスター制度の在り方も変化を求められている。
<工業マイスター>
受験資格は手工業マイスターと基本的に同じであるが、各商工会議所が独自の判断で、これに該当しな
くても例外的に受験資格を認めることがある。各地の商工会議所が実施する工業マイスター試験に合格し
た者がなれる。試験内容は、簿記、会社法などの試験がないことと、マイスター課題作品の製造がないほ
かは、手工業マイスターと同じである。
写真:手工業マイスターの職業訓練の合格者
58
第1章
企業に内在する競争力の源泉である「技術・設備の維持・強化」が必要
る。事業競争力について同業の外国企業と比較した自
場合に比べて、「自社が優位」
(日本企業が優位)との
「筋肉」に該当し、これらが製造業の競争力の源泉で
回答比率が大きく低下する。「自社が優位」との回答
ある。これまでに述べたとおり、我が国は主要国の中
比率と、「自社が劣位」
(日本企業が劣位)との回答比
でも「技術力」では優位性がある。さらに技術力につ
率が拮抗しており、中国企業に対しては僅かではある
いて同業の外国企業と比較した自社の優位性の自己評
ものの「自社が劣位」という回答が上回っている(図
価では海外企業に対して技術面で優位性を保っている
122–2)。このことから、日本企業は技術面では圧倒
と認識している(図122–1)
。特に、キャッチアップ
的に優位性を持つものの、その強みを活かし切れてい
を受けているとされる、同業の韓国企業に対しては
ない可能性がある。
70.5%、同業の中国企業に対しては85.3%が技術面
で依然として優位性があると認識している。
さらに、足下では「技術」の優位性をも脅かしかね
ない事象も進行している。ここでは、研究開発、知財
しかし、日本企業は高い技術力を持ちつつも、近
戦略、海外への技術流出などに焦点を当て、我が国の
年では技術を事業や収益に結びつけることができな
「技術」の危機とともに、国内における新規投資の減
いため、日本企業の事業競争力は低いとの指摘があ
少に伴う老朽化や新興国企業によるキャッチアップな
図122‒1 同業の外国企業と比較した技術の優位性
図122‒2 同業の外国企業と比較した事業競争力の優位性
(%)
100
自社が劣位
5.0
3.7
10.7
2.8
(%)
100
自社が劣位
25.5
33.3
40.8
29.5
26.3
34.7
38.8
米国企業
欧州企業
韓国企業
中国企業
23.2
80
2
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
製造業を人体に例えると、技術は「頭脳」、設備は
節
社の優位性を尋ねると、技術力の優位性の自己評価の
第
2.
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
80
自社と同等
60
60
自社と同等
70.5
40
85.3
40
自社が優位
20
20
40.5
中国企業
韓国企業
欧州企業
米国企業
0
49.7
0
自社が優位
(n=1,937) (n=1,978) (n=2,181) (n=2,402)
(n=1,857) (n=1,896) (n=2,099) (n=2,328)
技術力
事業競争力
資料: 経済産業省調べ
(12年12月)
資料: 経済産業省調べ
(12年12月)
59
どにより「設備」の優位性が低下している現状を分析
対 GDP 比では我が国の研究開発費は他国と比べて
も高水準にあると言えるが、1990年代後半以降、我
する。
が国は断続的にデフレに陥っており、名目 GDP が縮
(1)
「技術」の源泉たる研究開発の量的・質的停滞
小していたため、対 GDP 比が上昇している面もあ
「技術」の源泉である研究開発は民間企業が中心的
る。そこで研究開発費の実額の推移を指数ベースで比
な役割を担っている。まず、各国の企業部門の研究
較すると、中国と韓国が大幅に増加していることが分
開発費の対 GDP 比推移を見ると、我が国は1990年
かる(図122–4)。特に中国は2000年から2011年に
代後半以降、上昇基調で推移しており、2008年には
かけて約10倍となっている。一方、この間の我が国
2.8%まで達したが「リーマンショック」後は低下に
の研究開発費の伸びは主要国の中で最も低い水準にあ
転じている(図122–3)
。一方、米国やドイツといっ
る。また、米国やドイツなど他の先進国が「リーマン
た他の先進諸国はおおむね1%台後半の水準で推移し
ショック」後の落ち込みを取り戻しつつあるのに対し
てきた。また、中国や韓国といった新興国は2000年
て、我が国は依然低迷したままであり、2000年代を
頃から急激に上昇している。2010年には韓国は2.8%
通じてほぼ横ばいであることがわかる。
となり、我が国を上回っている。
図122‒3 企業部門の研究開発費の対GDP比の推移
(%)
3.0
(00 年 =100)
400
日本
韓国
350
900
米国
2.0
韓国:320
300
700
ドイツ
1.5
250
500
1.0
中国
0.5
200
米国:142
300
150
81 83 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 (年)
資料:科学技術政策研究所
「科学技術指標2012」
60
※中国のみ右軸(00 年 =100)
1100
中国:966
2.5
0.0
図122‒4 企業部門の研究開発費の推移
100
ドイツ:139
00
01
02
03
04
05
06
07
08
備考:自国通貨建ての研究開発費を2000年=100として指数化。
資料:OECD
「Main Science and Technology Indicators」
09
日本:111
100
10
11(年)
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
兆円をピークに減少へと転じており、2010年までの
の水準は2007年比で「情報通信機械」は26%、「電
3年間で1.7兆円減少している(図122–5)
。業種別に
子部品など」は38%減少している。
今後3年間の国内外での研究開発投資の見通しで
全ての業種で減少している。特に「情報通信機械」や
は、国内研究開発投資で約5割、海外研究開発投資
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
見ると、ほぼ横ばいで推移している「医薬品」を除く
2
節
「電子部品など」の分野が落ち込んでおり、2010年
第
我が国の製造業全体の研究開発費は2007年の12.2
図122‒5 産業分類別の研究開発費
(兆円)
全体で 1.7 兆円減少
14
07 年:12.2 兆円⇒10 年:10.5 兆円)
12
3.4
