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生命保険会社の海外進出に関する研究

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生命保険会社の海外進出に関する研究
生命保険論集第 186 号
生命保険会社の海外進出に関する研究
-日本と韓国の比較を中心に-
崔
桓碩
(早稲田大学商学学術院助手)
1.はじめに
1.1 研究の背景と目的
日本における生命保険市場環境は、
少子高齢化や低金利時代により、
低迷している。それに伴い、生命保険市場の自由化も段階的に進んで
おり、国内での競争は厳しくなっている。さらに、日本のTPPへの参加
は、
生命保険会社間の競争をさらに厳しくする要因として働いている。
生命保険市場をめぐる上述のような環境は、隣国である韓国でも同
じである。2012年3月には韓・米FTAが発効され、韓国と米国間の保険
取引の簡素・迅速化がなされた。また、今まで隣接業界として取り扱
われてきた郵政事業本部の保険と4大共済との規制の統一を規定して
おり、さらなる競争が予想されている。
それに加えて、すでに飽和状態に至っている生命保険市場の状況や
外資系生命保険会社との競争を考えると、国内生命保険会社の利益減
少が発生する。したがって、生命保険会社による海外進出は様々な要
因をもって必要不可欠な課題として認識されつつある。
ドメスティックな産業として言われてきた生命保険産業において
―119―
生命保険会社の海外進出に関する研究
も、近年、グローバル化の波はさらに大きくなっており、国内生命保
険市場に主力していた日本と韓国の生命保険会社も積極的に海外進出
を展開している。
今まで、生命保険産業における国際的な事業展開、すなわち海外進
出は、主に米国とヨーロッパの生命保険会社によって行われてきた。
海外進出への最も大きな背景は、自国の生命保険市場が成熟期に入る
とともに成長に限界が生じたためである。そこで、アジアや南米のよ
うな新興国の生命保険市場に積極的に進出した1)。
今後、生命保険会社による海外進出は、日本・韓国のみならず、世
界的にさらに進められるものと予想されている2)。その中で、進出先
として、
BRICsやアジア新興国等が脚光を浴びている。
そこで本論では、
日本と韓国における生命保険会社の海外進出状況を調べ、その類似点
と相違点を分析することを目的とする。さらに、両国の特徴を分析す
ることによって、海外進出に関する今後の方向性について検討する。
1.2 先行研究
保険会社の海外進出に関する先行研究をまとめることによって、本
研究の範囲と方法を導き出す。
塗明憲(1983)は、保険産業の国際経営に関して理論的に考察し、
実際の事例をあげて分析した。理論的には、最初に保険会社の海外進
出を「地元市場志向型3)」と「本国系市場志向型4)」に分類し、それは
1)たとえば、日本の場合は、1972年に米国のALICO生命が初めて進出し、韓国
の場合は、1987年に米国のLINA生命が初めて進出した。
2)Accenture(2009)によると、インタービュ対象となった104の保険会社のう
ち、80%が今後12カ月で国際的に事業を拡大する予定であると応答した。ま
た、80%のうち、重複の答えで、生命保険は68%、損害個人保険は43%、損
害企業保険は45%であった。
3)地元市場志向型とは、進出対象国に居住している国民を対象にして営業を
行うものを指す。
―120―
生命保険論集第 186 号
保険会社の戦略的判断により決められ、またお互いへの移行も発生す
るという。たとえば、発展途上国に進出する際、地元市場の規模が小
さければ、まず「本国系市場」に進出し、地元市場がある程度大きく
なった段階で営業戦略を転換することも考えられる。なお、地元市場
に強力な競争者がある場合、「本国系市場」はその市場への進出を可
能とする要因にもなる。そして、国際経営に関する諸要因を環境要因
と企業側の要因に分けて分析し、実際の事例研究として、19世紀後半
のアメリカ「3大生命保険5)」の国際経営活動を中心に論じている。
最後には、保険会社の国際経営の中でも「地元市場志向型」に焦点を
当て、企業主体要因に関わる諸問題、環境要因に関わる諸問題、撤退
に関する問題を指摘した6)。
4)本国系市場志向型とは、進出対象国にすでに進出している国内企業(たと
えば、日本の場合は日系企業)に従事している職員のために営業を行うもの
を指す。
5)ここでいう19世紀後半のアメリカ「3大生命保険」とは、エクイタブル、
ニューヨーク・ライフ、ミューチュアルである。
6)① 企業主体要因に関わる諸問題では、3つがあげられており、まず、企
業が国際経営を行う際に明確にしなければならないのは、企業が外国市場に
一体何(What)を求めるのかである。考えられるのは、企業の成長・発展を
目指した保有高増大、リスク分散のための契約獲得等であるが、保険会社の
海外進出は何よりもまず、国内加入者と外国地元加入者間においての公平性
を保ち、それが加入者の利益に合致するものでなければならないと指摘して
いる。その他には、海外進出の際の管理・統制に関わる集権化と分権化(現
地化)の問題と、進出先市場の地元業者に対する優位性としての経営資源の
重要性について論じている。
② 環境要因に関わる諸問題では、2つがあげられており、まず、外国進
出業者に対する現地社会の反応の問題である。進出先市場の地元業者に対し
て優位性をもっていることは「イノベーター」である反面、その社会の秩序
や慣習を破壊する「破壊者」としてもみられる可能性があり、それはナショ
ナリズムが強い国から発見される傾向がある。それに対する根本的な対策と
して、「現地化」を提案している。その他には、外国政府の規制の程度が国
外環境要因の中でも、もっとも重要な直接要因であると指摘している。
③ 撤退に関する問題では、まず、撤退を「新契約引受の停止」と規定し、
―121―
生命保険会社の海外進出に関する研究
Lee(2005)は、東北アジアにおける保険市場の変化と韓国保険会社
の海外進出戦略について分析した。東北アジア保険市場の指標分析と
韓国保険産業に関するSWOT分析を通じて、韓国保険会社の海外進出に
ついての戦略を提案した。結果としては、生命保険会社より損害保険
会社の方が、また中小保険会社よりは大手保険会社の方が、海外進出
についての動機がより適切であると分析した。また、新しい収益の確
保のためには、中国のような新興市場に支店や現地法人の形態で進出
することが適切であり、特に生命保険会社の場合、資産運用の多角化
や収益の増大のためには現地投資法人で進出した方が適切であると指
摘した。
Seo、Oh and Kim(2009)は、海外進出を活発に行っている、米国、
英国、ドイツ、フランス、オランダにおける保険会社の状況と政府の
政策的な支援の事例について分析し、韓国の生命保険産業のグローバ
