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科目「航海・計器」における流潮航法の効果的な指導方法についての研究
科目「航海・計器」における流潮航法の効果的な指導方法についての研究 千葉県立○○○○高等学校 1 ○○ ○○(水産) はじめに 専門科目における実習の位置づけは,専門の知識・技術の習得を目標とするのはもちろん,個 々の将来の職業を見据え,将来生徒が直面するであろう様々な状況の下で,内容をよく理解しな がら正しく判断して自ら考え,安全で適切な行動をとることができる人材の育成も大きな目標で ある。 将来船舶の乗組員を志望する生徒の多くは,早い時期に船乗りを意識し始めて,座学や実習に 積極的に参加している。また,何となく海洋科に入学して,コース選択もあまり積極的に考えて いなかった生徒であっても,2年生での小型実習船による操船実習や沿岸漁業実習,大型実習船 によるハワイ沖への遠洋航海実習をとおして,将来は船に乗って仕事をすることを,選択肢の一 つに考え始める生徒もおり,3年生の沿岸航海実習で,はっきりと将来船乗りになるという意識 を持ち,進路を決定していくようになる。 このような状況を考えると,2年生での実習が,生徒たちに職業としての活躍の場を海・船・ 水産・漁業に求める大きな要因の一つになっている事は確実である。つまり,コース選択をした 後に最初に体験する小型船による操船実習が,生徒たちに海洋関係の職業に興味・関心を持たせ るための,非常に重要な実習になることは言うまでもない。 そこで,本研究では操船実習の中で,生徒達が特に苦手としている海図作業や潮の流れを考慮 した流潮航法について,効率よく基本的な知識・技術を習得させ,しかも生徒達が「楽しい」と 思えるような授業展開について検討することを目的とした。 2 研究方法 科目「航海・計器」を学習する上で,全ての項目が重要であることは言うまでもないが,その 中で種々の航海計算と同じように,生徒達が苦手としているものの一つに海図作業があげられる。 海図の学習を始めるにあたっては,始めに海図の基本情報を理解させる必要がある。最も基本 となる情報は,緯度・経度及び針路・方位・距離である。この段階でつまずいてしまう生徒も少 なくないので,その都度海図を確認させて授業を展開する。 海図の基本情報を読み取れるようになれば,その次には実際の作図に入る。海図作業を確認し ながら効果的に展開させるために,クラスを少人数のグループに分け,グループ毎に解説図を使 用して,理解を深めさせる。 海図がある程度理解できたら,次は実際に船を走らせたらどのような航跡をたどって航走する のかを考えさせる。船が真っ直ぐに航走できないであろうことは生徒でも理解できる。その原因 にはどのようなことがあげられるかを考えさせ,その原因を考慮しながら予定のコースどおりに 船を走らせるにはどのようにすればよいかをグループで議論させる。そして,小型実習船を実際 に走らせて,船の動きを確認して各自が検討した内容を可能な限り検証する。本研究では,最近 広く普及しているスマートフォンのアプリケーションを有効に活用して,自船の航跡を表示させ, 実際に操船したやり方の善し悪しを検討して生徒の理解を深める方策を研究する。 水 -2-1 3 研究内容 (1)アンケート調査 昨年度(平成 26 年度)の 3 年生に対して,実際に取り組んできた海図作業や小型船舶操 船実技についてのアンケートを実施し,生徒が苦手としている項目を調査した。