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古 典

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古 典
第 37・38 回
第一章 日記
更級日記
源氏の五十余巻
理解を深めるために
(全二回)
■講師 荻原万紀子 第一回【源氏の五十余巻〈一〉】
①二種類の「慰む」について
②「ゆかし」の意味
③『源氏物語』が手に入った経緯
第二回【源氏の五十余巻〈二〉】
①『源氏物語』への熱中ぶり
②夢に登場した僧の意味
③現在(日記を書いている)の作者の思い
の中にあこがれの『源氏物語』の一部だけがありました。なま
じ部分的に読んでしまうと、あこがれはつのるばかりです。今
回、
読んでいくのはこの辺りからになります。
さあ、『源氏物語』
は手に入るのでしょうか。
いなや実母に物語をねだります。平安時代は本屋さんも図書館
十三歳の冬、作者はついに都に戻って来ました。帰京するや
てしまったようです。三十三歳で結婚しますが、その夫も作者
く両親の世話をしていた作者は、この時代の結婚適齢期を過ぎ
見舞われます。姉の形見である姪たちを育てつつ、年老いてゆ
* * さて日記の後半、作者は、家の火事、姉の死去などの不幸に
もありません。印刷技術のなかった時代、筆で写すことによっ
をばすて
が五十一歳の折に急病で亡くなってしまいます。翌年、甥が訪
やみ
てのみ、物語は手に入るのです。母は知り合いに頼んで何編か
い
(月も出ずにまっくらな姨捨山のように悲しみに沈ん
月も出でで闇にくれたる姨捨に
こ よひ
宵たづね来つらむ
なにとて今
ねて来てくれた際に次の歌を詠みました。
今回は「更級日記」の後半、「源氏の五十余巻」を読みます 。
学習のポイント
の物語を手に入れてくれ、作者は夢中で読みふけりますが、た
ちまちのうちに読み終えてしまいます。そうした矢先、上総で
親しんでいた継母が父と離婚、翌年には都に疫病が流行して乳
母とも死別してしまいます。思い通りにはならないこの世の現
実に作者は触れていくことになるのです。ふさぎこんでいる娘
に心を痛めた母は、また物語を手に入れて来てくれますが、そ
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高校講座・学習メモ
ラジオ学習メモ
第一章・日記
古 典
でいる、年寄りの私のところに、どうしてこんなに暗
い今夜、あなたは訪ねて来てくれたのでしょう。)
やまと
この歌は、『古今和歌集』や『大和物語』に収められている、
わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山に照る月を見て
(私の心は慰めようとしても慰めきれない。この更級
の姨捨山に照る月を見ていると)
しな の
をふまえ、夫が国司として赴任していた信濃国にある更科郡の
姨捨山(年老いた姨=老女を捨てたという伝説で名高い山の
名)に、年老いたおばである自分を響かせたものです。『更級
日記』という呼び名は、この歌によるものと考えられています。
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第 37・38 回
第一章・日記
古 典
第 37・38 回
さらしな
更級日記
源氏の五十余巻 す が はらのた か すゑのむすめ
菅原孝標女
かくのみ思ひくんじたるを、心も慰めむと、心苦しがりて、母、物語
など求めて見せ給ふに、げにおのづから慰みゆく。紫のゆかりを見て、
続きの見まほしくおぼゆれど、人語らひなどもえせず。たれもいまだ都
現代語訳
荻原万紀子
講師
このようふさぎこんでばかりいるのを、母は心配
して、私の心を慰めようと、物語などを探して見せ
てくださるので、本当にひとりでに心が晴れてゆく。
若紫の巻を見て、その続きを見たく思われるけれど
も、人に頼むことなどもできない。家の人々もみな、
まだ都に慣れない頃のことで、見つけることができ
ていた。