10
その他の製造業
3.1
8
6
0.8
2.3
4
2
0
輸送用機械
2.5
02
03
04
05
06
2.1
電子部品等
0.5
情報通信機械
1.7
電気機械
1.1
1.0
0.8
0.7
1.3
1.3
07
08
09
化学工業
医薬品
10 (年度)
備考:
1.「電子部品など」は「電子部品・デバイス・電子回路製造業」を略している。
2.「鉄鋼業」を「その他の製造業」に含めている。
資料:科学技術政策研究所「科学技術指標 2012」
図122‒6 国内外での今後3年間の研究開発投資の見通し
(%)
図122‒7 研究開発期間の変化
(%)
100
9.7
26.4
80
62.2
60
増加見通し
横ばい見通し
減少見通し
100
80
30.4
39.6
60
49.8
40
40
20
20
52.2
53.4
41.8
36.4
23.8
0
35.9
55.7
国内研究開発投資
(n=3,329)
資料:経済産業省調べ
(12年12月)
28.1
海外研究開発投資
(n=712)
0
8.0
電気機器
(n=88)
17.4
輸送用機器
(自動車)
(n=46)
10.7
18.7
機械
化学
(n=103)
(n=91)
中長期的な研究開発費が増えている
変わらない
(10年前と比べて)
短期的な研究開発費が増えている
備考:
「短期的」
は1∼4年程度、
「長期的」
は5∼10年程度。
資料:平成22年度産業技術調査「我が国企業の研究開発投資効率に係る
オープン・イノベーションの定量的評価等に関する調査報告書」
61
で 約 6 割 の 企 業 が「横 ば い」 と 解 答 し て い る(図
が難しくなる懸念がある。
122–6)
。全体的に、研究開発投資を据え置く企業が
中長期的な研究開発は様々なリスクが伴うため、政
多く、落ち込んだ研究開発の回復は早急には見込めな
府の関与が重要である。しかし、中国や韓国が政府
いことから、研究開発の量的な停滞が懸念される。ま
負担研究開発費を増加させている一方、我が国の政
た、国内での研究開発投資を減らすと回答した企業の
府負担研究開発費は近年横ばいで推移しており、我
割合は、海外での研究開発投資を減らすと回答した企
が国の研究開発が質的に停滞する可能性がある(図
業の割合よりも多く、国内での研究開発機能が弱体化
122–8)。
するおそれも考えられる。
また、科学技術の水準の変化を調べるため、世界的
金額という量的な面だけでなく、質的な面でも研究
に注目度の高い論文(研究者に引用される回数が世界
開発を取り巻く環境は変わりつつある。既存技術の
上位10%に入る論文)の執筆数の各国シェアの推移
改良などの短期的な研究開発(1年から4年程度)と
を見ると、我が国は1998、99年の6.3%をピークに
革新的な技術などの中長期的な研究開発(5年から
低下しており、直近2010年は4.2%となっている(図
10年程度)の費用の比率について10年前と比較する
122–9)。他国の動向では、米国は低下傾向である
と、全般的に短期的な研究開発が増加傾向にある(図
が、依然高水準を維持している。一方、近年では中国
122–7)
。相対的に「電気機器」の分野で短期化傾向
が年々上昇している。1995年には0.8%であったが、
が顕著となっている。研究開発において短期的な成果
2010年には8.1%へと達しており、基礎的な科学技
を求める傾向が強まっている可能性があり、時間をか
術分野でも急速な伸長を見せている。
けつつも、ハードルの高い技術を開発し、育てること
図122‒8 政府負担研究開発費の各国比較
図122‒9 引用回数が多い論文の執筆数の各国比較
(世界のインパクトの高い論文の生産への貢献度)
(03 年 =100)
350
(※米国のみ右軸、%)
50.0
(%)
47.0
300
45.0
中国
250
40.0
32.4
200
韓国
150
日本
100
6.0
4.0
0
30.0
10.0
8.0
50
03
04
05
06
07
備考:自国通貨建ての研究開発費を2003年=100として指数化。
資料: OECD「OECD.StatExtracts」
08
09
(年)
35.0
米国(右軸)
2.0
0.0
中国
ドイツ
8.1
5.9
日本
4.2
0.8
95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 (年)
備考:1.
複数国の共著による論文の場合
(例えばA国とB国の共著)
、
それぞれの国に
A国0.5、B国0.5とカウントする。
(各国の論文数の世界シェアを合計すると
100%となる)
2.
被引用回数が各年各分野で上位10%に入る論文の抽出後、
実数で論文数
の10分の1となるように補正を加えた論文数が対象。
資料:科学技術政策研究所
「科学技術指標2012」
62
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第
コラム
節
2
次世代自動車向け高効率モーター用磁性材料技術開発
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
振り返ってみれば、石油ショック後のサンシャイン計画やムーンライト計画等の長期的な研究開発の取
組みは、太陽電池や燃料電池、ヒートポンプなど、我が国が世界をリードする技術分野を生み出した重要
な施策であった。しかし近年、政府の研究開発は短期化する傾向にあり、民間の研究開発投資も低迷して
いる。
こうした状況を打開するため、経済産業省では、文部科学省などと連携して、基礎から実用化まで一貫
して取り組む「未来開拓研究」を平成24年度に創設した。この制度では、①我が国経済社会に大きなイ
ンパクトを与えること、②従来技術の延長上にないような開発リスクが大きいこと、③我が国が世界に勝
てる強みを有すること、を要件として研究開発プロジェクトを選定しており、第1号案件として、「次世
代自動車向け高効率モーター用磁性材料技術開発」が同年スタートした。
現状のモーター用磁性材料は、強力な磁力を有し、さらに高温時にもその磁力を保持するために、ジス
プロシウムといったレアアースが添加されている。そのため、モーター用磁性材料の原料には供給リスク
が存在する。また、モーターは国内の全電力消費量の過半を占める製品でもあり、その性能向上による省
エネ波及効果は非常に大きい。
本プロジェクトでは、開発期間10年をかけて、磁性材料に使用されるレアアースやレアメタルを削減
することにより、特定の資源国に依存しない産業構造の構築を目指すだけでなく、材料の高性能化を図る
ことにより、モーターの抜本的な省エネ化を目標としている。具体的には、①レアアースを使用せずに高
温時でも磁力を保持できる磁性材料の開発、②低損失なモーター鉄心材料の開発、③インバータ制御を含
