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《特集1》放射線の健康影響について《特集2》

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《特集1》放射線の健康影響について《特集2》
6
2011.September
(社)
日本青果物輸入安全推進協会
特 集
基準値を超過した食品の安全性を考える
菜果フォーラム
目 次
特集 基準値を超過した食品の安全性を考える
特集 1
02
放射線の健康影響について
特集 2
06
食品の放射能汚染を考える
特集 3
11
残留農薬ポジティブリスト制度施行後、5年を振り返る 東海コープ事業連合検査センター技術顧問 斎藤
勲
メディア検証
17
トピックス
19
「放射能汚染に○○が効く」は本当か
消費者のための「栄養成分表示」への第一歩 消費者庁「栄養成分表示検討会の報告書」
世界の果物文化 ドライフルーツ
21
ふいご祭り
絵 : 高村 哲(たかむら さとし)
01
saika forum
フルーツ Q&A
22
特集 基準値を超過した食品の安全性を考える
〜放射性物質と残留農薬を例に〜
Features
特集1
放射線の健康影響について
2011年 3月11日、東日本大震災によって引き起こされ
状がでるような高線量の汚染のレベルではありません。あ
た東京電力福島第一原子力発電所の事故によって、多量の
くまでも低線量のレベルのものです。しかし、その健康影
放射性物質が放出されました。放射性物質の汚染は、
土壌、
響については、いくつかの考え方があって、実は現在の科学
水、牧草、稲わら、作物など広範囲に及び、国が定めた暫
でははっきりと決着がついていません。このため、国や科
定規制値を超える農作物や魚介類、牛乳、牛肉が見つかっ
学者の説明は歯切れが悪くなり、消費者の不安は増大して
ています。
いるようです。
暫定規制値を超えた食品を食べるとどうなるのでしょうか。
特集1では、放射性物質の暫定規制値の意味を考えるうえ
3月の時点では
「食べてもただちに影響はない」という説
で欠かせない、放射線の健康影響について、まとめました。
明が、
国によってさかんにされていました。しかし、
「ただちに」
また、特集 2では食品の放射能汚染について暫定規制
ということばが、
「後になって影響が出るのではないか」とし
値をめぐる管理の問題を取り上げ、特集 3では規制値超過
て、国民の不安がかえって助長されることもあり、その後は
の事例として、残留農薬の基準値超過の問題を比較して取
この表現は使われなくなりました。
り上げます。
現在は、仮に暫定規制値を超えたと言っても、即座に症
放射線の健康影響は、確定的影響と
確率的影響に分けられる
放射線の人体への影響について、
国際放射線防護委員会
(ICRP:放射線から身を守る放射線防護に関する勧告を行
図1 しきい値
生体への
影響の程度
死亡
中毒や
病気など
しきい値
う国際的な学術組織)は、大きく2つにわけています。確
定的影響と確率的影響とよばれるものです。
安全な量
確定的影響とは、多量の放射線を一度に浴びた時に現
有害な影響のみられる量
ハザードの
摂取量
(横軸は対数表記)
れる健康影響で、被ばく後、比較的短時間で影響が現れま
す。この場合は、ある線量の数値を下回れれば症状は出な
もう1つは、低い線量で問題となる確率的影響です。被
いという
「しきい値
(閾値:いきちともいう)
」
(図1)があり
ばく後、数年を経てがんや白血病になることがあるというも
ます。
ので、晩発影響ともよばれます。また、遺伝子を通じて子
確定的影響は、これまでの広島や長崎の原子爆弾の影
孫に現れる遺伝的影響も、確率的影響です。こちらは、被
響の研究で明らかになっており、
「500mSv以上で一過性
ばくをした人のすべてに影響がでるわけではなく、被ばくし
の白血球減少がみられ、1000mSv以上でおう吐や水晶
た集団で影響のでる確率が増える、というものです。放射
体混濁などの急性放射線障害が起き、2000 mSv以上で
線量が高くなるにつれて、現れる確率が増えると考えられて
5%が死亡、3000 〜5000mSvで50%が死亡、7000
います。
〜10000mSvで99%が死亡する」とされています。
確定的影響は、高い放射線量を受けた場合に起こり、今
ただし、しきい値以下では影響がなく、しきい値は影響
回の原発事故のように比較的低い線量の場合は、確率的
が出るか出ないかの境界線といえます。
影響が問題となります。
saika forum
02
特集1 放射線の健康影響について
図2 放射線の被ばく線量と健康影響
高い ︻影響の発生する確率︼
低線量では、しきい値がある?ない?
放射線の影響と被ばく線量について、低線量
(一般的に
は100 〜200mSvより下の放射線量をいう)の発がんリ
スクについては、実のところ明らかになっていません。
なぜ、はっきりとわからないのでしょうか。それは、低線
しきい値がある説
しきい値がない説
しきい値 (影響の発生する最小の線量)
の区別ができなくなってしまうからです。日本人の場合、半
高い
量におけるリスクが小さいために、他の要因による発がんと
【線量】
数はがんにかかり、3分の1はがんによって死亡します。発
がんの要因はさまざまで、喫煙、高塩分の食生活、食品中
なっても線量がゼロにならない限り、リスクはゼロにならず、
にもともと含まれる天然の発がん物質、食習慣など数多く
直線になります。こちらは線量の低いところは、はっきりと
あります。これら要因と区別して、放射線の影響を明らか
わからないため点線で示しています。
(図2)
にすることは、これまでの研究でも非常に難しく、いくつか
後者の
「しきい値がない」とする仮説は、ICRPでも採用
の仮説が提唱されています。
されています。原爆の調査などから1000mSvでは生涯で
1つは、ある線量以下では実際に悪影響はみられないの
がんになる確率が、
浴びない人より5%増えることを前提に、
だから、低線量のどこかに
「しきい値がある」とする仮説で
100mSvの被ばくでは生涯の発がんリスクは0.5%増える
す。リスクがゼロになるしきい値があるため、S字カーブの
として、放射線量とがんの発生率の増加との関係をそのま
曲線になると考えられます。
ま低線量域に延長して考えるものです。
一方「しきい値がない」仮説では、どんなに線量が低く
これら仮説について、ご紹介しましょう。
る。放射線は遺伝子に直接作用したり、細胞内で活性酸素
低線量の健康影響について
「しきい値がある」仮説
を生成することで遺伝子に損傷を与えるが、少量であればそ
の傷はすぐに修復され、修復されない場合でも、ほとんどは
大阪大学名誉教授の近藤宗平氏は、著書
「人は放射線に
細胞死して健康な細胞に入れ替わる」としています。
(図3)
なぜ弱いか〜少しの放射線は心配無用〜」
(講談社ブルー
具体的なしきい値の数値として、放射線50mSvによる
バックス)の中で、
「放射線発がんにはしきい線量が存在す
DNA損傷は、毎日の自然損傷の数%以下にすぎないことか
る」としています。著者は、広島に原爆が落とされてすぐに
ら、人体の自然治癒機能は、50mSvによるリスクをゼロに
爆心地に赴き、後に重要となる貴重な資料を収集し、原爆の
する力を持っているとして、それ以下は健康影響なしとしてい
生存者に関する放射線影響の研究を続けたこの分野の第一
ます。
人者です。著書には、
「人間がどこまでの放射線なら大丈夫
著書ではこの数値を導くために、広島やチェルノブイリ事
か、様々な疫学研究とともに動物実
験を行い、少しの被ばくなら危険では
図3 低線量では回復するため影響なしという「しきい値がある」仮説
低線量
ない」とする結論をまとめています。
よって毎日遺伝子には何万個もの傷
がついているが、そのほとんどは、神
の手になるほどの絶妙な働きをもつ修
復酵素のはたらきで、すぐに治癒され
03
saika forum
影響あり
多様な環境汚染、太陽紫外線などに
影響なし
る60兆個の細胞は、活性酸素、多種
影響の大きさ
︵症状︶
その根拠として
「人体を構成してい
高線量
線量とともに
影響(症状)
が
大きくなる
回復
機能喪失
形態異常
回復
しきい値
線量
故など多数の根拠となる疫学データを示しており、分子生物
い値がある」説を提唱しています。その根拠として中国やイ
学的な知見、膨大な数の動物実験に基づいて
「しきい値なし
ンドの自然放射線量が高い地域で、がんの発生率の増加が
の直線モデル」は根本的に間違っていると主張しています。
見られないことなどがあげられ、リスクがゼロとなる安全なし
また、国際的には、フランス科学・医学アカデミーも
「しき
きい値があるとしています。
わずかな放射線は身体によいとするホルミシス仮説
放射線は少量であればむしろ健康に良いとするホルミシス説という仮説
もあります。
たとえば放射性物質のラドンを利用した温泉が「薬湯」
とも言わ
れ、昔から多くの患者が治療に利用したことで知られています。
ホルミシスとは、有害とみなされる作用源でも、少量の場合にはプラスの
刺激を与えて有益な効果を生じることを意味します。適度なストレスが断続
的に続くことで、生体防御反応が高まることを期待するもので、
ワクチンなど
もこの効果を用いて免疫力を向上させたものです。
放射線ホルミシス効果は、学説としては、1980年代に国際的に提唱さ
れ、
日本では1993年、放射線安全研究センターが大学など14の研究機
関の参加を得て、放射線ホルミシス効果検証プロジェクトをたちあげました。
その後、
マウスを用いた動物実験等で、低線量の放射線を照射した後に
抗酸化機能が向上したことが確認されています。
低線量の健康影響について
「しきい値がない」仮説
また現在、岡山大学では三朝温泉
(鳥取県)
にラドン温泉療法施設を設
置し、人体に対する影響を研究しています。
ラドン温泉で用いられる放射線
量は、
自然放射線の約100倍レベルに相当しますが、
これを約40分のラド
ン熱気浴療法を1日おきに約1か月間続けた場合に、炎症が改善したり、
抗酸化機能の向上、損傷したDNAの修復能力が高まったことが報告され
ています。
岡山大学大学院の山岡聖典教授は、
「こうした研究によって少量の放
射線は身体によいとする仮説は、実証されつつあります。
しかし、
これらは研
究段階であり、放射線防護の観点からは、安全側に立ったしきい値が無い
とする説を遵守すべきです。今後、医学的利用などに向けては、機構解明
とリスクの評価を含めて納得ができる説明が必要だと思います」
と述べてい
ます。
値なし仮説
(LNT仮説)
」と呼ばれ、国際放射線防護委員
会(ICRP)や、米国科学アカデミーで採用され、国際的にも
多く利用されています。
前述の確率的影響でもふれたように、低線量の健康影
この仮説では、線量と健康影響が明らかになっている高
響において
「しきい値がない」とする仮説は、
「直線しきい
線量域における放射線量とがんの発生率の増加の関係を、
低線量域にもそのまま延長してあてはめて考えます。どん
被ばくが正当化されること。
なに微量でも影響があることになります。
②最適化…被害と利益の両方を勘案し、リスクの総和が最
ICRPではこの仮説に沿って
「何mSvまで浴びてもいい」
も小さくなるようにすること。
ということではなく、できるだけ線量は少なくすることを原
③線量限度の適用…平常時には個人の被ばく線量に限度
則にしています。このため、平常時には年間1mSvという厳
を設定すること
しい線量限度を設けていますが、平常時以外は他のリスク
この原則に基づき、ICRPでは被ばく状況に応じて以下
などと考慮しながら放射線のリスクを容認できるレベル以
の値を示しています。
下に制限しようというのが、ICRPの考え方です。
平常時…一般公衆被ばくの線量限度は年間1mSvに設定
また、同じく
「しきい値がない」とする仮説を採用してい
する
るECRR
(欧州放射線リスク委員会)のように、ウランやス
緊急時… 参 考レベルとして状 況に応じて年間 20 〜
トロンチウムの内部被ばくはICRPよりも相当リスクが高い
