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(特許情報)を活用した - ビジネスクリエーター研究学会

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(特許情報)を活用した - ビジネスクリエーター研究学会
第二回ビジネスクリエーター研究学会
自由論題報告
パテントマップ(特許情報)を活用したアイデア創造の可能性について
-特許情報とビジネスの相関関係を探究する-
株式会社ビズ・ビタミン
代表取締役 柴田 徹
1.報告要旨
ビジネスクリエーターとして新商品や新事業の新しいアイデアを創造するための 1 つのアプローチと
して、500 万件以上も蓄積されている特許情報(特許電子図書館:IPDL)を活用することに着目した。その特
許情報の中に記載されている「発明の課題」はその現場におけるニーズであり、「具体的な解決手段」はその現
場を満足させるシーズに他ならない。さらに特許が権利化される為には、有用性・新規性・進歩性という三大要
件があり、すべての特許明細書はこの 3 大要件を満たすべく記述されている。この 3 大要件は、新しいアイデア
を創造する場合においても同じく重要であり、産業上ビジネスが成立するのか(有用性)、競合する他社に対す
る優位性はあるのか(新規性)、充分な参入障壁を築けるのか(進歩性)等と解釈できる。
今回の報告では、特許情報を活用してアイデアを創造した 3 件の事例(連棟式住宅、電力事業、焼結歯車)
を通してその方法論を考察した。その過程では、パテントマップを使って特許情報を解析すると同時に、PPM や
QFD といったマーケティングや開発現場で使われている既存の方法論との相関関係に着目し、特許情報(技
術)とビジネス情報の融合から新しいアイデアの創造を検証している。
結果、アイデアを創造する為の“確実な”方法を見つけるには至っていないが、その創造を促進する状況がど
のようなものかといった環境的ステップは確認できたと考える。少なくとも特許情報はアイデアの創造を支援する
手段として充分に役立つことが確かめられたと考える。
2.現状分析
(1)特許情報に関して
日本国への特許出願件数は図 1 のように年間 40
万件前後で推移している。近年、出願件数の減少
傾向および審査請求件数の急激な増加傾向より、
大量出願を行い権利化は二の次といった守りの知
財戦略から、少数精鋭で質を重視する攻めの知財
戦略へと変化してきていることがうかがえる。
この 1 件 1 件の特許には、特許明細書に記載さ
れている情報と、経過情報(整理標準化データ)
から得られる情報とが存在する。特許明細書はさ
らに大きく 3 つの情報群から成り立っており、書
誌情報、特許請求の範囲、詳細な説明(図面)で
ある。一方、経過情報にはその特許の審査記録(審査請求中、権利登録済、権利放棄など)や特許庁で
調べた引用調査データ等の情報が記載されている。特に、特許明細書の詳細な説明(図面)箇所には、
1
発明の技術分野、従来技術、先行特許文献、発明の課題、解決
手段、実施の形態、発明の効果、図面といった産業上有用なそ
の特許に関する技術的な説明が第 3 者でも再実施可能なように
詳しく記載されている(図 2 参照)
。書誌情報は管理情報と理解
をされているが、解析手法次第では経営戦略を映し出す情報と
も考えられる(これは事例 2 で説明する)
。経過情報の引用調査
データは、引用/被引用関係を解析するサイテーションマップ
にすることで、1 件の特許が線で結ばれ技術の進歩を読み解く
ツールになる。特許請求の範囲は、法的な権利範囲を定める法
律文章であり、その構成要素を解析することで、解決手段(シ
ーズ)の構造を把握することができる。これら以外にも特許情
報の活用方法(読み方)次第でビジネスとの深い関係性を理解
することができるのである。
