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マングローブ等熱帯沿岸生態系の修復

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マングローブ等熱帯沿岸生態系の修復
平成 14 年度
二酸化炭素固定化・有効利用技術等対策事業
プログラム方式二酸化炭素固定化・有効利用技術開発
(マングローブ等熱帯沿岸生態系の修復・保全による
地球温暖化ガス回収・放出抑制評価技術の開発)
成 果 報 告 書
平成 15 年3月
財団法人
委託先
地球環境産業技術研究機構
社団法人 日本海洋開発産業協会
まえがき
地球温暖化問題に関して、先進国と途上国の CO2 排出権交渉における有望なオプションと
考えられる植林・再植林と並んで,高い CO2 貯蔵能力を有する熱帯沿岸生態系であるマング
ローブ礁等熱帯沿岸生態系(以下、マングローブ等沿岸生態系と記す)のクリーン開発メ
カニズム(以下CDMと略す)における植林・再植林事業の可能性が注目されている。
マングローブ等沿岸生態系の修復・保全による温暖化ガス吸収・放出抑制技術は、地球
温暖化対策の中で生態系保全修復による CO2 吸収源確保方策として位置づけることが可能
である。すでに京都議定書の運用に関する国際的合意の中で植林等の生態系修復による CO2
吸収量を各国の削減量として算定できる方向で、大枠で合意予定である。特に、海外にお
けるCDM事業としての植林・再植林事業で認められる CO2 削減量は、日本の 1990 年の CO2
排出量3億2000万トン C/年の1%(約320万トン C/年)を上限とする、などの削減
が認められる案が現在最も有力である。
これらの植林・再植林・
(土地利用管理)活動に基づく各国の国内 CO2 削減(固定・吸収)
量の評価方法については、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)により、IPCC 国別温室
効果ガスインベントリープログラム(IPCC-NGGIP)の運営に指針を与えるための技術支援ユ
ニット(TSU)が設置され、
「土地利用、土地利用変化及び林業」に伴う温室効果ガス排出・
吸収量推計に関する良好手法指針プロジェクトの作成を開始したところである。しかしな
がら、CDM 事業における植林・再植林事業に関する CO2 を含む温暖化ガス収支評価方法につ
いては、原則的に国内評価方法に準じるが、詳細な検討はCOP9以降の検討が予定され
ている。従って、地球温暖化ガス回収・放出抑制方策としての有効性を評価するには、マ
ングローブ等熱帯沿岸生態系の修復・保全による二酸化炭素を含む地球温暖化ガスの吸
収・放出抑制量評価手法の確立が緊急に必要である。
本研究開発では、熱帯・亜熱帯の様々な地域・底質の状況においても適用可能で、かつ
マングローブ単体の陸上・地下の炭素収支のみならず、その植林によってもたらされる水
生生物や底質・水中の有機物の増加量、潮流により外洋等に移行される有機物量を含めた、
マングローブ等熱帯沿岸生態系全体の炭素収支を定量的に把握・予測する評価技術を確立
することにより、マングローブ等熱帯沿岸生態系の修復・保全技術の効果的活用方策を獲
得することを目的としている。
このため、平成12年度は石垣島とタイ(乾期)のマングローブ等熱帯沿岸生態系を対
象として、これらにおける CO2 吸収・放出抑制量、その他の温暖化ガス(CH4,N2O)の収支
評価,社会経済学的評価等の評価手法の試案作成を目指して検討を行い、平成13年度は
これらの評価法の汎用性検討のために、引き続き石垣島とタイ(雨期)のマングローブ等
熱帯沿岸生態系を対象として検討を行い、評価法試案の改良を行った。
平成14年度はさらに汎用性を検討するために、ベトナムのマングローブ域を対象とし
て検討を行い、評価法の改良による精度向上を目指して調査研究を行った。
( i)
委 員 会 名 簿
技術検討委員会
区分
氏
名
所属及び役職
委員長
清水 誠
東京大学 農学部 名誉教授
委
員
中園 明信
九州大学 農学部 水産学科 教授
委
員
馬場 繁幸
琉球大学 農学部 助教授
委
員
小林 紀之
住友林業(株)総務部 研究主幹
委
員
野瀬 昭博
佐賀大学 農学部 生物生産学講座 教授
委
員
佐藤 一紘
琉球大学 農学部 助教授
委
員
松田 義弘
東海大学 海洋学部 海洋科学科 教授
委
員
大森 浩二
愛媛大学 沿岸環境科学研究センター 助教授
委
員
清野 通康
(財)海洋生物環境研究所 中央研究所 所長代理
委
員
立田 穣
(財)電力中央研究所 我孫子研究所 応用生物部 上席研究員
事務局
三浦 秀夫
(社)日本海洋開発産業協会 技術開発部長
事務局
杉戸 俊一
(社)日本海洋開発産業協会 技術開発部 技術開発チーフマネジャー
陸域評価分科会
区分
氏
名
所属及び役職
主
査
石井 孝
(財)電力中央研究所 環境科学部 主任研究員
委
員
野瀬 昭博
佐賀大学 農学部 生物生産学講座 教授
委
員
佐藤 一紘
琉球大学 農学部 助教授
委
員
松井 直弘
(株)関西環境総合研究センター環境共生部 主任
委
員
大森 浩二
愛媛大学 沿岸環境科学研究センター 助教授
事務局
三浦 秀夫
社)日本海洋開発産業協会 技術開発部長
事務局
杉戸 俊一
(社)日本海洋開発産業協会 技術開発部 技術開発チーフマネジャー
海域評価分科会
区分
氏
名
所属及び役職
主
査
立田 穣
(財)電力中央研究所 応用生物部 上席研究員
委
員
池田 穣
(株)間組 技術・環境本部 環境事業開発部 主任
委
員
深見 公雄
高知大学 農学部 水族環境学研究室 教授
委
員
鈴木 款
静岡大学 理学部 生物地球環境科学科 教授
委
員
今村 正裕
(財)電力中央研究所 環境科学部 主任研究員
委
員
松島 基
(株)東京久栄 建設環境統括部 統括部長
事務局
三浦 秀夫
社)日本海洋開発産業協会 技術開発部長
事務局
杉戸 俊一
(社)日本海洋開発産業協会 技術開発部 技術開発チーフマネジャー
( ii )
目
次(案)
まえがき ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・( i )
委員会名簿 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・( ii )
目
次 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(iii)
概
要(和文、英文)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・( v )
第1章 研究開発の背景と目的
1.1 研究開発の背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
1.2 研究開発の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
第2章 マングローブ群落の CO2吸収量と炭素貯蔵量の長期・広域評価手法の検討
2.1 炭素現存量評価手法の開発 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
2.1.1 現存量及び炭素量の評価手法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
2.1.2 リモートセンシングによる炭素貯蔵量推定法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
14
2.2 陸上部光合成 CO2吸収量評価手法の開発 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
26
第3章 マングローブ沿岸水による CO2吸収量と炭素貯蔵量の長期評価手法の検討
3.1 水中光合成・呼吸と有機物分解による CO2吸収・放出量評価手法の開発 ・・・・・・・・・
59
3.1.1 計測器による水中チャンバー内溶存酸素濃度測定評価法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
60
3.1.2 閉鎖系止水中溶存酸素濃度測定による水中 CO2吸収・放出量評価法・・・・・・・・・・・
68
3.1.3 マングローブ沿岸水による CO2吸収・
放出制御量の長期評価手法の改良・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
76
3.2 海洋物理環境測定による海水交換量評価手法の開発 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
83
3.3 水中有機物分解速度の解明と評価手法の開発 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
89
3.3.1 マングローブ沿岸の無機炭素指標の動態 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
89
3.3.2 栄養塩・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
98
3.3.3 微生物・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・114
第4章 マングローブ堆積有機物による地球温暖化ガス吸収・放出量評価手法の検討
4.1 有機物分解による CO2放出量評価手法の開発 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・120
4.1.1 底生生物 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・120
4.1.2 干潮時の堆積物中有機物分解・呼吸による CO2吸収・放出抑制量評価 ・・・・・・・・130
4.2 マングローブ堆積物における有機炭素貯蔵による CO2固定量評価手法の開発 ・・・・・・134
4.3 N2O、CH4 収支評価手法の開発・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・146
4.3.1 N2O・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・146
4.3.2 CH4 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・153
( iii )
4.4 堆積物中可給態栄養塩評価手法の開発 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・154
4.4.1 はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・154
4.4.2 調査内容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・154
4.4.3 土壌調査項目 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・156
4.4.4 調査結果および考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・168
4.4.5 まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・168
第5章 マングローブ等熱帯沿岸生態系の修復・保全による
温暖化対策の経済性・費用対効果の評価手法の検討 ・・・・・・・・・・・・・・・・169
5.1 生態系修復・保全によるエネルギー・温暖化ガス収支評価の検討 ・・・・・・・・・・・・・・・・169
5.2 評価技術の経済的適用可能性の検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・175
第6章 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・178
( iv )
(概 要)
概
要
マングローブ等熱帯沿岸生態系CO2貯蔵量評価の評価技術の汎用性を検討するために、ベトナム・
タンホア省マングローブ域を対象として、以下の項目について調査し評価法の改良を行った。
衛星画像解析による現存量評価(根系)法の確立のために振動解析による識別法について検討した。
また、衛星画像解析によるLAI(Leaf Area Index; 葉面積指数)を使って,マングローブ群集の光合
成によるCO2固定量を推定する評価法の汎用性を検討し、同法によるCO2吸収速度評価方法がベトナム
に適用できることを示した。さらにマングローブ群落の部位別光合成・呼吸によるCO2吸収・放出量
の直接測定による評価法の汎用性を検討し、ベトナムに適用できることを示した。
マングローブ沿岸水における CO2 吸収・放出量評価のために、水中チャンバー式溶存酸素センサー
を装備した計測器を用いる評価法の汎用性を検討し、観測機器として有効であることを示した。また、
閉鎖系止水中溶存酸素濃度測定による水中 CO2 吸収・放出量評価法の汎用性確認を行い、ベトナム・
マングローブ沿岸水における CO2 放出量評価が可能であることが示された。
マングローブ沿岸域における海洋物理観測における海水交換量評価法の改良と、水中有機物・栄養
塩・微生物濃度の生成・分解速度評価法の改良により、マングローブ沿岸域から隣接海域への有機炭
素流出量の評価手法を検討した。
底生生物の生物活動による有機物分解速度の定量評価手法の改良を検討した。その結果底生生物の
堆積物攪拌作用による CO2 放出と干潮時堆積物表面から CO2 放出、および冠水時 CO2 吸収・放出抑制
量評価と併せて、総合的な評価法を確立できる可能性が示された。
堆積粒子吸着性の強い鉛−210を用いた有機物堆積速度評価法の汎用性検討の結果、38 μm以
下の有機炭素微粒子の埋没速度測定による評価法の有効性が確認された。
一方、温暖化ガスである N2O の放出フラックスの評価法試案を改良し堆積物からの放出フラックス
を評価した。その結果、マングローブ林内の底泥からの N2O 生成が示された。
マングローブ林の現存量を制限すると考えられる土壌環境要因の評価試案を改良し地理統計解析
を適用した結果、マングローブの樹齢とナトリウム、カリウムとの相関が有ることが示された。これ
らの土壌環境要因がマングローブ生産量を制限していることが示唆された。
マングローブ沿岸生態系修復事業における放出/固定エネルギー収支、CO2収支は各々、75-95%、
97%の効率を示した。東南アジアでマングローブ植林CO2吸収事業を行う場合、マングローブ植林CO2
固定事業をCDM事業として成立させることは充分可能と中間評価された。
( v)
Synopsis
The overall objective of the research project is to control global warming by sequestering carbon dioxide from the
atmosphere. In this respect, we studied to validate the carbon storage effect of tropical mangrove coastal ecosystem
by conducting field study in the mangrove ecosystem of Than Hoa province, Vietnam.
For remote sensing of wide area mangrove total carbon storage estimation by satellite data, we studied root
system sonic discrimination to estimate carbon stock in tree parts and DBH (Diameter of blest height). For
estimation of wide range mangrove GPP (Gross primary production), we analyze Leaf Area Index (LAI) and found
the positive correlation with satellite data. Direct photosynthesis and respiration measurements of every parts of
mangrove are also analyzed by tower method to estimate accurate CO2 sequestration and respiration by mangrove
tree community.
The CO2 sequestration by mangrove coastal water are measured by under water respiration meter and
dissolved oxygen analysis in slack water of mangrove coastal waters, with physical coastal water environment
measurement by under water CSTD analytical instruments. Water mass balance in and out of mangrove coastal
area, being associated with organic carbon, nutrients, microbiological concentrations in water, were proved to be
provide CO2 emission flux by underwater organic matter decomposition, especially CO2 emission from organic
matter degredation in sediment turbation..
Benthic organism activity in mangrove sediment is expected to be critical in controlling CO2 and other
greenhouse gass emission from organic matter decomposition in sediment. Than Hoa area study indicated that CO2
emission not only from underwater sediment but also air-exposed sediment surface and turbated deep sediment.
Organic matter accumulation by sedimentation in mangrove creeks was estimated by natural radionuclide Lead-210,
indicating that small fine refractory organic matter is main accumulator of fixed CO2. N2O was estimated to be
emitted from mud flat in mangrove forest. Chemical and nutrient conditions of mangrove sediment indicated
significant correlation between natorium, potassium and mangrove tree age.
Efficient of CO2 sequestration by mangrove planting activity was estimated to be around 75 - 95 % and energy
efficiency was 93%. Cost estimation indicated that SE Asian mangrove ecosystem restoration is cost effective as
CDM in global warming counter measure.
( vi )
(本 文)
第1章 研究開発の背景と目的
1.1 研究開発の背景
気候変動(地球温暖化)の問題解決のためには、気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3/1997
年 12 月)において採択された、京都議定書に規定する 2008 年から 2012 年を目標年次とする短期的
かつ緊急の地球温暖化ガス排出削減の実行、ならびに長期における削減の持続をしていく必要がある。
地球温暖化ガスの回収放出抑制について、熱帯雨林の保全・植林が取り上げられているが、熱帯雨
林と並んで高い生産力を有するマングローブ等熱帯沿岸生態系(以下、マングローブ等生態系と呼ぶ)
の CO2 貯蔵能力が注目されている。しかしながら、貯蔵メカニズムや貯蔵量についての研究は始めら
れたばかりであり、沿岸生態系の能力評価技術は確立されていない。
これまでの研究結果では,日本・オーストラリア・マレーシアのマングローブ生態系の炭素貯蔵量
は地上部 50∼200tC/ha,マングローブ地下部で 50∼100tC/ha,堆積された有機物(地下 1m)は 100
∼1,000tC/ha の範囲にあると推定されている。また,マングローブ生態系の光合成(マングローブ
林・水中プランクトン・底生微細藻類)による CO2 吸収に基づく年間炭素純固定量は,マングローブ
地上・地下部でおよそ 1∼5tC/ha/年,水中生態系でおよそ 0.1∼1tC/ha/年と評価されている。しか
しながら,これらは評価の 1 例であり,様々なマングローブ生態系の CO2 貯蔵量の評価例は少なく,
その評価手法も確立されていない。また,マングローブ生態系のような湿地帯については,他温暖化
ガス(N2O,CH4)が発生する場合があることが示されており,CO2 固定量と併せた総合評価例はない。
現在,マングローブ沿岸生態系の主な消失原因は,粗放なエビ養殖池の造成であり,これらの影響に
よる CO2 を含む温暖化ガス収支の変化の解明が望まれている。
これらの知見をふまえて,本研究では、マングローブ等生態系の CO2 貯蔵メカニズムを解明するた
めに、有機物生産と分解速度の正確な測定技術およびシステムの開発、海水中の光条件および栄養塩
類の測定システムの開発及びその他の地球温暖化ガス(N2O 等)の放出測定システムの開発を通じ、
生態系の修復・保全による地球温暖化ガス回収・放出抑制評価技術を開発することを目的とする。
1.2 研究開発の目的
地球温暖化対策の観点から、温室効果ガスの1つである CO2の大気中濃度の増加を抑制する方策と
して、大気中に放出された CO2を、マングロ−ブ等熱帯沿岸生態系の修復・保全を利用して貯蔵する
技術が有効とされている。本研究開発は、この技術の有効性を検証するために、部分的かつ定性的で
あった従来のマングロ−ブ等熱帯沿岸生態系による CO2貯蔵量評価を、東南アジア等様々な地域で利
用可能な汎用性のある定量的な評価技術として確立し、地球温暖化対策の実現に寄与することを目的
とする。
−1−
第2章 マングローブ群落の CO 2 吸収量と炭素貯蔵量の長期・広域評価手法の検討
2.1
炭素現存量評価手法の開発
2.1.1 現存量及び炭素量の評価手法
(1)適用する手法
マングローブ林が固定・蓄積している CO2 の量を面的に評価する方法として、衛星デー
タ等を利用するリモートセンシングによる手法を構築する事が本研究の目標である。幾つ
かの林分要素とランドサット5号の TM データ及びそれを組み合わせた指標との間に、有
意に高い相関が認められている 1,2)。回帰式にマングローブ域の衛星データを全て代入して
林分要素を求め、その分布図を作成し、林班毎に集計する事も可能になっている 3)。この
事から CO2 についても十分可能だと考えているが、標本木の全ての部位の炭素量を求める
点で、野外作業に種々の困難性を伴う。
この手法の考え方を、図 2.1.1-1 に示した。
(B)の部分は、野外で部位毎の生重量を測
定し、部位毎の含水比及び炭素率を求めるための試料を採取し、研究室内で求める部位毎
の含水比及び炭素率から、部位毎の現存量及び炭素量を求め、さらにそれ等を合計して標
本木の現存量及び炭素量を求める過程である。
(A)は、樹種毎に胸高直径(DBH)と現存量
及び炭素量との回帰式を得、標本区の毎木調査による DBH を樹種毎に回帰式に代入し、
それを合計して標本区の現存量及び全炭素量を求め、それ等と標本区の衛星データとの回
図 2.1.1-1 リモートセンシングによるマングローブ林が固定・蓄積している
図 2.1.1-1 リモートセンシングによるマングローブ林が固定・蓄積している炭
素量の評価手法の考え方(A) 及びそのためのデータを野外での測
定・試料採取等から得る過程(B) 4 )
−2−
帰式を得る過程である。
沖縄県八重山地方のマングローブ林を構成する優勢樹種は、ヤエヤマヒルギ(Rhizophora
stylosa Griff.)及びオヒルギ(Bruguiera gymnorrhiza (L.) Lam.)で、西表島東岸のみでそれにマ
ヤプシキ(Sonneratia alba J. Sm.)が加わる。その他の樹種は樹高・DBH ともに小さく、分布
も散在的で、群生していても 10m×10m の範囲を超える事はない。よって一義的には、こ
の地方では上述の2樹種を対象として問題はない。さらに精度を求める場合は、以下で検
討する事項をマヤプシキにも適用する事が必要となる。
しかし、マングローブ林一般を考える場合は、対象地域毎に Rhizophora 類、Bruguiera
類、Avicennia 類、Sonnneratia 類、
Nypa 類のそれぞれで優勢樹種を決め、それぞれに図 2.1.1-1
の(B)に示す手順が必要になる。即ち、①当該地域の優勢樹種について標本木を選び、根系
を含む全体を部位毎に葉・枝・幹・根系(地上根、地下根の太・中・細根別)に仕分けして採取し、
それぞれの生重量を測定する(Ww)。②部位毎に代表的な試料を採取し、生重量を測定する
(ww)。③その試料を乾燥させ、乾燥重量(wd)を求める。④その試料を粉砕し、C/N コー
ダにより炭素率(c)を測定する。含水比(Rw)を求め、標本木の各部位の総乾燥重量(Wd)及び
炭素量(C)は次式で求まる。
Rw=( ww-wd )/wd,
Wd=Ww /( 1+Rw ), C=c・Wd
地上部の採取については生重量測定で重量が大きい等若干の困難性を伴うものの、深刻
な問題ではない。しかし地下部の採取には、どれだけ採取したのかという正解のない問題
が常に随伴する。ヤエヤマヒルギでは、支持根を地上部から追う形で掘り取るまたは引抜
く方法によった。採取した根の形から、切れて堆積中に残ったものがさほど多くはないと
いう見当は付けられる。ヤエヤマヒルギについては昨年度までに、17 本の標本木により部
位毎または全木の現存量及び炭素量と DBH との関係を明らかにし、回帰式を求め、報告
した 5)。
しかし、Bruguiera 類、Avicennia 類、Sonnneratia 類については、地下部で測定対象木の
幹と繋がっている膝根、筍根、直立根の識別及び採取法が問題となるし、Nypa 類では相当
の重量になると予想される塊状の根の採取法が問題になる。
オヒルギについては、伐倒する前に対象木の膝根を特定する事が必要で、その後に膝根
を掘り取るまたは引抜くのが合理的だと、昨年度の現地調査から結論付けた。その主な理
由は、対象木の根元から根を追いながら掘るやり方では対象木以外の膝根を傷付ける、無
駄な作業が増える、周辺の堆積を不必要に撹乱する等である。よって、対象木と地下部で
繋がっている膝根を、それ以外の根と識別する方法の開発が必要になる。
(2)オヒルギの膝根の個体識別法
(2)オヒルギの膝根の個体識別法
オヒルギの根系の詳細は、不明である。部分的な観察の報告は見られるものの、全体像
は明らかになっていない。図 2.1.1-2 に、引抜いたヤエヤマヒルギの支持根及びオヒルギ
の風倒木の根鉢を示した。オヒルギの根元から出ている呼吸根は、出た状態の角度を維持
−3−
図 2.1.1-2 ヤエヤマヒルギの支持根(左)及びオヒルギの根鉢(右)
図 2.1.1-3 オヒルギの膝根の分布が比較的に分かり易い例 6)
してかなり深くまで伸びているものが多い。これ等からどのように根が分岐し、堆積の中
を横へ伸び、地上に出て膝根を形成するのか、そこにはある様式が存在すると考えられる
が、不明である。孤立したマヤプシキやヒルダマシの筍根・直立根では、放射状に直線的配
列を覗える場合がよくある。オヒルギの場合、その傾向はあまり明瞭ではないように思わ
れる。図 2.1.1-3 に、膝根の分布が比較的分かり易い例を引用して示した。この例では、
−4−
図 2.1.12.1.1-4 振動解析による膝根個体識別システムの概略
堆積した砂が幾分侵食されていると考えられる。孤立木の膝根は全てその個体のものと判
断できるから全て採取すればよいが、孤立木を標本とすると DBH と現存量との関係を過
大に評価する事になり、地域全般を評価する回帰式を得るための標本とする事はできない。
林分内で隣接木の影響を受けながら生育しているものを標本とするためには、周囲にある
無数の膝根から対象木のそれを識別する事が必要となる。
膝根毎に異なる色素を注入し、対象木の幹の断面に出る色で識別する方法等種々検討し
たが、その所要時間が不明である等で、簡便で現実的方法は見当たらなかった。昨年度に、
ある予備的な試験を行った。幹を叩き、膝根に聴診器を押し当てて聴くと、聴こえ方に幾
通りかの違いがありそうに感じられた。この事を拠り所として、振動解析による方法を試
みる事にした。
a. 振動解析による識別法
振動解析システムの製作について数社に問い合わせ、膝根の個体識別に直ぐ使えるシ
ステムを構築した経験はいずれでもない事が分かった。この間の対応の良かった(株)松山
アドバンスに、製作を依頼した。マングローブ林での測定を考慮し、所要機材、人員及び
その移動距離を極力少なくするという条件で、単純なシステムとした。その概略を、図
2.1.1-4 に示した。
振動センサは直径2cm,長さ4cm 程の小さなもので、柔らかく細い多芯ケーブルでノー
ト型パソコンの脇に置くアンプに接続する。作業を煩雑にせぬよう、操作信号も振動の信
号もこの1本のケーブルで伝えるようにした。センサの頭部には輪状の磁石が填め込んで
あり、釘等には容易に取り付けられる。幹には5寸釘を打ち込み、金鎚でできるだけ同一
の強さで叩くようにする。膝根には、頭部に径2cm の鉄製の輪を接着した2寸釘を打ち
込み、センサを取り付ける。システムを立ち上げ、測定状態にすると、一定強度以上の振
動を感知し、自動で No.を付してメモリに記録し、次の測定状態に入る。記録のみの所要
時間は、数秒である。記録の準備が済めば、システムを操作する者1人、幹を叩く者1人、
センサを順次膝根に取り付ける者1人、計3人で進行できる。
実際の調査では事前に膝根に No.を付し、その順にセンサを移動させて記録した。この
−5−
図 2.1.12.1.1-5 膝根の位置の測定(
膝根の位置の測定(左)と No.ラベルを付した状態
No.ラベルを付した状態(
ラベルを付した状態(右)
図 2.1.12.1.1-6 幹を叩き膝根で受ける振動を解析する方法の概略
*:A も B も、経路や距離によって内容は異なる
作業に複数の要員を当てると、効率は上がる。調査の様子を、図 2.1.1-5 に示した。調査
は、2002 年9月 6 日に西表島後良川マングローブ林、11 月 6 日に相良川河口部のマング
ローブ林で行った。最初に対象木の根元で分岐している呼吸根からの振動を記録し、その
後順次膝根を変えて記録する事を繰り返した。記録した波形は、9 月 6 日が 29 個、11 月
6 日が 49 個である。
b. 振動波形の形と類型化
対象木の根元で取った記録を直接繋がっている根の波形とし、それとの比較で幹と膝根
との関係性を検討する事とした。図 2.1.1-6 に、幹を叩き膝根でその振動を受け、その波
形を解析して個体識別しようとする本システムの基本的な考え方を示した。対象木に繋が
っている膝根は、途中で膝根を経由したり屈折する事、他の膝根に接触する事もあり得る
ため、経路や距離に応じてその振動は減衰する。また、堆積中を伝播した振動も膝根を通
じて拾われる。よって、その記録波形は図中の A と B が合成されたものになる。対象木以
外の木の膝根には、対象木の振動 A は伝播しない。対象木の幹の振動及びそれに繋がる膝
−6−
図 2.1.12.1.1-7-a 対象木の根元から出ている呼吸根から取った波形(
対象木の根元から出ている呼吸根から取った波形(基本形)
基本形)−Ⅰ型
図 2.1.12.1.1-7-b Ⅰ型類似で減衰か?FFT
Ⅰ型類似で減衰か?FFT スペクトルの 1.3KHz のピークが微弱−Ⅱ型
−7−
図 2.1.12.1.1-7-c 20msec 以降に減衰した波形あり、FFT
以降に減衰した波形あり、FFT スペクトルの 1.3KHz に小ピーク−Ⅲ型
図 2.1.12.1.1-7-d 伝播速度の速い部分で減衰大で、FFT
伝播速度の速い部分で減衰大で、FFT スペクトルの 1.3KHz に小ピーク−Ⅳ型
−8−
図 2.1.12.1.1-7-e 波形は全般に減衰が大きく、FFT
波形は全般に減衰が大きく、FFT スペクトルの 1.3KHz のピーク微弱−Ⅴ型
のピーク微弱−Ⅴ型
図 2.1.12.1.1-7-f 波形及び FFT スペクトルは全般に極微弱−Ⅵ型
−9−
表 2.1.12.1.1-1 6型に分類した個数及び百分率
波形の型
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
Ⅵ
その他
合計
9月 6日
個数
%
1
3.4
0
0.0
1
3.4
3
10.3
6
20.7
14
48.3
4
13.8
29
100.0
11 月 6日
個数
%
0
0.0
9
18.4
1
2.0
1
2.0
5
10.2
32
65.3
1
2.0
49
100.0
合
個数
1
9
2
4
11
46
5
78
計
%
1.3
11.5
2.6
5.1
14.1
59.0
6.4
100.0
根の振動が堆積を介してこれ等の膝根に伝播するので、種々の経路からの B の合成された
ものになる。根の振動伝播特性は不明だが、堆積のそれより伝播し易いと推測される。
記録した 78 の波形の形や傾向を相互に比較し、図 2.1.1-7-a∼f の6つの型に大別した。
左側は入力振動波形、右側はその高速フーリエ変換(FFT)振幅実効値である。高速フーリ
エ変換(FFT)振幅実効値とは、すべての周期波形は正弦波の合成で表す事ができるという
原理によっており、正弦波の周波数毎の強度を繋いだ波形である。金鎚等で衝撃を与える
という事は、高速回転の振動から低速回転の振動まで全て同時に加えるという事である。
各種物質、樹木、堆積、金属等に対して、ある箇所に振動を加えると振動はその媒体を伝
わって行くが、回転速度を変化させると伝わり方は各々異なる。例えばゴム等では、遅い
回転振動は伝わるが、高速回転の振動は減衰し、遠くまでは伝わらない。鉄等金属では、
速い振動でも減衰しないで伝わる。この方法は、繋がっている根より堆積中では相対的に
高い周波成分が特に減衰し易く、遠くまで伝播しないという考え方を利用している。
それぞれの調査日の分類結果及び合計について、表 2.1.1-1 にまとめた。Ⅰ型は幹の根
元で取ったのでこれは別として、まず繋がっていないと思われるⅥ型が 60%と見込まれる。
6つの型に分類し難いものをその他としたが、波形は出ているのでもう1つ型を増やすの
が妥当かもしれない。
いずれここでは、かなり主観的な類型化にならざるを得なかったが、
次年度に後述する基礎的な検討から客観的類型化を試みる。
c. 類型化の方法
次年度に客観的類型化の基準をいかに収集・整理するか、その考え方を検討する。まず、
その膝根は全てその孤立木のものと見なし得る、図 2.1.1-3 に示すようなオヒルギの孤立
木を選ぶ。これはあくまでも幹に繋がっている膝根の振動波形を類型化し、膝根の個体識
別の基準化のためで、現存量・炭素量を求める標本ではない。
全ての膝根の位置と振動波形を記録し、距離と減衰程度、途中で膝根を経由したり屈折
している可能性を検討する。場合によっては一部掘って確認できれば有益である。膝根の
分布範囲の概略も把握する。次に、これ等の膝根の間に繋がっていない他の個体の膝根が
あると仮定し、そのような膝根の波形を距離や接触の程度を変えて記録する。他所で掘り
−10−
取った膝根を用いる事も考えられるが、効率の点から木杭等の代用を考える。もし、堆積
の質により波形に大きな差異あるのであれば、数通りの堆積条件下で同様の基礎資料を得
る。このようにして、堆積条件別に個体識別のための基準波形を整理し、標本木とするも
のについて識別調査を行う。その結果から、標本木の膝根と識別されたものに標本木の
No.等を付して区別する。
このような基準化ができない場合は、この方法は採用できない。他に良い方法を工夫で
きなければ、強引に力で根元を引抜き、それに繋がっている膝根も抜出さざるを得ない。
d. 識別法の運用
c.で述べたような基準化が可能だとしても、実際の膝根についてこの方法を適用する場
合、2つの問題がある。
第1は、多数の膝根について波形記録を取るための所要時間の問題である。孤立木の膝
根の分布範囲を参考に対象木について概略の範囲を決めるが、そこに含まれる膝根の数は
相当多数になると推測できる。図 2.1.1-3 から、この程度の大きさでも 100 前後の膝根で
あり、その間に他の個体の膝根があるとすれば、少なくとも倍程度にはなると思われる。
大きい個体であればさらに多数になるであろう。仮に1本当たりのセンサの取り付け・移動
時間を 20 秒とし、調査する平均膝根数を 300 とすると、1本の対象木に 100 分を要する。
膝根に振動センサ取付け用の2寸釘を先行して打つとしても、電源用蓄電池やアンプ・ノー
ト型パソコンの据付け、センサ用コードの仮留め等全体の準備に 20 分と仮定すると、所
要時間は2時間となる。大潮の干潮時に行うとしても移動時間を考慮すれば、1日に調査
できる対象木は2本と見込まれる。大潮の昼の干潮時に1日2本につき個体識別するとし
て、天候に恵まれても中潮までに 10 数本できれば良いとせざるを得ない。よって、伐採
と膝根の採取、部位毎の生重量測定、試料の採取は、別の大潮に実施する事になる。セン
サは 16 個まで増やせるので、雨天も考慮して、その数を増やし効率化を考えるべきであ
ろう。勿論、人員を増やせば、識別作業を追う形で現存量調査も同時に進められる。
第2の問題は、幹への振動の与え方である。ここで述べている幹に打込んだ5寸釘を叩
く方法では、それに作業者を1名当てる事と叩き方のバラツキが問題になる。振動発生装
置を幹に取り付ける事で、それは同時に解決できる。識別に有効な振動数も選択できよう
が、今後の使用頻度と経費との兼ね合いで決ってくる。
人手により金鎚で衝撃を与える場合、その時々で衝撃が多少異なる。このため、膝根で
記録された振動波形、FFT 波形も、影響を受けると思われる。人手による場合は、次の方
法でバラツキの影響を小さくし、判定精度をさらに向上できると思われる。図 2.1.1-6 の
対象木の根本に2寸釘を打ち、これに取り付けるセンサは固定し移動しない。膝根の振動
波形は、別のセンサで取る。よって、センサは複数必要となる。1つの衝撃に対して同時
に記録を取り、前者を入力、後者を出力とすれば、伝達関数は一般に次のようになる。
伝達関数=(出力)/(入力)
各周波数毎のその値で描かれる波形(現在の FFT 波形と同じ形式)に現れる衝撃のバラツ
キの影響は小さくなり、判定精度は上がると期待できる。
これはある意味で基準化であり、
−11−
入力・出力を得る事でさらに相関等比較演算の各種信号処理も可能となり、波形以外の判定
手段が得られる。
振動、FFT、伝達関数の各波形の目視により判定する場合、どう判定すべきか迷う事も
大いにあり得る。孤立木による基準化のための調査をこの形で行い、相関係数等数値で関
係性を判定できるようにすれば、基準値を判別式に入れ、瞬時に判別するプログラム化が
可能になる。これによれば現場で瞬時に繋がっている膝根を識別でき、効率も識別精度も
上がるものと期待している。
ここでは膝根の個体識別が目的であるが、同じ手法を膝根・筍根・直立根間の関係性の識
別に適用すれば、地下で繋がる根系をもつ樹種の根系の全体像を明らかにする事も可能に
なり、生理や生態に関連するこれまでに欠落している知見を得る事にも貢献できよう。ま
た、低緯度地帯での類似の調査にも利用できよう。
(3)オヒルギの膝根の引抜き法の検討
(3)オヒルギの膝根の引抜き法の検討
一昨年・昨年度はヤエヤマヒルギの支持根を、1t用のチェーンブロックで引抜いた。支
持根の方向へ引くように、ワイヤーロープを引く方向を変えるために滑車を用いたが、荷
重が大きくて動滑車が必要になる事は少なかった。支持根を切り離すと幹の根元は細く、
残っている根が少ないためである。
オヒルギの根は根株から全て出ており、膝根を別に引抜いたとしてもかなりの荷重にな
ると予想される。また、固定端としてオヒルギを用いてきたが、大きなオヒルギの標本を
引抜く際に固定端とするのに適した強いオヒルギは得難いと考えられる。よって、大きい
標本木の場合、地上高 1.2m で伐倒し、枝葉や幹の生重量を測定し、含水比及び炭素率を
求める試料を採取した後、伐り残した幹を2ないし4分割して引抜く事を考えている。そ
のためには、チェーンソーで縦に切込み、そこへ打込む大型の楔を用意する。特殊な形で
大きいそのような楔はないと思われるので、特注品となろう。そのように分割した後に、
それぞれをチェーンブロックで引抜くやり方である。
それでも、かなりの荷重になる事が予想される。それを上方へ引抜くための定滑車を隣
接木の上方に固定すると、作用点が高くなりこの隣接木には大きなモーメントが作用する。
これを支えるために滑車の固定点から数本の控えの索を出し、その後方の立木の根元に固
定する等の支持が必要になろう。いずれにしろ、軟弱な堆積の上での力仕事になるので、
安全への十分な留意が必要である。
(4)おわりに
(4)おわりに
樹木の根即ち地下部の量を問題とする場合、洗出すにしろ掘取るにしろ引抜くにしろ簡
単ではない。いずれにしても取残した量は、不明である。しかし、比較的細い根の量がさ
ほど大きくない事は、推測できる。
オヒルギやマヤプシキのように幹から出た根が地中を横に伸び、ある点から地上に出る
膝根や筍根・直立根をもつ樹種の場合、孤立木でないとその量を測定する事はかなり困難で
−12−
ある。周囲にある無数のそのような根から、採取すべきものの識別が必要となるからであ
る。そのような根について個体識別した例は、見られない。
ここでは、幹を叩き、その振動の伝播の仕方の違いにより識別する方法を検討した。事
前に基礎的検討を要するが、可能性は否定されていない。人手と時間を要する迂遠な方法
だが、他に方法がないとすれば止むを得ない。次年度に、ここで検討した方法を適用する。
この振動解析による個体識別法が確立できれば、膝根・筍根・直立根等をもつ樹種の根系の
全体像を非破壊的に解明する事にも利用できると期待される。
ヤエヤマヒルギについては終わっているので、オヒルギについても完遂し、測定例のな
い八重山地方の両樹種の地下部を含む現存量を明示したい。そして、現存量及び CO2 の量
の実測値とリモートセンシング・データとの回帰式を求め、本手法によりマングローブ林の
現存量及び固定 CO2 の量を広域について評価したい。
引用文献
1) デウイ ステイオノ,佐藤 一紘,國府田 佳弘:ランドサット5号 TM データと沖縄のマン
グローブ林の林分要素との関係,日本写真測量学会誌「写真測量とリモートセンシング」,
Vol.36, No.2, 4−12, 1997
2) デウイ ステイオノ,佐藤 一紘,國府田 佳弘:ランドサット5号 TM データから得られる
諸指標と沖縄のマングローブ林の林分要素との関係,日本写真測量学会誌「写真測量とリ
モートセンシング」,Vol.36,No.3, 6−12, 1997
3) Sato Kazuhiro and Kanetomi Munetake and Dwi setyono : Extraction of Stand Parameters on
Mangrove Forest using Landsat 5 TM Data, Asian Journal of Geoinformatics, Vol. 1,
No.4, 23−31, June, 2001
4) Sato Kazuhiro, Tateishi Ryutaro, Tateda Yutaka and Sugito Shunichi:Field Works in Mangrove
Forest on Stand Parameters and Carbon Amount as Fixed Carbon Dioxide for Combining to
Remote Sensing Data, CD-ROM Proceedings of the 23rd Asian Conference on Remote Sensing,