ル化のための政策的な支援案を提案した。具体的には、国際機構を通
じた多者間協力の強化、投資先国と双務的協力の強化、金融中心地支
援センター7)内の保険部門の役割を強化、等を主張している。
Yang、Heo、Jung and Kim(2012)は、保険産業においてもグローバ
ル化はすでに世界的な趨勢になっており、このような環境の下で、韓
国の保険会社も競争力を高め、持続的に発展していくためには、積極
的に海外進出を行う必要があるとしている。その例として、外国保険
会社の成功事例と失敗事例を分析し、成功した保険会社の特徴につい
て、①グローバル化に対するCEOの確固たる意志、②徹底的な現地化戦
「保有契約の整理」と区分しており、撤退後の保有契約の整理業務と移転・
出再後の責任の存続が問題であると指摘している。この問題について、国内
外の加入者間の公平性の基準に照らして判断・解決しなければならないと主
張している。
7)金融中心地支援センターとは、韓国の金融会社が海外進出および海外金融
会社の韓国への進出を総合的に支援するために、金融委員会の傘下にある民
間金融監督機関である金融監督院で設立した機関である。
―122―
生命保険論集第 186 号
略、③顧客のニーズに相応した多様な商品ポートフォリオの提供、④
買収と合併を通じた積極的なグローバル化の推進を挙げている。
1.3 研究範囲と方法
上述の先行研究に基づいて、本研究は、生命保険会社の海外進出に
焦点を当てて分析する。まずは、海外進出を行う動機、前提要因(決
定要因)、進出方式(進出形態)について先行研究を踏まえ、理論的
に考察する。そして、日本と韓国の生命保険会社による海外進出状況
を調べ、その類似点と相違点を分析する。研究範囲を日本と韓国の両
国に定めた理由は、今後、アジア新興国を海外の主要な進出先として
考えており、すでにアジア市場の多くを占めている欧米の生命保険会
社と競争しなければならない数少ないアジアの国という観点から、両
国の間に共通する今後の課題および経営戦略について考察したいため
である。もちろん、両国には文化や規模の差が存在するため、必ずし
も同一の結果をもたらすとは言えないが、本研究では、海外進出への
戦略的選択という観点から分析を行いたい。分析の際に、両国の生命
保険会社の中で、総資産ベースで、上位3社までを選別し、海外進出
の現状や特徴を分析したい8)。
本論文の構成は、第2章では、生命保険会社の海外進出に関する理
論的要因について調べる。第3章では、日本と韓国における生命保険
会社の海外進出の現状と特徴について分析する。第4章では、両国の
海外進出に伴う経営戦略について考察する。第5章では、以上をまと
めた結論と今後の課題について述べることとしたい。
8)2012年度総資産基準で、日本は日本生命、第一生命、明治安田生命であり、
韓国はサムスン生命、ハンファ生命、教保生命である。
―123―
生命保険会社の海外進出に関する研究
2.生命保険会社の海外進出に関する理論的考察
2.1 生命保険会社における海外進出の動機
生命保険会社による海外進出は、製造業の海外進出と異なる特性を
もっている。一般的に製造業の場合は、自国市場が飽和状態に至るこ
とにより、生産コストの削減や営業の成長力が見込まれる市場を探し
て海外進出を行っている。
その反面、Hellman(1996)の研究では、金融業の場合、一般事業会
社が海外に進出するとき、一緒に進出する傾向をみせていると主張し
た。すでに海外に進出している自国の企業や従業員に向けて営業を行
うことである。このような傾向は、損害保険分野でさらに強く発見さ
れている。
Lee(2005)は、生命保険会社の海外進出の動機について、①顧客志
向(client orientation)、②収益(profit)、③名声(prestige)、④ニ
ッチ商品(niche product)、
⑤同伴進出(me-too reason)を挙げている。
① 顧 客 志 向 (client orientation) 、 ま た は 顧 客 追 従 (customer
following)は、Erramilli(1992)とErramilli and Rao(1990)の研究に
よれば、保険会社は国内の顧客が海外で営業するとき海外進出を行う
とのことである。たとえば、Bowers(2000)の論文では、1970年代に米
国の保険会社は、海外で営業を行っている2万3千の顧客企業のため
に海外進出していると紹介されている。②収益(profit)は、国内市場
で経験と資本を蓄積した後、海外顧客にもサービスを提供するという
目的で海外進出することである。言い換えると、自国での市場は飽和
状態になっており、収益の機会が見られる海外市場に進出することで
ある。③名声(prestige)は、多国籍企業との関係をもって、自社のイ
メージを上げようとする要因で海外進出が発生することである。④ニ
ッチ商品(niche product)は、進出対象国にはない新しい商品や独特な
商品を海外市場で販売する目的に進出する場合である。たとえば、日
―124―
生命保険論集第 186 号
本の生命保険市場に進出した米国のアフラックの場合、ガン保険に特
化して、高い収益を上げることができた。⑤同伴進出(me-too reason)
は、市場のリーダー会社が海外進出するとき、一緒に進出する場合で
ある。
2.2 生命保険会社における海外進出の前提要因
1)国内要因
海外に進出する際の国内要因として、自国市場の状況は安定的なの
かを優先的に考慮する必要がある。自国市場の状況が不安定のまま海
外進出を行う場合、自国市場での位置(マーケットシェア-)を失っ
たり、海外に進出しても成果を上げない結果をもたらす可能性が存在
するためである。たとえば、金融危機の環境下では、経済的な不確実
性のため、積極的に海外進出を行うには多少難しい面がある。なお、
高いアンダーライティング能力と資本力(資金調達能力)も海外進出
するに至っての重要な要因である。
自国市場の状況が安定的であれば、海外進出に関する会社の認識が
重要である。会社の内部で、海外進出に関する共通的なコミュニケー
ションが構築されているのか。また、意思決定権をもっている経営陣
は海外進出についてどのような認識をもっているのかが重要である。
海外への進出を決めたら、株式会社の場合は株主の同意を、相互会
社の場合は社員の同意を得ることも重要な要因である。海外進出に当
たっては、莫大な資本が必要であり、増資を行うには株主または社員
の同意を求めなければならないためである。
このようなステップを踏まえたうえで、最終的には、海外進出に関
する経営戦略を立てなければならない。その方法としては、研究会と
かタスクフォース
(TaskForce)
のようなワーキンググループを設置し、
進出対象国の選定、進出方法、市場戦略等について十分な準備を行う
必要がある。
―125―
生命保険会社の海外進出に関する研究
