Comments
Description
Transcript
油ガス田探鉱における海洋電磁法の 適用可能性
JOGMEC R&D 推進部 山根 一修 アナリシス 油ガス田探鉱における海洋電磁法の 適用可能性 1. はじめに 近年、海底油ガス田の大水深化が急速に進み、メキシ はあまり紹介されていない観測装置などの話題も加えて コ湾、西アフリカのアンゴラ沖、ブラジルのカンポスベ 当該技術を紹介する。 イなどでは水深1,500〜2,000mでの石油生産が実用化し つつある。また、水深3,000mを目指した研究開発も盛 んに行われている。こうした背景のもと、海域での探鉱 リスク軽減のための高精度で効率的な探鉱手法の確立が 求められるようになっている。その一つとして、海底で の電磁場観測技術を石油探鉱に適用する試みが2000年以 降、始められ、多くの注目を浴びている。いままで、学 術調査に限られていた海底電磁気観測が石油探鉱に有効 であることが分かるや、OHM(Offshore Hydrocarbon Mapping)社、EMGS(Electromagnetic Geoservices AS)社、AGO(AOA Geomarine Operation)社(現 WesternGeco社)などの海洋電磁法調査会社が、わずか 数年のうちに設立された。 現在、学術調査や石油探鉱で用いられている海洋電磁 法は、主に自然界の電磁場変動を観測するMT法 (Magnetotelluric)と、制御電流源を用いるCSEM法 (Controlled Source ElectroMagnetics)に大別される(図 1)。最近、海洋での電磁法調査に関する文献が、諸外 (注)上段:MT法では自然界の電磁場の観測を行う。 (注)下段:CSEM法では人工的に海中で電磁場を発生させる。 出所:Scripps Institution of Oceanography Marine EM Laboratoryホー ムページより 国の雑誌で見受けられるようになってきた。そこで今回 図1 海洋電磁法の分類 は、海洋電磁法の簡単な概要のほかに、それらの雑誌で 2. JOGMECの電磁法への取り組み JOGMECでは、石油公団当時の1990年代から石油探 Cagniard(1953)によって初期の理論がまとめられた 鉱を目的にした電磁法の研究を行ってきたが、そのなか 手法である。自然界に存在する物理現象を信号源として でも、北海道、東北地方の日本海側含油第3系を対象と 利用するという点では、一見すると、自然地震などを用 したMT法の調査研究が特筆される。 いた地震学のアナロジーが適用できるように見える。し MT法とは、太陽風や赤道付近で発生した空電現象に かし、MT法は、さまざまな周波数成分を有する地球外 起因する外部磁場擾乱により、大地にどのような電流が 部の電離圏・磁気圏を起源とする磁場変化が大地に入射 生じるかを電磁誘導現象に基づいて理解し、大地の比抵 して、大地中を波動としてどのように伝播するかを調べ 抗構造を推定する調査技術である。MT法は、日本語で るのではなく、どのように入射磁場が拡散・減衰してい は地磁気地電流法と呼ばれていたこともあるが、そもそ くかを調べる。 も日本で原理が見出され(Rikitake,1950)、その後 さて、JOGMECのMT法の研究のなかで、高倉他 じょうらん 55 石油・天然ガスレビュー アナリシス (1994)は、電磁ノイズが際立つ市街地に近い平野部に 粘土鉱物やそれに付随するキャップロックの分布の推定 おけるMT法データ品質を向上させるためには、調査地 にも寄与することを示した。JOGMECでは、MT法以外 域から遠く離れた地点で観測した地球磁場を参照信号と にも、メキシコでの時間領域電磁法調査、米国カリフォ して用いるファーリモートリファレンス法という測定方 ルニア州での電磁トモグラフィー試験を実施して、いず 式が有効であることを示した。また、高倉他(1995, れも大きな成果を得ている。 1997)では、新潟地域で取得されたMT法データに対し では、海底での電磁法は、このような陸域での電磁法 て2次元インバージョン解析を適用した。その解析結果 と、一体どのような類似点、相違点があるのであろうか。 は、MT法調査技術が堆 積盆の形状の把握のみならず、 次節より海洋電磁法について紹介する。 たいせき 3. 海洋電磁法の概要 3.1 海洋電磁法の歩み きく異なる。 海底でのMT法観測に成功したのは、カリフォルニア 確かにMT法には、自然界の電磁場変動を利用できる 州サンディエゴにあるスクリプス海洋研究所のFilloux メリットがある。しかし依然として、その性質上、海底 (フィユー)博士である(Filloux,1977)。それ以来、海 では厚い海水層のスクリーニングを受けて外部磁場変化 底での電磁場観測は、地殻深部の比抵抗構造の調査が主 が海底面に展開した観測装置までなかなか到達せず、結 な目的であった。地球の表面はその7割が海で覆われ、 局、海底でのMT法観測だけでは、海底下の数km程度 その海の底には海洋プレートと呼ばれる硬い層があり、 までの比抵抗構造を決めることは難しい。これでは、海 この海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込むことに 底下の浅部比抵抗分布に関する情報に乏しいMT法のよ より、地震発生帯や活火山帯、そして、日本列島のよう うな受動的な海底電磁気観測だけから求めた深部地球内 な島々や日本海のような海までもが形成されると考えら 部構造が信頼性に欠けていると判断されかねない。 れている。例えば、海洋底でのMT法観測が可能になっ そこで、自然の信号が利用できないのなら人工的に電 てからは、プレートの沈み込みに伴う地震発生のメカニ 磁場をつくってやろうとする考えが登場し、制御電流源 ズムの解明は、大きな研究テーマの一つである。 (トランスミッタとも呼ばれる)を用いた海洋電磁法技 海底でのMT法観測の大きな問題は、観測できる信号 術の研究が前述のスクリプス海洋研究所によって始めら の周波数帯域にある。海水は良導体(およそ0.3Ω・m) れた(例えば、Cox他, 1986)。最近、諸外国の学術雑誌 であるため、高い周波数成分の外部磁場擾乱が海水中で で海洋電磁法の油ガス田探鉱への適用が報告されている 大きく減衰してしまう(表皮効果)。そのため、海底で が、そこに登場しているほとんどの手法が、この制御電 のMT法観測では、もっぱら数秒以下の低い周波数デー 流源を用いた海洋CSEM法に関するものである。 タを使って下部地殻、上部マントル構造を調査対象とし ところで、海洋CSEM法が盛んに用いられている理由 ていた。海底下数km程度までの堆積盆の構造を調査す は、果たして、海洋MT法のデメリットを克服するため るためには、 さらに高い周波数のデータが必要であった。 だけであろうか。現在、油ガス田調査に用いられている MT法に限らず、海底での電磁場観測のもう一つの問 海洋CSEM法は、海洋MT法のように積極的に電磁誘導 題として、磁場信号が海山などの海底地形の局所的な地 現象を利用するのではなく、高比抵抗値である油ガス層 形変化によって歪みを受けてしまうことが挙げられる。 と、その周囲に分布する低比抵抗値を示す堆積岩類との 一方、陸上のMT法観測では、測点付近の地形や地表付 間に生じる電場強度の差異に着眼して、水平に分布する 近の比抵抗異常体の存在によって地電流の流れが大きく 油ガス層の直接検出を目的としている(次節で説明) 。 変わってしまい、電場信号の方が局所的に歪む現象が生 図2に、海洋CSEM法の黎明期の年表を示した。1980 じる(スタティック効果と呼ばれる) 。陸上とは違って、 年代から1990年代にかけて、スクリプス海洋研究所とイ 海底では海水が良導体であるので、電場の歪みそのもの ギリスのサザンプトン大学の研究者らが、海洋CSEM法 は非常に小さい。しかし、それが非常に小さなもので の機器開発に着手した。 あっても、海水が良導体である分、それなりに電流が流 スクリプス海洋研究所のConstable教授と米国テキサ れてしまい、結果として磁場の方が大きく歪められてし ス州オースティンに拠点を置くAOA Geophysics社は、 まう。このように、陸上と海底とでは、電磁場挙動が大 1994年に海洋電磁法装置の商用化を目的とした研究開発 ゆが れいめい 2008.3 Vol.42 No.2 56 油ガス田探鉱における海洋電磁法の適用可能性 に着手した。この背景には、電子技術の進歩によって自 サザンプトン大学では、Martin Sinha教授が中心とな 己ノイズの少ないデータロガー(受信器)の開発が容易 り、1980年代後半から1990年代にかけて海洋CSEM法の になってきたことがある。また、それまで使用されてき 研究を始めた。同大学では、1999年に自作の制御電流源 たFluxgate型磁力計に代わってインダクションコイルを (通称:DASI)と観測装置を使い、大西洋中央海嶺にお 採用することなどによって、海底下数kmまでの領域を いて海洋CSEM法調査を行った。このDASIは、当時か 調査するために必要な数Hzまでの海洋MT法データの取 ら1,000A程度の電流を海中に流すことが可能であり、観 得を可能にした。例えば、同研究所は、1996年にメキシ 測データのSN比向上に大きく役立った。近年、多くの コ湾の岩塩ドーム地域において海洋MT法調査を実施し 組織で制御電流源を製作しているが、その多くがDASI ている。この観測装置は、1990年代末までにいくつかの を模倣している。 改良が重ねられている。 このように、海洋CSEM法の発端は学術目的であり、 海洋CSEM法で使用される観測装置は、海洋MT法用 資源探査ではなかった。しかし、1990年代の後半になる に開発されたものがそのまま使用される。それは、微小 と、Statoil(現・StatoilHydro)の研究者たちは、この な自然界の電磁場観測が行える性能のある海洋MT法観 技術は油ガス層のような高比抵抗の薄層検出にも適用で 測装置は、より信号強度の強い海洋CSEM法にも流用で きるはずであると考え、海洋CSEM法に対して、Sea きるからである。