Paper No. 161, 2002
5) 佐藤 一紘:炭素現存量評価手法の開発,平成 13 年度新エネルギー・産業技術総合開発
機構委託 プログラム方式二酸化炭素固定化・有効利用技術開発 マングローブ等熱帯沿
岸生態系の修復・保全による地球温暖化ガス回収・放出抑制評価技術の開発 成果報告書,
2−17,2002
6) Colin Field:Journey amongst Mangroves, The International Tropical Timber Organization and
The International Society for Mangrove Ecosystems, 8, 1995
−13−
2.1.2 リモートセンシングによる炭素貯蔵量推定法
本項の最終目標は,マングローブ群落地上部について,衛星画像解析によるマング
ローブ群落の広域炭素貯蔵量の定量評価を行うことである。
陸上の森林域で現在用いられている炭素貯蔵量推定手法は,簡便性から積み上げ法
(収穫法)による算定方法がとられることが多いが,将来的には森林の生態系モデル
による推定が,森林の炭素収支を評価するための標準的手法となると考えられる。生
態系モデルによる手法は,衛星データの利用により全球レベルから地域レベルまでの
炭素貯蔵量の推定を可能であるが,モデルに必要な実測データの蓄積が不充分である
とともに,モデルの検証方法が確立していない。そのためにも,いろいろなタイプの
森林における精度の高い現存量調査手法の開発が重要となっている。これまでに,群
落構造解析装置を用いた葉面積指数(Leaf Area Index: LAI)の多点標本法による LAI
分布の広域評価,LAI と平均光合成速度の観測値を用いた年炭素固定量(≒総一次生
産量:GPP)の推定法について検討してきた。平成 14 年度は,ベトナム・タインホア
地域での適用,合成開口レーダー(Synthetic Aperture Radar: SAR)データを用いた
地上部現存量の直接推定結果について報告する。
(1) 衛星データによる年炭素固定量と地上部現存量の推定
衛星データは,広域の地表面情報を取得する手段として汎用的に用いられつつある。
衛星データから得られる情報で最も広く利用されているものは,植被状態を反映する
植生指数である。種々の植生指数が提案されているが,最も一般的なものとして,次
式で算出される正規化植生指数(Normalized Difference Vegetation Index: NDVI)
があげられる(Tucker, 1986)。
NDVI=(Nir−Vis)/(Nir+Vis)
ここで Nir は近赤外における反射率,Vis は可視光の赤の波長帯における反射率であ
り,NDVI は,Nir と Vis の割合で決定される。植被は,土壌や水に比較して Vis に対
する Nir の比率が高いため,植物が多いほど NDVI は大きな値を持つことになる。
炭素固定量の推定手法としては,直接推定法と LAI を利用する推定法がある。直接
推定法は,衛星データと地上で測定した林分蓄積量との関係式を作成する方法である。
植物量をリモートセンシングによって評価する方法の多くは,植生指数,葉面積指数,
植被率,バイオマス,あるいは光合成有効放射との関係を実験的に求める方法である。
さまざまな種類の植物,地域,気象条件における生長との相関関係を求める試みもな
されており,吹通川を含む八重山のマングローブ林については,Setyono ら(1997)が,
TM データと林分蓄積量との関係を調べ関係式を導出している。
一方,Running ら(1989)は,NDVI と LAI との関係式を使って,衛星データを LAI に
変換した後,炭素貯蔵量を推定する手法を提案している。森林群集に対しては,バイ
オームを超えて比較することができるような CO2 交換に関する構造変数が必要とされ,
植物器官のエネルギー,H2 O,CO2 交換に最も直接的に関わる指数として LAI が良く用
いられる。1970 年代に実施された国際生物学事業計画(IBP)における生態系の解析を
通じて,LAI と純一次生産量とのあいだにはバイオーム型の違いを越えた強い相関が
−14−
あることが示されている(Hobbs,1993)。
直接推定法については 2.1.1 において検討されているので,ここでは葉面積指数 LAI
を利用する推定法について検討した結果を述べる。
① 調査方法
a) 群落構造解析装置を用いた LAI の測定
単位地表面積当たりの片面葉面積合計値である LAI は,定義の仕方が異なる場合が
あるが,本研究では林分面積に対して葉の傾斜角を考慮せずに投影する最も一般的な
定義を採用した。広域の LAI を衛星データで推定するためには,衛星データと LAI と
の関係式の導出し広域推定を実施した。
本調査では,プラント・キャノピー・アナライザー(LI-COR 社製 LAI-2000)を使用し
た。LAI-2000 の測定原理や算出理論は Welles ら(1991)に示されているが,基本的に
Beer-Lambert の法則に基づいている。LAI-2000 の特徴は,5 つの天頂角(z)を使用す
ることで推定精度を向上させていることで,15 度の幅を持つ 5 つの天頂角(z)におけ
る葉間隙(開度 T)を求め,次式より LAI 合計値を算出している。
LAI = [-In (Tz)・Wz / Sz]
z は 5 つの値をとり,Wz は面積の補正項,Sz は通過距離の逆数 1/cosqz である。
LAI-2000 による測定は,できるだけ林冠に直達光があたらない時間を選び,直達日
射がある場合にはセンサーの日射計部分に直達光があたらないように注意しながら,
林内の 8 地点でデータを取得し,この測定を各林分で 3 回繰り返す方法で実施した。
測定の始めと終わりには林外(伐採地などの空間が開いている場所)で参照データを
とった。なお,センサーに付属するビューキャップは,半円形(180 度)のものを使
用した。
b) LAI と平均光合成速度を用いた年炭素固定量の推定
草地,一年生作物などの炭素貯蔵量は,生育期間中のバイオマス観測値の時間積分
によって知ることができるが,森林のバイオマスは同一地点に連続的に維持されるた
め,年間の炭素貯蔵量を知ることは簡単ではない。本調査では Clough(1997)が提案し
た LAI と平均光合成速度を用いた年炭素固定量の推定法を用いた。この推定法は,葉
面積指数 LAI,有効日長,キャノピー全体の平均光合成速度をもちいて,キャノピー
の光合成量を求め,この値を年換算することで,年光合成炭素換算値(=CO2 吸収量=
炭素固定量)を算出するというものである。キャノピー全体の平均光合成速度 Ac は,
観測値がない場合は文献値を用いた。
NCPP = 0.0432・Daylength[h]・LAI・Ac
ここで,
NCPP:光合成量[gC/m2 /d]
0.0432:単位変換係数
2
Ac :キャノピー全体の平均光合成速度[μmolCO2 /m /s]
である。
c) SAR データを用いた地上部現存量の直接推定
−15−
Daylength:有効日長(8hr)
SAR は,衛星自身が発射する電磁波を用いた高分解能映像センサで,昼夜に関係な
く,雲にも影響されないという光学センサにはない特徴をもっている。マイクロ波は
可視・赤外と異なり,雲や樹木の葉などを透過し,幹で強く散乱されるため,森林の
バイオマス情報が得られる。図 2.1.2-1 のように,衛星から発射された電磁波は,森
林を構成する木々や地表面(水面)で散乱されるが,散乱強度は幹の誘電率(水分や
質量にも依存する)と関連するため,その散乱量が地上部現存量に関係する。熱帯林
における調査結果では,L バンドでは 100t/ha 程度まで地上部現存量と後方散乱係数
値との間に相関関係がみられる(Luckman, 1997)。マングローブ林での適用事例として
は Hashim ら(1999)のマレーシアでの適用事例などがあるが,立地区分などの分類目
的での研究例が多い。
JERS-1 衛星の後方散乱係数値σ0(dB)は以下の式で算出し,スペックル雑音の低減
法としてはメディアン・フィルタを用いた。衛星データ取得時期の地上部現存量が推
定できる地点について,地上部現存量と後方散乱係数値との関係を定式化し広域推定
を試みた。
σ 0 = 20LOG10(DN)-70.5
after
1994/02/14
ここで,DN は SAR データに記録されている CCT カウントである。
図 2.1.2-1
森林でのマイクロ波の散乱の様子(NASDA ホームページより引用)
② 調査地点,および使用した衛星データ
図 2.1.2-2 に示すベトナム・タンホア州ダーロックのマングローブ植林地において,
現存量調査プロット(V1∼V6)を設定し調査した。当地域は,北部ベトナムの紅河デ
ルタ最南部に位置し,15 世紀頃から輪中堤防をかけ回すことで干拓地を造成し耕地を
拡大してきた地域である。調査地域の東側に流れるダイ川河口部では 100m/y の拡大速
度で河道が延長されてきた。近年,長期的な海水準変動や流域環境変化,沿岸部のマ
ングローブ伐採などにより海岸浸食が見られる地域も出現している(春山,2002)。
使用した衛星データは,2001 年月日に観測された LANDSAT 衛星 ETM センサーデータ
である。本調査では,これまでのデータの蓄積量,安定した取得性,データ入手の容
−16−
易さなどから,主としてランドサット衛星を用いている。衛星データは,衛星の姿勢
や撮影角,地球の曲率などによる多くの幾何学的な歪を含んでいるため,地形図を用
いて幾何学的な歪みの補正処理(アフィン変換)を行った。また,調査位置を選定す
るために,調査位置図と衛星画像を重ね合わせて使用した。
図 2.1.2-2
ベトナム調査地点の位置図
③ 調査結果
2002 年 9 月にベトナム・ダーロック地域マングローブ林内において,LAI-2000 によ
る葉面積指数の測定を実施した。測定地点は,図 2.1.2-2 の V1 から V6 の毎木調査地
点とトランセクト・ライン上である。このうち,V1 から V6 の毎木調査結果を表 2.1.2-1
に示す。図 2.1.2-3 は,LAI-2000 測定値と NDVI 値との比較結果である。図中の実線
は,Nemani ら(1989)の推定式と同型の式を用いて,回帰式を算出した結果である。図
2.1.2-3 をみると,本調査結果は石垣やタイでの調査結果に比べてバラツキが大きい
傾向を示している。ダーロック地域のマングローブ林は人工林(植林)ではあるが,
林内での落枝の回収,貝類の採取,およびイグサの植え付けなど人間活動の影響が大
−17−
きいため,その影響を受けている可能性がある。図 2.1.2-5, 図 2.1.2-6, 図 2.1.2-7
(右上)に,各調査値で得られた LAI-NDVI 関係式を用いた LAI 分布図を示した。
次に,LAI と平均光合成速度 Ac を用いた年炭素固定量の推定を行った。Clough(1997)
はフタゴヒルギ(Rhizophora apiculata)林での実測値(9.05μmolCO2 /m2 /s)を得てお
り,タイ・トラート地域ではこの値を用いた。石垣島吹通マングローブ林では,野瀬
ら(2001)の実測値(3.6μmolCO2 /m2 /s)を用いた。ベトナムの植林種であるメヒルギ
(Kandelia candel) 林 に つ い て は , 平 均 光 合 成 速 度 の 文 献 値 が な か っ た た め ,
Clough(1997)の 好 ま し く な い 条 件 下 で の 実 測 値 ( 4.5 μ molCO2 /m2 /s) を 与 え た 。 図
2.1.2-5, 図 2.1.2-6, 図 2.1.2-7(左下)に,各調査値で得られた年炭素固定量の推
定図を示した。吹通川マングローブ林では 13.8tC/ha/yr,タイ・トラート地域のマン
グローブ林では 26.1tC/ha/yr であったのに対し,ベトナム・ダーロック地域マングロ
ーブ林の炭素固定量は白枠内の平均で 7.24tC/ha/yr(平均 LAI=1.28)と推定された。
SAR データを用いた地上部現存量の直接推定については,衛星データ取得時期(1998
年)の地上部現存量が推定できる地点が限られていた。タイ 10 年生植林地の地上部現
存量は,野瀬の成長式(平成 13 年度報告書)を用いて,1998 年当時の林齢(6 年生)
を代入して求めた(11.7tDW/ha)。石垣島調査プロットの地上部現存量は,2001 年調査
時の実測値を用いた。図 2.1.2-4 は,マングローブ林の地上部現存量と後方散乱係数
値との関係を示している。図 2.1.2-5, 図 2.1.2-6, 図 2.1.2-7(右下)に,各調査地
で得られた地上部現存量の推定図を示した。各調査地で推定された地上部現存量の最
大値は,ベトナムでは 53tDW/ha,タイでは 328tDW/ha,石垣島では 274tDW/ha となっ
た。ベトナム調査(2002 年)で得られた地上部現存量は 71ton/ha(V-5 地点)であり,
1998 年当時の値としては概ね妥当であろう。石垣島・吹通マングローブ林についても,
佐藤の推定図(平成 12 年度報告書)と良好な一致を示した。しかし,タイ・トラート
地域については,野瀬が生長解析により最大値 613tDW/ha を算出しており(平成 13 年
度報告書),ほぼ半分程度の値であった。この大きな誤差の原因としては,タイ地域の
植林地が生長解析により予想される最大現存量を示す林齢に達していないことにある
と思われる。
図 2.1.2-6 の年炭素固定量と地上部現存量の推定図を比較すると,海域に面した林
縁部において,LAI と炭素固定量が小さく地上部現存量が大きい地域が存在する。こ
れは,フタゴヒルギやウラジロヒルギダマシの大径木疎林である。林冠が空いている
ために LAI は小さくなるが,幹のバイオマスが大きいため後方散乱係数が大きくなっ
たものと考えられる。また,逆に LAI と炭素固定量が大きく地上部現存量が小さい地
域も存在するが,樹高の低い高密度群落かニッパヤシの群落が見られる地域と一致す
る。このように,可視近赤外域のデータとマイクロ波のデータでは,森林に関する異
なった視点からの観測が可能となるので,これらを組み合わせることで,より精度の
高い炭素貯蔵量推定が可能となると考えられる。
−18−
表 2.1.2-1
NO
毎木調査結果
樹高
密度
材積量
現存量
炭素量
cm
num/ha m3/ha
tDW/ha tC/ha
V-1
206
7100
6.7
3.3
1.5
V-2
263
5800
9.2
4.6
2.1
V-3
462
8900
28.6
14.3
6.5
V-4
462
9600
28.6
14.3
6.5
V-5
742
5200
141.3
70.6
32.1
V-6
664
3400
90.5
45.2
20.6
*1 材積量は相対成長関係式より算出した。
0.8
NDVI
0.6
0.4
0.2
0.0
0
1
2
3
4
5
LAI
JAPAN ISHIGAKI
JAPAN ISHIGAKI LAI=0.351*exp(NDVI/0.29)
THAILAND TRAT
THAILAND TRAT LAI=0.676*exp(NDVI/0.27)
VIETNAM THANH HOA
VIETNAM THANH HOA LAI=0.566*exp(NDVI/0.35)
Nemani and Running(1989)
図 2.1.2-3
LAI-2000 測定値と NDVI 値との比較
−19−
y = 301217e 0.5728x
R2 = 0.8036
BIOMASS [tDW/ha]
200
150
100
50
0
-18
図 2.1.2-4
-16
-14
-12
JERS-1 σ0 [dB]
-10
地上部バイオマス量と後方散乱係数値との関係
−20−
図 2.1.2-5
ベトナム・ダーロック地域での LAI,年炭素固定量,および現存量推定図
−21−
図 2.1.2-6
タイ・トラート地域での LAI,年炭素固定量,および現存量推定図
−22−
図 2.1.2-7
石垣島・吹通川マングローブ林での LAI,年炭素固定量,および現存量推定図
−23−
(3) まとめと今後の課題
広域炭素貯蔵量を定量評価するために,LAI の現地調査結果,およびマングローブ
域での衛星データによる炭素固定量の推定結果を報告した。また,SAR データを用い
た地上部現存量の直接推定を試みた。平均光合成速度に基づく炭素固定量はフローで
あるのに対して,SAR データによる地上部現存量はストックに相当するものである。
衛星画像解析による広域推定は,多点標本法による調査地点数と,葉の光合成特性に
関する現地測定結果,および地上部現存量の実測値が精度を左右すると考えられるの
で,広域炭素貯蔵量の定量評価にあたっては,できる限り広域での標本データの取得
と,葉の光合成特性や現存量に関する知見をデータベース化することが必要であると
考えられる。また,可視近赤外域のデータとマイクロ波のデータを組み合わせること
で,マングローブ林の炭素貯蔵量推定を高精度化できると考えられる。
参考文献
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−24−
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canopy architecture. Agron. J., 83, 818-825.
なお,本研究において使用した衛星データの一部は,研究目的配布を受けたものであ
る。
「衛星データ所有:米国政府」
「衛星データ提供:Space ImagineR/宇宙開発事業団
−25−
2.2 陸上部光合成 CO2 吸収量評価手法の開発
(1)はじめに
本研究では,木本類植物であるマングローブが長期にわたって CO2 を固定,吸収できる
特性に注目し,CO2 に起因する地球温暖化防止策の一環としての利用を目指して平成 12,
13 年度にかけて沖縄県石垣島に生育する Rhizophora stylosa(ヤエヤマヒルギ)
,タイ国
トラートに生育する Rhizophora apiculata(フタバナヒルギ)を対象にマングローブの CO2
固定能力の評価を行ない,その評価方法の改良や検討を行ってきた。
本研究で用いているガス交換法による炭素固定能評価に関する研究は,これまでにも
さまざまに行われてきた(Bunt ら 1979, Boto ら 1984, Clough ら 1997, Clough 1998, Ong
1995)
。それは,群落内個葉の光合成速度を自然日射光度下で終日測定し,キャノピー内各
層における葉量や光減衰から光合成による CO2 吸収量を評価する手法である。しかしなが
ら,この方法による光合成量の年間評価は各月で変化する最大日射量のみを組み入れたも
のとなっている。また,炭素固定能の評価は光合成による CO2 吸収量と呼吸による CO2 放出
量を評価する必要があるが,これまでの研究の中では地下部も含めた非同化器官による CO2
消費が殆ど評価されていない (Gong & Ong 1990, Ong ら 1995, Clough ら 1997, Clough
1998)。
本研究では,各器官における呼吸速度を実測して現存量当たりの呼吸量を評価し,光
合成による CO2 吸収量と合わせてマングローブ林の炭素固定能の評価を行なってきた。つ
まり,携帯型光合成測定装置(LI-6400, Li-Cor)を用いて,キャノピー内の上・中・下層
にある代表的個葉で光−光合成反応を測定した.この光−光合成反応と各月の最大日射量
と日長により決定される光強度の日変化を用い,キャノピー内各層について群落構造の調
査から得た光減衰と葉量から光合成量を評価した。また個葉光合成の温度反応を測定し,1
日さらには 1 年を通して変化する温度の補正を行なった。呼吸による CO2 放出量は,幹,
枝,葉において呼吸の温度反応を実測し,各器官の現存量当たりの呼吸量で評価を行なっ
た。
通常,現存量は乾物重で表わされるが,これまでに調査を行なった石垣島やタイ国ト
ラートに生育するマングローブ林では伐採の制限を受けたため,ノギスとメジャーにより
非破壊的に幹及び枝の表面積と体積を評価して現存量を求めた.ただし,トラートでの調
査では 4 年齢の立木 1 本を切り取る事が出来たので,地上部と地下部の現存量を重量で評
価した。
さらに,トラートの若齢立木で得られた地上部の枝と幹,さらには地下部の根につい
て,地下部の呼吸量が推定可能となるパイプモデルの検討を行なった。また,樹齢 3, 4, 5,
9 年立木の樹高及び表面積と体積で示した現存量を用いて生長曲線を作成し,実際の立木
の生長量から炭素固定能を評価する新たな手法の開発を試みた。
本年度の調査では,これまでに行なってきた方法を用いてベトナムのタインホアに植
林されて生育している Kandelia candel(メヒルギ)林の炭素固定能評価を試みた.当調
−26−
査地に生育するメヒルギは赤十字によって植林されたものであり,樹齢 5, 10, 15 年のメ
ヒルギ群落の 3 箇所で調査を行なった。特に今回は,各樹齢全てのメヒルギ立木について
地上部,地下部の現存量を重量で評価することが出来た。そこで今回の調査では,これま
でに非破壊的に評価してきた表面積と体積による現存量評価が有効なものであるかの検討
を行なうために,重量で示した現存量から生長曲線の作成を試みた.今回の調査地は典型
的な亜熱帯に属し,調査した樹種も亜熱帯に広く分布するメヒルギである。さらに今まで
の光合成調査で,午前中に光合成速度が測定できなくなる現象が観察された事の原因を探
るために個葉の浸透ポテンシャルを一日に渡って測定し,葉の水分状態から光合成能の検
討を行なった。
(2)方法
1)調査地の概要
【タインホア】
今回調査を行ったベトナムのタインホア(Thanh Hoa)地方は,首都ハノイ(21 o 2’N,
105 o 52’E)から南へ約 150km 離れた 19o18’N∼20
o
40’N,104 o 22’E∼ 106 o 05’E
のトンキン湾沿岸に位置する.ここは亜熱帯気候に分類され 5∼10 月までの雨季と 12∼2
月までの乾季がある.調査地のタインホアに関する 1997∼2001 年の気象データより,年間
平均において最高温度と最低温度はそれぞれ 32.4,17.8℃,降水量は 1600mm,湿度は 85.7%
である.調査は 2002 年 9 月 1∼7 日にかけて行ない,この時期は雨季で,且つ気温は年間
平均よりも比較的高かった.樹齢 10, 15 年のメヒルギ立木における調査は,群落頂部の葉
に手が届くようなスチールタワーを林内に設置して測定を行なった.
2)個葉の光−光合成反応の測定
3 調査地点にある各樹齢メヒルギ群落において,キャノピー(樹冠)の表層(陽葉)と
内部(陰葉)にある萌芽中の新葉から 3∼4 枚目の完全展開葉について光-光合成反応を測
定した.測定は携帯型光合成測定装置 (LI-6400, Li-Cor, USA)を用い,葉温 30℃,葉面
飽差 1.7±0.3 μmol m-2 s-1,同化箱入り口 CO2 濃度 370ppm,光強度を 2000 μmol m-2 s-1
から 0 μmol m-2 s-1 にかけて 6 段階変えて実施した.これまでのいずれの調査においても
午後における個葉の光合成速度が低くなることが観察されたため,光合成測定は午前中に
実施した.ここでの光−光合成反応の測定では,熱帯の強光強度に対応させて PAR 2000 μ
mol m-2 s-1 を設定した以外は,これまでの調査と同様の方法である.
3)層別刈り取り法による群落構造の調査
各調査サイトのキャノピーに調査コロラード(1.0 x 1.73m2)を設定し,群落頂部から垂
直方向に任意の厚さの 50cm 間隔で区分し,キャノピー頂部における入射光との相対照度を
とって各葉層までの光の減衰率を算出した.群落頂部に光センサー(LI-190SB, Li-Cor)を
固定して入射光を測定して記録計(EPR-3521 東亜電波)に記録し,一方の各葉層の下部でも
−27−
同様の光センサーを用いてコロラードの中央部分と左右に 50cm 離れた 4 カ所の計 5 点につ
いて行ない,5 カ所で得られた光強度の平均を各葉層下部での光強度とした.また,コロ
ラード内の各層に分布する同化器官である葉,非同化器官である枝や幹をすべて切り取っ
て持ち帰り生重を測定し生産構造図を作成した.
4)光合成の温度反応測定
今回の調査において,光反応は測定できたものの温度反応ではデータを得ることが出来
なかった.そこで,研究室の温室で育成中のメヒルギについて光合成の温度反応を測定し
た.このメヒルギ試料は沖縄県西表島で得られた胎生種子を,海砂を詰めた 8 リットルの
バケツに 2001 年 5 月 28 日に定植し,真水の灌水と化成肥料(大塚ハウス 1 号+大塚ハウ
ス 2 号)の 500 倍希釈を適宜行ないながら生育したものである.供試材料のポット全体を
人工気象室(小糸工業株式会社,コイトトロン KG-50HLA 型)に 4 日間以上入れた植物体
を用いた.人工気象室は昼/夜の温度を 30/25℃,昼/夜の湿度を 70%の条件下においた.
光強度は葉表面に 320∼350 μmol m-2 s-1 与えた.日長は明期を 6:00∼17:00 の 11 時間,
暗期を 17:00∼6:00 の 13 時間とした.
萌芽中の新葉より 2 枚目もしくは 3 枚目の完全展開葉についてメヒルギ個葉の光合成
速度を測定した.測定は 2002 年 9 月 20 日に,携帯型光合成測定装置(LI-6400, Li-Cor)
を用いて,葉面飽差 VpdL1.7±0.3 μmol m-2 s-1,同化箱入り口 CO2 濃度 370ppm,光強度を
2000 μmol m-2 s-1 に設定し,葉温を 20℃から 35℃にかけて 5℃間隔で行った.LI-6400 の
同化箱に挟んだメヒルギ葉では 10 分程度しか安定した光合成速が測定出来なかった.一枚
の葉において各温度帯全てにわたる連続した光合成測定は困難であったため,各葉温での
測定を異なる葉で行った.
5)枝および幹の現存量の測定
樹齢 5, 10, 15 年のメヒルギ群落にある代表的な立木 1 本の地上部を地際より切り取っ
て持ち帰り,切り口を水につけて乾燥を防ぎながら調査を行った.はじめに立木 1 本にあ
る葉を全て採取し,採取した葉全体の生重を測定した.ここで得られる葉のうち,代表的
な葉 50 枚を採取し,呼吸速度を測定サンプルとして取り扱った.また,枝の先端にある萌
芽前の葉を葉の芽として重量を測定し,開花後に形成された未成熟の胎生種子(胎生芽)
についても全て切り取って生重を測定した.立木 1 本にある幹と枝全てについて生重を測
定し,立木 1 本の現存量を重量で評価した.表面積と体積で表わした現存量評価は,平成
12, 13 年度に行なった現存量の非破壊評価と同様の方法で行なった.
6)地下部にある根の現存量の測定
上記の地上部の現存量測定に続いて,樹齢 5, 10 年のメヒルギについて,地下部にある
根についても現存量の測定を行なった.全ての根系を掘り起こすために,エンジンポンプ
(SEG-25E, KOSHIN LTD)による高圧水を用いて行なった.地下部にある根系そのままの状態
−28−
を観察するために,根を切らないように慎重に取り扱った.掘り起こした根を作業場にす
ぐさま持ち帰り,再度水で洗い流した.根の取り扱いについては,平成 13 年度にトラート
のフタバナヒルギで行なった方法と同様である.主根と 1 次∼3 次分岐根(樹齢 10 年では
2 次分岐根まで)のそれぞれについて生重を測定し,地上部のものと同様の方法で,地下
部にある根の現存量を生重,表面積,体積で評価した.
7)非同化器官における呼吸の温度反応測定
現存量測定に用いた樹齢 5, 10, 15 年のメヒルギから,代表的な各次数の枝及び葉につ
いて呼吸の温度反応を測定した.呼吸測定に用いたサンプルは全て冷蔵庫にて保管し,そ
の後に測定した.
呼吸速度の温度反応測定は,平成 13 年度に行なった方法と同様である.呼吸測定に用い
たサンプルは呼吸測定後,風乾で含水率を減少させた上で研究室に持ち帰り,通風式乾燥
機で 115℃にて 3 日間乾燥させた後に乾物重と材密度を算出し,現存量の乾物重評価に必
要なデータを集めた.
8)パイプモデルに関する調査
マングローブにおけるパイプモデル理論(Shinozaki ら,1964)の適用性を検討するた
めに,直径階級の頻度分布を調査した.直径階級分布とは,非同化期間を一定の長さの短
材に切り分け,一定の直径の範囲をもついくつかの階級に集合させ,各直径階に属する短
材の総数を f として各直径階の中央値(x)を両対数軸上にプロットし,得られる近似直線の
傾きによってパイプモデルの適用性を判定した.
今回の調査では,地上部と地下部の非同化器官を 5cm 間隔に枝,幹,根の全ての部分に
ついて先端より任意の 5cm 間隔でデジタルノギスを用いて直径を測定した.測定した直径
を枝,幹,根ごとに,任意の範囲での直径階級別(直径階;x)にグループ分けを行ない,
その直径階に属する数(頻度;f)をカウントした.この f と x を両対数軸上にプロットし,
パイプモデル理論の適用性について検討を行なった.ここでの方法は平成 13 年度のものと
同様である.
9)メヒルギの生長曲線の推定
本調査では,タインホアに生育する樹齢 5, 10, 15 年のメヒルギ立木について現存量を
得る事が出来た.生長曲線を作成するには,これら各生長段階の実測値と,これ以上の生
長が望まれない極相状態の最大値,また初期値が必要となる.これらのデータより算出さ
れる生長係数より生長曲線の形が決定される(平成 13 年度 調査報告書参照).
今回の調査地は植林地であり,極相林であると予想される立木が存在しなかった.そこ
で,熱帯・亜熱帯に代表される樹種のメヒルギについて樹高さらには現存量の最大値を推
定して,異なる最大値によって変化する生長曲線の作成を行なった.基本的には,前年度
にトラートのフタバナヒルギで行なった方法と同様である.
−29−
10)個葉の浸透ポテンシャル測定
午前 10 時 30 分から正午にかけて,個葉の光合成速度が一定時間を過ぎると急激に低下
し測定できない現象が平成 12 年度(石垣のヤエヤマヒルギ)
,平成 13 年度(タイ・トラー
トのフタバナヒルギ)の調査において観察された.この現象とは,LI-6400 のチャンバー
に個葉を挟み込み個葉の光合成速度を測定する際に,測定を開始してある一定時間は安定
した値が測定されるのだが,それを過ぎると測定値が減少し始め,最後には全く光合成が
行なわれない状態を示す(図 2-2-1).そこで,これを解明するひとつのアプローチとして
個葉の浸透ポテンシャルの日変化を測定した.
メヒルギ個葉の水分状態を把握するために,サイクロメーター(HR-33T,WESCOR)を用い
て浸透ポテンシャルの日変化を測定した.浸透ポテンシャルとは組織を破壊した時に出て
くるいわゆるシンプラスト水のことであり,一方の水ポテンシャルはアポプラスト水を示
している.
樹齢 10 年のメヒルギ立木で,高照度条件下となるキャノピー頂部にある個葉について,
8:00∼17:00 にかけて一時間おきにリーフパンチを用いて葉片(直径 6mm)を 10 枚程度採
取した.採取したディスクからの水分損失を最小限に抑えるため,ディスクとほぼ同じサ
イズの 1mL プラスチックシリンジ(SS-01P, TERUMO)にすぐさま隙間なく保存し,シリンジ
の先端にゴム栓を設けた.ディスクはシリンジごと冷却保存して研究室に持ち帰り,液体
窒素で固定して-80℃の冷凍庫に保存した.その後,解凍して壊れた葉組織からしぼり出し
た液で,各時間帯ごとに測定サンプルをサイクロメーターで測定した.試料の測定値の平
均を各時間帯での個葉の浸透ポテンシャルの値とした.
10
8
6
4
2
0
-2
0
200
400
600
800 1000 1200 1400 1600
経過時間(秒)
図1 沖縄県石垣島に生育するヤエヤマヒルギ個葉における光合成速度の経時変化.
このデータは当プロジェクトの平成12年度の調査で得られたものである.
測定は2000年9月のある1日における午前11時53分に行なった.
−30−
(3)結果
1)メヒルギ個葉の光−光合成反応
樹齢 10, 15 年のキャノピー頂部と底部にあるメヒルギ個葉で測定した光合成の光反応を
図 2-2-2 と 2-2-3 に示した.光環境に恵まれたキャノピー上層にある葉において Pmax が高
く,光環境が悪化するキャノピー底部の葉の Pmax が低くなった.最も高い光合成速度は樹
齢 10 年のキャノピー頂部にある葉で得られ,20.7μmol m-2 s-1 であり,続いて樹齢 15 年
のキャノピー上部にある葉で測定された 18.5 μmol m-2 s-1 であった.PAR 100 μmol m-2 s-1
のような低い光条件下においては,樹齢 10, 15 年とも頂部にある葉よりもキャノピー底部
にある葉の光合成能力が高かった.いずれの光−光合成反応も回帰した直角双曲線によく
当てはまるものであり,図中に示した直角双曲線を CO2 吸収量の計算に用いた.
2)群落構造と光の減衰
各樹齢のメヒルギにおいて,層別刈り取り方を用いて調査した群落構造は,群落頂部か
ら 50cm 間隔に分けて各層の同化器官である葉と非同化器官である枝と幹及びキャノピー
内の各葉層における光の減衰と合わせて図 2-2-4 に示した.クロロフィル測定用に持ち帰
ったメヒルギ葉のデータより得られた個葉 1 枚の葉面積平均 23.38cm2 より,各層にある葉
量の葉面積を算出した.調査コロラード(1.0×1.75m2)内における群落の頂部から底部ま
での葉面積を積算した葉面積指数(LAI)は樹齢 5, 10, 15 年においてそれぞれ 4.15, 6.84,
3.00 であった.樹高 2,3m となる樹齢 5, 10 年のキャノピーにおいては,中層もしくは下
層で葉量が多く,樹高の高い樹高 7mの樹齢 15 年群落では上層における葉量が多かった.
このような葉量分布に違いがあっても,いずれのキャノピーにおいても群落頂部から 50cm
のところで入射光の約 70%以上の光が吸収されていた.また各層で求めた相対照度の対数
値と積算葉面積から 1 本の回帰式が得られ,この直線の傾きである群落吸光係数(K)は樹
齢 5, 10, 15 年でそれぞれ 0.23, 0.22, 0.25 であった(図 2-2-5).
3)葉光合成の温度反応
今回の調査では野外条件下にあるメヒルギではなく,温室で育成したメヒルギ試料を用
い光飽和条件下において光合成速度の温度反応を測定し,図 2-2-6 に示した.
測定した葉温の中で,最も光合成速度が高かったのは 24.7℃で得られた 15.3μmol m-2 s-1
であった.また 29.2℃の葉温で 14.7 μmol m-2 s-1 の光合成速度が得られ,25℃から 30℃
にかけての葉温域で,光合成速度の大きな変化は見られなかった.この温度域がハウスで
育成したメヒルギの個葉光合成の最適温度と考えられる.得られた回帰式は,葉温 25℃周
辺でピークとなりこれよりも低温域もしくは 30℃以上の高温域で減少した.葉温 35.6℃で
は 9.32 μmol m-2 s-1 と,24.7℃で得られた最大光合成速度の約 60%まで減少した.一方,
葉温 20.3℃では 9.21 μm ol m-2 s-1 と最大光合成速度の約 60%と高温域と同程度の減少を
示した.
光合成速度と葉温の間に図 2-2-6 中に示す 2 次曲線の近似式が得られた.これは図中の
いずれのプロットにも良く近似するものであった.ここで得られた 2 次曲線を,光合成の
周年変化の温度補正に用いた.しかし,温度−光合成反応を測定したメヒルギは温室内で
−31−
育成されたものであるため,温度反応測定の 30℃における光合成速度を,調査サイトの樹
齢 10, 15 年のメヒルギにて葉温 30℃で測定した光-光合成反応の最大光合成速度との相対
値で補正して,CO2 吸収量の計算に用いた(次節)
.
20
18
16
14
12
10
P = I / (27.9 + 0.040 * I )
8
6
4
樹齢10年 上層
2
0
-2
0
500
1000
1500
2000
20
18
16
14
12
10
8
P = I / (32.68 + 0.061 * I )
6
4
樹齢10年 下層
2
0
-2
0
500
1000
1500
PAR(μmol photon m
2000
-2 -1
s )
図2 タインホアに生育する樹齢10年のメヒルギにおいて,
群落内の上層・下層にある個葉で測定した光合成の光反応.
図中のPARは光合成有効放射を示す.
−32−
20
15
P = I / (13.4 + 0.049 * I )
10
5
樹齢15年 上層
0
-5
0
500
1000
1500
2000
20
15
P = I / (12.3+ 0.058 * I )
10
5
樹齢15年 下層
0
-5
0
500
1000
1500
PAR(μmol photon m -2 s -1)
2000
図3 タインホアに生育する樹齢15年のメヒルギにおいて,
群落内の上層・下層の個葉で測定した光合成の光反応.
図中のPARとは光合成有効放射を示す.
−33−
−34−
2.0
1.5
1.0
樹齢5年
0.5
f(x) = -2.33x + 1.96
R2 = 9.91
0.0
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5
2.0
1.5
1.0
樹齢10年
f(x) = -2.17x + 1.77
0.5
R 2 = 9.28
0.0
0
1
2
3
4
5
6
7
2.5
3
2.0
1.5
1.0
樹齢15年
0.5
f(x) = -2.47x + 1.96
R2 = 9.32
0.0
0
0.5
1
1.5
2
積算葉面積指数(m 2/m 2)
図5 タインホアに生育する各樹齢メヒルギの
キャノピー内におけるLAIと相対照度の対数値の分布.
−35−
16
14
12
10
8
6
4
f (x) = -0.0702x2 + 3.7991x + -37.099
2
0
15
20
25
30
35
40
葉温(℃)
図6 ハウスで育成させたメヒルギ個葉における光合成速度の温度反応曲線.
1年3ヶ月齢のメヒルギで測定を行った.光条件はPAR 2000μmol m-2 s-1である.
4)温度補正した年間の CO2 吸収量の評価
これまでの調査で行なったマングローブ群落での光合成あるいは CO2 吸収量の評価にお
いて,平成 12 年度では光強度の日変化と周年変化の補正のみを行ない,さらに平成 13 年
度に光合成の温度反応式から行なった温度補正を付け加えて CO2 吸収量の評価を実施した.
そこで本年度は,ベトナムのタインホアに生育するメヒルギの光合成能を測定し,前年度
までに確立した日変化もしくは周年変化する光強度と気温に対して補正する方法を用いて
CO2 吸収量を評価した.
同化器官である葉が行なう光合成により吸収された CO2 量は以下の方法で評価した.群
落内の上・中・下層にある代表的な個葉で,携帯型光合成測定装置(LI-6400, Li-Cor)を
用いて光−光合成反応を測定した.またキャノピーの生産構造図を作成し,群落内におけ
る光減衰を測定した.光強度さらには気温の日変化に合わせて,キャノピー内の各層で補
正しながら立木当たりの光合成量を算出し,それに 1ha 当たりの植栽密度を掛け合わせて
1ha の群落における CO2 吸収量を評価した(平成 12, 13 年度報告書 参照)
.
CO2 吸収量評価に用いた光−光合成反応曲線は 30.0℃の葉温条件下で測定した.そこで
得られた光−光合成反応が図 2-2-6 に示した 2 次曲線の温度反応曲線に従って相対的に変
化すると仮定して,各時刻での群落各相での光合成の温度補正を行なった.つまり,図
2-2-6 の温度反応曲線から算出される 30℃での光合成速度 13.7 μmol m-2 s-1 と,樹齢 5, 10
年のキャノピー内の上層と下層にある個葉で光−光合成反応を測定した葉温 30℃での実
測値との比,樹齢 5, 10 年において上層と下層でそれぞれ 1.36 と 0.94,1.30 と 1.14,を
−36−
光−光合成曲線(図 2-2-2,2-2-3)から算出される光強度に応じた光合成量に乗じること
によって温度補正を行なった.
以上のようにして光強度と温度で補正を行なった土地面積 1ha 当たりでの CO2 吸収量の
周年変化を表 2-2-1 に示した.ここでは,各樹齢における植栽密度,樹齢 5,10, 15 年でそ
れぞれ 64.5, 89.0, 52.0(本/100m2)
(松井私信,2002)
,を計算に用いた.
タインホアに生育する樹齢 5, 10, 15 年メヒルギ群落の年間当たりの CO2 吸収量は,1ha
当たりでそれぞれ 154.0,142.7,145.3 ton CO2 ha-1 year-1(42.0, 38.9, 39.6 ton C ha-1
year-1)であった.葉面積指数(LAI)やキャノピー構造がそれぞれ異なる各樹齢群落にお
いて,ほぼ同様の CO2 吸収能であった.またこれらの評価値は,前年度にトラートの樹齢 4
年のフタバナヒルギにおける CO2 吸収量の 158.3 ton CO2 ha-1 year-1 とほぼ一致するもの
であった.
5)呼吸の温度反応
樹齢 5, 10, 15 年の地上部の枝と幹,さらには樹齢 5, 10 年の地下部の根について各サ
ンプルからの CO2 放出速度を測定した.今回の調査では,重量で現存量を評価できた事か
ら,生重,乾物重当たりでの呼吸速度を得る事が出来た.土壌呼吸測定装置(LI-800)を
用いて呼吸速度の温度反応測定を行ない,表面積,体積当たりの呼吸速度と合わせて表
2-2-2 に示した.また,生重,乾物重当たりの呼吸速度の温度反応結果を,地上部のサン
プルについては図 2-2-7,2-2-8 に,地下部のものは図 2-2-9,2-2-10 に示した.また,呼
吸測定を行なったサンプルについて材密度,含水率を算出した.
6)生重,乾物重当たりの呼吸速度の温度反応
15∼35℃にかけて 5℃間隔に温度を上昇させていった生重当たりの呼吸測定は,温度の
上昇とともに指数関数的に上昇した.枝における呼吸速度は 0.36∼3.82 μmol f.w.kg-1 s-1
となり,各樹齢において大きな差は見られなかった.地上部の各器官での生重当たりの呼
吸速度では,葉,葉の芽,種子における呼吸速度が高く,1.14∼15.2 μmol f.w.kg-1 s-1
であった.乾物重当たりでの呼吸速度は,生重当たりのものと比較して値は高くなり,枝
において 0.76∼14.8 μmol d.w.kg-1 s-1,葉,葉の芽,種子では 3.75∼34.0μmol d.w.kg-1
s-1 という呼吸速度が得られた.一方,前回までの調査で評価を行なってきた表面積あたり
の呼吸速度では,枝について 1.04∼10.9 μmol m-2 s-1 と評価された.地上部の枝サンプル
では,若い樹齢 5 年のサンプルにおいて呼吸速度が高く,樹齢を重ねるごとに呼吸速度は
減少していき,樹齢 15 年のサンプルにおける呼吸速度が全体的に低かった.しかし,1 次
分枝の茶色部分における表面積当たりの呼吸速度は,異なる樹齢において呼吸速度があま
り変化しなかった.しかし同じ 1 次分枝の茶色部分における生重当たりの呼吸速度では,
樹齢 15 年のサンプルで得られた呼吸速度は樹齢 5 年のサンプルで得られたものの約半分の
呼吸速度であった.
−37−
16.0
樹齢5年
12.0
8.0
4.0
0.0
16.0
樹齢10年
12.0
8.0
4.0
0.0
16.0
樹齢15年
12.0
8.0
4.0
0.0
20℃
25℃
30℃
サンプル温度(℃)
35℃
1次 茶
2次 緑
葉
1次 緑
3次 茶
葉の芽
2次 茶
3次 緑
種子
図7 タインホアに生育する各樹齢メヒルギのサンプルを用いて
測定した各器官の生重当たり呼吸速度の温度変化.
−38−
35.0
30.0
樹齢5年
25.0
20.0
15.0
10.0
5.0
0.0
35.0
30.0
樹齢10年
25.0
20.0
15.0
10.0
5.0
0.0
30.0
25.0
樹齢15年
20.0
15.0
10.0
5.0
0.0
20℃
25℃
30℃
サンプル温度(℃)
35℃
1次 茶
2次 緑
葉
1次 緑
3次 茶
葉の芽
2次 茶
3次 緑
種子
図8 タインホアに生育する各樹齢メヒルギのサンプルを用いて
測定した各器官の乾物重当たり呼吸速度の温度反応.
−39−
8
6
4
2
樹齢5年
0
8.0
6.0
4.0
樹齢10年
2.0
0.0
20℃
主根
25℃
30℃
サンプル温度(℃)
1次 根
2次 根
35℃
3次 根
図9 タインホアに生育する各樹齢メヒルギの根サンプルで測定した
生重当たりの呼吸速度の温度反応.
主根の呼吸測定は,樹齢10年のものについて行なった.
−40−
45
40
35
30
25
20
15
10
5
樹齢5年
0
45.0
40.0
35.0
30.0
25.0
20.0
15.0
樹齢10年
10.0
5.0
0.0
20℃
主根
25℃
30℃
サンプル温度(℃)
1次 根
2次 根
35℃
3次 根
図10 タインホアに生育する各樹齢メヒルギの根サンプルで測定した
乾物重当たりの呼吸速度の温度反応.
主根の呼吸測定は,樹齢10年のものについて行なった.
