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21.インクライン救助体制の改善 -事務所一丸での対応
インクライン救助体制の改善 ~ 事務所一丸での対応 ~ 服部 1関東地方整備局 達也1 相模川水系広域ダム管理事務所 施設管理課 (〒252-0156 神奈川県相模原市緑区字南山2145-50) 相模川水系広域ダム管理事務所と宮ヶ瀬ダム周辺振興財団では、宮ヶ瀬ダムに設置されているインクラ イン(観光用ケーブルカー)の閉じ込め事故発生時に備えた合同救助訓練を実施している。2013年の合同 訓練では、相模川水系広域ダム管理事務所職員が乗客役として台車に閉じ込められ乗客目線の課題を抽出 した。得られた課題を元にマニュアルの見直しを行い、3回の合同訓練を通してマニュアルの精度を高め るとともに、関係者への周知を図った。2014年6月に発生した閉じ込め事故時には、適切な対応をするこ とで乗客とのトラブルなく救助を完了することができた。 キーワード 危機管理,閉じ込め事故、救出訓練、利用者視点、インクライン、 1. はじめに 宮ケ瀬ダムは、東京都心から50km、横浜や川崎の市 街地から40km圏内に位置する首都圏最大級のダムとし て、2001年、相模川水系中津川に完成した。貯水量は2 億トンであり、相模川水系3ダムの2/3に相当する。2013 年度の渇水時には、過去最低水位となるEL.258.57m(洪 水期制限水位 -16.93m)を記録するものの取水制限に至 ることはなく、神奈川県民は安定した夏を送ることがで きた。 宮ヶ瀬ダム建設に合わせて、周辺の地域振興を活性化 させるために、神奈川県・地元市町村と協力しながら3 地区を、水資源の活性化と人々に親しまれる場としての 整備を行った。(図-1)現在では、神奈川県内の小学 校の半数が遠足に来ており、年間150万人が訪れる神奈 川県内有数の観光地となっている。 相模川水系広域ダム管理事務所では、観光客誘致の一 環として、1回6分間の観光放流(図-2)を実施してい る。2013年度は、68日実施して57,000人の方々に見てい ただいた。また、観光用ケーブルカーであるインクライ ンを整備している。2013年度は、87,000人の方々に乗車 いただいた。 図-1 地域振興活性化拠点 図-2 観光放流の様子(1回あたり300~800人) 図-3 建設中のインクライン 図-4 現在のインクライン 表-1 インクラインの諸元 形式 走行延長 傾斜角 キャビン数 積載荷重 乗車定員 走行速度 走行時間 高低差 完成年月 : : : : : : : : : : つるべ型キャビン昇降式 216m 30~35度 2基 3,000kg 46名 60m/分 4分 121m 1998年11月 2. インクラインとは インクラインは、ダム建設時の右岸に設置されていた ダムコンクリート運搬のための施設を、管理に移行する にあたり、ダム管理者が堤体外面点検と資機材運搬を目 的に改良した、河川管理施設である。(図3~5、表1) 日常の点検、資機材運搬などで使用する以外は宮ヶ瀬 ダム周辺振興財団(以下「財団」という)が占用(2001 年3月)し運営(片道200円、子供100円)を行っている。 占用にあたっては、国有財産法18条3項「行政財産は、 その用途又は目的を妨げない限度において、その使用は 収益を許可することができる」と、河川局長通達「河川 内の船着場の使用の促進について(目的外使用でも有効 利用が可能)」を準用している。 国と財団では管理協定(2008年10月)を締結している。 国 :修繕(機能回復のための工事及び定期点検) 財団:日々の点検及び運用(軽微な保守及び安全管理) インクラインにおける最大の事故は、乗客を台車内に 閉じ込めてしまうことであり、非常進入口や非常階段を 設置してある。しかしながら、2000年4月8日(土)に34 名を40分間閉じ込めてしまう事故を起こしている。(図 -6)その後、ハードウェア的・ソフトウェア的な対策 を進め、ダム管理事務所と財団の共同救助訓練を行って いる。本報告は、事務所一丸で実施した共同救助訓練で 明確になった課題と改善策のスパイラル的展開について 報告するものである。なお、安全管理は財団が主となっ て行う部分であるが、事故発生時にはダム管理事務所に も責任が及ぶことから共同で安全管理対策を行っている。 図-5 点検作業での利用 毎日新聞(28 面地域欄) 2000 年 4 月 9 日(日) 図-6 閉じ込め事故時の記事 3. インクラインの危機管理体制 (1) 過去の閉じ込め事故状況 2000年の閉じ込め事故は、以下の様な状況であった。 ① 2台の台車に34名が乗車(車掌は乗っていない) ② 車両内の非常用停止ボタンが作動 (原因は特定できなかった) ③ 緊急停止装置が作動 ④ 3名の駅員は、非常電話による乗客への連絡をせ ずに、機械室へ行ってしまう。 乗客は非常電話がつながらず不安になった。 ⑤ 窓が開閉しない構造であり、太陽光によりサウナ 状態となった台車に、乗客は閉じ込められた。 ⑥ 40分後に駅員が非常口から侵入し救出 駅員からのお詫びの言葉も無く、乗客は激しい不 信感を持ち、怒った。 けが人や救急車搬送者は無かった。 原因究明を行ったが、緊急停止の再現が行えなかっ た。しかし、台車内の蛍光灯がちらつくなど100V電源が 不安定であったことが非常停止ボタン誤作動の原因と推 定される。 再発防止策(図-7) ① 財団は毎月の訓練内容を見直し、周知徹底を図 った。 ② 一時的には台車内に車掌の同乗を行ったが、再発 しないため、その後、台車内は無人運転に戻っ ている。 ③ 安定化電源を設置し、非常停止ボタンを交換した。 ④ 換気窓を設置した。(横側1箇所のみ) ⑤ 非常通話用のトランシーバを設置した。(インタ ーホンと異なり、駅員が機械室へ移動しても通 話可能) (2) 緊急時の連絡・救援体制 インクラインで事故対応に周辺にいる財団・国の関 係者は、以下の様になる。 ◎インクラインを運転している駅員 2名(財団) ◎運行管理者(駅員の上司) 1名(財団) ◎ロードトレイン運転手・車掌 2名(財団) ○水とエネルギー館要員(徒歩1分) 数名(財団) ○財団本部(車で10分) 多数(財団) ○ダム管理事務所(徒歩5分) 多数(国) このうち◎印3箇所の5名が確実に駆けつけ可能な人数 である。その他の組織は、大地震時に火災対応やエレベ ータ対応が発生する可能性もあり、応援不可となる可能 性がある。なお、連絡体制は、駅員を起点に伝達するこ ととなっている。 救助要員となる5名の方々の共通事項は以下の様にな る。 ・60歳を超えてからの就業者であり、ベテランになる 図-7 事故対策内容 図-8 緊急時の連絡・救援体制 図-9 マニュアルと現実の乖離 頃(数年後)に引退されている。 ・現役時代に技術系職種の方はいない このため、職場内の技術伝承としてのOJT ( On the Job Training ) が機能しにくい。結果的に、危機管理能力 が年々低下しやすい特徴がある。 (3) マニュアル類の状況 2013年4月時点では、占用開始時に作成したマニュア ルをほぼそのままで使用しており、現実と乖離している 箇所があった。例えば以下の様になる。 ・実際に救助に向かわない人(水エネ館要員)が、 マニュアル上の救助に向かう人となっている。 (図-9) ・機器変更事項がマニュアルへ反映されていない。 4. H25_第1回救助訓練 (夏休み前) (1) 実施状況 実施日 : 2013年7月8日 9:30~12:00 参加者 : ダム管理事務所(事務所長 以下13名) 財団 (企画振興課長 以下9名) 東京索道(メーカ)(索道部長 以下2名) 訓練内容(図-10) ・インクライン非常停止時における情報伝達方 法の確認。事務所職員を乗客役として、台 車内・駅舎内に配置し、乗客対応を伴う訓 練を実施した。 ・非常進入口を利用した、インクライン乗客救 助方法の訓練。ダム管理事務所職員も救助 訓練を実施した。 ・マニュアル類の修正箇所の確認 図-10 救助訓練の概要 (2) 結果 a) 非常停止発生から、応援要請までの連絡が遅い。 そのため、乗客の救助までに要する時間が多い。 →非常停止後、速やかに全関係者へ連絡し、応援者 の集合時間を短縮することとする。(図-11) b) 台車内の乗客への連絡が、断続的かつ駅員からの 一方通行であるため、乗客に不信感がたまる。 →乗客を安心させるために、運行管理者が乗客窓口 となり会話を行うこととする。(図-12) c) 救助に向かう駅員が、安全帯・救助用具に不慣れ である。(図-13) →財団の月次訓練に、ダム管理事務所が立会い、危 険行為への是正指導・避難誘導における実地説明 を行うこととする。 d) 乗客数人でも台車内は大変暑く対策が必要。 e) マニュアル類の全面改訂が必要。(図-14) 図-13 救助作業の不安全行動 図-11 応援要請の迅速化 図-12 乗客の信頼を得るための会話 図-14 マニュアルの見直し →駅員が早めに台車へ入り説明する方が良い。 1人だけも、連絡要員・救助要員として台車へ (1) 実施状況 入ることとする。 ②管理者が、乗客通話対応に追われてしまい、全 実施日 : 2013年10月28日 9:30~12:00 体を把握できず、指示も出せなくなる。 参加者 : ダム管理事務所(事務所長 以下10名) →管理者へは最小限の報告のみとし、管理者からの 財団 (理事長 以下 9名) 指示がなくても、救助活動が進むような体制とす 訓練内容 る。 ・前回の反省点の改善検証 c) 駅員が、安全帯・救助用具に不慣れである。 ・情報伝達方法の確認。 →引き続き、ダム管理事務所による指導を続ける。 ・非常口を利用した救助訓練 (3) 改善点 (2) 結果 a) マニュアルの再見直し(図-15~17) a) 救助開始が遅い。 ・管理者:無線による乗客対応に専念する。 到着した応援者へ管理者から指示がなく、駅舎内で 初期救助は、報告を受けるのみとする。 待機となってしまった 連絡・記録係を管理者に付ける。 →応援者は、指示を待たず乗客救助に行く方が良い。 ・駅員 :緊急停止後、8分以内に救助に出発する。 b) 管理者が大変である。 ・応援者:駅舎到着後、各自の判断で活動する。 ①無線通話による台車意思疎通には限界がある。 (指示を待たない) b) 事前準備品を記載(今後必要なものとして) ・台車へ:救助手順書(台車内乗客へ配布用)、 軍手、簡易担架、ジャージ下(スカート 客へ)、靴(ハイヒール客へ) る乗客対応に特化する。 ・駅舎へ:駅舎内で配布するための緊急配布チラシ (切符精算方法、救助手順を明記。 駅舎内乗客対応を最小限とするため) 5. H25_第2回救助訓練 (紅葉シーズン前) 図-15 緊急停止後の8分間の流れ 図-16 緊急停止後の応援者配置状況 図-17 役割の明確化 6. H25_第3回救助訓練 (春休み前) (1) 実施状況 実施日 : 2014年3月18日 9:30~15:00 参加者: ダム管理事務所(施設管理課長 以下5名) 財団 (企画振興課長 以下12名) 訓練内容 ・マニュアル内容の確認 ・会議室での救助活動マニュアルの読み合わせ ・情報伝達方法の確認。 ・非常口を利用した救助訓練 (2) 結果 a) マニュアルへの習熟度が不十分 マニュアルが19ページと長くなったために、自分 のセリフの記載位置が分からなくなり、関係者へ の事故発生連絡を忘れること、乗客への説明が中 断すること、乗客を不安にさせる説明を行うこと があった。 今後は、各々がマニュアルを読み込み、自分の該 当箇所を抜き出しした自分用マニュアルを作成す ることが必要であることを各々が認識した。 b) 安全帯・救助用具の使用方法には問題なし 救出作業は適切に行うことができた。 図-18 2014.6.8 閉じ込め事故時の記録 図-19 緊急停止後の車輌(救出完了後) 8. まとめ インクラインは宮ヶ瀬ダム観光の一翼を担う設備で あり、安全な運行を行うことが求められている。2013年 度から開始した乗客対応を含めた合同救出訓練は、乗客 7. 閉じ込め事故発生 役として訓練に参加したダム管理事務所の面々の、乗客 目線な改善要望により実りあるものとなった。この取り 2014年6月8日(日) 10:45に、乗客37人乗せた台車が山 組みが、2014年6月8日の閉じ込め事故において、速やか 麓駅到着直前に緊急停止し、乗客を閉じ込めてしまう事 な救出につながったと考えている。 故が発生した。駅員は事故から10分後に駅舎を出発し、 乗客役から要望の強い台車内の暑さ対策に対しては、 15分後に乗客救出を開始した。(図-18)また、今回 の対応において乗客の皆様にご迷惑をかけてしまったが、 台車側面の大窓を上側開閉式に改造すること、扇風機を 設置することを2014年度中に予定している。 トラブルは無く終了することができた。 次回の合同訓練は2014年7月14日(月)に、それぞれ 原因は減速時の加速度(G)のため、満員警報が発報し の勤務場所から実際に集合するところから開始し、より 緊急停止したものであった。満員警報は乗降時に「入」 実際に即した訓練を計画している。また、前回の反省点 とすべき機能であるが、走行中も「入」になっていたこ であるマニュアルへの習熟度向上を確認する。 とが問題であった。そのため、走行中は「断」とする対 インクラインを守り・備えて・駆けつけるために、 策をした上で、6月12日(木)から運転を再開した。な 今後とも財団とダム管理事務所の二人三脚で救助体制の お、エレベータにおいても走行中は満員警報は「断」に なっている。(加速時に満員警報で停止してしまうため) 改善を進めていきたい。