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Environ Health Perspect 114:1697–1702
透明メダカ(Oryzias latipes)体内におけるナノ粒子の分布 国立環境研究所 化学物質環境リスク研究センター 柏田 祥策 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 目的 工業ナノ粒子の環境運命が環境問題として注目され始めている。本研究では、水に研濁した 蛍光ナノ粒子(固体ラテックス溶液)を使用し、透明メダカ(Oryzias latipes)の卵および体 内におけるナノ粒子の分布を調べた。 結果 メダカ卵の漿膜より直径39.4~42,000nmの粒子が吸収され、油滴の中に蓄積された。474nm の粒子が卵に対し一番高い生物学的利用能を示した。直径39.4 nmの粒子は胚形成の間に卵黄と 胆嚢に移動した。成熟メダカは、10mg/Lの39.4 nmナノ粒子溶液に曝露した場合、粒子を主にえ らや腸に蓄積した。その他、脳、精巣、肝臓および血液でもナノ粒子が検出された。雄と雌の メダカの血中のナノ粒子濃度は血中蛋白においてそれぞれ16.5および10.5ng/mgであった。これ は、ナノ粒子が血液脳関門を透過し、最終的に脳に到達することを示している。また、ナノ粒 子に24時間曝露したメダカ卵では塩度依存性の急性毒性が確認された。 結論 ナノ粒子の生物学的利用能および毒性は、環境因子およびいくつかの物理化学的性質に依存 する。製品応用されているナノ粒子の危険性および利点を明確にするために、市販の製品に使 用されているナノ粒子の毒性効果および環境との関連性に関する更なる検討が必要である。 キーワード 生物学的利用能、分布、環境条件、メダカ、ナノ粒子、塩度、毒性 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― Environ Health Perspect 114:1697–1702 (2006). http://dx.doi.org/ [2006年7月6日オンライン]を介してdoi:10.1289/ehp.9209で入手可能 柏田氏の連絡先: 〒305-8506 茨城県つくば市小野川 16-2 国立環境研究所 化学物質環境リスク研究センター 電話番号 029-850-2651 Fax 番号 029-850-2582 E-mail [email protected] 株式会社川上農場(茨城県伊奈町(現つくばみらい市) ) 、水産養殖場アシスタントチームの 小神野豊氏、大山房枝氏、軽部智美氏、川上氏と河辺聖氏、国立環境研究所の渋谷氏と蛇川亜 1 香里氏に同研究所で行った実験とメダカ飼育にご協力いただいた。また同研究所の鑪迫典久氏 には本研究について御相談させていただき、同研究所菅谷芳雄氏と新潟大学の酒泉満氏には御 討論いただいた。この場をお借りしてお礼を申し上げたい。 本研究は、文部科学省の研究助成金 18710058、国立環境研究所の研究推進助成金、および同 研究所の白石寛明からの研究助成金の一部により行った。 筆者はいかなる機関とも資金的利害の衝突は無いと申告している。 受付2006年3月29日、受理2006年7月5日。 緒言 、カーボンナノチューブ(CNT)および量子ドット(QD)の バッキーボール(C60 フラーレン) 発見以来、新たな物質合成法や新ナノ材料の応用法などの研究が米国、EU 諸国、日本その他の 国々で進められている。米国の国家ナノテクノロジー戦略(2006)は、ナノ材料を少なくとも 約 1~100nm の一次元の大きさを持つ材料であると規定している。