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海洋地球研究船「みらい」南半球周航観測航海
海洋地球研究船「みらい」南半球周航観測航海 BEAGLE 2003 航海達成記念 BEAGLE 2003 航海の概要 2003年5月21日に横浜港を出航した海洋地球研究船「みらい」は、北太平洋中央海域、西太平洋赤 道域、東インド洋赤道域において観測を行った後、7月30日にオーストラリア・ブリスベーンに入港。 そして、8月3日、いよいよ南半球周航観測航海(BEAGLE 2003)がスタートしました。9月5日はタ ヒチ・パペーテに寄港し、10月16日にチリ・バルパライソに入港。ここから「みらい」は南に下り、 マゼラン海峡を越えて大西洋を北上、11月2日にブラジル・サントスに入港しました。大西洋を横断し て、12月5日に南アフリカ・ケープタウンに入港した「みらい」は、続いてインド洋を航行し、12月 20日にマダガスカル・タマタブ、12月27日にモーリシャス・ポートルイスに寄港。さらに、インド 洋を横断して、2004年1月24日にオーストラリア・フリーマントルに入港しました。続いて「みらい」 は、ケルゲレン諸島をめざしてインド洋を南下し、2月19日、再びフリーマントルに入港し南半球周航 を終えました。 そして、フリーマントルから日本への帰路、西太平洋において観測を行い、3月22日に「みらい」は 横浜へ帰港。7ヶ月の南半球周航を含めて10ヶ月に及ぶ長い航海を無事に達成いたしました。 また、この航海では、寄港したブリスベーン、バルパライソ、サントス、ケープタウン、タマタブ、 フリーマントルなど、各地で一般公開や交流イベントを行い、国際親善にも大きな役割を果たしました。 海洋科学技術センター Japan Marine Science and Technology Center 発行 研究業務部 〒237-0061 神奈川県横須賀市夏島町2-15 TEL:046-867-9918 ホームページ: http://www.jamstec.go.jp/ 2004.3.23 BEAGLE 2003 REPORT 海洋観測史に残る世界初の三大洋横断海洋観測を達成 大規模海洋観測BEAGLE 2003を終えて 海洋地球研究船「みらい」南半球周航観測航海 −BEAGLE Blue Earth Global Expedition 2003− 南半球周航航海計画推進プロジェクトチーム総括責任者 海洋科学技術センター理事 千々谷 眞人 地球表面の7割を占める海は、地球の熱循環や炭酸ガスなどの物質循環に大きな役割を果たしています。 その海の半分以上は南半球にあり、特に南極周辺の海は、北大西洋からの深層水などが流れ込み、また、南 ■ 世界でも例のない南半球周航観測航海 今回の観測航海では、海洋地球研究船「みらい」を利用して、南半球中緯 極周辺海域で大規模に沈み込んだ海水が中層・深層水として全世界の大洋に流れ出る (南極オーバーターン) 度を太平洋・大西洋・インド洋と横断し、その間506点 (ケルゲレン海台を含 など、複雑な動きによって海洋の熱や物質分布を決定し、地球環境へ大きな影響を与えています。したがっ む) において、海面から海底直上までの水温・塩分を測定し、さらに鉛直36 て、地球温暖化を含む地球気候変動の実態の解明、さらに、その予測研究を進める上で、南半球の海洋観測 層で海水を採水、溶存酸素・二酸化炭素量・栄養塩類など十数項目にわたる を充実させることが世界的な急務といわれてきました。しかし、南半球は、その約8割が海で、足がかりと 測定・分析が行われました。単一の研究船で、一気にこれだけ大規模な観測 なる陸地も少なく、さらに南極周辺は古くから船乗りたちが「吼える40度、狂う50度、叫ぶ60度」とい が短期間のうちに行われたのは、世界でも初めてのことです。 って恐れるほどの荒れた海であり、観測研究が非常に困難な海域とされています。 このような状況のなか、海洋科学技術センターは、創立30周年を記念する事業の一環として、海洋地球 研究船「みらい」による南半球周航観測航海を実施いたしました。 ■ WHP再観測による気候変動解明のためのデータ収集 南半球周航観測航海において実施された493点の観測は、1990年代に世 進化論で知られるチャールス・ダーウィンが世界一周航海に使用した「ビーグル号」に因んでBEAGLE 界海洋循環実験(WOCE)プロジェクトで実施されたWOCE測線観測計画 (Blue Earth Global Expedition)2003と名づけたこの観測航海は、昨年5月に横浜港を出港し、8月初め (WHP) の再観測です。