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先行開発の基盤となる コンセプトづくり
第 1 章 先行開発の基盤となる コンセプトづくり IT やインフラ関係の先行開発では、優れたコンセプトの創出が最も 重要である。モノづくり分野の先行開発においても、コンセプトが共有 化されていないとハード開発が主体となり、開発の狙いが曖昧になるこ とがある。 ところで、コンセプトとはいかにも抽象的なもので、ヒントになる拠 り所がない限り発想することはできない。そのような拠り所として、人 間の 6 つの本質特性を横串に、7 つの着眼点を縦串にした「6 つの本 質特性」と「7 つの着眼点」のマトリックスを活用することが有効で ある。 そして、コンセプトが決定したら、そのコンセプトを実現する最適手 段を創出することが重要である。そのために利害関係のある各要素間で、 要求機能・制約機能を明確にするシステムズエンジニアリングのユース ケース図を活用し、他分野で似たような技術がないか調べる類似法を使 い、コンセプトを組み立てることが本章のエッセンスである。これらの ツールの活用方法について、これから具体的に紹介していく。 1-1 アイデア出しの心構え ▼ 後発メーカーは先行メーカーと同じ土俵では戦わない 他社がヒット製品を出すと、慌てて追従して類似製品を出すが、多く は負け犬になっている。後続企業が追従製品を出す場合は、他社ヒット 製品に対して明確なアドバンテージや差別化ができる場合以外、追従し てはいけない。このような場合は、他社ヒット製品と違う土俵で勝負す ることに切り換えることが重要である。 アサヒビールは、1987 年 3 月に世界初の辛口ビール「アサヒスーパー ドライ」を発売開始し、年間 1,350 万ケース販売する新記録を樹立した。 これを見て競合 3 社が追随し、翌 1988 年からドライビールを発売した。 しかし、結局はアサヒビールの一人勝ちで、他社はドライビール戦争か ら戦線離脱し、新たな次期主力製品の模索に方向転換している。 トヨタのハイブリッドシステムは小型車から大型車まで、さらには FF 車でも FR 車でも同一システムが適用でき、他社のハイブリッド車 より燃費が優れ一人勝ちの状態である。日産もハイブリッド車に対抗し て電気自動車(EV)を販売しているが、販売台数ではトヨタハイブリッ ド車に大きく水を開けられている。これは、EV がハイブリッドやガソ リン車と同一土俵で戦っているからである。もし、自動運転のような別 の土俵になれば、制御が非常に複雑なハイブリッド車よりも、EV の方 がはるかに向いている。 このように、 現状だけで物事を判断するのではなく、別の土俵をつくっ て新たな市場を開拓する心構えが重要である。 ▼ 将来トレンド予測を当てにしない 図 1–1 は、トヨタハイブリッド車の販売台数推移である。2003 年度 は国内外を含めて 30 万台程度であった。2003 年度時点で、10 年後に 600 万台以上の販売台数になることを予想できた人はいるだろうか。こ 10 第 1 章 先 行 開 発の基 盤となるコンセプトづくり (万台) トヨタハイブリッド車の販売台数推移(国内外含む) 販売台数 700 600 500 400 300 200 100 0 1997 2000 2003 2006 2009 2013 (年) 年度 トヨタ調べ 03年度に10年後の販売台数予測できただろうか? 図 1–1 ヒット商品の将来予測が不能な例 のように将来トレンドは当てにできないのである。将来戦略を立てる場 合は必ず将来トレンドを予測し、将来はこのようになるからこんな製品 を開発すべき、というようなやり方をするのが一般的である。しかし、 これは間違いである。 同業他社も同じようなやり方をしているため、他社と似たような製品 しか開発できない。なぜ、このようなやり方をするかと言えば、役員に 説得しやすいからである。将来トレンド予測をする前に、顧客にとって どんな製品を出したら感動されるか、喜ばれるかという視点でコンセプ トを考えるのである。次に、世の中でブームになっていることとか、 IT やインフラがどのように進歩してきて、将来はどのようになるかを 調べて、思い描いたコンセプトが受け入れられるか検証してみよう。 ▼ アイデア出しに QFD 手法は使わない 顧客の声をもとに要求品質を列挙し、重要度の重みづけに応じて重点 改善品質性能を決めるのが、QFD 手法の概要である。QFD 手法の実例 を表 1–1 に示す。