ナノ材料は、サイズ依存電気 伝導性、高引っ張り強度、高弾性限界および耐熱性、高化学的安定性、親水または疎水性、高 電流輸送力、水素吸蔵力、超伝導性、紫外線防止効果、抗菌効果(Shelley、2005)など数々の 物理化学的な性質を持つ。このような性質のため、ナノ材料は、新世代材料として電子デバイ ス、衣類、日焼け止めおよび化粧品などに使用されはじめている。水可溶性のフラーレンは、 部位選択的な DNA 分割効果(Boutorine ら、1994;Tokuyama ら、1993)や HIV プロテアーゼの 阻害効果(Friedman ら、1993)などを持つ。フラーレンは、トランフェクション用(Nakamura、 2000)また体内の特定部位を標的とするピンポイントドラッグデリバリー用(Nakamura と Isobe、 2003)の人工ベクターとして、疾病診断分野への応用が期待されている。またナノサイズの鉄 は、汚染土壌の修復に有効であるとの報告もある(Zhang 2003)。 ナノ材料は、その酸化還元活性が細胞、細胞内および蛋白質レベルでの生物学的挙動に影響 する(Braydich-Stolle ら、2005;Colvin、2003;Ding ら、2005;Donaldson ら、2001;Jia ら、2005、Oberdörster ら、2005;Sayes ら、2004;Service、2004;Yamawaki と Iwai、2006) 。 ナノ材料は極めて大きい表面積/重量比を持ち(Oberdörster ら、2005) 、その広い表面は帯電 しやすく、いくつかの物質は高い酸化還元活性を持つ(Colvin、2003)。このような性質を持つ ため、ナノ材料に対する曝露による人の健康への影響や環境汚染に関する調査とともに、これ らの新材料が呈する環境リスクの検討が必要である。ナノ材料を生産する産業分野は急速に成 長しており、本材料を含有する製品の数や種類も急増している(Zhang ら、2005) 。世界でのナ ノテクノロジー研究開発への投資は年間およそ 90 億ドルである(Service、2005)。ナノ材料の 環境における生物学的利用能および対生物作用の問題は、ナノ材料を生産する工場、含有する 市販品およびそれらの廃棄物からの環境放出により遅かれ早かれ発生する。ナノテクノロジー は新しい種類の環境被害を生み出すと予測されている(Service、2004)にもかかわらず、米国お よび EU 諸国でのナノ粒子の人体や環境への影響に関する研究に投資される金額はわずかに 3 億 6 千 5 百万ドルである(Service、2005) 。今までは、ナノテク産業に従事するまたはその近 隣に住む人々に対する曝露の危険性が高いため、環境放出されたナノ材料による空気汚染が大 きな問題であった(Colvin、2003;Nel ら、2006; Oberdörster ら、2005) 。今後さらにナノ材 料の人体への影響に関する理解を深めるため、その危険性に対する研究への更なる助成が望ま れる。 2 ナノ材料は、水環境を汚染する可能性もある。Oberdörster(2004)は、未成熟オオクチバス を C60 フラーレンに曝露しその結果起こる酸化ストレスに関して検討を行った。その結果えら中 のグルタチオン(GSH)が減少し、肝臓中の脂質過酸化反応が増加する傾向があることがわかっ た。えらは周辺水から酸素を採取するのに重要な器官であり、異物に真っ先にさらされる器官 でもある。魚類は主に生体異物をえらを介して摂取する。酸化還元作用を持つ粒子がえらに接 触することで、抗酸化酵素が生成され GSH を消費する。一方、脳には血脳関門があり、これが 生体異物と脳との接触を防いでいる。脳内の脂質過酸化反応はナノ材料の脳への到達の指標に なりうるが、今までに魚類の脳にナノ材料が吸収されたという報告は無い(Oberdörster ら、 2004)。