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第Ⅳ章 冬虫夏草研究の過去と未来をみつめて

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第Ⅳ章 冬虫夏草研究の過去と未来をみつめて
第Ⅳ章 冬虫夏草研究の過去と未来をみつめて
(1) 清水大典の日記・記録・ノートが伝えること
冬虫夏草発生環境の植生
サワアザミ、ノブキ、カラスシキミ、ムカゴイラクサ、ユ
清水大典が遺した「冬虫夏草雑記帳」・「冬蟲雑記帳」
キザサ、エンレイソウ、シラネアオイ、シラネセンキュウ、
(1990.8.1~1997.9.29)、「 冬 虫 夏 草 記 」(1997.10~
1998.6.29)などの日記帳を見ると、8年間にわたる冬虫夏
ラショウモンカズラ、タマガワホトトギス、ウバユリ、フ
草採集歴が実にことこまかく記録されている。この日記か
タリシズカ、ヒトリンズカ、アカソ、タマブキ、イノコズ
ら誰がいつ、どこで初めて新種を発見したこと、採集地の具
チ、ミズナ、アオミズ、ウバユリ、フタリシズカ、ヒトリシ
体的な記述、沖縄・台湾への採集旅行記、
『冬虫夏草図鑑』出
ズカ、アカソ、トリアンショウマ、リョウメンシダ、ルイ
版、雑誌『冬虫夏草』発行にかけた思い、清水のもとに集まっ
ヨウボタン、カメバヒキオコシ、ヤグルマソウ、ジュウモ
た多くの同好の士との交流関係が熱く記されている。また
ンジシダ、チャルメルソウ、ミヤマイラクサ
筆者が参加した採集会の思い出も清水は確実に記録してお
C.関東地方
り、強烈な個性の持主であるとともにナチュラリストとし
ウ
バユリ、フタリシズカ、ウツギ、ヒトリシズカ、ミズヒキ
グサ、ダイコンソウ、イノコズチ、ヌスビトハギ、テバコモ
てその知識の豊富さに脱帽する。
中でも特に冬虫夏草発生地の植生については日記中に散
ミジガサ、ギンバイソウ、タマガワホトトギス、モミジガ
見されて興味深い。記載を内容別に見ると、①本土・沖縄・台
サ、チゴユリ、ノブキ、タマブキ、サワダツ、クルマバツク
湾の冬虫夏草発生環境の植生と気性型冬虫夏草の着生植物
バネ、ヤグルマソウ、クワガタソウ、イノデ、ムカゴイラク
名、②虫生菌発生地の好樹林相、③カイガラムシ虫生菌と④
サ、クリンユキフデ、ルイヨウショウマ、ミツバ、ニワトコ、
気性型冬虫夏草の好む植物名、⑤アリタケが好む植物名な
ミヤマイラクサ、ミヤマシダ、カノツメソウ、ユキザサ、キ
ど、採集経験に基づいて植物名を記録。日記の年度により一
ツリフネ、ヤマタイミンガサ、ラショウモンカズラ、ヤマ
部植物名の重複も見られるが、記載年度を略し植物和名を
トリカブト、チャルメルソウ、シロバナエンレイソウ、カ
番号に順じて載せ、冬虫夏草の採集時には寄主昆虫の生態
ノツメソウ、ハエドクソウ、アカソ、レイジンソウ
種別を知るだけでなく、なぜ冬虫夏草が限られた場所に発
D.小笠原
見されるのか、発生地の植生を知るためには多数の植物名
オ
オイワヒトデ、シマクジャク、タマシダ、オガサワラ
を知ることが重要であり、冬虫夏草探索には自然環境と生
リュウビンタイ、シマクマタケラン、トキワサルトリバラ、
態系の関わりを知ることが肝要だと示唆している。
ワダンノキ、ムニンテイカカズラ、シマイズセンリョウ、
ムニンヤツデ、ムニンクトモモ、センダン、ガクアジサイ、
