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言葉の革命 日本のアヴァンギャル ド文学の意義と可能性
言葉の革命 日本 のアヴ ァンギ ャル ド文学 の意義 と可能性 安部 公房 の死 をい たんで。 MikolajMELANOWICZ(WarsawUniversity) 言 葉 で い きて 、 言 葉 で 死 ん だ 安 部 真 知(箱 根 、1993年3月) き れ い な 言 葉 も、 お 手 本 が あ る ん じ ゃ な くて 、 つ く り出 す も の じ ゃ な い か 。 D.キ ー ン との対 談 「反 劇 的 人 間 」(1) 安部 公 房 の 「も ぐら 日記 」 の 大 部 分 は、 言 葉 の 本 質 につ い て の思 考 で あ る。 た とえ ば、9月11 日水 曜 日(1985年 の 日付 けで つ ぎの よ うな こ と を記 した の で あ る 。) "言 葉 の体 系 、 構 造 、 機 能 、 意 味 を、 総体 と して把 握 す るの は難 しい。 そ もそ も 〈 把 握〉 とい う作 業 そ の ものが 〈言 葉 〉 の 機 能 の 一 部 だ か らだ 。 言 って み れ ば鏡 に鏡 を映 す よ う な作 業 だ。 映 して 出 さ れ る もの は無 に す ぎ な い"(2}。そ うい うふ う に安 部 は 、 国際 会 議 で 講 演 す る た め に思 考 の 道筋 を きち ん と して い こ う と して い る 。 そ の 講 演 の 下書 き を 「技 術 と人 間」 と い う題 名 で 「も ぐ らの 日記 」 にい れ た。 ま たそ の 講 演 の 内 容 に も、 こ とば が 本 筋 に な っ て い る。 「じつ を言 う と しば ら く前 か ら、 現 代 の 混 沌 を解 読 す る鍵 と して こ とばの 謎 の解 読 に注 目 しは じめ て い た ので す 。」 また 四行 目に 「自分 の 行 動 と対 象 の 変化 を、 因果 関係 と して総 体 的 に掌 握 す る こ とで す 。 〈こ と ば〉 の 力 を借 りな け れ ば 出 来 る こ とで は あ りませ ん」 と安 部 が 書 い て い る。〔3) 安 部 公 房 は、 言 語 理 論 に つ い て か な り執 着 して い た 。(4.でも興 味 を もっ た の は 、言 語 と大 脳 皮 質 の 関係 く らいで あ る。 と にか く分 か りきっ た 問題 で は な か っ た と い え る。 晩 年 、 安 部 は、 ク レ オ ー ル とい う概 念 を見 つ け て 自分 の 文 学 が ク レ オ ー ル 的 な もの だ と思 った か も しれ な い。〔5)(こ の場 合 は 、 ク レ オ ル と言 う言 葉 の 意 味 は、 も と の意 味 と は、 だ い ぶ 違 って しま った の で あ る。) 間違 い な く安 部 は、 自分 の 文 学 の独 自性 を 固 く信 じて い た 。特 殊 な新 しい こ と ばの 文 学 を造 りえ た の だ。 そ うい った 新 しい 言 語 を造 ろ う と した の は 、 石川 淳 、花 田清 輝 や 野 間 宏 な どで あ る と思 う。 安部公房のことばの起源 安 部 公 房 の文 学 を考 え る う えで 、20年 代 に 始 ま った都 会 の 文化 と と もに発 展 した 探偵 小 説 と科 学 小 説 が 重 大 な流 れ で あ る。モ ダ ニ ズ ムの ア ヴ ァン ギ ャル ドの 思想 や文 学 だ けで は な い ようで す 。 た だ長 い 間 探 偵 と科 学 小 説 は、 評 論 家 た ち に 無視 され て きた が 、モ ダニ ズ ム 文 学 の ほ うに取 り入 れ て考 え た こ とはあ ん ま りない 。 もち ろ ん現 代 文 学 の形 式 と言 葉 の 変 化 や 芸 術 の 水 準 に と って モ ダ ニ ズ ムの 役 割 が 大 きい 事 は、 意 義 が な い で あ ろ う。 そ の戦 後 へ の 影 響 も副 次 的 なの で は な い。 