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P.94 - 高崎経済大学

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P.94 - 高崎経済大学
学位論文の審査結果の要旨
ふ
氏
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とおる
名 勝 田 亨
学 位 博士(地域政策学)
学 位 記 番 号 高経大院博(地域政策学)第23号
学位授与の日付 平成23年9月27日
学位授与の要件 学位規程第4条第2項該当
博 士 論 文 名 地域住民と交通管理者、道路管理者の三者連携によるリスクマネジメント
の視点に立った地域社会の交通事故抑止に関する研究
論 文 審 査 委 員 主査 大河原眞美(高崎経済大学地域政策学部教授・文学博士)
副査 岸田 孝弥(中京大学心理学部教授・工学博士)
副査 吉田 俊幸(高崎経済大学地域政策学部教授・農学博士)
副査 長谷川秀男(高崎経済大学地域政策学部名誉教授・学術博士)
審査結果要旨
1、本論文の構成
本学位請求論文は、交通事故防止のために、地域社会と交通管理者と道路管理者の連携を図る
ための具体的な方策を論じているものである。参考引用文献・資料一覧を除いて、本文は、以下
のような構成になっている。
序 章 問題の所在と限定
第1節 問題の所在
第2節 問題の限定
第1章 地域社会
第1節 教育モデル事業
第2節 老人クラブ連合会
第2章 交通事故の現状
第1節 事故統計
第2節 事故映像
第3章 交通参加者の危険認知と回避
第1節 歩行者
第2節 自転車利用者
第3節 自動二輪車利用者
− 94 −
第4節 自動車利用者
第5節 車椅子等利用者
第4章 交通管理者の施設概況
第1節 交通警察の方向性
第2節 道路交通法
第3節 交通管理者の施策事例
第4節 車間距離保持運動
第5節 歩行者等支援情報システム
第5章 道路管理者の施策概況
第1節 自転車道整備
第2節 交通事故対策事例
第3節 政策目標評価型事業評価の導入
第6章 交通管理者と道路管理者の連携事例
第1節 中央線消去と路測帯拡幅
第2節 ゾーン・エリアおよび事故危険箇所対策
第3節 道を利用した地域活動の円滑化
第4節 都道府県道路交通環境安全推進会議
2、本論文の概要
本論文は、交通事故防止のために、地域社会と交通管理者と道路管理者の連携を図るための具
体的な方策を提案している実証的な研究である。交通管理者とは、交通規制及び解除を行うソフ
ト面の管理者を指し、道路管理者とは、道路及び工作物の設置や維持管理を行うハード面の管理
者である。交通管理者、道路管理者、地域住民が個々に取り組んできた交通事故防止や軽減対策
について、三者の連携の必要性、特に、地域住民の役割の重要性から論じている。
第1章では、交通・道路管理者が発信して地域住民に働きかける事例(勝田亨氏が研究員とし
て参加した群馬県警察本部の「中・高校生に対する自転車の安全利用に関する教育モデル事業」)
と、地域住民が発信して交通・道路管理者に働きかけた事例(愛知県扶桑町老人クラブ連合会の
アンケート調査)から、地域住民との連携の重要性を論じている。
第2章では、交通事故の現状について事故統計や事故映像から紹介し、実際の事故データに基
づいた3D画像の活用の有用性について論じている。
第3章では、交通参加者の危険の認知と回避について論じている。取り上げている交通参加者
は、歩行者、自転車利用者、自動二輪車利用者、自動者利用者、車椅子等利用者である。紙面を
多く割いてある歩行者と自転車利用者について紹介する。
− 95 −
① 歩行者
交通事故と道路横断の関連性に着目して、警察署の交通安全教室に参加した老人会の高齢者に
横断歩道に関する意識調査を実施した。質問項目は、運転免許の有無、運転頻度等の15項目の
アンケート調査である。平成11年10月に仙台市の老人会の高齢者206名(60歳から88歳)、高
崎市の長寿センター事業施設6か所の高齢者255名(60際から98歳)を対象にアンケート調査
を行った。
横断中の歩行者事故について、宮城県警察本部交通課と群馬県前橋警察署交通課の協力のもと
で、道路横断の方向についてドライバーから聞き取り調査を行った。右から左への道路横断は重
大事故に結び付くことを明らかにした。運転免許の有無と横断の仕方に関連がないことを明らか
にした。高齢者を対象にした「どこに危険があるのか」
「なぜ危険なのか」を話し合う小集団を
活用した参加型教育を提唱している。
② 自転車利用者
自転車利用者の意識・マナーを明らかにするために、未然事故経験について自転車走行状態調
査を行った。二人走行、無灯火走行、飲酒走行、幼児座席利用等について聞き、事故発生の月や
時間や天気や場所などについても調査した。対象者は、1,784名である。調査結果は、交通状況
を考えない身勝手走行が事故誘因の一つになっている。調査は、昭和59年なので、古いのが残
念である。
第4章では、交通管理者の施策概況について、交通警察の方向性、道路交通法、交通管理者の
施策事例、車間距離保持運動、歩行者等支援情報システムから論じている。交通警察の方向性と
しては、「危険運転致死罪」が創設されたものの、基本的に「故意犯」でなく「過失犯」と捉え
ていることに変わりはない。また、道路交通法違反は、反則金の納付により、成人の場合の公訴