根では,
地下部で木質化の進んだ主根の生重当たりの呼吸速度は 1.19∼1.72μmol f.w.kg-1
s-1 で,地上部の枝の呼吸速度とほぼ一致した.一方,1 次から 3 次までの分岐根では生物
重当たりの呼吸速度で 0.46∼7.11 μmol f.w.kg-1 s-1 と,地上部の枝に比べ少し高い呼吸
速度であった.乾物重当たりの呼吸速度は,地上部の枝と同様に,主根と分岐根とも生重
当たりの呼吸速度よりも値は高くなり,その程度は枝よりも根の方が大きかった.分岐根
においては,生重,乾物重当たりの呼吸速度とも,1 次分岐根における呼吸速度が高く,2
次,3 次分岐根と呼吸速度は減少していった.
−41−
平成 13 年度の調査で行なった方法と同様に,ここでの呼吸速度の温度反応結果を用いて,
温度に対して指数関数的に増加する呼吸速度の回帰を行ない,全てのサンプルにおいて指
数関数回帰式を得た.ここで得られた回帰式を用いて光合成の温度補正と同様な方法で CO2
放出量の温度補正を試みた(次節)
.
7)年間の呼吸量,CO2 放出量の評価
タインホアに生育する樹齢 5, 10, 15 年のメヒルギ群落における CO2 放出量は,平成 13
年度に行なった方法と同様に評価した.非同化器官である枝や幹からの呼吸量を,立木一
本にあるそれぞれの器官の現存量にサンプル測定から得られた表面積当たりの呼吸速度を
掛け合わせて評価した.また,同化器官の葉が夜間に行なう呼吸を,調査コロラードで得
た LAI と測定した表面積当たりの呼吸速度を用いて評価した.立木 1 本にある葉の芽およ
び胎生芽の現存量と,重量当たりで測定した呼吸速度とあわせて CO2 放出量を評価した.
以上の各器官の呼吸について,呼吸速度の温度反応結果で得られた回帰式より呼吸によ
る CO2 放出量の温度補正を行なった.温度補正についても,平成 13 年度調査で行なった方
法と同様である.最終的に,枝,幹,葉の呼吸量を合わせて CO2 放出量として評価した.
各樹齢メヒルギ群落における CO2 放出量の月変化を表 5 に示した.
樹齢 5, 10, 15 年群落の裁植密度はそれぞれ 64.5, 89.0, 52.0(本/100m2)であるから,
これを用いて算出した単位土地面積 1ha 当たりの CO2 放出量は,それぞれ 81.6, 43.7, 53.3
ton CO2 ha-1 year-1 と評価された.これらはいずれも,トラートの樹齢 9 年のフタバナヒ
ルギ群落について平成 12 年度の調査で評価した 150.8 ton CO2 ha-1 year-1,平成 13 年度
の調査で評価した 153.7 ton CO2 ha-1 year-1 の半分以下の呼吸量であった.
8)メヒルギ群落における CO2 純固定量と CH2O(乾物)生成量
光合成による CO2 吸収量から呼吸による CO2 放出量を差し引いて CO2 純固定量を求めた.
樹齢 5, 10, 15 年のメヒルギ群落における各月の CO2 吸収量,CO2 放出量,CO2 純固定量を
表 2-2-1 に示し,図 2-2-11 にはこれらとともに各月における最高気温の平均値を合わせて
示した.
タインホアに生育する樹齢 5, 10, 15 年年のメヒルギ群落における CO2 純固定量は,そ
れぞれ 72.4, 99.0, 91.8 ton CO2 ha-1 year-1(19.7, 27.0, 25.0 ton C ha-1 year-1)と評
価された.各月の評価値を合計して評価した年間の評価では,樹齢 10 年の群落で最も高い
CO2 純固定量の評価が得られた.生成される CH2O 量は,樹齢 5, 10,15 年のメヒルギ群落
でそれぞれ 49.4,67.5,62.6 ton CH2O ha-1 year-1 と算出された.ここでのメヒルギ群落に
おける CO2 純固定量の評価値は,前年度のトラートにおける樹齢 4 年のフタバナヒルギ群
落における CO2 純固定量の 85.6 ton CO2 ha-1 year-1 とほぼ一致するものであった.
−42−
表 6 タインホアに生育する各樹齢メヒルギにおける CO2 収支(tCO2 ha-1 month-1)
樹齢 5 年
樹齢 10 年
の
月別変化.
樹齢 15 年
月
CO2 純固定量
CO2 純固定量
CO2 純固定量
1
7.78
9.56
8.96
2
8.13
9.64
8.86
3
8.35
10.13
9.40
4
6.78
9.24
8.45
5
4.60
7.49
6.73
6
2.69
5.26
5.33
7
2.81
5.61
5.43
8
3.18
5.96
5.75
9
6.40
9.11
8.08
10
6.86
9.47
8.36
11
7.14
8.99
8.32
12
7.68
8.52
8.15
年合計
72.4
99.0
91.8
−43−
20
40
樹齢5年
15
35
10
30
5
25
0
20
20
40
樹齢10年
18
16
35
14
12
10
30
8
6
25
4
2
0
20
20
40
樹齢15年
18
16
35
14
12
30
10
8
6
25
4
2
20
0
1
2
3
4
CO2吸収量
5
6 7
月
8
9 10 11 12
CO2放出量
CO2純固定量
各月の最高気温(℃)
図11 タインホアに生育する樹齢5, 10, 15年のメヒルギ群落における
CO2収支の月変化.
−44−
9)立木の地上部現存量の評価
樹齢 5, 10 年のメヒルギでは地上部と地下部について,樹齢 15 年のメヒルギは地上部に
ついてのみ,幹と枝,根について生重測定により評価した現存量と,これに呼吸測定に用
いたサンプルの含水率より算出した乾物重で評価した現存量を図 2-2-12 に示した.また,
これまでの調査で非破壊的に評価してきた方法を用いて,表面積と体積による現存量を図
2-2-13 に示した.
重量評価による現存量は,地上部において幹が最も大きく,続いて 1 次分枝の茶色部分
もしくは葉が大きかった.地上部全体では,樹齢 5 年と 10 年において地上部,地下部とも
大きな差はなかった.また地上部の幹とほとんどの次数枝部分で樹齢 15 年の値が最も大き
く,地上部全体では樹齢 5, 10 年の現存量の約 2.5 倍であった.また,計算値より評価し
た乾物重の現存量において,地上部全体における幹現存量の占める割合は,樹齢 5, 10, 15
年においてそれぞれ 22.0, 54.2, 63.0%であった.このように地上部現存量における幹の
割合が生長にともなって増加していき,その一方で地上部現存量における枝の割合は生長
にともなって減少していった.各樹齢のメヒルギ立木 1 本の現存量と生育密度から算出し
た 1ha 当たりの地上部の乾物現存量は,樹齢 5, 10, 15 年でそれぞれ 15.7, 18.8, 38.5
(ton/ha)と評価された.
重量評価による地下部現存量は,生重では 1 次分岐根が最も大きかったが,乾物重によ
る現存量評価では 1 次分岐根ではなく,主根の現存量が最も大きかった.これはスポンジ
層を持つ分岐根の含水率が高いためである事が分かった.地上部と地下部の現存量割合を
示す T/R 比を乾物現存量から算出すると,樹齢 5, 10 年においてそれぞれ 2.67, 3.99 であ
った.
10)パイプモデル理論の適用についての検討
樹齢 5, 10 年のメヒルギで掘り起こした地下部の根を含め,タインホアに生育する樹齢
5,10,15 年のメヒルギについてパイプモデル理論(Shinozaki ら,1964)が適用出来るかにつ
いて検討を行った.
枝,幹,根に分けて行なった直径階級頻度分布を,樹齢 5, 10, 15 年について各器官に
ついて合わせて図 2-2-14,2-2-15,2-2-16 に示した.枝では log(x)∼log(f)について,
樹齢 5, 10, 15 年のメヒルギいずれにおいても直線関係が成立し,一方,幹では直径階級
(x)に無関係に頻度分布(f)が不規則に分布された.パイプモデルが成立する理想の直線の
傾きである-2 とはならないものの,地上部の枝についてはパイプモデルが成立する樹木の
構成を示していた.地下部の根についての直径分布では,樹齢 5 年メヒルギでは直径 16mm
(対数めもり x=1.2)付近に,また樹齢 10 年メヒルギでは直径 13mm(対数めもり x=1.1)
付近を境に近似曲線が 2 本得られた.それぞれの近似直線における傾きは樹齢 5 年の 16mm
以下,16mm 以上でそれぞれ 2.59 と-5.66,樹齢 10 年の地下部で 4.79 と-3.76 という明ら
かにパイプモデル理論に適さない値を示した.以上より,スポンジ層の根を持つメヒルギ
では,陸生の樹木におけるパイプモデル理論が成り立たないのかもしれない.
−45−
8.0
7.0
6.0
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
4.0
3.5
3.0
樹齢5年
2.5
樹齢10年
2.0
樹齢15年
1.5
1.0
0.5
0.0
図12 タインホアに生育する各樹齢メヒルギの地上部にある
各器官について,生重と乾物重で示したバイオマス.地下部は,
樹齢5年と10年の立木について評価を行なった.
−46−
1.0
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0.0
14.0
12.0
10.0
樹齢5年
8.0
樹齢10年
6.0
樹齢15年
4.0
2.0
0.0
図13 タインホアに生育する各樹齢メヒルギの地上部と地下部
にある各器官について,表面積と体積で評価した現存量.
−47−
3.5
樹齢5年 枝
3
2.5
2
1.5
1
f(x) = -3.24x + 4.62
0.5
0
3
樹齢10年 枝
2.5
2
1.5
1
0.5
f(x) = -2.47x + 3.73
0
3
樹齢15年 枝
2.5
2
1.5
1
0.5
f(x) = -2.62x + 4.06
0
0
0.2 0.4 0.6 0.8
1
1.2 1.4 1.6
直径階級(対数めもり)
図14 タインホアに生育する各樹齢メヒルギの地上部
にある枝で行なった直径階級の頻度分布.
−48−
1
樹齢5年 幹
0.8
0.6
0.4
0.2
0
1
樹齢10年 幹
0.8
0.6
0.4
0.2
0
1
樹齢15年 幹
0.8
0.6
0.4
0.2
0
0.0
0.5
1.0
1.5
直径階級’対数目盛り)
2.0
図15 タインホアに生育する各樹齢メヒルギの地上部
にある幹で行なった直径階級の頻度分布.
−49−
2
1.8
f
(
x
)
=
2
.
5
9
x
+
1
.
3
7
1.6
1.4
1.2
1
f(x) = -5.66x + 8.56
0.8
0.6
0.4
0.2
樹齢5年 地下部の根
0
2
1.8
f
(
x
)
=
4
.
7
9
x
+
1
.
1
0
1.6
1.4
1.2
1
0.8
f(x) = -3.769x + 5.75
0.6
0.4
0.2
樹
齢
1
0
年
地
下
部
の
根
0
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1
1.2
1.4
1.6
直径階級(対数目盛り)
図16 タインホアに生育する樹齢5, 10年のメヒルギ地下部
における根の直径階級の頻度分布.
−50−
11)メヒルギ立木の生長曲線の作成
樹齢 5, 10, 15 年メヒルギの地上部において評価を行なった乾物現存量,それぞれ 2.4,
2.1, 7.41(d.w.kg/本)
,を用いて生長曲線の作成を行なった.基本的には前年度の行なっ
た方法と同様であるが,今回の調査地は植林地で最大乾物蓄積量を示す極相林が存在しな
かった.そこで,前年度にトラートのフタバナヒルギで作成した生長曲線の結果から,極
相となる樹齢を 20 年以上,ここでは 25 年と設定し,最大値を推定変化させて生長曲線を
作成し,図 2-2-17 に示した.
上記のようにして作成した生長曲線から,最大値 10.6, 13.0, 16.9(d.w.kg/本)とい
う 3 本の生長曲線が得られた.この内,最大値 10.6, 13.0(d.w.kg/本)は,樹齢 5, 10, 15
年の実測値は良く当てはまるものであった.生長曲線の微分値から算出される生長率は,
樹齢 5, 10, 15 年において,最大値 10.6 で 0.30, 0.78, 0.85(d.w.kg/本/年)
,最大値 13.0
で 0.29, 0.74, 1.05(d.w.kg/本/年)となり,同じ樹齢でもそれぞれの最大値による生長
曲線から異なる生長率が得られた.また,それぞれの最大値が達成される樹齢は,グラフ
から読み取って 25 年程度である事が分かった.
また,前年度のトラートで行なったように,樹高,表面積,体積についても生長曲線を
作成し,図 2-2-18,2-2-19,2-2-20 に示した.この内の樹高では,樹高 7.93, 10.2, 12.7m
を最大値とする生長曲線が得られた.それぞれのグラフから判断した最大値となる樹齢は,
20, 30, 40 年頃と大きく異なるものであった.
12)個葉の浸透ポテンシャル
特異的な環境に生育するマングローブの光合成が午前中に低下するという減少をこれま
での調査で頻繁に観察してきた.この現象を解明する手段の一つとして浸透ポテンシャル
を測定し,個葉における蒸散や吸水によって変化する水分状態からの解明を試みた.
樹齢 10 年のメヒルギ立木にある個葉の浸透ポテンシャルを 8∼17 時まで測定し,その日
変化を図 2-2-21 に示した.光環境の良いキャノピー頂部にあるメヒルギ個葉の浸透ポテン
シャルは,午前 9 時に-2.15MPa と最も値が高く,午前 8 時から 10 時にかけて平均値で
-2.18Mpa と一定であったが,11 時の測定サンプルで-2.36MPa と急激に減少した.その後
も正午をはさんで減少を続け,14 時に-2.44MPa という最低値を記録した.その後,夕方の
17 時にかけて浸透ポテンシャルは徐々に増加し,17 時で-2.26MPa まで回復した.
−51−
5
40
4
30
3
20
2
A=18.1,
B=43.7,
K=0.318
10
1
0
0
40
5
4
30
3
20
A=22.6,
B=170,
K=0.377
10
2
1
0
40
0
5
4
30
3
A=30.2,
B=1355,
K=0.484
20
2
10
1
0
0
0
10
20
樹
実測値
齢
30
(
年
40
50
)
推定最大値
計算値
生長率
図17 タインホアに生育する各樹齢メヒルギの乾物重量で示した現存量と
推定最大値を変化させて作成した生長曲線.図中の数値は,生長曲線
Y=A/(1+B*exp(-K*X))のパラメーターを示す.A;最大値,K;生長係数,
0 )/Y0 でY0 ; 初期値である.
B
=
(
A
-
Y
−52−
2
15
12
1.5
9
1
6
A=7.93
B=93.4,
K=0.43
3
0.5
0
0
0
10
20
30
40
2
15
12
1.5
9
1
6
A=10.2,
B=57.6,
K=0.302
3
0.5
0
0
0
10
20
30
40
2
15
12
1.5
9
1
6
A=12.7,
B=28.2,
K=0.214
3
0.5
0
0
0
10
20
30
40
樹齢(年)
実測値
計算値
推定最大値
生長率
図18 タインホアに生育するメヒルギの樹高で作成した生長曲線
−53−
0.5
4
0.4
3
0.3
2
0.2
A=2.5,
B=24.0,
K=0.3168
1
0.1
0
0
4
0
10
20
30
40
0.5
0.4
3
0.3
2
A=3.3,
B=12.2,
K=0.209
1
0.2
0.1
0
0
4
0
10
20
30
40
0.5
0.4
3
0.3
2
0.2
A=2.8,
B=15.0,
K=0.255
1
0.1
0
0
0
実測値
10
20
樹齢(年)
推定最大値
30
40
計算値
生長率
図19 タインホアに生育するメヒルギの表面積で表わした現存量で
作成した生長曲線
−54−
30
5
25
4
20
3
15
2
A=15.3,
B=258,
K=0.477
10
5
1
0
30
0
0
10
20
30
40
25
5
4
20
3
15
2
A=20.0,
B=197,
K=0.405
10
5
1
0
0
0
10
20
30
40
30
5
4
20
3
2
A=24.7,
B=170,
K=0.365
10
1
0
0
0
実測値
10
20
30
樹齢(年)
推定最大量
計算値
40
生長率
図20 タインホアに生育するメヒルギの体積で示した
現存量を用いて作成した生長曲線
−55−
-1.60
-1.80
-2.00
-2.20
-2.40
-2.60
-2.80
-3.00
6
8
10
12
14
16
18
時刻(時)
図21 ベトナム・タンホアに生育する樹齢10年のメヒルギ個葉
における浸透ポテンシャルの日変化.
(5)摘要
本研究は平成 14 年 9 月にベトナム国タインホアにおける Kandelia candel(メヒルギ)
についてフィールド条件下での個葉の光合成特性および非同化器官である枝,幹,根の呼
吸特性を測定し,マングローブの CO2 固定能の新たな評価法を開発しながら,生長に伴う
CO2 固定能モデルを作成した.
1)タインホアに生育するメヒルギ個葉で,葉温に対して変化する光合成速度の回帰式を得
る事が出来た.また,上・中.下層にある枝で測定した各次数の枝における呼吸速度の温
度反応,さらに樹齢 10,15 年のメヒルギの枝と幹について測定した呼吸速度の温度反応に
ついて回帰したところ,温度上昇とともに呼吸速度が増加する指数関数の近似式が得られ
た.
2)温度補正を行なって評価した CO2 吸収量は,樹齢 5, 10, 15 年メヒルギ群落の年間当た
り,1ha 当たりでそれぞれ 154.0,142.7,145.3 ton CO2 ha-1 year-1(42.0, 38.9, 39.6 ton
C ha-1 year-1)であった.
3)温度補正を行なって評価した樹齢 5, 10, 15 年群落について単位土地面積 1ha 当たりの
CO2 放出量は,それぞれ 81.6, 43.7, 53.3 ton CO2 ha-1 year-1 であった。
−56−
4)CO2 吸収量より CO2 放出量を差し引いて評価された CO2 純固定量は,タインホアに生育す
る樹齢 5, 10, 15 年年のメヒルギ群落について,それぞれ 72.4, 99.0, 91.8 ton CO2 ha-1
year-1(19.7, 27.0, 25.0 ton C ha-1 year-1)であった.
5)実測値の樹高,表面積,体積を用いて,生長曲線を作成することが出来た.作成した生
長曲線から,最大値 10.6, 13.0, 16.9(d.w.kg/本)という 3 本の生長曲線が得られ、そ
れぞれの最大値が達成される樹齢は,グラフから読み取って 25 年程度である事が分かった.
また、樹高 7.93, 10.2, 12.7m を最大値とする生長曲線が得られ、樹高が最大値となる樹
齢は,20, 30, 40 年頃と大きく異なるものであった.
(6)参考文献
Clough BF (1992) Primary productivity and growth of mangrove forests. eds. AI
Robertson and DM Alongi, Tropical Mangrove Ecosystems, American Geoghysical Union,
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Clough B (1998) Mangrove forest productivity and biomass accumulation in Hinchinbrook
Channel, Australia. Mangroves and Salt Marshes 2: 191-198.
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Progress Series 159: 285-292.
Landberg JJ (1986) Physiological ecology of forest production. Academic Press,
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Moore RT, Miller PC, Ehleringer J, Lawrence W (1973) Seasonal trends in gas exchange
characteristics of three mangrove species. Photosynthetica 7 (4): 387-394.
Moore RT, Miller PC, Albright D, Tieszen LL (1972) Comparative gas exchange
characteristics of three mangrove species during the winter. Photosynthetica 6:
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Ong JE (1993) Mangrove-a carbon source and sink. Chemosphere 27 (6): 1097-1107.
Ong JE, Gong WK, Clough BF (1995) Structure and productivity of a 20-year-old stand
of Rhizophora apiculata Bl. Mangrove forest. Journal of Biogeography 22: 417-424.
−57−
Shinozaki K, Yoda K, Hozumi K, Kira T (1964) A quantitative analysis of plant of plant
form-The pipe model theoryⅠ. Basic analysis. Japan. J Ecology 14 (3): 97-104.
Shinozaki K, Yoda K, Hozumi K, Kira T (1964) A quantitative analysis of plant form-The
pipe model theory Ⅱ. Further evidence of the theory and its application in forest
ecology. Japan. J Ecology 14 (4): 133-139.
依田恭二(1971)生態学研究シリーズ第 4 巻 森林の生態学.築地書館.pp48-55.
−58−
第3章 マングローブ沿岸水による CO2 吸収量と炭素貯蔵量の長期間評価手法の検討
3.1 水中光合成・呼吸と有機物分解による CO2 吸収・放出量評価手法の開発
マングローブ沿岸水中の炭素貯蔵量に最も影響を与えるのは、マングローブ域上流の陸
上生態系およびマングローブ生態系で生産された有機物の沿岸水域への流入速度と、これ
ら有機物のマングローブ帯への堆積貯蔵速度であると同時に、マングローブ沿岸水内と隣
接する沿岸域に放出された有機物の分解による CO2 の放出も重要である 1, 2)(図 3.1.1-1)
。
図 3.1.1-1 マングローブ沿岸水における炭素貯蔵と吸収・放出フラックス
マングローブ沿岸水における有機物の生産による CO2 吸収速度と呼吸分解による CO2 放
出速度の評価法の理論的な根拠は、一次生産者の光合成による有機物生産に基づく CO2 吸
収と、沿岸水もしくは隣接海域の従属栄養生物を含む生物群集による有機物の分解にもと
づく CO2 放出である。この反応は以下のような化学式であらわされる 3)。
106 CO2 + 16 HNO3 + H3PO4 + 122 H2O <-> (CH2O)106(NH3)16(H3PO4)1 + 138 O2
3.1.1-1
マングローブ沿岸水中の CO2 吸収/放出速度の評価では、沿岸水中の1)有機物、2)
CO2 濃度、3)酸素濃度、の変化を測定することにより、式 3.1.1-1 の反応速度と方向を解
析することができるが、マングローブ沿岸域で典型的な汽水域水中 CO2 濃度の測定は、時
間と労力を要し、また、簡便でかつ精度の良い放射性炭素トレーサーを用いた方法は、放
射線防護法令上が必ずしも一般的に使える方法ではないことから、本研究開発では、塩分・
水温による補正が可能で、かつ比較的正確な評価が可能な水中溶存酸素濃度を測定し、こ
れを CO2 濃度に換算する方法を採用している。
−59−
上記のマングローブ沿岸水の CO2 吸収速度と炭素貯蔵量を明らかにするために、平成1
2年度は、マングローブ沿岸水中の光合成、呼吸、有機物分解、陸上からマングローブ沿
岸域への有機物の流れ込み、マングローブ沿岸堆積物への有機炭素の蓄積、マングローブ
沿岸域内外の海水交換とこれに伴う有機物収支等の炭素フラックス評価と、評価法試案作
成に関する検討を行った 4-9)。平成13年度は評価法試案の改良と年間を通した評価法適用
の検討のために、冬季の石垣島および雨期のタイ・トラート州において、引き続き同様の
検討を行った。
平成12年度の検討結果では、マングローブ陸上生態系から流入する有機物の呼吸・分
解による CO2 放出により、マングローブ沿岸水では、式 3.1.1-1 の反応の方向は有機物分
解に進んでいた。また、採用した2通りの評価法試案では、1)溶存酸素濃度測定用セン
サーを装備した水中チャンバーにより,沿岸水域の海底もしくは水没する干潟を被い,チ
ャンバー内の溶存酸素濃度の変化速度から,光合成・呼吸速度を評価した 5)。この方法は,
チャンバーで蓋われた海水・海底土の生産と分解速度を正確に測定できるが,対象とする
沿岸域全体の生産と分解速度評価のためには,多くの測定点の生産・分解速度を測定する
必要があることが明らかとなった。また、2)干潮時に閉鎖水域となる水域内の日中・夜
間の水中酸素濃度の変化速度から,光合成・呼吸速度を評価する第二の方法も採用した 5)。
この方法は,当該水域の生物群集全体の生産・呼吸速度を評価しやすいが,水域の閉鎖性
の度合いと流入有機物量の影響を受けることが示された。平成13年度は、1)水中チャ
ンバー内溶存酸素濃度測定評価法の改良と2)閉鎖系止水中溶存酸素濃度測定評価法の精
査を行い、マングローブ沿岸水における CO2 吸収・放出量評価手法の改良と汎用評価技術
の開発を行い、マングローブ沿岸水中の光合成による CO2 吸収速度と、同水域内における
有機物の呼吸・分解による CO2 放出速度の評価法試案を改良して、石垣島および暑期のタ
イ・トラート州においてその適用方法を検討した。水中チャンバー式水温・塩分・溶存酸
素・光量子・クロロフィルセンサーを装備した改良型計測器を用いて石垣島吹通川、タイ・
トラート州マングローブ沿岸域における計測器によるテスト観測を行った結果、計測器の
水密性のさらなる改良が必要であるものの、評価手法として多くのデータ取得をできる可
能性が示された。評価方法の確立のためには、計測器の最終改良とともに、長時間・広範
囲の観測手法について検討する必要があることが示された。
これらの結果を参考に、平成14年度は、1)水中チャンバー内溶存酸素濃度測定評価
法の改良と2)閉鎖系止水中溶存酸素濃度測定評価法の精査を行い、マングローブ沿岸水
における CO2 吸収・放出量評価手法の改良と、ベトナムのマングローブ沿岸水を対象とし
て汎用評価技術の開発を目指す。
3.1.1 計測器による水中チャンバー内溶存酸素濃度測定評価法
(1) 計測器の仕様
溶存酸素濃度測定評価のために、平成12年度は三洋測器株式会社の酸素消費速度装置
を測定装置のプロトタイプとして検討した。平成13年度は、
当該計測器の仕様において、
水密性向上のための改良や、攪拌ファンの制御機構を追加した。さらに平成14年度は、
水交換弁の改良を行った。また、平成13年度は、計測機器チャンバー底面をマングロー
−60−
ブ沿岸水域海底土上に置く(海水+海底土)の光合成・呼吸速度測定手法では、浮泥の多
いマングローブ域海底土では、流れ込む浮泥が局所的に溜り、設置する場所によって計測
値が局所的であることから、チャンバー底面を閉鎖した(海水)中の光合成・呼吸速度測
定を、
評価試案の改良法として採用し、平成14年度も引き続き同様の評価法を採用した。
計測器の仕様を表 3.1.1-1 に示す。
表 3.1.1-1 マングローブ沿岸水中光合成、呼吸分解速度測定装置の仕様
ベルジャー
排水用水中ポンプ
循環用スターラー
センサーユニット
水温センサー
直径40cm透明アクリルチャンバー
吐水量毎分18リットル
計測攪拌用
サーミスター式センサー
測定範囲-5℃ ∼ 35℃、精度 0.05℃以下、分解能 0.01℃以下
塩分センサー
電磁誘導型伝導度センサー
測定範囲 0 ∼ 35、精度 0.05、分解能 0.02
溶存酸素センサー
オキシガード社製ガルバニ電池式電極
測定範囲 0 ∼ 20mg/l、精度 0.05mg/l、
分解能 0.02mg/l、攪拌流速1cm/s 以上
光量子センサー
バイスフェリカル社製シリコンフォトダイオード
測定範囲 0 ∼ 3200 μmolg/s/m2、精度±0.05%、
分解能 0.01 μmol/s/m2
クロロフィルセンサー 蛍光光度センサー
測定範囲 0.1∼200mg/l、精度 0.1 mg/l、分解能 0.01ppb
光源 ブルーLED、励起波長 340∼500nm、蛍光波長 665nm
制御ユニット
コントロール部、データロガー部
電源ユニット
DC12V
寸法・重量
53(H)x43(W)x70(L)、18kg
(2)観測方法
上記計測装置を用いて、マングローブ沿岸生態系による CO2 吸収量評価の観測現場にお
ける装置の性能試験と評価方法の検討を行った。計測機器による評価は、2002年9月
雨季にベトナム国タンホア省マングローブ帯のB地点の水深1mに観測機器を設置し(図
3.1.1-1)
、およそ140時間の連続観測とデータ取得を行った。観測条件は、2時間毎の
チャンバー内沿岸水の交換とインターバル中の水温・塩分・溶存酸素濃度を10分毎に測
定した。また、2003年3月に同流域のマングローブ帯B地点の水深1mに同機を設置
し、およそ72時間の連続観測とデータ取得を行った。観測条件は、2時間毎のチャンバ
ー内直上水の交換とインターバル中の水温・塩分・溶存酸素濃度を10分毎に測定した。
2)ベトナム国タンホア省マングローブ(沿岸水)における測定機器観測結果
ベトナム国タンホア省マングローブ帯沿岸水のB地点における塩分は、干潮時はほぼ0、
満潮時にはおよそ15から20パーミルまで上昇した。チャンバー内・外の水温について
は、観測全期間を通じて、およそ28℃から31℃の範囲にあった。また、水中の光量子
束密度はほぼ0であった。観測期間中の空中光量子束密度は日中に最大で2660 μmol
m-2 s-1 に達し、同様に蛍光クロロフィル濃度は夜間の4∼6 μg l-1 から、昼間に6∼9 μ
g l-1 に上昇した。
−61−
図3.1.1-1 タンホア省ダーロック域マングローブ沿岸水中における呼吸分解速度測定装置の設置地点(B地点)
。
ベトナム国タンホア省ダーロック域マングローブ帯(沿岸水)のB地点における平成1
4年9月観測日の計測器観測結果例(2時間換水、10 分毎計測)における計測チャンバー
内外の水温と塩分、および水位の経時変化を図 3.1.1-2 に示す。また、計測チャンバー内・
外温度塩分補正溶存酸素濃度、水位の経時変化を図 3.1.1-3 に示す。
ダーロック域マングローブ帯の9月(雨季)の B 地点に設置した計測器チャンバー内の
塩分は昼間満潮時に上昇し、夜間干潮時に下降していたが、上げ潮時を除いて外部塩分変
化に対してもチャンバー内塩分の変化は小さく、満潮・干潮・下げ潮時にはほぼ水密性が
保たれたと推定された。上げ潮時の水交換の原因として、交換逆止弁の水流に対する向き
の影響が推定された(図図 3.1.1-2)。温度塩分補正溶存酸素濃度についても、上げ潮時を
除いて、潮位の変化に起因するチャンバー外部の溶存酸素濃度の変化に対して、チャンバ
ー閉鎖時間(2時間)中の溶存酸素濃度の変動は、チャンバー外の流速が早い条件下でも
安定し、一定の減少傾向を示していた(図 3.1.1-3)。
−62−
図 3.1.1-2 タンホア省マングローブ帯 B 地点における計測器チャンバー内(●)
、チャン
バー外(○)塩分の経時変化の観測結果例。
図 3.1.1-3 タンホア省マングローブ帯 B 地点における計測器チャンバー内(●)
、チャン
バー外(○)温度塩分補正溶存酸素濃度と流速の経時変化の観測結果例。
−63−
(4)計測器によるマングローブ沿岸水の CO2 吸収・放出速度評価法
計測器チャンバーの水密性が保たれ、塩分が変わらない場合に、チャンバー内(沿岸水)
で酸素生成・消費が起こったものと仮定して酸素濃度の変化曲線を得た。タンホア省での
解析結果の例を図 3.1.1-4 に示す。
ダーロック域マングローブ沿岸水の9月(雨季)の観測結果(2時間換水、全観測14
0時間)で、酸素濃度変化曲線が得られた。得られた酸素濃度変化曲線から以下の式によ
り、当該マングローブ沿岸水域の単位面積・単位時間あたりの酸素生成・消費速度を算出
できる。
すなわち、
酸素生成・消費速度(mmol/m2/min)=
酸素濃度変化率(mg/l/min)
x(チャンバー容積l)/ (チャンバー底面積 m2)
3.1.1-2
但し、ここで得られる値は、チャンバー容積を底面積で乗じて基準化されたみかけの水深
(約28cm)に基準化した場合の沿岸水における酸素生成・消費速度である。
タンホア省ダーロック域マングローブ帯における雨季の観測期間中は、当該マングロー
ブ沿岸水の透明度が著しく悪く、透過光量がほぼ0であり、観測期間前半は上流からの淡
水の流れ込みが卓越して塩分も0であったが、後半は上げ潮時の塩分上昇が観測された。
また、観測された水温と沿岸水塊における酸素生成・消費速度との相関は特に見出されな
かった。
図 3.1.1-4 ダーロック域マングローブ帯B地点における計測器チャンバー(水塊)内の
温度塩分補正溶存在酸素濃度の変化曲線。
−64−
観測された酸素濃度変化は、概ね酸素消費傾向を示していたことから、チャンバー内に
おける水中酸素濃度変化の主体は、水中有機物の呼吸・分解反応であることが示された。
タンホア省ダーロック域マングローブ帯の平成14年9月(雨季)の観測結果で選られ
たマングローブ沿岸水の酸素生成・消費速度の分布を図 3.1.1-5 にに示す。
図 3.1.1-5 タンホア省マングローブ帯 B 地点の酸素消費速度計による沿岸水の酸素生
成・消費速度の観測結果の分布。
計測器によるタンホア省9月(雨季)のマングローブ沿岸水の酸素生成・消費速度の観
測値は、有機物分解による酸素消費が卓越していた。酸素濃度変化率は、0.008 ∼ 0.060
mmol m-2 min-1 の範囲にあり、水深28cmで基準化されたみかけの平均値は 0.021 mmol m-2
min-1 であった。また、3月(乾季)のマングローブ沿岸水の酸素生成・消費速度の観測値
は、8月(雨季)と同様に有機物分解による酸素消費が卓越していた。3月(乾季)の酸
素濃度変化率は、0.008 ∼ 0.034 mmol m-2 min-1 の範囲にあり、水深28cmで基準化さ
れたみかけの平均値は 0.018 mmol m-2 min-1 であった。
得られた酸素消費速度から、式 3.1.1-3 に従い、以下の式に示すように CO2 吸収・放出
速度を算出することができる。すなわち、
CO2 吸収・放出速度(mg-C/m2/min)= (水柱 28cm の酸素消費速度(mmol/m2/min))
x 12 x 106/138 x(計測時水深)
3.1.1-3
タンホア省ダーロック域マングローブ帯で得られたマングローブ沿岸水の酸素消費速度
および CO2 放出速度の平均と範囲を表 3.1.1-2 に示す。タンホア省ダーロック域マングロ
−65−
ーブ帯9月(雨季)の水塊からの CO2 放出速度は、0.62 g-C/m2/day であった。この値は、
3.3 t-C/ha/year の CO2 放出量に相当する。また、3月(乾季)の水塊からの CO2 放出速度
は、1.5 g-C/m2/day であった。この値は、5.3 t-C/ha/year の CO2 放出量に相当する。
表 3.1.1-2 タンホア省ダーロック域マングローブ帯B地点の酸素消費速度計による酸素
生成・消費速度の観測結果
観測場所・対象
観測時期
タンホア省(沿岸水)
平成 14 年 9 月(雨季)
平成 15 年 3 月(乾季)
酸素消費速度
(mmol/m2/min)
平均値
範囲
0.021
0.018
0.008 ∼ 0.060
0.008 ∼ 0.034
0.39
1.0
CO2 放出速度
(mg-C/m2/min)
平均値
範囲
0.15 ∼ 1.1
0.21 ∼ 2.5
0.56
1.5
CO2 放出速度評価値
(g-C/m2/day)
(5)今後の課題
平成14年度の検討結果から、マングローブ沿岸水の CO2 吸収・放出量評価おける水中
チャンバー式溶存酸素濃度計測器の適用においてまだ解決すべき課題として、1)計測器
の改良:改良した計測器のチャンバー内水は、観測期間中に流向によって依然浸水する場
合が認められた。より完全な観測のための改良が必要である。2)観測方法の汎用性の確
認:平成12、13年度を通じて、タイでは3月(暑季)と8月(雨季)に観測を行った
が、季節変化に対する観測方法の汎用性の確認のために12月(寒季)のデータ取得が必
要である。ベトナムタンホア省ダーロック域マングローブ帯については9月(雨季)3月
(乾季)のデータ取得が完了したことから、今後はデータ解析による汎用性の確認が必要
である。
(6)まとめ
水中チャンバー内溶存酸素濃度測定評価法をマングローブ沿岸水に適用における汎用性
を確認するために、ベトナム州タンホア省ダーロック域マングローブ帯における計測器に
よるテスト観測を行った。その結果、計測器のさらなる改良が必要であるものの、評価手
法として多くのデータ取得をできることが示された。評価方法の汎用性の確認のためには、
計測器の最終改良とともに、長時間・広範囲の観測手法について検討する必要がある。
−66−
(7)引用文献
1)池田穣、深見公雄、立田穣、黒澤勝彦(1999)マングローブ生態系の水中部の有機態炭素
の分解第 5 回日本マングローブ学会要旨集
2)深見公雄、立田穣、黒澤勝彦、池田穣(2000)石垣島のマングローブ生態系で生産され外
洋海域へ運搬される細菌生物量の見積もり 2000 年度日本海洋学会春季大会要旨集
3)野崎義行(1994)地球温暖化と海−炭素の循環から探る.東京大学出版会.pp196.
4)立田穣、深見公雄、黒沢勝彦、鈴木款、池田穣、野瀬昭博(1999)吹通川マングロ
ーブ林における炭素フラックスの評価、第5回日本マングローブ学会要旨集. 16.
5)Tateda, Y. Carbon sequestration by mangrove ecosystem as means of mitigating
greenhouse gas emission (2000), Brackish Water Mangrove Ecosystems -Productivity
and Sustainable Utilization-. JIRCAS International Workshop. pp166.
6)立田穣、今村正裕、池田穣、野瀬昭博、杉岡伸一 (2001) Green house gas balance in
mangrove coastal ecosystem. International Symposium on Mangroves Research Center
for Advanced Science and Technology (RCAST) The University of Tokyo. pp89.
7)立田穣、野瀬昭博、池田穣、深見公雄、黒沢勝彦、鈴木款、杉岡伸一(2001)マングロー
ブ等熱帯沿岸生態系における CO2 吸収・放出抑制量評価化学工学会第34回秋季大会予
稿集.