Yamago ら(1995)は、14C でラベルされた水混和性の C60 フラーレンのラット体内での 生物学的挙動を調べた。経口投与されたフラーレンはすぐに糞中に排出されたが、静脈注射で 投与されたフラーレンは 1 週間後も体内に残存していた。この静脈投与されたフラーレンは主 に肝臓に分布したが(投与量の 91.7%)、少量は血脳関門を透過した。動物の体内におけるナノ 材料の分布についてはまだよく知られていないが、細胞表面に炎症を起こし、細胞膜を透過し 細胞障害を起こすことがわかっている(Yamawaki と Iwai、2006) 。ナノ材料への曝露により、 炎症による血栓形成、アテローム性動脈硬化および心臓ストレスなどが引き起こされる可能性 があるが(Oberdörste ら、2005)、人体や野生動物でこの症状が起きるかどうかは確認されて いない。レーザ回折式粒度分布計は、水中のサイズの異なる超微細粒子(空気動力学的直径が 100nm 未満)の検出に有効であるが、材料の特定はできない。環境水は天然のナノサイズの粒 子を含むため、環境中の人工ナノ材料の精度の高い材料特定手法はいまだ確立されていない。 しかし、生体内のナノ材料の挙動を理解し、環境保健の手法を開発し、環境中のナノ材料への 曝露の危険性についての共通認識を持つことがわれわれに求められている。 本研究では、メダカ(Oryzias latipes)体内のナノ材料の分布、各器官への到達過程および その影響について検討を行った。実験ではラテックス(ポリスチレン)からなる蛍光ナノサイ ズ単分散粒子をナノ材料(バッキーボール、CNT や QD など)のモデルとして使用した。本研究 で使用した小型の実験魚(メダカ)は、体が小さく(成魚で 3~4cm)、丈夫で(広い温度耐性 および塩度耐性)、世代時間が短い(2~3 ヶ月)ことから、排水の毒性(Ma ら、2005)、内分泌 撹乱化学物質(Scholz ら、2004)、肝癌の発症(Liu ら、2003)、胚細胞の突然変異(Shimada ら、2005) 、遺伝子の突然変異(Winn ら、2005)および機能ゲノム学(Ju ら、2005)などの研 究に使用されている。メダカやゼブラフィッシュなどの小型魚は、透明な胚を持ち、胚形成が 早く、哺乳類と同等の機能を持つ器官や組織を持っているため(Wittbrodt ら、2002)、器官形 成学やヒト疾病の研究などの優れた動物モデルとして注目されている(Garrity ら、2002)。近 年、ある研究グループが色素を持たない透明(シースルー、ST Ⅱ)メダカと呼ばれる系統を確 立した(Wakamatsu ら、2001) 。この ST Ⅱメダカの器官(心臓、脾臓、血管、肝臓、消化管、 生殖腺、腎臓、脳、脊髄、眼内レンズ、浮袋、胆嚢およびえらなど)は、裸眼あるいは単純な 実態顕微鏡で観察することが可能である。したがって、蛍光ナノ粒子の体内分布を皮膚を通し て調べることができる。本研究ではこの ST Ⅱメダカを使用し、水中に研濁した蛍光ナノ粒子 の生きたメダカ体内中での分布について調べた。本研究は、環境ナノ毒性学の発展に寄与する と期待される。 材料および方法 試験体 透明メダカ(Oryzias latipes、ST Ⅱ系統)は国立環境研究所(つくば市)の純血種のメダ カを使用した。名古屋大学生物機能開発利用研究センター淡水魚類系統実験室(愛知県名古屋 市)の約 50 種の天然色素異常のメダカから、色素が無い数匹のメダカを選択した。メダカは 4 3 つの主要色素(メラニン細胞、虹色素胞、白色素胞および黄色素胞)を持っている。若松ら(2001) は、変異メダカを選択し交配させることで、体内からこれらの色素を遺伝的に取り除き、透明 なメダカを作った(若松ら、2001)。ST Ⅱメダカの繁殖グループは、ノープリウス期のブライ ンシュリンプを 1 日に 2 回餌として与えられ、26℃で 16/8 時間の明暗サイクルで飼育した。 