の提起や未成年の場合の家庭裁判所審判について、付すことがなくなっている。
「法律の番人」
としての取締りや検挙等は重要な業務であるが、一方、交通参加者との合意形成が必要とされて
いる。
第5章では、道路管理者の施策概況について、自転車道整備、交通事故対策事例、政策目標評
価型事業評価の導入から論じている。物理的なハード面の管理をする道路管理者は、維持や管理
にも予算を考えなければならない。交通参加者の質の変化に応じた整備などもあり、地域住民や
道路ユーザーとの意思疎通を図ることが重要である。
第6章では、交通管理者と道路管理者の連携事例について、中央線消去と路側帯拡幅、ゾーン・
エリアおよび事故危険箇所対策、道を利用した地域活動の円滑化、都道府県道路交通環境安全推
進会議から論じている。生活道路の中央線消去によりドライバーの注意を喚起させ、路側帯拡副
により歩行者の安全な通行を確保し、このことにより、交通事故防止に効果があった愛知方式に
ついて紹介している。群馬県みどり市や高崎市における応用についても検証している。全国的な
広がりには結びついてはいないが、車中心の道路政策から歩行者へと価値体系を転換させたこと
− 96 −
に意義がある。
3、本論文の成果と問題点
本論文の成果として、下記の点をあげることができる。
1)地域社会からの「交通事故」分析
「交通事故」を、従来の交通管理者や道路管理者等の要素からのみで論じるのではなく、地域
社会の安全性という広い視点から捉えている。地域社会の「安心・安全なまちづくり」に交通安
全だけでなく防犯も含め、交通安全の取組には、地域住民のパトロール等の地域社会の活動を組
み込むことの必要性を論じているため、地域政策学の学位論文にふさわしいものとなっている。
2)
「交通事故」関連用語の分析
「交通事故」関連用語の分析が、
既成概念に捉われない斬新さがある。「交通事故」の対義語は、
「円滑交通」であって、
「交通安全」ではない。交通事故の原因は、反則行為とヒューマンエラー
からも生じる。また、同じ行動をとっていても、「事故」が発生しないこともある。「事故」が顕
在しないからといって、
「安全」であるわけではない。よって、「安全」は「円滑交通」に包含さ
れると論じている。また、
「交通安全」の対義語は、
「交通危険」であると論じている。さらに、
「交
通事故」の原因には、自分勝手な思考や行動があるとして、
「私」と「公」を強調する用語を編
み出す必要があると述べて、
「私」と「公」の概念から、「公通」を編み出している点に独自性が
ある。このように、
「交通事故」関連の用語について、「ことば」の面から本質にせまって分析し
ているのは、社会科学系の論文ということを考えると、異彩を放っている。
3)調査対象
調査にあたって、群馬県警や宮城県警の交通課の協力を得て、ドライバーにヒアリング調査を
行っている。県警等の司法機関からの調査協力は、外部の者には困難が伴って、なかなか得るこ
とができない。このため、本論文の調査結果が価値のあるものになっている。また、県警の交通
課の調査協力を得たということは、本論文の有用性が司法機関においても評価されていると言え
る。
しかし、本論文には、以下のような問題点もある。
1)調査時期
博士後期課程入学から10年かけて完成に漕ぎつけた論文であるため、調査に古いものがある
ことである。意識の変化もあるので、新しい調査を実施して含めれば、より優れた論文が作成で
きたであろう。
けれども、上記の問題点は、論文執筆者も十分認識しており、本論文の優れた成果を決して損
なうものではない。本論文は、従来は、交通管理者、道路管理者、地域住民が個々に取り組んで
− 97 −
きた交通事故防止や軽減対策について、三者の連携の必要性、特に、地域住民の役割の重要性か
ら論じている点に意義がある。当初は、主張が明確でないこともあったが、交通管理者、道路管
理者、地域住民の三者連携が必要であるということが伝わるように、論文執筆にあたって修正に
修正を重ねて、完成度の高いものが作成されている。
4、結論
以上の審査結果に鑑み、学位論文審査委員会は、本論文は、学位論文の水準に達していると判
断して、勝田亨氏に博士(地域政策学)を授与することを全員一致で確認した。今後、この問題
について、新しい事例を含めて理論的に整理するならば、地域社会の交通問題に多大の寄与が期
待できるものと信じている。
− 98 −
学位論文の審査結果の要旨
ふ
氏
り
が
な
りん
や
名 林 雅
学 位 博士(地域政策学)
学 位 記 番 号 高経大院博(地域政策学)第24号
学位授与の日付 平成23年9月27日
学位授与の要件 学位規定第4条第2項該当
博 士 論 文 名 ドイツの環境経済政策をモデルとした中国における環境税導入の研究
論 文 審 査 委 員 主査 河辺 俊雄(高崎経済大学地域政策学部教授・保健学博士)
副査 河藤 佳彦(高崎経済大学地域政策学部教授・博士(地域政策学))
副査 影山 僖一(千葉商科大学名誉教授・博士(経済学))
審査結果要旨
上記、林雅氏の学位論文「ドイツの環境経済政策をモデルとした中国における環境税導入の研
究」に関して、河辺俊雄を主査に、河藤佳彦・影山僖一両副査の3人により指導を行い、平成
23年5月16日に予備審査、および平成23年8月5日に本審査を実施して、それぞれ口頭試問を
行った。その結果、3人の審査委員は全員一致で、論文が学位(課程博士)論文の水準に達して
おり、また、林雅氏が博士(地域政策学)の学位を授与するのに充分な研究能力を有していると