今回の航路は、WHP-P6 (太平洋) 、WHP-A10 (大西 からおよそ200日という短期間に三大洋(南太平洋、南大西洋、インド洋)を横断し、約500ヶ所で海面か 洋) 、WHP-I3、I4 (インド洋)に対応しており、観測によって得られた成果は、 ら海底までの海水を採水し、水温・塩分・化学成分などの高精度な測定を行うという壮大なプロジェクトで 過去の観測結果と比較することにより、気候変動による熱輸送や物質輸送の される予定のWHP再観測測線。一昨年日本が実施した した。単一の海洋観測船によって、一度にこれほど大規模かつ高精度な観測が行われたのは、海洋観測史上 変化を明らかにするための貴重なデータとして活用されます。 ことで、世界からBEAGLE 2003への期待と注目を浴 グローバル測線観測計画(GHP)で2009年までに実行 北アメリカ西岸沖のP17N再観測が高い成果を挙げた びています。 かつてない、画期的なプロジェクトです。 そして、2004年2月19日、海洋地球研究船「みらい」は、計画していたWOCE測線観測計画 (WHP) の 再観測をすべて予定通り実施し、しかも航海中に大きな事故やトラブルは一切なく、無事にオーストラリ ア・フリーマントル港に入港し、さらに、本日、10ヶ月ぶりにこの横浜港に帰還することができました。 今回の観測航海を無事に成し遂げた乗組員・研究者・観測技術員の功績を称え、大成功裏に達成できたこ ■ 南極オーバーターン・システムの解明 南極オーバーターン・システム Schmit Jr.(1996) 世界の深層海水の半分以上は南極周辺の海域で沈み込んだものであり、こ の大規模な海水の沈み込みと変成を「南極オーバーターン」といいます。南 極オーバーターンは、大気への熱の放出、大気中の溶存ガス成分の深層貯蔵、 とを祝すとともに、このBEAGLE2003プロジェクトにご支援・ご協力をいただきましたみなさまに、深く 海洋の成層構造の維持などを通して、気候変動と深く関係しています。今回 お礼を申し上げる次第です。 の観測航海では、南極を取り巻くように高精度の観測を行っており、南極オ 海洋科学技術センターは、2004年4月より、独立行政法人海洋研究開発機構として新たな出発を迎えま ーバーターンの実態の解明が期待されています。 す。さらなる成長と充実した活動を推進していくため、これからもいっそう努力してまいります。今後とも、 みなさまの篤いご支援を賜りたくお願い申し上げます。 ■ 海底堆積物を採取し、地球環境変動の歴史を探る 南米チリ沖 (4ヶ所) 、南インド洋・ケルゲレン諸島周辺 (2ヶ所)では、海 底堆積物の採取が実施されました。長い年月をかけて降り積もった海底堆積 物には、プランクトンの微化石や有機化合物など、過去の海洋環境の歴史を 明らかにする重要な情報が残されています。チリ沖では、水温が急激に変化 するフロントと呼ばれる緯度帯の移動をとらえること、ケルゲレン諸島周辺 では、氷期・間氷期を通して深層海流がどのように変動したかを調べること などを主な目的として堆積物の採取が行われました。 2 3 BEAGLE 2003 REPORT 【インタビュー】 ブリスベーンからタヒチ・パペーテまでの第1 クレーンで採水器を海面に下ろして観測開始 レグに参加した研究員・観測技術員 海洋観測の歴史に残る航海。 ました。彼がいちばん驚いたのは、厳しいスケジュールのなか で行われる観測が、混乱もなく整然と行われていく様子だった 深澤 理郎 研究主幹 そうです。 「非常にオーガナイズされていて感心した」と話して 観測航海から1ヶ月あまりが過ぎたいまの気持ちは、とにか いました。研究者・観測技術員たちが、観測の時間になるとサ くこの航海で手に入れた素晴らしいデータを早く、よいかたち ッと集まってくる。容器の準備はすでに整っており、前回の分 にしたいということです。ものすごい結果が出ることは分かっ 析からの改善点もすぐに伝達され、やるべきことをテキパキと ています。それをいかにして多くの人々に分かりやすく、しか こなしていく。作業が終わると、すぐにそれぞれの分析に分か もその重要性を示しながら、足並みをそろえて行っていくかを れる、こうした姿に驚いたようです。航海が終わって、多くの 考えています。研究者の責任ということもありますが、私自身 研究者たちからメールや連絡をもらいましたが、みんなの最初 としては、何だかワクワクしています。おそらく、この航海に の感想も、「どうやって500点という数多くの採水観測を、短 係わったみんなが、そうした気持ちを持っていると思います。 多くの人々が力を合わせて成し遂げた 海洋観測の歴史に残る航海。 