(2)アイデア創造に関して
現在私が取り組んでいる立教大学 MBA と巣鴨信用金庫との
共同プログラム「派遣型ビジネスクリエーター養成プログラム」*1 は、文部科学省の「産学連携による
実践型人材育成事業−長期インターンシップ・プログラムの開発−(旧:派遣型高度人材育成共同プラン)」
に選定されたプロジェクトの 1 つである。このプロジェクトは 3 つのステージを踏みながらビジネスク
リエーターという高度人材を育成していくものであるが、第 1 ステージおよび第 2 ステージでは、地元
に実在する中小・中堅企業にご協力を戴き、その企業に対して何らかの新しい商品・事業・サービス等
の新企画提案を行い、最終ステージでは自らが起業することを仮定した新しいビジネスプランの策定を
行う。第 1 ステージから最終ステージの共通の目的は、限られたリソース(資源)を制約条件として、
新たなニーズを見つけ出し、そのニーズを満足できるシーズを構想し具現化に向けた計画を策定するこ
とである。
このプログラムにおいてアイデアの創造を促進するため異業種メンバーによるチームを編成しブレ
ーンストーミングを奨励している。これは、様々な価値観や人生経験や趣味嗜好をもつ複数のメンバー
をベースに、それぞれの業種・業界での経験やノウハウを持ち寄り、そこに対象とする企業に関する大
量の情報を追加し、「情報の混沌」状態を作り出そうとする試みである。この「情報の混沌」の中にこ
そ、新しいニーズの発見やシーズのヒラメキが生まれるのではないかと考えている。
一方で、ジェームズ・W・ヤング氏の著書「アイデアのつくり方」*2 には、新しいアイデアとは「既
存の要素の新しい組み合わせに過ぎない」、更にこの新しい組み合わせを見つける才能は「物事の関連
性を見つけ出す才能に依存している」とある。立教大学 MBA で取り組む「情報の混沌」は、本質的に
人間の創造性の発動を促すヤング氏の考え方と一致している。
3.仮説
本報告における仮説は、新しいアイデアを生み出すために集める大量の情報群の中に、特許情報を積
極的に取り入れ更なる「情報の混沌」を作り出し、その情報の混沌を整理し、咀嚼し、理解する一助と
してパテントマップというツールを活用する点にある。特許情報にある発明の課題(ニーズ)と解決手
段(シーズ)という対の情報要素が、より効率的に新しいアイデアを導き出すのではないかと考えてい
る。
2
4.仮説の検証とその分析
(1)連棟式住宅の商品企画アイデアに関して
連棟式住宅とは、タウンハウス、テラスハウスともいわれ
る集合住宅(現代版長屋)で、一般的に木造 2 階建てのも
のが多い。この連棟式住宅を新しく企画開発する段階で、他
社との差別化、また将来的なフランチャイズ化の為、新しい
アイデアを創造した。
まず、連棟式住宅の VOC(お客の声)*3 を抽出し簡易的
な QFD(品質機能展開)*3 にまとめた(図 3)
。次に、連棟
式住宅に関する特許情報を検索し類似内容を分析した。出願
人数‐出願件数マップ(ライフサイクル)
(図 4)からこの
業界動向が見てとれる。公開日=2002 年すなわち 2000 年
頃の出願時期がピークで、その後、出願件数も出願人数も減
少していることがわかる。これはこの業界の技術課題がほぼ
解決し、市場として成熟期に入っている、すなわ
ち新機能よりはコストや品質等の生産技術にシフ
トしていることが推測した。次に、出願人-IPC
区分マップ(図 5)を作成し、どのような企業が、
どのような課題に取り組んでいるのかを分析した。
IPC 区分は特許技術分類コードであり図 5 にある
E04H=特定目的の建築物、E04B=建築構造一般、
E04F=建築物の仕上げ、E03C=配管設備等・・・
のようにどのような技術分野に関する特許(技術)
なのかが見てとれる。
結果、特許情報からあるベンチマーク企業を選
定しその企業の特許内容を分析すると同時に QFD
で得た VOC を比較しながら「木造の連棟式住宅で