判定した。本論文に対する評価及び審査結果の要旨は以下の通りである。
本論文は、ドイツの環境税および環境経済政策をモデルとして、中国における環境税導入の可
能性を探究した研究である。本論文の特色は、中国における環境税導入に関して3仮説を設定し
た上で、北京において「中国における環境税導入の可能性調査」を行い、さらにドイツの3都市
の住民に対する現地調査を行ったことである。3仮説とは、①地球環境問題の解決には、環境経
済政策である環境税が有効である。②中国の環境問題と社会問題の解決には、環境税の導入と税
制中立的な環境税制改革が有効である。
③中国において環境税を導入する際には地域差を考慮し、
貧困層へ配慮を行う必要がある。そして、中国およびドイツの調査結果に基づき、3仮説を詳細
に検討し、中国における環境税導入の必要性を明らかにした。本研究では、地域住民の視点から、
環境税や環境経済政策を検討しており、独自性の高い研究であると評価できる。
地球環境問題は深刻な現実的課題であり、環境のさまざまな悪化は地域社会に大きな影響を与
えるようになり、
環境や資源の保全は地域政策の重要な柱の一つとなっている。地球環境問題は、
先進国が中心となって解決すべきであるが、世界中の国々に関わる重要問題であり、今後は、新
興国も地球環境問題の解決に重要な役割を果たすことが期待されている。特に、中国における環
境対策は、地球環境問題の解決に向けて極めて重要な要素となる。
− 99 −
経済のグローバル化が進展している中で、国際的な資本移動の自由化、規制緩和、金融自由化
が行われると同時に、環境問題も地球レベルの問題へと拡大してきた。長期にわたる経済発展を
中心とした社会活動によって、大量生産、大量消費、大量廃棄が行われ、環境への負荷は十分考
慮されてこなかった。環境問題を解決するには、単に自然環境を改善するだけではなく、生態系
を維持し、経済活動によって引き起こされる環境破壊を防ぐような、環境政策をとるべきである
ことが世界で共通に認識されている。本論文の目的は、環境経済政策の中で特に環境税は有効で
あるという立場にたち、中国における環境税導入の必要性と環境税制改革の方向性を明らかにす
ることである。
本論文の第1章では、研究の目的と意義を明確にした上で、先行研究の整理を行い、研究方法
と本研究の独自性を述べた。第2章では、環境政策である強制型環境政策と環境経済政策を理論
から分析し、環境経済政策の特徴と分類について比較した。さらに、環境政策と地域政策の結び
つきについて日本とEUの実例を挙げ、検討した。第3章では、環境経済政策である環境税を中
心に検討し、詳細に分析した。第4章では、EU諸国における環境税導入の状況を詳細に検討し、
環境税の導入が「環境」と「雇用」の解決に向かうことを示した。第5章では、中国における環
境経済政策の変遷を整理し課題を指摘した。現在、中国の環境汚染は厳しい状況である。中国の
経済は今後も重化学工業を中心に発展していくと予測され、環境汚染圧力も増大傾向にあり、汚
染が続く可能性が高い。
第6章では、第1章から第5章までの分析を踏まえ、中国における環境税導入の可能性と環境
税制改革の方向について、北京市で行ったアンケート調査とヒアリング調査のデータを分析し、
検討した。アンケート調査の結果から、これまで中国で実施されてきた環境保護政策は市民の期
待とはほど遠いことが明らかになった。30年間続いてきた環境保護のための税収手段について
は、環境改善の効果が低く、環境保全への役割をほとんど果たしていないと考えられる。つまり、
市民は、環境税の徴収、有効性、管理運営などに対して不安を持っているのである。しかし、こ
のような懸念を除くことができれば、ほとんどの調査対象者は、経済手段を用いて環境汚染を抑
制し、持続可能な生活環境を保つという環境税政策、環境税の導入に賛成していることが明らか
になった。ヒアリング調査の結果では、中国もドイツと同様に環境税導入による税制改革の一環
としての支援政策を実施することが望まれ、地域産業とエコ農業への支援を期待していた。
第7章では、ドイツの地域住民への現地調査を行い、その結果を踏まえ考察したうえで、中国
環境税導入の提言を行った。ドイツは、いち早く環境税を導入し、環境税制改革により、環境面
から社会全体を新たな方向に展開させて、新たな環境政策の方向を示している。現地調査した目
的は、
ドイツの環境税導入と税制改革の実施が、
「環境や社会に」どのような変化をもたらしたか、
特に人々の生活にもたらした影響を詳細に検討することは、中国や日本などの環境税を導入して
いない国々において持続可能な環境型社会に結びつく環境政策を検討する上で重要である、と考
えたからである。調査結果からみると、ドイツにおける環境税の徴収は包括的であり、地域差が
− 100 −
なく、住民が生活をしているうちに支払っていることが明らかになった。地域によっては、環境
税の負担が家計に強く影響を与える家族があるが、所得税の減税と健康保険料の減額の恩恵を受
けているため、環境税導入後の家計負担が1〜5%に上がっても、ドイツが推進している政策に
賛成していると推測された。
以上の研究結果を踏まえ、中国における環境税導入に対して設定した仮説の検証結果は、①中
国における環境税導入は有効性が高いと判断される。導入すべき環境税は、ドイツのような包括
的な税が望ましい。地域住民からの納得が得られるように、政府は時間をかけて税率を段階的に