プロジェクトに係わったすべての人たちに感謝します。 正直なところ、ツキもありました。たとえば、航海中の天 航海を終えた直後の素直な気持ちです。 研究成果を楽しみにしてください。 BEAGLE2003 代表研究者 (海洋観測研究部) “すごかった”というのが 採取された海水はすぐに化学分析が行われる 確かなことは、改めて発表していきますが、南半球を一回り 期間で混乱なく行うことができたのか」というものでした。 日本人の特性といってしまえばそれまでですが、今回、この し、南極の沈み込みを高精度で一気に測った結果を、かつての ド洋ではサイクロン(台風)の季節を迎えていました。実際に、 ように組織立って動くことができたのは、やはり、研究者と観 観測データと比較すると、明らかに水温構造が変化しているこ 海の間は、500点を超える採水観測と分析を黙々と続けていか サイクロンの接近が2回ありました。しかし、どちらも私たち 測技術員そして乗組員とが、お互いのプロフェッショナリティ とが分かりました。観測した断面をすべて平均すると、これま なければなりません。同じことのくり返しです。この作業を、 が観測を終えた翌日にやってきたおかげで、無事に観測を行う を確立することができたからだと思います。特に、このプロジ でに比べて海は冷えています。南極で海水が冷やされて沈み込 みんなが常に高いサイエンティフィックなモチベーションを持 ことができました。レグ5は航海の予備日が3日間しかありませ ェクトにおいては、観測技術員が技術レベルを高め、本当の意 むということは、逆に大気が暖められるということです。この ち、しかも楽しみながらやっていくというのはたいへんなこと んでしたから、これが、もし1日ずれていたら、絶対に観測で 味で技術者としてその存在を主張できるところまで到達できた 5∼6年に限って見ると、南極の沈み込みは、大気をさらに加熱 です。しかし、この観測航海そのものがすごいことだというよ きなかったでしょう。また、荒天で知られるケルゲレン海台で といえます。今後は、これをどうやって維持していくかが問題 するように効いているといえます。このほか、驚くような興味 り、私は、この航海に係わったたくさんの人たちが、力を合わ も、予想以上の観測ができましたし、真冬の南太平洋でも、5m です。そのためには、まず、研究者がきちんとした研究者であ 深い成果がこれからどんどん出てくるはずです。また、今回得 せて成し遂げたことがすごいと思ったのです。研究者、観測技 を超える波高、風速20m以上の強風という厳しい条件のなかで ることが大切です。観測技術員から「なぜここまでキャリブレ られたデータは、その品質管理を行って、全世界の研究者に公 術員、海洋地球研究船「みらい」の乗組員はもちろん、この南 何とか観測ができました。無事に観測ができたのは、キャプテ ーションをやらなければいけないのか」と問われたときに、し 開する予定です。このデータが気候変動研究や海洋物理研究に 半球周航観測航海を実現させるために力を尽くしてくださった ンをはじめ、 「みらい」の乗船員の心強い協力があったからです。 っかりと答えられなければ、それをやってもらうことはできま 及ぼすインパクトは、非常に大きいはずです。また、 「地球シミ 方々、いろいろな面で協力してくださったみなさん、そうした 心配されたクレーンやウィンチなどのトラブルも、乗組員の入 せん。同時に、技術者のレベルを落としていくことにもつなが ュレータ」による気候変動モデルの開発にとっても重要なデー 多くの人々の力があってこそ、この観測航海をなし遂げること 念なメンテナンスのおかげで、観測が不可能になるようなこと ります。研究者がしっかりとした研究者であれば、技術者も成 タとなるでしょう。大いに期待していただきたいと思います。 ができたのです。 は、まったくありませんでした。ケーブルが切れて採水器を落 長し、お互いの責任もはっきりしてくるのです。 候・海況は、私たちの力ではどうすることもできません。イン 航海が終わった瞬間、とにかく“すごい”と思いました。航 とすというトラブルも予想していたのですが、ボトル1本落と この計画を進めはじめたころ、私は世界中のいろいろなとこ すことはありませんでした。 ろで、この周航観測について話をしてきました。成功しないの ではないか、日本にできるのかといった不安の声があったのも 今回の航海では、こうしたお互いのよい意味での緊張感と協 力関係が高いレベルで保たれたと思っています。私たち研究者 のやるべきことも明快であったし、観測技術員のやるべきこと みんながやるべきことを理解し、責任を持って 確かです。