(表 1) (平成 26 年度3年生:対象生徒 12 人,複数回答可) 表1 ア 海図作業及び操船実技で難しかったと答えた項目 海図の問題 イ 11 人 潮流で流されたときの到着位置を求める作図 91.7 % 10 人 緯度,経度の読み取り及び船位記入 83.3 % 9 人 潮流を求めるときの作図 75.0 % 8 人 潮流に流されたときの取るべき針路の作図 66.7 % 5 人 航程を測り,出発時間(到着時間)を求める作図 41.7 % 5 人 自差を求める 41.7 % 4 人 ヘッド・アップで測定したレーダーの方位の記入 33.3 % 2 人 コンパス方位と重視線との考え方 16.7 % 2 人 方位の読み取り及び方位線の記入 16.7 % 操船実技 10 人 人命救助 83.3 % 10 人 離岸・着岸 83.3 % 7人 避航操船 58.3 % 6 人 連続旋回 50.0 % 5 人 後進 41.7 % 5 人 エンジンの点検 41.7 % 4 人 発進・直進・増速・停止 33.3 % 4 人 解らん・係留・結索 33.3 % 3 人 変針・旋回 25.0 % アンケート結 91.7 潮流で流されたときの到着位置を求める作図 果から,海図の 問題では「潮流 83.3 緯度、経度の読み取り及び船位記入 75.0 潮流を求めるときの作図 66.7 潮流に流されたときの取るべき針路の作図 で流されたとき 航程を知り、出発時間(到着時間)を求める作図 の到着位置を求 自差を求める める作図」,「緯 度,経度の読み 41.7 41.7 33.3 ヘッド・アップで測定したレーダーの方位の記入 コンパス方位と重視線との考え方 16.7 方位の読み取り及び方位線の記入 16.7 0 取り及び船位 10 20 30 40 50 60 70 80 90 割合(%) 記入」を難しい と答えた生徒が 図1 海図の問題で難しかった項目 多く(図 1),操 船実技では「人命救助」,「離岸・着岸」が難しいと多くの生徒が答えている(図 2)。 水 -2-2 100 (2)海図の基本情報を理解する 本校海洋科の専門科目は, 1 年生で「水産海洋基礎 (6 単位)」,「水産情報技術 (2 単位)」,「小型船舶(2 単位)」の 3 科目を履修し ているが,2 年生でコース 83.3 人命救助 83.3 離岸・着岸 58.3 避航操船 50.0 連続旋回 後進 41.7 エンジンの点検 41.7 33.3 発進・直進・増速・停止 に分かれる前の導入的な内 解らん・係留・結索 容が多く,本格的には2年 変針・旋回 33.3 25.0 0 生になってから実施される。 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 割合(%) そのため海図の基本情報 に関する授業は,2 年生の 1 図2 操船実技で難しかった項目 学期に学習し始める。 その段階で海図の作業を確実に身につけさせる必要があるが,3 年生の沿岸航海のときに は,忘れてしまっている生徒も多く,まず始めに基本情報の読み取りを確認する必要がある。 (3)船の航走に影響を与える外力の作用を理解する 自動車で移動をする場合,道路に沿って走らせれば,正しく目的地にたどり着くことがで きるし,スピードメーターにより到着時刻も予測できる。しかし,船は潮の流れや風の影 響を受けるので,何も考慮しないで走らせたら目的地には着か ない。 風潮流がある場所で,船首目標を定めて,常に船首が目標に 向かうように航走すると,船は風潮流に向かうように船首を曲 げながら曲線を描くような航跡をとって航走する(図 3)。 目標に気を取られて操船していると,船首方位が大きくずれて しまうので,船の向きに注意をしながらハンドルを操作しなけ ればならない。生徒は頭では分かっていても,実際の操船実習 では,スロットルレバーの調整やハンドル操作に気をとられ, 風の向きや潮の流れを考える余裕が無くなり,どうしても船首 目標にばかり目線が向いてしまい,なかなかうまくいかない場 合が目立つ。 今回の研究では,実際にこの状況で船を走らせ,そのときの 図3 船首目標で航行 船の動きをスマートフォンのアプリケーションで確認すること で,視覚的に航跡を理解させ,生徒の操船技術の向上につなげられると考えた。 (4)指導計画の立案 海図作業の基本情報:科目「航海・計器」のうち,週2時間分をあてる。 操船実技:1班を3名として,科目「小型船舶」,「船舶運用」,「航海・計器」,「漁業」 のうち,各班交代で1回2時間の操船を実施。班の合計12時間を操船実技にあ てる。補習等は放課後,夏季休業中や土曜日等に実施して,技術の向上に努める。 