清水大典の日記を紐解けば、冬虫夏草に対する鬼気迫る
情熱とそのすごさに感服し脱帽する。なお地形・気候など冬
フウトウカズラ、ムニンセンニンソウ、ハスノハギリ、ウ
虫夏草の発生条件の記載も記されているが、ここでは省略
ドノキ、オガサワラグワ、セキモンウライソウ、ツルダコ、
し植生のみまとめた。
ビロウ(オガサワラビロウ)、ホナガソウ、タケダグサ
E.西日本(四国~九州)
①冬虫夏草発生地の植生
コアカソ、ヒメウワバミソウ、ハスノハイチゴ、ヤハズア
A.日本本土
ジサイ、ギンバイソウ、ヒイラギソウ(ツル性)、コトジソ
ヤブニッケイ、シロダモ、ヤマモミジ、マユミ、トキワ
ウ、フタバアオイ、マクサシダ、ジュウモンジシダ、イノ
イカリソウ、ミヤマホウソ、イヌガヤ、ダキバヒメアザ
デ、
(中部以西)、ホソイノデ(中部以北)、リョウメンシダ、
ミ、エゾアジサイ、タマアジサイ、イカリソウ、コカンス
オシダ、ミヤマクマワラビ、気生型冬虫夏草属の着生植
ゲ、カンスゲ、イヌデンソク、クジャクシダ、ヤマソテツ、
物―ヤマソテツ
ジュウモンジシダ、ノダケ、スズカゼリ、シシウド、エゾ
F.沖縄(琉球列島)
ニュウ、ヤグルマソウ
シマコンテリギ、リュウキュウアマチャ、オオキジノオ、
B.東北地方
クロツグ、ツルアダン、ヤエヤマテインヨウソウ、タイワ
タニギキョウ、チゴユリ、コトジソウ(ギバナアオギリ)、
ンヤマモガシ、オオタニワタリ
冬虫夏草の文化誌
530
カエデ
(西表島)
フウトウカズラ、ツルラン、オオイワヒトデ、ミツデヘラ
シダ、モクタチバナ、オニヘゴ、アオノクマタケラン、ク
マタケラン、イリオモテクマタケラン、オキナワサルト
③カイガラムシ虫生菌の好む植物
ウリハダカエデ、アブラチヤン、タラノキ、ヤマグワ、マ
リイバラ、サツマサンキライ、リュウビンタイ、コミノク
ユミ、ハクウンボク、トチノキ、タニウツギ、ムシカリ、エ
ロツグ、トウツルモドキ、ケハダルリミノキ、タイワンル
ゾアジサイ、アジサイ、ヤマモミジ、エゴノキ、コマユミ、
リミノキ、エゴノキ、タイミンタナバナ、カクレミノ、ヒ
イヌガヤ、リョウメンシダ、モミジイチゴ、トリアシショ
メサザンカ、ヤンバルアカメガシワ、ウラジロアカメガ
ウマ、サワアザミ、テンニンソウ、エゾブキ、コトゴソウ、
シワ、センダン、ハスノハギリ、ヤエヤマシキミ、タイワ
ヤマトキホコリ、ミズナ、チゴユリ、タニギキョウ
ンオガタマノキ、オオギミシダ、クチナシ、タブ、オオバ
イヌビワ、フカノキ、コクラン、スダジイ、オオヘツカシ
ダ、タイワンヤマモガシ
④気性型冬虫夏草が好む植物
ヤグルマソウ、ヤマブキショウマ、エゾニュウ、シシウド、
(八重山地方)
ジュウモンジシダ、ヤマソテツ、ヤマモガシ、ミヤマホオ
スダジイ、オキナワウラジロガシ、クロツグ、オオバイヌ
ソ、アマニュウ、スズカゼリ、ノダケ、クジャクシダ、イヌ
ビワ、モクタチバナ、オニヘゴ、リュウビンタイ、シマイ
ガンソウ、カンスゲ、コカンスゲ
ズセンリョウ、ツルラン、ツルアダン、ミツデウラボシ、
トウツルモドキ、クワズイモ、サンキライ、ヤマカシュウ、
クマタケラン、フカノキ、ヤンバルアカメガシワ、オオヘ
ツカシダ
⑤八重山地方のアリタケが好む植物
ヤマモガシ、オニヘゴ、リュウビンタイ、オオタニワタリ、
ルリミノキ、ミヤマホウソ、フタバアオイ、ツタウルシ、
G.台湾