む最適なモーター設計技術の開発によって、モーターで失われるエネルギーを25%削減することを最終
目標としている。実施体制としては、素材メーカーやモーターメーカー、そのユーザー企業、公的研究機
関、大学などが参画しており、これらが競争と連携を有機的に行いながら研究開発を進めている。
このように、次世代自動車や家電、産業機械の心臓部であ
るモーターの省エネ化・競争力確保により、我が国製造業の
復活に寄与するプロジェクトとして、世界の注目が集まって
いる。
写真:開発中の高効率モーターの外観
63
(2)戦略的な特許取得の重要性
許の出願」による技術伝播の影響も大きいと認識され
①「戦略的」な特許取得が重要
ている(図122-11)。特許は、新たな技術の発明を
一般的に、大企業では多くの特許出願・取得がされ
公開することの代償として独占権を付与し、更なる発
ているが、特許取得件数を重視すると回答した大企業
明を奨励するものであるが、権利の戦略的な活用がな
と、特許取得対象を厳選すると回答した大企業を比較
ければ、単に自らの技術を公開するだけの結果となる
したところ、特許取得対象を厳選する企業の方が、特
可能性がある。特許出願の際には、出願により公開す
許取得件数を重視する企業よりも利益が増加基調とな
る技術に本来は秘匿すべきものが混在していないか注
る割合が多い(図表122-10)
。特許の取得は、これ
意が必要となる。
まで企業の技術力の高さを示すものと考えられてきた
が、特許を数多く取得することのみでは、必ずしも利
益の拡大に結び付かない。また、企業によっては特許
の取得件数を技術者の業績指標とすることがあるが、
数多く特許を取得することのみならず、特許の質を向
図122‒10 特許取得戦略と営業利益
上させることによって企業の利益の拡大につなげるこ
とが必要である。単なる特許取得件数を追うのではな
資本金100億円以上の大企業
0
く、自社の競争力を維持・向上させることを意識した
戦略的な特許取得が求められる。
また、ライバル企業に技術が伝播する影響が強い経
20
特許取得件数を
重視 (n=69)
40
44.9
60
80
13.0
100(%)
42.0
路については、一般的には「退職者等の人を介した流
出」や、
「その他不正な方法による流出」が大きく影
取得対象を
厳選 (n=15)
53.4
20.0
26.7
響すると考えられるが、実際には「ライバル企業によ
るリバースエンジニアリング」や「技術供与」による
技術伝播の影響が大きい。また、それらに次いで、
「特
増加基調
横ばい
減少基調
資料:経済産業省調べ
(13年2月)
図122‒11 技術伝播の影響が強い経路
0
特許の出願(n=164)
20
40
60
80
100(%)
12.2 53.7 26.2 7.9
クロスライセンス契約 6.1 32.9 42.1 18.9
(n=164)
技術供与 (n=164)
退職者等の人を介した流出
(n=164)
ライバル企業によるリバース
エンジニアリング
(n=165)
その他不正な方法による流出
(n=164)
19.5 46.9 17.7 15.9
10.4 50.0 30.5 9.1
18.2 53.3 23.0 5.5
10.4 40.2 26.2 23.2
大いに影響する
影響する
資料:経済産業省調べ
(13年2月)
64
影響はない
左記事象の該当なし
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第
コラム
節
2
人を通じた情報流出の実態
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
我が国ものづくり企業の技術面での優位性が揺らぎつつあるが、その一因として技術に関する情報が人
を通じてライバル企業へ流出しているとの指摘がある。そこで、「営業秘密の管理実態に関するアンケー
ト調査」の結果から、情報流出の実態を把握する。
まず、従業員数301人以上の製造業を対象にした過去5年間の営業秘密の漏えい事例 ( 人を通じた漏え
いに限る ) の有無では、61.1%の企業が「漏えい事例はない」と回答した一方、11%強の企業が「技術」
に関する何らかの情報流出事例を経験している(「おそらく技術に関する情報流出があった」
「明らかに技
術に関する情報の漏えいが1度あった」
「明らかに技術に関する情報の漏えい事例が複数回あった」の合計)
(図1)
。
図1 過去5年間での営業秘密の漏えい事例の有無
0
20
わからない
40
61.1
﹁技術﹂
に関する何らかの情報流出事例
おそらく情報(技術除く)
の流出があった
6.5
おそらく技術に関する情報流出があった
6.1
明らかに情報(技術除く)
の
漏えい事例が1度あった
2.3
明らかに技術に関する情報の
漏えい事例が1度あった
2.5
明らかに技術に関する情報の
漏えい事例が複数回あった
80(%)
19.8
情報の漏えい事例はない
明らかに情報(技術除く)
の
漏えい事例が複数回あった
60
4.0
2.7
明らかに技術に関する
情報漏えい事例
(n=555)
備考:1.
従業員数301人以上の製造業に関する集計結果。
2.
複数回答のため、各選択肢の合計は100%にならない。
資料:経済産業省「営業秘密の管理実態に関するアンケート調査」
次に、
「明らかな情報漏えい事例」が1回以上あったと回答した企業を対象として、漏えいの経緯につい
て尋ねたところ、
「中途退職者(正規社員)による漏えい」が32.7%であり、「現場従業員などのミスに
よる漏えい」に次いで回答比率が高かった(図2)。回答数が限られるため断定は難しいものの、特に中
途退職者を通じた情報漏えいが少なからず存在する実態がうかがえる。近年、我が国企業では業績低迷に
伴って希望退職の募集が行われており、人材の流動性が高まっていることから、企業には人を通じた情報
漏えいに対する防止策の整備が求められている。
65
図2 営業秘密の漏えい者
0
外部からの侵入に起因する漏えい
20
40
5.8
金銭目的等の動機をもった現場従業員による漏えい
19.2
現場従業員等のミスによる漏えい
中途退職者(役員)
による漏えい
38.5
5.8
中途退職者(正規社員)
による漏えい
契約満了後または中途退職した
契約社員による漏えい
契約満了後または中途退職した
派遣社員による漏えい
60(%)
32.7
5.8
3.8
定年退職者による漏えい
9.6
取引先や共同研究先を経由した漏えい
19.2
取引先からの要請を受けての漏えい
13.5
※
「図 1」で「明らかな情報漏
わからない
5.8
その他
5.8
えい事例」があったと回答した
企業のみを対象 (n=52)
備考:1.
従業員数301人以上の製造業に関する集計結果。
2.