100mSvの間で、さまざまな要因を考慮して、できる限り被
とする考え方もあります。より安全側にたって規制値を定
ばく線量を低くする必要がある。
めるべきと提言していますが、こちらの仮説はどの国も採用
以上の考え方に基づき、ICRPは2011年 3月31日、日
していません。
本政府に対して、緊急時に一般の人たちを放射線の被害か
ら守るために、年間 20 〜100mSvの範囲に最大被ばく線
ICRP の防護基準とは
量を設定して、それを超える土地から避難させることを提言
しました。また、緊急事から平常時に移行する復旧時期で
ICRPの防護基準(2007年)は、以下の3つの原則に
は、1〜20mSvの範囲で規制値を定め、
今後平常時になっ
基づいています。
たときに1mSvになるよう措置をとるとしました。これを受
①正当化…個人や社会の利益が被害を上回るときだけに、
けて、政府は年間 20mSvを超える恐れのある地域を計画
saika forum
04
特集1 放射線の健康影響について
的避難区域とすることを決めたのです。
評価書案ではしきい値の有無について
「現時点における
ICRPは、
「しきい値がない」仮説から、平常時ではでき
科学的水準からは、低線量の放射線に関するしきい値の有
る限り被ばく量を少なくすることを原則にして年間1mSvと
無について、科学的・確定的に言及することはできなかった」
する厳しい線量限度を設けています。しかし、緊急時には
としています。そのうえで
「国際的に採用されている直線仮
被害と利益の両方を判断して対処をとるように、現実的な
説について、モデルの検証は難しく、そのデータだけに依存
提言を行っていることがわかります。
することはできない」として、
これまでの研究で明らかになっ
日本の食品安全委員会はどの仮説も
採用しない
たヒトへの影響を重視して、評価が行われました。その結
果、100mSv未満の健康影響について言及することは、
現在得られている知見からは困難としています。どの仮説
食品安全委員会では、福島第一原発事故を受けて、現在
もとらず、今の科学では
「わからない」という結論を出したこ
の食品の暫定規制値に対する
「放射性物質の緊急とりまと
とになります。誠実なリスク評価にこだわれば、やむを得な
め」を3月にまとめ、その後4月から放射性物質の専門家
い結論なのかもしれません。
によるワーキンググループで審議が行われて、7月26日に
リスク評価の結論は「生涯累積
100mSv 以上で健康影響がある」
「食品中に含まれる放射性物質の食品健康影響評価
(案)
」
を発表しました。
4月からの審議は9 回に及び、国内外の3300文献を調
食品安全委員会の評価書案は200 ページを超えるもの
べて検討が行われました。審議ではどの仮説を採用するの
ですが、この中で低線量の健康影響評価については
「放
か注目されましたが、結論となった評価書案は、これまでの
射線による健康への影響が見出されているのは、現在の
仮説をどれも採用せず、放射線を被ばくした人々の実際の
科学的知見では、通常の一般生活において受ける放射線
疫学データに基づいて評価がまとめられたものでした。
量を除いた生涯における追加の累積線量として、おおよそ
100mSv以上と判断された」
「小児に関しては、甲状腺が
り受けやすい」としていることから、子供を考慮すると、今
んや白血病といった点で、より放射線の影響を受けやすい
後かなり厳しい規制値になることが予想されます。
可能性がある」とまとめました。イメージを図4に示します。
食品安全委員会はリスク評価機関として今回の評価書を
この生涯累積線量100mSvは、食品による内部被ばく
まとめましたが、今後はリスク管理機関である厚生労働省
だけではなく、外部被ばくも合算した数値です。その理由と
が、この評価結果をもとに現在の暫定規制値を見直し、管
しては、内部被ばくのデータが極めて少なかったことがあげ
理措置が行われることになります。
られています。今回の評価は広島・長崎の原爆被害者の発
がんデータが主に用いられているので、内部被ばくと外部被
ばくを分けられなかったということです。
食品安全委員会は、
食品影響評価として内部被ばくがどのくらいの割合になる
のか、という点については言及していません。
また、ここでは生涯における累積線量を採用しています
図4 「生涯の追加の累積線量がおおよそ100mSv」のイメージ
○生涯における追加(※1)の累積の実効線量がおおよそ100mSv以上(※2)で
放射線による健康影響(※3)
※1)自然放射線(日本平均約1.5mSv/年)や、医療被ばくなど通常の一般生活において受
ける放射線量を除いた分
※2)
100mSv未満の健康影響について言及することは現在得られている知見からは困難
※3)健康影響が現れる値についての疫学データは錯綜していたが、安全側に立っておお
よそ100mSvと判断してもの
が、この考え方はこれまで一般的に用いられてきた年間線
については触れていませんが、生涯100mSvを人生80 年
として単純計算すると1年間の上限は1.25mSvとなります。
これを外部被ばくと内部被ばくで分けることになりますの
追加の放射線量
量とは異なります。食品安全委員会では年間あたりの線量
累積線量と
して100mSv
生涯にわたる追加
的な被ばくによる線
量の合計値(累積
線量)
追加の被ばく
(放射線)量
で、食品に振り分けられる線量はさらに小さいものとなりま
自然放射線
(日本平均1.5mSv/年)
・医療被ばく
す。地域によっては外部被ばくだけでこの数値を超えるとこ
ろもあるかもしれません。また、
「小児は放射線の影響をよ
05
saika forum
期 間
注:追加の被ばく、自然放射線・医療被ばく線量と累積線量の縦軸は異なる
特集 基準値を超過した食品の安全性を考える
〜放射性物質と残留農薬を例に〜
Features
特集2
食品の放射能汚染を考える
特集1では、放射性物質のリスクについて、食品安全委
ここでは、実際にどのような管理が行われているのか、そ
員会の評価を中心に紹介しました。
この評価に基づいて
「食
してそれを生産者や消費者がどのように受け止めているの
べても安全なようにルールを決め、監視する」のがリスク管
かを、インタビューを交えてお伝えします。
理機関(主として厚生労働省)の役割です。
1.
放射性物質のリスク管理
委員会の定めた防災指針の指標値をもとに厚生労働省が
食品の安全は暫定規制値で管理
設定したものです。この規制値を上回る食品は出回らない
ように管理が行われることになったわけです。
3月11日、東日本大震災発生後、福島第一原発事故を受
緊急に定められたため
“暫定”規制値となっていますが、
けて厚生労働省は3月17日に放射性物質の
「暫定規制値」
食品安全委員会はすぐにリスク評価を行い、3月29日に
を自治体に通知しました。この暫定規制値は、原子力安全
『緊急とりまとめ』を行いました。その内容は、放射性ヨ
ウ素について年間 2mSv
(甲状腺等価線量としては年間
評価が取りまとめられました。厚生労働省は今後、これを
50mSv)
、放射性セシウムについては年間 5mSvという実
踏まえて暫定規制値についての見直しを行うことになりま
効線量を限度に
「ここまでなら安全」としたものです。
す。
厚生労働省は、食物から放射性ヨウ素を年間 2mSv以
上、放射性セシウムを 年間 5mSv以上とることがないよう
暫定規制値のルールを守る監視体制
に、暫定規制値を維持することになりました。暫定規制値
は、
野菜、
乳製品といった食品グループごとに表1
(7ページ)
市場に流通している食品が暫定規制値以内であるかどう
のように定められています。
かは、各地方自治体によるモニタリング検査でチェックされ
たとえば放射性セシウム5mSvは、
飲料水、
牛乳・乳製品、
ており、その検査結果は厚生労働省のホームページで公表
野菜類、穀類、肉・卵・魚・そのほかの5グループに1mSv
されます。もし、暫定規制値を超える放射性物質が食品か
ずつ割りふって、日本人の成人・幼児・乳児の年代別の食品
ら検出された場合は、原子力災害対策特別措置法に基づ
摂取量を考慮し、
「どの年代でも各食品群で1mSvを超える
き、地域別、作物別に出荷や摂取の制限が行われます。
ことのないように」
、食品1kgあたりに含まれる放射性物質
3月下旬は、出荷・摂取制限の範囲が混乱していましたが、
の量
(Bq:ベクレル)で示してあります。
(注:人体への影響
4月になって制限をかける食品の品目や産地の区域につい
を示す線量の単位はSv
【シーベルト】で表され、放射能の
ての考え方が整理され、細かい区域に対して制限をかけた
強さはBq
【ベクレル】という単位で表されます。SvとBqの
り解除したりすることが可能となりました。解除する場合
換算には換算係数が用いられます)
には、1週間ごとに検査を実施し、
「3 回連続して検査の値
食品安全委員会はその後も放射性物質の健康影響につ
が暫定規制値を下回る」ことが条件になります。
いて評価を続け、7月末には前項で示した通り、
「生涯の累
このルールに基づき、出荷制限がかけられた地域でも、
積線量100mSv以上で健康への悪影響が高まる」とする
放射性物質の値が下がって、制限が順次解除されるように
saika forum
06
特集2 食品の放射能汚染を考える
なりました。6月以降には、福島第一原子力発電所から半
問われる暫定規制値超過の意味
径 20km圏内などの一部地域を除いて、青果物の出荷制
限がほぼ解除されています。
とはいえ、タケノコやお茶など、産地によっては暫定規制
放射性物質への不安が高まる中で、暫定規制値の意味
値を超過して放射性物質が検出され、今も出荷制限がかけ
が問われています。放射性物質のリスク管理は十分な安全
られているケースもまだあります。今後は秋から冬にかけ
を見越したうえで規制値が定められています。暫定規制値
て収穫される食品の検査が強化されます。事故直後は、青
は、この数値を超えたらリスク管理しようという目安のよう
果物や原乳の汚染原因となっていたのは放射性ヨウ素です
な役割を果たすものです。ですから、少しでも超過すれば
が、半減期が短いことから徐々に検出されなくなりました。
人体に影響があるということではありません。
これから生産者の心配の種となるのは、放射性セシウムの
食品にゼロリスクはありません。もちろん、放射性物質
検出です。
についてもそのリスクをゼロにすることはできません。規制
放射性セシウム
(セシウム134、セシウム137)の場合、
半減期は放射性ヨウ素よりもかなり長く、セシウム137の
場合は30 年とされていますから、ヨウ素のようにすぐに検
表1 食品における放射性物質の暫定規制値
放射性ヨウ素
出されなくなるわけではありません。
(ヨウ素 131)
7月初旬に放射性セシウムの暫定規制値を超過した牛肉
が見つかりました。原因は稲わらでしたが、思いもよらぬ放
射性物質の環境汚染のケースを教訓に、今後、監視体制
が強化されることになるでしょう。
食品
暫定規制値(Bq/Kg)
飲料水
牛乳・乳製品
(注)
野菜類
(根菜、
イモ類を除く)
魚介類
飲料水
牛乳・乳製品
野菜類
穀類
肉・卵・魚・その他
300
300
2000
2000
200
200
500
500
500
放射性物質
放射性セシウム
(注1)
牛乳・乳製品については、放射性ヨウ素が1kg当たり100Bqを超えるものは、乳児用調整粉乳及び
直接飲用に供する乳
(牛乳)
に使用しないよう指導する。
(注2)
果実は野菜類に含む
値を超過したから危ないといった判断基準は、リスクを正し
「超過=危険」と短絡的に捉えるのではなく、そのリスクを
くとらえているとはいえず、風評被害などの新たな問題を引
累積線量の中で捉え、がんの原因とになる他のリスクとも
き起こす原因となっています。
冷静に比較して判断すべきです。このことができるようにな
今後は暫定規制値そのものがさらに見直されることにな
るためのリスクコミュニケーションの重要性が、今こそ問わ
り、当分は規制値超過のニュースが続くことになるでしょう。
れているといえるでしょう。
2.