キツリフネ、ツリフネソウ
トウ(ヤシ)、オニヘゴ(ヒカゲヘゴ)、ウライソウ、ゼンエ
ンミズ(有翼)、フンキコキミズ、ヒロハキミズ、ホソバキ
ミズ、アリドオシ、ルリミノキ、タイワンヤマモガシ
⑥冬虫夏草の忌避植物
ノブキ、ミヤマカタバミ、タチカメバソウ、フタバアオイ、
高木群
クワガタソウ、オドリコソウ、コウヤノマンネングサ、ツ
フジバシデ、タイワンオガタマノキ、イチイガシ、タイワ
リフネソウ、チャルメルソウ、イノデ、リョウメンシダ、
ンイヌグス、オオバタブ、タイワンニッケイ、タイワンヤ
ネコノメソウ、キツリフネ、オオミゾソバ、ヘラシダ
マモガシ、ヤマモモ、タイワンハンノキ、コニシダモ、ム
(四国)ナガバイラクサ
シャダモ、ニッケイモドキ、タブノキ、コニシクスモドキ、
(八重山)リュウキュウツワブキ
アオグスモドキ、シナクスモドキ、アカハダグス、アラガ
シ、トガリバガシ、オオクリガシ
清水日記を熟読後は採集に出掛けるさいに、地相だけで
なく特に植生に対する知識の重要性を知り、関心をいだい
低木群
タイワンルリミノキ、タイワンアリドオシ、タイワンヤ
マモガシ、ナガベコンテリギ、センリョウ、タイワンサザ
ンカ、リュウキュウアオキ、ヒサカキ、タイワンヤマモガ
シ、マルバルリミノキ、オオバルリミノキ、ミヤマルリノ
キ、トウ、クロツグ、タイワンヤクロモジ、アリサンヒイ
ラギズイナ、マルバサカキ、マツダサカキ、ヌルベサカキ
た筆者は、京都府亀岡市に散在する百数か所の社叢植生調
査に参加することにした。菌類調査を分担し、植物分類学
者津軽俊介氏に指導を受けながら時折り植物名をメモして
いる。
清水が長期にわたる冬虫夏草採集経験から寄主昆虫が生
息地として好むのか、それとも昆虫病原菌が生息適応地な
のか、植物と昆虫病原菌にはどのような相関関係があるの
かという総合的判断力の重要性を教えられるのである。
②冬虫夏草発生地の好樹林相
トチノキ、ミズナラ、サワグルミ、ホオノキ、イタヤカエ
デ、ヤマモミジ、カツラ、ケヤキ、ハクウンボク、ヤマシバ
531
第Ⅳ章 冬虫夏草研究の過去と未来をみつめて
(2) 新しい冬虫夏草の分類体系について
形態分類から遺伝子分類へ
第1節エピカーポゾーマ(Epicarposoma)
冬虫夏草の遺伝子分類を研究しているオレゴン州立大
学博士課程学生ライアン・ケプラー君が平成19年8月6日
第2節ネオカーポゾーマ(Neocarposoma)
から9日まで冬虫夏草採集のため来京、採集案内した。残念
第3節キャピターテ(Capitatae)
ながら京都の8月は清水寺も御所も乾燥しており、冬虫夏
2)ユウコルジセプス亜属(EucordycepsY.Kobayasi)
草の発生はない。高槻市摂津峡だけは渓流脇の湿ったとこ
第4節ラテラーレス(Laterales)
ろにハナサナギタケほか数種類の冬虫夏草が発生してお
第5節ラセメラ(Racemella)
り、そこでライアン君はトガリスズメバチタケほか数種を
1.スパルセ亜節(Sparsae)
採集し、なんとか案内の面目が保てた。毎夜ライアン君と
2.コンフェルテー亜節(Confertaed)
酒をくみかわしながら冬虫夏草の情報交換をしたが、彼の
3.プソイドインメルセー亜節(Pseudoimmersae)
研究室での話では分子生物学の発展により形態学的変化
第6節シストカーポン(Cystocarpon)
