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西洋法制史講義
ナチズム期の法と法学
1
1.「新しい法学」
キール学派
Hauptgebäude der Cristian-Albrechts-Universität (1893)
http://de.wikipedia.org/wiki/Christian-AlbrechtsUniversit%C3%A4t_zu_Kiel
キール大学の若手教授
ナチズム的な意味での「新しい法学」の提唱
キール大学法学部=「突撃隊学部」に
Georg Dahm(刑法学) Friedrich Schaffstein(刑法学)
Ernst Rudolf Huber(公法学) Karl Larenz(民法学)、
Wolfgang Siebert(民法学)
:学派の中核
Karl August Eckhardt(ゲルマニスト)
:政治的にも活動、SSメンバー
2
現民法の全面改訂を志向
<主権的法=権利>が主たる攻撃対象の一つに
(一般的には支持されず)
→ 「権利能力」概念の否定
→ <民族同胞の法的地位>による代置
民族共同体の一員として権限が付
与される
→ ユダヤ人の権利剥奪への思想的前段階
3
● 人法的な共同体的関係の観念
⇔ 契約における個人主義的モデル
労働関係、会社(団体)関係、賃貸関係
→ 誠実義務へ
● 新たな所有関係
一連の具体的な所有概念
(対象物の機能によって規定される)
1933年 ライヒ世襲農地法
一子単独相続
4
2.新たな解釈手法
法律実証主義かそれからの違背か?
ラートブルフ Gustav Radbruch
「自然法の再生」を提唱
リュタース Bernd Rüthers
『無制限解釈』(1968年)
Gustav Radbruch (vor 1921)
http://de.wikipedia.org/wiki/Gustav_Radbruch
5
(1)裁判官による法律の拒否
「一般条項への逃避」に対する警句
J.W.Hedemann 1933
ナチズム的法理念の前提に
カール・シュミット
「あらゆる不確定な法概念、つまりいわゆる一般
条項のすべては、無条件かつ留保なく国家社会
主義的な意味で適用されうる。」1934年
6
「裁判官の地位と任務に関する要綱」
1936年ドイツ法律家大会で宣言
● ナチス革命以前の法律の否定
(健全な国民感情に違背するもの)
● 総統の決定への服従
7
司法の画一化
Deutsche Bundestag, Presse- und
Informationszentrum Referat
Öffentlichkeitsarbeit(Hg.), Fragen an die deutsche
Geschichte Ideen, Kräfte Entscheidungen von 1800
bis zur Gegenwart, Bonn 1985.
8
● ユダヤ人迫害
●反ユダヤ主義宣伝
●1933/4 ユダヤ人商店のボイコット運動
職業官吏再建法
ユダヤ人の公職追放
●1935/9/15 ニュルンベルク法の公布
ドイツ人とユダヤ人の通婚禁止など
●1938/11/9~10 水晶の夜
ドイツ全土でユダヤ人迫害
●1942/1/20 「絶滅政策」 の決定・実施
→ 戦後の犯罪追求へ ニュルンベルク裁判
ナチ戦犯の追及継続
9
Photo by German Federal Archive with CC License Attribution
1934 Stürmer special issue
http://en.wikipedia.org/wiki/Der_St%C3%BCrmer
Worms, Antisemitische Presse,
"Stürmerkasten"
10
ユダヤ人商店のボイコット(1933年4月1日ハンブルク)
Deutsche Bundestag, Presse- und
Informationszentrum Referat
Öffentlichkeitsarbeit(Hg.), Fragen an die deutsche
Geschichte Ideen, Kräfte Entscheidungen von 1800
bis zur Gegenwart, Bonn 1985.
http://www.dhm.de/lemo/html/nazi/innenpol
itik/etablierung/index.html
©DHM, Berlin
11
ユダヤ人に対する差別(この場所に立ち入るユダヤ人は身の危険を覚悟せよ)
Deutsche Bundestag, Referat Öffentlichkeitsarbeit(Hg.),
Fragen an die deutsche Geschichte Wege zur parlamentarischen
Demokratie, Bonn 1996.