いや、多くの人々がそう考えていたかもしれません。 取り組んだからこそ充実した、楽しい航海になりました。 それを予定通り、無事に達成することができたことは、本当に よかったと思います。 海外からの乗船者のなかに、観測技術のスペシャリストがい 4 も明確でした。だからこそ、いまになって思い出しても、みん なが「ああ、楽しい航海だった」と思えるのではないかと思い ます。 5 BEAGLE 2003 REPORT Leg2 Leg1 Leg3 ( 9月 9日 タヒチ・パペーテ ∼10月16日 チリ・バルパライソ) (8月3日 オーストラリア・ブリスベーン ∼9月5日 タヒチ・パペーテ) ■ 観測の態勢を決める 重要なレグ (10月19日 チリ・バルパライソ ∼11月 2日 ブラジル・サントス) ■ 低気圧とともに移動 天候は最後まで回復せず 全体で約500点に及ぶCTDおよび採水 ■ 限られた時間のなかで 最大限の成果が得られました タヒチでほとんどの研究者、観測技術員 レグ3では、南緯38∼55度の範囲で、 観測の最初であり、観測の態勢づくりや、 が交代しましたが、レグ1でしっかりした ほぼ等間隔に3点で海底堆積物の採取を行 細かい部分のすり合わせを行うという重要 態勢づくりが行われており、十分な引継ぎ う計画でした。残念ながら3点目の南緯 な役割を担っていました。そのため、おそ が行われたので、観測はスムーズに進行し 55度、チリ沖合での採泥作業は、荒天の らく研究者や観測技術員にとって、体力的 ました。しかし、天候には恵まれませんで ため断念せざるを得ませんでしたが、代わ にも精神的にも最もたいへんな航海だった した。まさに低気圧といっしょに移動して と思います。ただし、それを見込んで、経 深澤 理郎 研究主幹 験を積んだ一騎当千のスタッフが乗り込ん レグ1・5 調査主任 (海洋観測研究部) でいたため、物事がピシッ、ピシッと決ま り、チームワークも非常によかったですね。 天候は、はじめの数日こそ好天に恵まれ、 りにマゼラン海峡入り口付近、さらにマゼ いるような状況で、空には雲が広がり、シ 渡邉 修一 研究主幹 ラン海峡中央部でも採泥を行うことができ 原田 尚美 研究員 トシトと雨が降るなかでの観測が続きまし レグ2・6 調査主任 (海洋観測研究部) ました。入り口付近で採取した堆積物は、 レグ3 調査主任 (むつ研究所) た。気温も低く、寒い毎日で、ときおり雨 陸の影響もありますが、満足いく試料が手 足が強くなる、そうしたなかでの観測は、 に入ったと思います。また、この試料を調 とても辛くたいへんです。研究者や観測技 べてみると、他に比べて非常に生物が多様 絶好の観測日和でしたが、その後はめまぐ 術員たちの疲労もたまりますが、天候がさ であることが分かりました。興味深い成果 るしく天気が変化し、波はつねに5mを超 らに悪化する前に観測をやっておきたいと の出る可能性があります。4本目のマゼラ え、10m以上の風が吹き続くという、ま いうこともあり、なかなか休みも取れませ ン海峡中央部については、ここで堆積物が さに冬の南太平洋の荒天に悩まされながら ん。結局、天候は最後まで回復してくれま 採取されたことがほとんどないため、貴重 の観測でした。全体のなかで、天候による せんでした。 なサンプルといえます。 観測の中断がいちばん多かった航海ではな タヒチからは、日本人スタッフのほかに、 予備日もない限られた時間のなかで、こ いかと思います。この点は事前に警戒して 新たにチリの研究者・技術者、ペルー、コ れだけの観測ができたのはとても嬉しいこ おり、予備日数を多めに取っておいて助か ロンビア、トルコからのPOGOの訓練生 とでした。ほぼ100%に近い成果が得ら りました。 が加わりました。食事の時間になるとみん れたと思います。厳しい気象・海況条件に なが食堂に集合するため、そのときは日本 もかかわらず、これだけできたのは、天気 2年前に北アメリカ西岸沖P17Nの再観 測を行ったときは、わずか79点の観測で クレーンを使ってCTD採水器を降ろす したが、非常に苦労しました。これに比べ 語、英語、スペイン語が飛び交い、まさに 食事風景 くつろぎのひととき 国際色豊かな交流の場になっていました。 て、「今回ははるかに楽だった」とみんな パタゴニア水道(マゼラン海峡へ向かう) を先読みして的確な指示を出してくださっ た船長の判断力、そして一般に出ていない (渡邉修一 研究主幹) 海軍の詳細な海底地形図を用意して乗船し が話していました。もちろん慣れもあるか てくれた、オブザーバーとパイロットのお もしれませんが、採水した試料をスムーズ 南太平洋には、南極オーバーターンの沈 に処理できるように、クレーン・ウインチ みこみによる南極中層水が存在します。