や胞子で分類する時代はすでに過ぎ去り、DNAを基本に
1.ユーシストカーポン亜節(Eucystocarpon)
分類する時代であり、冬虫夏草もDNAを分析することで系
1.エントモゲーネ系(Entomogenae)
統発生を反映させた分類をすべきであることを実感した。
1.頭の先端に附属突起なし(noapicalappendage)
彼自身はそのDNAを比較して系統樹の再編を試みること
2.頭の先端に附属突起あり(apicalappendage)
で博士号を取る予定だという。そこで日本では未発見のウ
第7節クレマストカーポン(Cremastocarpon)
ラジオストクで採集したCordyceps albo-citrinusを提供し
1.カルノーセ亜節(Carnosae)
てDNAを分析してもらうことにした。
2.マラスミオイデ亜節(Marasmioideae)
菌類専門の研究者たちは遺伝子分類を重視する昨今、冬
3)ネオコルジセプス亜属(NeocordycepsY.Kobayasi)
虫夏草の先端技術・研究についていけるわけもなく、日本
で未発見の冬虫夏草を見つけたいというだけの理由でベ
その後、1989年K. Zhang, C.Wang and M. Yanにより
トナム、パラオ、タヒチ、ウラジオストクへと採集に血道
中国で鱗翅目幼虫に発生している虫生菌(カンシュクチュ
をあげる一方、古き良き時代を懐かしみ冬虫夏草の文献検
ウソウ)が発見、報告され、新たにメガロコルジセプス属
索からその歴史に浸っている昆虫老年でもある。とはいえ、 (MegalocordycepsK.Zhang,C.Wang&M.Yan)が加えら
最新の冬虫夏草の分類情報はしっかりつかんでおこうと
れた(文2・3)。但し残念ながら誰もが認める分類体系の確立
いう思いでライアン君の話す内容に耳をかたむけた。
までにはいたっていない。
その主たる理由として遺伝子研究の発達によりバクテ
そこで今日までの冬虫夏草属の分類体系の概略を述べ、
今後主流となっていくであろう遺伝子による分類体系を
リアなどはすでに早くから、また担子菌類などの分類に
まとめてみた。
は遺伝子解析による分類が相次いで報告され、近年の国
小林義雄は1941年冬虫夏草属(Cordyceps Fries)を寄
際菌学会のシンポジウムやポスター発表では分子系統に
主の種類の違い、子座柄(太さ・姿形・分岐の有無)、結実部
よる分類が当然のこととして発表されているからでもあ
(付き方・形状)および顕微鏡所見による子囊殻の形成状
る。2007年にいたってオレゴン州立大学それに韓国国
態(裸生・埋生)、子囊胞子の形態、子囊胞子が二次胞子に
立江原大学校、タイ国立遺伝子工学・バイオ技術センター
なるか否か、二次胞子の形態と大きさなどを基準にして、
在籍のGi-Ho Sung, Nigel L. Hywel-Jones, Jae-Mo Sung,
CordycepsFries(基準種:Cordyceps militaris)を以下の3
J. Jennifer Luangsa-ard, Bhushan Shrestha, Joseph W.
亜種7節に分類した(文1)。
Spatafora(植物寄生ウドンコ病菌の分子系統学の権威)ら
1)オフィオコルジセプス亜属(Ophiocordyceps(Petch)Y.