また、同研究所では、海中用の制御電 Bed Logging(SBL)と命名した。彼らは、2000年11月 流源も併せて開発した(通称:SUESI)。同研究所の観 にアンゴラ沖で、サザンプトン大学の制御電流源(DASI) 測装置の開発には、同じカリフォルニア州バークレーに とスクリプス海洋研究所の観測装置を使った試験航海を 拠点を置くEMI社(2001年にSchlumberger社により買 実施した。この実験で油ガス層を検出することに成功 収)が協力を行い、特に海洋MT法観測に必要な磁場コ し、その成果は広く論文の形で公開された(Eidesmo イルを提供した。その後、EMI社は、独自に海洋電磁法 他,2002)。翌年の2001年11月に、Statoil社に加えてShell 装置の開発・製造を始め(商標名MMT24) 、ノルウェー 社も参加して、再び海洋CSEM法の試験航海が行われ、 の海洋電磁法調査会社であるEMGS社(後述)などに販 同じく油ガス層を検出した。 売した。 スクリプス 海洋研究所 AOA Geophysics社 EMI社 Cambridge大学/ Southampton大学 1980年 Cox教授海洋CSEM法を提唱Young&Cox 東大西洋海嶺での海洋CSEM法を調査 1984年 Cox他、大西洋で海洋CSEM法を調査 1985年 Cox他、大西洋で海洋CSEM法を調査 1988年 1994年4月 海洋CSEM法 用 送信機の製作 サンディエゴ沖海洋CSEM法試験(MT法装置使用) 1995年10月 初めての商用海洋MT法調査 (地中海:AGIP) 1998年10月 2001年7月 特許申請 (1983年11月) 調査 アイスランド沖海洋CSEM法調査 1993年 2001年1月 Statoil 調査 東大西洋海嶺にて海洋CSEM法 1989年 2000年11月 Exxon 商用海洋MT法調査(メキシコ湾:AGIP、BP) Schlumberger社により買収 Lau Basin海洋CSEM法調査 ケンブリッジのグループが サザンプトンに転任 海洋CSEM法の初めての石油探査への適用(アンゴラ沖) EMI社製造による海洋MT法装置の試験 フェロー諸島商用海洋MT法調査(AGIP、Statoil) 2001年11月 フェロー諸島商用海洋CSEM法調査 2002年1月 西アフリカ沖商用海洋CSEM法調査(Exxon) 2002年2月 2002年6月 EMGS設立 AGO設立 2002年8月 OHM設立 2002年10月 西アフリカ沖商用海洋CSEM法調査 (Exxon) 2002年11月 2003年6月 2004年2月 2004年12月 Schlumberger社 により買収 出所:http://www.rijo.pro.br/mcsem.htmより転用および加筆・修正 図2 海洋電磁法の歴史 57 石油・天然ガスレビュー 海洋CSEM法調査 (Ormen Langeガス田) アナリシス 3.2 海洋電磁法の原理 図3を使って、海洋CSEM法の原理を紹介する。なお、 空気 海水 ここで仮定した比抵抗構造は、水平多層モデルである。 海底面付近から水平方向の電流を流すと、1層と2層の 境界では、電場の接線成分(モデル境界と平行な方向) HED 1層 (堆積岩類) が連続する。もし、2層が周辺の堆積層よりも、低比抵 抗値だとしたら、1層より低比抵抗である2層中では、 2層 (炭化水素鉱床) オームの法則(電流密度=電気伝導度×電場)に従って、 1層中より多くの電流が境界面と同じ方向に発生する。 そして、電流が流れると、その流れに対して垂直な面に おいて円を描くように磁場が誘導される。この現象を電 (注)海底面付近から交流電流を海中に流す。周辺の堆積岩類より高比 抵抗である油ガス層中では電場の減衰が小さい。 出所:JOGMEC 磁誘導と呼んでいる。このように、高比抵抗層中に挟在 図3 海洋CSEM法の概要 された低比抵抗体をターゲットとする場合、磁場観測が 有効であり、したがって金属や地熱などの探査などは、 non hydrocarbon この電磁誘導現象に基づく調査方法が有効である。 hydrocarbon はいたい しかし、堆積盆中に胚胎する油ガス層は、周辺の泥岩 1.5km などに比べて高比抵抗値を示す。すなわち、ターゲット 層である2層の比抵抗値は、それを取り囲む1層より高 1.5km 比抵抗値であり、ターゲット層内で誘導される磁場はむ しろ小さくなってしまう。そこで、海洋CSEM法では、 2層(ここでは、石油などの高比抵抗層)に対して垂直 方向に流れる電流を考える。すると、1層と1層の境界 に垂直な方向の「電流密度」が、1層と2層の境界で連 続になる。ところが、この境界条件は、1層と2層境界 10 面に電荷を発生させることになる(galvanic効果)。よっ 10 て、海底面で観測される電場の値は、高比抵抗である2 10 た表面電荷の分だけ大きくなる。これが、水平方向に際 立つ高比抵抗層を検出する海洋CSEM法の大まかな原理 である。 -8 電場強度(V/Am^2) 層が存在することにより、1層のみの場合より、発生し -7 -9 -10 10 -11 10 -12 10 -13 10 -14 高比抵抗層の存在により、電場強度がどのように変化 10 するかを、モデル計算で示す。図4の上段はモデル図で 10 あり、1Ω・mの堆積層中に30Ω・mの油ガス層を挟在さ せた。油ガス層がある場合とない場合との電場信号の違 いを図4の下段に示した。横軸は送信機と受信機の距離 であり、この間隔が離れるにつれ縦軸の電場強度は下が る。しかし、高比抵抗値である油ガス層が存在するモデ ルの応答値は、油ガス層がないモデルの値に比べ大きな 自己ノイズ レベル 10 -15 -16 0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 送受信機間隔(m) (注)上段:モデル図 (注)下段:電場の応答値。海洋CSEM法測定装置の自己ノイズレベルは、 10-15V/Am2程度であるので、それ以下の値での議論は、数値計算に よる油層の有無による応答差が大きくても避けるべきである。 出所:JOGMEC 高比抵抗層(油ガス層)の存在による 図4 電場強度の変化の例 応答を示していることが分かる。 外国雑誌の海洋CSEM法の紹介記事では、油ガス層と えられることに着眼している。どうしても波動現象のア 周辺の堆積岩との境界で電磁波の反射が起こり、それを ナロジーを使って説明するとすれば、tube waveのよう 海底面に展開した観測装置で検出するかのごとく説明を に境界内(ここでは高比抵抗層内)でエネルギーの集中 している文献を見受けることがある。しかし、海洋 が起こり、その中では、周辺媒質よりエネルギーの減衰 CSEM法は、電磁波の反射現象を利用して油ガス層を検 が小さくなっていると言ったほうが近い。 出するのではなく、高比抵抗の薄層内で電場の減衰が抑 ところで、海洋、陸上を問わず電磁法で重要な概念は、 2008.3 Vol.42 No.2 58 油ガス田探鉱における海洋電磁法の適用可能性 周波数ごとに異なる電磁場の減衰具合である。電磁場の 減衰の程度を表す指標として、表皮深度(skin depth) が知られている。 δ≈503 √- f ρ fは周波数(Hz)、ρは比抵抗値である。周波数が高い ほど電磁場の減衰は大きく、高比抵抗ほど減衰は小さい ことを示している。δ(表皮深度)は、もとの振幅値が 1/e(約0.37倍)にまで減衰する距離に相当する。 出所: http://marineemlab.ucsd.edu/より転用 写1 海洋電磁法観測装置写真 3.3 海洋CSEM法の観測装置 3.3.1 観測装置の構成 海洋MT法は水平電場と水平磁場を観測するが、海洋 アルミニウム製の円筒形の耐圧容器に格納されている。 CSEM法は電場の観測が主となっている。ここではスク この耐圧容器は、海水による腐食を防ぐため陽極酸化処 リプス海洋研究所の海洋電磁法装置を中心に説明を行 理をした上で、塗装を施して耐食性を持たせており、そ う。Schlumberger-EMI社のMMT24、ノルウェーの の両端部は蓋が取り付けられ、Oリングで密封されてい EMGS社の観測装置も、スクリプス海洋研究所の装置を る(写2)。耐圧容器の一方の蓋には、いくつかの高圧 参考に製造されている。EMGS社は、会社設立当初は 水中コネクターが設けられ、それらは電場ケーブル、磁 Schlumberger-EMI社から観測装置を購入していたが、 場コイルケーブルとの接続用および機器制御用の外部 現在では独自の装置を製造して運用している。 PCとの接続用である。また、耐圧容器内を真空にする WesternGeco社は、当初はMMT24を観測装置として ためのエアパージ用のポートがある。スクリプス海洋研 使用していたが、現在はスクリプス海洋研究所の装置を 究所の機器の場合、バッテリーは、データロガーの耐圧 主に使用している。 容器内に格納されているが、MMT24の場合は専用の耐 スクリプス海洋研究所の海洋電磁法装置の外観図を図5 圧容器に格納される。 に示した。この装置は自己浮上型であり、水深6km(最 データロガーは、4〜8チャンネルのデジタルデータ 大圧力8,000 psi)までの海底での測定・データ取得が可 記録・処理装置、各種増幅器で構成される。MMT24の 能である。この観測装置は、以下の四つのパートから構 場合、マイクロコンピューターとしてPersistor社製CF1 成されている。 を採用している。CPUのファームウェアは、スクリプ ふた ス海洋研究所、MMT24ともPicoDos(商標名 ①データロガー Motocross)である。データの格納には、データ容量や データロガーは、水圧や打撃による損傷を防ぐため、 ロガー内の省スペース化の面から、コンパクトフラッ シュカードを使用している。なおA/D(アナログ/デジ タル)変換は、24ビットで行われる。 海面から投入された観測装置は、海底に着底したとき 先取りブイ ガラス球 には、任意の方角を向いている。