II-101 安 部 公 房 文 学 の形 成 に もあ き らか なの で あ ろ う。 ご承 知 の 通 り、 す で に 瀬 沼 茂 樹 は 「現 代 文 学」(昭 和8年 〉 の 第 一 章 〈モ ダニ ズ ム 文 学 の 発 生 〉(6)で、新 しい 文 学 の風 潮 を担 っ た若 い 世代 の作 家 た ち に つ い て は、既 成 レ ア リズ ム か らの脱 却 と、 マ ル ク ス 主義 の社 会 変 革 の 思 想 に た い す る対 抗 意 識 に お い て 、 「精神 の 革 命 」 を主 張 して 新 しい小 説 を生 ん だ とい うので あ る。そ して 新 しい物 質 的 な生 活 の うち に入 り込 む こ と に よ って 、 「精 神 の 革 命 」 を もた らそ う と した。 そ れ は近 代 機 械 文 明 と都 市 生 活 との性 格 を強 く反 映 す る結 果 とな っ た。 い う まで もな く 「精 神 の革 命 」 は、 プ ロ レタ リ ア文 学 者 の 社 会 主義 者 の 「社 会 の 革 命 」に た い して 論 争 的 な態 度 を表 す よ うで あ る。ア ヴ ァ ンギ ャル ドの思 想 を受 け継 い だ文 学 者 は 、 まず 「言 葉 の革 命 」 を こ ころ み た の で あ る 。す くな く と も、 日本 語 と の実 験 的 な 〈闘 争〉 が 行 わ な け れ ば 、石 川 淳 や 安 部公 房 の 文学 の言 葉 が生 ま れ る はず は な い。 そ う だ とい って も探 偵 小 説 や 科 学 小 説 一SFの 言 葉 が20年 代 か ら生 まれ こな け れ ば 、安 部 公 房 の文 学 技 巧 も考 え られ ない 。 技 法 の実 験 の分 野 で は、 伊 藤 整 の 業績 が 多 少見 下 ろ され て い る か も しれ な い。 伊 藤 整 の 初 期 の 作 品 は、 ジ ョイ ス の 「意 識 の 流 れ 」 の技 法 を模 倣 しな が ら、 フ ロ イ トの潜 在 意 識 の 分 析 方 法 を小 説 に応 用 して 、知 的 な新 心 理 主 義 の 方 法 を主 張 した 。 か れ の 試 み は 、 海外 の模 倣 で あ るが 、 新 し い技 法 、 思 考 、主 人公 な どの 描 写 の 試 み が つ ぎの 世代 の た め に 言葉 の 変化(革 命 とい っ て もい い よ う な変化)を 準 備 した。 伊 藤 自身 は、 失 敗 した に して も文 学 変化 に もた ら した力 が 大 きい。 「普 賢 」(昭 和11)の 著 者 で あ る石 川 淳 も、言 葉 に た いす る態 度 の 範 囲 で は、 安 部 公 房 の先 駆 者 だ とい え る。 石 川 淳 に は 、 〈 物 質 と して の言 葉 しか な い 。 そ れ が き りひ らい て ゆ くと こ ろ 、石 川 淳 の言 語 宇 宙 が 立 ち現 わ れ るで あ ろ う。石 川 淳 の作 品 世界 は、安 部 公 房 と同 じよ う に、ゼ ロ(虚 無)か ら出発 して 言語 世 界 を創 成 す る。 そ してそ の 限 度 の さ きに は、 何 も無 い の で あ る 。 別 の言 い方 をす れ ば、 そ の希 有 の作 家 は、 た だ言 葉 のみ の エ ネ ル ギ ー に よ って 、 文 学 の宇 宙 を構 築 した の で あ る。 日本 の現 代 小 説 の展 開 を考 え る うえで 、真 直 ぐ安 部 公 房 文 学 の 核 心 につ な が る。 安部の言語 安 部 公 房 は精 巧 な文 章 表現 で効 果 を出 す こ とに成 功 して い る。 そ の 中で 事 物 は しば しば 抽 象 的 概 念 化 し、 あ る い は また 逆 に抽 象 的概 念 は記 録 作 家 的 手 法 に よ り具 体 的 に描 出 され 、 歴 然 と した 形 で受 け取 る こ とが で き るの で あ る。安 部 は カオ ス を打 ち 崩 して元 来 の簡 単 な要 因 に分 解 して 、 見 せ掛 け や嘘 ・欺 瞞 をふ るい わ け な が ら新 しい秩 序 を導 入 して い った。 