引き上げることが必要である。②中国の環境問題と社会問題の解決には、環境税の導入と同時に
税制中立的な所得税や法人税減税を行うことが有効である。環境税の導入は、人々の生活を環境
配慮型のライフスタイルに転換することができ、地域における財政不足を補うことが可能である。
③環境税導入の際には、
地域差を考慮することが望ましい。再生エネルギーの補助金を風力発電、
太陽光発電、水力発電などに重要配分することで、地域を活性化することが可能であるからであ
る。ただし、中国において環境税を導入する際には、ドイツと比較すると貧富差が大きいため、
生活面の影響を受けやすい貧困層への配慮を行う必要がある。
以上の学位論文の研究結果を踏まえ、林雅氏の論文は、研究の独創性が高く、論文の意義・目
的は適正であり、先行研究のレビュー、事例調査の適切性、論文記載の妥当性等いずれの面でも
優秀であり、審査員一同、博士(地域政策学)の学位を授与するに値すると判定し、博士論文と
して合格の評価を与えるものである。
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学位論文の審査結果の要旨
ふ
氏
り
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な
ふじ
もと
まさ
ひろ
名 藤 本 理 弘
学 位 博士(地域政策学)
学 位 記 番 号 高経大院博(地域政策学)第25号
学位授与の日付 平成24年3月24日
学位授与の要件 学位規程第4条第2項該当
博 士 論 文 名 地域活性化のための地域情報化政策に関する研究
論 文 審 査 委 員 主査 河藤 佳彦(高崎経済大学地域政策学部教授・博士(地域政策学))
副査 吉田 俊幸(高崎経済大学地域政策学部教授・農学博士)
副査 影山 僖一(千葉商科大学名誉教授・博士(経済学))
審査結果要旨
藤本理弘の学位論文「地域活性化のための地域情報化政策に関する研究」について、主査 河
藤佳彦、副査 吉田俊幸、副査 影山僖一の3人の審査委員は、当該論文が学位論文の水準に達
しており、
藤本理弘が地域政策学の分野における博士に相応しい学識を有していることを確認し、
全員一致で博士(地域政策学)の学位を授与することを認めた。
本学位論文(以下「本論文」とする。
)は、
主に大都市圏を除いた地方部において、地域情報化、
特に情報技術(Information Technology、以下ITとする。)の活用がどのように地域活性化に影
響するものであるかを探り、地域活性化を実現するための観点や政策論を考察するものである。
地域情報化政策はこれまでも、地域における通信回線の敷設、IT産業の誘致や振興、行政事務
のIT化、住民や産業におけるIT利用の促進など様々な形で構想や政策が計画され、国・自治体を
始めとする様々な主体によって実行されてきた。しかし、その成果として地域活性化が長期的に
実感されている事例は、一部を除きほとんど聞かれない。
本論文は、このような地域情報化政策が本質的に抱える課題を解決し地域活性化を図るための
方策について、行政分野や住民分野、産業分野など幅広い分野について検討を加えている。とり
わけ、ITを利用して産業分野を充実させ、それによって地域が経済的な収入を得る手段を強化す
ることの重要性に着目して考察の中心に据え、その方策について、理論と事例の両面における探
求により具体的な提言に成功している点において顕著な意義を見出すことができる。
本論文は、地域活性化の意義から考察を始めている。地域活性化とは、地域住民の利益である
地域利益を増加させること、あるいは継続的に増加させる仕組みが形成されることであると捉え
る。また地域利益について、経済的な側面(域際収支)と非経済的な側面(精神的・文化的なも
のなど)の両面で捉える。そして、地域におけるITの需要者としての産業・行政・住民と、供給
− 102 −
者としての地域IT産業側がそれぞれの立場において、地域活性化のためにITを活用する上で必要
な観点について、事例を踏まえつつ的確に考察している。以下、本論文の特色について、章構成
を基に確認する。
序章では、本論文の目的を、主に大都市圏を除いた地方部において、地域情報化、特にITの活
用がどのように地域活性化に影響するものであるかを探り、地域活性化を実現するための観点や
政策論について考察している。
地域活性化を、地域住民の効用を最大化することであると考え、その実現ためには行政のコス
ト低減やサービスの充実、
住民活動の活性化などの施策が考えられるとしつつ、地域活性化にとっ
て何よりも重要なのは経済的な収入を得ることができる産業分野の充実であるとする。そのため、
地域IT産業の存在が重要であり、さらに地域IT産業が地域の他の産業、特に基幹産業をサポート
できる関係づくりが重要であるとしている。また、ITは行政分野や住民分野の政策に活用するこ
とも可能であるが、ITは利用による直接効果以外の外部効果が大きいことから、様々な利害関係
者が存在する地域社会では、外部効果を充分に把握して政策評価時に加えていくなど、慎重なマ
ネジメントが必要であるとしている。
本章は、本論文の目的を設定するための重要な枠組みを提供するものであり、地域IT産業の地
域活性化における役割の重要性について明確な視点を提示している点について評価できる。
第1章では、地域情報化政策に関する概念と分類、対象範囲について整理した上で、地域IT産
業を捉える理論的枠組みについて先行研究を基に考察している。本論文では、地域住民の価値観