8)立田穣,杉岡伸一(2001) 石垣島マングローブ沿岸水中光合成・呼吸・有機物分解による
CO2 吸収・放出量.第7回日本マングローブ学会要旨集
9)立田穣,杉戸俊一(2002) タイ・トラート域マングローブ沿岸水中光合成・呼吸・有機物
分解による CO2 吸収・放出量.第8回日本マングローブ学会要旨集
−67−
3.1.2 閉鎖系止水中溶存酸素濃度測定による水中 CO2 吸収・放出量評価法
3.1.1 章では、マングローブ沿岸水における水中チャンバー内溶存酸素濃度測定評価法
適用の可能性検討のために、計測器を用いた沿岸水による CO2 吸収・放出量評価方法の試
案改良を検討した。本章では、評価対象水域全体の CO2 吸収・放出量評価のために、干潮
時に閉鎖水域となる干潟より内側の水域内の日中・夜間の水中酸素濃度の変化速度を測定
する閉鎖系止水中溶存酸素濃度測定評価法について検討を行う。平成12年度の評価法の
試案作成では,石垣島吹通川マングローブ域9月(夏季)とタイ・トラート州マングロー
ブ域3月(暑季)に評価法試案の適用可能性検討のために、テスト観測を行った。また平
成13年度の評価法検討では、石垣島吹通川マングローブ域11月(冬季)とタイ・トラ
ート州マングローブ域8月(雨季)に評価法の汎用性検討のために、観測を行った 1-9)。
(1) 現場観測方法
閉鎖系止水中溶存酸素濃度測定評価法によるマングローブ沿岸水の CO2 吸収・放出量評
価の汎用性を確認するために,平成14年度はベトナム・タンホア省ダーロック域マング
ローブ帯において、2002年8月(雨期)および2003年3月(冬季)に現場観測を
行った。タンホア省ダーロック域マングローブ帯ではA、B、C地点(全章図 3.1.1-2)
、
多項目水質計(三洋測器MWQ-III,ガルバニ電池式)を設置し,停流時間中の水温・塩
分・溶存酸素濃度を観測した。また,各時間における流況を求めるために,各地点に電磁
流速計(アレック電子 ACM-8M)を設置し流速・流向を観測した。一方,光合成の律速条件
である水中光量子束密度を求めるために,陸上、水中において光量子計(LI-COR, LI-1000)
による光量子束密度観測を行った。尚、検討する評価法は、風速が大きい場合には、大気
とのガス交換による酸素の溶け込みの影響を受けるため
1)
、波浪等による物理攪拌にもと
づく大気とのガス交換が、生物群集による酸素生産・消費に比べて、ほぼ無視し得る無風
の観測条件におけるデータのみを評価に用いた。
(2) 観測結果
1)ベトナム・タンホア省ダーロック域
タンホア省ダーロック域マングローブ帯の A,B,C 地点における平成 13 年 9 月(雨季)調査
期間中の水温/塩分の経時変化の観測結果例を水位とともに図 3.1.2-1 に示す。観測各地点
における 9 月(雨季)の水温は,28℃から 31℃の範囲にあった。雨季中の連続降雨のため、
同マングローブ沿岸水はほぼ淡水であったが、満潮時は海水の流入により塩分が 20 パーミ
ルまで上昇した。また下流ほど満潮時の海水流入時間が長く、水温も連動して上昇した。
タンホア省ダーロック域マングローブ帯の A,B,C 地点における平成 13 年 9 月(雨季)調査
期間中の溶存酸素濃度の経時変化の観測結果例を塩分、流速とともに図 3.1.2-2 に示す。
溶酸素濃度は、4 から 6mg/l の範囲にあった。満潮にともなう停流期間が、A 地点短く、B,C
地点ではやや長くなった。これに伴い、沿岸水中の溶酸素濃度の減少は A 地点ではほとん
ど観察されず、B,C 地点では減少傾向が観察された。満潮時の流速は 5cm/秒以下もしくは
停止していたが、干潮時は 20 から 80cm/秒まで上昇していた。
−68−
図 3.1.2-1 ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯9月(雨季)の各観測地
点における水温の経時変化の例。ただし実践は水位。
−69−
図 3.1.2-2 ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯9月(雨季)の各観測地
点における溶存酸素濃度の経時変化。ただし実践は流速、破線は塩分。
−70−
ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯沿岸水では、干潮時に外海から遮断
される閉鎖水域は数十キロ沖合いに位置し、マングローブ流域では閉鎖止水域形成してい
なかった。しかしながら、マングローブ流域下流の B、C地点では、満潮時に流れが止ま
り、止水域を形成している場合が見られた。そこで、満潮時の止水時沿岸水中の溶存酸素
濃度の変化から、マングローブ沿岸水の CO2 吸収・放出速度評価を試みる。
(3) 満潮時止水中溶存酸素濃度の変化によるマングローブ沿岸水の CO2 吸収・放出速度評
価
図 3.1.2-2 に示されるように,タンホア省ダーロック域マングローブ帯のA地点は河川
に隣接するため流量が大きく、マングローブ沿岸域における潮位差に基づく閉鎖系止水域
が形成されることはなかった。B,C 地点においては満潮時に水位勾配が小さくなり、数例
の止水域の形成が見られた。そこで,満潮時の停留期間における観測地点の海水中溶存酸
素濃度の変化から,沿岸水とこれに接するクリーク堆積物表面の光合成による酸素生成お
よび有機物分解・呼吸による酸素消費速度を求めた。
図 3.1.2-3 にベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯の沿岸水中溶存酸素生
成・消費曲線観測結果の例を示す。
図 3.1.2-3 に示されるように,タンホア省ダーロック域マングローブ帯 B,C 地点の沿岸
水では、満潮停流時における酸素消費曲線は一定率で減少していた例が観察された。これ
らを海水および堆積物表面の有機物分解による酸素消費の総和とみなし,以下の方法で速
度を算出した。すなわち,
酸素消費速度(mmol/m2/min)
=
満潮時止水中酸素濃度減少速度(mg/l/min) / 0.1 x d / 32
3.1.2-1
ここで,
0.1:1 リッター海水のm2 あたり水深(cm)
d:観測地点の各観測時間中の平均水深
32:酸素 1 モルの重量
但し,ここで算出された値は、各マングローブ域観測地点の各観測時間中の平均水深に
基準化された実際の酸素生成・消費速度である。得られた酸素生成・消費速度の分布を図
3.1.2-4 に示す。
これらの酸素生成・消費を,マングローブ域の海水と堆積物表面で起こる呼吸・有機物
分解による酸素消費の総和として,前章式 3.1.1-3 に準じて沿岸水・堆積物表面有機物分
解による CO2 放出速度を算出した。
すなわち、
沿岸水(含む堆積物表面)有機物分解による CO2 放出出速度(mg-C/m2/min) =
(酸素消費速度(mmol/m2/min) x 12 x 106/138
得られた酸素消費速度と CO2 放出速度を表 3.1.2-1 に示す。
−71−
3.1.2-2
観測期間中のタンホア省ダーロック域マングローブ帯各観測点の沿岸水における CO2 吸
収速度の雨季の平均値は 1.55 gC/m2/day であった。また、乾季の平均値は 0.51 gC/m2/day
であった。以上の結果から、ダーロック域マングローブ帯の9月(雨季)評価結果は,お
よそ 1.6 gC/m2/day 程度の速度で有機炭素を分解し、CO2 を放出していることを示す。ま
た3月(乾季)評価結果は,およそ 0.5gC/m2/day 程度の速度で有機炭素を分解し、CO2
を放出していることを示す。これらの値は、年間に換算すると約 1.9 から 5.6t-C/ha/year
となり、マングローブ群落の純生産推定値 5 t-C/ha/year にたいして、雨季はほぼ同等、
乾季はおよそ38%であった。
図 3.1.2-3 ベトナム・タンホア省ダーロック域 B 地点沿岸水中の酸素消費曲線(○)と酸
素消費速度。ただし実線は流速、破線は塩分。
−72−
図 3.1.2-4 ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブB地点の沿岸水中における
酸素消費速度の分布。
表 3.1.2-1 ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯沿岸水中(含む海底表面)
における酸素消費速度と CO2 放出出速度の観測結果。
観測場所
ベトナム・タンホア省ダーロック域
観測時期
2002年9月
2003年3月
0.12
0.038
0.03 ∼ 0.28
0.003 ∼ 0.10
1.1
0.35
0.23 ∼ 2.6
0.03 ∼ 0.91
1.5
0.51
2
酸素消費速度(mmol/m /min)
平均値
範囲
2
CO2 放出速度(mg-C/m /min)
平均値
範囲
2
CO2 放出速度評価値(g-C/m /day)
−73−
(4) 今後の課題
閉鎖系止水中溶存酸素濃度測定評価法によるマングローブ沿岸水の CO2 吸収・放出量評
価法の確立のために、ベトナム・タンホア省ダーロック域9月(雨季)における同評価手
法の適用汎用性を検討した。その結果、タイと同様にベトナムのような雨季マングローブ
沿岸水の CO2 放出量評価における同観測法の適用には、次の課題があることが明らかとな
った。1)対象海域の地形的必要条件の検討:マングローブ沿岸水と外海との海水交換に
おいて、広い河口域をもつ大型河川の流入する沿岸域では、特に雨季における淡水の流入
量が大きく、干潮時のマングローブ域における水塊の閉鎖系止水域の形成が起こらないか、
あるいは満潮時にしか停流しないことが明らかとなった。したがって、河川流入量が大き
いマングローブ域の雨季期間中における閉鎖系止水評価法の適用には、観測地点の選定が
極めて重要となると考えられる。2)気象データ取得の必要性:マングローブ沿岸水と堆
積物表面における有機物生成・分解反応にもとづく酸素・CO2 等のガス収支が、大気とのガ
ス交換に比較して大きくなるような静穏な海域を対象とする場合は、閉鎖系止水中溶存酸
素濃度測定評価法は適用可能であるが、強風・荒天においては当該評価法は適用が不可能
である。閉鎖系止水域における溶存酸素濃度変化による評価法で取得された観測データの
最終評価においては、風速・風向・気温・湿度等の気象データとの相互解析による定量評
価が必要である。
特に、
季節風の風向に対面するマングローブ域における沿岸水観測では、
重要になると考えられる。3)直接 CO2 濃度測定法との比較検討:本評価法では、光合成・
有機物分解における酸素、二酸化炭素の理論比を用いている。実際のマングローブ域水中
の有機物生成・分解反応における酸素・二酸化炭素反応比の直接測定による、本法の精度
確認が必要である。4)当該評価法の有効面積の算定法の検討:閉鎖系止水中溶存酸素濃
度測定評価法は、水中チャンバー内溶存酸素濃度測定評価法に比較して、より広範囲の水
塊の CO2 吸収・放出量評価が可能であるが、その有効評価面積については、多くの測定点
における調によりさらに検討の必要がある。5)水中光合成量の検出方法の検討:ベトナ
ム・タンホア省ダーロック域の沖合いでは、極めて広い干潟域が形成されている。マング
ローブ沿岸水の定義を河口よりさらに沖合い側に広げた場合に、マングローブ沿岸域から
流出する栄養塩により隣接海域の水中光合成が促進されている可能性がある 1-9)。隣接海域
における当該評価法の適用についての検討はきわめて有益となる可能性がある。
(5)まとめ
閉鎖系止水中溶存酸素濃度測定評価法をマングローブ沿岸水に適用するために、ベトナ
ム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯において、流速・流向、水温・塩分・溶存酸
素、水位、光量子を観測し、評価法試案の改良と汎用性の検討を行った。その結果、タイ
ト同様にベトナムの大規模河川マングローブ域の雨季期間中については、本評価法のみに
よる評価は、調査地点の選定が極めて重要であることが示された。また、評価手法の精度
向上のためには、連続気象観測、直接 CO2 測定法との比較検討、等についてさらに検討す
る必要がある。評価方法の適用汎用性確立と制限条件の整理のために、さらに観測データ
を蓄積して、評価手法を確立する必要がある。
−74−
(7)引用文献
1) 黒沢勝彦、立田穣、深見公雄、池田穣、鈴木款(1999)吹通川マングローブ林にお
ける水中栄養塩/有機物濃度の動態。第5回日本マングローブ学会.17.
2) 黒沢勝彦、立田穣、深見公雄、池田穣、鈴木款(2000) 吹通川マングローブから
海洋への栄養塩フラックス。2000 年度日本海洋学会春季大会要旨集.114.
3)Tateda, Y. Carbon sequestration by mangrove ecosystem as means of mitigating
greenhouse gas emission (2000), Brackish Water Mangrove Ecosystems -Productivity
and Sustainable Utilization-. JIRCAS International Workshop. pp166.
4)立田穣、今村正裕、池田穣、野瀬昭博、杉岡伸一 (2001) Green house gas balance in
mangrove coastal ecosystem. International Symposium on Mangroves Research Center
for Advanced Science and Technology (RCAST) The University of Tokyo. pp89.
5)立田穣、野瀬昭博、池田穣、深見公雄、黒沢勝彦、鈴木款、杉岡伸一(2001)マングロー
ブ等熱帯沿岸生態系における CO2 吸収・放出抑制量評価化学工学会第34回秋季大会予
稿集.
6)立田穣,杉岡伸一(2001) 石垣島マングローブ沿岸水中光合成・呼吸・有機物分解による
CO2 吸収・放出量.第7回日本マングローブ学会要旨集
7)池田穣、深見公雄、立田穣、黒澤勝彦(1999)マングローブ生態系の水中部の有機態炭素
の分解第 5 回日本マングローブ学会要旨集
8)深見公雄、立田穣、黒澤勝彦、池田穣(2000)石垣島のマングローブ生態系で生産され外
洋海域へ運搬される細菌生物量の見積もり 2000 年度日本海洋学会春季大会要旨集
9)立田穣,杉戸俊一(2002) タイ・トラート域マングローブ沿岸水中光合成・呼吸・有機物
分解による CO2 吸収・放出量.第8回日本マングローブ学会要旨集
−75−
3.1.3 マングローブ沿岸水による CO2 吸収・放出抑制量の長期間評価手法の改良
マングローブ沿岸水の CO2 吸収・放出抑制量を明らかにするために、マングローブ沿岸
生態系おける炭素フラックスのうち、平成12年度はマングローブ沿岸水中の光合成によ
る CO2 吸収速度と、同水域内における有機物の呼吸・分解による CO2 放出速度の評価方法の
試案を作成し、水中チャンバー法と閉鎖系止水法について、石垣島吹通マングローブ域と
タイ・トラート省マングローブ域で現場観測を行い、試案の検討を行った。平成13年度
は、同評価法試案の改良とともに、異なる季節における評価法試案の適用可能性検討のた
めに現場観測を行い、試案の改良と通年の評価法適用に関する検討を行った。平成14年
度は、異なるマングローブ帯への評価法適用の汎用性確認のために、ベトナム・タンホア
省ダーロック域マングローブ帯において、水中チャンバー法と止水評価法による観測評価
を行った。
(1)評価方法の精度・信頼性向上のための改良
1)溶存酸素濃度変化に基づく CO2 吸収・放出量評価
平成12、13年度に評価法の汎用性の検討を行った結果、溶存酸素濃度変化による評
価法は、比較的容易に測定可能で、かつ精度も良く、有機物生成と呼吸・分解の反応にも
とづく CO2 吸収・放出抑制量評価する方法として適切であることが示された。
採用した評価方法の原理は、有機物生産による CO2 吸収と呼吸・分解による CO2 放出の総
和である沿岸生態系の CO2 吸収・放出収支と、この反応における O2 吸収・放出が一定の比
でおこるという仮定に基づく。この反応は以下のような化学式であらわされる。
106 CO2 + 16HNO3 + H3PO4 + 122H2O <-> (CH2O)106(NH3)16(H3PO4)1 + 138O2
3.1.3-1
本研究開発では、塩分・水温による補正が可能で、かつ比較的正確な測定が可能な水中
溶存酸素濃度を測定し、これを CO2 濃度に換算する方法を採用している。しかしながら、
沿岸水中の動物・植物プランクトン、微細藻類、微生物、底生動物、マングローブ群集が
関与する場合は、酸素と二酸化炭素の反応比は厳密には一定ではない。本評価方法で採用
している生態系の呼吸商(CO2/O2 モル比)は式 3.1.3-1 で導かれる 106/138≒0.7681 であ
る。一方、報告されている呼吸商は 0.6 から 0.8 の範囲に有り、評価対象とした生態系の
生物群集組成により理論値で計算した場合に対して、誤差があると考えられる。平成12
年度に行った沿岸水中の有機物分解実験結果では、沿岸水中の比較的短期間に分解される
易分解性有機物の呼吸商は 0.55∼0.8 の範囲で有り、中間値は 0.675 であった。この場合
は、理論地 0.7681 に対して、易分解有機物の場合は、呼吸商が 12%低い、すなわち評価値
が 1.14 倍過大評価であることになる。このことから、今後は、沿岸水 CO2 濃度変化の測定
との比較により、沿岸生態系の呼吸商を実測して、理論値に対する誤差を与えるか、ある
は、理論上の誤差を計算する方法を検討する必要がある。
2)観測方法の改良
水中チャンバー法では、平成12、13年度び、タイ・トラート省マングローブ帯と石
−76−
垣島吹通マングローブ帯の、マングローブ域のほぼ中央地点水深1mに1個所に設置した。
平成12年度は、およそ 70 時間、約20例の観測データしか得られなかったが、計測機器
の改良により、平成13年度はおよそ 120∼200 時間の連続観測と約30例の観測データ取
得が可能となった。平成14年度は、同様な観測期間について40例のデータが得られ、
観測効率がさらに向上した。
閉鎖系止水域計測法については、平成12、13年度に、タイ・トラート省マングロー
ブ帯では3個所、石垣島吹通マングローブ帯では2個所に多項目水質計、流速・流向計、
水位計、
(および水中光量子計)を設置し観測を行った。平成14年度はベトナム・タンホ
ア省ダーロック域マングローブ帯で同様に3個所に観測器を設置し観測を行った。設置場
所の選定条件は、マングローブ域と沿岸域の海水交換断面のほぼ中央に1個所、マングロ
ーブ水域のほぼ中央に1個所、さらに河川流入が大きいと予想される場合は想定流入断面
に1個所に設置した。平成12年度、13年度、14年度の観測結果とも、河川流入量の
大きいマングローブ域や、雨季期間中は、閉鎖系止水域が形成されず、停流中の沿岸水中
溶存酸素濃度測定評価法によるマングローブ沿岸水の CO2 吸収・放出量評価においては、
観測地点の選定が重要であることが明らかとなった。一方、河川流入、海水交換断面の定
義が可能なマングローブ沿岸域については、当該評価方法は適切であることが示された。
当該評価方法の観測条件選定のためには、流況・水深・衛星画像解析により、適切な観測
地点の設定が必要不可欠である。
3)評価手法の改良
閉鎖系止水域測定法では、平成12年度、13年度、14年度ともに、海水および堆積
物表面の有機物分解による酸素生成・消費速度を,以下の方法で速度を算出した。
すなわち,
酸素生成・消費速度(mmol/m2/min) =
閉鎖系止水中酸素濃度生成・減少速度(mg/l/min) / 0.1 x d / 32
3.1.2-3
ここで,
0.1:1 リッター海水のm2 あたり水深(cm)
d:観測地点の各観測評価期間中の平均水深
32:酸素 1 モルの重量
但し,ここで算出された値は、各マングローブ域観測地点の各観測時間中の平均水深
に基準化された実際の酸素生成・消費速度である。
ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯における観測の結果、本評価法によ
り観測期間中における CO2 吸収・放出速度評価値について信頼できる値が得られ、汎用性
が確認できた。しかしながら、さらに精度を向上させ、誤差あるいは範囲を評価するため
には、潮位変化による水深変化の影響を含めた経時的な計算方法が必要になると考えられ
る。
4)マングローブ沿岸水 CO2 吸収・放出量評価における2手法の組み合わせの検討
−77−
平成13年度に引き続き、14年度も二通りの評価法を組み合わせた評価とした。水中
チャンバー法による(沿岸水)CO2 吸収・放出抑制量評価と、閉鎖系止水(あるいは停流止
水)法による(沿岸水+海底土表面)CO2 吸収・放出抑制量評価により、相互の比較による
補完が有効となることが示された。特に、雨季期間中や天候不順期間中の連続観測のため
には、潮汐・天候に拘わらず適用可能な水中チャンバー法を用いることが重要である。し
かしながら、海底土表面における呼吸分解による CO2 放出量評価のためには、止水評価法
は不可欠であるため、同評価法の適用観測地点の選定法について、どのような条件が最適
であるかについて、より多くの情報を集める必要があることが示された。
表 3.1.3-1 マングローブ沿岸水における CO2 吸収・放出量評価法の長所・短所
評価方法
長所
短所
水中チャンバー法
閉鎖系止水法
単位面積の正確な評価が可能
一般的な計測器で観測可能
潮汐の影響が少ない
比較的広範囲の評価が可能
環境汚染がない
環境汚染がない
計測器が特殊で高価
単位面積あたり評価の精度向上が必要
多数点観測が困難
天候の影響大
停流時のみの評価
対象水域の地形的条件に制約あり
高酸素消費底質に適用不可
大気−海水面間ガス交換の制約あり
5)今後の課題
平成14年度の評価結果から、マングローブ沿岸水の CO2 吸収・放出抑制量評価の精度
は向上した。さらなる評価値の信頼性向上のためには、多数・他点観測による観測データ
取得を行う必要がある。
(2)評価手法の地点間の汎用性の検討
1)水中チャンバー法
平成12、13、14年度に石垣島吹通域、タイ・トラート域、ベトナム・タンホア域
マングローブ帯における水中チャンバー法による沿岸水からの CO2 放出速度評価結果を、
表 3.1.3-2 に示す。
表 3.1.3-2 において、水中チャンバー観測方法による異なる地点の評価値を比較した結
果、1)石垣吹通域マングローブ帯の沿岸水は、CO2 を吸収していた。2)タイ・トラート
省のマングローブ帯では、CO2 を放出していた。3)同一地点では雨季のほうが放出が大き
いことが示された。4)ベトナム・タンホア省のマングローブ域河口部の沿岸水は CO2 を
放出していたが、タイ・トラート省沿岸水のそれよりは小さかった。5)これらの結果か
ら、河川流域型のマングローブ沿岸水では、CO2 放出が大きいと推定される。一方、石垣島
のような海岸型マングローブ沿岸水では、CO2 吸収を示すことが示唆された。
チャンバー法によるマングローブ沿岸水の CO2 吸収・放出量評価法は、どのような環境
でも適用し得る、きわめて汎用性が高い観測法であることが示された。
−78−
表 3.1.3-2 水中チャンバー法による石垣島吹通域、タイ・トラート域、ベトナム・タンホ
ア域マングローブ帯の沿岸水における CO2 放出速度の評価結果(プラスは放出、マイナス
は吸収を示す)
。
観測場所
石垣
観測時期
冬季
タイ
ベトナム
乾季
雨季
雨季
乾季
0.62
2.1
0.56
1.5
CO2 吸収・放出速度評価値
(g-C/m2/day)
-0.88
季節間、地点間の比較評価と汎用性検討のためには、さらに補完調査が必要であるが、
平成14年度までの結果から、各マングローブ域沿岸水の年間 CO2 吸収・放出抑制量を中
間評価すると、石垣島では 3 t-C/ha/y の CO2 吸収、一方タイ、ベトナムで各々年間 5.0
t-C/ha/y、2.0 t-C/ha/y の CO2 放出と試算された。これらの評価値は、マングローブ陸上
部から有機物として供給される 5-10 t-C/ha/y に対して、ほぼ比較し得る値であった。
2)閉鎖系止水域(あるいは停流域)沿岸水中溶存酸素法
平成12、13、14年度の石垣、タイ、ベトナムマングローブ域の同上評価法による
海底土表面を含む沿岸水域の CO2 吸収・放出速度評価結果を、表 3.1.3-3 に示す。
表 3.1.3-3 閉鎖系止水域(あるいは停流域)沿岸水中溶存酸素法による、石垣、タイ、
ベトナムマングローブ域における CO2 吸収・放出速度評価値の評価結果(プラスは放出、
マイナスは吸収を示す)
。
観測場所
石垣島
タイ
ベトナム
観測時期
夏季
冬季
乾季
雨季
雨季
乾季
3.9
-0.063
1.5
0.51
CO2 吸収・放出速度評価値
(g-C/m2/day)
8.5
3.9
−79−
表 3.1.3-3 において、止水域(停流)観測方法による異なる地点の評価値を比較した結
果、1)タイ・トラート域マングローブ帯の沿岸水は、雨季に CO2 を吸収していた。2)
それ以外時期の石垣、タイ、ベトナムのマングローブ帯では、CO2 を放出していた。3)河
川流域型、海岸型に拘わらず、マングローブ沿岸の海底土が関与する沿岸水では、CO2 放出
が大きいと推定された。
止水域(停流)観測方法によるマングローブ沿岸水の CO2 吸収・放出量評価法は、石垣
島のような海岸型マングローブには適していたが、大規模河川型マングローブ沿岸水への
適用条件を今後明確にし、汎用性を確認する必要かあることが示された。
季節間、地点間の比較評価と汎用性検討のためには、さらに補完調査が必要であるが、
平成14年度までの結果から、各マングローブ域の海底土が関与する沿岸水の年間 CO2 吸
収・放出抑制量を中間評価すると、石垣島、タイ、ベトナムで各々年間 22 t-C/ha/y 、7.0
t-C/ha/y、5.5 t-C/ha/y の CO2 放出と試算された。これらの評価値は、マングローブ陸上
部から有機物として供給される 5-10 t-C/ha/y に対して、タイ、ベトナムではほぼ比較し
得る値であったが、石垣島では大きすぎる値であった。この評価値は、マングローブ陸上
部から有機物として供給される炭素量に対して大きすぎるため、氾濫域から流入した有機
物が集中的に分解されていると考えられる。
3)通年評価の適用可能性の検討
平成12、13、14年度の評価結果から、石垣島吹通マングローブ域のような、温帯
に位置する1日2回潮の外海直面閉鎖型、かつ河川流量の小さいマングローブ域について
は、夏季と冬季の年2回調査を行い、水中チャンバー法と閉鎖系止水域法の組み合わせに
より(沿岸水+海底土表面)の CO2 吸収・放出抑制量評価が可能であることが示された。
しかしながら、得られた通年評価値は、有機物供給評価値に比較して、過大であることが
示されたので、面積当たりの評価方法を再検討するする必要がある。
一方、タイ・トラート省やベトナム・タンホア省マングローブ域のような、熱帯に位置
する1日1回潮の内湾型、かつ河川流量の大きいマングローブ域については、もっとも日
射量の大きい暑季(3 月)と太陽高度が最も高い雨季(8 月)、および低温の寒季(12 月)
の年3回調査の調査を行うべきであると考えられる。水中チャンバー法と閉鎖系止水域法
の組み合わせにより(沿岸水+海底土表面)の CO2 吸収・放出抑制量評価が可能であるこ
とが示されたが、閉鎖系止水域法による評価方法については、観測点の選択法が重要であ
ることが示された。得られた通年中間評価値は、有機物供給推定評価値に比較して、比較
し得る値であったが、氾濫域からの流入有機物の補正方法についてさらに検討する必要が
ある。
4)今後の課題
閉鎖系止水中溶存酸素濃度測定評価法によるマングローブ沿岸水の CO2 吸収・放出量評
価の試案改良のために、タイ、ベトナム、石垣島のマングローブ域における同評価手法の
適用汎用性を検討した。その結果、タイ、ベトナムのような東南アジアの雨季マングロー
−80−
ブ沿岸水の CO2 吸収・放出量評価における同観測法の適用には、次の課題があることが明
らかとなった。1)対象海域の地形的必要条件の検討:マングローブ沿岸水と外海との海
水交換が行われる河口が広く、大型河川の流入するマングローブ沿岸域では、特に雨季に
おける淡水の流入量が大きく、干潮時の湾内における水塊の閉鎖系止水域の形成が起こら
ないか、あるいは満潮時にしか停流しないことが明らかとなった。したがって、河川流入
量が大きいマングローブ域の雨季期間中における閉鎖系止水評価法の適用には、観測機器
の設置地点の選定が重要になると考えられる。2)気象データ取得の必要性:マングロー
ブ沿岸水と堆積物表面における有機物生成・分解反応にもとづく酸素・CO2 等のガス収支が、
大気とのガス交換に比較して大きくなるような静穏な海域を対象とする場合は、閉鎖系止
水中溶存酸素濃度測定評価法は適用可能であるが、強風・荒天においては当該評価法は適
用が不可能である。閉鎖系止水域における溶存酸素濃度変化による評価法で取得された観
測データの最終評価においては、風速・風向・気温・湿度等の気象データとの相互解析に
よる補正評価が必要である。3)直接 CO2 濃度測定法との比較検討:本評価法では、光合
成・有機物分解における酸素、二酸化炭素の理論比を用いている。実際のマングローブ域
水中の有機物生成・分解反応における酸素・二酸化炭素反応比の直接測定による、本法の
精度確認が必要である。または、誤差の計算法の検討が必要である。4)当該評価法の有
効面積の算定法の検討:閉鎖系止水中溶存酸素濃度測定評価法は、水中チャンバー内溶存
酸素濃度測定評価法に比較して、より広範囲の水塊の CO2 吸収・放出量評価が可能である
が、その有効評価面積については、氾濫域からの流入有機物量の補正が必要である。5)
水中光合成量の検出方法の検討:季節によってマングローブ域において、CO2吸収が認
められる場合がある。マングローブ沿岸水の沖合い域では、マングローブ沿岸域から流出
する栄養塩により隣接海域の水中光合成が促進されている可能性がある 1-9)。
(3)まとめ
平成14年度は、水中チャンバー評価法における計測装置の信頼性が向上した。改良に
より取得可能最大データ数は上昇した。閉鎖系止水域計測法については、河川流入量の大
きいマングローブ域や、雨季期間中は、閉鎖系止水中溶存酸素濃度測定評価法によるマン
グローブ沿岸水の CO2 吸収・放出量評価においては、観測地点の選定が重要であることが
確認された。一方、河川流入、海水交換断面の定義が可能なマングローブ沿岸域について
は、当該評価方法は適切であることが示された。水中チャンバー法による(沿岸水)CO2
吸収・放出抑制量評価と、止水(停流)法による(沿岸水+海底土表面)CO2 吸収・放出抑
制量評価の併用により相互の比較による補完が有効となることから、二通りの評価方法を
組み合わせた評価法とすることが望ましい。
通年中間評価の結果、石垣島、タイ、ベトナムのマングローブ域沿岸水の年間 CO2 放出
抑制量は各々、3 t-C/ha/y の CO2 吸収、5.0 t-C/ha/y、2.0 t-C/ha/y の CO2 放出と試算さ
れた。また、各マングローブ域の海底土が関与する沿岸水の年間 CO2 放出量は各々、年間
22 t-C/ha/y 、7.0 t-C/ha/y、5.5 t-C/ha/y の CO2 放出と試算された。これらの評価値は、
マングローブ陸上部から有機物として供給される 5-10 t-C/ha/y に対して、タイ、ベトナ
−81−
ムではほぼ比較し得る値であったが、石垣島では大きすぎる値であった。この評価値は、
マングローブ陸上部から有機物として供給される炭素量に対して大きすぎるため、氾濫域
から流入した有機物が集中的に分解されていると考えられる。
(4)引用文献
1) 黒沢勝彦、立田穣、深見公雄、池田穣、鈴木款(1999)吹通川マングローブ林にお
ける水中栄養塩/有機物濃度の動態。第5回日本マングローブ学会.17.
2) 黒沢勝彦、立田穣、深見公雄、池田穣、鈴木款(2000) 吹通川マングローブから
海洋への栄養塩フラックス。2000 年度日本海洋学会春季大会要旨集.114.
3)Tateda, Y. Carbon sequestration by mangrove ecosystem as means of mitigating
greenhouse gas emission (2000), Brackish Water Mangrove Ecosystems -Productivity
and Sustainable Utilization-. JIRCAS International Workshop. pp166.
4)立田穣、今村正裕、池田穣、野瀬昭博、杉岡伸一 (2001) Green house gas balance in
mangrove coastal ecosystem. International Symposium on Mangroves Research Center
for Advanced Science and Technology (RCAST) The University of Tokyo. pp89.
5)立田穣、野瀬昭博、池田穣、深見公雄、黒沢勝彦、鈴木款、杉岡伸一(2001)マングロー
ブ等熱帯沿岸生態系における CO2 吸収・放出抑制量評価化学工学会第34回秋季大会予
稿集.
6)立田穣,杉岡伸一(2001) 石垣島マングローブ沿岸水中光合成・呼吸・有機物分解による
CO2 吸収・放出量.第7回日本マングローブ学会要旨集
7)池田穣、深見公雄、立田穣、黒澤勝彦(1999)マングローブ生態系の水中部の有機態炭素
の分解第 5 回日本マングローブ学会要旨集
8)深見公雄、立田穣、黒澤勝彦、池田穣(2000)石垣島のマングローブ生態系で生産され外
洋海域へ運搬される細菌生物量の見積もり 2000 年度日本海洋学会春季大会要旨集
9)立田穣,杉戸俊一(2002) タイ・トラート域マングローブ沿岸水中光合成・呼吸・有機物
分解による CO2 吸収・放出量.第8回日本マングローブ学会要旨集
−82−
3.2 海洋物理環境測定による海水交換量評価手法の開発
評価対象沿岸域における物理環境調査を行い、陸上由来有機物、水中生産有機物により
固定された有機炭素の潮汐に伴う流出量、およびマングローブ沿岸域に供給される栄養塩
等の収支把握のために、海水交換量評価手法を開発する。
平成 12 年および平成 13 年は、評価手法の試案を策定するとともに、汎用性を検討する
ため石垣(日本)、トラート(タイ王国)にて調査を行ってきた。本年度は、評価手法の汎
用性確認のため、上記以外の地域としてベトナムを対象に、雨季および乾季に調査を実施
した。調査内容については、昨年に引きつづき、マングローブ域特有の物理環境を踏まえ、
潮位、流速の計測および流出入域の断面深浅測量を行い、そのデータをもとにマングロー
ブ域を通過する海水交換量を算定した。
3.2.1 物理環境の把握
(1)ベトナム雨季調査
本年度の海水交換量調査は、以下のとおりである。
①調査時期
平成 14 年 8 月 25 日 - 9 月 10 日(雨季調査)
②調査地点
調査地点を図 3.2.1-1 に示す。マングローブ域における海水の流入・流出の状況を把握
するため、Song Len 川河口部に Stn.A∼D、また、マングローブ域から沖合へ流出する河川
水の拡散状況を把握するため、河口沖合に Stn.1∼10 を設定した。
③調査項目
表 3.2.2-1 調査項目一覧表
調査項目
測点
計測器
潮位
Stn.A∼C
圧力式水位計(ADL)
流速
Stn.A∼D
電磁流速計(CEM)
水質(水温、塩分、DO) Stn.A∼C
Stn.1∼10
多項目水質計(MQW-3)
CSTD
④調査方法
Song Len 川の河口部 Stn.A∼D において、流速、水位、塩分および DO を連続計測した。
その際、スチールパイプによりピラミッド型のフレームをつくり、流速および水位計をセ
ンサが底上 50cm になるように固定した。水質計については、フレーム底部に設置した。
−83−
L-B St.A
L-A
St.B(No.1)
T1
St.D
T2 St.C(No.2)
No.6
No.7
No.3
No.8
No.9
1km
No.1
0
調査日9/2(T1-2:観測タワー、L-A,B:ライン調査、St.A-D:水質、流速、水位計、No.1-10:
空間採水)
L-B St.A
L-A
St.B
T1
St.D
T2 St.C(No.8)
No.7
No.6
No.1
No.3
No.5
No.4
1km
No.2
調査日9/5(T1-2:観測タワー、L-A,B:ライン調査、St.A-D:水質、流速、水位計、No.1-8:
空間採水)
図 3.2.1-1 ベトナム調査地点図
−84−
⑤調査結果
a. 水位変化
St.A∼C の水位測定の結果では、
観測期間中の水位変動は St.A で低潮時水位が 75cm∼90cm、
高潮時水位が約 200∼250cm、全振幅は約 120cm∼150cm、St.B、C は、ほぼ同様に変化して
おり、低潮時水位は 160cm∼200cm、高潮時水位が約 280∼360cm、全振幅 130cm∼160cmで
あった。また、水位変化の周期は約 24 時でみられた。
b.流動
Stn.A は河川地形に沿った南西の流れが卓越しており、流速は 20cm/s∼30cm/s 程度であ
った。上潮時は、北向き成分が弱くなっていた。Stn.B は、観測期間中ほとんど 5cm/s 以下
であり、他の測点にくらべて弱い流れとなっていた。地形的な理由により Stn.B が流れの
停滞域にあったものと考えられる。Stn.C,D は、Stn.A と同様に、南方成分が卓越しており、
南南東に 50∼70cm/s 以上の流れがみられた。上潮時の北方成分の流れは弱かった。
河川上流およびマングローブ域から海域への流れの影響を検討するため、流れの時系列
データを調和解析して、恒流成分を抽出した。
恒流成分(河川流分:海域へ向かう流れを+)
雨季(2002 年 9 月)
Stn.A
Stn.B
Stn.C
Stn.D
17.3
-1.9
30.8
24.4
(cm/s)
C.水質
Stn.B の水温は、観測期間中 27℃∼31℃の間を変化していた。海水が遡上して塩分が高
くなるときに水温もやや高くなる傾向が見られた。塩分については、9 月 4 日の 12 時まで
はほぼ塩分は 0 PSU であるが、その後、海水が遡上して 18∼20 PSU まで上昇し、周期的な
変化がみられた。
3.2.2 海水交換量解析
本調査地域の代表的な点として河口域(Stn.A)と海岸線に沿った断面(St.C)を通過す
る海水交換量を算定した(図 3.2.2-1 参照)。解析方法は、昨年と同様に 10 分毎の流速デー
タに、水位データをもとに算出した流水通過断面積を乗じ、各時刻の断面通過量を求め、
時間積分をして、一日(日周潮)の断面通過流量を算定した。
計算式は以下の通りである。
V(t)=∫uAdt
ここで、A は河口の通過断面積、u は断面流速、V は海水流量。
(1) DaLoc(Thanh Hoa、Vietnam)の雨季調査の結果
−85−
図 3.2.2-2 に代表例として 2003 年 9 月 3 日の Stn.A および C の水位曲線、断面流速、お
よび水位と海水量の変化図を示した。海水流量の変化図については、上げ潮時の沖合から
河川に流入した海水量は(+)方向に、下げ潮時には河川から沖合に流出する海水量は(−)
方向に変化する。海水交換量は、河川域およびマングローブ域からの流出量が卓越してお
り、海側からの流入が少ないことがわかる。調査期間中の流入・流出海水量は、以下のと
おりである。なお、Stn.C での海水の出入りは、海岸線に対して直向しているので、海岸線
の単位距離(200m)あたりの断面通過量として検討した。
St.A
雨季(2002 年 9 月)
流入量
流出量
0.1∼1.4
1.5∼2.1
(単位:×106m3/1潮汐(日周潮)
)
St.C(海岸線 200mあたりの断面流入・流出量)
雨季(2002 年 9 月)
流入量
流出量
0.4∼1.3
2.7∼4.5
(単位:×106m3/1潮汐(日周潮)
)
いずれの点でも、降雨の影響を強く受け、河川域および、マングローブ域から海域への
流出量が多く見られる。Stn.C の、流出量は、最大で流入量の約 10 倍以上の流量となって
いた。
マングローブ
域
・Stn.A
沖 合
い
・Stn.C
図 3.2.2-1 測点の位置関係
−86−
水位曲線
400
300
300
水 位 (cm
水 位 (cm
水位曲線
400
200
200
100
100
0
0
0 :0 0
4 :0 0
8 :0 0
1 2 :0 0
1 6 :0 0
2 0 :0 0
0 :0 0
0 :0 0
4 :0 0
8 :0 0
1 6 :0 0
2 0 :0 0
0 :0 0
断面流速
断面流速
1 0 0 .0
5 0 .0
0 .0
0 :0 0
4 :0 0
8 :0 0
1 2 :0 0
1 6 :0 0
2 0 :0 0
0 :0 0
- 5 0 .0
流 速 (c m /
1 0 0 .0
流 速 (c m /
1 2 :0 0
時刻
時刻
5 0 .0
0 .0
0 :0 0
4 :0 0
8 :0 0
1 2 :0 0
1 6 :0 0
2 0 :0 0
0 :0 0
- 5 0 .0
- 1 0 0 .0
- 1 0 0 .0
- 1 5 0 .0
- 1 5 0 .0
河 口 か らの 流 入 方 向 (+ )
河 口 か らの 流 入 方 向 (+ )
400
400
300
水 位 (cm
水 位 ( cm
300
200
200
9 / 3 ,0 :0
9 / 4 ,0 :0 0
100
100
9 / 3 ,0 :0 0
9 / 4 ,0 :0 0
0
- 5 ,0 0 0 .0
0
- 3 ,0 0 0 .0
- 2 ,0 0 0 .0
- 1 ,0 0 0 .0
0 .0
- 4 ,0 0 0 .0
- 3 ,0 0 0 .0
- 2 ,0 0 0 .0
- 1 ,0 0 0 .0
0 .0
河 口 か ら 流 入 す る 海 水 量 (× 1000 m 3)
1 ,0 0 0 .0
河 口 か ら 流 入 す る 海 水 量 (× 1000 m 3)
(1)2002 年 9 月 3∼4 日(Stn.A)
(2) 2002 年 9 月 3∼4 日(Stn.C)
図 3.2.2-2 水位と海水量の関係 DaLoc (Thanh Hoa,Vietnam)
−87−
1 ,0 0 0 .0
3.2.3 まとめ
マングローブ沿岸域における潮汐に伴う海水交換量評価手法を検討するため、DaLoc のマン
グローブ域で物理環境調査を実施し、流向・流速、潮位の時系列データからマングローブ域の
海水交換量を算定した。本年度は、当該地域の雨季、乾季という条件で調査を実施した。
雨季の海水量交換量については、河川経由の流入量は、0.1∼1.4×106m3/1潮汐(日周潮)
、
流出量は 1.5∼2.1×106m3/1潮汐(日周潮)、海岸線(200m区間)を通じての出入りについ
ては、流入量 0.4∼1.3×106m3/1潮汐(日周潮)
、流出量は 2.7∼4.5×106m3/1潮汐(日周潮)
であり、マングローブ域から海域への流出状態となっている。
3.2.4 今後の課題
今回、ベトナムの雨季、乾季調査を実施し、海水交換量の推定を試みた。外洋に面した海岸
線に沿って形成されたマングローブ域(Fringe Forest Type)は、その地域特性を反映させる
水深地形データや、海水交換量算定に使用する時系列流速データ、および水位データを効率的
に計測できるシステムが必要である。
今後、引き続き評価手法の精度を高めるためには、
・さまざまな気象条件に対応した調査を実施し、データの蓄積を継続的に行う必要がある。
・広域なマングローブ域での調査については、水深・地形を把握し、調査測点(流況、水位計
測)を増やし解析精度を高める必要がある。
−88−
3.3
水中有機物分解速度の解明と評価手法の開
価手法の開発
水中有機物分解速度の解明と評
3.3.1 マングローブ沿岸の無機炭素指標の動態
(1)はじめに
pH、水中の二酸化炭素分圧といった無機炭素指標は、ある海域が二酸化炭素のソースかシ
ンクかを評価する場合の直接的な指標になる。本プロジェクトにおいては、これまでこれら無
機炭素指標を調べた事例はなかった。そこで今回、ベトナム社会主義共和国タンホア市近郊の
マングローブ海域において、pH、水中の二酸化炭素分圧といった無機炭素指標の空間分布と
同一地点での時間変化を調べた。
(2)調査地点と方法
調査地点は、図 3.3.1-1(a)に示されるベトナム社会主義共和国タンホア市近郊のマングロー
ブである。空間分布については、図 3.3.1-1(b)の St.A, B, C および No.1,5,6,7,8,9,10 において、
時間変化については、同図の St.A においてそれぞれ調べた。
測定項目は、水温、塩分、pH および全炭酸(TC)である。いずれも表層の値をもとめた。
水温は水銀温度計、塩分は、塩分計(SAL-1, 島津製作所)、pH はpH メーター(MP120, メ
トラー)
、全炭酸は非分散型赤外線分光光度計 (TOC-5000, 島津製作所) でそれぞれ測定した。
水温、塩分、pH は現場にて測定した。全炭酸分析用のサンプル水は、プラスティクシリンジ
(50ml)にフィルター (DISMIC 0.45 μm, アドバンテック)を取り付け、ろ過した後 50ml
の褐色ガラスビンに入れた。さらに生物代謝による全炭酸の変動を避けるため、アジ化ナトリ
ウムを濃度 25mmol/l になるように滴下後(Knauer et. Al., 1984)冷蔵保存した。この冷蔵
保存したサンプルを日本に持ち帰り、全炭酸を測定した。
図 3.3.1-1(a) 調査地点
−89−
図 3.3.1-1(b) 調査地点
水中の二酸化炭素分圧は、測定された水温、塩分、pH および全炭酸の値から、インターネットのフリ
ーウエアとして提供されている CO2SYS.EXE プログラム
(http://cdiac.esd.ornl.gov/oceans/co2rprt.html)
を用いて算出した。このプログラムは、Ernie Lewis と Doug Wallace が作成したもので、複
雑な炭酸平衡計算のデファクトスタンダードとして広く用いられている。
またこれ以外に、St.A においては、多項目水質計(MWQ-Ⅲ, 三洋測器)にて水温、塩分、
溶存酸素濃度および水深が連続的に測定された。
(3) 結果
① 空間分布
図 3.3.1-2 に St.A, B, C および No.1,5,6,7,8,9,10 の各地点での測定時の水温および塩
分を示す。水温は 29−33.1℃の範囲で、塩分は、St.A, B, C などの沿岸ではほとんど0で
あった。沿岸から離れた地点でも最高 10.4‰で、通常の海水の値である 34‰とは程遠く
ほぼ淡水と考えられた。
pH の分布は、図 3.3.1-3 に示される。pH は、7.72 から 8.23 の範囲にあり、沿岸
から遠いほど高くなる傾向がみられたものの、通常の海水の値である 8.2 よりは一点を除
き、小さかった。水中の二酸化炭素分圧の分布は図 3.3.1-4 に示される。648 μatm から
1535 μatm の範囲であった。
−90−
図 3.3.1-2 各地点の水温(℃)と塩分(‰)
図 3.3.1-3 各地点のpH
−91−
図 3.3.1-4
②
各地点の水中の二酸化炭素分圧
時間分布
図 3.3.1-5, 図 3.3.1-6 に 2002 年 9 月 4 日の St.A での潮位とpH、水中の二酸化炭素
分圧の時間変化をそれぞれ示す。満潮から干潮へ水位が下降する半ばあたりで pH が最も
低く、水中の二酸化炭素分圧が最も高い傾向がみられた。
水温は各測定時において、28.5‐29.1℃でほぼ一定と考えられた。また潮位と塩分の関
係は、図 3.3.1−7 に示される。水中の二酸化炭素分圧の時間変化の場合と同様に満潮か
ら干潮へ水位が下降する半ばあたりで塩分が最も高い傾向がみられた。しかしながら塩分
の最高値は 1.4‰でほほ淡水と考えられた。
−92−
図 3.3.1-5 St.A における潮位とpH の日変化(2002 年 9 月 4 日)
図 3.3.1-6 St.A における潮位と水中の二酸化炭素分圧の日変化
(2002 年 9 月 4 日)
−93−
図 3.3.1-7 St.A における潮位と塩分の日変化(2002 年 9 月 4 日)
(4) 考察
① 空間分布
塩分やpH からみると調査地点は、海水の影響がほとんどない淡水であると考えら
れた。
水中の二酸化炭素分圧は図 3.3.1-4 に示されるように、648 μatm から 1535μatm の
範囲に分布した。他の沿岸域では、アマゾンの湿地帯河口における年間を通しての水
中の二酸化炭素分圧の平均が、4350±1900 μatm と報告されている(Richey J.E.