こ システムの設置位置を変更するなどの改良 の南極中層水の水温や塩分が、かつての観 海は荒々しい太平洋とは打って変わって穏 を行ったのもよかったと思います。レグ1 測データと比較してどのように変化してい やかでした。大西洋では海底堆積物の採取 では121点の採水観測を行いましたが、 るのか、また、地球温暖化とどのように関 が数多く行われているのですが、確かに この間で、ほとんど観測のシステムは完成 連があるのか、こうした点が大きな興味と 「これならいつ来ても取れる」と思いまし したといってよいと思います。 いえるでしょう。 (深澤理郎 研究主幹) かげだと思います。 マゼラン海峡を抜けて大西洋に入ると、 堆積物のコアをカッターで半割する た。採泥作業は終わったものの、航海の後 (深澤理郎 研究主幹) 観測を前に準備された分析用の採水ビン 半は試料の分配作業に追われました。1日 海中の36層から採水できるCTD採水器 6∼7m分をノルマにしていましたが、と にかく朝から晩まで、船内の実験室で作業 が続き、サントス港に着くギリギリのとこ ろで、ようやく終えることができました。 (原田尚美 研究員) 「みらい」搭載の測深装置で水深を計測 横浜港を出航する海洋地球研究船「みらい」 採水ビンの準備をする観測技術員たち 6 観測は24時間体制 夜間も行われる 堆積層の厚さを知るのに重要なサブボトムプ ロファイラーのデータ 7 グラビティコアラーの回収作業 BEAGLE 2003 REPORT Leg4 Leg5 (11月6日 ブラジル・サントス ∼12月5日 南アフリカ・ケープタウン) Leg6 (12月9日 南アフリカ・ケープタウン ∼12月20日 マダガスカル・タマタブ ∼12月27日 モーリシャス・ポートルイス ∼2004年1月24日 オーストラリア・フリーマントル) ■ 天気にも恵まれ、観測も 予想以上にスムーズに進みました (1月27日 オーストラリア・フリーマントル ∼2月19日 オーストラリア・フリーマントル) ■ 荒れる海域として知られる ケルゲレン海台付近で観測 ■ インド洋で迎えた新年 2004年のお正月を、インド洋の洋上で レグ4の航海を無事に終えたことを、本当 迎えました。この航海では、「みらい」は 南半球の周航観測を終えた後に行われた に安堵しています。計画した観測をすべて無 いつも東に向かって進んでいますが、1月 レグ6は、南インド洋(南大洋) ・ケルゲレ 事に終えることは、非常に難しいことです。 1日は、日の出前に船を逆に向けてもらい、 船上・陸上のすべての関係者のご尽力があ みんなで甲板に出て、初日の出を待ちまし り、また、国籍を問わず目的意識を共有する た。東の空には雲が広がっていましたが、 産などに関する研究、そして古環境復元の 素晴らしい仲間たちといっしょに仕事がで ちょうど日が昇るところだけ雲が切れてお ための海底堆積物採取を目的にした航海 ン海台東側付近 (東経80∼86度、南緯55 南アフリカ・ケープタウン港の「みらい」 ∼59度) の南極底層水と物質移動、生物生 き、さらには天候など、運も味方してくれま 吉川 泰司 研究員 り、水平線から上る太陽を見ることができ で、これまでの航海とはやや趣の異なるも した。その意味で、非常に恵まれた観測航海 レグ4 調査主任 (海洋観測研究部) ました。この日は観測を休みにして、みん のでした。 だったと思います。 なでお祝いをしました。乗船していた外国 この海域は世界で最も荒れる海域として の研究者らは、クリスマスを楽しみにして 知られるところです。「みらい」のブリッ 節も春から初夏にあたり、レグ1に比べると いたようですが、「一応、日本の船だから」 ジには海難を救う神、金比羅神を祀る神棚 本当に天気は安定していました。また、研究 ということで、お正月をメインにさせても 者や観測技術員の多くが、レグ1のメンバー らいました。 レグ1にも乗船していましたが、今回は季 の再乗船だったこともあり、チームワークも がありますが、さすがに今回は、私たちの 荒れると波高が7∼8mにまで達します。 太平洋で南緯32度、大西洋で南緯30度 「みらい」の甲板で初日の出を迎える の観測をしてきたので、レグ5のインド洋 り下げるウィンチ・ケーブルでした。オース でも南緯30度をやりたかったのですが、 た、天候が急変するのもここの特徴で、比 トラリアを出港して以来、過酷な環境で常時 2002年にイギリスがやっているので、南 較的よい状態でも、あっという間に悪くな 使用してきたので、そろそろトラブルが起き 緯20度にシフトして観測を行いました。 