表1 海外進出に関する前提要因
国内要因
・自国市場の状況
・海外進出に関する認識
・株主の同意または意志
・経営戦略
国外要因
・進出対象国の生命保険市場の成長速度、浸透
度・密度
・進出対象国が全世界の保険市場の中で占める
割合
・進出対象国の一般経済の展望
・進出対象国の生命保険市場の透明性および文
化的違い
・進出対象国の国民の生命保険に関する認識
・進出対象国の人的資源要因
・進出対象国の政府政策の実効性
・海外進出によるアンダーライティングの分散
(出典)Lee(2005)とYang、Heo、Jung and Kim(2012)を基に作成
2)国外要因
国内要因が充足されたとしても、進出対象国の選定に関する国外要
因について分析しなければならない。まずは、進出しようとする対象
国における生命保険市場の成長速度と浸透度・密度を分析する必要が
ある。たとえば、進出対象国における生命保険市場の成長速度が速い
のは、一般産業が拡大し、それに伴い保険需要も持続的に増加するこ
とを意味している(Yang、Heo、Jung and Kim、2012)
。保険浸透度は、
GDPに保険市場が占める割合を表したものである。
この数値が高い国は、
保険に関する認知度が高く、市場も十分発達していることを意味して
いる。保険密度は、国民1人当たりの支払保険料の大きさであり、国
家経済の発展や国家の保険制度の発達と相関関係をみせている。すな
わち、保険密度が高い国は保険市場が飽和状態に至っているともいえ
る。従って、進出対象国を選定する際には、生命保険市場の成長速度
は速く、浸透度は高く、密度は低いことが、リスクは高いけれど、ハ
イリターンを求めることができると思われる。それに加えて、基本的
―126―
生命保険論集第 186 号
な指標として、進出対象国が全世界の生命保険市場の中で占める割合
とかその国の一般経済の展望についても考慮する必要がある。
市場経済に関する基本的な分析の後には、進出対象国の文化や生命
保険に関する認識についても調べなければならない。特に、文化的違
いは、保険商品の種類や販売チャネル、さらにはモラール面まで、生
命保険会社の経営に直接な影響を及ぼす重要な要因である。
その他に、生命保険産業の場合、ドメスティックな性格を有してい
るため、海外進出しても現地の人的資源を最大限に活用しなければな
らない。生命保険に関する認識が低い国へ進出する場合には、現地の
状況を踏まえ、優秀な人的資源を確保することが重要である。
なお、政府の政策がどの程度実効性をもっているのかも重要である。
生命保険会社による海外進出の場合、短期間の間に収益を期待するこ
とが非常に難しいと言われている。その原因の1つは、規制の強さで
ある。国営の生命保険会社が多い場合にも、進出対象国での営業に影
響を与える可能性が存在するため、進出対象国の政府の外資系生命保
険会社に対する政策の実効性についても分析しなければならない。
最後に、海外に進出する重要な要因の1つとして、アンダーライテ
ィングの分散がある。自国でのリスクと進出対象国でのリスクをどの
ように相殺できるか、その相関関係を分析し、お互いのリスクが重複
(synchronization)しないような市場に進出することが望まれる。
2.3 海外進出の方式
上述のような海外進出の動機や前提要因が充足された生命保険会社
による海外進出の方式にはどのような形態が存在するのか。
Lee(2005)
は、保険会社の海外進出について大きく①無資本投資方法、②有資本
投資方法9)、③再保険方法に分けている。そして、進出方法の決定は、
9)この有資本投資方法については、Eppink&Rhijn(1988)、Kogut&Singh(1988)、
―127―
生命保険会社の海外進出に関する研究
他の大手製造業のような企業顧客のために進出したり、保険会社の収
益の確保のために進出したり、ニッチ市場や独特なマーケティングの
活用のために進出したり、といった目的により決められる。
表2 生命保険会社による海外進出方式
無資本投資方法
有資本投資方法
・ネットワークの構築
・多国籍保険会社を通じたネット
ワーク形成
・職員の常駐を通じたネットワーク
・連絡事務所
・少数持分出資(minority shareholding)
・多数持分出資(majority shareholding)
・単独支配(total control)
・子会社設立(creation of a subsidiary
company)
(注)無資本投資方法と有資本投資方法の他に「再保険方法」があり、これは再保険の受再を
通じて海外の保険会社と市場に関する情報およびネットワークを形成する方法である。
(出典)Lee(2005)を基に作成
無資本投資方法は、さらにネットワークの構築、多国籍保険会社を
通じたネットワーク形成、職員の常駐を通じたネットワーク、連絡事
務所に分けられる。ネットワークの構築は、企業顧客へのサービスの
ために現地の保険会社と公式的な協定を通じて、ネットワークを構築
する方法である。多国籍保険会社を通じたネットワーク形成は、多国
籍保険会社とパートナー関係を結んで、海外の子会社と国家別ネット
ワークを利用する方法である。職員の常駐を通じたネットワークは、
重要な企業顧客がいるネットワーク会社に自社の職員(たとえば、ア
ンダーライター、エンジニアー等)を常駐し、企業顧客により優れた
サービスを提供する方法である。連絡事務所は、市場が細分化されて
おり、現地に適切なサービスの提供者がなかったり、その国への進出
Pan(1996)等によっても研究されており、大きく①買収、②合弁投資、③完全
所有子会社に分類している。この区分に基づいて、Lee(2005)は、①買収は単
独支配に該当されるとみなし、②合弁投資はさらに少数持分と多数持分に細
分化し、③完全所有子会社は子会社の設立に該当されるとみなしている。
―128―
生命保険論集第 186 号
を計画するとき有用な方法である。
有資本投資方法は、さらに少数持分出資(minority shareholding)、
多数持分出資(majority shareholding)、単独支配(total control)、
子会社設立(creation of a subsidiary company)に分けられる。少数
持分出資は、多数持分出資の初期段階に該当される方法であり、一部
の国で要求される投資方式で、自国の保険会社の参加規定を通じて一
部の持分を出資して合弁の形態で運営される保険会社である。多数持
分出資は、自社が提携会社の経営に全般的な責任を負う方法である。
単独支配は、
既存の現地会社の持分を100%買収して運営する形態であ
る。たとえば、1997年に日本と韓国に同じく発生した生命保険会社の
破綻のとき、
外資系生命保険会社は国内生命保険会社の持分を100%買
収した経験がある。子会社設立は、現地で保険会社を買収したり、買
収した会社の組織や組織文化等を変えることが難しかったり、コスト