12
(2)いくつかの判例
● ユダヤ人牛取引商の牛売買の無効
(1938年)
「公序良俗」違反につき第138条に基づき無効
理由:今日、ひとかどの民族同志はユダヤ人と
の取引を控えているから
・ 被告側(買い手)は当該牛が約束された牛乳
供給をなしていないことを主張しただけ
・ 契約解除の規定は考慮されず
13
● 一般条項と不確定な法概念(ナチズム的
世界観に基づく思いつき)に依拠
→ 私法の無制限解釈へ
・ 国籍を剥奪されたユダヤ人の退職金減額
= 信義則に沿ったもの
・ ある労働者が工場の饗宴で歌を歌う際に左手
を掲げた行為(右手に支障があったため)
「新時代の象徴」に対する軽侮として即時解雇
14
・ベルリン-シェーネベルク区裁判所判決
(1938年)
ある住宅建設協同組合によるユダヤ人借家人
に対する解約事例
<1923年の借家人保護法>
借家人が家主に対し相当の迷惑をかけており、
借家関係の継続が期待できない場合にのみ解
約可能
15
→ 担当裁判官によれば
この法律は異なった世界観が支配す
るもとで成立した法律であり、それは
民族共同体の一要素としての家共同
体の観点から解釈されなければなら
ないもの。その際には、借家人の個
人的特性が問題に。
16
「その借家人がユダヤ人であるという事実は、彼
に関しては、本来的な意味では責任とはならない。
借家人保護法の第2条の意味においては、しかしな
がら彼に責任が帰せられる。彼は、単にドイツ人住
居人の共同体内において不適当な人というだけで
はなく、それ以上に彼にはドイツ人との共同体にとっ
て必要な内的関係Einstellungが欠けているのであ
る。彼との借家契約を継続させることを、ドイツ人賃
貸人に対し、後者が真摯に住居共同体の形成を目
指している時に、要求することはできない。」
ベルリン-シェーネベルク区裁判所判決より
(1938年)
17
P. シュヴェルトナー論文、『法,法哲学とナチズム』所収
18
● ライヒ裁判所判決
いわゆる「アーリア・ユダヤ異民族間婚姻
の取消」(1934年)
BGB第1333条(現行婚姻法第32条)
理由:他方配偶者の個人的特性について
の錯誤
→ 一方配偶者がユダヤ人であること
が他方配偶者による取消理由に
19
第2判決
取消はBGB第1339条によれば、錯誤の発
見後6ヶ月以内になしうる。
→ 当該期限の進行は、ナチ的世界観が出現
するまでは、BGB第203条に従い停止され
ていた、という見解をとった。
→ ニュルンベルク法(1935年9/15)へ
ユダヤ人の公民権停止と結婚等の制限
●「ドイツ帝国公民法」
●「ドイツ人の血と名誉を保護する為の法律」
20
ニュルンベルク諸法
(1935年9月15日)
21
ニュルンベルク諸法
(1935年9月15日)
22
23
大石義雄編『世界各国の憲法典』(有信堂、1956年)より引用
大石義雄編『世界各国の憲法典』
(有信堂、1956年)
24
大石義雄編『世界各国の憲法典』(有信堂、1956年)より引用
25
大石義雄編『世界各国の憲法典』(有信堂、1956年)より引用
Bildtafel zum „Blutschutzgesetz“
http://de.wikipedia.org/wiki/N%C3%BCrnberger_Gesetze
26
Photo by German Federal
Archive with CC License
Attribution
©DHM, Berlin Berlin, 1933
ファーレン人種
地中海人種
©DHM, Berlin
27
http://www.dhm.de/lemo/html/nazi/antisemitismus/nuernberg/ ©DHM, Berlin
ドイツ人の血と名誉を保護するための法律
1935年9月15日
ドイツ人の血の純粋性がドイツ民族存続のための前提条件で
あるとの認識のもと、そしてドイツ国民を将来にわたり護って行
こうというみなぎる不屈の意思を抱きつつ、帝国議会は全会一
致のもと次の法律を採択し、ここに布告する。
第1条 (1) ユダヤ人とドイツ人または同種の血を有する国民と
の間の婚姻は禁止する。これに反し結ばれた婚姻は無効であ
り、本法を回避するために外国において結ばれた婚姻もまた無
効である。
(2)無効の訴えは、検察官のみがこれを申し立てることができる。
第2条 ユダヤ人とドイツ人または同種の血を有する国民との間
の婚外交渉は禁止する。
第3条 ユダヤ人は、45歳以下のドイツ人または同種の血を有
する女性国民をその家で雇ってはならない。
翻訳参考 http://rasiel.web.infoseek.co.jp/data/nuernberg.htm
第4条 (1)ユダヤ人が帝国旗を掲揚することと帝国色[赤白黒]
を用いることを禁止する。
(2)ユダヤ人がユダヤ色を用いることは許可する。この権限の
行使は国家の保護下にある。
第5条 (1)第1条に反した者は、懲役刑に処する。
(2)第2条に反した者は、禁固刑または懲役刑に処する。
(3)第3条または第4条の規定に反した者は、1年以下の禁固
刑及び罰金刑に処するか、または禁固刑もしくは罰金刑に
処する。
第6条 帝国内務大臣は総統代理及び帝国司法大臣との合意
のもとに、本法の遂行及び補完の為に必要な法律規定及び
行政規定を公布する。
第7条 本法は公示当日に施行する。ただし第3条は1936年1
月1日に施行するものとする。
翻訳参考 http://rasiel.web.infoseek.co.jp/data/nuernberg.htm