このグループが受精卵を産卵した後、雌は捕獲され、その腹部から外部に出た卵の塊を(肛門 と腹びれの間から)手で取り除いた。卵についた付着糸は、湿らせた紙の間で卵塊を静かに転 がして除去した。卵は、ERM(胚飼育液、超純水 1L 中に 1g の NaCl、0.03g の KCl、0.04g の CaCl2 ×2H2O および 0.163g の MgSO4×7H2O を溶解し、1.25%重炭酸ナトリウム溶液で pH7.2 に調整し、 殺菌ろ過したもの) (Yamamoto 1939)でリンスし、本液中に保存した。毎日採取した受精卵は、 26℃の ERM で孵化するまで培養した。孵化した ST Ⅱメダカは、最初の 1 週間はクルマムシ (Brachionus urceolaris)を 1 日 1 回餌として与え、その後 1 日に 2 回ノープリウス期のブラ インシュリンプを与えた。本研究では ST Ⅱメダカの卵は産卵後すぐに採取、培養した。成熟 ST Ⅱメダカ(孵化後 5 ヶ月の雄および雌)にも処理が行われた。本研究で用いたメダカと卵は 人道的に取り扱い、苦痛の軽減に配慮した。 ナノ粒子への曝露方法 本研究では 1)ナノ粒子のメダカ卵による吸収および蓄積と孵化後メダカ体内での分布、2)メ ダカ卵による吸収および蓄積の粒子径依存性、3)メダカ卵によるナノ粒子の吸収および蓄積、 溶液中でのナノ粒子の凝集への塩度の影響、および 4)成熟メダカの血液および器官内における ナノ粒子の分布の 4 点に着目し評価を行った。卵および胚中のナノ粒子の分布の評価には、単 分散型非イオン性蛍光ポリスチレンマイクロスフェアを使用した。15 個の卵を 1 グループとす るメダカ 3 グループを、直径 39.4nm の蛍光粒子を 1mg/L(2.78%固体ラテックス(ポリスチレ ン)溶液、米 Polysciences, Inc.製)の濃度となるよう 10mL の ERM に研濁したものに 3 日間、 26℃、16/8 時間の明暗サイクルで静かに回転攪拌しつつ曝露した。溶液は毎日交換した。各 グループから 5 個の卵を最初の 1 日目に採取し、ERM でリンスした。曝露した卵は、緑色蛍光 蛋白フィルタ(励起波長:480nm、放射波長:510nm)を備えた実体蛍光顕微鏡(ライカマイク ロシステムズ製、MZ FL Ⅲ)で、その内部におけるナノ粒子の吸収および蓄積を観察した。さ らに卵をクリオスタット(ライカマイクロシステムズ製、CM 3050S)を用いて 20μm の厚さに 切り、各々の断片を実体蛍光顕微鏡により観察した。曝露 3 日目には、すべての残りの卵をナ ノ粒子を含有しない ERM 中でリンス後に保存し、上記と同条件で孵化するまで培養した。孵化 後のメダカは、体内に蓄積したナノ粒子を実体蛍光顕微鏡で直ちに観察した。 卵によるナノ粒子の吸収/蓄積の粒子径依存性を確認するため、蛍光粒子径 39.4nm(2.78%)、 474nm(2.5%) 、932nm(2.7%)、18,600nm(2.65%)、および 42,000nm(2.7%)の固体ラテックス (ポリスチレン)溶液(Polysciences, Inc.製)を使用し観察を行った。各サイズの粒子をそ れぞれ ERM で 1mg/L になるよう調整し、 メダカの卵を各溶液に上記と同条件で 3 日間曝露した。 溶液は毎日交換した。曝露した卵はリンスした後、卵膜/卵黄部分と油滴部分の蛍光状態を蛍 光顕微鏡を用いて観察した。 続いて、卵によるナノ粒子の吸収/蓄積およびナノ粒子の溶液中での凝集に対する塩度の影 響を 39.4nm のナノ粒子と調整 ERM を用いて評価した。1 グループ 15 個の卵からなる 3 グルー プを、1、5、7.5、10、15、20 および 30 倍になるよう濃縮した ERM にそれぞれナノ粒子濃度が 30mg/L になるよう調整した溶液に上記と同条件で 3 日間曝露した。