市場関係者や農家の対応
07
福島第一原子力発電所事故に伴う放射能汚染の問題
福島市中央卸売市場・福島中央青果卸売株式会社・果
は、周辺地域の農畜水産業の関係者に、大きな打撃を与え
実事業本部取締役部長:菅野信雄さん
ています。
福島県では事故発生後、8月までに4000 件以上の検査
福島県をはじめ周辺都県では、農林水産物の放射性物
を行い、その結果を公表しています。放射性物質を吸収し
質量を測定し、暫定規制値を下回っていることを確認して
やすい作物の一部には検出される事例も報告されています
出荷しています。もし暫定規制値を超えた場合は、その品
が、もちろんそれらは市場に流通させません。しかし、福島
目の出荷と摂取が制限されます。しかし、現状では、放射
の農産物は全て危ないかのような誤解が生じてしまってい
性物質量が暫定規制を超えないために出荷が制限されてな
ます。
い品目においても、市場に流通されず、また消費もされない
これはやはり、報道の影響が大きいと思います。特に汚
状態が生じています。まさしく風評被害です。
染された稲わらによる牛肉問題が起きた時には、各放送局
この風評被害が特に深刻な福島県の市場関係者ならび
が同じ論調で大きく繰り返し取り上げました。あの報道に
に農家の方にお話を伺いました。
よって、福島の農産物は全て汚染されているようなイメージ
saika forum
が定着してしまったと思います。
のができました。桃は7月、8月に最盛期を迎えますが、早
これまでは
「流通している食品は大丈夫」と国も県も言っ
生のもの、7月初旬に出荷されたものは、価格は去年と同
ていたにもかかわらず、いきなり規制値を超過する大きな数
等かやや高いくらいの傾向で取引されていました。
字の放射性セシウムが検出されたわけですから、消費者が
そこに牛肉(稲わら汚染)問題が発生しました。ここから
不信感を持つのは仕方ないだろうと思います。しかし、あま
風当たりが急激に悪くなって、7月20日過ぎに突然に価格
りにも一方的な報道によってその不信感が増幅してしまいま
が下がってきました。桃の出荷の最盛期は8月8,9日から
した。
お盆にかけてですが、8月には平均卸売価格は昨年の半額
7月以前は
「がんばろう福島フェア」など、被災地支援の
以下にまで下落しました。
動きもあって、追い風が吹きかけていたのですが、この問題
放射性物質の問題が起こっても、きちんと検査をして公
というか報道によって
「福島の農産物は遠慮しよう」という
表するなど、安全性については着々と積み上げてきました。
方向に風向きが大きく変わってしまいました。残念です。
福島県の桃は100件ちかくの検査結果が公表されています
8月中旬になってようやく、福島県では県知事自らが農産
が、そのほとんどは暫定規制値を大きく下回るものでした。
物の安全性について広報を行うようになりましたが、タイミ
しかし、牛肉問題で広がった風評被害のために一気に崩れ
ングが遅いし、まだまだ足りないように思います。消費者に
てしまったように思います。福島の桃の生産量自体は微減
心から安心してもらうために、福島県の現状についてもっと
にすぎなかったのですが、販売量は激減しました。
知ってもらうよう、関係者としても努力をしていきたいと思い
一部の生産者の中には、今までの流通ルートではなく、
ます。
JA系統にまとめて出荷するケースも増えました。これによっ
福島市中央卸売市場・福島中央青果卸売株式会社・果
て8月中旬以降は市場での取扱量が昨年よりもかなり増え
実事業本部長:池田進二さん
ました。
8月下旬には、
市場に大量に桃が流通するようになっ
福島の桃は、天候にも恵まれて昨年同様に品質の良いも
たのですが、価格は通常の半値よりもさらに下がりました。
桃も深刻でしたが、福島は果物王国ですから、今後は他
たら今度は牛肉問題が発生して下落しました。
の果物に与える影響も心配です。梨やブドウの出荷がこれ
福島の野菜は現在、福島県の学校給食では全く受け付
から(9月頃から) 始まります。
けてもらえません。長い時間をかけて地道に地産地消を進
福島産果物の安全性確保のための調査はこれからも引
めてきただけに残念です。県外でも学校給食で福島産野菜
き続き行って、結果をきちんと公表していきます。いずれに
の取扱中止の動きがあります。
しても、原発の問題が収束しないと根本的な解決にはほど
実は、先日は福島県産の桃が皇室に献上されたのですが、
遠いように思います。
この報道は福島の地方紙だけだったようです。悪いことば
福島市中央卸売市場・福島中央青果卸売株式会社・野
かりではなく、良いこともあるので、もっと報道してもらい
菜事業本部長:斎藤芳俊さん
たいと思います。
野菜は原発事故直後から大きな影響を受けました。ほう
福島県の風評被害がなくならない限り、福島産野菜は売
れん草などの葉物野菜は出荷制限がかけられて流通が止ま
れないと判断してか、最近は野菜の生産そのものをあきら
りました。そのあおりを受けて、キュウリなど、葉物以外の
めようという農家も出始めています。ただでさえ、生産者は
野菜で、これまでの検査では全て暫定規制値を下回ってい
高齢者が多くて、これまで無理をして作ってくれてきたので
て、出荷制限がかけられたことがない品目でも取り扱いがな
すが、これを機会に農業をやめようと決断する方が増えてい
くなりました。
るのです。
3月末から4月上旬は1かご
(5㎏)500円のキュウリが
福島県も8月中旬から県知事自らが農産物の安全性を
50円でも取引がないほどでした。生産コストすらも全く取
保証しており、福島県の佐藤知事の安全証明のチラシや
れないような状況です。しかし、5月以降は他の産地が天
POPが広く配布されるようになりました。だれが見てもわ
候不順で入荷量が減ったため、少しずつ上向いて市場に出
かりやすい保証マークのようなものも必要だと思います。
回るようになりました。6月にようやく落ち着いてきたと思っ
ありがたいことに、今でも
「がんばろう福島」と言って応
saika forum
08
特集2 食品の放射能汚染を考える
援してくださる消費者の方も大勢いらっしゃいます。そうし
今、対策をどうしたらいいのか、東京の大学の先生と相
た方々のためにもがんばって、きちんとモニタリングして安全
談しています。表土をどのくらい取ったら検査数値が下がる
性を確認したものを消費者に提供していきたいと思います。
のか、測定器を買って試しています。土壌を吸着させるよう
福島県のキュウリ農家:斎藤保行さん
な処理の方法がないのかも研究しています。
これまで、おいしさにこだわった特別栽培のキュウリを
自分の畑でとれたキュウリの検査を、他の機関に任せる
作ってきました。有機肥料や昆布粉を用いて施肥をする独
だけではなく、自腹を切っての検査もしています。どこで検
特の農法に取り組み、東京の百貨店や飲食店との直接の取
査をしても放射性セシウムはほとんど検出されません。消
引もありました。インターネット販売も手掛けて、家族経営
費者に心から安心してもらうために、私たち農家のできるこ
で軌道に乗っていたのですが、原発事故後は注文がぐっと
とは全てやりたいと思います。
減りました。検査結果は暫定規制値以下の安全なキュウリ
ですから、風評被害そのものです。
この辺りは高齢者の農家が多くて、
これを機に
「田じまい」
をしなければならないという話をよく聞きます。農業を続け
て作っても
「売れるだろうか、これからどうしようか」と皆、
途方に暮れています。先が見えません。それでも百姓は農
業を続けないと意欲はわきません。
3月11日の原発事故を受けて、農家の被害者の会を設立
しました。農家が元気にならなければ地域や県の復興は遅
くなります。一人一人が他人任せにしないで、自らが動くこ
とが大事だという思いからです。
福島県作成の広報物
福島の観光果樹園:紺野さん
す。福島の桃の品種はあかつきがよく知られていると思い
福島市内のフルーツラインに桃やりんごの観光果樹園を
ますが、お盆過ぎには
「黄金桃」
、
「川中島」
、
「ゆうぞら」が
開いています。今年は果樹園に来てくださるお客様の数が
出ています。7月から10 種類以上を順々に店頭に出してい
例年の2割程度にまで落ち込みました。うちの果樹園では
るのですがなかなか売れず、店頭の販売価格のさらに半値
贈答用の発送だけのお客様も多いのですが、贈答用として
つまり通常の4分の1でJAに持っていきます。
も、なかなか受け入れてもらえないということでしょう。も
それでも、桃は出荷制限がかけられないだけまだよかっ
ちろん贈答用の注文も落ち込みました。
たと思っています。売ることさえできれば、どこかでだれか
店頭での販売価格は、通常の半値にしています。それで
に食べてもらえます。それを信じて、来年もおいしい桃を届
も売れないので、半値以下にまで引き下げることもありま
けられるよう、丹精して桃を育てていきます。
3.