そこで、着底後の装置 電場ダイポールアーム の「向き」、すなわち電場ダイポールや磁場コイルの方 位を測定するための3成分の磁力計(ハネウェル社製 GMRセンサーなど)と加速度計や傾斜計なども、デー データロガー トランスポンダー 切り離し機構 コンクリートアンカー 出所:Key(2003)より転用および加筆 図5 スクリプス海洋研究所の海洋電磁法観測装置図解 59 石油・天然ガスレビュー タロガーの耐圧容器内に格納されている。電場の測定に は、電極ドリフトを除去するために、電極位置を物理的 に一定の頻度で交換しながら測定する「ソルトブリッ ジ・チョッパー」と呼ばれる方法が採られている。時刻 同期にはGPSが用いられる。しかし、海底にはGPSから の電波が到達しないため、海中に投入する直前にGPS同 アナリシス 期が行われ、それ以降は内蔵水晶時計が時を刻むことに 近傍で、継続時間が20msecの各トランスポンダー固有 なる。時刻合わせ時点での精度は、 数マイクロ秒である。 のコード信号を、船上の発信器から出力する。海中のト 観測装置を海底から回収した後、再度、内蔵時計の時刻 ランスポンダー内の受信器が、船上装置からの信号を受 とGPS標準時とを照合して時刻誤差を見積もる。時間の 信すると、同様のノック音で応答する。このトランスポ ズレは1日あたり1ミリ秒程度である。 ンダーも、データロガーの耐圧容器と同様に水深6km までの水圧に耐えられる。なお、WesternGeco社では 電場・磁場チャネル 24ビット 型 アナログ増幅器 AD変換器 方位計& フラッシュ 傾斜計 カード クロック Edgetech社のトランスポンダーを使用している。 ③電極 第3のパートは、長さ4〜5mの電場ダイポール・アー ムと、その先端部に取り付けられた銀-塩化銀(Ag-AgCl) 電極である(図6)。 出所:http://marineemlab.ucsd.edu/より転用および加筆 Underwater connector Silver rod 写2 データロガーの外観 ②トランスポンダー トランスポンダーは、観測装置の海底面での着底座標 Epoxy seal Porous jacket AgCℓbuffer 出所:http://marineemlab.ucsd.edu/より転用 を特定する役割とともに、データ取得が終了した後、観 図6 電極の内部構造 測装置を海底から浮上させる目的でも使われ(後述)、 データロガーとは別の耐圧容器に格納されている (写3) 。 スクリプス海洋研究所の音響測位システムは、12 kHz 海底での電位差を計測するときの最大の問題点は、海 底下で安定した性能を保持する電極を製作することが困 難なことにある。観測の対象は、海底面頂上の海水中に おける水平方向の電位差の時間的変化である。海底で電 位差観測を行う場合、陸上とは異なり、電場ダイポール 長は大幅に制限され、数mから10m程度がほとんどであ る。その際、測定される信号強度は、自然信号のMT法 の場合、μV程度である。電極や測定システムは金属で できているので、それらの内部では電荷は電子により キャリアされる。しかし、海水中での電荷の移動はイオ ンの動きによる。電極と海水の境界面ではイオンと金属 との間で電子の交換がなされ、仕事がなされる。よって、 海水中の電位と金属の内部電位とは一致しない(表面電 位)。 電極間の内部電位の差のみが測定可能であり、これは 2点間の海水の電位差と二つの電極の表面電位の差を加 えたものである。二つの電極の表面電位が等しければ、 正しい電位差を計測することはできる。しかし、一般的 に表面電位の大きさは1V程度となり、測定信号の強度 が数μVであることを考えると、表面電位の10-6程度の 変動が観測値に大きな影響を及ぼすことになる。しか 出所:http://marineemlab.ucsd.edu/より転用および加筆 スクリプス海洋研究所設計による 写3 トランスポンダーと切り離し機構 も、表面電位は海水中の金属イオンの濃度によって大き く変化する。仮に金属の単体を電極として用いたとして も、電位差を測定するために電流を流すことにより、各 2008.3 Vol.42 No.2 60 油ガス田探鉱における海洋電磁法の適用可能性 電極の周りの金属イオン濃度が変化してしまい、表面電 る保護が不要である。 位が異なってくる。このため海水中での正しい電位差を これは、アルミニウム製の耐圧容器が高周波数領域の 測定することができなくなる。 磁場信号を遮断してしまうことを回避するために製造さ 一般に、医学などの分野では、電極として白金(プラ れたものである。 チナ)が用いられることが多い。これは、白金が化学的 これら四つのパートは、それぞれポリエチレン製のフ に不活性で変化しにくいことによる。しかし、数μV以 レームに装着される。このフレームは、データロガーや 下の信号を長期間にわたって測定しようとすると、上述 トランスポンダーの荷役時における損傷を防止する役割 の理由からほとんど不可能となってしまう。結局、表面 も果たしている。また、このフレームには、海底での錘 電位の電極によるバラツキをなくし、時間的にも変化し となるコンクリート・アンカーと浮上用のガラス球が取 ないようにするためには、金属電極の周りの金属イオン り付けられる。 おもり の量を一定に保つ必要がある。このため、金属と同じ金 属の化合物からなる複合電極が製作されており、金属イ 3.3.2 観測装置の運用 オンの量を一定にする性質があることから平衡電極と呼 機器の組み立ては調査船のデッキ上で行われる。海底 ばれている。調査現場でも、電極の取り扱いは慎重であ 地震計とは異なり、10m近い電場アームを取り付ける必 り、バクテリアの発生を抑える薬品をわずかに混入させ 要性から、最低でも数メートル四方のデッキスペースが た塩水中に保管し(写4)、海中に投入する直前の最後 必要である。 の段階で電極を観測装置に装着する。また、装着後から 調査測点に到着すると観測装置はデッキクレーンで持 海中投入までのわずかな時間にも、海水で濡らしたボロ ち上げられ、舷から海中に投入される。投入してから海 布を電極の周りに巻き付けて電極を液中での状態に近づ 底に着底するまでは、トランスポンダーによって降下の けている。 状態を監視する。着底後は、観測機器のトランスポン ふなばた ダーを休止状態にする。観測が終わって装置を回収する 場合には、まずトランスポンダーを稼働させる信号を船 上より送信する。観測装置のフレームは、スクリプス海 洋研究所が設計したナイロン絶縁皮膜のステンレスス チールワイヤーを使用したケーブルリリース機構を介し て、コンクリートアンカー(空気重量200kg程度)につ ながれている。このワイヤーは、絶縁材が一部切り取ら れ5㎜程度芯線がむき出しになっている(写3下段)。 作動状態になったトランスポンダーにリリースコマンド を送信すると、トランスポンダーから18Vの電流がワイ 出所:http://marineemlab.ucsd.edu/より転用 写4 電極の保管 ヤーに通流される。芯線がむき出しになって海水と接す る個所は電気分解により、10分から20分程度の間に切断 される。するとリリース機構のロックが解除されてケー ブルが外れ、コンクリート・アンカーから観測装置が離 ④磁場センサー 脱して海面へと浮上を開始する。 電場観測のみを行う海洋CSEM法の場合には、磁場コ 浮力は観測装置の上面に装着されたガラス球から得て イルは必ずしも必要ではない。かつてスクリプス海洋研 いる(図5)。このガラス球は5個よりなるが、観測装 究所では、Schlumberger-EMI社製の陸上MT法用の多 置に浮力を与えているのは4個のみであり、残る1個の 巻ミューメタル芯を用いたフィードバック型のインダク ガラス球には20m程度のロープが装着されフレームにつ ションコイルを使用していたが、最近では自作のインダ ながっているだけである。海面には観測装置本体と、そ クションコイルを使用するようになってきている。この こから約10数m離れた所に、この残る1個のガラス球が 磁場コイルは、直径約6cm、長さ1.3mのアルミニウム 浮上する。観測装置には、長さ数mの電場アームがある 製の耐圧容器に格納される。また、Schlumberger-EMI ため、調査船はバウスラスターなどに、このアームが巻 社は、コイルの外側をオイルで充填した圧力補正型のコ き込まれるのを避けるため、観測装置のすぐ脇には近づ イルを製造しており、深海の高圧下でも、耐圧容器によ くことができない。そこで、フックを取り付けたロープ じゅうてん 61 石油・天然ガスレビュー アナリシス を観測装置を目がけて投げつけ観測装置を調査船に引き 3.3.3 制御電流源(トランスミッタ) 寄せるが、点である装置を狙うより、線であるロープを 海洋CSEM法では、海洋MT法と異なり、人工的に海 目標にする方が命中率は高く、観測装置本体への損傷も 中に交流電流を流し、その大地からの応答を観測する。 避けることができる(写5)。この方式を先取りブイ方 流電に使用されるトランスミッタ(写6)は、船尾より 式(stray line方式)と呼んでいる。 海中に投下され、海底面から数十m上方を曳航される。 2000年5月に、(独)海洋研究開発機構(当時、海洋 送信モメントを増加させるためには、流電量に加えて電 科学技術センター)とスクリプス海洋研究所により、青 場ダイポール長(アンテナ長)を大きく取る必要がある。 森県三陸沖にて海洋MT法の共同観測が実施され、スク しかし、送信アンテナを長くすると、海中で一定の送信 リプス海洋研究所より観測装置が供与された。その際、 電極間隔を維持することが難しくなる。スクリプス海洋 調査船「かいよう」のデッキが海面より10m近くも高く、 研究所では100〜200m程度、EMGS社では250〜300m程 観測装置の回収が困難であることが事前に予想されたの 度の電場ダイポール長を使用している。送信電極は良導 で、当時の担当研究員であった三ヶ田博士(現・京都大 体であればなんでもよいが、主に銅などが使われている。 学大学院)により、この方式が提案された。