によって「Cordyceps属とバッカクキン科菌類の系統発生
Kobayasi)
冬虫夏草の文化誌
的分類」
(文4)が発表された。
この発表要約を以下に記す。
532
コルジセプス属はバッカクキン科に分類され、厚い頭
Balansia, Claviceps, Epichloëなど)と昆虫病原属である
部を持った円柱状の子囊、糸状で多くは二次胞子に分裂
Hypocrella属とその近縁属が含まれる。虫草との共生菌
する子囊胞子、有柄のよく発達した子実体、節足動物およ
に非常に近縁のコルジセプス種に対して新属メタコル
びツチダンゴを宿主とする病原菌であることが特徴であ
ジセプス属が提案された。この属にはMetarhiziumおよ
り、子囊殻、子囊胞子の形態、寄主の種類の違いを主にし
びそれに非常に近縁の他のアナモルフと結びつくテレ
て亜属、種、亜種に分類されてきた。新たな分類方法とし
オモルフを含まれる。
て、リボソームの小サブユニットと大サブユニット(nrSSU
以上のように、これまでの子実体の形態や寄主の違いな
とnrLSU)、伸長因子1α(tef1)、RNAポリメラーゼIIの1
どの形態を基にした顕微鏡所見による分類ではなく、全く
番目および2番目に長いサブユニット(rpb1とrpb2)、ß-
新しい遺伝子の違いを比較した系統的な考えを基にした
チューブリン(tub)、ミトコンドリアのATP6(atp6)の7個
分類基準により、コルジセプス属とバッカクキン科の162
の遺伝子座のうち5~7個を162種の菌について解析して
種について5~7種類の遺伝子座を比較解析して3科4属に
系統発生関係を推定した。
分けて分類することが提案された。それをまとめて表1と
その結果、3つのバッカクキン群クレードが存在、コル
した。これにより各グループの中には色、形、子囊果の付き
ジセプス属とバッカクキン科は単系統発生であるという
方など形態の異なる子実体を形成する種が混在しており、
従来の説を否定する強力な証拠が見つかり、今まで分類基
またその寄主も種々のものが含まれることになった。従っ
準であった子囊殻の配置、子囊胞子の分裂などは系統発生
て、属レベルでの区別には子実体の形態や寄主の違いはほ
的には裏づけが乏しいとされた。また系統発生ともっとも
とんど有効性がなく、むしろ属内での種の区別に有効な性
矛盾しない性質は子実体の組織(手触り感)、色および形態
状(属性)であると述べられている。ゆえに属を区別するに
であることがわかった。
は、遺伝子の比較とその虫草のアナモルフ(分生子世代)が
コルジセプス属とバッカクキン科の分類学を複数の遺
どんな種類であるかが、今後は重要視されると思われる。
伝子を基にした系統発生に矛盾しないものに改訂すると
このように生物の形態・生態観察と分子系統解析による
して、従来のコルジセプス属を(1)コルジセプス科コルジ
分子生物学の相補的研究の発展により、ある生物グループ
セプス属、(2)オフィオコルジセプス科オヒオコルジセプ
に属する種について他種との遺伝子の相違を調べ、生物種
ス属とイラホコルジセプス属、
(3)クラビセプタ(バッカク
間の分類系統はそのグループの進化の情報を系統関係か
キン)科メタコルジセプス属に変更することを提案した。
ら推定できるとされ、生物分野の中で目覚しい研究が進め
(1)コ ルジセプス科コルジセプス属はC. militarisが属の基
られている。
準として作られ、1科1属であり、明るい色、比較的柔ら
遺伝子分類によって広義の冬虫夏草属の分類系統が再
かな手触りの子実体を形成するコルジセプス既知種の
調査され、あらたに3つのバッカクキン群クレードが存在
ほとんどはこれに属する。
し、コルジセプス属とバッカクキン科は従来の単系統発
(2)オ フ ィ オ コ ル ジ セ プ ス 科 は P e t c h が 提 案 し た
生ではないことが判明した。またコルジセプス属は子囊
Ophiocordycepsが修正された新しい科で、オヒオコル
菌類中の核菌類に属し、イネ科植物に寄生する麦角菌の
ジセプス属とイラホコルジセプス属を提案した。この
仲間であることが再確認された。そして多くの場合、系統
科に属する大多数の種は暗い色、硬いあるいはしなや
的に近い種では子実体の形や寄生など重要な分類形質が
かな針型子実体を形成し、その多くは裸生型子囊果を
互いに共通しているのが解明される一方、イネゴセミタ
つける。イラホコルジセプス属にはツチダンゴ属菌に
ケ(Cordyceps inegoensis)、ウメムラセミタケ(Cordyceps
寄生するコルジセプスの全種と節足動物に寄生する幾
paradoxa)と地中のツチダンゴから発生するハナヤスリタ
つかの近縁種が含まれる。
ケ(Cordyceps ophioglossoides)のように形態的に類似して
(3)そ れゆえクラビセプタ(バッカクキン)科は狭義のク
いるが寄主が全く異なるグループであるにもかかわらず
ラビセプタ(バッカクキン)科に修正される。この科
遺伝子分析によるとこれらは系統的に非常に近い仲間で
には虫草との共生関係が知られている菌群(すなわち
あることも解明された。しかし現状ではこのような著しく
533
第Ⅳ章 冬虫夏草研究の過去と未来をみつめて
参考文献
(1) K obayasi, Y. 1941. Sci. Rep. Tokyo Bunri. Dai. Sect. 2(84):
53-260
(2) Z hang, K. Wang, C. and Yan, M. 1989. A new species of
Cordyceps from Gansu, China. Mycol. Soc. Japan 30: 295299
(3) Gi-HoSung,NigelL.Hywel-Jones,Jae-MoSung,J.Jennifer
Luangsa-ard, Bhushan Shrestha, Joseph W. Spatafora.