ったり、逆に、荒天が急におさまったりす ても不思議はないと思うと、内心ビクビクし インド洋は他の大洋に比べてとても海底地 ることもありました。しかし、予定してい ていました。しかし、船長・機関長をはじめ、 形が複雑です。そのため、観測する場所に た17点のCTD採水観測のうち13点で行 よってまったくちがう種類の水が出てきま うことができ、堆積物採取も3点のうちの す。そういう意味では面白いところです。 2点で実施することができたのは、非常に 確なメンテナンスを行ってくれたおかげで、 また、インド洋はその多くが南半球にあり 幸運であったといえるでしょう。 何事もなく観測を続けることができました。 ます。こうした海洋でどのように循環が行 んが、機器の状況をつねに観察し、日々、的 すばらしい仲間たち 航海中で何となくホッとしたのは、経度0 われ、どのように変化しているのかを見て 度線を通過したときでした。観測が終盤にか いくには、南緯20度の観測もとても興味 かり、終わりが見えてきたこともあったので 深いと思います。 しょうが、「西経」の世界から「東経」とい インド洋でも中層水が冷えていて、底層 う日本人に馴染みのある世界に戻ったこと 水が温かくなっているという結果は出てい で、何となく嬉しくなりました。みんなも同 ます。正確なところはまだなんともいえま じ気持ちだったらしく、多くの人が、外にあ せんが、太平洋と同じような傾向の変化が、 る緯度・経度・時刻などを表示する航海情報 表示盤の前に集まって、記念写真を撮ってい 10mにまで達することもありました。ま (渡邉修一 研究主幹) 新年を迎えた場所を地図に張り出した 当初は海況も 静かで採泥観 測も順調 やはり成層状況のなかにあるようです。今 荒れる海 波高が10mに達したことも 回の観測は南緯20度で、南極オーバータ 好天のもとで行われる採水作業 ました。東経や西経は人為的に決められたも ーンからはやや離れていますが、全体に共 ので、赤道ほどには意味がないのですが、そ 通する特徴がここでも出ていると思われま れでも、みんなこの0度線をめざして頑張っ す。そのあたりをこれから詳しく見ていき てきたような気もしました。 たいと思います。 (深澤理郎 研究主幹) レグ5では10カ国以上の研究者が乗船 (吉川泰司 研究員) We have enjoyed meeting and working with Japanese scientists, dedication, careful procedure and excellent quality control. who are helpful and friendly. The station schedule, procedures Additionally it has been enriching to share in many facets of of preparation, sampling, checking, processing of samples and Japanese culture. Of special mention is the delicious and recording of data are carried out efficiently. Availability of beautifully presented Japanese food, as well as some Japanese information and monitored parameters on the internal web-page language and origami all these we will not forget! and TV screens provides easy access. Scientists have given their time to explain the analytical work, which they perform Dr. Anna Bronwen Currie expertly in superbly equipped laboratories. We are impressed Ministry of Fisheries and Marine Resources with the high degree of accuracy obtained, achieved through Namibia. 8 南大洋の夜空に浮かんだオーロラ “金 比 羅参り”にも熱が入りました。海は 見事でした。