水 -2-3 ア 年間の指導計画 項 第1回 目 第1課 発航前の準備 及び点検 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 内 容 指 導 の 要 点 1 発航前の準備 ・無理のない計画 ・燃料,消耗品の搭載 ・気象 海象情報 ・通信手段 ・雨具準備 ・体調確認 ・救命胴衣着用 ・航海計画の連絡 2 発航前の点検 ・船体の点検 ・エンジンの点検 検 ・装備品の点検 ・操縦席での点 ・始動 ・停止 3 エンジンの運転 ・状態確認 ・暖機運転 ・冷機運転 第2課 解らん・係留 1 2 解らん 係留 ・解らん順序 ・乗船 ・ロープの格納 ・ロープの事前準備 ・下船 ・係留順序 プの張り具合の調節 ・ロープの保護 第3課 結索 1 2 3 ロープの種類 ロープの取扱い 結びの種類 ・ロープの強度,材質 ・キンク ・擦れ ・もつれ ・端止め ・巻き結び ・もやい結び ・いかり結び ・クリ ート止め ・一重(二重)つなぎ ・本結び ・8 の字結び ・ひと(ふた)結び 第4課 方位測定 1 ハンドコンパス ・持ち方 ・目線 ・目盛りの読み方 ・2 物標の方位測定による船位決定 第5課 安全確認 1 2 安全確認 見張り ・異なる動作をとる前の十分な安全確認 ・見張りの励行 ・全方向 ・特定の船舶のみを対 象としない ・漂泊中,錨泊中問わず ・早期発見 ・相手船の状態確認 ・衝突のおそれがあるかどう か判断 ・動静監視 ・衝突を避けるための動作 ・動静監視継続 第6課 発進・直進 ・停止 1 ・レバーの持ち方 3 4 リモコンレバー の操作 発進・低速によ る直進 高速による直進 停止 第7課 後進 1 後進 ・安全確認 第8課 変針・旋回 ・連続旋回 1 変針・旋回 2 連続旋回 ・変針する方向の安全確認 ・ハンドル量は必要最 小限 ・ゆっくりと操作 ・目標に向く手前で戻す ・延長線上の目標 ・視線は先へと移す ・ハンド ル操作は必要最小限で,足らなければ足す。 第9課 人命救助 1 人命救助 ・風や海面状態,操縦性能を考慮 ・迅速で確実な 操縦技術 ・船体が圧流される距離や時間を考慮 ・手前でエンジン中立 ・必要なら後進,中立 第 10 課 避航操船 1 横切り船 2 行会い船 ・避航船か保持船か ・避航動作(・十分に余裕の ある時期 ・ためらわずに ・できる限り大幅に) ・互いに進路を右に転じる 1 前進離岸 第 11 課 離岸・着岸 2 ・操作要領 ・ロー ・操縦姿勢 ・障害物,周囲の安全確認 ・徐々に増速 ・必要最小限度のハンドル操作 ・後方の安全確認 ・徐々に減速 ・離岸準備 接触に注意 水 -2-4 ・目標の取り方 ・ハンドル操作 ・桟橋と反対側に舵をとる ・船尾の イ 2 後進離岸(通常) 3 後進離岸(船尾 振り出し) 4 着岸(右舷・左 舷) ・離岸準備 ・桟橋と反対側に舵をとる ・船首の 接触に注意 ・離岸準備(船首防舷物) ・桟橋側に舵をとり, 微速前進 ・船尾が離れたら桟橋と反対側に舵をと り,後進 ・着岸準備 ・着岸点の状況確認 ・風潮流の影響 確認 ・進入角度 ・桟橋と平行になるように操作 ・必要に応じて後進使用(ハンドルの向きに注意) 各回における日程 操船実技を行う場合,朝は海洋実習棟に直接登校させる。 08:30 海洋実習棟登校・更衣 08:45 操船実習開始 11:45 操船実習終了 更衣後水産校舎へ移動 (5)外力の影響を受ける場合のGPSロガーを用いた航跡の把握方法の検討 昨年度に実施した生徒のアンケート結果にもあるように,船首目標を定めてそれに向けて 近づいていく人命救助操船は,8 割以上の生徒が難しかったと答えている。操縦席では船首 目標に真っ直ぐ向かっているように操船していても,目標に近づくにつれて最初のイメージ とは違う航跡をたどり,本来目標に接舷するべき舷ではない反対側へと船首が向いてしまう 生徒が多く見受けられた。そこで,実際に操船した航跡をスマートフォンのアプリケーショ ンを利用してその場で確認して,どのように操船すべきであったか検証した。 