を加味した地域の経済的、精神的、文化的な受益として「地域利益」の概念を導入し、地域利益
を得ること及び継続的に得られる構造が形成されることが地域活性化であると捉えている。また、
地域IT産業の位置づけについて理論的考察を行っている。産業組織論のSCPパラダイムによると、
地域IT産業は、グローバル市場や全国規模の市場における競争においては、産業組織構造上の大
変な弱みを抱えていること、産業クラスター理論によると、IT産業は地域の基幹産業に対する支
援産業として位置付けられた方が、産業クラスター全体とIT産業の両方にとって競争優位を保ち
やすいことなどを指摘している。これにより、地域IT産業が目標とする地域活性化の概念の定義
を明確化したこと、また地域IT産業が優位性を確保するための役割のあり方について、基本的な
枠組みの提示を行ったことについて評価できる。
理論的な枠組みについては、その他、地域IT産業が目指すべき事業分野を検討するため、関係
する幾つかの先行研究に言及している。地域の情報や地域企業の持つ情報の多くは粘着性を持つ
ため、それを多く扱うことができれば地理的に近接した地域IT企業の優位性が高まることや、地
域IT産業は地域の他産業に対する業務データの収集・分析・処理サービスや、商社・広告代理店
などの機能にビジネスの手を広げることが重要であることなどの指摘は、地域IT産業の有効性を
高めるうえで優れた検討であると言える。
第2章では、情報化社会論と地域情報化論の展開に関する整理を丁寧に行っている。地域情報
− 103 −
化論が地域格差の是正や地域振興などの動機を出発点としたことから、当初は産業主義的にIT産
業を中心とした産業の誘致や振興が図られたが、後には行政の効率化や住民の協働を振興するた
めにIT活用理論が提示され、常にITを導入した地域の姿が理想的に描かれてきたこと、しかし実
際には社会による技術の受容という観点からすれば理想論にとどまっていること、そして、地域
情報化論においてはITの導入・普及の自己目的化が一層強く表れてきていることなどを主張して
いる。
第3章では、過去に行われた地域情報化政策を、草創期の地域情報化政策(総合的地域情報化
政策)
、地域産業情報化政策、基盤整備・地域行政情報化政策、地域住民情報化政策の4分野に
分けて、丁寧に考察を行っている。そして、地域情報化政策においては情報化が自己目的化され
がちであること、理想的な世界を目的として描きながら、実現へのアプローチを充分に検討せず、
実現性の乏しい政策を描いてしまいがちであること、政策評価が充分に行われない傾向があるこ
と、さらにこのような中で、政策評価が行いやすい産業分野の情報化政策は1990年代までに下
火になったのに対し、政策評価が行いにくい行政・住民分野の情報化政策は、現在でも新しい政
策が立案され続けていることなどの問題点を指摘している。
第4章では、地域活性化のためのIT活用方策について、ITの需要者(エンドユーザー)の立場
から理論的に分析している。そして、地域活性化の効果について意見が分かれやすい「テレワー
ク」
、
「インターネット通信販売」
、
「地域メディア」の三つの分野について、具体的な事例を検討
し、ITを利用して地域活性化を行うための共通点として、現実の地域の構造や地域に存在する要
素を踏まえ、それを活かすように制度設計をしていくこと、単一の情報システムにこだわること
なく様々な外部の情報システムを活用していくことが重要であると主張している。
第5章では、地域情報化政策を地域活性化に結び付けるために、政策プロセスにおいてどのよ
うに地域利益を反映していくべきかを確認している。地域情報化政策は外部効果が多岐にわたる
ため、政策課題の形成から政策評価までのほぼすべての過程で、定性的に状況を分析することが
重要であること、その一方で、それぞれの要素を確実に改善できるように、定量分析も活用し部
分最適化を行っていくことが重要であることを確認している。また地域情報化政策では、規模の
経済性や技術の社会的受容といった固有の要素にも配慮しなければならないことを確認してい
る。
第6章では、地域IT産業の役割と展望について述べている。従来の研究では、地域IT企業の成
長の方策として、首都圏への下請け開発案件を獲得した方が、受注金額、受注の安定性、技術の
獲得の面で有利であり、その作業を続ける中で、首都圏に対抗できる独立した技術力を獲得する
ことが重要であるとか、地理的影響の少ないニッチ市場向けのパッケージソフトの開発が重要で
あるなどといった見解が見られた。しかし、大都市圏からの下請けの比率が高い地域ほど、生産
性は伸びにくいということ、グローバル化の影響により、従来、地方のIT産業に発注されてきた
ような下流工程の開発案件が、安いコストと柔軟な人材供給力の両方を求めて海外に流出し始め
− 104 −
ており、地方部におけるIT産業の存続は厳しい状態であることを見出している。また、地域にお
いてはむしろIT産業のニーズが高まってきており、地域IT産業は地域のニーズに応えるように構
造転換していくことが求められることを示している。それは、先に分析した産業クラスター理論
による分析と符合するものでもあり、またIT産業の振興策としては、大阪市のメビック扇町の取
り組み事例を参考に、異業種間の交流を図ることが有効とみられることを確認している。
この章の考察は、大都市との関係において、地域IT産業の特徴と意義について理論面・実証面
の両面において明らかにしている点において、