et.al., 2002)
。この場合、1.2±0.3MgC/ha/year の二酸化炭素が放出されていると見積
もられている。またヨーロッパの26の湿地帯河口での水中の二酸化炭素分圧は、平
均 536−4148 μatm と報告されている(Frankignoulle et al.,1998)。大気中の二酸化炭
素分圧が 350 μatm であることから、本調査地点を含むこれら湿地帯河口域は、二酸
化炭素のソースであることが示唆される。
一方、藻類が繁茂し、富栄養化状態にある沿岸域や、貧栄養ながらサンゴ等の共生
藻により活発な光合成が行われているサンゴ礁では、昼間には水中の二酸化炭素分圧
が、大気中の二酸化炭素分圧より小さくなることもあり、全体として二酸化炭素のシ
ンクとなる場合もある(Ikeda, 1997)
。
−94−
マングローブ海域は、底質部分と水塊部分に分けられる(図 3.3.1.-8)。底質部分は、
リターフォールなどの有機物が堆積する場であるとともに、それら有機物の一部が分解す
る場である。一方、水塊部分は、植物プランクトンも少なく、分解が卓越している。本調
査地点において水中の二酸化炭素分圧が大気中のそれより大きいことは、これらの要因を
反映していると考えられる。
図 3.3.1-8 2000,2001 年度石垣島、タイのマングローブ調査からまとめられたマ
ングローブ底質・水塊部分の炭素収支
−95−
②
時間分布
植物プランクトンや共生藻などの光合成を行う生物が豊富な独立栄養的な環境では、pH、
全炭酸、水中の二酸化炭素分圧といった無機炭素指標に影響をあたえるパラメーターとして
は、光が大きな影響を及ぼす。しかしマングローブ域では、従属栄養的な環境なので、光の
影響はほとんどない。影響を及ぼす大きな要因としては潮位が考えられる。
図 3.3.1-5∼図 3.3.1-7 にみられるように、満潮から干潮までにかかる時間は、干潮から満
潮までに要する時間のおよそ 2 倍である。この理由として複雑なマングローブ地形において、
水はそこに入るよりもそこから出るのに時間がかかるためと思われる。そして入った水が出
てくる折に、底質やマングローブ樹に付着している有機物や塩分を洗い流していくと考えら
れる。そのため図 3.3.1-5∼図 3.3.1-7 にみられるように満潮から干潮に向かう中途に塩分と
水中の二酸化炭素分圧がピークに達し、pH も同時期に最も低くなると考えられる。
②
水塊部分の呼吸商
St.A においては、多項目水質計にて、溶存酸素濃度(DO)を連続測定している。水中の二
酸化炭素分圧(pCO2)とその測定時に対応する溶存酸素濃度の単位を揃えてグラフにプロッ
ト す る と 図 3.3.1-9 に な る 。 こ れ を 直 線 回 帰 す る と pCO2( μmol/l)=-0.7241 × DO( μ
mol/l)+204.29 (R2=0.8855, n=7)となる。この直線の傾き 0.72 は、呼吸商=[CO2]/[O2]を示
すと考えられる。
図 3.3.1-9
St.A における二酸化炭素分圧(pCO2)と溶存酸素濃度(DO)との関係
−96−
これまで本プロジェクトでは一次生産者の光合成による有機物生産と従属栄養生物によ
る有機物の分解とを以下のレッドフィールドの理論式(野崎、1994)で仮定していた。
106CO2 + 16HNO3 + H3PO4 + 122H2O ⇔ (CH2O)106(NH3)16(H3PO4) + 138O2
この場合、呼吸商は、106/138=0.77 と仮定される。今回、実測から求められた値 0.
72 とよい一致を示している。
(5) おわりに
ベトナム社会主義共和国タンホア市近郊のマングローブ海域は、水中の二酸化炭素分圧で見
る限り、他の従属栄養的な沿岸域と同様に、二酸化炭素のソースであることが示唆された。ま
たpH や水中の二酸化炭素分圧は、潮位によって影響をうけることが確認された。さらに水塊
部分の呼吸商を水中の二酸化炭素分圧と溶存酸素濃度とから推定したところ、これまで理論式
で仮定していた値と大筋一致していることが確かめられた。
今後の課題としては、陸域と水域を統合した形で炭素収支をとらえ、マングローブ生態系全
体では二酸化炭素のシンクかソースかを評価することがあげられる。
参考文献
Frankignoulle M., Abril G.
,Borges A., Bourge I., Canon C., Delille B.,
Libert E., Theate J.M.(1998) Carbon dioxide emission from European
estuaries. Science, 282, 434-436.
Ikeda, Y., 1997. Carbon dynamics in the coral reef ecosystem. Ph.D.Thesis, University
of Tokyo, 100pp.
Knauer GA, Karl DM, Martin JH, Hunter CN (1984) In situ effects of selected
preservatives on total carbon, nitrogen and metals collected in sediment traps.
Journal of Marine Research 42: 445-462
野崎義行, 1994. 地球温暖化と海−炭素の循環から探る−.東京大学出版会.pp196.
Richey J. E., Melack J. M., Aufdenkampe A. K., Ballester V. M., Hess L.
L.(2002)Outgassing from Amazonian rivers and wetlands as a large tropical
source of atmospheric CO2. Nature,416, 617-620.
−97−
3.3.2 栄養塩
(1)はじめに
マングローブ生物群集は、他の海洋生物群集と比較して単位面積当たりの一次生産速度が大
きく(Ayukai et al. 1998、Clough 1992, 1997)、その生産性の利用は温暖化問題への有力
な解決策の一つとして考えられている(NEDO/JOIA報告書 2000、2001、亜熱帯総合研究所 2001、
関西電力 2001)。
マングローブ生物群集は、固定した炭素の一部を、潮汐による海水交換によって沿岸域へ流
出させる。Robertson et al. (1992)やAlongi(1998)によれば、マングローブ生物群集は
純一次生産量の約3分の1を落葉や落枝の形で失い、またそのうちの半分近くをクリークから
沿岸域へ流出している。また黒沢他(2002)ではCebrian(2002)の結果をまとめ直すことに
より、マングローブ生物群集から系外へ放出される炭素フラックスの中では流出フラックスの
中央値が最も大きいと報告している(Export 0.5±0.3 gC m-2 d-1、Accumulation 0.20±0.34 gC
m-2 d-1、Consumption 0.08±0.44 gC m-2 d-1、Decomposition 0.25±0.30 gC m-2 d-1;値は中央
値、誤差は標準誤差を表す)。
こうした流出のメカニズムは、有機物をより従属栄養生物密度の低い外洋へ運ぶことによっ
て炭素固定を促進させる一方、一次生産を促進させる窒素やリンといった物質も失う側面があ
る。Dittmar and Lara(2001)はブラジル北部のCaete河口域からのこれらの物質の流出量(mol
yr-1)をDON(Dissolved Organic Nitrogen;溶存有機窒素)として2×109、NH4+として0.4×
109、PO43-として0.04×109と見積もっている。またAyukai et al.(1998)はオーストラリア北
部のCoral Creekより流出する窒素の量をNO3-として0.3 kg N d-1と評価している。
しかしマングローブ生物群集から流出する窒素やリンの評価は世界中でも限られた地域で
しか行われていない(Dittmar and Lara 2001)。本研究の目的はベトナム、タン・ホア州の
マングローブ林をサンプルとして、これらの物質の流出されている様子を観察することである。
(2)方法
観測地域と採水地点
観測はベトナム社会主義共和国の北部にある、タン・ホア州(北緯19˚18"〜20˚40"、東経104˚22"
∼106˚05")のレン河河口域にて行った(図3.2.2-(1))。タン・ホア州は人口約356万人、ベトナム
で2番目に人口の多い州であるが、州の面積の63.7%が森林に覆われ、4つの大規模な河川が流れ
る天然資源に恵まれた地域である。また河川水が常に淡水を湾に流入させるため、沿岸域の塩分は
乾期でも25∼28と一般的な外洋海水(約35)と比べて低い(http://www.thanhhoa.gov.vn/index.asp)。
レン河河口域には植林されたマングローブ林が河口から海岸線に沿って広がっている。この河
口域に時系列観測の採水ポイントとしてステーションA、B、Cを、また空間分布観測の採水
ポイントとしてステーション1∼10(下げ潮時)及び1∼10(上げ潮時)を設定した(図
3.2.2-(1))。
−98−
(a)
(b)
(c)
(d)
図3.2.2-(1) 観測地域とサンプリングステーションの位置。(a)ベトナム、タンホア州の位置。
(b)時系列観測のサンプリングステーション。(c)空間分布観測、下げ潮時のサン
プリングステーション。(d)空間分布観測、上げ潮時のサンプリングステーション。
−99−
観測期間
観測期間は2002年8月29日から9月11日である。参考として図3.2.2-(2)にタン・ホア市に
比較的近いハノイ市の月別平均気温及び平均降水量のグラフを示す。観測期間は雨期の後期に
あたり、大量の淡水が河川及び降水から周辺水域にもたらされていることが予想される。
図3.2.2-(2) ハノイ市の月平均気温と平均気温
(http://homepage1.nifty.com/Cafe_Saigon/wt.htm)。
時系列観測
観測方法は大きく分けて時系列観測と空間分布観測の2種類となる。時系列観測はステーシ
ョンA、B、Cにて9月4日と6日に行った。採水間隔は4時間おきで、合計24時間行った。
ただし9月4日はステーションCで8時間おき、9月6日はステーションBで8時間おきに採
水を行った(図3.2.2-(1))。
空間分布観測
空間分布観測は9月1日の下げ潮時および9月5日の上げ潮時に行った。それぞれの採水地
点は図 3.2.2-(1) (c)(d)の通りである。
採水方法
採水方法は時系列観測及び空間分布観測で同じである。ボートまたは船で採水ポイントまで
移動し、表層水をステンレス製のバケツで採水した。この際、表層水でバケツは2、3回共洗
いをしている。採水したサンプルは、同様に表層水で2、3回共洗いをした1リットルのポリ
カーボネート製容器に移し入れた。サンプルを入れたポリカーボネート容器は保冷材の入った
クーラーボックスに入れて、冷蔵・遮光状態で直ちに現地のラボに持ち帰った。
持ち帰ったサンプルはラボにて直ちに保存処理を行った。まずサンプルの濁り具合を確認す
る。サンプル中に懸濁物が多い場合には口径0.2 μmのステンレスメッシュを用いて、懸濁物の
大部分を除去した。次にポリカーボネート製ろ過器(ザルトリウス社製)とポータブルポンプ、
GF/Fフィルター(ワットマン社製、500度で2時間の加熱処理済み)を用いてサンプル250mlを
ろ過し、粒子状物質をフィルター上に捕集した。またステンレスメッシュでろ過した場合も、
メッシュ上の懸濁物を蒸留水で洗い流して同様にGF/Fフィルター上に捕集した。
−100−
ろ過後、GF/Fフィルターは折り畳んでアルミホイルで包み、測定まで冷暗所にて冷凍保存し
た。ろ液は10mlリットルのプラスチックボトルと褐色アンプル管に分注し、プラスチックボト
ルは密栓、褐色アンプル管はガスバーナーを用いて封入した。これらはフィルターサンプルと
同様に測定まで冷暗所にて冷凍保存した。
測定方法
冷凍保存したサンプルは大学に持ち帰り、有機物と栄養塩濃度を測定した。フィルターサン
プルはPOM(Particulate Organic Matter;粒子状有機物質)測定用サンプルとした。測定に
はまず冷凍されているフィルターを乾燥機で解凍・乾燥させ(50˚C)、塩酸燻蒸してフィルタ
ー上の無機炭素を除去し、再び乾燥させてフィルターにしみ込んでいる塩酸を除去した。処理
後、フィルターをNC-90A(高感度窒素・炭素分析装置、住化分析センター社製)を用いて炭素・
窒素濃度を測定した。この際検出された炭素濃度をPOC(Particulate Organic Carbon;粒子
状有機炭素)濃度、窒素濃度をPON(Particulate Organic Nitrogen;粒子状有機窒素)濃度
とした。
褐色アンプル管に入れて持ち帰ったサンプルはDOM(Dissolved Organic Matter;溶存有機
物質)測定用サンプルとした。測定にはまずウォーターバスを用いてサンプルを急速解凍し、
4規定塩酸を0.1ml添加後、高純度空気でバブリングして溶存無機炭素を除去した。処理後、
サンプルをTOC-90A(住化分析センター社製)を用いて炭素・窒素濃度を測定した。この際検
出された炭素濃度をDOC(Dissolved Organic Carbon;溶存有機炭素)濃度、窒素濃度をTDN(Total
Dissolved Nitrogen;全溶存窒素)濃度とした。TDN濃度は後述する方法で求めたDIN(Dissolved
Inorganic Nitrogen;溶存無機窒素)濃度を差し引くことでDON(Dissolved Organic Nitrogen;
溶存有機窒素)濃度とした。
10mlプラスチックボトルに入れて持ち帰ったサンプルはNO3-(硝酸)、NO2-(亜硝酸)、NH4+
(アンモニア)、PO43-(リン酸)といった栄養塩測定用サンプルとした。測定にはまずDOMサ
ンプルと同様にウォーターバスを用いてサンプルを急速解凍した。解凍したサンプルはTRACCS
2000(栄養塩自動分析装置、BRAN LUEBE社製)を用いてNO3-+NO2-、NO2-、NH4+及びPO43-濃度を測
定した。NO3-+NO2-濃度はNO2-濃度を差し引いてNO3-濃度とした。またNO3-、NO2-、NH4+濃度を足し
て求めた濃度をDIN濃度とした。
各測定法の測定誤差は、POMが3%以下、DOCが5%以下、DONが3%以下、栄養塩が0.5%以
下であった。
結果
結果一覧
表3.2.2-(1)に時系列観測、空間分布観測の観測結果の一覧を示す。また表3.2.2-(2)に各観
測結果に対する基本等計量を示す。水温、塩分、流向、流速、潮位のデータは立田私信による
ものである。またこれらのデータのグラフを図3.2.2-(3)、(4)、(5)に示す。
−101−
時系列観測結果
図3.2.2-(3)、3.2.2-(4)はそれぞれ時系列観測時の9月4日と9月6日の結果を示す。潮位
は9月4日13時採水時に、9月6日は14時採水の時に極大値を示した。流速はステーションA、
B、Cにて一般に潮位が低い時に極大値を示すが、9月6日のステーションAの18時のように
潮位が高いときでも速い流れが検出されている。
水温は27.75˚Cから30.86˚C、塩分は0から25.09の間で推移した。塩分0の水が検出された
ことから、河川水や降水起源の淡水が大量に流入していることがわかる。
POM濃度は潮位が低い時に極大値を示し、潮位が高い時に減少する傾向を示した。また潮位
が低いときほど大きな値ではないが、満潮時にも濃度の増加が認められた。表3.2.2-(2)より
POC濃度の最大値は443 μM、最小値は50 μMであった。またPON濃度の最大値は35 μM、最小値は
4.1 μMであった。最小値の値は一般的な外洋の表層水の値よりも数倍大きく、この水域に大量
の粒子状物質が供給されていることを示唆している。またPOC濃度とPON濃度のモル比は最大値
35、最小値が8.7と全体的にRedfield比よりも高い値を示し、POM濃度が高くなるとPOC/N比も
高くなる傾向を示した。Redfield比は外洋性の植物プランクトンの組織を代表する値と考えら
れるので、この水域に供給される粒子状物質の起原は、非外洋性のC/N比の高い有機物、すな
わちマングローブの根や落ち葉などを含む陸上有機物が有力であると考えられる。
POM濃度が一般的な外洋の表層水と比べて数倍の値を示したのに対して、DOM濃度は外洋表層
水とほぼ同じオーダーを示した。表3.2.2-(2)よりDOC濃度は最大値が140 μM、最小値が60 μM
であった。またDON濃度は最大値が24 μM、最小値が1.1 μMであった。またPOM濃度が潮位変動
に対して非常に明確な反応を示したのに対して、DOM濃度、特にDOC濃度の極大値と極小値の出
現パターンは潮位やステーションに依存していなかった。これよりこの水域のPOMとDOMは大き
く挙動が異なり、両者の濃度の変動メカニズムも互いに大きく寄与していないことが予測され
る。
栄養塩濃度はNO3-濃度が全般に高い濃度を示したが、それ以外のNO2-、NH4+、PO43-濃度は一般
的な沿岸表層海水とほぼ変わらない濃度を示した。表3.2.2-(2)より各栄養塩の基本統計量は
以下のとおりである。NO3-濃度の最大値は20 μM、最小値は9.5 μMであった。NO2-濃度の最大値
は5.06 μM、最小値は0.26μMであった。NH4+濃度の最大値は7.7 μM、最小値は1.4 μMであった。
PO43-濃度の最大値は0.96μM、最小値は0.25 μMであった。また栄養塩濃度の変動傾向はDOC濃
度と同様に、潮位に対して極大値や極小値の出現パターンが潮位やステーションに依存してい
なかった。無機窒素濃度に注目すると、3種類とも最大値と最小値の値の差が非常に大きいが、
DIN濃度にしてみると最大値が31 μM、最小値が11 μMと、標準偏差がNO2-やNH4+濃度と比べて小
さい(表3.2.2-(3))。これはDIN濃度の大部分が変動の小さいNO3-濃度で占められていること
が原因である。またNO2-濃度とNH4+濃度の変動は潮位や塩分に依存しないにもかかわらず、平均
値に対する標準偏差の値がNO3-と比べて大きいことから、これらの濃度には物理的なメカニズ
ムではなく、生物化学的なメカニズムが大きく寄与しているのではないかと予測する。
−102−
空間分布観測
図3.2.2-(5)はそれぞれ空間分布観測における下げ潮時と上げ潮時の水温、塩分、有機物濃
度、栄養塩濃度を示す。
塩分の空間分布から、この水域における淡水流入の寄与が非常に大きいことが確認された。
上げ潮時も下げ潮時も、河口から外洋へ向かって塩分が上がる濃度勾配が形成されている。特
に、河川水の影響が大きく海水の影響が小さくなると考えられる下げ潮時では、塩分の最大値
は4.3、最小値は0となった。仮に外洋水の塩分を20(上げ潮時の塩分の最大値)と仮定する
と、下げ潮時は河川水が表層水の78.5〜100%を占めていると考えられる。レン河の上流には
生活雑排水や農業用水などの人間活動による汚染源が存在するので、この水域において有機物
や栄養塩濃度に大きな影響が出ていることが予想される。
POM濃度は河口付近で濃度が高く、外洋側で濃度が低い傾向が確認された。ただし河口から
外洋へ濃度が一定の割合で減少しているわけではなく、上げ潮時には極大値が河口からやや離
れたステーション6に現れている。全体的な濃度勾配からPOMは、河口付近から供給されてい
ると考えられるので、この上げ潮時の極大値は、一旦、河口付近から外洋側へ放出されたPOM
が、潮が上がることによって押し戻されたのではないかと考えられる。この仮説を裏付けるに
は外洋域の物理特性や移流拡散係数などを把握しなければならない。
DOM濃度は塩分やPOM濃度のような明確な濃度勾配を示さなかった。またPOCが非常に濃度の
変動幅が大きかったのに対して、DOC濃度の変動幅は非常に小さい。表3.2.2-4よりPOCの最大
値と最小値がそれぞれ326μM、43.7 μMであったのに対し、DOCの最大値と最小値はそれぞれ122
μM、67.2 μMであった。DOM濃度は時系列観測においても明確な変動傾向を示さず、POMのよう
に潮位が低い時に極大値を示さなかった(図3.2.2-(3))ことから、マングローブ林がDOM濃度
に与える寄与率は低いと考える。
栄養塩濃度もDOM濃度と同様に明確な濃度勾配を示さなかった。また各栄養塩濃度の極大値
はそれぞれ異なるステーションで確認された。この傾向はDIN濃度やPO43-濃度も同様であった。
これらの結果から、各栄養塩の濃度に影響を与えるメカニズムはそれぞれ異なっているか、ま
たは何らかの原因(おそらくは大量の降水と、降水を起原とする河川水)によって水中環境が
かく乱されているのではないかと考える。
窒素・リンの流出
一方、POMはマングローブ生物群集から放出されている様子が明確に観察された。今回の観
測ではPOMに含まれる窒素をPONとして測定しているので、考察の章ではPONの放出について議
論していく。
−103−
表3.2.2-(1) 各観測における測定結果。(a)2002年9月4日ステーションA。(b)2002年9月4
日ステーションB。(c)2002年9月4日ステーションC。(d)2002年9月6日ス
テーションA。(e)2002年9月6日ステーションB。(f)2002年9月6日ステー
ションC。(g)2002年9月1日下げ潮時。(h)2002年9月5日上げ潮時。
(a)
time
1:00
5:00
9:00
13:00
17:00
21:00
1:00
潮位
m
0.34
0.25
1.26
1.75
1.46
0.86
0.51
流速
cm s-1
50.8
34
14.5
18.1
5.8
38.8
30.2
潮位
m
1.53
1.45
2.34
2.96
2.66
1.59
1.24
流速
cm s-1
2.2
3.4
2.2
2.8
1.6
15.1
9.3
潮位
m
1.48
1.4
2.33
2.96
2.64
1.82
1.48
流速
cm s -1
58.5
51.6
10.9
12.8
5
64.6
57.9
潮位
m
0.50
0.42
0.99
1.97
1.65
1.08
0.56
流速
cm s-1
39.6
37.5
5.7
15.1
28.6
8.9
14.4
流向
218
223
36
74
219
223
223
水温
℃
28.2
27.8
28.1
29.4
28.7
28.2
28.0
塩分
0.22
0.27
0.44
19.17
6.52
0.56
0.29
POC
PON POC/N DOC
DON
μmol l -1 μmol l -1
μmol l -1 μmol l -1
264
21
13
73
3.7
221
18
12
78
2.2
74
7.5
10
84
4.1
120
12
10
76
8.6
78
6.3
12
105
6.8
226
19
12
140
12
251
20
13
83
5.6
DOC/N
20
35
21
8.8
16
12
15
NO3NO2NH4+
PO43μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
19
0.69
2.3
0.51
19
0.75
4.7
0.48
19
0.54
1.4
0.41
13
0.72
4.8
0.45
17
1.15
4.2
0.44
13
1.25
7.6
0.64
19
0.30
2.5
0.54
(b)
time
1:00
5:00
9:00
13:00
17:00
21:00
1:00
流向
338
319
118
171
86
73
69
水温
℃
28.1
27.9
28.0
28.0
29.4
28.6
27.9
塩分
0.26
0.12
0.17
5
22.08
4.51
0.34
POC
PON POC/N DOC
DON
μmol l -1 μmol l -1
μmol l -1 μmol l -1
187
16
11
70
4.2
273
22
13
80
11
78
7.2
11
74
5.7
134
11
12
83
1.7
76
6.2
12
105
4.7
301
24
13
73
nd
179
13
13
76
14
DOC/N
17
7.3
13
49
22
nd
5.4
NO3NO2NH4+
PO43μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
18
0.61
1.8
0.62
15
0.44
1.5
0.48
18
0.26
2.1
0.52
19
1.38
7.3
0.38
19
0.92
2.6
0.33
19
0.36
2.8
0.53
9.5
0.74
1.1
0.34
(c)
time
1:00
5:00
9:00
13:00
17:00
21:00
1:00
流向
156
157
313
30
293
168
167
水温
℃
28.3
28.2
28.3
29.6
29.6
28.3
28.3
塩分
0
0
0
23.76
25.09
0
0
POC
PON POC/N DOC
DON DOC/N NO3NO2NH4+
PO43μmol l -1 μmol l -1
μmol l -1 μmol l -1
μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
271
23
12
60
1.1
54
20
0.51
2.4
0.47
93
243
8.7
20
11
116
6.6
18
18
1.40
4.5
0.27
12
102
8.1
13
18
0.31
2.5
0.68
(d)
time
2:00
6:00
10:00
14:00
18:00
22:00
2:00
流向
水温
℃
塩分
228
226
104
88
216
239
209
28.3
28.2
28.7
30.7
30.5
29.9
nd
0.4
0.3
0.2
18.9
13.0
1.9
nd
POC
PON POC/N DOC
DON DOC/N NO3NO2NH4+
PO43μmol l -1 μmol l -1
μmol l -1 μmol l -1
μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
112
348
50
110
91
443
nd
10
31
4.1
11
9.4
35
nd
11
11
12
10
10
13
nd
−104−
114
191
112
115
102
88
nd
14
24
14
13
10
4.1
nd
8
8
8
9
10
21
nd
12
5.3
14
12
13
16
nd
0.30
0.28
0.55
1.00
0.92
0.74
nd
2.7
7.7
1.6
2.2
2.4
3.3
nd
0.29
0.25
0.36
0.31
0.36
0.31
nd
(e)
time
2:00
6:00
10:00
14:00
18:00
22:00
2:00
潮位
m
1.23
1.15
1.74
2.73
2.40
1.81
1.29
流速
cm s-1
15.8
16.2
2.7
3.7
2.9
5.2
13
潮位
m
1.51
1.43
2.07
3.06
2.73
2.10
1.56
流速
cm s-1
63.7
51.5
7.6
12.9
4.9
66.8
76.9
流向
62
56
217
250
135
69
81
水温
℃
28.5
28.2
28.2
29.8
30.9
30.4
nd
塩分
0.7
0.2
0.5
10.7
20.7
4.3
nd
POC
PON POC/N DOC
DON DOC/N NO3NO2NH4+
PO43μmol l -1 μmol l -1
μmol l -1 μmol l -1
μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
153
13
12
99
10
10
14
0.32
2.3
0.30
54
4.7
11
81
82
nd
9.4
9
88
nd
nd
nd
6.0
14
15
0.87
1.5
0.39
2.7
33
16
1.50
3.5
0.44
nd
nd
nd
nd
nd
nd
(f)
time
2:00
6:00
10:00
14:00
18:00
22:00
2:00
流向
157
155
300
22
174
157
155
水温
℃
28.5
28.3
28.7
30.9
30.9
29.6
nd
塩分
0.1
0.0
0.0
20.0
20.1
0.7
nd
POC
PON POC/N DOC
DON
μmol l -1 μmol l -1
μmol l -1 μmol l -1
163
12
14
110
12
176
14
12
111
8.6
296
25
12
97
nd
57
6
9
106
12
63
5
13
100
7.1
210
19
11
86
3.5
nd
nd
nd
nd
nd
DOC/N
9
13
nd
9
14
25
nd
NO3NO2NH4+
PO43μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
14
0.37
2.6
0.34
18
0.64
3.0
0.81
19
5.1
6.7
0.96
12
0.74
1.6
0.29
15
0.79
2.2
0.39
19
0.69
2.5
0.26
nd
nd
nd
nd
(g)
station
水温
℃
塩分
28.9
29.2
nd
29.9
29.5
31.2
31.1
31.3
0.1
0.0
nd
0.1
4.3
3.2
3.6
4.1
station
水温
℃
塩分
1
2
3
4
5
6
7
8
28.4
28.7
29.3
28.6
28.2
28.3
28.0
28.0
9.8
10.3
20.1
18.3
11.9
12.2
0.0
7.0
1
2
3
6
7
8
9
10
POC
PON POC/N DOC
DON DOC/N NO3NO2NH4+
PO43-1
-1
-1
-1
-1
-1
-1
μmol l μmol l
μmol l μmol l
μmol l μmol l μmol l μmol l -1
326
140
63
120
102
75
54
44
37
9.4
5.2
11
10
7.1
7.3
4.4
8.7
15
12
11
10
11
7.3
10
nd
70
74
nd
84
93
101
107
nd
4.4
3.4
6.6
6.7
5.1
3.5
4.3
nd
16
22
nd
13
18
29
25
18
19
20
21
17
18
18
18
0.24
0.21
0.30
0.36
0.40
0.86
0.89
1.02
2.0
1.1
1.9
2.2
4.0
0.66
0.46
0.05
0.45
0.22
0.19
0.48
0.47
0.34
0.25
0.14
(h)
-
-
+
3-
POC
PON POC/N DOC
DON DOC/N NO3
NO2
NH4
PO4
μmol l -1 μmol l -1
μmol l -1 μmol l -1
μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
60
59
162
81
82
295
109
181
6.7
6.6
14
8.8
8.5
26
9.4
16
9.0
8.9
12
9.2
10
11
12
11
85
109
111
122
105
93
67
111
−105−
1.5
8.4
8.2
3.5
5.3
3.7
nd
9.2
58
13
13
35
20
25
nd
12
18
14
14
21
17
19
16
19
2.1
2.2
3.8
6.5
3.0
2.0
2.6
0.70
2.7
1.4
3.9
3.5
3.4
4.6
9.5
2.0
0.34
0.21
0.36
0.55
0.67
1.02
0.58
0.32
3
3
3
2
2
2
1
1
1
0
30.0
30.0
0
30.0
30.0
0
30.0
30.0
20.0
20.0
20.0
20.0
20.0
10.0
10.0
10.0
10.0
10.0
0.0
360
0.0
30
0.0
360
0.0
30
0.0
360
0.0
30
240
20
240
20
240
20
120
10
120
10
120
10
0
180
0
18
0
180
0
18
0
180
0
18
120
12
120
12
120
12
60
6
60
6
60
6
0
18
0
60
0
18
0
60
0
18
0
60
12
40
12
40
12
40
6
20
6
20
6
20
0
30
0
1.8
0
30
0
1.8
0
30
0
1.8
20
1.2
20
1.2
20
1.2
10
0.6
10
0.6
10
0.6
0
9.0
0.0
0.9
0
9.0
0.0
0.9
0
9.0
0.0
0.9
6.0
0.6
6.0
0.6
6.0
0.6
3.0
0.3
3.0
0.3
3.0
0.3
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
Water
tempe- 20.0
rature
(ßC) 10.0
PON
( M)
DON
( M)
-
NO2
( M)
PO43( M)
06 F00
00 F00
18 F00
12 F00
06 F00
00 F00
06 F00
00 F00
18 F00
12 F00
06 F00
06 F00
00 F00
NH4+
( M)
00 F00
-
NO
3
( M)
Salinity
DOC/N
18 F00
POC/N
12 F00
DOC
( M)
06 F00
POC
( M)
00 F00
Water
level
(m)
(c)
(b)
(a)
図3.2.2-(3) 2002年9月4日、時系列観測の結果。(a)ステーションAの結果。(b)ステーショ
ンBの結果。(c)ステーションCの結果。
−106−
3.6
3.6
3.6
2.4
2.4
2.4
1.2
1.2
1.2
0
36.0
30.0
0
36.0
30.0
0
36.0
30.0
20.0
24.0
20.0
24.0
20.0
10.0
12.0
10.0
12.0
10.0
0.0
480
0.0
45
0.0
480
0.0
45
0.0
480
0.0
45
320
30
320
30
320
30
160
15
160
15
160
15
0
240
0
30
0
240
0
30
0
240
0
30
160
20
160
20
160
20
80
10
80
10
80
10
0
18
0
60
0
18
0
60
0
18
0
60
12
40
12
40
12
40
6
20
6
20
6
20
0
30
0
6.0
0
30
0
6.0
0
30
0
6.0
20
4.0
20
4.0
20
4.0
10
2.0
10
2.0
10
2.0
0
9.0
0.0
1.2
0
9.0
0.0
1.2
0
9.0
0.0
1.2
6.0
0.8
6.0
0.8
6.0
0.8
3.0
0.4
3.0
0.4
3.0
0.4
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
Water
tempe- 24.0
rature
(ßC) 12.0
図3.2.2-(4)
PON
( M)
DON
( M)
-
NO2
( M)
PO43( M)
06 F00
00 F00
18 F00
12 F00
06 F00
00 F00
06 F00
00 F00
18 F00
12 F00
06 F00
06 F00
00 F00
NH4+
( M)
00 F00
-
NO
3
( M)
Salinity
DOC/N
18 F00
POC/N
12 F00
DOC
( M)
06 F00
POC
( M)
00 F00
Water
level
(m)
(c)
(b)
(a)
2002年9月6日、時系列観測の結果。(a)ステーションAの結果。(b)ステーシ
ョンBの結果。(c)ステーションCの結果。
−107−
(a)
Water
temperature
(ßC)
POC
( M)
(b)
36
24.0
36
24.0
24
16.0
24
16.0
12
8.0
12
8.0
Salinity
0
0.0
0
0.0
360
45
360
45
240
30
240
30
120
15
120
15
0
DOC
( M)
0
0
0
150
12
150
12
100
8
100
8
50
4
50
4
0
0
0
0
18
60
18
60
12
40
12
40
POC/N
-
NO3
( M)
NH4+
PON
( M)
DON
( M)
DOC/N
6
20
6
20
0
0
0
0
24
9.0
24
9.0
16
6.0
16
6.0
8
3.0
8
3.0
0
0.0
0
0.0
12
1.2
12
1.2
8
0.8
8
0.8
( M)
-
NO2
( M)
PO43( M)
4
0
1
図3.2.2-(5)
2
3
6
7
8
9
0.4
4
0.0
0
10
0.4
0.0
8
7
6
5
4
3
2
1
空間分布観測の結果。向かって左側が河口である。(a)下げ潮時の結果。(b)上
げ潮時の結果。
−108−
表3.2.2-(2)
各観測結果に対する基本等計量。(a)2002年9月4日ステーションA。
(b)2002年9月4日ステーションB。(c)2002年9月4日ステーションC。
(d)2002年9月6日ステーションA。(e)2002年9月6日ステーションB。
(f)2002年9月6日ステーションC。(g)2002年9月1日下げ潮時。(h)2002
年9月5日上げ潮時。
(a)
POC
PON
μmol l -1 μmol l -1
サンプル数
平均値
中央値
最大値
最小値
標準偏差
7
176
221
264
74
83
7
15
18
21
6.3
6.2
POC/N
7
12
12
13
10
1.1
DOC
DON
μmol l -1 μmol l -1
7
91
83
140
73
24
7
6.1
5.6
12
2.2
3.3
DOC/N
7
18
16
35
8.8
8.7
NO3NO2NH4+
PO43μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
7
17
19
19
13
2.8
7
0.77
0.72
1.25
0.30
0.33
7
3.9
4.2
7.6
1.4
2.1
7
0.49
0.48
0.64
0.41
0.08
(b)
POC
PON
μmol l -1 μmol l -1
サンプル数
平均値
中央値
最大値
最小値
標準偏差
7
175
179
301
76
88
7
14
13
24
6.2
6.7
POC/N
7
12
12
13
11
0.9
DOC
DON
μmol l -1 μmol l -1
7
80
76
105
70
12
6
6.9
5.2
14
1.7
4.7
DOC/N
6
19
15
49
5.4
16
-
-
+
3-
NO3
NO2
NH4
PO4
μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
7
17
18
19
10
3.5
7
0.67
0.61
1.38
0.26
0.39
7
2.8
2.1
7.3
1.1
2.1
7
0.46
0.48
0.62
0.33
0.11
(c)
POC
PON
μmol l -1 μmol l -1
サンプル数
平均値
中央値
最大値
最小値
標準偏差
3
202
243
271
93
96
3
17
20
23
8.7
7.4
POC/N
3
12
12
12
11
0.8
DOC
DON
μmol l -1 μmol l -1
3
93
102
116
60
29
3
5.3
6.6
8.1
1.1
3.7
DOC/N
3
28
18
54
13
22
-
-
+
3-
NO3
NO2
NH4
PO4
μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
3
19
18
20
18
1.2
3
0.74
0.51
1.40
0.31
0.58
3
3.1
2.5
4.5
2.4
1.17
3
0.47
0.47
0.68
0.27
0.21
(d)
POC
PON
μmol l -1 μmol l -1
サンプル数
平均値
中央値
最大値
最小値
標準偏差
6
192
111
443
50
162
6
17
11
35
4.1
13
POC/N
6
11
11
13
10
1.1
DOC
DON
μmol l -1 μmol l -1
6
120
113
191
88
36
6
13
13
24
4.1
6.5
−109−
DOC/N
6
11
8.7
21
7.9
5.3
-
-
+
3-
NO3
NO2
NH4
PO4
μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
6
12
12
16
5.3
3.6
6
0.63
0.65
1.00
0.28
0.31
6
3.3
2.6
7.7
1.6
2.2
6
0.31
0.31
0.36
0.25
0.04
(e)
POC
PON
μmol l -1 μmol l -1
サンプル数
平均値
中央値
最大値
最小値
標準偏差
3
96
82
153
54
51
3
9
9
13
4.7
4.1
POC/N
3
11
11
12
9
1.7
DOC
DON
μmol l -1 μmol l -1
3
89
88
99
81
9
3
6.3
6.0
10
2.7
3.8
DOC/N
3
19
14
33
9.7
12.5
-
-
+
3-
NO3
NO2
NH4
PO4
μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
3
15
15
16
14
1.0
3
0.90
0.87
1.50
0.32
0.59
3
2.4
2.3
3.5
1.50
0.99
3
0.38
0.39
0.44
0.30
0.07
(f)
POC
PON
μmol l -1 μmol l -1
サンプル数
平均値
中央値
最大値
最小値
標準偏差
6
161
169
296
57
91
6
13
13
25
4.9
7.5
POC/N
6
12
12
14
9.3
1.5
DOC
DON
μmol l -1 μmol l -1
6
102
103
111
86
9.4
5
8.6
8.6
12
3.5
3.6
DOC/N
5
14
13
25
9.0
6.4
-
-
+
3-
NO3
NO2
NH4
PO4
μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
6
16
16
19
12
2.8
6
1.38
0.71
5.1
0.37
1.8
6
3.1
2.6
6.7
1.6
1.8
6
0.51
0.36
0.96
0.26
0.30
(g)
POC
PON
μmol l -1 μmol l -1
サンプル数
平均値
中央値
最大値
最小値
標準偏差
8
129
96
295
59
81
8
12
9.1
26
6.6
6.5
POC/N
8
10
10
12
8.9
1.2
DOC
DON
μmol l -1 μmol l -1
8
100
107
122
67
18
7
5.7
5.3
9.2
1.5
3.0
DOC/N
7
25
20
58
12
16
NO3NO2NH4+
PO43μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
8
17
18
21
14
2.5
8
2.8
2.4
6.5
0.70
1.7
8
3.9
3.5
9.5
1.41
2.5
8
0.51
0.45
1.02
0.21
0.26
(h)
POC
PON
μmol l -1 μmol l -1
サンプル数
平均値
中央値
最大値
最小値
標準偏差
8
115
88
326
44
91
8
11
8.4
37
4.4
11
POC/N
8
11
10
15
7.3
2.3
DOC
DON
μmol l -1 μmol l -1
6
88
88
107
70
15
7
4.8
4.4
6.7
3.4
1.3
−110−
DOC/N
6
20
20
29
13
6.1
-
-
+
3-
NO3
NO2
NH4
PO4
μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1 μmol l -1
8
19
18
21
17
1.5
8
0.54
0.38
1.02
0.21
0.33
8
1.5
1.5
4.0
0.05
1.24
8
0.32
0.30
0.48
0.14
0.13
考察
羽川他(2002)よりマングローブ生物群集より放出されたPONについて考察する。図3.2.2-(6)
は上げ潮時と下げ潮時のPON濃度と塩分をプロットしたグラフである。河口域の塩分を0、外
洋の塩分を20と仮定した時、両者が単純に混合すれば図3.2.2-(7)の直線上にPON濃度がプロッ
トされるはずである。しかし実際にはPON濃度は理論値よりも小さな値を示しており、何らか
のPON除去メカニズムが大きく濃度に影響している様子がうかがえる。
図3.2.2-(7)はPOMの理論値と実測値の偏差を求め、この値が除去量の指標となると仮定して
プロットしたものである。PON除去メカニズムは外洋側よりも河口付近でPON濃度により影響し、
これらのポイントではPOMのC/N比が低い傾向が確認された(表3.2.2-(1))。一般にPOC/N比が
低い物質は動物プランクトンやバクテリアなど従属栄養生物の持つタンパク質などであると
考えられる。よってPON濃度に大きな影響を与える主要な除去メカニズムは従属栄養生物の有
機物消費である可能性がある。この仮説を実証するためには、各採水ポイントにおける従属栄
養性のプランクトンやベントスの生物量や有機物の消費量などを検討する必要がある。
図3.2.2-(6) 空間分布観測におけるPONと塩分のプロット。
−111−
(a)
図3.2.2-(7)
(b)
空間分布観測におけるPOM濃度の理論値と実測値の偏差。(a)下げ潮時。(b)上げ
潮時。
結論
時系列観測結果より潮位が低い時にPOM濃度の極大値が表れ、空間分布観測結果よりPOM濃度
に河口付近から外洋川へ濃度が減少する濃度勾配が確認された。よってこのマングローブ林は
主にPONの形で沿岸水域に窒素を供給していることが分かった。また塩分とPON濃度をプロット
した結果から、マングローブ林から流出したPONは沿岸域で急速に除去されている。またPONの
除去量が多いポイントではPOC/N比が低いことから、PONの除去メカニズムの有力候補として従
属栄養生物の有機物消費があげられる。
今後の課題
今回はPONの除去量を推定するために、海水と淡水のエンドメンバーとして空間分布採水の
結果を用いたが、それぞれの水塊から水をサンプリングして、その結果から理論値を求めるの
が望ましい。淡水のエンドメンバーの寄与を明らかにするために、今後はマングローブ林より
も上流側でサンプリングを行うことが考えられる。
また、仮にレン川の上流で大量の降水が堆積物の表面を洗い流して河川水中に窒素やリンが
大量に供給されているとすれば、初期値が高いためにマングローブ生物群集からの流出の様子
はほとんど検出されなくなってしまうため、今後は雨期の観測方法を検討する必要がある。
−112−
引用文献
Alongi, D. M., T. Ayukai, G. J. Brunskill, B. F. Clough and E. Wolanski; Sources, sinks,
and export of organic carbon through a tropical, semi-enclosed delta (Hinchinbrook
Cannel, Australia). Mangroves and Salt Marshes, 2, p.237-242(1998).