ア 使用アプリケーション スマートフォンで位置表示ができるアプリケーションは数多く存在する。小型船舶で活用 できそうなものも多くあるが,無料から有料のものまであり,どれが適しているのかまだ調 査できていない。無料のアプリケーションをダウンロードして,校舎周辺を徒歩で移動した ところ,通ってもいない道路に表示が出たり,直進しているのにもかかわらず突然軌跡が折 れ曲がったり,軌跡が細すぎて表示が見えづらかったり,精度が粗く表示を小型船舶で利用 できそうな大きさまで拡大できなかったり様々である。陸上では地図が同時に表示されてい るので,ずれたことに気付くが,海上では航跡以外は何も出ないので,航跡の信頼性に欠け る面もある。多くを試すことはできなかったが,生徒の中で普段利用しているロードバイク 向けのスポーツサポートがあり, 「Runtastic road bike」というアプリケーションを利用した。 スマートフォンのGPS機能を使って速度・高度・距離・カロリー等を測定するものであ り,地図上での移動経路も記録される。このアプリケーションの軌跡は他のものより見やす く,大きなズレも感じなかった。 (ア)アプリケーションをインストールする(図 4)。 (イ)データの管理のため,アカウント登録を行う。 (ウ)登録後,図 5 が表示され,利用可能となる。 図4 アプリケーション (エ)測定開始 データを測定する画面には,時間・速度・距離・高度・カロリーが表示され,水色の部 分には地図が表示される。測定の際,スマートフォンのGPS機能をONにし,自身の場 所が地図上で表示されるのを確認してから「ワークアウト開始」をクリックする。 水 -2-5 (オ)測定終了 測定開始後,GPS機能で自船の移動 経路が表示されていく。測定完了後は, 南京錠のマークが表示されたボタンを押 し測定を止め,停止ボタンを押せば測定 終了となる。この状態で,生徒にその場 で今の航跡を確認させることができる。 図 6 は,東南東の風で風速 3.0m/s,操船 開始時の針路は185°(磁針路),天候 は晴れであったときの人命救助操船を記 録したものである。このときも初めのうち 図5 図6 準備画面 航跡画面 はブイに向かって船首を合わせ,真っ直ぐ に向かって行くが,次第に船が流されていき,最終的にはブイ を追いかけるように慌てて左に舵を 切って操船することとなった。 (カ)アップロード 測定終了後,図 7 の画面が表示 図8 アップロード される。その上部に測定の「破棄」 と「完了」を選択するボタンがあるので,後日操船の記録を授 図7 業等で活用する場合は「完了」を選択しておく。完了する際, 計測完了 アップロードを選択 しておく(図 8)。 (キ)履歴表示 アプリケーション で測定した記録は, ホームページにログ インして履歴を見る ことができる(図 9)。図 10 は,履歴を 図9 PC 履歴画面 図 10 PC 航跡履歴 選択してそのときの データを表示したものである。このときの記録は,南南西の風で風速 4.0m/s,操船開始時 の針路は100°(磁針路)であったが,記録上では,ほぼ090°の方向に船が進んで いる。風がやや強かったこともあるが,操船開始時には船首をブイの方向へ向けていたこ とと,途中で急に針路が変化して いることをみると,GPS機能が 一時的に誤差を生じていたものと 推測される。 イ 検証 (ア)1回目(図 11) 図 11 水 -2-6 航跡 1 場所:館山湾,天候:晴れ,風向:南南西,風速:3.5m/s, 操船開始針路:115°(磁針路) ④ 操船終了 ③ ② ① 操船開始 図 12 人命救助操船時における船首方位の変化 1 水 -2-7 図 12 で見るとおり,操船開始当初は,ほぼ本校水産校舎後方のパラボラアンテナを目印 としてブイに近づいていくが,ブイを船首に合わせて操船するためにはやや舵を右に切らな ければならず,周囲の景観が左へ動き,つまり船首方向が右に移動している。この傾向はブ イに接近するにつれて大きくなり,ブイを拾う直前には,針路が 40 °もずれてしまった。 