が大幅にかかる場合に好まれる方法である。
3.日本と韓国における海外進出の現状と特徴
3.1 両国における海外進出の現状
3.1.1 日本における海外進出の現状
2013年10月現在、日本の生命保険会社大手3社による海外進出は、
10カ国に合計29カ所の現地法人をもって営業を展開している。会社別
でみると、日本生命11カ所、第一生命9カ所、明治安田生命9カ所で
あり、業種別にみると、生命保険業13カ所、投資・資産運用業15カ所、
不動産業1カ所である。
さらに、生命保険業における海外進出は、13カ所のうち8カ所がア
ジア地域5カ国(中国、インド、インドネシア、タイ、ベトナム)で
展開されており、投資・資産運用業は15カ所のうち10カ所が欧州地域
2カ国(米国、英国)で展開されている。
―129―
生命保険会社の海外進出に関する研究
その他に、直接営業は行っていないけれど、市場調査や情報収集等
の目的で海外に進出している駐在事務所は、大手3社を合わせて、5
カ国に11カ所設立されている。
表3 日本の生命保険会社の海外進出現況
会社名
日本生命
第一生命
生命保険業
投資・資産運用業
インド(ムンバイ)
米国(3カ所)
タイ(バンコク)
英国(2カ所)
中国(上海)
中国(香港)
米国(ニューヨーク)
インド(ムンバイ)
ベトナム(ホーチミン)
米国(2カ所)
オーストラリア(シドニー)
英国(ロンドン)
インド(ムンバイ)
シンガポール
タイ(バンコク)
中国(香港)
米国(ハワイ)
明治安田生命
インドネシア(ジャカルタ)
中国(上海)
ポーランド(2カ所)
小計
不動産業
小計
-
11
-
9
米国(デラウェア)
9
1
29
米国(ニューヨーク)
英国(ロンドン)
中国(香港)
13
15
(出典)各社のディスクロージャー誌およびホームページより作成
生命保険業13カ所について、会社別の状況をみると、日本生命は、
1991年12月に初めて、米国のニューヨークに「米国日生」を設立した。
発行済株式数の約97%を保有しており、
ニューヨーク、
ロサンゼルス、
シカゴ、アトランタ等の拠点を通じて、米国の日系企業および米国企
業に対して、団体健康保険等の保険商品を提供している。1997年4月
には、タイの大手生命保険会社である「バンコク・ライフ社」に発行
済株式数の約25%を保有する筆頭株主となっている。
2003年9月には、
中国の生命保険市場に進出し、2009年9月に中国4大国有金融資産管
理公司の一つである中国長城資産管理公司に合弁パートナーを変更し、
―130―
生命保険論集第 186 号
持分50%を保有する「長生人寿」社を設立した。2011年10月には、イ
ンド有力財閥の一つであるリライアンス・グループ傘下の生命保険会
社「リライアンス・ライフ社」の発行済株式数の26%を保有している10)。
第一生命は、1949年1月にタイのバンコクにある「オーシャンライ
フ」に24%出資することにより、海外進出を行った。その後、2007年
1月にベトナムのホーチミンに持分100%の「第一生命ベトナム」を設
立し、同年9月には、インドのムンバイにある「スター・ユニオン・
第一ライフ」に26%を出資している。2011年3月には、オーストラリ
アのシドニーに「TAL」を設立した11)。
明治安田生命は、1976年3月に米国のハワイにある「Pacific
Guardian Life Insurance Company」に100%出資することにより、海
外進出を行った。アジア地域には、2010年11月に、インドネシアのジ
ャカルタにある「PT AVRIST Assurance」に23%を出資しており、2010
年12月には、中国の上海にある「北大方正人寿保険有限公司」に29.2%
を出資している。ヨーロッパ地域には、2012年6月に、ポーランドの
ブロツワフにある「TU EUROPA S.A.」に33.5%を出資しており、2012
年7月には、同国の首都であるワルシャワにある「TUiR WARTA S.A.」
に25%を出資している12)。
3.1.2 韓国における海外進出の現状
2013年10月現在、韓国の生命保険会社大手3社による海外進出は、
5カ国に合計9カ所の現地法人をもって営業を展開している。会社別
でみると、サムスン生命5カ所、ハンファ生命3カ所、教保生命1カ
所であり、業種別にみると、生命保険業4カ所、投資・資産運用業4
カ所、不動産業1カ所である。
10)
『日本生命の現状2013』参照。
11)第一生命のホームページ参照。
12)
『明治安田生命の現況2013』参照。
―131―
生命保険会社の海外進出に関する研究
さらに、生命保険業における海外進出は、すべてアジア地域3カ国
(中国、タイ、ベトナム)で展開されており、投資・資産運用業は欧
州地域2カ国(米国、英国)で展開されている。
その他に、直接営業は行っていないものの、市場調査や情報収集等
の目的で海外に進出している駐在事務所は、大手3社を合わせて、6
カ国に14カ所設立されている。
表4 韓国の生命保険会社の海外進出現況
会社名
サムスン生命
ハンファ生命
生命保険業
投資・資産運用業
タイ(バンコク)
米国(ニューヨーク)
中国(北京)
英国(ロンドン)
ベトナム(ホーチミン)
中国(浙江省)
不動産業
小計
中国(香港)
5
米国(ニューヨーク)
-
3
教保生命
-
米国(ニューヨーク)
-
1
小計
4
4
1
9
(出典)韓国金融監督院の「12年度上半期生保社海外店舗営業実績」および各社の年次報告書
より作成
生命保険業4カ所について、会社別の状況をみると、サムスン生命
は、1997年11月に初めて、タイのバンコクに持分40.4%の合弁会社
「Siam Samsung Life Insurance」を設立した。2005年5月には、中国
航空との持分50%の合弁会社「Samsung Air China Life Insurance」
を中国の北京に設立した。
ハンファ生命は、2008年6月にベトナムのホーチミンに持分100%
の「Korea Life Insurance Vietnam」を設立した13)。最初は3つの営
13)韓国の生命保険会社としては初めてベトナムに進出した。最初は養老保険
と教育保険のような現地の人から需要が高い商品に焦点を当て営業を行って
きた。2009年12月からはユニバーサル保険も販売している。
―132―
生命保険論集第 186 号
業店から初めて、2011年には16店まで拡大し、営業職員も5,685名以上
確保している。2012年12月には、中国の500大企業の1つである浙江省
国際貿易グループと合弁会社「中韓人寿」を設立した。
3.2 両国における海外進出の類似点と相違点
3.2.1 類似点
1)アジア新興国への積極的な進出
日本と韓国の生命保険会社の共通的な類似点は、アジア新興国へ積
極的に進出していることである。生命保険業に限ってみると、日本の