当時のスク 安定して送信アンテナを曳航するため、調査船の速度 リプス海洋研究所の観測装置に、バケツと1個のガラス は1〜2ノットに抑えられる。また、ケーブルやケーブ 球を余分に取り付け、ロープはバケツ内に収納した。こ ル末端に装着されるトランスポンダーなどが全体として の回収方式は極めて有効であるとして、スクリプス海洋 中性浮力を保持することが必要である。トランスミッタ 研究所は、この調査後、数十台もあるすべての観測装置 は、船上トランスミッタと海中トランスミッタにより構 を先取りブイ方式に改めた。また、Schlumberger社に 成される。海水中では、電流値を大きくして観測データ 買収される前のEMI社とAGO社のエンジニアも同船に のSN比を高める必要がある。しかし、水深数kmの条件 乗船しており、この調査後に製造された海洋電磁法装置 下で海中ユニットを曳航するために使用されるアーマー のほとんどに、この先取りブイ方式が採用されている。 ドケーブルの長さも数kmに及ぶ。そこで、海中トラン えいこう スミッタへ電力供給を行うときには、最初に伝送する過 程で電力のロスが少ない高電圧・低電流を送信する。そ の後、海中トランスミッタで変圧し、電流量を増加させ て海中に流す(図7)。現在、商用調査における流電量は、 1,000A以上である。なお、トランスミッタと観測装置と の時刻同期にはGPS時計が用いられる。 海中のトランスミッタには、トランスポンダーの他に 圧力計、高度計が装備されている。送信ケーブルの末端 に取り付けられたトランスポンダーとともに、1秒ごと に位置情報や海底面からの高度を送信する。このため、 海底地形の急激な変化による海中トランスミッタの衝突 などを回避するための常時監視が可能である。 (注)上段:観測装置が海面に浮上した際の様子。本体から10 数m離れたところにロープで本体と連結した先取りブイ (ガラス球)が浮上している。 (注)下段:先取りブイのロープを目がけて回収用フックを投 げつけた様子。 出所:http://marineemlab.ucsd.edu/より転用 写5 先取りブイによる観測装置の回収風景 出所:http://marineemlab.ucsd.edu/より転用 写6 スクリプス海洋研究所のトランスミッタ 2008.3 Vol.42 No.2 62 油ガス田探鉱における海洋電磁法の適用可能性 非常時停止用スイッチ 船上トランスミッタ 測位情報モニターPC 送信機制御用PC ● ● ● 高電圧 信号 ● 送信 GPSユニット 波形 モニ ター デッキコントロールユニット ウインチモニター (荷重など) 船内3相交流発電機 (50-60Hz/440V、35kW以上) 測位キッド ・トランスポンダー ・海流速度 ・水温 ・フレーム姿勢 海中トランスミッタ (通称:SUESI) 銅電極 トランスポンダー tail 銅電極 (ピッチ、ロール、ヨー) ・水深 ・高度(海底面から) 同軸ケーブル(RG8) 海中送信キッド 出所:JOGMEC 図7 トランスミッタシステムの概念図 4. データ処理・解析技術 4.1 データ処理 さらに単位送信モメントあたりの電場の値に正規化され トランスミッタによる送信データと観測装置による受 る。このようなデータ処理結果は、異なる送信機-受信 信データは、すべて時系列データとして保存される。図 機の間隔ごとに求められるので、海洋CSEM法では、横 8にてデータ処理の流れを示す。 最初に、観測時系列および送信波形の目視による検査 観測時系列データ 送信波形データ 目視によるデータ検査 目視によるデータ検査 が行われる。目視検査によりデータの不良個所の抽出、 送信波形と受信波形の比較による時刻同期の誤差などを 確認する。受信波形を注意深く見ることにより、データ 不良の原因を特定できる場合が多い。特に、磁場データ も取得されている場合、互いに直交する電磁場(Exと Hy、EyとHx)は、アンペールの法則により相関性のあ 周波数解析 (フーリエ変換) ・A/Dビットによる電圧値への変換 ・機器周波数特性の補正 ・増幅率の補正 ・時間窓の設定 ・電場長の正規化など 周波数解析 (FFT、ヘテロダイン変換など) る波形が得られるので、電場信号の信頼性を検討する際 に役立つ。 受信機の測線方向への回転 ある測点の観測時系列データファイルには、異なる送 信位置からの応答がすべて含まれている。また、トラン 送信モメントによる正規化 スミッタは、前述のように1~2ノットの低速で曳航さ れている。そこで、数分程度の時間窓を設定し、その時 間内ではトランスミッタ位置は一定であると仮定して、 受信時系列データの周波数解析を行う。算出されたスペ クトルは、増幅器の周波数特性の補正、単位ダイポール 長での電場の値への正規化が施される。また、 観測値は、 送信電流量によっても変化するため、 スペクトルの値は、 63 石油・天然ガスレビュー パワースペクトルの算出 送受信間隔ごとの 振幅・位相値の算出 出所:JOGMEC 図8 海洋CSEM法データ処理の流れ アナリシス 軸に送受信機間隔、縦軸に応答値(振幅値または位相値) とはできなくなってしまう。したがって、海洋CSEM法 を取ってデータ処理の結果を表示する。 のデータ処理は、実質的に調査会社に任せざるを得ない 図9に処理結果の例を示した。同図上段が振幅分布、 のが実情である。一方、人工送信源を使わない海洋MT 下段が位相分布である。各グラフの見方は、横軸の0m 法では、観測装置の増幅器の周波数特性、受信機の着底 のところに観測装置が位置するものとし、トランスミッ 座標および水深データなどの提供があれば、調査を委託 タが右端(ないし左側)から順次、他方へ移動したとき した会社でもデータ処理は可能である。しかし、自然信 の値が示されている。したがって、送受信機間隔が0m 号を利用する海洋MT法のデータ処理は、海洋CSEM法 付近のところで最も振幅値が大きくなっている。 に比べてノイズ汚染の程度が大きくなるので、リファレ 観測装置は、調査船から海中に投入されると、任意の ンス信号の導入、ロバスト処理の採用など、より高度な 方位を向いて海底面に着底する。そこで、次の段階は、 周波数解析技術が必要となる。 う。比抵抗プロファイルを求めるインバージョン計算 (後述)には、測線方向に回転処理した後のデータ処理 結果を用いる。 送信波形は、矩形波が用いられることが多い。矩形波 に含まれる奇数次高調波(立ち上がり/立ち下がり時間 から決まる周波数)は、その次数に反比例して減少して いく。しかし、duty比などを変えることで、高調波成分 の振幅を大きくする工夫もされている。海洋CSEM法で は、調査期間短縮の観点から、単一周波数のみを送信す 振幅値 電場:V/Am^2 磁場1/m^2 処理データを測線方向(送信方向)に回転する処理を行 1E-4 〇 + 1E-6 ☆ + × 1E-7 1E-8 1E-9 1E-10 1E-11 1E-12 1E-13 1E-14 1E-15 1E-16 るので、 観測波形に含まれる高調波成分も利用している。 △ + 1E-5 -20,000 -10,000 海洋CSEM法のデータ処理の基本はフーリエ変換であ 180 ている観測装置の姿勢の補正をはじめとする測位に関す 135 る補正が、データ処理を実施する際の重要なノウハウと 90 ず動揺しているため、送信モメント(電流量×アンテナ 長)も任意の方角を向きながら刻々と変化しており、観 測信号も大地の比抵抗構造に関係なく変化してしまう。 特に、水平成分の電場観測を行うときには、送信アンテ ナのyaw(進行方向に対して横方向のズレ)の補正が重 要である。補正に必要な測位はトランスポンダーによっ て行われるが、測位精度を向上させるために、事前に水 深ごとの海水の音速値を知っておくことが必要である。 そのため調査会社では、音速分布の測定も併せて実施し ている(図10) 。 この音速分布は、調査船と観測装置やトランスミッタ 位相値(度) り、計算自体は困難ではない。しかし、海底面に着底し なっている。例えば、送信アンテナは曳航に伴って絶え 0 10,000 20,000 送受信機間隔(m) 45 0 -45 -90 △ + 〇 + ☆ -135 -180 -20,000 + × 10,000 0 10,000 20,000 送受信機間隔(m) (注)上段:測点Aでの振幅分布(水平電場2成分、水平磁場2成分) (注)下段:測点Aでの位相分布(水平電場2成分、水平磁場2成分) 出所:JOGMEC 図9 データ処理結果の例 とのスラントレンジの算出や音波の屈折を知る上で不可 欠である。実際の海水の音速は深さに応じて変化してい 4.2 データ解析 るため、音線は屈折しながら海底に到達する。音速は海 データ処理では、測点ごとに観測時系列データから送 水の塩分濃度と温度および水圧の変化によって、 受信機間隔ごとの複素スペクトル(もしくは振幅、位相) 1,500m/sを中心として±数%程度の範囲内で変化する。 を算出した。次の段階は、これらの処理データを使って 海洋CSEM法では、測位精度の優劣が大きなウエートを 調査地域の比抵抗構造を求めていく。この観測データか 占め、見掛け上、観測データのS/N比が高くても、測位 ら比抵抗構造を求める作業プロセスをインバージョンと データに不備があれば、そのデータを解析に使用するこ 呼んでいる。図11にてインバージョン解析のフローを 2008.3 Vol.42 No.2 64 油ガス田探鉱における海洋電磁法の適用可能性 較することで、作成した有限要素法や差分法のメッシュ 音速(m/秒) 1,480 0 1,490 1,500 1,510 1,520 1,530 1,540 デザインが適切か否かを確認する作業が有効である。ま 1,550 た、調査地域内で比抵抗検層データが入手できたとき、 200 検層モデルから作成したモデルの1次元フォワード計算 水 深(m) 400 600 値とデータ処理結果を比較して、観測データの信頼性を 800 検査することにも、1次元フォワード計算は用いられる。 1,000 次に、インバージョン計算について説明する。