操船した生徒によると,最初はブイに向かって真っ直ぐに進んでいるように感じ,特にハ ンドル操作を意識してはいなかったが,最後はブイに船首を合わせるのが大変で,大きくハ ンドルを回す結果になったと答えている。 当日の風速は 3.5m/s で,さほど強くなく,操船実習を普通に実施できる海況であるが, 実際に操船してみると,直進しているように見えて船首方向は大きくずれる。人命救助や離 着岸操船は,特に低速で実施されるため,風の影響をさらに受けやすい。 検証1を受けて,そのときのコースラインを生徒にスマートフォンで確認させ,風向を考 慮させて,より操船しやすいコースラインを考えさせて,再度実施してみた。 (イ)2回目(1回目と同日) 場所:館山湾 天候:晴れ 風向:南南西 風速:3.5m/s 操船開始針路: 085° (磁針路) 図 13 航跡 2 船首画像 ① ③ ② 図 14 ④ 人命救助操船時における船首方位の変化 2 水 -2-8 図 14 で見るとおり,船首の方位があまり変化せず,ブイにほぼ直線状態で接近している ことがわかる。操船した生徒によると,操船する前に風潮流を考えてコースラインを決めた こと,風潮流の影響で船が流されることを前提として,ブイにばかり気を取られないように 周囲の景色の変化にも注意してハンドル操作を意識したことをあげ,一度目よりも格段に操 船しやすかったと答えている。 多くの生徒は,操船実技をする際に船の動きのイメージがつかめず,自転車や自動車と同 じように,ハンドルを操作すればその方向に舵が効いて船が向きを変えると思ってしまう。 風や潮流の影響を受けて流されてしまうことを頭では理解していても,操縦席に座ると余裕 がなくなり,安全確認もおろそかになってしまう。これまでは何度も繰り返し練習して体得 させる指導をしていたが,スマートフォンで自分が実際に操船した航跡を確認することで, 船の動きを客観的に見ることができるようになり,修正点を見つけ出しやすくなり,指導す る側からも具体的なアドバイスがしやすくなった。 ウ 考察 (ア)1回目の人命救助操船を実施した後に実施した生徒の感想(2年生17人) a どの程度できていたか 普通にできた b 2 何とかできた 5 難しかった(できなかった) 10 難しかった(できなかった)と答えた理由 ・船がどの程度流されるのかわからなかった。 ・ブイに近づけるときのハンドル操作を間違えた。 ・ブイから離れた後にどうすれば良いかわからずに,頭の中が白くなった。 生徒達は,それまでに通常の直進や旋回,連続旋回の操船実習は行っているが,低速で 風潮流に流されやすい人命救助操船は,多くの生徒が難しいと答えている。 c どのように操船すれば良いと思うか。 ・風向きを見て真っ直ぐに進めるコースを選ぶ。 ・風潮流に負けないように回転数を少し上げる。 ・初めから風下に落とされることを考えて,船首をやや風上に向ける。 ・ハンドル操作を小刻みにして常に船首を目標に向ける。 (イ)操船実習の映像とスマートフォンの航跡を見せ,もう一度人命救助を実施した後の生徒 の感想(同17名) a どの程度できていたか 普通にできた b 8 何とかできた 7 難しかった 2 上手くできたと思われる理由 ・事前に考えて操船できたので余裕が持てた。 ・風向を考えてコースラインをとれたので,あまり風下に落とされなかった。 c スマートフォンの航跡画像は役に立ったか。 役に立った 6 あまり役に立たなかった 水 -2-9 4 どちらともいえない 7 d スマートフォンのアプリケーションが役に立った理由 ・船が風で流される方向がよく分かった。 ・コースラインを考えるときの参考になった。 ・船首方位がブイの直前になって大きく変わってしまうことが理解できた。 ・図で説明されていたことが,実際に画面で見られてわかりやすかった。 ・授業が楽しくなった(興味が持てた)。 e スマートフォンのアプリケーションが,役に立たなかった理由 ・慌てるとハンドルとスロットルの操作がわからなくなる。 ・苦手意識がなかなか消えない(どうしても緊張する)。 