場合は13カ所のうち8カ所、韓国の場合は4カ所すべてがアジア新興
国に進出している。出資の比率をみても、たとえば、外国人持株比率
を26%までに制限しているインドの監督当局の規制、そして外国生命
保険会社に対して自社の選んだ中国側のパートナーと最高50%までの
合弁事業を認めている中国の監督当局の規制、等に合わせて、その上
限まで出資している。なお、第一生命とハンファ生命はベトナムのホ
ーチミン市に100%の子会社を設立して営業を行っている。
その理由は、アジア新興国市場の中でもインドネシア、中国、イン
ド、ベトナム、タイのような国の平均成長率が高く、普及率は低いた
め、収益性が確保できると予想されるためである。
―133―
生命保険会社の海外進出に関する研究
図1 先進国と新興国市場の成長・普及率指標
(注)単位:%
(出典)崔桓碩(2012)
2)投資・資産運用業は先進国へ進出
両国における生命保険会社の海外進出は、アジア新興国に偏重して
いる反面、投資・資産運用業は米国や欧州のような先進国に集中して
いる。その理由としては2つ挙げることができる。まずは、アジア新
興国に比べて、欧米の先進国の場合は、急激な経済的変動が少なく、
安定的な収益の確保が見込まれるためである。そして、先進国で蓄積
されたノウハウ等をアジア地域に進出するとき、経営戦略の一部とし
て活用できるためである。
3)生命保険業より投資・資産運用業の割合が高い
両国の海外進出状況をみると、生命保険業より、投資・資産運用業
―134―
生命保険論集第 186 号
の割合が高いことがわかる。たとえば、日本生命の場合、生命保険業
より、投資・資産運用業を積極的に展開している。両国における海外
進出の傾向をみても、投資・資産運用業の歴史が生命保険業より早い
ことがわかる。
3.2.2 相違点
両国における海外進出の相違点としては、2つ考えられる。まず、
韓国の生命保険会社の場合、まだ海外進出の実績が少なく、アジア新
興国のみに偏重している。それは、アジア新興国をめぐる競争はさら
に厳しくなると予想される中で、
ポートフォリオの観点から考えると、
リスク分散につながるか疑問が生じる。
もう1つは、韓国の生命保険会社は、現地法人よりは、事務所中心
の海外展開を行っている。日本が5カ国に11カ所である反面、韓国は
6カ国に14カ所展開しており、まだ、情報収集の役割が高いともいえ
る。
3.3 両国における海外進出の課題
1)アジア新興国における低い占有率
両国の生命保険会社はアジア新興国に積極的に進出しているとはい
え、進出国におけるマーケットシェアはそれほど大きくはない。たと
えば、表5をみると、アジア主要生保市場における10大企業の中で、
日本と韓国の生命保険会社は高い割合を占めていない。タイでは、日
本生命が25%を出資している「バンコクライフ」が全体の8.9%を占め
ており、第一生命が24%出資している「オーシャンライフ」は3.8%を
占めている。ベトナムでは、第一生命の100%子会社である「第一生命
ベトナム」が7.0%を、ハンファ生命の100%子会社である「Korea Life
Insurance Vietnam」が0.7%を占めている。インドでは、日本生命が
26%出資している「リライアンス・ライフ」が2.3%を占めている。
―135―
生命保険会社の海外進出に関する研究
表5 アジア主要生保市場における10大企業
国
1
2
3
香港
AIA
16.1
HSBC
12.6
Pruden
tial
9.6
台湾
Cathay
24.2
Fubon
19.9
Chungwa
8.2
シンガ
ポール
(2011)
NTUC
23.7
タイ
AIA
30.4
マレー
シア
Great
Eastern
18.9
フィリ
ピン
Sun Life
16.1
インド
ネシア
(2011)
Pruden
tial
16.3
ベト
ナム
(2011)
Pruden
tial
42.6
China
Life
33.3
中国
インド
LIC
69.8
4
5
Manulife
9.1
Hang
Seng
7.2
6
7
AXA(B)
5.3
BOC
5.3
Nan Shan
7.9
China
Life
5.1
Allianz
4.4
Aviva
4.6
Manulife
3.9
HSBC
3.7
Ayudhya
Allianz
6.1
Krung
Thai AXA
5.8
Allianz
3.0
MAA
2.9
Muang
Thai
10.0
Shin
Kong
8.0
Pruden
tial
16.8
Bangkok
Life
8.9
AIA
8.3
ING
7.3
Philipp
ine AXA
11.6
PRU
LIFE(UK)
11.5
SC New
YorkLife
8.3
Hong
Leong
4.1
Insular
Life
8.7
Sinarmas
13.3
Manulife
7.5
Allianz
7.2
Indolife
5.8
Bao Viet
24.2
Manulife
11.6
AIA
7.1
Dai-ichi
7.0
ACE
5.6
Cathay
0.7
Ping An
12.4
New
China
9.9
China
Pacific
9.7
PICC
Life
7.4
Taikang
7.1
Taiping
3.3
ICICI
Prudent
ial
6.1
SBI
4.4
Rajai
Allianz
3.3
HDFC
3.1
Reliance
2.3
Max New
YorkLife
2.0
Great
Eastern
18.7
Thai
Life
12.4
Pruden
tial
12.6
Philam
L&G(AIA)
15.6
AIA
18.6
BPI
Philam
7.4
Bersama
Bumi p
utera
5.6
Manulife
5.8
AXA
Mandiri
5.5
8
China
Life
2.9
Mass
Mutual
3.3
OAC
3.0
Ocean
3.8
MCIS
Zurich
1.9
Sunlife
GREPA
3.5
MEGA
5.5
Korea
Life
0.7
Sino
Life
2.4
Birla
Sunlife
1.9
9
10
10社
シェア計
ING
2.8
AXA(HK)
2.6
73.5
Bank
Taiwan
2.7
Tokio
Marine
2.3
Far
Glory
2.1
85.8
Axa Life
1.4
96.7
ING
3.2
Manulife
1.6
South
East
2.3
Tokio
Marine
1.6
91.2
62.2
United
Coconut
3.4
Generali
2
86.0
Jiwas
raya
5.0
AIA
4.7
76.4
Prevoir
0.3
Sunshine
1.7
Tata AIG
1.4
Great
Eastern
0.1
Union
Life
1.0
Kotak
Mahindra
1.0
97.7
88.2
95.3
