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1 計画の概要 1−1 背景と経緯 昨今の犯罪急増と体感治安の悪化の

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1 計画の概要 1−1 背景と経緯 昨今の犯罪急増と体感治安の悪化の
1
計画の概要
1−1
背景と経緯
昨今の犯罪急増と体感治安の悪化の主因のひとつとして、地域社会(=コミ
ュニティー)の崩壊が挙げられる。コミュニティーが伝統的に有する連帯感の
強さが地域に対する帰属意識を高め、倫理観や道徳観を醸成したため、内なる
犯罪を抑止し、外部からの犯罪の侵入を防いでいた。それが、急速な都市化や
産業構造の変動、ライフスタイルの個人主義化などによって崩れ去った。平成
16年版『警察白書』は「地域社会との連携」という特集テーマを設定し、治
安悪化の一因に住民相互の人間関係の希薄化をあげて、その改善こそ治安回復
の鍵であるとしている。
では、コミュニティーの機能を再び回復させるにはどうすればいいか。
本研究では、コミュニティー崩壊をもたらした生活道路の機能低下に着目し、
地域の特色および時代の要請に合致した新たなコミュニティー道路の整備を提
唱するものである。
1−2
目的とビジョン
本来、個人と個人を結びつけ、情報の受発信を担い、人情を育むメディアで
あった生活道路を復活させ、自動車交通優先で整備されてきた政策を生活者中
心に転換するためのコミュニティー道路の整備、普及を目的とする。また、国
土交通省と警察庁の実施する安全対策がコミュニティー道路として具現化した
地域がコミュニティーの再生を促し、犯罪抑止効果を向上させることを実証す
る。
コミュニティー道路は、わが国では、昭和61年から国土交通省(旧建設省)
が第四次交通安全対策施策等整備事業5カ年計画の重点施策として取り組みを
開始し、昭和63年には警察庁も同事業計画の推進に協力しているが、いずれ
も歩行者の安全保護を目的としている。これに対し、本研究におけるコミュニ
ティー道路のミッションは、コミュニティーの再生による犯罪抑止である。
基本的な考え方としては、1960年代後半からオランダにおいて実施され
始めたボンネルフ(woonerf)に立脚する。ボンネルフとは「生活の庭」という
意味をもち、住宅地等で自動車の走行速度を低下させることによって人と車の
調和をはかるため、歩車道分離の構造や交通規制等の対策を施した区域ないし
は道路のことをいう。
具体的には、歩道部の幅員を広くとり、場所によっては車道部分をジグザグ
にしたり、路面に盛り上がりや段差を設けたりして、物理的に自動車が速度を
落とさざるをえないように道路を整備する。これにより、通過交通の住宅地等
からの排除や、安易な侵入を抑止する。
わが国の国土狭小で人口密度が高い特性や、公共交通機関網が未成熟で全国
民の約7割が運転免許を持つクルマ社会である現状等を考慮すると、地域にあ
ったコミュニティー道路の早急な研究、普及が望まれる。1
1−3
実現に向けての戦略
道路行政をめぐる関係省庁や機関の調整に加え、規制等を伴うことから地域
住民のコンセンサス形成が重要な課題となった。このためモデル地区を設定し、
住民説明会やシンポジウムなどに続いて、シミュレーションを行い、実績を示
すことで政策の実現をみた。モデル地区は横浜市泉区 I 地区、横浜市泉区 R 地
区、及び横浜市港北区 T 地区の3地域である。
また、理論的根拠として犯罪機会論及びマルカス・フェルソンの「ルーティ
ン・アクティヴィティー理論」を位置づけた。
a)
犯罪機会論
犯罪機会論の基本的な考え方は、犯罪者と非犯罪者の差異はほとんど無く犯
罪性の低い者でも犯罪の機会が与えられれば犯罪を実行し、高い者でも機会が
無ければ犯罪を実行しないので、機会を与えないことにより犯罪を未然に防止