亜熱帯総合研究所;平成13年度 内閣府委託調査研究『マングローブに関する調査 研究報告書』,
p.156(2001).
Ayukai, T., Miller D., Wolanski E. and Spagnol S.; Fluxes of nutrients and dissolved
and particulate organic matter in 2 mangrove creeks in north-eastern Australia,
Mangroves and Salt Marshes, 2, P.223-230(1998).
Cebrian, J.; Variability and Control of Carbon Consumption, Export, and Accumulation
in Marine Communities, Limnology and Oceanography, 47,
, p.11-22(2002).
Clough, B. F.; Primary productivity and growth of mangrove forests. P. 225-249. In:
Robertson, A. I. and D. M. Alongi(eds), Tropical Mangrove Ecosystems – Coastal and
Estuarine Series 41. American Geophysical Union, Washington, U.S.A(1992).
Clough, B. F., J. E. Ong and G. W. Gong; Estimating leaf area index and photosysthetic
production in canopies of the mangrove Rhizophora apiculata. Marine Ecology Progress
Series, 159, p.285-292(1997).
Dittmar, T. and R. J. Lara; Do mangroves rather than rivers provide nutrients to coastal
environments south of the Amazon River? Evidence from long-term flux measurements,
Marine Ecology Progress Series, 213, p.67-77(2001).
羽川貴弘・黒沢勝彦・鈴木
款・立田 穣・杉戸俊一;ベトナム、マングローブ生態系の水中
部における有機/無機窒素濃度, 日本マングローブ学会2002年次大会要旨集p.24(2002).
関西電力;地球環境アクションレポート2001、
『環境保全に関する方針、目標、実績』p.13(2001).
黒沢勝彦・鈴木 款・立田
穣・杉岡伸一;マングローブ生態系の水中部における有機・無機
物質フラックス, 日本マングローブ学会2002年時大会要旨集p.23(2002)
.
新エネルギー・産業技術総合開発機構;プログラム方式二酸化炭素固定化・有効利用技術開発,
マングローブ等熱帯沿岸生態系の修復・保全による地球温暖過ガス回収・放出抑制評価技
術の開発. 平成12,13年度成果報告書(2001、2002).
Robertson, A. I., D. M. Alongi, K. G. Boto; Food chains and carbon fluxes. p.293-326.
In: Robertson, A. I. and D. M. Alongi (eds), Tropical Mangrove Ecosystems – Coastal
and Estuarine Series 41, American Geophysical Union, Washington, U.S.A(1992).
−113−
3.3.3 微生物
1)はじめに
東南アジアの沿岸海域に繁茂するマングローブ生態系は,貧栄養な熱帯・亜熱帯の中で有機
物の生産性が極めて高いことが指摘されており,近年は,地球温暖化の防止対策の一つとして
その炭酸ガス固定の潜在力の大きさが注目されている.マングローブからは樹木部の成長のみ
ならず様々な形で有機物が生産されており,それらの相当部分は溶存態有機物や落葉等の形態
でマングローブ体外に放出されていると考えられる.マングローブ繁茂林は一般に遠浅である
ことが多く,クリークを通じて大量の海水が潮汐によって陸地の奥深くまで出入りしており,
引き潮時には海水によって様々な有機物がマングローブ生態系から外洋海域へ運搬されてい
る.このためマングローブ生態系の保有する有機物生産力すなわち炭酸ガスの固定能を正しく
評価するためには,マンゴローブ生態系から流出する海水中に含まれる有機物とその動態を正
しく評価することが必要となる.とくに溶存態有機物は微生物群集の重要な増殖基質となって
おり,微生物バイオマスの分布とその変動を知ることはマングローブ生態系の潜在的生産力を
正しく評価する上で不可欠である.しかしながらマングローブ生態系と沿岸海域との間で運搬
され変動する微生物バイオマスに関する研究はそれほど多くはない.
我々はこれまで石垣島やタイ国トラット地方のマングローブ生態系において,マングローブ
林の内外での細菌群の生物量の違いあるいはその動態と潮汐との関連等について調べてきて
おり,マングローブ生態系では明らかに微生物群集のバイオマスが高いこと,またマングロー
ブ林内で増殖した細菌群は下げ潮時に沖合海域へ運搬されていくことなどを明らかにしてき
た(深見ら,2000)
.しかしながら,それらの結果が東南アジアの別のマングローブ生態系に
おいても同様なのかあるいは異なるのかについてはほとんどデータが得られていない.
そこで本研究では,2002 年9月に実施されたベトナムタインホア地方のマングローブ生態系
における細菌生物量の空間的・経時的変動を調べるとともに,沖縄県石垣島やタイ国トラット
地方のマングローブ繁茂林と比較することを目的とした.
2)研究方法
2002 年9月上旬にベトナムタインホア地方のマングローブ生態系で調査を実施した.マング
ローブ繁茂域を流れる河川の河口付近から沿岸・沖合にかけて合計8測点を設定し,2002 年9
月1日から2日にかけての下げ潮時,および同年9月5日の上げ潮時に,それぞれ表面海水を
バケツにより採取した.
また河口付近に3測点(Stn. A, B, C)を設定し,9月4〜
4時間間隔で表面海水試料を採取し,経時変動を調べた.
バケツ採水により採取された表面海水試料は現場で直ちに最終濃度1%のグルタルアルデ
ヒドで固定し,計数時まで冷蔵保存した.この試料を蛍光色素エチレンブルーで染色したのち,
スーダンブラックBにより黒染した 0.2 μmニュークリポアフィルター上に濾過し,常法によ
り細菌密度を落射蛍光顕微鏡を用いて直接計数した(Fukami et al., 1991).
−114−
3)結果と考察
(1)空間分布
2002 年9月1日から2日にかけて,下げ潮時に調査した各測点における細菌の空間分布を
Fig. 1 に,また9月5日に上げ潮時に得られた細菌数を Fig. 2 に,それぞれ示した.下げ潮
時における細菌密度は,河口付近の Stn. 1 や Stn. 2で 0.6〜1.2 x 105 cells/ml と少なか
ったものの,沖合に向かうにつれて増加し,河口から最も遠いものの陸地に沿った測点の Stn.
10 で 8.4 x 105 cells/ml と最大となった.それに対し,上げ潮時の観測では,各測点とも細
菌の分布は非常に少なく,0.6〜2.1 x 105 cells/ml の範囲でほとんど一定であった.
これらの結果からまずいえることは,ベトナムタインホア地方のマングローブ生態系では,
河川水の濁りが大きい割には全般に微生物の分布密度が少なく,特に上げ潮時の分布密度が非
常に少なかったという点である.上げ潮時の分布密度の値はタイのトラット地方のマングロー
ブ生態系と比較して,ほとんど1ケタ近く少ないということが分かった.この理由はいまのと
ころ不明であるが,海水中の有機物濃度のデータ等を参考にする必要があろう.その他の特徴
として考えられることは,下げ潮時には増加した細菌群が潮汐によって沖合海域に運搬されて
いる可能性が高いこと,それに対して上げ潮時には沖合の比較的きれいな海水が遡上してくる
ため,沿岸部では微生物のバイオマスが減少することが示唆されるという点である.このこと
は,これまで石垣島吹通川やタイのトラット地方のマングローブ生態系で観察された結果と同
様に,マングローブ繁茂域で生産された有機物は細菌類によって利用され,増殖した細菌の菌
体有機物が潮汐によって沖合海域へ運搬されていくという結果とほぼ同様のものであった.
(2)経時変動
河口付近の3測点(Stn. A, B, C)において,2002 年9月4日から5日にかけて4時間ごと
に採水し,細菌の分布密度を計数した結果を Fig. 3〜
時間間隔で日周変動を追跡した結果を Fig. 6〜
測点においてか
なりの時間的変動が見られることが明らかとなった.
しかしながらこれまで観察されていた,満潮時に菌数が減少し干潮時に増加するといった傾
向はほとんど観察されなかった.9月4〜
Stn. A では,21:00 から 25:00 にかけて菌数
の増加が観察され,一見干潮時に菌数が増加するこれまでと同様の傾向のように見えたが,最
も潮位の下がった 5:00 に増加は見られず,その他の測点
−115−
9月1日? 2日下げ潮
1.0E+06
9.0E+05
8.0E+05
Cell Density (cells/ml)
7.0E+05
6.0E+05
5.0E+05
4.0E+05
3.0E+05
2.0E+05
1.0E+05
0.0E+00
st.1
st.2
st.3
st.6
st.7
st.8
st.9
st.10
Fig. 1. 2002 年9月1日から2日の下げ潮時に実施された,ベトナムタインホア地方のマング
ローブ生態系の各測点における細菌密度の空間分布.Stn. 9 では極めて不純物が多く測定不能
であった.
9月5日上げ潮
1.0E+06
9.0E+05
Cell Density (cells/ml)
8.0E+05
7.0E+05
6.0E+05
5.0E+05
4.0E+05
3.0E+05
2.0E+05
1.0E+05
0.0E+00
st.1
st.2
st.3
st.4
st.5
st.6
st.7
st.8
Fig. 2. 2002 年9月5日の上げ潮時に実施された,ベトナムタインホア地方のマングローブ生
態系の各測点における細菌密度の空間分布.
−116−
9月4日? 5日 時間変動 St.A
1.0E+06
9.0E+05
Cell Density (cells/ml)
8.0E+05
7.0E+05
6.0E+05
5.0E+05
4.0E+05
3.0E+05
2.0E+05
1.0E+05
0.0E+00
9/4 1:00
5:00
9:00
13:00
17:00
21:00
9/5 1:00
Fig. 3. 2002 年9月 4 日から 5 日に実施された,ベトナムタインホア地方のマングローブ生
態系の Stn. A における細菌密度の時間的変動.13:00 頃が満潮,5:00 頃が干潮であった.
9月4日? 5日 時間変動 St.B
1.0E+06
9.0E+05
Cell Density (cells/ml)
8.0E+05
7.0E+05
6.0E+05
5.0E+05
4.0E+05
3.0E+05
2.0E+05
1.0E+05
0.0E+00
9/4 1:00
5:00
9:00
13:00
17:00
21:00
9/5 1:00
Fig. 4. 2002 年9月 4 日から 5 日に実施された,ベトナムタインホア地方のマングローブ生態
系の Stn. B における細菌密度の時間的変動.13:00 頃が満潮,5:00 頃が干潮であった.
−117−
9月4日? 5日 時間変動 St.C
1.0E+06
9.0E+05
Cell Density (cells/ml)
8.0E+05
7.0E+05
6.0E+05
5.0E+05
4.0E+05
3.0E+05
2.0E+05
1.0E+05
0.0E+00
9/4 1:00
9:00
17:00
9/5 1:00
Fig. 5. 2002 年9月 4 日から 5 日に実施された,ベトナムタインホア地方のマングローブ生態
系の Stn. C における細菌密度の時間的変動.13:00 頃が満潮,5:00 頃が干潮であった.
9月6日 時間変動 St.A(4h間隔)
1.0E+06
9.0E+05
8.0E+05
Cell Density (cells/ml)
7.0E+05
6.0E+05
5.0E+05
4.0E+05
3.0E+05
2.0E+05
1.0E+05
0.0E+00
9/6 2:00
6:00
10:00
14:00
18:00
22:00
9/7 2:00
Fig. 6. 2002 年9月 6 日に実施された,ベトナムタインホア地方のマングローブ生態系の Stn.
A における細菌密度の時間的変動.14:00 頃が満潮,6:00 頃が干潮であった.
−118−
9月6日 時間変動 St.B(8h 間隔)
1.0E+06
9.0E+05
Cell Density (cells/ml)
8.0E+05
7.0E+05
6.0E+05
5.0E+05
4.0E+05
3.0E+05
2.0E+05
1.0E+05
0.0E+00
9/6 2:00
10:00
18:00
9/7 2:00
Fig. 7. 2002 年9月 6 日に実施された,ベトナムタインホア地方のマングローブ生態系の
Stn. B における細菌密度の時間的変動.14:00 頃が満潮,6:00 頃が干潮であった.
9月6日 時間変動 St.C(4h 間隔)
1.0E+06
9.0E+05
Cell Density (cells/ml)
8.0E+05
7.0E+05
6.0E+05
5.0E+05
4.0E+05
3.0E+05
2.0E+05
1.0E+05
0.0E+00
9/6 2:00
6:00
10:00
14:00
18:00
22:00
9/7 2:00
Fig. 8. 2002 年9月 6 日に実施された,ベトナムタインホア地方のマングローブ生態系の Stn.
C における細菌密度の時間的変動.14:00 頃が満潮,6:00 頃が干潮であった.
でもほとんどそのような傾向は観察されなかった(Figs. 3〜5).また9月6日の観測時には,
むしろ満潮時に細菌密度が増加しているような傾向さえ見られた(Figs. 6〜8).
−119−
第4章 マングローブ堆積有機物による地球温暖化ガス吸収・放出量評価手法の検討
4.1 有機物分解による CO2放出量評価手法の開発
4.1.1 底生生物
森林生態系は、森林自身とともに土壌に大量の有機物を保有するストック型の生態系で
ある。森林生態系の物質循環には内部循環と外部循環とがあるが、成熟した森林生態系で
は、内部循環が大きな割合を占め、外部からの物質をとらえ外部には出さない閉鎖的な生
態系を形成する。それに対し、マングローブ生態系は、同じく樹木がその主要な構成者で
あるもののその機能において陸上森林生態系にない大きな特徴をもっている。それは、マ
ングローブ生態系が物質循環において開放的という点である。本来、干満のある河口域の
干潟に樹木が生育するというマングローブ生態系の特徴に由来するものである。
河口域生態系では、淡水と海水の混合による、河川から流入した泥粒子の結合、フロッ
カレントの形成およびその堆積作用が特徴的である。その過程で泥粒子に吸着された有機
物、無機物、また、浮遊している有機物粒子などが同時に堆積する。これが、河口域生態
系への物質の流入の重要な経路となっている。また、堆積物表層では、付着性の微細藻類
がおもに生産を行っている。この藻類による易分解性の生産物も含めた堆積有機物は、好
気的な表層では好気的バクテリアにより、また、深部においては硫酸還元菌・メタン細菌
などの嫌気性細菌により分解される。分解され再生された栄養塩類は、生物攪拌作用や物
理的拡散作用により堆積物表層へ、また、水中へと移動する。堆積物表層に拡散してきた
栄養塩類は、その一部が表層で生産を行っている付着藻類により吸収され再び有機物化さ
れる。その一部は、潮汐周期とともに域外へ流出する。
マングローブ生態系でも同様のプロセスが存在するが、マングローブ林自身も流れを緩
やかにすることで粘土粒子および有機物の堆積の促進に物理的な側面で寄与している。ま
た、堆積物表層での一次生産者が、付着藻類ではなく樹木であるマングローブ林に大きな
違いがある。マングローブ林により生産される有機物は、セルロースなどの難分解性有機
物を多く含む点で付着藻類の生産物と大きな違いをもつ。また、マングローブ林は、栄養
塩類の利用についても、付着藻類のように堆積層内部から表層に物理拡散してきたものを
利用するというよりは堆積層中の分解物を根系により直接吸収し効率よく利用することが
可能である。その豊富な無機栄養塩類を利用して有機物生産をおこなっている。また、根
系は、酸素を嫌気的堆積の周辺に供給し、根系の周りに酸化層を形成する機能も持つ。有
機物を含む嫌気的堆積層内に酸化層を形成することは、脱窒作用を促進することになる。
生産された有機物は、森林としてストックされる(特にマングローブ林の場合地上部に
対する根系の割合(およそ1:1といわれている)が他の森林にくらべかなり高くなって
おり有機物のストックとしても大きい)とともに落葉の一部は植食性のベントスに利用さ
れ、一部は林床にそのまま堆積される。残りが近隣の沿岸域へ流出する。つまり、マング
ローブ林は温帯域の河口域生態系に多く見られるアシ原と同様の機能を大規模にもつとい
える。
−120−
ベントスの生態系内における物質循環における役割は単一ではない。ベントスは一般に
(懸濁態および堆積態の)デトリタス食者である。マングローブ生態系のベントスとして
は、甲殻類(カニ類、エビ類、異尾類)
、軟体動物類(腹足類、二枚貝類)、環形動物類(多
毛類)
、魚類(ハゼ類)がその主だったものとして挙げられる。特に、カニ類、異尾類、軟
体動物類、魚類では、大型の種(メガロベントス)が多く見られる。大型の種による生態
系の物質循環への影響は、当然のことながら大きくなる。多くのベントスが堆積物中に巣
穴を形成し生息している。ベントスの個体サイズが大型になるとその巣穴も大きくなり影
響は大きくなるであろう。ただし、小型種でも高密度になればそれなりに影響は大きくな
る。
河口域生態系の物質循環へのベントスの影響については、直接効果と間接効果とに分け
ることができる。影響の直接効果とは、有機物の消費や分解のように生態系内を循環する
物質そのものの生産過程に直接かかわる側面である。間接効果としては、巣穴形成による
栄養塩類などの物質交換の促進、巣穴経由の酸素供給による有機物分解の促進などが挙げ
られる。
巣穴形成による大気との物質交換において、ガス類特に二酸化炭素の堆積物表層からの
排出は、樹冠の閉じた成熟したマングローブ林内での二酸化炭素の重要な供給源とも考え
られる。ただ、メタンについては二酸化炭素までの酸化が起こる前に堆積物内部から大気
への放出を促進されることから、二酸化炭素の供給減少となると考えられる。更に、脱窒
作用の促進は、栄養塩類の減少となり、一次生産者による有機物生産(=二酸化炭素固定)
にとっては負の効果をもつことになる。
本研究においては、特に温室効果ガス(二酸化炭素・亜酸化窒素等)の収支に関するベ
ントスの影響に焦点をあてて物質循環過程を考慮しながらその程度を検討する。これまで
の研究から、ベントス類の巣穴が二酸化炭素・亜酸化窒素の放出を促進すること、しかし、
その効果は限定的であることが確認されている。また、タイ国 Trat 河口域の乾季(2001 年
3 月)での調査では、これらのガスの放出が確認されたが、雨季(2001 年 8 月)には微量な
放出しか観測できなかった。今回は、その確認の為に計測の精度を上げて、再度、タイ国
Trat 河口域の雨季(2002 年 8 月)に観測を行った。また、ベトナム国においても同様の観測
を行った。
−121−
方法
調査地は、タイ国 Trat 河口域(2002 年 8 月)およびベトナム国(2002 年 8 月、2003 年 3
月)に発達するマングローブ林内・林縁部であり、直径19cm(高さ10cm)のベルジ
ャーを用いて堆積物表層と大気との境界面における各種ガスの交換量を測定した。タイ国
Trat 河口域では、S1 の林縁部と林床部に測点を設け、ベトナム国河口域では河口に近い地
点(マングローブのない干潟:NM1−10)
、上流側の地点(20年生のマングローブ植
林地:L1 1−6)、その中間地点(10年生マングローブ植林地:L2 1−6)の3箇所
においてガスの採取を行った。
測定開始前に十分外気と交換を行い、開始時にまず 0.5L のガスをエアーポンプにてベル
ジャーよりテドラーバッグ(1L コックつき)に採取する。1 時間後に再度 0.5L のガスを採
取する。採取終了後、ベルジャー内の堆積物表層ベントスの巣穴開口部直径および深さを
計測し、5mm目の篩で堆積物を泥深40cmまで篩い、残ったベントスを採集し95%
アルコールにて保存した。後に、同定をおこなった。
採取したガスについては、ガスクロマトグラフ(GC14A、島津製作所)にて分析をおこな
った。二酸化炭素・メタン・酸素・窒素については、モレキュラーシーブ13X(3 m)およ
びポラパック T(3 m)の並列カラムを用い、TCD により定量分析を行った。同時にメタナイ
ザーにより二酸化炭素のメタン化による FID 高感度分析を行った。亜酸化窒素については、
Shincarbon ST(6 m)カラムで ECD により高感度分析を行った。
結果と検討
堆積物表層境界面の二酸化炭素フラックスの増加は、その分解された有機物の由来は陸
域からとマングローブの生産物からであるが、どちらにしてもシンクとなっている炭素の
放出となる(タイ国:図4−1、ベトナム国:図4−3)。また、温室効果ガスの放出促進
となる。しかし、上述したように放出された二酸化炭素は林内にて再利用される可能性が
高い。このバランス収支を明らかにする必要がある。また、脱窒作用の過程で形成される
亜酸化窒素は、ベントスの巣穴形成で放出が増加する可能性がある(タイ国:図4−2、
ベトナム国:図4−4)
。亜酸化窒素の場合、増加するとメタンと同じで強力な温室効果を
示す(二酸化炭素の 296 倍:GWP)ため問題である。また、上述したように、脱窒作用そ
のものはどちらにしても、有機物生産には負の効果をもつと考えられる。
−122−
Trat, Thailand, 2002.8
10000
5000
0
-5000
-10000
0
2.5
5
7.5
Hole Area (cm2)
図4-1タイ国トラートにおける二酸化
炭素放出量とベントス巣穴面積との関係
−123−
10
Trat, Thailand, 2002.8
40
30
20
10
0
-10
-20
-30
0
2.5
5
7.5
Hole Area (cm2)
図 4-2 タイ国トラートにおける亜
酸化窒素放出量と巣穴面積との関係
−124−
10
Vietnum, 2002.9
2000
1000
0
-1000
-2000
-3000
0
5
10
Hole Area (cm2)
図4-3 ベトナム国タンフォアにおけ
る二酸化炭素の放出量とベントスの巣穴
面積との関係
−125−
15
Vietnum, 2002.9
15
10
5
0
-5
-10
-15
0
5
10
15
Hole Area (cm2)
図4ー4 ベトナム国タンフォアにおけ
る亜酸化窒素の放出量とベントスの巣穴
面積との関係
今回の観測で亜酸化窒素の放出が検出された。先に述べたように脱窒作用そのものは、
栄養塩類の減少につながり、二酸化炭素の有機物生産による固定作用には負の効果となる。
また、亜酸化窒素の放出が、マングローブ林のあるなしで変化するかどうかの検討を行う
為に、ベトナムの調査地において、隣接するまだ植林されていない干潟においても同様に
亜酸化窒素放出量を計測した。その結果、干潟から10年生、20年生の植林地になるに
従い、統計的に有意に放出量が増加することが分かった(図4−5)
。今回観測された放出
量自体は、数 micromol/m2/day と比較的低い値であった。しかし、これまでに得られた最
大値は、マングローブ林内で 100micromol/m2/day を超えている。この最大見積りで考え、
マングローブ林の最大炭素蓄積量を 100 tC/h と控えめにして計算すると70年前後で林内
の炭素蓄積量を二酸化炭素換算の亜酸化窒素の総放出量が上回る計算になる(図4−6)。
よって、その差が最大となるであろう 30 年前後でマングローブ林を伐採し、燃料以外の用
途に利用する必要が出てくる。もっと高い精度での亜酸化窒素放出量測定が望まれる。ま
−126−
た、林内炭素蓄積量をなるべく多くする森林管理を行う必要があり、林内蓄積量と総放出
量との差が最大となる年数を予測する必要がある。
15
10
5
0
-5
-10
-15
L1
L2
NM
図4-5 地点(L1:20年林;L2:
10年林;NM:干潟)ごとの亜酸化
窒素放出量
−127−
炭素量
マングローブ生態系の炭素蓄積量
積算亜酸化窒素放出量(二酸化炭素換算)
最大差
0
25年?
100
50
年数
図4-6 マングローブ生態系の亜酸化窒素放出量より換算した有効最大炭素蓄積量
を示す概念図. 亜酸化窒素最大推定放出量100 micromol/m2/dayを使用し,GWP
換算値296より,二酸化炭素量に換算した.マングローブ生態系の炭素蓄積量は.
100 tC/h とした.
N2O(micromol/m2/day)
N2O(micromol/m2/day)
15
10
5
0
-5
LN1
LN2
NM
図4-7 干潟(NM),10年生林(LN2),20年
生林(LN1)での2003年3月におけるN2Oのフラ
ックス量を表す.各地点間に統計的に有意な差は
認められなかった.
−128−
更に、ベトナム国において、2003 年 3 月 4 - 6 日、冬期における温暖化ガスフラックス
の測定も行った。ここでは、分析の終了した亜酸化窒素ガスフラックスの結果について述
べる。8月における調査と同じように干潟、10年生、20年生の植林地でのフラックス
を比較したところ、8月とは異なり、この3地点間で亜酸化窒素ガスフラックスに差は見
られなかった(図4−7)
。これらのことおよび全体的な亜酸化窒素ガスフラックス量の低
下から、脱窒作用の温度依存性により、冬期3地点間の差がなくなったと考えられる。こ
のことより、温度条件も考慮したより詳しい観測が必要と考えられる。
タイ国 Trat の(乾季)2001年3月の調査においては、ベントスの間接作用との関係
もかなりはっきりとした形で得ることができた。特に巣穴入り口の開口面積の総和と二酸
化炭素放出量との関係は、開口面積が 10 cm2/jar までは比例関係にあるが、それよりも大
きくなっても放出量はほとんど増加しなかった。つまり、ベルジャーの断面積が 707 cm2
であるので 10 cm2 の穴面積では全体の 1.4 %にあたる。
ところが、タイ国の2001年8月(雨季)および石垣島吹通川河口においては、タイ
国 Trat の(乾季)3月の調査において見られたようなベントスの巣穴面積とガスフラック
スとの間に明確な関係をみいだすことはできなかった。この原因として考えられるのは、
この2回の調査は測定間隔を 30 分としたせいで測定精度が低下した可能性がある。また、
乾季と雨季の特性の違いを表している可能性もあった。
今回再度3倍程度精度をあげ観測を行ったが、同様の結果が得られたに過ぎなかった。
乾季と雨季の特性の違いを表している可能性が大きいと判断される。
−129−
4.1.2 干潮時の堆積物中有機物分解・呼吸による CO2 吸収・放出抑制量評価
(1)干潮時の堆積物中有機物分解・呼吸による CO2 吸収・放出抑制量評価
マングローブ林内に広がる底泥域には,有機物を含む堆積物が堆積し、満潮時は海水面
下に水没するが、干潮時は水面上に出て大気にさらされる。海水面下にある時は、堆積物
表面に生息する微細藻類の光合成により CO2 が吸収され、また夜間は水中微生物の有機物分
解・呼吸により CO2 が放出される 1-7)。また、干潮により堆積物が大気に暴露された際には、
堆積物表面に生息する微生物の生物活動に基づく有機物の分解・呼吸により CO2 が放出され
る。さらに、堆積物中にはさまざまな底生生物が生息して巣穴を形成し,干潮時はその巣
穴下層の泥を表面に運搬して空気に暴露させ有機物を分解させるが、潮汐による海水の流
入によりその表層泥が再堆積するといった過程が繰り返されている 8-11)。このような干潮時
の堆積物中有機物分解・呼吸に基づく CO2 放出は、粒度組成、含水比(間隙率)
、微生物の
活性、気温など様々な環境要因の影響により変化するが、最も実際的な評価方法は、堆積
物表面から放出される CO2 の直接測定である。平成14年度は、土壌呼吸速度計を用いた干
潮時の堆積物中有機物分解・呼吸による CO2 吸収・放出抑制量評価する方法の汎用性につい
てベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯で検討する。
(2)方法
1)計測機器
計測機器は、LI-COR 社製 CO2 ガス分析計 LI-800 と土壌呼吸測定用チャンバーを用いた。
LI-800 CO2 アナライザーは、絶対値測定できるシングルパス、2重波長、赤外線検出システ
ムの非散乱型赤外線(NDIR)ガスアナライザーであり、オプティカルパスを通過するガスが
赤外線を吸収する度合いで CO2 濃度を計測する。濃度の計測は、リファレンスとサンプル信
号の赤外線吸収度合いの差によって求められ、リファレンスとサンプルチャンネルは、シン
グルパスを通過するナローバンド光学フィルターによってそれぞれの濃度を計測する。サ
ンプルチャンネルは、CO2 の吸収に対応する 4.24 m の光学フィルターを使い、CO2 濃度は、
オプティカルパスを通過する赤外線エネルギーの減少度合いにより表される。リファレン
スチャンネルは、CO2 に吸収されない 3.95 m の波長の光学フィルターを使い、ソース(光源)
の全エネルギーをディテクタが受光する。同機器では、温度と圧力の補正を行いながら CO2
濃度を測定し、データは、4次方程式でリニアライズされて CO2 濃度を算出する。土壌呼吸
チャンバーはチャンバー内空気を測定中攪拌できるようにファンを備えている。測定機器
の仕様を表 4-1-2.1 に示す。
2)計測方法
ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯では、B 地点の陸側周辺で観測を行った
(全章図 3-1-1.1)。観測は、土壌計測器チャンバーを堆積物上に空気漏れがないよう、チ
ャンバー縁が表層に接するように設置した。計測開始後は、値の上昇率が安定後にデータ
記録を行った。底泥からの O2 放出速度測定は1地点につき 3 箇所行い、平均した。
−130−
表 4-1-2.1 計測機器の仕様
測定範囲
:0−1,000ppm 、0−2,000ppm 、0−5,000ppm 、0−20,000ppm
測定原理
:非拡散型赤外線
精度
:2% >350ppm、読み値の2 % ±4ppm 0 < CO2 <350ppm
ノイズ
:3.0ppm pk −pk ノイズ 350ppm(1 秒シグナル平均値)
1.0ppm pk −pk ノイズ 350ppm(20 秒シグナル平均値)
ゼロドリフト
:< 1p pm in 24 hrs at 350p pm
スパンドリフト: < 3p pm in 24 hrs at 350p pm
圧力補正範囲
: 150 mb ars ∼ 1,150 mb ars
最大ガス流量
: 1 リットル/分
アナログ出力
:0−5V 、0−2.5V 、0−1.0V 、0−0.5V,4−20mA
DAC 分解能 :13 bits
動作温度範囲
: −25 ℃∼+45 ℃
相対湿度範囲
: −25 ℃∼45 ℃、0 ∼95 %RH 但し結露しないこと。
サイズ
: 8.75“×6 “×3“(22.23 ×15.25 ×7.62 cm )
重 量
: 2 .2l b (4.84kg )
(3)結果
1)土壌呼吸速度観測結果
ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯における干潮時の土壌呼吸にもとづ
く CO2 放出速度の観測結果の頻度分布を図 4.2.1-1 に示す。
土壌呼吸速度計によるタンホア省9月(雨季)干潮時のマングローブ堆積物からの CO2 放
出速度の観測値は、有機物分解・呼吸による CO2 放出が卓越していた。CO2 放出速度は、0.035
∼ 0.31 mmol m-2 min-1 の範囲にあり、全観測地点の平均値は 0.11 mmol m-2 min-1 であった。
2)干出時堆積物中有機物分解・呼吸による放出速度評価
干潮によるマングローブ堆積物の大気への暴露時間は、季節、潮汐周期によって異なる。
しかしながら、干潮による大気への暴露時間は平均すると1日およそ12時間と仮定した。
そこで時間観測で得られた単位時間 CO2 放出速度から、式 4.1.2-1 式に示すように日間大気
暴露 CO2 放出速度を算出することができる。すなわち、
大気暴露日間 CO2 放出速度(mg-C/m2/day)=
(時間 CO2 放出消費速度(mmol/m2/min)) x 60 x 12 x 12/24
4.2.1-1
ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯で得られた干潮時のマングローブ堆
積物からの日間 CO2 放出速度の平均と範囲を表 4.1.2-2 に示す。
−131−
図 4.2.1-1 ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯における干潮時土壌呼吸
にもとづく CO2 放出速度
表 4.2.1-2 ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯の干潮時の CO2 放出速度評
価結果
観測時期
雨季(9 月)
乾季(3 月)
CO2 放出速度評価値
(g-C/m2/day)
平均値
範囲
0.51
0.05
0.34 ∼ 0.72
0.006 ∼ 0.17
ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯9月(雨季)の干潮時堆積物から大
気への日間 CO2 放出速度は、0.34 ∼ 0.72 g-C/m2/day の範囲にあり、平均 0.51 g-C/m2/day
と評価された。これはおよそ 1.9 t-C/ha/y の CO2 放出に相当する。また、3月(乾季)の
干潮時堆積物から大気への日間 CO2 放出速度は、0.006 ∼ 0.17 g-C/m2/day の範囲にあり、
平均 0.05 g-C/m2/day と評価された。これはおよそ 0.15 t-C/ha/y の CO2 放出に相当する。
−132−
(5)まとめ
土壌呼吸速度計を用いた干潮時のマングローブ堆積物から大気への CO2 放出速度評価手法
の汎用性をベトナム・タンホア省ダーロック域で検討した結果、当該計測機器による干潮
時堆積物 CO2 放出速度評価の汎用性が確認された。評価されたベトナム・タンホア省ダーロ
ック域マングローブ帯9月(雨季)と3月(乾季)の干潮時堆積物から大気への日間 CO2 放
出速度は、各々0.05 g-C/m2/day と 0.51 g-C/m2/day と評価された。
(6)今後の課題
マングローブ堆積物の干潮時の有機物分解・呼吸による CO2 放出速度評価は、マングロー
ブ堆積物の CO2 吸収・放出抑制量評価において欠くべからざる重要な反応である。今回の観
測では,干潮時における CO2 放出量評価が可能となったが、年間評価を行うためには堆積物
の水分含量、温度(あるいは空中湿度)との関係を定量的に評価することが必要である。
(7)参考文献
1)立田穣、深見公雄、黒沢勝彦、鈴木款、池田穣、野瀬昭博(1999)吹通川マングロ
ーブ林における炭素フラックスの評価、第5回日本マングローブ学会要旨集. 16.
3)立田穣、今村正裕、池田穣、野瀬昭博、杉岡伸一 (2001) Green house gas balance in
mangrove coastal ecosystem. International Symposium on Mangroves Research Center
for Advanced Science and Technology (RCAST) The University of Tokyo. pp89.
4)立田穣、野瀬昭博、池田穣、深見公雄、黒沢勝彦、鈴木款、杉岡伸一(2001)マングロー
ブ等熱帯沿岸生態系における CO2 吸収・放出抑制量評価化学工学会第34回秋季大会予稿
集.