ありながら、1 棟単位の建て替えを可能にする構
造」というアイデアを創造するに至った。これは、
20 年~30 年と長期的な視野にたった時、住宅の建
て替え・リフォームの必要性は必ず出てくるもの
であり、その時で対応可能な連棟式住宅をアピー
ルするものである。さらにこのアイデアを具現化
する構造を試行錯誤し、結果、3 件の特許出願に至った。
(2)電力会社の新事業アイデアに関して
電力会社のような大企業ではグループ企業までも含めると実にその事業範囲は広い。そのような大企
業に相応しい新事業アイデアの創造事例を報告する。まず特許情報の収集の前に電力会社の現状理解と
保有する会社資源の把握を行った。次に特許情報を検索し、対象とする母集団(特許群)を作成し、そ
の母集団を対象にさまざまな角度から分析を行い新事業アイデアのヒントを探した。
母集団の件数が多いためその絞り込みに仮説を用いることとした。この仮説は自らの経験と特許情報
3
以外の情報との混沌状態から生まれたヒラメキと
言っても良い。新事業を創造する為にはビジネス
をイメージさせる情報が必要で、それは特許情報
でいえば
「ビジネスモデル特許」
(IPC 区分=G06F
に該当)にあると仮説を立てた。更に、電力会社
の中で積極的に新事業に取り組んでいる会社に注
目し、その会社の考えるビジネスモデル(特許)
を中心に分析し、ある特許群を見つけた(図 6)。そ
の特許群は、出願日と規制緩和の時間軸が見事に
一致している極めて戦略性の高いものであった。
その特許群をベースに「電力会社が行う与信サービス、決済代行サービス」といった新事業アイデアを
創造するに至った。この新事業アイデアでは、参考にした特許群に対して更なる課題を発見し対抗特許
という形で数件の特許出願も行った。
(3)焼結歯車の活用アイデアの創造に関して
焼結歯車は、鉄・銅・ステンレス等の金属粉末を成形型でプレスし更に焼き固めた部品である。鍛造
歯車や切削歯車に比べ耐久性・歯精度に劣るものの製造コストは安いという特性がある。近年、金属粉
末の改良や生産技術の向上により耐久性・歯精度でも鍛造歯車や切削歯車に劣らない焼結歯車が生産で
きつつあり、新しい用途先や営業先を探索するため特許情報を活用しアイデア出しを行った。
特許分析では、特に焼結歯車における転造仕上
げ加工にフォーカスし関連特許を検索し母集団を
作成した。その母集団から課題-出願人マップを
作成した(図 7)
。課題抽出にはシソーラス辞書を
作成しそのパテントマップ作成の生産性を高めた。
結果、焼結歯車の活用アイデアとして「モータ
ーアシスト自転車」市場と「産業用ロボットアー
ム」市場の仮説を見つけるに至った。もちろんこ
の仮説に至る経緯では、特許情報だけではなく特
許出願していた企業(出願人)のホームページや
関連情報からもヒントを得ている。更にこれらの
市場の出願人数-出願件数マップ(ライフサイク
ル)も作成し、これらの市場の技術開発が一段落
し、ある程度の市場規模を維持しながらも成熟市
場に入ってきていることを把握した。これは、焼
結歯車自体は新機能による差別化ではなくコスト
ダウンというリプレース市場を狙うべきという経
営戦略の方向性を導くのに役立った。
また PPM*4 と特許出願傾向の相関関係を図 8 の
ように分析した。対象とする市場の商品が PPM の
どのステージにあるのかを客観的に外部から理解
する一手段として特許の出願動向を利用し、その
4
ステージに応じたニーズを考えた。今回テーマのようにリプレース市場をターゲットとしたシーズ側の
特徴がコスト低減にある場合、攻める市場は「金のなる木」に位置する商品群がベストであると考察し
た。
5.仮説の検証結果
以上(1)~(3)の具体的事例を通して、特許情報を活用することにより具体的で進歩的なアイデアが創
造できたと考える。但し、経験的に以下のような継続的課題も再認識できた。
(1)特許情報の技術分類