しようとするもので、欧米では既にその効果が確認されている。2 具体的には
物的環境の設計等、犯罪に都合の悪い環境を作り出すことで、状況的犯罪防止
(Situational Crime Prevention)と呼ばれている。
構成要件には「抵抗性」「領域性」「監視性」の3要素がある。抵抗性とは、
犯罪から加わる力を押し返そうとすることで、ひとつの地域が安全な状態を維
持しようとする意思の表れをいう。領域性とは、犯罪の力が及ばない範囲を明
確にすることで、地域としての区画性があり、犯罪者の侵入を許さないテリト
リー意識をいう。そして監視性は、文字通り犯罪者の行動を監視できることで
ある。
コミュニティー道路は、老若男女を問わず歩行者が安心して存在できる道路
形態であるため、人通りが増え、交流やコミュニケーションを通して価値意識
を共有する機会を増やし、上記3要件を満たす仕掛けとして相応しい機能を果
たすことが期待される。
b)
ルーティン・アクティヴィティー理論
マルカス・フェルソンによれば、犯罪は、「犯意ある行為者」「犯罪の目標物」
「有能な監視者の不在」の3要素が揃った時、発生する。犯意ある行為者を設
平成16年版『警察白書』によると、運転免許保有者は 77,468,000 人で全人口の 71,4%
男女のそれぞれ男性人口、女性人口に占める割合は男性 85,4% 女性 58,4%
2 日本においては立正大学、小宮信夫教授の提唱より注目され始めた。
1
定する等の点は犯罪機会論とは異なる立場だが、有能な監視者の不在という要
素は犯罪機会論と共通のもので、犯罪発生の重要な用件を解明する上でも注目
に値する。
例えば、ガードマンの巡回や町内会のパトロールなどはコストや継続性の面
で困難が伴い、監視カメラ等はプライバシーの侵害に抵触する等、有能な監視
者をどう実現するか課題があるが、この点、コミュニティー道路によるコミュ
ニティー機能の回復は、地域そのものが有能な監視者になりうることを示し、
外部からの犯罪の侵入を抑止する効果を発揮している。また、街全体が有機的
な生活空間として整備されることから、犯罪者ないしは犯罪目的に心理的圧力
をかける効果も期待できる。
1−4
進捗状況及び課題
設定した地域のシミュレーションは全て完了した。次の課題は、これを全県
下に広げていく方策である。道路管理者は通常自治体であり、舗装やデザイン
に対する財源の問題が生じる。交通規制は警察の管轄だが、いわゆる縦割り行
政の中で、両者の連携、また、住民からみた窓口の一本化等、今後解決すべき
課題も浮かび上がった。
2
計画の特徴、優れている点
2−1
特徴
通常、コミュニティー道路は交通政策の範疇で論じられるが、本研究では、
犯罪抑止の観点からこれを捉えた。この視点は画期的であり、実際に整備を行
った3地域のデータからも、コミュニティー道路の整備が地域社会を再生させ、
犯罪抑止の効果を発揮するという仮説が実証された。
2−2
優れている点
実際に3地域で実施した施策により、犯罪発生件数が有意に減少し、理論が
実証された点である。以下、3地域の実態を報告する。
a)
I 地区
横浜市泉区の I 地区は昭和 47 年から 51 年にかけて相模鉄道いずみ野線のい
ずみ野駅北側に開発された住宅地で、小、中学校、特別養護老人ホーム等も設
置され、いわゆる閑静な住宅街である。コミュニティー道路は、第一期工事(平
成 14 年 10 月∼15 年 6 月)第二期工事(平成 15 年 9 月∼16 年 3 月)に分けて
行われ、約 400 世帯の居住地域の整備が完成している。歩道の設置、カラー舗
装による歩車道の分離、一方通行による車両進入規制など、徹底した歩行者保
護対策を講じた。(写真1参照)
この地域の犯罪の 100 世帯当たりの発生率は表1及び表4の通り、コミュニ
ティー道路整備の前後で 1/3に減少しており、特に、プロの犯行である空き巣
の発生が年間4,5件から 0 件と、発生ゼロを実現した。