(注1)収入保険料をベースとしたマーケットシェア(特記ないものは2010年)
(注2)網掛けは外資系企業
(出典)平賀富一(2013)を一部修正
アジア新興国市場での日本と韓国の生命保険会社の占有率は低い
半面、欧米の生命保険会社は高いマーケットシェアを確保している。
たとえば、AIAは香港とタイで、プルデンシャルはインドネシアとベト
ナムで最も高いシェアを占めている。中国では国営生命保険会社が圧
倒的な割合を占めている。
2)海外進出による収益限界の可能性
アジア新興国市場の特徴は、欧米中心の外資系生命保険会社が生命
保険市場の大半を占めていることである。
たとえば、
香港では58.1%、
タイ53.8%、インドネシア54.5%、ベトナム67.0%のような状況で、
50%をはるかに超えており、すでに「先発者利益」を享受している。
なお、中国は多数の国営生命保険会社が圧倒的な割合を占めており、
―136―
生命保険論集第 186 号
インドは1つの国営生命保険会社(LIC)が69.8%という圧倒的な割合
を占めている状況である。したがって、先発者利益を享受している欧
米系の外資系生命保険会社が進出している国と国営生命保険会社が高
い割合を占めている国では、進出したとはいえ、収益性に限界が生じ
る可能性が存在する。それに加えて、2008年の金融危機を契機に生命
保険市場の環境も厳しくなり、先進国(欧米)の生命保険会社は、飽
和成熟市場を超える収益性の伸びを新興市場に期待しているため14)、
アジア新興国市場でのグローバル競争はさらに激しくなると予想され
る。
3)海外進出への障壁の高さ
日本と韓国の生命保険会社は、欧米の外資系生命保険会社に比べる
と、比較的海外進出について短い歴史をもっている。欧米の外資系生
命保険会社はアジア新興国市場の中で長い間営業を行っており、国や
顧客からも高い信頼を受けている。
新しい市場に進出するときの障壁として、①規模の経済、②製品の
差別化、③要求される資本、④規模による費用の不利益、⑤チャネル
へのアクセス、⑥政府の政策等が言われているが、どの要素も容易で
はない。しかも、自由化の進展とともに、海外市場での競争はさらに
厳しくなると予想されている。
上述の現状を踏まえると、海外進出において最も重要なのは、今ま
でなかった「新しい価値」を創出することができるのかである。海外
事業では、現地保険会社の販売網や主力商品を生かすことが重要であ
ると認識されているが、その前に、日本と韓国の生命保険会社がその
国の国民や社会に対してどのような価値を提供することができるのか
について考慮することも重要であると考えられる。以下では、ポジシ
ョニング戦略に基づいて、両国の海外進出について考察したい。
14)Sigma(2011)
―137―
生命保険会社の海外進出に関する研究
4.両国の生命保険会社における海外戦略に関する考察
4.1 海外市場でのポジション分析
現在、アジア新興国における両国の生命保険会社のポジションはど
うなのか。マーケットシェアで企業の地位を分類すると、大きく①リ
ーダー、②チャレンジャー、③フォロワー、④ニッチャーの4つに分
けられる。さらに山田(2008)によると、リーダーとは「量的経営資源
にも質的経営資源にも優れる企業」と定義しており、チャレンジャー
は「量的経営資源には優れるが、質的経営資源がリーダー企業に対し
て相対的に劣るような企業」
、フォロワーは「量的経営資源にも質的経
営資源にも恵まれない企業」
、ニッチャーは「質的経営資源には優れる
が、量的経営資源がリーダー企業に対して相対的に劣るような企業」
であるとそれぞれ定義されている。
図2 相対的経営資源による競争地位の類型
量(力)
質( 技 )
リーダー
リーダー
高
リーダー
ニッチャー
低
チャレンジャー
フォロワー
(出典)嶋口充輝(1986)
―138―
生命保険論集第 186 号
たとえば、リーダーは、AIAやプルデンシャルのような海外で先発
者利益を享受している会社であり、チャレンジャーは、先発者の利益
を獲得しようとする会社が当てはまる。フォロワーは、海外進出が拡
大しており、その波に乗るため、同伴進出(me-too reason)する会社で
ある。ニッチャーは、競争優位にある先発者が見落としている顧客層
に価値提供を行う会社である。
この4つの分類に基づくと、海外市場における両国の生命保険会社
のポジションは、低い占有率を鑑みて、フォロワーの性格を強くもっ
ている。そして、リーダーやチャレンジャーとは異なる差別化戦略も
採っていることからニッチャーとしての性格ももっていると思われる。
4.2 後発者としての戦略
両国の生命保険会社は、
アジア新興国を中心とする海外市場の中で、
フォロワーとニッチャーとして位置づけしている。
このポジションは、
リーダーの地位を狙えない立場やリーダーのようなフルライン政策や
量の拡大を狙わない企業をさす(山田、2008)。
第2章で、海外進出を行う生命保険会社の動機として、①顧客志向
(client orientation)、②収益(profit)、③名声(prestige)、④ニッ
チ商品(niche product)、⑤同伴進出(me-too reason)のような要因が
存在していることを挙げた。これらの要因に基づいて、両国における
生命保険会社の動機について考えると、
「収益(profit)
」が最も大き
い影響を与えていると感じられる。
その他に、ニッチ商品への動機も働く可能性は存在するが、すでに
高いマーケットシェアを占めている欧米の外資系生命保険会社に比べ
て、
商品面での競争優位性を確保することは容易ではない。
それでは、
フォロワーとニッチャーのポジションに有効な戦略は何かあるのか。
下記では、それぞれの戦略について考察したい。
―139―
生命保険会社の海外進出に関する研究
4.2.1 フォロワーとしての戦略
フォロワーは、リーダーやチャレンジャーに対してマーケットシェ
アが小さいため、競争優位をもって勝てる可能性はかなり低い状況に
ある。競争優位を確保する戦略として、コスト・リーダー(無差別型
マーケティング)戦略、差別化(差別型マーケティング)戦略、集中
型(集中型マーケティング)戦略があるが、フォロワーとしてはどち
らも有効な戦略としてはなりにくい。そのため、フォロワーの取るべ
き基本的戦略としては、マーケットリーダーの戦略等を真似すること
によって、新たな顧客層の取り込みを狙うことが考えられる。その方
法として、進出方式戦略、現地化戦略、経営方式戦略に分けて考察し
たい。
1)進出方式戦略
進出方式については、進出先の規制に基づいて、生命保険市場の環
境を考慮したうえで、決めなければならない。たとえば、支店、合弁
会社、完全子会社等のような方法があり、支店や完全子会社の場合、
自社の独自の意思決定で営業を行うことができるメリットがあるが、
中国のような一部の国では、
それに関する規制が設けられているため、