による限界
事例(2)のようなビジ
ネスモデル特許は別と
して、特に(3)のような
製造業の一部品に関す
る特許情報をそのまま
理解しただけでは新し
いアイデアは思いつか
なかった。特許情報に
加えてその業界のバリ
ューチェーンを意識す
る必要がある。例えば、
焼結歯車の場合、その歯車がどのような部品に使われるのか、さらにその部品はどのような製品に使わ
れるのか、さらにその製品はどのような現場でどのように使われるのか等、バリューチェーンを想像し
ていかないと新しいアイデアは浮かんでこなかった(図 9 参照)*5。この考え方は前述の「新しい組み
合わせを見つける才能は、物事の関連性を見つけ出す才能に依存している」という内容に符合する。特
許技術分類に頼って当該分野だけを検索し分析するのではなく、ビジネスのバリューチェーンを想像し
その先での分析が必要となる。
これは逆説的に考えると、特許技術分類で区切ってその業界を調査すれば BtoB と言われる企業間取
引のマーケティングに応用可能ではないだろうか。この考察は現時点では仮説にすぎないが、今後更な
る事例を積み重ね、何らかの形で検証していきたい。
(2)特許情報量の限界
事例(1)の検索をしてみて業界により
特許情報量に差があることが分かった。
図 10*5 のように川上・川中産業では比
較的多くの特許情報からさまざまな分
析が可能だが、卸販売、小売など川下産
業へ近づくにつれ特許情報量が少なく
なる。これは技術的要素の重要度に比例
するものと考えられるが、同時に、ビジ
ネスの成否(=消費者のニーズ)を決定
する要因をどの業界が握っているかに
5
も依存するだろう。すなわち市場の成熟度との関係性も考慮したアイデアが求められることになる。
(3)従来のマーケティング手法とパテントマップの融合手法の確立
今回のテーマはまさにここにあると考えるが、現時点ではここの融合手法を確立するに至っていない。
いくつかのパテントマップはマーケティング時に有効な情報源となることを示していると考えるが、更
なる検証を重ねながら、新しい手法を確立していきたい。
6.おわりに
ビジネスクリエーターの 1 つの要件として、新しいことを創造する視点がある。しかし従来にない創
造的なアイデア/発想は、1 人で悩み考え込んでもそう簡単に浮かんでくるものではない。そこで「ア
イデアとは既存の要素の新しい組み合わせにすぎない」と考えれば、より多くの既存の要素を集め理解
することこそ、創造的なアイデアへの近道と気づくはずである。0 から 1 を生み出すことは極めて難し
い作業であるが、
1 を 2 にすることや 1 と 1 とを足して 3 や 4 にする作業はまだ可能ではないだろうか。
そもそも特許法の公開制度における理念は、先人の知恵(発明)を利用し、重複する研究開発を抑止
し、更なる進歩性・新規性のある知恵を創造することにある。未来をクリエイトしていく為にも過去の
知恵を活用すべきと考える。
【参考文献】
*1:派遣型ビジネスクリエーター養成プログラム(機構長:立教大学 亀川雅人教授)。H18 年度から
H22 年度の計 5 カ年実施中。
*2:アイデアのつくり方(ジェームズ・W・ヤング著、今井茂雄訳)出版:阪急コミュニケーションズ。
*3:VOC(Voice of Customer)、QFD(Quality Function Deployment)は、1970 年代赤尾洋二先生、水
野滋先生が提唱した開発手法。大手製造業を中心に多く利用されている。
*4:PPM(Products Portfolio Management)は、ボストンコンサルティンググループが 1960 年代末に
提唱した戦略的意思決定手法。
*5:パテントマップの作り方と活かし方および新事業創造への導き方(柴田徹)セミナーテキスト。
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