● 優生学
Photo by Dralon with CC
License Attribution
民族衛生
人体実験、強制断種
強制安楽死
T4作戦
1939~41年に実施
身体障害者や精神障害者
の組織的な根絶
Schloss Hartheim
http://en.wikipedia.org/wiki/Action_T4
全国に6カ所設置
絶滅政策
http://de.wikipedia.org/wiki/
NS-T%C3%B6tungsanstalt_
Hartheim
ユダヤ人虐殺(ホロコースト)
絶滅収容所(6カ所)
NS-Tötungsanstalt
Pirna Sonnenstein
Auschwitz Birkenau
German Federal Archive
http://de.wikipedia.org/wiki/Holocaust
http://de.wikipedia.org/wiki/Aktion_T4
30
Photo by dawei with CC License Attribution
3.BGBから民族法典へ
(1)民法典BGBの改正
1934年以降ライヒ司法省で検討
1939年 ドイツ法アカデミー総裁
H. フランク
新しい統一法典の編纂をアカデミーに委託
ランゲ、さらにヘーデマンが委員長に
(1)民族構成員の法的地位、(2)家族、(3)相続、 (4)契約
(5)所有、(6)労働、(7)企業、(8)結社
1942年 司法大臣 O. ティーラックが総裁兹任に
司法改革を優先に
ヘーデマン:基本原則と第1編を公表へ
31
Hans Frank(1939)
Photo by German Federal Archive with CC License Attribution
Otto Georg Thierack (ca. 1940/42)
Photo by German Federal Archive with CC License Attribution
32
● 民族法典草案 1942年
・基本原則25条
ナチス党綱領に服する
第1章「民族共同体生活の諸原則」
第2章「法適用と法形成」
第3章「民族法典の適用範囲」
・第1篇「民族構成員」80条
民族構成員の人格、法的地位等々
42年中に相続法を公表予定
→ 公表されず
33
(2)基本原則
●第1章第1条
最高の法律はドイツ民族の福利である。
<党綱領第24項>
我々は、それが国家の存立を危うくせず、またはゲルマン
人種の美俗・道徳感に反しない限り、国内におけるすべて
の宗教的信仰の自由を要求する。
我が党は、かくのごときものとして、宗派的に一定の信仰
に拘束されることなく、積極的なキリスト教精神の立場を代
表する。党は我々の内外におけるユダヤ的唯物主義的な
精神に対して抗争するものであり、我が民族の持続的復
興が、次の原則に基づいて、専ら内面から行われ得ること
を確信するものである――公益は私益に優先する。
34
ナチス党綱領第19項
「我々は、唯物主義的世界秩序に奉仕しつつある
ローマ法を排し、ドイツ的普通法をこれに代えて
採用することを要求する。」
→ すべての法を民族共同体の維持のために
「個人の自由」ではなく、<血統的に決定された共
同体>への「個人の帰属」が問題に
35
●第2条
ドイツの血、ドイツの名誉と遺伝的健全性の
維持と擁護
●第3条~第6条
家族生活の関する諸原則
第3条 婚姻
第4条 子と青少年の保護
第5条 子に対する両親の義務と国家と党の役割
第6条 自然子(非嫡出子)の平等と懐妊中の母親
の保護
36
● 第7条~第15条
経済生活に関する規定
第7条 民族構成員の義務
= 民族共同体ための力の投入
基本原則が党綱領に奉仕するも
のであることを示す典型
第8条以下 民法の基礎的カテゴリーに関
わる規定
・所有権、相続、団結、契約
37
● 第16条~第18条
権利の実現に関する諸原則
第16条 信義則と民族共同体に承認された
諸原則に基づく権利行使
第17条 権利濫用の禁止
第18条 国家による権利の強制的実現
自力救済の法律による限定
38
● 第2章 法適用と法形成
・法律家の任務
・裁判官のよるべき解釈方法=態度
ナチス的世界観
この『基本原則』の指導思想
● 第3章 民族法典の適用範囲
全ての国民
人種的に異なる者を排除
39
(3)民族法典とは
● ナチズムイデオロギーの表明
● 政治的現実の規範的表現
→ BGB(近代法原理)から
新たな法秩序への転換
40
<参考文献>
鹿毛達雄「ナチズムの台頭」
(岩波講座『世界歴史27』、1971年)
広渡清吾「第三帝国におけるブルジョア法の『転換』」
宮崎良夫「ナチズムと行政法学」
(以上、東京大学社会科学研究所編『ファシズム期の国家と社会
5・ヨーロッパの法体制』東京大学出版会、1979年、所収)
五十嵐清「ナチス民族法典の性格」
(『北大法学論集』36-1・2、1985年)
H・ロットロイトナー編 ・ナチス法理論研究会訳
『法,法哲学とナチズム』(みすず書房、1987年)
Karl Kroeschell, Rechtsgeschichte Deutschlands im 20. Jahrhundert,
Vandenhoeck UTB, 1992.
Karl Kroeschell, Deutsche Rechtsgeschichte, Bd.3, 5.Auflage,
Boehlau UTB, 2008
41
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