各 ERM の浸透圧を浸透圧計 (独 Vogel 製、OM801)で測定した結果、各溶液の浸透圧はそれぞれ、33.3、167、250、333、 500、666,および 1,000mOsm/L であった。曝露した卵をリンスした後、全卵の蛍光状態を観察し た。各ナノ粒子-ERM 溶液中のナノ粒子の研濁濃度は、蛍光マイクロプレートリーダ(テカンジ 4 ャパン社製、Safire、励起波長:480nm、放出波長 510nm)を使用し、蛍光ナノ粒子溶液を標準 として測定した。また各溶液の光学濃度を、光度計(独 Eppendorf AG 製、BioPhotometer、波 長:600nm)で測定した。 メダカの各器官内のナノ粒子の分布を調べるため、雌雄の成熟メダカ 8 匹ずつをそれぞれ、 39.4nm の蛍光粒子が 500mL の ERM 中で 10mg/L になるよう調整した溶液に同一条件で 7 日間曝 露した。溶液は毎日交換した。曝露したメダカは ERM でリンスし、氷温の ERM に入れ麻痺状態 にした。麻痺状態にある魚の腹部の蛍光粒子を実体蛍光顕微鏡で観察した。この観察を行った 後、各メダカの尾ひれを切り、ガラス毛細管にその血液を採取し、1.5mL の微小遠心分離管中 の 10μL の 0.1M リン酸緩衝液(pH7.4)に混濁した。緩衝液に混ぜた血液は 3 分間超音波をか けた後、その蛍光状態を蛍光マイクロリーダ(テカンジャパン社製)で測定し、蛍光ナノ粒子 の濃度を定量した。各血液溶液の蛋白濃度はウシ血清アルブミンを標準としてブラッドフォー ド法(Bradford、1976)で測定した。さらに摘出したえら、腎臓、肝臓、腸、生殖腺および脳 を蛍光顕微鏡で観察した。 メダカ体内の蛍光ナノ粒子の定量 完全摘出した器官をスライドグラス上に置き、上記と同条件でその蛍光画像を蛍光顕微鏡(ラ イカマイクロシステムズ製)で撮影した。すべての蛍光画像は顕微鏡に付属したデジタルカメ ラ(ライカマイクロシステムズ製、Leica DC 350FX)で露光 200 ミリ秒で撮影した。各器官を 識別するため、通常光画像も 100 ミリ秒で撮影し蛍光画像に重ね合わせた。卵の画像も同様に 油滴が一番上にくるように撮影した。撮影した蛍光画像は、ソフトウエア(ライカマイクロシ ステムズ製、Leica FW 4000 ver. 1.0.3)で処理し緑色の擬似カラーで表示した。蛍光画像へ の対象物の影の影響を避けるため、通常光はガラス台の下から放射させ、蛍光は対象物の上部 から放射させた。蛍光画像は上記のソフトウエアを使用してバックグランドから減算した。蛍 光強度は、ソフトウエア(米 Adobe Systems Inc.製、Photoshop ver.5)を使用して定量し た。すべてのデータは Excel 2003(Microsoft Co.製)を用いて分散分析(ANOVA)を行った。 結果 メダカ卵によるナノ粒子の吸収および蓄積 産卵されたメダカ卵を、39.4nm のラテックス蛍光粒子(1mg/L ERM 溶液)に曝露した。曝露 中および曝露後の孵化までの培養中の卵死亡率はゼロであった。粒子が発する蛍光は全卵にみ られた(図 1B)。卵膜(漿膜)および油滴には卵黄部分より高い蛍光が見られた。凍結断片の 観察により、蛍光粒子は漿膜で吸収され油滴中に蓄積することがわかった(図 1C)。また孵化 したメダカの蛍光画像は、メダカが胆嚢に固有の自己蛍光性物質を持っていることを示した(図 2A および B)。曝露卵から孵化したメダカには、卵黄および胆嚢に濃縮された蛍光粒子が認めら れたが、肝臓には検出可能な強度の蛍光は認められなかった(図 2C および D) 。油滴の蛍光強 度は漿膜および卵黄部分の強度より高く、ラテックスナノ粒子が油滴に蓄積しやすいことを示 している(図 3) 。 