b)
R
地区
横浜市泉区の R 地区は、相模鉄道いずみ野線緑園都市駅を中心に昭和 51 年か
ら 61 年にかけて開発されたいわゆる新興住宅地で、人口約 15,000 人、5000 世
帯ほどが居住するモダンな街である。人間性を追及した豊かな街づくりをテー
マに建設が進められ、平成 2 年には横浜まちなみ景観賞を受賞した。3
しかし、歩行者専用道路や三角公園等を配置し、安全性に配慮した街づくり
を目指したにもかかわらず、犯罪発生率は泉区内でも多発地域となっている。
すなわち、コミュニティー機能が十分発動するような街づくりのデザインに至
っていなかったといえよう。
そこで、本研究では、R 地区のうちでも侵入盗の多発する 6 丁目と 7 丁目(1100
世帯)をモデル地区として選定し、道路管理者の協力を得て、道路標示による
コミュニティー道路対策を行った。
(写真2参照)
その前後で犯罪発生件数が表 2 及び表4で明らかなように如実に減少した。
特に、I 地区と同様、空き巣の発生がゼロになった点が注目される。4
c)
T 地区
横浜市港北区 T 地区は T 小学校を中心とした住宅街で、約 1300 世帯が居住
し、平成 13 年 3 月からコミュニティー道路の運用を開始している。T 地区を包
含する横浜市港北区の T 地域(東横線綱島駅周辺 10,000 世帯)の平成 16 年中
の刑法犯 1,177 件と比べると、コミュニティー道路運用後の T 地区の 100 世帯
当たりの刑法犯発生率は約 1/3 に抑えられている。この地域の平成 17 年 4 月ま
で 4 ヶ月間の犯罪発生は 10 件で、昨年の発生ペースをさらに下回っているが、
I 地区や R 地区に比べると防犯効果の表れ方が比較的ゆっくりしており、当初の
コミュニティー道路のデザインが歩行者保護に重点を置き、コミュニティー機
能の再生を促す力に不足があったためと思われる。すなわち、この地域は住宅
地と商店街が混在しており、コミュニティーとしての共有イメージを創出する
のに時間がかかったことが原因であろう。
以上の結果より、コミュニティー道路の整備と犯罪抑止効果の相関性を主張
3
横浜市主催の賞。安全性の確保とともにコミュニティー機能の向上に貢献したと認定され
た。平成 2 年 2 月 6 日受賞。
4 I 地区 R 地区ともに、警察として特別な防犯対策を講じているものではなく、あくまで通
常の警察活動の中で効果を測定した。
したい。
3
計画の問題点と評価及び政策提言
3−1
法体系
現在運用されている道路を管轄する法律は、いずれも堅固な道路を整備して
自動車交通の安全と円滑を確保することに力点をおいており、歩行者保護につ
いて正面から規定した条文は見当たらない。
a)
道路交通法5
第1条は道路における危険を防止すること、交通の円滑を図ること、交通に
起因する障害の防止に資すること、の 3 点を目的としてあげている。その道路
の定義は、第2条第1号で、道路法と道路運送法に規定する道路としている。6
すなわち、道路交通法は、道路を利用する自動車も歩行者も、幹線道路も生
活道路も同じ視点と基準で取り扱っている。幹線道路のように歩道と車道が区
別されていない、地域の生活道路や狭隘な道路は、路側帯により歩行者の通行
のスペースを確保すよう規定されているが、これは円滑な自動車交通を妨げな
い目的であり、現実には、路側帯を設けて歩道を確保できる道路は限られてい
る。7
b)
道路法
第3条で道路の種類として高速自動車国道、一般国道、都道府県道、市町村
道を規定し、その上で、第29条により道路の構造を規定、当該道路の存する
地域の地形、地質、気象その他の状況及び当該道路の交通状況を勘案して、通
常の衝撃に対して安全であるとともに円滑な交通を確保するとしている。
上記のような法体系の下で、生活道路が幹線道路と同じようにクルマ走行の