消費者の対応
これまで経験のない放射能汚染の問題について、消費者
はどのように受け止めているのでしょうか。東北の被災地を
応援したいと生産者支援を行う消費者がいる一方で、
「いっ
たい何を食べたらよいのか」と特定の産地情報に右往左往
食のコミュニケーション
円卓会議代表
市川まりこさん
する消費者もいます。この問題を機に、子供たちの食の安
全を考える消費者の活動も広がっています。
さまざまな消費者の声をお届けします。
私たち円卓会議ではこれまで、放射能汚染の問題につい
て、国やメディアに対して意見表明やパブリックコメントの
09
saika forum
提出を行ってきました。3月11日にこの問題が発生した時
会に出席して、専門家にお聞きしましたが、明確な回答は得
には、いち早く
「放射能の検出された野菜などの取り扱いに
られませんでした。
ついて意見とお願い」として、
「暫定規制値のレベルの放射
また、生涯累積線量100mSvを目安とすると、この先は
性物質はただちに健康に問題がないという意味を正確に捉
規制値が厳しくなることも予想されます。新たな規制値が
え、消費者に不安に駆られた行動をしないように落ち着き
決まるまで現在流通する農産物への不安が起きるかもしれ
ましょう」という呼びかけをしました。
ません。農家を苦しめることは消費者の利益になりません。
また、出荷規制が解除されたら、産地の農産物を購入し
現在の検査結果をみても、消費者の健康に影響があるレベ
て安全性を信頼していることを購買行動で示しましょうと
ルではありません。規制値の意味をもっとわかりやすく、繰
支援活動の呼びかけも行いました。私たちは被災者支援を
り返し説明することが、行政や専門家に今こそ求められてい
積極的にしたいと思っています。
ると思います。
放射性物質の問題は、一般の消費者にとって難しく、情
NO!放射能「江東子供を守
る会」会長・子供たちから放
射能を守る全国ネットワーク
報不足であることも混乱に拍車をかけています。呼びかけ
の中では、行政や専門家にもっと科学的な事実をわかりや
すく、繰り返し説明をしてもらえるよう、パブリックコメント
石川あや子さん
などでも要請しています。
放射線や放射能を
「正しく怖がる」とはどういうことか、
今こそ、現実に役立てるために正しい情報が必要なのです。
子供たちの被ばくが心配で、まずは身の回りの放射線量
それにしても私が疑問に思うのは、食品安全委員会の審議
を測定しようと5月19日に会を発足しました。現在は空間
結果
(案)の、生涯の累積線量がおおよそ100mSv以上で
線量の測定、除染活動、勉強会、自治体への要望など活動
放射線による健康影響が現れるという部分です。意見交換
を広げています。
5月の空間線量の測定には大学の専門家に指導をしてい
決められています。食品安全委員会の評価では、子供た
ただきました。その結果、部分的に線量の高い個所が点在
ちの健康影響は留意が必要だということになっています
することがわかりました。その後も測定会、除染会を実施
が、具体的なことは何も明らかにしていません。子供につ
しています。参加は、若い母親だけでなく、男性女性を含
いても厳密な基準を決めてほしいと思います。親にとって
め様々な年齢の方々です。現在は、この活動が東京都全域
は晩発的なことで子供が苦しむことだけは避けたいので
に広がり、大きなネットワークとなっています。
す。
福島に比べたら汚染が少ない東京でなぜそんな活動をす
私たちの活動の柱は、空間線量と食品の安全性確保の
るのだという声も届きます。しかし、東京の汚染レベルをき
二つです。でも、食品の安全性については、福島県の農産
ちんと測定してもらい除染活動を進めることで、関心を高
物を絶対に排除しようとは思っていません。福島の方々が
めてもらって、福島や周辺地域でも活動に拍車がかかれば、
一番の被害者なのですから、何とか解決策を講じたいと思
という思いでやっています。実際に福島の方々から
「東京で
います。団体によっては、福島県産を排除しているところも
がんばってくれたら、私たちの励みになる」というメッセージ
あるようです。これからは、生産者と流通事業者と私たち
もいただいています。
の会が一緒になって、どうすれば安全な農産物を供給して
食品安全委員会の累積100mSvという評価結果を1
いただけるのか、勉強会を通して活動をしていきたいと思い
年間に換算すると1mSvになります。地域によっても違
ます。
いますが、福島は家の中は0.5μSv/h、東京でもその程
度の地域は点在しています。福島では年間で、既に生涯
100mSvは超えるケースもあります。食品の内部被ばく
も考えると福島の子供たちの健康影響が心配です。
チェルノブイリ周辺諸国では幼児向けの食品基準値が
saika forum
10
特集 基準値を超過した食品の安全性を考える
〜放射性物質と残留農薬を例に〜
Features
特集3
残留農薬ポジティブリスト制度
施行後、5年を振り返る
東海コープ事業連合検査センター技術顧問 斎藤 勲
1.ポジティブリスト制度とは
放射性汚染物質に関しては
「人々の健康を害する数値と、
健康を害しはしないがリスク管理の見地から
“流通してはな
らない”数値
(= 基準値)の2つがあること」が、混乱の大
ポジティブリスト制度というのは、使用してよい農薬と、
きな原因となっている。
使える食品を定めて、それ以外は認めないというすっきりし
実は、残留農薬に関しても同じことがいえる。両者に共
た制度である。
通しているのは、基準値を超過したものの安全性にについ
以前から食品添加物には適用されてきたが、これを農薬
て、正しく伝えられていないという現実である。そこには、
や動物用医薬品などが残留する食品についても適用するこ
国としての仕組み
(基準の設定、
運用等)というものが、
しっ
ととして2003 年に食品衛生法が改正され、2006 年より
かりしていない面もあるのではないだろうか。
施行されている。
残留農薬のポジティブリスト施行から5年目にあたる今、改
ポジティブリスト制度以前は、残留基準が設定された農
めて、
「基準値オーバー」とはどういうことか、検証してみよう。
薬についてのみ、その基準を超えた食品の販売を禁止する
というネガティブリスト制度が適用されており、250農薬、
33 動物用医薬品等に残留基準が設定されていた。農産物
はなく、レッドカードである。この法律の文言は重く、
「健
の残留基準が定められていない場合は、よほどの高濃度で
康に影響はありません」といった説明がついても、回収廃
健康影響があるような場合を除いては、基本的に販売禁止
棄されるゆえんである。
等の規制はなかった。一方、全世界で使用されている農薬
実際に残留農薬の規制としてポジティブリスト制を導入し
等は800 近くあり、世界的な共通基準の調整
(ハーモナイ
ている国では一律基準について、例えばニュージーランドで
ゼーション)と規制を強化することが食の安全確保上求め
られることになった。
ポジティブリスト制度が導入されたことで、基準が設定さ
れていない農薬等が、一定量
(一律基準)を超えて残留する
食品の流通は、原則禁止となった。また、基準が設定され
ていないものでも、国際基準や先進諸外国の基準があるも
のは、暫定基準が設定されることになった。
一律基準
ポジティブリスト制度における一律基準とは、
「人の健康
を損なうおそれのない量として定める量」として定義されて
いる。その量は告示で0.01ppmとなっておりこの基準を
超えた食品は、
「販売の用に供するために製造し、加工し、
使用し、調理し、保存し、または販売してはならない。
」と
法律文で明記してある。
サッカーでいえば、これに対する違反はイエローカードで
11
saika forum
図1
食品中に残留する農薬などの
ポジティブリスト制度
H18.5.29施行
農薬、飼料添加物及び動物用医薬品
食品の成分に係る規
格( 残 留 基 準 )
が定
められているもの799
農薬など
食品の成分に係
る規 格( 残 留 基
準)
が定められて
いないもの
厚 生 労 働 大 臣が指
定する物質65農薬
等
(V.C.,重曹、
ワック
ス等)
ポジティブリスト制度
の施行までに、農薬
取 締 法 に基 好き基
準、国際基準、欧米
の基準等を踏まえた
基準を設定
+
登録等と同時の残留
基準設定などの促進
人の健康を損なう
おそれのない量とし
て厚生労働大臣が
一定量
(0.01ppm)
を告示
人の健康を損なうお
それのないことが明ら
かであるものを告示
残留基準を超えて農
薬等が残留する食品
の販売等を禁止
一定量を超えて農
薬等が残留する食
品の販売等を禁止
(一律基準違反)
ポジティブリスト制度
の対象外
は0.1ppm、ドイツでは0.01ppm、米国では明文化されて
がすでになされているコーデックス、EU、
米国、
カナダ、
オー
いないが、農薬によって0.01ppm~ 0.1ppmの範囲を目安
ストラリア、ニュージーランドなどの、いわゆる先進諸国の
に規制が行われ、EUは0.01ppmで規制するという。EU
基準である。日本が多くの食品を輸入している発展途上国
では運用上基準値を超過したものはリスクを評価して回収
の基準は参考にされてはいない。
(図2)
するものや情報提供で済ますものと分けて対応しているの
輸入農産物の多くを占める中国、東南アジア、南米など
が現状である。
の国々から輸入される農産物には、
「暫定基準値」が設定
暫定基準
できず、先進国以外からの輸入食品、特にマイナーな商品
ポジティブリスト制度への移行が決まってからは、世界的
ではもっとも厳しい一律基準が適応されることになる。
に使用されている799農薬・動物用医薬品について残留基
準値を設定する作業が始まった。しかし、700 近い農薬を
図2 今回新たに残留基準を設定した際に用いた基本フロー
130農作物の基準値を定めるとなると、それだけで9万近
い基準値を定めなければならないことになる。膨大な作業
であり、すぐに基準値が決められるわけではない。
国内に基準がない場合は、外国などの基準に基づく
「暫
農薬、動物用医薬品及び飼料添加物
コーデックス基準あり
国内登録
あり
コーデックス基準なし
国内登録
なし
国内登録あり
定基準」が設定されることになる。ここでは、緊急的に実
外国基準
あり
暫定基準を設定する際に参考にするのは、科学的評価
一律基準
基準」が通知されている。
登録保留基準
(輸入食品の生産・
流通や当該農薬等
の使用実態を勘案
する必 要がある場
合は外国基準)
外国基準
ない。現在、
その作業が行われているところであり、
順次
「本
コーデックス基準
(国内における農薬
等の登録・使用実
態を勘案する必要
がある場合は登録
保留基準)
外国基準 外国基準 外国基準
なし
あり
なし
登録保留基準
基づいて残留基準を設定する」という本来の過程を経てい
コーデックス基準
施されているため
「国内におけるADI 評価が終了し、それに
国内登録なし
それぞれの農産物ごとの基準値が設定され、その数値にそ
2. 残留基準値設定の仕組み
れぞれの農産物の摂取量が掛け算され、その総計がADIの
80%以内に収まっていればその基準値設定は認められる。
ここで日本の残留農薬基準がどうなっているのかを、おさ
よく残留農薬の違反報道があるときに使われる、どのく
らいしておきたい。
らいの量を食べたら健康に影響がないかという計算も、こ
残留農薬基準の前提となる ADI
のADIに基づいて行われる。
残留農薬基準値は、毎日の生活で食品を通じて摂取する
たとえば有機リン系殺虫剤クロルピリホスの場合は、
農薬の量が、毒性試験結果から得られたADI
(Acceptable
ADIは0.001mg/kg/日なので、この数値をもとに作物
Daily Intake:一日摂取許容量、単位はmg/kg/日)か
ごとに基準値が振り分けられ、ホウレンソウであれば、残留
ら算出される。ADIというのは
「人が一生涯にわたって毎日
基準値は0.01ppmと設定されている
(他の作物の基準値
とりつづけても、健康上なんら悪影響がないと考えられる1
については後述)
。体重50kgの人ならば、ADIから計算し
日あたりの上限値」である。日本では、食品安全委員会が
た1日あたりの摂取許容量は0.05mg(=0.001mg/㎏ /
リスク評価の結果から設定している。
日×50kg×1日)となり、この人が残留基準値の50 倍に
現在使用されている農薬は、発がんの可能性のあるもの
あたる0.5ppmのクロルピリホスを含む違反ホウレンソウ
は認められておらず、閾
(しきい)値のある化学物質である
を、毎日100g 食べ続けるとADIに達する。