メダカ卵によるナノ粒子吸収および蓄積の粒子径依存性 産卵されたメダカ卵を、39.4 から 42,000nm の蛍光粒子(1mg/L ERM 溶液)に 3 日間曝露した。 卵膜および卵黄部分と油滴部分の蛍光をそれぞれ測定したが、油滴部分の蛍光は油滴を包んで いる卵膜の蛍光が重なった状態で測定されている。474nm 粒子に曝露したメダカがもっとも高 い蛍光強度を示し、それより小さいあるいは大きい粒子の蛍光強度は低かった(図 3) 。932、 18,600 および 42,000nm の粒子に曝露した卵の蛍光強度は、39.4nm 粒子に曝露した卵の強度と 5 ほぼ同等であった。以上の結果から、メダカ受精卵は、直径 474nm の粒子をより吸収、蓄積し やすいことがわかる。 メダカ卵によるナノ粒子の吸収および蓄積、溶液中のナノ粒子の凝集への塩度の影響 産卵されたメダカ卵は、1 から 30 倍に濃縮された ERM に 39.4nm 蛍光粒子濃度が 30mg/L とな るよう調整した溶液に 24 時間曝露した。全卵の蛍光強度は、ERM の濃縮度に比例して増加し 15 倍濃縮の ERM で最高となった。その後 ERM の濃縮度に反比例して強度は減少した(図 4I)。30 倍濃縮の ERM の蛍光強度は、1 倍の ERM より低かった(図 4B、H および I)。また卵黄部分に比 較して、より高い蛍光強度が油滴部分で観察された(図 4G および H)。ナノ粒子溶液の光学濃 度(OD)は、塩度に対して不規則に増加し、同時にナノ粒子の研濁濃度は減少した(図 4J) 。 これは、より塩度の高い溶液でナノ粒子の凝集が起こっていることを示唆している。15 倍濃縮 の ERM の粒子研濁濃度は 1 倍の ERM に比較して半減しているが、ナノ粒子の吸収および蓄積は 15 倍 ERM で最高となっている。さらに胚死亡率は、5 倍濃縮の ERM で 97.8%、15 倍 ERM で 100% であった(表 1) 。逆に、20 および 30 倍 ERM は高い光学濃度を示す一方で、卵の粒子吸収およ び蓄積度は 15 倍 ERM に比較して大きく減少した。さらにこれらの溶液中でのナノ粒子の凝集が 蛍光顕微鏡で観察された(データは未表示) 。したがって、この粒子吸収および蓄積度の減少は、 凝集体形成によるナノ粒子の研濁濃度の減少によって起こると考えられる。上記 1 倍濃縮 ERM で調整した 1mg/L 濃度の粒子溶液への 24 時間の曝露では、溶液の卵に対する致死毒性は認めら れなかったが、30mg/L 溶液への 24 時間の曝露では卵に対し 35.6%の致死効果が認められた。致 死効果は塩度に従って急激に増加し、同時に粒子の凝集が発生し、粒子吸収および蓄積度は減 少した(表 1)。 成熟メダカの血液および器官中におけるナノ粒子の分布 成熟メダカを 10mg/L の 39.4nm 粒子溶液に 7 日間曝露し、メダカ血液および器官内の粒子の 蓄積を観察した。曝露中に死亡したメダカはなかった。生きたメダカの皮膚を通して、肝臓、 腸および生殖腺に蛍光が検出されたが、脾臓には蛍光が検出されなかった(図 5)。蛍光は、摘 出器官(えら、腎臓、肝臓、腸、卵巣、精巣、脳(脾臓は摘出せず) )でも検出された。観察対 象の器官は固有の蛍光物質を持っている。表 2 に測定された蛍光強度を示す。生体異物に最も 接触しやすい器官であるえらは、ナノ粒子の蓄積度が最も高い(表 2) 。粒子濃度 10mg/L の周 辺 水 曝 露 後 の メ ダ カ 血 中 の 平 均 粒 子 濃 度 は 、 血 中 タ ン パ ク 中 雄 で 16.5±0.7 、 雌 で 10.5±2.2ng/mg であった。血中で蛍光が検出されたことにより、ナノ粒子はえらから体内に吸 収されることがわかった。