5)立田穣,杉岡伸一(2001) 石垣島マングローブ沿岸水中光合成・呼吸・有機物分解による
CO2 吸収・放出量.第7回日本マングローブ学会要旨集
6)池田穣、深見公雄、立田穣、黒澤勝彦(1999)マングローブ生態系の水中部の有機態炭素
の分解第 5 回日本マングローブ学会要旨集
7)深見公雄、立田穣、黒澤勝彦、池田穣(2000)石垣島のマングローブ生態系で生産され外
洋海域へ運搬される細菌生物量の見積もり 2000 年度日本海洋学会春季大会要旨集
8)栗原 康編著:河口・沿岸域の生態学とエコテクノロジー,東海大学出版,1988.中村由
行,井上徹教,Fatos,K.,左山幹雄,微小電極を用いた濃度境界層の微細構造の把握,海
岸工学論文集,43,1081-1085,1995
9)高井康雄:微生物生態 5 環境汚染をめぐって,学会出版センター,東京,1-21,1978
10)高井康雄,和田秀徳:土と微生物,岩波書店,東京,45-72,1966
11)B.B.Jorgensen : The major biogeochemical cycles and their interactions. Scope
report. Vol.21,John Wiley& Sons, New York, 477-509, 1983
−133−
4.2 マングローブ堆積物における有機炭素貯蔵による CO2 固定量評価手法の開発
マングローブ沿岸生態系における堆積物は、陸上生態系から流れ込む有機物が堆積し、堆
積した有機物の分解が引き起こす酸素消費により堆積物深部が無酸素状態となることから、
堆積物における有機物分解が停止し、泥炭層を形成することが知られている。マングロー
ブ泥炭層は多量の有機物を含み、マングローブの伐採や、波浪侵食により堆積物が流出し
ない限りは、長期間にわたって有機炭素を貯蔵すると推定されている 1)。このようなマング
ローブ生態系の CO2 隔離効果は、ツンドラ等の北方陸上生態系による有機炭素の低温貯蔵に
よる泥炭層形成と並んで、重要な炭素貯蔵作用のひとつとされる 2)。
マングローブ沿岸に堆積する主要な有機物の起源はマングローブ樹木から落下する落
葉・枝等であると考えられる。マングローブ陸上生態系から供給されたこれらの有機物の
一部は分解されるが、最終的に堆積物に貯蔵される有機炭素量の評価が CO2 隔離の評価にお
いて重要である(図 4.2-1)。
マングローブ堆積物の有機炭素貯蔵量評価上不可欠であるのは、堆積物の堆積速度測定
と、堆積されていく有機炭素量の測定である。平成12年度は、大陸棚や沿岸域の海底土
堆積速度の評価に広く用いられている自然放射性核種である鉛−210に着目し、これの
利用法を検討した。その結果、マングローブ堆積層における主要な炭素隔離・固定は、3
8 μm以下の有機炭素微粒子の埋没である可能性が示された。また、38μm 以下の有機
炭素微粒子吸着性の強い鉛−210濃度の鉛直方向の減衰速度から、マングローブ堆積物
における38 μm以下の有機炭素貯蔵速度を算出できることが示された。平成13年度は
この評価法の汎用性確認のために、タイ・トラート州マングローブ域についても同評価法
の適用し評価した結果、タイ・トラート州マングローブ域においても、堆積物の主要な
図 4.2-1 マングローブ沿岸水における炭素貯蔵と吸収・放出フラックス
−134−
炭素隔離・固定は、38μm 以下の有機炭素微粒子の埋没であることが示され、このメカ
ニズムによる有機炭素堆積による CO2 吸収効果は、およそ 0.1∼0.6ton-C/ha/year の範囲で
あると事が示された。
(1)評価法の原理
自然放射性核種である鉛−210は、陸地に広く存在するウラン−238の娘核種であ
るラジウム−226から、ラドン−222として大気中に放出される。大気中のラドン−
222から生じた鉛−210は、雨によって大気から除かれ、また乾燥期は大気浮遊塵に
吸着・降下して、沿岸域の地表もしくは海面に供給される。直接干潟等の沿岸堆積物表面
に降下した鉛−210は、粘土粒子等微粒子に強く吸着し、堆積が進むにつれて深部に保
存される。また、海表面に供給された鉛−210も海水中の沈降粒子に吸着され海底に堆
積する。これら堆積物中の鉛−210は、22.3年の半減期に従って放射性壊変により
放射能が少なくなるため、堆積物中鉛−210濃度の鉛直方向の減少速度とその半減期か
ら、100年以内の堆積速度の評価が可能である。しかしながら、沿岸堆積物は波浪等の
物理攪拌や海底土に生息する底生生物の生物攪拌の影響が大きい場合は、堆積物上部の鉛
−210が攪乱されるため、攪拌層より深い部分の鉛−210の鉛直分布により堆積速度
を評価することが可能である 3)。
平成12、13年度は、1)堆積物中の有機炭素含量と鉛直分布、2)堆積物中の鉛−2
10濃度と鉛直分布、3)鉛−210の半減期を利用した堆積速度評価により、石垣島、
タイ・トラート州マングローブ域において同評価法試案の適用を検討し、汎用性の検討を
行った。平成14年度は、同評価法をベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯
に適用し、評価法の汎用性の確立を目指す。
(1)試料採取方法
マングローブ堆積有機物による CO2 吸収と炭素貯蔵量評価法の汎用性の確認のために、ベ
トナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯において沿岸堆積物を採取し、評価手法
改良の検討を行った。
試料採取は、同マングローブ域の B 地点陸側のマングローブ林内の計4地点において(図
4.2-2)
、堆積物を鉛直方向に直径6cm、深さ100cmの柱状に採取し、密閉急速冷凍
後、実験室に持ち帰った。冷凍保存して持ち帰った海底土柱状試料は,海底土表面から1.0
∼5.0cm毎に分割して湿重量を測定し,凍結乾燥機で乾燥した後、乾燥重量を測定した。
乾燥後にステンレス篩により 75 μm以下、75∼300 μm、300∼1.2 μm、1.2 μm以上に分
別し、各々の粒子サイズ別の分析用試料とした。
(2)分析方法
分析試料中の有機炭素は、堆積物粒子 100mg∼2.0g をGFFろ紙上で塩酸蒸気に暴露して
炭酸カルシウムを除去した後、
(株)島津製作所 NC−1000により分析した。分析誤差は
5%以内であった。
−135−
210
Pb の分析は,Tateda et al. (1997)
5)
の方法に従った。すなわち,堆積物試料 100mg
∼2g に 209Po トレーサーと Pb 担体加えて、硝酸と過酸化水素水を加えた後に加熱分解して
有機物を分解し,0.1N塩酸溶液中でクエン酸により鉄を錯体としてから Po を銀着し,測
定用試料とした。銀着された Po を α線分析装置(キャンベラ 7404,35PLUS)により測定し,
回収された 209Po トレーサー量をもとに 210Po の定量を行った。海底土は堆積後に充分時間が
経過しているため、210Pb と 210Po が放射平衡に達しているものとして、210Pb 濃度を定量とし
た。分析の誤差は 5%以内であった。
(3)マングローブ堆積有機物の鉛直分布
ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯の各地点における堆積物粒子サイズ
別の鉛直分布を図 4.2-2 に示す。
堆積物粒子の鉛直分布については、マングローブ辺縁部の堆積物からマングローブ奥部
の堆積物のすべてについて38 μm以下の粒子割合が、表層から1mまでほぼ98%以上
を占めていた。
堆積物のおよそ98%以上が38 μm以下のサイズの粒子であったことから、堆積物に
おける38 μm以下粒径の有機物粒子含量の鉛直分布を図 4.2-3 に示す。
ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯の主要な堆積物である38 μm以下
の粒子中の有機炭素含量は、マングローブ辺縁部堆積物では、表層から40cmまでに2%
から1%に減少し、以下およそ1%で一定であった。またマングローブ潮間帯堆積物では、
表層から20cmまでに3.5%から2%に減少し、以下およそ2%で一定であったが、
1mまでに緩やかに上昇していた。マングローブ奥部堆積物では、表層から40cmまで
に11%から5%に減少し、以下3%までゆるやかに減少していた。
B 地点の主要な堆積物である38 μm以下の粒子中鉛−210濃度の鉛直分布図 4.2-5 に示
す。
図に示されるように、38 μm以下の堆積物粒子中の鉛−210濃度は、マングローブ
辺縁部堆積物では、表層から40cmまでに40mBq/g から30mBq/g に減少し、以下お
よそ30mBq/g で一定であったが、深くなるのつれてゆるやかに上昇していた。またマン
グローブ潮間帯堆積物では、表層から20cmまでに60mBq/g から40mBq/g に減少し、
以下およそ40mBq/g で一定であったが、60cmから深くなるのつれてさらに減少して
いた。マングローブ奥部堆積物では、表層から40cmまでに110mBq/g から60mBq/g
に減少し、以下およそ35mBq/g で一定であった。
−136−
図 4.2-2 ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯の深度別全堆積物に占めるサ
イズ別堆積物粒子重量の乾燥重量割合(%)
−137−
図 4-2-3 ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯における堆積物粒子(<38)中の
有機炭素含量(重量%)
−138−
(4)ベトナム・タンホア省ダーロック域マングローブ帯の堆積物における有機炭素貯蔵
量評価法の検討
1)原理
マングローブ堆積物表面への有機物の主な供給源は、マングローブ樹木からの落葉・枝
等の、陸上生態系の自然更新に伴う落下有機物(リター)である。通常、これらのリター
による有機物供給量は、陸上マングローブ林の純生産量とおおむね同じ値である。第1章
で評価された陸上部純生産量 5ton-C/ha/year から、同マングローブ堆積物には同等の有機
物がリターとして供給され、底生生物あるいは微生物による分解・砕片化された後、最終
的に分解されにくい38μm 以下の有機物微粒子として堆積物中に埋没していくと考えら
れる。
また、大気中から堆積物表面に供給された鉛−210は、平成 12∼14 年度の検討結果か
ら、主に38 μm以下の微粒子に吸着され堆積していることが明らかとなっており、平成
14年度のベトナム・タンホア省マングローブ堆積物においても同様の傾向が示された。
図 4.2-4 に示されるように、鉛−210濃度の鉛直分布は、表層から20cmまでに攪拌
されていた可能性が示され、20cm以深では、鉛−210濃度が減少していた。同マン
グローブ域では、表層における環形動物が主要な底生生物であり、巣穴を形成する甲殻類
はほとんど生息していなかったが、表層部分から20cmにおいて底生生物による堆積物
の鉛直攪拌の影響がややみられた。一方、表層から20cm以深において観察された鉛−
210濃度の減少は、堆積後の38 μm以下微粒子中の鉛−210放射能の壊変によるも
のであると考えることができる。
1)堆積物の95%以上が38 μm以下の粒子であること、2)38 μm以下の粒子中
有機炭素含量の鉛直分布と鉛−210の鉛直分布がほぼ符合していることから、鉛−21
0の鉛直分布における放射能の減衰が、堆積後の経過年を示していることを利用して、以
下の方法でマングローブ堆積物による有機炭素貯蔵速度を評価できる。
ここで、堆積物中の鉛−210は,1)粒子に吸着されて堆積する鉛−210と、2)
堆積物中のラジウム−226から生成した鉛−210のふたつの供給源を有する。したが
って、堆積物表面に供給されて堆粒子に吸着された鉛−210(過剰鉛−210)の埋没
による放射能減衰速度から堆積物粒子の堆積速度を評価するには、測定された全鉛−21
0濃度から、粒子中のラジウム−226から生成した鉛−210を差し引く必要がある。
そこで、図 4.2-4 に示された各堆積物の 80cm以深の鉛−210濃度が一定であるとみな
して、これらの濃度平均値をラジウム−226から生成した鉛−210濃度とし、各地点
のマングローブ堆積物中の各深さの過剰鉛−210濃度を求めた。
このようにして求めた各地点のマングローブ堆積物中の過剰鉛−210濃度と有機炭素
蓄積量との関係を図 4.2-5 に示す。
−139−
図 4.2-4 タイ・トラート州マングローブ域 B 地点における堆積物粒子(<38)中の鉛−210
濃度
−140−
過剰鉛−210の深さ方向の減少速度と半減期22.3年から求めた38μm 以下の有
機炭素粒子の堆積速度を併せて示した。また、同様にして、堆積物粒子蓄積量と過剰鉛−
210の関係から(図 4.2-6)、全粒子の堆積速度を求めた。
得られた結果を表 4.2-1 に示す。
表 4.2-1 ベトナム・タンホア省マングローブ域における38 μm以下の全粒子と有機炭素
の堆積速度
地点
林陸部1
全粒子堆積速度
林内1
26
林内2
8.0
6.7
0.47
0.14
0.10
4.7
1.4
1.0
2
(kg/m /year)
<38 μm 有機炭素粒子堆積速度
2
(kg-C/m /year)
CO2 固定速度評価値
(ton-C/ha/year)
表 4.2-1 に示されるように、ベトナム・タンホア省マングローブ域における38 μm以
下の粒子埋没による有機炭素堆積速度は、林陸部でやや大きく、林内ではやや小さかった。
また、粘土粒子の堆積を示すと考えられる全粒子堆積速度は、林陸部と林内の間では、特
に大きな差はなかった。これは、有機物の堆積物への埋没が、林奥部で起こり、林縁部で
は小さいことを示す。マングローブ堆積物へのこれらの微粒子有機炭素の埋没による CO2 隔
離・固定速度は、およそ 1.0∼4.7ton-C/ha/year の範囲と試算された。この値は、同マン
グローブ域のリター供給量とされている約 10ton-C/ha/year のおよそ 10∼47%にあたる。
平成13 年度の検討結果では、マングローブ堆積物の陸側と海側では、堆積物の組成と堆
積速度に差があることが明らかになっており、同様の傾向がベトナム・タンホア省マング
ローブ域でも示された。平成14年度の検討結果は、林縁から林奥の潮間帯をカバーする
堆積物試料の採取方法により、全域の評価が可能であることを示している。
(5)石垣島、タイ・トラート省マングローブ域との比較
表 4.2-2 に石垣島、タイ・トラート省、ベトナム・タンホア省マングローブ域の林内で
得られた有機炭素の堆積速度を示す。
表に示されるように、粘土粒子の堆積速度のめやすとなる38 μm以下の全粒子堆積速
度については、ベトナム・タンホア省マングローブ域は、タイ・トラート省マングローブ
域のおよそ 28∼63 倍、さらに石垣島吹通マングローブ域のおよそ 420∼960 倍であった。
また、ベトナム・タンホア省マングローブ域の有機炭素堆積速度は、タイ・トラート省マ
ングローブ域のおよそ 9∼18 倍、さらに石垣島吹通マングローブ域のおよそ 15∼43 倍であ
−141−
図 4.2-5 ベトナム・タンホア州マングローブ域における38 μm以下の有機炭素粒子堆積
重量と過剰鉛−210濃度の関係。
−142−
図 4.2-6 ベトナム・タンホア省マングローブ域における38 μm以下の全粒子堆積重量と
過剰鉛−210濃度の関係。
−143−
った。
各々地域のマングローブ陸上部純生産速度に対するマングローブ堆積物の有機炭素蓄積
量がおよそ1から94%の範囲にあることから、堆積物中有機炭素としてマングローブ堆
積物に貯蔵隔離される炭素量は、沿岸環境により大きく異なると評価された。また、大規
模デルタに位置するベトナム北部のマングローブ域では、日本のマングローブ域のおよそ
15∼43倍の炭素隔離貯蔵が見込めると推定される。
表 4.2-2 石垣島、タイ・トラート省、ベトナム・タンホア省マングローブ域における38
μm以下の全粒子と有機炭素の堆積速度
地点
石垣島吹通
<38 μm 粒子堆積速度
タイ・トラート省 ベトナム・タンホア省
0.016∼0.027
0.24∼0.41
6.7∼26
0.0067∼0.011
0.0056∼0.055
0.10∼0.47
0.067∼0.11
0.056∼0.55
1.0∼4.7
2
(kg/m /year)
<38 μm 有機炭素粒子堆積速度
2
(kg-C/m /year)
CO2 固定速度評価値
(ton-C/ha/year)
(6)今後の課題
平成14年度の検討結果から、マングローブ堆積物による CO2 吸収・放出量評価手法の改
良において、次のような課題が解決された。1)評価対象域の代表性を検討するために、
同一マングローブ域について陸側と海側のデータについて解析することが必要である。2)
38 μm以下の堆積物粒子が90%以上を占める東南アジアマングローブ域では、同粒子
の有機炭素埋没による有機炭素蓄積効果が、主要な CO2 固定・隔離作用であると考えられ、
これを評価することが重要である。3)沿岸環境により、有機炭素の堆積物隔離量が大き
く異なることから、インドネシア等赤道直下域で生産力が大きく、かつ河川に隣接するマ
ングローブ域の堆積域に対して、同評価法の有効性を最終検討する必要がある。
(7)まとめ
マングローブ堆積物による有機炭素貯蔵量の評価方法試案を改良するために、ベトナム・
タンホア省マングローブ域の堆積物調査を行い、有機炭素蓄積量と粒子吸着性の強い鉛−
210の減衰速度の関係を求めた。その結果、ベトナム・タンホア省マングローブ域にお
いても、堆積物の主要な炭素隔離・固定は、38μm 以下の有機炭素微粒子の埋没である
ことが示された。CO2 固定量の試算の結果、このメカニズムによる有機炭素堆積による CO2
吸収効果は、およそ 0.3∼0.6ton-C/ha/year の範囲であると推定された。異なる粒径の有
機物粒子による炭素隔離・貯蔵効果や、試料採取方法について最終検討を行う必要がある
ものの、評価手法として過剰鉛−210を用いた有機炭素粒子堆積速度評価法は、有効な
−144−
データ取得をできることを示した。評価方法の確立のためには、インドネシア等の赤道直
下域のデータを取得し最終検討する必要がある。
(7)引用文献
1) Ong, J. E. (1993) Mangroves – a carbon source and sink. Chemosphere. 27, 1097 –
1107.
2) Teilley, P. R., R. H. Chen and T. Hargis (1992) Carbon sinks in mangroves and their
implications to carbon budget of tropical coastal ecosystems. Water Air and Soil
Pullut. 64, 265 – 288.
3) Zuo, Z et al. (1997) Accumulation rates and sediment deposition in the northwestern
Mediterranean. Deep-Sea Res. 44. 597 –609.
4) 立田穣、深見公雄、黒沢勝彦、鈴木款、池田穣、野瀬昭博(1999)吹通川マングロ
ーブ林における炭素フラックスの評価、第5回日本マングローブ学会要旨集. 16.
5)立田穣、今村正裕、池田穣、野瀬昭博、杉岡伸一 (2001) Green house gas balance in
mangrove coastal ecosystem. International Symposium on Mangroves Research Center
for Advanced Science and Technology (RCAST) The University of Tokyo. pp89.
6)立田穣、野瀬昭博、池田穣、深見公雄、黒沢勝彦、鈴木款、杉岡伸一(2001)マングローブ
等熱帯沿岸生態系における CO2 吸収・放出抑制量評価化学工学会第34回秋季大会予稿集.
−145−
4.3
N2O、CH4 収支評価手法の開発
4.3.1
N2O、
(1)はじめに
汽水・沿岸域に代表される生物反応の活発な領域では,窒素循環過程で地球温暖化
ガスである N2O ガス(窒素循環中間生成物)の生成が考えられている(Bouwman 1995,
Houghton 1992,Khalil 1992)
.世界全体で考えた場合に,N2O の発生量は 1.9TgN/year
であり,その約 11%が河川・沿岸地域由来,さらにその 90%は中国よおび東南アジ
ア由来である可能性がある(Seitzinger 1998)
.しかし,その発生量や自然由来からの
発生メカニズムについては不明な点が残っている(Fluckiger et. al 2002)
.そのため,
環境因子を包括的に評価した N2O 収支評価手法,さらに N2O 制御・抑制技術を考え
ることが重要な課題である.
一方,マングローブ等熱帯沿岸生態系の保全・修復による温暖化ガス吸収・放出抑
制技術を,東南アジアとのクリーン開発メカニズム事業のオプションとするためには,
微量な温暖化ガス(CH4,N2O)も考慮した温暖ガス吸収・放出抑制量評価技術の開
発が必要である.
これまで,本プロジェクトでは,自然に生息しているマングローブ域を対象に N2O
発生の可能性について検討してた(H12・H13 年度報告済み{石垣島吹通川流域,タ
イ国トラート州})
.本年度は,植林されたマングローブ域を対象に,植林域前面の河
川・沿岸海域における N2O の挙動,植林マングローブ域内の堆積物中 N2O の蓄積量,
ボックスチャンバーによる Flux 測定を実施し,マングローブ植林域での N2O 発生の
可能性について検討した.
(2) 河川水・沿岸海水の調査結果
① 調査地点および調査方法
調査は,ベトナム共和国 Daloc 流域の植林マングローブ域を対象に,2002
2002 年 9 月実
施した.観測内容は以下の 2 つである.
・ 植林域前面の沖合における N2O 濃度の空間的な分布状況を把握するため,9 地点の
観測点で,上げ潮時と下げ潮時の 2 回採水を実施した.
・ マングローブ林内から河川方向に形成されているクリーク出口 2 地点(St.A,St.B)
で,マングローブ域からの N2O 量を把握するため,表層水を 24 時間(4 時間間隔)
採水した.
② 分析方法
N2O濃度分析はヘッドスペース法により,島津ECDガスクロマトグラフを使用した.
海水サンプルは,100mlのバイアル瓶に採取し,微生物によるN2Oガスの変化を防ぐた
めに採取後直ちにHgCl2(50%Sat.)を50 μl添加した.泥試料も同様の作業を行った.海水
サンプルだけは約10ml分を純窒素ガスで置換し,40℃の恒温水槽で約4時間程度振とう
させた.その後,気体をシリンジで採取し分析装置(63Ni-ECD-GC,carrier gas; pure N2
−146−
gas 40-50 mL/min, column: Molecular Sieve 5A 60/80 2m x 3ø)へ導入した.瓶内の気体中
ガスは溶液中のガスと平衡状態であると仮定し,溶液中のガス量を気体ガス分析結果
から算出し海水・堆積物中のN2O濃度とした.
③ 調査結果(海水サンプル)
観測地点概要図と N2O 分析結果を図 4.3.1-1,-2,表 4.3.1-1,-2 に示す.採水は,
潮汐が上げ潮時(2002 年 9 月 2 日)と下げ潮時(2002 年 9 月 5 日)の 2 回実施した.
上げ潮時は,N2O 濃度が 1.96∼8.35nM の範囲(overall mean= 5.50nM)であった.
同時に観測した水温・塩分から算出した飽和度(以下 SN2O;Weiss and Price ,1980)は,
河口付近と沖合の一部で 100%を越えていた.一方,下げ潮時は,N2O 濃度が 4.70∼
11.14nM の範囲(overall mean= 8.05nM)と,上げ潮時より高かった.SN2O は沖合
で 87∼169%と高く,河口では 64%・88%(St.08・St.07)と低く,上げ潮時とは逆
となった.
次に,各地点の 24 時間観測結果を図 4.3.1-3,表 4.3.1-3 に示す.同時に観測された
水位データ−も記載した.N2O 濃度は,干潮時に低く満潮時に高く(5.48∼8.99nM)
,
上流側(St.A)で高くなる傾向であった.また,SN2O も干満に対応した変化を見せた.
しかし,満潮から干潮の間には SN2O は低下傾向であるものの,再度 100%を超える水
塊が B⇒A の順に見られた.その要因の一つとして,マングローブ林からの流出水がク
リークを流れ,堆積物表層に由来するような高濃度の N2O 水塊が採水地点で遅れて現
れるためと思われる.
(3) チャンバーによるマングローブ林内
チャンバーによるマングローブ林内 N2O フラックスと堆積物内の N2O 濃度分布
① 調査地点および調査方法
測線は堰堤(水田と植林域を分ける堤)からマングローブ林内(沖合)へ直行する
ように 2 側線(LineA,LineB)設けた.堆積物は,堰堤側マングローブ林淵から 2 地
点で,表層(約 2cm)の堆積物をバイアル瓶に採取しそれぞれ HgCl2(50%Sat.)溶液によ
って生物活性を抑制した.また,直径 20cm の円筒形のチャンバーを用い,堆積物から
の N2O フラックスを観測した.チャンバーは堆積物に 5cm ほど埋め込み,上部空間が
約 19cm 空くように設置した.チャンバー内の空気は予め採取し,外気をポンプによっ
て取り込みよく攪拌した.次にチャンバー内と外気を遮断し,一定時間経過後新たに
チャンバー内の空気を採取し,チャンバー中の N2O ガス濃度変化を算出した.
② 調査結果
表 4.3.1-4 に各測線の地点における堆積物表層の N2O 濃度を示す.Line A・B とも
に,16.7∼24.9(Ave. 21.2 nM/g 湿泥)であった.空間的なサンプリング数が少ないが,
Doloc マングローブ植林域におけるおおよその堆積物中 N2O 含有量が把握できた.
本プロジェクトで実施した過去の測定結果と比較すると,吹通川流域(Ave.59.6
nM/g 湿泥)より低く,トラート流域(Ave.11.8 nM/g 湿泥)より高い結果となった.
当該域は,吹通川流域についで湿泥の含水率も高く,堆積物全体の N2O 含有量も高く
−147−
なったと考えられる.一方,本領域では時期的に堰堤まで潮が上がらない状態も見ら
れ,堆積物と海水が接触する面積も潮位変動で異なると思われる.Pueruto Rico では,
潮位変動の大きさ・栄養塩濃度の変化によって,堆積物からの N2O フラックスが数倍
異なるといった報告もある(Bauza et. al 2002, Munoz-Hincapie et. al 2002).このこ
とからも,高濃度の栄養塩を含む海水が間欠的に被覆するような堆積物の場合は,N2O
フラックスも大きくなることが懸念される.
(4) まとめ
環境因子を包括的に評価し N2O 収支評価手法さらに N2O 制御・抑制技術を考える
ために,植林されたマングローブ域を対象に,植林域前面の河川・沿岸海域における
N2O の挙動,植林内の堆積物中 N2O の蓄積量測定を実施し,マングローブ植林域で
の N2O 生成の可能性について検討した.以下に,結果を述べる.
<河川水,沿岸域での N2O 挙動>
Daloc 流域では,マングローブ植林域クリーク流出水の 24 時間観測結果から,潮汐
に応じた N2O 濃度の変化(1.下流より上流部における N2O 濃度が高い,2.下げ潮
時にクリークからの高 N2O 水が遅れて河川へ流出している)があることがわかった.
また,沿岸海域の調査結果から,上げ潮より下げ潮時に高くなった.また,飽和度も,
下げ潮時が高く最大 169%の場所も見られた.当日の風は 3m 程度であり,大気由来の
寄与は考えにくい.一方,本観測日付近は大潮にあたり,かなりの海水が林内までい
きわたり,高 N2O 濃度となって流出していることも考えられる.
<堆積物中の N2O 濃度>
本観測結果は,時間的な尤度から観測点が当初より少なくなった.観測ラインの
A,B では植林年数の違いがあり,マングローブの背丈も異なっていた.2 ライン上
での N2O 堆積物中濃度は,過去の自然生息域の観測結果と比較して低くない値であ
った(Ave. 21.2nM/g 湿泥)
.本流域では,海水の被覆率が潮汐応じて大きくこなる
ため,0m 付近(潮汐に応じて浸らない時期がある領域)と沖淵付近(常に海水に
浸っている領域)では含水比も異なり,今後さらなる空間的な調査検討が必要と考
えられる.
(5) 今後の課題
・ 堆積物中の N2O 濃度観測が,不十分でありより空間的な調査検討が必要である.
・ クリークから流出している水についても検討が必要である.
・ 同地域でマングローブのない領域での調査が必要である(上流河川等).
−148−
図 4.3.1-1
上げ潮時の観測地点概要図(2002 年 9 月 2 日)
表 4.3.1-1
N2O 観測結果(上げ潮時)
analytical value temperature
flood-tide
No.1(B)
No.2(C)
No.3
No.10
No.6
No.7
No.8
No.9
N2O(nM)
8.35
6.94
4.14
1.96
5.47
7.53
3.30
6.30
℃
28.9
29.2
30.0
31.3
29.9
29.5
31.2
31.1
salinity
saturation ratio
‰
0.07
0.00
0.00
4.07
0.11
4.30
3.23
3.55
SN2O(%)
117%
98%
60%
30%
79%
109%
50%
95%
図 4.3.1-2 下げ潮時の観測地点概要図(2002 年 9 月 5 日)
表 4.3.1-2
N2O 観測結果(下げ潮時)
analytical value temperature
ebb-tide
No.01
No.02
No.03
No.04
No.05
No.06
No.07
No.08(st.C)
N2O(nM)
6.00
7.25
10.07
11.14
10.09
8.97
4.70
6.23
℃
28.39
28.67
29.28
28.57
28.23
28.25
27.96
28.01
−149−
salinity
saturation ratio
‰
9.83
10.34
20.13
18.3
11.88
12.17
0.01
6.96
SN2O(%)
87%
106%
157%
169%
147%
131%
64%
88%
表 4.3.1-3
24 時間観測結果(2002 年 9 月)
analytical value temperature
St.A
1
5
9
13
17
21
25
St.B
1
5
9
13
17
21
25
St.C
1
9
17
10
A
9
B
C
salinity
saturation ratio
N2O(nM)
8.01
5.60
8.87
7.61
7.43
8.99
5.88
℃
28.23
27.75
28.11
29.42
28.65
28.23
27.98
‰
0.22
0.27
0.44
19.17
6.52
0.56
0.29
SN2O(%)
110%
76%
122%
119%
107%
124%
80%
7.40
5.02
7.71
7.97
8.16
6.97
7.17
28.14
27.94
28
27.98
29.44
28.59
27.93
0.26
0.12
0.17
5.00
22.08
4.51
0.34
102%
68%
105%
112%
129%
99%
98%
6.77
7.46
5.48
28.32
28.17
28.27
0.0
0.0
0.0
93%
102%
75%
A
B
3.5
3
8
N 2 O (nM )
6
2
5
w ater level(m )
2.5
7
1.5
4
3
1
2
0.5
1
0
0
1
5
9
13
17
21
25
elapsed tim e(h)
140%
120%
SN 2 O(%)
100%
80%
60%
40%
A
B
20%
C
0%
1
5
9
13
17
21
25
elapsed time(h)
図 4.3.1-3
24 時間観測結果:上段 N2O 濃度と水位,下段:N2O 飽和度(2002 年 9 月)
−150−
表 4.3.1-4
堆積物内の N2O 濃度(過去{H13 年度報告書}の観測結果との比較)
Trat (2001/Aug.)
St.B
3.0m
7.0m
70m
St.P
10m
15m
20m
nM/g湿泥
湿泥
40.6
11.8
0.3
1.8
8.5
7.6
Ishigaki(2001/Nov.)
LineA
40m
LineD
0m
40m
80m
LineC
40m
80m
73.42
95.4
82.7
19.6
20.9
65.4
Daloc(2002/Sep.)
LineA
170m
100m
LineB
125m
22.0
24.9
16.7
−151−
参考文献
Bouwman, A.F., K. W. Van der Hoke and J. G. J. Oliver (1995): Uncertainties in the global source
distribution of nitrous oxide, Journal of Geophysical Research, vol.100, pp.2785-2800.
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Red Mangrove (Rhizophora mangle) forest sediments, Estuarine, Coastal and Shelf Science,
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Holocene N2O ice core record and its relationship with CH4 and CO2, Global Biogeochemical
cycles, vol.16, No.1
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Cambridge University press, pp.1-200.
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Seitzinger, S.P., C. Kroeze (1998): Global distribution of nitrous oxide production and N inputs in
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Weiss, R.F. and B. A. Price (1980): Nitrous oxide solubility in water and seawater, Marine
Chemistry, vol.8, pp.347-359.
−152−
4.3.2 CH4
堆積物表層へ添加された有機物は、易分解性のものは直ちに好気的分解をうけ二酸化炭
素となる。同時に分解され再生された栄養塩類は、おもに物理的拡散作用により堆積物表
層へ、また、水中へと移動する。堆積物表層に拡散してきた栄養塩類は、その一部が表層
で生産を行っている付着藻類により二酸化炭素とともに吸収され再び有機化される。その
一部は、潮汐周期とともに域外へ流出する。
先にも述べたように、河口域生態系の物質循環へのベントスの影響については、直接効
果と間接効果とに分けることができる。そのうちメタン放出に関連のある間接効果は以下
のように挙げられる。
1)間接効果
あ)巣穴形成による堆積層と水柱また大気との物質交換(ガス類・栄養塩類等)の促進
(堆積物中における好気的有機物分解の促進(=メタン形成の抑制))
。
い)巣穴形成に由来する酸素供給速度の増大による好気的有機物分解(メタン形成の抑
制)
・脱窒作用の促進。
え)巣穴・擬糞形成等による堆積物の(特に鉛直方向の)攪拌による好気的有機物分解
の促進(=メタン形成の抑制)
。
ここに挙げられた河口域生態系の物質循環に対するベントスの間接効果である生物攪拌
の結果としての堆積物中の好気的有機物分解促進や物質交換速度の増大は、内部循環速度
を速めマングローブ等の維管束植物類や堆積物表層に生息する付着藻類等の有機物生産促
進に結びつくと考えられる。
巣穴形成による大気との物質交換において、ガス類特に二酸化炭素の収支から言うと、
メタンについては二酸化炭素までの酸化が起こる前に堆積物内部から大気への放出を促進
されることから、二酸化炭素の供給減少となると考えられる。それと二酸化炭素と異なり
一端放出されたならば森林内部で消費されることはなく大気へと拡散する。メタン自身も
二酸化炭素以上の温室効果を持っており、河口域やマングローブ生態系の温室効果ガス収
支を明らかにするためにはその放出量を知る事が重要となる。
本研究においては、特に温室効果ガス(メタン等)の収支に関するベントスの影響に焦
点をあてて物質循環過程を考慮しながらその程度を検討する。
方法
メタンの放出量の測定も 4.1.1.と同様の方法を用いた。
結果と検討
放出量の定量化は、FID による高感度分析によったが、メタンの放出は観測限界以下
であった。しかし、メタンは林内で消費されることもないため一端放出されると確実に温
室効果ガスとして効果をもつ。今後とも十分な検討が必要である。
−153−
4.4 堆積物中可給態栄養塩評価手法の開発
4.4.1 はじめに
(1) 背景
植物が正常な活動を営むために土壌中可給態栄養塩の吸収が不可欠である。栄養塩
の摂収は根による水の吸収に始まるが、マングローブの場合、植物体内に取り込む水
に高濃度の塩分を含むため、過度の水吸収は成長の阻害のみならず、植物を枯死に至
らしめる。そのためマングローブは潤沢な水がある環境に育つ植物でありながら、砂
漠に育つ植物のように水利用の点においては実に効率的な戦略をとっている。
海水では硝酸塩,亜硝酸塩,アンモニウム塩などの窒素化合物、そしてリン酸塩,
ケイ酸塩が一般に不足しがちであるが、マングローブが生育する低湿地帯では河川から
栄養塩が常に供給されており、また酸化的な環境では難溶なリンなどが汽水域の還元的
な環境下で可溶化するなど、栄養塩が不足しがちな海洋の生態系と比べ、マングローブ
生態系は恵まれた環境となっている。
そのためマングローブ域の可給態栄養塩の問題を考える場合、それを植物成長との関
係で見る限り量の比較は余り意味をなさない。むしろ、栄養塩の存在割合、或いは存在
形態に注視することが重要で、そこから立地環境の特徴の把握が可能になってくるもの
と思われる。
(2) 本調査の目的
可給態栄養塩を中心に酸化還元電位、塩分濃度、冠水頻度、土壌硬度とマングローブ
成長との関係を昨年度まで石垣島、タイ・トラットにおいて考察してきた。H13 年度の
タイ・トラット調査ではRhizophora mucronataの植林地で、サンプルの点数を 100 点ま
で増やし、その関係を調べた。その結果、陸上の森林生態にくらべると均一な生態系
であると考えられていたマングローブ生態系も基質の特性がかなり不均一であること、
また塩分濃度、酸化還元電位の変異には方向性があることが調査の結果より明らかとな
った。
これまでトランセクト法による調査を中心としてきたが、今回ベトナムの調査地は植
林年数が明らかになっているため、植林年数と土壌特性の関係を見ることにした。植林
による立地環境の変化が一部で報告されているが、マングローブ植林による
bioremediationについてはこれまで研究例がなく、その点を本編で検討することにした。
4.4.2 調査内容
(1) 調査実施場所
ベトナム国タインホア市マングローブ植林地(樹種;メヒルギ)で調査を行った。
試験区は Diemond and Wijngaarden (1974)が前進型海岸と名づけているタイプで海成堆
−154−
積物が直線的な海岸の前線で沈積するタイプである。試験地は 5 年前、10 年前、15 年
前と、異なる時期に植林されている。その位置を図 4.4.2-1 に示す。
(2) 調査期間
平成 14 年 8 月 30 日 – 9 月 6 日(ベトナム国タインホア市)
● ― 調査地点
0m
トランセクト調査位置
15 年 2
●
15 年植林地
15 年 1
●
●
●
10 年 2
10年植林地
15 年 1
●
10 年 1
●
5年2
10 m
試験地拡大図
エ
ビ 池
堤
防
5 年植林地
●
←至 Yen Dong 集落
●
5年1
― マングローブ植林地
小クリーク
図 4.4.2-1
5年1
調査実施場所(ベトナム国・タインホア)
−155−
表4.4.2-1 ベトナム調査地一覧
試験地番号
1
2
3
4
5
6
試験地名
新植地1
新植地2
野瀬幼齢T
幼齢1
野瀬若齢T
大森若齢L
調査日時
8月31日
8月31日
9月2日
9月2日
9月1日
9月1日
林齢
5年生
5年生
10年生
10年生
15年生
15年生
表記
05年1
05年2
10年1
10年2
15年1
15年2
(3) 調査地の設定
調査地の設定
石垣島、タイではトランセクト調査から線的な土壌特性の変化を調べてきたが、今
回は植林年数が判明している点を生かすために、今までのトランセクト調査のほかに、
年数の異なる植林地ごとに方形区を設け、測定、サンプリングを行い、植林地間の比
較を行うことにした。樹高、幹の直径(DBH)測定は電中研・石井氏と共同で行い、デー
タの共有をおこなうことにした。また、試験区を佐賀大・野瀬教授の光合成測定地点、
あるいは愛媛大学・大森教授のベントス調査地点に近接して設置するようにし、両調
査と土壌学的特性との関連性とを考察することにした。
トランセクトの調査は愛媛大学・大森教授がベントス調査のための設置したトラン
セクトを利用することとし、120mのトランセクトにおいて約 15mごとにサンプリング
を行った(図 4.4.2-1)。
4.4.3 土壌調査項目
(1) 現地測定
土壌硬度、Ehの現場測定を行った。また、現地で採取した土壌を日本に持ち帰り、
新鮮土のうちに下記の方法でpHとEC(HORIBA pH meter F-8 DP /OMEGA CDH-90)を
分析した。現地土壌は植物根の栄養塩吸収が最も活発に行われている表層 10cmから採
取した。pH, EC測定のための希釈率、交換態陽イオン分析のための土壌抽出はこれま
での抽出方法と統一し、石垣、タイとの比較が可能になるようにした。なお測定は現
場、ラボ共に 5 連で行った。原子吸光等の分析方法は次に示す。
(2) 分析法
① pH・EC
1.絶乾土 3g に相当する新鮮土を採取し、土液比が 1:10 になるように脱塩水を
加えた。
2.1 時間振とう後、EC(電気伝導度)と pH をそれぞれ電極法により測定した。
−156−
② 交換態陽イオンの定量
堆積物中可給態栄養塩として Ca, Mg, K などの交換態陽イオンを測定した。5g/ネ
ジ式遠沈管にサンプルを採り CH3COONH4 25ml を加える。30 分間往復振とう機にて
振とうした後、10 分間遠心分離にかける。上澄液を 100ml メスフラスコへ移し、No.6
のロ紙で濾過する。再び 25ml の CH3COONH4 を添加しサーモミキサーにより沈澱物
を完全に破砕する。CH3COONH4 25ml を加えサーモミキサーにより撹はんした後、
2000 回転で遠心分離し上澄液を 100ml メスフラスコに移し、1N CH3COONH4 にて
Fill up する。調整した試料を島津原子吸光/フレ−ム分光光度計AA-640-12 で分析
した。
(3) データ解析
現地で測定した樹高および現地あるいは実験室で分析の結果得られた土壌特性の解
析にSPSS 7.5.2J for Windowsを用いた。
4.4.4 調査結果および考察
(1) マングローブ林分調査結果
表 4.4.4-1は今回マングローブ林で設けた方形区(10 m x 10 m)での植生結果を示す。
表4.4.4-1 ベトナムマングローブ植生調査結果
地点
本数/ (10 m x 10 m)
平均樹高(cm)
平均DBH(cm)
05年1
71
206.4
-
05年2
58
262.9
-
10年1
89
461.9
2.9
10年2
96
461.8
-
15年1
52
742
6.7
15年2
34
663.9
-
植栽密度は年数との関係は明らかではなく、中間年齢の 10 年で密度が最も高く、次
に 5 年植栽、15 年植栽と続いている。植栽密度が年数によって違うのは次に見る樹高
ヒストグラムの結果を合わせて考えると、植栽時の植栽密度が異なっていたことが原
因であると思われる。つまり、10 年生植林地ではメヒルギは他の区に比べて密植して
植えられたものと予想される。
地上部バイオマスは乾燥重量を測定していないために、求めることができなかった
が、樹高をおおよその目安として考えると、樹齢が 5 年、10 年、15 年と高くなるにつ
れて樹高が高くなっており、DBHも 10 年と 15 年の測定値しかないが、5 年間に約DBH
は 3cm伸びており、バイオマスは植林年数と共に増加している。
タイ・南部のフタバナヒルギの植林では樹齢が 10 年で樹高が 7m、樹齢 15 年で樹高
が約 11mという数字がでており、ベトナムの本試験区での樹種がメヒルギと、樹種が
異なっているために単純な比較ができないが、ベトナムの樹齢 15 年の樹高がタイの樹
齢 10 年の樹高と同じである。タイと比較した場合に本試験地で樹高が低いのは緯度的
に本試験地がタイより北に位置するために気候がより冷涼であり、そのために生物活
−157−
性、森林生産力が低くなった結果と予想される。
14
12
10
8
6
4
標準偏差 = 29.70
2
平均 = 206.4
有効数 = 71.00
0
110.0 130.0 150.0 170.0 190.0 210.0 230.0 250.0 270.0
120.0 140.0 160.0 180.0 200.0 220.0 240.0 260.0 280.0
図4.4.4-1 5年生植林地樹高のヒストグラム
16
14
12
10
8
6
4
標準偏差 = 30.86
2
平均 = 461.9
有効数 = 89.00
0