ことが前提である。さまざまな動物実験から閾値
(無毒性
現実にはそのような食品を毎日食べて健康影響がある状
量)を求め、そこに安全率
(通常は100 分の1)をかけて
況になるのは、日本国内で流通している商品においては、
ADIを算出する。
ほとんど起こりえない。
ADIは、実際の農薬製剤を圃場試験で散布してその減少
そういった恵まれた管理状況を、
私たちは40年かけて日本国
程度を調査
(作物残留試験)で得られた濃度を参考にして
内に作り上げてきたことを、
まず理解しておくことが大切である。
saika forum
12
特 集 3 残 留 農 薬 ポ ジ テ ィ ブ リ ス ト 制 度 施 行 後 、5 年 を 振 り 返 る
なお、クロルピリホスのADIは0.001mg/kg/dayと
暫定基準見直しのたびに、これまでの適用されてきた値で
紹介したが、これは2007年に改められた数値である。改
はなく、一律基準が適用となる農薬・農産物が増えてきて
定以前の日本のADIは0.01mg/kg/dayと、現在よ
いる。その結果、健康影響に及ぼす影響がないものが、違
りも10 倍高い
(ゆるい)基準であった。これは、現在の
反とされ回収される事例が後を絶たない。
JMPR(国際機関であるFAO/WHO合同残留農薬専門家
マイナー作物の問題
会議:Joint Meeting on Pesticide Residues)の評価結
もうひとつ、使用できる農薬が少ないマイナー作物での
果と同じだ。国際的にはこちらのゆるやかな基準が採用さ
残留基準の問題もある。通常、農薬メーカーはそれなりの
れている。
販売実績が見込まれる農産物に対して登録を申請する。農
作物残留試験データの作成
薬の登録には、作物残留試験などに膨大な資金が必要と
基準値を設定するためには、ADIの80%を超えないよう
なる。作付け量・販売量が少ないために、投入した資金の
に農作物からの摂取を割り当てていくが、そこで必要となる
採算がとれそうもないマイナー作物では、農薬の登録をし
のが、その農薬がどの程度農作物に残留するかを調べる作
ないメーカーが多い。
物残留試験と、1日に食事として食べる作物別摂取量とな
その場合は、
マイナー作物に基準値が設定できないので、
る。この中で作物残留試験は、農薬の登録申請時にも必
結果的に一律基準が適用されることになってしまう。厳し
要となるデータで、データ作成のためには多くの時間と費用
い一律基準が適応されるのでは農業が成り立たないので、
がかかるのが通例である。
マイナー作物の生産者や地方自治体は、自分たちで資金を
作物残留試験データをまとめ上げることについて、農産
出し合って、作物残留試験を行い、自分たちで残留基準設
物主要輸出国のうちアフリカ、中国、東南アジア、南米など
定の資料を作成せざるを得ない現状がある。これは日本国
の国にとっては、その作物についてGLPに基づく残留試験
内で生産されない農産物への適用も同様である。
を行う余力もなく、ハードルが高いのが現状だ。このため、
この問題にしても、基本的には摂取量も少なく健康への
影響は考えられないので、同じ作物グループの似たような
ケース1
使い方の基準を暫定的に使用して、実際に適切に使用しな
中国冷凍ホウレンソウ事件
がら2年間くらいモニタリングを行い、その残留検査結果
2002年、中国産冷凍ホウレンソウからクロルピリホ
から適切な残留基準を決めていく方法が、いちばん妥当性
スが検出される事件が起こった。問題となった中国から
があるのではないかと、個人的には思っている。
の輸入冷凍ホウレンソウは、保存性や調理の便利さか
ら業務用としての需要が伸び、当時外食レストランなど
3.食品中の残留農薬基準をめぐる問題点
でも広く使用されていた。冷凍ホウレンソウの場合、原
材料の生ホウレンソウの時点で基準値を違反していれ
中国産冷凍ホウレンソウ事件から考える
ば、加工食品である冷凍品においても違反になる。当
日本の残留基準値問題
時、
民間団体の検査で、冷凍ホウレンソウから有機リン
わが国では輸入・国産を問わず、農作物に残留農薬基準
剤であるクロルピリホス等について、基準値0.01ppm
値を超過したケースがたびたびニュースとして取り上げられ
を数十倍超えて検出し、
大きな問題となった。
る。基準値の○○倍の濃度が残留しているとして、
「食の
13
安全を脅かす」と報道される。
残留農薬基準値」
(の主なもの)を、
表1
(14ページ)に示す。
こうした問題を引き起こす要因として、日本における農薬
同じ葉物野菜でもコマツナの残留基準は1ppmだが、ホウ
の残留基準の決め方の問題もある。食品中の残留農薬問
レンソウは0.01ppmと100 倍もの差がある。
題
(とりわけ輸入食品)を考えるに当たって、私の記憶に強
日本では農薬の種類が多く、クロルピリホスはかんきつ
く残っている事例は、2002年の中国産冷凍ホウレンソウ
類、コマツナやハクサイに登録があり使われていたが、ホウ
事件だ。まずこの事例を簡単に振り返ってみる。
(ケース1)
レンソウには登録がない
(使わない)
。このため、日本ではホ
日本におけるクロルピリホスという農薬成分の
「作物別
ウレンソウで1ppmが検出されたら基準値100 倍の数値の
saika forum
表1 クロルピリホスの日本の残留基準
作 物
リンゴ、
モモ、
ブドウ、ハクサイ
かんきつ類、
コマツナ
残留基準
1.0ppm
1ppm
残留基準はすべて1ppmである。国によって残留基準が異
なっていることに気づかず、中国では自国の基準でホウレン
ソウにクロルピリホスを使っていた。輸出するものとして相
ナシ、
トマト、
ピーマン、
コムギ
0.5ppm
エダマメ
0.3ppm
手国の基準等を理解して対処するのは当然のことだが、当
時はそれがまだできていなかったということだろう。この両
イチゴ
0.2ppm
レタス
0.1ppm
キュウリ、
カボチャ
0.05ppm
国間の基準の差
(100 倍)が、あの大きな問題を引き起こ
ホウレンソウ、
シュンギク、パセリ、
カキ
0.01ppm
した最大の原因であろう。
表1の注)
ppmと言う単位は、1グラム中に1マイクログラム=100万分の1グラムが含まれているとい
う濃度のこと
02年2月から03年2月までの中国から日本への輸入
違反だが、コマツナでは問題にならないという結果になる。
1212件に対して、輸入時に約半分の658件を検査したとこ
どの作物に使われていようが、クロルピリホスはクロルピ
ろ、違反事例
(残留基準0.01ppm超過)は違反率7.1%の
リホスで変わりがないので、このあたりがわかりにくさの原
47件であった。また輸入後、国内流通品で見つかった違反
因の一つになっているのだろう。
事例36件の内訳を見てみると、中国の基準1ppmを超過し
国によって残留農薬の基準は大きく異なる
た検体は2検体で、中国の基準の10分の1未満のもの
(た
さらに、もう一つ留意しておきたいことがある。ADIだ
だし日本の基準では違反)が実に75%であった。
けに限らないことだが、基準値は安全性評価のための実験
中国の人にしてみれば国内残留基準値1ppmからみれば十分
データやその解釈が異なると、
その数値が国によって異なっ
に安全な量である。日本が因縁をつけていると内心思っていた
てくることである。このことが、輸入食品の場合には、大き
だろう。ひとえに両国間における残留基準の調整不足である。
な問題点となるケースが多い。
このように、違反の実際の内容、残留レベルをみてみる
クロルピリホスの残留基準値は日本では作物によって異
と、自分達が報道から知らされていたことと何か違うという
なっているのだが、隣の中国では葉物野菜に使用する場合、
印象を持たれたのではないだろうか。
4. ポジティブリスト制度と一律基準の問題点
2006 年のポジティブリスト制度導入によって、一律基
準の0.01ppmを超えた場合、販売禁止の措置がとられる
という運用が行われてきた。制度の運用の問題について、
今年の3月に発生したアボカドの違反事例で見てみよう。
ケース2
一律基準を超過したメキシコ産アボガド
2011年3月、厚生労働省はメキシコ産アボカドとそ
の加工品について、
基準値を超えるアセフェートを検出
表2
平成23年3月2日
医薬食品局食品安全部監視安全課
輸入食品安全対策室
報道関係者各位
輸入食品に対する検査命令の実施について
∼メキシコ産アボカド、
その加工品∼
本日、以下のとおり輸入者に対して、食品衛生法第26条第3項に
基づく検査命令(輸入届出ごとの全ロットについての検査の義務づ
け)
を実施することとしたので、
お知らせします。
対象食品等
検査の項目
経 緯
メキシコ産アボカド、
その加 工 品( 簡 易
な加工のもの)
アセフェート*
検疫所におけるモニタリン
グ検査の結果、
メキシコ産
生鮮アボカドから基準値を
超えるアセフェートを検出し
たことから、検査命令を実
施するもの。
したために、輸入者に対して検査命令を義務づけるこ
とにした、
という報道発表を行った
(表2)
。
アボカドには基準が定められてないので、一律基準
*有機リン系殺虫剤
である0.01ppmが適用されている。このたび、2社が
注1 アセフェートの許容一日摂取量
(人が一生涯毎日摂取し続けても、健
康への影 響がないとされる一日当たりの摂 取 量 )は、体 重1k g 当たり
0.0024mg/日であることから、体重60kgの人がアセフェートが0.02ppm残
留したアボカドを毎日7.2kg摂取し続けたとしても、許容一日摂取量を超える
ことはなく、健康に及ぼす影響はありません。
注2 アセフェートは、
アボカドには0.01ppmの基準値
(一律基準)
が適用さ
れますが、例えば、
セロリには10ppm、
みかんには5.0ppmの基準値が設定さ
れています
輸入した生鮮アボカドから基準値の2倍の0.02ppm
が検出され、回収した。
こちらは、
ケース1のような大問題には発展しなかっ
たが、
まだ記憶に新しい事例である。
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14
特 集 3 残 留 農 薬 ポ ジ テ ィ ブ リ ス ト 制 度 施 行 後 、5 年 を 振 り 返 る
アセフェート
(代表的商品名オルトラン)というのは、安
定上の問題で違反となり、回収になるという事例は、これ
全性の高い農薬として、家庭園芸など身の回りでもよく使
が特別ではない。ポジティブリスト施行後、この類の回収
われてきた有機リン系の殺虫剤である。しかし、2008 年
は相次いで報告されている。エチオピアのコーヒー豆のよ
に起こった中国製冷凍餃子事件をきっかけにメタミドホ
うに、一時的に輸入が滞ってしまう事態も発生している。
スのADI 設定が厳しくなり、それに伴ってアセフェートの
それにしても摂取量が同程度であろうと推測できるセロ
ADIも0.03mg/kg/dayから0.0024mg/kg/dayと10
リで10ppmを認めるなら、アボカドであっても、せめて、
倍近く厳しい評価に見直された
(アセフェートが分解する
その1%の 0.1ppm 程度に抑えておくとか、そういった議
と活性成分としてメタミドホスを生ずる)
。 論にはならないものか。この議論は行政府の問題
(リスク
これによってそれぞれの作物への残留基準値の割り振りが
マネジメント)では何ともならず、法律文改正の立法府の
厳しくなり、かんきつ類への使用なども制限されてきている。
問題になっているのではないだろうか。
今後、
農薬のドリフト(散布時の飛散)や前作の土壌残留など、
健康の害のない食品を、法の整備ができてないという
微量の残留が基準超過として問題となってくるだろう。
理由で、大量に回収・廃棄する現状がある。このどうしよ
検査命令の通知に注意書き
アボガドの話に戻すと、このメキシコ産アボカドのケー
スでは、表 2の命令検査実施の際の注意書きとして、
「健
まで続けなければならないのだろうか。
食品の残留農薬基準違反の実態
康に及ぼす影響はありません」とあり、さらに
「体重 60kg
検疫所における輸入食品の違反事例を2010 年 4月か
の人が0.02ppm 残留したアボカドを毎日7.2kg 摂取した
ら2011年 6月までの報告事例でみてみよう。
としてもADIを超えることはなく、健康影響はありません」
1. 食品衛生法第11条の食品や添加物の規格基準違反
とも記されている。
が861件…このうち、添加物、残留農薬、動物用医薬品
健康に及ぼす影響がないにもかかわらず、基準値の設
など化学物質での違反は533 件
2. 11条の 2 項規格基準不適合が366 件、11条の3 項