血流に入ったナノ粒子は、肝臓、胆嚢および腎臓に到達すると推測 される。また同時に、腸が著しく高いナノ粒子蓄積度を示すことから、粒子は経口採取によっ て腸を介して吸収され、肝臓および胆嚢に至ると思われる。また p 値は有意ではないが、ナノ 粒子は脳および精巣でも検出されている(表 2) 。曝露した雌メダカの卵巣の蛍光強度は他の器 官に比較して高いが、卵巣自体がもともと蛍光物質を含んでいることもデータは示しており、 曝露および未曝露メダカの間で蛍光の差異は認められなかった。 考察 本研究では、メダカ卵および体内でのナノ粒子の分布を調べるために水中に研濁した蛍光ナ ノ粒子を使用した。39.4 から 42,000nm 径の粒子は、メダカ卵の漿膜で吸収され油滴中に蓄積 された(図 1 および 3)。474nm 径の粒子が卵に対し一番高い生物学的利用能を示し(図 1 およ び 3) 、39.4nm 粒子が胚の発達に伴い卵黄や胆嚢に移動することを確認した(図 2) 。濃度 10mg/L の 39.4nm 粒子に曝露した成熟メダカでは、えらおよび腸で高濃度の粒子が検出された(表 2) 。 6 ナノ粒子は、えらおよび/または腸の膜を透過し循環系に入ると思われる。魚類のえらは、周 辺水から生体異物を体内に摂取する主要器官であることは良く知られている。従って、ナノ粒 子の大半は、えらから血液を通じて各器官に到達すると思われる。Jani ら(1990)は、ラット にポリスチレンナノ粒子を経口投与し、ナノ粒子が腸から血液を介して各器官に移動すること を示した。したがって魚類でも腸を介したナノ粒子の摂取が行われると思われる。さらに脳で 検出されたナノ粒子の量は少ない(表 2)ものの、ナノ粒子は血液脳関門を透過し脳に到達す ることもわかった。Oberdörster (2004)は、オオクチバスの脳は嗅覚神経を通して C60 フラーレ ンに曝露される可能性を示唆した。哺乳類では、嗅覚神経を介した脳へのナノ材料の移動が起 こることが確認されている(Oberdörster ら、2004)。しかしながら、メダカでは循環系に入る ナノ粒子は、えらまたは腸の膜から吸収されたものであり、嗅覚神経による粒子移動の証拠は 認められなかった。 メダカ胚を濃度 1mg/L の 39.4nm 粒子に曝露した場合、孵化メダカの肝臓ではナノ粒子がほと んど検出されず(図 2)、卵黄や胆嚢に主に分布していることがわかった。肝臓の主な機能は、 1)栄養分その他の内在性分子の摂取、代謝、蓄積および再分配、2)生体異物の代謝、および 3) 胆汁の形成および排出である(Hinton ら、2001)。これらが孵化直後のメダカの肝臓ですでに 機能しているかどうかに関してはほとんど調べられていないが、孵化直後のメダカは、少なく とも卵黄吸収期に左総主静脈と左肝静脈から卵黄を栄養分として肝臓に摂取することができる (Hinton ら、2004)。したがって、卵黄に蓄積されたナノ粒子の血液を介した胚孵化後の肝臓 への移動はありうる。さらに、成熟ラットの場合と同様に(Yamago ら、1995)、孵化後のメダ カの肝臓に移動したナノ粒子は腸に達し糞中に排出された(孵化後 2 日目、データ未表示) 。ま た、脾臓中のナノ粒子は、蛍光顕微法では検出できていない可能性もある(図 5)。脾臓は、免 疫系の維持に重要な器官であり、リンパ球の形で抗体を生成し古い血液を食作用によって再吸 収する(Anderson、1992;Siwicki ら、1990)。Yamago ら(1995)は水混和性 C60 フラーレンのラ ット体内での分布に関する研究で、静脈投与した水混和性フラーレンは主に肝臓に分布し(投 与量の 91.7%)、少量が脾臓(投与量の 1.6%)やその他の器官に分布することを示している(表 2) 。