世 界 を改 造 す る こ との 出 来 る言葉 に行 動 の意 義 を取 り戻 せ る よ う な、 つ らい努 力 を しつ づ け た 、断 固 た る、 妥 協 しない 作 家 で あ った 。日本 的 で あ る と同時 に 、西 洋 の技 巧 や構 想 を総 合 しな が ら新 しい文 学 の 可 能 性 を探 っ て きた 。 写実 主 義 ・リア リズ ムで も 自然 主 義 で も、 また心 理 主義 の カ テ ゴ リーで もつ か む こ との で きな い 。新 しい 、文 学 ヴ ィ ジ ョン を創 造 して い た 。 作品の主人公たち 安 部 公 房 の長 編 小 説 、 短 編 小 説 、 戯 曲 にお け る主 人 公 た ち は、 お しなべ て 両親 、子 供 とい っ た 家 族 の 構 成 員 を もっ て い な い。 発 端 にお いて 、 な ま え もな く、 個 人 の 生 活 史 もほ とん どな く、 ほ 1… 融 象 の 形 を と って い る。 大 体 にお いて 孤 立 して い て 、 神 へ の 信 仰 も持 た ず 、 人 間世 界 の 中で 重 1-102 要 な、 欠 か せ な い もの と して承 認 され た 価 値 も持 た ない 。 主 人 公 と同 じよ うに孤 独 で無 力 な他 者 に た い して 適応 しな け れ ば な らない 。 そ して その こ と は、 うたが い もな く安 部 の 世界 の ドラ マ ツ ル ギ ーの も っ と も重 要 な源 泉 で あ る。 も しも な にか 得 体 の しれ ない 、 匿 名 の 、 設 定 され た プ ロ グ ラ ム通 りに 自動 的 に行 動 す る、 自動 制 御 の 力 の 圧 迫 に直 面 して 、 自分 に 必要 な他 者 を見 つ け る こ とや他 者 を肯定 す る努 力 は虚 し くお わ る と して も、 努 力 そ の もの は安 部 の創 作 活動 とそ の作 品 に 深 い意義 を もた ら した。 そ れ は ヒ ュ ーマ ニ ズ ムの 新 鮮 な息 吹 を呼 び起 こす の で あ る。 安 部 の 主 人公 は 、 〈精神 的 な 「無 国籍 者 」〉 で あ り、 孤独 で 、 故郷 喪 失 で もあ る 。 そ して そ の原 点 を安 部 の 満州 で の敗 戦 体 験 に求 め る評 論 家 が い る。 そ の 無 国 籍者 で あ る作 者 が 、前 衛 的 な芸 術 を創 造 した の で あ る。 ア ヴ ァ ンギ ャル ド作 家 と して の 特徴 は異 端者 の告 発 者 で あ った。 狂 気 に近 い悪 意 を抱 い た男 、人 問否 定 ない しは アナ ー キ ズ ムの 思 想 が 、 この作 品 を貫 い て い る。 狂 気 に近 い 異 端者 の 主 人公 は 〈 僕 自身 〉 を告 発 しよ う と して い るの で あ る 。結 局 瘋 癩 病 院 に封 じ込 め られ る。 この枠 組 み よ り重 大 なの は 〈言 語 の行 動 性〉 で あ る。 「終 わ り し道 の標 べ に」 で は、 書 くとい う行 為 が 終 始 、 自分 の名 を失 うこ と とす べ ての 名 を失 わせ る こ と、 すべ て の故 郷 を棄 て る こ と とす べ て の 故 郷 を否 定 す る こ と一 こ れ らの一 対 の こ と は 同 一 の こ とだ一 が 究 極 の 自己 確 認 で はな い か とい う思 想 が 、 堂 々 め ぐ りす る苦 しい弁 証 の 中で 叫 び声 をあ げ て い る。 〈 終 わ っ た所 か ら始 め た 旅 に、終 わ りはな い 。〉と い う言 葉 か ら始 ま る この 手 記風 の小 説 は、フ ィ ク シ ョナ ル な物 語 と哲 学 的 な概 念 の まわ りをめ ぐる告 白で あ る 。〔7) 故郷 な ど を失 っ て、 一 切 の 約 束 か ら(愛 、 国 家 な ど)主 人公 が逃 亡 す る。 作 者 はい まあ る もの の 否定 が 未 来 と結 びつ く。 比 喩 の 言 葉 で書 か れ る寓 話 の形 式 を造 る。 こ の転 換 は 厂デ ン ドロカ カ リヤ」 で 決 定 的 とな っ た。 