イン 1,200 バージョン計算では、ⅰ)解(比抵抗値)が必ずしも存 1,400 在するとは限らない、ⅱ)解が存在したとしても一意で 1,600 ないことがある、ⅲ)解が観測データに連続的に依存し 1,800 ない、という悪条件(ill-posed)と呼ばれる問題に遭遇 2,000 する。悪条件下では、観測データに微小の摂動(ノイズ) 出所:JOGMEC を加えただけで解(比抵抗構造)が大きく変化する。実 図10 海水中の音速分布の例 際の計算機を使った解析では、観測値とモデル推定値と の残差を最小化する最適化問題(最小二乗法)を考える。 示した。CSEM法の支配方程式は非線形であるため、任 この最適化問題も悪条件をそのまま引き継いでいる。こ 意の初期比抵抗モデルのもとでテーラー展開を施して支 のことは、モデルを大きくすると行列の条件数が大きく 配方程式の線形化を行う。そのときに求められるヤコビ なり、連立方程式が非常に解きにくくなることを意味す アン行列は、観測データのモデルパラメータ(地下の比 る。逆に、データ数やモデルのメッシュの数などを小さ 抵抗分布)に対する感度、すなわちFrechet微分で表さ くすると正確な解が求められず、正しい大地の比抵抗イ れる。入力データと、推定されたモデルの応答値との差 メージを得ることができなくなる。そこで、このような が、ある一定の許容範囲に収まるまでモデルパラ メータの修正計算とモデル応答計算(フォワード データ処理結果 測線方向の電場 (Ex) など 計算)が繰り返され、最終的な比抵抗構造を求め ていく。 2次元、3次元構造に対するフォワード計算で ・計算周波数の選択 (基本周波数+高調波成分) ・測点ごとに送受信パターンを選択 は、有限要素法や差分法などのモデルの離散化・ 表皮深度に基づく メッシュの作成 近似化を前提とした数値解析法が使われる。これ らの解法では、対象とする空間や時間を有限幅で 分割して、解を有限個の未定係数を持つ近似解で 表現する。CSEM法の基礎原理や数値解析法は、 インバージョン・パラメータの設定 - 初期比抵抗値 - 平滑化パラメータなど Ward and Hohmann(1988)などに詳しい。 難の一つは、送信点と受信点の距離をrとすると、 測定データと理論値との 残差の計算 人工信号源はO(1/r2 )やO(1/r3 )という特異点を もたらし、計算機プログラムに必要な離散的な取 収束判定 り扱いが難しくなることにある。CSEM法では、 No Yes ところで、近似解ではなく、解析解が得られる 1次元フォワード計算結果と、2次元や3次元ソ フトウェアによる水平多層モデルの計算結果を比 65 石油・天然ガスレビュー No 地質学的に許容 できるモデルか? よるsecondary場に分離するのが一般的である。 計算は、1次元フォワード計算である。そこで、 比抵抗モデルの修正 Yes 上述のソース項による特異点問題を解消するため を表すprimary場と、比抵抗異常体からの応答に 既存データ (反射法、 検層データなど) の参照 比抵抗モデルに対する 理論値の計算 人工信号源を利用しているCSEM法の解析の困 に、モデルをバックグラウンド比抵抗による応答 解析解の参照 (1次元フォワード計算) 終了 出所:JOGMEC 図11 海洋CSEM法2.5次元解析の流れ アナリシス 悪条件の方程式系の最小二乗法を安定化させるため、正 デルに取り込むと、行列の条件数が急激に増大してしま 規方程式の係数行列に人工ノイズを加える方法が知られ うので、その逆行列の解法として、緩和法や共役勾配法 ている。例えば、ダンプト最小二乗法(Aki and など(しばしば前処理を付加する)が用いられる。 Richards, 1980)や、平滑化などを含む拘束条件を付け 差分法ではスタッカード格子を用いるのが一般的であ 加える方法がある。 る。Smith(1996)やNewman and Alumbaugh(1995) こう し は、格子の各辺に電場の法線成分、各面に磁場の垂直成 ・2.5次元解析 分を割り当てている。差分法では、地形、地質モデルを CSEM法は、MT法と異なり、観測点近傍で入力信号 直方体で表現するため、どうしても曲線形状の構造を正 を発生させるので、ソースの影響を考慮した解析が必要 確に表現することができない。したがって、有限要素法 である。2.5次元解析とは、地質構造は2次元であると の方が有利に見える。しかし、自由度がメッシュ数の数 仮定するものの、人工的に発生させたソースの伝搬挙動 倍になってしまい、プログラミングが複雑になる。また、 は2次元で近似することができないため3次元として計 パソコンレベルでは、メモリー格納が困難であるため、 算する手法のことを指している。 並列計算機の導入も視野に入れる必要がある。有限要素 海洋CSEM法のインバージョン解析によって、比抵抗 法を用いる最大のメリットは、大きな比抵抗コントラス 分布がどのようにイメージされるか、数値実験で示す。 トを有するモデルを取り扱えるようになることであり 図12の上段にモデル図を示した。水深は2.5kmとし、 (Sugeng他 ,1999)、海洋モデルに適用されることが期待 1.0Ω・mの堆積岩に囲まれた25mの層厚を持つ30Ω・mの される。米ユタ大学のZhdanov教授らのグループは、近 油ガス層を海底下2.5kmに設定した。そして、海底下1 kmのところにターゲットの油ガス層を覆い隠すように 部には、岩塩ドームを想定した大きな高比抵抗ブロック を設定した。計算に用いた入力データとして、0.1Hzお Depth (m) 浅部ガス層(15Ω・m)を置いた。また、油ガス層の下 2.5km 0.0 系が高比抵抗側を示す。1.0Ω・m均質大地を初期モデル 値が20Ω・m程度とかなり低めの値になっている。これ バージョン計算とも、ほとんどの数値計算法(差分法、 (2000), Mitsuhata(2002)が挙げられる。実際の地質 構造は3次元ではあるものの、 単純な地質構造であれば、 2.5次元解析は実用的な方法である。 3,750 7,500 11,250 15,000 18,750 22,500 26,250 18,750 22,500 26,250 8,750 22,500 26,250 18,750 22,500 26,250 18,750 22,500 26,250 3.0 10.0 30,000 - 1,000 - 2,000 - 3,000 - 4,000 - 5,000 初期モデル 3,750 7,500 11,250 15,000 30,000 Distance (m) - 1,000 - 2,000 - 3,000 - 4,000 - 5,000 反復1回 - 6,000 0.00 3,750 7,500 11,250 5,000 30,000 Distance (m) 0.0 - 1,000 - 2,000 - 3,000 - 4,000 - 5,000 反復8回 - 6,000 0.00 3,750 7,500 11,250 15,000 30,000 Distance (m) 0.0 Depth (m) 表的な文献としては、Sugeng(1993), Mitsuhata - 5,000 0.0 有限要素法および積分方程式)は、ほぼ実用化された段 階に達している。最近の2.5次元の数値計算に関する代 25m - 4,000 0.00 Depth (m) ところで、2.5次元解析では、フォワード計算、イン 3.0km - 6,000 は、その上部に広く分布する油ガス層によるマスキング の影響によるものと考えられる。 25m 0.0 Depth (m) も、そのイメージを再現しているが、計算された比抵抗 3.0km Distance (m) とし、繰り返し計算ごとに徐々に比抵抗構造が鮮明に なっていく様子が見られる。深部に設定した岩塩ドーム 1.0km 2.5km - 3,000 0.00 Depth (m) はんれい インバージョン結果を同図下段に示す。色凡例は暖色 4.5km - 6,000 よび0.3Hzの測線方向の電場の値を用いた。また、測点 間隔は1.5kmである。 - 1,000 - 2,000 - 1,000 - 2,000 - 3,000 - 4,000 - 5,000 反復15回 - 6,000 0.00 3,750 7,500 11,250 15,000 30,000 Distance (m) 0.3 1.0 20.0 Resistivity ・3次元CSEM法解析技術 探鉱対象が複雑化するに伴い、3次元解析技術の実用 化が望まれる。CSEM法の3次元解析技術は、この10数 年の間に端緒がついたばかりである。海底地形を計算モ (注)最上段:計算モデル、以下、反復計算ごとの解の収束の様子 出所:JOGMEC 図12 インバージョン計算例 2008.3 Vol.42 No.2 66 油ガス田探鉱における海洋電磁法の適用可能性 似解法を中心とした高速解法を研究している。 のフォワード計算量から高速に求めることが可能になっ さて、現在、CSEM法の3次元インバージョン計算が、 たからである。しかし、現状の解析ソフトウェアは、海 ある程度成功している理由は、感度行列(ヤコビアン行 底地形を考慮したり、大きな比抵抗コントラストを有す 列)とベクトル値の積が、相反定理などを使って最小限 るモデルが取り扱える段階にまでは達していない。 5. 海洋CSEM法の適用例 ここでは、既存文献による石油探鉱の適用例を紹介す 図14は、イギリスのOHM社がフォークランド諸島で る。実際の調査事例は、各石油会社と調査会社との守秘 実施した海洋CSEM法データの2.5次元インバージョン 義務になっていることから、公開に至っていないものが 解析結果の例である。図13と同様に、暖色系が高比抵 ほとんどである。ここで紹介する事例は、すべてWEB 抗値、寒色系が低比抵抗値を表している。高比抵抗の基 サイトなどで公開されているものである。 盤層がグラーベン状に分布する。図中の右下に、楕円状 図13で示した図面は、ノルウェーのEMGS社がシェ の高比抵抗体が見られるが、これが油層に相当する。 