このやり方では、改善要求性能と達成する構造を構 11 表 1–1 QFD 手法は品質改良ツール 品質企画 品質性能 レベルアップ項目 要望項目 クレーム △ 競合製品比較 ○ 重要度 目標設定 重点項目 達成する構造(HOW) ◎ B C ◎ △ 改善品質 性能 要素 要素 要素 1 2 3 A ○ ◎ 顧客の重要度 ◎ 品質の性質 品質 要求品質 (What) 設計 △ ○ ◎ ○ ○ ◎ ○ 専門知を手の内にしている要素以 外の機構は、達成する構造の要素 として採用することはできない(適 用領域がわからないから) TRIZを使ってヒントとなる機 構は見つけられるが、 その機 構を専門知としてマスターし ないと設計要素としては使え ない QFDは、 顧客の声 (What)と既存製品 (How)を関連づける手法で、 既存製品の改良レベルのアイデアしか出にくい 成する要素との関連づけが必要となるため、従来製品の品質改良や、同 業他社製品の後追いか、せいぜい一歩リードするような製品開発までが 限界である。 どうしても、既存製品を構成する要素をベースに、アイデア出しする 12 第 1 章 先 行 開 発の基 盤となるコンセプトづくり 傾向になってしまうからである。改善要求機能を実現するためには、既 存の構成要素にどのような改良を加えればよいかという発想になりがち であるため、製品の改良はできても、構成要素事態を一新するようなア イデアは出てこない。画期的なアイデア出しをするためには、利害関係 のあるすべての要素と要求機能、制約機能を明確にするシステムズエン ジニアリングのユースケース図が有効である。 いったん、既存製品の構成を忘れて、対象製品と利害関係のあるすべ てに対して要求機能・制約機能を洗い出す。その後で、それら要求機能 を実現する手段を洗い出すのである。 ここで、大きなハードルが存在する。いくら優れた要求機能を思いつ いても、トレードオフ関係にある制約機能を満足させないと解決案には ならない。そもそも、制約機能を満足しつつ要求機能を実現する具体的 な手段を創出しない限り、ユースケース図は堂々巡りする。 実現する具体案を創出するためには、 何らかの手がかりは欠かせない。 最も有効な手法が類似法である。世の中で製品化されているものがどん な原理を使っているか、どんな機構を応用しているかについて日頃から 関心を示し、制約条件と要求機能を両立するために、他分野の類似技術 が使えないかという思考回路を働かせることは、非常に有効である。 1-2 人間の 6 つの本質特性 顧客ニーズが多様化する時代を迎えて、どんな製品を出せばよいかと いう新しいコンセプトを打ち出すことが、競争優位の分かれ目になって きている。通常の発想法は、明確なコンセプトが決まっていることが前 提で、そのコンセプトを実現する手段に対するアイデア出しに活用する のが一般である。発想法として有名な TRIZ でさえ、コンセプトまでは 発想することはできないと明言している。 13 ▼ 拠り所を探す コンセプトを発想する場合、根拠となる拠り所を探すことが最も重要 である。自動車や家電製品ならば、あらかじめ基本機能が決まっており 拠り所で悩む必要はないが、IT やインフラ関係の場合は拠り所を自ら 探すところからスタートして、コンセプトを構築する必要がある。 このような環境で拠り所となるのが、人間の 6 つの本質特性である。 6 つの本質特性は以下に示す通りである。 ①手軽に欲求をかなえる 手軽に欲求をかなえたいことの身近な例として、最近コンビニで扱う ようになった本格コーヒーが挙げられる。その売上が、コンビニ食品部 門でトップになったというのを聞いた記憶がある。 ②感動する(ワクワクしたい) 感動したい例として、宇宙旅行体験ツアーという企画が挙げられる。 一般の人でも宇宙旅行ができる時代を迎えたということで、技術の進歩 の速さには驚かされる。 ③達成感(成功体験をしたい)+競い合う 成功体験をしたい+競い合いたい例として、ゲームソフトの「パズル &ドラゴンズ」 が挙げられる。スマートフォンの普及で、さまざまなゲー ムを手軽に行えるようになったが、多くのゲームソフトは達成感と、競 い合うという人間の本質特性を活用している。 ④連帯感(仲間意識を持ちたい) 無料で通話ができる LINE などは、つながっていたい人間心理にか なっているように思う。 ⑤健康志向(アンチエイジング) 医療の進歩で人間の寿命は大幅に延びてきた。それに伴って、認知症 になったり、脳疾患などで体が不自由になったり、糖尿病で特有の症状 が発症したりする確率が高まっている。高齢化社会においては、いつま でも健康でいたいという欲求は当然である。このような要求に対応する 例として、IT を活用した医療連携サポートシステムなどが、企業や自 治体などで真剣に検討されている。 14