2007. Phylogenetic classification of Cordyceps and the
clavicipitaceousfungi.StudiesinMycology57
異なる生物種に寄生する原因や過程については全く解明
されてはいない。今後、コルジセプス属は遺伝子解析によ
る分類が一般的な基準となり、さらなる解析の進展により
進化の特異性(系統進化学)の解明や多種類のコルジセプ
ス属の中に含まれている生理活性物質の探索およびその
分類・同定、薬物利用への応用など重要な役割を担ってい
くものと考えられている。
表1 3科4属および未分類の科名属名と種(2007年)
科
コルジセプス科
Cordycipitaceae
(基準種:サナギタケ)
クラビセプタ科
Clavicipitaceae
(基準種:Metacordycepstaii)
オヒオコルジセプス科(右の2属のみ)
属
コルジセプス属
(Cordyceps)
トルビエラなど4属
46種
メタコルジセプス属(Metacordyceps)
シミズオミケスなど13属
6種
和名がついているのはリョウザンチュウソ
ウ(涼山虫草)のみ
オヒオコルジセプス属
(Ophiocordyceps)
143種
イラホコルジセプス属
(基準種:ハナヤスリタケ)
(Elaphocordyceps)
24種
保留Cordyceps属(解析されていないCordyceps種)
冬虫夏草の文化誌
種
175種
534
(3) 冬虫夏草(虫生菌)の不思議 Q and A
日頃、虫生菌や寄主昆虫の生態観察中に、筆者が疑問に
寄生が継続される結果、サナギタケによるブナアオシャチ
思っている自然界でのさまざまな不思議な出来事に対し、
ホコの死亡率は大発生の前年30%、ピーク年95%、翌年90%、
少しでも解明の糸口にならないかと考えた。A. 虫生菌か
2年後75%に及ぶ。即ち、サナギタケはブナアオシャチホ
らみた不思議と B. 寄主昆虫からみた不思議に分けて質問
コの周期的密度変動に大きく関与しており、少なくともサ
形式(QandA)とした。但し筆者の虫生菌への熱い思い入
ナギタケの菌は土壌中を居場所と定めているのである。地
れから、以下の疑問・質問に対し、今日までの他者の研究報
中の菌が子囊胞子、菌糸、分生子の両者によってブナアオ
告だけでなく、学説として認められていない筆者の解答も
シャチホコに接触した後、いかに寄主の体表を貫通し、感
あり、自由な発想と空想に満ちた自説も取り入れているこ
染させ、増殖するかは不明であるが、サナギが直接子囊胞
とを了承されたい。
子に接触する可能性は実際には低いと推定される。またど
の状態で菌が感染しているのかは解明が困難である。なお
A 虫生菌から見た不思議
虫生菌(サナギタケ)が野外の植物などに附着している時
に昆虫が接触して取り付く実験については、佐藤大樹と仲
1. 虫生菌は寄主にとり付くまでどこに潜んでいるのか
間たちの野外実験の結果、空中感染の感染源を子囊胞子と
岩本良次郎(文1)は「菌生担子菌類のヤグラタケ(Nyctalis
考えていたが、その感染率は最大7.4%であり、地中での感
Lycoperdoides)の生活史は厚膜胞子が地上に落ちた後、地
中でそのまま、或いは菌糸で越年し、秋期にベニタケ科な
どのキノコに附着したものが宿主の生長に伴って光を受
け、やがて子実体、厚膜胞子を形成するサイクルを繰り返
す」と述べている。
染率に比べはるかに低い」と報告している。
文献
(1) 岩 本 良 次 郎 日 菌 報6:61( 1963)