1回目の映像とスマートフォンの航跡データを見せてから再度人命救助操船をやらせて みると,多くの生徒が操船実習に入る前に風や潮の影響を考慮しながら操船に入り,目標 直前に慌てて舵を切る生徒は少なくなり,やり直しをした生徒が2名いたが,全員がブイ を拾うことができた。 (ウ)今回の検証結果について 今回実施した風潮流の影響調査では,ブイに重りを付け て移動しないようにして検証した。理論上では目標に向か って図 3 のようにカーブを描いて航走するはずである。今 回は図 11 のように航走したが,ほぼ理論に近い航跡をたど っていることがわかる。別の場面で同じように実施した図 6 の航跡もそうである。 しかし,本来の人命救助操船は,漂流しているブイ(要 救助者)も一緒に流されているはずである。このとき, 図 15 人命救助操船 1 図 12 で実施したように船首をブイの方向へ向けて操船すると, 図 15 で示すように初めの航跡は風下側に落とされるようになり, 徐々に目標に向かって船首が風上に向かうようになる。ブイを拾 う際には,船首が風で落とされてブイに自然と近づいていくよう に操船することが望ましいのだが,図 15 の状態では,ブイに向 かう際に大きくハンドルを切らなければならず,操船そのものが 難しくなってしまう。 そこで,風潮流の影響があるときは,風下に落とされることを 考慮して,目標を船首にとらず,やや風上側に船首を向けて操船 すれば,図 16 のように,ブイに近づく際に大きくハンドルを切 らなくても,船も風下に落とさせるので無理なく船をブイに寄せ 図 16 人命救助操船 2 ることができる。ここでは,図 12 と同じように右舷側から風を 受けて左舷側からの人命救助の例を示した。 生徒達は,ブイを見失わないように船首に捉えることに集中してハンドル操作をするあま り,最後は船首が風に落とされてしまってブイから離れる結果となる。あらかじめ風を考慮 して目標をとり,船速をうまくコントロールしてブイよりも風上側に操船していけば,最終 的には風が勝手に船を押し流してブイに寄せてくれるので,無理なく近づくことができる。 次に,航走中にブイ(要救助者)を発見して一旦停止し,その後旋回してブイに向かう状 水-2-10 況を考えてみる。その際に,船をどちら側に旋 回してブイに向かえばよいか。初め生徒達は, あまり風潮流の影響を考えずに旋回しているが, 最終的にブイに近づく際,船首を風下側に落と すように操船するためには,図 17 の①或いは② に示すようなコースラインをとるように操船す るとブイを拾いやすい。人命救助操船の場合, 操縦席に近い右舷側からブイを拾うように操船 した方が死角が少ないので成功しやすい。図 17 の場合,①のように操船すれば,風下側からブ イに近づくことになり,ハンドル操作や速力の 調整がしやすく,右舷側から無理なくブイを拾う 図 17 人命救助操船 3 ことができる。また,②のように操船するのが有 効であるのは,海面が穏やかで,風も弱い場合である。その場合は左舷側からの接近となる が,①よりも短時間でブイに接近できる。 このようなことをあらかじめ生徒達に座学で教え,実際に船を走らせてそのときの航跡を スマートフォンでその都度確認できれば,どこがいけなかったのか,あるいはどこが良かっ たのかイメージがしやすくなる。さらにアンケート結果にもあったように,生徒達が興味を 持って楽しく実習に参加できるようになれば,苦手意識も克服されて,やればできるという 達成感も得られると思われる。 (エ)その他の操船目標 a コンパス針路を定め,その針路に合わせて航走する場合 定めたコンパス針路に船首を向けて航走すると,船は少しずつ 元のコースラインからずれてしまう(図 18)。周囲に目標となる 物標が存在しなければ,針路は変化しないので,コースラインの ずれに気付かなくなってしまう。 b 重視線(トランシット)に船が向かうように航走する場合 重視線を定め,その方向に航走させる場合(図 19),船首 尾線の方向が必ずしも重視線に向かうとは限らない。 図 18 コンパス針路を目標 これら2つについても,実際に操船して確かめれば,より 理解を深めることができると思われるが,今回は実施しなかった。 