ル石油の依頼を受けて実施した東南アジアでの調査事例 図15は、ExxonMobil社が西アフリカ沖で実施した例 である。反射法プロファイルの上に海洋CSEM法イン で あ る ( S r n k a , 2 0 0 5 )。 同 図 上 段 の 赤 線 で 示 さ れた バージョン結果を重ね合わせて表示している。暖色系が survey line2には21測点が展開されている。送信周波数 高比抵抗、寒色系が低比抵抗である。また、白線は坑跡 は0.25Hzである。この地域では3次元解析が実施され、 である。左側の坑井ではガス層には遭遇しなかったが、 survey line2方向に切り出した断面図が同図下段であ 右側の坑井では海洋CSEM法結果で赤色で示された領域 る。暖色系の高比抵抗域が油ガス層に相当するが、電磁 においてガス層が発見されたそうである。 法で得られた深度と坑井で確認された深度とは、いくぶ こうせい ん異なったようである。また、海洋CSEM法インバー ジョン計算には、3次元地震探査結果から導いた地層境 界などが拘束条件として付加されている。 図16は、同じくEMGS社がノルウェーTroll油ガス田 で実施した調査結果である(Amundsen, 2004)。同図上 段は、同地域での貯留層とされているジュラ紀の Sognefjord層(砂岩)のトップの深度をマッピングした 出所:http://www.emgs.com/_assets/media/files/46-36lores.pdfより 転用 実フィールドデータ解析の例(その1) 図13 -EMGS社によるデータ取得・解析- 出所:http://www.ohmsurveys.com/dataanalysis17.phpより転用 実フィールドデータ解析の例(その2) 図14 -OHM社によるデータ取得・解析- 67 石油・天然ガスレビュー 出所:Srnka(2005)より転用 実フィールドデータ解析の例(その3) 図15 -ExxonMobil社によるデータ取得・解析- アナリシス 図に、調査測点を重ね合わせたものである。測点数は24 点)のデータを基準に正規化して表示したグラフである。 であり、送信周波数は0.25Hzである。ガス層の比抵抗 縦軸が2番測点データを基準にした倍率、横軸が各測点 値は平均70Ω・mで、周辺堆積層は0.5〜2.0Ω・mである。 位置である。下段のグラフで倍率が高くなっている(す 同図下段は、測線南西側の2番測点(油ガス層がない地 なわち、油ガス層のない測点の観測値より大きな観測値 が得られている)地点と、油ガス層の賦存する地点が一 致するとされている。 出所:Amundsen他(2004)、http://www.emgs.com/_assets/documents/0511_o-g_journal.pdfより転用 図16 実フィールドデータ解析の例(その4)-EMGS社によるデータ取得・解析- 6. 海洋電磁法調査会社 ここでは、代表的な海洋電磁法調査会社について、そ の概要を紹介する。 6.2 EMGS社(Electromagnetic Geoservices AS) EMGS社は、2002年2月にStatoil社の研究員であった 6.1 WesternGeco社 Svein Ellingsrud博士とTerje Eidesmo博士が、Statoil社 WesternGeco社の海洋電磁部門は、テキサス州オース とNorwegian Geotechnical Instituteから資金提供を受け ティンに拠点を置くAOA Geophysics社が、2002年に設 て設立した会社である。拠点はノルウェーのトロンヘル 立した子会社であるAOA Geomarine Operation(AGO) ム市にある。2004年にPrivate equity companyである 社をSchlumberger社が2004年10月に買収したことに始 Warburg Pincus社が株式の60%以上を取得した。EMGS まる。AGO社は、2003年から電磁法調査船舶 社は、海洋CSEM法をSea Bed Logging(SBL)と命名 PolarBjorn(ポーラービョン)号をチャーターして、主 した(前述)。この名前は、油ガス層調査という目的に にExxonMobil社を顧客としていた。AGO社はサンディ 特化した海洋CSEM法を指すものとしている。3節で述 エゴのスクリプス海洋研究所から車で20分程度の所に拠 べたように、海洋CSEM法自体は、それ以前から知られ 点を置き(現在は閉鎖されている)、その親会社である ていたが、海底下の薄い高比抵抗層、すなわち油ガス層 AOA Geophysics社は、スクリプス海洋研究所と10年以 の検出に適用させるアイデアは、両博士によるものであ 上も海洋電磁法の共同研究を進めていた。Schlumberger る。また、二人は欧米でSBLに関する特許申請を行った。 社は、AGO社の買収以前に、バークレーに拠点を置く しかし、他社からは、既に学術論文も出版され、既知の 電磁法機器であるEMI社を2000年に買収しており、EMI 技術である海洋CSEM法は、特許申請の対象にならない 社は海洋電磁法装置(MMT24、前述)を製造していた。 と抗弁され、論争の種となった。実際に、SBLの技術の Schlumberger社は、2007年7月に電磁法解析技術の充 多くは、大学や他の電磁法調査会社で使われているもの 実を図る目的で、イタリアのミラノに拠点を置く と差異はない。表に、EMGS社をはじめとする各組織の Geosystem社を買収した。現在では、オペレーションは 海洋CSEM法に関する特許申請の一部を示した。EMGS ノルウェー、データ処理・解析はミラノおよびヒュース 社は、設立当初はSchlumberger-EMI社製造の観測装置 トンという態勢をとっている。 を使用していたが、現在は、自社製の観測装置を使用し 2008.3 Vol.42 No.2 68 油ガス田探鉱における海洋電磁法の適用可能性 ている。通常はx方向とy方向を各1チャンネルずつ(合 あった。時間領域電磁探査法も周波数領域電磁探査法 計2チャンネル)測定するが、EMGS社では、電場測定 も、結局はフーリエ変換の表裏であり、理論的には等価 の重要性から、バックアップとしてxおよびy方向とも 2チャンネルずつ測定し、データ品質とデータ回収率の 向上に努めている。送信機も自社で設計を行い、実際の 製造はSiemens社が行った。 表 海洋CSEM法に関する特許申請の例 組織名 浅海でのデータ取得(1) 6.3 O H M 社 ( O f f s h o r e H y d r o c a r b o n 観測装置 Mapping) OHM社は、2002年にサザンプトン大学海洋センター データ処理方法 OHM 送信機(1) 点を置いている。同社は、大学時代から続いている観測 送信機(2) エジンバラ大学 2004年3月、ロンドン株式市場のベンチャー企業の上場 を主としたAIM市場に上場した。上場時の時価総額は 4,930万ポンド(約120億円)に達した。同社の2006年度 浅海でのデータ取得(2) 電磁マイグレーション の研究者らによって設立され、現在はアバディーンに拠 装置、 送信機開発を進めるための資金調達の手段として、 特許項目 データ処理方法 センサーデザイン スクリプス海洋研究所 モニタリング 観測装置(1) 観測装置(2) 年次報告書によると、総収入は前年度の430万ポンドに 多連式送信アンテナ 比べ、1,040万ポンド(約25億円)と2倍以上に増加し、 アンカー 税引き前利益は前年度の100万ポンド弱から、約300万ポ 周波数最適化 ンド近くに増加している。 コンクリートアンカー 送信機(1) OHM社は、現場データ取得作業からインバージョン 浅海でのデータ取得(1) 解析に至る技術全体のバランスがとれており、また、解 釈技術、特に地震探査と電磁探査とのインテグレーショ EMGS 海洋電磁法+地震探査 送信機(2) ン技術の向上を目指して、Rock Solid Images社と提携 浅海でのデータ取得(2) した。また、OHM社は早くから浅海域での電磁法調査 調査方法(1) 調査方法(2) に取り組んでいる。水深が浅いと、海底近くで発生した データ処理方法 電場は、 絶縁体である空気層の影響を取り込んでしまい、 測点+送信配置(1) 地下のターゲットからの信号をマスキングしてしまう (air waveと呼ばれる)が、OHM社は、2004年初頭に、 このair wave問題を理論的には解決したと発表した。ま 測点+送信配置(2) Schlumberger 観測装置(1) 観測装置(2) 海洋CSEM法手法 た、同年12月に、北海の水深120mの海域で実験航海を 送信配置 行い、成果を収めたとも発表したが、実験方法や結果の 浅海でのデータ取得 詳細内容は、まだ公開されていない。 垂直送信機 ExxonMobil 送信波形 6.4 PGS社(Petroleum Gas Services) データ表示法 PGS社は、地震探鉱会社として有名であるが、2007年 周波数最適化 異方性解析 7月に電磁法調査会社であるMTEM社を買収した。 MTEM社は、2004年に設立された。設立当初は、必ず SN比最適化 Rocksource しも海洋調査をサービス内容としていなかった。しか し、社名(MTEM)の由来にもなったMulticomponent 送信パターン Statoil と同じように高比抵抗値を示す薄層(油ガス層など)の Hydro 検出に有効であり、また、原理的には浅海域も含めて水 BP Ziolkowski博士が唱えたのが、海洋調査への始まりで 69 石油・天然ガスレビュー キャリブレーションフィルタリング 浅海でのデータ取得 Transient EMが、周波数領域の電磁法であるCSEM法 深を問わず適用できると、創業者の1人である 異方性解析 海洋電磁法+地震探査 周波数最適化 時間領域CSEM法 (注)2007年10月、StatoilとNorsk Hydroが合併し、StatoilHydroとな る。表は合併以前に作成されたもの。 