心配したのは、CTD採水器を吊 観測士官を中心とした乗組員チームのみなさ 試料の処理作業に追われる研究者と観測技術員 Dr. Anna Bronwen Currie 9 金比羅参り 航海の安全と調査の成功を祈念 BEAGLE 2003 REPORT BEAGLE2003を支えた力 長期間にわたって高精度なデータを取り続けた観測技術員の高度な技術 力、無事故・無災害で円滑な航海を成し遂げた船長をはじめ乗組員の支援は、 観測航海をなし遂げる上で、大きな力となりました。 「BEAGLE2003ホームページ “航海日誌”」より ■ 安全運航を達成できたことが 今回の航海の何よりの喜びです 以下は、航海中の研究者および観測技術員、乗組員らの生活のようす を綴った、JAMSTECのホームページに掲載された「BEAGLE2003 ホームページ“航海日誌” 」の一部です。 アドレス http://www.jamstec.go.jp/beagle2003/jp/report.html もあわせてお読みください。 私たち乗組員にとっての第一の使命は、船の安全運航です。今回 の長期間に及ぶ航海で、無事故・無災害・無疾病を達成することが できた、これが何よりも嬉しいことです。これは私たちだけでなく、 様々な面で陸上からサポートをいただくことができたおかげでもあ レグ5の研究者、観測技術員および乗組員 り、支えてくださったみなさまにも感謝申し上げたいと思います。 また、今回、厳しい環境のなか、数多くの観測点を欠かすことな く長期にわたる観測が達成できたのは、「みらい」の大きさが十分 10月18日(土) に生かされた結果でもあります。また、「みらい」はこれまでに北 Leg 4 その2 Leg 3 トサーベイ観測に関して、赤嶺船長や観 「みらい」に観測技術員として乗船して 極へも行き、北太平洋でWOCE測線の再観測も行ってきました。そ 行っています。 ー 中略 ー のなかで積み重ねてきた経験とスキルが、今回の観測航海でも十分 に生かされたと思います。 測技術員と打ち合わせ。夜はレグ3初め いる私達(株式会社マリン・ワーク・ジャ 午前、午後とも実験室、デッキにて採 ての研究者全体ミーティング。日本から パン社員)は、BEAGLE2003航海では 今回の航海では研究者が41名乗船して 泥用機器の準備。デッキ作業は観測技術 21名、チリから6名、アルゼンチンか CTD観測、採水作業、採水したサンプル おり、うち37名がCTD観測、採水、分析 員を中心にセッティングを行う。実験室 ら2名、ナミビアから2名、ウルグアイ の各種分析に携わっており、レグ4では に関係しています。採水担当は20名で、 のセッティングは研究者中心の作業。た から1名、ブラジルから1名と国際色豊 17名が乗船しています。今回は本航海に うち12名がブラジル、チリ、オーストラ だ、まだ慣れていないため日本人グルー かな総勢33名の顔合わせ。また、全体 おける観測技術員の業務の中からCTD採 リア、モナコ、アルゼンチン、ナミビア、 プと外国人グループに分かれがち。航海 の3分の1が女性。10年以上前、乗組員、 水システムで採取した海水(サンプル)を 南アフリカの研究者です。したがって採水 を担当しています。今回はメインとなるCTD採水観測で、そのオペレーシ が始まれば、コミュニケーションも取れ 観測者総勢200名の中で、女性が私1人 採水していく過程を紹介します。 作業はまさに多国籍軍です。作業をしてい ョン、試料採取、分析などを行い、レグ3・6では海底堆積物採取のオペレ てくるだろう。また、生物および基礎生 だけという観測があった。時代の移り変 ブリスベーン出港してからこれまで実施 る人がほとんど外国人研究者で外国の船か 産観測用機器は、アルゼンチンからの研 わりを感じる。女性パワー炸裂の航海に してきた観測は約300箇所におよび、観 と見間違うほどです。外国人研究者の中に 究者1名とPOGOからの研修生2人の3 なりそう。 測毎の塩分、溶存酸素、栄養塩、pH、ア は採水作業は初めてという人が多かったの ました。分析項目は少ない場合は4項目、多い場合は十数項目にもなり、 ルカリ度、全炭酸、溶存フロン類の分析を で、観測開始前には日本人研究者、観測技 採水の順番や容器の種類、採水の方法なども個々に異なるため、慣れるま 術員がティーチングスタッフとなり、入念 でに時間がかかりました。また、慣れると、今度は単調な作業になるため、 名で準備。夕食後、最初の採泥点のサイ (原田尚美 研究員) な採水訓練を行ないました。当初手がおぼ 今後も、この経験をさらなる飛躍のステップとして、次の新たな 赤嶺 正治 船長 (海洋地球研究船 「みらい」) 目標に挑戦していきたいと考えています。 ■ 観測技術員が果たす役割の大きさを実感。 それだけに、やりがいもありました 私たちは、船体非固定の観測装置の保守管理およびこれらを用いた観測 ーション作業等も行いました。周航観測では測点が約500点と多かったこ ともたいへんでしたが、さらに、研究者から求められた分析精度が非常に 高かったため、これをクリアし、維持していくことに細心の注意をはらい 気の緩みが出ないようにつねに集中して作業に当ることを心がけました。 今回の航海に備えて、約1年前から高精度の分析方法の検討やトレーニ つかない外国人研究者もいましたが、航海 ングが行われるなど、研究者の観測技術員への期待の大きさと、私たちの 半ばに差し掛かったころには我々にとって 責任の重さを実感していましたので、今回、これに応える成果があげられ 重要なパートナーとなりました。まさに彼 たことが、私たちの何よりの喜びです。 駒井信晴 観測技術員 (株式会社マリン・ ワーク・ジャパン) らの活躍無しではここまで来ることができ ませんでした。航海も後半に入ったとはい え、まだまだ先は長いですが、この国際色 CTD採水器からの採水作業 採取された海水は、直ちに船内で分析 ピストンコアラーなどの採泥器を海底に突き刺し て堆積物を採取する 豊かな採水チームで頑張っています。 ■ 長期間のクルーズで 私たちも気合が入りました 私たちは船体に装備された連続観測系の観測装置を担当していま す。 「みらい」に搭載されているマルチナロービーム音響測深装置で 水深データを計測したり、流向流速データ、気象データなどを取る仕 事です。今回は観測点も多く、海底直上から採水が行われることなど もあり、24時間滞りなく完璧にデータを収集できる体制で臨みまし た。つねにデータを取り続けているわけですが、やはり観測点に着く と、こちらも緊張します。また、レグ3、レグ6では、海底堆積物を 採取する際の詳しい海底地形調査にも神経を使いました。さらにレグ 6では、XBT、XCTD(投下式の観測機器)をランチャーに装てんす る仕事も行いましたが、荒天のなかで波をかぶる場所での作業は大変 でした。ドック整備のときから入念な準備を行ってきたこともあり、 XBTやXCTDによる観測も行われた レグ3に向けて快晴のバルパライソを出港 10 採水後の一コマ このときの採水部隊は日本、オー ストラリア、ブラジル、アルゼンチンとまさに多国 籍軍 奥村 智 観測技術員 (株式会社グローバル 幸いにして航海中に機器類のトラブルはほとんどありませんでした。 オーシャン ディベロップメント) 入念な整備のおかげでトラブルもなかった これが何よりも喜ばしいことでした。 11 海洋地球研究船「みらい」南半球周航観測航海 BEAGLE 2003 航海達成記念 BEAGLE 2003 航海の概要 2003年5月21日に横浜港を出航した海洋地球研究船「みらい」は、北太平洋中央海域、西太平洋赤 道域、東インド洋赤道域において観測を行った後、7月30日にオーストラリア・ブリスベーンに入港。 そして、8月3日、いよいよ南半球周航観測航海(BEAGLE 2003)がスタートしました。9月5日はタ ヒチ・パペーテに寄港し、10月16日にチリ・バルパライソに入港。ここから「みらい」は南に下り、 マゼラン海峡を越えて大西洋を北上、11月2日にブラジル・サントスに入港しました。大西洋を横断し て、12月5日に南アフリカ・ケープタウンに入港した「みらい」は、続いてインド洋を航行し、12月 20日にマダガスカル・タマタブ、12月27日にモーリシャス・ポートルイスに寄港。さらに、インド 洋を横断して、2004年1月24日にオーストラリア・フリーマントルに入港しました。続いて「みらい」 は、ケルゲレン諸島をめざしてインド洋を南下し、2月19日、再びフリーマントルに入港し南半球周航 を終えました。 そして、フリーマントルから日本への帰路、西太平洋において観測を行い、3月22日に「みらい」は 横浜へ帰港。7ヶ月の南半球周航を含めて10ヶ月に及ぶ長い航海を無事に達成いたしました。 また、この航海では、寄港したブリスベーン、バルパライソ、サントス、ケープタウン、タマタブ、 フリーマントルなど、各地で一般公開や交流イベントを行い、国際親善にも大きな役割を果たしました。 海洋科学技術センター Japan Marine Science and Technology Center 発行 研究業務部 〒237-0061 神奈川県横須賀市夏島町2-15 TEL:046-867-9918 ホームページ: http://www.jamstec.go.jp/ 2004.3.23