合弁会社の形態で進出しなければならない。合弁会社形態は、経営管
理や意思決定のような面では、支店や完全子会社よりデメリットがあ
るが、パートナーとのシナジー効果、現地化の容易性等を考慮すると
有効な投資方法としてあり得る。
2)現地化戦略
現地化戦略について、生命保険事業では有効な販売チャネルを構築
することが最も重要であり、このためには現地の企業文化および制度
に適合した人的管理システムを構築して、現地の人力を利用した営業
を推進する必要がある。
3)経営方式戦略
経営方式戦略については、さらに営業地域戦略、商品戦略、顧客戦
―140―
生命保険論集第 186 号
略等に細分化してみることができる。営業地域戦略の場合、すでに欧
米の外資系生命保険会社が進出していない市場に進出したり、成長性
が高い市場に進出する必要がある。たとえば、市場の範囲が広い中国
の場合、国全体的での戦略ではなく、地域に限定して進出することも
1つの方法として考えられる。自国の会社が多く進出している地域も
進出対象地として考えられる。なお、市場集中度が低い市場は、独占
体制が形成されていないため、それらの国への進出もマーケットシェ
アの獲得に可能性があるといえる。
商品戦略については、他社にはない、特化した商品をメインとする
必要がある。たとえば、1973年に日本に進出した米国のアフラックは
ガン保険を主力商品として進出しており、このような市場性のある地
域密着型の商品を開発しなければならない。
顧客戦略については、富裕層、一般層、貧困層のどちらの選択する
のかが重要な鍵であると思われる。欧米の外資系生命保険会社の場合
は、富裕層と一般層向けの営業を展開しているため、同様にそれらの
階層を対象とする場合は、特別なブランドマーケティング戦略を行う
必要がある。ところが、リスクは多少高いけれど、貧困層向けのマイ
クロインシュアランスが実現できれば、新しい収益・価値を創出する
ことができると考えられる。
4.2.2 ニッチャーとしての戦略
ニッチャーとしての戦略は、市場の特定のセグメントに集中して攻
略することで、小さなセグメントを独占するマーケティング活動の展
開が有効である。言い換えると、上述のような、集中型(集中型マー
ケティング)戦略が挙げられる。
トップの市場シェアを占めている生命保険会社が見落としている
顧客などを狙い、経営資源を一気に集中させる戦略が有効であると思
われる。ある地域や顧客において高い認知度を達成できれば、トップ
―141―
生命保険会社の海外進出に関する研究
の生命保険会社となることは難しくとも、可能な限りで高い収益を確
保することが可能であると思われる。すなわち、特定の市場において
のマーケットリーダーとなることを、ニッチャーとして目指すべきで
あると思われる。たとえば、ニッチャーとして貧困層向けのマイクロ
インシュアランスが最も適切であるともいえる。
5.おわりに
主に欧米の外資系生命保険会社によって行われてきた海外進出は、
今は、日本と韓国の生命保険会社にも必須不可欠な課題として認識さ
れつつある。日本と韓国の大手3社に限って調べてみた結果、最近、
アジア新興国市場への進出を積極的に展開していることがわかる。両
国における海外進出に関する大きな動機は、収益(profit)の確保で
あり、
国内の増加するリスクを海外に分散しようとする試みでもある。
ただし、すでに高いマーケットシェアを確保している欧米の外資系
生命保険会社と同じドメインの中で競争することは、収益性に限界が
あるといえる。そこで重要なのは、どのようなポジションに位置する
のかを把握し、そのポジションに最も適切な戦略を立案することであ
る。両国の生命保険会社は、アジア新興国において、リーダーやチャ
レンジャーではなく、フォロワーやニッチャーのポジションに位置し
ている。そこでの重要な戦略的課題として、まず、フォロワーとして
は、リーダーの戦略を真似することによって、新たな顧客層を狙うこ
とである。
ニッチャーとしては、
特定のセグメントに集中することで、
そこで独占するマーケティング活動を展開することである。
なお、単なるリターンへの追及のみではなく、その国の国民や社会
にどのような価値を提供することができるのかについても考慮しなけ
ればならない。たとえば、水島(2006)は、効率化の徹底によって、
競争に打ち勝つことは絶対的な条件だとしても、それによって実現さ
―142―
生命保険論集第 186 号
れる利潤獲得が最終目的であってならないと強調している。その中で
重要なのは、企業間競争の過程で、顧客満足(CS)の追及が不可欠で
あり、顧客満足という理念が、それぞれの企業の経営目的システムに
おいて、どの程度プライオリティを与えられているのかである。それ
が生命保険会社の海外進出において今までなかった「新しい価値」を
創出することであると思われる。
(本論文は、公益財団法人生命保険文化センターによる「平成24年度
生命保険に関する研究助成」の研究成果である。ここに記して、厚く
御礼申し上げる。
)
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―145―
生命保険会社の海外進出に関する研究
<参考1>日本における生命保険会社の海外進出
会社名
店舗名
リライアンス・ライフ
バンコク・ライフ
長生人寿
米国日生
NIP
NSAM ヨーロッパ
NII
日本生命
ポスト・アドバイザリー・グル
ープ
パナゴラ
NLGIシンガポール
リライアンス・アセット
ニューヨーク事務所
ロンドン事務所
フランクフルト事務所
北京事務所
第一生命ベトナム
TAL
スター・ユニオン・第一ライフ
オーシャンライフ
DIAM U.S.A
DIAMインターナショナル
第一生命
DIAMシンガポール
DIAM香港
明治安田
生命
ジャナス・キャピタル・グルー
プ
第一ライフ・インターナショナ
ル(ヨーロッパ)
第一ライフ・インターナショナ
ル(アジアパシフィック)
第一ライフ・インターナショナ
ル(U.S.A.)
Pacific Guardian Life
Insurance Company,Limited
PT AVRIST Assurance
北大方正人寿保険有限公司
進出
形態
現地
法人
現地
法人
現地
法人
現地
法人
現地
法人
現地
法人
現地
法人
現地
法人
現地
法人
現地
法人
現地
法人
事務
所
事務
所
事務
所
事務
所
現地
法人
現地
法人
現地
法人
現地
法人
現地
法人
現地
法人
現地
法人
現地
法人
現地
法人
事務
所
事務
所
事務
所
現地
法人
現地
法人
現地
法人
業種
国家名
都市名
持分率
生命保険業
インド
ムンバイ
26%
生命保険業
タイ
バンコク
25%
生命保険業
設立
時期
2011年
10月
1997年
4月
2003年
9月
1991年
12月
中国
上海
50%
団体健康保
険業等
米国
ニューヨー
ク
97%
資産運用
英国
-
N.A.