複数回答のため、各選択肢の合計は100%にならない。
資料:経済産業省「営業秘密の管理実態に関するアンケート調査」
コラム
豊富な特許資産の有効活用・・・パナソニック(株)
パナソニック(株)では、豊富な特許資産の有効活用に乗り出し、同業他社への積極的なライセンス供
与や売却で資金化を進めていく方針である。
同社は、特許保有件数約14万件、世界知的所有権機関(WIPO)の特許国際出願件数ランキングでは
2011年に世界2位であり、特許の取得活動では世界トップクラスの企業である。一方で、多数の特許を
所有することは、各国の特許当局に対して維持費を支払う必要があり、コスト増を招く要因ともなり得る。
このような状況を背景に、従来の「知財リスクをいかに削減するか」という観点での知財活動から、豊
富な特許資産から効果的にキャッシュを生み出す活動へと転換する。具体的には、①有力な特許を他社に
ライセンス供与して使用料を得る、②事業縮小を進める事業分野などで不要となった特許を売却する、な
どの活動を積極的に進めることになる。
同社はこれまで本社研究部門だけで年150億円前後の特許収入があったが、これらの活動により、今後
はさらなるキャッシュフローを生み出すことが期待される。ここで得られた収益を研究開発費に還元する
ことで、積極的な研究開発の維持を目指す。
66
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第
コラム
2
節
グローバルな事業展開に対応した、海外における積極的な特許出願・・・ソニー
(株)
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
ソニー
(株)は、従来は特許出願の大半が日本国内であり、90年代まで日本出願を元に海外へ出願する
もの(外国出願率)は約15%であった。しかし、グローバルな市場発展に伴い、海外での出願を増やし
ている。
現在では、特許訴訟などにより特許戦略上重要な地位を占める米国においては、年間特許登録件数は全
企業のうち4位を占めている(図)。
また、近年経済成長著しい BRICs においても特許出願を増やしている。例えば、中国での出願数は、
2012年の中国における出願件数が2,184件(中国国家知識産権局(SIPO)発表)であり、中国における
外資系企業の中でも上位の特許出願件数であった。特許審査体制など環境の整備が発展段階のブラジルに
おいても、長期的観点から積極的な特許出願を行っている。
同社は今後も、グローバルな市場発展に伴い、積極的に海外出願を進めていく予定である。
図 2012年における企業別米国特許取得件数のトップ10
順位
件数
1
6,478
2
企業
順位
件数
企業
IBM
6
2,613
マイクロソフト
5,081
サムスン電子
7
2,447
東芝
3
3,174
キヤノン
8
2,013
鴻海精密工業
4
3,032
ソニー
9
1,652
GE
5
2,769
パナソニック
10
1,624
LG 電子
資料:米 IFI CLAMIMS Patent Services WEB ページから作成
67
②「技術」の流出防止に向けた取組が不十分
ボックス化などの措置を取っている企業のうちの約3
我が国企業の競争力及び技術力低下の一因として、
コア技術(企業にとって競争力の源泉となる技術)が
分の2がブラックボックス化などを行っても「ある程
度の技術流出はやむを得ない」と回答している。
企業から流出しているとの指摘がある。コア技術の流
ブラックボックス化などの措置を取っている約3割
出防止が求められているが、アンケートによると、ブ
の企業に対して、どのような取組を行っているかを
ラックボックス化 など特段の措置を取っていないと
尋ねると、「ノウハウとして秘匿」が45.8%、「従業
の回答比率が回答者の7割弱に達している(図122–
員と秘密保持契約や競業避止契約を結んでいる」が
12)
。一方、ブラックボックス化などの措置を取って
36.1%、「関係者以外の立ち入り禁止区域を設置」が
いる企業は全体の約3割にとどまっており、技術流出
31.4%の回答比率である(図122–13)。
注1
の防止に向けた取組が不十分である。また、ブラック
競争力の源泉たるコア技術であっても、事業上の理
由から第三者へ技術供与(ライセンスなど)すること
があり得る。コア技術の第三者への供与方針を尋ねる
図122-12 コア技術の管理方針
と、第三者へ「技術供与している」との回答は全体の
約 3 分の 2
8.0
0
1割弱にとどまっている(図122–14)。「いかなる場
20.9
約3割
20
68.5
40
60
80
2.6 (n=3,153)
合でも供与はありえない」との回答は2割強に及ぶも
(%)
100
のの、「明確な方針はまだ定まっていない」との回答
が全体の5割を占めており、技術供与に対する企業の
ブラックボックス化などにより、技術流出はあり得ない
ブラックボックス化などを行っているが、
ある程度の技術流出はやむを得ない
特段の措置はとっていない その他
方針は明確ではない。コア技術を技術供与している先
を対象に供与目的を尋ねると、市場開拓目的が最も多
資料:経済産業省調べ
(12年12月)
く、76.3%に達している(図122-15)。
注1 ブラックボックス化とは、製造プロセスやノウハウの全体の把握を防止するための措置や、供与した製品・部品・製造設備のみで容易に最終製品を
製造させないための措置である。
図122-13 ブラックボックス化のための具体的な取組
0
10
20
30
40
ノウハウとして秘匿
45.8
製造設備にノウハウを封じ込め、
設備は日本から輸出する
21.8
製造に必要なコア部品や
材料などの情報を営業秘密として管理
複数生産拠点や協力会社に分割発注
基幹部品をチップ化するなど、
ノウハウやコア技術の封じ込み
模倣されにくい形状・機構の設計
現地従業員に情報へのアクセス制限
29.2
5.0
4.6
11.8
12.3
関係者以外の立ち入り禁止区域を設置
従業員と秘密保持契約や
競業避止契約を結んでいる
備考:
「図122‒12」
で、
「ブラックボックス化などにより、技術流出はあり得ない」
「ブラックボックス化などを行っているが、
ある程度の技術流出はやむを得ない」
と
回答した企業が対象。
資料:経済産業省調べ
(12年12月)
68
50(%)
31.4
36.1
(n=879)
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第
コラム
2
節
実効性のある競業避止義務契約
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
企業の中途退職者などによる人を通じた技術流出の対応策の一つとして、重要な技術者などに対して競業
企業などに退職後一定期間再就職しないよう義務づける契約(競業避止義務契約)を締結する方法がある。
ここでは、実効性のある競業避止義務契約の考え方について、関係する判例の分析・検討を行った結果を紹
介する。
実効性のある競業避止義務契約とするためには、就業規則に原則的な規定及び「個別合意がある場合は個
別合意を優先する」旨を規定し、必要な者と契約、誓約書などにより個別合意を得る。このことは、就業規
則の周知効果を狙うという観点からも有効である。いずれにせよ従業員への規則の十分な周知は必要である。
競業避止義務契約が労働契約として適法に成立していることを前提に、有効性が認められやすい規定内