本論文のなかでも特に重要な役割を果たしている。
終章では、様々な形で行われてきた地域情報化政策が、地域活性化に結び付いてこなかった理
由について検証してきたことを踏まえ、地域活性化に結び付ける方策について総合的に考察して
いる。情報化が地域利益に及ぼす影響は、正の効果ばかりでなく負の影響も含まれているため、
地域情報化は却って地域の衰退につながる可能性を内包することを指摘する。正の効果としてと
りわけ重要なことは、産業分野におけるITの活用である。IT産業は、地方部に立地するとグロー
バル市場や全国規模の市場の上では弱みを抱えることになるが、地域の産業クラスターにおける
支援産業の役割を果たせば、産業クラスターにとっても地域IT産業にとっても強みを発揮しやす
くなる。そのため本論文では、地域IT産業は地域に溶け込んで地域と価値観を共有していく必要
性を主張している。一方、産業以外の分野にITを活用する場合は、情報化が地域利益を損なわな
いよう、慎重に政策を進めていく必要があること、ITが地域に正しく受容されるためには様々な
配慮が必要であることも忘れてはならないことを主張している。
そして最後に、現在では既にITが社会の中で一定の市民権を得ている中で、地域利益を追求し
地域活性化を促していくために、どの分野に対して情報化を進めるべきか、情報化のもたらす負
の影響についてどう立ち向かうのかは、地域や地域IT産業が考えなければならない課題であると
している。
本論文の特色は、概ね以上のとおりである。本論文では、地域情報化において重要な役割を担
い、効果の定量的把握が比較的可能な産業分野を研究対象の中心に据えて議論を展開し、地域産
業の活性化における地域IT産業の役割について具体的な提言に成功している。
ただし、残された課題もある。地域IT産業が地域情報化に正の効果をもたらす大きな可能性を
有していることは、本論文により確認されたが、今後は、地域行政情報化政策や地域住民情報化
政策など定性的な効果評価を多く含む分野についても、より具体的な効果評価の方法について考
察を深め、地域活性化に貢献する地域情報化のあり方を総合的な見地から見出すことが求められ
ることから、継続的な研究を期待したい。
− 105 −
学位論文の審査結果の要旨
ふ
氏
り
が
な
ワン
ウェイ
名 王 薇
学 位 博士(地域政策学)
学 位 記 番 号 高経大院博(地域政策学)第26号
学位授与の日付 平成24年3月24日
学位授与の要件 学位規程第4条第3項該当
博 士 論 文 名 日本における温泉の現状と国際化に関する地域政策学的研究
-中国との関係を中心に-
論 文 審 査 委 員 主査 戸所 隆(高崎経済大学地域政策学部教授・文学博士)
副査 津川 康雄(高崎経済大学地域政策学部教授・博士(文学))
副査 佐野 充(日本大学文理学部教授・理学博士)
審査結果要旨
王薇氏の学位請求論文「日本における温泉の現状と国際化に関する地域政策学的研究-中国と
の関係を中心に-」は、戸所隆を主査に津川康雄・佐野充を副査とする3人で指導・審査した。
予備審査としての口頭試問は平成23年10月24日16 〜 18時に行った。また、本審査としての口
頭試問は平成24年2月3日14 〜 18時に実施した。3人の審査委員の本論文に対する審査結果
の要旨は以下の通りである。
本論文の目的は、中国の温泉開発政策への寄与と日本の温泉地域活性化のための観光国際化の
在り方に関する政策提言の二つである。
中国では温泉観光開発が盛んになってきているが、まだ発展途上である。他方で、日本におけ
る温泉資源の利用及び開発は数百年の歴史があり、温泉資源の保護、温泉を活用した地域経営に
は優れたものがある。そこで第一の目的は、日本の温泉開発の現状とその動向を把握し、日本の
温泉開発政策や温泉経営手法を中国の温泉開発政策に資することとなる。
日本は2002年から国策として観光立国を目指すが、中国人の日本認識は、近代的工業技術及
び現代的アニメーションや京都や東京下町の伝統的景観、そして富士山などの自然景観に限られ、
温泉に関する認識は低い。伝統的温泉地では外国人観光客を誘客する動きが活発しているが、誘
客に成功しているところはほとんどなく、効果的な政策も出せていない。しかし、中国人にとっ
て日本の温泉文化には大きな魅力があり、日本の温泉地域の国際化の在り方が問われている。そ
こで第二の目的は、日本の温泉地域活性化のために中国人観光客の誘客を中心に観光国際化の在
り方を研究し、政策提言することとなる。
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以上の目的を達成するため、王氏は以下の研究視点・方法で研究を行っている。すなわち、国
際観光にとって重要なことは、その国の人々が好む地域性や文化を国の光として外国人に伝え、
理解させることにあるとの考えである。なかでも温泉文化は地震や火山などの自然の厳しさの中
で自然と共生する日本人の知恵の賜物といえる。温泉文化は日本を代表する文化の一つであり、
温泉を活用する日本人の姿を見ることは、外国人にとって一生の宝となる。伝統的温泉地域には
日本人の日常的生活感覚やレジャーに対する考え方が色濃く存在し、世界に伝えるべき貴重な
メッセージが存在する。この視点からみると、日本の温泉開発方法や温泉観光地形成を研究し、
その国際化を図ることには、観光経済効果の向上だけではなく、日本式開発哲学、日本式コミュ