350.0 370.0 390.0 410.0 430.0 450.0 470.0 490.0 510.0
360.0 380.0 400.0 420.0 440.0 460.0 480.0 500.0
図4.4.4-2 10年生植林地の樹高ヒストグラム
14
12
10
8
6
4
標準偏差 = 28.54
2
平均 = 742.0
有効数 = 52.00
0
680.0
700.0
690.0
720.0
710.0
740.0
730.0
760.0
750.0
780.0
770.0
800.0
790.0
810.0
図4.4.4-3 15年生植林地樹高のヒストグラム
−158−
次にヒストグラムによって樹高の分布を三つの異なる植林年数を持つ試験区ごとに
みてみる(図 4.4.4-1,2,3)。林分は年数が経つに従い、自然淘汰による自然間引き、競
争、枯死などにより個体間に成長の差が生じてくる。そのため年数をおいて見たとき
に樹高は正規分布をするのが一般的である。
5 年生の植林地では樹高はほぼ正規分布を示している。しかし 10 年生では樹高の分
布にばらつきが見られ、低い樹高の本数が少なくなっている。この理由として、密植
による自然間引きが生じたのではないかと考えられる。特定の階層に枯死が集中した
ことで、偏った分布が生じたものと考えられる。15 年生のヒストグラムは歯の欠けた
ような形状をしているが、その原因として特定階層の樹木に自然要因ではない、人工
的な要因、例えば伐採、病害、風倒などが生じたものと考えられる。
(2) マングローブ林土壌の特徴
① トランセクト土壌物理性
図 4.4.4-4、-5 にトランセクトの酸化還元電位(Eh)および土壌硬度の変化を示す。ト
ランセクトの 0mは内陸側、120mは海側に位置する(図 4.4.2-1)。酸化還元電位(Eh)
は立地の水環境を反映して冠水頻度が高い地点では土壌は還元的(Eh はマイナス)
である。図 4.4.4-4 からドランセクトの先、すなわち海側の方で土壌はより酸化的な
環境である傾向を示している。内陸側で還元的なのは、水が滞留する傾向が強いこ
と、すなわち排水困難な自然堪水が内陸側で生じていることを示している。
土壌硬度についてみると、トランセクト上での変化は顕著ではない。トランセク
トの中部で若干高くなる傾向が見られるが、有意な差のあるものではない。土壌硬
度は土性あるいは有機物含量によって変化する。有機物含量は水分率と関係がある
が、トランセクト内での水分率の違いは殆どなく、(表 4.4.4-2)。そのことにより、
トランセクト間には有機物含量については大きな違いはないと考えられる。
表4.4.4-2 トランセクト土壌水分率
水分率 (%)
TR1-0 TR1-15 TR1-30 TR1-45
0.419
0.459
0.475
0.486
TR1-90 TR1-105 TR1-120
0.429
0.423
0.437
−159−
TR1-60
0.403
TR1-75
0.399
300
200
100
酸化還元
0
)
V
m
(
-100
有効数 =
5
5
5
5
5
5
5
5
5
0
15
30
45
60
75
90
105
120
トランセクト(m)
図4.4.4-4 トランセクト上の酸化還元電位の変化
40
30
20
10
土壌硬度
0
-10
有効数 =
5
5
5
5
5
5
5
5
5
0
15
30
45
60
75
90
105
120
トランセクト (m)
図4.4.4-5 トランセクト上の土壌硬度変化
400
7.8
7.6
7.4
7.2
7
6.8
6.6
300
200
pH
uS
TR1-0 TR1- TR1- TR1- TR1- TR1- TR1- TR1- TR115
30
45
60
75
90 105 120
図4.4.4-6 トランセクト内 pHと導電率の変化
−160−
100
0
uS
pH
② トランセクト土壌化学性
図 4.4.4-6 に pH と導電率(µS)の分析結果を示す。pH はトランセクト内においてラ
ンダムに変化しており、トランセクトの方向に沿った増減の傾向はみられない。一
方、導電率の変化を見ると、陸側すなわちトランセクト始点 ―中間点(TR1-0∼TR1-75)
で導電率は高く、海側に行くに従って導電率が減少する傾向がみられる。これは先
の酸化還元電位結果で推察したように、この地点で自然堪水が生じているために、
塩が洗浄されることが少なく、集積されやすいためであると予想される。
③ 植林地点の土壌物理性
200
100
酸化還元電位
0
-100
-200
)
V
m
(
-300
有効数 =
5
5
05年1
05年2
5
5
5
5
10年1
10年2
15年1
15年2
植林年数
図4.4.4-7 植林地別の酸化還元電位
30
20
10
土壌硬度
0
-10
有効数 =
5
05年1
5
5
05年2
5
10年1
10年2
5
15年1
5
15年2
植林年数
図4.4.4-8 植林年数別の土壌硬度
上記図、図 4.4.4-7、図 4.4.4-8 に酸化還元電位と土壌硬度の植林地別の分析結果を
示す。酸化還元電位が 05 年1で低くなっているのは、この区の南端が海に接してお
り、そのため土地が長期に亘って堪水しやすいためと考えられる。また 10 年 1 の試
−161−
験区で酸化還元電位が他の地点に比較して顕著に高くなっているのが注目される。
高い酸化還元電位の理由にこの地点が地盤高が他の地点に比較して高いこと、基質
が砂質のため水はけがよいこと、の二つが考えられる。
.56
.54
.52
.50
.48
水分率
.46
.44
)
%
(
.42
有効数 =
5
5
05年1
5
05年2
5
10年1
10年2
5
5
15年1
15年2
植林年数
図4.4.4-9 植林年数別の水分率(%)
水分率も、酸化還元電位の結果と似た傾向を示した。05 年1で水分率が高く、10
年1で低いのは地形条件の違い、および基質が砂質であるため水はけが良いためと
推測される。15 年 2 の区で水分率の変異が少なく、高い水分率が維持されているの
が注目される。植林後、15 年を経て林地が成熟するとともに、土壌に蓄積される有
機物が相当量に達し、そのため土壌の保水力が向上したことがその一因ではないか
と思われる。
.6
.5
.4
仮比重
.3
有効数 =
5
05年1
5
05年2
5
5
5
10年1
10年2
15年1
植林年数
図4.4.4-10 植林年数別の仮比重
−162−
5
15年2
仮比重の変化を上に示す。全体的に仮比重は低く、高いものでも 0.6 を越えていな
い。これは比較的多くの有機物が堆積物中に混入しているのを示すものである。15
年 2 の区での仮比重の変異は少なく、安定した値が見られている。10 年1で仮比重
が高いことは基質に若干多くの砂を含むことと関係していると思われる。
④ 植林地別の土壌化学性
次に植林地点の土壌化学性特徴を考察する。下の図は各地点の pH について比較し
たものである。緩やかながら植林年数が高くなるにつれて pH が低下する傾向が見ら
れる。森林土壌は有機物が集積するに従って有機酸の溶出によって pH が低下してい
く傾向がある。15 年生の植林地で pH が低下する傾向は有機物集積と関係があると考
えられる。5 年 2 では pH8.0 以上の数値が見られるが、これには海洋からもたらされ
る遊離の炭酸塩が影響しているものと思われる。
8.2
8.0
7.8
7.6
7.4
7.2
7.0
pH
6.8
6.6
有効数 =
5
05年1
5
5
05年2
5
10年1
10年2
5
5
15年1
15年2
植林年数
図4.4.4-11 植林年数別のpH
2000
)
m
c
/
S
u
(
導電率
1000
0
有効数 =
5
05年1
5
05年2
5
5
5
5
10年1
10年2
15年1
15年2
植林年数
図4.4.4-12 植林年数別の導電率
−163−
導電率の違いを植林地別に見ていくと、05 年の地区で高い導電率が観察された。
これは 05 年地区では水の冠水頻度が高く、海水流入による塩類の付加が他の地区に
比して高いことがその理由として考えられる。
15 年地区では導電率の変異が低く、低い値を示しているのが注目される。この区
では水交換が頻繁に起こり、塩が溜まらずに洗浄されていることがその理由と考え
られる。また 15 年が経ることで植林地が森林として成熟し、植物の生育により塩が
積極的に林地から吸収されていることが予想される。
10
9
8
7
Ca (cmol/kg)
6
5
4
3
有効数 =
5
05年1
5
05年2
5
5
5
5
10年1
10年2
15年1
15年2
植林年数
図4.4.4-13 植林年数別のCa
13
12
11
10
9
Mg (cmol/kg)
8
7
6
5
有効数 =
5
05年1
5
05年2
5
5
5
5
10年1
10年2
15年1
15年2
植林年数
図4.4.4-14 植林年数別のMg
表 4.4.4-2 に可給態栄養塩の分析結果を示す。これまでの調査からマングローブの
生産力にカルシウム、マグネシウム、カリが関係していることが推測されている。
そのため今回の調査でもそれらの元素に絞って可給態栄養塩を調べた。土壌の生成
−164−
環境が汽水環境であることを反映して、いずれの地点においてもマグネシウムはカ
ルシウムの含量を上まわっている。
1.6
1.4
1.2
1.0
K (cmol/kg)
.8
.6
.4
有効数 =
5
05年1
5
5
05年2
5
10年1
10年2
5
5
15年1
15年2
植林年数
図4.4.4-15 植林年数別のK
カルシウムは植林地間の違いは殆ど見られず、マグネシウム、カリについては 15
年地点で低くなっている。導電率も 15 年地点で低かったが、15 年地点では植物によ
るマグネシウム、カリの積極的吸収が行われていることを傍証するものと言える。
40
30
Na (cmol/kg)
20
10
0
有効数 =
5
05年1
5
5
05年2
5
10年1
10年2
5
15年1
植林年数
図4.4.4-16 植林年数別のNa
−165−
5
15年2
表4.4.4-2 可給態栄養塩分析結果
05年1
05年2
10年1
10年2
15年1
15年2
Ca (cmol/kg) Mean Mg (cmol/kg) Mean K (cmol/kg) Mean
6.44
5.99
9
8.89
1.1
1.03
5.62
8.35
0.97
6.34
8.98
1.1
6.82
10.23
1.12
4.71
7.88
0.85
5.66
7.33
7.38
9.86
1.02
1.22
9.49
10.8
1.38
7.68
11.06
1.25
5.2
8.65
1.17
8.62
11.41
1.28
7.2
6.20
10.58
9.92
1.24
1.07
5.5
9.93
1.09
5.53
9.76
1.02
5.94
10.24
0.98
6.82
9.11
1.02
6.95
5.98
10.26
9.93
0.95
0.95
7.18
10.55
1.05
5.71
10.13
0.91
5.16
10.33
0.93
4.9
8.4
0.9
4.28
5.40
6.84
7.76
0.66
0.73
4.91
6.68
0.58
6.57
9.11
0.79
5.92
8.95
0.87
5.33
7.22
0.74
6.01
5.60
6.45
7.71
0.68
0.80
5.53
8.55
0.83
5.86
10.01
1.03
4.91
6.88
0.74
5.68
6.66
0.73
(3) 結果および考察
① マングローブによる栄養塩吸収
本試験の可給態栄養塩の分析結果からはカルシウム含量に植林地点間の違いはみ
られなかった。しかし、マグネシム、カリについては植林年数がもっとも古い 15 年
の植林地で含有量が低くなっていた。その理由として 15 年が経ち、林地として成熟
してくる中でマングローブが積極的な栄養塩吸収を行っていることが考えられる。
佐賀大の光合成調査の結果から、15 年生で上層、下層にある個葉とも高照度下だけ
でなく、低照度下においても光合成速度が高いことが報じられている。光合成を活
発に行っていくためにマグネシム、カリはともに必要な栄養塩であり、15 年の植林
地でマグネシム、カリ含有量が低いのは、光合成を活発に行うために栄養塩が吸収、
利用していることを示唆するものと言える。
② 光合成活性を阻害する要因
図 4.4.4-7-10 で見られたように 10 年 1 での堆積物特徴は他地点と明らかに異なっ
ている。そして 10 年 1 で 15 年に比べ光合成活性が低いことが佐賀大の調査から判
明している。光合成活性の低い理由が幾つか考えられる。1)砂質で水はけが良い
−166−
ために水分率が低く、植物が利用できる水分量が制限されていること、2)図 4.4.4-16
で見られるように、Na 含有量が相対的に依然として高いため、マグネシム、カリの
吸収が抑えられていること、3)土壌硬度が高く、根の成長が阻害されていること、
などである。そうした要因が単独で、あるいは複雑に絡まりあってマングローブの
光合成活性に影響しているものと考えられる。
図 4.4.4-17 にナトリウムとカリ、マグネシムの比を示すが、光合成活性が低かった
10 年 1 でナトリウムの割合が 15 年 1 に比して高いことが注目される。ナトリウムの
割合が高いと浸透圧に影響を与え、他塩類の吸収阻害をまねく可能性が高くなる。
光合成活性に塩類の存在割合が影響することが予想される。
③ 堆積物の特性を決定する因子
堆積物の特性を決定する因子に1)気候、2)生物、3)地質と母材、4)時間、
がある。これらの因子はそのまま、森林の生産力を左右するファクターでもある。
1)気候 ―熱帯地域はほぼ年間を通じて温度的制約を受けない地帯であるといえる。
しかしマングローブは暖流も影響され、熱帯地域以外に亜熱帯、温帯地域でもその
生息域は観察される。これまで調査を行った三地点はタイ→ベトナム→石垣、の順
に気候は冷涼となり、同じくその順番でバイオマス量は低下する。これは気候によ
って生物活性が異なるための結果である。2)生物 ―三浦ら(1993)はミミズの糞塊中
にはその周辺土壌よりも pH、全炭素、全窒素、有効態リン酸、交換性塩基、CEC,CEC/
粘土比が高くなることを観察している。生物が堆積物の化学性、物理性を変えるこ
とはマングローブでも同じである。今回のベトナムの調査では愛媛大の大森教授が
生物調査を行っている。その調査結果との関連性を今回、時間の都合で検討できな
かったが、次回で考えてみたい。
−167−
40
30
Na/K + Mg
20
10
0
有効数 =
5
05年1
5
05年2
5
5
10年1
10年2
5
15年1
5
15年2
植林年数
図4.4.4-17 植林年数別のNa/K+Mg比
4.4.5 まとめ
①
植林 15 年後、堆積物からは全塩量が減少し、ナトリウム、カリ、マグネシウムの割
合が減少している。林地が成熟し、光合成活動を通じてカリ、マグネシウムが吸収・
利用されることで、植林によって堆積環境が変化していったものと推測される。マン
グローブ植林による bioremediationが生じていることが示唆された。
②
光合成活性に塩類の存在割合が影響することが予想される。ナトリウムとカリ、マ
グネシムの比が指標となる可能性が示唆された。
参照文献:
Diemont,W.H snd W. van Wijngaarden 1974. Sedimentation patterns, soils, mangrove
vegetation and land use in the tidal areas of West Malaysia. Proc.Int’l Symp. On
Biology and Management of Mangroves, vol.Ⅱ pp 513-528
Miura,K., T.Subhasaram,N.Noochan, and N.Tawinthung 1993. Influences of cast formation by
megascolecid earthworms on some soils in Northeast Thailand. Jpn.J.Trop.Agr., 37:202-208
−168−
第5章 マングローブ等熱帯沿岸生態系の修復・保全による温暖化対策の経済性・費
用対効果の評価手法の検討
5.1 生態系修復・保全によるエネルギー・温暖化ガス収支評価の検討
マングローブ等熱帯沿岸生態系(以下、マングローブ等沿岸生態系と記す)の修復・
保全による温暖化ガス吸収・放出抑制技術は、地球温暖化対策の中で生態系保全修復に
よる CO2 吸収源確保方策として位置づけられる。すでに京都議定書の運用に関する国際
的合意の中で植林等の生態系修復による CO2 吸収量を各国の削減量として算定する方向
で認められる予定である。今後 2002 年の COP8 における討議では、吸収源活動によるC
DMプロジェクトの手続き(COP9で決定予定)については、伐採等による非永続性
(吸収源となる森林の伐採・焼失により吸収した炭素を排出した場合等のクレジットの
扱い)の処理方法や不確実性(森林による温室効果ガス吸収量の計測値が一定していな
いこと)の問題について議論がなされ、今後の取り進め方につき合意した。これらの合
意が 2003 年の COP9 において為されれば、2008年から2012年の認証期間中に、
1)日本国内の植林・再植林・土地利用管理による国内の CO2 削減、2)海外における
クリーン開発メカニズム(以下、CDM と略す)における植林・再植林事業による CO2 削減、
などが植林等の生態系修復による CO2 吸収として認められることになると予想される。
これらの植林・再植林・
(土地利用管理)活動に基づく各国の国内 CO2 削減(固定・吸
収)量の評価方法については、日本政府の拠出金提供の申し出に従い、1999年9月
に、国別温室効果ガスインベントリーに関するタスクフォース(TFI)および IPCC 国別温
室効果ガスインベントリープログラム(IPCC-NGGIP)の運営に指針を与えるための技術支
援ユニット(TSU)が財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)に設置されている。TSU は、す
でに IPCC 報告書「国別温室効果ガスインベントリーにおける良好手法指針と不確実性管
理」1)を作成し、温室効果ガスインベントリーを作成する際の良好手法指針として推奨
している。現在は「土地利用、土地利用変化及び林業」に伴う温室効果 ガス排出・吸収
量推計に関する良好手法指針プロジェクトを開始したところである。しかしながら、国
外での CDM における植林・再植林事業に関する CO2 を含む温暖化ガス収支評価方法につ
いて、技術的検討が IPCC により行われているが 2)、その評価法指針についてはCOP9
以降に検討開始される予定である。また、CDM 事業における植林・再植林活動では、社
会経済効果、環境(生物多様性と天然生態系)への影響評価についても重要とされてい
ることから、これらについての評価法検討も必要とされている。
本研究で検討中のマングローブ等沿岸生態系の修復・保全による温暖化ガス吸収・放
出抑制技術に関する社会経済的評価については、これらの国際情勢の動向を参考に、平
成12年度は評価技術における調査活動項目の抽出と項目ごとのコスト情報の整理を行
った。その結果、CO2吸収量評価を含む想定されるマングローブ生態系の修復・保全によ
−169−
る吸収源確保事業に関するコストは200US$/haと試算され、評価事業の総費用に占める
割合は約80%に達すると試算された3)。平成13年度は、マングローブ等沿岸生態系の修
復・保全による温暖化ガス吸収・放出抑制技術のイメージを具体化させ、地球温暖化対
策技術としての有効性を検討するために、CDM事業を想定した(1)マングローブ生
態系修復作業と(2)温暖化ガス収支評価認証作業について、各々の1)投入/固定エ
ネルギー量、2)CO2放出/固定収支、3)炭素固定コスト、に関する試算評価を行った。
その結果、国内沿岸生態系修復事業の場合は、生態系修復事業で固定される太陽エネル
ギーに対して、植林事業等関連産業で消費されるエネルギーによりおよそ20%が相殺され
ることが示された。また、生態系修復事業で固定されるCO2固定量に対して、植林事業等
関連産業で消費される放出CO2量によりおよそ3%が相殺されることが示された。マングロ
ーブ植林事業本体のCO2吸収事業コストについては、国内の場合およそ10万円/t-C、タ
イについてはおよそ1万円 と試算された4)。
平成14年度は、ベトナムのマングローブ植林事業を想定して、1)投入/固定エネ
ルギー量、2)CO2放出/固定収支、3)炭素固定コスト、に関する試算評価を行う。
5.1.1 エネルギー収支の評価
(1)マングローブ生態系修復事業エネルギー収支評価
1)植林事業消費エネルギー
ベトナム・タンホア省ダーロック域のマングローブ帯を100ha植林する場合につい
て表5.1.1-1に示すような条件で植林・再植林事業を想定した。また、想定される植林作
業にかかる総経費は、同地域植林標準単価から、以下の表5.1.1-2のように仮定した。
表5.1.1-1 マングローブ植林条件
樹種
メヒルギ
密度
5,000本/ha
苗木樹高
0.3m
苗木形状
ふるい根(ポット苗ではない)
支柱
唐竹
植林面積
100ha
植林期間
10年
植林形式
苗木栽培後、既存マングローブ域に隣接して植林
間伐、管理無し
−170−
表5.1.1-2 想定マングローブ植林(10ha/年、10年間)における経費試算
植林用苗木
メヒルギ樹高30cm
1本
1円
ヘクタール単価
5、000円/ha
総経費
500、000円/100ha
年間経費
50、000円/10ha/y
CDMを想定したプロジェクトベースの植林と林管理作業に関連する使用エネルギー
については、森口・南斎(2000)5)によって開発された、各産業における産業部門間
のみならず自然環境と産業間の、エネルギーや物質の投入産出を行列で表した産業連関
表によるエネルギー消費量評価方法を適用して、試算評価を行う。
日本国内の林業(育林)技術を同地域に導入すると想定し、植林産業活動1995年
評価における直接消費エネルギーの原燃料種の組成と消費エネルギー5)を表5.1.1-3 に
示す。国内林業産業活動環境は、必ずしもベトナムのマングローブ植林・育林産業活動
と同一ではないが、現在最も信頼し得る最適な資料であることから、これらのデータを
用いて評価法行う。
表5.1.1-3 日本式林業(育林)産業活動1995年における直接消費エネルギーの原燃
料種の組成と消費エネルギー5)
使用原燃料種
揮発油
単位
灯油
3,156kcall
軽油
4,721kcal 29,233kcal
単位あたり発熱量
0.84
0.89
0.92
発熱量(x 107kcal)
2,651
4,202
26,894
総発熱量
A重油
LPG
111kcal
429t
0.93
1.2
103
515
34,265 x 107 kcal
計
同様に、日本式林業(育林)の直接産業活動に付随して消費される関連産業の間接エ
ネルギー消費割合5)を表5.1.1-4 に示す。
表5.1.1-4 日本式林業(育林)の直接産業活動に付随して消費される関連産業の間接エ
ネルギー消費割合5)
部門
林業 農薬 石油 銑鉄 事業用 自家 道路貨物 自家用 自家用
関与率
%
製品
15
2.0
6.9
1.8
沿海・ その他
電力
発電
輸送
旅客
貨物
内水面
14
3.8
1.6
27
5.2
1.1
−171−
20
日本式林業(育林)の直接・間接産業活動をベトナムに導入した場合に消費される単
位生産額あたりの予想エネルギー消費を表5.1.1-5 に示す。
表5.1.1-5日本式林業(育林)の直接・間接産業活動をベトナムに導入した場合に消費さ
れる単位エネルギー消費
項目
生産額
直接エネルギー
単位直接エネルギー
消費量
単位
単位総エネルギー
消費
7
(万円)
(x 10 kcal)
640,000
34,000
7
(x 10 kcal/万円)
消費
7
(x 10 kcal/万円)
0.054
0.35
表5.1.1-5に示されるように、林業(育林)産業活動で消費される単位総エネルギー消
費は0.35 x 107kcal/万円と予想される。
マングローブ植林・再植林・育林事業におけるエネルギー消費組成と産業関連構造が
ほぼ同じという仮定のもとに、表5.1.1-2の事業費(生産額)と林業(育林)産業活動で
消費される単位総エネルギー消費から、ベトナムにおけるマングローブ植林・再植林・
育林事業におけるエネルギー消費は以下のように試算される。
(マングローブ植林(10ha)年間事業費)/万円
x (林業産業活動単位総エネルギー消費)
= (想定マングローブ植林活動消費エネルギー)
50,000/10,000 x 0.35 x 107 kcal = 1.8 x 107 kcal (/10ha)
= 0.18 x 107 kcal/ha(/ha/y)
したがって、年間における消費エネルギーは、0.18 x 107 kcal/ha/yと試算評価された。
2)植林事業による固定エネルギー
調査によりベトナム・タンホア省マングローブ域のマングローブ林育成のエネルギー
源である太陽日射に基づく平均光量子密度は、日中12時間あたり平均およそ700 μ
mol/m2/secであった。ここで、日中の全天放射6500kにおける1µmol/m2/secはおよそ
0.25W/m2、1.0W/m2は0.0014cal/cm2/minであることから、同地域のマングローブ域に供
給される太陽光エネルギー量は年間およそ1,290×107 kcal/ha/yである。
一方、マングローブ陸上林の光合成における反応式は、
6CO2 + 12H2O + light energy (688kcal) → C6H12O6 + 6O2 +6H2O
であり、CO2 1molの吸収につき、114.7kcalの太陽エネルギーが獲得される事がわかる。
−172−
評価されている光合成によるCO2 吸収と呼吸分解を差し引いた純CO2 固定速度20 –27
t-C/ha/y(第2.2章)から、同マングローブ域の純生産に基づく獲得エネルギーは、陸側
で5.2 – 7.0 x 107 kcal/ha/yと試算された。
また、マングローブ植林事業においては、樹高30cmの苗木から育林を行うため、
25年間で極相に達すると仮定して、極相時における最大現存量を46t-C/ha(第2.1.1章)
とした場合、10年間におけるマングローブ植林事業による固定エネルギーは以下の式で
試算される。すなわち、
(最大現存量 46 t-C/ha)/6 x 1000,000/12 x 114.7 kcal / 10年
= 0.73 x 107 kcal/ha/y
これらの評価結果から、タンホア省のマングローブ林による太陽エネルギーの固定率
は、(0.73∼7.0)/1290x 100 = 約0.06∼0.5%にしか達しないことがわかるが、管理され
た陸上生態系である水稲の大要エネルギー利用効率4%より悪いものの,陸上生態系の
一般的な値0.02%に比べて、最大でおよそ3-25倍効率的であることが明らかとなった。
3)CO2固定植林事業エネルギー投入/固定収支
タンホア省マングローブ域型のマングローブ植林事業を想定した、沿岸生態系修復事
業における消費エネルギーは0.18 x 107 kcal/ha/y、固定エネルギーは約0.7∼7.0 x 107
kcal/ha/yと評価され、生態系修復事業で固定される太陽エネルギーに対して、植林事業
等関連産業で消費されるエネルギーにより、およそ2.5∼25%(0.18/(0.7∼7.0 x 100)
が相殺されると予想された。
5-1-2. マングローブ生態系修復事業温暖化ガス収支評価
1)植林事業活動に伴うCO2放出
ベトナム・タンホア省マングローブ域を100ha植林する場合について表5.1.1-1、表
5.1.1-2の条件を想定し、前項と同様の方法でCO2吸収・放出収支を評価した。日本式林業
(育林)産業活動を導入した場合における原燃料種の予想組成とCO2排出量5)を表5.1.2-1
に示す。
表5.1.2-1 日本式林業(育林)産業活動導入における直接消費原燃料種の予想組成とCO2
排出
使用原燃料種
揮発油
単位
灯油
3,156kcall
軽油
4,721kcal 29,233kcal
A重油
LPG
111kcal
429t
単位あたりCO2放出量
0.7658
0.7748
0.7839
0.7911
0.6833
発熱量(t-C)
2,030
3,255
21,082
82
352
総CO2排出量
計
26,801 t-C
−173−
日本式林業(育林)導入の場合の直接産業活動に付随して消費される関連産業の予想
間接CO2排出量を表5.1.1-4に準じる。
さらに、直接・間接産業活動に消費される単位生産額あたりの予想CO2排出量を表
5.1.2-3 に示す。
表5.1.2-3日本式林業(育林)導入による直接・間接産業活動による予想CO2排出原単位
項目
単位
国内生産額
直接CO2
単位直接CO2
排出量
排出量
(万円)
(t-C)
642,000
26,800
(t-C/万円)
0.042
CO2排出原単位
(t-C/万円)
0.2700
表5.1.2-3に示されるように、林業(育林)産業活動で消費される単位総エネルギー消
費は0.2700 t-C/万円と予想される。
ベトナム・タンホア省マングローブ植林・再植林・育林事業におけるエネルギー消費
組成と産業関連構造がほぼ同じという仮定のもとに、表5.1.1-2の予想事業費(生産額)
と林業(育林)産業活動で消費される予想単位総エネルギー消費から、マングローブ植
林・再植林・育林事業におけるエネルギー消費は以下のように試算される。
(マングローブ植林(10ha)年間事業費)/万円
x (林業産業活動単位総エネルギー消費)
= (想定マングローブ植林活動消費エネルギー)
50,000/10,000 x 0.2700 t-C = 1.4 t-C (/10ha/y)
= 0.14 t-C/ha/y
この場合、年間における消費エネルギーは、0.14 t-C/ha/yと試算評価された。
2)植林事業によるCO2固定
試算結果に基づくベトナム・タンホア省マングローブ域で評価されている光合成によ
るCO2 吸収と呼吸分解を差し引いた純CO2 固定速度は 20-27t-C/ha/yrと試算されている
(第2.2章)。しかしながら、得られた評価値は、現在極相に達した保全マングローブ林に
おける評価値であり、苗木から育林した場合には、その固定速度はこの値より大きくな
ると予想される。
仮に、マングローブ植林事業において、25年間で極相に達するとした場合の最大現存
量を46t-C/haとした場合((第2.1.1章)、10年間におけるマングローブ植林事業による純
CO2 固定速度は以下の式で試算される。
−174−
すなわち、
(最大現存量 46 t-C/ha)/ 10年 = 4.6-C/ha/y
この場合、ベトナム・タンホア省のマングローブ林による10均純CO2 固定速度は、およ
そ4.6/ha/yと推定される。
3)CO2固定植林事業放出/固定CO2 収支
石垣吹通マングローブ域型のマングローブ植林事業を想定した、沿岸生態系修復事業
における放出CO2量は0.14 t-C/ha/y、吸収CO2量は4.6 /ha/yと評価され、生態系修復事業
で固定されるCO2固定量に対して、植林事業等関連産業で消費される放出CO2量により、お
よそ3%(0.14/4.6)が相殺されると試算された。
5.2 評価技術の経済的適用可能性の検討
CDM植林・再植林 CO2 吸収源確保事業として、マングローブ沿岸生態系の修復・保
全による CO2 吸収・放出抑制技術の適用可能性を判断するためには、CO2 吸収量評価技術
の開発とともに、CO2 吸収源確保事業と CO2 吸収・放出抑制量評価技術について、経済的
対費用効果の検討が必要である。最終的には、CDM植林・再植林 CO2 吸収源確保事業
の実施対象国におけるフィジブリティ・スタディが必須であるが、本研究で開発するマ
ングローブ CO2 吸収・放出抑制量評価技術の確立と適用による評価の後に行うのが望ま
しい。しかしながら、予定されている2008から2012年の認証期間に、マングロ
ーブ沿岸生態系修復・保全による CO2 吸収源確保事業をCDM事業とし、かつ CO2 吸収量
を CO2 排出権として創出する準備作業としては、緊急に評価試算を行う必要がある。
そこで本章では、平成14年度研究成果で得られた成果をもとに、経済的対費用効果
評価手法の試験適用対象として、ベトナム・タンホア省マングローブ域を想定して、評
価を試みる。
(1)ベトナム・タンホア省マングローブ域を想定した場合
1)CO2 吸収源確保事業の対費用効果
ベトナム・タンホア省のマングローブ植林・再植林事業に関する規模は 5.1.1-1 に準
じる。予想コストを表 5.2-2 に示す。
すなわちヒルギ類を 10 年間で100ha 植林した場合に、試算費用はおよそ 1.8 万円
/ha/年である。また、同地域におけるヒルギの予測炭素貯蔵量は46t-C /ha(第 2.2
章)であったことから、10 年間平均 CO2 吸収速度はおよそ 4.6t-C /ha/y と推定された。
この場合、10 年間で想定される CO2 吸収コストは 0.4 万円/t-C である。
−175−
表5.2-2 想定マングローブ植林(10ha/年、10年間)における経費試算
米ドル/ha
Labor for planting
30
Seedlings and Transportation
40
Fencing
30
Maintanance
50
Total
150/ha
総経費(100ha)
15,000/ha/10years
年間経費(10ha/年)
1,500/10ha/y
2)CO2 吸収・放出抑制量評価技術の対費用効果
ベトナム・タンホア省のマングローブ植林・再植林事業における CO2 吸収・放出抑制
量評価に関する規模と予想コストは、評価事業形態が未定のため、予測不可能である。
平成13年度の調査に準じた場合は
3)
、評価技術移転に伴う現地スタッフ調査にした場
合、両国における人件費を含む事業費コストがベトナム/日本でおよそ0.002倍と
予想されることから、約0.001万円/ha/y と試算される。
この場合は、認証準備事業費により CO2 吸収コストを上昇させることはほとんどない
が、COP9 以降のプロジェクト設計事業、あるいは認証事業の形態と所要経費を元に試算
されることが望まれる。
3)ベトナム・タンホア省マングローブ沿岸生態系保全・修復 CO2 吸収・放出抑制事業
の想定対費用効果
ベトナム・タンホア省のマングローブ植林・再植林事業に関する規模を、年間で10
ha 植林した場合に、植林事業本体の CO2 吸収コストは 0.6 万円/t-C 、認証準備事業の
CO2 吸収コストの上昇は無視し得ると仮定した場合、合計0.3万円 と試算された。
温暖化対策技術に期待される国内の CO2 回収費用は、1.1万円/t-C 前後であるこ
とから
6)
、ベトナムにおけるマングローブ沿岸生態系保全・修復 CO2 吸収・放出抑制事
業のコスト試算結果は、低コストとなった。日本国内におけるマングローブ沿岸生態系
保全・修復 CO2 吸収・放出抑制事業コストに対して、ベトナムにおける同事業の低コス
トの原因は、植林事業および評価事業コストの差に起因する。マングローブ沿岸生態系
保全・修復 CO2 吸収・放出抑制事業を CDM 事業として成立させるには、低コストの技術
移転が必要と考えられる。
(3)今後の課題
ベトナム・タンホア省のようなマングローブ沿岸生態系の保全・修復 CO2 吸収・放出
−176−
抑制事業の成立のためには、1)マングローブ植林・環境保全におけるボランティア参
加による植林コストの軽減、2)CO2 吸収・放出抑制量評価技術のマニュアル化によるプ
ロジェクト毎評価コストの軽減、3)評価の精度を保ちながら調査費を減じる方法論の
検討、等によるマングローブ植林・再植林技術および評価技術のコスト改善が必須であ
る。こうした改善の結果、CO2 吸収・放出抑制量評価費用を含むマングローブ沿岸生態系
の保全・修復による CO2 吸収・放出抑制事業を、単位炭素あたり0.1万円/t-C 程度に
維持できるよう技術移転方法を確立することがCDM事業成立のための今後の課題であ
る。
(4)まとめ
マングローブ域を100ha植林する場合について、ベトナム・タンホア省沿岸生態系
修復事業の場合は、生態系修復事業で固定される太陽エネルギーに対して、植林事業等
関連産業で消費されるエネルギーにより、およそ5-25%が相殺されることが示された。ま
た、生態系修復事業で固定されるCO2固定量に対して、植林事業等関連産業で消費される
放出CO2量により、およそ3%が相殺されることが示された。
ベトナムのような東南アジアのマングローブ植林事業本体の CO2 吸収コストは 0.3 万
円/t-C 、認証評価の CO2 吸収コストの上昇はほとんどないと仮定すると、合計 0.3 万
円 と試算された。マングローブ沿岸生態系保全・修復 CO2 吸収・放出抑制事業を CDM 事
業として成立させるには、低コストの技術移転、植林事業大規模化と高効率化により、
CO2 回収コストを0.1万円/t-C 以下にすることが必要と考えられる。
(5)文献
1)IPCC「国別温室効果ガスインベントリーにおける良好手法指針と不確実性管理」2000 年
5 月、IGES
2)IPCC「Land Use, Land-Use Change, and Forestry. 2000」Special Report of the Intergovernmental
Panel on Climate Change Robert T. Watson, Ian R. Noble, Bert Bolin, N. H. Ravindranath,
David J. Verardo and David J. Dokken (Eds.) Cambridge University Press, UK. pp 375
3)新エネルギー産業技術開発機構「プログラム方式二酸化炭素固定化・有効利用技術開発、
マングローブ等熱帯沿岸生態系の修復・保全による地球温暖化ガス回収・放出抑制評価
技術の開発」平成 12 年度報告書、2001年3月、日本海洋開発産業協会
4)新エネルギー産業技術開発機構「プログラム方式二酸化炭素固定化・有効利用技術開発、
マングローブ等熱帯沿岸生態系の修復・保全による地球温暖化ガス回収・放出抑制評価
技術の開発」平成 12 年度報告書、2002年3月、日本海洋開発産業協会
5)森口祐一、南斎規介(2002)エネルギー・二酸化炭素排出原単位‘95( β版)、京都大学
6)電力中央研究所長期エネルギー環境情勢データベース(2001 年 11 月)、経済社会研究所
−177−
第6章 まとめ
マングローブ等熱帯沿岸生態系CO2貯蔵量評価の評価技術を確立するために、ベトナ
ム・タンホア省マングローブ域を対象として、以下の項目について調査し評価法の改良
と汎用性の検討を行った。
1)衛星画像解析による現存量評価(根系)法
ヒルギ類の全木の現存量及び炭素量と DBH との関係を明らかにするために、Bruguiera
類、Avicennia 類、Sonnneratia 類の膝根、筍根、直立根の識別及び採取法の確立を目指
して、伐倒前の対象木の膝根を特定するために、振動解析による識別法について検討し
た。
2)衛星画像解析による炭素吸収量評価手法
植被状態を反映する植生指数であるNDVI(Normalized Difference Vegetation Index)
とLAI(Leaf Area Index; 葉面積指数)との関係式を使って,ランドサット衛星データ
によるマングローブ群集の光合成によるCO2吸収量を推定する評価法試案の改良を検討し
た。試案により評価された光合成によるCO2吸収速度は、ベトナム・タンホア省マングロ
ーブ域で7.4tC/ha/yと試算され,同評価方法が石垣、タイ、ベトナムのマングローブ域に
適用可能であることが示された。
3)陸上部光合成CO2吸収量評価技術
マングローブ群落葉部の光合成・呼吸、および幹、枝、根の部位別呼吸量を直接測定
し、CO2吸収量を評価する評価法試案の改良を検討した。また、温度特性を加味したモデ
ル計算により、群落の年間の光合成・呼吸によるCO2吸収・放出量を評価できることを示
した。評価の結果、マングローブ群落の観測点における純CO2吸収量は、ベトナム・タン
ホア省マングローブ域で、20∼27tC/ha/yearと評価された。
4)沿岸水における水中チャンバー式 CO2 吸収・放出量評価手法
水中チャンバー式計測器を用いたマングローブ沿岸水域における水中溶存酸素濃度測
定による評価法の汎用性を検討した。その結果、ベトナム・タンホア省域の沿岸水にお
ける CO2 放出量は、3.3tC/ha/year と評価された。
5)閉鎖系止水中溶存酸素濃度測定による沿岸水中 CO2 吸収・放出量評価法
閉鎖系止水中溶存酸素濃度測定評価法試案の改良について検討した。その結果、海底
土表面の有機物分解を含む沿岸水におけるCO2放出量評価が可能であることが示された。
その結果、ベトナム・タンホア省域の海底土表面を含む沿岸水におけるCO2放出量は、
5.6tC/ha/yearと評価された。
−178−
6)海水交換量評価手法の開発
潮汐に伴う海水交換量評価手法の開発のために、物理環境調査(流向・流速、潮位、
水温、塩分)の時系列データによる海水交換量算定法試案の改良を検討した。改良評価
法により、ベトナム・タンホア省域の雨季の海水量交換量については、河川経由の流入
量が、0.1∼1.4×106m3/1潮汐(日周潮)、流出量は 1.5∼2.1×106m3/1潮汐(日周潮)、
海岸線(200m区間)を通じての出入りについては、流入量 0.4∼1.3×106m3/1潮汐(日
周潮)、流出量は 2.7∼4.5×106m3/1潮汐(日周潮)であり、マングローブ域から海域
への流出状態となっていた。
7)水中有機物の分解速度の評価手法
マングローブ沿岸水中有 機 物 の 分 解 速 度 を 評 価 す る た め に 、 ベトナム・タンホ
ア省マングローブ域の、pH、水中の二酸化炭素分圧を調べた。その結果、水中の二酸化
炭素分圧は 648∼1535 μa tm の範囲であり、大気中の二酸化炭素分圧が 350μa tm である
ことから、マングローブ河口域は、二酸化炭素を放出していることが示された。また、
有機物生産と分解の呼吸商は 0.72 と実測された。
8)水中栄養塩収支の評価手法
マングローブ群落および水中光合成速度の制限要因と考えられる硝酸、亜硝酸、アン
モニア、リン酸等の水中栄養塩の収支と供給量評価手法について、経時観測と空間観測
による評価法の汎用性について検討した。その結果、上げ潮時と下げ潮時のPON濃度と塩
分の関係から、マングローブ前面海域でPON除去が起こっていることが示された。マング
ローブ沿岸域は、窒素の吸収源となっていると推定された。
9)水中微生物収支の評価手法
マングローブ沿岸水における微細有機物の循環において主体となる水中微生物に関し
て有機物変換量を評価するために、経時的・空間的な微生物炭素量を推定する評価法の
汎用性を検討した。その結果、ベトナム・タンホア省マングローブ域では,全般に微生
物の分布密度が少なく,下げ潮時に増加した細菌群が潮汐によって沖合海域に運搬され
ている可能性が高く、マングローブ繁茂域で生産された有機物は細菌類によって利用さ
れ,増殖した細菌の菌体有機物が潮汐によって沖合海域へ運搬されていることが示され
た。
10)堆積有機物分解によるCO2放出量評価手法
底生生物による堆積物の生物攪拌による有機物分解にもとづく CO2 あるいは他の温暖
化ガスの放出量予測のために、巣穴近辺の堆積物からの CO2 放出速度評価手法を検討し
−179−
た結果、ベトナム・タンホア省マングローブ域の CO2 放出速度は、生物攪拌による CO2
放出はほとんどないと評価された。また、干潮時の堆積物の有機物分解速度を評価する
ために、土壌呼吸速度計を用いた干潮時のマングローブ堆積物から大気への CO2 放出速
度評価手法を検討した結果、0.3 t-C/ha/y と評価された。
11)マングローブ堆積有機物による地球温暖化ガス吸収・放出量評価手法
堆積粒子吸着性の強い鉛−210を用いた有機物堆積速度の測定評価法の汎用性につい
て検討した。検討の結果、38 μm以下の有機炭素堆積によるCO2吸収効果は、ベトナム・
タンホア省マングローブ域で1.0 ∼ 4.7 t-C/ha/yと評価された。
12)N2O収支評価手法
マングローブ堆積有機物からのN2O放出フラックスの評価手法試案を改良し、マングロ
ーブ底泥土からのN2O放出量を直接測定した。その結果、ベトナム・タンホア省マングロ
ーブ域では、海水中N2O濃度は満ち潮時に上流部で濃度が高くなっており、高N2O濃度のマ
ングローブ沿岸水の流出が示された。また,底泥表層部におけるN2O濃度は海水より高く、
さらに、林内底泥のN2O濃度も低くはなかった。評価法による汎用性検討の結果から、タ
ンホア省マングローブ域からのN2O生成が示唆された。
13)堆積物中可給態栄養塩評価手法
マングローブ土壌にける可給態栄養塩の供給量評価方法として、トランセクト法によ
る土壌環境分析による評価法の汎用性を検討した。その結果、植林15年後、堆積物から
は全塩量が減少し、ナトリウム、カリ、マグネシウムの割合が減少していることが示さ
れた。また、光合成活性に塩類の存在割合が影響し、ナトリウムとカリ、マグネシムの
比がその指標となる可能性が示唆された。
14)マングローブ沿岸生態系の修復・保全による温暖化対策の経済性・費用対効果
マングローブ沿岸生態系修復事業で固定される太陽エネルギーに対して、植林事業等
関連産業で消費されるエネルギーにより、およそ5-25%が相殺される。また、生態系修復
事業で固定されるCO2固定量に対して、植林事業等関連産業で消費される放出CO2量により、
およそ3%が相殺されるがCO2固定効果には影響はないことが示された。ベトナムのマング
ローブ植林CO2吸収事業コストは、マングローブ沿岸生態系保全・修復CO2吸収・放出抑制
事業をCDM事業として成立させることが可能と予想された。
−180−
<公表許可>
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