資産運用
英国
-
N.A.
N.A.
資産運用
米国
-
N.A.
N.A.
資産運用
米国
-
N.A.
2013年
5月
資産運用
米国
-
N.A.
資産運用
中国
香港
N.A.
N.A.
N.A.
2013年
4月
2012年
8月
資産運用
インド
ムンバイ
N.A.
調査業務等
米国
ニューヨー
ク
-
1975年
調査業務等
英国
ロンドン
-
1981年
調査業務等
ドイツ
フランクフ
ルト
-
1982年
調査業務等
中国
北京
-
生命保険業
生命保険業
ベトナ
ム
オースト
ラリア
ホーチミン
100%
シドニー
100%
ムンバイ
26%
タイ
バンコク
24%
投資運用業
米国
ニューヨー
ク
100%
投資運用業
英国
ロンドン
100%
投資運用業
シンガ
ポール
シンガポー
ル
100%
投資運用業
中国
香港
100%
投資運用業
米国
デンバー
19.7%
調査業務等
英国
ロンドン
-
調査業務等
中国
香港
-
米国
ニューヨー
ク
-
生命保険業
インド
生命保険業
調査業務等
生命保険・
健康保険業
米国
ハワイ
100%
生命保険業
インド
ネシア
ジャカルタ
23%
生命保険業
中国
上海
29.2%
―146―
1987年
2007年
1月
2011年
3月
2007年
9月
1949年
1月
1994年
7月
1997年
11月
2008年
4月
2009年
3月
1998年
1月
1985年
9月
1988年
3月
1997年
10月
1961年
8月
1975年
5月
2002年
11月
生命保険論集第 186 号
TU EUROPA S.A.
TUiR WARTA S.A.
現地
法人
現地
法人
Meiji Yasuda America
Incorporated
現地
法人
Meiji Yasuda Europe Limited
現地
法人
Meiji Yasuda Asia Limited
Meiji Yasuda Realty USA
Incorporated
フランクフルト事務所
ソウル事務所
北京事務所
現地
法人
現地
法人
事務
所
事務
所
事務
所
生命保険・
損害保険業
生命保険・
損害保険業
保険募集、
融資開拓支
援、金融経
済調査
金融経済調
査、融資開
拓支援
保険募集、
投資運用業
ポーラ
ンド
ポーラ
ンド
不動産投資
1994年
11月
1920年
9月
ブロツワフ
33.5%
ワルシャワ
25%
米国
ニューヨー
ク
100%
1986年
10月
英国
ロンドン
100%
1987年
8月
中国
香港
100%
米国
デラウェア
100%
調査業務等
ドイツ
フランクフ
ルト
-
N.A.
調査業務等
韓国
ソウル
-
N.A.
調査業務等
中国
北京
-
N.A.
2001年
12月
1998年
8月
(注1)第一生命について、
「TAL(TAL Dai-ichi Life Australia Pty Ltd)」は、傘下に連結子
会社11社(当社の連結子会社に該当)
・持分法適用会社1社(当社の持分法適用関連法
人等に該当)を有する持ち株会社である。2010年12月28日開催の取締役会において、
Tower Australia Group Limited株式の全株取得に関する決議を行い、この株式取得プ
ロセスの一環としてオーストラリアに「TAL Dai-ichi Life Australia Pty Ltd.」を
設立した。
(注2)明治安田生命について、
「Pacific Guardian Life Insurance Company, Limited」への
資本参加は1976年3月、
「PT AVRIST Assurance」への資本参加は2010年11月、
「北大方
正人寿保険有限公司」への資本参加は2010年12月、
「TU EUROPA S.A.」への資本参加は
2012年6月、
「TUiR WARTA S.A.」への資本参加は2012年7月である。
(出典)各社のディスクロージャー誌およびホームページより作成
―147―
生命保険会社の海外進出に関する研究
<参考2>韓国における生命保険会社の海外進出
会社名
店舗名
Siam Samsung Life
Insurance
Samsung Air China Life
Insurance
Samsung Life Investment
サムスン
生命
ハンファ
生命
進出形態
業種
国家名
都市名
持分率
設立時期
現地法人
生命保険業
タイ
バンコク
40.4%
97年11月
現地法人
生命保険業
中国
北京
50%
05年5月
現地法人
金融投資業
英国
ロンドン
100%
91年4月
100%
94年2月
100%
96年9月
-
86年9月
Samsung Life Investment
現地法人
金融投資業
米国
ニューヨ
ーク
Samsung Properties China
現地法人
不動産業
中国
香港
ニューヨーク駐在事務所
事務所
調査業務等
米国
米州駐在事務所
事務所
調査業務等
米国
東京駐在事務所
事務所
調査業務等
日本
ニュージ
ャージ
ニューヨ
ーク
東京
-
03年3月
-
86年9月
北京駐在事務所
事務所
調査業務等
中国
北京
-
95年4月
ロンドン駐在事務所
事務所
調査業務等
英国
ロンドン
-
02年10月
インド
ムンバイ
インド駐在事務所
事務所
調査業務等
ベトナム駐在事務所
事務所
調査業務等
-
04年10月
ベト
ナム
ベト
ナム
ハノイ
-
08年7月
ホーチミ
ン
100%
08年6月
浙江省
N.A.
12年12月
100%
05年7月
Korea Life Insurance
Vietnam
現地法人
生命保険業
中韓人寿
現地法人
生命保険業
中国
Korea Life Investment
現地法人
金融投資業
米国
ニューヨーク駐在事務所
事務所
調査業務等
米国
北京駐在事務所
事務所
調査業務等
中国
ニューヨ
ーク
ニューヨ
ーク
北京
-
07年5月
-
03年8月
東京駐在事務所
事務所
調査業務等
日本
東京
-
05年2月
ロンドン駐在事務所
事務所
調査業務等
英国
ロンドン
-
07年7月
Kyobo Life Asset
Management
現地法人
金融投資業
米国
100%
96年11月
ニューヨーク駐在事務所
事務所
調査業務等
米国
-
87年10月
東京駐在事務所
事務所
調査業務等
日本
東京
-
87年10月
北京駐在事務所
事務所
調査業務等
中国
北京
-
04年3月
教保生命
ニューヨ
ーク
ニューヨ
ーク
(出典)韓国金融監督院の「12年度上半期生保社海外店舗営業実績」および各社の年次報告書より作成
―148―
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