(2) 昆 虫 と 菌 類 の 関 係 - そ の 生 態 と 進 化 - F.E.Vega,
M.Blackwell編 梶 村 恒・佐 藤 大 樹・升 屋 勇 人 共 訳 共 立 出
版
筆者もまた虫生菌がどのようにして寄主に到達し昆虫
たお
を斃し子実体を成長させるかという生活史は、一部ヤグラ
タケと類似していると考えている。特に地下生菌ツチダン
2. 胞子はどれくらい生きているのか
発芽実験を3か月以上続けても虫生菌が発芽しなければ、
ゴに寄生する菌生冬虫夏草は、季節(春期・秋期)と気温が
まず発芽は無理であろうとされている。とはいえ、自然界
生長に大いに影響する。例えば気生型のヤンマタケなどで
では生存条件(気温・湿度など)が整えば、胞子は比較的厚
は、晩秋に寄主の体表から侵入した胞子の発芽管は、体表
い膜に包まれ耐久性を持っているため、かなりの期間生存
の軟部組織から消化器・呼吸器(気門)・生殖器へ侵入する
していると思われる。その根拠は明確ではないが、オオセ
など、寄主昆虫の種類により時期がそれぞれ異なるのでは
ミタケの大発生後は急激に減少し5年もすれば全く発生し
ないではないかと考える。昆虫病原菌のある種が水中菌と
なくなる。しかし、胞子の発芽条件が整うと徐々にオオセ
して発見されている事実からも、ヤンマタケの虫生菌が水
ミタケは発生の回復傾向を示す坪を観察し続けた経験か
中のヤゴの体内にすでに寄生していると考えるだけでな
ら、生存条件が整えさえすれば、地上に落下した杉枝の下
にかわくわくしてくる。空想とは別にサナギタケを例にと
の地表面では少なくとも2~3年、地中であればそれ以上の
ると、佐藤大樹はサナギタケとブナアオシャチホコの生活
年数にわたって、胞子は発芽能力を持って生存しているの
史の中で虫生菌が寄主にとりつくまでの生息場所は土壌
ではないかと考えている。
中にあることを次のように述べている(文2)。
「ブナアオシャチホコ大発生の翌年にサナギタケの子実
3. 虫生菌の生活史は
体が多く形成される。従って子囊胞子の飛散が起こり、必
虫生菌が昆虫の呼吸器、消化器、肛門、生殖器、クチクラ
然的に土壌中の菌の密度が高くなり、翌年もサナギタケの
の一部軟らかい表皮から虫体内に侵入すると、蛋白質・脂
535
第Ⅳ章 冬虫夏草研究の過去と未来をみつめて
肪・体液を栄養素に取り込み、循環系を通じて体内に菌核
自然に親しみながら昆虫の生態を観察し想像を膨らませ眼
を形成する。虫体内に入った胞子が体液の循環により体内
科医としての実験法(前眼部を見る細 隙 灯 顕微鏡や実体顕
のあらゆる組織に侵入して菌糸を形づくり、さらに菌糸は、
微鏡検査を駆使する)を応用して観察する楽しみが何か無
絶えず虫体内の有機物質を吸収して栄養を取り徐々に幼
駄なように思え、従来学んできた分類学の多くが過去形に
虫の内部を喰いつくし、最後に菌核を形成して虫体内を菌
なってしまったような気がしないでもない。とはいえ、この
核がほぼ充満する。ところで軟部組織から表皮を破壊して
ような疑問の解答に苦慮している最中にヒメクチキタンポ
子実体を萌芽し始める一方、虫生菌に侵された昆虫は、感
タケ(C. annullata)とクチキムシツブタケ(C. cuboidea)を
染後の菌の発芽により比較的早い時期(1~2週間)に死に
同時に採集すると、筆者はまるで偉大なファーブルの地道
いたる場合と、幼虫時は保菌状態のままで成長期に入るや
な観察力と採集経験をみずからに教えてくれたような気分
いなや急速に発芽増殖する場合があると考えられている。
となる。それは、虫生菌としてはまったく別種であるにもか
その理由の一つに、セミ生虫生菌の場合は終齢幼虫に子実