作 者 は手 記風 の書 き方 を棄 て た 。 そ して 明確 に採 用 したの は観 念 を具 象化 す る発 想 で あ る。 ア ヴ ァ ンギ ャル ド芸 術 に あ け る 物 へ の 転 換 で あ る。 〈名 も ない もの〉 は 名 前 を喪 失 す るS.カ ル マ 氏 と な り、〈 死 〉は 具 体 的 な 死 体 と な り(「無 関係 な死 」)、〈自己 否 定〉 は、 繭 とな り(厂 赤 い 繭 」)、象徴 で あ っ た 〈 樹 〉 が 、 植 物 人 間、 植 物 で あ る人 間 と して具 象 化 され て 、 デ ン ドロ カ カ リヤ とな る。 観 念 の 具 象 化 は、 花 田清 輝 、 岡 本 太郎 、 野 間 宏 、 埴 谷 雄 高 、佐 々木 基 一 な どか ら影 響 を受 け た 安 部 は、 と くに花 田清 輝 の ア ヴ ァンギ ャル ド芸術 論 に 非常 な興 味 を示 した。 そ れ は 〈夜 の 会〉 の 運 動 の参 加 の時 で あ っ た。 古 い リア リズ ム の 殻 を崩 して 自己 変革 へ の道 を進 んで いか な けれ ば な らな い こ と、異 質 の もの の 対 立 を対 立 の ま ま統 一 す る 芸術 で な け れ ば な らな い こ と は花 田理 論 の 特 徴 で あ る 。(存在 と非 存 在 、肉体 と精 神 、有 機 体 と無 機 物 、 ドキ ュメ ン トとフ ィク シ ョン とい っ た対 立)。 安 部 は花 田 理 論 の 影 響 で リル ケ か ら受 け取 って い た事 物 に 関す る思 想 を活 か して独 自 の ア ヴ ァ ンギ ャル ドの 文 学 を創 作 して い た 。 外 部 の 世 界 と内部 の世 界 との両 方 を 同時 に眺 め 、 そ の あ い だの 対 応 を と らえ よ う と した 。結 局花 田 た 言 わ れ た とお り即 物 的 にか つ 知 的 にか い た。 伝 統 的 な もの を否 定 して 寓 話 を作 り上 げ た 。(世 界 の 否 定一 「S.カ ル マ氏 」、 認 識 変 革 の夢 の肯 定 一 「バ ベ ル の塔 の狸 」)。 ドク メ ン タル な素 材 で科 学 的 な 未 来像 を造 り、 未 来 に よ って現 在 を照 ら そ う とす るSF風 な手 法 を見 出 した 。意 識 変 革 に 重 点 を置 い た 。 こ の作 家 の 特 有 の主 人公 とテ ー マ は、 す で に初 期 の作 品 「赤 い 繭 」(1950)に g-103 現 わ れ て い る。 この作 品 で は、 一 人 の 男 が 夕暮 れ時 に街 を歩 い て いて 、 あ る家 に入 り、 自分 の家 が な い か ら こ こ に住 も う と言 い、 あ とで 変 身 して繭 に な って どこ にで も横 たわ って 住 め る ご とに な る。 つ ま り、 主 人公 に は故 郷 や 家 が な く、失 踪 や逃 亡 また は変 身 とい う元 素 の 形 で 現 わ れ る。植 物 に 変 身 す る もの(「 デ ン ドロ カ カ リヤ」)、植 物 の 生 え る体 の あ る人 間(「 カ ン ガ ル ー ・ノ ー ト」)、棒 に 変 身 す る もの(「 棒 」、 「棒 にな った男 」)、魚 の よ う に水 の な か に住 め る 人 間(「 第 四 間 氷期 」)、鳥 か 飛 行 機 の よ うに空 を飛 ぶ こ との 出来 る人 間(「 飛 ぶ 男 」)、馬 にな ろ う とす る男(「 密 会 」)、旅 行 鞄 に変 わ った男(「 鞄 」)な どは 、独 自の存 在 意 識 が な くて 、 た だ な に ものか に よ って 使 わ れ る こ と にな るの で あ る。 そ うい う形 で現 代 社 会 にお け る人 間 の孤 立 と無 能 性 を初 期 の50年 代 の 作 品 か ら最 期 まで描 きつ づ けた 。いつ も超 能力 を備 え た 人 間 を も考 えて い た の で あ る。(「 飛 ぶ 男 」「第 四 間 氷 期 」) 変 身 とカ フカ メ タモ ル フ ォー ゼ(変 身)の モ チ ー フ を安 部 は カ フ カの 作 品 に接 近 させ て い る。