容は以下のとおりである。
①営業秘密などの守るべき利益を確定する(包括的なものは不可)。
②対象をその営業秘密などに関与していた従業員に絞り込む(職位などの形式的な絞り込みは不可)。
③職業選択の自由を阻害するような広範な地理的制限をかけない。
④業種にもよるが1年以内とする(2年超が認められるのは例外的)。
⑤禁止する競業行為の範囲を守るべき利益と比較して絞り込む(一般的・抽象的なものは不可)。
⑥基本的に競業避止義務に見合う何らかの代償措置が必要(代償措置がない場合は有効性が否定される可
能性が高い)
。
競業避止義務契約の効果としては、不正競争防止法違反などと比較して、義務違反の立証が相対的に容
易であり、より直接的に競業行為自体の差止めを請求できることなどが挙げられる。
就業規則の規定例
(競業避止義務契約)
第○○条
従業員は在職中及び退職後6ヶ月間、会社と競合する他社に就職及び競合する事業を営むことを禁止
する。ただし、会社が従業員と個別に競業避止義務契約について契約をした場合には、当該契約による
ものとする。
個別合意の例(誓約書の例)
貴社を退職するにあたり、退職後1年間、貴社からの許諾がない限り、次の行為をしないことを誓約い
たします。
1)貴社で従事した○○の開発に係る職務を通じて得た経験や知見が貴社にとって重要な企業秘密な
いしノウハウであることに鑑み、当該開発期間及びこれに類する開発に係る職務を、貴社の競合他社
(競業する新会社を設立した場合にはこれを含む。以下、同じ。)において行いません。
2)貴社で従事した○○に係る開発及びこれに類する開発に係る職務を、貴社の競合他社から契約の形
態を問わず、受注ないし請け負うことはいたしません。
出典:平成24年度経済産業省委託調査「人材を通じた技術流出に関する調査研究報告書」
69
また、
「自動車」と「電気機械」を主力事業とする
図122-14 コア技術の第三者への供与方針
企業について供与目的と技術流出の関係を見ると、相
対的に「自動車」よりも、「電気機械」の方が技術流
9.1
15.3
23.9
51.6
(n=3,215)
出の経験が多く、特に「市場開拓」目的に技術供与
を行った企業では、5割強が技術流出を経験している
0
20
(図122-16)
。
「電気機械」分野では、技術面で新興
国企業の猛追を受けており、技術の流出懸念が高まっ
ているものの、コア技術に対する防御策が手薄な可能
40
60
80
技術供与している ビジネスモデルがあれば検討する
いかなる場合でも技術供与はありえない 明確な方針はまだ定まっていない
資料:経済産業省調べ
(12年12月)
性が考えられる。
図122‒15 コア技術の第三者への供与目的
0
20
40
60
80
(%)
76.3
市場開拓のため
69.0
ロイヤリティのため
40.4
クロスライセンスのため
(n=287)
資料:経済産業省調べ
(12年12月)
図122‒16 コア技術の第三者への供与目的と技術流出の有無
(%)
100
80
60
27.6
41.4
16.4
6.7
70.0
54.5
31.0
10.0
53.3
58.6
32.7
40.0
20.0
13.8
クロスライセンスのため
ロイヤリティのため
市場開拓のため
クロスライセンスのため
ロイヤリティのため
市場開拓のため
0
22.7
22.7
50.9
40
20
27.6
(n=58) (n=55) (n=29) (n=22) (n=15) (n=10)
自動車
電気機械
わからない ない ある
備考:
「図122‒14」
で、
「技術供与している」
と回答した企業のうち、
自社の主力事業
分野を
「自動車」
または
「電気機械」
と回答した企業が対象。
資料:経済産業省調べ
(12年12月)
70
(%)
100
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第
コラム
2
節
製造装置を通じた海外への技術伝播をコントロール・・・
(株)ミクロ発條
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
長野県諏訪市に本社を構える(株)ミクロ発條は微細バネに特化したものづくりを展開しており、ボー
ルペンの先端に組み込まれているバネでは国内シェア7割、世界シェア5割を持つ。極小バネが最も多用
されるのは半導体の検査装置で、最微細のバネになると外径100μ m 以下のミクロの世界が求められ、
同社をはじめ国内でも生産できる企業は限られる。
同社の強みは、金型を使わず職人の熟練した技に頼らない数値制御方式の開発を繰り返し行い生まれた
独自の NC マシンで、自ら製造装置をつくり続けてきたことで独創的な“スプリング作り”のノウハウを
積み上げてきた。自社開発なのでバネ加工に必要なツールの変更が可能で難加工にも自由自在に対応でき、
設備のメンテナンスも自社で対応できる。さらに、自社開発の製造装置は、日本(本社工場)、上海工場、
大連工場、マレーシア工場の4拠点で600台が稼働しており、24時間稼働(夜間無人運転)により生産
量は月ベースで3億個を超え、同一マシン・同一品質によるグローバルでの安定生産・安定供給が可能と
なっている。また4拠点での稼働状況はリアルタイムでモニタリング可能で、世界中どこからでも生産・
品質・在庫・受注・発注状況が見える化できる状態となっている。
「日本でつくれるものは、日本国内でしかつくらない」をモットーに、ハイエンドの装置は海外へ出さ
ず、ブラックボックス化しているというが、装置を海外へ出す・出さないという判断はマーケットでの競
合状態で決めるものだという。だからこそ、自社で製造装置を作れるということは、常に新しい技術、新
しい製品に柔軟に対応できるとともに、海外への技術伝播をコントロールできるという意味で大きな意味
を持つ。
図:(株)ミクロ発條の生産体制
写真:同社の製造装置
71
コラム
鋳造工学の基礎を見極め、“核”となる技術をブラックボックス化・・・
(株)カトー
(株)カトーは産業用機械の鋳鉄部品メーカーであり、エレベーターシーブと呼ばれるエレベーターの重要保
安部品をはじめ、鉄鋼製品の製造に使われるプレス機用の金型、火力発電に使用される軸流ファンの動翼など、
高品質を要求される各種鋳鉄品を製造している。これら鋳鉄品は同社で開発された耐久性及び耐磨耗性などの
優れた「微細化球状黒鉛鋳鉄(KFCD)
」を活用しており、顧客企業からはいずれも高い評価を得ている。
鋳鉄品は中国・韓国などでのキャッチアップが極めて早く、コストダウンのための製造技術はこれらの国々
に追い越される可能性が高いと同社は考えている。このため、同社は鋳鉄品の性能・品質面で中国・韓国に対
して圧倒的な技術力を持つことを重要視し、試験研究センターを技術部に創設。材料面をも含めた鋳造工学の
基礎から応用にいたる各分野にわたって、新製品開発の研鑽に努めている。
また同社は、知財戦略にも力を入れている。鋳鉄品の性能・品質を決定する重要な因子である材料の配合に
ついては、特許を取得することによって、特許侵害とならない方法で同性能・品質を持つ鋳鉄品を製造されて
しまう可能性が極めて高い。このため、同社は材料の配合を含む製造技術をブラックボックス化し、周辺技術
のみを特許で固めることで、技術流出を防止している。
ブラックボックス化すべき技術、すなわち“核”となる技術を特定するため、同社は材料工学の理論面及
び基礎的実験面と品質改良のメカニズム面から研究開発を行っている。
“核”となる技術を明確にすることで、