出所:OHM社資料より転用および加筆 アナリシス である。MTEM社は、アバディーン大学のAnton 調査船を準備しなければならないことなど、いくつかの Ziolkowski教授、Bruce Hobbs博士、David Wright博士 問題点が残っている。 によって設立され、現在の拠点はエジンバラにある。 PGS社に買収される前まで、資金調達は主にNorwegian 6.5 Petromarker社 venture fund のEnergy VentureやScottish Equity 2005年に設立されたノルウェーのスタバンガー市に拠 Partnersに拠っていた。Bruce Hobbs博士はアバディー 点を置く海洋電磁法調査会社である。持ち株会社である ン大学時代に、MT法測定装置の製作に造詣の深い ORGホールディングスが株式を100%所有していたが、 Dawes氏とともに働いており、同氏はMTEM社の観測 2007年10月にSchlumberger社が株式の10%を取得した。 装置にGPS同期システムを導入した人でもある。このグ しかし、本稿執筆の時点では、Schlumberger社と具体 ループは、1994年から1996年にかけて、陸域で時間領域 的な技術交流は行われていない。この会社の特徴は、時 電磁法を浅部ガス層の検出に使用しており、2001年に特 間領域の垂直電場成分の送受信形態を採用していること 許申請を行っている。この1994〜1996年の調査の内容 である。垂直成分の電場の測定は、潮流による動揺の影 は、Wright他(2002)に掲載されている。測定方法は、 響を被りやすく、電極位置を保持することが難しい。そ 陸域、海域とも、送信機からの電場信号を数百m間隔で こで、同社では、データロガーが装着された1トン近い 展開された観測点群で同時に受信する。MTEM社では、 コンクリート・アンカーの約1m程度上に海底面側の電 時間領域電磁法データのフォーマットを地震探査と同様 極を装着し、その50m上方の電極には直径1m以上の浮 にSEG-Yフォーマットで管理し、反射法地震探査のアプ き球を装着して、大きな浮力、すなわち張力によって潮 リケーション・ソフトウェアを電磁法データのデジタル 流に抗している。データ回収は、ROVを海底のデータ フィルタリングなどに活用している。MTEM社は、 ロガーのところまで潜行させ、ウェットコネクターを介 2006年より海域での油ガス調査に参入した。2006年に してROVとデータロガー間のデータ転送を行う。この は、20台の観測装置と送信機の試作品しか整備されてい ことで、データロガーを船上まで回収、そして再投入に なかったが、2007年には、30台の観測装置と800Aを送 要する時間を節約している。解析は、1次元解析までに 信できる送信機が整えられた。しかし、観測装置の最大 とどまっている。 よ 耐圧水深が500mであること、送信用と受信用に2隻の 7. 海中流電に伴う環境への影響 海洋物理探査では、調査行為と、それを取り巻く環境 えられている。米国内および国際的な委員会では、低周 との間に生じる因果関係に対して説明が求められる場合 波数かつ低振幅である電磁放射ならば、生態系への影響 が多い(環境インパクト・アセスメント)。海洋CSEM は少ないというコンセンサスができているようである。 法では、 海底面付近から交流電流を流す作業を伴うので、 海洋CSEM法で用いる周波数は極めて低く、数日程度の 環境への影響が懸念される。しかし、海中での流電作業 流電作業なので、後遺症が残るような悪影響はないと考 に関する室内実験、フィールド実験の報告などは、公開 えられている。 する段階には至っていない。米国のある石油会社は、環 境コンサルティング会社に対して、生態系に対する諸問 (2) 地磁気に対する影響 題の調査を依頼したそうである。しかし、その詳細につ ウミガメ、クジラ、イルカなど数多くの海中生物が、 いては不明である。ここでは、 (1)電磁放射の生態系へ 地磁気を検知する能力を持ち、移動の際に地磁気を利用 の影響、(2)地磁気に対する影響(3)電気感受性の強 して目的地へ向かうことが知られている。そこで、海中 い魚類に対する影響、について述べる。 に流される電流から誘導される磁場と、地磁気の強度の 差が問題となる。しかし、海洋CSEM法で形成される磁 (1) 電磁放射の生態系への影響 場強度は、地磁気の大きさに比べて格段に小さい。また、 海洋CSEM法では、送信時間が限られていることや、 海洋CSEM法の流電作業は、通常、水深1km以深の深 流す電流値がそれほど大きくないため、上に挙げた三つ 海域で実施され、その領域に生息する生物は極めて限定 の問題点のなかでは、電磁放射は最も影響が少ないと考 される。海水は、極めて高い良導体であるので、海中に 2008.3 Vol.42 No.2 70 油ガス田探鉱における海洋電磁法の適用可能性 流された電流は、たちどころにジュール熱に変換され、 CSEM法で流される電流は、海水の中ではすぐに減衰し 減衰してしまう。そのため、水深の浅い領域に生息して てしまうため、一体、どのような影響が発生するかは、 いる生物にとって、流電の影響は格段に小さくなる。 送信機と生物の距離や送信する水深など多くの要因に依 存する。流電中の海洋CSEM法調査船の速度は、1ノッ (3) 電気感受性の強い魚類に対する影響 ト程度と遅い速度なので、サメなどの泳ぎの速い生物は サメやエイなどの軟骨魚類は、電気に対して敏感であ 送信機を避けてしまうが、エイなどのように一カ所にと ることが知られている。これらの生物は、電気的信号を どまっていることが多い生物への影響は不明なままであ 検知する感覚器官を持っており、互いの連絡や捕食のと る。海洋CSEM法による流電は、海中生物にとって不快 きに、その能力を発揮している。海洋CSEM法の流電作 なものであるかもしれないが、後遺症が残るほどのダ 業は、こうした生物にも影響を与える懸念があるが、具 メージは与えないであろうと考えられている。 体的な影響は不明である。 (2)でも述べたが、海洋 8. 海洋CSEM法の問題点 海洋CSEM法は、まだ開発途上の探査技術であり、測 の均質な大地を設定した。計算周波数は0.3Hzである。 定・運用技術、および解析・解釈技術などの面で、多く 水深が無限大のとき、送受信間隔が大きくなると、振幅 の技術的課題が山積している。ここでは、その一例とし 曲線や位相曲線はほぼ直線的(線形的)傾向を示す。こ てair waveについてコメントする。 れは、均質大地中の電場分布の特徴の一つである。水深 海底面で観測される電場信号のなかには、トランス が浅くなるにつれて電場強度が大きくなり、振幅カーブ ミッタから一度海面に出て、再び海底に戻ってきたもの の急変部が送受信機間隔の短い方へ移動する。同様に、 1E-7 がある。これは、慣用でair waveと呼ばれている。air 1E-8 位相カーブも水深が浅くなると、より短い送受信機間隔 水深=1,500m waveは、絶縁体と見なせる空気中ではほとんど減衰せ のところで直線的傾向から外れて、平坦な位相分布を示 1E-10 水深=500m したがって、水深が大きい調査地域では、air waveの影 響はあまり大きくない。逆に言えば、水深の浅いところ ではair waveの影響が無視できなくなる。 電場強度(V/Am^2) ず、低比抵抗である海水に戻ると減衰する(表皮効果)。 水深=無限大 1E-9 水深=1,000m 水深=200m 1E-11 水深=100m す。空気層は絶縁体であるため、電場の減衰量は極めて 1E-12 小さい。振幅カーブは急変部を超えても、緩い勾配で減 1E-13 1E-14 衰傾向を示しているが、これは送信源からの信号が平面 1E-15 波ではなく、球面発散である証拠の一つと考えられる。 1E-16 図17に、水深を無限大から100mまで変化させた場合 1E-17 注意すべきことは、air waveは単に、海水と空気層の の振幅分布(semi-logスケール) 、位相分布(リニアスケー みの相互作用ではなく、海底面下の比抵抗分布の影響も 1E-19 ル)を示した。海水の比抵抗を0.3Ω・m、そして1Ω・m 受けており、海水と空気の境界で生じる単なる屈折現象 0 2,500 5,000 7,500 10,000 12,500 15,000 1E-18 1E-20 送受信機間隔(m) 1,000 1E-7 電場強度(V/Am^2) 1E-9 1E-10 1E-11 1E-12 1E-13 1E-14 1E-15 水深=無限大 水深=1,500m 水深=1,000m 水深=500m 水深=200m 水深=100m 800 位相値(度) 水深=無限大 水深=1,500m 水深=1,000m 水深=500m 水深=200m 水深=100m 1E-8 600 400 1E-16 1E-17 200 1E-18 1E-19 1E-20 0 0 2,500 5,000 7,500 10,000 12,500 15,000 0 2,500 送受信機間隔(m) 出所:JOGMEC 1,000 位相値(度) 800 水深=無限大 水深=1,500m 水深=1,000m 水深=500m 水深=200m 水深=100m 600 71 石油・天然ガスレビュー 400 図17 水深の違いによる振幅と位相の変化 5,000 7,500 10,000 送受信機間隔(m) 12,500 15,000 アナリシス ではないということである。現在、いくつかのair wave ないのが現状である。 補正方法が提唱されているが、なかなか決定打が出てこ 9. おわりに な じみ 今回は、あまり馴染がなく、しかも海底での電磁場観 になってから、まだわずかな年月しか経過していない。 測という特殊なテーマについて紹介した。海洋CSEM法 よって、地震探査に比べて、調査価格の割高感や、3次 には、制御電流源の詳細、測位技術、他の物理探査種目 元調査・解析技術の後れが見られる。 とのジョイント解析技術など、紙面の都合上、紹介でき 電磁場は、基本的に拡散現象であるため、場の物性量 なかったいくつかの重要な技術要素がある。 