ニティ理念を海外に伝え、日本への理解を深める重要な役割があるとの仮説が立てられる。
他方で、中国人の伝統的温泉地観光には、観光客の増加による日本の温泉地域再生への貢献と
共に中国人にも重要な効果がある。温泉旅館・ホテルの持つ日本特有のおもてなし、食文化をは
じめとした様々な職人技、災害に対応する建築技術や避難システムなどは、中国がもう一段成長
するために不可欠なもので、伝統的温泉観光は、温泉を楽しみながらそれらを学べる機会となる。
しかし、外国人にとって日本文化を体験できる伝統温泉地域への外国人客の訪問規模・頻度は
東京をはじめとする太平洋岸大都市観光に比べ極めて少ない。王氏はそこには国際観光の動向に
対応できない日本の観光政策・地域政策上の問題が存在すると考える。すなわち、日本の観光政
策は国際観光の意義を外貨獲得や国際貿易バランスの是正など観光資源提供側、つまり生産者の
論理中心で考えており、外国人が「国の光」として認める建物や風光明媚な景観、日本人の知恵、
日本特有組織・手法、温泉入浴方法や風習などを必ずしも外国に伝えていない。伝統的温泉地の
国際化には、観光資源提供側中心の論理から訪問外国人観光客中心への論理転換が必要となる。
日本と中国の温泉を研究し、両者の連携を深めることは、新興温泉大国中国における温泉開発
に寄与するとともに、日本への観光客を増加させ、日本の代表的な伝統文化・観光資源としての
温泉を海外に発信し、日本の観光立国政策の推進にも役立つと考える。また、伝統温泉地におけ
る中国人観光客の誘客政策として提案した在日中国人留学生の伝統温泉地体験プロジェクトは、
日本伝統温泉地の口コミ宣伝効果を図る上で重要なものになると王氏は指摘する。
研究法として本論文は、都市地理学・観光地理学の立場から地域政策学的に温泉地を研究した
ものである。地域の実態調査を行う際には作業仮説を設定し、諸制度を踏まえて考察しており、
小地域の研究に際しても常に世界や日本全体との関係を把握しつつ考察を進めている。また、地
域政策立案に際しては、現状とあるべき地域の将来像・理想像とのギャップの中からその核心的
問題点を見出し、その解決策を政策提言する形の研究スタイルである。また、具体的な調査手法
としては、国立国会図書館をはじめとする研究機関で膨大な資料収集を行い、調査対象地である
伝統温泉地域の旅館組合や観光協会及び行政関係者から、外国人観光客を誘客するための取組を
聞き取り調査している。また、資料分析・整理にはGIS地理情報システムを利用する。
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以上の視点・仮説に基づく問題点を解決することで、温泉観光地域の国際化を推進させると同
時に、日本の優れた温泉観光開発政策を外国の温泉開発に役立て、日本理解を進めることができ
るとの考えで、日本と中国を中心に現地調査に基づく研究を進め、本論文はまとめられている。
王氏は日本に来る前には中国山西省の大学で地理学の専任講師をしており、中国における温泉開
発の変遷や実態を認識している。また、日本での約10年間にわたる滞在経験や研究から以上の
研究目的は見出されたものである。そうした経験と実績に基づいたテーマ設定、研究仮説・視点、
調査方法となっており、これらは都市地理学・観光地理学の視点からも観光地域政策研究の必要
性から見ても的確であると判断できる。
本論文は3部構成で、第Ⅰ部「温泉地域における国際化研究の意義」
、第Ⅱ部の「伝統温泉地
域における地域活性化政策の実態と課題」
、第Ⅲ部「地域の活性化と観光立国に資する伝統温泉
地域の国際化」から成る。第Ⅰ部は3章からなり、第1章の序論では研究の背景、目的、仮説及
び研究方法を論じる。また、日本の温泉経営は国内的に厳しくなって来ているが、外国人の目か
らみて日本の温泉文化の国際観光・交流に果たす役割は大きい。たとえば、訪日中国人観光客は
秋葉原電気街→富士山→新幹線→京都のゴールデンコースに集中し、現在の温泉はコースの付属
品的扱いとなっている。しかし、日本の伝統温泉地の魅力度は高く、国際的な視点から見ればそ
の発展可能性が高いことを王氏は具体的に示しており、外国人研究者の鋭い指摘といえる。
第2章は、日本の温泉資源の分布状況及び既存温泉研究の整理である。環境省と日本温泉協会
の膨大なデータ整理・分析によって、これまで明確でなかった日本における源泉数や全国的な利
用状況を明らかにしている。たとえば、100年以上の歴史を持つ温泉地が303か所あり、全国的
に分布し、国指定文化財を持つ温泉地も48か所あることを明らかにした。その上で、豊富な温
泉資源や悠久の歴史を持つ温泉地が、国際的に観光地として高く評価できるとした。
また、国立国会図書館の膨大な文献リストを整理し、日本の温泉観光研究が主に地理学、造園
学・農学、経済学・経営学、社会学、建築学で研究されており、特に温泉地活性化に関する研究
成果には観光地理学や学際的に再構築されてきた観光学に多いことを明らかにしている。その上
で温泉全般に関わる学術成果は多いものの、地域政策学の視点で温泉地の国際観光地化をみた研
究は少なく、国際観光力強化に関する地域政策学的研究の意義を見出しており、その努力は評価
できる。
国際化に関する温泉観光政策には、温泉法をはじめとして公衆浴場法、国際ホテル整備法、観
光基本推進法、文化財保護法、国民健康増進制度、ふるさと創生事業、道の駅事業、グリーン・ツー
リズム事業など温泉に関わる様々な法律・政策が絡んでいる。第3章ではそうした法律や制度と