の農業現場でも心配の声が寄せられている。
(一律基準)167件
農家がいちばん懸念しているのは、農薬のドリフト問題
3.残留農薬 成分規格不適合174件、一律基準違反
である。日本の農業現場は、近接した畑で多種類の農作
169 件
物が栽培されており、隣の畑で作物に使われた農薬が飛
最近の主な違反事例を表 3
(16 ページ)に示した。
散して、基準値の異なる作物にかかってしまい一律基準値
この中で、残留農薬の規格不適合事例では、除草剤
をオーバーしてしまう事例が起こるからである。
のトリフルラリンの違反件数が多いが、魚類で基準が
「風で飛んできた程度」であっても、実際にシュンギク
0.001ppmと厳しいことや、散布後養殖池への流入、池
から一律基準を超える殺菌剤が検出された事例など、一
の雑草除去に使用されたりしたことが原因となっている。
部で報告されている。現在、生産現場ではドリフト問題
また、一律基準違反ではコーヒー豆の違反は以前より
を防止するために、飛散低減ノズルや防風ネットの利用、
は減少しているが、かわりにカカオ豆に違反が集中してい
近隣農家と情報を共有など、さまざまな対策が講じられて
る。カカオ豆はわが国では全量が輸入に頼っているが、ポ
いる。また、日本のように色々な作物を同じ畑で栽培す
ジティブリスト制度を導入した後、一律基準値を上回る残
る環境では、前作に使用した農薬の土壌残留が後作に影
留事例が頻発して、輸入者は対応に追われてきた。
響する事例も発生している。
違反の中には主な原因があげられている事例もあり、そ
ういったものをできるだけ参考にして、事業者は自分の取
扱商品の安全品質に取り組む必要がある。
国産食品の残留農薬基準違反の実態
15
うもない、元気の出ないコンプライアンスを私たちはいつ
5. 回収には急性参照用量 ARfD を
理解し、使っていこう
ADIとともに、主として先進諸国で使われている急性参
ここまで、主として輸入食品の残留農薬基準を見てきた
照用量ARfDという毒性評価指標がある。ARfDとは、
「24
が、一律基準の問題は輸入品だけにあるのではなく、日本
時間以内に摂取した食品や水に含まれる物質が、現時点
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表3 輸入時における輸入食品違反事例集計 H22.4∼H23.6
主な成分規格不適合
項目
①トリフルラリン ②フェニトロチオン ③トリアゾホス ④クロルピリホス
⑤イミダクロプリド
⑥エンドスルファン
⑦シペルメトリン
⑧ペルメトリン
⑨アセフェート
⑩γ-BHC
⑪プロフェノホス
⑫ピラクロスとロビン
件数
58件
13件
14件
13件
10件
5件
9件
4件
3件
4件
4件
3件
主な一律基準違反
項目
①2,4−D ②フェンバレレート ③アメトリン
④アセフェート ⑤イミダクロプリド
⑥カルバリル
⑦ピリメタミル
⑧フェニトロチオン ⑨フルシラゾール
⑩チアメトキサム
⑪アセトクロール
件数
49件
16件
13件
12件
9件
5件
5件
5件
4件
4件
5件
生産国名
ベトナム、中国、米国
(1)
台湾
中国、
フランス、
インド、
タイ
タイ、
イタリア、
インド、ベトナムなど
ガーナ
韓国、中国、
ガーナ
タイ、
メキシコ、
エクアドル、ベトナム
ガーナ
ベトナム
エチオピアなど
インド、
タイ
米国
生産国名
エクアドル、ベネズエラ
ガーナ
中国
メキシコ、中国など
ミャンマー等
インドネシア
中国など
ボリビア
中国など
ガーナ
中国
主な産品
剥きえび、
はも、
がざみ、バースニップ
うなぎ
緑茶、
ウーロン茶類、
わけぎ、
ミズオジギソウ等
マツタケ、
ごぼう、黒キクラゲ、生鮮オオバコエンドロ
生鮮カカオ豆
シジミ、
ドジョウ、
カカオ豆
グァバ、
オオバコエンドロ、
さやえんどう等
カカオ豆
未成熟さやえんどう
コーヒー豆
野草加工品など
ブロッコリー
濃度範囲
0.002∼0.442ppm
0.003∼0.016ppm
0.06∼1.6ppm
0.02∼4.0ppm
0.06∼0.70ppm
0.006∼0.2ppm、
0.04∼0.67ppm
0.06∼0.20ppm、
0.2∼0.3ppm
0.004∼0.02ppm
0.1∼1.9ppm
0.36∼0.8ppm
主な産品
カカオ豆
カカオ豆
アスパラガス
にんじん、
アボガド
ゴマ種子など
コーヒー豆
にんにくの茎、
ピーマン
ゴマ種子
ネギ
カカオ豆
落花生
主な原因
養殖池の雑草除去、海水汚染など
使用管理不足、
ドリフト、土壌残留など
河川流入?
現地検査体制不備
ドリフト
ドリフト、使用管理不足
濃度範囲
主な原因
0.02∼0.85ppm
0.02∼0.22ppm 現地検査不足
0.02∼0.06ppm ドリフト
0.02∼0.05ppm
0.02∼0.11pm は種用種子混入
0.02∼0.04ppm
タンク洗浄不足
002∼0.17ppm ドリフト、
0.02∼0.04ppm 保管倉庫で薫蒸付着
0.02∼0.03ppm ドリフトなど
0.02∼0.15ppm
0.02∼0.05ppm 使用管理不足
での知見から消費者に対してなんらかの健康リスクを示さ
ている。要するに、一過性の摂取で健康影響があるかど
ない、通常体重あたりで示される推定量」として定義され
うかを判断する目安である。
わが国のような先進国では、農産物の農薬残留で問題
異なるのは、気候、土壌、食習慣の異なる作物があるから
になる量は、実際には、ほとんどがARfDだろう。なぜな
当然かもしれないが、リスクアセスメント
(リスク評価)の
らば、国内で流通する食品では農薬の残留基準違反の割
ヒトへの毒性のような普遍性のあるものでは、統一性がほ
合は非常に低い。そのため、農薬が基準を超えて残留し
しいものである。
た農産物を食べ続けることなど、まずあり得ないからだ。
おわりに
とすれば、短期的な摂取による健康被害を重要視すると
基準値を超過したものが、ただちに安全性に問題があ
いうのは、きわめて現実的な対応であろう。
るわけではなく、あくまでもリスクマネジメント上での基準
ARfDは、残留農薬摂取による急性影響を考慮するた
であることはおわかりいただけたと思う。
めに設定した、比較的新しい概念である。日本でも食品
違反品に対する措置は、えてして、そのこと自体が安全
安全委員会でADI 設定とともに、ARfDの設定も検討
性に問題ありとの誤解を広めるものであるから、その対処
する方向で議論が開始されており、喜ばしいことである。
方法については慎重に見直すべきではないだろうか。それ
今後もさまざまな農薬等について安全性評価が行われ、
によって風評被害が発生するのであればなおさらである。
ADIが、そして将来的にはARfDも設定されていくだろ
個人的には、安全性に問題あるかどうかはARfDを基準
う。食品安全委員会で安全性評価して決める仕組みはよ
に判断する方向が望ましいと考えている。
いが、どこの国であっても評価するための毒性データや文
リスクマネジメントにおいては、残留農薬基準に限らず、
献は、基本的にそれほど変わるわけではない。とすれば、
放射性物質の暫定規制値においても、消費者から見て健
基準設定は、FAO/WHOの JMPR 等が設定する世界標
康影響と行政措置が一貫性をもつ施策が、今こそ求められ
準に準じ、わが国への適応はその基準の微調整でもいい
ている。
のではないか。
リスクマネジメント
(リスク管理)の残留基準が国ごとに
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16
メディア 検 証
「放 射能汚染に○○が 効く」
は 本当か
東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故によっ
て、多くの人々が放射性物質の食品汚染の影響を心配して
います。目に見えない放射性物質の汚染をめぐっては、さま
メディアが紹介する放射能汚染対策は、科学的根拠を確
ざまな報道や情報があり、消費者が不安になるのは無理も
かめないまま、
“チェルノブイリ関連情報だから”という理由
ありません。
で紹介したものが多くみられます。
しかし、メディアの中には、消費者の不安につけ込むよ
その一つにスピルリナという、淡水で育つ藻類から抽出
うな非科学的な
“あおり報道”もみられます。特に看過で
した健康食品があります。全国紙系列の週刊誌などが、4
きないのが、科学的な根拠のない放射能汚染対策の報道
月から6月にかけてこぞってスピルリナを取り上げて
「体内
の数々です。
「放射能汚染に○○が効く」として、さまざま
のセシウムやストロンチウムを吸着し、排出する働きがある
な健康食品や民間療法が紹介されているのです。ここでは
と考えられている」と紹介したので、読者の皆様も名前くら
そのいくつかをとりあげて、怪しげな情報をうのみにするこ
いは聞いたことがあるかもしれません。
とで、かえってリスクが高まることについて、考えてみたい
このスピルリナですが、ある週刊誌では日本の健康食品
と思います。
メーカー部長の
「日本での認知度は低いですが、ヨーロッパ
では高い。福島の事故後、ヨーロッパの人からスピルリナ
ると、スピルリナ含有製品摂取との因果関係が疑われる健
をすすめられたなど、問い合わせが増えています」というコ
康被害もいろいろと報告されています。
メントまで紹介しています。まるで健康食品の広告ページの
また、販売方法にも問題が出てきて、
7月に入ってからは
「人
ような記事の取り扱いでした。
体から放射能を排出するのに効果的」などと効能をうたって
スピルリナの科学的根拠として挙げているのは、ベラ
「スピルリナ」を販売した人物が、埼玉県警サイバー犯罪対
ルーシの放射線医学研究所が行ったとする試験です。子ど
策課と狭山署によって薬事法違反容疑で逮捕されています。
も100人にスピルリナを1日5g、20日間にわたって食べさ
せたところ、尿中の放射能レベルが50%低下したと記事で
17
体内の放射性物質を排出する“健康食品”
放射能汚染に効く?“健康食品”が次々と出現
は紹介しています。
また、同じく健康食品として、植物の細胞壁に含まれる
しかし、
これは論文として発表されたものではありません。
多糖類のペクチンが、体内の放射性物質を排出するとして
この研究者はスピルリナ研究のいくつかについて学会発表
週刊誌やテレビで報道されました。
をしていますが、特に審査が行われるわけでもありません。
こちらの実験は論文になってはいるものの、フランスの放
効果ありと認められるためには、その試験が適正に行われ
射線防護原子力安全研究所が
「論文自体に問題がある」と
ているかどうかを論文として発表しなければならず、その手
して、2005 年にわざわざ報告書を出しています。そこでは、
続きを踏んでいなければ科学的根拠は極めて薄いと言わざ
実験設計がおかしく、被験者の数に矛盾があるとして、
「現
るを得ないでしょう。
状ではペクチンが放射性物質の除去に役立つとする根拠
一方、スピルリナは細菌や重金属類(水銀、カドミウム、
がない」と結論づけています。
鉛、ヒ素)などを含むことがあり、ミクロシスチンという藻類
それどころか、この報告書の中では、必要なビタミンやミネ
特有の毒性物質が含まれることもあります。国立健康・栄
ラルがペクチンによって吸着されて体外に排出されることから、
養研究所の
『
「健康食品」の安全性・有効性情報』で調べ
栄養欠乏になるのではないかという懸念も指摘されています。
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ほかにも、ビールが効くなど、
“効果がある”と話題になった
検査結果によって実証されました」としていますが、実験の詳
食品がいくつかありますが、科学的根拠の薄いものばかりで
細などは公表されていません。こうした活動を全国に紹介す
す。体内に蓄積した放射性物質を、特定の食品が吸着して体
ることで、
「被ばくにホメオパシー療法が効く」として活動を
外に排出するという食品は、今のところ確認されていません。
広げており、いくつかのメディアでも取り上げられています。
放射能汚染に効く(?)民間療法ホメオパシー
ホメオパシーは
「極度に希釈した成分を投与することで体
の治癒力を引き出す」とする民間療法です。その効果は科
学的に証明されていませんが、日本ではいくつかの推進団
なお、ホメオパシー療法については、2010年 8月、日本
学術会議がその効果を全面的に否定し、医療従事者が治
療に用いないよう求める会長談話を発表しています。
チェルノブイリに学ぶ除染対策は適切か?