低濃度のため蛍光顕微法では検出できなかったが、別法で測定した透明メダカの血中ナノ 粒子濃度は、血中蛋白中の平均濃度で雄が 16.5、雌が 10.5ng/mg だった。ラット血中に分布す るフラーレン濃度は投与量の 0.57%であると報告されている(Yamago ら、1995)。水中に研濁し たナノ粒子の血液および脾臓の濃度は、他の器官に比較して低かった。このことからこのナノ 粒子は、脾臓の細胞膜を透過できないのではないかと思われる。しかし、より酸化還元活性が 高く径の小さいナノ粒子は、炎症を起こしながら器官に浸透し、炎症を起こした細胞膜を透過 して肝臓、脾臓その他の器官の機能障害の原因となる可能性もある。メダカ体内のナノ粒子は、 ラット体内の放射性フラーレンと同様に(Yamago ら、1995)、血流を介して全体内に分布する。 従って肝臓がナノ材料に一番曝露されやすい器官だと言える。 1mg/L では致死効果は認められなかったものの(データは未表示) 、30mg/L の 39.4nm 径ナノ 粒子に暴露したメダカ胚で致死毒性が観察された(表 1)。致死効果は塩度に比例して増加し、 5 倍以上濃縮された ERM 溶液で死亡率が 100%となった(表 1)。さらに、ナノ粒子の吸収およ び蓄積は 15 倍濃縮 ERM 溶液で最高となり、20 倍および 30 倍溶液では減少した(図 4)。濃縮 ERM 溶液では、ナノ粒子の凝集も同時に発生した。このことから、メダカ胚におけるナノ粒子 の吸収、蓄積および致死効果は塩度と関連していると考えられる。塩度は、膜中にナノ粒子が 浸透する度合いを示す指標となる生物学的利用能に影響する可能性もある。Sakaizumi(1980) は、メダカ胚の孵化率とメチル塩化水銀の塩度依存性致死効果の関係について報告している。 この報告では、0.1 から 1mM の塩化ナトリウム溶液中(5.8~58.4mg/L)で 100µg/L となるよう 調整したメチル塩化水銀への胚の曝露は、100%の完全な致死効果を持つが、低濃度の塩化ナト 7 リウム溶液では致死効果がまったく見られないことを示した(Sakaizumi、1980)。高塩度の溶 液中でナノ粒子が凝集してより大きい凝集塊を形成しても、ある一定の大きさの凝集塊はメダ カ卵に吸収され蓄積される(図 3)。ナノ粒子がどのように卵漿膜に浸透し、卵黄に蓄積される のかはほとんど調べられておらず、ナノ粒子の水生生物に対する毒性の閾値および環境での危 険性については全く報告がなされていない。 QD の毒性についての最近の概説(2006)で Hardman は、最近の文献を見ると QD の潜在的毒 性を評価するのは単純な作業ではないことがわかると述べている。なぜなら、QD は個々に特性 が異なっており、複数の物理化学的および環境的要因にその毒性が依存するからである。この ことは、QD のみでなく全てのナノ粒子についてもよく当てはまる。本研究では、魚およびその 胚におけるナノ粒子の分布について調べ、ナノ粒子は周辺水からメダカ体内に摂取され血流を 介して体内中に浸透することを示した。またナノ材料には、塩度依存性の生物学的利用能およ び毒性効果があることも示した。ナノ粒子の生物学的活性は、粒子径、化学組成、表面構造、 溶解性、形状および凝集性などの物理化学的特徴に左右される(Nel ら、2006)。実用化された ナノ材料の危険性や利点を明確にするためには、生体の遺伝子、内分泌系、免疫系および生殖 機能におけるナノ毒性およびナノ材料の環境における挙動や影響などのさらなる研究が必要で ある。ナノ材料の環境への影響がわかるまで、環境への工業ナノ材料の放出はできる限り避け るべきである。 8 参考文献 9 10 Anderson DP. 1992. 魚類免疫学に関する手法. 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