一 カ フ カ か ら 導 き だ され て い るの だ一 と言 え る ので あ る が 、安 部 は 、初 期 の作 品 の参 考 に しい ない よ うで あ る。 後 に な って か らの カ ミュ ー との 関 係 は微 妙 で、 大 変 重 要 で あ る とお もわ れ る の だ が。 そ れ に もか か わ らず 、 連作 小 説 「壁 」 な ど に は カ フ カ の手 法 が 窺 われ る。 この 実 存 主 義 的 な作 家 で あ る カ フ カ、 人生 の不 可 解 や 非 合 理 を表 現 した作 家 に 戦後 は や く関心 を よせ た の は、 石 川 淳 、花 田清 輝 、安 部 公 房 な どで あ る。 と くに安 部 の 場 合 、 カ フ カ が投 影 され て、 共 通 問 題 とテ ー マ を有 す る こ とは拒 め な い ので あ る。 それ は、 日常 的 な 現 実 主 義 的 な 背景 に 非 現 実 的 な内 容 を書 くとい う点 で あ る。 あ とに な っ て、 カ フ カの 影 響 は、 と くに 倉橋 由 美 子 の作 品 に大 きい。そ れ は と もか くと して 「S.カ ル マ氏 の犯 罪 」な どで は知 的 ゲ ー ムが 多 く見 られ 「壁 」 とい う作 品 に よ り、 まだ 若 い安 部 は 、戦 後 世代 を代 表 す る最 も主 要 な、 ア ヴ ァンギ ャル ドの作 家 で絶 え な い実 験 をつ づ け た の で あ る。 ・ 一番 いい小 説 「砂 の 女 」 「砂 の女 」 の シ ムボ ル は 、 一般 論 と して は 、 民 族 あ る い は 国家 の所 属 とい う こ と にか か わ りな く、 じぶ ん の運 命 の 比 喩 と して 読 み取 る こ とが 出 来 よ う。戯 曲 「友 達 」 と同 じよ う に、 無 理 に、 幸 福 を人 に強 制 しよ う とす る 集 団 の い う幸 福 を拒 否 す る とい う問 題 が 含 まれ て い る 。 「密 会 」 そ の他 の作 品 に お い て も同 じよ うに 多 重層 で 他 義 的 な シ ム ボ ル構 造 が働 い て い る。 まず 極 限状 況 に お か れ て い る主 人公 は、 目的 に近 づ こ う とす れ ば す る ほ ど 目的 か ら遠 ざ か っ て い く。 こ の よ う に 拡 大 す る距 離 は主 人 公 の 意 志 に もか か わ らず一 「燃 え つ きた 地 図」 や 「密 会 」 が もっ と も典 型 的 で あ るか も しれ な い一 時 間 と空 間 を ダイ ナ ミ ック に躍 動 させ る 原 因 に もな っ て い る。 読 者 の追 っ て い る筋 は 、 出来 事 と して の 筋 よ り"言 語 の 行 動 ・活 動"な の で あ る 。安 部 の作 品 の文 章 は 、活 動 中 の 言 葉 で あ る と もい うべ きで あ ろ う。 結び 安 部 公 房 は、 文 学 者 と して 芸 術 的 な最 高 水 準 を1960年 代 に遂 げ た 。 「箱 男 」 以 来 は、 現 代 文 明 に対 す る批判 的 な ヴ ィジ ョ ンを深 め る と と もに シ ュ ー ル レア リス ム 風 な 手 法 を も っ と広 く大 胆 に 使 う よ う に な った 。こ こ で は 〈言 葉 の革 命〉 とい う時 に言 語 遊 技 や 初 期 の シ ュ ール レア リズ ム(モ 互一104 ダニ ズ ム)の 無 関係 な 自 由連 想 の 言 葉 の 手 法 を考 えて い な い 。安 部 は 、戦 前 のモ ダニ ズ ム の宣 言 や 新 感覚 論 を直接 に真 似 た わ けで はな い 。 意 識 の 流 れ の 手 法 も利 用 し よ う と も しなか った 。脳 裏 (頭脳)で 改 造 され た言 葉 を厳 しい 理 知 的 な 規 律 に服 従 させ た 。安 部 は 、 本 当 の練 金術 師(ア ル ケ ミス ト)に な っ て、 そ の実 験 室 で は、 〈 物 〉 を分 解 して そ の部 分(元 いた。