“核”技術をベースとして1つの鋳鉄品から様々な用途の鋳鉄品が製造可能となる。
しかしながらこれらを実現するためには、材料工学の高い
知識・知見が必要である。同社は、新しい鋳鉄品の開発技術
を向上させるために、産学連携を活用してきた。現在、各分
野に精通した技術顧問団を招聘し、鋳鉄品の開発サイクルを
整備している。製品開発における技術顧問団の要求水準は非
常に高く、同社はその要求に応えるべく様々な努力を重ね、
現在は鋳鉄品分野のプロフェッショナルともいえる技術知識
を身につけている。
同社は、安易な海外展開は技術流出を招きかねないと考
え、国内の生産と研究開発にこだわっている。今後も研究開
発を推し進め、他国が真似できない、性能・品質に優れた鋳
鉄品を国内外へ供給していくであろう。
②特許取得後の権利の適切な行使が重要
72
写真:微細化球状黒鉛鋳鉄(KFCD)を活用して
製造されたエレベーターシーブ
ライセンス供与に対するスタンスを海外企業と比較す
我が国企業は、他国の企業と比較して、取得した特
ると、海外企業では特許をライセンス供与する意思が
許権をより一層活用して収益として回収し、その収益
ある企業の多くがライセンス供与の売り込み活動を
をさらなる技術開発に活用していく「イノベーション
行っているのに対し、我が国企業はライセンス供与の
サイクル」を強化する動きが不十分である。例えば、
意思はあるが、ライセンス供与の売り込み活動を行っ
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第
図122-17 ライセンス供与に対するスタンス
節
2
(%)
100
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
15.7
25.0
80
32.9
23.5
8.3
60
40
45.1
60.8
66.7
20
22.0
0
国内企業(n=337)
欧米企業(n=51)
その他アジア企業(n=12)
ライセンス供与する意思はない
ライセンス供与する意思はあるが、ライセンス供与の売り込み活動を行っていない
ライセンス供与する意思があり、ライセンス供与の売り込み活動を行っている
備考:その他アジア企業の国・地域は、韓国、台湾、インド、インドネシア、シンガポール、タイ、ベトナム。
資料:特許庁 平成 24 年度知的財産国際権利化戦略推進事業
図122-18 侵害品を発見した際の対応
(%)
100
2.7
15.4
18.0
25.6
80
15.4
9.3
60
45.6
30.2
53.8
40
9.8
20
4.1
13.6
0
18.6
11.6
7.7
6.2
4.7
7.7
国内企業(n=338)
欧米企業(n=43)
その他アジア企業(n=25)
訴訟を提起する
訴訟まで見越して交渉をする
警告状を送付するが、基本的には
訴訟にまで至らないように交渉をする
ライセンス交渉を持ちかける
何もしない
個別事業や国によって全く違う
その他
備考:その他アジア企業の国・地域は、韓国、台湾、インド、インドネシア、シンガポール、タイ、ベトナム。
資料:特許庁 平成 24 年度知的財産国際権利化戦略推進事業 73
(3)不足する技術系人材
ていない企業が多くを占めている(図122-17)。
さらに、侵害行為に対する対応では、海外企業は
新技術の開発や製造プロセスの改善など、ものづく
「訴訟を提起する」、「ライセンス交渉を持ちかける」
りにおけるイノベーション創出を担うのは人材によると
の割合が多い一方、我が国企業では警告状の送付に留
ころが大きい。ただし、ものづくりを担う技術系人材
まっている企業が多く、訴訟に踏み切る企業は少ない
の確保状況を見てみると、十分確保できている企業が
(図122-18)
。自らの特許権に対する侵害品を排除し、
6.7%、多少は確保できている企業が39.8%ある一方、
自社の利益を確保するためにも、侵害行為に対する対
あまり確保できていない企業が41.5%、全く確保でき
応の見直しが求められる。
ていない企業が5.1%あり、約半数の企業が必要な技術
系人材を確保できていない状況にある(図122-19)
。
図122-19 技術系人材の確保状況
技術系人材は不要である
6.9%
十分確保できている
6.7%
全く確保できていない
5.1%
多少は確保できている
39.8%
あまり確保できていない
41.5%
(n=3,823)
資料:経済産業省調べ
(13年2月)
図122-20 技術系人材を確保できない理由
0
20
40
技術系人材の絶対数が少ない
42.0
育成活動に必要な費用や人員を捻出できない
37.1
十分な報酬や福利厚生を用意できず、
必要な人員が集まらない
34.2
人材の質(基礎学力や技能など)が低下している
十分な報酬や福利
34.0
採用活動に必要な費用や人員を捻出できない
その他
60 (%)
21.9
3.5
(n=1,686)
資料:経済産業省調べ
(13年2月)
74
第1章
さらに、人材を確保しにくい技術分野を見てみると、
材の質(基礎学力や技能など)が低下している」も
が24.6%、材料・金属工学が11.4%となっている(図
34.0%あり、技術系人材の人数面だけでなく質の面に
122-21)
。少子化による学生数の減少に加えて、いわ
おいても低下していることがうかがえる。また、
「育
ゆる理系離れなどを背景として、我が国ものづくり産
成活動に必要な費用や人員を捻出できない」
(37.1%)
、
業の主力分野でありながらも、機械工学や電気・電子
「十分な報酬や福利厚生を用意できず、必要な人員が集
工学分野では必要な技術系人材を確保しにくくなって
まらない」
(34.2%)など、技術系人材を雇用・育成す
いる。技術系人材の不足により、我が国ものづくり産
るための費用が捻出できないことも大きな要因となっ
業を支える技術の継承や、イノベーションの担い手が
ている(図122-20)
。
不在となり、競争力低下を招く恐れがある。
2
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
機械工学が43.5%と最も多く、次いで電気・電子工学
節
材の絶対数が少ない」が42.0%と最も多いほか、
「人
第
技術系人材が確保できない理由としては、
「技術系人
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
図122-21 人材を確保しにくい技術分野
情報・システム工学
3.2%
その他
4.8%
繊維工学
4.4%
化学工学
8.0%
機械工学
43.5%
材料・金属工学
11.4%
電気・電子工学
24.6%
(n=1,666)
資料:経済産業省調べ
(13年2月)
コラム
地域企業と大学の連携による新しい金型技術高度化と技術系人材育成拠点としての期
待・・・近畿大学
東大阪市をはじめとした大阪東部地域は、
「作れないものはない」と言われるほど多様な中小ものづく
り企業が集積している地域として知られており、それら多様なメーカーを支える金型メーカーの集積につ
いても全国有数の地域である。
しかしながら、当地の金型メーカーは他の地域と比較しても小規模で経営基盤の弱い企業が多く、また
中心顧客である電機機械関連メーカーの業績不振、取引先の海外移転、海外メーカーとの熾烈な価格競争
など、当地の金型産業は今、苦境に立たされている。
そうしたなか、大阪東部地域では、地域をあげての産学連携により金型技術の高度化を目指す取組「金
型プロジェクト」が始まっている。