しかし,大型船の航海では,特にこの2つを十分理解したうえで操 船しなければならないので,今後の実習で検証し,生徒にイメージ を持たせたい。 4 まとめ 本研究では,小型船の操船の際に,スマートフォンのアプリケーション を利用して流潮航法の授業にどのように活用できるかを検証した。いきな り操船実習に入ると混乱してしまうので,海図の基本から取り組んでみた が,海図の授業と実技指導とが上手くかみ合わず,流潮航法について 水-2-11 図 19 重視線を目標 の問題を別の海図上で実施してみても,生徒の理解はあまり進んでいなかった。実技はできても 海図上で位置の記入が苦手であったり,船の上では理解していたのに,海図の問題ではどちらに 流されるか戸惑っていたりする生徒も多い。今後の課題としたい。 本校水産校舎の目の前にある館山湾は,別名鏡ヶ浦とも言われ,穏やかなときは全くのベタ凪 となり,風潮流の影響などあまり考えなくても操船できてしまうが,多少風潮流が起これば,一 点に向かって小型船舶を操船すると,思っていたとおりに船は進まず,流されてしまう。今回は スマートフォンの活用を人命救助操船のみで行った。しかし,生徒達が最も苦手としている操船 の一つである着岸操船では,狭い湾内で行われることが多いので,沖合よりも風潮流が複雑に影 響し,船の動きに十分注意する必要がある。風がやや強く吹いている場合であれば,着岸操船の 際に目測を誤り,岸壁に対して船体が 90 度横を向いてしまったり,着岸点に届かずに手前で岸 壁に寄せられたりして失敗する生徒を多く見かける。操船をした後に,実際の航跡をその場で確 認できれば,着岸点をどこに設定し,進入角度はどのぐらいにすれば良いか具体的に再確認がで きる。自船の動きを俯瞰的に観察できるスマートフォンの航跡により,風潮流の影響を自ら考え, どのような操船をすれば安全で効率が良いか,また,どの操船が不適切であったのか考察しやす くなる。指導する側からも,これまでは教員が助手席に乗船していて「もう少し右」,「ちょっ と角度が悪い」等,ある程度その場の感覚で指導していた場面も見受けられる。それが実際に航 跡となって画面で現れれば,より具体的に指導ができるようになる。 その他にも,一度風潮流に流されたときの航跡をもとに,初めから流されることを予測して, あらかじめ針路を風上に向けて航走させ,なるべく設定針路に沿って直線になるように操船する ことができれば,まさに流潮航法そのものが実証できることになり,生徒の理解向上にもつなが ると思われる。 5 今後の課題 今回の研究をとおして,スマートフォンの活用が操船実技をする際に,自分で操船した船の動 きを客観的に検討し,それを操船技術の向上に寄与できると確認できた。今後はどのような場面 で利用するとより効果的に指導ができるか,生徒の反応や理解度にどのように効果が認められる か研究を続けたい。 今回使用したアプリケーションは,有料ではあるが,航跡の画面は見やすく,拡大表示もでき るので,流潮航法を小型船舶で取り入れて実施するには使用しやすかった。 その他にも多くのアプリケーションがあり,Google の My Tracks では軌跡(航跡)を Google Maps に表示して簡単に見ることができる。教習艇にタブレット端末を持ち込めば,より見やす くその場で検証できる。また,航跡の動きをスタート地点から動画で見ることもできるので,生 徒の興味関心も高まり,より効果的な実習ができるのではないかと思われる。 6 おわりに 今回このような教科研究の機会を与えていただいたことに心から感謝いたします。スマートフ ォンのアプリケーションを授業で活用する方法については,アプリケーションについて詳しく知 っている生徒もいるので,授業に対する生徒の興味関心を持たせることにも一役買うことにつな がるのではないかと思われます。利用に際しては,これからも工夫を重ねていきたいと思います。 本研究を進めるにあたり,御指導,御助言をいただいた関係諸先生方に深く感謝申し上げます。 水-2-12