体があります。
健康食品や民間療法の問題点を指摘しましたが、ここま
ホメオパシー自体が悪さをするわけではなくても、この療
で極端な情報でなくても、メディアが紹介する放射能除染
法を用いることで
「適切な医療行為を受けないことによる健
情報は消費者の不安をいたずらにあおる場合があります。
康被害」が起こっています。2009年には山口県で新生児
チェルノブイリ原発事故の対策を紹介して、食材を煮た
に施すべき治療をしなかったことから、死に至る事故が発
りゆでたりして放射性物質を低減させ、塩漬け、酢漬けに
生し、ホメオパシーが問題になりました。
することで放射性物質を移行させるという情報が盛んにけ
今回の放射能汚染を受けて、ホメオパシーを推進する団
ん伝されました。
「魚は焼き魚はダメ、
煮つけで食べよう「
」牛
体は放射性物質の害から身を守るろうと、レメディー
(療法に
肉は塩水で洗って、ゆでてから食べる」といったような台所
用いられる砂糖粒)を被災地で無料配布しました。その宣
でただちにできる対策です。
伝には
「放射線物質の排出を促すレメディーを摂ることによっ
確かにチェルノブイリのように高濃度に汚染されていれば、
て、体内にたまった有害物質が体外へと排出されたことが、
ゆでることなどで除染の効果はみられるでしょう。しかし、
チェルノブイリと今回の福島の状況は、
かなり違います。チェ
欠ける極端な情報については、消費者の食生活のバランス
ルノブイリ原発事故では、初期の段階では放射性物質が大
を脅かしたり、消費者を過度な不安に陥れるものとして問
量に放出されたことが隠されており、住民は何も知らずにそ
題があるとして、繰り返し指摘されてきました。しかし今回
のまま通常通りの生活をしていました。その結果、放射性物
の放射能汚染に関して、メディアはまたしても極端な情報を
質で高濃度に汚染された牛乳などを摂取することになり、子
流し続けています。
どもの甲状腺がん増加などにつながったとされています。
ただし、科学的根拠のない説がここまで流布するのは、
一方、日本は、事故後すぐさま暫定規制値を発表して、
メディアの責任ばかりではありません。国の情報発信の不
モニタリングを行っており、高濃度に汚染された食品や水な
足や、科学者の説明不足、現在の科学教育の欠如などさま
どを長期に摂取するという状況はありませんでした。です
ざまな要因が考えられます。
からチェルノブイリの対策をそのままあてはめることが適切
いずれにしても、いちばん被害を蒙るのは情報を受け取
な対策であるとはいえません。
る側の消費者です。放射性物質の汚染は今後も広域に長
現在のようにほとんど放射性物質が検出されていない状
期間続くことが考えられます。極端な情報に振り回される
況を報ずることはしないで、除染情報ばかりを伝えれば、消
ことがないように科学的根拠を確認したり、報道によって
費者の不安を助長することになりかねません。
特定の業者の利益に結びつくことが容易に考えられる場合
逆に除染対策のやりすぎによる栄養成分の減少も気に
は疑ってみたり、モニタリング情報など正確な情報源を探す
なります。除染ばかりに留意して食生活が偏らないように
といった、消費者側の努力も求められます。
すべきだという情報も重要です。
放射線を受ける量は少ないにこしたことはありませんが、
科学的根拠のない情報の流布
ゼロリスクを求めるあまり他のリスクが上がることがないよ
う、適切な判断が一人ひとりに求められています。
これまでも、極端に体によい・体に悪いといった根拠に
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18
トピックス
消費者のための「栄養成分表示」への第一歩
消費者庁「栄養成分表示検討会の報告書」まとまる
栄養成分表示見直しの経緯
きました。もちろん、栄養成分表示をする場合には、平成
現在、多くの加工食品に
「熱量○○kcal」
「タンパク質
7年に改正された栄養改善法
(現在の健康増進法)によっ
○○g」
「ナトリウム○○mg」などという栄養成分表示が
て定められた栄養表示基準制度に従わなければなりませ
してあります。あるいは
「塩分控えめ」
「カロリーゼロ」など
ん。
という文字が目立つ食品もあります。しかし、これらは法律
一方、国際的な動向をみると、2004 年
(平成16 年)に
で義務づけられているわけではありません。メーカーサイド
世界保健機関
(WHO)が
「食事、運動と健康に関する世界
が任意で表示しているものです。
戦略」を提示し、コーデックス委員会
(国際的な食品規格
ただし
「塩分控えめ」
「カロリーゼロ」など、メーカーサイ
等を決める機関)において
「栄養表示に関するガイドライ
ドが消費者に強く訴えたいこと(これを強調表示という)が
ン」の拡充作業が進められています。これと歩調を合わせ
あって、それを表示する場合には、同時に
「熱量」
「タンパ
る形で、米国やカナダ、南米諸国や中国、インド、韓国、オー
ク質」
「脂質」
「糖質」
「ナトリウム」の含有量も必ず書かな
ストラリア、ニュージーランドの各国で栄養成分表示の義務
くてはなりません。逆にいえば、強調表示をしないのであれ
化が進められてきました。栄養成分表示の義務化は、もは
ば、栄養成分表示を何もしなくてもいいのです。
や国際的な潮流となっています。
しかし最近では、消費者の健康志向の高まりによって、
また、平成 21年に消費者庁が発足して間もなく、当時の
福島みずほ・消費者担当大臣がトランス脂肪酸の表示義務
(4) 表示の実効性の確保、(5)今後の方向、という5項目で
化をめぐって問題提起を行いました。油脂に含まれるトラン
構成されています。
ス脂肪酸は、多量に摂取すると動脈硬化等による心疾患の
まず、どの項目を表示するかという選定基準については、
リスクを高めることから問題視されており、米国等では表示
①わが国の健康栄養政策を推進する観点から重要度が高
が義務付けられています。
いと考えらえるもの、②健康・栄養に関する基本的な知識
当時は、わが国でも表示をすべきではないかとして検討
として、全ての国民が知っておくべきであると考えられるも
が行われましたが、そもそも大枠の栄養成分表示が義務付
の、③国内外の科学的根拠をもとに対応が求められている
けられていないのに、トランス脂肪酸だけを義務付けること
もの、という3つの項目から判断されました。
はおかしいと指摘する声があがりました。結局のところ、ト
その結果①と②に該当する、エネルギー、たんぱく質、脂
ランス脂肪酸の表示は義務化には至らず、平成 22年に任
質、炭水化物、ナトリウムが
「主要5成分」として選定されま
意表示のガイドラインとしてまとめられました。
した(これは平成7年の時と同じ)。さらに、③の項目に該
以上のように国際的な動向やトランス脂肪酸表示の議論
当する栄養成分として、食物繊維、飽和脂肪酸、トランス脂
を背景にして、今後のわが国の栄養成分表示がどうあるべ
肪酸、コレステロール、糖類、ビタミン・ミネラルが選定され
きか、見直しが求められるようになりました。消費者庁は平
ました。
成 22年12月、栄養成分表示検討会を発足させ、その後、
主要5項目は、強調表示をしようとする際に併記が義務
8 回の審議を経て平成 23 年7月20日に最終報告書案を
づけられますので、消費者の目に触れる機会がとても多くな
まとめました。
る栄養成分だということになります。
栄養成分の優先度が見直された
19
メーカーが自主的に栄養成分表示をするケースが増えて
次に、
表示の順番を
「優先度の高い順」とすることになり、
主要5成分は、エネルギー、ナトリウム、脂質、炭水化物、
報告書案は、(1)はじめに、(2)わが国の健康・栄養政策
たんぱく質という順番で表示することが決まりました。
を踏まえた栄養表示、
(3)表示の優先度が高い栄養成分、
現在の表示基準による順番は平成7年に策定された際
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に定められたもので、エネルギー、たんぱく質、脂質、炭水
化物
(糖質+食物繊維として表示することも可)
、ナトリウム
栄養表示の義務化について結論を持ち越し
となっています。
検討会では栄養成分表示の義務化についても、もちろん
今回の見直しでは、国民の健康を考えるうえで重要度が
議論が行われました。義務化を求める消費者側の委員の
高い順になるよう、ナトリムを2 番目に表示することになっ
意見がある一方で、事業者側は表示の実効性の確保に関
たのが大きな特徴です。ナトリウムは日本人に多い高血圧
連するさまざまな課題をあげ、意見はまとまりませんでした。
症と深く関連し、摂取量がなかなか減らないことから優先
報告書案の中では、(4) 表示の実効性の確保という項目
度が高いと評価されたのです。
で、表示の適用範囲、誤差の許容範囲、表示値の設定方
なお、懸案だったトランス脂肪酸については、主要5 項目
法など、今後も検討が必要な項目をあげています。これら
には選ばれませんでした。コーデックス規格では、
「トラン
については、検討は行われたものの
「必要な措置が講じら
ス脂肪酸の摂取量の水準が公衆衛生上懸念される国にお
れることを前提に、栄養表示の義務化を目指していくこと
いてその表示を考慮する必要がある」とされています。わが
が適当である」とするに留めました。
国では1日あたりのトランス脂肪酸の平均摂取量が総エネ
報告書の
(5)今後の方向では
「消費者庁は本検討会にお
ルギー摂取量の0.6%程度であり、米国とは違って懸念さ
いて取りまとめた栄養成分表示制度の骨格を踏まえ、栄養
れる状況にはありません。
表示の義務化に向け、引き続き消費者・事業者等の意見を
ただし、脂肪の多い菓子類などを多食するというような
聞いて、具体的な作業を進めていくべきである」として、結
偏った食事をしている場合には過剰摂取によって心疾患の
局、義務化の時期について結論は持ち越されることになり
リスクを高めるとの指摘もあります。この点では、日本人を
ました。
対象とした科学的データが不足していることから、今後も
今回の検討会で、日本人の食生活を科学的に分析した上
検討を続けるべきだとしました。
で栄養成分を選定したことは一定の成果といえます。栄養
成分表示の義務化へ向けて課題はありますが、この報告書
が第一歩として位置づけられます。
生鮮食品の栄養成分表示も検討項目に
ためには適切な品質管理と科学的根拠が必要になります。
また、消費者の健康志向を受けて特徴のある新品種の
ここまでは加工食品についての話です。
栽培が進み、流通量も増えています。このように、いくつか
生鮮食品の栄養成分表示については、現在の日本では、
の課題もありますが、生鮮食品においても適切な栄養成分
鶏卵を除いて栄養成分表示基準の対象となっていません。
表示が求められるようになってきているといえます。
つまり、表示が義務づけられてはいないのです。
本検討会では今後の生鮮食品の栄養成分表示の適用範
しかし、野菜や果実などの生鮮食品に含まれる栄養成分
