Comments
Description
Transcript
石井教授の頭も筋肉もトレーニング
平成15年(2003年)11月15日発行 JPA時報 第18号 (5) 頭も筋肉もトレーニング 東京大学教授 石井 直方 (第5回)筋肥大のためのトレーニングのキーポイント:(2)動作を工夫する パワーリフティングのトレーニングでも,筋 肥大から筋力の増大へと移行するピリオダイゼ ーションが重要です。トレーニングプログラム では,強度やセット数ばかりに着目しがちです が,効果的に筋を肥大させようという場合には, 表面上プログラムには現れてこない,さまざま な要素を考慮する必要があります。前回はこう した要素のうち,セット間のインターバルの重 要性についてお話ししました。今回は続編とし て,挙上動作について考えてみます。 筋内環境の重要性 まず前回の復習です。筋を肥大させるために は,まずそのための筋内環境をつくることが重 要です。最初のキーポイントは,筋内の代謝物 濃度が著しく上昇するような条件をつくること になります。こうすることで,成長ホルモンな どの分泌が刺激され,さらにこれが筋自身から 分泌される成長因子と相互作用して筋肥大を強 く促すと考えられるからです。こうした条件を 最も手っ取り早くつくるのは ,「加圧筋力トレ ーニング」のように,筋から出ている静脈の血 流を制限してトレーニングすることですが,こ れは誰にでもできるというわけではありませ ん。通常のトレーニングの範囲内でできる工夫 として,セット間のインターバルを短縮したり, ディセンディング法を用いたりすることがあげ られます。一方,動作を工夫することでも同様 の効果を期待することができます。 筋のポンプ作用 「力こぶ」をつくると筋がかたくなります。 これは,筋収縮によって筋内圧が高くなるため です。筋内圧が動脈圧より高くなると,筋への 血流は遮断されることになります。ここで筋が 弛緩すると,筋の中に一気に血液が流れ込み, 次に収縮したときにこの血液が静脈側に押し出 されます。このように,筋が強く収縮・弛緩を 繰り返すと,心臓と同様,血液をポンプのよう に循環させるはたらきをします。このはたらき を,牛乳を搾る作業にたとえて「ミルキング・ アクション」と呼びます。これを逆手にとって 考えてみましょう。筋に大きな力を発揮させ続 けたらどうなるでしょうか。筋内の血流は抑制 され続けますので,代謝物濃度が上がり,筋肥 大が起こりやすい筋内環境になるものと期待さ れます。 ポイントは「ゆっくり」,「持続的に」 このように考えると,持続的に力を発揮する アイソメトリックトレーニングがよさように思 えます。しかし,実際にはアイソメトリックト レーニングの筋肥大効果はさほど大きくありま せん。これには3つ理由があります。1つは, 負荷を下ろす動作,すなわち伸張性動作がない こと。この動作は,速筋線維(前回参照)に強 い力学的ストレスをかけますので,筋肥大には 重要です。2番目は,最大努力での筋力発揮は 約10秒が限界という点です。この程度の持続 時間では代謝系が十分にはたらきません。3番 目は,アイソメトリック収縮は最もエコノミカ ルな収縮で,エネルギーをあまり消費しない点 です。実際,理想的なアイソメトリック収縮で は,力学的な仕事はゼロですし,熱発生も最小 になります。2,3番目の理由から,筋内の代 謝物濃度はあまり上がらないということになり ます。そこで私たちの研究グループでは,軽め の負荷を「ゆっくりと」,「持続的に(力発揮を 中断せずに )」上げ下ろしするという方法を考 えました。以前の研究から,最大筋力の40% 以上の筋力で筋血流が抑制されることがわかっ ていましたので,負荷として50%1RM以上 が適切と判断しました。そして,このような条 件でトレーニング実験を行ったところ(レッグ エクステンション,50%1RM×10回×3 セット,2回/週,10週間 ),平均で約14 %筋が肥大し,筋力も約14%増大しました( Takarada and Ishii,2002)。 野茂投手も採用している「スローリフト」 こうしたトレーニング法は,特に斬新なもの というわけではなく ,「スローリフト」という 方法に含まれます。この方法は,すでにアメリ カで1984年前後に提唱されています。ただ, 当初は全く経験に基づくものであり,負荷の規 定も曖昧でした。また動作スピードについても 「10秒で上げ,4秒で下ろす」という,きわ めてやりにくいものであったため,さほど注目 されませんでした。ところが,この方法が最近 にわかに脚光を浴びるようになりました。その 要因は何といっても,過大な負荷を用いずに筋 肥大がはかれるという点にあります。この点は, トレーニングによるケガが絶対に許されない, 各種スポーツでの筋肥大期のトレーニングとし て有用です。こうした理由から,プロフットボ ールや野球のオフシーズントレーニングとして 取り入れられるようになってきました。最近の 活躍が著しい野茂英雄投手も2年ほど前からこ のトレーニングを行っているとのことです。し かし,動作スピードについてはまだ明確な基準 はなく,さまざまなやり方がとられているよう です。私自身は,動作のしやすさも考慮し, 「5 秒で上げ,5秒で下ろす」くらいが適切と考え ていますが,これも実験的な根拠があるわけで はなく,まだまだ研究の余地があります。 パワーリフティングでは高重量と併用を 一方,パワーリフティングでは,重量を挙上 することそのものが競技となりますので,筋力 増強期でのケガに最も注意する必要がありま す。したがって,筋肥大期にも高重量の刺激は ある程度必要でしょう。今回ご紹介した方法も, 前回のディセンディング法と同様,高重量での トレーニングとうまく組み合わせて用いるのが 最適と考えられます。 平成21年新潟国体パワーリフティング競技の参入に向けて全国の総力を結集しよう!