75
近畿大学が中心となり2012年度から実施している金型プロジェクトは、研究室と企業が1対1(ないし1対少
数)で線的に繋がる従来の産学連携とは異なり、多数の研究室と多数の企業が面的に連携し、その研究成果を
地域全体に還元することを目指している。また、他地域に比べても小規模な工場が多いという大阪東部地域の
特性を反映して、従業員数20名以下の企業を主な連携相手として想定している点も特徴として挙げられる。
現在は機械工学科の15名の研究者が材料・設計・製造の3つのグループに分かれ、それぞれ地域企業のニーズ
に沿った研究テーマに取り組んでいる。例えば製造グループでは、後継者不足などにより地域から失われつつあ
る職人的な磨きの技術を継承することを目的として、
「金型の磨きと計測の自動化」をテーマとして取り組んでいる。
また、近畿大学では、これらの研究成果を地域の企業に
還元するための拠点として、金型デザインセンター
(仮称)
を設置することも検討している。金型デザインセンターは、
当地域の金型産業を担う人材を育成するための教育拠点と
しての機能や、金型ユーザー企業と地域の金型メーカーを
繋ぐマッチングの機能を有する拠点とすることを想定してお
り、金型を切り口として地域の産業活性化に繋がることが期
待されている。
写真:近畿大学が大学として世界で初めて導入した3D 形状計測・検査
システム(金型や金型で製造した部品を解析できる)
(4)イノベーションを促す環境が不十分
我が国は米国、ドイツ、韓国と比べてイノベーション
ものづくり企業がイノベーションを継続的に創出し
推進策の貢献度が低い傾向にある(図122-22)
。
ていくためには、基礎研究、技術開発・応用研究、ビ
少子高齢化や資源・エネルギー制約、環境問題など
ジネス開発・事業化といった観点から、法制や事業環
の社会的課題が顕在化する一方、様々な規制や新市
境面でイノベーションを創出しやすい環境を整える必
場に対応する制度設計の未整備により、我が国ものづ
要がある。主要国のイノベーション推進策(基礎研究、
くり企業のイノベーションを促す環境整備が不十分と
技術開発、事業化等の促進に関する法制度や環境整備)
なっている可能性がある。
の貢献度について、我が国企業の認識を見てみると、
図122‒22 イノベーション促進法制・環境整備状況の比較
基礎研究分野
(%)
100
15.0
14.4
23.7
16.6
技術開発・応用研究分野
25.0
80
(%)
100
14.2
13.7
22.8
15.4
80
38.2
60 53.3
28.3 41.1
60
40
30.7
51.2
30.8
27.9
38.4
36.8
60 55.8
32.5
34.5
40
16.7
13.6 11.5
14.2
3.7
2.1
日本 米国 ドイツ 韓国 中国
(n=3,422)
(n=437)(n=198)(n=435)
(n=1,050)
0
大きく貢献
少し貢献
資料:経済産業省調べ
(13年2月)
21.3
14.4
22.4
32.5
34.6
54.7
20
16.0
14.7
14.5
16.4
3.5
2.4
日本 米国 ドイツ 韓国 中国
(n=3,418)
(n=437)(n=197)(n=435)
(n=1,050)
0
あまり貢献していない
33.2
33.3
20 31.1
20 28.1
12.8
57.7
40
34.3
(%)
100
14.8
80
37.8
58.7
76
23.5
ビジネス開発・事業化分野
まったく貢献していない
34.4
36.5
27.2
15.6
9.6
16.5
19.6
2.3
3.2
日本 米国 ドイツ 韓国 中国
(n=3,409)
(n=437)(n=197)(n=436)
(n=1,049)
0
第1章
いるとは一概には言い切れないが、全般的に生産設備
ここまで我が国の強みである「技術」の危機につい
の老朽化が進んでいることが分かる。
我が国の民間設備投資の推移を見ると、1990年代
「設備」について取り上げる。設備は人体に例えると
以降のいわゆる「失われた20年」の間に、約3割減少
「筋肉」に該当し、
「頭脳」である技術と並び、我が国
したことがうかがえる(図122–24)。バブル経済期
ものづくり産業の競争力の源泉となるものである。し
の活発な設備投資の結果、我が国の企業部門は過剰設
かし、国内での新規設備投資が減少し老朽化が進むと
備を抱えることとなり、1990年代を通じて過剰設備
ともに、新興国企業のキャッチアップが著しく、我が
の調整(ストック調整)が行われたが、おおむね調整
国企業の優位性が低下しつつある。
が終わったとされる2000年代以降も設備投資の動き
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
て述べてきたが、次に生産設備をはじめとする企業の
2
節
備」の優位性が低下
り高いからといってその業種が他業種より老朽化して
第
(5)新規投資の減少に伴う老朽化などにより「設
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
は重く、停滞が続いている。設備投資の停滞が設備の
①設備投資の停滞と生産設備の老朽化
老朽化や平均年齢の長期化の一因となっている。
生産設備の平均年齢(ビンテージ)の推移を見る
一方、この間に米国では1990年比で2.37倍、さら
と、製造業全体では1992年1-3月期の10.3年を底
に韓国では4.95倍と大幅に伸びている。新興国であ
として上昇基調が続いた(図122–23)。2005年から
る韓国と一概に比較することは困難であるが、我が国
2008年頃にかけては一時的におおむね横ばいで推移
企業の設備投資が伸び悩んでいた間、急激なキャッチ
していたものの、その後再び上昇し2012年1-3月期
アップを受けていたことが分かる。
には15.8年まで上昇した。業種別では足下の動きに
設備投資が低迷している要因としては、キャッシュ
違いがあり、輸送機械は上昇を続けているが、鉄鋼は
フロー(現金)の創出力が落ちていることが一因とし
横ばいで推移している。業種によって設備の平均耐用
て挙げられる。企業は、銀行借り入れや株式発行、資
年数が異なるため、ある業種のビンテージが他業種よ
産売却などの財務・投資活動を通じてもキャッシュフ
図122‒23 生産設備の平均年齢(ビンテージ)
の推移
(年)
22.0
鉄鋼
20.0
19.6
18.0
化学
16.0
16.3
15.8
製造業
14.0
13.9
輸送機械
12.0
10.0
8.0
1990
92
94
96
98
2000
02
04
06
08
10
12 (年)
備考:平均年齢(ビンテージ)
は四半期ごとに算出。
資料:内閣府「民間企業資本ストック」、
「国富調査」
から作成
77
図122‒24 各国民間設備投資の推移
(90 年=1)
6.0
韓国
90年の4.95倍
(2010年)
5.0
4.0
米国
90年の2.37倍
(2011年)
3.0
2.0
日本
90年の0.72倍
(2011年)
1.0
0.0
90
92
94
96
98
00
02
04
06
08
10
(暦年)
備考:1.
日本の1994∼2011年は2005年基準(93SNA)。1990∼93年は、2000年
基準(93SNA)
の値に、94年の値の2005年基準(93SNA)
と2000年基準(93SNA)
の比率を掛け合わせて算出。体系基準年が異なるため直接接続していない。
2.