囲についても、検討が行われました。報告書案の中で
「生
も、栄養成分表示基準に定められたルールに準じて、表示
鮮食品はJAS法に基づく表示義務の対象となっており、包
を行うことが可能であり、生鮮食品の分野においても栄養
装されていない場合にはPOP等による表示を求めているこ
成分表示は認められています。また、栄養成分表示基準に
とも考えると、少なくとも、栄養成分や機能性が強調表示
ないポリフェノールやリコペンなどの成分についても表示は
された生鮮食品については、これらの表示方法により、栄
可能で、この場合は、熱量、たんぱく質、脂質、炭水化物、
養成分量が併せて表示される方向で検討すべきである」と
ナトリウムの主要5成分の表示にプラスして該当成分につ
されました。
いて表示をすることになります。
これまで曖昧だった生鮮食品の栄養成分表示ですが、今
生鮮食品の場合は加工食品と異なり、含有する栄養成
後は何らかの強調表示をする場合には併せて主要5成分を
分にバラツキがあります。現行のルールでも、表示の値と
含む栄養成分表示をするなど、表示方法も含めて具体的に
実際の含有量が著しく異なる場合は、虚偽誇大表示に該当
検討されることになりそうです。
します。そのため、生鮮食品の場合は、上限値と下限値に
よる幅をもたせた記載も認められています。
とはいえ、表示と実際の中身が著しく異なることのない
ように、安定して含有されていることが前提となり、表示の
消費者庁栄養成分表示検討会情報
http://www.caa.go.jp/foods/index9.html
今回まとめられた報告書案
http://www.caa.go.jp/foods/pdf/syokuhin672.pdf
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世界の果物文化 ドライフルーツ
天日や風で果物を乾燥させて作るドライフルーツは古くか
とした味わいが特徴です。中国からはマスカット種を原料
ら食べられてきた保存食。その歴史は聖書の時代までさか
としたグリーンレーズンなども輸入されます。
のぼります。水分が多く腐敗しやすい果物を乾燥させるこ
プルーンもまたアメリカで人気のドライフルーツです。主
とで貯蔵性が高まり、携帯食や非常食として、また砂糖の
な産地はカリフォルニア州で、生のものをプラム、乾燥させ
ない時代の糖分や嗜好
(しこう)品として好まれました。
たものをプルーンと呼んで区別しています。
世界中で作られるドライフルーツ
ルフルーツは、東南アジア、中南米をはじめとした熱帯・亜
ドライフルーツの代表格といえるのがレーズン。古代か
熱帯地域で広く生産されています。
ら中近東で作られていましたが、現在の主要産地は米国の
中国ではドライフルーツを
「乾果」と呼び、特徴的なもの
カリフォルニア州です。原料となるブドウには粒が小さく糖
には、なつめやさんざしがあります。紀元前から食べられて
度の高い種なし品種を使います。日本に輸入されるレーズ
いる干しなつめは漢方薬としても利用されていました。
ンの85%以上を占めるカリフォルニアレーズンは、緑色の
日本のドライフルーツといえば干し柿。そもそも日本の
種なし品種トンプソン・シードレスを原料としたものが最も
高温多湿な気候は果物を乾燥させるには適していませんが、
ポピュラー。トルコ産サルタナレーズンは、カリフォルニア
干し柿は収穫期の秋から冬にかけた湿度の低い季節を利
産に比べて短時間で天日干しされるため、色が淡くあっさり
用します。干して保存性を高めると同時に、渋抜き処理に
より、生では食べられない渋柿を甘い果実に変えてしまうと
ころが大きな特徴です。
ドライフルーツを使ったお菓子・パン
栄養素が凝縮したドライフルーツの魅力
果物の多くは全体の80%以上が水分です。ドライフルー
ツは乾燥により水分が飛ばされ、ビタミンCなど一部の栄
欧米では昔から、ドライフルーツをお菓子やパンの材料
養素は減少しますが、その他ビタミンやミネラル、ブドウ糖
に使います。レーズンの一大生産国である米国にはレーズ
など、果物が持つ栄養成分が凝縮されています。特にレー
ン入りのさまざまな種類のパンがあります。ブリオッシュや
ズンやプルーンには貧血を防ぐ鉄分が豊富で、健康食品と
クロワッサンの生地にレーズンを巻き込んだフランスのパ
して広く好まれます。
ン・オ・レザンやライ麦生地にくるみやレーズンを混ぜたセー
ドライフルーツを食べる魅力は保存性の高さや栄養面
グル・ノア・レザンは、日本のベーカリーでも日常的に見か
だけではありません。乾燥することで生鮮果物とは全く異
けるようになりました。
なる風味や独特の香りを楽しむことができるのもドライフ
シュトーレンはラム酒に漬けたドライフルーツをたっぷり
ルーツを食べる楽しみのひとつです。かみごたえのある食
使ったドイツのパン。レーズン、オレンジ、レモン、アンズ、
感は満腹感も高めます。食後のヨーグルトに混ぜたり、普
イチジク、チェリーなどたくさんのフルーツが材料に使われ
段の間食をドラ
ます。長期保存が可能で、ドイツでは11月末頃に作り、少
イフルーツに置
しずつ食べながらクリスマスを迎えるという伝統的なパンで
き換えたりして、
す。
上手に食 生 活
パネトーネはミラノ発祥の菓子パン。こちらもクリスマス
に取り入れてみ
を迎えるために作られるパンで、レーズンやオレンジピール
ましょう。
などが使われます。パネトーネ作りには専門的な技術が必
要なため、イタリアでもお店で購入するのが一般的だそうで
す。
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バナナ、パパイヤ、マンゴー、パイナップルなどのトロピカ
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フルーツ
身近な疑問にお答えします
食品の安全性や機能性、
また日常ふと感じる疑問などにお答えします
ピールは、
フルーツケーキなどに使われるオレンジ
自分で作ることができますか?
オレンジピールは、オレンジの皮
(ピール)の砂
うどよい苦みが残るよう、途中で何度か味見をしてください。
糖漬けのことです。コツさえ覚えれば自分で簡単
ほどよく、苦みが抜けたら、適当な大きさに切り、皮の7~
に作ることができます。
8割程度の砂糖を加えて弱火で煮込みます。煮詰めて、煮
皮を、内側の白い部分を少しつけた状態でむきます
(白い
汁がなくなってきたら火を止めてできあがり。好みで、あら熱
部分をどのくらいつけるかは好みですが、あまり厚いと苦みが
がとれた時点でグラニュー糖をまぶせば、そのままおやつに
強く残るので1㎝以下でしょう)
。
なります。
これをたっぷりの湯でゆで、ゆで汁は捨てます(この状態
なお、オレンジやレモンの防かび剤が心配という方がい
で一晩おくと苦味がかなりとれます)。その後何度か水を替
らっしゃるかもしれませんが、使われていたとしても残ってい
えながら柔らかくなるまで煮ます。苦みの強い果皮の場合は、
ることはほとんどなく、仮にごくわずか残っていても水洗いで
ゆで汁を取り替えながら煮るという作業の回数を増やします。
取り除くことができます。衛生面からも、皮をむく前に洗うこ
ただし、苦みを抜き過ぎると、風味も損なわれますので、ちょ
とは、いうまでもありません。
あ と が き
事故発生初期の限定的な暫定規制値超過検出で、慌て
めている。(夫)
て福島県全体を出荷規制対象にしたことが、福島県全体の
「みかんを調べに行ってきます」
と旅支度をして家内に言う
産物に対する誤解と風評被害の拡大を招いたことは否めな
と、
「そんなもんスーパーで見てくれば良いじゃないの!」
とポンポ
い。検査をしなければ規制値超過は見つからないが、不信と不
ンと言われてしまった。
安は消えない。
しかし、
しかしである、
あのあまりにも身近なコタツの上のみか
消費地で行う客観的なカウンターチェックとも併せてもっと
んの光景にヒミツはないのか、
ドラマや涙の感動もあるんではな
多数のきめ細かい検査をし、規制値以下、不検出のデータ報
いか、
「そこんところが大切なのだよ」
とぶちぶち言いながら旅
道を積み重ねることなしに安心してもらうことはできないだろう。
に出た。
たとえ規制値を超えて検出されるものがあってもそれは出荷さ
そして、
やはりそこにはたくさんのいい男たちと未知の事ども
れないから理解してもらえる。
が待っていた。
そんな感動をどうやって表紙だけで伝えられるの
わからないという不安さえ払拭できれば、
福島県産品を買うこ
か、
さて・
・。
(村)
とで支援しなければと思っている人はたくさんいるのだから。(米)
世の中にはいろいろな境目の数値がある。車の運転の場
「ガンの原因」
はたくさんある。喫煙、
過度の飲酒、
野菜や果
合はスピード違反の速度、
メタボの場合はウエストや中性脂肪
物の不足、塩分過剰摂取、太りすぎ、
やせすぎ、運動不足・・・・
の値が判断基準となる。これら数値の場合、境界値の2倍だ
これらは
“すでに科学的に明らかにされているガン要因”
である。
と、
かなりやばい。
これらの発ガン要因を避けることは、子どもの将来にとって
一方、放射性物質の暫定規制値、残留農薬の一律基準
(もちろん自分の将来にとっても)きわめて重要な意味を持つ。
値、暫定基準の数値は、
かなり安全側に立ってつくられている
自分のできる事には限界があるので、私は
「悪影響がより大き
ので、
同じ2倍超過でも、
まるで意味が違う。
うまく伝わりましたで
く、
しかも科学的に明らかなガン要因」
から先に避けることに努
しょうか。
(森)
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(社)
日本青果物輸入安全推進協会
菜果フォーラム 第 6 号
発行日 : 2011 年 9 月 30 日
発 行 : 社団法人 日本青果物輸入安全推進協会
〒101-0024 東京都千代田区神田和泉町 1-12-16 末広ビル 6 階
TEL.03-5833-5141 FAX.03-5833-5140 http://www.fruits-nisseikyo.or.jp
編集人 : 米倉幸夫
制 作 : ㈱ JA 情報サービス
※「菜果フォーラム」
は、
「フルーツセーフティ」
で検索頂き、
下記サイトでもご覧になれます。
http://www.fruit-safety.com/snews/index.html
*当協会では輸入果物に関する情報サイト
「くだものものしりサイト フルーツセーフティ」
を運営し
ております。サイトでは毎月、連載記事「健康で美味しいフルーツ」
と、特集記事「ここが知りたい!
食の安全」の2本のニュースを更新しています。
またメールマガジンも発行しています。
どうぞご活
用ください。
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ご質問、
ご感想は[email protected]までお寄せ下さい。
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