その 〈 物 〉 とい うの は、 言 葉(言 語)で 素)を 改 め て結 合 させ て あ った 。 そ うい った作 用 され た単 語 を作 り上 げ よ う とす る フ ィ クシ ョンの世 界 の構 造 につ か っ た。 何百枚の紙の断片に く 加 工 〉 さ れ た言 葉 や 思 考 の部 分 を記 して 箱 根 の 山荘 の壁 に ピ ンで 泊 め て (言葉 が 跳 ん で い か ない よ う に)、 そ れ を書 こ う とす る作 品 に使 う こ とを考 え た。 安 部 は、 習 慣 的 な、 セ ンチ メ ン タル な表 現 の手 法 を拒 否 した の で あ る。 文 学 の 新 しい 言 語 を造 ろ う と した。 生 涯 の最 後 の 二 十 年 間 は、新 しい言 語 さが しの 時代 で あ っ た。 結 局 その 大 仕 事 を完 成 しえ な か っ た と思 う。 目的 を遂 げ なか っ た。 長 い 間 言 葉 や 実物 の迷 路 を さ ま よっ てい た。 新 しい 秩 序 を発 見 す る こ とが 出 来 る と思 っ て、 そ の カ オ ス(混 沌)の 迷 路 か ら で な か った。 出 よ う と しなか った よ うで あ る 。 まず 思考 と 〈もの 〉の カオ ス を整 理 しよ う と した。 危機 の状 態 中世 界 の 中 を把 握 しよ う と して そ の 危 機状 態 の 意味 を整 理 す る こ とが 出 来 ず に 終 わ っ た。 「箱 男 」(1973)を は じめ 、 「方 舟 さ くら丸 」(1984)、 「カ ン ガル ー ・ノー ト」(1991)、 「飛 ぶ 男 」 (1993)ま で の世 界 の 開発 され た こ とば と イ メ ー ジの 宝 庫 の結 果 に終 わ った。 小 説 の な か の 世 界 構 造 は、理 知遊 技 の よ うな もの で 終 わ った 。 以 上 の 小 説 は考 え る こ との 出 来 る よ う な機 械 とで も い え る者 た ち を描 く生 産 と して の こ っ た。 「カ ンガ ル ー ・ノー ト」 や 「飛 ぶ 男 」 な どの な か の 空 想 は、 現代 読 者 を感動 させ な い ので あ る。 そ れ は ロ ボ ッ トか 人 間 の 突 然 変 異体 の悪 夢 の よ う な未 来(現 在 を含 め るか)の 世 界 で あ る。 安 部 の 主 人公 た ち は、 文 明 の 分 泌 す る 危 険物 に汚 染 させ て 変 身 して 苦 しんで あ るの で あ る 。 そ うい うわ け で安 部 の文 学 言 葉 の 改 革 の 闘 争 は失 敗 に終 わ っ た と思 う。 そ の 練 金 術 の 実験 室 で創 造 した言 葉 を使 って 「砂 の 女 」 に次 ぐ大 傑 作 を造 りえ な か っ た か らで あ る。 しか しなが ら安 部 公 房 の造 った コ ン ピ ュー ター用 の よ う な プ ロ グ ラム が次 の世 代 に 使 わ れ る で あ ろ う。いや 、 も う使 わ れ て い る よ うで あ る。無 意 識 的 にで も。た とえ ば筒 井 康 隆 は、 言語 の革:命を試 み て い るの で あ る。 一種 の ア ヴ ァ ンギ ャル ドの文 学 者 で あ る。 安 部 公房 の実 験 を 必 ず だ れ か引 き受 け て発 展 させ る と思 う。 安 部 は 自分 の試 み の完 成 が 出来 な くて も世 界 文 学 の 素 顔 に絶 え な い形 跡 を残 して い った 。 〔 参考文献〕 1)谷 真介 「安部公房 レ トリック事典」新潮社1994、p.135 2)「 もぐら日記」「 へ るめす」No.46/1993、p.28 3)同 、p.41 4)辻 井喬(大 江健 三郎、武満 徹)、 「 開発 す る文学 「も ぐら日記」 か ら安 部公房 を読 む」、「へ るめす」 No.46/1993,p.56 5)今 福 龍大 「言語の伽藍 を超えて一安部公房 とク レオル主義」 「 へ るめす」No.46/1993、p.66 6)桶 谷秀昭 「昭和精神史」、「文芸春秋 」1992、p.66-70 7)渡 辺広士 「安部公房」、審美社1976、p.16 8)同 、19 1-105