の空間的平均に対して感度を示す。このことは、地質構 海洋CSEM法が感応するのは、高比抵抗体である。し 造の微分とも言うべき反射面などの境界形状には分解能 たがって、海洋CSEM法は、油ガス層だけでなく、火山 で劣ることを意味する。そこで、構造の積分である電磁 岩岩脈、 岩塩ドームなどの高比抵抗岩体にも反応を示す。 法と、微分である地震探査法を組み合わせることで、構 つまり、海洋CSEM法は、油ガス層を直接見つけるもの 造に対する感度や油ガス層検出の確率を相乗的に上げら でなく、あくまでも探鉱リスクを軽減するための手段に れることが期待されるゆえんである。 過ぎない。海洋CSEM法は、石油探鉱に適用されるよう 【参考文献】 1) Aki, K., and Richards, P., 1980, Quantitative seismology Theory and Method, W. H. Freeman and Company, 695-717. 2) Amundsen, H. E.F., Johansen, S., and Rosten, T., 2004, A Sea Bed Logging (SBL) calibration survey over the Troll gas field, 66th EAGE Conference & Exhibition. 3) Badea, E.A., Everett, M.E., Newman, G.A., and Biro, O., 2001, Finite-element analysis of controlled-source electromagnetic induction using Coulomb-gauged potentials: Geophysics, 66, 786-799. 4) Cagniard, L., 1953, Basic theory of the magnetotelluric method of geophysical prospecting, Geophysics, 18, 605-635. 5) Chave, A., and Cox, C, S., 1982, Controlled electromagnetic sources for measuring electrical conductivity beneath the oceans, Journal of Geophysics, 87, 5327-5338. 6) Chave, A., Constable, S., and Edwards, N, 1991, Electromagnetic Methods in Applied Geophysics, Vol.2, Chapter 12: Soc. Expl. Geophysics. 7) Constable, S., A. Orange, G.M. Hoversten, and H.F. Morrison, 1998, Marine magnetotellurics for petroleum exploration Part 1. A seafloor instrument system, Geophysics, 63, pp. 816-825. 8) Cox, C.S., Constable,S., Chave, A.D., and Webb, S., 1986, Controlled source electromagnetic sounding of the oceanic lithosphere, Nature, 320, 52-54. 9) Eidesmo, T., Ellingsrud, S., Macgregor, L. M., Constable., Sinha, M. C., Johansen, S. E., Kong, F. N., and Westerdahl, M. 2002, Sea Bed Logging (SBL), a new method for remote and direct identification of hydrocarbon filled layers in deepwater areas, First Break, 20, March, 144-152. 10) Key, K. W., 2003, Application of broadband marine magnetotelluric exploration to a 3D salt structure and a fast-spreading ridge, Ph. D. Thesis, University of California, San Diego. 11) Filloux, J. H., 1977, Ocean-floor magnetotelluric sounding over North Central Pacfic, Nature, 269, 297-301. 12) Mitsuhata, Y., 2000, 2-D electromagnetic modeling by finite-element method with a dipole source and topography: Geophysics, 65, 465-475. 13) Mitsuhata, Y., Uchida, T. and Amano, H., 2002, 2.5-D inversion of frequency-domain electromagnetic data 2008.3 Vol.42 No.2 72 油ガス田探鉱における海洋電磁法の適用可能性 generated by a grounded-wire source: Geophysics, 67, 1753-1768. 14) Newman, G.A., and Alumbaugh, D.L., 1995, Frequency-domain modeling of airborne electromagnetic responses using staggered finite differences: Geophys. Prosp., 43, 1021-1042. 15) Rikitake, R., 1950, Electromagnetic induction within the earth and its relation to the electrical state of the earth’ s interior, Bull. Earthq. Res. Inst., 28. 16) Srnka, L. J., Carazzone, J.J., and Willen, D. E., 2005, Remote Reservoir Resistivity Mapping – Breakthrough Geophysics for the Upstream, Offshore Technology Conference. 17) Smith, J.T., 1996, Conservative modeling of 3-D electromagnetic fields: Geophysics, 61, 1308-1324. 18) Sugeng, F., Raiche, A., and Rijo, L., 1993, Comparing the time-domain EM response of 2D and elongated 3D conductors excited by rectangular loop source: J. Geomag. Geoelectr., 45, 873-875. 19) Sugeng, F., Raiche, A., and Xiong, Z., 1999, An edge-element approach to modeling the 3D EM response of complex structures with high contrasts: The Second International Symposium on Three-Dimensional Electromagentics (3DEM-2), University of Utah, Salt Lake City, October 26-29. 20) 高倉伸一, 武田祐啓, 松尾公一 ,1994, MT法における広域ノイズの影響とファーリモートリファレンス法による その除去, 物理探査, 47, 24-35. 21) 高倉伸一, 松尾公一, 岸本宗丸, 1995, アレイ式MT法の国内石油探鉱への適用-新潟県上越地域における実験例-, 物理探査, 48, 356-371. 22) 高倉伸一, 中神康一, 光畑裕司, 村山隆平, 1997, 新潟県東頚城地域の比抵抗構造の石油地質学的解釈 -MT法と基 礎試錐のデータに基づいて-, 石油技術協会誌, 62, 59-68. 23) Ward, S. H., and Hohmann, G. W., 1988, Electromagnetic theory for geophysical applications, in Nabighian, M.N., ed., Electromagnetic methods in applied geophysics – Theory: Soc. Expl. Geophysics. 24) Wright, A., Ziolkowski, A., and Hobbs, B., 2002, Hydrocarbon detection and monitoring with a multicomponent transient electromagnetic (MTEM) survey, The Leading Edge, 21, 852-864. 執筆者紹介 山根 一修(やまね かずのぶ) 岩手県釜石市生まれ。1989年秋田大学大学院修了。地熱技術開発株式会社入社。1998年から2000年まで京都大学大学院後期博士課程 在学。2007年7月同社退職。同年11月より、JOGMECに入社。現在に至る。 73 石油・天然ガスレビュー