米国と韓国は、
「総固定資本形成」
から
「政府総固定資本形成」及び
「住
宅投資」
を控除して算出。
資料:内閣府「国民経済計算」、OECD(OECD.StatExtracts)
から作成
ローを生み出すことができるが、本業を通じて稼ぎ出
資の目的を変化させている。製造業の設備投資の動
すキャッシュフローが設備投資の有力な原資となって
機では、2007年に42.8%を占めていた「能力増強」
いる。
「フリーキャッシュフロー(=営業利益+減価償
という回答比率は2008年の「リーマンショック」以
却費)
」は、
「企業が自由に使える資金」という概念で
降、低下傾向にある(図122–26)。一方、「維持・補
あり、企業が本業から稼ぐキャッシュフローを示す代
修」の回答比率は徐々に高まっている。直近2012年
表的な指標である。
では「能力増強」が25.1%、「維持・補修」が24.9%
過去の推移のとおり、フリーキャッシュフローと設
となり、ほぼ同水準である。国内外での景気の落ち込
備投資の連動性は非常に高いが、足下では景気回復の
みによる需要の減少や、新興国企業を中心に生産能力
遅れによりフリーキャッシュフロー、設備投資ともに
を増強する動きから、国内の生産設備には過剰感が
落ち込んだままとなっている(図122–25)
。直近の
出ている。企業設備の過不足感を示す日銀短観「生
ピークである2007年に36.3兆円だったフリーキャッ
産・営業用設備判断 DI」を見ると、「リーマンショッ
シュフローは、2011年には32%減少して24.7兆円
ク」直後に設備過剰感が急激に高まり、「製造業全体」
へと落ち込んだ。この間、設備投資は2007年の17.5
では2009年第1四半期に「+36」まで上昇した(図
兆円から2011年の11.3兆円へと35.5%減少した。
122–27)。その後、2010年にかけて設備過剰感は緩
短期的に減価償却費は同水準で推移すると考えると、
和したものの、足下では改善が進んでいない。企業は
フリーキャッシュフローを増加させるためには営業利
設備過剰感を背景に「能力増強」投資を抑制している
益の増加が必要となる。企業収益が持ち直してこない
ことがうかがえる。一方、設備の老朽化が進んでいる
と、更なる設備投資が困難となるであろう。
ことから、「維持・補修」のウェイトを高めることで
資金面で設備投資に制約がかかる中、企業は設備投
78
設備の競争力を維持しようとしていると考えられる。
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第
図122‒25 フリーキャッシュフローと設備投資
■フリーキャッシュフロー
(=営業利益+減価償却費)
40
2
節
(兆円)
■設備投資(ソフトウェア除く)
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
35
30
25
20
15
10
5
0
1961
66
71
76
81
86
91
96
2001
06
11(年度)
備考:業種は
「製造業」、規模は
「全規模」。
資料:財務省「法人企業統計調査」
図122‒26 設備投資動機の推移(製造業)
0
05
20
33.6
10
30.0
11
29.3
12
11.5
31.6
25.1
能力増強
研究開発
16.1
16.9
10.0
12.1
11.4
9.8
11.8
新製品・製品高度化
維持・補修
16.8
6.2
11.0
15.7
15.6
7.4
10.9
12.3
40.4
08
80
12.6
16.2
42.8
07
60
18.1
37.4
06
09
40
6.2
8.0
7.8
7.3
9.5
9.5
17.8
16.6
16.5
21.2
20.3
100(%)
11.5
11.5
12.1
12.6
11.6
15.0
23.9
12.0
24.9
11.8
合理化・省力化
その他
資料:日本政策投資銀行「全国設備投資計画調査」
②国内生産設備の優位性が後退
生産設備について「自社が優位」と回答した企業
自社の国内生産設備の生産性について、国内外のラ
に対して「自社が優位」である理由を聞くと、業種
イバル企業と比較すると、「輸送用機械器具」や「鉄
によってその傾向が異なる。「輸送用機械器具」では
鋼業」では「自社が優位」との回答が「自社が劣位」
38.1%が「建屋も新しく、最新生産設備を設置」と
との回答を上回っているが、「電気機械」や「化学工
回答しており、最新設備の導入によって優位性を高め
業」では「自社が劣位」との回答の方が「自社が優位」
ていることが分かる(図122–29)。一方、「鉄鋼業」
との回答より多い(図122–28)。
では「設備は老朽化しているが、維持・補修を行って
79
図122‒27 生産設備の過不足感の推移(生産・営業用設備判断DI)
設備過剰
(
「過剰」
−
「不足」
)
70
製造業全体
化学
鉄鋼
電気機械
輸送用機械
60
50
40
30
20
10
0
-10
設備不足
-20
Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ (期)
06
07
08
09
10
11
12
13
(年)
備考:規模は
「全規模合計」。
資料:日本銀行「生産・営業用設備判断DI」
図122‒28 ライバル企業と比べた自社の国内生産設備の優位性
(%)
100
80
33.1
27.8
28.8
37.1
25.9
39.3
24.2
(n=434)
35.5
輸送用機械器具
(n=439)
25.6
電気機械
一般機械
(n=89)
45.6
自社が優位
31.7
鉄鋼業
化学工業
(n=157)
38.6
40.5
42.7
20
0
自社が劣位
自社と同等
60
40
23.6
(n=321)
資料:経済産業省調べ
(12年12月)
80
いる」との回答が多数を占めており、維持・補修の実
下の原因となっている(図122–30)。また「電気機
施により優位性を高めている。
械」や「化学工業」では「ライバル企業の投資スピー
逆に「自社が劣位」と回答した企業について「自社
ドが速く、追いつけていない」との回答比率が相対的
が劣位」である理由は、各業種ともに「資金面から新
に高くなっている。特にエレクトロニクス分野(「電
規投資が困難なため、生産設備が老朽化」との回答が
気機械」に含まれる)では、技術革新の速さや製品寿
おおむね過半に達しており、設備の老朽化が優位性低
命の短期化から継続的な設備投資が必要とされている
第1章
我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
がうかがえる。
実施(「設備は老朽化しているが、維持・補修を行っ
ている」)で優位性を維持しているとの回答も一定程
取れるが、一方では設備が老朽化しつつも、使い込む
度ある。設備が老朽化する中、工夫を重ねることで優
ことで蓄積されたノウハウ(
「設備は老朽化している
位性を保とうとしている。
2
転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題
全般的に製造設備の老朽化が進んでいる状況が見て
節
が、ノウハウが蓄積されている」)やメンテナンスの
第
が、我が国企業は十分対応できずに苦労していること
図122‒29 設備について
「自社が優位」
である理由
(%)
100
80
2.6
26.3
0.1
5.8
6.3
25.7
1.8
24.8
29.9
37.8
13.3
60
40
26.3
37.1
13.1
13.5
17.5
7.9
23.4
17.1
20
36.8
20.0
18.9
建屋も新しく、
最新生産設備を設置
設備は老朽化しているが、
維持・補修を行っている
その他
(n=137)
(n=111)
輸送用機械器具
(n=35)
電気機械
一般機械
(n=38)
38.1
33.6
鉄鋼業
化学工業
0
22.1
(n=113)
建屋は老朽化しているが、最新生産設備を設置
設備は老朽化しているが、
ノウハウが蓄積されている
資料:経済産業省調べ
(12年12月)
図122‒30 設備について
「自社が劣位」
である理由
(%)
100
15.7
80
14.3
23.5
60
14.3
7.8
4.8
9.5
13.1
16.8
11.0
17.1
16.0
27.9
7.6
5.0
8.2
1.6
5.9
11.0
4.9
40
57.1
20
(n=119)
資金面から新規投資が困難なため、
生産設備が老朽化
海外に比べて国内拠点への投資優先度が低く、
生産設備が老朽化
その他
(n=122)
56.1
輸送用機械器具
電気機械
(n=21)
49.2
一般機械
(n=51)
54.6
鉄鋼業
化学工業
0
47.1
(n=82)
設備過剰であるため、新規投資が困難
ライバル企業の投資スピードが速く、
追いついていけない
資料:経済産業省調べ
(12年12月)
81
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