効率やクルマ交通の円滑、利便の観点から整備されてしまったために、結果と
して歩行者が阻害され、コミュニティー道路の崩壊とともに地域社会が崩壊し
たと分析できるのである。
3−2
政策提言
法改正は容易にできないが、改正しなくとも現状の運用如何でコミュニティ
ー道路を再生することができるのではないか、と模索したのが今回の研究であ
った。3地区の実例より以下の提言が導かれた。
① 地域の生活道路においては路面表示等により歩道を確保する。
5
6
7
昭和 35 年 6 月 25 日法律第 105 号
道路法:昭和 27 年法律第 180 号
道路交通法第2条第 3 号の4
道路運送法:昭和 26 年法律第 183 号
②
特に狭隘道路においては、一方通行規制等有効な交通規制を実施する。
③
住宅地域においては通過交通の規制を強化し、クルマからの安全を確保する。
④
住宅地域を通り抜ける通過道路においては、歩車道を明確に分離し、生活空
間を侵害しない道路構造とする。
⑤
電線の地価埋設等、歩道のバリアフリー化を推進する。
⑥
小型路線バス、乗り合いタクシー等、公共輸送体制を整備し、クルマ利用を
抑制する。
今後、こうしたコミュニティー道路整備を全県下に普及させていく政策展開を
図りたい。また、財源の問題も今後の検討課題としたい。
4
応募者の計画へのかかわり
神奈川県警察本部の早川は、現職の警察職員として犯罪捜査の現場で防犯対策
に取り組んでおり、本研究における 3 地域の実証時は管轄の警察署長として、政
策決定の現場における最高責任者であった。
千葉商科大学の宮崎は、政策情報学の研究者であり、従来型の手法が通用しな
い 21 世紀型の問題発見、問題解決に取り組んでいると同時に、神奈川県警察本部
長の諮問機関「本部長とかたる会」の委員や警察協議会会長として早川とのコラ
ボレーションが可能な立場であった。
両名の協働により、ユニークな研究が実現できたと自負している。
表1
泉区 I 地区コミュニティー道路整備地区の犯罪状況(400世帯)
空き巣
ひったく
乗り物盗
その他
合計
り
100 世帯当
たり
平成 13 年
5
3
2
5
15
3.8
平成 14 年
4
2
3
5
14
3.5
平成 15 年
5
0
0
4
9
2.3
平成 16 年
0
1
2
3
6
1.5
平成 17 年
0
0
1
1
2
___
(1−4 月)
表2
泉区 R 地区コミュニティー道路整備地区の犯罪状況(1100世帯)
空き巣
ひったく
乗り物盗
その他
合計
り
100 世帯当
たり
平成 13 年
6
4
6
24
40
3.6
平成 14 年
13
8
2
23
46
4.2
平成 15 年
21
4
3
24
52
4.7
平成 16 年
11
1
2
22
36
3.3
平成 17 年
0
0
1
2
3
___
(1∼4 月)
表3
港北区 T 地区コミュニティー道路整備地区の犯罪状況(1300世帯)
空き巣
ひったく
乗り物盗
その他
合計
り
100 世帯当
たり
平成 13 年
4
0
24
23
51
3.9
平成 14 年
8
8
15
34
65
5.0
平成 15 年
5
1
12
36
54
4.2
平成 16 年
8
2
10
16
36
2.8
平成 17 年
2
1
1
6
10
___
(1∼4 月)
表4
神奈川県、泉区、港北区における 100 世帯当たりの犯罪状況
神奈川県
泉区
港北区
平成 13 年
5.3
5.0
5.6
平成 14 年
5.5
4.8
5.8
平成 15 年
5.3
5.3
5.1
平成 16 年
5.2
4.8
5.1
2005 年計画賞021
コミュニティー道路整備による地域社会の再生に基づく犯罪抑止
千葉商科大学 政策情報学部
助教授
宮 崎
緑
神奈川県警察本部 生活安全総務課
課 長
早 川 正 行
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