かわらず、この2種は寄主が同じキマワリの幼虫であるか
体の発生が見られることから、菌は十分な栄養素を得るま
らこそ同時に採集できたのである。同時にまたイネゴセミ
で保菌状態のままで発芽生長を休止しているが、地上で子
タケやウメムラセミタケといったセミタケがハナヤスリタ
孫を増やす環境条件が整えば急速に発芽増殖すると考え
ケとは同一場所で採集した経験のないことなど諸々の採集
られる。
経験を考え合わせると、「一部の例外はあるのだが虫生菌
さいげきとう
は大いに宿主昆虫を選択する」との考えを強く抱くのであ
4. 虫生菌は宿主の昆虫を選択するといわれているが、 る。
最近の分子生物学分野の研究により必ずしもそう
とはいえなくなっている、その理由は
5. 虫生菌はいかにして昆虫の体内に侵入するのか
理由について完全な回答を用意できる知識を持ち合わ
侵入経路は表皮(角質)・口器・呼吸器(気門)・肛門・生殖
せていないが、筆者の推論を以下に述べてみよう。生物種
器・関節部と考えるが、主として侵入部位は昆虫の気門、外
間の系統関係を遺伝子の相異の程度から調べる分子生物学
殻組織の弱い関節部、肛門周囲を考えている。昆虫病原菌
の発展により、そのグループの進化についての情報から系
の分生子・胞子が風に乗って飛散し、地上や地中に潜んで
統関係を推定することができる。冬虫夏草の系統関係を調
いる間に、動き回っている昆虫の表皮に付着した菌は、適
べると、系統的に近い種はやはり子座の形態や寄主といっ
当な温度と湿度によってやがて発芽し、一本の発芽管を延
た重要な分類基準も互いに共通していることが解明された。
ばして昆虫の表皮(クチクラ・キチン質)へ垂直にドリルで
例えばイネゴセミタケやウメムラセミタケなどのセミタケ
穴をあけ体内に侵入する。本来、昆虫の生体防御機構から
とハナヤスリタケは、子実体と結実体の形態が非常に類似
脊椎動物と比較すれば、侵入を防ぐためにより厚く硬い外
しているにもかかわらず、寄主は前者がセミ、後者はツチ
骨格の表皮・真皮・基底膜で構成されている。
ダンゴで全く寄主が異なるグループなのである。この分析
今少し詳細に述べると、真皮細胞の分泌物からなる層で
結果によりツチダンゴに寄生する虫生菌は、セミに寄生す
外側は硬いセメント層とワックス層からなり、その内側に
る虫生菌と系統的には近いことを示している。このように
多数の小さな孔管や導管が開いたタンパク性外表皮があ
著しく異なる種の生物に寄生する選択の理由や過程につい
り、侵入後の異物の増殖を防ぐという体液中の免疫機構か
ては、分子生物学の研究でもまだ解明されていない。しか
ら成り立っている。また表皮にはカプリル酸、カプリン酸、
しあるいは、このような新しいグループ分けによって寄主
フェノール、飽和脂肪酸、3,4-ジオキシ安息香酸など菌
特異性の理由の手がかりを見いだせる可能性があるかもし
類の発芽や発育を抑制する物質が含まれており、菌類の侵
れない。分子生物学が研究手法として確立されていなかっ
入に抵抗する。もっとも昆虫病原菌の侵入部位は表皮だけ
た時代の筆者にとっては、いささか回答に苦しみ悩む問題
に限らない。筆者の考えでは、昆虫の外殻組織の弱い関節
である。その理由は筆者はあくまでアマチュアの虫生菌探
部をはじめとして口器・呼吸器・肛門・生殖器から侵入する
求者なのである、虫生菌の仲間分けを分類学というよりも
と思われる。虫生菌はいったん昆虫体内に侵入しても、昆
冬虫夏草の文化誌
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