の関係で、
日本における国際観光研究概要及び国際化観光政策による温泉地の変化を明らかにし、
国際化が温泉地域に与える意義を論じる。また、こうした法律や制度を持たない中国との比較を
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通して、日本が新興温泉大国となりつつある中国の温泉地と連携することの意義など、温泉地国
際化への可能性と発展方向を見出している。
第Ⅱ部の「伝統温泉地域における地域活性化政策の実態と課題」は、第4〜6章の3章構成で
ある。第4章では山梨県と群馬県における温泉資源活用政策の差異から、観光イメージ・アップ
政策における県域レベルの地域政策の差異を明らかにしている。第5章では新興温泉施設と伝統
温泉地域における地域活性化政策の違いを論じ、日帰り温泉施設の類型化や日本における温泉利
用形態の変化を体系化した。また、新興温泉施設に対応した伝統温泉の地域活性化には「鼎立」
意識の確立が重要であることを論じている。第6章では地域資源を活かした伝統的温泉観光地の
実態や地域活性化政策について、東京観光圏の伊香保温泉、湯治伝統を維持する東北地方の温泉
地、西日本の玉造温泉及び国際温泉観光文化都市・別府の調査を例に、その分析結果を論じる。
第Ⅲ部の「地域の活性化と観光立国に資する伝統温泉地域の国際化」は、第7〜9章の3章構
成である。
第7章では中国の温泉観光地が日本の温泉経営方法を必要とする実態と課題を論述し、
日本の伝統的温泉地と中国の温泉観光地との連携が日本へ中国人観光客を誘客するために必要で
あることを論じている。また、その可能性を草津、山代、別府、熱海及び石和などの伝統的温泉
地域における積極的な外国人誘客政策の実態から明らかにした。第8章では、伝統的温泉地域の
地域活性化及び国際化の実態を踏まえ、温泉地域の国際化への提言を行う。すなわち、日中温泉
地の姉妹都市締結による連携強化、
日本の優れた伝統温泉経営方式を中国温泉開発地に技術移転、
日本による中国人誘客対象を富裕層から中間層への転換する必要性などである。また、在日中国
人留学生の入浴体験を通じて伝統的温泉文化を中国に広報する必要性や日本文化のオリジナル性
を重視するための中国語看板表示方法のあり方などを提言している。最終章の第9章は、本論文
のまとめの章である。
以上のように王氏は、日本の伝統温泉地に中国人観光客を誘客するための提言をしたが、それを
実現する際の課題として、次の3点を指摘する。
①中国における省及び市の外交部門といかに友好関係を結ぶか。
②中国の温泉開発には、巨大な開発会社による温泉を目玉としたテーマパーク形式の開発・運
営が多く、日本のように行政や協会・組合など公的団体が主役ではない。そのため、日中間
の連携が難しく、中国側に温泉関係の公的団体の結成が課題となる。
③観光立国を図る上で地名の読み方や日本文化の発信の仕方が重要となる。現状では中国人に
東京をトウキョウと発音しても通じない。中国人は東京をドンジンと中国語で発音し、中国
通の日本人の多くが東京をドンジンと中国人に紹介する。日本の公的観光パンフレットの中
にも中国語読みにしているものがある。日本の地名や優良な電気製品、人気のアニメなど日
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本文化を発信する際に、中華圏に対して日本の漢字の読み方を中国語読みにするのか、日本
語読みにするのかは観光国際化にとって重要なポイントになり、日本にとって大きな課題で
あるとしている。
王氏は本論文をまとめるにあたり、日本における先行研究を丹念に調べ、博士論文としての研
究目的や位置づけを明確にしている。また、研究仮説に基づき現地調査をするにあたり、多くの
伝統温泉地のみならず新興温泉の実地調査も丹念に行っている。その主たる調査手法は各地域、
各組織におけるキーパーソンに対する面接聞き取り調査であるが、調査手腕は中国で地理学の大
学教員をしてきただけあり、日本語会話にやや難があるにも係わらず、的確である。また、観光
関係の全国学会にも積極的に参加し、会長をはじめ多くの研究者との交流を深める中で、調査範
囲も広範にして精力的かつ綿密・着実に行い、多くの研究成果を得たと評価できる。
王氏はこれまで中国における温泉観光開発の実態を調査・研究してきた。その上で、本論文に
おいて日本における温泉地域の現状とその動向を研究したことで、今後の中国における温泉開発
政策の方向性を見出している。他方で、王氏の指摘する日本の伝統温泉地で推進する中国人観光
客の誘客政策の問題点は、日本として参考になる。特に、国際標準である現地音主義に基づく地
名の読み方でない日本の観光政策は、緊急に改善する必要がある。こうした指摘を含め、本論文
は外国人による日本研究の特徴を十分に発揮した博士論文となっている。
以上の審査から本論文は、目的・視点・仮説・調査手法・分析方法・分析結果・結論とも明確
であり、中国との関係を中心とした日本における温泉の現状と国際化に関する地域政策学的研究
および温泉観光政策に貴重な情報を提供する論文で、学界にも実社会も有益な研究であると総合
的に評価できる。そのため、審査員3名が一致して王薇氏の論文は博士学位論文としての水準を
十分に超えた内容をもつものと判断し、
博士(地域政策)の学位を授与すべしとの結論に至った。
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