親が太秦の広隆寺にお籠りなさる時にも
(一
巻から始めて全部お見せください」と心の中で祈っ
ない。とてもじれったく、読みたくてたまらずに思
慣れぬほどにて、え見つけず。いみじく心もとなく、ゆかしくおぼゆる
こも
われる気持ちのままに、
「この『源氏物語』を一の
うづ まさ
ままに、この源氏の物語、一の巻よりしてみな見せ給へと、心の内に祈る。
親の太秦に籠り給へるにも、ことごとなく、このことを申して、出でむ
緒について行って)
、他のことはなく、このことを
申し上げて、お寺を出たらすぐにこの物語を全部読
み通したいと思ったけれども、見ることはできない。
ままにこの物語見果てむと思へど、見えず。いとくちをしく思ひ嘆かる
るに、をばなる人の、田舎より上りたる所にわたいたれば、
「いとうつ
である人が田舎から上京してきた所へ、
(親が)私
差し上げましょうか。実用的なものではよくないで
と」などと感心し珍しがって、帰りがけに、「何を
を行かせたところ、
「たいそうかわいく成長したこ
とても残念で嘆かずにいられずにいたところ、おば
くしう生ひなりにけり。」など、あはれがり、めづらしがりて、帰るに、
「何をか奉らむ。まめまめしきものは、まさなかりなむ。ゆかしくし給
ひつ
しょう。ほしがっていらっしゃると聞いているもの
を差し上げましょう」と言って、
『源氏物語』五十
ふなるものを奉らむ。」とて、源氏の五十余巻、櫃に入りながら、在中将・
とほぎみ・せりかは・しらら・あさうづなどいふ物語ども、一袋取り入
将・とほぎみ・せり河・しらら・あさうづなどとい
得て帰る時の私の心のうれしさは本当にすばらし
う物語の数々を袋いっぱいに入れて、
(それらを)
余巻を櫃に入ったままのをまるごと、さらに、在中
れて、得て帰る心地のうれしさぞいみじきや。
き ちやう
はしるはしる、わづかに見つつ、心も得ず、心もとなく思ふ源氏を、
かった。
にうつぶして一冊一冊引き出しては読むその気持ち
第一巻から始めて、他の人をまじえず、几帳のうち
胸をわくわくさせて、今までわずかに見てはわけ
一の巻よりして、人もまじらず、几 帳 の内にうち伏して引き出でつつ
がわからずじれったく思っていた『源氏物語』を、
きさき
見る心地、 后 の位も何にかはせむ。昼は日暮らし、夜は目の覚めたる
限り、灯を近くともして、これを見るよりほかのことなければ、おのづ
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第一章・日記
古 典
ほ
け きやう
からなどは、そらにおぼえうかぶを、いみじきことに思ふに、夢に、い
け さ
と清げなる僧の、黄なる地の袈裟着たるが来て、
「法華 経 五の巻を、と
く習へ。」と言ふと見れど、人にも語らず、習はむとも思ひかけず。物
語のことをのみ心にしめて、我はこのごろわろきぞかし、盛りにならば、
かたちも限りなくよく、髪もいみじく長くなりなむ、光の源氏の夕顔、
うきふね
宇治の大将の浮舟の女君のやうにこそあらめ、と思ひける心、まづいと
はかなく、あさまし。
本文は「新編日本古典文学全集」によった。
は、后の位だって比べものにならない。昼は日の
暮れるまで、夜は目の覚めている間じゅう、灯を
近くにともして、この物語を読むより他のことは
ないので、自然と物語の言葉がそらで頭に浮かん
でくるのをすばらしいことと思っていると、夢に、
たいそう清潔な感じの僧で黄色い地の袈裟を着て
いる人が来て、
「『法華経』第五巻を早く習いなさ
い」と告げた、と見たが、他の人にも語らず習お
うとも思いもしない。物語のことだけを心に深く
入れて、
「私 は、今は器量がよくな いのだ。年頃
になったら、きっと顔かたちもこの上なく美しく、
髪もとても長くなるだろう。光源氏の愛した夕顔
や、宇治の大将の愛した浮舟の女君のようになり
たい」と思った心は、
(今思うと)まずはなんと
も幼稚であきれかえったことである。
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